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番外編とか死者スレとか投下する専用スレ

1名無しさん:2012/01/20(金) 23:32:44
本編と番外編を区別したい時などに利用して下さい

90 ◆xR8DbSLW.w:2012/06/17(日) 22:22:29
不自然なぐらいに。そりゃあもう不気味に思うぐらいには。もしかして今日会う女の人は全員百合とかそういうオチはないですよね?

「いや、ちょっと見て回っているだけですから」
「そうですか、御用がある際はまたお呼びしてください」

お呼びした覚えもないですし、言う割に立ち去る気配が何処にもございませんが。
このネームプレートには「田中(たなか)」と書かれたところを見ると、この人は田中さんというのでしょう。
黒髪のボブカットで、鼻梁についたそばかすが印象的。決して根暗とは思わせない明るい顔は、好感をもてる笑顔だと感じます。
ちなみに恒例の胸はと言うと榎本さんよりは少し大きく、麗華ちゃんには劣る大きさ、といったところ。
高校生ぐらいの背丈や顔つきで、美人と言うよりは可愛らしい、といった印象を見受けられますね――私が評価を下されたところであれですけど。
この店の店員エプロン(青色のデニム素材)のポケットからメジャーを取り出して、私を採寸する気満々の様です。
不変のニコニコ笑顔で、私の後を付けているような、けれどはっきりとは言えない絶妙な距離感――――くぅ。
さすがはプロと言ったところでしょう(なんなんでしょう、プロって)。

正直、私はこういうのは得意ではありません。
なんか相手に悪い、って思っちゃうんですよね。そしてこの場合も例外ではないです。
相手はせっせとお仕事をしているのにそれを追い払うのは、少しばかり心が痛い。

「まあ、別にいいんですけれど」

そう思うことにしましょう。
別にそれが迷惑かと言ったら、そうでもありません。
思い過ごしでしたら、それこそ田中さんも困ってしまうでしょう。

そういうわけで、目の前に広がる、その布の平原を眺める。
先ほどのそれとは違い、おなじ白を基調としたものでも、花の装飾が施されていたり、可愛らしいリボンが付けられていたり。
それは確かに、機能性よりはファッション性を重視した様な、そんなブラが豊富にあり。
先ほどまでブラと言うものを全く知らなかった私でも、目を輝かせるのには、特に苦労など必要とせず。
さながらおいしいお菓子を見せつけられたようになる。凄い、ですね。
きっとこんな感動も初めのうちだけかと思うと、悲しい限りです。
人は時には初心に帰ることも大事なのですけれど。……全然深くならない。

「これなんてどうでしょうか」

呟いて、ひとつを手に取ってみる。
二つの双丘の型を取った、淡く緑色に色着いたブラ。
双丘の間に埋め込まれたワンポイントの赤いリボンが可愛らしいですね。
先ほど買ったのが、どちらとも赤色系統と、今から思えば少し偏ったものとなってしまったので、
ちょっとぐらい、趣の違うものを選びたいものでしたが。
しかし、これは先ほどの奴ほどの運命的なものはあまり感じませんでした。
随分な言い草とは感じますけれど。……まあ出会ったら出会ったで、私はどうするべきか困りますけどねー。

なんて思っていた刹那のこと。
私の視界には、一つのものが捉えられていた。
捉えてしまった、と。私の財政事情を考えれば、或いは言うべきなのかもしれません。

「キャミブラ……というやつですね」

それを言葉で飾るのならば、
丈は私で言っても、ちょうど鳩尾(みぞおち)辺り。
白色を下地に置いて、肩紐や外周についたフリルは青色の水玉模様をしています。
ブラの固さを感じる、パッド、と言う奴でしょうか――そこには控えめにイチゴの蔦が刺繍されており、可愛らしく出来あがっている。
一言で言うなら、可愛い。
子供らしい趣味かもしれませんが、可愛いという他に在りません。
私の語彙はそこまで豊富にはできていませんし、これ以上文字で飾ったところで、私の感動はきっと理解されませんし。

思わず手に握ってしまった、そのキャミ。
値札を見ても、五千円以下とは言えれども今の私のお財布には優しくないどころではない。
それでも、何時までもそれを私を握っていて。

「あらあら、狭山ちゃん。それ気にいったの? ――と、お客さんだった」

と、何時の間に近づいたのか。

91 ◆xR8DbSLW.w:2012/06/17(日) 22:23:09
何で私の名前を知っているのか、様々なことを脳裏では思っていようと、行動にでたのは唯一つ。


コクリ、と。
首を縦に振ること。


「んじゃま、一名様、ごあんなーい!」


高らかと(だけど声量は控えめに)田中さんの声が、響いた。
……あ。と冷静になった時には、既に時は遅かった。
……どうしま、しょうか。
逃げ場は――――ない。



 □



「はい、似合ってるね。可愛らしいですよ、お客様」

文字面でみると、小馬鹿にしたようなニュアンスも見えるかもしれませんが、
それでも聞いてる私からすればそんなこともなく、そこはかとなく愛でられてる印象さえ受けます。

そういうわけで、流されるまま流されていった私は、先ほどのキャミブラを試着して、
背後には、店員の田中さんが立っていました。ニコニコ笑顔も今も怖いです。
強迫観念ってあるんですね、なんか今の私には、お財布の中身が何であろうと、これを買わなきゃいけないみたいな、そんな雰囲気。

あ、実際このブラは私結構気に入りました。
可愛らしくて、素敵だと思います。――――まあ、買えるお金は本当どこにもないんですが。
ええ、ええ。
……正直に言うんしかないんですかね。
まあ、仕方ありませんよね。だって買えないんでから。
ここは勇気をもって言わせていただきましょう。田中さんには悪いんですけれど。

「あの」
「はい、どうかいたしましたか、お客様」

爽やかな対応。
実に店員然としております。
そこがかえって私にとっては心苦しく感じるところでもありますが。

「いえ、今日は別に買いたくて来たわけじゃないんです。――そもそもお金も持っていませんし」

まあ、せっかくいいお仕事ぶりをみせてくださった田中さんには悪いんですが、
私にはそのお仕事ぶりを評価できるだけのお金、ないですし。
中学生にそんなものを求めちゃ、さすがに困っちゃいます。
きっと直ぐにでも田中さんは立ち去って行くのでしょう。それを悪いとは思いませんが、申し訳なくは思いますね。

「あれ、狭山ちゃんは聞いてないの?」

――――ただ。
ただ一つ。ただ一言ではありますが。
私の予想とは大きく異なる返事が返ってくる。
田中さんの口からは、理解に困るような言葉が零れでた。


「ほら、この一万円で買っていいよって、なっつー……っと、夏美から聞かなかった?」


ぴらぴら、と。
エプロンのポケットから諭吉さんが描かれた紙切れを見せつける。
左右に泳ぐ、まごうことなき、俗に言う「お金」。

92 ◆xR8DbSLW.w:2012/06/17(日) 22:23:55
私の視線はそれにそれこそ現金なことに釘づけになってしまい、意識の裏では、あの格段懐かしいわけでもない、あの青髪を思い浮かべる。


「榎本さんが……?」


ぽつりと、疑問の声が、落ちた。
よく言葉の意味がわからなかったけれど。
確かに田中さんはそう言って。

「そっ」

と、またも「何も今さら」と言わんばかりに、決まりきったような言葉選びをする。
簡素に頷いたその言葉にも、私には首を傾げるばかりだった。


 □


結論から言いますと。

「毎度ありがとうございますー。またのご利用を以下略」

と、フレンドリーで気さくな言い分をした所為か隣のレジに立つ、「古川」なる男の人に
ポカッ、なんて擬音が聞こえて来そうな勢いではたかれていた田中さんに渡されたものは、レジ袋。
先ほどの、キャミブラの入った、レジ袋。

「ほら、おつりはちゃんと自分で返してあげなさいな。確か最近できたプール施設に行ってるはずよ」

レジ袋を半ば放心しつつ受け取りながら、おつりとレシートを受け取って。
どこか習慣づいた動きで、お金をお財布の中に入れ込んだ。
そして、田中さんはさも自分の仕事は終わったと言わんばかりに、直ぐ様違うお客さんにアタックしている。
お仕事熱心なようで中学生の私にとっても凄いと思います……ただ正直お客さんは迷惑がっていますけれど。

さて。
どうしてこうなったんでしょうか。
思い返せば簡単で。


『あの子もツンデレねえ。自分で言やぁいいのに』
『……?』
『いやワタシは頼まれたのよねー。このお金で狭山ちゃんのブラ買ってあげなさいって、夏美……まあいっか……んで、なっつーに。
 えーと、あなたがスポーツブラで試着してる時にさ。昔のバイト仲間のよしみでさ。まあ別にワタシも断る理由もなかったし受け入れたけど』
『だから、私の名前知ってたりしてたんですか』
『単純な構造ね。リアルにそんな紆余曲折とした出来事なんてそうそうないわよ』
『……ただ、私はそれは榎本さんのお金ですので買うのは些か憚られるって言いますか』
『いいんじゃないかしら。あの子も「ある意味ではそのお金は狭山ちゃんがくれたって言ってたわよ」。
 それに貰えるもんは貰っておくべき。あの子は恩を奉げることはあっても売るような子じゃないしね……多分』
『不安な言い分ですね』


さてはてそんな流れがありまして。
未だに私はそんなお金を貰うべきなのか、分かりません。
今ならまだ間に合うから、返してくるべきなのではないでしょうか。
私は、とりあえず一回まで降りてきて、大きなロビーに設置された適当な椅子に座り込んで考える。
良心の呵責がせめぎ合う中、私はふと、一人の人間の影を見た。

それは良く知ってる、クラスメイトの一人。
一年生の時も二年生の時も奇しくも同じクラスになっていた一人の少年。
主だって描写すべき身体的特徴はありませんが、それが彼だと分かる程度には付き合いも相応に深いってことですよね。
ジーパンにTシャツに上から何か羽織っているだけ、という極めてラフな格好ながら、それっぽく着こなすあたり格好いいですね、という感想が出てきます。
髪をはじめ、要所要所に湿り気を感じますけれど、見間違いようがないですね。


「須藤くん……」


須藤凛くん。
彼もまた、このデパートに来訪していたらしいです。
……今日はいろんな人と出会いますね。

私の声に気付いたのか。
或いは自らの目で私の姿を捕らえたのか。
すたすた、とこちらの方に歩み始めて、片手をあげて、簡単な挨拶。

「珍しいところであったな、狭山さん」
「そうですね、こんにちは須藤くん」
「ああ」

気だるそうな瞳は私をみつめて。
「うーん」と唸った後。

93 ◆xR8DbSLW.w:2012/06/17(日) 22:25:04
とても珍しいことを私に訪ねてきた。

「なあ、訊きずらいんだけどよ」
「はい? なんでしょうか」
「いや、さ。狭山さんって水泳得意だったかなーって」

こりゃ、忽然とした疑問ですね。
と、言うまでもなく、須藤くんは言葉をつづけた。
どうやら訊ねた理由を話してくれるそうです。
タイミングを逃した腰は、椅子に沈めたまんまで、多少の引け目を感じちゃいますね。

「あー、うーんとな。俺達は匠と二人でここの隣に昨日オープンしたばっかの共用プール施設に行ってたわけよ。
 視察って意味合いもあるっちゃあるけど、どっちかというとオープン記念のキャンペーンって意味合いが強いかな。今日は広告のチケット見せたらタダで入れるしよ」

「ほら、これだよ」と、一枚の広告を見せてきた。
それに私は見覚えがありました。なんだって、さっき――スポーツブラを買った時に「こちらの方も宜しくお願いします」と。
袋に入れられて、私にはどうしようもないですので、榎本さんにあげたんでしたっけ。

「んで、そのキャンペーン内容が、『ユートピア水泳大会!』って奴でな。当日限定の申し込み順に水泳勝負で戦っていくんだよ。
 最終的に一番勝利数が多い人間が、優勝。一回でも負けたら、勝利数関係なしに敗退。ちなみに賞金が出て三万円も出るんだぜ。
 俺も優勝狙いに、本当は昼からだったから昼に来る予定だったけど、津村が寝坊しやがったからちょっと遅れたんだ」
「そうなんですかー。ちなみに須藤くんはどれくらい勝つことが出来ましたか?」
「……」

……?
なんでしょうか、もしかして私は地雷でも踏んじゃったのでしょうか。
途端に須藤くんの顔色が暗くなってしまいました。
まるで『好きな子に格好悪いところみせちゃうな』と危惧でもするかのように。
……とでもいうと、私が自意識過剰な子みたいですね、いけませんいけません。
ともかく暗澹とした口調で、須藤くんの語りは続く。

「いや、俺は一勝も出来なかったんだ」
「……そうですか、すいません」
「ああいや謝らないで。というかあの人がチートなんだよ。俺の最初の対戦相手が」
「須藤くんがそこまでいうなんてよっぽどだったんですね、どんな方だったんでしょう」

須藤くんは運動できない人ではなかったはずですが。
あの広告を借りて見てみると、『小学生以下の部』『高校生以下の部』『大人の部』と別れているから大人とぶちあたったわけではないですし、
高校生だったとしても、決して一勝もできないまま負けるなんて……まあその辺りは運ではありますが。

ただ、まさかここで。

「口で説明するとなるとなー。長い青髪で、目つきはいいとは言えなかったな。
 レンタルされてた水着を着ていて、名前は確か「榎本夏美さん?」榎本夏美とか言った――って知り合いか?」

まさかここで、榎本夏美さんのことをきくとは。
そういえば田中さんもそんなこといっていたような――ちょっと放心していたこともあり、よく覚えていませんが。
……ただどうであれ、行方が知れたなら、私はあの人にきっと会うべきなのでしょう。
お礼をするにしても、疑問を問い正すにしても、私は彼女にあうべきなんだと思います。
どうやら、私は先ほどキャミブラを買ったこともあり、もう一枚チケットを手に入れているようですし。
いえ、泳ぐのは得意とは決して言いませんが。

「ええ、私はその人と知り合いですね。是非顔をお伺いしたいんですが」
「別にいいけど。俺も今日に限っては出入り自由だしな。それに大会とは関係ない泳ぐ場所だってある」
「そうなんですか、太っ腹ですね」
「まあ今日でそれも終わりだけどな。後の客寄せにはもってこいだったのかもな。
 ちょっと待ってて、俺は匠にジュースとか買ってくるからよ。座ってて」

と、言われて須藤くんは一回奥の方に消えたかと思うと、十分もしないで、ビニール袋をぶら下げて帰ってきた。
息切れしてるところをみると、どうやらかなり急いで来てくれたみたい。申し訳なさで胸がいっぱい。
ついで優しいことに私の袋も持ってくれる、と言ってくれましたが、やはりそれは流石に恥ずかしいので謹んで遠慮させてもらいました。

「んじゃ、行こうぜ」
「はい」

その声を皮きりに、私の足は、そのプール施設とやらに向かっていました。

94 ◆xR8DbSLW.w:2012/06/17(日) 22:25:42
榎本さんに会うために、私はプールへと急ぐ。

……後々になってみると、どうしてこうなったんだろう、と思うばかりで。
謎な展開が続いて、今日一日が終わった後の疲弊を考えるに、こういったところで、疲れが溜まっていったんだろうと想像付く。
幸せと共に、疲れることもたくさん転がってくる不思議な日でした、と心からそう思います。
無論そんな事を知らない私は、速足で、せっせと歩いた。


 □


「あれ……。狭山ちゃん……? ……げ、もうこんな時間だし!」

と、私も施設の方から水着を借りて(スク水みたいなワンピース型の黒色でシンプルなものです)、プールにいざ這入ってみると。
想像していたよりも人が少なかったです。
そこで合流した津村くん曰く「まあ、まだプール開きにしては早すぎる季節だからねー」とのことです。
まったくもってその通りだと思います。だから、なんでこんな時期に開いたのかな、と訊くと。
「温水プールとかだからその辺心配ないし、四月だから水泳教室とかやるならもってこいの季節だしね」
と返ってきた(ちなみに二つとも相変わらず特徴的な平仮名ぽい喋りではあった)。これまた、確かに。と心の中で頷きを数回繰り返してしまいました。
それ故に、期間内タダなんてサービスもまかり通ったのかもしれません。

そんなことはさておいて。
榎本さんを探すのは人が少ないのもあり、簡単でした。
あっさりと、見つかりました。今しがた、誰かと試合をして、大幅に差をつけて勝って余裕の笑みを浮かべてましたね。
傍から見たら性根腐ったような仕草で、目つきが悪いのもあり
かなりお近づきにはなりたくない人物になれ果てていましたが、それでも会わないわけにもいかないので、仕方ありません。

と、プールを上がって、次の対戦相手を探してるのか、首ごと回してキョロキョロとしていたところで、私(たち)は近づいて声をかけた。
ふと、大きな時計――ペースクロックでしたっけ?――の隣に貼ってある戦績表を見ると、大多数の選手の名前が取り消し線で消されていて、
残り数人の中には――榎本さんも当然のように入っていて、戦勝数こそ敗績を見せるが、それでも既に十勝以上しています。
だけど目の前にいる榎本さんは息の一つも乱していません。――さすがは高校生、でしょうかね。
そんなところに思考が行きついたところで先の言葉に戻る。

「……いやー悪いわね」

頭を濡れた髪をポリポリと掻きながら、私に謝罪の念を述べています。
まあ、色々私とて言いたいことがあるとは言えれども、そりゃこの人は勝手にここにきてますからね。
その謝罪は素直に受け入れます。反省しているところに追撃を与えるほど鬼のような性格はしていませんし。

「んで、狭山ちゃんと――――おお、そこで目を逸らしているあんたは最初の……誰だっけ」
「須藤凛です」
「ああそうそう、そんな名前ね、んー須藤くんまで一緒にいるなんて。知り合いだったんだ。――じゃあその後ろにいる美男子君もかい?」
「つむらしょうです、よろしくね」
「ご丁寧にどうも。こっちこそよろしく」

後ろを振り返ってみると、須藤くんは言われてた通りになんだか目のやり場に困ったような表情で、視線を下の方向に向けている。
……? 具合でも悪いのかな。まさか私の水着なんかに照れるなんてないでしょうし。
……ぺったんこですし。……ぺったんこですしね! ――自分で言ってて泣きそうです。

もしくは、榎本さんの水着姿に照れてるんでしょうか。それはあり得ますね。
私と同じ、レンタルの水着なのに着こなしの差が明瞭です。
私よりはあるとはいえ、恐らく控えめ、と称されるほどのバストも、垂れることはなく。
きゅっ、と引き締まったくびれは、美人の証なのでしょう。露見されて改めて分かる、柔らかさの中にしっかりと秘めた芯の強い力は、見ていてうっとりさせます。
水も滴るいい女、とはきっと彼女のことを指すのでしょうね、と、あっさりと納得できるぐらいには、綺麗でした。
須藤くんが見蕩れるのも仕方がないですね……。
なんだかすこし「むっ」っとしてしまうこの気持ちは何て言うんでしょうね。

――まあ、いいです。見ると津村くんがしきりに心配しているっぽいですし。残念ながら私の出る幕はないです。
榎本さんもなにかを察してくれたのか、うんうん、と頷くと私に向き直し、今度は逆に質問されました。

「そんで、多分あたしに会いに来てくれたんでしょうけれど、どうしたの?」

何の心当たりもないような、純粋な「?」を瞳に宿らせて。

95 ◆xR8DbSLW.w:2012/06/17(日) 22:26:15
ただただ自然な流れのように、そういった。言いきっていました。
なんでしょう、まるで私が何時までも引っ張ってるのがおかしいと言わんばかりのこの空気。

「一万円」
「ん?」
「一万円、ありがとうございます」

だけど、私はそれに屈しては決していけない。言うべきお礼や謝罪は、それこそ榎本さんのように言うべきなのです。
後ろに須藤くんとかもいますし、さすがに詳細まで言えないので簡単なものになってしまうし、
言うだけで、私はお礼そのものが成立してるとも思いませんが、やはり言わずには居られません。

予想通り、後ろの二人は事情がよく分からないのか、首を傾げていました。
ですが、前の人――――榎本さんの反応は、予想と反したものが返ってきた。

クックック、と怪しい、そして零れ落ちたような微笑を発したかと思うと。
榎本さんは深呼吸して、晴れやかで楽しそうな向日葵の様な笑顔で、私に言う。

「こんな律義な子は久々に見たよ」
「……?」
「いや、あたしのクラスメイトにもこんぐらい真面目な子がいたらなあ、ってさ。
 わざわざ会いに来てまでお礼を言うなんてそうそう出来る真似じゃないわよ。誇っていいと思うな」
「で、でも一万円ですよ……? 誰だって気にしますよ……」
「気にこそすれど、行動する人ってそうはいないわよ」

と、榎本さんは一回後ろの二人を一瞥すると、微かに笑みを浮かべ。
もう一度私の方を向いて、明るげに言う。

「んで、返答だけどさ。いいのよ別に。
 これはあんたから貰ったような一万円よ――――ていうか三万円ね」

不敵な笑みだ。
孕んだ野心が、隠し切れていない。
そろそろいい加減察することのできた私の代わりに、津村くんが変わりに問いかけてくれました。

「……もしかして、このたいかいのしょうきんのこといってんのかな?」
「そーゆーことね。あたしは狭山ちゃんからチラシ貰うまでこの大会のこととか知らなかったし。
 まーある意味ノーリスクで金が貰えるんだもの、別に一万ぐらい苦じゃないし――まあ狭山ちゃんならいいかなって」
「……その甘い優しさはいつか身を滅ぼしますよ……」
「お、あたしよりも若いくせに言うねえ」
「つーか随分な自信だな、確かに俺には勝ったけどよ、だからといって優勝できる道理はねえだろ」

若干悪態づいて須藤くんは言う。
……根に持ってるのでしょうか。そりゃあまあ、一番最初に負けたのは悔しいと思いますが。
ニヤニヤと親指と人差し指で円を作りつつ、悪態を悪態で返します。

「ふっ、負け犬がッ!」
「うっせーよ! 傷抉んなッ!!」
「まあともあれ、あれよ。女として言ってあげるけど、しつこい男は嫌われるよー。――狭山ちゃんとかに」
「な、なんで狭山さんが出てくんだよッ!」
「まったくですよ、少しは須藤くんの気持ちも考えてあげてください。私なんかと相手にされちゃ迷惑ですよ」

一瞬、三人の表情が陰った気もするけれど、直ぐに晴れやかになったところを見ると、気のせいですね。
疲れているのかもしれません。……まあ今日一日色々ありましたしね。喋ってばっかな気がします。

「ともあれとしてよ、狭山ちゃんは変にそのことについて、変に気負わないでよ。むしろあたしが困っちゃうわ。
 そうね、恩返しとして、強いて言うなら――――後で、一緒に泳ぎましょうよ。それだけで十分だから」
「……わかりました、なら最後に一つだけ」
「ん?」
「思いがけない出会いではありましたが、今日はありがとうございました」
「こちらこそ」

温かい笑みでこちらを向くと、なにかを思い出した様に、ハッとし、
気軽な口調で、私にとってみれば無理難題も甚だしい課題を――淡白に宣言する。

「――――と、制限時間が来る前に、ちゃっちゃっと残りの参加者潰しますか――――勝敗の数なんて関係ない。
 叩き潰せばあたしの勝ちなんだからさ! アーハッハッハ!! ……ごめん」

と。
若干締まらない宣言になってしまいましたが、その先に在る勝利を揺るぎなきものにさせそうな、情熱あふれる瞳をして、
私たちと言ったん別れる。キョロキョロと見渡したかと思うと、一瞬得物を狙う鷲の様な目をして、参加者食らう。
手当たり次第に勝負を仕掛けていって、

96 ◆xR8DbSLW.w:2012/06/17(日) 22:27:00
もうやらなくても優勝できそうな人は、渋りますが挑発したり色々して、勝負に仕掛けていく。
その鮮やかな手口を私たち三人はプールサイドで傍観して、30分もしたら――――。

「うしっ、勝った」

ガッツポーズして帰ってきて、したり顔で笑っていた。
須藤くんは「マジかよ……」と漏らし。
津村くんは「すごいなあー」と讃えて。
私はと言うと、固まっていた。
忘れていた――というよりも端から度外視していた。
例のペースクロックの横に貼られた、戦績票。
そこには二つの名前以外、取り消し線が施されていた――――。

榎本夏美と――狭山雪子の名前以外。

ある意味当然の流れである。
それでいて、つい先ほどまでそんなこと私の頭の中になかった。
榎本さんに会うっていう、使命みたいななにかに囚われすぎていて、競泳のことなんて、まったくもう。
漁夫の利と言うにも、あんまりにあっさりとした決勝戦。
それが、私の目の前に立ちはだかっていた。

「ほら、行くわよ」

と、腰をおろしていた私の手を掴みあげて、引っ張りながら歩く。
それはさながら、フードコードのときのような光景で、思わず笑みが出る。
それほど時間がたっていないのに、随分と仲良くなった気がします。
私よりは大きいその手に引かれて、明らかに勝ち目のない勝負に挑んでいく。

それは中々に、面白そうですね。
後ろからは、二人からの応援の声が聞こえる。
こちらの友情もまた――――心地がいい。
いい友達がいて、できて、本当に良かったな、って私は心の奥から、そう思う。

そんな事を思っていると、何時の間にか、視界に広がったのは、水の世界。
25メートルプールのスタート台に、私は立っている。

「準備体操は大丈夫?」
「ああ、一応しておきますね」

そういや忘れていました。
準備運動は大切です。水泳を舐めてかかると火傷を負います――水ですが(洒落)。
一回スタート台から降りて、跳ねたり回したりと入念な準備体操をする。
その間のことでした。
榎本さんがそのことを呟いたのは。

「――どうせなら、賭けをしましょうよ。その方が、燃えるってもんじゃない?」
「はあ、しかしそれだと榎本さんの有利過ぎですよ。あんなに水泳得意なのに」
「まあ、曲がりなりにも水泳部だし」

初耳です。
どうしてそう言う大事なことを今頃になって言うのでしょう。

「んで、賭けの内容はそうねえ。あたしが負けたらあんたの言うことを三つ利いてあげるわ。
 あんたが負けたら――――いいこと思いついた。さっきの買い物袋……二つかな……を須藤くんと津村くんに見せること!」
「……はあ?」

何を言ってるのでしょうこのお方は。
面白くないギャグを――。

「ギャグのつもりはないわよ」
「そんな不条理です!」
「じゃああたしは手を使わずに泳いであげようか……?」

よほど私は変な顔をしたのか、直ぐ様見透かした様なことを言われ、
余裕綽々なのが手にとるようにわかる榎本さんの顔がそこにはあって。
私はその顔に、無性に苛立って、皮肉にも内心から沸々と湧き立つ『闘志』も十全に満たしてしまい。

「なによー、そのぺったんこな胸という最大の武器を抱えておきながら何言ってんのよ。いやーあたしでも空気抵抗出るから一秒は遅れちゃうわー」
「どうぞ手でも何でも使ってください! 勝って見せますよ!」
「じゃ、交渉成立ってことでー♪」

安い女だなー、と大変思います。どうしましょうか。
私の何と言いますか、後先考えないこのスタンスは大変困りますね。ええ。
とはいえ、すでに交渉は成立し(てしまっ)た。多分榎本さんは言ったところできかないでしょう。

……ならば、やってやるしかないじゃないですか。
例えそれが負け勝負でも、諦めないことが大事なんです。
私は勇敢に戦って見せますよ……泣いてなんかいませんよ。これは水飛沫が当たっただけです。
ぐすっ。

「準備運動と後悔の唄は終わったかい?」

愉悦顔で問いかけてくる。
私は疲弊しきった声で簡単に「はい」とだけ返して、飛び込み台に立つ。
すると意外そうにも榎本さんは、

「あれ、狭山ちゃんそっから飛びこめるの?」

大変失礼なことを訊ねて来ました。

97 ◆xR8DbSLW.w:2012/06/17(日) 22:28:36
大変失礼なことを訊ねて来ました。
一応これでもクロールと平泳ぎ程度ならできます。
そういえば前にも麗華ちゃんに「雪子ってなんだか犬かきしか出来ないイメージだったのに」と腹立たしいことを言われた。
お子様体型だとそんなことまで勝手に推測されるんですから嫌な世の中です。幼馴染にそんな事を言われるんですから末期ですね。
ぺったんぺったんだからってそんな馬鹿にしなくても……しゅん。
思い出してきたら落ち込んできました。はぅう。
すると水着を整えてるのか、引っ張ってずらしたりしていた榎本さんからたじろいだ声で、

「ご、ごめんね!? 失礼……だったよね……?」

と、少し的外れな謝罪をされました。
なんだかこっちが申し訳なく思います。
ですので私も適当な言葉を返しておきました。……まあ気を滅入らせててもいけませんね。
私も飛び込み台の淵に足の指を掛ける。
いよいよって感じですね。

「んーと狭山ちゃんはルール知ってるよね?」
「はい、25メートル自由形ですよね」
「そうね、審判はちゃんと向こうにいるから」

言われてみると、確かに私たちが着用している水着に一本の青いラインが描かれた、確かロビーで見かけた職員用の水着を着た女の人が立ってました。
目を凝らして見ると、首から笛を下げている。左手には赤ペンを持っていて、今まであれで勝敗の結果を記していたのでしょう。
欠伸をしているところを見ると、大してやる気に溢れている訳ではないですね。もしかしたらバイトなのかもしれません。

「んじゃ、用意が出来たら腕をあげて。それが向こうの職員に『始めていいです』っていう合図だから」

おもむろに手をあげながら、榎本さんは私にそう伝える。
まあ、榎本さんの試合を幾つも見てたからそれぐらいなら理解してましたけど。

「榎本さん」

けれど、私はまだ手をあげることはなかった。
私は、自分の心を落ち着かせるために、榎本さんに話しかける。
やる気満々の榎本さんのやる気を殺ぐようですが、私の身勝手など知ってます。
散々私を振り回した、榎本さんにだけは何も言われる筋合いはないですね。

「私は今日一日、とても楽しかったんだとは思います」
「そりゃ初ブ……えーと、まあ大事なこともあったしねえ」
「それもありますが、多分榎本さんがいなければ、『この楽しさ』は味わえなかったんでしょう。
 麗華ちゃん――親友と一緒に来て、一緒に選んでも、楽しさこそ味わえれど、『この楽しさ』は得れなかったんだとは思います」
「ふーん、そりゃまあ大層な役目になれてあたしも嬉しいわ」

おちゃらけて榎本さんは返しますが、一方の私は結構まじめで。
振り返ると、今日一日は今までに味わったことのない新鮮な体験を出来たんだと思います。
内容のことを差し引いたとしても、それはきっと。

思えば私はどこか大切にされすぎていたんです。
須藤君とか津村君はじめ、私の引き取り先であるお婆さんだって、多分。
麗華ちゃんなんて最もたる筆頭で、愛されているっていうのは理解していても、どこかで対等ではない。

98 ◆xR8DbSLW.w:2012/06/17(日) 22:30:41
言ってもそれは見下しとかではなく、逆であった。どこまでも私もよいしょと持ち上げる。

それが悪いかと言ったら無論のこと答えはNOに決まってます。
人の好意は嬉しいものだと思います。
けれどその分、榎本さんのどこか粗雑な、されどどこか親身な私に対する扱いは、やはり真新しい、
その態度は、貴重な体験でもあり、楽しい経験でもありました。
この言い方だと、榎本さんじゃなくてもそう思えてのか、と思われるかもしれませんけれど、
それでも私が出会ったのは榎本夏美さんであり、誰でもない。そんなの想像つきませんし、
やはりそれでも榎本さんじゃなきゃこの想いには結びつかなかったのでしょう。
我ながら吃驚な結論ですが、不思議とそんな気持ちでいっぱいです。
きっとこの人のクラスは、榎本さんを中心に友情に固くて、どんな困難だって負けないぐらい強くなれるんでしょうね、と思うと羨ましくも思えます。

「先ほど、一万円のお礼は要らない、だとかぬかしてましたけど、是非とも捧げてあげますよ」
「ほう? 何をくれるって言うんだい?」

真剣な面持ちで水面を見つめながら、私に訊ねる。
だから私も真摯に、答えた。

「貴女には、敗北をプレゼントしてあげますよ。――私はぺったんこの名にかけても勝ってみせますよ」
「ふっ、面白いではないか」

どこかで聞いたことのありそうな三流悪役のみたいなことを言う。
私は負けるわけにはいきません。プライドとか、体型を馬鹿にされた立場とか。
色々とくだらない様な理由で、まけるわけにはまいりません。
くだらない理由で戦えるのは、いいことです。

「――勝ってみせますよ」
「まあ、そうこなくっちゃね」

二人して、見つめあって微笑みあい、同時に睨みつけるように得物を狙う獣のように鋭い視線になって、
勝利を渡すもんかと意地を張りあう。実に熱血。

「それじゃあ」

と私は呟いて。
私は、左手をあげる。
向こうの職員がそれに気付いて笛を口に手を当てたところで、私と榎本さんは手を下ろす。
そして、足の指に力を掛けたところで


――――笛は、軽快に音を鳴らした。

99 ◆xR8DbSLW.w:2012/06/17(日) 22:31:30


 □



敢えてその勝負の様子を描写する必要はないでしょう。
つまりは負けたのだ。しかも大差で。ドラマティックなことは現実には起こらないのです。
いくらバシャバシャともがいたところで、人魚のように滑らかに、それでいて美しく泳ぐ榎本さんに及ぶはずがなく。
私は、恐らく十メートル近くの距離を離されて負けました。
私とて懸命に泳ぎ切ったんですが、根本的な素材や練習量が違います。
そもそも須藤くんが負けてる時点で私に勝ち目など榎本さんが足をつったりする以外ないわけです。
ですが榎本さんみたいなのが足をつるのなんてよっぽどだとよっぽどだと思いますね。
以上で言い訳を終わりにします。

その後、優勝者は榎本夏美さんに決定し、水泳施設側から賞金が贈られた。
私たちはその姿を見守った後、榎本さんも満足したのかプールを上がるらしいので、私も上がることにしました。
その際やけに須藤くんが残って遊ぼうぜー、と言ってきたが、私はどうもそういう気は起きなかったので遠慮させていただきました。
そうすると須藤くんや津村くんもプールを上がると仰って、更衣室へと消えて行って。
勿論私たち二人も残る義理なんてありませんので、女子更衣室へと這入っていく。

更衣室内において、私は榎本さんに挙動不審な態度を見せながら、
「あ、あの約束って……」と訊ねたところ、「冗談よ、狭山ちゃんの本気が見たかったから唆しただけ。楽しかったわよ」と返ってきた。
その顔には満面の笑みが浮かんでいて、どうにも私はこの人には敵わないなあ、とある意味本能的に理解しました。

その後紆余曲折(その際思い出したいくない様な性的ないじめがありましたのでその様子はほぼカットとさせていただきます。なおブラをここで付けることはしませんでした)あり、
更衣室の外で須藤くんたちと合流すると、津村くんが「まったくしつれいだよね」と若干赤面しながら言っていたのを見ると男子更衣室でも色々波乱はあったみたいです。
なにがあったんでしょうか、須藤くんに訊いてもお茶を濁されて、なんだか仲間外れにされたみたいで少しショックです。

私は買い物袋二つを両手で持ち、須藤くん、津村くん、そして榎本さんと施設の前で、少しばかりお話した後。
楽しげに繰り広げられる会話劇が、一本のメールによって唐突に終わりを迎えました。

――PiPiPi――PiPiPi――

如何にもな電子音が輪の中で響きあう。
――その携帯は、どうやら榎本さんの携帯のもののようです。
榎本さんが過敏に跳び上がり、ズボンのポケットから青色のシンプルな形をした折りたたみ式携帯を取り出す。
少しだけ不慣れなのか、おどおどしながら、「ちょっと待ってて」と一言添えて少し離れたところに行ってしまう。

「どうしたんだろうな」

須藤くんが漏らすが、津村くんも私も答えを持ち合わせている訳ないので、首を傾げるだけだった。
少しして、私たち三人で雑談を興じていると「はぁあああああああああ!?」と一際大きな榎本さんの声が聞こえると思うと、こっちに帰ってきて一言。

「ごめん、ちょいと用事が出来たから先帰らせてもらうね」

まあ、予想できない言葉ではなかったけれど、
どうしてか少しばかり名残惜しい私も確かにいて。
なんだかこの出会いで、彼女との縁を切らしたくなくて。
何も考えずに、何を思ったのか、何をトチ狂ったのか、私は告げていた。お願いをしていた。

「あの、だったら、その前にひとつお願いがあるんですけれど……」
「ん?」
「あの……あの! よければ……メアド、交換していただけませんか」

ただそれだけ。
それだけのことである。
もしかしたら、高校生と中学生という立場上、もうそれっきり連絡を取ることはないのかもしれません。
榎本さんも、今日だけの付き合いと考えていたのかもしれません。

それでも、奇妙なことながら、私は――そうするべきなんだ、と。
そう思う。後悔もしてないし、反省もしない。

100 ◆xR8DbSLW.w:2012/06/17(日) 22:32:10
別に断わられたところで減るものだってないわけです。

その榎本さんはと言うと、一瞬驚いたように目を丸くして、上見て下見て人差し指を唇にあてて、考える仕草をする。
一秒と過ぎたあたりで、こちらを向いて、今日一番の、含みのないピュアな、それでいて可愛らしくも美しい笑顔を見せると、

「勿論じゃない!」

私の頭を思い切り撫でられながら、いえ、掻き乱しながら、榎本さんは揚々とそう言った。
実際、榎本さんならそういうだろうな、とは思っていたけれど、予想と実現では大きな違いはやはりあるもので。
その言葉は、何故か心に来るものがあった。
隣からは須藤くんと津村くんが、「よかったじゃねえか」やら「よかったね」と言葉を投げかけてくれて、それもそれでやはり嬉しいものです。
ただただ頭を撫でられ続けながら、私がぼんやりしていると、元気あふれる活気な榎本さんの声が続いた。

「――善は急げ、さっさとやりましょう。ほらあたしが先に送るわ」
「は、はい!」
「あ、男子諸君はまだまだあたしを口説くのなんて百年早いわよ。もっといい男になりなさいな」
「いるか!」
「うん、えんりょしとくよ……」

三人の漫才を傍らに、私はスカートから携帯電話をとりだして、せっせと操作する。
赤外線操作の項目で……こうして……こう。よし、準備は出来ました。

「準備できました!」
「うん、よし。送るよ!」

二つの携帯を重ね合わせる。
すると画面では交信されている絵が浮かび、数秒後、クリアな音が聞こえたと思うと、
通信は成功した旨のメッセージが出てきて、確かにアドレスには榎本夏美さんのものが加わっています。

「じゃあ今度は逆ね」

と、今度は逆の操作をして、再びクリアな音。
どうやら成功したみたいである。
私の携帯画面にも送った旨のメッセージが出てきている。
これで、メアドの交換は終了しました。

「よーし完了ね」

言葉に出して榎本さんがその終了を宣言。
須藤くんや津村くんも一息ついている。
ならば、もう引き止める理由はない――何より用事があるのに引き止めるのはよくないのです。
だけど、やっぱりこれだけは言わなければ。

「じゃあ、榎本さんお別れですね」
「……なにその重い雰囲気。また明日以降会えないみたいな」
「まあ似たようなものでしょう。中学生と高校生ではそうそう時間帯が被ることも少ないですし」
「そりゃあまあ、でも今メアド交換したし会おうと思えれば」
「そうですね、そりゃそうでした。――けどこれは、やっぱ今日しか言えそうにないから今日言っておきますね」
「んー? なにかしら。もうお礼なら御馳走様よ」

「いえ、ちょっと胸を触らせていただこうかな、と思いまして」

――――やっぱり一回は遠慮したとは言えれども。
何度も何度も、負けっぱなしと言うのは、やはり頂けません。
何処か一つぐらい、対等な立場でいたいじゃないですか。

「――――へ?」

榎本さんが呆けている間にも、私の魔の手は榎本さんの胸に吸い寄せられる。
まるでそこにブラックホールがあるかのように、有無を言わさないその吸収力はダイソンの様です。
そして、触れる。

その触れた瞬間から、もう私のそれとは違いました。
ポニョン、そんな効果音が聞こえて来そうな、プリンのような柔らかさ。

101 ◆xR8DbSLW.w:2012/06/17(日) 22:33:21
そしてそのプリンを守るかのように被さる私の掌。
――ああ、私は止まりません。胸を、もみしだく。残念ながら、本当に悲しき事に私の胸では出来ない芸当を、成し遂げる。

モミモミモミ。
……むむ、ペッタンペッタン擬音じゃないですね。
……羨ましい限りですね、ええ。
さすがです。そして病みつきです。

モミモミモミ。
ふむ、大きくもないけれど、小さくもなくて、丁度掌サイズってやつなのでしょう。
確かにこれは病みつきです。自分のものとは柔らかさの次元が違いました。
しかし一口に柔らかいと言っても、張りがありました。
押したら、押し返す、張り。張力。それは例えるならば、ゴムボール。
しかしゴムボールと言えれども、手触りはまったく異なる。
この絹のような滑らかさと柔らかさには、他にはないものが確かに秘められていた。――私にはない。ないない。ないないない……。
……ふう(遠い目)。
今度麗華ちゃんにもやってみようかな。……あの大きさならまた別のものが期待できますね。

「……パッドじゃないですね」

そして当たり前だが、そんな感想が湧きたった。
まあ確かにあれだけやっておきながら本人が私以上に小さいとかそんなオチは私は望みません。
当然、若干赤く染まっていく榎本さんからも反抗の色が見える。というか反抗された。

「あ、当たり前じゃない……く、くすぐ――――やったな、コラァ!?」
「ひっ、ひぇっ?」

媚声にも似た声をあげたかと思うと、榎本さんは動いた。
迫り来る魔の手にロクに対抗できるわけもなく、下から寄せ上げれるように揉みしだかれる私の胸。
……何度もやられているとは言えれども、これが一番きつい攻撃で、同時に――ナニか来そうな揉み方でした。
女の子になんて実況させるのでしょうこの人は。……自業自得ですか。そうですね。

「あーはっはひゃ……っは! こちと……らあんたぐらいの体型の奴はこなれ……てるのよ! 相変わら……ずちっちゃいわねえ!!」
「……う、うぅ、ま、負けません……」

拮抗する両者の胸揉み。
私だって一回ぐらいないんかで勝ちたいです。
こんなわけのわからない勝負でいいんで……なにか勝たせてください。

とはいえそろそろ(私の理性やらなんやら)限界だ。
冷静な私の姿なんてそこにはどこにもありませんでした。きっと後になってまた後悔するんでしょう。
ほら、須藤くんと津村くんが明らかに目を逸らしてるじゃないですか。

「「……はあはあ」」

その辺りで、両者とも意志疎通した訳でもないが、自然と腕は胸から離れていく。
張りがなくなって、柔らかさの余韻も徐々に消えていく。
水泳をやった時よりも疲れました。
息が切れます。
全く、榎本さんも大人しく揉まれていればいいものを。

「「……」」

ふと目があった。
それが何故だか不思議とおかしくて。

「「……はは」」

笑みが、身体の底から笑みと言う笑みが。


「「――――あははは!」」


こみ上げて、爆発した。
柄にもなく、何だか爆笑した。
理由なんてないけれど、強いて例えるなら、喧嘩をした後で河原で寝そべる不良たちの様な。
そんな清々しさや、結託が、私たちの間にはできていた。

本当に不思議な方です。
不思議で、摩訶不思議で、奇怪で、奇々怪々。
今日初めて遭った私をここまで『壊して』いくなんて。

「いやー、ナイス傑作よ、狭山ちゃん」
「本当ですね、おかしいです」

目の淵に出来た涙をハンカチで拭う。

102 ◆xR8DbSLW.w:2012/06/17(日) 22:34:07
男の子二人はドン引きとは言わずとも身を逸らしてどうすればいいかこもってるように頬を掻いてますけど、気にしません。
なんだか、充実した一日でした。
初ブラのこと。
まさか、こんなことが発端でこんな素晴らしい一日が出来ようとは。

手に握る買い物袋を、思いっきり握り締める。
なんといいますか、後は言葉も要りません。

「んじゃ、あたしはもういくわ――――『またいつかね』、男子諸君も」
「おう、まあよろしくな」
「うんまたいつかね」

須藤くん、津村くんと、言葉は繋がれていき、私の出番。
大して臆することなく、言葉を吐いた。


「そうですね――『また、いつか。また会いましょう』」


四人が揃って、おかしそうに笑うと、小走りで榎本さんは「じゃーねっ!」と言い残して去っていった。
私たちは、何時までも手を振っていた。
姿が見えなくなるまで――何時までも。


こうして。
四月の初旬。
私は掛け替えのない友情を手に入れた。




 ○



後日談というか、今回のオチ。
つまるところ、身体検査の日。
皆さん忘れていませんか? 私はこの日の為にわざわざ初ブラジャーなるものに挑んだんですよ?

私たち三日月学校の身体検査は変わっているのか、そんなことは他の学校の事情を知らないためにどうとも言えませんが、
小学校のころとは変わりました。
まあ、当たり前と言えば当たり前ですね。さすがに半裸とかになるものもあるので。
それなりの処置として、男子は午前中、女子は午後、と時間に分けてやるんです。
空いた時間は基本的に自由時間ですが(ちゃんと監視の目はついてるので覗きとかはない)、
最後の六時間目に統一テストを行うので、課された範囲の勉強をしないと大変なことになります。
そして迎えた午後。男子は違うクラスに追いやられて、この二年生の一つの教室内には、もう1組の女子と合わせて30名前後の女子が着替えを行います。

まずは制服を脱ぐ。
藍色のブレザーを脱いで、リボンを外す。
そしてカッターシャツを脱ぐ。

周りの人達も、同じことをしている。
中には初めから中に体操服を着ている人もいるけれど、
それだとすこし蒸れちゃうから、着ないのが主流なんです。


さて、と。私も服を脱いだところで周りを見渡す。
見ると、中にはブラをつけてない生徒もいて、ブラ率の高さに驚いているらしい。
「ふぇぇ!?」と間の抜けた声を発して、「え? なんで!?」と驚きを禁じ得ない様子で皆さんに問いかけている。
ちなみにその人は割と活発な人と有名でクラスのリーダー的存在(隣のクラスだけれど)。
ふっふっふ、と謎の優越感に浸ってみます。
よかったです、買っておいて。

中には、先日の私らみたいに、胸を揉み合っている生徒もいる。
……むずむず。

103 ◆xR8DbSLW.w:2012/06/17(日) 22:34:41
むずむずしますね、花粉症でしょうか。いえ、この胸のときめきはむずむずという表現では多少間違ってますね。
……うずうず。
そう、うずうず。燃える闘魂。

……関係ないですけど、全くもって関係ないですけどそういえば瀬戸ちゃんはどこにいるんでしょう。
……あ、いた。近くの自席でいそいそと着替えている。
丁度今、上の制服を脱ぎ終えたところで、当然のようにブラジャーが見える。

――うずうず。

レモン色の、私が大人ブラと呼ぶそれ。ふりふりとしたフリルの付いたそれは大層可愛らしい。
とっても良く似合っていると思います。ええ。

――うずうず。
ああ、何て言うかもうダメです。社会的に性的に色々とダメです。
狭山雪子は我慢がしきれません。
私は何時の間にか上半身ブラでも構わず駆け抜けていく!
まあもとより私は元気っ子としてしられてますので。

「麗華ちゃぁああああああああん!」
「……んー? やけにハイテン……ちょっ!」

……うん。うん。
なんでしょうこれ。なんでしょうこのまんじゅうみたいな。
溶け込みそうな新雪みたいで。押し込めば沈んでいく。
明らかに私のそれと、榎本さんのそれとは異なりました。
ブラの上からこれということは、下からだったら……?
……うん。うん。

(以下自主規制、禁則事項にて読者の御想像に『全て』お任せします)

しかしあれですね、榎本さんの影響受け過ぎだと思うんです。
決して私はこんな人じゃなかったんですけれど。

紆余曲折(便利)あって涙目の麗華ちゃんと、愉悦に浸る私がいました。
周りの人たちは、喧騒に飲み込まれて、私たちのことには全く気付かない。
麗華ちゃんも、一息ついたのか、「ふう」とため息一つこぼすと、いつも通りの冷静(だけど涙目なのでちょっと締まらないですが)に戻る。
そして、未だ着替えていない私の姿を一通り見ると、当たり前の感想を零した。

「しかし雪子もブラつけるようになったのね。可愛いじゃない」

今日私が付けているのは、キャミブラの方だ。
私が選んだ、私の、ブラ。初めての、ブラジャー。
(正確には、スポーツブラの方なのだが、榎本さん曰く「あんなん練習よ練習。ノーカンノーカン」と言われたので素直に従っています)
お気に入りである。フェイバリット。
それを褒められると思わず私も「えへへ」って照れを隠せない。
着心地も悪くないし、初めてにしては、やはり上出来であった。

「可愛い可愛い」

あまりにも綻んでいたのか、慈愛に満ちた麗華ちゃんは笑顔で私の頭を撫でる。
……何故だか最近頭を撫でられてばっかですね。
しかしそれでも私は腑抜けた声しかだせず、撫でられ続ける。

「んじゃ、私も着替えるから自分のところ行って着替えて来なさい」
「はーい」

まあ、色々堪能できたわけだし、これ以上い残るもの悪いでしょう。
よく見るともう着替えている人でいっぱいです。
私も早く着替えないと。

そう思うと足早に自席に戻り、とっとと体操服に着替えた。
スカートを履いたまま、短パンに足を通してその後にスカートのホックをはずす。
シュルリと落ちていくスカートを拾い上げて、机の上に乗せようと思ったその時、携帯のバイブルが鳴ったのに気が付いた。

104 ◆xR8DbSLW.w:2012/06/17(日) 22:36:13
なんだろう、とばれない様に携帯を取り出すと、一着のメールが届いており、私は確認する。


それは――――


----


タイトル:どうだった?

送信者 :榎本夏美さん


本文  :


 タイトル通りだけどどうよ?
 狭山ちゃんが恥じかいてないと嬉しいわ(笑)

 こっちは物理で死んでたわよ……。



----



榎本さんのメールだった。
どうだった、とはきっとブラや身体測定のことを聞いているのでしょう。
事前に私が伝えていました。

……しかしまあ。

「ふふっ」

思わず笑みがそのまま出てしまった。
面白い事を訊く人です。
そんなの、決まってるじゃないですか。

慣れた手つきで、メールを打った。
そして私は携帯をスカートのポケットに戻すと、麗華ちゃんの元に戻っていく。

……今日は、良い日で終わりそうだ。
あの日の選択を間違えなくて、本当に良かったです。

本当、今日は晴れ晴れといい日になりました。


それでは、これで、今回の私の物語を終わります。
長い間おちゅかれさまでした! (――――なんだか面白かったので噛んだまま収録させていただきます by書き手)



----


タイトル:無題

送信者 :狭山雪子


本文  :


 おかげさまでね、恥じなんてかきませんよw
 私は堂々と同級生の胸を堪能させていただきましたw


----

105 ◆xR8DbSLW.w:2012/06/17(日) 22:37:37
投下終了です! いろいろと申し訳ございませんでした……。
反省はしていまry
問:この後榎本夏美はなんと反応するでしょうか。
そんな問いかけをしつつ、今回は以上で終了ですー

106 ◆YOtBuxuP4U:2012/08/19(日) 09:36:01
四字熟語ロワ字余り03話投下します。
本編のとある話で語られた、とある参加者にまつわるアフター。プラス何か。

107 ◆YOtBuxuP4U:2012/08/19(日) 09:36:50


『次のニュースです……東京スカイツリー……頭から刺さるようにして……
 身元は……都内の焼肉チェーン店……制服を着た状態で……
 警察では現在詳しい事情を……建設は一時中止を余儀なくされるとのこと……』

 TVモニターに流れるニュースはずいぶんとショッキングなものだった。
 建設中のスカイツリーの高度444m地点に、男の死体。
 これだけでも不思議な話なのに、その死体は頭から鉄骨に刺さっていたという。
 どうやればそんなことが可能なのか? 考えれば考えるほど不思議、魔法のような異常な話だ。
 しかしモニタに映る死者の顔写真は、どこにでもいそうな体育会系の男。
 見るからに頭の悪そうで、そして敵を作るタイプにはとても見えない……。
 だからこそ少女は、焦っていた。

「――白華様、被害者の身辺情報の調べ上げが終わりました」
「遅いぞ一誠。俺は4分でやれと言ったはずだ」
「申し訳ありません」
「別にいい。よこせ」

 地上24階建ての”サクリファイスビル”。
 ここ一帯の土地をまとめあげている日本有数の財閥の一つ、我条グループが所有しているこのビルは、
 山あいのニュータウンとして開発されたばかりで未だ田舎に近い佐久利市において非常に異質なオーラを放っている。
 業務内容は主に街の経済面のチェック。
 1階から7階までの部分は市庁舎にもなっており、実質的に佐久利市の中心の地となっている。
 また、このビルの最上階に居る、ビルの所有者兼この市の”経済市長”……。
 それがまだ年端もいかない少女であるということが、その異質さに拍車をかけていた。

「ど、どうぞ」
「委縮するな。……火邦正志、27歳、MTH新宿のチーフ店長。
 親類関係いたって普通。交友関係、健全。
 昨日の行動は。店を出たあと郊外の自宅に帰り、普通にベッドで寝た痕跡がある。
 最寄駅で目撃情報もあり。いったん家に帰ったのは確かなわけだ。
 だが、家からスカイツリーまでの移動経緯は謎。
 死体はホントに普段着に制服しか身に着けておらず、金目の物は全て家……ふむ」

 最上階のワンフロア、いくつもの株価モニタやニュースモニタに囲まれたテーブルに座る少女は、
 秘書から書類を受け取ると、ざっと目を通してすぐ床へと捨てた。
 この時点で彼女の頭には渡された十数枚の資料の内容がすべて叩き込まれている。
 広い床には他にも仕事関係の資料が同様に捨てられており、もとの床が資料の海に沈んでしまっているほどだ。
 その紙一枚一枚の内容を全て把握しているのは、中心にいる彼女だけ。
 白いシャツ、朱いネクタイの上から茶色い上着を羽織り、赤のスカートと赤黒のソックスを履いた攻撃色な恰好。
 そして遺伝か染色か、綺麗に切りそろえられた真っ黒な長髪が一房だけ白抜きされたように白髪化している。

「……さて、どうするか」

 我条白華(ガジョウ・ビャッカ)。――齢は、十六。
 我条グループを築きあげた我条凌我の末の子供でありながら、現在最も跡取りに近いとされている娘である。
 そして彼女は今、連日徹夜で赤くなった目をさらに真っ赤にしていた。

「焼肉MTHは我条グループ飲食部門の新進企業。
 その稼ぎ頭の店長があんな目立つ方法で殺されたということは、パターンは二通りある。
 こいつが別件の黒い仕事に関わっていた場合が一つ。我条グループに見せつける、挑戦状の意味合いが一つ。
 そして調べてもこの男は真っ白。やはり、俺たちへの挑戦状だ。これは間違いない。
 だが、出てこない。この男が他グループに狙われてた証拠も、
 この魔法みたいな殺し方が出来る手段もまったく引っかからない。
 俺の読みが外れていたのか? ――おい、一誠。この調査結果、ぬかりはないだろうな?」
「は、はい。間違いありません。我条直属の調査団を欺くなど、常人では不可能です」
「……」

108 ◆YOtBuxuP4U:2012/08/19(日) 09:38:05

 白華は彼女の後ろで縮こまる、背の高い四角メガネの秘書を見上げた。
 田中一誠(タナカ・イッセイ)。
 数年前、白華がこのサクリファイスビルを任されるようになったとき我条本家から仕入れたこの秘書は、
 性格こそどこか頼りなく引っ込み思案なものの、仕事は確かだ。我条の調査団は言うまでもないし、
 一誠の目も嘘をついていない。やはり本当に、この殺人は他グループの仕業ではないのだ。

「では……誰が……?」
「わ、私にも全く推測のしようがありま」
「お前には聞いていない。俺の言葉が独り言かどうかくらい自分で判断しろ」

 一誠から目を離して、
 子供には大きすぎる黒いふかふか社長椅子にぽすんと腰掛けた白華は、目を細め腕を組む。
 最初のニュースが流れ始めてから三十分。
 事件の発生を特別な情報網で仕入れてから三時間弱。
 白華はこの不可思議な事件を我条グループへの宣戦布告と捉え、先手を打って犯人を特定しようと試みた。
 我条グループは大きな組織だ。
 そして、大きな組織がこの世界で善的でいられる道理などない。
 人を欺く、蹴落とす、利用するetc、恨みを買うようなことも行うし、法律を守らないこともある。
 白華自身はあまりその方法は好きではないが、上に立つものとして選択せねばならないことは何度かあった。
 故に、敵などいくらでも思いつく。他の財閥グループとは常にいがみあっているし、
 ランドマークに猟奇的な死体を釣り上げるような暴力的なやり口を行う組織にもいくつか心当たりがあった。
 だが調査結果は空振り。
 当たってもそれはそれで嫌な案件だったが、空ぶりに終わるというのは……。
 白華は唇を噛み、一つ舌打ちをする。

「どうやら――厄介なことに巻き込まれたようだな」
 
 と、その時だった。
 ”サクリファイスビル”最上階、我条白華の居城に繋がる電話機、
 中央机の隅に置いてあったそれが突如けたたましいベル音を鳴らし始めた。

「!?」
「来たか」

 ジリリリリリリリリリ……!!!
 電話機の発する強烈なベル音は空気を震わせ、広い部屋をすぐに満たした。
 ベル型の電話ではないというのに。そんな音設定にはしてないというのに、

「ば、バカな、ありえない。社長室に通るような案件は、内戦から一度私に連絡が入るはず」
「それだけ異常な相手、ということだろう」

 刺さるようなベルの音に委縮する一誠を後目に、冷静に白華は辺りを見回した。
 四方がガラス張りの壁になっているワンフロアの外に広がる空。
 今日は快晴、ヘリの類はなし。電話機に注意を引きつけたうえでの外部からの襲撃というわけでは、ない。

109 ◆YOtBuxuP4U:2012/08/19(日) 09:39:04

「……狙われるのは、久しぶりだ」

 襲撃、という単語に、白華は古い記憶を思い出す。
 力のなかった白華をあらゆる襲撃から守ってくれていた、とある男の傷だらけの背中と、その暖かさを思い出す。
 白華は彼に一度命を救われている。彼がいなければ白華はここにはいないし、
 いつも仏頂面な彼がときどき白華に見せてくれた笑顔がなければ、白華はここまで来ることなど出来なかった。
 彼は今でもきっとどこかで誰かを守っている。だから白華は、やられるわけにはいかない。

「はい。こちら”サクリファイスビル”。我条白華だ。要件を言え」

 受話器を取って、白華は自らの名を名乗った。

『はい。こちら”四字熟語”。以心伝心でございます♪』

 そして……相手が名乗ったのは、四字熟語だった。

『わたくし以心伝心は――お姉さまの命により、貴女からすべてを奪いに参りました♪』
 

 #external-03 ”サクリファイスビル”
 

 以心伝心と名乗った少女がフロアに現れたのは、彼女がその言葉を発し、白華がそれを聞いた次の瞬間だった。
 ただし少女は外からヘリに乗って現れたわけでもなく、魔法のように突然部屋の中にワープしてきたわけでもなかった。
 ガチャリ。
 とノブの回す音をさせ、普通に白華のいる部屋へ正面扉から入ってきたのだ。

『こんにちは〜♪ 電話をかけながらですいません。お邪魔させてもらいます♪
 わたくし《会場中の通信機器にかけられる》代わりに、電話じゃないと上手くおはなしができないんです』

 その容姿は浮世離れした衣装を纏っている自覚のある白華からしても、ふざけてると言うしかないものだった。
 桃色の短い髪にちょこんと乗った小さいパラボラアンテナ型のティアラが一番おかしい。
 それも左右に二つ。自らを電波キャラですと示しているかのようだ。
 服は、24時間TVに出てきそうな黄色いTシャツ。携帯のアンテナマークが黒くプリントされている。
 下は何の変哲もない青ジーンズ。
 髪色と頭に乗ったアンテナ、それにこちらを見つめる桃色の瞳が無ければどこかのTV局のスタッフともギリギリ言えそうだが、
 首から上とのミスマッチ具合があまりにも残念すぎて、逆に奇抜な服装になってしまっている。

「……普通、大事な会議というのは電話でするものではないのだが、君に常識は通じそうにないな」
『ええ、通じませんよ♪ わたくしたちは、わたくしの常識で動くものですので♪』
「自分ルールということか。それでは社会で生き残れないぞ。というか……そのストラップは君の趣味か?」
『はい? そうですが』

 何より白華が嫌悪を示したのは、彼女が右手に持つ旧式ガラパゴス携帯についているストラップだった。
 巷の女子高生のごとく携帯より体積が大きく、派手にぶらさがっているそれらは、全て妙にリアルな首吊り人形のストラップ。
 苦しそうな顔をした男女の顔が青く鬱血し、水死体のように膨れ上がっている。

「悪趣味だからやめておいたほうがいい。それなら、一誠のかけている前時代的なメガネの方が百倍マシだ」

 後ろで震えている秘書を親指で指差しながら、白華はそう返した。
 すると以心伝心はきょとんとした顔をして首を傾げる。悪魔的な微笑みを浮かべ、左手で一を数えてくるくるまわした。

『すいませ〜ん。聞こえませんでしたぁ♪ もう一回お願いできますか?』
「……いや、何でもない」
『そうですか。口のきき方には気を付けてくださいね♪ わたくし、気が長い方ではないので……』

110 ◆YOtBuxuP4U:2012/08/19(日) 09:40:29

 さて。どうする。
 白華はつとめて冷静な表情を保ちながら、内心で冷や汗の流れる音と、心臓の鼓動の速度上昇を感じていた。
 目の前の存在は、見たところ肉弾戦の教養があるようには見えない。
 後ろで震えている一誠に喝を入れてけしかければこの部屋からつまみ出すことは可能かもしれない。
 だが、敵はこの24階まで堂々とやすやすと侵入している。
 ”サクリファイスビル”のセキュリティ面は厳重堅牢のはずだった。昔から狙われることが多かった白華は特にそこを気にした。
 自ら何度もチェックし、試行を重ねた結果、
 山の中の地方都市たるこの佐久利市においてこの部屋を”絶対に許可なしに入れない場所”として作り上げていたはずだったのだ。
 それがたった一人の、自分とさほど歳も変わらぬと見える少女が破り、今こうして目の前でおちゃらけている。
 人間の常識は通じないという。四字熟語。得体のしれない相手。「全てを奪う」とは、いったい?

『気が長い方では、ないので。さっそくですが本題に入りましょう♪』

 沈黙を是と捉えたのか、電話から目線を放さないまま、以心伝心は本題を始める。
 スッと線が引かれたように唐突に空気が変化して。
 何か言おうとした白華の口が開くその前に、パラボラアンテナの少女は”報告”を行った。

『妃護竜一(ヒゴ・リュウイチ)は、死にました』
「――!?」

 妃護竜一。我条白華にとって最も大切な男の名前を、最悪な形で電話に向かって呟いた。

『おや。動揺していますね♪ どうしてその名を知っているのか――そんな顔をしていますよ、貴女。
 そうですねぇ、おかしいですよねぇ? 彼と貴女の接触は八年前のたった三か月のみですし、
 表向きはその間、彼と貴女の関係は、ただの依頼人とボディーガードですものね? うふふ……♪』
「一誠……一誠、あの女を捕らえろ」
「えっ、ど、どうされたのです白華様」
「いいから早くしろっ!」
『八年前の冬です。ニュータウンとして開発されつつあったこの街を、当時八歳の貴女が親と一緒に見に来たときのこと。
 雪山にはしゃぎ、遭難した貴女を狙って敵対グループが放った暴漢が十五名でしたか? 怖かったですよねぇ♪
 でも助けてくれたんですよね♪ ヒーローのように。そしてそのとき、”彼”と”この場所”が貴女のすべてになった――』
「一誠ッ!!!」
「は、はいっ!」

 血走った目を向けて白華は秘書に怒声を放つ。
 それを受けてびくりとヤジロベエのように起き上がった秘書は、四角メガネの位置を直すと全速で命令を遂行した。
 だが。
 全く抵抗のそぶりをみせない以心伝心の腕を彼が掴んだその瞬間、部屋の正面入り口から新たな存在が入ってくる。

「うぞー」「むぞー」

 続けて、入ってくる。さらに入ってくる。また入ってくる。入ってくる。入ってくる。入ってくる。
 入ってくる。入ってくる。
 それは人のかたちをしている。入ってくる、入ってくる。
 みんな同じ顔をしている。意味のない言葉を発している。
 入ってくる。入ってくる。入ってくる。入ってくる。入ってくる。入ってくる。入ってくる、ぞろぞろと、わらわらと。
 部屋を埋め尽くす書類を一枚一人踏むのがノルマであるかのように、入ってくる、入ってくる、入ってくる……。

「ひぃいいい!? だ、誰だこれ……白華様!?」
「……!」
『うふふっ♪ 彼らは有象無象です。今回は三十三人用意しました。置物とでも思ってください。かわいいでしょう♪
 ま、置物と言っても――わたくしに危害を加えるものには容赦しませんし、わたくしの命令一つで誰だろうと殺しますけどね』

 腕を一誠に掴まれながら、以心伝心が電話に向かって笑顔で言葉を吐いた。
 三十三人の有象無象はその間に、白華と一誠を取り囲む。
 男も女もいて、いろんな髪型や服装をしているが、顔は同じだ。一様な無表情が人形めいた恐怖を与える。

111 ◆YOtBuxuP4U:2012/08/19(日) 09:41:50

「うぞー」「むぞー」「うぞー」
「な……や、やめ」
 
 そのうち三人が進み出て、強制的に一誠を以心伝心から引きはがそうとした。
 自由なほうの手をうちわのように動かして一誠は有象無象を振り払おうとするが、
 有象無象たちは無表情のまま、三人で協力して一誠の身体を持ち上げる。

「うあぁあ!? びゃ、白華様!」
『運んでください、有象無象。わたくし、男を視界に入れたくないものですから』
「うぞー」「むぞー」「うぞー」

 有象無象たちはそのまま、荷物を運ぶ引っ越し屋のようなスピードで一誠を部屋の外へと運んでいった。
 バタンと扉を閉じて、強制的に場から味方が奪われる。
 白華はその間、一言も発さなかった。ただ白い髪の房を掴んで、充血した目で相手をずっと睨んでいた。
 ――あの日も白華はこうした。十五人の暴漢を前に泣くことも逃げることもできず、ただ相手を睨むだけだった。
 でも、あのときは竜一が助けてくれた。今回は、竜一は――死んだのだという。
 
「……竜一に、何をした。
 あいつは俺とのことを話すような男じゃない。お前ら、いったいあいつに何をしたんだ」

 やっとのことというように、白華は言葉を絞り出す。三十人の有象無象の目が彼女を見る。
 彼女の額を汗が伝う。手が震える。
 白華はいまだ、片手で受話器、片手で自らの白い髪の房を握ったままである。
 白い髪の房、充血した目。白華の身体的特徴は遺伝ではない、あの日のショックで生まれたものだ。
 有象無象に囲まれ、同じ状況に立たされている現状に、恐怖を感じていないかと言えば嘘だった。
 動けないと言えば――。
 対する以心伝心は飄々として、一誠に掴まれていた部分の腕を有象無象の一人にハンカチで拭かせている。
 そのまま女王然として、答える。

『彼には協力してもらっただけですよ。わたくしたちの実験にね。
 どのみち、彼はもう貴女に会いには来れない。貴女はもう彼を待つ必要はないんです。
 八年前の約束は、この街で再び会う約束は、絶対に叶わない。貴女にとってこの街は、もういらないものなんですよ。
 だから――貴女はわたくしたちにこの街を貸しても、心が痛むことはないんです♪』
「――目的は、それか」
『ええ♪ 欲しいのはこの街です。山の中にありながら人口は四千人強、住宅街が半分以上を占める中小都市。
 高速道路も通っておらず、主な交通機関は三本のバイパスと、この街と山の向こうの街を繋ぐ短い線路のみ♪
 これほどにクローズドサークルに適した都市はありません。これほど――次の実験にふさわしい場所は他にないのですよ』
「実験……」
『そうです。今回竜一氏に協力してもらった実験……いや、現在進行中だから、協力してもらっている実験ですかね?
 今回のデータによっていよいよ、小規模実験のデータは集まりきるのです。あとは大規模な実験のみ。
 道は開けている。邪魔なのは貴女だけ。そう、この街の支配者である貴女さえ頷いてくれれば、ことは円滑に進みますから♪』

 有象無象の一人が、いや二人が、以心伝心の言葉に合わせるようにして懐から武器を取り出した。
 包丁やスタンガンなどのかわいい武器ではない。全て銃だ。見たことのない拳銃。進み出て、白華に突き付けてくる。
 最初からそのつもりだったのだろう強硬策。
 先の事件も、妃護の殺害も、全ては白華を動揺させ、向こうの提示する計画に頷かせるための仕込みだったのだ。
 ”逆らうことなどできない”と――どんな人間でもそう思うように。
 銃を構える有象無象の顔に表情と個性はない。みな一様に同じ顔をしている。
 だが、白華には覚えがあった。髪型と服装だけで、彼らがこのビルの社員であることが分かっていた。
 どんな手を使ったのかは知らないが。《人間から個性を消して、有象無象に変えてしまう》ようなことを彼らがしたのは明白だ。
 白華はヒトを見下したような態度をとる存在が何より嫌いだった。
 父も、母も、兄弟も。我条の人間はみな大衆を見下し、周りの人間を見下し、ボディーガードも秘書も見下している。
 有象無象としか見ていない。自分がそんな人間たちの血を引いていることが白華は嫌いだった。

112 ◆YOtBuxuP4U:2012/08/19(日) 09:43:28

『さあ、頷くのです我条白華。さもなくば――』
「揺島かごめ。木月勝平。銃を捨てろ」
『……は?』
「え……あれ」「私は、なにを」

 だから白華にとっては、有象無象な人間など存在しない。
 《名前を呼ばれた有象無象は、揺島かごめと木月勝平に戻る》。二人は言われたとおり銃を捨てる。自分の意志で。
 ここに至って――再度空気が変わった。

「ふうん。どうやら《本名を当てられると、有象無象ではなくなる》ようだな。
 お前らの支配からも逃れるというのは面白い。さてここにいる残りの二十八人。俺は全員の名前を憶えているが」
『な……なぜ。人間の分際で、わたくしたちのルール能力に、真っ向から』
「俺は言っただろう。自分ルールじゃ社会では生き残れないと。ここは社会だ。子供の遊び場じゃない。
 ――この街をお前たちの遊び場にはさせない。それが俺の答えだ。
 お前の話が全て本当で、竜一がすでに死んでいたとしても……俺はこのビルの長として、この街を守る責任がある」
『か、かかれ! かかりなさいっ、有象無象!
 八年前のトラウマでどうせ彼女は動けません、口を押さえて言葉を発せなくしてあげなさいっ――♪』
「それはもう克服している」

 白華はここで、演技を辞める。
 受話器から手を離し、すっくと身を起こして拳を構えた。
 五人の有象無象が跳び上がり、部屋の中央にいる彼女に向かって襲い掛かっている。後ろからはさらに六人、
 前からさらに五人。白華は少しの恐怖心を抑えながら、冷静にそれらを観察する。

「安土靖人。三重暁子。大隅真季。能書悠太郎。花見梅子。乱堂久利須。止まれ」

 後ろの六人を的確に《人間に戻す》と、まず机の端を持ち、白華は上空の五人に向かって中央の大机を跳ね上げる。
 身をその下にかいくぐり、床の書類を跳ね上げながら前方の六人に相対す。
 空の五人と大机がぶつかる。「うぞー」「むぞー」と叫び声がする。
 申し訳なく思いながら白華は、まず一番近い直線状に居た有象無象に向かって脱ぎ捨てた上着を投げる!

「羽柴大悟、箭野信二、鈴木巳緒、それに牌村諭、止まれ。ここは俺の部屋だ」

 横からさらに迫ってきている八人のうち四人までを正気に戻すと、
 白華は跳んで、上着がかぶさった有象無象の頭を踏み台にさらに高い位置へと飛んだ。
 一房の白い髪が黒髪と共に舞って、宙に白い華を描く。白華は部屋全体を見回し、全員の位置を確認する。
 前方から迫っていた五人のうち上着を被されなかった残り四人は攻撃対象を見失って狼狽えている。
 白華は降りながらその四人のうち二人の首に手刀を打ち、気絶させつつ、

「小柄松尾、伊田正作、椎橋奈央――立灯芙由子! ”隣の人の腕を掴め”!」

 部屋の残り十一人のうち四名に命を下し、隣の有象無象を拘束させ、着地振り返りざまに二人の鳩尾に拳を入れて無力化した。
 テーブルと共に空中に居た五人が床へと落下する音がここでようやく発生。全員、気絶している。
 残りは、一人。以心伝心の腕を拭いていた一人だけだ。彼女の名も白華は知っている。すぐにでも、元に戻せる。
 近くの床に落ちた受話器から、以心伝心の声が聞こえる。白華はそれを拾って耳に当てながら、彼女の下へ歩み寄る。

113 ◆YOtBuxuP4U:2012/08/19(日) 09:45:12

『……あ、あああ、え? う、嘘。こんな』
「俺は八年間、あの日のことを思い返さなかったことはない。俺が無力なせいで竜一は大けがをした。俺が弱かったせいで。
 誰にでも平等に接するよう心掛けてはいたが、まだまだあの時の俺はお嬢様思考だった。自分は弱いままでもいいと考えていた」
『こ、こないで、』
「竜一には及ばない。同時に相手どれるのはたぶん五人やそこらで限界だ。だが恐らく、君には負けないだろうな。
 さて。反撃の方法を考えつつ、そちらの思惑をすべて聞くまであえて動かず、君を騙したことを謝ろう。
 だからここはお引き取り願おう以心伝心。
 そして二度とこの佐久利市に来るな。妙な真似をしたら、君はこの社会で二度と陽を拝めなくなる――と俺は思うが」
『――!!』

 後ずさる、後ずさる、後ずさる。
 以心伝心は後ずさる。それを追う白華は歩きながら残りの社員名を口ずさみ、有象無象を大切な社員へ戻す。
 すべての人間に個性がある。それを奪い、一つの四字熟語に貶めてしまうことの、どれだけ罪深いことだろう。
 白華は以心伝心を許してはいない。
 背後に居るらしき”お姉さま””あの人”も、見つけ出してこの世から抹殺するべきだと考える。
 だが、過度の深追いは自らを黒い湖に沈める。
 相手は人間を鉄骨に刺したり、自由自在に通信機器を繋いだり、人間を有象無象に変えるような連中だ。

「ここで君を殺せば……俺は報復で殺されるだろう。
 そしてここで君を退けても、後日さらに強力な力を持った何かが現れて、俺を服従させるやもしれない。
 多人数を相手取れたとしても俺は一人だ。出来ることには限界がある。結局、ここで反抗することなど何の意味もないのかもしれない。
 それでも俺を――我条白華を簡単に墜とせると思うな。これは、俺からの忠告だ」

 以心伝心に向かってそう言うと、以心伝心は初めて、白華のほうを向いた。
 目と目が交錯する。以心伝心は部屋の扉に背を預ける。彼女の桃色の目には、白華の姿が映っていた。

「――わかり、ました。ここは退きます」

 以心伝心は白華を見ながら、人間らしい喋り方をして、そう言った。そして扉を空け、閉めて。サクリファイスビルの最上階から消えた。
 部屋に残された白華は、しばらく扉を見つめていた。三十人の社員たちは何が起きたのかわからず、そんな白華を見つめていた。
 数秒後、嗚咽の音がして。白華はその場で床にへたり込んで、人目を気にせず泣き始めた。
 我慢していたが、無理だった。
 少女は十六歳にして、あまりにも現実主義者であるがゆえに――好きな人が死んだことを、認めざるを得なかったのだ。 
 
「ばか……俺が十六になったら、迎えに来るって言ったのに。
 あの野郎、死にやがって。畜生。俺は。俺はどうすればいいんだよ。俺は……!」

 サクリファイスビルの最上階で、我条白華はしばらく泣いた。
 そして二年後、彼女はもう一度泣くことになる。それも恐らく、彼女にとって最も望まない形で。

114 ◆YOtBuxuP4U:2012/08/19(日) 09:47:40

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#region

 一方、最上階の一階下。
 サクリファイスビル23階の階段踊り場にて、以心伝心は報告を行っていた。

『はい。はい、こちら以心伝心です、お姉さま。説得は失敗しました。
 あれは無理です。あんな女、有象無象に落とし込めることは不可能です。空穴来風にでも殺させるしか――え?
 死んだ? 他力本願も連絡がつかない? そんな。また損失ですか……東奔西走を得るために仕方なかったとはいえ・……』
「あ、すいません。そこの御嬢さん。このビル内は、私的理由での携帯電話の使用は原則禁止ですよ」
『……え? ――すいません、お姉さま。一旦、切ります』

 ぴ。
 以心伝心は携帯電話の通話終了ボタンを押し、悪趣味なストラップのついたそれを一旦耳から離す。
 そして先にサクリファイスビルから出なかったことを後悔しつつ、目の前に現れた男の所持しているスマホに向かって再び電話を掛けた。
 男はノータイムでそれを耳に当てる。そして機先を制し、以心伝心より先に名乗りを上げた。

「こんにちは以心伝心ちゃん。さっきはなかなか楽しい胴上げをありがとう。胴上げされたのは高校野球で県大会を制したあのとき以来だよ」
『やれやれ。このビルには、いえこの街には、おかしな人が多いですねえ……♪
 あなたは有象無象に運ばせて、今頃は裏道のゴミ捨て場にいらっしゃるはずですが……』
「彼らかい? 彼らなら一階下で寝ているよ。
 私の術がなかなか効かなかったのには驚いたけれど――少なくとも彼らはまだ人間のようだ。
 ただ、君は少し怪しいね。私のストーリーラインにはない人物だ。術もど効きそうにない。この街は今、一体何とクロスオーバーしている?」
『……言ったでしょう。わたくしは四字熟語、以心伝心でございます。そこらの人間とは存在の密度が違うんですよ、密度が』
「だが私の物語には必要ない」

 四角いメガネを外して、先まで残念な秘書を演じていた男は、桃髪の少女にあらためて丁寧にお辞儀をした。

「始めまして。私は夜楽一誠(ヨグラ・イッセイ)。この佐久利市の<黒幕>を務めさせてもらっている者だ。
 そちらの<黒幕>と話がしたいのだが……その電話を貸してはくれないかな?」
『<黒幕>……?』
「この世にはね、御嬢ちゃん。語られることなく終わる物語があまりにも多すぎるんだ」

115 ◆YOtBuxuP4U:2012/08/19(日) 09:49:06

 夜楽は一歩足を踏み出し、次の瞬間には以心伝心の目の前に立っていた。五メートルは離れていたはずなのに。
 背の高い<黒幕>は、あくまで下っ端にすぎない少女を見下ろしながら話を続ける。

「世界は理不尽であふれている。虐げられるものと虐げるもの。得をするものと損をするもの。
 本人の資質もあるけれど、基本これらを分けるのはただの運にすぎない。そして人間はヒーローにはなれないから、運に反抗などできない。
 だから本来ならあるはずの物語を、諦めてしまう。負け組が勝ち上がる話、虐げられたものが虐げたものに復讐する話、
 運よく得をしたものが、運悪く損をする話。これらすべてに泣き寝入りをしてしょうがないで済ませることは、とても悲しいと私は思う」
『……』
「だから私はこの街の<黒幕>になった。個人では世界を正すことは不可能、ならせめて、この街だけでもとね。
 ま、基本はちょっとハッスルして、停滞している物語を進めたり、失われた物語を再生したりしているだけのただの会社員だけれども。
 正直言って、外部からこの街全体を別の物語の影響下に置かれるのは――少し困るんだよね。近々、大きな物語を始めるつもりだし。
 というかすでに、数年越しで仕込んでた”白華様と竜一の再会”がバッドエンドになっちゃったし……参るんだよなあ、そういうの」
『<黒幕>だか何だか知りませんが……どのみちこの街はあと二年で終わりですよ。
 どんな物語があるかは知りませんが、貴方にわたくしたちに刃向かえる力があるとは思いません。大人しくしてなさい』
「人間を舐めちゃあいけないよ、四字熟語」
『ぐっ……?!』

 腕が。
 夜楽と名乗った男の腕がいつのまにか以心伝心の首を掴み、小さなその体を宙に浮かせていた。
 人間の領域を超えた速度、人間の領域を超えた力で、きりきりと万力のように。少女が普通に苦しむレベルの圧力を首にかける。

『あ゛っ、あ゛あがっ、え゛、えあ゛っ!?』
「私は魔法使いではない。私は君のような不思議な力も使えない。私は生まれつき腕力や反応速度が高かったわけでもない。
 普通の人間、ただの凡人であり、そして催眠術師だ。私は私に暗示をかけている――私は”異常”である、とね」
『あ゛……がぎゃ、や、やあっ。いじめないで……わだしをいじめないでっ』
「人間というのは思い込みが激しい生き物でね、自分を変えようと本気で思えば、自分でも驚くくらいに人は変われるんだよ。
 それこそ神にでも悪魔にでもなれるんだ。どうやら御嬢ちゃんたちは人の理を外れようとしているようだけれど……、
 私から見ればそれほどに愚策なこともない。人は人のままそれにプラスするのが一番強くなれる。マイナスは結局弱くなるだけさ」
『あ゛――うえ゛っ、あ、ぁ……』
「さて、人の物語を邪魔したお仕置きはこれくらいにしておこう。携帯電話、もらうよ」

 近くの窓をガラリと開けて。夜楽一誠は苦しめつくした少女の身体を、地上23階から投げ捨てた。
 ひゅううううううう、音を立てて少女の身体は落ちていく。が、地面に到達する前に《消えた》。おそらくは敵側の介入だろう。
 そうなるだろうと当たりを付けていたため、夜楽は特に驚くことはなかった。
 床に少女が落としていった携帯を拾うと悪趣味なストラップを窓から放り投げ、懐にしまう。
 ゴミはおそらく裏道のゴミ捨て場に落ちるだろう。

「”この街はおまえらの好きにはさせない”というのは、何も正義側だけの主張じゃないこと。分かってくれないものかなあ」

 軽快な、普通のリズムで階段を降りながら、夜楽は再び懐古趣味なメガネを再びかけて田中一誠に戻った。
 空は快晴、いまだ昼。本来、彼が本格的に動き出すような時間ではない。
 街の<黒幕>はこの日の夜――事件の<黒幕>へ電話を掛けた。
 それが彼の基準で物語を為すにふさわしいものか、あるいはただの暴力かを見極めるために。

 
#endregion

116 ◆YOtBuxuP4U:2012/08/19(日) 09:52:38
ミスった、>>113
「 背後に居るらしき”お姉さま””あの人”も」の「”あの人”」はいらなかった。

投下終了です。つまり四字熟語ロワに次回があるなら参加者は四ケタなのかもしれません。

117 ◆9n1Os0Si9I:2012/09/08(土) 21:36:59
投下乙です。
おまけでもこの質……ここまでキャラに設定を込めれるのはすごいと思います。

では自分はおまけというか、予告編みたいなのを投下させていただきます。

118 ◆9n1Os0Si9I:2012/09/08(土) 21:38:07
         希望  ×  絶望


とある島に集められた者たちは絶望(きょうふ)と戦う事となる。



「オマエラには――――――――コロシアイをしてもらうよ……うぷぷぷ」



その人数は合わせて350人――――。
その中から生存という権利を与えられるのは、1人。
最低にして最悪の、イス取りゲーム(コロシアイ)の開幕。



「私が救ってやろう!」         「俺達は――――負けない」    

              「由乃おおおおおおおおおおお!!」

     「それが、僕のやるべき事だろうからさ」

                   「――――僕は」

  「こんなこと、許せるわけがないだろうが!」             「殺すッ――――!」

        「センセ――――俺は諦めないよ」   「皆殺しにしてやる……!!」


      「俺は……狩人だ!」
                       「お前がその気なら、私もやってやろうじゃないか」
「ペルソナッ――――!」
                「なってやるさ……正義の味方に、今度こそ」


   「俺の、『勝ち』だ」
                              「待っていろ――――必ず俺が、止めてやる」

                  「生徒会を、執行する」

「この場において、自分は何をすべきなのだろうか」                      「喰らええええええええええええ!!」


       「『アイツ』に胸を張って言える正義の『ヒーロー』に」



  「その幻想を――――」



       「さぁ、絶望しろ! この状況に、俺に、全てに! 貴様らに、希望などないのだ!!」








                   「「それは違う(よ!・ぞ!)」」




【異常人数ロワ・開催予定日未定】

119 ◆9n1Os0Si9I:2012/09/08(土) 21:40:15
投下終了です。
自分選ロワが終わったらやろうかななんて考えているロワの予告編を執筆の息抜きに書いてみました。
台詞はロワ内で喋らせようと妄想してたセリフを書いた上に、名簿もないのでこの台詞を喋ってるのが誰ってわかったら異常者レベル(数人分かりそうですが)
いつか本当にやれたらいいな……!

120 ◆9n1Os0Si9I:2012/12/27(木) 20:44:56
おまけ完成したので投下します。
変哲×他作品シリーズ第二弾です。
今回は「新訳俺オリロワ」からです。
題名:「Anniversary Day」

121Anniversary Day ◆9n1Os0Si9I:2012/12/27(木) 20:45:41
【0】

幸せな日には記念を。
好きな人には贈物を。

【1】

私は今、すごきドキドキしている。
――――そう、私にとって年に一度の大イベント。
こんな大事な日に失敗をするわけにはいかない。
既に恋人には仕事で出かけると言ってある。
けれど、それはもちろん嘘である。
私が今からするのは、準備だ。
何の準備かは、今までに言った言葉で分かるだろう。

「今日は――――」

ずっと準備してきた計画なんだ。
一ヶ月くらい前からずっとどうすれば喜ぶとか色々考えてきたんだから。
絶対に失敗するわけにいかないし、するわけがないと思っている。
そう、ずっとずっとずっと頑張ってきたんだから!
絶対に成功する――――!
今の時間は10時30分……確かレックスが近所のおばちゃんの手伝いを終えて帰宅するって言ってたのが7時だ。
あと8時間30分、この間にすべてを終わらせる。
まずは近所の商店街、と行きたいところだけどおばちゃんたちがそこに行ってる可能性もある。
レックスと鉢合わせなんかしてしまったら、この計画が水の泡になってしまう。
だから、一駅先のデパートに行こうと思う。
お金はかかってしまうけれど、今日だけは仕方がない。
だって、今日は『特別な日』なんだから。
こんな時くらい、お金の心配はしてはいけない。
さぁ、切符も買ったしレッツゴー!


早速迷いました。
はは、初めて行こうとしてるから仕方ないよね。

「……うぅ」

駅から徒歩五分、という表現は間違っていると思う。
どうせなら駅前オープンにしてくれればよかったのに。
というか方角とかも無いのはおかしいと思う。
いや、普通の人はそう間違える事とかないからなんだろうけどね。
別に私も方向音痴と言うわけでもない。
土地勘とかそういうのは無くても道に迷う事はあまりない。

「……誰かいないのかなぁ」

完全に住宅街に来てしまった。
駅から5分経ってもつかないのである。
飛んだ看板詐欺ね、訴訟よ訴訟。
いや、そんな事はどうでもいい。
時間も惜しいから、誰かに聞いて道を調べないと。
とは言っても誰もいないような場所だし……。
いや、むしろなんでこうも人がいないのだろう。

「ぎゃはははっ! なんだよそれ!」
「そんなんだからお前はザコ扱いされんだよ」
「アァ!?」

122Anniversary Day ◆9n1Os0Si9I:2012/12/27(木) 20:46:18
ちょっと遠くからだが、こんな声が聞こえてきた。
嫌な予感がする、というそのままの感じである。
けれど、時間が惜しい。
仕方ないが、この声の主たちに道を聞くしかあるまい。

「あの……」
「あぁん? 誰だテメェ」
「ちょっと道を伺いたいのですが……」
「ん、コイツ……」

男の内の一人が、ニヤリと笑った。
それはまさに、背筋が凍るような卑下た笑いだった。

「椎名はづき……だよな」

直後、私は三人に囲まれた。
何がどういう事なのかわからない。
だが、少なくとも……いい状況じゃないという事は分かる。
どうしようか、私は考える。
――――どうしようもなかった。

【2】

疲れた、それが俺がこの町について思った事だ。
別に旅行できたわけでも何でもない。
一応ここは俺が生まれた町だ。
ただちょっと、数日間空手の合宿に行ってただけだ。

「しかし修学旅行が目前に迫っているというのに……」

そう、修学旅行がすぐ目前に迫っているのだ。
地区予選はそれが終わった三日後に始まる。
それを考えればギリギリまでやっても当然なのだけれどな。
そして今日はやっとのことで休日だ。
面倒事もなくそのまま帰って寝る。
それがいちばん平和的でいいな。

「…………はぁ」

そうだと良かったのにな。
いや、そうなるとは思ってなかったけどさ。
そう、こいつらはアレだったな。
最近街中で調子に乗っている田中三兄弟だっけ。
いや、兄弟じゃなかったような気もするが。
俺にとってはどちらだっていいんだけどな。

「あのさ、そこの三人何やってんだよ」
「アァ!? お前に言わなきゃいけない法律でもあんのかよ!」
「そうだそうだ! テメェ見たいな男はお呼びでねぇんだ!」

なんつーかうるさい奴らだな。
かませ臭というのはこういうことを言うのだろうか。
浅倉が言っていた意味がやっとわかった気がするな。
というかこいつらは何をやっているんだ。
路地裏でたむろって、馬鹿らしいにもほどがある。
よほど低能なことでもやっていたのだろう。

「た、助けて!」
「……?」
「くっ、テメェは黙ってろ!」

123Anniversary Day ◆9n1Os0Si9I:2012/12/27(木) 20:47:25
ガン、と言う音が耳に響く。
コンクリートを叩く音だというのはわかったが、正直好ましい状況ではないようだ。
先ほどした声の主は間違いなく女性だ。
こいつらがやろうとしている事は、大まかに理解できた。
これは、止めないわけにはいかないだろう。

「悪いが、俺にはお前らを止める義務がある……痛い目見たくなかったらさっさと逃げろ」
「ハッ! お坊ちゃんみたいな奴が何言ってやがる! こっちは三人いるんだ、まとめてかかればこっちが有利なんだぜ!」
「そうだ、こっちは3人なんだよ! ビビったかこのヤロー!」

中学生相手に3人で襲いかかるってよほどしょぼい事やってるよなこいつら。
まぁ――――それは俺がただの何もやってない中学生だった場合だけれどな。
一応これでも、空手をやっているからな。

「――――フッ!!」
「だがぁ!?」
「た、田中ぁ!」

襟を掴み、そのまま勢いを付けて投げる。
他の二人も巻き込んで、若干惨状の様になったが気にしないでおこう。
覚えてろよ、と言う感じに負け犬の遠吠えと言うにふさわしいセリフを残し三人が消えていく。
いや、路地裏で何故か置かれてるゴミとかが散乱してる時点でやりすぎたな。
あとで片付けとかをしておかなければならないな。
こうして俺の休日が奪われていくのか、気に食わない限りだ。

あ、というか忘れてたが誰か連れ込まれてたんだよな。
誰か分からないけれど、一応大丈夫か聞いておいた方がいいだろう。
さて……と!?

「あ、あの……助けてもらったところ悪いんだけど」
「……え、あ、あの」
「ん? ど、どうかしたの?」

どうかしたのってどうかしてるんだよ。
思いっきり服のボタン外れて見えてるんですよ。
何が見えてるか? そんなの自分で考えろ。
っつーか目のやり場がないんだよ。

「いや、あの……上をどうにかしてください」
「え……あ、本当だ……ボタンが……」
「…………まったく、最低な野郎どもでしたね……こういうことやって楽しいのか」
「って、ああああああああああああああ! 思い出した!!」
「うおっ……な、なんですか?」
「○×デパートって、どこにあるか分かる!?」

○×デパート、といえば最近できたあれだろう。
そういえば瀬戸の奴がどうこう言っていたな。
まさか瀬戸の一家に喧嘩売るグループが出るとは思ってなかったがな。
でもまぁ、あまり買いたい物がない俺にとっては行く機会がなかった場所である。
いや、知っていない事は無いんだがな。
この人もここまで焦ってるって言う事は、何かやらなくてはならない事があるのだろう。
それを手伝わない義理は、俺にはない。

「ああ、わかるけれど……」
「本当? じゃあ道教えて――――」
「その前に……上の服をどうにかしてからです」

忘れてるような流れであるが、かなり大切なことである。
まぁ、このままいったら警察の世話になっちまうしな。
それは俺としても好ましくない。
受験とかもあるしさ。
母親がいない事を祈りながら、服を貸すためとりあえず家に帰った。

124Anniversary Day ◆9n1Os0Si9I:2012/12/27(木) 20:47:56
【3】

運がいい事に家には親はいなかった。
そういえば知り合いとランチを食べに行くとか行ってたような気がする。
ランチと言いつつ帰ってくるのは5時くらいとか言うことをやってのけるからな。
まぁ、何があろうとこの人がいる状態で帰ってくる事は無いだろう。

「あ、そういえば自己紹介してませんでしたね……俺は吉村浩平です」
「私は稲垣葉月、よろしくね」

先ほどあった女性こと稲垣さんに俺の昔着ていたカッターシャツを渡す。
どうせもう使う事は無いだろうし、渡したところで怒られる物ではないだろう。
親戚に俺が通ってる中学に来たいと思っている人はいないし。
いや、まぁ普通に公立通いたいって人が多いからな。
俺の場合は空手に集中したいから、そこそこ力も入れてくれているここに入ったわけだが。
成績、運動、芸術、どこかに一個良い物があれば入れるような変な中学である。
公立とあまり変わらないからな。

さて、さすがに着替えてるところを見るわけにはいかないからな。
部屋を出て着替え終わるのを待っている。
浅倉とかノリのいい奴がいれば、覗こうぜとか言われるかもしれないが、俺はそんなことする気はない。
信頼を失うことを、こういう場面でするべきではない。
それ以前に、あまりそういうことに関心がないからな。
やってみたところで、「だからなんだ」で終わってしまう。
いや、だからなんだっつーか最悪あれだな、逮捕だな。
――――うん、逮捕はやだな……考えるのをやめよう、おかしなことになる。
まぁ、やる前提でしかこの心配はいらないけどな。

「吉村君、もう大丈夫……ありがとね」

部屋の中から稲垣さんが出てくる。
服のサイズは丁度……とは言えなかった。
まぁ、なんだ……男と女の差の部分が張っている。
元々小さめのサイズだから仕方ないとは言え微妙な感じだ。
だからと言って母親のを貸すわけにはいかない。
上に何か羽織る物を貸すにも、熱さがやっと薄らいできたこの時期に貸すのはおかしいと思う。
正直まだ残暑って感じだし、カッターシャツくらいで十分だからな。
……でもこんな服装のまま行かせるとまたああいうやつらに目をつけられるといけないしな。
一般人からは変な目で見られるかもしれないって程度だが、流石にああいうやつらは難癖つけてくるからな。

「じゃあ行きましょうか」
「え?」
「いや、だから道案内するっていいましたよね」

まさか忘れたとかって言うんじゃないだろうな。
いや、っつーかさっきのあっちの方向にあるっていう話(キンクリ済み)だけで理解しつもりなのだろうか。
この人はアレか、大丈夫なのか本当に。

「……いや、大丈夫だよ! 道はさっき教えてくれたじゃない?」
「いやいやいや、あれで理解したつもりなんですか!?」

思ったよりやばいよ、この人。
っつーかさっきまでの状況とかも分かって言ってたのかよ。
――――うーん、これは諦めたほうがいいんだろうか。
正直見捨てるという選択を取るのは好ましくないんだけどね。
いや、でも俺疲れてるし寝たいんだよな。

125Anniversary Day ◆9n1Os0Si9I:2012/12/27(木) 20:49:26
まぁ、改めてってわけだな、本当に。
――――――――そしてまぁ、時間省略ってことで。

【4】

時間省略終了、はいデパートに到着だな。
駅から5分の対極側なんで10分くらい経ってついたのである。
いや、初めて眼前に見たけれど、すごいなこれ。
商店街を細切れにして縦にしたような感じだ。
――――商店街と言っても規模があるけれどもな。


「着いたー! ありがとね、吉村君! それじゃあ私はこれで――――」
「いや……買い物とかするんなら手伝いますよ」
「え――――?」

ん? なんか俺は変なこと言ってしまっただろうか。
ここまで着て普通に帰るのもあれだから手伝おうとしたんだが。
それとも俺がいたら駄目なのだろうか。
俺がいたらダメな理由なん――――。

「あ、いや、その……ダメならば帰ります、すみませんでした」

しまった、考えてみればあれじゃないか。
その、下着とかそこらを買いに来たんならついて行っちゃいけないだろうが。
なんでそっちにまで頭が回らないんだよ。
やべぇ、もしそうなら俺セクハラじゃねえか!
どうしよう、後ろ振り向いてダッシュするか?
修学旅行の日を俺は留置所で迎えるのか。
このまま行くとマジで空気読めないという理由で逮捕だぞ俺。
どうする、どうするよ俺!
マジで時を戻せ! こればっかりはダメだ!
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!

「あ、ありがとう! 手伝ってくれるなら、手伝ってもらおうかな」

――――と、言う返事がいただけました。
よし、ちょっと俺は落ち着こうか。
流石に被害妄想が行き過ぎた。
俺らしくもないじゃないか。
いや、俺は基本女子とかと喋るときこうなるけどな。
浅倉が言ってた用語で言うならば『コミュ障』だっけか。
あいつはこういう用語を何でも知っているような気がするな。
俺は全然用語とか知らないから会話に入れない。
いや、知らない方が幸せかもしれないけれどもしれないけれど。
おっと、話が脱線してしまった。

「あ、はい……手伝わせていただきます……で、どこに行くんでしょうか」
「うーん、じゃあまずは食料品売り場に行きましょう!」
「え、あ、はい」

食料品売り場、って言うのは意外だった。
駅からどうこう言ってたからなんかこういうところにしか売ってない物を買いに来た人かと思っていた。
食料品なんて、どこででも買えると思うのだが。
いや、高級食材でも買いに来たのだろうか。
それだったらあり得るが……なんと言うかそういう風に見えないんだよな……。
なんというか、金持ちと言う感じがしない。
と言うか今俺は最低な発言したよな。
外見だけで人を判断するとか、最悪じゃねえか。
人は外見だけじゃなく、心も大事だというのに。
こういう事を考えるから俺は弱いんだ。
よし、リセットだ。
理由とかは知らないけれど、ついていくしかない。
これ以上余計な事は考えないようにしないといけない。
だんだん俺もおかしい方向に進んでいっているし。

126Anniversary Day ◆9n1Os0Si9I:2012/12/27(木) 20:50:01




「――――えーっと、これとこれと……あ、これも」
「………………」

いや、予想も外れていた。
ちょっと高めの肉とかを買っているとはいえ、高級食材とは言えない。
これを買うとしたなら別に近くの店とかでも変えるはずである。
ここに来た意味もない気がする。
聞くのは野暮だと分かっているが、それでも気になってしまう。
だが……さっきもそうだったが、これで触れる事がいけないっぽかったらどうだろうか。
結果的にはどうにでもなるのかもしれないが……正直な。

「うーん、これとこれはどっちがいいかな……」

うん、別に今でなくたっていいはずだ。
まだ買い物し始めたばかりだし。
それに向こうから教えてくれるかもしれないし。
果報は寝て待てという言葉もある。
いや、それは違うよな。

「――――む?」

などと色々考えていたところ、視界の端に見覚えのある姿を見た。
あの小柄な体格におかっぱみたいな頭、俺の知っている通りであれば岡崎琴音で合っているだろう。
声をかけようかと悩んだが、考えてみればそんな仲がいいわけではない。
急に声をかけられて悪印象を抱くかもしれない。
まぁ、別に声をかけなかったからどうこうとかないだろう。

「どうしたの? 吉村君」
「いいえ、何でもありません」

俺がずっと違う方向見てたから気付いたのだろう。
うん、声をかけるのはやっぱやめておこう。
今は(自分から申し出たのだが)手伝いしている最中なのだ。
違う事をやるなどというのは、失礼だろう。

「えーっとお肉は買ったし、調味料とかお茶も買ったし……」

稲垣さんは書いていたメモと睨めっこをしている。
いやぁ、ここまで準備してくるとはすごいな。
準備万端、と言う感じでここに来たんだろうな。
方向は間違えてたけどさ。

――――しかし、何かおかしいよな。
なんでこんな量を買ってるんだろうか。
どう見ても稲垣さんだけで食べきれるような量ではない。
だってステーキ肉を300gって、絶対一人で食べきれないし。
うちのクラスでもこれ食い切りそうな奴は少ないだろう。
運動部軍団とかなら食い切りそうだ、俺は無理だが。
……家庭持ち、と言う感じには見えないんだよな。
見た目的にすごい若いし。
20ちょっと、19と言っても嘘には思えない。
じゃあ、何だろうか。
親からの頼みごと、ではなさそうだし。
……うむ、わからん。
とりあえず、これ以上考えても無駄だろう。
と、なんか周りが騒がしくなってきた。
なんだろうか、と思っていると。



「きゃああああああああ! ひったくりよ!!」

127Anniversary Day ◆9n1Os0Si9I:2012/12/27(木) 20:50:43
叫び声が聞こえた。
どうやらひったくりが出たらしい。
ああ、怖い御時世だよな。
っていうかこんな所でひったくりって何考えてるんだよ。
人が多いから、逆に捕まる可能性が高いと思うのだが。
ここでやった方が金持ちが多いとでも思ったのだろうか。
一攫千金とか思ってるんじゃないんだろうな。
逆に迷惑だしやめてほしいね。

「どけええええええええええええええええ!!」

すると向こうからマスクをつけた男が走ってきた。
手にはカバンを二つ、どう見てもひったくりだ。
逆に先ほどまでの状況と照らし合わせてひったくりじゃないって言う方がすごい。

「ちょ、吉村君! 危ない!!」
「え?」
「らああああああああああああああ!!」

目の前には男が迫ってきていた。
何故俺を避けようとせずに突っ込んできてるのか分からないんだが、どうやら面倒なことになっているようだ。
っていうか気付いたがひったくり犯さんの手にナイフが握られている。
ああ、理解した。
このまま行くと、俺刺されるんだな。

「ッ――――!!」

ひったくり犯(改めAさん)の肩を掴みそれを支えに緊急回避のようなものをする。
勢いのまま俺に突っ込んできていたAさんはバランスを崩してそのまま転倒。
そしてそのまま店員とか警備員に確保された。

「…………ふぅ」

いやぁ、危なかったな。
もうちょっと反応が遅かったら腹にナイフが刺さってたのかな。
痛いだろうな、骨折した時より痛いのだろうか。
まぁ、知りたくないし知ることもよほどないだろう。

「ひったくりも捕まってよかったですね、で……稲垣さん、買い物は――――」

パチン、と言う音とともに俺の頬に痛みが感じられた。
一瞬どういう事か分からなかったが、目の前で稲垣さんが半泣き状態でいるのを見て理解した。
ああ――――どうやら俺は変な事をしたらしいな、と。

「なんであそこですぐに逃げなかったの! ナイフ持ってて危なかったのに、どうして動きもしてなかったの!!」
「……いや、気づかなかったもので」

まぁ、嘘は言っていない。
気付かなかったのは俺が自分の世界に入っていたからではあるが、気づかなかったのは本当だ。

「……もし怪我なんかしたら、なんていえばいいのかわからなくなるのに……」
「――――え?」
「だって、私が頼んだのに挙句の果てに怪我されたなんてなったら……」
「いや、どう考えても俺のせいでしょう……? だって避けなかったのは俺のせいなんですから。
 あ、自分が誘わなかったらっていうのはなしですよ。 ついてくって言ったのは俺なんですし」

128Anniversary Day ◆9n1Os0Si9I:2012/12/27(木) 20:51:14
いやぁ、なんつーか混乱させっぱなしだね。
俺のせいなんだけどさ、それも。

「よし、気を取り直して買い物行きましょう……次はどこに行きます?」
「――――うん、えっと……ちょっと待ってね」




ここで、俺の今日浮かんでいた疑問は全て解消された。



【5】

エピローグその1、とでも位置づけようか。
買い物も終わり俺は稲垣さんと別れた。
駅まで送り、改札口を通って見えなくなった所で息を吐いた。

「しっかしまぁ……彼氏さん持ちか」

考えてみればなんでそんな簡単な事が分からなかったんだろうな。
だって、普通はそうなるじゃないか。
まぁ、そこらへんが俺の考えの悪さなんだろうけどな。
直さなくてはいけないと思いつつも、直るものではないのだ。

「――――まぁ、俺もいつかそういうの考える時が来るのかね」

今の時点では考えもつかないけれどね。
自分の事だけで精いっぱいな自分に何ができようか。
空手と受験だけで今は精いっぱいだ。

「あれ、吉村君?」
「……あ、岡崎さんか」



「さっき見てたから声かけようとしてたんだけど……あの、さっき傍にいた女の人は」
「稲垣さん、道案内ついでに買い物を手伝ってたんだよ」
「――――あの、それじゃあその人と付き合ってたりとかは」
「無い」

というかさっき見てたのか。
もし刺されてたら確かにやばかったな。
稲垣さん然り、岡崎さん然り。
トラウマを残させる羽目になっていたというわけだ。
うーん、もうちょっとしっかりしてるべきだな。

129Anniversary Day ◆9n1Os0Si9I:2012/12/27(木) 20:51:44
「そ、そっか……うん、で……吉村君って何か用事あるの?」
「ん? いや、別に」

何か安心してるような表情してるけどどうしたんだろうか。

「――――えーっと、あの……」
「……」
「そのー……えーっと……」

何を悩んでいるのか。
いや、悩んでいるわけではないのだろうか。
こういうところでわかるようになれば、浅倉達にどうこう言われることもなくなるだろうか。
……まぁ、永久の課題だよな。
というかまだ何か悩んでいるようである。
何かあるならば言ってくれればいいのにさ。

「あの、何もないなら帰るけど……」
「あ! ちょ、ちょっと待って!!」

なんだ? やっぱり何かある感じだな。
とりあえずそろそろ母親が帰っているはずなんだが。
何かあったんだろうと追及してきそうだから早く帰りたいんだが。
でも、なんか無視して帰るのもなぁ。

「え、えーっと……そ、その……い、一緒に帰らない?」
「――――え?」

信じられない、といった感じに声を出してしまった。
いや、実際信じられないんだがな。
一緒に帰ろうなんて言われたのは初めて――――ではないにしろあまりない。

「ああ、それくらいならいいよ……確か方向同じだったよな? まぁ、辺りも暗いし送ってくよ」
「――――あ、ありがと!」




まぁ……総じて悪くない休日にはなったな。
あの後岡崎さんの母にすごく粘られて晩飯をごちそうになってしまったし。
色々いじられたけど(岡崎と違ってすごくアクティブな人だったからな)、まぁ悪い気はしなかった。
これこそ平和な日々って感じだよな、少し前の事はもう忘れたよ。

「んじゃ、俺はもう帰るよ岡崎さん……晩御飯までごちそうになっちゃって、ごめんね」
「え、いやいや! こっちこそ、その……お母さんが色々言っちゃってて、止めれなくてその……」
「いや、楽しかったからいいよ……それじゃあまた次会う日は修学旅行になるな、楽しもうぜ」
「うん! それじゃあおやすみなさい」
「ああ、おやすみ」

もうすでに外は真っ暗である。
夏が終わりかけに入り、夜になるのも早くなってくる。
珍しく見えた星を見ながら、俺はただただ思った。



(この平和な日々が、続くことを願おう)

130Anniversary Day ◆9n1Os0Si9I:2012/12/27(木) 20:52:17
【6】

「よい、しょっと……これで準備は完了!」

ケーキや料理を並べ終わり、息を吐いた。
レックスが帰ってくる前に完成してよかったと本当に思う。
近所の人たちには本当に感謝しなくてはいけない。
時計を見ると8時過ぎを指していた。

「あとはレックスが帰ってくるのを待てば……」

そう、今日は彼女――――稲垣葉月とレックスが出会ってから1年の日だった。
この日のために数日も前から近所の人たちと協力していろいろ準備していた。
だから失敗するわけにはいかなかった。
一度は危なかったけど、吉村君のおかげで何とかなった。
一番感謝するべきは彼なのだろうな、と思う。



「ただいまー! 葉月ぃぃいいいい! 会いたかった、ってなんだこりゃあああああああ!!」



と、そこでレックスが帰ってきた。
予想以上の反応に内心嬉しく思いながら、レックスの所に駆け寄る。

「おかえりなさい! 今日は私たちが出会って1年の日だから、奮発しちゃった!」
「は、葉月……覚えていたのか、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! 葉月いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」






―――――――しばらくお待ちください――――――――

131Anniversary Day ◆9n1Os0Si9I:2012/12/27(木) 20:52:48









       提        供


    川       田      屋


    瀬  戸  グ  ル  ー  プ

132Anniversary Day ◆9n1Os0Si9I:2012/12/27(木) 20:53:29
―――――――  嘘  で  す  ――――――――



過程は省略、提供リセットです。
というか提供なんてありませんけどね。

「あ、そうだレックス……これ」
「ん……これは?」
「開けてみて」

色々ヤった後(意味深)にデパートで買ってきたものをレックスに渡しました。

「これ、マフラー?」
「うん……これから寒くなってくからさ……一緒にあったまれればなぁ、って思って買ってきたの」

渡したのは、恋人たちがつけてるような長いマフラーだ。
他にいいプレゼントが思い浮かばなかったけど、吉村君も口では言ってなかったけど微笑んでたあたり賛同してくれてたんだろうなと思う。
こういうプレゼントの方が、レックスが喜んでくれると思っていたし。


「う、うおおおおおおおおおおお!! 葉月ぃぃぃいいいいいいいいいいいい!!!!」




さて、こんなところでこの話はここまでにしておきましょうか。
吉村君にはまたお礼を言えてないから、いつか言いにいかないとなぁ。

「ねぇ、レックス」
「何? 葉月」
「改めて、これからもよろしくね」

これからも、こんな日々が続けばなぁ、と願います。

133 ◆9n1Os0Si9I:2012/12/27(木) 20:55:34
投下終了です。
後半に入って展開が決まってきたあたりから表現の仕方が乱雑になる自分の悪い癖が発生してしまいました。
ちなみに題名は日本語訳で記念日となるはずです。



なお、出会った記念日が何日かなんて実際わかっていないので勝手に妄想してしまいました。

134 ◆ymCx/I3enU:2012/12/27(木) 21:20:25
投下乙です!
吉村君かっけえなぁ
葉月とレックスが出会った日は……遭遇記念日? 実は自分も特に其の辺は決めていないと言う(爆)
ケーキの上にレックス謹製のホットミルクを(ry
ケーキと言うより葉月にレックスが入刀(ry

ありがとうございました!

135予告編(1) ◆jZCpcbFowc:2013/01/26(土) 22:08:08
――人生は生きるに値しない。
アダムとイブの永遠の為に。
その為に――意味を失ったゴミは、淘汰されるべきだろう?

「それじゃあ死ね、泥人形」

進行役・アダム・ローレンチェフ/イブ・ローレンチェフ


「渇くんだよ」
「渇くんだ、渇くんだッ!」
「     だから   寄越せよ。    その純潔を」――参加者A

「あら、まだ生きていたの? 無能な癖に息が長いのね。既視感があるわ、そういうの」
「――あぁ、いい……! もっと感じさせて頂戴――その、鮮血が私を只一つ喜ばせるのよ」
「意味なんてアテにならないものよ? だって、現に私は全く変わっていないもの」――参加者J

「やあ、お嬢ちゃん。一人かな? よかったら、おじさんのパーティーに来ないかい?」
「好きだよ。ああ、だけど――きみの」

136予告編(1) ◆jZCpcbFowc:2013/01/26(土) 22:16:24
「そう、きみの、きみの――分かれた姿はもっともっといとおしい」――参加者G

「ああ、思い出せないとも。思い出せないけれど、ここに僕はいる。そいつで十分さ」
「僕を敵に回すなんて、お前はロンドンの切り裂き魔にも劣らない度胸をお持ちのようだな」
「安心しろ。お前が悩むことは二度とないよ――そのために、頭も砕いてやるからな」――参加者T

「ばかにしないで……おとうさんのことを、ばかにしないで……!」
「思い出せないけど。思い出せないけど、たぶん最後まで私は、面汚しだったんだろうなぁ」
「――我、開戦を宣言す――」――参加者M

「わたしは思うのだ。精神科医は、もっと充実させるべき仕事であると。だからわたしのような欠陥品のせいで人が傷付くことになる」
「何故殺すのか、と? 簡単なことだとも。そこに生命があるから、わたしは殺すのだ」
「願わくば、来世では穏やかな……そう、小鳥のような存在になりたい――」――参加者H




――――BITE THE DUST―――






.

137予告編(2) ◆jZCpcbFowc:2013/01/26(土) 22:27:23
「僕の名前はTだ。もうめんどくさいからそれでいい」

「――だって、気に入らないだろ? 手前勝手な理屈で躍らされるのは」

「死ね、クソッタレがッ!
 オマエみたいなクソ女は犯す価値もねェッ! 無駄に長生きしやがってよぉッッッッ!!」

「わたしはただ、幸せになりたかっただけなのに」

「あなたは誰とも似てない……おかしな人」

「悪いけど、私の前で家族の話をしないでくれるかしら? つい、うっかり、殺してしまいそうよ」

「――なんて、道化――」

「これが”真実”か――く、くくッ! そういうことかよ、おい……!!」

「分かったろ、わたしもお前も同じなんだ」

「僕、が――」

「手を、出すな…………!!」


――もう一度だけ。
――もう一度だけ、チャンスを下さい。


「ねぇ、イブ」
「なぁに、アダム」
「愛してるよ」
「わたしもですよ」


――永遠を求めた原罪が謳う。



「さぁ、神風をお見せしよう」

「吹き飛べ塵芥ィィイイイイイイイイイイッ!!!!」

「戯言だな。お前の話は、ただの戯言だ」

「足りねえ――足りねえよ、死体が! 肉体が! 子供が! 足りなすぎる!!」

「気が合いそうだ、あんたとは」


――群像劇の最果てに
――泥人形は夢を見る


「きみの名前を――」


「あなたの名前を――」



ネームレスバトルロワイアル――近日開催

138 ◆jZCpcbFowc:2013/01/26(土) 22:27:59
予告投下してみました。
早ければ明日にも始めるつもりですん

139 ◆xR8DbSLW.w:2014/01/30(木) 15:54:46
まだまだ原作や私の都合諸々の理由で始動するまで時間がかかりそうですが、予告と言うことで名簿を貼ります。

ロワ名(仮):xRロワ

5/5【クリミナルガールズ・INVITATION @ゲーム】
○如月恭華/○片木左子/○片木右子/○初来慎/○姫上綾乃

5/5【テイルズオブリバース @ゲーム】
○ヴェイグ・リュングベル/○マオ/○ユージーン・ガラルド/○アニー・バース/○サレ

5/5【ToLOVEる・ダークネス @漫画】
○結城梨斗/○金色の闇/○モモ・ベリア・デビルーク/○ナナ・アスタ・デビルーク/○黒咲芽亜

4/4【ペルソナ4・ゴールデン @ゲーム】
○鳴上悠(主人公)/○花村陽介/○クマ/○足立透

4/4【9S @ライトノベル】
○坂上闘真/○峰島由宇/○真目麻耶/(○クレール)

4/4【伝説の勇者の伝説 @ライトノベル】
○ライナ・リュート/○フェリス・エリス/○シオン・エスタール/○キファ・ノールズ

4/4【VS!!(著・和泉弐式) @ライトノベル】
○戦闘員21号/○レヴィアタン/○緋崎秀一/○姫宮桜

4/4【烈火の炎 @漫画】
○花菱烈火/○佐古下柳/○紅麗/(○葵)

3/3【めだかボックス @漫画】
○黒神めだか/○人吉善吉/○球磨川禊

2/2【疾走する思春期のパラベラム @ライトノベル】
(○佐々木一兎)/(○長谷川志甫)

2/2【ZETMAN @漫画】
○神崎人/○天城高雅

wikiもなんだか都合が悪そうなので、こちらに新設します。
ttp://www59.atwiki.jp/xr8drowa/

始めれるのがいつになるか分かりませんが、始める時はまたよろしくお願いします


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