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没SS投下スレ

1子供好きの名無しさん:2009/05/11(月) 14:50:16 ID:k8L0hQgk
考えていたけど書けなかった没ネタや、番外ネタなどを書き込むスレです。

41子供を○○する名無しさん:2010/11/27(土) 17:21:30 ID:Wi4LGspU
東方勢はもういらないんじゃないかな、どうやったって二次設定の嵐になるし
特にフランと諏訪子

42子供を○○する名無しさん:2010/11/28(日) 11:32:20 ID:E198yYXo
同感です。

43子供を○○する名無しさん:2010/12/11(土) 23:03:51 ID:pDANvf2s
ハガレンのエルリック兄弟とか悪くないと思いますね
ひぐらしの子供鷹野も

44子供を○○する名無しさん:2010/12/12(日) 09:02:15 ID:XuRktNoQ
アルは「見た目が人間」って規制に引っ掛かりそうだな
鷹野も、確か回想とかだけで出てきた子供時代の姿はダメってことになってたような
それよりも、ひぐらしから梨花は出てるのに沙都子や羽入が出てないのが意外だ
時期的にもひぐらしの絶頂期だったと思うんだが

45子供を○○する名無しさん:2010/12/12(日) 13:39:34 ID:kT5iCtJk
アルは見た目が人間以前に鎧姿が無理あり過ぎる……w
エドのほうは見た目の問題はクリアしてるんだよな。本人は不服だろうがw

46子供を○○する名無しさん:2010/12/12(日) 14:11:04 ID:XuRktNoQ
うん、だから鎧姿だから無理だねって言ったつもりだったんだけど

47子供を○○する名無しさん:2010/12/14(火) 19:06:44 ID:Aq5RfrJA
最終話後の話ならいけるんじゃね?
まあネタバレになるけど

48子供を○○する名無しさん:2010/12/20(月) 09:20:20 ID:tZ5SV6bQ
最終回後ってエドが錬金術使えなくなるから、エドの方だけ最終回前が良いな。
再会できたら面白くなりそう。
でも、最終回後のアルって、誰かに守ってもらわないと即死にそうだなー。

49子供を○○する名無しさん:2010/12/20(月) 12:57:03 ID:l4UeWgSk
逆に両方人体錬成前とか
まあややこしいから出さないのが吉だと思うけどな
ヴィクトリアみたいにそこまでして出したいアイテムがある訳でもないし

50子供を○○する名無しさん:2010/12/21(火) 12:50:12 ID:t8x16ACg
ヴィクトリアと違ってキャラ自体の魅力があるからだしたいんだと思うぞ

51子供を○○する名無しさん:2010/12/25(土) 20:02:55 ID:Lzuoq8AI
キャラ崩壊前提の界隈でキャラ自体の魅力とか言われてもねぇ

52子供を○○する名無しさん:2010/12/26(日) 11:27:13 ID:PG3iGG.w
もうそろそろ避難所スレに行った方がいいんじゃないかな?
スレ違いになってきてるぞ。

53I(アイ):2011/01/02(日) 10:59:52 ID:LhWnngPs

善をなすにも悪をなすにも、ある程度不感症であらねばならないのだ。
彼の知る名で、その素質を持ち合せていた者たち。
キラ――Killer。
エル――L。
メロ――Mero。
ニア――Near。
"J"を冠するジェダは、さしずめ「キラ以前の神」といった所か。
人の命に感ずる所なく、己の正義を執行するにあたり迷うことなく。
そのジェダを撃つのは、それより上にあるもの――


愛にほかならないだろう。




今書いているものの没部分から。

54子供を○○する名無しさん:2011/01/05(水) 13:38:38 ID:l6UJ7CXM
イナズマイレブンの円堂とか出したら面白いかも
問題は必殺技が殺し合いで使えるかどうか

55子供を○○する名無しさん:2011/01/05(水) 15:05:22 ID:/wWNpTAQ
避難所スレにいこうねー。
それとも次回作妄想スレでも立てるか?

56子供を○○する名無しさん:2011/01/08(土) 15:33:19 ID:9CmCGQac
スポーツ漫画の必殺技まで殺しの道具か
とんだロワ脳だぜ

57子供を○○する名無しさん:2011/01/08(土) 21:42:11 ID:ePiCYjGc
スポーツマンシップもあったもんじゃねぇな

58未完成没:2011/11/22(火) 23:02:38 ID:tmT7LJp.
魔女狩りの魔女は戦場に降り立った。
地に転がるは死人と半死人、相対し屹立するは絶対強者。
人の領域を超越した赤銅肌の化け物が冷徹に嗤う。
場に存在する事象全てが彼女の味方と化し、一戦交えたばかりだというのに内包する気力の充溢さは計り知れない。
正に化け物。
だが、彼女はそこで甘んじない。
一片の容赦も油断もなく足元のボロ人形、高町なのはを片手で持ち上げ対峙した魔女に見せ付ける。

「裏切り者さん、この意味がお分かりかしら?」

嗤う。
尚も嗤い続けるその顔が。
パアン!
という破砕音に飲み込まれた。
砕け散った氷の弾丸が周囲に飛散し、白い靄が生まれる。

「生憎と全く分からんな。
 この私がそんな善人に見えたか?」

右手に魔法の射手の残照を燻らせ、闇の福音もまた嗤う。
迷いも躊躇も追憶もその嗤いの中には居場所がない。だが、

「ええ、よーく見えるわ。あまりにぬるすぎて気持ち悪いくらいよ」

彼女にはその居場所が見えた。
水蒸気がはれ着弾点が露になる。
頬に小さな傷。
魔法の射手の一矢程度では怪物はおろか普通の人間とて殺すことなどできはしない。
その僅かな傷が人質を傷つけずに行うことができる、精一杯の虚勢だということをどこまでも残酷に表していた。
(……分かっていたさ)
突きつけられた事実を視神経に焼付け、エヴァは決意する。
やはり、全てを救うことなどできはしない。
もとより高町なのはは終わっている存在。袋小路から抜け出せない者。
エヴァが拘泥する理由など最初からなく、見捨てるという選択肢をとることにも何ら抵抗はない。
その内情を見透かしたかのように、グレーテルが笑みの質を変える。
そのまま片手だけで槍を振りかぶる。次いで地面をめくるように広く広く横薙ぎにした。
所作は一見優美にすら見える。だが付随する事象は苛烈の一言だ。
その動きは槍ですらない。むしろ斧のような取り回しだ。
それも片腕であの大質量を振るう様は悪夢のような威圧感を伴っている。
掘削された床が山吹色の洪水の後押しを受け、大小様々な破片とともに牙を剥く。
エヴァはこれを冷静に瞬動で大回りに回避する。
回避できた、はずだった。

「……ッ」

瞬動先で右腕に展開した対物障壁に幾多もの光と破片が衝突し、やがて音が止んだ。
腸わたを煮えくりかえしたような苦渋を浮かべるエヴァ。
その背後には何かが伏している。
何かは、二人の少女だった。共に気を失った動くこともままならないか弱い存在。
その構図もまた、語りたくもない一つの想いと事実を雄弁に物語っていた。

59未完成没:2011/11/22(火) 23:02:53 ID:tmT7LJp.
「ふふ、大した悪党がいたものね」

エヴァの心が解体された。
最早、見せ掛けの脅しも悪態をつくこともできない。
エヴァがとれる反抗手段は一つずつ潰され、残ったのは殺意を込めた瞳で射竦めるだけだった。

「そういうことやった子を知っているわよ。あの男の子、勇者様とおんなじね」

貴様に言われんでも分かっている。
あぁ滑稽さ。袂を分かったあの莫迦どものするような行動と同じことをしているのだからな。
それでもな。
もういないかもしれないんだ。
こいつら以外に悪を打倒しうる正義の味方になれるような連中が。

「だったら末路も同じであるべきだと思うの」

なぜ死んだ。ニケ。リンク。
ここに立つのは私じゃない。弱者を守り悪の前に立ちはだかって勝利すべきはおまえたちだったはずだろう。

サンライトハートの飾り布が眩い光に転化する。
突撃態勢。いかにエヴァといえど正面からまともに受けきる術などない。
だが、身をかわせば後方のインデックスとアリサの身体が粉微塵に散らされる。
エヴァに残ったものは多くなかった。
だから差し出した。
満足に動かない左手ではなく自由に動く右手を。
差し出し、二の腕で抱え込むようにインデックスを、手の握力だけでアリサを掴み、
突撃準備態勢のグレーテルに背を向け工場の奥へと無様に逃げ始めた。
右手が塞がった。即ち反撃手段の放棄。
逃げる。プライドも屈辱感も溝に放り捨てて、入り組んだ迷路のような工場内を縫うように飛ぶ。
逃げ切ってインデックスとアリサを隠せればまだ勝負になる。
だが、大きすぎる荷物を抱えたエヴァがヴィクタースリーからいつまでも逃げ切れるはずがなかった。

「……くそ」

行き止まりに追い詰められ、エヴァは呻いた。
壁をぶち抜くために動かせる腕などない。

60未完成没:2011/11/22(火) 23:03:04 ID:tmT7LJp.
「もう逃げないのかしら?」

グレーテルが照準を定めるように突撃槍をエヴァに向ける。
距離は10歩分。両腕が使えず、足だけで姿勢制御を行っているエヴァに避けられる状況ではない。
死刑宣告とばかりに、槍が光を放ち始める。

「何か言い残すことは?」
「殺してやる」

グレーテルは一瞬目を丸くした後、舌なめずりをしながら口角を吊り上げた。

「良いわね。そういう強がり方」

山吹色が噴射。グレーテルが飛ぶ。
ヴィクター化によりその身は既に人の限界を超えている。
常人ならば容易くブラックアウトするような過加速度、それすらも強化された肉体には枷とはならない。
エナジードレインにより噴射燃料も十二分。
ゆえにその突撃は瞬動の域に迫る、刃持つ陣風だった。
危急的脅威を前にエヴァは動かなかった。
身を屈め見上げるようにグレーテルを睨み付け、一瞬だけ抱えられた高町なのはに視線を移し、……逡巡した。
何かを迷い、そして振り払い。
彼女は静かに怨嗟をあげた。

「おまえは、私が必ず殺しに来てやる。脳髄に叩き込んでおけ……!」

瞬間だった。
エヴァの足元の影が意思をもったかのように蠢き、泥沼に沈み込むようにエヴァと抱えられた少女二人を飲み込んだ。

「!?」

獲物を食い損ねた突撃槍が目的地に到達したのはその一瞬後のこと。
影を使った転移魔法。
三流の捨て台詞を吐き捨て、悪の魔法使いは完膚なきまでに敗走した。


バトルロワイアル開始から丸一日。
定時放送が新たな朝の到来を告げる。


   *   *   *

61未完成没:2011/11/22(火) 23:03:26 ID:tmT7LJp.
黒い水面のように変じた木陰から、エヴァと二人の少女の姿が這い出る。
西方に工場を臨む森の境。転移は一先ず成功した、離脱という最大目的を達成したという意味では。
消耗が激しく転移座標も不安定、おまけに距離まで短い。
エヴァは嘆じながらメモを取り出し、流れ始めた放送に耳を傾けた。
自分の情報整理というよりは、気絶したアリサとインデックスへ残すためのものという側面が強い。

放送が告げる。

――――38番   蒼星石

特に動じることもなく、何らかのイレギュラーだろうとエヴァは推察した。
未だにエヴァと蒼星息は微弱な魔力の流れで繋がっている。
突き詰めれば首輪の仕組みに至る事柄かもしれない。メモに注釈をつけようとペンを動かす。

――――46番   ニケ

…………。

――――70番   メロ

自ら手にかけた者の名。
永眠した従者、チャチャゼロも認めていた悪党だ。

――――79番   リンク

…………。


放送が終わりインデックスのランドセルにメモを忍ばせる。
一応の区切りはついた、だろう。
あとはただの悪として勝手気ままに動くだけだ。
エヴァは横たわったアリサに向かってゆっくりと歩を進めた。
途端、やけに人間味のある杖が警戒を露にする。

『な、何をするんですか?』
「ん、そう言えば貴様がいたな。別に取って食うわけではない。
 救ってやった駄賃を少しばかり頂くだけだ」

そう言ってエヴァはアリサの右肩に唇を這わせた。
グレーテルに付けられたばかりの傷がそこにあり、じわりと血が流れ続けている。
その血を舐めるように、啜るように丁寧に味わう。
不十分だが魔力の補給はできた。依然グレーテル相手には不利だろうが
戦い方次第でいくらでも勝機を見出すことはできるだろう。
工場に目を向ける。

「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック」

狙うは短期決戦、一撃必殺が好ましい。
そのための遅延呪文を待機させ始めたときだった。

「待ちなさいよ、エヴァ……」

詠唱を取りやめ、首だけで後方に視線を向ける。
声の主は金髪の少女。
衰弱しきったアリサ・バニングスが枯れ枝のような様子で地に突き立っていた。

62未完成没:2011/11/22(火) 23:03:38 ID:tmT7LJp.
「意識があったとは驚きだよアリサ・バニングス」
「何を、する気なの?」
「知れたこと。ようやくこうして荷物を放り出せたんだ、
 グレーテルを完全に始末してくるに決まっているだろう」
「……なのはは見捨てるの?」
「そうだ」
「分かった。ならあたし一人でもなのはを助けに行くから」

鈍音。アリサの腹のほうから厚手のゴムでも叩いたような音が響いた。
アリサの両の眼球が零れ落ちそうなほど見開かれる。
その瞳はエヴァの顔を捉えていない。流れる金髪だけが視界の端にある。
エヴァとアリサの距離が重なるように0になっていた。

「言ったはずだ。そのひたむきさも時と場合だ、と」

拳一つでアリサの身体を僅か地面から浮かせながら、エヴァはその耳元で唇を震わせる。

「おまえを見ているとイラつくよアリサ・バニングス。
 戦士としての意志や覚悟があるわけでもなく、戦う力も降ってわいた借り物に過ぎん。
 この島で最も持たざる者に位置するくせに抱える願いだけは一人前以上ときたものだ。
 貴様の出る幕などどこにもない。寝ていろ」

エヴァは祈りでも捧げるかのように静かに目を伏せ、アリサの腹に突きこんだ拳を引き抜く。
妙な抵抗があった。閉じた目をすぐに開く。
引いたはずの拳がアリサの身体から離れていかない。
ある種の予感がエヴァの心を波立たせる。
予感はすぐに音となって現れた。

「あたしはもう二度となのはを見捨てないって決めたのよ……」

アリサ・バニングスは意志を具現する。
エヴァの拳はアリサの腹部を捉えていなかった。
その直前でアリサの両掌が拳撃の進行を食い止めている。
服装はいつの間にか青いチャイナ服に。
多元転身による格闘技術ダウンロードを活用できるとはいえ、
精魂尽き果てる直前の案山子のような風体の少女が、
意識を完全に落とすつもりだった吸血鬼の打撃を受け止めることなど有り得ない。
10度試行したとして、果たして1度でも受け止めることができるのだろうか。

「助けてくれたことには感謝している。けど、私は行かなきゃならないの」

受け止めていた拳を離す。エヴァは大人しくされるがままだった。
ほんの一欠けだけ生まれた興味が勝手に口を動かす。

「なぜ、そう死に急ぐ? どうにもならんことくらい理解しているのだろう?」

グレーテル相手に勝ち目がないこと。
高町なのはを救い出せる可能性など万に一つもないこと。
よしんばその万分の一以下を拾えたとしても高町なのはに先がないこと。
エヴァの言葉にはいくつもの不可能が積載されている。

63未完成没:2011/11/22(火) 23:03:50 ID:tmT7LJp.
「大した理由なんかないわよ。リンクが、インデックスが、ルビーが手伝ってくれたの。
 こうならなければきっとなのはは帰ってこれたと思う。
 それを無駄にしたくないだけ。
 友達をあっさり見捨てるような人間になりたくないだけ。
 私が変わっちゃったら、なのはがどこに帰ってくればいいのか分からなくなるもの」

回す螺子が折れているというのに、それでも止まれない細工のような言葉だった。
きっとこいつも壊れている。

「エヴァの邪魔をするつもりはないわ。私が勝手に動いてなのはを助けるだけだから」

怒りより先に自虐的な笑みが漏れそうになった。
それがすでに邪魔なのだという至極当たり前のことすら理解していない。
もうアリサ・バニングスに届く言葉なない。
黙って立ち尽くすエヴァに一瞥もくれず、アリサが死地へと歩を進めていく。

「ルビー、悪いわね。最後までつき合わせちゃって」
『……らしくないですよ、そんな殊勝なこと」

もう一度踏み込めば、今度はもう助ける余裕などないだろう。

「まあね。けど、頑張らないと。
 フェイトもいない。はやてもいない。
 ……なのはの為に立ってあげられるのはもう私しかいないんだから」

だからエヴァはアリサの命を諦めた。
所詮は持たざる者。生きて何かを為すような存在ではない。
これ以上助けてやる義理などないし、勝手に生きて、勝手に死ねばいいと吐き捨てる。

「そんなことはないんだよ」




「私だってなのはの為に立つことができるよ」



「待てインデックス。正気か? おまえはそこの聞き分けのない小娘とは違うだろう?
 おまえは多くの人間を照らせる存在だ。無為に命を投げ出すような真似など許さんぞ。
 高町なのはに何を見出したのかは知らんがおまえだけは行かせるわけにはいかん」
「見出すとか見出さないとかそんなことは関係ないんだよ。
 アリサもなのはも仲間だし、友達なんだから。
 人が誰かを助けたいって思うことに大仰な理由なんかいらないんだよ」

インデックスを救ってくれた幻想殺しの少年はきっとこう言って立ち上がってくれる。
それに、と付け加える。

「エヴァだって私の仲間だよ」

64未完成没:2011/11/22(火) 23:04:05 ID:tmT7LJp.




「どうせ捨てる命なら私に預けろ」

「勘違いするなよ。貴様らの仲間になるつもりも手助けするつもりも更々ない。
 あの勝ち誇った厄種の鼻っ柱をへし折るためにヤツの算段を徹底的にぶち壊してやりたくなっただけだ。
 そのためにわ・た・し・が貴様らを利用するんだからな!」

「確認するぞインデックス。おまえはグレーテルを止めて高町なのはを救出することの意味を理解しているのか?」
「……分かってる。命ある限りあの子はきっと止まれない」
「いい答えだ。これは最早互いの主義主張をぶつけるようなお綺麗な争いではない。
 ヤツが無差別に生命を喰らい続ける以上、共存不可能な全面戦争だ。
 しかし意外だな。博愛主義者の貴様からそんな言葉が出てくるとはな」
「ニケが挑んで駄目だったんだよね。そのことを理由に諦めたくはない。
 けど、あの子を止めるなら……人間でいるうちじゃないと間に合わなかったとも思うんだよ。
 変わってしまった命だからって終わらせてしまうのが正しいのかなんて分からない。
 そんな不確かな決意で手を差し伸べることもできない。
 ……だから私は、なのはだけは助けたいんだよ!
 何が一番良いことなのかなんて分からないから、友達だけは助けてあげたい!
 身勝手でも、そのために訪れた結末には目を背けたりしないから!」

ふむ、とエヴァは微かに感嘆した。
こういう答えを提示できるあたりがニケとインデックスとの違いなのだろう。
共に誇大な理想を謡うことは変わらないが、世の酸いも甘いもかみ分けて尚理想を語ることを諦めきれないのがインデックス。
社会の裏や人の闇から隔絶した、純粋培養とも言うべき理想を語るのがニケだった。
ニケは人間の持つ底知れぬ悪意というものを知らな過ぎた。
だから、厄種というあまりに大きすぎる悪意に触れて、
救いようがない存在だということすら理解できずに手を差し伸べ、届かずに一人燃え尽きた。
救われない。つくづく愚かだ。
だが、同時に思ってしまった。どうしようもなく代えがたいものだったと。
あの天性の愚かしさがあったからこそ、ニケにはこの世界の全てを救える可能性があったのだ。

「いいだろう、インデックス。ならばおまえには存分に働いてもらう。
 私が指示する魔術要素を持つもの……手近に用意できるものといったら手書きのルーンか陣が関の山だろうが、
 とにかくありったけかき集めろ。急増品でもないよりはマシだ」

覚悟を促す眼光がアリサに向けられる。

「あとは貴様ら次第だ。アリサ・バニングス。ルビー。
 戦力も人手も全く足りんからな。グレーテルは私が仕留めて見せるがそれ以上を保障するつもりはない。
 詰まるところ高町なのはを救い出せるかは貴様らの手に掛かっている」
「分かってる」
「随分軽々しく言ってくれるが二言は許さんぞ。こちらの準備には時間が掛かるというのに、
 敵がいつまでも高町なのはを生かしておくはずもないからな。
 無理を通そうと言うのなら貴様にも相応の難題を背負ってもらう」

エヴァの右手がアリサの身体へと伸ばされる。

「……エヴァ、何をする気なのよ?」
「聞いていなかったのか? リスクも負わずに何かを掴めるほどこの世界は優しくなどないし、
 大口を叩いた以上貴様には死の淵に極限まで歩いていってもらう。
 もっともできないと言うのなら貴様を戦力から外すだけだがそうなった場合結果がどうなるかは分かっているだろう。
 手伝えインデックス、ルビー。
 グレーテルを完殺するために用意する術式が膨大な以上、突貫でまずはこいつの準備を行う」

65未完成没:2011/11/22(火) 23:04:20 ID:tmT7LJp.
嗜虐的とも言える邪悪な笑みがエヴァの口元に浮かぶ。

「先陣を切るのはおまえだアリサ・バニングス。
 術式構築の時間稼ぎ、陽動、救出。望む結果を得たければ全て一人でこなしてみせろ」


   *   *   *


「この剣は使えそうだわ」

グレーテルは長尺の刀を拾い上げ、プレゼントを貰った子供のように頬を緩ませた。
幾度の戦闘を経て尚、曇りなき波紋を刀身に宿した宝具――贄殿遮那。
定時放送を聴き終えたグレーテルは、先ほどリンクを仕留めたフロアに戻り、
戦利品の検分を行っていた。
中途、敢えて隙を見せながら周囲を窺っていたが、未だエヴァンジェリンの再襲撃は訪れない。

「ふふ、見捨てられてしまったのかしらね?」

右手に刀を携えたまま、視線を左手に向ける。
その手は、死体と見紛う一人の少女を握力だけで雑に掴んでいた。
エナジードレインは呼吸と同じだ。止めることのできない生命活動。
人質、あるいはその他の用途に使い潰そうにも間もなくこの少女は死を向かえるだろう。

「名残惜しいけど、時間切れよ」
「終わりなんかじゃない」

視線を人質たる少女から外し、グレーテルは顔を上げる。
現れたのはやはり長い金髪を揺らした一人の少女。
だが違う。豪雨包む塔の中で偽りの同盟を結び、体育館で身体の芯を震わせるような痛手を被った宿敵ではない。

「なのはを返してもらいに来たわ」

グレーテルには名前すら分からない、そもそもさしたる興味も湧かない凡庸な少女が立っていた。
もっとも興味がないとは言っても玩具としてなら話は別だ。
既に手中におさめた物言わぬ木偶ではない、きっと良い声で啼くだろう狩りの対象が現れグレーテルの口が無意識の内に弧を描く。
が、その笑みが完全となることはなかった。半ばで引きつったように止まる。
現れた少女は立っている。自らの足でしかと硬質の床を踏みしめている。
思わず見落としてしまいそうになったが、それは有り得るはずのない光景だった。
あの敵の命は先の戦闘でその過半数を奪ったばかり。この短時間で再び対峙できるほど回復するはずがない。
仮に立って歩けるまでになったとしても、この距離で相対していれば数十秒と待たずに再昏倒するのが必定。
何かタネがある。エヴァンジェリンが即座に出てこないことからもそれは確定事項だろう。

「どうやって奪い返すつもりなのかしら?」

グレーテルは贄殿遮那をなのはの首元に突きつけながらアリサの反応をうかがった。
小物と見下すのは容易いが裏に潜む策を無視するわけにはいかない。
それにこの場に立ち続けられるというだけで敵たる資格は充分にある。
敵の目的が人質の確保である以上、その点に対して手を緩めるわけにはいかないのだ。
同時に周囲にも気を配る。
目の前の少女が一人でも勝算があるから現れたという可能性もなくはないが、
やはり本命はエヴァンジェリンであると考えることが妥当。
先のように転移で不意をつかれることも考慮しなければならない。
警戒心を乗算で引き上げるグレーテル。
だが次の瞬間、彼女の瞳は想像だにしない光景を捉えた。

66未完成没:2011/11/22(火) 23:04:33 ID:tmT7LJp.
「……お願い、なのはを返して」

威勢よく出てきた少女が行った行動は惨めな降伏の証。
四つん這いの土下座だった。
思考が空白を作り、手にした刀と少女を取り落としそうになる。
だがそれもほんの一瞬。

「分からないわ」

密やかな声音で呟きながら、伏せる少女に近づく。
眼下には雌伏し続けるアリサ。グレーテルはその右肩に目を向けた。
先ほど突撃槍で深々と刺した場所、そこに勢いよくつま先を抉りこむように突きこんだ。
声のなりそこないのような音を出し、アリサが床上で悶える。

「どうしてあなたまでこの子と同じことをするの?
 あなたに尻尾を振られてもそれで私が交渉に応じるわけないのに。
 私が見たかったものはそんなものじゃないの」

押し付けていたつま先を蹴り上げ、アリサの身体が冷たい床の上を数回転した。
きつく閉じられた瞼の端から涙が滲んでいる。

「エヴァンジェリンさんはどこかしら?
 あなたは何を隠しているの?」

まさか死ぬためだけにここに来たわけではないだろう。
殺す前に隠し持った意図を暴いておきたかった。だから、

「……なのはを、返して」

アリサのまるで変化のない回答はグレーテルの不興を買うには充分過ぎた。
仰向けに倒れているアリサの脇腹に蹴りが叩き込まれ、ボールのように身体が数メートル飛ぶ。

「ごっ、が?」

口が勝手に息を吸って吐く。
吐き終わったところで更に叩き込まれた蹴りが、出す息のない肺の中を再びきつく絞り上げた。

67未完成没:2011/11/22(火) 23:05:01 ID:tmT7LJp.

グレーテルは塩酸の入った瓶をアリサの右腕に乗せる。

「よく見ていないとダメよ」

ニコリと笑いながら瓶を踏み砕いた。

「あ”ああああああああああああああ!!!??」

右腕を痙攣させながらアリサは内臓を搾り出すような悲鳴をあげた。
聞く耳を持たないグレーテルは平然と、まるで地均しでも行っているかのようにアリサの腕を靴の裏で潰すように擦り続ける。
砕かれたガラスの破片が皮膚にめり込み、透明な液体が皮膚を醜く爛れさせていく。
白かった肌は見る影もない。表面は一瞬で血に染まり、血に覆われていない部分も正常な色をしている箇所は既に見えなかった。
意志とは無関係に五指が収縮し、絶命する直前の昆虫のように蠢いていてる。
空ろな瞳から止め処なく涙が溢れ、半開きの口から漏れる唾液を拭う力すら残っていない。

「返、して、……返しなさいよ……」

それでも口だけは自動的に動いていた。
壊れたオルゴール、と称するにはその声音はあまりにもくすんでいる。
グレーテルは微かに嘆息した。
口を割らせる拷問など他にいくらでもあるところだが、これ以上は時間の無駄にしかならないだろう。
人質は二人もいらない。
息も絶え絶えなアリサの頭上に無言で贄殿遮那を構える。
さながら断頭台の刃のように。
そこでグレーテルは後方から何かの気配を感じ取った。
肌を刺すような殺気。
間違いない、これは――

「ようやくおでましみたいね」

笑みと共に振り向く。視界に入ったのは無数の氷の矢。
その更に奥で白い剣のようなものを右腕に形成したエヴァが矢を追従するように疾走している。
つまりそういうことだった。エヴァはアリサたちを見捨てきれない。
だから、アリサに止めを刺す直前になって突撃を敢行せざるを得なかったのだろう。
だが気づいてしまえば全ては無意味。
グレーテルは左腕に持ったなのはを盾として突き出す。
エヴァが舌打ちをする。
同時に、氷の矢の軌道が僅かに逸れ、グレーテルの周囲に着弾し白い靄を立ち込めさせた。
その間になのはの首元に銀色の刃が宛がわれ、一方的な交渉という名のテーブルが広げられる。
(……?)
違和感。
奇襲が無為に終わったというのに、エヴァが止まらない。
そのまま靄に紛れ、冷気の剣を構えながらこちらに高速で近づいてくる。
脅しが、効かない。
ならば殺すか。誰を。高町なのはを?
エヴァの意図が読みきれない。高町なのはを見捨てる気なのか。
見捨てる気であるなら、なぜ氷の矢の軌道を逸らした?
見捨てる気がないのなら、なぜコンマ秒以下で高町なのはを殺せる状況で進撃を止めない?
(ああ、そういうことかしら)

68未完成没:2011/11/22(火) 23:05:14 ID:tmT7LJp.
答えに至った。
氷の矢による奇襲が成功し、高町なのはを救い出す好機が生まれれば良し。
失敗したなら、牽制程度の威力しかない氷の矢などではなく、
サンライトハートすら破損させた必殺の魔法の剣で高町なのはごとこちらを切り捨てる。
この仮定が正しいものであるなら、高町なのはの首を刎ねるという一工程を差し挟むことすら危うい。
その間にエヴァは容赦なくこちらを仕留めにかかるだろう。
ならば。
グレーテルは再びなのはの身体を最前面に押し出し、刀を上段に構えた。
最早人質としての価値がなかったとしても盾にはなる。
ヴィクター化した今の身体がエヴァの剣に切り裂かれるより先に、
こちらの刀がエヴァの身体を切り裂くだろう。
無論、エヴァが一瞬でも高町なのはの命に迷えばやはりその身体は両断される。
殺した命のストックまで用意してある以上、万が一はありえない。
自身の勝利を確信し、グレーテルの食いしばった歯が自然に笑みを成す。
対するエヴァの顔に感情は見えない。
破魔の特性を持つ刀を持ち出されたという状況は想定していたよりも数段悪い。
人質の有無は関係ない、まともに打ち合えば断罪の剣では勝てる見込みは薄く、
魔法障壁も紙細工のように容易く引き裂かれるだろう。
それでもエヴァは止まらない。
当然だった。

彼女は今この一瞬で勝つ気がないのだから。

余興に付き合うような語調で、ただ静かに一つの呪文を唱える。

   シス・メア・パルス ベル・セクンダム・ディーミディアム ミニストラ・エヴァンジェリン
「――――契約執行 0.5秒間 エヴァンジェリンの従者」

彼女が今この場で信じたのは、

「アリサ・バニングス」

自分自身の勝利ではない。

瞬間。
グレーテルの耳朶が外からではなく内から震えた。音の伝達源は他ならぬ自分の骨格。
目の奥から火花が散る。
呼吸活動が止まり、勝手に開いた口から出来損ないの呼気が漏れる。
靄が隠したかったものはエヴァではない。
後方。
防御すら考えていなかった脇腹への打撃。中国拳法、頂肘。
衝撃の正体を看破し、尚思考が理解を拒んだ。
そんなはずはない。
動けるはずがない。
なのに。
なのになぜ。

「散々……! 人のお腹蹴飛ばしてくれたお返しよッ!!」

半死人が立ち上がる――!?

69未完成没:2011/11/22(火) 23:05:28 ID:tmT7LJp.
刃すら通らなかった鋼の肉体にただの肘打ちが有効打足りえるはずがない。
グレーテルは答えを見た。
間近に迫ったアリサの顔。
口角を吊り上げたその口元に――人ではありえない長さの犬歯が剥きだされていた。
似ている。エヴァンジェリンが持つ、それに。
戦慄に目を見開く間もなく、

「全くもって遺憾だが――」

低姿勢で懐に飛び込んできたエヴァが、

「どうやらおまえの勝ちらしいな、アリサ・バニングス」

一閃。
上方になぎ払った相転移の剣でグレーテルの両腕を蒸発させながら断ち切った。
咄嗟に身を引いた数センチという距離がグレーテルの命運を糸一本で繋ぎとめる。
絶叫があがり、二本の腕が飛ぶ。取り残された刀と人質がその場に落ちるよりも速く。

「――ッ!??」

焦燥にかられたグレーテルが更なるバックステップで離脱を試みる。

「逃がすか」

両腕を切り飛ばせたというアドバンテージが力強く後を押す。
エヴァは付き従う影のように最速をもってグレーテルに追いすがり、断罪の剣を振りかぶる。その瞬間。
見えない壁にぶつかった様に身体をくの字に折った。
眼球の中から無数の針が飛び出したような錯覚を覚え、腹部が真っ赤な血に染まる。

「が、あっ……?」

右手の流体の剣が硝子のように破砕し大気に溶ける。
宙で上体が倒れるように上向いていく。
工場の天井が視野を占める割合が増える。
その端に厄種の姿。
まるで魔法のように胸部から血に濡れた突撃槍を射出している。
ニィッと吸い込まれるような虚ろな瞳で嗤う。
そのまま野犬のように自由落下直前の突撃槍の柄を口で咥えた。穂先が傾く。
行き先は吸血鬼の急所――心臓。
空気が弾けるような音を出しながら飾り布がエネルギーの光に転じ始めた。
エヴァが苦悶に表情を歪ませる。
即断。
お、ともあ、ともつかない声で吼える。
右足に魔法障壁を二重展開。
加速を開始した巨大な穂先。
その側面を殴打するように、躊躇なく右足を叩きつけるように蹴り上げた。

爆発。
嵐のような風が吹き荒れ、エヴァとグレーテルの身体が反発し合う様に弾け飛んだ。
壁への激突音が3回。エヴァ、グレーテル、そしてサンライトハートが別方向の壁に激突し、あるいは突き破る。

70未完成没:2011/11/22(火) 23:05:41 ID:tmT7LJp.

「エヴァ!?」

吹き飛ばされたエヴァに駆け寄ったアリサは思わず目を覆いたくなる衝動を堪えた。
惨状と言うべき光景。先の攻防でエヴァの腹部からは夥しい血が溢れ、右足は膝下から焼けきれるように消滅していた。

「……何だ貴様。まだいたのか。とっとと高町なのはを連れて失せろ」
「でも、エヴァ……、足が!」

右足と腹だけではない。既に左腕だってろくに動かせないということを知っている。
こんな状態で戦えるはずがない。なのにエヴァはアリサに縋らない。
ただひたすら対角上に吹き飛んだ怨敵の姿を睨んでいる。

「今得た成果以上を望むな凡人。身体能力を山ほど強化してやったとはいえ、
 エナジードレインを受けながらあれだけ甚振られた貴様に戦える力が残るわけがないだろう。
 最初から貴様のことなど使い捨ての杭打ち機程度にしか考えておらん。
 当たれば御の字、結果がどうなろうと一発打てばパージだパージ。



「忘れ物だ」

エヴァが投げたものが勢いよくアリサの前方の地面に突き刺さる。
それはルビーとともにアリサの命をここまで運び続けてきた刀。
神通無比の大太刀、贄殿遮那だ。
アリサはそれをランドセルに回収しながら一度エヴァのほうを振り向き、早朝のまだ薄暗い森の向こうへと消えていった。

ようやく行ったか。なぜあんな能天気な小娘の世話を焼く羽目になったんだ。
グレーテルはまだ生きている。
エクスキューショナーソードで止めを刺しきれないという状況はあまり想定したくはなかった。
ガラクタのようなこの身体では満足な格闘戦も行えまい。
だが、ヤツとてダメージは私以上に大きいはずだ。
ここから先は意地の勝負。
(負けられるか)
満足そうに全てを押し付けて逝ったニケ。
死に顔すら見ることも叶わず散ってしまったリンク。
(ヤツは多くのものを奪いすぎた……!)
両腕のないグレーテルが操り人形が起き上がるようにゆらりと立ち上がる。
貪るような呼吸を繰り返すその唇は化粧でもしたかのように赤く染まっていた。
そこから覗くことができる口内は更に赤黒く、あるべきはずの歯の殆どが欠け落ち、あるいは根元から抜けていた。
儀式に失敗し、不完全な悪魔が召還されてしまったかのような異様な姿。
噛み合わせを確かめるように口を動かしながら、周囲に目を向ける。
焦点を合わせたのは近くに転がっている自分の腕。
倒れこむように身体全体を伏せ、その腕を口に咥えた瞬間。
テレポートでもしたかのように咥えた腕が消失し――右腕が再生していた。
(!?)
エヴァの胸中が更に揺らぐ。
グレーテルが再生したばかりの右手を開きながら真横に突き出すと、エヴァから見て左方、
グレーテル側からだと右方にある砕け散った内壁の残骸の山から巨大な質量が飛び出した。
突撃槍だ。さながら魔法使いが杖を呼び戻すように、飛来した槍はグレーテルの手中にしかと納まった。
エヴァは半ば呆然とした様子でその光景を眺めるだけだった。
は、ははとグレーテルが薄ら寒い印象の笑みを血まみれの唇に宿す。

71未完成没:2011/11/22(火) 23:05:55 ID:tmT7LJp.
「……随分、手ひどくやられてしまったわ。
 でも我慢しないと。一番お返しをしたかったあなたが残ってくださったのだから。
 美しい自己犠牲心だわ。その身体ではもう逃げられないでしょう?」
「……せんな」
「何?」
「左腕が再生せんな。歯もだ。どうした? 随分苦しそうじゃぁないか。
 常に周りから生命エネルギーを取り込み続けているというのに再生は打ち止めか。
 貴様の異常な化物性もやはりこの界の法則に立脚したもの、天井知らずというわけではないらしいな」



「逃げたければ逃げても構わんぞ?
 真っ向から叩き殺すか。背後から撃ち殺すか。その程度の違いしかないからな。
 貴様のような溝鼠でも死に様くらい選びたかろう?」
「……楽に天国に行けると思わないことね」

エヴァは何かを噛み締めるように笑みを漏らした。
冗談じゃない。まかり間違って天国などに行ってしまったら顔を合わせたくないヤツらが多すぎる。

「もとより落ちる先は地獄と決まっている。貴様も私も。
 だが今落ちるのは貴様だけだ」」


工場を脱出し、なのはを抱えながら東に向かう。
多元転身の種類は数あれど、まさか再びマジカルアンバースタイルに身を包む時が来るとは思わなかった。
火炎瓶投げることくらいしかできないのに。

『否、断じて否ですよアリサさん! この魔女スタイルを単なる日除け程度に考えているうちはまだまだ……」

勝手に人の思考を読むルビーは無視。
……分かっている。場違いなくらい騒がしくしているのは、きっとこいつなりの優しさなんだ。……4割くらいは。
なのはを取り戻すにあたって私は自分にも、それ以外にも大きな負担を強いた。
エヴァとの仮契約。
制限のせいなのか、それともエヴァ一人では不完全なものしかできなかったからなのか、
この契約はインデックスが用意した落書きみたいな文字や魔方陣に囲まれて行われた。
内容は、省く。

『むむ、今オトメパワーがぐいーんと上がりましたよ!?」

だから心を読むなっての。あんなものノーカンよノーカン。
それでも完全な仮契約にはならなかったらしくて、私のパクティオーカードはアーティファクトカードっていうものではなかった。
他にも不具合があるかもしれない、というよりエヴァからの魔力供給くらいしか機能が生きていない可能性もある。
そして問題の……吸血鬼化。
エヴァはこの世界で血を吸った少女を殺してしまったといっていた。
それは制限のせいであり、エヴァの能力では参加者を吸血鬼にはできない仕組みがこの世界に敷かれているからだった。
だからエヴァはこんな方法に出た。

72未完成没:2011/11/22(火) 23:06:13 ID:tmT7LJp.
『ルビーの多元転身"平行世界にいたかもしれない吸血鬼アリサ・バニングス"の要素。
 私の能力による吸血鬼化。インデックスの術式による契約強化。そして貴様自身の意志。
 これら単体は制限により何の意味も持たん。ゆえに重ね合わせることで届かぬ数工程を埋める。
 "吸血鬼"という名のパッチワークだ。だが覚悟しろ。私が行う通常の吸血鬼化とは勝手が違う。
 異なる世界の法則が密に絡み合い、一度変質した身体は恐らく元には戻らん』

仮契約だけじゃ足りなかった。

心さえ。心さえ変えなければなのはに帰り道を示すことができると信じたから。



強くなりたい。なってみせる。
今度はあの光だって斬ってやるんだ。


「強くなりたい。なってみせる。
 もうなのはが自分をすり減らさなくてもいいように」

「今度はあの光だって斬ってやるんだ。
 

外観にすらひどい人間臭さを滲ませる魔法の杖は、言葉なんて最初から知らないかのように無機的に黙った。



万全とまでは行かずとも、せめて五体が満足な状態であれば対抗手段はいくらでも講じられた。
今のエヴァが得意とする間合い、反撃に転じるための余地をグレーテルは全力で阻止にかかっている。
隙を与えなければエヴァを封殺できると考えての行動であり、それは紛れもない事実だ。
攻撃防御を右手一本でこなすしかない現状、まともな詠唱時間の確保は困難を極める。
エヴァには断罪の剣の再形成を行う猶予すら許されず、障壁と無詠唱の魔法の射手、
片手片足で行える児戯以下に成り下がった合気道の技しか対応策がない。
仮に転移魔法を使う余力があったとしても、それによる離脱を二度も許すような相手でもないだろう。そもそも、
(ここで退くなどありえん……!!)
匙を投げたくなるタフネスを誇るグレーテルだが、ダメージは確実に通っている。
ここで逃がしてしまうようなことになれば、グレーテルは他者を喰らって容易く傷を癒すだろう。
そうなると、恐らくこの化け物を倒す機会を逸してしまう。
しかもこの敵の生存本能は獣以上に鋭い。
自身の死の臭いを嗅ぎ取れば躊躇いなく撤退する判断力まで併せ持つ厄介極まりない存在だ。
ゆえにここしかない。"自分が有利だと思い込ませられている"今でなければ、グレーテルを倒すことはできない。
(自ら餌になるのは気に入らんが……クソ、やはり届かんか)
茶々丸かチャチャゼロか、不本意だが先のアリサ・バニングスが消耗していなければ壁役程度にはできたものを。
障壁を張り巡らせてあるとはいえ、エヴァとてエナジードレインの影響を無視することはできない。
インデックスたちよりは遥かにマシではあるが、体力の消耗を魔力で肩代わりしているだけだ。
いずれ限界は来る。
こと持久戦において、今のグレーテルに勝ち得る存在はこの島にいないだろう。
(だが一息で勝負を決めるにはまだ手が足りん、――ッ!?)
紙一重で高速の突撃を避ける。一瞬、ごうという風を切る音以外の音が消え去った。
満身創痍のエヴァがそれでもグレーテル相手に渡っていられるのは、武器の小回りが利かないという一点に尽きる。
突撃槍の慣性に片腕のグレーテルは否応なく従うしかないからだ。
二度三度と槍を大回りに振り回したところで、それは連続攻撃ではなくただ独立した攻撃が順に放たれているだけのこと。
警戒すべき飾り布の動向に注意し、一つ一つの攻撃を冷静に見切っていけば避けることはそう難しいことではない。

73未完成没:2011/11/22(火) 23:06:26 ID:tmT7LJp.
だがその前提は呆気なく覆った。
今しがた避けたばかりの槍に。
背後から串刺しにされたエヴァの姿をもって。

「なッ……?」

風穴はこれで二つ。
腹の若干右よりのほうから、人を刺すにはあまりに巨大すぎる穂先、そのごく先端が覗いた。
身体から飛び出てくるものは全てが赤かった。鋭敏な視力が恨めしいほどにスローモーションで細かに再生される。
血の飛沫。砕けた肋骨の欠片。千切れた臓器の一部。
それらが地に落ちる間もなく、エヴァの身体が大砲に撃ち出されたように加速させられた。
串刺しにされた腹を基点に、グレーテルが突撃槍の推進力を全開にしている。
身体中の骨が軋みを上げ、地面に向かって落下しているような勢いでくすんだ壁が迫る。
身を切る風の中で。

「処刑人は磔にされました」

工場の外壁がさながらダムが決壊したように中から吹き飛ばされた。
外壁は石片となり、水流の代わりに山吹色の波濤が溢れる。
その流れに呑まれたように、エヴァは工場外へと投げ出された。
(やって、くれたな化け物め……!)
片足一つで軟着陸しながら自身の失態を嘆く。
今のグレーテルは槍に頼らずとも飛行することが可能。
ミサイルのような槍にしがみつき、振り回されるように飛ぶしかなかった前回の戦いとは違い、
柔軟性のある軌道で宙を駆けることができるのだ。
そればかりか自身の飛行能力の慣性を槍の推進力で殺すことで予測困難かつ変則的な空戦軌道まで仕掛けてくる。
斬り返しが異常に速かったのもそのためだ。
この適応力。現実非現実全てを受け入れ、昇華していく様もまた化け物といっていい脅威だった。

「すごいわ。まだ胴体がちゃんと繋がっているのね」

大穴から優雅な足取りでグレーテルが現れる。

「やっぱりあなたは最高よ、エヴァンジェリンさん。
 生き残るためとはいえ無理矢理自分のお腹を裂いて私の槍から逃げるんだもの。
 右足を犠牲にしたことといい、自分の身体をこんなに冷静に切り詰められる人初めて見たわ」

グレーテルはエヴァの右脇腹を見て楽しそうに口端を歪めた。
その腹の左右は遠目でみて分かるほどに非対称だった。

「昨日の昼間に戦った子もそうだったけど……あなたの中身にもすごく興味が出てきたわ。
 肉、骨、臓腑。全部丁寧に解剖してあげましょう。
 私が今まで殺してきた子達とどう違うのか、それで分かるかもしれないわ」

74未完成没:2011/11/22(火) 23:06:42 ID:tmT7LJp.
「……無理だな」

エヴァが不遜な態度で笑う。

「囲いは全て整った。いい加減貴様の相手も飽いたところだ。細胞一つ残さず無様に消えろ。
 
 契約執行――――エヴァンジェリンの従者、インデックス」

彼方に何かが産み落とされたような光が現れ、グレーテルは目を見開いた。
工場内にいたときにはエナジードレインの影響が殆どなかったであろう場所。
木々が生い茂り始めた森の入り口の景色が不自然に揺れている。
その中心には水に揺蕩たっているような銀髪を蓄えた少女が立っていた。
先ほどは虫けらのように地を這うことしかできなかった少女が、確かな意志を持った視線でこちらを射抜いている。

「覚悟をこの名に。――――dedicatus545. 聖ジョージの聖域、展開」

緑色の宝石のような双眸から血の様な赤い魔方陣が二つ、宙に浮かび上がった。
景色が更に歪む。二つの魔方陣の接点を中心にして空間に黒い亀裂が蜘蛛の巣のように広がっていく。
罅割れた水晶越しに見るような光景が、何の隔たりもなくそこに現出している。
(なに……?)
グレーテルをして、見ているだけで目が潰れそうな違和感が存在していた。
あの亀裂の向こう。何かがいる。数多の命を蓄え人を超えたこの身すら畏怖してしまう何かが。
覗いてはいけない。
だめだ、それでは足りない。早く、早くこの場から立ち去らないと――!

「言ったはずだ。囲いは整った、と」

エヴァの言葉と共にグレーテルの思考が凍りついた。
足が、動かない。膝下が地面に張り付くように氷に覆われている。いや、それだけではない。
足元から始まった氷結化は尚も進行し、グレーテルの身体の大半を拘束した。
エヴァがグレーテルの猛攻をかわしながら、僅かな隙を継ぎ接ぎすることで用意した氷結魔法。
グレーテルの槍の特性上、長時間の拘束はできないが、それを見越した上でエヴァはこの魔法を放っている。
拘束が破壊されるまでの猶予、インデックスの魔術発動までの待機時間、グレーテルが取り得る最後の悪あがき。
それら全てを勘案しきり、エヴァの数百年にも渡る戦闘経験が一つの答えを示す。

「死ね。摘み取ってきた命の重さに圧死しろ」

グレーテル相手に高威力、長詠唱時間の魔法を放つ余裕はない。
時間を稼ぐための従者もいない。
それを打破するための選択がこれだった。
"エヴァ自身が前衛となって後衛のインデックスの詠唱時間を稼ぐ"という、エヴァ本来の戦闘スタイルの逆転。
アリサをなのは救出に使い潰してしまう必要があった以上、
グレーテル相手に接近戦で囮となれるのは消去法でエヴァしかいない。
できることならこの選択すら取らずに、アリサが作った隙に乗じて断罪の剣で仕留めておきたかった。
グレーテルに直接手を下す役目をインデックスに負わせたくはなかったからだ。

「……ごめんね。私は全能なんかじゃないからあなたを救うことはできない。
 手を伸ばしてくれないと私じゃ届かないんだよ」

インデックスは魔術を使えない。自身の魔力を自由に使えないように必要悪の教会から処置を受けている。
だが外部からの魔力供給が得られるならば話は変わる。
術を構築するための式は全て頭の中にあるのだから、燃料さえあれば力を振るうことができるのだ。

「だから、ごめん。私はただ私のわがままを通すよ。譲りたくないもののために」

75未完成没:2011/11/22(火) 23:07:22 ID:tmT7LJp.
照準機のような魔方陣越しに、インデックスはグレーテルの姿を見た。
拘束から逃れようともがくグレーテルは、ひどくちっぽけな存在に見える。
リンクとニケを殺し、他にも数多くのものを手にかけた憎むべき存在だというのに、身を震わすような憤慨は生まれなかった。
むしろ悲しかった。こんな結末しか与えられないことが。
結局のところ、どれだけ多くの魔道書を携えようとも自分に幻想を殺す力はないのだ。
だから、最良ではなかったとしても、良かれと思ったことを選び進むしかない。
悔いることだけはしないようにするために。

空間の亀裂が一気に開いた。力任せに上顎と下顎を無理矢理引き裂いたように、目と耳を覆いたくなるような痛々しさが濃度を増す。
開けた亀裂の向こうの"何か"がグレーテルの姿を捉えた。
終わりを告げる。

                ドラゴン・ブレス
「さようなら――――――竜王の殺息」


音。
マットに包丁でも刺したような鈍い音だった。
魔術の行方を見守っていたエヴァ。
サンライトハートに力を込めていたグレーテル。
そして、――破壊の光を放とうとしたインデックス。
三者三様に驚愕の表情を顔全体に張り付かせていた。
竜王の殺息が放たれず、

「あ、っ……!?」

インデックスの腹からは外壁の残骸と思しき折れた鉄パイプが顔を覗かせていた。
それは証だった。――――最後の少女が表舞台に立ったことの。


「ゆずれないもの、あたしにもあるよ」


誰一人身じろぎさえできなかったこの場で、その声は風に舞う羽のようだった。
皆が傾聴した声の主の名はリリス。
背の双翼を巨大な弓と引き手に変え、狙う先には黒い殻のような皹に包まれたインデックスが血を吐き出しながら胡乱な瞳で立ち尽くしている。

「きっとグリーンはこういうずるい手は思いついても使いたがらなかったよね」

両腕に嵌めた首輪の片方が朝のか細い木漏れ日に照らされた。
木々が揺れ、今度はもう片側の首輪が光を反射する。

「……でも、今はニアも一緒だから。あたしは勝つよ。何をしてでも、絶対に!」

『表に出るなら今』
成長したリリスの直感がそう告げていた。
リリスはグレーテルとエヴァたちの戦いのほぼ全てを陰から観察していた。
エヴァたちが転移で逃げたあともグレーテルを監視し続け、
傷を負って逃げ出したアリサとなのはを殺しに出向くことすら捨て置き、
実力者たるエヴァとグレーテルの戦闘の顛末を探ることを優先していたのである。
そんな中で現れたインデックスの存在。
それは前者二人を凌駕する脅威としてリリスの目に鮮烈に焼きついた。
バイキルト・ザンバー、ファイナルスパークを目の当たりにしたリリスにとって、
発動しようとしていた竜王の殺息はそれらに匹敵する災厄として映ったためだ。
以前対峙したときになぜ使わなかったのかは分からない。
だが放っておけばあの一撃はジェダにすら届きかねない代物、
そんなものの存在を認めるわけにはいかないがゆえに彼女はこの場に立った。
エヴァとインデックスが紡いだ希望を完膚なきまでに叩き潰すために。

76未完成没:2011/11/22(火) 23:07:41 ID:tmT7LJp.
何もかもが崩れていく。
喉が裂けるほどの声でインデックスの名を叫んだエヴァは、
我武者羅にリリスに飛び掛かる寸前で――その姿を見た。
インデックスの姿。
全身の間接が外れてしまったように、ただゆっくりと倒れつつある姿。終わりに向かう姿。
だがその瞳にはまだ光が宿っていた。
身体を傾かせながらも顔を上げ、ある方向を喰らいつくように睨みつけている。
射竦めるような視線の先に敵がいる。拘束されたグレーテルが、まだそこにいる。
双眸の向く先に連動した赤い魔方陣も消えていない。
(インデックス、おまえは――)
決意が見えた。
そして。
エヴァもまた、一つの決意を固めた。

(倒れる前に、やらなくちゃ……)
刻一刻と傾いていく自由にならない身体。
インデックスは既にその制御の殆どを手放していた。
そうしてかき集めた最後の余力を首から上を動かすためだけに使っている。
(このまま諦めたら、エヴァが逃げることもできなくなる。
 もうエヴァにグレーテルとリリスを相手に戦う力なんてあるはずない)
エヴァは最後の一撃を自分に託し、大量の魔力を預けた。
身体だってとっくに限界だ。
(助ける……)
せめてグレーテルだけでも倒せれば。
(エヴァは私とアリサのわがままに付き合ってくれた)
だから、
(この一撃だけは、――必ず、通してみせるんだよ!!)


(――そう、撃たなきゃダメだよ)
リリスは考える。
エヴァとグレーテルは確かに心身ともに疲弊している。
しかし、四肢の半分が死んでいるエヴァはともかく、
グレーテルは未だまともにやり合って勝てる見込みがあるのかは確信が持てなかった。
インデックスの攻撃で消滅してくれるならそれに越したことはない。
ならばなぜインデックスが魔術を放つ前に姿を現したのか?
リリスにとってもこの選択は大きな賭けだった。
というのもリリスには分からなかったのだ、インデックスの発動した魔術が何を齎すのか。
魔術を放った後ならインデックスを仕留めることができるのか。
それとも、発動した魔術が切欠でインデックスがグレーテルを超える難敵へと完全に変貌してしまうのか。
命が惜しいなら何が起ころうともこの場は情報収集、偵察に努めるのも選択肢としては有用だっただろう。
だがそうなるとあの傷ついたエヴァも見逃さなければならなくなる。
だからこそ、リリスはこのタイミングを選んだ。
ここに集った三人の強敵を全て葬るためにはこの場面で戦況を掻き回し支配することが最良だと判断したのだ。
今なら、魔術準備中で半ば無防備のインデックスに緩慢な死に至る傷を確実に与えることができる。
そうすればもう遅い。
インデックスが何をしようとも死に向かう、最悪でも自分が逃げるための時間稼ぎをするための布石を整えることができる。
(タバサたちと戦ったときに知ったんだ。人はこういうときすごい力が出せるって)
その力を侮ることはしない。むしろ積極的に利用する。
(だからあなたには撃ってもらわないと。そのためにすぐに死んじゃうようなところは矢で狙わなかったんだから)
目論見どおり、終わりつつあるインデックスの目は未だ死んでいない。
(さあ。グレーテルって子を消して。
 その後にエヴァを倒して、逃げていった高町なのはとアリサを追って――あたしが全部勝つんだ)

77未完成没:2011/11/22(火) 23:07:57 ID:tmT7LJp.
インデックスの瞳が最後の輝きを灯す。
激痛を振り払うように奥歯を噛み、今度こそ魔術が発動した。
人一人を丸ごと飲み込む光の柱――竜王の殺息。
粒子に押しやられた風が断末魔のような叫びをあげる。
世の果てのような裂け目から放たれた純白の光が大気を焼きながら疾走する。

光の行き先。未だ氷に束縛されたグレーテル。
その口が「あ」という叫びを発した。
同時に氷塊に覆われたサンライトハートが強い光を放つ。
山吹色の光線が放射状に走り、氷と乱反射し辺りが眩く照らされる。
光が走った氷結部は中から細かな皹を生じさせ――拘束が爆ぜた。
(そんな!?)
インデックスはろくに動かすこともできない目を見張った。
リリスから受けた攻撃が原因だ。本来ならグレーテルは何もできずに消えていたはずだというのに、
魔術発動が遅れてしまったせいで、エヴァの氷結魔法が砕かれてしまった。
(でも、まだ!)
間に合う。タイミングは相当厳しいが、今更竜王の殺息を回避する余裕はないはずだ。
(お願いだから――当たって!!)
願う。呼吸すら忘れてインデックスは願った。
息を止めている間は祈る力が強くなると思い込むかのように。
直後。
グレーテルのいた場所にレーザーのような光が着弾した。
着弾し、――壁に激突した水流のように飛散している。
その光景は時間にしてミリ秒以下。
回避を諦めたグレーテルが横倒しにした突撃槍を盾として光条の直撃を凌いでいた。

「く、ぅ、あああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!??」

しかしそれは無謀な行いだ。
竜王の殺息の前には、受ける耐える防ぐという言葉は自殺と同義。
現に突撃槍の穂先は波に浚われる砂のように呆気なく崩壊していく。
濁流のような轟音の中に内部機構が爆散する音が混ざる。一瞬でサンライトハートが消滅した。
稼げた時間はほんの些細なもの。
だが、その一瞬で――グレーテルは上空へと飛び出していた、
サンライトハートの巨大な穂先、先端のアーマー部分を分離させ光の柱の前に置き去りにすることで。
自身の心臓、武装錬金の核は柄の部分でまだ生きている。

「が、あ……っ」

とはいえ、生命の源たる核鉄がダメージを受けたことに変わりはない。
飛び出したグレーテルはそれが精一杯だったように、すぐさま地面に突っ込むように落下した。
だが、それだけだ。
息がある。戦力は削いだが、グレーテルはまだ生きている。
(うそ、だよ……)
インデックスの最後の力が齎した結果は、それが限界。
渾身の竜王の殺息は、グレーテルの命に後一歩届かなかった。

78未完成没:2011/11/22(火) 23:08:11 ID:tmT7LJp.
(これで、終わりなの……?)
気力を使い果たしたインデックスが為すすべなくうつ伏せに倒れる。
(ごめん、エヴァ。迷惑ばっかりかけちゃって……)
もう起き上がる力なんてない。
エヴァが逃げるための時間稼ぎをする力も手段も残っていない。
(あと少しだったのに……)
最善は尽くした、と思う。それでも足りなかった。
運命の掛け合わせがほんの少しずれていれば。
自分も、アリサも、なのはも、エヴァも……リンクも。
困難を乗り越えて、生き残って、少しでも皆と笑えていたはずなのに。
(もう……ダメ、なんだね)
エヴァが逃げ延びる可能性を信じたい。けど、状況はあまりにも悪かった、
強い心を持つインデックスがエヴァの生存を信じてやれないほどに。
だったらこんな意識、早く落ちてしまえばいい。
エヴァが殺されるところなんて見たくないし聞きたくもない。
まどろみに似た誘惑に従い、インデックスは静かに瞼を閉じた。
きっともう開くことはない。耳も塞ぎたかったが両腕は感覚すらなかった。
暗闇の中。
意識が耳に集中したのか、音だけはやけにはっきり聞こえた。
風が流れていく音だ。
そよ風。違う。そんな優しいものではない。
涼風。違う。むしろその風は熱をはらんでいた。
例えるなら、暴風。竜王の殺息を放ったときに付随して生じていた荒れ狂う風の流れ。
それと似たような風が、未だ滞留している。
(……?)
何か、酷く嫌な予感がした。
自分が死ぬよりも恐ろしい何かが、この場を漂っている。
意識を向けると風には意志があり、指向性があることにも気づいた。
あの方向は、
(――私が、魔術を撃ったほう……!?)
0と1しかないように、閉じていた瞼が最大にまで跳ね上がった。
双眸に真っ先に飛び込んできたもの。
それは渦だった。
グレーテルが拘束されていた場所の更に奥に現れた、空間を巻き込む巨大なうねりだった。
(……こんなの、知らない)
白い光の渦。光の正体には覚えがあった。その性質にも。
当然だ、今しがた自分が撃った魔術なのだから。
だが、こんな現象を引き起こすものではない。
"竜王の殺息"にこんな特性はないし、追加魔術だって使っていない。
なら、あれは一体何? 誰が、どうやって何のために――?

誰が、なら答えは決まりきっていた。

(何を、)

だからこそインデックスは恐怖した。
如何なる考えがあろうとも。例え彼女が600年生きた吸血鬼で最強の悪の魔法使いだったとしても。

(何をする気なの――――エヴァ!!?)

あの光の前に立って、無事ですむはずがないのだから。

79未完成没:2011/11/22(火) 23:08:33 ID:tmT7LJp.

エヴァは眼前の破壊の光に右手を突き出した。力場が掌で逆巻き、光の柱が球状に収束していく。
敵にぶつけるはずの攻撃魔法を自身に取り込み力を得る技法――闇の魔法。
この島では前提となる"闇の眷属の膨大な魔力"が弱体化しているため、試用すら躊躇った技術だ。
その闇の魔法の到達点に"太陰道"がある。自分だけでなく相手の気や魔力すらも吸収し、自らの力とするものであり、
エヴァがたった今行使しようとしているものだ。
二人の強敵。満身創痍、五体不満足の身体。
この現状で"最良の結果"を掴むための最後の切り札がこれだった。
しかし、この選択には許容するのが馬鹿らしくなるほどの問題が山のようにある。
第一に、そもそもエヴァの太陰道が未完成であること。
費用対効果に見合わなかったため、エヴァはこの技法の開発を断念しているのだ。
完成系は未だ見えないが、即興で敵の攻撃を吸収できるような完全無欠の利便性は絶対に持ち得ない。
どうあがいても事前に入念な準備が必要になり、それなしで行使しようとすれば必ず"どこか"に無視できない負担が掛かる。
第二に、吸収しようとしている魔術の特性、インデックスの世界の魔術の性質の問題。
闇の魔法は術に魂を喰わせることで能力を倍加する禁呪だ。
つまり、インデックスの魔術、竜王の殺息を吸収するということは、
猛毒である魔道書の原典を直接覗き見たことと等しいダメージを心身に与える。
これらの問題はどちらか片方でも充分に致死に値する猛毒だ。
しかし、裏を返せば可能なのだ。
毒を一つ摂取するも二つ摂取するも同じと考え、自らが生き残ることを完全に放棄してしまえば。
最強の悪の魔法使いに不可能などない。
(凄まじい、な。魔道図書館の面目躍如といったところか……!)
竜王の殺息を吸収し続けていた右腕がぶれだした。指先から硬いものが折れる音が伝わる。
容量の限界だ。力の絶対量が大きすぎて右腕一本で吸収しきれない。
(右が駄目なら、左だ……!)
戦闘中も休ませていた左腕に最後の仕事を与える。
銀の銃弾に冒された左腕だが、アリサの血を吸ったことで僅かばかり回復した。
ぐ、と歯を食いしばり長い棒を徐々に持ち上げるような不自由な様子で左腕が持ち上がっていく。
高さが足りない。左肩を不自然に吊り上げることでその差を埋める。
(……元よりこの魔力は私のものだ)
中毒患者のように震える指先が開き、
(平伏しろ、竜の王)
白い光を掴んだ。
途端。
天地が逆転した。
いつの間にか身体が倒れている。違う。錯覚だ。立っている。耳鳴りが酷い。平衡感覚を司る線が狂った時計のように回り続けている。
叫ぶ、泣く、嗤う、全てまやかしだ。
神経が焼き切れ身体を他人に明け渡していくような怖気だけが残る。
目の中が赤く光って白い光の渦が明滅して目の奥から眼球が揺さぶられる不快感が湧き出て世界が揺れて白い渦が消えて視野が透けるように開けて――――

原典が、脳と魂を蝕んだ。

双腕、掌握――――


「――――術式兵装、"禁書目録"」


総身が白い光を放つ。強烈な陽の光を浴びたように金色の髪すら白く輝き、エヴァを形作る稜線が曖昧になった。
ともすれば大気に溶けそうな姿は、霊体という表現が相応しい。
白い双眸が辺りを睥睨する。
倒れたインデックス、墜落したグレーテル、そして――。
(……逃げ足の速そうなヤツからだな)
その瞬動には一切の音も無駄もなかった。

80未完成没:2011/11/22(火) 23:08:43 ID:tmT7LJp.
(何が起こったのか分からないけど、きっとまずい……!)
リリスは撤退態勢に移行した。
作戦は失敗だ。今になって悔やみたくなる。
インデックスの攻撃の結果を見届け、傷を負ったグレーテルに止めを刺すか否か逡巡していた時間はどれほど愚かなものだったのだろうか。
あの圧倒的な破壊の光、その全てがエヴァに集中したのを感じる。
まともじゃない。事実、まともな方法で得た力ではないだろう。
あれだけの無理をしてリスクがないはずがない、エヴァはもう死んだも同然だ、死人の相手など狂人にでも押し付ければいい。
(この場を切り抜ければ、どうにか――)

「隙だらけだな」

心臓を掴まれるほどの至近距離から聞こえた。

リリスの胸部中央にエヴァの左腕が突き刺さり半ばまで埋もれた。
硬質の破砕音と同時に泥から勢いよくバケツを引き抜いたような間の抜けた音が響く。
エヴァの左肘の骨が皮を突き破って体外に現れた音だった。あちこちの骨も砕けた。
半分死んでいた左腕を棒切れのように乱暴に叩きつけたことで、完全に機能が息絶えた。
だが、

「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック――」

それは杭となってリリスの身体を離さない。エヴァの右手が詠唱の光を放つ。
 
 ケントゥム・エト・ウーヌス・スピリトゥス・グラキアーレス・コエウンテース・イニミクム・コンキダント・サギタ・マギカ・セリエス・グラキアーリス
「氷の精霊101頭 集い来りて敵を切り裂け 魔法の射手 連弾氷の101矢」

避ける受けるという考えの及ぶ距離ではない。全て直撃だ。
零距離からの氷の矢がリリスの身体をズタズタに切り裂いていく。
無造作に花をいけるように氷の矢が縦横無尽に突き刺さる。喉、胸、腹、10を超える致命傷が一瞬で刻まれた。
氷の花が内から血を吸い上げて真っ赤に染め上げられていく。
か、は、とリリスの口が血と空気の混合物を弱弱しく行き来させる。
間髪入れずその顔面でめきり、という音が響いた。
エヴァの後ろ回し蹴りが容赦なく側頭部を打ち――リリスの身体は轟音を立てながら工場内に吸い込まれていった。

「まず、一人……」

時間がない。感慨に耽る間もなくエヴァはすぐさま次の獲物に狙いを定めた。
遅鈍な動作でグレーテルが立ち上がっている。

「そして――貴様で最後だッ!!」

白い輪郭が取り残される。転移に迫る速度の瞬動でエヴァはグレーテルに肉薄した。
竜王の殺息で強化された右腕に力を込め、無抵抗のグレーテルの身体を穿つ。
躊躇も罪悪感も差し挟まない冷徹な一撃。
火薬が炸裂するような轟音が大気を叩いた。

81未完成没:2011/11/22(火) 23:08:54 ID:tmT7LJp.
「そう言えば――あなたにはお礼を言っていなかったわね」

だが、届かない。
グレーテルが右手に何かを握っている。
その握っている得物がエヴァの拳と拮抗している。

「……何だ、それは」

エヴァは突き出した拳を震わせながら驚愕に表情を歪ませた。
グレーテルの右手に、先ほど半壊した槍とは違う槍が握られている。
どことなく意匠に共通点を感じるが、大きさはかなり小さい。
柄の長い剣にも見える槍だ。
いつの間に。どこから取り出した。この力は一体何だ。
疑問は尽きないが考える間などなかった。
その刃先が――――三方向に弾けたからだ。

「ッ!!??」

拳ごとエヴァの身体が押し戻される。分離した槍は広げたカイトのような光に繋がれて宙に大三角形を作っていた。
さながら巨大な槍の穂先のように。いや、事実それは穂先だった。
実体の穂先の中にエネルギーの刃を仕込んだ伸縮自在の突撃槍――サンライトハート改。
グレーテル最後の覚醒だった。
その覚醒は槍だけに及ばない、状況はエヴァにとって更に悪い方向に転がる。
(!? これは、まさか――)
鉛のような倦怠感。
刃先に限りなく漸近した右腕から力が流れていく。
グレーテルのエナジードレインがここに来て更にその勢力を増し、術式兵装すら喰らおうと魔手を伸ばしてくる。

「ぐ、あ……ッ」

均衡が長くないことは、拳にめり込み始めた穂先が冷酷に告げていた。

「ありがとう……。ありがとうエヴァンジェリンさん。
 あなたはいつも私の殻を破ってくれるわ。
 この姿になれたのも、新しい槍を手に入れることができたのもあなたのおかげよ」

掌が半ばまで裂ける。だがエヴァは退けない。進んで自傷するかのように拳を突き出し続ける。
分かるからだ。一縷の隙でも曝け出せば、腕ごと片肺まで持っていかれることが文字通り手に取るように。
砕くか砕かれるか。不可視の決闘場に身を置いた両者に残された道はそれ以外にない。

「怖がらないで。あなたの命も私の糧となるわ。
 殺した分だけ増える命、あなたもその一つになればいいの」

豪、と空気が唸った。
サンライトハートのエネルギーが大きく増大し、巨大な蝶が羽根を広げたように穂先が肥大化する。
それに呼応するようにエヴァの纏う光が弱まり、身体が急激に後退し、右腕が手首の付け根まで縦に裂けた。

「ッ、う、ぁああああああああああああああああ!!?」

82未完成没:2011/11/22(火) 23:09:51 ID:tmT7LJp.
悲鳴を背景にグレーテルが笑む。
狂気的。圧倒的。超越的。
ある面では子供のように純粋な笑みだった。
欲しいものを得てはしゃいでいるようにも見えるし、
無力な蟻を巣ごと滅ぼして遊ぶ残虐性を伴っているようにも見える、純粋であるがゆえに直視し難い笑み。
その笑みはやがて、エヴァが膝を折り始めために自然と見下す形になっていく。

「アハ……ハハハハハハハハハハハハハッハハハハハハハハ!!!
 私たちは命を摘んで輪を回す! 
 ずっとずっとずうっっっと回し続けるのよ!
 誰も私たちを殺すことはできない! 私たちは――――Never dieなのだから!!」

「思い、上がるなよ糞餓鬼……!」

振り絞る。
殺意を瞳に載せる。
嘲笑が途絶えた。
エヴァの折れていた膝が上体を押し上げようと稼動し始める。

「気の違った貴様の宗教論などクソ喰らえだ……!
 殺した命が糧となるだと? 冗談じゃない……! 貴様の中に――――ニケやリンクがいるものかあああッ!!」
 
息を吹き返したように裂けた掌が再び拳をかたどっていく。
右腕に血を絞ったような赤い魔方陣が揺らめいた。

「上等だッ! 貴様が幾ら殺し! 幾つ命を蓄えていたとしても殺し尽くしてやるよッ!!」

亀裂が両者を隔てた。

                        デクストラー       エーミッタム
「10万3000回、消え失せろ……ッ!! 右腕――――――解ッ放ッッッ!!!!」


白光。
夜明けにも似た、静かで包み込むような白。
それはあまりに莫大な光量と轟音が感じさせた一瞬の幻だった。
土石流のような粒子の流れが展開していた槍を喰らいつくし、グレーテルの身体に殺到した。
流れは何の抵抗も干渉もないかのように奔放に走り、空間を蹂躙し尽くす。

光が、消える。

残ったのは人型。下半身だけの人型だった。
光に呑まれた部分は欠片も残らず消滅していた。
生気がまるで感じられないその跡地を、幾多もの光の羽根だけが残り火のように、降り積もる雪のように静かに撫で続ける。
命の終わり。
ヴィクタースリー――グレーテルの最期だった。

「……貴様は確かに自分が生きてきた世界しか知らなかったし他を知る機会すら与えられなかっただろうさ」

右手を突き出したままエヴァが呟く。
内外の衝撃で手首から先は炭化していた。

「だがな……貴様みたいな輩にも手を差し伸べた馬鹿はいたんだッッ!!」

哀哭。悲嘆。

「忘れるな! その馬鹿の手を取らなかったのは貴様の選択だ!! 取れなかったのは貴様の弱さだ!!」

83未完成没:2011/11/22(火) 23:10:35 ID:tmT7LJp.


「インデックス……まだ息があるな」

心身魂残すところなくボロボロだ。だが、まだ死ぬわけには行かない。

「ご褒美をよこせ……じゃないか。ご褒美をちょうだい」

首輪に向けて請う。
リテイクだ。今度こそ救ってみせる――――助けられなかった勇者二人の分まで。
たとえそれが血塗られたルールに縛られたものでも、インデックスが生きてくれるならそれでいい。
救い方が穢れたものでも、きっとインデックスは前を向いて歩き続け、ジェダを倒す力となってくれる。
それは予感などという曖昧なものではない。もっと力強いものだ。
エヴァは満たされていた。
望んだ終わりの形、ジェダ打倒の道を作り、全ての憎しみを引き受け勇者に討たれ果てるという
最期を迎えることはできなかったが、2つの悪を道連れにこうして希望の光を明日へ繋ぐことができる。
今はただそれだけで充分だった。
身体に走る激痛も、零れていく命の不快感も、虫食いのように中から喰われていく魂の怖気も。
その全てを忘れ、揺り篭に揺られるような心地よい充足感を味わうことができた。
間もなく、全てが終わる。
エヴァは静かにQBの到来を待った。

84未完成没:2011/11/22(火) 23:38:31 ID:tmT7LJp.

   *   *   *

この感覚には憶えがある。
あれはいつだっただろう。
確か……、そうだ。歩く教会が壊れて、大きな怪我をしたとき。
あのときも、こんなまどろみを引きずりながら目を覚ましていたんだ。

インデックスの意識はそんな感覚を得ながら覚醒した。

「エ、ヴぁ……?」

不鮮明に掠れた声の先。
仰向けに倒れている彼女を見下ろすように、血まみれの少女がそこにいた。
少女は――泣いていた。

「……来ない」

最後の希望を掴み損ね。

「ご褒美が、来ないんだ……」

体内回路を悉く破壊しつくし。

「古手梨花、メロ、リリス、グレーテル」

頭蓋が中から破裂したように総身を赤く染めながら。

「4人殺したはず、なのに」

彼女は血の涙を落としながら。

「来ないんだよ……」

命を削るように言葉を切り出していた。何かを懺悔しているかのように。


「……まんまとエヴァには騙されちゃったね」

エヴァが首だけを跳ね上げる。
騙す、とは何のことだか分からないが、それよりも先に足掻くことがある。

「インデックス、喋れるのか? ならば早く魔道書を……!」
「無理だよ。エヴァの身体は限界だもの。肉体が死ぬのが先か、魔力回路が崩壊するのが先か。
 そもそも魔力自体殆ど空なんだからもう私に魔力を送ることはできない。
 ……仮に魔力があったとしても、私ももう魔術を使う力なんて残ってないんだよ」

85未完成没:2011/11/22(火) 23:38:45 ID:tmT7LJp.

エヴァの知るインデックスの顔はそこまでだった。

「……今になってようやく気づいたんだよ。エヴァは本当は一人じゃグレーテルに勝てないって分かっていた。
 だから、私たちがなのはを助けようとするかどうかなんて関係なく、最初から私たちを利用するつもりだったんだね」
「何を馬鹿なことを言っている!?」

さしものエヴァも理不尽な失意を感じずにはいられなかった。
グレーテルは強敵だが、事前に準備を行った状態で戦闘に臨めたならここまで苦戦したはずはなかったのだ。
転移による離脱後、アリサに止められずに大呪文を詠唱待機したままグレーテルと再戦したなら、
勝負は最初の一撃で容易く決していた。
それができなかったのはなぜか。誰のせいで誰のためだと思っている。
そして。
助かっていたはずのこいつはなぜ。
火中の栗を拾って死を迎えようとしているのか。
それでも、何があろうともインデックスだけは生かすつもりだった。
だから高町なのは救出作戦の際にも、最後まで前線には出さず、
一番危険が少なくいつでも逃げられる位置に待機させ続けたのだ。
別に好かれたいと思ったわけではない。むしろ嫌ってほしかった。
こいつやリンクには私の対岸にいてもらいたかったのだから。
だが、憎む嫌うにしてもこれはあまりにも下種に過ぎる。
この愚かしく、見当違いの推論はいただけない。
私が信じた光はもっと気高く、聡明で、正しい存在でなければならない。
死を前にしたからといって取り乱すな。浅薄な発言で格を落とすな。
信じたものはもう皆砕け散った、ニケもリンクも。
ただでさえ失望の底に沈んでいるんだ。
せめて貴様の心くらい最後の最期まで私が信じた貴様のままでいろ。

「今更取り繕わなくていいよ。私やアリサには大した力なんてなかったけど、エヴァには力を与える方法があった。
 仮契約で戦力にできるし、悪くても盾や囮にもなるし回復アイテムにもできる。良いことづくめだもの」

喋るな。

……こんな愚か者を守るために、私は全てを投げ打っていたのか。
何て無意味で、無価値だったのだろう。
インデックス。貴様の心の底はよく分かった。だが、なぜだ?
なぜ今になってそんな言動を取る。わざわざ現世に舞い戻ってきて最期に言うことがそれでいいのか?
そんなにも私を苦しめたい――――――、苦し、める。

86未完成没:2011/11/22(火) 23:38:56 ID:tmT7LJp.
「……まさ、か」

エヴァは気づいた。

「どうせもう私は動けないんだから、さっさとやればいいんだよ」
「やめろ」
「あ、そうやって私に助かるかもって希望を持たせてから叩き落とすつもりなんだね?
 残念でしたー。エヴァが何を言っても私はもう何も期待しないんだから」
「やめろ!」
「エヴァの考えなんて全部お見通しなんだよ。当ててあげようか?」

一拍。

「りかとグレーテル。私で三人だね」

インデックスはそう言って笑った。

「殺し方だって簡単に分かるんだよ。動けない私の首筋に牙を突き立てて、一滴残らず血を啜るんだ。
 そうすれば死に掛けのエヴァでもご褒美が来るまで生き延びることができるからね」

外堀を埋めるように事実を規定していく。
まるで、教え導くように。暗闇に道を示すように。

「ふざけるなっ!」

堪らずにエヴァは吼えた。

「そんな真似できると思っているのか貴様は!?」
「何で? エヴァは悪の魔法使いなんだよね? 何で私一人殺すこともできない"フリ"をするの?」

できるはずがなかった。

「私は、おまえを助けるために――!」

はっ、と息を呑む。
言葉を発したエヴァ自身、信じられないといった表情を浮かべた。
態度にいくら滲み出たとしても、決して晒すまいと自戒していた本音が零れ落ちる。
インデックスはそんなエヴァの顔を静かに見つめ、安心しきった笑みをつくった。

「おかえり、エヴァ。やっと帰ってきてくれたんだよ……」

けれどその笑みはすぐに染められる。
悲哀の色に。
諦観の色に。

「でも、ごめん。せっかく帰ってきてくれたのに、また追い出さないといけないね」
「やめてくれ……」

帰ってきたのではない。
光の外に出てすらいなかっただけだ。

87未完成没:2011/11/22(火) 23:39:06 ID:tmT7LJp.
意識に閃光が走る。半壊した体育館。
エヴァはそこで誰かと意志をぶつけ合っていた。

――おまえがこのまま死ねばそれは厄種のガキの殺害数になるだけだ。
  後には四肢をもがれた無力な人形が転がるだけ。それだけだ。

――なんの意味がある。全ては死に向かうだけだ。

――さっき正しいからは理由にならないって言ったのは、エヴァだろ。

――誰かを助けるために誰かを殺すって、どう考えたって泥沼じゃねーか。
  もう助からないから殺すって、もっと違うだろ。
  殺した奴は嫌われて、殺された奴の仲間は悲しむんだ。
  戦わなきゃいけないのかもしれないけど。
  殺さなきゃ生きられないのかもしれないけど。
  仲間が仲間を殺すなんて、仲間が敵に殺される以上に最悪じゃないか。
  誰かを嫌いになるなら、敵だけ嫌いになった方が、マシだっ。

あのときぶつけた言葉の数々。
それは倍加する威力でエヴァのもとへと突き刺さった。
今も全く同じだ、全ては死に向かう。
違うのはあのとき自らの口で肯定したものに、今は手を伸ばせないこと。
ニケが味わった苦悩に近い場所に、ようやく自分もたどり着いてしまったということだ。

「死に際にニケのヤツは言っていたぞ……。
 仲間が仲間を殺すなど、仲間が敵に殺される以上に最悪だと。
 ニケと同じ側に立っていたおまえがその想いを否定するのか」
「私はニケじゃないからね。ただの我儘でエヴァまで巻き込んじゃうくらい身勝手でもあるんだよ」

そんなものニケだって変わらないだろうと内心で吐き捨てる。
ああ、そうだ。正義はいつだって身勝手だ。


エヴァは寝そべったまま天を仰いだ。

「もう立てんよ……楽にさせてくれ」






「だいじょうぶ。エヴァならできるんだよ」



   *   *   *

88未完成没:2011/11/22(火) 23:39:19 ID:tmT7LJp.
QBがご褒美を届けに来た森の一角。そこには纏わりつく瘴気のようなものが立ち込めていた。
抉れた地面。散乱した血の跡。転がる死体。
それらはこの島ではさして珍しいものではない。
瘴気の中心点は一人の少女。
銀髪の少女の遺体をボロのように、しかし愛おしいものを誰にも渡さないとばかりにきつく抱いている。
四肢で辛うじて無事に見えるのは左脚だけ。腹まで醜く穿たれ、削り取られている。
こいつは不味い。
QBをして食欲が失せるような惨状だった。
その辺りに転がっている死体のほうがまだ舌も腹も満足させてくれるだろう。

「回復だ。早くしろ」

瞳だけを威嚇するようにぎらつかせながら告げる。
浮浪者と何ら変わりない身なりと状態だというのに、爛々と輝く両目は獣のようだった。
QBがご褒美、大天使の息吹によってエヴァを治癒する。
瞬きの間に、まるで別の肉体が用意されていたかのようにエヴァの身体が再生した。
体調を確かめるように掌を開閉させるエヴァ。
役目を果たしたQBは背を向けて飛び立とうとする。

「……そう言えば、まだ半分置き土産があったな」

背筋がひりつく不快感にQBが振り返る。真っ向から隠す気のない敵意が返ってきた。
エヴァが左手に光の流れを収束させながらQBを見やり、性質の悪い笑みを浮かべている。

「もっともヤツにその気はなかっただろうがな」

  シニストラー・エーミッサ・スタグネット
――左腕・解放・固定・竜王の殺息

「喜べ。今の私は最ッ高に気分が悪い」

 コンプレクシオー
――掌握

「虫けらに相応しい末路を与えてやるよ」

溶けるような白い光を纏い、エヴァは下卑た笑みでQBを見下した。


   *   *   *

89未完成没:2011/11/22(火) 23:39:30 ID:tmT7LJp.
廃病院の一室。ことの全てが終わったときに落ち合う予定だった場所。
未だ目覚めないなのはを見守っていたアリサのもとに一人の来訪者が現れた。
一人。二人、ではない。

「……インデックスは?」
「私が殺した。ご褒美で回復するためにな」

エヴァは即答し鼻で嗤った。

「貴様らは存外いい駒だったよ。どいつもこいつも馬鹿みたいに私に希望を託して、
 利用されていることに気づこうともしない。
 おかげで私はグレーテルのヤツを容易く仕留めることができた上に
 身体状態まで良好と来たものだ。貴様らの愚かしさには礼を言わねばならんな」
「ありがとう」

息が詰まる微音。
エヴァが微かに眉根を寄せる。

「……インデックスにはもう感謝の気持ちを伝えることもできないから。
 だから、エヴァには受け取ってほしいの。なのはを助けてくれて、ありがとう」

つくづく気に入らんヤツだ。
エヴァは腹の底からそう思ったがその想いに深く沈んだものを口にすることはしなかった。

「……どこまでも目出度いなアリサ・バニングス。
 まあ、貴様が何をどう思おうが勝手だが、私はそんな話をするためにわざわざここに来たわけではない」

おもむろにエヴァがランドセルから氷の塊を取り出した。

『こいつを見ろ』
『何これ……ってエヴァの声が頭の中から聞こえる!?』
『念話だ。貴様も吸血鬼になったのだから魔力を扱う素地は整っている。
 この距離で私が

大きい。普通のランドセルならそれだけで容量を満たすほどの巨大な氷のブロックだ。
磨き上げられた芸術品のような氷塊の中には何かが閉じ込められている。
その何かがギョロリ、と。アリサと目を合わせた。
そんな錯覚を得たアリサは、肺を誤作動させたように鋭い息を吐く。
見覚えがある。マネキンのような顔。帽子のような複眼。
QBの生首だった。

「ちょっと、何でコイツの死体なんか……!?」
「ご褒美を届けに来たときに倒したんだよ。
 こいつが本気だったら恐らく私でも勝てる見込みは相当薄かっただろうが、なぜかそうはならなかった。
 こちらは一撃当てれば勝利する手があるというのにこの虫けらは何かを迷いながら逃げに徹するばかりだったのだ。
 腐ってもこの殺し合いの運営側、畜生の分際でも主の命には思いのほか忠実だったのかもしれんな」

エヴァのその推測は半分当たりだった。QBはジェダの命令「幼子との無闇な戦闘の禁止」によって
自身の判断力を僅かに鈍らせた。迎撃か、撤退か。
その吊りあった天秤を傾けるファクターは、今、腹が減っているかどうかである。
結局のところ、QBの思考パターンなど単純なものだ。
いくらジェダの命があったとしても空腹には耐えられないということは丸一日が経過したバトルロワイアルの中での
QB自身の行動が証明している。エヴァと戦ったときも、腹が減っていたならば事情はまるで違っていたことだろう。
本能に身を任せたQBはまさに天災のような戦闘力を発揮してきたのだから。

90未完成没:2011/11/22(火) 23:39:42 ID:tmT7LJp.
「一つ訂正しておこう。貴様はさっきこれを見て死体だと言ったがそれは間違いだ。
 こいつは死体ではない。これでも生きている」
「え?」
「胴体を吹き飛ばしたのと同時に頭部を氷漬けにした。
 こいつの生命力は並ではないからな。冷凍保存している限りは仮死状態を保つだろう」
「何でそんなこと……?」
「えーい煩わしい、一から十まで説明しないと理解できないのか……。
 む? そうか、貴様は0時の臨時放送を聴いていないのか。
 面倒だ。ルビー、おまえが説明してやれ」
『よもやここで私に話し振られるとはビックリですが……いいですよ。
 タイミング逃してただけでもともと言うつもりでしたから』

ルビーがアリサに0時放送の経緯を説明する。

「分かったか? ジェダ=ドーマは余興で蘇生らしき現象を引き起こした。
 だがこの行いは不合理だと私は考えている。QBが死んだからといって
 わざわざ蘇生などという手段を使わなければならない理由にはならない」
「もしかして……大掛かりすぎるから?」
「そのとおりだ。QBが死んでも代わりがいるならそいつを出せばいいだけだ。
 だというのに同じ個体を蘇生させた。これはQBが無二の存在であると示唆しているようにも思える。
 もっともジェダが湯水のように魔力を行使できるなら話は別だが、その可能性は一先ず捨て置く」

再びランドセルに氷塊が収められる。

「ゆえに、これで一つ見極める。
 0時のときのようにジェダがQBを蘇生しようしたところで無駄だ。
 少なくともこのQBはまだここで生きている、魂もこの中にある。
 そんな状況でジェダが何を仕掛けてくるかを探ろうというわけだ」

見極める。
エヴァの告げた言葉を呑み込み、アリサは息を詰まらせた。

「そんな……いくらなんでも危なすぎるわよ!
 自分の首に付いている物がなんなのか忘れたの!?」
「だから私はおまえに会いに来たんだよ」

エヴァは遮るように静かに笑った。

「甚だ不本意なところだが、残念ながら手近に利用できそうな駒がない。
 でなければ誰が貴様のところになど出向くものか。
 貴様は私がやろうとしていることの意味と目的を共有しろ、体のいいメッセンジャーというわけだ」

棘のある物言いにもアリサは口を差し挟まなかった。

「私は死ぬだろうな。だから、私が死んだならその死の意味を考えるものがいなければならん。
 仮に首輪爆破、あるいはジェダの干渉によって私が死んだなら、
 私の行動はジェダにとって都合が悪かったということになる。
 このバトルロワイアルのシステムを破壊する鍵がそこに存在しているのかもしれん」


「三宮紫穂を探す。ヤツには恐らく触れたものの何らかの情報、記憶を読み取る力がある。
 ヴィータのヤツが大人しく従っているくらいだ、それなりに

「邪魔をする気があるならやってみろ。そのときは今度こそ本気で相手になってやる」

「どいつもこいつも全くもって救いがたい馬鹿どもだ」
「あの世で後悔するんだな、インデックス。私はおまえの望みどおりにはならんよ」


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