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うにゅほとの生活3

1名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/01/16(水) 12:07:40 ID:QWDarRQs0
うにゅほと過ごす毎日を日記形式で綴っていきます

726名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2020/11/16(月) 19:06:14 ID:guiw0n2E0
2020年11月14日(土)

うにゅほを膝に乗せ、のんびりと動画サイトを巡る。
午後の優雅なひとときだ。
「あ、そだ」
「うん?」
「きょう、いいいしのひかな」
カレンダーに視線を向け、今日の日付を確かめる。
「ありそうだな」
確認のため検索すると、今日はたしかに、いい石の日だった。
「でも、いちがつよっか、いしのひだよね」
「たぶん……」
「いいいしのひと、いしのひ、べつにあるんだ」
「石の日と、いい石の日か」
きずぐすりと、いいきずぐすりみたいな。
「どっちがつよいのかな」
「そりゃ、普通の石といい石なら、いい石のほうじゃないか?」
強いも弱いもないと思うけど。
「でも、いしのひのほうが、ちめいどありそう」
「……わかる」
「ね」
「ピカチュウとライチュウみたいな」
うにゅほが小首をかしげる。
「らいちゅう?」
「ピカチュウが進化したら、ライチュウになるんだ」
「へえー」
「ライチュウのほうが強いけど、微妙に可愛くないからな……」
「みして」
「はいはい」
"ライチュウ"で画像検索をかける。
「……うーん」
ライチュウの姿を見て、うにゅほが唸る。
「かわいい、けど……」
「なんか、こう、コレジャナイ感が」
「ちょっとわかる」
「あと、微妙にでかいんだよな。0.8メートルだって」
「はちじゅっせんち」
「うん」
「ピカチュウは?」
「0.4メートル」
「ばいだ」
「体重は五倍」
「おもい!」
「なんとなく、不人気なのもわかる気がするだろ」
「うん……」
話題が明後日の方向にすっ飛んだが、話すことが目的の雑談なんてこんなものである。
そんなこんなで土曜日はゆっくりと過ぎていくのだった。

727名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2020/11/16(月) 19:06:39 ID:guiw0n2E0
2020年11月15日(日)

加湿空気清浄機が古くなってきたので、買い換えることにした。
「──とは言うものの、べつに空気清浄機じゃなくてよくないか?」
「かしつき?」
「うん」
「くうき、せいじょうにしなくて、だいじょぶ?」
「タバコ吸わないし……」
「そだね」
「最近使ってなかったけど、何が変わったわけでもない」
「たしかに……」
「それより、加湿だよ加湿。コロナも怖いけどインフルも怖いからさ」
「ね、どんなのかう?」
「超音波式は避けたいな」
「ちょうおんぱしき……」
「超音波で水滴を散らす方式のこと」
「ちょうおんぱしき、だめなの?」
「雑菌がな……」
超音波式加湿器は、常温で使用し、フィルターなども通さない構造のため、場合によっては繁殖した雑菌を振りまく殺人機械と化す。
逆効果になりかねないのだ。
「やっぱ、スチーム式にしよう」
「すちーむしき」
「原理としては、だるまストーブの上にやかんを置くのと変わらない。沸騰させて加湿するんだ」
「あ、だから、すちーむ」
「その通り」
「へえー」
うにゅほが、うんうんと頷く。
「ヨドバシのポイントの残り、全部突っ込んじゃおう」
「おー!」
ヨドバシドットコムを開き、いい感じのスチーム式加湿器を探す。
「タンクが大容量のほうがいいよな。水入れに行くの、面倒だし」
「だね」
容量、デザイン、価格──多方面から判断した結果、TOSHIBAのKA-Y45を購入することにした。
「これ、アロマオイルも使えるんだって」
「すごい」
「試してみるか」
「うん!」
うにゅほが、わくわくした様子で頷く。
Amazonでラベンダーのアロマオイルを注文し、準備は完了。
あとは届くのを待つばかりだ。
楽しみだなあ。

728名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2020/11/16(月) 19:07:35 ID:guiw0n2E0
以上、九年め 前半でした

引き続き、後半をお楽しみください

729名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2020/12/01(火) 18:37:06 ID:Ccfxje7k0
2020年11月16日(月)

昨夜注文したばかりの加湿器が届いた。
「はや!」
「二十四時間経ってないんだけど……」
「とどくのはやいの、いいね」
「これで、サポートさえ悪くなければな」
「うん……」
サポート対応の悪さ、その一点だけで、ヨドバシドットコムを日常的に利用する気が失せている。
たとえ他のすべてが良かったとしても、悪い印象に引きずられてしまうのだ。
つくづく損をしていると思う。
「さっそく使ってみようか」
「うん!」
加湿器を取り出し、コンセントに接続する。
「わたし、タンクにみずいれてくるね」
「けっこう大容量だけど、大丈夫?」
「だいじょぶだよ」
まあ、4リットルくらいなら、うにゅほでも持てるか。
我ながら心配し過ぎである。
すべての準備を整え、
「××、スイッチ押す?」
「おす」
「では、どうぞ」
「はーい」
ぴ。
加湿器が稼働を始める。
うにゅほが、蒸気吹出口に触れ、
「ここから、すちーむでるの?」
「出るらしい」
「おー」
「スチーム式だからすぐには出ないけど、基本的に触ったらダメだぞ。やけどする」
「はーい」
じ、と。
うにゅほが加湿器を凝視する。
「……蒸気が出るまで、五分か十分はかかると思うけど」
「うん」
「見てるの?」
「みてる」
「そっか」
「すちーむ、でたら、おしえるね」
「ああ」
物好きな子だなあ。
十分ほどしたころ、
「◯◯、すちーむでたよ!」
と、うにゅほが教えてくれた。
重い腰を上げて寝室側へ向かうと、たしかに蒸気が吹き上がっていた。
「うん、初期不良はなしだ。安心した」
「アロマオイル、いつくるかな」
「明日か明後日には試せるんじゃないか」
「たのしみ……」
「いい匂い、したらいいな」
「うん」
よくある芳香剤と、どちらが良いのだろうか。
気になるところだ。

730名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2020/12/01(火) 18:37:35 ID:Ccfxje7k0
2020年11月17日(火)

「──…………」
「──……」
パソコンチェアにだらしなく腰掛け、漫画を読む。
うにゅほはうにゅほで、座椅子に座りながら、スマホをいじっているようだった。
穏やかな時間が流れていく。
だが、平穏は唐突に打ち破られた。
けたたましいアラートが、うにゅほのiPhoneから鳴り響いたのだ。
「うお!」
「わ、わ、わ!」
うにゅほがiPhoneを取り落とす。
その様子を見て、慌てて自分のiPhoneを確認するが、異常はなかった。
「◯◯ぃ……」
うにゅほが、不安げに、俺の腕を抱き寄せる。
アラートはすぐに止まり、自室に静寂が訪れた。
「……なんだったんだ?」
うにゅほのiPhoneを拾い上げ、画面を確認する。
そこには、

緊急SOS

警察
110
海上保安庁
118
火事、救急車、救助
119

と、表示されていた。
「──…………」
なんとなく、わかった気がする。
「こわい……」
「大丈夫だよ、たぶん」
自分の推測を確認するため、"緊急SOS"で検索をかける。
「……やっぱり」
「?」
「これ、iPhoneの機能だ。××の誤操作で、間違って作動しちゃったんだな」
「そなの?」
「だから、気にしなくて大丈夫。何かが起きたわけじゃないよ」
「……うと、どんなきのう?」
「緊急時、警察や消防に電話をかける機能」
「え」
うにゅほの顔が青ざめる。
「……かけちゃった?」
「いや、かかってないはず。緊急SOSの画面になってから、警察、海上保安庁、消防のどれかを選ぶ必要があるみたいだから」
「そか……」
うにゅほが、ほっと胸を撫で下ろす。
「いきなりなると、こわいね」
「それは同意」
何事かと思った。
iPhoneを使っている読者諸兄は、軽々にスリープボタンを連打してはいけないぞ。

731名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2020/12/01(火) 18:38:05 ID:Ccfxje7k0
2020年11月18日(水)

「──……疲れた」
ふらふらとベッドに倒れ伏す。
「おつかれさま……」
うにゅほが、俺の頭を撫でる。
職場で病欠が出たため、代わりに一日現場へ出ていたのだった。
おまけに、普段の仕事は普段の仕事でちゃんとある。
そうそう甘くは行かないのだ。
「いま何時……?」
「うと、はちじ」
「……普通に十二時間働いてる」
「じゅうにじかん……」
「休憩時間はあるけど、拘束時間はそうだな」
「──…………」
うにゅほが目を伏せる。
「世の中には、もっと大変なひとたちがいるから……」
「そんなの、ひととくらべるの、おかしい」
「──…………」
今度は俺が黙る番だった。
「……ひととかかんけいなくて、つらいときはつらくて、つらいの。くらべないんだよ」
言葉が散らかっているが、言いたいことはわかる。
むしろ、良いことを言っている。
「わかった」
わかったからには実践あるのみだ。
「立ちっぱなしで腰が痛い、背中が痛い、足が痛い、何故か左手が痛い!」
「けがした?」
「怪我ではない、と思う。重いものもそこそこ運んだから」
「そか……」
うにゅほが、ほっと胸を撫で下ろす。
「じゃ、てーもむ?」
「揉んで」
「はーい」
うにゅほが、俺の左手を取り、親指と人差し指のあいだをふにふにと刺激する。
「きもちい?」
「気持ちいいわあ……」
ここは、力を込めすぎないほうがいい。
「あしたもがんばってね」
「うん」
職場の人の体調不良が明日には治っていますように。

732名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2020/12/01(火) 18:38:57 ID:Ccfxje7k0
2020年11月19日(木)

修理に出していたブルーレイディスクレコーダーを引き取るため、ヨドバシカメラ札幌へと向かっていた。
だが、
「──……眠い」
眠かった。
運転がままならないほど、すこぶる眠かった。
「だいじょぶ……?」
「……ダメだ、危ない。そこのファミマ寄る」
「うん」
愛車のコンテカスタムをファミリーマートの駐車場につけ、運転席を倒す。
「ごめん、三十分くらい仮眠する……」
財布を取り出し、うにゅほに渡す。
「これで、栄養ドリンクでも買ってきて……」
「わかった!」
俺の財布を握ったうにゅほが、店内へと消えていく。
その様子を確認したのち、目を閉じた。
数分後、助手席のドアが開閉する音で目を開くと、うにゅほが小さな箱を握り締めていた。
「ゆんける、かってきた」
「おお……」
眠気に効くかはわからないが、滋養強壮と言えばこれだろう。
「ありがとな」
「わたし、かってきただけだし……」
うにゅほの謙遜を聞きながら、甘くて苦いユンケルを飲み下す。
なお、どのユンケルを飲んだのかは、まったく覚えていない。
コンビニで購入できる箱入りのやつだから、千円くらいはしそうだけど。
「じゃあ、三十分くらいしたら起こして」
「うん」
再び目を閉じる。
次の瞬間、うにゅほに肩を叩かれた。
「ん……」
「さんじゅっぷん、たったよ」
「──…………」
マジかよ。
ユンケルが効いたのか、仮眠のおかげか、眠気はすっかり失せていた。
「うん、大丈夫そう」
「よかった……」
「三十分、暇だったろ。ごめんな」
「ゆーちゅーぶ、みてたから」
「そっか」
うにゅほに暇を強いたわけではなさそうで、安心した。
その後は無事にヨドバシカメラまで漕ぎ着け、ブルーレイディスクレコーダーを受け取ることができた。
眠いときに運転するものではないなあ。

733名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2020/12/01(火) 18:39:30 ID:Ccfxje7k0
2020年11月20日(金)

Windows10の自動アップデート機能を無効にして久しい。
だが、たまにはアップデートしておかないと、脆弱性などの問題もある。
気は進まないが、WindowsUpdateを行うことにした。
「バージョン20H2……」
十月に、Windows10の新しいバージョンがリリースされたらしい。
バージョンアップするつもりはないし、さして興味もないけれど。
WindowsUpdateを終え、二時間ほどしたころ、ネット回線が異常に重いことに気が付いた。
動画は数秒再生しては止まり、画像の読み込みは古のダイヤルアップ接続レベル。
快適なブラウジングとはお世辞にも言えない。
回線速度を調べると、良くて3Mbps。
普段は300Mbpsを超えるから、1/100以下の速度に落ち込んでいるということだ。
「──…………」
心当たりは大いにある。
だが、他の可能性を潰しておこう。
「××、ちょっとYouTube開いてみて」
「?」
うにゅほが、iPadを手に取り、YouTubeで適当な動画を開く。
「読み込み、遅くない?」
「おそくないよ」
「速い?」
「はやいよ」
やはりか。
嫌な予感が的中した。
「……WindowsUpdateのせいだ」
「また……?」
さすがのうにゅほも呆れ顔だ。
「よくしようとして、また、わるくなったの」
「うん……」
「なにしたいんだろ……」
昔のOSと比較して複雑化しているのはわかるが、ユーザーを人柱にするのはやめてほしい。
「どうしようかな。このままじゃ、ろくにネットも見れない」
「どうしようもないの……?」
「……賭けにはなるけど、方法はある」
「それ、しよう」
「でもなあ」
「もんだいあるの?」
「WindowsUpdateには、WindowsUpdateを。バージョンを最新の20H2に上げるんだよ」
「──…………」
うにゅほが口をつぐむ。
事の深刻さに気が付いたらしい。
「……こわれない?」
「最悪、壊れても、データは外付けHDDとクラウドにバックアップしてるし……」
復帰だけなら数時間でできる。
だが、しなくて良い作業ならしたくない。
「とにかく、やってみよう。」
「だいじょぶかな……」
バージョン20H2へのアップデートは、一時間以上かかった。
バックアップがあるとは言え、大きなアップデートをする際は、生きた心地がしないものだ。
「──よし、完了! 回線速度も元に戻った!」
「おー!」
やはり、最初のWindowsUpdateが悪さをしていたらしい。
ほんともう、マジで勘弁してほしいのだった。

734名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2020/12/01(火) 18:40:31 ID:Ccfxje7k0
2020年11月21日(土)

注文していたアロマオイルが、ようやく届いた。
正確には、届いてはいたのだが、家族が受け取った上で忘れ去られていた。
「もー……」
うにゅほが、ぷりぷりしながらAmazonの紙袋を開封する。
「おそいとおもった」
「小さいから紛れちゃったんだな」
紙袋から現れたのは、青い小瓶。
「わ、おしゃれだ」
「たしかに」
「ラベンダーフランス、だって」
「なんか人気ありそうだからラベンダーにしたけど、どんな匂いだっけ」
「かいだことあるきーする」
「どれ」
小瓶の蓋を開き、香る。
「──…………」
思わず苦い顔になった。
「……あー、こういう感じだったわ」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「嗅いでみ」
「うん」
すんすん。
「──…………」
うにゅほが眉をひそめる。
「……かいだことある」
「紛れもなくラベンダーだ、これ」
「うん……」
濃縮されたラベンダーの香りは、語弊を恐れずに言うならば、臭い。
ただし、どんな香りであれ、濃くすれば臭いのは当然だ。
「じゃ、加湿器にセットしてみるか」
「みずにまぜたらいいの?」
「それはダメ」
加湿器を止め、温度を確認してから、蓋を外してアロマポットを取り出す。
「これにオイルを数滴入れて──」
アロマポットをセットし、蓋を取り付けて、準備は完了だ。
「におい、すぐするかな」
「強にしたらすぐ香るかもな」
「してみましょう」
ぴ。
加湿器が稼働する。
数分ほどして、
「あ、あまいにおいしてきた」
「本当だ」
「くさくないね」
「薄いと、いい匂いかも」
「うん」
何かが劇的に変わるわけではないが、悪くはない。
他のアロマオイルも試してみようかな。

735名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2020/12/01(火) 18:41:05 ID:Ccfxje7k0
2020年11月22日(日)

「──…………」
目を覚まし、時刻を確認する。
午後四時。
「……寝過ぎた」
眠りに眠り果てた。
午前四時に床に就いたとは言え、いくらなんでも寝過ぎである。
のそのそとベッドから這い出すと、
「あ、おきた」
「起きました……」
「◯◯、やすみのひ、すーごいねる」
「疲れてるのかな」
「そうかも」
「そうかもなあ……」
平日の疲れを、休日に癒す。
そうやって、なんとかかんとか一週間をやり過ごしているのだろう。
「本当は、どっか出掛けたいんだけど……」
「いま、だめだよ。ステージ4だよ」
「そうなんだよな」
不要不急の外出、及び、市外との不要不急の往来を控えなければならない。
罰則規定があるわけではないが、痛い目を見るのは自分であり、家族であり、身近な人々である。
軽々しく破るものではない。
「でも、だらだらしてると眠くなる……」
「まだねれるの?」
「寝過ぎて眠い。でも、今寝たら絶対に体に悪いわ」
「じゃ、おきよ」
「××、目が覚めることして」
「めがさめること……」
しばし思案し、
ぺち。
うにゅほが俺の頬を両手で挟んだ。
「めーさめた?」
「……今ので?」
「うん」
「さすがに取れないかな……」
痛くないし。
「うと、じゃあ──」
うにゅほが、俺の鼻をつまむ。
「いき、くるしくなる」
「口が開いてる……」
「──…………」
「難しいな」
「むずかしい」
もっと容赦なく痛めつければ目は覚めるのだろうが、うにゅほには無理だろう。
あふ、とあくびを噛み殺す。
やたらと眠い一日だった。

736名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2020/12/01(火) 18:41:45 ID:Ccfxje7k0
2020年11月23日(月)

こんにゃくパークのこんにゃく粉入りコーヒーゼリーが美味しい。
そのまま食べても普通だが、コーヒーフレッシュとの相性が抜群なのだ。
器に移し替え、コーヒーフレッシュを何個か空けて、ぐちゃぐちゃに混ぜる。
すると、美味しくて腹持ちの良い最高のおやつが出来上がる。
読者諸兄も、お試しあれ。

「……あー」
プラスチック製のタンブラーにコーヒーフレッシュを入れようとして、中身が指に付着した。
指を舐めたあと、うにゅほに話し掛ける。
「これ、開けるの難しくない?」
「そかな」
「だいたい、指につくか、蓋が半分くらい残るかするんだけど……」
「◯◯、ふたあけるのにがてだよね」
「苦手……」
ヨーグルトの蓋も、三回に一回は失敗する。
「いっこかして」
「ああ」
コーヒーフレッシュをひとつ渡す。
「ふつうにあけたら、あくとおもうけど」
パキ、と爪を折ったあと、うにゅほがゆっくりと蓋を開いていく。
「はい」
「──…………」
綺麗に開いた。
「え、何が悪いの……?」
「あけてみて」
「うん」
タンブラーの上で、容器の爪を折る。
「あ」
「?」
「くうちゅうでやるから、だめなんじゃない?」
「なるほど……」
うにゅほは、机の上に容器を置き、安定した状態で開けていた。
「わかった、やってみる」
「うん」
机の上にコーヒーフレッシュを置き、折った爪から蓋を開いていく。
「──…………」
蓋が途中で裂け、容器に半分ほど残った。
「……何が悪いんだろう」
「ごめん、わかんない……」
不器用は、何をどうしても不器用なのかもしれない。

737名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2020/12/01(火) 18:42:17 ID:Ccfxje7k0
2020年11月24日(火)

今日は、コロナのおかげで二ヶ月に一度となった定期受診の日だった。
近場でクラスターが出ていることもあり、コロナ対策は万全だ。
「俺の出身高校でも感染者が出たんだって」
「こわいね……」
「職場、高校に近いんだよな」
「ますくしてる?」
「外出るときは、ちゃんとしてます」
「よろしい」
「帰ったら、うがい、手洗い、手指消毒だぞ」
「はーい」
薬局で八週間ぶんの薬を受け取り、帰途につく。
愛車のコンテカスタムを車庫に入れる際、ふと、家の前の公園に違和感を覚えた。
「……なんか違わない?」
うにゅほが小首をかしげる。
「なんか?」
「なんか──そう、遊具の色が違う!」
赤をベースにした色合いだった遊具が、青く塗り替えられている。
「いつの間に……」
「いっかげつくらいまえ、ペンキぬってたよ」
「……マジ?」
「まじ」
「俺、一ヶ月間、まったく気付かなかったの……?」
「うん……」
普段、どれだけ注意力散漫なのだろう。
「……ちょっとショック」
「こうえん、ずっとはいってないもんね」
「用事ないからな」
「ことし、おまつりなかったし……」
「コロナコロナで一年が終わりそうだ」
「やっきょくで、もう、らいねんのカレンダーくばってたもんね」
「世界遺産のやつか」
「もらっておけばよかったかも」
「どうせ余るよ。父さんがアホみたいにもらってくるんだから」
「たしかに……」
「それに、××も、世界遺産より動物のカレンダーのほうがいいだろ」
「……うへー」
「近所のペットサロンから今年ももらえると思うから、それ飾ろう」
「うん!」
2020年の終わりが見えてきた。
やり残しがないように、日々を過ごしていこう。

738名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2020/12/01(火) 18:42:54 ID:Ccfxje7k0
2020年11月25日(水)

アロマ加湿器が、思ったより香らない。
「新しいアロマオイルも注文しちゃったし、ここはひとつ、アロマランプでも買ってみようかと思うんだけど」
「あろまらんぷ?」
「アロマテラピーには、いくつか方法があるらしい」
「かしつきだけじゃないんだ」
「加湿器だけじゃないんだよ」
「へえー」
うにゅほが、興味深げにうんうんと頷く。
「まず、アロマディフューザーを使った方法」
「でぃふゆーざー」
「これは、簡単に言えば、超音波式加湿器だ。水のタンクにオイルを混ぜる」
「え、かしつき……」
「これは加湿器」
「けっきょく、かしつき」
「そうじゃないのもあるんです」
「じゃ、それおしえて」
「一般的なのは、アロマポットとアロマランプかな」
「あろまぽっと……」
「両方とも、アロマオイルを温めて、香りを拡散する。ポットならロウソク、ランプなら電球を使うんだ」
「すてきかも」
「ちょっといいよな」
「うん、いい」
赤橙色の自然な明かりと、芳しい香りに包まれて、ゆったりとした時を過ごす。
悪くない。
「ロウソクは危ないし、面倒だから、アロマランプがいいかなって」
「どんなのあるかな」
「いちおう、何個かには絞ってあるんだ」
「さすが」
うにゅほを膝に乗せ、アロマランプを一緒に選ぶ。
「──こういうステンドグラスみたいなのも悪くないかなって」
「きれいだけど、はでなきーする」
「まあ、部屋には合わないかな」
「うん」
「じゃあ、こういうアンティーク調のは?」
「あ、かっこいい」
「……でも、高いか。アロマオイルもそこそこしたし、五桁は出したくないな」
「そだねえ」
悩みに悩んだ結果、BRUNOのノスタルアロマランプを注文した。
「届くの、楽しみだな」
「ね」
まさか自分がアロマテラピーに手を出すことになるとは思わなかった。
だが、こういうのも悪くはない。
そんなことを考えながら、注文の品が到着するのを待つのだった。

739名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2020/12/01(火) 18:43:26 ID:Ccfxje7k0
2020年11月26日(木)

「さむみを感じる」
「かんじますか」
「感じますねえ……」
いよいよもって、冬らしい気候になってきた。
雪さえ積もれば真冬に相違ない。
「××、立って」
「はい」
素直に立ち上がったイヌモコうにゅほを抱き寄せて、膝に乗せる。
「冬と言えば、このフォーメーションだな」
「わりとなつも」
「まあ、うん」
汗でぺたぺたすると笑いながら、膝に乗せている気がする。
「しかし、ほんと抱き心地いいな……」
「でしょ」
うにゅほの誕生日にプレゼントした、ジェラピケのイヌモコルームウェア。
見れば眼福、抱けばふかふか、最高である。
「足出てるけど、寒くない?」
「ちょっとさむい……」
「じゃ、ブランケットでも使うか」
「うん」
数年前にゲームセンターで取ったカービィのブランケットをうにゅほの膝に掛ける。
「これで完璧だな」
「うしろも、まえも、あったかい」
「ストーブもつける?」
「ストーブつけたら、あつすぎるよ」
「そうだな」
まだまだ寒の入り。
寒さのピークはまだ先だ。
「ゆきかき、たのしみ」
「それが理解できないんだよなあ……」
「たのしいのに」
「今年は雪が降りませんように」
「えー」
「雪なんて山にだけ降ってればいいんだよ!」
「ふらなかったら、ふゆってかんじしない」
「それはあるけど」
「ね」
「でも、ちょっとでいいよ。最低限」
「えー」
最悪、例年通りで構わない。
豪雪だけはやめてほしいと切に願うのだった。

740名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2020/12/01(火) 18:44:13 ID:Ccfxje7k0
2020年11月27日(金)

「──…………」
どんよりとした気分で帰宅する。
「おかえ──、り?」
「ただいま」
「◯◯、なんか、おちこんでる?」
「……当たらずとも遠からず」
「どしたの?」
「仕事が急に忙しくなってさ」
「うん」
「土日、なくなった」
「──…………」
「おまけに、来週は来週で残業上等。場合によっては来週の土日すら怪しい」
「しんじゃう……」
「死にはしないと思うけど、気は塞ぐよな……」
深く溜め息をつき、自室へ向かう。
「わたし、できることある?」
「うーん……」
一緒に仕事を片付けてくれれば最高なのだが、不可能だし、できたらできたで自分が情けない。
とは言え、何もないと答えるのは、あまりに冷たいだろう。
「逆に、××は何ができる?」
「うと」
しばし思案し、うにゅほが答える。
「かた、もむとか」
「いいね」
「こし、ふむとか」
「最高じゃん」
「わたし、やくにたつ?」
「立つ立つ」
「うへー……」
うにゅほが、てれりと笑う。
「最近、肩が凝り気味でさ。あとで揉んでくれる?」
「いってくれたら、すぐもんだのに」
「それも悪いし……」
「わるくないよ」
「そうかな」
「くるしいの、かくすほうが、わるいよ」
際限なく甘やかしてくる。
「わかった。肩が痛くなったら、真っ先に言うよ」
「よろしい」
繁忙期、なんとか乗り切ろう。
うにゅほに心配を掛けないようにしなければ。

741名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2020/12/01(火) 18:45:26 ID:Ccfxje7k0
2020年11月28日(土)

繁忙期に挑むに当たり、気合いを入れるため、床屋で髪を切ってきた。
「さっぱりしたねえ」
「何ヶ月切ってなかったんだろ」
「うーと」
うにゅほがスマホを取り出す。
「にっき、かくにんするね」
「便利だなあ……」
うにゅほは、俺を真似てか、スマホのメモアプリで日記をしたためている。
既に半年以上続いているのだから、偉い。
「あ、しちがつにじゅうしちにちに、とこやいってる」
「7月27日……」
実に四ヶ月ぶりである。
道理で髪が鬱陶しいはずだ。
「もっと頻繁に通えばいいのに」
「じぶん……」
「そうなんだけどさ」
過ぎ去った自分は、既に現在の自分ではないのだ。
「さーて、仕事するか……」
嫌だけど。
嫌だけど。
「できることあったら、いってね」
「休憩するとき、ココアでも淹れてくれたら嬉しいかな」
「うん」
重い腰を上げ、仕事机へと向かう。
果てしない量の仕事にくらくらしつつも、なんとかこなしていくしかない。
数時間ほどして、
「──◯◯、ココアいれたよ」
「ん……」
「きゅうけい、しよ」
「ちょっと待って、切りのいいところまで」
「うん」
五分ほどうにゅほを待たせ、席を立つ。
気付けば背中が痛かった。
どうしたって姿勢は悪くなるから、当然と言えば当然だ。
うにゅほからココアを受け取り、ひとくち啜ると、好みの甘さだった。
「……美味しい」
「◯◯、あまいほうすきでしょ」
「わかってらっしゃる」
「うへー……」
「ココア飲んだらさ、ちょっと背中踏んでくれない?」
「はーい」
うにゅほがいるだけで、随分と快適に仕事ができる。
これを当たり前と思わず、しっかりと感謝していかねばなるまい。

742名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2020/12/01(火) 18:46:03 ID:Ccfxje7k0
2020年11月29日(日)

「──よし、開けるぞ」
「うん」
今日のぶんの仕事を片付け、届いていた荷物を開封する。
アロマランプ。
そして、三種類のアロマオイル。
「おー……」
うにゅほが目を輝かせる。
「まず、アロマランプを組み立てよう」
とは言え、木目調のスタンドに白熱電球を差し込み、ガラスカバーをかぶせるだけだ。
「どうやってつかうの?」
「ガラスカバーの天井がへこんでるだろ」
「ほんとだ」
「ここに、アロマオイルを数滴垂らす」
「ふんふん」
「白熱電球の熱でアロマオイルを温めて、香りを拡散するわけだ」
「なるほど……」
コンセントにプラグを挿し、アロマランプを点ける。
すると、フィラメントが輝き、橙色の光を放ち始めた。
「あ、すてきなかんじ」
「電気消してみるか」
「うん」
シーリングライトを消灯すると、見慣れた部屋が仄かにライトアップされ、敬虔な雰囲気に包まれた。
「……悪くないのでは?」
「わるくない……」
「むしろ、いいのでは」
「ね、なんのにおいのかったの?」
「えーと」
アロマオイルの小瓶を手に取り、読み上げる。
「ユーカリラディアータ、イランイラン、フランキンセンス──だって」
「すごいなまえ」
「嗅いでみるか」
「うん!」
まず、ユーカリラディアータの小瓶を開き、嗅いでみる。
「あ、なんかハッカ系。嫌いじゃない」
「すーすーしそう」
次に、イランイラン。
「……なんか、どっかで嗅いだな」
「うん、かいだことはある……」
「家具を売ってる店──ニトリとかこんな匂いじゃない?」
「そかな」
最後に、フランキンセンスの香りを試す。
「──…………」
「──……」
「これは、なんて表現したらいいんだ」
「むずかしい……」
「嫌いではないけど」
「うん、わるくはないけど」
香りを言葉で表現するのが、ここまで難しいとは思わなかった。
「じゃあ、まずはどのアロマオイルを使う?」
「さいしょの、ユーカリかなあ」
「了解」
アロマランプのガラスカバーにアロマオイルを垂らすと、ユーカリラディアータの爽やかな香りがふわりと広がった。
「いいかんじ」
「落ち着くな……」
「うん……」
休日仕事でささくれ立った精神が、落ち着いていくのを感じる。
アロマテラピー、悪くない。

743名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2020/12/01(火) 18:46:43 ID:Ccfxje7k0
2020年11月30日(月)

「はー……」
肩を回しながら伸びをする。
「休憩、休憩」
「しごと、おつかれさまです」
「疲れたよ……」
本日の進捗は、ようやく半分程度。
似たような作業をもう一度やらなければならないと考えると、うんざりする。
「かたもむ?」
「肩は大丈夫かな」
「こし」
「腰も、まあ」
「どこもんだらいい?」
揉むのは確定らしい。
「じゃあ、手のひらお願いしようかな」
「はーい」
差し出した右手を、うにゅほが取る。
小さめの紅葉が、やわやわと、俺の手のひらを揉みほぐす。
「きもちい?」
「ああ、気持ちいい。疲れが取れてく感じ」
「よかった」
もみ、もみ。
ふに、ふに。
手のひらは、肩などと違って、力を込める必要がない。
握力の弱いうにゅほでも、無理なくマッサージできる箇所だ。
「けんしょうえん、ならないようにね」
「大丈夫。去年より件数少ないし、終わりも見えてるから」
「そか」
うにゅほが、安心したように微笑む。
嘘でも気休めでもない。
頑張れば、今週中にでも、机の上にある仕事の束を全て片付けることができるだろう。
「そう言えば、十一月も今日で終わりか」
「そだよ」
「……コロの命日じゃん」
「わすれてた?」
「思い出した」
「わすれてた……」
「あとで手だけでも合わせようか」
「うん」
愛犬が亡くなったときはあれほど泣いたのに、今や命日すら忘れかけている。
それが、なんだか悲しかった。

744名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2020/12/01(火) 18:47:57 ID:Ccfxje7k0
以上、九年め 後半でした

引き続き、うにゅほとの生活をお楽しみください

745名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2020/12/17(木) 02:53:04 ID:e.//JBJU0
2020年12月1日(火)

「××、すごいこと気が付いた」
「なにー?」
「十二月だ」
うにゅほが、きょとんとする。
「じゅうにがつだよ……?」
「一年、早くない?」
「はやい」
「加速してるよ、これ。スタンド攻撃だよ」
「ジョジョ?」
「ジョジョ」
「ジョジョ、あんましよんでない……」
「単行本あるのに」
「なんか、えがわかりにくくて」
「苦手だと」
「うん……」
「俺も、最初は苦手だったなあ」
「◯◯も?」
「実際のところ、面白さが苦手意識を上回るまで読み進められるかどうかだと思う」
「ふんふん」
「あと、こだわりがなければ、三部か四部あたりから読むといい」
「とちゅうから?」
「時系列は繋がってるけど、物語としては独立してるからな。一部と二部は、気になったらでいいと思う」
「そなんだ」
うんうんと頷くうにゅほを見て、ふと我に返る。
押しつけがましくはなかっただろうか。
「──まあ、いろいろ言ったけど、強制するわけじゃないから。気が向いたらで」
「◯◯がすきなら、よんでみようかな」
「無理しなくていいからな……?」
「むりしてないよ?」
「ならいいけど……」
ジョジョ好きは圧が強いと言われがちだから、気を付けねば。
「さんぶって、なんかん?」
「えーと、何巻だっけな」
単行本を手に取り、確認する。
「十三巻だな」
「いっかんからよもう」
「何故聞いた……」
「さんぶまで、なんじゅっかんもあるなら、さんぶからよもうとおもって」
「あ、なるほど」
うにゅほに、単行本の一巻を渡す。
「××の好きなように読みな」
「うん」
好きなものを共有したいという気持ちはあるが、それを強制したくはない。
なんでも受け入れてくれるうにゅほが相手だからこそ、しっかりと気を配るべきだろう。

746名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2020/12/17(木) 02:53:40 ID:e.//JBJU0
2020年12月2日(水)

今日は、弟の誕生日だった。
「◯◯、プレゼントなににしたの?」
「用意してないけど……」
「してないの」
「いい年だしなあ」
欲しいものがあるなら買ってやらないこともないけれど、基本的には無欲な男だ。
特に必要ないと言うだろう。
「××は、何か買ったのか?」
「うん」
「いつの間に」
「さっき、おかあさんといっしょにかってきた」
そう言えば、午前中に出掛けていたな。
「プレゼント、何にしたんだ?」
「うまいぼう」
「うまい棒……」
「(弟)、だがしすきでしょ」
「たしかに」
「だからね、うまいぼう、たくさんかってきた」
「うまい棒って、三十本入りの大袋で売ってるよな」
「うん」
「それ?」
「それね、ごふくろ」
「……百五十本?」
「ひゃくごじゅっぽん」
「それは、すごいな……」
「でしょ」
うにゅほが胸を張る。
「一日五本食べたとして、一ヶ月分か」
「たくさんあったほう、うれしいとおもって」
「(弟)も、きっと喜ぶよ」
「うへー……」
その前に面食らうと思うけど。
「でも、うまい棒とは言えそれだけの量だろ。買うといくらに──」
そこまで口にして、気付く。
うまい棒は、一本十円だ。
「……千五百円?」
「うとね、もっとやすかったよ。せんさんびゃくえんくらい」
「駄菓子って、採算取れてるのかな」
「わかんない……」
もっと商売っ気を出してもいいのではないか。
やおきんの経営状況を無駄に心配する俺たちなのだった。

747名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2020/12/17(木) 02:54:03 ID:e.//JBJU0
2020年12月3日(木)

「だ──ッ、しゃあ!」
両腕を頭上に掲げ、大きく伸びをする。
「終わったー!」
「しごと、おわったの?」
「ああ、終わった。今週の土日は潰さずに済んだ!」
「おつかれさま!」
「いえー」
「いえー」
うにゅほとハイタッチを交わす。
「だいぶ急いだから、体中がバキバキだよ……」
「まっさーじしましょう」
「お願いします」
「はーい」
仕事部屋から自室へ戻り、ベッドに倒れ込む。
「──…………」
「かた? せなか? こしにする?」
「……眠くなってきた」
「おつかれだもんね」
「仮眠取ろうかな」
「まっさーじ、しないどく?」
「うーん……」
それはそれで、もったいない気もする。
「じゃあ、勝負しよう」
「しょうぶ……」
「俺が思わずうとうとしちゃうようなマッサージをしたら、××の勝ち」
「いいよ」
うにゅほが自信満々に頷く。
「では、背中と腰をお願いします」
「はーい」
うつ伏せになって姿勢を整えると、うにゅほが俺の太股に腰を下ろした。
柔らかなおしりの感触が心地良い。
「うーしょ、と」
ぐい、ぐい。
体重の乗った両手が、俺の背中を揉みほぐす。
上手くなったものだ。
俺の意識は、あっと言う間に、涅槃へ導かれ──
「──◯◯?」
じゅる、とよだれを啜る。
「寝てた……?」
「ねてた」
「どのくらい寝てた?」
「じゅっぷんくらい」
「××の勝ちか」
「かった……」
「ありがとうな。すこしすっきりしたよ」
「うん」
うにゅほのふわふわマッサージ、相変わらずリラックス効果が半端ない。
不眠にも効果がありそうだ。

748名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2020/12/17(木) 02:59:55 ID:e.//JBJU0
2020年12月4日(金)

「首が痛い」
「くびが」
「寝違えたかなあ……」
首筋を撫でると、筋張っているのがわかる。
凝りに近いのだろうか。
「どこ?」
うにゅほが、俺の首筋に両手を添える。
「──…………」
その指先が、首筋を、優しく押していく。
「このへん?」
「なんかさ」
「?」
「××に首絞められてるみたい」
うにゅほが、呆れた顔をする。
「しめないよー……」
「そんな体勢じゃない?」
「たいせいは、そうだけど」
「ちょっと新鮮」
「しめてほしいの……?」
「いや、特に」
「だよね」
「そういう趣味はないなあ……」
「くびしめられたいひと、いないとおもう」
「……それが、そうでもないんだよ」
「えー……」
「人の性癖は奥深いからな。殴られたい人も、蹴られたい人も、けっこういるらしい」
「へんなの……」
「俺もそう思う」
海外には、ドラゴンが自動車とまぐわっている姿に興奮する人もいるくらいだ。
深淵が過ぎる。
「◯◯は、なぐられるの、いやだよね」
「当然だろ。痛いもん」
「いたいのに、なんで、すきなひといるんだろ……」
「痛いのが好きなんだよ、たぶん」
「へんなの……」
性癖ほど、自分に当て嵌まらない項目に対して、共感できないものもあるまい。
まあ、マゾヒストの気持ちなど、一生わからなくても困らないのだけれど。

749名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2020/12/17(木) 03:00:25 ID:e.//JBJU0
2020年12月5日(土)

生あくびひとつ噛み殺し、呟く。
「相変わらず、土日は眠いな……」
つい、船を漕いでしまう。
「こんしゅう、つかれたでしょ。しかたないよ」
「なんとか土日を勝ち取れたのはいいけど、寝てばかりじゃな」
「がんばらなかったら、ねるのもできなかったんだし……」
「それは、まあ、たしかに」
先週の土日は仕事に呑まれて消えた。
今週の土日も同じように潰れていたならば、実に十九連勤という立てたくもない記録を打ち立ててしまうところだった。
それでも、十二連勤であったことに変わりはないのだが。
「人間、眠りと休息は必要だな」
「そうだよ」
当たり前とばかりに、うにゅほが大きく頷く。
「ねないと、しぬ」
「実際、そうなんだよな。ちゃんと睡眠を取らないと、寿命が短くなるらしくて」
「でしょ」
「早死にする漫画家が多いのは、それが理由なんだってさ」
「たしかに、ねてないイメージある……」
「水木しげるが九十歳を越えて長生きしたのは、ちゃんと睡眠を取ったからだって、本人が漫画で描いてる」
「きたろうのひと?」
「鬼太郎の人」
「ながいきだったんだ」
「本人も妖怪だったのかもしれない」
「ありうる」
あり得るのか。
「◯◯、なんさいまでいきたい?」
「具体的な目標はないけど……」
「けど?」
「娯楽に飽きない限りは生き続けたいな。何もかもに飽きたら、死にたい」
「なるほど……」
「××は?」
「わたしは、◯◯とおなじくらいがいいなあ」
「……そっか」
少々重いが、それが愛しくもある。
うにゅほのためにも、まだまだ生きなければ。

750名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2020/12/17(木) 03:00:54 ID:e.//JBJU0
2020年12月6日(日)

うにゅほが、窓の外を眺めながら呟く。
「ねゆき、ならないねえ」
「このまま積もらないでいただけるとありがたいんだけど」
「つもるとおもう」
「積もるだろうなあ……」
雪の少ない年はあっても、積もらない年はない。
土地柄、仕方のないことだ。
「根雪って、例年通りだと、いつくらいなんだろうな」
「うーん……」
しばし思案し、
「じゅうにがつには、つもってるイメージ」
「わかる」
「ことし、おそいのかな」
「どうだろう……」
キーボードを叩く。
「──札幌だと、12月5日が平年並みなんだってさ」
「おもったよりおそいんだ」
「だいたい今日くらいなんだな」
「いがい」
「てことは、次に雪が降ったら根雪になりそうだ」
「いつふるかなあ」
スマホを手に取り、天気予報アプリを開く。
「明日と明後日、降るみたいだよ」
「ねゆき、なる?」
「水曜以降、最高気温が高めだから、解けるかも」
「とけるかー……」
「12日からは毎日雪らしいから、さすがに覚悟しないとな……」
「ねんぐのおさめどき」
「ちゃんと税金払ってるのに、別口で年貢も納めないとならないのか……」
「おさめても、ゆきはつもる」
「納め損じゃない?」
「そうかも……」
「じゃ、納めない!」
「おさめないと、どうなるの?」
「俺がやだやだ言い出す」
うにゅほが苦笑する。
「こどもみたい」
「外では言わないから大丈夫」
「そか」
外でも言ってたらおかしい人である。
年貢を納めようと納めまいと、雪は降るし、積もる。
覚悟だけはしておかねば。

751名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2020/12/17(木) 03:01:35 ID:e.//JBJU0
2020年12月7日(月)

夕刻、帰宅する。
「ただいまー」
「おかえり!」
「やー、寒い寒い……」
うにゅほの手を取る。
「てー、そんなにつめたくないね」
「自動車通勤だからな」
車内はそこまで寒くない。
車庫から家までの十メートルが寒いだけだ。
「──最近、気合いの入ったカップルを見掛けるんだよな」
うにゅほが小首をかしげる。
「きあいのはいったカップル?」
「家の前の公園でいちゃついてるんだよ。高校生カップルなんだけどさ」
「……このさむいのに?」
「この寒いのに」
「きあいはいってる」
「逢い引きする場所がないんだろうな……」
そう考えると、すこしばかり応援したくなる。
「かぜ、ひかないといいけど……」
「そこは自己責任かな」
「うん」
防寒着を脱ぎながら、自室へ戻る。
「ふー……」
パソコンチェアに腰掛け、一息つくと、
「うしょ」
うにゅほが俺の膝に腰掛けた。
「まだシャワー浴びてないんだけど……」
「うん」
「まあ、いいならいいけど」
うにゅほを抱き締め、チェアをぐるりと回す。
「めーまわるー」
「回れ回れ」
「やー!」
きゃっきゃと喜ぶうにゅほを逃がさないよう抱え込みながら、ふと思う。
「……俺たちのほうが、よほどいちゃいちゃしてるよな」
「そうかも」
誰も見てないし、誰にも迷惑かけてないし、構うまい。
これからも、思う存分いちゃつこう。

752名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2020/12/17(木) 03:02:02 ID:e.//JBJU0
2020年12月8日(火)

職場から帰宅し、首に引っ掛けていたイヤホンを外す。
「あっ」
カナル型イヤホンの右側の継ぎ目から先が、綺麗になくなっていた。
「壊れてる……」
「えっ」
「ほら」
うにゅほにイヤホンを見せる。
「ほんとだ……」
「べつに、いいっちゃいいんだけど」
「いいの?」
「だって、左側しか使わないし」
「あー」
徒歩での移動中も、仕事中も、左耳にしか装着しない。
周囲の音が聞こえなくなるからだ。
使用に際し問題はないのだが──
「……さすがにみっともないかな」
「ちょっと、うん……」
うにゅほが頷くのだから、相当だ。
「新しいイヤホン欲しいけど、ほんと、U字型ケーブルのがぜんぜん売ってなくてさ」
U字型ケーブルは、一般的なY字型ケーブルと比較して、右側のみが長い。
そのため、イヤホンを外した際に、首に引っ掛けることができるのだ。
「それ、まいかいいってる」
「需要少ないのかな。片耳だけに着ける人って多そうなのに」
「ね」
音質に差があるわけでなし、利点しかないように思うのだけど。
「そもそも、しらないとか」
「あるかも……」
存在が知られていなければ、売れるわけもない。
「良いもの、便利なものが、売れるとは限らないんだなあ……」
「そだねえ」
「重要なのはマーケティングってことか」
「せんでんしないのかな」
「Y字型を売ろうと、U字型を売ろうと、イヤホン全体の需要が変わるわけじゃないだろ」
「あー」
「Y字型を購入していた客層がU字型に鞍替えしても、収益はさして変わらない。資本を投入する価値がないんだと思う」
「むずかしいね……」
U字型ケーブルの復権は難しいにしろ、細々とは作り続けてほしいものだ。
絶滅だけはしませんように。

753名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2020/12/17(木) 03:02:26 ID:e.//JBJU0
2020年12月9日(水)

午前七時、起床し、服を着替える。
「ひー……」
朝の空気に晒された着替えが、ひんやりと全身を包む。
冬は、これがつらい。
ふと自室の扉が開き、うにゅほが顔を出す。
「あ、おはよー」
「おはよう」
「さむいねえ……」
「着替えが冷たくて、目が覚めちゃうよ」
「めがさめるぶんには……」
「そうだけども」
「でも、きがえつめたいの、いやだよね」
「わかるだろ」
「わかる」
「着てしまえば一瞬なんだけどさ」
「きがえ、あっためとく?」
「……それは、さすがに」
些細なことまでうにゅほに甘えすぎである。
俺は、うにゅほの子供ではないのだ。
「きにしなくていいのに……」
「参考までに、どうやって温めるんだ?」
「わたし、おきたら、ベッドにいれとく」
「なるほど」
木下藤吉郎ばりに懐で温めるのかと思いきや、大した手間ではなさそうだ。
前言を撤回する。
「じゃあ、頼もうかな」
「うん、わかった」
明日から、冷たい着替えとはおさらばだ。
「──でも、それだと、××は着替えが冷たいままだよな」
「ううん」
うにゅほが、首を横に振る。
「わたし、あしたのきがえ、ベッドのあしもとにいれてねてるから」
「頭いい……」
「うへー」
うにゅほの矮躯だと、着替えに触れずに眠れるので、シワにならずに済むのだろう。
俺にはできない裏技だ。
「きょうも、しごと、がんばってね」
「ああ」
つらい冬の朝も、その一言があれば頑張れる。
冬休みはすぐそこだ。
頑張ろう。

754名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2020/12/17(木) 03:02:51 ID:e.//JBJU0
2020年12月10日(木)

近所のペットサロンから、犬のカレンダーが届いた。
今年と同じシリーズだ。
「◯◯、◯◯。いちがつ、しばだよ」
「柴、可愛いよな」
「うん、かわいい」
数年前に亡くなった愛犬も、柴犬の血が入っていた。
柴犬にしては鼻が長かったけれど、そこがまた可愛らしかったものだ。
「にがつは、これ、トイプードルかな」
「プードルって言うとトイプードルのイメージあるけど、トイプードルって"小さなプードル"って意味なんだぞ」
「え、そなの?」
「本来のスタンダードプードルは、かなり大きい」
「どのくらい?」
「画像出すか」
キーボードを叩き、"スタンダードプードル"で画像検索を行う。
最初の写真で、赤ん坊がプードルにまたがっていた。
「でか!」
「でかいだろ」
「みため、トイプードルなのに……」
「俺も、初めてスタンダードプードルを見たときは、何かがバグったのかと思った」
「ちょっとわかる……」
あの見た目で大型犬なのだから恐れ入る。
「さんがつ、これ、なにいぬかな」
「うーん……」
耳が前に垂れていて、黒目がち。
どれも仔犬ばかりだから、大きさの判断はつかない。
「……わからん!」
「◯◯もわからないんだ」
「ヒントが少なすぎる……」
「しがつは、しば。ごがつは、ダックスフント。ろくがつは──」
「わからん……」
「しちがつ」
「七月はわかる。サモエドだ」
「こいぬではんべつするの、むずかしいね」
「大型犬も、小型犬も、子供のころは小さいからな……」
成犬であれば、もうすこしわかると思うけれど。
「いぬもいいけど、ねこのカレンダーも、ちょっとほしいね」
「わかる」
ペットを飼えればいいのだが、現在の環境だと難しい。
写真なり動画なりで我慢しよう。

755名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2020/12/17(木) 03:04:15 ID:e.//JBJU0
2020年12月11日(金)

うにゅほを膝に乗せながら金曜日の夜を優雅に楽しんでいると、ふとあることを思い出した。
「──そう言えば、今朝、カラスを見たんだよ」
「からす」
「家の前の電信柱で鳴いてたんだけどさ」
「うん」
「まるで、犬みたいな鳴き声だったんだよな」
「いぬ……?」
「犬」
「どんなかんじ?」
「カア、カア、……ワンッ! みたいな」
うにゅほが、くすりと笑う。
「ふふ、へんなの」
「××にも聞かせようと思って、慌ててiPhoneで撮影したんだけど、すぐ飛んでっちゃって……」
「ざんねん」
「いちおう見る?」
「みるみる」
iPhoneを操作し、動画を再生する。
電信柱の頂上で羽を休めるカラスが映し出される。
濡れ羽のカラスは幾度か小首をかしげると、あっと言う間に滑空して画面から消えてしまう。
カメラもいちおうカラスを追うが、捉えきれずに映像は途絶した。
「おわった」
「すぐ撮影してればなあ……」
「からすって、いぬのなきまねするのかな」
「どうだろう。でも、カラスは頭がいいからな」
「からすが、しゃどうのアルマジロ、つついてどかすどうがみたことある」
「ああ、轢かれるってわかってるから……」
「からす、やさしい」
「優しいカラスもいるんだな」
「うん」
「前、お爺さんを背後から襲ってるカラスを見たことあるけど」
「そのからすは、わるいからす」
「人間と同じで、カラスもいろいろか」
「いぬみたいななきごえの、へんなからすもいるし」
「まったくだ」
次に見掛けたら、迷わず撮影しよう。
被写体を逃すのは、思った以上に悔しい。

756名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2020/12/17(木) 03:04:39 ID:e.//JBJU0
2020年12月12日(土)

今日は土曜日。
眠りに眠り果てると、時刻は午後四時を回っていた。
「……すげえ寝た……」
「ねたね……」
「コロナで外出できないって言っても、さすがにもったいないぞ……」
「それは、うん」
「今からでも休日を取り戻そう」
「なにするの?」
「考えてない」
「かんがえてないの……」
「思いつきだもん」
「おもいつきかー」
「──…………」
「──……」
「──…………」
「?」
唐突に黙り込んだ俺を不思議に思ったのか、うにゅほが小首をかしげる。
「××」
「はい」
「俺がまた何か言い出したから、適当に調子を合わせておこうって思ってない?」
「おもって──」
数秒沈黙し、
「ない」
「思ってるだろこらー!」
「おもってない、おもってない」
「本当は?」
「……ちょっとだけ」
「やっぱり」
「ごめんなさい……」
決まりが悪そうに、うにゅほが頭を下げる。
「ああ、いや、怒ってるわけじゃなくて」
「……そなの?」
「むしろ、付き合ってくれて嬉しいよ。冷たくあしらわれるより、ずっといい」
「あしらったりしないよ」
「ありがとうな」
「うん」
「それはそれとして、このやろう!」
「やー!」
脇腹をくすぐると、うにゅほが笑いながら身をよじった。
「おこってないっていったのにー!」
「唐突にくすぐりたくなって」
「えー……」
「付き合ってくれる?」
「──…………」
しばし思案し、
「……いいよ?」
と、脇腹を守っていた両腕を上げた。
「こちょこちょこちょこちょこちょ!」
「いひゃ、ひ! うひひひひひ!」
許可を得たので、そのままうにゅほをくすぐり倒したのだった。
楽しい。

757名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2020/12/17(木) 03:05:06 ID:e.//JBJU0
2020年12月13日(日)

「──…………」
うと、うと。
マインクラフトの動画を見ながら船を漕ぐ。
「◯◯?」
「!」
はっと顔を上げ、
「寝てない、寝てない」
「ねてた」
「寝てた……」
うたた寝しているときに、それを指摘されると、咄嗟に否定してしまうのは何故だろう。
「くび、いたくなるよ……?」
「それは、うん」
「ちゃんとねたほう、いいとおもう」
「いや、寝るつもりはなかったんだ。ただ、整地するシーンが続いてたから」
「わかるけど」
「寝てばかりの休日も味気ないし……」
「それも、わかるけど」
外出すれば、眠気も抜ける。
だが、コロナ禍の中、わざわざ行くべき場所もない。
「目が冴えるようなこと、ないかな」
「たとえば?」
「たとえば、そう──」
そこまで言って、気付く。
「俺の質問に俺が答えてどうする!」
「あ、そか」
天然だったらしい。
「うんどう、とか」
「運動か……」
現在の俺は、ダイエット中かつ慢性的な運動不足である。
よって、限りなく正解に近い回答だ。
だが、
「ちょっと、めんどい」
「めんどいかー……」
「ごめんな」
休日は、本当に、動く気が起きない。
それが冬ともなれば尚更だ。
「じゃあ、いたいことする……?」
「痛いこと」
「ゆびのけー、ぬくとか」
「なるほど……」
うにゅほに右手を差し出す。
「しばらく抜いてみてくれるか」
「いいけど、いたいよ?」
「痛くないと、目が覚めないし」
「うん……」
停止していた動画を再生する。
ぷち、ぷち。
中指に痛みが走る。
そこそこ痛い。
おかげで、意識が飛ぶほどの眠気には襲われなかった。
「──これで、ぜんぶ」
ぷち。
「おわり!」
「手段と目的、入れ替わってない?」
「あ」
特段の意味もなく、指毛の処理が済んでしまった。
鬱陶しかったからちょうどいいや。

758名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2020/12/17(木) 03:05:35 ID:e.//JBJU0
2020年12月14日(月)

午前七時。
着替えを済ませ、窓の外を覗き込む。
「うおー……」
広がっていたのは、眩いばかりの銀世界。
冬が訪れていた。
「道理で寒いと思った」
だが、着替えが温かいため、朝のつらさはさほどない。
うにゅほのおかげである。※1
「××、冬が来てるぞ」
「ふゆ、ひとばんでくるね」
「毎年そんな感じだよな」
「うん」
「こんにちは雪道、さようならアスファルト」
「みち、すべるから、きーつけてね?」
「早めに出て、ゆっくり行くよ」
「そうしてね」
道民と言えど、即座に雪道に対応できるわけではない。
感覚を取り戻すための時間が必要だ。
「これ、ねゆきかな」
「根雪になるだろうな。今週雪だし」
「そか」
「嬉しい?」
「うれしいけど、◯◯、ゆききらいだから……」
「まあ、嫌いだけど」
うにゅほの喜びを邪魔したいわけではない。
「──でも、雪が降らない冬は、それはそれで味気ないかもな」
「うん」
「積もらないことなんてないんだし、嫌だ嫌だ言っても始まらないか」
「でしょ?」
うにゅほが安心したように微笑んだ。
だが、こうなると、俺の中の天邪鬼が疼き出す。
「まあ、言い繕っても、嫌いであることに変わりはないけどな」
「う」
「でも、雪景色は好きかな。風情があるだろ」
「でしょ」
「吹雪の雪道は勘弁してほしいけどな。前が見えないレベルのやつ」
「う」
「でも、冬の露天風呂とか気持ちいいよな」
「でしょー」
面白い。
だが、面白がってばかりもいられない。
「さ、身支度整えて、十分早く出よう」
「きーつけてね」
「はい」
早いところ、冬に慣れなければ。
てかてかの曲がり道には注意である。

※1 2020年12月9日(水)参照

759名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2020/12/17(木) 03:06:06 ID:e.//JBJU0
2020年12月15日(火)

出勤後、在宅の仕事をこなすため、一時帰宅したときのことだ。
「××、××」
「はーい?」
「空、すごいぞ」
「そら?」
うにゅほにコートを羽織らせて、外へと連れ出す。
「ほら」
「──……!」
うにゅほが絶句する。
当然だ。
西は快晴、晴れがましく明るい。
東は黒雲、夜のように暗い。
我が家が、その境目にあったのだから。
「こんなの、はじめてみた……」
「俺だってそうだよ」
「ひがしのほう、ゆきかな」
「死ぬほど降ってるだろうな……」
「うん……」
うにゅほが、きゅ、と俺の袖を掴む。
「ゆき、すきだけど、あのくもこっちきてほしくない……」
「わかる」
ごく普通の雪雲なのだろうけれど、晴朗な西側との差で、地獄のような黒さに見える。
「こっち、くるかなあ……」
「来ないと思うよ」
「ほんと?」
「西高東低。冬は、西から東に風が吹くから」
「よかったー……」
うにゅほが、ほっと胸を撫で下ろす。
「あ、でも──」
「?」
「昨夜、あの雲って、このあたりにあったのかな」
「そうなのかな」
「西から東だから、そのはず」
「でも、ゆうべ、ゆきふってないよ?」
「案外、ただ曇ってるだけなのかも」
「あんなにくろいのに……」
気象というのは面白いものだ。
写真の一枚も撮っておけばよかったと、日記を書く段になって思うのだった。

760名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2020/12/17(木) 03:07:01 ID:e.//JBJU0
以上、九年一ヶ月め 前半でした

引き続き、後半をお楽しみください

761名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/01/03(日) 03:15:02 ID:4n1I5RTA0
2020年12月16日(水)

午前七時。
目を覚まし、カーテンを開くと、大量の雪が降り積もっていた。
「うへえ……」
今季最初の雪かきを憂い、げんなりしていると、
「──あ、おはよー」
自室の扉を開き、うにゅほが顔を出した。
「おはよう」
「ゆき、すーごいふったよ」
「見た……」
気落ちした俺の顔を見て、うにゅほが微笑む。
「でも、おとうさん、ゆきかきしてくれたから」
「あ、そうなんだ」
心中で、ほっと胸を撫で下ろす。
「××も手伝ったのか?」
「わたし、おきたとき、もうゆきかきおわってた……」
「マジか」
うにゅほの起床時刻は午前六時。
十二分に早起きの範疇だと思うが、両親の起床時刻は、早い日であれば午前五時である。
「しばらく雪が続くみたいだから、明日から雪かき頑張ろうな……」
「うん、がんばる」
ふんす。
鼻息荒く、うにゅほが頷く。
「記録的な大雪って話も小耳に挟んだし……」
「そなの?」
「そうらしい。特に、本州の日本海側。一日で一メートルを超える積雪だってさ」
「わあ……」
「暖かいから大変だぞ、本州」
「ゆき、おもそう」
「本州行けば、たくさん雪かきできるぞ」
「そこまではもとめてない……」
「うん、知ってる」
うにゅほが求めているのは、ちょっとした達成感のあるエクササイズだ。
拷問じみた重労働ではない。
「いいかんじにふってほしい……」
「俺もそう思う」
だが、人の願いなど、自然の前ではあまりに無力。
降り積もる雪を黙々と掻き続けるより他にないのである。

762名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/01/03(日) 03:15:45 ID:4n1I5RTA0
2020年12月16日(水)

午前七時。
目を覚まし、カーテンを開くと、大量の雪が降り積もっていた。
「うへえ……」
今季最初の雪かきを憂い、げんなりしていると、
「──あ、おはよー」
自室の扉を開き、うにゅほが顔を出した。
「おはよう」
「ゆき、すーごいふったよ」
「見た……」
気落ちした俺の顔を見て、うにゅほが微笑む。
「でも、おとうさん、ゆきかきしてくれたから」
「あ、そうなんだ」
心中で、ほっと胸を撫で下ろす。
「××も手伝ったのか?」
「わたし、おきたとき、もうゆきかきおわってた……」
「マジか」
うにゅほの起床時刻は午前六時。
十二分に早起きの範疇だと思うが、両親の起床時刻は、早い日であれば午前五時である。
「しばらく雪が続くみたいだから、明日から雪かき頑張ろうな……」
「うん、がんばる」
ふんす。
鼻息荒く、うにゅほが頷く。
「記録的な大雪って話も小耳に挟んだし……」
「そなの?」
「そうらしい。特に、本州の日本海側。一日で一メートルを超える積雪だってさ」
「わあ……」
「暖かいから大変だぞ、本州」
「ゆき、おもそう」
「本州行けば、たくさん雪かきできるぞ」
「そこまではもとめてない……」
「うん、知ってる」
うにゅほが求めているのは、ちょっとした達成感のあるエクササイズだ。
拷問じみた重労働ではない。
「いいかんじにふってほしい……」
「俺もそう思う」
だが、人の願いなど、自然の前ではあまりに無力。
降り積もる雪を黙々と掻き続けるより他にないのである。

763名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/01/03(日) 03:17:20 ID:4n1I5RTA0
2020年12月17日(木)

俺は、柿の種があまり好きではない。
理由は特にない。
嫌いではないので食べろと言われれば食べるが、好んでは食べない程度だ。
だが、最近、柿の種の美味しい食べ方を発見してしまった。
「──ベビーチーズと一緒に食べるんだよ」
「ほー」
「チーズおかきってあるだろ。あれの、チーズ感さらに強いやつになる」
「たしかに、おいしそう」
「試してみる?」
「やるやる」
柿の種の小袋とベビーチーズをうにゅほに差し出す。
「かきのたね、くちにいれて、チーズたべたらいいの?」
「そうそう。口の中で混ぜる感じ」
「わかった」
うにゅほが、柿の種を頬張り、チーズをひとくち囓る。
ぼり、ぼり。
「あ、おいしい」
「だろ?」
「チーズおかきのあじする」
「この食べ方を見つけて、柿の種が好きになってさ」
うにゅほが、うんうんと頷く。
「わかる」
「あと、ベビーチーズってたくさん種類あるだろ」
「スモークとか、わさびとか」
「それで、味を変えられるところもいいよな」
「あきないね」
「柿の種って、自分で買わないお菓子筆頭だったのに、次コンビニ寄ったら買ってしまいそう」
「ピーナッツもいっしょにたべたら、もっとおいしいかな」
「美味しいぞ。チーズおかきって、たいていアーモンドも一緒になってるだろ。そんな感じになる」
「やってみる」
ぼり、ぼり。
「おいしい……」
「これは、柿の種業界に革命を起こせるかもな……」
「いける」
だが、調べてみたところ、柿の種をチーズクリームで包み込んだチーズ柿種という商品が既にあるらしい。
これまた美味しそうだから、見掛けたら買ってみよう。

764名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/01/03(日) 03:17:50 ID:4n1I5RTA0
2020年12月18日(金)

日記を書くため、キーボードに向かう。
内容に困って悩むこともあるが、今日に限っては何の問題もない。
書くべきことがあるからだ。
俺は、軽やかにタイピングを始め──
「──…………」
すぐにその指を止めた。
「××」
「はーい」
ジョジョの単行本を閉じ、うにゅほが顔を上げる。
「なにー?」
「俺、日記に何を書こうとしてたんだっけ……」
「しらない……」
そりゃそうだ。
「今日はこれを書こうって、ずっと思ってたはずなんだ」
「うん」
「一瞬前まで覚えてたんだけど……」
「わすれたの」
「忘れたの」
「……◯◯、つかれてない? だいじょぶ?」
「疲れてはいないと思う……」
普通に心配されてしまった。
「うーと……」
しばし思案し、うにゅほが口を開く。
「きょう、ずっとおもってたんだよね」
「うん」
「じゃあ、あさのできごと?」
「!」
なるほど、その通りだ。
「××、頭いいな!」
「うへー……」
「朝、何があったか。それを考えれば、自ずと書くべきことを思い出せるはずだ」
「あさ……」
「普段通り、七時に起きたよな」
「うん」
「顔洗って、歯を磨いて、着替えて、家を出た」
「うん」
「そのあいだに、何があったかだよ」
「あったっけ……?」
「うーん……」
この日記は、"うにゅほとの生活"だ。
基本的に、うにゅほと関わりのない内容は記さない。
朝の短い時間の中で、うにゅほと何かがあったはずなのだ。
十分ほど思考を巡らせていたが、
「──ダメだ、思い出せない」
「うん……」
「まあ、いいけど」
「いいの?」
「今のやり取りで、日記は書けるし」
「いいんだ……」
いささかすっきりとはしないものの、目的が果たせるのだから問題あるまい。
日記を長く続けるコツは、こだわり過ぎないことである。

765名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/01/03(日) 03:18:19 ID:4n1I5RTA0
2020年12月19日(土)

「──……寒い」
肌寒さを覚え、思わず独り言を口走る。
「寒くない?」
「さむいねえ……」
座椅子に腰掛けたうにゅほが、足の甲同士を擦り合わせる。
温湿度計を覗き込むと、19℃だった。
読者諸兄においては"暖かいじゃないか"と突っ込まれる方もおられるだろうが、北海道の家屋は保温性に優れている。
屋内に限れば、19℃でも肌寒い(と主張する人もいる)のだ。
「××、ストーブつけて」
「はーい」
ぴ。
運転ボタンを押してしばらくすると、ファンヒーターが稼働を始めた。
「ふひー……」
うにゅほは、裸足の爪先を熱風に浸してご満悦だ。
「あったかいな」
「あったかいねー……」
素晴らしきかな、文明社会。
だが、一時間後──
「──……暑い」
「あついねえ……」
座椅子に腰掛けたうにゅほが、身をよじって温風を避けている。
温湿度計を覗き込むと、26℃だった。
アイスが食べたくなる室温だ。
「××、ストーブ消して」
「はーい」
ぴ。
ファンヒーターが稼働を止める。
「まだあつい……」
「すぐに室温下がるだろ」
「そだね」
そして、一時間後──
「──……寒い」
「さむいねえ……」
以下、無限ループ。
適温を保ち続けることは、ファンヒーターには難しい。

766名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/01/03(日) 03:18:52 ID:4n1I5RTA0
2020年12月20日(日)

「◯◯、なんかきたよ」
「んー?」
うにゅほから、一枚の紙を受け取る。
「なんだこれ。チラシ?」
「◯◯のなまえ、かいてるよ」
「んー……」
よく読んでみる。
「同窓生の皆様へ。創立三十周年記念版名簿発行のお知らせ──」
同窓会名簿を作る、といった内容のようだった。
「どうでもいいな」
「どうでもいいの?」
「名簿を買えって言うのさ」
「ふうん……」
「同窓会が開かれても行く気ないし、シュレッダー行きだな」
「いいのかな……」
「いいんだよ、べつに。無闇に個人情報を漏らす必要はないし、他人の個人情報にも興味ないもの」
「そか」
納得行ったのか、うにゅほが頷く。
「こうこうって、どんなとこだったの?」
「あー……」
結局、通わなかったものな。
「一言で言い表すのは難しい」
「ふたことでは?」
「二言で言い表すのも難しい」
「そなんだ……」
「でも、漫画とかで、なんとなく雰囲気は掴めるだろ」
「まんがは、まんが」
「その通りですね……」
正論で返されてしまった。
「ただ、漫画もすべて嘘ではないからな。本当のことも混在はしてるよ」
「へえー」
うにゅほが、うんうんと頷く。
「じゃあ、はやべんとかしたの?」
「……いや、したことないし、してるやつ見たこともないな」
「こうばい、すごくこんでたり……」
「並ばなくても買えた」
「おくじょうは?」
「立入禁止」
「えー……」
うにゅほが不満げに口を尖らせる。
「××が、ちょうどフィクションの部分だけ綺麗に抜くから……」
「そんなこといわれても」
「じゃあ、高校のときの話でも、すこししてあげようか」
「うん!」
うにゅほを膝に乗せ、しばし思い出話に興じるのだった。
過去とはその程度の関わり方でいい。

767名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/01/03(日) 03:19:15 ID:4n1I5RTA0
2020年12月21日(月)

「あー……」
パソコンチェアの上で、ぼんやりしながらカレンダーを見やる。
「年末じゃん」
「ねんまつだよ」
「時が経つのは早いなあ……」
「うん」
チェアをぐるりと一周し、うにゅほに尋ねる。
「年末と言えば、××は何を思い出す?」
「がきのつかい」
「わかる」
「ことしも、いっしょにみようね」
「ああ」
「◯◯は、なにおもいだす?」
「んー……」
もう一周、ぐるりと回る。
「あるシーンを思い出すかな」
「あるシーン?」
「大したものじゃないんだけど……」
首を傾け、記憶を探る。
「××がいないから、十年以上前かな。世界遺産の番組を見ながら、母さんと話してるシーン」
「なにはなしたの?」
「覚えてない」
「おぼえてないの……」
「ただ、階下では、婆ちゃんが餅つき機で餅を作ってたことは覚えてる」
まだ、祖母が生きていたころの記憶だ。
「そして、俺は思うんだ」
「なんて?」
「"こんな光景、すぐに忘れてしまうんだろうな"──って」
「──…………」
「そんな、大したことのない記憶なんだけど、毎年思い出すんだ。不思議なもんだよ」
「なんか、いいはなしだね」
「そうか……?」
「わかんないけど、なんかいい」
「まあ、××がそう思ってくれたのなら、いいけど」
さして印象的でもないのに、ずっと覚えていることは少なくない。
共通点でもあるのだろうか。

768名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/01/03(日) 03:20:01 ID:4n1I5RTA0
2020年12月22日(火)

「クリスマスが今年もやってくる」
「うと……」
数秒思案し、うにゅほが口を開く。
「たのしかった、できごとを、けしさるように?」
「楽しかった出来事を消し去るのか……」
「あ、かなしかったできごと」
「そうそう」
「まちがった……」
誤魔化すように苦笑する。
「でも、そう聞こえるよな」
「きこえる」
「間違って覚えてる人、たくさんいそう」
「いそう……」
まあ、そんなことは、どうだっていいのだけれど。
「クリスマスイヴ、どうしようか」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「どうしようかって?」
「翌日も仕事だから、お酒飲めないなって」
「あー」
うにゅほが、うんうんと頷く。
「しかたない、しかたない」
「家族で過ごしたあと、今年も銀河鉄道の夜かな」
「うん」
クリスマスイヴの夜、ふたりで劇場版・銀河鉄道の夜のDVDを観賞する。
毎年の決まりごとだ。
「今年で、ちょうど十回目か」
「え、そんなになるの?」
「××がうちに来て、十回目のクリスマスだよ」
「そなんだ……」
「何か特別なことをしたかったけど、ちょっと間に合わなかった。ごめんな」
「──…………」
うにゅほが、はにかむように微笑む。
「まいにちがね、とくべつだよ」
「……うん」
毎日が、特別。
そうかもしれない。
同じ日は、二度と訪れないのだから。
「クリスマス、楽しみだな」
「たのしみ」
特別の、特別。
思い出に残る日にしたいと、心から願うのだった。

769名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/01/03(日) 03:21:59 ID:4n1I5RTA0
2020年12月23日(水)

夕刻、ダンボール箱を抱えて帰宅する。
「ただいま」
「おかえり!」
「帰りにお茶買ってきた」
2リットルのペットボトルが六本詰まったダンボール箱を玄関に置き、靴を揃える。
「おつかれさま。おちゃ、きれてたもんね」
「これで今年は持つかな」
「ゆっくりのめば……」
「……うーん」
持たない気がする。
「それにしても、いま危なかったよ。玄関先に氷が張っててさ」
「すべったの?」
「滑った」
「だいじょぶ? ころばなかった?」
「耐えた」
「よかったー……」
うにゅほが、ほっと胸を撫で下ろす。
「わたしも、きーつけるね」
「そうだな。氷は砕いておいたけど、いつまた滑るようになるかわからないから」
「げんかんさき、ななめなってるし……」
「うん……」
我が家の玄関先には、何故か角度がついている。
年に一度はスケートが可能なくらいツルツルになるのだが、そんな日は行きも帰りも転びかねないほどだ。
「薄く積もった雪の下に氷が張ってるケースがいちばん危ない」
うにゅほが、うんうんと頷く。
「わかる」
「雪だと思って油断してると、ステーンと行くからな……」
「なんどか、それで、ころんでる」
「気を付けような」
「うん……」
「俺も気を付ける。腰やりそうだし……」
「せっかく、よくなったのにね」
「本当だよ」
どんなに長く治療を重ねても、一度の転倒ですべて失いかねない。
それが腰痛だ。
冬のあいだは、油断は禁物。
足元に気を付けて日々を過ごさねば。

770名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/01/03(日) 03:22:57 ID:4n1I5RTA0
2020年12月24日(木)

今日は、クリスマスイヴ。
不二家のクリスマスケーキを皆で食べて、自室へ戻る。
「ぎんがてつどうのよる、みる?」
「見ようか」
本棚からDVDを取り出し、シーリングライトを消す。
「せっかくだし、アロマも焚こう」
「うん」
アロマランプを点けると、部屋がほのかに橙色に染まる。
「オイルはどうするかな……」
「うーん」
しばし思案し、
「よし、クラリセージとイランイランを二滴ずつにしてみよう」
「あ、よさそう」
「混ぜて遊べるの、いいよな」
「うん」
なんだかんだとアロマテラピーを楽しんでいる俺たちである。
うにゅほを膝に乗せ、DVDを再生する。
「今年は寝ずに最後まで見れるかな」
「ねないよ」
「そう言って、毎年途中で寝落ちするじゃん」
決して派手は映画ではないし、何より既に九回も観ているのだ。
眠くなるのも仕方ないと言える。
「ことしは、ねない」
「本当?」
「ことし、じゅっかいめだもん。きねんだもん」
「そっか」
口の端を上げ、うにゅほを抱き締める。
「まあ、頑張りたまえよ」
「がんばる」
そうして、本編が始まった。

二時間後──
「……ごめんなさい」
「半分くらいまでは頑張ったんだけどな」
「きねんなのに……」
「いいじゃん、べつに。俺は嬉しかったよ」
「うれしい?」
「今年も、××とクリスマスイヴを過ごせて」
「──…………」
「××は?」
「うれしい……」
「そっか。ならよかった」
「うん」
うにゅほが、微笑む。
これでいい。
この笑顔こそが、本当に見たいものなのだから。

771名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/01/03(日) 03:23:25 ID:4n1I5RTA0
2020年12月25日(金)

ストーブの裏から包みを取り出し、うにゅほに手渡す。
「××、メリークリスマス」
「わ、ありがと!」
「あんまり思いつかなくて、食べものになっちゃったけど……」
「あけていい?」
「いいよ」
うにゅほが、いそいそと包みを開く。
「わ、かわいい!」
出てきたのは、動物の顔が描かれたマカロンだ。
「たべにくいー……」
うにゅほが、嬉しそうに苦笑する。
「一口で行けば、可哀想じゃないよ」
「くち、そんなにおっきくないよ」
「そうかなあ……」
そうでもない気がする。
「ありがとう、◯◯。いっしょにたべようね」
「ああ」
うにゅほの頭を、ぽんと撫でる。
喜んでくれて、よかった。
「話変わるけど、うちの職場って小学校が近いんだよ」
「そなんだ」
「××、来たことないもんな」
「ない……」
来られても困るけど。
「さっき、駐車場から職場へ向かうとき、小学一、二年くらいの子たちとすれ違ったんだけどさ」
「うん」
「サンタさんがSwitchくれたって、お互いに自慢してた」
「かわいい」
「可愛いよな」
「うん、かわいい……」
「世のお父さんお母さんが、どうして子供にサンタクロースを信じさせるのか、すこしわかった気がしたよ」
「うん、わかるきーする」
俺の両親も、そんな気持ちでいたのだろうか。
うにゅほとマカロンを食べながら、そんなことを考えるのだった。

772名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/01/03(日) 03:23:53 ID:4n1I5RTA0
2020年12月26日(土)

うにゅほを膝に乗せ、YouTubeを開く。
視聴する動画は、最近お気に入りのシリーズ。
クソシミュレーターの実況プレイ動画だ。
Mining & Tunneling Simulatorのガバガバ物理演算を眺めていると、膝の上のうにゅほが呟いた。
「これ、たのしいのかなあ……」
「楽しくないと思うぞ」
「だよね……」
「見てるぶんには楽しいけど……」
クソゲーとは、プレイするものではなく、プレイする姿を肩越しに見るものだ。
プレイして面白ければ、そもそもクソゲーではないのだから。
「へんなゲーム、たくさんあるね」
「特に、シミュレーターは魔窟だしな。製品未満のがたくさんある」
「いいのかな……」
「良くはないけど、クソゲーと普通のゲームの境界線って曖昧だからな。クソゲーだけを駆逐することは難しいんだよ」
「ふうん……」
手を抜かず本気で取り組んだ結果面白くなかったものと、適当に作って売り逃げするものが、一緒くたになっているのが現状だ。
後者は、見ていてもつまらない。
「シミュレーターと言えば、バイクの免許を取るとき、自動車学校でプレイしたなあ」
懐かしい。
「がっこうで、ゲームするの?」
「厳密に言えばゲームとは違うんだろうけど、ひとつツッコミどころがあってさ」
「うん」
「バイクで右折するとき、車体はどちらへ傾く?」
「みぎにかたむくよね」
「正解。左方向への遠心力と釣り合うように、右に傾く」
「それがどうしたの?」
「では、車線変更のときはどうなると思う?」
「うと……」
しばし思案し、恐る恐る答える。
「あんまし、かたむかないかなあ……」
「正解。車線変更程度じゃ遠心力は大して発生しないから、傾いたら転んでしまう」
「うへー……」
正解したうにゅほが、嬉しそうに微笑む。
「では、横殴りの強い風が左から吹いている場合、車体はどちらへ傾くでしょう」
「──…………」
熟考し、答える。
「みぎへ、ちからがはたらいてるんだから、ひだりにかたむかないと、ころぶ……」
「大正解」
「やた!」
「でも、そのシミュレーター、左から風を受けたら右に傾いて、そのまま走るんだよ」
「え、だるま……?」
「違和感すごいぞ」
「へえー」
「まだ同じの使ってるのかな……」
さすがに更新したと思いたいが。
難しいことは承知で、もう一度だけあのシミュレーターをプレイしたいと思うのだった。

773名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/01/03(日) 03:24:21 ID:4n1I5RTA0
2020年12月27日(日)

「……なんか、iPhoneが誤動作する」
「こわれた?」
「どうだろう。イヤホン挿したときだけおかしくなるんだ」
「へんなの……」
「見てて」
「うん」
イヤホンを挿し込む。
すると、自動的に、音声コントロールの画面が表示された。
「な?」
「おかしいねえ」
「iPhoneの故障ではない気がする」
「そなの?」
「イヤホンを挿したときだけだから、こいつが悪さをしてるのかも」
イヤホンとiPhoneを繋ぐイヤホンジャックアダプタを指差す。
「××、iPhone貸して」
「うん」
うにゅほが自分のiPhoneを取り出す。
「はい」
うにゅほのiPhoneにイヤホンジャックアダプタを挿し込むと、
「あ!」
「出たな」
青い画面に"音声コントロール"の文字が表示された。
これで確定だ。
「やっぱ、原因はアダプタか。iPhoneの故障じゃなくてよかったよ」
「おかねかかるもんね」
「アダプタなら安いもんだしな」
「あだぷた、いくら?」
「千円くらい」
「おやすい」
「その代わり、わざとじゃないかってくらい壊れやすいけどな」
「……にこくらい、かっとく?」
「二個買っとくか」
予備がひとつくらいあってもいい。
「これ、おんがくきけるの?」
「画面を切り替えたら普通に使えるはず」
うにゅほが、音声コントロール画面を消して、音楽アプリを開く。
すると、サカナクションのセントレイが倍速で流れ出した。
「わ!」
動転したうにゅほが操作を重ねると、曲がどんどん加速していく。
「××!」
スマホを奪い取り、ホーム画面開いて、アプリを終了させる。
「びっくりした……」
「俺も」
「これも、あだぷたのせい?」
「たぶん……」
心臓に悪い壊れ方をする。
新しいイヤホンジャックアダプタが届くまで、iPhoneで音楽を聴くのはやめておこうと思った。

774名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/01/03(日) 03:25:08 ID:4n1I5RTA0
2020年12月28日(月)

近所のスーパーマーケットへ買い物に行った際、母校の中学校の前を通り掛かった。
「──あれ、まだ貼ってあるのか」
「?」
助手席のうにゅほが小首をかしげる。
「いま、中学校の前通ったろ」
「うん」
「玄関の柱に紙が貼ってあるの、見えなかった?」
「みてなかった……」
そりゃそうか。
「三本の柱にそれぞれ"創造"、"発見"、"前進"って貼ってあるんだよ」
「へえー」
「これ、俺が高校一年生のときから貼ってあるんだ。スローガンってやつだと思う」
「れきし、ながいね」
「でも、このスローガン、最初は一部違ったんだ」
「そなの?」
「ああ」
「どうちがったの」
「"前進"じゃなくて"再構築"だった」
「そうぞう、はっけん、さいこうちく」
「そう」
「さいこうちくのいみ、わかんないかもしれない……」
「だよな。何を構築し直すんだって話だ」
「でも、ごろいいね」
「だろ?」
「──……?」
俺の反応に違和感を覚えたのか、うにゅほの動きが一瞬止まる。
「このスローガン考えたの、俺なんだよ」
「えっ!」
「卒業間際に、なんの募集だったのかプリントに適当に書かされて、卒業後知らないうちに柱に貼ってあった」
「すごい」
「それから五年くらいは"再構築"のままだったんだけど、誰かが意味わかんないことに気付いたんだろうな。"前進"に変わってたよ」
「ごろ、いいのにね」
「語呂だけ良くてもなあ……」
「なんで、さいこうちくにしたの?」
「さあ……」
「わかんないの……」
「さすがに覚えてないよ。カッコいいとでも思ったんじゃない?」
「かっこいいとはおもう」
「意味はわからないけどな」
「うん……」
母校はいつまでこのスローガンを掲げ続けるのか、すこし楽しみな自分がいるのだった。

775名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/01/03(日) 03:25:36 ID:4n1I5RTA0
2020年12月29日(火)

「年末だなー……」
そう口にしながら、ごろんと寝転がる。
「おおそうじ、しないとね」
「──…………」
「おおそうじ、しないの?」
「しないとは言ってない」
「しよう」
「××さん」
「はい」
「今日は、12月29日です」
「はい」
「今日大掃除をしても、まだ二日あるじゃないですか」
「ありますね」
「二日分の汚れを残したまま年を越すのは、ほら。どうかと思うなあ」
「きょう、おおそうじして、おおみそか、ふつうのそうじする」
「──…………」
「──……」
目を逸らす。
「……大掃除は大晦日にするものだし」
「きょう、したくないって、ふつうにいえばいいのに……」
「今日は面倒くさいです」
「はい」
「大晦日は頑張るから……」
ごろんごろん。
「おつかれ?」
「日、月と休んで、今日は火曜日だろ。疲れは取れてると思うけど……」
「でも、だるそう」
「実際だるい。体も重いし」
「どしたのかな……」
「休み疲れ、とか」
「つかれるほどやすんでないきーする」
「俺も」
「おさけのんだ?」
「土曜日に飲んだけど……」
「……うーん?」
うにゅほが首をかしげる。
「かぜは? ねつある?」
小さな手のひらが、俺の額をまさぐる。
「どう?」
「ない、と、おもう」
「そっか」
「うーん……」
なんとなく、だるい。
よくあることだ。
だが、せっかくの連休である。
できれば元気に過ごしたいものだ。

776名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/01/03(日) 03:26:05 ID:4n1I5RTA0
2020年12月30日(水)

「──…………」
むくりと起床し、時計を見ると、午前十一時を回っていた。
腹をボリボリと掻きながら、自室の書斎側へと向かう。
「おふぁよう……」
「あ、おはよー」
うにゅほと挨拶を交わし、パソコンチェアに腰掛ける。
「なんか、面白い夢を見たな……」
「どんなゆめ?」
「二十八歳女教師の夢」
「にじゅうはっさい、おんなきょうし……」
「俺が二十八歳女教師になったのか、第三者視点だったのかは、いまいち曖昧なんだけどさ」
「うん」
「新任だった二十八歳女教師は、不良の問題行動をプリンで解決するんだ」
「プリンで」
「なんか、食わせて」
「プリンでかいしんするの?」
「無理矢理食わせて……」
「はー……」
うにゅほが、うんうんと頷く。
「おもしろいゆめだねえ」
「ここからも面白いぞ」
うにゅほのリアクションに気を良くし、続きを口にする。
「寝起きって、夢と現実がごっちゃになるときあるだろ」
「ある」
「夢から覚めた俺が真っ先にしたのは、財布を確認することだった。夢の中では十万円くらい入ってたから」
「◯◯、いつも、いちまんえんくらいだよね」
「そうそう。財布の中には一万円しか入ってなかったから、それが夢だとわかったんだ」
「へえー」
「──と、いう夢を見た」
「……??」
うにゅほが、大きく首をかしげる。
「夢から覚めてそれが夢だったと確認する夢を見たんだよ」
「ふくざつ……」
「入れ子構造になっていたわけだ」
「めいせきむ、とはちがうよね」
「明晰夢は、これが夢だと理解している夢だから、ちょっと違うな」
「すーごいへんなゆめ……」
「俺も、こんなの初めて見たかもしれない」
「わたしも、そういうのみたいなあ」
「面白い夢を見たら教えてくれな」
「うん」
夢の話は、わりと好きだ。
つげ義春の漫画を好んで読む程度には好きだ。
読者諸兄の中に夢の話が好きな方がいれば、"ねじ式"や"ヨシボーの犯罪"などを読んでみることをおすすめする。

777名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/01/03(日) 03:26:51 ID:4n1I5RTA0
2020年12月31日(木)

「ふー……」
大して汗はかいていないが、気分で額を拭う。
「──よし、大掃除終わり!」
「おつかれさま」
「いえー」
「いえー」
うにゅほとハイタッチを交わす。
「しかし、今年も本が増えたなあ……」
「ほんだな、おっきくつくってもらって、よかったね」
「そうだな」
大きいと言うより、壁一面が本棚だ。
数年前に数えたときは2,500冊ほどあったから、今は3,000冊近いだろう。
それでもまだまだ余裕があるのだから、リフォーム業者さまさまである。
「風呂入ってガキの使い見たら、2020年ももう終わりか」
「いろいろあったね……」
「コロナとかな」
「うん、ころなとか」
「──…………」
「──……」
「だいたいコロナで片付くな」
「うん……」
嫌な一年だ。
「来年こそは収束してくれればいいけど……」
難しいかもしれない。
その言葉は、胸に秘めておく。
「うーと、あと、しておくことないかな」
「今年中に?」
「うん」
「大掃除以外で?」
「うん」
「あったかな……」
「ないかな」
「今年しかできないこと。つまり、今日しかできないことだろ」
「うん」
「……2020年さようなら音頭?」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「忘れて」
「おんど?」
「聞かないで」
2020年最後の恥をかいた。
弟を交えた三人で、ガキの使いを見て大いに笑い、気が付くと年が明けていた。
「××、今年も朝まで頑張るのか?」
「はつひので?」
「そう」
「そこまでがんばらないけど、よふかししたいな」
「なら、日記書いたら遊ぼうか」
「うん!」
そんなわけで、背中に圧を感じながら、こうして日記を書いている。
あけましておめでとうございます。
2021年もよろしくお願い致します。

778名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/01/03(日) 03:28:46 ID:4n1I5RTA0
以上、九年一ヶ月め 後半でした

引き続き、うにゅほとの生活をお楽しみください

779名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/01/16(土) 17:41:15 ID:eZ1KSCqY0
2021年1月1日(金)

「あー……」
起床すると、午後三時を回っていた。
当然と言えば当然である。
初日の出を待って、午前八時に床に就いたのだから。
「あ、おはよー」
案の定、うにゅほは起きていた。
「おはよ。何時に起きた?」
「おひるくらい」
「睡眠時間、足りてるか。四時間くらいしか寝てないだろ」
うにゅほが苦笑する。
「ちょっとねむい……」
「眠いなら寝る」
「わ」
うにゅほの手を引き、寝室側へと取って返す。
「正月なんだから、だらだらしたっていいんだよ」
「お正月だもんね」
綺麗に整えられたうにゅほのベッドに近付き、掛け布団をめくる。
「あ」
「どうかした?」
「◯◯のベッドでねたいなって」
「いいけど……」
「やた」
うにゅほが嬉しそうに微笑む。
「臭いかもしれないぞ」
「だいじょぶ」
「枕カバー、変えたほうがいいかな」
「だいじょぶ」
軽く抵抗などしてみたが、うにゅほの意志は固いようだった。
仕方ない。
俺のいぎたなさを如実に表したかのような乱れに乱れたベッドを整える。
「寝ていいよ」
「うん」
うにゅほが、掛け布団と敷布団のあいだに身を滑らせる。
「あったかー……」
「そりゃ、数分前まで寝てたからな」
なるほど、得心が行った。
人肌の布団で快適に眠りたかったのだろう。
「寝られそう?」
「うん……」
既に、返事がとろんとしている。
「おやすみ」
「……おや、すみ」
ベッドから離れ、書斎側へと向かう。
三時間ほどたっぷりと睡眠をとったうにゅほだったが、今夜は無事眠ることができるのだろうか。
強靱な生活サイクルを持つとは言え、いささか心配である。

780名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/01/16(土) 17:41:44 ID:eZ1KSCqY0
2020年1月2日(土)

今日の昼食は蕎麦だった。
年越し蕎麦として用意したものだが、母親が出すのを忘れていたのだと言う。
「これじゃ年越した蕎麦だな」
と、ゆるいオチで本日の日記を終えようと思っていたのだが、それどころではなくなってしまった。
豪雪である。
「……これ、降り過ぎじゃないか?」
「うん……」
午後十時。
しんしんと降り積もる雪は、既に、五十センチ以上の層を成していた。
膝丈よりも高いとなれば、雪国の人間ならずとも、雪かきの大変さを想像できるだろう。
しかも、こんな日に限って、両親は外出してしまっている。
「──ゆきかき、しよう」
うにゅほが、決意を秘めた目をこちらへ向けた。
「そう、だな……」
気は進まない。
気は進まないが、朝までに一度は除雪しなければ、余計に面倒なことになる。
「……するか」
「うん」
防寒用のツナギを着込み、外へ出る。
「うわー……」
道が、なくなっていた。
雪が降り始めてから、まだ一台も車が通っていないのだろう。
せめて轍があれば道と認識できるのだが、それすらないことに心を折られかける。
「すごいねえ……」
「久々だな、この感じ」
「うん、ひさびさ」
何にせよ、除雪用具がなければ雪かきどころではない。
意を決し、玄関の外へと踏み出す。
ばふ、ばふ。
粉雪を掻き分けながら、家の横に立て掛けてあったジョンバを手に取った。
「××、これ使いな」
「うん」
「俺は──どうしようかな」
「ダンプ?」
「いや、俺もジョンバにする」
ジョンバは、幅の広い除雪用のシャベル。
スノーダンプとは、雪を押して運ぶことができる除雪用具だ。
「この様子じゃ、まともに雪かきしても終わらないよ」
「でも、しないと……」
「××、向こう見えるか」
「?」
家の前の公園、そのさらに向こうを指差す。
「オレンジ色の明かりが動いてるだろ」
「うん」
「あれ、除雪車。この豪雪だからな。お呼びが掛かったんだろ」
「おー」
「あれが家の前を通るから、雪は全部道に出しておけばいい。わざわざ捨てに行かなくても大丈夫だ」
「わかった!」
元気よく頷いたうにゅほと共に、豪雪へと立ち向かう。
本来、氷点下の環境における雪は、空気を含んで軽いものだ。
だが、ここまで積もれば関係ない。
雪は自重によって圧縮され、密度を増し、ジョンバを握る手に負荷を掛けていく。
家の前の雪をすべて道路に出し終えるころには、握力が半分ほどなくなっていた。
「はー……」
うにゅほが、家の外壁に寄り掛かる。
「つかれた……」
「右手、大丈夫か?」
「ぷるぷるする……」
「俺も」
顔を見合わせ、苦笑する。
達成感はあるが、もう二度とやりたくはない。
儚い願いであることを知りつつ、倦んだ瞳でいまだ降り続ける雪を眺めるのだった。

781名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/01/16(土) 17:42:13 ID:eZ1KSCqY0
2020年1月3日(日)

「あー……」
ごろんごろん。
「三が日が終わるゥー……」
「じかんたつの、はやいね」
「本当だよ」
年々、時が加速している。
体感時間で言うならば、二十歳が人生の折り返し地点だと聞いたことがある。
信じたくはないが、あながち的外れでもないのかもしれない。
「三が日が終われば、1月4日になる」
「うん」
「1月4日が終われば、1月5日になるだろ」
「うん」
「1月5日は仕事始めなんだよ……」
「ふゆやすみ、もうおわり?」
「終わり」
「え、みじかい……」
「短いよな。あと一週間くらいあってもバチは当たらないよな」
「それはながいきーするけど……」
「じゃあ、××だったら何日くれる?」
「うと、みっかくらい」
「1月7日まで冬休みが延長されるわけだ」
「うん」
「7日は木曜日、9日は土曜日だから、8日が休みになれば土日も巻き込める」
「あ、そか」
「さらに、11日は成人の日だ。四日くれたら一週間延びる」
「じゃあ、よっかあげる」
「ありがたき幸せ」
「──…………」
「──……」
「ほんとにあげられたらいいのにね」
「うん……」
想像上の休日をもらったところで、虚しさが募るばかりだ。
「仕方ない。前向きに考えよう」
「いいね」
「四日行けば、三日休み」
「おー」
「来週も、四日行けば二日休みだ」
「いちにちみじかいんだ」
「その通り。仕事始めにはちょうどいいだろ」
「すこし、らくだね」
「すこしだけな」
だが、楽なことは事実だ。
それだけをよすがに、仕事始めを乗り切ろう。

782名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/01/16(土) 17:42:38 ID:eZ1KSCqY0
2020年1月4日(月)

カレンダーを見る。
1月4日。
スマホで確認する。
1月4日。
タスクバーを凝視する。
1月4日。
「この日が来てしまったか……」
「あした、しごと?」
「うん……」
「ふゆやすみ、おわりかー……」
「終わってみれば短かった。入る前は永遠に続くような気がしていたのに」
「おおげさ」
12月27日から1月4日までの、九連休。
社会人としては十分な長さの冬休みだが、つい学生の頃と比較してしまう。
最後に学生をしていたのは十年以上前なのに、不思議だ。
「みんな、何してるかな……」
「みんな?」
「ほら、専門学校を病気で中退したことは話しただろ」
「わたし、くるまえ?」
「そう」
「うん、なんかいか」
「友達たくさんいて、毎日楽しかったからさ。みんな、今どこで何してるのかなって」
「れんらくさき、しらないの?」
「……知らない」
「しらないの……」
「いや、仲は良かったんだぞ。ただ、別れ方が悪かったからさ」
「ちゅうたい?」
「中退したやつと連絡取りにくいだろ。俺は病気でそれどころじゃなかったし……」
「きづいたら、えんどおくなっちゃったんだ」
「そんな感じ」
「すこしさみしいね」
「そうだな……」
もしかすると、人生で最も充実していた時期かもしれない。
「あえるとしたら、あう?」
「……どうかな。悩むけど、結局会わない気がする」
「そなんだ……」
「向こうは覚えていないかもしれないし、覚えていても話は弾まなそうだから」
それに、今は今で充実している。
過去に手を伸ばす必要は、必ずしもないのだ。
そんなことを、うにゅほの顔を見つめながら思うのだった。

783名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/01/16(土) 17:43:06 ID:eZ1KSCqY0
2020年1月5日(火)

帰宅し、玄関で靴を脱いでいると、うにゅほがぱたぱたと駆け下りてきた。
「おかえり!」
「ただいま」
「しごとはじめ、どうだった?」
「初日だしな。楽なもんだったよ」
「そか」
安心したように、うにゅほが微笑む。
「それと、こんなものもらったんだけど……」
「?」
うにゅほに左手を差し出す。
それは、直径20cmほどの大きなせんべいだった。
薄い包装に、
「ねむろめいか、オランダせんべい……」
と、書かれている。
「同僚が実家帰って、そのおみやげ」
「おいしそう」
「触ってみ」
「さわるの?」
うにゅほが、オランダせんべいに触れる。
ぐに。
「あ、やらかい!」
「柔らかいんだよ」
「なんか、うすいワッフルみたいだね」
「わかる」
表面に、ワッフル状の凹みがあるのだ。
「夕食前だけど、一枚食べてみようか」
「てーあらってね」
「はい」
しっかりと手洗いうがいを済ませ、オランダせんべいを一枚取り出す。
半分に分けようとして、
「──これ、思ったよりしっかりしてるぞ」
「そなの?」
「ワッフルだと甘く見たら、やられる」
「やられるの……」
せんべいをなんとか引き千切り、半分をうにゅほに渡す。
「いただきます」
「いただきます」
端を噛み切り、咀嚼する。
味は、美味しい。
かすかに今川焼きの風味が漂い、初めて食べるのに懐かしい味だ。
だが、
「あご、つかれる……」
「異様に丈夫だな、これ……」
「でも、おいしいね」
「だな」
根室銘菓、オランダせんべい。
悪くない。

784名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/01/16(土) 17:43:47 ID:eZ1KSCqY0
2020年1月6日(水)

冬休みが明けて、今日で二日目。
正月気分はすっかり抜けて、仕事の勘も取り戻しつつあるように思う。
たかだか九連休、されど九連休。
油断は禁物だ。
職場の同僚が追加でくれたオランダせんべいを噛み千切りながら、うにゅほに尋ねる。
「今日は何の日か、わかる?」
「いちがつむいか?」
「そう」
「うと……」
カレンダーに視線を向けたうにゅほが、ほとんど即答する。
「いろのひ!」
「正解!」
「ふふん」
うにゅほが胸を張る。
「さすがに簡単だったかな。そのままだし」
「うん、かんたん」
「ちなみに、1月6日には、いまいち納得の行かない語呂合わせの記念日が存在します」
「むりあるパターン?」
「いや、無理はない。単純でそのまま」
「いー、むー……、いろく、ひむー……」
うにゅほの思考が明後日の方向へと飛躍していく。
ネタばらしと行こう。
「実は、語呂合わせ自体は同じなんだよ」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「1月6日で、色。これは変わらない」
「ちょっと、いみが……」
気持ちはわかる。
「今日は、"い(1)ろ(6)"の語呂合わせで、カラーの日なんだってさ」
「──…………」
うにゅほが眉根を寄せる。
「いろのひと、カラーのひ、べつにあるの……?」
「うん」
「おなじひに?」
「うん」
「ちょっと……」
「言うまでもないが、11月16日は、いい色の日だぞ」
「──…………」
うにゅほが黙ってしまった。
読者諸兄は、軽々に記念日を増やさないように。

785名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/01/16(土) 17:44:24 ID:eZ1KSCqY0
2020年1月7日(木)

風呂から上がり、自室に戻ると、うにゅほがiPadに見入っていた。
「YouTube?」
「うん」
「最近ハマってるな」
「おもしろい」
「気になるな。どんな動画見てるんだ?」
「はい」
うにゅほが、イヤホンを片方外し、こちらへ差し出した。
イヤホンを受け取り、隣に腰を下ろす。
画面に映し出されていたのは、親の饅頭より見た饅頭たちの姿。
ゆっくり解説動画だった。
このジャンルをうにゅほに教えたのは俺だから、そのこと自体に驚きはない。
だが、
「──相対性理論について?」
「うん」
「おお……」
まさか、ガチの科学解説動画を見ているとは思わなかった。
「難しくない?」
「だいじょぶ、と、おもう」
「わからなかったら聞いてくれ。そのあたり、苦手じゃないから」
「◯◯、なんでもしってるもんね」
言い過ぎである。
「科学系の動画ばっか見てるのか?」
「いろいろみてるよ」
「たとえば?」
「くそげーのどうがとか」
「──…………」
確実に俺の影響を受けている。※1
「解説動画だと、ゆっくりとかボイロのほうが見やすいよな」
「うん」
「最近、VTuberの動画は追ってないのか?」
「みてるけど、すくなくなった……」
「そっか」
そのときそのときで見る動画の傾向が変わるのはよくあることだ。
時間が有限である以上、どうしても絞り込む必要は出てくる。
「つぎは、つきがなくなったらどうなるかのどうが、みるんだよ」
「面白そうだ。俺も一緒に見ていいか?」
「うん!」
そうして、しばしのあいだ、うにゅほと共にiPadに見入るのだった。

※1 2020年12月26日(土)参照

786名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/01/16(土) 17:45:06 ID:eZ1KSCqY0
2020年1月8日(金)

「はー……」
職場から一時帰宅し、愛車を車庫に納める。
本日、豪雪。
雪かきの途中で出勤したのだが、家の前はすっかり綺麗になっていた。
うにゅほと父親が頑張ってくれたのだろう。
「ただいまー」
玄関で靴を脱いでいると、
「──◯◯!」
うにゅほがリビングから慌てて顔を出した。
「よかった、しんぱいしてた……」
「ごめんな」
「うん」
連絡を忘れていた。
この豪雪で、普段より一時間弱も帰宅が遅れれば、心配にもなるだろう。
「職場でも、軽く雪かきしてたんだ」
「あー……」
「向こう、うちより積もってるよ」
「そんなに?」
「いつも通る中道があるだろ。トウモロコシ畑の」
「あ、わかる」
「途中で車が並んでたから、何事かと思ったらさ」
「うん」
「あまりの積雪でタイヤがスタックして動けなくなった車が一台……」
「わあ……」
「あれ、JAF呼ばないと無理だわ」
同情こそすれ、優先すべきは仕事である。
結局素通りして出勤したのだった。
「ゆき、ひどいね……」
「同僚から、遅刻するって連絡が入ってさ。雪で車が出せないんだって」
「……ちこくですむの?」
「頑張って雪かきするんだと思う」
「そか……」
「××は平気か? 疲れてない?」
「うん、だいじょぶ」
「ならよかった」
手洗いとうがいを済ませ、自室に戻る。
「……あのね」
「うん?」
うにゅほが、思い詰めた顔で言う。
「ゆき、ふってほしいって、おもわなかったらよかったね……」
「──…………」
思わず苦笑する。
「いいんだよ、思って。××が降らせたわけじゃないんだから」
「でも」
「三十分仮眠取るけど、一緒に寝るか?」
「……ねる」
寒いと余計なことを考えてしまうものだ。
そんなときは、暖かくして寝るに限る。

787名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/01/16(土) 17:45:35 ID:eZ1KSCqY0
2020年1月9日(土)

「寒い……」
すこぶる寒かった。
寒すぎて、ファンヒーターをつけても室温が一定以上にならないのだ。
冷気と熱とが拮抗しているらしい。
「××さん」
「はい」
「本日の最高気温は何℃でしょうか」
「……マイナス?」
「さて」
「──…………」
うにゅほが俺の顔を窺う。
「マイナスだ……」
何故わかる。
「マイナス、──さんど?」
「ファイナルアンサー?」
「マイナスにど?」
「……俺の反応見てる?」
「マイナスよんど」
「──…………」
「マイナスごど……」
「だから」
「あ、マイナスごどだ」
「──…………」
「マイナスごどでしょ」
今のやり取りのどこで確信したんだ。
「……俺、そんなにわかりやすいか?」
うにゅほが小首をかしげる。
「どうだろう……」
「ポーカーフェイスとは言わないまでも、そうそう顔に出る性格でもないと思うんだけど……」
「でも、うそついたらわかるよ」
「……そんなに?」
「うそね、わかりやすい」
「どんなふうに?」
「めーそらすし、へんじちょっとおそい」
「──…………」
ぐうの音も出なかった。
「気を付けないと……」
「きーつけなくていいよ?」
「そういうわけにもな」
気を付ける程度でどうにかなるものか、さっぱりわからないけれど。
ひとまず心に刻みつけておこう。

788名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/01/16(土) 17:46:15 ID:eZ1KSCqY0
2020年1月10日(日)

「──…………」
べ。
卓上鏡を覗き込みながら、舌を出す。
思った通りだ。
「どしたの?」
「口内炎」
「みして」
「はい」
うにゅほに向き直り、舌を突き出す。
「ほんとだ……」
つん。
「つつくな、つつくな」
「いたかった?」
「痛くはないけど……」
「こうないえんには、ビタミンびーつーだよね」
「よく覚えてたな」
「うへー」
「まあ、ビタミン剤切らしてるんだけど」
「かいいく?」
「めんどい……」
「なおり、おそくなるよ?」
「大して痛くもないしな」
「◯◯がいいならいいけど……」
「ドラッグストアには用事があるから、仕事の帰りにでも寄ってくるよ」
「なにかうの?」
「歯ブラシとか、いろいろ」
「わたしもいきたいな」
「──…………」
しばし思案する。
「なら、今行こうか」
「いいの?」
「仕事から帰ったあと、××を拾ってドラッグストア行くほうが手間だろ」
「そだけど……」
「ほら、準備して」
「うん」
"めんどい"の一言で済ませると、いつまでも何もやらない気がする。
そこまで見越しての発言ではないのだろうが、動くきっかけを作ってくれたうにゅほには感謝しなければなるまい。
購入してきたビタミン剤を飲み下し、
「──うん。これで、数日中には治るはず」
「ビタミン、すごいね」
「痛くなる前に意識できればいいんだけどな」
「うん……」
健康には気を遣いたいものである。

789名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/01/16(土) 17:46:49 ID:eZ1KSCqY0
2020年1月11日(月)

今日は祝日。
昼過ぎに起床、うにゅほと挨拶を交わし、眠い目を擦りながらPCへと向かう。
「……あれー?」
マウスカーソルが見当たらない。
ないはずはないのだが、ない。
思うに、理由はみっつ。
単純に目が霞んでいること。
4Kディスプレイにしてからマウスカーソルが小さくなってしまったこと。
そして、サブディスプレイと液晶タブレットのぶんだけ画面面積が広がっていることだ。
マウスを左上に動かし続けること十数秒、ようやくマウスカーソルが視界に現れた。
「はあ……」
俺の小さな溜め息を、うにゅほが見咎める。
「どしたの?」
「起きた直後って、よくマウスカーソルを見失うんだよ。それで」
「ふうん……」
うにゅほがディスプレイを覗き込む。
「たしかに、ちいちゃいもんね」
「不便だよな」
「おっきくできないの?」
「──!」
たしかに。
大きくすれば、万事解決だ。
どうして気が付かなかったのだろう。
「設定いじろう。たぶんできる」
「あ、できるんだ」
「ありがとう。その発想なかったわ」
「◯◯、なんでもわかるけど、たまにぬけてる……」
「……うん」
自覚はある。
Googleで方法を検索し、マウスカーソルの設定画面を開く。
「へえー、サイズだけじゃなくて色も変えられるんだ」
「いちばんおっきくしたら、どのくらいおっきくなるの?」
「やってみるか」
やってみた。
「でか!」
元の十倍以上にまでマウスカーソルが膨れ上がっていた。
「つかいにくそう……」
「実際、使いにくい」
カーソル自体は巨大なのに、判定は最小サイズと同じなのだ。
感覚が狂う。
「一段階大きくして、これで様子を見ようか」
「うん」
たかが一段階、されど一段階。
設定をいじったことで、マウスカーソルの存在感がぐっと増した。
これで寝起きにカーソルを見失うこともないだろう。
ないと思う。

790名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/01/16(土) 17:47:18 ID:eZ1KSCqY0
2020年1月12日(火)

今日は、俺の誕生日だ。
家族で行きつけのステーキハウスへと赴き、満足感と共に帰宅すると、うにゅほがベッドの下から包みを取り出した。
「一昨日届いたやつだな」
「ばれてる……」
苦笑し、俺に包みを差し出す。
「たんじょうび、おめでとね」
「ありがとうな」
包みを受け取り、開く。
そこには、幾本もの青い小瓶が並んでいた。
「──これ、アロマオイル?」
「うん」
うにゅほが頷き、小瓶を一本手に取る。
「どれいいかわかんないから、てあたりしだい」
「高かったんじゃないか?」
「そうでもないよ」
そうは言うものの、一万円前後の出費は間違いない。
「××、ありがとうな。新しいアロマオイル買おうと思ってたから、ちょうどよかった」
「うへー……」
「えーと、何があるかな」
小瓶の蓋を確認する。
「ゼラニウム、ローズマリー、パチュリ、マジョラムスイート──」
まだまだある。
ここまで揃うと蒐集欲が掻き立てられてしまうが、コンプリートにいくらかかるやら。
「ね、ね、かいでみよ」
「だな」
アロマオイルの蓋を開き、順に香っていく。
やはり、原液の匂いは癖が強い。
だが、一本だけ、そのままでも香りのよいオイルがあった。
「──これ、いい匂いだな。スイートオレンジ」
「あまいみかんのにおいする」
「わかる」
嗅ぎ慣れたもののほうが、良い香りであると感じやすいのだろうか。
「じゃ、アロマランプで熱してみるか」
「うん」
アロマテラピーの面白さは、調合にあると思っている。
アロマオイルをブレンドして、さらに良い香りを作り出すのだ。
うにゅほからのプレゼントのおかげで、組み合わせのパターンが爆発的に増えた。
しばらくは飽きずに済みそうである。

791名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/01/16(土) 17:47:49 ID:eZ1KSCqY0
2020年1月13日(水)

「──……?」
iPhoneのメモアプリを開き、首をかしげる。
「××」
「はーい?」
「また、謎メモが出てきた」
「なぞメモ」
「たぶん、寝起きに夢の内容をメモしたんだろうな……」
「たまにあるやつだ」
「興味ある?」
「みたいみたい」
うにゅほがiPhoneを覗き込む。
メモにはこう書かれていた。

"将棋の駒にマヨネーズ和えて食べる夢"
"格ゲーが強くなる"
"食べてない"

「な?」
「いみわかんない!」
うにゅほが、からからと笑う。
「そういう夢を見たのはわかるけど、メモした理由がわからん」
「おもしろかったのかな」
「面白かったんだろうな……」
目を覚ました今となっては、何が面白かったのか理解できないが。
「そう言えば、むかーし、夢日記を書いてた時期があってさ」
「ゲーム?」
「そっちではなく」
「うへー」
「そのせいか、今でも覚えてる夢があるよ」
「どんなゆめ?」
「欽ちゃんの仮装大賞ってあるだろ」
「あったきーする」
「父さんがあれの審査員をしてる夢なんだけどさ」
「うん」
「父さんが、なんらかの理由で不正をするんだ。つまらないのに満点をつけてしまう。それで、俺は罪悪感に苛まれるんだ」
「◯◯はふせいしてないのに……」
「で、それが何度も何度も永遠に繰り返される。そんな悪夢」
「……あくむなの?」
「めっちゃうなされて起きたから、悪夢は悪夢。内容は大したことなくても、無限ループって精神ガリガリ削られるからな」
「たしかに、いやかも……」
「悪夢にもいろんな種類があるから……」
「しょうぎのこま、たべるゆめとか?」
「……それ、悪夢だったのかなあ」
夢の内容どころかメモをした記憶すらないから、覚束ない。
まあ、ちょっと面白かったのでよしとしよう。

792名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/01/16(土) 17:48:18 ID:eZ1KSCqY0
2020年1月14日(木)

「カラオケ行ってないなあ……」
「ね」
「カラオケ行きたい」
「でも、ころなだし……」
「××、知ってるか」
「?」
「カラオケボックスでクラスターが発生した例は一件もないんだぞ」
「あれ……?」
うにゅほが小首をかしげる。
「あったきーする」
「それ、たぶん、カラオケ喫茶だな」
「ちがうの?」
「俺も詳しくはないけど、喫茶店がメインだよ。カラオケの設備とステージのある」
「ぜんぜんちがう……」
「この業態だと、そりゃ唾液も飛ぶわ」
「たしかに」
うにゅほが、うんうんと頷く。
「よーく考えてみたまえ」
「うん」
「カラオケボックスは部屋が区切られている。隣の部屋にコロナの人がいたとして、慌てて逃げる必要はあると思うか?」
「あっ」
絶対に安全とは言い切れないが、危険性はそう高くないはずだ。
「そりゃ、不特定多数と同じ部屋で騒げば危ないだろうけど……」
だが、それはカラオケに限るまい。
どこでも同じである。
「ヒトカラ、フタカラくらいまでなら、外出を伴う娯楽でこれほど安全なものもないんじゃないか」
「カラオケ、いく?」
「さすがに今日は無理かな」
夜だし。
「気が向けば、土日に行くかも。行かないかも」
「いかないかもなんだ」
「出不精になっちゃってるな……」
「いいことなんだけどね」
時流に合った気質ではあるが、一長一短ある。
未来の自分の気が向くことを祈ろう。

793名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/01/16(土) 17:48:43 ID:eZ1KSCqY0
2020年1月15日(金)

「いっしゅうかん、おつかれさま!」
「お、ありがとな」
うにゅほの頭を、ぽんと撫でる。
「がんばった◯◯に、いいものがあります」
「?」
「じゃーん」
うにゅほが差し出したのは、桃の缶チューハイだった。
「おおー!」
「さっき、おかあさんとかいものいったとき、かってきたの」
「気が利きますね」
「きんようびだから、のみたいとおもって」
「よくわかってらっしゃる」
「うへー……」
「一本だけ?」
「れいぞうこに、もいっぽんあるよ」
「二本か……」
少々物足りない気もしたが、思い直す。
「そのくらいが、ちょうどいいのかもしれないな」
「うん、そうおもって」
「ありがとう。風呂から上がったらいただくよ」
「うん」
再び頭を撫でると、うにゅほがくすぐったそうに微笑んだ。
夕食ののち、風呂に入って一週間の疲れを取り、自室へ戻る。
「さて、チューハイ飲もうかな」
「ひえてるよ」
うにゅほが手渡してくれた缶チューハイを、カシュッと開栓する。
ひとくち啜ると、桃の風味と微炭酸とが口の中を洗い流した。
「ふー……」
「おいしい?」
「美味しい」
「◯◯、ももすきだよね」
「桃の香りって、××っぽいんだよな。なんとなく」
「そかな」
うにゅほが、すんすんと、自分の手の甲を匂う。
「自分じゃわからないだろ」
「うん」
「ほら」
両腕を開く。
ぽす。
うにゅほが、何の疑問も躊躇もなく、身を預けてくれる。
首筋に鼻を押し当て、一呼吸。
「──うん、やっぱり桃っぽい」
「そなんだ……」
要は、桃が好きというより、うにゅほが好きなのである。
照れくさいので、そうそう口にはしないけれど。

794名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/01/16(土) 17:50:08 ID:eZ1KSCqY0
以上、九年二ヶ月め 前半でした

引き続き、後半をお楽しみください

795名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/02/01(月) 20:41:27 ID:oKH5hf4s0
2021年1月16日(土)

「ふー……」
風呂から上がり、濡れ髪をドライヤーで靡かせる。
「××、先入っていいってさ」
「はーい」
うにゅほが本から視線を上げ、
「──ち!」
と、俺の顔を指差した。
「血……」
心当たりがあった。
唇の右上に触れると、濡れた感触。
「……あー」
指先が赤く染まっていた。
「ち、どしたの……」
うにゅほが、折り畳んだティッシュを出血部位に当てる。
「いや、ヒゲ剃りに失敗して」
「◯◯、ひげそるの、へたっぴいだね」
「うん……」
否定できない。
「……半端に薄くて毎日剃る必要がないから、いつまで経っても上手くならないんだよなあ」
「おとうさんとか、(弟)とか、まいにちそってるもんね」
「一日剃らないと、とんでもないことになるらしい」
「とんでもないことに……」
「俺の場合、せいぜい週に一度だからな。経験値が違うよ」
「◯◯、でんどうのつかわないの?」
「あー」
「あれ、ちーでなそう」
「正直、俺程度のヒゲでそこまでする必要あるかって印象が強い」
ほとんどが産毛で、濃いヒゲがぽつぽつとまばらに生える程度なのだ。
「ほら、女性用のフェイスシェーバー使ってるじゃん。あれで事足りるから」
「あれも、けがしないよね」
「しないな」
「ぜんぶあれでそるの、だめなの?」
「ダメじゃないけど……」
「けど?」
「T字カミソリのほうが、深く剃れる気がして」
「ごさだとおもうよ」
「うん……」
ヒゲは、もう、全部フェイスシェーバーで剃ろうかな。
それでいい気がしてきたのだった。

796名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/02/01(月) 20:41:54 ID:oKH5hf4s0
2021年1月17日(日)

「──…………」
目を覚ます。
既に日が沈んでいた。
「あー……」
午前十時に起床し、昼食をとったあと、小一時間ほど昼寝をしようとしたらこのざまだ。
時既に遅しである。
「あ、おきた」
「……起きました」
「もすこししたら、ごはんだよ」
「うん」
食っちゃ寝にも程があるが、胃袋はたしかに空腹を訴えている。
因果なものだ。
「今週も、なーんもしないまま土日が終わっていくなあ……」
「◯◯、つかれてるもん。しかたないよ」
「仕方なかろうとなんだろうと、せっかくの可処分時間をすべて睡眠に費やすのは精神衛生上良くない」
「そか……」
「──……?」
ふと、うにゅほの語気が弱いことに気が付いた。
かすかに落胆の色がある。
しばし思案し、あることに思い至った。
「……カラオケ?」
「うん……」
うにゅほが、小さく頷く。
「そっか、カラオケ行くかもって話してたもんな。楽しみにしててくれたのか」
「……ちょっと」
恐らく、ちょっとではあるまい。
「起こしてくれたらよかったのに」
「いかないかもっていってたし……」
「そうだけど」
あれこれ言っても始まるまい。
「じゃあ、今度こそ約束しよう。今日はもう無理だけど、来週の土日、どっちかでカラオケに行く」
そう言って、小指を差し出す。
「うん、いく」
うにゅほが、俺の小指に自分の小指を絡ませる。
「約束だな」
「やくそく」
「寝てたら叩き起こしていいぞ」
「うん、おこすね」
寝てばかりの休日には、後悔が付きまとう。
来週こそは、充実した週末を過ごそうと思った。

797名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/02/01(月) 20:42:22 ID:oKH5hf4s0
2021年1月18日(月)

「──◯◯、◯◯」
うにゅほが俺の袖を引く。
「んー?」
「かえるのこはかえるって、あるでしょ」
「あるな」
「なんで、かえるなんだろ……」
「なんでって?」
「いぬのこはいぬ、とかのがいいきーする」
「あー。蛙の子はおたまじゃくしだからか」
「うん。なんでもいいのに、なんで、かえるにしたのかなって」
「うーん……」
顎を撫で、しばし思案する。
「わざわざ姿の変わる蛙を選んだのには、何かしらの意図があるんじゃないか」
「どんないと?」
「わからんけど」
「わからんの」
「よし、アカシックレコードとチャネリングを行おう」
Googleを開き、適当なワードで検索をかける。
「あー、なるほど……」
「なんて?」
「やっぱり意図はあったみたい」
「ふんふん」
「蛙の子はおたまじゃくし。一見、親とは違うように見えるだろ」
「みえる」
「でも、結局は蛙に育つ」
「うん」
「それと同じで、子供に才能があるように見えても、凡人の子は凡人にしか育たないってことを表してるんだってさ」
「なるほど……」
うにゅほが、うんうんと頷く。
「……しつれいなことばなのでは?」
「あんまり人に言っちゃダメだぞ」
「はーい」
昔の人も上手いことを言う。
思わず感心してしまうのだった。

798名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/02/01(月) 20:42:50 ID:oKH5hf4s0
2021年1月19日(火)

「××」
「はーい」
「すげーどうでもいい話していい?」
「どんなはなし?」
「夢の話」
「ゆめのはなし、わたしすきだよ」
「夢の話の中でも、かなりどうでもいい部類に入ると思う」
「ぎゃくにきになる」
「わかる」
「してして」
うにゅほが期待に目を輝かせる。
「大泉洋っているだろ」
「いる」
「大泉洋が改名して、大泉世界って名前になる夢を見た」
「それだけ?」
「それだけ」
「たしかに……」
ここまでどうでもいい話もそうはないだろう。
「どうでもいいと言えば、さっき、ニュースで珍しい苗字を見たよ」
「どんなの?」
スマホを取り出し、メモ帳アプリに"興梠"と入力する。
「こんなの」
「こう、ろ……?」
「惜しい」
「おころ」
「遠くなった」
「こう、……るぉ?」
「苦し紛れ感があるな……」
「こうさん」
「答えは、こうろぎです」
「……ろぎ?」
「ろぎ」
「ろぎってよむの?」
「単体では読まないんじゃないか。この組み合わせのときだけだと思う」
「へんなの……」
「そういう漢字なら、他にもいっぱいあるだろ」
「たとえば?」
「──…………」
「──……」
「パッとは思いつかないけど……」
「えー」
「でも、あるだろ。たぶん」
「ありそうだけど……」
そんな、どうでもいい会話を交わす俺たちだった。
なんでもないようなことが幸せだと、THE虎舞竜も言っている。

799名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/02/01(月) 20:43:15 ID:oKH5hf4s0
2021年1月20日(水)

iPadを新調した。
「ほら、××。12.9インチだぞ」
「おおー」
うにゅほが、まだ保護紙に包まれたiPad Proをしげしげと眺める。
「がめん、おっきいねえ……」
「YouTube、大画面で見られるな」
「うへー」
「持ってみ」
「いいの?」
「ダメなことないだろ」
「うん」
恐る恐る、うにゅほがiPadを手に取る。
「うすい!」
「たぶん、厚さは同じくらいじゃないか。大きいからそう感じるだけで」
「そかな」
うにゅほが旧iPadを手に取る。
「あ、わかった……」
「何が?」
「うすいの、カバーのぶん」
「あー」
なるほど、薄く感じて当然である。
「カバーしないでつかえたらな」
「使えないことはないけど」
「そなの?」
「基本、持ち歩かないんだし、持ち出すときだけカバー着ければいいだろ」
「あ、なるほど」
うんうんと頷き、
「でも、カバーないと、たてれないよ。わたしはいいけど……」
「そこは、iPadスタンドという便利なものがある」
「たてるやつ?」
「立てるやつ」
「いいかも」
「カバーとスタンド、注文しておくか。どれがいいか一緒に選ぼう」
「うん!」
カバーくらいは事前に買っておけばよかったと思いつつ、うにゅほと一緒にAmazonを覗く。
スタンドとカバー、ガラスフィルムも注文して、総計五千円強。
ガラスフィルムが届くまで、画面に傷がつかないように気を付けなければ。

800名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/02/01(月) 20:43:40 ID:oKH5hf4s0
2021年1月21日(木)

「──……あふ」
噛み殺しきれなかったあくびが、口の端から漏れる。
「ねむいかんじ?」
「ちょっとだけ」
「ねる?」
時計を確認する。
午後八時。
「いま寝ると、夜に眠れなくなるかも」
「◯◯、こっちむいて」
「ん」
座椅子に腰掛けたうにゅほへと向き直る。
「──…………」
「──……」
しばし見つめ合い、
「めー、とろんてしてる」
「マジか」
「ねむそうど、けっこうたかいよ」
「眠そう度……」
初めて聞く尺度だが、意味はよくわかる。
「ねなくてもいいから、じゅっぷんくらいめーとじたほういいとおもう」
「そっか」
うにゅほが言うのであれば、そのほうがいいのだろう。
こと俺の体調に関しては、俺自身よりうにゅほの判断のほうが信頼できる。
「俺って、眠気誤魔化すの苦手だからな……」
「そなの?」
「眠いとき、××はどうする?」
「ねる」
「それはそうだけど、眠気を覚ますために体を動かしたりするんじゃないか?」
「あ、やるやる」
「ほっぺた叩いたりとか」
「する」
「俺、そういうのあんまり効かないんだよな」
「かおあらったら、さっぱりしない?」
「軽い眠気なら飛ぶけど、本当に眠いときは階段で転んでスネを強打しても眠いままだった」
「いたそう……」
「痛いのは痛いんだけど、それ以上に眠くて」
「そしたらどうするの?」
「寝る……」
「じかんないときは?」
「無理して起きるけど、結局どこかで睡眠をとる必要がある。こないだヨドバシ行ったとき、途中のコンビニで仮眠したろ」※1
「あー」
「そういうこと」
眠気を取る最良の方法は、寝ることである。
栄養ドリンクやカフェインは、元気を先取りしているに過ぎない。
三十分ほど仮眠をとると、すこぶる目が冴えた。
信じるべきはうにゅほである。

※1 2020年11月19日(木)参照

801名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/02/01(月) 20:44:06 ID:oKH5hf4s0
2021年1月22日(金)

「あさね、すごいのみたの」
「すごいの?」
うにゅほが、新しいiPadをいじりながら口を開く。
「なんとかってみがあってね」
「実……?」
「なかにね、わたがはいってるんだよ」
「もしかして、夢の話?」
「ううん、テレビのはなし」
「実の中に綿……」
その説明で想起されるのは、まず綿花である。
四つに割れた実から白い綿が覗くさまを初めて見たときは、思わず目を疑ったものだ。
「でもね、けんさくしても、でないの」
「さっきから検索してたのか」
「うん」
「どれ、貸してみ」
「はい」
うにゅほからiPadを受け取る。
Googleの検索ボックスには、「実 わた ふわふわ」と入力されていた。
「……あれ?」
検索結果には、綿の実が表示されている。
「これは違うの?」
「これも、わただけど、みたの、これじゃなかったの」
「綿花以外にあるんだ、そういうの」
「◯◯、けんさくしてみて」
「わかった」
適当に、「綿花以外 繊維 実」と入力してみる。
「綿・麻以外の植物繊維。カポック、パイナップル繊維、ヤシ──」
「かぽっく!」
「カポック?」
「それ、かぽっく! わたしみたの、たぶんそれ!」
「なるほど……」
名前くらいは聞いたことがあるけれど、実が繊維になることは知らなかった。
改めて検索をかけると、細長い実の中からふわふわの繊維が溢れている画像がたくさん出てきた。
「これ、あさみたの。いっぽんのきで、さんじゅっちゃくもコートつくれるんだよ」
「随分採れるんだな」
「◯◯、すごいね。すぐでてきた」
「まあ、こんなもんよ」
褒められて悪い気はしない。
しかし、うにゅほも検索エンジンを活用し始めたか。
変なサイトに辿り着かないよう、気を払っておかねば。

802名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/02/01(月) 20:44:33 ID:oKH5hf4s0
2021年1月23日(土)

iPadスタンドとカバー、ガラスフィルムが届いた。
フィルムを適当に貼り、スタンドを検める。
「これ、どやってつかうの?」
うにゅほが小首をかしげた。
購入したiPadスタンドは、直径20cm程度の円形の金属板である。
「ほら、真ん中が開くようになってるだろ」
金属板の中央部を押し開き、デスクに置くと、いかにもスタンドらしい外見となった。
「もちはこび、べんりだね」
「持ち運ばないと思うけどな」
「あいぱっど、おいてみましょう」
「そうしましょう」
ガラスフィルムを貼ったばかりのiPadを、スタンドに立て掛ける。
「おー……」
「なんか、オシャレかも」
「うん、おもった」
二千円に届かない価格のわりに、悪くない。
iPadを操作し、YouTubeを開いてみる。
「おおー……」
うにゅほが、感嘆の息を吐く。
「いいね!」
「──…………」
「◯◯?」
たしかに、見目は良い。
だが、
「××、適当に操作してみて」
「うん……」
うにゅほが、iPadをタップする。
「……?」
そこで、俺と同じ違和感を覚えたのか、神妙な表情でこちらを見上げた。
「はしのほう、おすと、ゆれるね……」
そうなのだ。
以前使っていたiPadなら、さして気にならなかったろう。
だが、12.9インチの大画面は、このスタンドには大きすぎるらしい。
「どうしたもんかな……」
「カバー、つけてみる?」
「そうだな」
カバーを装着し、自立させ、iPadを操作する。
すこぶる快適だった。
「……せっかく買ったスタンドだけど、しゃーないか」
「そだね……」
薄型で場所を取らないのが不幸中の幸いだ。
何かに使えたりしないかな。

803名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/02/01(月) 20:45:11 ID:oKH5hf4s0
2021年1月24日(日)

「──……◯、……◯◯」
「ん……」
かすかな振動に目を開く。
うにゅほが、俺を、優しく揺すっていた。
「おきた?」
「──…………」
「……おきてない?」
上体を起こし、うにゅほの頭を撫でる。
「おはよう」
「うん、おはよ」
「いま何時?」
「にじ、ちょっとまえ」
「昼くらいに目覚ましセットしたはずなんだけど……」
「とめてたよ」
「止めてましたか」
日曜でよかった。
温かい布団を抜け出し、ベッドから下りる。
「なんか、トラックの前面にこっそり座って移動する夢見たよ」
「あぶない……」
「意外とバレなかった」
「ゆめだもんね」
「それにしても、××は起こし方が優しいよな」
「そかな」
「布団引き剥がすとか、蹴り飛ばすとか、それくらい乱暴に起こしてくれていいのに」
うにゅほが苦笑する。
「そこまではしないけど……」
「約束があるときくらい、そうしてくれよ。行くんだろ、カラオケ」
「……うん!」
いくら俺がちゃらんぽらんでも、うにゅほと交わした約束くらいは覚えている。※1
俺は、手早く着替えると、うにゅほと共に外へ出た。
「──さっむ!」
「きょう、ひえるねえ……」
手を擦り合わせながら、愛車のコンテカスタムで行きつけのカラオケボックスへ向かう。
だが、
「──申し訳ありません、ただいま満室となっておりまして」
二時間待ちと言われてしまえば、退散するより他にない。
「どうしよう……」
「他のカラオケボックス行ってみよう」
「うん」
二軒目のカラオケボックスは、三十分待ちだった。
「しゃーない、待つか」
「いいの?」
「空いてるかどうかもわからない別の店を探すより、待つほうが確実だろ」
「そうかも……」
運が良かったのだろう、順番は二十分ほどで回ってきた。
二時間たっぷり歌いきったためか、久し振りに充実した気分で日曜を終えることができた。
健康のためにも、たまには大声を出すべきなのかもしれない。

※1 2021年1月17日(日)参照

804名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/02/01(月) 20:45:43 ID:oKH5hf4s0
2021年1月25日(月)

「とちぎのいちごの日、らしい」
「とちぎのいちごのひ……」
うにゅほが小首をかしげる。
「じゅうがつじゅうごにち、じゃなくて?」
「10月15日じゃなくて」
「きょう、にじゅうごにちだよね……」
「そうだな」
「いちと、ごーのあいだに、にーあるけど、いちごのひなんだ」
「そうなるな」
「むりあるパターン?」
「無理あるパターンとまでは言わないけど、記念日を作るって目的が先行して理由は後付けって感じがすごくする」
「どんなの?」
「"と(10)ちぎのいちご(15)"で、10+15=25。だから、いちごの流通量の多い1月から3月の25日をそれぞれ記念日にしたらしい」
「なんか、むりにおさめたかんじする……」
「最初の案では10月15日だったけど、10月はいちごの旬じゃないって上に突っぱねられて、なんとか数字をこね回した結果こうなりましたって感じあるよな」
「わかる」
「大変だな……」
「うん……」
架空のJA栃木職員に同情しつつ、記念日のサイトを閉じる。
「××は、いちご好きなんだっけ?」
「すきだよ」
「果物でいちばん好きなのは?」
「うーと……」
しばし思案し、
「ぱいなっぷる、かなあ……」
「メロンは?」
「メロン、すき」
「桃」
「もも、すきだよ」
「リンゴ」
「りんごもすき」
「果物全般好きなんだな」
「◯◯、くだものたべない……」
「好んでは食べないな。食べられないわけではないけど」
「いちご、おいしいよ」
「いちご、すっぱいじゃん」
「あまずっぱい」
「ショートケーキに乗ってるいちごは、生クリームのおかげで酸味しか感じられないだろ」
「それは、そうかも」
「甘いものが欲しくてケーキ食べてるのに、すっぱいもの食べさせられたくない」
「そういうかんじだったんだ……」
「だから、ショートケーキのいちごは××にあげます」
「うれしいけど」
そう言って、うにゅほが苦笑する。
「──…………」
その母性的な表情に、なんだか、わがままを言う子供みたいな気分になるのだった。

805名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/02/01(月) 20:46:07 ID:oKH5hf4s0
2021年1月26日(火)

「──あれ?」
座椅子に腰掛けiPadをいじっていたうにゅほが、小さく声を上げた。
「◯◯、テレビみれない……」
「マジで」
通常、iPadでテレビを見ることはできない。
しかし、我が家では、Xit AirBoxというチューナーを無線LANルーターに噛ませることで、Wi-Fiの届く限りPCやタブレットでもテレビ番組を鑑賞することができる。
「待って、試してみる」
「うん」
自分のiPhoneを手に取り、Xitのアプリを起動する。
「……チューナーとの接続に失敗しました」
「わたしも、それでた」
「電源ケーブル挿し直してみるか」
箪笥の上に鎮座ましましているルーター類の中からXit AirBoxを探し出し、電源ケーブルを抜き挿しする。
だが、状況は変わらなかった。
「……壊れたかな」
「こわれた……」
「××、最後にiPadでテレビを見たのはいつ?」
うにゅほが、小さく首を横に振る。
「わかんない」
「あんま見てないのか」
「うん……」
「実際、俺も、たぶん半年は見てないな……」
「わたしも、それくらいかも」
「でも、今はテレビ見たかったんだよな。アプリ起動したんだし」
「まちがっておした」
「──…………」
気付いてしまった。
チューナーが壊れても、まったく困らない。
「……ま、いいか。そのうち勝手に直るかもしれないし」
そう呟き、PCの前へ戻る。
「なおるの……?」
「理由なく壊れたときって、理由なく元に戻ることもたまにあるから」
「そなんだ」
というわけで、しばらく様子を見ることにした。
どうしても見たければリビングに行けばいいし、困ることは少ないだろう。
せっかく買ったのに、少々もったいない気もするが。

806名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/02/01(月) 20:46:32 ID:oKH5hf4s0
2021年1月27日(水)

職場から帰宅し、部屋着に着替える。
「いやー、道ヤバかったわ。つるっつる」
「おひる、あめふってたもんね」
「そうそう。それが凍って、未整備のスケートリンクみたいになってたよ」
「ころばなかった?」
「転びそうにはなった。二回くらい」
「あぶない……」
「さっさと雪解けしてくれりゃいいんだけど」
「まだいちがつだよ」
「二月がまるまる残ってるな……」
これからさらに積もる可能性も否定できない。
「気が付いたら三月になってたりしないかしら」
「えー」
うにゅほが不満そうに口を尖らせる。
「そうだな。バレンタインがあるもんな」
「せつぶんもあるよ」
「節分はわりとどうでもいい……」
「えほうまきは?」
「あれば食うけど」
「じゃあ、あれは?」
「あれ?」
「にがつの──」
言い掛けて、うにゅほが口をつぐむ。
「あ、ちがう。ごめん、ちがった」
「……?」
「きにしないで」
うにゅほが苦笑してみせる。
「そっか」
「うん」
「ひな祭りは三月だぞ」
「ちがくて」
「ホワイトデーじゃないよな……」
「もー、きにしないで!」
「ごめんごめん」
結局、うにゅほが何を勘違いしたのか、追求することはできなかった。
読者諸兄がもやもやしたとすれば、それは俺からのお裾分けである。

807名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/02/01(月) 20:46:56 ID:oKH5hf4s0
2021年1月28日(木)

「最近、悩みがあるんだよね……」
「なやみ」
神妙な顔をして、うにゅほが俺へと向き直る。
「どんななやみ?」
「大したことではないんだけどさ」
「うん」
「職場で、めッちゃ眼鏡が曇る……」
「あー」
うにゅほが、うんうんと頷く。
「めがね、たいへんだね」
「マスクのせいで、呼気が真上に漏れてくるんだよな……」
「でも、ますくしないと、ころななるし……」
「先生、どうしたらいいでしょう」
「うと」
しばし思案し、うにゅほが答える。
「……めがねくもらないますく、ありそう?」
「たしかに」
いかにもありそうだ。
「ドラッグストアで探すか、いっそのことネットで注文してもいいな」
「どんなのあるか、しらべてみる?」
「調べてみようか」
キーボードを叩き、適当に検索をかける。
「──へえー、マスクだけじゃなくて、簡単な対策法なんかもあるんだ」
「どんなの?」
「鼻のところにティッシュを挟む、とか」
「あたまいい……」
「着け外しのときに面倒だから、俺はやらないけど」
ずっと着けっぱなしであれば、一考の余地はあった。
「あと、眼鏡側からの解決法もあるぞ」
「めがねがわから……?」
「曇り止めスプレー」
「あ、なるほど」
「そもそも眼鏡が曇らなければ、マスクとか関係ないからな」
「それいいね」
「でも、曇り止めスプレーってなんか抵抗あるんだよな」
「そなの?」
「眼鏡掛けてる人にしかわからない感覚だろうけど、眼鏡に対して手入れ以外の余計な行為をしたくないんだよ」
「……?」
うにゅほが小首をかしげる。
やはり理解しがたい感覚のようだ。
「ひとまずマスクを買って様子を見ようか。ダメそうなら曇り止めを買えばいいし」
「うん」
「相談に乗ってくれて、ありがとうな」
「うへー……」
照れくさそうに微笑むうにゅほと雑談を交わしながら、眼鏡の曇りにくいマスクを注文した。
効果があればいいのだが。

808名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/02/01(月) 20:47:28 ID:oKH5hf4s0
2021年1月29日(金)

「ちゅーなー、こわれてない、かも」
「えっ」
うにゅほの言葉に、目を見張る。
「テレビ見れた?」
「みれた、のかなあ……」
自分のiPhoneでXitのアプリを起動する。
「……チューナーとの接続に失敗しました」
「うーとね」
小首をかしげながら、うにゅほが言葉を探す。
「おとうさんのあいぱっどで、アプリきどうしてみたの」
「ほう」
それは試していなかった。
「そしたら、ちがうがめんがでたの」
「どんな画面だった?」
「ちゃんねんすきゃん、だっけ……」
「なるほど」
思案する。
父親のiPadは、チューナーと接続できている可能性がある。
であれば、今回の不調は、チューナーの異常ではなく端末側の問題なのかもしれない。
「……アプリ入れ直してみるか」
「なおる?」
「わからない。やるだけやってみる」
iPadからXitのアプリを削除し、App Storeから改めてインストールする。
「行くぞ」
「うん」
うにゅほがiPadを覗き込むのを確認して、アプリを起動する。
すると、数日前にさんざ見慣れた警告文ではなく、初期設定画面が表示された。
「あ、なんかみれそう!」
「そういうことか……」
「わかったの?」
「ほら、前のiPadのデータ引き継いだろ」
「うん」
「だから、アプリの初期設定がすっ飛ばされて、どのチューナーに接続するかをiPadが認識してなかったんだよ」
「わかった、ような……?」
「iPhoneも同じ。アプリを入れ直して初期設定をすれば見れるようになるはず」
「◯◯、すごい」
「いや、今回は××のお手柄だ。××が端末側の問題だって教えてくれたから、気付けたんだ」
「そかな……」
「ありがとうな、××」
「……うへー」
買い直しも視野に入れていたので、本当にありがたい。
見る見ないではなく、常に見られる状態にあることで得られる満足も、確かにあるのだ。

809名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/02/01(月) 20:47:54 ID:oKH5hf4s0
2021年1月30日(土)

寒くなったらファンヒーターをつけ、暑くなったらファンヒーターを消す。
このサイクルを、およそ二時間周期で繰り返す。
「……なんか、これはこれで体に悪そうじゃない? 自律神経とか」
「うん……」
「寒暖差疲労、というものがある」
「かんだんさひろう」
「気温の差って、体にとってはストレスなんだ。気温差が大きかったり、短時間に何度も切り替わると、体に疲労が溜まる」
「あ、ふゆ、つかれやすいのって」
「たぶん、それだな。暑くなったり、寒くなったり、俺たちの部屋はあまりに忙しないから」
「なるほどー……」
「俺が冬場眠い理由の一端も、そこにある気がする」
「きおん、いっていにできたらいいのにね」
「夏場はエアコンでどうにかなるけど、冬場はどうしてもな」
自室のエアコンでは力不足だし、そもそも室外機が雪に埋もれてしまっている。
かなり大掛かりな改修が必要になるだろう。
「あ、いいことかんがえた」
「ほう」
「あつくなったらぬいで、さむくなったらきるの」
「あー」
思わず感心する。
たしかに、その方法なら、体感温度を一定に近い状態に保つことができる。
「頭いいな、××」
「うへー」
少々面倒だが、半纏の脱ぎ着程度ならさほど煩雑でもない。
「ところで、人間は恒温動物です」
「はい」
「常に一定の体温を維持します」
「はい」
「××の案と、××の体温。両方揃えば寒暖差疲労はなくなるかも」
「はーい」
うにゅほが、俺の膝に腰を下ろす。
「あいぱっどで、ゆーちゅーぶみよ」
「見よう見よう」
うにゅほをギュウと抱き締めて、一緒にiPadを眺める。
慢性的な疲労感が、少しでも緩和してくれれば良いのだけれど。

810名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/02/01(月) 20:48:16 ID:oKH5hf4s0
2021年1月31日(日)

「◯◯、ますくとどいたよー」
「お」
ダンボール箱を開くと、五枚入りの袋が五つ。
これだけあれば、しばらく持つだろう。
「めがねくもらないますく、どんなますくなんだろうね」
「開けてみよう」
「うん」
袋を開き、マスクを一枚取り出す。
ひだのあるプリーツタイプのマスクで、形状としては普段使っているものと大差ない。
だが、
「××、見てみ」
「?」
「鼻のところにスポンジがついてる」
「ほんとだ!」
鼻梁の形に凹みのあるスポンジが、マスクの上部に貼り付けられていた。
「なるほど、これで呼気を遮断するのか」
「あたまいいねえ……」
「シンプルに原因を潰してきた感じだな」
プリーツを広げ、マスクを装着してみる。
「しんこきゅうしてみて」
「ああ」
息を吸い、息を吐く。
「──…………」
息を吸い、息を吐く。
「──……」
うにゅほと顔を見合わせる。
「……眼鏡、一瞬曇るな」
「うん……」
そう、曇るのだ。
考えてみれば、スポンジは空気を通すじゃないか。
「このマスク、大丈夫かな……」
「だめかも……」
一気に信頼が地に落ちた。
「ひとまず、明日使ってみるよ。いつものマスクより曇りにくいかもしれないし」
「うん……」
普段使っている中国製のマスクより上等な品とは言え、五袋も買ってしまったことに軽い後悔を覚える。
頼むぞ、新しいマスク。
すこしはマシであってくれ。

811名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/02/01(月) 20:48:58 ID:oKH5hf4s0
以上、九年二ヶ月め 後半でした

引き続き、うにゅほとの生活をお楽しみください

812名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/02/16(火) 20:00:28 ID:Z/Zw0wmM0
2021年2月1日(月)

職場から一時帰宅し、作務衣に着替える。
「そだ。ますく、どうだった?」
「マスクなー……」
「──…………」
俺の反応から、うにゅほは何かを読み取ったらしい。
「……めがね、くもった?」
「曇った」
「そか……」
「曇りが取れるのが早かった気もするけど、正直誤差レベルかな」
「ざんねんだね」
「まあ、買ったからには使うけど……」
普段使いにしていた中国製のマスクと比べれば、生地も縫製もしっかりしている。
買って損とまでは言わないが、ひどくがっかりしたことは確かだ。
「やっぱ、曇り止めかなあ……」
「でも、やなんだよね」
「ちょっとな」
眼鏡のレンズに余計な手を加えるのは、少々抵抗がある。
眼鏡ユーザーであれば共感してくれる方も多いのではないだろうか。
「でも、わりと手軽なグッズもあるらしくて」
「どんなの?」
「曇り止め成分を染み込ませた眼鏡拭きとか。拭くだけでいいらしい」
「あ、かんたん」
「これなら、そこまで忌避感もないかな」
「かう?」
「マスクがダメだったし、買ってみるか」
「いくらする? おたかい?」
「えーと──」
PCのスリープ状態を解除し、検索する。
「あ、千円くらいであるわ」
「おやすい」
「よし、試してみよう」
「とどくまで、がんばってね……」
「うん……」
今度こそ、期待外れな結果になりませんように。

813名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/02/16(火) 20:00:56 ID:Z/Zw0wmM0
2021年2月2日(火)

「せつぶんだよー」
「え?」
iPhoneで日付を確認する。
「今日、2日だけど……」
「ことし、せつぶん、ふつかなんだよ」
「そうなんだ」
「ひゃくにじゅうよねんぶり、なんだって」
「へえー」
そんなこともあるのだなあ。
「では、こちらも節分豆知識をひとつ」
「あ、まめだけに」
「──…………」
そういうつもりではなかったのだが。
軽く咳払いをして、
「苗字が渡辺、あるいは坂田の人は、豆を撒かなくてもいいらしい」
「え、どうして?」
「××は、酒呑童子って知ってるか?」
「なまえだけは……」
「簡単に言えば、鬼の首魁だな。最近は美少女のイメージが強いけど」
「おに」
「その酒呑童子を討伐した頼光四天王の中で、特に有名なのが渡辺綱と坂田金時。坂田金時は××も知ってると思うぞ」
「きいたこと、ある、ような……?」
「金太郎だよ。まさかり担いで、熊と相撲を取った」
「きんたろう!」
うにゅほが、うんうんと頷く。
「鬼は、この二人を恐れて、同じ姓の家には寄りつかない。だから豆撒きは必要ないんだってさ」
「さいきょうだ……」
「最強だな」
「でも、まめまきできないの、かわいそうかも」
「福は内、だけすればいい」
「あ、そか」
渡辺だろうが坂田だろうが松本だろうが勅使河原だろうが、するもしないも自由だと思うけれど。
「豆撒き、今年もするのか?」
「するよー」
うにゅほが、豆撒きの素振りをする。
やる気十分だ。
「◯◯も、まこうね」
「はいはい」
ちなみに、北海道では、炒った豆ではなく落花生を撒く。
あとで拾って食べられるのでおすすめである。

814名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/02/16(火) 20:01:34 ID:Z/Zw0wmM0
2021年2月3日(水)

最近、夕方以降の回線速度が顕著に遅い。
深夜であれば300Mbps程度は出るのだが、時間帯によっては10Mbpsを下回ることすらある。
正直、快適とは言いがたい状況だ。
「どうすっかなー……」
「?」
膝の上のうにゅほが、こちらを振り返る。
「画面になんて書いてるか、読んでみて」
「うーと、おつかいのインターネットのそくど、じゅーにーてんよんえむびーぴーえす……」
「回線速度ってやつだ。数字が大きければ大きいほど、速い」
「へえー」
「この回線が、やけに遅くなる時間帯があるんだよ」
うにゅほがディスプレイを指差す。
「これ、おそいの?」
「遅い。一般に30Mbpsあれば快適にインターネットができるって言われてるから、その半分以下だな」
「そなんだ……」
「だから、どうしようかと思って」
「なんでおそくなるんだろ」
「たぶんだけど、混雑してるんじゃないかな」
「こんざつ」
「夕方以降は近隣の利用者が多くて、帯域がいっぱいいっぱいなのかも」
「こまるねえ……」
うにゅほ当人はさして困らないだろうに、親身になってくれているのがわかる。
「なおせないの?」
「ユーザー側でできることは、ほとんどないな。回線の問題だろうから」
「どうしよう……」
「プロバイダに連絡して、それでも改善しないようであれば、NURO光にでも乗り換えようか」
「おおいずみのやつ?」
「そうそう」
「はやいのかな」
「調べた感じ、速そうだよ。独自回線を使ってるらしくて」
「それにする?」
「ただ、工事やらなんやらで、めちゃくちゃ面倒くさいんだよな……」
「あー……」
「でも、考えてみるか。10Mbpsはさすがにストレスだし」
コース変更などの簡単な対処で回線速度が復活してくれればよいのだが。

815名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/02/16(火) 20:02:15 ID:Z/Zw0wmM0
2021年2月4日(木)

眼鏡用の曇り止めクロスが届いた。
「この眼鏡拭きで眼鏡を拭くと、たちまち曇ることがなくなるらしい」
「おー……」
うにゅほが、曇り止めクロスをしげしげと眺める。
「ふつうのめがねふきにみえる」
「曇り止めの成分が染み込ませてあるんだってさ」
界面活性剤というやつだ。
「なるほど……」
「じゃ、拭いてみるか」
「うん」
眼鏡を外し、レンズをクロスで磨き上げる。
「──と言っても、使用感は変わらないなあ」
「そなんだ」
「触ってみ」
「うん」
うにゅほが、恐る恐る、曇り止めクロスに触れる。
「しっとりしてる、かも?」
「かも」
「でも、ふつうのめがねふきも、こんなかんしょくだったかも……」
「ひとまず、これで職場行ってみるよ」
「くもりませんように」
俺は、うにゅほの祈りを背に、職場へと向かうのだった。

一時間後──
「ただいま」
「おかえり!」
ぱたぱたと足音を鳴らしながら、うにゅほが出迎えてくれる。
「めがね、どうだった?」
「あー……」
なんと言えばいいか。
「だめだった……?」
「いや、効果はあった。曇らないことは曇らない」
「よかったー」
「でも、もっと丁寧に拭かないとダメだな。レンズの右上だけ曇ってて、気になって仕方なかったから……」
「なんとかなりそうで、よかったね」
「ああ」
眼鏡が曇る問題は、これでひとまず解決である。
次は、インターネット回線速度問題にけりをつけなければ。

816名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/02/16(火) 20:03:01 ID:Z/Zw0wmM0
2021年2月5日(金)

午後七時半、回線速度を測定すると、77Mbpsだった。
「この時間帯はまだ快適かな」
「さんじゅうきったら、だめなんだっけ」
「ダメってこともないけど、それ以下だと気になるときがある」
「ななじゅうななめがびーぴーえすって、どのくらい?」
「えーと、bpsはbit毎秒。8bitが1byteだから──」
軽く暗算し、
「一秒間に9MBちょっとかな」
「きゅーめがばいとって、どのくらい?」
「高音質のmp3ファイルがだいたい──って、よく考えるとすごいな」
うにゅほが小首をかしげる。
「そなの?」
「うちは光回線だろ」
「うん」
「昔々のその昔、インターネットの多くは電話回線を利用していたんだ」
「へえー」
「電話回線を使うから、インターネットをしているあいだは電話が使えない」
「ふべん!」
「しかも、超遅い」
「どのくらい?」
「俺の最古の記憶だと、毎秒4KBくらいだったかな……」
「……どのくらい?」
「今は、秒間9MBだろ」
「うん」
「その、1/2000だな」
「えー!」
「高音質のmp3ファイルをダウンロードするのに、2000倍──つまり2000秒かかる」
「うと」
しばし思案し、うにゅほが自信なさげに口を開く。
「さんじゅっぷんちょっと……?」
「うん……」
「……すごいね」
「その時代のことを思い出したら、なんだかわがまま言ってる気分になってきた」
コンテンツ自体が異なるから、一概に比較することはできないけれど。
「技術の進歩って、半端ないな……」
「うん……」
十年後に、世界はどうなっているのか。
楽しみのような、恐ろしいような。

817名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/02/16(火) 20:04:23 ID:Z/Zw0wmM0
2021年2月6日(土)

KDDIから新しいホームゲートウェイが届いた。
「これ、たんすのうえにあるやつ」
「ホームゲートウェイ。ひかり電話に対応したルーターだな」
「るーたー」
「回線の分配器、みたいな。本来一台しか使えないものを、複数の機器で使えるようにする機械だよ」
「なるほど」
「ホームゲートウェイが古いのが原因かもしれないから、今回新しく送ってもらったんだ」
「そんなにふるいの?」
「十年前のだって」
「じゅ!」
「××が来るより前から使ってたんだな」
「せんぱいだ……」
うにゅほが、古いホームゲートウェイを撫でる。
「わ、ほこり」
「そこ、コードがたくさんあって掃除しにくいからな……」
「きれいにするね」
「頼んだ」
ルーターやコードがひしめく箪笥の上を綺麗に掃除してもらったあと、ホームゲートウェイを新品に取り替える。
「これで、はやくなるの?」
「わからん」
「わからんの」
「そもそも、どこがボトルネックになってるのかがわからない。単純に混雑が原因なのかもしれないし」
「それ、しらべられないの?」
「──…………」
しばし思案する。
「……下り速度と上り速度に大きく差があれば、混雑が原因かもしれない」
「しらべてみましょう」
「はい」
auひかりの公式サイトから、回線速度の測定を行う。
「下り30Mbps、上り600Mbps……」
「にじゅうばい!」
「これ、やっぱ混雑が原因かもなあ」
「どうやったらなおる?」
「プロバイダを変える、とか」
「かえよう」
「でも、auひかりって、プロバイダだけ変えることってできなかったような……」
悩ましい。
回線速度問題は、しばらく解決しそうにないのだった。

818名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/02/16(火) 20:05:37 ID:Z/Zw0wmM0
2021年2月7日(日)

「◯◯ー……」
「ん?」
「みへ」
べ。
うにゅほが舌を出す。
舌先の味蕾がひとつ、ぽつりと白く腫れ上がっていた。
「ほーないえん、れきてる?」
「できてる」
「やっぱし……」
舌を仕舞い、憂鬱そうに小首をかしげる。
「いたいのに、きになってかんじゃう」
「わかるわかる。それで治りが遅くなるんだよな」
「うん……」
「ほら、ビタミン剤飲むか。三日も飲めば治ると思うぞ」
「ビタミンびーつー、はいってる?」
「入ってるよ」
サプリメントの栄養成分表示を読み上げる。
「ビタミンB1、亜鉛、ビタミンE、ビタミンA、ビタミンB2──ほら入ってる」
「すーごいいろいろはいってるね」
「18種のアミノ酸、12種のビタミン、9種のミネラルが入ってるらしい」
「はいりすぎ……!」
「まあ、摂取して困るもんじゃないし。過剰摂取は問題だけど」
「たくさんとれて、おとくだね」
「単独で飲んでも吸収されない、されにくい栄養素とかあるらしいけどな」
「そなの?」
「たとえば、油に溶けやすい脂溶性のビタミンなんかは、水で飲んでも効果は低い」
「いみないんだ……」
「単独ではな。でも、食後に摂れば問題ないだろ」
「あ、たしかに」
「ビタミンB2は水溶性だったはずだから、今飲んでも大丈夫だよ」
「はーい」
サプリメントを三粒取り出し、
「はい、あーん」
「あー」
素直に口を開いたうにゅほの舌に、一粒ずつ乗せていった。
「さあ、噛み砕け!」
「かまないよー……」
うにゅほが、冷蔵庫からお茶を取り出し、サプリメントを飲み下す。
「ふー」
「早く治るといいな」
「うん」
舌先の口内炎は、とにかく気になるものだ。
早く治ればいいな、うにゅほ。

819名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/02/16(火) 20:06:15 ID:Z/Zw0wmM0
2021年2月8日(月)

「最近、ふと気付いたことがあってさ」
「?」
うにゅほが、文庫本から顔を上げる。
「Amazonが、Kindle Unlimitedってサービスを提供してるの知ってる?」
「しらない」
「全部の本では当然ないけど、月額980円で、そこそこの数の電子書籍が読み放題って感じのやつ」
「あー」
うんうんと頷き、
「なまえしらなかったけど、そういうのあるのはしってた」
「博識だな」
「はくしきではないけど……」
そう言って、うにゅほが苦笑する。
「──で、そのKindle Unlimitedだけど、無料体験からそのまま流れで加入したことになるらしくて」
「あ」
話の結末が見えたらしい。
「さっき、気まぐれで確認してみたら、いつの間にか加入してた」
「やっぱし……」
「しかも、三年前に」
「──…………」
うにゅほが絶句する。
「……げつがく、いくらだっけ?」
「980円」
「さんまんえんいじょう……」
「三万円以上」
「あこぎ!」
「俺もそう思う」
だが、正当な契約を交わしたのは間違いない。
こちらが注意不足だっただけだ。
「調べたら、三年間で四冊しか読んでなかった。一冊一冊が広辞苑と同じくらいの値段だぞ」
「きーつけないとね……」
手のひらを返すようだが、Kindle Unlimitedというサービス自体は便利なものだ。
だが、利用しないサービスに金を払い続けるほどお大尽ではない。
さっさと解約してしまおう。

820名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/02/16(火) 20:06:49 ID:Z/Zw0wmM0
2021年2月9日(火)

「──あ、そうだ」
ぽん、と手を叩く。
「どしたの?」
「今週の木曜、祝日だろ」
うにゅほの視線が壁をさまよい、カレンダーの上で止まる。
「あ、ほんとだ」
「建国記念の日、だって」
「にじゅうさんにちも、おやすみだ」
「23日は天皇誕生日」
「れいわてんのう?」
「令和天皇」
追号なので、崩御されるまでは呼ばれることのない名前だろうけれど。
「11日が祝日で、12日が金曜日だろ」
「うん」
「今は仕事の少ない時期だからって、この12日が休みになった」
「おー!」
「明日行ったら、四連休!」
「よかったね!」
何をするわけでもないが、やはり連休は心が弾む。
「四連休自体も嬉しいんだけど、どちらかと言えば、三日行ってすぐ休みって事実のほうが嬉しいかもしれない」
「そういうものなんだ」
「もし、仮に、週休三日制になったとするだろ」
「うん」
「××なら、どの曜日を休みにする?」
「うと、げつよう……?」
「三連休になるもんな」
「うん」
「でも、水曜も捨てがたいと思うんだよな……」
「はんぱなところ」
「想像を働かせてみたまえ」
「はい」
「二日行って休み、二日行って休み。三連勤以上がなくなるんだ」
「ほんとだ!」
日本人は働き過ぎだ。
すこしくらいはサボったほうがいい。
「水曜日、休みにならないかな……」
「うん……」
すべては砂上の楼閣、取らぬ狸の皮算用。
結局は、地に足をつけて、真面目に働くしか道はないのである。

821名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/02/16(火) 20:07:19 ID:Z/Zw0wmM0
2021年2月10日(水)

「××、べーってして」
「れー」
うにゅほが素直に舌を出す。
「口内炎、治ったみたいだな」
「うん、なおった。ビタミンびーつー、すごいね」
そう言って、うへーと笑う。
「ところで××さん」
「はい?」
「俺の舌も見てくれ」
べ。
奥のほうまで見やすいよう、できる限り長く伸ばす。
「んー……?」
「ほのへん」
右奥、舌の付け根に近い場所を指差す。
「あ、ぽちってなってる」
「やっぱり……」
「なおるのおそかったら、おそろいだったのに」
「口内炎までお揃いにしたくないな」
「えー」
「ビタミン剤飲んどくか」
サプリメントを三粒取り出し、口に含む。
「××、お茶取って」
「かみくだけ!」
「噛まない噛まない」
「うへー」
数日前に俺に言われたネタを言い返せたからか、うにゅほはご満悦である。※1
「ビタミンB2、毎日摂取してるんだけどな」
「しててもなるんだ……」
「口内炎の治りを早くする効果はあれど、予防してくれるわけではないみたい」
「ばんのうじゃないんだね」
「なんにでも効く薬はないし、そもそも薬じゃないし。栄養素だし」
「たしかに……」
「でも、予防医学って考え方は大切だからな」
「よぼういがく」
「病気になってから治療するんじゃなくて、そもそも病気にならないようにしようって考え方だよ」
「へえー」
うにゅほが、うんうんと頷く。
「なるまえになおすなら、あっかしないもんね」
「そういうこと」
だが、多くの人は、痛くなってから病院へ行く。
俺だって、口先ばかりで、実践できているとは言いがたい。
頭ではわかっていても、難しいものである。

※1 2021年2月7日(日)参照

822名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/02/16(火) 20:07:55 ID:Z/Zw0wmM0
2021年2月11日(木)

お茶を飲もうと、ペットボトルの蓋をひねる。
「いて」
何故か手首に鈍痛が走った。
「──……?」
蓋を閉める。
痛くない。
蓋を開く。
「いてて……」
思わず漏れ出た声に、
「どしたの?」
と、うにゅほが心配そうに顔を上げた。
「ペットボトルの蓋を開けようとすると、なんか痛くて」
「てくび、ひねった?」
「そうかも」
「なんかした……?」
「わからない」
覚えはまったくない。
現に痛いのだから、原因はあるはずだけれど。
「寝違えたかな……」
うにゅほが小首をかしげる。
「てくびって、ねちがえるの?」
「寝てるあいだに体の下に敷いたりしたら、痛めそうじゃないか?」
「たしかに……」
「どうしようかな。湿布貼るのも大仰だし」
「はる?」
うにゅほが座椅子から腰を上げる。
「いや、いいよ。激痛ってわけでもないし、すぐに治るだろ」
「そか……」
「ありがとうな」
「おちゃのむとき、わたしあけるね」
「あ、いや──」
断りかけて、口をつぐむ。
左手で開ければいいだけの話なのだが、ここは厚意にに甘えておくべきだろう。
「わかった。開けるときだけ頼もうかな」
「うん」
うにゅほが、満足そうに頷く。
彼女が手首を痛めたら、俺も同じことをするだろう。
困ったときはお互いさま、なのだった。

823名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/02/16(火) 20:08:25 ID:Z/Zw0wmM0
2021年2月12日(金)

「げ」
とあるニュース記事を見て、思わず嫌な声が漏れた。
「GmailやHotmailのパスワード数十億件がネットに流出……」
「たいへんなの?」
「わりと……」
Googleアカウントにログインする。
「……パスワードの一部が Google 以外でのデータ侵害で漏洩しました。今すぐ変更してください」
「ろうえいしてる……?」
「漏洩してる」
「たいへん!」
「まあ、すぐにパスワード変えれば大丈夫だと思うけど」
Googleアカウントのセキュリティ診断ページには、こうある。
"不正使用されたパスワード28件を変更してください"
「めんどくせー……」
うにゅほがディスプレイを覗き込む。
「ふせいしようされてるって!」
「うん」
「どうしよう……」
「とりあえず、表示されてる28件、全部変えないとな」
「だいじょぶかな」
「わからないけど、慌てても仕方ないし」
「そだけど……」
ひとつひとつ手作業でパスワードを変更していく。
「数が数だし、漏洩即悪用はされてないみたい。乗っ取りとかもないし」
「わかるの?」
「もし××が他人のAmazonアカウントのパスワードを知ることができたとして、悪用するとしたらどうする?」
「あくようしない……」
「たとえば!」
「わかんない」
「じゃあ、どうされたらいちばん困る?」
「たかいの、かわれたらこまるとおもう……」
「答えは、パスワードを変更されてサインインできなくされる、です」
「あ、こまる」
「高いものを買うのは、それからでも遅くないだろ」
「たしかに……」
もっとも、Amazonほどの大企業であれば、乗っ取られてもしっかりと対応してくれるはずだ。
問題は、より零細のサイトである。
悪用される可能性こそ低いが、された場合に取り返しがつかなくなる可能性があるからだ。
「めんどい……」
「がんばって」
うにゅほに励まされながら、なんとかすべてのパスワードを変更し終えるのだった。

824名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/02/16(火) 20:08:53 ID:Z/Zw0wmM0
2021年2月13日(土)

「××さん」
「はい?」
「明日は何の日か、御存知ですか?」
「バレンタイン!」
「よろしい」
「たのしみ?」
「楽しみ」
「うへー……」
うにゅほが、嬉しそうに微笑む。
「今年は手作り?」
「ひみつ」
「既製品?」
「──…………」
「手作り?」
「ひみつ」
「手作りだな」
「えっ」
うにゅほが目をまるくする。
「どうしてわかるの?」
「××って、つくづく隠し事に向かないよな……」
わかりやすいオブわかりやすい。
「そんなことないとおもう」
「そうかな」
「◯◯がするどい」
「大して鋭くもないと思うけど」
「するどいの!」
自分がわかりやすいことを認めたくないらしい。
「でも、年に一度のことだからな。今から明日が楽しみだよ」
「たくさんつくったからね」
「百個くらい?」
「そんなにない……」
「さすがにな」
「らいねん、ひゃっこつくる?」
「冗談、冗談」
「そか」
一日三個と仮定しても、すべて消費するのに一ヶ月はかかる量だ。
「──…………」
よく考えたら、一ヶ月ものあいだ、一日三個の手作りチョコレートを食べられるって、幸せ以外の何物でもないのではないか。
「……やっぱ、ちょっと考える」
「うん」
来年の体重と相談しよう。

825名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2021/02/16(火) 20:09:22 ID:Z/Zw0wmM0
2021年2月14日(日)

「──バレンタイン、おめでとう!」
そう言ってうにゅほが差し出してくれたものは、リボンの巻かれたクッキー缶だった。
「バレンタインって、おめでたいのかな」
「ちがうの?」
「わからないけど……」
クッキー缶を受け取ると、ずしりと重い。
「こりゃ、相当入ってますな」
うにゅほが小さく胸を張る。
「たくさんつくった」
「開けていい?」
「うん」
逸る気持ちを抑えつつ、リボンを解いていく。
クッキー缶を開くと、ふわりと甘い香りが漂った。
「おお……」
それぞれ見た目の違うトリュフチョコレートが五列、計三十個。
なかなかの量だ。
「今年は種類があるんだな」
「うーとね」
うにゅほが、チョコレートを指差していく。
「ココアパウダーのが、なかにアーモンドでしょ」
「うん」
「こなざとうのが、マカダミアナッツ!」
「いいな、マカダミアナッツ」
「◯◯、すきでしょ」
「好き」
「で、トゲトゲしてるのが、ピーナッツくだいたのまぜて、まるめたやつ」
「なるほど……」
「ちょっといろくろいのが、ビターで、なにもはいってないやつ」
「ふんふん」
「で、しろいのが、ホワイトチョコでつくったやつ」
「おー……」
すごい。
その感想しか出てこない。
「毎年凝ってるけど、今年は特に気合い入ってないか?」
「うへー……」
「××さん?」
微笑むばかりで答えてくれない。
「たくさんたべてね」
「わかった。ありがとうな」
「うん」
理由を当ててほしいのかと思ったが、そういうわけでもないようだ。
ホワイトチョコレートを手に取って囓ると、柔らかく、たいへん美味だった。
「──…………」
お返し、どうしよう。
相当なものを返さないと釣り合わないぞ、これ。




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