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うにゅほとの生活3

1名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/01/16(水) 12:07:40 ID:QWDarRQs0
うにゅほと過ごす毎日を日記形式で綴っていきます

285名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/10/01(火) 02:22:40 ID:yry8q6Bg0
2019年9月29日(日)

友人へ送る荷物を郵便局に預け、帰宅する最中のことだった。
「──あ、あかなった」
ブレーキペダルを踏み込み、停止線の前で停車する。
「ここの赤信号、長いんだよなあ……」
「そなの?」
「向こう優先道路だし、丁字路だからな。二分くらいは待たされるんじゃないか」
「ながい……」
「急いでないし、悠然と構えようではないか」
「ゆーぜん」
「悠然」
「ぜんゆー」
「ぜんゆう?」
「いみはない」
「でしょうね」
中身のない会話を交わしていると、あっという間に二分が経過した。
「しんごう、かわんないねえ……」
「歩行者用の青信号とか、そろそろ点滅してもおかしくないと思うんだけど」
「あ、まえのぱそこん、いつうりにいくの?」
「資格試験終わってからかな」
「いくらになるかなあ」
「五万くらいになってくれると、すこしは助かるんだけど」
「うん」
「買ってから三年半だし、完動品だし、ちょっとは色つけてほしいところだな」
「いいケースだもんね」
「新しいPCも、決して悪いケースじゃないんだぞ。メンテナンス性にも優れてるし」
「ホコリ、たまらない?」
「通気性は悪くなさそうだけど──」
しばしPCの話題に花を咲かせたが、それでも信号は変わらない。
「……五分経ったな」
「しんごう、こわれてるのかも……」
本気で心配になる長さだ。
「あっ」
「?」
「後ろの車、Uターンしてった」
「あー……」
「気持ちはわかる」
信号機の故障だと見切りをつけたのだろう。
だが、その直後、
「しんごう、てんめつしてる!」
「本当だ」
歩行者用の青信号が点滅し、すぐに赤信号へと切り替わった。
「長かったなあ……」
「うん」
「五分は新記録かもしれない」
イライラせずに泰然自若としていられるのは、うにゅほという話し相手がいるからだ。
ふたりでいれば、どんな時間も苦にならない。
待ち望んだ青信号にアクセルペダルを踏み込みながら、心のなかでうにゅほの存在に感謝するのだった。

286名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/10/01(火) 02:23:12 ID:yry8q6Bg0
2019年9月30日(月)

「んー……」
慣れ親しんだサージカルマスクを外し、深呼吸する。
「さすがに、もう要らないかな」
「せき、あんましでなくなったね」
「完治とは行かないけど、昼間はほとんど出ないし、そもそも風邪はとっくに治ってるからな」
ここ二週間ほど咳が止まらないのは、喘息がぶり返したためである。
痰は既に治まっており、マスクを外したとしても、風邪を伝染す心配はないだろう。
「──…………」
じ。
うにゅほが無言で俺の顔を見つめる。
「どした」
「◯◯のかお、ひさしぶりにみたきーする」
「大袈裟な……」
食事どきや風呂上がりなど、いくらでも見る機会はあっただろうに。
「あまりにイケメンでびっくりしたか」
「びっくりはしない」
「そりゃそうだ」
おまけに言えば、イケメンでもない。
「でも、かおみれたほう、あんしんする……」
「そんなもんかな」
「そんなもん」
「……まあ、でも、そうか。そうだな。俺も、××の顔見れないと、寂しいと思う」
「でしょ」
「××は可愛いからなあ」
「う」
うにゅほの動きが止まる。
「××と一緒にいられる俺は、幸せ者だなあ」
「──…………」
うにゅほが、自分のほっぺたを両手で包む。
照れているときの仕草だ。
「……からかわれてるきーする」
「はい」
「もー!」
「でも、嘘は言ってないぞ。××のこと、可愛いと思ってるもん」
「……うへー」
ちょろい。
だが、そんなところも可愛いのだった。

287名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/10/01(火) 02:24:25 ID:yry8q6Bg0
以上、七年十ヶ月め 後半でした

引き続き、うにゅほとの生活をお楽しみください

288名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/10/16(水) 01:22:46 ID:FI098Ndg0
2019年10月1日(火)

資格試験の期日が近付いてきた。
「◯◯、しけん、だいじょぶ……?」
「んー」
テキストを読み漁りながら答える。
「行けるような、行けないような、難しいような……」
「むずかしいの?」
「単なる覚えゲーならどうにでもなるんだけど、高校数学も入ってくるからなあ」
「すうがく……」
「卒業して十数年経ってるから、さすがに忘れてる」
「あー」
高校時代、数学は得意なほうだったが、勉学の場から離れてしまえばこんなものだ。
「まあ、残り期間で過去問解きまくれば、なんとかなる──と、思う」
「そか」
うにゅほが、ほっと胸を撫で下ろす。
「安心するのは早いぞ、××」
「?」
「逆に言うと、過去問を解きまくらなければ、受かる道理はないわけだ」
「うん」
「正直、めっちゃサボりたい」
「が、がんばって!」
「頑張りたくない……」
ぐでー。
デスクに突っ伏す。
「うー……」
しばし唸ったあと、うにゅほが言った。
「……でも、がんばりたくないなら、がんばらなくていいとおもう」
「──…………」
「らいねんもあるし……」
「……頑張ろ」
「がんばるの?」
「頑張りたくないっての、半分冗談だし」
「えー!」
「頑張りたくないのは本当だけど、それでも頑張るよ。自分のためだもん」
「そか」
うにゅほが、小さく笑みを浮かべる。
この笑顔を見ていると、頑張れる気がしてくる。

……こんなこと書いといて落ちたらいい笑い者なので、ますます頑張らねば。

289名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/10/16(水) 01:23:19 ID:FI098Ndg0
2019年10月2日(水)

目が乾いたので、目薬をさすことにした。
眼鏡を外し、手探りで容器を探す。
だが、デスクの上は物で溢れ返っており、なかなか見つけ出すことができなかった。
「──…………」
ごそごそ。
「?」
ひょい。
うにゅほが、俺の顔を覗き込む。
「どしたの?」
「目薬探してる」
「めぐすり……」
デスクの上に視線を走らせたうにゅほが、目薬の容器を手渡してくれた。
「はい」
「ありがとう」
「めがね、かければいいのに」
「なんか負けた気がして……」
うにゅほが小首をかしげる。
「なんに?」
「──…………」
考えてみれば、何にだろう。
なんだか自分の行動が馬鹿らしく思えてきた。
「今度から、素直に眼鏡掛け直そうかな」
「うん」
「……いや、そもそも、目薬取ってから眼鏡外せばいいんだけどさ」
「くせなんだっけ」
「癖になってる。なかなか直らない」
「わたしは、つくえのうえ、かたづけたほういいとおもう」
「あー……」
たしかに。
「そしたら、めがねはずしてからさがしても、すぐみつかる」
「あるいは、目薬の置き場所を決めておくとか」
「うん」
「目薬、いちばん上の引き出しに入れておこうかなあ……」
「それはそれとして、つくえのうえ、かたづけたほういいとおもう」
「……はい」
うにゅほ的に、我慢ならない状態だったらしい。
デスクの上を綺麗に片付けてから、試験勉強に戻るのだった。

290名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/10/16(水) 01:23:51 ID:FI098Ndg0
2019年10月3日(木)

試験勉強の息抜きを兼ねて、前のPCを売りに行くことにした。
「××、後ろのドア開けてー」
「はーい」
後部座席の足元にPCを置き、運転席を後ろに下げる。
PCを座席で挟む形だ。
「よし」
「これでたおれないね」
「振動モロに食らいそうだけど、砂利道を走るわけでもないしな」
「マンホールとか、よけないと」
「たしかに……」
売りに行くまでに故障してしまっては、元も子もない。
「いつも以上に安全運転で行きましょう」
「そうしましょう」
目指すはドスパラ札幌店だ。
隣接する有料駐車場にコンテカスタムを停め、PCを運び込む。
「査定、二時間くらいかかるかな」
「もっとかかるかも……」
「待ってるあいだ、喫茶店にでも行こうか」
「うん!」
エレベーターで四階へ上がり、買取カウンターへと向かう。
しばしのやり取りののち、
「──査定が終わるまで一週間ほどかかりますが、よろしいですか?」
「一週間……」
単位がひとつ吹き飛んだ。
だが、いまさら他の店へ持って行くのも面倒だったため、
「お願いします」
と、素直に頼むことにした。
「一週間後、ご来店なさるのが面倒であれば、銀行振り込みでのお支払いも承っておりますが」
「自動的に振り込まれるんですか?」
「こちらからお電話を差し上げて、金額に納得していただけた場合のみ、振り込む形となっております」
随分と楽になったものだ。
「じゃ、それで」
「了解しました」
書類に必要事項を記し、座って待っていたうにゅほと共に階下へ下りていく。
「一週間かかるって」
「いっしゅうかん……」
「混んでたのかも」
「きっさてん、いけないねえ……」
うにゅほが、残念そうに呟く。
楽しみにしていたらしい。
「喫茶店は喫茶店で、帰りに寄ればいいじゃん」
「いいの?」
「気分転換が目的なんだから、いいんだよ」
「やた!」
そんなわけで、うにゅほと一緒に行きつけの喫茶店に立ち寄ってから帰宅した。
窯焼きスフレとフレンチトースト、美味しかったです。

291名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/10/16(水) 01:24:22 ID:FI098Ndg0
2019年10月4日(金)

過酷な試験勉強に耐えかねて、思わず休憩を差し挟んだ。
「はー……」
よく冷えた水を飲み下し、溜め息を漏らす。
「おつかれさま」
「勉強、まだまだしないとダメだけどな」
「うかりそう?」
「頑張り次第じゃないかなあ……」
「◯◯、がんばってるから、うかるね」
「ならいいんだけどな」
苦笑し、うにゅほの頭を撫でる。
「さーて、休憩中に何しよう」
「かみん?」
「たしかに疲れは取れるけど、どちらかと言えば気分転換したい」
「たいそうとか」
「なるほど、ストレッチはいいかもな」
チェアから腰を上げ、大きく伸びをする。
「んあー……!」
上体を反らし、前屈をし、腰をひねる。
伸びていく筋肉が心地よい。
「──よし、ストレッチ終わり!」
「きぶんてんかん、なった?」
「そこそこ」
「よかったー」
「でも、休憩入ってまだ五分くらいだからな。他にも何かしたい」
「じゃんけんする?」
「罰ゲームありなら」
「ばつゲーム」
「負けた××は、俺の代わりに勉強する」
「それ、いみあるの?」
「ない」
「やっぱし……」
「意味のある罰ゲームなんて、世の中にはないんだぞ」
「まけた◯◯は?」
「勉強する」
「きゅうけいなってない……」
「ははは」
「からかった?」
「はい」
「もー……」
そんな感じで、三十分ほど雑談したのち、試験勉強に戻った。
うにゅほと言葉を交わすのが、何よりの気分転換である。

292名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/10/16(水) 01:24:54 ID:FI098Ndg0
2019年10月5日(土)

「づー、がー、れー、だー……」
デスクに突っ伏し、いやいやと首を振る。
「しけん、あしただもんね」
「はい……」
「きょう、ゆっくりやすんで、あしたにそなえましょう」
「そういうわけにも行かない」
「いかないの……?」
「単純に時間が足りない。可能なら、このまま徹夜で詰め込みたいくらい」
「てつや、だめだよ」
「大丈夫、徹夜はしない。多少は睡眠取らないと、記憶が定着しないからな」
「ならいいけど……」
「ただ、睡眠時間は削る。三時間くらい寝ればいいだろ」
「──…………」
うにゅほが、眉をひそめ、なんとも言えない顔をする。
「それ、てつやっていう」
「そうかな」
「ちゃんとねないと……」
「これ逃すと、一年待たないといけない。たった一日の睡眠不足でどうにかなるんなら、喜んで朝まで勉強するよ」
「うー……」
うにゅほの頭を、ぽんぽんと撫でる。
「心配してくれるのは嬉しいけど、いずれ必要になる資格だからさ」
「そだけど」
「それに、取ったら給料上がるぞ」
「うん……」
「嬉しくない?」
「うれしいけど……」
表情が晴れない。
どうしても心配らしい。
「──わかった」
「ねる?」
「試験が終わって、帰ってきたら、即寝る。夜まで寝る。それで辻褄合わせよう」
「うーん……」
「ダメ?」
「……わかった。かえってきたら、ちゃんとねてね」
「了解です、サー」
さあ、日記を書いたら朝まで勉強だ。
これまでサボってきたツケを支払わなければ。

293名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/10/16(水) 01:25:24 ID:FI098Ndg0
2019年10月6日(日)

「──…………」
午後六時、起床する。
試験会場から直帰し、そのままベッドに飛び込んだのだった。
「あ、おはよ」
「……おはよう」
「あんまし、きーおとさないでね?」
「いや、まだ落ちたって決まったわけじゃないから……」
試験に手応えを感じなかったわけではない。
この数日でこなした十年分の過去問から何問も出題されていたし、それらを取りこぼさなかった自信もある。
ただ、単純に、それ以外の問題が多かっただけだ。
「こたえ、いつわかるの?」
「明日かな」
「あしたかー……」
「でも、非公式なら速報が出てるかも」
「おー」
「調べてみよう」
PCを起動し、検索すると、既に解答速報が発表されていた。
「……自己採点、してみるか。怖いけど」
「うかってたらいいね……」
「ほんとな」
苦笑し、問題冊子と赤ペンを取り出す。
「えーと、問1は──と」
×、◯、×、◯、◯。
比較的◯は多いが、合格ラインは60点だ。
◯、×、×、◯、◯。
このまま行くと、ギリギリ過ぎる。
だが、
×、◯、◯、◯、◯、◯、◯、◯、◯、◯──
「わ、まるばっか!」
「……これ行けんじゃね?」
しばしののち、採点を終え、シーリングライトを仰ぎ見る。
「68点だ……」
「うと、うかった、よね?」
「ああ、受かった。8点も多けりゃ間違いない」
「やた!」
うにゅほが俺に抱きつく。
「◯◯、おめでと!」
「ありがとな」
慈しみを込めて、うにゅほの頭を撫でる。
「……いやほんと、ギリギリまで頑張ってよかった。何度か諦めようと思ったもん」
「あきらめないで、よかったね」
「でも、まだ終わらないぞ」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「筆記をパスしたら、技能がある」
「あー……」
「講習、受けないとな……」
「がんばったら、うかるよ。きょうみたいに」
「はい、頑張ります」
ひとまず峠は乗り越えた。
技能試験まで、しばし日がある。
束の間の休息に身を委ねても構うまい。

294名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/10/16(水) 01:25:53 ID:FI098Ndg0
2019年10月7日(月)

「あ゙ー……」
昼前に起床し、冷蔵庫を漁る。
だが、調理せずに食べられるものは見当たらなかった。
「めだま、やく?」
「お願いします」
「はーい」
「黄身、潰してくれな」
「うん」
完熟寄りの焼き加減が好きな俺は、目玉焼きの黄身を潰して焼くのが好きである。
それを"目玉"焼きと呼べるかどうかはともかくとして、白身を焦がさず完熟にできるのが、この調理法の素晴らしい点だ。
「♪〜」
エプロンを着けたうにゅほが、慣れた手つきで卵を割る。
「あ、ふたごだ」
お椀の内側で、小さな黄身がふたつ、白身の中を泳いでいた。
「本当だ」
「めずらしいねえ」
言いながら、二個目の卵を割る。
「あ!」
「どした」
「またふたごだ!」
「マジで」
お椀を覗き込むと、黄身が四つに増えていた。
「へえー、こんなことあるんだな」
「いいことあるかも」
「一日遅い気もするけど……」
「たしかに」
「双子を産みやすい鶏の卵なのかもしれない」
「おや、おなじなの?」
「わかんないけど、同じ養鶏場だろうし」
「あー」
うにゅほが、うんうんと頷く。
「じゃ、やいちゃうね」
ちゃかちゃかちゃか。
うにゅほが菜箸で卵を軽く掻き混ぜる。
「あっ」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「いや、なんでもない……」
「そか」
ちょっとだけ、もったいない気がしてしまったのだった。
うにゅほの目玉潰し焼きは、相変わらず絶妙な焼き加減だった。
簡単な調理とは言え、それを鼻歌交じりでやってのけるのだから、料理上手になったものだ。

295名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/10/16(水) 01:26:36 ID:FI098Ndg0
2019年10月8日(火)

ドスパラ札幌店から連絡があった。
「××、PC買取の査定出たって」
「お」
うにゅほが背筋を伸ばし、聞く体勢を整える。
「おいくらでした?」
「63,500円」
「ろ!」
目と口をまるくする。
「おもったより、おたかい……」
「五万円くらいで売れれば御の字と思ってたから、嬉しい誤算だったな」
「あたらしいぱそこん、にじゅうまんえんちょっとだから、じっしつ、じゅうごまんえんくらい?」
「そうなりますね」
「しゅっぴ、だいぶへった!」
「よし、回らない寿司でも食べに行くか」
「むだづかい、だめです」
「はい……」
厳しい。
「でも、こうなると、他にも何か売りたくなるよな」
「ほか?」
うにゅほが小首をかしげ、部屋をぐるりと見渡した。
「うーと、ほんとか?」
「古本は二束三文で買い叩かれるよ」
「じゃあ、なんだろ」
「たとえば、使ってないキーボードとか……」
「たくさんあるもんねえ」
REALFORCE、HHKB、Majestouch──クローゼットには高級キーボードがわんさか眠っている。
キーボード沼に落ちた者の末路だ。
「でも、前に買った三万円のキーボード、売るとき五千円だったんだよな……」
「むせんのやつ?」
「そう。なんかブツブツ切れるからって売ったやつ」
「ろくぶんのいち……」
「……いま思えば、初期不良で交換してもらえばよかったなあ」
「そだね……」
それはそれとして、こう、不要品を高く売る方法はないだろうか。
メルカリとかやってみようかなあ。

296名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/10/16(水) 01:27:09 ID:FI098Ndg0
2019年10月9日(水)

「んあー……」
がっくんがっくんと首を振る。
「暇だ!」
「ひまなの?」
「試験勉強に費やしてた時間がまるまる空いたからなあ」
「なるほど」
「仕事が終わったあと、何してたっけ……」
「ぱそこんしてたよ」
「それはそうなんだけど……」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「パソコンで何してたとか、あるじゃん」
「どうがみたり」
「うん」
「ゲームしたり」
「うん」
「……どうがみたり?」
「だいたい動画見てたんだな、俺……」
「わりと」
自分の生活を省みてしまいそうだ。
「あとは、にっきかいたり」
「うん」
「なんかかいたり」
「うん」
「えーかいたり」
「絵、最近描いてないなあ」
「わたし、あれすきだった」
「どれ?」
「ゲームの、かわいいえ」
「ゲームの……」
「ねこみたいの」
「あー、OneShotの絵か」
「たぶんそれ」
「あれ、たぶん、一年以上前だよな……」
「あんなえ、またみたいな」
「題材が見つかったら、また描くか。暇だし」
「うん」
暇だ暇だと嘆くより、何かしたほうが生産的である。
そんなことを考えながら、今日も日記を書くのだった。

297名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/10/16(水) 01:27:46 ID:FI098Ndg0
2019年10月10日(木)

シムビコートタービュヘイラーが切れかけていたので、呼吸器外来のある病院を三度訪れた。
診察の際、医師がこう言った。
「喘息のある方は、インフルエンザの予防接種を受けることをおすすめしますよ」
医師の判断であれば、一も二もない。
うにゅほともども予防接種を受けていくことにした。
「うー……」
接種したあとは、待合室で、三十分ほど安静にしていなければならない。
「いたかった……」
「まだ痛い?」
「もういたくないけど、いたかった……」
「仕方ない、仕方ない。インフルにかかるよりマシだろ」
「そだけど」
「それより、具合悪くなったりしてないか?」
「うん、だいじょぶ」
「ならよかった」
予防接種を受けるのも、もう何度目かわからない。
何事もなく帰宅し、チェアに腰を落ち着けた。
「うー……」
うにゅほが、二の腕を押さえながら、不安げに口を開く。
「さしたとこ、はれて、ちょっとあつい……」
「俺は、ちょっとかゆい」
「だいじょぶかな」
「大丈夫だって」
ワクチンの中身は毎年異なっているのかもしれないが、表れる副反応はいつも同じだ。
「二、三日で治るって、看護師さんも言ってたろ」
「うん……」
「毎年受けてるだろうに」
苦笑する。
「◯◯、うでさわって……」
「どれ」
袖をまくった二の腕に触れる。
「あー、たしかに熱いな」
「あつい」
「去年と同じだな」
「きょねんよりあついきーする……」
「それ、去年も言ってた」
「そだっけ」
二の腕から手を離し、代わりに頭を撫でてやる。
「もし××が本当に具合悪くなったら、深夜だろうが早朝だろうが車飛ばして病院連れてくから、安心しな」
「ありがと……」
そこまで言って、ようやく、安心したように微笑みを浮かべた。
ほんと、心配性だなあ。
能天気すぎるのも問題だけれど。

298名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/10/16(水) 01:28:21 ID:FI098Ndg0
2019年10月11日(金)

体温計の表示部を読み上げる。
「──38.2℃」
「さんじゅうはってんにど……」
原因はわかっている。
インフルエンザの予防接種だ。
「まさか、こんなに重く出るとは……」
毎年のように予防接種を受けてきて、初めてのことである。
布団に入れば、暑い。
布団から出れば、寒い。
中間がないのが、つらい。
「びょういん、いく?」
「行ったところでなあ……」
予防接種の副反応だから、二、三日で症状がなくなることはわかっているのだ。
せいぜい解熱剤を処方されて終わりだろう。
「……××は大丈夫なのか?」
「うん、だいじょぶ……」
「なら、よかったよ」
「──…………」
うにゅほが、布団からはみ出た俺の手を取る。
「てー、あつい」
「38.2℃だからな……」
「よぼうせっしゅ、うけなかったらよかったね」
「そういうわけにも行かないだろ」
「でも」
「二、三日風邪っぽくなる程度でインフルエンザにかからずに済むなら、そっちのほうがいい」
「そだけど……」
「××は、心配しすぎ。俺なら平気だから」
「……ほんと?」
「今日の仕事はできそうにないけど、三連休があるし、どうにでもなる」
「うん……」
「それより、汗かいて気持ち悪いや。タオル濡らして持ってきてくれないか」
「わかった!」
うにゅほが階下へと駆け出していく。
過度に心配しているときは、仕事を頼んで気を逸らすのがいい。
うにゅほと暮らす上で身についた知恵である。
「はい、うえぬいで」
「……自分で拭いちゃダメ?」
「だめ」
「ダメなんだ……」
「うん」
仕方ない。
上半身を優しく拭われながら、なんとなく気恥ずかしい思いをするのだった。

299名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/10/16(水) 01:28:47 ID:FI098Ndg0
2019年10月12日(土)

台風19号が接近している。
「──…………」
記録的豪雨、土砂災害、河川の増水、氾濫──次々と溢れ出る速報に、うにゅほが俺の腕を抱く。
「たいふう、こわい……」
「怖いな……」
「これ、うちくるの……?」
「直撃はしないみたい」
「そか……」
強張ったうにゅほの表情が、ほんのすこしだけ弛緩する。
「でも、心配だな。関東に何人か友達いるから……」
「だいじょぶかな」
「距離が距離だから、祈ることしかできない」
「うん……」
うにゅほを膝に乗せ、抱き締める。
「東京には、荒川って川があってな」
「うん」
「ここが氾濫すると、すごいことになるんだってさ」
「……どうなるの?」
「荒川付近のかなり広い範囲が、5m以上浸水する」
「ごめーとる……」
「うん」
「……たかさ?」
「高さ」
「ごめーとるって、どのくらい?」
「屋根より高い」
「──…………」
抱き締めた矮躯の背筋が伸びる。
「荒川の傍に、ふたり友達が住んでてさ」
「!」
「心配だなって」
「しんぱい……」
「ほんと、何事もなく過ぎてくれないかな……」
「うん……」
自然に対し、個人はあまりにも無力だ。
台風の被害が最小限で済むことを祈る。

300名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/10/16(水) 01:29:26 ID:FI098Ndg0
2019年10月13日(日)

資格試験の筆記をパスした自分へのご褒美として、新しいDACアンプを購入した。
「やー、DACは届くし、台風は逸れるし、今日は良い日だな」
「ほんとだねー」
うにゅほが、のほほんと相槌を打つ。
もちろん、DACアンプを注文する際には、うにゅほの許可を取ってある。
合法だ。
「──よし、と」
古いDACアンプを外し、新しいものと繋ぎ換えて、ほっと一息つく。
「これ、いいおとするやつだよね」
「そうそう。デジタルアナログコンバータ兼ヘッドホンアンプ」
「でじたるあなろぐ──……あんぷ」
あ、途中で諦めたな。
「まえのより、いいおとするかな」
「どうだろ。いちおう、前のよりワンランク上の価格帯のを選んだけど」
「いいおと、しないの?」
「正直、気分の問題が大きい気がする……」
「えー……」
「まあまあ、聞き比べしてみようじゃないか」
「するけど……」
「ちょっと待って。いま、リモコンで初期設定とかするから」
「うん」
そう告げて、デスクの上に置いてあったリモコンを手に取ろうと──
「……あれ、リモコンないな」
「りもこん……?」
不思議そうな表情を浮かべながら小首をかしげたあと、うにゅほが周囲を見渡す。
「へんなとこ、おいたのかなあ」
「悪いけど、一緒に探してくれるか」
「うん」
さまざまな場所に目を通す。
デスクの上は言うに及ばず、開封した箱、ベッド、本棚、果ては冷蔵庫の中に至るまで探したが、目当てのリモコンは見当たらない。
「え、こんな短時間で失くす……?」
自分で自分が信じられなかった。
「……俺、部屋から出てないよね」
「うん……」
「××、触ってないよね」
「さわってない……」
「ほんと、どこ──」
髪を掻きむしりながら、幾度も見たデスクに視線を落とす。
「──…………」
絶句する。
リモコンがあった。
それも、物陰などではなく、堂々とデスクの上に置かれていた。
「マジか……」
自分で自分が信じられなかった。
「えー……と、××、リモコンあったんだけど……」
「えっ」
「××も気付かなかったの……?」
だとすれば、もはや怪奇現象だ。
「◯◯さがしてたリモコン、それだったの?」
「うん」
「わたし、ちがうやつのさがしてるのかとおもった……」
「……てことは、ずっと、机の上にあった?」
「うん」
「マジか……」
若年性痴呆でも発症してしまったのだろうか。
ショックのためか、音質の違いがよくわからない俺だった。

301名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/10/16(水) 01:30:10 ID:FI098Ndg0
2019年10月14日(月)

両手を擦り合わせながら、呟くように声を上げる。
「──寒い!」
「さむいねえ……」
「台風過ぎたら冷え込むとは聞いてたけど……」
覚悟の如何に関わらず、寒いものは寒い。
「しゃーない、あれするか」
「あれ?」
「半纏二人羽織」
「するするー」
「半纏取って」
「はーい」
半纏を着込み、うにゅほに覆い被さる。
うにゅほの両腕が袖を通ると、二人羽織の完成だ。
「座るぞー」
「うん」
チェアに腰を下ろすと、うにゅほがつられて俺の膝頭に腰掛けた。
「うしょ」
そのままずりずりとおしりを動かし、いつものように深く座る。
「うへー」
「あったかい」
「あったかー……」
熱すぎず、冷えることもなく、常に最適な温度を保つ。
触れれば柔らかく、良い香りがして、なんだか心まで熱を帯びてくる最高の暖房器具。
それが、うにゅほである。
「ほっぺた、もちもちしていい?」
「いいよ」
腕を上げ、うにゅほの頬に触れる。
「むい」
ぺたぺた。
もちもち。
「いいほっぺただ……」
「◯◯、てー、ふめはい」
「おっと」
慌てて離す。
「冷たかったか」
「てーつなご」
「うん」
両手の指を絡め、恋人繋ぎにする。
「あったかいね」
「あったかいな……」
しばらくのあいだ、何もせず、ただただ体温を交換するのだった。

302名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/10/16(水) 01:30:57 ID:FI098Ndg0
2019年10月15日(火)

ワインレッドのハーフコートを羽織ったうにゅほが、その場でくるりと回ってみせる。
「ね、ね、にあう?」
「似合う似合う。ちょっと大人っぽいな」
「うへー……」
浮かべた照れ笑いも、ほんのすこしだけ大人びて見える。
「でも、あとで行くステーキハウスには着て行かないほうがいいな。肉汁跳ねるから」
「そだね」
今日は、うにゅほの誕生日だ。
このハーフコートは、両親からのプレゼントである。
「(弟)からは、マフラーだっけ」
「うん」
「合わせてみ」
「はーい」
プレゼント用の紙袋を開くと、薄手のフリンジマフラーが現れた。
色は、白寄りのアイボリーだ。
「どう?」
マフラーを軽く巻いたうにゅほが、上目遣いでこちらを見やる。
「なんか、十二月って感じがする」
「じゅうにがつ?」
「赤と白で、サンタっぽい」
「あー」
「でも、コーデとしては悪くないよ。鏡見てみな」
うにゅほの肩に手を置き、姿見の前まで押して行く。
「ほら」
「ほんとだ、サンタさんぽい」
「な」
「いいかんじ!」
「だろ」
姿見の前で軽くポーズを取るうにゅほを横目に、クローゼットから小さめの包みを取り出す。
「はい、俺からのプレゼント」
「!」
「開けていいよ」
「うん!」
期待にか、すこし慌て気味に、うにゅほが包装を解いていく。
中から出てきたものは、
「──さいふだ!」
シックな花柄の三つ折り財布だった。
「わー……!」
「××の財布、無駄に大きいだろ。いつかプレゼントしようと狙ってたんだ」
「ありがとう!」
うにゅほが、満面の笑みを浮かべながら、心からのお礼の言葉を述べる。
これだから、プレゼントのしがいがあるのだ。
「はながら、かわいいねえ」
「気に入った?」
「はい、きにいりました」
「よかった。子供っぽくも、おばさんくさくもないラインって、けっこう難しくてさ」
「おかねいーれよ」
ふんふんと鼻歌を漏らしながら、うにゅほが財布の中身を移していく。
その様子が、どうしてか微笑ましくて、ずっと眺めていた。
うにゅほと出会って、八年が経つ。
「××」
「んー?」
「ありがとな」
「なにが?」
「いや、いろいろと」
「……?」
うにゅほが、首をかしげる。
わからなくてもいいのだ。
俺は、うにゅほに救われているのだから。

303名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/10/16(水) 01:32:03 ID:FI098Ndg0
以上、七年十一ヶ月め 前半でした

引き続き、後半をお楽しみください

304名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/11/02(土) 01:32:55 ID:W2C.J0ZY0
2019年10月16日(水)

スマホを構え、デスクの上に飾り置いたキーボードを撮影する。
角度を変え、裏返し、箱に入れ、何枚も何枚も。
「なにしてるの?」
「メルカリでキーボード売ってみようと思って」
「めるかり」
「知ってる?」
「うん」
うにゅほが、首を振りながら、小さく口ずさむ。
「めるかりっ♪──てやつ」
可愛い。
「それ、CMだな」
「うん」
「何をするところかは?」
「しらない」
「簡単に言うと、ネット上のフリーマーケットだ」
「ほう」
「ほら、普通に売っても三千円とか五千円だからさ……」
「そのキーボード、かったとき、おいくら?」
「たしか、26,000円だったかなあ」
「おたかい……」
「これをなるべく高く売るために、頑張って写真を撮っているのだよ」
「なるほど……」
写真を撮影し終えたあと、メルカリのアプリを起動する。
商品説明はあらかじめ用意してある。
問題は、いくらで売るかだ。
「いちまんえんくらいにする?」
「いや」
「もっと、おやすくする?」
「このキーボード、過去に19,000円での販売実績がある」
うにゅほが目をまるくする。
「すごい……!」
「だから、まず、19,000円で出品してみよう」
「うれるかな」
「たぶん売れない。値下げ交渉されると思う」
「あー……」
「だから、最低ラインを決めておこう」
「おいくらにするの?」
「一割引で、17,100円。だから17,000かな」
「いけるかな」
「行けるでしょう!」
「おおー」
俺の自信満々な態度に、うにゅほが小さく拍手を送る。
「その拍手は売れたときに取っておいてくれい」
「はーい」
さて、メルカリでの初出品だ。
本当に売れるのだろうか。

305名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/11/02(土) 01:33:41 ID:W2C.J0ZY0
2019年10月17日(木)

「ね、キーボードうれた?」
「まだ」
「まだかー……」
「一日やそこらじゃ売れないさ。腰を据えて行こう」
「うん」
うにゅほが、俺の膝に腰掛ける。
「──…………」
「──……」
「もしかして、腰を据えてる?」
「すえてる」
「上手いことを!」
「うひ!」
うにゅほの脇腹に手を伸ばし、わきわきとくすぐる。
「ひひゃ、ひー!」
「おらおらー!」
「やめれー!」
しばし戯れたあと、解放する。
「ひー……」
「参ったか」
「まいりました……」
「よろしい」
「……なんで、いま、まいらされたの?」
「いや、特に」
「えー……」
うにゅほが口を尖らせる。
「わたしも、◯◯、まいらせたい」
「お、勝負するか?」
わきわき。
「う」
「どうする?」
「……しょうぶする!」
「よし、相撲で勝負だ」
「まける!」
「戦う前から敗北宣言か」
「だって、まける……」
「じゃあ、俺は手を使わない」
「かてる!」
果たしてそうかな。
「──…………」
「──……」
立ち上がり、向かい合う。
「はっきよーい、のこった!」
「のこったのこった!」
うにゅほが、俺の胸に、たどたどしい張り手を食らわせる。
だが、効かない。
「わ、わ、わ」
委細構わず前進し続けると、うにゅほがベッドに尻もちをついた。
「まけたー……!」
「相撲で俺に勝とうなんて、百年早いわ!」
「? あれ、なんですもう……」
「どうしてだろうね」
どさくさと勢いによく流されるうにゅほなのだった。

306名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/11/02(土) 01:34:24 ID:W2C.J0ZY0
2019年10月18日(金)

「うーん……」
スマホ片手にこれ見よがしに唸ってみせる。
「う──……、ん」
「どしたの?」
声を掛けてほしいとき、ちゃんと声を掛けてくれるうにゅほはいい子である。
「実は、あのキーボードを16,000円で売ってほしいって人が現れた」
「おー!」
うにゅほが、ぽんと手を叩く。
「すごいね!」
「でも、ほら、17,000円を最低ラインにしてただろ」
「あー」
「だから、どうしようか迷ってて」
「わたしは、うっていいとおもうなあ」
「やっぱり?」
「ふつうにうったら、ごせんえんだもんね」
「手数料の一割と送料引いても二倍以上にはなるもんなあ」
「すごいよね」
「じゃあ、売るか!」
「うろう!」
実を言うと、既に腹は決まっていた。
背中を押してほしかっただけだ。
16,000円のオファーを承諾すると、ほんの数分で購入された。
「おお、本当に売れた……」
「あとは、おくるだけ?」
「うん」
「じゃあ、こんぽうだね」
ちょうどいいサイズの段ボール箱は既に用意してある。
気が早いかと思っていたが、正解だ。
「××、新聞紙持ってきてくれない?」
「しんぶんし?」
「くしゃくしゃにして、緩衝材にする」
「わかった!」
キーボードを箱に詰め、箱を段ボール箱に詰め、隙間に新聞紙を押し込む。
最後に布ガムテープで封をして、梱包は完了だ。
「よし、セブンイレブンに行こう」
「ゆうびんきょくじゃないの?」
「セブンイレブンでいいらしい」
「セブンイレブン、すごいねえ……」
「たしかに」
最近のコンビニは便利過ぎる気がする。
コンビニ店員の時給をもっと上げるべきではないか。
セブンイレブンで発送を済ませ、ついでにもっちりクレープをふたりぶん購入して帰宅した。
「おかね、いつはいるかな」
「キーボードが相手に届いたあとみたい」
「そか」
問題なく口座に振り込まれたなら、もっといろいろなものを売ってみてもいいかもしれない。
高額で売れそうな不要品は、まだまだあるのだ。

307名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/11/02(土) 01:35:28 ID:W2C.J0ZY0
2019年10月19日(土)

ドラッグストアへ立ち寄った際、もののついでにとモンダミン プレミアムケアを購入した。
「これ、なに?」
「歯磨きのあとにうがいして、虫歯を予防するやつ」
「へえー」
助手席のうにゅほが、容器に書かれている文言を読み上げる。
「ななつのこうかで、おくちのけんこうまもる、だって」
「今晩から使うつもりだけど、××も試してみる?」
「うん、やるやる」
興味津々だ。
「どんなあじするのかな」
「経験上、マズいぞ」
「まずいの?」
「たしか、溶剤がアルコールなんだよ」
「おさけなの?」
「飲むものじゃないから、お酒とは言わない気がするけど……」
「そなんだ」
「まあ、試してみればわかるよ」
帰宅し、そして夜、
並んで歯磨きを済ませた俺たちは、モンダミンの封を開けた。
「適量20mlを口に含んで、20〜30秒間すすいでから吐き出してください──か」
「しようご、おくちをみずですすぐひつようはありません、だって」
「大きく出たな」
「?」
キャップにモンダミンを注ぎ、口に含む。
「──…………」
口内をすすぎながら胸中で20を数え、洗面台に吐き出した。
そして、コップの水でうがいをする。
「あれ、うがい……」
「……やってみればわかるよ」
キャップにモンダミンを注ぎ、うにゅほに手渡す。
すこし緊張した面持ちで、うにゅほがモンダミンを口に含み、
「──ぶえ」
一秒で洗面台に吐き出した。
「まずい!」
「ほら、水」
「うん……」
うにゅほが、口内のモンダミンを水道水で洗い流す。
「この味で"水ですすぐな"ってのは、ちょっとした拷問だよな……」
「わたし、できないかも……」
「無理はしないように」
「はい……」
俺より舌が敏感なうにゅほだから、余計に耐えられないのだろう。
アルコールを使っていない洗口液にすればよかったかな。

308名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/11/02(土) 01:37:11 ID:W2C.J0ZY0
2019年10月20日(日)

「──…………」
不条理な夢を見て、目を覚ました。
嫌な汗が胸元を濡らしている。
大きくかぶりを振ってベッドから抜け出ると、書斎側で読書に勤しんでいたうにゅほと目が合った。
「おはよー」
「ああ、おはよう……」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「もしかして、ぐあいわるい……?」
「いや」
パソコンチェアに腰を下ろし、座椅子に座ったうにゅほを正面に捉える。
「具合というより夢見が悪かった」
「ゆめ……」
「夢」
「どんなゆめ?」
「あー……」
思わず目が泳ぐ。
「……あんま、聞かないほうがいいかも」
「きになる……」
「気にはなるだろうけど……」
「きいたらだめ?」
「うーん……」
ここまで話しておいて、肝心要の内容を教えないのは酷というものだろう。
「……ちょっと刺激が強いから、覚悟するように」
「はい」
こほんと咳払いし、改めて口を開く。
「──高校時代の友達が、自分の足を切断してたんだ」
「!」
うにゅほが目をまるくする。
「ハムみたいに何度もスライスして、どんどん足が短くなっていく」
「──…………」
「両足とも根元から無くなったあと、その友達が言ったんだ」
「……な、なんて?」
「"今度は腕を切ってみようかなあ"」
「ひ」
「不便になるからやめろって言ったんだけど、夢が続けば、たぶん切ってたと思う」
「こわいゆめ、みたねえ……」
「怖いというより、薄気味悪い。なんでこんな夢見るんだか」
猟奇趣味はないはずなのだが。
最悪の寝覚めで始まった休日は、特に何事もなく終わりを迎えた。
あるいはと思っていたが、凶兆ではなかったらしい。
なべて世は事もなし、である。

309名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/11/02(土) 01:37:52 ID:W2C.J0ZY0
2019年10月21日(月)

「♪〜」
鼻歌を歌いながら、機嫌よく仕事をこなしていく。
「明日休みだと思うと、やる気も違うなあ」
「あした、なんのひだっけ」
「なんだっけ……」
営業日確認用のカレンダーしか見ていなかったため、何故祝日かは認識していなかった。
「そもそも、十月のこのくらいの時期に祝日ってあったっけ」
「うーん……」
うにゅほが首をひねる。
「せっかくだし、何の日か当てっこしてみるか」
「たのしそう」
「じゃあ、××からでいいぞ」
「うと……」
しばし思案したあと、うにゅほが口を開く。
「たいくのひーは、ちがうもんね」
「それは先週かな」
「じゃあ、けいろうのひ!」
「あー」
たしかに、秋のイメージがある。
可能性は高い。
「確認してみるか」
「うん」
「自信ある?」
「ある」
胸を張るうにゅほを横目に、スマホで検索をかける。
「敬老の日はー……」
「──…………」
「9月21日でした!」
「あー……」
「一ヶ月違いだから、わりと惜しかったな」
「くやしい」
「じゃあ、俺の番か」
「◯◯、なんのひだとおもう?」
「勤労感謝の日かなあ」
「ありうる……」
「だろ」
再び、スマホで確認する。
「11月23日……」
「いっかげつちがい」
「俺も、××も、惜しいことは惜しいんだよな」
「ね、こたえなんのひ?」
「ちょっと待って」
明日の日付で検索をかけ、読み上げる。
「即位礼正殿の儀……」
「……?」
「天皇陛下の即位をお祝いする、今年だけの祝日だって」
「ことしだけなんだ」
「そりゃ当たらないわな」
「ね」
だが、祝日は祝日だ。
天皇陛下に感謝しながら、ありがたく休日を満喫させていただこう。

310名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/11/02(土) 01:38:17 ID:W2C.J0ZY0
2019年10月22日(火)

あまり使っていなかったMacBookをメルカリに出品し、購入されたのが二日前。
即日発送し、本日の18時に先方へ届くはずだった。
だが、
「MacBook、届いてないみたい……」
「えっ」
「ほら、これ見て」
うにゅほを手招きし、スマホの画面を見せる。
「配送状況のとこ、住所不明、調査中になってるだろ」
「ほんとだ……」
「向こうさん、住所の登録間違ったかな」
「がいじんのひとだっけ」
「たぶん」
「どうしよう……」
「幸い、取引画面でやり取りできるから、ヤマトに電話するよう言ってみよう」
「うん」
「外国人ってだけなら気にしないけど、それに加えて取引経験ゼロのアカウントは警戒すべきだったかもなあ」
「さぎ?」
「詐欺ではないと思う。向こうは間違いなく入金してるわけだし」
「じゃあ、うっかり?」
「うっかりじゃないかな……」
「うっかりさんだね」
「うっかりさんで済めばいいけど」
先方が商品を受け取り、評価をしてくれなければ、こちらに売上金が入らないシステムになっている。
商品が届かないことは、どちらにとっても損でしかないのだ。
しばらくして、先方から返信があった。
「なんて?」
うにゅほがスマホを覗き込む。
「配達店に連絡して、明日の午前中に届くことになったらしい」
「おおー」
「まだわからないけど、一安心かな」
「ななまんえんだもんね……」
「ああ……」
ふいにするには惜しい商談だ。
人と人とのやり取りだから、予測がつかないこともある。
だが、それはそれで面白い。
しばらくメルカリを続けてみようと思った。

311名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/11/02(土) 01:38:42 ID:W2C.J0ZY0
2019年10月23日(水)

「ゔー……」
おなかを押さえながら、うにゅほが苦しげにうめく。
「××さん」
「う」
「おなか、撫でます?」
「なでられます……」
うにゅほが、ふらふらと、俺の膝に腰掛ける。
「では、失礼して」
上着の裾をめくり、手を入れる。
触れるのは、しっとりと湿気を帯びた腹巻きだ。
腹巻きの上からおなかをさすっていると、
「ちょくせつなでてー……」
「わかった」
腹巻きをずり上げ、細いおなかに直接触れる。
汗で濡れたおなかが、手のひらに吸い付くようだった。
なで、なで。
「もっとつよく……」
「はい」
なで、なで。
「もすこしゆっくり……」
「はい」
なで、なで。
「はふー……」
ちょうどいい塩梅になったのか、うにゅほが細く長く息を吐いた。
「すこしは楽になった?」
「うん、ありがと……」
「これくらいしかできないからな」
うにゅほが小さく首を横に振る。
「そんなことない」
「じゃあ、何ができる?」
「うと……」
しばし思案し、
「てーつなぐ……」
「はい」
左手で、うにゅほの左手を取り、指を絡ませる。
「あと、あたまなでる」
「手が足りないんですが……」
「えー……」
「わかってて言ってるだろ」
「うん」
すこし余裕が戻ってきたらしい。
女の子は、本当に大変である。

312名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/11/02(土) 01:39:33 ID:W2C.J0ZY0
2019年10月24日(木)

「何の日シリーズ!」
「おー」
「特に書くことがない日に催される本シリーズ、司会の◯◯です」
「かくことないんだ」
「今日、特に何もなかったから」
「しごとがんばってた」
「それは毎日同じだろ」
「おなじだとだめなの?」
「日記は、毎日違うことを書くんだよ。同じこと書いたら面白くないし」
「ばんごはんのことは?」
「晩御飯?」
「きょうのばんごはん、おでんだった」
「美味しかったな」
「うん」
「俺は、はんぺんが好きだな」
「わたし、たまご」
「──…………」
「──……」
「ほら、話題が尽きた」
「あー……」
「晩御飯は毎日違うけど、発展性がな……」
「そうかも」
「毎日違って、そこそこ話の種になる。何の日シリーズはそこが便利なんだよ」
「なるほど、わかりました」
「では、改めて」
こほんと咳払いをし、
「今日は、何の日でしょう!」
「とー、とー、にー、とにし、とにし、とによ……」
しばし口の中で語呂を転がしたあと、うにゅほが自信なさげに口を開いた。
「……たにしのひ?」
「ぶー」
「やっぱし……」
「ヒント、無理があります」
「むりあるパターンかー」
「言ってしまうと、文鳥の日です」
「ぶんちょうのひ」
「"て(10)に(2)し(4)あわせ"の語呂合わせだそうで」
「ふたつくらいむりある……」
「俺もそう思う」
「さいきん、すっきりパターンすくないね」
「あ、昨日はすっきりパターンだったぞ」
「なんのひだったの?」
「モルの日」
「もるのひ」
「1molが6.02×10の23乗個の粒子からなる物質の物質量だから、だって」
「……?」
うにゅほが首をかしげる。
「すっきりパターンだろ」
「わからないパターン……」
高校物理だからなあ。
しばし時を遡り、無理のない語呂合わせの記念日を探す俺たちだった。

313名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/11/02(土) 01:40:08 ID:W2C.J0ZY0
2019年10月25日(金)

二週間ぶりに呼吸器内科を受診し、帰宅した。
「ね、どうだった?」
「シムビを一ヶ月ぶん処方してもらった」
シムビコートタービュヘイラー。
気管支喘息のための吸入剤である。
「しむび、まだつかうの?」
「ああ」
「せきでなくなったのにねえ……」
「喘息は、基本的に完治しないんだよ」
「えっ」
うにゅほの表情から色が抜け落ちる。
「大丈夫、大丈夫。発作さえなければ、健康な人と変わりないから」
「でも、ほっさでたら」
薬局の袋から、白い容器の吸入剤を取り出す。
「そのためのシムビだ」
「──…………」
「シムビはすごいんだぞ。これを欠かさず吸入する限り、発作が起こる可能性は限りなく低くなる」
うにゅほの頭を、ぽんと撫でる。
「だから、そんなに心配しなくていいよ」
「うん……」
「大人になれば、持病はつきものだ。自分でコントロールできるぶん、喘息はまだましとも言える」
「ましかなあ……」
「糖尿病とか、たいへんだぞ。自分で注射したりするんだから」
「じぶんで!」
「怖いよなあ」
「こわい……」
「それに比べたら、朝晩に吸入するくらい、なんてことないだろ」
「そんなきーしてきた」
「……まあ、本音はちょっと面倒だけどな」
「やっぱし……」
うにゅほが苦笑する。
喘息は、病気ではなく、体質とも言われている。
なってしまったことを嘆くより、上手く付き合っていくことを考えるべきだろう。

314名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/11/02(土) 01:40:38 ID:W2C.J0ZY0
2019年10月26日(土)

「いててて……」
昨夜、久方ぶりに筋トレをしたところ、筋肉痛になってしまった。
「いてててて、いてててててて、いてててて……」
「ごーしちごーだ」
「腕と大胸筋が痛い」
「うでずもうのせいかな」
「腕相撲……?」
「あ、ちがう」
うにゅほが、恥ずかしげに目を伏せながら、胸の前で両手を振る。
「うでたてふせ……」
「腕相撲では筋肉痛になりませんね」
「まちがえたの!」
「ごめんごめん」
「もー……」
可愛い。
「年を取ったら筋肉痛が二日後に来るって言うけど、あれ何歳からなんだろうな」
「◯◯、ふつかごにきたことある?」
「まだない」
「じゃあ、わかいのかな」
「かなりギリギリのラインだと思う……」
「そかな」
「ギリギリアウトな気もしてる」
「でも、きんにくつう、ふつかごにこないんでしょ?」
「そうだけど……」
若いか否かの基準としては、いささか偏りすぎてはいまいか。
「老眼とか入れば、さすがに言い訳のしようもない気がする」
「ろうがん、まだだよね」
「さすがにな」
「ろうがんって、ちかいのみえないんだっけ」
「たしか」
「じゃあ、◯◯、とおいのもちかいのもみえなくなるの……?」
俺は、強度の近視だ。
ひとたび眼鏡を外せば、うにゅほの顔すら判然としない。
「見えなく──なる、のかなあ……」
「こわいね……」
「……まあ、遠近両用眼鏡とかあるし、なんとかなるんじゃないか」
「ならいいけど……」
「──…………」
「──……」
思わず未来を憂うふたりだった。

315名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/11/02(土) 01:41:06 ID:W2C.J0ZY0
2019年10月27日(日)

メルカリで購入した品物が届いた。
「なにかったの?」
「うっ」
この狭い部屋で隠し事ができようはずもない。
「まあ、まずは聞いてくれ」
「……?」
うにゅほが小首をかしげる。
「いま使ってるキーボードあるだろ」
「せんげつかったやつ」
「あれ、本当はアイボリーじゃなくて、黒が欲しかったんだよ」
「くろ、うりきれだったの?」
「売り切れではないけど、高騰してた。三万円のキーボード、四万円で買いたくないだろ」
「さんまんえんもたかいとおもう……」
ごもっともである。
「そこで、俺は考えた。安価に黒を入手する方法を」
「ほう」
「まず、メルカリで、可能な限り値引き交渉を行い、安値で購入する」
うにゅほが段ボール箱をぽんと叩く。
「これ?」
「その通り」
「おいくらまんえん?」
「23,000円」
「やすい、かなあ……」
「そして!」
畳み掛けるように続ける。
「続いてこのアイボリーを出品し、なるべく高値で売ることにより、ほぼノーコストでの交換が可能となるのだ!」
「あ、なるほど」
うにゅほが、うんうんと頷く。
「◯◯、あたまいいね」
「だろ?」
「にまんさんぜんえんでうれたら、とんとん?」
「販売手数料が一割と、送料も取られるから、できればもうすこし高く売りたいな」
「うれるかなあ……」
「まあ、そこは俺の腕で」
アイボリーの写真を数点撮影し、三十分かけて商品説明を書き終えると、様子見として27,800円で出品してみた。
「つよき」
「値引き前提だからな」
「うれたらいいねえ」
「まあ、一週間も待てば──あ、コメントついた」
「なんて?」
「26,000円で売ってください……」
「はや!」
「よし、承諾してみよう」
承諾すると、即座に売れた。
「開始十分で売れた……」
「すごい……」
「こんなこともあるんだな」
「ね」
「よし、黒が届いた段ボール箱に梱包して、発送しちゃおう」
「てつだう!」
「ありがとう」
販売手数料と送料をさっ引いて、実質600円で交換できた計算となる。
メルカリ、上手く使えば本当に便利だなあ。

316名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/11/02(土) 01:41:32 ID:W2C.J0ZY0
2019年10月28日(月)

「──…………」
ヘッドホンを外し、首をひねる。
「わからん」
「わからんの」
「わからん……」
「なにがわからんの?」
「ハイレゾ音源とCD音源の違いがわからん」
「はいれぞ、きいたことある」
「聞かせたことあったっけ」
「?」
うにゅほが小首をかしげたので、すぐ勘違いに気が付いた。
「あ、ハイレゾって単語を聞いたことがあるって意味か」
「うん」
「だよなあ」
ハイレゾ音源、買ったの最近だし。
「こうおんしつなんでしょ」
「そのはず」
「わからんの?」
「ぜんぜんわからん。聞いてみる?」
「みるみる」
うにゅほにチェアを譲り、ヘッドホンを手渡す。
「じゃ、CD音源からな」
「うん」
今回聞き比べるのは、ヨルシカの「だから僕は音楽を辞めた」だ。
まず、Amazonで購入したmp3ファイルを再生する。
「──…………」
「──……」
「これしーでぃー?」
「CD」
「いろんなおときこえる……」
「DACも、ヘッドホンも、かなり良いもの揃えてるからな」
「はいれぞ、もっとすごいのかな」
「じゃ、次はハイレゾ音源だ」
「はい」
続いて、ハイレゾ配信サイトで購入したflacファイルを再生する。
「──…………」
「──……」
「これ、はいれぞ?」
「ハイレゾ」
「おなじにきこえる……」
「だろ!」
「わ」
思わずうにゅほの手を取る。
「仲間、仲間」
「なかまだね」
「耳のいい人なら聞き分けられるのかなあ」
「たぶん……?」
「少なくとも、俺たちにハイレゾは必要なさそうだな」
「そだねえ」
CD音源で十分楽しめるのだから、お得な耳と言えるかもしれない。
しかし、ハイレゾって本当に意味があるのだろうか。
怪しい。

317名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/11/02(土) 01:42:05 ID:W2C.J0ZY0
2019年10月29日(火)

「ぐ」
下腹を押さえながら、猫背でトイレへ向かう。
用を足して自室に戻ると、うにゅほが心配そうに俺の腹部に手を当てた。
「◯◯、だいじょぶ……?」
「大丈夫、大丈夫」
「ほんと?」
「痛いことは痛いし下ってはいるけど、そこまでひどくはないから」
「そか……」
強がりではない。
本当にそんな感じなのだ。
「ただ、薬は飲んでおきたいな。赤玉取ってきてくれないか」
「わかった!」
うにゅほが階下へ駆け出していく。
腹痛は今朝からだが、下痢自体はもう一週間ほど続いている。
よくない傾向だ。
うにゅほが持ってきてくれた赤玉はら薬を水で流し込んだあと、呟くように口を開いた。
「……やっぱ、大腸内視鏡検査、受けてこないとなあ」
「!」
うにゅほが、反射的に、自分のおしりを押さえる。
「おしりからいれるやつだ……」
「××が隠すことないだろ」
「つい……」
「……俺も憂鬱だけどな」
俺は、ポリープのできやすい体質らしい。
よって、医師から、二年に一度の大腸内視鏡検査を義務づけられている。
「この腹痛も、ポリープのせいかもしれないって考えるとさ……」
「こわいね……」
「まあ、大丈夫とは思うけど」
「ぽりーぷみつかったら、またにゅういん?」
「一泊二日な」
「うん……」
「一泊くらいなら、さすがに慣れたろ」
「にゅういん、しんぱいどがちがう」
「あー」
わからなくもない。
「ぽりーぷないように、がんばってね」
「うーん……」
いまから頑張って、どうにかなるかなあ。
「がんばってね……」
「あ、はい」
請うような目に、思わず頷いてしまった。
何事もないことを祈る。

318名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/11/02(土) 01:42:29 ID:W2C.J0ZY0
2019年10月30日(水)

「うー……んむ」
ディスプレイを睨みつけながら、つるりと顎を撫でる。
「どしたの?」
「ガラス製のキーボードが発売されたらしい」
「ガラスせい……」
「凹凸のないフラットなキーボードで、スマホみたいな原理っぽい」
ページをスクロールし、うにゅほにキーボードの画像を見せる。
「あ、かっこいい」
「未来っぽい感じするよな」
「うと、またかうの……?」
恐る恐る尋ねたうにゅほに、あっさりと首を横に振る。
「いや、買わないよ」
「かわないんだ」
うにゅほが、ほっと息をつく。
メルカリの売り上げがあるからと言って、そうそう無駄遣いはしていられない。
「ノートパソコンもそうだけど、そもそも薄いキーボードって苦手なんだよな。打ちにくい」
「うちにくいんだ」
「俺はね。要は、慣れの問題でもあるから」
「なるほど」
「それに、凹凸がまったくないと、相当ブラインドタッチしにくいと思う」
「てもとみないでうつやつだっけ」
「そう」
「いちおなじなら、うてそうだけど……」
「普通のキーボードだって誤入力するのに、凹凸すらないとどうなると思う?」
「ゆび、すべる?」
「キーとキーのあいだを打ってしまう」
「あー」
うにゅほが、うんうんと頷く。
「このたぐいのタイプミスは、普通のキーボードでは起こりにくいものだ。キーとキーが独立してるからね」
「それが、おこりやすい」
「構造的に」
「じゃあ、かわない?」
「買わないって。店頭にあったらタイピングしてみたいけど」
「……ちなみに、おいくら?」
「32,500円だってさ」
「よかったー……」
「……そんなにキーボードばっか買ってるかな」
「かってる」
即答されてしまった。
しばらくは、いまあるキーボードで満足しよう。

319名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/11/02(土) 01:42:55 ID:W2C.J0ZY0
2019年10月31日(木)

「あ゙ー……」
ぼすんとベッドに倒れ込む。
足が棒のようだった。
「おつかれさま」
「久し振りに外仕事行くと、やっぱきついわ……」
「ずっとあるいてたの?」
「ずっとじゃないけど、だいたいは」
「あしもむ?」
「お願いします……」
よっこらと声を漏らしながら、ベッドにうつ伏せになる。
「みぎもむね」
「はい」
もみ、もみ。
「うあー……」
痛気持ちいい。
「◯◯、あしふといねえ」
「ごんぶとだろ」
「ごんぶと」
「××の足、細いよなあ」
「ほそいよ」
「俺のふくらはぎって、××のふとももくらいあるよな……」
「あるかも……」
「ごんぶとだな」
「ごんぶと」
そんな会話を交わすうち、心地良さから眠気が襲ってきた。
「……悪いけど、ちょっと寝るかも」
「ねていいよー」
もみ、もみ。
「──…………」
強張った筋肉が揉みほぐされていく快楽に身を任せながら、目を閉じる。
すぐに意識が飛び、気が付いたのは三十分ほどのちのことだった。
重い頭を振りながら、自室の書斎側へ顔を出す。
「あ、おはよ」
「おはよう……」
「きもちかった?」
「気持ち良かった。ありがとうな」
「うん」
照れくさそうに頷くうにゅほを横目に、ぽつりと呟く。
「さて、仕事するか……」
外仕事の何が嫌かって、普段の仕事は普段の仕事で別にあることだ。
「がんばってね……」
「……はい」
外仕事は、一週間ほど続く。
頑張らねば。

320名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/11/02(土) 01:43:44 ID:W2C.J0ZY0
以上、七年十一ヶ月め 後半でした

引き続き、うにゅほとの生活をお楽しみください

321名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/11/16(土) 17:47:23 ID:TTNaFCSI0
2019年11月1日(金)

我が家では、無線LANに噛ませたチューナーによって、スマホなどでもテレビを見ることができる。
iPadでニュース番組を垂れ流しながらブラウジングを行っていたところ、気になる情報が目と耳に飛び込んできた。
「東京オリンピックのマラソン、結局札幌に決まったのか」
「そなの?」
とてとて寄ってきたうにゅほが、俺の肩に顎を乗せてiPadを覗き込む。
「ほんとだねえ」
「正直、ちょっと迷惑だよな」
「わかる」
オリンピックに興味のない身としては、道路を封鎖され、混み合うばかりのマラソン競技に、良い印象を抱くことができない。
「まあ、でも、関係ないか。どうせ行かないんだし」
「みにいっても、ちょっとしかみれないもんね」
「並走するわけにも行かないもんな」
そんな身も蓋もない会話を交わしていると、候補となるコースがiPadに表示された。
「あれ……」
「?」
「このコース、うちからめっちゃ近くない?」
「うち、どこ?」
画面のある一点を指差す。
「ここ」
「ちか!」
「1kmあるかないかだぞ……」
「ここ、ほんとにとおるのかな」
「まだ候補だから、なんとも言えないけど」
「とおったらすごいね!」
なんだかんだとわくわくしている様子のうにゅほに、軽く提案してみる。
「コースがここに決まったら、ちょっとだけ見に行ってみようか?」
「えー……」
行きたくないんかい。
「ちょっとしかみれないし」
「そうだけどさ」
俺に似たのか、どうにも出不精なうにゅほである。

322名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/11/16(土) 17:48:03 ID:TTNaFCSI0
2019年11月2日(土)

しばらく前から迷っていることがある。
「Dropbox、加入しようかなあ……」
「どろっぷぼっくすって、なに?」
「……オンラインストレージ?」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「簡単に言えば、ネット上にデータを預けられるサービスかな」
「ふんふん」
「PCのデータが飛んでも、ネット上にバックアップしておけば安心だろ」
「んー……?」
うにゅほが何事か思案する。
「どした」
「わかんないけど、だいじょぶなのかなって」
「あー」
クラウドサービスやオンラインストレージに対し、漠然とした不安を覚えるのはよくわかる。
「ネット上って言っても、データがふわふわ浮いてるわけじゃないぞ」
「それもわかんないけど……」
「ほら、トランクルームってあるだろ。月にいくらか払って借りる押し入れみたいなやつ」
「うん」
「あれと同じ」
「おなじ……」
「どっかの会社のでっかいサーバの一部を借り上げて、そこにデータを突っ込んで、ネットを介して出し入れするだけだから」
「じゃ、だいじょぶなんだ」
「パスワードが漏れたりしなければな」
「もれたら?」
「データ持ち出され放題」
「だめだ!」
「そんなの、家の鍵を落としても同じだろ」
「そだけど……」
「そもそも、バックアップしたいのは自作のデータだけだからな。こんなの、俺にしか価値ないし、盗み見られたって大して困らないよ」
「なら、いいのかなあ……」
「問題は値段でな」
「おいくら?」
「月1,200円……」
「──…………」
うにゅほが、目をぱちくりさせる。
「え、やすい」
「でも、年に14,400円だぞ」
「このきーぼーど、おいくら?」
「三万円……」
「ね」
「はい」
というわけで、Dropboxの有料プランに加入することにした。
これでPCが爆発しても安心である。

323名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/11/16(土) 17:48:47 ID:TTNaFCSI0
2019年11月3日(日)

「ふいー……」
満杯の胃袋を持て余しながら自宅の玄関をくぐる。
「カレー、おいしかったねえ……」
「ほんとな。あれだけコクのあるカレー食べたの初めてかもしれない」
「すーごいならぶの、わかるね」
うにゅほとも面識のある友人と三人で、おすすめの欧風カレーを食べてきたのだった。
「(弟)誘って、また行こうか」
「あした?」
「……そんなに気に入ったの?」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「いや、明日も行きたいのかと」
「ちがくて」
「違うのか」
「あした、しゅくじつだから、いくならへいじつのがいいねって」
「あー」
なるほど、そういう意味か。
「ね、きょうのカレー、リトルスプーンよりおいしかった?」
「──…………」
リトルスプーン。
かつて札幌を中心にチェーン展開していたカレー専門店である。
「そうか。××って、結局、リトルスプーンのカレー食べられなかったんだもんな」
「うん……」
残念ながら、現在では、全店舗あえなく閉店となっている。
にも関わらず、たびたび俺と弟のあいだで話題に挙がるためか、リトルスプーンのカレーを味わえていないことがうにゅほの心にしこりを残しているらしい。
「……味だけで言うなら、今日のカレーのほうが美味しかった、かな?」
「そか……」
うにゅほが、不思議と残念そうに頷いた。
どう答えれば正解なのかがわからない。
「ええと、今度はインドカレー食べに行こうか。ナンと一緒に食べるやつ」
「いく!」
元気を取り戻したうにゅほの様子に、心中ほっと胸を撫で下ろす。
二度と食べられない以上、リトルスプーンの話題は避けたほうが無難かもしれない。

324名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/11/16(土) 17:49:27 ID:TTNaFCSI0
2019年11月4日(月)

「──…………」
ぼりぼりと首筋を掻きむしりながら、自室の書斎側へと顔を出す。
「あ、おはよ」
「おはよう……」
時計に視線を向ける。
午後四時。
道理で薄暗いはずだ。
「休日は無限に寝れるなあ……」
「つかれてるのかな」
「かも」
シーリングライトをつける。
「暗いところで読書してると、俺みたいになるぞ」
「めがね?」
「眼鏡」
「おそろいだ」
「視力は失ったら戻らないんだから、大事にしなさい」
「はーい」
両手を擦り合わせる。
布団の中は暖かかったが、布団の外は肌寒い。
「……××、寒くないの?」
「すこし」
「すこしでも寒いと思ったら、エアコンつけていいんだぞ」
「リモコン、◯◯のまくらもと……」
「──…………」
「──……」
「すみません……」
「いいよ」
「エアコンのリモコン、置き場所変えるか」
「うん」
エアコンの電源を入れ、リモコンをプリンタの上に置く。
「俺が寝てるときでも、つけたり消したりしていいからな」
「おと、うるさくない?」
「そこまで気にならないよ」
「わかった」
チェアに腰を下ろし、膝をぽんぽんと叩く。
「あったかくなるまで、湯たんぽお願いします」
「──…………」
うにゅほが口を尖らせる。
「まで?」
「……あったかくなっても」
「はーい」
膝の上に腰掛けたうにゅほを抱き締める。
暖かい。
冬が近づいている。

325名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/11/16(土) 17:50:00 ID:TTNaFCSI0
2019年11月5日(火)

「うぐぐぐ……」
枕に顔を埋めながら、うめき声を漏らす。
「しっぷはるよー」
ぴと。
「うひ」
「ちめたい?」
「大丈夫……」
「じゃ、こしもむね」
両のふくらはぎに湿布を貼ったあと、痛めた腰をマッサージしてもらう。
至れり尽くせりだ。
「うーしょ、と」
もみ、もみ。
「きもちい?」
「気持ちいい……」
「きょう、たいへんだったんだもんね」
「六時間歩き詰めだぞ」
「うへえ……」
「たぶん、一万歩は余裕で歩いてると思う」
「ろくじかんだもんね……」
「足は痛いわ、腰も痛いわ、もうわやさ」
「おつかれさま」
「ありがとう」
うにゅほのふわふわマッサージと、その言葉さえあれば、明日も頑張れる気がする。
「あ、かみのけにごみついてるよ」
「ゴミ?」
「うん」
うにゅほの指が髪に触れる。
「……むしだ」
「あー……」
心当たりがある。
「それ、たぶん、雪虫」
「ゆきむし」
「めっちゃ飛んでたからなあ」
「ゆきむし、やだよねえ……」
「勝手にぶつかってきて、勝手に死ぬんだもん。勘弁してほしい」
「ゆきむし、あぶらむしなんだっけ」
「そう。秋に羽虫になる」
「ふしぎ」
「面白いし興味深いけど、さっさと交尾を終えて全滅してほしい……」
足腰の痛みと疲労で、気持ちに余裕のなくなっている俺だった。

326名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/11/16(土) 17:50:45 ID:TTNaFCSI0
2019年11月6日(水)

仕事先で初雪が降ったため、本日の外仕事は延期となった。
「しごとなくなって、よかったねえ」
「良かったような悪かったような……」
「よくないの?」
「筋肉痛バキバキで歩きたくないから、その点では良かった」
「うん」
「でも、こなすべきノルマがなくなったわけじゃないから」
「あー……」
「このまま延期し続けて、冬に片足突っ込んだら、凍えながら歩かなきゃならないだろ」
「つらいね」
「つらい」
雪道を六時間なんて、絶対歩きたくないし。
「今日は、せいぜい、足を休ませることにするよ。ふくらはぎパンパンだもん」
「さわっていい?」
「いいよ」
うにゅほが、フローリングに膝をつき、俺のふくらはぎに触れる。
「かたい……」
「ここまで来ると怪我だよな……」
「あ」
「あ?」
うにゅほが朗らかにこちらを見上げる。
何か思いついたらしい。
「◯◯、きょう、あるいたらだめね」
また妙なことを。
「いや、トイレとか……」
「といれいがい」
「仕事部屋にも行かないと」
「わたし、かたかす」
「──…………」
「──……」
「つまり、そういう遊びがしたいと」
「うん!」
笑顔で頷かれてしまった。
「……わかった。今日は、××に介護されるよ」
「おまかせください」
こうして、ふたりの介護ごっこが始まった。
「水飲みたいな」
「はーい」
そう言うと、冷たい水が出てくる。
「生徒会役員共の最新刊読みたい」
「わかった!」
口にするだけで、目当ての漫画を取ってくれる。
「肩張ってきたな……」
「かたもむね」
マッサージだって完璧だ。
こんなに快適でいいのだろうか。
介護ごっこは、うにゅほが床に就くまで続いた。
改めて思う。
これは、ダメだ。
完全に堕落する前に、この遊びは禁止にしなければ。

327名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/11/16(土) 17:51:17 ID:TTNaFCSI0
2019年11月7日(木)

うにゅほと並んで歯磨きをしたあと、モンダミンを口に含む。
「──…………」
二十秒間口内をすすぎ、吐き出す。
「なんか、この味にも慣れてきた」
「なれるものなの……?」
「意外と」
「わたしも、ずっとやってたら、なれたのかな」
「たぶん……」
しばし思案したあと、うにゅほがモンダミンの容器を手に取る。
「やるのか」
「やる」
「無理しないほうが……」
「もっかいだけ、やってみる」
「そこまで言うなら止めないけど」
「──…………」
キャップに注いだ洗口液を、うにゅほが緊張の面持ちで見つめる。
「……いきます」
そして、ままよとばかりに勢いよくあおった。
「ふぶ」
思わず噴き出しそうになる口元を押さえながら、うにゅほが涙目で口内をすすぐ。
「……大丈夫か?」
背中を撫でてやりながら、ようやく二十秒が経過し、
「ぶええ……」
うにゅほが苦しげに洗口液を吐き出した。
「びりびりしゅる……」
「ほら、水でうがいしな」
「はい……」
口内のモンダミンを水道水で洗い流したあと、うにゅほが呟いた。
「ほんとになれるのかな……」
「いやほんと無理しないほうが」
「でも、◯◯、なれたって」
「慣れるのに二週間くらいかかったぞ」
「──…………」
「──……」
「やめていい……?」
「無理しなくていいってば」
「うん……」
やはり、うにゅほにエタノール溶剤の洗口液は難しいようだ。

328名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/11/16(土) 17:51:58 ID:TTNaFCSI0
2019年11月8日(金)

「ただいまー……ァああ!」
「おかえ、わっ」
玄関先で出迎えてくれたうにゅほを、正面から抱きすくめた。
うにゅほの匂いがする。
「外仕事、やっと終わった……」
「よしよし」
うにゅほが、ぽんぽんと背中を叩いてくれる。
優しい。
「おつかれさまだね」
「うん」
「あし、つらい?」
「だいぶ慣れたから」
「でも、しっぷはったほういいね」
「お願いします」
満足したのでうにゅほを離し、靴を脱ぐ。
「それにしても、四日もかかると思わなかった……」
「きょうも、ろくじかんあるいたの?」
「今日は五時間で済んだ」
「すんだ……」
「総計すると、この一週間で、丸一日近く歩いてる計算に……」
「うへ」
「半端ないな」
「◯◯のあし、もっとふとくなりそう」
「いまでも大根より太いのにな」
「なにあしかな」
「もう根菜では喩えきれないんじゃないかな……」
なんてことのない会話を交わしながら自室へ戻り、ベッドに倒れ込む。
すると、我が身を蝕んでいた疲れが眠気となって、一気に襲い掛かってきた。
その様子を察したのか、
「はい」
と、うにゅほがアイマスクを手渡してくれる。
「今日のぶんの仕事あるし……」
「かみんとってからにしましょう」
「……はい」
「さんじゅっぷんでおこすね」
「お願いしまふ……」
アイマスクを受け取り、もぞもぞと布団に潜り込む。
管理されてるなあ、と思った。

329名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/11/16(土) 17:52:35 ID:TTNaFCSI0
2019年11月9日(土)

「──…………」
こんなことは無為だ、時間の無駄だ。
やめなければ。
わかっているのに、両目が画面を追ってしまう。
マウスを操作する手が止まらない。
「××、助けて……」
「?」
座椅子で小説を読みふけっていたうにゅほが、心配そうにこちらへ寄ってきた。
「どしたの……?」
「ゲームをする手が止まらないんだ」
うにゅほがサブディスプレイを覗き込む。
「これ、きのうからやってるやつ」
「昨日からじゃない」
「ちがうの?」
「……実は、一週間くらいやってる」
「やってたっけ」
「これ、クリッカーゲームなんだ。放置しても、最低限は進んでくから」
「あ、なにもしないゲーム」
「何もしないで済むなら悩まないんだけど……」
溜め息をひとつつき、うにゅほへと向き直る。
「……いまからこのゲームについて解説するから、終わったら正直な感想を聞かせてくれ」
「わかった」
「まず、このゲームの目的は、より高階層を目指すことだ」
「うん」
「クリックして敵を倒し、お金を貯めて、仲間を雇う。雇った仲間は、毎秒敵を攻撃してくれる」
「じゃあ、クリックしなくていいの?」
「してもいいし、しなくてもいい」
「へえー」
うにゅほが、うんうんと頷く。
「頑張って仲間のレベルを上げても、やがて限界が訪れる。どうしても進めなくなる時が来る」
「そしたら、どうするの?」
「転生して、最初からやり直す」
「さいしょから……」
「すると、前より有利な状態で始められる」
「それをくりかえすの?」
小さくかぶりを振り、続ける。
「──だが、いくら転生を繰り返しても、進めなくなる限界点はある。そうしたら、どうすればいいと思う?」
「うと、なんだろ……」
思案する暇も与えず、答えを告げる。
「超転生する」
「ちょうてんせい」
「すると、さらに有利な状態から始められる」
「はー……」
「だが、超転生は連続でしても意味がない。転生を繰り返してポイントを貯めなければならない」
「──…………」
「転生を繰り返し、時折超転生を挟んで、ひたすら高い階層を目指していく。終わりはない」
「うん」
「このゲーム、どう思う?」
「さいのかわら」
「ですよね……」
「やめたほういいとおもう……」
「……ありがとう。その言葉が聞きたかったんだ」
俺は、Clicker Heroesを終了すると、大きく伸びをした。
肩の荷が下りた気分だった。

330名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/11/16(土) 17:53:16 ID:TTNaFCSI0
2019年11月10日(日)

赤信号で停車した際、車道を挟んで反対側に「DOG STREET」という看板を掲げた建物があった。
裏側に、狭いながらも、柵で囲われた空間が見える。
「ドッグなんちゃらってやつかな」
「えっ」
うにゅほが心配そうに俺の顔を覗き込む。
「ストリートだとおもうよ……?」
「いや、読める、読めるから!」
とんだ勘違いをされてしまった。
「ドッグランだか、ドッグパークだか、そんなんかなって思ったんだよ……」
「ドッグラン?」
「紐を外して遊ばせる、犬用の公園みたいの」
「あ、しってるかも」
「海外に多いイメージだったんだけど、こんなとこにもあるんだな」
信号が青に変わったことに気付き、アクセルを踏み込む。
柵の向こうがわずかに覗く。
「誰もいないな」
「いないねえ」
「日曜だし、賑わっててもよさそうなもんだけど」
ドッグランではなく、ただの裏庭だったりするのだろうか。
「コロのめいにち、もうすぐだね」
「あー」
コロとは、数年前に亡くなった愛犬の名前である。
「家の近くにドッグランあっても、あいつは連れてけなかったろうな」
「ほかのいぬにけんかうるもんね……」
「自分のこと犬だと思ってなかったんじゃないかな」
「そうかも」
「子供のころに他の犬と交流しないと、そんなふうになっちゃうんだってさ」
「こどものころ、どんないぬだったの?」
「どんな犬だったかなあ……」
二十年は前の話である。
さすがに記憶が曖昧だ。
「黒い犬から産まれて、兄弟もみんな黒いのに、コロだけ茶色かったことは覚えてる」
「おとうさん、ちゃいろかったのかな」
「祖父母かもしれないな。隔世遺伝だか、分離の法則だか……」
「ぶんりのほうそく?」
「ああ、メンデルの法則のひとつで──」
話題はすぐに変わってしまったが、久し振りにコロのことを思い出せた。
命日に備えてビーフジャーキーを買っておこう。

331名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/11/16(土) 17:54:13 ID:TTNaFCSI0
2019年11月11日(月)

ポッキーをぽりぽり食べ進めながら、小さく溜め息をつく。
「明日と明後日、憂鬱だなあ……」
「こうしゅうだっけ」
「そう。技能試験の講習会」
俺が取得を目指している資格は、筆記試験と技能試験とに分かれている。
筆記はなんとかパスしたので、残るは技能だけだ。※1
「講習はいいんだよ、べつに。合格する確率が上がるんだから、願ったり叶ったりだ」
「うん」
「問題は、講習だからって普段の仕事がなくなるわけじゃないってことでさ……」
「へいじつだもんね……」
「五時に講習が終わって、六時に帰宅して、そこから仕事だろ」
「──…………」
「で、明後日も朝から講習と」
「むりしないでね……」
「したくはないけど、せざるを得ないよな」
「そだけど……」
「まあ、二日くらいなら無理きくだろ。もう若くないけど」
「しんぱい」
「大丈夫、大丈夫。ブラック企業に勤めてる人たちなんて、これ以上の激務を休日なしで毎日続けてるんだから」
「いま、ほかのひとかんけいない」
「あ、はい……」
たしかに。
「せめて、ちゃんとねてね。きょう、はやくねるんだよ」
「わかりました」
「──…………」
「──……」
「……ほんとにわかってる?」
「えーと、二時には……」
「いちじ」
「一時半には」
「いちじ」
「……頑張ります」
「はい」
俺の身を案じているときのうにゅほは、強い。
早めに寝よう。

※1 2019年10月6日(日)参照

332名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/11/16(土) 17:55:00 ID:TTNaFCSI0
2019年11月12日(火)

「ぢがれだー……」
チェアの背もたれに深く体重を預け、天井を仰ぎ見る。
「ほんと、おつかれさま……」
「はい……」
朝から夕方まで資格試験のための講習を受けて、帰宅するや否や仕事に取り掛かる。
自由の身となったのは、深夜に差し掛かったころのことだった。
「きょうも、はやくねないとね」
「──…………」
「……すごいかおしてる」
不満が表情に表れたらしい。
「やだ」
「やなの……?」
「勉強と仕事だけで一日が終わるなんて、嫌だ」
「でも、あしたもはやいし」
「早めに寝るから、遊ばせてくれー……」
「うーん……」
しばしの思案ののち、うにゅほがそっと溜め息をついた。
「……にじまでだよ?」
「やった!」
うにゅほの手を取り、甲にキスをする。
「わ」
「ありがとう!」
「そんなに」
「体は幾分無理がきくけど、心はそうは行かないからな」
「そうなの?」
「体が疲れても心が元気なら頑張れるけど、体は元気でも心が疲れてたら頑張れないだろ」
「たしかに……」
「俺には、明日への活力が必要なのだ」
「なにするの?」
「決めてない!」
「きめてないんだ……」
「とりあえず、適当に動画眺めながらデイリーこなすかなあ」
「いつもどおり」
「いつも通りがいちばんいいんだよ」
「それは、わかるなあ」
「だろ」
うにゅほを膝に乗せ、イヤホンを片方ずつ分け合いながら、iPadでソシャゲを起動する。
そんな何気ない日常が、頑張る力になるのである。

333名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/11/16(土) 17:55:28 ID:TTNaFCSI0
2019年11月13日(水)

「ただいヴァー……」
「おかえり!」
肩から提げたメッセンジャーバッグを、うにゅほが預かろうとする。
「……おも!」
「工具とか入ってるから、見た目より重いぞ」
「びっくりした」
「大袈裟だなあ」
「うーしょ、と!」
改めてバッグを担ぎ上げ、うにゅほが俺を先導する。
「おつかれさま。こうしゅう、おわり?」
「うん、終わり」
「しけん、うかりそう?」
「わからない。残り一ヶ月、独力でも勉強しないと」
「そか……」
「でも、講習受けてわかったよ。受けなかったら、合格する確率はゼロだった」
「おー」
「その意味では、すごく有意義だったな」
「こうしゅう、うけてよかったね」
「ああ、よかった」
「いま、ごうかくするかくりつ、なんパーセント?」
「今、この時点で?」
「うん」
「──…………」
自室のチェアに深く腰掛け、しばし思案する。
「……ゼロパーセントかな」
「えっ」
「たった二日間講習受けたくらいで簡単に取れる資格じゃないって」
「うけたいみ……」
「意味はあるぞ。どう勉強すればいいか、ちゃんと教わってきたから」
「べんきょうのしかた、おしえてもらったの?」
「そういうこと」
「なるほど……」
「あとは、頑張るだけ。シンプルだろ」
「うん」
うにゅほが微笑んでみせる。
「おうえんするね」
「ありがとう」
うにゅほが応援してくれるなら、百人力だ。
気恥ずかしいから口には出さないけれど。

334名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/11/16(土) 17:56:06 ID:TTNaFCSI0
2019年11月14日(木)

「──さッむ!」
仕事を終え、自室に戻ると、見事に空気が冷え切っていた。
「うん、さむい……」
うにゅほが、そっと、俺に寄り添う。
「暴風雪警報出てるし、氷点下まで冷え込むとも聞いたけど、こんなに室温下がるかね……」
「なんどかな」
「えーと」
本棚に設えた温湿度計を覗き込む。
「うわ、16℃だ」
「さむ!」
「……これ、さすがにおかしいぞ。部屋を空けてたのなんて、たった数時間なのに」
「うん……」
「まさか──」
半分閉じたカーテンを手で払う。
「あ」
うっすらと窓が開いていた。
「やっぱり……」
「これ、いつからあいてたんだろ」
「わからないけど、ここ数日妙に寒かったあたりに答えがある気がする」
二重窓を閉じ、しっかりとネジを締める。
「これでよし、と」
「エアコンつける?」
「いや、ストーブにしよう。さすがに力不足だ」
「とうゆ、くんでこないとね」
「ああ」
「てのにおい、かがせてね」
「好きだなあ……」
うにゅほは、俺の手についた灯油の匂いが大好きである。
「とうゆのにおいかぐと、ふゆきたってきーする」
「わかる」
「ゆきかき、たのしみ」
「それはわからない」
「えー」
「今年は雪が積もりませんように」
「むりとおもう」
俺もそう思う。
秋が終わり、冬が始まる。
今年はどんな冬になるだろうか。

335名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/11/16(土) 17:56:57 ID:TTNaFCSI0
2019年11月15日(金)

詰め替え用のシャンプーを買おうとドラッグストアへ赴いた。
会計の際、クレジットカードを取り出そうとして、ふと、あることに気付く。
「うわ、カード割れてる」
「ほんとだ……」
クレジットカードの右上隅から見事に亀裂が入っている。
ほんのちょっとしたことで完全に折れてしまいそうだ。
「ええと、これで支払いできますか……?」
恐る恐る店員に尋ねると、
「わかりませんけど、やってみますね」
と答え、クレジットカードリーダーにカードを通してくれた。
試すこと幾数回、
「ダメみたいですね……」
だろうなあ。
磁気ストライプが断裂してしまっているもの。
「すみません、現金でお願いします」
「はい」
割れたクレジットカードを仕舞い、財布から現金を取り出す。
否。
取り出そうとした。
「やべ……」
財布の中に紙幣がない。
あからさまに足りない。
どうすべきか逡巡していたとき、うにゅほが、誕生日に贈った財布をバッグから取り出した。
そして、千円札を二枚トレイに置き、
「かいけい、おねがいします」
「はい」
と、つつがなく会計を終えた。
「ありがとう、ごめんな。まさか割れてるとは」
「びっくりした」
「使い過ぎでボロくなってたのには気付いてたけど……」
「げんきん、ちゃんといれないとだめだね」
「ほんとだな」
「でも、◯◯からもらったさいふつかえたから、まんぞく」
鼻息を荒らげたうにゅほが、得意げにそう言った。
「××、あんまりお金使わないからな」
「おかね、たまってる」
「もしものときのために、大事に取っておきましょう」
「◯◯、おかねつかいたいとき、いってね」
「だから、大事にしなさいってば」
「だいじにしてる……」
俺とうにゅほとでは、言葉の定義が違うのかもしれない。
購入したばかりのピュレグミを車内で食べながら、そんなことを思うのだった。

336名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/11/16(土) 17:58:37 ID:TTNaFCSI0
以上、八年め 前半でした

引き続き、後半をお楽しみください

337名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/11/16(土) 23:13:06 ID:Mt/Ohs/A0
まじで自殺しろ
社会の癌

338名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/12/01(日) 15:07:53 ID:g3DT9lSw0
2019年11月16日(土)

「──…………」
「──……」
ふたり、無言で階段を上がる。
見てはいけないものを見てしまった気分だった。
「……あれ、アリなのかな」
「わかんない……」
「いや、まあ、食べ方は人の好き好きだと思うんだけど……」
「ちょっとびっくりした」
「まさか、納豆にヨーグルトを入れるとは……」
白濁した液体から覗く茶色の粒を思い返しながら、思わず身を震わせる。
「おかあさん、なっとうすきなのしってたけど……」
「……すごい見た目だったな」
「うん……」
夢に出そうだ。
「でも、合わないことはないのかもしれない。両方とも発酵食品だから」
「あー」
「母さんも、美味しい美味しい言ってたしな」
「おいしいのかな」
「納豆狂いの言うことだからなあ」
「そだねえ……」
俺も、うにゅほも、納豆が嫌いだ。
あの臭いには本当に辟易する。
「でも、わたしも、◯◯も、ヨーグルトにきなこいれるもんね……」
「きな粉は大豆、大豆は納豆か」
「そう」
「たしかに……」
納豆ヨーグルトを肯定する傍証が、ボロボロ出てくる。
「ネットで調べてみよう」
「うん」
すると、
"納豆ヨーグルトの美味しいレシピ"
"毎日食べるとアンチエイジング"
"納豆作りのプロがおすすめ"
等々、肯定的な文句ばかりがズラリと表示された。
「アリなんだ……」
「ありなんだねえ……」
味だけでなく、健康にもいいらしい。
「……でも、わたし、たべたくない……」
「俺も……」
互いに目配せをして、握手を交わす。
アンチ納豆同盟の結束が強くなった瞬間だった。

339名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/12/01(日) 15:08:45 ID:g3DT9lSw0
2019年11月17日(日)

最近、よく、グミを購入する。
取り立てて好物というわけではないが、なんとなくだ。
「今回は、三種類のグミを買ってみました」
「おー」
「一番、フェットチーネグミ、ソーダ味」
「おいしそう」
「二番、ピュレグミ、レモン味」
「ピュレグミすき」
「三番、ハリボーグミ、ゴールドベア」
「あ、みたことある」
「食べたことは?」
「ない」
「俺も」
「たべくらべするの?」
「してみようか」
「ピュレグミがいちばんなきーする」
「わからないぞー?」
まず、フェットチーネグミを開封する。
「はい、あーん」
「あー」
うにゅほの口にグミを放り込み、自分も咀嚼する。
「──…………」
「──……」
もむ、もむ。
「固め、かな」
「おいふい」
「酸味が強めで、わりと美味しいかも」
「うん」
次に、ピュレグミを開封する。
「──…………」
「──……」
もく、もく。
「おいしい」
「ピュレグミは安定だなあ」
「うん」
「レモンとグレープ、どっち好き?」
「うーと、グレープかなあ」
「俺、レモンかも」
「レモンもおいしいね」
最後に、ハリボーを開封する。
「──…………」
「──……」
ぐに、ぐに。
「かたい」
「固いな……」
「おいしいけど、あごつかれる」
「わかる」
ハードグミというやつだろうか。
「フェットチーネも捨てがたいけど、やっぱピュレグミがいちばんかなあ……」
「わたしも」
「ハリボーは、ゆっくり食べよう」
「うん」
ちょっと大きな袋で買ってしまったので、俺たちのおやつはしばらくハリボーである。

340名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/12/01(日) 15:09:14 ID:g3DT9lSw0
2019年11月18日(月)

巷で噂のリングフィットアドベンチャーを購入した。
円形のリングコンをふにふに押しながら、うにゅほが口を開く。
「これ、うんどうできるやつだよね」
「そうそう」
「おしたりひっぱったりする」
「それだけじゃなくて、いろんなフィットネスができるらしい」
「やって!」
「はいはい」
Switchを起動し、画面の指示に従ってレッグバンドを装着する。
「こんなんで体の動きを読み取れるのか……」
「どうなってるんだろ」
「わからん」
高度に発達した科学技術は、魔法と区別がつかない。
チュートリアルをこなし、いよいよゲーム開始だ。
「いきなりジョギングかー」
「あしぶみ?」
「足踏み」
この様子だと、全編通して足踏みを強要されそうだ。
「──はー……」
ただ走るだけのステージ1をクリアし、大きく息をつく。
「これだけで、もう、ちょっときついんだけど……」
「うんどうぶそく」
「……××もあとでやるんだからな」
「う」
「その言葉、ブーメランみたいに返ってこなければいいですね」
汗を拭い、次のステージを選択する。
ステージ2は、初の戦闘だ。
スクワット。
バンザイプッシュ。
ニートゥーチェスト。
椅子のポーズ。
さまざまな運動の末に初戦闘を終え、
「──はあッ、は、はあ、ふー……」
膝に手をついて息を整える。
「これ、きついぞ、めちゃくちゃ運動になる……」
「つぎわたしかあ……」
「やってみやってみ。案外楽しいから」
「ほんと?」
うにゅほのアカウントから起動しなおし、チュートリアルを終える。
「はー……、はー……」
チュートリアルで既に呼吸が乱れていた。
「ステージ2まで頑張れ!」
「ひー……!」
ブーメランが頭に刺さったうにゅほを見て、ひとりほくそ笑む。
明るく楽しく自宅でフィットネス。
無理せず続けていこう。

341名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/12/01(日) 15:10:06 ID:g3DT9lSw0
2019年11月19日(火)

とある件で急遽必要になったため、久方ぶりに絵を描いていた。
「──…………」
ぽん、ぽん。
ふと肩を叩かれ、振り返る。
うにゅほだった。
「きゅうけいしよ」
「休憩……」
壁掛け時計を振り仰ぐ。
最後に時刻を確認してから、三時間が経過していた。
「……マジか」
「すーごいしゅうちゅうしてたね」
「絵描くの、一年ぶりくらいだからな。勘を取り戻すのに必死だよ」
「もっとかけばいいのに」
「そこまで好きでもないからなあ……」
「えっ」
うにゅほが目をまるくする。
「すきじゃないの?」
「まあ」
「うと、なんねんくらいかいてるんだっけ」
「二十年くらいかな」
「すきじゃないの……?」
「いや、嫌いではないよ。趣味のひとつだし」
「……?」
うにゅほは混乱している。
「あー、いや、想定してる比較対象が悪かった」
「ひかくたいしょう……」
「本当に絵が好きな人なら、イラストレーターを目指したり、漫画家を目指したりするだろ」
「うん」
「俺は、所詮、趣味程度の"好き"だからさ」
「でも、わたし、◯◯のえーすきだよ」
「それは嬉しいけど……」
苦笑する。
実際、俺の画力なんて、大したことはない。
俺より絵の上手い小中学生なんて、ざらにいるだろう。
だが、
「……まあ、気付けば三時間すっ飛ぶ程度には好きなのかもな」
「そうだよ」
手が空けば、また、何か描いてみてもいいかもしれない。
せっかく取り戻した勘が鈍る前に。

342名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/12/01(日) 15:10:41 ID:g3DT9lSw0
2019年11月20日(水)

「今日は、いいかんぶつの日らしい」
「かんぶつ?」
「乾物。乾燥させた食べもののことだな」
「しいたけとか?」
「干し椎茸もそうだし、ドライフルーツ全般のことも指す」
「ほしがきとか」
「そうそう」
ドライフルーツと聞いて真っ先に干し柿が出てくる感性のことはひとまず置いておくとして、
「どうして、いいかんぶつの日になったと思う?」
「うーと、"いい"は、じゅういちがつだから」
「定番だな」
「じゅういちがつ、そんなのばっかし」
わかる。
「だけど、今回は一味違うぞ。十一月であることにもちゃんと意味がある」
「お」
「乾物には、干物も含まれる。干物の"干"の字は?」
「じゅういちだ!」
「その通り」
「こんかい、すっきりパターン?」
「どうかな」
軽く肩をすくめ、続ける。
「二十日である理由は、乾物の"乾"の字に含まれている」
「かんのじ……」
「"乾"って字はわかる?」
「かけるとおもうけど、あたまのなかだとよくわからない」
「じゃあ、書いてみな」
メモ帳とペンを手渡す。
「かわく、かわく──あっ」
書いている途中で気が付いたらしい。
「じゅうがふたつで、にじゅうにち!」
「正解」
「うへー」
「今回、なかなかのすっきりパターンだろ」
「あれ、のこりは?」
「──…………」
「?」
小首をかしげたうにゅほに告げる。
「ここまで頑張ったんだから、見なかったことにしてあげよう」
「そか……」
いちおう"11月20日にかんぶつを乞う"としているのだが、明らかに"乞"が蛇足だ。
つくづく惜しい記念日である。

343名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/12/01(日) 15:11:17 ID:g3DT9lSw0
2019年11月21日(木)

「──……あー」
だるい。
秋から冬の変わり目は、いつもそうだ。
気温の低下と日照時間の減少に適応しきれていないのだ。
このだるさは、冬という劣悪な環境に体が順応するまで続く。
「◯◯、だいじょぶ……?」
デスクに突っ伏した俺の背中を、うにゅほが優しくさすってくれる。
「大丈夫じゃないけど、大丈夫。一週間くらいで治るから……」
「いまつらいの、かわらないよ」
「……ありがとう。××も、いま、大変なのに」
「わたし、なれてるから」
「慣れてても、つらいのは変わらないだろ」
「うん……」
一時的だろうが、慣れていようが、つらいものはつらい。
「なんか、水風呂を思い出すよ」
「みずぶろ?」
「入る瞬間は冷たくて苦しいけど、慣れてしまえばなんてことないだろ」
「あー」
うんうんと頷くうにゅほを見て、ふと思う。
「××って、水風呂入ったことあるの?」
「あるよ」
「あるのか」
「ふらののおんせん、みずぶろあった」
「あー……」
あった気がする。
「水風呂入ると、ヒッてなるよな」
「なるなる」
「冬場に急に外出ても、ヒッてならないのに……」
「ふしぎ」
うにゅほと言葉を交わす。
それだけで、幾分か気が紛れる。
「◯◯」
「うん?」
「ねなくてだいじょぶ?」
「……寝ると際限なくなりそうだから、いまは××と話してたいな」
「うへー……」
うにゅほが照れ笑いを浮かべる。
小一時間ほど取り留めのない会話を続けるうち、徐々に体調が良くなり始めた。
うにゅほは、下手な薬より効果があるのかもしれない。

344名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/12/01(日) 15:11:54 ID:g3DT9lSw0
2019年11月22日(金)

「はー……!」
リングフィットアドベンチャーで一汗流したあと、チェアに深く腰掛ける。
「これ、マジで運動になるな……」
「うん、すーごいつかれる」
「××は、負荷3に落としたんだっけ」
「そうそう」
「……負荷最大にしたら、どうなるんだろ」
「!」
うにゅほが目をまるくする。
「やめたほういいよ」
「つっても自重トレーニングだろ。大差ないと思うけど」
「そうかなあ……」
「じゃあ、敵が出る最初のステージだけ」
「うん……」
負荷を最大の30に設定し、ワールド1-2を選択する。
サイレントモードに変更したので、ジョギングは膝を屈伸させるだけで済む。
「よし、敵だ」
「だいじょぶかなあ……」
「大丈夫、大丈夫」
フィットスキルのスクワットを選択し、画面の指示に従って腰を落としていく。
その体勢を数秒キープし、腰を上げれば一回だ。
だが、
「──待って、キープ長い! キープ長い!」
おまけに回数も増えている。
「これヤバい……!」
「やっぱし……」
うにゅほが、心配半分、ほれ見たことか半分の、複雑そうな表情を浮かべる。
なんとかステージをクリアするころには、
「──はッ、は、はあ……っ!」
死ぬほど息が切れていた。
「30は、ダメだ……。21に戻す……」
「そうしよ」
人には、分相応の負荷があるのだ。
わざわざ自動で測定してくれたのだから、それに従うべきだった。
「……××、やってみる?」
「!」
うにゅほが慌てて首を横に振る。
「冗談」
「もー……」
いまの負荷に慣れていけば、いずれ30でも平気になるのだろうか。
ゲーム内のキャラクターのみならず、自らのレベルも上げていくゲーム。
わりと革新的な気がするのだった。

345名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/12/01(日) 15:12:31 ID:g3DT9lSw0
2019年11月23日(土)

パンケーキで有名な喫茶店に、ふたりで行ってきた。
「……混んでるな」
「こんでるね……」
待合の椅子はすべて埋まり、立ちながら待っている客もいる。
昼食時を避けたにも関わらず、この混雑具合だ。
さすが人気店といったところだろう。
「どうする?」
「パンケーキ、たべたい」
意志の篭もった瞳で俺を見上げ、うにゅほがそう答えた。
「じゃあ、待つか」
「まつ」
五分ほど待つと、待合の椅子が空いた。
思ったよりは回転が早いらしい。
さらに十分ほど待つと、店員が、奥の席へと案内してくれた。
「××、なんにする?」
「パンケーキ!」
聞くまでもなかった。
「じゃあ、俺もパンケーキかな。トッピングはホイップクリームで」
「わたしも」
注文して十五分、ようやくパンケーキが俺たちの元へと運ばれてきた。
「ほら、フォークとナイフ」
「ありがと」
「では、いただきましょう」
「いただきます」
パンケーキにナイフを入れ、その感触のなさに戸惑う。
「……これ、ナイフいらなくない?」
「いらないかも……」
フォークのみで切り分けてみると、するりとフォークの歯が通る。
「──…………」
そのまま口へ運ぶ。
滑らかな舌触りのパンケーキが、口内でとろりと溶けた。
「おいしい!」
「うん」
「ふわふわだねえ……」
ふわとろパンケーキの名に恥じぬ、見事な柔らかさだ。
いっそ、トッピングのホイップクリームのほうが、まだ口の中に残るかもしれない。
「ほんと美味しい、けど」
「?」
パンケーキの味に満足そうなうにゅほが、俺の態度に小首をかしげた。
「ぜんぜん食べた気がしない……」
「あー……」
結局、帰り際に、コンビニでサンドイッチを買ってしまった。
昼食を抜いて食べに行くものではなかったようである。

346名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/12/01(日) 15:13:05 ID:g3DT9lSw0
2019年11月24日(日)

再発行申請をしていたクレジットカードが、ようやく手元に届いた。※1
「これで、安心して買い物できるな」
「げんきんももたないとだめだよ」
「はーい」
クレジットカードは便利だが、いまだに使えない場所もある。
二、三万円は財布に常備しておきたいものだ。
「ふるいカード、おくりかえすんだっけ」
「ハサミで切ってからな」
「わたし、きっていい?」
「いいけど……」
割れたクレジットカードをうにゅほに渡す。
「きるぞー」
シャキ、シャキ。
軽く素振りをしたあと、うにゅほがカードにハサミを入れる。
「……そんな端っこじゃなくて、もっと真ん中切っていいんだぞ?」
「うん、まんなかもきる」
「真ん中も?」
「ばらばらにする」
「えっと、そこまでしなくても──」
「だめだよ」
うにゅほが眉をひそめる。
「だれかにばんごうみられたら、つかわれちゃうんだよ」
「たしかに……」
「ぜんぶのすうじ、ばらばらにしないと」
うにゅほの言う通りだ。
不慮の事故で誰かの手に渡ったとき、カード番号やセキュリティコードが読み取れる状態であれば、悪用され得る。
だが、細切れにしてしまえば、その心配はないのだ。
「××は頼りになるなあ」
うにゅほの頭を、ぽんと撫でる。
「うへー……」
「俺、そこまで考えてなかったよ」
「クレジットカード、べんりだけど、こわいもん」
「そうだな」
不意に危機意識を問われ、はっとさせられる俺だった。

※1 2019年11月15日(金)参照

347名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/12/01(日) 15:13:38 ID:g3DT9lSw0
2019年11月25日(月)

「──だっ、いだ、いたたた……」
足元のゴミを拾おうとして、腰が悲鳴を上げた。
「あ、わたしひろう!」
「ありがと……」
朝起きると、すこぶる腰が痛かった。
原因はわからない。
「寝違えたのかなあ……」
「こしって、ねちがえるの?」
「よほど寝相が悪ければ、寝違えることもあるかもしれない」
うにゅほが、ぼんやりと視線を上に向ける。
「よほど……」
うにゅほの脳内で、とんでもない姿勢を取らされている気がする。
「こし、もんでだいじょぶかな」
「ここまで痛めると、もう、素人が手出ししないほうがいいかもしれない……」
「じゃあ、せいこついん?」
「……あんまり運転したくないなあ」
不意に激痛が走ったとき、運転を誤らない自信がない。
「でも、きょう、みんないないし……」
どうしよう、どうしようと、うにゅほが視線をさまよわせる。
「──あ、きゅうきゅうしゃ!」
「勘弁」
「そか……」
救急隊員どころか、電話口で確実に怒られる。
「ごめんね、わたし、めんきょないから……」
「いいよ。整骨院なんて、明日行けばいいんだから」
「でも」
「……免許取る?」
「──…………」
うにゅほが、そっと目を逸らす。
「じしんない……」
「だよなあ」
まあ、わかってた。
「悪いけど、湿布貼ってくれるか」
「わかった!」
湿布が効いたのか、あるいは風呂に入ったからか、午後十一時現在、腰痛は幾分か緩和されている。
このまま治ってくれればいいのだが。

348名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/12/01(日) 15:14:21 ID:g3DT9lSw0
2019年11月26日(火)

「こし、だいぶよくなったね」
「ああ」
痛むことは痛むが、漫然と日常生活を送るぶんには不自由ない。
足元に落ちたゴミを拾うこともできる。
ただ、
「リングフィットができない……」
せっかく運動する習慣がつきつつあったのに、水を差された気分だ。
「だめだよ」
「やらないよ」
「よろしい」
ここで無理をするほど考えなしではない。
今は、ただただ安静だ。
「代わりに、××が運動するとこ見せて」
「えっ」
「××は腰痛くないんだから、リングフィットできるだろ」
「えー……」
「嫌?」
「リングフィットいやじゃないけど、◯◯よりさきすすみたくない」
「あー」
進行度、揃えてあるもんな。
「じゃあ、一度クリアしたステージをもっかいやるとか」
「できるの?」
「できるできる。レベル上げしときな」
「はーい」
うにゅほがリングフィットアドベンチャーを起動し、ワールド2-1を選択する。
しばしの屈伸運動ののち、敵と遭遇し、
「◯◯、どれー?」
「敵二体だから、範囲攻撃」
「さげてぷっしゅ?」
「そうそう」
「わかった!」
リングコンを下に構え、押し込む。
「うー……しょ、うー……しょ」
「負荷3だから、キープも短いな」
「でも、つか、れる……」
「頑張れー」
気楽に声援を送る俺の心に、ふと芽生える感情があった。
楽しい。
うにゅほが呼吸を乱しながら運動しているさまを後ろから眺めるのが、むしょうに楽しい。
「おわった……」
「はい、もう一ステージ!」
「ひー!」
少年野球の監督って、こんな気分なのだろうか。
一緒にするなと怒られそうだけど。

349名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/12/01(日) 15:14:51 ID:g3DT9lSw0
2019年11月27日(水)

整骨院を受診したところ、ギックリ腰と診断されてしまった。
「そう言われると、痛い気がしてくるなあ……」
我ながら単純である。
「いたいのは、いたいんだよ。きのせいとかないよ」
「そうかな」
「だって、いたいんだもん」
「そうかもしれない……」
プラセボの反対で、悪い影響を与えるものをノセボという。
"気のせい"は、確実に、人体を蝕むのだ。
それはそれとして、
「はい、みず」
「え、ありがとう」
「みず、のみたいとおもって」
「たしかに喉は渇いてたけど、よくわかったなあ……」
「うへー」
うにゅほの甲斐甲斐しさが度を越している気がする。
「ちょっとトイレ──」
「かたかすね」
「ありがとう……」
これでは、いつぞやの介護ごっこそのままである。※1
まさか、こんなに早く現実になるとは思わなかった。
「早いとこ痛みが取れてほしいなあ……」
「ほんとだね」
うにゅほの顔を、そっと覗き込む。
「……ほんとに?」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「いや、介護楽しそうだしさ」
「たのしいけど、なおってほしいよ。◯◯、つらそうだもん」
「──…………」
聖女か?
聖女なのか?
「……なんか、ごめん。邪推したな」
「なんであやまるの?」
「なんとなく……」
「へんなの」
くすりと笑う。
この子には、もう、勝てない気がするのだった。

※1 2019年11月6日(水)参照

350名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/12/01(日) 15:15:32 ID:g3DT9lSw0
2019年11月28日(木)

三日ほど安静にした結果、腰痛はそれなりに緩和した。
だが、完治には程遠い。
「そもそもの問題は、右半身にあるんだってさ」
「みぎはんしん?」
「右半身の筋肉が、どこもかしこも凝り固まってるらしい」
「それで、こしいたくなったの?」
「たぶん……」
整骨院の先生の言葉をすべて完璧に理解できたとは言いがたい。
だが、要約すると、概ねそのようになる。
「こしがわるいんじゃないのかな」
「腰が悪いというより、右半身をカバーするための負荷が腰に集中した、みたいな」
「なるほど……」
「あと、仕事中の姿勢も悪いみたい」
「あー」
「わかる?」
「せなか、まがってるもん」
「曲がってるか……」
「うん」
「それもよくないんだろうけど、畳に直接腰を下ろしてるのが不味いって」
「そなの?」
「できれば椅子に座って仕事してくださいって言われた」
「……できる?」
「場所、ないよな」
「うん……」
「まあ、"できれば"だから……」
できないものは仕方がない。
「しごとづくえ、あしながいのかうとか」
「箱椅子か何かと一緒に?」
「うん」
「一考の余地ありだな」
「でも、すぐにはむりだね……」
「すぐにはなあ」
高さを合わせるためには、実際に手を触れる必要があるだろうし。
「あ、そだ。きょうはせいこついんいかないの?」
「あー……」
「?」
俺の反応に、うにゅほが小首をかしげる。
「さっき電話したら、整骨院の先生、インフルだってさ」
「!」
「予防接種受けといてよかったな」
「ほんとだね……」
ギックリ腰の上にインフルエンザとか、本格的に笑えない。
備えあれば憂いなし、である。

351名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/12/01(日) 15:16:05 ID:g3DT9lSw0
2019年11月29日(金)

「◯◯……」
うにゅほが、神妙な顔つきで俺の名を呼んだ。
「どうした」
ただならぬものを感じ、思わず背筋を伸ばす。
「きょう、かくじつに、いいにくのひ……」
「──…………」
ぶに。
「う」
うにゅほの鼻を軽く押した。
「何かと思っただろ」
「うへー」
「まったく」
「でも、かくじつに、いいにくのひ」
「たしかに」
「いいひしりーず、さいごのしかく」
「まだ30日があるだろ」
「さんじゅうにち、ごろあるかなあ……」
「竿の日、とか」
「!」
「サンジュウで、三重県の日とか」
「ある……」
「な」
"に(2)っこりいい(1)ニ(2)ラ"が語呂合わせとして成立しているのだから、いくらでもやりようはあるはずだ。※1
「あ、もひとつあった」
うにゅほが、人差し指を立てて言う。
「いいふくのひ」
「あるな」
「あるでしょ」
「あるいは、いいフグの日でもあるかもしれない」
「あるね」
「あるだろ」
「……いいにくきゅうのひ、とか」
「さすがに9が足りないんじゃないか?」
「そかー」
「2月99日は確実に肉球の日だな」
「ないやつ!」
「ないとは限らないぞ。世の中には、8月32日という都市伝説が──」
そんな会話を交わすうち、いつの間にやら日が暮れていくのだった。
ふたりはなかよし。

※1 2019年2月12日(火)参照

352名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/12/01(日) 15:16:31 ID:g3DT9lSw0
2019年11月30日(土)

十年ほど前まで北海道を席巻していた伝説のカレー専門店チェーン、リトルスプーン。
失われたはずのその味を守り続ける定食屋があると聞き、我々は現地へと向かった。
「──ここが、こめますか」
味処 こめます
リトルスプーンのカレーを提供するこの世で唯一の店だ。
「リトルスプーン、たべれるんだ」
うにゅほが、わくわくしながら看板を見上げている。
「よし、入ろう」
「うん!」
思っていたより広い店内を見渡しながら、案内された席へと座る。
メニューを開くと、中程に、"リトルスプーンのカレー"と明記されていた。
「本当にあるんだ……」
わかっていたことだが、改めて実感が湧いた。
あの味にまた会えるのだ。
「俺、カツカレーにしよう」
「わたし、ふつうの」
「トッピングなしでいいのか?」
「うん」
まずは、プレーンなものを味わってみたいのだろう。
注文を済ませ、待つことしばし。
サラダと共に、お待ちかねのカレーライスが運ばれてきた。
芳しい香りが鼻孔をくすぐる。
「いただきます」
「……いただきます」
スプーンの先でルーとライスを混ぜ、口に運ぶ。
「はー……」
ああ、この味だ。
十年前まで、月に一度は食べていた、思い出の味だ。
「……ちゃんとリトルスプーン?」
「ああ。間違いない、この味だよ」
「そか」
俺の言葉を聞き、頷いたあと、うにゅほがカレーを口に運ぶ。
「──あ、あまい」
「リトルスプーンのカレー、かなり甘めなんだよな」
「おいしい!」
「だろ」
「すきなあじ……」
うにゅほもリトルスプーンが気に入ったようだ。
帰途の際、立ち寄ったコンビニでビーフジャーキーを購入し、愛犬の墓に供えた。
「めいにちだもんね」
「危うく忘れるところだったけどな……」
悲しみも、思い出も、薄れていく。
リトルスプーンのように、再び出会うことができれば、記憶も更新されるのだけれど。

353名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/12/01(日) 15:17:22 ID:g3DT9lSw0
以上、八年め 後半でした

引き続き、うにゅほとの生活をお楽しみください

354名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/12/16(月) 20:14:56 ID:igU7EDD.0
2019年12月1日(日)

「腰が完治しないまま12月に突入してしまった……」
何もできずに時間だけが経っていくのは、精神衛生上良いものではない。
「でも、だんだんよくはなってるよね」
「普通にしてるぶんにはもう痛まないからな」
「いたいの、いつ?」
「寝てるときとか」
「ねてるとき、いたいんだ……」
つらいね、とうにゅほが呟く。
「あと、激しく動くとぶり返す気がする。動いてないからわからないけど」
「はげしいうごき、だめだよ」
「リングフィットはしばらく封印かあ……」
「うん」
楽しくなってきたところだったのに。
「ね、すわってるとき、いたくないの?」
「パソコンチェア?」
「うん」
「これが、ぜんぜん痛くない。チェアで寝たいくらい」
「おー」
「さすがはエルゴヒューマンだな」
「きゅうまんえんだもんね」
慢性的な腰痛持ちにとって、これほど惜しくない九万円もないだろう。
「こしなおったら、なにしたい?」
「まず、リングフィットを再開したいな。今回のギックリ腰の原因は、運動不足でもあるわけだし」
「がんばってね」
「他人事じゃないぞ」
「う」
「××だって、運動不足であることには変わりないんだからな」
「はあい……」
「リングフィットの他に、ストレッチもしよう。一緒に健康になろう」
「うん、けんこうなろう」
すこし気は早いが、来年の抱負は"健康"である。
うにゅほと二人三脚で頑張っていこう。

355名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/12/16(月) 20:15:28 ID:igU7EDD.0
2019年12月2日(月)

「ただいまー」
ぱたぱたぱた。
軽い足音と共に、うにゅほが階段を駆け下りてくる。
「おかえり!」
「出迎えご苦労さん」
うにゅほの頭をぽんと撫でる。
「せいこついんのせんせい、インフルだいじょぶだった?」
「わりと平気そうだった。たまたま高熱が出ただけで、ただの風邪だったのかもな」
「よかったー」
本当にインフルエンザだったなら、バイオテロになりかねない。
医療に携わっているのだから、そのあたりの感覚はしっかりしているだろう。
「あと、帰りに別の病院寄って、大腸内視鏡検査の予約取ってきたよ」
「!」
うにゅほの背筋が伸びる。
「だいちょうないしゅちょう……」
言えてない。
「大腸内視鏡」
「だいちょうないしきょう」
「よろしい」
「また、おしりにいれるの……」
「他に入れる場所ないし」
「くちから」
「つらすぎるだろ……」
触手貫通じゃないんだから。
「よやく、いつ?」
「来年の1月31日だってさ」
「とおい……」
「なんか、予約が混み合ってたんだよ。俺も年内に済ませたかったんだけどさ」
「ぽりーぷ、ないといいなあ……」
「見つかると入院だもんな」
「うん……」
一泊二日とは言え、嫌なものは嫌だ。
うにゅほも寂しがるし。
「あ、きょう、ステーキたべいくって」
「そうなの?」
「きょう、(弟)のたんじょうびだから」
「あー……」
すっかり忘れていた。
「きいたんだけどね、プレゼントいらないって」
「そっか」
物欲のない男である。
今度、何かおごってあげようと思った。

356名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/12/16(月) 20:15:58 ID:igU7EDD.0
2019年12月3日(火)

「はー……」
コートを脱ぎながら溜め息をつく。
「……なんか、病院ばっか行ってる気がする」
今日は、月に一度の定期受診の日だった。
だが、それだけに留まらない。
「ぜんそくのびょういん、ながかったねえ……」
「爺さん婆さんが多いんだよな、あそこ」
「うん」
予約もさせてくれないから、その場で待つ必要がある。
「びょういん、きのうもだったよね」
「昨日は、整骨院行ったあと、大腸内視鏡検査の予約をしてきたな」
「あしたは?」
「整骨院の予約が入ってる」
「からだ、ぼろぼろ……」
「いや、たまたま重なっただけだから……」
「そうかなあ」
「……まあ、うん」
ボロボロなのは否定できない気がする。
「とりあえず、自由に病院行ける職種で助かったよ。マジで」
「いけないひと、いるの?」
「うようよいる」
「からだ、だいじなのに……」
「そもそも、病院に対する認識からして違うんだよな」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「病院なんて、体調が悪いときに行くもの。定期的に受診する必要はない。世の中の大半の人は、そんな感じだよ」
「そなの?」
「単に、俺と(弟)が不健康なだけ」
「そなんだ……」
うにゅほは、我が家という狭い世界しか知らない。
家族の半数が病人なら、それが普通と思い込むのも無理からぬことだろう。
「せめて、××だけでも健康でいてくれ」
「がんばる」
「そのためにも、運動不足を解消しなくちゃな」
「……がんばる」
「リングフィットやる?」
「◯◯のこし、なおったら……」
運動の許可が下りるのは、果たしていつになることやら。

357名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/12/16(月) 20:16:37 ID:igU7EDD.0
2019年12月4日(水)

仕事中の姿勢を改善するため、仕事机を買い替えることにした。
ちらつく雪の中、うにゅほが看板を読み上げる。
「すいーとでこれーしょん」
「スイートデコレーションだな」
「おかしやさん?」
「家具屋さん」
「おかしやさんにみえる……」
気持ちはわかる。
店舗内に入ると、思いのほか広大な空間が待ち受けていた。
「わ」
「広いなあ」
「ニトリみたい」
「家具屋さんだからな」
「ほんとにかぐやさんだったんだね」
すこし疑っていたらしい。
「とりあえず、事務机を見てみようか」
「うん」
食器や布団などに目を奪われながら、奥まった場所にある事務机のコーナーへと足を運ぶ。
「……わかってたけど、軒並みでかいな」
「あと、おたかい……」
一万超えは当たり前、三万四万もなんのその。
到底、畳敷きの仕事部屋に置けるものではない。
「折りたたみではないにしろ、もっとコンパクトなのが欲しかったんだけど……」
デスクの天板を撫でながら、うにゅほがこちらを振り返る。
「あと、どれも、ざらざらしてる」
「ざらざら?」
指先で天板に触れる。
「あー……」
天板が木目の形にデコボコしていた。
これでは、下敷きを敷かなければ、まともに線も引けないだろう。
「デザイン重視っぽいな、ここ」
「かっこいいけど、しごとしにくそう」
「ニトリ行く?」
「いこっか」
その後ニトリへも立ち寄ったが、ラインナップは似たり寄ったりだった。
快適な仕事机を探すのはなかなか骨が折れそうだ。

358名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/12/16(月) 20:17:21 ID:igU7EDD.0
2019年12月5日(木)

技能試験が日曜日に迫っている。
「勉強したくないンゴー……」
「んご?」
「そこは追求しないで」
「はい」
「勉強したくないんです……」
「しけん、にちよう?」
「はい」
「あした、あさって、しあさって」
「ぎゃー!」
「がんばらないと……」
「いや、わかってはいるんだけど……」
「めずらしいね」
「……?」
「いつも、すーごいがんばるのに」
「頑張ってるように見えるのは、毎度、時間に追われてるからだろ。俺はもともとぐうたらだよ」
「そかな」
「本当に頑張ってる人は、毎日コツコツ時間を費やしてるから、直前になって見苦しく慌てないもんだ」
「それはわかる」
「だろ」
「でも、◯◯だってがんばってるよ」
「勉強したくない宣言をしてる真っ最中なんですが……」
「したくないってくちでいうけど、ちゃんとするもん」
「──…………」
「ほんとにしたくないなら、なにもいわないよ」
「ええと……」
「せなかおしてほしかったんでしょ?」
「……はい」
完全に見透かされていた。
恥ずかしい。
「◯◯、がんばって。きっとうかるよ」
「受かるかな」
「たぶん!」
「たぶんかー……」
苦笑する。
でも、不思議とやる気は出てきた。
残り期間は短いが、やれることはしておこう。

359名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/12/16(月) 20:17:53 ID:igU7EDD.0
2019年12月6日(金)

「──休憩!」
ペンを放り出し、デスクに突っ伏す。
「うがー……」
「おつかれさまです」
「疲れました」
「なにかのみますか?」
「水が飲みたいです」
「はーい」
NEW HORIZON Lesson2-1みたいな会話を繰り広げつつ、ひと休みする。
「がんばってますね」
「頑張らないと、合格する確率ゼロだから……」
「がんばったら、なんパーセント?」
「……二割くらい」
「ひくい」
「難しいんだよ!」
「じゃあ、うかったらすごいね」
「──…………」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「××って、こう、やる気出させるのが絶妙に上手いよな」
「そかな」
「才能だと思う」
「うへへ」
うにゅほが照れ笑いを浮かべる。
「──さて」
大きく伸びをし、デスクに向き直る。
「べんきょう、がんばってね」
「いや、日記書く」
「あ、そか」
「休憩になってんだかなってないんだかよくわからないけど……」
「まいにちかくの、すごいね」
「××だって、毎日掃除するだろ」
「うん」
「それと同じだよ」
「おなじかなあ……」
「同じ同じ」
既に日課として習慣づいたものだ。
今更やめるほうが難しい。
「とりあえず、やれるだけのことはやってみるよ」
「がんばってね」
「ああ」
受かるにせよ、落ちるにせよ、悔いだけは残さないようにしたい。

360名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/12/16(月) 20:18:23 ID:igU7EDD.0
2019年12月7日(土)

とん、とん。
「?」
指先で肩を叩かれ、振り返ると、うにゅほがマグカップを手に微笑んでいた。
サカナクションのベストアルバムを流し続けるヘッドホンを外し、尋ねる。
「どした」
「コーンスープいれた」
「お」
「のむ?」
「飲む飲む」
マグカップを受け取り、スプーンで中身を掻き回す。
「ちょっとだけぎゅうにゅういれたから、あつくないよ」
「気が利くなあ……」
コーンスープに口をつける。
どろりとしていて、かなり濃いめだ。
「──美味しい」
「でしょ」
「さすが、俺の好みを知り尽くしてますね」
うにゅほが胸を張る。
「◯◯のことなら、いちばんわかる」
「そうかもなあ」
実の両親、友人、知人──彼らには見せない顔を、うにゅほにだけは見せている自覚がある。
「でも、俺だって、××については世界一詳しいぞ」
「うん、しってる」
「俺が××について世界一詳しいことを既に知っているとは、さすが俺について世界一詳しい女」
「ややこしいやつ!」
「でも、嫌いじゃないだろ」
「きらいじゃない……」
うへーと笑う。
うにゅほは言葉遊びが好きである。
「コーンスープのんだら、すこしきゅうけいしてね」
「そんなに疲れてないんだけど……」
「きゅうけいしましょう」
「はい」
俺について世界一詳しいうにゅほが言うのだから、休憩すべきなのだろう。
「あしたしけんなんだから、たいちょうととのえてね」
「徹夜で勉強したい……」
「だめ」
「はい」
試験まで残りわずか。
気を抜かず頑張ろう。

361名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/12/16(月) 20:18:48 ID:igU7EDD.0
2019年12月8日(日)

「ただいまー」
「おかえりなさい……」
意気揚々と帰宅した俺を、うにゅほが気遣わしげに出迎えてくれた。
試験の結果は既に伝えてある。
すなわち、
「いやー、ダメだったわ!」
「そか……」
うにゅほが、小さく肩を落とす。
「べんきょう、すーごいがんばったのにね……」
「頑張った意味なかったけどな」
「……?」
小首をかしげるうにゅほに、そっと苦笑を向ける。
「いや、試験問題はぜんぜん難しくなかったんだ。完璧に理解できてたし、落ち着いてこなせば確実に合格できた」
「でも、だめだったって」
「初手で、リカバリー不可能なあり得ないレベルのポカミスしちゃってさ」
「──…………」
「もうどうしようもなくて、そこから一時間、ただただ無駄に座ってただけ」
「……うん」
「人生でトップレベルに虚しい一時間だったな!」
そう言って、乾いた笑いをこぼす。
「ま、来年もあるさ。来年は、もっと落ち着いて──」
「◯◯」
「ん?」
「あんまし、むりしないで」
「──…………」
そっと息を吸い、長く、長く、吐く。
「……××にはお見通しかあ」
「わかるよ」
「でも、今はさ、笑い事にしたいから。笑い事にしないと、ちょっと、つらい」
「そか」
うにゅほが俺の手を取る。
「じゃあ、なんかしてあそぼ」
「……そうだな」
悔いしか残らない結果になってしまったけれど、過ぎ去ったことはどうしようもない。
今はただ、別のことを考えよう。
気を紛らわせよう。

362名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/12/16(月) 20:19:17 ID:igU7EDD.0
2019年12月9日(月)

「──…………」
ぼけー。
チェアにだらしなく腰掛けながら、YouTubeで動画を漁る。
「◯◯、ひまそう」
「うん……」
試験勉強に費やしていた時間が、まるまる空いてしまったのだ。
持て余すのも無理からぬことだろう。
「しなきゃいけないことは幾つかあるけど、急ぎの案件じゃないし……」
「そか」
「なんか用事でもあった?」
「ないよ」
「ないのか」
「やすむの、だいじ。ゆっくりしてね」
「……ありがとう」
本当に気が利く子だ。
俺にはもったいないほどだ。
「あ、コーンスープのむ?」
「飲む飲む」
「じゃ、いれてくるね」
「お願いします」
うにゅほが作ってくれた特濃のコーンスープを啜りながら、適当に話題を振る。
「今日、真冬日だったんだってな」
「さむかったもんね……」
「ところで、真冬日の定義は知ってる?」
「さむいひ」
ふわっとしている。
「じゃあ、冬日は?」
「ちょっとさむいひ?」
間違いではない。
「──あ、でも、わたしわかるかも」
「ほう」
「まふゆび、さいこうきおんがマイナスのひなきーする」
「お、正解」
ぱちぱちと拍手を送る。
「どうしてわかったんだ?」
「まなつびのはんたいだから、そうかなって」
「真夏日は覚えてたんだ」
「うん」
「素晴らしい」
「うへー」
うにゅほと話していると、時は妙に穏やかになる。
そんな時間が、たまらなく好きなのだった。

363名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/12/16(月) 20:19:47 ID:igU7EDD.0
2019年12月10日(火)

ふとあることに気付き、愕然とする。
「──今年、残り三週間じゃん!」
「そだよ?」
「マジか……」
資格試験にばかり注力していて、暦に気を払っていなかった。
「なんか、そわそわするな」
「ねんまつだもんね」
「それもあるけど……」
「?」
うにゅほが小首をかしげる。
「だって、2010年代が終わるんだぞ」
「うん」
「……2010年って、近未来な感じしない?」
「かこ……」
「いや、過去なんだけどさ」
「……?」
うにゅほが首の角度を深くする。
なんと説明すればいいだろう。
「──2001年宇宙の旅、という映画がある」
「◯◯、なんかいもかりたけど、みなかったやつ?」
「そうだっけ」
「うん」
そうだった気もする。
「あの映画は、公開当時、未来を想像して制作されたものだ」
「うん」
「2001年はたしかに過去だけど、当時を生きた人々にとっては、未来のイメージが強い数字のはずだ」
「◯◯も、おなじ?」
「2010年代を舞台にした近未来作品ってけっこう多かったからな。Ever17とか」
「なんか、きいたことある」
「傑作だぞ」
「そなんだ」
「ともあれ、そんな2010年代が終わってしまうことに、憂いを感じてしまうわけさ」
「なるほど……」
「あと、老いも」
「それは、きにしなくていいきーするけど……」
「いや、最近白髪が……」
「そう?」
2020年代がやってくる。
近未来のその先に、果たして何が待っているのだろうか。

364名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/12/16(月) 20:20:25 ID:igU7EDD.0
2019年12月11日(水)

「今日は、胃にいい日らしい」
「いにいいひ……?」
うにゅほが小首をかしげる。
「ちょうにいいひ、とかもあるのかな」
「ないと思うなあ」
「ないんだ」
「ヒント、語呂合わせ」
「──…………」
しばし思案し、うにゅほが声を上げる。
「あ、いにいいひだ!」
そう。
12月11日の語呂合わせで、本日は胃腸の日なのである。
「すっきりパターンだね」
「"いい"を11日に持ってくるのも心憎い」
「ふつう、じゅういちがつだもんね」
「11月はいい日ラッシュで正直食傷気味だったからな……」
「うん……」
ところで、と前置きする。
「××は、すっきりパターンと無理あるパターン、どっちが好き?」
「うーと……」
視線を彷徨わせたあと、うにゅほが答える。
「すっきりパターンかなあ」
「上手い語呂合わせがあると、拍手したくなるよな」
「わかる」
「無理あるパターンは嫌い?」
「すき」
「だよな」
「むりありすぎると、ぎゃくにすき」
「やってくれたなって感じで、笑いがこぼれてくるよな」
「わかる……」
うにゅほがうんうんと頷く。
「すっきりパターン、むりあるパターン、りょうほうあるからおもしろい」
至言である。
「さて、明日は何の日かな」
「だめ、だめ」
調べようとしたところ、うにゅほにマウスを奪い取られた。
「そのひにしらべないと、おもしくないよ」
「それもそうか」
存外ルールに厳しいうにゅほである。

365名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/12/16(月) 20:20:53 ID:igU7EDD.0
2019年12月12日(木)

「ふふ、くふふ……」
小さな笑い声に、ふと目を覚ます。
夢を見ていた気がする。
だが、その記憶は、あっと言う間に手のひらからこぼれ、思い出せなくなってしまった。
「あー……」
目元を拭いながら上体を起こし、くすくす笑っているうにゅほに尋ねる。
「……××、なに笑ってんの……?」
「あ、ごめん。おこしちゃった……」
「それはいいけど……」
昼寝している方が悪い。
「うと、◯◯ね、ねごといってたの」
「寝言」
「それがね、ふふっ」
「そんなに面白かったのか……」
「うん」
思わず背筋が伸びる。
妙なことを口走ってはいないだろうな。
「えーと、俺、なんて言ってました……?」
「ねてるのにね、ねむーい、ねむーいっていってたの」
「……寝てるのに?」
「おもしろい」
「たしかに」
うにゅほがそんな寝言を漏らしていたら、俺でも思わず吹き出してしまうだろう。
「◯◯、ねむいゆめみてたの?」
「覚えてない……」
「そか」
ふと、疑問に思う。
「俺、そんなに寝言言ってる?」
「たまに」
「たまに……」
「まえ、いたい、いたいっていうから、どこいたいのってきいたら、かたっていってた」
「会話まで」
「おきたとき、かたいたいのってきいたら、いたくないよって」
「あー……」
いつだったか忘れたが、起床した際にそんな質問をされた記憶がある。
「寝言、怖いなあ。変なこと言ってそうだ……」
「くふ」
「……今なんで笑ったの?」
「ひみつ」
「なんか言ってました……?」
「ひみつー」
その様子があまりに楽しそうで、根掘り葉掘り聞けない俺だった。
何を口走ったのやら。

366名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/12/16(月) 20:21:18 ID:igU7EDD.0
2019年12月13日(金)

「ぐ、う、う……」
木材を噛ませて高くした仕事机を離れ、よぼよぼと腰を伸ばす。
「こし、いたい?」
「痛くはないけど、こう、いきなり動けないというか……」
「ぎっくりごし、よくなった?」
「良くはなってるよ」
「そか」
「痛めた直後は、ロボットみたいな動きしかできなかったからなあ……」
軽いストレッチを終え、その場でトントンと跳ねてみせる。
「ほら」
「ほんとだ」
「ただ、仕事机がな……」
あれから幾度か家具屋に赴いているのだが、これと言った一品には巡り会えていない。※1
「高くはしたわけだし、これでいい気もするけど」
「ちゃんとしたの、かわないとだめだよ」
「そうかな」
「しごとおわったとき、こしかたまってるもん」
「……たしかに」
腰に負担がないのであれば、伸ばす必要もないはずだ。
「腰に優しい仕事環境を構築するのって、大変だな……」
「でも、しないと」
「はい」
「あと、まいにちすとれっち」
「大事だよな、ストレッチ。痛感したよ」
「リングフィットは、それからね」
「運動不足がー」
「うんどうぶそくより、まず、こしなおす」
「はい」
もっともである。
「でも、そろそろエアロバイクはいいんじゃないか?」
「んー……」
しばし思案したのち、うにゅほが答える。
「わたし、わかんないから、せいこついんのせんせいにきいてね」
「そうするか」
「うん」
年内は整骨院に通い詰めだ。
腕の良い先生なので、確実に快方には向かうだろう。

※1 2019年12月4日(水)参照

367名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/12/16(月) 20:21:42 ID:igU7EDD.0
2019年12月14日(土)

十二月に入って本業が忙しくなってきたため、土曜返上で仕事をしていた。
「ぐあー……」
腰に手を当て、上体を反らす。
「……よし、今日はここまでにしとくか」
「おつかれさまー」
近くで読書をしていたうにゅほが、ねぎらいの言葉を掛けてくれる。
「きゅうじつしゅっきん、たいへんだねえ……」
「出勤も退勤もないけどな」
在宅仕事である。
「じゃあ、なんていうの?」
「……なんて言うんだろう」
「きゅうじつしごと?」
「休日業務、とかのほうが、それっぽいかも」
「あ、それっぽい」
「だろ」
だからなんだということもないが。
「ねんまつだから、いそがしいのかな」
「それもあると思う」
繁忙期という概念の薄い職種ではあるが、それでも年末と年度末は仕事が多い。
どこもだいたいそんなものだろう。
「ふゆやすみ、いつから?」
「えーと、いつだったっけ……」
営業日確認用のカレンダーを手に取る。
「28日からだな」
「あとにしゅうかんかー」
「……今年、本当に終わるんだな」
「うん」
「資格試験の日程ばかり気にしてたからか、なんか、急に年末が来た感じ」
「おおそうじしないとね」
「冬休みに入ったらな」
「まくらもとのほん、かたづけないと……」
「……それは、本当に思う」
三十冊くらい積んである。
「きもちよく、らいねんむかえようね」
「はい」
うにゅほが毎日掃除してくれているから、大した手間ではない。
一年に一度くらい、気合いを入れて片付けてやろう。

368名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/12/16(月) 20:22:06 ID:igU7EDD.0
2019年12月15日(日)

「──…………」
チェアに深く腰掛け、天井を見上げる。
疲れていた。
「どしたの……?」
様子がおかしいことに気付いたのか、うにゅほが俺の腕を取る。
「あー、うん。ちょっとあって」
「いえないこと?」
「いや、大丈夫。隠すようなことでもないから」
うにゅほの頭をぽんと撫で、微笑んでみせる。
「簡単に言うと、友達と、別の友達が、喧嘩してな」
「けんか……」
「絶交だってさ」
「なかなおり、できないの?」
「無理かな……」
「そか……」
「俺も、仲直りさせたかったんだけどな。難しそうだ」
「──…………」
うにゅほが、俺の頭を撫でる。
「くすぐったいよ」
「うん」
撫でられながら、目を閉じる。
「……でも、ありがとな。気が紛れる」
「うん」
なで、なで。
その手はぎこちないが、どこまでも優しい。
「三人で仲良くしてきた人たちだったんだけどなあ……」
「うん」
「壊れるのは、一瞬だ」
「……うん」
「難しいな……」
「わたし、ぜったい、◯◯のこときらいにならないよ」
「──…………」
「ぜったい」
「ありがとう、俺もだ」
「うん」
すこしだけ、救われた気がする。
何もかもが変わり得るこの世界で、変わらないものもあるのだと。

369名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2019/12/16(月) 20:22:51 ID:igU7EDD.0
以上、八年一ヶ月め 前半でした

引き続き、後半をお楽しみください

370名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2020/01/02(木) 03:48:10 ID:OEntINWo0
2019年12月16日(月)

「わ!」
台所に、うにゅほの小さな悲鳴が響いた。
見れば冷蔵庫のドアが開いている。
「またか……」
「うん……」
我が家の新しい冷蔵庫には、タッチオープン機能が搭載されている。
センサーに触れることで、冷蔵室のドアが自動で開くのだ。
だが、
「れいぞうこ、しめたら、またあいた」
「よくあるよな」
「びっくりする……」
この通り、不用意にセンサーに触れてしまう事態が頻発する。
「このきのう、あんましいらないねえ」
「結局普通に開けてるしな」
「うん」
「でも、××、最初はめっちゃ喜んでた気がする」※1
「──…………」
「喜んでなかった?」
「うへー……」
あ、笑って誤魔化した。
「つかってるひと、いるのかな」
「タッチオープン機能?」
「うん」
「両手に鍋とか皿とか持ってるときは便利だって聞くけど」
「うーん……」
うにゅほが首をかしげる。
「あけてからいれてるし……」
「その一手間を省けるかもしれない」
「でも、なかせいりしないと、ものいれれないし」
「それは、冷蔵庫に物を詰めすぎなのでは……」
「そかな」
五人家族だから、ある程度は仕方ない気もするけれど。
「たっちおーぷんきのう、きれないのかなあ」
「切れると思う」
「きれるの?」
「説明書があれば……」
「せつめいしょ、どこかな」
「わからん」
まあ、特に急ぎはしない。
説明書が見つかったらオフにしておこう。

※1 2019年8月5日(月)参照

371名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2020/01/02(木) 03:48:35 ID:OEntINWo0
2019年12月17日(火)

冷蔵室のドアに設えられたボタンを長押しすると、点灯していたセンサー部が光を失った。
「これでよし、と」
「たっちおーぷんきのう、きれた?」
「触ってみ」
うにゅほがセンサー部に触れる。
当然、開かない。
「おー」
ぺたぺた。
幾度触れても、やはり開かない。
「すごい!」
「すごくはないと思うけど……」
「だって、せつめいしょ、さがしてないのに」
「ああ、型番で調べたら、ネットに説明書が転がってたんだよ」
「べんり」
「便利だよな」
最近の家電製品は、pdf形式の取扱説明書がメーカーのサイトで公開されている。
メーカーが倒産でもしない限り、説明書を紛失しても安心だ。
「でも、ちょっとさみしいきーもするね……」
「寂しい?」
ぺたぺた。
「たっちしても、ひらかないの」
「戻そうか」
「それはいい」
即答だった。
「あって困る機能じゃないって言われそうだけど、センサーに触れないように扱うのって、ちょっとストレスだったからな」
「それ」
うにゅほが、大きく頷く。
「あと、しめたときあいたら、びっくりするし……」
「わかる」
うにゅほは冷蔵庫を丁寧に開け閉めするから、余計にセンサーが反応しやすかったのだろう。
「便利と感じる人もいるから一概に不要とは言えないけど、うちはいらなかったな」
「うん」
機能の要不要は、実際に使ってみないとわからない。
オンオフが可能なあたり、メーカーはその点をよく理解しているのだと思った。

372名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2020/01/02(木) 03:49:12 ID:OEntINWo0
2019年12月18日(水)

セブンイレブンで、話題のイタリアンプリンを購入した。
「これ、プリン?」
「プリン」
「チーズケーキみたい」
「たしかに」
イタリアンプリンは、普通のプリンのように、プラスチック容器に充填されてはいない。
うにゅほの言うように、直方体に切り分けられたレアチーズケーキにも見える。
「自立してる上に揺れもしないプリンって、珍しいよな」
「うん」
「プッチンプリンなんか、めっちゃふるふるするのに」
「しっかりしてそう」
「食べてみますか」
「みましょうか」
ケースを開き、イタリアンプリンの端をスプーンですくい取る。
「おお……」
「どう?」
「ぎっしりしてる」
感触としては、練りようかんにも近い。
「いただきます」
スプーンを口に運ぶ。
ねっとりと濃厚な味わいが舌の上で踊り、溶けるように広がっていく。
「どう?」
「これは、美味い……」
「おー」
「もともと固いプリンが好きってのもあるけど、今まで食べたプリンの中で一番かもしれない」
「すごい」
「食べてみ」
「あー」
甘えるように開かれた口に、プリンをすくって差し入れる。
「──…………」
うにゅほの口角が、幸せそうに上がる。
「おいしい!」
「だろ」
「これは、おいしい……」
「カラメルの味はするけど気にならないし、久々の大当たりだな」
「あー」
「はいはい」
うにゅほの口にスプーンを運ぶ。
「ほいひい……」
しばらくのあいだ、おやつはイタリアンプリンになりそうである。
定番商品になってくれればいいのだが。

373名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2020/01/02(木) 03:49:51 ID:OEntINWo0
2019年12月19日(木)

「──◯◯、◯◯!」
「ん……」
優しく揺すられる感触と共に、なかばまで目を覚ます。
「どした……」
「かじ!」
「──ッ!」
一瞬で目が冴えた。
慌てて飛び起き、尋ねる。
「場所は!」
「こっち!」
早足で歩くうにゅほの後を、もどかしく思いながらついていく。
そこは、両親の寝室だった。
「……?」
こんなところに火の気があったろうか。
疑問はすぐに氷解した。
「あっち!」
うにゅほが窓の外を指差したのだ。
「──…………」
ほんの数十メートル先から、黒煙が激しく上がっている。
他の家屋が邪魔で現場は見えないが、小火で済まないことは確かだろう。
「ッ、はー……」
深く、深く、息を吐く。
そして、うにゅほの額に軽くデコピンをした。
「た」
不思議そうに額を押さえるうにゅほに、恨み節を唱える。
「うちが燃えたのかと思っただろ……」
「……あっ」
自らの言動を振り返ったのか、うにゅほが申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「ごめんなさい……」
「以後気をつけるように」
「はい」
しゅんとするうにゅほを横目に、もうもうと舞い上がる黒煙を見やる。
「……随分燃えてるな。××がびっくりするのもわかるよ」
「こっちまでこない……?」
「あいだに公園があるから大丈夫だろ」
「そか……」
まさに対岸の火事だ。
「……火の元、ちゃんとしような」
「うん」
人の振り見て我が振り直せ。
放火魔の犯行でないことを切に祈るのだった。

374名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2020/01/02(木) 03:50:19 ID:OEntINWo0
2019年12月20日(金)

「──あっ」
ポケットからiPhoneを取り出した瞬間、血の気が引いた。
お気に入りのストラップがなくなっていたのだ。
「マジか……」
どこかで切れて落ちたのだろう。
「どしたの?」
「ストラップなくした……」
「ずっとつけてたやつ?」
「うん……」
今年の十二月は、どうも、ガックリくることばかりが起こる。
軽い頭痛にこめかみを押さえていると、
「さがそ」
うにゅほが俺の手を引いた。
「おちてるの、いえのなかかも」
「……そうだな」
外で落としたとは限らない。
手に届くところにある可能性も十分あるのだ。
「よし、心当たりを探そう」
「こころあたり、どこ?」
「ストラップが切れる可能性がいちばん高いのは、携帯を取り出すときか仕舞うときだ」
「うん」
「だから、そのあたりを重点的に」
「まず、へやかな」
「枕元あたりが怪しいと思う」
自室を総ざらいする勢いでストラップを探しながら、徐々に捜索の手を広げていく。
愛車の運転席にもないことを確認して、俺は溜め息をついた。
「……ダメかな、これは」
「うん……」
「七年くらい愛用してきたものだけど、デザインが同じ予備もあるし、そっちつけるよ」
「ざんねんだね……」
「ま、こればかりは──」
ふと思い立ち、ポケットに手を突っ込む。
小さな感触。
「……あった」
「えっ」
それはまさに、今まで探していた愛用のストラップそのものだった。
「そうだ、まずポケットを調べて然るべきだったのに……」
「よかったー……」
うにゅほが胸を撫で下ろす。
「ごめんな、無駄に付き合わせちゃって」
「みつかったから、むだじゃないよ」
「そうだけど……」
うにゅほなら、見つからなくても、無駄じゃなかったと言ってくれただろう。
今後は気をつけようと思った。

375名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2020/01/02(木) 03:50:49 ID:OEntINWo0
2019年12月21日(土)

「──よし、と」
外出の準備を整えたあと、姿見の前に立つ。
まあ、大丈夫だろう。
「のみいくの?」
「うん、行ってくる」
「わすれもの、ない?」
「財布とスマホがあれば事足りるし……」
「ティッシュとか」
「あー、いちおう持ってくか」
ポケットティッシュを取り出し、コートのポケットに突っ込む。
「うでどけいは?」
「してるよ」
「マフラーしないの?」
「するほど寒くないかな」
「はなしゅー」
「さっきしたから大丈夫」
「あとはー……」
「無理に探さなくても……」
苦笑する。
まるで、小さな母親だ。
「帰ってくるの、いつになるかわからないし、先に寝てていいから」
「うん」
とは言うものの、
「……でも、起きてるだろ」
「うん、おきてる」
素直である。
「起きてるなら起きてるで、あったかくしてること」
「はい」
「袢纏羽織るんだぞ」
「うん」
「靴下も履く」
「……うん」
「あとは、そうだな」
「◯◯、おかあさんみたい」
それはこっちの台詞である。
「じゃあ、行ってくるから」
「はやくかえってきてね」
「……努力します」
そう告げ、自宅を出る。
友人と別れ、帰宅したのは、日付を跨いだころだった。
「ただいまー」
「おかえり!」
うにゅほを軽く抱き締め、離す。
「早かったろ」
「はやかった!」
「終電に間に合ったからな」
「いつも、これくらいがいいな」
「はい……」
うにゅほの言葉に、思わず過去の自分を省みてしまうのだった。

376名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2020/01/02(木) 03:51:28 ID:OEntINWo0
2019年12月22日(日)

冬と言えば、暖かい自室でアイスを頬張るのが至高である。
「スーパーカップと雪見だいふく、どっちがいい?」
「うーと、ゆきみだいふく」
「はい」
うにゅほに雪見だいふくを渡し、チェアに深く腰掛ける。
「スーパーカップって、本当は、スーパーカップって名前じゃないんだって」
「えっ」
うにゅほが目をまるくする。
「スーパーカップ、スーパーカップじゃないの?」
「うん」
「なにカップ?」
スーパーカップのフタを指差す。
「エッセル」
「えっせる……」
「"明治エッセルスーパーカップ"が正式名称らしい」
「あー」
うにゅほが、うんうんと頷く。
「そういえば、えっせる、かいてた」
「なんだと思ってた?」
「なにもおもってなかった……」
「俺も」
「だよね」
凍りついたアイスの表面をスプーンで削り取りながら、ふとあることを思い出す。
それは、"一個ちょうだい"の許容範囲についてだ。
38本入りのポッキーを一本ちょうだいと言われて、断る人はあまりいないだろう。
だが、五個入りのからあげクンであれば、迷う人も多いはずだ。
というわけで、
「××」
「んー?」
「雪見だいふく、一個ちょうだい」
と、尋ねてみた。
「?」
雪見だいふくをはむはむしながら、うにゅほが小首をかしげる。
「もともと、いっこずつ……」
くれるくれない以前の問題だった。
「じゃあ、スーパーカップもはんぶんこ?」
「あー」
うにゅほが、あーんと口を開く。
なんとか削り取ったアイスをひとかけらスプーンに乗せ、うにゅほの口元へ運ぶ。
「ほいひい」
「そっか」
やはり、冬場に屋内で食べるアイスは格別である。

377名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2020/01/02(木) 03:52:01 ID:OEntINWo0
2019年12月23日(月)

「──あれ?」
普段通りに仕事をこなしていたところ、うにゅほが不意に小首をかしげた。
「きょう、にじゅうさんにち……」
「23日だな」
「しごとあるの?」
「あー」
なるほど。
「12月23日って、何の日だったか覚えてる?」
「うと、てんのうたんじょうび」
「天皇変わったじゃん」
「あ、そか」
うんうんと頷く。
「じゃあ、てんのうたんじょうび、いつになるの?」
「いつだろう……」
考えもしなかった。
「調べてみるか」
「うん」
仕事はいったん休憩として、スマホで検索をかけてみる。
「令和の天皇誕生日は2月23日だってさ」
「やっぱし、にじゅうさんにちなんだ」
「それは偶然だろ」
「じゃあ、しょうわは?」
「昭和の天皇誕生日は、と」
検索。
「4月29日、昭和の日」
「にじゅうさんにちじゃない……」
「それ、ギャンブラーの誤謬ってやつだぞ」
「ぎゃんぶらーのごびゅう?」
「サンプルの少ない事柄に法則を見出して、誤った結論を出してしまうこと」
「……?」
うにゅほが小首をかしげる。
「××は、令和天皇と平成天皇というふたつのサンプルで、"天皇誕生日は23日なのではないか"と考えたんだろ」
「うん」
「でも、それは偶然だ。偶然に意味を当て始めると、オカルトに傾倒していく。気をつけるように」
「はーい」
オカルトは好きだが、基本的には信じない。
嗜む程度が良い距離感だろう。

378名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2020/01/02(木) 03:52:30 ID:OEntINWo0
2019年12月24日(火)

「ただいまー」
「ただいま!」
パーティへ向かう両親を駅まで送り届け、帰宅した。
「まだしごと?」
「仕事」
「おわったら、ぎんがてつどうのよる」
「その通り」
「うへー」
クリスマスイヴの夜、ふたりで劇場版・銀河鉄道の夜のDVDを観賞する。
行事とも儀式ともつかない行為だが、今年で九回目だ。
取り急ぎ仕事を終わらせ、自室へ戻る。
「じゃーん」
「あ、ワイン」
「こないだ友達からもらったスペイン産のスパークリングワインだぞ」
「おー」
慎重に開封し、ワイングラスに注ぐ。
「わ、きれい。さくらいろ」
「ロゼだな」
「どんなあじするのかな……」
「飲んでみる?」
「いいの?」
「いいけど、口には合わないと思う」
「あまいのかな……」
うにゅほがグラスを手に取り、舐めるようにワインを飲む。
「──…………」
そして、この渋い顔である。
「あまくない……」
「ワインは概ね甘くないよ」
「そだった……」
「色に惑わされたな」
「あまいワイン、ないの?」
「小樽の赤玉スイートワインとかなら甘いけど……」
「のんでみたいな」
「じゃあ、今度買ってみるか」
「やった」
「お酒飲みたがるなんて、××は大人だなー」
「うへー……」
てれりと笑ううにゅほを膝に乗せ、トレイにDVDをセットする。
「じゃ、再生するぞ」
「おー!」
開始早々寝落ちしたうにゅほを抱き締めながら、クリスマスイヴの夜は過ぎていくのだった。

379名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2020/01/02(木) 03:53:05 ID:OEntINWo0
2019年12月25日(水)

「──……あー」
昨夜いささか飲み過ぎたせいか、普段より遅めに起床した。
のそのそと自室の書斎側へ向かうと、
「あ、めりーす!」
元気いっぱいのうにゅほが、謎の挨拶をかましてきた。
「……めりーす?」
「?」
互いに同じ方向に首をかしげる。
「◯◯、メリークリスマスのりゃくだって……」
「言ったっけ」
「いった」
「そうだっけ……」
たぶん、いつも通り適当に発言したのだろう。
「ま、いいや。めりーす」
「めりーす!」
「案の定、プレゼントがあるぞ」
「やた!」
本棚の奥から、包装された小箱を取り出し、うにゅほに手渡す。
「はい」
「あけていい?」
「いいよ」
うにゅほが丁寧に包装を剥がしていく。
「あ、まかろんだ!」
「クリスマスカラーのものを選んでみました」
「ぴすたちおといちごかな」
「たぶん」
「ありがと!」
「消え物で申し訳ないけど、今年は何も思いつかなくて……」
「うれしいよ?」
「なら、よかった」
「まかろん、いっしょにたべよ」
「プレゼントなのに?」
「プレゼント、いっしょにたべたらだめなの?」
「××にあげたものだから、好きにしていいと思うけど」
「いっしょにたべたいな……」
「では、ありがたく」
ちょっとお高めのマカロンは、値段相応の味がした。
気に入ってくれたようで、よかった。

380名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2020/01/02(木) 03:53:37 ID:OEntINWo0
2019年12月26日(木)

ぽり、ぽり。
「んー……」
座椅子で読書に勤しむうにゅほの手が、腹部とふくらはぎとを頻繁に往復している。
「××、痒いの?」
「かゆい……」
「見せてみ」
「ん」
うにゅほがネグリジェの裾を上げ、ふくらはぎを見せてくれる。
「あー、赤くなってる」
「かいたから……」
「俺も、太ももとかスネとか痒いんだよな」
「◯◯も?」
「たぶんだけど、空気が乾燥してるんじゃないかなって」
「あー」
うにゅほがうんうんと頷き、温湿度計を覗き見る。
「よんじゅっぱーせんとって、かんそうしてる?」
「50%がベストだった気がする」
「じゃあ、かんそうしてる」
「加湿するか」
「うん」
「まず、掃除からかな……」
加湿空気清浄機からタンクを抜き取り、側面下部のトレイを取り外す。
「やっぱ汚れてるな」
「きたない」
「浸け置き洗いをしましょう」
「そうしましょう」
洗剤を垂らしたぬるま湯にトレイを浸け置き、小一時間ほど待つことにする。
「ひとまず加湿器はこれでいいとして、痒みのほうをなんとかしないと」
「ほしつクリームあったきーする」
「ユースキンな」
「それ」
「痒みが乾燥のせいなら、ちゃんと効くはず」
引き出しからユースキンAを取り出し、うにゅほの前に膝をつく。
「ほら、足出して」
「はい」
うにゅほが、ネグリジェをつまみ、軽く持ち上げる。
白いふくらはぎが露わとなる。
「──…………」
ちょっとエロい。
「ぬってー」
「はいはい」
クリームを指に取り、赤くなったふくらはぎに擦り込んでやる。
「お腹は自分でやること」
「うん」
加湿空気清浄機のおかげで、現在、部屋の湿度は48%まで上がっている。
痒みが治まってくれればいいのだが。

381名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2020/01/02(木) 03:54:14 ID:OEntINWo0
2019年12月27日(金)

「年末だからか、道路工事が多いなあ」
「ね」
工事のため一車線になった車道を、徐行しながら走っていく。
「ねんまつ、なんで、こうじおおいの?」
「予算を使い切るため──ってのは、たまに聞くなあ」
「そなんだ」
「予算が余ると、翌年の予算を減らされるとかなんとか……」
「へらさなくてもいいのにね」
「日本の行政は渋いから、予算と言えば必要最小限で組みたがるんだよな」
「へえー」
あまり興味はなさそうだ。
「──っ、と」
前の車が減速するのに合わせ、ブレーキを踏み込んでいく。
片側交互通行だ。
「これ、行きと同じ道にしたほうがよかったな……」
「そだねえ……」
飲みに行くという父親を駅前まで送っていった帰りなのだった。
ギアをパーキングに合わせ、車内で小さく伸びをする。
「暇だ……」
「おしゃべりしよ」
「してるぞ」
「もっとしよ」
「じゃあ、何話す?」
「──…………」
「ノープランか」
「うへー……」
あ、笑って誤魔化した。
「では、今年を振り返りましょう」
「ことし……」
「××にとって、今年は、どんな年でしたか?」
「うーと、いいとし」
「良い年でしたか」
「うん」
「主に、どんなところが?」
「──…………」
「──……」
「そういわれるとこまるけど、いいとし……」
「そっか」
「◯◯は、いいとしだった?」
「あんまり良くなかった気がする……」
「そなの?」
「災害も多かったし、喘息も再発したし、腰もやったし、試験も落ちたし、ついさっきブルーレイディスクレコーダー壊れたし」
「あー……」
うにゅほが目を逸らす。
「ことし、よくなかったのかな……」
「……いや、××が正しいよ」
「?」
「××は、今年、楽しかったんだろ?」
「うん」
「じゃあ、良い年だったんだよ」
「……◯◯、ことし、たのしくなかった?」
「楽しかった」
「じゃあ、いいとし」
「そういうことにしておきましょう」
悪い点を抜き出して、ただ嘆くことに意味はない。
そんなことをうにゅほに教えられた気がするのだった。

382名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2020/01/02(木) 03:54:45 ID:OEntINWo0
2019年12月28日(土)

「うあー……」
ごろごろ。
だらだら。
冬休みに突入し、だらしなさに拍車が掛かる俺だった。
「◯◯、おおそうじは?」
「明日……」
「そか」
「年末で仕事忙しかったし、今日は全力でだらだらするぞー」
うにゅほを抱き締め、ベッドに寝転がる。
「わ」
「××も一緒にだらだらしよう」
「おー」
取り立てて何もせずに過ごす。
それは、もっとも贅沢な時間の使い方に違いない。

──小一時間後、
「……飽きた」
ベッドから半ばほどずり落ちながら、そう呟いた。
「はやい」
「眠気はないし、読書って気分でもないし、ソシャゲするのはなんか違うし……」
「あいぱっどでどうがみる?」
「それじゃ、いつもと変わらないよなあ……」
わざわざPCから離れているのだから、もうすこし別のことをしたい。
「あ、そうだ」
ぽん、と両手を合わせる。
「水曜どうでしょうの新作、始まったんだった」
「ほんと?」
「六年ぶりだって」
「みたい!」
「じゃ、リビング下りて──」
そこまで口にして、ふと致命的なことを思い出した。
「……ブルーレイディスクレコーダー、壊れたんだった」
「あ」
昨日、唐突に電源が落ちて以来、うんともすんとも言わなくなってしまったのだ。
「みれない……?」
「いや、見れないことはない。いくらか払えばネット配信してるはず」
「よかったー」
うにゅほが、ほっと胸を撫で下ろす。
「……結局、パソコンからは離れられないのか」
人間は、PCを操っているようでいて、PCに操られているのかもしれない。
特に俺は。

383名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2020/01/02(木) 03:55:18 ID:OEntINWo0
2019年12月29日(日)

「──…………」
ディスプレイに向かって渋い顔をしていると、たまたま俺の顔を覗き込んできたうにゅほと目が合った。
「どしたの?」
「……聞いてくれるか」
「うん」
姿勢を正し、うにゅほへと向き直る。
「ネットには、広告というものがある。いわゆるスポンサードリンクってやつだ」
「のみもの?」
「スポンサード・リンク。これを表示させることで、サイト運営者に広告収入が入る」
「しーえむみたいの」
「その通り」
「うへー」
「特に、通販サイト。通販サイトの広告は、そのまま商品だ。クリックするとすぐ買えるようになってる」
「そうなんだ」
「でも、ランダムに商品を表示させても意味はない。俺に口紅勧めても、買うわけないだろ」
「たしかに」
「そこで、彼らはどうしていると思う?」
「うと……」
しばし思案し、うにゅほが答える。
「ほしいの、アンケートとる?」
「惜しい」
「おしいんだ」
「アンケートは取らないけど、ユーザーの行動を分析する。以前に何を買ったかとか、どの商品のリンクを踏んだかとか」
「あー」
うにゅほが、うんうんと頷く。
「これらはAIによって自動的に行われる。スポンサードリンクに表示されるということは、AIが"こいつはこれが欲しいに違いない"と判断したということだ」
「なるほど……」
「そこで、これを見てほしい」
某ブログに表示された楽天の広告をマウスカーソルで示す。
「……?」
うにゅほが小首をかしげる。
「このしろいの、なに?」
「ハチノス」
「はちのす……」
「ハチノスと言っても、虫のほうじゃない。牛の何番目かの胃のやつ」
「あ、きもちわるいやつ!」
「それそれ」
「◯◯、ほしいの?」
「見たくもない」
「だよね……」
「にも関わらず、楽天は、このハチノスを常に最上段で勧めてくるんだ……」
「なんでだろ……」
「わからない」
「えーあい、あたまわるいのかな」
「好きの反対は無関心だから、嫌いとは言え意識してるのは確かだけど」
「じゃあ、あたまいい?」
「ハチノスまるまる一個なんて、絶対買わないぞ」
「やっぱしあたまわるい……」
ハチノスが嫌いな俺にとっては、ちょっとしたグロ画像を見せつけられているのと変わらない。
もう勘弁してくれないだろうか。

384名前が無い程度の能力を持つVIP幻想郷住民:2020/01/02(木) 03:55:45 ID:OEntINWo0
2019年12月30日(月)

「よし」
意を決し、立ち上がる。
「──大掃除だ!」
「おー!」
大掃除。
それは、ぐうたらな俺が部屋の掃除をする数少ない機会のひとつだ。
「でも、あんまり汚れてないよなあ……」
うにゅほが小さく胸を張る。
「わたし、まいにちそうじしてる」
「感謝してます」
「うへー」
「……しなくていいんじゃないか、大掃除」
「するの」
「はい」
仕方ない。
しようとさえ思えば、掃除すべき場所は無数にある。
「とりあえず、本棚全段カラ拭きかな」
「わたし、ゆかとか、ぞうきんかけるね」
「エアコンも掃除したい」
「まくらもとのほん、かたづけないと」
「まずそれからだな」
「うん」
手分けして大掃除を進めていく。
自分たちの過ごす部屋が自分たちの手で綺麗になっていくのは、とても気持ちがいいものだ。
もっとも、普段は"めんどくさい"が勝るのだけど。
大掃除をなかばほど進めたころ、ふと気が付いた。
「この空気清浄機、最後に掃除したのっていつだっけ」
「こないだ、トレイあらったよ」
「それは加湿機能の部分だろ」
「あー」
「フィルターとか、軽く掃除しておくか」
「うん」
フローリングに膝をつき、加湿空気清浄機の前面パネルを外す。
「──…………」
「……!」
ふたり並んで絶句する。
プレフィルターの網目が見えないくらい、ホコリが層を成していた。
「……これ、もしかして、綺麗な空気吸って汚い空気出してたんじゃ……」
「どうしよう……」
「手で粗く剥いで、水洗いかな……」
後ほど取扱説明書を確認したところ、二週間に一度はお手入れすべきものだったらしい。
かように不測の事態はありつつも、午後五時過ぎには大掃除の工程すべて完了したのだった。
「これで安心して年越せるな」
「ねー」
大掃除さえ済ませてしまえば、年末年始はだらだらできる。
さあ、寝正月を楽しもう。




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