[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
1-
101-
201-
301-
401-
501-
601-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
うにゅほとの生活5
403
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/03/01(土) 03:41:15 ID:gGPdFzos0
2025年2月25日(火)
「××、欲しいものがあるんだ」
「なにー?」
「ハンディクリーナー」
「……?」
うにゅほが小首をかしげ、レイコップのハンディクリーナーを指差す。
「ある……」
「あるけど、不満もあるだろ」
「ふまん……」
「まず、吸引力がすこし弱い」
「それは、うん」
「あと、吸ったゴミを掃除するのが大変」
「あ、それはある」
愛用しているレイコップのハンディクリーナーは、ゴミの集まる部分と吸引部が分かれていない。
ゴミを捨てるのが非常に煩雑だし、衛生的でもないのだ。
「だから、ここらでワンランクいいものを買いたいな、と」
「なら、はんぶんだすよ」
「いいのか?」
「うん!」
「じゃあ、すこしお高めのも狙えるな。いいやつ探そう」
「さがそう、さがそう」
Amazonを開き、ハンディクリーナーで検索していく。
こうして、何を買うかふたりで相談している時間が、買い物のなかでいちばん楽しい。
「──お、これいいんじゃないか? SharkのEVOPOWER」
「しゃーぷ?」
「シャーク」
「さめ」
「サメだな、うん」
うにゅほに画像を見せる。
「ほら、ボタンひとつで簡単ゴミ捨て。ダストカップは取り外して水洗い可能だって」
「あ、いい! これいい!」
「いいだろー」
「これにしよ」
よほど気に入ったらしい。
と言うか、ダストカップの存在しないレイコップのハンディクリーナーに、密かに不満を抱いていたらしい。
「本体が一万八千円。フィルター入れたら概ね二万円だな。ひとり一万円なら余裕だろ」
「うん、よゆう」
「よし、お買い上げだ!」
新たなハンディクリーナーをポチる。
Amazonによれば、届くのは日曜日のようだ。
楽しみである。
404
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/03/01(土) 03:41:38 ID:gGPdFzos0
2025年2月26日(水)
「あ」
カレンダーを見上げたうにゅほが、ふと呟く。
「にーにーろくじけんだ……」
「××、二・二六事件のこと知ってんの?」
「うへー」
知らないらしい。
「まあ、名前だけは有名だもんな」
「◯◯、しってるの?」
「……ずーっと昔に、なんか、関連する動画を見た記憶がある」
「おぼろげ」
「そんなもんだ」
「そんなもんかー」
つん。
うにゅほが、俺の右腹に触れる。
「なんろっこつえん、だいじょぶ?」
「あー……」
「?」
「忘れてた。つーか、治った。もう痛くない」
「いたくないの?」
「平気」
「しんぱいかけてー……」
「悪い悪い」
「◯◯のせいじゃ、ないけど」
「原因がわからん。打ったわけでも、攣ったわけでもないのに……」
「うーん」
「××、原因不明で体が痛くなることってあるか?」
「ない」
「ないか」
「おぼえてない」
「あるかもしれないのか」
「わかんない」
正直である。
「何かあったら、すぐ言えよ。××みたいに普段健康だと、いきなりでかいの来そうで怖い」
「わかった、いう」
素直である。
俺は病気をしてもいいから、うにゅほだけは健康であってほしい。
うにゅほは逆のことを思っていそうだけれど。
405
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/03/01(土) 03:42:19 ID:gGPdFzos0
2025年2月27日(木)
「◯◯、とどいたー」
「うん?」
長い箱を小脇に抱えたうにゅほが、自室の扉を開く。
「はんでぃくりーなー!」
「早ッ!」
届くの、日曜じゃなかったんかい。
「最近、あれだな。Amazon、お届け日を遅めに言うことにしたんだな」
「はやいぶんには、おこられないから?」
「たいていはな。場合によるとは思うけど」
「でも、おそいと、ぜったいおこられるもんね……」
「それはそう」
ダンボール箱を開封し、新しいSharkのハンディクリーナーを取り出す。
「おっきい」
「シャープなデザインだな」
「え、しゃーく……」
「Sharkはブランド名。俺が言ってるのは、デザインの話」
「あ、そか」
ややこしい。
「◯◯、みて! わんたっちでごみすてれる!」
うにゅほが、親指で、ダストカップボタンをスライドさせる。
すると、ガコンと音がしてダストカップが開いた。
「いいな!」
「いいね!」
レイコップのハンディクリーナーには、たしかにお世話になった。
2024年の今年買ってよかったものランキングの第一位にも選んだ。
だが、ゴミの捨て方を始めとして、不満点も多かったのだ。
Sharkのハンディクリーナーは、倍額以上の価格もあいまって、それらの不満点をほぼ一掃している。
完全な上位互換である。
床を掃除しながら、うにゅほがこちらを見上げる。
「まえのはんでぃくりーなー、どうしよっか」
「そうだなあ……」
軽く思案する。
「明日、(弟)が退院してくるから、欲しいって言うなら貸してやろう」
「いらないっていったら?」
「仕舞っておくしか……」
「そかー……」
何かの形で役立てたいが、ハンディクリーナーは自室に二台もいらない。
悩みどころである。
406
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/03/01(土) 03:42:50 ID:gGPdFzos0
2025年2月28日(金)
「──◯◯、◯◯」
「んが」
肩を揺すられ、目を覚ます。
「どした……」
「おとうさんと、おかあさん、(弟)むかえにいったよ」
「ああ……」
今日は、弟の退院日だ。
何もなければ午前中には帰ってくるだろう。
「おでむかえ、しよ」
「──…………」
「しよ!」
「いいけどさあ……」
身を起こし、時刻を確認する。
午前十時だ。
「さすがに早くないか?」
「はやいかな……」
「一時間は早い」
「はやいかー……」
そわそわしているのが態度でわかる。
両親共に迎えに行ってしまい、ひとりで落ち着かなかったのだろう。
まだ眠いが、仕方がない。
「なんかして時間潰すか」
「うん!」
顔を洗い、寝癖を直し、軽い朝食をとって自室に戻る。
うにゅほを膝に乗せ、いつものようにYouTubeを見ていると、気付けば一時間ほどが経過していた。
「もうかえってくるかな」
「もうすぐだよ」
「そか」
五分後、
「まだかなあ」
「もうすぐだって」
「そか……」
思わず苦笑する。
まあ、気持ちはわかるけどな。
やがて、階下から物音がした。
「!」
「おっと」
うにゅほに手を引かれ、玄関へと向かう。
開いた扉の向こうに、うにゅほが笑顔を向けた。
「──おかえり!」
407
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/03/01(土) 03:43:59 ID:gGPdFzos0
以上、十三年三ヶ月め 後半でした
引き続き、うにゅほとの生活をお楽しみください
408
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/03/16(日) 18:34:32 ID:8ivrO6a60
2025年3月1日(土)
「兄ちゃん、WindowsUpdateしたら──」
と、起きるなり弟から相談された。
一ヶ月ぶりにPCを起動し、WindowsUpdateを行ったところ、ワイヤレスイヤホンが接続できなくなってしまったらしい。
今回はかなりの難題で、解決に一時間半もかかってしまった。
「ほんまMicrosoft……」
ぶつぶつぼやきながら自室へ戻ると、うにゅほが尋ねた。
「また、うぃんどうずあっぷでーと?」
「まただよ、また。何度目だよ」
「あっぷでーと、しなきゃいけないの……?」
「しなきゃしないで、セキュリティリスクとかがな」
「そなんだ……」
しかし、PC歴二十年以上で、問題解決スキルだけは一人前の俺だからなんとかなっている事案が多すぎる。
普通の人は、どうしているのだろう。
「どうしてるんだと思う?」
「うと、かすたまーさーびす……」
「あー」
考えてみれば、まずは購入した店やメーカーに相談するのが自然だ。
「その発想は抜けてたな」
「ぬけてたんだ」
「だって、電話で解決できなければ、たいていはPC本体送れって言われるんだぞ。嫌じゃん」
「◯◯、ぱそこんないといきてけないもんね」
「その通り」
「だから、じぶんでかいけつできるようになったんだ……」
「そういうことだな」
「なるほどー」
「しかし、Twitterで検索したら阿鼻叫喚なんじゃないか。こんだけ問題が頻発するんだからさ」
「しらべてみる?」
「みよう」
Twitterで、"WindowsUpdate"と検索をかけてみる。
「……やっぱ、阿鼻叫喚だわ」
WindowsUpdateが終わらないだの、ブルースクリーンになっただの、あるあるネタが大量に投下されている。
大きなアップデートが来た翌日とか、さらにひどいのだろう。
「勘弁してほしいよなあ……」
「ねー」
だが、恐らくこの体質が変わることはない。
もう慣れたけどさ。
409
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/03/16(日) 18:35:00 ID:8ivrO6a60
2025年3月2日(日)
「──そんで、(弟)と一緒に行ったんだよ。婆ちゃんに連れられて」
「ほおー」
うにゅほが、興味深げに何度も頷く。
ふと、話題が、小学生の頃の思い出話に舵を取ったのだった。
「懐かしいなあ、テルメ……」
「てるめ」
「なんか、プールと温泉が一緒くたになったようなとこだった記憶がある」
「わ、たのしそう」
「楽しかった気がする……」
「でも、へんななまえだね。てるめ」
「たしかに」
英語の響きではないような。
「"テルメ"──と」
膝の上のうにゅほを抱き締めるようにキーボードを叩き、検索する。
「あ」
「?」
「テルマエ……!」
「てるまえ、ろまえ?」
「そう! テルメって、テルマエのことだったのか!」
テルマエ。
ラテン語で、"温かい風呂"という意味だ。
「あー」
うにゅほが、うんうんと頷く。
「なっとく」
「テルメがどういう意味かなんて初めて意識したけど、なんか、すげー腹落ちしたわ」
「いしきしてないことば、たくさんありそう」
「あるだろうな……」
そもそも疑問に思わなければ、意識の俎上に乗らない。
当たり前のものとして取り込んでいるわけのわからないものが、きっと、多くあるのだろう。
それらに陽を当てるためには、偶然に頼るしかないのだ。
「てるめ、てるめ」
「語感、気に入ったのか?」
「なんか、かわいい」
「そっか」
札幌テルメ。
今はシャトレーゼが買収したらしい。
行く機会は、もう、なさそうだ。
410
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/03/16(日) 18:35:21 ID:8ivrO6a60
2025年3月3日(月)
「はい、これ」
うにゅほが手にした角皿に乗っていたのは、幾つかに切り分けられた薄い茶色の物体だった。
きな粉蒸しパン。
さすがにそろそろダイエットをせねばと、YouTubeで見たレシピをうにゅほに作ってもらったのだ。
「ありがとうな」
「うん。おいしいかなー」
「味見してないんだ」
「あじみはしたよ。でも、レンジにいれるまえだから……」
「なるほど」
「たべてみよ」
きな粉蒸しパンの真ん中あたりを取って、口へ運ぶ。
もぐり。
「──…………」
「──……」
「……なんか、豆腐臭いな」
「わたしも、そうおもう……」
主な材料は、きな粉と豆腐。
特に豆腐は150gも使うから、豆腐臭さが出てしまうのは仕方がないのかもしれない。
「レシピどおり、つくったんだけどな」
「元のレシピが豆腐臭かったんだろ」
「うん……」
決して食べられないわけではないが、さして美味しくもない。
そんな味だ。
「……うーん。あした、また、ちょうせんしていい?」
「いいけど、どうするんだ?」
「きなこふやす」
「……固くならないか?」
「そのぶん、ぎゅうにゅういれる」
「あー」
なるほど。
豆腐臭さはかなり低減できそうだ。
「きょうは、これでがまんしてね」
「我慢するってほどでもないよ。不味くはないし」
「あした、おいしいのつくる!」
「期待してます」
「はい」
きな粉蒸しパンは昼食になった。
きな粉と豆腐だけに、腹持ちは非常によかった。
411
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/03/16(日) 18:35:40 ID:8ivrO6a60
2025年3月4日(火)
月に一度の定期受診から帰ったあとのことだ。
「できたよー!」
うにゅほが手にした角皿に、見た目は昨日と変わらないきな粉蒸しパンが乗っている。
「これが、レシピ改良版か」
「うん」
YouTubeのレシピ通りに作ると、豆腐の分量が多すぎて、豆腐臭さが全面に出過ぎてしまう。
そのため、きな粉の量を増やし、さらに牛乳を加えることにしたらしい。
「たぶん、おいしいとおもう」
「味見は?」
「ちんするまえは、した」
「どれ」
きな粉蒸しパンを一切れつまむ。
生地が、しっとりと濡れていた。
「いただきます」
「めしあがれ」
ぱくり。
「──あーあーあー、わかる」
「わかる?」
「改良されたの、わかるわ。昨日のより、随分美味しくなった」
「おー!」
うにゅほも、一切れ口へと運ぶ。
「うん、とうふくさくない。おいしい」
「これはアリだな」
「うん、あり」
ダイエットは、頑張ってはならない。
無理せずできることから始めなければ、必ずどこかで破綻し、リバウンドを食らう。
美味しいダイエット食は、頑張らないダイエットに不可欠なのだ。
「ありがとうな、××。これなら続けられる」
「うへー……」
「また作ってくれるか?」
「あした、またつくる!」
「手伝えることあったら、言えよ。材料を泡立て器で掻き混ぜるくらいはするからさ」
「うん。それだけたのむね」
「まかせとけ」
こうして、長い長いダイエット生活が始まるのだった。
痩せねば。
412
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/03/16(日) 18:36:05 ID:8ivrO6a60
2025年3月5日(水)
「──よし、あとはこれをオーブンで焼くだけだな」
「うん!」
すっかり飽きてしまったオートミールをクッキーにする方法をYouTubeで見掛けたので、物は試しと作ってみることにした。
レシピは非常に簡単。
卵白と甘味料を混ぜたものにオートミールを絡ませ、150℃に予熱したオーブンで35〜40分ほど焼くだけだ。
「おいしいかなー……」
「わからん。でも、美味しかったらまた作ろう。すげえ簡単だし」
「うん。すーごいかんたん」
オーブンを使うというハードルはあれど、それを乗り越えれば、きな粉蒸しパンより工程は少ない。
トレイをオーブンに入れ、焼き時間を35分にセットする。
生焼けのようであれば、追加で五分焼けばいい。
そんなことを考えながら自室に戻り、ふたりでのんびり時間を潰す。
「おーとみーる、さいきん、たべてなかったもんね」
「なんかな……」
もともとさほど美味しいものでもない。
たとえ好物でも、飽きれば食べたくなくなるものなのだ。
それを美味しく処理できるのであれば、今回のオートミールクッキーのレシピには価値がある。
時計を見上げ、伸びをする。
「さて、そろそろかな」
「やけたかな!」
階下の台所へ向かい、既に稼働を止めていたオーブンを開く。
「……焦げ臭いな」
「うん……」
見れば、真っ黒とは言わずとも、クッキングシートとの接地部分がかなり黒々としていた。
「35分でも長かったのか……」
「みじかめにしたのに……」
恐らく、動画で使っていた甘味料とは別のものを使用したためだろう。
「まあ、ここらへんは焦げてないから。美味しければ、今度は30分でやればいいさ」
「そだね」
焦げが少ない部分を剥がし、うにゅほと半分こして口へと運ぶ。
「──あ、悪くないじゃん。悪くないよ」
「ほんとだ!」
焦げてさえいなければ、ヘルシーなおやつとして活用できそうだ。
「これ、また作ろう」
「うん、つくろう。ナッツもまぜよう」
「混ぜたらクソ美味いだろうな……」
ただし、混ぜ過ぎには注意である。
これはあくまでダイエット用のお菓子なのだから。
413
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/03/16(日) 18:36:23 ID:8ivrO6a60
2025年3月6日(木)
オートミールクッキーを、今度は焼き時間30分で焼いてみた。
「うーん、これでもすこし焦げるな……」
「にじゅうごふんとか、にじゅっぷんでもいいのかも……」
クッキングシートからクッキーを剥がし、サクリと一口食べる。
「あ、でも味はいいわ。焦げ味もないし」
「ほんと?」
「ほら」
うにゅほの口元にクッキーを差し出す。
さくり。
「うん、おいひ」
「な?」
「これなら、にじゅうごふんでよさそう」
「次からそうしよう」
「うん」
冷ましてザクザクになったオートミールクッキーを昼食にし、自室へ戻る。
「──……うっぷ」
「なんか、おなかいっぱい、かも……」
「俺も……」
今回使ったオートミールは150g。
俺が食べたのは三分の二ほどだから、おおよそ100g。
それを牛乳で流し込んだため、胃の中で膨れ上がってしまったらしい。
「たべすぎたね……」
「あの量でこの満腹感って、すごいな……」
「おーとみーる、すごい……」
「でも、今のところ、いちばん美味い食べ方だわ」
「わかる」
オーブンを使うのは少々面倒だが、入れてしまえばあとは放置で済む。
むしろ楽だ。
「ただ、つぎからは、つくるりょうへらそうね……」
「ああ……」
少量で異様に腹持ちの良いオートミールクッキー、読者諸兄も是非作ってみてほしい。
食べ過ぎにはご注意を。
414
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/03/16(日) 18:36:45 ID:8ivrO6a60
2025年3月7日(金)
「……──ねっむ」
「!」
膝の上でくつろいでいたうにゅほが、こちらを振り返った。
「ねる?」
「悩む……」
「ねむいなら、ねたほういいよ」
「まあ、うん」
「ようじあるの?」
「用事あるって言うか……」
iPhoneを手に取り、睡眠管理アプリを開く。
「今日、もう八時間近く寝てるからさ」
「あー」
「寝過ぎでは、という」
「うーん……」
「どう思う?」
しばしの思案ののち、うにゅほが答える。
「ねむいのは、からだが、ねたいっていってるってことだから……」
「××は寝よう派か」
「◯◯は?」
「眠い派」
「ねむいは」
「寝よう派と眠い派の二派なら、寝るかあ……」
「うん」
うにゅほが、俺の膝から降りる。
「おやすみなさい」
「三十分で起こして」
「はーい」
自分のベッドに戻り、仮眠を取る。
「……◯◯?」
「うん?」
何か用だろうか。
「さんじゅっぷん、たったよ」
「えっ」
「え?」
「……俺、寝てた?」
「ねてたよ……?」
「マジか」
三十分、タイムスリップした気分だ。
よほど眠かったのだろう。
睡眠をとった記憶はないのだが、眠気はスッキリしていた。
やはり仮眠は大切である。
415
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/03/16(日) 18:37:05 ID:8ivrO6a60
2025年3月8日(土)
「××、米粉ってある?」
「べいふん?」
膝の上でiPadをいじっていたうにゅほが、こちらを振り返る。
「米の粉と書いて、米粉」
「あー」
うんうんと頷き、答える。
「あるよ」
「なら、これ作ろうぜ」
「?」
超簡単、もちもち豆腐パン。
たった今、YouTubeで見ていたレシピだ。
「もちもち、なるかなあ……」
「わからんけど、美味しそうだぞ」
「おいしそうだけど」
最近、ダイエットのために、ローカロリーな菓子作りに挑戦している。
だが、レシピ通りに作っても、なかなか上手く行かない。
お菓子作りは難しいのだ。
「じゃあ、つくる?」
「作ろう」
「わかった」
階下へ向かい、材料を並べる。
豆腐、150g
米粉、75~90g
ベーキングパウダー、4g
お好みで甘味料
「俺が混ぜるから、××は耐熱容器にラップ張って」
「わたしのしごと、それだけ?」
「それだけ」
「それだけかー……」
なにせ、工程が少ない。
混ぜて容器に流し込み、600Wで三分間加熱するだけだ。
あっと言う間に完成し、あちあち言いながら耐熱容器から取り出す。
表面をぷにぷにとつつきながら、うにゅほの顔を見た。
「おお、わりと完成度高くないか?」
「おいしそう!」
「あとは豆腐臭くなければ……」
きな粉蒸しパンのときは、レシピ通りに作ると、豆腐の嫌な匂いが残ってしまった。
今回はどうだろう。
表面を軽くむしり取り、口へ運ぶ。
「──あ、これ美味いわ。最近作ったなかで、いちばん美味い」
「あー」
甘えるように開いたうにゅほの口に、豆腐パンを差し出す。
「!」
咀嚼しながら、うにゅほがうんうんと頷く。
美味しかったらしい。
「これいいな。これは神レシピだわ……」
「もいっこつくろ。ふたりだと、たりない」
「了解」
「こんどは、わたし、まぜるね」
「頼むわ」
もちもち豆腐パン、本当に美味い。
これはリピート確定である。
416
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/03/16(日) 18:37:33 ID:8ivrO6a60
2025年3月9日(日)
一週間ぶんの薬を入れられる七角形のピルケースを愛用していたのだが、曜日の印刷がすっかり剥げてしまった。
そこで、同じ形の新しいピルケースを購入した。
届いたAmazonの紙袋を開く。
「あ、思ったよりでかいな……」
「ほんとだ」
「前のより、二回りはでかい」
「たくさんはいるね」
「たくさんは入れないから、べつにいいんだけど……」
大は小を兼ねる。
多少大きいからと言って、さして困りはしない。
「それより、商品名が面白いんだが」
「?」
袋に貼ってあったラベルを指差す。
「"ポータブル小さな箱"」
「ぽーたぶるちいさなはこ……」
「日本語おかしいな?」
うにゅほが、くすりと笑う。
「ふふ、おかしい」
「安心の中国製」
「やっぱし」
日本製であろうと中国製であろうと、ピルケースに貴賤はないだろう。
ちゃんと薬が入って、曜日がわかればそれでいいのだ。
「まえの、すてるの?」
「捨てる」
「そか……」
「ほら、見てくれよ。木、金、土なんて、もう読めないぞ」
「たしかに」
「と言うわけで、残念だけどボッシュートです」
うにゅほが小首をかしげる。
「ぼっしゅーと?」
「ほら、世界ふしぎ発見で」
「せかいふしぎはっけん……?」
「……え、知らない?」
「てれび?」
「テレビテレビ」
「みたことないかも……」
「マジか」
言われてみれば、子供のとき以来まともに見たことがないかもしれない。
うにゅほが知らないのも当然だ。
「……これが、ジェネレーションギャップ」
軽いダメージを受けるのだった。
417
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/03/16(日) 18:37:54 ID:8ivrO6a60
2025年3月10日(月)
「──××、××。すごいサイト見つけた」
座椅子で漫画を読んでいたうにゅほを手招きする。
「?」
のそのそと近付いてきたうにゅほを膝に抱き、ディスプレイを顎で示した。
「◯◯のひみつシリーズ、読み放題」
「!」
学研の、まんがでよくわかるシリーズ。
ずっと昔、図書館で借りては、うにゅほとふたりで読んだものだ。
「なつかしい!」
「懐かしいだろ」
「え、これ、ぜんぶよめるの?」
「軽く見たけど、全部ではないっぽい。半分くらいかな」
「でも、すごい!」
ひとしきり興奮したあと、うにゅほが我に返る。
そして、ひそりと声をひそめて言った。
「……これ、いいサイト?」
恐らく、合法非合法を問うているのだろう。
「学研のサイトだから、いいサイトだよ。心配御無用」
「ただでよまして、もうけ、だいじょぶなのかなあ……」
「それはわからんけど」
言われてみれば、多少気になる。
「さっそくだけど、なんか読んでみるか」
「うん!」
ページを繰りつつ、うにゅほが気になるひみつを探していく。
「ひかりふぁいばけーぶる、だって」
「読みたい?」
「よみたい」
「最初にこれか……」
意外と言うか、なんと言うか。
あるいは、絵柄の可愛さで決めたのかもしれない。
「だめ?」
「ダメじゃないよ。俺も気になるしな」
"光ファイバケーブルのひみつ"を、ふたりで読み進めていく。
画像はすこし小さめだが、普通に読むぶんにはまったく困らない。
「──おもしろかった!」
「光ファイバケーブルに無駄に詳しくなったな……」
「うん」
うにゅほが、ふと、小首をかしげる。
「としょかんで、たくさんかりてたの、どんくらいまえだっけ」
「ええと──」
日記を検索する。
「……十年前だな」
「じゅ!」
「俺も、××も、年食ったなあ」
「じゅうねん……」
あまりに長い時の経過に、思わず遠い目になる俺たちなのだった。
418
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/03/16(日) 18:38:14 ID:8ivrO6a60
2025年3月11日(火)
「明日、大腸内視鏡かあ……」
憂鬱である。
「たべちゃいけないの、なんだっけ」
「けっこうあるぞ。野菜とか、キノコ類とか」
「……たべていいの、なに?」
「おかゆとか、素うどんかな」
「おかゆつくる?」
「おかゆでもいいけど、うどんなかったっけ。あれ食べたい」
「うん、わかった」
午後九時までに食事を終え、明日の朝には下剤を飲む。
面倒だが、三年ぶりの大腸内視鏡検査だ。
四年、五年と時間を空ければ空けるほど、大腸がんのリスクは高まっていく。
思い立ったら即検査すべきだ。
と言うわけで、思い立ったから検査をするのだが、それが面倒であることとは別問題である。
「明日、××も来る?」
「いくよー」
「なら、タブレット持ってきな。絶対暇だから」
「うん、わかった」
予約は午後四時半であるにも関わらず、三時半に来てほしいと言われている。
最低一時間の待ち時間があることに疑いの余地はない。
ふと下剤に視線を向ける。
今まで飲んだことのない下剤だ。
「クソ不味くて吐く羽目にならなきゃいいんだけどな……」
「まえ、いっかい、はいちゃったもんね……」
「××にも飲ませたかったよ」
「のみたくない……」
「医薬品だから飲ませないよ。ただの不味いものであれば、ともかく」
「……さるみあっき」
「マーマイトかベジマイト興味あるんだけど、一瓶がでかいんだよな……」
「かわないでね……?」
うにゅほの表情は切実だ。
すこし迷ったが、
「買わない、買わない。仮に買っても無理強いはしない」
「かったら、ぜったい、たべちゃうの!」
「……そっか」
好奇心には勝てないらしい。
マーマイトやベジマイトを持っている友人に食べさせてもらうしかないか。
419
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/03/16(日) 18:38:39 ID:8ivrO6a60
2025年3月12日(水)
今日は、大腸内視鏡検査を受けてきた。
朝の六時に起床し、ボトルに入った下剤を飲む。
「──ぉえッ」
不味い。
ただ不味いだけではない。
舌が、痺れる。
「まずい……?」
「ヤバい」
「やばい」
「水で薄めよう……」
配布されていたプラコップで下剤を二倍に薄め、再び口をつける。
これでもきつい。
だが、飲めないほどではなくなった。
「……これ二本を、二時間かけて飲むのか」
「がんばって……」
「頑張る……」
腸内を空っぽにした数時間後、俺たちは、大腸内視鏡検査を行う病院へと車を走らせた。
「じゃあ、行ってくるから」
「がんばってね……」
待合室でうにゅほと別れ、小一時間ほどで検査を終える。
「……ただいま」
早朝から不味い下剤を飲まされ、肛門から大腸を覗かれ、すっかり疲弊しきっていた。
「ぽりーぷ、あった?」
「一個だけあった。そんなに大きくないやつ」
「そか!」
「入院しなくていいのが嬉しいよな……」
「ほんと、ほんと」
俺離れできないうにゅほは、たったの一泊でも死ぬほど寂しがる。
「二年後もここで受けようか」
「そうしよ」
「……でもなあ」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「下剤がな、不味すぎるんだよな……」
「そんなに……?」
「正直、舐めてみてほしかった」
医薬品だし、絶対にさせないけど。
「きになってきた……」
「××も受けるか?」
「ま、まだうけない!」
大腸内視鏡検査は、三十代になってからで構わないだろう。
女医が診てくれる病院、探さないとな。
420
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/03/16(日) 18:39:10 ID:8ivrO6a60
2025年3月13日(木)
昨日、大腸内視鏡検査のおかげで睡眠不足だったせいか、今日は眠くて仕方がなかった。
「うぐあー……」
「まだねむい?」
「眠気は、ある。あるけど、さすがにな……」
本日の睡眠時間、9時間53分。
確実に寝過ぎである。
時刻も既に夜を迎え、夕食も入浴も済ませている。
仮眠をとるには少々遅すぎるだろう。
「ねむかったら、いってね」
「言ったらどうなる?」
「どく」
俺の膝の上が、うにゅほの定位置だ。
まあ、仮にどかなかったとしても、うにゅほを抱えてベッドへ向かうのだけど。
「!」
うにゅほが、不意に目をまるくする。
「どした」
そして、俺の膝の上からあっさりと降りた。
「といれー」
「ああ、トイレか」
「うん」
ててて、と自室を出て行くうにゅほを見送り、ぐッと背筋を伸ばす。
ポリープを切除したばかりだから、一週間ほど運動はNGだ。
運動はダメでも、ストレッチは良いのだろうか。
そんなことを考えていると、
「──わああ!」
部屋の外から、うにゅほの悲鳴が轟いた。
「?」
様子を見に行くべきか、行かざるべきか。
逡巡していると、部屋の扉が開いた。
「びっくししたー……」
「どうしたんだ?」
「わたし、といれからでたしゅんかん、(弟)、へやからでてきた……」
「あー」
トイレの扉と、弟の部屋の扉は、完全に向かい合っている。
タイミングが合致すれば、たしかに驚くかもしれない。
「(弟)、へやのでんき、けしてでてきたから……」
「それは声出るわ……」
「ね」
「(弟)もビビってたろ」
「わたしのこえに、びっくししてた」
「ははっ!」
なんとも微笑ましい出来事だ。
そんなことを言うと、驚いた当人たちは不服そうな顔をするだろうけれど。
421
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/03/16(日) 18:39:35 ID:8ivrO6a60
2025年3月14日(金)
ホワイトデーである。
「はい、××」
「ありがと!」
渡し、受け取る。
実にあっさりとしたものだ。
それも当然、楽天で届いたものを配達員から受け取ったのは、うにゅほなのだ。
「ね、あけていい?」
「いいぞ」
うにゅほが、大事そうに小箱を開けていく。
出てきたのは、お高めのマカロンだった。
「わ、まかろんだ」
「マカロン好きだろ」
「うん!」
「バレンタインデーではかなり無理言ったしな。高いやつだぞ」
「おおー……」
うにゅほが目をきらめかせる。
「だいじにたべるね!」
「そうしてくれ」
ふと、とあることを思い出した。
「そう言えば、お菓子言葉なんて知ってるか?」
「おかしことば」
「そう」
「はなことばみたいな……」
「マカロンのお菓子言葉って、なんだろうな」
「しらべてみよう」
調べてみた。
「──あなたは特別な人、か」
「うへ」
にまりと笑ううにゅほが、つんつくと俺を指で突いてくる。
「知らなかったんだって!」
「でも?」
「……まあ、合っては、いる」
「うへへへ」
つくつんつん。
「くすぐったいっつの!」
照れ隠しに終始した一日だった。
あなたは特別な人。
その通りだけど、しらふじゃ小っ恥ずかしくて言えないっての。
422
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/03/16(日) 18:40:21 ID:8ivrO6a60
2025年3月15日(土)
うにゅほと雑談を交わしていた。
「きょうのおひるねー、くるくるごはんだったよ」
「美味かった?」
「おいしかった!」
ふと思う。
「……くるくるごはんって、うち以外で通じるのか?」
うにゅほが、ぱたぱたと右手を振る。
「つうじるよー……」
「根拠は?」
「わかんないけど」
勘のようだ。
そもそも読者諸兄は、くるくるごはんと聞いて何を思い浮かべるだろうか。
答えは簡単、卵かけご飯のことである。
卵かけご飯ならば卵かけご飯と呼べばいいものを、我が家では何故かくるくるごはんという呼称が定着している。
くるくるごはん。
本当に、そのように呼ばれてるのだろうか。
俺は、サブディスプレイで開かれていたブラウザを用い、"くるくるごはん"で調べてみた。
出るわ出るわ。
しかし、それは卵かけご飯のことではなかった。
移動こども食堂の名前だったのだ。
「……やっぱないな」
「じゃ、じゃあ、くるくるごはんってなに……?」
「わからん。我が家独特の呼び方かもしれない」
「えー……」
ショックだったらしい。
くるくるごはんなどと言い出したのは、誰が最初なのだろうか。
迷宮入りの事件なのだった。
423
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/03/16(日) 18:41:27 ID:8ivrO6a60
以上、十三年四ヶ月め 前半でした
引き続き、後半をお楽しみください
424
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/04/01(火) 20:17:08 ID:2zdSAqzY0
2025年3月16日(日)
「さぼてん、みずあげた!」
「お疲れさん。あげすぎなかったか?」
「あげすぎなかった」
サボテンは、水をやりすぎても根腐れを起こしてしまう。
そのあたりの加減が微妙に難しいのだ。
もっとも、普通の草花より圧倒的に世話が楽であることは疑いようもないのだが。
「しんめ、のびてきたねえ……」
「また徒長しそうだな」
「……きるの?」
「このまま伸ばしても、よくないだろ」
「そだけど……」
「冬場の日照不足が原因だからさ。夏になれば、きっと、徒長せずに生育するって」
「……きるの、かわいそう。いたそう」
「あー……」
植物に痛みがあるかどうかはわからない。
だが、うにゅほはこのバニーカクタスにかなり感情移入をしている。
そう感じるのも無理からぬことだろう。
「……じゃあ、ひとつだけ残すか?」
「ひとつだけ?」
「ほら。この横から出た一本は、腕みたいで可愛いだろ」
「うん、かわいい!」
「これは残そう」
「ほかはきる?」
「他は切る。可哀想だけどな」
「うん、わかった……」
「……俺がやるか?」
「わたし、やる」
相変わらず、偉い。
前に子株を剪定したときも、うにゅほが自分でやったのだ。
もしかすると、責任感が育っているのかもしれない。
「ふー……」
子株を根元からバッサリ切り落とし、うにゅほがそっと息を吐く。
「立派だぞ、××」
「うへー」
次の子株は徒長しなければいいのだけれど。
425
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/04/01(火) 20:17:50 ID:2zdSAqzY0
2025年3月17日(月)
「今日は寒いなあ……」
「ねー」
三月も後半だと言うのに、雪がどさどさ降っている。
春が来ると油断していたら、この通りだ。
「◯◯、みた?」
「何を?」
「にゅーす」
「ニュースは見てないな……」
「でんしんばしら、たおれたんだよ」
「え、豪雪で?」
「うーと、ちがくて」
「事故とか?」
「そう!」
「てことは、車が突っ込んだんだな」
「ちょっと、ちがう」
「……?」
自動車が突っ込む以外の事故で電柱が倒れるさまが想像できなかった。
「くるまは、くるま。でも、よこからいったの」
「横から……」
「すべって、よこから」
「あー!」
理解する。
この大雪で車が横滑りし、そのまま電柱に突っ込んだのだろう。
「いや、突っ込んでるじゃん」
「にゅあんすが、ちがう」
「まあ、わからなくもないけど……」
一般的に、突っ込むと言えば、自動車の鼻先からだ。
たしかにニュアンスは異なるかもしれない。
「あとね、ひっくりかえってるくるまも、いたよ」
「よほど滑ったんだな……」
「かめみたいだった」
「亀は自分で元に戻れるけど、車は無理だな」
「え、もどれるの?」
「戻れないの?」
「わかんない」
「戻れないのかな。いま、適当に言った」
「てきとういったのかい」
調べてみたところ、多くの亀は引っ繰り返ると元には戻れないらしかった。
「あれ、なんで戻れるって勘違いしてたんだろ……」
「なんかでみた、とか」
「そうかも」
ソースは思い出せないけれど、嘘情報だったのかもしれない。
まあ、いいか。
426
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/04/01(火) 20:18:18 ID:2zdSAqzY0
2025年3月18日(火)
「あと一箱か……」
「?」
膝の上のうにゅほが、俺の視線を辿る。
「あ、たんさんすい?」
「ああ」
「ちゅうもんしたの?」
「定期おトク便で、二週間に三箱届くようにした」
「おおー……」
「ただ、今週足りるかな」
「いつとどくの?」
「日曜」
「すい、もく、きん、どー、にち。あといつかかー……」
「大丈夫だとは思うんだけどさ」
「ひとはこ、じゅうごほん、だよね」
「ああ」
「いちにち、さんぼんものむ……?」
「××とふたりで、だからな。普通に三リットルは行くんじゃないか?」
「……いくかも」
「すこし控えたほうがいいのかな」
「うーん、わかんないけど」
もともと水分は多く摂るほうだ。
変に我慢するのも、何か違う気がする。
「なくなったら、ふつうのみずのめばいいし」
「そうなんだけどな」
「だめ?」
「普通の水より、炭酸水のほうが、美味い」
「わかる」
うにゅほが、うんうんと頷く。
「たんさんすい、おいしいよねー……」
「二酸化炭素溶けてるだけの、ただの水なんだけどなあ」
「ふしぎ」
「でも、まあ、飲み過ぎたって、我慢するのは一日くらいか。なら気にしなくていいかな」
「そだね」
炭酸水が途切れたとて死ぬわけではない。
結局、気にせず飲みまくることにした。
ペプシゼロを飲みまくっていたときより、遥かに健康的である。
427
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/04/01(火) 20:18:53 ID:2zdSAqzY0
2025年3月19日(水)
膝の上のうにゅほが、ふと言葉を漏らした。
「むっつりはちべえ」
「──…………」
「──……」
「なんて?」
「なんでもない……」
「むっつり八兵衛……?」
「おもいついたの!」
思い付いたのなら仕方がない。
「もっちり八兵衛」
「もっちり」
「××のほっぺたみたいに」
そう言って、うにゅほのほっぺたをぷにぷにする。
「もひもひひてう?」
「もちもちってか、ぷにっぷにだなあ」
「ぷにぷにはちべえ」
「原型が残ってないぞ」
「うへー」
「関係ない話していい?」
「だめ」
横っ腹に手を添える。
「ふひっ!」
「していい?」
「だ、だめ……」
両手の指をわさわさと動かし、うにゅほの脇腹をくすぐりまくる。
「ひゃひ! ふひひひ、ひ、ひー! ひー! していい! ひていい!」
手を止め、半眼で尋ねた。
「××。くすぐられたくて、ダメって言ったろ」
「ひー……」
「言ったろ」
「いいまひた……」
「満足?」
「まんぞく……」
これは豆知識だが、うにゅほはソフトMである。
「うと、なんのはなし、したかったの?」
「忘れた」
「わすれたの……」
「いや、覚えてるけど」
「きになる」
「実は──」
本当の本当に大した話ではなかったので、詳細は省く。
428
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/04/01(火) 20:19:22 ID:2zdSAqzY0
2025年3月20日(木)
「あ!」
「あ?」
「おとうさんの、たんじょうびだ……」
「あっ」
完全に忘れていた。
「……まあ、いいか。プレゼントは」
「いいのかなあ」
「本人、べつに気にしないし」
「そだけど」
父親に尋ねるとビールが欲しいと答えるのだが、当のビールは車庫の冷蔵庫に嫌と言うほど入っている。
なんだか、あげ甲斐がない。
「うーん……」
「何かあげたいのか?」
「うん」
「じゃあ、肩でも揉んでやりな」
「わたし、ちからないよ?」
「握力とか、関係ないんだよ」
「そなんだ……」
「ほら、行ってこい」
「はーい」
膝から降りたうにゅほが階下へ向かうのを見送る。
しばらくして、戻ってきた。
「よろこんでた!」
「だろ?」
「◯◯も、もんであげるね」
肩揉みに自信ネキになってしまったらしい。
「んじゃ、頼むわ」
「はーい」
うにゅほは握力がない。
だから、凝りがほぐれるかと言えば、まったくそんなことはない。
だが、可愛い女の子に肩を揉んでもらっているという事実だけで、男は気分が良くなってしまうのだ。
我ながら哀れな生き物である。
「ふー、きもちかった?」
「ああ、よかった。ありがとうな」
「どういたしまして!」
明日から事あるごとに肩を揉んできそうな予感がする。
嬉しいから、まあいいか。
429
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/04/01(火) 20:19:51 ID:2zdSAqzY0
2025年3月21日(金)
「……げ」
Amazonからのメールで目が覚めた。
「どしたの?」
注文履歴のページを指差す。
「炭酸水、届くの火曜日になった……」
「え、にちよう」
「火曜日になった」
「かよう……」
うにゅほが眉をひそめる。
「たりる?」
「わからん」
「あとなんほん?」
「──…………」
冷蔵庫を開く。
一リットルのペットボトルが、八本入っていた。
「あと八本」
「きん、どー、にち、げつ、かー……」
「一日二本、以下」
「……たりる?」
「足りない気がする……」
「だよね」
「うーん、どうすっか」
「かいいく?」
「高いんだよ……」
ホームセンターなりリカーショップなりでまともな炭酸水を買うと、それなりの価格になってしまう。
Amazonで購入するのは、安いからなのだ。
「……でも、足りなくなったら仕方ないか」
「うん、そうおもう」
「二人で一日二リットルとか、水分取らなすぎだろ」
「わかる……」
とは言え、水分補給のためには炭酸水にこだわる必要はない。
ただの水でいいのだ。
炭酸水を飲みたいというのは、俺とうにゅほのわがままなのである。
水で我慢するか、炭酸水を買いに行くかは、未来の自分が決めるだろう。
いずれにしても足りなくなることは間違いないので、今ある炭酸水も気にせず飲んでやろうと思った。
430
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/04/01(火) 20:20:20 ID:2zdSAqzY0
2025年3月22日(土)
「ヤバい、××」
冷蔵庫を開けたまま、うにゅほを振り返る。
「炭酸水、あと一本しかない!」
「えー!」
自分たちのことながら、消費が早い。
「最初の予定通り明日届くんなら、ちょうどよかったのに……」
「うん……」
「しゃーない、水飲んで凌ぐか」
「あ、おとうさんの、しょうちゅうのボトルあるよ」
「四リットルの?」
「うん」
「四リットルあれば一日は持つな」
「みず、くんでくるね」
「……持てるか?」
「もてるよー……」
苦笑し、うにゅほが階下へと向かう。
「うーしょ、と」
やがて、両手で焼酎のボトルを抱えながら、いそいそと戻ってきた。
「でかいな、さすがに」
「よんばいだもんね……」
炭酸水のペットボトルと比べて、だ。
「れいぞうこ、はいる?」
「入らないだろ、さすがに」
「もしかしたら、はいるかも」
「無理だと思うけど……」
うにゅほからボトルを受け取り、冷蔵庫を開く。
「……あれ、入るかも」
「ね?」
普通に入れると扉が閉じなかったが、斜めにするとなんとか収まった。
「入るもんだ……」
「ためして、よかったしょ」
「そうだな。××が言わなかったら、試しもしなかったかも」
「うへー」
「炭酸水ではないけど、これで冷たい水が飲める。二、三日はこれで凌ごう」
「うん」
水は水で悪くはないのだが、やはり炭酸水のさっぱり感は捨てがたい。
早く届いてほしいものだ。
431
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/04/01(火) 20:20:54 ID:2zdSAqzY0
2025年3月23日(日)
ぽん。
効果音と共に、PCにメールが届いた。
確認すると、
「えっ」
「?」
「炭酸水、今日届くって……」
「えー!」
「火曜日に届くっての、なんだったんだよ……」
「うれしいけど……」
嬉しいは嬉しいのだが、なんだかAmazonに翻弄されている気分だった。
二時間後、無事に届いた三箱を、わっせわっせと自室に運び込む。
「わたし、もたなくていい……?」
「15kgだぞ」
「もてない」
「だろ」
とは言え、俺でも三往復は厳しい。
すべて運び入れる頃には、軽く汗ばんでいた。
「ふゥー……」
「おつかれさま」
「ほんと、体力も筋力も落ちたなあ……」
「わたし、いないころ?」
「ああ。荷物運びのバイトしてたって言ったろ」
「うん」
「一気に二箱は余裕だし、息も切れなかったな」
「さんじゅっきろ!」
「単純な重さだけなら、三、四十キロの荷物は普通だったから」
「わたしはこべる?」
「いや、わりと頻繁に運んでるだろ」
「うへー」
うにゅほを抱っこして運ぶのは日常茶飯事だ。
「人間は、重心を預けてくれるから、全身の筋力で運べるんだよ。荷物はそうじゃないから」
「うでのちからだけ?」
「持ち方による。腕力だけで運ぼうとすると腰痛めるから、当時は工夫してた気がするなあ」
「むかしの◯◯、みたかったな」
「ムキムキだったぞ」
「むきむき!」
今はへなちょこだが。
肉体だけ、あの頃に戻りたいものだ。
432
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/04/01(火) 20:21:18 ID:2zdSAqzY0
2025年3月24日(月)
ふと、ダイの大冒険のとあるシーンを見返したくなった。
dアニメストアのページを開く。
「アニメみるの?」
「いや、ダイの大冒険をな」
「さいしょから?」
「いや、途中だけ」
ログインすると、視聴中の作品として、ダイの大冒険が表示されていた。
しかも、見たかった回だ。
「あれ、俺ここ前も見返したのか……?」
「どこみたいの?」
「ポップが死んだままダイのために呪文撃つシーン」
「あー!」
「いいよな」
「いいよね……」
膝の上のうにゅほと共に、ダイの大冒険の名シーンを軽く巡っていく。
「……ぐしゅ」
うにゅほが鼻を啜る。
俺も似たようなものだ。
ティッシュで涙を拭っているのだから。
「やっぱ、名作だな……」
「うん、めいさく……」
「ハドラー死ぬとこ見る?」
「み、……み、み」
うにゅほが言葉に詰まる。
「あれ、ハドラーいちばん好きだったよな」
「いちばんすき……」
「見ないのか」
「……ぜったい、ぼろぼろなく」
「ああ……」
同感だった。
「じゃあ、見ない?」
「み、みる……」
「そっか。一緒にボロボロ泣こうな」
「うん……」
と言うわけで、ボロボロ泣いた。
全百話、また最初から見る気はまったくしないが、名シーン巡りはたまにしてしまいそうだ。
433
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/04/01(火) 20:21:39 ID:2zdSAqzY0
2025年3月25日(火)
午後のことだ。
「──部屋あっつ!」
「はちー……」
うにゅほが、手のひらでぱたぱたと首筋を煽ぐ。
「ヤバい暑い。何度だ……?」
温湿度計を覗き見る。
「え、28℃?」
サーキュレーター付きのシーリングライトを導入して以降、温湿度計が30℃を上回ることが多くあった。
暖房効率が著しく改善されたのだ。
だが、それにしたって、今ほど暑くはない。
「本当に28℃か……?」
「すーごい、あついよ……」
今日は、一度も暖房をつけていない。
春先の気温と、快晴の日差し。
それだけで、俺たちの部屋は灼熱地獄と化している。
「……うーん」
さすがに窓を開けながら、原因を考える。
「仮説はある」
「どういうかせつ?」
「サーキュレーターで暖かい空気が部屋を循環したとしても、やっぱ足元は冷たいんだよ。それでも」
「ふんふん」
「ほら、温湿度計の位置って、床から一メートル以上離れてるだろ」
「うん」
「温湿度計を床に置けば、数℃は下がるはず。その冷たい空気を感じていたから、30℃でも茹だるようなことはなかった」
窓から吹き込む涼風を浴びながら、うにゅほが尋ねる。
「さっきまでは?」
「太陽の陽射しで、部屋の中が満遍なく暖められてたんじゃないか。床から天井まで」
「あー」
「だから、熱気の逃げ場がなくて、28℃でもクソ暑く感じたのかもしれない」
「なるほどー」
「まあ、仮説だけどな。わりと適当」
「でも、あってるきーするね」
「合ってるならいいんだけど……」
ただ、整合性の取れる説明が他に浮かばないことも事実だ。
「さむいー」
と、うにゅほが抱き着いてくる。
それを抱き上げて、チェアに腰を下ろした。
暑くても寒くてもくっつくのだから、大した問題でもない気がするのだった。
434
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/04/01(火) 20:22:08 ID:2zdSAqzY0
2025年3月26日(水)
「……なんか、口の中がいずい」
「どしたの?」
「わからん……」
舌先で下の奥歯をなぞる。
「奥歯の隙間に、何か挟まってる……?」
「しかんぶらし、やる?」
うにゅほが、愛用のやわらか歯間ブラシを差し出してくれる。
「ありがとな」
「うん」
歯間ブラシで歯の隙間を掃除すると、その正体がわかった。
ぺ、と異物を指に取る。
「魚の小骨だ……」
「あー」
うんうんと頷き、うにゅほが言う。
「さんまのかばやきのだ」
「あれか」
たしかに小骨は多かった。
「はい、てぃっしゅ」
「ああ」
指先をティッシュで拭い、ゴミ箱に捨てる。
「××は大丈夫か?」
「んー」
うにゅほが口を閉じ、舌をぐるりと動かす。
「たぶん、だいじょぶ」
「そっか」
「のどにささんなくて、よかったね」
「俺、小骨が喉に刺さったことないかも」
「ないの?」
「たぶん」
「わたしもない……」
「なんか、小骨が喉に刺さったら、ごはんを噛まずに飲み込んで取る──みたいのあったよな」
「きいたことあるかも」
「あれ、よくないんだってさ」
「……なんか、よくないのわかるかも」
「わかるんだ」
「ふかくささってたら、わるくなるきーする」
「ああ、たしかに……」
細い小骨が浅く刺さったなら、たしかにごはんで流し込めるかもしれないが。
「小骨、気を付けないとな」
「うん」
魚はこれだから面倒だ。
肉に小骨はない。
肉だ、肉を食わせてくれ。
435
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/04/01(火) 20:22:29 ID:2zdSAqzY0
2025年3月27日(木)
今日は、大学病院への定期通院だった。
朝八時に採血があるので、七時半には家を出なければならない。
だが──
「ん……」
朝六時、寝室側で、うにゅほが起きる気配がした。
「……はれ、◯◯……?」
「おはよう」
「ねなかったの?」
「寝れなかった……」
「ねれなかったの……」
こう言う日は、たまにある。
目が冴えて冴えて仕方なく、ベッドに入っても眠れる気がしないときだ。
そんな日は、いっそ諦めて徹夜するに限る。
車の運転に不安もあるが、幸い完徹には慣れている。
七時半前に家を出て、大学病院へと向かった。
「……──ふあ」
待合室であくびが漏れる。
「ねむい?」
「ちょっとな……」
やはり完徹、することがなければ眠気が襲い来る。
「ねていいよ」
「……悪い、ちょっと目閉じるわ」
「うん」
腕を組み、下を向いて目を閉じる。
睡眠とも、仮眠とすら言えない浅い眠りだが、取らないよりはましだろう。
名前を呼ばれるまでまどろみ、やがて診察を終え、薬局で薬を受け取って帰宅する。
「はァ……」
思わず溜め息をつく。
「つぎ、にかげつごだね」
「二ヶ月に一回になったの、正直ありがたいわ。面倒なんだよな、大学病院って」
「まちじかん、ながいもんね」
「距離もあるし、駐車場も広いわりに混むし、やたら広いし」
「ぜんぶだめだ……」
「まあ、仕方ないんだけどな。体のためだ」
「……ながいきしてね?」
「うーん……」
「してね?」
たぶん、長生きできないんだよな。
うにゅほを置いていくことは、したくはないのだけれど。
436
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/04/01(火) 20:23:01 ID:2zdSAqzY0
2025年3月28日(金)
カレンダーを見上げる。
「もう、三月も終わりかあ……」
「だねー」
「三月短くなかった?」
「そう?」
「なんか、二月より短かった気がする……」
「ぶつりてきには、ちがうけど」
「そうなんだけどさ」
しかし、たかだか三日の違いである。
「三月、何したっけ……」
「だいちょう、ないしゅちょう、けんさ、とか」
相変わらず言えていない。
「あったなあ。下剤が死ヌほど不味かった……」
「きになる」
「やめとけ。マグコロールにしとけ」
「まぐころーる、おいしいの?」
「味は、不味めのスポーツドリンク」
「まずいんだ……」
「でも、だいぶマシだぞ。今回の、サルプレップだったっけな。あれ、舌が痺れて吐きそうになるくらい不味いから」
「うえ」
「んで、前に飲んだモビプレップってのはもっとひどかった。実際に吐いたから……」
「けんさ、できなかったんだもんね」
「マグコロールにしたくなってきただろ」
「うん……」
「下剤がマグコロールで、かつ女医が検査してくれるところか……」
ますますハードルが上がった。
まあ、うにゅほに大腸内視鏡検査が必要になるのはまだまだ先のことだろうし、今から考えても仕方がないのだが。
「今月、他にあったっけ」
「うーと」
軽く思案し、うにゅほが答える。
「ほわいとでーもあったし、おとうさんのたんじょうびもあったし」
「あー」
「まかろん、おいしかった」
「そっか、それは良かった」
思い返してみると、何もなかったわけではない。
しかし、なんだかあっと言う間に過ぎ去った三月なのだった。
437
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/04/01(火) 20:23:25 ID:2zdSAqzY0
2025年3月29日(土)
最近、よく豆乳プリンを作っている。
うにゅほが寝静まった深夜に、だ。
だが、
「──うわ、失敗してる」
上のほうは問題なく固まっているのだが、底のほうにゼラチンのダマが粒状になって沈んでいた。
「まっず……」
「しっぱいしたの?」
「ああ」
「どれどれ」
うにゅほが、スプーンで容器の底をすくう。
はむり。
「……あー」
「一昨日は成功したんだけどなあ……」
「あれ、おいしかったね」
「原因わかる?」
「わたしも、ぜらちんは、あんましくわしくない……」
「そっか」
うにゅほは料理が得意だが、お菓子作りまでマスターしているわけではない。
知らないことは、当然知らないのだ。
「調べてみるか……」
「うん」
ゼラチンの正しい溶かし方を検索してみる。
「あ、お湯に振り入れるのか」
「どうやってたの?」
「ゼラチンをコップに入れて、お湯を注いでた」
「なるほどー……」
「あと、ゼラチン液を混ぜる材料が冷たいと、それで冷えることがあるって」
「それで、こんなんなっちゃったんだ」
「あんなんなっちゃった……」
「すーごい、ざらざらしてたね……」
「味は同じなのに、食感の違いだけでこんだけ不味くなるんだな」
「うん……」
「よし、明日はこの失敗を活かして、美味しいの作るからな」
「がんばって!」
美味しい豆乳プリンを作って、成功したものをうにゅほに食べさせるのだ。
頑張ろう。
438
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/04/01(火) 20:23:49 ID:2zdSAqzY0
2025年3月30日(日)
「──もう四月だし、そろそろ出掛けたいよなあ」
「わかるー」
雪はまだ残っている。
だが、道路は完全にアスファルトが露出しており、走行の邪魔をすることはない。
「××は、どこ行きたい?」
「うと……」
思案し、答える。
「くるまでね、◯◯とはしりたい」
「ドライブデート的な?」
「うん」
「目的地はどこでもいい感じか」
「そんなかんじ」
「なるほど」
それはそれで難しいが、出掛けるだけで満足してくれるのはありがたい。
「行くとしたら、ゲーセンとか、新しいラーメン屋とか……」
「いいね!」
「××、すっかりラーメン好きになったな」
「うん」
近所のラーメン屋がやたら美味いのが悪い。
「あと、桜も見に行きたいな」
「いきたい!」
「恒例行事だ」
「さくら、さくかなあ」
「よほどの異常気象でもなければ、大丈夫だろ」
「いじょうきしょう、さいきんおおいから……」
「たしかに」
毎年異常が起きている気がする。
「しかし、なんだ。あれだな」
「どれ?」
「わざわざ理由をつけないと、出掛けることもなくなったな……」
「あー」
「ジャンプをKindleで買うことにしてからコンビニ行かなくなったし、炭酸水をAmazonで買うことにしてからホームセンターにも行かなくなったし」
「そだね……」
「便利だし、安いし、いいんだけどさ」
「うん……」
これでは、完全に引きこもりだ。
何か定期的に外に出る理由があればいいのだが。
439
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/04/01(火) 20:24:18 ID:2zdSAqzY0
2025年3月31日(月)
「あした、しがつついたちだね」
「ああ、エイプリルフールか」
「──…………」
「──……」
「うそ、つく?」
「つかない。前に取り決めただろ、エイプリルフールの嘘はやめようって」
「あ、おぼえてた」
「覚えてるよ」
数年前まで、俺たちは、エイプリルフールに互いに嘘をつき合っていた。
最初は面白かった。
だが、年を経るごとに嘘がエスカレートしていき、疑心暗鬼で会話すら覚束なくなってしまったのだ。
以来、エイプリルフールに嘘はつかないという協定を結び、今に至っている。
「えいぷりるふーるは、ほんとのこという」
「××はだいたい本当のこと言ってるだろ」
「そだけど」
「と言うか、日常生活で嘘ってあんまつかないよな」
「たしかに……」
嘘なんて、意識しなければつく機会がない。
たいていの人は、そんなものだろう。
「でも、なんかおもしくないかも……」
「面白さいるか?」
「おもしろいほう、いいし」
「それはそうだけど」
「えいぷりるふーる、うそいがいのこと、しよ」
「嘘以外のことねえ……」
パッとは思い浮かばない。
「たとえば?」
「わかんない」
「俺に丸投げかよ……」
「うへー」
「4月1日、ねえ」
4月1日と言えば、年度初めだ。
ある意味、元日のようなものとも言える。
「お正月みたいなこと、するとか」
「おー」
「お年玉を、××がくれる。俺に」
「いいよ」
「冗談だよ……」
「じょうだんかー」
言えば本当にくれるからな、この子。
気を付けねば。
「まあ、すこし考えてみるか。適当に」
「そだね」
決めておくと、毎年の行事になりそうな気がするのだった。
440
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/04/01(火) 20:25:08 ID:2zdSAqzY0
以上、十三年四ヶ月め 後半でした
引き続き、うにゅほとの生活をお楽しみください
441
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/04/16(水) 17:28:32 ID:ELXyemTw0
2025年4月1日(火)
月に一度の定期受診を終え、帰途につく。
「エイプリルフールにすること、なあ……」
「おもいつかないね……」
エイプリルフールに、嘘をつく以外のことをする。
そして、それを恒例行事にしたいのだが、何をすべきかまったく思い浮かばないのだった。
「……このままどっか行く、とか?」
「どらいぶ?」
「そうそう。4月1日に必ずドライブとか、悪くないだろ」
うにゅほが、ぱあっと表情を明るくする。
「わるくない!」
「なら、そうしようか」
「うん!」
自宅へ向けていたハンドルを切り、適当に走る。
目的地は特にない。
近くを通り、思い付いたら寄ればいいだろう。
「あ、じぇらーとたべたい……」
「いつものとこか」
「うん、いつものとこ」
いつもとは言うものの、ここ一年は確実に行っていない。
久し振りに立ち寄ると、並ぶほどではないものの、そこそこの客で賑わっていた。
支払いを済ませ、ジェラートを手に車内へ戻る。
「しぼりたて牛乳うま……」
「ほいひい……」
何度来て何度食べても、ここのジェラートはやはり美味い。
一年空けたことを後悔するほどだ。
「……ただ、量は多いんだよな」
「◯◯……」
「はいはい」
自分のぶんを早々に片付け、うにゅほの余したジェラートを食べる。
ああ、そうだ。
いつもこんな感じだったな。
ジェラートをたいらげたあとは、小一時間ほどかけてゆっくりと帰宅した。
「♪〜」
久々に外出らしい外出ができたためか、うにゅほの機嫌がすこぶるよかった。
定期的に外に連れ出してあげないとな。
442
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/04/16(水) 17:28:56 ID:ELXyemTw0
2025年4月2日(水)
今日は、一日のんびり過ごすことができた。
「ふア、……っふゥ」
口元を右手で隠し、大あくびをかます。
「あくび、すーごいでるね」
「止まらないな……」
「もう、ななかいめ」
「数えてたのか」
「なんとなく……」
七回も大あくびが出るということは、つまり、
「ねむい?」
「……まあまあ眠いな」
ここ数日は眠りが浅く、寝たり起きたりを何度も繰り返している。
七時間ほど一気に眠れれば体調も違うのかもしれないが、起きてしまうものは仕方がない。
膝の上のうにゅほが、心配そうに尋ねる。
「じゃあ、ねる?」
「あー……」
壁掛け時計を見上げる。
午後二時。
ちょうど、うにゅほがお昼寝をする時間だ。
「寝るかー……」
「ねよ」
膝から下りたうにゅほが、俺の手を取る。
「CPAP、うるさかったらごめんな」
「わたし、ねるのとくいだから、だいじょぶ」
CPAPとは、睡眠時無呼吸症候群の治療に用いる装置のことだ。
専用のマスクを着け、空気を鼻から送り込むことで、睡眠時の無呼吸を防ぐ効果がある。
しかし、少々うるさいのだ。
「◯◯こそ、うるさくないの?」
「慣れた」
「そか」
最初こそ苦しかったものの、完全に適応した今では、CPAPなしで仮眠を取ることすらしなくなった。
睡眠時無呼吸症候群を放置すると、十年後には十人のうち二、三人が亡くなるという話を聞いたことがある。
それが怖くて外せないのだ。
「──じゃ、おやすみ」
「おやすみー」
眠りに眠り果てた結果、今日は合計で九時間の睡眠をとってしまった。
逆に寝過ぎな気がする。
443
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/04/16(水) 17:29:25 ID:ELXyemTw0
2025年4月3日(木)
「あ、このVTuber……」
「?」
うにゅほが、ワールドトリガーの最新巻から顔を上げる。
「クロノトリガーやってる」
「ほんとだ」
イケオジ系の男性VTuberがクロノトリガーを初見プレイするというサムネイルが、YouTubeのトップページに表示されていた。
「見ようかな」
「あ、わたしもみる」
「じゃあ、一緒に見るか」
「うん!」
クロノトリガーと言えば、半年ほど前にSteam版を再プレイしたばかりだ。
まだ記憶に新しい。
VTuberの新鮮な反応を楽しみながら、のんびりとプレイ動画を眺める。
「また、なんかゲームしたいよなあ」
「したいねー」
「天地創造、SwitchかSteamに移植しないかな……」
「◯◯、それ、ずっといってる」
「マジで名作だから」
「わたしもね、きになる」
「なら、プレイ動画でも見てみるか?」
「んー……」
うにゅほが、大きく首をかしげる。
「……はじめては、◯◯やるとこ、みたい」
「そっか……」
気持ちはわかる。
「だったら、移植されることを祈るしかないな」
「されるかな」
「制作会社が潰れて解散しちゃってるんだよ……」
「──…………」
目を逸らし、うにゅほが言った。
「……プレイどうが、みる?」
「初めては俺がプレイするとこ見たいんだろ」
「でも、いしょくされないかもだし……」
「いまだに根強いファンが頑張ってるから、されることを祈ろうぜ」
「うん……」
天地創造。
個人的には、SFCで最高のゲームだ。
是非ともまたプレイしたいものである。
444
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/04/16(水) 17:29:48 ID:ELXyemTw0
2025年4月4日(金)
「痒い……」
太股の付け根が、痒い。
ついつい掻いてしまう。
「だいじょぶ? ひふか、いく?」
「皮膚科行くほどではないかな……」
去年の夏のような、気の狂いそうな痒みではない。
「かんそうかなあ……」
「たぶん、乾燥だな。加湿器仕舞ったから」
長かった冬も終わりを告げ、もう必要なかろうとタンクを乾かして片付けてしまった。
だが、それがよくなかったらしい。
「かしつき、つけよ」
「せっかく乾かしたのになあ……」
「でも、かゆい」
「はい、痒いです……」
「つける」
「はい」
問答無用だった。
再び加湿器を引っ張り出し、タンクを浄水で満たして電源を入れる。
「これで、かゆくなくなったら、いいね」
「そうだな……」
あとは軟膏が欲しいところだ。
時刻は既に夜を迎えており、今からドラッグストアに行くのは面倒だった。
「明日、ドラッグストア行こう。ステロイド入りの軟膏を買う」
「うん、そうしよ」
「××は痒みとかないのか?」
「いまのとこ、だいじょぶ」
うにゅほのほっぺたを、両手で挟む。
「ふぶ」
「しっとりしてんなあ……」
「ふへー」
「やっぱ、年齢なのかな。年を取ると皮膚が保持しておける水分が少なくなる、とか」
「そなの?」
「わからん。でも、ありそうじゃないか?」
「ありそう……」
「……この、しっとりもちもちほっぺも、そのうちカサカサに」
「な、ならないよー……」
「スキンケアしてるもんな」
「してる!」
これで、なかなか気を遣っているのだ。
うにゅほには、いつまでも可愛くいてもらいたいものだ。
445
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/04/16(水) 17:30:23 ID:ELXyemTw0
2025年4月5日(土)
うにゅほと共にドラッグストアへと向かい、ステロイド配合の軟膏と、切らしていた綿棒を購入した。
「みみそうじ、やめられないね……」
「しないと耳の中が痒くてなあ」
耳掃除不要論の囁かれる昨今だが、どうしても手を止めることができない。
「まあ、風呂上がりは避けてるから……」
「うん……」
「それに、今回買ったのって、ちょっといい綿棒だし」
和柄のパッケージには、"山洋こだわり綿棒"と書かれている。
「どんなめんぼうなんだろ」
「わからん」
「わからんの」
高くて良さそうだから買った。
それだけだ。
「パッケージになんか書いてないか?」
「んと」
助手席のうにゅほが、ドラッグストアのレジ袋からこだわり綿棒の容器を取り出す。
「いち、あんしんせっけい」
「ふん」
「にー、やわらかいわた」
「柔らかいのか」
「さん、つよいかみじく」
「紙軸が丈夫なのはいいな」
「ひゃくえんショップの、くにゃくにゃだもんね」
「あれは使ってられなかったな……」
「あれはむり」
百円ショップの綿棒すべてがダメとは思わないが、そういう商品があることもたしかだ。
帰宅し、こだわり綿棒を開封する。
一本取り出し、触ってみた。
「へえー、さきっぽ柔らかいわ」
「どれどれ」
うにゅほが、綿棒の先端をふにふにとつまむ。
「ほんとだ。じょうぶなのに、やらかい……」
「耳掃除してみよう」
「うん」
してみた。
「あ、やさしいかも……」
「ソフトタッチだな、これ……」
先端が固い綿棒より、かなり外耳道に優しそうだ。
「しばらく使ってみよう」
「うん」
もし気に入れば、リピートするかもしれない。
まだわからないけれど。
446
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/04/16(水) 17:30:49 ID:ELXyemTw0
2025年4月6日(日)
イケオジ系VTuberのクロノトリガー実況プレイを追っている。
今は、魔法王国ジールに到着したあたりだ。
膝の上でうにゅほを抱きながら、ぼんやりと呟く。
「やっぱ、クロノトリガーは面白いなあ……」
「おもしろい、けど」
「けど?」
「このひと、たたかうの、へただねえ」
「あー……」
わかる。
わかるが、
「俺は、これこそが面白味なんだと思うぞ。初見実況でしか味わえない感覚って言うか……」
「そなの?」
「クロノトリガーは、知識があれば簡単なんだよ。敵の弱点も、強い装備の入手方法も、知れば知るほど難易度が下がる」
「たしかに……」
「でも、この人は本当に初見だから、効率の悪い行動ばかりする。でも、それって、もう自分では得られないものなんだよ」
「◯◯やると、はやいもんね」
「マンモスのつるぎを売りまくってざんまとうを買ったり、なげきの山でイワンを狩りまくってシャイニング覚えて連打とか、効率はいいけどワンパターンだろ」
「そう、なのかなあ」
「この、何をするのかわからない感じが楽しいなって思いながら、俺は見てるよ」
「わたしは、こえかっこいいなって」
「それもわかる」
VTuberには、元声優や声優志望だった人が多いのだろうか。
そんな気がする。
「あのさ、◯◯」
「うん?」
「きょう、げんきない?」
「そんなこともないけど……」
「なんか、こえでてない」
「そうか?」
改めて意識する。
「そうかも……」
「ぐあいわるい?」
「ちょっとだるいかもな」
なんとなく、だが。
「きょう、ゆっくりしようね」
「そうだな……」
俺の体調のことは、俺自身よりうにゅほのほうが詳しい。
うにゅほが言うのであれば、今日はのんびり過ごすのがいいだろう。
今日は、そんな一日だった。
447
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/04/16(水) 17:31:18 ID:ELXyemTw0
2025年4月7日(月)
「──◯◯! ◯◯!」
肩を揺すられ、慌てて起きる。
うにゅほの態度でわかる。
緊急だ。
「どした」
「(弟)、(弟)が、また……!」
「!」
慌てて身を起こし、弟の部屋へと駆け込む。
床に倒れた弟が、必死に立ち上がろうとしていた。
「嗚呼──」
思わず声が漏れる。
まただ。
弟は、一ヶ月前まで、脳に菌が入ったことで入院していた。
恐らく再発だ。
両親、及び大学病院に連絡し、救急車を呼んだ。
救急車には母親が乗っていった。
「──…………」
「──……」
無言が痛かった。
あんな苦しみは、もう、感じずに済むと思っていた。
「──…………」
ぎゅ。
うにゅほが、俺の胸に顔を埋めたまま動かない。
「……大丈夫だ、××。前のときは治療法がわからなかったけど、今はわかってる。前ほどひどくはならないよ」
「──…………」
「××……」
「──…………」
うにゅほを抱き締める。
せめて、俺はここにいるのだと、どこへも行かないのだと、証明するかのように。
神様。
もしいるとしたら、お願いです。
これ以上、弟から、何も奪わないでやってください。
448
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/04/16(水) 17:31:48 ID:ELXyemTw0
2025年4月8日(火)
「──…………」
「──……」
自室が、まるでお通夜のようだった。
縁起でもない例えだ。
「……××」
「ん」
「ちゃんと眠れたか?」
「……やなゆめ、みた」
「そっか」
想像はつく。
弟は、結局、かかりつけの大学病院に入院する運びとなった。
そこから先は、まだ、わからない。
「すこし気を紛らわせよう」
「……ん」
「ほら。クロノトリガーの実況、続き見ようか」
「うん……」
YouTubeを開く。
「ふと思ったんだけど……」
「?」
「なんか、クロノトリガーの実況やってるVTuber、妙に多くないか?」
「んー……」
トップページで既に、知らないVTuberのサムネイルが二枚ほど表示されていた。
「最近、解禁されたとかなのかな」
「そういうもの……?」
「俺も詳しくはないけど、いろんなVTuberが同時に同じゲームを始めるのはたまに見るなあ」
「そなんだ」
「ほら、逆転裁判とか」
「あー……」
「ま、何個も見れないし、俺たちはこの人のを最後まで見よう」
「うん」
やはり、初見の実況というのは見ていて非常に面白い。
こんな状況でもなければ、気楽にのんびりと楽しめたものを。
「──…………」
「──……」
音があるだけ、多少はましだ。
俺は、うにゅほを抱き締めたまま、しばらくのあいだディスプレイを見つめていた。
449
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/04/16(水) 17:32:16 ID:ELXyemTw0
2025年4月9日(水)
「──…………」
うにゅほは、まだ落ち込んでいる。
俺も同じ気持ちだ。
弟の無事が確定しなければ、気分が晴れることはないだろう。
だが、このままでは良くないこともたしかだった。
「××」
「ん」
「ChatGPT先生に相談してみようか」
「そうだん……?」
「(弟)の病気のことでもいいし、ただ慰めてもらってもいい」
「ん……」
膝の上のうにゅほが顔を上げ、ディスプレイを見る。
俺は、OpenAIにアクセスし、GPT-4oの画面を開いた。
課金しているのでGPT-4.5も使えるが、ただの相談であれば4oで構わないだろう。
「さ、なんて相談する?」
「(弟)、だいじょぶかなって……」
「わかった。(弟)の症状を入れて、そう尋ねてみよう」
「うん」
尋ねてみた。
ChatGPTは、考え得る状況を教えると共に、まるで俺たちに寄り添うかのような答えを返してくれた。
「すごい……」
「下手に人に尋ねるより、いいかもな」
「やさしい」
「何か入力してみるか?」
「じゃあ、ありがとうっていって」
「わかった」
入力すると、すぐに返答があった。
「どういたしまして。
少しでも気持ちが和らいだなら、よかったです。
でも、不安な気持ちはすぐには消えませんよね。
大丈夫です、つらい時は何度でも頼ってください。
弟さんのこと、回復に向かうことを心から祈っています。
あなたも、どうか無理しすぎずに」
「──…………」
すん、と、うにゅほが鼻を啜った。
「やさしいー……」
「本当にな……」
今や、大事な相談はAIにすべきなのかもしれない。
そんなことを思った。
450
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/04/16(水) 17:32:41 ID:ELXyemTw0
2025年4月10日(木)
「──…………」
起床する。
いやに体が重かった。
「おはよ」
「ああ……」
「?」
うにゅほが、俺の顔を覗き込む。
「ぐあいわるい?」
速攻でバレた。
「……なんか、体がだるくてな」
「ねつはー」
俺の額に、小さな手が触れる。
「ない、かな」
「熱っぽくはない」
「うん……」
「たぶん、メンタルやられてるせいだろうな……」
「そうかも」
「はァ……」
溜め息ひとつ。
うにゅほもまた、俺につられて溜め息をついた。
「よこになる?」
「──…………」
軽く思案し、ベッドに戻る。
「三十分くらい寝るわ」
「うん」
「適当に起こして」
「わかった」
布団の中で目を閉じる。
嫌なことばかりが脳裏をよぎる。
だるいが眠気は訪れなかった。
十分ほどでベッドを下り、自室の書斎側へと向かう。
「ねれなかった?」
「ああ……」
「そか」
「……××は大丈夫か?」
苦笑し、うにゅほが首を横に振る。
「へんなゆめ、みた」
「だよな……」
弟の無事が確定するまで、きっと、このままなのだろう。
つらいな。
451
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/04/16(水) 17:33:12 ID:ELXyemTw0
2025年4月11日(金)
「◯◯、ふうとう……」
「ん?」
うにゅほから、とある封筒を受け取った。
うにゅほが俺の膝に座るのを待ち、ハサミで封筒の端を切り開いていく。
「なんのふうとう?」
「あー……」
まあ、いいか。
「俺のクレジットカード番号が、流出してるかもしれないって」
「え……」
「大丈夫、大丈夫。まだ不正利用はされてないし、今後のためにカード再発行してくれってお知らせだから」
「あ、そなんだ」
うにゅほが、ほっと胸を撫で下ろす。
「ふせいりよう、こわいね」
「本当にな……」
半年ほど前、クレジットカードを不正利用されかけて、慌てて再発行の手続きを行った記憶がある。
その時ほどではないにせよ、リスクがあることはたしかだ。
「──よし、再発行するか」
「しよう!」
「十日くらいクレカ使えないけど、仕方ないな……」
「しかたない、しかたない。むだづかいしなくて、いい」
「……ぐうの音も出ない」
実際、俺の財布なんてものは、うにゅほに預けておいたほうが立派に実るのだ。
問題は、それが嫌だということだけだった。
「──ほい、終了」
「はや!」
「手続き短かったんだよ」
「かんたんなじだいだね」
「──…………」
決して簡単な時代ではないだろう、今は。
とは言え、水を差すのも悪い。
少なくとも便利な時代であることは間違いないので、俺は頷くことにした。
「そうだな、簡単だったよ」
「わたしもできる?」
「××はクレカ作らないとな。無理だけど」
「むりかー……」
審査の通るカード会社はあるのかもしれないが、それはそれで安心できない。
クレジットカード、早く再発行されないだろうか。
452
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/04/16(水) 17:33:45 ID:ELXyemTw0
2025年4月12日(土)
「××」
俺の膝で寝落ちしてしまったうにゅほの鼻をつまむ。
「んに」
「起きろー」
「おひへる……」
「寝てただろ」
「ねてた……」
「悪い、トイレ行きたいんだ」
「あ」
ぱち、とうにゅほが目を覚まし、いそいそと立ち上がる。
「ごめん、ごめん」
「すぐ戻ってくるから」
「うん」
トイレで小用を済ませ、戻ってくる。
「おかえりー」
「ただいま」
チェアに腰を下ろし、うにゅほを膝に乗せる。
「ほら、寝ていいぞ」
「めーさめた」
「ああ……」
軽い罪悪感が俺を襲う。
「どしたの?」
「××、せっかく寝てたのになって」
「きにしなくていいのに……」
「なんか、猫飼ってる人の気持ちがわかったよ」
「?」
「猫が膝で寝ちゃったとき、動けないって。可哀想な気がするらしい」
「わたし、ねこ?」
「××猫」
「にゃあん」
うにゅほが猫のポーズを取る。
「あざとい……」
「にゃん」
「でも可愛い」
「にゃあん……」
首の下を掻いてやる。
「ごろごろごろ」
「口で言ってる」
「でないもん……」
「はは」
うにゅほのおかげで、すこし気が紛れた。
明日は、弟のお見舞いへ行くことにしよう。
453
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/04/16(水) 17:34:17 ID:ELXyemTw0
2025年4月13日(日)
うにゅほと共に、弟のお見舞いへ行ってきた。
「はァ……」
病室を出ると同時に、思わず溜め息が漏れる。
弟の病状は詳しく記さないが、決して良くはない。
だが、死すら覚悟した前回ほどではないから、その点ではましかもしれない。
「──…………」
うにゅほと手を繋ぎ、無言のままに病院を後にする。
愛車の助手席で、うにゅほが呟いた。
「なおるかなあ……」
「わからない。わからないけど、治るって思いたい」
「……うん」
うにゅほは、もう、泣かなかった。
涙が涸れ果てたわけではないだろう。
ただ、悲しみに慣れてきただけだ。
「どっか寄る?」
「ん」
首を横に振る。
「そっか」
帰り際、新川沿いの桜並木を見た。
北海道の開花は、まだ先だ。
「ごがつくらいかな」
「そうだな」
「おみまいいくとき、さくら、みようね」
「満開の日に行こう」
「うん」
こんなときだって、楽しみはあるべきだ。
悲しいばかりでは、人は壊れてしまうから。
「……やっぱ、どっか寄ろう」
「どこ?」
「どこでもいいよ。ただ、走るだけでも」
「……そだね」
ハンドルを回し、帰途とは別の道へ向かう。
小一時間ほど軽くドライブをし、今度こそ帰宅した。
すこしだけ、気分が落ち着いた気がした。
454
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/04/16(水) 17:34:41 ID:ELXyemTw0
2025年4月14日(月)
ふと、本場のバターチキンカレーを食べたくなった。
「カレー食べに行かない?」
「あ、いく」
「決まりだな」
愛車に乗り込み、行きつけのネパールカレーの店を目指す。
「風、強ッ!」
「ゆれるうー……」
「横殴りだと、ちょっとハンドル取られるな」
「きーつけてね……」
「わかってるよ」
これが、いわゆる春一番なのだろうか。
よくはわからなかった。
ネパールカレーの店で、二人分のバターチキンカレーを注文する。
うにゅほは普通のナンを選び、俺は追加料金を支払ってガーリックナンに変更した。
そして、届いたナンの大きいこと大きいこと。
何度も見ているはずなのだが、毎回新鮮に驚いてしまう。
そして、ガーリックナン。
ガーリックトーストのようなものを想像していたのだが、どうやら違ったようだ。
ナンの表面に細かな白いものが無数に付着している。
食べて気付いた。
「……これ全部、ニンニクだ」
「え、ぜんぶ?」
「たしかにガーリックナンだけどさ!」
あまりに予想外だった。
結局、バターチキンカレーも、ナンも、非常に美味しかった。
たしかな満足と共に帰宅すると、家の前がゴミだらけになっていた。
木のクズに枯れ葉、砂に紐、お菓子の袋や缶まで落ちている。
「あー……」
「そうじしないと……」
これは、ご近所トラブルなどでは決してない。
我が家の前は風溜まりとなっており、どこからか飛んできたゴミが毎年のように散乱するのだ。
「困ったもんだ」
「ねー」
まあ、嘆いたって仕方がない。
手早く掃除を済ませ、自室に戻った。
有意義な一日、だった気がする。
455
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/04/16(水) 17:35:19 ID:ELXyemTw0
2025年4月15日(火)
「よいこのひ」
「うん?」
「よいこのひー、だよ」
カレンダーを見上げる。
4月15日。
なるほど、よいこの日だ。
「なら、××の日だな。××はよいこだから」
「うへー」
「まあ、よいこって年でもないか」
「──…………」
「いてっ」
つねられた。
「よいこじゃないな……」
「よいこだもん」
「……まあ、俺にとっては、ずっとよいこかもな」
「うん」
「ところでさ」
「うん?」
「小腹が空いたから、もちもち豆腐パンを作ろうと思うんだけど」
「あ、いっしょにつくる?」
「作ろうか」
「うん」
もちもち豆腐パン。
豆腐と米粉とベーキングパウダーで作る、異様に美味いダイエット用のパンのことである。
以前、レシピを見て試して以来、時折作っては小腹を満たしている。
ふたりで手分けして作れば、ほんの十分少々で完成するというお手軽さも、リピートの理由だ。
「あち、あち」
「ヤケド気を付けろよ」
「はーい」
あら熱を取り、半分に割って食べる。
「うまー……」
「ほんと、これ美味いな。神レシピだ」
「ねー」
どこで見掛けたか忘れたが、本当に美味しい。
読者諸兄にも、是非試してみてほしい。
456
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/04/16(水) 17:36:12 ID:ELXyemTw0
以上、十三年五ヶ月め 前半でした
引き続き、後半をお楽しみください
457
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/05/01(木) 14:05:01 ID:Z1XbncjQ0
2025年4月16日(水)
「──……はふ」
いまいち熟睡できず、寝たり起きたりを繰り返した一日だった。
「ねむい?」
「まあまあ」
「またねる……?」
「うーん……」
iPhoneを手に取り、睡眠管理アプリを開く。
「いちおう、トータルで八時間は寝てるんだよな」
「でも、とびとび……」
「ああ……」
数えてみると、睡眠のまとまりが八個もある。
単純に考えれば一時間に一度は目を覚ましている計算だ。
なるほど、まだ眠いのも無理からぬことだろう。
「……そうだな。仮眠取ろうかな」
「それがいいよ」
「××は平気か?」
「わたしは、へいき」
「そっか」
すこし安心する。
うにゅほが苦しまないのであれば、それでいい。
だが、俺が苦しめば、同じかそれ以上にうにゅほも苦しむので、結局は自分を大事にしなければならないのだけど。
三十分ほど仮眠を取ると、すこし頭がさっぱりした。
「よし、運動するか!」
「げんき」
「一日に一度は体を動かさないと、次の日だるい気がしてきて」
「そなんだ……」
「××は若いから、まだそんなことないか」
「うん。わかいから」
「いいなあ……」
「わけてあげたい」
「若さを?」
「うん」
「ダメダメ。××が年取るだろ」
「そうなる」
「むしろ、俺が分けてあげたい」
「なんで!」
うにゅほには、いつまでも若く、可愛くあってほしいのだ。
うにゅほを膝に乗せ、YouTubeを見ながらいつものようにくつろぐ。
この穏やかな時間が、ずっと続きますように。
458
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/05/01(木) 14:05:27 ID:Z1XbncjQ0
2025年4月17日(木)
今日もまた病院だった。
帰り際にコンビニへと立ち寄り、ふと気付く。
「そうだ。クレカ使えないんだ……」
「あ」
そう。
クレジットカ―ド番号が流出した疑いがあり、再発行してもらうことになったのだ。
「どうすっか……」
「おかねないの?」
「えーと」
財布を開く。
「一万ちょいあるな」
「あるなら、いいきーする」
「なんか、病院以外で現金払いするの久し振りでさ。ちょっと緊張すると言うか……」
「そんなに」
「コンビニで現金使うだなんて、何年ぶりかわからないぞ」
「なら、わたしおごるね」
「××が?」
「うん。いつも、◯◯はらっちゃうし……」
「……ちゃんとできるか?」
「できるよー……」
むくれそうになったうにゅほの頭を撫でる。
「冗談、冗談。できるのは知ってるよ」
「うん」
コンビニスイーツやお菓子、飲み物などをカゴに入れ、うにゅほに手渡す。
ほとんど待たずに呼ばれ、うにゅほがレジにカゴを置いた。
「レジ袋はお使いですか?」
「あ、いります……」
しばしして、うにゅほが会計を済ませる。
思いのほかスムーズで、危なげのない支払いだった。
「……なんか、感無量だな」
「?」
「いや、なんでもない。ありがとうな」
「うん」
十年以上前のうにゅほなら、ひとりで会計なんてできなかった。
俺に頼んでいたはずだ。
だが、今はできる。
ひとりでできる。
それが、嬉しいよな、寂しいような、複雑な感情を呼び起こした。
これ、もしかすると父性なのだろうか。
そんな気もするのだった。
459
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/05/01(木) 14:06:14 ID:Z1XbncjQ0
2025年4月18日(金)
「──……あふ」
睡眠時間が足りなかったためか、幾度もあくびが漏れていた。
「ねる?」
「あー……」
「わたし、そろそろ、おひるねするけど……」
「なら、一緒に仮眠するか」
「しよ」
「じゃぱん、がばめん、ふぉるもさ、ううろんち、わんかぷ、てんせんす、かみんかみん」
「それ、まえもいってた」
「なんか好きなんだよな……」
これは、夢野久作の人間腸詰という短編小説に出てくる一節だ。
なんとなく覚えていて、たまに口にしたくなる。
「かみんしよ」
「ああ」
とは言え、俺とうにゅほが同衾するわけではない。
以前は時折していたが、今は睡眠時無呼吸症候群の治療のためのCPAPを着けて眠っているからだ。
それぞれのベッドに入り、俺はCPAPのマスクを装着する。
そして、しばしのあいだ目を閉じた。
三十分が経過したことを、アップルウォッチが教えてくれる。
「──…………」
「すふー……」
うにゅほがまだ眠っていることを確認し、ベッドから静かに下りる。
遅寝早起きのうにゅほにとって、睡眠時間を確保するために昼寝は必要不可欠だ。
邪魔をしてはならない。
「……っふ、おふぁよー……」
「おはよ」
うにゅほが起きてきたのは、それから二時間後のことだった。
「かみんかみん、できた?」
「できたできた」
「そかー」
「××は、たっぷり眠れたか?」
「ねれた!」
「そっか」
睡眠は、人間にとって、生物にとって、なくてはならないものだ。
脳のないクラゲだって眠るくらいだ。
一日七時間は確保していきたいところである。
460
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/05/01(木) 14:06:38 ID:Z1XbncjQ0
2025年4月19日(土)
弟のお見舞いから帰宅すると、再発行したクレジットカードが届いていた。
「お、届いた届いた」
「くれじっとかーど?」
「ああ」
「やっと、かいものできるね」
「ホントだよ……」
他のクレジットカードも持っているので、コンビニでの支払いもネット通販も可能ではあった。
ただ、クレジットカ―ド情報を何度も変更するのが面倒過ぎただけだ。
「なにかうの?」
わくわくと言ううにゅほに、あっさり答える。
「いや、欲しいもんないけど……」
「あれ、そなんだ」
多少の行き違いがあったらしい。
どうやら、何か特定の買い物をするためにクレジットカードを待っていたと思い込んでいたようだ。
「××は、何か欲しいものあるか?」
「ほしいもの……」
こて、と首をかしげ、うにゅほが答える。
「ない」
「ないよな」
「ない」
「じゃ、クレジットカード情報の更新だけしとくか……」
Amazon、楽天、その他諸々、思い付く限りの支払い情報を変更していく。
「──あっ」
「?」
「そうだ、これがあった……」
「あ」
dアニメストア。
以前も、クレジットカード情報の変更のために、かなりの煮え湯を飲まされた記憶がある。
「──だから、解約はしないんだって!」
「まえ、どうしたっけ……」
「わからん。どうにかして変更できたはずなんだけど……」
マジでクソUIだ。
「……いいや、また今度にしよう」
いったん諦めた。
解約して、また再契約しようかな……。
461
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/05/01(木) 14:08:09 ID:Z1XbncjQ0
2025年4月20日(日)
Amazonから定期おトク便で炭酸水が届いた。
「二週間で三箱、ちょうどいいな」
「あとにほんだったもんね」
飲むペースは毎回変わるだろうが、おおよそビタリだ。
ただ、1000ml×15本入りのダンボール箱三本は、自室に運ぶのが少々面倒だった。
「頑張るか……」
「わたし」
「無理無理」
「はーい……」
15kg超の荷物を、うにゅほが持てるとは思わない。
ましてや階段を上がるなんて、危なっかしくて見ていられない。
ダンボール箱を抱えて、のたくたと三往復し、ほっと息を吐いた。
「なんか、体力つけたいなあ……」
「さんぽするとか」
「散歩か」
悪くはない。
と言うのも、家の近くに4kmほどのサイクリングコースがあるのだ。
夏場は雑草と虫とで歩けたものではないが、春先であれば快適に散歩ができるはずである。
ただ、
「継続するのがな……」
散歩をする。
これはいい。
だが、散歩を続けるとなると、途端に重い。
「うーん……」
「いっかいだけする、とか」
「あー」
「きもちかったら、またする」
「……悪くないな」
「うへー」
「なら、近々晴れた日にでも試しに散歩してみるか」
「うん」
続けることを考えるのではなく、まずやってみる。
人生の極意のような気がするのだった。
462
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/05/01(木) 14:08:34 ID:Z1XbncjQ0
2025年4月21日(月)
窓の外を見上げる。
「小雨だな……」
「さんぽ、できないね」
「ああ」
昨日、近々散歩をしようと、うにゅほと約束したのだった。
とは言え、今日はちょっとだるかったので、ちょうどいいと言えばちょうどいい。
「さいきん、てんきわるいねー……」
「寒いよな」
「うん」
「春って感じの日和がない。本州のほうは暑いらしいけど……」
「そなんだ」
「早めの夏が来たー、みたいなこと聞いたぞ」
「はやめのなつ、いいなあ」
「いいよな。久し振りに夏を感じたい」
「わかる」
「このままだと、桜の開花も遅くなりそうなんだよな……」
「ごーるでんうぃーくの、あと?」
「そこまで行くかは知らんけど」
「さくらぜんせん、しらべれなかったっけ」
「あー」
パソコンチェアに腰掛けると、うにゅほが俺の膝に腰を下ろす。
"開花予想"で検索すると、札幌は4月23日と出た。
「あさってだ」
「意外と早い?」
「まんかいは?」
「満開は、4月27日」
「ちかい」
「4月27日、覚えておこう。この周辺は逃せない」
「のがせないね!」
「あとは、晴れてくれたらいいんだけど……」
「はれるかな」
「わからん」
「わからんかー……」
一週間天気だと、27日周辺は、ちょうど雨の予報だった。
これは、多少満開を逃してでも、晴れの日に行くべきかもしれないな。
463
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/05/01(木) 14:09:03 ID:Z1XbncjQ0
2025年4月22日(火)
大学病院へ行き、弟の担当医に話を聞いてきた。
状態としては、思っていたほどには悪くない。
十二分に希望の持てる内容だった。
両親、うにゅほと、車内で明るい会話を交わし、帰宅する。
自室へ戻り、自分のベッドに倒れ込んだ。
「──ッ、はァー……」
安堵の吐息が漏れる。
「よかったね……」
「ああ……」
ふと、年明けに"2025年はいい年にしよう"と願ったことを思い出した。
決意の有無に関わらず、不幸は唐突に訪れる。
俺たちが立って歩いているこの事実ですら、ある人にとっては奇跡のような幸福なのだ。
当たり前は、決して当たり前ではない。
それがよく理解できた。
「(弟)、いつたいいんできるかなあ……」
「あと一ヶ月はかかるだろ、さすがに」
「そか……」
「寂しい?」
「うん」
「だよなあ……」
わかる。
当たり前にそこにいた存在がいなくなる。
頭でわかっていたことに、ふと、改めて"気付く"ことがある。
そのとき、ようやく寂しさを覚えるのだ。
「ま、そのうち戻ってくるよ。そのときは優しくしてやろう」
「うん」
それでいい。
それがいい。
そのくらいで、いいのだ。
二度あることは三度あるだなんて都合の悪いことわざは忘れて、迎えてやればいい。
「──あっ」
「?」
「今日、いい日和だったなと思って」
「さんぽ?」
「散歩」
「いまからじゃ、おそいねえ」
「明日かな……」
「あした、はれたらいいね」
「ああ」
弟だけでなく、俺も健康にならなければ。
464
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/05/01(木) 14:09:28 ID:Z1XbncjQ0
2025年4月23日(水)
窓の外を見やる。
「うー……、ん」
なんとも微妙な空模様だ。
「さんぽ、いく?」
「もうすこし様子を見よう」
「まだみるの……?」
せっかく歩くのならば、快晴の日にしたい。
続けるかどうかは決めていないが、最初の一日が気持ちよければ、自然とまた散歩したくなるだろう。
だからこそ、快晴を待っているのだった。
そんなことをつらつら語ると、うにゅほが苦笑を浮かべた。
はいはい、という顔だ。
「決して面倒だからじゃないぞ」
「うん」
「違うからな」
「わかってるよ―……」
本当かな。
俺の被害妄想な気もしてきた。
「暑くも寒くもなく、空が青くて気持ちいい日。××だって、歩くならそんな日がいいだろ」
「そだけど……」
「な?」
同意を求めると、うにゅほが不服そうに頷いた。
「はれたら、ちゃんと、あるこうね」
「はい……」
ここまで言って快晴の日に散歩しなければ、俺の沽券に関わる。
世界で唯一、うにゅほにだけは、絶対に失望されたくないのだ。
「安心しろ、××」
「?」
「絶対、散歩するからな」
「わかってるよー……」
信じてくれているからこそ、裏切ってはならない。
この信頼を守り切ること。
それが、俺のすべきことなのだから。
散歩行く行かないで何を盛り上がっているんだ。
465
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/05/01(木) 14:09:55 ID:Z1XbncjQ0
2025年4月24日(木)
久々に髪を切ることにした。
日記を確認すると、
「──うわ、前に散髪したの半年前だ」
「え!」
「そりゃ伸びるわけだよ」
「ほんとに?」
「俺も、抜けがあるかと思ったんだけどさ。三ヶ月くらい前に」
「うん」
「でも、三ヶ月前って(弟)が死にそうになってたときじゃん。床屋行く余裕なんてなかったよ」
「あー……」
うにゅほが、うんうんと頷く。
「たしかに」
「あんな精神状態で床屋行くわけないもんな」
「そだね……」
あのときは、本当につらかった。
今も決して平気ではないのだが、随分ましだ。
「また、せんえんカット?」
「千四百円だけどな」
「たかい」
「面倒だし、そこでいいよ。悪いけど、髪切ってるあいだ買い物でもしといて」
「はーい」
カットハウスの入っているスーパーマーケットでうにゅほと別れ、十五分ほどで散髪を終える。
ブースの外に出ると、うにゅほが既に待っていた。
「××」
「あ、さっぱりした!」
「随分伸びてたんだな、やっぱり……」
「はんとしだもん」
「ところで、なに買ったんだ?」
「うーと、とうふとか、こめことか、いろいろ」
「米粉パンの材料、買い足してくれたのか」
「うん」
「ありがとう、いくらだった?」
「ださなくていいよ。わたしも、じぶんのおかね、つかいたい」
「あー……」
つい、うにゅほに関わるお金すべてを自分の財布から出してしまうんだよな。
「悪い悪い」
「わるくないけど……」
「じゃ、帰るか」
「うん」
随分と頭が軽くなった気がする。
次は三ヶ月後くらいに散髪したいところだ。
466
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/05/01(木) 14:10:23 ID:Z1XbncjQ0
2025年4月25日(金)
うにゅほとふたり、弟のお見舞いへと行ってきた。
新川沿いの桜並木は、まだ、ろくに開花していなかった。
「かいかよほう、どうだっけ」
「23日が開花、27日が満開ってなってたな。たしか」
「ほんとかな……」
うにゅほが疑っている。
「開花予報と同時に咲くか否かは桜によるだろうし、環境にもよるだろうし」
「たしかに」
「この様子だと、明後日はまだ見頃じゃないだろうな」
「いつくらい、みごろかなあ」
「30日とか? いっそ五月入ってからでも間に合いそうだけど」
「じゃあ、さんじゅうにち、みてみる?」
「そうだな。まず、30日だな」
「うん」
俺も、うにゅほも、桜が好きだ。
理由はわからない。
今はもう普通の一軒家になってしまったが、近所の空き地に見ごたえのある素晴らしい桜の樹があった。
それが原因かもしれない。
「桜の樹の下には死体が埋まってる──なんてな」
「え」
助手席のうにゅほが、目をぱちくりさせてこちらを見た。
「小説の冒頭だよ。梶井基次郎って人の」
「へえー」
うにゅほが、うんうんと頷く。
「どんなおはなし?」
「うーん……」
桜の樹の下にはを振り返る。
「……説明が難しい」
「そなの?」
「ハッキリしたストーリーはないかもしれない」
「ふうん……」
「覚えてないんだけどな」
「おぼえてないんかい」
出た、うにゅほのツッコミ。
たまに出るのだ。
「あとで青空文庫で読んでみるか……」
「うん」
桜の樹の下には。
高校時代、やたらと好きだった気がするのだった。
467
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/05/01(木) 14:10:46 ID:Z1XbncjQ0
2025年4月26日(土)
窓から空を見上げる。
晴れていた。
「──よし、散歩行くか!」
「おー!」
待ってましたとばかりに、うにゅほが頷く。
「ひさしぶりだね」
「そうだな。随分前に、習慣にしてた気もするけど」
「あったねー」
部屋着を着替え、運動靴を用意し、ふたりで外に出る。
家の前の公園で、子供たちが遊んでいた。
「……あれ、思ったより曇ってる?」
「そうかも」
しかも、風も強い。
理想の快晴とは程遠かった。
だが、ここまで来て散歩をしないという選択肢はない。
「よし、歩くか!」
「うん」
うにゅほが、笑顔で俺の手を取る。
「どこまで行こうか」
「んー……」
「久し振りだし、短いルートでいいかな」
「そだね」
約4kmのサイクリングロードには、途中で折り返せるルートがある。
そちらだと2km程度に短縮されるのだ。
「──なんか、気持ちいいな」
「わかる」
風は強いが、寒くはない。
むしろ心地いいくらいだ。
「今日でよかったかもな……」
「うん」
「付き合ってくれて、ありがとうな」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
何を当たり前のことを、という顔だ。
「明日も晴れたら、歩こうか」
「うん!」
やはり、間違っていなかった。
気持ちよければ、また歩きたくなるのだ。
続くか続かないかはわからないが、また晴れた日には歩こうと思った。
468
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/05/01(木) 14:11:10 ID:Z1XbncjQ0
2025年4月27日(日)
両親から、いいことを聞いた。
新川沿いの桜並木が開花していたそうなのだ。
「◯◯、みにいこ!」
「行くか!」
そうと決まれば話は早い。
薄曇りなのが少々悔やまれるが、愛車に乗り込み新川沿いへと向かう。
「いきなりさくんだねー……」
一昨日通り掛かったときは、まだほとんど咲いていなかった。
開花予報を疑ったものだ。
「27日──今日が満開って話だったから、予報は正しかったのかもな」
「そうかも」
しばし愛車を走らせていると、ぽつりぽつりと花咲く木々が見えてきた。
「あ、さくら!」
「咲いてんじゃん……」
咲いていることはわかっていたのだが、いざ見たときの感想はこれだった。
風情がない。
「わ、すーごいさいてる」
「一昨日とは大違いだ」
「みにきて、よかったね!」
桜並木で最も美しい枝垂れ桜は、残念ながらまだ開花して間もなかった。
しかし、これだけ堪能できれば十分だろう。
俺は、短い橋をUターンし、反対車線へと移動した。
ことらも負けず劣らずの景観だ。
だが、ひとつ明らかに違うところがあった。
「──あ、こいのぼり!」
そう、こいのぼりがぶら下げられていたのだ。
不運にも無風であったため、干されたイカのようになっていたが。
「こいのぼり、はじめてみたかも」
「初めてはないだろ、さすがに」
「そかな」
「視界の端くらいには入ってるはず。俺も見たことあるし」
「そなんだ……」
「まあ、こんだけ並んでるのは初めてはと思うよ」
「そか!」
そのまま、寄り道をせずまっすぐに帰宅した。
うにゅほとしばらく桜の話をした。
楽しかった。
469
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/05/01(木) 14:11:46 ID:Z1XbncjQ0
2025年4月28日(月)
「──お金が欲しい」
「?」
膝の上のうにゅほが、小首をかしげる。
「ほしいの」
「欲しい」
「いくら?」
あ、やべ。
これは、うにゅほがガチで俺に貢ごうとするパターンだ。
「十億、十億欲しい」
非現実的な額にして、お茶を濁す。
「じゅうおくえんは、ないなー……」
「たとえあっても、くれなくていいからな」
「いちおくえんなら、いい?」
「……十億円持ってて、一億くれるなら、まあ」
「じゃあ、じゅうおくえんもらったら、いちおくえんあげるね」
「ありがとう」
小学生の会話かな。
「でも、なんでおかねほしいの?」
「お金があれば、いろいろできるからな」
「いろいろ……」
「曲を買って、歌詞をつけて、MVも依頼できる」
「ほー」
「漫画家雇って、小説をコミカライズできる」
「おー……」
「使い道なんて、いくらでも思い付く。十億でも足りないくらいだ」
「くるまとかは?」
「いらん」
「いえ……」
「うちで満足だよ」
「きゃばくら」
「××いるのに?」
「なんか、たからくじあたったら、そういうのにおかねつかうって」
「興味ない」
「なさそう……」
「まあ、新しいPCは買うけど」
「いくらの?」
「百万くらい」
「よゆうだ」
「余裕過ぎるな」
当たってもいない宝くじの使い道を話し合う。
やっぱり小学生かな。
当たりもしない宝くじを買うつもりはないが、夢くらいは語ってもいいだろう。
そんな話題で、しばし盛り上がった。
470
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/05/01(木) 14:12:06 ID:Z1XbncjQ0
2025年4月29日(火)
うにゅほが窓の外を覗き込む。
「あめだー……」
「雨だな」
「さんぽ、できないね」
「そうだな……」
わりと、散歩へのモチベーションが高まっている。
快晴の日があれば、うにゅほと共に歩く気満々だった。
「なんか、今日寒くね?」
「さむい」
「だよな」
ててて、とうにゅほがこちらへ駆け戻り、俺の膝の上に腰を下ろす。
「うへー」
うにゅほを抱き締め、頬擦りする。
「あったけー……」
「わたしも、あったかい」
「な」
寒いときは、うにゅほを湯たんぽにするに限る。
暑いときも湯たんぽにしているが、あれはただ単にくっつきたいだけだ。
「つーか、そろそろ四月も終わるのか……」
「はやいね」
「マジで早いわ。一年の三分の一、もう終わるんだぞ」
「うえー」
「これ、爺さん婆さんになるのもすぐだな」
「やだなー……」
「俺も嫌だよ。でも、いつかはなるから」
「そだけど」
「俺、たぶん早死にするから」
「やめてよ」
「××を置いては逝きたくないけどさ……」
「おいてかないで」
「まあ、うん」
「がんばって……」
うにゅほがちょっと泣きそうなのを察し、慌ててフォローを入れる。
「でもほら! 健康診断とか、ちゃんと受けるから!」
「……ほんと?」
「ホントホント。なるべく長生きします」
「うん……」
俺が先に死んだら、うにゅほはどうなるだろう。
真面目に心配なのだった。
471
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/05/01(木) 14:12:27 ID:Z1XbncjQ0
2025年4月30日(水)
ふと気付く。
「お、晴れてんじゃん」
辛うじて快晴と言えなくもない日和だ。
「さんぽ、いく?」
「行くか」
「うん!」
身支度を整え、家を出る。
「……けっこう風強いな」
「ね」
「まあ、寒くはないか。涼しいけど」
「すずしい、すずしい」
いつものサイクリングロ―ドへ向かい、川沿いを歩き始める。
「相変わらず汚い川だな……」
「くさくはないね」
「臭かったら歩けたもんじゃないよ」
「たしかに……」
歩いていると、さまざまなものが気に掛かる。
「……ミミズが乾き死にしてる」
「たくさんしんでる……」
「なんでだろうな」
「わかんない」
「たぶん、雨の日に出てきて、土に戻れず死ぬんだと思うけど……」
ただ、十匹以上も同じ死に方をしている理由までは解せない。
「ふみたくない……」
「わかる」
ミミズの死体を避けながら、サイクリングロードの途中で折り返す。
ここで折り返すと2kmのコースとなる。
4km歩いてもよかったのだが、少々肌寒かった。
「コンビニとか、暇なら歩いて行くのもいいな」
「こんびに、さいきん、いかないけどね」
「たしかに」
行くとスイーツを買ってしまうので、なるべく立ち寄らないようにしているのだ。
「何か理由つけて歩きたいけど……」
「きょりにもよる」
「そうだな。往復数kmが限度か」
健康になりたい。
健康になりたいのだった。
472
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/05/01(木) 14:13:09 ID:Z1XbncjQ0
以上、十三年五ヶ月め 後半でした
引き続き、うにゅほとの生活をお楽しみください
473
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/05/16(金) 03:52:50 ID:jOM3Fwng0
2025年5月1日(木)
今日は、月に一度の定期受診の日だった。
普段は火曜日だが、ゴールデンウィーク中のため、曜日がずれたのだ。
午前八時半に病院に着き、しばし待つ。
「なんか飲む?」
「のむー」
唯一の自動販売機へと向かい、商品を眺める。
「お、ふって飲むプリンだって」
「おー……」
「俺、これにしようかな」
「わたしも!」
「××もか……」
ふたりで挑むと、もしハズレだったときにリカバリーが効かない。
だが、
「おそろい、だめ……?」
と上目遣いで言われてしまうと、俺も弱い。
「いや、いいよ。お揃いだな、お揃い」
「うん!」
ふって飲むプリンを二本購入し、待合室へと戻る。
「五回振るんだって」
「わかった」
うにゅほが、両手で缶を振る。
「いーち、にー、さーん、しー、ごっ!」
可愛いなあと思いながら、自分の缶も適当に振る。
開封し、口をつけると、プリン味のゼリーが崩れたようなものが流れ込んできた。
まあまあ美味い。
「おいしい」
「やっぱ飲み物だから、プリンそのものではないな」
「うん、うすい。でもおいしいよ」
「たしかに」
ただ、これは体験を買ったようなものだ。
次に同じ商品を見掛けたとして、リピートするかどうかと言えば難しいところだろう。
診察を終え、薬局へ向かい、帰宅したあと睡眠を取った。
起床後、快晴だったのでまた散歩へ向かい、健康になった気分に浸る。
「はるのうちに、たくさんあるこうね」
「ああ」
散歩コースとして利用しているサイクリングロードは、夏場は草木が繁茂し虫が湧き、歩けたものではなくなる。
冬場はそもそも道がなくなるので、春と秋しか歩けないのだ。
夏になる前に新たな散歩コースを模索したいところだった。
474
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/05/16(金) 03:53:15 ID:jOM3Fwng0
2025年5月2日(金)
機嫌よく冷蔵庫の扉を開ける。
実は昨日、安いスパークリングワインを購入しておいたのだった。
「飲むか!」
「おー!」
「……××も飲むのか?」
「だめ?」
「そりゃ、ダメではないけど」
成人しているのだし。
ただ、うにゅほはお酒にさほど強くないのだ。
「グラスに半分でいいか?」
「うん」
よし。
俺はグラスいっぱい、うにゅほはグラスに半分注ぎ、軽く乾杯する。
ひとくち啜るように飲み、頷いた。
「うん、美味い」
ちびりと舐めるように飲んだうにゅほが、目をまるくする。
「ほー……」
「どうだ?」
「わるくない」
悪くないんだ。
すこし意外だったが、スパークリングワインは飲みやすいものな。
雑談しながら飲み進めていくと、うにゅほの目蓋がとろんと下りてきた。
「◯◯ぃー……」
隣に腰掛けていたうにゅほが、俺の膝に上がる。
背面ではなく、対面でだ。
そして、真正面からギュウと抱き締められた。
「うへへへ……」
「早い……」
出来上がるまでが爆速だった。
まあ、この酒量であれば、翌日に残ることもないだろう。
「ちゅー。◯◯、ちゅー」
「はいはい」
軽くキスを交わしたあと、子供を寝かしつけるように、優しく背中を撫でてやる。
「うにー……」
「──…………」
ふと思った。
「××さん」
「?」
「酔ったふりしてない?」
「──…………」
「──……」
「……ふへ」
してた。
まあ、可愛いからいいか。
475
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/05/16(金) 03:53:39 ID:jOM3Fwng0
2025年5月3日(土)
「世間ではゴールデンウィークらしいですよ、××さん」
「しってるよー……」
「問題です」
「ててん」
「今日は、何の日でしょう」
「──…………」
うにゅほの視線がカレンダーへと向けられる。
「おっと」
「わ」
慌ててうにゅほに目隠しをする。
「ずるいぞ」
「うへー……」
「何の日でしょう!」
「うと」
しばしの思案ののち、うにゅほが答えた。
「……やまのひ?」
「たぶん違う」
「たぶん?」
「いや、俺もわかってないから……」
「わかってないんかい」
出た、うにゅほのツッコミ。
カレンダーを確認し、読み上げる。
「憲法記念日だ」
「へえー」
「どうでもいい?」
「そんなことないけど……」
「明日はみどりの日だぞ」
「みどりのひって、なんのひ?」
「みどりの日だけど」
「うと」
困ったように、うにゅほが続ける。
「みどりのひ、なんで、みどりのひ……?」
「あー、そういう意味か」
「うん」
「知らんけど」
「しらんのかい」
一日に二度もツッコミが冴え渡るのは珍しい。
それはそれとして、調べてみた。
「──なるほど。もともとは天皇誕生日だったのか」
「そなの?」
「ああ。昭和天皇の誕生日だったんだけど、昭和天皇は自然が大好きだったから、名前を変えて祝日は残ったんだって」
「へえー」
うにゅほが、うんうんと頷く。
感心しているらしい。
「また賢くなってしまったな」
「こまったね」
今日もちびちびとスパークリングワインを飲んだ。
美味い。
476
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/05/16(金) 03:54:01 ID:jOM3Fwng0
2025年5月4日(日)
「……なーんか、微妙に腰が痛い」
膝の上のうにゅほが、慌ててこちらを振り返った。
「え、だいじょぶ?」
「普通にしてるぶんには……」
「こしもむ?」
「ああ、揉んでもらおうかな」
「うん!」
フローリングでうつ伏せになると、うにゅほが足を跨ぐように膝立ちになった。
「もむよー」
「頼むー」
ぐい、ぐい。
ぐい、ぐい。
うにゅほが腰を押すたび、全身がリラックスしていく。
「きもち?」
「ああ、気持ちいい……」
マッサージとして効いているかと言えば、たぶん効いてはいない。
だが、うにゅほのふわふわマッサージは、そんなことがどうでもよくなるくらい心地いいのだ。
それも、だんだん眠くなってくるおまけつきで。
「……──はふ」
「ねむい?」
「ちょっと……」
「ねる?」
「いや、もうすこし……」
「わかった」
ぐい、ぐい。
ぐい、ぐい。
一定のリズムが、これまた眠気を誘う。
しばしして、
「──は」
ぱち、と目を開く。
口の端からよだれが垂れかけていた。
危険だ。
「ありがとう、××。もういいよ」
「きもちかった?」
「ああ、気持ちよかった……」
久し振りにしてもらったが、うにゅほのふわふわマッサージって本当にいいんだよな。
眠れないときとか、またしてもらおう。
477
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/05/16(金) 03:54:29 ID:jOM3Fwng0
2025年5月5日(月)
ふと、あることを思い付いた。
「ChatGPTに日記を読み込ませてみよう」
「おー」
膝の上のうにゅほが、ぱちぱちと軽く手を叩いてくれる。
「なんで?」
「分析してもらおうと思って」
「ぶんせき……」
「百聞は一見にしかず、だ。とにかくやるぞ」
「はーい」
ChatGPTのサイトを開き、最初の一ヶ月ほどの日記をo3に読み込ませ、感想を求めてみた。
「わ、ながい」
「すごく丁寧に読んでくれるんだよな……」
文章のリズムと音頭。
うにゅほという一人の人間の輪郭。
物語としての"山"。
読後に残るもの──さまざま観点で感想を書いてくれるため、とても参考になる。
「んで、最近のも読み込ませてみよう」
「なんで?」
「最初と最近でどう変化してるのか、気にならない?」
「きになる……」
「だから感想を求めるのさ」
再び、今度は直近一ヶ月ぶんの日記を読み込ませる。
待つと、答えが出力されていった。
「おお……」
俺とうにゅほとの関係の変化から、うにゅほの成長に至るまで、さまざまな項目がズラリと並んでいる。
「ちゃっとじーてぃーぴ―、すごいね……」
「GPTだからな」
「はい」
「グプタと覚えよう」
「それなに?」
「なんか、漫画のキャラにいた気がする」
「そなんだ」
「なんの漫画かは覚えてないけど……」
「ぐぷた、ぐぷた。おぼえた」
「──…………」
本当かな。
ともあれ、ChatGPTは素晴らしい。
AI技術の発展はシンギュラリティを引き起こすかもしれないが、それはそれとして死ぬまでに見てみたいものだ。
478
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/05/16(金) 03:54:53 ID:jOM3Fwng0
2025年5月6日(火)
弟のお見舞いへ行くため、新川沿いの桜並木を通り掛かった。
「さくら、ちってるねー……」
「さすがにな。ゴールデンウィークも終わりだし」
「ごーるでんだった?」
「いや特に……」
「しるばー?」
「シルバーウィークはまた意味が違うだろ」
「ぶろんず……」
「……まあ、そのくらいかな」
「ぶろんずうぃーく、だったんだ」
ふと気付く。
「××、銅って英語でなんて言うか知ってる?」
「?」
小首をかしげ、うにゅほが答える。
「ぶろんず」
「ぶぶー」
「えー?」
「ブロンズは青銅です」
「せいどう……」
「銅の合金だな。何混ぜてるか忘れたけど……」
「じゃあ、どうは?」
「カッパー」
「かっぱ」
「カッパー」
「かっぱー……」
うにゅほが微妙な表情を浮かべる。
「××の言いたいこと、わかるぞ」
「わかるの?」
「あんまりカッコよくない」
「わかられてた……」
「ブロンズのほうが語感がカッコいいよなあ」
「うん」
「銅メダルは純銅じゃなくて青銅だから、ブロンズメダルで合ってるんだとさ」
「かっぱーめだる、ではなかった」
「響きがよくないよな、カッパーメダル」
「かっぱかいてそう」
「そうなってしまいますね……」
そんな会話を交わしながら、大学病院へと向かう。
弟は、そこそこ元気だった。
479
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/05/16(金) 03:55:15 ID:jOM3Fwng0
2025年5月7日(水)
またワインが飲みたくなったため、近所のセイコーマートへ行くことにした。
徒歩で。
アルコールを摂取するぶん、すこしでも健康になっておこうという腹だ。
「♪〜」
俺の腕を抱きながら歩くうにゅほを愛おしく思いながら、周囲を見渡す。
「ここらへん久し振りに歩くけど、だいぶ変わったな……」
「うん。いえふえた」
「……つーか、この道歩くの何年ぶりだ? 家から二、三十メートルだけど」
「あるかないもんね……」
どこへ行くにも車を使う。
この習慣が根付いたのは、うにゅほと出会う遥か前だ。
となれば、最後に近所を歩いたのは、まだ愛犬が生きていた頃かもしれない。
十年以上も前のことだ。
しばらく歩くと中学校の通学路を横断する。
見知らぬ家ばかりの道に、ひどく違和感があった。
「車で通るのと、歩くのとじゃ、見えるものってこんなに違うんだな」
「うん。たのしい!」
「ああ、楽しい」
暖かく、風も強めで、歩いていて心地いい。
すこし腰が痛いが、それは椅子で寝落ちした自分の責任だ。
ふと、とあるアパートを指差す。
「ほら、あそこ覚えてるか?」
「んー?」
うにゅほが目を凝らす。
「なんか、みおぼえある……」
「大島てるのサイトで、心理的瑕疵アリって書かれてた物件だよ」
「……ゆうれい?」
「かもしれない。違うかもしれない」
「きになる」
「住んでみるか?」
「やだ」
「俺も嫌だな」
セイコーマートでは、スパークリングワインを一本とシードルを一本、そしておつまみのナッツを購入した。
今夜の晩酌が楽しみだ。
480
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/05/16(金) 03:55:36 ID:jOM3Fwng0
2025年5月8日(木)
「──◯◯、◯◯」
「んが」
うにゅほに肩を叩かれて、目を覚ました。
「ベッドでねたほう、いいよ……?」
「……あー」
どうやら、パソコンチェアで寝落ちしていたらしい。
何故かアゴの付け根が痛かった。
「いや、起きる。大丈夫」
「ほんと?」
「ああ」
しばしして、
「──◯◯、◯◯」
「んご」
うにゅほに肩を叩かれて、目を覚ました。
「ベッドでねないと……」
どうやら、思ったよりも眠気が強いらしかった。
「寝るかー……」
「うん」
チェアから立ち上がると、うにゅほが安心したように頷いた。
心配を掛けていたのか。
ベッドで横になり、CPAPを装着して目を閉じる。
「──…………」
眠れない。
眠気はあるはずなのに、不思議と眠りが遠かった。
十五分ほど横になったあと、起き上がる。
「あれ?」
「なんか、眠れない……」
「そなんだ」
起きて、再びパソコンチェアに腰掛ける。
また、しばしして、
「──◯◯……」
「んごっ」
うにゅほに肩を揺すられて、目を覚ました。
「ぱそこんちぇあでしか、ねれなくなっちゃった……?」
「いや、そんなことも」
ない、と思いたい。
さすがに四度目の寝落ちはなかったが、どうにも眠気の強い一日だった。
481
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/05/16(金) 03:55:57 ID:jOM3Fwng0
2025年5月9日(金)
Revolution Idleというゲームを始めた。
Idleとは書いているが、アイドルは関係ない。
IdolではなくIdle。
つまるところ、いつもの放置ゲームである。
「こんかいの、どんなの?」
うにゅほが、膝の上で小首をかしげる。
「ほら。赤、オレンジ、黄色、緑──って、中心から外に向かってそれぞれ円が動いてるだろ」
「きれい」
「これが一周すると、ポイントがもらえる」
「ほー」
「ポイントを使ってレベルを上げると、よりポイントがもらえるようになる」
「うん」
「たくさんポイントを集めたら、それを全部使って、最初に戻す」
「もどすの?」
「ああ。よりポイントを集めやすい状態で再開できるんだ。いわゆる転生だな」
「ふうん……」
「それを繰り返すと、より上位の転生ができる」
「じょういの……」
「さらに繰り返して一定のポイントを得ると、インフィニティ──つまり無限に到達する」
「むげん!」
「無限に到達すると、インフィニティ・ポイントを得ることができて、今度は今までの作業をすべて自動化することができる」
「あ、だから、さいしょれんだしてたんだ……」
「自動化されてない頃は大変だったな……」
「そしたら?」
「また無限に到達するとインフィニティ・ポイントが得られるから、それを使ってさらに有利に進めていける」
「ふんふん」
「今は、何度も無限に到達して、インフィニティ・ポイントを稼ぎまくってる最中だよ」
「くらくらするねー……」
「まだまだ先があるらしい。楽しみだな」
「◯◯、こういうのすき」
「好き」
クッキークリッカーも散々やったものだ。
特に作業の邪魔をするようなゲームでもないので、適度に楽しもう。
482
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/05/16(金) 03:56:27 ID:jOM3Fwng0
2025年5月10日(土)
今日も今日とてRevolution Idleをプレイしている。
どうやら俺は、ポイントが指数関数的に増えていくのを見るのが好きらしい。
YouTubeを垂れ流しなら、時折Revolution Idleを操作する。
自動化を終えたので、あとは基本放置だ。
ぬか床に手を入れるような頻度で操作をすればいいだけである。
「おもしろい?」
膝の上で面白い恰好をしていたうにゅほが、そう尋ねた。
「わりと……」
「こんかいの、しんぷる」
「グラは、ただ、色違いの同心円がランダムに幾つも描かれるだけだもんな……」
これをいきなり楽しめと言われても、難しい人が多いだろう。
ゲーム内説明もすべてを網羅しているとは言い切れず、不親切極まりないゲームと言える。
だが、自動化してからが楽しいのだ。
幾度もインフィニティに到達し、インフィニティ・ポイントを集めていく。
それで何が起こるのか、まだわからない。
だが、ロックされている機能がまだ二つもある以上、現時点は序盤も序盤なのだろう。
「先が長いな……」
「やるの?」
「まだやる」
「すきだねー……」
「××もやってみたらどうだ? これじゃなくても、近いやつとか」
「えー」
あまり気乗りはしないらしい。
まあ、無理に勧める必要はないだろう。
いつか気が向くのを待てばいい。
「でも、すーごいねえ……」
「綺麗?」
「きれい!」
気に入ってくれたようでよかった。
とりあえず、気が済むまでプレイしようと思う。
483
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/05/16(金) 03:56:49 ID:jOM3Fwng0
2025年5月11日(日)
あれは、午前十一時過ぎのことだった。
起きてから時計を見たから、まず間違いはないはずだ。
のんきに寝こけていたとき、それは起きた。
──ビキッ!
「はがッ!?」
左足に激痛。
一瞬で覚醒し、事態を把握する。
足が攣っていたのだ。
「──◯◯!?」
うにゅほが寝室側に駆け込んでくる。
「つ、……ッた。攣った……!」
「わかった!」
うにゅほが俺の足首を立て、ふくらはぎを伸ばしてくれる。
的確な処置だ。
「は……ッ、はあ、はー……」
「だいじょぶ……?」
「ああ、ようやく治ってきた……」
「てーはなすね」
ビキッ!
「うッ!」
「まだかー!」
そんなことをしばらく続けたあと、本当に症状が落ち着いてきた。
「ふゥー……」
「へいき?」
「ふくらはぎ痛いけど、まあ、大丈夫」
「よかったー……」
「……前もあったな、これ」
「あった」
「寝てるときに足攣るの、マジでやめてほしいわ。一瞬で目ェ覚める」
「そんなにいたい?」
「××、足攣ったことなかったっけ」
「きおくない」
「なら、一生攣らないほうがいいよ……」
「うん……」
うにゅほが苦しむのは、俺が苦しむより嫌だ。
「やっぱ、普段からストレッチしたほうがいいんだろうな」
「しよう」
「ああ」
足の攣らない生活を。
これが今年のスローガンである。
484
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/05/16(金) 03:57:09 ID:jOM3Fwng0
2025年5月12日(月)
Amazonで注文していた靴下が届いた。
靴下が足りない気が、ずっとしていたのだ。
開封し、気付く。
「──これ、五本指じゃん!」
「あ、ほんとだ」
「やっちまったー……」
頭を抱える。
「ごほんゆび、だめなの? むかーし、はいてたきーする」
「まあ、履いてた時期はあるけどな……」
「だよね」
「ただ、履くのは面倒だし、小指は抜けるしで、長続きはしなかった」
「あー……」
「いちおう、試しに履いてみるか。もったいないし」
「うん」
履いてみた。
「……指が入らん!」
「ひとさしゆび、きつい?」
「きつい以前に、入らん」
「そんなに」
諦めて脱ぐ。
「……どうしよう、これ」
「わかんないけど……」
「箪笥の肥やし、決定だな」
「おとうさんとか、はかないかな」
「履かないと思う」
「きいてみるね」
判断の早いうにゅほが、五本指ソックスを持って自室を出て行く。
一分ほどして戻ってきて、
「いらないって」
「だろうな」
だが、捨てるとなれば、もったいないと絶対に拾うのだ。
困ったものである。
「これは箪笥の奥に突っ込むとして、次は普通の靴下を注文しないとな……」
「ごほんゆび、きーつけてね」
「二度も同じ過ちは繰り返したくないな」
と言うわけで、今度こそ五本指ではない普通の靴下を注文した。
そのうち届くだろう。
485
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/05/16(金) 03:57:34 ID:jOM3Fwng0
2025年5月13日(火)
明日、父親の大腸内視鏡検査がある。
「おとうさん、だいじょぶかなあ……」
「大丈夫だろ。ポリープはあると思うけど、一泊で帰ってくるって」
「うん……」
最近のうにゅほは心配性だ。
弟のことがあるから仕方がないと思う。
俺たちは、この一年間で、さまざまなものを失いすぎたのだ。
「はァ……」
溜め息ひとつ、膝の上のうにゅほを抱き締める。
大切なものがここにある。
彼女を失うことなんて考えられないし、考えたくもない。
うにゅほもそうだろう。
「そういえば」
話題を変えるように、うにゅほが言った。
「あのげーむ、どうなったの?」
「Revolution Idleか」
「うん」
「えーと、どこまで話してたっけ」
「むげん、なんかいもやるって」
「ああ」
常時起動しているRevolution Idleのウィンドウを表示させる。
「今のところ、二万回くらい無限に到達してるな」
「にま!」
「最初は一度の無限で一ポイント得られたんだけど、今は二億ポイントくらいになってる」
「におく……!」
「インフレすごいだろ」
「すごい」
「これが楽しいんだよな……」
「でも、わたし、◯◯がこれやってるとこ、あんましみてない」
「最初こそ忙しかったけど、基本放置だからさ。俺も、思い出したときにしかゲーム画面見ないし」
「ふしぎなげーむだねえ……」
「放置ゲーってそんなもんだよ」
ほとんどプレイしないゲーム。
考えてみれば、よくわからない存在だ。
それでも面白いのだから、うにゅほの言う通り、たしかに不思議なゲームではある。
「まだまだ先があるみたいだから、楽しみだよ」
「さきいったら、おしえてね」
「もちろん」
Revolution Idleは、無料でプレイできる。
読者諸兄も是非どうぞ。
486
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/05/16(金) 03:57:54 ID:jOM3Fwng0
2025年5月14日(水)
「──あっづ!」
「はちー……」
デスクの上の温湿度計を確認する。
32℃。
「マジで」
「さんじゅう、にど……」
「窓開けてるよな」
「あけた」
「窓開けて、32℃……?」
「なつ!」
「夏だよ夏」
少なくとも、五月中旬の室温ではない。
「散歩行こうと思ったけど、悩むなあ……」
「いく?」
「うーん」
気温と室温が同じであれば、とても歩けたものではない。
だが、俺たちの部屋は、もともと異様に暑いのだ。
「……行くか。暑かったら即帰ろう」
「うん」
身支度を整え、外出する。
「──あ、涼しい」
「やっぱし、へやだけあついんだ……」
「日当たりが良すぎる」
「わかる」
俺たちの部屋は、南東と南西とに窓がある。
つまり、太陽の出ているあいだ、常に陽光が射し込み続けるのだ。
当然と言えば当然なのかもしれない。
今日も2kmルートで散歩を終え、帰宅する。
「ただいまーっと」
「ただいま、おかえり!」
「おかえり、××」
家に誰もいないので、ただいまとおかえりを交互に言い合う。
大腸内視鏡検査を受けた父親は、ポリープがひとつだけ見つかったそうで、やはり一泊二日の入院になるそうだった。
夕刻、コストコから帰宅した母親と三人で食事をとり、自室へ戻る。
なんだか家が静かな気がするのだった。
487
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/05/16(金) 03:58:20 ID:jOM3Fwng0
2025年5月15日(木)
「──もう、我慢ならない」
「うん……」
不穏な始まりだが、こればかりは仕方がない。
時刻は夜。
窓も開けている。
にも関わらず、室温が32℃を下回らないのだ。
暑い。
暑すぎる。
と言うわけで、
「エアコンつけよう……」
「うん!」
まさか、五月の中旬に、エアコンに頼るとは思わなかった。
うにゅほが冷房を入れ、俺の膝に戻ってくる。
なお、暑いなら密着するな、というツッコミは受け付けていない。
「これで、しばらくすれば涼しくなるはず……」
「えあこん、えらい」
「偉いな」
しばしして、自室の寝室側から冷たい空気が流れ込み始める。
「あ、涼しい……」
「すずしいー……」
久方ぶりのエアコンの風に、新鮮な驚きを覚える。
これぞ人類の叡智だ。
サーキュレーター付きのシーリングライトからも真下に風を送っているので、空気の循環効率も良いはずだ。
「ふはは、勝ったな」
「なにに?」
「わからんけど、勝った気がする」
「きはする」
だが、勝利はいつまでも続かなかった。
「……ちょっと寒くない?」
「さむい……」
エアコンとサーキュレーターの組み合わせは、あまりに効率的過ぎたかもしれない。
あっと言う間に肌寒くなってしまった。
「エアコン切るか」
「そだね」
エアコンの稼働時間は、ほんの小一時間ほど。
サーキュレーターのおかげで、今年の夏は電気代が安く済みそうである。
488
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/05/16(金) 03:59:15 ID:jOM3Fwng0
以上、十三年六ヶ月め 前半でした
引き続き、後半をお楽しみください
489
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/06/01(日) 19:13:43 ID:AbEQK51.0
2025年5月16日(金)
今日は快晴だ。
散歩に行こうかと思った。
だが、ワインを切らしていたので、今日は往復で1kmもない最寄りのセイコーマートへ歩いて行くことにした。
「──あっつ!」
陽射しが強い。
五月の中旬とは思えない暑さだ。
日陰に入り、一息つく。
「七月かよ……」
「すごいね……」
「××、大丈夫か?」
「◯◯は?」
「大丈夫」
「わたしもだいじょぶ」
「サイクリングロード行かなくて正解だったかもな……」
散歩コースとして使っているサイクリングロードは、周囲に建造物がない。
日陰がないのだ。
熱中症になるほどではないが、少なくとも汗だくにはなっただろう。
「なつ、さんぽ、できないかもねえ」
「そうだな……」
「あつくてしぬ」
「今年も絶対暑いだろうな。間違いなく」
「あついなつは、すきだけど……」
「俺も」
「ねー」
ただ、それは、エアコンの効いた自室という安全地帯があってのことだ。
エアコンが壊れでもしたら、俺たちは夏にボコボコにされてしまうだろう。
「エアコンない頃、大変だったな……」
「あんましおぼえてないかも」
「ほら、リフォーム前はなかっただろ」
「なかったっけ……」
「……あれ、あったっけ?」
「わかんない」
「──…………」
「──……」
「いや、なかったよ」
「なかったかー」
そんな会話を交わしながら、再び歩き始める。
ただの散歩とは言え、体を動かすのは悪くない。
490
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/06/01(日) 19:14:11 ID:AbEQK51.0
2025年5月17日(土)
「なんか、こう、あれだな……」
うにゅほが小首をかしげる。
「あれ?」
「ポテトチップス食べたい。サワークリームオニオンの」
「あ、たべたい!」
「でも、そのためだけにコンビニ行くのもな……」
「あるかないの?」
「アルカロイド」
「あるかろいど……」
「なんか化合物」
「めんどくさいんだ」
「わかるなよ」
「ごまかしたから……」
さすがうにゅほ、俺より俺に詳しい女である。
「不健康なもの食べたり飲んだりしたくなってるから、今日は我慢」
「たとえば?」
「コーラ。あとポップコーンとかもいいな」
「──…………」
「コーラに合うのはスナック菓子系だよな。適当に三つか四つ見繕ってさ」
「たべたくなってきちゃった……」
「……行かないぞ?」
「うん」
俺の食欲を移してしまったようだ。
申し訳ない。
「よし、別の話をしよう」
「いいよ」
「──…………」
「──……」
「マックのフライドポテト食べたいな……」
「かわってない!」
「ちょっと変わった、ちょっと」
「◯◯、おなかへってるの?」
「減ってる」
「なんかたべよ。つくるから」
「ありがとう……」
我が家のキッチンは、もう、うにゅほがいなければ回らない。
包丁の持ち方も危うかったあの少女が、よくここまで成長したものだ。
491
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/06/01(日) 19:14:33 ID:AbEQK51.0
2025年5月18日(日)
夕食を終え、入浴を済ませる。
自室で髪を乾かしていると、雑談の最中にうにゅほが尋ねた。
「◯◯、ドラマきらいなの?」
「え、なんで?」
「なんか、きらいなのかなって……」
「普通だけど」
「えー」
うにゅほが小首をかしげる。
「だって」
「だって?」
「ごはんたべてるとき、テレビみない……」
夕食の際、テレビでは録画されたドラマが垂れ流されている。
両親が好きなのだ。
だが、俺はテレビになるべく視線を向けず、夕食に集中したり、家族と話したりしている。
「よく気付いたなあ」
「きづくよー……」
「たぶん、父さんと母さんは気付いてないぞ」
「おとうさんと、おかあさん、テレビみてるもん」
「それはそう」
「ドラマ、きらいなの?」
「いや、ドラマは普通なんだけど……」
「?」
「たとえば、これがアニメだったとしても、なるべく見ないようにしてると思う」
「そなの?」
「ああ。ドラマもアニメも関係なく、中途半端に途中だけ見るのが好きじゃないんだよな……」
「あー」
「最初から見るなら最初から見る、見ないなら見ない。どっちかにしたいと言うか」
「なんか、わかる」
「わかってくれるか」
「◯◯ほどじゃないけど、わかるきーする」
「××、わりと見てる気がするけど」
「わたし、さいしょからみてるの、あるもん」
「あ、そうなの……」
夕食を済ませたらすぐに風呂に入ってしまうから、知らなかった。
「面白い?」
「ふつう……?」
どのドラマかわからないが、普通らしい。
面白いドラマもしっかりとあるのだろうが、いまいち食指が動かないのだった。
492
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/06/01(日) 19:14:56 ID:AbEQK51.0
2025年5月19日(月)
明日、弟が退院する。
そのお祝いではなく、母親の誕生日が近かったことから、弟以外の家族四人で回転寿司へと赴いた。
弟は、放射線治療によって、液体以外の食事が不可能になってしまった。
そのような事情から、弟がいると外食がしにくいため、退院前に行くことになったのだ。
大トロ、エビマヨ、穴子──好きな皿を好きなように注文していく。
中でも俺が気に入ったのは、柚子いなりだった。
柚子が香るいなり寿司の中にくるみが混ぜ込まれたもので、かなりの美味だ。
「これ美味いな……」
「そんなに?」
「俺は好き」
「いっこ!」
「どうぞ」
食べたければ、また注文すればいいだけだ。
俺は、隣席のうにゅほの前に皿を滑らせた。
ひとくち食べて、
「うん」
「うん?」
「おいしい」
「──…………」
思っていたより、リアクションが二段階ほど小さかった。
「……そんなでもない?」
「おいしいよ……?」
「普通に美味しい、くらいか」
「ふつうにおいしい」
「そっか」
俺としては、今日食べたものの中でいちばん美味しかったのだが、好き嫌いの分かれる味だったのかもしれない。
両親に食べさせたところ、父親は眉をひそめ、母親はうにゅほと同じリアクションだった。
帰り道、うにゅほに尋ねた。
「今日一美味しかったの、どれだった?」
「うーと……」
しばし思案し、答える。
「えびてんずし」
「あー、あれも美味かったな」
「うまかった!」
柚子いなり、美味しかったんだけどな。
読者諸兄も、機会があれば、是非食べてみてほしい。
そんなに美味しくない可能性は十分あるが。
493
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/06/01(日) 19:15:14 ID:AbEQK51.0
2025年5月20日(火)
弟が退院した。
だが、左半身に軽い麻痺が残っており、介護とまでは行かないが、介助が必要な場面が露見した。
「わたし、やる!」
そう言ったのはうにゅほだが、必要なのは主に、階段の上り下りでの介添えだ。
「××だと、支えられずに一緒に落ちるだろ」
「う」
「俺がやるよ」
「てつだう」
「……まあ、手伝うくらいなら」
うにゅほは気が利く。
余計な手を出して、邪魔をすることはないだろう。
「はァ……」
自室へ戻り、パソコンチェアに腰掛ける。
膝の上に座るうにゅほを抱き締めて、小さく溜め息をついた。
「たいいん、よかったけど……」
「まだまだ安心はできないな。リハビリ続けないと」
「うん……」
弟が何をしたと言うのだろう。
世界は思うより理不尽で、残酷だ。
そんなこと、言葉の上ではわかっていた。
だが、自分たちの身に降り掛かった今となれば、その言葉とやらが如何に軽かったかがよくわかる。
言葉で伝えられることは、俺たちが思っている以上に少ないのだ。
「なんつーか、人間って無力だよな……」
うにゅほが、小さく首を横に振る。
「むりょくじゃないよ」
「そうかな」
「(弟)のこと、たすけてるよ。むりょくじゃない」
「──…………」
すこしだけ、心が軽くなる。
微力であれど、無力ではない。
「……ありがとう、××」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
特に慰めている気もなかったらしい。
それもまた、うにゅほらしい気がするのだった。
494
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/06/01(日) 19:15:37 ID:AbEQK51.0
2025年5月21日(水)
不意に、アップルウォッチが震えた。
「──んが」
ベッドの中で左手首を確認する。
どうやら、誰かから電話が来たようだった。
慌てて飛び起き、デスクに置いてあるiPhoneを手に取る。
電話を受けると、
「こちらはNTTドコモです──」
と、自動音声が再生された。
その時点で、ようやく気付く。
これは、取ってはならない電話だ。
「やべ」
慌てて通話を切り、やっちまったとばかりに溜め息をつく。
「どしたの……?」
パソコンチェアの上でiPadを操作していたうにゅほが、心配そうに俺に尋ねた。
「知らん番号だったのに、慌てて出ちゃった」
「あー……」
「たぶん詐欺だろ。電話番号調べてみるか」
いったんうにゅほを立たせ、チェアに腰を下ろす。
うにゅほが俺の膝に腰掛けるのを待って、今の電話番号を検索してみた。
「──あれ、出てこないな」
「めずらしいね」
「+80から始まってるから、これもしかして国際電話か?」
「こくさいでんわ!」
"+80"で調べてみると、今度は情報が出てきた。
+80は、正式に割り当てられていない国番号らしく、どうやら発信者番号偽装によって表示されるものらしい。
「また手の込んだ……」
「でて、だいじょぶだった……?」
「わからん」
「わからんの」
「折り返したりしなければ、さすがに大丈夫だと思う。生きた番号だってことがバレたから、着信拒否にしておこう」
「ちゃっきょ」
「着拒」
寝起きで反射的に電話を取ってしまったことが悔やまれる。
気を付けねば。
495
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/06/01(日) 19:16:01 ID:AbEQK51.0
2025年5月22日(木)
「ただいま……」
「ただいまー」
今日は、一ヶ月半ぶりの大学病院の受診日だった。
朝八時の採血のために、七時半には家を出て、帰宅したのは十一時過ぎのこと。
午前中から、すっかり疲れてしまった。
「だるう」
「ねる?」
「寝る。さすがに睡眠時間が足りない……」
喉を潤そうと、冷蔵庫を開ける。
飲みかけの豆乳のパックがあったので、直接あおった。
──どろり。
「ぶッ!」
明らかに豆乳の粘度じゃない。
そして、すっぱい。
俺は、元豆乳を吐き出すと、慌てて水でうがいをした。
「どしたの?」
「豆乳、腐ってる……!」
「え!」
「これ、開けてからどんだけ経ってたっけ……」
「わかんない……」
「だよなあ」
自室の冷蔵庫であればともかく、台所の冷蔵庫の中身なんていちいち覚えていない。
豆乳のパックに水を注ぎ、振って中身を捨てる。
それを幾度か繰り返し、中身が綺麗になったところで、パックを切り開いてそのまま干した。
「おなか、だいじょぶ?」
「速攻で吐いたから、たぶん大丈夫だよ」
「なにかあったら、いってね」
「ああ」
言ったところでどうにかなるわけでもないが、立場が逆でも同じことを言うだろう。
単に、心配なのだ。
「きーつけないとね……」
「そうだな。もったいないし、危ないし……」
特に、これから暑くなる。
冷蔵庫の内部は一定の冷たさを保つとは言え、物が痛みやすくなることは確かだ。
同じことが起こらないよう、気を払おう。
496
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/06/01(日) 19:16:24 ID:AbEQK51.0
2025年5月23日(金)
「……ん?」
ブラウジングをしていると、違和感があった。
もったりしているのだ。
特に、画像の多いサイトに顕著で、読み込みに時間がかかっている。
「なんか遅いな……」
「ほんとだ」
「YouTubeは見れるけど」
回線速度を測定してみる。
「──うわ、下り10Mbpsだって」
「おそいの?」
「遅い」
「ふつうは?」
「200とか300は出るな」
「おそい!」
「道理で読み込み悪いわけだよ」
「なんでだろ」
「確認してみるか。××、悪いけどいったん下りて」
「はーい」
うにゅほを膝からどかし、デスクの下へと潜り込む。
そして、PC本体からLANケーブルを抜き、数秒してから再び差し込んだ。
「これでどうだ」
再び回線速度を測定する。
「変わらず、か……」
「いまのでなおらないんだ」
「調子悪いときは、たいていここなんだけどな」
「うん……」
続いて、Wi-Fi接続したスマホで回線速度を測定する。
「こっちでも10M前後か。PCの問題じゃないな」
「どこのもんだいか、わかる?」
「ホームゲートウェイか、そもそも回線そのものか」
「ほーむげーとうえい」
「ほら、あれだよ」
寝室側にある箪笥の上に置かれた、四角い機器を指差す。
「あー」
「これも、表示には問題ないから、回線自体が重いのかもな」
「え、どうするの?」
「障害が復旧するまで待つしかない」
「そか……」
半日してから回線速度を測定すると、下り500Mbpsを記録した。
「はや!」
「やっぱ回線側だったか」
「すごい」
「すごかろ」
「うん!」
PC歴が長ければ、このくらいはできる。
うにゅほに褒められて、すこし得意になる俺だった。
497
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/06/01(日) 19:16:41 ID:AbEQK51.0
2025年5月24日(土)
「健康食品のCMってあるじゃん」
「ある」
「俺、あれ好きなんだよね」
うにゅほが、不思議そうに尋ねる。
「けんこうしょくひんのしーえむが……?」
「好き」
「なんで?」
「あのCMって、薬機法とか景品表示法に抵触しないために、めちゃくちゃ頑張ってるんだよ」
「ふんふん」
「たとえば──」
軽く検索してみる。
「"高血圧が気になる方に"、みたいな構文って見たことないか?」
「あるかも……」
「これ、引っ掛からないように配慮した言い方なんだ」
「そなの?」
「そうなの」
「ふつうにきこえる……」
「高血圧に効く薬みたいに思えるだろ?」
「うん」
「でも、よく考えてみろ。"効く"とは一言も言ってない」
「あ」
「効くって言っちゃうとアウトだから、CM見た人が"効くんだろうな"って勝手に思う表現の仕方をしてるんだよ」
「なるほど……!」
「面白いだろ」
「ほかには?」
「"中高年の元気を応援"とか」
「きくとはいってない!」
「"美容と健康に嬉しい成分"、とか……」
「きくとはいってない……!」
「この、必死に回避してる言い回しを探すのが楽しくてさ」
「おもしろいね。みかた、かわるかも」
「当然、健康食品を買う気はない」
「うん」
健康食品に興味はないが、健康食品のCMは好き。
俺以外にも、そんな人は多いだろう。
多いかな。
どうだろう、わかんない。
498
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/06/01(日) 19:17:01 ID:AbEQK51.0
2025年5月25日(日)
「あめだー……」
「雨だな」
久し振りに散歩でも、と思ったのだが、この様子では今日は無理そうだ。
「……だるう」
「だいじょぶ?」
「たぶん低気圧。心配するほどじゃないよ」
「ならいいけど……」
「火曜、病院だな」
「あさって」
「明後日?」
「え、あさって……」
「──…………」
考えてみれば、今日は日曜日だ。
「ごめん、明後日だったわ」
「……だいじょぶ?」
「今のは単に曜日感覚が麻痺ってただけ」
「たまにある」
「だるいなー……」
「ねる?」
「いや、だらだらする。眠くなったら寝る」
「そか!」
うにゅほを膝に乗せたまま、Kindleでのんびり漫画を嗜む。
最近、大好きな漫画ができたので、そればかりを何度も読み返している。
「──眠くなってきたかも」
「ねる?」
「寝る」
「ねよう!」
「寝るかー」
「わたしも、おひるねのじかんだし……」
「そうだな」
うにゅほは遅寝早起きである。
そのため、昼寝で睡眠時間を確保しているのだ。
「うへー……」
隣のベッドで、うにゅほが嬉しそうに微笑む。
べつに同衾するわけではないのだが、一緒の時間に眠れるのが嬉しいらしい。
「じゃ、おやすみ」
「おやすみ!」
CPAPを装着し、目を閉じる。
隣から聞こえるうにゅほの吐息に、不思議と落ち着いていく自分がいた。
二時間ほどで起床すると、眠気はすっかり取れていた。
眠気を飛ばす最も効果的な方法は、寝ることである。
499
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/06/01(日) 19:17:22 ID:AbEQK51.0
2025年5月26日(月)
弟の件ですっかり忘れていたが、今日は母親の誕生日だった。
夕食の際にスパークリングワインを二杯飲み、上機嫌で自室へ戻る。
「うへー……」
うにゅほが、まるで猫のように、ぐいぐいと自分の体を擦り付けてくる。
「◯◯ぃー……」
だが、一杯の半分ほどしか飲んでいないはずだ。
「……酔ったふりしてる?」
「してー、ない!」
「本当に?」
「ほんと!」
「本当かなあ……」
「……はんぶん、ほんと」
白状した。
「酔ってはいるんだ」
「ふわふわしゅる」
「でも、理性はあると」
「ある」
「いちばん気持ちいいラインだな……」
「きもちー」
「××の適量は、ワイン半杯か。覚えとこ」
「◯◯はー?」
「俺は──そうだな。ワイン二杯だと、そこまで行かないかな」
「つよい」
「まあ、概ねワイン三杯くらいか。度数にもよるけど」
「でも、もっとのめる?」
「飲むだけなら飲めるぞ。ワイン一本くらいは平気で」
「つよい」
「でも、次の日だるいんだよ。肝臓がフル稼働してるんだと思うけど」
「のこるんだ……」
「残る。だから、ワイン一本空けるのは避けてる」
「ふつかでいっぽん、だもんね」
「余裕を持って飲めるのが、だいたいそのラインだな」
「むかし、すーごいはいてたんだよね」
「大学時代とかだよ……」
思わず苦笑する。
当時は、自分の強さがわからず、無謀な飲み方ばかりしていたっけ。
「お酒は嗜むもの、だな」
「うへー」
ぎゅう。
うにゅほが俺に抱き着き、離れない。
どうやら、うにゅほは甘え上戸らしかった。
可愛いのでたまに飲ませよう。
500
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/06/01(日) 19:17:46 ID:AbEQK51.0
2025年5月27日(火)
今日は、月に一度の定期受診の日だった。
朝八時過ぎに出て、薬局で薬を受け取ったのが九時半のこと。
なんと、めちゃくちゃ早く帰宅できたのだった。
「ふいー……」
パソコンチェアに腰掛ける。
「六番目だと、こんなに早いんだな」
「いちばんめ、きっと、すぐだね」
「八時ピッタリに出てもいいかもしれない。こんなに早いと思わなかった」
「ねー」
うにゅほが俺の膝に腰掛けて、ほっと一息ついた。
「じりつしえん、いかないとね」
「今月末までか……」
自立支援医療制度により、双極性障害の医療費が一割負担となっている。
手続きを行わなければ来月以降の負担が三割になってしまうので、早めに市役所へ行かねばならないのだ。
「こんなん、さっさと済ませておけば、慌てることもないのになあ」
「そだねえ」
「なんか、後回しにしちゃう」
「わかるう」
うにゅほが、うんうんと頷く。
「めんどくさいの、あとまわし」
「××、そういうイメージないけどな……」
「そう?」
「俺よりちゃんとしてる気がする」
「そかな」
「後回しにするのって、たとえば?」
「うーと」
軽く思案し、うにゅほが答える。
「かたちのわるいいもとか、さいごにむいちゃう」
「あー」
「そうじするとき、といれ、さいごにしちゃうし……」
「それは衛生的に正しいんじゃないか?」
トイレ掃除のあとにキッチンの掃除とか、たぶんよくない。
「あ、たしかに」
「うん。やっぱ××はちゃんとしてるな」
「うへー……」
「偉い偉い」
うにゅほの頭を優しく撫でる。
トイレ掃除くらい、俺もしないとな。
そんなことを思うのだった。
501
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/06/01(日) 19:18:21 ID:AbEQK51.0
2025年5月28日(水)
所用のため外出することにした。
身支度を整えて玄関を後にし、家屋の隣のガレージへと向かう。
「──ッとお!」
慌てて足を止め、左腕でうにゅほを制する。
「わ」
「ストップストップ」
「どしたの?」
「蜘蛛!」
指を差す。
そこに、北海道基準で大きめの蜘蛛が、立派な巣を張っていた。
「でか!」
「でかいぞ、こいつは」
「じゃま!」
「気付いてよかった……」
このままだと、蜘蛛の巣どころか、蜘蛛そのものを体に引っ付けるところだった。
俺に引っ付いていいのは、うにゅほだけである。
「これ、どうしよ……」
「うーん……」
周囲を確認する。
短い棒のようなものが、砂利の上に落ちていた。
「これでなんとか」
「がんばって……!」
「頑張る」
蜘蛛の巣と地面とを繋げる一本を、その棒で切る。
「お」
ひらりと風に舞った蜘蛛の巣が、壊れてぐしゃぐしゃになった。
「よしよし……」
蜘蛛が、そのまま逃げていく。
とどめを刺そうか迷ったが、誰も困らない場所に巣を張るぶんには黙認してもいいだろう。
蜘蛛は益虫だとも言うし。
「んじゃ、行くか」
「うん」
しかし、あそこまで大きな蜘蛛は久し振りに見た。
あくまで北海道基準なので、本州から見れば小振りなのかもしれないが、それでもビビるものはビビる。
蜘蛛の巣を張る前に、きちんと申請してほしいものだ。
502
:
名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民
:2025/06/01(日) 19:18:51 ID:AbEQK51.0
2025年5月29日(木)
「──やめた!」
「?」
「Revolution Idle、やめた」
「やめるの?」
Revolution Idleとは、いわゆる放置ゲーである。
"Idol"ではなく"Idle"であることに留意しなければならない。
「ちょっとな。あまりに先が見えない……」
「そんなに……?」
「ああ。たまたまプレイ動画見たんだけど、次から次へと新しい要素が出てきて終わらない」
「おわらないほう、いいきーするけど」
「たしかにいろんな要素は出てくるんだけど、やること自体はワンパターンなんだよ」
「あー」
「先が知りたくて続けてたのに、ネタバレ見ちゃって萎えたのもある。だったらプレイ動画だけ見ればいいかなって……」
「なるほど」
「──と言うわけで、Revolution Idleはここまで。おしまい!」
そう宣言し、Revolution Idleを閉じた。
我ながら英断だと思う。
「なんか、さみしいね」
「わかる。クリッカーでも放置でも、そこそこのボリュームのやつがやりたい。二週間くらいで終わるやつ」
「いいねー」
なんだかんだ、このたぐいのゲームが好きなのだ。
「くっきーくりっかー、もうやらないの?」
「やらない」
「やらないんだ……」
「あれはあれで、効率的な稼ぎ方が面倒なんだよな。でも、それをしなければぜんぜん稼げない」
「そなんだ」
「そのへん修正されてたら、またやる価値はあるんだけど……」
軽く調べてみる。
「──え、Switchで出てんの?」
「え!」
「あれをSwitchで……?」
「ずっときどうしてるの……?」
「わからん」
さすがにSwitchでやる気にはなれない。
まあ、気を張らず、ゆるゆる適当に探すことにしよう。
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板