[
板情報
|
R18ランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
1-
101-
201-
301-
401-
501-
601-
701-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
Fate/clockwork atheism 針音仮想都市〈東京〉Part3
1
:
◆0pIloi6gg.
:2025/02/16(日) 00:00:41 ID:v3D9semE0
恥の多い生涯を送って来ました。
自分には、人間の生活というものが、見当つかないのです。
――太宰治〈人間失格〉
wiki:ttps://w.atwiki.jp/clockgrail/
326
:
パンデモニウム・ソサエティー(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/13(火) 23:47:44 ID:heUWQ7pI0
脳みそがぐわんぐわんと揺れるのを感じた。
人に本気で殴られたことはないけれど、あったとしたらこんな感じなのかもしれない。
あまりの衝撃で感情が鈍麻しているのか、そんな間の抜けた感想さえ抱いてしまう。
隣に座っている少女が、どんな気持ちで聞いているかなど一顧だにせず。
彼女より干支半分ほど年上な"お姫さま"は、ご機嫌に語り続けていた。
「満天ちゃんも迷惑だよねぇ。ああいうのが業界にいるとさ、みんなおんなじように見られちゃうでしょ」
仁杜の主戦場はアニメとゲームだが、SNSなんかに常駐していると嫌でも旬のゴシップが目に入ってくるのが令和のインターネットだ。
なので彼女の耳にも、天使と呼ばれるトップアイドルの醜聞は入っていた。
ファンと関係を持っている。大物芸能人とそういう仲で、金を貰ってメンバーを斡旋している。
裏垢で気に入らない後輩の誹謗中傷を繰り返し、個人情報を横流しして遠回しな排除を画策している――いずれも根も葉もない噂、デマゴーグの類なのだったが、見知らぬ誰かの名誉のためにファクトチェックしてやるほどこの社会不適合者は他人に優しくない。
仁杜にとって親しくない他人とは、生きた人間でないのと同じである。
漫画を読んで、嫌いな登場人物について厳しく寸評するように。
仁杜は得意げな顔をして、あくまでも満天を褒める一環として罵詈雑言を並べていく。
「ねえねえ、実際どうなの? やっぱり業界の中だと、そういう噂とかって聞こえてきたりする?」
「ぁ……あー……。人気になると、どうしても変な人って出てくるから。
愉快犯とか、妬み嫉みとか……。ニュースや週刊誌が言ってることが全部正しいってわけじゃ、ないと思うよ……?」
「え〜? でもでも、火のないところに煙は立たないって言うじゃん」
内心の不快感と動揺を堪えながら、当たり障りなく窘めようとする満天。
そのたどたどしい口調から、彼女が"この話題"を快く思っていないと見抜ければ話は此処で終わった筈だ。
――だが仁杜は逆に、これ幸いとばかりにアクセルを踏み込んだ。
「ほんとにみんなから好かれてる子だったら、庇ってくれる人のひとりふたり出てくるでしょ。
なのに出てこないってことは、やっぱり元々そういう子だったんじゃない? 嫌われる人ってやっぱり、相応の理由があると思うんだよ」
満天は、視界が赤くなっていく錯覚すら覚えていた。
後ろ手に隠して握った拳が、今にも砕けそうだった。
くらくらする。息が、うまくできなくなる。
だからこそ自制が必要であった。そうでないと、今にも取り返しの付かないことをしてしまいそうで。
「…………違う、よ。天梨ちゃんは、本当にすごいアイドルなんだよ。
ファンと繋がるとか、誰かを貶めるとか、そんなプロ意識のないこと、絶対しないから」
「へ〜……? そうなんだ。んふふ、でもさ。もうホントとかウソとか、どっちでもおんなじだよね。こうなっちゃったらさ」
煌星満天は、輪堂天梨の長年のファンである。
だからこの都市に来る前も来てからも、彼女にまとわり付く心ない噂にはずっと腹を立ててきた。
でもそれはあくまで他人、ステージと客席の距離感で抱く怒りで。
その点、今の満天が抱くものは質が違う。何故ならもう、満天はあの天使と"他人"ではないのだ。
327
:
パンデモニウム・ソサエティー(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/13(火) 23:48:47 ID:heUWQ7pI0
「シロでもクロでも人生終了だよ、ああなっちゃったら。有名税って怖いよねぇ。わたしは一生引きこもりでいいや」
ライバルで、友達。
同盟相手で、ラスボス。
闇の先で待っている、光。
もう、ステージと客席なんかじゃない。
天使の舞い踊る舞台(フィールド)に立つ資格を得て、そうして改めて触れる、光を穢す悪意は、あまりにも。
「えへへ……。満天ちゃんさ、よかったね」
そう、あまりにも――――吐き気がするほど、許しがたくて。
「席も空いたんだし、満天ちゃんならいつでもトップアイドルになれるよ。きっと」
その言葉を聞いた時が、限界だった。
目の前の壁を吹き飛ばすための、燦然と煌めく爆発とは違う。
ただどこまでも鈍く熱く、自傷行為で流す血のようにどす黒く紅い怒りが弾けた。
理性は感情に追い付けない。気付けば隣に座るちいさな女の胸倉を掴み上げ、床に引き倒していた。
「えっ――ぅ……ぁ……!?」
「はぁ、はぁ、はぁ……ッ!」
生まれついての気弱と人見知り。
要領も悪ければ度胸もないので、人を殴ったことなんて一度もない。
それでも今だけは、この時だけは、もう理屈じゃなかった。
「――――なにが、わかるの?」
「ひ、っ……!?」
涙を浮かべて怯えた顔をしている仁杜に、満天は震えた声音を絞り出す。
微妙に舌が回っていない。感情の制御が利いてない証拠だ。
格好は付かないが、だからこその生々しさがそこにはあった。
「会ったことも、ないくせに。喋ったことも、ないくせに。
どうせあの子のライブも歌声も、見たことも聴いたこともないくせに……!」
「ぇ、や、ちがう、ちがくて、えっと、えっと……」
ただ推しているだけじゃ分からない強さがあるんだと、彼女の"敵"になって初めて分かった。
輪堂天梨はすごいアイドルだ。彼女がトップアイドルであることを、それに触れたら二度と疑えない。
だからこそ超えたいと思った。あの子を超えることこそ、自分の目指した光に辿り着くことだと信じた。
友として語らい、悪魔として追いかける、もっとも優しき光の星。
彼女が自分に向けてくれた言葉、笑顔、魅せてくれた光のひとつひとつまで余すところなく覚えている。
「なのに――――」
それは満天にとって、きっと何物にも代えられない宝物で。
このいつ終わるとも知れない白昼夢を生きていくための、戦う理由のひとつで。
誰にも譲れない、触れられたくない、心のいちばん柔らかいところ。
天枷仁杜は、そこに土足で踏み入った。踏み入って、踏み荒らした。故にその無粋は、悪魔の怒りを買ったのだ。
「――――知った風な口で、私の友達を、語るなぁぁぁッ!!」
頭じゃ駄目だと分かってる。
でも、身体はそれで止まっちゃくれなかった。
左手で仁杜を床に押さえつけ。右手で拳を握り、掲げる。
こいつだけは、この女だけは、一発ぶん殴ってやらないと気が済まない。
ぶん殴って、謝らせてやる。
誰より優しくて、誰より傷ついてて、なのにそんなことまるで無いみたいに笑ってるあの子に――絶対、謝らせてやる!
後は振り下ろすだけ。そこで――
(……煌星さん、駄目ですッ!)
沸騰した脳さえ一瞬で冷ます、"プロデューサー"の声が聞こえたから。
ハッとして、ようやく止まる。その咄嗟の判断が自分の命を救ったことを、次の瞬間には思い知る羽目になった。
328
:
パンデモニウム・ソサエティー(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/13(火) 23:49:52 ID:heUWQ7pI0
「あれ。やめちゃうのかい?」
底冷えするような声が、響いて。
満天の肩に、誰かの手が触れた。
弾かれたように振り向けば、そこに立つのは金髪の優男。
ホストを思わせる甘いマスクと微笑み。あらゆる女の警戒心を刹那で解体できるだろう慈愛の貌の中で、両の眼だけが笑っていない。
「ムカついたんだろ? 殴ってもいいよ、別に止めない」
「ぁ……」
「どうしたの? やれよ。ほら、やれって」
本能が告げていた。
この男に逆らえば、自分は必ず殺される。
同時に確信もしていた。
さっき、自分にあの"闇"を与えたのは、この男だと。
「石ころの分際で、俺の星に汚ぇ手で触りやがったんだ」
背丈は精々百八十あるかないかという程度だろう。
長身だが、逸出しているとまでは行かない体格だ。
なのに満天の眼から見上げる彼は、天を衝く巨人の如く強大な何かに見えた。
分かるのだ。これは、ヒトが手を出していいモノではないと。
可能なら視界にも入らぬよう努め、生涯をかけてやり過ごすべき魔性であると。
「当然、酸鼻を極めた死を迎える覚悟もあるんだろう?
なら俺もその志を尊重しよう。さぁ、殴るといい。見ててやるから、命を懸けた勇気って奴を魅せてくれよ」
「ぅ――ぁ、……ひ――」
「ほら」
語りかけるその声が、否応なしに記憶の中のソレと重なる。
悪魔の声。暗闇から来る、破滅と絶望の象徴。
あの形なき影の声と、これの発するそれはひどく似ていた。
「早くしろよ。なあ」
戦え。
逃げろ。
思考中枢が下すいずれの指示も意味を成さない。
蛇に睨まれた蛙のように、全身の節々が硬直し固まっているからだ。
結局満天は、組み敷いていた女に力ずくで跳ね除けられるまで、振り上げた拳を一寸たりとも動かすことができなかった。
「ふ……、……ふええぇぇええぇえん……!! ロキくぅぅぅぅん……!!!」
「――――っ、あ……」
「こわかった、こわかったよぉ……! びぇえぇぇえぇぇん……!!」
不意の衝撃に押し出され、さっきまでの威勢が嘘のように情けない姿で床に転がった。
見上げる視界には、変わらず死の象徴として佇む英霊と、その背中に抱きついて泣きながらこちらを窺う仁杜。
憶えた怒りも捨て去らざるを得ず。ただ見上げるだけの満天を、仁杜のサーヴァントは鼻で笑って。
「よしよし、もう大丈夫だよにーとちゃん。俺の麗しの月、お姫さま。
ごめんな、怖い思いさせちゃったなあ。でももう大丈夫。ニセモノの星は俺が綺麗さっぱり掃除しとくからさ」
その悪意を隠そうともせず、穢いものを見るように見下ろした。
翳した右手に魔力が横溢していく。虚空に刻まれる異形は北欧のルーン文字。
「ヘタレ女が。一丁前にキレてんじゃねえよ、みっともない」
星を覆うものはいつだって闇だ。
こと煌星満天という星に関しては、特に。
ロキはそれを理解していた。だからこそ、刻まれたルーンが呼び出したのは生命を呑み喰らう深淵の常闇。
満天の四肢を臓腑を眼球を、抉り貪るべく無数の手々が殺到する。
満天も反撃しようと『微笑む爆弾・星の花』を放つ構えを取るが間に合わない。
為す術なく蹂躙される運命が確定した哀れな星は、手を突き出した格好のまま迫る闇に喰われかけて――
「無礼な。貴様――誰の許可を得て我が伴侶(ジュリエット)の前に立っている?」
肌に触れるか否か、その寸でのところで。
横から割って入った美男子の剛剣に助けられた。
329
:
パンデモニウム・ソサエティー(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/13(火) 23:50:32 ID:heUWQ7pI0
闇の腕々が一太刀にて断ち切られ、末期の蠢きだけ残して消える。
彼――ロミオは己が星の命を救った功績を誇るでもなく、美術品のような顔を赫怒で染めながらロキに斬りかかった。
振るわれるは恋の細剣(レイピア)。
受け止めるはウートガルザの王、その指先。
鬩ぎ合いは一瞬。すぐさまロミオが後ろへ退き、ロキは片腕に北欧の神器を現出させる。
「あー大丈夫大丈夫。心配無用だよ、愛する女を遺して早合点で死んだ間抜けの美男子くん。誰もそんなニセモノに横恋慕なんてしないからさ」
「――取り消せ」
「ああ、君ってそういう性癖なのかな? そっかそっか、なら仕方ない。素敵じゃないか応援してるよ。守られるしか能のないつまんねー雑魚じゃないと愛せないんだもんね。そんでもって、それを守る自分に酔い痴れるなんて実に高度な変態だ。
俺には到底真似できないや。割れ鍋に綴じ蓋とはまさにこのことだな。世の中には色んな趣味があるもんだなァ」
「黙れと言っているッ! その薄汚い口で、我が最愛のジュリエットを語るなど笑止千万だぞ――悪魔めッ!」
一触即発、いやそれを三歩は飛び出た崩壊の状況。
口角泡を飛ばすロミオの顔にもはや理性の兆しはない。
恋は盲目。想いを寄る辺に戦う狂戦士にとって、ロキの吐いた侮辱は決して聞き流すことのできないものだ。
一方のロキも発された気勢に臆するどころか、臨むところと悪なる凶念を編み上げて立ち塞がる。
片や妖星。片や月。
別の星の狂信者同士が対峙している以上、火蓋が切り落とされればもう穏便な結末を期待するのは不可能だ。
最悪、このホテルそのものが都市から消えることになる。
それぞれの星は、どちらも今まともに動ける状況ではない。
仁杜はロキに泣きついているし、そもそも彼女はこれを止めるタイプの人間性をしておらず。
満天は依然として忘我の境。得意の爆発も、この精神状態では轟きようがない。
すべてを台無しにして骨肉の争いが勃発する。それはもはや不可避かと、そう思われたところで。
「――――やめろカスども。誰の目の前で殺意撒いてやがる」
地獄の底から響くような、低く鋭い少女の声。
ロキ、ロミオ。眷属両者の瞳が咄嗟に声の方を向く。
瞬間迸ったのは斬撃だった。一切の容赦なく、首筋を切り裂かんと閃いた銀の軌跡。
防がない選択肢はない。
男達はまさに竜虎と呼ぶべき強者二柱であったが、その彼らでもこれを素で受けるのは分が悪すぎた。
ロミオは剣身で防ぎ、一歩下がり。
ロキは神殺しのヤドリギでつまらなそうに受け止める。
肉薄した状況に、英霊一体分の空白地帯が生まれた。
そこに躍り出、ふたりを物理的に阻む障壁となったのはトバルカイン。狂気も幻も、斬れば同じと豪語する殺戮の求道者。
330
:
パンデモニウム・ソサエティー(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/13(火) 23:51:39 ID:heUWQ7pI0
「この場の元締めはウチのマスターだ。そこのクズ女が使い物にならねえからな。
そのメンツ潰すような真似してンじゃねえ。警告するぞ、双方、それ以上一歩でも動けばこの場で解(バラ)す」
無駄口のひとつさえ許さないと警告する声音そのものが剣である。
更に言うなら、警告の対象は二騎の英霊のみではない。
仁杜に満天。事の発端になった星々にさえそれは向けられている。
「ガキじゃねえんだからよ、いちいち面倒起こすなやボケが」
チッ、と舌打ちをし、指で"下がれ"とジェスチャー。
本来ならロキもロミオも、この程度の脅しでは引き下がらないだろう。
特にロミオはバーサーカー。話の通じる相手では当然ない。
しかし守るべき星、麗しの君が射程圏内に収められているとなれば話は別だ。
狂戦士でさえ、いや或いは、恋に生きる益荒男だからこそより強く感知できる死の気配。
ジュリエットの鮮血という最悪の未来は、言葉も武力も物ともしない彼にさえ圧力として機能した。
やり口としては完全にヤクザ者のそれだが、だからこそ破局へ向かう熱狂を沈静化させるには最適だったらしい。
「――失礼。弊社のアイドルが場を乱したようで」
「……いや、今のはこっちが悪いです。すみません、後でよく言っときますから」
場が収まったのを確認し、ファウストと小都音が互いに詫びを入れる。
これでひとまず、この場は手打ち。
そうしなければどちらにとっても損しかないと分かっているから、双方共に異論はなかった。
「話し合いに関しては先の形で落着としましょう。
こちらはあなた方と組まないが、しかし協調の余地は残しておく」
小都音は気まずさを感じながらも、ええ、と頷いた。
話は通せた。アクシデントはあったが、心象を理由に判断するタイプでなかったのが救いだ。
仮にファウストがロキやあの魔女のように過激に灼かれている手合いだったなら、小都音の努力はすべて水泡に帰していただろう。
――とはいえ、満天との間に遺恨を残す形になってしまったのはやはり少々具合が悪い。
此処に関しては、今後の時間と関わりで解決していけることを祈るしかなかった。
「ついては、我々は此処を去ります。
当て付けのような物言いにはなりますが、いささか危険な状況ですのでね」
「それは……うん。重ね重ね本当にごめんなさい」
「こちらに私用のアドレスを記載しておきました。
状況が落ち着いた時で構いませんので、後ほどご連絡いただければ幸いです」
ファウストが差し出してきた紙を受け取る。
心臓が何個あっても足りないような綱渡りだったが、とりあえず成果は得られた。
この聖杯戦争において、〈はじまりの聖杯戦争〉の関連人物に関する情報は値千金の価値を持つ。
祓葉を中心に廻る運命の役者ども。彼ら彼女らの攻略なくして、都市で未来を語ることは不可能だ。
「行きましょう、煌星さん。それにバーサーカーも」
「……、……」
ファウストに促され、満天は俯いたまま立ち上がる。
ぺこ、と小都音の方に頭を下げ、足早に彼へ続いた。
ロミオはその背中を守るように歩き、最後に一度だけ、ロキ達の方を振り返る。
「剣士のお嬢さんに感謝することだ、下郎。
君は僕の"愛する者(ジュリエット)"を愚弄した――――次は討つ」
「おーこわ。さっさと尻尾巻いて帰れよ三下。
ロミジュリ担当は俺達でもう間に合ってんだ。シェイクスピアの骨董品がいつまでものさばってんじゃねえっての」
チャキッ、と、トバルカインの刀が苛立たしげに音を鳴らす。
一触即発、眷属達の諍いは火事になる前になんとか収拾した。
悪魔たちは踵を返し、万悪蠢く伏魔殿を生きて後にする。
それが、蝗害の導いたゲリラライブの顛末。
互いに少しの益と、断絶の傷を残して――双星の接近というビッグイベントは、互いに相容れぬまま幕を閉じた。
◇◇
331
:
パンデモニウム・ソサエティー(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/13(火) 23:52:37 ID:heUWQ7pI0
「……で、ファンの前で散々に"推し"をこき下ろしてブチ切れさせたと」
「うん……」
「バカだねぇ……本当に、あぁもう本当に、めちゃくちゃバカだねぇ……!!」
「ひぎゅぅううぅ……。で、でもでもっ、ぜんぜんそんな素振りなかったんだもん……!
煽るつもりとかなくて、満天ちゃんはあの炎上アイドルよりすごいよーって褒めてあげるつもりで……」
「何かを褒める時に何かを下げるのはやめなさいバカ!! そんなだからしょっちゅう炎上するんだよ!!」
むにーーん……と、仁杜の両頬を左右に思いっきり引っ張りながら小都音はキレていた。
成人女性とは思えないもちもちほっぺはとってもよく伸びる。
もういっそどこまで伸びるか試してやろうか、そう思うくらいには今の小都音はお冠だった。
今回ばかりは多少の体罰も許される。いいや許して貰わなきゃ困る。
何せ、本当に生きた心地がしなかったのだ。
人が英霊相手に胃の痛い交渉をしてる横で、まさか相手のマスターの地雷原でタップダンス踊り出すとは思わなかった。
交渉が破談になるだけならまだ良し。最悪、完全に決裂して殺し合いになっていた可能性さえある――というか事実そうなりかけていた。
トバルカインがあの魔人どもに割って入れる強者だったから何とかなったようなもので、そうでなければ冗談抜きに終わっていただろう。
少なくとも煌星満天の主従とは今後一切友好的な関係を築けず、それどころか討つべき集団として敵視を食らったことは想像に難くない。
となれば彼らが狂人ノクト・サムスタンプをこちらにぶつけようという発想になるのは自然な流れであり、一体どれだけ不毛な戦いをする羽目になっていたことか考えただけでも恐ろしい。
なので今回のやらかしに関しては、殊更に厳しく行くことに決めた。
べちんべちんとメモ帳で頭を嬲りながら、小都音は日頃の恨みもそこそこ込めて折檻に勤しむ。
「ひぃ〜〜〜ん……! ロキくん助けてぇ……!! ことちゃんに殺されるぅ〜……っ」
「すぐ保護者に頼らない! 大人しくべちべちを受けなさいこのクソニート!!」
「あっ、うぁ、へぶっ、うぶっ、んびゃっ、ぴゃふっ」
とにかく、最低限丸く収まってくれてよかった。
自分を褒めてやりたい。後、トバルカインには後で何か好きなものを奢ってあげようと思った。
安堵と怒りに荒ぶる小都音に、肩を竦めながら近付く影がひとつ。
「おいおい、そんなに叩いてにーとちゃんの頭がバカになっちゃったらどうしてくれるんだい?」
「もうバカだから少しでもマシになるように叩いてるの」
「はぁ〜、これだから野蛮人は……。よしよし、今助けてあげるからねラブリースウィートマイハニー」
「あっ、ちょっと!」
ひょいと仁杜をお仕置きの渦中から抱えあげ、よしよしとあやし出すロキ。
不満を顔中で表明しながら、小都音は彼を睨みつけた。
ロキはもちろんどこ吹く風だ。えーん;;と縋ってくる仁杜を愛でながら、白々しくぴろぴろ口笛を吹いている。
332
:
パンデモニウム・ソサエティー(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/13(火) 23:53:25 ID:heUWQ7pI0
「ていうかあなたにも言いたいことあるんだからね、キャスター。すぐ喧嘩売って事大きくするのやめて欲しいんだけど」
「職業病。でもさっきのはそれ以前にまずライン超え。自分のマスターが手あげられて動かない英霊はいないよ」
「……それはそうだけど。でも、そもそも悪いのはにーとちゃんの方でしょ。もうちょっと穏便に諌められたんじゃないかって言ってんの」
「俺にそんな殊勝さ期待されてもな。大体、俺が出るようなコトになってた時点で君の監督責任じゃない? 大変だね、引率役はさ」
許されるなら横っ面を一発ぶん殴ってやりたい気分だった。
恐らくその発言が、ファウストの評を聞いた上でのものだと分かってしまうから尚更だ。
何が質悪いって、これを言われると小都音としては言い返せない。
ファウストが指摘した通り、この集団には致命的な欠点がある。
各々の個我が強すぎる一方で、それを監督できる人間が圧倒的に足りていない。
多少社会経験があるというだけの自分以外に、集団を引率できる者がいないのだ。
いかに強大な戦力があっても、そこに付け込まれれば一気に瓦解する不安定さを秘めている。
さっきの騒動などまさにその顕れだ。小都音にもう少し能力があれば、仁杜の暴走とロキの蛮行を諌めつつ、もっとつつがなく話を進められただろう。そうなればもっと議論を深め、予想もつかない成果を得ることもできたかもしれない。
「それに、ことちゃんの考えはズレてる」
「……どういうこと?」
「良いとか悪いとか、そんな話じゃないんだよ。
空が曇って雨が降ってきたとして、そこに責任を求める奴がいたとしたら馬鹿だと思って笑うだろ?
真の星が何をしようが、人はそれを善悪を以って論ずることなんかできない。
〈恒星〉っていうのはそういう存在だ。にーとちゃんの取った行動がすなわち法となり、理になるのさ。その存在と影響にあらゆる異論は認められない」
……またわけの分からないことを言い出した。
小都音の感想としてはそれだったのだが、ロキにふざけている様子はなかった。
いつもの薄笑みを浮かべながら、至って真剣に、星とは何ぞやを説いている。
「俺達の眼で見れば蛮行だろうが、この子にとっては関係ないんだ。
夜空の月に限界は存在しない。
際限がないからこそ、月は極星に並び得るんだよ」
「……それは」
問おうとして、一瞬躊躇した。
軽率に口にできる言葉ではない。
相手は月の眷属。自分と同じ、されど仁杜の敵をあまねく鏖殺する力を秘めた巨人王。
もしその地雷を踏ん付ければ、殴られるくらいでは済まないと分かる。
しかしそれでも、やはり訊いてみることにした。
知りたかったのだ。
このウートガルザ・ロキが、"彼女"についてどう思ったのかを。
「さっき、煌星満天がやってみせたみたいに?」
「――――」
誇張でなく小都音の命運を分かつ沈黙が流れる。
されど幸い、その問いが彼の逆鱗に触れることはなかった。
それどころか、身構えていた側からすると拍子抜けするほど穏やかに。
あっさりとロキは、小都音の質問に頷いてみせたのだ。
「そうだね。さしもの俺も、少し認識を改めた」
333
:
パンデモニウム・ソサエティー(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/13(火) 23:54:25 ID:heUWQ7pI0
「……そっか。やっぱり"そう"なんだね、あの子も」
「あの子"も"っていうのは違うな。
アレは贋物だ。ただし、本物に迫るほどの可能性(かがやき)を持っている」
ウートガルザ・ロキは天枷仁杜の狂信者である。
彼がどれほどこのお姫さまと共鳴しているかは、その異常な強さが証明していた。
夢見るが故の全能。生まれ落ちた月の落胤、いつかの可能性を先んじて物語るが如く。
その彼が他者を、ましてや競合の星を高く評価するなど些か不自然に思える。
少なくとも小都音にとってはそうだった。
「茫洋と夜空に在りて理を狂わせる宵の月とは違う、破壊と躍動の妖星だ。
この聖杯戦争のはじまりが神寂祓葉であるならば、煌星満天はきっと一番オリジナルに近い」
白い極星・神寂祓葉が、あまねく理を破断するように。
闇の妖星・煌星満天は、自分に迫った現実を爆破する。
言われて気付くその類似点。月に焦がれながら、巨人の王は油断なく銀河の彼方を見つめていたのだ。
「もし完成すれば脅威だよ。ああいうタイプは俺のやり口と相性が悪い。
許されるならさっき殺しておきたかったんだけどね、誰かさんが怒りそうだから」
「……そりゃね。あなたも知ってるだろうけど、私は別に聖杯戦争を勝ち抜きたいわけじゃない」
「重々承知さ。にーとちゃんの手前許してやってるが、本当なら笑っちゃうほど度し難い腑抜けた考えだからな。それ」
「はいはい、甘ちゃんで悪うござんしたね……」
とはいえ、ロキの言うことも一理ある。
〈蝗害〉の反発が怖いが、あの時満天を殺しておくべきだったのではないか――という考えは実のところ小都音にもあった。
もっともそこへ踏み切れないのが、高天小都音という女の月並みな部分。
星の眷属でありながら、ロキやイリスのような狂信に至らないという稀有な才能であるのだったが。
「ところで、なんかずいぶん優しくなったね」
「ん? 何が?」
「あなたがにーとちゃん以外の誰かを褒めるなんてないと思ってた。
正直ちょっと疑ってるんだけど。"また"ヘンなこと企んでるわけじゃないよね?」
「非道い言い草だな。まあ言われても仕方ないけど」
ロキは依然として傲慢の極致。
仁杜以外の星を贋物と断じ、己以外の英霊を骨董品と侮蔑することも憚らない。
底なしの悪意で万物万象を嘲弄する者。それがウートガルザ・ロキという英霊だ。
が。その彼がどういうわけか、他者への評価なんてものを口にするようになった。
一体どんな心変わりだと、小都音が怪訝な顔をするのも無理からぬこと。
ロキのような男がそんな殊勝な姿を見せてくるのは、率直に言って不気味である。改心などするタマでもあるまいに。
正面からそう指摘されたロキはからからと笑い、答えた。
「別に大した理由でもない。
俺だって必要なら警戒するし、万全も期すよ。
普段ビッグマウスやってるのに、いざって時に油断慢心でやらかす男なんて幻滅モノだろ?」
「……じゃあ、いよいよそういう状況になってきたってことか」
「正解。ことちゃんも気付いてるだろうが、悪魔ちゃん以外にも面白いことになってる奴はいる。俺達のすぐ近くにね」
魔女を追って出ていった、威風堂々という言葉の似合う少女の顔が脳裏に浮かぶ。
トバルカインの認識は正しかった。既に変調は兆しどころでなく顕れている。
願わくば、それが獅子身中の虫にならないことを祈るばかりだったが――ロキがその気になっているという時点で、そこの望みは薄いかもしれない。
「あっちが期待に応えてみせた以上、此処で出し渋るのはエンターテイナーとしての矜持に悖る」
ウートガルザの王はステージスターだ。
神すら騙し、世界をも意のままに踊らせる奇術師の極み。
どれだけ悪魔じみた所業・言動を繰り返そうが、彼の骨子はそこにこそある。
三日月を描く口元は世界が終わるその日でさえ不変。誰にもロキの邪悪を崩せない。
「――――だから此処からはガチで行こう。月の相棒らしく、我らが姫の敵を鏖殺してみせるともさ」
これまで見せた跳梁など所詮は序章に過ぎない。
星間戦争の過熱を歓迎して、月の奇術師は己が神代(ユメ)を開帳する宣言をした。
334
:
パンデモニウム・ソサエティー(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/13(火) 23:55:08 ID:heUWQ7pI0
小都音は呆れたように息を吐く。
どうやら、自分の心労は当分尽きてはくれないらしい。
酩酊に加えさっきの出来事ですっかり疲れ果てたのか、月の姫はロキの腕の中ですやすや寝息を立て始めていた。
起きたらもう一発くらいひっぱたこうと思う、小都音なのだった。
◇◇
無料提供の珈琲を啜り、心と身体を休める。
考えることはいっぱいだ。が、考えすぎても仕方ない。
この状況だからこそ休める時にはしっかり休むのが肝要だ。
そう思っていると、小都音の隣にトバルカインが座った。
行儀悪く足を組み、もちゃもちゃとキャラメルの入ったチョコバーを頬張っている。
此処に来る前コンビニで調達したものだ。
この刀鍛冶はすっかり現代の甘味にハマっているらしく、こうしていると見た目通りの幼女にしか見えない。
「なあ、コトネ」
「んー……?」
ずじじ……と、珈琲をまた一口啜りながら答える。
いつもはブラック派なのだが、今回は多めに砂糖を入れている。
少しでも頭の回転を助けてくれるのを期待してのことだ。
プラシーボ効果も意外と馬鹿にならない。頼れるものにはなんでも頼ってみようという腹である。我ながら凡人らしい発想だと思う。
「やめるなら今の内だぞ、これ」
「……これ、って?」
「お前がやれって言うなら、すぐにでもニートも薊美もブチ殺してやるよ」
まるで世間話でもするみたいに発された物騒な発言に背筋が強張る。
ロキと同じだ。英霊の言うこの手の発言は、冗談か本気か分からない。
「さっきのアイドル女も今から追いかけて殺してやる。
色ボケバーサーカーをバラして、眼鏡野郎の首刎ねりゃ星だろうが何だろうが丸裸同然だろ。
私なら全員十分でやれるよ。そうすりゃお前は自由だ。もうバカ共のために腹痛める理由もねえ」
「一応聞いとくけど、冗談だよね?」
「本気だよ。伊達や酔狂でこんなことは言わん。お前にいつ命令されてもいいように、ずっと準備だけはしてるからナ」
もちゃもちゃ。もにゅもにゅ。
可愛らしい咀嚼音と共に紡がれる殺人計画。
原初の鍛冶師(トバルカイン)。人を殺すということの極みに達した女のそれには、魂の凍るような説得力があった。
自分が一言でも頼めば、彼女は本当にそれを実行へ移すだろう。
一切鏖殺、待ったなし。
錬鉄された死は都市を蹂躙し、数多の命が露と散る。
彼女にはそれができる。生き竈の剣が未だ血に濡れていないのは、マスターが小都音だからだ。
そして小都音には、いつでも彼女という暴力装置の起動スイッチを押すことができる。
それはこの世界でただひとり、高天小都音にだけ許された権利だった。
335
:
パンデモニウム・ソサエティー(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/13(火) 23:58:06 ID:heUWQ7pI0
「どしたのさ、いきなり。無茶させすぎて怒らせちゃった?」
「そういうわけじゃないよ。ただ、お前がこんな背負う必要があるのか疑問でね」
「――にーとちゃんのこと?」
「それもそうだし、薊美やロキ野郎のこともそうだよ。
どいつもこいつも好き勝手やりやがって、そのくせ面倒は全部お前任せ。
見てて気分いいもんじゃねえ。私も人のことは言えねえけどナ、とんだクズどもが集まったもんだよ」
これは大変だぞと思って理由を聞いてみて、思わずぽかんとしてしまう。
「……心配してくれてたの?」
「は? 違うし。そんなんじゃないが?」
「心配してくれてたんだ」
「おい、あんま言うとお前から殺すぞ」
実際、大変であることは否定しない。というかできない。
やりたい放題な彼女達に言いたいことは山ほどある。
自分に何かあれば全体が立ち行かなくなるのだと改めて他人から指摘され、プレッシャーも正直すごい。
全部投げ出して自分のために戦えたらきっと楽だろうなとも思う。
けれど、それでも、トバルカインに返す言葉は決まっていた。
「ありがとう。でも、今はこれが私のやりたいことだから」
「……ま、言うと思ったよ。そんなに良いかね、あのクソニートが」
「あれで結構いいとこあるんだよ」
「人間誰でも美点のひとつふたつはあるだろ。ねえのはロキ野郎くらいのもんだ」
「それに――私がいないと、あの子ひとりになっちゃうから」
星とか、眷属とか、そういう話は実は結構どうでもいい。
だから自分は、彼女に狂わされていないのだろう。
天枷仁杜。夜空の月、自堕落なお姫さま。
あの子を嫌う人間はたくさん見てきた。
理解しようとした結果、ふるい落とされた人もだ。
最高学府に一夜漬けでフルスコア入学した頭脳を見初めて、かいがいしく世話を焼いていた教授はある日突然大学をやめてしまった。
私には、彼女のすべてが理解できない。職を辞す前日、肩を落としてそう言った恩師の顔は今も忘れられない。
仁杜は普通の人間ではない。
そういう範疇の、はるか外側で微睡む存在。
何故自分のような凡人が振り落とされず、狂いもせずにその隣に居続けられてるのか、理由は皆目分からないが。
「親友なんだよ。私の、世界でいちばん大事な相棒なんだ」
ならその分不相応な幸運を、命尽きるまで甘受しよう。
――天枷仁杜の友達として、孤独なお姫さまの傍にいたい。
せめて自分の隣でだけは、あの子がいつまでも笑えるように。
クズでもわがままでも何でもいいから、ありのままのカタチで過ごせるように。
「あの子のためなら、私は星屑にだってなっていい」
与えられた、選択の権利。
身の丈に合わない"責任"か、すべてを投げ出す"自由"か。
高天小都音は、改めて前者を選んだ。
月の光に照らされながら、星辰の物語に身を投じることを決めた。
トバルカインの喉が動く。
チョコバーの最後の一欠を嚥下して、甘ったるいため息をついた。
救いようのない馬鹿に呆れるように、そしてそんな馬鹿を見捨てられない自分自身へもそうするように。
「後悔すんなよ」
「しないよ。振り回されるのは慣れてるから」
――何せ、中学からの付き合いだからね。
そう言った小都音に、トバルカインはもう何も言わなかった。
彼女は刃で、仕事人だ。クライアントの意向がそれであるなら、後は殉ずるのみ。
(あーあ。つくづく、面倒な職場に呼ばれたもんだナ――)
優しい女の暴力装置は独りごちる。
手には凶刃。その刃はまだ今暫く、頑固で不自由な片割れのために。
面倒だなんだと愚痴を垂れても、結局なんだかんだで、このお人好しな依頼人のことを見捨てられない。
トバルカインは自他共に認める人でなしの殺人鬼だが、彼女も大概、"義理"という不自由に縛られた生き物なのだった。
◇◇
336
:
パンデモニウム・ソサエティー(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/13(火) 23:59:30 ID:heUWQ7pI0
うまく抜け出せてよかったと、楪依里朱は安堵していた。
色間魔術は万象を二色の色彩で定義し、そこに神秘を見出す思想の結実。
これを利用した土地そのものから魔力を吸い上げての自己回復は、イリスが自ら開発した虎の子だ。
まさかこんな序盤で使う羽目になるとは思わなかったが、やはり備えあれば憂いなし。
シストセルカの無茶でごっそり持って行かれた魔力を全快とは行かずとも、粗方補うことができた。
高乃河二に撲られた腹はまだ痛むが、それでもだいぶマシになっている。
これならもう庇護下に置かれずとも、十分に聖杯戦争を続行できる――となれば、あの伏魔殿に長居はもはや無用だった。
「煌星満天。本名、暮昏満点……」
歩きながら片手で弄ぶスマートフォンの画面には、アイドルの情報を羅列したwebサイトが表示されている。
昨今ではプライバシーの観点で本名までは出てこないことも多いのだろうが、『煌星満天』は活動歴だけならそれなりだ。
だからか、検索すればそれほど労なくパーソナルな情報に辿り着くことができた。
「……暮昏。はあ、なるほどね。
またけったいな名前が出てきたというか、なんというか」
聖杯戦争に参戦するにあたり、現地近郊の魔術師の家柄は粗方調べた。
その際に目にした名前のひとつに、『暮昏』の名はあった。
イリスは最初、暮昏は恐らく候補として名乗りを上げると思っていたし。
それは何も彼女に限った話ではないだろう。もっとも、蓋を開けてみれば〈はじまり〉に集った七人の中にその名前は存在しなかったわけだが。
「――――ふざけやがって」
吐き捨てるように毒づく。
この都市は、どこまでも自分をおちょくるのが好きらしい。
星、星、星。それが何かも知らず好きに語る恥知らずばかり。
あれしきの輝きで、癇癪任せの躍動だけで、あの祓葉に対抗できると考えるその浅はかさに虫唾が走った。
楪依里朱は煌星満天という、第三の資格者を受け入れない。
ノクト・サムスタンプが輪堂天梨を否定し、蛇杖堂と赤坂が資格者は現れずと断じたように。
ホムンクルス36号がそうしたように――魔女は、悪魔を認めない。
アレが星などであって堪るものか。
浅はか、ああ浅はかの極みだ。
いずれ現実を知るだろう。その時こそ、あの恒星気取りの小娘は跪いて絶望に喘ぐだろう。
滅びるがいい妖星。おまえはどこにも辿り着けないし、尊いものなどである筈もないのだから。
じゃあ。
あの、月のような女は?
「あ。良かった、間に合った」
不愉快な思考に脳を回しかけたその時だった。
裏口からホテルを出て、いざ立ち去らんとする背中を呼び止める声があった。
仁杜のものではない。小都音のものでもない。
凛とよく通る、自信と自負に磨き上げられた声音。
「どこに行くんですか、いーちゃんさん。お姉さんがまた泣いちゃいますよ」
伊原薊美。
代々木公園で、自分に神寂祓葉とは何者なりやと問うてきた女。
イリスは内心の不快を隠さずに、振り向いた先の彼女へ口を開く。
337
:
パンデモニウム・ソサエティー(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/14(水) 00:00:15 ID:bH7DGun.0
「私がどこに行こうが勝手でしょ。あんなぬるま湯みたいな空間に長居なんてできるかっての」
「でしょうね。私があなたでもそうしたかも。そのくせ戦力だけは馬鹿げたくらい充実してるから厄介ですよね」
「そうね。で? 無駄話は趣味じゃないんだけど」
白黒の魔女は誰もが認める激情家である。
祓葉に灼かれてからは、特に酷い。
何気ない会話の中に無数の地雷が隠れていて、ひとつでも踏み抜いたら魔女は容赦なく殺しに来る。
薊美もその危険は承知しているだろうに、今、茨の王子に臆した様子は微塵もなかった。
「勘違いしないでほしいんですけど、別に引き止めに来たわけじゃないですよ。
私としても正直、あなたと〈蝗害〉は時限爆弾みたいでぞっとしなかったんです。
なので消えてくれるのはむしろありがたい。どうぞご自由に、どこへなりと行ってください」
「そりゃ何より。じゃああんたは私のお見送りにでも来てくれたってわけ? はっ、そんな殊勝なタイプには見えないけどね」
「ええ。お察しの通り、違います」
イリスの眉がぴくりと動く。
彼女は戦争を知る者だ。だからこそ、既に気付いていた。
伊原薊美。少なくとも先刻は、ごくありきたりな"あてられた"人間のひとりでしかなかった彼女の総身から滲む――
「いーちゃんさん。いえ、楪依里朱さん」
――闘志のようなものを、感じ取ったのだ。
普通に考えれば、それはあり得ないこと。
まず、そうすることに意味がない。
まったくの無益。百害あって一利なしと言う他ない行動。
だが薊美はその常識を、林檎のように踏み潰して。
「私と、勝負してくれませんか?」
緊張など欠片も感じさせない微笑みと共に、あり得ない申し出を告げた。
沈黙が流れて、次に響くのはイリスの乾いた笑い声。
「はっ。何を言うかと思えば……」
元の造形がいいから、魔女の笑顔は実に絵になった。
薊美も弩級の美形だが、イリスのそれはまた種別が違う。
より少女的で、初々しい青さを感じさせる顔だ。
しかし次の瞬間。チャンネルを切り替えたように表情は消え、能面のような無表情で魔女の眼光は薊美を貫いた。
「死にたい――ってことでいいのよね?」
響き渡る羽音が、破滅の到来を静かに告げる。
怒り、殺意、あらゆる負の想念がオーラとして滲み出たかのように、イリスの背後に生じる黒茶二色の旋風。
大地を都市を人を神を、視界のすべてを餌と認識して食い尽くす暴食の軍勢が展開されようとしている。
338
:
パンデモニウム・ソサエティー(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/14(水) 00:01:02 ID:bH7DGun.0
〈蝗害〉の物量は、この聖杯戦争において並ぶ者のない頂点だ。
ロキや満天と、相性を活かして彼らに食い下がったものは確かにいる。
だが逆に言えば、そうした一芸でもない限り正攻法での〈蝗害〉攻略は依然として不可能に等しい。
イリスが黒き死を解放すれば、悪名高き騎兵隊はまさしく波打ち際の砂の城同然だ。
少なくとも現状では万にひとつも勝機はない。薊美もそれは分かっている。分かった上で――茨の王子は動じない。
「まさか。ちゃんとした殺し合いでイリスさんに勝てるなんて思ってないですよ。
理想と現実は分けて考えないと。私の手持ちの戦力じゃ、逆立ちしても蝗さん達には勝てないでしょう。
無駄です、無駄。無駄なのは嫌いなんです。なんかこういう漫画の主人公いましたよね。お姉さんなら知ってるかな」
「おちょくってんの?」
これ以上無駄口を叩けば、それすなわち開戦の合図とみなす。
イリスは端的な言葉で、そう示した。
薊美が肩を竦める。代々木公園の時とはまるで立場があべこべだった。
「殺し合いじゃなくて、あくまでお遊びの"勝負"ですよ。
私とあなたで一対一、サーヴァントの介入はお互い無し。
ただそうですね、遊びの範疇を超えると彼らが判断したその時だけは、止めに入ってもいいものとする。これでどうですか」
「…………お前、何考えてんだよ」
薊美の説明は、かえってイリスの困惑を深めさせるだけとなった。
それもその筈だ。何から何まで意味が分からない。
何故このタイミングで、マスター同士で命も懸けない勝負などしなければならないのか。
第一彼女は昼間の喫茶店で、自分が英霊相手にも抗戦できるだけの力を持つことを知っている筈だ。
百歩譲って上記二点はいいとしても、イリス側にルールを守ってやる理由が欠片も存在しないのは不可解すぎた。
どうあがいても薊美とカスターでは〈蝗害〉に勝てないのだから、話など聞かずにすり潰すと言われたらそれでおしまいではないか。
何なら今この瞬間にそうしてやってもこちらはいいのだ。不都合なんて何ひとつありはしない。
怪訝な顔をするイリスの考えを見透かしたように、薊美は続ける。
「大丈夫。私は、イリスさんがズルいことなんてしないって信じてますよ」
だって。
王子の口元が、にぃ、と吊り上がった。
爽やかな気風と、女の情念を綯い交ぜにした――魔女のような、顔だった。
「それをしたら、認めることになる。
神寂祓葉を知り、その輝きに灼かれ、取り憑かれた燃え殻のあなたが。
私という新たな星/主役(スター)が現れたって――認めることになるでしょう?」
瞬間。
イリスの放つ殺意の桁が、目に見えて危険域まで跳ね上がった。
339
:
パンデモニウム・ソサエティー(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/14(水) 00:01:37 ID:bH7DGun.0
肌を突き刺し、鳥肌を粟立てさせ、心拍数を加速させる本物の殺意がそこにある。
噴火寸前の活火山のような災厄の気配は、薊美の言葉が魔女にとって無視できない棘であったことを雄弁に物語っている。
「……思い上がってんなよ、端役の雑魚屑が。
祓葉にビビって震えてたモブ女が、誰に何を認めさせるって?」
これに限っては、相手がイリスか否かは関係ない。
〈はじまりの六人〉は呪われている。賢者も愚者も破綻者も、誰もが白き光に取り憑かれている。
故に彼らの感情、行動は意図の有無に関わらず根源たる太陽の方に引き寄せられていき。
太陽たる神寂祓葉の名前が話に絡んだ瞬間、彼らは途端に狂人の顔を出す。
そういう生態なのだ。その点、薊美の挑発は最短ルートでイリスを乗らせる妙手だった。
「始める前にひとつだけ。
あなたがこっそり私達の前から消えようとしたのって、本当にただ居心地が悪かっただけですか?」
無論――薊美としても、見かけほど涼しい心境で臨める勝負ではない。
何しろ相手は本物の魔人。死を超えて黄泉返り、都市を闊歩する狂気の衛星が一。
言葉の楔がちゃんと機能して、〈蝗害〉を封じられたとしても、これが死線であることに変わりはないのだ。
カスターが止める間もなく、白黒の秘儀が自分の身体を千々に引き裂くかもしれない。
今まで臨んだどの舞台よりも緊張する。
失敗を許容したことなど人生で一度たりともないが、今回はそれとは次元が違う。
だからこそ意義がある。薊美は虚空に手を伸べ、封じていた刀身を引き出した。
破滅の枝。取り出しただけで周囲の空気が塗り替わるのを感じる。
神殺しの王子たる自分に相応しい、巨人王からの贈り物だ。
これを片手に担って、我が身はスルトの偉業を再演する。
「違いますよね。これ以上あそこにいたら、好きになっちゃうからでしょ」
イリスの顔に、単なる激情でない緊張が走る。
薊美が抜いた"神造兵装"の脅威を感じ取ったのももちろんあるだろう。
でもそれだけじゃないんだろうなと、薊美は思っていた。
観察眼は女優に求められる必須技能。青臭い癇癪持ちの娘ひとり見誤るようでは、茨の王子は務まらない。
「お姉さんのこと、大事に思っちゃうから抜けたんでしょ。違いますか?」
まあ、仕方ないですよ。
綺麗ですもんね、あの人。
本当に、見惚れちゃうくらい。
面白いですもんね――――月のお姫さまは。
340
:
パンデモニウム・ソサエティー(中編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/14(水) 00:02:08 ID:bH7DGun.0
嘲りでなく、どこか同情するように言う薊美に。
イリスはもう一度沈黙し、くしゃりと髪の毛を握った。
刹那、地面の色彩が侵食されていく。
無骨なアスファルトに展開される黒と白のチェスボード。
姿を現しかけていた蝗の群れは引っ込み、代わりに魔女の秘儀がヴェールを脱ぐ。
「ああ、認めてやるよ。あんたは本当に見違えた。
公園で泣きべそかきそうな顔してたのが嘘みたい。
だからそうだな。自分でもらしくないと思うけど、敬意って奴を示してあげる。
見事だよ、凡人どもの王子さま。その躍進に敬意を評して――」
怒りという感情は、一周回ると逆に激しさを失うらしい。
薊美自身、それは知っている概念だったが。
改めて目の当たりにすると、やはり戦慄を禁じ得なかった。
あんなに怒っていたイリスの顔に、静かな笑みが浮かんでいる。
とても穏やかな顔なのに、ああどうしてだろう。
それが、今まで見た彼女の顔の中でいちばん怖い。
「――肉片も残さず殺してやるよ。かかってきな、雑魚が」
勝負は成立した。
聖杯戦争においては異例も異例、英霊を排して行う一対一のタイマン勝負。
賭けるのはプライド。己を己たらしめる魂の屋台骨。
故に今宵の敗北は――命よりも重い。
挑むは茨の王子。受けて立つは白黒の魔女。
その戦いは伏魔殿の裏手にて、燃え上がるように幕を開けた。
◇◇
341
:
パンデモニウム・ソサエティー(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/14(水) 00:03:03 ID:bH7DGun.0
一歩を踏み出し、踵を鳴らす。
それを以って回路を開く。
魅了するためでなく、戦うための炎を引き出す。
呼応するように、右手に担う剣が感光した。
神殺しの王子のみが振るうことを許される、黄昏の剣。
かつてひとつの神代を終わらせた一振りが、鋼の恒星(ペーパー・ムーン)の求めに応える。
次の刹那、魔女に向けて薙ぎ払うことに躊躇はなかった。
大気が焦げる音。焼殺の炎が、夢見るままに現実を侵蝕する。
「――――なるほどね」
迫る火を阻んだのは、やはりと言うべきか色彩の壁だった。
白と黒。魔女は色彩(いろ)に愛されている。
網籠のように隙間なく組み合った黒白が、薊美の炎を阻んでいた。
「悪魔と契約したのね、あんた。
酔狂なこと。そんなにもこっちの芝は青く見えた?」
が……その拮抗は程なくして崩れ始める。
鋼鉄も超高温の溶鉱炉では形を失い出すように。
強靭な壁として立ち塞がった筈の黒白に、やがて赤色が混ざり始めたのだ。
これには薊美の方が驚いた。
疑っていたわけではないが、やはりこうして実際目の当たりにすると圧倒されるものがある。
――本物だ。ロキの言葉に嘘はなかった。この剣は、すべてを叶える力を秘めている。
自分が望むすべての願いを。この身が描くすべての夢を。夢見る限り際限なく実現させる、破滅の枝(レーヴァテイン)。
「爆ぜて、スルト」
躊躇はない。
そんなものを残しておけるほど自分が月並みだったなら、そもそもこんな舞台に立ってなどいないのだから。
主の命を受けた炎剣は、速やかにそれを果たした。
刀身から放たれる炎が、まるでガソリンでも注がれたように爆発的に強化され、激流と化して目の前の白黒を打ち破ったのだ。
まさに圧倒的火力。
これを放たれて生き延びられる魔術師の方が少ないと断言できる。
茨の王子がその心に飼う激情を形に起こしたような、破滅そのものの大火炎。
人体など消し炭どころか、原型も残さずこの世から抹消できるだろう灼熱を揮っておきながら。
しかし薊美は当然のように確信していた。
まだだ。まだ終わっていない――その直感は的中し、王子の命を救う。
焔の波を切り裂いて、視界すべてを覆うような白黒の波濤が薊美に向けて殺到したからだ。
342
:
パンデモニウム・ソサエティー(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/14(水) 00:03:37 ID:bH7DGun.0
「ッ……!」
咄嗟にレーヴァテインを水平に構え、炎を吐かせながら波を凌ぐ。
夢幻なれど神造兵装。薊美が薊美である限り、剣は担い手の彼女へ応え続ける。
そうして凌ぎ切った瞬間、薊美は自分へ迫ってくるイリスの姿を認めた。
「舐めんなよ」
その手に握られているのは、白黒の大剣だった。
昼間、喫茶店での戦闘でも垣間見せた創造。
宝具の域にさえ手を掛ける、色間魔術のひとつの極致である。
何とか打ち合うことには成功したが、代償は大きかった。
(重い……!)
そう、重い。
腕が痺れる、骨が軋む。よもや折れたのではと杞憂したくなるほどの重量。
イリスの細腕から出力されたとは思えない威力に、薊美は歯噛みした。
魔術だけでなく、剣まで使えるとは想定外だ。
だが、どこか違和感のある動きだった。
あまりにも動作のひとつひとつが最適化され過ぎている。
無駄がなすぎて人間味が感じられない。不気味の谷という言葉を思い出した。
このまま相手のペースで戦い続けるのは分が悪いと判断し、力任せにレーヴァテインを叩き付けて後ろへ飛ぶ薊美。
その判断は正しい。更に言うなら、何かおかしいと気付けたことも見事であった。
「色間魔術って言ってね。楪(ウチ)の魔術は色に親しむの。
すべては白か黒か――つまり陰陽道の派生みたいなもんね。
この世は白黒ふたつに分かたれた二元の世界だからこそ、その狭間にこそ神秘はあるとご先祖様は考えたみたい」
「ッ、ずいぶん前衛的な思想ですね。それ、私に言っていいんですか?」
「いいに決まってるでしょ。だって」
イリスが迫る。
剛剣を片手に見せるその挙動は、相変わらず常軌を逸した精度に裏打ちされていた。
「このくらいのハンデがなかったら、勝負なんて成り立たないもの」
楪の魔術師は世界を二色で定義する。
それは自身の体内でさえも例外ではない。
身体を巡る神経、筋肉、細胞――そのすべてに色を与えて操作すれば。
人体の限界を超えない範疇であれば、思い描いた理想の挙動を出力することだってできる。
薊美に対してイリスが見せる超高精度の剣技と体術の正体は、つまるところそれだった。
343
:
パンデモニウム・ソサエティー(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/14(水) 00:04:11 ID:bH7DGun.0
激情家のイメージそのままの、力任せの直情的な斬撃。
本来ならば隙と陥穽に溢れているだろうそれを、イリスは色彩によるプログラミングで勢いそのままに最高精度まで高めている。
よって薊美が防戦一方になるのは必然だったのだが。
しかし、彼女も彼女でなんとか食らいついている。理想値で出力される魔女の剣戟を、劣勢ながらも確実にレーヴァテインで捌いていた。
「後悔しますよ」
「するかよ馬鹿」
――芝居には、殺陣というものがある。
乱闘、格闘、筋書きのままに行う擬闘。
薊美はこれを、時代劇の舞台に立つにあたって学んだ経験があった。
彼女にそれを教えたのは現代日本で最高峰とされるその道の達人。
彼が指南した技法を三日で修めた結果、どうか弟子になってほしいと頭すら下げられたのが二年前のこと。
今では師の名前さえ覚えていないし、その舞台を公演したのも一年以上は前になるが、薊美は何ひとつ欠陥なく、かつて学んだ技術を引き出していた。
それどころか。あくまで演技上の技術として教わった剣術を即興(アドリブ)で目の前の実戦に転用、最適化さえして。
そんな離れ業をもって、迫る魔女の色彩と打ち合いを成立させているのだ。言うまでもなく人間業ではなかったが、薊美はそれを誇りもしない。
「ふ……ッ!」
「死ね」
彼我の力量差は歴然である。
この通り常に余裕はなく、故に死ぬ気で臨むばかりだ。悦に浸っている暇などない。
対するイリスは常に理不尽。力の差を突きつけるように、大上段から怖じることなく君臨する。
(駄目だな。このままじゃドツボに嵌まる)
此処まで耐え凌げただけで儲けものだ。
薊美は打ち合いながらも後退し、距離を稼ぎつつ飛び道具代わりに炎を放つ。
まともに当たるとは思っていない。現にイリスは全弾を撃墜しながら進んでくるが、幸いにして距離を取るという目的は果たされていた。
「意外とダサい真似すんのね。手前で喧嘩売っといて逃げんのかよ」
「ご心配なく。それより、貴女の方こそ大丈夫ですか」
「あ?」
迫るイリスの眉間に皺が寄る。
対して薊美は足を止めた。
剣を構え、それ以上逃げない。
「――さっき私のこと、見違えたって言ってくれましたけど。
具体的にどう伸びたかまでは、流石に掴んでないでしょう?」
逃げる必要がないからだ。
踏み込んできたイリスを見て、集中しながら魔術を行使する。
次の瞬間、薊美の魂胆をようやく魔女は悟ったらしい。
驚愕したように目を見開きながら、イリスはそれを見る。
――自身の専売特許である筈の、白黒の世界。
それが己の意思とは関係なく地表に生まれ、槍衾のように棘を突き出して自分を挟み込んでくる光景を。
344
:
パンデモニウム・ソサエティー(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/14(水) 00:04:56 ID:bH7DGun.0
「ッ――――な……!?」
驚くのも無理はない。
幻かと一瞬疑ったが、違うとすぐに否定する。彼女だからこそ、それができる。
何故なら今まさに、己を抹殺せんと襲いかかってくるこの白黒は。
世界を二元の色彩にて定義し、操るこの魔術は――!
「再演・色間魔術(Re-Screening:Two-Tone)」
楪家の秘奥、色間魔術――その模倣(コピー)!
一度は性に合わないと放り捨てたが、ことこの魔術師と戦うならばこれは虚を突く奇策になり得る。
それに、格好の学習教材が目の前にあるのに見逃すだなんてあり得ない。
薊美の判断は正しかった。イリスは刹那、確かに思考を空白に染めた。
魔術師とは生涯を自身の秘術と共に過ごす生き物。彼らはそれを研ぎ上げ、高め、研鑽と共に理解を深めていく。
だからこそ、自分の相棒と呼んでもいい術理を他人が我が物顔で使ってくるという状況に無感動でいられる筈はない。
そして、魔女が見せたわずかな隙を無駄にする茨の王子ではなかった。
「ッ、お前……!」
「――あは」
迫る白黒の槍衾を、イリスは自身の色彩で堰き止める。
色間魔術は万能、しかし全能には程遠い。
想定外の事態への対応のため、魔女は大剣を消し防衛に集中を注がねばならなくなった。
場馴れした判断力は確かに彼女を助けたが。優勢だった状況がこの瞬間、確かに崩れ出した。
「やっと焦ってくれた。その方が可愛いですよ、"いーちゃんさん"」
あからさまな挑発も、すべては計算づくだ。
茨の王子は喜悦の中にいる。されど、彼女は愚かを冒さない。
付け焼き刃の色彩が、魔女の本家本元に押し流された。
薊美は怯まず、レーヴァテインを振り翳して突撃する。
さながらその勇猛さは、彼女が相棒とする騎兵隊の将校が如く。
勇猛果敢、雄々しく華々しくそれでいてとびきり残酷に――我が敵死せよと望み祈る。
イリスが虚空に呼び出したのは、無数の剣。
先の大剣ほど武装としての質は高くないが、それだけに数を用立てることができる。
これを用いて魔女は、迫る茨の王子を圧殺せんとした。
薊美はやはり動じず、破滅の枝の出力に飽かして一薙ぎで剣波を打ち払う。
ただ剣を振るったことで、そこにどうしても一瞬の隙が生じてしまうのは避けられなかった。
薊美がイリスへそうしたように、白黒の魔女もまたそのわずかな間隙を見逃さない。
この刹那のためにあらかじめ準備されていた、追加の一振りが。
白と黒の軌跡を残しながら、音に迫る速度で薊美の眉間へ放たれた。
射殺のような刺殺。此処に観客がいたのなら、薊美が脳漿を撒き散らして死ぬ光景を誰もが想像しただろう。
しかし――先が読めぬからこそ、初見の舞台とは面白いのだ。
「再演(Re-Screening)――」
「……?!」
薊美は、迷うことなくレーヴァテインを宙へ放った。
それは言うまでもなく、誰が見ても分かる自殺行為。
破滅の枝あってこそ魔人との戦闘に堪え得る身であったというのに、戦闘の柱を投げ出してしまったらどうにもならない。
素人でも分かることだ。だが故に、その行動はイリスの度肝を抜けるだけの"意外性"を持っていた。
「――胎息合一(Co-Starring)」
『自己核星・茨の戴冠』。
薊美の魅了は二色。片や他者、片や自己。これは、その後者。
己自身を精神レベルで深く魅了し、狂信的な自己愛をもって限界を超える。
先ほど、イリスの魔術を模倣したのもこの力によるものだ。そして薊美は今、名前も得体も知らない魔術師の技を借り受けていた。
345
:
パンデモニウム・ソサエティー(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/14(水) 00:05:44 ID:bH7DGun.0
高乃河二。
代々木公園で会敵し、不意打ちとはいえ蝗害の魔女に一撃与えた少年。
彼が成し遂げた功績は、当時の薊美の度肝をすら抜く想定外のものだった。
だからこそ記憶に残った。思い出そうとすれば精細に、一挙一動の流れまで反芻できるほど正確に引き出せる。
過去は今に繋がる。役者ならば特に。積み重ねたものは決して無駄にならないと説いたいつかの講師の言葉が金言であったことを、薊美は生の実感と共に深く理解した。
薊美は、高乃家の魔術のカタチを正確には知り得ない。
彼女が見取れたのは彼がしていた特殊な呼吸と、その身のこなし。
高乃の真髄は一子相伝の生体義肢にこそあり、それを手に入れないことには模倣など到底不可能だ。
しかし――動きだけなら真似られる。
足りない部分は他の魔術・技能を引き出して補ってやればいい。
それができるのが茨の戴冠。己を星と信じ疑わぬ自己核星。
薊美は河二の呼吸と体術のみを模倣し、その上で自身の肉体に白黒を貼り付けて即席のブーストとすることで、魔女が不覚を取ったあの一瞬を再現することに成功した。
頬を白黒剣が掠める痛み。九死に一生を得た事実にさえ、躍動する少女は見向きもしない。
「この技に覚えはあるか、でしたっけ」
「――お前、ッ!」
イリスは当然、防ぐ。
防がないわけにはいかない。
たとえ嘘偽り、見様見真似の猿真似だとしても、伊原薊美が魅せるそれは単なる虚仮威しではないと既に知ってしまっているから。
既知の楔は、ともすれば未知を警戒するよりも深く、大きな障害となって人間の行動を束縛する。
人として当たり前の心理だ。言うは易いが、命の懸かった勝負の土俵でそこを念頭に置いて立ち回ることがどれほど至難か。
されど薊美はやってのける。イリスは応じるしかない。力の差は歴然であるというのに、天秤は緩やかに茨の王子へ傾き始める。
――同じ失態は繰り返さない。
が、イリスがそう考えるのも含め薊美にとっては予想通り。
放った拳は白黒の壁に防がれたが、そのタイミングで右手を掲げる。
「おいで」
宙へ放ったレーヴァテインが、主の声に応じるようにそこで手中へ収まった。
間髪入れずに繰り出すのは、激情家な魔女のお株を奪う力任せの唐竹割り。
爆発的火力をブースターにして、先ほど打ち合っていた時とは比にならない威力を実現し粉砕に臨む。
劇的。そう呼ぶしかない、茨の王子が奏でるドラマチック。
もしこれが演劇ならば、悪なる魔女は王子の剣に討たれて命を落とすだろう。
拍手喝采、カーテンコール。勧善懲悪は成され、熱狂のままに緞帳は落ちる。
が――
「……っ。やっぱり、そう簡単には行かないか」
勝負を決めるつもりだった乾坤一擲は、魔女の御業によって防がれる。
346
:
パンデモニウム・ソサエティー(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/14(水) 00:06:30 ID:bH7DGun.0
再度創造した白黒の剣。それが、薊美の炎剣をしっかりと受け止めていた。
力で押し切ることも叶わない。均衡は成立し、今度は魔女がこれを破る。
鍔迫り合いの最中に繰り出す前蹴りが、薊美の腹を打ち抜いたからだった。
「ぐ、が……!」
咄嗟に身を後ろに引けたことが幸いした。
そうでなければ内臓のひとつふたつは潰されていただろう。
生きた心地がしないとはまさにこのことだ。薊美は頭の中で独りごちる。
やけに呑気な思考だと、一拍遅れてそう思ったが。
命の危機が迫って脳が鈍麻しているのだと分かるから、笑う余裕は生憎なかった。
楪依里朱は超人だ。改めてそう実感する。何故今ので倒せないのか、疑問すぎて呆れそうなくらいだ。
「お前さあ。さっき、私になんか言ってたよな」
勝利を狙った奇策は、素のスペックという何とも無体な壁に阻まれて不発に終わる。
腹を蹴られた拍子に溢れた涎を拭う暇すら、薊美には与えられない。
次の瞬間、白黒の凶器が織り成す刃の雨が容赦なくその五体へ押し寄せたから。
「好きになりそうだから抜けたとか、なんとか。ずいぶん知った口叩いてくれたじゃん」
目が見開かれる。集中の余りに、顔には王子の称号に似合わない青筋が浮かんだ。
見目を取り繕っている余裕もまたなかった。
一瞬でも、迫り来る"死"への警戒を緩めれば即座に自分は死ぬと。
確信があったからこそ、薊美は言葉を返せない。
炎を吐く神殺剣だけを味方に、白黒の嵐を打ち払うのに全力を注ぐしかなかった。
「――確かにそうかもね。だってあの女、"あいつ"に似てるから」
なんとか、迫る雨霰を凌ぎ切った。
と思った瞬間に、脇腹に衝撃を感じる。
がッ、と鈍い声を漏らしながら吹き飛ばされて地を転がった。
喧嘩殺法めいた体術(ステゴロ)。魔術に依らない不測の一手が、魔女の王子の優劣を更に広げる。
「取るに足らないなら無視でもすればいいのに、バカ正直に付き合っちゃってさ。
軽口叩いて、距離感縮めて。漫才みたいに関わって、我ながらみっともないことこの上ないよな」
剣を取り落とさなかったのは僥倖。
復帰しようと顔を上げて、そこで思わず喉が鳴る。
日本には、古来から伝わる吊り天井という罠(トラップ)があるが。
今まさに薊美を押し潰さんとしているのは、白黒で編まれた棘だらけの"天井"だった。
剣を天に向け、落ちてくるそれを炎で受け止める。
見事な対応力だったが、薊美の表情は芳しくない。
分かっているからだ。両手を用いて剣を握り、真上の死を防いだら。
その時胴体は無防備のまま、怒り猛る白黒の魔女の前に晒されてしまうと。
「ぎ、ぁ……!」
先の意趣返しとばかりに、薊美の胴へイリスの拳が炸裂した。
強烈な衝撃に肺の空気が逆流する。地面を転がり、口端から吐血が垂れていた。
そこに追撃が迫る。魔女は靴底を振り上げ、王子の専売特許を奪わんとする。
――踏み潰す。道に転がる林檎のように、その存在をこの世から除去してやる。
347
:
パンデモニウム・ソサエティー(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/14(水) 00:07:12 ID:bH7DGun.0
「ああホント――反吐が出る。自分にも、あいつらにも、お前らにも」
無論ただの足技などではない。
色彩に愛された魔女の一撃は人体程度、文字通りの意味で踏み砕く。
衣服が汚れるのを気にしていられる状況ではなかった。
地を転がり、一秒前まで自分の頭があった地面が爆ぜる音を聞く。
体勢を立て直すなりレーヴァテインを一閃。当然のように、色の壁がそれを阻む。
「私がイラついてるって、知ってて喧嘩売ってきたんだろ?
ならせめてなるべく派手に死んでくれるかな。それくらいの役目は果たせや、出来損ない」
虚空から槍が突き出した。
光の英雄ルー・マク・エスリンを相手にさえ防戦を成立させた、白黒織り成す暴風雨(ガトリング)。
至近戦で抜くには過剰な火力だが、それだけイリスは薊美を警戒していた。
〈はじまりの六人〉の最右翼。白黒の魔女に"敵"と認識されている事実、その恐ろしさが如何程のものかは語るにも及ばないだろう。
が、理解した上でそれでも薊美は笑っていた。
血、泥。それらにメイクされた姿は悲惨ですらある筈なのに、役者が薊美ならこれでも映える。
「気持ち悪いな。何笑ってんだよ」
火力を一点に集約させ、炎の壁を形成して強引に飽和射撃と競り合う。
夢見る力とは凄いもので、薊美はまるで長年連れ添った愛剣のようにレーヴァテインを使いこなしている。
しかし、如何に奇術王謹製の〈神殺しの剣〉と言えども、扱うことで生じる魔力消費までゼロにしてはくれない。
相手が相手なので出し惜しみはできないが、景気よく炎をぶち撒けてきたことの代償は確実に薊美の身体へのしかかっていた。
あまり長くは戦えない。少なくとも現状の自分では、これ以上はあるべき美麗を保てない。
持久力ですら遅れを取っているのが浮き彫りになり、いよいよ戦況は絶望の様相を呈してくる。
なのに何故だろう。こんな状況だってのに、煌星みたいなインスピレーションが次から次へと湧いてきて止まらないのは。
「笑いもしますよ。私を"普通"と笑ったあなたが、今こんなに私を見てくれてるんですから」
白黒と紅炎。
異様と荘厳の激突が不意に終わった瞬間、イリスも薊美も同じタイミングで次の手を打った。
「抜かせ、クソ女」
イリスが打ち込んだのは全長三メートルを優に超える、白黒の大鎌だった。
それを六つ、躱すとした場合の軌道を計算して巧みに配置し放つ。
対処するには正面突破しかないが、そのためには再度大火力を用立てる必要がある。
イリスはずっと怒っている。なのにとても冷静だ。
薊美がこんな規格外の武装を有しているのは流石に想定外だったが、人間の身でこれほどの力を発揮し続けて消耗しないわけがない。
これ以上小癪なしぶとさを発揮してくるなら、出力を上げないと防げない攻撃を繰り出し続けて削り殺してやる。
魔女らしい悪辣を赫怒の攻勢に忍ばせて、白黒の魔女は変わらぬ理不尽さで君臨し。
348
:
パンデモニウム・ソサエティー(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/14(水) 00:07:52 ID:bH7DGun.0
一方で、薊美は。
「戴冠(Stage Lighting)――」
自己へ施した基本形の魅了を、更に重ねがけした。
自信は力となり、茨の王子に限界を踏み潰させる。
効果は明快、身体能力向上(フィジカルブースト)。
強化された膂力と得物の強度に任せて、炎の斬撃が死の六枚羽を三枚まで粉砕。
残る三枚は火力で焼き切らねばならなかったが、これなら消費は単純計算半分で済む。
そうしてまたも艱難を超え、イリスの姿を視界に捉えた瞬間に。
「――跪け(Kneeling)……!」
自己核星から他者彩明へ。
瞬間、イリスを襲ったのは重力――そう錯覚するほどの圧力だった。
無論、物理的なものではない。
伊原薊美という茨の王子が放つ、敵を平伏させるための魅了魔術だ。
攻性に関しても、薊美の魅了は非常に優れている。
自己魅了によるバフで敵の攻勢を突破し、他者魅了によるデバフで封じ込めて決着へ持ち込む。
彼女にだけ許される必殺の連撃が、遂に白黒の魔女を丸裸に……
「おい」
しない。できない。
地の底から響くような憤激の声が、見えかけた安直な終わりを否定する。
「――――そんなに死にたいかよ、格下ぁッ!」
魅了の縛鎖を力ずくで引きちぎり、色彩の怪物が咆哮する。
英霊にさえ効果を及ぼす薊美の色香(チャーム)。
されど魔女に対しては、ほんの一瞬動きを縛るほどの仕事も果たせない。
何故ならその魂は、星の輝きでとっくに丸焦げだ。
星の眷属と狂人どもには、あらゆる魅了は意味を成さない。
ましてや相手は本家本元、はじまりの太陽に灼かれた六衛星のひとつ。
薊美の算段は失敗するどころか、未練の狂人を更に荒れ狂わせる最悪の結果を生み出した。
イリスが地面を蹴り、薊美へ失敗の代償を払わせるべく迫る。
右手には白黒の剣。レーヴァテインとさえ打ち合う宝具類似現象。
更に大地は波打ち始め、針山地獄のように白黒二色の剣山を生成し、薊美から逃げ場を奪う。
そうでなくとも――既に駆け出した足を止めるには、どうしても一瞬の停止が必要になる。
そしてその一瞬は、伊原薊美を破滅に追いやるには十分すぎる須臾であった。
349
:
パンデモニウム・ソサエティー(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/14(水) 00:08:34 ID:bH7DGun.0
茨の王子は読みを違えた。
自慢の威風は空を切り、信じた己を否定されて無様に散る。
そんな結末が確定するまでせいぜい数秒。
少なくとも白黒の魔女は、そう信じた。
しかし、死地に立たされた薊美の顔に浮かぶ表情(いろ)は――やはり笑みで。
「やっぱり。怒ってくれると信じてました」
「……?!」
次の瞬間。
楪依里朱の顔面に、何度目かの驚愕が浮かぶ。
薊美は、足を止めていた。
迫るイリスと失われていく安全圏。
そんな破滅の只中にて、怖じることなく停止したのだ。
「"怒って"」
アスファルトを砕き、楔のようにレーヴァテインを突き立てる。
命令は端的。一見するとイリスへの皮肉のようにも聞こえる。
されどそれは、この終末剣が最も得意とする命題だ。
故に生じた結果は劇的だった。突き刺した地点を中心に、大地が極大の熱に溶かされて、炎の海に変わっていく。
地を這い押し寄せる白黒の侵掠さえ焼き切りながら、逆に迫る魔女の安全圏を奪ってのけた。
驚くべきは、魔女が同じ手を使った時よりも格段に速く大地の簒奪に成功している点だ。
神殺しの剣(レーヴァテイン)は、茨の王子を愛している。
それもその筈。鍛えたのがウートガルザ・ロキである以上、彼に生み出された幻想は夢見る心に何より強く共鳴する。
(ちっ、不味い……! このままじゃ、呑まれる――!)
焦燥と共に、咄嗟にイリスは空中へと跳んだ。
そうでもしなければ炎の海に巻かれ、重篤な手傷を負うと悟ったからだ。
レーヴァテインの熱量は優れた魔術師であるイリスをしても脅威。
まともには食らえないと考えての行動だったが、薊美はそうして逃げた魔女を満足げに見上げる。
――薊美は、星に狂わされた者に自身の美点が通じないことを既に知っている。
ウートガルザ・ロキとの会話が活きた。あの男に助けられた形になるのは癪だったが、結果としていい空気を吸えているので良しとする。
その上で、楪依里朱のパーソナリティにも着目した。
イリスは祓葉に強く強く懸想している。かの太陽に〈未練〉を抱き続けている狂人が、自分の認めない輝きをこれ見よがしに浴びせかけられて激高しない道理はないと踏んだのだ。
350
:
パンデモニウム・ソサエティー(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/14(水) 00:09:09 ID:bH7DGun.0
彼女の発想は正しく、実際こうして実を結んだ。
イリスをあえて怒らせることで、短慮な攻撃に走るよう誘導できた。
〈はじまりの六人〉は強大だが、それ故に彼らは神寂祓葉から逃れられない。
白い太陽に魂を灼かれた怪物達には、こうした単純な挑発が存外よく効くらしい。
「再演・色間魔術(Re-Screening:Two-Tone)」
「――――ッ!?」
空に足場はない。
色彩を司る魔女が如何に万能でも、空間そのものにまで色を定義することは不可能。
薊美は悠々と、詰めの一手を開帳した。
再度の模倣(コピー)。地面に広げた炎の海を、イリスのお株を奪って白黒二色に染め上げる。
さすればこれ即ち、茨の王子の随意に動く鏖殺の大瀑布!
逃れる先のない空中の魔女に照準を合わせ、薊美は躊躇なく命令を下す。
「蹂躙命令・一斉射撃(Glorious Garry Owen)…………!!」
銃眼のように、あるいは蓮の種のように。
白黒の波に無数の孔が穿たれ、魔女は標的となる。
放つ弾丸の数も妥協しない。
数百を用立てて、この場で魔女狩りを成すと薊美は決めていた。
いざ滅べ、未練の狂人。
その強さを踏み越えて、私は先に行く――!
狂喜にも似た高揚を抱いて、女将軍は号令を下す。
斯くして彼女の詰めは発動され、いざ超越を成し遂げんとして……
「――――――――――――――――」
ぷつん。
薊美は、火花が散るような音を聞いた。
自分の頭の中で響いたその音は、続いて強烈な頭痛を運んできた。
目を見開いて硬直した薊美の鼻から、どろりと鼻血が垂れ落ちる。
同時に、辺りに広げた色彩の波がボロボロのスポンジ状に崩壊していく。
何が起こったのかを理解できず、薊美は血を滴らせながら呆然と立ち尽くす。
高熱を出した時のように頭が重く、思考が鈍い。
それは茨の王子らしからぬ愚鈍で、魔女はそんな薊美を冷ややかに見下ろしていた。
351
:
パンデモニウム・ソサエティー(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/14(水) 00:09:56 ID:bH7DGun.0
「言ったでしょ。舐めんなよ、って」
イリスが何かしたのか。
いや、たぶん違う。これはおそらく――、
疑問符を浮かべながら立ち尽くす薊美の胸板を、地上へ復帰したイリスの蹴撃が打ち抜く。
人形のように力なく転がるその姿を見送りながら、白黒の魔女は呆れたように嘆息する。
「……ま、付け焼き刃にしては大したもんだけどね。
真似するもんじゃないよ、こんな縛りばっかりのクソみたいな力」
色間魔術。
空間に存在する生命体と物質を白黒いずれかに定義し、操る術式。
ただしその性能はピーキーの一言。何より、要求してくる処理の数が尋常でなく多いのだ。
例えば地面に小規模な陣地を展開するにも、座標と配置する色彩、生じさせる現象の指定。
機能を付け足すならその都度計算と再配置。動かして武器にするなら、リアルタイムで途切れることなく演算をし続けなければならない。
なので普通は扱えないし、それだけの才覚がある人間はわざわざこの魔術を選択しない。
そうまで頑張って習得しても、他の魔術で容易に代用が利く程度の現象しか起こせないのだから。
武器を作りたいなら物質操作の魔術を覚えればいいし、回復など基礎技能の範疇であるし、せいぜい見どころは空間置換くらいのもの。
初志貫徹に固執して外界を見ない楪家の老人達は狂ったように色間の秘術を極め続けているが、彼らの現状が極東の辺境でお山の大将を気取り続けるどまりなのを見ればそれが誤った選択だったのは明らかだろう。
――――しかし。
イリスが扱う場合に限っては、話がまったく変わってくる。
長い迷走と緩やかな没落の果てに生まれ落ちた色彩の申し子。
女である以外に欠点がないと称された、不世出の輝き。
伊原薊美は天才だが、色彩を遣うことに関して、彼女は楪依里朱に大きく劣る。
上記した、狂った数の演算工程。
それを呼吸のようにこなし、スーパーコンピューター並みの処理数にも表情ひとつ動かさない。
コマ打ちにも似た独特の処理を膨大な回数行い、その毎回で最適解を叩き出せる抜群の配色センス。
神寂祓葉という特異点との接触で更に底上げされた能力値(パラメータ)は、とうに人間の領域に非ず。
薊美の失敗とは、そんな超越者を教材に使おうと考えてしまったこと。真似られると、思ってしまったこと。
凡人が天才の真似をすればどうなるかなど、彼女が誰より知っているだろうに――気付かぬまま茨の王子は愚を犯してしまった。
薊美を襲った急な失調の正体は、なんてことない"処理落ち"である。
魔女の無法が感覚を狂わせた。"自分にもできる"と考えてしまった。
そうして身の程を超えた色彩操作に踏み切った結果、閾値を超えた処理数は過負荷をもたらし、迎えた結末は過重駆動(オーバーヒート)による自壊。
「――さよなら、凡人崩れ。最後にちょっと認めてあげるわ、思ったより手こずったよ」
決着は順当に、年季の差。
手本のように大地を白黒に染めて隆起させ、そこから無数の剣槍矢を生成しての集中砲火。
薊美に避ける術はない。
唯一の星になることを夢見た少女は呆けた顔のまま、その全身を色彩に蹂躙されて蜂の巣と化した。
352
:
パンデモニウム・ソサエティー(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/14(水) 00:10:47 ID:bH7DGun.0
……べちゃり。
薊美が崩れ落ちて、命の終わった音がする。
イリスは汗ばんだ額を拭い、ようやく力を抜いた。
「はぁ。なんで今日はこう妙な奴にばっかり絡まれ――」
苦労人めいた独り言を漏らそうとして。
そこで、違和感。
(――――ジョージ・アームストロング・カスターは?)
薊美は言った筈だ。
これは殺し合いではなく、あくまで"勝負"であると。
想像以上の猛攻で途中から忘れていたが、最初はそういう建前で始まった戦いだった筈。
"遊びの範疇を超えると彼らが判断したその時だけは、止めに入ってもいいものとする"。
ならば何故、あの騎兵隊どもは介入してこなかった?
事前にこんな取り決めが成されていたにも関わらず、何故自分のマスターをむざむざ目の前で死なせた?
おかしい。
考えれば考えるほど不可解だ。
イリスは、薊美の死体の傍に転がる剣に注目する。
破滅の枝、レーヴァテイン。
この剣は間違いなく、あの忌まわしいロキに授けられたものだ。
彼は〈蝗害〉の物量とさえ真っ向から打ち合える規格外の奇術師。
蝗どもを死滅させるニブルヘイムすら再現できるあの男ならば、神話の兵装を創り出して授けることなど至って容易い芸当だろう。
――――伊原薊美の魔術は、"模倣(コピー)"である。
.
353
:
パンデモニウム・ソサエティー(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/14(水) 00:11:29 ID:bH7DGun.0
(幻、術――――!)
戦慄。
瞬時に脳を回す、色を構える。
が、さしものイリスでさえ間に合わない。
その両目は、既に懐まで潜り込んだ王子の姿を捉えていた。
「バレちゃった。やっぱり付け焼き刃じゃ駄目ですね」
「ッ、ぐぁ……!?」
見舞われた拳が、イリスの顔面を殴り付けて瞼の裏に花を咲かせる。
ぐわんと脳が揺れる感覚。溢れ出す鼻血の熱。痛みと屈辱が込み上げるが、それ以上に焦りがあった。
薊美の死体が消えている。転がっていたレーヴァテインもだ。
であれば。あの〈神殺しの剣〉は、今――!
「私の勝ちです、蝗害の魔女」
伊原薊美の、手の中にある!
尻餅をつかされたイリスに向け、薊美は迷わずそれを振り下ろした。
迫る刀身、炎熱の極み。
此処までの戦いで最も濃厚な"死"の気配に、魔女は歯を軋らせ。
「――伊原、薊美ッ!!」
「あは。やっと名前で呼んでくれた」
叫んだ。
白と黒が決まろうとしている。
魔女の扱う理としてではない、勝利と敗北を定義する色分けが。
セット フルパレットオープン
「全色解放、獣化術式駆動…………!」
イリスの顔に、髪と同じ白黒のブロックノイズが走る。
勝利を確信した薊美の眼が見開かれる。
来る。魔女の真髄が。
背筋の凍る悪寒と本能レベルの警鐘、さりとて薊美ももはや不退転。
最後の一瞬に魔女と王子の戦いはもう一段深い領域に潜行しようとして、そして――
「「そこまでだ」」
まったく同じタイミングで。
英霊の声が響き、羽音と銃火がそれに続いた。
真横から、軍馬を駆る軍人が薊美を掻っ攫い。
羽音を背にしたツナギ姿の怪人が、イリスをひょいと抱き起こす。
「無粋とは思ったが、この先は"戦争"になる。そうなれば後戻りは出来ないぞ」
「熱くなりすぎだぜ、イリス。ま、俺はそれでもいいんだけどよ」
ジョージ・アームストロング・カスター。
シストセルカ・グレガリア。
双方の"保護者"が、遂に女達の激突へ介入したのだ。
◇◇
354
:
パンデモニウム・ソサエティー(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/14(水) 00:12:17 ID:bH7DGun.0
「身体中痛くて死にそうなんですけど」
「自業自得だろ」
ホテルの裏手。時刻はちょうど、天枷仁杜がロキの腕の中で寝息を立て始めたのと同じ頃。
縁石に腰を下ろして、少女たちは並んで座っていた。
さっきまで殺し合い同然の勝負に興じていたとは思えない、どこか青春らしさすら感じさせる光景。
「改めて思ったんですが、イリスさんのあれズルすぎませんか。
色間魔術とか呼んでるけど、"なんでもできます魔術"に改名した方がいいと思う」
「私に言わせればあんたのコピーの方がよっぽどズルだわ。
私がアレだけ使えるようになるまで何年かかったと思ってんのよ」
無論、ふたりの間に友情なんてものは微塵もない。
いつか殺す/踏み潰す相手であり、ともすればこの後会うことは二度とないかもしれない。
そんな関係。だがだからこそ、この会話には意味があると、少なくとも薊美はそう思っていた。
「ねえ、イリスさん」
「……何」
「聞いてもいいですか。
私って、〈はじまり〉の人達と比べるとどのくらいなんです」
答える義理はない。
ないのだが、それを言うとまたしつこそうな気がした。
仁杜のようにぴーぴー駄々をこねるタイプも面倒だが、こいつはあの手この手で絡み付いてくる。
言うなれば貪欲。自分の欲するモノを手に入れるためならば、どれだけだって手を尽くせてしまうタイプの人種。
魔術師に向いているとも、向いていないとも言える。
向上心の塊なのはいいことだが、恐らく薊美がそうだったなら、根源到達のジレンマに耐えられないだろう。
そう考えるとやはり後者かもしれない。イリスはそんなことを思いながら、やや間を空けて答えた。
「厳しいんじゃない」
「やっぱりですか」
「私だって、今からもう一回戦ったら簡単に勝てる。
あんたが私に食い下がれたのは、私があんたの手の内を知らなかったから。
あと他の連中は、私みたいに直情型じゃない。妖怪みたいな曲者どもの集まりよ」
薊美としては、予想通りの答えだった。
茨の王子は己への自信を常に切らさないが、現実問題、まだ手の届かない境地というものはある。
魔術を覚醒させ、力を手に入れはした。それでも、経験というステータスだけは埋め合わせが利かない。
楪依里朱は激情家。常に感情のままに戦うし、精神的にも幼さを多分に残していた。だからそこに付け込めば、判断を狂わせることができた。
もしイリスに冷静に戦われていたなら、カスターの介入はもっと早く行われていただろう。
「まずジャックは厳しいな。ノクトは不意さえ突けたらもしかするかもね。
アギリは――比較的ちゃんと戦ってくれるだろうけど、火が点くと私よりヤバいから微妙。
あとのふたりはまあ、考えなくていい。ノクト以上に直接戦ったりするタイプじゃないから」
「……、……」
「答えてやったんだから、お礼のひとつでもしろよ」
「いや。なんか思ったよりちゃんと教えてくれたのでびっくりして……イリスさんって、意外と真面目ですよね」
「そういうあんたは本当いい性格してるわ。ぶっ殺したいくらい」
要するに、足を止めてはならないということだ。
星を落とすと豪語する者が、その衛星風情に苦戦していては話にもならない。
もっと場数を踏み、才を吸収し、輝きを鍛える必要がある。
それこそ――あの"妖星"のように。立ちはだかった壁を強引にでもぶち破る歩みが必要だと薊美は理解した。
355
:
パンデモニウム・ソサエティー(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/14(水) 00:13:06 ID:bH7DGun.0
「お前さあ」
イリスが言う。
薊美は無言のまま、夜空を見上げた。
続けていいですよ、の合図だ。
「祓葉に会いたいんだって?」
「ええ、まあ。理由は言わなくても分かりますよね」
「ま、でしょうね。そこまで灼かれたら、大源に向かわずにはいられないか」
灼かれた、という表現には不服があったが、それを言うほど子どもでもない。
幼気は捨てた。現実を生きる人ではなく、舞台にて生きるヒトとなる道を選んだ。
「――別に、あんたがどうなろうが私はどうでもいいけど。
確かに、あんたはあいつに会うべきかもしれない」
それを理解したならば、一番の助言はこれだった。
地に足つけて歩く人間をやめ、絵空にこそ我ありと決めたなら。
誰も、あの太陽と無関係ではいられない。
この都市、この世界における最大の絵空事。
絶対的主役にして造物主の片割れ。
勝利するべくして生まれ、救われてしまった白き御子。
「あんたの一番の正念場はたぶんその瞬間。
所詮ただの木偶なのか、本当にそういう生き方を貫ける人間なのか」
太陽の光はすべてを詳らかに暴き出す。
眩しすぎる彼女の振る舞い、その言葉には、良くも悪くも一切の嘘がない。
神寂祓葉への挑戦は伊原薊美にとって究極の試練。
薊美自身そう認識していたが、誰より祓葉を知るこの魔女にそれを肯定された事実は大きかった。
「――あんたさ、人にあんなこと言っといて、自分ももう結構あのニート女のこと好きでしょ?」
「……、……」
「ロキに魂胆を明かしたのなら、もう演技をする必要はない。
・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・
なのに軽口叩いて、漫才みたいなやり取りして。
それってまるで"友達みたい"だって気付いてる?」
356
:
パンデモニウム・ソサエティー(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/14(水) 00:13:38 ID:bH7DGun.0
イリスにしては珍しく。
そこに、嘲笑の色はない。
どちらかと言えばそれは、共感。
自分自身に語りかけているようでも、あった。
「月光は生きている。私達が拒もうとも、あの星は常にこちらを照らしてくる。
常に自覚しておきなさい。あの日私達は、誰もそれに気付けなかった」
太陽の重力を拒む。
月の重力も同じこと。
私は、誰のものにもならない。
木星にはならない――そう誓い、踏み出したこの足。
されど。
重力に抗おうとも、光は常に照らされ続けている。
そのことを忘れればどうなるか。モデルケースは目の前にあった。
太陽網膜症。魂にまでこびり付いた恒星の輪郭。
「私は、あなた達にはなりませんよ。
私は私、伊原薊美。私が何かに狂うとしたら、それは私自身を除いて他にない」
「そ。さっきも言ったけど、私はあんたがどうなろうと一向に構わないから。
だってあいつを、祓葉を殺すのはこの私。
その権利だけは、誰にだろうと渡さない。もちろん、あんた達にだってね」
イリスが立ち上がった。
薊美は、もう引き止めない。
聞くべきことは聞けた。
話すべきことは話せた。
そして、予期せぬ収穫もあった。
だから、去る背中に声をかける必要もないのだ。
(ねえ、イリスさん)
友人でもない。
仲間でもない。
薊美はそれを必要としていない。
(あなたに、殺せるんですか?)
故にその問いを、薊美は胸に留めておくことにした。
(そんな、好きな人の話するみたいな顔して――――本当にあなたは、神寂祓葉を殺せるの?)
◇◇
357
:
パンデモニウム・ソサエティー(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/14(水) 00:14:08 ID:bH7DGun.0
伏魔殿を出て、車の後部座席で揺られながら。
煌星満天は、先ほどの出来事を回想していた。
その顔色はやはり浮かない。
あんなことがあったのだ。曇りきった気分は、まだ当分晴れてはくれそうになかった。
(煌星さん。少しお話があります)
頭の中に響いた声に、ぐっと息を呑む。
反射的に身が縮んだ。返事の代わりに漏らした言葉は、我ながら非常に情けない。
(ごめん、なさい。
私、わたし、あんなことして――)
自分が感情のままに取った行動は、彼やロミオのことまで危険に晒した。
ファウストと、あちら側の高天という女性。そしてそのサーヴァントが場を収めてくれたからよかったが、そうでなければどうなっていたか。
馬鹿なことをしたと心から悔いていたし、見放されてもおかしくない行動だったと思う。
が、叱責を覚悟していた満天の予想に反して、ファウストの言葉は。
(怒ってはいません。
軽率な行動だったことは事実ですが、元を辿ればプロデューサーである私の監督責任だ。
むしろ私の方こそ申し訳ありませんでした。輪堂天梨がああいう人間だったこともあって、少し油断していたようです)
輪堂天梨。
その名前が何故、此処で出てくるのか。
そんな当然の疑問はしかし、不思議と湧いてこなかった。
わかるのだ。
ライブ後に満天が対話し、あわや殴りつけるところだったあの女性。
"にーとちゃん"と呼ばれていた小動物じみた彼女が、天梨と同類の存在であることが。
理屈でなく魂で理解できた。もっとも内面は、〈天使〉とは大違いだったが。
(ですから、恐縮する必要はありません。
心も体もリラックスして、今からする質問に答えてください)
一拍遅れて、こく、と頷く満天。
それを確認してから、ファウストは言った。
(あなたは、あの天枷という女性についてどう思いましたか?)
息が詰まる。
嫌でも思い出してしまうからだ、さっきあったことを。
いっそ、剥き出しの悪意だけだったなら手までは出なかったかもしれない。
でも違った。天枷仁杜の言葉は、不可思議な矛盾を孕んでいた。
天梨という他人のことは聞くに堪えない言葉で扱き下ろすのに、目の前の自分に対しては嘘偽りのない百パーセントの好意を向けてくる。
その親愛を。浮かべる微笑みを。それを見て抱いてしまった己自身の血迷った感想を、煌星満天は許せなかった。
(きれい、だった…………すごく)
――――きれいだと、思ってしまったのだ。
358
:
パンデモニウム・ソサエティー(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/14(水) 00:14:39 ID:bH7DGun.0
死ぬほど腹が立って仕方なくて、怒りを堪えるだけで手一杯になるくらいだったのに。
目の前で光を侮辱する女の姿に、あの日向の天使の微笑みを重ねてしまった。
だからこそ吐き気を覚えた。この女を許してはいけないと、強い衝動が噴き出した。
満天の答えを聞いて、ファウストは一度こめかみを叩く。
困った、というよりも、面倒なことになった、という顔だった。
(キャスターは、どう思った……?)
(私ですか。私は)
そうであろうと思っていたが、やはりアレも資格者。
だが何より面倒なのは、自分が彼女に対して抱いた所感だ。
どういうわけか知らないが、己は、天枷仁杜を――
(自分でも驚くほど、魅力を感じませんでした)
――その非凡を理解した上で、"それほどか?"と思っている。
これは由々しき事態だった。
目が曇っている。正常な判断を下せていない。
(え。……じゃ、じゃあキャスターの方が正しいのかも。ごめんね、ヘンなこと言って)
(いや。煌星さんはその視点と感性を持ち続けていてください。灯台があってくれるとありがたいので)
(……??? よくわかんないけど、わかった……)
まったくもって認めたくないことではあるが。
やはり己にも、影響は生まれ始めているらしい。
ルームミラー越しに見える、げっそりした顔で膝を抱く少女。
自分で見初めた人間の輝きに、少なからず干渉されていると気付いた。
この段階で自覚できたからまだいいが、やはり由々しき問題である。
星はこうまで価値観を喰むのか。灼かれずとも、関わるだけで悪影響を及ぼす存在なのか。
既にゲオルク・ファウスト/悪魔メフィストフェレスは、星に灼かれた者の末路を見ている。
ああなってしまえばもはやプロデュースだの契約だの、そんなどころの騒ぎではなくなる。
(高天小都音は間違いなく天枷仁杜の眷属だが、付き合いの長さに反して灼かれている様子がなかった。
恐らくあの女は俺と同じ……このタイミングで関係を結べたのはある意味幸運だったな。奴からは情報以外にも得られるものがあるかもしれない)
ひとまず、何とかなった。
〈蝗害〉レポの仕事は完遂。
情報を得つつ、アクシデントじみたライブは満天の成長材料に活用できた。
その上で意味のある人脈も作れたのだから、結果だけ見れば非常に有意義な時間だったと言える。
……もちろん良いことばかりではなかったので、そこのところの始末を付ける必要はあるが。
がたん、ごとんと。
車は、ふたりの悪魔を乗せて進んでいく。
大きな戦いの気配をにわかに漂わせ始めた針音都市。
都市はいまだ、星の輝きに囚われている。
◇◇
359
:
パンデモニウム・ソサエティー(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/14(水) 00:15:15 ID:bH7DGun.0
【渋谷区 高層ホテル・エントランス/一日目・夜間】
【天枷 仁杜】
[状態]:健康、寝ちゃった
[令呪]:残り三画
[装備]:
[道具]:
[所持金]:数万円。口座の中にはまだそれなりにある。
[思考・状況]
基本方針:優勝して一生涯不労所得! ……のつもりだったんだけど……。
0:Zzzz……。
1:ことちゃんには死んでほしくないなあ……。
2:薊美ちゃん、イケ女か?
3:ロキくんやっぱり最強無敵! これからも心配なんてなーんにもないよね〜。
4:この世界の人達のことは、うーん……そんなに重く考えるようなことかなぁ……?
5:アイドル怖い……。急にキレる若者……
[備考]
※楪依里朱(〈Iris〉)とネットゲームを介して繋がっています。
必要があればトークアプリを通じて連絡を取ることが出来ます。
【キャスター(ウートガルザ・ロキ)】
[状態]:右半身にダメージ(中/回復中。幻術で見てくれは元通りに修復済み)
[装備]:
[道具]:
[所持金]:なし(幻術を使えば、実質無限だから)
[思考・状況]
基本方針:享楽。にーとちゃんと好き勝手やろう
0:ま、そろそろ本気でやりますか。
1:にーとちゃん最高! 運命の出会いにマジ感謝
2:小都音に対しては認識厳しめ。にーとちゃんのパートナーはオレみたいな超人じゃなきゃ釣り合わなくねー? ……でも見る目はあるなぁ。
3:薊美に対しては憐憫寄りの感情……だったが、面白いことになっているので高評価。ただし、見世物として。
4:ランサー(エパメイノンダス)と陰陽師のキャスター(吉備真備)については覚えた。次は殺す。
5:煌星満天は"妖星"。アレは恐らく、もっともオリジナルに近い。
[備考]
※“特異点”である神寂祓葉との接触によって、天枷仁杜に何らかの進化が齎される可能性を視野に入れています。
【高天 小都音】
[状態]:健康、とっても気疲れ
[令呪]:残り三画
[装備]:
[道具]:トバルカイン謹製のナイフ
[所持金]:数万円。口座の中身は年齢不相応に潤沢。がんばって働いたからね。
[思考・状況]
基本方針:生き残る。……にーとちゃんと二人で。
0:それでも、私は。
1:伊原薊美たちと共闘。とりあえず穏便に収まってよかった。
2:ロキに対してはとても複雑。いつか悪い男に引っかかるかもとは思ってたけどさあ……
3:アレ(祓葉)はマジでヤバかった……けど、神様には見えなかった。
4:脱出手段が見つかった時のことを考えて、穏健派の主従は不用意に殺さず残しておきたい。なるべく、ね。
5:楪依里朱については自分たちの脅威になら排除も検討するけど、にーとちゃんの友達である間は……。
6:満天ちゃん達とはできるだけ穏便にやりたい。何やらかしてくれてんだこのバカニートは?
7:キャスター(ファウスト)に機を見て情報を送りつつ、あっちからも受け取りたい。
[備考]
※“特異点の卵”である天枷仁杜に長年触れ続けてきたことで、他の“特異点”に対する極めて強い耐性を持っています。
【セイバー(トバルカイン)】
[状態]:健康
[装備]:トバルカイン謹製の刃物(総数不明)
[道具]:
[所持金]:数千円(おこづかい)
[思考・状況]
基本方針:まあ、適当に。
1:めんどくせェけど、やるしかねえんだろ。
2:ヤバそうな奴、気に入らん奴は雑に殺す。ロキ野郎はかなり警戒。
3:あの祓葉は、私が得られなかったものを持っていた。
4:このカスどものお守りいい加減面倒臭いんだけどどうにかならん?
[備考]
360
:
パンデモニウム・ソサエティー(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/14(水) 00:15:55 ID:bH7DGun.0
【渋谷区 高層ホテル・裏手/一日目・夜間】
【伊原薊美】
[状態]:魔力消費(大)、頭痛と疲労(大)、胴体にダメージ、静かな激情と殺意、魅了(自己核星)
[令呪]:残り三画
[装備]:
[道具]:騎兵隊の六連装拳銃、『災禍なる太陽が如き剣(レーヴァテイン)』
[所持金]:学生としてはかなりの余裕がある
[思考・状況]
基本方針:全てを踏み潰してでも、生き残る。
0:いい勉強になりました。色んな意味で、ね。
1:私は何にだって成れる、成ってやる、たとえカミサマにだって。
2:殺す。絶対に。どんな手を使ってでも。
3:高天小都音たちと共闘。
4:仁杜さんについては認識を修正する。太陽に迫る、敵視に相応しい月。
5:太陽は孤高が嫌いなんだろうか。だとしたら、よくわからない。
6:同盟からの離脱は当分考えていない。でも、備えだけはしておく。
[備考]
※マンションで一人暮らしをしています。裕福な実家からの仕送りもあり、金銭的には相応の余裕があります。
※〈太陽〉と〈月〉を知りました。
※自らの異能を活かすヒントをカスターから授かりました。
→上記ヒントに加え、神寂祓葉と天枷仁杜、二種の光の影響によって、魅了魔術が進化しました。
『魅了魔術:他者彩明・碧の行軍』
周囲に強烈な攻勢魅了を施し、敵対者には拘束等のデバフ、同盟者には士気高揚等のバフを振りまく。
『魅了魔術:自己核星・茨の戴冠』
己自身に深い魅了を施し、記憶した魔術や身体技術の模倣を実行する。
降ろした魔術、身体技術の再現度は薊美の魔術回路との相性や身体的限界によって大きく異なる。
ただし、この自己魅了の本質は単なる模倣・劣化コピーではなく。
取得した無数の『演技』が、薊美の独自解釈や組み合わせによって、彼女だけの武器に変質する点にある。
※ウートガルザ・ロキから幻術による再現宝具を授かりました。
・『災禍なる太陽が如き剣(レーヴァテイン)』
対神、対生命特攻。巨人の武具であり、神の武具であり、破滅の招来そのものである神造兵装――の、再現品。
ロキの幻術で生み出された武器であるため、薊美が夢を見ている限り彼女のための神殺剣として機能を果たす。
逆に薊美が現実を見れば見るほど弱体化し、夢見ることを忘れた瞬間にカタチを失い霧散する午睡の夢。
セキュリティとして術者であるロキ、そして彼の愛しの月である天枷仁杜に対して使おうとすると内蔵された魔術と呪いが担い手を速やかに殺害する仕組みが誂われている。
サイズや重量は薊美の体躯でも扱える程度に調整されている様子。
【ライダー(ジョージ・アームストロング・カスター)】
[状態]:疲労(小)、複数の裂傷、魅了
[装備]:華美な六連装拳銃、業物のサーベル(トバルカインからもらった。とっても気に入っている)
[道具]:派手なサーベル、ライフル、軍馬(呼べばすぐに来る)
[所持金]:マスターから幾らか貰っている(淑女に金銭面で依存するのは恥ずべきことだが、文化的生活のためには仕方のないことだと開き直っている)
[思考・状況]
基本方針:勝利の栄光を我が手に。
0:―――おお、共に征こう。My Fair Lady(いと気高き淑女よ)。
1:神へ挑まねば、我々の道は拓かれない。
2:やはり、“奴ら”も居るなあ。
3:“先住民”か。この国にもいたとはな。
4:やるなあ! 堕落者(ニート)のお嬢さん!!
[備考]
※魔力さえあれば予備の武器や軍馬は呼び出せるようです。
※シッティング・ブルの存在を確信しました。
※エパメイノンダスから以下の情報を得ました。
①『赤坂亜切』『蛇杖堂寂句』『ホムンクルス36号』『ノクト・サムスタンプ』並びに<一回目>に関する情報。
②神寂祓葉のサーヴァントの真名『オルフィレウス』。
③キャスター(ウートガルザ・ロキ)の宝具が幻術であること、及びその対処法。
※神寂祓葉、オルフィレウスが聖杯戦争の果てに“何らかの進化/変革”を起こす可能性に思い至りました。
※“この世界の神”が未完成である可能性を推測しました。
361
:
パンデモニウム・ソサエティー(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/14(水) 00:16:29 ID:bH7DGun.0
【楪依里朱】
[状態]:疲労(中)、魔力消費(中/色間魔術により回復中)、顔面にダメージ、未練
[令呪]:残り二画
[装備]:
[道具]:
[所持金]:数十万円
[思考・状況]
基本方針:優勝する。そして……?
0:この場を去る。じゃないと、戻れなくなりそうだから。
1:祓葉を殺す。
2:薊美に対しては微妙な気持ち。間違いなく敵なのだが、なんというか――。
[備考]
※天枷仁杜(〈NEETY GIRL〉)とネットゲームを介して繋がっています。
必要があればトークアプリを通じて連絡を取ることが出来るでしょう。
※蛇杖堂記念病院での一連の戦闘についてライダー(シストセルカ)から聞きました。
※今の〈脱出王〉が女性であることを把握しました。
【ライダー(シストセルカ・グレガリア)】
[状態]:規模復元、ごきげん
[装備]:バット(バッタ製)
[道具]:
[所持金]:百万円くらい。遊び人なので、結構持ってる。
[思考・状況]
基本方針:好き放題。金に食事に女に暴力!
0:もうちょいゆっくりしてもよかったんじゃねえかァ〜?
1:相変わらずヘラってんな、イリス。
2:祓葉にはいずれ借りを返したいが、まあ今は無理だわな。
3:煌星満天、いいなァ〜。
[備考]
※イリスに令呪で命令させ、寒さに耐性を持った個体を大量生産することに成功しました。
今後誕生するサバクトビバッタは、高確率で同様の耐性を有して生まれてきます。
362
:
パンデモニウム・ソサエティー(後編)
◆0pIloi6gg.
:2025/05/14(水) 00:16:52 ID:bH7DGun.0
【渋谷区・路上(移動中)/一日目・夜間】
【煌星満天】
[状態]:疲労(大)、魔力消費(中/『メフィストの靴』の効果で回復中)、落ち込みモード
[令呪]:残り三画
[装備]:『微笑む爆弾』
[道具]:なし
[所持金]:数千円(貯金もカツカツ)
[思考・状況]
基本方針:トップアイドルになる
0:はぁ。やっちゃったなぁ……
1:魅了するしかない。ファウストも、ロミオも、ノクトも、この世界の全員も。
2:輪堂天梨を救う。
3:……絶対、負けないから、天梨。
4:天枷仁杜には苦手意識。でも、きれいだった。
5:私、なんで忘れてたんだろ?
[備考]
聖杯戦争が二回目であることを知りました。
ノクトの見立てでは、例のオーディション大暴れ動画の時に比べてだいぶ能力の向上が見られるようです。
※輪堂天梨との対決を通じて能力が向上しています(程度は後続に委ねます)。
・『微笑む爆弾・星の花(キラキラ・ボシ・スターマイン)』
拡散と誘爆を繰り返し、地上に満天の星空を咲かせる対軍宝具。
性質上、群体からなる敵に対してはきわめて凶悪な効果を発揮する。
現在の満天では魔力の関係上、一発撃つのが限度。ただし今後の成長次第では……?
・現状でも他の能力が芽生えているか、それともこれから芽生えていくかは後続に委ねます。
※輪堂天梨と個人間の同盟を結びました。対談イベントについては後続に委ねます。
※過去について少し気付きを得ました。詳細は後続に委ねます。
【プリテンダー(ゲオルク・ファウスト/メフィストフェレス)】
[状態]:疲労(中)、肩口に傷(解毒・処置済)
[装備]:名刺
[道具]:眼鏡、スキル『エレメンタル』で製造した元素塊
[所持金]:莫大。運営資金は潤沢
[思考・状況]
基本方針:煌星満天をトップアイドルにする
0:俺は灼かれねえぞ――人間めが。
1:輪堂天梨との同盟を維持しつつ、満天の"ラスボス"のままで居させたい。
2:ノクトとの協力関係を利用する。とりあえずノクトの持ってきた仕事で手早く煌星満天の知名度を稼ぐ。
3:時間が無い。満天のプロデュース計画を早めなければならない。
4:天梨に纏わり付いている復讐者は……厄介だな。
5:高天小都音とは個人的にパイプを持っておく。
[備考]
ロミオと契約を結んでいます。
ノクト・サムスタンプと協力体制を結び、ロミオを借り受けました。
聖杯戦争が二回目であること、また"カムサビフツハ"の存在を知りました。
【バーサーカー(ロミオ )】
[状態]:疲労(小)、全身にダメージ(小)、恋
[装備]:無銘・レイピア
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:ジュリエット! 嗚呼、ジュリエット!!
0:ジュリエットの敵は僕の敵だ。次は許さない。
1:ジュリエット!! また会えたねジュリエット!! もう離しはしないよジュリエット!!!
2:キミの夢は僕の夢さジュリエット!! 僕はキミの騎士となってキミを影から守ろうじゃないか!!!
3:ノクト、やっぱり君はいい奴だ!!ジュリエットと一緒にいられるようにしてくれるなんて!!
4:虫螻の王には要注意。ボディーガードとしての仕事は果たすとも、抜かりなくね。
[備考]
現在、煌星満天を『ジュリエット』として認識しています。
ファウストと契約を結んでいます。
[満天組備考]
※取材中に〈蝗害〉の襲撃を受けたことで撮影機材が破壊されました。
ファウストはノクトなら映像をリアルタイムでバックアップする備えをしていると踏んでいますが、正確なところは後続に委ねます。
※同伴しているスタッフ達はNPCですが、ノクトによって『自身の常識の閾値を超えた事態に遭遇した瞬間に思考回路がシャットダウンされ、事前に設定された命令を遂行し続ける』魔術が施されています。
※今のところ死人や、命に関わるほど重大な怪我を負った者はいないようです。
363
:
◆0pIloi6gg.
:2025/05/14(水) 00:17:17 ID:bH7DGun.0
投下終了です。
364
:
◆0pIloi6gg.
:2025/05/14(水) 23:32:37 ID:bH7DGun.0
神寂縁
レミュリン・ウェルブレイシス・スタール&ランサー(ルー・マク・エスリン)
蛇杖堂寂句&ランサー(ギルタブリル/天蠍アンタレス)
ノクト・サムスタンプ 予約します。
365
:
◆EjiuDHH6qo
:2025/05/17(土) 03:53:50 ID:Q/w8O4IQ0
赤坂亜切&アーチャー、山越風夏&ライダー予約します
366
:
◆l8lgec7vPQ
:2025/05/17(土) 06:34:01 ID:3nYaJnQ60
アルマナ・ラフィー
悪国征蹂郎&ライダー(レッドライダー(戦争))
華村悠灯&キャスター(シッティング・ブル)
覚明ゲンジ&バーサーカー(ネアンデルタール人/ホモ・ネアンデルターレンシス)
予約します
367
:
◆EjiuDHH6qo
:2025/05/20(火) 23:00:45 ID:VcFvccHg0
投下します
368
:
トリックホリック
◆EjiuDHH6qo
:2025/05/20(火) 23:01:20 ID:VcFvccHg0
「町が揺れているね」
自身が元凶の一端を担っている事を棚に上げて、少年のような少女は言った。
どちらの形容も正しい。
今やこのマジシャンは男女の区別等無意味な領域に到達しているから。
山越風夏。
はじまりの六凶の中ですら異端と侮蔑されるその魂の銘はハリー・フーディーニ。
"脱出"の起源を覚醒させ、九生の果てまで世界に蔓延る事を選択した陽気な愚者の名前だ。
風夏は不安を抱えて揺れる町を楽しげな顔で笑覧しながら目的地へ向かっていた。
向かっている先はあるライブハウス。
自他共に認める自由奔放な彼女にも、決戦前に大将の下へ顔を出す位の義理は存在するらしい。
「午前零時の決戦、絆と非情の絡み合うダンスマカブル。いや実に楽しみだ、これで盛り上がらない訳がない!」
「随分とご機嫌だね。我ながら節操が無さ過ぎてちょっと呆れるな」
「私は君ほど擦れてないんだよ、少なくとも今はね。
そっちが主目的って訳じゃなかったけど、ジャックの参戦が確約されたのは最高だ。こうなると他の連中の介入にも期待出来る」
山越風夏は非情なるデュラハンに肩入れする事を決めている。
刀凶聯合の赤騎士を排除するという大義名分あっての選択だったが、やはりどうもシリアスには生きられない質らしい。
遠足の前日のような高揚感を隠そうともせず肩を揺らして歩くタキシード姿の少女というのは少々異様な光景だった。
相応に通行人の目を引いていたが、羞恥心等ステージに立ったその日からずっと無縁だ。
逆に手を振り返してやる余裕すら見せる主を他所に、隣を歩く少年が呟く。
「柩の準備が必要だな。小道具じゃなく本来の用途で」
「違いない。いつの時代も人死には戦争の花だからねぇ」
その言動は他の狂人に比べると平凡に見える。
彼らを知った人間がこのマジシャン達を見たなら、此奴らとは上手く付き合えるのではと思っても仕方ない。
されどこれは元から魂の構造が捩れている、ある意味では六凶の中で最も正常からかけ離れた生物だ。
只でさえ劇物同然の精神性に垂らされた一滴の狂気は、当然のように化学反応を引き起こした。
狂い過ぎて一周回ってまともに見えているだけ。
それが山越風夏、三世のフーディーニの真実である。
マジシャンが言う"種も仕掛けもありません"程信用に値しない物はないのだ。
「ところで、算段はあるのかい」
「ないよ? 当たり前じゃないか」
「…だろうね。言うと思ったよ」
ハリーは我ながらこの無鉄砲さに辟易した。
若いというか青いというか。
自分にもこんな時期があったのだと思うと恥ずかしくなってくる。
「適度に狩魔達のサポートをしながら、悪国側に嫌がらせして…。
それと並行して"本命"の方も進める感じかな。まずは人材探しだね」
風夏の本命とは聖杯戦争の破綻である。
つい先刻、彼女が到達した最悪の回答。
この世界に穴を開け、前提条件を破壊する。
死の国から逃げ出すよりも難しい、神の箱庭からの"脱出"だ。
「やるからには役者も拘りたい。私の眼鏡に適う子が居るといいんだけど」
未知の結末を見たオルフィレウスは、そしてあの白い少女はどんな顔をしてくれるだろうか。
369
:
トリックホリック
◆EjiuDHH6qo
:2025/05/20(火) 23:01:56 ID:VcFvccHg0
考えただけで心が躍る。
無粋な舞台装置の破壊なんて義務めいた労働より余程モチベが出るのは当然だった。
「デュラハンの仲間達じゃ駄目なのかい?」
「狩魔にそんな提案したら殺されちゃうよ。ゲンジ君は祓葉にお熱だし、華村悠灯はきっとそれどころじゃない。
あ、サーヴァントを失った悪国征蹂郎は悪くないかもね。彼って結構ガッツの人だから。候補が見つからなかったら声くらい掛けてみようかな」
浮き浮きしながら話す言葉に不安の色はない。
それは彼女が、これから始まる戦いの勝敗を全く疑っていない事の証だ。
酔狂な享楽主義の中に潜んだ不動の傲慢。
山越風夏もまた狂っている、その根拠がこうして示される。
「まぁ、そこら辺は始まってから考えようか。
その為にも狩魔のプランを聞いておきたいし、彼らが出発しちゃう前にサクッと――」
揺るがない不敵で常に己が存在を誇示する。
その精神性は六凶の象徴で同時に病痾だ。
拭い去る事の出来ない悪癖。
特に、この脱出王はそれが顕著だった。
だからこそ――
「…拙いね」
「ああ」
隠れ潜む気のない兎を、空の狩人は見逃さない。
風夏の足が止まった。
ハリーもだ。
同じ魂を持つ二人なのだから、其処に一秒の差もありはしない。
「見つかったみたいだ」
呟くのと、誰かの悲鳴を聞くのとは同時だった。
間に聳える建造物を事もなく貫いて迫る剛弓の一射。
狼吼の女神の暴力が、運命さえ躱すマジシャン達を遂に射程へ収めた。
◆ ◆ ◆
370
:
トリックホリック
◆EjiuDHH6qo
:2025/05/20(火) 23:02:30 ID:VcFvccHg0
「お? 何だい、思ったより可愛らしいのが出て来たね。
もっと憎たらしいツラした奴を想像してたんだけどな」
完全な不意討ちである上に、女神の矢は初速で音を超える。
サーヴァントでさえ反応困難な速度とシチュエーション。
だと言うのに風夏とハリーはどちらもひらりと躱した。
遊び抜き、殺すつもりで撃ち込まれたにも関わらずだ。
その事実に憤慨するでもなく、寧ろ愉悦を湛えながら女神スカディは姿を現す。
脇の傷からは今も血が滴っているが、堪えている様子は全くなかった。
それどころか不覚の証明である筈の血糊さえ彼女の美貌を彩る化粧品のように見えるのが恐ろしい。
凄惨な美で君臨する女神の前に立つのは猫の耳を生やした少年。
九生の果て。
遠未来のハリー・フーディーニである。
「参ったな。こういうシチュエーション、実はあまり得意じゃないんだが…」
ルー・マク・エスリンと戦わされた時にも思ったが、風夏は意外と人使いが荒い。
現に今も、ハリーを放り出してさっさとスカディの前から逃げ去ってしまった。
我が身可愛さで逃げた訳でないのは解っている。
いや…だからこそ質が悪いと言うべきか。
「くっはは! そうかいそうかい。素性は知らないが同情するよ。えらい難物を引いちまったようだね、アンタ」
「君に同情されてもな。マスターから聞いてる感じ、君の所も大概だろ」
「否定はしないが、アタシはあのくらい毒のある男の方が好きだよ。お高く止まった狡辛い野郎よりかはよっぽど良い」
「流石は音に聞く狩猟の女神。悪食なようで何よりだ」
腹の探り合いは必要ない。
スカディ側は勿論の事、ハリーだってそうだ。
蛇杖堂寂句、ノクト・サムスタンプ、ホムンクルス36号。
現時点で山越風夏は前回のマスター達の大半と顔を合わせている。
そして先刻、蛇杖堂から聞かされた残り二人の現状に纏わる情報を以って情報網は完成した。
それを参照すれば目前の巨女の素性も容易く透ける。
女神のアーチャー。真名をスカディ。
"嚇眼の悪鬼"赤坂亜切に仕える最恐の狩人。
「実は直近で用事が控えていてね。一応聞いてみるけど、見逃してくれたりするかい?」
「そりゃ大変だ。アタシも心苦しいよ、待ち惚けを食う何処かの誰かに同情しちまうや」
真紅の唇が好戦的に歪む。
狩人と言うよりはケダモノの笑みだ。
話の通じる相手の顔ではない。
「……ま、だろうね。期待はしてなかったよ」
ハリーは嘆息する。
こうなると食い下がるだけ無駄、逆に疲労を増やすだけ。
よって穏便な未来を空想するのは諦めて、大人しくダンスの誘いを受ける事にした。
371
:
トリックホリック
◆EjiuDHH6qo
:2025/05/20(火) 23:03:11 ID:VcFvccHg0
「『棺からの脱出(ナインライブズコフィン)』」
彼の九回の生を象徴する九つの棺。
釘で厳重に閉ざされた棺が七つ、ハリー・フーディーニの背後に並ぶ。
次起こる事の予測が付かない光景にスカディはへぇと唸った。
「繰り返すが、予定がつっかえてるんだ」
並んだ棺の右から三番目。
その蓋が、錆びた蝶番のような音を鳴らして開く。
釘はするりと抜けて地面に転がった。
からんという音が聞こえたかどうかのタイミングで、スカディは気付く。
「手短に終わらさせて貰う」
既に攻撃は始まっている、と。
棺の中から溢れ出したのは赤い血潮の濁流だった。
決壊したダム宛らの勢いで押し寄せるそれは盛んに湯気を立てている。
只の血ではない。沸騰状態まで熱された、血の池地獄の鉄砲水。
ハリー・フーディーニは死後の国に精通していて、その上猫というのは手癖が悪い。
命あるものが必ず辿り着く結末、その更に一つ先。
冥界とも、或いは地獄とも称される領域から持ち帰った戦利品。
それが、英霊ハリー・フーディーニの商売道具だ。
「ほう、ヘルヘイム――フウェルゲルミルの泉か。懐かしいね、温泉代わりにはなったっけな」
「ヘルはヘルでも仏教徒の地獄だよ。似て非なる物だ」
「ふーん。ま、どっちだろうと同じ事さ」
人体等瞬きの内に骨まで黒焦げにするだろう贖罪の血水。
それを前にしてもスカディは動かなかった。
女神の巨体が赤き激流に呑まれていく。
過酷極まる地獄の裁きを受けているにも関わらず、大地を踏み締めたその両足は微塵程も揺るがない。
「で? えらい格好付けてたが、まさか頼みの綱がこのぬるま湯ってオチはないよな」
風変わりなシャワーでも浴びたように前髪をかき上げ、滴る血の滴を退けながら。
言ったスカディの口調には有無を言わせない威圧感が宿っていた。
彼女が攻撃に移っていないのは只の気紛れだ。
興が冷めればすぐにでもその暴威は目の前のマジシャンを蹂躙すると解る。
「まさか」
然しハリーも動じない。
「せっかちは悪癖だよ、雪靴のお嬢さん」
「…! おぉ……!?」
言葉通り、事態は次の瞬間に動いた。
透明度が零に等しい血の池地獄。
その氾濫は物を隠すにはうってつけである。
激流に潜ませていた冥府の鎖が、スカディの全身を絡め取ったのだ。
嘗て死の神を戒めたシーシュポスの鎖。
引き千切ってやろうと力を込めるスカディだが、試みが実を結ぶ気配はない。
「啜れ、カマソッソの眷属よ」
呼び出したのはミクトランの蝙蝠。
死者の全身を切り刻んで血を啜るカマソッソの眷属だ。
身動き取れない所にこれをけしかけ、世にも悍ましい踊り食いの刑に処す。
先刻、神寂祓葉に対し用いたのと同じやり口だ。
人を驚かすが生業のマジシャンが、その発想力を加害の為に用いればどうなるか。
命題の答えが此処にある。美しい女神の体を以ってそれを体現せんとする。
が。
「おいおい子猫ちゃんよ。ちょっと思い上がりが過ぎるんじゃないかい」
372
:
トリックホリック
◆EjiuDHH6qo
:2025/05/20(火) 23:04:16 ID:VcFvccHg0
シーシュポスの鎖は確かに強靭無比。
されどその攻略法は既にルー・マク・エスリンが示している。
スカディは自分の手首へ繋がった鎖を物ともせず、拘束されたまま弓を構えた。
戒めて来る以上の剛力を用意出来るのなら、あらゆる縛鎖は存在の意義を失う。
「獣の分際で誰に鎖繋いでやがる。猫の仕事は媚びる事だろうがよォッ!」
一喝に合わせて放たれた、放たせてしまった穿弓。
不遜にも狩人の血肉を求めた命知らずな蝙蝠達が次々に弾け飛んでいく。
必中なのは当然として、一矢一矢に込もる威力が狂っていた。
着弾した蝙蝠は勿論の事、その近くに居た個体までもが拉げ捻れて血袋と化す。
矢とは穿ち貫く物。
そんな常識を崩壊させる兵器めいた火力を実現させながら、とうとうスカディの進軍が始まった。
「…今日はこんなのばっかりか」
ハリーの嘆息には哀愁が滲む。
ルー・マク・エスリン、神寂祓葉。
そしてこのスカディ。
都市有数の怪物達と次々戦わされている状況は確かに哀れだったが、忘れるなかれ。
ハリー・フーディーニは此処まで只の一度も手傷を負っていない。
お世辞にも強力とは言い難い二流の霊基で、九生のフーディーニは主人から科される無理難題をこなし続けている。
針山地獄の剣刃を取り出してスカディを迎撃しつつ、蝙蝠の群れを補充してけしかけ。
シーシュポスの鎖を更に伸ばし、身動ぎ一つ出来ない次元まで拘束を強めんと試みる。
棺に収めた道具を状況に合わせて取り出すという性質上、ハリーが戦闘に費やす労力は極端に小さい。
目前の敵に合った"死後"を釣瓶撃ちのように叩き付けるだけの仕事なのだから、その分手数には事欠かないし余力も残せる。
それどころか戦いが長引けば長引く程にこれらが増えていく。敵手との差は歴然に開いていく。
針山と蝙蝠、そして鎖。
三種の死後に囲まれたスカディを見ればそれがよく解る。
ハリーは剣を握らない。
接近して技を競い合う事もしない。
だから傷を負うリスクに乏しく、何なら撤退だっていつでも簡単に出来る。
一方でハリーの敵は、彼が出して来る傾向も性質もバラバラの冥界道具にどんどん囲い込まれていくのだ。
「猫の仕事は媚びる事、か。確かにそれも一理あるかもしれないが、ぼくは違うと思ってるよ」
次の棺が開く。
中から飛び出したのは、一匹の犬であった。
但し馴染み深いそれとは何もかも違い過ぎる。
その犬は、大型トラックよりも巨大な体躯を持っていた。
その犬には、首が三つあった。
口から炎を吐きながら。
耳を劈く声をあげて咎人へ襲い掛かる姿は、嗚呼まさに。
「猫の仕事は振り回す事だ。気紛れに皆を翻弄して、疲れ切った奴等を横目に眠りこけるのさ」
地獄の番犬・ケルベロス!
不徳な亡者を貪り食う冥府神の飼い犬が、苦境のスカディへの駄目押しとして棺を飛び出し駆け出した!
「君は見事に"脱出"出来るかな。お手並み拝見だ、お嬢さん」
こうなるとスカディの状況は本当に地獄じみている。
体は鎖で雁字搦めにされ、足元は灼熱の血の池が満たし。
針山の剣刃が迫る中、空からやって来る悪食な蝙蝠達にも注意しなければならず。
挙句の果てには英霊でさえ手を焼くタルタロスの猛犬。
ハリー・フーディーニは脱出狂い。
あらゆる苦難は"彼ら"にとって、その性を満たす晩餐となる。
我々なら出来るぞ、我々ならやれるぞ、さぁ抜け出してみせろ。
脱出を極めたい余り、自分用の地獄を形成する自傷行為に九生腐心した生粋の破綻者。
その行き着く果てたる九番目が造る檻は当然のように悪逆無道の難攻不落。
外道の檻に閉じ込められた女神の美貌は哀れ恐怖と絶望に歪む――
「"脱出"? 何だいアンタ、アタシを檻に入れた気になってたのかよ」
――事はなく、響いたのは愉快さを隠そうともしない声だった。
373
:
トリックホリック
◆EjiuDHH6qo
:2025/05/20(火) 23:05:06 ID:VcFvccHg0
ハリーの眉が動く。
常に老人のような諦観を湛えた彼の顔に浮かんだ、確かな驚きの感情。
「だとしたらアンタはやっぱり媚びるが仕事の猫さんだ。世を知らないにも程がある」
スカディを頭から貪らんと飛び掛かったケルベロス。
その巨体が、次の瞬間もんどり打って吹き飛んだ。
折れた牙が、飛び出した眼球が、空中に散っていくのが見える。
誰が信じられるだろうか。
獰猛で強靭な地獄の番犬を襲った災難の正体が、武器ですらない只の拳であったなどと。
ケルベロスを殴り飛ばしたスカディは臆する事なく剣刃犇めく針山地獄に踵を下ろす。
硝子の割れるような音がした。
女神に足蹴にされた針山が、霜柱のように砕け散った音だ。
「アタシを閉じ込めたいんなら――」
首に噛み付こうとした蝙蝠を逆に噛み返す。
ぐぢゃりと上下の歯で潰し、咀嚼し。
生焼けの肉料理のようになったそれを吐き出して。
怖気立つような血塗れの美貌で、女神は猫に言う。
「――せめてこの三倍は持って来るんだね」
地獄が反転する。
囚えたのではなく、囚われていたのだと理解が追い付いた。
理屈で生きるマジシャンらしからぬ行動と解った上で、反射的に煉獄の炎を引き出し放つ。
だが止まらない。
止められない。
「すぅ――お お お お お お ォ ォ ッ !!」
息を吸い込んだスカディが吼えた。
威嚇ではなく迎撃行動としてのシャウト。
猛烈な勢いで吐き出された空気が立ちはだかる炎を吹き散らす。
これで良し。
進軍は問題なく続行される。
「莫迦か君は…!」
「くっははははは! 褒め言葉にしか聞こえないねぇ!」
マジシャンである筈の己が、気付けば猛獣使いの真似事を強いられている。
ハリーの口からもう溜息は出なかった。
数多の難業を攻略し尽くした最高峰の脱出狂をして、全神経を注がなければ死ぬと直感したのだ。
自らが狩られる側である事を悟った獣は、押しなべて生存本能を活性化させる物だから。
「さぁさお返しだよ。踊って見せなァ!」
矢が女神の手元から解き放たれる。
耐久に悖るハリーでは一撃の被弾すら許されまい。
全身を駆け巡る危機感。
それが、枯れて尚逃れられない脱出狂の性を喚起する。
「――――」
「やっぱり本領は逃げ足か! 良いよ受けて立とう、兎狩りなんていつ振りだろうねェ!」
ハリーが刻むステップは実に奇妙だった。
目を瞠る軽やかさはない。
巧みな、超次元的な避け方をする訳でもない。
寧ろやっている事自体はごくありふれた、普通の域を出ない物だ。
374
:
トリックホリック
◆EjiuDHH6qo
:2025/05/20(火) 23:06:00 ID:VcFvccHg0
なのにどういう訳だか、"当たらない"。
降り注ぐ矢のどれ一つ、その稚拙な足取りを捉えられない。
それだけならば矢避けの加護にでも助けられているのだと邪推も出来よう。
だが、矢の着弾に伴い生じる衝撃波。
冥界の蝙蝠を次々と蹴散らした破壊の力場。
これさえ回避しているのは、一体全体どういう訳か。
雨霰のように押し寄せては吹き荒ぶ致命の矢。
二本の腕で成されているとは思えない超高密度の弾幕の中には人独り分の隙間も見て取れない。
だとしてもハリーの動きに淀みはなかった。
完璧な回避を積み重ねながら、一瞬の隙を見てバック宙で致死圏を抜ける。
こうなれば後は只逃げるだけ、退くだけ。
万事それで罷り通るかに思われたが…、
“困ったな、ちょっと強すぎる”
どうも逃げられそうにない。
と言うより、逃がしてくれそうにない。
逃げを専門とする者だからこそ解る。
スカディの双眸と放つ殺気は、相手を地の果てまででも追い掛けてやると告げていた。
それに――理由はもう一つ。
“視線を感じる。散漫と見られている内は解らなかったけど、監視装置の類かな。
此処を退いて風夏を回収した所で、これがある限り当分は追跡されてしまう……か。どうにも分が悪いね”
ハリーの推測は当たっている。
正確には監視装置ではなく、目だ。
嘗てスカディが傲慢な神々から奪い返し、天へと奉じさせた父スィアチの両目。
ハリーが考える通りの監視索敵機能と、獲物の急所を暴く統制装置の役目を一手に担う第一宝具である。
言うなれば一度見つかった時点で既に駄目。
彼らはもう、スィアチに目を凝らされてしまった。
手品の小細工等、巨人の天眼は児戯のように見破ってみせるだろう。
如何に箱から抜けるのが上手くても、抜け出した先で捕まってしまえば元も子もない。
"前回"気の向くままに全方位を苛つかせ続けた酔狂者の奇術師。
女神スカディというサーヴァントは、まさしく彼らを捕らえる上での一つの答えだった。
そして。
「ご覧よ、今夜は星がよく見える。狩りをするにも酒を飲むにも、澄んだ星空の下が一番と決まってる」
天の眼で逃げ道を押さえたその上で。
女神スカディは、悠々と狩りを遂行する。
手足に鎖を巻き付けたまま、それを物ともせずに進軍し続ける巨女。
その体躯が一歩毎に大きくなって見えるのは果たして気の所為だろうか。
いいや違う。実際に大きくなっている。
彼女に追われる獲物の認識の中では、確かにそうなっている。
「今宵はきっと良い夜になる。長い事狩人やってるとね、狩場に立っただけで何となく解るのさ」
375
:
トリックホリック
◆EjiuDHH6qo
:2025/05/20(火) 23:06:30 ID:VcFvccHg0
ハリーは考えた。
はて、今は何月だったか。
答えは五月。春が終わり初夏が来て、俄に暖かくなり出す頃。
なのに今、彼の背筋は真冬の雪原に立たされたように冷え切っていた。
生体機能としてではなく、魂の内側から這い上がって来るような凍え。
曰く人は、この耐え難い悪寒を戦慄と呼ぶ。
「その証拠に、早速こうして上物と巡り会えたんだ。嬉しくて、ちょっと景気付けがしたくなった」
不敵であるべきマジシャンの心胆をさえ寒からしめる圧倒的な破滅の気配。
ハリーの認識上では、スカディの背丈は倍を超えて三倍、四倍以上にまで至っている。
荒唐無稽な程の巨大化は、つまりそれだけ彼(えもの)が迫る狩人を畏れている事の証左。幻像だ。
「アタシはね、アツいのが好きだよ」
冬司る雪靴の女神。
でありながら、彼女は込み上げるその熱を歓迎する。
北欧に神は数あれど、彼女程熱のままに生きた者は居ない。
関わった全ての神にトラウマを刻み込んだ圧倒的暴力。
神代を終わらせた"白い巨人"にも通ずる物のある、絶対の進軍者だ。
「で、そんなアタシは今まさにアツくなってる。この意味が解るかい、子猫ちゃん」
「…さっぱりだね。答えを聞かせてくれるかい?」
「今度はアンタが地獄(ヘルヘイム)を見るって事さ」
嘗ては怒り。
されど今は高揚の儘に。
「天に坐す父上様よ、今日もアタシに教えておくれ。
体が熱くて堪らないんだ。こいつをアタシは、何処の誰に向けたらいい?」
天の星が娘の求めに応える。
「――"お前か"」
スィアチの娘は幾つになっても気儘なじゃじゃ馬。
故に一度火が点いたなら、彼女を止められる者は三千世界の何処にも無し。
狩人の眼光が改めて、逃げる子猫の姿を認めた。
「――『夜天輝く巨人の瞳(スリング・スィアチ)』ッ!」
かくて恐怖は顕現する。
全ての獲物にとっての悪夢。
只一匹の猫を射殺す為に、赫怒の巨人が立ち上がった。
376
:
トリックホリック
◆EjiuDHH6qo
:2025/05/20(火) 23:07:05 ID:VcFvccHg0
拙い、と思った。
心底から死を感じた。
幾度の死を経験し、其処からも逃げ遂せた男が狼狽さえした。
シーシュポスの鎖が嘗てない勢いで放出される。
それは猛る巨人を今度こそ縛り無力化するべく迸り、女神の肌へと触れたが。
「邪魔だ」
次の瞬間、悲鳴のような音色を奏でて崩壊した。
これを皮切りに、今まで辛うじてスカディを束縛出来ていた鎖達も一箇所また一箇所と砕け散っていく。
純粋な怪力の前に敗北する冥界の獄(タルタロス)。
ハリー・フーディーニを襲う悪夢の本当の始まりはこの時だったと言っていい。
「なんて、出鱈目な……ッ」
スカディは特別な行動などしていない。
只歩いているだけだ。
人が偶にする気分転換の散歩。
それのスケールを巨人サイズに拡張しただけ。
なのにその一歩一歩が、ハリーが打つ全ての仕掛けを粉砕する。
地獄の辛苦が踏み潰され。
冥府の生物が小蠅でも払うように撲殺される。
この世の全てに有無を言わせない歩みは宛ら、凹凸な地面を均すよう。
「逃げてもいいよ。逃がさないけどね」
女神スカディの第一宝具――『夜天輝く巨人の瞳』。
索敵と統制を一挙に兼ねる、天に昇った父親の双眸。
但し其処には"平時は"という補足を付記するべきだ。
有事。娘の昂りが頂点に達したその時、天の双眼は姿そのままに形を変える。
「猫如きがこのアタシに首輪付けようとしやがったんだ。罰としてその耳引きちぎって、暖炉で干し肉にでもしてやるよ」
サーヴァントの十八番。
生前成した逸話の再現。
スカディの場合は、神々を震え上がらせた激怒の進撃。
見る者全てに格別の恐怖と戦慄を。
そして進撃する巨人には格段の情熱を。
共に約束しながら成し遂げる至高の狩り。
種も仕掛けも介在する余地のない、何処までも純粋な"強さ"という理不尽が具現する。
「さぁ行くよ。何時もみたいに避けてみな」
地で惑う猫を見下ろす、父神の双眸。
口角を好戦の形に吊り上げながら、娘神は矢を番える。
装填された矢の数は、あろう事かたったの一本きり。
取るに足らない。
気を張る必要もない。
先のような弾幕射撃ならいざ知らず、単発の矢などたとえ光速だろうが軽々避けられる。
ハリーの経験はそう告げている。
だがその生存本能は、けたたましいまでの警鐘をあげて迫る危機に叫喚していた。
377
:
トリックホリック
◆EjiuDHH6qo
:2025/05/20(火) 23:07:38 ID:VcFvccHg0
“駄目だ、これは”
マジシャンの誇りを目の前の現実が超えて来る。
“これを放たせてはいけない”
九度の生涯の中で、間違いなく一番であろう緊張。
“放たせてしまったら、その時ぼくは”
神の恐ろしさを九生の先で初めて知る。
靴底で地を蹴り、逃避の為に全神経を研ぎ澄ます。
“ぼくは――逃げ切れるのか?”
絶望にしか聞こえない自問。
が、こんな時でも魂の病痾は抜けないらしい。
少なくともスカディにはそれが解った。
ハリーの浮かべた顔を見てしまったから、この状況でつい吹き出してしまう。
「何だいアンタ。さっきまで悟ったみたいな澄まし顔してた癖に」
感情に乏しい幼顔。
見ようによっては老人のようにも見える諦観と辟易の相。
その口元が、期待するように緩んでいるのを。
確かに、スカディは見た。
「死が迫って来た途端――随分と楽しそうじゃないのさ」
刹那、破滅が解き放たれる。
『夜天輝く巨人の瞳』の真髄は只この一瞬に。
感情とはこの世で最も強大なエネルギーで。
それを素に進撃した巨人が放つ一矢は、まさに究極と言っていい破壊を秘める。
敵の霊核に向けて放たれるその矢に"技"はない。
スカディの技量を考えれば稚拙も良い所の射撃だが。
されど其処には、先のとは比べ物にならない程純然たる感情が宿っている。
殺意。必ず殺すという強い意思。
一念鬼神に通ずと人は言うが、ならば神がそれに倣った結果起こる事象は尋常の域には到底収まらない。
敢えて全ての"技"を排して衝動の儘打ち込むからこそ、巨人の激昂は遍く敵を捻じ伏せるのだ。
無駄多く、技なく、理屈なく。
故にこの世の何事よりも絶対的。
あらゆる利口を贅肉として削ぎ落とすからこそ、この矢は狩猟の真理に届く。
理屈で常識を騙すが生業の奇術師からすれば、その在り方はまさに対極。
そして、天敵。
「――――!」
ハリーが何かを叫んだ。
言葉だったかもしれないし、断末魔だったかもしれない。
何にせよその朧気な音が女神の耳に届く事はなかった。
矢が着弾し、隕石でも落ちたのかと見紛うような衝撃と轟音を響かせたからだ。
粉塵が巻き上げられ、大地が無惨に捲れ上がった"爆心地"の姿が晒される。
「ふう。景気付けとしちゃこんなもんかね」
風に揺れる髪を片手で抑えながらスカディは漸く弓を下ろした。
「アギリから聞いちゃいたが、まさか主従揃って此処までの逃げ上手とは。
とはいえ相手が悪かったね。アタシは狩人だ……逃げる獲物は追わずに居られない性分なのさ」
巧みな逃げ、窮地からの脱出。
それを見せ付けられる程に狩人の性は昂る。
どれだけ弾を使っても必ず躱し、煽るように躍って見せる獣。
狩りを生業にする者にとっては極上以外の何物でもない。
その点やはり、スカディはハリー・フーディーニにとって天敵だったのだ。
彼が見せる全ての逃げ、全ての技は彼女の興を掻き立てる肴になってしまう。
彼はスカディの逆鱗に触れた。
怒りとは違う形で、雪靴の女神の真髄を呼び起こしてしまった。
ハリーの落ち度は其処だけ。
詰まる所は相手が悪かった、悪過ぎた。
脱出を極め尽くしたからこそ待ち受けていた彼専用の地獄の門。
哀れな子猫は露と散り、最早肉片も残っていないだろう。
「…耳で燻製でも拵えようと思ったんだけどねぇ。昂ると加減出来ないのは悪い癖だな」
スカディは己の短腹に苦笑しながら、一応検分くらいはしておくかと足を前に出した。
378
:
トリックホリック
◆EjiuDHH6qo
:2025/05/20(火) 23:08:40 ID:VcFvccHg0
「――うお」
その矢先。
頬を掠める弾丸の熱に、女神は声を漏らした。
「……、」
伝い落ちるルビー色の雫。
擬似的な地獄巡りの中でさえ流れなかったスカディの血。
それが今、たかが一発の銃弾によって流された事実。
彼女自身でさえ信じ難いと思う流血を指で掬いながら。
スカディは土煙の向こうに立つ痩せぎすの影を見つめていた。
「こんなのばっかりか、はこっちのセリフだよ。今日は妙な英霊によく会うもんだ」
猫耳の少年、ではなく。
軍服姿の老人が立っている。
右手には煙の昇る突撃銃。
「なぁお爺ちゃん。アンタからさっきのガキと同じ匂いがするんだが、アンタらどういう関係だい?」
スラッグ弾の薬莢を排出しながら、彼は辟易の表情でスカディを見た。
「――ヴァルハラか?」
「はい?」
「ヴァルハラの手の者だな貴様。ヴェラチュールの小僧め、そんなにも吾輩にしてやられた事が悔しいか」
「いや、あの…。話聞いてる? もしもーし」
「惚けおってこの吾輩の目は騙せんぞ。ワルキューレでは手が足りぬと踏んで巨人族に声を掛けるとはな。
良い度胸だ、ならば何度でも袖にしてやろう。吾輩はエインヘリヤルになぞ決して戻らん」
「……」
「貴様らと来たら口を開けば吾輩を英雄だ何だと褒めそやすがな、第四次大戦で吾輩が立てた武勲は全て敵前逃亡の副産物だ。
殺し殺されの戦場が嫌で逃げ回り続けて、漸く床の上で死ねたと思えばあのような地獄に案内された吾輩の身にもなってみろ。
帰らぬぞ、戻らぬぞ。石に齧り付いてでも断固として拒否するぞ。解ったら疾く荷物を纏めて帰れ小娘。吾輩は忙しいのだ」
「ダメだボケてるわこの爺ちゃん」
支離滅裂な言動にスカディは眉間を押さえる。
全く以って不可解な状況だった。
消えた猫耳のサーヴァント。
それと入れ替わりで現れた、この痴呆の入った軍服老人。
されどスカディの佇まいに油断は皆無だ。
たとえ姿が変わろうと狩人の鼻は誤魔化せない。
先程指摘した通り、"猫耳"と"老人"は完全に同じ匂いを放っていた。
つまり同一人物の可能性が非常に高い。
だが逆に言えば其処以外は何もかも違う。
骨格は勿論の事、霊基も恐らく全くの別物だ。
極めつけに今しがたの発言。
老人の発言は一から十まで支離滅裂だったが、中でも群を抜いて奇妙な単語が一つ混ざっているのを、スカディは聞き逃さなかった。
「第四次ってのは、"世界大戦"の話かな」
令和六年五月三日現在。
世界大戦は二度しか行われていない。
「だとすりゃアンタ――いつの時代の英霊なんだい?」
スカディの問いに老人は答えなかった。
返答の代わりに、その突撃銃を静かに向ける。
シーシュポスの鎖やミクトランの蝙蝠に比べれば実にありふれた武装だ。
だがこの時スカディは、"彼ら"との戦いが始まってから随一の重圧を感じていた。
「吾輩は行かねばならんのだ。吾輩の代で…たかだか五生でフーディーニを終わらせる訳には行かぬ」
向けられた黒い銃口。
それが冥府まで続くトンネルのように見える。
死だ。死が其処にはある。
死の国の門が口を開けて誘っている。
「それを邪魔立てするというなら、吾輩は……」
気付けばスカディは笑っていた。
笑わずにいられるものかと誰にともなく言い訳する。
「――神であろうと殺してくれるぞ」
猫を追い回して入った暗い森の奥に、怪物が居た。
猫を狩るのも乙ではあるが、やはり強い獲物程唆らせてくれる物はない。
「いいね。やろうか」
弓を番える。
怪物は怯えない。
老いさらばえた鹿のように震える両足で大地を踏み締め。
時が止まったようにミクロ単位のブレもない右手でショットガンを構える。
「アンタ、名前は?」
「…神聖アーリア主義第三帝国陸軍所属……"ハリー・フーディーニ"………」
怪物戦線、継続。
九生は棺に戻り、代わりに起こされたのは最も人を殺めた狂乱の老兵。
心神喪失の逃亡者。
――第五生のハリー・フーディーニ。
◆ ◆ ◆
379
:
トリックホリック
◆EjiuDHH6qo
:2025/05/20(火) 23:09:17 ID:VcFvccHg0
一方その頃。
もう片方の戦線も、勿論地獄の有様を呈していた。
炎が舞う。
爆発力さえ伴って弾けた紅蓮が少女の周りを囲い込む。
起爆剤を必要とせずに急燃焼を起こすそれがどれ程熱いのか等考えるまでもない。
一度でもこれに巻かれればヒトは決して生存出来ないだろう。
呼吸しただけで気道が焼け爛れる本物の焦熱地獄だ。
そんな嚇炎に包まれた少女が炭になるまで焼き尽くされる未来は最早確実。
そう見越されたが、然し。
炎の渦からタキシード姿の少女がくるりと躍り出る。
肌は愚か気取り尽くした衣服まで僅か程も焼けていない。
そこまではいい。そういう事もあるだろう。
だが煤さえ被っていないのは一体如何なる道理か。
解らないし、解ろうという気も起きない。
それが赤坂亜切の素直な感情だった。
ひと度戦い始めれば狂気の儘に燃え盛るが性の葬儀屋の顔は酷く冷めている。
退屈な映画でも見るような顔で少女のダンスを見つめていた。
其処にあるのは呆れと苛立ち。
相変わらずの目障りさを存分に発揮する怨敵も然る事ながら、未だにこの不愉快な生物一匹に手を拱いてしまう自分への不満もあった。
そんなアギリの心理を見抜いたように脱出王、三生のフーディーニは言う。
「アギリは相変わらずだね。舞台ってのはもっとワクワクしながら楽しむもんだよ?」
「相変わらずは君の方だろオカマ野郎。どうせなら玉じゃなくて頭去勢して来いよ」
「やだ下品。ほらあれやってもいいんだよ? お姉ちゃん力がー、妹力がーってお得意の奴」
ひらひら手を振って脱出王が言う。
次の瞬間、山越風夏の五体は爆炎の中に消えた。
攻撃の意思決定から現象の発生まで一秒を遠く下回る。
アギリは荒れ狂う炎の中に躊躇なく自ら飛び込んだ。
そうして、大火事の中で当たり前のように無傷で寛ぐマジシャンへ右手を伸ばす。
「糞に姉も妹もあるかよ」
「く、糞ぉッ!? 流石に言われた事ない悪口なんだけど!」
「あぁそう知らないようなら教えてやるよ。君の事好きな人間なんてこの世に一人も居ないからな」
魔眼の破損はアギリを真の魔人に変えた。
今の彼は己が肉体を火元にして燃え盛る炎の化身である。
であればこうして接近戦に持ち込む事も当然可能。
寧ろ対脱出王に限れば魔眼が壊れてくれた事は僥倖ですらあった。
見てから燃やすという葬儀屋のスタイルでは脱出王に猶予を与えてしまう。
視認し、収斂させ、発火を起こす。
不可能を可能にする驚異の奇術師にしてみれば欠伸が出る程長大なタイムラグだ。
その点今のアギリは工程の一と二をすっ飛ばして即発火に持ち込む事が出来る。
更に言うなら、このムカつくマジシャンを直接自分の手で触れて燃やせる点もアギリ的には高ポイントだった。
380
:
トリックホリック
◆EjiuDHH6qo
:2025/05/20(火) 23:10:11 ID:VcFvccHg0
「はーあ。ジャックといい君といい、皆私にも心が有るって事をもうちょっと気にして欲しいね」
とはいえ、それでも彼女に当てるのは至難を極める。
原理等そもそも存在するのかさえ怪しい究極の脱出術は、こと避けるという事に限ればどんな宝具より高性能だ。
実際アギリは今、ほぼ顔を突き合わせるような間合いまで近付いて燃え続けているが、炎も振るう手足も彼女に掠りさえしていない。
死んで姿が変わっても脱出王の特性は健在。
いや、それどころか前以上に冴え渡っていると言って良かった。
“アーチャーの方も手こずってるな。前回のシャストルじゃないが、やっぱり碌でもない奴には相応の糞が寄り付くらしい”
その言葉がブーメランになっている自覚は勿論アギリにはない。
我も人、彼も人。狂人達はそんな高尚な倫理とは全く無縁だ。
「だけどアギリってさ、捻くれてる風に見えて実は結構素直だよね」
「…何が言いたい?」
「あれ、解らない? 現にほら、割と簡単に私と一対一になってくれたじゃないか」
不快感に眉間が歪む。
気付いたからだ。
狂人同士の1on1というこの状況は、他でもない脱出王の意図で組まれた物であると。
「あの場で話すには君のサーヴァントが邪魔でね。全くえらいの呼んでくれたもんだよ、見た所彼女、私の天敵だろ?」
「どうだかね」
「ランサーも草葉の陰で泣いてるよ。あんなに健気に君を人の道に引き戻そうと頑張ってたのに」
「そうだね、確かにあいつには気の毒な事をしたかもな。それで? 遺言は終わったかい、脱出王」
火力上昇。
巨大な火球と見紛う程の規模でアギリが殺意を燃やす。
「終わってないし遺言じゃないよ。折角会えたんだから、君にも教えてあげようと思ったんだ」
「教わる? ハッ、言うに事欠いて僕が君にか」
電柱やガードレールを溶かしながら炸裂した嚇炎の中から変わらず響く声。
アギリはその言い草に嘲笑を返すが、次の言葉を聞けば押し黙るしかなかった。
「祓葉が来るよ」
「…――おい」
燃え上がるような殺意とは違う。
低く凍て付いた静謐の殺意が迸る。
「君如きが気安くあの子の名前を口にするなよ。引き裂いて黒焼きにするぞ」
「嘘じゃないよ」
煽りだとすれば話題が悪過ぎた。
彼らの前でその名前を出す事は自殺行為にも等しい。
然し。
"脱出王"山越風夏もまた、彼と同じくその名に憑かれた狂人である。
「君達だって、何か察したからわざわざ新宿に来たんだろう?
それとも何か突き止めたとか。例えば"半グレ組織の抗争"とかね」
その読みは当たっていた。
アギリは嘗ての職業柄、ある程度裏社会の人脈を有している。
デュラハンと刀凶聯合…残忍で知られる二つの組織が揉めている話を仕入れるのは難しくなかった。
デュラハンは兎も角刀凶についてはその残忍さも然る事ながら、明らかに一介の半グレ組織が持てる筈のない重武装を所有していると聞く。
恐らく其処にはサーヴァントの介在がある。
であれば両組織の抗争は勢力争いの皮を被った英霊同士の戦いである可能性が高いと踏み、様子見も兼ねて遥々新宿まで足を運んだ訳だ。
「祓葉の性格は君も知ってるだろう。祭りの匂いに釣られない訳がない」
381
:
トリックホリック
◆EjiuDHH6qo
:2025/05/20(火) 23:11:02 ID:VcFvccHg0
「君もお祭りの当事者って訳か、脱出王」
「御明察。私はデュラハンなんだけどね、刀凶さんちじゃあのノクトがケツモチをやってるらしい」
「そりゃまた莫迦な奴らだな。好んで時限爆弾を傍に置きたがるなんて」
「それは私も同感。でも悪国君のサーヴァントは凄いし酷いよ。私も全貌を知ってる訳じゃないが、奴は恐らく黙示録の赤騎士だ。レッドライダーって奴だね。六本木が核爆弾で吹っ飛んだのは聞いてるだろ?」
とはいえ流石に聖杯戦争絡みの情報は流通して来ない。
風夏が世間話感覚で言った悪国のサーヴァントの話も、アギリは初耳だった。
…これが本当なら確かにとんでもなくでかい祭りになる。
それこそ、神を呼ぶにはこれ以上ない規模の祭りに。
「君等だけかい? 交ざるのは」
「イリスとミロクは解らないけど、ジャックは多分来ると思うよ。他に質問は?」
はじまりの六人の過半数が集う戦争。
前回の規模にも劣らない大惨事となるだろう。
ともすれば超えて来る可能性だって十分にある。
少なくとも翌朝、この新宿の町並みが原型を留めている可能性は非常に低い。
それがアギリの見立てだった。
「いいよ、十分だ。そういう事なら僕も出る。というか出ない理由がない」
「だよね。君ならそう言ってくれると思ってたよ」
「君等クズ共に先を越されちゃ堪らない。お姉(妹)ちゃんの家族として、しっかり一番槍を切らせて貰わないとな」
言うアギリの声色にはあからさまな喜悦が混ざっている。
祓葉が来る、祓葉に会える。
それは彼にとって生き別れた家族との再会を意味する。
少なくとも彼の中でだけは、誰が何と言おうとそうなのだ。
「情報料は私達を見逃してくれるだけでいいよ。一応は仲間だからね、デュラハンに顔出しくらいはしておきたいんだ」
「心配しなくても今の話聞いてこれ以上君にかかずらおうって気は起きないよ。時間の無駄だ」
「助かる助かる。私も貴重な令呪を開演前に減らすのは嫌だったからさ」
アギリはあんなに燃え盛ってた炎をあっさり引っ込めた。
彼の感情が、もう脱出王に対し昂ぶっていない事の証だ。
祓葉という念願を前にして、他の事に割ける情熱等ない。
今は目前の怨敵を殺すよりも、早くスカディと合流して祭りの始まりに備えたい気で一杯だった。
相変わらず傷一つ、煤汚れ一つない風夏はアギリに手を振って踵を返す。
「またねアギリ。生き延びられたら、今の祓葉と遊んだ感想を聞かせてよ」
「考えとくよ。さよなら、ハリー・フーディーニ」
その背中に躊躇なく右手を向けて。
刹那、嚇炎の火炎放射を吐き掛ける。
惜しみなく火力を注ぎ込んでの一撃は、二人の対峙する路地を埋め尽くす勢いで広がっていった。
軈て炎が晴れた時。其処にもう少女の姿はない。
代わりに四隅が焦げた白紙が一枚、ひらひらと舞ってアギリの手元にやって来る。
『P.S.
君は必ず立ち去る私の背中を撃つだろう(然しそれは決して当たらないだろう)! :)』
…読んだ瞬間に握り潰した事は言うまでもない。
次は何が何でも絶対殺そうと心に誓った。
◆ ◆ ◆
382
:
トリックホリック
◆EjiuDHH6qo
:2025/05/20(火) 23:11:36 ID:VcFvccHg0
巨人の矢が空爆のように降り注ぐ。
その中を老人は虚ろな足取りで進む。
当然のように矢は当たらない。
回避の意思すら見て取れないのに、全てが空を切る。
業を煮やしたスカディが突撃した。
スキー板を振り翳してのインファイト。
彼女のクラスはアーチャーだが、射手が接近戦を不得手とするなんて常識も巨人の身体能力は容易く捻じ伏せる。
セイバーやランサーのクラスと比較しても引けを取らないだろうパワーとスピード。
剛柔併せ持つ壮烈の暴風。
「ヴェラチュールの牝犬め、喧しいぞ」
老人が舌打ちをした。
足を止め、ショットガンを構える。
ダン!! という鋭い破裂音。
放たれたスラッグ弾は針の穴を通すようにスカディの暴乱の網目を掻い潜り、彼女の喉笛に駆けていく。
「牝犬って……まぁ間違いじゃないか。奴さんもよく嘆いてたしな、とんだケダモノを娶っちまったって」
懐かしむように言いながら、スカディは迫る凶弾を首を横に倒して回避。
たかが弾丸を避ける等凡そ彼女らしからぬ行動だが、それだけ老人の技巧が油断ならない物であるという事だ。
次弾を装填する隙を与えまいと至近距離から矢を放つ。
三射同時の拡散射撃を受けて、老人は漸く逃げ以外の行動を取った。
シーシュポスの鎖。
ハリー・フーディーニの最も愛用するそれを引き出し、撓らせて展開し即席の盾に用いたのだ。
「…冥界の鎖に番犬、仏教徒の地獄、南米の冥府、おまけにボケてるとはいえヴァルハラがどうこうって言動。
全く呆れたもんだ。本当に死の国から抜け出してくる奴があるかよ」
脱出王の真名はハリー・フーディーニ。
異常な生存能力を有する傾奇者の魔人。
其処まではアギリから聞いていたが、正直に言って想像を超えた奇天烈ぶりだった。
死の国から脱出しただけでは飽き足らず、輪廻転生を重ねて歴史に名を刻み続ける怪人。
未来の英霊という時点で特級のイレギュラーだというのに、自分自身の転生体を呼び出す等聞いた事もない。
素直に感心さえしているスカディだったが老人は意に介する事もなく。
何を思ったか鎖を蝸牛のヤドのように渦巻かせ、しかもそれを何層にも重ね出していた。
譫言のように何か呟きながら。
重ね造った鎖渦に銃口を合わせ、引き金を引く。
ボケも極まった無駄撃ちだ。
最初はスカディでさえそう思った。
然し次の瞬間、彼女は心からの驚愕に目を見開く事になった。
「――ッ! おいおい嘘だろう……!?」
放たれたスラッグ弾。
それが、鎖の渦をすり抜けていく。
超常的な現象等何も起きていない。
折り重なった鎖の層の中で唯一向こう側へ通じている空洞。
鎖の丸環で繋がった"孔"に弾丸を通しただけだ。
孔の中を通っていく中で弾は研磨され、削られ、鋭く鋭く変形する。
383
:
トリックホリック
◆EjiuDHH6qo
:2025/05/20(火) 23:12:17 ID:VcFvccHg0
要は――研いでいるのだ。
弾を研ぎ、より殺傷能力に長けた魔弾に至らせようとしている!
“癪だが、防ぐしかないね…!”
直撃すれば霊核まで貫通されかねない。
そう直感したスカディは屈辱さえ覚えながら防御に出た。
スキー板を構えて、自分のお株を奪う近距離射撃に対応する。
僅かという表現では足りない程短い猶予。
その中で彼女は出来る最善を尽くしたが……。
「――ッチ。やるじゃないのさ」
板面には風穴。
穴の向こうには血の色が見える。
穿った場所は脇腹だ。
蛇杖堂の天蠍との交戦で受けた不覚。
今も癒えないままの傷口に銃創を追加して穿り返した。
口から溢れた一筋の血を拭いながら、スカディは全力でスキー板を薙ぎ払う。
老人はたたらを踏むような動きで後ろに下がって避けた。
痴呆症特有の虚ろな目付きを泳がせながらも次弾を装填する動作には一切の無駄がない。
五生のフーディーニは職業軍人。
九生の中で最も、そのマジックを攻撃へ転用して生きた異端の脱出王。
彼の魂もまた脱出を希求し続けているが、彼はその為に流血を生む事を躊躇しない。
"果て"の猫が窮地で彼の棺を開けたのはそういう訳だ。
最も適役のハリーを出して命を繋ぎつつ、迫る死からの脱出の望みを懸けた。
「猫に伝えときな。ちょっと見直したってね」
スカディは言うなり板を背負ってしまう。
これ以上の交戦意思がない事を物語る行動だった。
「アンタらの逃げ足を攻め落としてみたい気はあるが、何やら獲物の群れが来るらしい。
少々惜しいが此処はお預けにしておくよ。そら、何処にでも逃げなボケ老人」
「………………」
シッシッ、と手で払う動作をすると。
老人は虚ろな目と足取りのまま、空に溶けるように霊体化した。
「やれやれ、今日は取り逃がしてばっかりだね。本番は此処からみたいだし、まぁ良いけどさ」
不満も露わに眉を顰めてスカディは言う。
アギリからの念話は既に伝わっていた。
直に町が揺れる。
血湧き肉躍り獲物群れなす、火祭りの時がやって来る。
つまり夜の本番という訳だ。
三度に渡って相手を取り逃している現状は腹立たしかったが、この情報に免じて良しとする。
「――退屈だったら承知しないよ。解ってんだろうねぇ、アギリ」
狩りを続けよう。
肉を射抜こう。
命を屠ろう。
猫も獣も人間も、神や化生さえ全てが彼女の獲物。
その手に弓と矢が握られている限り、この世の誰も雪山の摂理からは逃れられない。
384
:
トリックホリック
◆EjiuDHH6qo
:2025/05/20(火) 23:13:19 ID:VcFvccHg0
【新宿区・信濃町/一日目・夜間】
【赤坂亜切】
[状態]:疲労(中)、魔力消費(中)、左手に肉腫が侵食(進行停止済、動作に支障あり)
[令呪]:残り三画
[装備]:『嚇炎の魔眼』
[道具]:魔眼殺しの眼鏡(模造品)
[所持金]:潤沢。殺し屋として働いた報酬がほぼ手つかずで残っている。
[思考・状況]
基本方針:優勝する。お姉(妹)ちゃんを手に入れる。
0:新宿の戦いに介入し、お姉(妹)ちゃんを待つ。
1:適当に参加者を間引きながらお姉(妹)ちゃんを探す。
2:日中はある程度力を抑え、夜間に本格的な狩りを実行する。
3:他の〈はじまりの六人〉を警戒しつつ、情報を集める。
4:〈蛇〉ねえ。
5:〈恒星の資格者〉? 寝言は寝て言えよ。
6:脱出王は次に会ったら必ず殺す。希彦に情報を流してやるか考え中
[備考]
※彼の所持する魔眼殺しの眼鏡は質の低い模造品であり、力を抑えるに十全な代物ではありません。
※香篤井希彦の連絡先を入手しました。
【アーチャー(スカディ)】
[状態]:脇腹負傷(自分でちぎった+銃創が貫通)、蛇毒による激痛(行動に支障なし)
[装備]:イチイの大弓、スキー板。
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:狩りを楽しむ。
0:夜の本番が来る。ワクワクするねぇ。
1:日中はある程度力を抑え、夜間に本格的な狩りを実行する。
2:マキナはかわいいね。生きて再会できたら、また話そうじゃないか。
3:ランサー(アンタレス)は――もっと育ったら遭いに行こうか。
4:変な英霊の多い聖杯戦争だこと。
[備考]
※ランサー(ギルタブリル/天蠍アンタレス)の宝具を受けました。
強引に取り除きましたが、どの程度効いたかと彼女の真名に気付いたかどうかはおまかせします。
【山越風夏(ハリー・フーディーニ)】
[状態]:健康、うきうき&はりきり
[令呪]:残り三画
[装備]:舞台衣装(レオタード)
[道具]:マジシャン道具
[所持金]:潤沢(使い切れない程のマジシャンとしての収入)
[思考・状況]
基本方針:聖杯戦争を楽しく盛り上げた上で〈脱出〉を成功させる
0:〈デュラハン〉の所に顔を出す。
1:他の主従に接触して聖杯戦争を加速させる。
2:世界に孔穿つ手段の模索。脱出させてあげる相手は、追々探ろう。人選は凝りたいね。
3:悪国征蹂郎のサーヴァントが排除されるまで〈デュラハン〉に加担。ただし指示は聞かないよ。
4:うんうん、いい感じに育ってるね。たのしみたのしみ!
5:レミュリンの選択と能力の芽生えに期待。
6:祓葉が相変わらずで何より。そうでなくっちゃね、ふふふ。
7:決戦では刀凶に嫌がらせしつつ脱出者の候補探しをしたい。
[備考]
準備の時間さえあれば、人払いの結界と同等の効果を、魔力を一切使わずに発揮できます。
〈世界の敵〉に目覚めました。この都市から人を脱出させる手段を探しています。
蛇杖堂寂句から赤坂亜切・楪依里朱について彼が知る限りの情報を受け取りました。
【ライダー(ハリー・フーディーニ)】
[状態]:第五生のハリーと入れ替わり中
五生→健康
九生→疲労(大)
[装備]:九つの棺
[道具]:
[所持金]:潤沢(ハリーのものはハリーのもの、そうでしょう?)
[思考・状況]
基本方針:山越風夏の助手をしつつ、彼女の行先を観察する。
1:他の主従に接触して聖杯戦争を加速させる。
2:神寂祓葉は凄まじい。……なるほど、彼女(ぼく)がああなるわけだ。
[備考]
準備の時間さえあれば、人払いの結界と同等の効果を、魔力を一切使わずに発揮できます。
宝具『棺からの脱出』を使って第五生のハリー・フーディーニと入れ替わりました。
・神聖アーリア主義第三帝国陸軍所属。第四次世界大戦を生き延びて大往生した老人。
・スラッグ弾専用のショットガンを使う。戦闘能力が高い。
・ヴァルハラの神々に追われている妄想を常に抱いており話が通じない。
385
:
◆EjiuDHH6qo
:2025/05/20(火) 23:13:38 ID:VcFvccHg0
投下終了です
386
:
◆EjiuDHH6qo
:2025/05/25(日) 15:07:01 ID:nFrTlvJQ0
アンジェリカ・アルロニカ&アーチャー、ホムンクルス36号&アサシン、輪堂天梨&アヴェンジャー予約します
387
:
◆0pIloi6gg.
:2025/05/26(月) 22:59:53 ID:QX2HSDzY0
投下します。
388
:
しんでしまったあとのことなんて
◆0pIloi6gg.
:2025/05/26(月) 23:00:23 ID:QX2HSDzY0
『――――初めまして、ノクト・サムスタンプ。悪名高き〈夜の虎〉よ』
電話の向こうの声は、開口一番そう言った。
一瞬の驚き。だがすぐに、去来した納得がそれを塗り潰す。
自分が唯一落とせなかった芸能事務所。
そこに這う、得体の知れない気配――その主が平凡という方がかえって不気味だ。
「そういうアンタは綿貫さんかい? 光栄だな、天下のしらすエンターテインメントの代表取締役殿に認知されてるとは。俺もでかくなったもんだ」
情報が追えないだけなら予想の範囲内。
むしろ当たりを引いたと言ってもいい。
少なくともそこには介入を察知し、拒める誰かがいる。それが分かったなら後は本格的に仕事の時間と洒落込むだけだから。
だが。
『見くびってもらっては困るな、君が東京に入った情報は随分前から感知していたよ。
私は君に比べれば非才の身だがね、情報網だけは良いものを持っているんだ』
引き出した情報がことごとく、人を小馬鹿にしたように歪曲されていたとなれば話は別だ。
自分の人形と使い魔を壊し、狂わせ、挑発じみた返しを送り付けてくる何者か。
謀略戦は臨むところだ。その分野でなら時計塔のロードや上級死徒にだって引けを取らない自信がある。
にもかかわらずノクトが二の足を踏んだ理由は、強いて言うなら"本能的な警戒"。
『例えば、君が"二周目"であることも既に知っている。
君の手管は厄介だからな。いずれこっちから会いに行こうと思っていたので、正直手間が省けたよ』
臆病は美徳だ。
力のない人間が鉄火場を渡り歩く上で、これ以上の才能はない。
それがまた、こうして証明される。
得体の知れない怪物は当然のようにすべてを知っていた。
自分の名はおろか、この聖杯戦争における立ち位置までも。
であれば恐らく彼は、その情報が値千金の価値を持つことも分かっているのだろう。
そして無論。都市の中核たる、あの白い少女のことも。
『それで? 何用かな、はじまりの狂人。
君のことだ、私にこうして進んで関わろうとすることのリスクは承知しているね。
それとも幻想種(おとくいさま)の庇護が利く今ならば……と思ったかな? 夜の女王は寛大らしい。家名に泥を塗った魔術使いの野良犬にさえ、変わらぬ寵愛を下さるとは』
「ハッ、あの化け物どもにそんなお優しい心なんざあるかよ。
大事なのは契約を正しく履行することだ。それさえ抜かりなくこなしてりゃ、別に文句は言われないさ」
所詮電話越し。
されど、一瞬の油断も許されはしない。
怪物と関わる時はいつだって緊張するが、今感じているのは完全にそれと同じだった。
ノクトは現時点でもう既に、通話の向こうの相手を同じ人間と思うことをやめている。
可能なら取引(ディール)でさえ関わりたくはない相手。
だからこそ彼は慎重を期し、機会を先延ばしにし続けてきた。
そんな男が、決戦を控えた今このタイミングで、わざわざ破滅と隣り合わせの勝負に臨んだ理由。
――――ノクト・サムスタンプは、『夜の女王』と契約を結んでいる。
「で、用件か。
そうだな、その前にひとつ無駄話に付き合って貰ってもいいかい」
夜を見通す力。
夜に溶け込む力。
夜に鋭く動く力。
これら三種を統合し、『夜に親しむ力』と呼称する。
現在時刻は二十二時を回っている。
夜は深まり、陽光の兆しなぞとうにない。
であれば、それは。
「率直な疑問なんだが――――アンタ本当に、綿貫齋木なんて人間か?」
夜の虎、非情の数式。
そう呼ばれた傭兵の、独壇場(キリングフィールド)である。
◇◇
389
:
しんでしまったあとのことなんて
◆0pIloi6gg.
:2025/05/26(月) 23:01:26 ID:QX2HSDzY0
激烈なまでの存在感を放って、老人はレミュリンの眼前に座っていた。
長い白髪が目についたが、逆に言えばそれ以外に老いぼれらしい部分はひとつもない。
灰一色のスーツとコート越しにも分かる、鍛え抜いたラガーマンを思わす筋骨隆々の肉体。
この男を前にして衰えの二文字を想起する者がいるとしたら、それは其奴の眼が衰えているのだと言わざるを得まい。
――おじいちゃんって言ってなかったっけ……?
それが、彼を見たレミュリンがいの一番に抱いた感想だった。
絵里の話では相当な高齢ということだったが、目の前で話す男はどう見ても五十〜六十代にしか見えない。
白髪さえなければ"老人"と言われても疑問符が付くかもしれない。そのくらい、強壮なバイタリティに溢れた男であった。
大規模な戦闘が行われたばかりの港区を横断するのは心配だったが、あの後は幸い何事もなく目的地まで辿り着くことができた。
レミュリン・ウェルブレイシス・スタールの現在地は蛇杖堂記念病院。
〈蝗害〉の襲撃を受けたことで、夜も深まった今でさえ医師や看護師が忙しなく動き回っている。
そんな状況でも、受付で一言『ジャック院長の親戚です』と伝えると慌てた様子ですぐに通してもらえた。
今、レミュリンがいるのは記念病院の院長室。
客人用の座椅子に座らされて、少女は〈はじまり〉を知る暴君と対面していた。
「スタール夫妻の忘れ形見か。随分と貧相なナリだが、困窮でもしているのか?」
「……えっ」
名乗る前から言い当てられて、思わずびっくりしてしまう。
名前のことではない。"スタール夫妻の忘れ形見"と、寂句は言ったのだ。
つまり彼は自分が家族を失い、ひとり残された身の上であるのまで知っているということになる。
咄嗟に絵里の方を見るが、彼女も戸惑ったような顔をしていた。
「絵里さん、受付でそこまで言ってた……?」
「言ってません言ってません! 流石に私とレミーちゃんの名前くらいは伝えましたけど、それ以上は――」
「何をコソコソやっている。私の下へ乗り込んでくる胆力があるのなら、せめて虚勢くらい張り通してみせろ。まったく……」
ひそひそと相談し合うふたりに、寂句は呆れたように溜息を吐く。
彼はレミュリンから視線を移し、絵里の方を見た。
「……どいつもこいつも、実に見下げた無能どもだ。忙しい中わざわざ時間を割いてやった厚遇に精々感謝するのだな」
「は、はい……! えと、それについては本当にありがたいと思ってます……っ」
傲慢さを隠そうともしない、威圧感たっぷりの物言い。
レミュリンは思わず気圧されて、ぺこぺこ頭を下げた。
相手が年長者とはいえ、本来なら初対面で無能呼ばわりされたことに怒るべき場面なのだろうが、レミュリンにその度胸はなかった。
寂句の言葉と、彼が絵里に向けた視線の意味を真に理解することないまま、恐縮した様子で寂句に遜る。
390
:
しんでしまったあとのことなんて
◆0pIloi6gg.
:2025/05/26(月) 23:02:01 ID:QX2HSDzY0
(レミュリン)
(……大丈夫。ちょっと緊張してるけど、頑張るよ)
(そっか、ならいい。
いざとなれば俺がこの身に代えても君達を守ってやる。
大船に乗ったつもりで、聞きたいこと全部どーんとぶち撒けちまいな)
(うん、ランサー。……ありがとね、頼りにしてる)
レミュリンも必死だ。何せ相手はやっとの思いで掴んだ情報源。赤坂亜切の人となりを知る人物なのだ。
それを除いてもこの男はただの老人ではない。あの白神と共に〈はじまりの聖杯戦争〉を囲んだ、始原の六人。そのひとり。
不興を買って蹴り出されるならまだ穏当。最悪、この場で戦闘に発展する可能性すら優にあり得る相手。
そうなれば自分ひとりの不利益じゃ済まない。善意で此処まで付き合ってくれた絵里の身にまで危険が及びかねない。
だから兎にも角にも、目の前のいかにも気難しそうな老人を刺激しないことに全力を注ぐ。
そんなレミュリンの健気な姿をつまらなそうに見つめ、寂句はふんと鼻を鳴らした。
「それで、あの……」
「いい。時間の無駄だ」
「――えっ、いや」
「スタールの遺児が遥々訪ねてきた時点で想像は付く。
大方、燃やされた家族の仇について聞きたいというところだろう?
さっきも言ったが、私は多忙なのだ。貴様の糞にもならん身の上話に付き合う気はない」
想定していた段取りが崩壊する。
レミュリンは、蛇杖堂寂句という男の聡明を侮っていた。
いや、この場合に限っては――博識を、と言うべきだろうか。
「根拠なく私に辿り着いたとは考え難い。
葬儀屋・赤坂亜切――その名前はもう探り当てているな?」
「……は、はい。そうです、ドクター・ジャクク」
「相手の善意に期待して敵陣に乗り込むなど無能の極みだが……運が良かったな。
私はこれから大きな仕事を控えている。その前に無益な争いで消耗する気はない」
蛇杖堂寂句もまた狂人である。それは先に述べた通り。
が、彼は件のアギリや、レミュリンが数時間前に会敵した"蝗害の魔女"に比べれば幾らか理性的だ。
寂句の狂気はただひとつの太陽にのみ向けられていて、彼ら特有の宿痾を刺激しない限りは多少話が通じる。
暴君との戦闘という最悪の展開を避けられたことは、レミュリン達にとって間違いなく幸運だったと言えるだろう。
「して貴様、奴の何を知りたいというのだ?」
胸を撫で下ろしかけるが、無論、まだ安心するような局面ではない。
本題は此処からなのだ。幾つかの幸運と寂句の寛大に助けられてようやくスタートラインに立てた形。
気を緩めるな。頭を回し続けろ。自分に言い聞かせながら――レミュリンは、口を開いた。
391
:
しんでしまったあとのことなんて
◆0pIloi6gg.
:2025/05/26(月) 23:04:25 ID:QX2HSDzY0
「ドクター・ジャクク。あなたは、アギリ・アカサカとしのぎを削ったって聞いてる」
「……、……」
「あなたの口から、彼の話を聞きたい。内容は何でもいいけど、できるだけ多く」
「見かけによらず贅沢な童だ。あんな異常者の人となりなど、知ったところで毒にしかならんというのにな」
贅沢にもなる。この機を逃すわけには絶対にいかないのだから。
聖杯戦争はこうしている今も進んでいる。港区で起きたようなことが、今後自分達の身に降りかからない保証はどこにもない。
すべての出会いが一期一会。ひとつでも疎かにすれば家族の仇に対面することも、あの日の真相を知ることもできないまま終わってしまうかもしれない。
その最悪を避けるためなら、レミュリンはどれだけだって欲張る気だった。
まして今目の前にいるのはかの葬儀屋と命を懸けて殺し合い、彼を深く理解しているだろう男である。
そして寂句は、いじらしい少女の願いを受けて――
「赤坂亜切。元・職業暗殺者。通称は葬儀屋。魔術師としては非才の部類だが、凶悪な魔眼を有する発火能力者(パイロキネシスト)」
「………っ」
「元は強烈な眼光束を用いて標的を直接発火させる代物だったが、既に奴の魔眼は故障している。
以前ほどの必殺性はないものの、代わりに攻撃範囲と奴自身の戦闘能力に大幅な向上が見られた。
人格もまた然り。完全に破綻している。神寂祓葉という女については知っているな? 奴は其奴の虜だ。もし顔を合わせる機会があったなら、その話題は徹底的に避けるべきだな。家族の後を追いたいのなら止めはしないが」
「……、……」
「――メモを取らなくていいのか? 後で聞き返しても私は答えんぞ、無能が。そこまで面倒を見る義理はない」
「あっ。あ、はい……! ちょ、ちょっと待ってくださいね……あれ、うあ、どこにしまったっけ、わたし……!」
矢継ぎ早。立て板に水。
そう呼ぶに相応しい速度で捲し立てられる情報の洪水に、レミュリンは完全に圧倒されてしまっていた。
あたふたと慌ててメモ帳(此処に来る道中コンビニで調達)を取り出し、急ぎ乱れた筆致で聞いた内容を記録していく。
「レミーちゃん、書記はわたしがやっときますから。今は先生とのお話に集中してください」
「……ごめんなさい。お願いしてもいいですか、絵里さん」
「もちろん! ……あっ、でもわたし字汚いので……、読みにくかったらごめんなさいね?」
見かねた絵里が進言してくれたので、レミュリンはお言葉に甘えて彼女に記録を任せることにした。
寂句はそんなふたりの様子を、心底馬鹿馬鹿しいものを見るような目で見つめている。
レミュリンが「……失礼しました。続けてください」と言うと、彼はもう一度溜息をついてから、話を再開。
「現在のサーヴァントは真名『スカディ』。北欧神話に綴られた狩猟女神だ。
戦闘能力も脅威だが……スカディには、父スィアチの両眼を天に奉じさせた逸話が存在する。
先ほどの交戦では看破できなかったが、天からの射撃宝具か――ないしは地上監視宝具のようなものを所持していても不思議ではないな」
それは既に聞いていた情報ではあったが、物言いが可怪しい。
何故雪村鉄志が実際に会敵して得た情報を、この男がもう知っているのか?
「現在、って――戦ったんですか。今の、彼と」
「痛み分けに終わったがな。これが証拠だ」
灰色のコートの袖口を捲り上げる、寂句。
曝された右腕には、無残な火傷が痛ましく残っていた。
思わずレミュリンは息を呑む。
まだ蛇杖堂寂句という男と対面して数分しか経過していないが、それでも彼が類稀な才覚を有した人間であることは伝わった。
そんな寂句でさえもが、これほどの手傷を負わされる相手。
自分がどこかで家族の仇、葬儀屋と呼ばれた魔人を甘く見ていたことを思い知らされる。
392
:
しんでしまったあとのことなんて
◆0pIloi6gg.
:2025/05/26(月) 23:05:16 ID:QX2HSDzY0
「額面上の情報はこんなところだろう。他に聞きたいことは?」
「……ドクター・ジャククの眼から見て、アギリ・アカサカはどんな人間だった?」
「先も述べた通り、破綻者だ。異常者とも言い換えられるが、まあ大意は変わらん。
あの男は既に救いようなく捩れ果てている。付ける薬がないとはまさにあのことだ。
もし有意義な対話など期待しているのなら諦めろ。奴にそれを求めることは、獣相手に議論を吹っ掛けるようなものだからな」
――狂人。そんな言葉が、改めて脳裏をよぎる。
同時にレミュリンは、もうひとつ思い知った。
家族の仇、赤坂亜切。
彼と実際に対峙したその時、"話ができる"とそう思い込んでいた浅はかな認識。
それがどうしようもなく幼稚な希望的観測だったことを、寂句の言葉を受け痛感した。
「前回の奴は、どちらかと言えば虚無的な側面の目立つ男だったのだがな。
祓葉に出会ったのが運の尽きだ。その正気はすべて、白光の前に焼き尽くされて消えたらしい。
奴の中に人間味のようなものが一欠片残っていたとして、それを引き出せるのは事の当人以外にはあり得まい。
少なくとも貴様でないのは確かだろう。レミュリン・ウェルブレイシス・スタール」
「そう……、……ですか」
虚無感と喪失感。
ふたつのむなしさが、心の中を満たす。
そんなレミュリンのことなど一顧だにせず、寂句は話を結んだ。
「話は終わりだ。これ以上、私が奴について知っていることはない」
「分かった……ありがとう。忙しい中、わざわざお話をしてくれて」
「用が済んだならさっさと帰れ。私の気が変わらない内にな」
想像していたよりもずっとあっさり終わったが、聞きたいことはすべて聞けた。
赤坂亜切の情報と、その人となり。
寂句が語るそれには、レミュリンを納得させるだけの説得力があった。
「奴へコンタクトを取る手段はないか、などとは聞くなよ。
私とあの男は互いに不倶戴天。穏当な関係など万にひとつもあり得ん間柄だ」
アギリのもとまで辿り着く足がかりを貰えないかという期待を先読みしたように寂句が釘を刺す。
こうなると、これ以上この場所に長居する理由はなかった。
の、だが――
「……あの、ドクター・ジャクク」
「まだ何かあるのか?」
もうひとつ、レミュリンには聞きたいことがあった。
赤坂亜切の話とは違う。此処に来て、彼と対面してから込み上げた疑問だ。
しかし今聞かねばならないと、それこそこの機を逃してはならないと、自分の魂はそう叫んでいる。
だからこそレミュリンは、わずかな逡巡の後に口を開いた。
聞きたい欲求。そしてそれと相反する、"聞けば取り返しのつかないことになる"という奇妙な予感のせめぎ合いが生み出した一瞬(せつな)。
知りたい気持ちが、不穏に勝った。
「あなたは……わたしの家族のことを、知ってるの?」
受付で絵里が言ったのは、レミュリン・ウェルブレイシス・スタールという名前だけだ。
なのに寂句は、自分のことを"スタール夫妻の忘れ形見"と呼んだ。
393
:
しんでしまったあとのことなんて
◆0pIloi6gg.
:2025/05/26(月) 23:05:47 ID:QX2HSDzY0
その一握の不可解に今更ながら問いを投げる。
それを受けた寂句は、はじめてわずかに黙った。
そして。
「スタールは名門だ。歴史も長く、その道では有力者の一角に数えられる。
私の分野とは異なるが、……古い知り合いにうんざりするほど絡まれたことがあってな。その兼ね合いで少し調べた」
男は、話し始める。
ある女から聞いた、ある家の話を。
「知りたいのか」
言われて、レミュリンは予感の意味を理解する。
これは、自分にとってのパンドラの箱だ。
頭じゃ分かっているのに見ないふりをしてきたこと。
だって思い出は、綺麗なままの方が嬉しいから。
あの日消えてしまった家族の笑顔を、せめて記憶の中でだけは美しいままにしておきたかったから。
けれどそれは、真実を求める姿勢とは真逆の逃避行動だ。
夢を見続けるか。現実に目を向けるか。
レミュリンが選んだのは、後者だった。
「……うん。教えて、ドクター・ジャクク」
斯くして閉じられ、伏せられ、燃やされたアルバムは開かれる。
灰になったスタールの魔術師達が思い描いた理想(ユメ)の片鱗。
ある一条の光を通じ、暴君と呼ばれる男の知るところとなった誰かの悲願。
――――時を超える炎を求めた人々の、愚かな憧憬。
◇◇
394
:
しんでしまったあとのことなんて
◆0pIloi6gg.
:2025/05/26(月) 23:06:15 ID:QX2HSDzY0
冴え渡る頭脳が、記憶の海に溶けた断片的情報を直ちに整理し繋ぎ合わせていく。
"夜に鋭く動く力"とは、何も肉体的なものだけを指すのではない。
脳を動かす――つまり、思考速度の向上にも極めて大きな影響を与える。
平時でさえ誰もに警戒を強いる策謀家が。
半ば人智を超えた域まで強化された頭脳を携えて、闇に紛れながらやって来るのだ。
夜のノクトはまさしく鬼人。その推理は名探偵のようにバラバラのピースをかき集め、怪物の輪郭を暴き立てる。
「スタールという家名を知ってるか」
『さて。どうだったかな』
"綿貫齋木"の答えを無視して、ノクトは続ける。
その口はいつにもまして淀みなく動く。
「アンタも知るように、俺は前回の聖杯戦争に列席した経験者なわけだが――参戦にあたり、もちろん競合相手のことはひと通り調べたんだ。
中でもひときわ警戒していたのがある殺し屋の男。葬儀屋・赤坂亜切」
危険度で言えば蛇杖堂や、大勢力を擁するガーンドレッド家も大概だったが。
カタログスペックで見た場合、やはり赤坂亜切は群を抜いて恐ろしい存在だった。
何しろ原則、一度見られればそれで終わりなのだ。
警戒を怠ってうっかり遭遇でもしてしまったら目も当てられない。
故にノクトは、徹底的に調査を重ねた。
彼の出自、手口、後ろ盾。そして、過去に行った"仕事"の実績までもを。
「こいつがまた実にタチの悪い仕事人でよ、調べれば調べるほど戦慄したよ。
相手の身体そのものを火種にして燃やしちまうから、後には一切証拠が残らないんだと。
手口が手口だから野郎の犯行だってこと自体は分かるんだけどな、じゃあ何故それが派遣されたのかって経緯に関しては、状況証拠から推測するしかないんだ。依頼する側からすりゃ、こんなに都合のいいことはねえよな」
――そこで見つけた。
「スタール家暗殺事件。魔術師の夫婦と、その後を継ぐ筈だった長女。生き残ったのは当日不在だった次女ひとり。
俺がそいつらの件を記憶に残してたのは、この事件だけ、どうやっても納得の行く"推測"が立てられなかったからだ」
証拠が残らないと言っても、被害者の人間関係や背景情報を漁れば推測だけは立てられる。
実際、ノクトが漁った事件の被害者たちは、概ね何かキナ臭い背景や目に見えて分かる恨みを抱えていた。
過去の恨み、権力闘争。そうした諸々の理由のもと、灰と化したのだろうケースがほとんどな中で。
スタール家の事件は異質だった。調べれば調べるほど、突き止めれば突き止めるほど、ホワイダニットがぼやけていく。
「調べる中、日本のヤクザ者の名前が出てきたときは流石に頭を抱えたよ。
しかもそいつが、暗殺者養成組織の経営をシノギにしてたって話まで出てくるじゃないか。
もう情報の大渋滞って感じだった。何もかもがチグハグで線が通らない。こうなると、俺みたいな人間は弱くてな」
推理を深めていけば、そこに浮かび上がるべきはヒトガタのシルエットである筈。
なのにどんどんその輪郭が歪んでいく。腕がない。足がない。身体が長い。奇妙な流線型を描いている。
何か、いる。そう思った。情報という藪の中に隠れ潜んだ、得体の知れない何者かの存在を、確かにノクトは幻視した。
395
:
しんでしまったあとのことなんて
◆0pIloi6gg.
:2025/05/26(月) 23:06:56 ID:QX2HSDzY0
「結局匙を投げたよ。別に探偵の真似事がしたいわけじゃねえからな。
世の中いろんな奴がいるもんだって折り合いを付けて、それで終わりだ。
けどアンタの会社に人形を送って、得体の知れない現象に直面した時、何故かあの時のことを鮮明に思い出した」
『何を言うかと思えば……とんだこじつけだな。策謀を究めるのは結構だが、考えすぎるのは身体に毒だよ』
「ジェームズ・アルトライズ・スタール」
通話越しにも分かる、意味の違う沈黙が流れた。
ノクトが牙を剥き出す。
獲物を見つけた虎のような、そんな顔だった。
「どうした? 俺はただ、話の続きをしようとしただけだぜ」
『……、……』
「まあいい。引き続き無駄話に付き合ってくれよ」
まるで、チェスの名人が勝利を確信して手を重ねるように。
ノクトの言葉が、顔も知らない誰かの足取りを克明に暴き出していく。
「ウェルブレイシスの名を冠してない辺り、殺されたスタール夫妻とは遠縁だったんだろうな。
残された次女の後見人を買って出て、あれこれ支援してやってたらしい。泣かせる話だよ」
『それで?』
「しかしジェームズ氏の脛には傷がある。
というか疑惑だな。こいつは冬木の聖杯戦争が終結した後、かの地に入った魔術師のひとりなんだが。
その折に調査を笠に着て、触媒に使われたとある物体を盗み出したんじゃないか……って疑惑だよ」
冬木の聖杯戦争。
過去の運命。まだ白い神が生まれていない時代に起こった、第五次の戦い。
未だに全貌は明らかにされてはいないものの、"あった"こと自体は魔術を齧った者ならば誰もが知っていると言っていい。
「御三家の一角が死蔵してた、"この世で最初に脱皮した蛇の抜け殻の化石"。
これを盗み出したって疑惑がジェームズ氏にはあった、らしい。俺もツテを辿って聞いた話だから、真偽の程は断言できないけどな」
『匙を投げたのではなかったかな?』
「おいおい、出すカードの順番を選ぶのは当然だろ?
此処までは、スタール家暗殺の黒幕を突き止める道中で調べ終えてたよ。
そして順番を選んだ甲斐はあったみたいだな。声のトーンが少し、ほんの少しだけど変わってるぜ。綿貫さん」
後ろ暗い疑惑の付きまとう男は、スタールの末席を汚していて。
ウェルブレイシスの名を冠する本家筋の血族は、ひとりを残して抹消された。
不穏と猥雑を極めた混沌が、嚇炎の中に消えた魔術師達の周りに集約されている。
これが推理小説の告発劇なら落第点。
されども。ノクトは探偵ではなく、傭兵だ。
かの"魔術師殺し"にさえ通ずるもののある――非情の数式。
その証拠に、彼が抱いている確信の材料はかき集めた証拠だけでは終わらない。
夜のノクトは魔人。暗闇に潜んで躍動する虎柄の獣。
「アンタ今、誰かと一緒にいるな?」
彼を単なる策謀家と侮った者の末路は、常に共通している。
396
:
しんでしまったあとのことなんて
◆0pIloi6gg.
:2025/05/26(月) 23:07:56 ID:QX2HSDzY0
「電話口から環境音が一切聞こえない。
完全なる無音だ。あらゆる音の消えた凪の中で、アンタの声だけが響いてる。
サーヴァントと念話してる時に近いな。頭の中に直接声だけが流れ込んでくるあの感じ。
防音室の中にいるとか興醒めな言い訳するのは止してくれよ? 怪物にも怪物なりに、プライドのひとつふたつはあるだろう」
夜に親しむ――夜を聞き分ける。
超強化されたノクトの聴力ならば、通話越しに相手の遥か後方で行われた会話の内容を聞き分けることさえ造作もない。
その彼が太鼓判を押す"完全なる無音"。
綿貫齋木を名乗る得体の知れない男の声だけが聞こえ続ける空間。
言うまでもなく、これは異常なことだった。衣擦れや家鳴りの音すら聞こえない場所など、仮にノクトの言うような防音室を用意したって簡単には実現できないだろう。
何らかの異常な手段を使って、この通話は発信されている。
では何故、そうする必要があるのか。
如何に情報痛とはいえ、ノクト・サムスタンプが夜の女王から得る恩恵の仔細まで把握しているわけでもあるまいに、何故そうまで徹底することを選んだのか?
夜の虎は、こう考えた。
内容はもちろん、誰かと話しているという事実すら知られたくない"同行者"。
そんな他者と、この綿貫某は――そう名乗るナニカは共に行動している。恐らくは"綿貫齋木"ではない顔と名前で。
「……ま。ひと通り格好つけてはみたが、流石にそれが誰かまでは分からねえから安心しな。
挨拶としてはこのくらいでいいか? これだけやってみせれば、アンタに俺の価値って奴は示せたと思うんだが」
ひとしきり推理を披露し終えたところで、ノクトはあっけらかんと笑ってみせた。
実際、確証が持てているのは此処までだ。
これ以上は情報が不足しすぎている。推測を通り越して、ただの山勘で物を言うことになる。
だから、その続きは言わなかった。
――――アンタ、今、スタールの忘れ形見と一緒にいるんじゃないか?
その言葉は伏せた。
策謀で戦うのなら、一番避けるべきは憶測で空回りすることだ。
今開示できる限りの手札で価値を示し、不敵ぶった相手の輪郭を可能な限りで暴き立てる。
そこまでやって、ノクトにとってはようやく"ご挨拶"。
鬼が出るか、蛇が出るか。それとも仏か。
ノクトの鼓膜を揺らしたのは、実に愉快げな笑い声であった。
『うん、やられたね。そこまで優秀だとは思わなかったよ、ノクト・サムスタンプ』
声色が違う。
比喩ではなく、本当に別人の声が流れてきた。
強化された聴力が、完全に違う人間の声紋であるという分析結果を叩き出す。
ノクトの推測は正しい。綿貫齋木。そんな人間、最初からこの世のどこにもいない。
『偽りの名で欺いた非礼を詫びよう。
綿貫齋木は世を忍ぶ仮の名、そのひとつ。
"僕"の本当の名前は――――』
さあ、来たぞ。
てめえの顔(ツラ)を見せてみろ。
ノクトは、夜の隣人たる彼はほくそ笑み。
続く言葉を待って、そして……
『――――神寂縁という。姪と仲良くしてくれてありがとうね、ノクト君』
描いていた算段も、悪巧みも。
その何もかもが、ただ一言で粉々に消し飛ばされた。
◇◇
397
:
しんでしまったあとのことなんて
◆0pIloi6gg.
:2025/05/26(月) 23:08:55 ID:QX2HSDzY0
「根源への到達。それはすべての魔術師にとっての悲願であり、誰もが到達する絶望のカタチだ」
蛇杖堂寂句は言う。
レミュリンは、静かにそれを聞く。
「その道程はあまりに長く、遠い。蓄えた知識も極めた魔術も、描いた未来のヴィジョンさえも、多くは子々孫々に託して果てることになる。
よしんば当代で成し遂げられる好機を得たとして、歓喜のままに進んだ先には抑止力という最大最凶の障壁が待ち受ける。
それでも魔術師という生き物は、そう成った時点で彼方の根源を目指さずにはいられない。愚かだが、そういう習性なのだ」
講義(じゅぎょう)のようだと、レミュリンは思った。
熟練の講師を思わせるほど堂に入った語り口、佇まい。
「聖杯戦争の現在の様式を確立した冬木の戦いもまた、初志はそこにあったとされている。
目指す手段は文字通り千差万別。正誤はさておき、家の数だけアプローチの手段があると言っても大袈裟ではない。
そしてその中には、この世において最も普遍なる森羅(げんしょう)――"時間"に目を付けた者がいた」
なまじそうであるからこそ、これから語られるのが自分の家の話であることをともすれば忘れそうになる。
「ある魔術師を例に挙げよう。
その男は、自らの固有結界の内側で流れる時間を操作することに長けた魔術師だった。
彼はそこから発想を飛躍させる。己が魔術の要領を転用し、時間を無限に加速させようと目論んだ。
そうすれば理論上は、宇宙の終焉すら生きたまま観測することができる。これを以って根源へ到達できるのだと、男は信じた」
話のスケールに、頭がくらくらしてくる。
亡き姉は、こんなものと向き合いながら暮らしていたのか。
そう考えると頭が下がる。ただの生まれた順番が、ふたりをこうまで隔てていたのかと、そう思った。
「だが無能は無能を呼ぶ。
男は欺瞞で表舞台を追われ、舞台の端でつまらない死を遂げた。培った魔術と理論は遺失し、今はその思想が遺るのみだ。
されど時を手段に据えたのは彼だけではない。彼と似て非なるものながら、根本的には同一の考え方で、根源へ迫ろうとした者がいた」
「――――それが」
「そう。貴様の両親だ、レミュリン・ウェルブレイシス・スタール。
私が推測するに、貴様の親が目指した到達手段は『燃焼時計』。生まれた燃え滓の量で時間を観測するやり方だ」
衛宮矩賢は失敗した。
彼の研究は遺失したが、志を同じくする者は残っていた。
そのひとりもとい一家こそ、スタール家。
そしてレミュリンとその姉ジュリンを設け、十数年後に灰と消えた夫婦である。
398
:
しんでしまったあとのことなんて
◆0pIloi6gg.
:2025/05/26(月) 23:09:37 ID:QX2HSDzY0
「炎と、それを燃焼させる触媒を用いることでの時間加速。
衛宮のように停滞までは得手としない代わりに、火力と加速を両立させる優れた魔術であったと聞いている」
もちろん、レミュリンはそれを知らなかった。
だって彼女は"次女"だ。
魔術とは関係のない世界で、安穏と育ってきた。
なまじ姉が優秀だったから、スペアとして調整されることもなく済んだ。
そこにあったのが徹頭徹尾ただの合理だったのか、それとも親の情というやつだったのか、それを知る術はもはやない。
「が、アプローチの手法はやはり衛宮に限りなく近い。
奴の理想を正当に後継できる者は魔術界広しと言えども、まさしくスタールの魔術師だけであったろうな。
私に言わせれば疑義の余地は多分にあるが……、赤坂の介入さえなければ正否を占う時は間近だったものと推察できる」
心臓の鼓動が、やけに大きく聞こえる。
この先を聞いてはならない。
本能がそう告げているのが分かった。
「体内時計という言葉は知っているな?」
……どくん。どくん。
判断を急かすような鼓動。
それでも、頷く。
頷くしかない。
「ヒトの体内にも時計はある。衛宮矩賢が着眼したのがこれだ。
正確性に悖るのは難点だが、それは外的処置で幾らでも穴埋めが利く」
どくん――。
ひときわ激しい鼓動に、胸が鈍く痛んだ。
「されど計測に燃焼を用いるからには、時を記録するための燃え滓が必要だ。
しかしこれについては容易い。ヒトは命ある限り無限に成長し、無限に考え、無限に行動する生物である。
無論、定命の生物である時点で真の意味で無限とはとても言えないが――今ある細胞のすべて、成長過程で新たに生まれる細胞のすべて。その他体内で生じる信号を始めとしたあらゆる要素を有意数として数えるのならば、それはもはや事実上の無限数だ。
要素ひとつを一秒とするならば、延命に延命を重ねて限界寿命まで生きるのを前提とするならば、記録される数値(びょうすう)は宇宙の終焉にも届き得るだろう」
今すぐにでもこの場を逃げ出せと、内なる己が言っている。
「改良や軌道修正はあったろうが、この思想自体は私の調べた限り、スタールの初代から連綿と受け継がれてきたものだ。
すなわち初代(ウェルブレイシス)。私が貴様の家について知ったのは他人伝手だが、この名に関しては別でな。
学ある魔術師ならば誰もが一度は耳にし、思いを馳せたことのあるだろう先駆者。そして歴史に残る、偉大なる"失敗例"」
――生家に飾られていた肖像画を、レミュリンは思い出していた。
優しげな微笑を浮かべた、どこか自分や姉に似た面影のご先祖様。
父が、母が、いつも言っていた。この人は偉大なお方なのだと。
だから魔術について無知な身でも、なんとなく、ときどき絵に向かってお辞儀したりなんかしていたっけ。
399
:
しんでしまったあとのことなんて
◆0pIloi6gg.
:2025/05/26(月) 23:11:10 ID:QX2HSDzY0
「ウェルブレイシスの落ち度は、生まれる時代を間違えたことだ。
人体を燃焼時計とするには素体の念入りな調整と改良が要る。
魔術的処置はもちろん、無能どもが忌み嫌う科学の粋にも助力を得なければならない境地だ。
が、彼女の時代にそれはなく――魔術を極めるために科学を頼るという発想からして今以上に日陰のそれだった」
「……、……」
「よって当然の如くに彼女は失敗した。
記録の手段を用立てることにこそ成功したものの、観測に堪える自我を維持する点で仕損じたのだ。
観測者がなければただの寿命の長い時計。永遠に等しい歳月を背負って廃人化した白痴の人形。
斯くしてウェルブレイシスの叡智と理想は、徒花として失墜した」
されどその理想は、悠久の歳月を経て現代の子孫まで受け継がれていた。
更には、彼女の冒した失敗も。
「此処からは更に推測の割合が増えるが」
レミュリンは知らないことだが、スタール家の魔術刻印は既に衰退期に入っていた。
魔術師にとって回路の質とは命。ひとたびこれが毀損されれば、比喩でなく地位すら失うアキレス腱だ。
故に当代のスタールは焦っていた。
せめて娘の代で結実させなければ、ウェルブレイシスの悲願は遠からず水泡に帰す。
大義を失い、歴史を失うこと。歴史ある家であればあるほど、その現実に耐えられない。
過熱した使命感はアクセルを踏み込ませる。たとえレールの先が、人道を逸した領域に繋がっていると分かっていても。
「貴様の両親は、自分達が生きている間に初代超越を成し遂げんと目論んでいたのだろう。
燃焼時計理論の肝は寿命だ。後で調整を加えるとはいえ、素体は若ければ若いほどいい。
よって恐らくは次代。一番上の跡継ぎを素体に使い、根源へ挑もうとしたのだろうな」
「――え」
次代。一番上の、跡継ぎ。
頭の中のアルバムがぱらぱらと開く。
笑顔、怒り顔、呆れ顔。今でも昨日のことのように思い出せる、"家族"と過ごした日々の記憶。
いつも優しくて、だけどたまに厳しくて、更に時々年相応な。
姉の顔を、レミュリンは想起した。聞きたくない。聞いてはいけない。この先は、もう。
「具体的な手段までは流石に専門外だが……初代の失敗と、以後数百年に渡る研究成果。
衛宮矩賢のアプローチ法。時を経て加速(ねんしょう)に特化させた魔術形態。
後は若く優秀な素体さえあれば、成否はともかく"挑む"ラインまでは辿り着けたと看做せなくもない。
最上の"時計"をもってして観測を始め、残された者達で調整と延命を重ねながら終焉観測を続けさせる。
まあそんなところだろうよ。門外漢の私が此処まで推測できるという時点で、上手く行ったかどうかは非常に怪しいと言わざるを得んが」
ジュリン・ウェルブレイシス・スタールは、いつもレミュリンにとって理想の姉だった。
父と母も、厳しくも優しく、姉と区別することなく愛情を注いで育ててくれた。
記憶の中の家族写真。あんなにも色鮮やかに輝いていたそれが、途端にセピアを通り越して白黒に褪せていくのがわかった。
400
:
しんでしまったあとのことなんて
◆0pIloi6gg.
:2025/05/26(月) 23:12:36 ID:QX2HSDzY0
息がうまくできなくて、思わず胸元をぐっと押さえる。
はぁ、はぁ、と痛ましい呼吸を繰り返すレミュリンを、眼前の医者はただ冷ややかに見つめていた。
魔術師も人である。
しかし彼らは人のまま、大切なものを切り捨てることができる。
そこに矛盾は存在しない。彼らはいつだって一貫している。それが、魔術師という人種の生態/原罪なのだ。
「私は貴様の家に興味などない。
が、所見だけは告げてやろう――――いや、それすら最早不要か。
凡才ではあっても地頭には恵まれているようだな。そう、"その通りだ"」
初代ウェルブレイシス。
時の彼方を夢に求めた偉大な先人。
最初に生まれた『燃焼時計』。
そして、彼女の理想と失敗を学んで大義を目指した当代のスタール。
初代の優れた部分は継承し、逆に劣っていた部分は改良を加える。
目指すのは新たなる時計。今度こそ陥穽のない、生きながらに時の最果てを観測できる至高の完成品。
若く、才覚に溢れ、それでいて使命に殉ずる気高い志を秘めた素体。
たとえ自分を待ち受ける未来が、ひどく緩慢で終わりのない、報われる保証もない無間地獄だとしても。
それを誉れと、生まれた意味だと受け入れてくれる、そんな――
「レミュリン・ウェルブレイシス・スタール。真に家族を想うなら、貴様は赤坂亜切に感謝するべきだ。
奴が現れたからこそ、貴様の姉は人間として死ぬことができたのだから」
――決して救われることのない"誰か"が、スタール家には必要だったのだ。
気付けばレミュリンは口に手を当て、部屋の外に走り出していた。
込み上げてくるものに耐えられなかった。
溢れてくるそれを、手のひらで必死に堰き止めながら。
走り去る彼女の背中を、苦々しげに歯噛みした英雄が追っていく。
「……あちゃあ。レミーちゃん、大丈夫かな」
絵里は眉をハの字にしながら、開け放たれたままの扉を見つめて言う。
サーヴァントなき状況で、悪名高き〈はじまりの六人〉の中でも最強と称される男の前に取り残された形。
如何に寂句が戦闘の意思を見せていないとはいえ非常に危険な状況だったが、絵里に怯えた様子はなかった。
401
:
しんでしまったあとのことなんて
◆0pIloi6gg.
:2025/05/26(月) 23:13:29 ID:QX2HSDzY0
「あなたも、もうちょっと言葉を選んで伝えてあげてくださいよ。
あの子、優しい子なんですから。あんなマシンガントークでいろいろ教えられたらパンクしちゃうでしょ」
「知りたいと願ったのはアレ自身だろう。私はそれに応えただけだ。
肝は据わっているようだが、メッキが剥げれば所詮年相応の無能だな。話はまだ途中だったというのに」
蛇杖堂の姓を持つふたりだけが、院長室に残された。
片や恐るべき〈畏怖〉の狂人。無限の叡智を蓄えた、神をも恐れぬ暴君。
そしてもう片方は、彼の支配を嫌って市井に逃され、それでも宿命から逃げ切れなかった非業の娘。
「次代の末路については概ね推測通りだろうが、不可解な点は残る。
まず第一に、勝算の脆弱さだ」
「あれ。さっきスタートラインには立ててるって言ってませんでした?」
「根源を目指す者として最低限の基準は満たせているというだけだ。
根源があの程度で辿り着けるほど近郊にあったなら、今頃とうに真理は解明されているだろうよ。
抑止力への対策も明らかに不十分。端的に言って、記念受験のようなものと看做さざるを得ん」
辛辣な指摘だったが、蛇杖堂寂句は傲慢ではあっても、根拠のない罵倒をする男ではない。
彼の言葉は事実、的を射ている。
スタール夫妻の勝算が寂句の推測通りだとすると、それはあまりに稚拙な挑戦だ。
迫るタイムリミットを前に狂ったのだと安易な解釈に逃げることもできるだろうが、もしそうでないとするならば?
「思うに、外部からは推測もできんような隠し玉を抱えていたのだろう。
スタール夫妻の切り札はそれで、真の勝算はそこにあったとするのが妥当だ」
「なるほど。
それこそ、供給を必要とすることなく永遠にエネルギーを生み続ける炉心とか?」
「そうだな、案外答えはそんなところかもしれん。
興味はないがな。考察したところで当事者も器も今や物言わぬ灰になって墓の下だ。不毛に尽きる」
「あはは、それもそうですね」
「続いて第二だが。何故、葬儀屋がスタール家に差し向けられたのか、だ」
寂句は言う。
絵里は聞く。
女の顔には、それこそ親戚のお爺ちゃんの昔話を聞くみたいな人懐っこい笑みが浮いていた。
「此処だけは、どう考えても線と線が繋がらん。
スタールの秘策を知り、欲しがった何某かが差し向けた可能性はあるが」
「じゃあそれがすべてなんじゃないですか?
あ、じゃあこんなのは? アリマゴ島の悲劇を受けた協会は、実は時間系の魔術師に警戒を強めててー、みたいな」
「無能め、協会があんなキナ臭い男になど頼るかよ。
まあ、現状で考察するにはあまりにも論拠が足りなすぎる。
現状では秘儀の強奪を狙った同業者の差し金とするのが妥当ではあるだろうな」
「あらら。先生らしくないですね、それじゃ今までの話って無駄だったんじゃないです?」
「再三言っているように、私個人はこの話に特段の興味などない。
だが、多少の好奇心が生まれたことは否定せん。
せっかくの機会だ。大仕事の前の暇潰しがてらに、ひとつ謎解きに興じてみるのもいいかと思ってな」
寂句の眼光が、鋭く研ぎ澄まされる。
絵里は変わらず微笑みながら相対していて、そこにはわずかな怯みも見て取れない。
「――――なあ、〈少女喰い〉よ。孤児の涙は旨かったか?」
一見すると脈絡のない問いかけ。
されど絵里は、蛇杖堂の末席を汚す女は。
そういうカタチを選んだ怪物は、見惚れるほど可憐に微笑んだ。
「ええ。とっても」
◇◇
402
:
しんでしまったあとのことなんて
◆0pIloi6gg.
:2025/05/26(月) 23:14:28 ID:QX2HSDzY0
――こいつは、何を言っているんだ?
ノクト・サムスタンプは、柄にもなく忘我の境に立っていた。
彼を愚鈍と罵るのは間違いだ。嗤うなら彼ではなく、その身を蝕んだ狂気を嗤うべき。
彼は、彼らは、決してその言葉を聞き流せない。正しくはその名前を、無視できない。
怪物の見本市、〈はじまりの六人〉。彼らが共通して抱える唯一の欠陥が此処に表出する。
『綿貫齋木。山本帝一。ジェームズ・アルトライズ・スタール。
お察しの通り、すべて僕だよ。
見抜いたのは君で二人目だ。ちなみに一人目は、蛇杖堂のご老体』
神寂縁。
神寂。
"彼女"のことを、これは姪と呼んだ。
『強いて指摘するなら、少し情報が古いかな。
ちょうど君達が東京で乱痴気騒ぎしている頃、ジェームズは死体になってテムズ川に浮かんだよ。
遠坂からくすねたあの抜け殻の話を突っつかれたくなかったものでね。何せアレ、もうとっくに取り込んじゃったからさ』
考えてみればそれは当然のこと。
あの白神も一応は人の子として生まれ落ちたのだから、同じ血を宿す親類は必ずこの世のどこかに存在している。
なのに今突き付けられるまで、欠片もそのことを想定できていなかった。
神寂祓葉に同胞がいるなどと。自分達六人が出会う前の彼女を知る誰かが存在することを。
ノクトほどの知恵者が、一度たりとも想像すらしなかった事実。
これはどんな罵倒よりも痛烈に、夜の虎を打ち据えた。
奇しくも今日の昼間、蛇杖堂寂句が"その名"を聞いただけで動転した声をあげたように。
『じゃあ用件を聞こうか。同盟? 交渉? 取引? よい返事を約束はできないが、聞くだけは聞いてあげるよ』
動揺はすぐに落ち着き。
やがて、失笑に変わった。
己の体たらく、決して拭えぬ宿痾を負った事実に自嘲が止まらない。
小賢しさだけが取り柄の落伍者から、その美点さえ取ったら何が残るのだと嗤った。
されど――すぐに切り替える。
そうしてノクトは、不定形の蛇に向き合った。
「じき、新宿で大きな戦いがある。俺はそこに参ずるつもりなんだが、その後のことを考えていてな」
『港区も大変なことになっちゃったしなぁ。いよいよお祭りだね、楽しそうで実によろしい。それで?』
「ドクター・ジャックのことは知ってるんだろ?
じゃあ説明は省くが、俺はあの爺さんほど楽観的にはなれない。祓葉をこんな序盤で討てるなんて夢想、とてもじゃないが出来ねえんだわ」
『ふむ』
「新宿の戦いが落ち着いた後、俺は本格的に対祓葉を見据えて動き出すつもりだ。
ついてはその時計算に加えられる要素がひとつでも欲しい。
……縁さんよ、アンタはもう今の祓葉(アレ)と遭ったのかい?」
403
:
しんでしまったあとのことなんて
◆0pIloi6gg.
:2025/05/26(月) 23:15:08 ID:QX2HSDzY0
問い掛け。
答えは、すぐに返った。
『ああ。遭ったよ』
「なら話が早い。凄まじいだろ? あいつ」
『まったくもって同感だ。少なくとも現状じゃ、まともにやってたら誰も勝てないだろうね』
「だからこそ、使えるものはひとつでも多く確保しておきたい。必要なら一筆書くぜ」
『ははは、面白いジョークだな。サムスタンプの名前を聞いて契約に同意する人間はいないだろう』
「だろ。俺も最近乗ってくれる奴がマジでいなくて困ってるから、まあ自虐ネタみたいなもんと思ってくれ」
ははは。
はははは。
乾いた、一ミリの親愛も窺えない笑い声が木霊する。
片や無音の中に。片や雑踏の中に。
『いいだろう。実際僕も、あの娘のことは何か考えないといけない頃だと思っていたのでね』
声が止むと同時に。
蛇の、囀りが響く。
『新宿の大戦、実に結構だ。今のところ馳せ参じる気はないが、それはそれとして興味深い。
ついてはノクト君。かの地で、君の同胞――〈はじまりの六人〉をひとり落としてはくれないかな』
次はノクトが、沈黙を返す番だった。
その言葉は、伊達や酔狂で口にしていいものではない。
少なくとも、現人神が誕生したあの聖杯戦争を知る者以外は。
決して軽々しく口にするべきではない、それほどの値打ちと重さを持つ言葉。
『ご老体に啖呵を切られてしまってね。
なんでも、君等の権利を奪わなければ、僕は同じ高さには上がれないのだとか。
僕は統べるのは好きだが、誰かに統べられるのはとても嫌いなんだ。
よってこのルールは速やかに崩したい。僕も僕で頑張るが、君が手伝ってくれるのならそれはとっても嬉しい』
彼は黒幕(フィクサー)。
邪魔なものがあれば退けるが、それは何も、彼自ら行うとは限らない。
これの真髄は暗躍者。圧倒的に肥大化させた力をその身に蓄えながら、ただの一度もヴェールを脱いだことがないのがその証拠。
「そいつは俺も臨むところだが……足元見られたもんだな」
『確かにいささかアンフェアな取引なのは否めないか。
そうだ、じゃあこうしよう。君が見事に成し遂げたら、その時はこちらから一筆したためる』
「……へえ」
『無論内容の精査は必要に応じて行うが、多少はこちらも譲歩しよう。
これをどう受け取るかは君次第だがね』
ノクト・サムスタンプには、狙っているものがある。
それは道具だ。それは兵器だ。
刀凶聯合の王が抱える戦略兵器(レッドライダー)。
血染めの騎士。黙示録の赤。いつか来る神戦に備えて抱えたいもうひとつの武器。
その過程で、狂人のひとりを落とすのは彼にとっては既定路線。
神寂縁との取引があろうがなかろうが、やるべきことは何も変わらない。
だというのに追加で、そこにひとつ旨味が転がってきた。
人界の魔王との契約。神を撃ち落とす矢、神を焼き払う炎、そして神を貪り喰う悪。
「分かった。戦況が落ち着き次第、追って連絡入れるよ」
吐いた唾、飲むんじゃねえぞ――。
嗤うノクトに、蛇もまた。
『そっちこそ。くれぐれも僕の期待を裏切らないように頼むよ、ノクト君』
傲慢を隠そうともせずにそう言って、通話が切れた。
……蛇杖堂絵里(カムサビエニシ)がスタール家の忘れ形見と共に蛇杖堂記念病院を訪れる、数十分前の攻防であった。
◇◇
404
:
しんでしまったあとのことなんて
◆0pIloi6gg.
:2025/05/26(月) 23:15:53 ID:QX2HSDzY0
「貴様には失望したよ。いや、元より期待もしていなかったが。
やはり貴様は無能以前の、単なる下等な畜生らしい。
"権利"をもぎ取ってこいと命じた筈だがな、まさか趣味にうつつを抜かして遊んでいるとは思わなかった」
「んー……まあそう言われると返す言葉もないんですけど。
だってしょうがないじゃないですか、あなた達調べれば調べるほど中身スカスカの燃え滓なんですもん。
一応ウチのアーチャーには捜索を続けさせてますよ? でもこっちもモチベの維持に苦労するっていうか」
蛇杖堂の魔術師は、この世界ではすべて東京を退去している。
その事実に対する当て付けのように選ばれた番外の顔。
魔術師の運命から放逐された、善良で幸の薄い娘。
すなわち蛇杖堂絵里。レミュリンは知らない。そんな人間、この世のどこにも存在しないことを。
「ていうかわたしのレミーちゃんをあんまりいじめないでくださいよ。
そりゃ曇らせれば曇らせるほど出汁の出る子なのは分かりますけど、何事にも段階ってものがあってですね。
今は成功体験を積ませながら、少しずつ育てていく段階なのに。いきなり全部ネタバラシしちゃうなんてエンタメが分かってなさすぎです」
「知るか、気色の悪い。貴様に比べればあの娘の方が幾分マシだ。少なくとも会話を交わす意義がある」
「可愛いですよね、あの子。いじらしいっていうか、初々しいっていうか」
蛇杖堂絵里など存在しない。
その顔(ガワ)は、ある男の亡き娘が持っていた可能性である。
「――知らんと言ったぞ、神寂縁。まったく救えないことだ。神寂の血はどこまでも呪われているらしい」
殺し、貪り、取り込んだ魂を自在に被る異形の怪物。
起源覚醒者の成れの果て。死徒に非ずして、それに限りなく近く。
ともすれば上回り得る、暗黒と欲望のフィクサー。
闇の大蛇。支配の蛇。この都市において最も尊く、最も忌まわしい姓を冠する生き物。
真名、神寂縁。
最大の悪意。今も尚世界を蝕み続ける、命ある呪いである。
「ひどい言い草ですね、まったく」
絵里のロールを崩そうとはせずに、美女の顔で蛇の悪意を覗かせる。
レミュリンと彼女の英霊が戻って来ていないことは常時確認済み。
不遜としたたかさを共存させた姿は、まさに傲慢。
畏怖の狂人の同類と呼ぶべき、傍若無人の性がそこには宿っている。
405
:
しんでしまったあとのことなんて
◆0pIloi6gg.
:2025/05/26(月) 23:16:33 ID:QX2HSDzY0
「むしろわたしは、あなたのことをちょっと見直したんですけどね。
さっき燃え滓と言いましたけど、正確には生焼けの焼死体って表現が正しいのかな。
ふふ、うふふ。実にいじらしいことじゃないですか。ジャック先生?」
「何が言いたい」
「いえ、そのね。ずいぶんとお優しいことだと思って。
如何に自分には関係がなく、ともすれば競合相手の狂人を追い詰める種にもなることとはいえ――悩める女の子にわざわざ懇切丁寧、この世の残酷さを教えてあげるなんて。天上天下唯我独尊を地で行く蛇杖堂の御大も、若い子にはついつい甘くなっちゃうのかな」
ええ、ええ。
わかってますよ。
違いますよね。
絵里は言う。
蛇は、言う。
「アレは義理でしょ。あなたなりの、此処にはいない"誰か"への」
寂句は、答えない。
答えぬまま、静かに眼前の異物を見据えていた。
現世への異物。社会への異物。太陽とは似て非なる藪底の怪異。
これは聡い。これは敏い。特に、付け入る隙を見出すことには。
「いやね? 実はわたし、ずぅっと首をひねってたんです。
それこそ線と線が繋がらない。あなたがどうして、アンジェリカ・アルロニカを助けたのか」
それは、この女(おとこ)が知らぬ話だ。
あの狂騒病棟に、蛇の姿は確かになかった。
あったら寂句が気付かないわけがない。
だが、絵里は当然のようにその話を口にした。
寂句も、いちいち動じたりなどしない。
この怪物を相手にそうすることの無意味さを、既に知っているからだ。
「ようやく分かりました。分かった上で、微笑ましく聞き届けさせてもらいましたよ。
スタールは燃焼。アルロニカは電磁。どちらも衛宮矩賢亡き後、時間制御の両翼と呼ばれた家々です。
わたしはこの都市でスタールの遺児に出会ったけれど、あなたはアルロニカの遺児に出会っていた。
そしてわたしと違って――あなたにとってアルロニカは、そもそもまったくの他人ではなかった。違います?」
女の顔で蛇は笑う。
ちろりと口元から覗かせた舌は蠱惑的(セクシー)ですらあって。
誘うような色気とは裏腹に、どうしようもないほどの破滅を予感させる。
唆されて林檎を齧ったアダムとイヴがそう堕ちていったように。
奈落の爬虫類は、藪の王は、いつだって人の弱みに敏感だ。
406
:
しんでしまったあとのことなんて
◆0pIloi6gg.
:2025/05/26(月) 23:17:21 ID:QX2HSDzY0
「わたしね、運命っていうのは本当にあると思うんですよ。
それは引力のようなもので、誰の意思とも無関係にただそこにある無形の渦潮」
「倒錯の果てに詩人気取りか。つくづく見るに堪えん生き物だな、貴様は」
「哀れ志半ばで夭折したアルロニカの雷光。
魂を灼くとまでは言わずとも、あなたはそこに何かを見たのでしょう、ジャック先生。
わたしが思うにその体験は、先生があの子――祓葉ちゃんに敗れた理由にどこかで通じておられるのでは?」
そして燃え尽きたあなたのもとに、過去が引き寄せられてきた。
雷光の継嗣。彼女の旧友の忘れ形見。
時を操らんとした魔術師達の落とし子が、次々と現れ始めた。
蛇は語る。
嗤うように。
「ぜんぶ推測ですけどね。
でもその顔を見るに、そんなに的外れなこと言ったわけでもないのかな」
ゆっくりと椅子を立ち上がった〈蛇〉。
その言を聞き終えた寂句は、静かに口角を歪めた。
「抜かせ。あの聖杯戦争に列席することもできなかった半端者が、何を芯を食ったつもりになっているのだ」
蛇杖堂寂句は稀代の鉄人。
文武併せ持ち、清濁を併せ呑み、そうして君臨する霊峰めいた壁だ。
故に暴君。彼の君臨は死を超えて尚盤石であり、今もその存在は誰もの脅威であり続けている。
すべてが合理で構築された彼の内界にただひとつ残ったブラックボックス。
何故、蛇杖堂寂句は神寂祓葉を救ってしまったのか?
それは大義のためにあらゆる無駄を削ぎ落とした男が向き合うべき最後の命題なのかもしれない。
だが。だとしても。
「説法など貴様には似合わんだろうよ、化け物。
おまえはこの都市で最も、ある意味では祓葉よりもヒトからかけ離れた存在だ」
――ヒトですらあれなかった"怪物"の言葉に心を動かされるほど、蛇杖堂の暴君は若くない。
「あなたからお墨付きをいただけるなんて光栄ですね。
わたしも自覚はしてますよ。自分にひたすら正直に生きてる内に、気付けばこんな風になっちゃいまして」
「――ク。なんだ、光栄と言ったのか?
流石は化け物だな。称賛と罵倒の区別も付かんらしい」
寂句の言葉に、女の顔をした蛇は微笑んだままだ。
が、その表情に微かな疑問の色が滲んだのを寂句は見逃さなかった。
恐らく、本当に何を言われているのか分からないのだろう。
化け物にとって、自分がヒトではないと言われることは賛辞以外の何物でもないから。
自分の診断が正しいことを確信して、人間の医者は成れ果ての怪物を心から憐れんだ。
407
:
しんでしまったあとのことなんて
◆0pIloi6gg.
:2025/05/26(月) 23:17:58 ID:QX2HSDzY0
「貴様は自分を何か途方もなく高尚な存在とでも信じているのだろうが、医者としては同情のひとつもしたい気分だよ。
なあ、かつて神寂縁という人間だった名無しの化け物。
私に言わせれば、貴様はとても憐れな生き物だ」
「……? 驚きましたね。負け惜しみです? それ」
「自分でも似合わない台詞だと思うがな、今の私はそれなりに機嫌がいい。
よってレミュリン・ウェルブレイシス・スタールにしてやったように、貴様にも講釈を聞かせてやろう」
レミュリンとそのサーヴァントが去った今。
この部屋には、二体の怪物がいた。
比喩表現上の怪物と、正真正銘の怪物。
奇しくも共に"蛇"の字を冠した、恐るべき者達が。
「今まで正常だった人間の性格が突如として変化することは、特別珍しい事例でもない。
統合失調症に代表される精神疾患。アルツハイマー病や脳腫瘍などの進行性脳疾患。
他には頭部外傷の後遺症としての高次脳機能障害などが挙げられるな」
人体の仕組みは複雑怪奇。されどその分、わずかな理由でバグが生じる脆さを内包している。
特に脳。そこに不測の事態が起きた場合、時に人は元あったカタチをたやすく失う。
穏やかな人間が暴力的に。活発な人間が無気力に。その人の美点を食らいながら、それは無慈悲に誰かの日常を破壊する。
「この世に存在するあらゆる物事は、"起源"という正體を必ず持っている。
人間も例外ではないが、九割九分の人間にとっては単なる生き様の指向性以上の意味を持たない。
しかし時折、これを拗らせる者が現れる。起源覚醒者。つまり貴様のような存在だよ、神寂縁」
医学上の問題ならば、それは悲劇と呼ぶべきだ。
だが、科学の領分を超えたところで生じる同種の現象は、もはやその域では収まらない。
魂の裡から呼び起こされた原初の衝動。
起源を覚醒させた人間は超人へ至るが、代償として精神までもがヒトの構造からかけ離れていく。
「誰もが起源を抱えている以上、これはもはや人間を構成する要素のひとつとするべきだろう。
であればそれが原因で生じる異変を、医学に通じた者としてなんと呼ぶか? そう、"病気"だ」
「……ほう」
「伝わったかな、神寂縁。
医師として診断を下そう。貴様は病人だ。
不運にも不治の病に罹ってしまい、誰にも救われることなく自己を失った憐れな人格荒廃者だ。
ヒトを超えた超越者ではない。ヒトであり続けることすらできなかった、ただのみすぼらしい怪物だよ」
斯くして、診断は下る。
超越者の自負を一刀の下に切り捨てる医学的所見。
ぱち、ぱち、ぱち、と。拍手の音色が響いた。
「面白い。実に興味深い内容でした。
悪魔とか異常者とか呼ばれたことはあるけど、流石に病人扱いされたのは初めてだなぁ」
〈支配の蛇〉は感想を口にする。
どこか他人事のように、その性を微塵も揺らがせることなく。
語る一方で、愉悦の眼光をもって寂句を見据えている。
先ほどまでよりも一段、蛇は暴君に対する認識を引き上げた。
「ま、心の隅に留めておきますよ。
祓葉ちゃんに挑むんでしょう? 頑張ってくださいね、応援してますから」
この怪物に評価されることの意味を理解しながら、それでも寂句は怯まず不敵な顔でこれに応える。
「貴様に言われるまでもない。
そして為すべきことを為し、それでもまだ私の命が残っていたならば……次は貴様だ、化け物。今そう決めた」
神に挑み、あるべき場所に還すこと。
それが寂句の至上命題だ。
そのためなら命さえ賭ける覚悟だし、成し遂げた先に自分の命が残らなくても構わないと覚悟している。
されどもしもこの身に未来が残ったなら、貴様は殺す。寂句は、神と同じ姓を持つ忌まわしき生物にそう告げた。
「憐憫を以って、その心臓に白木の杭を突き刺してやろう。
せいぜい今の内に欲を満たしておけ。私は最期の晩餐を許すほど寛大ではないのでな」
「ふふ、それはいい。楽しみにしてますよ」
蛇は殺意を受け入れて、艶やかに舌を出した。
受けて立とうと、同等以上の不敵が示される。
これは、この世で最も救い難きモノ。
星座の対極、奈落の怪物。
「その時は"僕"としてお相手しましょう。――――ではご武運を、人間・蛇杖堂寂句」
都市最悪の醜穢はそう言い残し、素知らぬ顔で、レミュリンを追って院長室を出ていった。
408
:
しんでしまったあとのことなんて
◆0pIloi6gg.
:2025/05/26(月) 23:18:30 ID:QX2HSDzY0
「……、よかったのですか。マスター・ジャック」
蛇の退室を見届けて、天蠍・アンタレスが霊体化を解く。
その顔は相変わらず表情の起伏に乏しいが、微かに苦々しく見える。
彼女の言わんとすることは、寂句なら当然分かる。
無理もない。あの怪物は蠢く害虫のようなもの。他者を不快にさせることにかけて、神寂縁は随一と言っていい生命体だ。
抑止の派遣した機構(システム)からさえそういう情緒を引き出してのける辺り、やはり蛇は怪物なのだろう。
「要らん気を回すな。あれしきの戯言で腹を立てるほど、私が餓鬼に見えるか?」
「いえ……、……ですが」
「それに、……クク。存外に有意義な会話だった。
義理。義理か。この私にそんな概念を見出したのは生涯で奴が初めてだ。
化け物と語らうというのも悪くないな。率直に言って、知見が広まった気分だよ」
一方で寂句は、上機嫌さえ滲ませていた。
アンタレスにはその理由が分からない。
彼女でなくとも、誰であろうと理解できなかったに違いない。
何しろ他でもない寂句自身さえ、それは蛇の嘲りを聞くまで視界に収めてさえいない観念だったのだから。
「私は祓葉へ挑む。これは確定事項だ。誰にも譲らんし、何があろうと此処を揺るがすつもりはない」
そこが、ノクト・サムスタンプと蛇杖堂寂句の最大の差異。
ノクトもまた祓葉に強く懸想しているが、寂句のそれは性質が違う。
彼は祓葉を畏れている。畏れるが故に、祓葉天送に懸ける情念は狂気の域に達して余りある。
ノクトならば、まだ祓葉には挑まない。
だが寂句は挑む。
彼は、神寂祓葉という恐るべき超越者が地上に存在している事実に耐えられないから。
誰が無謀と謗ろうと、道を阻む何かに出会おうと、何人たりとも蛇杖堂寂句の足を止めるには能わぬ。
そう、そしてそれ故に。
「暫く話しかけるな。少し、思索を深めたい」
畏怖の狂人は此処で、取り零したピースを拾い上げる行程に着手した。
数理の如き合理性で突き進んできた彼がその生涯に残す唯一の謎。
星を葬れる絶好の好機に、自らの手でそれを投げ捨てた最低最悪の愚行の意味。
これを解明することこそが、来たる大祓の時に対する一番の備えになると確信したからだ。
「――――失点をそのままにしておくのは、我慢ならん質でな」
己はきっと、大きな陥穽を抱えている。
その確信を胸に抱き、賢者は聖戦を前にして思索を開始した。
何故自分はあの日、あの時、あの星空の下で――――神寂祓葉を殺せなかったのか?
◇◇
409
:
しんでしまったあとのことなんて
◆0pIloi6gg.
:2025/05/26(月) 23:19:07 ID:QX2HSDzY0
魔術師とは、冷酷な生き物だと。
そう聞かされたことは確かにあった。
レミュリンは魔術師の子であるが、しかし彼女はそれとほぼ一切関わりを持つことなく育った。
だから、聞いても今ひとつ現実感を持てなかった。
しかしそれもついさっきまでの話だ。
かけがえのない思い出はすべて、無情な現実というインクでべとべとに汚されてしまった。
恐らくもう二度と、元の色合いに戻ることはない。
便器に胃の中のものを全部ぶち撒けながら、レミュリン・ウェルブレイシス・スタールは初めて選んだ道を後悔した。
自分からすべてを奪ったあの日、炎の日。
葬儀屋・赤坂亜切による殺戮の日。
あれさえなければと思った回数は両手の数じゃとても利かない。
けれど。彼の凶行があろうがなかろうが、欠点は絶対に生まれていたという。
根源への到達というまったくピンと来ない"大事なこと"のために、姉の笑顔は失われることが決まっていたのだと。
97点か99点か。違いは、それだけ。
汚れた口元を洗うこともしないまま、よろよろおぼつかない足取りで廊下へ出ると。
ルーと絵里のふたりが、心配そうな顔をして待っていた。
絵里が駆け寄ってくる。背中を擦りながら、ハンカチで口を拭ってくれた。
ありがとうございます、と呟いて、自分でもびっくりする。
自分のものとは思えないほど枯れきった、生気のない声だったからだ。
ふたりが何か語りかけてくれている。
優しい言葉なのだろうと、思う。
けれど、それに応える余力がない。
言葉がうまく入ってこないし、出てきてもくれない。
(レミュリン)
頭の中に響く声は、彼女がいちばん信頼する相棒のもの。
彼を父のようだと思ったことは、正直なところ何度もあった。
失ってしまったものと重ねて見るなんて彼にも本当の父にも失礼だと思っていたけれど、今はそれとは違う意味で、自己嫌悪の念に囚われる。
(ごめん……ごめん、ランサー、わたし、わたし、は……っ)
――自分がいかに、見たいものしか見ていなかったのかを知ってしまった。
スタール家の光の部分。
楽しくて優しい団欒だけを見て。
その裏にある悲劇を、何も見てこなかった。
だから無知のままに、彼と亡き父を重ねていたのだ。
410
:
しんでしまったあとのことなんて
◆0pIloi6gg.
:2025/05/26(月) 23:19:26 ID:QX2HSDzY0
なんて弱いのだろう、私は。
込み上げる嫌悪はまたしても吐き気を伴った。
しかしそんなレミュリンを、ルーは優しく慰めるでもなく、かと言って厳しく糺すわけでもなく。
(少し、話をしようか)
共に星を見上げながら語らうような、どこか望郷に似た感傷を漂わす声色で、そう言った。
(俺の話だ。まあ、昔話だな)
導く者。それが此度のルー・マク・エスリン。
彼は英雄である。そして本来、神でもある。
光の象徴、長い腕の太陽神。
されど。たとえ神であろうとも、闇を持たないモノはこの世に存在しない。
そうしてルーは、紐解くように語り始めた。
失墜した赤紫(マゼンタ)の子に、闇の中を照らす標をもたらすように。
◇◇
問。
ジュリン・ウェルブレイシス・スタールは何故、〈古びた懐中時計〉を持っていたのか?
――無回答。欠点1。
◇◇
411
:
しんでしまったあとのことなんて
◆0pIloi6gg.
:2025/05/26(月) 23:19:52 ID:QX2HSDzY0
【港区・蛇杖堂記念病院/一日目・夜間】
【蛇杖堂寂句】
[状態]:疲労(小)、魔力消費(小)、右腕に大火傷
[令呪]:残り2画
[装備]:コート姿
[道具]:各種の治療薬、治癒魔術のための触媒(潤沢)、「偽りの霊薬」1本。
[所持金]:潤沢
[思考・状況]
基本方針:他全ての参加者を蹴散らし、神寂祓葉と決着をつける。
0:――時は定まった。であれば備えるのみ。
1:神寂縁は"怪物"。祓葉の天送を為してまだこの身に命があったなら、次はこの血を絶やす。
2:当面は不適切な参加者を順次排除していく。
3:病院は陣地としては使えない。放棄がベターだろうが、さて。
4:〈恒星の資格者〉は生まれ得ない。
5:運命の引力、か……クク。
[備考]
神寂縁、高浜公示、静寂暁美、根室清、水池魅鳥が同一人物であることを知りました。
神寂縁との間に、蛇杖堂一族のホットラインが結ばれています。
蛇杖堂記念病院はその結界を失い、建造物は半壊状態にあります。また病院関係者に多数の死傷者が発生しています。
蛇杖堂の一族(のNPC)は、本来であればちょっとした規模の兵隊として機能するだけの能力がありますが。
敵に悪用される可能性を嫌った寂句によって、ほぼ全て東京都内から(=この舞台から)退去させられています。
屋敷にいるのは事情を知らない一般人の使用人や警備担当者のみ。
病院にいるのは事情を知らない一般人の医療従事者のみです。
事実上、蛇杖堂の一族に連なるNPCは、今後この聖杯戦争に関与してきません。
アンジェリカの母親(オリヴィア・アルロニカ)について、どのような関係があったかは後続に任せます。
→かつてオリヴィアが来日した際、尋ねてきた彼女と問答を交わしたことがあるようです。詳細は後続に任せます。
→オリヴィアからスタール家の研究に関して軽く聞いたことがあるようです。核心までは知らず、レミュリンに語った内容は寂句の推測を多分に含んでいます。
赤坂亜切のアーチャー(スカディ)の真名を看破しました。
【ランサー(ギルタブリル/天蠍アンタレス)】
[状態]:疲労(中)、全身にダメージ(中)、消沈と現状への葛藤
[装備]:赤い槍
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:神寂祓葉を刺してヒトより上の段階に放逐する。
0:大義の時は近い。
1:蛇杖堂寂句に従う。
2:ヒマがあれば人間社会についての好奇心を満たす。
3:スカディへの畏怖と衝撃。
4:霊衣改変のコツを教わる約束をした筈なのですが……言い出せる空気でもなかったので仕方ないですが……ですが……(ふて腐れ)
412
:
しんでしまったあとのことなんて
◆0pIloi6gg.
:2025/05/26(月) 23:20:21 ID:QX2HSDzY0
【レミュリン・ウェルブレイシス・スタール】
[状態]:疲労(小)、全身にダメージ(小)、精神的ショック(大)
[令呪]:残り三画
[装備]:
[道具]:
[所持金]:6万円程度(5月分の生活費)
[思考・状況]
基本方針:――進む。わたしの知りたい、答えのもとへ。
0:わたし、は。
1:胸を張ってランサーの隣に立てる、魔術師になりたい。
2:ジャクク・ジャジョードーの情報を手に入れ、アギリ・アカサカと接触する。
3:神父さまの言葉に従おう。
[備考]
※自分の両親と姉の仇が赤坂亜切であること、彼がマスターとして聖杯戦争に参加していることを知りました。
※ルーン魔術の加護により物理・魔術攻撃への耐久力が上がっています。
またルーンを介することで指先から魔力を弾丸として放てますが、威力はそれほど高くないです。
※炎を操る術『赤紫燈(インボルク)』を体得しました。規模や応用の詳細、またどの程度制御できるのかは後のリレーにお任せします。
※アギリ以外の〈はじまりの六人〉に関する情報をイリスから与えられました。
※〈はじまりの聖杯戦争〉についての考察を高乃河二から聞きました。
※アギリがサーヴァントとして神霊スカディを従えているという情報を得ました。
※高乃河二、琴峯ナシロの連絡先を得ました。
※右腕にスタール家の魔術刻印のごく一部が継承されています(火傷痕のような文様)。
※刻印を通して姉の記憶の一部を観ています。
※高乃河二達へ神寂祓葉との一件についての連絡を送ったと思われます。
※蛇杖堂寂句からスタール家に関する情報と推測を聞かされました。
寂句の推測も混ざっているため、必ずしもこれがすべて真実だとは限りません。
【ランサー(ルー・マク・エスリン)】
[状態]:疲労(小)、魔力消費(小)、右腕に痺れ
[装備]:常勝の四秘宝・槍、ゲイ・アッサル、アラドヴァル
[道具]:緑のマント、ヒーロー風スーツ
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:英雄として、彼女の傍に立つ。
0:レミュリンと、話をする。
1:レミュリンをヒーローとして支える。共に戦う道を進む。
2:神寂祓葉についてはいずれだな。今は考えても仕方ねえ。
3:今更だが、馬鹿じゃねえのか今回の聖杯戦争?
[備考]
予選期間の一ヵ月の間に、3組の主従と交戦し、いずれも傷ひとつ負わずに圧勝し撃退しています。
レミュリンは交戦があった事実そのものを知らず、気づいていません。
ライダー(ハリー・フーディーニ)から、その3組がいずれも脱落したことを知らされました。
→上記の情報はレミュリンに共有されました。
413
:
しんでしまったあとのことなんて
◆0pIloi6gg.
:2025/05/26(月) 23:20:49 ID:QX2HSDzY0
【神寂縁】
[状態]:健康、ややテンション高め、『蛇杖堂絵里』へ変化
[令呪]:残り3画
[装備]:様々(偽る身分による)
[道具]:様々(偽る身分による)
[所持金]:潤沢
[思考・状況]
基本方針:この聖杯戦争を堪能する。
1:レミーはかわいいね。
2:蛇杖堂寂句とはゆるい協力関係を維持しつつ、いずれ必ず始末する。その時はどうやら近そうだ。
3:蝗害を追う集団のことは、一旦アーチャーに任せる。
4:楪依里朱に対する興味を失いつつある。しかし捕食のチャンスは伺っている。
5:祓葉は素晴らしい。いずれ必ず腹に収める。彼女には、その価値がある。
6:ノクト・サムスタンプの戦果に期待。衛星を落とすのは、何も僕自身の手でなくても構わないだろう?
[備考]
※奪った身分を演じる際、無意識のうちに、認識阻害の魔術に近い能力を行使していることが確認されました。
とはいえ本来であれは察知も対策も困難です。
※神寂縁の化けの皮として、個人輸入代行業者、サーペントトレード有限会社社長・水池魅鳥(みずち・みどり)が追加されました。
裏社会ではカネ次第で銃器や麻薬、魔術関連の品々などなんでも用意する調達屋として知られています。
※楪依里朱について基本的な情報(名前、顔写真、高校名、住所等)を入手しました。
蛇杖堂寂句との間には、蛇杖堂一族に属する静寂暁美として、緊急連絡が可能なホットラインが結ばれています。
※赤坂亜切の存在を知ったため、広域指定暴力団烈帛會理事長『山本帝一』の顔を予選段階で捨てています。
山本帝一は赤坂亜切に依頼を行ったことがあるようです。
→赤坂亜切に『スタール一家』の殺害を依頼したようです。
※神寂縁の化けの皮として、マスター・蛇杖堂絵里(じゃじょうどう・えり)が追加されました。
雪村鉄志の娘・絵里の魂を用いており、外見は雪村絵里が成人した頃の姿かたちです。
設定:偶然〈古びた懐中時計〉を手にし、この都市に迷い込んだ非業の人。二十歳。
幸は薄く、しかし人並みの善性を忘れない。特定の願いよりも自分と、できるだけ多くの命の生存を選ぶ。
懐中時計により開花した魔術は……身体強化。四肢を柔軟に撓らせ、それそのものを武器として戦う。
蛇杖堂家の子であるが、その宿命を嫌った両親により市井に逃され、そのまま育った。ぜんぶ嘘ですけど。
→蛇杖堂絵里としての立ち回り方針は以下の通り。
・蝗害を追う集団に潜入し楪依里朱に行き着くならそれの捕食。
→これについては一旦アーチャーに任せる方針のようですが、詳細な指示は後続の書き手にお任せします。
・救済機構に行き着くならそれの破壊。
・更に隙があれば集団内の捕食対象(現在はレミュリン・ウェルブレイシス・スタールと琴峯ナシロ)を飲み込む。
※蛇の体内は異界化しています。彼はそこに数多の通信端末を呑み込み、体内で操作しつつ都度生成した疑似声帯を用いて通話することで『どこにでもいる』状態を成立させているようです。
この方法で発した声、および体内の音声は外に漏れません。
※神寂縁の化けの皮として、レミュリンの遠縁の親戚であるジェームズ・アルトライズ・スタールが追加されました。
元の世界で夫妻と姉の死後、後見人を買って出た魔術師です。既に死亡済み。
神寂縁はこの顔を使い、第五次聖杯戦争終結後の冬木市は遠坂家から『この世で最初に脱皮した蛇の抜け殻の化石』を盗み、取り込んでいます。
414
:
しんでしまったあとのことなんて
◆0pIloi6gg.
:2025/05/26(月) 23:21:21 ID:QX2HSDzY0
【???/一日目・夜間】
【ノクト・サムスタンプ】
[状態]:健康、恋
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:莫大。少なくとも生活に困ることはない
[思考・状況]
基本方針:聖杯を取り、祓葉を我が物とする
0:悪魔との契約、か。笑えねえな。
1:当面はサーヴァントなしの状態で、危険を避けつつ暗躍する。
2:ロミオは煌星満天とそのキャスターに預ける。
3:とりあえず突撃レポート、行ってみようか?
4:当面の課題として蛇杖堂寂句をうまく利用しつつ、その背中を撃つ手段を模索する。
5:煌星満天の能力の成長に期待。うまく行けば蛇杖堂寂句や神寂祓葉を出し抜ける可能性がある。
6:満天の悪魔化の詳細が分からない以上、急成長を促すのは危険と判断。まっとうなやり方でサポートするのが今は一番利口、か。
[備考]
東京中に使い魔を放っている他、一般人を契約魔術と暗示で無意識の協力者として独自の情報ネットワークを形成しています。
東京中のテレビ局のトップ陣を支配下に置いています。主に報道関係を支配しつつあります。
煌星満天&ファウストの主従と協力体制を築き、ロミオを貸し出しました。
前回の聖杯戦争で従えていたアサシンは、『継代のハサン』でした。
今回ミロクの所で召喚された継代のハサンには、前回の記憶は残っていないようです。
蛇杖堂寂句から赤坂亜切・楪依里朱について彼が知る限りの情報を受け取りました。
415
:
◆0pIloi6gg.
:2025/05/26(月) 23:21:38 ID:QX2HSDzY0
投下終了です。
416
:
◆l8lgec7vPQ
:2025/05/30(金) 04:25:30 ID:6kUGLvpA0
投下します
417
:
PARADE
◆l8lgec7vPQ
:2025/05/30(金) 04:32:32 ID:6kUGLvpA0
撒き散らされた鉄の礫が肉を穿つ。
吹き上がった爆熱の風が骨を弾く。
吐き出された暴力の波が人を呑む。
乱れた映像を映す画面(スクリーン)の内側で、破壊の旋風が吹き荒れている。
銃撃、爆撃、その他、非人道的な兵器諸々が振るう暴力のオンパレードが、人間と建物とを一緒くたに薙ぎ倒す。
栄えた繁華街の中心にて、ばら撒かれていく鉄火の飛沫。
BGMもなく、兵器が奏でる甲高いSEだけを背景に、文明が壊されていく様をただ記録したような映像。
六本木という一つの街を滅ぼした、それは戦争の記録だった。
千代田区、北部。
新宿区との境界縁辺に位置する雑居ビルの一室。
対立組織デュラハンとの決戦を前に。
中央区のアジトから移動してきた悪国征蹂郎は、剥き出しのコンクリートに背を預けて座ったまま、その映像を観ていた。
無感動に、垂れ流される破壊の記録を俯瞰している。
どれだけの血が流れようが、どれだけの理不尽な殺戮が繰り返されようが。
彼にとっては日常の景色であったが故、眉一つ動かすことはない。
そして、それを日常としていた者は、ここにもう一人。
「……アグニさんのライダーは原則として、マスターからの魔力補給を必要としないのですね」
隣に慎ましく座る少女、アルマナ・ラフィーはそう、ポツリと呟いた。
「どうして……そう思った?」
征蹂郎は平時の低いトーンのまま言葉を返す。
しかし視線は一瞬、スクリーンから外れ、少女の表情を横目に見た。
「戦闘規模に対し、アグニさんの負担が軽すぎるからです」
対して少女は画面を見つめたまま、一切視線を動かすことなく会話を続ける。
成人であっても、まともな感性であれば目を覆いたくなるであろう凄惨な戦争の記録を、少女は平然と直視する。
征蹂郎と同じように、無表情のまま眺めている。
その周辺には、色とりどりのお菓子が無造作に転がっていた。
女児受けの良さそうな、沢山のチョコレート、キャンディー、ガム、ラムネ、エトセトラ。
集結する聯合のメンバー達が、挨拶ついでに次々と置いていったモノだった。
「軽い負担……このザマで……か?」
「その様で、です」
映像を見せるにあたっての心配など、やはり杞憂だったのだろうか、と。
なんら臆することなく殺戮映像を見つめ続ける少女を認め、征蹂郎も正面に視線を戻す。
「アルマナには、アグニさんの魔力保有量が大体分かります。ので、分かります。
サーヴァントがこの規模で破壊活動を継続し、かつその荷重がすべてマスターにかけられた場合。
アグニさんの魔力量では、とても生命活動が維持できません」
「ふむ、そうなのか……?」
聞き返した声に、すぐに返答は返されない。
代わりに、ポソポソ、と。うるち米の塊が砕ける音がしばし。
少女は小さな口でかじっていた煎餅をこくんと飲み込んでから、同じトーンで続きを話す。
「……はい。なのに、一時的な不調程度のフィードバックで済んでいる。
つまり、サーヴァント自身が魔力を蓄える、或いは外部環境から収集するスキルを有していると推測します」
「おそらく正解だ。キミは凄いな……。オレは魔術ってものをよく知らないから……なんというか、参考になる」
故郷を血に染めた戦争も、その要因の一つであった征蹂郎についても、何も思うことはないと。
運命に責任や罪悪を感じること、そういった感性を無駄であるとさえ、アルマナは言い切った。
かつて少女の全てを奪った戦争の情景を、こうして再見しても、何一つ揺らがない冷然とした在り方。
心を守るため、前に進むため、生きていくため、少女が身につけた一種の強さ。
いや、そう在らねば、生きていくことすら出来なかったという、自然に作られた心のカタチ。
「レッドライダーのスキルは……戦場から糧を啜る。
加えて他人の頭にも影響を及ぼす、らしい。先に謝罪しておく。こいつがもし、キミを不快にさせていたら……すまないと思う」
「…………不可解ですね」
「…………?」
少女の在り方を悲しいと、憐れむような感性を、征蹂郎は持っていない。
彼にとっても、戦争によって形つくられる精神性は、なんら特別なものではなかったから。
「……いえ、別に、アルマナはいいのですが」
「どういう意味だ?」
だから、そこにあるのはきっと、ほんの少しの共感だった。
418
:
PARADE
◆l8lgec7vPQ
:2025/05/30(金) 04:35:10 ID:6kUGLvpA0
「……私の推測をあっさり認められたので。それに聞いていない情報まで口にされた。
アルマナとアグニさんは、あくまで一時的な協力関係であって、本質的には敵同士です。
一方的に情報を渡されても、こちらに返せる対価がありません」
少女は変わらず、揺れぬまま、画面から目を逸らさぬままに滔々と話す。
控えめに、征蹂郎の価値観に疑問を表明する。
「それもそうだ……オレの不注意だな。やはり、キミの言葉は参考になる」
そこで漸く、ぴく、と。アルマナはほんの一瞬だけ、表情を動かした。
視線を向けることなく、少女の疑念が伝わってくる。
目の前の男が迂闊でもなければ、一般的な感性に甘んじているわけでもないと、知っているからこそ。
未来の敵にあっさりと情報を与える言動を、不可解であると述べているのだ。
「……対価なんて考えなくていい。一時的だとしても、連携のために必要な情報だと思ったから話した。
キミだって、この程度のこと……オレがバラさなくても気づいていたのだろう」
「それは……そうですが……」
未だ、疑念を向けてくる少女の鋭さに、征蹂郎は観念したように肩をすくめて言った。
「……正直なところ……キミに対しては少し、口が軽くなるというか……あまり敵視しにくい節があるようだ」
「というと?」
「キミを、あまり他人だと思えない」
自分の居場所を失った者。
いつか、征蹂郎が経験した陥穽。
この街で再会したその時。
目の前の少女は今、その只中にいると分かったから。
「言葉の意味がわかりません。アルマナとアグニさんは他人です。そして、いずれ聖杯を巡って対立する関係性です」
「そうだな……キミが正しい。だからこれも、きっとキミの言う"不自由"なんだろう」
感じなくてもいい感情。必要のない感性。
それらに囚われる様を指して、少女は不自由と評した。
征蹂郎はその見方を認め、受け入れている。
「……」
「……」
会話は途切れ、再び沈黙が場を支配する。
無機質な部屋の中、無機質な二人は見続ける。
戦争を知る男と少女は、目の前の凄惨を眺め続ける。
最後まで、揺らがぬまま。
そう、思われた。
変化があったのは、その光が何度か瞬いた時だった。
『――私はね、神寂祓葉! 神さまが寂しがって祓う葉っぱって書いて――』
征蹂郎は改めて直視する。
映像の中で華々しく駆け回る少女。
先の戦闘で、戦争の概念と正面からぶつかり、あまつさえ打ち払って見せた、極光。
光の剣。不滅の肉体。際限のない運動機能。
男は思考する。戦いの歯車として研ぎ澄ました、冷たい戦闘理論をもって考察する。
どうすれば、アレを殺せるのか。
首を飛ばす。肉体を粉微塵にする。敢えて殺さず運動機能だけを奪う。
全て、レッドライダーが試し、失敗に終わった。
現状、方法は見えていない。
核爆弾を薙ぎ払う程の存在を、単純な暴力で下すことは不可能に思えた。
一方で、彼は確信してもいた。この聖杯戦争に置いて、彼女を無視して勝ち残ることは出来ない。
「……キミは……どう思う?」
よって、いま隣にいる少女に、意見を求めようとして。
「…………ぅ……」
「……?」
彼はその異変に気付いた。
「……ぅ……ぁ……」
ぽろりと、少女の指から煎餅の欠片が零れ落ち、床に転がる。
小さな手が自らの胸元を掴み、苦しげに震えている。
俯いた表情こそ読めないが、その額には発汗が見られた。
戦争の情景を見ても表情一つ変えなかった少女が、〈喚戦〉の影響すら己の精神防御で遮断していた少女が、明らかに動揺している。
「大丈夫か?」
「いえ……なんでも……ありま……せん……」
征蹂郎にとっては、アルマナのそんな姿を見たのは初めての事ではない。
今日、東京で再会した時、最初に征蹂郎の姿を見たときも、少女は酷くうろたえていた。
しかし、その時と同じように、徐々に肩の震えが収まり、凪いだ表情を取り戻していく。
少女の心の防壁は強固なモノだ。
揺らぐことは滅多になく、たとえ崩れたとしても、すぐさま硬直を取り戻してみせる。
「キミは彼女を見て……何を感じた?」
少しずつ呼吸を整えていくアルマナへと、征蹂郎はあえて問うた。
「何も……ただ……」
「ただ?」
「戸を、叩かれているようだ……と」
419
:
PARADE
◆l8lgec7vPQ
:2025/05/30(金) 04:40:54 ID:6kUGLvpA0
何かを感じる前に、きつく閉ざす。何故なら、開かれてしまえば手遅れだから。
〈喚戦〉が鳴り響く不協和音だとするならば、それはもっと強引で、暴力的な原理であろう。
誰もが、それと無関係ではいられない。心の戸口に直接触れてくる、運命の光に。
「情報の共有、ありがとうございました」
表面上はすっかり平時の無表情を取り戻したアルマナが、にわかに立ち上がる。
正面のスクリーンは既に黒一色。気づけば、戦争記録の再生は終わっていた。
「……アルマナは、そろそろ行動を開始します」
「もう、そんな時間なのか……」
「はい。事前の取り決め通り、日付が変わる前に戻ります。
戻らなかった場合は、取り決め通りに動いてください」
「本当に……一人で大丈夫なのか?」
「はい。単独行動だからこそ、可能な役割なので」
ゆっくりと傍を離れ、出口に向かって歩いていくアルマナへと、征蹂郎は少しだけ迷うように視線を送り。
また目を逸らして、黒いスクリーンに向き直る。そして結局、
「キミは……」
小さく声を発した。
その声は、平時の彼の低いトーンをより細くした、とても小さなもので。
ぱたん、と。
閉まるドアの音にかき消される。
「……」
溜息をついて、傍らに残された煎餅の袋を拾い上げる。
刻限まで、あと数時間。
少しくらい、何か腹に入れておくかと考えたとき。
「なんでしょうか?」
顔を上げれば、ドアの前に、まだ少女は立っていた。
「行ったんじゃなかったのか」
「はい。出ようとしましたが、声をかけられましたので」
「そうか、すまないな……引き止めてしまって」
「いえ……ただ、手短にお願いします。役割がありますので」
「そうしよう」
姿勢を正し、もう一度、異国の少女に向き直る。
「キミは……どこを目指しているのだろう」
「質問が抽象的すぎて、意図がわかりません」
そうだろうなと思う。
征蹂郎自身、何が聞きたいのか、いまいち分かっていなかった。
「さっき言ったように、オレは、キミにどこか通じるものを感じている。
その一方で、決定的に違う部分もあるように思う」
手短にすると言っておきながら申し訳ないな、と自嘲して。
けれど、言葉を重ねることで、なんとなく問いの本質が見えてきた。
420
:
PARADE
◆l8lgec7vPQ
:2025/05/30(金) 04:41:15 ID:6kUGLvpA0
「オレの目的地はここだ。ここから揺らぐことはない。
キミの王には塵の山だと言われてしまったが」
刀凶聯合。凶暴な半グレ組織も、最初は社会の爪弾き者共の集まりでしかなかった。
少しずつ規模を拡大し、曲がりなりにも秩序ある組織となり。
彼が頭に就いたのは、単なる成り行きであり、偶然であり、しかし運命でもあった。
「たとえ塵の山でも、オレは既に此処の王だ。
それを自覚させてくれたのも、キミの王さまだったな」
聖杯への願いなど、己には無いと思っていた。
降りかかる火の粉を払えばいいと。だが違った。彼は勝ち残らねばならない。
敗北は許されない。戦い抜いて、居場所を守らねばならない、王である限り。
「キミの目はずっと……どこか、遠くを見ている」
対して、アルマナは此処でないどこかを目指している。
征蹂郎は、少女に己と近しいモノを感じ取りながらも、決定的な違いを見ている。
その正体を知ることで、間接的に、大事な何かを知ることが出来る予感があったから。
「アルマナは……ただ……」
そして返された少女の答えは、意外なほど彼の胸に落ちた。
「……生まれた場所に、戻りたいのです」
あの戦争を思い出す。
一つの村落が戦火に焚べられた日のことを。
「望郷か……それが、キミの選ぶ、辿り着きたい"居場所"なのか?」
「わかりません……王さまは、愚かで無意味な願いだと」
「そうだろうか……オレにとっては……少しだけ羨ましく思える」
「なぜ……?」
「それはオレにとって……今や持ち得ない願いだからだ」
故郷、始まりの場所。
自らの意思で選ぶ、自らの居場所。
帰り道を忘れてしまった征蹂郎には、既に王となってしまった者には、許されぬ望み。
国を守る者、旅に出ること叶わぬ。
この先、自らの選択を悔いることはきっとない。
塵の山で王を名乗ったことに、後悔などあろうはずもない。
けれど同時に、少女の歩む悲しき旅路を、征蹂郎はこう評する。
「キミは、自由だな」
放物線を描いて放られた赤茶色の塊。
「もう少しくらい、腹に入れておいた方が良い」
アルマナが両手で受けたそれは、包装された醤油煎餅だった。
「……道中、気を付けて」
「はい……行ってまいります」
◇
421
:
PARADE
◆l8lgec7vPQ
:2025/05/30(金) 04:42:06 ID:6kUGLvpA0
「あっれえ〜。お嬢じゃん」
部屋を出たアルマナ・ラフィーの視界に、プリンヘアーの青年が映り込む。
数人の仲間を引き連れ、廊下に立つ彼は中央区のアジトでもよく見た顔で、征蹂郎の周囲でいつも賑やかに騒いでいる印象だった。
所謂取り巻き、聯合のメンバー、即ちNPC、作られた存在、本物に非ず、しかして同位と言えるほどの再現性。
いくつかの情報が思考を走り、特になにを思うこともなく、アルマナは彼らの横をすり抜ける。
「嬢、お出かけ? 征蹂郎クンに差し入れもってきたんだけどさぁ〜」
「アグニさんは、まだ中にいらっしゃいます」
「おっけ、せんきゅ」
聯合に同行する異国の少女を、半グレの若者達は意外にもあっさりと受け入れていた。
征蹂郎(正確にはライダー)が近頃使い始めた手品(まじゅつ)を、精巧に使える客人(ゲスト)。
などという荒唐無稽な肩書を飲み込み、誰が言い始めたのかふざけ半分にお嬢お嬢と親しげに呼ぶ始末だった。
それは彼らの知能が低いというよりも、アルマナの暗示にあっさりと騙されたというよりも、ただ、征蹂郎が『そうだ』と言ったから受け入れるという。
ボスに対する絶対的な信頼の現れに見えた。
「んで、嬢はどこ行くん?」
「新宿区の偵察です」
「そっかあ、気ぃ付けてな。デュラハンのクソ共に捕まんなよ〜?」
賑やかな声に、アルマナは答えることなく、テクテクと廊下を進んでいく。
しかし彼らの言葉は、更にその背中を追って届いた。
「お嬢は征蹂郎クンを手伝ってくれるんだろ? 期待してるぜ、俺達」
廊下の突き当り、引き戸の窓を開く。
吹き抜ける夜風を浴びながら、窓枠を掴み身体を引き上げ、アルミのサッシに足をかけ。
あっさりと、段差を超えるような気軽さで、アルマナは雑居ビルの八階から夜の空に身を踊らせた。
「うおおおおお! すっげ、オイ見たか今の!? やっぱ征蹂郎クンの言ってたことマジだったん―――」
背後で沸き立つ粗野な歓声が、あっという間に遠くなっていく。
隣のビルの屋上に着地したアルマナは、その勢いのままに駆け出した。
たったったっと一定のリズムで回転する脚の動き、不安定なコンクリート足場をものともせず。
小柄な体躯からは考えられない速さで直進する少女は、あっという間に屋上の端にたどり着き。
そして勿論、一切の躊躇なく、蹴上を踏み越え跳躍した。
「――――」
口内で数節の詠唱を諳んじる。
吹き抜けるビル風が少女の身体を押し流し、11歳の少女が挑むには些か無理のある幅跳びを成功に導く。
質素なワンピースをはためかせながら、更に隣の建造物に飛び移ったアルマナは依然として無表情。
当然のごとく、ビルからビルへと、軽やかなパルクールを継続する。
少女にとってすればこの程度の動作、かつて兄弟や友人たちと興じた追いかけっこよりも容易い。
東京の摩天楼など、故郷の群峰に比べればなだらかなものだった。
アルマナ・ラフィーは山育ちの魔術師である。
その村落はかつて、小国の山岳部にひっそりと隠れるように、自然に溶け込むように存在していた。
機械文明を極限まで断ち切り、外界と関わらず、当たり前のように魔術と共に在る生活環境。
現代魔術における、秘匿の概念から開放さた世界。
近年、廃村跡地を調査した魔術師に『局所的に再現された神代』とまで評されし化石文明である。
つまり彼らが扱っていた魔術の在り方は、現代の者達とは一線を画する。
422
:
PARADE
◆l8lgec7vPQ
:2025/05/30(金) 04:42:42 ID:6kUGLvpA0
アルマナは軽やかに夜の空を闊歩する。
驚くべきは、そのスピードに加えて、ハイレベルの隠形を同時並行で実践していることだった。
スパルトイの従者を付けられているとはいえ、この局面に至っても単独行動を続けるマスター。
アルマナの仕える尊大なる王は、そのぐらいできて当然と考えているが。
彼女のレベルで幅広い魔術を実践運用できる者は、現代魔術師にもそう多くないだろう。
「――――警戒、10時方向」
霊体化状態のスパルトイを統制し、意識を精鋭化させていく。
千代田区のアジトからノンストップで走り続けた少女の動きが止まった。
たった今、神田川を超えた。
つまり、新宿区に侵入したのだ。
視線、風の流れ、精霊の気配を探り、安全と危険を見通し、再び行動を開始する。
このまま可能な限り新宿区の中心まで浸透する。しかして補足されることなく時間内に引き上げる。
迫る決戦を前にした偵察行動。
敵の配置情報を収集し、聯合側に持ち帰り、戦いを優位に進めるための。
アルマナの潜入は聯合との役割分担の結果であると同時に、アルマナ自身の戦術的判断でもあった。
これは彼女にしか出来ない任務である。
敵に関する情報収集は既にノクト・サムスタンプの辣腕が発揮されている。
マスターの名前と数時間前の時点における拠点情報など、それらは破格であるものの、あくまで戦略面における情報であった。
最新の陣地構成や戦力配置など、戦術面の情報はどうしてもこのタイミングでリスクを承知で確認したい。
加えて直近では、新宿区においてノクトの使い魔(しかい)が急激に数を減らしていた。
ノクトを知る手合、おそらく脱出王と思しき存在の入れ知恵と思われる。
結果として、おそらく敵に多くの情報が伝わっておらず、サーヴァントを伴わないため気配が希薄であり、単独で動ける。
そういった条件を満たすアルマナが、最も適任と判断されたのだ。
しかし実のところ、何よりもっとも大きな理由は別にある。
ノクト・サムスタンプからもたらされた情報だけを鵜呑みにして動く事への警戒心。
この点は、アルマナ・ラフィーと悪国征蹂郎の二者の間で共有されていた。
(……敵の配置が変わってる)
1時間前に消息を経ったという新宿区東側の使い魔が齎した敵の拠点。
アルマナの予想通り、状況は更新されていた。
敵陣地いくつかは既に破棄されており、いくつか新たな要所と思われる場所を確認できた。
敵も間抜けの集まりではない。
直前になって戦力配置を変更する程度の戦術は練ってくる。
あまつさえ、道中には偵察を警戒して張り巡らされた網を確認することができた。
簡単に気付けるような生半可な偽装ではない。むしろ嗅ぎ取り、回避したアルマナの嗅覚こそ凄まじい。
(都市の中心を囲むように、3つ以上の施設に常駐する精霊の気配……。
この短時間で急激な堅牢化。
……ダミー、キャスタークラスの陣地作成、あるいは侵入者を誘い込む罠?)
新宿に入って以降、既に敵陣の内側である。
アルマナは無表情のまま、しかして最大限の警戒でもって、張られた網をすり抜ける。
そうして、暫くの間、少女は新宿のビルの上を駆け回り。
暫定的な拠点の一つと目されるライブハウスの数キロ手前にて、漸く足を止めた。
(――――)
少女はここが潮時と判断する。
ある程度は敵の配置情報を掴むことが出来た。
幾つかは偽装であろうし、敵サーヴァントやマスターの情報を拾うことまでは出来ていない。
しかし、変更された拠点の大まかな位置や、勢力の規模感など。
これらの情報を持ち帰るだけでも大きな収穫である。
念には念を、行きとは別ルートで撤退を開始したアルマナは、しかしまたしても足を止めた。
(……これは……視線?)
見られている。アルマナの感覚がそう告げていた。
周囲のどこにも人の気配はない。
消音透過魔術の併用で自身の気配も最小限に留めてきた。
偽装は未だ完璧であり、下方からパルクールを見られるヘマも踏んでいないはず。
にも関わらず、アルマナには確信があった。
恐ろしい何か、巨大な何かの視界に入ってしまっている。
視線の発生源は―――
「………そら」
地の光、街のネオンではなく、天上の星々から。
デュラハンのサーヴァントか。あるいは全く関係なく、アルマナと同じく新宿に侵入した第三者か、
どちらにせよ、その何かはアルマナを見ている。アクションがないのは、今は他のことに意識を寄せているから、と考えるのが自然だった。
逆に言えば、他のことがなければ、それの関心はアルマナを対象とする可能性がある。
そらに煌々と輝く星の光が、やけに重苦しく感じた。
423
:
PARADE
◆l8lgec7vPQ
:2025/05/30(金) 04:43:14 ID:6kUGLvpA0
隣の屋上に飛び移る跳躍の角度を斜め下に変え、開かれた窓から屋内に侵入する。
剥き出しの屋上を行く限り、あの目線からは逃れられない。
回り道にはなるが安全第一で屋内を、窓から窓へ、建造物の内側を通って新宿を脱出する計画だったが。
「……………」
撤退を開始してから3つ目の建造物に侵入したとき、その異常は現れた。
アルマナは今、暗い廊下の先を見ている。
侵入した建造物は、どうやら総合病院であるようだった。
既に消灯時間が過ぎていたのか、窓から身を滑り込ませた廊下は光量に乏しく薄暗い。
不鮮明な視界。しかし違和感は顕在化していた。施設に入ってから、まるで人の気配がない。
確信を得たのは廊下の角を曲がった時だった。
薄っすらと血の匂いが鼻につく。
廊下や壁のいたるところに僅かな血痕が飛散している。
アルマナの進む廊下の先、先回りするように床に血の線が真っ直ぐ続いている。
「……………なにか、いる」
その雰囲気からして、空からの視線の主ではない。
全く別の、湿り気のあるベッタリとした気配が肌に纏わりつく。
ゆっくりと歩を進め、施設の東端に至る。
あとは目の前の窓から外へ脱出するだけでよかった。
なのに足元の血痕は丁寧に、窓横の部屋へと続いていて。
「……………」
細い指が傍らのドアノブにかかる。
きぃきぃきぃと甲高い音をたてて開くドア。
吹き抜ける空気の中に、乾いた血の匂い。
薄暗い室内。そこは、六人程度の患者が入れる大部屋だった。
入院患者たちが横たわっている筈のベッドは全てカラで、代わりに部屋の真ん中に奇妙なオブジェがある。
ぶよぶよとした赤茶色の塊、硬直した肉の集合体。
積み上がる死体で作ったモニュメント。そうとしか言い表せない、非現実的な光景だった。
屍をツギハギにした墓標は酷く不安定で、周囲に添えられた萎れた花々が気色の悪い鮮やかさをまぶしている。
オブジェの周りにはサルかチンパンジーのような毛むくじゃらの原始人が数人集まり、皆一様に手を組んで祈っていた。
―――ごぽ。
それは儀式であったのか。
花は枯れながら散り、オブジェはぐずぐずと崩れ落ちる。
積み上がった5つの死体が溶け合わさり、消えた後に現れた1体の人影。
新たな原人が緩慢に立ち上がり、取り囲む赤茶色の波は新たな仲間の誕生を歓迎する。
悪夢のような光景から漸く我に返ったアルマナは、大部屋のドアを閉め、身体の向きを変えて窓枠に手を添える。
そのまま身体を持ち上げ、介護施設から離脱しようとした、その直前。
「はは…………おまえ……まだ、さびしいのか……?」
背後、廊下の闇の向こう。
這いずるように追ってきた掠れ声が、アルマナの肩を掴んでいた。
◇
424
:
PARADE
◆l8lgec7vPQ
:2025/05/30(金) 04:43:50 ID:6kUGLvpA0
覚明ゲンジはそれを運命だと思った。
「おれはさ……もう、さびしくは、ないんだ」
周鳳狩魔に出会ったこと。
華村悠灯に出会ったこと。
神寂祓葉に出会ったこと。
そしていま、目の前の異国の少女に再び出会えたこと。
今日最後の狩り場となった病院で、偶然巡り合ったこと。
全て、定められていたのだと。
「みんなが、おれに期待してくれたから。おれも、期待したいと思えたから」
少女にしてみれば、意味不明な言葉の羅列を垂れ流している自覚がある。
それでも別によかった。伝わらなくても良かった。少なくとも、ゲンジには伝わっていたのだから。
褐色の少女の、揺れ動く小さな<矢印>が。
少女の感情の、まだ生きている証が。
押しつぶしたように小さな文字で、「さびしい」と、自覚なく今も発する心が届いている。
こいつは昨日までのおれだ、と彼は思った。
かわいそうだと、救ってやりたいと。
だって少女は訴え続けている。
声の出し方を忘れても、感情の作り方を忘却に沈めても、心だけは偽れない。
ゲンジだけは、その小さな声を読む事が出来るから。
「……期待」
少女は噛み砕くように、その単語を反芻する。
期待、期待、と。
何度も、何度も、舌の上で苦いものを味わうように。
「どうして……そんなモノを欲するのですか?」
問いはどこに向けられていたのか。
小さな身体から伸びる感情の矢印はゲンジを逸れ、どこにも届かず墜落する。
「不毛で……余分で……無意味です。
そんなモノを抱くから雨に打たれて、手の動きが鈍って、痛みが足を止めて……辛くなるのに」
まるで虚空に向かって喋っているようだった。
互いに、致命的に、ズレたやり取りの行き着く果ては、チグハグな喜劇めいていて。
「でも、そんなモノがなければ……おまえはいま、ここにいないだろ」
醜い男の粘ついた言葉に、少女の瞳が僅かに揺らぐ。
「おれもそうだったんだ。おれにはもう、意味なんて、どこにもないと。でも、違った」
期待なんて、希望なんて、己からは絶えて久しいと。
だけど、ここで見つけた真実がある。
たくさん殺してみて、少し分かったことがある。
「おれは、おれの『楽しみ』のために、この悪意(かんじょう)を、使えたんだ」
そうしてみたら、不思議とさびしくなくなった。
「おれは、おやじのようには生きられない……さびしさを埋めるために、他人のために……生きられない。
だけど、おれは、おれに期待をくれるみんなのために、おれ自身の期待ために、頑張ることが出来ると分かった」
期待を持たぬものが、希望を手にせぬものが、この場所に居るはずがない。
聖杯戦争、唯一つの希望を勝ち取るための生存競争。
あるいは唯一つの希望を、握りしめる白き少女から簒奪するという冒涜。
ならば目の前に居る少女もまた、その筈だ。
自覚があろうと無かろうと、細い期待を捨てきれていない。
その前提だけは、心を見るまでもなく分かるのだ。
「おれはいくよ」
白き少女のいる舞台(ステージ)へ。
極光の望む遊び場へ。
己が卑小で汚れた存在であろうと、与えられた役割が醜く愚かなものであったとしても。
それを期待する誰かがいてくれるから、何より自分自身が期待しているから。
「なあ、おまえは……どうする?」
ゲンジが腕を振り上げるのと、少女が足を持ち上げるのとは、全くの同時だった。
廊下の左右、両サイドの扉が吹き飛び、大量の原人が殺到する。
少女の踏みしめた足元、翻るワンピースの影から3体のスパルトイが出現する。
425
:
PARADE
◆l8lgec7vPQ
:2025/05/30(金) 04:45:10 ID:6kUGLvpA0
衝突は一瞬だった。
スパルトイの振るう剣尖が閃き、原人の腕が数本、千切れ飛んで廊下の天井を掠めて落ちる。
急速に刃毀れした剣が後方に弾け飛ぶ。
壁ごと粉砕された窓枠をくぐり、褐色の少女はバックステップで屋外の空中に飛び出した。
下方から突風が吹き、少女の身体を巻き上げる。
その周囲には様々な色の光弾が現れ、身体の周りを旋回し始めた。
ほんの少しの間、ゲンジと空中に浮かんだ少女の視線が交錯する。
アルマナの指令によって拡散し、殺到する光弾の嵐。
機関銃のように連射された魔力の弾丸は強烈な光を伴い、ゲンジの視界を覆い尽くした。
「…………」
ゆっくりと、ゲンジは目の前に翳した手を下ろす。
放たれた光弾の全てが、彼の身体に届く前に霧散していた。
サーヴァント、ネアンデルタール人のスキル、〈霊長の成り損ない〉。
魔力すら人の文明と捉えかき消す、滅びた者の抵抗力。
ゲンジの傍らに控えた原人が仕事を終え、霊体化によって姿を消した。
「逃げたのか……」
目前、廊下の端の壁には、ぽっかりと開いた大穴だけが残されている。
異国の少女も、スパルトイの姿も、既にない。
隣の建造物に飛び移ったのだろう。
吹き抜ける外気にさらわれるように、原人達も姿を消し、異質な空気が薄れていく。
歓楽街の雑踏、車のクラクション、音響式信号機が奏でる間の抜けたサウンド。
急激に押し寄せる現実感に、ゲンジは乾いた表情を浮かべていた。
崩落した壁から、目前に広がる新宿の夜景に目を凝らす。
遠いビルの向こう、小さな少女が妖精のように、夜の街を舞う幻想が見えた気がした。
耳に届く喧騒に首を動かす。
何らかの野外イベントでもあるのだろうか、ハロウィンでもないのに街には人がごった返していた。
彼らが見つめる先、その頭上あるものを認めて、なるほどと彼は独りごちる。
そうして、ゲンジもまた帰路に着くことにした。
あの少女と再び会えたことに、少しの高揚を抱えたまま。
もう少しだけ、話したかったけれど、まあいいだろう、と思う。
多分どうせ、また近いうちに会えるだろうから。
新宿、夜の街、雑踏の中を醜い少年が歩いている。
不意に、すれ違う誰かが彼の肩にぶつかり、舌打ちとともにその顔を覗き込む。
不均衡な顔貌を見、侮蔑も露に表情を歪めながら悪態をついて去っていく。
「クソ、気持ちわりぃな。どこ見てんだサル野郎」
いまも、多くの者が覚明ゲンジを見下げ、嫌悪する。
しかし少年はもう、そこに何の痛みも感じていない。
むしろどこか滑稽で、哀れみすら覚えていた。
「…………は」
雑踏の中、不気味に笑い始めた少年を、通行人が怪訝な目で見ながら通り過ぎていく。
新宿駅東口交差点。
聳え立つ摩天楼、四方のビルの壁に埋め込まれた大型のビジョンが、華やかな広告を大音量で拡散している。
そこに、かつてゲンジが憧れた2つの偶像が映っていた。
『――最強VS最凶!! 対決イベント遂に実現!!
輪堂天梨VS煌星満天!!』
近々行われるという対決、という形式での対談イベント、そのプロモーション映像。
綺羅びやかな二人の少女が、ビジョンの中で向かい合っている。
軽い懐かしさと共に思い出す。
煌星満天は無名な頃の泥臭く、這いずるような生き方が推せたのに。
ここ最近のメディアの持ち上げ方に、どこか冷めてしまった。
それが解釈違いという感情によるものだと、ゲンジが知ったのはごく最近のこと。
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板