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議論スレ

82 ◆cAkzNuGcZQ:2011/05/16(月) 20:29:46







(お父、様っ……)

『視えた』映像が気のせいや勘違いとは不思議と思えなかった。
奇妙な確信と実感がある。
自分に差し伸べられた腕。
あの場で感じた優しい温もり。
それらは、確かに常雄のものだった。
自分の危機を救ってくれたのは常雄だった。
そんな確信と実感が確かにあるのだ。

(一。……海に潜みし穢れに用心し、妊み女を決して、海にいれるべからず…………)

それは同時に、常雄の死を受け入れてしまったという事でもある。
島の皆を探そうと決めた矢先の、残酷な再会。
決してそんな再会は望んではいなかった。出来る事なら力を合わせ、この怪異に立ち向かいたかった。
しかし常雄は既にこの街で、或いはあの津波で、命を落としてしまっていた。
そして、列車と共に闇の中に消えて行ってしまった。
力を合わせて共に戦う――――その望みはもう叶う事のない御伽話なのだ。

(一。……赤子生まれし、ときには、滅爻樹に、名を、書き連ねよ…………)

それでも、そうは理解していても、振り返ればまだそこに常雄が居るような気がしていた。
その気持ちは、甘えに過ぎない。
常雄に居て欲しいと願うともえの心から来るただの甘えに過ぎないのだ。
だからこそ、ともえは今は振り返る事は出来ない。
後ろ髪を強く引かれているが、未練はすぐにでも断ち切らなければならない。
常雄が居なくなってしまった今、太田家の総領は自分だ。
太田家の誇りと使命を受け継ぎ、夜見島の皆を率いて『穢れ』に対峙しなくてはならないのは自分なのだ。
悲しみに沈んではいられない。未練に心を縛られて挫けている暇などあろうはずがない。
心を強く持たねば、加奈江には。穢れには。そしてこの事態に立ち向かう事など出来るわけがないのだから。

(一……人死にの際には、葬儀において、滅爻樹を用いること、忘れるべからず…………)

総領としての自覚を己の心に刻み込む様に。
ともえは、太田家秘文の伝書に記された『命』を、頭の中で諳んじる。
繰り返し、繰り返し、諳んじる。


父への想いはこの場に置いていくつもりで、ともえは一歩、一歩、階段から離れ、改札口に近付いた。

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