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【オリスタ】FullBlackHabit 【SS】

335FBH:2017/10/19(木) 20:32:46 ID:HGLLwtFQ0
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目が醒める。はっと起き上がると同時に目眩がする。眩しく燃える世界が揺れる。どこ? 夜の気配がする。寒い。ぼんやりと、しかし確実に記憶が戻ってくる。私は……あたしはアイラだ。スタンド使い。アメリカでシズカ•ジョースターと戦って……死んだ。

そうだとするなら、ここは、地獄だろうか? 天国ではないはずだ。あたしが天国になんて行けるはずがない。辺りは激しい光で何も見えない……どこなのかわからない。『皮』のスタンド使いに潰された左目は見えないままだ。

あたしは裸だった。冷気が身体に纏わりつく。寒い。吐き気がする。
ああ、でも、やっぱり、死ぬってこんな感じだったのか。

微かに揺れていた。視界だけではなく、この私がいる世界が揺れている……船だ。この感覚はよく知っている。よく耳を済ませれば波の音も聞こえる。潮の匂い。あたしは船の中にいる! ということは……助かったの? 助かっている気がしない。内臓の中を何かがグルグルと回るような不快感があった。

よう、お嬢ちゃん、と男の声がする。か細く潜めた声だ。

声のする方を向く。真っ白な光が目に突き刺さるだけで、何も見えない。生ぬるい汗で身体が濡れるのを感じる。銃を探そうとするが……素肌に触れるばかりだ。

336FBH:2017/10/19(木) 20:33:59 ID:HGLLwtFQ0
男は叫ぶ。落ち着け! よく見りゃあわかるだろ! 俺は敵じゃねぇよ!

誰だっ、とあたしも叫ぶ。眩しくて何も見えない、どこにいる?

眩しいだって? 何を冗談を……ああ、なるほどな、まいった、そういうことか。

そして視界が開ける。
暗い部屋の中、私はベッドに横たわっていた。視界の先で、見るからに具合の悪そうな痩せた男が、ランタンに手をかざしていた。部屋の明かりはそれひとつきりで……時折ランタンから漏れる光が、私の視界を真っ白に塗りつぶす。

眩しいっ……! 誰? ここは? 一体何が……?
質問は1つずつにしろよ、と痩せた男が吐き捨てた。お嬢ちゃんは学がないな? 話の順番もちゃんと練れ。でかい話から先に始めるんだ。まずは、ここはどこか、だな。ここは北大西洋のど真ん中だ。俺たちは不本意ながらクルーザーでニューヨークを離れて、ポンタ•デルガータを経由してイタリアに行くところだった。

そして俺は誰か、だが……実は俺とお嬢ちゃんは初めましてではない。知り合って3日目だ。俺はクリスチャン•ハンセン。ニューヨークで葬儀屋をしている。君と同じスタンド使いだが、仲間でも関係者でもない。命の恩人だ。SPW財団の伝手で依頼されて、君を蘇生した男だから覚えておいてくれ。

337FBH:2017/10/19(木) 20:34:23 ID:HGLLwtFQ0
蘇生? みんなは?
君の仲間か? みんな死んだよ。
死んだって……えっ、死んだってこと?
はっ? ああ、まぁ、死んだってのは死んだってことだよ。それ以外になんだっていうんだ? 一人を除いて、みんな、あのシズカ•ジョースターとかいう変態に殺された。ちなみに君もだぞ、アイラ。君もシズカに殺された一人だ。

……何を言ってるの?
クリスチャン、と名乗る男は顔を背ける。だが、君の最後の上司は他のスタンド使いに殺された。2日前にな。哀れな奴だった。重責に似合わない結末のせいで頭がおかしくなっちまってた。俺の土手っ腹の怪我も、君の上司に撃たれたんだ。だが本当の問題は、何も片付いてないってことだ。敵はまだ、この船にいる。

何を言ってるって聞いてるんだ! あたしが死んだって、どういう……と言いかけたところで、クリスチャンがスマートフォンを私に向かって投げる。私はそれを右手で受け止める。

338FBH:2017/10/19(木) 20:34:45 ID:HGLLwtFQ0
視界にそれが映る。
あたしはスマートフォンを取りこぼす。
そしてあたしは、あたしの右手をランプの光に翳す。覚えている。あたしはシズカを殺すために、自分の指を吹き飛ばした……なのに、指があった。でも、あたしの人差し指でも、あたしの消えた人差し指でもなかった。

それは繊維質で、あたしの肌の色よりも白く、歪で、てらてらとランプの光を受けて輝き、蠢いて、伸びたり、増えたり、別れたり、縮んだりを繰り返していた。あたしの消えた指の根元から。それをあたしはよく知っていた。誰だって知っている。

それは木の根だった。先端が三股に別れ、私に向かって首を下げた。

339FBH:2017/10/19(木) 20:35:14 ID:HGLLwtFQ0
う、と言葉に詰まるあたしに、クリスチャンは話し続ける。はじめに言っておくが、俺を恨むなよ。俺は治療系のスタンド使いだが、蘇生は専門外だ。まっ、直感で「できる」とは思ってたがな……だが無事に済まないとも思ってた。道理に反することは大体そうだろ。ともかく、お前を化け物に変えると決めたのは、俺じゃない。俺の責任じゃない。俺に責任を押し付けようとした、お前のくたばった上司が全部悪い。とんでもないクソ野郎だったよ。ふつー、恩人に向かって撃つか? 死んで当然だ、ど畜生が。

あたしに、あたしに何をしたの? この指は……?
お前マジで頭悪いな。蘇生したって言っただろ。俺はお前を生き返らせただけだ。というか、俺の【ホット•コフィン】は、生き物を治すことしかできない。戦えないし、守れないし、モノは直せないし、傷口を埋めたり、遺伝性の疾患やガンを消すことも、なくなった腕を生やしたりもできないが、治せる。どうであれ、生き延びさせることだけは得意だ。死んだ方がマシとかいうなよな? 俺はこんなとこで死にたかないぜ。

だからな、俺を恨むなよ。その指のことは知らん。その顔についてもな。

340FBH:2017/10/19(木) 20:35:34 ID:HGLLwtFQ0
スマートフォンのインナーカメラで、あたしはそれを見ている。「皮」のスタンド使いに目玉を抉られたことを思い出す。正直にいえば、あまりショックはなかった。治療系のスタンドは珍しいとはいえない。どこかで治して貰えばいい、という意識だった。

でも、もう治りそうもなかった。
あたしの左目から、白い根が生えていた。ヒトデのように私の顔を半分ほど覆っている。何本かの根は私の皮膚の下に潜り込み、後頭部に向けて皮膚を引き攣っていた。

クリスチャンが言うには、それはスタンドではない可能性もある、とのことだった。寄生型や自律型のスタンドはコントロール可能なはずだが、彼にはそれができない。かといって、呪いのように本体なしでも存在できるスタンドだとも言えない。彼の元々のスタンドが、まだコントロール可能な状態で存在しているからだ。

341FBH:2017/10/19(木) 20:35:54 ID:HGLLwtFQ0
マァ、要はよくわからんってことだが、お前の上司は俺を信じなかった。いろいろが信じられなくなるのもわかるが、感謝はされても撃たれるとは思わなかったぜ。お前はどっちだ? 俺に感謝するか? それとも恩知らずにも恨むか?

……恨むなんて、とんでもないよ。
そりゃあ良かっ……

その時、暗闇から声が響いた。まるで溺れているかのような、濁ったような、響き渡るような女の声だ。良いわけないだろ? タコが。さっさとくたばっちまいな。

342FBH:2017/10/19(木) 20:36:16 ID:HGLLwtFQ0
声の出所を見る。近い。船室の出口のすぐそば。デッキの上だ。だが姿が見えない。あたしは叫ぶ。誰だっ、出てこい!

声の主はぎゃはははと笑った。
おー、いいよ、挨拶しようぜ。

そしてデッキに繋がるドアがぎいいと開く。夜空に繋がるその先から、顔がひょっこり顔を出す。

だがそれは声の主の顔ではなく、あたしがよく知る……パッショーネのアメリカでの活動を取り仕切る男の顔だった。あたしの上司だ。その頭から剥ぎ取られた皮膚が、重力で歪み、笑っているように見えた。
ご挨拶させてもらうよ、と声の主は言った。ミスター・フェイスハガーだ。お近づきの印に、ボクの大切なものをあげるよ。そして夜の黒い闇の中から、小さな何かが投げ込まれる。それは私たちの遥か手前にべちゃりと落ち、わずか転がり血の跡を残した。ボクのキンタマさ! 仲良く2人で分け合って食べなよ!

343FBH:2017/10/19(木) 20:37:13 ID:HGLLwtFQ0
ぷつん、とあたしの頭の中が弾けて、どろどろとした何かが意識の中を流れ始めた。堪え難いほど熱かった。

このクソアマっ、よくもっ! と甲板に向かってあたしは走り出す。

344FBH:2017/10/19(木) 20:37:55 ID:HGLLwtFQ0
それはもう、完全に俺のスタンドではなかった。
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ヒッピーの親父の影響で、俺の人生は宗教か宗教的なものでぎっしりと敷き詰められていた。周囲は俺を変態扱いしたし、実際、多少変態だったのかもしれないが、別に不幸ではなかった。俺は人と比べて特別頭がいいほうではないが、人よりも幸福とか人生とか魂とか死後の世界とか、そういうものを考える余裕を随分と与えられた。攻撃的で進歩的なこの世界とは無縁に生きられた。
人と違う能力があり、その中でも特に親切なスタンドを持っていたことに気づいた時も特別不思議ではなかった。むしろ、俺の人生に欠けていたピースが埋まったという感覚で、それでどうこうとは思わなかった。

【ホット•コフィン】は癒しの力だ。万能でも完璧でもないが無理なことも少ない。粉々になったり完全に失われたり初めから存在しなかったものはどうともならないが、死なせないことにかけては無二の能力だと思うし、やらない方がいいということも分かったが生き返らせることもできる。

345FBH:2017/10/19(木) 20:38:21 ID:HGLLwtFQ0
かわいそうなアイラに取り憑いた何かは、俺の親切なスタンドとは似ても似つかぬ凶暴な動きを見せた。クソ野郎の小さなキンタマの中身がべちゃりと床に叩きつけられた瞬間、その目玉から吹き出した木の根がツノのように尖り、デッキに繋がるドアを指差した。アイラの表情に現れた憎悪を更に歪めるように、顔に食い込んだ根が皮膚の下で激しくうごめいていた。

俺はとっさにスタンドを放ち、アイラの素足を絡みとる。ギシリと「ホット•コフィン」の根が千切れ、生き返りたてのアイラは勢いよくすっころび、あられもない姿で床に這いつくばるが、若い女の股座に注視している場合でもなかった。

346FBH:2017/10/19(木) 20:38:54 ID:HGLLwtFQ0
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あたしはデッキへの戸口に立つ、その何かを見た。

あたしの上司の生皮をかかげ、だらしなくしゃがみこむそれは、女のフォルムをしていた。柔らかい曲線。乳房が見える。そしてあたしに向けられた、あたしのアンクル•スペシャルの銃口も。

ばぁか、とそいつは言った。そいつは人間じゃなかった。一目でわかった。まるで内側に吸い込まれるかのように顔が捻れ、目も顔も何もかも正しい位置になく、ぐるんぐるんと激しく動き回っていた。

ただ、1つだけわからなかった。そいつはスタンドでもなかった。スタンドにしてはあまりにも「現実味」がありすぎた。スタンドらしい吹き出すエネルギーも、幽霊のような透明な存在感もなかった。

銃声が鳴り響くと同時に、身体がコントロールを失い、身体が前のめりで床に叩きつけられる。ほとんど本能的に、あたしはごろごろとフローリングを転がり、そいつの射線から離れる。

347FBH:2017/10/19(木) 20:39:24 ID:HGLLwtFQ0
どん、とアンクル•スペシャルの聴き慣れた銃声。それと同時に、ワックスで不自然なくらいテカテカとは光るフローリングが弾ける。

あたしは唸る。なんだ、あいつはなんだ、なんであたしの銃を持っているんだ!

落ち着け! とクリスチャンは叫んだ。あいつがお前の上司を殺ったやつだ。3な日前に突然、この船に現れやがった。だが見たはずだ。奴は人間でもスタンドでもないし、銃を持っている。不用意に近づくな。

あたしはクリスチャンの目を見る。怯えた目だった。あいつはなんだ、あの見た目は……。

クリスチャンは言った。
決まってるだろ、あいつは【悪魔】だ。
【悪魔】? 何かの比喩?
違う、本物の【悪魔】だ。じゃなきゃ妖怪か神だな。どのみち人間でもスタンドでもないのはわかるだろ。【悪魔】だから奴は船室に入ってきて、俺らを殺せないんだ。
マジであんた何言ってるの?
マジで俺は何言ってるんだろうな? ホラー映画の脇役の気分だよ。奴は日中は外にいないんだ。夜中はランタンの光が届かない場所からこっちを見てる。そして俺らを殺そうとしていて、君がそれを信じないなら君は死ぬ。

348FBH:2017/10/19(木) 20:40:04 ID:HGLLwtFQ0
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アイラはデッキへの扉を見て叫んだ。
てめーは誰だっ!

あまりにもバカバカしい質問だったが、戸口の外の悪魔は例の不気味な声で返答をよこした。あたしが誰かなんてお前にゃあカンケーねぇだろ。ほら、射線に出てこいよ、戦おうゼェ。

スタンド使いか?
うるせぇよ。試してみりゃあいいだろ。
なるほど、そりゃあそうだね。

アイラは言った。
クリスチャン、あなた、あたしを生き返らせたって言ったよね?
俺は答える。ああ、そうだが……。
なるほど。じゃあもう一度くらい死んでも大丈夫だね。
はっ? いや、そんな話では……!

そしてアイラは射線と頭の間にある長い長い空間を、クロスした腕で遮りながら走り出した。そして痛々しい銃声が、耳を劈いた。

349FBH:2017/10/19(木) 20:40:44 ID:HGLLwtFQ0
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心臓が馬鹿みたいに高鳴っていたけれど、破れかぶれというわけでもなかった。あたしのアンクルスペシャルは豆鉄砲だ。当たれば痛いし最悪死ぬけれど、絶対に死ぬわけでもないし、死んでもどうにかなるし、死んでも絶対殺してやる。

銃弾が皮膚を突き破って体に留まる。
腕の骨を打ち砕く。
ジッパーを裂くように頬を切り刻む。
でもデッキをつなぐ階段を駆け上って、あたしのアンクルスペシャルの銃身をひっ掴み、その不細工な面に頭突きを食らわせるまでは、たったの3発しか撃たれなかった。

うげぇっ、とうめき声をあげて、そいつは仰け反るけど、銃を手放さない。手放したら死ぬことを知っているからかもしれない。

離さないか、じゃあ、しっかり持ってろよ、とあたしは言い、そいつの膝を踏み砕いた……つもりだった。そいつの膝がぐにゃりと逆関節に折れ曲り……デッキの下に沈み込むまでは。

ずぶりとデッキに埋まるように沈むそいつに身体を引き寄せられ、あたしはデッキに両膝をつく。弾力のある木の感触が膝の皿に響く。そいつは言った。お前こそ、しっかり持ってろよ。

あたしはわずかに月明かりに照らされた、暗褐色の木のデッキの下から、そいつの足が飛び出して、あたしの視界を覆い尽くすのを見ていた。首の骨がみしりと軋んだ。

350FBH:2017/10/19(木) 20:41:35 ID:HGLLwtFQ0
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どうやら半日ほど眠っていたらしい。
目覚めると”ランドバロン”が窓のそばで、暗い夜の先をじいっと眺めていた。まるで自分が死んだ後のことでも考えているかのように、深刻な表情で。

ああ、失礼、何時ですか?
夜中の2時じゃ。まぁ仕方あるまい。怪我もあれば麻酔まで効かせてたからの……大変なことに巻き込んでしまってすまない。
いや、まったくですね……。

ランドバロンは、ショットグラスにウィスキーを二杯つぐと、片方を俺の元に運び、不安そうに震える手付きで差し出した。俺はソファに寝転がったまま、それを受け取る。

娘は……シズカは元気だったか?
元気どころではないですね。彼女は……正気じゃない。こんなシンプルな言葉で表現していいのか迷うほどですよ。

何があったか、話してもらえるか?
何があったか? 色々ありすぎて俺にも全部はわかりませんよ。アパートで彼女に会ってすぐに……パッショーネの殺し屋が襲ってきた。女の子の……若い、スタンド使いの殺し屋でした。シズカはそいつを素手で殴り殺したんですよ。俺の目の前で。

ランドバロンは呆けたような顔で、中空を眺めていた。そうか……殺すというのは、あの殺すという意味であってるな? やれやれ、なんてことだ……他には?

パッショーネの連中との交渉……というか、シズカからパッショーネへの脅迫と強請がありました。よくはわかりませんでしたが……掻い摘むと、今まさにパッショーネと戦っていて、優勢にことを進めているみたいでしたね。
パッショーネと? 何のために?
知りませんよ。かなり計画を持って進めているように思いましたが……。
シズカは今どこにいる? なぜアメリカに?
……知りませんよ。
何もわからずに怪我だけして帰ってきたのか?
はぁ、酷い言い草ですね。あなたのクソ忌々しい娘さんのせいで怪我したんですよ。どう育てたらあんな売女になるのか不思議で仕方がないですね。まぁ、今となってはどうでもいいですけどね。もう仕事は終わりだ。
なんだと? 投げ出すのか?
投げ出す? 俺は終わりだと言ったんですよ。俺はビジネスマンです。仕事を途中でやめたりはしない。

351FBH:2017/10/19(木) 20:48:06 ID:HGLLwtFQ0
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流し込まれた“氣”が、シズカの薄っぺらな皮の中を満たしていく。体の中心から指の先までピンと張りつめて人の形を成す。だがその瞳はどこか本物の人間と違う。かつて若気の至りで『皮』の人形と「やろう」とした時、どうしても俺はその眼が不気味で勃たなかった。

リザード……それは波紋じゃないか!
知りませんよ。シズカにも同じことを言われましたけど、どうでもいいでしょう? この仕事が終わったら二度と関わることもない。スタンドの説明もしませんよ。ただ黙っててください。余計なことをすれば、何が起こるか俺にもわからないんですから。

シズカは俺の目を見て、瞬きをし、眠たげな声で話しかける。あれ? リザード?

ああ、と俺は答える。そうだ。
そうだろうね。よかった、間違いじゃなくて。私になにか用事?
シズカの『皮』が微笑む。俺も釣られて微笑むが、その笑顔になんの意味も込められてないことを知っている。『皮』たちは直前の記憶がないから、現状に対して最も無難な態度……楽しさを表現するだけなのだ。
まぁな。用事というより質問なんだ。お前のスタンドについてなんだが……。

シズカはニヤリと笑った。これは無難な微笑みとは違った。
ああ、わたしのスタンド能力が知りたいの?
俺は僅かに冷や汗をかく。これはパターンの外だ。質問を先読みされている?ともあれ他に選択肢はない。そうだ。お前の能力は一体何なんだ……?。

だがシズカは、もちろん教えないよ、と一言だけいうと、自分の顔を抱えるように、両手を交差させて自分の顔に触れ、その親指を眼にねじ込んだ。皮の人形はパンッ、と音を立てて、目玉の穴から四方八方に裂け、愕然とする俺を残したまま、弾け飛んで消えた。

そんな馬鹿な、と俺は叫んだ。こんなこと、ありえるはずがない。

“ランドバロン”は今にも失禁しそうなほどの慌てぶりで、シズカの皮の破片の周りをグルグルと回る。おいおい、わしの娘が現れたと思ったら破裂したぞ! どういうことなんだ? 何がしたかったんだ? 説明しろ! どこからが能力で、どこからが事故なんだ?

イカれてる! 俺のスタンドは意識の反映なんだぞ! ありえないのは自分のスタンドを自白しなかったことじゃない、俺が皮を奪う直前に、スタンドを俺に聞かれたら自分の両目を潰すと決意してたことだ! 自分がスタンドの偽物じゃなかったら失明していたのに……!

なんか不思議なスタンドだねぇ、とシズカは言った。ここにいるはずのないシズカが。俺とランドバロンが振り向くと、シズカ•ジョースターがウィスキーの瓶を片手に、ショットグラスを煽っていた。

352FBH:2017/10/19(木) 20:49:35 ID:HGLLwtFQ0
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最後に見た時と違った姿だった。
際どいチュートップの服装は変わらなかったが、穴の空いたストレッチジーンズはホットパンツになり、長いストレートの黒髪は極端に短く、前髪はアシンメトリーにセットされ、町長部は現代彫刻のように捻れたままハードワックスでセットされていた。頭の左半分に至っては殆ど刈り上げだ。アジア系の可愛らしい女学生というよりは、スラムのギャングか娼婦といった風態だった。

昔から思ってたんだよね、なんで幽霊って服を着ているんだろうって。だっておかしいじゃない? 服は生きても死んでもいないんだから、普通に考えれば全裸の幽霊しかいない気がするんだ。でもリザードのスタンドも、私の魂的な部分を衣服ごと再生しちゃうんだねぇ。なんでだろう。人間って自分の身につけているものも含めて自分だって思うものなのかな?

お前、いつの間に……と叫びかけた俺を制止するように、ランドバロンも叫んだ。おお、おお! シズカ! 久しぶりじゃなぁ! また美人になったんじゃないか? お母さんにそっくりじゃ!

父さん、久しぶりだね。あと、お母さんと血は繋がってないから……ああ、そうだ、お土産持ってきたよ、とシズカは天井を指差した。【ピンクダークの少年】第8部の英訳済のやつ。書斎に置いといたから。

おお、英訳版がもう出たのか。
まさか。私が英訳して製本したの。
ほー! すごいなぁ! ずいぶん手間かけたな。
すごいでしょ。父さんがタブレットで読むなら英訳だけで済むのにさ。
でも紙が好きなんじゃよ。どうだった? 八部はよかったか?

シズカは腕を組んで、曖昧な笑みを浮かべる。うーん、超微妙。でも露伴じゃなくて編集とファンのせいだと思うね。そもそもさあ、第四部が面白かったのってサスペンスであって、日常ものと超能力バトルの掛け合わせじゃあなかったと思うんだ。事後的に似たようなジャンルの作品が流行ったからってテーマを焼き直してどうするんだろう。毎回全く毛色が違うから面白いのにさ。舞台まで同じじゃあねぇ……。
えー、わしは第四部好きだったけどなぁ。
私もそうだよ。でも大事なのは作品のテーマ、何を伝えたいか、でしょ? なんていうか、第四部まではいわばスーパーマン的な正義とはなんぞやみたいな話だったけど、第五部以降はバットマン的な美学の話だったじゃない? どっちがいいかは好みの問題だけど、八部はどっちかとかそれ以前に、テーマそのものを感じられないんだよね。たぶん露伴も乗り気じゃなくて、とにかくシリーズを書いてるだけって感じなんじゃないかな。もともと第七部もさ、最初はピンクダークの少年ってタイトルから離れてたんだし……。
うっ、なんだか話が危険なゾーンに入ってきてる気がするの……。
うーん、まぁ、そうかも、でもあれだよ、性格も生き方も嫌いなんだけど、顔は好みだからついつい体を許しちゃし、なんだかんだそこそこ気持ちいい、みたいなところはあるから、うっかり私も読んじゃってるんだけどね……。

353FBH:2017/10/19(木) 20:50:27 ID:HGLLwtFQ0
俺は場の微妙な空気に耐えかねて叫ぶ。お前らマジでなんの話をしてるんだ!
シズカは手を叩いて俺を見た。ああ、そうそう、本当は久しぶりのニューヨークで色々遊ぼうかなと思ってたんだけど、なんとなく気になって来ちゃったんだよね。本当にリザードの力って、私のスタンド能力を暴けるようなもんなのかなぁってさ。

お前、やっぱり知ってて、俺に『皮』を……。
もちろん。やろうと思っているコトの大きさを考えれば、どのくらい脅威かどうかは知っておきたかった。オリジナルな両目を失うリスクがあってもね。

シズカ……とランドバロンは呟いた。弱々しい声で。お前についてよくない噂を聞いた。人を殺したそうじゃないか。わしはそれを責められるほど無垢ではないが、恐ろしいと感じるよ……。いったい、今までどこで何をしていた? 何が目的でディアブロと戦っている?

父さん……それってわざわざ聞くようなコトなのかな? とシズカは言った。まぁそんなコトだろうと思って、ヒントを持って来たよ、とシズカは、テーブルの上に無造作に置かれていた紙束を丸めると、テーブルから腰を上げて、ゆったりとランドバロンに歩み寄り、それを差し出す。俺はそれを知っているが、ランドバロンは何も知らなかったらしく、額に恐ろしい量の汗を浮かべた。

……ディオ•ジョースター! そんな……。
まさにその人だよ。ヨーロッパ中を探し回ることになるんじゃないかと思ったな……彼の二つの論文、歴史学専攻だったジョナサンに触発して書かれた『ラムセス二世』がフランスで書かれたことは知っていた。もしかしたら『国際法における緊急避難法の諸条件』もフランスに渡ったんじゃないかなと思ってたんだ……彼が30年前に、エジプトまで持ち出したのではない限りね。

シズカは踵を返し、数年前からの模様の変化を楽しむように部屋中をうろつきまわる。いい論文だったよ。緊急避難法……自分の命を救うために、他人の命をどこまで犠牲にできるのか、その罪は罰されなければいけないのか……それを国際法の枠組みで考えられないかなんて、私は法律は埒外だけど、第一次世界大戦前の目の付け所としては斬新じゃあないかな。国連まで射程に収めている気がする。何も知らない人が読んだら、平和主義者だと思うだろうね。もっとも、ディオにとって緊急避難は生き方そのものだったのかもしれないけど。

……ここでその話はするな、なぜお前がこれを知ってるのかはこの際は聞かん。だが二度と……。

二度と彼の詮索はするなって? でも、気にならないってのも無理でしょ、「アレ」は私が貰うんだから。

そして静寂が訪れる。
どこまで知っている?
……さぁねぇ、どう思う?
シズカ……お前は何もわかってない。何も知らないんだ。アレは……。
でも、私はディオと違う、とシズカは言った。わかるでしょう? 【ザ•ワールド】も【スター•プラチナ】も王の能力なんかじゃあないし、ディオなんて所詮は昼間に怯え暮らす闇の王に過ぎない。でも私の【アクトン•ベイビー】は違う。「アレ」があれば私は……。

354FBH:2017/10/19(木) 20:51:07 ID:HGLLwtFQ0
ハーミット……!
と、シズカの言葉の合間を縫うように”ランドバロン”の義手がシズカに向けられる。それは俺の意表をつく行動だったが、シズカにとっては違った。シズカは”ランドバロン”のスタンドが義手から湧き出るよりも早く、距離を詰め、彼女の【スタンド】がランドバロンの義手を手刀で切り落とした。

真っ黒な彼女の【スタンド】は、シズカに切り落とした”ランドバロン”の義手を手渡すと、陽炎のようにすぐに消えてしまった。シズカは呆然とする”ランドバロン”を尻目に、その義手で自分の肩を叩き始めた。

「アレ」さえあれば私は「無敵」だ……と言いたいところだけど、正直、自信ないんだよね。「アレ」と【アクトン•ベイビー】を組み合わせても、私は、承太郎やディアブロと正面からの戦いで勝つことはできない……これはもう、予感というよりは確信だ。策は用意しているけど、よくて五分ってところかな。

でも、私はやるつもりだよ。ゼロから五分に持って行けるなら、やる価値がある。徐倫とお父さんにできなかったことを私はやる……あいつらは私が叩きのめす。

お前には渡さん! とランドバロンは叫んだ。誰がお前に邪悪な心を仕込んだのか知らないが、わしは決めたぞ! 「アレ」はお前には渡さない!

じゃあ誰に渡すの? 受け取り先もない遺産は悲しいよぉ? まっ、貰えないなら奪うだけなんだけどさっ……それに、お父さんにだって、私を邪悪だとか、とやかく言う資格なんてないはずだよ。ディアブロを野放しにして、徐倫を見捨てて、いったいジョースター家をどうするつもりなの?

何様のつもりだ! お前は……!
お前は「ジョースター」ではない?
……い、いや……。
……まっ、とにかく、これは「宣言」だよ。父さんが私をどう思おうが、私は「アレ」を貰うつもり。近いうちにね……それがジョースター再建の第一歩だ。今日の用事はそれだけ。また会いにくるよ。

そして現れた時の神出鬼没さとは打って変わって、シズカは扉を潜って姿を消した。俺に向かって、ちゃんと車は返しに来てよね、とだけ言い残して。

“ランドバロン”の客間は信じられないほど気まずい沈黙で凍りついてしまっていた。そのまま何分か過ぎた後に、”ランドバロン”は言った。

ところで、君の仕事はまだ終わっていないな。
……まぁ、そのようですが……。
であれば、何をぼさっとしている? さっさと行け、と”ランドバロン”は言った。シズカの【家】だ。場所はロングビーチだ! シルバーポイント群立公園の側じゃ! 早くせんか!
……ひと休みしてからではダメなんですかね?
……むぐっ、まぁいい! 明日の朝には向かえ!

再び沈黙が訪れる。また時間が引き延ばされる。ランドバロンは、何も聞かないのか、と俺に問う。俺は特に何も、と答える。これ以上は何が自分の生死を分ける情報なのかわからない。やぶ蛇ということもありえた。

そもそも現段階でも踏み込みすぎだった。
ディオ•ジョースターとは誰だ?

355FBH:2017/10/19(木) 20:51:46 ID:HGLLwtFQ0
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パキパキと音を立てて、あたしの頚椎が折れていく音を聞いていた。だがそれは骨が割れる音にしては、あまりにも軽かった。まるでクッキーでも割っているかのようだ。痛みもない。首だけが背骨からずれ落ちて背中側にこぼれ落ちた。

げえっ、と影が叫んだ。お前、なんで……!
あたしは自分にもわからない理由を話す代わりに行った。今度はあたしのターンだ。

不思議な感覚だった。
あんなに死ぬことや傷つくことが怖かったのに、いまのあたしといえば無敵もいいところだ。あたしは人差し指をデッキに沈み込む影に向ける。

指が花開くように弾け飛ぶ。
そうだ、とあたしは思う。あたしの見た目がどんな風になろうとも、これこそがあたしを定義づけるものじゃないか! あたしの【ナポレオン•ソロ】が、やつの脳みそを海にばらまく。

ばむん、と大きな音を立ててスタンドの弾丸がどこかへ飛んでいく。ぎゃあ、と影が叫ぶが、あたしの折れた首はそいつの惨めな姿を見ることができない。キャビンにつながる戸口で凍りついているクリスチャンを逆さに捉えるばかりだ。あたしは構わずに、やたらめったらと【ナポレオン• ソロ】をぶちまける。

痛みがない。指はどうなっているだろうか?

やがてアンクルスペシャルを捉えていた力が消えた。どこかから陰が呻く声が聞こえるが、どこからなのかわからない。あたしは自分の首をひっつかむ。折れて真後ろに倒れている。気道が押しつぶされて呼吸ができない。でも何の問題もなかった。あたしが首を元の位置に強引に捻じ曲げると、ふたたびぱきりと音がなった。それきり、後ろに倒れなくなった。

そして指を見た。
何もかもがはっきりした。
あたしの指は吹き飛んではいなかった。白い植物の根が指にまとわりついて、銃身を形作っていた。

その根の薄い肌がぐずぐずと蠢いて表情を変える。月明かりに照らされたそいつの【皺】の一つ一つに、あたしはエイ達の恐怖に慄く顔を見た。

あたまではなく、肌で理解した。これはあたしのスタンドではない。でも他の誰のスタンドでもない。あたしのスタンドはこいつと『融合』したんだ。

ハンセンの呟きが耳に届く。なんてこった、とんでもないバケモンになっちまった。
あたしも呟く。なんてことだ、あたしは……あたしは不死身になったぞ。これならシズカ•ジョースターをぶち殺せる。

356FBH:2017/10/19(木) 20:57:09 ID:HGLLwtFQ0
というわけで今回の投稿はここまで。
色々忘れていたけど、サブタイトルは『ナポレオン・ソロ VS アンダー・スレット(1)』です。
例の如く非バトルが多めですが、次回はナポレオン・ソロ中心のオリスタバトルです。
以下は別日に投稿ですが、後ほど適当に読み飛ばしてくださいね。

357名無しのスタンド使い:2017/10/22(日) 23:27:06 ID:WtxErlsE0
・スター・プラチナ、ザ・ハンド
FBHの世界ではスタンドの強さは能力の系統で決まり、空間や時間に左右するものや、人間の心に影響を与えるものは強いとされる。クリームの名前があがらないのはヴァニラ・アイスも能力も消滅しているから。
 
・通行禁止
マンハッタン(作中ではニューヨーク市内と書いてしまったがこれは間違い。まあニューヨーク市も同様の状況だが……)は例年、酷い渋滞に悩まされており、その緩和の大胆な施策の一つとして、道路から(そもそもの渋滞の原因である)車を排除する、という実験が現在も行われている。FBHの2020年では、マンハッタンの自動車利用禁止区画がだいぶ広がっている。
 
・緊急避難法
緊急避難法とは、自らの生命を守るための「抗弁」についての法律。例えば船が沈没し、1人しか乗れない筏にあなたともう一人がしがみついているとして、あなたが助かるためにもう1人を冷たい海に突き落とすのは立派な犯罪だが、「仕方がなかった」という「抗弁」が成り立つ。
FBHのディオの2つの論文は出鱈目で、片方はディオが所属していた法学部の論文、もう片方がジョナサンが関心を持っていた考古学に関する論文で、どちらも第一次世界大戦前のトレンドを意識したタイトルにしているが、特に中身は考えていない。

・ピンクダークの少年
皆さんは8部はどう受け止めているだろうか? なんとなくオリスタの住民の方々は4部が好きそうなイメージなので割と好意的に見ているのではないかと思うのだが、筆者は2部、7部の死闘感が好きなので、少しピンとこない部分がある。


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