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【 オリジナル】フィンブルヴェトの終わり【 スタンド】

1 ◆ySBI9R5XHk:2016/05/22(日) 22:03:09 ID:MHr2MoM.0
エタらないように頑張ります。
大体一週間、遅くとも二週間に1回は更新したい

2 ◆ySBI9R5XHk:2016/05/22(日) 22:04:55 ID:f5T2Np020

2003年、現在。

イタリアを中心とした裏社会の深淵の中で煌々たる異彩を放つ 〈パッショーネ〉と呼ばれるギャング団が存在する。
その歴史は他と比べれば未だ浅いが特殊な「力」を持った構成員が数多く、また『義賊』という立場を取ることで既存の反社会的組織から一般市民を守るという形を作り瞬く間に勢力を拡大させていった。
尤も、最も組織の増長を促したのは義賊故に"禁じ手"として表向きは忌避していた麻薬の類いではあるのだが、これは当時ボスに全幅の信頼を寄せられていたディアボロという男の裏切り、独断行動であったとされている。

2001年、件のディアボロの裏切りによりこれまでの組織の在り方を揺るがしかねない内部抗争が勃発したことで、当時は全くの謎に包まれていた『パッショーネ』のボスが表舞台に姿を現すことになる。

ジョルノ・ジョヴァーナ、16歳。 敵対組織の人間だけではなく、当の身内の幹部でさえ実際にその目で確かめるまで狂言だと口を揃える程の衝撃。
そして初めて目の当たりにするボスの黄金色のカリスマとも言うべき器に、己とは天と地程もある格の違いに彼等は二度目の衝撃を受けることとなった。

以来、〈パッショーネ〉はより一層個と個の結束力を強め地元イタリアを始めとして欧州全土を汚染する麻薬の根絶を標榜すると、SPW財団の後ろ楯も得ることに成功し社会の表裏関係無くその影響力は益々勢いを増して広がっていくばかりだ。

しかし、だ。 一見すると順風満帆にして海を走る船の底には転覆を齎す大きな穴が空いている、かもしれないのである。

つまりは、果たしてそれが『良い』ことなのか、はたまた『悪い』ことなのかは全てが結末を迎えるまで誰にも分からないのだ……特にこの物語の主人公、ジョエレ・ディ・ジョイアにとっては知る由もない運命。

「ジョエレ、私も幸せになれるかな? 」

それでも彼は諦めなかった。
不幸に掴まれ、不運に飲まれ、不等な現実を前にしてなお進もうとする意思だけを胸に、どうしようもなく不安定な代物だと知りながらそれでも未来を望む。
誰にも救いようはないが、或いは気まぐれな運命が戦う彼に手を差し伸べるのを誰もが祈り乞うだろう。


これはそんな若者達の一部始終である。

これはそんな若者達の人生である。

これはそんな、若者達の全てである。





「知らなかったのか? 冬が終わると 、春が来るのさ。
必ずな」





【オリジナル】フィンブルヴェトの終わり【スタンドSS】

3第一話 ◆ySBI9R5XHk:2016/05/22(日) 22:06:46 ID:f5T2Np020
1月13日、イタリア。冬のローマ。

街はこの日、今年初めての氷点下となり、大路を行く人々は白い息を燻らせながら各自の先を急ぐ朝。

「寒すぎる……頬が凍るようだぜ」

俄に賑わいを見せ始めた表通りを虚ろな目をしてとぼとぼと歩いている青年、ジョエレ・ディ・ジョイアは天下の『パッショーネ』の一員であり、しかも、誉れ高きジョルノの親衛隊の一人である。

彼は今朝からボス直々に呼び出しを食らい、渋々ながらローマにある本部にまで足を運んでいる最中であった。
昨日まで別件の後始末のためにネアポリスまで出向いていた矢先の招集。
ろくに体を休めていないし、頭の中は早く自宅のベッドに埋もれて死んだように眠りたい、という思考で埋め尽くされていた。

ジョエレはそんな内心を有りのままに、不機嫌極まりない表情を少しも隠そうとはせずにフラフラとした足取りで裏通りに面した一軒のレストランへと入っていく。

「そういや朝飯もまだだったなぁ……」

ジョエレの鼻を通り抜ける、甘酸っぱいトマトソースの香りがなんとも憎々しい。
店内は高級感も然程感じさせない素朴な内装をしていて淡い照明の光が点在する純白のテーブルクロスを薄く照らしている。

「お客様、申し訳ありませんが、まだ準備中で……」

「そうかいそうかい」

駆け付けたウェイターの言葉を途中で遮りつつ、自分が〈パッショーネ〉の者だと証明するためのバッジを見せた。
入団試験をクリアした際に構成員全員へ支給された物だ。
そして、不変の合言葉「アリーヴェデルチ」を耳元で告げる。

「ボスに用があるんだ」

ウェイターはそれを確認すると黙って頷き、呑気に欠伸をしているジョエレに対して握手を求めた。

「それでは転移を始めます。ジョエレ様、危険ですのであまり動かないようにしてください」

「分かってる。というかさ、そろそろ顔パスで通してくれてもいいんじゃあないか?
お互いに知らない仲じゃあないんだしさ」

「無理です」

「……どうしても? 」

「まだ手を繋いだ程度の仲ですからね。
せめて貴方と私の関係が『B』までいかないと」

「……朝から冗談キツいぜ」

差し出された右手をやんわりと握り、ジョエレは小さく呟いた。
ウェイターの背後には何時の間にか兎と人間を混成したような外見の生命エネルギーの具現──この力を持つ者の間では『スタンド』と呼ばれている──が現れている。

「割と本気だったんですがね」

「……ええ? 」

「それじゃあ、行きますよッ! 」

「ちょ、ええッ!? 」

ジョエレが聞き返すよりも速く、ウェイターが絡ませた手を思いっきり振り上げた。

『ヴヴ……ヴン……』

響く重低音とと共に、一瞬の歪みが店内の空間を覆い、それを最後に二人の姿はレストランから跡形もなく消え去っていた。

4第一話 ◆ySBI9R5XHk:2016/05/22(日) 22:11:39 ID:f5T2Np020
ジョエレが次に瞼を開いた時、そこは薄暗く湿っぽい廊下の一角であった。 灯された蝋燭は不気味な雰囲気を醸し出していて、これがどうにもジョエレは苦手だった。
ここから10mほど手前に続く廊下の終点には鉄製の扉があって蝶番の隙間から微かに光が漏れ出している。
辺りを軽く見回すが、あのウェイターの姿は既に無かった。

(さてと……部屋の中にはボス一人かな。ちょっと確かめてみるか)

ジョエレは気の乗らない足取りで扉の前にまで来ると、一度拳を握ったまま静止してニヤリと笑いコン、コン、コン、コンと4回。
所謂『プロトコール』、相手に礼儀を必要とする場合、入室許可の伺いであるノックは4回と決まっている。

(これが正しいマナーだけども……フフッ、どうなるかな? )

一瞬の間を置いて、早速ジョエレが期待していた応えが返ってきた。

「おいッ! おいッ!! ノックを『4回』は止めろって毎日口酸っぱくして言ってんだろうがよぉぉ〜〜ッ!!
マナーだか何だか知らねぇがジョエレッ! お前だろぉ!? ワザとやってやがるなッ! 」

「いやぁ、すみません。 副長もいらっしゃるとは思いもよらず」

「おいっ、絶対今のは嘘だぜッ! お前はそういう奴だからなァ〜〜〜、分かってんだからなッ! 」

ガラの悪い、品位が感じられぬ男の捲し立てるような怒鳴り声が向こう側から響いてくる。
本気で怒っているようで、口汚い叫びが扉を僅かに震わせている。

(くく……成る程、ミスタ副長も一緒か。 どうせまた面倒臭い任務を押し付けられるんだろうな)

「ミスタ、読書中は静かに。
入って良いですよ、ジョエレ」

次に耳に飛び込んできたのは凛とした青年の声である。
気怠さに塗れた心をすっかり洗い流されたかのような心地好さ、思わず体が勝手に跪いてしまう程の畏れを抱かせる。
声の主とは南欧最大のギャング団〈パッショーネ〉の頂点に君臨するボス、ジョルノ・ジョヴァーナその人のものであった。

「はい、ジョジョ。 失礼します」

「ったくよぉぉ〜〜。 大体ジョジョの躾がなってないじゃないんスかね〜〜?
親衛隊だからって明らかに調子乗ってますよアイツ」

「いい加減口を閉じないと、そろそろ怒りますよ? 」

「……はいはい分かりましたよォ〜〜、『ボス』ぅ」

「だからその呼び方は止めてくださいって」

「『ボス』だから『ボス』なんだぜ、『ボス』うぅうゥ〜〜」

(しつこいな……副長も)

ミスタの揶揄いを軽く聞き流しつつ、ジョエレはドアノブへと手を掛けた。
恐る恐るといった感じで、音を立てないように静かに扉を押し込んでいく。

光が、溢れだしてきた。

5第一話 ◆ySBI9R5XHk:2016/05/22(日) 22:15:51 ID:f5T2Np020
「止まれ、手をあげなッ! 」

「おっと……」

入室して早々、ジョエレは右のこめかみに冷たく重い金属の感触を得た。
顔は動かさないまま横目で見やると、ミスタが鷹の目の鋭さで此方を睨みながら愛銃であるリボルバーを突き付けている。

「……なんてな、へッ!」

『オイ、ミスタァ〜〜冗談デモ危ネェゼッ!』

『銃口押シ付ケテタラ軌道変エラレナイカラナァ〜〜ッ!』

「あのなぁピストルズ、オレがそんなヘマこく訳ねぇだろォーがよ。
ちょっとムカついたから脅かしてやろうとしただけだって」

そういう問題ではないだろ、と思わず突っ込みたくなったがジョエレは構わずに前へ進む。
ミスタのスタンド、『セックス・ピストルズ』は本体と似てとても騒がしい。おまけに全部で6体もいる。
が、その喧騒も次第にジョエレの頭の片隅に追いやられていく。

特徴的な髪型をした金髪の青年。
彼を実際に前にするとジョエレの体は引き締まり、心は澄み切っていく。
自ずとジョエレは片膝をつき頭を垂れた。ジョルノ・ジョヴァーナ、魂そのものが彼に忠誠を誓ったかのような条件反射である。

「只今戻りました、ジョジョ」

ジョルノは黙々と本を読んでいた。
表紙には『罪と罰』と書かれている。
やがて栞を手に取ると、ジョルノは本を閉じてジョエレの方に視線を落とした。

「朝早くから御苦労でした。
それでネアポリスの方はどうでしたか? 」

「はい、あの麻薬の密売人達はやはりポルトガルのギャングと繋がっていたようです。
恐らくはイルマン組ですね。スタンド使いも多いところなので、今のイタリアで堂々と麻薬を捌ける自信と度胸があるのはあそこぐらいです。
確かなことは捕らえた売人に吐かせてみないとなんとも言えないですが」

「イルマン……スタンド使いが絡むとなると、少々厄介なことになるかもしれないな……。 もしかしたら、我が〈パッショーネ〉にも彼等の内通者がいるかもしれない。
ミスタ、そちらの方は任せられますか? 」

「そうっスね……こういうのは『シーラE』が適任っスかね。一応連絡は入れときますが」

「それでは頼みましたよ。
さてジョエレ、そろそろ本題に入ろうか……」

ジョルノは一転真剣な面持ちで机の上に置かれた写真の一枚を指で叩くと、ジョエレにそれを手に取るよう促した。
写真には高級ブランドで統一された、如何にもなオーラを醸し出す30代前半とおぼしき男の横顔が写されている。

「これは……誰ですか? 随分と身なりのいい男ですが……どこかのギャングのボスでしょうか? 」

ジョエレの予想にジョルノは当たりだが外れだと言って、写真の淵を指でなぞりながらこう答えた。

「正確にはスウェーデンを拠点に北欧を取り仕切る有力ギャングの、〈エインヘリャル〉のボスだった男だよ。
名前は『ユミル』、 ぼくも風の噂には聞いたことがありましたが……分相応に傲慢な男だとか」

「〈エインヘリャル〉……名前だけ聞いたことはありますが、その男がボス『だった』と言うのは? 」

「ああ、それがこのユミルは3日前に組織のNo.2で実の姉である『ヴェルザンディ』に敗れてボスの座から引き摺り降ろされている。
そして先日、新たなボスとなった彼女の方から直接ぼくに助力を求める依頼があった」

「依頼が……」

「単刀直入に言うと、彼女の依頼の内容は殺し損ねたユミルの殺害。
……及び奴が〈エインヘリャル〉から持ち去った『矢』の回収」

6第一話 ◆ySBI9R5XHk:2016/05/22(日) 22:25:37 ID:f5T2Np020

「……ッ!!」

『矢』という単語が飛び出たと同時に、ジョエレの顔色はみるみる青冷めていき額からは一気に冷や汗が噴き出す。
悪寒が全身を駆け巡り、体が小刻みに震えるのを到底抑えることができない。
その訳を語ることもできないほどに。

「君を呼び戻した理由がそれだよ。
本当ならば暗殺チームに動いてもらうのがベストなんだが……。
この任務は誰にも任せたくないだろうし、ぼくも君以外には頼みたくなかった」

「……ありがとうございます。
しかし、〈パッショーネ〉に頼らなくとも一度退けた相手ならば自力で始末出来そうなものですが」

「〈エインヘリャル〉はこの姉弟喧嘩でかなりの数のスタンド使いを失ったって話だ。
しかもユミルは、多すぎるスタンド使いは組織の反乱分子になると考えて構成員に『矢』を使ってなかったらしいぜ。
自分とこの弾が殆どパンピーしか残ってねぇからか、そこらへんはオレらに縋るしか無かったらしい」

ミスタがさも自分で調べあげたと言いたげな、そんなふうに得意気な口を挟んできた。

「詳しい話はストックホルムに着いてから、現地で出迎える〈エインヘリャル〉のメンバーから任務の説明を受ける段取りになっています。
ジョエレ、君は準備が済み次第すぐにローマを発って、ガムラスタンのストールトリエット広場という場所に向かってください。
ヴェルザンディ曰く、『そちらの使者が広場に到着すれば此方から接触する』そうです」

「そうですか……大体の話は理解できました。大丈夫です。
準備が出来次第、出発します」

「頼みましたよ。
これは我々が未開としてきた北欧の裏社会にも勢力を伸ばす絶好の機会でもあるんですから」

ジョルノはそう言って任務の詳細が書かれたメモ紙をジョエレに渡すと、ぱちりと指を鳴らした。
するとそれが至極当たり前のように、忽然とウェイターが彼の隣りに現れた。
食器を両手に満載していたが、それも瞬きする間に消えていた。

「必ずやジョジョに良い報告ができるように、任務達成に尽力致します」

深く深く頭を下げたのち、無言で歩み寄ってくる無手のウェイターに対して、その手を差し伸べる。

「ジョエレ、いいですか」

そうして互いの手を取り合い、転送の準備はいよいよ整った。
それからジョエレは名を呼ばれたので、声の主であるジョルノに目を向けた。
彼は優しく微笑んでいたが、目が合うと少しの緊張を眼差しに含み、柔らかくも凛とした声で、

「如何なる時も、冷たさを失ってはいけない。燃え尽きれば終わりが肩を並べる」

「熱さを忘れてもならない。凍りは自分が終わりに取り囲まれるということだ」

「どんな時でも君自身が誇り高き『パッショーネ』の精神を持つ者だということを忘れるなよ。ジョエレ・ディ・ジョイア」

こちらまで聞こえるか聞こえないかぐらいの呟きをして、再び読みかけの本に目を落とした。

その言葉を真摯に受け取ったのを最後に、ジョエレの五感は渦を巻き外側へと転移したのだった。

7第一話 ◆ySBI9R5XHk:2016/05/22(日) 22:33:38 ID:f5T2Np020
同日、スウェーデン、ストックホルム旧市街『ガムラスタン』


「橋の間の街」とも呼ばれるこの場所は、スターズホルメンという小島を指す名であり、中世の街並みが残る美しいルネサンス建築や世界最古のレストランがあるなど、歴史ある観光地としても人気の高い土地である。
この厳しい冷え込みの中でも、古き良き街の活気は少しも失われていない。

「ふぅぅ〜〜……誰も来ないな」

ジョエレは街の中心部に位置するストールトリエット広場のカフェテラスにいた。
〈エインヘリャル〉の使者からの接触は未だ無く、ひたすらに暇を弄んでいた。
時刻は丁度正午を過ぎた辺りだろうか、観光客と思しき人波が寄せては返し、一様に談笑しながら流れていく。
そんな風景をボーッとしながら見ていた。

「まったく、僕がここに到着してから既に10分ぐらい経っているぞ。
随分と時間にルーズなギャングなんだな、〈エインヘリャル〉っては」

ジョエレが愚痴を漏らすのもこれで何回目だろうか。
だが、それだけ彼は、今回の任務に並々ならぬ意気込みを入れているのだ。
一分一秒の時間が惜しいのだ、それだけの因縁が絡み付いた任務なのだと。

「こうなったら、自分で探すかァ〜〜? 遅刻魔の案内人に代わってよぉ〜〜!
僕も暇じゃないしなァ〜〜! 」

「そりゃ悪かったな、VIP」

はっとして、ジョエレは振り返った。
何時の間にか後ろに男が立っていた。
自分と同じ年頃の、目付きの悪い青年であり嫌な笑みを浮かべている。
右手には何故か空の、左手には高級そうな赤ワインの入ったボトルを携えている。

「『クローカ・ギュール』だ。〈エインヘリャル〉からの使い。
アンタが〈パッショーネ〉の『ジョエレ・ディ・ジョイア』だな? 」

「そうだ。遅かったじゃないか? 」

嫌味ったらしく、ジョエレは言う。

「少々野暮用があってな。
何はともあれ、我々への協力を感謝する。
これはお近付きの印ってヤツだ、受け取ってくれ」

クローカは申し訳なさそうな顔をして、右手に持った『空』のボトルを差し出した。

「おいおい……嫌がらせか? 僕はゴミ捨て場じゃあないんだぜ?
中身が入ってないじゃあないか」

「いんや、こっちの方が良いと思うぞ。
騙されたと思って受け取ってみたらどうだ? 」

「………? 意味が分からないが…… まァ、う〜〜ん」

ジョエレは怪訝な顔をして、しかし初っ端から手を組む相手をぞんざいに扱うわけにもいかないと思い、

「はいはい、こりゃどうも。
凄いな……正直者にしか見えない酒でも入ってんのかね? 」

「へっ。だとしたらアンタは多分嘘吐きなんだな」

何の気なしに受け取ったそれを、念のためまじまじと見回した。
普通のボトルで小細工などしているような痕跡は一つもなかった。

「騙されたと思って、か。
そんじゃここらで乾杯でもするか?
赤ワインと『裸のワイン』でさ」

ジョエレは冗談めいたような言い回しをして、それからコルク栓を抜こうとした。


「……」

瞬間、ジョエレのその動きを見届けたクローカがぐいっと口角を釣り上げた。
笑っているとかでは断じてない、感情を伴わない、ただの筋肉の痙攣と見紛うような喪失者の表情で。


「ははっ、な? 」







「騙されただろ? 」

8第一話 ◆ySBI9R5XHk:2016/05/22(日) 22:41:50 ID:f5T2Np020
「う……うおおおおおおおおッッ!!? 」


それは、ジョエレがボトルの『栓』を抜いた瞬間の瞬間、であった。
超高出力の掃除機の口をあてがわれ、きゅうきゅうと肌を吸われるような感覚がすぐさま全身を襲ってきた。
ボトルの口がまるでブラックホールにでも変化してしまったかのように、ジョエレは吸い込まれて行く。

「ひ、引きずり込まれるッ! こ、これは────」

言い終わる前に、ジョエレの体は完全にその場から消失した。
ボトルだけが宙に投げ出され、慌ててそれをクローカがキャッチする。
と同時に流れる動きで再び栓をした。
強く強く。

「マンマと嵌ってくれて嬉しいぜぇ?
〈エインヘリャル〉の人間ならば攻撃してこないと思い込んでいたな!
甘い甘いッ! それでもギャングか! 」

クローカは今度こそ心底嬉しそうな笑みを零して、手に持ったボトルを左右に揺らす。

「だがまぁ、任務だからとはいえ、ワリぃーことをしたなぁジョエレェ……。
『本部の詳細な場所は外部の人間に知られたくないわね〜〜!』ってボスが言ってたんだからよぉ! 分かるだろぉ? 」

これはウソ。
本当はクローカが他所のギャングに頼るのが気に食わず、独断で行ったことである。
余所者にボスが居る場所を知られたくないのはクローカ本人の個人的な考えだ。

「少しの辛抱だぜ。我が『スパーク・フライ』の能力……お前が俺に刃向かう度胸を持っていないのなら……当分そのボトルの中で大人しくしてな」

「む……ぐぐ? ……ここはッ!
僕の体がッ、ボトルに収まるサイズになっているのか〜〜ッ!? 」

ジョエレは目の前にある透明な壁をばんっ、と叩いた。割れそうにもない。
自分の置かれた状況は何やらヤバイ────クローカの、自分の体など文字通り一捻りに出来るほどの巨大な掌を見て、ジョエレは背筋が冷たくなるのを感じていた。


「ボトルを割るか、栓を抜くか、それまでお前がここから出ることはできない。
そして『内側』からスタンドや鈍器を利用して破壊するのも、決して叶わん! 」

(チッ……厄介な奴が迎えにきたもんだ。
だが自分の能力をべらべら喋りやがって、馬鹿め)

心中とことん悪態をつき、そして 与えられたヒントを元にひたすら考える。
どうやって今この状況を打破するのか?

「内側から破壊できないボトル。
内側からなら、か」

ジョエレはクローカの言葉を何度も反芻する。
『内側』という部分をやけに強調していた奴の言質。
それならば、外側からなら破壊できるのだろうか?もしそうなのだとしたら、ここから脱出すること自体はそう難くない。
だが……。

「気が付いたかよ? 少しは頭が回るようだな?
俺がお前にどうして欲しいか……理解しただろう」

「あァ、そういうことね……」

やはり誘っているのか。
もとからそれが狙いだ。
信用出来ない人間、仲間ではない人間を自らの懐に招き入れるための儀式。
彼は試し、自分は試されているのだ。


「出しな……テメーの『スタンド』を……」


クローカのヴィジョンは既に、確固たる人型の姿を以て主の隣に控えていた。
頭にコルクの目立つ装飾、特徴的な姿をしている『それ』は何時でも戦えるぞと、そんな構えのままジョエレを見下ろす。

「この俺が、お前の『相応しさ』をジャッジしてやるよ」

9第一話 ◆ySBI9R5XHk:2016/05/22(日) 22:46:00 ID:f5T2Np020
「僕と殺り合おうって言うのか?
ハッ、これが北欧流の客人をもてなすマナーっつーワケなのかよ! 」

「ごちゃごちゃ言ってねぇで、来いよ。
何ならこの間抜けな姿のままでボスに謁見するか? 」

「後悔するぜ、僕に喧嘩を売ったことをなァァ〜〜! あ〜〜……? 」

「ん? どうしたジョエレ? 」

ガクン、そんな擬音がぴったりと当て嵌るような動きだった。糸の切れた操り人形のような崩れ方で。
ジョエレがいきなり気を失ってボトルの底に倒れ込んだのだった。

「なんだ、酸欠か? んな筈はねぇんだが……確かに意識はねぇみてーだな」

『その通り、そいつは意識を失ったのさ。
気絶とかじゃあなくて最も重い意識の断絶。脳死、植物状態とも言われるな』

あっけらかんとした声がクローカの耳に入った。
慌てて振り向くと、そこには紫色をした小太り猫が────不思議の国のアリスに登場するチェシャ猫のような存在がふわふわと浮遊していた。

「出たな、これがジョエレのスタンドか」

『正解だが、不正解だ。
答えは限りなく不透明で、全貌が見えず、故に横幅があり縦幅があり奥行がある。
無限大なのさ、彼のチカラは』

「本体が気を失っていても発動するってことは、まして植物状態にあっても存在できるのはスタンドが一人歩きしているからか?
どちらにせよ、ボトルを割れる、まして俺の『スパーク・フライ』に力で勝てるようには見えないが」

『割る必要など無いのさ。
私から君に何かするとすれば、そう、これだけさ』

猫は、ジョエレのスタンドはゴロゴロと喉を鳴らしてから、こう言った。

『エインヘリャルのボスはどこにいる?』

「おい、俺が教えると思うのか?」

クローカはそう答えた。




それで終わりだった。




『……私は本来もっとイジワルな性格なんだが、ジョエレの下でこの能力を使うとどうにもバツが悪くなる。
私の、心優しき主の心が中に入り込んできているのだな』

『私が主と言葉を交わせることは恐らく一生無いのだが、だがジョエレ。
君のおかげで私は改めて彼のスタンドだと実感できるのだ
感謝するよ』

倒れたままのジョエレには聞こえていないだろうが。
それから猫は、にゃおん、と寂しげに鳴いた後、初めから存在しなかったかのように、どこにも居なくなった。



「……終わったか」

少しして。
気が付いたジョエレは靄が掛かった頭を覚醒させようと何度か横に振ると、何とか立ち上がり、服に付いた砂やら埃やらを払う。

それが終わると視界の端に転がる空のボトルをじっと見つめ、次にクローカの持っていた赤ワインのボトルを見付けた。
拾って、栓を抜き、辺りに中身を思いっ切りぶちまけた。

「そこにいたか。なんとも哀れな格好じゃあないか。
要するに、この戦いは僕の勝ちってことだな」

「なんなん……なんなんだよォ! 見えねぇ、聞こえねぇ、何も感じねぇ!
あのスタンドの能力かッ!!」

人の形に赤く染まったモノが、地面をじたばたと転げ回っていたのだった。
ジョエレは暴れる『それ』をしこたまぶん殴り、黙らせてから担ぐと、やれやれと溜息を吐いた。

「また10分待つのかよ…… 」




第一話 「時代と共に、次代と友に」 完

10第一話 ◆ySBI9R5XHk:2016/05/22(日) 22:50:11 ID:f5T2Np020
使用スタンド

【スタンド名】 グリーク・チェシャーキャット
【本体】 病院で意識不明の色白の少年
【タイプ】 一人歩き型
【特徴】 始終ニヤニヤと笑っている、ねじれしっぽを した紫色の小太りの猫。 スタンドであるがチーズが好物である
【能力】 スタンドが質問をし、その質問に答えられな い、 又は間違った答えをしてしまったものは透明 になってしまう 透明になってしまったものはスタンド能力を はじめ、視覚、聴覚、痛覚を失う。 能力発動時間はきっかり10分 スタンド自体は、消えることはない 本体が目を覚ましたらスタンドは消える

破壊力-C スピード-C 射程距離-A

持続力-D 精密動作性-D 成長性-B

【能力射程】 A



【スタンド名】 スパーク・フライ
【本体】 策略家の青年
【タイプ】 近距離型 / 人型
【特徴】 コルクのような装飾が特徴的な人型
【能力】 あらゆる物を瓶に閉じ込め保存することができる能力。 人間を閉じ込めるには閉じ込める人間が空瓶 の栓を抜く必要がある。 閉じ込めた対象は、瓶を割るか栓を抜くこと によって外側に放出される。 本体以外にも瓶を割ったり栓を抜くことは可 能。 また、閉じ込めた対象は栓がされている限り 内側からは絶対に出ることはできない。

破壊力-B スピード‐B 射程距離-D

持続力‐A 精密動作性‐C 成長性‐C


ありがとうございました。
次は来週の金曜日辺りに

11名無しのスタンド使い:2016/05/23(月) 00:38:29 ID:1XLkaNQ.0
おおー新連載ッ!
続き楽しみにしてますー!

12第二話 ◆ySBI9R5XHk:2016/05/23(月) 07:55:44 ID:W3IlkGJw0
「姉貴……自分が何をしたのか、分かってんのか!?
俺の、俺の苦労と苦痛を知らなかった筈はねぇんだッ!!」

ガムラスタン、ストールトリエット広場は薄雲に隠れた月明かりに照らされている。
深夜ともあって人通りは無く、青年の鬼気迫る叫び声は冬の寒空によく響いた。
青年はそれなりに身なりが良かった。
金と地位はあるのだろうが、その声からは精神的な幼稚さが伺える。

「だからこそよ、ユミル。
私はあなたを放っては置けないの。
麻薬のことだけじゃないわ、わかるでしょう? 」

それとは対照的に、駄々を捏ねる子を窘める母親のような声がした。
青年をユミルと呼んだ女────ヴェルザンディのものだった。

2人は〈エインヘリャル〉を束ねる一対のボスであり、実の姉弟だった。

「13体だぞ……13体だッ! これだけのスタンドを扱えるようになるために、俺が何回ッ!何千何万と『自殺』を繰り返したか想像がつくかッ!?」

ユミルの体から、迸る生命の揺らぎが、そして己の分身たるスタンドが乖離する。
下界に降り立つ神のような、烏滸がましいまでの神々しさを放つそれは、しかし本体であるユミルには少々不釣り合いと見える。

「あなたは狂気に飲まれ、組織だけではなく守るべき市井の者達をも救いようのない破滅へと導いた。
私は〈エインヘリャル〉のもうひとりのボスとして、血の繋がった姉として、ここであなたを止める義務があるわ」

ヴェルザンディのスタンド、『ダブル・スタンダード』が一歩前へ出る。
陶器のように滑らかな体を持ったそのスタンドの能力は、『時を記憶し、好きな時に上書きすること』

「私達の体も心も、既に13年前に戻っている……この能力を手に入れたあの日に。
だから、ユミルにも戻ってきて欲しい……また2人で一緒に歩んでいければ───」

「黙れッ!黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れェェッッ!!! 」

「俺はもう戻らないッ! あんな惨めな頃の体も、心もッ!!
こんなものオォォ〜〜ッ!! 」

絶叫し、乱暴に右手を振りかざす。
血が滲むほど強く握られていたのは、見た目はただの古びた『矢』

「待ってッ! ユミルッ! 馬鹿なことは止めて! 」

「うるさいっ! 何もかもがもう遅いんだよッ!! 」

ヴェルザンディが彼を止めるよりも速く、その『矢』はユミルの心臓を貫いていた。

「また……逢おうぜ……姉貴、その時は……ぐふっ───」

おびただしい量の血を吐き出しながらユミルは事切れた。
だがその手に、心臓を抑えるように握られた右手には、もうどこにも『矢』など見当たらなかった。

「バカね……ほんとうに」

広場にはヴェルザンディただ1人、遺された弟の遺体をそっと撫でると、感傷に浸る暇も無く懐から携帯を取り出してどこかへと電話を掛けた。

「予想通り、弟に逃げられたわ。
『矢』は持って行かれたようね。
ええ、ええ。
それじゃあ、例の件、よろしく頼むわね」

ひとしきり用件を言い終わると、ちらちらと雪の降りしきる中、ヴェルザンディは近くのベンチに力無く座り込んだ。
結局、朝日が街に顔を出すまで、彼女はずっとそうしていたのだった。

13第二話 ◆ySBI9R5XHk:2016/05/23(月) 07:56:35 ID:W3IlkGJw0
ジョエレが広場にて勝利を収めてから約1時間後……ガムラスタン、騎士の館。その隠された地下空間にて。

「お疲れなのですか、ヴェル? 」

「んっ……。あぁ、ちょっと眠ってたみたいね」

甘い少女の声に導かれて、ヴェルザンディは現に目を覚ました。
嫌な夢を見た。
つい先日の出来事を夢の中で追体験することなど珍しくもないが、ユミルの死に顔はもう2度と見たくはないものだ。

「どうかしたの? ルクタ」

「えっと、さっきから知らない匂いと知った臭いがするのです。
多分、知らないのは〈パッショーネ〉の人です。
もう1人、なんでか赤ワイン塗れのクローカの臭いです」

傍に立つ長い長い黒髪の少女──ルクタは鼻をくんくんと鳴らして、やがて目の前にある扉を指差した。
と同時に、ノックの音が転がった。

「失礼します、ヴェル。
件の〈パッショーネ〉からの使者を連れて参りました」

「クローカね、入りなさい」

はい、と応える声がして、次いで扉が開かれた。
現れたのは勿論クローカと、彼を倒し、この本部が秘められた場所まで案内をさせたジョエレである。

「おいクローカ、死ぬ程くっさいのです! なんで赤ワイン被ってるんです! 」

「ウルセーッ!! こちとら好きでこんなんなってんじゃねーんだよッ!!」

少女とクローカは顔を合わせた途端に啀み合う。
ジョエレはそんな2人を傍目にして迷いなく部屋の奥、ソファに腰掛けたヴェルザンディの方へと歩いていった。

「初めまして、ジョエレ・ディ・ジョイアさん。
早々、私の部下が見苦しい所を見せてしまっているわね。代わりに謝るわ」

ジョエレはそんなことはないですよ、と首を横に振る。
実際、彼女の部下に襲われている以上、彼等の喧嘩など些末なものだ。
とは口が裂けても言えないが。

「貴女が〈エインヘリャル〉の新しいボス、ヴェルザンディ・エルスカーで間違いないようですね」

「そうよ。まぁ新しいと言うべきか、1人になったと言うべきかは分からないけど……貴方の話はジョルノから聞いてるわ。
とても優秀なスタンド使いだと。
実際クローカのあの様子を見ると……貴方にこっぴどくやられたようね」

「いやぁまぁ、手荒い歓迎でしたからね。ははははは……」

交戦したと分かっていたかと、それなら喧嘩のことよりそちらの件を謝れよ。とは絶対に口が裂けても言えないのである。
一方で、クローカと絶賛舌戦中のルクタがまたもや声を張り上げる。

「お前バッカじゃないのですか!? お客さんと戦うなんてッ!! 」

「俺ァ、コイツがどんなスタンド能力を持ってんのか確認したかっただけだぜッ!
ちょっとした試験みてーなもんだ! 」

クローカはびしりとジョエレを指差して反論する。

「そんで、ボス! 報告が有りますッ! 」

「話はまだ終わってねーですよッ!
〈パッショーネ〉に嫌われたらお前のせーですよッ!!」

クローカは上着をグイグイと引っ張るルクタをものともせずにジョエレの隣まで来ると、彼を一瞥してから『報告』を始めた。

14第二話 ◆ySBI9R5XHk:2016/05/23(月) 07:57:34 ID:W3IlkGJw0
「コイツのスタンド、てんで戦闘向きじゃあありませんッ!
能力は質問に答えなかった奴を──」

「間違った答えを言った奴もな」

「ま、間違った答えを言った奴も視覚とか聴覚とか、とにかく感覚を奪われる──」

「透明にもなるぞ」

「透明にもされる──っていちいち口挟むんじゃねぇッ!!
とにかくッ!
ユミルと取り巻きを倒せねぇのは間違いね〜〜ぜッて話ですッ! 」

2人の掛け合いを前にヴェルザンディは暫時きょとんとした顔になり、ルクタは相変わらず力の限り裾を引っ張っている。
一呼吸置いて、ヴェルザンディが静かに口を開いた。

「つまりはそれが君の持つスタンド能力の一つってことね? 」

「その通りです」

「……は? 」

困惑するクローカ、挟む言葉をすかさず探すがそれよりも先に彼女の言葉の二の矢が突き刺さる。

「クローカ、ルクタ。
あなた達は今日から彼のサポート役としてユミル抹殺の任務に就きなさい」

「……ボス、なんて? 」

「なんていったのですか……? ヴェル……?」

これにはルクタも無意識に裾から手を離し、目を丸くしてヴェルザンディを見る。

「まさか、外部の人間であるジョエレ1人にこんな重大な任務をやらせる訳にもいかないでしょう?
そもそもクローカ、あなたを彼の案内人に選んだのはそのためなのよ? 」

「いやいや、しかしですねそれは分かるんですが……あまりにも急過ぎますしコイツのサポート役ってのが」

「宜しく頼むぜ、クローカ君! 」

「急に馴れ馴れしくするんじゃねぇッ! 」

「ヴェル! 私は!? ヴェルの親衛隊なんじゃなかったんです……? 」

今にも泣き出しそうな声をして、ルクタは彼女にすがり付く。
そんな姿を前に、ヴェルザンディも仕方ないといった感じで一つ息を吐いた。

「ほら、2人ともよく考えて。
これまでのユミルとの内部抗争のせいで〈エインヘリャル〉のスタンド使いは大きく減ってしまった。
その少ない人材の中で、この任務に適性のあなた達がどうしても彼には必要なのよ。
それにこれは、私の『命令』よ」

「……確かにボスの言う通りです」

「うう……」

「ね? 勇気を出して、ルクタ。
全てが片付いたらあなた専用の露天風呂を作ってあげるから」

「さぁジョエレ、一緒にユミルをとっちめてやるです! 」

(見てくれよこの立ち直りッ! )

ジョエレが思わず心の中で突っ込んでいると、不意に横から肩を叩かれた。

「不本意ながらよォ〜〜……ボスの命令なら従う他ないよなァ。
短い間だと願うが、このゴタゴタの後片付け、協力頼むぜ」

「……ああ」

ジョエレが応えると、クローカは照れ臭そうに顔を背けた。

「えーと……今から俺達は急造ながら、チームで任務を遂行するってことで2人とも問題は無いな? 」

「へっ……そうだな」

「よし! ユミル抹殺チーム、ただいま結成なのです! 」

ルクタの溌剌とした宣言により、彼らは瞬く間に共通の目的を共有して行動する共同戦線、つまりは仲間となったのだ。
そしていずれは旧知の仲となる3人の、ここからが生死を懸けた真なる闘争であり、およそ2週間に及ぶジョエレの奇妙な冒険譚、その始まりでもあった。







フィンブルヴェトの夜

第2話 雪降る街の行き先は

15第二話 ◆ySBI9R5XHk:2016/05/23(月) 07:58:08 ID:W3IlkGJw0
「そろそろ良いかしら?
改めて貴方達に任務の詳細を伝えたいのだけれど」

振り向くと、ヴェルザンディが手招きをしてこっちに来いと呼んでいる。
ジョエレ達3人は黙って頷き、部屋の中央にある古いビリヤード台のところまで行くと、その上に並べられた幾枚かの資料に目を落とした。
重苦しい一瞬の沈黙の後、見計らったヴェルザンディが構いなく話を切り出した。

「まずはユミルのスタンド、『ヴァルハラ・ダンスホール』について。
能力は自殺すると、来世の『自分』に魂とスタンドを移動する……簡単に言えば転生することができるの。
人だけじゃなく、動物や植物にも生まれ変われると言っていたわ」

「転生ですか。
そりゃ文句ナシに強力な能力だなァ。
文字通り、逃げる時なんかには死ぬ程便利ってことですね。
傍から見ればユミルは『他人』になってしまう訳ですから」

「ああ、だが真に恐れなければならないのは『ヴァルハラ・ダンスホール』と『矢』の組み合わせだ」

クローカが『矢』の写真を拾い上げて、ジョエレに見るよう促す。

「アンタんとこのボスは『矢』の力を利用してスタンドを得体の知れないレクイエムとかいうモノに昇華させると聞いたが、ユミルにはどうやらその資格が無いらしい。
一度見たことがある。
アイツが自分の胸に『矢』を突き立てているところをな」

クローカの写真を掴む手が汗ばんでいく。

「直後にアイツは血を吐いて倒れた。
脈を確かめたら、既に死んでいた。
そしたら何時の間にか俺の隣にルクタぐらいの年の女の子が立っててよぉ……」

「その子こそが、転生を果たしたユミルだったってオチか」

「ご名答。
だがあの時の俺は女の子が本当にボスなのか……判断が付かなかった。
何故だか分かるか? 」

「男なのに女の子になってたから!」

ルクタが自信満々に答えるが、クローカはこれをスルー。
答えを求められたジョエレは考える素振りをして、それに気付いてハッとした。

「アンタ……てか、〈エインヘリャル〉の人間が転生したユミルを見分ける場合、見た目の変わらない『ヴァルハラ・ダンスホール』を頼りにするしかない筈。
このスタンドを使えればソイツがボスだと確実に判断できる。
つまり、逆に考えるとその女の子は────」

「全く違ったスタンドを出していた、流石に頭が回るな。
来世の自分が発現するスタンドを、『矢』によって引き出したのだ。
勿論、死ねば死ぬほど簡単に手に入るとはいかないだろうが」

「『13体』よ」

伏し目がちなヴェルザンディの声にはどこか疲れの色が見えた。

「13体のスタンドを自由に操れること。
ユミルの精神はもう誰の手にも負えない狂気の危険水域まで達していた。
それこそ、私だけが対処できるギリギリのラインだった」

ビリヤード台から取り上げた13番ボールをまじまじと見つめながら、彼女は言葉を繋げていく。

「私のスタンド『ダブル・スタンダード』、具体的にどんな能力なのか〈パッショーネ〉の貴方には教えられないけど、それでユミルと私の心身を13年前に戻したの。
私達2人がスタンドを得た、その日まで」

16第二話 ◆ySBI9R5XHk:2016/05/23(月) 07:58:44 ID:W3IlkGJw0
「時間を巻き戻すなんて、貴女のスタンドもとんでもない能力ですね……」

ジョエレはこれで合点がいった。
ジョルノから渡されたメモの情報にはヴェルザンディの年齢が41とあったのが、実物を見るや20代後半といった色艶にしか見えなかったからだ。
そんな年若く見える彼女を偽物、おおかた影武者か何かだと疑っていたが真実は自身のスタンドで若返っていたのだった。

「ユミルのスタンドはまた『ヴァルハラ・ダンスホール』だけになったけど、『矢』を持って逃走しているから油断はできない。
また自殺を以てスタンドを次々と増やす前に急いで弟の潜伏先を探し出して対処しないといけないわ」

「アテがあるんですか?
ユミルの居場所に関する情報は一切入ってきていないようですが」

「いや、ここにあるわよ。
転生を繰り返すがために、ユミルが絶対に手放さないモノが手掛かりになるわ」

ヴェルザンディはそう言うと、何処からか小さな欠片を取り出した。
ただの欠片ではあるが、ジョエレはそれが何なのか直感的に理解する。
自分がこの任務に就くことを決めた理由そのものだと。

「それはまさか……」

「『矢』の破片よ。
これがあれば片割れを持っているユミルの居場所を特定できる。
そのためにルクタをチームに入れたのよ」

「やっと私の出番です?
みんな難しいことばっかり言ってて暇だったのです! 」

ソファでだらけていたルクタが待ってましたと跳ね上がる。

「昨日試したように、貴方のスタンドで『矢』の匂いを追跡できるわね? 」

「朝飯前ですよ、ヴェル!
出てきて、『アンミュレ』!」

ルクタの呼び出しと共に、犬のようなスタンドが体から飛び出した。
いや、どちらかと言えば顔全体を覆う巨大な鼻のせいで豚や猪を連想させるだろうか。
ヴェルザンディの持つ矢の欠片にその鼻を近付けてヒクヒクさせている。

「うむむむ……これは……」

「何か分かったかい、お嬢さん? 」

「匂いが近いのです……ユミルは今、ガムラスタンに潜んでるみたいです!
昨日はかなり遠くの方から匂っていたのに妙なのですけど……」

『アンミュレ』が匂いを追おうとしてしかし射程距離から出れず、リードに繋がれた仔犬のようにグイグイと首を伸ばす。

「ユミル……〈エインヘリャル〉に抗争でも仕掛けるつもり……?
でもまあ、朗報と言えば朗報ね。
旧市街から脱出される前に、良からぬ企みを実行に移される前に、何としてでも仕留めること。
時間はあまり残されていないわ。
さぁ、行きなさい。そして、生きて帰ってきなさい! 」

「了解です、ボス! クローカ・ギュール、必ずや任務を果たして見せますッ!!」

「ヴェル! 露天風呂の約束、忘れないですね! 」

「任せてください。
貴女の部下は誰1人死なせませんから。
俺が守りますよ、絶対に」

最後にジョエレはそう言って、3人は頼もしい背中を残して部屋を後にした。

17第二話 ◆ySBI9R5XHk:2016/05/23(月) 07:59:38 ID:W3IlkGJw0
「ヴェル、本当にルクタを行かせても大丈夫だったの? 」

最早ヴェルザンディしか人が居ないはずの部屋の隅、薄暗がりから声がする。
幼いルクタの身を案じているようで、その問い掛けに乗った感情は希薄だった。

「あの子もれっきとした〈エインヘリャル〉の一員、一端のギャングなのよ。
あの媚び媚びの見た目と口調に騙されて油断してたら飼い主家族でさえ手を噛まれかねないわよ?
それとも、貴方も彼等と一緒に行きたかったのかしら? 」

姿の見えない女の口から呆れたような吐息が漏れる。

「ユミルなんかには全然興味無いから。
それに、あたしには別の任務が用意されているんでしょう?
大方、また何人かユミル側のスタンド使いを殺してこいってとこでしょうけど」

「当たらずも遠からじ、ね」

テーブルの上の資料をスタンドの腕で床に払うと、ヴェルザンディと暗がりの女は広げられた新たな資料を前にして────








同時刻。

場所は伏す。

銀髪の少女がホテルのバルコニーの手摺にもたれ掛かり雪降る街を見下ろしている。
右手に火の付いたタバコ、紫煙をくゆらせる。半裸だが、所々穴の空いたタイツを履いたバニーガールの格好をして。
異様ではあったが、更に異様な光景が彼女の後ろの部屋の中で起きていた。

「お……お……」

「あぁ……『初体験』は何時だって痛いもんだな。
俺もこの体じゃあまだ処女だったからな。
まぁ、それはテメェも同じだろ? 」

ダブルベッドの上で裸の男が首から血を流し苦しみ悶えている。
深々と『矢』が突き立てられていたのだ。
普通なら致命傷、だが彼は死ぬどころか気を失う様子も無く、ただ口をパクパクさせて少女の後ろ姿を見ているだけだ。

「おめでとう。
テメェはどうやら選ばれた人間だった。
だから俺との1夜とそのスタンド能力……合わせた駄賃はコイツらの首でまけてやる」

少女は3枚の写真をタイツの隙間から取り出すと動けない男の目の前に落としてこう言った。

「組織の威信をかけて、その名前通り、完全に『沈黙』させろ。
良いな? 」

「が……分かっ……」

男が返事をするよりも先に、少女はバルコニーから身を乗り出し────次の瞬間、階下へと落ちていった。
ホテル下の路地に居合わせたのだろう、男女数人の劈くような悲鳴だけが男の耳に何時までも響くのだった。





第二話 雪降る街の行き先は 完

18名無しのスタンド使い:2016/05/23(月) 12:14:01 ID:uKoAYcHE0
オオーッ、もう二話目が!!
パッショーネとエインヘリャル、13体のスタンド持ちとか色々楽しみな要素が多い!
クローカ、ルクタも面白いキャラだ
乙です!

19 ◆ySBI9R5XHk:2016/05/23(月) 21:53:22 ID:lNlsoLSM0
コメントありがとうございます

使用スタンド

【スタンド名】アンミュレ
【本体】 犬並に鼻が利く少女。腰まで届く長い黒髪。 匂いで人を占うのが趣味。 体臭がすぐに気になるので、毎日3回お風呂に入らないと気が済まない。
【タイプ】 近距離型
【特徴】 ふにゃっとした丸い物体が連なって出来た犬 型。顔部分は巨大な鼻が付いてるだけ。
【能力】 匂い(臭い)に関連する能力を使う。
1.本体が立っている場所の過去にあった匂いを 復元する。 2.本体が今までに嗅いだことがある臭いを再現 する。 3.対象物に様々な匂いを付着させる。 4.匂いを嗅ぎ分け、追跡する。 5.匂いを消す。

破壊力-C スピード-A 射程距離-D

持続力-B 精密動作性-A 成長性-C

1話で言い忘れましたが、スタンドの考案者さん、絵師さんには常に感謝しています

20名無しのスタンド使い:2016/05/29(日) 22:50:47 ID:EVsb9B860
パッショーネの話かと思いきや、北欧に派遣されて別組織と共闘!
キャラクターも立っていて魅力的
スタンドのセレクトもかなり意外な所をついていて面白い
期待してます!

21名無しのスタンド使い:2016/06/13(月) 01:33:50 ID:3iiCBiCI0
久方ぶりの5部絡みSSが!
続き楽しみにしてます


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