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うにゅほとの生活3
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うにゅほと過ごす毎日を日記形式で綴っていきます
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2021年6月10日(木)
「最近、暑いじゃん」
「あつい」
「そのせいか、活動量計のベルトの下が痒くて……」
「みして」
活動量計を外し、うにゅほに手首を見せる。
「ちょっと、あかいね」
「ちょっとな」
「めんたむぬる?」
「塗っておくか……」
「おろないんがいい?」
「オロナインは痒みに効かないらしいから」
「めんたむにしよう」
うにゅほが、メンソレータムを指に取る。
「ぬるよー」
「お願いします」
手首に軟膏を塗られながら、ふと疑問が浮かぶ。
「メンタムとメンソレータム、どう違うんだろうな。会社が違うって聞いたような気もするけど」
「ちがうの?」
「違うらしい」
「りゃくしてるのかとおもった……」
「実は、俺も昔そう思ってた」
「ちがうんだ」
「違うらしい」
調べてみた。
「あ、かおちがう!」
「メンソレータムは女の子で、メンタームは男の子なんだ」
「へえー」
「メンソレータムはロート製薬で、メンタームは近江兄弟社。成分はあんまり変わらないみたい」
「どっちでもいいのかな」
「たぶん」
「うちにあるのは?」
「メンソレータム」
「どっちがやすいの?」
「メンタームかな」
「めんたむにしよう」
「どっち?」
「めんたむ」
たぶん、今後も、メンソレータムのことをめんたむめんたむ言うのだろうな。
何の問題もないのであった。
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2021年6月11日(金)
ふと、今週の日記を読み返してみた。
「暑い暑いしか言ってねえ……」
「あついもんねえ」
「今日も暑かった」
「あつかったねえ」
「なんなら今も暑い」
「あついねえ……」
本日の最高気温、30℃。
本当に六月かと問いたい。
「昼間つけっぱなしだったから気が引けるけど、エアコン使うか……」
「まどあけたら、むしはいるもんね」
「この暑さでガンガン出てきてるからな」
「やだもう」
「××、好きな虫とかいないのか?」
「いない」
「マシな虫は?」
「ましなむし……」
しばし思案し、うにゅほが答える。
「みみず、とか」
「あー」
わかる。
「見た目はともかくとして、飛ばないし、素早く動かないし、部屋に入ってこないもんな」
「それ」
「他には?」
「かたつむりは、そんなに」
「雨上がり、たまに壁に這ってるくらいか」
「◯◯、すきなむし、いる?」
「うーん……」
ヒゲの生えかけた顎を撫でる。
「クマンバチは、ちょっと可愛い」
「えー……」
「虫で唯一見た目可愛いと思うぞ、クマンバチ」
「ほんと?」
「ほら」
"クマンバチ"で画像検索をし、うにゅほに見せる。
「あ、かわいい」
「だろ」
「でも、とんできたらやだね」
「それはある」
結局のところ、虫とは相容れないふたりだった。
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2021年6月12日(土)
風呂上がり、ドライヤーで髪を乾かす。
「んー……」
自分ではよくわからない。
「××、ちょっと髪触ってみて」
「はーい?」
うにゅほが、俺の頭に手を伸ばす。
「どう?」
「?」
「変じゃない?」
「ふつう」
「なら大丈夫か」
「どしたの?」
「いや、思いっきりボディソープで髪洗ってて……」
「あー」
わしわし。
「すこし、きしむかも……」
「言われたらわかる程度か」
「そのくらい」
「じゃ、気にしなくていいな」
「いいの?」
「髪質に資本があるわけじゃないし」
「そか……」
「間違わなければいいんだしな」
「そだね」
「××は、間違ってボディソープで髪洗ったことないのか?」
「たぶん、ないかな」
「偉い」
「うへー」
「ほら、俺目が悪いからさ。風呂場では何も見えなくて」
「え」
「え?」
「◯◯のボディソープ、くろくなかった?」
「……黒かった」
「めがねはずしたら、いろもわかんなくなるの……?」
「すみません、目が悪いせいにしました。言い訳に使いました」
本当は、ぼーっとしてただけである。
「びっくしした」
「よく覚えてたな、俺のボディソープの色なんて」
「めだつもん」
「そりゃそうか」
あれだけ黒ければな。
髪の毛がすこし軋む気がするので、明日はちゃんと確認してから髪を洗おうと思った。
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2021年6月13日(日)
健康診断の結果が届いた。
「開けたくねえー……」
「あけないと」
「そうなんだけど」
「わたし、あける?」
思案し、
「……いや、いい。自分で見る」
茶封筒をハサミで開封し、中身を開く。
「──…………」
「どう?」
「うーん……」
「わるい?」
「悪いってほど悪くはないけど、良くもない」
「みして」
「はい」
うにゅほに書類を渡す。
「しーはんてい……」
「C判定」
「いいの?」
「良くはない」
「そか……」
肝機能、尿酸値、腎機能に軽度の異常。
「にくるい、アルコールは、ひかえめに、だって」
「うん」
「ばんしゃく、だめだね」
「週に一度のお楽しみだったのに……」
「でも、しかたない」
「はい」
「あとは、しょくせいかつと、せいかつしゅうかん」
「気を付けないとなあ……」
「かんしょくしない」
「はい」
「ちゃんとねる」
「はい」
「てってい!」
「はい……」
当たり前のことだが、できている自信はなかった。
だから異常が出ているのだろうけど。
「ながいきしてね」
「頑張ります」
あと百年は生きたい。
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2021年6月14日(月)
「うーん……」
左手首を確認する。
「どしたの?」
「活動量計のベルトの下、本格的にあせもっぽくなってきて」
「みして」
活動量計を外し、うにゅほに手首を見せる。
「ほんとだ、ぽい」
「まだ軽度って感じだけど……」
「はずそう」
「外すか……」
「ねるときだけ、つけよう」
「××は大丈夫?」
「んー」
うにゅほが、自分の手首を確認する。
「だいじょぶ、かな」
「見せてみ」
「はい」
うにゅほが、自分の活動量計を外す。
「綺麗なもんだな」
「でしょ」
「でも、油断はできない。痒くなったら言うんだぞ」
「はーい」
患部にメンソレータムを塗りながら、言う。
「正しく測定するために、あんまり緩くもできないのが問題だよな」
「それはある……」
「夏場はちょっと、つらいかも」
「ずっとはつけてなくても、いいきーする」
「まあ、うん」
それはそう。
「俺たちの使い方だと、寝るときと運動するときだけで十分だもんな」
「ね」
「××、寝てる?」
「ねてるよ」
「今日は何時間寝た?」
「ひるねいれて?」
「入れて」
「まってね」
うにゅほが、自分のiPhoneを開く。
「ろくじかん、ごじゅうさんぷん」
「十分だな」
「でしょ」
「健康的ですね」
「◯◯は?」
「えーと……」
確認する。
「五時間半」
「──…………」
「──……」
「こら」
怒られた。
「かみんしなさい」
「はい……」
こんなんだから、健康診断でC判定を取るのである。
気を付けよう。
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2021年6月15日(火)
「××さん」
「はい」
「用はない」
「ないんだ」
「用がなくても話したいときって、あるじゃん」
「あるある」
「強いて言うなら、話すのが用かな」
「そか」
「今日、何かありました?」
「かいものいきました」
「行ってたね」
「いろいろかったよ」
「たとえば?」
「せいかつひつじゅひん」
「そう言えば、トイレットペーパー抱えてたな」
「たいへんなんだ……」
「俺も行けばよかったかな」
「しごとあるし」
「それは、まあ」
「あと、そうじのどうぐとか、しょくざいとか」
「チューハイは?」
「ばんしゃく、だめになったでしょ」
「はい……」
「わかるけど」
「健康には代えられないもんな」
「ながいきしてね」
「××もな」
「わたしは、だいじょぶ」
「今のところはな」
「うん」
「そのうち健康診断受けないと」
「ちーぬく?」
「抜く」
「こわいな……」
「血抜くし、なんなら鼻から胃カメラ入れる」
「はなから……」
「口からがいい?」
「どっち、くるしくない?」
「どっちも苦しい」
「どっちもくるしいの……」
「別種の苦しみってだけですね」
「やだな……」
「健康のため」
「はい」
「長生きしてね」
「はい……」
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以上、九年七ヶ月め 前半でした
引き続き、後半をお楽しみください
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2021年6月16日(水)
「──あッ、つ!」
暑い。
やたらに暑い。
汗がだくだく出てくる。
温湿度計を覗いたところ、29℃を記録していた。
暑いはずだ。
「エアコン、きかないねえ……」
あまりの暑さにエアコンに助けを求めたのが、十分ほど前のこと。
普段であれば涼風が届く頃合なのだが、
「……壊れてないよな」
ふたりで耳を澄ます。
「うごいては、いる……」
「動いてはいるな」
稼働音はする。
風の流れる音も聞こえてくる。
「すこし待つか」
「うん」
だが、現実は非情である。
十分後、温湿度計の文字盤には29.3℃と表示されていた。
「これは、おかしい」
「うん……」
「嫌な予感がする」
「どんなよかんか、わかる」
「当ててみて」
「だんぼう」
「正解」
自室の寝室側へ向かい、エアコンを確認する。
「あつ!」
「正解……」
「やっぱし……」
「誰だ、暖房なんて入れたのは!」
うにゅほが俺を指差す。
「はい」
「なんか、まちがえるとき、あるよね」
「たいていはその場で気付くんだけど……」
リモコンを操作し、冷房に変える。
十秒ほどして、冷風が溢れ出した。
「ひやー……」
「これで、なんとか生き返るな」
「ほんと、なつだね」
「一時的な暑さかと思ってたけど、このまま七月に入りそう」
「うん」
夏は好きだから、そう悪い気はしないけれど。
熱中症には気を付けよう。
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2021年6月17日(木)
「ふー……」
小型エアロバイクを漕いでいた足を止める。
肌着が、絞れるほど濡れていた。
「……うわ、べしょべしょだ」
「きがえる?」
「着替えよう」
うにゅほに新しい肌着を出してもらい、交換する。
「いやー、夏って感じするわ」
「エアコンつけてるのにね」
「エアコンを突き抜けてくる」
「でも、あんましつよくすると、かぜひくし……」
「そうなんだよな」
汗に濡れた肌着を拾い上げる。
「エアコン強くすればここまで汗もかかないんだろうけど、今度は××が寒い」
「うん……」
「ふたりの部屋なんだから、どっちも快適じゃないとな」
「◯◯が、えあろばいくこいでるとき、わたしもあせかくとか」
「腹筋とか?」
「うん」
「でも、俺、余裕で二時間くらい漕いでるぞ」
「そこだよね……」
「後ろでリングフィットやるとか」
「にじかんも?」
「きついな」
「さすがに……」
「いっそ、エアコン使わないという方向性は──」
「わたしあつくて、◯◯もっとあつい」
「この方向性は、ダメだ」
「だめだ」
「まあ、汗かくこと自体は悪くないんだし、ちゃんと拭いて着替えればいい気もする」
「おふろはいるまえに、こぐとか」
「そうしたいんだけど、時間帯の問題があって……」
「◯◯、にばんめだもんね」
「あと、隙間時間に漕ぐから、常に同じ時刻に運動するわけじゃないし」
「むずかしい」
「ひとまずは、タオルでも首から下げますか」
「そうしましょう」
しかし、デスクの足元にエアロバイクを仕込むのは正解だった。
気付いたら漕いでるもの。
このまま運動不足を解消し、健康になりたい。
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2021年6月18日(金)
「さっき、近所のスーパーの前にさ」
「うん」
「クレープの移動販売来てた」
「おー」
「食べたいな?」
「たべたい」
「いまから行く?」
「もうすこししたら、ゆうはん……」
「入らなくなるか」
「うん」
「じゃ、明日かな。明日も来てればいいけど」
「きてますように……」
「最近、クレープ食べてないもんな。コロナ以来だから、一年以上になるか」
うにゅほが不安げな顔をする。
「あのみせ、つぶれてないかな」
あの店とは、俺とうにゅほでたまに行っていたクレープ屋のことである。
「調べてみるか」
「わかるの?」
「食べログとかで……」
店名で検索をかけると、やはり食べログがヒットした。
「やってる?」
「やってるみたい。口コミのところに、ちょうど今月のレビューがあるから」
「よかったー」
「行きたいんだけど、なかなかな……」
行かなければ、潰れてしまう。
それはわかっているのだが、どうしても足が遠のいてしまう。
ままならないものだ。
「十年後には、笑い話になってるのかな」
「うーん」
「なってないかな」
「じゅうにねんごには……」
二年で何があったんだ。
「夕飯、なに?」
「てんぷら」
「おー」
「いもあるよ、いも」
「好き」
「でしょ」
クレープを食べていたら、サツマイモの天ぷらの甘みがわからなくなっていたかもしれない。
食べに行かなくてよかった。
明日もスーパーに来ていますように。
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2021年6月19日(土)
「──…………」
「──……」
スーパーの前で呆然と佇む。
クレープの移動販売車は、どこにもなかった。
「……いないね」
「いないな……」
「たべたかったね」
「食べたかったな……」
だが、いないものは仕方がない。
「クレープ的なものを買って、それを食べよう」
「てきなもの?」
「ジェネリック、クレープ」
「じぇねりっく」
「ジェネリックレープ」
「じぇねりっく……」
うにゅほと共に、スーパーのデザートコーナーへ赴く。
「あ、なまチョコクレープあるよ」
「モンテールのやつか」
「おいしいよね」
「美味しいけど、今日はやめとこう」
「じぇねりっくは?」
「近すぎると比較対象になって、下位互換品で誤魔化した感じが強くなるというか」
「……?」
うにゅほが小首をかしげる。
「パスタを食べに行くとします」
「はい」
「パスタ屋さんが休みだったので、コンビニでパスタを買って食べました」
「はい」
「なんか侘しくない?」
「わびしい……」
「でも、代わりに牛丼食べに行ったら、それはそれで悪くないだろ」
「なるほど」
「だから、クレープとちょっとだけ離れたものを食べたい」
「これは?」
うにゅほが指差したのは、ミルクレープだった。
「──…………」
「──……」
「ギリ!」
「ぎりだった」
「クレープ生地は使ってるけど、ミルクレープはミルクレープで別物感あるし」
「かってかえろ」
「おう」
焼きたてクレープは食べられなかったけど、ふたりでミルクレープを食べた。
美味しかった。
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2021年6月20日(日)
母親の新PCが届いた。
注文するのも、コードを繋げるのも、セットアップを行うのも、すべて俺の仕事だ。
解せない。
「──はい、おしまい。かなり快適になったと思うよ」
「ありがとう。ゴディバ食べる?」
「食べる」
何故かゴディバのチョコをもらったので、よしとする。
「おかあさんのぱそこん、おいくらだったの?」
「十万ちょっとかな」
「そんなたかくないね」
「グラボ削ったからな。ゲームをするわけじゃないし」
「けずれるんだ」
「BTOって言って、自分でパーツ選べるんだよ」
「すごい」
「××もPC欲しい?」
「うーん……」
うにゅほが、しばし思案する。
「どこおくの?」
「……それは、たしかに問題だな」
正直、場所がない。
「あ、でも、それやってみたいかも」
「どれ?」
「えらぶやつ」
「買わないけど、パーツを選んでみるみたいな」
「いちばんたかいの、つくる」
「いいな、やってみるか」
「うん」
自室に戻り、マウスコンピュータのサイトを開く。
「まず、ベースを選ぶ。コンパクト、スリム、ミニタワー、ミドルタワー、フルタワーとある」
「たかいのは?」
「フルタワー」
「おいくら?」
ページをスクロールし、
「──わお、五十万円」
「え、はこだけで?」
「いや、パーツは入ってるんだよ。ここから中身を変えていく感じ」
「ふんふん」
「まず、OSは10Proにする。これで五千円」
「うん」
「Officeは当然全乗せ、これで五万円」
「たか!」
「HDDは8GBへグレードアップ」
「たくさんはいる」
「ケースはガラスサイドパネルだ」
「かっこいい」
「何故かついでに買える液晶タブレットはどうしよう」
「いれよう」
「二十三万円な」
「わあ」
調子よくすべての周辺機器をぶち込んでいく。
ゲーミングチェアまで追加したところ、
「……百五十万円になった」
「たかい……」
「消費税で母さんのPCが買えるぞ」
「おかねもちになったきぶん」
「払わないけどな、こんなん」
無慈悲にページを閉じる。
「このPC、買ってまだ二年経ってないし。あと三年は頑張ってもらわないと」
「ね」
三年後、PCのスペックはどれほどになっているのだろう。
すこし楽しみなのだった。
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2021年6月21日(月)
帰宅し、一息つく。
「はー……」
「おつかれですか?」
「お疲れではないです」
「よいことです」
「ただ、すぐそこで事故があったみたいでさ。気を付けないとなって」
「え、どこ?」
「コンビニんとこ」
そう言って、事故現場の方向を指差す。
「警察来てたよ」
「えー!」
うにゅほが、目をまるくする。
「きゅうきゅうしゃは?」
「見た感じ、いなかったかな。通り過ぎただけだから詳細はわからないけど、車と自転車の接触事故っぽかった」
「そか、よかった」
「ただ、その自転車が子供用でさ」
「あー……」
「子供が元気になる時期だけに、怖いなと思って。あの道、よく通るし」
「こども、あぶないもんね」
「気軽に飛び出してくるからな……」
「きーつけてほしい……」
「本当だよ」
交通事故なんて、互いに損ばかりだ。
被害者は下手をすれば命を、加害者はさまざまなものを失う。
いくら安全運転を心掛けていても、歩行者側に飛び出されてはどうしようもないのが恐ろしい。
「夏期は飛び出し、冬期は滑る。結局、当選率99.99パーセントくらいのくじを毎日引いてるんだよな」
ほとんどの場合は大丈夫。
だが、それを毎日続けなければならない。
無限に引き続ければ、いつかは必ず当たるのだ。
「そうかんがえると、こわいね……」
「だからって、車を使わないわけにも行かないし」
「うん」
「可能な限り、気を付けるよ。特に住宅街は」
「うん、きーつけて」
安全運転、大切である。
読者諸兄も気を付けてほしい。
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2021年6月22日(火)
うにゅほを助手席に乗せて幹線道路を走っていると、無理に追い越しを掛けてくる車があった。
「わ!」
「危ないな……」
車高の低い、いわゆる"らしい"車だ。
「こっちが気を付けてても、ああいうのがいるからな」
「やめてほしい」
「本当だよ」
重量一トンの鉄塊が時速六十キロで移動するとき、どれほどの運動エネルギーが生まれるか、考えたことがないらしい。
知とは、体験する前にそれを知ることだ。
事故を起こす前に理解できなければ、意味がない。
しばらく走行していると、例の車がスピードを落としたのが見えた。
前方にパトカーがいるのだ。
「あ、あんぜんうんてんになった」
「うわー……」
「?」
「いや、なんか、ちょっと恥ずかしい」
「はずかしいの?」
「共感性羞恥ってほどでもないけどさ。あの車、親の見てないところでだけイキる中学生みたいじゃん……」
「あはは、そうかも」
「母親に耳引っ張られて、ごめんよ母ちゃん!って言ってる感じ」
「ジャイアンみたい」
「……あー」
深々と頷く。
「そうだ。ジャイアンに似てるんだ。あの手の人たちって」
自分勝手でわがままで、周囲に迷惑をかけて、ある種の権威に弱い。
「にてるかも……」
「マフラーの爆音とかも、ジャイアンリサイタルみたいなもんだろ」
「うるさいもんね」
「暴走族くらい突き抜けろとはまったく思わないけど、その半端さは情けない気がする」
「うん」
人に迷惑をかけないのは、社会生活の基本である。
それくらいは守ってほしいものだ。
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2021年6月23日(水)
「あちー……」
右手でパタパタと首筋をあおぐ。
「はちーねえ……」
「でも、順当に暑いよな。六月下旬だもん」
「そだね」
うにゅほが、うんうんと頷く。
「ろくがつはいったころのが、あつかったきーする」
「わかる」
「ずっとじゃないけど、ずっとあついね」
「わかる」
「なつ、ながそう……」
「この時期になると、聞きたくなる曲がある」
「なんてきょく?」
「たまの、夏の前日」
「なつのぜんじつ」
「聞かせたことあるよ」
「あるの?」
「ある」
「おぼえてない」
だろうなあ。
「でも、じきてきに、いまのかんじだね」
「今年はもう夏来てるけどな……」
「それは、うん」
「聞いてみる?」
「きく!」
YouTubeは便利だ。
検索すれば、多くのものが見つかる。
うにゅほにヘッドホンを譲り、三十年前のテレビ番組の録画映像を再生する。
当然、音質は悪い。
五分後、うにゅほがヘッドホンを外した。
「なんか、へんなうた。へんなかんじ」
「嫌い?」
「さび、すきだな。とちゅうまでびみょうだけど、さいごでわってなる」
「わかる。サビまで焦らされたくて最初から聞いてるところある」
「いきなりさびきくのは、ちがうかも」
「AメロBメロあってのサビなんだよな、やっぱり」
「さびでね、きいたことあるのおもいだした。きいたことあった」
「だろ」
「あと、◯◯すきそうっておもった」
「そうなんだ……」
自分ではよくわからない。
だが、うにゅほがそう思うということは、傾向は確かにあるのだろうと思った。
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2021年6月24日(木)
「たにし長者って知ってる?」
「たにしちょうじゃ」
「昔話なんだけど」
「しらない……」
「ある夫婦のあいだに産まれた子供が、たにしだったんだ」
「たにしって、なに?」
そこからか。
「田んぼに住んでる巻き貝、かな」
「かい、たんぼにもすんでるんだ」
「淡水にも陸上にもいるぞ。カタツムリだって貝類だからな」
「え!」
「陸生貝類」
「かいなんだ……」
「そうだぞ」
「なめくじは?」
「ナメクジも貝類」
「からは?」
「退化した」
「へえー」
うにゅほが、うんうんと頷く。
「しおかけたら、とけるのにね」
「溶けないぞ」
「とけないの?」
「浸透圧で水分が抜けて小さくなるだけ」
「しんとうあつ」
「詳しい説明は省くけど、砂糖をかけても縮む」
「そうなんだ……」
「どちらにしろ、哀れナメクジは乾き死ぬ」
「◯◯、しおかけたことある?」
「ナメクジ自体、あんまり見ないから……」
「たしかに」
「あ、カタツムリも塩かけたら死ぬよ」
「やつも……」
「所詮は殻を背負っただけのナメクジよ」
「そなの?」
「いや、違うけど」
「マリオのかめみたいのかとおもった……」
「ノコノコな」
「のこのこ」
「ちなみに、亀の甲羅は、人で言う肋骨だ」
「ろっこつなの!」
「引っこ抜いたら死ぬぞ」
「それはしぬ」
「面白いだろ」
「おもしろい!」
そのまま話が逸れに逸れ、結局たにし長者については掘り下げられることもなく会話が終わるのだった。
何を言おうとしてたんだっけ。
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2021年6月25日(金)
二車線の幹線道路を走行していると、自転車に乗った老人が飛び出してきた。
「爺さん……」
見えてはいたので、慌てず騒がず速度を落とす。
「やめてほしい……」
「この爺さんは、悪い爺さん」
「わるい」
うにゅほが、ぷんぷんと怒りながら頷く。
「車道横断する老人はたくさんいるけど、俺のなかで、許せる許せないのラインがあってさ」
「どんなの?」
「歩くのも大儀そうな人に限るけど、横断歩道が遠かったり、近くに歩道橋しかなかったときに、車道横断するのはまだ許せる」
「ふつうにわたるの、たいへんだから?」
「そう。どっちにしてもダメだけど、理由があれば納得はできるだろ」
「たしかに……」
「今回の爺さんは、すぐ傍に横断歩道があって、赤信号で、しかも自転車だからアウト」
「どうじょうのよち、なし」
「ただ待つのが嫌だっただけじゃん……」
「うん」
「あれ轢いても車が悪いの、納得行かない」
あんなの、たまたま死ななかっただけで、ほとんど自殺のようなものだ。
巻き込まれてはたまらない。
「××も、ちゃんと横断歩道を渡るんだぞ」
「わたってるよ」
「知ってる」
たいてい一緒に渡ってるし。
「でも、◯◯、たまにあかしんごうでもわたる……」
「目でも耳でも明らかに車がいなくて、細い道のときくらいはな」
「いいのかな」
「どうだろう」
「よくないのでは……?」
「うーん」
よくはないだろう。
だが、悪いかと言えば微妙だ。
「そこまで四角四面じゃなくてもいいだろ。さっきの爺さんはアウトだけど」
「あれはアウト」
読者諸兄も、飛び出しはやめよう。
死ぬぞ。
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2021年6月26日(土)
「××、ここ見て」
「どこ?」
左足の側部を指差す。
「ここ」
「ここ……?」
「なんか、変になってない?」
「どこ?」
「このあたり」
指でなぞる。
「うーん……?」
「触ってみて」
「うん」
うにゅほが、俺の示した場所を指でなぞる。
「あ、なんかかたい!」
「そうなんだよ」
「ひふ?」
「皮膚」
左足側部の皮膚が、線上に固くなっているのだ。
「みため、ふつうなのに」
「俺も最初は怪我したのかと思ってたんだけど、そういうわけでもないみたいで」
「いつから?」
「一ヶ月くらいかな」
「なんでいわないの」
「すぐ治るかと思って……」
「いわないとだめだよ」
「はい」
「ひふか、かなあ……」
「べつに、痛くもないんだけど」
「いたくないから、いいの?」
「あー……」
痛くなくても重篤な症状は無数にある。
痛みは目安でしかないのだ。
「……皮膚科、行ってみるか。面倒だけど」
「そのほういいよ」
「なんなんだろうな、これ」
「かんそうはだ……?」
「一部だけ?」
「そこだけ、なんかぬったとか」
「覚えはないなあ……」
「やっぱし、びょういんかな。しろうとにはわかりません」
「だな」
来週のどこかで皮膚科へ行ってみよう。
変な病気でなければいいんだけど。
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2021年6月27日(日)
昼寝から目覚め、呟く。
「……キュウリマイマイ」
「?」
うにゅほが小首をかしげた。
「キュウリマイマイの夢を見た」
「もっかい」
「キュウリマイマイ」
「きゅうりまいまい」
「その通り」
「どんなゆめ?」
「まず、ホールケーキほどの大きさのキュウリの薄切りを見つけるんだ」
「おっきい」
「よく見ると、それは、カタツムリの殻なんだ」
「ふんふん」
「そこで、俺は思った。キュウリマイマイじゃん!」
「きゅうりまいまい……」
「と、いう夢」
「へんなゆめ」
「変な夢だろ」
「でも、きゅうりまいまいが、さいごまでよくわかんなかった」
「えーとな」
「キュウリの薄切りって、丸いだろ」
「まるい」
「それが、道端に立ってるんだ。こちらから見ると丸い状態で」
「ふんふん」
「見てたら、頭としっぽがにゅっと出てくるわけよ」
「え、うすぎりだよね」
「薄切り」
「きゅうりまいまい、うすくない……?」
「向こうが透けるくらい薄い」
「しゅーる」
「しかも、ホールケーキ大だから、けっこうでかい」
「きゅうりまいまい、どうなったの?」
「覚えてない……」
「おぼえてないんだ」
「ただ、"キュウリマイマイじゃん!"って言ったことだけハッキリ覚えてる」
「いんぱくと、つよいね」
「一発ネタ感があるよな」
「わたしもゆめにでそう……」
「出たら教えてくれ」
「うん」
今夜、読者諸兄の夢にも、キュウリマイマイが現れるかもしれない。
-
2021年6月28日(月)
「アルファがベータをカッパらったらイプシロンした。何故だろう」
「……?」
うにゅほが大きく首をかしげる。
「もっかい言って」
「アルファがベータをクサイと言ったらオミクロンした。何故だろう」
「……かわった?」
「変わってないよ」
「かわったしょ」
「変わってないよ」
「うそだ」
「××、俺を信じてくれないのか……?」
「そういうモードのときは、しんじない」
わかってらっしゃる。
「これ、ドラえもんに出てきたなぞなぞなんだよな」
「こたえは?」
「答えは、たぶんない」
「ないの……?」
「わけのわからないなぞなぞでドラえもんは爆笑、のび太と読者はきょとんとするってギャグだからな」
「ほんとにないのかな」
「ない、と思う」
「あるのかも……」
「調べてみる?」
「うん」
調べてみた。
「アンサイクロペディアにこんな記述が」
「あんさいくろぺでぃあ?」
「Wikipediaみたいなもの」
「へえー」
「ほら、読んでみ」
「えーと──」
うにゅほがしばし読み進め、
「……???」
頭上にハテナを大量に浮かべていた。
「まあ、Wikipediaみたいなものっていうのは嘘なんだけど」
「うそなの!」
「くだらないことを真面目に、そしてユーモラスに解説した百科事典みたいなもので、存在自体が冗談というか」
「へんなの」
「これに載ってる時点で、ちゃんとした答えはないってことだよ」
「そか……」
うにゅほは、ちょっと残念そうだった。
-
2021年6月29日(火)
「今日も暑かったですね」
「はい」
「明日もきっと暑いでしょう」
「はい」
「干物になってしまうかも」
「なつ、きてるね」
「来てる、確実に」
「でも、あつくてうれしいね」
「……わかる」
「あついと、たのしい」
「暑いと元気が出るんだよな。暑すぎると死ぬけど」
「ね」
「ただ、汗が鬱陶しい」
「◯◯、ことし、すーごいえあろばいくこいでるから、あせすごそう」
「汗ついたとこ拭かないと臭くなるな……」
「まかして」
うにゅほが胸を張る。
「ふいてみせる!」
頼もしい。
「××は運動しないのか?」
「うーん……」
しばし思案し、
「リングフィットも、◯◯やらなくなっちゃったし……」
「完全にエアロバイク一本に絞ったからなあ」
「ひとりですすみたくない」
「そっか……」
再開したいのだが、続く気がしない。
PCをいじりながら漕ぐ"ながらエアロバイク"は、一生だって続けられそうな気がするけれど。
「ウォーキングとか」
「◯◯、いく?」
「行かない……」
「じゃ、いかない」
そりゃそうだ。
「へやでできるのがいい」
「筋トレ……」
「◯◯、やる?」
「続くかなあ」
「そこだよね」
「うん……」
「古いエアロバイク持ってきて、部屋で一緒に漕ぐ?」
「あ、それいいかも!」
「さっそく──」
「もう、おふろはいったから」
「はい」
浮かせた腰をまた下ろす。
ひとまず、一緒に運動はできそうだ。
明日を楽しみにしておこう。
-
2021年6月30日(水)
夕食後、ふと思い立ち、うにゅほに尋ねる。
「エアロバイク、漕ごうか」
「こぐ」
昨日、部屋で一緒に漕ごうと約束をしたのだった。
まず、廊下に出していた古いエアロバイクを自室へ運び込む。
「どこに設置する?」
「となり……」
「わかった」
ゴミ箱やシュレッダーなどを片付け、エアロバイクをチェアの左隣に設置した。
「俺、いつも通りPCいじってるけど、××はiPadでも見る?」
「みる!」
スタンドにもなるケースを利用して、エアロバイクを漕ぎながらiPadを操作できる環境を整える。
「よし、完璧だ」
「おおー」
「これで一緒に漕げるな」
「ありがと!」
俺はチェアに、うにゅほはエアロバイクに、それぞれ腰を下ろす。
「じゃ、いっせーのーせ、でこぐのね」
「はいはい」
「いっせー、のーせ!」
俺とうにゅほが、同時にペダルを踏み込んだ。
この形式の良いところは、相手と速度を揃える必要がないことだ。
各々が好きなことをしていいし、休憩のタイミングも自由で、トイレに行っても相手を待たせることがない。
にも関わらず、一緒に運動した気分に浸れるのだ。
「はふー……」
三十分ほど漕ぎ、うにゅほが足を止める。
「あち、あち。あせかくねえ……」
「エアコンの設定温度、高かったか」
「タオル、くびにさげといて、よかったね」
「この季節、必須アイテムだよな」
「これ、たのしいね。サイクリングしてるきぶん……」
やってることはインドアの極みだけど。
「きょうは、おしまい。またあした、いっしょにこいでいい?」
「ああ、いくらでも」
「うへー」
よしよし。
ふたりで健康になるのだ。
自室でサイクリング、頑張ります。
-
以上、九年七ヶ月め 後半でした
引き続き、うにゅほとの生活をお楽しみください
-
2021年7月1日(木)
「◯◯ー」
「どした」
「ベッドのうえのほん、かたづけていい?」
「あー……」
思案し、答える。
「まだ読んでるから」
「……ぜんぶ?」
「全部ではないけど」
「きて」
「はいはい」
チェアから腰を上げ、寝室側へ向かう。
「ほん、おおすぎて、せまくなってるよ……」
「──…………」
改めて見てみると、無数の本のおかげで枕が端に寄っている。
「ねてるとき、せまそうだよ?」
「片付けるか……」
「そうしよ」
ベッドに積まれた本を、まとめて片付けていく。
漫画、小説、雑誌、ハードカバー、なんでもござれだ。
読みたくなって持ってきて、読み終わらないまま新しい本に手を出すから、こうなる。
「これ、なんさつあるのかな」
「数えてみようか」
「うん」
数えてみた。
「……にじゅう、にさつ」
「思ったよりあったな……」
「わるいくせだよ」
「はい……」
言い訳のしようもない。
「××も寝る前にベッドで本読むけど、たいてい一冊だけだもんな」
「うん」
うにゅほのベッドの枕元には、メイドラゴンの最新刊がぽつんと置かれている。
「よんだらかたづけるから」
耳が痛い。
「わたし、あんましどうじによめない……」
「そうなんだ」
「◯◯、よく、へいれつによめるね」
「集中力がないだけのような気がする……」
「そかな」
「わからんけど」
ひとまず、ベッドの上は片付いた。
またすぐに積み重なるような気がするけど、覚えているうちは気を付けよう。
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2021年7月2日(金)
うにゅほとふたり、室内サイクリングと洒落込む。
並んでエアロバイクを漕いでいるだけなのに、なんだか連帯感がある。
「ふー……」
「あつい、あつい」
「××、汗すごいぞ。透けてる」
「うへー」
俺も、うにゅほも、べしょべしょである。
「いちじかんこぐと、すごいね」
「疲れた?」
「つかれたけど、たのしい。ずっとこげそう」
「アホみたいに一気に漕ぎ過ぎると、足パンパンになるぞ」
「けいけんしゃはかたる」
「語らせていただきました」
「きょうは、このくらいにしましょう」
「そうだな。俺はまだ漕ぐけど」
「あし、ぱんぱんになるよ?」
「もうそのステージは越えたから」
「かっこいい」
「床とか拭かないとな。ぽたぽた落ちてる」
「ほんとだ、ぞうきんもってくるね」
後片付けを行い、肌着を着替えたあと、うにゅほが再びエアロバイクにまたがった。
「え、まだ漕ぐの?」
「こがないよ」
「漕がないんかい」
「ここにいるのね、たのしい」
「楽しいのか」
「へやにいるとき、いつも、◯◯のせなかみてるから」
「──…………」
「となりにいるの、たのしい」
なんか、健気なことを言い出した。
「……サドル、固くない? 座布団いる?」
「いる!」
部屋の隅にあった使っていない座布団を渡す。
「漕ぐときも、あったほうがいいよ。おしり痛いだろ」
「なるほど……」
「デスクがL字でなければ、××も隣に座れたんだけどな」
「それ」
デスクを買い替える機会があれば、今度は普通の形にしようと思った。
-
2021年7月3日(土)
「あ」
「あ?」
「◯◯、びょういんは?」
「病院……?」
はて、覚えがない。
「定期受診は来週だったと思うけど」
「あし!」
「足」
足に視線を落とし、思い出す。
「──あ、皮膚科か!」
「そう」
左足側部の皮膚が線上に固くなっている件だ。
「完全に忘れてた……」
基本的に、痛くもなんともないし。
「わすれたらだめだよ」
「すみません」
「わたしもわすれてたから、いえないけど……」
「火曜くらいまでは覚えてたんですよ」
「うん」
「でも皮膚科、水曜休みだったんですよ」
「あー」
「一度タイミングを逸すると、もう思い出せないね」
「あるかも……」
「来週こそは行くぞ!」
「ほんと?」
「たぶん行くぞ」
「たぶん?」
「きっと行くぞ」
「きっと?」
「恐らく行くぞ」
「おそらく……?」
「絶対とは言い切れない」
「いいきろう?」
「未来のことはわからないから……」
「いく、というきがいをみせてほしい」
「たぶんきっと恐らく行きたいとは思ってるよ」
「いくきない!」
「わかった」
「ほんと?」
「絶対行く!」
「そう!」
うにゅほが笑顔になる。
「よくできました」
「子供か」
「にたような……」
「ひどい」
よよよ、と泣き崩れる。
「ほらー」
「好きな子はからかいたいんだよ」
「──…………」
うにゅほが前髪をいじりながら、小さく笑う。
「……うへー」
可愛いな、おい。
「頑張って病院行きます」
「がんばってね」
この約束は、さすがに破れない。
なんとか時間を作って、行こうと思った。
-
2021年7月4日(日)
日曜日ゆえ、昼頃ようやく起床する。
「あ、おきた」
「起きましてん……」
「あのね、たいへんなことあった……」
「大変なこと?」
「せんたっき、こわれた」
「マジか」
そいつは大変だ。
「……え、どうすんの?」
「あたらしいせんたっき、もうかったよ」
「来てんの?」
「きてない」
「ヤマダ?」
「じゃぱねっと」
「……ジャパネット好きだよな、うちの両親」
「したどりしてくれるから、だって」
「ああ、それは魅力だな」
「ね」
「どんなの買ったんだ?」
「うーとね、あいりすおーやまの」
「アイリスオーヤマ」
「どらむしき」
「ドラム式」
「したどりで、じゅうにまんきゅうせんはっぴゃくえん!」
「高いのか安いのかわからんな」
「わたしも……」
うにゅほが、うへーと笑う。
「調べてみましょう」
「そうしましょう」
価格.comで調べてみた。
「ろくまんえんだいとかある……」
「高めなのかな」
「うーん?」
「あ、違うわ。安いのはみんな、"簡易乾燥機能付洗濯機"って書いてある」
「ほんとだ」
「"洗濯乾燥機"は、だいたい十万円以上だな」
「かったの、せんたくかんそうき?」
「価格帯から言ってそうじゃないかな」
しばし画面をスクロールし、
「──ざっと見た感じ、普通かな。下取りぶん安いくらい」
「おとく?」
「どうだろ。わからないけど、下取りは嬉しいよな。廃棄するの大変だし」
「それはある」
「汚れ、たくさん落ちるといいな」
「うん」
うにゅほが使いやすい洗濯機であればよいのだが。
-
2021年7月5日(月)
左足側部の皮膚が線上に固くなっている件で、皮膚科へ行くことにした。
「やくそくどおり、だね」
「ああ。約束は守らないとな」
「うん!」
最寄りの皮膚科は、スーパーマーケットの二階にある。
「空いてるといいけど……」
「ね」
そんなことを話しながら階段を上がった俺たちは、思わず目を剥いた。
患者が、外まで溢れていたのだ。
「わ」
「ええ……」
「すごい……」
世の中には、こんなに皮膚のことで悩んでいる人がいるのか。
思わずそんなことを思うくらいに混んでいた。
ひとまず受付を済ませ、外の壁に背中を預ける。
「一時間で済むかな」
「わかんない」
「二時間かかる?」
「えいがみれる」
「見れますねえ……」
「でも、さいきんなら、そとでえいがみれそう」
「5Gなら余裕だけど、4Gでもギリ行けそうだよな」
「すごいじだい」
「本当だよ」
「じーって、なに?」
「ジェネレーションの頭文字だったかな。第五世代って意味」
「へえー」
うにゅほが、うんうんと頷く。
「すぐわすれそう」
「聞いといて……」
「うへー」
うにゅほと雑談を交わしていれば、一時間くらいはすぐ過ぎる。
皮膚の硬化は、原因こそわからないものの、大したことはないそうだった。
「よかったねえ」
「驚かせやがって」
「かえったら、くすりぬるね」
「お願いします」
処方してもらった塗り薬で治ってくれれば、混み合う皮膚科に再び行かずに済むのだが。
-
2021年7月6日(火)
月に一度の定期受診なのだった。
「──…………」
「──……」
待合室で、ぐでんとする。
「きょう、まつねー……」
「ほんとな」
病院を訪れてから、既に一時間が経とうとしている。
「きのうもまったし、きょうもまつし、たいへん」
「ほんとな」
「じゅんばんくるとき、すぐなのに」
「ほんとな」
「◯◯、ねむい?」
「眠い……」
既に何度かうとうとしている。
「最近、あんまり眠れてなくて……」
「ねて、おきて、してるもんね」
「いまいち長く寝れないんだよな。睡眠が小刻みになるから寝た気がしない」
「たいへんだね……」
「それも、ちょっと言ってみる」
「そうしよ」
さらに三十分ほど待って、ようやく診察を受けることができた。
帰途、車内で雑談をする。
「くすり、もらえてよかったね」
「今日は寝れたらいいけど」
「ねれるよ、きっと」
「本当に?」
「かがくのちから、しんじよう」
「××の力は?」
「わたしのちからでねるの?」
「膝枕とか」
「するのいいけど、なんじかんもはつらい……」
そりゃそうだ。
「××の力、入眠まではすごいんだけどな」
「そなの?」
「マッサージとか受けてると、いつの間にか落ちてる」
「あー」
うにゅほが、うんうんと頷く。
「まっさーじしたら、◯◯、ねるもんね」
「あれが××の力だ」
「わたしにちからが……」
「世界を救うのだ」
「ねかすちからで」
「案外強キャラかもしれない」
「てき、まっさーじするの……?」
「回復もしそう」
「むりがある」
「レトロなRPGって、そういう無理のある攻撃よくあったからな」
「そなんだ……」
「エイラのいろじかけで敵がアイテムくれるの変だろ」
「たしかに」
「パン屋寄っていい?」
「よろう、よろう」
ピーナツソフトとカレーパンを買って、二人で分けて食べた。
美味しかった。
-
2021年7月7日(水)
本州では七夕であるにも関わらず、風が強かった。
──きゅ……、きゅ……。
風が吹くたび、南東側の窓が異音を立てる。
「たてつけ、わるいのかな」
「網戸外れなきゃいいけど……」
「こないだ、なにもしてないのに、はずれたもんね」
「あれはびっくりしたな」
風も強くなければ雨が降ってもいないのに、唐突に網戸が外れたのだ。
何事かと思った。
「ゆうれいかとおもった……」
「幽霊て」
「ぽるたーがいすと」
「××、幽霊見たことある?」
うにゅほが、ふるふると首を横に振る。
「ない」
「ないのか」
「◯◯は?」
「ない」
「ないのか……」
「心霊スポット巡りとか、散々したけどな。一度もない」
「え、いったことあるの?」
「あるある」
「どこ?」
「札幌の心霊スポットはたいてい行ったし、それ以外もそこそこ」
「え、なんでいくの……?」
「怖いもの見たさ、かなあ」
「◯◯、そういうの、きらいかとおもってた」
「ホラーは好きだぞ」
「ちがくて」
「?」
「そういうとこ、いくひとのこと」
「あー……」
言いたいことはわかる。
「要は、暴走族とか、人に迷惑かけそうな人ってことだよな」
「うん」
「友達と深夜のドライブがてらだから、誰かに迷惑かけたってことはないよ」
「そなんだ」
「不法侵入もしたことないし、騒いだこともないし」
「なら、いいのかな……」
「いいのです」
「そか」
「××も行ってみたい?」
「いってみたくない!」
「冗談冗談」
この年になって、深夜に心霊スポットなんて行きたくはない。
バイタリティ溢れる大学生ではないのだ。
うにゅほを膝に乗せながら、大人しくホラー映画でも見ていればいい。
-
2021年7月8日(木)
「──……はー」
あくびと言うほどではないが、細く長く息を吐く。
「◯◯、ねむそう」
「そこそこ」
「ねる?」
「どうせ寝れないからなあ……」
「そか……」
最近、まとまった睡眠が取れていない。
刻み刻み寝ることで対処はしているが、満足感が得られるはずもなかった。
「トータルでは寝てるから体調は問題ないんだけどさ」
「うん」
「合間合間に起きるから、横になってる時間に比べて睡眠時間が短いのが痛いよな」
「きょう、なんじかんねたの?」
「えーと」
iPhoneで活動量計のアプリを開く。
「六時間、ちょっと」
「みじかめ?」
「短め」
「よくないですねえ……」
「そうですね……」
「きのうは?」
「同じくらい」
「おととい」
「だいたい同じ」
「へいきん、ろくじかん……」
「すみません」
「うと、◯◯のせいじゃないよ」
「それはそうなんだけど」
うにゅほに心配を掛けていることに変わりはない。
「ほんと、一時的だけど在宅に戻っててよかった。コロナに感謝はできないけど、今回ばかりは都合がよかったよ」
「だね……」
ひとしきり伸びをし、うにゅほに提案する。
「よし、漕ぐか!」
「からだ、だいじょぶ?」
「体力はすべてを解決してくれる。体力をつけるのだ」
「いちりある」
「××もどうぞ」
そう言って、座布団をエアロバイクのサドルに設置する。
「タオルもってくるね」
「お願いします」
と言うわけで、今日も運動不足を解消した。
寿命はどのくらい伸びたかな。
-
2021年7月9日(金)
「××、のび太の名前の由来って知ってる?」
「のびたって、のびた?」
「そう」
「のびた、のびた……」
しばし思案し、うにゅほが首を横に振る。
「わかんない」
「そっか」
「──…………」
「──……」
「こたえは?」
「知りたい?」
「きになるでしょ!」
そりゃそうだ。
キーボードを叩き、Wikipediaを開く。
「"すこやかに大きく、どこまでも、のびてほしいと願いを込めた"──だって」
「へえー」
うにゅほが、うんうんと頷く。
「りゆう、ちゃんとあったんだね」
「果たしてそうかな」
「?」
「のび太の父親の名前、知ってる?」
「わかんない」
「のび助」
「──…………」
「お爺ちゃんは、のびる。その前も、その前も、ずっと、のびなんとか」
「……あれ?」
「おかしいだろ」
「なんか、へんなきーする……」
「単に、名前の一部をずっと受け継いできてるだけなんだよ」
「うと、さっきのゆらいは……?」
「嘘ではないんだろうけど、説得力に欠けるよな」
長嶋茂雄の息子が一茂であるように、親から名前の一部を取っただけだ。
命名としてはありがちで、悪いことではまったくないのだが、だったらあの由来はなんだったんだということになる。
「なんか、ちょっと、ざんねん」
「気付いてしまったら言わずにおれなくて……」
「でも、いいたいのわかる」
「だろ」
単に作者が深く考えていなかっただけなのだろうけど、つい突っ込みたくなるのはドラえもんが面白い漫画だからだ。
大長編、また一緒に観ようかな。
-
2021年7月10日(土)
午後になってようやく階下へ向かうと、新しい洗濯機が届いていた。
「へえー、今度は斜めドラムじゃないんだ」
「うん」
「斜めだと洗浄力が低いって言うし、いいかもな」
「ひくいの?」
「そんな話を聞いたことがある」
「まえの、ひくかったんだ……」
「××、あの洗濯機しか使ったことなかったし、比較対象がないもんな」
「あたらしいの、よごれ、たくさんおちるかな」
うにゅほが目を輝かせている。
「……たぶん、期待ほどは落ちないと思う」
「えー」
「期待値が高すぎる」
「そかな」
「カレーの汚れとか、新しい洗濯機でもそうそう落ちないと思うぞ」
「だめかー……」
「ドラム式はドラム式なんだし、そう大差ないんじゃないか」
「ドラムしきじゃないの、どうなのかな。たてのやつ」
「縦型のほうが、汚れ落ちはいいとか」
「たてがたのが、ドラムしきより、よごれがおちる」
「ああ」
「よこのやつ、ななめのやつより、よごれがおちる」
「ああ」
「ななめのやつ、ぜんぜんだめ……」
「……そうなっちゃうな」
もちろん、斜めドラムには斜めドラムのメリットがある。
洗濯物の出し入れが楽なのは、長所だ。
「洗濯物、出しにくくなったけど、そこは大丈夫?」
「あー」
うにゅほが、俺を見上げる。
「◯◯は、たいへんそう」
「身長が?」
「うん」
「××は?」
うにゅほが、洗濯機の扉を開き、出し入れのシミュレートをする。
「うん、きになんない。わたし、ちいさいもん」
「ならよかった」
うにゅほの頭を、ぽんぽんと撫でる。
汚れ落ちも気になるが、普段使いするものだから、使い勝手がいちばん大切だ。
せっかく買い替えたのだから、前より良いものであることを祈る。
-
2021年7月11日(日)
「あ」
「?」
「セブンイレブンのひだ」
日付を確認する。
「本当だ」
「だからなんだ、ということもないですが……」
「セブンイレブン行く?」
「ようじあったっけ」
「ないかな」
「じゃ、いいかな……」
「年に一度のセブンイレブンの日なのに」
「やすかったりするのかな」
「ななチキとか揚げ鶏のホットスナックあたり、安くなってそう」
「ありそう」
「でも、わざわざ行くほどじゃないよな。二、三十円くらいだろうし」
「ね」
「そもそもコンビニって、安さを求めて行く場所じゃない」
「うん」
「コンビニエンスとはよく言ったものである」
「なんていみ?」
「便利」
「たしかにべんり……」
「入って即レジ、払って即退店っていう動線の短さがいいよな」
「わかる」
うにゅほが深々と頷く。
「スーパーにはスーパーの良さがあるんだけど……」
「スーパーは、たくさんかうときだよ。やすいし、たくさんあるし」
「薄利多売ってやつだな」
「いちぶつさんかで、かしこいせいかつ」
「それ、スーパーでよく聞くやつ」
「どういういみ?」
「さあー……」
「やすいよ、っていみかな」
「大意はそうじゃないか。安いからたくさん買ってね、みたいな」
「なるほど……」
結局、セブンイレブンへは行かなかった。
うにゅほと一緒にうだうだしていたら、いつの間にか過ぎていた日曜日だった。
-
2021年7月12日(月)
「××、これお願いできる?」
そう言ってうにゅほに差し出したのは、絡まったイヤホンだった。
「はーい」
うにゅほが受け取り、するすると解いていく。
「できた」
「相変わらず、早い……」
「うへー」
「××はすごいなあ」
「わりとね、とくい」
「俺、苦手なんだよな。こういう絡まったもの……」
「そんなににがて?」
「むかーし、全国一斉IQテスト──みたいな番組があったんだよ」
「しらない」
「随分昔だからなあ」
「◯◯、どのくらいだったの?」
「覚えてない。ただ、120以上130未満くらいだったと思う」
「すごい」
「所詮はテレビのお遊びだから。それに、すごくないエピソードがあるんだよ」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
遠い記憶を遡りながら、話す。
「問題が幾つかのカテゴリに分かれてて、似たような問題が五問ずつ。俺、ほとんど正解でさ。これはすごい結果が出ると思ってたんだけど……」
「けど?」
「あるカテゴリの問題が、全部わからなかった」
「にがてだったんだ」
「どんな問題か、わかる?」
「うと、ながれからして、ひも?」
「その通り。絡まった紐の端をつまんで引っ張ったとき、何個結び目ができるかって問題」
だったと思う。
「面白いくらいさっぱりわからなかった……」
「ぎゃくに、なんか、すごい」
「すごくはないだろ。わからなかったんだから」
「そかな……」
「今やったら、だいぶ下がってるだろうな。アホになってる気がする」
「わたし、ひくそう……」
「そうでもないだろ」
うにゅほが、案外、頭がいい。
「紐の問題は全問正解できそう」
「とくい」
うにゅほが胸を張る。
でも、今はもう、あの手の番組はやらないんだろうな。
苦情とか来そうだし。
-
2021年7月13日(火)
「え、あッつ……!」
「あつー……」
夕食を済ませて自室へ戻ると、異様に蒸し暑かった。
「エアコン、きんなかったらよかったね」
「それにしたって暑いぞ……」
温湿度計を覗き込む。
「……うわ」
「しつど、ななじゅっぱーせんと……」
なんじゃこりゃ。
「蒸してるなんてもんじゃないな」
「じゃあ、なんていうの?」
「──…………」
無茶振りしてきた。
「?」
もちろん当人にそんなつもりはないようで、のんきに小首をかしげている。
「……超、蒸してる」
「うん」
「──…………」
「──……」
「咄嗟に気の利いた答えなんて返せるかい!」
「わ」
無意味にうにゅほを抱き上げる。
「……××、熱い」
「しつど、ななじゅっぱーせんとだもん」
触れた部分からじわじわと汗が染み出てくるのを感じる。
そのままベッドへ向かい、ヘッドボードの上にあったエアコンのリモコンを顎で指し示す。
「××、エアコンつけて」
「もすこし、よせて」
「ああ」
抱き上げられたまま、うにゅほがリモコンに手を伸ばす。
「も、すこしー……!」
「了解」
膝を曲げ、うにゅほの手が届くようにする。
小さな手がリモコンに触れた。
「とれた」
「よしよし」
「つけるね」
エアコンが、稼働音と共に除湿を始める。
「これで、ひとまず安心かな」
「それまで、あついね」
「暑いなあ……」
暑い暑いと言い合いながら、降ろさないし、降りないのだった。
-
2021年7月14日(水)
ドラッグストアへ行こうと、愛車のコンテカスタムに乗り込んだ。
走り出したところで、
「あ」
うにゅほが頭上の車内灯を指差した。
「はんドアだ」
見れば、車内灯がほのかに光を発している。
「本当だ」
車を道の端に停め、ドアを閉め直す。
「××、そっちも」
「はーい」
ばたん。
うにゅほが、しっかりとドアを閉じる。
「……あれ?」
だが、車内灯は点灯したままだ。
「まだはんドア?」
ばたん。
ばたん。
幾度か開閉するが、一向に消えない。
「後部座席かも」
車を降り、後部のドアを確認する。
だが、半ドアではない。
いちおう閉め直してみるが、車内灯はそのままだ。
スイッチもDOORの部分に合っているし、ドアもすべて完全に閉まっている。
「……壊れたかな」
「こわれるものなの?」
「形あるもの、いつか壊れる運命なのだ」
「そか……」
「仕方ない、あとで父さんに報告しよう」
「うん」
運転席に乗り込み、再びアクセルを踏む。
「……なんか、落ち着かないな」
「そかな」
「こう、圧がある。半ドアだぞ、ちゃんと閉めろ、危ないぞ。そういう圧が」
「よくわかんない……」
「××も、免許を取って、運転経験を積めばわかるよ」
「とらないし」
「便利なのに……」
そんな会話を交わしていると、ふと気付いた。
「──バックドア!」
「あ、うしろ」
再び車を停め、バックドアを閉め直す。
「◯◯、きえたー」
「ここか……」
気付けてよかった。
走行中にバックドアが開いたら、危ないものな。
読者諸兄も半ドアには要注意である。
-
2021年7月15日(木)
「××、こんな怪談を知ってるか」
「しらない」
「まだ話してないのに……」
「◯◯がそういうじてんで、しらないとおもう」
それはそうかもしれない。
気を取り直し、話し始める。
「ある少女が、マンホールの蓋の上で飛び跳ねていた。少女は、八、八、八、と同じ数字を繰り返していた」
「うん」
「その様子があまりに楽しそうだったから、別の女の子が、代わってくれと頼むんだ」
「うん」
「別の女の子が数字を口にしながら飛び跳ね始めると、少女がサッとマンホールの蓋をずらしてしまう」
「!」
「別の女の子がマンホールに落ちたのを確認すると、少女は蓋を元に戻し、今度は、九、九、九、と繰り返しながら飛び跳ね始めた──という話」
「すうじって……」
「落とした人の数だろうな」
「ちょっとだけ、こわい」
「涼しくなった?」
「すずしくはならない」
「だろうな……」
怪談で本当に涼しくなったら、扇風機もエアコンも必要ないのだ。
「まあ、本題はそこじゃなくてさ」
「どこ?」
「マンホールの蓋って、分厚い鉄板だから、40kgくらいあるんだよな」
「──…………」
「相当ムキムキなんだろうなって」
「じょうちょがない……」
「情緒が」
「こわくなくなった」
「いいことじゃん」
「むきむきいがいのかいしゃく、ないの?」
「あるよ」
「おしえて」
「マンホールの蓋をずらすんじゃなくて、マンホールの蓋をすり抜けてしまうってパターンがある」
「うーん……」
うにゅほが小首をかしげる。
「リアリティが、ない」
「ちょっと無理があるよな」
「さいしょ、こわかったのに……」
「他の怪談を御所望かな」
「すこし」
「では、たっぷりと」
「すこし!」
しばしのあいだ、百物語ならぬ五物語くらいに興じるのだった。
うにゅほも、案外、怖い話が嫌いではなくなったらしい。
-
以上、九年八ヶ月め 前半でした
引き続き、後半をお楽しみください
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2021年7月16日(金)
車から降りた瞬間、上から下から熱気が襲い掛かった。
「あッつ……」
「はちー……」
慌ててコンビニの店内へと逃げ込む。
「ヤバいな、今日」
「さんじゅうにど、だって」
「ええ……」
いくら夏とは言え、それにしたって暑い。
「アイス買い込んで、さっさと帰ろうか」
「うん」
自分たちと家族のぶん、大量にアイスを仕入れに来たのだ。
スーパーマーケットへ行ったほうが断然安いのだが、暑くて億劫だったのである。
「まず、BLACKだろ。これは外せない」
「たくさんいる」
BLACKアイスを適当にカゴへ放り込む。
「スーパーカップも人数分は欲しいよな」
「いる」
エッセルスーパーカップを五個入れる。
「チョコモナカジャンボとバニラモナカジャンボも当然いるし……」
「わたし、バニラモナカすき」
「チョコモナカジャンボはアイスミルクだけど、バニラモナカジャンボはアイスクリームなんだぞ」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「分類の話。アイスクリームはアイスミルクより乳脂肪分が多くて、濃厚なんだ。チョコを抜いただけじゃないってこと」
「だからおいしいのかな」
「人によって好き嫌いはあるけど、俺もバニラモナカジャンボのほうが美味しいと思う」
「ね」
「××、あと欲しいアイスはある?」
「うーと……」
うにゅほがアイスケースを覗き込み、ある商品を手に取った。
「とうきびアイスにしましょう」
「あー、美味いよな。素朴で」
正式名称は、北海道とうきびモナカ。
とうもろこしの形をしたモナカの中に、素朴なバニラアイスが入った一品だ。
コーンパウダーを使用しているためか、どこかとうもろこしの風味が感じられ、美味しい。
「これ、北海道限定なのかな」
「かも」
「入れろ入れろ」
「はーい」
総計三千円ぶんのアイスを購入し、帰宅した。
しばらくアイスには困るまい。
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2021年7月17日(土)
「──あれ?」
ふと気付く。
「そう言えば、回線の遅さ気にならなくなったな」
「よる、おそかったんだっけ」
「そうそう」
「回線速度、調べてみるか」
「うん」
auひかりの公式サイトから、回線速度の測定を行う。
「上り、644.17Mbps。下り、542.46Mbpsか。なるほど……」
「はやいの?」
「速い。上りと下りの速度に、さほど差がないだろ」
「さがあったら、こんざつしてるんだっけ」
「その通り。一般に、上りの回線のほうが空いてるから、こうして差が出る」
「ふんふん」
「上りと比較してどの程度遅いかで、混雑しているか否かがわかるわけだ」
「じゃあ、あんましこんざつしてないんだ」
「前は──」
過去の日記を開く。※1
「前は、上り600Mbpsの、下り30Mbpsだったみたい」
「にじゅうばい!」
「××、日記と同じ驚き方してる」
「えっ」
うにゅほが日記を覗き込む。
「なんか、はずかしい……」
「恥ずかしいこともないと思うけど」
むしろ微笑ましい。
「たぶん、回線太くして混雑を解消したんだろうな」
「かいけつして、よかったね!」
「ああ、よかった。LANケーブルを替えたり、回線終端装置を交換したり、全部無駄だったけど……」
「それは、うん……」
うにゅほが同情の視線を寄せる。
「がんばった」
「頑張りました」
「そういうことも、ある……」
「そういうこともあるな……」
「うん」
慰めようとしていることは伝わってくる。
「まあ、快適ではあるし。いいかな」
「ね」
しかし、つくづく人は便利を実感できない生き物である。
いつから回線速度が改善されていたのか、まったく記憶にないのだから。
俺が不注意なだけかもしれないけれど。
※1 2021年2月6日(土)参照
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2021年7月18日(日)
特筆すべきことのない一日だった。
「──さて、今日は何の日かな」
「なんのひしりーずだ」
「今日、特に何もなかったから……」
「ひさしぶりだね」
今日の日付で検索し、記念日のサイトを開く。
「語呂合わせは、特にないな」
「ないわのひ」
「たしかに……」
「だから、ないのかな」
「そうかも」
「◯◯、てきとう……」
「ごめんごめん」
うにゅほの頭を、ぽんと撫でる。
「ああ、今日はネルソン・マンデラの誕生日だったんだ」
「だれ?」
「俺もよく知らない。ただ、マンデラ効果っていうのはよく聞くな」
「なんでらこうか?」
「マンデラ効果」
「まんでらこうか」
「なんか、事実と異なる記憶をみんなが持ってる現象──みたいな」
「……?」
うにゅほが小首をかしげる。
「身近な例だと、そうだな。天空の城ラピュタがあるだろ」
「ある」
「スタッフロールの後に、パズーがシータの故郷を訪れるシーンがあったって主張する人がたくさんいたんだ」
「あったっけ……」
「ないよ」
「ないよね」
「これが、マンデラ効果。多くの人が、存在しない記憶を共有していたんだ」
「ふしぎ……」
「思い込み、勘違い、そういったたぐいのものだとは思うけど、ちょっと面白いだろ」
「うん、おもしろい」
うにゅほが、うんうんと頷く。
「でも、なんで、まんでらなの?」
「ネルソン・マンデラが──なんだっけ。まだ生きてるのに、死んだって記憶がある人がたくさんいたんだったか」
「あいまい」
そこまで詳しくないしなあ。
「まあ、だいたいそんな感じ」
「なるほどー」
こういった都市伝説じみたものは嫌いじゃない。
並行世界の記憶説は、さすがに悪ふざけが過ぎると思うけれど。
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2021年7月19日(月)
エアコンの効いた部屋で仕事をする。
午後三時ごろ、母親と買い物に出ていたうにゅほが帰宅した。
「はち、はち……」
「おかえり」
「ただいま、すずしー!」
うにゅほが、エアコンの前で両腕を広げる。
「そんなに暑かった?」
「うん、すごいよ」
「やっぱり……」
「わかるの?」
「さっき、現場出てる同僚から連絡が入ってさ」
「うん」
「あまりに暑すぎて、途中で空調服買いに走ったって」
「くうちょうふくって、すずしいやつ?」
「そう。扇風機がついてる服だな」
「でも、わかる。すーごいあついもん」
「在宅でよかった……」
「ね」
「実は、今日、現場に出る可能性があったんだよな」
「そなの?」
「たまたま人が足りなくて。結局、大丈夫だったんだけど……」
「げんばでるの、しかたないけど、きょうじゃなくてよかった。しんじゃう」
「熱中症の恐れはあったな……」
「だって、さんじゅうごどだよ。しぬ」
「うわ」
ただでさえ体が弱いのだ。
ぶっ倒れていてもおかしくはない。
「ほんと、よかったね。きょう、げんばでてたら、わたししんぱいでしんでたかも……」
「××まで死ぬのか」
「うん」
「そいつは死ねないな……」
「しんだらだめだよ」
「××だってそうだぞ。夏バテ、熱中症、今年も気を付けていこう」
「はーい」
「俺の場合は冷房病かな……」
「ひやしすぎ、だめだよ」
「はい」
今年の夏は酷暑だろう。
暑いのは好きだが、それで体調を崩していては意味がない。
体調管理、しっかりしていこう。
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2021年7月20日(火)
セブンイレブンのスイーツコーナーで、マリトッツォを見つけた。
「あ、あれだ」
「マリトッツォな」
「それ」
「言うのを諦めるな」
「まりとっちょ」
「ツォ」
「つお」
「マリトッツォ」
「まりとっちょ」
マリトッツォを手に取る。
「セブンのも美味しそうだけど、なんか違うんだよな」
「クリーム、すくないきーするね」
「そう。お上品になっちまったな、って感じ」
「それはよくわからない」
「ほら、これを見てくれ」
マリトッツォを棚に戻し、スマホで画像検索をかける。
クリームをめいっぱい詰め込まれたブリオッシュの画像がずらりと並ぶ。
「すごいだろ」
「すごい……」
「この、馬鹿が考えて馬鹿が作りましたって感じの大雑把さがたまらないんだよ。クリームが多ければ多いほど偉い国からやってきました、みたいの」
「あらためてみたら、こっち、クリームすくないね」
「大量生産の限界かもな」
「やめとく?」
「買うけど」
「やっぱし」
マリトッツォをひとつ購入し、車内で開封する。
「イメージより少ないとは言っても、多いは多いんだよな。クリーム」
「ね」
「××、上食べる?」
「たべる」
うにゅほが、マリトッツォの上の部分を取り、クリームをすくって食べる。
「あ、おいしい」
「どれ」
マリトッツォの下部分にかぶりつく。
「うん、普通に美味いわ」
想像以上でも以下でもなく、"こういうのでいいんだよ"という感じだ。
「ほら、××も」
うにゅほの口元へマリトッツォを運ぶ。
「あー」
かぷ。
「おいひ」
「美味しいけど、あのバカ殿みたいなのも食べてみたいな」
「どこにあるのかな」
「パン屋……?」
オシャレなパン屋なら売っている気がする。
そのうち探してみよう。
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2021年7月21日(水)
「おとうさんと、おかあさん、あしたからりょこうだよ」
「ああ、言ってたな」
正直、現在の感染状況で旅行になど行ってほしくはないのだが、半年前から計画していたものでもあるし、強硬には止められなかった。
感染者数の増加している東京へは立ち寄らないと言うし、粛々と済ませてさっさと帰ってきてほしいところだ。
「かじ、まかしてね!」
「手伝うけど……」
「ぜんぶまかして」
「全部」
「うん」
やる気満々である。
「洗濯物干したりとか」
「まかして」
「トイレ掃除くらい」
「やる」
「トイレの上の棚にあるトイレットペーパーは」
「それはとって……」
「はいはい」
うにゅほの身長では、飛び跳ねても届かないものな。
「やる気があるのはいいけど、俺たちにもすこしは残しておいてくれよ」
さすがに自分が情けない。
「うと、なにする?」
「××がしたくない家事ってあるか?」
「ない」
「だよな……」
全部やるって息巻いてたわけだし。
「じゃあ、掃除かな。部屋の掃除は元から××任せだから、このくらいは」
「わかった!」
「(弟)は、言えばなんでも手伝うだろ」
「はーい」
うにゅほは、その出自のためか、仕事を任されると喜ぶ。
必要とされることが嬉しいのだと思う。
だからと言って、それに甘えるのもよろしくないので、今回のように上手くバランスを取ることが肝要だ。
「がんばるよ!」
「ああ、頑張ろうな」
髪の毛を手櫛で梳いてやると、くすぐったそうに笑うのだった。
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2021年7月22日(木)
「──あふ」
エアコンの効いた自室でのんびり過ごしていると、ふとあくびが漏れた。
「◯◯、ねむいの?」
「すこし」
「やすみだし、ひるねしたら?」
「するかー……」
ベッドへ向かう前に、小用を済ませようと自室の扉を開く。
「──あッ、つ!」
熱気と湿気が溢れ出る。
慌てて部屋を出てトイレへと向かうが、そこはさらに地獄の様相だった。
汗だくになって自室へ戻る。
「わ」
「××、トイレすごいぞ……」
「あつかった?」
「かなり……」
「といれ、ねつ、こもるもんね……」
「小窓は開けてきたけど、しばらくひどいと思う。一階のトイレ使ったほうがいいよ」
「わかった」
タイマーを三十分にセットして、横になる。
やはり、エアコンはいい。
上手く使って、酷暑を乗り越えるのだ。
「──…………」
しばらくして、アラームと共に身を起こす。
「あ、おきた」
「おはよう」
眼鏡を掛け、自室の書斎側へ向かうと、うにゅほが汗だくだった。
「あれ、エアロバイクでも漕いでた?」
「といれいった……」
「二階の」
「すーごい、あちいね」
「一階のトイレに行けばよかったのに」
「きになって……」
「わかるけど」
「あ、ばんごはん、スパゲティでいい?」
「もちろん」
「おいしいの、つくるからね」
「期待してます」
夕食は、普通のナポリタンながら、すこし工夫の感じられる一品だった。
美味しかったです。
-
2021年7月23日(金)
どこへも行かない。
することもない。
特段何もしないまま、休日は過ぎていく。
「でも、こういう一日がいいんだよな……」
「ねー」
すべきことはなくとも、したいことはあるし、そういう意味では暇とは縁遠い。
「よし、エアロバイク漕ぐか」
「こぐ」
「タオルを持てい!」
「はーい」
エアコンの設定温度を下げ、扇風機を回し、エアロバイクを漕ぎ始める。
なんだかんだで日課となっているのだった。
「××、エアロバイク漕ぎ始めて、どう?」
「どう?」
「何か変わった?」
「とくには……」
まあ、まだ一ヶ月も経ってないものな。
「◯◯は?」
「すこし体重落ちたかな」
「おー」
「あとは、そうだな。脚力がついてきたらしくて、最初は負荷5だったんだけど、今は負荷7だわ」
「あし、ごんぶと?」
「ごんぶと」
うにゅほが、自分の足を見る。
「わたし、だいじょぶかな……」
「無闇に負荷を上げなければ、太くはならないよ。俺は物足りないから上げてるだけ」
「そなの?」
「そうなの」
「そうなんだ」
漕ぎながら、呟く。
「アップルウォッチ買おうかなあ……」
「とけい?」
「Appleの、スマートウォッチ。いま着けてる活動量計の、ほぼ上位互換だと思う」
「これじゃだめなの?」
「これ、睡眠時間を正しく検出してくれないんだよな……」
「そだね」
寝ているはずの時刻に起きていたことになっていたり、その逆もある。
決して悪くはないのだが、不満がないわけでもない。
「まあ、すこし考えてみるよ」
「◯◯かうなら、わたしもかうね」
「了解」
それなりに高い買い物になるし、しばらく悩んでみよう。
-
2021年7月24日(土)
「腰が痛い」
「だいじょぶ?」
「連休中、寝過ぎたかな……」
「そんなに」
「基本、寝てるか座ってるかだったから……」
エアロバイクも、座りながら漕いでるし。
「××は大丈夫そうだな」
「わたし、かじしてるし」
「たしかに」
俺も掃除はしているが、毎日ではない。
「あと、肩も張ってるんだよな……」
「どれどれ」
うにゅほが俺の肩を揉む。
「あ、こってる」
「だろ」
「おきゃくさん、こってますねえ」
「……××、それよく言うけど、元ネタなんなんだろう」
「さあー……」
「わからんか」
「◯◯のまねだとおもう」
「あー」
俺も言ってる気がする。
うにゅほの親指が、優しく肩に食い込む。
もみ、もみ。
「ほんと、こってるね。◯◯、かた、あんましこらないのに」
「たまに凝るんだよな」
「ねすぎ?」
「そうかも……」
「なんじかんねたの?」
「睡眠時間はそうでもないんだよ。七時間くらい」
「ふつうだ」
「運動もしてるし……」
「まいにちしてる」
「また、整骨院行こうかな」
「なおらなかったら、いったほういいよ」
「そうしよう」
何をするにも腰は大切だ。
大切にしなければ。
-
2021年7月25日(日)
カレンダーを睨みつけ、呟く。
「連休が、終わっていくんやなって……」
「かんさいべんだ」
「なんとなく」
「でも、なつやすみあるもんね」
「そう。だから、連休くんがいなくなっても寂しくないんだ」
「なつやすみ、いつから?」
「わからん」
「わからんの」
「職場のカレンダー見ればわかるけど、しばらく通勤してないから……」
「あー」
「明日にでも同僚に聞いとくよ。八月なのは間違いないかな」
「はかまいり、いつかな」
「それは母さんにでも聞いてもらえれば」
「はーい」
「ところで──」
キーボードを叩く。
「アップルウォッチ買うとしたら、どれがいいと思う?」
うにゅほが小首をかしげる。
「しゅるいがあるの?」
「新しいのと、古いの、あと新しいのの廉価版がある」
「あたらしいのがいいのでは」
「でも、けっこうするぞ」
「おいくら?」
「五万円くらい」
「たか!」
「廉価版は三万少々、古いのは二万少々かな」
「やすくかんじる……」
「違いは、まあ、いろいろある。ただ、新しいのがいちばんいいのは間違いない」
「うーん……」
しばし思案し、うにゅほが口を開く。
「……たか、いー……、けど、あとからほしくなるよりは……」
「だよなあ……」
後から後から不満が出てきてストレスを溜めるくらいなら、最初から最上のものを買ったほうがいい。
「……買っちゃう?」
「かっ──ちゃ、おうか……」
「買っちゃおう」
「うん」
と言うわけで、アップルウォッチを二人分注文したのだった。
届くのが楽しみである。
-
2021年7月26日(月)
「──……は」
目を開き、溢れかけていたよだれを拭う。
仮眠を取っていたのだった。
「夢を見ました……」
「おもしろいゆめ?」
「面白いかはわからんが、今ならはっきり覚えてる」
「ききたい」
「わかった」
身を起こし、夢の内容を整理する。
「まず、友達が、自損事故を起こすんだよ」
「だれ?」
「××の会ったことない人」
「そか」
「スーパーの傍にラーメン屋があるだろ。あそこに突っ込んで、そのまま貫いて反対側まで出ちゃうような事故」
「すごいじこだ……」
「まあ、怪我人はいなかったんだけどさ」
「よかった」
「そこで、何故かタイムスリップをする」
「ちょうてんかい」
「別の友達とその事故の様子を見ようとするんだけど、結局事故は起こらなかった」
「だれ?」
「××の会ったことない人」
「そか……」
「でも、事故は別のところで起きた。アイドルの女の子のマネージャーが轢かれたんだ」
「だれ?」
「俺も知らない人」
「しらなかった……」
「そこで、俺は思った。これは、別の場所で同時に起こったふたつの事故を防ぐゲームなんだって」
「あ、おもしろそう」
「ここだけ抜き出すと、わりと面白そうだよな」
「どうなったの?」
「まあ、そのまま散漫な感じで目が覚めたんだけど……」
「えー」
「えーと言われましても」
「ゆめだもんね……」
「整合性の取れた物語なんて、夢のまた夢だよ」
「ゆめだけに」
「夢だけに」
話す傍から夢の記憶はこぼれ落ちていく。
夢とは儚いものである。
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