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0さん以外の人が萌えを投下するスレ

20022−379 悪落ち→救済(2/3):2011/09/25(日) 18:23:32 ID:y5QL9qos
「いいえ。貴方はまだ警部のままです。机の中の辞表は、明日にならないと発見されない」
「……あんた、本当にどこまで知ってやがる」
こちらの質問を無視して、神父は悲しそうな表情で俺に問う。
「まだ、続けるおつもりなのですか」
「さあて、どうだろうな。神様は全部お見通しなんだろ?」
俺は肩を竦めてみせる。
辞表を書いたのは、刑事でいることへの罪悪感からでもなければ、罪の露見を恐れて逃亡するためでもない。
単に、刑事という肩書きがもう不要になっただけのことだ。
正確に言えば『捜査の行き詰まりに疲れ果て辞職した刑事』という次の肩書きを手に入れるため。
そうしなければ、次のターゲットには上手く近づけないのだ。
そう。まだ俺は止まる訳にはいかない。
「とりあえず、懺悔するのが今じゃないことは確かだ。悪いな」
警察の手では届かない、刑事だった自分には裁けない、そんな連中を全て潰してやるまでは。
だから、ここでこの男といつまでも悠長に話している時間は、あまり無い。
(とりあえず、こいつには殺しの現場を見られちまったし、な)
彼をここで殺したとしても、彼のバックには教会の情報網があるようだから、根本的解決にはならない。
『教会』がどこまで知っているのかは分からない。不確定要素は危険だ。
だが少なくとも、ここで彼の口を封じてしまえば、いくらか時間は稼げる。
それに、知られていることを知ってしまえば、以後は警戒すればいいだけだ。
今まで物的証拠など残していない。だから逮捕はされない。それどころか、逆にそれを利用してやることも――
「……私の知っている貴方は」
不意に、噛み締めるような声が教会に響いた。
「悪を憎み、けれど犯罪者を一方的になじることはなく、更正が必要なら手を差し伸べる、そんな方です。
 あなたに救われて、心に平穏を取り戻した人は数知れないでしょう。
 私は、貴方こそ警察の鑑だと思っていました。いえ……警察として以前に、人間として、立派な方だと」
「おう、ありがとうよ」
礼を言ってやるが、神父の表情は苦しげに歪んだままだ。
「けれど貴方は、五人もの人間の命を奪いました。しかもこれ以上ないという程に惨たらしく。
 刑事という立場を利用して、貴方は警察の目を巧妙に逸らし、捜査網を掻い潜り、殺人を続けてきた」
重々しく響くセリフは、罪状を読み上げるようだった。
「罪に償いはあれど、相殺はありません。どれだけ貴方が他人を救っても、貴方の罪が濯がれることはない」
「おいおい、この状況で有難い説教か?まったく大したヤツだな」
職務に忠実なのか、度胸があるのか、自分の置かれた状況が理解できていないのか。
「ついでだからお返しに教えてやるよ。俺から見て、あんたはちょっと真面目――」
「警部」
しかし、言いかけたセリフは遮られる。
神父は軽く目を伏せてから、再びゆっくりと目を上げ、真っ直ぐに俺を見た。
「それでも神は、貴方を赦します」
「……あ?」
何を言われたのか、わからなかった。
「罪を裁くのは秩序。秩序を守るのは人間、秩序に守られるのは人間、秩序を乱すのは人間。
 秩序を守るためには犠牲が伴う。犠牲の為に戦うのもまた秩序。犠牲とは弱者。あるいは、罪」
言いながら、目の前で神父が白い手袋を填めている。
「貴方はたくさんの人々を救った。しかし五人の命を奪った。貴方には理由があった。五人には理由があった。
 理由はまだ転がっている。貴方はそれらを食い尽くすまで、止まる意思は無い。寧ろ、その意思しか持っていない」
彼の瞳は未だ悲しみを湛えていたが、こちらから視線を逸らすことはない。
「この国の法律も、警察も、世間も、そんな貴方を許さないでしょう。けれども、神は貴方を赦します」
まるで、式典で説教でもしているような口調で。
「貴方の魂は、安らかに神の下へ導かれるでしょう」
「あんた、何を言ってる」
薄気味悪さを感じて、今度は俺の方が一歩退いていた。
俺の知っているこの男は、いつも真面目でときに融通が利かず、日曜は子供達に囲まれ一緒に歌を口ずさみ、
良い行いには笑みを浮かべ、悪い行いには怒りでなく悲しみの表情を返す、そんな至って普通の神父。
それなのに、その声は今や恐ろしく落ち着いている。
「罪は秩序の下で裁かれべきであり」
その表情には憂いを帯びたまま。
「秩序を守るのは警察の役目です」
神父は、だらりと両の手を下ろす。
「……けれど、貴方は、少々やり過ぎました」
その言葉を言い終えたと同時に、彼の身体がゆらりと前へ傾いで――次の瞬間には、十歩の距離を鼻先まで詰められていた。

カタギの野郎の動きじゃない。
そう気付いたときには既に、銀色のナイフが、俺の胸に深々と突き刺さっていた。


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