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テスト投下スレ

1子供好きの名無しさん:2009/05/09(土) 13:42:28
規制で投稿できない場合や、
SSの意見を聞きたい場合に。

2クリンナップ・ステップ(前編)(10/12) ◆CFbj666Xrw:2009/05/21(木) 02:33:13 ID:39j7QFHI
リリス。主催側からの唯一の参加者。
これだけでも謎は多いのに、彼女は島でグリーンと手を組んでいる。
つまり話は出来るという事なのだろうか。
気になるのが神社で交わされたネギ・スプリングフィールドと江戸川コナンとの約束だ。
夕方の六時までに島南西端のタワーで再会し、集めた首輪の数が多い方に従うという競争。
小太郎は学校に居た者達と情報を交換した際、
その約束が急場を逃れる為の一時しのぎの言いくるめだったと聞いている。

(三宮紫穂の事もその時に聞いておけば良かったのに)
リリスとは別の話だが、この時、紫穂について聞いておかなかったのは失敗だろう。
李小狼という少年はその辺りの内実を知っていた可能性も有るのだが、
ネギとリリスのそれが口約束だったと聞いて安心し、確認までを怠ってしまったらしい。

(それはそうと、リリスね。随分と気になる事が多いんだ、こいつは)
小太郎を経由して高町なのは曰く、朝方に山脈部に現れエヴァに重傷を負わせるも撃退。
その際、ネギとコナンを家来にしているとの発言有り。
小太郎を経由して三宮紫穂曰く、リリスと約束を結んだネギとコナンに襲われた。
小太郎を経由して李小狼曰く、ネギとコナンはリリスと競争の口約束を結んだ。
ネギは悲鳴を上げる金糸雀を追撃していたが、金糸雀が危険人物であった事を鑑みると、
金糸雀の危険性に気づいて追跡していた可能性も有る。
(この部分では李小狼と三宮紫穂の証言も食い違っている。本当にネギが競争に乗っていたの?
 小太郎の、ネギの性格上有り得ないという発言を信じるなら、何か不思議な能力でも持っていたの?
 例えば……人を操るような)
タバサと蒼星石を経由してのび太曰く、グリーンは操られていたに違いないという。
確かにそういう能力を持っていたとすればグリーンの説明は付く……だろうか?
タバサ曰く、リリスはグリーンの指揮を受けて息の有った攻撃を仕掛けてきたという。
操って自分を指揮させるというのは奇妙な話だ。
やはり、判らない。
ネギは本当に競争に乗ったのか? 紫穂の証言の方が怪しいのではないか?
そうだとすれば、リリスとグリーンはどうして手を組んでいた?
(グリーンは優勝を狙うために自分からリリスに取り入った……赤ん坊を庇うような少年が?
 信頼を得て取り入るためのポーズだったと考える事も出来るけど。
 あるいは、リリスをコントロールしようとしたの?
 でもそれなら、どうしてリリスを指揮して襲ってくる)
神社で交わされた約束。
赤ん坊を逃したグリーンの突然の翻心。
情報は有っても予測が付かない。繋がらない。
グリーンとリリスの間に何が起きたのかは、トリエラにとって想像の埒外だった。

それから参加者ではないが、QBについて。
トリエラはもう何度もQBに遭遇している。
最初の会場の時に加えて、タバサと蒼星石の誤解を解く為に情報を求めたのだ。
更にその後、レミリアと空中戦を繰り広げているところを目撃している。
アイゼンによると、レミリアから喧嘩を売ったらしい。
つまり喧嘩を売れば買う程度の攻撃性は持っているのだ。
(ご褒美の為に呼んでも、慎重に対応する必要があるわね)

戦いの結果、QBは殺害され零時の放送でジェダに蘇生された。
しかしアイゼンに聞いた戦いの様子は、トリエラ達の予想を裏切っていた。
QBは、あのレミリアに対して終始優勢に戦いを進める程の実力を秘めていたのだ。
アイゼンを握る腕が切り落とされた拍子に吹き飛ばされ見失ってしまったが、
レミリアの受けた傷は人間なら確実に死んでいる程の重傷だったという。
そこからレミリアが逆転した事は驚嘆すべき事だが、
トリエラ達に同じ芸当が出来るとは到底思えなかった。
(万が一戦いになれば……勝てないな)

3クリンナップ・ステップ(前編)(11/11) ◆CFbj666Xrw:2009/05/21(木) 02:34:51 ID:39j7QFHI
そもそもレミリアの強さは夜でしかも満月だったとはいえ尋常な物ではない。
トリエラが逃げ延びれた事すら奇跡に思える。
何せ犬上小太郎、ククリ、リルル、ヴィクトリア、金糸雀の五人がかりで戦って、
倒すどころか傷一つ付けられずに押されていたのだ。
その中でも小太郎は文句無しの実力者だ。
人と人でないもののハーフならではの高い身体能力に、極めて高い格闘能力。
気の達人にして、犬神使い。実戦により磨き抜かれた戦闘感覚。
ネギの使っていた瞬動術という超高速移動技術も、小太郎の方が以前から使えたらしい。
小太郎以外のククリ、リルル、ヴィクトリア、金糸雀の実力だって低くない。
レミリアは一人でそれらを押していた。
アイゼンに過去の戦いを聞いてみても、レミリアの命中打は限られる。
金糸雀の爆弾岩による回避不能な大爆発で相当な重傷を受けたものの、
その重態で対アルルゥ&レベッカ、対レックスの連戦に勝利している。
後一撃を受ければ死ぬだろうというギリギリで、全て避けて打ちのめしたのだという。
桁外れの強さだ。

そのレミリアが、殆ど一方的にやられていた。

レミリアが勝利したのは、勝負強さで辛うじて逆転したという事らしい。
しかもQBは多くの同族を従えている。
最初の会場で見たQBそっくりの蜂女達。
多少は劣るにしても、もしもあれらがQBに近い身体能力を持っているとしたら……。

(……この位にしておこう)
トリエラは背筋に冷たいものを感じながら、情報の整理を終えた
他に最初の会場で殺された女性、ご褒美システムを提案した太っちょの少年なども居るが、
あの二人の名前は判っていない。

裏を返せば情報の無い生存者は僅かに9名(10名の内、1人は最初の会場で死んでいる)。
残り生存者最大で43名中34名、8割方の情報を多少なりとも得ているわけだ。
(多分、私達はこの島で一番他の参加者の情報を掴んでいる)
これから向かうエリアは残り2割が居ると思われる、多少の過疎が予想されるエリアとなる。
大方全体の分布を掴む事が出来るだろう。
それから……どうするのだろう?
「………………」

この殺し合いの島からどう逃れる?
集めるべき仲間が判り、それと連絡が取れたとしても、どうやって?
トリエラにはそれ以上先へ届く手札が無い。

胸ポケットの中で、携帯が震えた。

4クリンナップ・ステップ(後編)(1/11) ◆CFbj666Xrw:2009/05/21(木) 02:39:57 ID:39j7QFHI
ヴィクトリアは静かな夜の部屋で考えていた。
どうやってジェダに抗するか。
どうやってジェダを出し抜くのか。
ようやく手に入れた首輪解除法という手札は、これだけではまだまだ足りない。
デバイス──出来ればミッドチルダ式が必要だし、
イエローという仲間(てごま)により少し確認を進めたが、安全性は低い。
何より首輪を外してもその後が厄介だ。

ジェダに対しどうするにせよ、最低限の戦力は必要となる。
その最低限の戦力すらも遠いのだ。
相応の戦力を集め、それらの首輪を外し、能力に掛けられた謎の制限も外した上で、
ジェダが対処する前に先手を取らなければならない。
この一つでも欠ければ、間違いなく一方的に敗北する。
ヴィクトリアの手札はその内の一つにようやく手が届きかけているに過ぎない。
その強大さを、死者復活の実演により改めて見せ付けられた。
(……判っていた事じゃない。とっくの昔に)
ヴィクトリアがここに居る時点で、既に。
参加者リストと支給品リストを手に入れた時点で、更に。

(そもそも私達は最初から敗北している)

それが全ての始まりだ。
このバトルロワイアルに参加させられた時点で、この島の全ての者はジェダに敗北している。
しかも何も気づけない内に、圧倒的な敗北を受けたのだ。

例えば参加者の中に神様が居たとする。
全知全能で生も死も操れる絶対者だ。
更に星さえ壊す事が出来る武器を持っていて、それが支給されていたとする。
そんな神様が居て、首輪と力に掛けられた制限を外す事が出来たら、ジェダに勝てるだろうか?

答えは完敗する。
むしろそんな圧倒的な参加者や支給品が存在していたら、参加者側に打てる手は無くなる。
ジェダの強さは少なくとも
『この島に居る参加者の誰が相手でも、万全の状態だろうと一方的に勝利して無力化し、
 その能力を制限し、脱出されない自信が有る会場に放り込んで、殺し合わせる』
事が出来る程度は有るのだ。
他より飛びぬけて強力な参加者と支給品の存在は絶望の欠片だ。
故にそれを集めた支給品リストは絶望の塊だった。
(よりによって纏めて有るというのが最悪ね)
思わず溜息を吐いた。
もしもこの支給品リストが存在していなければ、支給品は無作為に集めたという望みが有った。
性能もよく判らないのに支給した物が混じっている可能性も有りえた。
だがジェダは支給品をリストに纏め、それ自体を支給してきた。
つまりこれは、支給品の性能を知りながら支給していたという事だ。
(意味するところ、この中には基本性能だけでジェダの裏を掻ける道具は無いと見て良い)

後述するが、抜け穴は有る。
しかしエスパーぼうしでテレポーテーションしても首輪は付いてくるし、
ポケモン図鑑で首輪を見ても生物部分のデータが出るわけがない。両方とも実証済みだ。

フルオート対戦車ライフルだというメタルイーターMXや、
運命を書き換え心臓に当たるというゲイボルクさえも恐れていない。
心臓という物が存在しないのか、運とやらが化け物じみて強いのか。
あるいは通常の物理攻撃が一切通じないのかもしれない。
有りえる事だ。武装錬金にも、使用者を炎と同化する物が存在する。

5クリンナップ・ステップ(後編)(2/11) ◆CFbj666Xrw:2009/05/21(木) 02:41:00 ID:39j7QFHI
そして懐中時計型航時機『カシオペア』。
大規模な時間転移は条件が厳しく、まず不可能という事だが……
本当に使われた場合を考慮していないのだろうか?
万が一にでも使えたら? あるいはこれを持って脱出に成功する者が一人でも出たら?
未来から過去に強力な戦力が戻って歴史を改竄し成功した後の結果を無かった事にされたら?
例え使用が困難でも、『発動する』だけで全てが台無しになる物を支給するだろうか。
支給しなくても良いのに、わざわざ説明文まで付けて。
そう考えてみれば結論は容易い。
(間違いなく、ジェダは何らかの対策を持っているはず)
これもまた、ジェダの余裕だ。

考えられる可能性は大きく分けて二つ有る。
一つはジェダも同じ物をもう一つ所持しているなど、時間を操れる可能性。
膨大な魔力とやらもジェダなら容易く準備できるだろう。
(……考えるだけ無駄なケースね)
もしこうだった場合、全てが終わる。
どれだけ追い詰めても、ジェダに僅かな隙を与えるだけで終了する。
最後の瞬間まで一度もジェダに異常を気づかれないなど、まず不可能だ。
そもそもこのケースの場合、今この瞬間に未来からジェダが飛んでこない時点で、
ヴィクトリアはジェダの脅威になりえなかったという事だ。

二つ目はそれが『使えない』という可能性だ。
例えば支給された時点で既に壊れていたとか。
この場合、何故そんな物が支給されたのかという問題になる。
(時間移動も無駄という脅し? 違う。アイテムリストか実物を支給された者が、
 ここまで考えなければ気づかない事なんて脅しにもならない。
 消去法で考えていけばやっぱり……)
短距離の時間転移は判らないが、大規模な時間転移はどう足掻いても不可能だという可能性が高い。
だが同じ道具の一部の使い方を制限してまで支給する、というのも不自然な気がする。
もしかすると道具ではなく、移動するべき時間の方が壊れているという考え方も……。


(……迷走してきたみたいね)
そろそろ考えすぎだろう。ヴィクトリアは次の思考に移る。
支給品リストの抜け穴について。
幾らジェダが基本性能を把握しているとしても、逆に言えばそこまでのはずだ。
パターンが多くなりすぎて予想できない、応用的な使い道まで把握しているとは考えにくい。
これが一つ目の穴。
ヴィクトリアの首輪解除法はここを突いたものだ。
レイジングハートで使える魔法の中でも、本来脇道である念話の魔法を使い、
首輪内生物部分の知能が所詮部品程度と予測して、念話の応用で誤情報を送り込む。
些か不安は有ったが、ヴィクトリアは賭けに勝った。

もう一つの穴は追加支給品だ。
参加者の提案で急遽付け加えられたご褒美システム。
もちろんジェダは、大した問題は無いと判断してそれを認めたのだろう。
第一回放送までの死者の数は37名。それにより支給されたご褒美の回数は4回。
余り殺害数の繰越を考えてもせいぜいあと6回前後、計10回程度と見て計算する。
傷を癒す為や情報を得る為にも使われるのだから、追加支給品は5人分程で事足りる。
もしその全てが未チェックあるいはチェックの甘い物だったとしても、
その中に本来チェックすべきイレギュラーな支給品が有り、
それがこの殺し合いに抗っている者の手に渡って、かつ使いこなされる。
普通に考えれば無視しても良い可能性だ。
(でも意図的に集めれば、どう?)
ヴィクトリアの手には既に、自ら貰ったご褒美の支給品が1セット有る。
これを2セット分、3セット分と増やせば……何か、手がかりが生まれるかもしれない。
ほんの少し使えるかもしれない程度、可能性が生まれるかもしれない。
選択さえ出来ない闇の中で、未来に賭けられる程度の可能性が。

6クリンナップ・ステップ(後編)(3/11) ◆CFbj666Xrw:2009/05/21(木) 02:41:50 ID:39j7QFHI
例えばマッド博士の整形マシーン。これが通常支給品に入っていなかった理由。
もしかするとそれは、顔の変化が参加者の管理に支障をきたしうるからではないか。
視覚的な顔の認証が何処かで使われているのではないか。
(んー…………考えすぎね)
年齢詐称薬など近似する支給品も無いわけではない。
イレギュラーが有り得るかもしれないだけで、イレギュラーばかりではないのだ。
流石に考えすぎだろう。

そして最後の穴は、加工された支給品だ。
核鉄・武装錬金が代表的なそれだった。
核鉄は使用者の闘争本能に応じて唯一無二の武装を錬金する物だ。
それなのに、この島のそれは形態を固定されているらしい。
(どうやってというのも気になるけど、重要なのは余計な手を加えられている事ね。
 予想外な物を出されない為の処置なんでしょうけど、
 逆にイレギュラーな現象も起こりえるかもしれない。
 特にシリアルナンバーLXX(70)、突撃槍を生み出す核鉄が気になるわ)

正確には、それはシリアルLXXの核鉄ではない。
本物のLXXの核鉄は、この島においてはチャフの武装錬金アリス・イン・ワンダーランドに固定されている。
支給品リストにも書かれていない事だが、突撃槍サンライトハートを生み出すLXXの核鉄の正体は、
黒い核鉄のシリアルIII(3)を偽装した物なのだ。
別の核鉄をわざわざLXXの核鉄に偽装しサンライトハート形に固定して支給、
という可能性は流石に考えすぎだろうから除外する。
埋め込む事で命の代替にする事が出来るが、ヴィクトリアの父に起きた現象──
父の名を取ってヴィクター化とされる、周囲の生命を吸収する魔人を生み出す危険な代物なのである。
それを埋め込まれた武藤カズキはヴィクター化し、ヴィクトリアの父のヴィクターと共に月に消えた。
その後にどちらが勝ったかは判らないが、今頃は二人とも月面に骸を曝している事だろう。

(あれを偽装していた外殻は破壊されたはずなのに、どうして通常の核鉄に戻っているの?
 白い核鉄はパパの黒い核鉄に対して消費されて、その力を相殺し切れなかったんじゃなかったの?
 ううん、武装錬金の形態を固定できるなら出来るのかもしれない。
 ママが百年掛けて作り上げた白い核鉄を作り出す事さえ出来たのかもしれない。
 でも、どうしてそれを支給しているの?
 月にある死体から抜き出して、しかも横に倒れているはずのパパの物は無しに)
一見すると謎の多い処置だ。
しかししばらく考えると、一つの推測は出来上がった。
(多分、黒い核鉄から起きるヴィクター化は面倒だけど起きても致命的ではないレベル。
共振により外殻を破壊される危険が有るから片方しか支給していない。
 他の方法で破壊するのは困難だし、心臓に埋め込んでいないと危険でもない。
 しかも支給品リストには、心臓に埋め込む使い方なんて書いていない。普通思いつかない。
 この時点で万が一にしか発動しないように、十分な手が打たれているわ。
 でもそうした処置をするからには、ジェダにとってもヴィクター化は多少の不都合が有るはずよ。
 それが私達にとって好都合である保障は無いけど、少なくとも僅かな綻び位は作れるはず。
 …………ヴィクター化を起こせば)
ヴィクトリアの表情が、歪んだ。

ヴィクター化。
それはヴィクトリアの人生を破壊した始まりの単語。
重傷を負ったヴィクターを治療する為に、試作段階の賢者の石である黒い核鉄が使われた。
黒い核鉄は本来の目的通り、使用者を限りなく不老不死へと近づけた。
周囲から無差別に命を吸い取る魔人にする事で。
ヴィクターの属していた錬金戦団は即刻、彼を怪物として狩り立てるようになった。
その手勢とする為に、彼らが狩るべき存在である人喰いの怪物、ホムンクルスの量産までも行った。
挙句にはヴィクターの娘であるヴィクトリアをホムンクルスに改造し、ヴィクターに差し向けたのだ。
……絶え間無い攻勢の末にヴィクターは深手を負い、逃げ延びて百年を隠れ偲ぶ事となる。

7クリンナップ・ステップ(後編)(4/11) ◆CFbj666Xrw:2009/05/21(木) 02:43:03 ID:39j7QFHI
別にヴィクター化という現象それ自体を憎んではいない。
ヴィクトリアの憎悪は錬金戦団と、錬金術そのものに向いている。
ただ。
ヴィクター化事件が、ヴィクトリアの全てを歪めた。
あれがなければ、ヴィクトリアはこんな人生を歩まなかっただろう。
人間の悪性に触れること無く、正義感溢れる父と優しい母に囲まれて、
幸せな日々を謳歌して、もしかすると両親の後を継いで前向きな形で錬金術を学び、
それの平和利用だとか、正義のため人のために人生を費やしていたかもしれない。
そんな夢想は幾度となくヴィクトリアの胸を苛んでいた。

(……馬鹿馬鹿しい)
今ではそんな生き方など滑稽な道化にしか思えないのに。
父は信じた錬金術に裏切られ、娘を人食いの化け物に落とされた。
人の為に戦い続けた少年は第二のヴィクターと化して、ヴィクターと共に月へと果てた。

(ヴィクター化を起こすには、黒い核鉄の外装を破壊する必要が有る))
黒い核鉄が完全に定着して後戻りが効かなくなるまでは数ヶ月の時間を要する。
しかしヴィクター化自体は、外殻の無い黒い核鉄から命を得ている状態なら何時でも起きる。
ヴィクター化を起こすにはLXXの核鉄の外殻を破壊してやれば良い。
その強度は武装錬金として展開している状態でも相当な物だが、意図すれば不可能ではない。
武装錬金の破壊により偽装外殻を砕いて、それを誰かに埋め込めば、ヴィクター化が始まる。
災厄が始まる。

(今は、保留よ)

それが結論だった。
(情報が入ってから考えれば良いわ。今はまだ、サンライトハートの所有者すら判らない。
 何より最初にもたらす影響は、無差別な死よ。
 ジェダの介入を釣れる可能性が有っても、巻き込まれて死んだら話にならないわ。
 慎重に行きましょう。隠れ偲ぶように、慎重に)

三つの穴についての考察を打ち切って、ヴィクトリアは深い溜息を吐いた。
支給品はひとまずこの位で良いだろう。
参加者については、参加者リストが有るものの結局のところ大した情報量では無い。
あ行の15人だけで、その内の約半数は死亡しており、残り半数はイエロー以外殆ど居場所が判らないのだ。
それ以外の70人については顔と名前しか判っていない。
もちろんそこから判る事もある。

それは、どうやらジェダの言う『幼子』というのは外見年齢で判別したらしい事だ。
人間でない者も多数混じっているようだから実年齢は当てにならないのだろう。
見た目年齢は十歳前後が多く、この年代を狙ったと見て間違いない。
ただし下は赤ん坊から、上は十代後半と思しき者も少し居る。
下の赤ん坊まで連れて来た理由はそれがレミリアに小便をぶっかけるまで判らなかったが──
ひまわりは明らかに年相応以上の身体能力を持っている。
上の理由はそう不思議でも無い。
恐らく、ジェダには幼子がどの程度か明確に判別できないのだ。
例えば日本人は、アジア以外の人種から見ると老化が遅い。
海外では日本人の初老夫婦が二十代に間違えられる事すら有ったという。
身長も小柄な為、時代の差を考慮に入れても小柄なヴィクトリアの潜伏先としては悪くなかった。
同じ人類でもこれなのだ。
幾ら人型をしているとはいえ、人間ではないジェダに明確な判別が出来るわけはない。

8クリンナップ・ステップ(後編)(5/11) ◆CFbj666Xrw:2009/05/21(木) 02:44:13 ID:39j7QFHI
多分、参加者に日本人が多いのもそういった人種の特性だろう。
日本、あるいは日本に似た世界の住人を重点的に狙った節も有る。
ヴィクトリアも日本に居る所をさらわれた。
(随分と杜撰な人選だけど、裏を返せば個人レベルのムラは許容範囲という事。
 不純物が混じっていても、大体子供であれば良いという……間違い無さそうね。
 そもそも最初の会場で殺された、リストによればふみこという女性も大人に姿を変えた。
 もしも完全に幼子でなければいけないなら、あんな事は無いはずよ)
ヴィクトリアは思考をこの殺し合いの始まりへと推移させる。
最初の会場で有った数分の出来事と、そこから汲み取れる精一杯の情報へと。
全ての始まり。
最初に気が付いた、あの大広間へと。

(最初、まるで落ちていくような感覚と共に、気づけば首輪を嵌められてあの広間に居た。
 能力の制限とやらも既に課されているようだった。
 その全てを一瞬でされたとは考えにくいから、眠らされたと考えるべきね。
 ホムンクルスだとか人間以外も意識を奪うなんて驚きだけど。でも)
幾ら眠らされたにしても、その記憶すら無いのはおかしい。
圧倒的にすぎる。
むしろ有り得るのは。
(捕まった後で、その記憶を消された。これね)
ジェダは何らかの方法で参加者達を無力化して集め、制限を課した後で、その記憶を消したのだ。
だが何故そんな事をしたのか?
当然のことだが、記憶を消すのはその中に忘れて欲しい事が有ったからだ。
参加者を集める経緯か、能力の制限に、気づかれては不味い事が有るのだ。

いや、能力の制限や首輪の嵌め方という可能性は切り捨てられる。
何故ならそれは、無力化の後で行える事だからだ。
眠っている間の記憶を消す必要は無いだろう。

知られたくないのはまず間違いなく、参加者を集める経緯だ。
ジェダがそれぞれの世界に出向き、戦って無力化し、連れ去ってきたと仮定する。
その戦いにはある程度の余裕が有ったと思われる。
殺さずに捕らえ、力を抑えたとはいえ一人は生き残る殺し合いの舞台に放り込む。
少なくともジェダには、参加者全てに対してそれを実行できる程度の余裕が有る。
だがその過程において、覚えておかれると不味い弱点の様な物が有ったのかもしれない。
あるいはこの世界を解明する為の手掛かりが。

ヴィクトリアは考察を続ける。
次に思い出したのはジェダが話し始めるやいなや放たれた、この殺し合いの目的だ。
ジェダは言った。
『幼子達よ。君達には世界を救うためにお互いに魂の選定、”殺し合い”をしてもらう。
 そして選ばれし魂の持ち主、つまり最期まで生き残った一人を救世主として迎えよう』
この発言は極めて重要だった。
いつの間にか希望的観測に溺れて見落としそうになる、この発言の意味。
(そもそもジェダは、最期まで残った一人を“元の世界に帰してくれるなんて言っていない”。
 ジェダは最期の一人を救世主として迎えると言ったわ。
 つまり何かをさせる、ジェダに言わせれば世界を救わせるという事よ。
 殺し合わされた生存者に自由を与えても、ジェダに協力なんてするわけがない。
 少なくとも脅されて特殊な労働を強制される位は覚悟しなければならないでしょうね)

9クリンナップ・ステップ(後編)(6/11) ◆CFbj666Xrw:2009/05/21(木) 02:45:44 ID:39j7QFHI
つまりジェダは、生き残った参加者に用が有るのだ。
彼に言わせれば世界を救うという目的が。
ヴィクトリアに言わせればそれさえも信じがたいのだが。
(馬鹿馬鹿しい。数十人の子供を殺し合わせて世界が救えるなんて、安いわね)
人道や倫理という言葉を信じられないヴィクトリアにとって当然の感想だ。
例えば一般人だった自分を人喰いの怪物にした錬金戦団の連中のように、
正義や人類の為を名乗る連中でさえ、集団としての人間は道徳を容易く投げ捨てる。
その唇に浮かぶのは嘲りに満ちた冷笑だった。
(もし本当にそんな方法を見つけたとすれば、ジェダは凄い発見をしたものね。
 百人足らずの子供を地獄に叩き落して、しかも一人は生還して世界を救えるだなんて、
 どこの人類にとってもこれほどの発見は無いわ。
 その方法を知れば、人間もこの殺し合いを真似するんじゃないかしら)
それは最早確信だ。
もし殺し合いにより世界を救えるとすれば、間違いなく模倣される。
罪の無い子供達が殺し合いに落とされる。
だけど。
(まあ、どうでも良い事ね)
人間の残酷性なんて切って捨てられる物ではない。
この殺し合いが有っても無くても、地獄の底でのた打ち回る子供は幾らでもいる。
ヴィクトリアもそうなら、父が隠遁していた組織にもそれなりに苦しんだ子供が居たらしい。

どうせ、そうなのだ。

ヴィクトリアはそういった現実の残酷さに対して、絶望さえも通り越した諦めを抱いている。
望む事はただ一つ、自分が生き残る事だけだった。

(そうそう、ジェダはこの後になんて言ったんだっけ)
最初の広間の解説を思い起こす。
確か今の発言の続きは、こうだ。
『どの幼子にもチャンスがあるように、強過ぎる力は強さに応じて制限させてもらった。
 そしてランダムで支給品を与えるので、それと『知恵と勇気』で戦い抜いてもらいたい』
どうやらこれも、幼子の選出と同じくジェダの基準によるらしい。
普通の人間は銃で手や足を撃たれただけで処置が悪いと死ぬし、
ナイフで鉄を斬るような力も無いし、空も飛べない。
少なくとも互角と言えるほどには弱体化されていない。
そのおかげでヴィクトリアの常人に対する優位性が残っている。
(この制限というのも謎ね。
 一言に力といっても、参加者リストのあ行に載っている者だけで相当に多種多様よ。
 種族的な身体能力や機械的なナノマシンから、種類の違う魔術、超能力、気。
 一人一人制限を掛けたというより、空間全体に何か仕掛けたと考えればしっくり来るわ。
 一定以上の力が弱くなるとか。でもこれだと穴が有るし、銃まで弱くならないかしら。
 特殊な力に対しては個別で制限したのか、それとも野放しか)
首輪が外れた事により自分がどうなっているのかは、不明だ。
傷が深すぎて子供一人では栄養不足だった事も有るが、それを含めても再生が若干遅い。
武装錬金などの錬金術による傷でない以上、もっと再生しても良いはずだ。
しかしレミリアの剣は明らかに普通の物では無かった。
今の再生速度は、武装錬金にやられたと思えば妥当な再生速度なのだ。

それから支給品の方は、上限はともかく下限は無かったらしい。
武器を引いた者は良いが、苺大福やらドラ焼きやらチョコやらのお菓子では目も当てられない。
確かに子供が多いこの島では交渉材料になるかもしれないが、全てそれだった子供は泣く。
一方でレミリアを見れば判るが、力の強い者は強い武器も奪い取って集める事ができる。
平等に戦わせる為というより、攻撃面に偏重させる事で全体的に死に易くするのが狙いなのだろう。
その成果は膨大な死者の数が如実に証明している。

ヴィクトリアは解説の続きへと思考を向ける。
『それとこの魂の選定にはルールがある。禁止事項を破った場合、君達の首についている
 首輪が爆発して、確実に命を奪うので十分に注意して欲しい。禁止事項は主に三つ。
  一、この魔次元から逃げだした場合。
  一、放送で指定された禁止区域に侵入した場合。
  一、首輪に大きな衝撃を与えたりして、力づくで取り外そうとした場合。
 選定中は放送を1日に2回、12時間ごとに行う。放送内容はその時間内に死亡した者の名前、
 新たに追加される禁止区域だ。行動できる範囲は徐々に狭くなるので、よく考えるように。
 それから無いとは思うが24時間以内に死亡者が出なかった場合は全員の首輪が爆発する』
更にこの後、ジェダの任意でも首輪が起爆する事が付け足された。
この部分に特筆すべき事は、別の意味で無い。
ヴィクトリアは首輪について既に考察を進めている。
これはまた別の考察として独立して考えた方が良いだろう。

10クリンナップ・ステップ(後編)(7/11) ◆CFbj666Xrw:2009/05/21(木) 02:46:44 ID:39j7QFHI
一つだけ気になるのは、魔次元から逃げ出した場合という項目か。
それはつまり、逃げ出すのなんて無駄だから殺しあえという脅しだろうが……
(逃げきるのは難しくても、この次元から一時的に逃亡する事は不可能ではないという事?
 少しは考えておいて良いかもしれないわね)

ヴィクトリアは正直な所、現時点でこの世界を脱出しても逃げ切る事は難しいと考えている。
ジェダはレミリアの様な制限されて尚圧倒的な力を持つ者さえも容易く捉え、
その力を抑え込み殺し合わせるだけの実力を持っている。
その力には、隠棲していたヴィクトリアを見つけた事まで含まれているのだ。
抗っても勝ち目は無い。
しかし逃げ隠れても死は秒読み。
従って殺し合っても自由は無く、生存権さえ保障されない。
全ては詰んでいる。
選択肢など一つも残らない。
だからこそヴィクトリアは、心底では希望を信じもせずに足掻けるのだ。
どちらにせよ可能性の低い、反ジェダに向かって進めるのだ。
永遠と続く悪夢の中で、絶望する事も無く。
もしもジェダの目の届かない場所まで逃げ延びる余地が有れば、
ヴィクトリアは迷わず……もしかしたら少しは葛藤した末に、それを実行する事だろう。

(それから後、QBと呼ばれた蜂の少女が何人か現れれ、参加者にランドセルを配っていった。
 ランドセルはその時点では開かなかった。まあその位、どうにでもできるでしょう。
 それにしてもこのランドセルも奇妙な物ね。重量も体積も無視するんだから。
 四次元的な構造、なのかしら。これを量産して与えてくれた太っ腹さはありがたいわね。
 ……量産?)
ふと思った。
もしかするとこの殺し合いの様式は、既に幾度となく繰り返され完成しているのでは無いだろうか。
だから色々と、準備が良い。
「……憶測ね」
呟く。
そうだとしたら、殺し合いは何度も何度も最後まで完遂されている事になる。
付け入る隙は殆ど無いと言って良いだろう。
……別に大差は無いとも言う。
(もしそうだとしたら、次のパタリロの要求を受け入れる特例を認めたのは、余裕か。
 あるいは完遂されても狙った成果を出せなくて、変化を付ける為という可能性も有るわね)
参加者リストの顔と名前に照合すると、パタリロという少年。
肉まんのような少年の要求で、ジェダは急遽優勝にご褒美を付け足した。

『これは失敬。
 諸君、私は最後まで残った子を救世主として迎え『何でも好きな願いを 叶える』事を約束しよう。
 巨万の富でも、永遠の若さでも、死者の蘇生でも何でもだ』
しかも交渉に応じてどんどんと譲歩した。
『……4人殺すごとに『ご褒美』をあげよう。
 追加の支給品や知りたい情報、怪我の治療の3種類の内から1つだ。
 目標が近くに見えた方が幼子達も気合が入るだろう』
『みんなー、他の子3人に勝ったら『ご褒美』をあげちゃうよ!
 自分の首輪に向かって『ご褒美を頂戴』って言うか、
 次の放送になったらQB達が届けに行くから、頑張ってゲットしようね!
 怪我を治したり、新しいランドセルとかお友達の情報とか貰えちゃうよ!』

(……気前が良いにも程が有るわ)
ヴィクトリアは呆れたような笑みを零す。
今のところ、ジェダの計画に見られる最も大きな綻びはこれだろう。
そんな行為をあっさり認めた事は正直不気味だが、とりあえずは余裕と考える。
支給品については先述の通りだが、気になる事は他にも有る。

11クリンナップ・ステップ(後編)(8/11) ◆CFbj666Xrw:2009/05/21(木) 02:48:09 ID:39j7QFHI
首輪に向けて『ご褒美を頂戴』と言えばQB達が届けに来る。
これは首輪の中の生物がそれを聞き分け、上に報告していると考えるのが妥当だろう。
しかし、それならどうしてヴィクトリアの存在が露呈しない?
泳がされている可能性も有るが、これを把握されていないと考えるならば。
(多分中の生物の知能は、決まった言葉を聞き分けるのがせいぜいなんでしょうね。
 簡単な人工知能程度の判断しか出来ない。
 一つ一つの首輪の内部生命体は、同族以外の生物を識別できないのかもしれないわ。
 それらは『予め言いつけられた事』と『訊かれた事』を報告するだけ。
 その情報を上で統括して、判断し、識別している。
 集めている情報には少なくとも会話記録が含まれている。多分、位置情報も。
 もしかすると映像記録も有るのかしら。これを考証すれば大抵の死因は解析できる。
 問題はその管理部分の人数よ)

音声情報と位置情報。
これを徹底的に解析すれば、首輪が外れた『位置情報に無い会話相手』は浮上する。
だがそれを人間でやろうとすれば、相当な人員で何時間も時間を掛ける必要が有るだろう。
ヴィクトリアがまだ露呈しないと仮定するならば……。
(恐らく、管理者の数はそう多くないはず。
 死亡時だとか、集中的に情報を集めれば良いイベントの際だけ管理するのが手一杯。
 あるいは三人殺しの殺害者がキーワード、『ご褒美を頂戴』と言った時とか、ね。
 ……『首輪解除』がキーワードに指定されていて管理者に報告が行く危険も有ったわね)

ぞっとしない話だが、ヴィクトリアはさんざんそれを会話に出してしまっている。
今更伏せても意味は無いだろう。
裏を返せば、『首輪解除』は『ご褒美を頂戴』のようなキーワード指定をされていない。
首輪を外したいと望む者自体は大勢出るだろうから、キーワード指定したところで、
無駄な足掻きの余計な情報が殺到してパンクしてしまう事を危惧したのかもしれない。
同じ理由で、似たような反ジェダ的発言も問題は無いと見ていいだろう。
ただし例外は有る。
(誰かが死亡した直前直後、その近くの生きている参加者の首輪の前で
 そういった話題を出すのは危ないかもしれないわね。
 死亡者を特定する為に送られる会話記録に混ざってしまう危険が有るもの)
裏を返せば、その程度を守れば会話に問題は無いはずだ。
太刀川ミミの時でさえ、発言だけなら何も気づかれないだろう。
ヴィクトリアは小さく安堵の溜息を吐いた。

最初の会場の回想に戻る。
パタリロがご褒美を求めた交渉の後、一人の女性、ふみこがジェダに向けて飛び掛る。
彼女は一方的に敗北して殺されるわけだが、ここでも幾つか気になる事がある。

まずはジェダの能力についての情報だ。
一瞬でふみこの背後に回る基本身体能力と、彼女を叩きのめした血液の腕。
あれはジェダの能力だと見て間違い無いだろう。
血液をまるで肉体の延長のように操る能力だ。
……ふと、支給品を考察した時の思いつきと結びついた。

ジェダには通常の物理攻撃が一切通じないのかもしれないという思いつき。
もしかすると、あの血液は。

(血液そのものが身体機能を持った肉体、という可能性も有るの?
 ただの血の塊が筋肉と神経と骨を兼ね備えた腕と同等に機能した。
 もしもそうした体内器官が必要無い、それどころか内臓さえも必要無いとすれば?
 ホムンクルスが章印以外の全身を破壊されても再生できるように。
 ジェダの肉体全体が血液という流体だったとすれば、どう?)

12クリンナップ・ステップ(後編)(9/11) ◆CFbj666Xrw:2009/05/21(木) 02:49:57 ID:39j7QFHI
確証は無いが、もしそうだとしたらジェダに戦闘で勝利する事は困難だ。
運動エネルギーによる攻撃が一切通用しない。
もちろんそれ以外の攻撃方法も少なくない。
レイジングハートの砲撃魔法や、レミリアの魔法弾などのエネルギー攻撃など、
要するに魔法攻撃ができる者を集めればいいのだ。
最初に一蹴されたふみこの魔法攻撃も有用な攻撃法だったのかもしれない。
だが問題は、ジェダが身体能力においても極めて優れている事だ。
ジェダの動きに付いて行ける身体能力と高火力魔法攻撃の両方を備えた者を、
一体何人集めれば太刀打ちできるのだろうか。
ヴィクトリアは結論する。

無理。

(やっぱり、どう足掻いても正面からの打破は無理ね。
 一番後腐れの無い判り易い方法では有るけど、そう簡単には行かないか。
 ……アレを狙えばどうかしら)
ふみこの首輪が爆破される時、ヴィクトリアは確かに見た。
一瞬だけ、中庭に鎮座する巨大な胎児のオブジェが、大きく瞳を見開いた事を。

あれが首輪を管理するだけの装置という可能性も有るには有る。
だがジェダの行動との息の合いぶりなどから推測するならば。
(あれがホムンクルスにとっての章印……本体という可能性も有るけど)
……やはり、確証は無い。
もしそうだったとしても、ジェダの目を盗んであの胎児に攻撃できるかどうか。
攻撃できたとしても、本体だったとすればジェダ自体より強力な可能性も高い。
どちらにせよ通常の攻撃が通用しない可能性も有る。
(…………ダメね)

ヴィクトリアは武力によりジェダを打倒する選択肢を改めて切り捨てた。
種々の状況を鑑みていくと、絶望的な要素しか見えてこない。
もしもジェダを出し抜ける可能性が有るとすれば、それは知略による物だろう。

そしてこの方面において言えば、ジェダの計画には僅かな綻びが見えている。
ふみこの殺害と入れ替わりに参加したリリスの存在も、そうだ。
色々気になる事は有るが、何にせよ急な処置だった事は間違いない。
最低でも、それは名簿が作られてから後に決定された。

夕方の放送で、ヴィクトリアは確かに聞いた。
自らが殺したフランドール・スカーレットの名の前に、60番を付けて読み上げられた。
だが、支給された名簿の60番にはふみこ・オゼット・ヴァンシュタインが入っている。
ジェダの手元の参加者名簿では、既にふみこが除外されているのだ。
代わりにリリスが入り、そこから番号がずれていた。
支給された参加者名簿にリリスは載っておらず、代わりにふみこが載っている。
ふみこの代わりに参加者となった主催側の存在、リリス。
彼女の存在が殺し合いの進行に不確定要素を生む可能性は高い。

そして回想の中、ジェダは殺し合いの始まりを告げた。
『ではこれより、魂の選定を開始しよう』

「……ふぅ」
最初の会場で起きた事は、これで全部だ。
ヴィクトリアは天井を見上げて思考を整理する。
随分と多くを考えたからこんがらがってきた。
一つ一つ整理していく必要が有るだろう。

13クリンナップ・ステップ(後編)(10/11) ◆CFbj666Xrw:2009/05/21(木) 02:51:39 ID:39j7QFHI
まずは現状がどれだけ不利であるかを羅列してみる。

 ・勝ち残っても生存しか保障されない(それも怪しい)最悪の殺し合い。
 ・自分達を一方的に捕縛し力を制限し殺し合わせる程の力を持つジェダ。
 ・ジェダとの力差を絶対的な物とする能力制限。首輪解除の影響は確証が持てない。
 ・自分以外の全参加者に首輪が填っているという致命的に不利な状況。
 ・この世界からの脱出法もジェダの居所も不明。
 ・ジェダも驚く程の死亡者の多さと、そこから来る会場の高い危険と短い時間。
 ・デバイスが無ければ首輪解除魔法の再使用は不可能。

逆にジェダの計画に生じている幾つかの綻びについて。

 ・基本的に把握されているが、多少の綻び程度は生みうる応用の効く支給品。
 ・急遽付け足されたご褒美システム。
 ・盗聴や位置把握を揃えながら管理体制が脆弱な監視システム。
 ・首輪解除に成功したヴィクトリアの存在。
 ・更に、急遽投入されたリリスの存在。

これらがヴィクトリアから見える、殺し合いの綻びだ。
それらを総合して考える。
(とりあえずジェダの監視を警戒するよりは動いた方が良いみたいね。
 ジェダ側が記録の解析を行っていて、時間の経過により存在が露呈する危険も有るわ。
 それに誰がご褒美を貰い、何を引いたかは情報を集めないと判らない。
 私が手に入れた首輪解除のアドバンテージも、デバイスを手に入れなきゃ始まらない。
 問題はレミリアのような奴らに遭遇する危険性よ)
動けば危険だ。
だが動かなければジリ貧に陥る危険が有る。
リスクとリターンを釣り合いにかけなければならない状況が迫ってきている。

そう、手に入れたいリターン。

 ・首輪解除魔法を使う為のデバイス(ミッドチルダ式でなければ不可?)
 ・殺し合いの舞台の外(世界の外やジェダの居城)に繋がる道の捜索。
 ・最低でも護身の為に必要となる、相当な戦力の確保。
 ・戦力以外にも、ヴィクトリアを手伝える人手集め。
 ・どうすればいいか判断する為の少しでも多くの情報。

これらがヴィクトリアの求めるカードだ。
必要な物は、多い。

ヴィクトリアは現状を纏めると、決意を新た寝床から這い出した。
一つ思いついた事があるのだ。
イエローを起こさないようそっと部屋を出て、階下へと降りていく。
階段の軋む音が閑かに響く。
ざあざあという雨音が、きしきしという木の音を溶かしていく。
階段を下りてすぐのところにそれはあった。

プッシュ式の電話機だ。
受話器を上げると、記憶を頼りに番号を押していく。
しばらくして鳴り始めた呼び出し音は、僅かに三回で途切れて。
沈黙の末に、応答が有った。

『もしもし?』

ヴィクトリアは告げた。

「夜分遅くに悪いわね、トリエラ。私は──『太刀川ミミ』よ」

受話器の向こう側から動揺が走った。

14クリンナップ・ステップ(後編)(11/11) ◆CFbj666Xrw:2009/05/21(木) 02:52:27 ID:39j7QFHI
前に進む。
必ずや生き残る。
自由と共に生還してみせる。
自らの胸に抱く、たった一つのちっぽけなプライドに懸けて。

(私は、一人でも生きていける)

自分以外の全てを利用してでも。

【H-1/住宅内一階/1日目/真夜中】
【ヴィクトリア=パワード@武装錬金】
[状態]:精神疲労(中)、肉体消耗(中)、首輪解除、太刀川ミミに瓜二つの顔
[装備]:i-Pod@東方Project、スケルトンめがね@HUNTER×HUNTER
[道具]:天空の剣@ドラゴンクエスト?、基本支給品×2(食料のみは1人分)、
    塩酸の瓶、コチョコチョ手袋(左手のみ)@ドラえもん、
    魔剣ダイレク@ヴァンパイアセイヴァー、ポケモン図鑑@ポケットモンスター、ペンシルロケット×5@mother2
    アイテムリスト、詳細名簿(ア行の参加者のみ詳細情報あり。他は顔写真と名前のみ。リリスの情報なし)
    マッド博士の整形マシーン、カートリッジ×10@魔法少女リリカルなのはA's、
    思いきりハサミ@ドラえもん、その他不明支給品×0〜2
[服装]:制服の妙なの羽織った姿
[思考]:トリエラから情報を得る。デバイス(出来ればミッドチルダ式)が欲しい。
第一行動方針:トリエラと電話で会話。その後で寝室(二階)に戻る?
第ニ行動方針:首輪や主催者の目的について考察する。そのために、禁止エリアが発動したら調査に赴きたい(候補はH-8かA-1)
第三行動方針:“信用できてなおかつ有能な”仲間を捜す。インデックス、エヴァにできれば接触してみたい。
基本行動方針:様子見をメインに、しかしチャンスの時には危険も冒す
参戦時期:母を看取った後(能力制限により再生能力及び運動能力は低下、左胸の章印を破壊されたら武器を問わずに死亡)
[備考]:首輪が外れた事により能力制限が外れている可能性も有ります。
[備考]:首輪に『首輪を外そうとしている』や『着用者が死んだ』誤情報を流す魔法を編み出しました。
      ただし、デバイスなど媒体が無ければ使えません。攻撃に使うのも不意打ちで無ければ難しいと思われる?
      更にヴィクトリアの場合、実際に致命傷を受けて殆ど死に体になっていた事が助けとなった可能性も有ります。

【G-1/民家・洗面所/1日目/真夜中】
【トリエラ@GUNSLINGER GIRL】
[状態]:頭部殴打に伴う激しい頭痛。胴体に重度の打撲傷複数、全身に軽度の火傷、大きな疲労。
    右肩に激しい抉り傷(骨格の一部が覗き、腕が高く上がらない)。
[装備]:拳銃(SIG P230)@GUNSLINGER GIRL(残弾数8/8)
    ベンズナイフ(中期型)@HUNTER×HUNTER、トマ手作りのナイフホルダー、防弾チョッキ
[道具]:基本支給品(パン1個、水少量消費)、ネギの首輪、血塗れの拡声器、北東市街の詳細な地図
    US M1918 “BAR”@BLACK LAGOON(残弾数0/20)、9mmブローニング弾×23
    インデックスの0円ケータイ@とある魔術の禁書目録、コチョコチョ手袋(片方)@ドラえもん
    グラーフアイゼン(ハンマーフォルム)@魔法少女リリカルなのはA's(ダメージ有り、カートリッジ0)
    回復アイテムセット@FF4(乙女のキッス×1、金の針×1、うちでの小槌×1、十字架×1、ダイエットフード×1、山彦草×1)
[服装]:普段通りの男装+防弾チョッキ
[思考]:どういう事……?
第一行動方針:太刀川ミミ(ヴィクトリア)と会話する。
第二行動方針:朝まで休息を取る。
第三行動方針:自分の作戦に従い、シャナを捜索する。タバサに携帯電話の説明も。
第四行動方針:トマとその仲間たちに微かな期待。トマと再会できた場合、首輪と人形の腕を検分してもらう
基本行動方針:好戦的な参加者は積極的に倒しつつ、最後まで生き延びる(具体的な脱出の策があれば乗る?)
[備考]
携帯電話には、『温泉宿』の他に島内の主要施設の番号がある程度登録されているようです。
トリエラが警察署地下で見た武器の詳細は不明。

※トリエラの立案した作戦は以下の通り
まずはシェルターまで全員で行動し、洞窟にも寄りつつシェルターに向かう
シェルター到着後に解散し、小太郎とタバサは城へ、トリエラは廃墟へ行く
それ以降は小太郎達は定期的にトリエラの携帯電話に連絡をする

15 ◆CFbj666Xrw:2009/05/21(木) 03:09:59 ID:39j7QFHI
以上、情報整理話終了です。

あと、状態表の間違いに気づいたので修正します。
(時間帯の修正、真夜中→黎明に。
 前話の時点で深夜でしたし、そこから非常に長い思考で一つ時間を進めて黎明となります。)

【H-1/住宅内一階/1日目/黎明】
【ヴィクトリア=パワード@武装錬金】
[状態]:精神疲労(中)、肉体消耗(中)、首輪解除、太刀川ミミに瓜二つの顔
[装備]:i-Pod@東方Project、スケルトンめがね@HUNTER×HUNTER
[道具]:天空の剣@ドラゴンクエスト?、基本支給品×2(食料のみは1人分)、
    塩酸の瓶、コチョコチョ手袋(左手のみ)@ドラえもん、
    魔剣ダイレク@ヴァンパイアセイヴァー、ポケモン図鑑@ポケットモンスター、ペンシルロケット×5@mother2
    アイテムリスト、詳細名簿(ア行の参加者のみ詳細情報あり。他は顔写真と名前のみ。リリスの情報なし)
    マッド博士の整形マシーン、カートリッジ×10@魔法少女リリカルなのはA's、
    思いきりハサミ@ドラえもん、その他不明支給品×0〜2
[服装]:制服の妙なの羽織った姿
[思考]:トリエラから情報を得る。デバイス(出来ればミッドチルダ式)が欲しい。
第一行動方針:トリエラと電話で会話。その後で寝室(二階)に戻る?
第ニ行動方針:首輪や主催者の目的について考察する。そのために、禁止エリアが発動したら調査に赴きたい(候補はH-8かA-1)
第三行動方針:“信用できてなおかつ有能な”仲間を捜す。インデックス、エヴァにできれば接触してみたい。
基本行動方針:様子見をメインに、しかしチャンスの時には危険も冒す
参戦時期:母を看取った後(能力制限により再生能力及び運動能力は低下、左胸の章印を破壊されたら武器を問わずに死亡)
[備考]:首輪が外れた事により能力制限が外れている可能性も有ります。
[備考]:首輪に『首輪を外そうとしている』や『着用者が死んだ』誤情報を流す魔法を編み出しました。
      ただし、デバイスなど媒体が無ければ使えません。攻撃に使うのも不意打ちで無ければ難しいと思われる?
      更にヴィクトリアの場合、実際に致命傷を受けて殆ど死に体になっていた事が助けとなった可能性も有ります。

【G-1/民家・洗面所/1日目/黎明】
【トリエラ@GUNSLINGER GIRL】
[状態]:頭部殴打に伴う激しい頭痛。胴体に重度の打撲傷複数、全身に軽度の火傷、大きな疲労。
    右肩に激しい抉り傷(骨格の一部が覗き、腕が高く上がらない)。
[装備]:拳銃(SIG P230)@GUNSLINGER GIRL(残弾数8/8)
    ベンズナイフ(中期型)@HUNTER×HUNTER、トマ手作りのナイフホルダー、防弾チョッキ
[道具]:基本支給品(パン1個、水少量消費)、ネギの首輪、血塗れの拡声器、北東市街の詳細な地図
    US M1918 “BAR”@BLACK LAGOON(残弾数0/20)、9mmブローニング弾×23
    インデックスの0円ケータイ@とある魔術の禁書目録、コチョコチョ手袋(片方)@ドラえもん
    グラーフアイゼン(ハンマーフォルム)@魔法少女リリカルなのはA's(ダメージ有り、カートリッジ0)
    回復アイテムセット@FF4(乙女のキッス×1、金の針×1、うちでの小槌×1、十字架×1、ダイエットフード×1、山彦草×1)
[服装]:普段通りの男装+防弾チョッキ
[思考]:どういう事……?
第一行動方針:太刀川ミミ(ヴィクトリア)と会話する。
第二行動方針:朝まで休息を取る。
第三行動方針:自分の作戦に従い、シャナを捜索する。タバサに携帯電話の説明も。
第四行動方針:トマとその仲間たちに微かな期待。トマと再会できた場合、首輪と人形の腕を検分してもらう
基本行動方針:好戦的な参加者は積極的に倒しつつ、最後まで生き延びる(具体的な脱出の策があれば乗る?)
[備考]
携帯電話には、『温泉宿』の他に島内の主要施設の番号がある程度登録されているようです。
トリエラが警察署地下で見た武器の詳細は不明。

※トリエラの立案した作戦は以下の通り
まずはシェルターまで全員で行動し、洞窟にも寄りつつシェルターに向かう
シェルター到着後に解散し、小太郎とタバサは城へ、トリエラは廃墟へ行く
それ以降は小太郎達は定期的にトリエラの携帯電話に連絡をする

16遺。(前編) ◆T4jDXqBeas:2009/11/19(木) 23:50:18 ID:BRw5OhWc
彼らはよくやった。
その時点にある情報でよく理解し、推測し、判断した。
ただ残念な事に。
極限状況下の判断に正解は無い。
正しい答えなんて、未来でも見えなきゃ分からない。

   *  *  *

メロとブルーは一つの事柄に頭を悩ませていた。
あれから。
神社で一休を囮にグレーテルから逃げ出してからかなりして、
メロとブルー、それから人形のチャチャゼロ、気を失っているニケと隠れた体育館で、
零時の臨時放送を耳にする事になった。
その内容は二人にとって極めて興味深く重要な問題だった。

Q-Beeの殺害。
メロが実行しようと考えていたジェダへの嫌がらせを実現した者が居る。
そしてジェダは、そのQ-Beeを易々と蘇らせて見せたのだ。
それを見たブルーは、メロにどうするのかと聞いた。
メロの実行しようとした事は既に行われ、その結果は否定された。
彼女の目にはメロの計画が無意味になったように思えたのだ。しかし、
「何を言っている。むしろこいつは予想外の朗報だろうが」
メロは、月に映された復活劇を目にして怯んでいなかった。
超自然的な現象に馴染み深いブルーでさえ驚く復活劇を、真っ向から睨みつけていた。

「あの映像を投射した方法自体も興味深いが、これはおいておく。
 まずあの映像が真実か作り物か。大前提となる蘇生についてだ。
 チャチャゼロ、おまえはどう思う」
「ケケ、復活ノ実演タァ大盤振舞ジャネーカ。
 復活ナンテホントニ有ッタノカドーカモワカンネー伝説デシカ聞カネーケド、
 未来科学ダノ別世界ダノ、モウ何デモ有リジャネーノ?」
「おまえの知っている、実現出来る範囲の魔法ではどうだ?」
「知ッテル範囲ジャア無ーナ。人形ヤゴーレムナラ修理スレバスムケドナ」
「要するにロボットか。ロボットなら修理すればどうとでもなる。
 データ部分さえ残っていれば挿げ替えれば良いんだからな」
「モシソーダトシテモアノ映像ジャ壊レテタト思ウケドナー」
「だろうな」

メロは映像にあったQ-beeの死骸を思い出す。
頭部だけになり、その頭部にもフォークを突立てられていた映像。
もしあの映像通りに破壊されていたというならば中枢も何も有った物ではない。
そもそもロボットなら揺れの多い頭部より胴体部の方が重要パーツ格納に適していそうだ。

「ブルー、おまえはどう思う?」
「アタシの方も伝説級だわ、生命を操るポケモンなんて。
 といっても生きてるんだけど、伝説のポケモンって言ってね。幾つか逢った事が有るわ。
その中には他のポケモンを蘇生させた伝説が有る奴も居たのよ。
 現代にそれが行われたわけじゃ無いけど、死亡直後なら有りえるかもしれないわね。
 流石にあそこまでズタズタになった死体を蘇生させるのは想像できないけど、でも」
「俺達が聞いた事も無い技術を持つジェダならば可能かもしれない、か」
ブルーは頷いた。

17遺。(前編) ◆T4jDXqBeas:2009/11/19(木) 23:50:41 ID:BRw5OhWc
そもそもメロも“死神”を識っている。
死神の人間殺害帳、デスノートのルールは真っ向から生命の復活を否定していたが、
死神が居るなら、殺す神と同じく生かす神も居るかもしれない。
あるいは単に生命に対して死神以上の権限を持っているのかもしれない。
もしそうなら、それはそれで厄介な話だ。
以前から懸念してはいたが、例えばジェダの手にデスノートが有るかもしれない。
もしジェダがデスノートを持っているならば、首輪を外したところで何時でも殺せる事は変わらない。
ジェダは参加者達の顔はもちろんの事、恐らくは本名も全て網羅しているはずなのだ。

「あの臨時放送は概ね事実だと見て良いだろう。
 Q-Beeは参加者の誰かに殺され、ジェダの力で蘇った。
 Q-Beeの戦闘力も言うほどに高いなら、俺達では返り討ちにされていたかもしれないな。
 やろうとしてくれた事を先に誰かが先に試してくれたとも言える」

ならば首輪を外す事は無意味なのだろうか?
何度でも蘇らせる事が出来るなら、誰かがQ-Beeを殺した事は無意味だったのだろうか?
「だがジェダは尻尾を出した」
「尻尾……?」
メロは、違うと見た。
それでは筋が通らない。
「幾らでも無駄に出来ると示す事で、Q-Bee殺害の意欲を無くす。
 確かに効果的だ。
 だがそれはQ-Beeに替えが効く事を意味しない。
 むしろ参加者に挑み殺されるという失態を犯したQ-Beeを使い続けるのはおかしい。
 ジェダにはQ-Beeに替わる手駒が無いんだ。
 おまえの言うポケモンのような生物を使っても、Q-Beeの代わりは果たせないという事だ」
「それはポケモンやそれに類する生き物を使っていないという事?」
ブルーの立てた推論は無駄だったのか。
メロはそれも否定する。
「いや、使えるなら使っていておかしくないはずだ。
 雑用や拠点防衛には使っている可能性は十分に有りうる。
 そうではなく、Q-Beeの役目は代役が立てられない物だとすれば」
「Q-Beeがそれほどの仕事を果たしているという事?」
「ああ、そうだ。ジェダ自身知能に劣ると言った程のQ-Beeがな。
 挙句にこの雨だ、ジェダの管理体制に不具合が出た可能性がある。
 Q-Beeの死は恐らく間違いなく、ジェダに何らかの不都合をもたらす。
 それが何か判れば、復活までのタイムラグを利用して何かできるかもしれない。
 それを成し遂げた奴、あるいは目撃した奴の話を聞きたい所だ。
 だが、問題は」
メロは体育館の外に響く激しい雨音に耳を澄ませた。
零時の放送の際に告知された雨雲は殺し合いの島全域を覆っている。
四時まで続くという雨は参加者の足を止めているだろう。
雨の向こうの何処かに、Q-Beeを殺した参加者が居る。
彼らを襲ったグレーテルも何処かに居る。

「ここが安全かどうか。安全でないならどこに逃げ延びるのが正解か。
 それから“勇者さま”をどうするかだ」

グレーテルの攻撃で気を失ったニケはまだ目を覚ましていなかった。
そろそろ見捨てるべきかと考えたが、診てみた呼吸と脈拍は正常。
たまに寝言まで言う。
詰まるところ。
「いつまで眠っていやがる」
ニケは気絶からそのまま、眠りこけていた。

18遺。(前編) ◆T4jDXqBeas:2009/11/19(木) 23:50:58 ID:BRw5OhWc
喜ぶべき事である。意識が無い状態が数分以上続くのは危険なのだ。
負傷や疲労による体力消耗から来たただの睡眠ならどうにでもなる。
応急処置をしたとはいえ腹からの出血も有ったし、そのまま死ぬ可能性も高かったのだが、
どうやら重要器官も血管も一切傷つけずに貫通したらしく、しばらくすると血も止まった。
この悪運の強さ、尋常ではない。

「とっとと起こして扱き使いたい所なんだがな」
「今起コシテモ使エルカ?」
「ああ、それが問題だ」
しかしニケの傷は浅くない。
左肩と腹部に傷を負っているのだ、激しい運動には支障があるだろう。
魔法と精神的疲労が関連する事も多いらしい。
つまり消耗して倒れている今のニケは、魔法がどこまで使えるかもアテにならないのだ。
仮に利用できるとしても、戦力になるか怪しかった。
「今は休ませるってコト?」
「そういう事になるな。次の問題は」
「あの銀髪の女の子ね。神社にはもう居なかったけど、どこへ行ったか分からないわ」

戦力に長けたニケは倒れ、メロもブルーも直接戦闘には不向きだ。
大した戦力も無しに襲撃されれば一たまりも無い。
一番問題になるのは、ここへ逃げ込む理由になった銀髪の厄種グレーテルの存在だ。
しばらく様子を見て動きが無い事から、慎重に神社を偵察して来たところ、
神社には一休の死体が転がっているだけで、銀髪の少女の姿は何処にも無かった。
あれから二時間以上も経っていたのだ、おかしな事ではない。
何処かへ移動したのだろう。
「何処かへ移動したとすれば、むしろここは安全な可能性が高い」

移動したとすれば、現在グレーテルが居るかもしれない場所は移動前、
現在地を中心とした同心円状に拡がっていく。
目的地は人が多い場所かもしれないし、休息に向いた場所かもしれない。
どちらにせよ一度移動し始めておきながら突如方向転換しない限りは、この神社から離れていく。
「何かの理由でUターンしてくる可能性は無いの?」
「有る。だが可能性としては高くないし、この雨も有る。
 今は他の時間帯に比べて危険人物と遭遇しにくい時間帯だと見て良いだろう。
 俺もロクに眠れていないからな。睡眠自体は絶対に必要だ」
「ケケ、今夜ハ眠ラセナイゼ、トカ言エネーノカヨ」
「言えるか馬鹿」

チャチャゼロの卑猥な冗句に反応を返す際、一瞬だけ移った視線を引き戻す。
意識すべきではない。
ジャージを羽織ったとはいえ、レオタード姿のブルーの姿は扇情的だ。
その肉体の性的な吸引力に感情を寄せるべきではない。
「あら、どうしたのかしら?」
ブルーが心配そうなふりをして寄り添ってくる。
メロは内心で歯噛みした。
(クソッ、分かってやっているのか!?)
なんでもないと答えるメロの内心も、見る者が見れば見抜けただろう。
チャチャゼロが誰にも聞こえないほどの小声で呟いた。
「アーア、案外重症デヤンノ」

当然ながら分かっててやっている。
彼女はメロが何故か自分に惚れかけている事を理解している。
ならば僅かな挙動さえも見逃すはずは無い。
男を手玉に取るのに長けたブルーのこと、今はメロに攻め込む絶好の機会だった。
生理的な欲望というのは抑えようとしてもむしろ強まっていく。
欲望を溜め込んだまま休息を取ろうとしている今を逃す手は無い。
メロの判断力を鈍らせてしまっては元も子もないが、ある程度は意識させるのが得策だ。
一時的に目を曇らせても、安全に休息し行動を再開するまでには回復するだろう。

19遺。(前編) ◆T4jDXqBeas:2009/11/19(木) 23:51:55 ID:BRw5OhWc
メロとブルーはそれぞれ内心に様々な思惑を抱えつつも、並んで睡眠を取るという選択に至った。
出来るだけ外部の侵入口から遠い体育館の倉庫に、高飛びなどで使う落下時の衝撃緩衝クッションを敷き、
ニケをそのすぐ脇に寝かせて、共に浅い眠りに就いた。
ブルーはメロの腕を抱いて彼の胸の鼓動を数段早くしていたが、メロにはそれを断る事もできなかった。

両者とも判断の根底に有ったのは、ここはしばらく安全な可能性が高いという推測だった。
絶対に安全だと確信していたわけではない。
外部への隙を増やしてでも何時かしたい事をやるには、この時間が最適だと判断しただけだ。

侵入者への対策トラップは二重三重に仕掛けていたし、武器もすぐ取れる場所に置いた。
この密閉空間はメロの持つ煙薬の使用にも適していた。
退路も壁の高い場所にある窓が有った。
障害物が邪魔になるため、外から床までは見えない。
起き上がっていればともかく、伏せたり寝ていれば見えないだろう。
そもそも外からは、足場も無く高い所に有る窓など使いづらい。
だが中からなら、用意した足場をよじ登って出れない事も無い。
それ以外の唯一の入り口は強固な鉄扉だ。
つっかえ棒をすればしばらくの足止め位にはなるだろう。

彼らはそれなりに準備をした上で、睡眠や篭絡を試みたのだ。
その用意はかなり周到だった。

しかし完璧ではなく、たまたま少しだけ、運も悪かった。

     *  *  *

メロは何かに気づいて体を起こした。
腕にしがみ付くブルーのせいで心を落ち着ける事も出来なくて、眠りは浅かった。
一方のブルーは、無防備な姿を見せ付ける事も効果的だからとしっかり睡眠を取っている。
サモナイト石まで使った彼女の疲労が激しかった事も事実である。

(なんだ……?)
見えるのは完全な闇だけ。
明かりを洩らせば人に気取られてしまう。
何かを照らし出すという事は、向こうからもその光が見える事に他ならない。
聞こえるのは雨音だけ。
激しい雨音はメロ達のささやかな寝息や衣擦れ、生命の気配など洩らさない。
同時に外から聞こえる音も雨音に塗り潰されて判らない。

手探りで傍らに寝ているブルーの袂からシルフスコープを掴み、
彼女の首に掛かったままのスコープだけ覗いて室内を観察する。
ニケは、相変わらず眠っている。
ブルーは、目覚めそうだ。
倉庫内に異常は無い。
少し頭を上げて覗いた、高い場所に有る小さな窓は……。

目が、合った。

窓に顔を貼り付けている、明らかに小さな顔。
人間にしては小さすぎる、例えば、チャチャゼロのような大きさの顔。
ふらふらと人魂のように揺れるその顔は、足場も無いはずの窓の外から彼らを覗き見ていた。
(落ち着け、見えないはずだっ)
今、メロはシルフスコープ越しの暗視能力を得ている。
だから見えるのだ。この暗闇の中でも。
人形のような顔側にそれは無い。
無い、が。
(待て。この理屈は人形相手に通用するのか?)
判らない。

20遺。(前編) ◆T4jDXqBeas:2009/11/19(木) 23:52:21 ID:BRw5OhWc
しかしメロには一つの推測材料が有った。
チャチャゼロの存在だ。
(チャチャゼロはどうだ? あいつは見えるのか、見えないのか?)
メロはシルフスコープの視線を逸らし、跳び箱にもたれたチャチャゼロに視線を向けた。
チャチャゼロの視線は、蒼星石に向いていない。
ただの人形のように前を見ている。
そのチャチャゼロがちらりと、メロに視線を向けた。
チャチャゼロは見えているが、人形のフリをしていたのだ。
(あいつは見えているのか。窓の人形も夜目が利くとは限らないが……いや。
 しくじったっ)
メロは致命的な見落としに気が付いた。
外の人形が、夜目が利くにせよ利かないにせよ。
どうやって、倉庫の窓に取り付いた?

メロがシルフスコープを着けた時点では、倉庫の中は完全な暗闇だった。
幾ら闇に目が慣れても何一つ見えないほどの暗闇。
外も激しい雨で、月明かりは愚か星明りすら差していない。
だが、何処にも光源の無い闇の中で窓に取り付けるはずは無い。
完全な暗闇をも見通す暗視能力か、何かの明かりが無い限り。

メロはシルフスコープからそっと、顔を離した。
……裸眼でも、窓の外に浮かぶ人形の顔が薄らと見えた。
外には、明かりが有る。
人形の顔で僅かに照り返し、倉庫の中にもほんの僅かに差し込む光が。
メロがシルフスコープを付けた時、人形が使っている明かりは窓を照らしていなかった。
明かりを持った手元がぶれる事などよくある事だ。
見回してから窓に目を向けるまでの時間差で、人形の明かりは室内に差し込んだ。

それでも人形から中を見渡せるわけではない。
あまりにも僅かな光は倉庫の暗闇を識別できるほど照らすには到底足りない。
しかしメロは、シルフスコープを人形に向けていた。
レンズのガラス面は僅かに光を反射する。
それは小さな極僅かな光点に過ぎないが、完全な暗闇の中では十分に視認できる。
しかもそれは、動いていた。
人形の目線は今度こそメロに向いていた。
眠気と色気でほんの僅かに惚けた頭が、極々些細で決定的なミスを冒した。

「起きろ!」
叱咤と共にブルーを振り払う声は、より大きな轟音に呑み込まれた。
大きすぎてどんな音かも判らない轟音。
轟音はすぐに騒音へと変わりその場全ての耳へと届く。
ガラガラと石が転げるような音と山吹色の光に替わる。
その光をさえぎる白煙で、メロは状況を理解した。
(壁をぶち破られた!? しかもこの光は、奴か!)
ブルーがメロから腕を離し、寝ぼけ眼を擦り状況を視認しようとしている。
十秒も有れば闇に目を慣らし、光景から状況を理解し、把握した上で、
混乱から立ち直り、どうすれば良いか思考し、行動を開始するだろう。
煙が晴れた瞬間に動き出す侵入者の最初の行動には間に合わない。
ニケの方は論外だ、目を覚ましているかも判らない。
残された時間は数秒、まずその時間を更に延ばさなければならない。
(蝶ネクタイの変声機とチャチャゼロで……ダメだ)
「まだ眠るには早いよ。姉さまも僕もちょっと殺したりないな」
立ち込める粉塵の向こうにうっすら見えた少年の顔。
それは昼間出会った厄種と同じに見えた。
数時間前に見た、山吹色の光を発する槍の使い手は少女だった。

21遺。(前編) ◆T4jDXqBeas:2009/11/19(木) 23:52:40 ID:BRw5OhWc
だがメロは思考する。思考してしまう。
本当にそうだったのか?
例えば髪を切り衣服を変えればそれで見分けが付かなくなる相手だ。
事実ニケとの戦いにおいて、厄種は少年のような雰囲気と姿にも見え、少年の声で語った。
まるで昼間の厄種そのもののように。
いや、それは間違いなく昼間見た厄種の少年と同じものだった。
(アレは、同じ奴だ)
メロの直感は正しくソレの本質を捉えていた。
しかし、そのせいでメロは思考する。
チャチャゼロが何もできない事はバレている。
蝶ネクタイ型変声機もあの後タネがばれている危険は高いし、
使えてもすぐに煙が晴れる目の前で何が……。

(いや、同じ手は使える)
メロは叫んだ。
「シャインセイバーだ! さっき使った剣の雨を撃ってやれ!
 ニケ、おまえは壁の裏で入って来る奴を待ち構えろ!」
恐らくブルーはまだ、シャインセイバーを撃てるほど回復していない。
ニケも目覚めている見込みは無い。
だがニケは幸い壁から見て物陰に寝ているし、ブルーは。

「むっ」
ブルーの微かな呻き。
メロはブルーの口を押さえて物陰に走る。
姿が見えなければ警戒を買える。
(これで数秒の猶予は十数秒にまで延びて……)

「第一楽章、攻撃のワルツ!」

部屋に吹き込んだ衝撃波が一撃で粉塵を消し飛ばした
予想していた十数秒は再び十秒以下に縮まった。

その先に居るのは少し前に見た厄種と、バイオリンを構えた少年のような人形。
(まずい、見られ……っ)
少年のような人形は飛ぶように跳躍する。
その手にはバイオリンの弦を握ったまま。
恐らくそれは近接武器にもなるのだろう。
情景を見た人形はメロの言葉がハッタリである事を見抜いたのだ。
夜襲の迅速さに加え、露になった隠れようとするメロの姿が確信を与えた。
その弦がメロとブルーに振り下ろされようとした瞬間。
人形の瞳に浮かぶ揺らぎまでもが視認出来ていた刹那。

白刃が煌いた。

「うあぁっ」
短い悲鳴。

弦を持った小さな左手がくるくると宙に舞っていた。

剣を構えたニケがそこに居た。
ニケは目を覚ましていたのだ。
そして咄嗟に、「剣」のカードを剣へと変えて襲撃者を迎え撃ったのだ。
思考する暇も与えられなかったその斬撃はそれ故に容赦も無く襲撃者の腕を斬り飛ばした。



だが。

22遺。(前編) ◆T4jDXqBeas:2009/11/19(木) 23:53:06 ID:BRw5OhWc
その足が、沈み込む。
メロとブルーに襲い掛かろうとしていた人形。
メロとブルーが数瞬前まで居た場所。
ベッドにしていた柔らかいクッションの上。

体勢が崩れたニケのすぐ目の前。
人形のすぐ後ろには、後を追って飛び込んだ厄種の姿が居た。

間合いが近すぎる為に槍の穂先を刺されなかったのは幸いだった。
それでも殆ど同じ事だ。
代わりに振り回された石突がニケの後頭部を叩きのめした。

残った間はほんの2、3秒。
メロの腕の中には状況を把握しつつあるブルーが居る。
しかし戦力は無い。バットを手に敵う相手ではない。
ブルーの持つ剣と化すマフラーでも勝てるとは思えない。
倉庫入り口の扉を開ける間さえも。

覚悟を決めたメロが咄嗟に取った行動は。

数秒後、メロの意識は衝撃と共に闇に呑まれていた。

     *  *  *

彼女の意識はまどろみの中に在った。
ぼんやりとしたまどろみだった。
眠りではない。
本来眠らねばならない時間だけれど、眠りではない。
夢を見る事は無く、心が休まる事も無い。
夜の眠りとはとても大切な物のはずなのに。
この世に作られた日から今日まで、寝床を取り上げられても時間だけは守ってきたのに。
眠りではない。
ただの、まどろみ。

確かに本来の寝床。
数百年を共に過ごしてきた鞄の中で眠れなくとも、すぐに死にはしない。
決められた時間、夜の9時から朝の7時まで眠れなくとも、すぐに死にはしない。
だけど心が軋みを上げている。

夜の9時から朝の7時に、鞄の中で取る眠り。
それだけが、彼女達が夢見られる眠り。
深い眠りの中で記憶を繋ぎ合わせなければ。
想いを整理しなければ。
彼女達の心は軋みを上げて、日に日に弱り果てていく。

一日二日で力尽きる事は無いけれど。
何よりもその時間にそうして眠る事は、彼女達の約束なのだ。
創造主であるローゼンが彼女達をそう作ったのだから。

だから心が軋みを上げている。
大切な人の約束を破り続けている事に。
それなのに、まだ寝てはいけない。
鞄無しでさえ眠れない。
寝てはいけない。
殺さなければ。

23遺。(前編) ◆T4jDXqBeas:2009/11/19(木) 23:53:24 ID:BRw5OhWc
ローゼンに定められたアリスゲームではなく。
ローザミスティカの奪い合いではなく。
冥王ジェダの僅かな救いに縋る為に。
命の奪い合いをしなければ。
戦い続けなければ。

ローゼンから頂いた体を壊されても。

………………。

「う…………」
誰かの声のような物を聞いた気がした。
蒼星石はぼんやりと、重い瞼を押し開いた。
どうやら浅いまどろみの中に居たようだ。
まだ思考が定まらない。記憶が混濁している。
確か、そう。殺人者達と同盟を結び、グレーテルと塔から出立して……。
(神社を家捜しして……おぞましい物を見つけたり、埋葬された死体を見つけて、それから……。
 そうだ、確か入れ違いに神社を調べに来ていた誰かが居たんだ。
 屋外の痕跡は雨で消えていたけど、調査と推測から学校が怪しかったから、学校を調べに向かって。
 体育倉庫の窓から、誰かを見つけて、そして──)
思い、出した。
「腕、が……」
右腕で左腕を押さえる。
その腕は中ほどから、無くなっていた。
床から飛び起きてきた少年の鮮やかな太刀筋で、切り落とされてしまったのだ。

左腕は蒼星石の利き腕だ。
逆腕も割合使えるのだが、それでも不便は避けられない。
だけど何よりも。
(お父様から貰った大切な身体なのに……)
胸に来る痛みが、辛かった。

蒼星石のローゼンへの愛は、ドール達の中でも抜きん出たものだ。
その想いは、この島に連れて来られたドール達の中でも一番かもしれない。
愛を測る事など愚かしいが、それでも。
一度繋いだ絆に背を向けてまでアリスゲームに挑んだのは──
それが正しかったか間違っていたかは別にして、蒼星石だけだったのだから。
彼女にとってドールとしての決まり事は一際重要な意味を持つ事なのだから。

なのに、立ち止まれない。
今は進まなければならない。
ジェダの約束した微かな救いに乗って全てを取り戻すまでは。

体を起こすと、すぐ脇には切り飛ばされた左腕が置いてあった。
どうやら今居る場所は体育館の舞台上らしい。
スポットライトの明かりが舞台の上を照らしている。
用意された舞台。
「あら、起きたのね。おはよう、お姉さん」
「な……っ」
そう、舞台の上には全てが用意されていた。
蒼星石が最後の一振りを下ろすための。

惨劇の舞台が。

そこには三人の人間が囚われていた。

24遺。(前編) ◆T4jDXqBeas:2009/11/19(木) 23:53:45 ID:BRw5OhWc
周囲を見せないためか布を被せられているが、それぞれが誰であるかを悩む事は無い。
目を覚ましているのかもがく小さな少年は布も剥がれて顔が見えている。ニケだ。
必死に考えているのかじっと動かない、この島では一際大きな体格の男はメロ。
同じく動く気配の無い、青みを帯びて見えるほど艶やかな黒髪が覗く少女はブルーだろうか。
三人の腕は鉄の楔で封じられていた。
運動場に紐などを括る為の物なのか、
錆びの浮いた太い凹型楔を堅固な木の舞台に打ち込んで腕を挟み、固定しているのだ。

蒼星石はそれらの名前を判りはしないが、関係の無い事だ。
理解する必要の無い事だ。
理解する必要の無い者だ。

「さあ、殺しましょ。お姉さんの命を繋ぐ為に」

彼らは殺されるためそこに有った。

蒼星石は立ち上がろうとして、バランスを崩す。
見れば左腕だけではなく、右足までもが断たれていた。
膝の球体間接部を強い力で引き裂かれていたのだ。

ああ、ダメだと蒼星石は感じる。
諦めの混じった絶望に打ちのめされる。
完全な少女になる為、ローゼンから頂いた体も心も砕かれてしまった。
片腕でも両足が残っていれば機敏に立ち回り庭師の鋏で戦えた。
あるいは足が無くとも両腕が残っていれば金糸雀のヴァイオリンで戦えた。
その両方を奪われて何が出来るというのだろう。
そんな彼女にグレーテルは、告げた。
「殺せば全てを取り戻せるわ」
と。

「命は殺し殺されることで回っているのよ。
 殺す事で生きて行けるのよ。
 ジェダとあの男の子はそれを理解していたのね。
 三人殺す度にご褒美をあげるだなんて。
 即物的だけれど、とっても判りやすいわ。
 さあ殺しましょう、お姉さん。
 お兄さん達を殺す事で壊された体を取り戻しましょう。
 もっともっと殺して殺して進み続ける為に。
 永遠に生き続ける為に殺しましょう。
 それが世界のルールなんだもの」

それは信仰だった。
グレーテルの信じる宗教だ。
皮肉な事に、蒼星石の知るアリスゲームとも一部だけ合致している。
ローザミスティカを奪い合い完全な少女を目指す様に、
命を奪い自らの物とする事で生き延びようと諭すのだ。

「まだ……そうなのかよ。
 ずっとそんなつまらねー生き方続けて行くつもりなのか」
「ええ、そうよお兄さん。私達はこうして楽しく生きていくんだわ」
囚われのニケが訴え、グレーテルはそれを嘲う。
どこまでも声の届かない底知れぬ深淵。

25遺。(前編) ◆T4jDXqBeas:2009/11/19(木) 23:54:13 ID:BRw5OhWc
「今度こそ、いえ、今度もお兄さんは無力だわ。
 あの時に殺していればお兄さんは私の命を取り込んで生きていけたのに。
 可哀相に、お兄さんはそれが出来なかったのね。
 生きる事は殺して殺して殺し続ける事なのに、殺さないんだもの。
 殺さない人は死ぬしか無いのに。
 殺せない人は死ぬしか無いのに」
痛切で。
残酷で。
哀しくも邪悪な、惨劇の信奉者。
誰が見ても“どうしようもない”存在だと思うだろう。
それでもニケは助けようとした。
救おうとした。
だけど。
「こうして、痛い目を見ながらね」
グレーテルが腕を振り下ろすとニケの言葉は絶叫に替わり、体育館を震わせた。

「い、一体何を……」
右腕を付き左足で起き上がった蒼星石は、ニケの姿を見て息を呑んだ。
その右手に何かが取り付けられていた。
いや、右手を何か小さくも禍々しい台に固定されていたのだ。
そして台に取り付けられたニケの右手は。

全ての爪を剥ぎ取られ、無惨な姿を晒していた。

爪剥ぎ器。
神社の祭具殿で見つけた、人間の爪を剥ぎ取る為の拷問器械だ。
蒼星石はその悪趣味さに目を背けたが、グレーテルは喜々としてそれを持ち出した。
犠牲者の手を指まで固定し、ペンチで爪を挟み、レバーを押すと、その生爪が、剥ぎ取られる。
一枚、一枚。
その痛みたるやどれほどのものか。
ただただ純然たる痛苦。
その痛みは戦いの中の、より深く命に関わる負傷すら比較にならない激痛だ。
これと同じ物がとある世界とある可能性のとある少女に使われた時は、
固く定まっていた決意さえも二枚の爪剥ぎで崩壊して、泣きを上げ、
三枚の爪剥ぎを終わらせるためには介添えを必要とした。
拷問に耐えられる人間など多くはない。

「う……くぅ…………死にそうに痛いっていうかとっとと殺せってこの野郎って思う位に痛いぞちくしょう。
 ああでもやっぱり死にたくないので殺さないでくれるとありがたいです、ごめんなさい、だ……」
涙を零しながらそう呻くニケにグレーテルは微笑みを返す。
如何なる望みも聞くつもりが無い残酷さと、ほんの僅かな驚きを篭めて。
「やっぱり変わってるわね、お兄さん。
 こういう事をしたら大抵の人は泣いて命乞いをするもの。
 お兄さんもそうしているのにどうしてかしら、みんなの命乞いとは違う気がするわ」
どこまでも残酷で、冷酷な微笑み。
なのにそれは、痛々しいまでの無邪気ささえ感じさせるのだ。
見た者が矛盾した感想を抱く笑みと共に、グレーテルは続けた。
全き邪悪な言葉を。
「いっそ殺してくれって本気で思うくらいに痛みをあげたらどう言うのかしら?
 次はどこが良い? 左手? 足? それとも爪が剥けた指を酸で焼いてあげましょうか?
 きっと良い声で鳴いてくれるわ。
 何時まで壊れずに居られるかしら?
 ねえ知ってる?
 人間の体って死んだ後も、釘を打ったりするとぴくぴくって反応するのよ。
 見ていて結構面白いわよ?」
「見たくないね……っていうかそれじゃオレ死んでるから見られねーじゃねーか……」
「それじゃ、死んでいくのが見えるようにゆっくりと殺してあげましょう。
 まずは指に塩酸かしら。傷口を灼くとみんな綺麗な悲鳴をあげるのよ」
「やめろ!!」

26遺。(前編) ◆T4jDXqBeas:2009/11/19(木) 23:54:44 ID:BRw5OhWc
蒼星石は咄嗟に叫んでいた。
叫んでから自分の行動に戸惑い、グレーテルは楽しげにその顔を覗き見る。
「あら、どうして? お姉さんも殺す側なんでしょう?」
「それは……そう、だけど……」

その通りだ。
蒼星石は誰も彼もを殺す決意と共に、殺し合いに乗った。
殺して、殺して、殺した末に全ての死を否定する為に。
蒼星石はニケを殺すべき側に居る。
「ああ、ごめんなさい。そうね、自分で殺したいんでしょう?
 私が殺したらご褒美はもらえないんだもの」
「ご褒美……」
「ええ、そう。お兄さん達を殺して手足を繋ぐんでしょう?」
これはその縮図。
捕えられた獲物の命を奪え。

誰かの命を奪う事で生き残れる。
再生の願いも叶う。
前に進める。

「さあ、召し上がれ」

彼らの命を奪うべき凶器は、蒼星石の目の前に置かれていた。
蒼星石が使う庭師の鋏。
雨に洗われた刃は、無機質で冷たい舞台照明に輝いている。

(……何を戸惑っているんだ、僕は)

蒼星石は残された右手で、左手用の鋏を手に取った。
両手で使う事も多かった鋏だ、逆手でもどうにかなる。
ましてや抵抗も出来ない囚われの子供達にとどめを刺すなんて、容易いことだ。

片側だけの足で舞台を踏み締めて、立ち上がる。
ドールの持つ飛行能力で、千切れた右足を補って。
それほど優れた飛行能力ではないけれど、歩く代わりには十分すぎる。

欠損した体のバランスに苦戦しながらも、蒼星石は獲物達へと進みだす。
地に足の付かない、滑るような進み。
舞台に用意された三人分の死を掴みとるために。

(そうだ、それ以外に道は無い)
ニケ達の死は決まりきっている。
例え蒼星石が殺さなくてもグレーテルが殺すだけだ。
蒼星石が殺せば、蒼星石も生きていける。
浅ましい言い訳だけど、蒼星石は生きて殺し続けなければならない。
生きる為にまず目の前の三人を殺さなければならない。
幾ら蒼星石が空を飛べてもこの足では機敏な斬り合いなどできない。
金糸雀のバイオリンも片腕では使えない。
手足が無ければ戦えはしない。
戦えなければ殺せない。

答えはもう一つしかない。
殺すしかない。
殺す為に殺すしか。

殺す。

殺せ。

殺せ、殺せ、殺せ。

27遺。(前編) ◆T4jDXqBeas:2009/11/19(木) 23:55:17 ID:BRw5OhWc

蒼星石はニケの傍らに跪き、庭師の鋏を握り締める。
人の心の成長を妨げる雑草を刈り取る為の鋏。
思い出を刈り取る事も出来る鋏。

人を前に進ませるための鋏で、人を殺せ。

懊悩と焦燥に翻弄されながらもニケは鋏を振り上げる。
振り下ろして喉笛を掻っ切れば血流と呼吸は断たれて速やかに死が訪れる。
延々と痛みが続く事も無く、一瞬の衝撃と鮮烈な赤が速やかに意識を刈り取るだろう。
その鋏を、振り下ろせば。

「おまえ……さっきの奴か……」
痛みに呻きながらも、ニケは蒼星石を見つめていた。
楔に封じられた両腕。
爪を全て剥がれた、見るからに痛々しい右手。
逃れる術は無く、抗う術は無く、生きる術は最早無い。
ただ死を待つ事しか出来ない身。

きっと未来が有ったはずなのだ。
生きるという可能性が無限に広がっていたはずなのだ。
この島に連れて来られなければ。

だけどこの島に居る以上、蒼星石は彼を殺す他に無い。
蒼星石はニケを見下ろし、そして。

「痛そうだな………………ワリィ……」
「え……」

ニケは蒼星石を見上げている。
蒼星石の左腕を見つめている。
いや。

「くそお、やっぱりこういう傷って死ぬほどいてーっ。
 ヴィータもこんなに痛かったんだな……なのはの奴、無茶苦茶しやがって。
 あいつ……こんなに痛いって判っててこんな事したのかよ……。
 死ぬほど痛いって判ってて。
 …………ちくしょう、痛いじゃねーか」

蒼星石の落とされた左腕の向こうに、誰かを見ている。
その意識は半ば朦朧としているのだろう。
取り留めの無い言葉をぽつぽつと紡ぐ。

「魔物と戦う時はどれだけ斬ってもなんとも思わなかったのに。
 だって勇者として当然だし、魔物だから当然だし。
 今でも何にも変わってねーのにさ、胸が痛いんだ」

どこか理解できない言葉。
どこかで聞いた言葉。
蒼星石は頭を振って、鋏を握り締める。
もうどうしようも無いのなら、早く、楽にしてやろう。
今度は自己欺瞞でなく、心からそう思う。
そして狙いを定めた鋏を。

「やっぱり女の子を泣かしちゃ、いけねーよな」

振り下ろす事が、出来なかった。

28遺。(前編) ◆T4jDXqBeas:2009/11/19(木) 23:55:43 ID:BRw5OhWc

「キミ、は……」
「へへ、おまえ男の子みたいな格好してるけど、女の子だろ?
 オレの目を誤魔化せると思うなよ、今度は間違いないぜ。
 さっきも近寄ってきた時にズボンの隙間拝ませてもらいました、白でしたっ」

バーバラパッパパー♪ 【ニケの称号『すけべ大魔神』のレベルがあがりました】

「な……一体、何を考えて……」
蒼星石は困惑する。
死を間際にして、何をバカな事を言っているのだろう。
遂に頭がおかしくなってしまったのか。
ニケの表情は痛みに歪み、引き攣っている。
何もしないようにしていてもなお、爪を剥かれた指からは痛みが走っているはずだ。
とても痛い、痛い、疼痛が。
それでもニケはふざけを交えて言った。

「オレってこれでも勇者様だからなっ。
 女の子なら敵でも、泣いたり助けを求めてるのを放ってはおかないぜ!
 あ、お近づきになりたいとか下心が有るわけじゃ無いからな。う、ウソじゃねーぞ?」
「だから何を言って……!」

蒼星石はようやく気づいた。
自分の瞳から涙が溢れて、零れ落ちている事に。
その水滴がニケの顔を叩いていることに。

「腕、痛かっただろ。指だけでこんなに痛いんだからさ」
「…………ぁ……」

そうじゃない。
ドールにも痛みは有るけれど、斬られた後の断面はじきに痛覚を失う。
斬られた時だって、剣のカードで放たれた斬撃は痛みを超えて衝撃しか感じられなかった。
別に耐えられないほどの体の痛みじゃない。
そうじゃなくて。

「それともおまえも、誰かに助けて欲しいのか?」

本当に痛むのは、心だ。

愚かしい躊躇いだと思う。
この世界に生命の復活は存在する。
タバサが語り、ジェダが証明した。
全てを取り戻す可能性が有るとすれば、それに縋る他に無い。
何一つ諦めたくないならば、それは全ての屍を積み上げた果てにある。
その為なら挫けてはならない。
殺さねばならない。
人間を直接傷つけてはならないというドールの定めすら、とうの昔に背を向けた。

混乱し蒼星石に襲い掛かったイシドロの片腕は失われ、その命も戦いの中で吹き消えた。
蒼星石自身も自衛ではなく誤解から、敵意を糧にして人を襲った。
挙句にタバサを傷つけ、逃げ出した。

そして今からは自ら手を出さず誰かを手助けするのではなく。
憎悪の発露から襲うのでも、咄嗟の感情による暴発でもなく。

自らの固い決意を持って命を奪わなければならない。

29遺。(前編) ◆T4jDXqBeas:2009/11/19(木) 23:56:11 ID:BRw5OhWc
全ては屍の山の頂にある。
姉妹との絆も、島で繋いだ絆も、全てを切り捨て、斬り殺して辿る他にない。

何度も、何度も反芻する。

殺さなければならない。
殺すよりほかに無い。

「なんならオレが助けて……ぐあっ!!」

生温い液体が顔に掛かった。
赤い飛沫が飛び散っていた。

「ええ、そうよお兄さん。助けてあげて。
 その命をお姉さんにあげるのよ。
 その死をお姉さんに捧げるのよ。
 そうしなければお姉さんは助からない」
「や、やめ、いてえ、いてえってぎゃ、マジでっうああああああっ」

蒼星石は呆然と、それを見つめていた。

グレーテルの巨大な槍がニケの腹に突き立っていた。
まるで竜にも見える槍先が、その牙でニケのはらわたを貪り漁る。
手首の一捻りは一抉り、一押しは一刺し。
捻り、押して、引いては押して、捩って、押して、震わせて。
勇敢な少年の絶叫は最早凄惨な断末魔にしか聞こえない。

「やめろ! 僕がやる!」

蒼星石がそう声を上げた時、既にニケの腹部は直視に耐えかねる有様だった。
びくり、びくりと痙攣し、赤い花が広がっている。
まだ、死んではいない。
グレーテルは即死するほどの急所を避けて傷つけた。
意識もすぐには失うまい。
そう、まだ、すぐには。

「そう。それじゃ早く殺しましょ。
 摘み食いしてごめんなさい、お姉さん。
 早く食べないと冷めちゃうわ」

もうどうしようもない。
いや、とうの昔にどうしようもなかったのだ。
ニケの命は処刑台の上にあった。

グレーテルと同じ処刑人に過ぎない蒼星石が出来ることは一つだけ。

蒼星石は鋏を、もう一度、掴み取った。

振りかざす。

ニケが蒼星石を見上げる。

目が合って、それでも。





振り下ろした。

30遺。(中編) ◆T4jDXqBeas:2009/11/20(金) 00:08:05 ID:rqH.z/Hc
庭師の鋏を、ニケの喉笛に、振り下ろした。



そのはずだった。



「…………え……?」

それなのに、彼が死んでいないのはどうしてだろう。
振り下ろしたはずの腕が下りていないのはどうしてだろう。
鋏を掴み、振り下ろそうとしたその体勢のままで。

固まったように動きを止めているのは、どうしてだろう。

殺すはずなのに。
殺すしか無いのに。
殺す覚悟をしたのに。
殺そうとしているのに。

どうしてまだ、この腕は止まってしまうのだろう。
どうして。
どうして。
どうして。

「お姉さんは、できなかったのね」

背後から聞こえるグレーテルの声は嘲りと蔑みと哀れみを孕んでいた。

「時々居るのよ、そういう子が。
 それが世界のルールだって突きつけられて、頭では理解しているのね。
 それなのにどうしてか、最後の一歩を踏み出せない。
 勇気を出せない。
 意気地無しなんだわ。
 寒い夜に真っ赤で温かいシャワーを浴びることが。
 恐怖に潤んだ綺麗な瞳を抉り出すことが。
 自分より低い頭を叩き割ることが。
 命乞いをする喉笛を縊ることが。
 どうしてもできない、そんな子達よ。
 上手くできない子は多いけど、やることさえできない子がたまにいるの。
 そんな子がどうなるか、お姉さんはわかるかしら?」

蒼星石は、這うように。
ぎこちない、人形のように軋む動きで、背後を振り返って。
そこには。

「大人たちは言いました。
 『その子をみんなで殺せ。殺すのを躊躇った子も殺せ』」

蒼星石に向けて、ショットガンを構えたグレーテルの姿があった。
目の前の光景とニケの叫びが視聴覚から認識されるよりも早く。

「命を食べられない偏食の子はお腹を減らして死んでしまいました」

引き金が、引かれた。

蒼星石の残った右腕が吹き飛んだ。

31遺。(中編) ◆T4jDXqBeas:2009/11/20(金) 00:08:34 ID:rqH.z/Hc
残った左足にも拳銃から一発。
ヒビが入った左足も動かなくなる。

宙に浮かぼうともこれではバランスを崩すだけ。
壊された人形は打ちのめされて床に這う。

「お姉さんももうおしまいね。残念だわ。
 右足も壊して発破を掛けてあげたのに。
 お姉さんがお兄さんを殺せたら、私がもう一人のお兄さんを殺してもらうご褒美で、
 あなたを治してあげようかと思っていたのにね」
「う……な、なに…………?」
右足を破壊したのがグレーテルだという言葉にも動揺を覚えたが、更にその続き。
蒼星石が囚われの三人、ニケ、メロ、ブルーを殺して、自分のご褒美で自分を治す。
そういう話ではなかったのか。
グレーテルはくすりと笑い、布を掛けられた黒髪の少女に歩み寄る。
光の具合で深い藍色にも見える長い髪が除いた、三人目の人影に。
グレーテルは足を振り上げて。
その人影を、蹴っ飛ばした。
被せられていた布がはだけた。

「……その……子は…………!?」
蒼星石は息を呑む。
一瞬だが先ほどの戦いで垣間見た少女とは姿が違う。
一回りは小さく、泥に汚れた、血の気を失った土気色の肢体。
息絶え絶えのニケも、横に転がるその遺体に息を呑んだ。

蒼星石はその死体が何処から来たのかを知っている。
塔から神社へと南下した際、神社を一通り調べて回った。
その時に見かけた土を盛られただけの簡素な墓。
蒼星石が止める間も無く、グレーテルは突撃槍のエネルギーで土を吹き飛ばした。
そこから姿を現した、黒い髪の少女の死体。
古手梨花の死体だった。

「どうして? その死体は墓穴の中に置いてきたはずじゃ……」
「だってもう一人は逃がしてしまったんだもの。私も残念だわ」
だからグレーテルは、戯れに神社へ向かいその死体を持ってきた。
布を被せられた大き目の人影が、小さく震えた気がした。
その中に居る誰かが笑ったように思えた。

「お姉さんは永遠に生きられなかった。
 お兄さんを殺せなかった。だからここでおしまいなのよ」

グレーテルは手に握る突撃槍を、まるでナイフのように軽々と振りかざして。
振り下ろそうと、して。

ガラスの割れる音が響いた。



「あら、お客さんだわ」
グレーテルは楽しげに笑った。
それは体育館玄関口のガラス戸が割れる音だ。
鍵を掛けられたガラス戸はそれ自体が風景に紛れ込んだ鳴子だった。
隠れ家に警報装置を仕掛ければ、その警報装置自体がそこが隠れ家である事を報せてしまう。
だからこの体育館の場合は、ただガラス戸に鍵を掛ければ良い。
それだけで無理に入ろうとすれば騒音の響く警報装置が出来上がる。
グレーテルが倉庫をぶちやぶった為に無意味と化していた正門を通り、それは侵入してきた。

32遺。(中編) ◆T4jDXqBeas:2009/11/20(金) 00:09:03 ID:rqH.z/Hc
ゆっくりと着実に。
何者も怖れないしっかりとした足取りで。
舞台から遠く離れた玄関口に、彼女は姿を現した。
舞台の床に這い蹲る蒼星石やニケには見えないだろう。
グレーテルが知る由も無い、ニケ達の仲間だったはずの少女。

「もう協定を破るのね、お姉さん。確かエヴァンジェリンっていったかしら」

七人の魔女の一人、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルがそこに居た。

「そういうおまえは同盟の相棒殺しか。つくづく見下げ果てた奴だ」
「お姉さんもそうなんでしょう?」
「一緒にするな。私には最初から仲間など居なかった」
「あら、スケボーで逃げた女の子に呼ばれたんじゃないの?」
「さあな」

それはあの数秒にメロが成した事。
スケボーを引っ張り出し、ブルーと共に、力いっぱい放り投げた。
ニケと自分に手間取るグレーテルの頭上を越えて、破られた壁の向こう側へ。
動機は感情的だけれど、精密な判断で下された、ブルーを逃がす為の一手。
かくしてブルーは逃げ延びた。

「どちらにせよおまえには関係の無い事だ、小悪党。
 今、おまえの目の前にいるのは不死の吸血鬼にして最強の悪の魔法使い様だ。
 おまえはここでゴミ屑のように、死ね!」

無詠唱で放たれた闇の一矢が開幕を告げる。
厄種と吸血鬼の殺意が交錯した。

     *  *  *

メロは暗闇の中で、密やかにほくそえんだ。
可能性は低かった。
半分は感情による選択だった事も否定できない。
だがあの場で取れる数少ない有効な選択肢だった事はこの結果が証明してくれた。
(完全に運試しだったな)
笑みには自嘲まで混じっている。
ブルーがあの場から逃げ延びられる可能性は低くなかった。
厄種の性格からして、戦力で圧倒的に劣る獲物はすぐに殺さず嬲り者にする可能性も高いと踏んでいた。

だがブルーが裏切らずに救援を呼んでくれる可能性は期待できなかったし、
迅速に救援が見つかり、それが少なくとも事態を掻き回す力を持つ可能性も低かった。
獲物として、神社で言葉を交わしたニケの方を優先してくれる可能性も五分五分だ。
執着する獲物を先に楽しむか、後に回して楽しむかは完全に気分次第だからだ。
むしろニケより先に惨殺され、舞台演出に使われる可能性も高かった。
殆ど奇跡の様な偶然が重なって、メロは僅かな生の可能性を得た。

(なのに……なんだ、この胸騒ぎは?)

33遺。(中編) ◆T4jDXqBeas:2009/11/20(金) 00:09:25 ID:rqH.z/Hc
この救援──タイミングから見てブルーが関係した可能性は高いと思える見覚えのある人物。
エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。
夕方、ニケ達一行が神社に担いできたチャチャゼロの主人。
間違いなくニケの味方だろう。
そしてメロの相棒を務めていたチャチャゼロの主人でもある。
どうやら近くに転がってはいない──恐らく無言を貫いて体育倉庫に放置されたのだろう、
チャチャゼロに仲介を頼む事も出来るはずだ。
(チャチャゼロが厄種に寝返ってない事は感謝しておくか。勝ち組に付くのはおかしくないからな)
エヴァは味方。
あるいは取り入れる相手。そう考えて良い筈だ。
事は良い方向に転がっている。
生憎ニケはもうすぐ死ぬが、彼を一度助けた功績だってある──。
(不味い、自由を確保しないとヤバイ)
メロはその可能性に気がついた。

蓄えていた体力を開放していく。
拘束は鉄の楔で手首を舞台の床に挟み込んだだけ、手首自体を破壊されてはいない。
爪剥ぎ器で拷問するためには、指の感覚が生きていなければならないからだ。
おかげで監視さえ無ければ抜け出る隙がある。
ほんの少し。
ほんの少しだけ楔を浮かせる事が出来れば、腕を抜く事ができる。

しかし、びくともしない。
楔は強固に床板を噛み締めていて、片腕の、それも力の入りにくい体勢からではぴくりとも動かない。
(チッ。仕方がないか)
メロは覚悟を決めると、声を漏らさないように強く歯を噛み締めて。
「…………っ」
右手の親指の間接を、亜脱臼させた。

要するにポピュラーな縄抜けだ。
しかし一度外した間接は戻してもずっと痛み続けるし、外す時の痛みも強烈なものとなる。
数日の範囲で言えば親指の握力を捨てたようなものだ。
(左腕は感覚も鈍く指を二本失い、右腕も親指無しか。
 まあ良い、握力は落ちるが物を握れないわけじゃない)
メロは痛みと不便をその一言で片付けた。
そして顔に掛かった布を首の振りでずらして、戦いへ目を向けた。

エヴァとグレーテルの戦いは、傍目からでも趨勢が見えていた
それは瞬時に決着するという物では無かったが、一方的な物には違いない。
優勢なのは……エヴァ。

広い体育館内で戦っている事が最大の要因だったのだろう。
グレーテルは遮蔽物を利用した撹乱しながらの戦いにおいてはプロフェッショナルでも、
開けた空間での正面対決を得意としているわけではない。
そもそも戦闘経験では数百年を生きたエヴァンジェリンに敵うはずもない。
天性の才覚と闘争本能でこの戦場に向いた武器である突撃槍を使いこなしつつはあったが、
それでもまだ、自在に飛び回り的確な魔法で戦機を支配するエヴァンジェリンには及ばない。
何より全身の負傷が体を引き摺り、その強みさえも殺している。
核鉄状態で行動した数時間はかなりの傷を癒してくれたが、それでも依然ハンデが残る。
グレーテルの攻撃がエヴァに届く様子は一切無い。
しかしそれでもメロは、エヴァンジェリンが歯噛みしているのを見た。
(なるほど、そういう事か)

34遺。(中編) ◆T4jDXqBeas:2009/11/20(金) 00:09:45 ID:rqH.z/Hc
徐々に追い詰めているが、当たってはいない。
当たれば氷結する魔法の矢は受け止めた突撃槍の武装錬金を一瞬だけ凍らせて、
次の瞬間にはエネルギーの飾り布で溶かされる。
戦場はエヴァにとって有利だったが、武器の相性はむしろ不利だ。
グレーテルが全力で戦えば、勝敗は覆らずともここまで一方的な趨勢を見せてはいない。
グレーテルは本気で戦っていなかった。
(あの厄種、既に退き際を捜していやがる)
勝てると見ればどこまでも高圧的に。
しかし勝てないと見れば即座に退く。
劣勢の側にとって模範解答だろう。
優勢の側にとっても退こうとするその瞬間を狙うのが一番効率的だ。
その判断自体は素早く、的確である。
(所詮は感覚だけに頼る相手だ、誘い込めば……いや、今は良い)
それ以前に距離を取らなければならない。
この戦いから離れなければならない。
あの二人の戦いが決着するその前──。

予想外に早くその瞬間が来た。

 ウンデキム・スピリトゥス・グラキアーレス・コエウンテース・イニミクム・コンキダント・サギタ・マギカ・セリエス・グラキアーリス
「氷の精霊11頭、集い来たりて敵を切り裂け。魔法の射手・連弾・氷の11矢!」
エヴァが唄うような詠唱と共に十一の氷の矢を解き放つ。
囲い込むように放たれた氷の矢は、しかしただの布石。
これによりグレーテルの左右と後方は封じられ、残るは前方のみ。
だがエヴァは無策な突撃など容易く返り討ちにするだろう。
よってグレーテルは、突撃槍の武装錬金サンライトハートの推進力を使い。
上空へと飛んだ。
それだけなら戦いはエヴァの勝利で決着していただろう。
空中でもエネルギーの飾り布で推進力を得る事は出来るが、逆に言えばそれだけだ。
二本の足で地面を駆け回れる地上に比べればどうしても小回りが利かない。
だが、それだけではなかった。
メロの目と鼻の先に引き裂かれたボトルが落ちてきた。
(不味い!!)
メロは咄嗟に鼻を押さえ息を止める。
大きな動きは目覚めている事を発覚させるが、最早そんな事を言ってはいられない。
視界の端でそれを見たエヴァも理解する。

グレーテルが舞台に投げたボトルからは毒ガスが溢れ出していた。

塩素系洗剤と酸性洗剤を混ぜた為に生まれる塩素ガスだ。
メロは刺激臭を感じた瞬間に目を細め自由になっている右手で鼻を覆ったが、
完全に動きを封じられているニケはそうもいかない。
溢れ出した毒ガスは身動きの取れないニケを包み込もうとし。

ニウィス・カースス
「氷爆!」

エヴァの放った氷の爆発が天井近くで滞空するグレーテルに襲い掛かった。
同時に爆風が巻き起こり、毒ガスを吹き消す。
攻撃と救助を両立した最適の戦術。
では、ない。
防御を鑑みた攻撃はどうしても甘くなる。
爆風を舞台に届かせるため、氷の爆裂は僅かに低い位置へとズレていた。

恐らくエヴァはこの隙にグレーテルが逃げる事を、仕方なしとしたのだろう。
仲間だと気付かれれば人質に使われてしまう。
だからエヴァはこの戦いの間そんな様子をまるで見せなかったが、
ニケを見捨てたわけでも気付いていなかったわけでもなかったのだ。

35遺。(中編) ◆T4jDXqBeas:2009/11/20(金) 00:10:04 ID:rqH.z/Hc
しかしメロはガスを吹き散らす冷たい大気の中で叫んだ。
「馬鹿が!!」

エヴァが歯噛みする。
上空で起きた氷の爆発は高熱のエネルギーで吹き消されていた。
同時に閃光が降り注ぐ。
目が眩む。エヴァの視界が山吹色に塗り潰される。

グレーテルの狙いは逃亡などではなかった。
逃亡すると思わせた隙を突き、必殺の一撃を放つ事。逆境ですら殺害を選ぶ狂犬の選択だ。
空中に浮かぶ突撃槍の武装錬金に片手で掴まり、もう一方の手に拳銃を握り締めていた。
エヴァとの戦闘中には奇妙に思えるほど使っていなかったソードカトラス。
予想だにしない銃弾の引き金が、引かれた。
続けざまに、三回。

「ぐぁっ」

浅い。

ギリギリでメロの叫びが間に合ったのか、それとも狙い自体が逸れたのか。
三発の銃弾は一発が左肩を貫き、そこまでだった。

しかしグレーテルもそうなるかもしれない事を見越していたのだろう。
突撃槍サンライトハートを盾にしながら、飾り布のエネルギー出力を開放する。
そのまま天井を突き破り、この場から逃亡しようとする。

「逃、すかァッ」

絶叫と共にエヴァが手を伸ばす。
空へと逃げようとするグレーテルに向けて。
「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック」
その手の先に渾身の魔力が集中し。
空気の凍てつくキンキンという耳障りな音を立てて。
伸ばした手から、白いビーム状の剣が発生していた。

いや、それはビームなどではない。
触れたものを強制的に気体へと相転移させ、全てを断ち切る必殺の魔法。

    エンシス・エクセクエンス
「エクスキューショナーソード」

白き剣がサンライトハートを貫いた。

それでもエヴァの表情は歪む。
サンライトハートを貫いた切っ先はしかしグレーテルを僅かに外れ、その服を掠めていた。
直撃してはいなかったのだ。
だが何故か、グレーテルの表情も苦痛に歪む。

「ああああああああああああぁっ」

絶叫と共にサンライトハートのエネルギー放出が全開に達する。
槍の切っ先が体育館の天井に突き当たる。瞬時に槍が突き破る。
少女の姿は天井を突き破って遥か上空で方向を転換し、何処かへと飛び去った。
騒音を立てて天井の破片と共に、豪雨が体育館の床を叩き始めた。

厄種は、去った。
遠くへ。

36遺。(中編) ◆T4jDXqBeas:2009/11/20(金) 00:10:21 ID:rqH.z/Hc
「な、に……?」
エヴァは戸惑いを露にした。
エクスキューショナー・ソード。
極めて高度な魔法ではあるが、古典ギリシア語ではなくラテン語で構成されたこの魔法は、
今のエヴァが使える魔法の中で最強クラスの殺傷力を誇る。
直撃部分を蒸発させるビーム状の剣部分は一撃必殺の破壊力を持っているし、
直撃までしなくとも強制的に相転移された物質は急激に温度を奪われる。
グレーテルにも相応の冷気を至近距離から浴びせる事が出来たはずだ。
しかし強烈な苦痛を感じる程の冷気であれば、悲鳴の前にまず体が凍えるはずだ。
強烈なエネルギー噴射で冷気を緩和されたのだとすれば、それこそ悲鳴を上げる理由が無い。
エヴァの中に一抹の困惑が残り、それ以上に。
「うぐ……くそ、やってくれたな、小娘……っ」
湧き出す苦痛に表情を歪ませた。

グレーテルの持つソードカトラスから放たれたのは本来の9mmパラベラム弾ではなかった。
それより僅かに小さい.380ACP弾、所謂9mmショート弾だ。
9mmパラベラムとそれより僅かに大きい9mm×21弾を使えるソードカトラスとはいえ、
9mmショート弾は本来対応していない種類の弾丸だ。
同じ自動拳銃用同口径弾とはいえ、下手をすればジャム(弾詰まり)を起こしてもおかしくない。
本来の9mmパラベラム弾の弾数に余裕が有ったにも関わらず、9mmショート弾を使った理由は何か。

「う……ぐ…………ああああああっ!!」

鉤爪が伸びたエヴァの指先が肩の銃創を突き刺し、抉り、掴み取る。
引き抜いた。

その銃弾は、エヴァの指先で銀色に輝いていた。

メロが所持していた十四発の銀の銃弾。
魔に属する者を打ち破る必滅の弾丸である。
幾ら日光を克服したエヴァンジェリンといえども、この弾丸は通常の弾丸以上に痛手であった。
予想以上のダメージさえなければ処刑人の剣はグレーテルの体を貫いていたはずだ。
弱々しく左腕を握り締めようとする。
指が少し動いただけだった。
(左腕は、ダメか)
雨が降っているとはいえ、満月の夜だ。
この日のエヴァは吸血鬼の力を大幅に取り戻す。
その再生力により出血を心配する必要は無かったが、機能は殆ど死んでいた。
何日もすればともかく、一朝一夕で回復する事は無いだろう。
(近づけなければ良い話だ)
そう切って捨てる。
エヴァの主武器である魔法への影響は殆ど無い。
近寄られた時の危険は増大したが、どうにもできない程ではない。
エヴァは一切の問題なく、戦える。

それを確認した彼女は舞台を見た。
そこに在る、惨状を視た。

37遺。(中編) ◆T4jDXqBeas:2009/11/20(金) 00:10:38 ID:rqH.z/Hc
まず目に入ったのは、なんとか自力で楔から開放されて起き上がっているメロ。
両腕を負傷しているようだが、それでも彼は軽傷な方だ。

次に四肢を引き裂かれた人形、蒼星石が目に入る。
無惨だった。恐らくはもう、何も出来ないだろう。

それから掘り起こされた古手梨花の姿。
エヴァが殺してしまった。殺した少女の、遺体。
心を凍らして意識的に無視する。今は、立ち止まれない。

最後に、ニケの姿が目に入った。

エヴァは少しだけ、息を呑んだ。
どうしようもない。
そういう惨状だったから。

即死していないのは嬲り殺しを好むグレーテルが傷つけたからだ。
だから、まだ、死んでいない。
まだ。
意識が有るのかも判らない、惨状。
それが今のニケの概況だった。

エヴァの目が、舞台袖から立ち去ろうとするメロを捉えた。
二人の目が合う。
思考までも。
闇の世界に生きた二人は、それぞれの素振りを見ただけで、その意図を理解していた。
「チャチャゼロは多分倉庫の方に転がっているはずだ」
「……なに?」
しかしメロの言葉はエヴァにとって予想外のものだ。
メロは続ける。
「あいつはこの島に来てから俺の相棒だった。お互いに世話になった」
「そうか」
メロが思ったとおりの、乾いた答え。
メロは続ける。
「それからそこに転がっている人形のガキはさっきの厄種の仲間だった」
「知っている」
メロにとって少し予想外の、予想できなくもなかった答え。
メロは続ける。
「そこのニケも何度か俺が助けた。神社でおまえを背負ってきた奴らと会ってな。縁が有った」
「そうか」
予想通りの会話を経て。

「あんたはこれまでに何人殺した?」
「生憎、そこに転がっている娘だけだよ」

メロは脱兎の如く舞台袖から逃げ出した。
エヴァが、それを追った。

     *  *  *

38遺。(中編) ◆T4jDXqBeas:2009/11/20(金) 00:10:57 ID:rqH.z/Hc
「どうやら無事だったみたいね、メロ」
「ブルーか」
飛び出したメロは学校裏の森まで逃げ込もうという所で、彼女に出会った。
ブルー。
雨の中、木々の陰に隠れて学校の様子を見ていた少女。
メロが逃がした、恐らくはエヴァを呼び込んだ、メロの仲間だと言えなくもない女。
「その分じゃあのエヴァって女はあなたを助けてくれたみたいだけど」
「ああ、だが逃げろ!」
「えっ」
魔法の矢が飛来した。

「な、なんで襲ってくるのよ! あいつは神社に来たお人よし共の仲間でしょう!?」
「その仲間が瀕死で、動けない瀕死の敵が一人居て、それから既に殺したのが一人!」
走りながらのメロの叫びで理解した。

追える速さで逃げたメロを殺し、戻って動けないもう一人を殺せば、ご褒美が貰える。

しかしまだ疑問が続く。
叫び問い、喚く答えが返ってくる。
「どうして! 正義の味方の味方なら、こんな事っ」
「そして奴は、自分を悪の魔法使いだと自称した!」
「っ!!」

エヴァは確かにニケの仲間だった。
だからエヴァは、攻撃を半ば防御に回してでもニケを毒ガスから助けた。

しかしエヴァは悪だった。
だから道徳や倫理に縛られる事は無い。

自らの悪の誇りにさえ折り合いを付けて、エヴァはメロに襲い来る。
そして戦いのプロフェッショナルではないメロが。
戦いの指揮のプロフェッショナルでしかないブルーが。
ダークエヴァンジェル
 闇の福音 から逃れうるはずがない!

ウェニアント・スピリトゥス・グラキアーレス・エクステンダントゥル・アーエーリ・トゥンドラーム・エト・グラキエーム・ロキー・ノクティス・アルバエ……
「来たれ氷精、大気に満ちよ。白夜の国の凍土と氷河を……」

メロは響く詠唱にハッと振り返り、ブルーを横へと突き飛ばした。
泥と水飛沫が弾ける地面を踏みしめて、メロは闇に閉ざされた空を見上げた。
(来る)
逃れえぬ攻撃が。

クリュスタリザティオー・テルストリス
 「こおる大地」

血飛沫が舞った。
叫びと苦悶が交錯した。

エヴァンジェリンは上空からメロの姿を目視する。
視界は二人の持つ明かりからも外れて闇に覆われていたが、吸血鬼の視界に問題は無い。
降りしきる豪雨と凍てつく氷霧さえも、視界を隠し切る程ではない。
メロの胸の中央は真紅に染まっていた。
真っ赤な血の華が咲いていた。

39遺。(中編) ◆T4jDXqBeas:2009/11/20(金) 00:11:25 ID:rqH.z/Hc
凍る大地の生み出す鋭い氷柱は強力な殺傷力を持つ。
まだ苦悶に蠢いてはいるが、とどめを刺すまでも無い。
メロの側に居るもう一人の仲間を殺す理由も。
別れの言葉を交わすなら交わせば良い。
その程度の情けと、理由がある。

「聞くがいい、地を這う無力な子供」

彼女の名を。

     ダーク・エヴァンジェル  マガ・ノスフェラトゥ
「私の名は『闇の福音』、『不死の魔法使い』、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル!
 最強の悪の魔法使いだ!
 語り継ぐがいい、怖れるがいい、徒党を組み抗うが良い!
 私は……悪だ!!」

悪として固められればそれで良い。

エヴァは踵を返し、学校の体育館に向けて飛び去った。
悪らしく、身勝手に、ただ自分の都合と理屈のためだけに。
あと一人を殺すために。

     *  *  *

かくして舞台は再び、体育館の舞台へと舞い戻る。
そこはメロとエヴァが出て行った時のままだった。

グレーテルは天井を突き破って突撃槍で飛び去って、そのままだ。
あの絶叫がダメージによる物だとすれば、すぐには戻って来ないだろう。

古手梨花は死体として転がっているだけだった。
死体とは全てが終わった存在だ。

蒼星石は呆然と転がっているままだった。
もがれた四肢は彼女の選択肢を削ぎ落としていた。

ニケも楔に両手を括られたままだった。
まだ死んではいなかった。
違いが有るとすればただ。
目を見開き、粗い息を吐いて、意識を取り戻していた。
ただそれだけ。
だからエヴァは頓着する事も無く足を進める。

「待て、よ」

そこに居る少年を助けようとしている。だけどそれはエヴァの勝手だ。
少年の意思を尊重する理由なんてこれっぽっちも有りはしない。

「待てよ……エヴァ!!」

だけどニケはそれを理解していないようだから。
エヴァは立ち止まり、ニケの姿を見下ろした。

40遺。(中編) ◆T4jDXqBeas:2009/11/20(金) 00:12:12 ID:rqH.z/Hc
ニケは見るも無惨な有様だった。
体は紅く染まり、血に濡れていない所を捜す方が難しい。
さっきのメロの何倍も、多く深く傷つけられた。
なのにニケは生きていた。
まだ、生きていた。
悲鳴を楽しめるように、すぐには死なないように。傷は場所を選んで穿たれた。
生き残る事のないように、ゆっくりと死ぬように、部位を選んで壊された。
エヴァはこの状態のニケを治す魔法なんて知らない。
元来不死であるエヴァは回復魔法に疎いのだ。
人を強化し操る力も制限されたし、元よりそれは傷を治す便利な術になりえない。
自分を治したらしいインデックスと会おうにも、移動させればそのまま死に果てる。
工場から彼女を攫って往復しても間に合わない。
エヴァにニケを救う手段は、一つしか無かった。

「思ったより元気そうだな。
 しかし生憎だが、今のおまえに喋る権利は無い。恨み言なら後で聞いてやるぞ?
 今、言葉を遺す権利が有るのはそっちの人形の娘だけだ」
蒼星石はビクッと震えた。それだけだ。
ニケは痛みを堪えて、囁くような声で精一杯、叫んだ。
「ご褒美でオレを回復するってのか!?」
エヴァは笑いもせず、ただ見下ろして。
頷いた。

「ああ、そうだ。だが高町なのはと一緒にするなよ。
 私は正義の味方だなんて言うつもりは無い。
 正しさに流されるつもりは無いし、勿論これが正しいなどとほざくつもりも無い。
 私は私に都合が良いから、そこの人形を壊して、殺して、おまえを治す。
 それだけだ」
高町なのはがそんな事をした、という事をニケは知らない。
だがそれはこの場に関係すらしていない。
「意味がわかんねー、よ」
「判らなくていいさ。これは私の勝手な願望にすぎん。
 私はジェダを倒したい。だがその手段は私が選ぶ。
 おまえの素っ頓狂な光魔法とやらはそれなりに有効そうだからな。
 だからおまえを生かす、それだけの都合に過ぎないんだよ」
「こ、これはあれか。
 『ア、アンタのためじゃないんだからね!』とか言うやつのヤバイバージョンその名もヤンデ」
「何事も茶化せば済むと思うなよ」
「うぐ……」
どうでもいい事だがツンとヤンは全く違う。
「私が気に食わないというなら正義の味方として私を倒しにくるがいい。
 その時こそ私はおまえを迎え撃ってやろう」
ニケはじっと黙り。
エヴァもニケを見つめて。
ニケが、言った。
「……なんで、だよ」
エヴァが、応えた。
「おまえは勇者様で、私は悪の大魔法使いだ。
 おまえは光の道、私は闇の道。ならば何時か道を違えるのは判りきっていた事だ」
また少しだけ、沈黙して。
血まみれのニケは、氷のような冷笑を浮かべているエヴァを見上げて。
「違うだろ」
「ほう? 何がだ」
ニケが、言った。
「おまえはオレ達の仲間だろ」
「………………」
沈黙を打ち落とした。

41遺。(中編) ◆T4jDXqBeas:2009/11/20(金) 00:12:38 ID:rqH.z/Hc
「確かにエヴァは黒マント着て高笑いするのとか見下して誰かをゲシゲシ踏むのとか
 すっげー似合ってるし正義の味方っていうよりラスボスみたいカッコただしツルペタで
 ちんちくりんな事以外カッコ閉じるだけど」
「ッ………………」
一筋の青筋。ただそれだけで無視。
「でもさ!」
ニケが、言った。
「エヴァはオレ達の──オレとオレの仲間の、仲間じゃねーかっ」
「……勝手に決めるな」
あと今ので好感度落ちたぞと付け加えそうになった言葉を呑み込む。
エヴァはどこまでも冷たく、突き放す。
「大体、蒼星石はおまえの仲間ではないだろう?
 仲間割れをしたようだが、そいつもおまえを襲った一人のはずだ。
 私がそいつを殺そうとおまえには関係の無い事だろうよ」
「だけど」
「誰彼構わず助けるのが勇者様か? 立派だ。本当にご立派な事だな。
 だがそんな事では結局のところ誰も助けられない。
 そんな事では最初の頃の高町なのはの方がマシだったぞ!」
「だけどこいつは」
ニケが、言った。
「こいつは、オレを殺さなかった」



沈黙。
静寂にも喧騒にもなれない、中途半端なただの沈黙。
穴から響く雨音が、屋根を叩く雨音が響き続ける。
その中で。
「だが、おまえには何もできない」
正しさの確信にも至らぬまま、ただ決断が成される。
エヴァはニケの前を通り過ぎ、蒼星石の許へ向かおうとして。
ニケから視線を外そうとして。
ほんの僅かだけ、それよりも早く。
そんな事は無いと笑い。
勇者ニケが、叫んだ。
「光魔法『カッコいいポーズ』!!」
「なにぃ!?」

魔物など闇に属する存在を縛る聖光がニケの全身から放射されていた。
見ればニケを括る両手の楔拘束は横に伸ばした大の字型だ。
足を封じられてはいない。
それならば出来る。定められたあのポーズを作る事が。
両手と指を左右に伸ばし、片足の膝を曲げ、もう片方の足は伸ばす。
それだけで作れる、カッコいいポーズ。
そこから放たれる聖なる光に照らされれば、
真祖とはいえ闇に属する吸血鬼であるエヴァが動けるはずもない。

しかし同時に、そこまでだ。
鼻で笑うエヴァ。
「フン。それで? そこからどうするつもりだ」
ニケはこの魔法を使用している間、何もできない。
ただでさえ拘束され深手を負っているニケには、尚更何も出来ない。
エヴァに殺害させまいとした蒼星石にも。
「そこの人形はどうせここまでだ。
 手足をもがれて、戦う事は愚か逃げる事もできはしない」
「………………」
「考えも無しか? おまえもどうせその傷では……いや、おまえまさか!?」
エヴァは、その結末に気がついた。
ニケが、不敵な笑みでそれに答えた。
「この、愚か者がぁっ!!」

42遺。(中編) ◆T4jDXqBeas:2009/11/20(金) 00:13:11 ID:rqH.z/Hc

絶叫と共にエヴァは足掻く。光魔法から逃れようとする。
だが、できない。
カッコいいポーズはエヴァの自由を完全に奪っていた。
エヴァは怒りの言葉を叩きつけた。
「そのまま死ぬ気か、貴様!」
ゆっくりと死にゆくニケに。

ニケの傷は即死するものでこそないが、完全に致命傷だった。
例えばそれは、エヴァが空を飛んで工場とを往復しインデックスを連れてきて
それから回復の儀式を行っていてはまず間に合わない位に。
そこへ来て寝そべりながらとはいえ無理な体勢を作ってのカッコいいポーズを使えば、
ニケが死ぬまでにかかる時間は更に短くなる。
もし死の瞬間までカッコいいポーズを維持されれば。
いや、そうでなくとも死の直前まで維持されればご褒美を呼んでも間に合わない。

「そんな選択に何の意味がある!」
エヴァは言葉を尽くしてニケを説得しようとする。
ニケを思い止まらせなければならない。
この自滅を止めなければならない。
だけど。
「そこでおまえが死んだところで、その人形娘はもうどうにもならないのだぞ!
 そんな死に損ないを助けてどうする!」
「エヴァが、連れてってくれよ。ランドセルにでも入るだろ」
「どうしてそこまでして助ける!?」
ニケは、小さく息を吐く。
少し呆けたように、目を瞬かせた。
それから、言った。
「だって、エヴァが誰か殺すのもイヤだしさ」
答えに。
「もう遅いっ。おまえの横に転がる古手梨花は……私が、殺したんだ」
嘆き。
「……苦しそーじゃないか、エヴァ」
読みに。
「それに、さっきの奴も殺してきた。おまえの動機は全てが手遅れだ! 何もかもな」
怒り。
「一人殺したら、もうダメなのか。二人殺したら、戻れないのかよ」
訴えた。

「オレは、エヴァのことを嫌いになるなんてまっぴらだからな」

エヴァが息を呑んだ。
ニケは語る。
「オレは仲間を嫌いになんてなりたくないんだ。
 仲間が仲間を殺すなんてイヤだね」
エヴァが食いつく。
「おまえを殺せなかった人形が仲間扱いなのは良いだろう。
 だがおまえは見えているのか? おまえがしようとしている事が」
しかしその論理は。
「おまえがこのまま死ねばそれは厄種のガキの殺害数になるだけだ。
 後には四肢をもがれた無力な人形が転がるだけ。それだけだ」
エヴァが本来信じている論理ですらない。
「なんの意味がある。全ては死に向かうだけだ」
ニケを封じようとしただけの声でしかなかった。
だからニケは振り払う。
「さっき正しいからは理由にならないって言ったのは、エヴァだろ」
吐き出す想いで、粘りつく泥沼を。

43遺。(中編) ◆T4jDXqBeas:2009/11/20(金) 00:13:40 ID:rqH.z/Hc
「誰かを助けるために誰かを殺すって、どう考えたって泥沼じゃねーか。
 もう助からないから殺すって、もっと違うだろ。
 殺した奴は嫌われて、殺された奴の仲間は悲しむんだ。
 戦わなきゃいけないのかもしれないけど。
 殺さなきゃ生きられないのかもしれないけど。
 仲間が仲間を殺すなんて、仲間が敵に殺される以上に最悪じゃないか。
 誰かを嫌いになるなら、敵だけ嫌いになった方が、マシだっ」

ご褒美システムを、振り払う。

エヴァは気付いた。
ニケの視線が最早焦点を失っている事に。
恐らくはこの多弁ささえも、意識を保つ最後の綱。
呼吸器は傷つけられていないから言葉を紡ぐことはできるけど、それもあと少し。
叫びを最後にニケの体から力が抜けていく。
もう、死ぬ。
今更ご褒美を呼んだところで間に合いもせず。
それでもギリギリまで、カッコいいポーズを放ち続けて。
「だから……この方が、マシだっ」
訪れる死を前に。
遂にエヴァは、目の前の勇者の生存を諦めた。

「くそう、結構心残りが多いぜ。
 なのはに酷い事言ったのを謝れなかったのと……
 八神はやてが死んでヴィータがどうしてるのかと……
 エヴァがこれからどうするのか結局わかんねーのと……
 グレーテルって子がクソみてーな世界に居続けてるのと……
 インデックスのシースルーな格好をもう一度拝めなかったのが心残りだ」
「…………フン。女の子ばかりだな、というか最後のを他と同列に語るなっ」
「あ、途中のグレーテルって子は女の子じゃなかったってゆーか男の娘だったってゆーか」
「なに!? 確かに戦闘中おかしかったが、しかし同じようなものだ!」
エヴァも、今度は律儀にツッコミを入れた。
なのはが過酷で無惨な様になっていた事も、ヴィータが魔女の連合に居た事も胸に仕舞って。
グレーテルについてどうしようもないと考えている事も、エヴァがこれからどうするかも話さずに。
そのツッコミはきっと、半分くらい優しさで出来ていたのだろう。
ニケはニッと笑って。
息を吐いて、吸って。
「……それ、から…………」

最後の心残りを吐いた。
一番たいせつなひとの名前を。

「ククリに会えなかったのが、心残りだ」







「ククリ?」

転がっていた、四肢をもがれた人形が。
呆然と話を聞いていただけの少女が。
蒼星石が、顔を上げて呟いた。
「まさか君は、ニケ君なのか?」

44遺。(中編) ◆T4jDXqBeas:2009/11/20(金) 00:14:15 ID:rqH.z/Hc
エヴァとの会話の中でも、たまたま、彼の名前は出ていなかった。
ニケは精一杯に頷く。
「あ、ああ……まさかおまえ、ククリに会ってたのか」
蒼星石は知っている。
トリエラ達との情報交換で、ククリという少女がニケという少年を捜していた事。
それからどんな経緯を辿りどんな“結末”を迎えたかも、知っている。
だから答えた。
「ククリさんは、何人もの仲間に守られて、北東の街の旅館に居たよ。
 温泉なんかも有ったよ、あそこは」
「マジかよ、ずりぃ…………ちくしょう、覗きたかったぜ。
 でも、ほんとうにぶじでよかった」

ホッと、息を吐いて。
気が抜けて。
力が抜けて

「ニケ!」

響き渡ったエヴァの叫びに。
最期に一言だけ、ニケは言葉を吐き出した。

「やっぱ勇者ってサイコーだぜ」

命と一緒に吐き出した。

そうやって。



勇者ニケは、死んだ。

【ニケ@魔法陣グルグル 死亡】



【D−4周辺/不明/2日目/黎明】
【グレーテル@BLACK LAGOON】
[状態]:疲労(中)、全身凍傷(軽)、左腕負傷(大)
    喪われた心臓の代わりに核鉄(サンライトハート)が埋め込まれている。
    核鉄に大ダメージを受けたため消耗大
[装備]:サンライトハート(相当な損傷を受けた)@武装錬金
    ソードカトラス×2(1+15/15)(銀10/15)@BLACK LAGOON、ソードカトラス専用ホルダー
[道具]:基本支給品一式、塩酸の瓶×1本、毒ガスボトル×1個、ボロボロの傘
    ソードカトラスの予備弾倉×3(各15発、一つだけ12発)、バット、
    蝶ネクタイ型変声機@名探偵コナン、救急箱、エルルゥの薬箱の中身@うたわれるもの
(カプマゥの煎薬(残数3)、ネコンの香煙(残数1)、紅皇バチの蜜蝋(残数2))、100円ライター
    スペクタルズ×8@テイルズオブシンフォニア、クロウカード『光』『剣』@CCさくら、
    コエカタマリン(残3回分)@ドラえもん、
[服装]:いつも通りの喪服のような黒い服。胸の中央に大きな穴が空いている。雨に濡れて湿っている。
[思考]:不明
第一行動方針:不明(「南の方」に向かう、再襲撃する、隠れて休むなど)
第二行動方針:千秋との再会を楽しみにする。千秋が「完全に闇に堕ちた」姿を見届けたい。
第三行動方針:機会があればまた紫穂と会いたい。2人きりで楽しく殺し合いたい。
基本行動方針:効率よく「遊ぶ」。優勝後はジェダに「世界のルール」を適用する(=殺す)。
[備考]:キルアの名前は聞いていません。
    シルバースキンの弱点(同じ場所をほぼ同時に攻撃されると防ぎきれない)に勘付きました。
    「殺した分だけ命を増やせる」ことを確信しました。ただし痛みはあるので自ら傷つこうとはしません。
    銀の銃弾は微妙に規格が違う為、動作不良を起こす危険が有ります。使用者も理解しています。

45遺。(後編) ◆T4jDXqBeas:2009/11/20(金) 00:18:27 ID:rqH.z/Hc
ブルーはメロに駆け寄りながらも、恐らくは助からないと感じていた。
あれほどの戦闘経験者が追撃を掛けずに立ち去るのは──ブルーを見逃した事は不可解だが、
既に致命傷を与えているからに他ならない。
事実、近寄って見たメロの姿は致命傷を受けているようにしか見えなかった。
氷の刃は折れたのか貫通こそしていないものの、
丁度心臓の上の場所を正確に、真っ赤な血で染め上げていたのだから。
だからエヴァが飛び去った後でメロが不敵な笑みを浮かべても、理解できなかった。
「予想通り、焦っていやがる」
「え……?」
困惑の声を上げて、数瞬してから気付く。
エヴァがニケを助ける為にご褒美を求めているならば。
もう一人分の殺害予定を体育館に放置しているならば。
エヴァには“何か切り札が有るかもしれないブルーにまで戦いを挑む理由が無い”。
もちろんその可能性は低いが、何らかの支給品で足止めを喰らう可能性は否定できない。
それなら遠距離からメロに致命傷を与えただけで、近寄らずに退く事は、
一刻一秒を争う状況では妥当な判断だったと言えるだろう。
しかしメロのそれを見落とした事は明らかな失敗だった。
「ぐ……賭けに生き残った。それだけだ」
メロは胸元から、真っ赤に染まった布を取り去った。

梨花の死体を舞台装置として機能させるために、梨花と、メロの体には布が被せられていた。
その布を適度な大きさに千切り、ニケの血に浸した物がそれだった。
メロの胸元を染めた真紅の血は、ニケが使っていた血溜まりの一片だ。
それによりメロは偽りの致命傷を演出した。

それだけではエヴァの魔法を受けて生き残る理由になりえない。
「氷の攻撃なら、掠める位なら耐え切れるだろうと思ってな」
メロが着ているローブは賢者のローブ。
高熱と冷気と暴風から着用者を守る魔法のローブだ。
加えてメロに氷の刃は直撃していなかった。
左肩と左脇腹と右膝を掠めてはいたが、ローブに守られていた事もあって深い傷ではない。
メロは生き残った。

同時に、それでも不味い状況だと認識する。
命に別状は無くとも重なる傷は全身を消耗させている。
ようやく取れた睡眠も完全ではなく、疲労自体もかなりの物だ。
今も降り続く冷たく鋭い雨が傷に滲み込んで疲労を深くしている。
なにより手足に受けてきた傷が、不味い。
(左腕は殆ど動かず、指は三本だけ。左腕が動かないだけでも相当な痛手だ。
 右手も縄抜けの際に抜いた親指が痛むな。握力はかなり下がっている。
 物を掴んで運ぶ位は問題無いが、相手が一般人でも殴殺は厳しいだろう。
 今受けた右足の傷も、深くは無いがさっさと応急処置をして逃げないとまずい。
 右手でランドセルを掴んで来れたのは僥倖だが……クソ)
冷静に自分の状況を省みて、歯噛みする。

舞台に転がっていたメロのランドセルは、目ぼしい物を殆ど抜き取られていた。
恐らく舞台まで持ってきた所で中身を検分したのだろう。
残っているのはバカルディや食料などを含む基本支給品だけだ。
弾だけで無意味だったとはいえ弾丸は当然抜き取られたし、救急箱や薬品の類も無い。
チャチャゼロを失ったのも痛手だ。
恐らくは倉庫の方に転がったままなのだろう。

加えて、急いでここを離れる必要が有る。
エヴァをやり過ごす事が出来たとはいえ、彼女はご褒美を呼ぶはずなのだ。
数分もしない内にメロが生きている事が露呈してしまう。

46遺。(後編) ◆T4jDXqBeas:2009/11/20(金) 00:18:46 ID:rqH.z/Hc
「メロ、急いでここを離れなきゃ」
「判っている。肩を貸せ。手当てをすれば治る程度だが、足が痛む」
「え。ええ、判ったわ」
すぐさまブルーが近づき、メロの右肩を下から抱え込む。
メロはブルーの肩を借りて歩き出す。
泥水を跳ねながら、歩いていく。
この場から離れていく。
急ぎ、思考をめぐらせながら。
今すぐに、とても重要な事を決めなければならないのだ。

ブルーを殺すかどうかを決めなければならない。

(肩を貸してもらうのも賭けだったが、咄嗟に切り捨てられはしなかったか。
 だろうな。
 身を挺して自分を守ってくれる人間だと判断したなら、この状態でも俺はまだ有用だ。
 ブルーには俺を切り捨てるかどうか、ゆっくりと考える時間が有る。
 そして俺にとってもブルーは有用……そう、ただ有用なだけだ。
 感情は、抑え込める。
 抑え込めなければならない)
媚薬によるブルーへの慕情はまだ存続している。
なにせメロは、今回の危機に当たって二度もブルーを助けているのだ。
どちらも自分の為に繋がる行為であったが、それだけと断言する事はメロ自身にも出来ない。
だが。
それでも、どうしても必要ならば、メロはブルーを切り捨てられる。
ニアを出し抜いてLを超えるためならば。

メロは自分が決して理性的な人間ではない事を理解している。
メロが持つ殆どの動機の根幹は、ニアへの対抗心によるものだ。
ニアを超えなければ、メロはLに届かない。
羨望か、嫉妬か、嫌悪か。
向上心か、虚栄心か、名誉欲か。
何にせよそれは、メロの全てと言っても良い。
その為ならば、家族や恋人でも切り捨て“なければならない”と考える。

だからメロはじっくりと考えた末に必要であれば、慕情さえも押し込めて。
ブルーを、殺せる。
今ここで三人目の殺害によりご褒美を貰う必要が有ると考えたならば、ブルーを殺せる。
最初に殺した大柄な少年に火事の現場に放置し放送で呼ばれた江戸川コナンを含めれば、
次の殺害でご褒美がもらえるのだ。

殺害方法は容易い。
今メロが肩を借りている……つまりメロの腕の中に有るブルーの首を、抱き締めて。
絞めれば良い。
右手の握力は落ちているが、腕力への影響は無い。
ある程度は鍛え抜かれたメロの膂力なら、片腕でも女子供くらいは絞め落とせる。
風の剣を展開されると不味いが、絞めに入ってからなら勝算は十分に有る。
奇襲と呼吸困難による混乱から立ち直るのは難しいからだ。
それこそ絞めに入った時点で腕に握られてでもいなければ七割、いや八割方は殺せるだろう。

そうしてブルーを殺せば、ご褒美で傷を治す事が出来る。
全身の消耗を回復して両腕も万全にすれば、行動の選択肢はかなり広がる。
ブルーを殺すメリットは他にもある。
ここまで負傷が重なったメロは何時ブルーに切り捨てられてもおかしくない存在だ。
安全の確保という意味でも、メロにはブルーを殺すメリットが存在している。
リスクとリターン。
メリットとデメリット。
メロは考えに考えて。
ニアを超える為にどうするかを決めた。

47遺。(後編) ◆T4jDXqBeas:2009/11/20(金) 00:19:19 ID:rqH.z/Hc
「ブルー。そろそろ、良いだろう」
さっきの場所からは十分に離れていた。
エヴァが追撃に出てきても、足跡が消え視界も悪い豪雨の中での捜索は困難だろう。
事を起こすなら、今だ。
だからメロは、言った。
「さっさとやれ。その手に握った風の剣でな」
「なっ!?」

ブルーの手には自らの首に巻きつくマフラーの一端が握られていた。
即ち風の剣の一端だ。
ブルーは既に、メロを殺す為の凶器を握り締めていた。

「ち、違うわよ、メロ、これは……」
メロを放り出してあとずさるブルー。
その瞳に浮かぶのは激しい迷いと、動乱。
ブルーはメロを殺すかどうか迷っている。

一方のメロは放り出されて泥水に膝を付く。
前のめりに倒れそうになり、辛うじて右手をついた。
親指が、痛んだ。
泥飛沫が舞った。

メロは仰向けに倒れ込む。
木々の枝を抜けてくる冷たい雨に顔を打たれながら、ブルーの姿を見上げる。
借りていた肩を避けられれば地に叩きつけられる程に、今のメロは弱かった。
「言い訳は不要だ」
それでも言い訳はせず、させない。
迷うブルーを説き伏せようともせず、逆に言葉で畳み掛けていく。
「俺を殺す気なんだろう? いいだろう、殺せ」
ブルーよりメロにとって有り得ないはずの選択肢へと追い込みを掛ける。
「おまえになら託せるからな」
「託す……?」
メロは断言する。
ブルーの心情を、自らの言葉で定義する。
ああと頷いて、宣言した。
「おまえは信頼できる女だ」

困惑。そして惑乱。
理解できない。
まるで意味の通じない言葉の連なり。
ブルーは問うた。
「それが、今から自分を殺そうとする女に向ける言葉?」
首肯が返る。
それが確かな事がと知っている、そんな頷きが。
「確かにおまえは信用できる女じゃない。きっぱりと悪女だろうよ」
「なら、どうして」
見つめる視線。返る視線。
内に秘められた、量れない意思。
ブルーにはメロが何を考えているかわからない。
同じように、メロにはブルーが信じられる人間かなんてわからないはずだった。
それなのに。
「おまえは人を裏切ることができる女だ。
 親しい人間にさえ嘘を吐き、翻弄することができる女だ。
 騙り、偽り、謀り、誤魔化し利用して陥れることができる女だ。
 化かす女だ。
 なのに、想いを裏切ることだけはできない」
メロは言い放つ。
ブルーの内に秘められた本質を。
「だからおまえは、信頼できる女だ」

48遺。(後編) ◆T4jDXqBeas:2009/11/20(金) 00:19:46 ID:rqH.z/Hc
そう言って、メロは託す。
自らの想いを。
「俺の想いを託すに足る女だ」

わからない。
ブルーにはわからない。
風の剣を握る手が震えているのは寒いからだろうか。
それとも、怖いからだろうか。
(多分、怖いからだ)
そう理解する。
ブルーは彼の知恵を、洞察を、意思を恐れている。
刃を振り下ろす勇気さえも。
その後に再び歩き出す強ささえも危うく思えるほどに、圧倒されている。

「俺の目的は、俺の打った手がニアのそれよりも早くジェダの牙城を打ち崩すことだ。
 だから俺はおまえに託すと言っている。
 おまえに、俺のやったような事をやれとな」
だから、メロの言葉を返せない。
まるで染み入るように染み込んでいく。
ブルーを規定してしまうメロの言葉が入ってくる。
「足手まといは殺してもいい。もちろん邪魔な奴もだ。
 親しい奴だろうと、自分を慕う奴だろうと関係無い。
 手段は選ばず、だが俺の目的を継いでくれ。
 俺を殺してな」
その言葉はこれから殺される人間とは思えないほどに力強くて。
思わず、ブルーは呟いた。
「……できないわよ、そんなの」
小さな弱音を吐いていた。

ブルーが自ら決意したのであれば別だったかもしれない。
自ら殺害を心に決めていたのであれば。
だけどメロから向けられた遺言で逆に、揺らいでしまった。
最初の出会いの時からメロに感じていた敗北感が、圧倒的な迫力を見せ始める。
意のままに操れば。あるいは殺せば、メロを乗り越えられると思っていた。
だが、大きな過ちだった。
実際にメロが、その慕情から命がけでブルーを守り、命すら差し出してきた時、思ったのだ。

メロを殺した後、自分はどうするのだろうか、と。

メロの遺言を無視して自分だけの為に生きることはできない。
それは解くことのできない呪いを生涯背負って生かされるようなものだ。
だが、メロの遺言に従い彼を継ぐ事などできるのだろうか?
殺意すらもメロに握られたこの有様で。
ブルーは堂々巡りの迷路に嵌る。
そんなブルーに。
「殺せ」
「できない」
「やれ。何なら酒の勢いに頼ってでも、踏み出せ」
メロは一本のボトルを取り出していた。

バカルディ・ラム。

49遺。(後編) ◆T4jDXqBeas:2009/11/20(金) 00:20:10 ID:rqH.z/Hc
約四十度というかなりきつめのアルコール度数は、
ストレートで飲めば喉を焼くと共に理性をも焼くだろう。
メロはそれを軽く呷ってから、ブルーへと放った。
「飲め」
ブルーはそれを受け取り、戸惑い、躊躇いながらも。
それに、口を付けた。

初めて味わう高濃度のアルコールは、思ったより軽やかな味で喉を流れ落ちていった。
少し生っぽい泡を感じた気がして、だけどそれを気に留める暇もなく。
次の瞬間、腹にカッと火がついた。
「っ」
灼熱感とでもいうべき感覚。
戦いの中で炎に焼かれる痛みじみた熱さとは全く違う、なのに火に灼かれると表現すべき熱さ。
喉も胃も焼けるようだった。
ブルーは自分の支給品の水と噛み砕いた食料で喉を濯ぐ。
ストレートのバカルディは子供の体で飲みすぎれば酔い潰れてしまいかねない。
やがて少しずつ、酔いが回っていく。
気持ちが大胆になっていく。
「おさらいだ、ブルー。Q−Beeについての仮説は覚えているな?」
恐らく二人で考察を交わすのも最後なのだろう。
殺害と違ってこの行為に抵抗は無い。だから、素直に言葉が出てきた。
「ええ。あの復活劇は逆にQ−Beeの重要性を証明したって話でしょう。
 次にすべき事は、Q−Beeを殺害した参加者を捜して情報を得ること」
「その通りだ。その参加者の居所についても考えてみたが、幾つか限定できる。
 まずあの映像において、Q−Beeの死体は抉れた地面に転がっていたが、
 あの地面にはアスファルトの破片が混じっていた」
流石、という感想が過ぎる。
つまりQ−Beeが殺されたのは、どこか道路が張り巡らされている場所だ。
「でもそれだけじゃ、殆ど島の全域よ? 何処を目指せばいいの?」
「砕けた地面について考えろ。
 あの地面は元々砕けていた可能性も有るが、強力な攻撃で、
 路面ごとQ−Beeの頭部から下を吹き飛ばした──そう考えても辻褄が合う」
「それがどういう……ああ、そういう事」
そういった攻撃は得てして轟音を伴う。
強力な爆弾を炸裂させたようなものだ。
ブルーの知識なら、マルマインの大爆発を一斉に炸裂させたようなものだろう。
「この近辺の奴じゃない。少なくともあの小坊主を殺した厄種の仕業じゃない。
 それから、確率の話だが森の中や平地といった“移動中の道路”である可能性は低い」
これもブルーは理解した。
むしろブルーの得意とする領域の話だ。
戦場が開けた場所であれば、立ち回りによって狭い道路から外に移動する可能性は高い。
森の中ならば特に、遮蔽物を利用した戦いに持ち込むのは必然と言っても良い。
Q−Beeが殺されたのは恐らく市街地。
北東か、南西か、南東の廃墟か。
「八度目の使いという所からして、時間的には遅い時間帯のはずだがな。
 夕方の六時時点でご褒美は四度だと言った。
 その時点で一人〜二人の殺害分が残っているとはいえ、半分よりは後だろう。
 九時以降というところか。
 夜遅く、轟音の響く戦いが起きた街で、誰かが、Q−Beeを殺した」

確信を持ったメロの言葉。
ブルーは何度も流石だと身につまされる。
情報収集力と相手の裏をかく力には自信が有ったブルーだが、
その二つはともかく情報分析力においてはメロが圧倒的に上回る。
メロとブルーはしばらく言葉を交わす。
情報を纏めていく。

50遺。(後編) ◆T4jDXqBeas:2009/11/20(金) 00:20:29 ID:rqH.z/Hc
ブルーが何を選択したのか。
それがどちらであったにせよ、メロにとっての問題にはなりえない。
何故ならブルーの選択の如何に関わらず、メロの意思は続くからだ。

ブルーがメロを殺せなかった場合の理由は言うまでも無い。
数時間後にブルーの中で膨れ上がる『メロへの慕情』が掻き消えたとしても、
その頃にはメロの広く浅い傷と消耗もマシになり、切り捨てられる理由はなくなる。
メロからブルーへの想いも醒めているだろう。
メロは再び優位に立つ。
何よりそれまでの間、彼女の愛を受けられるというのは好ましい。
今、この瞬間のメロは、ブルーを愛し、穢し、貪り尽くしたいとすら想っているのだから。
メロにとってこちらの結果が最良である事は語るまでも無かった。

だがしかし、それが叶わなかったとしても。
メロを殺せばブルーはその死に呪縛される。
例えしばらくして『膨れ上がるメロへの慕情』が掻き消えたとしても、
それまでにブルーは行動方針を確たる物にしているだろう。
ちょっとしたきっかけの一つが失われても既に歩き出しているはずだ。
死者への問いが解決する事は無い。
メロの意思は託される。
その成果を自分で確認できない事は悔しいが、ブルーが上手くやる確率はまあまあだろう。
既に武器を握り締めていたブルー相手にこれならば、上々と言っても良かった。

切った札は媚薬入りのバカルディ・ラム。

メロが口を付けた水と同じ、最初から封を開けられていた飲料。
メロはそれがそうであるという確証さえなかった。
ただ、ブルーが既に武器を握り締めていた以上ブルーの殺害はありえなかった。
ブルーに殺されない手段としても追い込む方が確率としては高かったし、
ブルーに託して現状の散々なメロより上手くやってくれる見込みはそれなりに有った。
メロは既に、ブルーに対して勝利していた。

メロとブルーの視線は絡み合い、そして。

     *  *  *

51遺。(後編) ◆T4jDXqBeas:2009/11/20(金) 00:20:52 ID:rqH.z/Hc
「私はもう、光の側へは戻らん」

感情を押し殺した吸血鬼エヴァンジェリンの言葉が、淡々と闇に響いた。
それはニケの死も、想いも、全てを踏み躙る言葉に思えた。
とても残酷な答えだと。
だから蒼星石は抗った。
「──それで、いいの?」
手も。
足も。
仮初めの仲間も。
生きうる見込みも。
全てを奪われたって、それでも。
「彼は、それじゃダメって言ったじゃないか」
ニケは怯まなかった。
身動きも取れず死にゆく身でさえ、己の意思を貫き通した。
蒼星石は思う。

勇気ある者とは彼のようなものを言うのだろう。

だから想う。
自分のためではなく彼のために、何かをしてやりたいと。
蒼星石は元より、自分の為に動くのは性に合わない。
善い事の為でも、悪い事の為でもなくて、誰かを進ませる為に何かを為したかった。
エヴァはそんな蒼星石を見下ろして。
蔑むように、哀れむように、嗤った。
「蒼星石。ククリの話にはまだ続きが有るのだろう?」
「………………」

見抜かれていた。
蒼星石は仕方なく、しかし構わない事だと受け入れて頷く。
ニケに隠し通せたのだから、隠し続ける理由はもう無い。
「彼に告げた通りだよ。
 ククリさんは何人もの仲間に守られて、北東の街の旅館に居た。
 温泉も有るところだった──だけど。
 僕が見た時、旅館は既に破壊されて、ククリさんは僕の姉妹に殺されていたんだ」
沈痛な結末にエヴァはやはりかと頷いた。
全てではなくとも、その死は予想の内に有ったのだろう。
「おまえの姉妹は人殺しで、おまえも人を殺す生き方に手を貸した。
 相方に裏切られてそうなっているのはおまえの正しさではない。
 ただの弱さだ。
 おまえが悪としても半端だったという、それだけの結果にすぎん」
辛辣な言葉に、蒼星石は頷く。
けれど食い下がった。
「そうだ。僕はもう、何にもならないものになってしまった。
 だからこんな話を僕がするのは幾らでも笑ってくれていい。
 全てが、自業自得なんだから。
 でも君はそうじゃない、エヴァンジェリン」
返るのはせせら笑いだけ。
それでも蒼星石には懸命に言葉を重ねることしかできない。
「ニケ君は君に、帰ってこいって言ったじゃないか。
 それなら君は帰ることができるはずだ。
 例え彼が死んでしまっても、彼は帰る道を示したんじゃないか」

52遺。(後編) ◆T4jDXqBeas:2009/11/20(金) 00:21:12 ID:rqH.z/Hc
買えたのは少しの疑問だけ。
エヴァは蒼星石に問いかけた。
「おまえは何のために殺し合いに乗ったのだ」
「優勝者に与えられる願い事でみんなを生き返らせて、全て無かった事にするために」
エヴァはそれが可能であるか不可能であるかを問おうとは思わなかった。
優勝の見込みも、ジェダがそこまでの願いを叶えるどうかも問おうとはしなかった。
「復活が存在する事は間違いない。僕は修復された体に呼び戻されてここに在る。
 他にも復活の魔法が存在する世界から連れて来られた人は居る」
「そうか。それで?」
ただ、問うた。
蒼星石は答えた。
「だけど、殺して、殺しあって、殺されて。
 嫉み、怨み、憎み、怒り、嘆いて。
 そんな想いを抱いたまま、全てを無かった事にする事なんてできないんだ。
 例え蘇ったとしても、その死が呼ぶ妄執は心の樹に絡みつく。
 どうしようもなくなった後で、ようやく気付いた。
 例えどんな理由で、何をして戦うにしたって。
 歪んだ想いを、歪んだまま果たしちゃいけなかったんだ」
「そうか」
エヴァはその言葉をただ、聴き。
そして、
「だが」
言った。
「正しさの結末が奴の死だ!!」
まるで全ての想いを吐き出すように。

「正義は、弱い」

煮え滾る言葉。
その怒りの言葉は何故か、敗北者の如き苦渋に満ちた声で紡がれていた。
「手を汚さず、足を泥に沈めずに何が出来る。
 汚れる事を怖れず襲ってくる相手にどう抗う!?
 抗えはしない! ならばっ」
いや、きっとそうなのだろう。
彼女は。
エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは。
「誰かが全ての罪を背負って往かねばならんのだっ」
死という終着に向けて歩いていたのだから。
沈黙が横たわる。
雨の音がただただ響き続けている。

「君は……まさか……」
エヴァの言葉を噛み締めると共に、蒼星石は理解しつつあった。
彼女が何に対して怒っていたのか。
ニケが言ったように、どんな理由であれ。
それが他の殺害者を減らしたり誰かを助けるためであれ、人を傷つければ怨み憎しみが生まれる。
傷つけられた者が苦しみ、被害者とその仲間が加害者を怨むだけに留まらず、
加害者も苦しみ、その仲間と加害者の絆さえも危うくなる。
それこそが負の連鎖だ。
断ち切れない悪夢の侵蝕だ。
「正しさを拠り所にすれば罪は皆に降り注ぐ。
 それを悪いとは思わんが、勝手な都合を押し付けるつもりも無い。
 ならば私は、悪を往こう」

53遺。(後編) ◆T4jDXqBeas:2009/11/20(金) 00:21:38 ID:rqH.z/Hc
エヴァはニケに言われるまでもなく理解していた。
例えば高町なのはなどは、そうやって孤立した末に迷走したのだろう。
ヴィータを殺さずに止めた時は賞賛したが、やはりあれは、
(あの娘は罪を背負うべきではなかったのだ)
叶うならば、エヴァが行いたかった。
あの時のエヴァにはその余力が無くて、ヴィータを殺すことが出来なかった。
だからそれを殺さずにしてのけた高町なのはを賞賛すらした。
彼女は悪を背負えるのだと信じて。
もしもエヴァが行えていれば、高町なのはがあんな姿になる事はなかっただろう。
そう思うと、胸が痛んだ。

古手梨花の殺害から、エヴァは悪に生きて散る事を決めた。
これまで歩いてきた道を、命尽きるまで走り果てる事を選んだ。
光に住まう者達が愛しいから、護りたい。
もう、誰もこちら側──闇側に堕ちる必要など無い。
あらゆる罪は一切合切エヴァが背負い、悪の代表として正義の前に果てるのだ。
たった一人、誰も道連れにすること無く。
それがエヴァの胸に燈る最期の望みだ。

エヴァは哀切と共に床に横たわるニケの遺骸へと視線を下ろす。
(おまえが死んでどうするのだ、ニケ)
正義の味方は他にも居る。
あの工場に居た、リンクやインデックス達は皆そうだと思えた。
だけど叶うならば、この勇者に。
世界に存在する理不尽にツッコミを入れ茶々を入れ、悲劇を台無しにしてくれる、
この喜劇舞台の勇者に倒されるならば、どんな結末も笑って赦せそうな気が、少しだけしたのだ。
ほんの少しだけ、他よりも小さじ一杯程度には強く期待していたのだ。
万感を込めた視線は、一瞥だけで離れた。

「私は光を知らしめる影となる。おまえはそれを手伝え」
「僕が……?」
蒼星石は困惑と共にエヴァを見上げた。
「あれだけの事があり、あれだけの事を言って、何もしないとは言わせん。
 おまえには私を手伝ってもらう。
 別に罪を背負えとは言わん。私に付いてくる必要も無い。
 悪を映えさせる者として正義に味方してもかまわん。
 ただ私の在り方を手伝え。それすらしないというなら死ね」
あまりにも身勝手な言い分だった。
だけど蒼星石が何もすまいと、エヴァはそう生きて、死ぬのだ。
彼女に従うにせよ抗うにせよ、少なくとも放っておけるはずはなかった。
一つの、致命的な問題を除いては。
「今の僕に何が出来るっていうんだ」

彼女の両手足はニケの咄嗟の反撃と、グレーテルの悪意によって破壊されている。
両腕が有ればふわふわと浮かびながら金糸雀のバイオリンで戦えなくもない。
片腕と両足が有れば、機敏に駆け回り庭師の鋏で戦えなくもない。
しかし全てが破壊されれば、浮かび移動する事は出来てもその先が何も無い。
まだこの肉体を『自らが在るべき体』として認識し“生きて”いられる事さえ驚きなのだ。
破損部は残っているものの、繋げられるのは稀有な人形師だけで、完全に八方塞──。

54遺。(後編) ◆T4jDXqBeas:2009/11/20(金) 00:22:20 ID:rqH.z/Hc
「それは……?」
何時の間にか、エヴァの手には人形が抱かれていた。
いかにも口の悪そうなカクカクとした口の人形だ。
エヴァは人形を見下ろして、旧知の仲の様子で話し始めた。

「本当に倉庫に転がっていたか。久しぶりだな、チャチャゼロ」
「オウ。オレハ御主人ガブッ倒レテル時ニ会ッテルケドナ」
「神社の時か。やはりあの男の言っていた事は本当だったのだな」
「めろノ事カ? アイツハナカナカノ悪党ダッタゼ。ソーイエバドコイッタ?」
「私が殺した」
「エッ」
「なんだその驚き様は。いつもの事だろうが。」
「ダッテアイツ、御主人ガ気ニ入リソーナ気合ノ入ッタ悪党ダッタゼ。
 ソレニ御主人、最近ツマンネー程マルクナッチマッテタジャネーカ」
「………………」
「昔ノ筋金入リダッタ頃ノ御主人ミテーダゼ」
変わった。
いや、戻った。そうなのだろう。
エヴァは自分が少し前とは違い、ずっと前のようになっている事を自覚していた。
闇の底を這いずるように生きていた、あの頃のように。
「イヨイヨヤル気ニナッタッテーナラオレハ楽シインダケドヨ」
「なら口を挟むな、チャチャゼロ」
「御主人、ヤケニナッテネーカ?」
自棄。
そう、それも間違いなく今のエヴァを駆り立てる理由の一つなのだろう。
悪であろうという決意はあっても。
光に寄り添うことすらせず、闇として討たれようなど、少し前のエヴァならば考えなかった。
「ソコニ転ガッテル吸血痕付キノガキト関係」
「もういい、黙れ」
「オウ」
疑問の言葉は封殺された。チャチャゼロは黙った。
矢継ぎ早に命じた。

55遺。(後編) ◆T4jDXqBeas:2009/11/20(金) 00:22:45 ID:rqH.z/Hc
「それから、眠れ。おまえの中の魔術の回路は封鎖されているようだが、素材は生きている。
 おまえの体を部品に使って、仮の人形契約も結べば、私が送る魔力で動かせる物にできるだろう」
側に転がっていた蒼星石が、息を呑んだ。

「まさか君は、僕の修復の為に従者を壊すつもりなのか!?」
エヴァはチャチャゼロを見つめたまま、答えなかった。
沈黙は肯定だった。
治される身である蒼星石当人が、誰よりも驚愕した。
「その子は長年連れ添った君の従者なんだろう!? それを、そんな理由で……!」
「アァ。オレハ御主人ニ従ウゼ」
「な……っ!!」
別に大した事でもない。
チャチャゼロはそんな口ぶりで終わりを受け入れた。

エヴァは自らの従者に告げる。
「中枢部は使わないが、私は生きて帰るつもりが無い。永い眠りになるだろう」
「ソーカ。オワカレダナ、御主人」
起こす者は居なくなるだろう、と。
チャチャゼロを宿した人形の中枢は、誰にも省みられる事無く徐々に朽ちて逝くだろう。
何十、何百年という時間の果てに。
チャチャゼロは茶化すように、言った。
「マ、ドーセ御主人ガ学園ニ囚ワレテカラハ別荘デ暇シテタンダ」
「うっ」
エヴァは思わず言葉に詰まる。
エヴァが学園結界に囚われ、チャチャゼロを動かす魔力が無い頃、
チャチャゼロが動ける唯一の場所でも有る“別荘”の管理を任せていた。
ただでさえ退屈で冗長な学園生活に鬱屈したエヴァが使わなくなっていた、
外の一時間で中の一日が過ぎ去る異空間の別荘だ。
「ナニ気ニシテンダ、御主人」
チャチャゼロの表情はいつも通り、カクカクと喜劇めいた人形の顔。
そこに苦しみや辛さは見受けられなかった。
人形であるチャチャゼロの時間感覚は人間のそれとは違う。
「オ人好シニ悪党ハデキネーゼ?」
「判っている。だが」
「ダガ?」
それでもエヴァは言わずに居られなかった。
エヴァの都合で使えなくなり一時期遠くに置いても、代わりを作っても。
それでも最後の最期まで忠実であった、この従者に、ただ一言。
「すまなかった」
詫びを送りたかった。
チャチャゼロが、ケタケタと笑った。

「ジャーナ。ドーセナラ派手ニ散レヨ、御主人」
「フ……フフ……分かっている、私を誰だと思っている?」
「最強ノ悪ノ魔法使イ、えヴぁんじぇりん様ダロ? オレノ自慢ノ御主人ダ」
「ああ、そうさ。そうだとも。じゃあな。……眠れ、チャチャゼロ」

短い会話の末に、チャチャゼロは眠りに就いた。
きっと、目覚めることの無い眠りに。

56遺。(後編) ◆T4jDXqBeas:2009/11/20(金) 00:23:27 ID:rqH.z/Hc
その左腕から抜き出された素材は蒼星石の左腕を繋ぐ為に使われた。
その右腕から抜き出された素材は蒼星石の右腕を縫う為に使われた。
その左足から抜き出された素材は蒼星石の左足を直す為に使われた。
その右足から抜き出された素材は蒼星石の右足を継ぐ為に使われた。

エヴァは蒼星石と契約を結ぶ。
人形契約。
人形を人形の従者に変える為の契約を。
意思無き者に意思を与える物でもあるが、既に意思が入っている相手にその効果は無い。
これは単に、蒼星石の新たな手足を動かすためだけの物だ。
新たな手足を魔力で繋げ、動かす為だけの物だ。
魔力を篭められた手足は蒼星石と接合され、蒼星石の意思で動き出す。

そしてエヴァは繰り返し告げた。
「もう一度、言っておく。おまえが手伝うのは私の往き方だ」
私が悪で在る事だけを手伝ってくれればそれでいい。
それだけがこの手足の条件だとエヴァは告げた。

悪として生き、立ちはだかる全てを薙ぎ払うエヴァの生き方を、蒼星石に真似できるとは思えない。
彼女は結局、心の芯から善良な選択をしたのだから。
何よりもして欲しくなかった。
エヴァは誰も道連れにする事無く、ただ一人闇に沈み果てるつもりだった。

だが悪を手伝うだけなら出来るだろう。
それを打ち倒す為、正義を助けても良いのだ。
というよりも、むしろ。
エヴァは、蒼星石が何をどう選ぼうと構わなかったのだ。

だってエヴァのほんとうの願いは、ニケの想いを汲んだ蒼星石が生き延びることなのだから。

ただそれだけの想いを篭めて、エヴァは蒼星石を救った。



【D−3/森/2日目/黎明】
【メロ@DEATH NOTE】
[状態]:全身に無数の負傷。左手の小指と薬指欠損。右手親指亜脱臼後の痛みによる握力低下。
    左肩に刺傷(殆ど感覚がないが無茶をすれば何とか動く程度)(以上は全て応急処置済)
    左肩、左脇腹、右膝に切り傷。負傷+冷気+雨による体温低下。
    弱い催淫効果の影響で、ブルーのことが理屈抜きで気になっている。
[装備]:賢者のローブ@ドラクエⅤ(上半身裸)
[道具]:なし
[思考]:どちらにせよおまえは俺のものだ、ブルー。
第一行動方針:ブルーの選択を待つ。
第二行動方針:『ご褒美』で情報を得たい。QBを殺した奴が誰か知りたい。
第三行動方針:どうでもいいが板チョコが食べたい。どこかで手に入れたい。
基本行動方針:ニアよりも先にジェダを倒す。あるいはジェダを出し抜く。
[備考]:ブルーが絡むことについて、理屈でなく衝動で行動してしまう恐れがあります。本人も自覚しています。
 ブルーを通して、「ブルーが聞いた光子朗の考察」の一部を知りました。

57遺。(後編) ◆T4jDXqBeas:2009/11/20(金) 00:24:39 ID:rqH.z/Hc
【ブルー@ポケットモンスターSPECIAL】
[状態]:全身に骨折、打撲、擦過傷等多数(以上応急処置済み)、精神疲労(中)、激しく動揺
    メロに惚れつつある。マフラー状態の風の剣を握っている。びしょ濡れ。
[服装]:新体操で使うレオタードに、ジャージの上だけを羽織った格好
[装備]:風の剣(マフラー状態)@魔法陣グルグル、シルフスコープ@ポケットモンスターSPECIAL
[道具]:支給品一式×3(食料、水分少し減)、
   ターボエンジン付きスケボー@名探偵コナン(やや不調)
     年齢詐称薬(赤×3、青×3)、G・Iカード(『聖水』)@H×H、チョークぎっしりの薬箱、
     Lのお面@DEATH NOTE、マジックバタフライ@MOTHER2、
    シャインセイバー(サモナイト石・無)@サモンナイト3、モンスターボール@ポケットモンスターSPECIAL
[思考]:殺せって、そんな……
第一行動方針:メロを殺す? 殺さない?
第二行動方針:イヴと合流できてまだ利用価値があるようなら、上手く利用する
第三行動方針:第五行動方針:グリーン、イエローのことが(上の行動方針に矛盾しない程度に)心配
[備考]:
 イヴの心変わりに気付いていません。イヴがGIのカードを使って脱出した可能性に思い至りました。
 頑張って光子朗の考察内容を思い出しました。どの程度思い出したのかは未定。
 メロの考察を知りました。メロが自分に「惚れかけて」いることに勘付いています。
 ターボエンジン付きスケボーは、どこか壊れたのか、たまに調子が悪くなることがあります。


【D−4/体育館内/2日目/黎明】
【エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル@魔法先生ネギま! 】
[状態]:全身に痛み、左腕が殆ど動かない、魔力消費(大)
[装備]:フェアリィリング@テイルズオブシンフォニア
[道具]:支給品一式、手足の無いチャチャゼロ(半永眠)@魔法先生ネギま!
[思考]:…………次は、どうするか。
第一行動方針:休憩するか、それともすぐに動くか。
第二行動方針:リリスと遭遇することがあったら、リリスを倒し身柄を押さえ、情報を得る。
第三行動方針:ジェダの居場所に至る道を突き止め、露払いをする。
第四行動方針:ジェダを倒そうと挑む者たちの前に立ち塞がり、討たれる。
基本行動方針:ジェダ打倒のために暗躍。ただし仲間は作らない。誇り高き悪として、正義の前に散る。
[備考]
梨花の血を大量に吸いました。雛見沢症候群、及び女王感染者との関連は不明です。
ジェダ打倒を目指している者として、ニアの名前をグリーンから聞いています。
パタリロを魔族だと思っています。名前は知りません
紫穂の『能力』が、触れることで発動することを見抜きました。詳細までは把握していません。
雲に隠れていても満月による補正は有るようです。

【蒼星石@ローゼンメイデン】
[状態]:金糸雀のローザミスティカ継承、雨で服が湿っている。
    殺人には激しい抵抗有り、チャチャゼロの部品と人形契約により四肢を維持
[装備]:庭師の鋏@ローゼンメイデン、金糸雀のバイオリンと弓@ローゼンメイデン
[道具]:基本支給品×2、ジッポ、板チョコ@DEATH NOTE、 戦輪×4@忍たま乱太郎
     素昆布@銀魂、旅行用救急セット(消毒薬と針と糸)@デジモンアドベンチャー
     トンネル南側入り口の鍵
[思考]:僕は……
第一行動方針:エヴァに付いて行き手伝うか、あるいは。
基本行動方針:優勝のお願いで全てを無かった事にしたかった。
[備考]:現在蒼星石の四肢はエヴァとの人形契約により動いています。
    蒼星石の自由に動き、エヴァにとっての負担もほぼ有りませんが、
    昼間のエヴァの魔力の減衰や、死亡によって影響を受ける可能性は有ります。

58 ◆S4WDIYQkX.:2010/02/18(木) 23:48:45 ID:OYMt/mUQ
規制中につき、こちらに。

59死者を求めて ◆S4WDIYQkX.:2010/02/18(木) 23:50:04 ID:OYMt/mUQ
「うん、そう。その代わりに、なんだけどね……」
リリスは切り出した。
QBを手伝い死体を捜す代わりに、得たい物が有る。
リリスが得たい物。
「出来ればご褒美に渡すはずのそれ、ちょっと欲しいかなって」
それは、力。

例えばQBが三名殺人者達に与えるご褒美の支給品。
これを得られれば。
それを使いこなせれば、リリスは今よりその分だけ強くなれる計算だ。

「…………………………ソレハダメ、ダッタトオモウ」
「幾つか入ってるでしょ? 足りなくなったら補給に行けば良いじゃない」
「…………」
リリスの提案に黙り込む。
QBの知性はそれほど高くないが、それでも幾らか考えられる事はあった。

バレなければ叱られないのだ。

今の作業が遅れたのも喧嘩を売ってきた参加者をついつい捕食してしまった為で、
その殺害もQBではなく他の参加者がやった事にしている。
それはやらかした後で取り繕うという拙い浅知恵に過ぎないが、
僅かであれ知能を持っているのは本当なのだ。
リリスはそれに自ら条件を付ける事で誘いをかける。

「三人殺しで最高三つ入ってるのがもらえるんだから、一人調べる事に中身一つだけとか。
 ほら、ジェダ様だってその場のノリでご褒美あげるって決めてたじゃない」
「ア、ソッカ」
QBはリリスの提案を受け入れた。

   おとなはこどもたちのおてほんです。
   わるいこにしないようがんばりましょう。

「うん。じゃあ二人教えてあげる。ニアと、グリーンは、死んだよ。
 両方とも間違いないから」
「リリスニハナシヲキクダケデイイッテイワレタノ、ニアダケ」
「だからそれを手伝ってあげるんじゃない。代わりにあたしが見てあげる。
 それにQB、死体が目の前に有ったら食べちゃうでしょ。それは……ダメ」
「ワカッタ」
QBはコクリと頷き、見つかった死者たちの情報を念話でジェダに送信した。
これで最優先の三人の内、野上葵とニアは見つかった事になる。
それより後回しの五人も一人は判明して、残るはヴィクトリア、古手梨花、ククリ、金糸雀だ。
最優先の一人にして北東市街で死んだ事しか判らない太刀川ミミの捜索は厄介だが、
全員は見つからない捜索とも言われている。

「ねえ、残りは何処で死んだのか判る?」
「フルデリカハ、ジンジャニウマッテル。ホカハ、ホクトウノマチ」
「じゃあ神社はあたしが調べてあげる。ね、それじゃ」
リリスは手を差し出した。
ニアとグリーンで二人分。
「シキュウヒン、フタツ?」
「うん。グリーンとニアで二人教えたでしょ?」

支給品の代わりに回復や情報を貰えるよう交渉しても良かった。
しかし回復は必要になった時で良いし、情報は別の見込みがあった。
だから死亡者確認の見返りに支給品を求めたリリスに、QBは二つの品を取り出した。

60死者を求めて ◆S4WDIYQkX.:2010/02/18(木) 23:51:05 ID:OYMt/mUQ
一つ目はカードである。
効果はそのままカードに表記されていた。
リリスは首を傾げながら、それを使ってみた。
現れたのはリリスと同族にも思える、小悪魔の幻影だ。
幻影の小悪魔はリリスにパチリとウインクした。
それを見た瞬間、リリスの内から鮮烈な感覚が弾けた。

「ん……っ」

それは恐らく我を忘れる程の快感だったのだろう。
滂沱の涙を流し、噎び泣き、喘ぎ、体液を噴出させる程に強い快感だったはずだ。
麻薬の様に根深く心の中枢まで犯し尽くす、魔性の快楽であったはずだ。
ウインクを受けた者が人であれば、だが。

リリスは快感に身を震わせながらも、膝を崩す事も思考を鈍らせる事も無かった。
リリスは夢魔なのだから。
彼女に取って快感を得る行為は栄養の摂取に伴なう物であり、要するに味か食感のような物だ。
精気を伴わない中身の無い快感なんてノンカロリーで虚しいだけだった。
味はするのに何も食べた気がしない、ガムみたいな物である。
(『小悪魔のウインク』、かあ。どう使えばいいんだろ。
 何度でも出てきてくれるっていうけど、自分に使っても意味は無いよね。
 ……敵に使えば良いのかな?)
使えなくもないだろう。
カードを発動させてからウインクまでにタイムラグは有るけれど、
その間だってリリスが動けないわけではない。
ソウルフラッシュを遅く撃つように使えば、強力な牽制技として戦術に組み込めるはずだった。
しかし。
(でもこの位じゃ牽制にもならないよね)
すぐに、落胆と共にカードを仕舞い込んでしまった。

リリスが自分に使ってみた感想は『ちょっと驚く程度で大した物でもない』という所だ。
人間であれば完全に翻弄し動きも思考も止める事が出来るだろう事に気づかない。

増してやこの世界は外見判別で子供を集められた場所であり、
この感覚は肉体が成熟してからでなければ本来甘受できない感覚であり、
即ち幼くして苦難の人生を歩んだ者も、未成熟な肉体で永遠を生きる者さえも耐性の無い、
ほぼ全ての者にとって痛みの様に耐える事すら出来ない未体験の激感であった事に気づける筈もない。

小悪魔のウインクはハズレとして仕舞い込まれた。


もう一つは、黒鉄の銃だった。
替えの弾装やら何やらまで付いている。
早速壁に向けて引き金を引いてみた。
弾丸は入っているみたいなのに、何も起きない。

「……って、またおもちゃなの?」
この島に降り立った直後の繰り返しだ。
安全装置が掛かったままである事に気づかない。
リリスは落胆とともに黒鉄の銃をランドセルに仕舞い込み────。





(……待って)

その手を、止めた。
思考を、止めなかった。

61死者を求めて ◆S4WDIYQkX.:2010/02/18(木) 23:52:05 ID:OYMt/mUQ

グリーンを撃ち殺したように、この島にはちゃんと本物の銃も支給されている。
きっと、たくさん。
それなのに二度に渡っておもちゃの銃を引くなんて事、ありえるだろうか?

リリスは諦めずに銃の細部を観察し始めた。
引き金やグリップ、銃口。
銃口の中のライフリングに、グリップの細工、引き金の色つやまで。
……すぐに、重心の横についた小さな可動部に気がついた。

安全装置を外して、引き金を引いた。
銃弾はあっさりと射出され、壁を穿った。

「そっか、そういう事だったんだ」

きっとあの時も、同じ事だったのだろう。
ささやかな達成感と共に引き金を引く。
引き金を引く。
引き金を引く。
五発、六発、七発。

十一発、十二発、十三発。

カチリという音が弾切れを報せた。

「……あれ、これだけ?」

最初に入っていた弾倉はもう無くなってしまった。
十三発。
それがこの銃に入れておける弾数だった。
替えの弾倉は二つ有ったが、それ以前の問題にも気づいてしまう。
リリスは試射をした壁を見て、がっくりと項垂れた。
(うぅ、銃って打てば当たるものじゃなかったんだ)

標的を見つめる視力も反動に負けない握力も十分だったはずなのだが、当たり具合はイマイチだ。
この数mの距離で動かない相手の体の何処かになら当たったといえなくもないが、
自分と同じ位の速さで動いてる相手にならこの距離ですら当たらない。
文字通り零距離で撃ち込まなければ当たらないだろう。
第一零距離なら普通に翼で斬った方が威力抜群だ。
人の達人はこれを遠くの相手に当てられるのだという。
そう思うと感嘆すら感じてしまう。
人間って凄い。

「リリス、コレモ」
「へ?」
QBがもう三発、弾丸を差し出してきた。
どうやらランドセルの中にバラで入っていたらしい。
違和感があった。

(なんで他の弾倉と別になってるんだろう?)

よくよく見ればその弾丸は材質も違うようで、何かが奇妙だった。
得体の知れない強烈な力を秘めている気がした。
礼を言いつつ弾丸を受け取ると、その内の一発だけを銃に篭める。
壁を、撃ってみた。
引き金を引いた。
その瞬間。

予想だにしない閃光と轟音が鳴り響いた。

62死者を求めて ◆S4WDIYQkX.:2010/02/18(木) 23:53:06 ID:OYMt/mUQ

思わず上げた悲鳴が爆音に掻き消される。
全身が後方へと押し流される。
銃が、ものすごい力でリリスの体を押して来ているのだ。
さっき撃った時にも有った反動だと理解し、その桁違いの出力に当惑し、必死に床を踏み締めた。
耐えられなかった。
ふっと。
体が浮く。
跳ね飛ばされ反対側の壁に叩きつけられる。
銃を押さえ込みながら、強引に羽と足で着“壁”する。
肌が粟立つ奇妙な感覚が全身を襲う。
視界を塗り潰す閃光はしかしほんの一瞬で途絶えて。

ぽっかり穴の空いた向かいの壁を目にした。

「………………なにこれ?」

リリスが握る銃の名はブラックバレル・レプリカという。
とある世界における魔術教会三大部門の一つ、アトラス院に封印されし七大兵器の一つ、
ブラックバレル──のレプリカである。
ブラックバレルとは“天寿”の概念武装であり、対象の寿命に比例した毒素を発揮する。
即ちブラックバレルから放たれた弾丸は吸血鬼など不老の存在に絶大な破壊力を発揮するのだ。

しかし所詮はレプリカでもある。
レプリカから放たれる銃弾は確かに“天寿”の特性を備えていたし、
吸血鬼にも通用する有効な武器ではあったが、そこまででしかなかった。
吸血鬼にもダメージを与えられるが必殺には程遠い、その程度の武器だった。

だが、その威力では足りない怪物に対した所有者、シオンという娘は一つの工夫を付け足した。
彼女を怪物から庇って散った友人の武器、別の概念武装の欠片を銃弾に加工したのだ。
吸血鬼に対する純粋な滅びの概念武装、正式外典「ガマリエル」の欠片。
模造品と、欠片。

その二つを組み合わせた威力が本来の物に匹敵するかは判らない。
いや、恐らくは到底届くまい。
それでもこの融合により、ブラックバレル・レプリカは強大な出力を発揮出来るようになった。
弾丸ではなく極太のビームと化したその銃撃は、物理的な破壊力だけでも相当な物だ。
地面を撃てば人が埋まるほどの穴が開く。
特性が牙を剥く吸血鬼ならば、直撃して耐えられる者など数える程だった。
……逆に言うならば、数える程には居るのであるが。

「えーっと……大当たりなんだよね、これ」
リリスは唖然となりながら呟いた。
残り二発しか無いとはいえ、この銃弾をこの銃から撃てば物凄い破壊力を発揮出来るらしい。
そう認識しながらも自信なさげに呟くのは、やはり当てる自信が無いからである。

本来の所有者シオンは強靱で細い糸、エーテライトを使い自身の体を固定する事で横に撃っていた。
そうでなければ相手を上空に弾きあげ、反動を地面へ逃がせるようにして真上に向けて撃っていた。
シオンとてただの人ではなく、肉体は半ば程度に吸血鬼化していたのだが、
それでもそこまでしなければ撃てないほど反動が凄まじいのだ。

半分どころか完全に人外であるリリスは、当然の事ながらシオンより遥かに固く銃把を握れる。
しかしリリスには銃を撃った経験がまるで無い。
反動をどう逃がせば良いのかすら判らない。
これでは反動に吹き飛ばされるのも当然だと言える。
今さっきのは咄嗟の事だったにせよ、構えて撃っても抑えきれるものだろうか。

些か戸惑いつつも、リリスはブラックバレル・レプリカを仕舞い込んだ。
強力な武器には違いないが、文字通りの切り札なのだ。
何時どんなタイミングでどう使えば良いのかを考えあぐねていた。

63死者を求めて ◆S4WDIYQkX.:2010/02/18(木) 23:54:00 ID:OYMt/mUQ

落ち着こうと一息を吐いて、それから。
リリスはQBに質問を投げかけた。

「ところでさ、QBを倒すなんて一体誰がやったの?」
「レミリア」
「へぇ、どんな奴?」
「ジェダサマ、ヴァンパイアッテイッテタ」
QBはリリスの問いに躊躇う様子も無く答えた。

それはそうだ。
QBにとってこれは、話して良いと言われたリリスとの会話の延長にすぎない。
ご褒美を消費までしないと与えていけない情報とは認識していなかった。
リリスはこれを見込んで取引で情報を求めようとしなかったのだ。
ジェダが『会話を許した』リリスだけに生まれた特例であった。

「ああ、ヴァンパイアって事は夜は強くなるんだ。どこでやられたの?」
「ホクトウノマチ」
そしてやはり北東の町。
どうやら北東の町では本当に様々な事が起きたらしい。

「それならやっぱり北東は手伝えないね。あたしはそいつが近づいてきてもわかんないし」
北東の町でなく神社を手伝うと言っておいて良かった。
それから、今のは先にQBが何処でやられたか聞くべきだったのだと気づく。

(焦っちゃダメだよね。順番を考えなきゃ)

リリスの思考は未だ拙い。
理詰めで積み重ねる思考には未熟なのだ。
時折驚くほどの閃きを見せたかと思えば、元のままの愚かしさも見せる。
不安定な閃き。
不完全だからこそ成長し続ける者。
今のリリスはそんな存在だ。

「でもよくQBを倒せたね、そいつ。QBって制限も無くていつも通りなんでしょ?」
いつも通り、という言葉にQBは少し頭を傾げた。
当然だろう。
もし制限が掛かっていたとしてもQBは気づかないだろう。
リリスは聞き方を変えた。
「ねえ、そいつはどんな力を使うの?」
「ケンヲモッテタ。ツエヲモッテタ」
「……それだけ?」
「ソレダケ」
なんとも身も蓋もない返答であった。

QBにしてみればやはり当たり前の話なのだ。
QBよりはかなり遅いが相当な速さで空中戦が出来る事など自分と比較して特筆する事でも無いし、
腹に大きな風穴を空けても戦い続けた事だってダークストーカーなら驚く程でもない。
魔法を使った事も、その位は『よくある魔性の力』の一種でしかない。
QBの目からすればレミリアこそ普通の敵であり、特筆すべき事など何も無かった。
逆に言えば満月の夜に辛うじてとはいえ、普通に敵しえたレミリアが異常なのだ。

リリスはうーんと考えてその意味を解釈する。
具体的にどう強くて、どんな戦い方をしてQBを倒したのかは想像の外だ。
だから本質的な部分だけを探し出す。

(えーっと、つまり実力でQBを倒したって事なのかなあ?)

レミリアは単純に強いのだと判断する。
ならばどうすれば良いかは明白だ。

64死者を求めて ◆S4WDIYQkX.:2010/02/18(木) 23:55:00 ID:OYMt/mUQ

それはブラックバレルを当てれば良いとかそういうものではない。
QBに勝った程なら、必殺の一撃も避けるなり弾くなりしてしまうだろう。
単純に強いとはそういう事だ。
考えるべきはどう攻撃を当てどう攻撃を凌ぐか、即ちどう戦うかなのだ。
リリスが出した結論は。

(それじゃ、からめ手を考えれば良い……んだよね?)

肉体的に脆弱でありながらリリスを篭絡したグリーンやニアのような力である。

夢魔としてのトリッキーな強さを手に入れる。
これまでは感覚で行ってきた戦いをもう一段階進化させる。
リリスが掴むべきはそんな強さなのだろう。
(うう、むずかしそう。ほんとにあたしにできるかな)
不安になる。
少し、身震いする。
だけど腕に嵌めた首輪がしゃらんと鳴って。
想いを、思い出した。

(違う、できるかじゃない。やらなきゃいけないんだ)

この想いの答えに辿り着く為には、それしかない。
哀しみがリリスの意思を支えてくれる。
優勝して、神体の中のグリーンと言葉を交わしたい。
その答えが失恋だったとしても、その答えを受け止めたい。

想いが、思考を磨き上げていく。

(そもそもあたしにニアと同じ、戦う前に勝つなんてこと出来るわけがない。
 真似するだけで同じになれるわけがないもん。
 けどあたしには正面からでも戦える力がある。
 だから多分、ほんの少し有利に戦えるようにすれば十分なんだ。
 隙を作ったり、相手の切り札を出させないだけで。
 グリーンの指示を受けていた時みたいに、あたしの力をぜんぶ出せるようにするだけで。
 今はまだどうすればそんな風に出来るかも判らないけど、でも)

指針は、定まった。
どんな未来を目指せば良いかの指針は。

「……リリス?」
「ううん、なんでもない。
 QBは一回中身を補充してきた方が良いと思うよ。
 殆ど入って無いランドセルをあげても可哀想でしょ?」
もしかすると次をリリスが引く可能性も有るのだし。
「神社に埋められてる……古手梨花だっけ。そっちを確認したらまたちょうだいね」
QBがコクリコクリと頷く。
リリスはなんとなしに、呟いた。

「それにしてもこのご褒美っていうの、便利だよね。
 ジェダ様の言うとおりいっぱい殺せば強くなれて、もっと殺せるんだから。
 だからジェダ様も認めたのかな? あ、考えたのは別の子だっけ?」
「………………」

QBはその話には興味が無い。
ご褒美ランドセルの中身を補充するにしてもそのままにしても、その後は北東の街だ。
そこへ飛んで行き、言われた死体を捜す事しか目的には無い。
話を訊いて良いと言われたリリス以外の子供は、ご褒美を要求されなければ関係の無い存在だ。
だから何の義理も無くて。

65死者を求めて ◆S4WDIYQkX.:2010/02/18(木) 23:56:52 ID:OYMt/mUQ
「そう、あいつ。太った、白い男の子…………そうか、あの時に見てたんだ……。
 グリーンを殺したあいつ、今頃、どこに居るんだろ」
「ソコ」
あっさり答えた。

「……え?」

誰よりもリリスが唖然となった。
QBは、壁を指差している。
隣の部屋とを隔てる、壁。
誰も居ない壁際……いや、壁に空いた穴。
バレルレプリカによる空いた、隣の部屋に繋がる穴。
その穴の向こうから、ビクッと気配が漏れた。

カサカサと走り去る音が響く。
リリスはハッとなり部屋の壁に突撃し、その勢いのまま隣室へと転がり込んだ。
その部屋の、窓際には。

グリーンが撃たれた時、顔だけで振り向いた時に見た。
最初の会場でご褒美の交渉を求めた時に見た。

肉まんみたいな少年の姿があった。

「ま、待て、暴力はいけないぞ、暴力は」
あたふたと慌てた様子で変な挙動を見せる。
だらだら脂汗を流しながら、自分は無力と言うかのように両手を上げる。
「話しあおうじゃないか。暴力はんたーいっ!」
怯えて、命乞いをする、無様で小さくて太った肉の塊。
それはとてもみっともないちっぽけな姿で。

どうしてだろう。
リリスの胸の奥からは吹き出す感情は、憎しみではなかった。

グリーンの姿が脳裏を過ぎる。
それはどれも、宝石みたいにきらきらと輝く思い出だった。
綺麗な事ばかりじゃない、ニアと会ってからは何かすれ違いも有ったはずだ。
豚にされた時のグリーンは、大好きな事は変わらないけど言葉をかけてくれなくて苦しくなった。
なのに、そんな光景は一つも浮かばなかった。

胸の奥から浮かぶグリーンの姿はどれも、輝いていた。
頭脳明晰で、リリスには思いつきもしない発想をくれて、
彼の言うとおりにしている間は全てが上手く行っていた。

力じゃまるで大した事無いのに、すごい人だった。

それが、目の前の肉まんみたいな子供に殺された。
そいつの撃ったらしい銃弾でグリーンは死んだ。
あっさりと。
ほんとうに、すごい人だったのに。
ずっと離れたくないって思えた人なのに。

抱き締めたいってだけじゃなくて、抱き締めて欲しいって思った人なのに。

こんな奴に殺された。

期待外れ?

どうして?

目の前の奴がどんな奴でも関係無いはずなのに。

66死者を求めて ◆S4WDIYQkX.:2010/02/18(木) 23:58:04 ID:OYMt/mUQ
コイツは、グリーンを殺した奴だ。
それだけが判ればリリスにとって関係無い話のはずなのに。

どうしてこんなに。

憎いのでも殺したいのでもなく。


ただただ腹が立つのか。


「わああああああああああああああああああああああああああっ」

気づけばリリスは、喉の奥から絶叫を上げて突撃していた。
そして刃に変えた翼を力いっぱい振り抜いた。
作戦も予測も無くて、ただ純粋に力強くて速い攻撃だった。

それよりも肉まんが窓から体を踊らせる方が早かった。


「え?」

肉まんは飛べる能力が有った様子も無く、落ちて行った。
リリスは理解できずにただただ困惑を浮かべて。



ガシャンと、下の方から響いた音を耳にする。


よく見れば、窓際にはロープが括りつけられていた。
慌てて下を覗き込むと、下の方の部屋の窓が割れていた。
どうやらそこから別の部屋に移ったらしい。
更にそっちの方でドタドタと騒がしい音が聞こえてきた。

肉まんはみっともなく逃げていく。

なるほど、それは賢い選択なのだろう。
逃げる算段もそれなりに立てているのだろう。
だけどリリスにはどうしてか、追いかけるつもりにすらなれなかった。
だって。

(……いいや、あんな奴)

どうしてか、そんな想いが込み上げてしまったから。


あんな奴がグリーンを殺した事は絶対に許せないけれど、
それを追い掛け回して殺すことに必死になる自分を想像したら、なんだか。

くだらないと思えてしまった。

湧き上がった熱情も見る見るうちに褪めていく。
それよりも行動すべきなのだろうと思考する。
あんな奴に構うよりも行動して、グリーンの魂に一秒でも早く辿り着くべきだろう。
その為にみんな殺していけば良いだけだと、そう思う。
最早リリスの眼中には太った少年の事など無くて、腕に飾った二つの首輪だけが映っていた。

目尻が濡れていた。

67死者を求めて ◆S4WDIYQkX.:2010/02/18(木) 23:59:55 ID:OYMt/mUQ
(……早く、会いたい)

いつの間にか傍に居たQBが、ポツリと言った。

「リリスハ、フルデリカヲサガス」
「…………うん。そうだよ」

それだけを確認すると、QBはそっけなく飛び去った。
QBにはリリスが涙を零す理由も、それがどういう意味なのか理解する知能も無い。
リリスが約束を守ってくれるならそれだけで十分だった。

リリスにも自分がどうして泣いているのか判らなかった。
だけどリリスには一つだけ理解出来る知能があった。
この涙はグリーンを想っているからなのだろう、と。

(行こう)

想いを確かめようと、前に進み始めた。
行動を再開した。
QBから非正規のご褒美も正規のご褒美も貰って、もっともっと強くなるために。

振り返らず進んでいこう。
改めて、強く思った。

【C-6/ラブホテル/2日目/黎明】
【リリス@ヴァンパイアセイヴァー】
[状態]:右足と左腕にレーザー痕。顔に酷い腫れ。全身打撲。(以上全て応急手当済み)
     疲労(小)。全身に軽度の火傷。額に浅い切り傷。背中に打撲。
     微かな哀しみとすっきりと澄み渡った決意。『考え』る事に目覚めた。
[装備]:首輪×2(グリーンとニアのもの。腕輪のように両腕に通している)
[道具]:基本支給品二式(ランドセルは男物)、眠り火×8@落第忍者乱太郎、魔女の媚薬@H×H、
    メタちゃん(メタモン)@ポケットモンスターSPECIAL、きせかえカメラ(充電済)@ドラえもん
    モンスターボール@ポケットモンスターSPECIAL 、小悪魔のウインク@H×H、
    ブラックバレル・レプリカ(13/13)@メルティブラッド(予備弾倉×1、ガマリエル弾×2)
[思考]:力を付けなきゃ。もっと強くならなきゃ。
第一行動方針:神社に向かい埋葬されているはずの古手梨花の死体を捜す。
第二行動方針:Q-Beeに協力。その恩賞として色々得る。
基本行動方針:優勝して、グリーンの魂ともう一度語り合う。もう「遊び」に夢中になったりはしない。
[備考]:
荷物の中の『魔女の媚薬@H×H』には説明書がついていません。
Q-Beeからジェダに命じられた任務の内容を聞きました。

【Q−Bee@ヴァンパイアハンター】
[状態]:健康、疲労(中)
[装備]:不明(なし?)
[道具]:ご褒美ランドセル(不明支給品0〜1(ただし補給する?))
[思考]:テツダイ……
第一行動方針:北東市街地の死体を捜しに行く。
第二行動方針:ジェダの指令をこなす
第三行動方針:(……ゴハン)
基本行動方針:本能に逆らえる範囲内で、ジェダの指令を忠実にこなす
[備考]:野上葵、ニア、グリーンの死体の存在を確認しました。
    ジェダには内緒で少しの間休憩をとりました。
    キルアの殺害者を弥彦に偽装する事にしました。

68死者を求めて ◆S4WDIYQkX.:2010/02/19(金) 00:01:47 ID:I1xzDuiM
肉まんことパタリロは息を潜めて、リリスとQBが飛び去って行くのを見送った。
ふむと首を傾げ、考え込む。
予測した内容は、当たったような当たらなかったようなびみょーな結果になった。

パタリロの予測は、リリスがジェダの手を離れているのではないかという物だ。
リリスがあの青年、グリーン(とリリスが言っていた)に重大な内情なりを話してしまい、
それによりジェダはリリス達に刺客を差し向け、
人目に付かせずそれを果たす為に雨を降らせたのではないか、という推測である。

最初、QBがその場所に居た事は予想を裏付ける物に思えた。
ジェダから放たれたQBがリリスを殺しに来たのだと。
しかしどうも様子がおかしい。
リリスはQBに死体捜しを手伝うからご褒美をなどと言っていた。
グリーンは既に死んでいたというのだ。

いち早くジェダに始末された後という可能性も有りえたが、それにしたってQBは何をしに来たのだろう。
大体もしそうならQBが死体を捜す理由が無い。

(戸棚に隠されたお菓子をこっそりと食べてもばれなければOK、というのは合ってたみたいだが)

QBもリリスを始末しようという様子では無かった。
むしろリリスに秘密裏の任務を申し付けに来たように思える。
残念ながら部屋の壁がいやんばかんを漏らさない防音壁であるせいで最初の方は
パタリロの耳を持ってしても聞き取りにくかったのだが、QBがリリスに何か用が有って来て、
リリスはその代わりにご褒美を要求したようだ、という所までは把握出来た。
具体的に誰の死体を捜しているのかも。

(しかし死体捜しとはけったいだなあ。
 野上葵とニアと太刀川ミミが最優先で、
 他にグリーン、ヴィクトリア、古手梨花、ククリ、金糸雀も見つけないといけないというが。
 なんでそんなにあくせく死体を捜しているんだ?)

まさか死亡確認を目視で行っていたのだろうか。
QBはご褒美を配達に飛び回っているわけだし有り得るのかもしれないが。
とりあえず、死体はほぼ聞き覚えが無い者ばかりだ。
もしかするとグリーンは自分の仕業かもしれないが、他は一体なんなのか。

(何がなんだかさっぱりだが、どうやら重要な死体みたいだな)

例えばQBの先回りをして死体を調べたりすれば何か判るだろうか。
だがQBは物凄い速さで飛んで行ってしまった。
あれの先回りを出来るとは思えない。
どうにかならない物か。

もう一つ奇妙なのは、追いかけられなかった事だ。

途中で銃を撃たれた時はあわや気づかれたのかと慌てたし、
髪の先っちょを焼き焦がしてぶっぱなされたなんだかよく判らない砲撃には死んだかと思ったが、
その後に追撃もなく、本当にただの試し撃ちで気づかれなかったのかと胸をなでおろしたものの……
そんなワケは無く、やっぱり気づかれていたらしい。

69死者を求めて ◆S4WDIYQkX.:2010/02/19(金) 00:04:48 ID:I1xzDuiM
にも関わらずQBもリリスも話が一段落するまで動かなかった。
リリスは穴を抜けて襲って来たが、攻撃は真っ直で甘かったし、追っても来なかった。
もしもパタリロがグリーンを殺したというのなら、リリスにとって仇である筈なのだが。

(元々グリーンって奴とは仲が悪かったのかな?
 そういえばあの時も口ゲンカをしていた気がする。
 ジェダに言われたら普通に切り捨てられる程度の奴だったとか。
 しかしそれにしたって聞かせてくれた理由がよくわからん。
 もしかしてジェダの奴、配下にも裏切られてるんじゃなかろーな?)

故意に聞かせてくれたとすればそう考える事もできる。
QBやリリスは先程の情報をパタリロに漏らす事で何かを狙っているのだと。
バレたら不味いからそれなりに殺そうとはするだろうけど、本気ではない。
既にジェダを見限っていて、この殺し合いを破綻させようとしているのだ。
穴を空けたのも話がよく聞こえるようにというまごころだ。
割と筋が通る気もしてきた。

「もしそうだとしたら、期待に答えてやらんとな」
やはり先ほど聞かされた情報から何かを読み取らなければならない。

考え中。


考え中。



考え中………………。




「って、どんな奴かもわからん死体をどう考えろとゆーんだ!!」

わかるわけがない。
パタリロは死んだ者達がどんな事をして何時何処で誰にどんな風に殺されかかも知らないのだ。
これでは考察の立てようも無い。
とにかく情報を集めなければにっちもさっちも行かないのだ。

「追いかけるのも手か」
QBの向かった北東市街地はともかく、リリスの向かった中央部なら行けなくもない。
どうせ間に合わないだろうが、痕跡を調べるなり出来るコトも有るだろう。
ただし目撃情報を聞くのは難しいが。
参加者の殆どに警戒されているという条件が厳しい。
信頼してもらうための土産話も殆ど無い。
だって土産話になる考察をする為の情報が集まらないんだもの。

70死者を求めて ◆S4WDIYQkX.:2010/02/19(金) 00:07:30 ID:I1xzDuiM
如何せん、何を考えるにも情報が足りなすぎる。
その上に仲間が居ないのだ。
マー詰んでるね。
モー詰んでます。

「くそー、ほんとなんて事をしてしまったんだぼくはー!?」

どったんばったん思い悩むパタリロ。
最初の会場であんなに堂々と取引をしてしまった事による孤立無援が痛すぎる。
この状態で出来る情報収集なんて盗み聞きくらいのもんだ。
ほんとにもうどうしてくれようこの事態。

「……待てよ? そういえばあいつ、グリーンを殺したのはぼくだって言ってたな」

ふとリリスの言葉を思い出す。
やっぱり間違いなくあの時の銃撃でグリーンは死んだのだ。
とすればグリーンの死体はあの辺りに有る筈だ。
もしかしたら建物の中に運び込まれたかもしれないが、血まみれビショ濡れ汚れ有りの死体である。
道路の痕跡は綺麗さっぱり洗い流されても、建物の入り口を見れば濡れた物を引きずった跡が残る。
周囲の建物を虱潰しに見ていくのは相当面倒くさいが、見つけられなくもないだろう。
埋められていたら厄介だが、とりあえずは考えないでおく。
たぶん、大丈夫のはずだ。
古手梨花は神社に埋められているってわざわざ言っていたし、グリーンの方は埋まってないだろう。

グリーンの死体を見れば、どうしてQBがそれらの死体を確認していたのか、
どうしてわざわざ死亡確認をしていたのか判るかもしれない。

「よし、善は急げだ。早速捜しに行こう」

カサカサと音を立てて走り出す。
未だ止む気配の無い雨の下、パタリロは死体を捜しに駆け出した。

【C-6/市街地/2日目/黎明】
【パタリロ=ド=マリネール8世@パタリロ!】
[状態]:頭にたんこぶ、ずぶ濡れ
[装備]:S&W M29(残弾4/6発)@BLACK LAGOON、 ヘルメスドライブ@武装錬金(破損中・核鉄状態、使用登録者アリサ)
[道具]:支給品一式(食料なし)、44マグナム予備弾17発(ローダー付き)
    せんべい、お茶菓子、コーヒー豆、がらくたがいくつか
    ミニ八卦炉@東方Project、クロウカード『翔』@カードキャプターさくら、
    エーテライト×2@MELTY BLOOD、はやての左腕
[思考]:それにしてもひどい雨だ。
第一行動方針:グリーンの死体を捜索する。
第二行動方針:首輪の調達。藤木あたりが候補。
第三行動方針:調達した首輪を調べたい。道具や設備も確保したい。
第四行動方針:他にも対主催として有用な情報を得て、自分を信用してもらう材料とする。
第五行動方針:弥彦と千秋にはあう確率は低いと判断。でもできれば再開したい
第六行動方針:仲間集めは、慎重にしたほうがいいかな……
第七行動方針:暇ができたらはやての腕を埋葬してやる。
基本行動方針:好戦的な相手には応戦する。自分を騙そうとする相手には容赦しない。
最終行動方針:ジェダを倒してお宝ガッポリ。その後に時間移動で事件を根本から解決する。
[備考]
自分が受けている能力制限の範囲について大体理解しています。
弥彦を完全には信用していません。簡単に情報交換済みです。
よつばと藤木の死の真相について大雑把にですが勘付いて、千秋を少し疑っています。
キルアとエヴァが少なくとも今の自分にとっては危険人物であると判断しました。どちらも、名前は知りません。
自分が誰からも警戒されている存在だと、改めて把握しました。
リリスとQ-Beeが内心ではジェダを裏切りわざと会話を聞かせたのだと考えています。

71死者を求めて ◆S4WDIYQkX.:2010/02/19(金) 00:14:02 ID:I1xzDuiM

【小悪魔のウインク@HUNTER×HUNTER】
「このウインクを受けた者は、この世のものとは思えないほどの絶頂感を味わうことができる。
 何度でも現れてウインクしてくれるが、中毒に注意。」(カード原文より)

グリードアイランドのカード。
現れてウインクをしてくれる小悪魔に実体は無い物とする。


【ブラックバレル・レプリカ@メルティブラッド】
魔術協会三大部門の一つであるアトラス院に展示される七大兵器の一つであるブラックバレル、の模造品。
“天寿”の概念武装であり、その生命の寿命に比例した毒素(攻撃力)を発揮する。
ただし通常弾では吸血鬼にも一応通用する程度の模様。
外見は自動拳銃で、通常弾(十三発)のカートリッジ三本と、
対吸血鬼の純粋な滅びの概念武装である槍鍵ガマリエルの破片から作られた特殊弾三発が付属する。
特殊弾の射撃は銃弾ではなく太いビーム砲撃と化す。

本来の所有者シオンは横に撃つ時エーテライトで固定して撃っており、
基本的には相手を跳ね上げて真上に撃つ事から、強烈な反動があるようだ。
ただしシオンの身体能力は、元が運動不足で、半吸血鬼化して多少は人外という微妙な程度。



以上、代理投下お願いします。
実質会話しただけですが、前の話時点で放送から二時間弱だったので黎明としています。

72優しい微笑みを浮かべての状態表続き ◆S4WDIYQkX.:2010/02/26(金) 05:54:52 ID:YHRS0E8E
【木之本桜@カードキャプターさくら】
[状態]:魔力消費(中) 、疲労(中)、発熱、核鉄二つで回復中
[装備]:核鉄『シルバースキン・アナザータイプ』@武装錬金、核鉄LXX70(アリス・イン・ワンダーランド)@武装練金、
    クロウカード『水』『風』、リインフォースII@魔法少女リリカルなのはA's
[道具]:基本支給品×2、梨々の普段着(近くに干されている)、
[服装]:裸シーツ
[思考]:色々有って少し混乱中?
第一行動方針:状況を把握する?
第二行動方針:雛苺を止めたい、約束を守りたい、彼女にこれ以上殺人を起こさせないようにしたい
基本行動方針:状況を把握する。雛苺のそばにいてあげたい。
[リインフォースIIの思考・状態]: ???、梨々の知り合いの情報を聞いている

【レックス@ドラゴンクエスト5】
[状態]:魔力中消費
[装備]:ドラゴンの杖@DQ5 (ドラゴラム使用回数残り2回)、勇気ある者の盾@ソードワールド
[道具]:基本支給品×2、GIのスペルカード『磁力』@HUNTER×HUNTER、飛翔の蝙也の爆薬(残十発)@るろうに剣心
    ドラゴンころし@ベルセルク、バトルピック@テイルズオブシンフォニア、
    爆弾石×2@ドラゴンクエスト5、魔力の尽きた凛のペンダント、小さなメダル@DQ5
[服装]:普段着
[思考]:あれ、シャナもう行っちゃったの?
第一行動方針:仲間を守りつつ、レミリアとタバサを捜す。
第二行動方針:魔力が回復して余裕が出来たら、不明アイテムや水中の調査
基本行動方針:勇者としてタバサの兄として誇れるよう生きる。でも敵には容赦しない。
[備考]:エンディング後なので、呪文は一通り習得済み
    アルルゥや真紅はモンスターの一種だと思っています。
    ベッキーは死亡したと考えています。
    お城の地下に迷宮があるのを確認しましたが、重要なことだと思っていません

【アルルゥ@うたわれるもの】
[状態]:魔力消費(中)、右腕の手首から先が動かない。眠たい。寝よう。
[装備]:タマヒポ(サモナイト石・獣)、ワイヴァーン(サモナイト石・獣)@サモンナイト3
[道具]:基本支給品×2、クロウカード『泡』『駆』@カードキャプターさくら、
    海底探検セット(深海クリーム、エア・チューブ、ヘッドランプ、ま水ストロー、深海クリームの残り、快速シューズ)@ドラえもん
    スタンガン@ひぐらしのなく頃に、アタッシュ・ウェポン・ケース@BLACK CAT
[服装]:普段着である民族衣装風の着物(背中の部分が破れ、血で濡れている)
[思考]:眠たい。
第一行動方針:眠たい。寝よう。
第二行動方針:レックスについていく。
第三行動方針:レミリアやイエローを捜したい。
基本行動方針:優勝以外の脱出の手段を捜す。敵は容赦しない。
参戦時期:ナ・トゥンク攻略直後
[備考]:アルルゥは獣属性の召喚術に限りAランクまで使用できます。
    ゲームに乗らなくてもみんなで協力すれば脱出可能だと信じました。
    サモナイト石で召喚された魔獣は、必ず攻撃動作を一回行ってから消えます。攻撃を止めることは不可能。
    アリス・イン・ワンダーランドに対して嫌悪を覚えています。
    ベッキーは死亡したと考えています。

【ヤミヤミ(イヴ)@BLACK CAT】
[状態]:疲労(大) 、10歳前後の容姿、ツーカー(→ベルカナ)
[装備]:レミリアの服、エッチな下着@DQ5、返響器@ヴァンパイアセイヴァー
[道具]:基本支給品×2、光子朗のノートパソコン@デジモンアドベンチャー、
    フック付きロープ@DQ5、神楽の傘(弾0)@銀魂、エーテライト×1@MELTY BLOOD、
    胡蝶夢丸セット@東方Project、ラグーン号操船マニュアル、病院服、ただの布切れ
[服装]:レミリアの服、その下はエッチな下着
[思考]:さくら、起きたんだ
第一行動方針:桜の世話をする。
第二行動方針:自分の過去を知りたい。そのために、ブルーや千秋から話を聞きたい。
基本行動方針:自分の過去を知りたい。そして罪と向き合いたい。ベルカナ達に付いて行く。
[備考]:記憶をすべて消し去りました。 元世界の記憶、この島での記憶、共にありません。
    ヤムィヤムィと名づけられました。ヤミヤミという呼称が使われます。

73 ◆v5ym.OwvgI:2010/03/02(火) 23:50:29 ID:HaTLVE2k
規制されたので、こっちに続きを載せます。

74 ◆v5ym.OwvgI:2010/03/02(火) 23:50:47 ID:HaTLVE2k
これが、一度目の遭遇。





北東市街上空でイシドロを食べ終え、
食べられなかった首輪を放り捨て、Q-Beeは考える。

残る捜索対象は太刀川ミミと、ヴィクトリア。
他に古手梨花がいるが、こちらはリリスに任せている。

もう一度太刀川ミミの死亡地点へ向かう。
だがやはり、死体はそこにはなく、あるのは首輪と、壊れた首輪だけ。
しかしQ-Beeはそこで捜索を止めず、周囲をしらみつぶしに捜索する。
手がかりが何もないが、だからといって死体の捜索を止めることはできない。

街中を飛び、捜索するが、やはり見つからない。
やがて、あきらめたQ-Beeは、ヴィクトリアの捜索へと思考を切り替える。

ここでまた過去の経験が役に立った。
野上葵の時は、トマとレベッカ宮本が『首輪だけ』を運んでいた。
今回は逆のケース。誰かがヴィクトリアの『死体だけ』を運んでいるのだ。
そう、Q-Beeは考えていた。

……普通の人間からしたらおかしな発想だが、Q-Beeにとっては死体は立派な食糧。
首輪だけ外したのも、それが食べられないからだ。
何らおかしいことはない。


Q-Beeは早速、周囲の目撃情報から、首輪のない死体の捜索を始める。

F-1、桜の木の付近にいる29番と85番
互いにすぐそばに一人ずついることを確認。あとやっぱり見られていた。

H-1、家の中
04番と51番がすぐそばに二人ずついることを確認。

G-1、家の中
83番が一人で暖かい雨の中にいるのを確認

G-1、別の家の中
10番と41番がすぐそばに一人ずついることを確認。

G-1、街の中
43番が一人で冷たい雨の中、すぐ近くにいることを確認……!?

75 ◆v5ym.OwvgI:2010/03/02(火) 23:51:23 ID:HaTLVE2k


すぐにP-Beeの報告のあったほうを向く。43番トリエラがそこにいた。
死体の捜索に神経を集中していたせいもあるのだろうが、
事前の報告では集団で家の中にいたはずの彼女が外に出ていたことに気づかなかった。
それどころか、接近してきたことにも気づかなかった。

だが、見られたのなら、すぐに退散しなければ。
Q-Beeはすぐに、飛び去った。


これが、二度目の遭遇。






トリエラの前から姿を消したQ-Beeは、再度P-Beeと連絡を取り、確かめる。

H-1、家の中
04番と51番がすぐそばに二人ずついることを確認。


04番と51番。
イエローとひまわりの首輪の中にいるP-Beeは、それぞれ他に二人の人間がいることを報告した。
しかしその場のP-Beeの数は2匹。
数があわない。


そこに、死体があるはずだ。そう考え、Q-Beeはイエローとひまわりの元へ向かう。

そして――


(……ハッケン)

Q-Beeは、暗い部屋の中を除きこみ、そこに首輪のない人間を見つける。
首輪のない生きた人間。それも、ジェダに報告せねばならない存在だった。
そして、ジェダに報告しようとしたところ

(ジョオウサマ、ゴホウビ、キタ)

そのタイミングでご褒美の請求。55番、雛苺だ。
突然きた命令。しかもこちらが優先順位が上。すぐに動かなければならない。
しかし、今まさにジェダに報告をしようとした瞬間だったのだ。
二つの命令に、しばしQ-Beeは硬直する。


すぐにジェダに首輪のない人間の報告をしなければならない。
だが、ご褒美の配達は最優先の仕事のはずだ。

76 ◆v5ym.OwvgI:2010/03/02(火) 23:51:41 ID:HaTLVE2k

一度に来た二つの指令に、Q-Beeはパニックを起こす。


そして、ひまわりがこちらを見た。
まずいと思い、すぐに飛び去ろうとする思考が加わる。

ジェダの報告、
ご褒美の配達、
幼子に見られるな

3つの指令が重なり、Q-Beeの混乱はますますひどくなる。

火のついたような泣き声が響く。
その泣き声を聞き、Q-Beeは、あわててその場から去った。


これが、三度目の遭遇。






(エート……エット……)

ひまわり達のそばから去ったQ-Beeだったが、相変わらずパニックはしたままだった。
あの場から去ったのも、別に見られてまずいと思ったからではなく、単に泣き声に驚いて逃げただけだ。

混乱はしばし続き、ようやく立ち直ったQ-Beeは、
ひとまず最優先だったはずのご褒美の配達をこなすことにした。



もし仮に、Q-Beeが優秀だったら。
こんなにたくさんの参加者に見られることはなかっただろう。
妙なことで混乱をすることもなかっただろう。

優秀な部下がいない。
その弊害は、大きい。

77 ◆v5ym.OwvgI:2010/03/02(火) 23:52:06 ID:HaTLVE2k

【Q−Bee@ヴァンパイアハンター】
[状態]:健康、疲労(小)、混乱
[装備]:不明(なし?)
[道具]:ご褒美ランドセル(不明支給品0〜1(補給した場合は1〜3))
[思考]:ツギ、ナンダッケ……?
第一行動方針:ひとまず雛苺にご褒美を渡しに行く。
第二行動方針:ジェダの指令をこなす
第三行動方針:(……ゴハン)
基本行動方針:本能に逆らえる範囲内で、ジェダの指令を忠実にこなす
[備考]:野上葵、ニア、グリーン、ククリ、金糸雀の死体の存在を確認しました。
    キルアの殺害者を弥彦に偽装する事にしました。
    ククリ、イシドロの死体を捕食しました。いずれもジェダに言うつもりはありません


※生きているヴィクトリア(太刀川ミミの姿)を確認しました。ジェダへの報告はまだしていません。
 どちらで認識したかは次の書き手に任せます。

※ヴィータ、紫穂、トリエラ、ひまわりに姿を見られました。
 ですが、相手がそれをQ-Beeと認識したかは不明です。
 それぞれの反応は次の書き手に任せます。

※北東市街のどこかに、イシドロの首輪が落ちています。
 上空から落としたため破損があるかもしれません。

78 ◆v5ym.OwvgI:2010/03/02(火) 23:53:17 ID:HaTLVE2k
投下終了。

タイトルは「部下に任せた結果がこれだよ!!」です。

79つながり(後編) ◆T4jDXqBeas:2010/03/22(月) 00:57:30 ID:LTg3e.Dc
電話を終えたベルカナは、持っていた受話器を元の場所に置いた。
それから傍らに佇むヤミヤミを振り返り、告げた。
「よく私を起こしてくれました。助かりましたわ」
「……うん。多分、こういうのはベルカナが得意だと思ったから」

ヤミヤミは少し俯いていたが、ベルカナにはそれに気づく余裕も無い。
睡眠時間は二時間取れたかどうか、その精神力は全快時の半分にも足りない程まで消耗していたのだ。
ベルカナはこの城で最も睡眠を必要としていたし、本当なら放送ギリギリまで起こされたくなかった。
少しでも密度の高い睡眠を取る事こそ自分に課せられた役目だと思っていた。
しかしヤミヤミに起こされた用件は、それに見合うほどに重要な事だった。

レベッカ宮本。
会話で探りを入れたところ完全に確定した。
彼女こそ橋で遭遇し、ベルカナに襲い掛かってきた吸血鬼に他ならない。
その言葉は一見すると冷静で理知的に感じられたが、信用できるはずもない。
実際に問答無用で襲い掛かってきたのだから。
(血に餓えていなければ大丈夫、ね。どこまで信用できるのやら)
大嘘で本性を偽っている可能性は大いにある。
むしろ、そうならばまだ良い。
もしレベッカが嘘を吐いているだけなら、ベルカナにはそれを見破る手段が有った。

虚言感知〈センス・ライ〉

三分間しか持続しないが、発言内容にある嘘を全て見破る事が出来る魔法だ。
これを電話口で使わなかったのは精神力の温存もあるが、なにより嘘発見では不完全である事だ。
虚言感知は嘘を見破る魔法でしかないのである。
嘘を言わずに話すことと隠し事をしない事はイコールで結べない。
何より喋っている者が真実を知らないのであれば嘘にはならない。

例えば「血に餓えてなければ大丈夫」と本人が信じていれば嘘にはならないのだ。
目の前に新鮮な血があれば我を忘れるのだとしても、当人が大丈夫だと信じていれば嘘にはならない。
例えば「アルルゥは大切な存在」だと思っていても、
もし吸血鬼への変化に伴って愛しい者の血ほど飲みたくなるような精神汚染が起きていたら意味は無い。
危険な存在になっているという認識が無ければ、襲ってきながらでも正直に好きだと言うだろう。

だからベルカナはしばらく時間を空ける事にした。
時間が経って、色々起きて、それでも嘘無く安全な身分証明が出来るなら、信じるに値するだろう。
実際には完璧に安全ではなかったとしても、少なくともすぐに爆発はしないと信じられる。
だけどまだ会わせるわけにはいかない。
今は会話させるだけの信用すら無い。
ベルカナが電話の応対を出来た事は幸運だと言って良かった。

見張りをしていたヤミヤミが電話の扱いを知っていて。
口下手なアルルゥや、熱のある木之本桜は別にしても、レックスではなくベルカナを起こしてくれた。
ベルカナとはツーカー錠で隠し事無く(ほんとは有るが)会話したが、レックスとも何か有って絆を深めたらしいし、
レックスではなくベルカナを起こしてくれたのは、本当に向き不向きの差なのだろう。
そのおかげでベルカナはアルルゥ達に情報を選択して伝える事ができる。

(放送で呼ばれるかにもよりますが……)
放送の存在がある以上、生存については知られてしまう可能性が高い。
ベルカナの知るヴァンパイアならアンデッド、死者なのだが、それでも動くとしてカウントされる恐れがある。
そもそもベルカナの知るヴァンパイアとはどうも性質が違う。
レベッカの血を吸ったと思しき吸血鬼、レミリア・スカーレットの話はアルルゥ達から聞いている。
しかし彼女の特性はベルカナの知るそれとは何もかもが違いすぎる。
見かけからして、吸血鬼に羽が生えてるなんて聞いてない。
正直別物だと言わざるをえない。

電話の情報により予測できる事は幾つかある。

80つながり(後編) ◆T4jDXqBeas:2010/03/22(月) 00:58:02 ID:LTg3e.Dc
レベッカは恐らくレミリアに襲われて吸血鬼と化したのだという事。
同じく確証は無いがレベッカとレミリアは行動を共にはしていないようである事。
レミリアは羽が生えていて自在に空を飛ぶがレベッカは飛べないようである事。
やはり吸血鬼は吸血鬼であり、餓えた従者は血の匂いに耐え切れず襲いかかってくる事。
その一方で血の匂いが無い場所では理性的らしい事?
(何もかも推測ですわね。希望的観測かもしれません)

それからヤミヤミの話によると、一緒にトマという男の子が居たらしい。
吸血鬼と一緒に人間が居られるのか、やはりそちらも吸血鬼なのかは判らない。
アルルゥ、レックス、さくらにリイン、みんなに聞けば誰か一人くらい知っている可能性は有るだろう。
問題はどの程度まで話すかだ。
(とりあえず放送の後に話が有るとでも言っておけばいいでしょうか。
 放送でレベッカ宮本の名が呼ばれたならトマから電話が有ったと言って彼女の生存情報については様子を見る。
 そして放送でレベッカ宮本の名前が呼ばれなければ、話す。
 すぐに話さなかった理由はワンクッションを置くためと、放送で騙りでないか確認するためといったところです。
 実際、彼女が騙りである可能性も無いとは言えませんわね。
 どちらにせよ向こうに会いに行っても良いのですがそうなると予定が狂います。
 東回りのルートに変更する手も有りますけど……そういえば南西にさくらの知り合いが行ったのですか。
 これも放送の内容によっては考えなければならないでしょう。後は……)
ベルカナは思考する。
思考に没頭する。
レベッカ宮本の存在はそれほどまでに大きな情報だった。
だから気づかない。
ヤミヤミが先に部屋に戻ると言っても、電話については私から話しますと釘を刺しただけで気にとめない。

彼女が何かに動揺している事も気づかない。

ヤミヤミは一人二階の執務室を出て、皆の眠る宿屋へと戻っていった。

     *  *  *

ヤミヤミは宿屋の薄闇の中に佇んでいた。
思考はぐるぐると意味の無い渦を巻き、形を成さない。
混乱と動揺。
それから、強い感情が胸の中を責め立てる。
ヤムィヤムィ。
アルルゥから貰った名前を正確に発音して、電話の向こうに伝えた。
そう生きる事を宣言した。
それから返ってきたのは奇妙な話。
とても悲しい言葉。
わからない。
どうしてなのか。
何故なのか。
何もかもがわからない。

『冷たい私と冷たい私達』

自らが背負った罪がどんなに重い物でも、背負わなければいけないと思っていた。
背負おうと、思えた。
レックスとアルルゥが赦してくれたから。
そのおかげで前に進もうという意思を抱けたのだ。

『だから僕は、君のことを許す』

確かに、レックスは赦してくれた。だけど。

『アルルゥ、てきならたたかう。だけど、ヤムィヤムィはてきじゃない』
『ん、ヤムィヤムィはなかま!』

アルルゥは、ほんとうに赦してくれていたのだろうか?

81つながり(後編) ◆T4jDXqBeas:2010/03/22(月) 00:58:51 ID:LTg3e.Dc

もしかしたらアルルゥにとって、ヤミヤミは敵であって欲しいのではないだろうか。
敵であれば戦う。
敵であれば殺せる。
敵であれば……仇を討てる。

「ヤムィヤムィ、どうしたの?」

見ればアルルゥが寝ぼけ眼をこすってヤミヤミを見ていた。
……恐かった。
全身を寒気が包みこみ、体も心も冷たくなっていくのを感じた。
でも、聞かなければいけない事だと思った。
ヤミヤミは、意を決して訊いた。

「アルルゥ。一つ、訊いてもいいですか?」
「なに?」

心臓が激しく脈を打つ。
どくどくという音が頭の中まで響くようだ。
こわい。さむい。
くるしい。
それでも言葉を続けて、
「私の名前の意味は、“冷たい私と冷たい私達”ですか」
訊いた。

アルルゥはそれを聞いて。
目を丸くした。
それから僅かに間をおいて。

「ん」

こくりと、小さく頷いた。
ヤミヤミは震える声で、もう一つだけ聞いた。

「それは、梨々さんが死んだからですか」

アルルゥの首は、

「ん」

小さく、縦に振られた。








耳鳴りがするほどの静寂の中で。

「名前をお返しします」

ヤミヤミは言った。

「ヤムィヤムィ?」
「イヴで良い。あるいはヤムィで良い。冷たい私で。
 冷たいのは、私だけでいいんです」

82つながり(後編) ◆T4jDXqBeas:2010/03/22(月) 01:00:07 ID:LTg3e.Dc
ゆっくりと足を進める。
部屋の外へ。
宿の外へ。
ここ以外の何処かへと。

「待って、ヤミヤミ!」
ベッドからレックスが跳ね起きていた。
恐らくは彼も目を覚まし話を聞いていたのだろう。
ヤミは振り返り、二人を見つめて、
告げた。
「ありがとう。私に温もりをくれて。
 ごめんなさい。あなた達から温もりを奪い続けて。
 さようなら。アルルゥも、レックスも、ベルカナさんも……私はみんな好きでした」

走り出す。
レックスの制止が聞こえる。
アルルゥの声が聞こえる。
だけど想いは届かない。
そのまま階段を駆け上がり、壁際の窓へ向かって走って、走って、走って。
跳躍して。
(──トランス)

身体構造を変化させた。
下半身を魚に、呼吸形態を地上用から水中用に。
そして数秒後。

増水して濁流渦巻く川が、ヤミの全身を受け止めた。

(怨んでるわけじゃない。憎んでるわけじゃない)

着水の轟音はすぐさま濁流の音へと取って代わる。
流される。
何もかもが流されていく。
冷たい水に包まれて。

(でも、許せない)

冷たいのが自分だけなら、それで良かった。
だけどアルルゥ達の心まで冷たくし続ける事は耐えられなかった。
冷たい私と冷たい私達。
梨々が死んだ事により名づけられた名前。
それはきっと、怨嗟を篭められた名前ではないのだろう。
ただ、あまりにも悲しい名前に思えた。
とても冷たくて、悲しくて、切なくなる名前。
アルルゥはヤミヤミの名を呼ぶ度に自分も自分達も冷たいと言い続けていたのだ。
きっと、梨々が死んだのにその死に関わる者すら仲間と受け入れる自分を責め続けていたのだ。

(アルルゥ達を冷たくし続ける事が許せない)

だから、ヤミは思った。
もし仇をも仲間として受け入れる事がアルルゥ達の心を傷つけるなら、自分はそこに居てはいけない。
アルルゥ達と一緒に居てはいけない。
とても短い間だったけれど、アルルゥ達と過ごした時間はヤミにとって人生の全てだったから。
もう、ほんとうに好きになり始めていたから。

(だから私は、居ないほうが良いんだ)

濁流に繋がれてヤミは流れゆく。
何処か、冷たい場所へと。

83つながり(後編) ◆T4jDXqBeas:2010/03/22(月) 01:00:53 ID:LTg3e.Dc
     *  *  *

間に合わなかった。
ヤミヤミを追ったレックスとアルルゥの手は、あと少しのところで擦り抜けた。
彼女の体は人魚のような姿に変わり、遥か下方に見える川に呑まれた。

「どうしてあんな名前を付けたんだ、アルルゥ!?」
レックスは厳しく詰問する。
許せなかった。
まるで、裏切られたみたいに思えた。
この想いは間違っているものだと思う。
アルルゥにはヤミヤミを怨むだけの理由がある。
だけど、もしも彼女を怨んでいるならどうして教えてくれなかったのだろう。
その事が裏切られたみたいに思えて。

ぽろぽろと。

アルルゥの瞳から涙が零れ落ちていることに気づいた。

「アルルゥ?」
「…………つめたかったの」

アルルゥはつぶやくように言葉を紡ぎ始める。
誰に伝えるでもないかのように。
何処か、呆然となりながら。

「アルルゥ、つめたかった。とても、さむかった」
「……梨々が、死んだから?」
ん、とこくり頷いて、
「りりがいなくなったのに、なにもしてあげられなかった。かなしんであげられなかった」
胸の内を打ち明けた。

「悲しんであげられない?」
わからない。
アルルゥは梨々を想い、散々に泣いていたはずだ。
それなのにどうして?
「レックス、なかなかった」
「それは……」
「ベルカナも、なかなかった」

……確かに、梨々のために泣いたのはアルルゥだけだ。
レックスもベルカナも泣かなかった。
いや、違う。

「みんな、なけなかった」
「………………」

そう、泣けなかった。
前に進まなければならないから。
あるいはもしかすると……別れ失う事に“慣れ始めて”しまったから?

「このしま、キライ。さむくなるから」
「それは、心が?」
「ん」
アルルゥは頷く。

84つながり(後編) ◆T4jDXqBeas:2010/03/22(月) 01:02:26 ID:LTg3e.Dc
「みんな、みんなあえなくなってく。
 ジーニアスもベッキーもいなくなった。
 プレセアおねーちゃんもころされた。
 レミリアもわるくなった。
 りりも……」
身を挺してアルルゥ達を護り。
戦いの中で散り。
変貌し。
誰もかもがアルルゥの側から居なくなっていく。
「アルルゥ、つめたくなってく。
 みんな、つめたくなってく」
度重なる悲しみで胸の奥が冷めていく。
真冬の吹雪のように凍える寒気が心の温度を下げていく。
「だからあんな名前を付けたの?」
「ん」
アルルゥは頷いて。
そして。

レックスの手を握った。

「アルルゥ、こうしたいっておもったから」
「え…………」
アルルゥは言った。
「アルルゥもみんなもつめたくなってく。だから、こうする」

アルルゥの手は窓の外から吹き込む夜風で冷えはじめていた。
レックスの手も同じで、二人とも冷たい手を握り合わせているはずだ。
それなのに、しばらくすると体温が伝わってきた。
人の温もりが。
仲間の温もりが伝わってきた。
じんわりとした温もりが、手のひらから伝わってきた。
「ヤムィだけじゃ、ダメ。ヤムィヤムィじゃなきゃ、ダメ」

冷たい私だけでは凍えるだけだ。
だけど私だけではなく冷たい私達──仲間が居るのなら。
寒さに凍えていても、身を寄せ合って温かくなれる。

「でもアルルゥ、ヤムィヤムィをなかせた」
ぽろぽろと涙が零れ落ちていく。
温かなのに悲しい涙が止め処なく頬を濡らし続ける。
深い悲しみと後悔がアルルゥの心を傷つける。
「アルルゥ、いけないなまえつけた?」
「………………」
レックスは何も言わずに。
ちからいっぱい、アルルゥを抱きしめた。



そして、意識した。
ポケットの中に有る、一枚のカード。
『磁力』のカードを意識した。

一人でならタバサに会いに行く事もできるカードだ。
かつて意識した雛苺とさくらについて考える必要は最早無い。
しかし使ってしまえば、この城に居るアルルゥ達を放って行く事にもなる。
でも。
それなら。
どうすればいいのだろう?

このつながりを護るためには。

85つながり(後編) ◆T4jDXqBeas:2010/03/22(月) 01:02:51 ID:LTg3e.Dc
【A-3/工場仮眠室/2日目/早朝】
【リンク(子供)@ゼルダの伝説 時のオカリナ】
[状態]:左太腿と右掌に裂傷、左肩に打撲、足に軽度の凍傷(治療済み)
[装備]:勇者の拳@魔法陣グルグル、コキリの剣@ゼルダの伝説
[道具]:基本支給品一式×5(食料一人分−1、飲料水を少し消費)、クロウカード『希望』@CCさくら、
   歩く教会の十字架@とある魔術の禁書目録、時限爆弾@ぱにぽに、エスパー錠とその鍵@絶対可憐チルドレン、
   じゃんけん札@サザエさん、ふじおか@みなみけ(なんか汚れた)、5MeO-DIPT(24mg)、
   祭具殿にあった武器1〜3つ程、祭具殿の鍵、裂かれたアリサのスリップ(包帯を作った余り)
[服装]:中世ファンタジーな布の服など。傷口に包帯。
[思考]:僕がやるべき事は……
第一行動方針:なのは達を守る。
第二行動方針:なのはやインデックスと情報交換。
第三行動方針:なのはの精神状態を警戒する。
第四行動方針:もし桜を見つけたら保護する。
第五行動方針:ゲームに乗った人間は、説得する(無理なら……)
第六行動方針:死者蘇生の可能性を探す。
基本行動方針:ゲームを壊す。その後、絶対に梨花の世界へと赴き、梨花の知り合い達に謝罪したい。
参戦時期:エンディング後
[備考]
リンクが所持している祭具殿にあった他の武器が何なのかは次以降の書き手さんに任せます。
(少なくとも剣ではないと思われます)
祭具殿の内部を詳しく調べていません。
カレイドルビーと情報交換しました。これまでのアリサの動向を知っています。

【インデックス@とある魔術の禁書目録】
[状態]:仮眠中、高熱、全身に軽度の凍傷、軽い貧血気味、
   背中に大きな裂傷跡と火傷、足裏に擦過傷(共に応急手当て済み)
[装備]:水の羽衣(背部が横に大きく裂けている)@ドラゴンクエストⅤ
[道具]:支給品一式(食料−1日分、時計破損)、ビュティの首輪、鉄製の斧@ひぐらしのなく頃に(?)
[服装]:私立聖祥大付属小学校の制服の下に水の羽衣。背中と足にシルクの包帯。
[思考]:食べて寝ちゃいけないんだよ……zzz……
第一行動方針:なのは、アリサと話をする。
第二行動方針:ヴィータを捜し、説得する。
第二行動方針:ニケ達と合流する。
第三行動方針:紫穂の行方の手掛かりを探す。エヴァの説得も諦めていない。名前しか知らないヤムィヤムィが少し気になる。
第四行動方針:落ち着いたら、明るい所でじっくりビュティの首輪を調べたい。
基本行動方針:誰にも死んで欲しくない。状況を打破するため情報を集め、この空間から脱出する。
[備考]
拾った双葉の型紐が切れたランドセルに荷物まとめて入れています。
インデックス自身のランドセルは壊れているので内容物の質量と大きさを無視できません。
深夜12時の臨時放送を、完全に聞き逃しました。


【F-3/グランバニア城二階・執務室/2日目/早朝】
【ベルカナ=ライザナーザ@新ソードワールドリプレイ集NEXT】
[状態]:精神力半減
[装備]:ネギの杖、果物ナイフ@DQ5、ゴロンの服@ゼルダの伝説、レースのビスチェ@DQ5、
[道具]:支給品一式×4、懐中時計型航時機『カシオペア』@魔法先生ネギま!、黙陣の戦弓@サモンナイト3
    テーザー銃@ひぐらしのなく頃に、爆弾石×2@ドラゴンクエスト5、魔晶石(15点分)@ソードワールド、
    消毒薬や包帯等、ツーカー錠x3@ドラえもん、マジカントバット@MOTHER2、パワフルグラブ@ゼルダの伝説
[服装]:ゴロンの服。その下にレースのビスチェ
[思考]:そういえば何やら騒がしいような……?
第一行動方針:電話の話についてどう伝えるか考える。
第二行動方針:朝の放送でイエローが無事だった場合、『交信』でイエローと連絡したい。
第三行動方針:イエローと合流し、丈からの依頼を果たせるよう努力はする(無理はしない)
第四行動方針:仲間を集めたい(イエローの友人の捜索。簡単には信用はしない)
第四行動方針:出来れば睡眠で精神力を回復させたいが。
基本行動方針:ジェダを倒してミッションクリア
[備考]:葵が死んだことを知りません。
    レベッカ宮本を『フォーセリアのレッサー・バンパイア』だと考えている?

86つながり(後編) ◆T4jDXqBeas:2010/03/22(月) 01:04:37 ID:LTg3e.Dc
【F-3/グランバニア城一階・宿屋/2日目/早朝】
【レックス@ドラゴンクエスト5】
[状態]:魔力中消費
[装備]:ドラゴンの杖@DQ5(ドラゴラム使用回数残り2回)、勇気ある者の盾@ソードワールド
[道具]:基本支給品×2、GIのスペルカード『磁力』@HUNTER×HUNTER、飛翔の蝙也の爆薬(残十発)@るろうに剣心
    ドラゴンころし@ベルセルク、バトルピック@テイルズオブシンフォニア、
    爆弾石×2@ドラゴンクエスト5、魔力の尽きた凛のペンダント、小さなメダル@DQ5
[服装]:普段着
[思考]:どうすれば良い?
第一行動方針:ヤミヤミが気になる。アルルゥの涙を止めたい。
第二行動方針:仲間を守りつつ、レミリアとタバサを捜す。
第三行動方針:魔力が回復して余裕が出来たら、不明アイテムや水中の調査
基本行動方針:勇者としてタバサの兄として誇れるよう生きる。でも敵には容赦しない。
[備考]:エンディング後なので、呪文は一通り習得済み
    アルルゥや真紅はモンスターの一種だと思っています。
    ベッキーは死亡したと考えています。
    お城の地下に迷宮があるのを確認しましたが、重要なことだと思っていません

【アルルゥ@うたわれるもの】
[状態]:魔力消費(中)、右腕の手首から先が動かない。
[装備]:タマヒポ(サモナイト石・獣)、ワイヴァーン(サモナイト石・獣)@サモンナイト3
[道具]:基本支給品×2、クロウカード『泡』『駆』@カードキャプターさくら、
    海底探検セット(深海クリーム、エア・チューブ、ヘッドランプ、ま水ストロー、深海クリームの残り、快速シューズ)@ドラえもん
    スタンガン@ひぐらしのなく頃に、アタッシュ・ウェポン・ケース@BLACK CAT
[服装]:普段着である民族衣装風の着物(背中の部分が破れ、血で濡れている)
[思考]:ヤムィヤムィ……
第一行動方針:ヤムィヤムィが気になる。悲しい。
第二行動方針:レックスについていき、レミリアやイエローを捜したい。
基本行動方針:優勝以外の脱出の手段を捜す。敵は容赦しない。
参戦時期:ナ・トゥンク攻略直後
[備考]:アルルゥは獣属性の召喚術に限りAランクまで使用できます。
    ゲームに乗らなくてもみんなで協力すれば脱出可能だと信じました。
    サモナイト石で召喚された魔獣は、必ず攻撃動作を一回行ってから消えます。攻撃を止めることは不可能。
    アリス・イン・ワンダーランドに対して嫌悪を覚えています。
    ベッキーは死亡したと考えています。


【F-3/河川水中/2日目/早朝】
【ヤミ(イヴ)@BLACK CAT】
[状態]:疲労(中)、10歳前後の容姿、トランス〈人魚〉状態
[装備]:レミリアの服、エッチな下着@DQ5、返響器@ヴァンパイアセイヴァー
[道具]:基本支給品×2、光子朗のノートパソコン@デジモンアドベンチャー、
    フック付きロープ@DQ5、神楽の傘(弾0)@銀魂、エーテライト×1@MELTY BLOOD、
    胡蝶夢丸セット@東方Project、ラグーン号操船マニュアル、病院服、ただの布切れ
[服装]:レミリアの服、その下はエッチな下着
[思考]:アルルゥ達と一緒に居ちゃ、いけない。
第一行動方針:城から離れる。
第二行動方針:自分の過去を知りたい。そのために、ブルーや千秋から話を聞きたい。
基本行動方針:自分の過去を知りたい。そして罪と向き合いたい。
[備考]:記憶をすべて消し去りました。元世界の記憶、この島での記憶、共にありません。
    自らヤムィ(ヤミ)に改名しました。

87つながり(前編の修正案) ◆T4jDXqBeas:2010/03/22(月) 01:54:35 ID:LTg3e.Dc
本スレのレス番141の内容を、

『何にせよしばらく時間をおいて、様子を見させてもらいます』

以降、下のように修正します。
状態表の思考の方は修正版の方の状態表で修正済みです。

即座に処置した簡易的な修正ですので、何か問題が有りましたらご指摘お願いします。
(ちなみにさくらは熱もある事ですし(恐らく)睡眠中として出していません。
 工場組の高町なのはとアリサ・バニングスも同じく睡眠中(のはず)です。
 必要という声が多ければ状態表追記だけします)

     *  *  *

『何にせよしばらく時間をおいて、様子を見させてもらいます』
「……ああ。それ自体は、良いんだ」
それにレベッカも今すぐアルルゥ達に会おうと考えてはいなかった。
今は大丈夫と言っても、血を飲むようになってしまったなんて教えたくない。
だからいきなりは会いたくない。
「生きてはいるけど、事情が有って会いに行けないとでも言っておいてくれ。
 その方が良いとは思ってるんだ。ほんとに」
『ええ。伝えておきますわ』
「それと、電話に出なかったけどアルルゥとレックスは無事なんだろうな?」
『寝ているだけです、ご安心を。そろそろ起きてくるかもしれませんわね』

「あとそれから……明石薫は、そこに居るんだな?」
「え? ベッキーさんそれってどういう事ですか」
「私が橋で出会ったあいつ以外に知らないはずなんだよ。私が、人間じゃなくなったって事は」
『………………』
「本当ですか!? それなら教えてください。薫さんはどうなったんですか?
 まだ、生きているんですか?」
少しだけ間が有った。
そして。
『一つだけ断定しておきます。彼女は放送で呼ばれ、間違いなく死んでいます。
 親切心で言うなら、期待しても呆気ない落胆しか得られないほど確実な事です。
 あなた達にそれ以上を教える義理はありません』
応えた声は、答えではなかった。

どうしてあの橋の上に明石薫が居たのか。
死んだはずの彼女が姿を見せた理由は何なのか。
全てを謎のヴェールに包んだまま、回答を拒否した。
ただ死んだという事だけを教えてきた。
その真偽すらも謎に包んだまま。

「……悪いな、トマ。私のせいで警戒されたみたいだ」
「い、いえ、そもそもベッキーさんが居ないと何もわかりませんでした」

お互いに話し合う事はそこまでだ。
ベルカナがレベッカを信用していない以上、城の方からこれ以上の情報は得られないだろう。
あと出来るのはこちらから提供する事だけだ。
レベッカは、ベルカナをある程度は信用に値すると判断した。
気に食わないとか刺々しくてなんかイヤだという感情は置いておく。

88つながり(追加指摘点の修正案) ◆T4jDXqBeas:2010/03/24(水) 18:42:23 ID:npGj41GY
日が開きましたが、指摘点に対する修正です。

>インデックスはなんでそんな話をしたのか?
本スレのレス番139のトマが伝言する場面を次のように加筆修正して補足します。

     *  *  *

ヤムィヤムィは黙り込んだ。
何処かしら沈鬱な気配まで漂わせて。
想像以上に重苦しい空気を作り出す。
そうして出来た重苦しい空気を乗せて、ヤムィヤムィは訊いた。
『その人は、どうしてその話を?』
トマは伝えた。
「もし本当に心当たりがあるなら、知るべきだと思ったそうです。あなたが生きるために」

これは嫌な想像だが──もしその名前が怨みの名であるとすれば、最悪ヤムィヤムィの命が危ない。
仲間だと思っている者に殺したいほど憎まれているとすれば、生きるためにはそれを知らなければならない。
例えそれが身を引き裂くような真実であったとしても、背中から刺される前に向き合わなければならない。
武器を手に殺しあう為ではなく。
想いが届く事を信じて。

「だから伝えて欲しい。でもただの杞憂だと願っているんだよ、だそうです。
 僕はあなたの事をよく知りませんけど……きっと、そうですよ。ただの偶然に決まってます」
『………………そう、ですか』
根拠の無い希望はむなしく響く。
ひたすら凝縮された懊悩が篭る返答は、素っ気無い。
耐えかねたレベッカが何か言おうとして。
『すみません、電話を代わります』
向こう側の受話器が誰かに手渡された。

     *  *  *

>リンク達には〜
その手が有ったか。本スレ135-136レスに跨っている部分を次のように修正します。

     *  *  *

増してや電話の会話はわざわざ別に録音までされているのだ、危険すぎるにも程がある。
首輪の中のP-Beeによる監視が管理部分でザルっぽいとしても、こちらだけ聞かれる可能性も無いとはいえない。
首輪を解除する為ですなどとストレートに答えるのは危険すぎるだろう。
トマは判ったと頷いて、言葉を選んで囁いた。

「トリエラさんの宿題です。ようやく解法が一つ判ったんですよ!」
『本当ですか!? なるほど判りました、こちらでも捜しましょう』
『ルビー?』
『後で説明します、インデックスさん』

幸い、この電話先にはカレイドルビーという通訳が居た。
首輪解除か脱出法か、どちらの解法かまでは伝えていないがそこまで問題は無いだろう。
自力で理解できるかもしれないし、そもそも首輪解除は十分に準備が整ってから一斉に行った方が対策を取られず効果的だ。
例えば、島の逆端の彼女達とすら団結できるほど事態が進行してからでも大差は無いように思われた。

「頼むぞ。そういえば、おまえインデックスっていうのか」
『そうだよ?』
レベッカはふと思い出していた。
その名前には見覚えがある。
「元の世界でもいいからさ。おまえの名前宛ての電話番号って何か心当たり有るか?」
『電話番号? うーんもしかして、とうまからもらった携帯電話の事?』
「それだっ」
快哉を叫んだ。

89つながり(追加指摘点の修正案) ◆T4jDXqBeas:2010/03/24(水) 18:47:08 ID:npGj41GY
加えて後編開始直後も次のように加筆しておきます。

     *  *  *

電話は終わり、リンク達は再び部屋に戻ってきた。
インデックスは存分に食べると再び横になった。
もう放送まで間は無いが、どれだけ休んでも足りない程だ。

「ありがとう、ルビー。おかげで大事な話ができたよ」
『いえいえどういたしまして、えへん』
電話が鳴っているとルビーに起こされて目を覚まし、電話の使い方も彼女に教わった。
そのおかげで、アリサの仲間であるトマの無事を確認できた。
向こうでに仲間が一人増えているらしい。
その上、彼らは大変な手掛かりを得ていたのだ。
トリエラの宿題の解法。
ルビー曰く、トリエラの宿題とは『首輪の解除』と『島から脱出する方法』らしい。
その片方の解法が念話なのだという。
(希望が見えてきた気がする)
見える範囲での物事は良い方向に進んでいる。

向こうだけじゃなく、ここだってそうだ。
確かにインデックスは高い熱を出し、高町なのはは心身とも傷だらけになり、アリサだって疲れ果てている。
でも高町なのははここに居る。
それはきっと良いことのはずなのだ。

ただしそれには、見える範囲ではという注釈も付いていた。
例えば何処の話かも判らない、インデックスの語ったヤムィヤムィという名前の話には正直不安も有る。
インデックスもただの杞憂かもしれないんだよと(随分不安げな表情で)言っていたが、言ってみればそのくらい判らない。
勘違いや大した事の無い話なのか。
それとも……そうではないのか。

しかも見えない範囲に不安があるのはそう遠くの話だけではない。
リンクは確かめた。
「ルビー、はやてが死んだのは放送の直前なんだよね」
『ええ、そうですよ』
その事実がリンクの心に不安を残す。
ようやく気づいた一つの勘違いが、リンクの心を掻き乱す。

     *  *  *

ご指摘ありがとうございました。

90つながり(追加指摘点の修正案) ◆T4jDXqBeas:2010/03/24(水) 19:10:22 ID:npGj41GY
もう一つ原因らしき描写を見つけたのでこちらも加筆しておきます。
場所は一つ目のトマが伝言を伝える場面の少し前です。

     *  *  *

「あなたは、そのアルルゥさんに怨まれるようなことをしてはいませんか?」
『──────っ!』

注意して聞いていたから、息を呑む音まで聞こえた。
レベッカが気づいた“白”の驚愕に似た音が。
まるで心の奥まで踏み込まれたような衝撃が聞こえた。
やはり、そうなのか。

『……どうして、それを』
「あなたの名前です」
インデックスはトマに頼んだ。
怨まれる心当たりがあるかどうかを聞いて、ヤムィヤムィがそれを否定したならただの杞憂だからごめんなさいと伝えてほしい。
だけどもしもヤムィヤムィに心当たりが有るようなら、今から話す情報を伝えてほしいと。
それは一つの知識だった。

     *  *  *

要約すると、心当たりがあるならまだ怨まれているかもしれないから名前の理由について確認した方が良いよ。
心当たりが無いならただの勘違いだから気にしないで。
というのがインデックスのお願いでした。
修正点が多岐に渡ってしまい、お騒がせしました。。

91冥探偵ジェダ〜解答編〜 ◆tcG47Obeas:2010/04/07(水) 08:27:41 ID:mvdxLdvw
冥王の城に、魔蟲の羽音が響く。
穴を抜け室を抜け通路を抜けて、羽音を立てて魔界蟲が降りたった。
魔蜂の女王はこの世界を統べる冥王に傅いた。
「ふむ、帰ったか」
ジェダは振り返りQ-Beeを迎えると、報告を促した。
Q-Beeは忠実に報告を開始する。

「49バン、ノガミアオイ。シタイカクニン。
 45バン、ニア。リリスカラシボウヲカクニン。
 22バン、グリーン。リリスカラシボウヲカクニン」

Q-Beeは確認した順番に報告を並べていく。
グリーンもリリスから確認した事は予想外だが、76番の報告に有った二つの首輪に合致する。
そのまま続けさせる。

「86バン、ヴィクトリア=パワード。クビワダケカクニン。
 21バン、ククリ。シタイカクニン。
 17バン、カナリア。シタイカクニン」

首輪だけ。
報告の内容にジェダは眉を顰める。
それは中身を誰かが持ち去ったと考えるべきだろうか。
あるいは中身が自分で歩き去ったと考えるべきだろうか。
だがそれ以前の答えが姿を見せる。

「タブン、40バン、タチカワミミ。セイゾンカクニン。
 62バン、フルデリカ。シタイカクニン」

太刀川ミミの生存。
最早確定事項だろう。
ジェダは確認を始める。
「多分、というのはP-Beeの首輪が無いためか?」
「クビワツイテナカッタ。カオ、タチカワミミダッタ」
ふむと唸り考える。
「よくやった。首輪に入るP-Beeを一匹用意しておけ。
 それが終われば通常の仕事に戻れ、ただし放送の前になったら一度戻って来るのだ」
ジェダは一旦Q-Beeを帰らせて、思案する。

とにかく太刀川ミミの為に新たな首輪を用意しなければならない。
それ自体はそう難しいことではない。
予備の首輪の用意は有るし、太刀川ミミに付けられているものは一般人用の通常の首輪だ。
通常の首輪なら数分もあれば用意できる。
そう、太刀川ミミ自身は通常の首輪で十分な参加者の筈なのだ。
にも関わらず、どうして未だ生きている?

(首輪が爆発すれば死ぬはずだ)

首輪の爆発は全ての参加者を確実に殺傷せしめるだけの威力を持っている。
参加者本来の能力であれば耐え切れる者さえも、決して逃れる事ができない。
それは参加者全ての能力が等しく、そして個別に制限されているからだ。

92冥探偵ジェダ〜解答編〜 ◆tcG47Obeas:2010/04/07(水) 08:28:27 ID:mvdxLdvw
参加者には二種類の制限が課されている。
それは会場全域を覆うフィールド状の物と、首輪から個別に発動している物だ。

まず前者の制限フィールドはジェダ以外の基本的な能力を制限する。
どれだけ強力な参加者でも、少なくともジェダと首輪に抗えないレベルまで能力を落とされているのだ。
この正体はジェダが敷き詰めた自身の魔力である。
即ちかつてインデックスが見抜いた通り、法則が違うあらゆる界の魔法を同時に運用する為のフィールドでもある。
この世界におけるありとあらゆる異能はジェダの掌の上にあるからこそ動けるのだ。
その程度を制限する事も、容易い。

しかしこれにより制限できるのは比較的単純な能力だけである。
人外の身体能力、気、魔法、超能力、全てを等しく制限できる反面、
個別な特殊能力を制限しきる事が出来ないのだ。


そこでもう一つ、首輪により課されている個別の制限が存在する。
首輪には所謂呪いの一種が刻まれているのである。
これは様々な道具等を使い参加者の前歴を完全に洗った上で設定した物で、
前者の制限フィールドによる基本能力制限の微調整も兼ねている。
微調整といってもフィールドの制限は大雑把な物であるため、ケースによっては大きな差を生む。
割と理不尽かつ出鱈目に多種多様な能力を持っていたパタリロに至っては纏めて通常人間程度に制限してあるのだ。
首輪が外れたところで会場の制限がある以上そこまで脅威にはならないだろうが、一応バランスを考慮したのである。
まかり間違っても色々有って面倒だったというわけではない。

加えて首輪の制限は、それよりも特殊な能力に対して掛けられた部分が多い。
吸血鬼が無数の蝙蝠へと分離する事は出来ても、中枢部分を固め押さえて離さないといった具合だ。
物理攻撃を無効化する霧化に至っては封印してある。
これにより首輪の爆破を無効化する事も、首輪から抜ける事もできない。

また、別の話だが支給品で強化できる範囲でも首輪の爆発を防ぐ事はできない。
これは基本能力の強化では制限フィールドに妨げられ首輪の爆破に耐え切れない事と、
特殊効果の類も配慮した上で支給品に回しているからである。

制限下で首輪が爆発すれば死ぬはずなのだ。
なのにどうして、彼女は生き延びた?
増して自身はただの人間であるはずの太刀川ミミがどうやって。
首輪が爆発すれば死ぬ事を前提にするならば、太刀川ミミでは説明がつかない。

そもそも太刀川ミミの顔をした首輪が無い参加者は、本当に太刀川ミミなのだろうか?

そう、ジェダがその答えに辿りつく。
冥王の手が事実に届いてしまう。
幾条もの偽りを超えて真実を掴み取ってしまう。
冥王の知性はあまりにも怜悧だった。

「生き延びたのはヴィクトリア=パワードか」

ジェダは真相に到達した。

93冥探偵ジェダ〜解答編〜 ◆tcG47Obeas:2010/04/07(水) 08:29:59 ID:mvdxLdvw
確かQ-Beeが追加支給品として持って行った中には顔形を変えるような物が有ったはずだ。
それを使えばヴィクトリアが太刀川ミミに成りすますのは難しいことではないだろう。
ヴィクトリアは首輪を外し太刀川ミミに成りすまして生きている。

「だが」

ジェダはそこで止まらなかった。
薄っすらと笑みを浮かべ、呟きを漏らす。
「自分で言うのもおこがましいが 私は聡明なのだ……あきれるほどに」
そう、ジェダはもう一段踏み込んだ。

「君でも無理だろう? ヴィクトリア=パワード」



ヴィクトリアの持つ錬金術では首輪を外すに至らないだろう。
彼女には知識が有っても機材が不足していたはずだ。
機械的設備が無い場所で首輪解除を達成するには、恐らく魔法が必要になる。
ヴィクトリアが来た世界に錬金術は有ったが、魔法は存在していなかったはずだ。
もちろん支給品の中には有る程度の魔法を習得可能にする物もある。
だがそんな付け焼刃で首輪を外せたとは考えにくい。
何千何万人に一人という類稀なる適正を持ってでもいなければありえまい。

ならば誰が彼女の首輪を外した?
首輪を解除する方法を見つけたのは誰だ?
ヴィクトリアの死が誤報だとすれば、その場には誰が居た?
ジェダの知性はその者の名を告げた。

「君か。吸血鬼レミリア・スカーレット」

思えばレミリア・スカーレットの経緯は異常である。
ヴィクトリアすら殺害していなかったとすれば最早間違いない。
膨大な数の戦闘を積み重ねながら、殺害したのはあろう事かQ-Beeだけなのだ。
しかも彼女には前例がある。
夕方に起きたレベッカ宮本の吸血鬼化という些細なイレギュラーが。

レベッカ宮本の吸血鬼化。
すぐに修正されたため首輪から抜けたヴィクトリアとは雲泥の差が有るが、実を言えばあれもイレギュラーの一つだった。
生命の水などによる生態系の変化とは訳が違う。
幾ら生態系が変化しようとも、肉体が平常の生物の範疇であるならば首輪はバイタルサインを確認し続ける事ができる。
正確には首輪は、というよりもP-Beeが感知している。
着用させた時に有った、物理的にせよ魔術的にせよ生体反応を丸暗記し、それが途絶えれば死んだと判断する。
P-Beeの類稀なる触覚は密着している者の生体反応くらい余すことなく感じ取る事ができるのだ。
しかし吸血鬼、妖怪というものは肉体よりも精神に依存した生物なのである。
その肉体は精神により生かされているといっても過言ではない。
あまりにも命の形が違いすぎる。

本来そういう類の変化を起こすものは、全て会場から排除していたはずだった。
支給品にあるものでその類の変化を起こす事は出来ないし、参加者のそれも首輪の個別制限により封じていた。
例えば別の世界の吸血鬼であるエヴァンジェリンの場合、吸血による強化支配能力は制限してある。
スカーレット姉妹にあるもう一つの特性である、肉体が陽光に焼かれて生じる煙を吸った者が不死性を得る特性も制限してある。
それを吸った者は居なくとも、レミリアが日に焼かれた事は何度かあったのだ。

しかしスカーレット姉妹の吸血鬼化の特性は、過去一度たりとも効果を発揮した事が無かったのだ。
それどころか彼女達自身が望もうとも、その特性を発揮する事は出来なかった。
姉のレミリアはあまりの少食から。
妹のフランドールは生きた人間を木っ端微塵にせず吸血する加減が欠如していたから。

94冥探偵ジェダ〜解答編〜 ◆tcG47Obeas:2010/04/07(水) 08:31:29 ID:mvdxLdvw
幾らジェダとて過去の記録にも当人の意識にも無い上に特異すぎる性質を封じきる事は出来なかった。
過去当人が望んでも出来なかった事であり、起きる可能性は低いと判断して大目に見る事にしたのだ。
その隙を突かれた。
消耗した空腹の時に失血死寸前の人間から血を吸い尽くす事で条件を満たしたのである。
首輪はあまりにも特異な変容を追跡する事が出来ず、かくしてレベッカ宮本は一時ジェダの探知から零れ出た。

それが大きな問題にならなかったのは、確認が容易であったからだ。
機能を停止していたとはいえ、首輪が付いている事に変わりは無いのである。
ジェダは魂の漏れからそれに気づくと、すぐさまQ-Beeに命じて休眠状態のP-Bee達に確認を呼びかけさせた。
結果、レベッカ宮本の体内に通常とは違う新たな命が流れているのを感知する事が出来、彼女の監視は復活した。

その際、レベッカ宮本は未だ生き続けている参加者としてバトルロワイアルへの継続参加を認めると共に、
実行者であるレミリア・スカーレットに対しても特別な処置を与える事は無かった。
吸血鬼化による変化が起きても自動的に反応を追跡するよう設定した事も有るし、
事前に予測しえたにも関わらずジェダが油断した結果である事を理解していたからだ。
恐らくレミリア・スカーレットは人の血を求めただけだろうし、その行為自体はバトルロワイアルを健全に進行させる。
そう考えていたのだ。

「闇に惑う幼子達よりは聡明な部類に入ると考えていたのだがね。実に残念だ」

しかしそうではない。
これだけの経歴が積み重なれば幾らなんでも確信に至る。
レミリアはジェダの儀式を瓦解させようとしていたのだ。
その為に吸血鬼化現象を試し、殺し合いに乗ったフリをしながら誰も殺さず、それどころかQ-Beeを倒した。
あまつさえ妹を殺した仇であるヴィクトリアまでも助けるとは予想外だった。
いや、もしかするとだからこそ助けたのかもしれない。
この島で一番助けるはずのない者だからこそ、裏をかくために。

レミリアの怒りは真っ直ぐとジェダ一人に向いていたのだ。

ならばジェダはどうするのか。
ここまで明確に反抗したレミリアをどう処置するのか。
(まずは罰を与えるところだが、私は寛大だ。しばらくは泳がせてあげよう)
答えは何もしない。
ただ、レミリアへの監視を強めるだけ。
もしもレミリアが他の参加者に怪しい行動を行ったらそのデータを採らなければならない。
レミリアが一体どういう手段で首輪を外したのかを調べる為に。

95冥探偵ジェダ〜解答編〜 ◆tcG47Obeas:2010/04/07(水) 08:32:25 ID:mvdxLdvw
基本、ジェダはQ-Beeを通じてP-Beeにより参加者を監視している。
これでも大抵の場合は問題無いのだ。
P-Bee達は覗き窓から見た情報、耳にした情報を報告している。
場合によってはキーワードに反応して報告を行うようにも命じてある。
P-Beeの知性は低いため、そういったキーワードシステムが有効だったのだ。
『ご褒美をちょうだい』という後付けキーワードも反応するように、追加は容易だ。

例えば『首輪』というキーワードについても設定してある。
ただしこれを設定したのは第一放送の後である。
最初の内は身に付けられた首輪への戸惑いと恐怖から。首輪という単語が頻発すると予想できたからだ。
一方でそれ以降も会話に上るなら危険が有ると判断し、経過を見て監視ワードに設定した。
少し言い換えるだけで逃れられる事もネックだが、盗聴を警戒されなければ効果は有ると思われたのだ。
その結果、このキーワードは主にトマという参加者から多く検知された。
野上葵とトマとの会話。
既に死んでいるジュジュとの会話。
レベッカと会った時も、野上葵の首輪を取ろうとしている事が伝えられた。
何れもジェダの耳に入り、しかし気にする必要も無いと一笑に付した会話である。

野上葵の能力による首輪解除はそもそも首輪による制限が掛かっている限り不可能だった。
トマの予想は半分だけ外れ、能力制限の仕掛けは首輪“にも”仕込まれていたのだ。
ジュジュとの会話も、あくまで現実逃避だろう。
野上葵の首輪については恐らく死んでいるものだと思っていたのだが、これは逆に信用できず、
Q-Beeの死のせいで報告が途絶えていた事もあり、後からQ-Beeを調査に向かわせる必要が生じてしまった。

トマという参加者が首輪を外そうと足掻いている。
それだけだ。
監視ワードに入る内容はどれも足踏みをしている段階、気にする必要さえも無い。
日が過ぎてQ-Beeを生き返らしてからは殆ど検知されてすらいない。
『首輪』という発言が殆ど無いのだ。
リンクという参加者からも検知されたが、外す方法が見当もつかないと零す程度。
Q-Bee死亡中の報告が失われた──P-Beeに報告を覚えておくような事は出来なかった──のは気になるが、
今のところ、トマもリンクも問題のある段階ではないように思えた。

それよりもレミリアだ。
今回レミリアを監視する為に設定した条件は、キーワードではなく対象人物を指定したものだ。
レミリアの発言から行動の全てをジェダに報告するよう設定したのである。

(ヴィクトリア……いや、“太刀川ミミ”には新しい首輪を付けておくだけで良いだろう)

“太刀川ミミ”には設定がヴィクトリア用の首輪を付けなければならない。
しかし薄っすらと彫られている名前などは太刀川ミミの名を使うとしよう。
首輪を付けなければならないが、レミリアを油断させる必要も有る。
たまたま“太刀川ミミ”を見つけて首輪を付けた、その程度に思わせておくのだ。
放送の名前もヴィクトリアの方を呼んでやろう。
首輪を付けに行くのはその時が良いだろう。
そうやってジェダは巧緻な策謀を張り巡らせていく。

(さあ、レミリア・スカーレット。その真実を私に委ねるのだ)

冥王城の奥深く、殺し合いの主人はほくそ笑む。
その推理の絶対を信じて。

96冥探偵ジェダ〜解答編〜 ◆tcG47Obeas:2010/04/07(水) 08:33:18 ID:mvdxLdvw

余談であるが。
今のところ、ジェダ・ドーマは気づいていない。
いつの間にか新たにもう一組のイレギュラーが生まれていることに。
蒼星石とチャチャゼロのチェンジリング。
それは本来起こるはずもない事だから。

もちろんそれは蒼星石の魔力変質が予想外だったからでもある。
エヴァのドール契約自体は、少なくとも新たに従者を作り出す事は制限されていた。
これは意志が吹き込まれる部分などが制限により機能停止していたという意味である。
それ以上に制限する必要は無いと思われていたし、制限すれば他の魔法の使用まで支障を来たしていた。
チャチャゼロを材料に他の人形の参加者の治療に使うというのは応用的で、完全に想定外の使い方だったのである。
何よりもその結果として魔力が変質する程の劇的な症状が出るとは予想だにしなかった。
それは魔術的に高度な要素が複雑に絡み合った結果、偶発的に起きた現象なのである。
だがそれよりもチャチャゼロに起きていた現象こそ劇的だった。

実を言うとジェダは、一定以上の魂が含まれない事を条件に支給品を集めていた。
魂には重みという物が有る。
同じ種族ですら、Q-Beeは一人分に誤認されてもP-Beeのそれが誤差にすらならないように、
支給品“達”の魂は全て破壊されようとも参加者一人分にさえ満たないはずだったのだ。
実際、他の意志有る支給品が破壊された時の魂に誤差は出ていない。
にも関わらずチャチャゼロの魂には参加者一人分を満たす程の重みが有った。

考えられる事は幾つかある。
エヴァが近くに居た事で、魔力が流れ込まずとも何らかの強化に繋がったのかもしれない。
死んだというより仮死、あるいは擬死状態とでもいうべき状態から神体に吸引され、
魂が無理矢理引き剥がされて呑み込まれた事も一因と言えるかもしれない。
だがもっと単純に考えるならば、こうだ。
これまで数百年エヴァと共に歩んで来て成長しなかった魂が、僅か一日で急激に育っていたのだ。
そんな事は普通に考えるならありえない。
“人型である事から参加者と同じく魂を練磨する儀式の影響を受けたとしても”そこまでの成長は想定外だ。
だが事実、チャチャゼロの魂はそれほどの重みを持っていた。

だから気づけなかったのだ。
有り得ないと思われていた事が起きたから。
ジェダはチャチャゼロを甘く見ていたのだろう。
たかが人形がささやかな奇跡を起こしていたなんて思いもしなかったのだから。

儀式はあるべき形へと効率的に進んでいた。
誰が思うよりも劇的に、速やかに。

混迷は全ての真実を覆い隠していく……。

97 ◆tcG47Obeas:2010/04/07(水) 08:41:39 ID:mvdxLdvw
以上でジェダの話の投下を終わります。

続いて、蒼星石の話。

98蒼星石/Lapislazuri Stern ◆tcG47Obeas:2010/04/07(水) 08:44:00 ID:mvdxLdvw
蒼星石は物陰に隠れて、彼女達の会話を耳にした。
リリスとQ-Beeの会話。
危ないと思い咄嗟に隠れて聞いた話は衝撃的な物だった。

まず古手梨花、そしてククリと金糸雀の死体を確認したというQ-Bee。
それだけでも蒼星石にとっては重大な意味を持っている。
(死体を確認したという事は、タバサ達はどうなったんだ!?)
金糸雀とククリの死体はタバサが引く棺桶に入れられていたはずなのだ。
タバサや小太郎は無事なのだろうか。
気にはなるが、どうすれば良いか判らなかった。
少なくともあと二時間足らずで耳に出来る放送を待てば、その生死だけは確認できる。
しかし今すぐ確認に行かなくて良いのか。
(いや、Q-Beeは不用意に参加者を傷つけはしないはずだ。
 ジェダも、あの戦いは参加者の方から挑んだ物だという風に……ジェダの言葉を信じられるのか?)
動揺が胸の中を駆け巡り収まらない。
更に魔物達の会話は続く。

「アト、イキテテクビワツケテナイニンゲンモミツケタ」
「あ、生きてる人って本当にいたんだ」

(誰か首輪を外した人が居るのか!?)
どうやらQ-Beeはそれを捜し死体を確認して回っていたらしい。
苦渋を噛み締め、タバサ達への不安をさておき思考する。

そもそもどうして確認していた死体がククリ、金糸雀、古手梨花なのだろうか。
偶然にも、蒼星石はその全ての死体を知っていた。
ククリの死体も金糸雀の死体も、目の前の古手梨花の死体も知っていた。
それらの死体に共通する点とは何なのか?

ククリと金糸雀だけなら北東の街で死んだ事しか意味しない。
どうやら首輪を外した誰かもそこに居たらしい。
しかし古手梨花の死体を確認する必要が有ったのはどうしてだろう。

(箱に密封されたり、埋められていたからとか? ……いや、それだけじゃダメだ)
すぐに否定する。
もしそうだとすれば、一緒に棺桶に入れられていたイシドロの死体だって調べたはずだ。
だがイシドロの死体に興味は無かったようだし、そもそも夕方の放送時点で死亡したと認識されている。
そう、夕方の頃は。
(まさか…………時間が問題なのか?)
ククリと金糸雀の死体にもう一つ共通しているのは、殆ど同時に死んでいた事だ。
古手梨花は判らないが、彼女も似た時期に殺されたとすれば……。

(考えろ、考えるんだ蒼星石。あの名探偵くんくんのように)
薔薇乙女達の間で熱狂的ブームを引き起こしている推理物動物人形劇の探偵を思い出す。
彼のように鋭い推理をするのだ。
北東エリアで死んだククリと金糸雀、時間帯は多分九時かその前後だろう。
その調査をQ-Beeが行っていた。
Q-Bee。
レミリアに殺害され、日の替わりと共に復活したQ-Beeが調査していた?
(もしかして関係が有るのか?
 Q-Beeが倒された事。十二時に蘇り、雨が降らされた事。
 Q-Beeが調べていた死者達。死者の中に混じっていた首輪から逃れた誰か。
 Q-Beeが殺されたのと近い時間帯に殺されたのかもしれない死者達。
 もしもこれが一本の線で繋がるとすれば……!!)

Q-Beeが殺されたから、首輪から逃れる者が出た?

99蒼星石/Lapislazuri Stern ◆tcG47Obeas:2010/04/07(水) 08:46:10 ID:mvdxLdvw
(いや違う、そうじゃない!
 そもそもククリと金糸雀が死んだのはQ-Beeより少し前だったんだ。
 Q-Beeが殺されたから何か有ったなら、Q-Beeより後に死んだ人を調べるはずなんだ。
 ……どんな順番で死んだのか正確には把握できてないのか?
 それとも、もしかして。
 正確な把握もできなくなっていたのか?)

──Q-Beeが殺された前後は生死の監視に若干の粗が生まれる。

若干粗い仮説だ。
しかしそう考えるのが妥当に思えてきた。
Q-Beeが死ねば誰が生きているか誰が死んでいるかのチェックが甘くなるのだ。
その隙を突いて、何者かが首輪を解除した。

(逆に言えば、Q-Beeが生きている間はすぐに感知されてしまうのか?)
厄介な難題だった。
悔しいが、レミリアとQ-Beeとの激闘は手の出せる領域ではなかった。
再びあれを倒す事など出来るのだろうか。



しばらくしてリリスとQ-Beeは別れた。
蒼星石は思う。
せめてリリスだけでも倒すべきなのだろうか。
エヴァは言った。

『私は光を知らしめる影となる。おまえはそれを手伝え』
『別に罪を背負えとは言わん。私に付いてくる必要も無い。
 悪を映えさせる者として正義に味方してもかまわん。
 ただ私の在り方を手伝え。それすらしないというなら死ね』

正義に味方をしようがどうしようが構わない。
ならばリリスは倒すべき敵なのだろう。
蒼星石の道は未だ定まらなかったが、リリスを打ち倒す事は正しい事に思われた。
倒しても殺そうというつもりにはとてもなれなかったが、それでも。
ただしそれができるならだが。

(出来るのか? 僕に)
昼間に塔で戦った時の事を思い返す。
戦術の指揮を受けていたとはいえ、四人がかりで戦ってようやく撃退できた難敵だ。
あれに一人で太刀打ちする事などできるだろうか。
(僕の調子はどうなんだ)
ドール契約により四肢を取り戻し、腕や足は違和感さえ感じさせず自在に動く。
白兵戦であれば以前と同じように戦えるはずだ。
空を飛び白兵戦に持ち込むか、金糸雀のヴァイオリンを使えば戦いようがあるだろうか。
蒼星石はリリスを見上げる。

リリスは空を見回し、何かを見つけた様子で飛び立った。
リリスの視線の遥か先に居たのは。

「エヴァ……!!」

西の方角へと飛んでいくエヴァ。
自分の担当区域だと言いながら、エヴァが向かおうとはしなかった方角だ。
そちらに何か有ったのかもしれない。
何れにせよ最早選択の余地は無い。
蒼星石は助走を付け、自らもローゼンメイデンの飛行能力で飛翔しようとして。

雨上がりでぬかるみと化した地面に叩きつけられた。

100蒼星石/Lapislazuri Stern ◆tcG47Obeas:2010/04/07(水) 08:47:28 ID:mvdxLdvw
「うぐっ。クッ、一体何が?」
泥でべちゃべちゃになりながらも立ち上がる。
飛ぼうとしたはずだ。
ローゼンメイデンの飛行能力はそこまで優れた物ではないが、出来るはずだし出来ていた。
なのにどうして。
「飛べなくなってるのか……?」
それが出来なくなっているのか。

蒼星石はハッとなり自らの胸に手を当てた。
その奥に感じ取れるはずのものを感じ取ろうとした。
胸の奥深く、ドール達の中枢にある。

ローザミスティカの鼓動を。







感じ、とれなかった。


蒼星石自身のそれはもちろんの事、取り込んだ金糸雀のローザミスティカも反応が無い。
確かにそこに在るのだ。
存在しているのに、反応を返してくれない。
まるで化石になってしまったみたいに、そこから溢れ続けるものが感じられない。

「…………は……はは…………は………………」

乾いた笑いが零れた。
理解してしまった。
どうして自らの中にあるローザミスティカが反応を止めたのか。
自らの身に降りかかった現象が何であるのか。



蒼星石はローゼンメイデンではなくなったのだ。



自らの体だ、意識を巡らせれば実感として理解できる。
蒼星石の体内を巡る力はエヴァのドール契約の作用が複雑に絡み合い変質していた。
逆に言えばローゼンメイデンの力が機能を停止したのだ。

だから、ローゼンメイデンとしての力が喪われた。

金糸雀のバイオリンを取り出して、演奏してみた。
ギィギィと耳障りな音が響くだけで何も起きなかった。
金糸雀のローザミスティカはもう、ヴァイオリンの弾き方も教えてくれない。

空を飛ぶ力は失われ、夢に入る力も失われている事を感じとれた。
庭師の鋏で心の樹を正しく剪定する事も叶わない。
例えローザミスティカを集めても、最早何の想いも伝えてはくれないだろう。
究極の少女、アリスに至る事も絶対に有り得なくなった。

蒼星石の生まれた理由さえもが否定された。

101蒼星石/Lapislazuri Stern ◆tcG47Obeas:2010/04/07(水) 08:48:39 ID:mvdxLdvw
「そういう事、か……」
打ち捨てられた庭の様に胸の中で絶望が繁茂していく。
とっくの昔に判っていた事だ。
殺し合いを許容した自分が何かを望むなんておこがましいと。
だけどそれでも想ってしまった。
希望を抱いてしまった。
まだ何かを信じていいのだと。

「…………なにが」

例え徒歩で辿り着けたとしても、リリス相手には戦いにすらならないだろう。
空中から攻撃を続けられればそれだけで、今の蒼星石には何もできないのだから。
大体走って向かったとしても到着するのは全てが終わった頃だ。
西で起きる筈の戦いにおいて、蒼星石に出来る事は何も無い。

「なにが、悪いんだ」

そもそも蒼星石は何のために何をする。
最早生まれた意味すら否定された。
敬愛するお父様の願いを叶える事はできない。

こんなにも無力な体で誰かを護る事も。
こんなにも罪に穢れた身で誰かを救う事も。
できるわけがない。
できるはずがない。

なのに。

「一筋の光を求め続けることが!」

蒼星石は立ち上がる。
存在理由は否定された。
胸腔の奥に眠るローザミスティカはただの預かり物と化した。
その身は泥と罪に塗れ、心には絶望の蔦が絡み付いている。
泥に塗れた顔は涙でぐしゃぐしゃになっている。
意地を張るように噛み締めた歯はカタカタと噛み合わない。

胸が苦しい。

想いが辛い。

痛い。

痛い、痛い、痛い!

こころが、いたい。

最早許されなくとも、究極の少女アリスは父ローゼンの夢で、ローゼンの夢は蒼星石の夢でもあった。
とても大切な夢だった。
いや、言葉を尽くしても語り尽くす事などできないだろう。
ローゼンメイデンである事は、蒼星石にとっての根底だった。
全てだったとはいわない。
幾つもの絆が無意味な物だったとは思わない。
だけど蒼星石の全てはその基盤の上に構築されていた。
その基盤が崩れ去った。
だから何もかもが失われた。
蒼星石にとっての全てが崩れ去る。
意志も矜持も絆も思い出も、希望も。
何もかもが崩れ去る。

102蒼星石/Lapislazuri Stern ◆tcG47Obeas:2010/04/07(水) 08:49:19 ID:mvdxLdvw
それでも蒼星石は想うのだ。

(僕は救われたんだ)

死に瀕してなお勇者であったニケによって、心を救われた。
主人であるエヴァの手で消費されたチャチャゼロによって、体を救われた。

だったら、こんな所で足踏みをしている暇なんて有るものか。

歩き続けなければならない。
その想いが蒼星石の足を支えてくれる。

(どうする?)
自問する。
悔しいが西は、間に合わない。
それでも西に行くのか。
それとも他の選択をするのか。
(……西で起きている何かは、エヴァを信じよう)
何が有って向かったのかは判らないが、彼女ならそうそう仕損じる事は無いはずだ。
蒼星石は蒼星石に出来る事をしなければならない。

そう考えるなら答えは一つしかないのだ。
元より蒼星石にはしなければならない事がある。

(タバサ達に謝らなくちゃいけない)

それは蒼星石が犯した明確な過ちで、だけどまだ償える事だ。
タバサ達を捜し、再会し、謝ろう。
前に進むならその前にケジメを付けるのは当然の事なのだから。

(なら、どう向かう?)
問題は進路だろう。
蒼星石は北から来た。
だけど5時に発動するE-2の禁止エリアが蒼星石の帰り道を塞いでしまう。
急げば発動前に抜けられなくもないが、もし夜道に迷って途中で禁止エリアが発動すれば最悪だ。
森まで掛かるE-2エリアに迷い込まないよう進むには相当の余裕を見なければならない。
見通しの利かない森の中を進むのだから、1エリア余裕を見てC-4から森に入っても警戒しすぎという事はない。
あるいは、東から回るか。
G-4の禁止エリアこそ気になるが、こちらは道なりに行けばいいのだから概ね安全だ。
城に寄るのも良いかもしれない。

どのみち朝までには到底戻れない。
タバサ達は街を出ているかもしれない。
出ているとすれば、何処へ?

(……東、かな)
こちらから使いにくいルートは逆側からも使いづらいのだ。
北周りはE-2の禁止エリアが邪魔になる。
やはり、東回りだ。
途中幾つか有る施設に寄って行くのも良いだろう。

蒼星石は東を見つめた。
一度だけエヴァが向かった西を振り返り、それから。
東へと向けて歩き始めた。

(エヴァが自分を悪と引き立てろというのならしてやるさ。
 エヴァが悔やむくらいに、引き立ててやる)
だからその為に、今はエヴァと逆を行く。
蒼星石のケジメを付けて、それから必要な何かを見つけるために。
そう。

103蒼星石/Lapislazuri Stern ◆tcG47Obeas:2010/04/07(水) 08:50:38 ID:mvdxLdvw

(僕は君を諦めない) 

エヴァを連れ戻せるだけの何かを見つけてみせる。
エヴァが自らを悪だ影だと言うのなら、その悪や影にすら手を差し伸べ引き戻してみせる。

光の道とはそういうものだ。
どれだけ喪おうとも、どれだけ叶いっこ無いほどの奇麗事だろうとも挑み続ける。
現実を見ないだけだと蔑めばいい、憎めばいい。
こんな生き方で何かを掴めるはずも無い。
十中八九全ては徒労に終わるだろう。
だから正義は弱いのだ。
未来ばかり見る無想家は明日に辿り着けずのたれ死ぬ。
自分どころか周りを巻き添えにして死んでいく。
光は夜闇の前に儚くて、どこまでも愚かな蛮勇に過ぎない。
だけど蒼星石はそんな勇気に救われた。

行為だけを見れば最低だ。
ニケは蒼星石を救うアテも何も無く蒼星石を護って、散った。
それが無駄にならなかったのはエヴァが心動かされたからだ。
その成果ですらチャチャゼロという別の犠牲を必要とし、その上で蒼星石の力さえ失われた上での物だ。
何一つプラスになってはいない。
奇麗事でしかない光の道とはそういう物だ。
それでも蒼星石は奇麗事に救われた。
命を救えるのは闇の道を貫く悪の信念なのかもしれない。
でも心は奇麗事でしか救えない。
だったら奇麗事を選ぶのは当然の事だ。
何故なら蒼星石は。

「僕の役目は、心を護る事なんだから」

心の樹を護る庭師なのだから。
もうローゼンメイデンですらなくなったけれど、それでもそう在り続けようと思う。
ニケの遺志が、歩き続ける強さをくれるから。
だから胸を引き裂くような痛みを噛み締めて、蒼星石は歩き出す。

歩き、歩き、歩き、歩いて。
やがて目前に広がるのは立ち枯れの森。
蒼星石は何時ごろに誰がこれを為したのか、その後に何処へ行ったのか知る由も無い。
ただ、それを為した誰かに恐怖を抱きながら。
決意の一歩で、枯れ土を踏締めた。


【E−5/荒地/2日目/早朝】
【蒼星石@ローゼンメイデン】
[状態]:金糸雀のローザミスティカ継承、チャチャゼロの部品と人形契約により四肢を維持、
    ローゼンメイデンとしての機能失調、泥塗れ、精神的に激しい衝撃、それでも進む意志
[装備]:庭師の鋏@ローゼンメイデン、戦輪×4@忍たま乱太郎
[道具]:基本支給品×2、金糸雀のバイオリンと弓@ローゼンメイデン、ジッポ、板チョコ@DEATH NOTE、素昆布@銀魂、
    旅行用救急セット(消毒薬と針と糸)@デジモンアドベンチャー、トンネル南側入り口の鍵
[思考]:諦めちゃいけないんだ
第一行動方針:タバサ達に謝りに行く。
第二行動方針:エヴァを引き戻すための何かを探す。
基本行動方針:人の心を護る。
[備考]:現在蒼星石の四肢はエヴァとの人形契約により動いています。
    蒼星石の自由に動き、エヴァにとっての負担もほぼ有りませんが、
    昼間のエヴァの魔力の減衰や、死亡によって影響を受ける可能性は有ります。
    エヴァと情報交換しました。少なくとも島を覆う結界や地下に本拠地があるであろうことは聞いてます。
※ジェダ達に死亡したと思われています。首輪の中のP-Beeも眠っています。そのことに蒼星石は気付いていません。

104守るもの、奪うもの  ◆v5ym.OwvgI:2010/04/09(金) 01:14:52 ID:/k3dyqO6

ヤミは自ら、大切な人を手放す。
大切な人が、自分のせいで傷つくのが嫌だから。
大切な人を傷つける、自分自身が嫌だから。

冷たい濁流に流されるままに、お城を離れる。
お城の対岸に渡って、彼女は陸に上がる。

その下半身を人間の物に戻し、呆然と、ただ茫然とお城のある方向を見つめていた。

心にざわめく想いを声にしたら、謝罪になるか、未練になるか。
複雑な想いを、形にできないまま彼女はお城を見つめ続ける。

本心は、離れたくない。
彼らとともにいると、それだけで温かくなれるから。
彼らは自分にとっての、全てだから。

だけど、それは許せない。
例えレックスやアルルゥが許してくれたとしても。
私自身が、それを許せない。

だから私は、ヤミになる。
冷たいのは、自分だけでいいから。
冷たくあるべきなのは、自分だけなのだから。


パキ、と
突然、後方から木の枝が折れる音が響く。

「……っ! 誰!?」

警戒し、音のした方を注視する。
そこに人の姿はない。だが確かに音がした。

ヤミが警戒していると、そこに誰かがいるという証明をするように足跡が突如現れる。
ぺた、ぺたとぬかるんだ地面を踏む音が聞こえる。
そして、目の前の光景がにじみ、一人の少女が姿を現す。


「イヴ……か?」

その名前を。
今の自分が忌み嫌う、過去の自分の名前を聞いた時、
ヤミの中にいやな感情が流れる。

その名前は、自分の罪と同じだから。
自分が犯してしまった、罪と同じだから。

「お前……生きてたのか!?」

自分だった名前を告げた少女。
茶髪の、銀のコートをまとった少女。

105守るもの、奪うもの  ◆v5ym.OwvgI:2010/04/09(金) 01:15:22 ID:/k3dyqO6
ベルカナ達から聞かされた、自分が協力していた「ご主人様」のことを思いだす。
自分がイヴだった時、梨々を殺してしまうことになった原因を。
梨々を殺した、人間を。

そう理解したとき、彼女の中の嫌な感情は、全てが怒りとなって少女へ降り注ぐ。

そしてその激情の赴くままに少女に襲いかかり、馬乗りになり動きを封じる。

記憶を消し去ってしまったとしても、彼女はもともと戦いの為に作られたナノマシンだ。
そして何年も身体に沁みつかせた掃除屋の動きも、身体の記憶に刻まれている。

一般人にすぎない少女には、その動きに対応する暇さえなかった。

「イ、ヴ……?」

こいつのせいで。
こいつがレックス達を襲ったせいで。
こいつが梨々を殺したせいで。

そんな、半分以上が八つ当たりでできた思いでヤミは少女に襲いかかる。

「あなた、のせいで……!」
「っ!!」

無抵抗な少女の首を刈らんと、
彼女の髪が刃の形に変化する。

そして、その刃が振り下ろされようとしたとき。


「ぶはあ!」


場違いの様な声が響く。

ヤミが驚き、その方向を見ると、そこにはさっき別れたはずのレックスの姿があった。
それも、濁流にのまれ、溺れた状態の。



レックスは、躊躇していた。
『磁力』を使い、ヤミヤミを捕まえにいくか、否か。

使い捨て。故にたったの一度しか使えないそカードを使うか、否か。

だが、その躊躇は、目の前で泣くアルルゥによって霧散した。
レックスはアルルゥに、必ずヤミヤミを見つけて戻ってくると約束し、
すぐに『磁力』を使い、ヤミヤミの下へ飛んでいったのだ。
ヤミヤミとのつながりを守るために、アルルゥを悲しませないために。

106守るもの、奪うもの  ◆v5ym.OwvgI:2010/04/09(金) 01:15:45 ID:/k3dyqO6
だが、飛んだ先がまずかった。
河の中に飛び込んだヤミヤミの下に飛んだということは、水中に転移したということだ。

一応それはレックスも予想していたようで、衣服は全てランドセルに入れ、
アルルゥから海底探検セットをもらっていた。
そしてその中からエアチューブを取り出し、装着していた。

だが焦っていたのだろう。他の道具は装着しなかった。

そしてヤミヤミは魚のような下半身をしており、普通の人間の何倍も泳ぐスピードが速い。
レックスの転位先から背を向けていたヤミヤミは気付くこともなく去っていく。

今になって海底探検セットを全て装備しようとするも、もう遅い。
豪雨による増水で流れが急になっている今、ランドセルを開いてしまったら確実に荷物は流されてしまう。
レックスもそれに気づいているがゆえに、不用意にランドセルを開けることはできなかった。

レックスはその持ち前の体力だけで、ヤミヤミを追いかけた。
だが鍛えられた体でも、強すぎる自然の力にはかなわない。

勢いのある川の流れに流されるまま。
エアチューブのおかげで溺れることはかろうじてないが、流れのせいでなかなか陸に上がることができない。

そしてヤミからすれば、彼がエアチューブを装備しているなどということはわからず。

ヤミからみたレックスは、川の急な流れに攫われて必死で陸に上がろうとする姿であり、
まさしく溺れている人間そのものだった。

自分の大切な仲間ゆえに、彼らを『冷たい私達』でいさせることが嫌で別れたが、
彼が、彼らが嫌いなわけではない。

「レックス!!」

ヤミは無我夢中で千秋を突き飛ばし、すぐにその下半身を魚のひれへと変え、川へと飛び込む。




流されていくレックスを見つけ、抱え、陸を目指す。
しかし、ヤミは急に疲労感を覚え、規則的だった泳ぎに荒れが出た。

制限された中での体の構造を大きく変えるトランスの連続。
子供一人抱えての激流の中の水泳。
それらの行為は、ヤミの体力を大きく削っていた。

しかし彼女は、この激流の中必死に体制を整え、泳ぎ続ける。
抱えた彼の身体を絶対に手放さないよう、かたく抱きしめて。
彼は、彼の温もりは、彼女のすべてといってもいい大切なものだから。

107守るもの、奪うもの  ◆v5ym.OwvgI:2010/04/09(金) 01:16:06 ID:/k3dyqO6
だが彼女の意思に反して、彼女の身体は急激に力を失っていく。
体力の限界が近いのだ。

それでも。
この温もりを失わせたくはないから。
彼女は必死で泳ぎ、そして――――






    ※    ※



千秋は困惑していた。
目の前で起こった出来事全てに。

協力者と思っていたイヴに襲われた。
生きていたことに驚いたが、それ以上に喜んでいる自分がいた。

彼女は先ほど、恐怖に出会ったばかりだったのだ。
化け物の生まれる瞬間を目にして。
その化け物のいる場所に一秒でもいたくなくて逃げてきたのだ。

そして、逃げてきた先で、唯一の仲間に会えた。
死んだと思っていた、協力者に。

イヴはこの場において唯一といってもいい味方だ。
例え最後には争う関係になるとしても、今だけは味方といっていい存在だったはずだ。

その時の彼女は、余裕がなかったこともあり、とても喜んだのだ。
協力者が知っている姿よりも幼くなっていたことにも気付けなかったくらいに。

なのに。

その協力者は自分を殺そうとした。

出会ってすぐに彼女は自分に刃を向け。
そしてお城にいた、馬鹿みたいに強い少年が溺れているのを見て、迷わず川へ飛び込んだ。

わけがわからなかった。



何故?

108守るもの、奪うもの  ◆v5ym.OwvgI:2010/04/09(金) 01:17:15 ID:/k3dyqO6
最後には殺し合う中ではあるが、今はまだ仲間といえるはずなのに。

何故?

先ほど敵対していたはずの少年が溺れていて、助ける必要がある?


わからない。
わからないが、彼女がどうにかして城にいた連中の仲間になったことは理解できた。

そして、その連中がイヴにとって大切な存在になっていることを。




どうして。




イヴと自分は同じはずなのに。
何人も殺して、ご褒美をもらえるくらいに殺して。

なのにどうして、イヴばかりがいいめに会うのか。
自分は梨々も雛苺も殺して、冷たい雨の中走って、
会いたくもないモンスターの誕生を間近でみてしまって。

自分は散々な目にあったというのに。

なのにどうして。
彼女は温もりを手にしているのだろう。

「ふざけんな、馬鹿野郎……」

彼女が、憎かった。
どうしようもなく、憎かった。

暖かい場所で、暖かい思いをした彼女が。
彼女の温かみを壊してやりたかった。彼女の悲しむ姿を見てやりたかった。

それが、今なら実現可能だと千秋は思う。

お城の戦い。
一番やっかいだった、リーダーシップを取る少年。
もっとも戦い慣れ、もっとも多種多様なことができていた少年。
力も一番強く、雷を操り、おまけに回復までできる奴。

109守るもの、奪うもの  ◆v5ym.OwvgI:2010/04/09(金) 01:17:35 ID:/k3dyqO6
奴の名前はレックスだったはずだ。
そしてそいつは、どういうわけだか川を流されていた。

奴がいなくなった今なら。
倒せないと思った城の連中にも、勝てる。


千秋はお城へと走り出した。




    ※    ※




暖かい。


ヤミがまず認識したのは、暖かさを感じる触覚だった。

自分の前面から感じる、暖かい感触。
それにもっと触れていたくて、頬をすりつける。
そうしているうちにだんだんと、他の感触も蘇ってくる。

等間隔で弾むような、振動を感じる。
振動と同じく等間隔で、ぬかるんだ土を踏む音が聞こえる。
霞む目には、金色の何かがちらつく。

自分はさっきまで何をやっていたんだっけ……?

ぼんやりとした思考が、そこに至った瞬間、彼女は急激に覚醒する。

ハッとヤミは眼を覚ます。

「あ、目が覚めたんだ」

目を覚ました彼女は、自分がレックスに背負われていることをすぐに理解する。
川からはもう出られたみたいで、今は何処かに向かっているようだった。

「お礼がまだだったね。助けてくれて、ありがと」

照れくさそうに、レックスはそう告げる。
その姿は川の中のように裸じゃなく、城にいた時と同じ服を着ている。
自分の姿も、いつの間にか人魚から戻っていた。

その言葉にくすぐったさをかんじるも、すぐにそれじゃだめだと思い、

110守るもの、奪うもの  ◆v5ym.OwvgI:2010/04/09(金) 01:17:54 ID:/k3dyqO6
「おろ、して」
「だめだよ、さっき気絶したばかりなんだから」
「大丈夫、だから」

そういって暴れるも、レックスは離さない。

「だってヤミヤミ、僕が離したら逃げちゃうでしょ?」

その言葉に、ヤミは息詰まる。
いなくなりたいわけじゃない。
本心は、レックス達と一緒にいたい。
だけどそんな自分を、ヤミは許せない。

「その名前は、返しました。今の私は「それじゃあ、だめなんだよ」……え?」

だから、屹然と言い放つ。
言い放つも、その言葉はやはり、止められる。

「君だけが、冷たいままじゃアルルゥは悲しむ。
 僕たちみんなが、同じじゃなくちゃ」

レックスは続いて、そう言う。
だけどそれは、ヤミが最も望まないものだ。
周りのみんなを、そうさせないために分かれたというのに。

「今、僕の身体、あったかいでしょ?」
「え……う、うん」

どうやって彼から離れようかと考えていたときに、
突然のわけのわからない問い。呆然と答えるヤミ。

自分の身体は、レックスの身体と密着し、相手の身体を感じさせる。
レックスの身体は互いの体温で温もりに包まれる。

「それでも、川から上がった後はとっても冷たかったんだ。
 僕がこうやってあったかくなったのは、ヤミヤミと一緒だったからだ」

そういって、レックスはヤミを降ろす。
そして、ヤミに思いっきりだきついた。
お城でアルルゥにやったように。

「え……? え?」

いきなりのその行動に、ヤミは頬が染まる。
密着したレックスの身体からは、心音が響く。

「アルルゥは、こうしたくて君をヤミヤミって名前にしたんだ」

111守るもの、奪うもの  ◆v5ym.OwvgI:2010/04/09(金) 01:18:49 ID:/k3dyqO6
動転するヤミに、レックスはそう、語る。

彼女の名前の真実を。
彼女の名前に込められた、アルルゥの想い。


ヤミ……いや、再びヤミヤミと名乗ることになる彼女は、
身体と心にあふれるその暖かさに満たされた。









       ※     ※





「これでよし、っと」

千秋は目の前にある物騒な砲台を目にして、満足げだった。

その砲台の名は無敵砲台。
とある未来の世界の秘密道具の兵器だ。

千秋の残る追加支給品は、この無敵砲台と、ヴォーパルソードという氷の剣だった。

光学迷彩
ヴォーパルソード
無敵砲台

この中で、ヴォーパルソードは千秋にとってハズレだ。
レックス等の戦士達にとってはこの上ない当たりであろうこの道具も、
剣術の心得のない千秋にとっては包丁と同等の価値しかない。

光学迷彩も今の千秋にとって、実は使いにくい。
これは千秋が既に持っているシルバースキンとの併用ができないのである。
同時に装着しようとすれば、シルバースキンが光学迷彩の上に展開されてしまい、
服だけが浮いた状態になってしまうのだ。


故に、この追加支給品達でレックス達に再度挑んだとしても、勝てないだろうと千秋は考えていた。

112守るもの、奪うもの  ◆v5ym.OwvgI:2010/04/09(金) 01:19:06 ID:/k3dyqO6
例え雛苺と一緒に攻め入ろうとも、無敵砲台をあてるために彼らの姿を見なければならない。
そして、その距離からだと相手の攻撃を防ぐことができない。

こちらが「発射」といわなければ無敵砲台は発動しない。

そしてレックスの雷の魔法は、シルバースキン越しでもダメージが通った。
そのダメージに怯んでいる間に、レックスが瞬く間に近づいて、渾身の一撃をたたきこんできたら。
シルバースキンは無敵の装甲だが、あの雷のように耐えられないものも存在する。
本当に完全に耐えられるのか、と言われれば不安が残る。

あるいは光学迷彩をしていたなら、こちらの姿は見えないだろうが、
その時は「発射」という言葉で方向だけは気付かれるだろうし、
そうなるとレックスの雷やアルルゥのドラゴンの広範囲攻撃で殺されてしまう。
シルバースキンをまとわないわけにはいかなかった。

故に、千秋は当たりともいえる無敵砲台があろうと、お城の面々に勝てないと思っていた。


だが、一番厄介なレックスは今どういうわけだが城の外にいる。
今この城の中には、ベルカナとアルルゥと呼ばれていた面々しかいない。
この二人は、レックスほど接近戦が得意ではない。

これなら勝てる。
にやり、と千秋は口の端を釣り上げるような笑みを浮かべる。

「お前だけ、抜け駆けなんて許さないからな」

大切な存在がいなくなっていることに気づいたイヴが
一体どれほどの悲しみに染まるのか。

それを考えるだけで、自然に笑みができる。





彼女は気付いているだろうか。

今の彼女の笑みは、彼女が恐怖した存在とまったく同じだということに。

113守るもの、奪うもの  ◆v5ym.OwvgI:2010/04/09(金) 01:19:27 ID:/k3dyqO6












仲間を得たことで、温もりを手にしたイヴ。
彼女はその温もりを愛し、その温もりの為に行動することを決意する。

一度は冷たい機械であろうとしたイヴは、
記憶喪失等のハプニングに助けられたこともあったが、再び暖かい存在になれた。



そして仲間も何もかも捨て、どんどん冷たくなっていく千秋。
彼女はいったい、いくつもの温もりを傷つけどこへ行こうとするのだろうか。




【F-3/グランバニア城一階・宿屋/2日目/早朝】
【アルルゥ@うたわれるもの】
[状態]:魔力消費(中)、右腕の手首から先が動かない。
[装備]:タマヒポ(サモナイト石・獣)、ワイヴァーン(サモナイト石・獣)@サモンナイト3
[道具]:基本支給品×2、クロウカード『泡』『駆』@カードキャプターさくら、
    スタンガン@ひぐらしのなく頃に、アタッシュ・ウェポン・ケース@BLACK CAT
[服装]:普段着である民族衣装風の着物(背中の部分が破れ、血で濡れている)
[思考]:ヤムィヤムィ、レックスおにーちゃん……
第一行動方針:レックスがヤムィヤムィを連れて帰ってくるまで、お城で待つ。
第二行動方針:レックスについていき、レミリアやイエローを捜したい。
基本行動方針:優勝以外の脱出の手段を捜す。敵は容赦しない。
参戦時期:ナ・トゥンク攻略直後
[備考]:アルルゥは獣属性の召喚術に限りAランクまで使用できます。
    ゲームに乗らなくてもみんなで協力すれば脱出可能だと信じました。
    サモナイト石で召喚された魔獣は、必ず攻撃動作を一回行ってから消えます。攻撃を止めることは不可能。
    アリス・イン・ワンダーランドに対して嫌悪を覚えています。
    ベッキーは死亡したと考えています。

114守るもの、奪うもの  ◆v5ym.OwvgI:2010/04/09(金) 01:19:44 ID:/k3dyqO6
【F−3/城入口/2日目/早朝】
【南千秋@みなみけ】
[状態]:健康、疲労(中)、人間不信&精神衰弱。イヴに対する憎悪
[装備]:ロングフックショット@ゼルダの伝説/時のオカリナ、祝福の杖(ベホイミ残1回)@ドラゴンクエスト5、
    首輪探知機、シルバースキン《核鉄状態》@武装錬金、光学迷彩《展開中》@絶対可憐チルドレン
[道具]:基本支給品×5(食糧、水のみ四人分)、ルーンの杖(焼け焦げている)@ファイナルファンタジー4、
    コンチュー丹(容器なし)@ドラえもん、青酸カリ(半分消費)@名探偵コナン、
    的の書かれた紙×5枚@パタリロ!、太一のゴーグル(血がついている)、替えのパンツ×2枚、
    ころばし屋@ドラえもん、小銭入れ(10円玉×4、100円玉×3) インデックスのメモ、ご褒美ランドセル
    F2000R(残弾12/30)@とある魔術の禁書目録、FNブローニングM1910(残弾0)、飛翔の蝙也の翼@るろうに剣心、
    グラス×5、爆弾石×2@ドラゴンクエスト5、ヴォ―パルソード@TOS
[思考]:今ならやれる……!
第一行動方針:お城にいる奴らを殺す。そしてイヴの反応が見たい。
第二行動方針:グレーテルには、もうできる限り関わりたくない。
第三行動方針:他者を利用しつつ、殺し合いを促進させる。危険因子はその都度排除。
第四行動方針:全て終わったら、八神ヒカリに形見のゴーグルを渡したい(自分が殺した事実は隠す)?
基本行動方針:優勝狙い。優勝のご褒美で“殺し合いに参加していた自分”を消してもらい、元の世界に戻る。
       もう正面から戦ったりしない。
[備考]:グレーテルに対し、シルバースキン以外の手の内をほとんど明かしていません。
    グレーテルの再生能力、エネルギードレイン能力を把握しています。
    木之本桜はレックス達に殺されたと思っています。

※無敵砲台@ドラえもんをF−3のお城中庭に設置しています。



【G−5/河川付近/2日目/早朝】
【レックス@ドラゴンクエスト5】
[状態]:魔力中消費、ヤミヤミを背負ってる。
[装備]:ドラゴンの杖@DQ5(ドラゴラム使用回数残り2回)、勇気ある者の盾@ソードワールド、エアチューブ@ドラえもん
[道具]:基本支給品×2、飛翔の蝙也の爆薬(残十発)@るろうに剣心
    ドラゴンころし@ベルセルク、バトルピック@テイルズオブシンフォニア、
    爆弾石×2@ドラゴンクエスト5、魔力の尽きた凛のペンダント、小さなメダル@DQ5
    海底探検セット(深海クリーム、(エア・チューブ)、ヘッドランプ、ま水ストロー、深海クリームの残り、快速シューズ)@ドラえもん
[服装]:普段着
[思考]:戻ろう、ヤミヤミ
第一行動方針:ヤミヤミと共にお城に帰り、アルルゥを安心させる。
第二行動方針:仲間を守りつつ、レミリアとタバサを捜す。
第三行動方針:魔力が回復して余裕が出来たら、不明アイテムや水中の調査
基本行動方針:勇者としてタバサの兄として誇れるよう生きる。でも敵には容赦しない。
[備考]:エンディング後なので、呪文は一通り習得済み
    アルルゥや真紅はモンスターの一種だと思っています。
    ベッキーは死亡したと考えています。
    お城の地下に迷宮があるのを確認しましたが、重要なことだと思っていません

115守るもの、奪うもの  ◆v5ym.OwvgI:2010/04/09(金) 01:20:04 ID:/k3dyqO6
【ヤミヤミ(イヴ)@BLACK CAT】
[状態]:疲労(大)、10歳前後の容姿、レックスに背負われてる。
[装備]:レミリアの服、エッチな下着@DQ5、返響器@ヴァンパイアセイヴァー
[道具]:基本支給品×2、光子朗のノートパソコン@デジモンアドベンチャー、
    フック付きロープ@DQ5、神楽の傘(弾0)@銀魂、エーテライト×1@MELTY BLOOD、
    胡蝶夢丸セット@東方Project、ラグーン号操船マニュアル、病院服、ただの布切れ
[服装]:レミリアの服、その下はエッチな下着
[思考]:アルルゥ……
第一行動方針:アルルゥに会いたい。謝りたい。
第二行動方針:レックス達についていく。もう迷わない
第三行動方針:自分の過去を知りたい。そのために、ブルーや千秋から話を聞きたい。
基本行動方針:自分の過去を知りたい。そして罪と向き合いたい。
[備考]:記憶をすべて消し去りました。元世界の記憶、この島での記憶、共にありません。
    再びヤムィヤムィ(ヤミヤミ)と名乗ることにしました。


【無敵砲台@ドラえもん】
巨大な砲台で、どこかに設置することで使用可能になる。
誰かを指差して「発射」と合図すると、思いのままにいつでも誰でも砲撃できる。
砲台の機能を停止できるのはセットした本人のみ。
それ以外の人間が停止したければ破壊しなければならない。

本来なら砲台に接近するものがいた場合、レーダーにより探知され迎撃されるが、その機能は制限で使えないため、
使用者の目の届かないところで見つかってしまえば何もできない。
砲撃から逃げることも防ぐことも一切不可能だったが、本作では制限の為可能。
また本作では同エリア内にしか砲撃できないものとする。


【ヴォ―パルソード@TOS】
氷の属性を秘めた秘剣。
物語のキーアイテムであるマテリアルブレードの片割れ。
フランベルジュと合わさることでエターナルソードに変化する。
作中では主人公ロイドが父親のクラトスにもらった。

116 ◆v5ym.OwvgI:2010/04/09(金) 01:20:57 ID:/k3dyqO6
規制により本スレに投下できないのでこちらに。
誰か代理投下お願いします。

118 ◆PJfYA6p9PE:2010/04/23(金) 21:14:51 ID:sVhpYQuM
案の定、さるさんにひっかかったので、一先ずこちらに投下いたします。

119 ◆PJfYA6p9PE:2010/04/23(金) 21:15:38 ID:sVhpYQuM


「くっ、フォーリング・コントロールッ!!」


動作とともに呪文を唱えて――――










「え」










――――しかし、なにもおこらなかった。


それは、彼女の故郷、アレクラストの魔法使いにあまねく課せられた厳しい掟。
三十六度に一度の割合で、魔法の発動は失敗に終わるという奇妙な法則。
どんな大魔道士にも避けることはできない絶対的な不幸。
確率の神の残酷な悪戯。
人はそれを


ファンブルと呼んだ。


呆けた顔のまま


落ちていく


落ちていく


やがて海が近づいて


ぞぶりと


肉の裂ける音がした。

120Sneak Attack!!(後編) ◆PJfYA6p9PE:2010/04/23(金) 21:17:49 ID:sVhpYQuM





彼女は崖の端に膝を付き、眼下に広がる海を眺めていた。
立ち上がって見ないのは、ギリギリのところでそうすると、そのまま落ちてしまいそうで怖いから。

こんな高いところから落ちたら大変だ。
こんな高いところから落ちたら――――ああ、なってしまう。

彼女は崖の端に膝を付き、眼下の海から突き出た岩を眺めていた。
岩の先には人間が引っかかっている。

「ハ」

尖った岩の先端で少女の腹は無残に引き裂かれ、だらしなくはみ出た桃色の小腸が波に洗われている。

「ハハハ」

信じられないとでも言いたげに大きく見開かれた瞳は、もう二度と瞬きをしない。

「ハハハハハ!」

手と足が変な方向に曲がっているのが、何だかとても滑稽だ。

「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」

哀れな姿になったベルカナを見て、南千秋は心の底から笑い声を上げていた。

実際のところ、千秋の奇襲は全く巧みなものだった。

無敵砲台を設置した後、コンチュー丹を飲み、光学迷彩を使用。
首輪探知機で城内を動き回る二つの首輪――アルルゥとベルカナの位置を確認し、殺害を開始した。
アルルゥは杖で床を叩く音とわざと目立つように落とした探知機とを用いておびき寄せ、
背後から首をへし折った。
こちらから近づいていかなかったのは、足音で存在を看破されないため。
ベルカナはアルルゥの死体で動揺させた隙に撲殺する予定だったが、
思いのほか相手の勘がよく、失敗してしまった。
慌てているうちにコンチュー丹の効果が切れ、危うく逆襲されるところだったが、
そこは、事前に用意しておいた無敵砲台でフォロー。
結果は見てのとおりだ。

全てを思い通りに成し遂げた彼女の心に浮かぶ想いは、ただ一つ。

「ざまあみろ、ざまあみろイヴ!!
 お前の仲間はみんな殺してやったぞ!!
 一人だけいい子ぶってズルするからだ!!
 お前のせいでみんな死んだんだ!!」
 
心臓の鼓動が速い。
背筋がゾクゾクして、凄く興奮しているのを感じる。

121Sneak Attack!!(後編) ◆PJfYA6p9PE:2010/04/23(金) 21:19:36 ID:sVhpYQuM

(やっぱり、この島で仲間を作ろうなんて考える奴は、どいつもこいつも大バカ野郎だ!)

ここに至り、南千秋は明確にそう考えるようになっていた。

そもそも、最後に残った一人しか助からないこの場所に、仲間なんて概念が馴染むわけがないのだ。
なのに、どいつもこいつもこぞって寄り集まり、群れたがる。
何故か。

(みんな、心が弱いからだ)

怖い、寂しい、辛い、不安だ、誰かに助けて欲しい。
そんな感情が、本来、場違いな仲間作りという行為に皆を走らせる。
そして、昨日までは顔も見たことのなかった他人に対して、
あたかも古くからの親友であるかのような態度を示すのだ。
優しい言葉をかけ、好意を伝え、共に泣き、共に笑う。
それは一見、とても暖かい光景だ。
だが。

(そんなのはただの現実逃避だ)

生きて帰れるのはたった一人だけであるという現実を忘れ、偽物のつながりに酔いしれる。
そんなのはただのおままごとで……タチの悪い裏切りだ。
そう、それは故郷にいる、本当に大切な人たちに対する裏切り。
誰だって、多かれ少なかれ、元の世界に自分のことを待ってくれている人がいる筈だ。
その人たちのもとに帰るため、最後の一人になる努力もしようとせずに、
死ぬのは嫌だ、殺すのも嫌だ、悲しいのも嫌だと一時の温もりに縋り続ける。
そんなのは……汚らわしい。

(……私は、もう、そんな風にはならない)

殺し合いに参加しない子たちを減らすためとはいえ、イヴに心を許したのは失敗だった。
ほんの僅かでも、一緒に何かを分かち合える存在だと考えたのは浅はかだった。
だから、あんなつまらないところで危うく死にそうになったのだ。

(だけど、もう迷わない。
 私が心を開くのは、元の世界のみんなだけだ。
 ハルカ姉様や、カナや、内田や、吉野や……みんなだけなんだ)

気を引き締めて、そして、思い知らせてやろう。
仲間を作るバカ野郎どもに、この島のルールを思い出させてやろう。
一時の暖かさに縋るような弱い子は、みんな死ぬんだってことを。
生きて本当の暖かい世界に戻れるのは、南千秋、ただ一人だけだってことを。

「そうと決まれば、長居は無用だな」

千秋は踵を返す。

安全な逃避ルートを確認しようと、ランドセルから首輪探知機を取り出して……
ディスプレイに映る二つの動く点に、彼女の目は、大きく見開かれた。

122Sneak Attack!!(後編) ◆PJfYA6p9PE:2010/04/23(金) 21:20:33 ID:sVhpYQuM





「…………」

視界一杯に広がる巨石と鉄に圧倒されて、蒼星石は思わず息を呑んだ。
暁の光を受けて、灰色に照らされた城は耳が痛いくらいに静まり返っている。

北東の街を目指していた彼女がここに立ち寄ったのには理由がある。
森を抜け、さらに東へ進もうとしていたときに、ふと聞こえたあの音。
確かにこの城からしていたあの音は、大砲が発射されるときに出るもののように低く、重かった。
一度ではなく、続けて何度か打ち鳴らされたそれは、きっと戦いの音。
蒼星石の探し人――タバサがそこにいる可能性を考えると、無視することなどとてもできなかった。

今、城からは何も聞こえない。
多分、戦いは終わったのだろう。
誰がいて、どんな決着がついたのか。
いくらでも想像することはできるが、おそらく、それをする意味はない。

だから、蒼星石は一歩を踏み出した。
大きな声で名前を呼びたい衝動を、冷静な判断で打ち消して。
敵がいてもいいように鋏を構え、慎重に進む。

(……タバサ、無事でいて)

開け放たれた暗い門扉が、息を潜めた獣の口のように見えた。





「はー……はー……はー……」

墨汁を塗りこめような闇の中、少女の息づく声だけが木霊する。

荒い呼吸の主は、南千秋。
首輪探知機の放つ、無機質な光の白だけが、
闇の黒の中、彼女の顔を幽鬼めいた青に浮かび上がらせていた。

(くそっ、もう戻ってきたのかよ!?)

睨みつけている探知機の上では、二つの光点が相変わらず、ゆっくりと動き回っている。
レックスとイヴが戻ってきた。
千秋はレーダーが示す状況をそのように解釈した。

だが、事実は異なる。
探知機が示す二つの点はそれぞれ、
砲撃の音が聞こえなくなったせいで、行き場を見失ったさくらと
探し人がいるかもしれないという推測のもと、城に踏み込んできた蒼星石だ。

誤認を招いた原因は二つ。
千秋の認識では、さくらは既に殺されていることと、
レックスとイヴに対する憎悪と警戒の念があまりにも強かったことだ。

123Sneak Attack!!(後編) ◆PJfYA6p9PE:2010/04/23(金) 21:21:40 ID:sVhpYQuM

今、二人に遭遇してしまうことは、千秋にとって大きな懸念だった。
ベルカナとの激戦で予定よりも消耗してしまったため、今の彼女に二人と戦う体力は残っていない。
仲間を殺されたと知ったイヴの顔を見たい気持ちはあったが、
そのためだけにノコノコ顔を出して、殺されては元も子もない。

二人をやりすごす方法として、当初、千秋は光学迷彩服を使おうと考えていた。
だが、ここで一つトラブルが起こる。
シルバースキンを解除した後、起動しようとした光学迷彩が何の反応も示さなかったのだ。
あまりにもタイミングの悪い故障に、彼女は憤慨した。
実際は故障ではなく、支給品の説明書に小さな文字で書かれた一文、
『ただし、本製品は一時間の使用につき、三時間のチャージが必要です』
を見逃しただけなのだが、焦っている彼女がそんなことに気づく筈もない。

結局、光学迷彩服の使用を諦め、隠れてこの場を切り抜けることにした。
二人と入れ違いざまに城から出るという手もあったが、
一人が唯一の出口付近をうろうろしていたためこの案は却下。
少しずつ近づいてくるもう一人から身を守るため、慌てて隠れる場所を探し始めた。

だが、ここで千秋に思わぬ幸運が舞い降りる。

身を隠す場所として、階段の下のスペースを検討していたとき、
何と、床の石板の下に、秘密の地下道があることを発見したのだ。
藁をもすがる思いで、地下へ潜りこんだ彼女が見たものは、あまりに広大で、あまりに複雑な地下迷宮。
予想外の大物の出現に、千秋はふと、昔、テレビで見た歴史番組のことを思い出していた。

(そういえば聞いたことがあるぞ。
 昔のお城には、戦争に負けたとき、偉い人が逃げるための地下通路が掘ってあるって。
 ……もしかして、ここは、そういうところなんじゃないか。
 だとしたら、この通路を通って、どこか別の場所に抜けられるかも……)


手元のレーダーと、眼前に広がる暗い通路とを見比べて、千秋が下した決断は……





打ち寄せる波が囁くように音を立てる。
白銀色の怪人が去った後、断崖は何事もなかったことように、静けさを取り戻していた。
聳える城は古ぶるしき石の灰色。
城の足元から伸びる地面は土の焦げ茶と草の緑。
崖は堅い黄色の岩肌をむき出し、その表面を燃えるように赤く色づいた木々が覆っていた。

その木々の間に、異質に紅く、されど黒くくすんだ色の物体がほの見える。
太い幹の上、身じろぎのせずに横たわるそれは二本の腕、二本の足を持つ人間。
彼女は海上の岩場に突き刺さった自らの死体と、誰もいない崖の上とを交互に見ると、
緊張を解き、大きく溜め息をついた。

「……やっと……行ってくれましたか」

息も絶え絶え、消えそうな声で呟いたのは、ベルカナ・ライザナーザ。
先の戦闘における敗北者だ。
フォーリング・コントロールの魔法に不幸にも失敗し、
そのまま墜落して臓物を晒したはずの彼女がどうして生きているのか。

「うまく……誤魔化、されて……くれたみたい、ですわね」

124Sneak Attack!!(後編) ◆PJfYA6p9PE:2010/04/23(金) 21:22:48 ID:sVhpYQuM

その答えは古代語魔法『クリエイト・イメージ』。
この樹上に落下したとき、ベルカナは残りの体力と集中力を振り絞って、
幻覚映像を作り出すこの魔法を詠唱し、海の上に自らの偽死体を投影した。
敵が自らの死を誤認してくれるようにと、敢えて残酷な演出を施した幻は
見事に功を奏し、敵を遠ざけることに成功したのである。

「………………」

とはいえ、彼女の被ったダメージは決して小さくない。
ゴロンの服とレースのビスチェがダメージを軽減してくれたおかげで、
どうやら骨折は免れたようであるが、手足と胴体にはいくつかの打撲傷。
それから、落ちるときに切ったのか、額からこめかみにかけては大きな裂傷。
開いた傷からは骨が見え、流れる血は容易に止まる様子がない。
そして、何より辛いのは、木の幹に強打した腰。
クリエイト・イメージをかけた直後、強烈に痛み出し、そのまま立ち上がれなくなってしまった。
おそらく、しばらくして多少痛みが引いてくるまでは、移動もままならないだろう。

(助かったのはいいですが……状況は厳しいですね)

やらなければいけないことは無数にある。
応急手当と当面の安全確保。
城にいたはずの仲間、レックス、イヴ、さくらの状況確認。
三度戻ってくるかもしれない白銀外套の怪人に対する備え。
エトセトラ。エトセトラ。

「とりあえず、できそうなのは応急手当と……」

ベルカナはランドセルから救急用品とともにメモ帳と鉛筆、それから名簿を取り出す。
いくら苦しい状態にあるとはいえ、これだけは聞き逃すわけにはいかない。
遠くにいる知り合いの安否を確かめるほぼ唯一の手段であり、憎き悪の魔人の数少ない手がかりなのだから。





間もなく、二回目の放送が始まった。









【アルルゥ@うたわれるもの 死亡】

125Sneak Attack!!(後編) ◆PJfYA6p9PE:2010/04/23(金) 21:23:55 ID:sVhpYQuM


【F-3/城内/2日目/早朝】
【木之本桜@カードキャプターさくら】
 [状態]:魔力消費(中)、疲労(中)、核鉄二つで回復中
 [装備]:核鉄『シルバースキン・アナザータイプ』@武装錬金、核鉄LXX70(アリス・イン・ワンダーランド)@武装練金、
     クロウカード『水』『風』、リインフォースII@魔法少女リリカルなのはA's
 [道具]:基本支給品×2
 [服装]:梨々の普段着
 [思考]:……行かなくちゃ。
  第一行動方針:戦闘の現場に駆けつける。
  第二行動方針:雛苺を止めたい、約束を守りたい、彼女にこれ以上殺人を起こさせないようにしたい
  基本行動方針:状況を把握する。雛苺のそばにいてあげたい。
 [リインフォースIIの思考・状態]:???、梨々の知り合いの情報を聞いている


【F-3/城門前/2日目/早朝】
【蒼星石@ローゼンメイデン】
 [状態]:金糸雀のローザミスティカ継承、チャチャゼロの部品と人形契約により四肢を維持、
    ローゼンメイデンとしての機能失調、泥塗れ、精神的に激しい衝撃、それでも進む意志
 [装備]:庭師の鋏@ローゼンメイデン、戦輪×4@忍たま乱太郎
 [道具]:基本支給品×2、金糸雀のバイオリンと弓@ローゼンメイデン、ジッポ、板チョコ@DEATH NOTE、素昆布@銀魂
     旅行用救急セット(消毒薬と針と糸)@デジモンアドベンチャー、トンネル南側入り口の鍵
 [思考]:……タバサ、無事でいて。
  第一行動方針:城を探索する。
  第二行動方針:タバサ達に謝りに行く。
  第三行動方針:エヴァを引き戻すための何かを探す。
  基本行動方針:人の心を護る。
 [備考]:現在蒼星石の四肢はエヴァとの人形契約により動いています。
     蒼星石の自由に動き、エヴァにとっての負担もほぼ有りませんが、
     昼間のエヴァの魔力の減衰や、死亡によって影響を受ける可能性は有ります。
     エヴァと情報交換しました。少なくとも島を覆う結界や地下に本拠地があるであろうことは聞いてます。
  ※ジェダ達に死亡したと思われています。首輪の中のP-Beeも眠っています。そのことに蒼星石は気付いていません。

126Sneak Attack!!(後編) ◆PJfYA6p9PE:2010/04/23(金) 21:25:06 ID:sVhpYQuM


【F-3/城地下迷宮/2日目/早朝】
【南千秋@みなみけ】
 [状態]:疲労(大)、極度の人間不信、仲間を持つ者への憎悪
 [装備]:ロングフックショット@ゼルダの伝説/時のオカリナ、シルバースキン《核鉄状態》@武装錬金
     首輪探知機、ルーンの杖(焼け焦げている)@ファイナルファンタジー4、
 [道具]:基本支給品×7(食糧、水のみ六人分)、祝福の杖(ベホイミ残1回)@ドラゴンクエスト5、
     青酸カリ(半分消費)@名探偵コナン、光学迷彩(使用可能まであと3時間)@絶対可憐チルドレン
     的の書かれた紙×5枚@パタリロ!、太一のゴーグル(血がついている)、替えのパンツ×2枚、
     ころばし屋@ドラえもん、小銭入れ(10円玉×4、100円玉×3) インデックスのメモ、ご褒美ランドセル
     F2000R(残弾12/30)@とある魔術の禁書目録、FNブローニングM1910(残弾0)、飛翔の蝙也の翼@るろうに剣心、
     グラス×5、爆弾石×2@ドラゴンクエスト5、ヴォ―パルソード@TOS、スタンガン@ひぐらしのなく頃に
     タマヒポ(サモナイト石・獣)、ワイヴァーン(サモナイト石・獣)@サモンナイト3、
     クロウカード『泡』『駆』@カードキャプターさくら、アタッシュ・ウェポン・ケース@BLACK CAT
     海底探検セット(深海クリーム、ヘッドランプ、ま水ストロー、深海クリームの残り、快速シューズ)@ドラえもん
 [思考]:地下通路を行ってみるか?
  第一行動方針:安全な撤退の方法を考える。
  第ニ行動方針:他者を利用しつつ、殺し合いを促進させる。危険因子はその都度排除。心は誰にも許さない。
  第三行動方針:仲間を殺されたと知ったイヴの反応が見たい。
  第四行動方針:グレーテルには、もうできる限り関わりたくない。
  第五行動方針:全て終わったら、八神ヒカリに形見のゴーグルを渡したい(自分が殺した事実は隠す)?
  基本行動方針:優勝狙い。優勝のご褒美で“殺し合いに参加していた自分”を消してもらい、元の世界に戻る。
 [備考]:グレーテルに対し、シルバースキン以外の手の内をほとんど明かしていません。
     グレーテルの再生能力、エネルギードレイン能力を把握しています。
     木之本桜はレックス達に殺されたと思っています。
     首輪探知機に映る桜と蒼星石をレックスとイヴだと誤解しています。

     ※F-3/城中庭に無敵砲台@ドラえもんが設置してあります。F-3エリア内なら自由に砲撃が可能です。


【G-3/城東の断崖中腹/2日目/早朝】
【ベルカナ=ライザナーザ@新ソードワールドリプレイ集NEXT】
 [状態]:疲労(極大)、精神力消耗(大)、全身にいくつかの打撲、額に裂傷、腰に激痛(暫く移動不能)
 [装備]:ネギの杖、果物ナイフ@DQ5、ゴロンの服@ゼルダの伝説、レースのビスチェ@DQ5、
 [道具]:支給品一式×4、懐中時計型航時機『カシオペア』@魔法先生ネギま!、黙陣の戦弓@サモンナイト3
     テーザー銃@ひぐらしのなく頃に、爆弾石×1@ドラゴンクエスト5、魔晶石(15点分)@ソードワールド、
     消毒薬や包帯等、ツーカー錠x3@ドラえもん、マジカントバット@MOTHER2、パワフルグラブ@ゼルダの伝説
     GIのスペルカード『交信』@HUNTER×HUNTER
 [服装]:ゴロンの服。その下にレースのビスチェ
 [思考]:とりあえず、放送を聞くしかありませんか。
  第一行動方針:放送を聞き、仲間たちの安否を確かめる。
  第ニ行動方針:イエローが無事だった場合、『交信』でイエローと連絡したい。
  第三行動方針:イエローと合流し、丈からの依頼を果たせるよう努力はする(無理はしない)
  第四行動方針:仲間を集めたい(イエローの友人、タバサの捜索。簡単には信用はしない)
  第五行動方針:出来れば睡眠で精神力を回復させたいが……
  基本行動方針:ジェダを倒してミッションクリア
 [備考]:葵が死んだことを知りません。
     レベッカ宮本を『フォーセリアのレッサー・バンパイア』だと考えている?

     ※G-3/城東岸にベルカナの惨殺死体の幻覚が投影されています。

127 ◆PJfYA6p9PE:2010/04/23(金) 21:26:23 ID:sVhpYQuM
ひとまず投下終了です。
ご支援くださった方、ありがとうございました。
もし、暇な方がおられましたら、本スレに代理投下していただければ幸いです。

128想いは百秒で砕け散る(改訂版) ◆S4WDIYQkX.:2010/05/02(日) 01:03:38 ID:7Xk9iNHY
一人早く起きているリンクは皆の眠りを妨げぬよう、部屋の外に居た。
放送までの時間はそれほど無い。
仮眠に戻る事なくそのまま起き続け、思考していた。
自分が何をすべきなのか。
自分の役割が何であるかを噛みしめて、想う。

(僕の役目はみんなを護る事だ)

それは間違いの無い前提だ。
リンクは仲間達を護らなければならない。
数多の戦いを乗り越えてきたリンクの最大の役目だ。
問題はナニから護るのかという事である。

(襲い来る敵、殺し合いに乗ってしまった人から。
 あるいは“殺し合いそのもの”から)

殺し合いから護る、という言葉には二つの意味合いが有る。
殺し合いに巻き込まれ誰かに殺されてしまわないよう安全を護るという意味。
もう一つは、

(仲間が殺し合いに心を呑まれてしまわないように護らなくちゃいけない)

殺し合いに巻き込まれ誰かを殺してしまわないように精神を護るという意味だ。
それは殺人鬼に堕ちるような過激な意味ではなくとも、
殺し合いを許容し、仲間以外の全てを殺しても構わないといった危険な思想に染まらないよう護る意味でもある。

(高町なのは)

その思想を否定したはずの仲間を連想する。
そう、彼女はリンクの目の前で危険すぎる思想を否定したはずだった。
なのに何時しか全てが嘘に包まれて見えている。
彼女は本当に殺し合いを否定してくれたのだろうか。

(君は一体、どんな想いを秘めているんだ)

それすらも解らないままに想いを秘めて。
朝を待つ。
廊下の窓から外を見てみれば、もう東の空が白くなりはじめている。
放送は目の前に迫っている。
朝焼けだろうか、眩い輝きが木々の合間から見えて……。
(待て)

まだ日は昇りきっていない。
朝日には少々早すぎる。
それならこの輝きは一体何だ!?
「何か、来る!!」

数秒後、光り輝く最悪の敵が廊下の壁をぶち抜いた。

129想いは百秒で砕け散る(改訂版) ◆S4WDIYQkX.:2010/05/02(日) 01:06:39 ID:7Xk9iNHY
「みんな起きて! 敵だ!!」

警告の叫びを上げてリンクは剣を抜き放つ。
コキリの剣。
子供の姿の自分にとっては丁度良い、長く使い慣れた剣だ。
自分の剣が手元に回ってきたのは幸運だった。
この島では愛用の武器と再会出来る可能性など極めて低いのだから。
大人の姿になれたなら最良の剣は聖剣マスターソードになるのだろうが、
(この姿の僕としてはこれが最良の剣だ)
子供の姿のリンクにとっては、コキリの剣こそ最良の武器だった。
自らの実力を引き出せる得物を手に敵を見据える。
濛々と上がる粉塵の中を視認する。

ソレは熱を帯びた赤銅の肌をしていた。
淡く輝く螢火の髪をしていた。
髪はまるで生き物のように蠢いて見える。本来の長さまで再生しようとするように。
絡み付いていた銀髪のウィッグが、伸びる髪に押されて落ちた。
喪服か、あるいはゴスロリ調の、黒いドレスを身に纏っている。
しかしズタズタのドレスだ。
心臓の直上には膨らみの無い肌が覗き、奇妙な黒い文字──∀IIIが浮かび上がっている。
左腕の袖も途中から無いし、他の部分もそこら中に破れ目が覗いている。
奇妙なことに、破れ目の下の赤銅色の肌には傷跡一つ見当たらなかった。
そして右手には巨大な突撃槍が握られていた。
穂先は何処かしら龍のような形状で凶悪な“顔つき”をしている。
怪物の手にあるそれは、ともすれば怪物の一部にも見える。
その石突から伸びる飾り布は途中からエネルギーに転じ、光り輝いている。
まるで太陽の光のような、美しい山吹色に。

ヴィクター・スリー……セカンド。
グレーテル。

残酷極まりない愉悦を浮かべて、少女の姿をした怪物は槍先を向ける。
幼き時の勇者へと、その切っ先を。
猛烈な殺意が吹き荒れていた。

知らない。
リンクはこんな怪物を知らない、はずだ。
だけどどうしてだろうか、見たことが有るように思える。
目の前の少女のような誰かと、何処かで戦った記憶、が。
(敵だ)
何にせよそれだけは判る。
残念ながら殺し合いを否定するしないという段階ではない。
目の前に顕れた怪物はきっと、この島に居なくとも人間を殺戮し愉悦とともに貪るだろう。
殺す気で挑まなければ殺されるだけだ。
リンクと、仲間たちが。
果たして怪物は歓びに歪めた口元から、天使のような声で囁いた。

「天使を呼んであげましょう」

襲来から十秒。
それが開幕のベルだった。

130想いは百秒で砕け散る(改訂版) ◆S4WDIYQkX.:2010/05/02(日) 01:08:28 ID:7Xk9iNHY
グレーテルは巨大な槍を手に突撃する。
リンクはそれを正面から迎え撃った。
半身だけずれて突撃を回避しながら、コキリの剣を振り下ろす。
グレーテルは、停止していた。
「くっ」
読まれた。いや、力ずくで止まられた。
小さく息を吐く。
槍が届く間合いで視線が絡み合う。
それでも体勢は崩れていない。コキリの剣は小回りが利く、振りを戻すのは一瞬だ。
槍が振るわれた。
剣が振るわれた。
速度はグレーテルの方が上だったが、技量を合わせればリンクも大差はない。
斬り合いに関して言えば互いの速度はほぼ同等、ほんの僅かにリンクの方が上だった。
つまり。
(ダメだ、押し切られる!!)
巨大な突撃槍を手斧の如く振るえる圧倒的な剛力分、グレーテルの方が上だった。
数合でリンクは後退り、それでも。
反撃に転じた。
相手が槍を振りかぶった瞬間に懐へと飛び込んで脱力感を堪えて剣を一閃し手応えを感じたその瞬間に
衝撃が走り視界が弾み白く染まり重力を見失い居場所を見失い状況を見失い──。

皆が眠る部屋の壁に叩きつけられていた。

「ぐぁ……!?」

戦況に理解が追いつかない。
視界が揺れて意識が酔いに冒される。
脳が揺れて体が動かない。

(一体……なにが……!?)
揺れる視界に映るのは胸元から出血するグレーテルの姿。
だけどあまりにも浅い傷だ。
手元を誤ったのか、いやそんなハズは無いと思考が巡る時間、さえもが惜しい。

襲撃から二十秒余り。
リンクが体勢を立て直すまではしばらくかかる。
グレーテルは槍を動けぬリンクに向けて飾り布のエネルギーを点火し一撃必殺の突撃を仕掛けようと。

「させるかぁっ!!」
すぐ横の扉が開き、アリサ・バニングスが飛び出した。
左手にステッキ、右手に秀麗な刀を握り締め、リンクの前に立って壁となる。
グレーテルはくすりと笑い、右手に突撃槍を握ったまま左手で何かを取り出した。
片手で握れるサイズの金属塊。
リンクにはそれが何かは判らなかった。
しかしアリサの気配が緊張に強張る。

それは、拳銃である。

引き金が引かれた。
轟音と共に銃弾が放たれる。
射線上にはアリサとリンク。
アリサが避ければ鉛弾はリンクの体を穿つだろう。
その状況でアリサの持つ贄殿遮那の白刃が。
受け止めた。

131想いは百秒で砕け散る(改訂版) ◆S4WDIYQkX.:2010/05/02(日) 01:09:50 ID:7Xk9iNHY
甲高い金属音が響いた。
続きカラカラと軽い音を立てて鉛の小粒が床を打つ。
カレイドステッキに支えられたアリサの剣技は、贄殿遮那の刀身で銃弾を凌いだのだ。
絶対不変にして堅牢無比なる贄殿遮那の刀身が有っての話とはいえ、
咄嗟に射線上に刀身を構え、銃弾の強烈な運動量を受け止め弾ききった膂力は見事という他にない。
グレーテルは驚愕に目を見開き、しかし表情を笑みに戻して、続けざまに数度引き金を引いた。

アリサには、それ以上は防げない。
その表情には銃弾への怯えが浮かぶ。
その足膝には恐怖からの震えが見える。
僅かに崩れた体勢が“付け焼刃の達人”の限界だった。

ならば二度三度繰り返せば良いだけだ。
引き金は引かれ、銃弾は二度三度と放たれて。

見えない壁に防がれた。

部屋から飛び出してきたのはアリサだけではなかった。
高町なのはも目を覚まし、転がり出るように部屋から出てその片腕をかざしていたのである。

プロテクション。
物理攻撃に強力な耐性を誇る魔法の壁が続く銃弾を防いでいた。

数瞬の攻防だった。

グレーテルは笑う。
哂う。
嘲り嗤う。
「森鹿のシチュー。フィッシュアンドライスに紅茶を添えて」
目の前にごちそうが並んでいると歓喜する。
拳銃を懐に戻し、突撃槍を両手で握り締める。
ヴィクター・スリーの手で振るわれる武装錬金の突撃ならば、プロテクションなど紙にも等しい。
戦車砲の如き一撃は障壁ごと三人を粉砕しても余りある。
「ブレックファーストには贅沢かしら?」
「ワケわかんないこと言ってんじゃないわよ!!」
させまいとアリサが突っ込んだ。
贄殿遮那が振るわれる。
銃弾を鎬で受け止めはじいても刃こぼれ一つ歪み一ミリ有りはしない。この刀は完全なる強度を誇っている。
その斬撃に襲われてグレーテルは突撃を中止した。
代わり槍が振るわれて、宝具贄殿遮那と武装錬金サンライトハートが切り結ぶ。
襲撃からはまだ僅かに三十秒。

力はやはりグレーテルが圧倒していた。
それでもアリサは耐え凌ぐ。
付け焼刃でも今のアリサは達人だ。
しかも最初から人外の達人の為に鍛えられた贄殿遮那を振るえる腕力も与えられている。
アリサの身長近い大太刀が鮮やかに舞い踊る。
人間を一薙ぎで粉砕する化物であっても、カレイドステッキの力があれば立ち向かえる。
斬撃が服を食み、刺突が髪を掠めても、致命傷だけは受けまいとする。
その殺陣にグレーテルは笑みすら浮かべ。
笑みは油断か、アリサの前に一瞬の隙が晒される。
(今だっ!)
殺人が良い悪いなど斬り合いの最中には考える暇も無い。
アリサは渾身の斬撃をグレーテルの胸部に叩き込み。

132想いは百秒で砕け散る(改訂版) ◆S4WDIYQkX.:2010/05/02(日) 01:13:20 ID:7Xk9iNHY
切れ味の悪い包丁で大型トラックのタイヤに斬りつければこんな感覚が返るだろうか。

「な……っ」
切れなかったわけではない。
確かに切れた。
リンクの付けたそれと交差する十字傷がグレーテルの胸元に走っている。
皮膚を切り裂き、何もかも違うのに変色していないことが奇妙に思えるほど真っ赤な血を噴き出している。
しかしその傷は、信じられないほどに浅かった。
「私は、殺せないわ」
果たしてグレーテルは恍惚とした笑みを浮かべて。
確信と信仰に満ちた笑顔で突撃槍を振りかざす。
そして、
「だってたくさん殺してきたんだもの。たくさん命を取り込んだんだもの」
破滅は振り下ろされた。

辛うじて贄殿遮那を間に挟み、それでも圧倒的な打撃が全身を駆け降りる。
腰が、膝が、体勢が崩れる。
ディバインシューターという叫びが響いた。
続く刺突が、突き立った。
アリサの右肩に深い傷が穿たれて、悲鳴と共に贄殿遮那を取り落とす。
「Never Die。そう、私たちはNever Dieなのよ」
更なる刺突が襲う二瞬前に、魔弾の一つがアリサの懐に飛び込んで一瞬静止して。
刺突が床を穿つのとアリサの体が跳ね飛ばされるのは同瞬だった。
なのはがアリサを受け止めて倒れこむ。
死んではいない、けれど。

グレーテルはコンクリート床に突き刺さった槍をあっさりと引き抜いた。
その視線が獲物の群れを品定めするように舐っていく。

リンクは立ち上がり、再び剣を構えていた。
事実上、現在グレーテルに立ちはだかれる敵は彼だけだった。

右肩から出血し粗い息を吐いて倒れているアリサは、既に戦力外だった。
出血量からして急ぎ治療しなければ命に関わるかもしれない。
奇妙なステッキがアリサさんと名を叫び、心配している様子だった。

遅れて起きてきたインデックスがアリサに駆け寄っている。
熱で消耗したその動きは遅く頼りなく、何の障害にもなりえない。

なのははアリサを抱き続けることもできず腕からこぼし、ただ呆然となっていた。
彼女は大凡無力だったのだから。

そう、高町なのははディバインシューターを放ちアリサを支援した。
グレーテルの攻撃を止めようとしたのだ。
放たれた魔力弾の数は三つに及ぶ。
しかし槍を狙った一つはグレーテルが振るう腕と交差しただけで砕け散った。
槍に直撃したもう一つが心臓を狙った槍の狙いを逸らし、
遅れた一つを使いアリサの救出したのは見事な芸当だったが、殆ど被害を与えられなかったのには変わりない。
なのはに殺意が無かった事など言い訳にもならない。
デバイス無しのディバインシューターはグレーテルを傷つけることすらできなかった。

ヴィクタースリー・セカンド。
その赤銅の肉体が恐るべき強度で攻撃を阻む。
高町なのはにデバイスやミニ八卦炉は無く、リンクに大人の体とマスターソードは無い。
襲撃から僅か一分足らず。
アリサは倒れ、グレーテルを斃しきるほど強力な武器は無い。
──完全に追い詰められていた。

133想いは百秒で砕け散る(改訂版) ◆S4WDIYQkX.:2010/05/02(日) 01:25:09 ID:7Xk9iNHY
(どうすればいい!?)
リンクは刹那の時間で疾く思考を巡らせる。
アリサの敗北を見て、リンクは一つ理解していた。
今のがさっきの自分だ。
リンクはグレーテルに斬撃を命中させた肌を切り裂いたが、グレーテルは意に介さず槍を振るったのだ。
その成果がグレーテルの胸元に付いた浅い十字傷と、アリサ達に助けられなければ確実に死んでいたリンクだ。
どこまでも一方的な蹂躙だった。
圧倒的な戦力差に歯噛みし、苦悩し、それでも。

剣を握り対峙する。
仲間を置き去りにして逃げるなんて選択肢にすら浮かばない。
どうやって仲間を逃がすかなら考えた。
それにインデックス達を逃がせば、一応勝ち目は有ると言えなくもない。
(傷を負わせられない相手じゃないんだ、一対一なら少しずつでも削り取っていけばいいっ)
恐ろしく困難だが完全に不可能とも言えないはずだ。

だけどそもそもの前提となる、仲間を逃す手段が思いつかない。
アリサは深手を負ったし、インデックスは高熱で消耗している。
足止めをするにしたって、まともな傷を付けられない現状では難しい。
やろうと思えば横合いからの脆弱な攻撃など無視して逃げる者を襲えるのだから、どうしようもない。

(せめて一度。一度でいいからもっと深手を与えなきゃいけない)
そうすればグレーテルもリンクに背を向けられなくなる。
ゆっくりでも仲間が逃げる時間を稼げる。
問題は深手を与える手段だ。
腕に嵌っているリング、勇者の拳も考えてみたが、
緊張した状態から十分な威力を出す自信は無いし──リンクにはユーモアが足りない──攻撃の範囲も面だ。
当たりやすいのは良いけれど、一点は突けないし、相手の攻撃にも正面からぶつかってしまう。
ヴィクターと化し圧倒的破壊力を誇るグレーテルの突撃槍に正面から拮抗出来る者は、そうそう居ない。
剣の方が上手く立ち回れる。
だけど剣では硬すぎる。
(高い威力が無いなら……相手の弱いところを突いたら?)
リンクの視線が、グレーテルの胸元で止まった。

アリサとリンクの剣戟が交差した、十字傷を刻まれた胸元だ。
十字傷分だけ皮膚が破れ肉が薄くなっている部位だ。
あの一点にもう一度刺突を打ちこめば?
上手くいけば瀕死の重傷に追い込めるほどの深手を与えられるのではないだろうか?

(だけど、そんなこと出来るのか!?)
確かにリンクもアリサもグレーテルに一撃を命中させていた。
グレーテルの方も自らの強度を理解したのか、アリサに対しては威力を測りわざと隙を作った節がある。
それでも当てられるのは、どこかに当たれば良いという攻撃だ。
動いている相手の一点を正確に狙うのとは話が違う。
しかも全体重をぶつける必殺の突きでなければ話にならないだろう。
自殺覚悟で突撃しても成功するかわからなかった。

(せめて動きを止められれば)
さっきもなのはの攻撃は槍先を狙い撃てた。
アリサにトドメを刺そうとした瞬間、遠距離からの攻撃は不意打ちの狙撃にも等しかったのだ。
だから当たった。
何らかの手段で動きを止めることさえ出来れば当てられる。
(そういえば、なのはは?)
リンクは脇目でなのはを見て……息を呑んだ。

       ◇

134想いは百秒で砕け散る(改訂版) ◆S4WDIYQkX.:2010/05/02(日) 01:26:33 ID:7Xk9iNHY
「…………ごめんなさい…………」

高町なのはは呆然となっていた。
襲来したグレーテルを見て、思い出していた。
それが誰であるかを。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
自分が殺した一人の少年の事を思い出していた。

学校で遭遇した災厄の化身。
江戸川コナンを犠牲にしてまでして殺した少年。
髪の色も肌の色も違うし、少年でなく少女だけれど、決して見間違える事はない。
忘れられるはずもない。
彼と江戸川コナンは、高町なのはが初めて命を奪った相手なのだから。

友人であるヴィータの腕を焼いたのが地獄の始まりだった。
だけどもう一つ始まりが有るとすれば、自らの意思で三つの命を奪った学校の惨劇だろう。
ヘンゼルを殺すためにコナンを殺し、それでも救えない二人の片割れを助ける為に一人を切り捨てた地獄。

なのはは彼らの名前さえ知らない。
ただ、理解はしていたのだ。
わるい人だから殺していいわけじゃないし、そもそもわるい人でもなく、
ただ狂っていただけなのだと理解していたのだ。
それでも殺した少年だから、その死は高町なのはが背負わなければいけない死だった。

プロテクションで銃撃を防いだ時、その存在に気がついた。
アリサが殺されそうになって咄嗟にディバインシューターを放つことさえ戸惑いがあった。
例えどんな怪物であろうとも、高町なのはは彼女に対して罪を背負っている。

「さっきは撃ってしまってごめんなさい。
 あなたを……ううん、お兄さんを殺してごめんなさい。
 こんな言葉に意味を感じない人だって知っています。
 あなた達がどういう人間なのかを知っています。
 ずっと、生きることと殺すことが同じところに居たからそうなったことを知っています。
 たぶん、わたしのことも仇じゃなくて獲物でしかないってことを知っています。
 でも」

今のなのはにはどうすれば良いのか判らなかった。
こんな時、少し前のなのはなら殺そうとしていた。
あるいは打ち倒し、戦う力を奪おうとしていた。
なのははそれを、否定した。

その時点で、なのはの中には何の指針も残ってはいなかった。

アリサ達への友情はとても深いものだった。
インデックスもリンクもカレイドルビーも大切に思っていた。
本来の高町なのはらしく生きたいと思っていた。
生きて果たすべき目的は取り戻していた。

だけどそれでも、目的とするところへどう向かえば良いかがわからない。
当然の話だ。

だってなのはは、一人でもたくさんの人を救おうとしてたくさんの人を殺してしまったのだから。
誰かをたすけようと思って行動しても、誰かを殺してしまうかもしれない。
誰かをまもろうと思って行動しても、誰かを殺してしまうかもしれない。
誰かに生きてほしいと想って行動しても、誰かの命を奪ってしまうかもしれない。
なのはには最早、自らの判断の一切を信じることができない。

135想いは百秒で砕け散る(改訂版) ◆S4WDIYQkX.:2010/05/02(日) 01:28:25 ID:7Xk9iNHY
だからなのはは仲間にすがった。

『はやてに、謝ろう。コナンに、アイに謝りに行こう。
 君はコナン達に一度も謝っていない。死んだ人たちに謝っていない』

なのはの脳裏に反響したのはリンクの言葉だ。
なのははリンク達に依存することで殺し合いを否定したのだ。
それによって、どんな人間でも殺すのはいけないことだと信じられた。
その結論がこの行動だった。

相手が狂った殺人鬼であることなんて、今のなのはにとっては判断材料にもならない。
なのはは目の前の相手に自分の言葉が通じるはずなんてないと、知識として知っている。
でもそんな知識に依存した末があの暴走だったのだ。
もう、なのははそんな末路を辿りたくはなかった。
理性ではなく感情に従いたかった。
リンクの言葉を信じたかった。
それが依存という歪なカタチでも、いつかほんとうのカタチを取り戻せると信じたかった。

「ごめんなさい。
 でもおねがいです。みんなを殺さないで」

進む道を変えるために罪の意識を薄めてしまったこの心で、それでもあやまろう。
入れる中身の足りない薄っぺらな言葉でも、謝罪という行為は正しく必要なことだから。
彼女の家族を殺害したのだろうこの体で、それでもわたしの友達を殺さないでとおねがいしよう。
どれだけちぐはぐで筋の通らない行為でも、それが今のわたしだから。
自分らしく生きたいという歪な理由で、それでも話し合いをしよう。
この想いがどれほど身勝手で醜いとしても、戦わず話し合う行為は正しいはずだから。

一歩一歩にその想いを篭めて、ゆっくりと歩み寄る。
今度こそ話し合いを試みるために。
それがきっと正しい行動なのだと信じて──ううん、信じるために。

高町なのはは自らの意思で、高町なのはであろうとし続けていた。

その行為を前にしたグレーテルは驚きの表情と、次いで楽しげな表情を浮かべて。
なのははそれでも祈り続けて。

「あなた達にとってこんな話は笑い話なんだと思います。
 それでも、おはなしを」

突撃槍が振るわれた。

高町なのはは叩きつけられように床に倒れた。

襲撃から八十五秒。
グレーテルが嘲嗤う。
高町なのはの愚かさと無謀を嘲う。
「ねえ、東の方の国に踊り食いっていうものがあるそうよ」
リンクには理解できない。
邪悪に過ぎてあまりに装飾的な言葉を、断片からは理解できない。
グレーテルはその可憐な唇から愉しげに続きを綴る。
「海産物を生きたままお刺身にしたり、殻を剥いて食べるそうよ。とっても美味しいそうね。
 学校でも素敵な勇者さまでやってみたけど、この子も最後まで今の話を続けられるのかしら?」
「な……おまえ、まさかっ!?」

突撃槍が振りかざされた。
九十五秒。

そして、五秒間が始まる。

136想いは百秒で砕け散る(改訂版) ◆S4WDIYQkX.:2010/05/02(日) 01:29:26 ID:7Xk9iNHY
「くそっ」
リンクは仕方無しに距離を詰める。
それを予想していたグレーテルが向き直る。
結局リンクは十字傷の一点を貫く狙う術が見いだせない。
それでも一縷の望みに賭けて挑もうとして。
九十六秒。

「っ!?」
グレーテルの動きが鈍る。
殴り倒されたはずの高町なのはが倒れこむように這いずってグレーテルの腰にしがみついていた。
微かに聞こえるもうやめてというか細い言葉。
九十七秒。

「そのまま抑えてて!!」
リンクはそれを、高町なのはがグレーテルを抑えたのだと思い込む。
素養が、あったのだ。
なのはは迫真の演技で自らの本心を隠したのかもしれない人物だった。
だったらやはりこの行動も、グレーテルを油断させて嵌めたのかもしれないと思ったのだ。
(どっちにせよこれで狙えるもう少し抑えてくれればあの傷口をコキリの剣で──)
九十八秒。

「ぁ……」
高町なのはは何故か急速に薄れゆく意識の中でリンクの姿を見つめる。
剣を構えグレーテルに突撃する姿を見てまるで氷の刺が刺さったみたいな冷たい悲しみとかすかな失望が
胸に広がるのを感じてでもそれがどうしてかわからなくて意識が見る見るうちに暗く──。
九十九秒。

なのはが今度こそ崩れ落ちる。
開放されるグレーテルを見てリンクの心中に一瞬焦りが走る。
高町なのはを信じたのは失敗だったのか?
すぐにそれを否定する。
彼我の距離はほんの僅か、動きを止められていたグレーテルが回避するには間に合わない。
だから間に合うはずだ。
貫けるはずだ。

果たしてリンクの刃はグレーテルの胸に届いた。
狙いたがわず正確に一点へと鋭い突きを叩き込む。
その動きは完璧でグレーテルの行動はそれに一瞬間に合わなくて。



襲撃から百秒が経過した。



ザッという音がした。
グレーテルが壁に開けた穴を抜け、人影が一つ飛び込んできたのだ。
エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。
自称最強の悪の魔法使い。
リンク達を護るため、他の悪を討つために、魔女たちに同盟を示唆しながら四散させた張本人。
つい先ほどヴィクターと化す前のグレーテルと戦い撃退した、夜に生きる吸血鬼である。
彼女は変貌したグレーテルが工場の方角に向かうのを見て、それを追ってここに来たのだ。
しかしグレーテルがヴィクターの飛行能力を使いこなし始めた挙句にサンライトハートで加速したため、
彼女の飛行能力では若干の遅れが生じ、出発の時間差も含めて百秒の遅れが生じた。
たったの百秒だ。
例えば廊下など見晴らしの良い場所に出ず適当な部屋に隠れて、迎撃に出るのではなく待ち伏せれば過ぎ去る程度の時間。
救援の見込みなど薄いのだからそんな可能性は低かったが、一つ違えば何事も無く間に合ったほどの時間。
それだけの時差で彼女は戦場に辿り着き。
その光景を視た。

137想いは百秒で砕け散る(改訂版) ◆S4WDIYQkX.:2010/05/02(日) 01:31:43 ID:7Xk9iNHY
リンクの剣は確かに狙いたがわず一点を貫いた。
グレーテルが傷を負っていたその場所を。
そこからならリンクの刺突はグレーテルの肉を深く穿ち、上手くすれば致命傷に至る程の傷になっていたかもしれない。

その切っ先が、ほんの少し肉に埋まっただけで止まっていた。

リンクは幾つか気づくべきだった。
何よりも高町なのはが冷静な判断で戦術的行動を取っていたわけではない事に気づくべきだった。
この状況における高町なのはは何処までも無力な少女でしかなかった。
その行動に作戦を見てはいけなかったのだ。

高町なのはがグレーテルにしがみついたのは動きを抑えるためではない。
だから、その力は動きを妨げるにはあまりにも弱かった。
回避行動を妨げる事が出来ても、攻撃の邪魔まではできない程に。

そして今の高町なのはは人間的な感情に素直になった代償として、冷徹なまでの理性的判断力と観察眼を失っていた。
だから高町なのはは気づいていなかったし、
なのはの行動を信じられるかどうかという言ってみれば
戦闘とは無関係な方向に思考が逸れてしまったリンクも気づいていなかった。
背後で、アリサを安全な場所に運ぼうとしたインデックスがいつの間にか二人して倒れている事と、その理由。
それが何をもたらすのかに。

高町なのははヴィクターと化しているグレーテルにしがみつき、密着した。
高町なのはの意識を奪った最終的な要因は、ヴィクター化によるエネルギードレインである。
ヴィクターと化した者はそのエネルギーで武装錬金を振るい。

あるいは自らの肉体を再生する。

僅かに血が滲む程度の掠り傷など、ほんの数瞬なのはが密着していた分で十分だったのだ。
リンクの剣が届く前に再生は完了し、赤銅色の皮膚はリンクの剣を受け止め貫通力の殆どを奪い去った。
そしてさっきまでの様に、攻撃に頓着せず振るわれたグレーテルの突撃槍が。

リンクの頭部を粉砕していた。

紅い液体と赤い塊と白くて硬い欠片と白くて柔らかい欠片と灰色の塊と白く小さな球体と細い金糸の生えた肌色が
リンクの頭部だった場所から四散して壁にへばりつき少女達を赤く紅く染めていた。

それが一つの結末だった。

「そういう、事か」

エヴァは呟く。
悲壮と共に。
怨嗟と共に。
哀哭と共に。

「やはりそういうものか」

絶望と共に。
苦痛と共に。
悲嘆と共に。

「やはり正義とは、勇者とは、そんなものか」

正義の勇者の敗北を、続けざまに知った。
その儚さと、無力さとを識った。

確かめ、実証されるところを観せられた。

138想いは百秒で砕け散る(改訂版) ◆S4WDIYQkX.:2010/05/02(日) 01:33:54 ID:7Xk9iNHY
何が悪の中ボスだろう。
全てが今この瞬間だけは、どうでもよくなっていた。
だから正直に、胸の奥から溢れくる感情に身を委ねていた。

「良いさ。貴様は私が殺してやる」

グレーテルに向けて氷のように凝固した憤怒を、叫んだ。

       ◇

インデックスはそれを見ていた。
倒れ伏し、息苦しいほどに消耗しながら。
喘ぎ、悶えながら見ていた。

(ダメだよ、エヴァ……)

そして恐怖していた。
襲撃者の持っている能力と、この状況がもたらす最悪の組み合わせに。

インデックスは戦いに巻き込まれないよう、なのはの腕から零れたアリサを仮眠室に引きずり込もうとしていた。
呻き声を上げていたが、出血で一時的に意識が飛んでいたのか抵抗は無かった。
その途中で急激な脱力感に襲われ倒れてしまったのだ。
戦況を観察し続けて、やがてその原因を理解した。
しがみつきすぐに倒れたなのはと、グレーテルの胸の傷を見て。

グレーテルは周囲から生命力を吸い上げて自らの傷を再生していた。
即ち、エナジードレインだ。
その生命力は戦う力にも使われているのだろう。
グレーテルはそこに居るだけで周囲の者達を衰弱させ、力を増し続けていた。

とはいえ、本来は至近距離でなければこうも即効性を持つ力ではなかった。
健康な者ならこの距離でやられはしなかったはずだ。
だがインデックスは高熱と貧血で消耗していた。
微弱なエナジードレインに耐える体力すら残っていなかったのである。
深手を負ったアリサも似たようなものだろう。
エナジードレインを直接受けて倒れたなのはに至っては言うまでもない。

インデックスもアリサもなのはもまともに行動出来ず、しかしまだ生きている。
それこそが最悪だった。

(私たちの事は見捨てなきゃいけないんだよ……)

それは裏を返せば、生命力のまだある、無力な存在が転がっているという事だ。
インデックスはグレーテルが周囲から力を吸い上げている現象に気づき、その“最悪”に気がついた。

この戦場で戦う限りグレーテルは力を増し続け、回復を続けるのだ。

(いくらエヴァでも、ここじゃ勝てないんだよ……!)

この消耗では警告を叫ぶことさえ難しい。
だからインデックスは祈る。
戦況が不利になれば、エヴァが苦渋の選択で自分たちを見捨ててくれる事を。
せめて一人でも生き延びてくれることを。

悪夢は百秒で訪れた。

【リンク(子供)@ゼルダの伝説 時のオカリナ 死亡】

139想いは百秒で砕け散る(改訂版) ◆S4WDIYQkX.:2010/05/02(日) 01:35:06 ID:7Xk9iNHY
【A-3/工場/2日目/早朝】
【グレーテル@BLACK LAGOON】
[状態]:健康、ヴィクター化、血塗れ、胸に小さな傷。
    喪われた心臓の代わりに核鉄(サンライトハート)が埋め込まれている。
[装備]:サンライトハート@武装錬金
    ソードカトラス×2(1+12/15)(銀10/15)@BLACK LAGOON、ソードカトラス専用ホルダー
[道具]:基本支給品一式、塩酸の瓶×1本、毒ガスボトル×1個、ボロボロの傘
    ソードカトラスの予備弾倉×3(各15発、一つだけ12発)、バット、
    蝶ネクタイ型変声機@名探偵コナン、救急箱、エルルゥの薬箱の中身@うたわれるもの
   (カプマゥの煎薬(残数3)、ネコンの香煙(残数1)、紅皇バチの蜜蝋(残数2))、100円ライター
    スペクタルズ×8@テイルズオブシンフォニア、クロウカード『光』『剣』@CCさくら、
    コエカタマリン(残3回分)@ドラえもん、
[服装]:いつも通りの喪服のような黒い服。胸の中央に大きな穴が空き、更に大きく十字に切られている。雨に濡れて湿っている。
[思考]:うふふ……あははは……
第一行動方針:エヴァと周囲の連中を殺す?
第二行動方針:千秋との再会を楽しみにする。千秋が「完全に闇に堕ちた」姿を見届けたい。
第三行動方針:機会があればまた紫穂と会いたい。2人きりで楽しく殺し合いたい。
基本行動方針:効率よく「遊ぶ」。優勝後はジェダに「世界のルール」を適用する(=殺す)。
[備考]:シルバースキンの弱点(同じ場所をほぼ同時に攻撃されると防ぎきれない)に勘付きました。
    「殺した分だけ命を増やせる」ことを確信しました。ただし痛みはあるので自ら傷つこうとはしません。
    銀の銃弾は微妙に規格が違う為、動作不良を起こす危険が有ります。使用者も理解しています。

【エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル@魔法先生ネギま! 】
[状態]:全身に痛み、左腕が殆ど動かない、魔力消費(中)
[装備]:フェアリィリング@テイルズオブシンフォニア
[道具]:支給品一式、手足の無いチャチャゼロ(半永眠)@魔法先生ネギま!
[思考]:殺してやる、殺してやるさ
第一行動方針:グレーテルを殺す
第二行動方針:リリスと遭遇することがあったら、リリスを倒し身柄を押さえ、情報を得る。
第三行動方針:ジェダの居場所に至る道を突き止め、露払いをする。
第四行動方針:ジェダを倒そうと挑む者たちの前に立ち塞がり、討たれる。
基本行動方針:ジェダ打倒のために暗躍。ただし仲間は作らない。誇り高き悪として、正義の前に散る。
[備考]:梨花の血を大量に吸いました。雛見沢症候群、及び女王感染者との関連は不明です。
    ジェダ打倒を目指している者として、ニアの名前をグリーンから聞いています。
    パタリロを魔族だと思っています。名前は知りません
    紫穂の『能力』が、触れることで発動することを見抜きました。詳細までは把握していません。
    雲に隠れていても満月による補正は有るようです。

【インデックス@とある魔術の禁書目録】
[状態]:高熱&貧血&エナジードレインによる消耗で行動不能、全身に軽度の凍傷、
    背中に大きな裂傷跡と火傷、足裏に擦過傷(共に応急手当て済み)
[装備]:水の羽衣(背部が横に大きく裂けている)@ドラゴンクエストⅤ
[道具]:支給品一式(食料−1日分、時計破損)、ビュティの首輪、鉄製の斧@ひぐらしのなく頃に(?)
[服装]:私立聖祥大付属小学校の制服の下に水の羽衣。背中と足にシルクの包帯。
[思考]:逃げて、エヴァ……!
第一行動方針:どうにか、したい
第二行動方針:ヴィータを捜し、説得する。
第三行動方針:ニケ達と合流する。
第四行動方針:紫穂の行方の手掛かりを探す。エヴァの説得も諦めていない。名前しか知らないヤムィヤムィが少し気になる。
第五行動方針:落ち着いたら、明るい所でじっくりビュティの首輪を調べたい。
基本行動方針:誰にも死んで欲しくない。状況を打破するため情報を集め、この空間から脱出する。
[備考]:拾った双葉の型紐が切れたランドセルに荷物まとめて入れています。
    インデックス自身のランドセルは壊れているので内容物の質量と大きさを無視できません。
    深夜12時の臨時放送を、完全に聞き逃しました。

140想いは百秒で砕け散る(改訂版) ◆S4WDIYQkX.:2010/05/02(日) 01:35:43 ID:7Xk9iNHY
【アリサ・バニングス@魔法少女リリカルなのは】
[状態]:全身に軽い火傷(右腕と顔は無事)、左腕出血(軽度打撲)、背中出血(深い切り傷)、以上応急処置済み。
    精神負担中、足と両手に軽度の凍傷、右肩に深い刺し傷、腹部打撲、出血と軽度エナジードレインで行動不能?
[装備]:カレイドステッキ@Fate/stay night
[道具]:なし
[服装]:パジャマ。変身を解いたらショーツ一枚。
[思考]:??????
第一行動方針:この状況をどうにかしたい。
第二行動方針:リンク、インデックスと情報交換する。
基本行動方針:はやての遺志を継いで、なんとかする。(なのはと一緒に)ゲームからの脱出。
[備考]:深夜12時の臨時放送を、完全に聞き逃しました。
    カレイドルビーは臨時放送を聞いています。
    贄殿遮那@灼眼のシャナはグレーテルの足元に転がっています。

【高町なのは@魔法少女リリカルなのは】
[状態]:魔力消費(中)、両手首に浅い傷、背中に軽度の凍傷(治療済み)、頬骨と肋骨一本にヒビ、
    胴部打撲、密着エナジードレインにより昏倒
[装備]:なし
[道具]:なし
[服装]:シーツでできた服
[思考]:………………。
第一行動方針:これまでに殺した人たちに謝る……
基本行動方針:自らの罪を償う。自身の想いに素直になる。それから……
[備考]:深夜12時の臨時放送を完全に聞き逃しました。

141名無しさん:2010/05/22(土) 03:08:49 ID:uNNqcsfI
「みんな起きて! 敵だ!!」

警告の叫びを上げてリンクは剣を抜き放つ。
コキリの剣。
子供の姿の自分にとっては丁度良い、長く使い慣れた剣だ。
自分の剣が手元に回ってきたのは幸運だった。
この島では愛用の武器と再会出来る可能性など極めて低いのだから。
大人の姿になれたなら最良の剣は聖剣マスターソードになるのだろうが、
(この姿の僕としてはこれが最良の剣だ)
子供の姿のリンクにとっては、コキリの剣こそ最良の武器だった。
自らの実力を引き出せる得物を手に敵を見据える。
濛々と上がる粉塵の中を視認する。

ソレは熱を帯びた赤銅の肌をしていた。
淡く輝く螢火の髪をしていた。
髪はまるで生き物のように蠢いて見える。本来の長さまで再生しようとするように。
絡み付いていた銀髪のウィッグが、伸びる髪に押されて落ちた。
喪服か、あるいはゴスロリ調の、黒いドレスを身に纏っている。
しかしズタズタのドレスだ。
心臓の直上には膨らみの無い肌が覗き、奇妙な黒い文字──∀IIIが浮かび上がっている。
左腕の袖も途中から無いし、他の部分もそこら中に破れ目が覗いている。
奇妙なことに、破れ目の下の赤銅色の肌には傷跡一つ見当たらなかった。
そして右手には巨大な突撃槍が握られていた。
穂先は何処かしら龍のような形状で凶悪な“顔つき”をしている。
怪物の手にあるそれは、ともすれば怪物の一部にも見える。
その石突から伸びる飾り布は途中からエネルギーに転じ、光り輝いている。
まるで太陽の光のような、美しい山吹色に。

ヴィクター・スリー……セカンド。
グレーテル。

残酷極まりない愉悦を浮かべて、少女の姿をした怪物は槍先を向ける。
幼き時の勇者へと、その切っ先を。
猛烈な殺意が吹き荒れていた。

知らない。
リンクはこんな怪物を知らない、はずだ。
だけどどうしてだろうか、見たことが有るように思える。
目の前の少女のような誰かと、何処かで戦った記憶、が。
(敵だ)
何にせよそれだけは判る。
残念ながら殺し合いを否定するしないという段階ではない。
目の前に顕れた怪物はきっと、この島に居なくとも人間を殺戮し愉悦とともに貪るだろう。
殺す気で挑まなければ殺されるだけだ。
リンクと、仲間たちが。
果たして怪物は歓びに歪めた口元から、天使のような声で囁いた。

「天使を呼んであげましょう」

襲来から十秒。
それが開幕のベルだった。

142名無しさん:2010/05/22(土) 03:14:00 ID:uNNqcsfI
グレーテルは巨大な槍を手に突撃する。
リンクはそれを正面から迎え撃った。
半身だけずれて突撃を回避しながら、コキリの剣を振り下ろす。
グレーテルは、停止していた。
「くっ」
読まれた。いや、力ずくで止まられた。
小さく息を吐く。
槍が届く間合いで視線が絡み合う。
それでも体勢は崩れていない。コキリの剣は小回りが利く、振りを戻すのは一瞬だ。
槍が振るわれた。
剣が振るわれた。
速度はグレーテルの方が上だったが、技量を合わせればリンクも大差はない。
斬り合いに関して言えば互いの速度はほぼ同等、ほんの僅かにリンクの方が上だった。
つまり。
(ダメだ、押し切られる!!)
巨大な突撃槍を手斧の如く振るえる圧倒的な剛力分、グレーテルの方が上だった。
数合でリンクは後退り、それでも。
反撃に転じた。
相手が槍を振りかぶった瞬間に懐へと飛び込んで脱力感を堪えて剣を一閃し手応えを感じたその瞬間に
衝撃が走り視界が弾み白く染まり重力を見失い居場所を見失い状況を見失い──。

皆が眠る部屋の壁に叩きつけられていた。

「ぐぁ……!?」

戦況に理解が追いつかない。
視界が揺れて意識が酔いに冒される。
脳が揺れて体が動かない。

(一体……なにが……!?)
揺れる視界に映るのは胸元から出血するグレーテルの姿。
だけどあまりにも浅い傷だ。
手元を誤ったのか、いやそんなハズは無いと思考が巡る時間、さえもが惜しい。

襲撃から二十秒余り。
リンクが体勢を立て直すまではしばらくかかる。
グレーテルは槍を動けぬリンクに向けて飾り布のエネルギーを点火し一撃必殺の突撃を仕掛けようと。

「させるかぁっ!!」
すぐ横の扉が開き、アリサ・バニングスが飛び出した。
左手にステッキ、右手に秀麗な刀を握り締め、リンクの前に立って壁となる。
グレーテルはくすりと笑い、右手に突撃槍を握ったまま左手で何かを取り出した。
片手で握れるサイズの金属塊。
リンクにはそれが何かは判らなかった。
しかしアリサの気配が緊張に強張る。

それは、拳銃である。

引き金が引かれた。
轟音と共に銃弾が放たれる。
射線上にはアリサとリンク。
アリサが避ければ鉛弾はリンクの体を穿つだろう。
その状況でアリサの持つ贄殿遮那の白刃が。
受け止めた。

143名無しさん:2010/05/22(土) 03:15:57 ID:uNNqcsfI
甲高い金属音が響いた。
続きカラカラと軽い音を立てて鉛の小粒が床を打つ。
カレイドステッキに支えられたアリサの剣技は、贄殿遮那の刀身で銃弾を凌いだのだ。
絶対不変にして堅牢無比なる贄殿遮那の刀身が有っての話とはいえ、
咄嗟に射線上に刀身を構え、銃弾の強烈な運動量を受け止め弾ききった膂力は見事という他にない。
グレーテルは驚愕に目を見開き、しかし表情を笑みに戻して、続けざまに数度引き金を引いた。

アリサには、それ以上は防げない。
その表情には銃弾への怯えが浮かぶ。
その足膝には恐怖からの震えが見える。
僅かに崩れた体勢が“付け焼刃の達人”の限界だった。

ならば二度三度繰り返せば良いだけだ。
引き金は引かれ、銃弾は二度三度と放たれて。

見えない壁に防がれた。

部屋から飛び出してきたのはアリサだけではなかった。
高町なのはも目を覚まし、転がり出るように部屋から出てその片腕をかざしていたのである。

プロテクション。
物理攻撃に強力な耐性を誇る魔法の壁が続く銃弾を防いでいた。

数瞬の攻防だった。

グレーテルは笑う。
哂う。
嘲り嗤う。
「森鹿のシチュー。フィッシュアンドライスに紅茶を添えて」
目の前にごちそうが並んでいると歓喜する。
拳銃を懐に戻し、突撃槍を両手で握り締める。
ヴィクター・スリーの手で振るわれる武装錬金の突撃ならば、プロテクションなど紙にも等しい。
戦車砲の如き一撃は障壁ごと三人を粉砕しても余りある。
「ブレックファーストには贅沢かしら?」
「ワケわかんないこと言ってんじゃないわよ!!」
させまいとアリサが突っ込んだ。
贄殿遮那が振るわれる。
銃弾を鎬で受け止めはじいても刃こぼれ一つ歪み一ミリ有りはしない。この刀は完全なる強度を誇っている。
その斬撃に襲われてグレーテルは突撃を中止した。
代わり槍が振るわれて、宝具贄殿遮那と武装錬金サンライトハートが切り結ぶ。
襲撃からはまだ僅かに三十秒。

力はやはりグレーテルが圧倒していた。
それでもアリサは耐え凌ぐ。
付け焼刃でも今のアリサは達人だ。
しかも最初から人外の達人の為に鍛えられた贄殿遮那を振るえる腕力も与えられている。
アリサの身長近い大太刀が鮮やかに舞い踊る。
人間を一薙ぎで粉砕する化物であっても、カレイドステッキの力があれば立ち向かえる。
斬撃が服を食み、刺突が髪を掠めても、致命傷だけは受けまいとする。
その殺陣にグレーテルは笑みすら浮かべ。
笑みは油断か、アリサの前に一瞬の隙が晒される。
(今だっ!)
殺人が良い悪いなど斬り合いの最中には考える暇も無い。
アリサは渾身の斬撃をグレーテルの胸部に叩き込み。

144名無しさん:2010/05/22(土) 03:17:40 ID:uNNqcsfI
切れ味の悪い包丁で大型トラックのタイヤに斬りつければこんな感覚が返るだろうか。

「な……っ」
切れなかったわけではない。
確かに切れた。
リンクの付けたそれと交差する十字傷がグレーテルの胸元に走っている。
皮膚を切り裂き、何もかも違うのに変色していないことが奇妙に思えるほど真っ赤な血を噴き出している。
しかしその傷は、信じられないほどに浅かった。
「私は、殺せないわ」
果たしてグレーテルは恍惚とした笑みを浮かべて。
確信と信仰に満ちた笑顔で突撃槍を振りかざす。
そして、
「だってたくさん殺してきたんだもの。たくさん命を取り込んだんだもの」
破滅は振り下ろされた。

辛うじて贄殿遮那を間に挟み、それでも圧倒的な打撃が全身を駆け降りる。
腰が、膝が、体勢が崩れる。
ディバインシューターという叫びが響いた。
続く刺突が、突き立った。
アリサの右肩に深い傷が穿たれて、悲鳴と共に贄殿遮那を取り落とす。
「Never Die。そう、私たちはNever Dieなのよ」
更なる刺突が襲う二瞬前に、魔弾の一つがアリサの懐に飛び込んで一瞬静止して。
刺突が床を穿つのとアリサの体が跳ね飛ばされるのは同瞬だった。
なのはがアリサを受け止めて倒れこむ。
死んではいない、けれど。

グレーテルはコンクリート床に突き刺さった槍をあっさりと引き抜いた。
その視線が獲物の群れを品定めするように舐っていく。

リンクは立ち上がり、再び剣を構えていた。
事実上、現在グレーテルに立ちはだかれる敵は彼だけだった。

右肩から出血し粗い息を吐いて倒れているアリサは、既に戦力外だった。
出血量からして急ぎ治療しなければ命に関わるかもしれない。
奇妙なステッキがアリサさんと名を叫び、心配している様子だった。

遅れて起きてきたインデックスがアリサに駆け寄っている。
熱で消耗したその動きは遅く頼りなく、何の障害にもなりえない。

なのははアリサを抱き続けることもできず腕からこぼし、ただ呆然となっていた。
彼女は大凡無力だったのだから。

そう、高町なのははディバインシューターを放ちアリサを支援した。
グレーテルの攻撃を止めようとしたのだ。
放たれた魔力弾の数は三つに及ぶ。
しかし槍を狙った一つはグレーテルが振るう腕と交差しただけで砕け散った。
槍に直撃したもう一つが心臓を狙った槍の狙いを逸らし、
遅れた一つを使いアリサの救出したのは見事な芸当だったが、殆ど被害を与えられなかったのには変わりない。
なのはに殺意が無かった事など言い訳にもならない。
デバイス無しのディバインシューターはグレーテルを傷つけることすらできなかった。

ヴィクタースリー・セカンド。
その赤銅の肉体が恐るべき強度で攻撃を阻む。
高町なのはにデバイスやミニ八卦炉は無く、リンクに大人の体とマスターソードは無い。
襲撃から僅か一分足らず。
アリサは倒れ、グレーテルを斃しきるほど強力な武器は無い。
──完全に追い詰められていた。

145名無しさん:2010/05/22(土) 03:18:58 ID:uNNqcsfI
(どうすればいい!?)
リンクは刹那の時間で疾く思考を巡らせる。
アリサの敗北を見て、リンクは一つ理解していた。
今のがさっきの自分だ。
リンクはグレーテルに斬撃を命中させた肌を切り裂いたが、グレーテルは意に介さず槍を振るったのだ。
その成果がグレーテルの胸元に付いた浅い十字傷と、アリサ達に助けられなければ確実に死んでいたリンクだ。
どこまでも一方的な蹂躙だった。
圧倒的な戦力差に歯噛みし、苦悩し、それでも。

剣を握り対峙する。
仲間を置き去りにして逃げるなんて選択肢にすら浮かばない。
どうやって仲間を逃がすかなら考えた。
それにインデックス達を逃がせば、一応勝ち目は有ると言えなくもない。
(傷を負わせられない相手じゃないんだ、一対一なら少しずつでも削り取っていけばいいっ)
恐ろしく困難だが完全に不可能とも言えないはずだ。

だけどそもそもの前提となる、仲間を逃す手段が思いつかない。
アリサは深手を負ったし、インデックスは高熱で消耗している。
足止めをするにしたって、まともな傷を付けられない現状では難しい。
やろうと思えば横合いからの脆弱な攻撃など無視して逃げる者を襲えるのだから、どうしようもない。

(せめて一度。一度でいいからもっと深手を与えなきゃいけない)
そうすればグレーテルもリンクに背を向けられなくなる。
ゆっくりでも仲間が逃げる時間を稼げる。
問題は深手を与える手段だ。
腕に嵌っているリング、勇者の拳も考えてみたが、
緊張した状態から十分な威力を出す自信は無いし──リンクにはユーモアが足りない──攻撃の範囲も面だ。
当たりやすいのは良いけれど、一点は突けないし、相手の攻撃にも正面からぶつかってしまう。
ヴィクターと化し圧倒的破壊力を誇るグレーテルの突撃槍に正面から拮抗出来る者は、そうそう居ない。
剣の方が上手く立ち回れる。
だけど剣では硬すぎる。
(高い威力が無いなら……相手の弱いところを突いたら?)
リンクの視線が、グレーテルの胸元で止まった。

アリサとリンクの剣戟が交差した、十字傷を刻まれた胸元だ。
十字傷分だけ皮膚が破れ肉が薄くなっている部位だ。
あの一点にもう一度刺突を打ちこめば?
上手くいけば瀕死の重傷に追い込めるほどの深手を与えられるのではないだろうか?

(だけど、そんなこと出来るのか!?)
確かにリンクもアリサもグレーテルに一撃を命中させていた。
グレーテルの方も自らの強度を理解したのか、アリサに対しては威力を測りわざと隙を作った節がある。
それでも当てられるのは、どこかに当たれば良いという攻撃だ。
動いている相手の一点を正確に狙うのとは話が違う。
しかも全体重をぶつける必殺の突きでなければ話にならないだろう。
自殺覚悟で突撃しても成功するかわからなかった。

(せめて動きを止められれば)
さっきもなのはの攻撃は槍先を狙い撃てた。
アリサにトドメを刺そうとした瞬間、遠距離からの攻撃は不意打ちの狙撃にも等しかったのだ。
だから当たった。
何らかの手段で動きを止めることさえ出来れば当てられる。
(そういえば、なのはは?)
リンクは脇目でなのはを見て……息を呑んだ。

146名無しさん:2010/05/22(土) 03:20:02 ID:uNNqcsfI
「…………ごめんなさい…………」

高町なのはは呆然となっていた。
襲来したグレーテルを見て、思い出していた。
それが誰であるかを。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
自分が殺した一人の少年の事を思い出していた。

学校で遭遇した災厄の化身。
江戸川コナンを犠牲にしてまでして殺した少年。
髪の色も肌の色も違うし、少年でなく少女だけれど、決して見間違える事はない。
忘れられるはずもない。
彼と江戸川コナンは、高町なのはが初めて命を奪った相手なのだから。

友人であるヴィータの腕を焼いたのが地獄の始まりだった。
だけどもう一つ始まりが有るとすれば、自らの意思で三つの命を奪った学校の惨劇だろう。
ヘンゼルを殺すためにコナンを殺し、それでも救えない二人の片割れを助ける為に一人を切り捨てた地獄。

なのはは彼らの名前さえ知らない。
ただ、理解はしていたのだ。
わるい人だから殺していいわけじゃないし、そもそもわるい人でもなく、
ただ狂っていただけなのだと理解していたのだ。
それでも殺した少年だから、その死は高町なのはが背負わなければいけない死だった。

プロテクションで銃撃を防いだ時、その存在に気がついた。
アリサが殺されそうになって咄嗟にディバインシューターを放つことさえ戸惑いがあった。
例えどんな怪物であろうとも、高町なのはは彼女に対して罪を背負っている。

「さっきは撃ってしまってごめんなさい。
 あなたを……ううん、お兄さんを殺してごめんなさい。
 こんな言葉に意味を感じない人だって知っています。
 あなた達がどういう人間なのかを知っています。
 ずっと、生きることと殺すことが同じところに居たからそうなったことを知っています。
 たぶん、わたしのことも仇じゃなくて獲物でしかないってことを知っています。
 でも」

今のなのはにはどうすれば良いのか判らなかった。
こんな時、少し前のなのはなら殺そうとしていた。
あるいは打ち倒し、戦う力を奪おうとしていた。
なのははそれを、否定した。

その時点で、なのはの中には何の指針も残ってはいなかった。

アリサ達への友情はとても深いものだった。
インデックスもリンクもカレイドルビーも大切に思っていた。
本来の高町なのはらしく生きたいと思っていた。
生きて果たすべき目的は取り戻していた。

だけどそれでも、目的とするところへどう向かえば良いかがわからない。
当然の話だ。

だってなのはは、一人でもたくさんの人を救おうとしてたくさんの人を殺してしまったのだから。
誰かをたすけようと思って行動しても、誰かを殺してしまうかもしれない。
誰かをまもろうと思って行動しても、誰かを殺してしまうかもしれない。
誰かに生きてほしいと想って行動しても、誰かの命を奪ってしまうかもしれない。
なのはには最早、自らの判断の一切を信じることができない。

147名無しさん:2010/05/22(土) 03:23:12 ID:uNNqcsfI
だからなのはは仲間にすがった。

『はやてに、謝ろう。コナンに、アイに謝りに行こう。
 君はコナン達に一度も謝っていない。死んだ人たちに謝っていない』

なのはの脳裏に反響したのはリンクの言葉だ。
なのははリンク達に依存することで殺し合いを否定したのだ。
それによって、どんな人間でも殺すのはいけないことだと信じられた。
その結論がこの行動だった。

相手が狂った殺人鬼であることなんて、今のなのはにとっては判断材料にもならない。
なのはは目の前の相手に自分の言葉が通じるはずなんてないと、知識として知っている。
でもそんな知識に依存した末があの暴走だったのだ。
もう、なのははそんな末路を辿りたくはなかった。
理性ではなく感情に従いたかった。
リンクの言葉を信じたかった。
それが依存という歪なカタチでも、いつかほんとうのカタチを取り戻せると信じたかった。

「ごめんなさい。
 でもおねがいです。みんなを殺さないで」

進む道を変えるために罪の意識を薄めてしまったこの心で、それでもあやまろう。
入れる中身の足りない薄っぺらな言葉でも、謝罪という行為は正しく必要なことだから。
彼女の家族を殺害したのだろうこの体で、それでもわたしの友達を殺さないでとおねがいしよう。
どれだけちぐはぐで筋の通らない行為でも、それが今のわたしだから。
自分らしく生きたいという歪な理由で、それでも話し合いをしよう。
この想いがどれほど身勝手で醜いとしても、戦わず話し合う行為は正しいはずだから。

一歩一歩にその想いを篭めて、ゆっくりと歩み寄る。
今度こそ話し合いを試みるために。
それがきっと正しい行動なのだと信じて──ううん、信じるために。

高町なのはは自らの意思で、高町なのはであろうとし続けていた。

その行為を前にしたグレーテルは驚きの表情と、次いで楽しげな表情を浮かべて。
なのははそれでも祈り続けて。

「あなた達にとってこんな話は笑い話なんだと思います。
 それでも、おはなしを」

突撃槍が振るわれた。

高町なのはは叩きつけられように床に倒れた。

襲撃から八十五秒。
グレーテルが嘲嗤う。
高町なのはの愚かさと無謀を嘲う。
「ねえ、東の方の国に踊り食いっていうものがあるそうよ」
リンクには理解できない。
邪悪に過ぎてあまりに装飾的な言葉を、断片からは理解できない。
グレーテルはその可憐な唇から愉しげに続きを綴る。
「海産物を生きたままお刺身にしたり、殻を剥いて食べるそうよ。とっても美味しいそうね。
 学校でも素敵な勇者さまでやってみたけど、この子も最後まで今の話を続けられるのかしら?」
「な……おまえ、まさかっ!?」

突撃槍が振りかざされた。
九十五秒。

そして、五秒間が始まる。

148名無しさん:2010/05/22(土) 03:25:03 ID:uNNqcsfI
「くそっ」
リンクは仕方無しに距離を詰める。
それを予想していたグレーテルが向き直る。
結局リンクは十字傷の一点を貫く狙う術が見いだせない。
それでも一縷の望みに賭けて挑もうとして。
九十六秒。

「っ!?」
グレーテルの動きが鈍る。
殴り倒されたはずの高町なのはが倒れこむように這いずってグレーテルの腰にしがみついていた。
微かに聞こえるもうやめてというか細い言葉。
九十七秒。

「そのまま抑えてて!!」
リンクはそれを、高町なのはがグレーテルを抑えたのだと思い込む。
素養が、あったのだ。
なのはは迫真の演技で自らの本心を隠したのかもしれない人物だった。
だったらやはりこの行動も、グレーテルを油断させて嵌めたのかもしれないと思ったのだ。
(どっちにせよこれで狙えるもう少し抑えてくれればあの傷口をコキリの剣で──)
九十八秒。

「ぁ……」
高町なのはは何故か急速に薄れゆく意識の中でリンクの姿を見つめる。
剣を構えグレーテルに突撃する姿を見てまるで氷の刺が刺さったみたいな冷たい悲しみとかすかな失望が
胸に広がるのを感じてでもそれがどうしてかわからなくて意識が見る見るうちに暗く──。
九十九秒。

なのはが今度こそ崩れ落ちる。
開放されるグレーテルを見てリンクの心中に一瞬焦りが走る。
高町なのはを信じたのは失敗だったのか?
すぐにそれを否定する。
彼我の距離はほんの僅か、動きを止められていたグレーテルが回避するには間に合わない。
だから間に合うはずだ。
貫けるはずだ。

だがしかし、次の瞬間、リンクの考えは一変する。
なのはをあのままにしておいてもいいのか…?
僕は仲間達を護らなければならない。
襲い来る敵から。殺し合いに乗ってしまった相手から
それは間違いの無い前提だ。
じゃあなんで今僕はなのはをあのままにしている…?
高町なのは
そもそもそれは本当に仲間と言えるのだろうか。
仲間だと信じて良いのだろうか…?
君は一体、どんな想いを秘めているんだ?
リンクがなのはに対して抱いている感情はそれだ。
だがしかしいつからそんな感情を抱くようになったのか。
仲間を守らなければならないと誓ったこの時からか。
『はやてに、謝ろう。コナンに、アイに謝りに行こう。
 君はコナン達に一度も謝っていない。死んだ人たちに謝っていない』
自分は確かにそういった。なのはは今それをやっているじゃないか。
しかし、今なのはが謝っているのはあのグレーテルだ。
たくさんの命を奪い、あまつさえ人を食ったという化け物だ。
倒さなくてはならない。現に今自分たちを殺そうとしている。あの化け物だけは…
しかし、今なのははグレーテルのそばに倒れている。あのままでは…
いや、なのはは仲間かどうかも怪しいこのまま放っておいてあの化け物にとどめを…
(にげ…て)
しかし、頭に響いてきた声によってリンクは一瞬何事かと立ち止まるり、次の瞬間、その優れた反射神経か、グレーテルの振るった突撃槍を間一髪で回避した。
しかし、その風圧で吹き飛ばされてしまうリンク。
(今の声は…?)
いったい誰が発したのかリンクには分かった。否、知ることができた。
今の声はなのはの声だ。
リンクは知らない。なのはは気を失う直前になって最後の力をふりしぼって念話を使い、グレーテルがリンクに向かって槍を振るうのを知らせたのだ。
しかしリンクにはそんなことはどうでもよかった。
彼が気ずいたのはなのはが自分を助けてくれたということだけだ。
リンクにはそれだけで十分だった。

149名無しさん:2010/05/22(土) 03:26:00 ID:uNNqcsfI
『はやてに、謝ろう。コナンに、アイに謝りに行こう。
 君はコナン達に一度も謝っていない。死んだ人たちに謝っていない』
ああ、どうして疑ってしまったのだろう。
大切な、守るべき仲間を…ほかならぬ自分が説得したなのはを…罪を償おうと必死になっているなのはを…。
なのははこんなにも自分の罪を償おうと必死になっていたというのに。

リンクの迷いは一瞬で消し飛ぶ。
ああ、馬鹿だった。仲間を疑うなんて。なのはを疑うなんて。
なのはだって仲間だ。守るべき仲間だ。
リンクは強く剣を握りしめ、グレーテルを睨みつける。

襲撃から丁度百秒が経過した。

グレーテルを見たリンクの目は驚愕に支配された。
奴に与えた傷がみるみる再生していくではないか。
ヴィクター化によるエネルギードレインである。
ヴィクターと化した者はそのエネルギーで武装錬金を振るい。

あるいは自らの肉体を再生する。
高町なのはの意識を奪った、背後で、アリサを安全な場所に運ぼうとしたインデックスがいつの間にか二人して倒れている最終的な要因だった。

グレーテルは周囲から生命力を吸い上げて自らの傷を再生していた。
その生命力は戦う力にも使われているのだろう。
グレーテルはそこに居るだけで周囲の者達を衰弱させ、力を増し続けていた。

そのことをリンクは知る由もなかった。

だがそれがなんだ。自分は仲間を守る。そう誓ったのだ。
その仲間の為にもここであきらめてなるものか。

「そうだ。諦めない…諦めてたまるか。
 僕は仲間を守る。僕が、守るんだぁぁぁ!」

咆哮するリンクに対してグレーテルはさらに高笑いを続けている。

その時だった。

150名無しさん:2010/05/22(土) 03:26:37 ID:uNNqcsfI
ザッという音がした。
「ほう、生きていたか。少しは見直したぞ。勇者。」
グレーテルが壁に開けた穴を抜け、人影が一つ飛び込んできたのだ。
エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。
自称最強の悪の魔法使い。
リンク達を護るため、他の悪を討つために、魔女たちに同盟を示唆しながら四散させた張本人。
つい先ほどヴィクターと化す前のグレーテルと戦い撃退した、夜に生きる吸血鬼である。
彼女は変貌したグレーテルが工場の方角に向かうのを見て、それを追ってここに来たのだ。
しかしグレーテルがヴィクターの飛行能力を使いこなし挙句にサンライトハートで加速までしたため、
彼女の飛行能力では若干の遅れが生じ、出発の時間差も含めて百秒の遅れが生じた。
たったの百秒だ。
例えば廊下など見晴らしの良い場所に出ず適当な部屋に隠れて、迎撃に出るのではなく待ち伏せれば過ぎ去る程度の時間。
救援の見込みなど薄いのだからその行動の可能性は低かったが、一つ違えば何事も無く間に合ったほどの時間。
それだけの時差で彼女は戦場に辿り着き。
その光景を視た。

リンクはグレーテルの攻撃をかわし、その後何かが吹っ切れたように、仲間を守ると言った。そしてまた、化け物となったグレーテルに剣を向けている。

それが一つの結末だった。

「そういう事か。」

エヴァは呟く。
感心と共に。
希望と共に。

誰かを助けるために誰かを殺すって、どう考えたって泥沼じゃねーか。
 もう助からないから殺すって、もっと違うだろ。
 殺した奴は嫌われて、殺された奴の仲間は悲しむんだ。
 戦わなきゃいけないのかもしれないけど。
 殺さなきゃ生きられないのかもしれないけど。
 仲間が仲間を殺すなんて、仲間が敵に殺される以上に最悪じゃないか。
 誰かを嫌いになるなら、敵だけ嫌いになった方が、マシだっ

オレは仲間を嫌いになんてなりたくないんだ。
 仲間が仲間を殺すなんてイヤだね

二ケの言葉が一つ一つ浮かんでは消えていく。

(少しは認めてもいいのかもな…ニケ)

「エヴァ!」
リンクの声が聞こえる。だが自分は…

「勘違いするな!私は考えを変えたつもりはないぞ。
 ここに来たのもあの化け物を殺すためだ!」

151名無しさん:2010/05/22(土) 03:27:59 ID:uNNqcsfI
やはりまだ考え直してはくれないのか…
リンクはがっかりしながらも、

「それでも今はエヴァの力が必要なんだ!仲間を、アリサを、インデックスを、なのはを、みんなを助けるために力を貸して、エヴァ!」

対するエヴァはリンクをほんの一瞬だけ見て、
「フッ、いいだろう。だが忘れるな。グレーテルを倒したら、次は貴様らだ!」
あくまでもスタンスを変えなかったがリンクは。

「うん!行くよ!エヴァ!」

第二ラウンドのゴングが今、なった。

インデックスはそれを見ていた。
倒れ伏し、息苦しいほどに消耗しながら。
喘ぎ、悶えながら見ていた。

(気をつけて!エヴァ、リンク……)

そして恐怖していた。
襲撃者の持っている能力に。

インデックスは戦いに巻き込まれないよう、なのはの腕から零れたアリサを仮眠室に引きずり込もうとしていた。
呻き声を上げていたが、出血で一時的に意識が飛んでいたのか抵抗は無かった。
その途中で急激な脱力感に襲われ倒れてしまったのだ。
戦況を観察し続けて、やがてその原因を理解した。
しがみつきすぐに倒れたなのはと、グレーテルの胸の傷を見て。

グレーテルは周囲から生命力を吸い上げて自らの傷を再生していた。
即ち、エナジードレインだ。
その生命力は戦う力にも使われているのだろう。
グレーテルはそこに居るだけで周囲の者達を衰弱させ、力を増し続けていた。

とはいえ、本来は至近距離でなければこうも即効性を持つ力ではなかった。
健康な者ならこの距離でやられはしなかったはずだ。
だがインデックスは高熱と貧血で消耗していた。
微弱なエナジードレインに耐える体力すら残っていなかったのである。
深手を負ったアリサも似たようなものだろう。
エナジードレインを直接受けて倒れたなのはに至っては言うまでもない。

インデックスはグレーテルが周囲から力を吸い上げている現象に気づき、その“能力”に気がついた。

この戦場で戦う限りグレーテルは力を増し続け、回復を続けるのだ。

(いくらエヴァやリンクでも、ここじゃ勝てないんだよ……!)

この消耗では警告を叫ぶことさえ難しい。
だからインデックスは祈る。
せめて一人でも生き延びてくれることを。

152名無しさん:2010/05/22(土) 03:33:39 ID:uNNqcsfI
A-3/工場/2日目/早朝】
【グレーテル@BLACK LAGOON】
[状態]:健康、ヴィクター化。胸元に微かな傷(すぐに再生する)
    喪われた心臓の代わりに核鉄(サンライトハート)が埋め込まれている。
[装備]:サンライトハート@武装錬金
    ソードカトラス×2(1+12/15)(銀10/15)@BLACK LAGOON、ソードカトラス専用ホルダー
[道具]:基本支給品一式、塩酸の瓶×1本、毒ガスボトル×1個、ボロボロの傘
    ソードカトラスの予備弾倉×3(各15発、一つだけ12発)、バット、
    蝶ネクタイ型変声機@名探偵コナン、救急箱、エルルゥの薬箱の中身@うたわれるもの
   (カプマゥの煎薬(残数3)、ネコンの香煙(残数1)、紅皇バチの蜜蝋(残数2))、100円ライター
    スペクタルズ×8@テイルズオブシンフォニア、クロウカード『光』『剣』@CCさくら、
    コエカタマリン(残3回分)@ドラえもん、
[服装]:いつも通りの喪服のような黒い服。胸の中央に大きな穴が空いている。雨に濡れて湿っている。
[思考]:うふふ……あははは……
第一行動方針:エヴァと周囲の連中を殺す?
第二行動方針:千秋との再会を楽しみにする。千秋が「完全に闇に堕ちた」姿を見届けたい。
第三行動方針:機会があればまた紫穂と会いたい。2人きりで楽しく殺し合いたい。
基本行動方針:効率よく「遊ぶ」。優勝後はジェダに「世界のルール」を適用する(=殺す)。
[備考]:シルバースキンの弱点(同じ場所をほぼ同時に攻撃されると防ぎきれない)に勘付きました。
    「殺した分だけ命を増やせる」ことを確信しました。ただし痛みはあるので自ら傷つこうとはしません。
    銀の銃弾は微妙に規格が違う為、動作不良を起こす危険が有ります。使用者も理解しています。

【エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル@魔法先生ネギま! 】
[状態]:全身に痛み、左腕が殆ど動かない、魔力消費(中)
[装備]:フェアリィリング@テイルズオブシンフォニア
[道具]:支給品一式、手足の無いチャチャゼロ(半永眠)@魔法先生ネギま!
[思考]:勇者か…いいだろう認めてやるよ
第一行動方針:グレーテルを殺す
第二行動方針:リリスと遭遇することがあったら、リリスを倒し身柄を押さえ、情報を得る。
第三行動方針:ジェダの居場所に至る道を突き止め、露払いをする。
第四行動方針:ジェダを倒そうと挑む者たちの前に立ち塞がり、討たれる。
基本行動方針:ジェダ打倒のために暗躍。ただし仲間は作らない。誇り高き悪として、正義の前に散る。
[備考]:梨花の血を大量に吸いました。雛見沢症候群、及び女王感染者との関連は不明です。
    ジェダ打倒を目指している者として、ニアの名前をグリーンから聞いています。
    パタリロを魔族だと思っています。名前は知りません
    紫穂の『能力』が、触れることで発動することを見抜きました。詳細までは把握していません。
    雲に隠れていても満月による補正は有るようです。

153名無しさん:2010/05/22(土) 03:34:11 ID:uNNqcsfI
【インデックス@とある魔術の禁書目録】
[状態]:高熱&貧血&エナジードレインによる消耗で行動不能、全身に軽度の凍傷、
    背中に大きな裂傷跡と火傷、足裏に擦過傷(共に応急手当て済み)
[装備]:水の羽衣(背部が横に大きく裂けている)@ドラゴンクエストⅤ
[道具]:支給品一式(食料−1日分、時計破損)、ビュティの首輪、鉄製の斧@ひぐらしのなく頃に(?)
[服装]:私立聖祥大付属小学校の制服の下に水の羽衣。背中と足にシルクの包帯。
[思考]:リンク…エヴァ…死なないで…。
第一行動方針:どうにか、したい
第二行動方針:ヴィータを捜し、説得する。
第三行動方針:ニケ達と合流する。
第四行動方針:紫穂の行方の手掛かりを探す。エヴァの説得も諦めていない。名前しか知らないヤムィヤムィが少し気になる。
第五行動方針:落ち着いたら、明るい所でじっくりビュティの首輪を調べたい。
基本行動方針:誰にも死んで欲しくない。状況を打破するため情報を集め、この空間から脱出する。
[備考]:拾った双葉の型紐が切れたランドセルに荷物まとめて入れています。
    インデックス自身のランドセルは壊れているので内容物の質量と大きさを無視できません。
    深夜12時の臨時放送を、完全に聞き逃しました。

【アリサ・バニングス@魔法少女リリカルなのは】
[状態]:全身に軽い火傷(右腕と顔は無事)、左腕出血(軽度打撲)、背中出血(深い切り傷)、以上応急処置済み。
    精神負担中、足と両手に軽度の凍傷、右肩に深い刺し傷、腹部打撲、出血と軽度エナジードレインで行動不能?
[装備]:カレイドステッキ@Fate/stay night
[道具]:なし
[服装]:パジャマ。変身を解いたらショーツ一枚。
[思考]:??????
第一行動方針:この状況をどうにかしたい。
第二行動方針:リンク、インデックスと情報交換する。
基本行動方針:はやての遺志を継いで、なんとかする。(なのはと一緒に)ゲームからの脱出。
[備考]:深夜12時の臨時放送を、完全に聞き逃しました。
    カレイドルビーは臨時放送を聞いています。
    贄殿遮那@灼眼のシャナはグレーテルの足元に転がっています。

【高町なのは@魔法少女リリカルなのは】
[状態]:魔力消費(中)、両手首に浅い傷、背中に軽度の凍傷(治療済み)、頬骨と肋骨一本にヒビ、
    胴部打撲、密着エナジードレインにより昏倒
[装備]:なし
[道具]:なし
[服装]:シーツでできた服
[思考]:……。
第一行動方針:これまでに殺した人たちに謝る……
基本行動方針:自らの罪を償う。自身の想いに素直になる。………………。
[備考]:深夜12時の臨時放送を完全に聞き逃しました。

【リンク(子供)@ゼルダの伝説 時のオカリナ】
 [状態]:左太腿と右掌に裂傷、左肩に打撲、足に軽度の凍傷(治療済み)、強い決意
 [装備]:勇者の拳@魔法陣グルグル、コキリの剣@ゼルダの伝説
 [道具]:基本支給品一式×5(食料一人分−1、飲料水を少し消費)、クロウカード『希望』@CCさくら、
     歩く教会の十字架@とある魔術の禁書目録、時限爆弾@ぱにぽに、エスパー錠とその鍵@絶対可憐チルドレン、
     じゃんけん札@サザエさん、ふじおか@みなみけ(なんか汚れた)、5MeO-DIPT(24mg)、
     祭具殿にあった武器1〜3つ程、祭具殿の鍵、裂かれたアリサのスリップ(包帯を作った余り)
 [服装]:中世ファンタジーな布の服など。傷口に包帯。
 [思考]:守るんだ!仲間を!
 第一行動方針:なのは達を守る。
 第二行動方針:エヴァと協力してグレーテルを倒す。
 第三行動方針:もし桜を見つけたら保護する。
 第四行動方針:ゲームに乗った人間は、説得する。
第五行動方針:戦い終わったらエヴァを説得したい。
 第五行動方針:死者蘇生の可能性を探す。
 基本行動方針:ゲームを壊す。その後、絶対に梨花の世界へと赴き、梨花の知り合い達に謝罪したい。
 参戦時期:エンディング後
 [備考]
 リンクが所持している祭具殿にあった他の武器が何なのかは次以降の書き手さんに任せます。
 (少なくとも剣ではないと思われます)
 祭具殿の内部を詳しく調べていません。
 カレイドルビーと情報交換しました。これまでのアリサの動向を知っています。
 なのはに対する疑念を捨てました。

154第二回定時放送 ◆PJfYA6p9PE:2010/06/16(水) 22:19:23 ID:1/VrcDY6
古人曰く
始まりの時、まず混沌を創造した絶対者が、次に生み出したものは光であった。
光は昼と名づけられ、続く闇は夜と名づけられた。
光陰は巡り、世界に二度目の朝が来る。

古人曰く
この日、絶対者は混沌を二つに割り、天上と天下の別を生み出した。
しかし、この世界において、絶対者はそんなことをしたりはしない。
何故なら、天上と天下を分けるのは混沌自身に課せられた役目なのだから。

世に放たれし86の混沌。
既にそのうち50と9が天の上へと召されて消えた。
天の下に存在を許されるそれは、たったの1。

神聖なる運命が最後の裁きを下すまで、絶対者はその手を下さない。
行なうは、ただ囁くこと。
優しく、厳かに――――そして何より、残酷に。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ――夜の帳を潜り抜け、朝の光に浴する幼子たちよ。
 私は君達に、心からの称揚と労いの言葉を贈ろう。

 おめでとう。
 君達は過酷な運命に打ち克ち、この試練の島で一昼夜生き残った。
 流された聖別の血は、その類希なる魂をより一層輝かしいものへと変えただろう。

 そんな君達だからこそ、これから私が放つ言の葉を、すなわち、第二回目の定時放送を聞く権利がある。
 言うまでもないことではあるが、二度同じことはない貴重な機会だ。
 心して聞きたまえ。

 まずは、向こう半日で追加される禁止区域を発表しよう。


   7時より A-4
   9時より H-1
  11時より B-8
  13時より H-6
  15時より F-2
  17時より E-5


  ――以上だ。

 これから一時間後に次の禁止区域が発動し、以後は二時間毎に数が増えていく。
 前の放送の時とルールは変わらない。
 禁止区域に踏み込む危険さも、今までと同様だ。
 せっかく残った尊い命だ。愚昧な方法で散らしてしまわないことを祈っているよ。

155第二回定時放送 ◆PJfYA6p9PE:2010/06/16(水) 22:20:08 ID:1/VrcDY6


  ――――次に前回の放送から今までの間で、不幸にも命を散らしてしまった者の名前を発表する。
  
 03番   アルルゥ
 08番   一休
 17番   金糸雀
 20番   キルア
 21番   ククリ
 22番   グリーン
 33番   白レン
 36番   鈴木みか
 38番   蒼星石
 45番    ニア
 46番   ニケ
 49番   野上葵
 52番   野比のび太
 55番   雛苺
 62番   古手梨花
 66番   ベルフラウ=マルティーニ
 70番   メロ
 73番   吉永双葉
 74番   李小狼
 77番   梨々=ハミルトン
 78番   リルル
 79番   リンク
 86番   ヴィクトリア=パワード

   ――以上23名だ。


 聞いてのとおり、選定の儀は已然、滞りなく運んでいる。
 3人殺しのご褒美を求める声はますます高く、こちらの支給が追いつかないほどだ。
 私もまさか、このルールがこれほどの好評を勝ち得ることになるとは、思ってもみなかったよ。
 勇気を持って提案してくれた少年には、この場を借りて感謝を述べておくとしよう。
 ああ、無論、支給が遅れている者の元には、この後、すぐにQBを派遣する。
 好きな褒美を受け取ってくれたまえ。

 それから、あと少しでご褒美に手が届くという者は、急いだ方がいいかもしれない。
 当然のことだが、人数が減れば、他人を殺せる機会も減ってしまうことになる。
 今なら殺せるという状況に出会ったら、早めに実行に移すことだな。
 実は、私の宝物庫には、今回ご褒美として渡すことにしたものの中でも、
 一番強力な、素晴らしいアイテムがまだ残っていてね。
 運良く手に入れば……零からの逆転も夢ではない代物だ。
 もし、絶望に心が曇るようなことがあれば、私のこの言葉を思い出して欲しい。

 最後に。
 君達は選ばれた人間だ。誇っていい。
 開始直後にはあれほどいた君達の同胞も、今や三分の一以下の人数になった。
 その時間の分だけ、その犠牲の分だけ、君達は確実に救世主に近づいている。
 ついに救世主が現れたあかつきには、私は跪き、最上級の礼をもってこれを迎え、
 然る後に、その願いを寸分の違いもなく成就させるであろう。
 世界を救う道のりは辛く、険しい。
 君達もその途上で焼けるような苦しみを味わうことだろう。
 しかし、その魔境を越えた先には、只々救世の福音のみが待っているのだ!
 救済の時は近い。
 
 次の放送は午後六時だ。
 そのときには、更なる練磨を積んだ君達にまた会えることを願っているよ。
 
 ――今回の放送は以上だ。

156第二回定時放送 ◆PJfYA6p9PE:2010/06/16(水) 22:20:57 ID:1/VrcDY6


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

岩盤を刳り貫いたような荒々しい広間に、再びの静寂が戻る。
豪奢な玉座に身を沈めたまま、この世界の絶対者――冥王ジェダは満足げに唇を歪ませた。
滲み出る喜悦の所以は、先刻終えたばかりの放送か。それとも、右手が弄ぶ銀の輪か。
か細い蝋燭の炎が揺れて、一瞬、輪の表面を照らし出す。
鈍い光沢を返す金属の表には、確かに、“太刀川ミミ”の銘が刻まれていた。


古人曰く
光や混沌が創造されるより以前、始まりの時よりさらに昔、
そこには闇だけがたゆたっていた。

天上と天下が別れ、
この世の全てが生まれ出て、
幾星霜の時が過ぎても、

闇は今も、ここにいる。

157子供を○○する名無しさん:2010/06/18(金) 22:10:08 ID:Ns3p0fa.
ところで問題ない場合は書き手本人が本スレ投下するの?
それとも代理投下して欲しいの?

158子供を○○する名無しさん:2010/06/21(月) 18:39:26 ID:UiuOwcgU
少し早いけど立てました
ぎりぎりで立てるよりいいと思うし

ロリショタバトルロワイアル26
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159前編冒頭に追加 ◆Xdenpo/R4U:2010/06/22(火) 01:05:15 ID:wrpR9LcQ
ヴィータが見た光景は正しく現場検証のそれだった。
もっとも、マッドサイエンティスト然とした表情の歪みを除けばという前提が必要になるが。
着用している白い病人着が時折実験用の白衣のように錯覚してしまいそうになる。

「まあ、大したことは分からなかったわね」

雨後の泥に塗れた人形、およびその周辺の地面を手で触れながら捜査していた紫穂が立ち上がり、
ヴィータの眼が微かに細まる。
(やっぱり、手で触れてたな……)
エヴァンジェリンに見破られたせいか、紫穂からはある種の開き直りのようなものが感じられた。
接触によって発動する何らかの能力。
ヴィータにはそれを完全に推察することなどできなかったが、
触れた物体の見たものや記憶を読むことができるのだろうというあたりはつけていた。
そうであるなら紫穂と交渉したときのことにも筋が通るし、目の前で行われていた捜査とも合致する。

「冥王さまの躾能力に疑問を感じたことくらいかしら。
 蜂さんに関わるなって言った舌の根も乾かないうちに蜂さんのほうから参加者に接触してきているんだもの。
 それとも死者はノーカウントなのかしらね。あるいはさっきの放送自体何かのカモフラージュなのかも。
 嫌だわ、頂点が揺らいだらこの世界のルールに疑問を持つ子がでてきちゃうかもしれないのに」

相も変わらず笑う姿を見て、決まりだなとヴィータは思った。
紫穂は当然気づいているものと思って名前を出したのだろうが、
ヴィータは先ほど飛び立った姿がQBだったということに、今の今まで気がつかなかった。
原因は雨で視界が不明瞭だったこと。だが、それなら紫穂も同じ条件だ。
そしてヴィータ自身は、単純な動体視力なら紫穂に負けているとは微塵も思っていない。

「埋まっていたのはその人形含めて3人。
 あと分かったことといえば……私たちの目的地はもう近いということかしら」

紫穂の怪しく光る瞳が壊れた人形に向けられた。
やはりヴィータに対して能力の核以外を隠蔽する気は失せているらしい。
あえてそこの人形から情報を読み取ったことを強調することで、
自身の能力の絶対性をアピールしておきたいのだろう。
(今更んなことしなくったって乗ってやるよ、どこまでだってな)
静かに歩き出した紫穂の背中を焼くように睨み付けながら、ヴィータは彼女の後を無言で追った。


   *   *   *

160紅からは逃げられない ◆PJfYA6p9PE:2010/07/17(土) 16:24:55 ID:O55C9ohY





走る。走る。走る。
不機嫌な低音でエンジンが唸る。
桃色のネコ型バスが、まるで本当の野獣になったかのように温泉街を駆ける。
店の看板をすり潰す。
宿の生垣を削り取る。
商品棚を吹き飛ばす。
暴れる獣はしかし、哀れ手負いの逃げる寝子。

飛ぶ。
背負った炎の翼が燃える。
飛ぶ。
標識がねじ切れる。
飛ぶ。
ガラスが砕け散る。
飛ぶ。
木造の軒が発火する。
赤い目の復讐者が阻む全てを焼き尽くして追いすがる。

「ヴィクトリアッ!! 右ッ!」
「分かってる! それと今は太刀川ミミッ!!」

死に物狂いのスピードで走るバスの車内。
喉を限りに、半ば悲鳴のような声で叫ぶ。
ほぼ時差なく、車体が急に右へとぶれる。

そして、トリエラを光が捉えた。

窓の向こう。
早送りの景色を赤とオレンジの炎が塗り潰す。
直後、雷でも落ちたかのような大爆音。
つい一瞬前までバスがいた空間を、火炎の舌が舐める。
黒い舗装コンクリートがコールタールへと戻る高温に、トリエラは思わず身震いした。

だが、彼女は知っている。
この攻撃には「タメ」があることを。
猫のような俊敏さで割った窓から身を乗り出し、狙い、発砲。
弾丸は狂いなく、空の目標へと向かう。

だが、彼女は知っている。
敵にとって、ハンドガンなど足止めにしかならないことを。
案の定、シャナが日本刀を一振りしただけで、銃弾は無へと帰った。
迎撃のため、ミサイルのようなスピードが若干緩んだが、それだけだ。

「ちっ」

狙撃者の舌打ち。
状況は、悪い。

161紅からは逃げられない ◆PJfYA6p9PE:2010/07/17(土) 16:26:00 ID:O55C9ohY


「――君達――――運命に―――――――れんの――昼夜――――ちわ――――魂――」


放送が流れている。
この島にいる者にとっては貴重な情報源が頭の中を流れていく。
聞かなければ。
そして、記憶しなければ。
いや、それだけではまだ甘い。
書き留めなければ。
トリエラは思う。

だが、彼女はそれをしない。
否、できない。

エンジン音。
破砕音。
擦過音。
爆発音。
発射音。
そして、怒号と悲鳴。
あらゆる音が放送の聞き取りを阻害している。

そして、それにも増して放送の記録を難しくしているのは、
言わずと知れた、シャナの猛追。
この怪物少女が空を飛ぶスピードは、恐ろしいことに、バスのそれを僅かだが上回っている。
それでも、トリエラとヴィクトリアが何とか生き延びているのは、
無駄に長い人生の中で余技として身につけた、ヴィクトリアの運転技術と
悲しいほど短い人としての人生の中で叩き込まれた、トリエラの狙撃技術とが
奇跡的なバランスでシャナを撹乱しているからに他ならない。
もし、どちらかが放送を聴くために集中を乱せば、その途端、バスは炎に呑まれ、爆発炎上。
二人はめでたくあの世行きになるだろう。

「ショックに備えて!」

ヴィクトリアが怒鳴る。
強烈なGがトリエラに襲い掛かる。
ギャリギャリとタイヤが地面へ過剰に擦れ、不快な悲鳴を上げた。
進行方向に対してほぼ九十度旋回、道路に横たわる形になったバスの窓から、見る。

まるで大蛇の開かれた口のように迫る、炎の渦。
その毒牙にかかり、まずガラスが赤熱し、泡立ち、溶けていく。
次いで、合成素材で張られたシートが、水の染みるように燃え上がる。
そして、剥き出しになった生のトリエラを、
その顎が丸呑みにするかと思われたとき、不意に視界が切り替わった。

目の前には、何の変哲もないビルの壁。
バスが間一髪、横道に逃げ込むことに成功したのだ。
急な旋回がこのためであったことに思い至り、彼女は安堵のため息をついた。

162紅からは逃げられない ◆PJfYA6p9PE:2010/07/17(土) 16:28:12 ID:O55C9ohY
しかし、已然、危機的状況は変わらない。
ヴィクトリアが手を滑らせて、運転をミスすれば、その時点でゲームオーバー。
トリエラが機を読み間違えて、射撃のタイミングを誤れば、ゲームオーバー。
もし、両方がうまくいき続けて、現状を維持できたとしても、
そのままでは、やはりいずれゲームオーバーだ。

何故なら、トリエラの手にある銃弾は無限ではない。
初めに装填されていた分は撃ち尽くし、マガジンは既に二つ目に突入している。
デイパックに残っているマガジンは残り二つ。
つまり、残りの弾丸はおよそ二十発。
これらが全てなくなれば、最早、あの加速を抑えられる武器は存在せず、
それは即ち、デッドエンドを意味する。

懸念はまだある。
それは……

「……ちっ、最悪だわ」

忌々しげな運転手の呟きに顔を上げ、窓の外を見ると、
トリエラはもう一つの懸念が早速、現実のものとなったことを知った。

先ほど、炎をかわすために飛び込んだ横道。
両側を建物に挟まれたその細い道が不意に途切れ、バスは大きな一本道へと躍り出ていた。
視界が開け、前方に見えるのは、まっすぐに伸びた道路と広がる平原のみ。
あれほどごちゃごちゃと立ち並んでいた建物の群れは、もう一つも見えない。
これらの景色は、今、彼女たちが踏み込んだ道が、
北東市街を抜け、南へと向かう幹線道路であることを雄弁に語っていた。

「まずい。これじゃ追い詰められる」

これは二人にとって致命的な事態だ。
彼女らがシャナの追撃を凌いでこれた背景には、温泉街の入り組んだ地形がある。
細かい路地を頻繁に曲がりながら逃げることで、
トリエラ達は爆発的な加速を持つシャナの飛行から何とか逃げ切ってきたのだ。

これが、直線における単純な競争になったらどうなるか。
足の速い人間と、そうでない人間が鬼ごっこをする場合を考えてみればよい。
足の遅い者でも、木や障害物をうまく使って、回り込みながら逃げれば、
普段、徒競走では絶対に勝てない者が相手でも、そう簡単には捕まらない。
だが、何も遮るもののない、グラウンドのど真ん中で、足の速い者と一対一になってしまえばどうか。
後には、能力どおりの単純極まりない結末が待つのみだ。

163紅からは逃げられない ◆PJfYA6p9PE:2010/07/17(土) 16:28:51 ID:O55C9ohY

だからと言って、後戻りするわけにもいかない。

後ろを振り返ると、ちょうど、「ようこそ海鳴温泉街へ」と書かれたアーチ状の看板が
真っ二つに断ち割られて崩落するところだった。
赤い翼の追跡者も二人に着いて既に街を出ている。
ここで反転するのは、自殺行為以外の何者でもない。

コーナーを周っての最後の直線。
決戦の火蓋は望まぬまま切って落とされた。
状況を打開する一手は。
どうすればいい。
どうする。

「……トリエラ、あなた、拳銃以外の火器の扱いに自信は?」

もつれる思考は、死ぬも生きるも一蓮托生の性悪女から、
問いかけがあったことで中断された。

「一応、一通りは習ったけど」

ヴィクトリアは前を向いたまま少し黙り込むと、
おもむろに口を開いた。

「私に考えがあるわ」

164紅からは逃げられない(後編) ◆PJfYA6p9PE:2010/07/17(土) 16:30:07 ID:O55C9ohY
都市計画もろくに立てられていないような、うざったいガラクタの街が途切れ、
代わりに地平線の彼方まで続く一本道が現れたとき、シャナは思わず喜悦の表情を浮かべた。

(よし、これで勝った)

心の中で勝ちを確信し、されど奢らず、
確実に最後の詰めを図ろうとする彼女の額には、珠の汗が浮かび、呼吸は僅かならず乱れている。
自動人形達が土壇場で持ち出した大型自動車に対する追走劇は、
相応の体力をシャナの身体から奪い去っていた。

炎の翼の自在法で空を飛ぶことに対する負担が普段に比べて大きいことは、とっくの昔に気づいていた。
ただ、同時に、これくらいの負担が何だと甘く見ていたのもまた事実。
付きまとう枷は、ある程度の時間、スピードを上げて飛び続けることにより、
二倍、三倍の勢いで増大した。
加えて、制動の部分についても制限が効いているらしく、
あまりに加速がつくと、細かい速度調節やベクトルの制御が思うに任せない。
おかげで、さっさと爆砕するはずだった敵にいいように翻弄され、ここまでの逃亡を許してしまった。

しかし、有利な環境条件を手に入れた今、それももう終わりだ。

一気呵成に距離を詰め、とどめをささんと心に決める。
当然、銃弾による撹乱があると踏み、警戒しながらの飛行だったが、
意外なことに、褐色肌の自動人形は車中に隠れたまま、顔を出さない。

(諦めた……と考えるのは危険ね)

不気味な沈黙に警戒を強め、少し速度を落としてじりじり詰める方針に切り替える。
亀の歩みのように少しずつ距離が縮まり、ようやく炎弾の射程範囲に敵を納めたころ、
不意に、ひょこりと褐色の自動人形が顔を出した。
何を企んでいるのかと、一瞬、表情を硬くしたシャナだったが、
敵が手に持っているものを見て、整った眉間に皺が寄る。
上半身と右腕だけを外に出し、射抜くような視線で
こちらを睨みつけた人形の手にあったのは――おなじみのハンドガン。

(考えた末の結論がそれ?
 だとしたら……やっぱりおまえは愚かだわ)

追い詰められた小物が無い知恵を使おうとしたが、
結局、何も思いつかず、従来通りの手で行くことにした。
そんな他愛もない結論に彼女は納得した。
そして、目の前の哀れな敵を消し去るため、左手に力を込める。
存在の力を巧みに織り上げ、掌の上で渦巻く炎に変えていく。

(今の状況なら、さっきみたいにチョロチョロ逃げられる心配はない。
 もう一発くらい被弾したって関係ない。
 この一撃で、確実に……壊すッ!!)

必滅の決意。
ますます猛る紅蓮。
敵のトリガーが引かれるのも気にせず、
左手の炎弾を――――――

165紅からは逃げられない(後編) ◆PJfYA6p9PE:2010/07/17(土) 16:31:00 ID:O55C9ohY





「!?」





――――――放たない。
代わりに放たれたのは、右手の楼観剣。
反射的に出た刃が切り裂いたのは……無視を決め込んだはずの銃弾だった。

何故、彼女はそのような行動に出たのか。
フレイムヘイズの身体を生命の水で強化した肉体は、
魔次元における制限の下にあるとはいえ、9ミリの銃弾一発でどうこうできる類のものではない。
先程のような不利な環境での戦いであり、ダメージが蓄積する恐れがあるならまだしも、
今のような状況で、神経質に反応する必要はないはずだ。
にもかかわらず、迎撃を選んだのは……狙われたのがシャナではなかったから。

「……自動人形がッ!!」

目を剥く。歯を剥く。
この島に来る前には無かった凄まじい憎しみの貌。
そんな彼女の胸元で揺れながら、沈黙を守る者……天壌の業火アラストール。
そう、敵が狙ったのは彼だった。
正確に言うならば、シャナの中を満たす偉大なる紅世の王が
目として、耳として、口として用いる神器、コキュートスを狙われたのだ。

無論、このペンダント型アーティファクトは、神器の名に恥じない耐久性を持っている。
並大抵の攻撃で破壊されることはあり得ないし、
彼女自身、常日頃、戦場を伴にしているにもかかわらず、これの損壊を案じたことはほとんどない。

ただし、それはあくまで、元の世界での話だ。

冥王ジェダが作り上げたこの世界は、元の世界とは何もかもが異なっている。
物心ついて以来、ほとんど離れたことのなかったアラストールとあっさり引き離された。
封絶は使えず、炎は弱まり、飛行の自在法は消耗が大きい。
「この世の本当のこと」を知っていたはずの彼女にも、
まったく理解できない脅威がそこかしこに跋扈し、
挙句の果てには、生命の水を飲まされて、「しろがね」にまでなってしまった。
全てが未知の法則で動く異形の世界。

果たして、この世界で、9ミリ弾はコキュートスを破壊しないだろうか?

おそらく、しない。
まず、しない。
99%しないだろう。
それでも、シャナは銃弾を打ち落とさずにはいられなかった。

166紅からは逃げられない(後編) ◆PJfYA6p9PE:2010/07/17(土) 16:31:55 ID:O55C9ohY
(絶対に許さない……絶対に、壊す!!)

かけがえのないものを奪われかけた怒りが、しろがねの記憶に残る憎しみの扉を開け放った。
濁流のように流れ出た憎しみは、小さな胸で暴れ回り、大きな炎となって渦を巻く。
赤い灼眼が憎悪の薪を巻き込んで、さらに赤く。血のように赤く。

だが、はちきれんばかりの感情に身を任せ、攻勢に出ようとしたシャナを押し留めたのは、
当のコキュートスに宿る、親しき魔人の声。

「シャナ、心を乱すな。敵のハッタリに過ぎん」
「……分かってる。大丈夫だから」

胸が溶け出すかと思えるほどの熱い心を何とか押さえつけ、
まだ辛うじて冷たいままの脳を意識的に活動させる。
その結果、導き出されるのは一つの仮説。

(もしかして……)

試しに、炎弾を放つそぶりを見せると、読みどおりのタイミングで弾丸が発射された。

(やっぱり)

敵は、どうやら、彼女の攻撃の出を読み取って、それに合わせる形で射撃を行っているようだ。
相手のアクションに被せて潰す、後の先の戦術。
これを的確にやられると、自然、状況は膠着し、長期戦の様相を呈してくる。
そうなれば、持久走で不利なのは、ガソリンで走るバスより自力で飛ぶシャナの方に決まっている。

しかし、彼女の怜悧な理性は、もう一つ、別の事実もはじき出していた。
褐色の自動人形が用いている獲物は何の変哲も無い拳銃だ。
拳銃にはそれぞれ、必ず装弾数というものが決まっている。
弾が尽きれば、絶対に弾倉を交換するための僅かな隙を生ずる。

当然、敵はそれをカバーするため、何らかの手段をとってくるだろう。
褐色の自動人形は自らの仕事に専念せねばならないので、警戒すべきはもう一人、運転手の方。
おそらくは、バスにアクロバティックな機動をとらせ、攻手をかわす方向で来る。
ならば、対応してこちらが採るべき戦術は何か。
簡単だ。
相手がどう動こうが、回避しようのない攻撃を繰り出せばいい。

「決めた」

切るカードは炎の大太刀。
まだ自動人形どもには一度も見せたことのないこの技で、視界180度、全ての範囲を薙ぎ払う!!

そうと決まれば、あとは容易い。
おとりのアクションで銃弾を釣り出し、弾切れを待つのみ。

167紅からは逃げられない(後編) ◆PJfYA6p9PE:2010/07/17(土) 16:33:10 ID:O55C9ohY


一発目。
楼観剣が打ち落とす。


二発目。
急降下して軌道を外す。


三発目。
夜笠で受けた、その直後。
逃げ出す野生動物のごとく、俊敏な動きで褐色の自動人形が窓の奥へ退く。
瞳にその事実が映し出されるやいなや、



シャナは押さえつけていた憎しみを一気に解放した。



それはさながら火山の噴火のように。
巻き上がった憎悪は、空気を切り裂く轟音とともに炎へと転化する。
楼観剣から突如、天を突く火柱が燃え上がり、太陽を焼き尽くさんばかりに伸びていく。
巨大な、まるで神の振るう剣のごとき轟炎は、青い空を焦がして黒く染める。
その、超弩級の大刀を、豆粒のような少女はしかし、見事に御した。
振りかぶられた刀が、僅かに地面を擦れる。
すると、その一瞬だけで、青草の生える地面が黒一色に焼き付けられた。

同時、炎の翼が爆発とともに空気を叩く。
小さな身体が砲弾のように飛んでいく!!


「死ぃぃいいねええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!」


角度、速度、温度。
いずれも申し分ない一撃に、止め処ない煮え滾る感情を乗せて。
叫んだ言葉を生んだのは意識か、それとも無意識か。

関係ない。全て消し飛ばせば関係ない。
そう言い聞かせ、灼眼を向けた先。




何故か、無表情で窓から顔を出す、褐色の少女と目が合った。

168紅からは逃げられない(後編) ◆PJfYA6p9PE:2010/07/17(土) 16:34:01 ID:O55C9ohY
危険だ、と思う間もなかった。

少女の手元で何かが弾けた。
そこから何かが飛び出した。
そして。



爆音とともに、炎の翼が弾けて消えた。




「!!!!?????」


ミサイルのように加速された体は一気に制御を失い、空中に投げ出された。
バランスが狂い、世界が回る。
心の平衡が崩れ、火柱が消える。
土でない、固い何かを突き破る。
まるでビル一個分の瓦礫が頭上に降り注いだような、凄まじい衝撃が襲い、意識が磨り減る。
アラストールが何か言っている気がするが、それももう聞こえない。

そして、あらゆる感覚が失われ、気絶の闇に落ちる直前、シャナは見た。

自分の内側を満たす赤。
フレイムヘイズを構成する紅世の王の存在。
そのそこかしこに癌のように粘りつき、脈を打って増殖する、銀の存在。



銀の、憎しみを。







【H-3/道路沿いの民家/2日目/朝】
【シャナ@灼眼のシャナ】
[状態]:しろがね化、気絶、消耗(大)、全身に打撲等のダメージ(回復中)
[装備]:楼観剣(鞘なし)@東方Project、コキュートス@灼眼のシャナ、あるるかん@からくりサーカス
[道具]:支給品一式(水少量、パン一個消費)、包帯
[思考]:憎い。
第一行動方針:自動人形(トリエラ・リルル・ヴィクトリア)は絶対に破壊する。
第二行動方針:要件が済んだら、インデックスや双葉たちと合流。
基本行動方針:ジェダを討滅する。自動人形(と認識した相手)は、全て破壊する。
[備考]:義体のトリエラ、ロボットのリルル、ホムンクルスのヴィクトリアを自動人形の一種だと認識しました。
[備考]:これまでのインデックスの行動の全てを知っています。
    神社を拠点にする計画も知っています。
    弥彦、キルア、アラストールと情報交換しました(どの程度かは次の書き手任せ)
    第二回放送を聞き逃しました。

169紅からは逃げられない(後編) ◆PJfYA6p9PE:2010/07/17(土) 16:35:05 ID:O55C9ohY





人気のない廃墟のビル街に一台のバスが停まっている。
可愛らしい意匠を施されたピンクの猫型バス。
本来ならば、子供達を満載にしていなければならないその車中には、しかし、
今はたった二人の子供しかいなかった。

「……はぁ」
「……ふぅ」

二人は幼稚園児用に設えられた小さなシートに脱力して寝転がり、
ああとかううとか言葉にならない呻きを漏らしながら、ダラダラしていた。
そのダラダラ具合といったら、本来の世界でこのバスに乗っていた先生が見たら、
思わず叱り飛ばしそうなほどだ。
だが、彼女らにとって幸いなことに、ここに咎める大人はいないし、
仮にいたとしても、彼女らは「やだ! ダラダラするもん!」と駄々をこねたに違いない。

それほどまでに、二人――トリエラとヴィクトリアは疲れていた。
肉体的に、というよりも、精神的に。
まあ、先程まで、見た目はか弱い少女だが、中身はいかついドラゴンのような敵と
延々、命がけの追いかけっこを強いられていたのだから、
何とか逃げ切った今、緊張の糸が切れるのも無理はない。

「しっかし、危なかったわねー」

横になったまま、トリエラが呟く。
その声には全くもってふにゃふにゃしていた。

「私のおかげ。この貸しは高いんだからー
 そうね、グラーフアイゼンで勘弁してあげるわー」

負けないくらいのふにゃふにゃ声でヴィクトリアが返す。
やはり、ぐだりとシートに身を預けたまま。
いつもの棘のある調子も、何だか元気がない。

「えー? 実際撃ったのは私なんだから、それでチャラじゃない? フツー」
「あの支給品は私のよ」
「使えない支給品なんて持ってたって、意味ないでしょうがー
 ってか、あんなもんあるならもっと早く言いなさい」
「うるさいわね。忘れてたんだからしょうがないじゃない」
「まぬけー」
「うるさい」
「ドジー」
「うるさいうるさいうるさーい」

朝の穏やかな陽気の中、幼稚園バスのなかには少女たちの、微笑ましい会話。
その平和な風景を見ていると、
一瞬、ここが殺し合いの場であることを忘れてしまいそうになる。

「だいたい、そのドジの作戦で助かったのは誰ー?
 私がドジならお前はバカよ。バーカ、バーカ」
「……まあ、確かに効果的があったことは認めるわー」

今、二人がこうして力を抜いて休むことができるのは、
ひとえに、ヴィクトリアが土壇場で提案した作戦のおかげだ。

170紅からは逃げられない(後編) ◆PJfYA6p9PE:2010/07/17(土) 16:36:15 ID:O55C9ohY

「胸のペンダントの正体を見抜いた洞察力もたいしたもんだしね」

作戦の第一段階。
それは、コキュートスに向かって発砲することで、敵の足止めを図るというもの。
アイテムリストと詳細名簿の併せ技により、
シャナとコキュートスの関係を類推することのできた、
ヴィクトリアならではの策と言えるだろう。

「人質とるみたいで気は進まなかったけど……ね」
「あら、そのわりには、進んで撃ってたように見えたけど?」
「……しょうがないじゃない。死ぬよりましー」

だが、それだけでは彼らの生存は覚束なかったはずだ。
牽制で放てる銃弾は有限だし、何より、装填の際、隙ができる。
銃の扱いに慣れているトリエラの手によるリロードなので、僅かな隙だが、
それでも、あの怪物、シャナが攻撃を放つには十分すぎる。

そこで、立案されたのが作戦の第二段階。
もし、ヴィクトリアの推測が当たっていれば、
シャナはコキュートスを狙撃されたことにより、激怒する。
そして、怒りに燃えた敵の前で、隙を見せれば、
必ずそこを突き、こちらを殺し尽くそうと突っ込んでくるはずだ。

第二段階の肝は、その敵に予想外のカウンターを食らわせること。
シャナは決して考えなしの力自慢ではない。
当然、こちらの隙の原因が、銃のリロードであることを理解する。
ならば、本来ならばどう頑張っても装填が間に合わないタイミングで攻撃を繰り出せば、
相手の虚を突き、逆転のカウンターパンチを極めることができるはず。

そのために選ばれた武器がヴィクトリアが持っていた支給品、ペンシルロケット。
あらかじめ、銃を持った右手とは逆の左手に、敵から見えないようにこれを準備しておき、
弾が切れた時点で、一瞬、頭を引っ込め、銃を放棄。
すぐさま窓際へととって返し、両手で発射する。
ペンシルロケットは特殊な武器ゆえ、素人には照準が難しいのだが、
そこは、治安活動のため、あらゆる現代武器の使い方を叩き込まれたトリエラ。
何とか狙い通りに炎の翼を撃ち抜き、敵をまくことに成功した。

「全部、あんたが書いた筋書きどおりに行ったわねー」
「そうよ。感謝しなさい」
「筋書き通り、シャナ怒ってたわねー」
「………………」
「怖い顔して、恨みで全身がはちきれそうなぐらい」
「………………」
「もう、仲良くはなれないだろうな」
「…………当然よ。
 お前がもし、自分の大事な人に同じことをされたら、お前は許せるの?」

「……絶対に許さない」

「……そういうことよ」
「だよねー」

もぞもぞと、もどかしげにトリエラが身を捩る。

171紅からは逃げられない(後編) ◆PJfYA6p9PE:2010/07/17(土) 16:37:06 ID:O55C9ohY
他にも考えたくないことは山ほどある。
放送を聞き逃してしまった。
誰が死に、誰が生きているのか分からない。
禁止エリアも分からない。
イエローとひまわりは街に置き去りだ。
小太郎とタバサの安否は分からない。

首輪について、少し進展があると思ったら、直後にはこのザマ。
しかし、だからといって、立ち止まっているわけにはいかない。
こうしている間にも、事態は刻一刻と悪化している。
だから、立ち上がり、動き出さなければならない。
そんなことは分かっている。

だけど。
だけどもう少し。

もう少しだけ、休憩が欲しい。






【G-7/廃墟の街/2日目/朝】
【トリエラ@GUNSLINGER GIRL】
[状態]:肉体疲労(中)、精神疲労(中)
    頭部殴打に伴う頭痛。胴体、胸部に重度の打撲傷複数、全身に軽度の火傷、
    右肩に激しい抉り傷(骨格の一部が覗き、腕が高く上がらない)。
[装備]:拳銃(SIG P230)@GUNSLINGER GIRL(残弾数8/8)
    ベンズナイフ(中期型)@HUNTER×HUNTER、トマ手作りのナイフホルダー、防弾チョッキ(一部破砕)
    グラーフアイゼン(待機フォルム)@魔法少女リリカルなのはA's(ダメージ有り、カートリッジ0
[道具]:基本支給品(パン1個、水少量消費)、ネギの首輪、血塗れの拡声器、北東市街の詳細な地図
    US M1918 “BAR”@BLACK LAGOON(残弾数0/20)、9mmブローニング弾×8
    インデックスの0円ケータイ@とある魔術の禁書目録、コチョコチョ手袋(片方)@ドラえもん )
    回復アイテムセット@FF4(乙女のキッス×1、金の針×1、うちでの小槌×1、十字架×1、ダイエットフード×1、山彦草×1)
[服装]:普段通りの男装+防弾チョッキ
[思考]:もう少しだけ休憩したい。
第一行動方針:第二回放送の内容を確認する。
第二行動方針:仲間との連絡、もしくは合流。
第三行動方針:シャナに対しては態度を保留。(和解は難しい?)
第四行動方針:トマとその仲間たちに微かな期待。トマと再会できた場合、首輪と人形の腕を検分してもらう
基本行動方針:好戦的な参加者は積極的に倒しつつ、最後まで生き延びる(具体的な脱出の策があれば乗る?)
[備考]:携帯電話には、『温泉宿』の他に島内の主要施設の番号がある程度登録されているようです。
    トリエラが警察署地下で見た武器の詳細は不明。
    第二回放送を聞き逃しました。

     ※トリエラは仲間と分かれる前、朝になったら、以下の作戦に則って行動するつもりでした。
      まずシェルターまで全員で行動し、洞窟にも寄りつつシェルターに向かう。
      シェルター到着後に解散し、小太郎とタバサは城へ、トリエラは廃墟へ行く。
      それ以降は小太郎達は定期的にトリエラの携帯電話に連絡をする。

172紅からは逃げられない(後編) ◆PJfYA6p9PE:2010/07/17(土) 16:37:50 ID:O55C9ohY


【ヴィクトリア=パワード@武装錬金】
[状態]:肉体疲労(小)、精神疲労(大)首輪解除、太刀川ミミに瓜二つの顔
[装備]:幼稚園バス@クレヨンしんちゃん、i-Pod@東方Project、
    スケルトンめがね@HUNTER×HUNTER、魔剣ダイレク@ヴァンパイアセイヴァー
[道具]:基本支給品×2(食料のみは1人分)、天空の剣@ドラゴンクエストⅤ、
    塩酸の瓶、コチョコチョ手袋(左手のみ)@ドラえもん、
    ポケモン図鑑@ポケットモンスター、ペンシルロケット×4@mother2
    アイテムリスト、詳細名簿(ア行の参加者のみ詳細情報あり。他は顔写真と名前のみ。リリスの情報なし)
    マッド博士の整形マシーン、カートリッジ×10@魔法少女リリカルなのはA's、
    思いきりハサミ@ドラえもん、その他不明支給品×0〜1
[服装]:制服の妙なの羽織った姿
[思考]:もう少し休憩。
第一行動方針:第二回放送の内容を確認する。
第二行動方針:仲間との連絡、もしくは合流。
第三行動方針:氷結、石化魔法の使い手を捜す。
第四行動方針:首輪や主催者の目的について考察する。そのために、禁止エリアが発動したら調査に赴きたい(候補はH-8かA-1)
第五行動方針:“信用できてなおかつ有能な”仲間を捜す。インデックス、エヴァにできれば接触してみたい。
基本行動方針:様子見をメインに、しかしチャンスの時には危険も冒す
参戦時期:母を看取った後。能力制限により再生能力及び運動能力は低下、左胸の章印を破壊されたら武器を問わずに死亡。
[備考]:首輪が外れた事により能力制限が外れている可能性も有ります。
    第二回放送を聞き逃しました。

    ※首輪に『首輪を外そうとしている』や『着用者が死んだ』誤情報を流す魔法を編み出しました。
     ただし、デバイスなど媒体が無ければ使えません。攻撃に使うのも不意打ちで無ければ難しいと思われる?
     更にヴィクトリアの場合、実際に致命傷を受けて殆ど死に体になっていた事が助けとなった可能性も有ります。


【幼稚園バス@クレヨンしんちゃあsdfsdfghjkl;:

173紅からは逃げられない(後編) ◆PJfYA6p9PE:2010/07/17(土) 16:38:21 ID:O55C9ohY


















     ――ソノトキ、視界ガ紅ク染マッタ。

174紅からは逃げられない(後編) ◆PJfYA6p9PE:2010/07/17(土) 16:39:16 ID:O55C9ohY
それは突然のできごとだった。
バスの直上に何かぶつかるような音がした刹那、
窓から見える世界全てが、血のような紅に染まったのだ。

二人同時。
慌てて体を撥ね起こす。
感覚を研ぎ澄まし、周囲の変化を観察。
間もなく、起こった事態を把握した。

世界が紅く染まったのではなかった。
染まっていたのは窓だった。
バスに嵌っているガラスというガラスに、
赤い、血とも肉ともつかないゼリー状の物体がべったりと付着していたのだ。

「何……何が起こったの!?」

あまりの異常事態に声を震わせるトリエラ。

(これは……?)

その横でヴィクトリアは、目の前の赤に対し、確かな既視感を覚えていた。
自分はどこかでこれを見たことがある。
あれはどこだったか……確か……

「あっ」

記憶の糸と糸が繋がる。
答えが出る。
だが、それを口にする前に。




「おはよう。
 選ばれし中でもさらに選ばれし子供たちよ。
 君たちは幸運だ。
 本来ならば、最後の一人になるまで再び見えることはできないはずだったこと私と……
 来るべきときが来る前に、もう一度逢瀬を重ねることができるのだから」




周りの赤全体から、荘厳な声が響く。
まるでいくつものスピーカーから少しずつ遅れて放たれているような不気味な韻律。

二人はこの声を知っている。
いや、この島にいる者なら、誰一人知らぬものはない、
そして、決して忘れられることのない、声。
その持ち主は……

「ジェダ……ドーマッッ!!」

怒り、恐れ、緊張、その他様々な負の感情がないまぜになった、ヴィクトリアの叫び。
それはあたかも、この島に生きる子供たちの感情を代弁しているかのように響いた。

175紅からは逃げられない(後編) ◆PJfYA6p9PE:2010/07/17(土) 16:40:07 ID:O55C9ohY

「いかにも」

唐突に、微震がバスを襲う。
カタ……カタカタと、車中のガラスが一斉に振動音を奏で始める。
見れば、窓に貼りついている血塊の全てが、まるで意思を持つアメーバーのように
脈打ち、蠢き、そして、一挙に動き出した。
車全体を覆っていた醜い肉は、みるみるうちに割れた窓へと殺到。
今や、赤い濁流のように車内へ流れ込んでいた。

そして赤は、ちょうどトリエラとヴィクトリアの中間あたりの地点へ、
自然の法則に逆らって、溜まり、埋もれ、積み重なり、ある一つの形をとっていく。
細身の長身。スタイルに優れたボディ。
体にぴたりと貼りつく、宗教家のような、学生のような藍の衣装。
背負われた、明らかにこの世のモノではない鋭角の翼。
不自然に尖った頭からは、触覚か、角のようなものが二本伸びている。

「君たちには、こちらの姿の方が馴染みがあるかな」

死人を連想させる青白い顔がニヤリと歪む。
ほの見えた口の中は、煮詰めたようにどす赤かった。



「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!」



咆哮一閃。
ヴィクトリアがジェダに襲いかかる。
右手を固めた本気の手刀。
ありったけの殺意を腕に込め、相手の臓腑を貫き、抉り、そのまま砕かんとする必殺の一撃。

しかし、その反抗の暴力は、
ジェダがゆるやかに、優雅ささえ感じさせる動きで彼女の腕を掴んだだけで、
あっさりと止められた。

「ふむ。元気そうで何よりだよ、太刀川ミミ」
「あっ」

渾身の攻撃を止められ、体が硬直した一瞬の隙に、
冥王は掴んだ腕を放さぬまま、強引にヴィクトリアの体をシートへと押し倒し、
そのまま、上へと覆いかぶさった。

「実のところ心配していたのだ。
 外れないはずの首輪が……何の手違いか外れてしまっていたようだったからね」

言いながら、その青く細い指で彼女の首筋を撫でる。
ほっそりと白い、染み一つない美しい首。
その感触を楽しむように、ゆっくりと指を這わせ、何度も往復させる。

176紅からは逃げられない(後編) ◆PJfYA6p9PE:2010/07/17(土) 16:41:12 ID:O55C9ohY

「変に爆発して、もし怪我でもしていたら大変だ……そう思っていたのだが」

首には飽きたのか、今度は逆の手で下半身をまさぐる。
スカートをめくり上げ、健康的な生の美脚を慈しむようにさする。
肉付きのいい感触を確認するため、軽く揉んでみることも忘れない。
この時、首筋を触っていた手は、抜け目なくセーラー服の中へと滑り込ませている。
柔らかい腹の肉を感じるのも早々に、ここ百年余の間、ずっと未発達の胸へと手を伸ばす。
僅かだけ膨らんだ双丘を、指先で押し、そして戻す。

ヴィクトリアは自らの下顎を噛み砕かんばかりに、歯を食いしばる。
怒りと屈辱で脳はほとんど白熱し、爬虫類のように引き絞られた虹彩からは
殺意が無尽蔵に放たれている。
しかし、それでも、彼女は抵抗することができない。
何故なら、この上なく優しいタッチで体を弄びながらも、
冥王は巧みに反抗の動きを殺し、また、同時に、
星の重力にも並ぶかと思われるほどの威圧感を漲らせていたからだ。
それは、無言のうちにこう語っていた。

『逆らえば、ただでは済まさない』

ヴィクトリアは人外の化け物、ホムンクルスとして百年の時を生きてきた。
恐れられ、疎まれることはあっても、嬲られたことなど一度もなかった。
それがこうも……こうも容易く……
人生で始めての衝撃が与えたのは屈辱……ただ屈辱。
感情のやり場がない彼女にできることは、目尻に溜まった涙が決して流れないよう、
必死で耐えることくらいしかない。

「……どうやら、大した怪我はないようだ。安心したよ。
 それから……トリエラ」

いつのまにか銃を抜き、ジェダに向かって構えていたトリエラは
自分の背筋をとてつもなく冷たい何かが走り抜けるのを感じた。

頭をヴィクトリアの胸にあてがい、心臓の鼓動を聞いたままの姿勢で、冥王は続ける。

「無益なことはやめておくことだ。
 そんな玩具で私をどうこうできないことくらい、聡明な君なら分かるだろう。
 それに……つまらん理由で脱落したくはあるまい?」

ギン。
その言葉を聴いた途端、トリエラが最早、微塵も感じていなかった首の違和感が一気に膨れ上がる。
それをはっきりと思い出したとき、無駄な抵抗の意思はあっという間に萎えていった。
銃を下ろすことはしなかったが、それは「お前の思い通りにはならない」という
精一杯のポーズであって、おそらく冥王にとっては、
すねた子供がそっぽを向くのと、何ら変わりのない行動にしか映らないことだろう。

そんなトリエラの態度を見て、ジェダは満足したのか、再び、ヴィクトリアに意識を移した。

「さて、大事なかったとはいえ、首輪が外れてしまったのは、こちらの落ち度だ。
 お詫びに、君に私から一つプレゼントをしよう」

ヴィクトリアを貪っていた上体を起こすと、おもむろに、両腕を彼女の首へと巻きつける。
死の予感に瞳が見開かれ、表情が硬直する。
だが、予想に反し、ジェダの両手は柔らかく両側を包み込んだだけで、
しばらく経った後には、触れると同じように、ゆっくりと離していった。
しかし、手がすっかり肌を離れた後も、何故か首の違和感が消えない。
不審に思い、自ら触って確認すると、そこには――――

177紅からは逃げられない(後編) ◆PJfYA6p9PE:2010/07/17(土) 16:43:04 ID:O55C9ohY



「新しい首輪だよ」



逃れた筈の枷が。
滅したはずの絶望の象徴が。
銀の首輪が、また嵌っていた。



崩れ去る。


辿り着いたはずの結果。

勝利への一歩。

築いたはずの優位。

秀でた自らへの自信。

生還へと伸びかけていた階段。


一切合財が、音も立てずに崩れ去る。



「私はそろそろ戻るとするよ。
 あまり君たちばかりを贔屓するわけにもいかないからね。
 では、頑張ってくれたまえ。
 私はいつでも、君たちのことを遠くから見守っているよ。
 ククク……ヒャーーーハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」

腕を大きく広げる。
ジェダの背後の空間が、口を開けるようにパックリと裂け、赤斑の異次元が現れる。
瞬きをする刹那、冥王はその口に呑まれるようにして消えていった。


後には、耳障りな哄笑の、僅かな残滓だけが響いていた。

178紅からは逃げられない(後編) ◆PJfYA6p9PE:2010/07/17(土) 16:44:07 ID:O55C9ohY



【G-7/廃墟の街/2日目/朝】
【トリエラ@GUNSLINGER GIRL】
[状態]:肉体疲労(中)、精神疲労(中)
    頭部殴打に伴う頭痛。胴体、胸部に重度の打撲傷複数、全身に軽度の火傷、
    右肩に激しい抉り傷(骨格の一部が覗き、腕が高く上がらない)。
[装備]:拳銃(SIG P230)@GUNSLINGER GIRL(残弾数8/8)
    ベンズナイフ(中期型)@HUNTER×HUNTER、トマ手作りのナイフホルダー、防弾チョッキ(一部破砕)
    グラーフアイゼン(待機フォルム)@魔法少女リリカルなのはA's(ダメージ有り、カートリッジ0
[道具]:基本支給品(パン1個、水少量消費)、ネギの首輪、血塗れの拡声器、北東市街の詳細な地図
    US M1918 “BAR”@BLACK LAGOON(残弾数0/20)、9mmブローニング弾×8
    インデックスの0円ケータイ@とある魔術の禁書目録、コチョコチョ手袋(片方)@ドラえもん )
    回復アイテムセット@FF4(乙女のキッス×1、金の針×1、うちでの小槌×1、十字架×1、ダイエットフード×1、山彦草×1)
[服装]:普段通りの男装+防弾チョッキ
[思考]:呆然。
第一行動方針:第二回放送の内容を確認する。
第二行動方針:仲間との連絡、もしくは合流。
第三行動方針:シャナに対しては態度を保留。(和解は難しい?)
第四行動方針:トマとその仲間たちに微かな期待。トマと再会できた場合、首輪と人形の腕を検分してもらう
基本行動方針:好戦的な参加者は積極的に倒しつつ、最後まで生き延びる(具体的な脱出の策があれば乗る?)
[備考]:携帯電話には、『温泉宿』の他に島内の主要施設の番号がある程度登録されているようです。
    トリエラが警察署地下で見た武器の詳細は不明。
    第二回放送を聞き逃しました。

     ※トリエラは仲間と分かれる前、朝になったら、以下の作戦に則って行動するつもりでした。
      まずシェルターまで全員で行動し、洞窟にも寄りつつシェルターに向かう。
      シェルター到着後に解散し、小太郎とタバサは城へ、トリエラは廃墟へ行く。
      それ以降は小太郎達は定期的にトリエラの携帯電話に連絡をする。

179紅からは逃げられない(後編) ◆PJfYA6p9PE:2010/07/17(土) 16:44:42 ID:O55C9ohY


【ヴィクトリア=パワード@武装錬金】
[状態]:肉体疲労(小)、精神疲労(大)、太刀川ミミに瓜二つの顔
[装備]:幼稚園バス@クレヨンしんちゃん、i-Pod@東方Project、
    スケルトンめがね@HUNTER×HUNTER、魔剣ダイレク@ヴァンパイアセイヴァー
[道具]:基本支給品×2(食料のみは1人分)、天空の剣@ドラゴンクエストⅤ、
    塩酸の瓶、コチョコチョ手袋(左手のみ)@ドラえもん、
    ポケモン図鑑@ポケットモンスター、ペンシルロケット×4@mother2
    アイテムリスト、詳細名簿(ア行の参加者のみ詳細情報あり。他は顔写真と名前のみ。リリスの情報なし)
    マッド博士の整形マシーン、カートリッジ×10@魔法少女リリカルなのはA's、
    思いきりハサミ@ドラえもん、その他不明支給品×0〜1
[服装]:制服の妙なの羽織った姿
[思考]:呆然。
第一行動方針:???
基本行動方針:???
参戦時期:母を看取った後。能力制限により再生能力及び運動能力は低下、左胸の章印を破壊されたら武器を問わずに死亡。
[備考]:第二回放送を聞き逃しました。

    ※首輪に『首輪を外そうとしている』や『着用者が死んだ』誤情報を流す魔法を編み出しました。
     ただし、デバイスなど媒体が無ければ使えません。攻撃に使うのも不意打ちで無ければ難しいと思われる?
     更にヴィクトリアの場合、実際に致命傷を受けて殆ど死に体になっていた事が助けとなった可能性も有ります。


【幼稚園バス@クレヨンしんちゃん】
しんのすけ達が通う、ふたば幼稚園の通園バス。
ネコを模したピンクの車体がキュート。
ちなみに、原作でも、今作中ばりのカーチェイスを演じたことがある。

180紅からは逃げられない(後編) ◆PJfYA6p9PE:2010/07/17(土) 16:45:20 ID:O55C9ohY
投下終了です。
本スレでご支援くださった方はありがとうございました。

181Point of Return ◆Xdenpo/R4U:2010/09/05(日) 17:54:01 ID:2zLybEgU
魔女狩りの魔女は戦場に降り立った。
地に転がるは死人と半死人、相対し屹立するは絶対強者。
人の領域を超越した赤銅肌の化け物が冷徹に嗤う。
場に存在する事象全てが彼女の味方と化し、一戦交えたばかりだというのに内包する気力の充溢さは計り知れない。
正に化け物。
だが、彼女はそこで甘んじない。
一片の容赦も油断もなく足元のボロ人形、高町なのはを片手で持ち上げ対峙した魔女に見せ付ける。

「裏切り者さん、この意味がお分かりかしら?」

嗤う。
尚も嗤い続けるその顔が。
パアン!
という破砕音に飲み込まれた。
砕け散った氷の弾丸が周囲に飛散し、白い靄が生まれる。

「生憎と全く分からんな。
 この私がそんな善人に見えたか?」

右手に魔法の射手の残照を燻らせ、闇の福音もまた嗤う。
迷いも躊躇も追憶もその嗤いの中には居場所がない。だが、

「ええ、よーく見えるわ。あまりにぬるすぎて気持ち悪いくらいよ」

彼女にはその居場所が見えた。
水蒸気がはれ着弾点が露になる。
頬に小さな傷。
魔法の射手の一矢程度では怪物はおろか普通の人間とて殺すことなどできはしない。
その僅かな傷が人質を傷つけずに行うことができる、精一杯の虚勢だということをどこまでも残酷に表していた。
(……分かっていたさ)
突きつけられた事実を視神経に焼付け、エヴァは決意する。
やはり、全てを救うことなどできはしない。
もとより高町なのはは終わっている存在。袋小路から抜け出せない者。
エヴァが拘泥する理由など最初からなく、見捨てるという選択肢をとることにも何ら抵抗はない。
その内情を見透かしたかのように、グレーテルが笑みの質を変える。
そのまま片手だけで槍を振りかぶる。次いで地面をめくるように広く広く横薙ぎにした。
所作は一見優美にすら見える。だが付随する事象は苛烈の一言だ。
その動きは槍ですらない。むしろ斧のような取り回しだ。
それも片腕であの大質量を振るう様は悪夢のような威圧感を伴っている。
掘削された床が山吹色の洪水の後押しを受け、大小様々な破片とともに牙を剥く。
エヴァはこれを冷静に瞬動で大回りに回避する。
回避できた、はずだった。

「……ッ」

瞬動先で右腕に展開した対物障壁に幾多もの光と破片が衝突し、やがて音が止んだ。
腸わたを煮えくりかえしたような苦渋を浮かべるエヴァ。
その背後には何かが伏している。
何かは、二人の少女だった。共に気を失った動くこともままならないか弱い存在。
その構図もまた、語りたくもない一つの想いと事実を雄弁に物語っていた。

182Point of Return ◆Xdenpo/R4U:2010/09/05(日) 17:54:30 ID:2zLybEgU
「ふふ、大した悪党がいたものね」

エヴァの心が解体された。
最早、見せ掛けの脅しも悪態をつくこともできない。
エヴァがとれる反抗手段は一つずつ潰され、残ったのは殺意を込めた瞳で射竦めるだけだった。

「そういうことやった子を知っているわよ。あの男の子、勇者様とおんなじね」

貴様に言われんでも分かっている。
あぁ滑稽さ。袂を分かったあの莫迦どものするような行動と同じことをしているのだからな。
それでもな。
もういないかもしれないんだ。
こいつら以外に悪を打倒しうる正義の味方になれるような連中が。

「だったら末路も同じであるべきだと思うの」

なぜ死んだ。ニケ。リンク。
ここに立つのは私じゃない。弱者を守り悪の前に立ちはだかって勝利すべきはおまえたちだったはずだろう。

サンライトハートの飾り布が眩い光に転化する。
突撃態勢。いかにエヴァといえど正面からまともに受けきる術などない。
だが、身をかわせば後方のインデックスとアリサの身体が粉微塵に散らされる。
エヴァに残ったものは多くなかった。
だから差し出した。
満足に動かない左手ではなく自由に動く右手を。
差し出し、二の腕で抱え込むようにインデックスを、手の握力だけでアリサを掴み、
突撃準備態勢のグレーテルに背を向け工場の奥へと無様に逃げ始めた。
右手が塞がった。即ち反撃手段の放棄。
逃げる。プライドも屈辱感も溝に放り捨てて、入り組んだ迷路のような工場内を縫うように飛ぶ。
逃げ切ってインデックスとアリサを隠せればまだ勝負になる。
だが、大きすぎる荷物を抱えたエヴァがヴィクタースリーからいつまでも逃げ切れるはずがなかった。

「……くそ」

行き止まりに追い詰められ、エヴァは呻いた。
壁をぶち抜くために動かせる腕などない。

183Point of Return ◆Xdenpo/R4U:2010/09/05(日) 17:54:59 ID:2zLybEgU
「もう逃げないのかしら?」

グレーテルが照準を定めるように突撃槍をエヴァに向ける。
距離は10歩分。両腕が使えず、足だけで姿勢制御を行っているエヴァに避けられる状況ではない。
死刑宣告とばかりに、槍が光を放ち始める。

「何か言い残すことは?」
「殺してやる」

グレーテルは一瞬目を丸くした後、舌なめずりをしながら口角を吊り上げた。

「良いわね。そういう強がり方」

山吹色が噴射。グレーテルが飛ぶ。
ヴィクター化によりその身は既に人の限界を超えている。
常人ならば容易くブラックアウトするような過加速度、それすらも強化された肉体には枷とはならない。
エナジードレインにより噴射燃料も十二分。
ゆえにその突撃は瞬動の域に迫る、刃持つ陣風だった。
危急的脅威を前にエヴァは動かなかった。
身を屈め見上げるようにグレーテルを睨み付け、一瞬だけ抱えられた高町なのはに視線を移し、……逡巡した。
何かを迷い、そして振り払い。
彼女は静かに怨嗟をあげた。

「おまえは、私が必ず殺しに来てやる。脳髄に叩き込んでおけ……!」

瞬間だった。
エヴァの足元の影が意思をもったかのように蠢き、泥沼に沈み込むようにエヴァと抱えられた少女二人を飲み込んだ。

「!?」

獲物を食い損ねた突撃槍が目的地に到達したのはその一瞬後のこと。
影を使った転移魔法。
三流の捨て台詞を吐き捨て、悪の魔法使いは完膚なきまでに敗走した。


バトルロワイアル開始から丸一日。
定時放送が新たな朝の到来を告げる。


   *   *   *

184 ◆Xdenpo/R4U:2010/09/05(日) 17:56:03 ID:2zLybEgU
Point of Return は以上です。
続きはタイトル変更になります。

185なかまはずれ ◆PJfYA6p9PE:2010/09/12(日) 20:58:29 ID:Yzb87MqE
見ていた。

――は……発射! 発射!!

――発射! 発射!! 発射!!!! 発射!!!!!!!!


見ていた。

――ぶ……武装錬金!

――お、おい! 動け! 動けよ!! 武装錬金! 武装錬金!!


聞いていた。

――なん、でだよ……

――なんでだよ! どうせ誰も生きられないんだ! お前らだってわかってるだろ!
  最後の一人にならないと死ぬんだ! なら殺して何が悪い!!


聞いていた。

――イヴだって私と同じだ!!
  全員殺して! 全部忘れて暖かいところに帰るために殺してるんだ!!

――お前らが全員死んだら! 私は全部忘れて! 帰れるんだ!!


全て聞いていた。

――殺せって言われたから殺して悪いか馬鹿野郎!!

―――――――――――――――――――――――――――ギガデイン


耳を聾する、重く、崩れるような轟音と。
目を眩ます、白い、白い紫電と。
そして、確かに崩れ去った、人の形と。

意識があったのはそこまでだった。

186なかまはずれ ◆PJfYA6p9PE:2010/09/12(日) 20:59:35 ID:Yzb87MqE





「ん……」

膝の上。
さくらが、身じろぎしながら瞼を開く。
まだ眠そうな、不快そうな目覚め。
しかし、見下ろすヤミヤミは、心底嬉しそうに顔を輝かせた。

「目が覚めたんですねさくら! よかった……」

もぞりと。
覚束ない動きで身をもたげようとするさくらを、慌てて両手で支える。
彼女は上半身を起こすと、焦点の合わない目であちらこちらを見やっていたが、
やがて、橋の上に横たわる赤黒い物体のところで視線を止めた。

「敵は倒しました。心配ありません」

光景を補足するように言葉をかける。
静かに優しく、安心を与えるように。
しかし、目の前の少女に反応は見られない。
ただ、ぼんやりと死骸の方に目を向けているだけだ。

「……さくら?」

少しおかしい。
もしかしたら、打ち所が悪かったのかもしれない。
肩に手をかけ、顔を覗き込む。
その眼は、既に覚醒した者のそれだったが、瞳の黒には何か言い知れぬ違和感があった。

「何で……?」

するうち、さくらの震える唇が言葉を発する。
小さな声は何故かとても平坦だった。

「……ごめんなさい。
 こんなことになったのは私のせいです」

一瞬の間があった後、顔を曇らせて、応える。
襲撃、アルルゥの死、傷つけられた仲間達。
さくらもそれを悲しんでいる。自分や、レックスと同じように。深く。深く。
ヤミヤミは一連のさくらの反応をそう理解した。

「私がいけなかったんです。
 アルルゥさんの本当の気持ちもよく知らずに、自分勝手に答えを出して、飛び出して……
 そのせいでアルルゥさんは死んでしまいました。
 さくらを傷つけてしまいました」

だから謝罪した。
謝ったからとて、必ず許されるとは思っていない。
罵声を浴びせられることも覚悟していた。
そんなことよりも、自分の罪から逃げてしまうことの方が怖かった。
だが。

187なかまはずれ ◆PJfYA6p9PE:2010/09/12(日) 21:00:34 ID:Yzb87MqE

「何で殺したの……?」
「………………………………、え?」

しばらくの間、ヤミヤミには何のことを言っているのか理解できなかった。
だが、相変わらず動いていないさくらの視線の先を追って……気づいた。

「……彼女のことを言っているのですか?」
「…………」

返らぬ答えが、肯定を示していた。

「あの少女は敵でした。
 発言も行動も彼女が殺し合いに積極的な殺人者であることを示しています」

そんなことはあなただって分かっているでしょう。
知らず、語調にそんな調子が含まれた。

「……敵だったら殺していいの?」
「それは……仕方のないことです。
 そうしなければ仲間を守れませんでした」
「そんなことないよ」

ゆらりと、さくらが立ち上がる。
まだ湿ったままの木橋の上を静かに歩いていく。
ところどころ焼け焦げ、血管の模様が浮き出た死体の傍に向かって。
ヤミヤミはただそれを見ていることしかできない。

間もなく、さくらは死体を直下に見下ろす位置へ立った。

「この子の武器はレックス君には全然効いてなかった。
 他の武器も持ってたみたいだけど、それも使えなくなってた。
 そんな子が、それ以上、どうやって私たちを攻撃するの?」
「殺さずに捕えるべきだったと言いたいんですか?
 でも、私たちに捕虜を作る余裕はないんじゃないですか?
 見張りにさく労力の問題や叛乱の危険だって……」


「私はそんなことを言ってるんじゃないよ!!」


さくらがついに叫んだ。
その強い調子に気圧される。
予想だにしなかった展開に、戸惑いを隠せない。

「……この子、言ってたよね。
 殺さないと帰れないから殺すんだ。
 殺して何が悪い……って」
「確かに言っていました。
 自分勝手な理屈です」
「そうかな?」

思わず顔を上げると、さくらが真っ直ぐこっちを見ていた。
表情は何故か奇妙な半笑いだった。

188なかまはずれ ◆PJfYA6p9PE:2010/09/12(日) 21:01:36 ID:Yzb87MqE

「ヤミヤミちゃんは全然、考えなかった?
 みんなのところに帰るために殺し合いをしようって、本当に、少しも考えなかった?」

そんなことを言われても、分からない。
想像することすらできない。
何せ、彼女にはここ数時間より前の記憶が全くないのだから。
ヤミヤミにとっての『みんな』とはここにいる人達のことなのだから。

「私は考えたよ。
 でも、すぐにやめようって思った。
 殺し合いなんて嫌だったから。
 死ぬのも嫌だけど、殺す方がもっと嫌。
 他の人を殺してまで、生き延びたくないもん。
 だから、私は殺し合いなんてしないぞって決めたの」
「…………」
「……でも、この子はきっと違ったんだね。
 他の人を傷つけて、殺してでも、元の場所に帰りたかった。
 もしかしたら、この子にも、優しいお父さんや、ちょっといじわるだけど頼りになるお兄ちゃんや
 大切な友達や……好きな人……がいたかもしれないね。
 この子は、何をしても、そこへ帰りたかったんだよ。
 私との違いは、多分そこだけ」
「……あなたは何が言いたいんですか?」

言ってから気づく。
自分の言葉に刺々しいものが混じっていることに。
この話の行きつく先は分からないが、
どうやらあまり愉快なところではなさそうなことを、薄々悟りつつあった。

「アルルゥちゃんは言ってたよ。
 『みんなで協力すればきっと帰れる』って。
 レックス君もベルカナさんもその意見に反対したりしなかった。 
 もちろん、私も賛成だよ。
 ヤミヤミちゃんはどう?」
「反対するわけない……です」
「そうだよね。なら」

さくらは一呼吸置いて、言った。




「何でこの子を仲間に入れてあげなかったの?」




聞いた途端、頭がカッと熱くなる。
ヤミヤミから相手の感情を推し量る余裕が急速に失われていく。

189なかまはずれ ◆PJfYA6p9PE:2010/09/12(日) 21:02:33 ID:Yzb87MqE

「この子、泣いてたよ。
 泣きながら言ってたよ。『殺すしかないんだ』って。
 でも、私たちはそうじゃないことを知ってる。
 『みんなで協力すればきっと帰れる』って信じてる」

「それは」

「じゃあ、何でそれを言ってあげられなかったのかなあ?
 『大丈夫だよ。殺さなくても帰れるよ』って……
 そう言ってあげれば、この子と私たちは友達になれたかもしれないのに」

「友達って……」

「でも、レックス君は代わりに雷を落とした。
 雷に打たれて、この子はこんな風になっちゃった。
 何で? ねえ、何で? 何でこんなことになったの?」



「でもッ!!!」



ついに、ヤミヤミが叫んだ。

「そいつは……そいつはアルルゥさんを殺したんだ!!!」

凄まじい激情が胸の中で沸騰していた。
さくらが何でそんなことを言うのか分からなかった。
いや、本当のことを言おう。
その瞬間、ヤミヤミは確かにさくらのことを憎悪していた。

「それがどうしたの?」

しかし、さくらは冷静だった。
ある意味では。

「私だって人を殺したよ。
 レックス君だって、アルルゥちゃんだって殺したって言ってた。
 ヤミヤミちゃんだってそうなんじゃないの?
 この子と少し前までの私たちと何が違うの?
 私だって、アルルゥちゃんが死んだことは悲しい……すごく悲しいよ!!
 でも、だから……だからこそ、もうこれ以上、人を殺しちゃいけないんだよ!!」

そして、さくらはとうとう、決定的な一言に至った。


「私たちが帰るためなら、敵を殺していいって言うんだったら……
 それはこの子のやってたことと何も変わらない。
 私も、ヤミヤミちゃんも、アルルゥちゃんも、レックス君も……
 私たち、ただの人殺し仲間になっちゃうよ!!!」


刹那、意識が激情に白く塗り潰された。
理性の検閲を経ることなく、ヤミヤミは地を蹴ってさくらに飛び掛っていた。
もう、不快な言葉を一秒でも聞いていたくなかった。

190なかまはずれ ◆PJfYA6p9PE:2010/09/12(日) 21:03:33 ID:Yzb87MqE


「……『風』《ウインディ》!!」


しかし、その突撃は突如現れた風の壁に阻まれた。
見えない大きな掌にはたかれるようにして、ヤミヤミは後方へと吹き飛ぶ。
背中が橋の踏み板と擦れ合う音が聞こえる。

とっさに立ち上がるのと、我に返るのとは同時だった。
理性が行動に追いつくと、激情は冷え、かわりに圧倒的な罪悪感がせり上がる。

「……ご、ごめんなさい、さくら!!
 わた、私、そんなつもりじゃ……」

狼狽する。
顔から血の気が引き、舌が絡まるのが分かる。
許しを請うて見た、その先には。

さくらが立っていた。
この上なく悲しそうな、辛そうな顔で立っていた。
その顔は決してヤミヤミを責めてはいなかったが、
二人の間には、今や、グランバニア城の堀よりも広く、深い断絶ができていた。

しばしの沈黙。
雨による増水が納まりはじめた水濠の、わずかに流れる水の音だけが、辺りを支配していた。

やがて、さくらが踵を返す。
向かう先は城とは逆方向。
ヤミヤミは必死に脳を働かせ、彼女を引き止める言葉を探したが、
無情にも、記憶の沼から金言を引き上げることはついにできなかった。
代わりに引き上げられたのは、つい先程、さくらが放った一つの問いばかり。
即ち、『何でこんなことになったのか』。

(何で、どうして、何で、何で……)

ヤミヤミは混迷を極める心を抱えたまま、レックス達に助けを求めることも忘れ、
ただ呆然と立ち尽くしていた。
さくらは豆粒のように小さくなっていき、やがて、視界の彼方へと消えた。

そして、この事態の原因となった人物――南千秋は
もう二度と蘇ることのない体を飽きもせず横たえていた。
ただ、その焼け焦げた唇は、まるで嗤っているかのように歪み、
高温に晒されたせいで白く濁った瞳は、こう言っているように見えた。

「お前だけ幸せになれると思うなよ」と。

191なかまはずれ ◆PJfYA6p9PE:2010/09/12(日) 21:04:29 ID:Yzb87MqE




【F-3/城門前/2日目/朝】
【ヤミヤミ(イヴ)@BLACK CAT】
[状態]:疲労(大)、10歳前後の容姿。混乱。
[装備]:レミリアの服、エッチな下着@DQ5、返響器@ヴァンパイアセイヴァー
[道具]:基本支給品×2、光子朗のノートパソコン@デジモンアドベンチャー、
    フック付きロープ@DQ5、神楽の傘(弾0)@銀魂、エーテライト×1@MELTY BLOOD、
    胡蝶夢丸セット@東方Project、ラグーン号操船マニュアル、病院服、ただの布切れ
[服装]:レミリアの服、その下はエッチな下着
[思考]:何でこんなことに……
第一行動方針:さくらとの関係を何とかしたいが、どうしていいか分からない。
第二行動方針:レックス達が戻ってくるまで待つ。
第三行動方針:ブルーや蒼星石から『イヴ』について聞きたい。
第四行動方針:私は『イヴ』には戻らない。
基本行動方針:大好きな人達をヤムィ(冷たい私)にさせたくない。
[備考]:記憶をすべて消し去りました。元世界の記憶、この島での記憶、共にありません。
    再びヤムィヤムィ(ヤミヤミ)と名乗ることにしました。






さくらは南へ南へと歩を進めていた。
もちろん、目的地などない。
ただ、もう城へと帰れないことだけは、はっきりと感じていた。

(……何で、あんなことになっちゃったんだろう……)

彼女もまた、この問いに心を悩まされていた。
さくらが先刻口にしたことは、概ね彼女の本音だったが、
では、あのような言い方で、このタイミングでヤミヤミにぶつけるのが
正しいやり方だったかと問われれば、一抹の疑問を感じる。

だが、一方で、仕方ないとも思ってしまう。

梨々は死んだ。雛苺も死んだ。
そして、小狼も死んでしまった。

最早、自分が心を繋いだ人々はこの島には残っていない。
だから、せめて、もう自分の目の前でだけは、誰も死んで欲しくなかった。
その矢先、あの子が死んだ。
仲間になれるかもしれないと思った人達の手で死んだ。

もう、どうしていいか分からなかった。
だから、感情の赴くままに喋った。動いた。そして、去った。
そのことをどう考えていいかすらもう分からない。
分からない。
分からない。
分からないことだらけだ。

192なかまはずれ ◆PJfYA6p9PE:2010/09/12(日) 21:05:16 ID:Yzb87MqE

(……小狼君に、会いたい)

ふと、そう思った。
死んでいてもいい。会いたいと思った。
あの聡明な少年なら。
先達の魔術師として自分を導いてくれた男の子なら。
この世で一番、誰よりも大好きなあの人なら。
死んでいても、何かを示してくれるのではないか。
さくらはそう思った。
それは蜘蛛の糸よりもなお細い希望だったが、
今の彼女にはそんなものくらいしか頼るものがなかった。

(……小狼君を、探そう)

澱む意識の中、そう決めた刹那、目の端に何か輝くものが映った。
見れば、川に架かる橋の下、暗がりになった川辺で、何かがキラキラと光を放っている。
誘蛾灯に吸い寄せられる昆虫のように、さくらは土手を降り、湿った河原へと踏み込んだ。
腐った水の臭いが鼻をつく只中、あったのは泥水をたっぷり吸い込んだ大きな布包み。
光は、その隙間から漏れ出ている。

おそるおそる手を伸ばし、結び目を解く。
すると、これまで押さえられていた光が橋の下の影いっぱいに広がった。
そして、同時、さくらはそれが何であるか完全に理解した。

赤と緑とピンクの輝きに彩られたそれは、
割れ、砕け、拉げ、折れ、欠けた、泥まみれの、ビスクドールの残骸。



――雛苺の、成れの果てだった。



その、かつて顔だった部分に、この上ない恐怖の表情を認めたとき、さくらは膝をついた。
全身が泥で汚れるのも忘れ、彼女は蹲り、声をあげて泣きじゃくった。
今の今まで、忘れていた涙だった。


【F-5/橋の下/2日目/朝】
【木之本桜@カードキャプターさくら】
[状態]:魔力消費(中)、肉体疲労(中)、精神疲労(大)、核鉄二つで回復中、全身泥まみれ
[装備]:核鉄『シルバースキン・アナザータイプ』@武装錬金、核鉄LXX70(アリス・イン・ワンダーランド)@武装練金、
    クロウカード『水』『風』、リインフォースII@魔法少女リリカルなのはA's
[道具]:基本支給品×2
[服装]:梨々の普段着
[思考]:うわあああああああああああ!!!!ああああああああ!!!
 第一行動方針:泣く。
 基本行動方針:小狼(の死体)を探す。
[リインフォースIIの思考・状態]:???、レックス達と話をした

※さくらの眼前に、雛苺の残骸と、真紅、翠星石、雛苺のローザミスティカがあります。

193 ◆PJfYA6p9PE:2010/09/12(日) 21:05:40 ID:Yzb87MqE
投下は以上です。


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