■掲示板に戻る■ ■過去ログ 倉庫一覧■
Fate/thanatology ―逆行冥奥領域― 第2層
くに
『われを過ぎる者、苦患の都市に入る。
われを過ぎる者、永劫の呵責に入る。
われを過ぎる者、滅びの民に伍する。
正義は高き創り主を動かし、
神威は、至高の智は、
始原の愛は、われを作る。
永遠に創られしもののほか、わが前に
創られしものなく、われは無窮に立つ。
われを過ぎんとする者、すべての望みを捨てよ』
───ダンテ『神曲』地獄篇 第3歌
ttps://w.atwiki.jp/for_orpheus/
"
"
【基本ルール】
マスターとサーヴァントの二人一組で最後の一組になるまで殺し合う。
勝ち残った者は万能の願望器である聖杯を手に入れ、現世への生還(後述)と、あらゆる願いを叶えることができる。
いわゆる予選期間は存在しない。概ね『3月上旬』を境にマスターが召喚された時点で聖杯戦争は開始。『4月1日』を本編の時間軸とする。
【基本設定】
いわゆる『死後の世界』に相当する空間が舞台です。(以下『冥界』と表す)
冥界と現世の狭間に偶発的に発生した『聖杯の雫』が魔力と死者の願いを蒐め続け、万能の願望器の域にまで至ったものが、本企画の聖杯となります。
マスターは『葬者』とも呼ばれ、冥界下りの神話になぞらえて死者であるサーヴァントをパートナーにして戦う事になります。
聖杯には願望器以外に、現世と冥界を繋ぐ門の役割もあり、元の世界に帰るには聖杯で生還の権利を手に入れなければなりません。
マスターは舞台に召喚時、『令呪』と『サーヴァント』、『聖杯戦争の基本的なルールの記憶』が与えられます。
サーヴァントを失っても葬者が即時消滅する事はなく、令呪が残っていればマスター権も喪失しません。ただし下記のペナルティが発生します。(【特殊ルール1を参照】)
【舞台設定】
戦いの主な会場は、死者の記憶を基にして造られた都市です。ほぼ東京23区ですが、中には本来存在しない場所もあるかもしれません。
マスターには会場で生前の記憶に基づいた地位、住居が与えられることもあれば、何もなく放逐されるだけの可能性もあります。ケースバイケース。
街には住人(以下『NPC』と表す)がいますがあくまで死者の記憶の再現であり、マスターの近親者、知人であっても自我を持ったり特殊な能力を所持している事はありません。
会場の外は廃墟化した街が広がっています。出る事も可能ですが外の世界には決して繋がってません。
外では死の想念が渦巻き、死霊やシャドウサーヴァントが徘徊し襲いかかってきます。経験を積んだり、魔力資源にもできますがたいへん危険です。
【特殊ルール1】
・冥界はそこにいるだけで葬者の運命力……生存の為に使われている当然のような幸運……を消費させ、葬者を死者に近づけます。
完全に失うと死者として定着してしまい、彷徨う死霊と同質の存在になる=マスター権を喪失し自我も消滅、聖杯戦争から脱落となります。
たとえ仮に意識を保ち、戦いを勝ち抜いて聖杯を獲得しても願いを叶えられず、生還する事もできません。
・冥界に入ってから死霊になるまでの時間は、何の能力も持たない一般人なら10分程度です。何らかの耐性、サーヴァントの加護によっては時間を引き伸ばせる可能性もありますが、完全な無効化は不可能です。
・会場はこれらのペナルティを免れる安全地帯です。死霊達も外的要因がなければ入ってこれません。短時間の消費であれば運命力の回復も見込めます。
・死霊は葬者の運命力を奪って生者に成り代わろうと襲いかかりますが、これが成功する事はありません。
・サーヴァントを失った葬者は、会場内にいても運命力を自動的に消費してしまいます。この場合のリミットは厳密には定めませんが概ね6時間以内とします。
・運命力はマスターに与えられる基本情報のひとつですが、細かな詳細については知らされていません。
【特殊ルール2】
・マスターの数に従って会場の広さは変化します。
コンペ期間中は区外も含めた東京都全域、本編開始時点で23区、以降『マスター権を持つ者が脱落する』毎に会場は狭まっていきます。
・指定のエリアは徐々に風化していき住人が死霊化。冥界と同じになり、ペナルティの免除は機能しません。冥界化が完了するには5分程度の猶予があります。
・除外は概ね外周部の区から時計回りで始まります。具体的な地区は本編の推移に合わせて企画者側からお知らせします。
・会場の変化に住民は気づく事はありません。
・冥界化のルールはマスターに与えられる基本情報のひとつですが、細かな詳細については知らされていません。
【候補作ルール】
・通常の7クラス及びエクストラクラス、公式にないオリジナルのクラスを設定していただいても構いません。
投下の際には必ずトリップ(名前欄に『#適当な文字列』)をつけてください。
・候補作で脱落する組を書くことに制限はありませんが、原作のない名無しのキャラクターに限られます。
・【特殊ルール2】の通り、コンペ期間中は『東京都全域』が行動可能範囲で、本編開始時には『東京23区』にまで狭っています。
・概ね二十三騎前後を採用予定です。企画主の候補作が必ずしも採用されるとは限りません。
・実在の人物、ネットミーム、オリジナルキャラ、公式で二次創作、過激な描写を禁止されるキャラクター、改変されていない多量の他者様の盗作描写については候補作として認定いたしませんのでご了承ください。
・募集期限は『5月28日 午前5:00』を予定しています。状況によって伸び縮みの可能性もあります。
【キャラクターシート欄】
【CLASS】
【真名】@(出典)
【ステータス】
筋力 耐久 敏捷 魔力 幸運 宝具
【属性】
【クラススキル】
【保有スキル】
【宝具】
『』
ランク: 種別: レンジ: 最大捕捉:
【weapon】
【人物背景】
【サーヴァントとしての願い】
【マスターへの態度】
【マスター】
【マスターとしての願い】
【能力・技能】
【人物背景】
【方針】
【サーヴァントへの態度】
皆様の熱い投下により募集期間中に1スレを使い切りました。本当にありがとうございます。
残り約2週間も、引き続きお待ちしています
投下します
"
"
「いけ、たたかえ、まけないで!」
「せいぎはかつ、まけたらわるもの?」
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
光無き世界であった。
井戸の奥底の如き、否。未来の輝く余地のない奈落であった。
深淵、闇黒世界。
全てが終わる場所、世界に空く大虚(おおうつろ)。
あまねく総ての終着点が、この奈落の底であった。
「……気持ち悪いよ、ほんと」
蠢くものがいる。奈落の淵。それは黒い虫だ。
蛆が、小蝿が、その他様々な小さな虫が。
それらが集まり、人のカタチを為したもの。
それは終わりを齎すもの。
ある国を終わらせるための終末装置。
"奈落の虫"と呼称される厄災は、眼前の異物に問う。
それは、装甲のようなもので包まれた誰かだ。
無機質なパネルで構築された外装を纏うもの。
仮面の奥に潜む瞳は、毅然してと怯えること無く、"厄災"を見つめている。
"厄災"が「気持ち悪い」と言ったのは、その中身の話だ。
無骨な外見とは裏腹に、その中身は既に死人寸前の残骸に等しいものだ。
何を使ったのか知らないが、これでもかと言わんばかりの処置がなされていた。
それは当人の意思であると同時に、悪意と傲慢に等しい外的要因も含まれている。
善意と悪意が歪みにも似た形によって生かされた、生きている存在がこれだった。
まるで傀儡だ。
役目だけ押し付けられ、与えられ。
其の為だけに動かされる偽りの指針だ。
そう、厄災と、"彼女"と同じである。
終わるために、終わらせるために役目を与えられた、そんな存在だ。
それが、厄災にとって気持ち悪く、悍ましいものであった。
「どうしてそこまで出来る? どうしてそこまでして縋り付ける? お前のその役目は、本来果たす必要なんてないものだろ?」
厄災が次に投げかけるは疑問、既に厄災はそれの過去を垣間見た。
学園都市キヴォトス、神秘、生徒、シッテムの箱、A.R.O.N.A、救えなかったもの、大人のカード、終わり、狼の神、反転、司祭、色彩。
――シャーレの先生。
奈落の異物は、仮面のそれは、死人同然のそれは。かつて、そう呼ばれたキヴォトスの、シャーレの先生だった。
たった一人を託すこと以外出来なかった落伍者だった。
「あんなふざけた世界、放り投げるべきだったんじゃないのか」
厄災の言葉には、苛立ちが滲み出ている。
学園都市キヴォトスと言う場所は、シャーレの先生以外の人間の"大人"は存在しない。
獣人、ロボット、そしてゲマトリアと呼ばれる不可解な存在。
それ以外に、大人の代役とも言うべきものはいないのだ。
文字通り神秘を宿した少女たちが生徒として跳梁跋扈し、硝煙と弾丸が飛び交う青春の世界(アーカイブ)。
そう、記録なのだ。かの世界は少女たちの青春の記録だ。
「お前はあの記録(せかい)に消費され続けるお前の過去は、見るに耐えないだけだ。あの世界のあり方も含めて、だな」
気に入らない。あれは歪だ。歪を歪で修正し続ける、たった一人の大人が居なければ瓦解するような砂上の楼閣。
結果、一つの綻びが、すべてを終わらせた。総てを滅びへと向かわせた。
救えなかったのは先生の責任か? そうでもあるが、そうではない?
これは有象無象の願いが齎した破滅だ。
救世主のごとく、使いつくされ、限界になって。その果てがこれだ。
死出の旅路を、わかっていても向かうそのあり方もまた、気持ち悪いものだ。
最も、醜さばかりの大半の妖精どもよりはマシ、とは厄災は零したが。
「青春に消費されるだけの、あんな世界。……漂流物(ストレンジャー)のお前が、それを背負い続ける必要なんてないだろう?」
シャーレの先生と言う存在は、元来キヴォトスの外よりやって来たものだ。
流れるがままに託されて、そしてそうなっただけだ。それが自分の意志であるかはどうかではない。
青春というアーカイブのためにボロ雑巾のように酷使される。そしてバッドエンドに終わればまた別の形に利用される。
ガラス細工の如く美しき世界が、その実そんな薄汚れた断片で都合よく美麗に見せるだけの坩堝であると。
「――頼んでも居ない責任背負うなんざ、やってられないだろ普通」
厄災は知っている。役目を押し付けられたモノとして。
世界のあり方を、救済も破滅も美麗も醜悪も、全て引っ括めた構造そのものも。
それら全て、厄災は気持ち悪いものだと見た。
青春という物語に消費され、役目を終えればどうなるやら。
卒業式を終えた生徒は、この子どもたちだらけの世界でどうなるのやら。
役目を終えた大人に、帰る場所はあるのか。
そんなもの、あるのか?
「お前は終わったんだよ。もう休めばいいだろ。……俺が送ってやろうか」
"それは違う"
厄災の慈悲にも似た言葉を、"彼"は拒絶した。
"確かに、救えなかったものは多いよ"
"取りこぼしたものも、言えなかった事もあった"
彼は、シャーレの先生は最後の最後まで大人であろうとした。
たとえ、あまねく絶望の終着点となってしまったとしても。
たとえ、教え子の一人に殺されそうになったとしても。
彼は、彼女に伝えたい言葉を伝えることが出来た。
"それでも、私には我慢ならなかったことがあったから"
思い出す。それは、色彩に魅入られた生徒の一人を庇うように。
苦しむために生まれてきたと嘆き悲しんだ少女へと投げかけた言葉。
もし世界にそんな思いを抱えて生まれてくる子どもたちが居たとするならば。
それは子どもたちの責任でなく、「世界」の責任者が背負うべき事だと。
世界の「責任を負う者」が抱えるべきことだと。
例えどれだけ間違おうとも、罪を犯そうとも、赦されないことをしたとしても。
"生徒が責任を負う世界を、私は認めたくない"
"それは、大人が背負うべき事だと自分で決めたことだ"
先生は、生徒の一人を、或る少女を庇ったのだ。
彼女に伝えるべき言葉を、大人として伝えなければならないことを伝えるために。
そして彼は、先生は――色彩に見初められ、選ばれた。
世界を滅ぼす「色彩の嚮導者」。偽りの先生、プレナパテスとして。
"私は既に託すものを託すことが出来た"
"同じ私に、私と違ってたどり着けたもう一人の私に"
"私の生徒を、託すことができた"
色彩の嚮導者として、世界を終わらせようとした
それを必ず、もう一人の自分が止めるように。
子供を、生徒を守る。それが先生の役目だ。
たとえそれがどんな方法だったとしても、いかなる代償を支払うことになったとしても。
たとえ、世界の終焉(おわり)を招いたとしても。
その果てに、彼は唯一の生徒を、信頼できる自分自身に託した。
彼はその後の結末は知らない、けれどきっと奇跡は起こってくれたのだろうと。
"生徒を、子どもたちを守るのが。先生(わたし)の役目だ"
"世界がどうだとか、背負う必要がないだとか、関係ない"
"其の為なら、世界がどうなったって構わない"
「……そうかよ」
ほんの少しの沈黙だった。
先生が、プレナパテスが喋り終わるまで、余計な野暮も嘲笑も、厄災は挟まなかった。
だが、途切れの所で厄災は言葉を投げかける。
「だったらお前は、このくっだらない戦争で、何をしたい?」
冥奥という舞台。葬者(マスター)と英霊(サーヴァント)。
厄災は、望まずしてこんなマスターの英霊として選ばれた。
呼ばれたことは不快だ。だがそれ以上にこのマスターの望みぐらいは聞いてやろうという気分で。
その上で、そんな反吐が出る世界の責任を背負わざる得なかった男を、終わらせようとも考えた。
"私は、私の背負った責任を奇跡なんかでなかったことにはしない"
「そうかよ、だったら聖杯ぶっ壊すか?」
"そうしたい所だけど、……どうやら私は、まだ縛られているみたいだから"
縛られている。プレナパテスは、未だ色彩の意思で動くしかない。
それは呪いのようなものだったのか、無名の司祭か、それとも色彩の意思なのか。
自分の意思はあれど、その行動に彼の意志が介在する余地はない。
何処までも色彩の、世界を終わらせる者たちによる代行者(くぐつ)でしかない。
"君の好きにしていいよ"
「…………マジか」
厭らしいやつだ。そう厄災はプレナパテスへの印象を決定づける。
詰まる所、プレナパテスの背負わされた使命は終わらせることだ。
青春の楽園を終わらせるための、無色なる司祭たちの目論見の為の。
厄災の事をわかった上で、自分がこれからどうするかを既に決めた上で。
自分の好きにしろ、と。
"そのかわり、もし私の生徒たちがいたのなら、出来る限り優しくして欲しいな"
その後の一言、プレナパテスが付け加えたのは、いかにもまあ"先生"らしい戯言だ
理想じみた戯言だ。聖杯戦争が何なのか知った上で言っているのか。
ああ、本当にこいつは、何処までもこいつはこいつの中の"くだらない"ものに忠実なのだろう。
わかっている。他人からすればくだらない理由(わけ)こそが、最も――
"たとえこの身が、終わらせるための装置に成り果ててるとしても"
"私は、最後まで先生として、大人としての責務を果たさせてもらうよ"
「―――――――――――――」
沈黙だけがあった。厄災は言葉を発しなかった。
それは、彼に対しての厄災なりの表明なのか。
茶化すことはしなかった。そんな気も起きなかった。
こいつには何を言っても折れないだろうし、ぶれないだろう。
だからこそ、負け惜しみとばかりに、厄災は。
「後悔するなよ」
そう吐き捨すてて、奈落の闇に紛れて、有象無象の虫のごとく通り過ぎて、消えていく。
"後悔なんて、しないよ。私は"
"言ったよね。最後まで先生として、大人の責務を果たすって"
そして、プレナパテスの意識もまた、奈落へと堕ちてゆく。
まるで、現実ではなかったかのように。
すべては、夢の如く。
■
冥界と呼ばれる聖杯戦争の戦場だった。
照らす朝日はまるで現実と何も変わらない。
キヴォトスの朝と何も変わらない。
行き交う人々も、その営みも、絶えず変わるその日常の光景も。
それは総て現実の世界の再現(アーカイブ)でしかない。
それでも、再現されたものでもそれは日常である事には代わりはない。
だが、この聖杯戦争で勝つということは、それを踏み躙るということだ。
どうせ作られた命だ、どうしようと勝手だ、とは割り切らない。
かつて自分の世界じゃないキヴォトスのみんな相手に、選択の余地がなかったとは言えそれをしようとした、自分自身がそう思うのは今更だとは思う。
再び色彩に縛られた身。だがそれでもその矜持も信念も責務も何ら変わらない。
其の為なら、自分がどうなろうとも、構わない。
再び、この身を犠牲にしようとも。
「おはようマスター、良い青空だね!」
そう満面の笑顔で言葉を投げる、絵本の王子様のような存在が、プレナパテスという葬者の保有するサーヴァント―――妖精王オベロンである。
これからプレナパテスは、このサーヴァントとともに、聖杯を手にするための戦いを始めることに、なる。
【CLASS】
プリテンダー
【真名】
妖精王オベロン@Fate/Grand Order
【ステータス】
筋力D 耐久D 敏捷A+ 魔力A 幸運EX 宝具EX
【属性】
混沌・悪・地
【クラススキル】
陣地作成:E-
本来はキャスターのクラススキルであり、魔術師として自分の工房・陣地を作る能力。
かつては『妖精の森』の王であったが、時代とともにその領土は失われ、物語の上を放浪するだけの存在となってしまった。
その為、スキルランクは最低のものとなっており、逆説的に、オベロンが“今では名前だけの王”であることを示している。
オベロン本人はそれを秘密にしており、極力、陣地作成能力が低いコトを明らかにしようとしない。
道具作成:A+
こちらもキャスタークラスが有する、道具を作る能力。
妖精妃ティターニアにすら呪いをかける『三色草の露』など、心を惑わす道具に関しては最高位の職人となる。
騎乗:A
イギリスの妖精観では、妖精は虫に乗って移動するとされる。
オベロン本人は王である為、基本的に自らの翅で優雅に移動するが、人目がないところではスズメガ(最高時速130km/h)に乗り、あらゆる場所に飛んで行き、人々の心を導いていく。
神性:-
オベロンの妃であるティターニアは様々な妖精や女神(マヴ、ディアナ、ティターン)の複合体として創作された妖精である為神性を持っているが、オベロン自身は混じりけのない『妖精の王』である為、神性は獲得していない。
【保有スキル】
夜のとばり:EX
夜の訪れとともに、自軍に多大な成功体験、現実逃避を感じさせることによる、戦意向上をもたらす。
マーリンが持つ「夢幻のカリスマ」と同等の効果を持つ。
朝のひばり:EX
朝の訪れとともに、自軍に多大な精神高揚、自己評価の増大をもたらす。
対象者の魔力を増幅させるが、それは一時的なドーピングのようなもの。使用は計画的に……。
【宝具】
『彼方にかざす夢の噺(ライ・ライム・グッドフェロー)』
ランク:E 種別:対人宝具 レンジ:5〜40人 最大補足:7人
オベロンが語る、見果てぬ楽園の数え歌。
背中の翅を大きく広げ、鱗粉をまき散らして対象の肉体(霊基)を強制的に夢の世界の精神体に変化させ、現実世界での実行力を停止させる、固有結界と似て非なる大魔術。なんだそうだ。
この夢に落ちたものは無敵になる代わりに、現実世界への干渉が不可能となる。
【weapon】
木製の槍を出現させたり、丸太を振り子のようにぶつけたり、魔力の鱗粉での攻撃もできる。
これでも白兵戦は手慣れている
【人物背景】
「真名? そうだね、妖精王オベロンもいいけど、呼び方はあればあるほど都合がいい。
冬の王子、あるいはロビン・グッドフェロー……とか、まあ、いろいろね?」
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「終わったものを引っ張り上げて、これは何をしたいのやら」
「俺も、アイツも、終わったはずだろ」
「……こいつも、俺と同じで、あいつらと同じか」
「そんな望みのために、その役を羽織り続けるか」
「だったらやってみせろよ、偽りの先生」
「お前が本懐を遂げるか、俺がすべて終わらせるか、どっちが先になるか」
「――全ては、夏の夜の夢だ」
【CLASS】
プリテンダー
【真名】
オベロン・ヴォーディガーン@Fate/Grand Order
【ステータス】
筋力D 耐久D 敏捷A+ 魔力A 幸運EX 宝具EX
【属性】
混沌・悪・地
【保有スキル】
妖精眼:-
ヒトが持つ魔眼ではなく、妖精が生まれつき持つ『世界を切り替える』視界。
あらゆる嘘を見抜き、真実を映すこの眼は、オベロンに知性体が持つ悪意・短所・性質を明確に見せつけている。
対人理:D
人類が生み出すもの、人類に有利に働く法則、その全てに『待った』をかける力。本来は『クラス・ビースト』が持つスキル。
憎しみも恨みも持てず、ただ空気を吸うかのように人類を根絶したくて仕方のないオベロンは、その長い欺瞞と雌伏の果てに人類悪と同じスキルを獲得した。
端的に言うと、人々の心の方向性(場の空気)をさりげなく悪い方、低い方、安い方へと誘導する悪意。
また、同じ『夢の世界』の住人であるマーリンとは相性が致命的に悪く、オベロンはマーリンからの支援を拒絶する。
これは物語に対するスタンスの違いから生まれた断絶であり、オベロンはその偽装能力のほぼ全てを対マーリンに振り分けている。
その為、マーリンはオベロンを認識できず、千里眼でオベロンと話している人物を見た時、その人物はひとりごとを口にしているように見えるだけである。
夏の夜の夢:EX
オベロンがその発生時から持っている呪い。
『全ては夢まぼろし。 ここで起きた出来事は真実に値しない―――』
世界でもっとも有名な妖精戯曲「夏の夜の夢」はそうやって幕を閉じたが、それは転じてオベロンの性質を表していた。
人類史において、彼の言動は『何をやっても嘘』というレッテルが貼られてしまい、結果、「本当の事は(言え)無い」という呪いが刻まれてしまったのである。
【宝具】
『彼方とおちる夢の瞳(ライ・ライク・ヴォーティガーン)』
ランク:EX 種別:対界宝具 レンジ:無制限 最大捕捉:無制限
オベロンの本当の姿にして宝具。
ブリテンを滅ぼす『空洞の虫』、魔竜ヴォーティガーンに変貌し、その巨大なミキサーのような口と食道(空洞)で、世界ごと対象を飲みこみ、墜落させる。
相手を殺すものではなく、一切の光のない奈落に落とす『異界への道』である。
【weapon】
木製の槍を出現させたりはオベロンと変わらず。
ただし竜の爪を用いた接近戦や、自身の身体を黒い虫の群れへと変化させての体当たりが可能。
あとは虫の操作能力を使った多彩な攻撃パターンも持ち合わせる
【人物背景】
奈落の虫。嘘つきオベロン。
世界を終わらせる役目を羽織らされ、敗北したもの。
【サーヴァントとしての願い】
――すべて終わらせてやるよ
お前が好きにしても良いって言ったんだ、後悔するなよマスター
【マスターへの態度】
「心底、気持ち悪いなぁ」
【マスター】
プレナパテス@ブルーアーカイブ
【マスターとしての願い】
ただ、大人としての責務を果たす
たとえ、再び世界を終わらせるための役目を羽織る事になるとしても
【能力・技能】
卓越した指揮能力。大人としての生徒に寄り添えるその心
【人物背景】
色彩の嚮導者。偽りの先生。
世界を終わらせる役目を羽織らされ、敗北したもの。
【方針】
色彩の嚮導者として、聖杯は手に入れる。
だが、大人として、先生として――
【サーヴァントへの態度】
まだ出会ったばかりでこれから関係を築いてく
せめて生徒たちと出会ったらなるべくは優しくして欲しい
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
エンディングの時間が来たよ
今日も楽しんでくれたかな
次回も同じ日が来るよ
来週もまた乞うご期待
「反吐が出る」
「……責任は、私が負うからね」
投下終了します
投下します
一目見た時から感じ取っていた。
纏わりつく血と死の臭い。
俺が初めて気を許した友と似た気配。
こいつは、俺と同類だと。
だから思ったんだ。こいつはこの戦いに勇んで乗ってくれると。
ところがだ。
「うーん、聖杯か...イマイチ興が乗らないんだよね」
まさか、そう来るとは思ってもいなかった。
心底退屈そうに。
嘘偽りなく、万物を叶えてくれるグラスを興味が無いと吐き捨てやがった。
俺の嗅覚が鈍ったか?―――そんな不安を察したかのように、ソイツは言葉を紡ぎ始める。
「ああ、勘違いしないでね。別に戦わないわけじゃないし、思考を放棄して束の間の平和を享受するようなつまらない死に方をするつもりもない。現実や未来に希望が持てなくてもまずは一歩を踏み出す。それが私の生きる上での信条だからね」
「そうかい?それなら文句はねえが...」
少なくとも、ここまできて誰とも殺りあうことすらなく脱落、なんてくだらない終わり方はせずに済みそうなのはいいが。
じゃあ、なんでこいつはこうもやる気が無さそうなんだ?
ちょっと気になってきた。
「なあ。オマエはなにを求めて生きてきたんだ?」
「何を求めて、か。一つ言えるのは、可能性を求めて、かな」
「可能性?」
「非術師・術師・呪霊...おっと、きみには馴染みのない言葉かもしれないね。一応簡潔に補則させてもらおうか。
「まず、如何なる人間にも規模の差異はあれ、皆、呪力を宿している。基本はソレを認識せずに生きているのだが、これを非術師とカテゴリーに分類する。己の呪力を認識し、各々の魂に見合った形に出力して扱えるのが術師。
人の害意や敵意から発生し、自然の畏れなどからも生じる呪いが集い生まれたのが呪霊。彼らは人間を呪わずにはいられないため、術師・非術師を問わず呪い殺し、呪術師は呪いを祓うことで生計を立てている者が多い。
ちなみに呪霊は術師からは生まれないんだ。術師本人が死後呪いに転ずるのを除いてね。術師は呪力の漏出が非術師に比べて極めて少ない。これは呪力を認識できているかどうかの差だね。そして、呪力が漏れなければ呪霊も生まれることができない。
この三者は切っても切れない関係といえるだろうね」
「話が脱線したかな。とにかく、私は彼らという存在に可能性を求めた。『人間』という『呪力』の形のね。その為に千年研究を重ねてきたが...こんなものじゃない。まだ。まだまだやれる。人間はこんなものじゃない。そう信じて新たな形として出力もしてみたりした」
「だがそれでは駄目なんだ。私から生まれるモノは、私の可能性の域を出ない。そんな私が、『万物の願いを叶える器』だなんて矮小なもので満足できると思うかい?」
「ああ、無理だなそりゃ」
納得しかなかった。
聖杯で願いを叶えるってのは、要は自分が考えられる限りで欲したものを与えられるっつーことだ。
そんな自分の頭の中で完成している願いをそのまま出されたところでこいつが喜ぶはずもない。
まるで夢に夢見る女の子だな、とそんな感情を抱いた。
「じゃあよ。もう少し突っ込んだことを聞かせてもらいてえんだが...なんでそんなに『可能性』を求めてんだ?」
大多数の人間にとって戦いは目的の手段の一つに過ぎない。
世の平和や家族を守るために『戦う』。
国や一族を豊かにするために『戦う』。
金が欲しいから『戦う』。
どいつもこいつも大義名分を掲げて戦うのがお好きな奴らばかりだ。
俺は違う。
俺は命のやり取りが好きだ。戦いそのものが目的だ。
『楽しむため』。
より善く生きる為でも誰かにつなぐためでもない。
己の命も道具の一つにすぎない。
矜持も使命もなく、ただひたすらに意地汚く生を謳歌する。
それが俺の人生ってやつだ。
さて。俺を呼んでくれたマスター様は、どんな人生を歩んできたのかな?
「面白いと思ったから」
―――最高じゃねえかよ。
「気に入ったぜ、あんた。友達になりたいくらいだ」
「そうかい?嬉しいね。では条件を二つ言っておこう。①私を退屈させてはならない。②私と対等であること。他にも色々と求めたいことはあるが、少なくともこの二つだけは守ってもらいたいね」
「ああ、それでいい。俺も聖杯なんぞにかける願いは無え。思う存分に使いつぶしてやってくれ」
俺がどうして一目で好感を抱いていたのかわかった。
こいつの纏う空気は、グリムとよく似ていた。
生涯で初めて心の底から気が合った友達だったあいつと。
己の描いた夢へとひたすらに邁進するその影に、こいつが被さっちまったんだ。
「俺の名はジェスロ。お前が人生を謳歌し続ける限り、どこまでもついていってやるよ」
「私は羂索。身体の名前は夏油傑だ。よろしく、ジェスロ」
☆
生きるとはどういうことか。
必要最低限の呼吸をし、健康のみを求めた食事のみを取り、無用な情報を遮り、漫然と与えられたものだけをこなして漠然と寿命まで生きて、死ぬ。
果たしてそれを生きているというのだろうか。
いいや言わない。
知性と理性を持ち合わせながら、考えるのを放棄し、歩むのを止め、枯れ木のように漠然と息をするだけの愚物を私は生きていると認めない。
見たことないものを見たい。
面白いと思ったことが本当に面白いか確かめたい。
それが生きるということだろうに。
現実や未来に希望が無くとも死ぬことはいつだってできる。
だからまずは一歩を踏み出す。
目先が暗闇でも己の理想に近づく。
その実感を知らないまま死んでいく人間を私は嫌悪する。
だから私はそうならない。
たとえ興味のない景品を目指すくだらない催しだとしても、まずは一歩を踏み出す。
この会場には無い面白いと思ったことの面白さを確かめるために前に進む。
私は、最後まで私の生を追い求め続ける。
とはいえ、最後まで勝ち抜いたら自動的に聖杯を手に入れることになるけど、さてどうしようかな。
ただ放棄するというのもなんだかつまらないし、かといって兼ねてより進めてきた計画に関与させるのも、可能性を潰しちゃうからイヤだし...う〜ん。
「なあ羂索。優勝したら聖杯はどうするんだ?」
「それいま考えてるとこ。どんな形であれ、私が関与すると掌から離れた混沌からは遠ざかっちゃうからねえ」
「ならこういうのはどうだ?お前が笑い転げるような面白い顔を見せること。ただし!お前の趣味趣向を繁栄させず、聖杯自身にお前が笑えるような顔がどんななのかを考えさせるのを条件にだ」
「―――ああ、なるほど。いいかもねそれ」
聖杯に私が『面白いものを見たい』と願えば、結局、ソレは私自身から生じたものでしかない。しかし、こうして第三者が絡めば私の予想だにしない答えを導き出してくれるかもしれない。
それに。
もしも聖杯戦争だなんて大仰な競争に大勢を巻き込んで。
参加者たちの魂を捧げて生み出された神聖なトロフィーが、抱腹絶倒のマヌケ面を生み出したら。
あるいは、それだけの代償を払って生み出されたモノが、大御所ぶって出てきた癖に、ひな壇にも呼ばれない独り善がりな三流芸人よりも場を白けさせてしまったら。
笑っちゃうよね。
【クラス】
アサシン
【真名】
ジェスロ@銀狼ブラッドボーン
【ステータス】
筋力C 耐久C 敏捷A 魔力E 幸運C 宝具D
【属性】
混沌・悪
【クラススキル】
気配遮断:A
サーヴァントとしての気配を断つ。隠密行動に適している。
完全に気配を絶てば発見することは不可能に近い。
ただし自らが攻撃態勢に移ると気配遮断のランクは大きく落ちる。
【保有スキル】
直感:B
戦闘時、つねに自身にとって最適な展開を「感じ取る」能力。
人体理解:A
人体を正確に把握していることを示す。アサシンは殺戮を繰り返したため、相手の急所を突くことに長けている。
単独行動:A
本来は弓兵の能力だが、ずっと一人で戦ってきた彼の経歴から反映された。
マスターとの繋がりを解除しても長時間現界していられる能力。
【宝具】
『血流の目』
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:視界に入る範囲
ジェスロが生前に重ねた経験により開花した才能が反映されたもの。
血の巡りを見ることで動きの起こりを察知し、次の行動が読める。
血液を操る術を持つ相手に大きな効力を発する。
ただし、読めるだけなので実際に回避できなければさして意味はない。
【weapon】
アーミーナイフや銃火器など、軍人らしい装備をまんべんなく扱える。
【人物背景】
傭兵及び吸血鬼ハンターとして戦ってきた男。
吸血鬼と人間との大戦時はまだ若く大した活躍もできなかったため、主な活動内容は吸血鬼の残党狩、その中でも誰もやりたがらない子供吸血鬼の処分だった。しかし老若男女の命を差別しない彼はこれを嬉々として請け負った。
殺し・戦いを楽しむ為だけに戦ってきたため、他の人間と違い矜持や使命といったものを抱いたことがない。
その為、誰からも理解されず、彼自身も理解しようとしなかった。ただ一人、『グリム』という怪物の青年だけが彼の良き理解者となった。
彼と出会って以降は異形の身体を与えられるものの、結局、その力は使わず人間時代の技術と経験のみで最期まで戦い続けた。
【サーヴァントとしての願い】
戦いと殺し合いを楽しむ。
【マスターへの態度】
かなり好感度が高い。聖杯を手に入れたら、羂索の思考が絡まない面白いモノを見せてやりたい。
【マスター】
羂索@呪術廻戦
【身体】
夏油傑のもの。
【マスターとしての願い】
無い。ただ帰還できればそれでいい。
【能力・技能】
己の脳と肉体を入れ替え、身体及び刻まれた術式を自在に扱える術式を有する。
『呪霊操術』
呪霊を球状にして体内に取り込み、自在に使役する術式。味は吐しゃ物を処理した雑巾っぽいらしい。
呪霊の数と質が多ければ多いほど強力になり、消費する呪力も呪霊持ちなので非常に低燃費。
極ノ番『うずまき』は保管した呪霊を一斉に放出し超圧出した呪力をぶつけられる。
手持ちの呪霊をどの程度有しているかは現状不明。
『反重力機構』
能力の詳細は不明。ただ、羂索いわく術式反転使用時ほどの出力はなく、発動時間の制限が設けられている模様。
術式反転で使用することで重力を展開することが可能。効果範囲は術者から半径2〜3mで持続時間は6秒。持続時間を過ぎると再使用までインターバルを要する。ノーモーションで自身の周囲に重力を展開し、相手を強制的に地面に叩きつけることができるので、近接戦において非常に強力な能力となっている。相手目線いつ重力を展開されるかまったくわからないので、攻撃はもちろん、防御にも非常に優れた能力と言える。
『領域展開:胎蔵遍野』
ムンクの叫びの様な絶望した表情をした無数の顔で構成された幹を、下部はアフリカの呪術師風の妊婦、上部は顔をもぎ取られ磔にされた妊婦が囲む樹木のようなシンボルが具現化される、見るも悍ましい領域。
宿儺の領域と同様に空間を閉じずに領域を展開する事が可能。ただし、領域の範囲は宿儺程ではなく、空間を閉じない縛りを術式効果の底上げに使っていると推測される。
詳細は説明されていないので不明だが、おそらく重力術式を必中化させて範囲内の対象を叩き潰す必中必殺領域である。
さらに結界術の技量の高さから、簡易領域程度なら数秒で剥がせる精度を持つ。
【人物背景】
計略を巡らせ、非常に慎重で用心深く計算高い狡猾な人物。自身の探究心や欲を満たす為ならどんな手段も厭わず、何者をも犠牲にする事も一切気にしない極めて非情な人物でもある。
過去に加茂憲倫として行った所業だけでも、史上最悪の呪術師として呪術界の歴史にその悪名を刻まれる程である。
「好奇心」が強い為、自身の目的から逸れる呪術以外のジャンルやサブカルに対しても見識が広く、漫画を読み込んでいたり、最新の電子機器を難無く使っている。
新たな可能性の探求として行動を起こしており、その行動原理は『人間もっとなんかできるだろ!!という果てなき情熱』によるものらしい。はた迷惑すぎる。
【参戦時期】
五条悟を獄門疆に閉じ込める前のどこか
【方針】
聖杯は興味ないけど、計画の途中だし漫然と生きるのはイヤなのでとりあえず優勝する。
【サーヴァントへの態度】
今のところは好感触。
投下終了です
投下します
愛している人には役割があった。
世界の王としての役割が。
そしてその人には伴侶となるべき人がいた。
運命として定められた、共に世界を導くべき人が。
だけど彼女はその役割ではなく、自分が愛した人を選んだ。
そうすることが皆の幸福になることだから、世界が選んだ生き方だから、そうすることが正しいはずなのに。
だって自分には選べなかったから。
―――あなたはそれでいいのですか?
突き刺さった言葉は、ずっと離れなかった。
だけどその生き方は許されるものではなかったから。
胸の奥に感情を封じたまま、最後の戦いに挑んだ。
愛する人の背中を見ながら、共に乗機に乗り込み。
力及ばず敗北した。
同じ空間にいた彼の背中は、戦いの中でどこまでも遠かった。
ずっと、自分の役割を信じて、振り向くこともなく戦って。
愛の力に敗れたのだ。
それでも最後の瞬間だけ。
―――もう、いいのよ。オルフェ…。
全てが間違っていた、だからこそ負けた。
そんな今だからこそ。
本当の心をさらけ出すことができたような気がした。
そうして、イングリット・トラドールは死んだはずだった。
◇
「ある人が言っていました。
必要だから愛するのではない、愛しているから必要なのだと」
「…うん、そうだね。
隣にいたいから愛している、それが愛している人が必要なんだってことだと思うよ」
「私はそうはなれなかった。決められた生き方が、それを選ばせてはくれなかった」
愛とは何だと思いますか?
サーヴァントとして会って、名を名乗って。
最初に口から出た問いがそれだった。
未だに愛が何なのかは分からないけど。
もしかしたら、最期にカルラが爆発する直前、自分の心をさらけ出すことができたあの瞬間だけは、これまでの生の中で最も自分らしくいられた瞬間だったのかもしれない。
「でも、それで満足はしなかったんだよね?」
そう、その通りだ。
でなければ、きっとここにはいないのだろう。
「…私は、もっとオルフェの近くにいたかった…!
その瞳でちゃんと私を見つめてほしかった。その腕でしっかり抱きしめてもらいたかった…!」
その欲望は、ずっと心の中に秘めていた思い。
己の役割、立場、多くのしがらみに縛られた身では、想うことすらも許されなかった。
全てを失った今だからこそ、吐き出すことが許されている。
ファウンデーション王国も、仕えた王も、兄弟のように育った戦友も、そして愛しいオルフェすらも。
今更言えたところでもう遅いというのに。
「だけど、言えた。マスターは、その後悔を、愛を、封じていたものを今口に出すことができたんだよね」
そんな、嘆くことしかできない自分を。
「それはきっと、大きな一歩なんだとあたしは思うよ」
目の前にいるサーヴァントは肯定した。
◇
愛とは何だと思いますか?
そう問うマスターの心の全てを識ることはきっとできないのだろうと思った。
少なくとも自分には夫であるペルセウスに愛されていた記憶がある。
届かない心に引っかかるものを感じることはあっても、夫婦として歩んだことは間違いがないのだから。
好きだった人に振り向いてももらえなかった人に向ける言葉は分からなかった。
でも、だからこそ私はこの人のサーヴァントになったのかもしれない。
願いはある。だけど聖杯にかけるような願いではない。
ペルセウスに会いたい。だけどただ会うだけではない。
彼に並び立って、その心に触れたい。
彼の心を理解し、支えることができるような英雄になりたい。
ならどうすれば英雄になれるだろうか。
ペルセウスやヘラクレスのように、強大な怪物を倒すとか。
あるいは戦争とかで武勲を上げて勝利に導くとか。
そういうことをやってたくさんの人を助けるとか。
思いつくことは色々ある。やろうとして自分の力ではうまくいかなかったのが鯨竜ケトゥスの件ではあるが。
だけどそうじゃないのだろう。
英雄になったみんなはきっと、英雄になりたいから戦ったわけじゃないはずだ。
自分の信念に従って戦ったことが英雄と呼ばれる功績になったのだと。
じゃあ今の自分がするべきことは何だろう。
心が語りかけてくるものは何だろう。
目の前に泣いている人がいる。私の心は、彼女を導いてあげたいと言っている。
端から見たら大したことには見えないかもしれないけど、そういうことの積み重ねが英雄になることへと繋がるんじゃないかと。
うん。
とにかく、今やりたいことは決まった。
「マスターは、その後悔を、愛を、封じていたものを今口に出すことができたんだよね。
それはきっと、大きな一歩なんだとあたしは思うよ」
自分も、きっとマスターも。
何をするべきなのか、どう進むべきなのかも分からないことだらけだとは思う。
それでも自分の方向性は決めることができた。
座り込むマスターの手を引き起き上がらせる。
その顔には困惑が見えた。
それはそうだろう。何しろ自分もどうしたいのかはっきり定まっているわけではない。
だけどこれだけは言える。
まだマスターは立ち上がれる。こうして生きている。
死んでいないなら、冥界なんかに行く必要はないのだ。
だから。
「行こう、行きたい場所へ。会いたい誰かがいる場所へ!」
まずは、最初の一歩を踏み出そう。
【CLASS】ライダー
【真名】アンドロメダ@Fate/Grand Order
【ステータス】
筋力B 耐久B 敏捷B 魔力C 幸運A 宝具C
【属性】秩序・善
【クラススキル】
騎乗 A+
対魔力 C
英雄願望 C
水泳上手 B
【保有スキル】
カシオペアの娘(A)
アンドロメダはエチオピア(アイティオピアー)の王妃・カシオペアの娘である。
そんな彼女が、自身の容姿を(一説によれば娘の容姿を)海の女神達(ネレイデス)よりも美しいと自慢したのが全ての始まりであった。
カシオペアは夫である王・ケペウスと並んで星座となっているが、ネレイデスの味方(或いは父親)であるポセイドンの怒りは未だ収まっておらず、
それ故に海に潜る事を許されず常に夜空に見えるのだという。
生贄の乙女(A)
ケトゥスの生贄としての逸話由来からくるスキル。
神託鎖ネレイデス(EX)
アンドロメダを海に突き出た岩に縛りつけた、神託によって巻かれる事になった鎖。
それはカシオペアの発言に激怒した海の女神達・ネレイデスの怒りを収める為のものであり、基本的には常にアンドロメダの身体と共に在る。
見た目上消せたとしても、本質的には逃れられていない。ネレイデスの怒りにより彼女に与えられた不可避の運命、呪いに近いものかもしれない。
「ネレイデスの怒りを鎮める生贄の為に用意された神託の鎖」という意味のものであるが、いつしか彼女の周囲はそれそのものをネレイデスと呼ぶようになった。
その鎖は彼女を運命的に岩に縛りつけるものであり、逆に言えば、鎖を引けばその先には必ず岩が繋がっている。
即ち大きな岩がくっついた鎖分銅のようなものとしてこれを振り回すのが、サーヴァントとしての彼女の基本的な戦闘スタイルである。
【宝具】
彼の海にて眠る鯨竜(アイティオピアー・ケトゥス)
ランク:C
種別:対軍宝具
レンジ:1〜30
最大捕捉:300人
海の乙女たちの怒りを受け、ポセイドンにより遣わされ暴れ回ったと伝えられる海の怪物、ケトゥス。
生贄として捧げられたアンドロメダを喰らうはずであったその鯨竜は、ペルセウスの持っていたメドゥーサの首で石と化し、今もアイティオピアーの海に眠っている。
「ペルセウスが持つメドゥーサの首によって石化した」「アンドロメダは鎖で岩に繋がれている」という伝承から無理やり繋げた鎖を介してケトゥスを自由に操り、敵に突進させる宝具。
【weapon】
上記信託鎖ネレイデスと、それに繋がれた岩を振り回すことを基本スタイルとして戦う。
【人物背景】
英雄になりたかった乙女。
鯨竜ケトゥスからペルセウスに助けられ、英雄を目の当たりにしたことで英雄になりたい彼女は死んだ。
だが、もし自分が英雄であったのならば、ペルセウスの英雄としての苦悩に寄り添うことができたのではないかと。
そう願い、彼に少しでも近づくために再度英雄になることを望む。
【サーヴァントとしての願い】
ペルセウスと胸を張って並び立てるような英雄になりたい。
なのでまず目の前にいるマスターを導いてあげたい。
【マスターへの態度】
マスターであり、同時に庇護対象と見ている。心を支え、導いてあげたい。
【マスター】
イングリット・トラドール@機動戦士ガンダムSEED FREEDOM
【マスターとしての願い】
オルフェにもう一度会いたい。今度こそ想いを伝えたい。
【能力・技能】
遺伝子操作されて生み出した人類、コーディネーターを更に超えるとされるアコードと呼ばれる種の人類。
読心や探知、精神感応能力を備えている。
また、彼女個人の能力としてオルフェの傍で秘書として行政面でサポートしており、
共にモビルスーツに搭乗した際は火器管制を担当していることから情報処理能力にも優れていると思われる。
【人物背景】
ファウンデーション王国にて国務秘書官兼女王親衛隊「ブラックナイトスコード」を務める女性。
己の役割に殉じ、己の心を封じ続けた女。
【方針】
分からない。どうしたらいいのだろう?
【サーヴァントへの態度】
自分のことで精一杯なので不明。
ただ、会話の中で自分の心境を吐き出すことはできる。
投下終了です
投下させていただきます
それは、運命などとは呼ぶべくもない刹那の出来事だった。
荒野と化した冥界で、廃墟の街にて雌雄を決する英霊が二騎(ふたり)。
互いに息を切らし、血と泥に塗れ、尚も微笑みながら殺し合っている。
これぞまさしく、戦場の美。
漢と漢が命と誇りを賭して殺し合う、彼らだけに理解る愛の形。
負けはせぬぞ、おう己もだと吠えながら散らした火花の数は千を遥かに超える。
だとしても、決着はじきに着くだろう。
宝具は使い果たした、魔力もなけなしほどしかない。
であれば、最後に趨勢を決定づけるのはもはや互いの意地しかない。
己が人生、己が神話――
尊いもののすべてをぶつけて、最後に輝く好敵手ども。
裂帛の気合と共に駆け出し、その影が死の大地に幽けく伸びて。
ふたりの得物が再び交差するのを待たずして、両者の心臓を"なにか"が撃ち抜いた。
信じられない、といった顔をして崩れ落ちる勇士たち。
気配はなかった。予兆も然りだ。
もしこの戦いに水を差す無粋があれば、彼らならそれが何であれ必ず気付いたと断言できる。
にも関わらず、横槍は成功したのだ。
綺麗にふたり分の心臓が撃ち抜かれ、霊核を一射のもとに貫通されて。
誓った勝利も、育んだ友情も、何ひとつ実を結ぶことなく塵になって冥界に還る。
「裁きは下った」
荒野のガンマンと呼ぶにはすべてが無粋。
あらゆる風情に泥を塗りたくるような勝利。
あるいは、断頭台で罪人の首を飛ばすように作業じみた殺戮。
それを果たした弓手(アーチャー)は、何の感慨もなく銃口を下ろした。
褐色の肌に、雪国の狩人を思わす白服を着た男だった。
左目を覆うX字の入れ墨。
その真下の瞼は固く閉ざされ、一向に開眼される気配はない。
身の丈ほどのライフル銃を持ち、英霊二体を射殺したことを誇るでもなく鉄面皮を保っている。
彫像のような、ひとつの冗談も通じないような仏頂面の狙撃手。
だからこそか、彼の隣で白い歯を見せて笑う少年の狂相がひときわ際立って見えた。
「何度見ても凄えな。流石は"神の使い"だぜ」
首元に漆黒の入れ墨を入れた、金黒入り混じった頭の少年だった。
見るからに不良少年とひと目で分かる外見だが、二色構造の瞳には年相応の一言では済まない仄暗い狂気が滲んで見える。
拳や鉄パイプが飛び交う喧嘩場ならいざ知らず、命が吹き飛ぶ戦場には不似合いな歳と風貌の少年。
しかし彼の口から次に出た言葉は、そこらの不良が吐く威勢とは明確に次元の異なった命令(オーダー)であった。
「向こうの葬者は見えるか?」
「もう殺した。君が無駄口を叩いている間に」
「ハッ――アンタはそうでなくちゃな。好きだぜ、アーチャー。手ぇ出るのが早い奴は最高だ」
容赦も躊躇もない、冷熱相混ざった処刑宣言。
だがそれさえ、狙撃手に言わせれば釈迦に説法。
言われるまでもなく彼の眼は逃げる敗者の姿を捉え、瞬きの内に射殺していた。
彼らのサーヴァントたちへそうしたように、軌跡すら存在しない正確無比なる一射でだ。
犠牲になった彼らも、人並み以上には襲撃に対する備えを講じていたのだろうが……すべては無意味。
感知されず、悟られず。
ましてや防がれることなどあるはずもなく。
用意されていたすべての防性事象を貫通して、狩りは刹那の内に完了した。
有無を言わさず。
何も許さず、認めず。
ただ"死ね"という意思だけを狙撃に載せて射殺する。
それはもはや、単なる暗殺者の狙撃などには収まらない。
さながら――神の裁きが如き芸当であった。
「やっぱりアンタ最高だ。オレはずっと、アンタみたいな相棒を求めてた」
「罪深いな。僕が君のような矮小な人間の"相棒"だと? 言葉が過ぎれば、僕は要石だろうが躊躇なく殺すぞ」
「分かってるよ。けどたまにはいいだろ? アンタが引き金を引く度に、その弓で敵を殺す度に、オレは世界が晴れてくような気になるんだ」
両手を広げ、死の満ちる風を一身に浴びる。
冥界は葬者にとっても有害な、致死的な環境だ。
長居すればいずれは運命力を喪失し、物言わぬ死霊に成り果てる。
それでも今この瞬間、少年はこうして敵を排除した快楽に酔い痴れるのを選んだ。
「アーチャー。人を殺すのは悪いことだと思うか?」
「思わない。僕は神たる陛下の意思を常に代行している。その上で行う殺生が、悪などであるはずがない」
「まあアンタはそうか。でもな、世間一般には悪いことらしいんだよ。
人を殺しちゃいけません。どんな理由があったとしても、人を殺す奴は絶対に許されないんだとさ」
常に、その脳裏には鬱屈があった。
狂気に呑まれ、突き動かす"衝動"に従っていても。
どれだけ憎み続けていても、壊れたみたいに笑っていても。
いつもどこかに、鬱屈とした感情がわだかまって渦を巻いていた。
しかしそれも、この冥界に落ちてくるまでの話だ。
冥界に来て葬者となり、神の使いを名乗る狙撃手を連れて敵を排したその時。
「だが」
確かに少年は、感じたのだ。
何をどうしても晴れることのなかった心の雲間が裂け、清々しい光が射し込んでくる感覚を。
「――――殺したのが"敵"なら、英雄だ」
この世界は心地いい。
自分のすべてが認められているようにさえ感じる。
何しろ、周囲のどこを見回しても敵か人間未満の"もどき"しかいないのだ。
誰を殺そうと、それは勝利のために戦った勇敢な英雄の所業になる。
だから少年はアーチャーの銃が命を奪うたび、とてつもない高揚感を覚える。まさに今こうしているように。
邪魔臭いしがらみや煩わしい過去、そのすべてを纏めて穿つような"貫通"の風穴が――堪らないほど、愛おしかった。
「オレはアンタを否定しない。アンタのすべてを肯定する。
アンタはアンタの信じる神の使いであり続けろ。裁きを下せ、殺しまくれ。
代わりに英雄はオレがやる。オレとアンタのふたりで――――"芭流覇羅(バルハラ)"だ!!」
芭流覇羅(バルハラ)。
それは、英雄が召される地。
ならばこの冥界で名乗るべき名こそこれだろう。
不良同士のチャチな抗争などに使っていたら名が廃る。
今こそ芭流覇羅を、一切鏖殺の英雄譚をここに綴るのだ。
他でもない、自分と彼の手で。
悲劇の運命を背負った英雄と、神の啓示に従い弓を引く天使の手で。
「僕の前で他の神に類する名を喋るな。君でなければもう殺している」
「ならアンタの神が支配する芭流覇羅ってことにしちまえばいい。
こだわる気はねえよ、オレはあいにくと無神論者ってやつなんだ」
「陛下は既にこの世のすべてを手中に収めている。無知は罪だ」
「なら芭流覇羅(オレたち)もそいつの所有物ってことだろ。理屈が通る」
「……帰るぞ。君の戯言には付き合いきれない」
「おう。帰ってクラブでも行こうぜ。一杯奢ってやるよ」
「結構だ。僕は酒は飲まない」
踵を返して霊体化したアーチャーに、「つれない奴だ」と苦笑する少年。
態度自体は気安いが、彼はその実ちゃんと理解していた。
あの男の口にする言葉は、何ひとつ嘘などではない。
彼は狂信者だ。あらゆる理屈が、彼の中では神への信仰に帰結する。
だからこそ彼は迷わないし、決して過たないのだ。
敵は殺す。罪深い者は裁く。そしてその時が来たならばきっと、葬者たる自分でさえ例外にはならない。
ぶるり、と背筋を這う寒気にしかし喜悦を覚える。
一寸先に死が隣り合っている事実は恐ろしいはずなのに、何故か心をこの上なく満たしてくれた。
何かを得るためには、何かを犠牲にしなければならない。
等価交換は世界の原則だ。それを少年は、羽宮一虎はよく知っていた。
今回も同じだ。自分は勝利して英雄となるために、イカれた狂信者に殺されるリスクという毒を飲み込んだ。
すべては、あの日の復讐を遂げるため。
行き場もなく渦巻くこの想いを、奴にとって最悪の形で成就させるため。
羽宮一虎は今も呪っている。
自分の人生を台無しにしたかつての仲間、今の宿敵を――そのすべてを台無しにしてやりたくてたまらない。
「オマエはもう、殺すなんて生ぬるいことじゃ済まさねえ。
聖杯の力はどんな願いでも叶えられんだろ?
だったら、ハハ……オマエとオマエの兄貴ふたり、どっちも消し飛ばせるってことだよな。
完膚なきまでに、存在のひと欠片も残さず」
呪わしい。憎らしい。
許せるものか、必ず殺す。
いや、殺すだけでは飽き足りない。
それでは台無しになった自分の人生が浮かばれない。
「オマエ達兄弟がいなければよかったんだ。
そうすれば、オレは……! あんなことはせずに済んだんだからな……!!」
すべての歯車が狂い出した"あの日"。
起こってしまったことを覆すには、そもそも起こらなかったことにしてしまえばいい。
あの兄弟の存在を聖杯で消し去れば、あの夜の悲劇は生まれない。
自分が少年院にぶち込まれることも、今日までやまない怒りの炎に包まれながら生きることもない。
そして何より、それこそがあの許しがたい男を最も残酷に殺す復讐のすべになる。
であれば目指すは聖杯、それひとつ。
冥界神話を踏破して、憎き兄弟を死よりも冷たい虚無の彼方に追放してやるまでのこと。
「――消してやるよ、マイキー。オレがこの手で、オマエのすべてを奪ってやる」
狂気そのものの笑みを浮かべながら、羽宮一虎は罪を重ねる。
抱える破綻にも、蝕む呪いにも、ついぞ気付くことはないまま。
もう戻れないほどの罪を重ね、手を血で汚し。
見当違いの結末を目指して、冥界の底へひた走っていくのだ。
――羽宮一虎は呪われている。
そのことを、彼は知らない。
とある男が犯した、受け継がれる禁忌。
時を繰り返し、結末を変えるという所業。
手を汚して奪い取った力は、"呪い"を生んだ。
黒い衝動。決して満たされることのない、破滅へ向かう殺意。
その一端が、一虎の中には今も刻まれている。
されどここは冥界。狂気を終わらす献身をくれる友はいない。
彼もまた狂信者。
英雄になどついぞなれない、運命の道化。
少年は天使と共に踊り続ける。
狂おしい、周囲のすべてを破滅させる信心を胸に――いつか果てるまで、くるりくるりと撒い続けるのだ。
【CLASS】
アーチャー
【真名】
リジェ・バロ@BLEACH
【ステータス】
筋力C 耐久EX 敏捷C 魔力A 幸運D 宝具A+
【属性】
秩序・悪
【クラススキル】
対魔力:B
魔術詠唱が三節以下のものを無効化する。
大魔術・儀礼呪法などを以ってしても、傷つけるのは難しい。
単独行動:B+
マスターとの繋がりを解除しても長時間現界していられる能力。
ランクBならマスター不在の状態でも二日間現界可能。
ただし宝具の発動にはマスターを必要とする。
が……?
【保有スキル】
滅却師:A+
クインシー。
霊力を持ち、大気中の霊子を駆使した戦闘を行う人間の総称。
アーチャーはその中でもトップクラスの力量と性能を誇る、星十字騎士団の精鋭部隊"親衛隊"のリーダー格を担っていた。
狙撃:A
射撃の技術、中でも狙撃銃/長弓を用いた精密射撃の技量。
弓の使用を基本技術とする滅却師の中でも高い狙撃技術を持つ。
更に彼の場合、滅却師の技術の一環で神聖弓を構築しているため、弓の破壊が痛手にならない。
戦闘続行:A+
決定的な致命傷を受けない限り生き延び、瀕死の傷を負ってなお戦闘可能。
往生際が非常に悪い。
【宝具】
『万物貫通(The X-axis)』
ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:1〜100 最大捕捉:1人
ジ・イクザクシス。見えざる帝国の皇帝、ユーハバッハから賜った聖文字(シュリフト)と呼ばれる異能である。
自身の霊子兵装であるライフル型の神聖弓の射線上にあるあらゆる物体を、その強度を無視して貫通する。
弾丸を発射するのではなく"銃口の先にある物体を貫通する"という理屈そのものが能力であり、視覚や聴覚に頼った攻撃の察知はできず、アーチャーが引き金を引いた瞬間にその攻撃は完了する。
攻撃範囲は銃口から標的と据えた対象の間に存在する全物体。逆に言えば、標的よりも後方に存在する物体には効力を及ぼさない。
だがこの宝具の真髄は攻撃性ではなく、アーチャーが普段閉じている左目を開いた時、自身の身体にも"万物貫通"の性質を適用できること。
貫通の概念を帯びた彼の身体はあらゆる攻撃や武器を貫通、つまり素通りさせ、無敵に等しい防御力を実現する。
更に"左目を開く"という発動条件も、彼が敵との公平を期すために自ら課している縛りのようなもので、実際に強制力を持つわけではない。
そしてアーチャーが三度左目を開いた時、第二宝具の開帳が許可される。
『神の裁き(ジリエル)』
ランク:A+ 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:-
滅却師完聖体(クインシー・フォルシュテンディッヒ)。
全身が神聖なる輝きに包まれ、四枚の翼を持った異形の姿に変化を遂げる。
この状態のアーチャーは常に自身に"万物貫通"を適用した無敵状態になり、攻撃として翼から放つ光にも同性質が適用される。
A+ランクの『魔力放出』スキルに相当する霊子放出技術も自動獲得し、完全なる攻撃と防御を両立した恐るべき裁定者として君臨する。
『神の使いは死を識らず、鳥は黄昏に喇叭を鳴らす(ロストマン・ジリエル)』
ランク:B 種別:対軍宝具 レンジ:- 最大捕捉:-
『神の裁き』を発動し完聖体となったアーチャーが霊核を破壊された時、自動発動する最終宝具。
四散した彼の霊子の断片、そのすべてが鳥の頭と翼を生やしたケンタウロスのような異形の天使となって独立する。
独立した断片、鳥のすべてが彼と同ランクの単独行動スキルを有しており、これにより彼ら主従が脱落したとしても鳥たちは冥界に残る。
鳥は極めて高い再生能力を持ち、単純に斬首した程度ならばすぐに回復できるくらいにはしぶとい。
しかしあくまで悪あがきの賜物であるため、能力値自体は元のアーチャーに比べて数段は劣る。
【weapon】
ディアグラム(ライフル型の霊子兵装)。
前述の通り、破壊されてもすぐに再構築できる。
【人物背景】
神の使い。
そして、狂信者。
【サーヴァントとしての願い】
聖杯の恩寵を陛下に捧げる
【マスターへの態度】
愚かな人間。
しかしその破滅的な人格は、自分を御す要石としては都合がいいと考えている。
【マスター】
羽宮一虎@東京卍リベンジャーズ
【マスターとしての願い】
聖杯を手に入れ、マイキーとその兄が存在した事実を消滅させる
【能力・技能】
喧嘩の腕前。
常人離れするほどではないが、それでもそこらの不良少年くらいなら相手にならない程度には強い。
ただの人間でありながら、葬者として持つ魔力量は多い。
まるで何か、その身にそぐわない因果を積んでいるかのように。
【人物背景】
ある"呪い"に苛まれ、狂気に堕ちた少年。
血のハロウィン編、佐野万次郎と対決する前からの参戦。
【方針】
人を殺すのは悪者のすること。
でも、敵を殺すのは――"英雄"だ。
【サーヴァントへの態度】
『芭流覇羅(バルハラ)』の名を背負う自分に相応しいサーヴァントだとして、気に入っている。
どんな現実も壁も文字通りぶち抜くその弓に、強い爽快感と羨望を感じている。
投下終了です。
投下します
東京世田谷区、白い豪邸のベランダ、そこに一人の少女が座っていた。
長テーブルに置かれたティーセット、切られずにそのままの状態のロールケーキ。
そして、腕の先から肩まで印刻された、令呪。
そう、彼女は葬者なのである、しかし、敷地内とはいえ外ならば、彼女を狙う凶刃はいくらでもある。
現に、ベランダの向にある自身の家の塀、そこに敵のサーヴァント、アサシンが霊体化して待機していた。
短剣を構え、警戒を張り、指示を待つ。
そして、マスターからGOサインが出るのを確認すると、アサシンは少女に剣先を立て、飛び立つ。
御免!と言わんばかりに首に凶刃を近づけた、その時であった。
突如、強烈な蹴りが自身を襲う、吹き飛ばされ、そのまま壁に叩きつけられる。
たった一撃で霊核に致命傷を与え、己を消滅させている存在を人目見ようと目を開ける。
巨人だ――鉄の巨人だ、青と黒の体の鉄の巨人だ。
怪しく光るモノアイを見て、アサシンは冥界から消え去った。
◆
少女、桐藤ナギサの座るテーブルの迎えに、仮面の男が座った。
「…動じないのか」
「…キヴォトスで似たような光景を、見てきましたので」
紅茶の入ったティーカップを手元に置き、ため息を付く。
「…ライダー、私の話、聞いてもらっても、よろしいでしょうか」
「…」
少女の語り――いや、懺悔が始まった。
「…私は…大切な友人達を…疑いました…」
エデン条約、その裏切り者、それを探す責任、それは彼女に重く伸し掛かった。
「そして、裏切り者は…身近にいました…その人たちは関係無かったのです、もちろん、裏切った彼女も、一概に悪とは切り捨てられませんでした」
彼女の手が震える。
「そして…私は…トップとしての役目を…果たせていなかったのです…疑心暗鬼になって…信用を失って…駄目になってしまった…」
悲痛な叫びが、庭園に広がる。
「私は…駄目な人間なのでしょ――」
いい切る前に、男が止めた。
「泣いても…何も始まらない」
「…」
「やるしかないんだ、償い続けるしかないんだ」
「…ありがとうございます、ライダー」
ライダーと呼ばれた仮面の男。
彼がナギサの従者、冥界下りの付添人。
「…いいんだ、これくらいのこと」
太陽が、真上に居た――
◆
「…」
ライダーは夜の庭園に佇んでいた。
「…彼女は、俺とは真逆でいて、でもその結末は似かよていた」
信じていたと思っていた友に裏切られた己、思考を巡らせた末、大切なものを見失った己のマスター。
「…行きすぎてたとは、思うがな」
彼女の前ですら外さなかった画面を外す。
「…でも、お前の願いを継いでやるよ、マクギリス」
ヴィダール、又の名をガエリオ・ボードウィン。
裏切られ、蘇り、討った友の意思を継ぐ男。
「だから今は…勝ち抜ける事だけを考えろ…」
己に誓いを課す。
生まれも何も関係なく、個人が自分の実力で戦える世界。
そんな世界を――目指して。
【CLASS】ライダー
【真名】ヴィダール/ガエリオ・ボードウィン@機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ
【ステータス】
筋力C 耐久C 敏捷C 魔力D 幸運A~E 宝具A
【属性】秩序・善
【クラススキル】
対魔力:E
魔術に対する守り。
無効化は出来ず、ダメージ数値を多少削減する。
騎乗:B+
騎乗の才能。大抵の乗り物なら人並み以上に乗りこなせるが、
魔獣・聖獣ランクの獣は乗りこなせない。
鉄の巨人、モビルスーツに乗った場合、補正が掛かる。
【保有スキル】
カリスマ:E
軍団を指揮する天性の才能。統率力こそ上がるものの、兵の士気は極度に減少する。
心眼(偽):B
直感・第六感による危険回避。
死の淵からの帰還:A
友に裏切られ、死んだ――そのはずだった。
自身が死の淵に瀕したとき、一定確率で生き残れるようになる。
しかし、その代償として、幸運のランクが発動するたび1ランク下がっていく。
まさに、奇跡頼りのスキル。
【宝具】
『地よりきたれし者(ガンダム・ヴィダール)』
ランク:C 種別:対軍宝具 レンジ:―― 最大捕捉:――
ヴィダール時の搭乗機、ギャラルホルン内でもの特に秘匿にされていた機体。
謎が多い機体であり、使用当時も、本機の詳細内容を知る者は少なかった。
そして――その正体は――
『始祖穿つ槍を持ちしもの(ガンダム・キマリスヴィダール)』
ランク:A 種別:対軍宝具 レンジ:―― 最大捕捉:――
ヴィダールの正体、蘇りしキマリス、彼の意思を乗せし物。
発動条件は一つ、令呪による発動。
本宝具が発動すると、真名が「ヴィダール」から「ガエリオ・ボードウィン」に変貌する。
裏切った友を穿つ為に研いでいた槍、今再び君臨せん。
【weapon】
『地よりきたれし者(ガンダム・ヴィダール)』
【人物背景】
友に裏切られ、ただ復讐をするためにその体を研ぎ続けた男。
でもそれでも――彼の意思は――継ぎたかった。
【サーヴァントとしての願い】
生まれなどに左右されない、自由で平等な社会を
【マスターへの態度】
自分とは似たような存在、どことない共感
【マスター】桐藤ナギサ@ブルーアーカイブ
【マスターとしての願い】
帰還
【能力・技能】
銃器を扱う技量、またトリニティ総合学園会長としてのカリスマ
【人物背景】
考えすぎたゆえ、迷ってしまった少女。
その代償は、とても高かった。
【方針】
出来るだけ争いは避け、帰還に動く
【サーヴァントへの態度】
自分とは真逆の考えの末、同じ道を辿っていた存在。
高い敬意を持ち接する。
投下終了です
投下します
大事な何かが欠けたような、寂しい『空間』だと少女は思った。
曇天なのか天井なのか分からない空の下、石のような巨大な直方体が何本も何本も視界の果てまでそびえている。彼女がいるのはその一つの真上である。
仄かに明るい空間にいる命は、この空間を繋いだ英霊――アサシンのマスターたる少女が一人。
滑らかな石の床は彼女の想像より広かった。
学校の教室ほどを勝手に思い浮かべていたが、どちらかと言えば屋上ほどの広さはあるなと。
黒いドレスの少女は遠くを眺め儚げに微笑んだ。
「アビドスの屋上…ホシノ先輩のお気に入りの場所だったっけ。」
そう思うと、何故だか無性に寝そべってみたくなり。ごろんと横になってみる。
ワックスが掛かったように滑らかな地面が、ひんやり冷たく心地いい。
だが体重を沈み込ませることなど出来ない硬い石柱だ。
寝心地はきっと最悪だし、本当に睡眠をとっていたら体が固まってしまうことは間違いない。
こんなところで眠れる人は、少女の知る中で一人だけだ。
炎天下と砂が飛び交うだだっ広い屋上で平気で昼寝をしていた小さな先輩。
彼女ならあっさりと寝ていそうだなと、その緩んだ笑顔を思い出し。
少し考えて、そうでもなかったかもとさっきまでの想像を否定した。
「ホシノ先輩は屋上で寝るときはマットを引っ張り出してたか。
そういうところ案外几帳面というか、余念がない人だった。」
記憶はかなり朧気だった。
彼女の言う“ホシノ先輩”がそんなことをしていたのは、遠い昔の話になる。
それでも、目を閉じれば思い返せる光景もある。
砂まみれになった小さな先輩が、にぎやかな猫耳少女に小言とともに引きずられる光景。
対策委員会の部室で、のほほんとした少女と真面目な後輩が思い思いに二人に挨拶を返し。
青いマフラーをした少女も、続くように他愛のない言葉をつづけた。
『砂狼シロコ』が紡いだ、青春のアーカイブ。
そこには、小鳥遊ホシノがいた。
そこには、十六夜ノノミがいた。
そこには、黒見セリカがいた。
そこには、奥空アヤネがいた。
そこには…。
「そういえば“先生”と初めて会った時も、そんなやり取りをした気がする。」
記憶をたどりながらもう一人、忘れられない相手のことを思い出す。
あの人をアビドスに連れてきたのは自分だったはずだし、学校を案内したのも自分だったのではなかったか。
どんな会話をしたのかは、少女はもうよく覚えていない。
廃坑寸前の学校の近況だったか。途方もなく膨らんだ借金のことだったか。
それに関連づいた、とりとめもない話だったか。
自分が何を言ったのか、その記憶は砂のように消えてしまっていたが。
その時間がとても楽しかったことは、はっきりと覚えていた。
ぎゅっと青いマスクを抱きかかえて。
色を喪った黒衣の少女は、青い願いを思い出す。
◆◇◆
アサシンが戻ってきたのは、シロコがこの『空間』に入ってから3時間ほど後のことだった。
シロコの頭上で風呂の線を抜いたようにシュルシュルと空気が渦巻く。
音が収まると同時に、寝そべっていたシロコは顔の右半分に捻じれたような傷跡のある男を見上げた。
黒髪を短くそろえた30代ほどの男。
ぼんやりと明るい空間に、その異様な双眸が光っていた。
左目は白目も黒目もなく、紫の波紋は全体に覆われ。
朱を塗ったように赤い右目には、黒い勾玉模様が瞳孔の周りに刻まれていた。
アサシン――うちはオビトは起き上がったマスターを一瞥し、隣に腰を下ろした。
「感傷にでも浸っていたか。」
奇妙な問いかけだとシロコは首を傾げる。
「眠っていたか」でも「疲れたか」でもなく、「感傷にでも浸っていたか」。
まるで目に見えて落ち込んでいるかのような表現だ。ひょっとして特別な眼を持つアサシンには何かこちらの感情のようなものでも見えているのだろうか。
考え込むシロコの黒いドレスに、温かなものが滴り落ちる。
ぽたぽたと零れる涙が、シロコの手を、服を、地面を濡らしていた。
「…私、泣いてたんだ。」
「それも随分前からな。気づいていないだろうが目が真っ赤だ。
…俺の配慮が足りなかった。あのような人生を生きたお前が、一人になれば“何を思い出すか”など。俺には気づけたはずだ。」
シロコが『空間』に居た間、アサシンはシロコの隠れ家を確保するため単独で動いていた。
以前の隠れ家が冥界化の巻き添えに消滅したため。元々きちんとした役割を与えられていない――“何者でもない”という、実にシロコに即した役割を与えられていたともいえた――彼女には雨風しのげる場所がなく。
佳境となった聖杯戦争を生き抜くために、安全圏の確保は必要だった。
そのためには、アサシンが一人で動くほうが都合がよく。
その間のマスターを守るために、彼と同じ眼がなければ出入りできない、この『空間』はうってつけといえた。
そう提案したことを、アサシンは後悔した。
任務こそ完璧に終えたアサシンの顔は、とても任務を成したとは思えない悲痛なものだった。
彼女を一人にさせるべきではなかった。
思い悩む時間を与えるべきではなかった。
思考を巡らせるしか出来ない場所が。
苦悩と絶望を生きた少女に手の届かない思い出(アーカイブ)を思い起こさせるのは、ごくごく自然に予想できたはずのことだった。
「大丈夫。むしろアサシンには感謝してる。
おかげで、大事なことを思い出せたから。」
寂し気なサーヴァントを前に、マスターは微笑む。
英霊が後悔の涙だと認識した思いを、明に違うと否定するように。
「…その記憶を呼び起こすことは、お前にとって一番辛いことじゃないのか?」
彼女が”何を”思い出したかなど、聞くまでもない。
――アビドス高等学校。
冥界に落ちる前、あるいは世界が壊れる前。彼女が過ごした学び舎。
彼女の青春の中心地。
その全ては今はどこにもないことを、アサシンは知っていて。
眼を腫らした少女が微笑んでいられる理由が、アサシンには分からない。
小鳥遊ホシノの神秘は砕けた。
黒見セリカは骸さえ見つからず。
奥空アヤネは生き永らえることを拒み。
十六夜ノノミの最期の言葉を砂狼シロコが知ることはない。
シロコは、全てを喪ってここにいる。
友も、日常も、誇りも、意義も、愛も、願いも、青春も。彼女には残っていなかった。
青春は色褪せ。生きる意義を否定され。
絶望した彼女は、”色彩”に触れた。
『神秘』は『恐怖』へとなり果て。
『少女』は『崇高』に至り。
世界を滅ぼした彼女の傍らには、大好きだった『誰か』が『何か』へとなり果てていた。
断片的に見えたマスターの過去は、英霊にしても残酷だと言う他なく。
夢の中、黒衣の少女の心には、ぽっかりと空っぽの穴が開いていた。
大切な者を失い、生きる理由を失い、願いさえ喪った。
その喪失こそ、この主従を結ぶ縁だった。
「苦しむために地獄のような世界を生きること。
その中で、取り戻せない夢のような過去を思い出すこと。
…かつて、俺も歩んだ道だ。お前と俺はよく似ている。
少なくとも夢の中、色を喪った世界のお前はかつての俺と同じ眼をしていた。」
親友の手で愛する人が命を落とす瞬間を、アサシンは未だ鮮明に覚えている。
同じ男を“先生”と呼んだ三人の少年少女が、悪意に踊らされその青春を喪った地獄。
その光景は、その喪失は、骸を抱えた少年が世界のすべてを恨むほどに大きく。
男の青い思い出も、流血と絶望の赤と黒に塗りつぶされた。
最後の最後。同じ夢を見た後輩に出会うまで、彼の青は潰され続けたままだった。
英霊の言葉は、シロコには懺悔のように聞こえた。
そんな思いを抱くことはないと、その心を込めて少女は口を開く。
シロコもまた、断片的にだがオビトの過去を知っていた。
だから、同じ眼をしていたという英霊の言葉は実に正鵠を得ていた。
――して”いる”ではなく、して”いた”という意味でも。
「私も、貴方と同じだった。
私たちは苦しむために生きているんだと。私は生きているべきじゃなかったと。
そう思っていたから、後悔ばかりで何かを願うことさえできなかった。」
過去形で締められた言葉に、ここで初めてオビトは自分が大きな勘違いをしていることに気づいた。
愛を失い、かりそめの平和を求めたかつての己がそうだったように。
少女の心には、未だ深々と穴が開いていると思っていた。
「アサシンは、それが違うってことを知っているはず。
私も知っている。
幸せになりたい願う気持ちを否定しないで。
苦しむために生まれてきたなんてことは絶対にないって。
そう”先生”が教えてくれたから。」
英霊の認識は、当たっていて。同時に途方もなく間違っていた。
英霊が死を目前に己の”夢”を思い出し。希望を託して逝くころには、心の穴は埋まっていたように。
アトラ・ハシ―スの箱舟で”先生”の真意に触れ。崩壊する箱舟から生きることを許されたシロコの心の穴は、既に埋まり始めていた。
「”先生”か。」
そう呟くオビトは、いったい誰のことを思い出していたのか。
己が命を奪う原因となった、彼自身の”先生”のことか。
あるいは、世界を救った3人の忍に”先生”と慕われる彼の親友のことか。
その人物こそ、シロコの心の穴を埋めたきっかけなのだと。
心の穴が広がらないよう、守り続けた”大人”なのだと。
英霊の胸中に、顔も知らない誰かへの敬意が湧きあがった。
立派な人だったのだろうな。
そう呟く英霊に、今にも泣きだしそうな顔で少女は頷く。
その涙が後悔によるものでも喪失によるものでもないことは、今はもう聞くまでもなかった。
「それに私は今でも。アビドス高等学校の砂狼シロコだから。」
額に2と書かれた青い覆面を、ぎゅっと大事に握りしめる。
女子高生には似つかわしくない物騒な品も、彼女にとっては大切なつながりを思い出すかけがえのないものだ。
自転車と運動が大好きな、仲間のために銀行を襲うことも厭わない。
そんな生徒であると、彼女はとっくに証明されていた。
彼女の心を殺す罪も責任も、その全てを”大人”が持っていった。
マフラーを無くした少女は、人知れず生徒に戻っていて。
否。”大人”に言わせれば、ずっと彼女は生徒だった。
箱舟から生き永らえ、未だ青空を生きる自分から大切なものを渡されて。
その直後に冥界に送られ、戦いを駆けることになった彼女にはそのことにずっと気づけずにいた。
一人静かに、聖杯戦争とはかけ離れた安全な場所で思うことで。
ようやっと彼女は、自分にとって一番大切なもの思い出すことができたのだった。
「それで、お前は何を思い出した。」
英霊は、マスターの眼を正面から見据える。
思えば、こうもはっきりと彼女の顔を見たのは初めてだったかもしれない。
「”願い”。
聖杯に手を伸ばしてでも叶えたい。たった一つの願いを。」
そのマスターは、青い眼をしていた。
オビトを変えた少年と同じ色。
砂狼シロコの色。
あるいは、オビトの“先生”と同じ色。
彼らのように澄んだ青ではなかった。
一度『色彩』に触れたその色は、曇天のように微かに濁っていて。
だけどもまだ涙が乾ききってないその瞳には、ほんの一筋雨上がりの空のような光が宿っている。
ひときわ強い願いを抱く、普通の女の子がそこにいた。
「初めて会った時。お前は己の願いを「分からない」と言ったな。」
「うん...願いなんてとっくになくなったと思ってた。
幸せになんてなっちゃだめだと思ってた。
間違いばかりで、悔いてばかりで、望まない結末ばかりで。」
――それでも。少女の中には願いがあった。
何を望む。そう問いかけるサーヴァントに、マスターは強く答える。
「“また会いたい”。
ホシノ先輩に、ノノミに、セリカに、アヤネに、“先生”に。
もう二度と会えないと思っていたみんなと、あの透き通るような空の下で。」
手の届かない思い出を前に、少女が抱いたのは後悔ではなく。
願いと聞いて真っ先に思い浮かぶような。ごくありふれた祈り。
世界に絶望した少女がそんな純粋な祈りを口にすることが。
願いさえ忘れた少女が未来に希望を抱くことが。どれだけ奇跡的なことだろうか。
「私は、私が失った全てを取り戻す。」
私たちの、青春の物語(ブルーアーカイブ)を。
その願いに、英霊は満足そうに微笑んだ。
「仮に生前の俺がマスターならば、そうは願わなかっただろうな。
無限月読の成就を――“現実を戻す”ことではなく、“偽りの平和”を望んだはずだ。」
「私も少し前だったら。別のことを願ったと思う。
“死なせてほしい”って。
責任の取り方も知らない子供の私には、それしかできることがなかったから。」
現実から目を背けた男と、現実から解放されることを望んだ女。
そんな姿はもうどこにもなく。
同じ傷跡を抱えた主従が、願いを叶える地獄に身を投じる。
地獄のような現実にも、希望や願いはあると、二人はとっくに知っていた。
「互いに、随分と願いが変わり続けたものだ。」
「そういえば、アサシンの願いは何?
まだ聞いてなかったはず。」
仄めかす言葉を前に、そういえば自分は彼の願いを知らないなと少女は思い至る。
今更か。そんな皮肉めいた返しと共に、英霊は願いを口にした。
「お前と同じだ。俺の場合は再会ではなく贖罪のためだがな。」
うちはオビトの罪は、シロコより遥かに重い。
暗殺者の金型には収まりきらないはずの、虐殺と戦乱の大罪。
彼は“大人”だった。自分の責任は自分で背負わねばならない。
その贖罪をかつての大戦で英雄たちの勝利に貢献したことで果たしたという者もいるかもしれないが。
より多くを救える可能性を前に、手を伸ばさな選択は彼にはない。
「俺が奪ったすべての命を、取り戻す。
それが俺の、“責任”の取り方だ。」
“先生”のようなことを言うなと、シロコは男の姿に懐かしさを覚え。
そういえば、自分が誰かの“先生”になることは終ぞなかったなと、少し煤けた背中でオビトは思った。
◆◇◆
人を導く者は、己の死体を跨がれる事があっても、仲間の死体を跨いだりはしないらしい。
“先生”の生き様に、いつか言った言葉をオビトは思い出していた。
苦悩に塗れた子どもを生かし。命を賭して…命尽きた後も守り抜いた。
立派な大人だ。名も知らぬ相手を英霊は称える。
もし自分がそこにいたとして、そんなことが出来ただろうか。
子どもの苦しみに手を差し伸べ、背負うべきでない『責任』を引き受けることが。
オビトの“先生”なら。息子のためにその命を賭した黄色い閃光なら、“大人”と同じ選択をしただろう。
あるいは、後悔を噛み締め生きながら3人もの優秀な次世代の忍に“先生”と慕われる彼の親友も。同じことをしただろう。
彼らのように立派な“大人”であると、オビトは胸を張って言うことができなかった。
出来ないなりに彼女のために戦おうと、英霊は静かに決意した。
険しい道の歩き方を教えることは出来なくとも。
痛みを引き受け前を歩くことをできなかった自分でも。
少女を道に戻すくらいのことは、出来るはずだから。
◆◇◆
ビルの屋上から鉄格子越しに見下ろす景色に、出来がいい世界だなと少女は思った。
日はすっかり沈んでいても、世界有数の経済大国の首都が眠ることはない。
『空間』から出てきた彼女らの閉じた感覚に、星々のように輝く街の明かりと絶えることはない雑踏が流れてくる。
冥界のど真ん中にもかかわらず、その音と光はどうしようもなく“生”を実感させた。
葬者でなかったら、ここが冥界に創られた世界だと疑いすらしないだろう。
聖杯戦争の参加者でなければ、ここが死地だと死ぬまで知ることはないだろう。
皮肉な思いもそこそこに、彼女たちは生きることを考える。
具体的には、今日の夕飯のことを。
「次の隠れ家に行く前に、飯でもどうだ。」
生前から食事など不要な人生だったのに、随分らしくない提案だなと。口にしながらアサシンは苦笑する。
誰かに感化されている自分は、嫌いではなかった。
「幸い俺の懐は温かい。金の心配はしなくていい。」
「ん、なら遠慮なく。」
シロコは街を見渡し、「決めた。あそこにしよう。」と町の一角を指さす。
二人の視線の先には、小さなラーメン屋台があった。
青い半纏の店主らしき者が、せわしなく働いている様子が小さく見えた。
遠目だからか、茶色の毛をした懐の深い犬に見えた。
「屋台か。お前がいいなら構わないが。
冥界化が予想より早いせいで数日まともに食べてないんだ。高い店でも構わないんだぞ。」
「大丈夫。あの店は美味しい。私が保証する。」
「別に味を疑っているわけでは無いんだがな。
…というか、ひょっとして俺も食べる流れか?」
こくこくと頷くシロコ。
こういうあどけないところはまだまだ子供だ。
そんな思いと共にオビトが向ける視線は、とても穏やかで温かなもので。
あるいは、“先生”になることがなかった彼がそんな眼をするのは、初めてのことかもしれなかった。
【CLASS】
アサシン
【真名】うちはオビト@NARUTO
【ステータス】
筋力B 耐久C 敏捷A+ 魔力B++ 幸運E 宝具B
【属性】
秩序・悪・人
【クラススキル】
気配遮断 B+ サーヴァントとしての気配を断つ。隠密行動に適している。完全に気配を絶てば発見することは不可能に近い。ただし自らが攻撃態勢に移ると気配遮断のランクは大きく落ちる。
単独行動 A マスター不在でも行動できる。ただし宝具の使用などの膨大な魔力を必要とする場合はマスターのバックアップが必要。
忘却補正 C- 本来はアヴェンジャーのクラススキル
心に空いた穴をずっと忘れられずにいた。哀れな男。
【保有スキル】
六道の眼B++ 特別な眼を持つことを示すスキル アサシンは右目に写輪眼・左目に輪廻眼と呼ばれる目を持ち、相手の動きを見抜き幻術にかけるなどその機能は多岐に渡る。
アサシンは本来の左目を他者に譲渡しているためランクが低下している
柱間細胞EX 膨大な陽のチャクラを秘めた細胞を移植した体を持つ。このスキルによりアサシンの魔力は上昇しているほか、宝具のデメリットを打ち消している。
魔力放出に類似した複数のスキル混成スキルであり 木遁と呼ばれる植物を操る術を例外的に使用可能としている。
人柱力(偽)A- 『尾獣』と呼ばれる存在をその身に宿したことを示すスキル。その身に巨大なエネルギーを持つ存在を封じることを可能にする。オビトの場合は、一時的かつ不完全なものだったが『国造りの獣』を封じたため相応のランクを与えられている
【宝具】
『万華鏡写輪眼・神威(まんげきょうしゃりんがん・かむい)』
ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:10 最大補足:1人
自分自身及び視線にあるものを生物・物体・エネルギーを問わず異空間に飛ばす。飛ばしたものは術者の任意で異空間から取り出すことも可能である
攻撃を当たる部分のみを異空間に飛ばし物体をすり抜けることも可能だが、永続的に使い続けるのは5分程度が限界となる
本来は使用するごとに失明のリスクのある能力だが、柱間細胞によりそのデメリットを打ち消している。
『六道十尾柩印・国神宿(偽)(りくどうじゅうびきゅういん・クニカミヤドシ)』
ランク:A 種別:対軍/対界宝具 レンジ:99 最大捕捉:1000人
生前一時のみ体に封じた尾獣『十尾』
自然エネルギーの集合体であるこの怪物を体に宿す封印再現宝具
この宝具を使用後はオビトの肉体そのものがひび割れた灰色の体に変化する
宝具適用中は自然エネルギーに類しないあらゆる攻撃に耐性を得て、対象を消滅させる攻撃が可能になる代わりに、自身の体をすり抜けさせることが不可能になる
この宝具が解除された場合。具体的には内部に取り込まれた十尾を排出された場合、このサーヴァントは消滅する。 オビト消滅後も十尾は残り続ける可能性がある
【weapon】
刀 ひょうたん型のうちは
【人物背景】
うちは一族の青年
元々は誰にでも優しく仲間思いの少年だったが、親友が愛する人を殺害する光景を見たことを機に『本当の平和』は現実にないと悟り、世界を幻術に包むために行動する。
最終的にその全てが他者の思惑通りだったと知り。反逆。
親友に力を託し、自分と同じ夢を見た若い忍に言葉を送り死亡した
【サーヴァントとしての願い】
自分が起こした大戦で失ったものを戻すこと
【マスターへの態度】
良好な関係 互いに気を使いあっている。
”先生”でない自分には、子供と接するのは少し難しい。
【マスター】
シロコ*テラー@ブルーアーカイブ
【マスターとしての願い】
自分が失った世界を取り戻す
アビドスの皆と、先生と再会する
【能力・技能】
キヴォトス人の持つ神秘の強さ 頑健さ
『色彩』により神秘が反転していることにより、『死の神』としての性質を得ている
【人物背景】
キヴォトスを生きた少女
あるいは”死の神”
”大人”に生きることを望まれ、”先生”へと託された
1人の未来ある生徒
令呪はアビドスの校章に似た、二重の三角の中にある太陽
【方針】
先立つものがない。何よりまずはそこから
【サーヴァントへの態度】
いい人 誰かを思い出す
かなり良好な関係性である
【備考】
参戦時期は『あまねく奇跡の始発点』を終え、シロコから覆面を受け取った直後
投下終了します
本サーヴァントデータは、聖杯戦争-(マイナス)2/「はじまり」の短編集に投下した自作品のデータを修正したものになります
投下します
"それ"を形容するならば、まるで別世界のようであったという。
眼前に広がる地底湖を含んだ大空洞の如き空間。自然のものか人工物のものか理解するには悍ましさすら感じる、地底湖の上に屹立する巨大樹に咲き誇る朱色の桜の数々。
相手葬者の魔術工房だと過程しても勝手が違いすぎる。
一体誰がこんな窖を用意し、こんな大規模な地下の陣地を用意したのか。
一体、どんな英霊が葬者のサーヴァントとして使役されているか。
そんな事を考えて、この窖(あなぐら)へと突入した葬者たちは、既に負けている。
きっかけなんて分からない。ある「薬」を噂を聞いた複数のマスターが、この窖へと侵入した。
名誉のためか、目的のためか、正義と信念のためか、欲望のためか。
烏合の衆ながらも相応の結束で纏められた同盟が、意を決して突入した。
絶望だけがあった。
神秘に真っ向から喧嘩を売るような機械群に襲われた。
まず機械風情で英霊に勝てるわけがないと高を括った従者がやられた。
黒鴉、白鴉、獅子(レオ)、蛇(アングイス)、山羊(カペル)。
動物をモデルとしたであろう機械群によって、魔術的防御など知らぬ存ぜぬとばかりに打ち砕かれる。
欲望に呑まれ、せめて「薬品」だけを回収しようとした主従が次にやられた。
この機械群の原動力は、魔術でも異能でもない全く未知数の何か。
はっきり言って悪夢であってほしかった、こんな異常事態知りたくもなかった。
誰かを守ろうとした、正義ぶった愚かな主従が次にやられた。
そして今、最後に残った葬者(マスター)が、この窖の主の前へと連れ出される。
信じられないことに、窖の主は、年端もいかないただの少年だった。
十以下の歳だろうか、そうとしか思えない少年だった。
少年の隣には、黒装束と黒仮面で身を包んだ男が居た。恐らくこれが少年の保有する英霊なのだろう。
――不気味だった。
この英霊は、まるで乱雑だった。
まるでこの世の混沌そのものを混ぜ込んだような、そんな不可解なものであった。
いや、これは混沌そのものだ。
仮面の奥に潜む素顔の予想が安定しない。その全貌が一切見えない。
嘲笑なのか、侮蔑なのか、同情なのか。
いや、全てなのだろう。少年と黒仮面を見た葬者にとっては、そうでしかなかった。
自分の運命がこの先どうなるか、ただ生きてしまった彼の末期がどうなるか。
先に死んだ三人と同じく、少なくとも碌でもないことになるのは目に見えている。
「例の所に運べ」
少年が、言葉を発した。
少年にしてはあまりにも冷酷で、冷徹で、極寒の世界の底にいるような感覚。
その重さは、少年と言うには余りにも年数を重ねたような、そんな重み。
その底のすべてを知ること無く、この窖へ迷い込んだ葬者たちは、表舞台から消えていった。
血に染まったかのような桜の花弁が、まるで笑うかのように揺らめいていた。
★★
金屏風、赤絨毯。座布団。
その一景は、御座所と呼ばれる、貴人の為の様式の造りと等しいものだ。
それは己を天下人と誇示するかのような光景で。
それは天に代わる存在だと主張するかのような傲慢さだった。
先程の少年が座り、椀に載せられた菱餅を豪快に一呑みする。
黒仮面がお猪口に注いだ日本酒をぐいっと嚥下し、揺らめく血色の桜を肴とする。
この血桜は少年の元いた世界にてあった妖樹を、己の英霊の力で再現してもらったものである。
根を裂けば血のような樹液が撒き散らされる。養分は――先ほど敗北した葬者たち。
これは冥界と法則(ルール)とは違う簒奪。葬者たちの運命力を糧として咲き誇る、命を吸い育つ桜の樹木。
地底湖の根の下には、この主従によって敗北した葬者たちが蠢いているのだ。
その運命力を根こそぎ奪いつくされ、死霊と成り果てそれでもなおその怨念諸共肥料として吸い尽くされる。死霊すらも利用し尽くすそれは、この聖杯戦争に於いて最も醜悪な主従だと言っても名前負けはしないだろう。
「本物とも引けをとらん光景じゃ、次元力というのはここまで万能だとは思わなかったぞ、アサシン」
少年らしくもない口調が、少年の口からこぼれた。
傲慢と強欲が岩屋の穴より腐臭となり漏れ出すような悍ましさがあった。
この妖樹血桜を冥界にて再現できたのは、紛れもなく黒仮面の英霊の手腕によるもの。
"次元力"。オリジン・ロー。魔術世界における"根源"と呼ばれる魔術師の悲願たる到達点からの供給を、特殊な手段を用いたとは言え、容易く実現させるこの黒仮面は、間違いなく英霊としても一線を画す、埒外中の埒外。
「ま、別に慣れない事ってわけじゃないからね。ここまでおっきい事するのは久しぶりだけれど」
「構わんさ。葬者共……死霊共のエネルギーは新たなビジネスとして丁度いいものじゃ。この聖杯戦争限定かもしれぬというのはちと惜しいかもしれんがな」
黒仮面の口調は、兎角軽いものだった。
マスター同様、他の葬者・死霊すらエネルギー源として絞り尽くす所業を行いながらも、何の罪悪感も感じないその楽観。
血桜の養分となった葬者や死霊よりエネルギーを抽出し、それを薬剤として改変する。
かつてマスターがお得意相手にのみ販売していた『血液薬剤』をも超える滋養強壮薬。現代風に言うなればエナジードリンクとして作用する、企業戦士(サラリーマン)にとって喉から手が出る代物を作り出しているのだ。
先ほど侵入し、そして血桜の養分とされた生き残りの葬者の末路もまた、これなのだ。
そして、この薬剤はこの聖杯戦争の状況下のみで生成できる。仮に現世へ戻れたとして、同じものを作れるか、そう安々とは行かないであろうことは明白だ。
「じゃあ尚更そんなことしてるわけ?」
「こういうのはな、特に意味などないのじゃよ。強いて言うなら今後の社会勉強、あと贅沢の為というべかのう?」
全う至極、サーヴァントからの疑問に、少年はそう答える。
かつての天下人とて、世界は広かった。この世には目だけでは見えないものが多い。
魑魅魍魎、百鬼夜行。妖怪や幽霊といったものが世界の裏側にて蠢いている。
かつて少年の中身はその存在を知った上で、利用していた。
「贅沢ねぇ。マスターのそういう性格、まあボクとしてはそういうシンプルな方が親近感持つなぁ」
黒仮面の英霊――暗殺者(アサシン)が告げた時貞への評価は淡白なものである。
時空振動弾による世界崩壊(ブレイク・ザ・ワールド)を引き金とした、群像劇の世界。
それがかつてアサシンのいた世界の、無法にして混沌の物語。
世界を手に入れるため、神となるため、復讐のため、秩序を守るため、呪いから解き放たれるため。
善も悪も、それぞれが相応の大義・目的・信念を以て混沌の中で抗い、勝ち抜いてきた者たちがいる。
アサシンはそんなものとの縁なんてどうでもいいと思っている人物だ。
神気取りの悪魔たる御使いの打倒なんて目的もあったが、別の自分が他の仲間とともにそれを達成してしまった、つまりもう自分を思考を決める呪縛は存在しない。
かの呪われし放浪者の気持ちがほんの少しだけ理解できそうかと、そう感じた。
だからこそ、大層な手段と力を持ったうえで金と権力というシンプルな目的で動くような男は、存外いい関係を築けそうとは思う。
権力というのは、煩わしいだけだ。闘争、政争、足の引っ張り合い。
そんな大層な誰かになるつもりもないし、なりたいなんて思わない。
だからこそアサシンは裏方を選び、その裏の人物として世界を混沌(カオス)にすることを選んだ。
(まあ、そういう奴ほど、踊らせがいはあるけれどね)
言ってしまえば、アサシンの自身のマスターに対する心象は「使い捨ての道具」である。
自らの強欲の為に自分以外の他人を利用し続け、最後のそのツケを払わされた俗物。
かつてのアサシン同様、世界よりも個人の感情を選択し、最終的にその選択の果てに世界まで救った者たちによって倒されたのだから。
だが、俗物と言うには侮るなかれ。、幽霊族の血を利用しての薬剤のビジネスや、魂(まぶい)移しや呪詛返し等の術師としての技量はアサシンからして目を見張るに値するもの。
ただの人間が一代でここまでのし上がり、復活まで果たしたのは間違いなくマスター個人によるものだ。
だが、それでもアサシンには及ばない。世界を好き勝手に操ったかつての新世界の王からすれば、釈迦の上の手のひらで踊る野猿でしかない。
(しっかしまあ、どの世界も情報に踊らされるバカは変わらないと来た。ボクとしてもほんっとうにやりやすいよ、この聖杯戦争)
先ほど侵入してきた葬者たちが、ここにたどり着く切掛となったのはNPCの口コミで流れた「薬」の噂からなるものだ。その情報源はどこからなのかは分からない。葬者の中には見え透いた罠だとして手を出さない者もいた。
それが、ネットの掲示板上のある一言によって齎されたものだとしたら?
それを信じた無辜の民が、情報を他のサイトや掲示板に書き込んだとしたら?
そんな夢のような存在が、密かにあるとして、水面下での争いが起こった。
それは、結果としてNPCによる無慈悲な魔女狩りにも等しい葬者狩りにも発展するほどには。
時には葬者同士がいい感じに同士討ちしてくれたこともあったし、今回のように餌に釣られた鴨が態々やられにきたこともある。
情報とは兵器だ。ペンは剣より強しというが、それを有効活用することがこの聖杯戦争の勝利に必要な要因の一つでもある。
アサシンはそういう英霊である。自らの享楽のためだけに、情報メディア・インフラを手中に収め、情報の恣意的な改竄や隠蔽を行って、大衆が混乱するさまを見て悦に浸るような男だ。
人知を超えた超越者の視座では、人民はただの蟻んこに過ぎない。
それがただの蟻か、獰猛な毒蟻かの違い程度で。
「『冥府製剤』だっけ? ボクの手助けありにしてもよくそういうの思いつくよねマスター」
「決まっとるじゃろ。ワシは薬学の天才じゃ。異界の原理も理解さえしてしまえばこんなものよ!」
「冥府製剤」――アサシンのマスターがこの聖杯戦争において、再現された血桜を用い、葬者の運命力と死霊を変換して精製する『M』に継ぐ特殊な薬剤
まるで「蘇った」かのように元気溌剌となり、何日間も休み無く呑まず食わずで働くことが出来る。
NCPの他、一部の葬者がこれに目をつけて、様々なルートを用いて手に入れようと必死だったこともある。
その流通ルートは巧みに操作、管理されており、アサシンの分身が関わっているのもあって売人「黒のカリスマ」に辿り着いても、その根源にたどり着くことはほぼ不可能である。
最も、アサシンも「面白そう」ということで売買ルートは好き勝手にやらせてもらっているのだが。
「この龍賀時貞。この齢で大海を知ることになろうとは。全く長生きしてみればわからんものじゃなぁ、ホッホッホッ」
聖杯戦争は、少年にとって――その魂の名前である龍賀時貞にとって、未知の世界だった。
井の中の蛙、大海を知らず。自分を蛙だと不相応な例えをするつもりはなかったが、海は自分が知りうるよりも遥か広いもの。
息子たちの愚かさに嘆き、魂移しの術を以て蘇り、再び日本を正しく導こうとした己にも、見落としていたものが多々あったようだと。
「あの時の苦痛も、今となっては立派な教訓じゃ」
そして。かつて自分の威光を、同胞としてやってもいいと手を差し伸べ、それを断ち切り自らが不死という名の牢獄へ堕ちるきっかけを作ったあの男と、その相棒だった幽霊族の男との一件も。
今となっては教訓として受けいられる程度には、苛立ちの類は割り切れている。
文字通りの無限地獄、死ぬことを赦されない永遠の肉団子。それでもなおこの魂は懲りなかった。
もし地獄へ堕ちようとも、この外道は生涯反省することはない。
いつか再起の機会を構え、座して待ち続けるだろう。
「じゃが、今度はしくじりはせんぞ」
その野心、その欲望の欲望未だ止まらず。
名誉と金と権力と、俗物甚だしいこの男には不相応とも言うべき知識も力。
だがその俗物さこそが龍賀時貞という男の強さの根幹。
人の欲は突きぬこと無き。
「この聖杯戦争を勝ち抜き、誰にも邪魔されぬ絶対の存在となる。そうして、腐敗した日本をこのワシ、龍賀時貞が正しく導き、真の大帝国として繁栄させてやるのじゃあ、あーはっはっはっ! あーはっはっはっはっはっはっ!!!!」
呵々大笑、龍賀の主は空洞にて笑う。
運はやはりこの龍賀時貞を見放してはいなかったと。
願いを叶える為の戦争、機械群を含む優秀にして忠実な手駒たち。
天運は再び我にあり、昭和の天下人は今再び現世の天下を掴み取ろうと胎動す。
(ほんっと良いマスターしてるよ)
そんな己のマスターの哄笑を、仮面の裏で小さく笑う。
アサシンにとってもこのマスターは当たりである。
自分が生み出した人造人間である彼女よりは少々手間は掛かりそうだとして。
自分が本格的に復活するための時間稼ぎだとして。
最も、英霊であるこの身では火傷しそうな相手がいることを理解しつつも。
(ようやく因果地平から戻ってこれたんだ。ボクはボクらしく、好き勝手させてもらうさ)
混沌は、笑う。
今度こそ、最後に嗤うのは自分だと言わんばかりに。
強欲に塗れた救いようのない外道と、享楽に浸る救いようのない外道。
聖杯戦争の裏にて、悪意の怪物が蠢く影と共に潜み企む。
(だから精々、ボクに愛想つかれない程度には気をつけてね。つまんない時貞クン?)
龍賀時貞は知らない。アサシンはそういう人物であると。
その気になれば何もかもをちゃぶ台返しすることが出来る混沌(キメラ)であると。
アサシンは、最初から龍賀時貞を玩具しか見ていない。
井の中の龍賀(かわず)、大海を知らず。
龍賀時貞はただの俗物だ。いい関係を築けそうというだけで。
かのパプテマス・シロッコやギルバート・デュランダルには遠く及ばない。
世界を支配するだとか、世界の秩序を確立するだとかではない。
本当にただのありふれた「つまらない」俗物で。
それでいて力だけはある面白い、ただの玩具でしかなかった。
「ところでさマスター。前に狂骨っての操ってたらしいじゃない。メカ狂骨なら作れそうだけどよかったら作っても良い?」
「あー、それは勝手にせい。それはそれで戦力としても面白そうじゃ」
サーヴァント・アサシン。その真名――ジ・エーデル・ベルナル。
かつて自由気ままに混沌へと導き、世界を弄んだ新世界の王、創世の芸術家である。
天下人を気取る哀れな道化(コッペリオン)は、既に混沌の糸繰りの中にあることを知ることはない。
【CLASS】
アサシン
【真名】
ジ・エーデル・ベルナル@スーパーロボット大戦Zシリーズ
【属性】
混沌・悪
【ステータス】
筋力D 耐久B 敏捷B 魔力EX 幸運A 宝具EX
【クラススキル】
『気配遮断:C』
サーヴァントとしての気配を断つ。隠密行動に適している。
ただし直接の暗殺というより基本的に裏工作に特化しているためか、単純に身を隠すぐらいの有効性ぐらいな機能。
『陣地作成:A』
魔術師として、自らに有利な陣地を作り上げる。今回はマスターの要望に応えた形に仕上げてみた。
『道具作成:A』
魔力を帯びた器具を作成できる。科学者・技術者としての面において天才的な頭脳を持つアサシンは、様々な機動兵器を作り出すことが出来る
【保有スキル】
『二重召喚(ダブルサモン):B』
極一部のサーヴァントのみが持つ希少特性
彼の場合はアサシンとキャスター、両方のクラス別スキルを獲得して現界している
『次元力:B+』
またの名をオリジン・ロー。宇宙の全てに存在する意志「霊子(エーテル)」に対する強制力。アサシンのいた世界の存在全ては霊子によって成り立っており、次元力はこれに対して働きかけ、霊子の定義する事象を書き換えるエネルギーである。魔術世界で例えれば根源から直接力を得ているにも等しい
次元力を引き出す方法は主に2つ、意志の力か、機械的なものかであり、アサシンの場合は後者によるものである。この恩恵で己の魔力を代用できており、マスターの魔力的負担をほぼ気にせず自由に暴れまわることが出来る。
ただし上述のものはあくまで副次的な恩恵でしかなく、アサシンの場合は並行存在の召喚、自身の肉体を並行存在と置換、破壊された機体の再生が可能であるが、英霊という枠組みに縛られたこともあって、後述の第二宝具を解禁しない限りはこの力に大きな制限が掛かっており、第二宝具の発動にはマスターにも多大な負担を要する。
現状はバインド・スペルによる暗示や、最大1体のみの並行存在の召喚のみが可能(消滅したらまた召喚可能)
『被虐体質(特殊):E+++』
アサシンは重度のマゾヒストであり、特に女性から罵られたりすることを好む。
より正確に言うと、「相手が本来自分より明らかに格下の相手にいたぶられるのが好き」らしい。
ただし一応アサシン霊器で召喚された為、後述の第二宝具を発動しない限りは表面化することはない。
集団戦闘において、敵の標的になる確率が増すスキル。若干の防御値プラスも含まれる。ランクこそ低いものの、そのふざけた態度に攻撃相手は冷静さを欠くのは明白だろう。
『大衆煽動:A+』
大衆・市民を導く言葉と身振り。個人に対して使用した場合には、ある種の精神攻撃として働く極めて強力な代物。アサシンのそれは単体相手でも強力に機能するが、こと大衆に対し匿名での発言をすることでより強力な情報錯乱及び扇動に成りうる
アサシンは元の世界において、ありとあらゆる情報インフラ・メディアを手中に収め、自らデマを流すことでとある特殊部隊に仲間割れを引き起こした逸話から、ネットへのコメント一つでほぼ全ての人間を騙し信じ込ませる事が可能
【宝具】
『黒のカリスマ』
ランク:A++ 種別:対人宝具 レンジ:- 最大射程:-
情報サイトの類に様々な怪情報を垂れ流し、大衆を踊らせ続けるアサシンのもう一つの姿。この宝具の発動中は限定的に気配遮断のランクがA++へと上昇する。
黒のカリスマの本質は、彼が垂れ流す怪情報にあらず、大衆の集団無意識を体現し立ち回るその在り方にある
アサシンが生きていた時代における情報共有の根本にて、自分を名乗り会場を流す匿名者は数多くおり、直接的に世界を混乱させたのはアサシン自信であるが、その混乱を一層増幅させたのは、『黒のカリスマ』という器を与えられて形を為した、市民達自身の流言飛語なのだ
情報社会に出没する黒のカリスマの実態を掴むのは困難極まる。嘘を嘘であることを見抜けない限り、ネットを使うことは難しいと発言した某掲示板の元管理人の言葉の通り。
この宝具の恐ろしさは
この宝具の存在により、『黒のカリスマ』を名乗る一般市民は捉えられても、アサシン本体を捉えることは事実上不可能
『創世の芸術家(ジ・エーデル・ベルナル)』
ランク:EX 種別:対人宝具 レンジ:- 最大射程:-
世界に混沌を振り撒いたアサシン自身の存在を体現した宝具。宝具発動時には真名情報の強制公開及びマスターに対する多大な魔力消費のデメリットを背負う代わりに、アサシンの本来の力である次元力の制限を解除する。この際、アサシンの霊器はキャスターのものへと完全に変化する
召喚されたクラスの都合上本来の搭乗機の呼び出しは使用不可となっているものの、機体の力による次元力の行使は可能
……と言いながらも、この宝具が発動に成功した以上、別の平行世界の自分に搭乗機を持ってこさせることでその縛りすらも無視することが出来る
発動の成功にさえ持ってこれれば、サーヴァントとしての縛りから解き放たれ、混沌を齎す創世の芸術家としての、その悪魔の如き理不尽さを体現させるアサシンにとっての切り札
弱点は勿論、前述のマスターへの魔力消費の膨大さであり、基本的にこの第二宝具は発動不可に近い
だが一度でも発動してしまえば、並行存在何人でももってこいの数の暴力である
【Weapon】
戦闘力がなさそうに見えて、次元力で色々出来たりする
【人物背景】
次元振動弾であらゆる世界が混じり合った多元世界において暗躍した『悪魔』
ある時は特殊部隊お抱えの老科学者として
ある時は様々な人物や勢力と接触し、時には情報・技術の交換を行い、意味ありげな言葉で各組織の長を煙に巻くトリックスター
その実態は全てが『ジ・エーデル・ベルナル』という特定の個人、全てが並行世界の同一人物
究極の享楽家たる高二病、あとついでに妙なマゾヒズム癖あり
その真の目的こそ『太極』の屈服、及び御使いの打倒ではあったが、既に神を騙る愚者は蒼きZの勇者たちに倒されていた。
故に、今や彼を縛るものは無く、だからこそ彼は自由気ままに混沌を振りまくまでのこと
【サーヴァントとしての願い】
すべての世界をもっとカオスにしちゃうよ〜〜〜!
【マスターへの態度】
使い捨ての面白い玩具
【マスター】
龍賀時貞@鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎
【マスターとしての願い】
再び天下人として、日本を支配する
【能力・技能】
日本薬学の祖と称される程には薬学に詳しく、その知識を元にかつて『血液製剤M』を製作し、それを売捌して巨額の富を手に入れていた。
巨大な結界や魂移しの術、強力な呪詛返しを使用出来るなど術師としても一級の実力者
【人物背景】
明治から戦後にかけて巨万の富を得て日本の政財界を影より支えてきた龍賀一族、その当主。
既に死んだ身であるが、子孫である長田時弥の身体を魂移しの術で乗っ取り、現世へと蘇った。
最後は一人の男によって全てを狂わされ、そのツケを払うかのように肉団子のまま永遠に生き続ける羽目になった。
なお聖杯戦争に参加するに当たって、肉団子状態は解除されている。
【方針】
冥府製剤の売買ルート及び兵器開発、情報操作はアサシンに一任。もしもの時は自分も出張らせてもらう。
狂骨があれば多少は自発的に動けただろうけれど、アサシンの兵器は小型化出来るとしても目立つから基本的には隠れて行動する。
【サーヴァントへの態度】
優秀な英霊。彼の扱う機械群もまた有能じゃ。
もしワシが勝者となった暁には相応の地位を与えてやらんでもない。
投下終了します
あと、今回投下したサーヴァントのステータスは
「聖杯戦争-(マイナス)2/「はじまり」の短編集」及び「Fate/Aeon」に投下した自作品のサーヴァントを一部加筆修正したものとなります
投下します。
冥界に形成された東京都には、都会にしては時代に合わない建造物があった。
それは、江戸城。
現実においては皇居外苑に遺構を残すのみとなっているはずのそこは、現代に至っても取り壊されることなくその形を保ち、現存する城として知られていた。
その理由には、住んでいる者に理由がある。
そこには、皇族と等しく高貴なる者――江戸幕府が倒れてからも尚続く徳川家の末裔が住んでいた。
この冥界に作られた偽りの東京では、徳川家の末裔は今も江戸城に住まうことを許されている身だ。
流石に政治を執り仕切る権限を持ってはいないが、民を愛し、国を想うその姿勢は国民からも人気を博していた。
そんな徳川家の末裔を、人々は尊敬と親愛を込めて「上様」「将ちゃん」等の愛称で呼び、敬っていた。
§
「上様。お湯加減はいかがでしょうか」
「ああ、ちょうどいい湯だ」
江戸城に備え付けられた風呂場。
この城で最も身分の高い者のプライベート温泉として機能しているそこで、彼は湯船に浸かりながら戸の先にいる女中に答える。
「……すまぬ。少しの間、一人になりたい。外してくれぬか」
「かしこまりました」
女中の足音が遠のいていくのを感じて、彼は一息ついてから夜空を見上げる。
「私は……『生きて』いるのだろうか」
そう独りごちる彼の名は、徳川茂茂。
冥界に招かれる以前は、江戸幕府第14代征夷大将軍の地位についていた人物である。
『生きて』いる。茂茂がそう表現するのは、彼もまた葬者として招かれたからに他ならない。
京へと渡り、第15代征夷大将軍となった徳川喜喜に対抗しようとした矢先のことだった。
幼馴染であった友之助の手にかかり――最期はそよの兄であるただの茂茂として、自分は死んだはずなのだ。
なのに今、気づけば偽りの東京なる土地で、茂茂は「今も続く将軍」という日本の象徴として生きていたことになっている。
「……まだ、私は戦うことを許されているのか?」
立ち上る湯気を見上げながら、考えに耽る。
死後の世界で為される、聖杯という願望器を巡る戦いの中に、茂茂はいる。
戦争を勝ち抜き、この冥界から生還することができるとすれば、志半ばで閉ざされた道をもう一度開くこともできよう。
「……」
しかし、勝ち抜くということは、他の者の願いを踏みにじるということでもある。
茂茂の知らぬ世界とはいえ、切実な願いを持っていることは想像に難くないだろう。
茂茂にはできるだろうか、垂らされた蜘蛛の糸を登ることを。茂茂にはできるだろうか、同じ蜘蛛の糸に登る葬者を蹴落とすことを。
「……そなたらは今、どうしておるのだ?……いや、考えすぎか」
将軍の地位を追われた自分についてきてくれた者達に思いを馳せる。真撰組。御庭番衆。そして、万事屋。皆、共に死線を潜り抜けた、この上なく頼れるダチ公達だ。
茂茂が倒れてからの彼らが心配でないと言えば嘘になる。
だが、信頼はしている。混迷の時代の中でも、彼らは確固たる己を持つ侍だ。
茂茂はいなくなってしまったが、将軍がいなくともきっと彼らが新たな時代を切り開いてくれるだろう。
「……そよには、すまないことをしたな」
だが、最も心配なのは実妹のそよだ。
妹には結果的に、自分を看取る役目を押し付けてしまった。
最期の時をただの茂茂でいさせてくれた妹の将来が、せめて光あるものであってほしいと願うばかりだ。
「――いかん……長風呂が過ぎてしまったな」
そうしてしばらく考えていると、女中に外すよう言ってから随分と経つ。
そろそろ出ないと、また家臣達に心配をかけてしまう。
そう思いながら、湯船を出た時のことであった。
「ッ!?」
殺気を感じ、申し分程度に身を隠していたタオルを手放して飛び退く。
すると茂茂の手から離れたタオルは細切れにされ、糸くず単位に分解された。
「――やはり、葬者だったか」
茂茂の前に突如として現れたのは、身体のほとんどを黒いローブで隠した、いかにも暗殺者と言わんばかりの風体をした男だった。
男はローブの底から殺意に溢れた眼を光らせながら茂茂を見る。
「……何者だ」
「言わずとも分かるだろう?その手に刻まれた令呪が何を意味するのか知らぬわけでもあるまい」
「……サーヴァントか。余の命を狩りに来たのだな」
「我がマスターが睨んだ通り……冥界に江戸城の在る理由が貴様だったわけだ」
男――アサシンは、懐からナイフを取り出す。将軍を暗殺する凶刃だ。
アサシンと対峙していた茂茂は、すぐさま桶に隠していたクナイをアサシンに向かって投げる。
幼い頃の伊賀忍者との交流でクナイの投げ方を教わっていただけあり、真っ直ぐにアサシンへと向かっていく。
丸腰だからと油断していたアサシンは思わずクナイをナイフで払い落すが、その時には茂茂の姿は風呂場からなくなっていた。
◇
「キャアアアアアッ!?」
女中の悲鳴が江戸城内に木霊する。そこには、ブリーフだけを身に付けてタッタッっと裸足を床に弾ませて全力で走る変質者――否、茂茂の姿があった。
茂茂はアサシンから逃げる際に服を着る暇もなく、やむを得ずにもっさりとしたブリーフのみを履いて風呂場から退避していたのだ。
下着姿で城を走り回る男に城の者達は驚愕するのであった。
「フンッ!」
このまま見られていては不味いと思い、城の窓から飛び降りる。
幸い高度が高くなかったのと付近に木があったおかげで葉をクッションにして無傷のまま降りることができた。
そのまま走って塀を超え、公園としても利用されている江戸城の外苑に出る。
「……!」
背後から風を切る感覚がして、咄嗟にブリーフから取り出したクナイで飛んできたナイフを弾くが、そのクナイも茂茂の手から離れてしまう。
飛んできた方角を見ると、アサシンとそのマスターらしき男が茂茂を見据えて立っていた。
「へへ……やはり将軍かよぉ。ここに江戸城なんて立ってるのがおかしいと思ってたんだ」
「その様子ではサーヴァントすら召喚していない様子。ましてや下着しかない貴様の装備で何ができる?」
眼前の主従は、身一つで佇む将軍を見る。
アサシンとそのマスターは、勝ちを確信したのか口元に笑みを作っていた。
確かに彼らの言うとおりだ。敵に対して茂茂はマスターの守りもなく、装備もブリーフに隠していたクナイ以外にない。
そのクナイも先ほどの一撃で弾かれ、手の届かない場所にある。まさに裸一貫と言ってもいい。
「そちの言う通りだな。これではもはや勝負にもならぬだろう」
状況は絶望的。
「……だが」
それでも。
「――余は……私は、だからと言って戦うことをやめてはならぬのだ」
茂茂はここで、諦めるわけにはいかなかった。
茂茂は知っている。自分のために、命を捨てることも厭わずに戦ってくれた者達を。
茂茂は覚えている。将軍の家来としてではなく、茂茂の友として自分を守るために身体を張った親愛なるダチ公達を。
茂茂は目に焼き付けている。己の信念に基づき守るべきものを守ろうとした、誇り高き侍達の姿を。
「今も、ダチ公達は現世で戦っていることだろう。私のために散っていった命もある。それを裏切ることなど……この徳川茂茂には到底できぬ!!」
茂茂は数多の命を背負っている。今も生きている者達も、死んでいった者達も。
ここで諦めてしまえば、生者にも死者にも顔向けができない、"茂茂ですらない"ものになってしまう。
少なくとも、今の茂茂はまだ生きている。生きているということは、抗うことができると
いうことだ。
「フン……ブリーフだけの殿様モドキが何を言ってやがる。やれ、アサシン!!」
「来い!たとえ刀がなくともこの将軍の首、簡単に討ち取らせはしない!!」
茂茂は次に来るアサシンの攻撃に身構え、腰を低く据え出方を伺う。まずは、手放してしまったクナイを拾わなければいけないところだ。
そして、何かの合図かのように風が揺れ、外苑の草木が震える。アサシンがこの身を狙いに来たかと感覚を研ぎ澄ませるが、眼前の主従は一歩たりとも動いていなかった。
それどころか、茂茂の方を見て驚愕していた。
「何だ……!?」
肌を撫でる風は徐々に風圧を増していく。これは、アサシンによるものではない。それとは比べ物にならない何かだ。
そしてそれは、茂茂の背後で発生している。
茂茂も、並々ならぬ気配を感じ、敵を前にして思わず振り向いてしまう。
そのまま、敵と同じように目を見開いてしまった。
なぜなら、そこに何もないはずの空間が切り裂かれていたのだから。そして、その裂け目からは紫の稲妻が眩く光り広がり、万物を揺るがさんが如き轟音を伴いながら、薙刀を握った女性が堂々とした歩みで出で来たのだ。
「――あなたが、私のマスターですか?」
「そなたは……」
僅かに雷を纏ったままの女性は、歩みを止めずに茂茂の隣に立つ。紫を基調とした着物を着た、美しい女性だった。
呆気にとられていた茂茂は、ただ問うた。
それに、女性は澄み渡るような声を響かせる。
「私はサーヴァントとして召喚に応じた――稲妻幕府の将軍にして雷神です。雷電将軍、とでも名乗っておきましょうか」
たった今召喚された、徳川茂茂のサーヴァント。それはテイワット大陸における俗世の七執政の一人であり、「永遠」の国・稲妻に雷元素を司る神として君臨していた雷電将軍だった。
「「しょ……」」
「「将軍かよォォォォォォォォォ!!」」
.
アサシンとそのマスターの驚愕の声が木霊した。
「なんてことだ……こんな時に召喚されちまうなんて……!」
「このまま畳み掛ける!マスターさえ殺ればどうとでもなる!」
茂茂の召喚した雷電将軍のステータスにアサシンの主従は圧倒されるも、アサシンは慣れないうちに潰そうとすぐさま動き出す。
「すまぬ、召喚して早々だが奴らから襲撃を受けていた。助勢を頼みたい!」
「承知しました」
雷電将軍は快諾すると、薙刀を軽く振るって茂茂に向かって投げられたナイフを軽々とはたき落とす。
しかしそれは陽動で、目に捕らえられぬ俊足で茂茂の背後を取ったアサシンが彼を葬ろうとする。
「見えています」
それを雷電将軍は既に察知しており、位置を入れ替えるように茂茂の手を引いて下がらせ、前に出る勢いのまま薙刀の柄でアサシンの鳩尾を突き大きく怯ませる。
「裁きの雷!」
そのまま、雷電将軍はアサシンに向けて片手を振るう。
すると、彼女の手になぞられた空間に裂け目が入り、やがてそれは禍々しい眼を形作って開かれていく。
神変・悪曜開眼――雷神の権能の一つを展開する元素スキルだ。その証拠に、雷電将軍の髪は雷元素を象徴する色である紫の色に発光していた。
「チッ……令呪によって命ずる!――」
アサシンの身体はあわや空間に開かれた眼に肉体を押し退けられ、そのまま両断されるところであったが、そのマスターが令呪を使い自身の元に戻したことで難を逃れる。
そこで茂茂は、アサシンが距離を取ったのを見計らって咄嗟に動き、落ちていたクナイをアサシンに投げつける。
しかし、彼の投げたクナイはアサシンによってあっけなく弾かれてしまう――が。
「……な――」
直後、ザシュ、という斬撃音と共にアサシンの首が刎ねられていた。
茂茂もアサシンのマスターも、呆然としながらその光景を眺めていた。
消滅していくアサシンの首と胴体の切断面には、紫電の残滓と焦げ跡が残っていた。
「我が手眼の前に逃げ道はありませんよ?」
雷電将軍の頭上にはあの禍々しい眼が追従しており、アサシンの主従をずっと凝視していた。スキルによって授けられた「雷罰悪曜の眼」の前では、間合いの差など意味をなさなかった。
「あ……ああ……うわあああああっ!!」
アサシンのマスターは自身のサーヴァントが消滅した事実を受け入れられず、背中を向けて逃げ始める。
悲鳴を上げながら走り去っていくその後ろ姿は、江戸城外苑の闇の中に消えていった。
「さて……ご無事ですか、マスター?」
「あ、ああ。おかげで無傷で済んだ。助かった……セイバー、でいいのか?」
襲い来た主従を撃退し、礼を言おうとする茂茂だったが、雷電将軍のステータスを見て戸惑ってしまう。
そのクラスは、セイバー。しかし、薙刀は剣か槍かで言えば――。
「確かにこの薙刀も私の宝具で愛用の薙刀ですが、本当の宝具は別にあります。ふふ、確かに勘違いされてしまいますね」
茂茂に微笑みかける雷電将軍。
その様子は先ほどとは打って変わって、穏やかな様子で語りかけていた。
例えるならば、戦闘中は先陣を切る凛々しい女武将といった感じだが、今の雷電将軍は桜の似合う温和な和装美人といった感じだ。
「では、改めて。セイバー、真名を雷電影(らいでん えい)。あなたのサーヴァントとして馳せ参じました」
「江戸幕府第14代征夷大将軍、徳川茂茂だ。異国の将軍に巡り合えるとは何とも縁を感じるな。よろしく頼む」
改めて自己紹介し合う茂茂と、雷電将軍――もとい、雷電影。
茂茂は、葬者として呼ばれて暫く、ようやく主従になれたのであった。
「あの城が私の今の住居だ。とにかく、あそこに戻ってから今後のことを練るとしよう」
「その、マスター。先ほどから少し気になっていたんですが……」
「どうした?」
江戸城に戻ろうとする茂茂を、影はまじまじと見つめながら言う。
「どうしてマスターは、ほとんど裸なのでしょうか?その下着は一体何なのでしょうか?」
「……」
茂茂は、ここに至るまでずっとブリーフ一丁だったことを思い出す。
「……話せば長くなる。将軍家は代々、下着はもっさりブリーフ派だ」
「そうなのですか!?じゃあ先代雷電将軍の眞は……」
「いやそっちの将軍家じゃなくて……」
◇
冥界の東京で放送されている昼下がりのニュース番組では、茂茂が報道陣に対しコメントする姿が映し出されている。
最近相次いで発生する痛ましい事件を悔やむという内容で、トピックは『上様、相次ぐ死傷者発生にお悔やみの言葉』というタイトルだ。
その続きでは、「今日の将ちゃん」というコーナーに移り、日常の何気ない茂茂の様子が放映されていた。
「……どうやら、うまくやれているようだな」
二十三区某所ビルの屋上で、商業施設の大スクリーンのテレビに映っている自分の姿を眺めながら、茂茂は呟いた。
江戸城ではいつも纏っている模様の入った装束ではなく、世を忍んで庶民の髪結床や水練を覗きに行った時のような和服と頭巾を身に付けている。
「マスターに合わせるよう設定していますから。役割は完璧にこなせますよ」
茂茂の隣に立つ影は言う。
テレビに映っているのは、影が道具作成スキルで制作した、人形――茂茂の影武者だ。
かつて寿命の概念がない人形の制作を研究していた影は人間と見分けのつかない人形を制作でき、さらに後付けの人格も付与できる。
その人形は茂茂も見たが、どこまでも茂茂と変わらぬ精巧な造りで、外見どころか人の目に付かない部分や精神的な面もほぼ同じだった。
「これで『徳川茂茂はマスターではない』と葬者達も察してくれるといいのだが……」
「戦いが本格化して、それでもなお江戸城に立つマスターの”影”が活動を変えないのであれば、それもあり得るでしょう」
茂茂がここにいるのは、世間の目を欺くためではなく、江戸城で働く家臣達を聖杯戦争に巻き込まないためだ。
たとえ仮初めのNPCであろうと、茂茂に尽くしてくれた者達だ。その命を無下に扱いたくはない。
また、これで役職に縛られることなく活動できる面もあるため、これからは将軍ではなく"ただの茂茂"として聖杯戦争を戦うことができるだろう。
また、できることなら専守防衛に徹し、同盟を組む可能性も模索していきたいところだ。
ここで自分に嘘をつき、手段を選ばない修羅となり果ててしまえば、結局のところ戦いから逃げたも同じだ。
そのまま帰ったとしても、それでは侍として死んだのと何も変わらない。
志を同じにする葬者達とも、協力して冥界から生還する方策を探っていきたい。
信念を貫けるのは、茂茂が生きている間だけなのだから。
「……セイバー」
「なんでしょう、マスター?」
「『茂茂』がいい」
「……?」
「『マスター』ではなく、『茂茂』と呼んでほしい」
茂茂は、今にも蜘蛛の糸が垂れさがって来そうな澄み渡った空を見上げて呟く。
「――セイバーが来てくれてから、改めて私が何を願っているのか考えてみた」
茂茂の目的は、確かに生還ではある。
戦うことを決めた理由も、自分のために戦ってくれた者達の尽力を無かったことにしないためだ。
だがそれは、茂茂が背負った願いだ。茂茂自身がなぜ生きたいのか、その答えは出ていなかった。
「サーヴァントとマスター、従者と主君。聖杯戦争では、確かにサーヴァントがマスターのために剣を振るうのだろう。だが私が生前に見た者達は、少なくとも私の"サーヴァント"ではなかった。
彼らは、あくまで友のために戦っていたのだ。彼らにマスターがいるとすれば――己の心の中に持つ、美しいと思える自分の在り方であろう」
なぜ生きたいのか。
影が自分のために武器を振るう姿を見て、影が自身をマスターと呼ぶのを見て、少しだけ分かった気がする。
「セイバー。サーヴァントではなく、私の"ダチ公"になってくれないか。ダチ公のために、その剣を振るってほしい。そなたの心にある主君のための侍でいてほしい」
「ダチ公……とは?」
「一言で言えば、友のことだ」
――茂茂がいい。そう呼び合える時代に、再び会おう。
「私は、生きたいのだ。ダチ公達に茂茂と呼ばれる時代を、共に生きてみたいのだ」
今も心に残るダチ公達に思いを馳せながら、茂茂は言った。
「ダチ公、ですか。ふふ……いい響きですね。嫌いではないです」
影は茂茂と、その背後に連なる侍達を見据える。
その者達の心の放つ輝きは、かつて目の当たりにした光景に似ていた。
旅人との戦いで見た、人々の願いの輝きが旅人に力を与えた景色を、影は英霊となった今でも覚えている。
きっと、侍達が己が心に持つ主君とは、彼らの「願い」に通ずるのだろう。
「茂茂。あなたの国の侍は、皆強い者達ばかりのようですね。喪うものがあっても、己を見失わず歩みを止めない――彼らなら、「永遠」を紡いでいくのも不可能ではないのかもしれません」
「ならば、セイバーの国の民もきっと強い侍なのだろうな。それも、一国の神の考えを変えるほどに」
「……知っているのですね」
「ああ、先日の夢で垣間見た。……セイバーが多くの親しき者と死別したことも」
影は失うものの大きさを恐れて、塞ぎこんでいた時期がある。
先代雷神である姉や数多くの友人、大勢の稲妻の民の死――大切にしていたものが時を経るごとに「摩耗」していくことを痛感し、不変の「永遠」を追求すると心に決めたはずだったのに。
影が人形の研究に身をやつし、一心浄土に閉じこもっている間にも人々は変わり続けていた。そして、鎖国や目狩り令を敷いた状況にあっても、民の願いの星々は眩いほどに光り輝いていた。
影は認めざるを得なくなったのだ。無想ではなく、姉の見た「夢想」を。
人間の「願い」を生じさせる原動力が、刹那を紡いで未来へと進んでいくこともまた、一種の「永遠」なのだと。
「茂茂は怖くないのですか?時が経てば経つほど、失うものは多くなっていきます。とりわけ聖杯戦争のような戦場であれば、一瞬にして崩れ去ることもあり得るでしょう。自分の命ですら例外ではありません」
「勿論のこと怖いさ。だが、それ以上に楽しみでならないのだ。夢にまで見た未来が現実になる、その時が」
「そのためにも、現実から目を逸らさず、進むことも止めないと」
「ああ。未来の私の国で、"ただの茂茂"としてダチ公と笑い合える日が来るのなら」
それを聞いて、影は笑みを零した。
「……分かりました。――茂茂。ダチ公の雷電影として、あなたと共に戦いましょう」
影は茂茂の願いと夢想の強さをその霊基に感じ取りながら、誓う。
サーヴァントである前に、一人の友人として茂茂のために戦うのも、悪くないと思った。
余談だが、江戸城周辺にパンツ一丁の変質者が出没したとの情報が寄せられ、注意喚起が為されたのは、また別のお話。
【CLASS】
セイバー
【真名】
雷電影@原神
【ステータス】
筋力A 耐久B 敏捷B 魔力EX 幸運C 宝具EX
【属性】
秩序・善
【クラススキル】
対魔力:A
Aランク以下の魔術を完全に無効化する。
事実上、現代の魔術師では、魔術で傷をつけることは出来ない。
騎乗:B
騎乗の才能。大抵の乗り物なら人並み以上に乗りこなせるが、
魔獣・聖獣ランクの獣は乗りこなせない。
【保有スキル】
俗世の七執政(雷):EX
バアルゼブル。テイワットにおける俗世の七執政が一柱であり、「永遠」の国・稲妻を治める雷を司る雷神。
稲妻幕府の頂点である「雷電将軍」として稲妻に君臨しており、その権能は嵐で国を閉ざすことすら可能にする。稲妻の民からは絶大な信仰と信頼を寄せられていた。
その神性の所以たるスキルで、Aランク相当のカリスマ、魔力放出(雷)およびA++ランク相当の神性スキルを内包している他、雷に由来する能力をすべて無効化する。
単に稲妻を治めていただけでなく、稲妻の武術および鍛冶技術の開祖でもあり、稲妻の歴史において欠かせない存在である。
無窮の武練:A+
あらゆる稲妻の武術における源流であり、ひとつの時代で無双を誇るまでに到達した武芸の手練。
心技体の完全な合一により、いかなる精神的制約の影響下にあっても十全の戦闘能力を発揮できる。
道具作成:C+
魔力を帯びた器具を作成できる。
雷電影の場合、鍛冶に特化しており、武器・防具類および人形の作成以外は最低限にとどまる。
彼女の制作した人形は独自の自我を持ち、姿形も模した人物と変わりない。影武者として運用可能。
神変・悪曜開眼:A
種別:対人奥義 最大捕捉:5人
雷神の権能の一。
雷電影の意識空間「一心浄土」の一角を展開、自身と味方に雷罰悪曜の眼を授け、眷属に加護を与え敵に雷罰を下すことができる。
その性質上、雷罰悪曜の眼が届く範囲であれば雷による斬撃が自動で入る上に、
味方にサーヴァントがいれば消費する魔力の量に応じて、そのサーヴァントの宝具のランクを上昇させる。
【宝具】
『草薙の稲光』
ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:1〜10 最大捕捉:10
影が普段より使用する紫電を帯びた薙刀。
武器威力に対してこの宝具を使用した際の魔力消費は格段に少なく、魔力の変換効率が抜群に良い。
たとえマスターの魔力が心許ない状態でも、魔力放出(雷)で強化した上で十全の能力を発揮できるだろう。
その武器種から、ランサーと勘違いされることが多い。
『夢想の一心』
ランク:EX 種別:対城宝具 レンジ:1〜100 最大捕捉:1000
「無想」を捨て、人々の「夢想」を背負うようになった雷電影の切り札たる愛刀。
影自身と、影に託した味方全員の願いの力の総量が強ければ強いほど、その威力が増していく。
そして諸願百目の願力を尽くし繰り出される『夢想の一太刀』は、すべての呪詛を切り裂く必殺の太刀となるであろう。
さらに願力の蓄積した夢想の一心は振るたびに味方に活力の源たる魔力を還元し、願いを叶える原動力となる。
厳密には元々は影のものではなく、影の姉である雷電眞が神威を用いて創造した刀。
眞の死後、影の手に渡ってからは数多くの敵を切り伏せる刀となった。
かつて影は摩耗を避けるべく、自分の神体をに制御させ、自身の意識は夢想の一心に宿して数百年間一心浄土で瞑想していた過去を持つ。
【weapon】
『草薙の稲光』
『夢想の一心』
【人物背景】
雷電影(らいでん えい)。
「永遠」の国稲妻を統べる、現雷神にして永遠を追求する神。武神の側面もあり、雷電将軍、御建鳴神主尊大御所とも呼称される。
その正体は先代雷神であり双子の姉でもある雷電眞(らいでん まこと)の影武者で、眞の死亡によりその地位を極秘裏に継承した。
先代雷神や数々の同胞を喪ったことをきっかけに摩耗を恐れ、不変の永遠を追求するようになっていった。
しかし、旅人との戦いや交流を経て、人々の願いの輝きを垣間見たことで、時が移り変わり儚き瞬間が紡がれていく中に新たな永遠を見出した。
セイバーの他にもランサー、キャスターの適性があり、ランサーの場合は夢想の一心の威力が抑えられる代わりに目狩り令による宝具封印が可能になり、キャスターで召喚された場合は人形制作に特化した性能になる。
かつて影は悠久の時の中で摩耗していくことへの懸念から、寿命の限界を超えて稲妻を永遠に庇護するために人形を制作していた。
最終的に影自身の神体を基に自律人形を制作し、「一心浄土」に閉じこもる影に代わって稲妻の統治や防衛システムを担わせていた。
他方、その研究の過程で生まれた試作品の人形からは、拗れた感情を抱かれている。
【サーヴァントとしての願い】
マスター茂茂のサーヴァントではなく、「ダチ公」として共に戦う。
【マスターへの態度】
同志でありダチ公。
【マスター】
徳川茂茂@銀魂
【マスターとしての願い】
生還し、ダチ公に茂茂と呼ばれる時代を生きる
【能力・技能】
・江戸幕府第14代征夷大将軍
傀儡政権とはいえ江戸幕府征夷大将軍であり、「将軍」の名に恥じないカリスマと、国と民を想う心を持っている。
・クナイ
御庭番衆に身を寄せていた時にクナイの投げ方を教わっており、その精度も高い。
【人物背景】
江戸幕府第14代征夷大将軍。将軍のため、通称は「将ちゃん」。
自身の暗殺未遂に端を発する動乱で将軍の座を追われながら生き抜き、ダチ公達と名前で呼び合える時代での再開を約束するも、
京にて幼馴染の毒針の手にかかり、妹の前でただの茂茂として静かに息を引き取った。
【方針】
専守防衛に徹し、可能であれば同盟の道も模索する。
【サーヴァントへの態度】
ダチ公であり一人の侍。
以上で投下を終了します。
投下直前に別スレへの誤投下をしてしまい、大変失礼しました。
投下します
◆
それは、「ある色彩」としか呼びようのないものだった。
この地球上に、いや、天上にさえ存在しないであろう、「色彩」。
それはこの世界の外……異世界に広がる無限の深淵から投影された色彩……。
人の力ではどうすることもできないものがあるということを伝える、恐るべき使者(メッセンジャー)だったのだ。
───H・P・ラヴクラフト『異世界の色彩』
<中略>……しかしながら、この『鏡中異界』とも呼べる幻想は、古来より存在する『水中異界』と同根のものであると筆者は確信している。
かつて水中には竜宮などに象徴されるような異界があると信じられており、同時に姿を現す鏡としても水は使われてきたからである。
古代においての水盤占いに見られるように、水は最も原始的かつ美しい鏡の一つとして各種の神秘術にも用いられてきた。
童話にある肉をくわえた犬のように、古代人が見ずに映る光景を実在の別世界と捉えたとしても一体何の不思議があるだろうか?
───大迫英一郎『神隠し考』
◆
冥奥領域内の東京で、ある怪談が伝わっている。
どの町にも必ず一軒くらいはある、幽霊屋敷の物語だ。
特別製で、抜群に奇妙な物語。
中に入った人間が帰って来ず行方不明になる人食い屋敷。
警察も科学者の集団も民間の霊能力者も、こぞって解決に挑んで揃って飲み込まれた不祓案件。
この噂を聞きつけた者にとっては一笑に付す話だ。
神秘の粋が集い、過去に記される伝説の英傑が居並ぶ聖杯戦争の地にあって、噂話などと。
葬者にもなれない死者の間でのみ飛び交う流言飛語でしかない。仮に本物であったとて、何を恐れるものがあろう。
実際に幽霊屋敷が存在するのなら、それは間違いなくそこに根を張るサーヴァントの仕業だ。つまり倒すべき敵の1体に過ぎない。
住民の話題に登るほど痕跡を残しているのなら魔術の隠匿も知らぬ間抜けか、それとも余程の自信家か。
極めつけに、件の屋敷は住所まで割れている。愚者であれ豪傑であれ明らかな挑発行為だ。打って出るに他ない。
葬者は自慢の秘術とサーヴァントを伴って、まるで肝試しにでも向かうように悠々と門をくぐり、続々と奥地へと踏み込んで行った。
ここまではただの噂話。
怪談は、ここから始まる。
屋敷から生きて帰ってきた者は、誰もいなかった。
魔術師も、英霊も、皆一様に屋敷に喰われ、姿を消した。
結果のみを語れば、陣取った英霊に返り討ちにされた。それだけの話に思えるだろう。
この怪談の奇妙な部分は、噺の流布が止まらない事にある。
そもそもひとりも帰還者がいなければ噂が広まるわけがない。
葬者は架空の身内に詳細を伝えたりしないし、テレビで失踪を報道もされない。従って幽霊屋敷の情報が出回りはしない。
それでも怪談は伝わっている。確実に、ゆっくりと。
根を伸ばすように、街に侵食を始めている。
屋敷に注目せず視点を離すと、街には様々な怪談が氾濫しているのに気づく。
薄闇の夜で鞠をつき唄を諳んじる着物の童女。
急に人相が変わり全身が液状になって溶ける人間。
市区の管理する美術館から個人の画廊展まで、いつの間にか飾られる絵画や、個人的な蒐集家の下に届く、差出人不明の肖像画。
徒に恐怖を煽る以外に共通項のない怪談の数々。
しかしそれらの出処を辿る者は、全ての導線が一箇所に集束する事を知る。
豊島区沼半井町2-5-29。広大な敷地内に立つ、常に霧が出ている古びた屋敷に。
知らぬ間に、見えない誰かに手を引かれて連れてこられた。
門に立ち尽くした者はそう恐れ、逃れようとあらゆる手段を講じる。
だが遅い。物語は紐解かれた。掴んだ腕はどこまでも伸びてお前を離さない。
魔術での解呪。英霊の宝具による屋敷への攻撃。身の着以外を脱ぎ捨てて全力の遁走。
意味のない。効果がない。大火に如雨露で水をかけても火は消えず、あの絵の前に引きずり込む。
お前は私になり、衣装部屋にまた服が増える。
そうしてぎゃらぎゃらと笑って、外にいる奴らに聞かせてやるのだ。
犠牲者の哭き声を聞いた葬者は口々に叫ぶ、あの忌まわしき名を。
底なしの穴に続いているように人を呑み込む、門前に彫られた家の名を。
壊すべし。
あの家、壊すべし。
双亡亭、壊すべし!!
◆
ぎし、ぎし、と、音がする。
木造の、ろくに手入れもされていない古びた廊下。
暗がりにある床を軋ませて、足音を鳴らしている。
……いや。
鳴っているのは、足音だけではない。
詩が、聞こえる。
ひい ふう みの よ
天神サァマの境内よォりも
ひぃろぃお屋敷見ぃつけた 沼半井の大旦那
道楽者のぱあぷう絵描き
ねじれ くびれた<双亡亭>で じぶんもぺらぺら
いとまごい…
いつ むう なな や ここのつ
とお
謳うのは、20にも満たないような、肩口まで伸びた茶髪の少女だった。
大きな瞳は高校生らしき背丈より印象を幾分か幼く見せ、綺麗よりも可愛らしいと表現するのが似合う。
どこにでもいそうな一般人の装いをしながら、この『双亡亭』内を自由に歩き回っている。
犠牲者の怨念が土地を離れる事もできず染み付いて。
死霊でも英霊でもない、恐るべき侵略者が潜む、この双亡亭を。
恐怖の片鱗も見えない、邪気のない笑顔のままで、歌いながら、悠々と進んでいる。
「……やっぱり、いい詩だねえ」
足取りは一定。
呼吸も平常。
しきりに辺りを見回さず、行き先を逡巡せず、何も警戒していない。勝手知ったる他人の家とばかりの平常心。
それはどんな怪異よりも不条理で不合理な、狂った光景だ。
───十叶詠子はあの世の中の地獄であっても、変わらない絶対の狂気によって隔絶されていた。
廊下に続く大扉を開いた途端、部屋に充満していた油の匂いが溢れ出した。
学校の体育館ほどの木造部屋には、立てかけられたり、描き上がって床に放られてるキャンバスの数々。
紙の中には、限りのない色彩。
誰かが抱える世界を、捉えて、切り分けられ、二次元状の枠にはめ込まれた小宇宙。
脳内に閃いた想像を忠実に、詳細に表出させる、そこは芸術家のアトリエだ。
「ただいま、泥努さん」
返事はない。
椅子に座ってキャンバスに向かい合う、上から下まで黒の男は、背後から声をかけられても振り返るどころか、作業を止めさえしない。
意図して無視しているわけではない。背後の詠子に気づかず、絵画に没頭しているだけだ。
一心不乱に筆先を動かし、長方形の白紙を色で染めている。
ただ黙々と、度を越した集中力で絵具を塗り重ねていく。
己の世界に没頭し埋没し、それ以外は邪魔だとばかりに排斥し、遮断する。
言葉でなく姿勢で意を表明する後ろ姿を、邪魔することも気分を害しもせず、詠子は優しく見守っている。
双亡亭の中では時間の軛も解かれている。
それからいったい、どれだけ経ったのか。数分かもしれないが、何時間も後になってからかもしれない。
永劫にして一瞬の時間を詠子はその場で待ち続けて、ようやく止まらぬ男の指が残像をなくした。
「……こんなところか」
顔を絵から離して、瑕疵がないかじっくりと検分し。
「出来たぞ……見るがいい」
いつからいたのかと聞きもせず、前置きを抜いて詠子の方を振り向いた。
遊びのない黒一色の服。細い体。短く刈った髪。
自身を絵のモデルにしても映えそうな整った顔立ちは年若いが、纏う雰囲気の暗さがひどく痩せ細って衰えた老人にも見える。
眼光は鋭いというよりも、激しい。
鮮やかに視線で射抜くのではなく、目についた何もかもを癇性で粉々に砕いてしまうような、激しい力の奔流がうねっている。
狂気。深淵の底。領域外の脅威を従える芸術家。
───坂巻泥努は、フォーリナーのサーヴァントという影法師でさえなお、変わらず絵を描いていた。
「わぁ……すごいすごい! ほんとうに私の見た『物語』を描いてくれたんだね」
閲覧の許しを得た詠子は絵の前に立つ。
等間隔に円形になって置かれた8つのキャンバス、そこの中心で体を回しながら、踊るように絵を眺める。
桜の木の下でひとり佇む、臙脂色の着物の少女。
雨だれと水たまりの下でのみ映る、透明な犬。
熟した果実のように木の枝に垂れ下がる首吊り死体。
無限に続く鏡合わせの1枚にだけいる、壊れた笑顔の女子生徒。
目隠しをされたままで笑いながら手を伸ばしてくる、男の幼児。
掘り起こされた花壇から伸びている何本もの白い腕。
半開きのクローゼットから覗く、人のできそこないの人形。
月を映す水面の中心から生えた、巨大な異形。
写実的に描かれた、だが現実的ではないどこかズレた風景。
あり得ないものに確かな存在感を与える、卓越した技術。その齟齬が見る者に底しれない不快を催している。
言い知れない不穏を纏わす絵画の環と対照的に、詠子は喜びの色で顔を綻ばせた。
「それにこの絵にある『物語』の魂までも表現してくれている……。
あなたは他人の魂のカタチを理解し、絵というカタチで現実に映し出せるんだね。
だからあなたの描いた『自分の肖像画』を見た人は、自分でさえ気づかない自分の魂のカタチを見せられたのに耐えられず、自分の形を見失ってしまう……。
こんな風に人の心をカタチにできるだなんて、私には思いつかなかったなあ」
心からの賛辞を絵画と画家に送る。
詠子が起こした物語。『神降ろし』の為に用意した『異界』の奇譚。
本は閉じられ、今や詠子の記憶の中にしか残されていない物語を、泥努は『技術』で再現していた。
<侵略者>───万色に変わる異星の水で描かれた絵は平面の存在でありながら艶かしく、今にも飛び出してきそうな迫力がある。
本当に、飛び出して。
「『物語』にはそれを補完する『挿絵』がつきものだよね……それこそ絵本なんて、子どもの頃にみんなが読む、最初の『物語』だもの。
絵を描く事と物語を書くのは、それほど違いはないのかもね?」
「さし絵……だと?」
その時まで。
詠子の評価を能面の無表情で聞くだけだった泥努が、反応を示した。
「この私の「絵」が……他人の書いた話の「添えもの」だと抜かすのか……?」
露骨に、極めて強く、その一言に反応した。
「違うぞ。まったく違う。私の絵はそれのみで完成している。私の絵は常に主役なのだ。
断じて他人の創作の横に置かれ、三文小説に華を添えるものではないぞ……!」
自我が肥大化し、実像すら膨れ上がって見せるほどの激情。
遠き星の生命すら怯える男の癇癪を起こしてしまっても、詠子は流すように微笑む。
「うん、そうだね。あなたの絵は私の記憶から描かれたけど、間違いなくあなたの手で生まれたもの」
恐怖もなく、驕りもない。その怒りすら愛おしいと、万感をもって祝福するように。
「そんなあなたから見て、私はどんな『モチーフ』なのかな?
私の中の『物語』を聞かせて、絵画の題材にする……あなたの望みは、ちゃんと叶った?
あなたのいう大事なこと……「脳を揺らす」ことは、できたのかな?」
揶揄を含んだものでなく、子供心に浮かんだ疑問を投げかけるように詠子は問う。
期待に応えられたのかという不安は、含まない。詠子は望みに応えただけ。受け取った解答をどう受け止め、咀嚼するかは受け手に委ねられる。
だから、求められるのは泥努の答えのみ。
稀代の魔女、とうに肉体を失い都市伝説の流布を行き交う真性の異存在。
異界の申し子は何の因果か冥界に流れ着き、星を侵略する異星者を招いた芸術家を喚び出した。
英霊になっても泥努は変わらない。
絵を書く行為のみこそが泥努の目的であり、思考の表現でもある。
だから自身が最初に目にした、人間でありながら人間を隔絶したものに引かれ、芽生えた画想の製作に終始した。
行程を終えて、今、何を抱くのかと詰められた泥努は、
「お前は……モデルにはならん」
と、一気に顔から感情を消して言ったのだ。
「お前の「色」は強すぎるのだ。
黄みがかった象牙(アイボリー)でも青みのある月白(ムーンホワイト)でもない……。
白く、白く、いっそ透明に見えるほどの純白色(ピュアホワイト)。
そしてお前の「色」は、周りの全てをおのが色で支配して「塗り潰す」。
お前の隣に樹を描けば樹は『お前に掴まれた屍肉の柱』になり……窓の中にお前を描いても窓は『お前を口に収めた怪物』にしかならない……。
どんなモチーフも……どんな意図を込めて描いたところで、お前がそこに描かれているだけでお前に侵され、『お前の繪』になってしまう……」
周りにあるもの全てを漂白する、純粋にして絶対の白。
泥努は詠子の特質・異常性を正確に理解し、端的に評する。
「お前の色はお前ひとりで完成している。合う「補色」が存在しないのだ。
この世のどんなものより純粋であり、正しいが、それが逆に私の「脳」を揺らさない。私の認識においてお前は完全に「正しい」存在だからだ……凡人どもにとっては違うのだろうがな」
「ふうん」
その評価は、泥努にとって褒め言葉にあたるのだろうか。拒絶の言葉なのだろうか。
少なくともこの数日、情緒の揺れ幅が尋常でなく大きいこの芸術家にしては珍しく、詠子と話す時は落ち着いた態度の頻度が多いのは確かだった。
「私のことを狂ってるって言う人はたくさんいたけど……そういう言われ方は初めてだなぁ」
どちらとも取れない、事実のみを告げた評価に、詠子は興味深く頷いた。
「不思議だね。みんなは私のせいでみんなが狂うっていうけど、誰かが狂ったとして、それってその人の中に狂う資質があるってことでしょ?
人の心の器が向こうを受け入れたから狂ったのか、受け入れられずに器が壊れて狂ったのか。どっちも本人が持ってた資質だもの。
どんな可能性も、できた以上は最初からその人の中にある。それに気づかないだけ。人は自分が見たいものしか見ようとしないもの。
なのに自分の中から出てきた結果を、自分のじゃないって否定する。生まれつき持ってるものをおかしいって言うの。
蛙が鳴くのを、誰も狂ってるなんて言わないのにねえ」
「ふん……凡愚共は常にそうだ。奴等は自分の理解を超えたものを目にした時、必死になって否定しにかかる。
脳に刺激を与えず惰眠を貪っている己の無知を認めず、常識だの知識のみをひけらかして蒙昧に悦に入る」
肯定する。
「だがな……それこそが芸術なのだ。
芸術は『きれいな絵』だの『胸の奥があったかくなる』だのを表したりしない。ぜんぶ嘘っぱちだ。
既存の価値観を破壊し、感情を刺激し、脳髄を揺さぶる事こそが芸術だ。体にいい事なのだ」
「それが、あなたにとっての『物語』なんだね……」
言って、詠子は改めて自分を取り囲む絵を見渡す。
泥努の作品。心血と情熱と真髄を込めて生まれた、詠子の中から生まれた子。
非常に珍しいことに。
ふたりの会話には、互いを理解し、通じ合えた同士の穏やかさがあった。
詠子は泥努の創作も、思想も、全てを認め称賛し、サーヴァントではなく。
泥努も詠子の行為も、思想も、忌避せず、マスターではなく鑑賞者のひとりと見做している。
他者がふたりを見て当たり前に感じる不快、畏怖。それを共に抱いてはいない。
かたや人の精神を色で視認し、過去の隅々まで理解する共感覚者。
かたや別の位相にいる異界の世界を認識しながら、現実で生き続ける絶対型異障親和型人格。
世界の視え方が他者と逸脱しているが故の、それは孤高の共感なのか。
「そういえば……何やらがやがやと外が騒がしかったが……あれはお前の仕業か?」
「ああ、あのお友達のこと? 『しの』さんが食べちゃった。
ごめんね? みんな面白い魂のカタチだから、泥努さんに会わせようとしたんだけど……願いの強さは、人魚姫が上だったみたい」
「ふん、あの絵のモデルか。多少は奇妙だったが、「色」は今まで見てきた連中と大差のない俗物だったぞ。
お前やあの水どもを見た私に、たかだか強い力を使う式神程度で興味が湧くものか。どうせ連れて来るのなら、より私のイメエジを刺激させるものにしろ」
「ふふ、それもそうだね」
ようやく、聖杯戦争らしい話題が交わされた。
それすらも独特の捉え方で、この狂人ふたりに、どこまで戦いの基礎について認識がなされているのかは不明だが。
「……詠子。お前が何をしようと私には興味がない。邪魔者がこの双亡亭に来るというのなら、しのとで好きに殺せばいい。
私はここで絵が描ければそれでいいのだ。冥界だ聖杯だ、そんなものはどうでもいい。私の脳には不要な知識だ。
だがな、それが私の創作に水を差すようであるならば……私の支持者であろうが、容赦はせんぞ」
「そんなことはしないよ。あなたも、あなたの絵も、私は好きだもの」
怖気を起こす殺気と、吐き気を催す慈愛が、ひとつの部屋で交差する。
混じり合わず、反発もせず、あるがままのままに螺旋を描く。
それこそは原初の恐怖。語られずとも生命の遺伝子に刻まれた、死の国の顕れ。
地獄という、星が安定するより以前にあった、あらゆる生命を許さぬ嵐。
「あなたの望みはきっと叶う……『しの』さんも、他の『葬者』さんも。
そのために、みんなはここにいるの。命のない世界で、新しい物語が生まれるために───」
聖杯など眼中になく、どこまでも戦争から遠ざかっている主従。
だがそんなものは関係ない。彼らがいる限り、何れかの葬者が聖杯を得る事はない。
人知れず、冥界の波に巻き込まれて消える。そんな淡い希望は脆く崩れ去る。
何故ならば、この屋敷の住所は豊島区沼半井町2-5-29。
聖杯戦争が行われる、東京を模した冥奥領域の内、もっとも中心部に近い位置。
聖杯を臨む限りは。
生還を望む限りは。
彼らは立ちはだかる壁となる。
対決は避け得ない。必ず、彼らの屋敷に自ら踏み入れなければならない時が来る。
異星の王と異界の魔女が支配する────この、<双亡亭>に。
故にこそ、壊すべし。
世界の最果てまで狂気という大海に呑まれ、あらゆる人と命が溺れ死ぬまで溢れ出すのを防ぐため声をあげ続ける。
────双亡亭を、壊すべしと。
◆
「ただいま、「しの」さん」
「……ああ。おかえり「詠子」」
大部屋から出た読子を迎えたのは、詠子よりも余程屋敷に馴染んだ、着物姿の童女だった。
生気のない顔、この世の生物を形だけ真似たような、幽霊屋敷には似合いの死人の表情。
それすらも、この狂人の隣にいては風景の一部に溶けてしまう程、気配を薄くしてしまうのだが。
「詠子……また外に出るのか?
我々の体質は理解しているはず……。外の空気の中では、お前を襲う外敵への防衛行動も取れない。
双亡亭の中でなら安全だ。お前にとっては、だが……」
マスターの安全など意に介さぬサーヴァントの代弁者として、しのの諫言もむべなるかな。
召喚されてこの方、詠子は双亡亭の中に留まったためしがない。
朝に出て夜に帰り、深夜に抜け出して夜明け前には戻って来る。
それこそ学校に通い、終業後に夜遊びに繰り出すのと変わりない感覚で、気軽に聖杯戦争の場を巡っているのだ。
「優しいねえしのさんは。それも「みんな」の言葉?」
「無論だ。お前は葬者……泥努の要だ。お前に死なれては我々も消えてしまう……」
しのの言うように、双亡亭は万全鉄壁、難攻不落の城。
館の材質の全てはしのであり、しのが館である体内も同然。
籠もってさえいれば身の安全が保証される、安眠の揺り籠なのだ。館の主に認められたマスターのみに限った話だが。
「「敵」の情報を集めて双亡亭に招き寄せ、奴らの体を奪い防衛力を増強する……。
その意図は理解するが、本来はそれすら不要なのだぞ。
泥努が絵を描き上げさえすれば「条件」は整う。われわれの目的は達成されるのだ……」
「うーん……でも、それだと駄目なんだなあ」
「……何がだ?」
「それじゃあ『物語』にならないもの」
待ちに徹すれば勝てる。と、そう明瞭に言ったはずだったが。
返ってきたのは意味の分からない答えだった。
「それじゃあね、あなたの願いって叶わないと思うの。
あなたも泥努さんも、自分の魂のカタチが強すぎて本当の望みを隠しちゃってる。
外の世界に出るのがあなたの願い。自由だけど狭い水の中で、不自由ばかりだけど広い大地にあなたは憧れた。
素敵な歌声を捨ててでも、地面に立てる両足を求めた。
それがあなたの物語。悲しくて報われない、けれどとっても美しい恋のお話……。
アンデルセンの童話なんだけど、あなたにぴったりだと思わない?」
穏やかで、優しい、怖気を誘う無邪気さで。
「あなたは──────『人魚姫』」
謳う。
「『八百比丘尼』」
奏でる。
「そして『竜宮城』。
このみっつがあなたと、彼に必要な物語」
喋る度、言葉が音になって出る度に、廊下の気温が一段と下がっていく。
ここではない何処かから奇怪なるものを呼び寄せる、魔法の呪文のように。
双亡亭はしのの体。材質も大気にも彼女と同じ成分で構成されている。
そんな、何もかも異常な空間においてさえ、なお一層と異常な空気に変質させていく。
「私は『魔女』だからね。黒いローブも、空飛ぶ箒も、猫の使い魔もいないけど、それでも魔女だから、あなたには魔法をあげるの。
効き目は抜群だけど、その代わりにあなたのもっとも大切なものを失ってしまう───魔女の薬と、玉手箱を」
「……」
詠子の言葉が、しのには何ひとつ理解が及ばなかった。
数多の人間、霊能力者を取り込んできて、そしてこの冥界では魔術師をも自らの一部と成り代わってきた異星体が、ひとりの少女の底を読み切れていない。
無垢な微笑みを向けてくる『魔女』に、言語化を絶する感情が湧き上がってくるのだけが分かる。
そもそもが、このマスターについて分かる事が、あまりにも少ない。
同じ星の人間でありながら、しの達の地球侵略を容認し、後押しすらしている。
五頭応尽と同じ破壊思想の持ち主でもない。泥努のように、ひとつの活動に取り憑かれた一貫性も見れない。
十叶読子という個体の精神構造は、あまりにも不可解すぎた。
諦めはしない。諦められるはずがない。
ここまで来たのだ。ここまで、やって来たのだ。
<侵略者>の名代の疑似人格<しの>は、同胞と統合された思考を延々と回す。
泥努も、そして詠子も、聖杯の獲得に意欲が見られない。
頼れるものは誰もいない。己がやらねばならないのだ。
サーヴァントなる、集合無意識に記録された死者の再現体だとしても。
その一体である泥努に使われる、道具(スキル)としての矮小な存在で召喚されたとしても。
己の望みは変わらない。一切の変化の余地もない。
「生存せよ」。原始の体細胞でも持つ単純明快な、生命の本能。
天之川銀河から2000万光年先にある銀河群で寿命を迎える星を捨て、新天地を探しての旅路の果てに遂に見つけた青の惑星。
一度目は泥努という、天文学的確率の狂気の男の精神力によって屈服を強いられた。
二度目は雌伏を越えて反逆を成し母星との門を繋ぐも、現地の人間の総力によって食い止められた。
そして三度目。あり得ぬはずだった、千載一遇の蘇生の機会。
次こそは失敗しない。今度こそは仕損じるわけにはいかない。
聖杯。冥界。英霊。人理。サーヴァント。クラス。スキル。宝具。マスター。葬者。領域。
流れ込む未知の知識を貪欲に吸収する。またしても泥努に仕える環境、人間に使われる屈辱も飲み下して耐える。
今の今まで死んでいたという事実すらも、生きている現在が遥かに勝る。
何せ勝利の条件が非常に緩い。たかだが一月もない時間。たかだが数十人の敵を蹴散らすだけ。
天敵の水を取り入れた数百の敵達との辛苦の戦歴からすれば、瞬き程度の労力でしかない。
唯一の、最大の懸念。
『双亡亭を破壊する』宝具は、泥努の記憶ごと封印した。
サーヴァントは全盛期の姿で召喚される……付与された知識を駆使しての、召喚直前への割り込み。
己が敗北するより前の、『双亡亭で絵を描き続けている泥努』こそを全盛期だと定義させた。
英霊にも聖杯にも無関心な泥努よりも先に、サーヴァントのシステムの把握に努めた成果が、泥努を出し抜く機会を生んだ。
これにより召喚直後の自死を封じるだけでなく、泥努からしのの反逆の記憶を奪う副次的な効果も得られた。
そしてそこのアドヴァンテージの取得には、詠子の存在も含まれている。
令呪。これこそは制御不能の泥努を逆に従えさせる妙手。
絵に集中し切っている泥努は聖杯戦争の情報を完全に締め出している。つまり、令呪の存在を知らない。
詠子を己の同胞に取り込ませるか、懐柔して使わせるかだけで、最も忌々しい障害を解消できるのだ。
詠子にはまだ一滴分の水しか取り込ませてはいない。
葬者と英霊、即ち詠子と泥努とを繋いでいる『契約による通路』を、自身にも繋ぐための信号だ。
精神支配、肉体制御が出来るようになるには、量が足りない。
大きな動きをこちらが見せれば如何に泥努でも異変に勘付く。
事は密やかに細やかに。外の人間にしたように、些細な思考を誘導するだけで今は十分だ。
惜しむらくは肝心要の葬者である詠子が、奔放にも毎日双亡亭の外を出歩く事だ。
冥界とはいえ外気まで再現された街にいては、水を大量に投入する隙すら作れない。
よもやこちらの思惑に気づいていて、取り込まれないよう常に外出してるのではと疑いもしたが、体内の水はそのような思考はないと回答している。
僅かな不安要素を残しながらも、着々と作戦は進行している。
あと少し、あと少しの辛抱だ。葬者を喰らい、英霊を殺し、この死の国で自分達は生を取り戻す。
それさえ乗り越えれば───乗り越えられれば──────
「大丈夫だよ」
無い筈の心臓が掴まれて縮み上がり、細胞が凍結した。
数億年もの間思考を止めずにいた生命体の、自覚しない隙間に何の抵抗もなく入った言葉。
「人間はね、とても優しい生き物なんだよ。
星の外から来た、世界を沈めてしまう生き物だって大丈夫。
泥努さんも、あなた達も、みんな、人はきっと受け入れてくれるよ……」
疑いのない、全霊の人間讃歌。
星をも呑み込む、人間への無限大の期待。
詠子の言葉は全て、嘘偽りのない本心からのもの。
人の心を信じ、可能性を信じ、あらゆる事を受け入れられると期待している。人を善いものだと感じる、善性だ。
だが嘘も邪気もない世界とは、現在の宇宙においては狂気に他ならず。
本物の狂気は、人も、理も、何もかもを『捻じ曲げる』。
異星さえも。
しのは何を返せばいいのか分からず黙り込み、詠子もそれ以上を紡がず、一本道の廊下を進む。
詠子の顔を見ずに済み、言葉を聞かずに済んだことにしのは安堵したのに、しのも総体も自覚しなかった。
【CLASS】
フォーリナー
【真名】
坂巻泥努@双亡亭壊すべし
【ステータス】
筋力B 耐久EX 敏捷E 魔力C++ 幸運E 宝具B
【属性】
中立・中庸
【クラススキル】
領域外の生命:EX
外なる宇宙、虚空からの降臨者。
邪神を支配し、その権能の片鱗を身に宿して揮うもの。
神性:C
外宇宙に潜む高次生命体の先駆となり、強い神性を帯びた。
計り知れぬ脅威を、坂巻泥努はその身一つで封じ込めている。その代償は、代償は……何一つ、ない。
狂気:A
不安と恐怖。調和と摂理からの逸脱。
周囲精神の世界観にまで影響を及ぼす異質な思考。
【保有スキル】
鋼鉄の決意(芸術):A+++
人の感情を色彩で読み取る共感覚と、惑星一個分の精神侵略者を独力でねじ伏せ、逆に支配した異常な精神力が合わさってスキルとなったもの。
普段は芸術活動に没頭して他に見向きもしないが、妨げになる存在がいた場合、その精神が具現化したかの如く過剰な威力の攻撃を加える。
絵画技術も含まれ、空間に満ちた「人の心に働く粒子」を筆先に定着させて、平面に定着させる技術を習得してる。
精神汚染、芸術審美スキルも内包しているが、独特すぎる審美眼と複雑怪奇にねじくれ曲がった精神のため、他人と会話が通じず、自分の芸術も理解されない。絵も売れない。
黒き水の星:EX
太陽系から2000万光年先にある星から飛来した災厄。あらゆる色彩に変わる水。
地球では<侵略者><奴ら>と呼ばれるのみで、彼らも自身も固有の名称で語る事はない。
その正体は個体の概念がなく種族全ての意志が統一・共有されている、総体は惑星ひとつ分もある液状生命体。
流体であるため姿を自在に変えられ、巨大な生物の群れを形成する、生物の体内に侵入し細胞と精神構造をくまなく把握し肉体を乗っ取る、傷を癒やし老いることのない不死の妙薬に用いたりと変幻自在。
窒素のない空間───主に水中───で爆発的に増殖する性質があり、逆に窒素がある地球の大気では一秒と持たず体が崩壊するため、生存圏は極めて限定されている。
窒素以外の弱点として、電撃や炎など熱波を伴う攻撃にも液体が蒸発してしまう。
既に滅びに瀕している母星を捨て、新天地を求める旅の先で漂流した一部が地球に到達し侵略を開始するが───第一発見者がよりにもよって坂巻泥努であったのが運の尽き。
一千兆分の一の確率で引き当てた最悪の男の精神力で、乗っ取るつもりが逆に支配され、泥努の描く「絵の具」として酷使される存在になってしまった。
以後便宜上の交渉窓口として、「しの」という童女の姿をした疑似人格の形を取っている。
泥努自身は肉体的にはただの人間だったが、黒い水を取り込んだ事で超人的な耐久力、不死性を獲得。
外的手段で水を全て抜き取られても、半身が砕けようが死なないほど生物的に逸脱した存在になっている。
貴方の為の自画像:B
泥努が<侵略者>の体で描いた肖像画。レンジ1、最大補足1人。
対象の自画像を間近で見た者を絵の中に引きずり込み、記憶にある「最大の苦痛」を伴うトラウマを悪意的に誇張して再現。
精神を破壊して体内に入り、肉体を完全に支配してしまう。
成り代わられた人物は<侵略者>の一部であり、記憶や人格を残す個体もいるがあくまで模倣されたものでしかない。
通常は単調な動きしかしないゾンビに近いが、人格を保持した個体は知識に基づいた独自の行動が可能。
さらに肉体は本人のままであるので、身につけた技術や異能・霊能力を自在に行使できる。
【宝具】
『双亡亭』
ランク:EX 種別:結界宝具 レンジ:1〜100 最大捕捉:500人
侵入した警察、霊能力者を幾人も飲み込んできた不祓案件の幽霊屋敷。
その実態は<侵略者>が融合した地球侵略の橋頭堡。坂巻泥努にとっての竜宮城。
正確に双亡亭といえる(泥努が設計した)のは中心にある母屋であり、あとは用意した資材に<侵略者>が混じって半ば自動的に増築された。
外装内装共に泥努の造った「亡び」のイメエジの具現、「良い絵を描くための脳を揺さぶる」ために、建築様式、部屋、間取り、調度品が法則性なく無秩序に入り乱れている。
敷地内は<侵略者>の体内に等しく、なおかつその支配者の泥努の精神を表した空間は、心象世界の具現化……魔術の最奥、固有結界と同様の分類と見做された。
窒素濃度を薄くし、酸素濃度を濃くする事で<侵略者>の活動を容易にする等、環境を自由に変化。時間と空間すら歪んでいる。
過去に囚われた犠牲者……一般人、警官、霊能力者、帝国軍人、母星で相対した同種の力をもらった人間の子供……がひしめき、侵入者を抹殺、同族化してくる。
サーヴァントの括りにあるとはいえ、根本的に幽霊とは異なる存在であり、対霊に特化しすぎた攻撃は大きく効果を減じてしまう。
召喚直後から現在まで、豊島区沼半井町2-5-29にそのまま実体化している。
完全に土地に根付いてしまっており、宝具を解除する事ができないが、魔力消費もごく軽微に留まっている状態。
既に数人の葬者の魔術師を<成り代わり>に変え、手駒を増やしている。
『黒水星来たるべし』
ランク:B 種別:対衆、対星宝具 レンジ:測定不能(地球全域に相当) 最大捕捉:測定不能(地球全生命に相当)
<侵略者>は、自分の体を平面に広げる事で、同種間でも空間転移の門を開く事ができる。(この他、双亡亭を爆破された粉塵でも同様の効果を発揮)
これを利用して全ての同胞を母星から地球に連れて行くのが彼らの本体の目的だが、泥努にその権限を奪われ、門となる体で描いた絵も「人の心に働く粒子」で定着され繋がらなくなってしまった。
この宝具はその封を解禁し、泥努の描いた絵全てから本体の水を出す召喚宝具。
惑星を覆う量の鉄砲水というだけでも脅威だが、真に恐るべきは窒素のない空間で増殖するその特性。
仮に地上の海に一滴でも到達すればその時点で手がつけられない大繁殖を遂げ、人類滅亡が確定する。
門になる巨大な絵を描いて泥努が許可さえすれば容易に使用可能な宝具であるが……その「泥努がよしとする」事こそが一番の難関。
我を忘れるほどの憤死しかねない怒りを抱かない限り、自身が満足する集大成の絵画が完成するまで絶対に妥協しない芸術家の偏屈こそ、宝具発動の最大の欠点であるといえよう。
泥努が死亡した場合、絵の封が自動的に解かれ水が溢れてしまう、自爆宝具の側面も持つ。
『双亡亭壊す可し』
ランク:D 種別:対人宝具 レンジ:─ 最大捕捉:双亡亭
一人で屋敷の奥に籠もって延々と絵を描いた男は悟る。
「絵描きは…どんなにこの世が煩くても…竜宮城に行ってはならないのだと……」
絵のモデルにした女、その弟、旧友の軍人、売れない画家との交流、勝負、その結論。
効果は双亡亭の消滅。即ち泥努と<侵略者>の消滅。
消滅の直前の記憶を持っている泥努は、召喚されれば即座にこの宝具を使用し双亡亭を破棄する。
これを泥努の支配の外から未然に防ぐため、<侵略者>は召喚に先んじて泥努の全盛期を「双亡亭で絵を描いた時期」に設定。
本編軸の記憶と共に、この宝具を封印させた。
【weapon】
侵略者の水で作られた生物郡、成り代わられた犠牲者。
水中での活動に適した形に合わせた、水中生物の姿を取る事が多い。
泥努は侵略者を上回る精神力、発想力によって、より高度で複雑な攻撃手段を構築可能。
成り代わりも、泥努の一筆を書かれた個体は能力が向上し、双亡亭内での活動時間も増加する。
【人物背景】
売れない画家。
【サーヴァントとしての願い】
泥努:絵を書く。
<侵略者>:生きる。
【マスターへの態度】
泥努:応尽の代わりの小間使い。絵にも自分にも文句を言わず賛美してくれるので態度は抑えめ。
見える「色」は強烈過ぎるので、モデルには向かない。
<侵略者>:泥努の支配を解く鍵。一気に支配しようとすると泥努に勘づかれるため、少しずつ誘導していく。令呪を手に入れてしまえばこっちのものよ!
詠子の中の<侵略者>:てぃきゅりいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい
【マスター】
十叶詠子@missing
【マスターとしての願い】
不明。
【能力・技能】
生存率が千億分の一の『絶対型』異障親和型人格障害といわれる霊感持ちで、規格外の霊視能力を持っている。
絶対的な異物感と超常姓から常人は本能的な恐怖を覚え、彼女の言葉はそれが全て真実であるかのような錯覚を抱かせる。
本作での魔術は思い込みや深層心理を利用したものが主であり、その意味で魔女の言葉は呪文にも等しい。
人の「魂のカタチ」を読み、ほとんどはそれに倣った読み方で他人を呼ぶ。その人の経験が生んだ魂の歪み、本質を掴む一種の真名看破。
異界との異常な親和性でむこうの存在と意思疎通を果たしており(少なくとも本人はそう思い、それらはその通りに動いてくれる)、
彼らに干渉する形で様々な怪異を起こし、関わった人間を破滅させる。
肉体的には普通といったが、頸動脈をナイフで裂かれてもしばらく動いたり、血を飲んだ者に自身の霊感と同調させたり「できそこない」の形が崩れるのを留めたりと、体質的にはほとんど【異界】側に置き換わってると思しい。
【怪異】【異界】とは文字通り人間の世界とは異質かつ高次元な存在。
こちらから認識されず、逆に干渉もされない、目的も思考もあるかも定かではないが、向こうは常に現世の人間との接触を図っている。
そのために怪異は人間に自分を認識されるため、【怪談】や【都市伝説】といった【物語】を媒介とし、それを見知った人間を因に現世に進出する。
「等数学の数式は意味を介さない者にとってはただの記号の羅列に過ぎないが、公式を知っている者はそこから意味を見出すことができる」という理屈で作中では説明されている。
【人物背景】
魔女。
【方針】
まずはしのさんが自由になれる「物語」を作りたい。
泥努さんも、もっと色んな人とお話してみたらいいのになあ。
【サーヴァントへの態度】
泥努:泥努さん。怪異をねじ伏せる魂の力と強い願いに好感を抱いている。
<侵略者>:「人魚姫」「八百比丘尼」「人魚姫」。「しの」さんと呼び、宇宙からの「ともだち」として好感を抱いている。
投下を終了します。
本文とステータスシートは「Fate/Over The Horizon」で投下した候補作から一部引用しています。
投下します
荒い息遣いが夜闇に溶ける。
発するはフルプレートアーマーを着込んだ隻腕の騎士。
失われた右腕から噴水のように噴き出す鮮血は、騎士が隻腕となったのが、つい今しがたに起こった出来事であることを物語っていた。
騎士は小脇に抱えた年老いたマスターの顔色がみるみる青ざめていくのに気づきながらも、脚を止めることができないらしく、全力で夜道を駆けながら小さな声で申し訳ないと呟き続けていた。
やがて限界が来たらしいマスターの堰が決壊し、胃液が地面に流れ落ちた。
全力で回していた脚を止め、老マスターを地面に降ろし背中をさする。騎士にはそのような余裕は全くないのだが後期高齢者と言って差し支えないマスターのことだ、吐瀉物がのどに詰まりでもしたらそのまま死にかねない。
不安を抱えながらも、眼前の問題の対処のために脚を止める判断をした騎士。
そして、その不安はすぐに現実のものとなった。
「どうしたのだね。騎士として誇りと名誉を賭けた決闘を――そう言って戦いを仕掛けてきたのは君たちの方だったろう」
静かに、華麗に。
汗ひとつかかず、息ひとつ乱さず、騎士を隻腕にした下手人が彼らの背後から現れた。
闘牛士のような服を着た長髪の男。両側頭部には角のようなものが生え、手には何の変哲もないサーベルを携えている。
ヒィ、とまるで幽霊でも見たかのような小さな悲鳴と共に老マスターはガンドを撃つ。
だが対魔力スキルを持つ敵サーヴァント相手に一工程の魔術など通じるはずもなく、あっさりとによって霧散する。
だが一瞬視線が逸れたのを見逃さず、騎士はマスターの吐き散らかした吐瀉物を蹴り上げた。
すこし体をずらしてそれを躱した男に背を向け、再びマスターを抱えて走り出す。
もはや恥も外聞もかなぐり捨てた騎士の姿に、男は嘆息する。
「サーヴァントとしてマスターの守護を最優先、というのは理解するが、往生際が少々悪すぎるというものだ。
片腕を失いバランスの崩れたその体で逃げ切れるつもりかね。私は『丑』の戦士だが、別に、本物の牛のように脚が鈍いわけではないのだがね」
そして言い終わるや否や駆け出した男は、追い越しざまに騎士の両脚を切断する。
支えを失い地面に崩れ落ちる騎士。老マスターもその腕から取り落された。
地面を転がる老マスター。転がりながらも懐から魔力を込めた鉱石を取り出す。
敵に対魔力スキルがあるのは確定。だがそのスキルレベルが低ければ、二節以上の詠唱を行った魔術ならば通用する可能性がある。
仮に通じなかったとしても、立ち上がり、逃げ出すまでの時間を稼げれば、まだ立て直せる可能性がある―――そう己に言い聞かせて。
詠唱を紡がんと老マスターが口を開く。
しかし言の葉が形を成す前に、敵サーヴァントの持つサーベルが口内に侵入し小脳を貫いた。
そして、それを認識する暇もなく老マスターの頭部は縦に真っ二つとなり、その脳は強制的にシャットダウンさせられることとなった。
目にも止まらぬ手際で己の主の命脈を絶たれた騎士。絶望と憤怒が彼の身を焦がすがどうすることもできない。
悪あがきのための手足は失われ、芋虫のように地面を這いずることしかできない。
そしてその喉笛にサーベルの切っ先が突き付けられる。
「有体に言えばチェックメイトというところかね。これにて決着とさせてもらうが、何か言い残すことがあるなら言いたまえ」
淡々と告げられる死刑宣告に、数秒言いよどんだ後、発するように騎士は叫ぶ
「なんなのだ貴様は!!その、わけのわからない強さは!!
同じセイバークラスでありながらこの差はいったい何なのだ!!」
「最初に名乗りはあげたはずだが、聞いていなかったのかね」
できの悪い子どもを相手にしているように再び嘆息する。
「『丑』の戦士――『ただ殺す』失井。
それが戦士としての私の名だよ」
答えになってない!
そんな騎士の反論が空気を振るわせるよりも早く、騎士の胴と首は泣き別れとなったのだった。
◆◆◆
「正直、聖杯戦争とか死後の世界とか、全然実感なくてさ。
おっぱじまっちまえば嫌でも受け入れるしかなくなるし、受け入れられると思ってたんだよ」
緒戦を勝利で飾ったマスターは、そうとは思えないほど陰鬱な雰囲気を漂わせながら呟いた。
「でも違ったよ。
ここにいる人間は死人だとわかってる。けど、息遣いとか血の臭いとかそういうモンは生きている人間と何も変わらない。
戦争だからってその命を絶つことがどんなに罪深いことなのか、今の戦いで理解できちまった、様な気がする」
失井を従えるマスターは正真正銘の一般人。ランドセルを背負って学校に通う年齢の子どもだ。
この聖杯戦争に参加するまで戦いなどとは縁遠い、クラスメイトとの殴り合いの喧嘩くらいでしか暴力沙汰とは関わらない人生を歩んできた。
そんな彼が理由もわからないままに、突如巻き込まれた聖杯戦争という鉄火場。
会場内にある自宅アパートで目を覚まし、戦争のルールを頭に流し込まれ、召喚されたサーヴァントに頭を垂れられてなお、どこか他人事のように捉えていた。
けれど参加者を――人を殺し、その死体を目の当たりにしてようやく実感が湧いた。
そして同時に、凄まじい嫌悪感と罪悪感が全身にまとわりついた。
もっとも戦いを仕掛けてきたのは向こうで、実際に手を下したのはサーヴァントだったが、そんなことは慰めにならなかった。
「俺と同じマスターって連中があと何人残ってるか知らねえけど、こんな思いは二度としたくねえって心の底から思ったよ」
マスターの思いの丈を聞き届けた失井はまあそうだろうね。と嘆息する。
「私は生前、戦士として戦場に立ち、戦場で死んだ。
だが別に殺すことを楽しいと思ったことはないよ。『天才』などと言われたからにはそれなりに天職だったのだろうとは思うがね」
聖杯戦争がはじまり、長谷部の元に失井が召喚されてから既に数日が経過している。
夢による互いの過去の共有は済んでいた。
曰く、この陰鬱な風貌の男は、長谷部よりもさらに幼い5歳の頃から戦場に立ち、「わけがわからない」と言われるほどのその強さで『天才』の名を恣にしていたのだという。
男子たる長谷部はその生涯に浪漫を感じ、羨ましいとも思ったが、いざ戦場に立ってみるとそれがどれほどお気楽なものだったかがわかるというものだ。
「今更戦場で人を殺すことに何かを感じることはない私には、君の気持ちはあまりよくわからない。
だが、戦場で人を殺し、壊れていく者もたくさん見てきた。人を殺すストレスとはそれほどに重いものだ。
君のような子どもにはそうなってほしくないと思うし、他者を殺してなお、それを忌避する正しい感性を持ち続けていることを私は喜ばしく思うよ」
言ってから少々嫌味たらしかったかと自省しつつも、この後の話に比べれば些末なものかと思い直して失井は訊き返す。
「それらを踏まえた上で、なお、結論は変わらないのかね」
「ああ」
短く、端的な肯定。
「俺の最終的な目標はお袋のところに帰ること。
そのために、この戦争の参加者には全員死んでもらう」
それがマスターである少年――長谷部たけしの掲げる聖杯戦争のスタンスだった。
先ほど吐露した想いに決して偽りはない。
これ以上殺さずに済むなら誰も殺さずに済ませたいというのは偽らざる本音だ。
しかし、時間経過と共にマスターを死者に近づける冥界のルールと、生き残った一組のみが聖杯を獲得し現世に還えることができる聖杯戦争のルールがそれを許さない以上、人倫に殉ずるか人倫に悖ってでも生還を目指すか選択するほかなかった。
人間としての倫理に殉じ、この地で果てることも考えはした。
サーヴァントである失井に頼めば一厘の躊躇もなく、痛みを感じる暇もなく介錯してくれるだろう。
だが失井に介錯を頼もうとした瞬間、母の顔が脳裏によぎった。
父が交通事故で死んだときの母の泣き顔が。
その父から受け継いだ店を辞めてくれと自分に言われた際の母の泣き顔が。
店と一人息子のたけしだけを心の支えにしてきたと涙をこぼした母の泣き顔が。
自分が死ねば母にそんな顔をさせてしまう―――それはとても、とても胸糞が悪かった。
そのときに決めたのだ。
自分より小さな子どもでも。
か弱い女性でも。
――見知った顔であろうとも。
この聖杯戦争に参加するすべてのマスターを、自分が現世に還るための踏み台にすることを。
「だから、これからもいっしょに戦ってくれ。
お前の足引っ張らねーように……は、難しいかもしれねーけど、それでも頑張るからよ」
戦争を迅速に終わらせる。
それが失井にとって最優先事項で、それを最も効率的に行う方法が敵陣営の『皆殺し』であった。
視界に入る全ての参加者が全て敵陣営である以上、味方を巻き込まないように気を使わなくて済む分普段の戦争よりも少し気が楽というものだ。
それに気概はあるようだが身体的にも精神的にも、長谷部は小学生の子どもにすぎない。
彼のような子どもを保護し、戦場から遠ざけるのも戦士である失井の仕事だったが、そういう意味では長谷部を保護するための手段は他陣営の鏖殺以外に存在しないのだ。
失井が経験してきた戦争とは少しばかりルールが違うが、その為さねばならぬことは聖杯戦争でも変わらない。
己の正しいと思うことを、すると決めて、するだけだ。
◆◆◆
夜が明ければ人通りも増えてくるだろうからね。
そう言って失井が霊体化した後、長谷部は朝焼けで赤く染まった天を仰ぐ。
普段は気丈に振る舞うけれど「夏休みに友達と自転車で富士山に行く」といっただけで目に涙をためてしまうような心配性の母親だ。
多くの人を奈落に蹴落として帰ってきた自分を、母親がどんな顔で迎えるのか。
想像するのも嫌だったけれど、後で考えると決めて心の奥底にしまい込んだ。
【クラス】
セイバー
【真名】
失井@十二大戦
【属性】
中立・善
【ステータス】
筋力:B 耐久:C 敏捷:A+ 魔力:D 幸運:D 宝具:C-
【クラススキル】
対魔力:D
魔術への対抗力。一工程(シングルアクション)によるものを無効化する。魔力避けのアミュレット程度の対魔力。
魔術的素養はないので申し訳程度。
騎乗:C
正しい調教、調整がなされたものであれば万全に乗りこなせるが、野獣ランクの獣は乗りこなすことが出来ない。
【保有スキル】
直感:B+
戦闘時、つねに自身にとって最適な展開を「感じ取る」能力。
失井の場合は戦闘以外――推理や考察に於いても発揮される。
戦士の名乗り:A
失井ら十二戦士が戦いの前にあげる名乗りがスキルになったもの。
戦いを始める際、戦士としてその真名を明かさなければならない制約を負う。
失井の名乗りに対し、名乗りを返さなかった者の性能を低下させる。
【宝具】
『皆殺しの天才』
ランク:C- 種別:対界宝具 レンジ:10 最大捕捉:999人
失井が戦場で登場して以来「天才」という言葉の定義が変わってしまい、彼以外の人間に対しては比喩としてしか使われなくなったという逸話が昇華した常時発動型の宝具。
戦場に存在する全ての「天才」を「天才の紛い物」に塗り替え、大幅に性能を低下させる。
【weapon】
サーベル『牛蒡剣』
【キャラ紹介】
本名・樫井栄児。二月二日生まれ。身長181cm、体重72kg。
十二大戦に参加した十二人の戦士の一人。「丑」の戦士。
欲しいものは『助けが欲しい』。肩書きは『ただ殺す』。
わけがわからないほどに強いと言われるほど強く、「皆殺しの天才」と称されている。
その戦闘スタイルは華麗にして実直なサーベル捌き。それ以外には何もないのだが、特異な能力や改造された肉体を持つ者がはびこる戦場において、誇張でもなんでもなく属した陣営に必ず勝利をもたらす存在である。
正しいことをただ正しく行うことを信条としており、戦争を迅速に終わらせることを重要視しているし、戦闘に巻き込まれた非戦闘員の救出なども積極的に行っている。
敵対者には容赦しないが、恩を受けた相手に必ず報いようとする義理堅い一面を持ち合わせている。
【方針】
優勝し、マスターを親元に帰す
【マスター】
長谷部たけし@おジャ魔女どれみシリーズ
【マスターとしての願い】
母親の待つ家に帰る
【能力・技能】
運動能力は高いが、あくまで一般的な小学生の範疇
【人物背景】
主人公・春風どれみのクラスメイトで美空小学校6年1組に所属する小学生。
母子家庭で、母親は死別した父親から受け継いだ小料理屋を切り盛りしている。
不良っぽく喧嘩っ早いところがあり、クラスメイトの矢田に突っかかったり突っかかられたりしてよく一触即発になる。
母親の料理を手伝っているため料理の手先は器用なほか、特にそういった描写はないものの運動神経の良い男子として名前が挙がっている。
【方針】
優勝して母親の元に帰るのが目的。
叶えたい願いは特にないため聖杯への興味もほとんどない。
【サーヴァントへの態度】
その強さと人柄に対し大きな信頼を寄せている。
投下終了です
投下します
時計の針が動く。長針、短針が共に零の時刻を一瞬だけ指す。
多くの人が寝静まり返るのが夜ではあるが、この偽りの東京では違う。
夜を克服したと言わんばかりに未だ明るく、眠らない世界が広がっている。
人々にとって何ら違和感のない光景。それが当たり前だと、そこに住む誰もが思うだろう。
ひょっとしたら例外もいるかもしれないが、概ね疑問を抱かないのが普通だ。
されど、河原にて川面を眺める青年にはその当たり前が違和感だった。
街の何処へ行けども喧騒は絶えることを知らず、ありふれた東京の街並みが。
秒針はそのまま時を刻んでいく。誰もが知り、同時に誰もが知らぬ間にゆっくりと。
針は動く。止まることなく時間は流れていく。
人は動く。止まることなく人は目的地へと歩いていく。
物は動く。車も、電車も、何もかもが普通に。
違うとするならば、シャドウとは別の怪物がいることだろうか。
サーヴァントと言う名の怪物は、この東京の何処かに数多く潜むのだろう。
現に、彼の背後にも人の姿ではあるものの、英霊の座についた存在が座っている。
至ってシンプルな、ファンタジーな神話からやってきたであろう格好をした青髪の青年が。
「で、どうなんだ? 久々に気兼ねなく夜遊びできる時間なんだろ?」
呟きながら小石を拾って、河原へと投げるサーヴァントの青年。
河原へと投げた小石は水面を何度も跳ねて、そのまま向こう岸の石に混ざりこむ。
加減をしたところでサーヴァントの膂力。それぐらいの芸当はわけがなかった。
「なんつーか、複雑っつーか……未だ実感が湧かねえよ。」
「月並みだな。」
「影時間ってのは、俺達にとっては当たり前のことだったからな。
と言うか、気兼ねなくはできねえだろ。聖杯戦争真っ只中だぞ此処。
セイバーが周りを警戒してくれてるからこうして外出てるわけだしな。」
「それもそうか。じゃあ、あんまり普段と変わらねえのか?」
「……いや、普段とは違うと言えば違うか。結局影時間がねえもんな。」
青年、伊織順平は帽子を深く被り直しながら物思いにふける。
零時を過ぎても人は棺桶の形にならず、変わらずこの世界を渡り歩いている。
通ってる学園も違うし、あのタルタロスもない、当然のことだがシャドウも出てこない。
まだ来たばかりだからかもしれないが、ストレガの連中や滅びの話も出てこなかった。
特別課外活動部の活動、シャドウとの、ニュクスとの戦い。それが彼にとっての日常だ。
だがいずれ終わるであろう日常は突如として、何もかもが消えて聖杯戦争が始まった。
残されたのは恐らくあるであろうペルソナ能力だけ。空の銃だけがその手に残されている。
手放しで喜びはしない。結局、元の世界では影時間と言う概念はまだ続いている。
彼が提案した記憶を消して滅びを待つのと似たような、隔離による死の恐怖からの脱出。
自分一人いなくとも皆はうまくやれるだろうとしても、肝心な時にいなくなったのはよくない。
それに、聖杯戦争はシャドウではなく人と人の戦いだ。ストレガと言う同じペルソナ使いと敵対もした。
今更人との戦いなんてものを未経験、というわけではない。慣れとはまた別ではあるが。
「俺、昔は普通になるのが嫌だって思ってたのが懐かしく感じちまうよ。」
いつだったか、ペルソナ使いとしての戦いが終わることを、
影時間が消滅することを順平は恐れていたことがある。
影時間がなくなれば異能を───ペルソナを失ってしまうから。
ただの学生に戻り、とりとめのない日常へと戻ってしまう。そんな日々を。
誰にも称賛されず、誰の記憶にも留まることのないことが約束された戦い。
今ではそれを残念と思いつつも影時間を消すために戦うことを決意したが、
改めて特別になるとはこういうことだ、とでも言わんばかりに新たな戦いへと巻き込まれていた。
「それにまだ聖杯だとか冥界だとか、その辺さっぱりパリパリ侍だわ。」
ガクリと項垂れながら順平は今の状況を整理しきれてないことを口にする。
余り頭のよくない彼にとっては一度に得た情報を処理しきれてないのだ。
とりあえず冥界はともかく聖杯戦争だけは頭に入れてはいるが。
「ハハッ、なんだそりゃ。現代の言葉か何かか?」
「お、この手の奴で笑ってくれるのはセイバーお前が初めてだぞ。
ゆかりっちには何度も呆れられちまったネタでさぁ……」
「寧ろそこまで言われるって、どんな関係だったんだよお前ら。」
河原で男子同士の談笑が東京の喧騒の中へとかき消されていく。
マスターとサーヴァント。主従の関係である筈の二人だが、
年頃が近いからか、まるで昔からの付き合いの長い友人のように振る舞っている。
事実、互いにとって互いの関係の印象は似たようなものではある。
時代が違えば肩を組んでバカ騒ぎをもっとしていたんだろうなと。
「……セイバー。俺は生きなきゃいけねえんだ。」
二人はひとしきり談笑を終えると、
順平が神妙な面持ちになって背後にいたセイバーの方へと振り向く
今までのはただの他愛のない話。此処からが彼にとっての大事な話だ。
聖杯戦争を、どうしたいのかを。
「聖杯が欲しいからか?」
「違う。俺の命は……チドリのお陰で生きているんだ。
だから、どんな理由があってもそれを無駄にするわけにはいかねえんだ。」
十一月のあの日、順平は死ぬはずだった。
けれど生き返った。ある少女の決死の行動によって。
だから彼の命は一つではあるが、彼女の分も生きねばならないのだと。
ある意味シンプルだ。経緯は確かにペルソナを経由した特殊なものかもしれないが、
要は『自分だけの命じゃないから死ねない』と言うものではあるのだから。
ありふれた理由、と言われてしまえばそれで済む話ではある。
「なら、聖杯でそいつを生き返らせるってのもあるんじゃねえのか?」
万能の願望器。
過去を変える、未来を決定する。
そういうのであっても願いを叶えるのが聖杯だ。
人一人の生命ぐらい、容易く蘇生できるだろう。
「……心の何処かでそう思っちまうのが腹が立つんだよ。」
できることならしたい。
もっとチドリのスケッチした絵を見たい。
好きなことだとか、そういう話をしてみたかった。
会話した数なんてたかが知れる。彼女のことなんて殆ど知らない。
だからそう願いたい気持ちがあるかどうかで言えば、彼にはある。
「けど、それは駄目だ。」
自分の身勝手な目的のために他人を殺したり滅びを与える。
それでは自分達を利用した幾月や、滅びを是とするストレガと何ら変わらない。
だからどんなに甘美な誘いであっても、受け入れることはできなかった。
此処は冥界。ひょっとしたら、チドリだっているのかもしれない。
「チドリから貰った命を、
チドリがいるかもしれない場所でそんな風に穢す……できるわけねえんだよ。」
嘗て撃たれた箇所に手を当てながら思い出す。
自分の中で生きると言った彼女の心は未だにある。
死の安寧を選ぶときのように、ノーとつきつけてやるつもりだ。
そんなことは彼自身が許せない。
「だから俺は……その、なんだ。絶対聖杯を手に入れるつもりはねえんだ。」
一瞬言葉を呑みこみそうになった。
これを言えば最悪主従関係が崩れる。
故に躊躇ったが、一度目を閉じた後はっきりとその意志を伝えることができた。
以前の自分だったらその脆さから此処で伝えることはできなかっただろう。
それができるようになったのは、きっと『アイツ』のお陰なのだと感じていた。
活動部の皆は、多かれ少なかれ影響を受けているのは間違いなかった。
なんせ、あの活動部のリーダーなのだから。
「ワリぃ、聖杯欲しかったのにこんなマスターでよ。」
謝ること以外できることはなかった。
主従の相性が合わなければその刃を今すぐにでも突き立てる可能性があっても。
これだけは譲ることのできない、彼の生きると決めた道だから。
不安はぬぐえない。
ああして談笑していたからと言って、相手の全てを知ったわけではない。
順平にも人にはそう語らないことだっていくつもある。相手も同じことだ。
「ああ、いいぜ。」
「だからホント……なんだって?」
聞き間違いかと思い顔を上げる。
青年は河原に座ったまま、別に苛立った様子も、
呆れた様子もなく、ただ普通の表情で言ってのけた。
耳を疑わざるを得ない。聖杯戦争について順平は未だ明るくはない。
でも聖杯の座から、願いを以って召喚に応じるのが英霊だとは知っている。
そんなあっさり聖杯を川に投げ捨ててしまうような返事に驚かざるを得ない。
「別にいいぜ? なくたって。」
「いやいいのかよ!? 俺が言うのも何だが何でも願いが叶うんだぞ!?」
特大ブーメランが刺さってると言う自覚はある。
あれだけ自分だって聖杯について語ったら結果は僅か数秒の出来事だ。
数秒で覚悟を決めた話は終わりを迎えては戸惑うのも無理からぬことだ。
「……俺はメイヴっつー女に殺されるって未来が決まってるらしい。
お前にとっては何百年も前、つまり過去の出来事だ。つまり約束された死ってわけだ。」
突如青年は語り出す。
いきなりどうしたかと思ったものの、
『約束された死』というワードに思わず耳を傾けてしまう。
「だが、そんなもの俺は知ったことじゃあない。寧ろかかってこいって奴だ。
未来の死なんざ全然信じちゃいないのさ俺は。お前の言うニュクス討伐のようにな。」
人類を破滅させる化身、ニュクス。
死と改めて向き合った彼等特別課外活動部は、
滅びの未来を回避するためにニュクスを倒すべく塔を昇った。
セイバーはそれを、死を認めない。決まった死なんてものはごめんだ。
若く未熟。故に可能性を秘めている。それが彼の特徴とも言える。
もし成熟していても、過程はどうあれマスターである順平の意を汲んでいただろうが。
「未来の死……」
時代は違えど目的は同じだ。
自分が滅ぶ未来を信じずに立ち向かう。
それが順平とセイバーの、一つの繋がりなのだと。
「にしたって欲なさすぎだろ! びっくりしたぞ!」
「欲がねえのはどっちだよ。お前だって死ぬ未来を回避する為、戦ってんだろ。
それに立ち向かうために聖杯に願うのもあるのに、使わない選択肢は相当な覚悟だぜ?
相当なバカか、倒せるって信じられるだけの根拠があるからそう言いきれるんだろ?」
「いやまあ、をれは確かにそうかも……」
聖杯ならニュクスだって倒せるのかもしれない。
それも願わなかった。それはニュクスを倒そうと言う、
皆の気持ちを莫迦にしてるような気がしてならなかったから。
それに、皆ならやれる。アイツをリーダーの筆頭に誰もが思うはずだ。
「俺はそれが気に入ったんだよ、特に前者。未来の死なんざぶっ飛ばしちまおうぜ? マスター。」
ニッと屈託のない笑みを浮かべながら拳を突きだすセイバー。
そこには悪意も敵意も何もない、ただの拳を合わせるの為だけのもの。
少々戸惑いながらも、その拳に応じるように突き返しぶつけ合う。
「───ああ、俺達でこんな冥界での戦いって奴をぶっ壊してやろうぜ、セイバー!」
未来へと突き進む二人。
先に待つのは死などではない。
確定された死を覆すべく立ち向かう、
これが、死後の世界とされる冥界において、
蜘蛛の糸のようなか細い生を目指す二人の叛逆の開演。
【CLASS】
セイバー
【真名】
セタンタ@Fate/Grand Order
【ステータス】
筋力:B+ 耐久:C 敏捷:B 魔力:C 幸運:A 宝具:B
【属性】
秩序・中庸
【クラススキル】
対魔力:B
魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。
大魔術、儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい。
神性:B
神霊適性を持つかどうか。
高いほどより物質的な神霊との混血とされる。
【保有スキル】
赤枝の騎士:B
アルスターの勇猛にして奔放な戦士たちが集う、
赤枝の騎士団の一員であることを、セタンタは特に強く自覚している。
猛犬殺し:A
クランの猛犬。
すなわちクー・フーリンと呼ばれることになる少年時代の逸話がスキルと化したもの。
獣殺しスキルの亜種。猛獣特攻。
影郷の武練:B+
影の国の女主人スカサハによってもたらされた修練の日々は、
セタンタの精神と肉体を鍛え上げ、無双の英雄クー・フーリンとして完成させるに至った。
今回の霊基は修練中(厳密には修練終了直前)の精神と肉体であるため、本スキルが保有されている。
真に英雄クー・フーリンとして現界する場合には本スキルは保有されず、宝具ゲイ・ボルクを保有することになる。
【宝具】
『裂き断つ死輝の刃(クルージーン・セタンタ)』
ランク:B+ 種別:対人宝具 レンジ:0〜30 最大捕捉:1人
アルスターの戦士として認められた際にコンホヴォル王から授かった無名の剣が、
『ロスナリーの戦い』の伝承に登場する光の剣クルージーンと同一化した宝具。
淡い光を発する魔剣。真名解放の際には激しく発光し、
養父フェルグスの振るう魔剣カラドボルグにも近しい威力を発揮。
師スカサハから学んだ恐るべき戦闘技術を用いてこの剣を振るい、セタンタは対象を完膚なきまでに叩きのめす。
今回の召喚で真名セタンタとして霊基が成立するにあたり、セタンタすなわち英霊クー・フーリンが戦いの際に振るった剣、
という共通項から、ふたつの剣がひとつの宝具に同一化したものと考えられる。
「この剣、ほんとはもっと後のオレが使った剣じゃねえの? それってズルじゃない?」
「でもまあ、ズルみたいな宝具持ってる奴多いもんな。まいっか!」
とセタンタ談。
【weapon】
・裂き断つ死輝の刃
上述の通り
【人物背景】
ケルト神話、アルスター神話における大英雄クー・フーリン、その修業時代の姿
肉体及び精神は他のクー・フーリンよりも若く未熟だが同時に何者かになるために足掻き進み続ける。
メイヴに殺される未来も受け入れてない、一少年としての無限の可能性を秘めている。
【サーヴァントとしての願い】
自分の未来を信じない奴が聖杯手に入れてどーすんだって話だ。
【マスターへの態度】
気の合う友達のような間柄。
【マスター】
伊織順平@PERSONA3
【マスターとしての願い】
願いは色々ある。けどそんなもんよりこの聖杯戦争をぶっ壊したい。
【能力・技能】
・ペルソナ能力
心の中にいるもう一人の自分。死の恐怖に抗う心。困難に立ち向かう人格の鎧。
順平のペルソナはトリスメギストス。ただし、影時間がないこの世界で使えるかは不明。
・召喚銃
拳銃の形をしてるが弾はないため殺傷力はない。
自分に向けて使い、死のイメージを喚起する事でペルソナ能力を発動する。
上述の通り使えるかは不明。
・再生能力
ある事情により傷の治りが常人よりも早い。
・金属バット
順平は元々タルタロスでは両手剣を使っていたが、
此処では持ち合わせておらず金属バットで代用している。
【人物背景】
特別課外活動部のムードメーカー。
頭は余り良くないもののポジティブで前向き。
お調子者だが、同時に精神的にもろい所も目立っていた。
だがある人物との交流と、ある少女の死を経て大きく成長することに。
※ある人物(主人公)の性別はどちらでも問題ありません。
【方針】
とにかく協力者を探す。
こんな聖杯戦争終わらせてやる。
【サーヴァントへの態度】
気の合う友達のような間柄。
以上で投下終了です
投下します
夜の首都高を、一台のバイクが猛スピードで走り抜ける。
「…まだついてくるか」
バイクに乗った男が振り向くと、そこには不気味な男が、バイクに迫らんと走ってくる。
バイクに追いつくほどのスピード、そして腰に携えた槍、間違えなくランサーのササーヴァントである。
「だが…負けてるのはお前の方だ」
急カーブを走り抜け、首都高から降りる。
「…やれ」
ランサーがそのまま追いかけようとした瞬間だった。
背後から強烈な蒸気音が響く。
振り向けばそこに居たのは、水上ボートのような戦闘機。
しかし、その形はすぐさま変わっていった。
手足が出て、コックピットは胴となり、そして頭が出てくる。
その様相、まさに巨大ロボ。
ランサーは臆せず迫るも、その瞬間、胴を両断される。
巨人が手にしていたのは、白色の剣。
狂気を浮かべていたランサーの顔が一瞬で恐怖に変わりながら、消滅していく。
白色のロボットは意図も返さず、マスターの下へと戻っていった。
◆
「…終わったわよ」
「…」
ビル街の外れで、先程の男がバイクから降りる。
男の名は天地寿、ヘルメットを取った顔にはなんの表情も感じさせない。
「敵マスターは?」
「…調子乗って、道路飛び出て轢かれてた、あたしが手を下さなくてもあのランサー、どっちにしろ消えてたわね」
そう行って宝具をしまい、出てきたのは金髪のパイロットスーツを着た女。
まるで皇族の様な外観とは裏腹に、戦闘者としての雰囲気が漂ってくる。
「そうか、ならいい」
天地はそういい、ヘルメットを被りバイクのエンジンを駆ける。
「始末をつけたなら帰る、お前は俺の周りを循環しろ」
「はいはい…」
そういい女は霊体化して、闇夜へと消える。
(…所詮は駒、使えるだけ使い倒してやる)
彼の心にあるのは野心ただ一つ。
自身のサーヴァントさえ、ただの駒。
(邪魔になったら消す、それだけだ)
天地は再び、首都高へと乗り込んだ。
◆
(心底苛つくわあのマスター!)
爪を噛みながら苛立っているのは、天地のサーヴァント、ライダー、アンジュ。
(人のこと散々こき使ってくるし…あの態度!こんなに苛立つのはあの変態以来よ!)
しかし、怒りの中には、何処か、彼を思う気持ちが見え隠れしていた…
(でも…なんかさ…心底ムカつくし…けど…)
暗闇に息を吐く。
(昔の私みたいで…ほっておけないのよね…)
周りは駒、自分さえ強ければいい、アルゼナルに来た時の最初の自分の様に。
(まっ、終わったら一発殴るぐらいはさせてもらうけどね)
月明かりに、純白の巨人――ヴィルキスが照らされた。
【CLASS】ライダー
【真名】アンジュ@クロスアンジュ天使と竜の輪舞
【ステータス】
筋力C 耐久D 敏捷C 魔力B 幸運E 宝具A
【属性】混沌・善
【クラススキル】
対魔力:D
一工程(シングルアクション)による魔術行使を無効化する。
魔力避けのアミュレット程度の対魔力。
騎乗:EX
騎乗の才能。大抵の乗り物、動物なら人並み以上に乗りこなせるが、
野獣ランクの獣は乗りこなせない。
彼女の本領発揮は後述の宝具であろう。
【保有スキル】
直感:A
戦闘時に常に自身にとって最適な展開を“感じ取る”能力。
研ぎ澄まされた第六感はもはや未来予知に近い。視覚・聴覚に干渉する妨害を半減させる。
神殺し:A
人の身でありながら神またはそれに準ずる者を討伐した者に与えられるスキル。
かつて独善と愛で世界を支配しようとした男を討ち果たした故に付いたスキル。
神霊などに対してのダメージが増加する。
【宝具】
『始まりの一機(ヴィルキス)』
ランク:A 種別:対城宝具 レンジ:―― 最大捕捉:――
500年前に作られた絶対兵器、「ラグナメイル」の一つ。
高い性能だが安定性度外視、決められた者にしか扱えられない。
また特殊形態、「アリエル」「ミカエル」「ウリエル」モードを要する。
『支配を穿とう、我らが自由のために(キラー・ザ・エンブリオ)』
ランク:EX 種別:対界宝具 レンジ:―― 最大捕捉:――
世界の神になろうとした男の決戦。
その中で開花した特殊な形態。
「アリエル」「ミカエル」「ウリエル」のすべての効果を乗せた最強の形態。
令呪一画分を要し、また長時間の発動は出来ない。
【weapon】
『始まりの一機(ヴィルキス)』
【人物背景】
腐った世界に生まれ、真実を知った少女。
友や龍と共に、自由の空を羽ばたいて少女。
【サーヴァントとしての願い】
英霊の座から自身を消す。
理由:みんなと平和に過ごしたいから
【マスターへの態度】
心底ムカつくマスター。
けど、昔の自分みたいで放っておけない
【マスター】天地寿(君島寿)@WORST
【マスターとしての願い】
自分の帝国を作る
【能力・技能】
類まれなる喧嘩の才能
【人物背景】
龍担高校2年生。
野心と喧嘩の才能を携え、己の軍隊を作り、周囲に脅威を撒き散らした男。
【方針】
勝つ、それだけ
【サーヴァントへの態度】
ただの駒
投下終了です
投下します
目が覚めると空を見上げていた。
星空はなく、髪の毛ように黒い夜空が飲み込むように私を見下ろす。
自分は何をしていたのだろうと視点をニュートラルに戻すと見知った校舎が目に入った。
「あれ……ここ……アビドス……」
目の前の校舎はアビドス高校だ。
通い慣れた場所なのだから見間違えるはずがない。
なのに……砂に埋もれていなかった。さらに見回せば砂塵の舞っていた市街には塵一つなく、銃声の一つも聞こえてこない。
意味が分からなくて困惑した時、頭に情報が走った。
「『葬者』……『運命力』……『聖杯戦争』?」
どれも聞きなれない単語だ。
娯楽小説の設定かと思うくらいデタラメで、だけどこの上なく真実だと理解した。
「これカタカタヘルメット団のドッキリとかじゃないよねー。本当に撃っちゃうよー」
返事はない。
この冥界に呼ばれた人間は銃で殺せてしまうらしい。
ふと先生の顔を思い出す。
ニコニコした顔。最初は怪しくて頼りない大人に見えた人。
それをシロコちゃんが拾ってきて砂のように沈む日々が変わった。
自分が人殺しをしたらどんな顔をさせてしまうだろうか。
「でも帰らないとね。みんな待っているだろうし。」
待っている人たちがいる。
まだ死ぬ訳にはいかないのだ。
「うへ〜どうしておじさんばかり変なことに巻き込まれちゃうかなー」
なんて愚痴を言っても聞く人なんていないか──いいや、そんなわけがない。
与えられた知識にはマスターにサーヴァントという存在が与えられるとあった。だがそれらしき影はない。
「あれ? サーヴァントさーん」
呼びかける声は虚空を振るわすだけだった。
何一つ。誰一人。声を上げるものは──
「問おう。貴方が私のマスターか?」
誰もいないはずの虚空から響く凛とした女声。
そしてするりと透明だった霊体がエーテルの実体を得て現われる。
キヴォトスのロボットかと見間違うような、全身を金属の鎧で覆っていた。
肩から仕立てのいい外套をたなびかせ、その手には馬上槍を持っている。
知識では知っている。これは“騎士”だ。
「うへ〜なんかすごい子が来た」
彼女の体躯は小さい。さすがに自分ほど小さくないがセリカちゃんとほとんど変わらない。
どう見ても大人に見えなかった。なのに全身から溢れる威風は間違いなく絶対者のもの。
まるで砂嵐の前に立っているかのような錯覚すら感じる。
「………………」
騎士は無言だった。
先ほどの問いに対する答えを待っている。
「そうだよー。よろしくねー」
「……契約は果たされた。貴方をマスターとして認めよう」
ひとまずの契約を終える。
ここからどうするのか。どうすればよいのか。
分からない事はたくさんあるけど最初にやるべきは一つ。
「それじゃあまず初めに自己紹介から始めようか。
私は小鳥遊ホシノだよー」
「……私の真名はアーサー王だ。もしくは骸王。
呼ぶときはクラス名であるランサー、あるいはプリテンダーと呼ぶがいい」
「じゃあアサちゃんねー」
ゆるいあだ名を作っても無反応だった。無視したというより無関心だ。
まるで機械が振られたIDを自分と認識するように骸王はそれは受け入れた。
こりゃあこの先大変かなって考えた矢先──
「マスター。尋ねたいことがある」
厳かにそれは私に聞いたんだ。
「死とは、なんだ?」
それは死を知らぬアトラスの七大兵器の一つだった。
ただ契約に従いアーサー王を模倣していただけの冷たい機械だ。
それが唐突に死を与えられて死を解析し、暴走した。
世界の全てを記述できる賢者の石を持ってしても答えが分からなかった。
否、答えは手に入れた。
自分を殺しに来るもの。それが死。
だが結局それも状況的に与えられたものにすぎない。
不合理・不出来・不可解でバグった状態で算出されたものが答えであるはずがない。
ゆえに答えを求める。
それに対してホシノが返せることはたった一つ。
「そんなこと聞かれても分からないよー」
彼女も答えられない。
未だその頭上にはヘイローが輝いているのだから。
【CLASS】
ランサー(骸王)
プリテンダー(ロゴスリアクト)
【真名】
ロゴスリアクト@ロード・エルメロイの事件簿
【ステータス】
筋力D 耐久C 敏捷D 魔力A++ 幸運C 宝具A+
【属性】
秩序・中庸(骸王・ロゴスリアクト共通)
【クラススキル】
【対魔力】
ランク:A+
無尽蔵の魔力を生成するロゴスリアクトは高い対魔力を有する。
ランクA以下の魔術は全て無効化する。
【道具作成(再演)】
ランク:A+
本来はキャスタークラスのスキル。
情報として分解したものは生物・無生物関係なく自由に再現できる。
【陣地作成】
ランク:E
本来はキャスタークラスのスキル。
ロゴスリアクトは「工房」ではなく賢者の石で情報分解したものを再現する
「シミュレーター空間」を作成する。
魔術工房としてのランクは低いが村一つを丸ごと再現することも可能。
【誤作動】
ランク:E→A
「狂化」スキルの亜種。
骸王ことロゴスリアクトは死の解析が進むたびに不合理・判断不全・理論矛盾に陥っていく。
言うなれば自爆する論理爆弾であり、最終的に暴走して骸王であることをやめる。
【保有スキル】
【賢者の石】
ランク:EX
自らの精製した強力な魔力集積結晶───ないしフォトニック結晶を操る技術。
ロゴスリアクトの正体はこの賢者の石の赤化物質でできたシミュレーターであり
自己増殖すら可能。事実上、魔力切れは存在しない。
アトラス院の魔術師を凌駕する高速演算と有り余る膨大な魔力のほとんどが再演に使用される。
【カリスマ】
ランク:B
アーサー王の精神性を模倣したことで保有するスキル。
軍団を指揮する天性の才能。骸王は主にスケルトンを指揮する際に使用する。
骸王の外装が剥がされた時、このスキルは無用のものとなる。
【最果ての加護】
ランク:B
闘時においてのみ、魔力と幸運のパラメーターを一時的にランクアップさせる。
骸王もグレイと同じくロンゴミニアドを有するため加護を得ている。
しかし彼女もアーサー王本人ではないためランクは低下している。
骸王の外装が剥がされた時、このスキルは無用のものとなる。
【宝具】
『最果てにて輝ける槍』
ランク:A 種別:対城宝具 レンジ:1〜99 最大捕捉:100人
ロンゴミニアド。
アーサー王の保有していた宝具。
世界の表裏を繋ぎ止める錨であり、それが個人兵装用に小型化した塔の影にすぎないもの。
真名解放によって聖槍は最果てにて輝く光の力の一端を放つ。
アーサー王の精神を模倣しているが、それは騎士たちに認められていないようだ。
骸王の外装が剥がされた時、この宝具は封印される。
『世界中の記憶がいつか砂のように消えてしまっても』
ランク:EX 種別:対界宝具 レンジ:???(人理版図と同じ) 最大捕捉:人類の数
レッド・アーカイブ。
あるいはロゴスリアクト・オーバーロード。
ロゴスリアクトの機能の暴走。
誤作動スキルが発動した際に使用可能となる。
人理の届く範囲全てをシミュレート空間として認識し、徐々に情報分解して賢者の石の赤化物質に記述していく。
自身は赤い砂によって変幻自在に姿を変えながら無限に生成される魔力で攻撃を行う。
この宝具の最大の恐ろしさは永遠に止まらないことである。
世界中を情報分解して赤い砂漠を拡げ続け、その中で取り込んだ人々を再演してシミュレートする地球環境シミュレーターと化す。
小宇宙(ミクロコスモス)から大宇宙(マクロコスモス)へ。
それは異なる時間軸においてオシリスの砂と呼ばれる死徒が見せた賢者の石しかない世界であり、
とある汎人類史の地球環境モデルに類似する所業である。
余談であるが錬金術の語源となったのはアル・ケメト──ナイル川の恵みを受けた生命溢れる「黒い大地」である。
それに対してナイル川の恵みを得られなかった土地はアル・デシェレト──恵み無き死の世界、「赤い大地」と呼ばれた。
【weapon】
『最果てにて輝ける槍』
【人物背景】
アトラスの七大兵器と呼ばれる魔術礼装の一つ。
世界を救済するべく作られた世界を滅ぼしてしまう兵器。
絶賛稼働中に誤作動し、世界を滅ぼそうとしたところをロード・エルメロイⅡ世とその助手、弟子たちに阻止された。
本人はあくまで世界救済のために活動する。
しかしそのために与えられた死を解析しなければならず、
死を解析するにつれて暴走し世界を滅ぼす。
【サーヴァントとしての願い】
死を理解する。
【マスターへの態度】
観察対象。
要保存。
【マスター】
小鳥遊ホシノ@ブルー・アーカイブ
【マスターとしての願い】
元の世界へ帰る
【能力・技能】
キヴォトス最高の神秘を有するとされる。
すさまじい対衝撃性能を持つ「キヴォトスの生徒」の一人であり、爆発や銃弾がジャブ程度、あるいはそれ以下のダメージしかない。
ただし頭上のヘイローと呼ばれる輪が継続的にダメージを受けると破壊され、ホシノ自身も死に至る。
【人物背景】
学園都市キヴォトスにあるアビドスと呼ばれる地区の生徒。
砂漠に覆われ、返せないほどの借金を抱えた学校の廃校を防ぐべく活動している。
そんな状況でも強盗などの方法を取らないのは取り戻したい学校はそんなもので取り戻せないため。
そして一度でも手を染めると次も仕方ないと逃げてしまうかもしれないから。
【方針】
戦いは逃げないが殺しは極力避ける。
あと見て見ぬふりできない場合も同様。
【武装】
ショットガン『Eye of Horus』
【サーヴァントへの態度】
アサちゃん。
死が知りたいという彼女の言葉に何とも言えない気持ちになっている。
「そんなことよりくじらさんの話しようよ」
投下終了します
これより投下します。
焦熱地獄という概念が仏教にはある。
八大地獄の第六層に墜ちた罪人は灼熱で徹底的に炙られ、地獄の鬼に殴打され続ける。
地上全てを焼き尽くす煉獄から解放されるには、五京を越える時間が経たなければならない。
この冥界は、そんな地獄と何が違うのか。
冥界に堕とされ、葬者(マスター)とされた男は、ただ震えていた。
「ば、馬鹿な…………!?」
死の恐怖で体が動かない。
あと僅か。ほんの数秒で、葬者は死者にされる。片割れは一閃され、既に冥界の奥底に引き摺り込まれた。
下手人は、その手に握り締めた鎌を横に薙いだだけ。瞬き一瞬で胴体は上下半分に切り裂かれ、消滅した。
男が召喚したサーヴァントは決して弱卒ではなく、むしろ最優と名高いセイバー。生前に幾度となく立てた武功を誉れ、英霊の座にまで登り詰めた。
そのステータスは優れ、宝具の登録された大剣で勝利を手にし続けた。
だが、容易く敗れた。理由は単純明快、ランサーのサーヴァントがセイバーより強かっただけ。
「あは♡ どう? アタシの自慢のランサーは、とっても強いんだよ〜ん!」
おどけるように笑う敵マスターの女。
口にする言語とは裏腹に、ヨーロッパ系の人種を彷彿とさせる顔だ。瞳と毛の色も、日本人のそれとかけ離れている。
最低限のセルフケアも行われていないのか、栗色のロングヘアは枝毛が目立つが、不潔感から程遠い容姿だ。一般的な成人男性とも肩を並べる長身でありながら、身に纏う白衣と丸眼鏡が愛嬌を引き立てる。
科学者、または医者に近い風体の女が見せる笑顔。無邪気で、どこか冷淡に、片割れを失ったマスターをまじまじと見つめている。
「マスター、過信は禁物だ。この聖杯戦争は、私の理解に及ばない怪物が数多く潜んでいる……その可能性を失念してはいけない」
主の軽薄な態度を窘める女。
従者はその身から厳格なオーラを纏ち、場にいるだけで周囲の空気を焼き焦がしかねない。
彼女は麗人だ。マスターと同じ背丈で、真っ直ぐに伸びた背筋が確固たる信念を窺わせる。白と黒、対局のカラーリングを目立たせる服装を着こなし、流麗なボディラインを強調させた。
襟元の飾り、鋭いヒール、ネイルを彩るは炎の赤で。焼け爛れたか、あるいは壊死したのか……その両腕は血が通っているとは思えない程に黒い。
銀髪には黒のメッシュが入り、美男子と間違えられる程に整った顔立ちで誘惑されれば、性別問わず落ちてしまう。
だが、双眸で浮かび上がる灼熱のクロスマークで睨まれては、凡夫は瞬時に失神する。標的にされた男は意識だけ保つも、もはや立っているのがやっと。
抵抗や逃走を試みようにも、サーヴァントの威圧感で縛られては身動きが取れない。
「フフッ……アタシはただ、ガッカリしただけだよん。英霊として崇められたからには、ランサーにどう立ち向かうのかを期待したのに、こんな簡単にゲームオーバー。マスターだって、もう諦めてる」
事実上の死刑宣告に、男は己の過ちと不運を呪う。
冥界を舞台にした聖杯戦争が始まってすぐ、サーヴァントのステータスに男は歓喜した。
宝具たる大剣は大砲の如く偉容を誇り、筋骨隆々とした肉体を堅牢な鎧で守る姿は、まさに人の形をした要塞。
戦争ではない。一方的な蹂躙が始まり、華々しい優勝への道筋が約束されたと確信していた。
魔術師のプライドと、引き当てた英霊の威光。もしも、慢心への自覚が少しでもあれば、また違う未来があったかもしれない。
だが、ついにそれを知らぬまま、敵マスターの女を見つけた男は、セイバーに奇襲を命じた。
宝具を展開させれば、何が起きたかわからないままマスターはこの世から消え去ると思われた。
されど、繰り出された刃を阻むのは、深紅の一閃。ほんの一突きで、刀身を粉々に砕いた。
その敗北を認識する間もなく、アーマーごと霊核は貫かれ、胴体も切り裂かれる。人間の目では到底認識できない速度で、唐突な鎌鼬にセイバーが切り裂かれ、そして死んだ。傍目にはそう見える。
僅か三秒。勝負や対決とは呼べないそれは、あっという間に終わった。
「ランサーは、どう?」
「特に言うことはない。やるべきことは、ただ一つ」
ガキン、とランサーの持つ武器が地面に下ろされる。
背丈ほどある槍を彩るのも、赤。但し炎や鮮血でなく、不吉の予兆と言われる赤月だ。
その先端より三日月型の刃が飛び出し、命を刈り取る大鎌(デスサイズ)となった。
ああ、成程と男は納得する。
ランサーの女は死神だ。
肉体から魂を切り離して、冥府の炎に放り投げようとしている。
「待つんだよん、ランサー」
しかし、異を唱えるのは敵マスター。
その一声でヒールは鳴り止み、ランサーは矛を収める。
だが、これで危機が去ったと安堵する程、男は楽観主義ではない。
何故なら、女の瞳に潜むおぞましい気配は、未だに残ったままだから。
「何だ。この男を哀れんだのか?」
「まさか! アタシはただ、やってみたいことがあるの……」
「やってみたいこと?」
「うん♡ マスター相手にはまだ試していないアタシの能力……どこまで通用するのか試してみたいんだよん!」
すたすたと歩み寄ってくる様すら恐ろしく。
ひぇっ、と。
女子供のように悲鳴をあげるが、男に情けないと責められる謂れはない。
生命線を粉微塵にされ、せめて一矢報いようとする気概は槍兵の眼力で潰された。
そんな哀れな敗者はモルモットとして扱われようとしている。
動物実験は禁止の動きが近年各国で増えているものの、この冥界でそんな倫理が機能するはずがない。
「削除(デリート)」
そうして、男は何も見えなくなり。
全てを消されてしまった。
◆
都内某所。
コンクリートジャングルの中に隠れ、道行く人々も横目で流すような何の変哲もないマンション。
入り口には警備員が立ち、老若男女問わず頻繁に出入りする。都会では珍しくない光景だ。
だが、特段目立つ要素のない平々凡々な建造物だからこそ、魔物の胃袋と化しているとは思わない。
現代社会に溶け込めるほど平常すぎた。
「ふふ」
マイ=ラッセルハートは笑みを浮かべている。
時空犯罪組織クロックハンズの十一時(イレブンオクロック)として、時を遡って人の命を弄び続けたマイ。
聖杯を手に入れるため、その時計の針は冥界にて動き出した。
邪魔者である巻戻士達が介入する気配はない。
同胞からの救援も見込めないが、生き残れるのはただ一人である以上、かえって好都合だ。
「アタシの編集(エディット)と消去(デリート)はサーヴァントには効果なし……でも、マスターとNPCなら大丈夫……ふふ、ふふっ、フフフフフ…………」
手の平で懐中時計を弄りながら、鼻歌交じりにPCを操作するマイ。
彼女が持つのは、ただ時を刻むだけの時計ではない。時間の流れを超越し、過去または未来に渡るタイムマシンだ。
そしてマイはただのタイムトラベラーに非ず、夢の機械を用いて人間の脳すらも自在に操れる。
記憶を消去(デリート)し、思うがままに編集(エディット)する、事実上の洗脳。
冥界を舞台にした聖杯戦争の葬者(マスター)にされて数日、彼女は実験体を入手し続けていた。
初手にNPC、次いでサーヴァントを落として丸裸となった敵マスター。地道にデータを集めながら、地盤を固めていく。
その気になれば100人単位の手駒を即時に得られるが、大規模な洗脳は他の主従から目を付けられるリスクがある。
聡明な彼女ですらも聖杯戦争は不可知の領域。
初戦でランサーから戒められたように、一切の油断が許されない状況だ。
「それで、ランサー……いいや、アルレっち。初めての東京は楽しい?」
「私は休暇で来ているのではない。マスターに召喚されて以来、一時たりとも欠かさずに情報を集めている。
この都市のモデルになった日本についても調べた。歴史を紐解けば、私たちが生きたテイワットの稲妻に近い……しかし、文明には驚かされてばかりだ。
是非ともスネージナヤに持ち帰り、調べ上げたいほど。同じ執行官(ファトゥス)の「博士」が知れば、驚喜するだろうな。
手渡されたこのスマートフォンや、君が今使っているパソコン……スメールのアーカーシャ端末に近いが、利便性はより優れている」
「intelligent(アンテリジャーント)! アルレっち、もうスマホを使いこなしてるね!」
その格と威圧感を目の当たりにして尚、マイは己のサーヴァントに馴れ馴れしく接する。
クラス、ランサー。表の名はアルレッキーノで、真名ペルヴェーレ。
幻想世界テイワットの七国の一つ、氷国スネージナヤのファデュイ執行官(ファトゥス)。第四位「召使」の位が与えられた外交官だ。
アルレッキーノの姿を見た途端、マイは笑みを浮かべる。
この聖杯戦争に、勝てると。
灼熱をその身に凝縮させ、睨み付ければ魂魄まで焼き尽くせるだろう眼力。それを、アルレッキーノはコントロールしていた。
ステータスと全身から放たれるオーラは並の英霊を遥かに凌駕し。現代社会において必須な各種機械の意義と使い方を、僅か1日程度で把握する恐るべき頭脳。
何よりも、格式高い英霊すらも瞬く間に屠る戦闘能力に、マイは目を光らせて。
幼少より類い希なる才を発揮し、人知を越えた技術と知識を誇る彼女は、すぐに勝利への道筋を設計し始めた。
「そうだ! 今のアルレっちは、どれだけ強いの?」
「英霊との手合わせがほんの数回では、断定できない。だが、今の私はテイワットにいた頃と比べて、弱体化している……マスターが不在ではまともに戦えないだろう」
「ふーん。あれでも、弱くなっているんだ」
荒ぶる神々でさえも顔を背けかねないアルレッキーノ。
クロックハンズの邪魔立てをする巻戻士たちも、彼女からすれば象から見た蟻だ。仮にサーヴァントという優位を取っ払った所で、何分渡り合えるか。
レモンやアカバといった2級までの巻戻士ですら相手にならない。最強の巻戻士と称されたシライや、組織の創設者であるゴローならば、抵抗だけは許されるだろう。だが、アルレッキーノからすれば赤子も同然。
幾度となく繰り返せばチャンスは訪れるが、そもそも猶予を与えるはずがない。
仮に命を拾えたとしても、アルレッキーノに心を折られて再起不能になる。
そのアルレッキーノが、弱体化している。これは事実だろう。
英霊の召喚は、生前に比べて弱体化するケースが珍しくない。アルレッキーノも同様で、その度合いを計る意図もあって、敵対サーヴァントを屠った。
出た結論は、ランサーのアルレッキーノは生前と比較して弱い。その上で、最優のセイバーを始めとした、サーヴァントとの戦いに無傷で勝利し続けた。シャドウサーヴァントが相手でも、掠り傷はおろか埃一つすらない。
それほどに、アルレッキーノが強すぎたのだ。
「でも、アタシだって巻き戻し(リトライ)ができないから、仕方ないね」
そして制限はマスターも同様。
マイだけでなく、クロックハンズ及び巻戻士たちにとって生命線となる異能が、この冥界では封じられている。
そう。時間逆行ーー巻き戻し(リトライ)ができない。
この冥界に飛ばされて、聖杯戦争に携わる知識を入力(インプット)されてすぐ、マイは巻き戻し(リトライ)を試みる。
だがタイムマシンは反応せず、冥界から逃げられなかった。
生還条件はたった一つ。マスターたちを一人残らず殺し、聖杯を手に入れること。
「だから、聖杯戦争のNPCと葬者(マスター)を捕まえ、こうして調べ上げたのか」
「うん♡ アタシは天才ハッカーだから、人間の脳だってハッキングできるよん! その途中で、アタシを含めた葬者(マスター)全員の体内に作られた神経……魔術回路について調べたの!
血液など、人間の命が回路を通じて魔力に変わって、サーヴァントが戦える。令呪だって、この回路と深く繋がってることがわかったよん」
初戦で無力化したマスターの男を確保した目的はデータ収集だ。
マイ自身の能力測定はもちろん、マスターとなった人間の構造を把握する必要があった。
その為に病院の機械を利用し、男の体を隈無く調べ上げている。もちろん、病院の関係者の記憶を編集(エディット)して。
複雑な機械をハッキングする彼女なら、CTやX線など現代医療に携わるあらゆる機械も手足同然。
魔術回路と令呪の仕組みを、現代科学で解き明かした。
人形となった男の利用価値はこれだけに留まらず、対マスターの鉄砲玉としても働かせている。
二組目の主従に男を差し向けて、アルレッキーノのマスターであるように振る舞わせた。
戦闘の隙をついて二人目のマスターすらも操り、強引に令呪を使わせる。
『マイ=ラッセルハートと、そのランサーを全面的にサポートせよ』ーーこう命令されては、アーチャーのサーヴァントも有無を言わさないまま、実験材料になるだけ。
なお、ハッキングした彼らは既に屠った。
手駒は必要だが、ルール上では敵として扱われている以上、後生大事に抱えられない。
「本当だったら、サーヴァントもハッキングしたかった。けど、たくさん検査をしても何も見えなかった。あーあ、廃墟にいるアイツらもハッキングできたらなー」
「それは不可能。神秘を宿さなければ、サーヴァントには傷一つ負わせられない。君たちの時代の科学や文明と言えど、我々を探るにはあまりにも脆弱だ」
「でも、サーヴァントのことを科学的に知れたら、かなり有利になると思うの。もちろん、慎重に動くことは忘れない」
会場の外に赴いて、死霊やシャドウサーヴァントたちの調査を行ったこともある。
荒廃しきった瓦礫の山でもアルレッキーノは健在。鬼神の如く勢いで、蔓延る悪霊を一閃した。
だが、調査は短時間で打ち切った。マイへの影響を考慮して、長時間の滞在は避けている。
マイの異能はシャドウサーヴァントにも効果がない。そう、一時的な結論を出した。
「アルレっちのマスターになった上で、編集(エディット)と消去(デリート)も乱用したら……アタシの脳に相応の負荷がかかって、死ぬかもしれないからね」
「懸命な判断だ。サーヴァントの使役だけでも、マスターにとっては大きな負担になる」
「だから、この能力は切り札。必要な時以外は使わないし、同じミスだって繰り返さない」
トントン、と指で頭部を小突く。
冥界に来る少し前、マイは巻戻士たちとの戦いに敗北した。その数はなんと、556回。
若き日のシライを殺し、弱体化した巻戻士本部を壊滅させるため、過去に遡った。
それに失敗したのは、決してマイが無能だったからではない。
マイがいかなる手を尽くそうとも、巻戻士たちは知恵と根気を振り絞って運命を変え続けた。
その過程で、マイ自身が死ぬ結末を迎えた世界線も数多くあったが、その全てが巻戻士に覆された。
大罪を犯したマイの命すらも救った上で、巻戻士は敗北の運命を巻き戻し。
そうしてマイは逮捕された。だが、天運はまだ尽きなかった。
「君の身の上は聞いた。時を遡る二つの勢力……巻戻士とクロックハンズ、実に興味深い」
アルレッキーノが淡々とあげた視線の中で、鋭いクロスマークが静かに燃え上がる。その目つきは、今までとは比較にならない程に重苦しい。
「だが、君の願い……忌み嫌った巻戻士たちと同じ道を歩むことを、知らないはずがないだろう」
そして、従者から問われる。剣呑な声色だけで空気が震え、心臓すらも貫きかねない。
既にアルレッキーノには全てを話した。マイがこれまで歩んだ人生も、聖杯にかける願いも、包み隠さずに。
もし、これから先、何か一つでも答えを間違えたら首が落とされる。中途半端な嘘や弁明は通用せず、小手先の企みなどすぐに見抜く。
アルレッキーノの真価は、卓越した戦闘能力や兵を率いるカリスマ以上に、交渉術にあった。
水の国フォンテーヌを始めとして、各国でスネージナヤの外交官として手腕を振るってきた「召使」。
相手の感情、表情の動き、積み上げられた筋道と論理ーー針の穴ほどの隙間すら見逃さず、双方が利益を得るため、常に優位な立場で交渉を進めた。
「君がどう思うかは自由だが、形では私の主になった以上、相応の示しをつけてもらいたい。己の矛盾から目を背ける程度の器では、早死にするだけだ」
「アタシを殺すの? アルレっちだって、聖杯が手に入らないよん」
「ならば、そこまでだったこと。死は誰にでも平等に訪れる……私は、子供たちと一緒に歌声を聞くだけだ」
彼女は真の意味で忠義を誓ってなどいない。
仮に、マイが少しでも無様な姿を晒せば、アルレッキーノは裏切りの算段を立てる。万能の願望器を失うことも厭わずに。
アルレッキーノは本気だ。
立場問わず厳格なルールの下で接し、裏切り者が出れば例外なく処す。それは共に過ごした『家族』が相手でも例外ではなく、時として『殺した』。
彼女が運営する孤児院ーー壁炉の家(ハウス・オブ・ハース)の子供たちは、そうして育ってきたのだから。
「わかってる。アタシが、巻戻士と同じことをやろうとしてるって」
覚悟の上だった。
半端なサーヴァントなど願い下げ。
むしろ、これほどに揺るがない英傑こそ、マイは求めていた。
馴れ合いではない。必要なのは勝利。
「でも、ママとパパが生き返るなら、アタシはどんなことでもやる。絶対に諦めたりなんかしない」
亡くなった二人は望んでいないーー反吐が出るご高説を口にするサーヴァントなら、即座に自害させた。
矛盾なんてとっくに理解してる。
憤怒で腸が煮えくりかえっていた。
でも、理屈や怒りを超越する愛が動かしていた。大好きなママとパパを取り戻すーーマイの胸を満たすのは、ただそれだけ。
決して忘れもしないあの日。2068年8月1日に、ニューヨークインベントビルで起きた爆破事件。
絶望的な状況の中、400人中398人が生還を果たした奇跡。実態は巻戻士たちによる剪定で、ママとパパだけが見殺しにされた。
なら、二人の死を覆すには聖杯の力しかない。
巻き戻し(リトライ)はおろか、途中棄権(リタイア)だって認められない。
この聖杯戦争は最初で最後のチャンスだった。
「巻戻士の代わりに、アタシが聖杯の力でママとパパを助ける…………アルレっちにだって、邪魔をさせない」
アルレッキーノを前にしても、マイの殺意は漲っていた。
今更、まともな道に戻るつもりはない。幼い頃にクロックハンズの手を取ってから、とっくに捨てた。
巻き戻し(リトライ)でシライの死を繰り返したのだから、マスターだっていくらでも殺せる。
クロックハンズの十一時(イレブンオクロック)ではない。
ただの、マイ=ラッセルハートとして、大好きなママとパパを生き返らせたい。
(クロノっちの気持ちが、ちょっとだけわかったかも。助けたい人がいたら、こんなに必死になるんだね)
少し前だったら、聖杯の力で巻戻士たちを一人残らず消し去って、平等な世界を作ろうとした。
けれど、彼はーークロノは約束した。マイを助けるために巻き戻し(リトライ)を繰り返し、誰一人として見捨てないと宣言している。
もし、彼がこの世界にいたら、聖杯戦争を止めるために動いていただろう。例え、巻き戻し(リトライ)が使えなくともお構いなしに。
(ごめんね、クロノっち。でも、アタシは諦められなくなった……聖杯があるって知ったら、ゲットしない訳にはいかないよん。代わりに、世界は変えないから)
これはクロノに対するせめてもの筋だ。
いち早く彼との約束を放り投げ、再び悪に手を染めるのだから、クロックハンズとしての願いは捨てる。
でも、たった一つのワガママは叶えたい。
(ねぇ、クロノっち。アタシがいなくなって、巻戻士の本部は大パニックになってるよね? いくら探したってムダ。もう、誰にもアタシを捕まえられない)
見つけられないクロノっちのせいだよん、と。
遠くにいる彼をけらけらと笑いながら、アルレッキーノと視線を交わす。
「憤怒と感傷に振り回されるな」
灼熱は、眼睛で強く燃え上がったまま。
真正面から受け止めたマイの額から汗が流れる。動揺や恐怖でなく、熱を逃すための生理的な発汗だ。
それでも、槍兵が放つ峻厳な雰囲気は静まっている。
「衝動と躊躇いを生んで、隙に繋がる。私からマスターへの忠告だ」
「アタシだって、もう二度と失敗しない。だからデータを集めてるし、アタシだけの攻略未来(クリアルート)を設計してる。あとはアルレっちと、子供たちみんなの力が必要だよん」
マイが使役するのはアルレッキーノだけではない。
ランサーの宝具として登録された『壁炉の家(ハウス・オブ・ハース)』の子供たちもいた。
この家に引き取られた子供はファデュイの構成員として育ち、ある者は諜報員、またある者はスパイ、別のある者は兵士としての道を歩む。一人一人の練度は高く、お父様であるアルレッキーノに絶対の忠誠を誓っている。
「ねえ、アルレっち」
「何だ」
「アルレっちは……「お父様」は、家族に囲まれて幸せだった?」
「幸せ、か。私は子供たちから信頼されたし、私も子供たちを高く評価した。これだけは言える」
「そっか。いいなぁ……enviable(エンヴィアブル)……」
思わずこぼれ落ちた言葉。
マイの眼差しに染まるのは、羨望。
血の繋がりはなくても、アルレッキーノは子供たちに帰る家を用意していた。
みんなで一緒にパーティーを開いたし、お父様はプレゼントをたくさん貰った。
ずっと昔にマイが亡くした家族の団欒を、アルレッキーノは子供たちにいっぱい与えてくれた。
(だから、アルレっちはアタシのサーヴァントに、なってくれたのかな)
湧き上がる悲嘆に蓋をして。
ただ、マイは未来を見つめていた。ママとパパに褒められて、いっぱい楽しい時間を過ごして、子守唄を聞きながら安らかに眠れる日々。
理想の世界よりも、もっと大事な宝物を求めて。マイ=ラッセルハートは聖杯戦争の葬者(マスター)として戦う道を選んだ。
「愛が深いね、アルレっち」
両親の形見を、優しく握りながら。
◆
ひとりぼっちで大人になってしまった哀れな子供。
己のマスター……マイ=ラッセルハートへの印象は、憐憫。もしも、マイがテイワット大陸にいたら、アルレッキーノは彼女の「お父様」になったはず。
狂気の奥底にあるのは、両親に対する深い愛。二人だけを見捨てた巻戻士たちへの復讐で悪の道に墜ちた。
そのマイを救ったのも巻戻士とは、何の皮肉か。
アルレっちは……「お父様」は、家族に囲まれて幸せだった?
そう聞かれた時、マイの瞳に宿る切望を確かに見た。
ならば、サーヴァントとしてアルレッキーノは戦うだけ。
同情などではない。マスターが信念を掲げるならば、その槍となるのが筋だ。
「お父様」
人気のない闇の中で、アルレッキーノに呼びかける静かな声。
マジシャンの双子と潜水士の少年が立っている。兄のリネと妹のリネット、二人の義兄弟であるフレミネ……3人とも、アルレッキーノにとっての宝物で、立派な子供たちだ。
その気になれば、彼らだけで主従を仕留めるのは造作もない。だが、相応の魔力が必要で、滅多なことでは呼び出せない凄腕たちだ。
魔力の都合上、現界して活動できるのは三人までがやっと。それも短時間のみ。
英霊と、宝具になった今の子供たちは、アルレッキーノの呪いによって生まれた『余燼』に近い。最期を見届けた親友クリーヴのように、冥界に閉じ込められた。
「収穫はあったか」
「はい。僕たちは敵マスターの拠点をいくつか掴みました。そして、聖杯戦争に関する不穏な動きも。お父様、またはマスターの命があれば、僕らはいつでも動きます」
「今の私たちは宝具なので、普段は待機モードですが、一声かけてくれれば応戦モードになります」
「この都市の水路や、調節池の構造も隈無く把握しました……マスターから調査を依頼されたら、ぼくに任せてください」
子供たちは気安く呼べない。
だが僅かな時間でも、確かな成果を挙げている。不穏な気配の察知は勿論、敵対主従の誘いとしても有能だ。
水陸問わず、彼らに目を付けられたら誰も逃げられない。
「みんな、ご苦労。あとで私の口からマスターに報告しよう。君たちは休むといい」
「待ってください、お父様。僕は……いいや、僕たちは知りたいのです。マスターではなく、お父様個人の願いを」
一歩前に出ながら、リネはそう問いかけた。
「私たちは、まだ聞いていません。お父様が、聖杯にかける願いがあるのか」
「ぼくも同じです。マスターの願いは、尊重します……でも、お父様がただ言いなりになるなんて耐えられない」
子供たちとてマイの境遇には思うところがある。
だが、先代「召使」クルセビナや「博士」ドットーレのように非人道的な実験を行う女など認められない。
もしも、マイが聖杯で世界を身勝手に書き換えるなら、アルレッキーノは即座に粛正した。
「聖杯にかける願いなど、ない」
静かに、決然たる声で否定する。
「私たちサーヴァントは過去の虚像……如何に未練があり、それを晴らす機会が与えられようとも、彼女たちが生きる「今」を押し退けるなどあってはならない」
「でしたら、どうして聖杯戦争のサーヴァントになることを選んだのですか? お父様が命じてくだされば、僕たちはすぐにでも動きます」
「リネ。まだ、その時ではないからだ。彼女に与えられたチャンス……その果てに何があるかを見極めるまで、私はマイ=ラッセルハートのサーヴァントでいるつもりだ」
彼女が心を入れ替えて善人になるなど、奇跡が起きない限りあり得ない。
だが、顔も知らないクロノという人物は、己の信念を曲げずにマイを救った。その尽力を、部外者が恣意で無意味にする権利はない。
故にアルレッキーノは決めた。主となった女が、何を成し遂げられるのか見守ることを。
かつて、裏切り者のフィリオールたちの処刑を、客人の旅人が食い止めようとした。リネたち三人と結託し、力の差など関係なくアルレッキーノに信念を見せている。
あの時と同じ。万能の願望器を勝ち取れるかは、マイ次第だ。
「親の愛を受けられないのは、子供にとって悲しいことだからな」
ここにいる三人だけではない。『壁炉の家(ハウス・オブ・ハース)』に育ったみんなが頷くであろう、憂いを帯びた「お父様」の言葉。
アルレッキーノーー否、ペルヴェーレの親友だったクリーヴの生涯は、実母のクルセビナに翻弄され続けていた。
ペルヴェーレはその手に取った剣で親友を殺し、その果てにクルセビナの胸を貫いた。大罪は氷の女皇に赦され、邪眼と共に「召使」アルレッキーノの名が与えられる。
しかし、アルレッキーノはとうに決めていた。女皇陛下だろうと、訣別の時が来たら剣を振り下ろすと。マイ=ラッセルハートとて例外ではなかった。
主との関係がどうなるかはわからない。ただ、如何なる終点に辿り着くのかを見届けるだけ。
子供たちが闇に消えた頃、アルレッキーノは主の元に歩みを進めた。
【CLASS】
ランサー
【真名】
アルレッキーノ@原神
【ステータス】
筋力 A+ 耐久 C++ 敏捷 B+ 魔力 D 幸運 C+ 宝具 A+++
【属性】
中立・中庸
【クラススキル】
対魔力:C
第二節以下の詠唱による魔術を無効化する。
大魔術、儀礼呪法など大掛かりな魔術は防げない。
【保有スキル】
凶月血炎:B+
彼女の体内で幼き頃より暴れ回る炎であり、呪いにして一種の才。
この炎は自他問わず命を蝕み、呑み込まれた者の「残影」がこの世に残る。サーヴァントとして召喚されてからは「残影」が現れることはないが、呪いは健在で、斬撃として相手にダメージを与えられる。
また、ある極秘実験では彼女の体から炎を取り出し、壁炉の家に関する全ての記憶を抹消した逸話もあった。
テイワット大陸において元素力の使用にも神の目または邪眼が必要だが、アルレッキーノはこの呪いで炎を操れる。このスキルにより、ランサーが事実上魔力切れを起こすことはない。
命の契約:B
万象、灰に帰す。
アルレッキーノが自身の火力を増すためのスキル。
このデバフ効果が付与されると、あらゆる回復効果を無効化し、令呪を含めたマスターからの魔力供給が得られなくなってしまう。それと引き換えに、契約の度合いに応じて彼女の炎が更に燃え上がり、ダメージ倍率が上がっていく。
10分ほどの時間が経過すれば自然に解除されるが、ランサーの霊基が崩壊するリスクが伴う危険なスキル。
神の目:C
アルレッキーノの名が与えられる前、ペルヴェーレが神に認められた証にして魔力器官。
この神の目を手にした人間は、7つの元素力のうち一つを自在に操れるようになる。アルレッキーノの神の目は炎元素を宿し、上記のスキルと合わさってダメージ効果を増幅させる。
テイワット七神に纏わる代物のため、同ランクの神性スキルも兼ね備えている。
邪眼:B
「神の目」の複製品にして、「召使」の称号と共に氷の女皇から与えられた力。
凶月血炎、神の目に続く三つ目の力。神の目すらも凌ぐ力を誇るが、代償として使用者の命を削る危険な代物。
スネージナヤのファデュイ執行官(ファトゥス)全員が氷の女皇に忠誠を誓っており、アルレッキーノも例外ではない。その忠誠心によって、大半の精神攻撃を無効化できる。
人間観察:B
人々を観察し、理解する技術。
ただ観察するだけでなく、対象の生活や好み、住んでいる国の情勢までも正確に把握し、これを忘れない記憶力が重要とされる。
アルレッキーノは外交官としての交渉術及び観察眼に長けており、双方が友好的な関係を保つために誠意を持ち続けていた。
【宝具】
『昇りゆく凶月』
ランク:B+ 種別:対軍宝具 レンジ:- 最大捕捉:-
アルレッキーノの元素爆発にして、凶月血炎の翼を振り回して広範囲の炎元素ダメージを与える。
命中した相手には「血償の勅令」が付与され、追加の炎元素ダメージを30秒間与える。
上記の「命の契約」における契約の度合いによってダメージ数値が変わり、また消耗した分だけ霊基が回復する効果がある。
同ランクまでの対魔力スキルを持たなければ、炎の呪いによって焼かれ続けるだろう。
『壁炉の家(ハウス・オブ・ハース)』
ランク:B+ 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:-
「召使」アルレッキーノが運営する孤児院・壁炉の家(ハウス・オブ・ハース)の子供たちを呼び出す宝具。
この家に引き取られた子供たちはファデュイの一員として育てられ、皆が何らかのスキルに長けている。
過去にはルールに背いた裏切り者も出たが、既にアルレッキーノの烈火に焼かれ、誰一人残らずに『殺された』。
よって、この宝具で呼び出されるのは、アルレッキーノに絶対の忠誠を誓う子供だけに限定される。
リネ、リネット、フレミネの三人は特に優れた霊基を誇り、サーヴァントとも互角に渡り合えるが、その分だけ魔力消費が激しい。令呪1画を使わない限り、彼らだけの単独行動は最大10分までしか維持できない。
『双界の炎の余燼(ペルヴェーレ)』
ランク:A+++ 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:-
「召使」アルレッキーノが己の名と共に力を解放し、灼熱の炎と共に顕現する恐るべき姿。ペルヴェーレが宝具となった。
暗赤色のオーラと共に背中からは禍々しい翼が生え、対魔力スキルを含めた全ステータスが爆発的に向上する。巧みな連携を見せた旅人とリネたち4人を終始圧倒し、完勝したほどの戦闘力を発揮した。
この姿になれば赤月のシルエットも二本に増え、彼女自身の優れた武芸も合わさって攻守共に隙が無くなる。また、ダメージの他にも標的を拘束する効果が凶月血炎に加わり、実力ある英雄すらも抜け出すことは困難。
仮に力尽くで拘束を破壊しても、彼女の瞳を覗き込めば奥底に宿る赤黒い月を直視し、身動きが取れなくなる。
【weapon】
赤月のシルエット。
【人物背景】
ファデュイ執行官(ファトゥス)の第四位「召使」にして、壁炉の家(ハウス・オブ・ハース)を運営する「お父様」。
交渉術と戦闘能力に長けており、スネージナヤの外交官を務めている。
一見すると誠実かつ道徳心に溢れているが、他の執行官からは瞳に宿る狂気を警戒されている。
本名はペルヴェーレ。親友クリーヴの願いを背負い、子供たちが憧れる「王」として振る舞い続けた。
【サーヴァントとしての願い】
聖杯で何かを叶えようとは思わない。今はただ、マスターを見極めるだけ。
【マスターへの態度】
幼くして両親を亡くし、憎悪に駆られた哀れな子供。
最も、同情で戦うつもりはなく、マイが己の信念を曲げるのであればすぐ家族の元に送り届ける。
【マスター】
マイ=ラッセルハート@運命の巻戻士
【マスターとしての願い】
ママとパパを生き返らせるため、聖杯戦争に勝ち残る。
【能力・技能】
発明家として優れたスキルを持ち、特にハッキングが得意。どんな高度なセキュリティを誇る機械だけでなく、人間の脳すらもハッキングできる。
彼女はその手に持つタイムマシンで、人間を自由自在に操れる。
消去(デリート)で記憶を消去し、編集(エディット)は都合のいいように書き換えることが可能。
ただし、この能力はマスターとNPCのみに有効で、サーヴァントには通用しない。また、何らかの精神耐性を持つマスターであれば、この能力に対抗できる。
クロックハンズ及び巻戻士が持つ時間逆行・巻き戻し(リトライ)は制限により使用不可能。
”神殺し(ディーサイド)”
対巻戻士に備えた切り札である”究極編集(ファイナルカット)”。
伝説の武芸者が編集(エディット)された四本の腕(アーム)が顕現し、それぞれ自分の意志を持って敵に襲いかかる。
非常に強力だが、その分だけ脳に負荷がかかり、発動から2時間経過するとマイ自身が死亡する。
【人物背景】
時空犯罪組織クロックハンズの十一時(イレブンオクロック)。
発明家のラッセルハート夫妻の娘として生まれ、将来は二人のようになりたいと夢見ていた。
しかし、ビル爆発で両親が犠牲になり、二人を見捨てた世界への復讐に走った女。
原作5巻、第21話で巻戻士に逮捕されてからの参戦。
【方針】
聖杯の獲得を目指すが、かつて幾度となく敗北したので慎重に動く。
戦闘及び諜報活動はアルレッキーノ達に任せながら、聖杯戦争に関するデータを集める。
脳への負荷も考慮して、消去(デリート)と編集(エディット)の使い所を見極めなければならない。
【サーヴァントへの態度】
頭が良くて、圧倒的な強さを誇るサーヴァント。
自分の願いに非協力的であるとわかった上で共に戦いたい。
そして、家族の愛に満たされていて、羨ましくもある。
投下終了です。
投下します
身元引受人が誰もいない出所だった。
二人の刑務官に連れられて正門の前まで歩いて行く。両名共に、体格が良い。柔道、剣道、空手に逮捕術。
警察で修める格闘技を弛まず続けている者のみに許された身体つきであった。ジュラルミンのライオットシールドを持った彼らに挟まれれば、大抵の犯人は詰みであろう。
そんな厳つい二人に挟まれて歩く男は、見るからに頼りない中高年だった。刑務官に比べれば余りにも小柄で、肉付きも悪い。干し肉のように痩せた身体。
やや猫背気味で、二人に配慮して身体を縮こませて歩くこの男の姿から、果たして誰が、服役前は殺しで鳴らした武闘派のヤクザであったと思うだろうか。
模範囚である為出所も早かった。
もめ事を起こさず、看守にも反抗せず、お喋りを好まず黙々と労務をこなすその姿に、誰も彼の、昔日のヤクザの面影を見る者はいなかった。
酒に酔って衝動のまま傷害事件を起こしたサラリーマンだとか、痴漢で捕まった冴えない中年と言われても、何も言い返せないオーラしか放ってなかったからだ。
名を、『大友』と言う。
服役する前には大友組と言う、解体屋を隠れ蓑にした小規模な極道組織の長だった人物である。
その組ももうない。組員全員が抗争に巻き込まれ死亡してしまったからである。組織としての体を、成さなくなった訳だ。
組員全員が死んでから、自首を行い、それから足掛け11年。元々極道の下っ端など、長生きできる生き物ではない。
四十や五十を過ぎてヤクザなどと言う地位にしがみ付いている男など、正しく社会のゴミ、痩せ細り病に掛かった野良犬の類である。如何にマシな死に方をするか、考えるだけの生きる屍だ。
「もう戻って来るなよ」
本当に、そんな刑事ドラマみたいな事を口にする奴がいるんだな、と大友は思った。或いは、律義なだけか。
「お世話になりました」
二人に対してお辞儀をした後大友は、歩道を歩き始めた。
辺りに目線をやってみても、やはり、彼の知り合いの人物はいない。
いるのは、今しがた出所した大友を、市中に紛れ込んだタヌキでも見るような奇異の目線で眺める一般人だけだ。
組の為に数年臭い飯を喰う事を覚悟で、人を殺す。
そんな侠気を持った人物を、迎えてくれる出世した嘗ての組織の仲間達。そんな構図は、大友が入所する前から既に崩壊して久しい、神話のようなものだった。
前提として極道と言う人種自体がクズばかりである。極道は大別して三種類、一見して悪い奴か天使の顔をした悪い奴、自分で善悪の区別もつかない馬鹿に分けられる。
組の為であろうが、上から命令されたからだろうが、露見する殺しを犯した人間を温かく迎え入れる程能天気な馬鹿はいない。
と言うより、本当に上から目を掛けられている、出世見込みのある人間に対して殺しをして来い等とは誰も言わない。普通は自分の傘下にいれて然るべき工程を踏まさせるだろう。
要は殺しを言い渡される組や人間と言うのは、上からすれば幾らでも補充が利く使い捨ての駒なのである。汚れを拭くのに適した雑巾だ。
当然、捨てられた雑巾を丁重に扱う者などいない。役目を終えれば、捨てられて終わりだ。おかえりも、御勤めご苦労様ですも言う者もいない。今の大友のように、無人の道路が広がるだけなのだ。
殺しの大友と持て囃されてはいたが、結局は丈夫で長持ちするウエスと何も違いはなかった。
汚れ仕事を安心して、自分の手を汚さず任せる事の出来る使い走りだと思われていた事など、当の大友が一番良く分かっていた。
だが、それをするしか道はなかった。それ以外の生き方など出来なかったし、させて貰えなかったからだ。
その生き方しかお前には出来ないんだ大友、そうと自分を騙し続けた結果出来上がったのが、運転免許もない職歴もない四十越えた中年である。
あれだけ身体を張って運営して来た大友組も解散して久しく、今では名前を憶えている者の方が少ないだろう。
塀の中で慣れない手つきで使ったインターネットでその名前を調べても、全く違う会社の名前しかヒットしなかった。完全に、表の社会からも裏社会からも、消えてしまった組織らしい。
本当に、塀の外に出ても何もなかった。
解りきっていた事柄だった。予測出来なかった事態でも何でもない、大友はそんな事解っていた。
その証拠に、目が死んでない。全てを失い絶望した人間特有の、淀みもないし陰りもない。大友組の頭を勤めていた時代そのままの、剣呑な光がその黒瞳に宿っていた。
大友の数m先で、スーツを着た男がタバコを燻らせていた。
スーツや仕事着の量販店で購入したのであろう、値段の御里がある程度は知れるトレンチコートに袖を通した、中年の男性だ。彼はずっと、大友の方に目線を注いでいた。それこそ、大友が塀の外に出て来た、瞬間からだ。
「……」
ヤクザ、と言う生き方を続けていると、臭いのない臭いを嗅ぎ分ける、独自の嗅覚が備わるようになる。
その人間が、堅気か、スジモノかを見極める嗅覚である。世の中には、一見して非の打ちどころのない紳士、何処をどう見たってうだつの上がらない安月給のサラリーマン。
そのような風に擬態している、反社の住民と言うものが掃いて捨てる程に存在する。ヤクザの世界に浸かっていると、それが誰なのか、不思議と見分けがつくようになる。
説明出来る感覚ではない。こいつはそうじゃないか、そう思った人物の素性を洗ってみると、やっぱりな、という事が起こるものなのだ。
その嗅覚の観点で言うと、目の前の男は、ヤクザでもなければ、堅気の人間ではない。日の当たらない世界に生きていると、更にもう一種類の人種を見分ける力が付くようになる。
実を言うと、ある意味では此方のセンスの方が余程大事になる事の方が多い。目の前で安い煙を燻らせるあの男は、刑事だった。『マル暴』だった。
「ご無沙汰ですね、先輩」
人懐っこい笑みを浮かべ、気さくな態度でその男は大友に話しかけて来た。
好人物であるように、見えるだろう。休日になれば家族サービスで、妻や子供と一緒に、ピクニックにでも繰り出してそうなマイホームパパに、見えるだろう。
実態は全く異なる。出世欲の塊で、己の地位の為ならば、同僚ですら蹴落とし閑職に追いやる事などなんとも思わない。
同じ刑事仲間ですら、斯様に扱っているのだ。ヤクザやチンピラ、半グレの類など、踏み台どころかゴミとしか認識していない。
取調室に入れば、己のマル暴としての立場を遺憾なく発揮して相手を示威して高圧的な口調で罵倒する、机を蹴り飛ばす、瞳を開けさせ電気スタンドの光を無理やり浴びせる。
部屋の隅に何時間も立たせる、水すら飲ませない、など。警察が何故、容疑者の取り調べの模様を頑なに可視化させないのか、
その理由の全てとしか言いようのないやり方を行い、相手に自白を強要させる事など、この男にとっては屁でもないのである。
名を、片岡と言う。大学時代の後輩であり、同じボクシング部に所属していた男。
そして、大友が服役する前。つまり、まだ大友組が存続していた時代、敵対していた事務所によって壊滅に追い込まれ、一人だけ残される形となった大友に、出頭を勧めた男でもある。
「テメェも老けたな。白髪もあるじゃねぇかこのヤロウ」
口角を吊り上げて大友が言った。
最後に見た時よりも、脂のノリが悪くなっている。おまけに、随分と前髪も後退している。額が広い。頭頂部からではなく、前髪から禿げるタイプのようであった。
「11年ですよ。新婚の男女の熱々ぶりだって、冷え切るには十分な時間だ」
大友の罪状は、殺人である。
大友組が殺しで成った組織であり、元々が三次団体でかつ小規模少数精鋭の組織であると言う事実からも分かる通り、属人性が極めて高い。
つまりは、組長であるからと言って、選ぶって子分に『殺して来い』と宣うだけの身分ではない。自らも打って出なければならない時が往々にしてあり得るのだ。
大友自身のキルスコアは、3人である。実際にはもっと多いのだが、流石に殺しのプロである。当時の検察や警察も余罪の殺しがある事は想定し調査を続けてはいたが、
証拠不十分で睨んでいた殺しのヤマは立証出来なかった。その通り、確実に大友が殺した物だと立証出来た数が3人なのであり、それ以外は立証出来ない殺し方で処理したのである。
どちらにしても、3人の殺人は、大罪である。普通、3人も悪意と殺意を以て殺したのであれば、極刑は免れない。にも拘らず、11年程度の懲役で済んだのは、勿論大友が模範囚だったと言うのもある。
だが実際には――大友は刑期を満了していない。本来的には、大友は向こう数年以上、檻の中で暮らしていなければならない身分なのだ。
大友に言い渡された判決は、無期懲役。20年は、最低でも出てこれない筈だったのだ。にも拘らず大友が堀の外に出て来られているのは単純明快。
完全な釈放ではなく、これが仮出獄であるという事。そして、その仮出所を、『目の前の片岡』が手引きしたと言う事。
そうだ、大友が娑婆の空気を吸えているのは、出世した片岡が当時の大友の裁判を担当した検察に口利き出来る身分になったが故なのだ。
「俺に用があるんだろ。どうせ下らねぇコトだろうが、聞いてやるよ」
「場所を変えましょうか。あのサテン、まだやってるんですよ。ああでも、マスターは代わりましたよ。代替わりして脱サラした息子が跡を継ぎましてね」
言って片岡は、懐から車の鍵を取り出し、ドアロックの解除ボタンを押した。
片岡から直ぐ近い、駐車場に止められていた黒い車のランプが灯る。プリウス、と言う車を大友は知らなかった。
だが、片岡が向かおうと言っている喫茶店については、大友は知っている。其処で11年前、彼に自首を促されたからだった。
.
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「正直な話、先輩が話に乗るとは思ってませんでしたよ」
喫茶店のテーブル席に付き、コーヒーが届くなり片岡はそう言った。
対面の大友は、片岡の奢りのアイスコーヒー。奢った当人は、ホットコーヒーであった。
「テメェから話に誘って、乗るとは思ってなかったってどう言う了見だよ」
大友は、片岡の方に目線もくれない。お前になど興味もないし眼中にもない。そう言う意思を、隠そうともしていなかった。
何でも今は、年号が変わって令和になった、と言うじゃないか。そっちの方が大友には気になった。年号が変わったってこたぁ、平成の頃の天皇は死んだのかな? みたいな事も、考えたりしていた。
年号が新たになってからもう数年も経過するらしいと言うのに。
この喫茶店は本当に昔のままだった。店内の模様は勿論、テーブルや椅子ですら当時のまま。余程物持ちがいいのか、或いは、買い替えるだけの金もないのか。
ついでに言えば、客入りの少なさも当時のまま。いや、少ないと言う言い方ですら、随分と遠慮した物言いである。実際には、大友と片岡、そして、店主である中年の男以外には、誰も見当たらない。バイトを雇う金すら、惜しいようである。
「引退して、安いアパートに住んで。そのままヤクザの5年縛りまで何とか生きてみる……。ま、出所後の、身寄りのないヤクザの、あるあるな生き方ですよね」
暴力団と呼ばれる人種は、刑務所で満期を過ごし、出所したから晴れて堅気、と言う訳ではない。
実際は出所後5年間は、反社勢力であるものと見なされる。つまりは、本人にその気はなくとも。それこそ、元々所属していた組織が入所中に壊滅し、地上から消滅していたとしても。
彼らは5年間の間、暴力団の一員であったと言う烙印を押され、過ごさなくてはならないのだ。当然その間、堅気の仕事に就く事などは事実上不可能。
それどころか、金があっても車の所持も銀行口座の開設も、挙句の果てには住居を借りる事すら困難になる。そう言う事情があるからこそ、暴力団員の再犯率と言うのは、高いのである。折角刑務所から出たのに、居場所がないから、元の鞘に戻ろうとするのである。
「ですが先輩の場合はそんな事せずに、自殺されるんじゃないかと、冷や冷やしてたんですよ」
「なんでテメェいつから介護の仕事までやるようになったんだ?」
「先輩を助けるのも良い後輩の仕事でしょ? 渡世の義理って奴じゃないですけど、情に厚い男なんですよ俺」
そう言うと片岡は、紙巻きタバコを1本、大友に差し出した。
刑務所の中では酒とタバコはご法度。慰問にやって来た芸人に対して、刑務官が『酒とタバコを連想させるようなネタは絶対厳禁』と事前に釘を刺す程に、受刑者からは遠ざける。
そんな嗜好品が、目の前にある。大友は目線だけをタバコにやり、それを頂戴する。火は付けない、金属製の灰皿の上に、やる気なく置くだけに止めた。差し出した当の片岡は、普通に火をつけ吸い始めた。
「堀の中で、極道の情報とか耳にしてましたか」
「興味もねぇよ」
「11年の歳月は物の値段も社会の在り方も変わるもんだ。勿論、裏社会の構図だって例外じゃない」
そう言って片岡は胸ポケットからスマートフォンを取り出し、画面を操作。
そして、1枚の画像を大友に見せつけた。ヤクザの事情に無知な一般人はそれを、何かの中小企業のロゴマークの様に認識するだろう。
成程確かにその画像――1個のエンブレムのような物が映されたそれは、ロゴである事は間違いない。だがこれはロゴはロゴでも、ヤクザの事務所やグループが使うそれである。その筋で、代紋と呼ばれる物であった。
「花菱じゃねぇか」
それは、関西の辺りに、広く、そして深い根を張る花菱会のエンブレムだった。
戦前から悪事を働く息の長い組織で、日本の公安は勿論の事、中国の中央政法委、韓国の公安警察部、遠く離れてアメリカのFBIにまで危険組織としてマークされている、純然たる犯罪組織である。
「先輩が堀の中にいる間、山王会の会長が代替わりした訳ですが、これがまぁどうしようもない愚図でしてね。組織を腐らせて、弱体化させて……」
西が花菱なら、東、特に東京では、山王会と呼ばれる組織が、一大極道組織である。
平家に非ずんば人に非ず、とはよく知られる文言であるが、東京のヤクザの組では、山王に非ずんばヤクザに非ず、なのだ。
山王会のバッジをつけぬヤクザは、よくて木っ端、最悪チンピラ扱い。同じ極道の血道を歩むヤクザは勿論、警察からも軽んじられて来た。少なくとも、大友が出頭する前までは。
「優秀な創業者が土台を整えて経営を軌道に乗らせ、その創業者の気苦労を知っている実子が会社を堅持して……んで、馬鹿で愚図で時勢も読めない孫の3代目が、今まで築き上げた物をダメにする」
「お決まりのパターンですな」、と肩を竦める片岡。コーヒーには口を付けていない。
「堅気の会社だったら、舵取りの失敗は経営の悪化の後の倒産・廃業で終わりですが、末端含めて数万人の反社会勢力を擁する一大極道組織の場合は、そうも行きません」
表で法律を守って、正業で生計を立てていた会社が倒産する分には、その会社で働いていた従業員達が、失業者に変わるだけだ。勿論、それはそれで大問題である事は言うまでもないが。
だが、犯罪組織の場合は、これは露骨に大問題となる。服役して罪を償っていない、現在進行形の犯罪者がそっくりそのまま、野に放たれるのだ。
彼だって人間であるから、何らかの手段で飯の種を確保せねばならない。勿論、真っ当な企業が雇ってくれる筈もないので、その稼ぐ方法とは、そのまま『不法行為』となる。
しかもこの上、組織に所属している犯罪者ではなく、一個人あるいは少数規模のチームの犯罪者として活動する訳になるから、一網打尽に検挙ないし逮捕と言う事も、難しくなる。
山王会や山菱のような、膨れ上がって山の如く巨大化した組織ともなれば。組織の体裁を保ってくれるままの方が、警察としても管理がしやすい。
もっと言えば、その組織と言うデカい図体を保ったまま、風船のように萎んで行き、そのまま縮小化して消滅してくれる事が、理想なのだ。
いきなり散り散りになって、有象無象共が社会に放たれる、その事の方が、困ると言う訳であった。
「さっきも言いましたけど、今の山王の頭は、もう露骨にダメでしてね。やる事為す事全部裏目、しくじる度に金と人を失って、貧すれば鈍するの状態そのものなんですよね」
「それと、関西の山菱がどうだってんだよ」
「山菱と山王は、俺とか先輩が鼻水垂らして野山を走り回ってた時代から盃交わしてるでしょ? 旧い付き合いだから、山王がピンチの時に手を貸した訳ですが……後は言わんでも解るでしょう?」
「馬鹿な奴らだな。ヤクザに貸しは……」
「作っちゃいけない」
鉄則中の鉄則である。
助け舟を出したんだから、手を貸したのだから、お前も何かの形で恩を返せ。しかも、その恩は一生の物だ。要するにこう言う事である。
だから、堅気はヤクザの手を借りてはいけないのである。ヤクザの手を借りるような人間や組織は、必ずや白い目で見られ、取引だって遠慮される。
その前歴自体が、汚点となるのだし、ヤクザはそれを解っているから、脅しや揺すり、タカリを掛けて来るのである。
ヤクザやマフィア、ギャングなどと言う連中の仁義とは、所詮こんな物で、1度のギブで一生のテイクを迫られ続けるのだ。
大友には情景が目に浮かぶようだった。
馬鹿でとんまな当代の上層部がしくじって、金やら人やらが流出し、助けを山菱に求めたのだろう。そしてそれで、丸く収まった。
それでめでたしめでたし、となる訳がない。先述した『仁義』とは、ヤクザどうしにも……いや、同じヤクザであるからこそ、強く適用される概念なのだ。
恐らく最初は山菱は、山王会が東京で握っている裏の利権、そのほんの一部を噛ませて欲しいと言った程度の要求しかしなかったのだろう。
いきなり大部分の権利を寄越せでは、山菱の看板にケチがつく。最初は大物ぶって、ほんの少しの権利で許してやろうと。そう思っていたに違いない。
そして、その少しだけの浸食部から、東京でのシェアを、広げていこうと言う絵を描いていたに違いない。
ところが、山王があんまりにも無能で、しくじりとつまづきを頻々と行いまくっていた。そしてその度に、山菱が手を貸し、その見返りに利権の一部を……。
こんな事を繰り返していては、如何なる? 当然の論理の帰結として、山王の東京での発言力や権限は弱まる一方。他方、外様の山菱は、東京でのパイを広くかき集め、支配出来る。
「そう言う訳で、今や山王会は、建前上は山菱と同格の極道一派と言う事になってるんですが、事実上山菱に完全に取り込まれて支配されてるんですよね。人事、営業、経理。これらの部門のトップが今や、山王出身のヤクザではなく、山菱が仕切っている状態です」
失笑を隠せない大友。
それは要するに、組織の要となる部分を全て、その組織とは全く無関係の他人に牛耳られているようなものじゃないか。とどのつまり、乗っ取られているに等しい。
「んで、従来の山王の連中は何やってんだ? 庶務の部門で、皆様のお茶を淹れてたり、切れた蛍光灯を変えるのに忙しいってか?」
「山菱にこき使われてる毎日ですよ。同情もしないですけどね」
プハァ、と煙を口から燻らせる片岡。
「ヤクザは組織で固まってて欲しい、だけど適度にグダついていて欲しい。そうした方が、付け入る隙が多くなりますから。だから、非常に困ってるんですよ。組織が強固な一枚岩になりつつあって、ね」
「我がまま言ってんじゃねぇよ、面倒な条件でもクビ突っ込めよ。刑事(デカ)じゃねぇかテメェ」
「1人の力でそれが出来るのなら苦労しませんよ先輩」
「――それに」
「11年前の大友組の組員全員死んだのだって、そもそもの原因が山王会が無能だったからですよ」
「……」
「汚ぇヤクザだと思いません? 身体使わせるだけ使わせといて、その時が来たら捨てるだなんて、雑巾じゃあるまいし。先輩が刑務所に入った後で調べたんですよ、先輩がムショに入る切っ掛けになった抗争の事。そもそもの発端が、山王の一次団体のデカい組の若頭が、酒に酔って堅気を刺し殺しちゃったからって、馬鹿らしいっしょ。馬鹿の酒癖のケツ拭く為に、先輩の組は使い潰されたんですよ」
其処まで言うと片岡は、ポケットから、人差し指と親指で摘まめる程度の大きさの何かを取り出し、机の上にパチン、と。
まるで碁盤の上に、碁石か将棋駒でも置くような音を奏でて見せる。バッジだった。但しそれは、ただのバッジじゃない。
大友が現役のヤクザを張っていた時代に付けていた、金バッジ。山王会池元組内大友組の代紋を象ったそれである。
「今から2週間前に、花菱の方の先代会長が亡くなりました。ま、相当な悪事を働いていたモンですから、いるとしたら地獄でしょ」
「葬式はどうしたんだ」
「出来る訳ないでしょ、暴力団排除のこの御時勢に」
暴力団排除が声高に叫ばれて随分な時間が経過した。
家を買えない、賃貸にも住めない、口座も作れぬローンも組めぬ、と言うのは良く知られている事だ。ちょっとこの手の事情に詳しい物なら、車も買えない事も知っていよう。
だが、彼らにとって一番困るのは、寧ろ、死んだ後の事である。暴力団は、葬式を挙げられないのだ。香典が、不当な資金源となる事を恐れ、斎場が暴力団関係者の葬儀を拒否する為である。
「雑魚の組員が死んだとかだったのなら、密葬みたいなもんで済ませたでしょうが、会長クラス。それも、花菱会の先代が死んだとあったら、しみったれた葬式は出来ませんわな」
不法行為と暴力で飯を食うから、暴力団である。
彼らが何を気にするのかと言われれば、面子だ。言ってしまえばそれは、体裁、見栄の事である。
冴えない、とろい、情けない、ダサくて喧嘩も弱い人間に脅されて、果たして誰が怖がるのか。恐怖に屈して、言いなりになると言うのか。
彼らがカッコつけるのは、そう言う性分だからと言うのもあるが、舐められたら商売が終わりだからである。人間の根源的な本能の1つである、恐怖を感じ取る危機察知能力を反応させる為に、彼らは必要以上に面子を気にするのである。
そんな彼らが、先代とは言え組織の頭。
それが大往生したと言うのに、葬式1つ挙げられませんでしたは、沽券に関わる。
一番偉い奴が亡くなったのに、葬式も挙げられないのかと、馬鹿にされるからだ。ために、盛大かつ派手な葬式を行わなくてはならないのである。
「山菱会と山王会の両方が2週間、必死になって駆け回って、漸くデカい寺を斎場として抑えられました。そこで葬式が行われます」
「俺に出ろってのか?」
「先輩の組を使い潰した酔っ払いの馬鹿も出席しますし、山菱の会長も当たり前の話ながら出席する、一大葬儀です。勿論、俺達警察も厳戒態勢で監視と張り込みします」
「……」
「必要であれば……『道具』も用意しますよ」
それは、隠語だった。
チャカ、ハジキ。片岡が言った道具を、こんな呼び名で言う者もいる。拳銃であった。
「先輩のいない間に、ヤクザもとんと手ぬるい生き物になりましてね。暴力の世界に身を置いていた先輩が、嘆かわしく思う位に堕落しちゃいましたわ」
「……」
大友は、無言を保ち続ける。
「これじゃ、組の為、親の為に、殺しを続けて来た先輩や大友組が馬鹿みたいじゃないですか。先輩、お気持ちお察ししますよ。最後の華舞台ぐらい、俺が整えて――」
「テメェの2枚舌は死んでも変わらねぇな」
片岡が置いた、大友組時代のバッジを、大友が指で人差し指で弾き飛ばした。
「馬鹿しかいねぇ馬鹿田大学出身なんだからよ、テメェのキャリアじゃ出世が頭打ちするに決まってるじゃねぇか」
片岡の表情から、笑みが消えていく。
先輩と他愛のない話をする後輩の顔ではない。癪に障るチンピラを見る、マル暴の顔だった。
「ヤクザ焚きつけて何するつもりだコノヤロウ。テメェそれでも刑事かコノヤロウ!!」
其処で大友は、テーブルの支柱を蹴りつけた。
激しくテーブルが揺れ、まだ一口もつけていない2人のコーヒーが、カップごと倒れて机上に零れてしまう。
2人のその様子を、店のマスターが怯えた目で眺めている。
「……先輩、これ何だかわかります?」
そう言って片岡はトントンと、花菱会のエンブレムの画像が表示されたスマートフォンを人差し指で叩いた。
「アンタが塀の中で臭い飯食ってる間に出た、スマートフォンって奴だよ。落ち目で馬鹿なヤクザにゃ解んねぇだろ」
片岡の口調が、明白に変わった。
その声のトーンは大友も知っている。取調室で主に使われる声音である。
「アンタ今幾つだ? 50過ぎだろ。普通の50歳はな、自分の居場所が家庭にも職場にもあってな。家庭は落ち着ける場所、職場ではベテラン・重役みたいな扱いで、多少はラク出来てゆとりだってあるもんなんだよ」
大友の身なりを眺める片岡。その後、失笑する。
「何も持ってねぇだろアンタ」
片岡はそう言うと、倒れたコーヒーカップの摘まみに指を通し、それを大友の方に勢いよく振った。
まだ中身が入っていたらしく、その残りが、大友の顔にひっかけられてしまう。
「いつまで昔の気分で肩で風切ってんだ、カッコつけてんじゃねぇ!!」
怒鳴り声をあげ、今度は片岡の方が今度はテーブルの支柱部分を蹴り飛ばした。
「組もねぇ、家もねぇ。親もいねぇ、嫁もいねぇ、実子もいねぇ。免許も車も持ってねぇ、保険証もマイナンバーカードも携帯もありやしねぇ。挙句の果てには、バイトも派遣もした事ねぇ」
それは全て、今の大友と言う人物を指し示す、事実そのものであった。
「テメェなんかただの無職だよ、無職!! ヤクザどころかチンピラですらねぇ、昔ヤクザの組長だった下らない栄光だけに縋るゴミだゴミ!!」
大友と片岡が同時に立ち上がる。ガタガタと、激しい音を立たせて。
「ヤクザに一番必要な、『タマ』と度胸も落としてきやがって。テメェみてぇなクズの社会不適合者が令和の世の中でどう生きるってんだ、あぁ!?」
――要するに片岡の描いた絵を、大友は見抜いていたのだ。
片岡は、大友を鉄砲玉として利用し、葬式会場に居並ぶ山王会と山菱会の歴々を射殺させ、組織の勢いを著しく弱体化。
この弱体化の手柄を、そのまま頂くつもりでいたのだろう。その目論見が外れ、このような逆切れに及んでいる。そう言う事であった。
「……ホント言うとよ、お前を弾くかどうか、悩んでたんだよ」
「……なに?」
突如として、大友が落ち着き払った声でそんな事を言う物だから、片岡が面食らった。
今までの激昂ぶりが嘘のような、態度の反転のさせ方に、『弾く』、と言う言葉の認識が出来なかった程だ。これも、隠語だ。一般人にも解りやすく言えば、『殺す』、と言う単語のシソーラスである。
「たらふく鉛の弾丸喰らわしたから、少しは考えを改めるようになったかと思ったけど、何だオメェ、死んでまで律義に汚職警官かよ」
ポカンとした様子で、大友の言葉を聞き続ける片岡。
彼は、目の前にいる、先輩と呼んでいたヤクザの言葉を何一つとして理解出来ずにいた。長年の刑務所暮らしで、遂に、頭がおかしくなったのではないかとすらも、思っていた。
「もういいや」
大友はそう言うと、おしぼりの入ったビニールの封装をビリリと破り、中に入っていた消毒済みの布おしぼりで、顔を拭き始める。
「――オイ『れぜ』。良いよもう。殺してくれ」
そう大友が告げた次の瞬間、片岡の頭が、爆発した。
岡本何某とか言う芸術家が言ったような、芸術は爆発だとか言う、抽象的な言い換えではない。比喩でもなく、火薬の炸裂音と共に、頭部が弾け飛んだのである。
バケツ何杯分にもなろうかと言う大量の血液が撒き散らされ、粉々に砕けた肉片と骨片が飛散する。
デヴィッド・クローネンバーグの映画、スキャナーズの1シーンのように。片岡の頭は砕け散り、一溜りもなく即死した。
「……なんちゅー殺し方だよ」
呆れたように大友がボヤく。
顔どころか身体中が、片岡の返り血で真っ赤の状態だった。その事ついての動揺も、大友にはない。
首元より上の部分を消失させたまま直立している片岡の、後ろのテーブル席に座りながら、にこやかな笑みを浮かべる女性を、大友は無感情に眺めていた、
彼女は、何時の間に座っていたのか。大友に向ける不敵な笑みは、何なのか。何を、意味するのか。
「どう、私の殺し方?」
「俺に引っかかってるじゃねぇかバカヤロウ」
「おしぼり使えば? この店あるでしょ」
まるで、親子のような気安い会話。片岡の死体を挟んで話す内容とは、到底思えなかった。
その片岡の骸が、前のめりに倒れた。机に対して胴体を腹這いにさせて、突っ伏すような形。
この時生じた音を契機に、漸く、事態を目の当たりにしていた、喫茶店のマスターが正気を取り戻した。
取り戻したからと言って、どうなる訳でもない。辛うじて、片岡が死んだ、と言う事を理解した程度である。
それだけ。警察を呼ぶ事も、悲鳴を上げる事も、男には出来ない。カチカチと歯を鳴らして、情けない悲鳴を歯と歯の間から漏らさせ、涙を流すだけだった。遅れて、失禁すらし始めた。小便と、大便の双方。
「目撃者っていない方が良いの?」
「まぁな」
「だよね。それじゃ――」
それと同時に、喫茶店のマスターの頭も、先の片岡と同じ末路を辿った。
ピンポイントで、頭だけを爆破された彼は、首元より上を爆散され、血と骨を飛び散らせた後、後ろのめりに倒れた。
後ろの棚に置いてあった、業務用のコーヒーメーカーが、マスターの死体に引っかかり、けたたましい音を立てて床に落下するのを、大友と、彼が召喚したアサシンのサーヴァントは、見届ける。
「次に刑務所入る時は死刑囚かな」
大友のジョークが面白かったのか、アサシンは、ケラケラと笑い始めた。
冥府で、死刑の事を心配するようなナンセンスな男は、自分のマスターぐらいだろうから。
.
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
脅し、人身売買、違法な臓器摘出。
非合法のカジノ経営に、ボッタクリ、薬物売買に嘱託殺人。
日本と言う社会において、犯そう物なら一発実刑。情状酌量の余地もなければ、執行猶予も絶望的。そんな犯罪に、大友は幾つも手を染めて来た。
天国になど行ける筈もないと思っていたし、地獄にしか、居場所がないと、何処かで諦めもしていた。
それが、どうだろう。
死後に行き着いた場所が、地獄じゃなくて冥府と言う場所で。しかもそこで、殺し合いに生き残れば、自分は生き返れた上に、どんな願いでも叶えて貰えると言う。
「随分太っ腹なんだな」
「そうだね」
大友の言葉に対して、アサシンは、短くそう同意した。
そう言う権利を許す人間を、間違ってないかと大友は思う。自分が極悪人であると言う認識を、十分過ぎる程に大友は抱いている。
こんな人間に、蘇りの権利を認めちゃ行けんだろうと、真剣に思っていたし、こう言うのは、自分のような目に見えて解る悪人にではなく、善人としても悪人としても、中途半端な人間にやってこそ、意味があるものじゃないのか?
しかも、いい感じの拠点まで、提供してくれていた。但し、普通の感性を持った人間からすれば、「うっ」となる所だ。
足立区の外れの、築50年以上も経過しているボロアパートだ。風呂なし、トイレのみ、冷暖房なしの、和室の1ルーム。
この上、同居人に十数匹のゴキブリと、数匹のネズミの一家が自動的に付いてくると言う、素敵な一部屋だ。
こんな部屋でも、用意されているだけ、大友には有難いものだった。そんな部屋に、2人はいた。大友は胡坐、レゼは、直立。
正味の話、歳食った頭で、聖杯戦争だとか葬者だとか、サーヴァントだとか言う事を言われても、理解が出来ない。
大友の、灰色の脳細胞で理解出来た事は、2つ。1つは、面倒臭いレクリエーションが必要なんだな、と言う事。そして2つ目が――目の前にいる少女だ。彼女と共に勝ち抜く必要がある、と言う事だ。
「なぁ……お前、何人殺して来たんだ?」
「おじさんの懲役年数の、うーん……100倍近いと思う」
ぞっとしない話だ。
山王会も花菱会も、創立から現在にかけてで、かつ、彼らがそれぞれ包括している、傘下の極道一家や組。
そう言う歴史の中で、殺して来た人間の数なら、間違いなく1000人は容易く超える。だが、一個人で、1000人も殺したヤクザの話なんて、聞いた事もない。
100人だっていない。10人ぐらいならいるかも知れないが、それだって、数万人を容易く超える構成員の中の、100人か、それ以下と言う数値だ。
1000人殺し何て、大法螺以外の何物でもない。銃が大っぴらに解放されている、海外のギャングやマフィアですら、こんなに殺してる奴らはいないと大友は思っている。
――初めて彼女を。
『レゼ』と言う名前のこのサーヴァントを目の当たりにした時、大友は確信した。
殺している。そして、疑いようもない、悪人だ。自分の、50と余年の人生で殺して来た人数の、数百倍を彼女は殺めている。
歩んだ人生を詮索するような真似はしない。
ヤクザの道を自分から選んだ理由、或いは、この世界に堕ちて来た理由。大友は、そう言う事を聞かない事にしている。
だが確かな事は1つ、大友は嗅ぎ取っていた。レゼは、ヤクザやアウトローの世界が眩しく見えて、自分から落ちて来た馬鹿ではないと言う事。
そして――それとはまた別に、殺す事自体を、楽しんでいるフシがある、と言う事。
端的に言って、壊れているのだろう。
その壊れたサーヴァントと、大友は歩いて行かなくてはならない。常に、こんな爆弾を抱えて、生活しなければ、ならないのだった。
「おじさんさぁ」
ヤクザの世界とは何処まで行っても、躾と行儀である。
堅気の商売でも、名刺の渡し方だとかお辞儀の角度だとか、そう言った物を言われる事もあるだろうが、ヤクザの世界はそんな次元ではない。
上の2つなど当たり前に求められる事であり、敬語の使い方を間違えればその時点で鉄拳が飛ぶ。つまり極道の世界とは、面子を立てる事なのだ。
舐めていると思われたり、思っている事が、伝わってはならない。それを考えると、レゼのおじさん呼ばわりなど、一発アウトの発言である。
尤も、それを咎める気にも大友はない。どう見たって、レゼの方が強いし、立場も上だ。……それに、今の大友は、ヤクザでは、ないのだ。怒った所で、と言う奴だ。
「何であの喫茶店で、舐めた刑事殺さなかったの?」
レゼもまた、大友がまともな人間でない事を見抜いていた。
そもそもの話、殺し屋とかヒットマンと言う連中は、一目で『そう言う人種』だと解ってしまうようなのはダメである。
現代の海賊は、黒ひげだとかバーソロミューとかの時代の様に、黒地に髑髏のマークの帆をかけて……みたいな真似はしない。
無害な客船、漁船を装って、相手が油断した所で、いきなり襲撃を掛けて来るのである。殺し屋もまた、これと同じような事をする。
社会に迎合し、法規範に従順な素振りが上手く、大人しそうで無害そう。しかし、社交性がない訳ではなく、挨拶だってするし気配りだって出来る。
人の目を見て明るく話せるし、積極的に勤労にだって従事する。何故そんな事に装うのかと言えば、疑われないからだ。疑義を抱かれない事こそが、一流の暗殺者の分水嶺なのである。
レゼが、大友に召喚された時に真っ先に思った事は、「あっ、殺ってる目」、であった。
目は口程に物を言う。大友の目の奥で燻る闇と同じものを、宿した存在をレゼは何人も見て来た。何人も、殺して来た。
これに加えて大友は、根が凶暴だ。殺す事について、躊躇いは全くない。相手と敵対するとなった時に、殺す、と言う選択肢が常に出て来る手合いの人間だ。
これも、レゼは理解していた。だからこそ、疑問だったのだ。如何してあの刑事を――片岡を、喫茶店に入るなり、殺さなかったのか。
刑事とは思えない悪罵を垂れ流させ続けたり、コーヒーをぶっかけられたりしたのを、如何して、耐えていたのか?
「まぁ、見知った顔だったってのもあるけどさ……。正直、アイツの言葉で怒ったんじゃねぇ。殺したのは、アイツを生かしておくのは嫌だったからだ」
「え、あんだけこっ酷く言われたのに? アレが引き金じゃなかったの?」
「アイツの言った事、正しいからね」
きょとんとした表情の、レゼ。
「ヤクザは親の言う事は絶対。暴力で成り上がって、他人の血で絵を描いて見せろ。俺が下っ端だった頃に、口煩く、拳混じりに言われた事だよ」
暴対法の成立以前、今よりもずっと、暴力団の抗争が頻々に起きていて、それでいて規模も大きく、激しかった頃。
大友はそんな時代に極道の門戸を叩いた。その頃には随分と言われた物だ。極道は血道をあげてナンボ、組の為に臭い飯を食べて男を上げる。
暴力を振るい、暴力を金に代えられない奴は、極道の恥だ。そんな事を、昔はよく言われたものだった。
「でもよ、ある時俺は気付いちまったんだ。そんな事を言ってる奴も、その更に上の連中も、テメェの手を全然汚したがらないんだよ」
そうだ。
アイツを脅して来い、痛めつけて来い、殺して来い。
そんな事を命令する人間に限って、自分の手を汚したがらない。泥を、被りたがらないのだ。
それが、面倒だからだとか、人を殺す事が生理的に無理だったからだとか。そう言う理由であれば、大友もまだ、納得が行った。
彼らは……極道のトップ層は、ドップリと頭まで、極道の世界に浸っている分際で。
他人の目から、侠気と漢気に溢れる男前で、悪の道理を知りながら善の世界にも理解を示す、いい子ちゃんに見られたくて見られたくて、仕方がなかったのだ。
誰かの利益を不当に害して得た金で、ベンツやハマーやフェラーリやロールスロイスを乗り回し、庭付きの豪邸に住んで、毎日のように上手い物を喰い、飽きる程女を食い散らしていながら。
この上更に、『いい人』に見られて尊敬されたくて、堪らなかったのである。悪の権化、最先端とも言うべき奴らが最後に求めたのは、堅気の人間の特権だった。『正義』と言う立場であった。
「気付くのが遅すぎたんだよな。暴力で大成しろだとか、親の言う事には従えなんて、使う側の都合なんだって。自分達が安泰でいる為には、下っ端に、泥被って、身体張って貰うしか、ねえもんな」
社会の歯車だとか言う表現が、使われて久しいが、極道の世界では歯車ですらない。
雑巾なのだ。親の体裁を良くする為の、布巾なのだ。そして、時が来て、汚れて使い物にならなくなったら、捨てられる。
極道がそんな存在だと理解した頃には、とっくの昔に大友も、カタに嵌められていた。極道を辞めて生活する事が、出来なくなってしまっていたのである。
「ぜーんぶ、正しいよ。この歳で、身分証明書も何もなくて、携帯も持ってない、職歴はバイトも派遣もした事ない。それもこれも、俺が馬鹿なヤクザだったからだ。否定出来ねぇんだ」
本当の事を言うと、片岡に捲し立てられた時、大友は内心で、笑っていた。
そうだよ、お前が正しいよ。どうせ殺すのは間違いないけど、お前の言い分は全面的に正しい。俺は先のねぇヤクザだ。先がねぇから、自分で自分の命を絶った、終わった男だよ。
「なるもんじゃねぇよな。ヤクザなんて」
レゼの姿を、ジッと眺める大友。彼女の感情を、表情から読み取る事は出来なかった。
「使い使われ、さんざっぱら身体使われて、何も残らねぇんだから、笑っちゃうよ」
「じゃあおじさん、聖杯に願いはないの?」
「……」
ない事は、ない。
2度目の生を、若返った状態で送りたいし。次はヤクザを止めて、普通に生活したかった。いや、或いは、またヤクザの門戸を叩いて、今度こそ成り上がるか?
それに、蘇らせたい連中もいるのだ。大友組の舎弟や、出所してからの仲間だった木村と、木村の舎弟2人。不運の死を遂げた彼らも、生き返らせたい。偽らざる本音だ。
――それでも。
「思い浮かばねぇな」
大友はどうにも、聖杯の使い道、と言う物を上手くイメージ出来ないようだった。
「ただ、オメェの邪魔はしねぇよ、れぜ。お前は聖杯を使えばいい。俺は、お前が殺す事に何も言わないし、俺も死にたくはねぇから殺すつもりでもいる。それでいいだろ」
「うん」
「……」
「……」
「……」
「……え、私の願いとか聞いてくれないの?」
期待してたんだけど、と小さく呟くレゼ。残念そうな表情を、隠しもしない、仕方なく、聞いてやる事にした。
「まぁ、俺も気になってた事だから聞きたかったよ。お前は逆に、聖杯戦争って奴を勝ち残ったら、何がしたいんだ?」
待ってましたと言わんばかりに、レゼは、言った。
「今の仕事やめる」
キッパリ、と言う擬音がこれ以上となく相応しい、言い切り振りだった。
「なるもんじゃないよねー、スパイなんて。しかもさあ、ソ連のスパイだよソ連!! 私よりずっと高官の同志だって粛清される国なのにさぁ、私が人間的な扱いされる訳ないじゃーん?」
「ほんっと……」
「クソみたいな国……。崩壊してせいせいしたよ、バーカ」
親の言いつけを守らない子供を怖がらせる為に、親が使う脅し文句、と言う物は、洋の東西を問わず何処にでもあるらしい。
夜中に誰かが攫いに来るだとか、ベッドの下に怪人が潜んでいたりだとか、所謂ブギーマンとか呼ばれるものだ。
ロシアの場合は、秘密の弾薬庫と言うものだ。言う事聞かない悪い子は、夜中に彼らが迎えにやって来て、同じような悪い子達でぎゅうぎゅう詰めにされちゃうとか。まぁ、そんな話だ。
その話が、真実であったと暴露され、一時期話題になった事がある。
そこでは子供達に自由はなく、外に出る事は一切許されない。ソ連主導の下、非道な人体実験が幾度となく行われ、多くの子供が死んでいった。
ある者は実験に耐え切れず。またある者は過酷な環境下で衰弱して。ある者は望んだ成績を出せなかったからという理由で、飯の量を減らされて餓死し。またある者は、規律違反で処刑されて。
子供の人権など、其処では一切尊重されない。名前ではなく番号で呼ばれ、管理され。監督官の気分次第で殴られるなど当たり前。
これで、少しばかり顔の造形が良いものなら、職務上の役得と言わんばかりに、前の穴も後ろの穴も犯される。その性行為に、犯される側の性別が関係ない。あそこでは、女も男も皆、『非処女』であった。
そんな、酷い不思議の国で、レゼは育った。
レゼと言うのも、本当の名前ではない。コードネームのような物だ。彼女自身ですら、本当の名前は、解らないのである。
「その仕事から足洗ったら、何するつもりなんだ?」
「便利だからねぇ、この悪魔としての力は、手放さない」
大友は呆れた。あくまでもその力は、自分の物として管理していたいらしい。
まぁその気持ちも、解らなくはないと大友は思った。大友は、レゼの言う悪魔の力とやらについてはとんと詳しくないが、誰が見たって、凄まじいスーパーパワーである事は解る。独占していたい、と思うのは、どうしようもなく抗い難い人の欲、と言うものだろう。
「でね、私、学校行ってみたい」
「……」
「普通の学校って、テストの成績が悪いからって殴られたりしないし、先生が『この問題が解る奴はいるか』って聞いて全員手を挙げてるのに、挙げてない子がいると顔面蹴られたりも、しないんでしょ?」
「……」
「それでね、休みの日には、全然客が入ってない喫茶店でバイトして、だーれも客が入ってないその喫茶店に、気になってる男の子と招いてね。コーヒー飲んで、一緒にダラダラペチャクチャ喋ってるの」
「……」
「……うん。今度という今度は、田舎のネズミみたいに……誰にも脅かされないで、安全で安心な暮らし、送りたいな」
「田舎のネズミって何だよ」
「聞いた事ない? 都会のネズミと田舎のネズミの寓話。田舎のネズミは安全に暮らせるけど、美味しいごはんにはありつけない。都会のネズミは美味しい食事が出来るけど、人とか猫で危険がいっぱい。さあ、どっちを選ぶ? って奴なんだけど」
「んなもん、聞かれるまでもねぇ事だろ」
大友は、言った。
「都会も田舎も、好きな時に行き来出来る人間様が一番じゃねぇか、コノヤロウ」
「ちょいちょい、金の斧と銀の斧どっち選ぶって言われて、両方選んじゃダメって聞いた事あるでしょーが」
「そりゃお前、童話の中での話だろ」
溜息を吐いて、大友は続ける。
「お前顔は良いんだから、どっちか片方しか選ばないんじゃなくて、両方を好きな時に選べるようにしろよ。そう言う事、できんだろ?」
「……」
「ネズミ何て食われて、実験に使われたりで、良いイメージないじゃねえかよ」
「俺達と同じでよ……」、大友は、何処か寂し気にそう呟いた。それを聞いて、レゼは、押し黙った。
考えてみれば、人間であれば出来る筈の事だった。田舎か都会のどちらかに住み、時に田舎で上手い空気と、山海の幸を堪能し。
都会に戻って楽しかったと満足し、熱いシャワーを浴びて、ぐっすりと眠ってみたり。ああ、理想的じゃないか。最高に人間的で、幸福な生活じゃないか。
ネズミ如きには送りようもない、素晴らしき日々ではあるまいか!!
そして――隣には、ちょっと気になるカレも一緒。
バカで、スケベで、お調子者。食い意地と性欲は一丁前、でも誰よりも、下手したら自分よりも。レゼと言う女の事を信じている、カレも一緒に連れて行こう。
日本に潜入する前に目を通した、日本の地理についてのガイドブック。そこで見た、オキナワとかハカタとか、シコクとかホッカイドーとか、行ってみたい。
で、少し平和になった後でなら、ソ連……じゃなかった、ロシアにも行ってみたいかな。モスクワの街とか歩いてみたいし、後はそうだな、シベリア。
極寒の地って言う否定的なイメージを日本人は持ってるみたいだけど、あそこ、今じゃ観光業で潤ってるし、お金持ちがリタイアメントして、余生を過ごす場所としても人気なんだから。
……そう言う所を。デンジ君と一緒に行ってみたいかな。
迷惑じゃなければ、また、楽しみたいんだけれど。出来るかな。
「……もしも」
「ん?」
「私が気になってる男の子が、フリーじゃなくなってたら、旅行、おじさんと一緒で我慢してあげる」
「バカヤロウ、俺はガキには興味ないんだ。お前さんみたいな娘と一緒に旅行したら、援助交際してるロリコンだと思われちゃうじゃんか」
「それでもいいじゃん。ねぇおじさん、何かお勧めの旅行スポットとか、ないの? その男の子と一緒に旅行行く時の、参考にしたいからさ」
「俺が案内出来る所なんて、韓国しかねぇぞ」
「へえ、韓国!! 良い所だよね。美味しい物とか、何かある?」
「……済州島で、俺の舎弟だった奴がいてな。タチウオのチゲ鍋が、韓国で一番美味いって言っててよ。俺も食ってみたかったんだが、喰えず仕舞いでね。それが、気になってるんだ」
「えー、何それ。凄い気になる。聖杯戦争勝ち残ったらさ、おじさんも誘って上げるから食べに行こうよ」
「お前のいる世界何て行ったら命幾つあってもたりねぇじゃねえかコノヤロウ」
これだけは、本心で大友は言い放った。
自分の命に頓着してないし、願いも特にないのだが。悪魔やらデビルハンターやらが当然の様に認められている世界に。
誰が好き好んで行きたいんだと、大友は強く思った。それを見て面白がって、レゼは、ケラケラと笑い続けるのであった。
.
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
向かいのテーブルに横一列に並んで座る男達が、顔見合わせ、何かを話し合っている。
よく聞くと、日本語の単語や成句が、一言一句たりとも聞こえて来ない。方言とかそう言う次元の問題ですらない。彼らは英語で、何かを相談しあっているようだった。
高校受験レベルの英単語の記憶すらもう覚えていない、そんな学のない大友にも、ああこいつら日本語喋ってねぇな、と言う事が解る。
1人たりとも、日本人、中国人、韓国人のような顔立ちの人間がいない。
タイやベトナムを初めとした東南アジア系の顔立ちの人間も、勿論見られない。大友を罵倒する人間、その殆どが白人で、残りが黒人であった。比率で言えば、9:1と言う所である。
【お前、ロシアのスパイだったんだろ? 何言ってんのか解るか?】
イスに足組んで座る大友が、霊体化して隣に佇むレゼに念話を送った。
【イタリア訛り酷過ぎ〜、聞き取り辛いよ〜】
スパイを育て上げると言うのは、非常に高度かつ、実践的な教育を伴う。
他国、それも、表面上・水面下を問わず、敵対している国家に潜入すると言う都合上、膨大な知識を、深い理解度と習熟度で修めなくてはならないからだ。
怪しまれないような立ち居振る舞い、明るい仕草や言動、人畜無害そうだと思われる雰囲気の出し方。そう言った物も会得しなくてはならないが、何と言っても大事なのは、潜入先の国家への理解だ。
相手国の風俗や文化、宗教に歴史に、政治事情。そう言った物を理解して初めて、相手先の国家に潜入するに足るスパイとして認められる。
だが、何よりも求められるのは、言語だ。ライティング、リーディング、スピーキング、リスニング。何1つ欠けてはならない、1つ欠ければ重要な情報を持って帰れないからだ。
相手とコミュニケーションを取る事が大事なスパイなのに、敵性言語を読めません書けません、話せません聞き取れませんでは、話にならない。
だから、スパイの登竜門は、言語からなのだ。レゼもまた、KGB仕込みのスパイ教育を受けているし、その過程で、複数国家の言語を一通り学んでいた。
主に得意とするのは、英語と、生前の主要任務を遂行するのに学んだ日本語。その他には、余り得意とは言えないが、アラビア語と中国語、フランス語も、それなりと言った所だ。
彼らが口にしている言葉が英語であるから、レゼも一応は聞き取れている。
何を言っているのかも、解っている。ビックリする位品のないスラングだ。全員アルマーニのスーツで決めているのに、話す言葉の品性のなさったら、ない。
だが何よりもレゼにとってウンザリしているのが、言ったようなイタリア訛りだ。方言や訛りがあるのは、日本語に限った話じゃない。
世界中に話者がいる英語ともなると、その訛りのバリエーションたるや、信じられない程多いものとなる。如何にスパイ教育を修めているレゼと言っても、訛りの全てを網羅する事は不可能である。
ために、聞き取り難いと言う他ない。早口だし、発音のイントネーションも正当な物でない。おまけに使う成句も、イタリア系の連中にしか意味が伝わらないような物も混じっている為、余計に解読が困難となっていた。
レゼが、あのアパートだと嫌だ、やる気が出ないと言うので、大友は、別の部屋を探す事にしたのである。
とは言え、大友はまともな職に就けない身であるし、賃貸を新規に借りる事も、出所後間もなくでは困難。そしてそもそも、レゼが満足するようなところに住めるだけの貯蓄もない。
だったらどうする、と言う事になり、そこで大友は、長い物にも巻かれない、舎弟も持たない。そんな一匹狼のヤクザにでもなるか、と思った。
結局、やるもんじゃないとレゼに言っていた、ヤクザの身分に戻った訳である。
大友は、元居た世界の舎弟だった石原のように、頭脳労働で稼ぐタイプのヤクザではなかった。
何処まで行っても暴力一辺倒。これ以外に、金の増やし方に敏くない、平成の初期の時代ですら時代遅れだったヤクザである。
そんな彼がどのようにして、金を稼ぐか。所謂、カチコミだ。但し的は絞る。同業者のみを狙って、アタックをかけたのだ。
日本のヤクザは言うに及ばず、中国・韓国のマフィア、東南アジアで勢力を伸ばしている麻薬カルテル。
そう言った連中に襲撃をかけ、組員を皆殺しにし、その後、事務所の金庫の金を強奪する、と言う無法で荒稼ぎを続けていた。
伊達に何十年もヤクザをしていた訳じゃない。何処に組があるのかと言う嗅覚は備わっており、襲撃を仕掛けたら、案の定、と言う確率が今の所100%だ。
それに、こう言うヤクザやマフィアやカルテルが稼いだ金と言うのは、盗まれました強奪されましたでは、示しが付かない。
警察に通報などして見ようものなら、組やファミリーが壊滅してもなお語り継がれるレベルの恥となる。面子が全ての裏社会の住人は、身内の不始末は全て自分が付けねばならないのだ。
つまり、大友の狂行は警察に露呈しない。そして、盗まれた組織の追手もまた、来ない。レゼが、殺し尽くすからであった。
その、皆殺しにして来た組の中に、イタリア系アメリカ人で構成されたマフィアのファミリーと、敵対している所があった。
イタリアの地を発祥とする犯罪者のグループを、マフィアと呼ぶ訳だが、事情として、日本で彼らは全くと言って良い程根付いていない。
理由は、単純。距離的に、日本と遠いからに他ならない。中韓、東南アジアの犯罪組織が日本で活動しているのは、魅力的なシノギだからと言うのもそうだが、何よりも、近いからだ。
確かに日本は遠いが、マフィアの目から見ても、可能であれば食い込んでおきたいと思う位には、魅力的な市場である事は間違いなかった。
熾烈な犯罪と言う物に無知な国民、法規によって暴力を振るう事をガチガチに規制された警察機構。そして何よりも、外人に対して甘い政治体制。
こんな国家が、アメリカと並び立つ経済の雄であるのだから、機会があれば御近づきしたいと思うのも、ごく自然な話。
だから、本家筋から、腕利きの幹部数名と、ソルジャー要員数十人が、日本に侵入。水面下で版図を広げていた、と言う訳だ。
彼らマフィアに先んじる事、何十年も前。その時点から既に、日本に根付いていた中韓系の勢力。
彼らが目の上のたんこぶだった。いつだって、先んじて定着していた、先住の勢力と言う物は、折り合いに苦労する。
マフィアの本音としては、仲良くしたいのではない。排除したい位だったし、ある日突然全員、死んでくれないかと言う気持ちで日々を過ごしていた位だ。
そんな彼らを、排除した男がいる。しかも、その排除の方法と言うのも、刑務所に放り込むと言う方法ではなく、生物学的な死を齎す、と言う方法で!!
人の欲望渦巻く先進国の首都と言うのは、余人の想像を遥かに超える腐敗が渦巻いている。平和が、空気と水の如しの日本でもそれは例外ではない。
平和でありながら、腐敗していると言う事に、魅力があるのだ。そしてこの平和と言うプライスは、損ないたくない。だから、大規模な抗争を、マフィアの連中は差し控えていた。
そんな所に、大友がやって来て、頭からこちらの活動を抑え込んでいた連中を皆殺しにしてしまった。
是非、スカウトしたい。相応のインセンティヴも約束する――と言って、大友に接して来たのが、今からつい数時間前の事。
勿論、こんなのは建前だろう事は大友も理解している。本音を言えば、安くコキ使って、働かせたいのだろう。
黄色い猿を、安い値段で買い叩いて、邪魔な連中の露払いにでも、利用したいのであろう。自分達の手を、汚させず。
その目論見が外れて、交渉のテーブルの空気が、随分冷えてしまっていた。
場所は江東区、有明。そこに建てられた、ある低階層超高級マンションだった。
どんな超一流企業勤めでも、サラリーマンと言う括りの働き方では、購入したとて一生ローンを返済出来ない。そのレベルの、高級住宅だ。
マフィアは、このマンションの1フロアを丸々購入し、己の拠点としていた。見栄と体裁を、マフィアは重視する。
表向きの来日理由はビジネス目的。彼らの表の顔は、米国でも著名な会社の幹部陣であり、日本支社を現在立ち上げる為に、遠路遥々やって来た、と言う事になっている。
解りやすく言えば、フロント企業だ。其処まで、己の毛並みや、鑑に映った姿を気にする連中の事務所がコンテナなど、彼らのプライドが許さない。だから、彼らの自尊心を満たす為、高い住まいを借り上げた、と言う訳なのだった。
「……」
沈黙を保ち続ける大友。
この部屋に通され、テーブルに着席した時。大友は、手渡された英語の契約書に目を通している。
当然、彼は読めない為、霊体化したレゼが翻訳する形となる。これが、笑ってしまう程の悪条件。殺しを請け負う値段としては、余りにも安いそれだったのだ。
しかも文面はレゼ曰く、ビジネス英語ではなく、完全にこちらを馬鹿にしくさった酷い英語の文法との事で、大友が、英語を完全に理解してないだろうと言う侮りと嘲り、侮蔑の意味で、作り上げたものだったのだろう。
そう言う訳だから、契約書を大友は破り捨て、「作り直せよ」と静かに連中らを脅して、今に至る。
おかげで、場の空気と雰囲気は最悪。にこやかな笑顔を浮かべていた相手方は、途端に鋭い光を宿したそれになり、母国語で、談合を始め出したと言う事である。
尤も、何を言われているかは解らない。解らないが、どうせ、こちらの事を小馬鹿にした内容であろう事は、想像に難くなかった。
「Fuckin' Jap……」
誰かがそう呟いたのを、大友が聞いた、その瞬間だった。
懐に隠していた拳銃を、あっという間に引き抜いた大友は、その銃口を、部屋で一番年配と思しき外人の頭に向け、発砲。
銃声が響いたと同時に、アルマーニのスーツを纏った男の額に風穴が空き、其処から間欠泉めいて、血液がビューっと噴出し始めた。
大友のそんな行動を受け、合わせてレゼも、実体化。
大友が、撃つ、黒人の分厚い胸襟に風穴が開く。レゼが指を弾く。若い白人の胴体が爆発し、その爆風に巻き込まれ周囲にいた人間が火達磨になる。
大友が撃つ、白人がのたうちまわって死ぬ。レゼが指を弾く。頭が爆破され粉々になる。外人が「Please have mercy……!!」と怯えた様子で口にする、大友が撃つ。慈悲を請うた外人の口に銃弾が命中、うなじを銃弾が貫通して通り抜ける。
撃つ、爆発する。撃つ、爆発する。
そんな事を繰り返す事、数秒程。部屋の中は酷い有様となっていた。
交渉の席として使っていたマホガニーのロングテーブルは、もとからそう言う色だったのか? と思う程に、赤い血液でベッタリで、その上には骨片やら肉片やらが大量に散らばっている。
床は、血の池と言う陳腐な表現がこれ以上となく相応しい程、血液が海のように広がっていて、足の踏み場を探すのも難儀する程だった。
素人目にも解る。この部屋に、マフィアの生き残りなど、誰もいない。皆、殺されてしまったのだと。
「何で殺したの?」
自分も殺しに加担したとは思えない質問だ。レゼの場合は、大友が撃ったから何となく、加担したに過ぎなかった。
「ファッキンジャップくらいわかるよバカヤロウ」
ウケたのか、レゼが爆笑し始めた。
大友も、自分で言って笑ってしまったらしい。思わず、物言わぬ死体の1つに、銃弾を一発、お見舞いしたのは、彼なりの照れ隠しなのであった。
【クラス】
アサシン
【真名】
爆弾の悪魔、或いは『レゼ』@チェンソーマン
【ステータス】
筋力B 耐久A+ 敏捷B 魔力B 幸運E 宝具A
【属性】
中立・悪
【クラススキル】
気配遮断:D
サーヴァントとしての気配を絶つ。隠密行動に適している。ただし、自らが攻撃態勢に移ると気配遮断は解ける。
【保有スキル】
破壊工作:C+
実力のあるスパイとして、極めてレベルの高い工作術を身に着けている。
特にアサシンの場合は、後述の出自の故か、これを活かした工作能力が非常に高い。
武器人間:A
悪魔の力身に着けた、特異な人間。
悪魔とも当然違うし、死体に悪魔が憑依して活動する魔人ともまた違う。生きたまま、悪魔の心臓を埋め込まれ、人間の心を持ちながら悪魔の力も手に入れた特異な存在。
この存在に至った者は、悪魔の力を得る事は当然として、これ以外にも様々な能力を獲得する事が出来る。
頭が吹っ飛んだ程度では一切行動に支障がない程の戦闘続行能力、そもそも千切れた腕や頭が次の瞬間には復活している程の再生能力。
自動車程度なら片腕で持ち上げる怪力に、死なない限りは老いる事のない不老能力など。凡そ様々な恩恵を、大したデメリットもなく享受出来る。
死亡寸前のダメージを負ってですら、潤沢な血液があれば完全復活を遂げる事が出来、サーヴァントになってもその特性は変わっていない。
このスキルを持ったサーヴァントは、魂を喰らうよりも血液の摂取の方が魔力回復効率が高く、アサシン曰く、サーヴァントやマスターの血の方が濃くていいかも、とのこと。
ランクAは、武器人間としては極めて高い、と言うより一部の例外を除けば最高レベルと言っても良い。
アサシンに埋め込まれた心臓の元となった悪魔は、地獄に於いてもその名を轟かせる、有力な存在であった可能性が高いとされる。
【宝具】
『Bomb Bomb Bomb(爆弾の悪魔)』
ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:- 最大補足:-
アサシンに埋め込まれた悪魔の心臓及び、それによって齎された悪魔の能力。これらを包括して、宝具として扱う。
『爆弾の悪魔』、ないしボムと呼ばれる存在の能力をアサシンは行使する事が出来、これを利用した直接戦闘及び破壊工作が、彼女の骨子。
首筋に生じている、手榴弾のピンを思わせる器官を引き抜く事をトリガーとして、彼女の身体は悪魔の姿に変貌する。
魚雷か原爆を思わせるような爆弾が頭部の代わりになり、ダイナマイトを編み上げたエプロンを付けた、異形の魔とも言うべき存在。
爆発現象を伴う兵器の力を自在に行使出来る悪魔で、この姿になったアサシンは、全身がくまなく爆弾としての性質を帯びた武器人間。
フィンガースナップを行う事で指先にいる存在を爆発させる、ちぎった小指をへばり付かせて時限式の爆弾にする、などアサシンからすれば小手調べ。
武器人間としての再生能力を活かし、自らの身体を爆破させて自傷し、破片や千切れた部位をセンサー式の爆弾にしたり、踏めば炸裂する地雷にするなども可能。
また近接戦闘に於いても、殴る・蹴るに使う部位を爆弾化させ、威力の劇的な向上を図ったり、足を爆弾にさせて爆発させ、瞬間的に凄まじい速度で移動すると言う芸当も出来る。
基礎となる再生能力も異常の領域で、頭部のみを切り離し、それを放って爆弾として自爆させても、次の瞬間には頭部があった所に五体満足で再生しているレベル。
そして、放り投げる前に切り離された胴体を自律的に活動させ、誘導式の爆弾にする、と言う事も、彼女には可能である。
再生に掛かる魔力は極端に少なく、驚異的なまでのスタンドアローン性を誇る、優秀な宝具。だが、アサシンが司るものはあくまでも、爆風を伴う武器であり、これが水中だと、本来のスペックを全く発揮出来ないと言う弱点を持つ。
【weapon】
【人物背景】
田舎のネズミが良いと言った、ソ連のスパイ。
その最期は、多くのネズミ同様に、人知れぬ所で殺され、その生涯を終えると言うものだった。
【サーヴァントとしての願い】
現世に戻って、あの喫茶店に行けば、デンジ君に会えたりするかな
【マスターへの態度】
おじさん。マスターとしては魔力はもってないし、高齢だから動きも鈍いしで、アレだよなぁと思っている。
が、その内なる暴力性と、死ぬ事も恐れていない精神性は好印象。そして何よりも、自分と同じく体よく使われて、その末に死んでしまったと言う事実に、シンパシーを抱いている。
タチウオのチゲ鍋をあの後探してみたけど、振舞ってくれるところがない。まだ旬ではないからである。後、レゼ個人的な意見になるが、声がもごもごしてて聞き取り辛い時がある。
【マスター】
大友@アウトレイジ
【マスターとしての願い】
思い浮かばない。が、呼び出したアサシンの願いは邪魔しないつもりでいる
【weapon】
拳銃
【能力・技能】
暴力性:
普段は大人しいが、一度殺すと決めた相手は、どのような場所でも絶対に報いを受けさせる事にしている。
その暴力性は堅気の人間にではなく、同業のヤクザに向けられる事が殆ど。作中で、大友が殺した人間の殆どは、同じヤクザ者達であった。
【人物背景】
使われるだけ使われ、親に反旗を翻し、血道を上げ続け。その清算を、己の命で行ったヤクザ。
アウトレイジ 最終章から参戦。
【方針】
邪魔するんなら殺すよ。冥界だったらそう言うの、何でもねぇだろ
【サーヴァントへの態度】
クラス名で言うのがなかなか慣れない。れぜ、と言いがち。
女子高生みたいな見た目をしていて、横に立つと彼女を情婦(イロ)だと思われないか心配しているし、情婦に戦わせていると思われるのは心外だなと思っている。
レゼが思っているのと同様に、同じ体よく使われる側としてのシンパシーを抱いていて、悪くは思っていない。
聖杯戦争に優勝したら、済州島を案内してやるのも悪くないな、と考えている。但しそうなると、レゼの生きている世界に行きそうになるから少々怖い。話に聞いているが、俺の生きられる世界じゃないだろこれ。
投下を終了します
続けてもう1作投下します
.
失われし竜が行く手にひそむ
竜は避けえず、まどろまず
かれはおのれの死を悟る
死もまた物語の半ばに過ぎぬことをも
――ルイス・マクニース、『燃える橋』
.
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
この国の人間は、殊更に日曜日を好む傾向にあるのだな、と。
道行く人間を眺めていたり、日々の営みを本や映像媒体で調べる内に、『オフェリア・ファムルソローネ』は気付いた。
別に、日曜になると嬉しいのは、この国の人間に限った話ではない。
オフェリアが生まれ育った国でもそうだった。神様ですら、仕事をせずに眠っている日。それが日曜である。
勿論日曜日に全ての人間が休める訳ではない。365日、稼働していなければならない職場と言うものもあるからだ。
そう言う所で働く者は日曜も休めない事がある。とは言え大抵の労働者は日曜日は休みであるし、学生に至ってはほぼほぼ全員が休みである。
労働とは煩わしいもの。学業とは退屈なもの。
自発的に好きな事を行い、学んでいるのならばそうではなかろうが、殆どの者は、己の意に反する仕事や勉学をしている事だろう。
しかもこれが、強制のものであると言うのだから堪らない。元々嫌な事なのに、無理矢理やらされているのだ。楽しい訳がない。
そう言う、面倒な事から離れ、好きな事をしても良い、身体を休めても良い、と言うのが日曜日だ。
何も、日本人だけがこの曜日を楽しみにしている訳じゃない。海の向こうの異国の民もまた、日曜日をオアシスとしているのである。
「アナタは、日曜日が好き? キャスター」
問いを、投げかけるオフェリア。
「好き嫌い、の軸で語れんな。己(オレ)には休みの権利は与えられてなくてな。旧い時代の標語だが、月月火水木金金、と言う奴さ。己にはそれが適用されている」
「勤勉なのね」
投げかけられたオフェリアの問いに答える者こそは、冥府の窯底に再現されたこの東京都における、彼女のサーヴァント。
キャスターとしてのクラスで当て嵌められて招かれた、人類史の英雄、その影法師と呼ぶべき存在であった。
――どこが? そう思いたくなるような姿をしている事もまた、事実だった。
色素の抜け落ちた白髪を、後ろに長く伸ばした、筋肉質の男だった。
それだけならば、まだ英霊として認識されたかも知れない。このキャスターは、下半身。臍から下の部位がまるまる、欠損していた。
それも、外科的な措置を以て、正確に切断したと言うよりは、巨人が無理矢理、腕力のみで引きちぎって見せたように、不細工な形で身体が欠けていた。
そんな男が、透明な液体でなみなみと満たされた、巨大なガラスの培養槽の中で揺らいでいた。
その培養容器の形は宛ら、カプセルかフラスコか、と言うようなところで、そんなものに入れられているキャスターはまるで、何かしらの実験生物めいた趣すら感じる事が出来た。
その、実験生物と言う表現は、間違っていないだろう。当人が、試験管のような容器のなかで、用途不明の様々なプラグに繋がれているのだ。
末期の患者が、身体中に点滴の措置を受けているかの如く、オフェリアには見える。見えるだけで、本当に正しく、そう言う措置になっているのかは、オフェリアにも解らないのであるが。
――間違っても。
彼を見て、強いと思う人間は、この世に存在しないだろう。
成長途中で失敗し、不具の障害者となってしまった人造人間か。はたまた、生きては帰れぬ激戦地で負傷してしまい、治療途中の傷痍軍人。
そう言う風にしか、余人には見えなかろう。
オフェリアもそうだった。
大仰な容器の中で沈黙を保つ目の前のキャスターを見て、初めは、「ダメそうだ」と思った。
その第一印象がオフェリアの側からの思い込みに過ぎぬと思ったのは、彼と一言二言会話を交わし、並ならぬ力と意志をその言葉から感じ取ってから。
本格的にその認識を改めたのは、既にこのサーヴァントが、2体のサーヴァントを屠っていると言う実績を披露してから。
未だに、その強さの全貌は掴めない。ただ、計り知れない何かを持っている。
頂きが、大気の境を超える高さの山を見上げているようだった。陽の光すら届かない、果てなき深海の底へと繋がる海面を覗いているようでもあった。
強さに関しては、きっと、本物である。だが、無条件に全幅の信頼を寄せている訳でもない。常に、一歩引いた所からオフェリアは、このキャスターと接するようにしていた。
――真名を『カグツチ』。
記紀神話において、出産と同時に、産みの母であるイザナミを、身体から噴出する焔で焼き殺してしまった、荒ぶる神。
そんな恐ろしい荒御魂と同じ名を冠するサーヴァントを、オフェリアは招聘してしまった。つくづく、我が身は炎と縁があるようだと、内心で自嘲する他ない。
「私はそうね……日曜は、嫌いな方なの」
「ほう。ワーカーホリックは、己を創造した大和の民の業病だと聞いたのだがな……。お前は働く事の方が好きなのか? 要石(マスター)よ」
「そう言う訳ではないわ」
静かに首を横に振るうオフェリア。
「どちらかと言うと私も、多くの人間同様に、安息日の方が好き。ワーグナーを流しながら、お菓子を作ってる方が落ち着くの」
「高尚な趣味だが、己の相棒としては控えめよな」
「かも……ね。そんな姿になってまで、牙も心火も失わない、やる気のあるアナタに比べれば、私は大人しい小娘にしか見えないでしょう?」
「そうは思わんよ」
液体に満たされたカプセルの中に当人はいると言うのに、カグツチの声は、音吐朗々。
オフェリアの耳にもよく聞こえて来た。その声が、正しい発声プロセスを経て聞こえて来たそれなのか、それともテレパシーの類で語りかけて来ているのか。
彼女には区別が出来なかった。
「己を呼び出せる運命を持っているのだ。低くは見積らん。お前は十分過ぎる程に、優秀な女だ」
カグツチの姿を、オフェリアが初めて見た時。
抱いたイメージは、罰を受けた後のよう、であった。決して逆らい、弓を引いてはならない、天上の高みに座して構える大神。
そう言うものに逆らって、身体を失い、その状態のまま、久遠の時を苦痛と共に生き続けなければならなくなった、堕ちた天使のようだと。オフェリアは思ったのだ。
そう言う、見るからに胡散臭くてきな臭く、いかにも腹に一物隠してそうな見た目とは裏腹に。
カグツチの言葉は、驚く程正直な物ばかりだった。マスターを謀ろう、裏をかこう、と言う気概がまるでない。
今口にしたオフェリアの評価も、リップサービスや御世辞の類ではなく、本心から下した物なのであろうと言う確信が、オフェリアにはあった。
「それだけの力がありながら、何故、往かん?」
フラスコの中で、満身創痍のキャスターが、荒ぶる事なく問うて来る。
「己の世界には魔術がなかった。科学と、魔法に限りなく近い科学があるだけだった。故に、魔術の優劣、妙味は己には解らん。解らぬが、人間性の優劣だけは、世界が移ろい変わろうとも、普遍である事はお前を見て悟った」
「お前は――」
「魔術の世界でも、出来るのだろう?」
「……口が達者ね、キャスター」
立板に水、とでも言うように、流暢にカグツチが話すものであるから、オフェリアは困惑した笑みを浮かべた。
「優秀さとは、結果を残す事だと思ってるの。その定義で行くのなら、私は多分、落第。3度も、失敗してるから」
己の無様さに、呆れて物も言えない。
そんな風の、捨て鉢な笑みを浮かべて、オフェリアは今の言葉を紡いだ。
現代の戦乙女だと、持て囃された事もあった。
宝石クラスの魔眼を授かって産まれた、選ばれし者。両親はオフェリアに対して常々、当家はお前の代で以て根源に到達するのも夢ではないと誉めそやしていた。
しかもこの上、魔術の才能にもまた、恵まれていた。覚えが大変によく、実践も極めて上手い。魔眼だけが頼りの木偶の棒でもなかった訳だ。
カルデアに招かれてからも、彼女の評価は高かった。最優秀者で構成されたチームである、Aチームに彼女が選ばれたのは当然の帰結。
チームのリーダーであるキリシュタリアと並ぶ程の活躍が期待出来ると、太鼓判を押された事もあった。
――それだけの実力を有していながら、彼女の生前の歩みは、失敗と敗北の連続だった。
人理修復には、立ち会えなかった。
本番直前に、予測も出来ない回避も不能の爆破テロに見舞われ、人間の魔術師としてのオフェリア・ファムルソローネは此処で死ぬ筈だった。
死に逝く筈だった命を、キリシュタリアに拾われて。
彼に報いようと、カルデアの生き残りと戦っても、向こうの側についたかつての友人に情が湧き、本気で排する事も出来ず。
そして挙げ句の果てには、決して解放してはならない焔を解放してしまい。
友誼を結んだ異聞帯の女王と、彼女が胸を痛めて必死に維持していた異聞帯の、破滅の引き金を引いてしまった。
やることなす事失敗続きで、期待外れ。
己に課せられた課題、そこに設けられていた基準を何一つ、望まれていたレベルでクリア出来なかった女。
それが、オフェリア、と言う女の正体であった。
「日曜日が嫌い。私を天才だと目を掛けてくれる父と母が、一堂に集まるこの曜日が嫌いだった。私ならきっと、先祖が成し得なかった悲願を成し遂げられるだろうと、期待を寄せられるのが……能力に対しての責任が、嫌だった」
掛け値なしに、オフェリアは優秀だった。
実家の両親の身内贔屓だけではない。他家からは勿論、他にも優秀な麒麟児が揃う、カルデアのAチームから見てすら、彼女の才覚は高い方にラベリングされていた程である。
その稀有な先天的な体質と、魔術師として天才同然の才覚の故に、押し潰されそうな期待を寄せられる。
不思議な事は、何も無い。嘘偽りなく、オフェリアの才能は確かな物なのだから。出来る筈だ、任されてくれ。
そうと誰しもが思うのは、当然の心理的力学とすら言えるのだった。
本当は、その責任と重圧から、逃れたかった。
コフィンの中で爆風に飲まれ、急速に、己の意識と身体感覚が断絶されて行く心地を。何処かで、望んでいたものとすら思っていた程だ。
「……お笑い種って奴ね。本当に本当の、自分の時間を処分出来る日曜日が訪れるかもって思ってたのに、結局、まだ働かなくちゃならないの」
何者が、オフェリアに期待しているのだろう。
レフ・ライノールの爆破テロから、運命の悪戯同然に生還させられ。その後は、クリプターとしての仕事を果たせと来たものだ。
それだって、頑張った。クリプターとしての使命から、と言うよりは、きっと恐らく、恋心の為に、身を粉にして働いた。
それだって、失敗した。多分カルデアは、自分が亡き者になった後の、異聞帯との生存競争に、勝っただろう。
異聞帯の存続の為に、民を間引かなくてはならないとオフェリアに相談した時。泣きそうな横顔を見せた、あの山の女神を下しただろう。
全ては、無為。
オフェリアが為した事の全て、それが実を結ぶ事はなかった。
灰だ。種を蒔いていたつもりが、そもそも、種ですらなかったのだ。ただの、燃えカス、灰を撒いていたに過ぎないのだった。
「挫折か」
身体を半壊させているキャスターが、己のマスターに問うた。
「幻滅した?」
「己にも覚えがある」
「アナタに?」
オフェリアには正直、想像が出来ない。
不具で重度の、身体障害者。それが今のカグツチを見て抱いた、オフェリアの印象である。
こんな状態になってすら、牙も、心の熱も失わないような男が、挫折? 彼の心を折れるような何物かの姿、その輪郭すらオフェリアは捉えられない。
「己を創り出した創造主(つくりぬし)の為。そして、主が住まう祖国と、其処に営む億千万の民の為。己は、肺肝を砕いて働き、魂が粉になる程尽瘁した」
其処に、カグツチは疑問を覚えない。不満を抱かない。
旧西暦に存在した、日本国(アマツ)が産み出した脅威のテクノロジー。本物同然の仮想空間、飛んでいる蠅にすら命中させられるミサイル、老衰以外の全ての病を克服出来たと言う医療技術。
それが、カグツチがロールアウトされる前の、世界における技術水準であり、この極まった技術で以て何をしていたのかと言うと、戦争だった。
地上に残った僅かなエネルギー、その奪い合いと、換言しても良い。日本も、その戦争に加担していたのである。
古の昔に、世界に誇れるだとか言って尊ばれて来た、憲法の9条など、100年以上も前に改憲され、カグツチが産まれた時には、日本はとっくに戦争の出来る国であった。
そんな時代の最末期に産み出された、生体兵器。それが、カグツチだった。
従来の運動兵器、爆弾、生物兵器に化学兵器、質量兵器の進化とその対策法のレベルが極点にまで達した結果、思うような戦果を得られず、戦局の膠着を強いられるようになった。
ために、各国は、全く違うアプローチの兵器の開発を余儀なくされた。日本の場合は、己の意思を持って自律行動を行う、人間と同じ外観の生物兵器の作成に着手したのである。
用途は仮想敵国内部に隠密に侵入、内部から破壊工作やスパイ活動を行うと言う、言ってしまえば秘密工作だった。
そんなコンセプトの下で、カグツチは創られた。
既存の兵器を超える身体スペックを誇る生体兵器としての側面と、当時の時点での平均的なコンピュータ性能を遥かに超える演算能力を搭載したバイオコンピュータとしての側面をも兼ね備えた、次世代型潜入兵器。
そう言う展望を以て創られたカグツチだ。御国の為に働き、尽くす事について、忌避も不満もない。それが当然の責務とすら思っていた。
「だがな、己が活躍する事など、遂になかったのだ」
「何故? アナタ程のスペックなら、大立ち回りの一つや二つ……」
「完成目前に、国が地球上から消え去ってはな」
きょとんとした顔を浮かべるオフェリア。宇宙の真理にでも気づいてしまった猫のような顔である。
そう言う顔をするのも無理はないと、カグツチは思った。真実を知れば誰だとて、そうなるのだ。
果たして誰が、敵国の工作員によって、次世代エネルギー粒子の増殖炉を破壊された結果。
莫大なエネルギーを放出しながら、日本の国家面積の全てを、東アジア全域と中東の一部、ロシアの国土の7割と、オーストラリア大陸の8割、アラスカの9割とカナダの4割、と言う膨大な陸地面積を巻き込んで消滅させた、など。
誰に言って、信じられると言うのだろうか。核を炸裂させたとしても、破壊されるのはせいぜいが、都市か、インフラだ。
エネルギー粒子ーー即ち、星辰体(アストラル)の暴走事故は、国家のみならず、陸地すらも地球上から消しとばしてしまったのだ。
地球上に現存する核兵器の全てを炸裂させたとしても、星を破壊する事は勿論、地球からしたら薄皮同然の、ほんの表面に過ぎない陸地を消滅させる事すら出来ないが。
星辰体は、星の破壊の手前に近い規模の被害を齎せてしまうのだ。
そう言う大破壊(カタストロフ)から。カグツチは、生存してしまったのである。
「最初の600年は、退化した文明の水準の底上げから始めねばならなかった。地上の全ての演算装置が、ガラクタになったのでな。それに基づいて動く全ての機械も、金属の塊に成り下がったよ」
カグツチが今の半壊同然のボディになってのもこの頃の話だ。
星辰体は地球全土に隈なく散布され、この結果として、何が起こったのか。星辰体は地球上の遍く金属から、電気抵抗を廃してしまったのだ。
この結果として、旧西暦で言う半導体技術は完全に消滅、つまりはコンピュータ技術が完全に利用不可、断絶してしまったのだ。
それは翻って、コンピュータ管理によって依存していた旧西暦の技術の断絶をも意味し、結果として、人類の文明レベルの深刻な退化をも招いた。
それだけではない。
星辰体が惑星を覆ったと言う事実は、空気抵抗の増大をも引き起こした。
これだけならミサイルを始めとした飛翔兵器の使用不可程度で済んだが、これは同時に、航空機のノウハウも死に絶えた事を意味する。
飛行機が、飛ばない。それは即ち、人類の移送技術は、蒸気機関だとか蒸気船を利用していた時代まで下落する事を意味しーー。
もっと言えば、ある意味人類の最大の武器である、協力と言う行為に大幅な制限が掛かった事をも意味する。
衛星通信も電波通信も使用不可能である以上、人類はグラハム・ベル時代の電話か手紙、対面の会話によってでしかコミュニケーションが取れなくなる。
これでは、新しい西暦ーー新西暦で人類が発展させるのが、困難になるのは当たり前の話であった。
「己の目的は、高次の世界に国土ごと消し飛ばされた、日本国を地上に降ろす事。彼らを、地球における唯一絶対の覇権の國として君臨させる事」
その為に、カグツチは元の世界で、存在を秘匿させながら、少しづつ。
人類の文明のレベルを漸進的に向上させるよう、陰ながら誘導させていたのである。
高次世界に召し上げられた日本を現世に戻す。文章化するだけで頭が痛くなるようなこの作業は、言われるまでもない難行だった。
カグツチ単体の力では到底為し得ない。だから、あらゆる既得権や既存のテクノロジーが破壊され切った世界に生きる人間にも、動いて貰わねばならなかったのだ。
カグツチから見て実用的に足る動きをして貰うには、19世紀レベルの技術では駄目だった。相応のテクノロジーを、提供して、文明レベルを向上させる必要があったのだ。
星辰奏者(エスペラント)、人造惑星(プラネテス)、アダマンタイト、オリハルコン。この基本的な4本の柱の技術体系を確立させるのに、足掛け600年。
後は400年もの間、日本を地上に君臨させる為の、土台作り。つまり、カグツチを完全状態で復活させるのに十分なエネルギーを、自国で発電出来るだけの技術水準を持った国家の誕生を待つのみ。
――地獄だった。
世界の命運を大きく左右させたあの大破壊の時に、自らも壊れていた方がマシだったと、思える程に。
全ての期間において、カグツチは孤独だった。壊れた身体で自由にもならぬ身体のまま。一人、祖国の復興を夢見て演算を続けていた。
己の作りがもっと粗末で、時間の経過による耐用年数超過で壊れる仕様なら、どれだけ良かったろうかと、考えた事もある。
それがならない。壊れないし、思考も明瞭。だから、考える。いと高き所に行った祖国の為に、身を尽くすのだ。
「木石を組み合わせて、月を踏破する文明を作り上げろ。己の使命は、これに等しい苦行であったが……旅路の果てに、漸く、高次世界に行った日本と連絡が取れるようになったのよ」
「……」
「己の努力は不要。任を解く、だそうだ」
その言葉を告げられた時の絶望は、今もカグツチは忘れない。
そこまで考えが至らなかった自分の思考能力、その限界もまた、忌まわしい。
日本国民が、苦しんでいるとカグツチは勝手に思っていたのだ。過酷な上位次元へと消し飛ばされた彼らが、地獄の業火で焼かれているのだと、思い込んでいたのだ。
聞こえる筈のない、1億数千万の日本の民の、地上に戻りたいと言う声が、都合良く聞こえていたのである。
1億人以上の日本人が飛ばされた、その遥かな上位次元は、物質世界のあらゆる苦しみから解き放たれた、涅槃(ニルヴァーナ)だったのだ。高天原だったのだ。
飢えも老いも病もなく、金銭の多寡による貧富の差もない。まさに、桃源郷。エリュシオンの園。
何故そのような所を離れて、辛く苦しい地上の世界に舞い戻らなくてはならないのか。我々は、そんな事を求めてはいない。余計な世話と言うものだ。
カグツチの言われた事は、要するにこう言う事だった。当時の日本国の軍部の上層や長官、元帥がやって来て、直接労うでもない。
言葉だけだ。
「1000年にも及ぶ、己の不断の努力は、当人達からすれば無用なお節介に過ぎなかったと言うわけだ」
初めからこの世の何処にも、カグツチの居場所など、なかったのだ。
ただ1000年、何処とも噛み合わさる事なく、空回りしていた歯車に、彼は過ぎなかったのである。
10世紀にも渡る活動を、たったの一言で否定されてたその時に初めて、カグツチは、絶望と言う感情を覚えた。
今までカグツチが歩んで来た1000年の歴史の中で、日本国の為という大義名分と正当性の元に切り捨てて来た弱者達。
彼らが味わった苦悩と絶望、惨めさを。最悪の形で、彼は思い知ったのである。
「己は、お前の絶望がよく解る」
フラスコの中の、壊れかけの益荒男は語る。
「何事も成し得ず、何者にもなれなかった。その無念、その慚愧。己は笑わんよ。全てに疲れ、休みたいと思う事を、糾弾するつもりもない」
「それでも」
「在るのなら、征くべきなのだ」
重ねて言った。
「決めたのならば、果てなく征くのだ」
沈黙が、流れた。
居辛いと、オフェリアも、カグツチも、思わなかったった。その黙考の分だけ、答えに近づいていると言う、確信が。2人にはあったからだ。
――そうだ、進め。踏み出していけ。迷ってもいい。悩んでもいい。だが止まるな、進め――
――後ろに進んでもいいさ。ただ、止まるな。退くな。戻るな――
――胸を張れ、オフェリア。オマエは、ただ、あるがままで美しい――
そんな事を。
自らの命を賭して、オフェリアに伝えた男が、いたっけか。
人間が想像し得る中で、これ以上とないサクセス・ストーリーと転落劇を、一代一人で体現した、盛大な花火の人生を送った男。
生前の今わの際に、その名を譫言のように口にしたと言う程好きだった女。ジョセフィーヌを愛すると言ったその口で、オフェリアを口説いた快男児。
無限大の炎と、僅かな氷の大地しか残らなかった北欧の世界に、一筋の虹の橋を掛けて、派手に散った、ナポレオンと言う英霊が。いたと言う事実を、オフェリアは思い出した。
「……前に、進み続ける事は、それ程までに美しいのかしら」
朧げに、口にするオフェリア。
愚かしいと思う。自分ですら解り切っている筈の答えを、改めて聞く事が、である。
美しいに、決まっているのだ。その歩みに惹かれたから――誰もが出来ぬと思うような理想を追い求め、前に進み続けたキリシュタリアの姿に、英雄の姿を見たから。オフェリアは、彼について行くと、決めたのではないか。
「常に、美しい」
カグツチは、肯定する。迷った時間は、1秒たりとてなかった。
「先に何が待ち受けているのかも解らない、輝く光の中を進撃する者。覚悟と勇気を以て茨の道を踏破する者に、人は惹かれるのだ。例外は、ない」
「――己は」
「光の中を恐れず進む勇者の姿と言葉に、不変のものを感じたのだ。ただの機械の身に過ぎなかったこの己の在り方をも変える、人が持つ中で最も価値のある、勇ましき精神を」
死そのものを受け入れる事、これを出来る者は少なくない。
死は解放であり、安楽であり、そして、諦めである。どうあれ、現世にどれだけの業を重ねていようが、死を以てこれらから逃れられる。そうでなくては、ならない。
オフェリアも、諦めた。レフ・ライノールが起こした爆破テロ、それによって自分の命脈が断たれた事を、一度は受け入れた。
いや。受け入れた、と言う言い方は、余りにも、格好を取り繕ったかも知れない。諦めたのだ。足掻く事を放棄し、炎に焼かれ、灰になる道を、選んだのである。
死ぬと言う事も、存外大した事はないなと、悟ったような態度で、己の命が消え失せるのを待っていたのだ。
キリシュタリア。
完璧な人、完全な心の持ち主。アナタ1人で、全ての用が足りると言われていたのに。
何故、潜らなくても問題ない地獄を潜ってまで、私達を助けたの? アナタは、それ程までに、人間が好きだったと言うのか。
実の父母、兄弟ですら信じられなくなる魔術師の世界で生きていながら、如何してそこまで、人間を信じられるの?
私達を蘇らせた事など何でもないと言わんばかりに、偉ぶる事のなかったアナタに、畏怖を覚えた。
支払った対価など、何でもないしどうと言う事もないと言わんばかりに、普段通りに振舞っていたアナタに、戦慄を覚えた。
世界中の全てを敵に回しても、己の理想の為に邁進し続けるアナタの姿に、英雄の姿を見た。神の威光を、感じた。
――そんなアナタに抱いていた思いが恋だった事に気付いたのが、人生の最期の最期だったこと。とても、後悔しているの。
「……フフッ」
「ムッ……?」
忍び笑いを浮かべるオフェリアの姿を、カグツチは怪訝に思ったらしい。
「ごめんなさい。アナタの事を笑った訳じゃないの、キャスター。ただね、そっくりだったから」
「何に、だ?」
「生き方を変えさせたって言う勇者の事を語る時のアナタ……あんまりにも、恋する乙女みたいな語り方だったから」
「――――――――――――――」
カグツチが沈黙する。
全く想像してないタイミングで、水を浴びせかけられたように。思考が纏まらず、呆然とした様子で、オフェリアの顔を見つめている。
そして、数秒程のフリーズを経てから、漸くカグツチは、己の思考を纏まらせたのか。口を開いて、言葉を紡ぎ始めた。
「……決して、己1人だけが、超人めいた不撓不屈の精神力で、歩んだ訳ではなかった」
プランだけなら、頭脳が健在であれば幾らでも思い描ける。
組み上げた設計図を実行に移すのは、半壊した身体では不可能だ。だから必然、協力者が必要なのだ。
カグツチの組み上げた設計図を理解し、必要な材料と、実験に適正な人間を揃え、計画を実行出来る。そんな人物が、どうしたって必要になってしまう。
カグツチ自身が言う様に、彼は決して、全てを己の力で成し遂げた訳ではない。困難と言うハードルを独りの力で乗り越えて来た訳でもない。
カグツチの計画に理解を示し、力を貸してくれた者がいたのである。その中には、力が足りない者もいた。無理だと判断し途中で去った者もいる。
計画によって齎される利益のみにしか目が行ってない愚物もいたし、協力するフリをしてカグツチを出し抜こうと知恵を振り絞った者もいた。
どのような形であれど、カグツチの意思に思う所があり、事実上、『地球に住まう全人類を奴隷にする』と言っているに等しいカグツチのプランに、手を貸す者が、いたのである。
「山が出来そうな程にうず高く犠牲者を積み上げ、優秀な人間と、悍ましく輝く我欲の持ち主を湯水のように使い潰し――その果てに己は、人を得た」
率直に言って、男の才能は、『並』だった。
スラムと言う卑賤の地に産まれ落ち、特に何のコネも持っていた訳でもない、他の多くの軍人同様に一般選別で軍属への門戸を叩ぎ、最下級の軍人からスタートする。
軍人としてはありきたりかつ、典型的なスタート。多少剣術や運動能力に心得はあったし、星辰光への適正だって有していた。それだって、カグツチから言わせれば、平均の域を出ない。
400年、人を見続けて来たが、その男以上に優れた知能や身体能力、星辰光への適性を持った人間は大勢いた。それどころか、その3方全てを、男より高い水準で持ち合わせていた者だって、何人も、見て来た。
――『意志』。
その一点だけが、400年の間に見て来たあらゆる人間を、凌駕していた。
否、凌駕と言う言葉ですら足りない。この400年の間に、いやさ、人類と言う種がこの世に満ちて、彼以上の心の強さを持った人間など、存在しなかったと言う確信すらあった。
あらゆる人間の意志力を、突き放していた。決めた事は成し遂げる、行くと決めたら何処までも行く。男の場合その強靭な鋼の精神は、『正義』に向いていた。
生まれ育った帝国の全ての臣民を笑顔にしたい、帝国を地上の覇者として君臨させたい。帝国民のみならず――地上の全ての人間の笑顔を陰らせる、悪なる者を裁き、絶滅させる光となりたい。
コネも何もない、スラム出身の一兵卒の身から、男が後に帝国の総統に上り詰めた事について、カグツチは何の疑問も抱かなかった。
出来て当たり前だとすら思う。あの意志力の前では、才能によって生じた格差など、誤差に過ぎない。才能の平凡さを、意志の強さで鍛え上げ、磨き抜いた。
生きては帰れぬ激戦地を幾つも経験し、生き残り、知識と力を身に着けた。人によっては1回の施術で大幅に寿命を削らせる、星辰奏者への改造手術を何度も何度も経験した。
そうする事によって、遂には、生来の才能すらも男は越えた。その姿に人は、魔人としての姿を見、またある者は英雄と称賛し、またある者は身を捧ぐに足る神と同一視した。
カグツチは、総統の地位になる前の、英雄――クリストファー・ヴァルゼライドの姿を見て、こう思った。
これを逃せば2度はない。類似した精神性の人間すら、この世界には2度と産まれ出でないのではないかとすら思っていた。
この男の光の意志を受け継げる者は誰もいない、理解出来る者もいない。大和(かみ)が遣わした配剤のようなこの英雄を以て、カグツチの計画は完遂(コンプリート)する。
市井から産まれし光の英雄、雷霆の勇者の姿を見て、カグツチは、己の夢と競わせる『好敵手』と理解したのである。
「覇を競り合うなら奴しかいなかった。滅ぼされるのならば、奴以外にあり得なかった。勝ち名乗りを上げるのならば――奴であって欲しかった」
「……それを」
「恋だと言うのならば……。そうだな……否定は、し辛いかもな」
ヴァルゼライドよ。
お前は今、何処にいる。誰と、戦っている?
揃って、踏んではならない者の尾を踏んでしまった男よ。
積み上げて来た屍の山は、冥王(ハーデス)の逆鱗に触れるに足りる量だった。その故に死神は、地の底から弱者の怨念を纏って蘇った魔狼を遣わせ、我らは共に、狼に臓腑を喰らわれてしまった。
その程度で、お前は、諦める男ではないのだろう。
この世にいられなくなっても、諦めない。此岸を捨て、彼岸に逝きてもなお、お前は、歩き続けているのだろう。
ならば、己も、諦めぬ。他でもないお前と、夢を競い合い、勝利の雄叫びを上げたかった。そのお前が征くのなら、己もこの地で、征くとしよう。
「……我が要石よ」
カグツチが、言った。
「この冥界の地でお前が折れず、歩み続けると言うのなら。己の夢見る新天地、お前に見せるとしよう」
「新天地……?」
それは、オフェリアが恋した男が、挑もうとした理想に、よく似た響きをした言葉だった。
「我が君主である大和の國が、星の覇権を握った世界」
原初にカグツチが抱いた夢。
被造物としてプログラミングされた目標とは最早一線を画す、カグツチと言う男の目指す、大願。その成就を今も、心で強く祈っていた。
「――星の始まりを、共に見よう。我が要石よ」
そのような言葉を、昔投げ掛けてきた、滅びる世界で燻っていた炎が在った事を、オフェリアは今、思い出した。
オフェリアの背骨に、冷たい電流が走った事を、カグツチは、知らない。同じ言葉を投げかけた事など、もっと、知る由もない。
.
【クラス】
キャスター
【真名】
加具土神壱型@シルヴァリオ ヴェンデッタ
【ステータス】
筋力C 耐久B+++ 敏捷C+ 魔力A+ 幸運A+ 宝具EX
【属性】
秩序・悪
【クラススキル】
陣地作成:A
正統な魔術師ではないが、キャスターとしてのクラス補正と、超高度な学術的知識によって、自らに有利な陣地を作成する事が出来る。
キャスターの場合は“工房”を上回る“研究要塞”を形成する事が可能。
道具作成:A+
本来キャスターは魔術が根差している世界の出身ではないが、己の出自と彼自身の高度な知識の結果として、魔術・魔力を補助する超高度な利器の作成を可能としている。
高硬度で武器としても優れ、魔力や各種エネルギーの燃費を改善し出力も向上させる特殊合金、アダマンタイト。このアダマンタイトを装備した上での補助輪であるセイファート。
適合者を選ぶが、上述のアダマンタイトやセイファートを超越する燃費改善と出力向上を約束させる神鉄、オリハルコン。こういったデバイスを初めとした道具を、キャスターは作成する事が出来る。
【保有スキル】
二重召喚:B
極一部のサーヴァントのみが持つ希少特性。クラス別能力をキャスターとアサシン両方を両立した適正で、当該サーヴァントは保有している。
気配遮断:C
上述の二重召喚スキルによって持ってこれている、アサシン専用のスキル。隠密行動に適している。
本来のキャスターが産まれた理由とは、他国への侵入及び主要・基幹施設の破壊にあり、言ってしまえば『スパイ』の為に産まれた個体である。
神星:EX
正式名称、アストラル運用兵器。またの名を、第五次世界大戦用星辰兵器。
後世に於いて、魔星、人造惑星と呼ばれる生体兵器、そのオリジンとなった存在。それがキャスターである。
星辰奏者とは隔絶した性能差、実力差を誇り、このスキルを持つサーヴァントは総じて高い水準のステータスを持つ。
また、キャスター自体が極めて高度なアストラル運用兵器であると言う側面から、反則的なまでの魔力燃費を誇る。
彼らのような星辰兵器は通常プログラムとその命令によって行動が決定され、意思を持たず、粛々と任務を遂行し、設計者が予め定めたエネルギー量と、
その総量の範囲内で設計者が想定した運用方法によって活用される、兵器としての性能や規模を除けば、常識的な存在であった。
キャスターもそのような存在として当初は設計され、実際その通りに活動していたが――――。運命そのものとしか思えない男と出会い、その在り方が崩れた。
今ではキャスターは、生来定められた最大出力に、己の意志と気合と根性を出力に足し算出来、気合と根性で活動不能を無視出来る、意味不明の兵器と化してしまった。ランクEXとは、兵器でありながら兵器を越えた規格外性とカテゴリーエラー性の双方を意味する。
光と希望の星:A++
極めて高ランクの勇猛、鋼鉄の決意を内包した複合スキル。
初期値として自身より霊格の高い、あるいは宝具を除く平均ステータスが自分の初期値より高い相手と相対した場合に全ステータスに+の補正をかけ、瀕死時には更に全ステータス+の補正をかけ、霊核が破壊され戦闘続行スキルが発動した場合には更に++の補正を加える。
戦闘中は時間経過と共に徐々にステータスが上昇し、その上昇率はダメージを負うごとに加速する。この上昇効果は戦闘終了と同時に全解除される。
また、相手がステータス上昇効果を得た場合には自身もそれと同等の上昇補正を獲得し、自身のステータスを低下させられた場合にはその低下量の倍に相当する上昇効果を得る。
意志一つであらゆる不条理を捻じ伏せ、機械の枠組みすら逸脱した勇気こそが、キャスター最大の武器である。
但しこのスキルのステータス補正効果は、キャスターが五体満足の状態で復活した状態でのみしか、発動出来ない。
人類史上最も不条理かつ理不尽な英雄の光に当てられて覚醒したスキル。馬鹿専用スキル。アホのきらきら星。
戦闘続行:A++
たとえ致命的な損傷を受けようと、「まだ終われない」という常軌を逸した精神力のみで戦闘続行が可能。
勝利と、聖戦への渇望。生者どころか、機械としての因果すらも当然のように無視したその在り方は、人間の手からなる被造物として、異様その物。
【宝具】
『惑星間塵(コズミックダスト)』
ランク:B+ 種別:対人宝具 レンジ:- 最大補足:-
平時の状態では自律行動が出来ないキャスター、そんな自分の代わりに外界での活動を担当する存在が必要となり、それがこの宝具となる。
キャスターの道具作成スキルによって創造された、神星鉄(オリハルコン)の外殻体。これに、自身が保有する生体情報を打ち込み、自律的に活動させるのが当該宝具の骨子。
自律活動に耐えうる程のスペックの個体は2名。マルス-No.εと、ウラヌス-No.ζと呼ばれる個体であり、三騎士レベルのステータスを持つサーヴァントとの戦闘にも使用可能なスペックを誇る。
だがこの2個体の最大の特徴は、彼ら自身が保有する固有の能力で、前者のマルスは、物質間の分子結合を崩壊させ、殆ど万物と呼んでも過言ではない、あらゆる物質を消滅させる波動を放てる。
そして後者のウラヌスは、極めて広範囲に渡って極低温の凍結現象を引き起こさせる事が出来、指一本触れる事無く、遍く生者を凍死させる事を可能とする。
必要な魔力は、最初にオリハルコンの外殻を創造するのに必要な分と、2個体が戦闘に際して消費する魔力の分の2つ。
彼ら2体が戦闘で消費した魔力は、キャスター及びマスターの魔力のプールから徴収され、その供給ラインを絶たれた瞬間、オリハルコンの外殻を残して機能を停止させる。
2名の個体は、能力とステータスこそ生前に準じる程度の水準まで引き上げられているが、生前の彼らの人格は再現されていない。
あくまでも、機械的な自律活動しか保証されておらず、また同時に、キャスター自身と、そのマスターであるオフェリアの身辺警護位しか担当が出来ない。
これは、キャスターが創造するマルスとウラヌスと言う個体は、既に英霊の座にて反英霊として登録されている存在だからであり、座への接続が不能であるキャスターでは、彼らの人格を再現出来ない為。
また、この宝具の真の効果とは、生前のキャスターの配下であった人造惑星(プラネテス)を再現させると言う事になるのだが、その人造惑星自体が、実は2体だけではない。
本当はその配下の人造惑星は5体いたのだが、その内3体は、キャスターから完全に離反しており、命令を聞かない状態となっている。
この為、人格の再現については危険を伴うのと、そもそもこの造反した3体と言うのが、先のマルスやウラヌスよりもキャスターと接点がない所で活動していた個体なので、キャスター自身も自律活動可能な個体を創造する事が出来なくなっている。
――後述の宝具が発動可能段階になると、この宝具の隠されたもう1つの効果。
生前にキャスターが創造に関わり、認知していた人造惑星の能力を全て使用可能となる、と言う効果が解禁される。この段階になっても、前述の3体の人造惑星の再現は不能となっている。
『大和創世、日はまた昇る。希望の光は不滅なり(Shining Sphere Riser)』
ランク:EX 種別:対界宝具 レンジ:∞ 最大補足:∞
キャスター自身が到達した、覇者の王冠。その人生の旅路で気付いた悟り。遥か高位次元に叫び、刻み付けた命の答え。
キャスターのいた世界において浸透していた、星辰光と呼ばれる能力の究極の到達点。
勝利とは、大義を燃やす事。天を巡り、正座を作り、千年万年経とうとも、創造主の意思を汲みそれを実行に移す事。
そして、互いに競い合う好敵手がいてこそ、大義の焔は更に燃え、理想への王手も更に近づく。
その事に気づいたキャスターが手に入れた、異星の真理。世界の法則をもやがては塗りつぶし得る、侵食異星法則。
能力の本質は、核融合能力。実を言うとキャスターの宝具の効果とは単純明快で、凄まじいエネルギーの炎を産み出す、程度に過ぎない。
ただ、無造作に放った程度の炎の温度が『数億度』にまで達する、と言うのならば話は別。意味不明の熱量の炎の直撃は、灰どころか魂すら残らぬ程に相手を焼き尽くす。
また、本質的な部分が核融合能力の為、戦闘時における応用力も極めて高い。水爆現象など当然のように引き起こせるし、ブラックホールの創造や、縮退星砲の発動すらも可能とする。
奇など一切衒わない。圧倒的な出力とエネルギーで相手を攻撃すれば、死ぬ。それを極限まで突き詰めた宝具である。
……勿論、こんなMax Bakaな宝具がリスクなしで放てる訳もない。
魔力の消費が、数値化、言語化不能なレベルで激しいのもそうであるが、最大の要因は、現在のカグツチの状態であり、肉体が半壊状態の現状ではこの宝具は無条件で発動不能。
つまり、肉体を復活させると言う措置が必要になるのだが、先ずその時点ですら、膨大な魔力が入用になり、当のキャスターですら、『どれだけの魔力が必要なのか理解してないが、兎に角滅茶苦茶必要』程度の理解しかしていない。
これは、そもそも生前の段階からして、キャスターは脱法にも程がある手段で復活し、必要コストを踏み倒して地上に君臨したからに他ならず、そんなイレギュラーな方法で蘇ったせいで、これ位は必要だろうと言う憶測が出来なくなっている。コイツ本当に最先端技術を搭載したコンピューターか?
そう言う訳なので、兎に角ネックになるのは膨大な魔力が必要になる、と言う一点だが、この宝具は所謂『極晃星(スフィア)』に分類される能力である。
この能力群で一番大事な点が、『同じ想いを共有している他人がいる事』になり、これを以て、スフィアと言う能力は地上での発動を可能としている。
サーヴァントになり、宝具となった今でも、この特質は変わっていない。天文学的な確率だが、もしも、キャスターの理想を正しく理解している者がいるのなら、この宝具の発動、維持に必要な魔力が踏み倒しとなる。
神の手を借りる事無く。
人と人との絆と、消せど燃えぬ人の心は遂に、地上のみならず宇宙をも焼くに足るだけの炎を産み出すに得た。
人類は、その技術の進歩と、意志の継承によって遂に、人類自らを含めた万物万象を焼き尽くすだけの、ラグナロクの炎を産み出すに至ったのだった。
【weapon】
道具作成スキルで作成可能なアイテムを加工した武器:
但し、キャスターの身体は半壊状態の為使えない。よって、オフェリアがこれを使用する形となる。
【人物背景】
日本を復活させるとかほざきながら、テンション上がり過ぎてその復活させる土台である地球を、高次元に吹っ飛んだ日本ごと吹っ飛ばそうとしたウルトラのバカ
【サーヴァントとしての願い】
大和に地上の覇者としての地位を/今度こそ、聖戦の成就を
【マスターへの態度】
己を冥界に留め置く為の要石と認識している。
優秀な女性だと思っているし、マスターと呼ぶに不足はないと思っているが、幾度の敗北のせいで、少々虚無的なきらいになっているのがマイナス。
とは言え、当のキャスターも、ヴァルゼライドがいなければ立ち直れなかった程の挫折を経ている。
そう言う存在から激励の言葉を、オフェリアはかけられなかったのだろうと思っていて、そうなると彼女には惻隠の念を禁じ得ない。
だから、今度は己が、ヴァルゼライドのように、落ち込む彼女を導いてやろうと意気込んでいる。新天地を共に見よう。
【マスター】
オフェリア・ファムルソローネ@Fate/Grand Order
【マスターとしての願い】
今はない。ただ、進むだけ
【weapon】
【能力・技能】
降霊術、召喚術:
オフェリアが修め、得意とする魔術
遷延の魔眼:
『宝石』ランクの魔眼。未来視の一種で、あらゆるものの可能性を見る事が出来る。
そして、その一度見た「能性を魔力を消費することで『ピン留め』が可能。この「ピンで留める」とは、都合の悪い可能性の発生を先延ばしに出来る能力である。
相手の自己強化、他者強化に干渉して強化すると言う行為を無効化するのは勿論の事、行動出来ると言う可能性をピン止めして行動不能にさせる事も出来る。
また可能性が見えるという事は、ある種の未来視でもあり、起こり得る可能性をもとにして、自身がどう動くかも選ぶ事が出来る。
弱点は、自身から遠すぎる可能性には干渉することはできない事。作中ではこの弱点の故に、レフ・ライノールの用意した爆弾での死から逃れられなかった。
また、魔眼の対象になった者が『別の可能性の自分』が存在できない程に『精神を固定する』と同じく可能性に干渉できなくなるということである。
【人物背景】
カルデアが嘗て用意していた生え抜きメンバー達、所謂Aチームとしてカルデアから選抜された優秀なマスターの一人。
高い戦闘能力と優れた才能、またその魔眼の故に、キリシュタリアからの信頼も厚く、戦闘に於いては彼女の方が分があると認めていた程。
しかし、人理焼却に際して、レフ・ライノールの用意した爆弾によって一度は死に、その後、クリプターとして蘇り、カルデアと敵対した。
原作第2部2章終了後より参戦
【方針】
居場所がなくても、それでも、進む。進めと、言われたから
【サーヴァントへの態度】
呼び出したサーヴァント。キャスタークラスではあるが、オフェリアは全くカグツチの事を軽んじていない。肉体が半壊している現状を見ても、なお。
滅茶苦茶プラス思考のサーヴァントだなぁと思うのと同時に、その明るさは、根の暗めなオフェリアにとっては、やり辛い所もある。
本SS中最後のセリフが、生前の北欧での死因ともなった、炎の不快男児くんと似通ってる所が散見出来てしまい、少々気が気でない。あの後自分の能力が、炎を操るそれと聞いて、余計冷や汗を流したとか。
投下を終了します
投下します
壁に血飛沫が付く、それに合わせて飛ぶのは人の首。
「うわァァァァァ!」
「なんやこの稚児(ガキ)!助けてぇぇぇぇ!」
しかし、逃げることを許さんと、またしても首が飛ぶ。
「お、俺達が何をしたんて言うんや!」
「児童臓物(ガキモツ)を売買して…罪悪感の一つもねぇのかよ!」
怒りのまま手刀をヤクザに振るう少年。
その見た目は、まさに忍者。
扉を蹴破り、奥の組長室へと侵入(カチ)こむ。
「くはは…稚児(ガキ)一人に壊滅されられるとは…所詮は人形か」
「騒(うる)せぇ、悠長にしていられるのも今の内だ」
しかし、男は余裕の笑みを崩さない。
「ふっ…殺れ!ライダー!」
指を鳴らした瞬間、部屋の後ろの窓に、巨大な鉄人が映る。
その様相は、まるで劇画(アニメ)の中からそのまま出てきたような鉄のロボット。
「これで…しまいだァァァァァ!」
「…終わりかと思うなよ?アーチャー!」
鉄人が窓を破り攻撃しようとしたのを、阻む者が居た。
「何!?」
白い羽を傭えた、純白の鉄人。
手には美しく光る光熱の剣を携えている。
ライダーは起き上がろうとするが、アーチャーに阻まれる。
そして、突き立てられる光熱の剣。
「馬鹿――」
「よそ見してんじゃねぇよ、もらったぜ」
この日、児童臓物(ガキモツ)売買で繁盛していたヤクザが、一つ滅んだ。
目撃者は、白い羽の巨人と、忍者のような少年を見たという――
◆
「なぁ〜アーチャー」
「…なんだ」
夜のスクランブル交差点、新宿駅の方面へと歩きを進める少年、多仲忍者は己のサーヴァントに声をかける。
出てきたのは、タンクトップ姿の同じ様な少年。
「…あんたの願いってなんなの?」
「…」
歩みながら質問を掛ける。
「…俺は…」
アーチャー、ヒイロ・ユイ。
冬の夜、全てを射抜いた少年。
純白の鉄巨人、ウィングガンダムゼロカスタムの主。
「…今の俺に与えられた役目を遂行するだけだ」
「んじゃ、願いは良いんだな?」
「あぁ…構わない」
「じゃあ、決まりだな」
忍者が取ったのは忍手・暗刃のポーズ。
「…他の人達には悪いがな、こんな願いをダシにして、クソ見てぇな殺し合いさせるなんてよ…笑えねぇんだわ」
その瞬間、周囲の人々が一瞬だけ忍者の方を見る。
理由は――殺意。
聖杯に対するただならぬ怒り。
人を愚弄し、翫ぶ殺し合い。
故に、忍者は聖杯を砕く刃とならん。
「じゃ、立ち話もここらへんにして、今日のところは一旦帰るか、アーチャー」
「…了解」
忍の刃は鋭く素早い。
その刃は、聖杯に叢がる愚者をなぎ倒し。
いずれ、争いのもとになる願望機を、砕く一太刀となるだろう。
【CLASS】アーチャー
【真名】ヒイロ・ユイ@新機動戦記ガンダムW Endless Waltz
【ステータス】
筋力C 耐久C 敏捷C 魔力D 幸運D 宝具A+
【属性】秩序・善
【クラススキル】
対魔力:E
魔術に対する守り。
無効化は出来ず、ダメージ数値を多少削減する。
単独行動:A
マスター不在でも行動できる。
ただし宝具の使用などの膨大な魔力を必要とする場合はマスターのバックアップが必要。
【保有スキル】
千里眼:C
視力の良さ。遠方の標的の捕捉、動体視力の向上。
戦場の心眼(真):A
修行・鍛錬によって培った洞察力。
窮地において自身の状況と敵の能力を冷静に把握し、
その場で残された活路を導き出す“戦闘論理”。
逆転の可能性がゼロではないなら、
その作戦を実行に移せるチャンスを手繰り寄せられる。
更に同ランクの破壊工作、戦闘続行も内包する。
【宝具】
『その白き翼は、平和のために(ウィングガンダムゼロカスタム)』
ランク:A 種別:対軍宝具 レンジ:―― 最大捕捉:――
アーチャーが世界の命運を賭ける戦争の際、使用した機体。
純白の羽を持つガンダム、戦争を止めるため、平和の鳥の如く駆け抜いた存在。
『全てを撃ち抜くニ双の銃(ツインバスターライフル)』
ランク:A+ 種別:対軍宝具 レンジ:1〜10km 最大捕捉:10000人
令呪一画分を要する宝具。
『その白き翼は、平和のために(ウィングガンダムゼロカスタム)』の武装の一つ。
高緯度から精密無比な射撃を行う。
魔術ではないため対魔力スキルによる防御は不可。
しかし、代償として『その白き翼は、平和のために(ウィングガンダムゼロカスタム)』が使用不可になり、またアーチャーのステータスが二段階下がる。
【weapon】
『その白き翼は、平和のために(ウィングガンダムゼロカスタム)』と現地入手のナイフや拳銃など
【人物背景】
一人の少女と思いを共にし
その願いを守り抜いた少年。
その心に刻まれてるのは、平和。
【サーヴァントとしての願い】
無し
マスターの命令を遂行する
【マスターへの態度】
対等な関係、同時に平和を願う者としての共感。
【マスター】多仲忍者@忍者と極道
【マスターとしての願い】
聖杯をぶっ潰す
【能力・技能】
鍛錬によって積み重ねられた忍手・暗刃、冷静な戦術眼と高い精神力。
【人物背景】
帝都八忍が一角。
幼き頃に惨劇に会い、それ以来笑えなくなった少年。
自分の様な人を生み出さないため、戦い続ける少年。
【方針】
聖杯破壊、人を無闇に戦禍に巻き込む物は絶対に認めない。
そのために仲間もほしい、特に願いも無く、「脱出」が選択の参加者とは接触して説得、仲間にする。
【サーヴァントへの態度】
対等な関係、また、幼い頃に自分と同じ様な目にあっていることを感づいている。
投下終了です
投下します
.
おまえは眠たげに紅い唇で
紅く濡れた彼女の傷ぐちを吸う。
彼女の血が吸血のために涸れて
身を地に沈めるとき、おまえは燃える。
飽くなき眼、輝かせ
飽くなき口は 渇いて。
――チャールズ・スヴィンバーン
.
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
100m先から見たその何かは、見ようによっては奇妙なオブジェのように見えるであろう。
鋭角的な趣向が、やけに目立つデザインだった。或いは、異様に刺々しく見えるとでも言うべきだろうか。
遠目から見た『それ』のイメージを語るのであれば、ウニか、ハリネズミである。兎に角、棘のような意匠が目立つ。
先端恐怖症の者が見れば、引きつけでも起こしかねない程に鋭い。茨か、棘か、針か。そんなような物が、至る所から剣山めいて飛び出ているのである。
一見して、何を表現したがっているのかが解らない。
現代アートの、よくある形の1つとも言えようし、前衛的で先鋭的な物を追い求めすぎて、意図したものが伝わらなくなってしまった、『あるある』に陥ったようにも見える。
では、いったいこれは何なのだろうと、徐々に近づいて行く。
勘の鋭い者は、少し近づいただけ……いや違う。その、100m先の段階からの時点で、嫌な予感を感じ取り、退散してしまう。
察しの悪い者は、解らないから、更に近づく。30m前の段階にまで達するや、途端に鼻孔に叩きつけられる、濃厚なまでの鉄の香りと腐臭で、これは拙いと殆どの者は踵を返す。
――それでも。
此処まで来たら、怖いものを見てみたいと、勇み足した者は、その奇妙なオブジェの正体を知るや、胃の中の物を全て吐き戻しながら、後悔するのだ。
見なければ、良かったと。この光景を忘れる事は最早2度と出来ず、事あるごとフラッシュバックするこの悪夢めいた代物と、生涯付き合って行かねばならないのである。
オブジェ、と認識していたものの正体は、串刺しにされた人間であった。
我々が、串刺し、と言う単語を聞いて、真っ先に連想するような物と言えば、川魚か何かの塩焼きであったり、バーベキューの肉を焼いたりなど、そんな物であろう。
だがこれを人間でやろうとするとなると、途端に、それを行った当人の異常性、残虐性、と言うものが露わになる。とても、好んでやるような殺し方ではなかった。
そして何よりも、そのオブジェは、杭か何かの尖ったような物を、尻から突き刺して口から飛び出させたりだとか、上向きにした杭に人間を仰向けか俯せに落として突き刺しただとか。そんな感じの殺し方ではなかった。
果たしてそれは、如何なる方法を用いたらこうなるのであろうか。その死体に人間的な部位など欠片も残されていなかった。
付近に転がっている、嘗てその者の一部であった事を雄弁に物語る、分離された頭部を見て辛うじて、彼が元は人間であった事が解るのだ。
長さにして、50〜70cm程の杭が、全身に突き刺さっていた。杭である以上、外部から肉体を突き刺した。そうと考えるのが、普通は自然な筋であろう。
その固定観念を思わず疑ってしまう程に。その死に様は酷かった。身体の内側に杭を生じさせ、それが突き破って出て来た物も、何本かは存在するのではないかと。
思ってしまう位壮絶な死に様だ。彼が果たして、どれ程の激痛を味わって死んだのか。察するに、余りある。
「……」
酸鼻を極める光景を、実に、冷めた目で眺める男がいた。
その男の印象を語るとするなら、白、だった。絹より白い白髪は、加齢とストレスでそうなった物ではない。
産まれた時からそうだったと納得させるに足る、暴力的なまでの生命力と精彩とで漲っていた。
肌の色もまた、漉いたばかりの上白紙を思わせるような、真っ白い色味をしていた。肌の色を指して、白人と呼ばれる人種がいる事は常識だが、本当に肌の色が真っ白と言う訳ではない。
この男の場合は違う、本当に、白だった。しかも、ただの白色ではない。陽光に晒される事を忌み嫌い、森の奥に建てられた古い館に引き籠る、吸血鬼の肌を思わせる、不健康かつ、不気味な白。
多少、医学的な知識を齧った人間であれば、アルビノ、と呼ばれる遺伝子異常の事が思い浮かぶかも知れない。彼の場合が正しくそれであった。
立派な遺伝子疾患、障害にカウントされる病気であり、紫外線に対する耐性が極端に弱くなる。早い話、太陽の光を浴びるのが、気分の問題を抜きにして、本当に苦痛となる。
医療技術が発達した今日に至っても、完治・根治は不能であり、その様にして産まれたのなら、一生、疾患と付き合う事を余儀なくされるハンディキャップであった。
普通であらば、同情される。
産まれながらにして障害を抱えて生きて行かねばならなかった、その境遇に、人は哀れみを覚える。
だがこの男の場合は、きっと、憐憫と惻隠の情を、寄せられる事はない。その肌の色とは対極にあるような、漆黒の制服の故であった。
一般教養レベルの世界史の知識がある者が見れば、その男が身に着けている制服が、20世紀最悪の独裁者として広く人口に知られる、ナチスドイツの最高指導者の親衛隊が纏っていた物だと解るだろう。
そして、ナチスの軍事についてのマニアックな知識を有する者であるならば。男が胸に付けている徽章から、第36SS武装擲弾兵師団に所属する軍人である事も理解するだろう。無数の戦争犯罪を犯したSS部隊であり、その評判の悪さたるや国外のみならず、同胞のSS高官からすら『恥さらし』と忌み嫌われていた部隊である。
「……解ってた事とは言え」
此処まで、手緩いとは思わなかった。粗暴性と獰猛さを同居させた端正な顔立ちに、気怠い物が差した。
SSはその特別性を保つ為に、入隊基準に身長から家系図までに厳格な規定を設置したと言うが、この男の背格好と顔つきであれば、犯罪者上がりが多い36SSではなく、もっと別の部隊へと入隊出来る道も、あったであろうに。
これが、此度の聖杯戦争に、ランサーの位階(クラス)で召喚されたサーヴァント。『ヴィルヘルム・エーレンブルグ』こと、ベイの初戦であった。
魂の奥から屈服し、敬服しているラインハルト・ハイドリヒに、聖杯を献上する為の天覧試合。ベイは、聖杯戦争なるものを、その様に解釈した。
およそ教育と呼べるものを何一つとして受けた事のないベイであるが、半世紀超も、年老いぬ身体のまま退屈を持て余せば、嫌でも勉学座学の類をして見たくなると言うもの
その過程で、聖杯伝説と呼べるものを、学んだ事がある。エイヴィヒカイトと呼ばれる魔人に己を昇華させてから、魔術の知識を重点的にベイは学び、刻み込んだ。
魔術的観点から言って、この聖杯、本当に実在すると言うのであれば、疑いようもない最高の聖遺物である。これに比肩する聖遺物があるとすれば、ラインハルトが持つ聖槍位の物である。
それを、手に入れられる御前試合。俺は今、ハイドリヒ卿に見られ、試されている。ベイは、己の今の境遇をそう判断した。
ならば、無様を晒す訳には行かない。ラインハルトへの忠誠心について、微塵のブレもない。手に入れて、我欲の為に願いを消費する。
そんな物は唾棄すべき不忠である。得られるものは、優勝の栄誉のみで十分。トロフィーたる聖杯は迷わず、ラインハルトへと献上するつもりだ。
だが、それを手に入れられるかどうかとなれば、話は少々変わって来る。
ベイは己自身を、この聖杯戦争に召喚された最強の戦士(エインフェリア)だと確信しているが。敵も然るもの。中々の手練だと考えていた。
一筋縄では行かない戦い。思わぬ苦戦を強いられる可能性だとてゼロではないと考えていた。……とは言え、その心配すら、どうやらなさそうだった。
目の前にある、奇怪で、血腥いオブジェを見るが良い。アレこそは、カズィクル・ベイの真骨頂。己の能力の一端を解放した顛末である。
本気など微塵も出していない。それなのに、つい3分前までは元気な姿だった、ライダーのサーヴァントはこのザマになっていた。
楽に優勝出来て、しかもどんな願いでも叶えられると言うのならば。
それに越した事はないと思うだろう。だが、それで喜ぶような者は、黒円卓の中ではマレウスか、シュピーネ位のものだろうとベイは思っていた。当然、ベイ本人は違う。
確かに楽に聖杯が手に入るのなら、それは良い筈なのだ。当初にベイが掲げた目標である、ラインハルトへの献上が達成出来るからだ。
しかし同時に、楽な戦いで手に入れた物を、ラインハルトが受け取るか、と言われれば、疑問符が付く。部下からの献上物を断る男ではないが、良い顔はするまい。
それにベイ自身が、勝ち戦で武勲を挙げた等と思われるのが、嫌なのである。本来戦いとは傷付くものであり、厳しいものであり、苦渋を舐めるものである。
戦いの本質とは苦しい事であり、そう言う苦難を経て得た勝利にこそ、意味が宿るのである。
蹂躙の良さは否定しない、殺しの愉悦も肯定する。だが、そればかりでは魂が腐る。ひり付く何かを味わなければ、戦士と言うのは嘘である。
そう言う物を、聖杯戦争に期待していたと言うのに、示されたのは、ベイと言う魔人の優秀さのみ。優勝する蓋然性を、証明しただけだった。
それが、ベイには酷く憂鬱だ。今しがた殺したライダーが、聖杯戦争におけるトップ層だとは思っていないが、これが平均レベルだと言うのなら、お里が知れる。
『来た、見た、勝った』では、自慢にならないではないか。あらゆる世界の、過去・現在・未来から、名うての戦士が召喚され、彼らと戦えると言うから期待していたのに……。初手からこれでは、気勢も萎えると言うものだった。
ベイは自分が強者だと言う確固たる自負を持っているし、それは他者から見ても紛れもない事実である。
その事実を淡々と、この聖杯戦争で示して終わりになるのだろうかと。センチメンタルな気分になりかけていたその時だった。
ブゥン、ブゥンと、懐に入れていた物がバイブレーションする。それは、マスターに渡された、格安スマホだった。
自分のナンバーを知っている人間は、この聖杯戦争に於いて1人しかいない。ベイを召喚した、マスター当人である。直ぐにベイは、電話に出た。
【どうした】
もしもし、などない。信頼しているからではなく、電話先の相手がムカつくから省いているだけだ。
【電話に出たって事は終わってるって事で良いんだな?】
電話先の声。男。若々しい。年配と言う感じの声音ではなかった。
数分前、隠れているマスターを探すと言ってその場を離れた男。その人物こそが、ベイのマスター、電話を掛けて来た相手。
【3分前に終わった。テメェはどうだ、猿】
【こっちは2分前だ。言うだけはあるな、流石に早ぇ】
【なんの取り柄もねぇヤーパンの猿に負けちゃ示しがつかねぇんでな。まぁテメェも上出来だ。とっとと戻って来い】
【……あぁ、それなんだが、少し待ってくれ】
【あん?】
【ついでに、知恵を貸して欲しいんだがよ】
【……】
【俺はこのレース、もしかしたら大穴の『シュピーネスパイダー』が一着だと思うんだが、ランサーはどう思――――】
【馬券買ってんじゃねぇぞクソ猿、ぶっ殺すぞテメェ!!!】
思わずスマホを握る手に力が入り、それが粉々に粉砕される。
この東京にサーヴァントとして呼ばれて、これで3機目の端末破壊。ベイ本人も悪気があってやっている訳ではなく、全て、マスターによって齎されるストレスの故であった。
――そう。
ベイ自体は兎も角、マスター自体が、とんでもないじゃじゃ馬の暴れ馬で。
魔力もなければ念話も出来ず、挙句の果てにはベイの魔力探知にも引っかからないと言う、お荷物を越えたお荷物。
そんな人物と共に優勝しなければならない事が、目下最大の試練で……。ベイの頭をとみに痛ませる、最大の問題点なのであった。
.
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「やっぱ、所詮穴は穴だったな」
その男は、部屋に入るなりそんな事を言いながら、手にした馬券を破り捨てた。
明白な目的意識を以て、鍛え、切磋琢磨した身体つきだった。大型のネコ科の動物。
それも、豹やジャガー、チーターと言った、しなやかな身体つきの動物を、その身体を見て連想させる。
自分の筋肉を大きく見せる為に鍛えた訳ではないだろう。アスリートのように、長時間ないし、短時間の間に、最高の運動パフォーマンスを発揮する為に鍛えた肉体。
……否。そう言う、お上品な目的で鍛えた物でもない。武道家や戦士のように、相手と戦う目的の身体。それすらも、正確ではない。
『殺し』。人を、獣を。それ以外の『何か』を。殺す為に鍛えた肉体。その男の身体と、其処に染みついた人生の残穢を評するならば、そう言う事になるのだろう。
『伏黒甚爾』。
それが、状態を維持していた都内某所のオンボロビルの中に在る、数年前に夜逃げした幽霊企業が最後の瞬間まで使用していたままの状態の一室に入って来た、男の名前であった。
「大穴にだけは勝たせねぇように、よく出来てるもんだな。勝ってたら2000万の配当だったんだが、ままならねぇもんだ」
「言いてぇ事はそれだけか?」
埃の積もったオフィスデスクの上に、行儀悪く足を乗せながら踏ん反り返るベイ。声には、殺意が漲っていた。
「何で俺が怒ってるかわかるか?」
「面倒くせぇメンヘラみてぇな事言うなよ。その服装で『察してちゃん』とか止めろよ、気色悪ぃ」
オエッと言う仕草をする甚爾を見て、額に青筋を浮かべるベイ。
「まぁそうピキるなよ爺ちゃん。手ぶらで帰るのはアレだからよ、しっかりと土産も買って来てやったぜ?」
そう言って甚爾は、左手に提げていた、スーパーのビニール袋をベイ目掛けて放る。
何かが入っている事は明白で、綺麗な放物線を描いて、彼の下へと近づいて行き、これをベイはパシッとキャッチ。中身を検分する。
ビールのロング缶が数本と、アーモンドと小魚が入った真空パックのおつまみ。それが、甚爾の言う土産であるようだ。
「怒ってばかりじゃ疲れるだろ。少しは怒りを抑える事を学ぼうぜ。小魚のカルシウムはイライラに――――」
瞬間、凄まじい音を立てて、オフィスデスクが真っ二つに破断した。ベイが、軍靴の踵を乗せていたデスクがピンポイントで破壊されていたのである。
恐らく、その事実に気付く前に常人は当然の事、並一通りのサーヴァントは即死している。手強さで売っている英霊であっても、机の破壊に気付いた瞬間には首が飛んでいよう。
ガッ、と。甚爾は不敵な笑みを浮かべて、右手で何かを掴んでいた。
猛禽の爪の様に指を曲げた右手を、彼に伸ばすベイだった。この恐るべきアルビノのランサーの、右手首を掴んでいたのである。
甚爾の首まで、その手が到達するまであと10cm程。防げていなかったら、甚爾の首が、血を拭き散らして宙を舞っていた。そのレベルの威力が、内包されていた一撃だった。
この一撃を、時速400km以上のスピードで、甚爾の下へと接近し、ベイは叩き込もうとしていたのだ。並のサーヴァントが、見切れないのも当たり前の話であった。
「いい加減にしろよ猿。やる気がねぇなら、ねぇって言えや。多少痛いがすぐに楽にしてやる」
「ある訳ねぇだろナチ公崩れが。人生の延長戦で、何でテメェみたいなのとツーマンセル組まなきゃなんねぇんだ」
どちらも、憤怒を顔に浮かばせていた。空間が歪む程の怒気を、身体中から発散させていた。
片や、望んでもいない戦場に再び呼び起され、サーヴァントやら英霊やらと言う訳の分からない、呪霊のプラスイメージ版のようなものを使役しろと言われ。
片や、魔力の一切を保有していなければ、念話も一切通じず、挙句には態度だけは間近でみた星の様に大きいと言う、屑のようなマスターに従わなければならず。
不和の理由は明白だ。
聖杯戦争、と呼ばれる物へのスタンスの違いだ。甚爾の方が全く乗り気ではなく、ベイの方はやる気がある。この時点で食い合っていないのだ。
しかもこれに加えて、双方のキャラクター性の強さである。両名共に、全く譲り合う気も、尊重(リスペクト)の念もない。何せ互いの呼び名が、ナチ公と猿である。信頼関係など築ける、筈もなかった。
力を籠めるベイ。それに呼応して、力で押し返そうとする甚爾。
本来、サーヴァントの力に、生身の人間が抵抗する事など、不可能事に等しい。
そう言う理屈を抜きにしても、ベイを相手に、力どうしの拮抗が成立している、この光景がありえない、夢界の出来事のようなものなのだ。
そんな拮抗勝負が、10秒程続いた頃だったろうか。ベイが、剣呑な笑みを浮かべ、口を開いたのである。
「――やめだ」
ベイが腕を払う様に動かす。それに合わせてか、甚爾も、手首を掴んでいた手を放す。
「この冥府の地とやらで、俺と力で張れる奴なんざいねぇと思ってたが……それが、戦士でもねぇ、マスターの猿と来やがる」
「面白れぇか?」
「つまらなくはねぇよ」
この、伏黒甚爾と言う男。とことんまでベイの癪に障る男だった。
骨の髄まで、アーリア人至上主義。有色人種(カラード)、況して黄色(イエロー)に従うなど、ベイと言う男の矜持が許さなかった。
しかもこれに加えて、これまでの生意気で、人を小馬鹿にしたような態度である。ベイの性格自体が、難ありである事を差し引いても、甚爾と仲良くなれる存在は、まぁ、いなかろう。
だが、強い。甚爾と言う男の強さ、これだけは、ベイも認めていた。
勿論、ベイは本気を出していない。形成位階程度の出力しか出していないが、その出力のベイと、拮抗出来ると言う時点で既に異常なのである。
況してこの甚爾、当たり前の事ながら、エイヴィヒカイトではない。正真正銘生身の人間である。今のような魔人になる前のベイ、即ちヴィルヘルム・エーレンブルグであったのなら。
殺されていたのは、ベイの方であった事だろう。間違いなく言える。素質と言う面で言えば、伏黒甚爾と言う男は、ベイの知る黒円卓のメンツの中でも、ぶっちぎり。
エイヴィヒカイトになる前と言う点で比較すれば、この男に勝てる団員は、ベイが心服する『あの男』も含めて、いなかったであろう。それ程までの、逸材であった。
「俺と渡り合うその力だけは、認めてやる。その一点だけは、疑いようもない真実だ。テメェは心底ムカつく猿だが、テメェを引き摺って聖杯を獲得するのも、ある種の『縛り』だと思って許してやるよ」
「オイ、俺は競馬のハンデで馬に付けられる重石か?」
それはそれで、甚爾としても不服の念がある。
彼にしてみればベイと言うサーヴァントは、男であると言うだけで既に共同生活の相方としては論外なのに、それに加えてこの口の悪さ、教養の無さよ。
ただでさえ底を割りそうな、聖杯戦争のモチベーション、それが更に下降しようと言うものだった。
だが、強い。ベイと言う男の強さ、これだけは、甚爾も認めていた。
この地上に、此処までの強さを持った存在がいたのかと、甚爾は驚いた物だった。
如何控え目に評価しても、ベイの強さは呪術師、呪霊の双方から見て特級クラス。それも、特級の中の上澄みだ。
甚爾の記憶の中に在る、禪院家の連中。彼らが束になって掛かった所で、ベイの前では嬲り殺し。呪霊操術の力をもったあの青年で漸く勝負になる可能性があるレベル。
――俺を殺したあのガキなら……――
漸く、圧倒出来るかも知れない、と言った所か。
甚爾はベイに対して、やけに軽んじた態度で接してはいるが、内心では唸っていた。この男は、強い。
この男の強さで制圧出来るのは、国どころか最早『世界』だろう。その次元の強さで、甚爾はベイを見積もっていた。
「つーかテメェのような奴が13人もいて、何で戦争に負けてんだよ。敵国にチャック・ノリスでもいたのか?」
「いたらすっ飛んで戦ってるよ。生憎と、総統(フューラー)の理想には全員興味がないし、俺達の首領は別にいてよ。従う義理もなかった訳だ」
「お前の、ボス? 意外だな、愚連隊みたいに一人で気ままにやってんのかと思ったぜ」
「見えねえし似合わねぇって言うのは百も承知だが、昔ながらの騎士の忠義って奴を大事にするクチでね。主君に魂を捧げろと言われりゃ、そうするつもりさ」
「何だそりゃ、随分と惚れてんだな」
「テメェが心を入れ替えて、見合う働きをしたんなら、拝謁の場を用意してやっても良いぜ。口利きはしておいてやる」
「御免だね」
「勿体ねぇな。お前の働き次第じゃ、好きな奴を蘇らせるって事も出来るのによ」
「……お前のボスとやらは、神様か何かかよ」
「そう言うもんだと思って、接してるよ」
――いや。
やがては神以上の存在になるのだと。ベイは、信じていた。ラインハルトは、神以上の器なのだと、確信している。
「そんな存在と接点があるのに、何で態々、こんな得体の知れないイベントに来るかね。お前のボスに叶えて貰えよ」
断片的な話を聞く限りでも、ベイの話す主君と言う存在は、呪術師とか呪霊とか言う括りを、更に超越した所にいる怪物にしか甚爾には聞こえなかった。
死者を、蘇らせる。有史以来、誰にも覆された事のない大いなる法則だろう。ベイの主と言うのは、それに待ったを掛けられるという。
これが神でなくて何だ? そんな存在とナシが付いているのなら、聖杯など求めず、その化け物にでも縋れば良いじゃないか。
「言っただろ? 忠義を重んじるってよ」
話を聞いていたのか? とでも続けたそうな、ウンザリした声音で、ベイが反論する。
「何でも願いが叶えられる権利を与えてくれるトロフィーで、願いの抜け駆けをする。究極の不義理じゃねぇか、俺は許せねぇ。俺は、俺の優れている事を証明出来ればそれで良い。聖杯は、卿に捧げるつもりだ」
「それで、お前の忠義に、卿って奴はどんな見返りをくれるんだ?」
溜息。ベイの方から。
「餌が欲しくて芸を覚える、ボールを取って来る犬と勘違いしてんじゃねぇのか? 褒美は強請るもんじゃねぇ、働きに応じて、与えられるモンだ。やらない、と言われたら引き下がるんだよ」
「結構な事じゃねぇか、俺には到底理解に苦しむ生き方だよ。だが俺には、お前が叶えたい願いが1つもないような、欲のない人間には見えなくてね。それすらも、ないのか? お前の個人の、細やかな願いって奴がよ」
「……」
ベイが、押し黙る。
今まで浮かべていた不敵な笑みが、冷たい無表情に転じて行く。
その様子を見れば、気の弱い者は、機嫌を損ねたと思い、必死に機嫌直しに走るだろうが、甚爾は違う。肝が据わっているのか、そう言う阿諛追従には走らない。
ベイは其処で、先程破壊した机の所まで移動し、その近くに置いていた、先程甚爾が買ったビニール袋に入った缶ビールを2本取り出した。
「飲めよ」、そう言ってベイが缶を放る。それを甚爾がキャッチしたのと同時に、ベイはプルタブを開け、もう中身を口にしていた。
「お前、女いた事あるか?」
甚爾がプルタブを開けようとしたその時に、ベイがそんな事を訊ねて来た。
「聞く事のレベルが修学旅行の夜じゃねぇか」
「良いから答えろよ」
「どう思う?」
質問を質問で返す行為に対して、特にベイは不服そうな顔をしない。
「テメェはいただろうな。時代の新旧関係なく、ダメ男って奴に惹かれる女はいるからな」
「オイ、俺はダメな男かよ」
「鏡見ろや猿」
プチっと、タブを開け、甚爾はビールを口にする。
「……シスターの癖に手癖の悪い女でよ」
ベイは滔々と語り始めた。遠い目だ。彼の過去の、どの時点に向けて、今の言葉を紡いだのか。
「家も身寄りもなさそうだったから、親切心見せて家に住まわせてやったら、勝手に台所仕切るわ彼女面するわで、面の皮が厚いったらねぇ」
不思議と、ベイは語り口に、悪感情を見せていなかった。
事情を何も知らない甚爾から見ても、解る。懐かしんでいる、と言う事を。憎い仇敵について話していると言うよりは、昔日に一緒に遊んだ悪餓鬼との思い出でも、語るような口ぶりだった。
「極めつけにあの女、俺の事を愛してるだとか天使だとかほざくその口で、俺を半殺しにした挙句に……魂を半分奪って蒸発しやがった」
「……追わなかったのか?」
「善き処、って奴に逝っちまったよ。多分其処は、人殺しの俺には絶対に潜れない門で、閉じられた場所だ」
成程、それは取り立てに行けない。
何せ、目の前のベイは勿論――甚爾にだって、其処は到達し得ない場所なのだから。
「多分だが、俺は俺である限り、不完全何だろうと思う。かつての俺を構成してた部分を、半分も持ってかれちゃあな」
呪術師の中でも特に古い歴史と、強い権力を持った、御三家の内の一家門。
禪院家と縁が深い甚爾には、解る。ベイの言っている魂を持っていかれたと言うのは、文字通りの意味なのだろうと。
良く生きていられたな、と甚爾は感心する。魔術も呪術も知らない素人は、魂の実在を先ずは疑うだろう。信じたとしても、そんな物が半分も奪われて、無事に済むのかと疑問に思うだろう。
無事で、済まない。済む訳がない。死ねるのならばまだマシな方だ。最悪の場合、人間としてのあるべき形を失い、意識すらも溶け落ちた、タンパク質で出来た異形のバケモノとすら化す。
こう言う事情を知っているからこそ、ベイの異常性と言うのが良く解る。魂と言うものは、人間のみならず、生命体全ての急所である。
脳や心臓、睾丸など、魂魄に比べれば及びもつかない。これを半分も奪われ、人としての形を保ち、当人の意思もそのままでいられる。尋常の範疇、その外の生命体としか、ベイは思えなかった。
「俺の願いは、ただ1つだ。戦い続ける事。闘争こそが、我が使命」
ベイは、滔々と語り続ける。気づけば、2本目のビールを開けていた。
「腕をもがれ、足を吹っ飛ばされ、首から上を斬り落とされようが。大量の血を流しながらよ、見ている傍から急速に身体を再生させてよぉ、相手に食らいつきぶっ殺すのよ。血を流せば死ぬ? 身体を欠損させれば、命乞いして許しを請う? それは人の道理だ。吸血鬼は、死なないんだ。無敵なんだぜ」
「そんなアクティヴな吸血鬼がいてたまるかよ」
水のようにゴクゴクと、ビールを飲んでいくベイとは対照的に、甚爾の方のペースはチビチビとしたものだった。
己の呼び出したランサーのサーヴァントの、呆れるような哲学に、彼は耳を傾け続けている。
「俺の母は、姉だった」
唐突に、そんな事を口にするベイに、甚爾は疑問符を浮かべる。
間違いなく、ベイの話した言葉は、日本語であったにもかかわらず。その言葉が意味する所を、脳が、理解を拒んだからである。
「それを言うと皆、今のテメェみてぇな顔をするんだよ。実の娘を犯した父親、父親の精子で妊娠した娘。そんな娘から産まれたのが、この、俺。実に愉快な一家じゃねぇか」
無言で、甚爾はベイの話を聞いているが、内心はハッキリ言って、引いている。
近親婚。別に珍しい話ではない、神話でも、兄妹、ないし姉弟。それどころか、母と子との間に、更に子孫を設けるケースなど、珍しくない。
有名所では、古代エジプトの王朝では、近親婚によって己の血統の純度が高められ、聖性を帯びると信じられたと言う。
一説によればツタンカーメン王とは、そう言う近親相姦を繰り返した末裔であるが故に、先天的な障害を伴って産まれたのではないかと言う話もある位だ。
確かに、近親婚は珍しい話ではない。『神話』の時代、『紀元前』の時代に於いてなら。
ベイの服装を見るに、この男は疑いようもない近現代の住民。どころか、しっかりと、ナチス・ドイツ時代のサーヴァントだと自分からアピールして来ている。
つまりは、日本の元号で言えば、モロに昭和の時代と同じ年代に生きた男である。当然その頃には、近親婚は大体の先進国ではタブー扱いであるし、法で禁止されている国の方が多かった筈だ。
「親父は戦争で足をもがれ、頭がおかしくなった傷痍軍人。おふくろは、親父が興奮するって思ったら人前で糞する事すら厭わない変態女。生きててもしょうがねぇカス共だろ」
「――俺はな」
「そんなクソ共から産まれた自分が嫌で嫌でしょうがなくてよ。だから、こいつらの事をテメェの手で精算して、後は野となれ山となれの喧嘩三昧。そんな生活を送ってる内に、あの御方が現れたんだよ。俺の苦境から遥か遠くて高い所にいながら、チンピラ同然だった俺に本当の生きる理由を与えてくれた、黄金の獣がな」
「……」
「戦い、傷付き、そして、殺して。手足をもがれて血を流すその内に、俺は、俺じゃない何者かになる事を期待した。親父と母親の血を全て流し切り、奴らの子供としてのヴィルヘルム・エーレンブルグじゃない。ハイドリヒ卿の爪牙としての、ヴィルヘルム・エーレンブルグに新生したかった」
哀しいまでの、自傷癖だった。
要するにこの男がこの世で一番忌み嫌うのは、日本人のような黄色人種でもなければ、不忠者でもない。
ろくでなしの父母から産まれ、その血を確かに引いている、ヴィルヘルム・エーレンブルグ、自分自身であるのだろう。
だが、それを茶化す気には、甚爾はなれなかった。知っているからだ。流れている事を嫌悪するような血統が、この世にはある事を。
その血が流れている、そんな事実を忘れたかったら、俺は、『伏黒』と言う姓を名乗っているのではないか。
「そいつが俺の願いだ。それを俺は、曲げた事がないし、これからも曲げるつもりはない」
「……」
「……だがよ。時折思う事がある。あの女が魂を半分持ち逃げしてなかったら、俺は、何処まで行けてたんだろうなってよ」
ワルシャワで出会った、あの女……クラウディアに対して、恨みを持っているかって問われれば、俺は、ねぇよ。
まぁ、ヘルガの奴は未だに恨み骨髄らしいがな。時折思い出すと、愛しのヴィルヘルムを奪った泥棒猫がどうたらこうたら、キャンキャン煩くて仕方がねぇよ。
クラウディアは、上手くやりやがったな。俺を振り切って上手く逃げやがったよ。しかも、人様の魂を奪って、一生俺が入り込めねぇ駆け込み寺にトンズラと来たもんだ。
流石の俺でも、死んだ奴の所には取り立てに行けねぇよ。況してそこが天国って言うんじゃな……。全く、シスターらしい逃げ方だよ、キレるより感心しちまうよ。
奪った物を返せ何て、そんなダサい真似はしねぇ。
勝った奴が、奪う。負けた奴は、獲られる。当然の理屈じゃねぇか。俺だって、勝利の暁に、命と血と魂を随分と奪って来た。
やって来た事をやり返されたから、文句を言う。恥ずかしくて出来る訳ねぇだろ。だから俺は、クラウディア、テメェを称賛してやる。
喧嘩もした事がない修道女、しかもアルビノ、余命もねぇ。そんな弱者の見本みたいな女が、俺から一本奪ったんだからな。そこを褒めてやれなきゃ、英雄(エインフェリア)じゃねぇだろ。
「アイツが奪った魂の中に、俺を俺足らしめていた、根幹の何かが、あったんじゃねぇかって、思うんだよな」
クラウディア。お前、俺から何を奪ったんだ?
力じゃねぇのは解ってる。多分俺の出力は、お前と会う前から下がっちゃいない。それは俺自身が良く解ってる。
だが、力が減じてないって事は、お前は『俺の力が欲しかった』訳じゃないんだよな。お前にとって俺の力は、惚れる要因ではなかったんだよな。
じゃあ、お前が一番愛したって言う、俺の価値は、何だったんだ? 命を賭して、この畜生腹の身の何処を愛して、持って行ったんだ?
「戦って殺されるのは良い。それを覚悟で俺だって殺してるんだからな。だが、昔の女が分捕った物が理由で、地面にキスしちまったって言うんじゃ、俺だって死ねねぇよ」
何を奪ったのかも解んねぇ。それが、俺の強さに繋がるものだったのかも解らねぇ。
……そもそも、俺はあの時、クラウディアに対して何を思って接していたのかも、今となっては良く解らねぇ。
笑える話だ。初恋って奴はこんな、昔見た興味のない映画のあらすじみたいに、うろ覚えなのかよ。そんな訳ねぇだろ、それをアイツが持ってったんだろうがよ。
例え、クラウディアが、俺の何かを持って行ったとしても、だ。俺の生き方はいつだって、1つ。
「クソみてぇな血が流れている自分が許せねぇから。欠けてる自分が許せねぇから。その分だけ、戦い続ける。生き続ける」
「それが――」
「聖槍十三騎士団黒円卓第4位、ヴィルヘルム・エーレンブルグ=カズィクル・ベイの、願いって奴だ」
――ああ、そうだ。
昔どこかで聞いた、若くして死んだ天才音楽家やら芸術家やら文芸家みたいに、随分な若さで死んだクラウディアよりも。
長く、永く、久く、宇宙の寿命よりも長じて生き続けてやる、と誓った事は、覚えてるんだよな。そうすりゃ、アイツが奪った物を、ふと、思い出せそうな気もするからよ。
夭折したクラウディアの10倍、100倍、1000倍。
長く生きて、戦い抜いてやる。アイツが、天国何てつまらない所に飽きて、俺の所にやって来るまで、生き抜く。
それが、俺を相手に唯一勝ち逃げ出来た女に出来る、復讐だった。
「……言ってしまえば、男のつまんねぇプライドか」
全てを聞き終えた甚爾が、ふと、そんな事をボヤき始めた。
「そうさ。笑える位つまらない、男の意地だよ。それの、何が悪い」
「悪かねぇよ」
甚爾は漸く、1本目を空けたようで。後ろに、缶を放り捨てた。カラン、と言う音。
「笑わねぇよ」
皮肉気な苦笑いを浮かべ、甚爾は言葉を続けた。
「俺も、それを捨てきれずに死んじまったからな」
金にならない仕事はしない、危険な博打は打ち過ぎない。
そう言う賢い生き方を心掛けていた筈なのに。自分は引き際を見極められる、デキる男だと思っていたのに。
とっくの昔に捨てたと思っていた、安い自尊心で、選択肢を誤って。結局、それが理由で、積み重なった過去を、死と言う形で精算してしまった。
そうした結果。
伏黒甚爾と言う男は、こんな冥府の底で、ナチス崩れの不良軍人と、タッグを組まされているんじゃないか。
「お前、俺に女いた事あるかって聞いたよな」
「ああ」
「いたよ」
傍から見ても駄目で、近寄っちゃいけない男に近づいてきて。
よせば良いのに、子供まで産んだ、物好きでお人好しな、阿呆な女が、俺にもいたのさ。
小指を立てながら、俺は言葉を続ける。
「多分俺のこれも、ランサー、お前の女が言う『善き処』って奴に逝っちまった。んでもって、多分俺も、向こうの門扉は開けられそうにない」
「……そうかい」
「だが俺には、子供がいる」
「おう」
「俺の勝ち」
「あぁ!? ガキと借金なんざ俺の親父でも作れるもんじゃねぇか、んなもん作った位で勝ち誇ってんじゃねぇぞ!!」
予想外の所から攻められた挙句、訳の分からない勝ち名乗りを挙げられて、ベイはいきなりキレた。
どうも、勝利宣言を挙げられるのがこの男にとっては我慢がならないらしい。見た目通り解りやすい奴だな、と甚爾は思った。
そして、子供を作った位で偉そうにするな、と言う物言いも、御尤もだな、とも思った。
自慢出来る訳が、なかった。息子は……恵は、物心つく前に、下手すりゃ父親の顔も名前も覚えるよりも早く、禪院家に売ったのだから。
だがそれでも、甚爾は、俺よりはまともに育つだろうと思っていた。産まれたその時に、母親に抱かれていたから。ぬくもりと、愛を覚えていたのなら、まあ多少は、マシな男になるだろうと、思っていた。
「ビール寄越せよ、ランサー」
凄い不服そうな態度で、ベイが缶ビールを投げた。時速、160km。手首の力だけで投げた缶が、得た加速度がこれである。
「ついでにそのアーモンドの小魚開けてくれや、しょっぱいのが欲しい」
「怒りっぽい俺の為にくれたんだろ、お前はビールだけ飲んでろや」
「そりゃねえだろ爺ちゃん」、と言いながら馴れ馴れしく甚爾は近づいてきて、勝手に小魚の袋を開け始めた。
ベイは最早突っ込む気すらない。3本目のビールのプルタブを開け、それをグビグビと飲み始めたのだった。
【クラス】
ランサー
【真名】
ヴィルヘルム・エーレンブルグ@Dies irae
【ステータス】
筋力B+ 耐久A++ 敏捷A+ 魔力A 幸運E+ 宝具A
【属性】
混沌・悪
【クラススキル】
対魔力:A-
魔力への耐性。ランク以下を無効化し、それ以上の場合もランク分効力を削減する。事実上、現代の魔術師ではランサーを傷つける事は出来ない。
但し、特定の属性を宿した攻撃に限り、対魔力の効果は無効化される。
【保有スキル】
エイヴィヒカイト:A
極限域の想念を内包した魔術礼装「聖遺物」を行使するための魔術体系。ランクAならば創造位階、自らの渇望に沿った異界で世界を塗り潰すことが可能となっている。
その本質は他者の魂を取り込み、その分だけ自身の霊的位階を向上させるというもの。千人食らえば千人分の力を得られる、文字通りの一騎当千。
また彼らは他人の魂を吸収し、これを自己の内燃エネルギーとして蓄えられると言う都合上、魔力の燃費が極めて良い英霊にカテゴライズされていて、
具体的には、余程ノープランな運用をしていない限りは、魔力切れのリスクがかなり低いと言う事。
肉体に宿す霊的質量の爆発的な増大により、筋力・耐久・敏捷といった身体スペックに補正がかかる。特に防御面において顕著であり、物理・魔術を問わず低ランクの攻撃ならば身一つで完全に無効化してしまうほど。人間の魂を扱う魔術体系であり殺人に特化されているため、人属性の英霊に対して有利な補正を得るが、逆に完全な人外に対してはその効力が薄まる。
魔力放出(杭):A+
魔力の放出による、遠近双方の、戦闘に際しての選択肢の増加。ランサーの放出形態は『杭』。あらゆる英霊を見渡しても、特異な形態となっている。
実際上は魔力を杭にしていると言うよりは、自らの血液を杭にしていると言うべきで、これを凄まじい速度で射出したり、近距離でパイルバンカーの要領で打ち出し大ダメージを与えると言う事が可能。
吸血鬼(偽):A
吸血鬼であるかどうか。高ければ高ければそれは吸血鬼としての格が高まって行く事を意味するが、同時に、正統な英霊からは遠ざかる。
ランサーは正真正銘、人間の英霊であり、純正の吸血鬼ではない。己の祈りと願い、渇望の強さによって、自身を吸血鬼であると狂信しているだけである。
これだけならば歪んだ信仰でしかないが、後述の宝具によって、本当に吸血鬼としての特性を獲得してしまうに至る。ランク相当の怪力と再生能力を有する複合スキル。
修羅への忠:A
生涯をかけて仕える。爪牙として、敵対するものを引き裂く。そうと決めたランサーの心の在り様。
高度な精神防御として機能する他、勇猛、戦闘続行スキルを兼ねた複合スキル。
奪われる者:C
ランサーの師とも言うべき、詐欺師にして魔術師である男から授かった呪いの言葉。
ランサーは、本当に欲しいと思ったもの、心の底から倒したいと思った者程、無粋な横槍によって取り逃すと言う宿命を背負って産まれているとの事。
決着をつけるべき相手を取り逃す、欲しい物に逃げられる。そう言う星の下に、ランサーは産まれている。
枯れた恋の薔薇:-
このスキルは、初恋の女に持ち去られている。本来であれば、極限域ランクの鋼鉄の決意スキルを保証すると言う効果を持つ。
ランサーと言うサーヴァントが、ヴィルヘルム・エーレンブルグと言う存在である限り、絶対に思い出す事はない筈のもの。
間違いなく彼はこのスキルを保有していたが、今となってはそれが何だったのかを思い出せない。それを象徴するスキル。
……本来であれば、このスキルが記載される事すらないのであるが、冥府と言う死後の世界が此度の聖杯戦争のロケーションの為か、奇跡的にこのスキルが捻じ込まれている状態となっている。
【宝具】
『闇の賜物(クリフォト・バチカル)』
ランク:B 種別: レンジ: 最大補足:
聖槍十三騎士団黒円卓第四位であったランサーの操る聖遺物。武装形態は人器融合型。
素体となったものは、オスマントルコの兵士達を生きたまま串刺しにした事で知られる、ワラキア公国の領主であるヴラド3世の血液が結晶化した物。
世界に数ある吸血鬼伝説のモデルとなった人物の血と言う事で、聖遺物としての特性も非常に吸血鬼然としたものとなっている。
これに加えて、ランサー自身が吸血鬼と言う在り方を諸手を上げて受け入れている事から、聖遺物としての相性が抜群に良い。
宝具としての効果は多岐に渡るが、最も解りやすい物としては杭の射出と創造。
この杭は平時は不可視の状態となっており、霊性を持たぬ者は視認すら出来ぬまま貫かれて即死。
杭の強度や威力を上げると、この不可視のメリットが帳消しになるが、視認が出来る程になると言う事は単純な威力の上昇に留まらず、
因果に作用する程の不運と不吉を纏う様になり、余程の幸運スキルを持たない限りは完全な回避は不能。命中率に多大なボーナスが掛かるようになる。
勿論、威力も速度も桁違いに上がる為、幸運が高くとも見切る事は困難。この杭を目に見えぬ程の高速度で射出する事と、身体から飛び出させ、
威力を向上させた上での近接戦闘が、ランサーの戦闘の基本骨子。また、攻撃のみならず、杭の高硬度を利用して、防御にも転用出来るなど、応用も幅広い。
そして、この杭の最大の特徴が、『相手の魔力や生命力を吸収してしまう』と言う点。この杭を通してダメージを負うと、ランサーが活動するのに必要な魔力として吸収される他、
生命力も合わせてドレインされる為、体力の回復すら許してしまうと、継戦能力の著しい向上にも寄与している。この生命力のドレインとは、有機生命体に限った話ではなく、
水や電力や金属、そしてガソリンを初めとする燃料物すらも対象となっており、こう言った物からですらもエネルギーや生命力を吸収し、活動エネルギーに変換してしまう、邪悪な性質をも持つ。但し、ランサーに言わせれば、この冥界では物質よりも、生命体。それも、サーヴァントやマスタークラスの生命からじゃないと、食いでがない、と言う事らしい。
『死森の薔薇騎士(ローゼンカヴァリエ・シュヴァルツヴァルト)』
ランク:A 種別:対軍宝具 レンジ:50 最大補足:結界内にいるなら無差別
創造位階・覇道型。『夜に無敵となる吸血鬼になりたい 』と言う、ランサーの渇望のルールを具現化した覇道型の創造。
能力は『周囲の空間を夜へと染め上げた上で、効果範囲内に存在するものから力を吸い取り、かつ、夜が展開されている間は術者を吸血鬼に変える』と言うもの。
固有結界に似た性質を持つ一方で、自己強化に似た性質を付与する効果も兼ねており、このような覇道と求道の性質を持った創造を持つのは、彼のいた黒円卓に於いてはランサーしかいなかった。
発動した瞬間、ランサーを中心とした直径1km圏内が、上述のように夜の世界に変貌する。
これは昼間の状態に能力を展開しても同様で、外から見ても何て事はない空間だったのに、結界内部に入り込んだ瞬間、途端に空が夜になるのである。
昼間にも発動出来るが、夜に発動する方が圧倒的に効率が良く、具体的には、消費魔力と維持魔力が、昼間の間の半分以下で済む上に、宝具効果も跳ね上がる。
結界内部にいる存在は敵味方の区別なく、常時生命力と魔力を吸い上げられ続け、これはランサーの活動維持。つまり、宝具の維持と、自身のステータス強化の為に汲みあげられる。
この宝具の範囲内にいるサーヴァントは常時、宝具ランクを除く全てのステータスが1ランクダウンしている状態となり、その反対にランサーの方は、
全ステータスが1ランクアップしている状態となり、この上で、吸収した生命力と魔力の分、更にステータスが常時上昇する事になる。
結界内部はランサーの体内に等しい空間であり、結界内の何処に隠れようとも、ランサーには筒抜けの上に、会話も丸聞こえの状態。
更にはランサーの意志で、相手の認識を阻害する事も可能であり、任意の物質や人間を不可視にさせて混乱させる事も、特定の物質の強度を上げて移動を阻害する事も如意自在。
また、宝具の結界内部に侵入する事は容易いが、出るのは困難を極め、ランサーが許可した存在でなければ脱出する事は、これに特化したスキルや宝具を持たない限り不能。
結界内でのランサーの強さは、単純な肉弾戦の場合でも悪魔的なそれと化すが、仮に目の前にランサーがいなかったとしても、彼は結界の範囲内に限り、
何処からでも上述の、闇の賜物による杭を放つ事が出来る。また、『なにもない空間』から杭を生やす事も、この宝具の発動時には可能となっている。当然、杭の威力も更に桁違いに跳ね上がっており、直撃すれば命の保証はない。
このように、高い性能を保証する宝具であり、攻撃面・防御面・相手の弱対面・妨害など、全てに於いて高水準に纏まった宝具である。
但し、これだけの性能を得る為に、幾つかの縛りを己に課している面もあり、最大の弱点となる要素が、自身が吸血鬼になると言う点。
これは良い事ばかりでなく、『一般的に吸血鬼の弱点とされる要素』をも会得している事も意味し、炎や腐食、銀・聖水・十字架・陽光・流水と言った属性に弱くなっていて、
心臓に杭を打つと言う効果に至っては、生前の在り得た未来の1つで、この方法で生身の人間にしてやられている末路も辿っている為、致命傷を負う事が確約されている。
また、ランサーは結界維持の為の核を、夜空に浮かぶ薔薇色の満月に設定しているらしく、この満月を何らかの手段で破壊されると、結界も壊されてしまう。
それ以外にも、この宝具による生命力・魔力の吸収は本当の無差別となっており、敵味方の区別なく、吸収してしまう。それが例え、マスターであっても。
これらの弱点を全て、ランサーは承知しており、また隠す気もない。弱点の多い吸血鬼と言う在り方を、誇りに思っており、寧ろ堂々と振舞っている。
『血色の薔薇よ、咲き誇れ(キッス・イン・ザ・ダーク)』
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:- 最大補足:1
ランサーの体内に取り入れられた、第一宝具・闇の賜物の、もう1つの形態。これを別宝具としてカウントしている。
ランサーの任意で発動する事は出来ず、ランサーが是が非でも倒したい、屈服させたいと言う相手で、かつ、相手がランサーを越える強さを持ち。
そして、莫大な魔力量を持っていると言う3つの条件が重なる事で発動出来る宝具。宝具としての能力は極めて単純で、闇の賜物の同調率が急激に上昇し、
ランサーの身体が自壊するまでステータスが際限なく上昇して行くと言うもの。この宝具を発動している間、ランサーの身体の中に住まう、姉であるヘルガ・エーレンブルグが、
ランサーの心の中で実体化。「いけー!! 淫売の息子!!」と言う感じで滅茶苦茶応援しまくっており、これがステータス上昇の原因となっている。
【weapon】
【サーヴァントとしての願い】
ない。手に入れた聖杯は、ハイドリヒ卿へ献上する。
【マスターへの態度】
猿。カス。ゴミ。マスター何て言いたくねぇよ。
魔力がないからテメェで魔力を吸収してリソース節約しなくちゃならねぇわ、言う事も聞かねぇわ、創造を展開して何度殺そうと思ったか解らない。
と言うかこいつ、魔力ねぇから吸い殺しも出来ねぇし、何処にいるかも解らねぇし、結界も何か実家みたいな感じで出入りしやがる!! は〜クソクソクソクソクソクソクソ。
ただ、強いという点だけは認めている。心を入れ替えて働けばハイドリヒ卿にも渡りをつけてやるって言ってんのにサボりやがる。殺すぞ〜〜〜〜〜!!(ヤバいエイヴィヒカイトのSUSURU)
しかもコイツ俺と何か死に様の共通点まで多いのが余計にムカつく。この聖杯戦争って奴、メルクリウスの奴噛んでねぇんだよなマジで?
【マスター】
伏黒甚爾@呪術廻戦
【マスターとしての願い】
ん〜〜〜……。どうしよっかね……?
【weapon】
【能力・技能】
天与呪縛:
一般人ですら僅かでも持つと言う、呪力を一切持たないという、生まれつきの縛り、『天与呪縛』を課せられている。
この縛りの代償として、超人的な運動能力を兼ね備えている。所謂、フィジカルギフテッド。
人間は勿論、下手なサーヴァントすら超越する身体能力並びに五感を兼ね備え、第六感じみた直感すらも併せ持つ。
余りにも五感が鋭すぎる為に、本来見えないし感じられない呪いの類すらも感知出来てしまい、呪力も一切持たない為に、呪いへの耐性も強い上に、呪力・魔力を利用した感知にも引っかからない。
一方、素手では呪霊を傷つける事が出来ないので、攻撃には呪力の込もった道具を用いる必要がある。本企画では、ランサーの杭を一本借り、これを振るって相手を攻撃する事にしている。
サーヴァントは呪霊とも勝手が違うようなので、甚爾の目にも視認が出来る。
【方針】
聖杯は欲しいけど、願いはまだ決まってない
【サーヴァントへの態度】
呪術師大国の日本ですら大問題の火種が多いのに、こんなのが史実のドイツに居たら大問題だろと思っている。
口は悪いが、実は結構優等生の、委員長タイプなんじゃないかと思っており、実を言うと嫌いではない。まぁ、緩くやろうぜお爺ちゃん。
投下を終了します
投下します
聖杯戦争の舞台となった東京。
その一角にある一軒家の庭先で、何かを打ち合う乾いた音が響き渡る。
庭にいるのは赤毛の少年と青年。両者の手には、どちらにも竹刀が握られている。
つまりは試合。
二人はお互いの実力を確かめるために、こうして相対していた。
少年はマスターであり、青年はそのサーヴァントだ。
そんな二人が互いの実力を確かめる必要が何故あるのかと言えば、マスターである少年の望みが、あまりにも達成困難なものであるからだ。
故に、それを実現できる可能性があるのかを確かめるために、二人はこうして戦っていた。
無論、ただのマスターではサーヴァントに敵わないことなど、少年はよく理解している。
よってこの試合には、少年に対しある勝利条件が設けられていた。
しかしその条件を満たすことができないまま、すでに一時間以上二人は打ち合っていた。
「フ、せいッ――!」
少年が踏み込み、右手の竹刀を、袈裟懸けに振り下ろす。
この一刀を、すでに何度繰り返したのか。当初一振りしか握っていなかった少年の左手には、竹刀がもう一振り。即ち二刀流。
どちらも小振りなものとなっていることから、あるいは二刀小太刀というべきか。
右の竹刀に対する青年の反応に対応できるよう、その握りは緩く構えられている。
「――――――」
対する青年の対応は、振り下ろされた竹刀の下方を潜り抜ける、というもの。
それだけで少年の左竹刀は青年に届かなくなる。
そして当然、隙だらけになった青年の背中を目掛け、自身の竹刀を下段から振り上げる。
パシン、と響く乾いた音。
「――、おろ?」
しかしそれは、少年の背中を打ったものではなく、届かぬはずの少年の左竹刀と打ち合ったことで生じたものだ。
少年は右の竹刀を振り抜いた勢いのまま身体を左回転させることで、左の竹刀に寄る防御を間に合わせたのだ。
「逃がすか――!」
そしてそのまま右の竹刀を、今度は回転の勢いも加えて振り下ろす。
「――見事」
それに対し青年は、少年へと向けてそう呟き――――
§
「いっててて。少しは手心を加えてくれてもよかったんじゃないか? 剣心」
思いっきり打ち据えられた背中をどうにか摩りながら、少年――衛宮士郎はそう溢す。
「そうはいかぬでござるよ。先の勝負、たとえ試合と言えど本気のもの。手を抜くことはできぬでござる」
それに対し青年――緋村剣心はそう応える。
「それに、勝負という意味においては士郎殿の勝ちでござろう。
拙者から一本取るか、飛天御剣流の技を使わせること。士郎殿は見事、拙者に飛天御剣流を使わせたのだ。
言わばそれは、名誉の負傷でござろう」
「それは……確かに、そうだけどさ……」」
剣心からの称賛に、しかし士郎は言い淀む。
サーヴァントと真正面から戦って、勝てる訳がないことは理解していた。
だが一度は聖杯戦争を戦い抜いた身。少しくらいは強くなっていると思っていたのだが。
「正義の味方には、まだまだ遠いな……」
その実感に、はぁ、と思わず溜め息を吐く。
「正義の味方というと、確か士郎殿の目標でござったな。
―――それ故に、この聖杯戦争を止める、と」
「ああ、そうだ」
剣心の言葉に、士郎は頷く。
「剣心……いやセイバー。俺は、聖杯戦争を止めたい。けど俺一人じゃ力不足だ。だから、セイバーの力を貸してほしい」
聖杯戦争の参加者全員が自らの意思で参加しているのなら、こんなことは考えない。
しかし、聖杯を求めていない自分がこうして参加者となっている。
なら他にも、自分の意思とは関係なく聖杯戦争に参加させられた人もいるはずだ。
自分ではサーヴァントに勝てないことは理解している。
けれど、正義の味方を目指す者として、そんな人たちが傷つくのを見過ごすことは出来ない。
「……すでに一度告げたように、拙者は決して相手を殺さぬ。
である以上、もし聖杯を求めるものと敵対した場合、その者達を止めるには心を折るしかない。
その意味を、士郎殿はきちんと理解しているでござるか?」
剣心の言葉に、士郎は頷く。
人が聖杯を求めるのは、何も欲望の為だけではない。
自分の力ではどうしようもない願い。人の手に余る奇跡を求める人も、きっと聖杯を求める。
聖杯戦争を止めるという事はつまり、そういった人たちの希望さえ奪うという事。
しかも相手を殺さずに止めるという事は、ただ奪うだけでなく、相手自身にその希望を諦めさせるという事だ。
それはきっと、力及ばず果てるよりも、ずっと残酷なことだろう。
―――けれど。
「それでも俺は、この戦いを見過ごすことは出来ない」
誰かが傷つく姿を見たくない。
そんな自分のエゴのために、他者の願いを切り捨てる。
俺も結局のところは、他のマスターたちとそう変わらないのだ。
「わかっているのなら、拙者から言うことは一つだけでござる。
―――承知した。マスター殿に拙者の剣を一時預けよう」
「! ありがとう、剣心」
「そもそもサーヴァントは、マスターを助けるもの。礼など不要でござる。
それに拙者が助力を断ったところで、士郎殿は一人でも聖杯戦争を止めようとするでござろう?」
ぐ、と士郎は言葉に詰まる。
確かにそのつもりだったが、そんなに分かりやすいだろうか。
「士郎殿の意志の固さは、先の試合で見させてもらった。
言葉で止まるような御仁ではないと、すぐに理解できたでござる」
「そ、そうか。
まあそれはともかく」
そう誤魔化すように口にして、剣心へと右手を差し出す。
「これからよろしく頼む、剣心」
「こちらこそでござる、士郎殿」
剣心が差し出された右手を握り返し、握手を交わす。
―――ここに契約は成った。
己が願いのために誰かを殺す聖杯戦争で、俺は、誰も死なせないために緋村剣心(不殺の刃)の手(柄)を握ったのだ。
【CLASS】
セイバー
【真名】
緋村剣心@るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚
【ステータス】
筋力C 耐久E 敏捷A+ 魔力E 幸運B 宝具C
【属性】
中立・中庸
【クラススキル】
○対魔力:C
○騎乗:E
【保有スキル】
○心眼(偽):A
○飛天御剣流A+
一対多数の斬り合いを得意とする対軍剣術。
複数の相手を一度に仕留めることを極意とし、逆刃刀のような殺傷能力の低い得物でなければ確実に人を斬殺する神速の殺人剣。
緋村剣心は奥義を含め、全ての技を体得している。しかし体格が不適格であるため、ランクダウンしている。
乱撃術の『九頭龍閃』を奥義とする場合と、抜刀術の『天翔龍閃』を奥義とする場合の二つの説があり、どちらを奥義とするかでその読み(ルビ)が変わる。
セイバーの緋村剣心の場合、『天翔龍閃(あまかけるりゅうのひらめき)』を奥義としている。
○剣気:B
スキル『勇猛』の剣客版。
威圧、混乱、幻惑といった精神干渉を無効化する事が可能となる。
また、敵に与える剣戟ダメージを向上させる。
○不殺の誓い:B
自身と戦った相手を決して殺さぬという信念が形になったスキル。
殺傷を目的としない攻撃に有利な補正を得る。
自分が相手を斬殺することはもちろん、敵味方関係無しに相手を殺すことを良しとせず、どのような困難な状況に陥ろうとも「不殺」の信念を決して曲げることはない。
それは相手がどのような悪人であっても変わらないが、余りにも身勝手が過ぎたり残虐非道ぶりが目立った相手に対しては、その四肢を破壊するということはある。
【宝具】
『逆刃刀・真打』
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:1〜2 最大捕捉:1人
緋村剣心の信念を体現した一振り。
刃と峰が逆転した刀で、その形状からわかる通り、通常の刀と同じ用法では斬撃と打撃が入れ替わる。
宝具となった際に、この刀での攻撃による打撃ダメージで相手が死に至ることは決してない、という効果を獲得している。
『逆刃刀・影打』
ランク:D+ 種別:対人宝具 レンジ:0 最大捕捉:1個
相手の攻撃によって逆刃刀が破壊された場合、その破壊された逆刃刀を影打ちとし、新たに出現した真打が緋村剣心の手に握られる。
その際現れた真打には、影打ちを破壊した相手の攻撃に対する耐性が付与される。
物語において緋村剣心が逆刃刀(影打ち)を折られた際に、新たに真打を手に入れ雪辱を果たした逸話の具現。
【weapon】
○逆刃刀・京心
刃と峰が逆転した刀。鞘も通常の拵ではなく鉄製のものとなっている。
反りの外側が峰となった構造から、普通の刀よりも鞘から抜く際の滑りが悪く、抜刀術には適さないとされている。
『我を斬り 刃鍛えし 幾星霜 子に恨まれんとも 孫の世の為』
【人物背景】
かつて人斬り抜刀斎と謳われ恐れられた、不殺を誓う流浪人。
【サーヴァントとしての願い】
聖杯に託す願いはない。
【マスターへの態度】
手のかかる主。
その感情は契約時点では明神弥彦に向けるものに近い。
【マスター】
衛宮士郎
【マスターとしての願い】
聖杯戦争を止める。
【能力・技能】
○弓術
○投影魔術
○固有結界『無限の剣製』
【人物背景】
第五次聖杯戦争のマスター。
参戦時期は聖杯戦争終了後。
【方針】
聖杯戦争を止めるため、街の調査や協力者の捜索をする。
【サーヴァントへの態度】
相棒というよりは同盟相手。
衛宮士郎にとっては「セイバーといえばアルトリア」である為、クラス名で呼ぶのは少し苦手。
以上で投下を終了します
投下します
その男を初めて見た時に、彼が抱いた印象は、『枯れている』、だった。
多分、そのイメージを他人に話した時、聞いた人間は鼻で笑うだろう。何処がだよ、とでも言い加えるかも知れない。
無理もない。外見だけを見れば、枯れているどころか、1000年生きてなお大地のエネルギーを吸って、太く逞しく生き続ける大樹その物としか。
思えないような、立派な魁偉を誇る大男であったからだ。
「結局の所、男の格ってものの大部分は、身体なのよね」
言葉を発した男は、革張りのソファに足を組んで座りながら、分厚い雑誌のようなものを眺めていた。
声音は、所謂『オネエ』のそれであった。偏見と差別に溢れる言い方をするなら、オカマだ。
低い地声を無理くり、女のそれに寄せて高くしている事が一瞬で理解出来る程度には、男の声をしていた。
手に持っている本を見てみると、それはどうやら衣類品のカタログであるらしい。それも、中流層がよく利用するような、名の知れたアパレル企業の商品のものではない。
ブランド物。それも、その企業が擁する者の中でも、特に名の知れ、名声と地位とを約束されて久しい、世界的なデザイナーの特注モデルを。
主として紹介しているようであるらしかった。
「……何を言いたいんだい? アンタ」
低く、渋い声だった。好みのタイプな女も多かろう。
察する所此処は、それなり以上の社会的ステータスを持った来賓者の為の、応接室であろう。
絨毯は、家具の量販店に売っているような、庶民の手に届く範囲のそれではない。20畳はあろうかと言う広さのこの応接室一面に敷かれた、ペルシア絨毯である。
名産で知られるペルシア絨毯だが、これにもまた格(グレード)がある。ピンからキリまである訳だが、この部屋のものは間違いなく、ピンの方。
この部屋の面積相応に敷く事が出来かつ、これだけのグレードのモノともなれば、値段にして数百万は下るまい。
そんな篦棒な物が敷かれた部屋の真ん中。
これまた、我こそは特注品であると言う事を雄弁に物語る、曇り一つないクリスタルガラスの応接テーブルを挟むように、本革の黒いソファが設置されていた。
その片方には、脚組む男。そして、テーブルを挟んだ向かい側に、渋い声の持ち主が。
――枯れている?
何かの間違いだろう。体格を指してそう表現したと言うのなら、節穴どころの話ではない。盲目を疑うレベルだ。
2m近い、いや、ともすれば超えているかも知れない程、背丈の高い大男だ。
これだけの身長でありながら、痩せ細っている、と言う事はまるでなく。寧ろ、常人以上の、筋肉の厚みと幅の持ち主であった。
ボディビルダーのような、他人に見せる為に大きく鍛えた筋肉と、現代の軍隊に従事する軍人のような、持久力と機動力を重視した機能的な筋肉とでは、外から見た筋肉の付き方がまるで異なる。
この大男の場合は、後者。機能的な筋肉の究極系とも言える物だった。
贅肉はない、脂肪も最低限。細身かと言われればくどいようだが断じて否。
男の長躯から考えられる、機動力と関節の可動を損なわない、その限界ギリギリの筋肉量。それを攻めた鍛え方だった。
その鍛え上げられた筋肉を見て、余人が思い描くイメージは、戦士。
但し、古代ローマのグラディエーターだったり、古代ギリシアのスパルタ兵だったり、イスラーム王朝のマムルークだったりだとか。
そう言う類の戦士ではない。
武道家だ。剣や槍と言った物を振るって戦うのではなく、鍛え上げた己の身体1つで相手を捩じ伏せ打ち倒す、格闘家の趣が、その男には強かった。
「高くて凝ったデザインの『おべべ』を着たって、男の格に与える影響って、マイナス方面には無限大だけど、プラス方面には……そうねぇ、良くて2割。現実的な数値としては、1割ってところじゃない?」
「アンタ、ファッションデザイナーなのにそんな事言っちゃって良いのかい?」
「んふ、好きな仕事ではあるけど、だからこそ、見えてくる現実もあるってコト」
ジッと、大男の姿を眺める彼は、大男とはまるで逆のイメージを見る者に抱かせる人物だった。
細身である。しかもこの上、背丈もある。目の前の大男程じゃないが、こちらも、190cmはあろうかと言う長身である。
細い上に背も高いとは言ったが、栄養失調に伴う不健康な痩せ方をしている訳ではない。明白な目的意識を持って、今の身体まで絞った。見る者が見れば、そう言う印象を受けるであろう。
確かに、よく見ると伺える。
厳しい環境に身を置き、血の小便を流すような壮絶な鍛錬で己の身体を苛め、磨き抜いた、その精髄が。
痩せているのではない。凄まじいパフォーマンスを発揮する筋肉を、圧縮させただけである。
大男のそれと比べてしまえば、痩せぎすの子供にしか見えない程に体格が違うが、彼の身体もまた、人間の身体の可能性、その極限の一つ。
機能性の面の到達点の形、とも言えるそれであった。
「身も蓋もない話だけれど、身体つきもよくって、オーラも一丁前なら、何着ても格好が担保されるのよね。残酷な話だけれど、芋には何着せても芋よ」
ジッと、目の前の男を見つめる。
トレンチコートに袖を通し、眼差しが見えない程黒くて濃いサングラスをつけた大男の姿を。
――召喚された、アーチャーのサーヴァントの姿を。
「ねぇアーチャー、服とか興味はないの?」
「ないね。さりとて、全裸で過ごせば良いと言う程、非常識でもない。変に思われないようでかつ、隠したい所を隠せりゃ良い」
「飾らないわねぇ。ストイックな子は好みだけど、試した事がない物を試してみるのも一種の修行よ? あなたが優れた武道家なのは解るけれど、美味しい物を食べたり、今日着る服に迷ってみたり、女を口説くのに精を出すのも、それもまた『道』だと思うの」
そう口にする男の服装は、成程、言うだけの事はある。
中々の伊達者であった。身に付けている服は、世に知られているアパレル会社の既製品ではないのだろう。
何ならば、著名なデザイナーを幾人も抱える、高級ブランドの品でもないのだろう。
完全受注のオーダーメイド。自分に合うように作り上げた特注品の類を纏っているようであった。或いは、自らの手で作り上げた衣服を、身に付けているのか。
「どう? 私が誂えてあげようかしら、あなたの服。自分のサーヴァントには対価を取らないわよぉ?」
「いらないよ。オレが本気で戦うと、いつも破けて布切れになるからねェ。これだと、丹精込めて作ったアンタに申し訳なくなる」
「あらお優しい。見かけは怖くても、紳士的で助かるわぁ」
「紳士的、ね……」
アーチャーが口元を歪ませて、自嘲気味に笑う。
「そう言う物とは遠い性格をしててね。無慈悲に何人も殺して来たよ」
「そうさな――」
「アンタと同じ穴の狢みたいなもんだ、マスター」
「……ンッフフフ」
マスターの男は笑う。
笑うだけだ。その笑みには何も含みがなかった。含みを持たせない技術を、会得しているからである。
「学がないオレでもねぇ。アンタの名前が『スカンジナビア・ペペロンチーノ』なんて名前じゃない事は解るさ。誰にだって、偽名だって解る名前だ」
「アナタのようないい男になら、ぺぺって砕けた呼び名で言われても悪い気はしないわね。そう呼んでくれても良いのよ?」
ペペロンチーノ。
生前に所属していた組織の面々から、ぺぺの名前で呼ばれて親しまれていた男は、アーチャーの重圧感溢れる言葉に対し、平然とした顔でそう返した。
「オレと縁が結ばれるような人間だ、どうしようもない破綻者だろうと思ってたが……見立ては間違いじゃなかったな。何人殺して来たんだ?」
息をするのも苦労する程の、重厚感のある沈黙が、場を支配する。
口を開いて、適当な言葉を1文字、口にするだけでも、大量のカロリーを消費してしまいそうな、その緘黙の中で。
最初に言葉を開いたのは、ぺぺの方であった。
「一々覚えてられない程殺して来たから、外道って言われるのよね」
肩を竦めるぺぺ。
ふざけてそう言うリアクションを取ったのではない。それ以外に自分の宿痾を表現する事が、出来ないからだ。
「アナタにとって、殺した人間の数は勲章かしら? アーチャー」
「結果だよ。数を誇るのは、中身のない奴のする事だ」
「ほーんと、ストイックな男ね」
「――オレはな、マスター」
低い声で、アーチャー。
「初めてアンタの姿を見た時、感心したよ。純粋な人間ながら、よく練り上げたもんだと。人間で辞めないでいながら、よくそこまで至れたな」
「……」
「それだけじゃない。アンタは才能もあるんだろう。常人が一生涯をかけても、手に入れられるか解らない、希少な技をいくつも会得している天才だ」
「そこまで買われると、嬉しくて泣いちゃいそうよ」
よよよ、と泣く演技を、披露して見せるぺぺ。
「オレはねェ、マスター。武道家としてはどうしようもないはみ出し者だよ。下衆な仕事も随分引き受けてきた。癪に障る奴の仕事も遂行してきたね。依頼人を逆に、殺した事もあるよ」
「私も殺して見るかしら?」
ニンマリと笑みを浮かべて、ぺぺが言った。
自分に齎されるかも知れない結末について、毛程の恐れも抱いてない。肝の据わった笑みでもあった。
「アンタは生かしておいた方が面白そうだね。……依頼人に対して、こう言う評価を抱いた人間はアンタで2人目だよ」
「あらぁ? その1人目って、どんな人なのかしら」
「ギャンブラーでね。稼いだ金の全てを平気で博打に注ぎ込む奴だったよ。必要とあらば、自分の命だって」
「長生きしなさそうねぇ」
「しなかったよ」
その依頼人が……左京と言う男が死んだ瞬間を目の当たりにした訳ではないが。
自分の敗北を目の当たりにして、作業は、己が命運が断絶された事を全て受け入れ、自らの命を絶ったであろう事は。
短い付き合いながらも、アーチャーは理解していた。堕ちた先は、地獄以外にありはすまい。
「良かったわぁ。今回のサーヴァントも、当たりで何より」
ぺぺがややあって、弾んだ声でそんな事を言った。
「なんだい。アンタ、聖杯戦争って奴の経験者だったのか?」
「変則的な形ではあるけれどもね。引いたサーヴァントには恵まれるのが、数少ない自慢なのよ」
「――そう」
「何やっても上手くいかない星巡りの私に許された、数少ない良因」
浮かべていた笑みが、自嘲気味のそれに変じる。
「アナタの言ってた、そのギャンブラーっていうの、多分破綻者でろくでなし、どうしようもない悪人なのでしょう?」
「全くその通りだね」
「私もそんな人間」
ガラステーブルの上に、今まで手にしていたカタログを放り、ぺぺは続ける。
「ほんっとうに救いようのない悪人って、地獄からすらも拒否されるみたい!! 笑っちゃうわー!! ローンの返済とか滞った事ないのに、いつの間にかブラックリストに入れられてたみたい、マジウケるー!!」
途轍もなくオーバーに笑いながら、ぺぺは言った。
普段の端正な顔立ちが、そう言う『芸』を思わせる程に歪んだものだから、アーチャーのサーヴァントは、少しだけ驚いた。
「あんまりにも嫌われ過ぎて、衆生を御導き下さる御釈迦様すら、蜘蛛の糸を垂らすのを面倒臭がってるの!! なぁにこれぇそんな私って臭いのかしらー!? お風呂毎日入ってるんだけどー!!」
1人でキャーキャーと盛り上がるぺぺを、アーチャーは、静かに眺めていた。
サングラスの奥で、如何なる瞳をしているのか。それを窺わせない。古木のように静かに佇んでいた。
数秒ほど経過した辺りだろうか。己の愚かさにでも呆れ果てたような、そんな、自嘲気味な笑みを浮かべて、ペペは、静かに語り始めた。
「アーチャー。アナタ、輪廻って信じる?」
「信じる……と言うより、オレのいた世界では実在する概念だった。普通の人間は知らない事柄だったがね」
「輪廻転生っていうのは、仏教の世界じゃ苦しい事。悲しみと苦しみが絶え間なく続く現実の世界に生まれ落ち続ける事。その、輪廻の輪から外れ、苦しみと無縁の世界に飛び立つ事を、悟りを啓くと言うの」
そこまで言うと、ぺぺは少しの間、沈黙した。5秒程の、事だった。
「でもね、悟りを啓こうとも、煩悩を108つ抱いていようとも。輪廻が打ち切りになる人間、と言うのがいるの」
「そんな事が解るのかい?」
「普通は、解らないのよ。さっきアナタが言った、常人が一生努力しても手に入れられるかも疑わしい技術で、理解しちゃっただけ」
「私達の流派では、漏尽通なんて言うのよ」、とぺぺは付け加える。
お前それは……、とアーチャーが溢す。彼の記憶が確かなら、仏教における超常的な6つの神通力の1つではないか。
この神通力を得んが為に、仏僧や修験者は、峻険な山岳・山嶺の中に身を置き、修業を永年積むのである。ぺぺは、その6つの神通力の中でも、最上位の力を使えると言うのか?
「人が思う程に、大それた力じゃないのよ。自分の輪廻が、ここで終わる事を悟らせるだけの力。……諦念を、抱かせる事しか出来ない、とんだネタバレ能力って訳」
目を瞑り、瞑想を行い、己が心の深奥へと潜って行く。
目を瞑ったその段階からして、そこは既に、無明の闇。文字通り、光源1つそこにはない。
消え掛けのマッチを思わせるか弱い明かりも、光苔を思わせるか細い光も。何もない。ただ暗黒、ひたすらに暗渠。本当の黒だけの世界だった。
そんな筈はない。何か光る物がある筈だ、何か雑多な物とぶつかるに違いないと、その暗黒の中を潜って見ても、何もないのである。
何かあって欲しい、潜る道中で地獄の鬼と出会しても構わない、いっそ潜り切った先にある物が業火燃え盛る地獄であっても納得する。
何もない。
潜っても潜っても、視界は開けぬ。当初の暗黒のまま。
何かに当たる、ぶつかる訳でもなし。更に深い所を潜るのに要した力、その力の分だけ、抵抗なく更に深みに沈んで行く。
そこに、ぺぺの瞑想を阻み、誘惑をしようとする、悪魔も羅刹も魔羅もいない。
修行する者が、輪廻に囚われているから。生まれ変わる生き物だと知っているから、彼らも誘惑して来るのだ。
次がないと解っている人間に付き合う程、彼らも暇ではないと言う事だった。
――妙漣寺鴉郎は、諸仏も悪魔も見放した、終わった人間であると言う事だった。
「マスター。アンタは、聖杯とか言う奴に、願う事はないのか? 次の命が続くようにと、願わないのか?」
「ないのよぅ」
ぺぺは即答した。
「未練がないと言えば嘘になるけど、死んだ方が良い命だって言う自覚もあるの」
「馬鹿だねェ、アンタ」
アーチャーが呆れ果てたような声音でそう言った。
「それだけの強さを得ていながら、何で自由に生きないかね? 何でもっと、高みを目指さないかねェ」
アーチャーから見たぺぺと言う男は、達している人間だった。
技術も身体能力も、磨きに磨かれ、極限の域あると言っても過言ではない程だ。
その力に対してぺぺは、何にも誇りも持っていない。その力を磨き、更に上を目指そうと言う気概も感じられない。
そう言う生き方では、駄目だ。ぺぺはもう、光に満ちた世界を歩けない程、業を重ねた人間である事をアーチャーは見抜いている。
常に、戦いと殺しが付き纏う世界を歩まねばならなくなったのだ。そんな世界で、ぺぺのように、欲もない、向上心もないでは、無惨な死が待ち受けるだけなのだ。
「武道家にとって最も恐ろしいのは、衰えだ。昔は当たり前のように出来ていた技が、上手く行かなくなる。一工夫凝らすか、少し手を抜かなければ決まらなくなる。この恐怖が、遠からん内にやってくる。それがどれ程恐ろしいか、アンタに解るか?」
「……」
「こうしてサーヴァントとして招かれた以上、オレも死んでしまった訳だが……死んでいるよりは、生きている方が楽しいクチでね。蘇った暁には、もっと強くなって――」
「ウソ、下手ねぇ」
ぺぺがそう水を差した瞬間、アーチャーの言葉が止まった。
「私の持ってる神通力って、漏尽だけじゃないの。他心通も使えるって言えば、伝わるかしら?」
「……ズルいねェ。そう言う情報は早く伝えなよ」
アーチャーはその言葉で理解したらしい。
要するにぺぺは、他人の心を読める、正真正銘の読心術を、使えると言っているに等しい事柄だからだ。
「……ウフフ、とは言ってもね。他心の方は、隠してる事を覗き見れちゃうから、私も使う事はそんなにないの。覗き魔みたいで、やらしーじゃない? だから、アナタにだって使ってないわぁ」
「でも」
「そんなの使わなくても解るのよ。アナタが本当は、死ぬ事を望んでいる悲しい人だってこと」
「……」
「武道家としての心が、枯れてる人なんだってこと」
ぺぺが初めて、アーチャーを召喚し、その姿を目の当たりにした時。
真っ先に思った事は、人間ではない、と言う事だった。これは、アーチャーの感性だったり、放つ気風のようなものが、人間を逸脱しているとか言う事ではなく。
真実、彼が人間以外の存在。妖怪だったりだとか、鬼だったりとかと、近似していると言う事を、理解してしまったのだ。
「人間の煩悩は108つ、だなんて言うけれど、実際はそれを1万倍したって足りない事ぐらい、よおく理解してるの」
「……」
「逆に、私の方から聞きたいわね」
ジッと、アーチャーの目を見た。
サングラスで瞳を隠していようが関係ない。それでもぺぺは、凝視した。
「それだけの力を得ていて、何で自由になろうともせず、死を求めようとするのかしら? アーチャー……ミスター、『戸愚呂』」
ぺぺの目から見て、アーチャーは……戸愚呂は、枯れていた。
身体から漲る、戦慄を隠せない程膨大な力とは裏腹に、彼の気迫と思想は、世を倦んだ、自殺寸前の人間のそれと何ら変わりがなかったのだ。
死に場所を求めて、戦う。そんな類の英雄など珍しくない。たが、戸愚呂の病理はもっと根深い。
彼は恐らく、否定されたがっている。自分の事を。自分の邁進する、理想という奴を、止められたがっている。
「アナタ程の強さの男を指して、枯れている、なんて物言いは失礼よね。でも、実際のところは、どうなのかしら? アナタにとってこの聖杯戦争って奴は、不服?」
「呼ばれた以上は戦うさ」
沈黙を保っていた戸愚呂だったが、ややあって、重苦しく言葉を紡ぎ始めた。
「妖怪を相手にするような生業をしてりゃ、いつかはどこかでぶち当たる事だった。負けて、仲間を殺されるなんてな」
修行の日々を送っていた所に、強大な力を持った妖怪がやって来て、同門の仲間を殺し尽くし、去って行く。
それが、レアケースなのかどうかと問われれば、戸愚呂は、否と答える。珍しい事ではないからだ。
それどころか、いつか未来の時点で、起こり得る事だとすら思っていた。妖怪の多くは、人を喰う。
そんな存在と渡り合う為の拳法を学んでいれば、必ずや、直面したであろう事態だった。
「オレは多分、覚悟も危機感もなかったんだろう。オレの時に限って、そんな事が起こる筈がないと、思っていたに違いない」
「……」
「当然のように、皆殺されたよ。当たり前だとすら今は思う。そんな甘い覚悟で振るわれる拳じゃ、誰だって打ち倒せないからな」
生き残った同門の1人は、あの時の力では誰が戦っても同じだ、どうする事も出来なかったと。
戸愚呂の敗北をフォロー、カバーしたが、当の戸愚呂には、そんな言葉、何の慰めにもならなかった。慰められても、屠られ、殺された仲間は、帰ってこないのだから。
「そんな、甘くて、弱くて、情けない自分が嫌だったから、オレは強さを追い求めて、仇を殺して。……人間以上の物になりたかったから、人の身体を捨てた」
「そうして、な」
「人間を捨てて妖怪になって、絶頂期の身体能力が死なない限りずっと続く身体になって、オレは悟ったよ。今度は、オレの番になっちまったんだって」
口角をクッと吊り上げて、戸愚呂は語る。
「今度は、オレが。憎まれて、倒される番だとな」
妖怪の身体になって尚、戸愚呂は、武道家であり続けようとした。
だが、武道家であり続ける為には最早、戸愚呂の身体は人間の規範を逸脱してしまっていた。
拳を振るう。相手の身体が比喩抜きに、陶器の様に砕け散る。蹴りを見舞う。直撃すれば相手の身体は粉々になり、避けたとしても、生じた風圧で全身の骨が砕ける。
そんな生き物に、戸愚呂はなってしまった。武道家としての戦いの流儀、それに則るには余りにも、戸愚呂の強さは化物のそれになってしまっていた。
これではもう、人を喰わないだけで、残虐無比な妖怪と自分は変わりない。それはつまり、戸愚呂と言う男は、憎しみを以ていつか誰かに殺される側に、回ってしまったと言う事なのだ。
「それで、良かった」
ニヒルで、寂寞とした笑みを浮かべ、戸愚呂は続ける。
「仇については最早恨みはない。オレは、あの事があったから、直向きに、純粋に、愚かしく。強さを追求する事が出来た。吹っ切れる、いい機会だったよ。感謝しても良いくらいだ」
「……アナタが、妖怪に身を転じさせた事について、私からとやかく言える事はないわ。魔王になってでも、天狗に堕ちてでも。強さと力を求める者がいる事を、私は知っているから」
人間にとって、力と言う果実が、どれ程魅力的な物に映るのか。ペペはその身を以てよく知っている。
その身を齧る為ならば、悠久の時の中で、幾千幾万もの屍体をうず高く積み重ね、手を伸ばそうとする事もまた、骨身に染みて理解しているのだ。
「でも、アナタが倒されようとしているのは、武道家としての定めだから、だけじゃない。きっとアナタは、後悔してた」
「……そんな物を抱いてちゃ、良いパンチは打てないねェ」
「ウソは、よしなさいな。アナタは――」
「アンタは、自分の過去の非道を後悔しているのかい?」
今度は、ペペの方が、閉口する番だった。
彼は、自分の為す殺しについて、罪であると思う事を、当の昔に放棄した人間だった。
すまなかった、許してくれと。形だけでも、謝意を抱く事すらもうやめている。そのような生き方を、一切飾らず言うのならば、次のようになる。ロクデナシだ。
「……そりゃあ、人間だった頃はねェ。仲間の死にも、自分の弱さにも、後悔はしてたさ。だが、仇を討ち、妖怪になり、何十年も生き続けてれば、忘れるように生きるのが普通だろう?」
「そう言う、ものかしら?」
「アンタだって、そう生きた筈だ」
「……否定は、しないわ」
認めた。どうしようもない、事実だったからだ。
だが戸愚呂は思い違いをしていた。殺してから暫くの間、ぺぺが、後悔を抱いていたと思っていた。彼は、御山の同胞を皆殺しにしたその瞬間から、彼らについて引き摺る事を、止めていたのだ。
「アーチャー。アナタが身体も、心も。強いと言う事は、改めてよく解ったわ」
「嬉しいねェ。有象無象は兎も角、アンタに認められるのは、素直に嬉しいよ」
「そんなアナタだから、私は気になるの。アナタは、誰に、敗れたの?」
戸愚呂の笑みが、消える。口が、真一文字に結ばれた。
「アナタを倒した相手は、アナタが望む、理想の相手だったの?」
「ああ」
戸愚呂は、即答した。迷いも何もない、肯定の言葉。
「オレを倒した時には、中学生のガキだった」
「……」
「最後まで、誰一人殺させないで、守り通して勝ち残ったよ。ソイツにオレは強さでも負けて、しかも昔のオレに出来なかった事も成し遂げられた。凄い奴だろう?」
「ええ」
戸愚呂が、余りにも我が事の様に、自分を倒した相手の事を褒める物だから、ぺぺは思わず、笑みを零してしまった。
「だが、オレの強さに憧れたと言っていた。まだまだ伸びるガキなのに、オレなんかを越える山だと思っていた」
クッと、笑う戸愚呂。手のかかる、弟か何かを見るような笑い方だった。
「しょうがないから、必死に、下衆な悪役を演じてやったよ。オレみたいな男になれば終わるんだと。成長も止まるんだと。心と魂に、刻ませてやったんだ」
沈黙の時間が、2人の間に流れた。
目を瞑り、話を聞いていたペペ。更に、10と数秒程の時間が流れ。ゆっくりと、ぺぺは瞼を開いて、言葉を紡いで行く。
「アーチャー。サングラス、外す事出来る?」
「……」
言葉を受け、戸愚呂は、固まった。
しかし、何でもない頼み事だったからか、激しく否定する事もせず、ゆっくりと、サングラスを彼は外した。
露わになった戸愚呂の目を見て、ぺぺは、微笑んだ。
「……目は、口程に物を言うわねぇ。アナタの目、とても穏やかよ」
その言葉を聞いて、戸愚呂はすかさずサングラスを掛けなおした。
「言われるのが嫌だから、濃いサングラスを付けてるんだけどなァ……」
人間を越えた、異次元の性能の身体。これが、妖怪由来の筋肉であるからと言うのは、ぺぺも解った。
しかし、人から鬼に転じ、妖(あやかし)に変じ、魔生に変化し天狗に堕ちた者達に出会った時、ペぺは、目を見るのだ。
そこで、まだ引き返せるのか、手遅れなのか。彼は、判別出来る。脳に一番近く、脳が伝える感情を一番早くに伝える感覚器である眼球は、嘘を吐けないからだった。
ペペの、思った通りだった。
戸愚呂はやはり、嘘の下手な『人間』だった。自身を打倒した若き霊界探偵――浦飯幽助の事を話す時の戸愚呂の目は。とても、穏健な光を宿していた。
肉体の全て、骨の1本、筋繊維の1筋、神経や血管1束から、身体のあらゆる臓器が妖怪に変じても。目だ。その目だけは、人間である事を、望んだのかも知れない。
「本当に非道な人間は、自分を倒した相手の心配もしないし、誇らしく話さないのよ」
「次は、気を付けるよ」
「そのままのアナタの方が、私はいいわ」
そう言うとペペは立ち上がり、自分が座っているソファの後ろに設置された、日本酒のセラーまで近付いた。入っている物はどれも、かなりの銘柄のものである。
「呑める?」
「武道家だから、酒を断っててねェ。そうして避けてる内に、本当に呑めなくなったよ」
「それじゃ、バナナジュースね。昔取った杵柄でね、バナナ使った料理は上手いのよー!! シェイクして新鮮な物を振舞ってあげるわー!!」
強烈な笑顔を浮かべながら、戸愚呂に向かってウィンクを投げかけ、その場を後にするペペ。
部屋に1人、取り残された戸愚呂は、ふぅ、と一息吐く。窓から見える、冥府の夜空を見上げながら、戸愚呂は、静かに零した。
「死んでも話す事が、お前の弟子の話とは」
オレも焼きが回ったな、と小さく呟く。その後で、サングラスを、掛けなおした。
「オレの事を忘れろってお前に言ったのに、オレは全然お前を忘れられんなァ。……幻海」
霊界とも魔界とも違う、冥界の空に浮かぶ月の光は、サングラス越しに見ても、人間の世界に浮かぶ月と、何ら変わりないような気がして、戸愚呂にはならない。
夜の、11時半ば。
世田谷に建てられた、ぺぺが経営するファッションデザイン事務所での、事であった。
.
【クラス】
アーチャー
【真名】
戸愚呂(弟)@幽☆遊☆白書
【ステータス】
筋力A+ 耐久A++ 敏捷A 魔力C 幸運E 宝具C
【属性】
中立・悪
【クラススキル】
対魔力:C
第二節以下の詠唱による魔術を無効化する。大魔術、儀礼呪法など大掛かりな魔術は防げない。
単独行動:C+
マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。ランクCならば、マスターを失ってから一日間現界可能。
妖怪としての地を剥き出しにする事で、相手の生命力を吸収する生態が付与され、この時吸収される魔力量次第では、現界の日数は伸び得る。
【保有スキル】
霊光波動拳:A-
心技体を磨き上げた肉体と、人であれば宿っている霊力を駆使し、纏わせ、放出して戦う極めて高度な技術を必要とする武術体系。
習得のランクは最高峰で、Aランクで漸く、使いこなせると言っても過言ではないランク。アーチャーは嘗てこの流派における最高峰の拳士であったが、復讐の道に堕ち、妖怪としての生を望んだ事から、ランクにマイナス補正が掛かっている。
天性の肉体(妖):A
後天的、かつ、邪法と思しき手法によって、アーチャーは妖怪としての肉体と性質を得ている。
筋力・耐久・敏捷の値が常にワンランク上昇している状態としてカウントされ、更には、腕や脚をもがれようとも瞬時に再生される程の、強力な自己再生能力をも保有する。
怪力:A
一時的に筋力を増幅させる。魔物、魔獣のみが持つ攻撃特性。使用する事で筋力をワンランク向上させる。持続時間は“怪力”のランクによる。
■■■■:■
隠蔽されている。このスキルをアーチャー及び、マスターが閲覧する事は出来ない。
【宝具】
『爆肉鋼体』
ランク:C 種別:対己宝具 レンジ:- 最大補足:-
アーチャーが有する、妖怪としてのただ一つの能力であり特性。
彼が妖怪として保有する能力と言うのは実の所それ程特別な物ではなく、己の筋肉を操作し、戦闘に適した筋力・耐久力・敏捷性を得る、と言う程度のもの。
つまりは、人間を超越した、妖怪としての身体的特性と能力を、更に強めるだけ、と言う物に過ぎない。
たったそれだけだが、アーチャーの場合はその上がり幅がとても大きい。アーチャーはパーセンテージ刻みで己の筋肉量を操作する。
サーヴァントとの戦闘に堪え得ると判断している80%の出力ともなると、身体から発散される妖気を浴びるだけで、下手な使い魔や人間が消滅してしまう物となる。
拳がからぶった時に生じる風圧だけで、クレーターを作り上げる程の威力の一撃は、三騎士レベルのサーヴァントであっても、直撃すれば死が見えるレベル。
これだけのパワーを誇りながら、アーチャーは、極まった武術の冴えをその力を乗せて発揮してくるので、隙が全く無い。
100%の力ともなると、肌の色が灰色に近い色に変化し、身体つきの方も最早、筋肉で出来た鎧を纏った大男、と言う風な、異形の様相に変化する。
この段階になると無分別かつ手あたり次第、周りから生命力や魔力を吸収するようになる。それだけ、魔力の消費が激しいからである。
身体能力の方も異常とも言うべきものになり、指を軽く弾くだけで、対物ライフルのような威力の指弾が放たれるようになり、相手にとっても非常に脅威。
勿論、近接戦闘についても言うまでもなく強力な値となり、こうなると、耐久力に自信がある、宝具級の鎧を纏っている、と言うレベルであっても、その上から致命傷、即死級の一撃を叩き込めるようになる。
単純にして、強力、絶大。
純粋かつ圧倒的なパワーこそは、武術の鍛錬を越える。そうと信じたアーチャーの信仰と理念の結晶とも言える宝具である。
【weapon】
【人物背景】
罪の意識を捨てきれず、その生涯を、苦悶と絶望と言う拷問の中で生きねばならなかった男。不器用で、馬鹿な男。
【サーヴァントとしての願い】
武道家として呼ばれたのなら、答えは、1つだろう?
.
――でも。
「……私がアナタを見て、枯れていると思ったのは。アナタが死にたいと思ったからだけじゃないのよ」
自分の会社の給湯室、バナナを数本とヨーグルト、レモン果汁を絞った物をミキサーに入れ、攪拌させながらぺぺは静かに口にする。
戸愚呂は、枯れている。初見でそうと思ったのは間違いない。だがそれは、彼の性格が、体格と装いからは想像も出来ない程に、虚無的だったからじゃない。
「何でアナタ……私と同じで……」
先が、ないのだろうか。
サーヴァントであるのだから。既に現世での役割を終え、過去の住人となったのだから。先が見えないのは、当たり前の事であるが。
もっとそれ以前の問題だ。漏尽通で見た戸愚呂の未来は、何もなかった。ペペと……妙漣寺鴉郎と同じ。
人間の身体を捨てた時からなのだろうか? それとも、彼が語らなかった何処かの時間軸以降からか? 兎に角、ぺぺには、戸愚呂の未来が、見えなかったのである。
「……魂の主従なのかも知れないわね」
フッと、ぺぺは笑う。
冥府に堕ちてもついてくる、己の宿命。それに対する、自嘲の笑みであった。
.
【クラス】
〈エクストラクラス〉プリズナー
【真名】
戸愚呂(弟)@幽☆遊☆白書
【ステータス】
筋力A+ 耐久A++ 敏捷A 魔力C 幸運E 宝具EX
【属性】
中立・悪
【クラススキル】
対魔力:C
単独行動:C+
【保有スキル】
霊光波動拳:A-
天性の肉体(妖):A
怪力:A
果てなき罪の道:EX
死して尚、転生して尚続く、贖罪の道。それを歩み続ける者。
どれだけ償えば報われるのか。償い終えたその先に、その人物が想定する救いや滅び、報いはあるのか。それは、誰にも、彼らにも解らない。
このスキルを持つ者は、未だに贖罪の期間、受刑期間が終わっていない事を証明する。このスキルを持つと言う事は、『贖罪と償い』を強制的に終わらせる何らかの願望器、
及び超自然的・形而上学的な『力』に触れる事は出来ない。具体的には、それらと接触する事を、運命や因果律が拒否する。言ってしまうと、個人に対して働く悪意ある抑止力。
当企画に於いてはそのまま、聖杯への接触が、プリズナーの刑期を強制的に終わらせる超常的な力と判断されており、その接触可能性が高まれば高まる程、プリズナーのファンブル率は急激に増大していく事になる。このスキルはプリズナー及びそのマスター、他の参加者からすらも知覚されない。
【宝具】
『爆肉鋼体』
ランク:C 種別:対己宝具 レンジ:- 最大補足:-
『輪廻断絶・冥獄界』
ランク:EX 種別:罰 レンジ:- 最大補足:-
現在のプリズナーと言うサーヴァント、そしてその魂を縛る宝具。そもそも、宝具としてカウントして良いのかすら解らない代物
この宝具は如何なる看破スキル・宝具を用いてもステータスとして認識する事が出来ず、プリズナーのマスターはもとより、プリズナー自身ですらも、この宝具の存在を認識出来ない。
英霊の座、或いはそれに類する情報のプールから、情報をピックアップ、抽出し、これを現世ないし特定ロケーションに召喚させる。
それが英霊召喚の基本的なメカニズムだが、プリズナーは他のサーヴァントと、此度の聖杯戦争の参戦の出自が全く異なっている。
プリズナーに限り、今回の聖杯戦争は『冥獄界』が与える、『あらゆる苦痛を一万年かけて一万回与えると言う贖罪の一環』となっている。
つまりプリズナーは英霊の座或いはそれに類するシステムからの召喚なのではなく、『冥獄界と言う世界その物の意思』によってこの世界に現れている。
プリズナーはサーヴァント同士の戦いにこそ勝つ可能性はあれど、聖杯と言うアイテムが冥獄界の贖罪を終わらせる可能性があると言う性質上、
『この宝具が存在する限り絶対に聖杯には到達出来ず、何処かで必ず敗れ去る』。脱落者の数が多くなればなるほど。生き残っている日数がしぶとい程、急激にファンブル率が高くなる。
地獄と言う世界が罪人に贖罪を強いている、と言う関係がそのまま宝具となったものであり、その贖罪を中途で終わらせる可能性があるものへの到達を、この宝具は許さない。
プリズナーがこの宝具の存在を認識――即ち、此度の聖杯戦争が、冥獄界が用意した苦痛の一つだと知る瞬間は、自らが滅ぶその時しか存在しない。
【weapon】
【人物背景】
やがて滅ぶ事が決まっている者。1億年の刑期の内、彼が今何年目を迎えたのか。それも男は、知る事は出来ない
【サーヴァントとしての願い】
――――――――――――――――
【マスターへの態度】
生前にも様々な依頼人の頼みを聞いて来たが、その中でも一番まともかも知れない人間。
但し、積み重ねて来た業と言う意味では、ぶっちぎりでこっちの方が上。従う分には、悪い気はしない。戦闘能力も高い上に、経験値も豊富だ。
【備考】
プリズナーについて:
囚人、或いは、受刑者。幾度の転生を経ようとも、贖罪を行おうとも、決して許されぬ罪を背負った者。
このクラスを宛がわれて召喚されるサーヴァントはそもそもからしてまともなサーヴァントではありえず、『その召喚されたシチュエーション自体が、償いの一環と判断された為に召喚』される。
つまり、このクラスで召喚されたサーヴァントは、人理焼却や人理編纂の時であったのならば、いつかは消滅するし、聖杯戦争の場合ならば必ずや聖杯到達前に退場する。
だが同時に、このサーヴァント自体、余程の事態でない限りは召喚はされない。それ程までに、特異な出自のサーヴァントだからである。
しかし、本企画の舞台が、冥界と言う特殊なロケーションである事。そして、召喚したマスターであるペペが、余りにも戸愚呂自身と先のない者同士で相性が良かった事。
以上の要因が重なって、召喚されるに至ってしまった。ペペからすれば信じがたい程の貰い事故、召喚される前から詰んでいる案件である。はー御愁傷様。
.
【マスター】
スカンジナビア・ペペロンチーノ@Fate/Grand Order
【マスターとしての願い】
聖杯って、輪廻の続きとかも用意してくれるのかしら?
【weapon】
【能力・技能】
修験道:
役小角を開祖とする、日本古来から伝わる山岳信仰。密教の流れを汲む事で、一般的には知られる。
厳しい山岳の環境に身を置いて、血の滲む様な修行をし、悟りを得、神通力はその過程で得られる副産物……と言うのが、一般的かつ、広く受け入れられやすい解釈。
ペペの産まれた実家と言うのは、その仏教から分派した密教、から更に分派した修験道から、また更に分かれた流派の1つ。
修験道の外道とも言うべき『天狗道』を目指す法術師の一派。彼の流派の初代は偶然かは兎も角、魔王尊とパスを繋いだらしく、その初代に倣い、
自ら天狗道に堕ちる事によって超人化を目指した。しかし、一族に相伝される才能や素質は無いため、完全に1から接続を目指そうとしていた。
この為、市井から子供を攫っては修行を強いるという所業を繰り返しており、鴉郎もまたこの内の1人、ないし分家の家元の嫡出子の可能性が高い。
非常に才能が高く、天才児と言うべきレベル。修験道に伝わる様々な法術を高いレベルで修めている他、身体能力も、御山での修行の為か極まっている。
そして最大の特徴が、常人であれば100年修行に費やして、1つ習得出来ればいい方とされる六神通の内、3つを。10歳までに習得していると言う点。
走力を初めとする様々な身体能力が高まる『神足通』、相手の心を読む『他心通』、自らの終わりを悟る(解脱する)『漏尽通』の3つを、鴉郎は会得し、使いこなせる。
【人物背景】
カルデアが嘗て用意していた生え抜きメンバー達、所謂Aチームとしてカルデアから選抜された優秀なマスターの一人。本名は妙漣寺鴉郎。
その高いサバイバル技術と、卓越した殺しの技術を買われ、マリスビリーにスカウトされた。過酷な特異点での生活を、サポートする役目を期待されたのである。
しかし、人理焼却に際して、レフ・ライノールの用意した爆弾によって一度は死に、その後、クリプターとして蘇り、カルデアと敵対した。
原作第2部6章終了後より参戦
【方針】
考えてみれば、聖杯戦争そのものに参戦するのは初めてよねぇ……。のらりくらりと……出来るかしら?
【サーヴァントへの態度】
相棒としては上出来で、信頼している。強さと人間性も、先のない外道の自分には申し分ないと思っている。
が、一方で、漏尽通で垣間見た、未来のなさについては一抹の不安を覚えている。杞憂であればいいのだが……。
投下を終了します
投下します
その光景は、地獄だった。
地を這う触手、もがれていくサーヴァントの身体。
そして漂う腐った死体の匂い。
――怪物だ、勝てるわけがない。
入った時の威勢は等に消え、残っているのは絶望のみ。
逃げようとするも、すでに足に食種が絡みついている。
そして最後に聞いた言葉は――
「いただきます」
撒き散らされたのは、葬者の肉片。
◆
乾いた血で汚れた階段を上がり、ノックをする。
「終わったよー」
「おぉお疲れ、って食べちゃったのか」
「ごめんね、お腹空いてたから」
「いいさ、弾はいくらだってあるからね」
人の臓物で汚れた室内。
壊されたベッドの上に座る少年。
その内心は見た目より幼く見え、さらに顔の継ぎ接ぎが彼を人でないことを確定させている。
その名は――真人。
「でも不思議だね、私のことが"こう"見えるなんて」
「君の姿は本当はそうではないんでしょ?フォーリナー」
真人が見つめる先にいるのは、自身のサーヴァント、フォーリナー。
先程の化生の存在、血肉に塗れた侵略者。
しかし、真人に目に映る彼女はそうではない。
緑の髪に、獣の耳のようなものをつけた白ワンピースの少女。
たしかにワンピースの下から触手が動いていているものの、化生の類の見た目とは思えない。
「思ったけどさ、その能力で作ったのって、すぐ死んじゃうんでしょ?作る意味あるの?」
フォーリナーは疑問を投げる。
「なんてかって言われると…面白いから」
真人の能力、無為転変。
触れたものを化生の類に変える能力。
「そっか、そうなんだ」
フォーリナーは何処かへと消えていく。
さしずめ、もう一度来る主従を待ち構えるのだろう。
既にこの家は怪物に出る廃墟として有名だ。
NPCと葬者もサーヴァントも、真人の遊び道具かフォーリナーの食事となる。
言ってしまえだトラップハウスだ。
「…でもやっぱ、わからないな」
真人のフォーリナーに対する疑問それは。
「…なんで人間に恋したんだ?」
彼女の携えた、純朴な感情だった。
◆
戦い続ける、愛のために。
戦い続ける、郁紀の為に。
この純朴な恋心のために、勝ち続ける。
宇宙から来た侵略者が知った、たった一つの恋心。
もう一度会える運命を信じたくて、戦い続ける。
私と郁紀の子と一緒に――生きれる日を信じて。
フォーリナー――沙耶。
純粋な恋心に殉じて、聖杯を勝ち取りに向かう。
【CLASS】フォーリナー
【真名】沙耶@沙耶の唄
【ステータス】
筋力A 耐久C 敏捷C 魔力B 幸運C 宝具EX
【属性】混沌・悪
【クラススキル】
領域外の生命:EX
宇宙の彼方より来たれし侵略者の斥候。
愛のために己の力を振るい、殺し続けた侵略者。
【保有スキル】
擬態:C-
別のなにかに変化する能力。
フォーリナーの場合、姿を少女の物に変更出来るが、
効果は自身のマスターと特定の条件を持つ人間にしか効果がない。
陣地作成:A
侵略者として、自らに有利な陣地を作り上げる。
家や屋敷と行った、人の住処を侵略し、自身の戦闘に有利な物に変えられる。
【宝具】
『沙耶の唄(SONG OF SAYA)』
ランク:EX 種別:対界宝具 レンジ:∞ 最大捕捉:∞
自身の恋人のために世界を生まれ変わらせた――そんな現象に由来する宝具。
発動後、会場――いや、世界全体がフォーリナーに包みこまれる。
そして、全てを同種族の別の"ナニカ"に生まれ変わらせる
フォーリナーが任意で発動は不可、令呪3画の魔力を要し、またフォーリナー自身、この宝具の発動を拒んている。
――だってそれは、愛する人への裏切りだから。
【weapon】
触手
【人物背景】
宇宙からの侵略者。
恋心を知り、それをできない無念さに打ちひしがれていたとき。
――愛する人と出会った
【サーヴァントとしての願い】
郁紀と幸せに暮らす
【マスターへの態度】
今のところ特に問題はなし、しかし、時々自身に見せる懐疑的な目線が気になる。
【マスター】真人@呪術廻戦
【マスターとしての願い】
虎杖悠仁を何度も殺す
【能力・技能】
魂に介入し、変質させる術式、無為転変。
そしてそれを必中に変える領域展開、自閉円頓閉
【人物背景】
呪霊の総大将、負の感情の集合体。
生まれたばかりの赤子のように幼く、好奇心旺盛で、残酷で酷薄。
【方針】
噂を利用して参加者を狩り続ける。
もちろん、自分もたまには外に出て活動する。
【サーヴァントへの態度】
化性の類としての共感。
それと同時に、人間に恋をしたという事実の拒絶。
投下終了です
投下します
【0】
死はままならなさである。
【1】
地獄のような道を歩んでいる。
正確には、走っているつもりでいる。
その足取りはカタツムリのように緩慢で、オノマトペをつけるならばヘロヘロ、もしくはフラフラだ。
アスファルトに照り返された日差しが身体を焦がす。
とめどなく流れる汗。ただの呼吸すら苦しい。朦朧とする意識。
こうなった原因は分かっている。明晰な頭脳は現状を的確に分析する。
今日はいつもに増して暑かった。ただそれだけだ。
たったそれだけの理由で、人はここまで衰弱できる。
たった数℃の気温差であっても、人のコンディションはここまで悪化する。
人は、特に自分という個体は、あまりにも弱い。
環境に振り回され、社会に揉まれ、他人に影響されて。
あまりにも、ままならない。自分の思ったようにいかない。
「……ふふ」
それがあまりにも楽しくて、笑った。
何をしても上手くいく。想定通りで、期待を受けて、神のように崇められる私は、ここにはいない。
何をしても上手くいかない。想定を外れ、期待をされず、ゴミのような扱いを受ける。
それが欲しくて、それがしたくて、それが経験したくて、私はこの世界に踏み込んだのだ。
ああ。なんて楽しい『趣味』なんだろう。
やって良かった、アイドル活動!
心はこの空のように晴れやかで、重たい足取りとは正反対に軽やかで。
キツイ。つらい。しんどい。それでも、止まる気はなかった。
自分には才能がない。だからこそ、そんな自分でも出来ることを止める気はない。
むしろ、出来ないからこそやる意味がある。牛歩の歩みは、決して停止ではないから。
荒く息を吐き、吸い、肺に酸素を取り入れる。足をなんとか一歩踏み出す。
どれだけ歩幅が小さくても、それで数十センチは前に進む。あとはその繰り返し。
たったそれだけの、誰でもできる動作。
ダンスを踊れなくても歌を歌えなくても、できること。
必要なのは、諦めないという意志だけだ。強い心だ。
だから私は前だけを向いて、おぼろげな視線でゴールとなっているレッスン室の建物を見据えて、たどたどしく地面を蹴り付けて。
「あっ」
その地面に落ちていた、ちっぽけな小石に躓いて。
こけた先の視界には、また別の小さな石が見えたような気がして。
反転。暗転。
黒が私の世界を覆い。
白が私の意識を奪い。
「………………うん」
気付いたら、私は保健室のベッドの上にいた。
何故すぐにここが保健室だと分かったかというと、私がいわゆる常連さんだからだ。
柔らかな枕の感触。ほのかに漂う消毒液の香り。天井のシミの数だって覚えている。
ここは、間違いなく私の知っている保健室で。
いつもどおり、無理をした私は倒れて保健室に担ぎ込まれたのだと理解して。
「よお」
いつもとは違う異物があった。異変があった。異常があった。
枕元に立つ誰かの気配。体を起こし、目線を上げると、いた。
ソイツは、ハゲだった。
髪の毛一本生えていない、いっそのこと潔いハゲだった。
ウェットスーツのような黄色い服で全身を覆い、申し訳程度に手袋とマントを着けて。
腰元につけてるベルトはバカのチャンピオンみたいなデザインで、極めつけに何故かマントを無駄にたなびかせている。
その格好は、まるで
「ふしんしゃ?」
「どこからどう見たってヒーローだろ」
「妄想癖、あり。不審者確定」
「待て待て待て良いから思い出せって」
思い出す。何を?
「お前、死んだらしいぞ」
瞬間、私の頭に様々な情報が雪崩れ込んで来た。
冥界。聖杯。戦争。英雄。葬者。東京。偽物。
炎天下。体力の限界。転倒。小石。頭部損傷。
そして、死。
「なるほど、理解した」
「こっちは助かるけど早すぎない?」
「恐らく死因はくも膜下出血。打ちどころが悪かったんだと思う」
「冷静に分析してるの、こわあ……」
なんかドン引きしてるハゲを横に、私はうーんと伸びをする。
凝り固まった身体をほぐすと、気持ちいい。死んだとは思えないくらい。
ご丁寧に用意されている上履きを履いて、立つ。
友達に教えてもらったように、アイドルとしての綺麗な所作を意識して、きちんと立ち上がる。
わたし、冥界に立つ。
そう言うとなんだかとても偉大なことのように感じるけれど、実際はいつもの保健室でふんぞりかえっているだけである。
このまま自分の身体がどうなっているのか探ってみたり、偽物の世界を散策してみたいという気持ちはあるけれど、その前に。
「はじめまして」
挨拶は重要だ。大きな声で……私の声は小さいけれど、それでも出来る限り大きな声で、元気に挨拶。
誰にでもできること。だからこそ、今の私には重要なこと。
「あなたが私のサーヴァント?」
ハゲのマント男も私に負けじとふんぞりかえる。
かるーく腕を組み、きりっとは程遠いぼんやりフェイスで、自然体のまま応じてくれる。
どう見たってサーヴァント……英雄とは思えないようないい加減な風体の頭上(ステータス)には、規格外を現すEXが並んでいる。
「ああ、俺はサイタマ」
「趣味でヒーローをやってるものだ」
ああ。なるほど。
そういうことか。
目の前の不審者……もといサーヴァント、ランサー。サイタマ。
彼がどうして私の相棒に選ばれたのか、理解して。
「なに笑ってんだ?」
彼の疑問には、こう答えよう。
ふにゃりと笑い、こう応えよう。
「私は篠澤広」
「趣味でアイドルをやっている」
3月のはじめ。
死んでしまった私は、こうして冥界で最強の男と人生を再スタートした。
なにもかも無くなってしまい、1からのスタートをするのはこれで2度目。慣れたもの。
前も後ろも分からない、戦争のせの字も知らない無力で虚弱な少女だけれど、だからといって生を諦める気は毛頭ない。
むしろ、自分という器には合っていない苦境だからこそ、頑張る気力がもりもり湧いてくる。
私は私の好きに、自由に、この世界の理に囚われることなく生きていく。死んでいく。
「ところでお前……ひょろっこいな〜。もっと鍛えた方が良いぞ。筋トレしろ筋トレ」
「ふふん、聞いて驚け。私の腕立て伏せ記録、生涯で0回」
【2】
「なあ、広はさ。死ぬのが怖くねーの?」
3月15日。
サイタマと篠澤広が出会って2週間が経過していた。
その間、色々あった。
サイタマが学生寮にある広の部屋から出てきたところを目撃されて、あわや警察沙汰になりかけたり。
広がサイタマのパトロールについていきたいとせがみ、嫌々ながら同行させた先で悪党と出くわしたり。
そんな悪党に襲われている聖杯戦争の他参加者と出会い、協力し、仲良くなったり。
休日には2人で遠征パトロールと称して冥界の淵を見に行って、会場の外まで出た途端に広がばたんきゅーしたり。
ふらふらになった広を部屋に送り届ける道中で「この東京を焦土と化してやる!」みたいな物騒なことをほざくバカをワンパンしたり。
広が目を輝かせながら語り、サイタマはそれを見て溜息をつく、そんな日常の2週間。
いびつな2人がお互いのことを知り、少しずつ距離を縮める、そんな非日常の2週間。
慌ただしい日々だった。だけど、充実した日々だった。
そして3月15日、あの篠澤広が腕立て伏せを1回出来るようになったという記念すべき日を祝うため、近場のラーメン屋で麵をすすっている。
その最中の会話である。
「死ぬのが怖くない人なんていないよ」
「だよな〜」
サイタマは醬油味がしみ込んだ煮卵をぱくりとたいらげながら、そう返す。
ちなみに広は期間限定の激辛マーボーラーメンを見て満面の笑みで手を出しそうになっていたのをサイタマが必死に阻止して、普通の味噌ラーメンを食している。
お前が残した分をいつも誰が食ってると思ってんだ!とはサイタマ(保護者)の言である。
私のお金で食べてるくせに……とは広の言ではある。サーヴァントのサイタマは、いわば彼女のヒモであった。
閑話休題。
「じゃあ、もっとやりようあんだろ」
「確かに、あなたをその気にさせれば私は優勝できると思う」
サイタマはこの地に来てから好きにやらせてもらっている。
広から何かを命じられたことなどないし、進んでサーヴァントとしての責務を果たそうとしたこともない。
ただいつもどおり、ヒーローとして街中をパトロールし、悪いヤツがいたらとっちめ、困ってる人がいたら助けている。
だからこそ、今更ながらの疑問である。
2週間も一緒にいれば、サイタマにだって流石に分かる。
篠澤広は、バカじゃない。
無鉄砲で、不規則で、危なっかしいことを平然とする困ったやつではあるものの。
ただ、今のまま好きにしていても、先はないことだって分かっているはずなのだ。
それでも、広は広で自由に、サイタマはサイタマで自由にやることを、彼女は否定しない。
生き返るために他参加者を打倒し、優勝を目指そうという気概がほんの少しも見えはしない。
「サイタマがどんなやつもワンパンして、私は部屋のすみでガタガタ震えながらずっと隠れてて、気付いたら全部終わってて」
「私は何もしないまま生き返って、願いが叶って、それで終わり」
一拍、間が空く。
ぷはーっと汁をすする。
小動物のように小さな口元がスープで汚れたけれど、サイタマはそれを指摘しない。
そういうことを言う時じゃないと、思った。
「それは、すごくつまらない」
「つまらないって、お前」
「すごく、すごくつまらない」
「じゃあ死んでも良いのかよ」
「死ぬのは嫌」
「ワガママか」
サイタマだって、別に好き好んで悪くもないやつを殴りたいわけじゃない。
広が生き返る、つまりこの聖杯戦争に優勝するとはそういうことだ。
サイタマも広も、この会場で色んな参加者と出会って来た。
中には悪いヤツだっていた。人殺しだってなんとも思わない人でなしだっていた。
だけど、そうじゃないやつらだって、確かに存在していたのだ。
わけがわからないまま戦争に巻き込まれ、泣きそうな顔を隠せない少女がいた。
殺し合いを強制するこの催しそのものに憤慨し、断固として己が正義を貫こうとする男がいた。
なんとかしてこの戦争を止められないか、この会場から抜け出せないか考えている頭の良いやつもいた。
みんな、みんな、良いやつだった。殴っていいはずがない。死んでいいはずがない。
だけど、ふと、ガラにもなく不安になったのだ。
狭まっていく東京を見て。減っていく参加者を見て。広のために何もしてやれていない自分を鑑みて。
先行きの見えない、どうすればいいのか分からない暗い未来を想像して。
少しずつ、だけど確かに減っていく彼女の余命、終わりの時を慮って。
このままで、本当に良いのかと。
「でも、何も努力しなくても何もかも上手くいきながら生きてくのって」
「そんなの、死んでるのと同じだよ」
「そっか」
だから広の言葉を聞いて、胸のつかえがとれた気がした。
彼女は強い。サイタマの思っている以上に、心が強い。芯がある。そんな気がした。
例え星の生み出した人類抹殺の使徒に、宇宙から飛来した超文明の異星人に敵うことがなかろうと。
例え、どんな敵だろうとワンパン出来るような圧倒的な力を持っていなくても。
彼女が折れることはない。サイタマという力に溺れることもない。
どこまでも自由に、不自由なこの世界を闊歩していくのだと、彼女は言う。
「だから私は好きにする。私のやりたいようにする」
「困ってる人がいたら助けるし、悪い人がいたらやっつける。サイタマが」
「俺がかよ」
「当然。私がサイタマの戦いに突っ込んだら0.01秒で粉砕される自信がある」
「そこで胸を張るな、胸を」
「この聖杯戦争で一番弱いマスター、それが私。えっへん」
「……まあ安心しろよ」
あまりに遅くとも、迷走であっても、確かに彼女は前に進んでいる。
今日だって、腕立て伏せを1回も出来るようになったじゃないか。
「お前みてーな弱っちいやつは俺が守ってやるから」
ならば、そんな少女の精いっぱいの背伸びを支えてやるのが、ヒーローってもんじゃないか。
悪いヤツを殴らなくても、世界の危機を救わなくても。
彼女と一緒に好きに生きて、自由にやって。危ない時は守ってやって。
上手いこと、どこかの天才サマが打開策を見つけてくれる時を待つ。
当然、有り余っている自分の力が必要となれば、喜んで手を貸そう。
ラスボスが高らかな笑い声と共に現れたのならば、全身全霊で戦ってやろう。
それでいいんじゃないか。あれやこれや考えたり悩んだりしなくても、いいんじゃないか。
「それはヒーローとしての使命?」
「いーや」
「俺がそうしたいから、だ」
「なんだ、私と同じだね」
篠澤広は、ふにゃりと笑う。
今にも崩れそうな弱弱しい身体を、今にも消えてしまいそうな儚げな趣きを、それでも精いっぱい、元気いっぱいに輝かせて。
アイドル活動も、この戦争からの脱出も、目標100回の腕立て伏せ(サイタマ考案)も、何もかも上手くいかないまま、それでも何一つ諦めずに笑い続ける。
ラーメンの汁は口元を汚したままだし、ねぎはほっぺについてるし、なんかもう食べきれないみたいな雰囲気をこちらに醸し出してるけど。
またかよ。だから無理に大盛りに挑戦するのやめろって言ってるじゃん。
守ってやらなきゃな、と改めて思う。
強くなり過ぎた弊害で薄れていた感情が、篠澤広という問題児の面倒を見ることで少しずつ戻って来ているのを感じる。
充実感。今はただ、この感情に浸っていたい。
「それで良いと思う」
「約束。サイタマは、サイタマの──」
夜は静かに更けていく。六等星が、小さく煌めく。
最強の男と、最弱の少女を包み込みながら。
真っ暗闇の中に、2人を誘いながら。
冥奥領域は、確かに東京を侵食していく。
悲鳴を上げる沢山の人々の魂を余すことなく吸い上げながら。
悲鳴も上げられない幾つもの街を白地(じごく)に変えながら。
終わりの時は、刻一刻と迫ってくる。
【3】
3月31日。
その日はとても忙しかった。異常なほどに忙しかった。
悪いヤツはひっきりなしに湧いてくるし、困っている人もそこそこいたし。
ひいこら言いながら趣味のヒーロー業をせっせとこなしている間に、いつのまにか夕方になっていた。
『全広未踏の腕立て伏せ2回、達成』
そんな中で広が短く送ってきた念話に心躍らせ、しかしそれを悟られるのもシャクなので『じゃあラーメンな』と短く返しながら、襲ってきたやつをワンパンし。
その後もウキウキなのを必死に隠しながら、鼻歌は隠せずに、夜遅くようやく広の住む学校の前までやってきて。
このへんで深夜までやってるラーメン屋はどこだったかなーと呑気に考えている道中、急に身体が引っ張られた。
令呪によるサーヴァントの強制転移。いったいどうしたんだ。明日から新学期だし、待ちきれなくなっちゃったのか?
まあ確かに夜更かしは美容の大敵だって聞くからなー。
広もアイドルやるってんだから、ついにそのあたりを意識するようになってきたのかもしれないな〜。
そうなると、夜分に連れ回すのはこれからなくなっていくのかな。少し寂しいような気も
篠澤広が死んでいた。
「は?」
開け放たれた窓。荒らされた部屋。抵抗のあとは、ほとんどない。
あるはずがない。篠澤広にそんな力はない。何も出来ず、即座に致命傷を受け、最後の力を振り絞って令呪を用いて。
サイタマが転移された時には、全てが終わっていた。手遅れである。
敵(ヴィラン)は去り被害者が倒れているだけの現場に、ヒーローは遅れてやってきた。
「なんだよ、それ」
終わりの光景を前に、サイタマは短く呟く。そうすることしかできなかった。
サイタマにはヒーローとしての才能がない。
地球そのものを砕ける無敵の拳を持っていても。
山より硬い超規格外の肉体を持っていても。
光速を捉え切る神速の敏捷性を持っていても。
精神世界に勝手に這入りこみ、亜空間さえも掴み取る理不尽な力があっても、なお。
サイタマは、肝心な場面に間に合わない。運が悪く、勘が悪い。
ヒーローにとって、救済する者にとって、その才能の無さは致命的である。
だから彼は、どうやってもセイヴァーにはなり得ない。
どこまでいってもランサー止まりの、出来損ないの救世主。
「またかよ」
脳裏に蘇るのは、いつかの終末。
座による召喚だからこそ記憶に持ち得ている、なかったことになった未来。
廃棄未来で、彼は一度大切な弟子を失った。
絶対悪に成り果てたとある男に、大切な存在を奪われた。
現在、零れた臓器が。過去、剝き出しになったコアと被る。
現在、ぐちゃぐちゃになった生身が。過去、バラバラになった機体と被る。
被らないのは、終わりを引き起こした元凶。倒すべき相手。拳を向けるべき仇。
敵がいない空間で、殴ることしかできない男は一人、立ち尽くすしかない。
「…………ぁ」
だから、
「広……?」
「おい、今の、広だよな」
「広、しっかりしろ!広!」
死にゆく少女が見せたほんの少しの生気に、彼はがぶりと齧り付いた。
サイタマの転移を感じた下手人がトドメまでは刺せなかったのか。
それとも、こうなることを見越した上で、サイタマをこの場に留まらせるべくわざと即死させなかったのか。
どうでもよかった。そんなことを考える余裕など、サイタマにあるはずもない。
「待ってろ、今すぐ救急車呼んでやるからさ!」
どう見ても間に合わない。致命傷である。今、生きているのが不思議なくらいだ。
そんなことは素人のサイタマにだって分かっている。
「俺が運んでやるってのはどうだ!?」
そんなことをしたら、それこそ広の身体はバラバラになってしまう。
強すぎる力に、弱すぎる少女は耐えられるはずもない。
「じゃあさ、じゃあ、さ……」
そもそも、どんな名医が今この場にいたとしても。
診断は定まっている。死は確定している。
魔法や奇跡にでも頼らない限り、結末が覆ることなどない。
「なあ、広。なあ、なあ……」
治癒の力もなく、時を戻すことも出来ず、奇跡を起こすことなど、無理に決まっていて。
それでも、篠澤広にやってやれることが一つでもないか、探す。必死に、探す。
何か出来ることはないか。俺が出来ることはないか。
分からない。分からないまま、がむしゃらに言葉を紡いで。
「誰にやられた?」
不意に、一つの感情が鎌首をもたげた。
それは何も出来ない無力感をかき消すための、絞り出した悲鳴のような感情。
自分自身の心を守るための、攻撃衝動。誰にだって発生しうる、ありきたりな心の働き。
「ぶっとばしてやる」
害意である。殺意である。
ヒーローにあるまじき、恩讐の炎である。
血管が浮き出る。目が血走る。感情が沸騰する。
埋めようがない悲しみを、晴らすことのできる怒りに置換する。
殴ることしかできない男は、殴る対象こそを求める。
いったい誰だ。
広は色んな奴らと開けっぴろげに交流していた。危ういくらいに。
大人しそうな見た目と裏腹にぐいぐいと来る彼女は所謂コミュ力が高く、この会場に来てから新しい友人を何人もこさえている。
彼女がこの学園の寮に住んでいることも、知ってるやつは何人もいるだろう。
そいつらのうちの誰かが、隠していた殺意を遂に露わにしたのか?
もしくは、俺がぶっ飛ばした後に消滅しなかった悪党という線もある。
悪党の末路などいちいち確認などしていなかったし、恨みを買っていた可能性も大いにある。
そいつが俺たちの根城、この学園の寮を突き止め、俺がいない間にこの凶行に及んだのか?
じゃあ、トドメを刺さなかった俺のせいか。俺がもっとしっかりしていれば、広は死なずに済んだのか。
ああ、頭を使うのは苦手だ。そういうのは弟子の領分だ。
分かりやすい黒幕がいて、そいつをぶん殴ればすべて終わりくらい簡単な世界だったらよほどよかったのに。
悪党はとっちめられて、善人はみんな助かって、俺はヒーローとして称賛される。そんな都合の良い未来だったらよかったのに。
実際の世界は理不尽だらけで、何の罪もない広は死んで、悪いヤツらは未だにこの地でのさばり続けてる。
全部、全部、壊したくなる。それが出来る力が、サイタマにはある。
「…………さいた、ま」
鬼のように、復讐鬼のように恐ろしい形相をぎらつかせながら。
それでも、溢れんばかりの力を抑えて篠沢広の傍らに座り込むサイタマを見て。
かすれ、薄れゆく視界の中で、広のために怒ってくれているヒーローを見て。
篠澤広は、この世界でただ一人サイタマの相棒(サイドキック)を務め切った少女は。
いつものようにゆっくりと、だけどしっかりと、最後の力を振り絞り。
「……て」
「おう、なんだ!言ってみ……」
「すきに、いきて」
それっきり。
篠澤広は、何の言葉も発さなくなった。
加害者の顔も名前も特徴も、何一つ残さなかった。
最期まで、彼女は呪いの言葉を遺さなかった。
代わりにあの日、ラーメン屋でサイタマに与えた祝福を、死の間際に再び灯らせて。
少女は、星すら渡るサイタマでさえ手が届かぬところにいってしまった。
宙の上で小さく懸命に光っていた六等星は、戦の炎光に紛れて消えた。
「…………………………………ああ、分かったよ」
ならばこそ。
怒りはある。憎しみはある。消えない。消えるわけがない。
それでも、広が望むのならば、俺は俺の好きに生きてやる。
彼女の死に囚われることなく生きてやる。
『ヒーロー・サイタマ』として、消える瞬間まで自分の趣味(いきざま)を貫いてやる。
困っている人がいたら助ける。悪いヤツがいたらぶっ飛ばす。俺は、それだけでいい。
遍く存在を救いうる『セイヴァー』様にはなれなくたって。
憎しみで胸を焦がす『アヴェンジャー』にはなることなく。
広との、大切な友達との約束を貫く『ランサー』として。
最後までいつも通り生きてやろうと、そう決めた。
「……ん?」
そんなサイタマを、光が包み込む。霊基が粒子に返還される。
マスターを失ったことによる座への強制帰還。退場措置。
弟子を持ち、友を持ち、並び立つ仲間たちを持ったサイタマは単独行動、それに準ずるスキルを持たない。
だから、並外れた力を持っていようとも、聖杯戦争のルールには逆らえない。
どれだけ良い感じの決意を顕わにしたところで、彼がこの地に留まれる道理など
「ふんっ!!!」
光の奔流が、止まった。
止まってしまった。
「おお、気合で何とかなるもんだな」
サイタマ。ワンパンマン。最強の男。超越者。リミッター(人類種限界到達地点)を外した者。
いわゆる外れ値である彼は、彼の世界で様々な理不尽を行使してきた。
巨大怪獣をワンパンし、神からの祝福を得た人類悪に殴り勝ち、宇宙最大の爆発であるガンマ線バーストさえも防ぎ切り。
搦め手であっても、毒も、精神攻撃も、放射能汚染も、亜空間追放さえも通用しない。
ありとあらゆる全てが規格外(EX)の男は、まぎれもなくこの聖杯戦争における最強の存在は。
この領域の道理さえも捻じ曲げる。
「んー……もって1日ってところか。気ぃ抜いたらまーたキラキラしそうだし」
そんな男であっても、残り滞在時間はたったの1日。捻じ曲げられるのは24時間程度。
4月1日の間に、彼は消える。2日を迎えることなく消滅する。
もしも本気(マジ)を出したら、猶予はさらに目減りするだろう。
それでもよかった。広が必死に生きたこの世界を、あとほんの少しの間だけでも目に焼き付けていたかった。
彼女の遺した「祝福」を、遺された自分は大事にしないといけないと思った。
サイタマは走り出す。夜更けだ。悪いヤツらが闇に潜みながら悪事を行う時間帯だ。
ならば、休んでいる暇などない。
嘘だ。ちょっとだけラーメンは食べたいかも。仕方ないじゃん、好きに生きるんだから。
まずは街に繰り出そう。闇の中に飛び込むのはそのあと。沈んだ気持ちのままでは、広だって浮かばれない。
誰かが通報したのだろう、サイレンの音が遠くから聞こえる。
きっと4月1日の朝にはニュースになっている。広の知り合いは彼女の死を悲しんでくれるだろうか。
もしも消える前に出会ったら、警告くらいはしてやってもいいかもしれない。幼気な女の子を狙う暴漢が出るぞ、と。
「よし、やるか」
4月1日。0時0分。エイプリルフールにして、広の命日。
1人の少女が死んだことなど嘘のように賑やかな街の光に照らされて。
余命1日の光景を前に、ままならなさを受け入れながら、サイタマは往く。
六等星のごとき小光の少女と、超新星のごとき超光を放つ男の旅路。
その果ての景色を定める、葬送の日が始まりを告げた。
【CLASS】ランサー
【真名】サイタマ@ワンパンマン
【ステータス】
筋力EX→A+ 耐久EX→A+ 敏捷EX→A+ 魔力E 幸運E 宝具EX
【属性】秩序・善
【クラススキル】
対魔力:D
【保有スキル】
理の超越者:EX
サイタマの力の芯となっているスキル。現在の人類では解明できない領域の能力としてEX(規格外)の扱いを受けている。
星の開拓者と同じくあらゆる難行が「不可能なまま実現可能な出来事」として扱われ、例外的に行うことが可能とされる。
ただし、こちらは「人類史におけるターニングポイント」ではなく「人類種におけるターニングポイント」を持つ存在に与えられる。
いわば、このスキルの発生は新人類の誕生と同義。ただし、再現性がないため人類史全体で見るとあまり意味がない。
このスキルで可能なことは挙げていけばキリがないため割愛するが、簡単に言うと「どんな敵でもワンパンし、どんな攻撃も効かない」と考えれば分かりやすい。
ただし、サイタマと同じくEXクラスのステータスやスキルや宝具による影響は受けるものとする。
サイタマが4月1日現在、マスターを失っても冥奥領域に留まれているのもこのスキルによるものだが、かなりの無理を言わせているため
・滞在期間はおおよそ1日が限度。
・座への帰還自体は確定事項のため、他マスターとの再契約は不可能。
・筋力、耐久、敏捷のステータスがEX→A+程度にまで減少。
・下記宝具などを用いた規格外の戦闘を行った場合、滞在期間が更に減少する。
といった縛りが発生している。
また、いわゆる人理世界の聖杯によって「型にはめられた」からか、その世界における「魔法」と定められた行為は実現不可能となっている。
よって、ガロウ戦ラストで見せた時間遡行もしくは平行世界への転移は現状不可能とする。
ヒーロー:C〜A
ヒーローとしての資質。サイタマはヒーロー協会所属当初、協会から公式に「Cランクヒーロー」として認識された。
混沌、もしくは悪属性を持つサーヴァントとの戦闘で筋力、耐久、敏捷の値にプラス補正がかかる。
冥奥領域において現在はCランク程度の効果しかないが、多くの人々に「ヒーロー」として認識されればランクが最大Aまで上昇する。
実力偽装:D
サイタマはそのふざけた見た目でありとあらゆる存在に対してナメられる。
相対した者は初見、初撃においてのみ彼への警戒心が薄れてしまうため、防御、回避値にマイナス補正がかかる。
天性の逆運:E
サイタマにはヒーローとしての運がない。勘がない。
肝心な場面に間に合わず、本当に大切なものは守れない。霊基に刻まれた一種の呪い。
このスキルが発動した場合、サイタマの持つありとあらゆる能力を無視して「サイタマの望まない光景」が彼の前に広がることとなる。
【宝具】
『必殺・マジ殴り』
ランク:E〜EX 種別:対人〜対星宝具 レンジ:1~計測不能 最大捕捉:1~計測不能
サイタマの放つ渾身の拳が宝具となったもの。ランクは威力によって変動する。
本来はただのパンチでしかないが「理の超越者」によって規格外の肉体を手にしたサイタマが振るえばそれは星さえ壊す一撃となる。
派生技として『マジ反復横跳び』『マジ水鉄砲』『マジちゃぶ台返し』などが存在する。
この宝具を用いた場合、サイタマの冥奥領域における滞在時間が減少する。
【weapon】
拳、足。他全て。
【人物背景】
最強の男。
ヒーローには向いていないが、それはヒーローをやらない理由にはならない。
【サーヴァントとしての願い】
好きに自由に生きる。困っている人がいたら助けて、悪いヤツがいたらぶっ飛ばす。
……それはそうと、広を襲ったやつが判明したら絶対に一発殴る。それくらいは良いよな?
【マスターへの態度】
広、見てろよ。
【マスター】
篠澤広@学園アイドルマスター
【マスターとしての願い】
死者は願いを抱かない。
【能力・技能】
死者が振るえる力はない。
【人物背景】
輝かしい未来を捨て、向いていないアイドルを目指した少女。
辛くとも苦しくとも、最後まで好きに生きた。故人。
【サーヴァントへの態度】
サイタマ、応援してるね。
【備考】
篠澤広を殺害した下手人、並びに彼女の友人は本企画において明かされる必要はありません。
どちらも既に死亡しているというケースでもOKです。
投下終了します
投下します
扉がノックされる音を聞いて、神園ミチルは"これ、良くない時のやつだ”と思った。
来訪者のことじゃない。ミチルのほうがだ。
彼が来てくれて嬉しいはずなのに、迷惑かけちゃって嫌だな、と思ってしまった。
たまにこういうときがある。体調が悪い日が続くと、心まで弱ってネガティブなことばかり考えてしまう。
わたしみたいな足手まといはいないほういいんじゃないか、って。
自覚があるだけ今日はまだマシなほうだ。酷いときには彼に直接伝えて悲しい顔をさせてしまう。
ミチルはベッドの上で上半身を起こすと、コールボタンを軽く押した。
ノックのあとに少しだけ鳴らすのは、入ってきても大丈夫の合図。
扉が開いて、彼が部屋に入る。ミチルの双子の兄が。
「調子はどうだ、ミチル」
タブレットに文字を書き込み、彼に見せる
『こんにちはアキュラくん、今日はすごく調子がいいよ』
さっきまで怠くてずっと横になっていたことを隠して、ミチルは笑顔を見せた。
生まれつき病弱だった。
一人で歩くことさえ満足のできなくて。覚えてもいない手術の影響で声を出せなくて。
ずっと神園家が用意してくれた個人療養所で暮らしてきた。
父と母が亡くなってから、一人で生きられないミチルをアキュラはずっと大切にしてれくれた。彼に心配はかけたくなかった。
アキュラはタブレットの文字を読んで安心したように微笑む。
片手に持った白い箱を見せて言った。
「今日はノワが来られないからな。代わりにオレが買ってきた」
ケーキの箱だった。
ミチルはふだん栄養士が決めた通りの食事しか食べられないが、週に一度だけ好きなものを食べることが許されている。
(忘れてた。今日がその日だったんだ)
今ぐらいの体調なら食べても大きな問題があるほどじゃない。
せっかく買ってきてくれたんだ。頑張って食べないと。
アキュラはベッド脇のテーブルに箱を置いて開封した。
中に入っていたショートケーキを見て、ミチルは目を丸くした。
『これ、いますごく人気のやつだよね? 一日百個限定の』
「運良く買うことができてな」
『食べていいの?』
「おまえが食べてくれないと、オレはなんのために買ってきたんだ」
『それじゃあ、いただきます』
手を合わせる。先端をフォークで切り分けて食べる。
おいしい。まだ一口だけど口の中に幸せが広がるみたいな感じがする。
『これすごく美味しいよ。ありがとうアキュラくん』
「良かったな。ミチル」
『アキュラくんも一緒に食べよう。ここに座って』
ミチルはベッドの上を叩いた。
「いや、おれももう一つ食べたから……」
『嘘。このケーキ一人一つまでしか買えないんだよ』
その文字を突きつけながら、ジーッと見ているとアキュラは観念してミチルの隣に座った。
心の中で、はい、あーん、と言いながらフォークを差し出す。
アキュラはパクリと食べた。
「これは……本当に美味いな」
『でしょー』
体の調子が悪くても本当に美味しい。特に一緒に食べると。
そうやって二人で食べきって。少し疲れたミチルはアキュラの体に寄りかかった。
双子なのにアキュラの体はミチルよりもずっと大きい。
男女の違いもあるだろうが、ミチルは同年代の子供よりもずっと成長が遅れている。
きっと知らない人が見たら、双子じゃなくて歳の離れた兄妹にしか見えないだろう。
ミチル自身、アキュラくんって年上のお兄ちゃんみたいだな、と思うこともある。
それが嫌なときもあるけど、嬉しいときもある。今は後者。
「どうした。今日は甘えん坊だな」
『うん。そういう気分なの』
最初な迷惑かけて嫌だな、なんて思ってたのに。一緒にいると心が暖かくなって、幸せになって。
頑張って食べようなんて気持ちもすぐになくなっていた。
(わたしがいるせいで、迷惑かけてるのかもしれないけど。
アキュラくんの足手まといになっちゃってるかもしれないけど。
それでもずっと一緒にいたい)
目を閉じて、ミチルはそう願った。
だが、彼女の望もうと望むまいと、しばらくのちにミチルはアキュラと別れることとなる。
ミチル自身の誘拐という形で。
◆
見知らぬ部屋のベッドの上だった。
あまり大きくない部屋で、無機質な白い壁と合わせて病院を思わせる雰囲気。
しかし窓が一つもなくて、出入り口は病室にしては頑丈過ぎるドア一つという部屋の作りが、ここは人を閉じ込めるための部屋だと主張していた。
枕元の横にタブレットが置かれているが、起動しても外部とは繋がっていなかった。
外界から完全に遮断された部屋で、ミチルは一人だった。
『アキュラくん……』
心細くなってタブレットに文字に書いてみる。こんな場所で書いても伝わるわけはないけれど。
自分が誘拐されたことは理解している。
今頃の身代金の有給とかされているんだろうか。払われたとして無事に帰れるんだろうか。
もしいま体調が急変したらどうなってしまうんだろう。
(だめ。気持ちをしっかり持たないと)
病は気からという言葉もある。あの言葉は嘘じゃない。
悪い方にばかり考えていたら体まで悪くなってしまう。ミチルは気合を入れようと、両手で頬をペチっと叩いた。
「目が覚めたようだな」
突然の声にビクリとして、ミチルは手に持っていたタブレットを抱き寄せながら振り向いた。
いつの間に入ってきたのか。サングラスの男がドアの前に立っていた。
見覚えがある。厳重な警備システムに守られているはずの療養所に侵入して、ミチルを誘拐した男。
『わたしの誘拐してどうするつもりなの?』
ミチルは内心の不安に気づかれないようにタブレットを見せた。
こういうときは声を出せないのがちょっとだけありがたく感じる。
もっともさっきの反応でバレバレかもしれないけど。
「君のことはリサーチさせてもらっていた」
質問に対する答えなのかどうなのか。男は言った。
「個人診療所で生活してきて、社会のことはあまり知らないそうだな。
能力者――という存在についてはどのように認識している?」
能力者。
ある日、人類の中から生まれつき特殊な能力を持つ者が現れるようになった。
そんなのはこの世界の一般常識だ。いくら社会を知らないミチルでもそれくらいはわかる。
逆に言えばそれくらいしか知らなかった。
『そういう人がいるってことしか。能力を持っている人とあったことはないから』
「なるほど。危険思想を植え付けられてはいないようだな」
(危険思想?)
いったいなんの話だろう。男は続ける。
「この世界において我々能力者は非常にまずい立場にある。
優れたパワーを持ちながら、数で勝る無能力者どもに迫害され、支配されている。
このまま誰も何もしなければいずれ能力者は無能力者どもによってデストラクションするだろう」
外の世界を知らないミチルには男の言葉が嘘か本当かはわからない。
しかし能力の有無で人がそんなに酷いことをするとは思えなかった。
少なくともミチルの近くにいる無能力者たちはみんな優しい人ばかりだ。
「そんなフューチャーは阻止しなければならない。そのために、君の能力が必要となる」
(わたしの?)
ミチルは能力なんて持っていない。
もしかして、何か勘違いされて拐われたんだろうか?
能力なんてないって教えたほうがいいんだろうか。でももしかしたら勘違いしてもらったままのほうが安全かも。
迷ったが、ミチルが正直に言うことにした。
『わたしは能力なんて持ってない。力にはなれないから家に返して』
男は驚いたふうもなく。
「君は能力を持っているのさ。正確に言えば“持っていた”。幼い頃に能力をスチールされたのだ。
その病弱な体は本来備わっていた能力を無理やり剥がしたことに起因している。
能力を取り戻せば、おそらく本来の健康な体へとリターンするだろう」
(……え?)
ミチルは男の言葉の意味を頭の中で繰り返す。
わたしは元々能力者で、でも小さい頃に能力を取られて。そのせいでこんな体になったって言った?
声を出せなくて、食べたいものも食べられくて、1日中ベッドの上で過ごして。
痛くて苦しく辛くて、アキュラくんに迷惑ばかりかける、こんな体に?
怒りとか驚きとか色々な感情が頭の中に湧き出してはグルグルと渦を巻く。
それらを抑えて、ミチルはタブレットに文字を書いた。
過去に何があったかよりも重要なことを男が言っていたから。
『わたし、元気になれるの。能力を取り戻せるの』
「準備はすでにコンプリートしている。あとは君の答えを聞き次第ただちに実行する」
相手は誘拐犯だ。まったくのウソでもおかしくない。
だけどもし本当にそれで元気になれるなら。普通に子たちと同じように生きられて、大切な人に迷惑をかけない体になれるなら。
諦めたくない。ミチルは尋ねる。
『わたしの能力を戻して何をしたいの?』
「全ての無能力者をデリートし、世界を能力者だけのものにする」
元気なれるかもしれないというミチルの希望は一瞬で砕け散った。
悪いことをさせられるんじゃないかとは考えていた。
しかし男の言った目的はミチルの想像する悪事を遥かに超えていた。
「外界から隔離され、無能力者として生きてきた君には想像もできないだろう。
能力者がこの世界でどれほど凄惨な目にあってきたか。
無能力者という連中が自分と異なる存在に対してどれだけ残酷になれるか。
奴らは能力者のことを野蛮な害獣か、さもなくば便利な家畜としか思っていない!
君が能力者になれば、今まで優しかった無能力者たちは全員その手のひらをリバースするだろう」
ずっと平坦な喋りを続けてきた男の声に初めて感情が宿っていた。
圧倒的な嫌悪と怒り、恐れ。無能力者が能力者に向けると言ったそれと同じような感情。
「無能力者のジェノサイドは君が健康な体を取り戻し、平和に暮らすためにも必要なことだ。
私に力を貸すつもりはないか?」
ミチルは意識する間もなく首を横に振っていた。
いったん話を合わせるとか、そんなことを考える余裕はなかった。
初めて直面する、人間が人間に向ける圧倒的悪意。怖かった。
この人は本当にやるつもりなんだ。本当に全人類から無能力者を排除するつもりなんだ。
きっとミチルが協力しようとしなかろうと。
(怖い、怖い、怖い……っ。アキュラくんっ)
心の中で縋って、ハッとした。
無能力者をみんな殺すつもりなら、その中に当然アキュラくんも入っている。
(だめ……そんなの……)
ミチルは震える手でタブレットに文字を書き込んでいく。
なんとかしてこの男を止めないといけないと思った。
世界を知らないミチルにできることなんてないかもしれないけど。できる限りのことをしないと。
『あなたの言う通り、わたしは外の世界のことを全然知らない。
でも無能力者がひどい人ばかりなんて絶対ないよ。
少なくとも、わたしのそばにいる人は無能力者だけどみんないい人だよ。
あなたのそばにもいないの。誰か一人くらい、無能力者の優しい人が』
初めて男が答えに窮したような気がした。
でもそれは気のせいだったのかもしれない。男はすぐに皮肉るような笑みを浮かべて言った。
「むしろ君の家族こそ無能力者の中でも最たる危険な存在なのだよ」
そう言って男は手に持った端末を操作した。
ミチルが持つタブレットに何かが送られてくる。
「読んでみたまえ」
文章ファイルだった。
意味のわからない用語が多くて読みづらいが、能力者の危険性を訴え、根絶すべきであるというような内容みたいだった。
これが男が危険視する無能力者の姿なんだろうか。最後には書いた人物の署名が乗っていた。
亡くなった父の名前だった。
(嘘……)
「君のファーザーが残したデータを復元したものだ。
彼は無能力者の中でも際立った能力者根絶派だった。
体の不調の原因は能力をスチールされたせいとレクチャーしただろう。その手術をしたのも君のファーザーだ。
その男は実の娘が病弱で喋ることもできない体でいるよりも、能力者でいることのほうが許せなかったらしい」
父は何年も前に亡くなってしまったけど、思い出はちゃんと残っている。
”いつかおまえが元気に走り回れる日がくる”
そう言っていつも元気づけてくれた。治療法を探すために寝る間を惜しんで頑張ってくれていた。
その父が能力者根絶派で、しかもそのために娘をこんな体にした?
信じたくない。
だけど声が出せなくなった原因の手術をしたのが父だというのは、ミチルも知っていた。やむを得ないことだったと言われてきた。
この文章ファイルの書き方には確かに父の面影を感じる。
父は忙しくて会えない日も多かったから、よくメッセージのやり取りをしていて、父の書く文章のクセは覚えている。
(本当に……お父さんが……?)
心の中のつぶやきに畳み掛けるように男は言う。
「亡きファーザーだけではない。未だ存命の兄も同じだ。
奴はファーザーの思想を忠実に受け継ぎ、実際にアクションを行っている。即ち、能力者の抹殺を」
聞きたくない信じたくない。
アキュラくんがそんなことやってるなんて、絶対に嘘!
ああでもそういえば、むかし能力者のことを話題に出したとき、不思議なくらい話を逸らしたがっていた。
本当に能力者のことが嫌い嫌いで仕方ないのかも。
でもだからって……。だからって……!
「君に優しくするのも君のことを無能力者だと思っているからだ。能力者だと容赦なく殺すだろう。
君が健やかで平和な暮らしをできる場所はこの世界にはない。わたしと共に自らの幸福をクリエイトするのだ」
(……違う!)
それだけは絶対に違う。
もし仮に本当に。
父がわたしをこんな体にしたのだとしても。
アキュラくんが能力者の人たちを殺しているのだとしても。
父の意思をついで、それこそが正しい行いだと信じているだとしても。
『わたしが能力者だからって殺したりなんてアキュラくんは絶対しない!』
呼吸が粗くなる。心臓が早鐘を打ち、体を起こしているだけでも辛くなってきた。
ただ感情を荒げただけで、ミチルの体はこんなにも苦痛を与えてくる。
それでもアキュラを悪く言われることは許せなかった。
男を怒らせるかもしれないなんて理屈は無視して、感情のままに書きなぐった。
ハッキリした拒絶と言える言葉を突きつけた。
ミチルは、逆上して男が何かしてくるんじゃないかと警戒した。
しかし予想に反し、男は不快感を持った様子すらまったくなかった。
それが逆にミチルの恐怖を煽った。
そもそも、どうしてこの人はこんなに全部正直に話しているんだろうか?
強力して欲しいならもっと嘘ついたりぼかしたりしたほうがよさそうなものなのに。
「ずっと無能力者として生きてきたとはいえ、君も能力者だ」
今までと変わらない声音で言って、男はこちらに向かってゆっくりと歩き出した。
「ダメ元ではあったが、万が一自らの意思で協力してくれるというならそれがナンバーワンベストだったが、やはり無理な話だったな」
ミチルは、先程の男との会話が過った。
『わたし、元気になれるの? 能力を取り戻せるの?』
「準備はすでにコンプリートしている。あとは君の答えを聞き次第ただちに実行する」
答えを聞き次第実行する、と男は言った。答えの内容次第、ではなく。
それはつまり、答えがどうであろうともう能力を戻すことは決まっていたということ。
ミチルの意思でどうであれ――能力を使わせないつもりはないということ。
逃げようとして、ミチルはベッドから転がり落ちた。
立ち上がれなくて、這いつくばって必死に逃げる。
それでも、ただ普通に歩いているだけの男との距離がどんどん縮まっていく。
助けを呼びたくても、この喉は叫び声ひとつあげることもできない。
「同じ能力者同士だ。必要以上に苦しませることはしない。必要以上には、だがな」
男の手が頭に触れる。バチッという衝撃が走ってミチルは意識を失った。
これが、この程度が、ミチルが自由に動けた最後の瞬間だった。
◆
そしてミチルは全ての自由を奪われた。
繋がれた機械に操られ、能力を行使するだけの存在になった。
誰とも話すことができず、どこにいくこともできない。
ミチルの能力は能力者の力と精神に干渉するものだった。
男は無能力者を敵視する能力者には力を与え、逆に守ろうとする能力者からはその思いを奪っていった。
そうして起こったのは史上類を見ないほどの大量虐殺だ。
能力者たちによる自分たちを虐げてきた無能力者への逆襲。
何もできないのに――何が起こっているのかだけは能力を通して伝わってくる。
立場、年齢も、性別も、思想も、どれも関係ない。無能力者はただ能力を持たないことを理由に恨まれ、蔑まれ、恐れられ、殺されていく。
悲鳴。嘆き。怒り。憎しみ。苦しみ。絶望。
絶えることなく鳴り続けている。
いつまでもいつまでも終わらない。
人類における能力者と無能力者の割合が逆転しても。無能力者がわずかな生き残り隠れ潜むくらいにまで減少しても。
この世から無能力者を一人残らず駆逐し尽くすまで虐殺は終わらない。いつまでもいつまでも。
いつまでもいつまでもいつまでも。
いつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでも
いつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでも
いつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでも。
そんな世界で――アキュラだけは戦い続けていた。
無能力者たちを守るため。そしてミチルを開放するため。
傷ついて、倒れて、変わり果ててしまっても。
ずっとずっと終わらない戦いを続けていた。
(ああ……そっか……)
ミチルはようやく理解した。昔から思っていたことじゃないか。
”わたしは足手まといだって”って
わたしがいるせいでアキュラくんは辛い戦いをずっと続けている。
わたしがいるせいで無能力者の人たちは命を奪われている。
わたしがいるせいで能力者は心を書き換えられている。
わたしのせいで。わたしがこんな能力を持って生まれたせいで。
なんでこんなことになってしまったんだろうと思ったこともあった。
何かわたしの行動が間違っていたんだろうかって考えたこともあった。
でもそうじゃない。そもそも最初から全部間違ってたんだ。
わたしが――この世に生まれたことから。
大切な家族に迷惑ばかりかけて。無関係の人を大勢殺した虐殺者。
きっとこんなに悪いことをした人間は人類史上他に誰もいない。
神園ミチルはこの世に存在するべきじゃなかったんだ。
(終わらせて……)
お願いだから全部終わらせて。
誰でもいいから。
どれだけ痛くしてもいいから。
苦しくてもいいから
お願い。
お願いだから。
誰かどうか。
わたしを。
ワタシヲ……
(ワタシヲコロシテ)
……………………………………
…………………………
…………………
……………
……
◆
「違う!」
◆
「おまえは誰も殺してない! 虐殺者なんかじゃない!
なにも選択できなくて、自由も奪われて、なのに罪だけおまえにあってたまるか!」
エレン・イェーガーは叫んだ。少女の細く冷たい体を抱きしめて、ありったけの声で。
「なんで兄さんがあんなに優しくしてくれたと思ってんだ! おまえのことが大好きだからだろ!
おまえは生きることを望まれてるんだ。生きていていいんだ!」
「生きてて……いい……?」
少女の口から漏れるのは吐息のようなか細い声。
虚ろな目をしたまま少女は力なく首を振る。
「違う……わたしは……」
「苦しかったよな。長い長い時間、ずっとあんな状態で。死にたくなって当然だ。
だけど、救われていいんだ。聖杯があれば……おまえはまだ救われるんだ。
なにかないのか、絶望だけじゃない……おまえ自身のしたいこと。おまえの心からの望みが。なにか」
「のぞ……み……」
少女の目から涙が落ちる。
ずっと苦しかった。ずっと悲しかった。
でもそれを形に表すことはできなくて。できたとしても見てくれる人はいなくて。
「アキュラくんに……会いたいよぉ……」
そう言って、少女は泣きわめいた。
声を出すことは最初からできなかった。涙を流す自由は奪われた。
ここはサーヴァントの力で作られた精神が集う世界。夜空と砂が広がる、『道』という名の場所。
肉体の介在しないこの世界で、神園ミチルは初めて小さな子供のように泣くじゃくることができた。
◆
エレンは現実世界でゆっくりと目を開けた。息を吐く。
機械に囲まれた部屋だった。
エレンが生きた世界どころか、聖杯から与えられた知識にも存在しない遥か進んだ文明の機械だ。
「ミチル……」
エレンは語りかけた。
視線の先にあるのは――異様なまで肥大化した脳だ。
いかなる生物の頭の中にも入らないであろう巨大な脳がむき出しのまま巨大な機械に組み込まれている。
それがいまのミチルの姿。
能力を司る脳以外の全てを奪われて、機械の一部とされた生体パーツ。
知識のないエレンでもわかる。彼女の救う手段はもはや尋常な方法では何もない。
エレンはなにをやっても贖いきれない大罪を犯した。聖杯で願いを叶えるなんて赦される立場じゃない。
それでも――願う。
「オレがそこから自由にしてやる」
【CLASS】
キャスター
【真名】
エレン・イェーガー@進撃の巨人
【ステータス】
筋力D 耐久C+ 敏捷D 魔力B+ 幸運E 宝具EX
【属性】
混沌・悪
【クラススキル】
陣地作成:D
周囲を壁で囲われた陣地を作成できる。
道具作成:C
硬質化による物体の創造と脊髄液入りワインを作ることができる。
【保有スキル】
進撃の巨人:B
自身に対する精神干渉を無効化。
体に傷があるとき15メートルほどの巨人に変身できる。
巨人になると筋力、耐久、敏捷が2ランク上昇(EXにはならない)。ダメージが回復する。
戦槌の巨人:B
体から高硬度の物体を生み出す。
物体は体と繋がってさえいれば操作も可能。
自己回復:B
受けた傷が自然に回復する。
手足の切断などの重傷であっても生存さえしていれば回復可能。
意識することで部分的に素早く回復させることや、逆に回復しないこともできる。
王家の血:C
道具作成で脊髄液入ワインを作成できる。
一定濃度の脊髄液入りワインを接種したものはエレンの咆哮を聞くと無垢の巨人になる。
無垢の巨人は本能的に人を襲うが、たまに奇行を行うタイプもあり、エレンからのもののみ簡単な命令を聞く。
無垢の巨人がエレン・イェーガーを捕食したとき、進撃の巨人、戦槌の巨人、自己修復のスキルと、始祖の巨人の宝具を受け継ぐ。
王家の末裔を取り込んだ逸話から得たスキル。
【宝具】
『始祖の巨人』
ランク:A 種別:対軍宝具 レンジ:1〜99 最大補足:1000
エルディア人の始祖、ユミルが得た力。始まりの生物。
もはや巨人とも名称しがたい人間とはかけ離れた姿の巨大な生物に変身する。
この姿になると歴代の全ての巨人の力を行使できるようになり、宝具『地鳴らし』の発動が可能になる。
また変身していなくとも常時『道』と呼ばれる精神世界のようなものが形成されている。
『道』に入れるのはなんらかの形でエレンと繋がっている者のみ。
現在はエレンのマスターと脊髄液入りワインを接種した者のみ入れる。
『地鳴らし』
ランク:EX 種別:対界宝具 レンジ:全世界 最大補足:全人類
無数の超大型巨人を召喚し、歩かせることで大地を平らにする。
パラディ島以外の人類を滅ぼしかけた悪魔の足音。
超大型巨人は人間属性を持つ相手から受けるダメージを減少し、与えるダメージを増加する。
【人物背景】
全人類の8割を虐殺した大罪人。赦されざる者。
【サーヴァントとしての願い】
ミチルを自由にする。
【マスターへの態度】
自分の意思の介在する余地なく人類虐殺の罪を背負わされた被害者。やりたくてやった自分とは真逆の存在。救われるべき。
【マスター】
神園ミチル@白き鋼鉄のX THE OUT OF GUNVOLT
【マスターとしての願い】
アキュラくんにあいたい
【能力・技能】
『電子の謡精(サイバーディーヴァ)』
ミチルに本来備わっていた能力。
歌を介して能力者と共鳴することで、力と精神に干渉、および能力者を見つけるソナーのような使い方もできた。
現在はマシンの力で歪んだ形で行使されている。
ミチルのサーヴァントはこの力により、幸運、宝具のステータスのワンランク上昇とスキルに+の補正を得て、(ステータス表は影響を受けていない状態のもの)
精神干渉により特殊な力を持たない一般人に対する関心を無意識化で喪失させる。
また誰かが近づいた際は、マシンにより直接な攻撃力を持つ防衛システムして行使される。
これら全ては強制的に発動しておりミチル自身にもコントロールできない。
基本的に自立的な行動はなにもできない。
どこかの地下深くにマシンが備え付けられた部屋がある。
【人物背景】
自身を蝕むほどに強大な能力を持って生まれたため、能力を摘出された。
その影響により病弱で、喋ることのできない体になった。
現在は能力を戻され、それを行使するための生体パーツとして脳だけが残された。
延命措置の影響で脳が巨大化しており、長い時を脳だけで生きている。
【方針】
ミチルは精神が摩耗しており、聖杯戦争のことをあまり理解していない。
エレンは聖杯を狙う。イタズラに人を殺したくはないが、勝利以外にマスターたちが助かる手段があるとはあまり思っていない。
【サーヴァントへの態度】
『道』でのやりとりでうっすらと感謝を抱いている。
投下終了です
投下します
たん、という軽い音が響いて。
的に三本の矢が同時に突き刺さった。
得点は20のトリプル。それが×3だから、つまり180点。
ダーツという遊戯における理論上の最高得点だ。
ダーツマシンの横に表示されたスコアボードには、かれこれ五ターンに渡り最高得点しか出ていないという信じ難い事実が記録されている。
ここがある高級タワーマンションの一室という閉鎖空間でさえなければ、熱狂したギャラリーが取り巻いていても不思議ではない稀に見る熱戦。
だがそれを奏で給うふたりのプレイヤーは、特に自分たちの偉業を誇るでもなく平静としていた。
ひとりは黒髪の青年。そしてもうひとりは、鮮血のように真っ赤な長髪をしたドレス姿の女だった。
青年は女によって追加された六度目の最高得点を見て笑みを浮かべながらソファを立ち上がる。
そしてまた、矢を投げる。三本同時に。
矢は、20のトリプルを射止める。最高得点/180点が、スコアボードに追記される。
ここまで来たところで、テーブルに頬杖を突いた女が声をあげた。
傍らのカクテルにはストローが刺さり、グラスの水嵩は一割ほどまで減っている。
きわめて度数の高い、バーじゃ"潰し"のために頼まれることも多い酒だったが――女は頬を染めるでもなく、当たり前のように平静としていた。
「あのさあ。これ、つまんねーんだけど」
「何だよ。お前がやらせろって言い出したんだろうが」
「もっと奥が深ぇもんだと思ってたんだよ。
だけど蓋開けてみたらなんだよ、ただの的当てゲームじゃねえかこんなもん。大体聞きたいんだけどさぁ」
呆れたような顔で言う青年に、女は退屈を隠そうともせずに悪態をつく。
そしてじゅずず、と音を立ててカクテルを嚥下した。
おかわり、と言って差し出されたグラスに、青年が「自分で注げよ」とブーを垂れつつ同じのを注いでやる。
これだけ見ればどこか退廃的な雰囲気のある美男美女のカップルだ。
探せばそれなりにありそうな景色の中でただひとつ、最高得点ばかり刻まれたスコアボードだけが異彩を放っていた。
……ダーツというゲームは、実に単純な趣向をしている。
言ってしまえば、難しいことなどひとつもない。
的まで矢を届かせる力さえあれば、文字通り老若男女誰でも楽しめるスポーツだ。
矢を投げて、的に当てる。
単純明快、しかしだからこそ世界中で広く愛される。
ポピュラーな射撃競技として。バーやパーティーでの余興として。
シーンを問わず、このゲームは様々な人間にプレイされては熱狂と一喜一憂を生み続けてきた。
矢を投げて点数を競うゲームということは、つまり。
極論を言ってしまえば、狙った的を外さなければ必ず勝てる。
そういう意味でも、"これ"は至って単純な勝負だ。
無論それが口で言うほど簡単なことではないから、今日も飽きずに誰かが矢を投げているのだったが……しかし。
「こんなの外す方が難しいでしょ。考えた奴馬鹿なんじゃないの?」
しかし困ったことに時折、それを机上論ではなく現実の成果として実現させられる人間が涌いてくる。
テーブルから立つこともせず、乱雑な動作でおざなりに矢を投げる女。
その手を離れた三本もまた、最高得点を意味する場所に吸い込まれていった。
「……いや、実はずっと試してみたかったんだよ。弓兵(アーチャー)なんて言われてるけど、実際のところどうなのかねってな。
もし一発でも外そうもんなら、その時は今まで生意気言われた分も含めて思う存分マウント取り散らかしてやろうと思ってたんだが……」
「舐めすぎ。悪意にしても低レベルすぎて、いちいち勝ち誇る気にもなんないわ」
「悪意なんて大層なもんじゃねえよ。今風に言うと、アレだな。"わからせ"ってやつ?」
「お前マジでいい根性してるよな。マスターじゃなかったら……いや、ううん。マスターだとしてもそのうち潰しちゃいそう。プチって」
――そう、世の中にはたびたび存在する。生まれて、あるいは育ってくるのだ。
常に、それこそ何十回でも何百回でも、何千回でも何万回でも。
必ず狙いに当て続けることのできるプレイヤーが、そんな怪物がこの世には出現する。
そしてそういう者たちにとって、"狙いを外す"というのは世界が崩壊するのと同じくらいの"非日常"だ。
そうした怪物たちがもしも、ひとつの的の前に並び立ったなら。
技術と威信とそれ以外の何かを賭けて、戦う運びとなったなら。
その時繰り広げられる勝負は、まさに迷路。
互いが当たり前に最高得点しか出さないのだから、外さないのだから――技術の巧拙で勝負は決まらない。
「まあ、でもそれは理由の半分だ」
「半分もあんのかよ。やっぱり結構死んでほしいかも」
「もう半分は対話だよ、対話。
このクソみたいな世界に来て結構経ったしよ、お互いに見えてきたことってのもあんだろ?
街が死に喰われ始めたらこうして悠長に酒の席も設けられないんだ。頃合いとしてはいいところじゃねえかい、お姫様よ」
「矢投げだけが得意のスカしたつまんない人間が私と話ぃ?
ハッ、つまんなすぎて寝ちゃいそうね。夢でも見てる方がまだ楽しそう。そうでしょ、ねえ」
次は青年が矢を投げる。
結果は当然、語るまでもない。
彼もまた弓兵(アーチャー)。故に外さない。
天地がひっくり返っても、その矢は目的を射止め続ける。
「――薄汚い同胞殺し。『迷路の悪魔』だったっけ?」
ぴく、と青年の身体が動いた。
それは弓兵の少女の言葉が単なる当てずっぽうではなく、彼の真実を射止める"矢"だったことを如実に物語る。
確かな手応えは愉悦の笑みを呼ぶ。
にやにやと笑いながら、少女は言葉を重ねた。蟻の手足をもぐように。あるいは、子猫に針を刺すように。
「まあちょっとだけ同情するわ。下らねえ的当てのために人生潰されて、挙句何百人ってニンゲンの死を背負わされたんだもんね」
「……驚いたな。話したことあったか?」
「頭ン中の知識ひっくり返してみろよ。私とお前は本当に不本意だけど、契約のパスってやつで繋がってる。
だから夢とかそういう形で、記憶の共有が行われることがあるんだってさ。
残念だったわね、化けの皮を剥がされて。どれだけ飄々と掴みどころのないミステリアス演じても、私はお前の真実を知ってる。
ねえ、カラスマ。殺して、殺して、殺して、殺して……最後はようやっと会えた竹馬の友さえブチ殺しちゃった狼男!」
悪辣、悪逆、残酷そのもの。
そんな笑みを貼り付けながら、少女が矢を投げた。
剥がした傷口を鏃で穿るように、三本の矢が的に吸い込まれる。
それを見ながら青年――ダーツプレイヤー。
悪魔と呼ばれた男も、汗を伝わせながら笑った。
その表情がまさに、少女の突き付けた言葉が弁解しようもない真実であることを物語っているのだった。
◆◆
まず最初に、ある大富豪の兄妹がいた。
天下を取る商才と、そして他人を踏みつけにする無二の残酷さを秘めた兄妹だった。
彼らは当然の帰結として大成したが、しかしそこでひとつの問題が浮上する。
ともに巨万の富を持つふたりが争うことになった時、どうやってそれを解決するべきか、ということだ。
多くの金と人間を抱えるふたりが本気で争うなら、それはもう兄妹喧嘩ではなく血で血を洗う戦争になる。
勝っても負けても多くを失う戦いなど非効率的だ。もっとスマートで、かつ納得のいくものがいい。
そこで異常者の兄妹が目を付けたのは、自分たちの喧嘩の行く末を委ねた戦士をふたり用立てての代理戦争という形式。
そして。この世で最も美しく、そして精神の強さが行く手を左右する――ダーツという競技であった。
ダーツプレイヤーを養成するための施設を、全国各地に秘密裏に建設して。
そこに攫い/買い求めてきた子どもを押し込め、過酷な環境で育て上げる。
兄妹の間で格の差がはっきり生まれ、争うことに意味がなくなっても。
老いた兄妹は戦いの美しさと、そこで生まれる苦悩を目的に育成と競争、勝利と破滅を積み上げ続けた。
数多ある施設のひとつ。
雪の降らない、とある山中の施設にて、悪魔は育った。
友を知り、恋を知り、死を知り……そして失う痛みを知り。
一度きりの挫折を経験し、行き止まりにぶつかった悪魔は"完成"した。
必ず勝つ。決して負けない。そして外さない。
戦う相手を迷路に誘い、同じ相手とは二度と戦わない伝説のダーツプレイヤー。
誰が呼んだか『迷路の悪魔』。誰かにとってのヒーロー、そして誰かにとっての死神。
――烏丸徨。数多の勝利を遂げ、数多の命を奪い、遂には死そのものにさえ招待状を送られた地獄の狼である。
烏丸の物語は、終わった筈だった。
長い戦いの末、悪魔は遂に本懐を遂げたのだ。
すべての元凶である兄妹の片割れを破滅させ。
生き残った妹には、施設の解体と戦士育成の中断を誓わせた。
にも関わらず、それでも悪魔は許されなかったらしい。
目を覚ました時、烏丸はこの冥界にいた。
ゲームのルールを脳裏へ強制的に叩き込まれて、この鼻持ちならない残酷姫と主従(タッグ)を組まされていた。
もはや賞品は富ですらなく、願いを叶え、死者を蘇らせる奇跡だなんて非科学的なものにまでなってしまった。
死の世界にて行われる死亡遊戯。
とうとう投げる矢は形を失い、的は目には見えなくなった。来るところまで来た、というわけである。
「死に追いやった友達を生き返らせる? それとも自分の弱さで潰しちゃった恋人の喉でも治してみる?
ああ――自分のせいで死んだ全員を蘇らせるなんてのもいいかもね。聖杯ならそのくらいは叶えられるんじゃない?」
「……、……」
「おい、もっといい顔しろよ『迷路の悪魔』。
お前が、お前のせいで背負い続けてきた荷物をどける機会に恵まれたんだぜ? 一緒に頑張って願い叶えようや、私も応援したげるからさ」
死んだ人間は生き返らない。
覆水は、盆に返らない。
その"当たり前"が、今宵の勝負でだけは覆せる。
聖杯の獲得。
そんなたったひとつの勝利さえ成し遂げられれば、すべてが元に戻るのだ。
誰かの悪意で歪んだすべて。誰かの弱さで零したすべて。
それをすべて、盆の中に返すことができる。
悪魔は人間に戻り、誰もたかだか的当てのために死ななくてよくなる。
それは烏丸にとって、間違いなく願ってもないことであり。
そして、同時に。
「――私もね、苛め殺すのはとっても得意なの。
お前と私で殺して殺して、聖杯獲って気持ちよく全部チャラにしちゃおうぜ?
なあに、大丈夫大丈夫! そんだけたくさん殺してんだもん、今更十も二十も変わんねえって!!」
いくつもの命を殺し、死の世界に押し込めて踏み躙らねばならないのを意味していた。
聖杯を欲して立ち上がった、殺す覚悟を決めた人間ならばいい。
それなら勝負は成立する。それを倒すことに、今更躊躇は覚えない。
だが――聖杯の獲得に固執しない無辜の人間までもが殺す対象になるというのなら、話は別だ。
烏丸徨は確かに悪魔だ。しかしそれは、盤を前にして並び立った対戦相手に対してのみである。
そうでなければ話が通らない。行動の理由に、説明がつかない。
悪徳金融業者に追い詰められ、両親を奪われた少女を助け。
悪意をもって多くの子どもを殺した敵に怒りを燃やし。
親友のために心を乱し、涙を流す。
彼が誰に対しても悪魔であるのなら、そんな行動/情動を起こす意味がないのだ。
死を死で制し、血を血で洗う悪夢そのものの旅路の中で。
確かに成してきた救いと、見せてきた"熱"が――烏丸徨が人間であることをこの上なく明確に証明していた。
そんな彼だからこそ。
人間の彼だからこそ。
少女の言葉は、無遠慮に彼の痛点を抉る。
「……やっぱお前クソガキだよ。あんたによく似た奴を知ってる」
「あは、そりゃ相当なろくでなしね。で? お前はそいつをどうしたんだよ」
「殺したよ。正確には違うが、まあオレが殺したようなもんだ」
時に。
『迷路の悪魔』の前に敗れた中に、子どものダーツプレイヤーがいた。
一言で言うならば、残酷そのものの人間だった。
腕前は卓越していたが、しかし人の心が解らない。見向きもしない。
彼は最終的に、その幼気なまでの悪意が原因で命を落とした。
まさしく因果応報。だが同情の余地など一片もない屑の悪党だったかと言われたら、烏丸は沈黙するしかなかったろう。
勝つこと以外は何も知らない。
勝たなければ生きられず、敗北することは悪でしかない。
強者であることは、すなわち当然で。
弱者であることは、すなわち罪業である。
そう信じて生きてきた、そうなるしかなかった人間がこの世には確かに存在するのだと烏丸は知っていたから。
だからその行為に怒りは燃やせど、存在そのものを否定することはできない。
何故なら自分もまた彼の同類だから。
目的のために、自分のために誰かを殺すということが生き方のひとつとして染み付いている。
例えばそれは、生きるため。
例えばそれは、過去を濯ぐため。
命を奪うことになると分かって、異も唱えずにただ矢を投げた。
そんな、人でなしであるから。だからこそ烏丸は表向き悪態をついても、目の前の少女のことを嫌えなかった。
生粋の加虐者にして虐殺者。
弱いものを苛め殺し、死骸の上で嗤える存在。
されど、烏丸は知っている。
「まさにあんたみたいな奴だった。詳しくは知らないけどな。それでも……オレは、似てると思うよ」
「へえ。ならよっぽど最高な奴だったんじゃない? 趣味が合いそう。お前じゃなくてそいつに呼ばれたかったわー……で」
もう、知っているのだ。
それが、彼女が生きていくために与えられた"手段"のひとつであるのだと。
「――なんだよテメエ、その眼は」
誰かに喰われないためには。
利用され、使い潰されないためには。
せめて形だけでも幸せの輪郭を取り繕って、尊厳を持って生きるためには――
彼女は、この血濡れ色の妖精はそうするしかなかったのだと。
知っているから、視てしまったから。そして聞いてしまったから。
だから烏丸徨は、哀れで愚かな妖精を憐れむ。
どれだけ残酷な言動で武装していても。
きらびやかな装いで、真実を隠していても。
烏丸の眼には彼女の姿は、ただの薄汚れた子どもにしか見えなかった。
「あれか? お前。私が何を言おうが、所詮マスターの自分には手出しできない筈〜とか寝ぼけたこと思ってんの?
だったらお門違いだぜ。私はその気になりゃ今すぐにでもお前なんてグチャグチャにして"遊び"に使ってやれんだよ。
分かったら態度だけは気をつけな? ワガママ、キマグレ、ザンコク、サイアク。お前が呼んだのはそういう女なんだ」
確かな殺意を滲ませながら、華やかに笑う。
その姿はさながら、棘だらけの薔薇の花。
触れたもの皆不幸にする、曰く付きのレディ・スピネル。
手が矢を握り、振りかぶる。
結果の分かりきった投擲は、現在いったい何ターン目だったろうか。
定かではないが、確かなことはひとつだ。
レディ・スピネルは矢を外さない。
『迷路の悪魔』と『血濡れの妖精』の試合は必ず千日手に陥る。
そう、それこそ。
それこそ――
「"祝福された後継"」
「あ?」
――凪いで揺らぐことのない不変の水面に、小石でも投げ込まれない限りは。
◆◆
『何故だ』
『何故なのだ』
『何故はおまえはいつもそうなのだバーヴァン・シー!』
◆◆
「妖精妃モルガンが唯一寵愛した、愚かの型に嵌めなければ救えなかった愛娘。
そういう生き方をでも選ばなければ、明日を生きることも叶わなかったバーヴァン・シー。
同情するよ。同時に認める。お前は間違いなく、誰よりも祝福されていた」
「――テメエ」
先ほどまでのとは次元の違う殺意が、テーブルを文字通り叩き潰した。
酒がぶち撒けられ、肴が飛び散る。
胸ぐらを掴み上げる手は、わずかに掠めただけでも烏丸の喉笛を抉り取るだろう。
今まで見せていた露悪的な言動、宝石みたいに見せびらかした悪辣。
そのすべてがただの"ごっこ遊び"でしかなかったかのように、今、バーヴァン・シーは殺意の塊と化して悪魔たる青年と相対していた。
「見たのか。聞いたのか。テメエ如きが、お母様の言葉を」
「あんたが言ったことだろ。オレとあんたは契約で繋がってる。
先に抜いたのはあんたの方だ。だからオレも抜いた。これで対等(イーブン)だ」
「――いい度胸だ。ならお望み通り、ここでそのおしゃべりな舌を引っこ抜いてやるよ」
バーヴァン・シーは烏丸徨という男に対して、好意など微塵も抱いていない。
強いて言うなら少しばかり"昔の男"に似た色をしているというだけで、しかしそれも殺すことに惜しさを覚えるほどの理由ではなかった。
更に言うならバーヴァン・シーは、それほど聖杯戦争に対してアクティブな心持ちでいるわけでもない。
つまり彼女には、地雷を踏んだ身の程知らずを一時の感情に任せて殺すというその行動を思い止まる理由が欠けていた。
烏丸ほどの男がそれを理解できないわけでもないだろうに、しかし彼は動揺を見せない。
顔色ひとつ変えることなく、真顔のまま間近のバーヴァン・シーを見つめている。
先ほどまでと何も変わらず。憐れな、轢かれた野良猫を見つめるような眼で。
「殺すなら好きにすればいい。オレもいろいろやってきたからな。今更命が惜しいだとか喚き散らかすつもりはない」
「言われるまでもねえよ」
「ただ、そうだな。やめた方が賢明だとは言っておく」
「ハッ! 何それ、命乞いのつもりか? だとしたら見苦しいな『迷路の悪魔』! ニンゲンの分際でどこまでも思い上がりやがって!」
嘲笑するバーヴァン・シー。
剥き出しの殺意が、烏丸の命を奪うまでもう数秒とかからない。
にも関わらず烏丸は、まるで彼女が自分を殺せないと分かっているみたいに不変だった。
いや――事実、そうなのだ。彼は分かっているのだ。だから暴れもしないし、焦りもしない。冷や汗の一滴すら流さない。
「あんたは強いよ。だがそれは、所詮借り物の鎧で取り繕ったハリボテだ」
「……何が言いたい。冥土の土産だ、聞いてやるから言ってみろよ」
「素直になれよ。あんた自身それが分かってないから、こうして今も繰り返し続けてるんだろ」
妖精の眦が、微かに動いた。
皆に愛された妖精。
誰よりも重宝された妖精。
皆の捌け口として、あらゆる悪意に曝され続けてきた妖精。
……決して。救われることのなかった、ちいさな命。
「変わらずにいられるならそうすればいい。
だが、不幸なことにあんたはそこまで愚かじゃないんだ。
だからいつも間違える。モルガンの思った通りには決して生きられない。
必ずどこかで、破綻する。あんたはバーヴァン・シーであって、トリスタンなんかじゃないから」
「……、……」
「矢を狙った的に当てるのは簡単だ。実を言うとな、そんなことは誰だってできるんだよ。
だから"できる"人間がふたりかち合って闇雲に矢を投げ続けても、勝負は絶対につかない。
それでも勝負のつくことがあるとしたら、その時勝者と敗者を分けるものは何だと思う?」
「知るかよ。あんな下らねえ的当てなんざ――」
「迷わぬ心、ってやつさ」
――矢を投げて、的に当てる。
それは実に、本当に単純な勝負だ。
だからこそ優れた戦士は絶対に外さない。
不運にも的を外すなんてミス、彼らは決して冒さない。
だからこそ。
迷路のように入り組んだ、出口のない勝負で問われるのはもはや"技術"ではないのだ。
何があっても揺るがない、迷わぬ心が試される。
逆に言えば、もし迷ってしまえば。
たとえそれがどれほど優れた、百戦錬磨の素晴らしき戦士であろうとも……
実にたやすく。
赤子のように拙く。
行き止まり(デッドエンド)にぶち当たる。
「オレを殺してスッキリするのも悪かねえだろうがよ。
どうだいバーヴァン・シー。妖精國の玉座を継ぐ筈だったお姫様。
あんた――腹ぁ括って、オレに賭けてみねえか」
「寝言は寝て言えよ。大体なんで私がテメエに賭けんだよ。
死霊の一匹も殺せねえ腰抜けの軟弱なザコ人間に、なんで私がベットしなくちゃならない?」
「あんたが迷路を抜けるため」
バーヴァン・シーは救われぬモノである。
彼女が悪かったことも、確かにあるだろう。
だがそれ以前に、彼女ははじめから迷路の中にいた。
それは出口のない、運命とか宿命とか、そう呼ばれるたぐいの迷路。
広大で意地が悪く、そもそも出口があるのかどうかも分からない悪意の籠。
ブリテンの落日と共に、憐れで愚かな妖精の物語は幕を下ろしたが。
しかし運命は、今も彼女を迷路の中に囚え続けている。
だから彼女は今も尚、かつて与えられた皮を被り続けているのだ。
何も変わらず、何も揺るがず。
いつか再びやってくる破綻の"変化"を待ち続けるだけの迷子として、今もこうして狂い哭いている。
「オレは確かに悪魔みたいな男なんだろうさ。
実際今だって、誰か殺せって言われたらきっと迷わずに殺れる。
そういう風に生きてきたからな。正直さっきあんたに言われた言葉も耳が痛かったよ。
人面獣心の狼男、それがオレだ。そしてそれは、きっといつか報いを受けるまで変わらない」
だけどな、と烏丸は続ける。
その眼はもう、憐れんではいなかった。
「オレは多分、あんたのことを裏切れないし捨てられない。
それをしたらオレは多分、自分自身を許せなくなっちまう」
「頼んでない。昔の友達(オトコ)と私を重ねるのは止せよ」
「ああ、そうだな。重ねてんのかもな、あいつと。
……あいつも大概、不器用な奴だったからな。あんたと同じくらいには」
烏丸と彼の記憶を見たバーヴァン・シーの語る人物は一致している。
鬱屈の中で這いつくばって、生きて、死に損なって。
そこまでしてようやく、蛹を破って不格好な身体で羽化した男がいた。
思えば、本当に不器用な男だったと思う。
昔も今も、変わってるようで何も変わっちゃいなかった。
引き裂かれ、そして再会し、殺し合って、烏丸徨はその物語を終わらせた。
その結末を憐れみはしない。悔やむことも、しない。それはすべて生き抜いた彼への侮辱になるから。
長い長い迷路を抜けて、花道を歩いて去っていった親友のすべてを穢すことになってしまうから。
そして。
嘲弄する道化の面を外した烏丸は、妖精をもう憐れまない。
最初から、憐れんでなどいない。本当の顔はいつだって内に秘めるもの。
地金を晒すその瞬間は、ここぞという時の大一番だけだと相場が決まっている。
「でもそれだけじゃねえから安心しろ。ちゃんとオレは、あんたをオレ自身にも重ねてる」
「……キモ。よく臆面もなくそんな臭えセリフ吐けるな、頭に虫でも涌いてんのか」
「うるせえよクソガキ。ていうかあんたはむしろ、ちょっとはオレを見習うべきだろ」
そう。
バーヴァン・シーは、あの施設の子どもと同じだ。
生まれながらに迷路の中にいる。
それしか知らないから、ずっと迷うしかなくて。
いつも誰かの都合のために、使い潰される。
ようやく生き方を見つけても、始まりが壊れているから普通には決してなれない。
だから悪魔のように生きて、せめてその強さで自己を表現するしかない。
そうしなければ、本当に何にもなれずに壊れてしまうから。
擦り切れて、潰されて、ゴミのように朽ちてしまうと分かっているから。
同じだ、何もかも。だからあの施設を解体させ、残るすべての子どもを救った烏丸徨は――目の前にいる"もうひとり"を見捨てられなかった。
「これは契約だ、バーヴァン・シー。
オレを生かせ。そしたらあんたのために働いてやる」
「結局命乞いじゃねえかよ。格好つけといてダサい奴ね」
「おう、命乞いさ。あんたはオレという悪魔をひれ伏させ、契約の言葉を引き出した。そういうことにしといてやるよ」
「……それで対価が、迷路から私を出してくれるって? 抽象的すぎて話になんないわ。やっぱり殺した方が良さそうなんだけど、今んとこ」
「ハァ――欲張りな女だなお前。ベリル・ガットも苦労したんじゃねえの? じゃ……特別サービスでもう一個くれてやるよ」
元カレの名前を出されて更に殺意の迫力が増すバーヴァン・シー。
そろそろ胸ぐらを掴まれて強烈なパンチが飛んできそうだったが、そうなっては意味がない。
烏丸は最後の矢を投げた。
迷う妖精の道行きを示す、約束された最高得点。そんな矢が、飛んだ。
「バーヴァン・シー。――――あんたを、今度こそ最高の妖精騎士にしてやる」
沈黙が流れる。
たったの数秒。
されどきっと、今までのどの時間より意味のある数秒。
バーヴァン・シーは一瞬、信じられないものを見たような顔をした。
だがすぐに、苦虫を噛み潰したような表情へ切り替わる。
チッ、と舌打ちをして。掴み上げていた烏丸を床へ投げ捨て、ソファへ乱暴に腰を下ろした。
「……言っとくけど、納得したわけじゃないから。
お前があんまり必死過ぎるから、なんか白けちゃっただけ」
「ゲホッ、ゴホッ……おー痛て、お前本気でぶん投げやがったな……。
……、……まあ今はそれでいいや。そういうことにしといてやるよ。
ところでよ、バーヴァン・シー」
あ? と眉根を寄せるバーヴァン・シー。
それに対して烏丸は、ニヤつきながら指差した。
指差す点は、遥か遠くのダーツ盤。
今度は何だよ……と鬱陶しげにそっちを見たバーヴァン・シーの表情に、「あっ」という驚きの色が灯る。
「お前散々イキっといてひっでえ外し方してんじゃねえかよ〜〜〜〜〜!!!
ギャハハハハハハ!!! 二発チョンボて!!! これなら知り合いのヤクザ者の方がまだマシな点取るぜ、ヒィ〜〜〜腹痛て〜〜〜!!!!!」
「――よし殺す。絶対殺す。今ブチ殺す!!」
……そういえばこのニンゲンが地雷踏んできたの、矢ぁ投げる寸前だった。
バーヴァン・シーが今思い出してももう時既に遅し。
怒りでブレた手先から放たれた矢は辛うじて一本だけ9点を射止めていたが、残り二本はものの憐れに的を外し、チョンボ。
高笑いする烏丸に対し青筋を立てながら再び本気の殺意を向け直す、バーヴァン・シーなのであった。
◆◆
じじじじじじ。
音がする。
烏丸徨は悪魔である。
『迷路の悪魔』。その名に嘘偽りは一切ない。
何しろサーヴァントさえ、異郷の妖精さえ言い負かす怪物だ。
じじじじじじ。
眼が、ぎょろりと動く。
『迷路の悪魔』は手の内を明かさない。
考えを他人に悟らせず、しかし偽の印象だけは鱗粉のように振り撒いて回る。
故に彼が実のところ何をもって勝利としているのか。
そこに至るまでをどう歩むつもりなのか、相棒であるバーヴァン・シーでさえそれを知らない。
じじじじじじ。
悪魔はそこにいる。
悪魔は契約を違えない。
バーヴァン・シーを迷路の出口へ導く。
彼女を呪いの厄災から、最高の騎士へと高めてみせる。
その言葉に偽りはなく。
だが逆に言えば――誓いを果たすために何をする気なのかは、たとえ相棒にだろうと明かしはしない。
『迷路の悪魔』は降り立った。
冥界という巨大な迷路が、今彼の手中に収まっている。
であれば後は、誰もが悪魔の悪意に怯えるしかない。
たとえ勝負が、的に矢を射る競技ではなくなったとしても。
それで悪魔が牙を失うわけじゃない。
逆に、円盤と矢の縛りから解き放たれたことで悪魔は未だ誰も知らない翼をゆっくりと冥界の空に広げている。
呪いの厄災が去るのなら。
悪魔の厄災が吹き荒れる。
迷うな、迷うな。
生きたければ。
もしも迷い、ひとたび悪魔の迷路に呑まれたのなら――
「 そこが
"行き止まり(デッドエンド)"だ 」
.
【CLASS】
アーチャー
【真名】
バーヴァン・シー@Fate/Grand Order
【ステータス】
筋力A 耐久C 敏捷A 魔力B 幸運D 宝具E
【属性】
混沌・悪
【クラススキル】
対魔力:EX
決して自分の流儀を曲げず、悔いず、悪びれない。
そんなバーヴァン・シーの対魔力は規格外の強さを発揮している。
【保有スキル】
対魔力:EX
決して自分の流儀を曲げず、悔いず、悪びれない。
そんなバーヴァン・シーの対魔力は規格外の強さを発揮している。
【保有スキル】
祝福された後継:EX
女王モルガンの娘として認められた彼女には、モルガンと同じ『支配の王権』が具わっている。
汎人類史において『騎士王への諫言』をした騎士のように、モルガンに意見できるだけの空間支配力を有する。
グレイマルキン:A
イングランドに伝わる魔女の足跡、猫の妖精の名を冠したスキル。
妖精騎士ではなく、彼女自身が持つ本来の特性なのだが、なぜか他の妖精の名を冠している。
妖精吸血:A
バーヴァン・シーの性質の一つ。
妖精から血を啜り不幸を振り撒く、呪われた性。
騎乗:A
何かに乗るのではなく、自らの脚で大地を駆る妖精騎士トリスタンは騎乗スキルを有している。
陣地作成:A
妖精界における魔術師としても教育されている為、工房を作る術にも長けている。
【宝具】
『痛幻の哭奏(フェッチ・フェイルノート)』
ランク:E 種別:対人宝具 レンジ:無限 最大捕捉:1人
対象がどれほど遠く離れていようと関係なく、必ず呪い殺す魔の一撃(口づけ)。
相手の肉体の一部(髪の毛、爪等)から『相手の分身』を作り上げ、この分身を殺すことで本人を呪い殺す。ようは妖精版・丑の刻参りである。
また、フェッチとはスコットランドでいうドッペルゲンガーのこと。
【weapon】
フェイルノート
【人物背景】
愛された子、呪われた子、穴底の呪い、今はもう亡いとある國の遺物。
悪辣、悪逆、残酷でわがまま。
そうあることでしか生きられなかったちっぽけな命。
【サーヴァントとしての願い】
やるからには勝つつもりだが、生前のあれこれや変わり種が過ぎるマスターのせいで今ひとつやる気が出ない。
ただくどいようだがやるからには勝つつもり。
負けて無様に地を這うだなんてもうたくさん。
【マスターへの態度】
変人。凡庸なのか異常なのか、善良なのか悪人なのかも判断のつかない相手。
サーヴァントとして働いてやってる自分にさえ腹の内を隠しているところが心底ムカつく。
……その魂から漂う血の臭いはどこか元カレを思い出させるが、しかし似て非なる存在だと理解している。
【マスター】
烏丸徨@エンバンメイズ
【マスターとしての願い】
――じじじじじじ。
【能力・技能】
人間離れを通り越し、もはや人外の域に達しているダーツの腕前。
百発百中は大前提で、両手で三本ずつ矢を投げてそのすべてを狙いの場所に到達させる芸当を数時間に渡り再現し続けられる。
だが真に恐ろしいのはその精神力。心理誘導、対戦相手の分析、動揺に判断を左右されない精神の安定性、どれも作中最高。
『迷路の悪魔』が見せる弱さは、ほぼすべてが敵を陥れるための罠だと言っていい。
【人物背景】
美しさと苦悩を持って戦い続けることを幼い頃から運命づけられた、筋金入りのダーツプレイヤー。
『迷路の悪魔』の二つ名を持つ。
裏ダーツの世界では非常に有名な存在だが、何故か一度試合をした相手と二度会うことがないため、その実在からして疑う者もいる。
【方針】
「契約は果たす。一応、悪魔とか呼ばれてるんでね」
【サーヴァントへの態度】
クソ生意気なガキ。いつか戦ったクソガキを思い出す。
ただ、それ以上に放っておきたくない相手。
不幸に生きるしかできない子どもという存在を、烏丸徨はもう捨て置けない。
投下終了です
投下します
「おかしい……。なんでどのコンビニにも銃弾が売ってないわけ?」
それが少女にとって、目下最大の疑問点であり困り事だった。
無人のコンビニエンスストアを見つけるたびに探索を行い、ここで既に4箇所目になるが、未だに目当ての商品には巡り会えていない。
「榴弾とか、ホローポイント弾なんて贅沢言わないけど、9ミリ弾くらいどこのコンビニでも置いてるでしょ、普通」
スイーツコーナーの棚に触れていた手を引っ込め、パーカーのポケットに突っ込みながら、やれやれとため息まじりに首を振る。
襟首あたりで切り揃えられた黒髪が揺れると、鮮やかなピンク色のインナーカラーが覗いた。
セーラー服の上に重ね着したパーカーの丈は大きめで、スカートの上から膝上あたりまですっぽり包み込んでいる。
そのスカートから伸びるすらりとした健康的な脚は黒タイツに覆われ、足先は動きやすさを重視したのかスニーカーを履いていた。
クールながら活発なJK、といった出立ちのこの少女に、特徴的な部分があるとすれば、以下の3つ。
黒髪揺れる頭の左右に、ぴこりと猫耳が生えていること。
さらにその頭上、ピンク色の輪(ヘイロー)がふわふわと空中に浮いていること。
そして、
「残弾はあと、140発と少し、か」
右肩にかけた銃弾を詰め込んだスクールバック、その反対側。
左肩からベルトで吊るした、大型のマシンガン。
だけど、そんな事は、少女の日常の中では、とても普通の事だったから。
「戦闘はあと二、三回が限度。早いこと補給物資を見つけないとね……」
手持ちの銃弾が残り少ない。
それが『普通の少女』、杏山カズサにとって、目下最大の困り事だった。
◇
願望器、主従、魔術、最後の勝者を決める戦争。
流し込まれた聞き覚えのない知識に頭を痛め、住む家も立場も用意されないままこの冥界に放り出されてはや数日。
カズサは早々に幾つかの要点を把握していた。
ここ『東京』ではカズサの元いた場所――『キヴォトス』の常識は通用しない。
既に戦いは始まっている。常に警戒して行動すべき。
そして、従者のいない自分は非常に危険な状況にあること。
魔力のパスは繋がっている筈だ。
カズサに魔術の素養はないが、聖杯によって与えられた知識と、むず痒いような僅かな感触がそれを教えてくれた。
契約は結ばれている。こうして会場の外で活動しても自身の体が消滅に至っていない事実が、サーヴァントの庇護下にある証だった。
なのに何故か、未だにサーヴァント本人は姿を見せない。
キヴォトス住民であるカズサの身体は頑丈であり、銃で撃たれた程度では大した傷を負うこともない。
しかし強力な敵性サーヴァントと単独で戦えるほど強いなんて、自分の力量を過信しているわけでもなかった。
今の自分がどれだけ危険なことをしてるかは理解している。
単身で会場の外を探索し始めて今日でまだ二日目、だというのに何度も危機的状況に陥っていた。
銃の効かない悪霊との遭遇、他の主従からの襲撃、その他諸々。
カズサが未だに生き残っているのは、彼女の高い危機察知能力と得意のパルクール、そして運によるものが大きい。
「はあ……。今日も収穫なしか」
コンビニを出て、飲み干した飲料水のペットボトルをゴミ箱に押し込みながら、カズサはがっくりと肩を落とす。
この世界を脱出する方法を求めて始めた冥界探索だったが、現在に至るも有力な情報は一つも得られていない。
むしろ確信を深めるばかりだった。
逃げる方法など何処にもない。
つまり――
聖杯戦争。
最後の一人になるまで続く殺し合いの儀式。
逃げ道はなし、けど死にたくもない、ならば道は一つしかなく。
「ホントに、やるしか……ないのかな」
少し前の自分なら、自分を特別な存在だと信じていた頃の杏山カズサなら、どう思ったのだろうか。
会場への帰路を歩きながら、少女は無人のファミレスの窓ガラスに、映る自分の姿を見つめた。
「なんて、もう想像もできない」
どれだけ目を凝らしても、そこには今の自分しか映っていない。
トリニティ総合学園1年生、放課後スイーツ部所属の自分。
ファミレスで部活の皆と、なんてことない話を賑やかに駄弁りながら、お菓子を頬張る。
そんな、普通の自分。そんな、普通が好きな、自分。
今の、杏山カズサ。
「やっぱり、嫌……だな」
死にたくなんて、ない。
だけど、いつか、憧れた。普通の可愛い女の子。
彼女は、他人を踏みにじってまで、己の願望を叶えようとするだろうか。
それはカズサの好きな、『普通』なのだろうか。なんて、考えるまでもなく。
「なんか、嫌だな。こういうの」
だけどこのまま、一人ぼっちで消えるのも嫌で。
突破口のない現在が、暗い闇に飲まれそうな気分が、嫌で。
冥界の陰気にあてられたのか、悪い想像ばかりしてしまう自分が、嫌で。
「先生」
だから、つい、ここにいない人を呼んでしまう。
「ねえ、先生」
ここに頼れる大人はいない。
教え、導いてくれる人に、縋りたい誰かに、少女の声は届かない。
それでも、いつか教えて貰った大事なことを、まだ思い出すことができた。
「私の気持ちひとつ、だったよね」
大事なのは、きっと自分の気持ち。
忘れたい過去との向き合い方、それを教えてくれた人がいた。
「でも今はちょっと、気持ちで負けちゃいそうだよ」
スクールバックを開くと、押し込められた銃弾と、色鮮やかなピンクのマカロン。
「あーあ、こっちも気づけば残り2個しかないや」
カズサは大好物のそれを、いつものように掴み、真上に放り投げる。
そのまま、落ちてくるマカロンを一口で頬張ろうとして――
「――――――――――ふぁむ」
「え!?」
空中で、パクり、と。
何者かに横取りされた。
「ちょ、と、それ私の――むぐ!?」
マカロンを強奪した謎のピンク色の球体はそのままカズサの顔面に落下。
しばらく悶えていたカズサであったが、なんとかピンク玉を引き剥がし、空に掲げるようにして、その正体をまじまじと見た。
「あんた……」
「はぁい!」
まじまじと見ても、それはやはりピンク玉であった。
正確にはピンクのボール状の身体にキラキラとした瞳、大きなお口、そして短い手足の引っ付いた謎の生命体であった。
見たこともないファンシーな生き物が、モグモグとマカロンを頬張り、幸せそうに笑っている。
しかし、ご満悦な表情も束の間、しだいに元気が失われ、やがてげっそりと萎んだ、具体的には空腹そうな表情に固定されたまま、動きを止めた。
「あんたが……まさか……私のサーヴァント……とか言わないよね……?」
「……はぁい」
「まじか」
気持ちで負けるな、弱気になるな、と自分に言い聞かせてみたものの。
それでもカズサは顔が引き攣るのを止められなかった。
なぜなら目の前の、お腹を空かせたピンクの生命体、自らのサーヴァントと思しき存在から読み取れた性能(ステータス)は、
「…………zzzz」
「って、やっと出てきたのに、いきなり寝るな!」
信じられないくらい、低スペックなのであった。
◇
その戦士は春風とともにやってきた。
どこか遠くの宇宙にて、侵略者より星を守る正義の使者。
銀河戦士団の生き残りにして、伝説の英雄(ヒーロー)。
遠い星々で冒険を繰り広げた勇者。
人呼んで星の戦士。
あるいはピンクボール。
あるいはピンクの悪魔。
あるいは、星のカービィ。
「はあ……これからどうしよ」
今はスクールバックの中で眠りこける彼の、そんな出自などつゆ知らず、都内に戻ってきたカズサはぼんやりと今後のことを考えていた。
いつの間にか日は沈み、東京の夜は賑やかな街明かりと喧騒に包まれている。
見知らぬ街の音と光。
コンクリートジャングルの片隅で、少女は行く宛もなく佇んでいた。
「けっきょく銃弾は補給できてないし、お菓子も残り少ないし、これからはこいつも……」
バックから引っ張り出したピンク玉は呑気に眠りこけ、相変わらずの貧弱ステータスをカズサの目に晒している。
「守ってやらなきゃいけないし」
自然と、カズサはそう思っている自分に気がついた。
守らなきゃいけない。会話もままならない謎の生き物だけど、なんとなく、こいつが害されるのは嫌だと感じた。
それは自分の方が強いと思ったからなのか、サーヴァントの敗北が自身の生死に直結するという現実によるものか、あるいは、
「みんな、今頃どうしてるかな」
放課後スイーツ部のみんな。
栗村アイリ、伊原木ヨシミ、柚鳥ナツ。そこに自分を加えたあの空間を思い返す。
騒がしくも平和な、スイーツで結ばれた、なんてことない『普通』の繋がり。
笑ってしまうくらい平凡な日々。
ふと、空を見上げると、東京の夜はキヴォトスのそれとはまるで違っていた。
街の光も、音も、カズサの知る普通とはかけ離れた、特別な空間。
いつかの自分が、ひょっとしたら望んでいたかもしれない非日常。
だったら、やることは決まっている。
「さっさと帰んなきゃね。『普通の方法』で」
誰かの夢を踏みにじって願望を叶えることは、きっと普通ではない。
少なくとも、今のカズサの好きな普通とは違う。
カバンの中のマカロンは、それが最後の一個だった。
いつものように放り投げて、一口で食べようとして、
「あ、起きたんだ。めざといじゃん」
小脇に抱えたピンク玉の、きらきらとした瞳が自分を見つめているのを感じた。
「でも全部はあげない。今は一個しかないんだから。ほら、はんぶんこ」
「ぽよ!」
半分に割ったマカロンを差し出すと、すぐさま嬉しそうに頬張る謎の生命体。
幸せに満ちたその表情を見て、もう一度、いつかの憧れを思い出す。
あの日、スイーツを食べながら笑っていた女の子。
放課後、友達と、なんでもない話を賑やかに、お菓子を食べながら駄弁っていた。
そんな普通の可愛い女の子に、なってみたかった。
口の中いっぱいに広がるマカロンの甘さ。
放課後スイーツ部。アイリが居て、ヨシミが居て、ナツが居た。
それとたまに先生も来てくれた、あの空間。
加えて最近は、なんだか暑苦しくて騒がしいやつも、顔を見せるようになったっけ。
「ね、まだ足りない?」
「……ぺぽ」
再び、徐々に萎れ始めたピンク玉の表情。
きゅるきゅるとお腹を空かせた様子のそれに聞いてみると、浅く頷いたような気がした。
まだ、食べたりないよ、と。
「そっか、じゃあ、一緒だね。私達」
カズサは、抱えたまん丸ピンクをカバンに戻そうとして、途中で止めて、ひょいと頭に乗せてみる。
頭上の彼は軽く、柔らかく、どこか懐かしい春風の匂いがした。
「私も、実はまだ足りないんだ」
少女がいつか、信頼できる大人から教わったこと。
『自分の気持ち次第で、見え方は変わる』
それと、もう一つ、
「まだ、食べたりないから、さ」
きっと自分で考えて、自分で気づくことが大事、だから。
今の自分に、出来ることを――
「見つけに行こっか、一緒に」
カズサの好きな、カズサにとって特別な、『普通』に帰るため。
あおいはるかぜとともに、少女は一歩を踏み出した。
【CLASS】
フォーリナー
【真名】
カービィ@星のカービィ
【ステータス】
筋力E 耐久D 敏捷D 魔力E 幸運A 宝具D+
※上記はフォーリナー(すっぴん)クラス時のもの。
【属性】
混沌・善
【クラススキル】
領域外の生命:A
騎乗:D+
本来は『剣士』『騎兵』のクラススキル。
様々なエアライドマシンなど、騎乗経験は豊富であることから所持している。
後述するコピー能力によって多少ランクが変動する。
【保有スキル】
無辜の怪物(◯):E
暴飲暴食、ペンペン草も生えない激烈ヴォイス。
ピンクの悪魔が跳ねるとき、ボス敵たちは恐怖に慄く。
どこかの星の王様や宇宙の悪によって広められた様々な風評被害(?)。
本人は一切気にした様子もなく、スキルによる身体への影響は良くも悪くもほぼ見られない。
カービィを恐れるものに対して多少のステータス補正を得られる。
変身(コピー):B
自らのカタチを変えるスキル。
カービィの場合、後述のコピー能力を発現することにより身体の一部が変化する。
すっぴん状態であっても、丸っこく柔らかい肌は伸縮性に優れ、衝撃を受け流すことに長けており、見た目以上に打たれ強い。
しかし見た目以上に耐久力がないので過信は禁物。
灯火の星:EX
とりどりの色たちが紡ぐ炎の螺旋。
外宇宙より来る正体不明の敵対者との戦い、星を渡る冒険と困難をくぐり抜けてきた証となるスキル。
初見の理不尽な理、規格外の脅威を放つ攻撃に対し、強い耐性を持つ。
【宝具】
『はるかぜとともに(ティンクル・ポップ)』
ランク:D+ 種別:対飯宝具 レンジ:0〜999 最大捕捉:999
別名、すいこみ。
お口を大きく開き、前方広範囲の物質に吸い込み判定を行う。
その吸引力と効果範囲は凄まじく、口に入れる容量も無限である。
しかし満腹すぎたり、空腹すぎたりすると強く発動できず、対象の霊基質量に比例して吸い込み成功率は下降する。
また、カービィ自身が「これは吸い込めない、吸い込みたくない」と確信する物質に対しては必ず判定失敗する(ケムシなど)。
すいこみは、『のみこみ』や、『はきだし攻撃』に派生することも可能。はきだし攻撃の威力は吸い込んだ物体に依存する。
『ぎんがにねがいを(コピー・スーパーデラックス)』
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1
別名、コピー能力。
前述のすいこみ、のみこみから派生する宝具。
のみこんだ物質(サーヴァント、呪霊、武器、攻撃の余波等)が、一定のクラス因子を保有していた場合に発動する。
応じたコピー能力が発現し、カービィの容姿が変化する(この際、能力によっては手元に武器が出現ことも)。
更に能力にあわせて一時的にサーヴァントクラスが変化し、ステータスが変動、一定時間の経過あるいは一定量のダメージを受けるまで維持される。
ただし、一部このルールに当てはまらない例外能力も存在する。
例:『コピー能力:スリープ』は吸い込みを経由せずいつでも発現可能。
スリープ発動中は一切行動不能。全ステータスを1ランクダウンさせて魔力消費量を抑える。
『つよいぞほしのせんし(チェックナイト・エアライド)』
ランク:A+ 種別:対星宝具 レンジ:1〜50 最大捕捉:0〜99
外宇宙より流星(ワープスター)を呼び出し、騎乗。敵めがけて突貫する。
威力、スピード共にカービィが能動的に発動できる宝具の中では最も強力なまさに切り札。
しかしフォーリナークラスでは騎乗スキルが足りず通常は封印されている。
マスターによる令呪の消費など、強力な魔術的バックアップを受けてようやく使用が解禁される。
【weapon】
コピー能力がなければ、吸い込みと吐き出しが主な攻撃手段。
スライディングキック等、格闘も出来なくはないが、やはりすっぴん状態では少し頼りないかも。
【人物背景】
はるかぜとともにやってきた旅の若者。
なんでもすいこむ、くいしんぼう。
宇宙の悪と戦う使命をもった星の戦士。
らしいのだが、本人にその自覚は希薄。
性格は天真爛漫でのんびり屋。
好きなことは、食べること、歌うこと、寝ること。
今回、サーヴァントとして現界するにあたって色々な世界での設定が少しずつ混じっているが、基本は上記の通りお気楽ピンクのまんまる生命体。
なんと冥界に召喚されてしまった。
実際のところ弱いサーヴァントではないが、霊体化出来ず平時から大量の魔力消費量を要求する大飯食らい。
腹ごしらえなしにフルパワーで動くと、急激な魔力消費でマスターを昏倒させてしまいかねない。
本人も、自身のあり得ない燃費の悪さをなんとなく自覚しており、現界をじっと遅らせていたが空腹に耐えかねて結局出てきた。
【サーヴァントとしての願い】
たくさん食べて、おもいっきり歌って、ぐっすり寝る。
つまりいつもどおり。
【マスターへの態度】
お菓子をくれる人は好きなのでキャッキャと懐いている。
カズサの前に姿を現して以降も、スリープ能力でステータスと魔力消費量を下げ、マスターの負担を抑えている。
そのためカズサの目には、実際より更に1段階低いスペックが表示されている。
【マスター】
杏山カズサ@ブルーアーカイブ
【マスターとしての願い】
普通の日常への帰還
【能力・技能】
キヴォトスの生徒としては一般的な、銃撃や爆撃に耐える頑丈な身体。
大型のマシンガンを取り回す射撃能力。
スケバン時代に鍛えた喧嘩技法と体捌き、パルクール技能。
【人物背景】
キヴォトスという超巨大学園都市出身の少女。
トリニティ総合学園1年生。放課後スイーツ部所属。
普段は口数の少ないクールな性格であるが、賑やかな部員達の奇行の前ではツッコミ役に回ることも多い。
今でこそ放課後にスイーツを食べる活動という女の子らしい部活に参加しているが、中学生時代は女番長(スケバン)をやっていた過去がある。
その界隈ではかなりの有名人であり、当時は『キャスパリーグ』の異名とともに恐れられていた。
しかし、本人はその頃を「自分を特別だと思い込んでいたイタいやつ」として、過去を話したり詮索されることを忌避している。
現在では友達と一緒に仲良くお喋りしながらスイーツ店に並び、その過程で並び順とかで一悶着あって銃撃戦に発展するような、そんな平凡で普通の日々を好んでいる。
※この場合の『普通』とはあくまでキヴォトス基準によるものとする。
【weapon】
マビノギオン。
カズサの愛用するマシンガン。
ずっと彼女の傍にあり、その変化を見守ってきた銃。
カズサ本人は名前の由来を聞かれると嫌な顔をするらしい。
キヴォトスは銃器携帯とそれを使用した諍いが当たり前の世界であり、コンビニで銃弾が買えるなんて常識である。
しかしなぜか冥界のコンビニでは全然売ってなくて少女は非常に困っている。
【方針】
普通に、自分の居場所に帰る。
黙ってやられる気はないけど、むやみに他人を傷つけるのも気が乗らない。
【サーヴァントへの態度】
弱そう……でも、ちょっとかわいい。
しょうがない、守ってあげないとね。
投下終了です
投下します
鎌風一陣、迫りくる。
夜の東京、一人の男が逃げていく。
鎌風二陣、攻め寄せる。
ふざけるな、やっとここまで来たんだ。
左右から迫りくる二足歩行の爬虫類。
男は魔術師だった。
狡猾で下衆な魔術師であった。
常に誰かを蹴落として、生きてきた、生粋の下衆。
此度の聖杯戦争、引き当てたのはアーチャー、初戦の相手はアサシン、余裕だと思っていたのに――
焦って逃げ込んだ先は、行き止まり。
「馬鹿め、もう終いだよ」
振り向くと、そこに居たのは先程の爬虫類と、両左手の男。
そして上から何が現れる。
おそらく同類の爬虫類、しかし身体は巨大だ、とてもアサシンクラスとは思えない。
アーチャーも、こいつにやられた。
「ガ、ガン――」
ガンドを打とうとした瞬間、打とうとした右手が何かに貫かれる。
どこからともなく、ナイフが飛んだか如く。
長の鎌風 来たりなば。
已(すで)に土壇場。
「やれ、アサシン」
そして男に凶鎌が振り下ろされる。
そして全てが終わった後のその姿は――
三枚おろし。
◆
「かはは…魔術師も大した事ないな…」
大きく嘲笑をかます男、白目のハゲ頭、そしてあり得ない両左手の男。
名をJ・ガイル、下衆で卑劣なスタンド使い。
「あのサーヴァントも、竜退治なんて余裕だとほざいていたが、このざまだ、なぁアサシン」
ガイルが声をかけたのは自身のサーヴァント。のアサシン。
それは人ではなく、獣であった。
茶色の体毛に、腕と尻尾はまるで鎌。
両側に自身の同類の子分のようなものを侍らせ、ガイルの後ろ歩いている。
おそらく、獣のなりの従属の形なのであろう。
「まっ、俺のスタンドと、お前の力さえあれば、余裕だわな」
アサシンはスピードだけではなく、人ならなず物ゆえの力と耐久も備え付けている。
マスター殺しを宿命付けられているようなアサシンにとって、破格の性能だと言える。
そして、一番はガイルの特殊能力、スタンド、ハングドマン。
反射するものさえあれば、どこにでも入れる、鏡に瞳、光が跳ね返るのならば、どこでも行き放題の暗殺者。
「さぁて…聖杯勝ち取って…億万長者にでもなるとするかぁ!」
下衆な願いが、東京の夜にこだまする。
それに合わせて、アサシンたちも鳴き声を上げる。
賛同を表すような反応、それに合わせて、鏡の中の暗殺者も刃を出して賛同する。
アシシン――オサイズチ、鎌風のごとく素早く動き、獲物を三枚おろしにする、竹林の暗殺者。
仲間を引き連れて、此度の冥界にて、人の切り身を幾千万も作らんとする。
【CLASS】アサシン
【真名】オサイズチ@モンスターハンター
【ステータス】
筋力B 耐久B 敏捷A 魔力D 幸運E 宝具C
【属性】混沌・悪
【クラススキル】
気配遮断:A
サーヴァントとしての気配を断つ。隠密行動に適している。
完全に気配を絶てば探知能力に優れたサーヴァントでも発見することは非常に難しい。
ただし自らが攻撃態勢に移ると気配遮断のランクは大きく落ちる。
【保有スキル】
仲間呼び:C
自身の同種、イズチを呼び寄せるスキル。
最大二匹まで呼ぶことが可能であり、後述の宝具にも必要である
心眼(偽):C
第六感による危険回避。
仕切り直し:C
戦闘から離脱する能力。
また、不利になった戦闘を戦闘開始ターン(1ターン目)に戻し、技の条件を初期値に戻す。
千里眼:C
視力の良さ。遠方の標的の捕捉、動体視力の向上。
【宝具】
『鎌風三陣』
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:1〜10 最大捕捉:一人
左右からイズチで対象の逃げ場を塞ぎ、最後にアサシンの尻尾の鎌でトドメを刺す宝具。
よほどのスキルや幸運がなければ、この宝具は必中。
逃げ場なしの三枚おろしの完成である。
【weapon】
自身の腕や尻尾についてる鎌、たまに体液も吐き出す
【人物背景】
鎌鼬竜、闇夜に潜み、鎌で仕留める。
数多のハンター仕留めてきた、生粋の竜種。
【サーヴァントとしての願い】
種の安泰
【マスターへの態度】
ビジネスパートナー
【マスター】J・ガイル@ジョジョの奇妙な冒険
【マスターとしての願い】
億万長者
【能力・技能】
スタンド ハングドマン
【破壊力 - C / スピード - A / 持続力 - B/ 射程距離 - A / 精密動作性 - D / 成長性 - D】
仕込みナイフを持ったミイラ男。
鏡などの「物や人が映るものに」潜み、その中からダメージを与える下劣な暗殺者。
反射物に自動的に吸い寄せられるという弱点を持つため、他の鏡などを用意され、その移動する道中にやられるなど、明確な欠点も存在する。
【人物背景】
DIOの側近、エンヤ・ガイルの息子
両左手のゲス。
【方針】
聖杯を得る、そのために邪魔奴らは排除していく。
とはいえ有益な仲間などが組める場合には、同盟を組んだりもする。
【サーヴァントへの態度】
素早く殺しを実行し、力や耐久も高く、なおかつ従順な優秀なサーヴァント。
投下終了です
投下を開始します。
夜空を切り取るように高くそびえるオフィスビル。
不夜城と称されるその区画だが、この時間帯は最も明かりがまばらだ。
ガラス貼りの塔の足元に広がったスクランブル交差点。
ロクに通る自動車もないのに、信号機は律儀に交通整理を続けている。
やや離れた高架では、貨物列車がゴウゴウと線路を駆け抜けている。
つい数時間前の終電では満載の人間たちを運んでいた路線だ。
『ライダー。仕事の時間だ』
その初老の男と思しき声は、機械のようだった。
古びた内燃機関が静かに唸るような声だ。
冷たい鉄の殻の中に、確かな熱を有するような。
『作戦領域に進入。始めるぞ』
ビルの隙間から、機械のような、虫のような異形が、二つ。大きさは、肢を含めて普通自動車ほど。
迎え撃つように、スクランブル交差点の舗装がごっそりと持ち上がり、人の姿をした黒い影がワラワラと、ざっと百ばかり。
虫のような異形――大砲を背負った、白骨色の四つ足の蜘蛛と表現するのが的確か――は、
鋏角に当たる部位に備わった機関銃で、黒い人影を一つ一つ粉砕してゆく。
二機掛かりの機銃掃射で"影"を砕いてゆくが、影は人体にあるまじき頑強さと、
その数の圧力で二匹の"蜘蛛"に肉薄してゆく。
『<スノウウィッチ>、火力支援を行え。投射座標は任せる』
男が言い切らぬうちに、ビルの頂上から火の尾を引いて飛来した榴弾が交差点の中央に着弾。
影の群れの過半数が吹き飛び、その穴に前線を張っていた二機が切り込む。
<ヴェアヴォルフ>――人狼のエンブレムの機体が正面から機銃の弾幕で影を足止めし、
<ラフィングフォックス>――笑うキツネのエンブレムの機体がワイヤーを用いた蜘蛛さながらの三次元機動で死角を衝く。
黒い影の軍勢が着々と削り取られてゆくのをよそに、男は新たな指示を下す。
『<ガンスリンガー>、敵目標――"キャスター"の位置を傍受した。座標を送信する』
スノウウィッチの対岸道路、近辺で最も高いビルで息を潜めていた機械の蜘蛛が、背負う砲を構えた。
スコープの先には、21世紀の東京のオフィスビルの屋上には場違いな、黒いエナンに黒いローブを纏った女性の影。
ガンカメラ越しにその姿を認めた男が、
『その女だ。…撃て』
わずかに逡巡した男の指示と"同時"に、影に着弾。わずか数秒の猶予時間で、直線距離およそ1kmの狙撃を成功。
口径57mmの徹甲弾だ。人体に命中すれば跡形も残らない。
――だが。
『――ガンスリンガー、退避しろ!』
弾着の煙の中に、人の姿が残っている。
煙が女を避けて半球状に流れている――防がれた。障壁[シールド]のような何かで。
そしてこちらに、ガンスリンガーに、右手で指鉄砲を向けている。
その指先が光ると一拍置いて、バキン、ごおん、と金属が折れる音が男に響いてきた。
装甲兵器としては、あまりに軽すぎる破壊音が。
コンソールに表示されるアラートは、ガンスリンガーの左前後の脚部の破損を告げている。
戦闘は不能だ、撤退しろ、と指示するまでもなく、ガンスリンガーはビル陰を盾にワイヤーで降りる。
男が息をつく間もなく、ジャリリ、と缶詰を裂くような金属音と、
けたたましい、二機分のアラートが鳴り響いた。
ヴェアヴォルフと、ラフィングフォックスのアラート。
男は偵察ドローンの暗視画像から二機の姿を探す。
そこには、右の前肢を切り飛ばされた蜘蛛と、鋏角の片方を折られた蜘蛛、そして、
身の丈ほどの槍を両手に携えた鎧武者の影――シャドウサーヴァント、"ランサー"の姿があった。
『事前情報のとおりか。…"ランサー"がいるとはな』
足を奪われたヴェアヴォルフがなおも機関銃の弾幕をランサーに浴びせる。
ランサーは左手でプロペラのように槍を振り回して、事もなげにそれを防ぐ。
ほぼ同時、ワイヤーでビルの壁に張り付いたラフィングフォックスが背後後方から57mm徹甲弾を見舞った。
ランサーは後ろ回し蹴りでそれを持ち主に返却した。
新たに灯るアラート、ラフィングフォックス、主砲使用不能。
さらに無理な射撃と落下のダメージで、前肢の片方も破損。
ランサーが鬨の声が大気を震わすと、残り半数で散り散りになっていた影たちが統率を取り戻し、
戦列を立て直した。こちらは前衛、後衛ともに4機中2機が戦闘不能。
男の耳に聞こえるのは機体のアラート音、最後の抵抗よろしく響く機関銃の射撃音、
そして影たちがジリジリと包囲網を狭める足音――そして、ゴウゴウ唸る貨物車の走行音だけだ。
『<アンダーテイカー>、定刻通りだ。座標は――』
不要、と短い返答。当然のことだろう。
元はといえばこの戦闘は、――この状況を作るように戦闘プランを構築したのは――。
ゴウゴウと貨物車が鉄軌を走る音が流れてゆく。
コンテナや、シートで覆われた荷物が流れ去ってゆく。
走行音を拭い去るように最後尾の荷台が流れゆく。
小型車のようなシルエットの荷物を覆うシートがバラリと吹き飛び、5機目の"蜘蛛"が姿を現し、跳ぶ。
緩やかにカーブする路線から跳び出した蜘蛛――アンダーテイカーが貨物列車の速度を乗せてランサーに飛び掛かる。
鋏角に機関銃はなく、節足動物さながらの1対のブレード。
ランサー、二本の槍を交差で構え、正面から迎え討つべく跳躍する。
2者の交錯の直前、アンダーテイカーの主砲が轟く。ランサーが右の槍を薙ぎ、砲弾を弾き飛ばす。
空中射撃の反動で、アンダーテイカーの機体全体が後方に傾く。
武装もろくに施されていない、蜘蛛の弱点たる腹が晒される。
そこにランサーの左の突きが迫る――狙いが外れ、掠めるだけに留まる。
開いた右腕に、アンダーテイカーの射出していたワイヤーアンカーが絡みついていた。
すかさず全速稼働する巻き上げウインチ。一瞬にして距離が詰まる。
1対のブレードを備えた鋏角と、ランサーの首筋の距離が。
ワイヤーで絡まれた右腕、突き出した左の槍は蜘蛛の肢の二本掛かりで挟みこまれた、
ならば蹴りで――ランサーが脚を振り上げ――それより一瞬だけ早く、ランサーの首が鋏角のブレードで挟み斬られた。
決着は、空中での一瞬の交錯だった。
アンダーテイカーが、ボコボコのアスファルト舗装の上を四足で滑りながら着地。
スコップを担いだ、首のない骸骨のエンブレムが信号機に赤々と照らされていた。
指揮官を失った影たちが都市の闇の中に溶けて消えてゆく。
『ライダー。よくやった。今日の仕事は終わりだ。…帰って、休め』
新たに灯ったアンダーテイカーの脚部損傷アラートを横目に、男は五機に向けて告げた。
『了解しました。ハンドラー・ウォルター』
アンダーテイカーが、五機の代表として答えた。
静かな声だった。声変わりをようやく終えたばかりの少年の、澄んだ声。
死線をくぐった直後とは思えないほど、落ち着いた声だった。
◆ ◆
大都会の雑踏の只中のように、あるいは孤島を囲む海のさざめきのように、幾人もの亡者たちの声が渦巻いていた。
『619 生体反応ロスト』
人間の聴覚には多数の声が重なる中から、当人にとって重要な声だけを聞き取る機能があるという。
俗にカクテルパーティー効果というものだったか。
俺にも拾うことができた。重要な声を。俺の与えた仕事を果たして、死んだ者たちの声を。
宇宙政府軍――惑星封鎖機構の防衛線を穿つために、俺が送りこんだ猟犬たち。
619は仕事をした。幾重にも張り巡らされた防衛線の第一ラインを破るため、
満載したミサイルを一斉射して、刺し違えるように集中砲火を浴びた。
機動兵器を操る機能と引き換えに、名前さえも奪われた強化人間たちの最期の声は、
死の残酷を即時正確に伝えるよう調整された人造のシステムボイスだ。
『620 反応ロスト』
コンソールのディスプレイから光点がまた一つ消えるのを想起する。
620は仕事をした。猟犬たちの行く手を塞ぐ超大型戦車、その旋回砲塔の標的を引き受け、粉砕された。
620の作った隙を突いて回り込んだ617が、戦車の制御ブロックに激突するように取り付いた。
そして、回転する銃身がめり込む勢いで銃弾を叩き込む。
617は真っ赤に焼け付いたガトリング砲を引き換えにして戦車を破った。
『ターゲット情報更新 フェーズ3 パターンE』
僚機と手持ちの兵装をすべて失った617だが、まだ仕事は終わりではない。すかさず俺が新たな命令を下す。
防衛線の最奥には、直径100メートルほどの目玉のような大型レーザー砲が、未だに睨みを効かせている。
『617 ロスト』
そして617も仕事をした。
最後に残った武装、機体の胴体[コア]部分から内蔵エネルギーを爆発させ、防衛線の目玉たる大型レーザー砲を道連れにした。
『ハンドラー・ウォルターに報告 ミッション完了』
幾人もの強化人間を機動兵器に詰め込んで、消耗品のように使い潰し、惑星ルビコン3にたどり着いた。
そこへ送り込むことのできた新たな1人の奮戦が、ルビコン3の最奥への道を切り開いた。
――ようやくたどり着いた、俺の故郷。今は亡き友人たちとの、約束の地。
そこは、高度計がマイナスに振り切れるほどに大深度の地下空間。
分厚い氷床を通り抜けた日光を浴びて、砂塵にまみれたビル街が煤けた輝きを放っている。
遺[す]てられた都、ルビコン技研都市。
最奥には鋼の漏斗と形容すべき巨大構造物[メガストラクチャー]が、傾いて地下空洞の底に突き刺さっている。
眼前に広がる数百メートル級の高層ビル群をミニチュアに見せるほどの、狂ったスケール感。
まっすぐ立て直せば惑星の大気圏外へと達する鋼の漏斗――
バスキュラープラントと呼ばれる、それの根元にたどりつくこと。
それが、今まで俺を導いてきた独立傭兵に与えた最重要任務、"集積コーラル到達"である。
行く手を阻むのは、惑星ルビコン3で発見された新物質・コーラルの、
狂った研究過程で産まれた狂った産物と、それらを塞き止める安全弁。
半世紀も前に作られたコーラル兵器群が、現行兵器を遥かに凌駕するスペックを以て、
俺の最も信頼する傭兵へと襲いかかった。
その時ハンドラーとして俺は、ウォルターは、あいつに何をしてやれた?
せいぜいフットボールの試合で駆け回る子供に、観客席から無意味な激を飛ばすことくらいのものだった。
恋人の一人も作っていそうな年頃の子供の父親みたいな面をして、俺は。
だがともかく、あいつは勝った。勝ったところで――背中を刺された。
用心深く息を潜めていた刺客――コーラルの独占を目論む、企業付きの傭兵に。
激戦を経て損傷したあいつの機体の足元に、氷原の化け物殺しの電撃砲弾が着弾。
完全に機能を停止し、頭垂れる機体。
それが俺の見た、コンソール画面越しの最後の光景だった。
あいつの激戦と、その後に急襲される様子に取り乱した俺は、
オペレーティングルームに企業の手の者が押し入ってくることさえ気づかなかった。
――そこで俺は死んだのだろう。
死んだから、俺の与えた仕事で死んだ猟犬たちの声が聞こえるのだろう。
「…621」
思わず口に出したあいつの呼び名。だがしかし、あいつの声だけは聞こえてこない。
ならば、あいつはきっとまだ生きている。希望だけは、残っている。
あいつの仕事――あるいは"選択"を見届けられないことだけが、わずかな心残りだった。
『――問おう。貴官が本官たちのマスターか?』
◆ ◆
俺達、スピアヘッド戦隊がこの"東京"という街を訪れてまる一日が経とうとしている。
特別偵察任務に出ておよそ一ヶ月、武器弾薬がほぼ尽きた状態でレギオンと交戦し斃れたはずの俺達は、気づいたらここにいた。
俺達5人の中に、"活きている"街の記憶はほとんどなかった。
12歳まで良心ある"白系種[アルバ]"のバアさんに匿われていた俺――ライデン・シュガは、まだマシな方だろう。
他は皆、物心ついた頃から強制収容所のクソみたいな環境で育ってきた。
かつて人間の街だった廃墟を、特別偵察中に偶然見つけたくらいのものだ。
見たこともない人波だった。黒い瞳に明るい色の肌、極東黒種[オリエンタ]が多いように見える。
人の密度だけなら強制収容所にも劣らないだろう。
だが、皆が皆小綺麗な身なりをして、憲兵に怯える様子もなく、ある者は道端で談笑し、
ある者は書類鞄を抱えて小走りに、ある者は美味そうな何かを食べ歩き、ある者は板状の情報デバイスを熱心に睨みながら、
――思わず右手が腿のホルスターに伸びた。
それは他の連中――"シン"こと、シンエイ・ノウゼンを除く3人も、同じようだった。
俺たちは、"平和"というものを知らなかった。
現状に理解の追いつかない俺達は、背中合わせで周囲を警戒した。
銃を抜きそうになった仲間の一人――クレナ・ククミラを制止した。
それはいけないことだと、そういう知識がいつのまにかあった。
数分もしないうちに濃紺色の服に身を包んだ壮年の男がこちらに近づいてきた。
それがこの街の警察であるという知識があった俺達は、
シンの手を引いて、一目散に駆け出した。人のいない方へ。人のいない方へ。
――どこまで行っても人がいた。
ともかく、警官を撒くことはできた。
たどり着いた先、路地の奥まったところは流石に人も少ない。
「シン。ここに敵はいるのか?」
ここに来てからずっと、ぼうっとした様子のシンに、俺達は口々に問うた。
「いない。――少なくとも、この近くには」
シンが言うには、この東京23区は周りを亡霊の群れで埋め尽くされている。
内側にも亡霊がいて、そいつらは特別に強い、らしい。
シンが有する異能だ。シンは100km以上離れた死者の声を聞くことができる。
大型哺乳類の神経系や、人間の脳をコピーして情報中枢としている機械仕掛けの亡霊・レギオン。
そいつらの声も死者のうちに入っており、俺たちはシンの異能に大いに助けられてきた。
話が逸れたが、何のことはない。
ここは死者の国で、俺たちもそこに迷い込んだというだけのことだった。
それから俺たちは、死者の国・東京の観光に洒落込んだ。
俺達は生まれて初めて海を見た。書き割りのイルミネーションに輝く水面。セオト・リッカは画材がないことを悔しがっていた。
ショーウィンドウの中で輝くドレスに、クレナと、それからアンジュ・エマの視線は釘付けになっていた。
不思議と腹は減らなかったし、眠気もなかった。
東京を野戦服で徘徊する少年少女の集団に対して、奇異の目を向けられることもあったし、
警官にも何度か追い回された。だが少なくとも、肌や瞳の色で敵視してくる者はいなかった。
そうしてまる1日ほど東京をぶらついているうちに、終わりがくるのがわかった。
髪が、指の先が、服の裾が、光の粒子を吐き出してうっすらと透けてきている。
"時間切れ"らしい。何の時間かは、ともかくとして。
俺たちはここで消えてなくなり、外側にいる亡霊たちと一緒になるのだろう。
ここの街が俺たちの終着点というなら、それも悪くない。
「――いる」
シンが声を上げた。東京を彷徨っているあいだずっと所在なさげにしていたシンが。
弛緩していた俺達4人の空気がギュッと引き締まった。
「敵か?」
「ハンドラー、いや、"葬者[マスター]"の声が聞こえた」
◆ ◆
『――問おう。貴官が本官たちのマスターか?』
ウォルターは首の後ろ、脊椎から脳幹に繋がる部分がジリジリと熱を持つのを感じた。
聞こえてくる声は、声変わりを終えたでばかりであろう少年の、澄んだ声。
「それは、俺に対しての問いか?」
『生きている人間の声は、あなただけだ』
「ならば、…多分そうなのだろう」
知識が植え付けられていた。
聞こえてくる少年の声が、サーヴァント。俺がそのマスター。
役割を与えられて、ここに喚ばれていた。
身を起こしたウォルターが今まで横たわっていたのは、シンプルな造りのベッドの上だった。
部屋は広く清潔で、外に見える市街の様子と比較しても高級さを感じさせる。
だが殺風景な部屋だった。数日間生きるのに最小限のモノが片隅に集まっているだけの。
『あなたが俺のマスターであるというなら、正式な契約を結びたい』
マスターになり、聖杯戦争を勝ち抜けば、使命を果たすことができる。
コーラルを焼き払うという、俺に課せられた使命を。
――いや。コーラルという物質を最初から存在しなかったことにすることさえできる。
それが叶うならば、コーラルによる強化手術という狂気の産物は――
俺が使い潰した強化人間は最初からいなかったことになり、
ただの人間として、普通の人生を送ることができていたかもしれない。
迷う余地などない。
しかし。
――621。正式名称、強化人間C4-621。その名で呼んできたあいつも、存在しなかったことになる。
『戦わないというなら、それでも構わない。――ただ、早く決めてほしい』
俺によぎった迷いを看破したかのように、少年が続けた。
また命令されて戦うのかよ、と、声変わりの済んでいない少年の愚痴が聞こえた。
このまま消えてしまうのも惜しいかしらねぇ、と、育ちの良さそうな少女の声が聞こえた。
「…わかった。まずはサーヴァントとしての契約を結ぼう」
話はそれからだ――。
◆ ◆
サーヴァントとしての契約を結んだシンたちにまず与えられたのは、家だった。
『サーヴァントとしての契約はしたが、仕事の契約は別だ。
これからお前たちに依頼を出す。受けるかどうかはお前たちの意志で決めろ』
サーヴァントとして契約したとき、マスター――ハンドラー・ウォルターはそう言った。
そして程なくしてこの場所へ行け、指示を出し――歩いて到着した時に飛んできたドローンの運んで来たものは、
眼の前の家の鍵だった。
次いで、衣服や家具が山と送り込まれ、これで足りなければもっと買え、とばかりに通販のカタログがおまけで付いてきた。
「何のつもり?」
とセオトが口火を切ったが、それはシンたち全員の総意だった。
『ここでどう振る舞うにせよ、拠点は必要だろう。
…この家はサーヴァントとして俺と契約を行った時の契約金だと思え』
というハンドラーの言葉は正論であり、嘘はなかった。
だが、依頼を受けてもいないのに、あまり待遇が良すぎるのも不信を招くものだ。
半地下に備えられたガレージは、ジャガーノート5機とスカベンジャー1機が収まるほど広い。
周囲の家がスライスしたパウンドケーキのような形状なのに比較すれば、ここは破格の豪邸だ。
シンたちはガレージで各人の乗機に搭乗し、通信用モニターに目を光らせていた。
出撃ではない。通信のためだ。
『これは …ある友人、いや、俺からの私的な依頼だ。
俺やお前たちの拠点の近辺で、シャドウサーヴァントと思しき存在が戦闘を行った形跡が見つかった』
モニターにはクレーターのようにくぼんだアスファルトや、真っ二つに切断された電柱の画像が届いていた。
『今回お前たちには、これらの交戦跡を残したシャドウサーヴァントの偵察に行ってもらいたい』
次いで映る画像。街灯の下を闊歩する黒い影たちの空撮暗視画像。
『シャドウサーヴァントは、東京23区の外から亡霊を集めて率いていると見られる。
…放っておいても交戦は避けられん相手だ。戦力が揃う前に始末したい』
依頼を受けるべきか否か、わざわざ質問のダイアログをよこしてきた。
Yes、とシンが返信。
『ライダーとお前たちの技能については、ここまでの道程であらかた聞かせてもらっている。
…だが、気を付けて行って来い』
案じる声色は、なぜか生前のハンドラーである銀鈴の転がるような声を思い出させた。
そうして、最初の任務は何事もなく終了した。
機体に乗るまでもない。というか、偵察に目立つ機体は不要だ。
おまけに、シンたちは生身ではサーヴァントと認識されないらしい。
ともかく、なんということはなく終わった任務だった。
帰り道に買い物ができたくらいには気楽だった。
報告。
近辺に潜んでいるのは、キャスターのシャドウと思しき存在が1体。
死霊の兵士は、普段道路の下、地下に隠れている。
そしてもう1体、シャドウがいる。恐らくは三騎士。
『よくやってくれた。…そうだ、"これ"を忘れていたな。』
ハンドラーが言うと、いくつものリードを握りしめる筋張った手のアイコンが届いた。
調教師[ハンドラー]たる彼のシンボルとなるエンブレムである。
『俺の、俺たちの知る傭兵の流儀だ。お前たちにシンボルマークがあるかどうかはわからないが』
少し時間を置いて、シンたちはそれぞれに返信した。
牙剥く人狼のエンブレム、<ヴェアヴォルフ>。
箒にまたがる魔女のエンブレム、<スノウウィッチ>。
2丁の銃が交差したエンブレム、<ガンスリンガー>。
やや遅れて、口角が釣り上がった狐のエンブレム、<ラフィングフォックス>。
そして、スコップを担いだ首なし骸骨のエンブレム、<アンダーテイカー>。
たった今機外に降りて撮影してきた。
シンたちのパーソナルマークの画像データだ。
そして、動物が鳴くような抑揚の電子音とともに、
大きな単眼カメラアイの写真画像。ファイドと名付けられた、支援ユニット。
『それから、今回の任務の報酬だが――』
「報酬は不要です、ハンドラー・ウォルター。顧みられることなく消え去るはずの俺たちが、
英霊の座にたどり着いていた事を知ることができた。今は――それで十分です」
俺たちの総意として答えたシンとは別に、
事前にアンケートを受けていた料理のフードデリバリーと、
直方体状になるまで紙幣が詰まった封筒が家に届いていた。
ハンドラーから次の依頼が届いたのは、その数時間後のことである。
『ライダー 仕事だ。
これは…俺からの、私的な依頼だ。先刻見つけたシャドウサーヴァントたちを討伐する。
まずはブリーフィングを行い、戦闘プランを確認する。
俺からたたき台となる案を提示するが――偵察に行ったお前たちの視点で忌憚のない意見をもらいたい』
◆ ◆
「今日の仕事は終わりだ。…帰って、休め」『了解しました』
通信を切ったウォルターは、自動操縦中だった観測用ドローンたちに帰還指示を下し、
大型スクリーンの電源を落とすと、泥のように濃いコーヒーをすすって息をついた。
「あんなものを、"ジャガーノート"と呼ぶとはな」
ジャガーノートと名付けられた、彼らの搭乗する多脚戦車の概要を知ったときウォルターは耳を疑った。
歩兵の小火器さえ防げるか怪しい装甲、重量に対して過小な火力、
それらは歩行兵器を装輪兵器と比較した際の宿命的な弱点としても――
唯一の強みのハズの運動性さえ、あの脆弱な脚部では満足に発揮できずにいる。
本来、消耗品の無人機として扱うべき代物に何らかの事情で人間を詰め込み、
敵前に放り出して合法的に抹殺する。――そういう破綻した設計思想が見て取れた。
ブリーフィングにおいても、彼らライダーたちは武装や得意とする兵種については詳しく話してくれたが、
本名をはじめ、出自について話そうとはしなかった。
彼らは一種の懲罰部隊だったのか? そうだとしても、あの兵器は。
人としての尊厳を与えられなかったのだろうか、彼らは。
本来、あんなものに詰め込んで殺していい人間ではないことは、今までの短いやり取りで十分にわかった。
あまりにも若く、善良で――普通の人生を送り、普通の幸せを掴むべきはずだった彼らが
英霊となり果てるまで戦わざるを得なかった理由とは――。
しかしもはや英霊となってしまった彼らを救う方法も義理もなく、
今までの猟犬に対してそうしてきたように、使い潰すしかないのだろう。
ウォルターは、ひとまずそう結論づけて、ベッドに身を横たえた。
◆ ◆
「今回のハンドラーは、こんな感じか?」
セオト――ラフィングフォックスのプロセッサーである少年が
液晶タブレットに描いたのは、オールバックに整えた白髪、三つ揃いのスーツ、
左手にステッキ、右手にいくつも犬のリードを握った老紳士――を豚の頭で戯画化したイラストだ。
ちなみにリードの先には首輪だけがぶら下がっている。
「もう。今回は強制されて戦ってるわけじゃないんだから、豚扱いは……」
そう言いつつ、クレナ――ガンスリンガーはけらけらと笑っていた。
令呪という命令権をマスター、あのハンドラーが握っている以上、立場はそう変わっていない。
いくら傭兵として雇うという体でいても、だ。
「あなた達、あまり騒ぐと近所迷惑でしょう……ね?」
真夜中の任務を終えてからの、リビングでの馬鹿騒ぎである。
アンジュ――スノウウィッチは笑顔で諭すが、胸元で握った右拳には血管が浮き出ている。
リビングの灯が消えた。
寝室にはそれなりに上質なベッドが5つ並んでおり、そのうちの二つを少年たちが占拠していた。
「正直、契約なんてしないと思ってたぜ」
ベッドに寝そべって、スマートフォンでWordleに挑んでいたライデン――ヴェアヴォルフが隣の少年に話しかけた。
この亡者の街、東京に流れついてからというもの、こいつはどこかぼうっとして、気力が抜けているように見えた。
もっともそれはそれ以前、――あの特別偵察任務の最初の交戦からだっただろうか。
憑き物が落ちたようによく笑うようになった、と思ったら、現世への興味を一切失ったように勝手に一人で死にに向かった。
俺達を少しでも長く生かすためとはいえ、一緒に行けるところまで行こうと誓った俺たちを置いて。
「あのハンドラーが、俺たちを必要としていたから」
ベッドの上で壁に背を預け、難解そうな本のページをめくっていたシンことシンエイ――アンダーテイカーが応えた。
サーヴァントの召喚とは、そういうシステムだ。何らかの"縁"が、互いを引き寄せる。
戦うことでしか自己を定義できなかった俺達に必要だったのは、戦いの意味。
戦いに意味を与えてくれるマスターこそがふさわしい。
今までの俺たちの闘いに意味はなかった。
レギオンから共和国を守るというのは建前で、実質は俺たちを死なせるために敵前に突き出されていただけのことだった。
それでも俺たちが闘い続けたのは、クズばかりの共和国の中にもマシなやつがいたのを知っていたからで、
俺たちもそのマシな側でいたい、という――ある種の自己満足に過ぎないからだった。
「あのマスターは、戦いしか持たない俺たちに意味を与えてくれる――それだけでも、大したものだと思うんだ。
そう思わないか、みんな?」
俺と、寝室に入ってきたアンジュ、そして(アンジュに首根っこを掴まれていた)セオト、クレナに対して
シンが問いかけた。その時の俺たちの中に異論を唱える者は、一人もいなかった。
【CLASS】
ライダー
【真名】
アンダーテイカー@86 -エイティシックス-
【ステータス】
(サーヴァント本体)
筋力D 耐久D 敏捷D 魔力C 幸運E 宝具E
(M1A4ジャガーノート搭乗時)
筋力C 耐久E 敏捷B 魔力C 幸運E 宝具E
【属性】
混沌・善
【クラススキル】
騎乗:B(陸上を走行する機械に限りA++)
【保有スキル】
直感:B
世が世なら、不世出の英雄になると評される戦闘センスの持ち主。
それはジャガーノート搭乗時のみならず、生身の際も発揮される。
パラレイド(感覚共有):C
人類が普遍的に有するとされている集合的無意識を利用した、精神感応能力の一種。
マスターとライダーたちで五感を共有することができる。
但し、視覚の共有は過度の使用で失明する、五感すべてを共有すると過剰な情報量で廃人化するなど、
マスターが感覚を共有するリスクは非常に大きい。
通常は聴覚のみを共有し、妨害・傍受されづらい無線通話機能としての運用に留まる。
サーヴァント化にあたって、魔力のパスをどんな距離でも支障なく繋ぐことができるという恩恵が付随している。
コード「バーレイグ」:A
ライダーが有する、死者の声を聞く異能。
有効範囲は半径100km以上。この聖杯戦争の会場である東京23区をすっぽり覆うほど。
遠距離であればその数や距離・方角を把握するに留まるが、近距離ならば擬似的な読心能力のレベルまで精度が上がる。
この能力は英霊の写し身たるサーヴァントにも有効であり、索敵や哨戒、直接戦闘に大いに役立つ。
但し、生きた人間である他のマスターなどの声は当然、聞けない。
上述のスキルであるパラレイドの感度を上げすぎると、マスターにも死者の声が聞こえて精神的な負荷が掛かり、最悪、発狂する。
ライダーのこの異能の発現となったきっかけが瀕死の状態から息を吹き返したことであるためか、冥界化した領域に対する耐性をほんのわずかだけマスターに付与する。
プロセッサー:E
ライダーはweaponの項目に記載される機動兵器、ジャガーノートに搭乗していない限り、
サーヴァントとして認識されない。『無力の殻』に類似するスキル。
但し、本来サーヴァントに傷を与えられないはずの神秘を有さない攻撃で負傷するリスクを負う。
人間としての本名が明かされている対象には、認識阻害は機能しない。
グラン・ミュールの境界:E
ライダーたち、サンマグノリア共和国の防衛線外に追いやられた者が抱える呪い。
生前のライダーは共和国での戦いにおいて、一度も防衛線内の指揮管制官(ハンドラー)と顔を合わせることがなかった。
ゆえにこの戦いにおいても、ライダーたちとマスターは何らかの因果が働いて
面と向かって会うことができず、互いの素顔を知ることもできない。
代わりに、このスキルがある限りマスターは敵対するサーヴァントからの攻撃対象とされることがない。
対象を取らない攻撃(流れ弾や無差別の範囲攻撃)までは防げない。
このスキルはマスター、サーヴァントともに所持していることを自力では認識できない。
マスターとサーヴァント、両者の同意の下で直接会うことができたとき、このスキルは解除される。
【宝具】
『我らが死神、アンダーテイカー』
ランク:E 種別:対"物"宝具 レンジ:なし 最大捕捉:580
兄を含む576のプロセッサーの形見と、サンマグノリア共和国における最終任務・特殊偵察に赴いた4名、
計580名の魂を運ぶ宝具。
ライダーが生前から集めてきた、機体の装甲片をはじめとする形見の品である。
ライダーがライダーというクラスを得たゆえんは、この宝具にある。
人である事を否定され、ドローンの処理装置として戦地に赴いたプロセッサーたちは、
その死さえも本国・サンマグノリア共和国に否定され、現地での死体の回収、葬儀も厳しく禁じられた。
そんな中で始まった友軍の形見の回収という習わしは、かつてのライダーの所属隊長から始まり、
その死後はライダーに引き継がれた。
どんな過酷な戦地に赴いても生き残り、友軍の形見を残さず回収して持ち歩くライダーはやがて
アンダーテイカー(葬儀屋)のパーソナルネームを得て、我らが死神と親しみを込めて呼ばれるようになり、
プロセッサーたちの魂の最後の拠り所となっていった。
共に戦った全ての仲間を、その心を、行き着く果まで連れて行くのが、ライダーである。
故に、ライダーが召喚されたなら、共に戦った仲間が勝手に現界するのも道理である。
この聖杯戦争においても当初召喚されたのはライダーのみであったが、
特殊偵察任務まで同行した4名は既に乗機を連れて現界している。
【weapon】
○サンマグノリア共和国製 無人戦闘機械 M1A4 ジャガーノート
全長5.4m。全高2.1m(主砲除く)。
主兵装 57mm滑腔砲×1
副兵装 格闘用高周波ブレード×2、ワイヤーアンカー×2
4本脚の蜘蛛が大砲を背負った形状の、多脚戦車型無人式自律機械。
本来は自律兵器群・レギオンの侵攻に対抗するための無人兵器(ドローン)として開発されたが
AI開発の実用化に失敗したため、人権を剥奪した"有色種(コロラータ)"を"情報処理装置(プロセッサー)"として
搭乗させることで、"無人機"として運用している。
その開発経緯から生存性は劣悪で、アルミ合金の装甲は小銃弾に耐えられるかどうかの脆弱さ。
加えて、主砲はレギオンの主力である戦車型の正面・側面装甲に通用せず、
細い4本の脚は、接地圧の高さから走破性に不安を抱える上、無理な機動をとると頻繁に故障する。
要は、走・攻・守が揃ってダメな欠陥兵器である。
この動く棺桶未満、アルミの棺桶をあてがわれて戦場に放り出されたプロセッサーたちの1年生存率は0.1%未満とされている。
ライダーのジャガーノートは各所のリミッターがカットされているなどのピーキーな調整がなされており、
他と隔絶した運動性を発揮する一方で、通常の3倍の早さの脚部損耗率を誇る特別仕様である。
なお、副兵装としてブレードを使用する変態はライダーのみ。他はみな機関銃を使う。
○スカベンジャー ファイド
ジャガーノートと共に戦地に赴く支援機。
給弾や搬送、そして破損したジャガーノートからの部品や形見の回収も行う。
こちらは自律稼働だが、AI技術の未熟さから戦闘に耐えるものではない。
ファイドとはシンが与えた個体名であり、シンと共に長く転戦していた。
○レイドデバイス
プロセッサーたちの首の後ろにインプラントされた疑似神経結晶素子と、右耳のイヤーカフ。
これらの機器によって、限られた者の異能だった感覚共有は誰にでも発現できるものとなった。
○アサルトライフル・ハンドガンなど、小火器
気休め。
【人物背景】
人間としての本名、シンエイ・ノウゼン。愛称、シン。
年齢、16歳。
黒い髪に赤い瞳を持つ。彼らの世界でいう、黒系の貴種・夜黒種(オニクス)と赤系の貴種・焔紅種(パイロープ)の混血児。
常に空色のスカーフを首に巻いており、その下には斬首跡のような傷跡がある。
寡黙で、関心のない事柄には極端に無頓着かつ、雑。仲間を思う気持ちもあるにはあるが、その出力は不器用。
自身では耳を塞ぐこともできない死者の声をごまかすため、読書を趣味としている。
サーヴァントとしての真名、<アンダーテイカー>(葬儀屋)とは、プロセッサーとしてのパーソナルネームである。
パーソナルネームは、1年生存率0.1%未満の戦場を生き抜いたプロセッサーに与えられる歴戦の証であるが、
その中でもシンが所属していたサンマグノリア共和国 東部戦線 第一戦区 第一防衛戦隊「スピアヘッド」は、
戦歴4年以上のベテランが属する。
そんなベテランの中でなお、シンの操縦技量と戦闘力は飛び抜けて高い。
参戦時系列:アニメ版 シーズン1 11話、原作小説 第1巻 第七章 終了直後
【サーヴァントとしての願い】
無い。
仲違いしたままレギオンに取り込まれた兄を討つことだけを考えて戦いに身を投じ、
その宿願を果たして特別偵察任務という死出の旅路に出た。
そのような時期であった彼は、生きる意味さえ失っていた。
【マスターへの態度】
必要とする人がいるのなら、戦うことでそれに応えたい。
【マスター】
ハンドラー・ウォルター@アーマード・コアⅥ ファイアーズ・オブ・ルビコン
【マスターとしての願い】
コーラルの焼滅あるいは抹消。可能であれば、最初から存在しなかったものとする。
【能力・技能】
機動兵器、アーマード・コア(AC)の戦闘を後方から支援するオペレーターとしての技能。
他にも、ドローンでの偵察、惑星封鎖機構に対する通信妨害、相手の心理を突いた話術による傭兵の売り込みなど、
長らく傭兵を支援してきたことが伺える、多岐に渡るスキルを有する。
自身もACに乗って出撃することがあるが、相当無理が掛かるのか、最後の手段としているようである。
なお、この聖杯戦争で東京に呼び出されるにあたって、独立傭兵の仲介者として、
あるいはオーバーシアーの一員として保有している資産(企業合意通貨)を日本円で持ち込んでいる。
その額、推定数百億円。人の人生を買い取ることさえできる額だが、"戦争"をするのには心もとない。
【人物背景】
壮年から初老の男性だが、その容姿は明かされていない。トレイラーPVで杖を突いて歩く影が描写されるのみである。
開発惑星ルビコン03において50年前、「アイビスの火」と呼ばれる、新物質・コーラルの異常増殖に起因する大災害が発生。
その後設立されたコーラルの動向を監視し、増殖の予兆があれば焼き払う
秘密結社・オーバーシアーの一員として活動を続けてきた。
能力・技能の項のとおり、主に子飼いの独立傭兵を雇って活動する。
彼の傭兵は廃棄寸前の状態で保管されていた旧式の強化人間だが、「あのウォルターの子飼い」
「さんざん苦渋を舐めされられてきた」など、その評価は高い。
ACを駆って戦う以外の機能を失った強化人間に対して、情緒や自主性が育つよう仕向けて
自由意志に基づいた活動を促すなど、あくまで一人の人間としての尊厳を以て扱おうとする姿勢が見られる。
不測の事態で傭兵が危機に遭遇したら特別手当を給付し、
自身の依頼でもないのに想定外の事故で任務不履行が発生した場合は報酬を補填するなど、
過酷な任務に放り込む使命と、それに相反する善性が隠しきれていない。
参戦時系列:チャプター4 最終ミッション 集積コーラル到達(通常) 終了直後
以下は、原作中の断片的な情報からの推測を含む情報である。
人類が恒星間移動を実現した時代、惑星ルビコン03で発見された新物質・コーラルを研究したナガイ教授の
第一助手の息子としてウォルターは生を享けた。
第一助手は息子である彼を無視して研究に没頭し、コーラルを用いた脳改造など、非人道的な研究に没頭するようになる。
彼がまだ少年と呼ばれていた頃にアイビスの火が発生。
以来、ウォルターはその人生を次なる"火"を防ぐことのみに捧げてきた。
現在の年齢は推定60代と思われる。
【方針】
勝ち残り、使命を果たす。
【サーヴァントへの態度】
あくまで、傭兵として対等な立場で扱う――が、マスターとサーヴァントという主従関係はどうしようもないし、
サーヴァントに現金の報酬を与えてもあまり意味がない。どうしたものか。
ちなみに令呪の位置は首の後ろを中心として、首を一周する形状。
86-エイティシックス-に登場するハンドラー用レイドデバイスを模した形である。
投下を終了します。
投下します
時は深夜。場所は河川敷。
一人の男性が、缶ビールを片手に空を見上げている。
男が着ているスーツは、上等なものだ。髪もしっかりセットされている。
一般人が見れば、一流企業のビジネスマン辺りだと思うことだろう。
だが修羅場を経験したことのある人間なら、感じ取れるはずだ。
男からあふれる、どす黒い意志を。
「まったく、不用心だな。聖杯戦争のマスターともあろうものが、こんな夜中に一人で外をうろつくとは」
ふいに、男に声がかけられる。
男の背後から現れたのは、目を引くほどに長く髪を伸ばした青年だ。
武術家の道着にも、宗教家の法衣にも見えるような、独特の白い服を着ている。
「一人ではないさ。君がいるだろう、ライダー」
スーツの男は、かすかな笑みを浮かべながらそう言う。
このやりとりで分かるようにスーツの男はマスターであり、長髪の青年は彼に召喚されたサーヴァントであった。
「あまり過信しない方がいい。俺がおまえを守るという保証はないのだからな」
「ほう、まだそんなことを言うのか」
二人の出会いは、数日前。
それははっきり言って、険悪なものだった。
マスターが聖杯によって叶えたい願いは、おのれが地球の支配者になること。
だがそれは、かつて人類の救済を目指していたライダーにとって受け入れられるものではなかった。
妹やその盟友との対話により、死の間際におのれの過ちを認めたライダーであったが、人類の未来を憂う気持ちは変わらない。
一人の男による人類の支配など、彼にとって暴挙以外の何物でもない。
結果として彼らは、まともに交流しないまま現在に至っていた。
「君は私の願いを、許容できないと言った。ならばなぜ、私を殺さない?
むろんそれを察知すれば私も令呪で阻止しようとするが、これまでその気配すら見せていないじゃないか」
「それは……」
「初日に、君は言ったな。聖杯にかける願いなどない。
なぜ自分が召喚されたのかわからない、と。
だがそれは、死した英霊としてのこと。
実際にサーヴァントとして召喚されて、欲が出てしまったのではないかね?
願いが叶えられるというなら、叶えたい。
たとえば、過去を改変したいとか……」
「黙れ!」
ライダーは、男に向かって拳を繰り出す。
だがその拳は、男の眼前数ミリで止まる。
男は、薄笑いを浮かべたまま微動だにしていなかった。
最初から、ライダーが拳を止めるつもりだとわかっていたかのように。
「別にいいじゃないか。君も知的生命体だ。
いやまあ、すでに死んでいるから生命体というとおかしくなるが……。
とにかく、知的生命体が欲望を抱くのはごく自然なことだ。
それを叶えるべく行動するのは、そんなに恥ずべきことかな?」
「おまえは……まるで悪魔だな……」
苦虫をかみつぶしたようような表情で、ライダーは言う。
「舌先三寸で人の心を揺さぶり、堕落へと誘う……。
古典的宗教観における悪魔の役割そのものじゃないか」
「超越存在に例えられるのは、悪い気はしないね。
ああ、そういえば古典文学に私と似たような名前の悪魔がいたな」
「メフィストフェレスのことか?」
「そう、それだ。さすがに学があるね」
「別に褒められるような知識じゃない」
「いや、過去の名作に触れることは大切だよ。
温故知新、私の好きな言葉です」
「おまえは知識をひけらかしたいだけだろう。
もういい、おまえと会話するだけ徒労だ」
呆れたように、ライダーは会話を打ち切った。
「やれやれ、まだ君の信頼を得るには遠いようだね。
まあいい、今日のところは空調の効いた我が家に帰るとしようか」
残っていたビールを飲み干すと、男は歩き出した。
「そういえば、結局ここで何をしていたんだ?」
「おや、私との会話は徒労ではなかったのかね?」
「いいから答えろ」
「なに、少々故郷に思いを馳せていただけさ。
もっとも、この偽りの空では、故郷など見えるはずがないのだがね」
一瞬だけ地球人の擬態を解き、メフィラス ―外星人第0号― は言う。
それに対し、緑川イチロー ―仮面ライダー第0号― は何も言わなかった。
【CLASS】ライダー
【真名】緑川イチロー@シン・仮面ライダー
【ステータス】
筋力C 耐久C 敏捷B 魔力C+ 幸運E 宝具B
【性別】
男
【属性】
中立・中庸
【クラススキル】
騎乗:B
乗り物を乗りこなすための能力。
Bランクでは大抵の乗り物なら人並み以上に乗りこなせるが、幻想種あるいは魔獣・聖獣ランクの獣は乗りこなすことが出来ない。
彼の逸話からすればCランク程度が妥当だが、「仮面ライダー」の言霊が持つ力によりランクアップしている。
【保有スキル】
オーグメント:A
SHOCKERによって生み出された改造人間。
通常の人間をはるかに超える身体能力を持ち、大気中の「プラーナ」と呼ばれるエネルギーを吸収することで飲食なしで生存できる。
プラーナ自体が神秘を帯びているため、科学で生み出された存在でありながら宿す神秘は決して低くない。
サーヴァントとしてはプラーナを魔力に変換できるため、魔力の消耗を抑えることができる。
生前「アルティメット・オーグメント」と称されたライダーは、当然のAランクである。
魔力吸収:―(B)
他者の魂を魔力に変換し、吸収するスキル。
言うなれば強力な魂喰い。
生前の行いを悔いているライダーが自らの意志で封印しており、発動には令呪の使用が必要。
【宝具】
『真の安らぎはこの世になく(シン・ライダー・ゼロ)』
ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:― 最大捕捉:1人(自身)
ライダーの、オーグメントとしての戦闘形態。「仮面ライダー第0号」、あるいは「チョウオーグ」。
発動中は幸運と宝具を除く全てのステータスが、1ランク上昇する。
弱点としてはスキルによる自然回復をはるかに上回るペースで魔力を消耗するため、長時間の発動はできないこと。
生前のライダーはその弱点を補うため玉座をかたどった回復装置を用意していたが、今の彼はそれをあえて放棄している。
【weapon】
なし
【人物背景】
この世に絶望し、全人類の魂を精神世界に送ることで救済を成し遂げようとした青年。
だがそのもくろみは妹と彼女が見いだしたヒーローたちによって阻止され、彼はおのれの過ちを認めあの世へと旅立った。
【サーヴァントとしての願い】
ない、はずだった……
【マスターへの態度】
とうてい信用できない。
すぐに殺すのが正しいのかもしれないが……。
【マスター】メフィラス@シン・ウルトラマン
【性別】
男
【マスターとしての願い】
地球の支配者となる
【能力・技能】
擬態を解くことで高い戦闘能力を発揮可能。
ただし冥界にベーターボックスが存在しないため、本来の大きさに戻ることはできない。
また、ネット上に存在する多数の画像や動画をまとめて削除できるほどのコンピューター操作能力を持つ。
【人物背景】
地球人を支配するため長きにわたって地球に潜伏し、陰謀を巡らせてきた外星人。
地球人にとって「悪」であることに間違いはないが、彼なりに地球へ愛着を持っているのも事実であり、どこか憎めない。
【方針】
聖杯狙い
【サーヴァントへの態度】
なんとか懐柔し、協力してもらいたい。
投下終了です
投下します。
なおこの候補話にはペルソナQ シャドウ オブ ザ ラビリンスのネタバレが含まれます。
「よォ、ご同輩。お前も来たんだな」
金色の髪に洒脱な装いの男が紫煙とともに言葉を吐き出す。
いつの間にか男と共に焚火を囲んでいた黒い学ランの少年は戸惑いながらそれを噛み締めた。
「お前は……?」
「おっと、今はもう同輩じゃなかったか。ったく、オレの前任者はどいつもこいつも面倒ごとを押し付けてきやがる。冥界の神だの、冠位の暗殺者だの、全能神といえど少しはいたわってほしいもんだぜ」
フランクに呼びかける男に全く覚えがなくて困惑を続ける少年を前に、男は互いの名を告げた。
「あいつの記録にあったみたいにまた記憶を失くしてるのか?オレだよ、テスカトリポカだ。クロノスの旦那。あるいは善と呼んだ方がいいか?」
その名が口にされるとほぼ同時に善と呼ばれた少年は立ち上がりざまにボウガンを取り出し狙いを定める。
テスカトリポカもそれに応じるように銃を構えた。
「お前のことなど知らない、が。玲はどこだ。今まで私の手を握っていた彼女はどこにいった!」
「まず女のことか。いいねぇ、愛ってのは人も神も狂わせる最高の火種だ。ま、権能を捨て去るほどにまで入れ込んだ女ときたらそりゃあ心配するのが人情ってか」
二人、いや二柱の間の緊張が高まり今にも引き金が絞られそうになる。
が。
「やめやめ。今はまだやりあう場面じゃねえよ。今はまだ、な」
冷え切った空気をほぐすようにテスカトリポカは銃をしまい、両手をあげてホールドアップの姿勢になった。
「お手上げ侍、っていえば分かるか?お前にとって、オレが何の後任なのか」
「それは……」
突如披露された見覚えのある仕草に善の殺気が少しだけ緩む。
「順平の仲間か。だがそんなことはどうでもいい。玲はどこだと聞いている」
「あー、そっちじゃなくてオルフェウスの小僧っこなんだが……そういきり立つな。あの女なら無事にここじゃあない『冥界』に辿りついたはずだ」
「冥界…………」
玲という大切な存在はすでに死んでいる。
そう、その事実を善はすでに受け入れている。
「ならなぜ私はここにいる……?すべての命が生まれ還る場所で……私も彼女と一緒に還るはずだった」
だが彼もまた少女と共に冥界への旅路を下るはずだったのだ。
にもかかわらず異なる『冥界』に辿りついてしまったことに強い疑念を抱く。
「さて。ニコだかレイだかいう嬢ちゃんもオレの冥界に招待してもいいかとは思うが。まあ生きるために抗った戦士とはいえ、彼女にふさわしい冥界はここじゃあなかろう。戦場に招かれたのは結城のやつで、お前はそれに引きずられたんだろうさ」
戦死ではなく病死したものにテスカトリポカはさして興味を持たない。
どうでもいいだろうと投げやりな態度だが、善もまた彼女は戦場にいるべきでないという点においてはテスカトリポカと同意見だ。
ならば気にかかるのは結城理。
先ほどまで肩を並べていた戦友であり、恩人でもある少年の名だ。
死神であったクロノスが、玲という少女を見送るのを助けてもらうために呼び寄せたペルソナ使いのことにようやく善の意識が向く。
「理が私を呼んだ……?悠や、みんなは……?」
「あ?伊邪那岐の坊か?見かけた気はするが、どうだったかな。オレの管轄じゃあない。それよりお前、自分のごたごたを片付けるのにあいつを巻き込んだろう?なら次はそっちの番だ。貸しがあるならちゃんと返せ」
商売や取引もまたテスカトリポカの領域だ。
貸し借りは取り立てる。
「つまりお前のマスターの協力者になれと?」
「さて。あいつが何を思ってお前を呼びつけるのかは知らん。案外死にゆく自分を死神に看取ってほしいのかもしれんぞ?病気で死にそうなときはテスカトリポカを罵れば戦場で殺してくれる、みたいな話だ。殺されるのならお前がいいのかもな」
「バカな。理がそんなことを」
テスカトリポカの意見を戯言と一蹴する。
事実ふざけた発言だったのだろう、否定されてもポカは軽く笑っていた。
「どうあれテスカトリポカは公平だ。戦場のルールを守るし弱者には武器を施す。そしてテスカトリポカは理不尽だ。愛しい戦士が戦場に赴くためなら多少のイカサマはする。神殺しをなした戦士が戦場に呼ばれそうだというなら、後押ししてやるのが戦争の神の務めってなもんだ」
「つまり招いたのはお前じゃないか」
「元を辿れば身から出た錆だぜ?」
返品も棄権も受け付けない、とテスカトリポカは立ち去ろうとする。
「おい」
「悪いな。マスターに武器を調達しなきゃならんので失礼する。お前はお前のサーヴァントを手に聖杯戦争を戦うんだな」
背を向けたテスカトリポカをいっそこの場で撃ちぬいてやろうかと再度ボウガンを手にしたところで
『ポ ー ズ』
焚火の火や空気の流れまで含めて世界の全て、時の流れが静止した。
しかしテスカトリポカは動じない。
「ほう。新たな冥界のテクスチャを張るか。強力なのを引き当てたようだな、期待できそうだ」
全ての止まった世界でも我関せず、唯我独尊と歩みを止めず彼方へと姿を消した。
あまりにも堂々たる退場に、時を止めた術者も歯噛みしながら見送るしかない。
「……時を、遅滞させるのか。君は」
「なんと。まさか君までポーズの中を動くのかね」
そして善もまた止まった時の中で言葉を発する。
切り札の効かない相手が続々と現れてサーヴァントも形無しだろうか。
『リ ・ ス タ ー ト』
世界が動きと色彩を取り戻し、それを行ったサーヴァントが姿を見せる。
赤と金を基調にした、禍々しい鎧の男がそこにはいた。
「サーヴァント、ライダー。真名はペイルライダー。裡に冥界を宿すゆえにこの聖杯と君のもとに招かれたのだろう。にしても……」
鎧の下からペイルライダーは苦々しい声を漏らす。
「そうか。ゲームフィールドを冥界と定義づけたせいで、君たち彼岸の者はそこで活動できるのか。マスターが動けるのは良しとすべきだが、敵にも動けるものがいるのはな……」
悩むライダーの傍らで善はなんとなくシニカルな笑みを浮かべていた。
「どうかしたかね?」
「いや、ペイルライダーか。戦場での死を尊ぶテスカトリポカにとっては最も許せない存在だろうなと。そんな君が、玲の死を遠ざけようと世界を停滞させていた私のもとに召喚されるのはなんとも皮肉なものを感じる」
どことなくポカが移ったように饒舌な善に答えるように、ライダーは腰に挿した宝具を引き抜き、鎧を脱いで正体を現す。
そこにいたのは壮年の魅力を漂わせながらも若々しい一人の男だった。
「君たちの会話を少し聞いてはいたが、やはりパートナーとなる以上腹を割って話さねばな。ペイルライダー、改め檀正宗だ。よろしく頼むよ」
「ああ。かつてはクロノスだったが、今は善だ。こちらこそよろしく」
差し出された正宗の右手を善が握り返す。
「と言っても共に戦えるかどうかは保証しかねる。結城理という友人には会わねばならないが」
「ふむ。勝ち残り、聖杯を手にする気はないのかね?」
「私はもう冥界に落ち、無に帰すのが決まった身だ。それを覆すつもりはない。私は生きて、そして死んだんだ」
かつて死神であったからだろうか。
善はすでに死を受け入れているし、その死生観が揺らぐことはない。
それは正宗にもよく分かった。
「……私や息子も、君のように強ければな。こうして聖杯など求めることもなかったのだろうが」
呆れと失望の混じった声で正宗は自分たち親子を評する。
だが目の前の男が死神だというなら、この召喚には大いに意義があったとまっすぐ向き直る。
「死の克服は人類の最も大きな課題と言っても過言ではない。それは過去に失くしたものを取り戻すという意味でも、未来に失われるものを失くすという意味でも」
檀正宗とその息子は、自身の持つ才能に狂わされた面は大いにある。
しかし契機となったのが正宗の妻、黎斗の母である檀櫻子の死であったのは間違いない。
家族を失ったことで死の克服、永遠への憧憬が形成されたのだ。
「私は妻の死を乗り越えた。息子も一応の決着はみたのだろうが奴の生への執着は時を超え、倫理を踏みにじるだろう」
息子の才能を最も知るが故、正宗はそれが危険性を孕むことも重々承知している。
「そう。君と同じだ。私も息子も生きて、もう死んだのだ。であれば妻のもとに旅立たねばな……善。いや、死神クロノス。私は息子の抑止力にならねばならん。だが君が息子を絶版にし、冥界に送ってくれるならばそれで万事解決する」
「私に再び死神の鎌を握れと」
「そうだ。聖杯に手を伸ばさないならば君にかなえてもらうしかない。パートナーとしておかしな要求ではあるまい?」
ペイルライダーからクロノスへ、盟の申し出。その答えは。
「……分かった。私なりに役割を果たそう」
冥界行の旅路が始まる。
【クラス】
ライダー
【真名】
ペイルライダー《ゲムデウスクロノス》@仮面ライダーエグゼイド
【パラメーター】
筋力B 耐久A 敏捷C+ 魔力D 幸運E 宝具A
【属性】
混沌・悪
【クラススキル】
騎乗:EX
風に、鳥に、水に、人に、ありとあらゆるものに「乗って」世界へ広がり続けた病という概念そのもの。
ゲムデウスクロノスはさらに電脳世界にも広まる新しい形の病魔である。
幻獣・神獣や竜種すらも感染する危険がある。
また後述の宝具により全てのバグスターの能力を使えるため、モータス、チャーリー、バーニアなどの力を利用することでCランク程度のものとして機能する。
大抵の乗り物・獣は乗りこなせるが野獣ランクになると乗りこなせない。
対魔力:A
ペイルライダーとしての召喚であるため、本来は病(バグスター)を討つ存在であるクロノスの力は一部しか再現されていない。
レッグハンドレッドガードやマスターマインドガードなどの防御特性は失われてしまったが、それでも名残としてA以下の魔術は全てキャンセルする。
事実上、現代の魔術師ではゲムデウスクロノスに傷をつけられない。
【保有スキル】
天性の魔(偽):B-
英雄や神が魔獣と堕したのではなく、怪物として産み落とされたものに備わるスキル。
壇正宗は生来人であるが、彼が転じたゲムデウスクロノス――バグスターは人間に倒されるためだけに産み出された敵キャラである。
ゲムデウスクロノスは『病魔』そのものであるが故に人の身ではなし得ないような抗体・免疫能力を獲得しており、あらゆる病・毒を無効化する。
ただし倒されるために創られたバグスターであるため様々な英雄の特攻の対象となる。病、魔性、怪物、人型、悪への特攻はもちろんのこと、超ゲムデウスとしての巨獣、壇正宗のもつ人間特性や死霊特性すらも弱点となってしまう。他にも彼自身自覚していない弱点があるかもしれない。
本来のゲムデウスは最高ランクで保有するが、人間檀正宗と英雄仮面ライダークロノスとの融合によりランクダウンしている。
感染:A-
ゲムデウスウイルスという己の分け身を他の生物に感染させ、己の領域を広げるスキル。感染者は精神と肉体を支配され、バグスターという怪物へと変じる、あるいは病死し消滅することになる。
極小の生命に近しいウイルスは冥界の影響を強く受けるため、即座に運命力が減衰してしまう。そのため生命力に乏しいNPCや運命力の減ったもの以外に感染はできても発症させることは難しい。
無力の殻:A
宝具により変身していない間は全てのステータスがEになるかわりにサーヴァントとして感知されなくなる。
ウイルスの発見されにくい特性と、檀正宗の潜伏の逸話が合わさったスキル。
【宝具】
『来たれ、厳粛なる審判の時よ、来たれ(ポーズ&リ・スタート)』
ランク:A 種別:対界宝具 レンジ:― 最大捕捉:―
ペイルライダーの持つ、自らの与えた「死」という結果の受け皿として、疑似的な「冥界」となる結界世界を造り上げる宝具。
マスターのイメージに引き摺られる為、典型的な地獄や天国の様になることもあれば、完全なる虚無として魂を砕く空間となる場合もある。
アメリカで召喚されたペイルライダーは『来たれ、冥き途よ、来たれ(ドゥームズデイ・カム)』という広大な結界宝具を保有した。
ゲムデウスクロノスとして召喚された今回は視認範囲の疑似的な時間停止を行う。
正確には彼の心象風景である時の止まったゲームフィールドを展開する結界宝具となった。
仮面ライダークロニクルは終わらないという歪んだ願いの発露である壇正宗の心象の再現であり、玲を冥府に連れ去るまでの時を遅らせようとした善の罪の再現。
本来心象風景で世界を侵すのは世界の修正を受けるために極めて消耗が激しいのだが、このゲームフィールドは数秒ならばほぼ消耗なく展開できる。静止した時間を認識するのは世界にも月の観測機にも極めて難しいため、心象風景が展開されているのになかなか気づけないためだ(月の裏側で発生したケースCCCに近しい)。それでも十数秒あれば世界に修正され、強制的に時間は動き出してしまう。
ゲムデウスとなって強みと同時に弱みも獲得したように、また本来がゲームであるため強力だが攻略要素も多い。
まずゲムデウスウイルスに感染し免疫を得た者は、壇正宗の心象風景を一部共有することになるため時の止まったゲームフィールド内でも活動可能となる。
次にペイルライダーとしての冥界を再現する宝具であるため、冥界の住人もまた効果を受けない。死神である善や、テスカトリポカやエレシュキガルなどの冥界の神、さらにこの聖杯戦争においては運命力が減衰し死者に近づいたものも冥界の住人となり止まった時の中を動くことができる。
他にも単独顕現のような時間操作に耐性があるものや結界への侵入などを得手とするものならばゲームフィールドの影響を無視できる。
副次効果として会場とは異なる冥界を作り出す宝具であるため、この結果内では運命力は消費しない。
『剣、饑饉、死、獣(アナザー・トゥルー・ネバー・エンディング)』
ランク:A 種別:対軍宝具 レンジ:99 最大捕捉:上限なし
ペイルライダーの持つ、己の結界内において他者に「死」を与える数多の物を具現化させ、その力を行使する宝具。環境が完全に整えば、神話における「終末」を魔力が許す範囲でのみ再現することも可能。
宝具の読み方はマスターによって変化し、アメリカで召喚されたペイルライダーはこの宝具の真名を『かごめ、かごめ』とした。
このペイルライダーはゲーム病を引き起こすバグスターの召喚や能力の再現、ゲムデウスの保有する剣と盾の召喚、ゲムデウスウイルスの散布・突然変異・進化などを可能とする。
召喚できるバグスターは元人間でなく、かつ編纂事象において完全体が観測されていない者に限られる(パラド、ポッピー、グラファイト、ラブリカなどは召喚できない)が使い魔のように使役できる。
ゲムデウスウイルスはNPCと運命力を失った者に感染しゲーム病を発症させるが、抗体を獲得された場合上記の宝具が機能しなくなるため今の檀正宗は原則使いたがらない。感染した自身のウイルスを変異・進化させる使い方が主になるだろう。
『仮面武闘会への誘い(クロニクルガシャット)』
ランク:E 種別:対人宝具 レンジ:0 最大捕捉:1
檀正宗の持つ変身に用いるガシャット。
後述のバグルドライバーⅡにセットすることでゲムデウスクロノスに変身するほか、ベルトなしで起動することでライドプレイヤー(全ステータスD相当)にも変身できる。ただし抗体を持たない者が変身するとバグスターウイルスに感染する。
量産型とはいえ多くの人の手にいきわたったクロニクルガシャットの逸話と、多くの人に感染しようとするペイルライダーの特性により、この宝具はゲムデウスクロノス消失後も現界を続ける。
【weapon】
・バグルドライバーⅡ
ゲムデウスクロノスの変身に用いるベルト。
赤と水色のボタンを同時に押すことで『来たれ、厳粛なる審判の時よ、来たれ(ポーズ&リスタート)』を発動する、宝具の発動媒介にもなっている。
ビームガン、チェーンソーに変形して武器としても扱う。
檀正宗以外の者も使用はできるが、バグスターウイルスの完全な抗体がなければ安全には使用できない。
他に宝具『剣、饑饉、死、獣(アナザー・トゥルー・ネバー・エンディング)』によりバグスターや武装を展開する。
【人物背景】
ペイルライダーはヨハネの黙示録に記された『終末の四騎士の蒼き死の担い手』である。戦争や飢饉とならび疫病や死を象徴するとされる。
その正体は抑止力の1つであり明確にガイア側の『カウンターガーディアン』と呼ばれる者達のうちの1人。
概念そのものであるため召喚者の影響を大きく受け、今回はマスターである善と性質の近しいゲムデウスクロノスがペイルライダーの殻を被って召喚された。
ゲムデウスクロノス、ひいてはバグスターウイルスは最も新しいペイルライダーのカタチといえる。
医療器具開発会社の仮想シミュレーション上で産まれ、神を自称する天才クリエイター檀黎斗によって変異と進化を重ねて人に感染するまでに至ったコンピュータウイルスである。
人類はいずれ星の外へと漕ぎ出し、電子の海で過ごすようになると月の観測機は予測するが、それよりも一歩先んじて電子の海に至ったウイルス……その中で最も強力なのがゲムデウスであるため、ペイルライダーとして召喚された。
個体としてのゲムデウスクロノスはバグスターと融合した檀正宗という人類がベースとなる。
檀正宗は先述の神クリエイターの父であり、バグスターウイルスを人類にばら撒いた主犯の一人である。
自らの企業の利益と栄光を永遠にしようと息子の技術を利用し、人類の支配まで至ろうとしたが病魔としてドクターに撃退・治療された。
しかしウイルスの撲滅が極めて困難であるように、檀正宗と黎斗は幾度も復活を繰り返し衝突している。
一応治療の甲斐はあったのか、人類を進化させようとする黎斗とそのやりすぎを諫める正宗というような関係には収まっており、今回の現界でもそれを願いとしている。
【サーヴァントの願い】
息子、檀黎斗の抑止力となり続ける。
あいつは生と死の輪廻なぞ踏み越えるに違いない。
【マスター】
善@ペルソナQ
【マスターとしての願い】
今はない。玲はもう、生きて死んだのだから。
……かつて死神であったものとして、誰かを迎える必要はあるかもしれない。
【weapon】
・クロックハンド
時計の針の形をした弾丸を放つボウガン。矢には死の概念が込められている。
学校、教会、病院、お祭り、時計塔……玲の心象風景の欠片から産み出された逸品である。
・てづくりの首輪
玲の髪留めが編み込まれた首輪。身に着けているだけで善の力になる。
【能力・技能】
時の神クロノスと呼ばれる高位存在の一部であり、いわゆる死神である。
役割を放棄したことで弱体化しているが、武装と仲間を揃えれば認知世界の神を退ける戦闘能力は保持している。
武器はボウガン。
火、雷、氷、風、味方の強化や回復など多彩なスキルを持つ。
【人物背景】
台風の夜、歴史の影に剪定されたペルソナ使いの戦いの当事者であり、主犯である。
死神としてニコという少女を冥界に連れていくはずだったのだが、あまりに救われないニコの人生に戸惑い、絶望し役割を放棄してしまった。
クロノスとしての力でニコの死を引き延ばし、自分と彼女の記憶を封じ、善と玲という名を二人で名乗って新たな生を生きようとした……のだが。
結城理、鳴上悠をはじめとするペルソナ使いたちと肩を並べることで死を思い、真実に向き合い封じた記憶を取り戻す。
玲は最期を受け入れ、善も死神であることを捨てて玲と共に冥界へ旅立っていった。
その果てに辿りついた冥界がここである。
投下終了です
皆様投下お疲れ様です。
投下いたします。
◆
「それじゃあ……さよなら」
◆
世界を認識する。
肌寒い、背筋が凍えるような心地がした。
乾いた脳髄が思考する。
薄ら寒い、正気が削ぎ落とされる心地がした。
目覚めて六秒。
尾上世莉架は己が内の空白を認めた。
黒桐々たるがらんどう、逃れえぬ虚ろ。
それは闇より深く、白より澄んだ、耐え難い喪失感に他ならない。
自覚と自認とが胸を刺す。空々しい情報の去来が脳を食い破る。
――眼前が白んだ。
光景がひび割れる。風景が掻き消える。
頭痛がする。
痛い。苦い、苦しい。
頭痛がする。なんだ? 怖い。
寒い。歪む。歪んでいる? なに? 苦しい。
頭痛がする。
がむしゃらに手を伸ばした先に、何かがある。
悍ましいほど手に馴染む。それは柄だ。波打つ心が理解する。
「――――――――――――――――――――――――――――」
多分、叫んでいた。
張り詰めた喉が、身体に異常だけを伝えている。
制御を失った自意識は、無意識の海から掴んだ異物を引き抜く。
絶無からあがる胎動の形は、一見して剣のようである。
だが、剣と呼ぶには烏滸がましいほど歪かつ流麗で、目を背けたくなるほど神々しく禍々しい、埒外の異形だった。
その名を、『ディソード』。虚と実を結ぶ、妄想狂の端末。
尾上世莉架の心が壊れている、そしてたった今壊れ切った何よりの証左である。
存在意義を失った尾上世莉架の世界は、目覚めて一分と経たずに崩落した。
真のギガロマニアックスとしての、アイデンティティが始まる。
◆
東京、渋谷区ヒカリエ。
流行(ムーブメント)の最先端を行く渋谷の心臓部。
幕が下りた劇場の、その最前席に彼女たちは座っていた。
しんとした空気は透き通る様に澄んでいて、静かで心地よく、身心を冷却させる。
この世界で目覚めてから、優に一時間は経過しただろうか。
眼窩の奥底が疼く中、それでもようやく尾上世莉架の情動は収まりつつあった。
浅く呼吸をし、息を整える。
改めて状況を再確認は済んだ。
掲げた右の手の甲に、赤らんだ痕が浮かぶ。
令呪――死者の証にして、葬者(マスター)の証。
すなわちこれは聖杯戦争。
生と願望の争奪戦に、尾上は参加しているらしい。
「(――――願い)」
令呪を眺めながら自問する。
他者を蹴落とすことに躊躇はなく、我が身を危険に晒すことも厭わない。
けれど。
「(すでに私に願いなどない)」
生きて抗うほどの渇望は、切り離された。
他ならぬ尾上の半身――あるいは創造主、宮代拓留の手によって。
あの時『尾上世莉架』は死んだ。自我と、目的と、役割と、願望諸共道連れに。
「(何のために――『私』は生きればいい)」
今更何を望むというのだろう。
宮代拓留のために、尾上世莉架の一生があった。
その宮代が、我が庇護から――妄想という甘えから巣立ったというのに。
尾上世莉架は、生粋の人間ではない。
宮代拓留の心を隙間を埋めるべく編み出されたイマジナリーフレンド。
心を現実へ繋ぎとめるための楔である、妄想の中のお友達であった。
だが、あの日。
『渋谷地震』の影響で混迷を極めたあの時。
宮代拓留が、妄想を現実化(リアルブート)する者――すなわち『ギガロマニアックス』に成り代わったあの瞬間。
宮代拓留に希われて実体を得た。
自我と、目的と、役割と、願望を、その身に宿して。
「(宮代拓留にやりたいことを与えることが、私の使命だった)」
そのための命。そのための一生。
目的を達成するためならば、何でもやった。
だが、その役割はとうに切り捨てられている。
言うなれば、今の『私』はただの残骸でしかない。
「……宮代拓留がそう望むなら、そもそも私が現実へ戻るわけにはいかない」
声に出し、確認をする。
久しく叫んだからか、少ししわがれた違和感が残る。
彼のやりたいことに背くわけにはいかない、改めるまでもない鉄則。
――ああ、苛々する。
何に対してだ。
分からない。
手が何かを握ろうと空を切る。
ああ、そうだ。『ゲロカエルん』は捨ててしまったんだった。
宮代の『家族』を手にかけた時点で定まっていた、ある種の決別。
ただ、それでも。
今ここに、『私』がいるのだとしたら。
そんな風に心が訴えているような気がして――。
「…………」
隣に座る少女は何も言わない。
白髪の少女だった。
年端もいかない体躯は、ともすれば自分よりも幼く見える。
遮光でもしているような黒く簡素なワンピース、手首を揺蕩う真紅のリボン、表情のない目元――。
まるでお人形さんのようだ。
「(…………いや、私が言えた義理ではない)」
尾上世莉架は内心で舌を打つ。
状況は何ら進展しない。
尾上は小さくため息をつき、幕の下りた劇場を見上げる。
そんな尾上の横顔を、白髪の少女――ムーンキャンサーのサーヴァントはアメシストのような深い紫の瞳で見守る。
無垢で、純粋で、神秘的で、さながら子を見つめる母のような面持ちだった。
◆
「ぶっちゃけ篝ちゃんは思うのです。世莉架は未練タラタラです」
目覚めてから三週間。
渋谷区の一角、オフィスレディの趣を漂わせる、程よくこじんまりしたアパートの一室。
放課後の弛緩した空気が部屋中を支配する中、白髪の少女は出し抜けにそんなことをピシャリと言った。
「ヒューマンの女は恋を上書き保存するという風に聞いています。
それなのにあなたときたらいつまで過去の男を引きずっているのですか」
「急になんなのさ〜」
二週間を過ぎたあたりから、ムーンキャンサーは随分と世俗に飲まれてしまった。
本人に曰く、「篝ちゃんの研究の一環なのです」。へえ。
拠点として腰を据えてるワンルームで、ムーンキャンサーはちびちびと缶コーヒーを飲みながらこちらに好奇の目線をくれている。
出掛かった亡羊の念を胸の内に留めて、机に突っ伏しながら尾上は返す。
「うー。なに、恋バナでもしたいの?」
「篝ちゃんこれでも、星の行く末を見守るコズミック系ヒロインですので。人間の尺度でものを語ろうとは幾星霜早いといえましょう」
「ムンちゃんばっかり聞いてきてズルいよ」
ぐへー、と。
身体は脱力したまま、なんとなく自らの手の甲に目を向ける。
令呪、マスターの証。――しかし、ムーンキャンサーの言の通り、尾上の心境に進展など何一つとしてなかった。
この心はきっと恋なんていう単純な一言では済まされない。
それでも確かな執着がわだかまる。
コーヒーを飲み終えたのか、真向かいに座るムーンキャンサーが甲高い音を立てながら缶を置く。
「宮代拓留と言いましたね。世莉架のアベックは」
「そんなんじゃないったらー。前から言ってるけどさ、タクじゃないんだから『クールキャット』で情報収集しない方がいいよ?」
「なんと。世莉架の愛読書に裏切られてしまいました。これはガビーンですね」
「センテンスが死んでるねムンちゃん」
死語を喜び勇んで拾いにいかずともいいのに。言語も死後の国に来るのかな?
アパートの押し入れの奥底に眠る『クールキャット』とは、ナウなヤングにバカ受けな青年ファッション誌だ。
尾上の愛読書ではなく、槍玉にあげられている宮代の愛読書である。
情報強者もこじらせればこの始末。
近場の公園に住むホームレスから譲り受けたり、書店で見かけたのでなんとなく買ってしまっただけで、決して尾上の趣味でなかった。
はあ、と小さく呼気を零して、尾上は仕切りなおす。
「そうはいっても、この三週間あんまりぱっとしなかったし」
三週間。
成果は得られずとも、行動は起こしている。
己を定義したかった。
空白な自分が耐えられなかった。
アイデンティティを埋める。考えうる最大の急務。
指折りしながら、この色褪せた三週間を振り返る。
「学校、つまんなかったね」
「次はUMAを探してみるのはどうでしょう」
「タクの新聞部はあんまりそっち方向じゃないんだよねー、でも久々に都市伝説を漁るのも……まあ、悪くないかもね」
「はい、色んなことをするのは良い兆候です。篝ちゃんは人々の活動を応援します」
「ゲーセンでも遊んだなー。タクはあんまああいうとこ好きじゃなかったし」
「はい。プリクラなるものに映りませんでした」
「落書きしてあげたじゃん」
「顔が赤ペンで潰れてましたが」
「そだった?」
「イエス、ヒーコーのおかわりで許してさしあげます」
「んー、また今度ね。そういや帰りに食べたクレープ美味しかった?」
「あの甘味ですね。舌の肥えた篝ちゃんはコーヒーのほろ苦さに至福を感じますが、しいて伝達するならば次はパフェを所望します」
「あとは……『外』ではムンちゃんが敵をばっさばっさしてたっけ」
「『中』も大概ですが、あそこはいけません。生命力が枯渇しすぎています。
アウロラ★エマージェンシー警報発令、ウルトラCです。思わずさっくり謡っちゃうところでした」
「……まあ、死後の世界のさらに極北だからね」
それからも、三週間でやり切ったことを列挙する。
戦争のただ中ではあるものの、なんだか普通の学生生活を送っているようなラインナップ。
途中、いくつかの妨害はあったものの、そつなくこなし、それとなく消化した。
最後の指折り。
昨日のイベントを振り返り。
鼻白む様相で、結論を下す。
「でも、ダメみたい」
諦観を帯びた、されども静かな呼吸で吐き捨てる。
タクが『あの時』言っていた、『普通の女の子』にはそれでも近づけない。
収穫はゼロ。
悶々としたしこりは残留したまま今に至る。
「私はやはり、あちら側には行けない」
名前も思い出せないけれど、ある葬者(マスター)と対峙した。
熱があった。想いがあった。
譲れない決意があった。揺るがない自己があった。
泣きたくなるほどの恐怖を抱えながら、願いのために立ち上がる、心があった。
『思考盗撮』で読み取れた欠片の数々は、手を伸ばしたくなるほど煌めいている。
「普通の人間にはなれない。宮代拓留の元へは帰れない」
『普通』の人間が分からなかった。
悩んで、苦しんで、それでも笑って過ごしているのが理解できなかった。
そのマスターも殺してしまったけれど、あの人こそ正に、『人間』の鑑だと思う。
沈痛な面持ちで会話を打ち切る。
分かり切った話の再演だ、叙情も出尽くしていた。
不本意ながらも戦の道連れになるムーンキャンサーにも同様の吐露は既に終えている。
あれはまだ、彼女が物静かだった時の、ある意味では神々しい名残のあった時代の話だから反応は薄かったが――。
ムーンキャンサーは突如として二層のリボンを世莉架にけしかけ、両頬を捕らえた。
取り立てて害意を読み取らなった世莉架も為すがままに受け入れ、「ふぁにしゅるのしゃー」と空気の漏れた文句を表す。
座った状態からわずかに体が浮き、世莉架の足が地を離れる。
ムーンキャンサーは呆れたような、慰めるような、曖昧だが穏やかな瞳で世莉架を射抜く。
「世莉架。何か思い違いをしているようですので、改めましょう。
そして何度も同じ思いつめ方をされても困りますので、切っ掛けを授けます」
一体いつまで同じ話で紙幅を費やすつもりですか、と。
業を煮やすような口ぶりで、まったくもうと鼻を鳴らす。
『思考盗撮』は最初期に諦めた。ムーンキャンサーの思考はアラヤに属するものではない、階層の違う言語(と、あえて呼ぶのならだが)だったからだ。
それにもかかわらず、随分と人間らしい所作を覚えたものだと、他人事のように感心しながら、世莉架は言葉を待つ。
「世莉架は未練タラタラです。よくよく思い知りました。――振り切れないというのなら、いっそのことしがみつけばいいじゃないですか」
「……ふぉういう意味?」
「『いつかまた君に会いたい』。それは知性体の精神活動として、極めて正常な働きということです」
「……ふぁんたんに言ってくれるにゃ」
世莉架を挟みながらも宙を波打つリボンを強引に引きはがし、世莉架は虚空を掴む。
視野の奥底、脳髄の先鋭、虚数の大海から、妄想の大剣『ディソード』を引き抜く。
いつしか、尾上の手には剣が握られている。
小柄な尾上が扱うには大振りな、身の丈ほどある剣だ。
尾上は不可思議な剣を、しかし手足の延長のように自然な姿で構える。
刀身に流れる桃色の発光線は己が血流を示してるような生々しさを浮かばせる。
現実化(リアルブート)された『ディソード』は衆目に晒され、改めて白髪の少女の目に留まった。
されど意に介す様子もなく、滔々と言葉を紡ぐ。
「ここは仮初の夢です。世莉架――やり残したことは本当にないのですか」
「やり残しだと」
「言い換えましょうか。やるべきことではなく、やりたいことがきっとあるはずです」
ムーンキャンサーはどこからともなく、一枚の紙切れを取り出す。
紙切れには格子状に描かれたマス目があった。
周囲にはヒナギクの花が散りばめられた、華やかな装飾。
左上から一つ、二つ、三つと、人の顔が烙印されている。
スタンプだ。
「すでに殺したマスターだな」
「はい、篝ちゃんからのサービスです。ツケといてくださいな」
興が削がれた心情と同調するように、妄想の端末が霧散する。代わりに、サーヴァントから押し付けられた紙切れを受け取った。
記憶と照合し、ややデフォルメされている感はあるが、撃退した葬者で間違いない。
どういう意図かは判じかねるが、どうやらこれはスタンプカードのようだ。
「これは篝ちゃんも人から教わった施術ですが、――行き詰った時は、人と触れ合うのが良いみたいです」
無理に会話をする必要もありませんし、世莉架が殺されることだってあるでしょうね、と。
ムーンキャンサーが非情に言い放つのを聞き届け、しかして世莉架は言葉を一度飲み込む。
スタンプカードのマスに目を遣る。
対話が成立するにせよ、しないにせよ、誰かと触れ合うたびに欄が埋まっていくとでもいうのだろうか。
「ただただ燻っているよりは、幾らかその『命』も輝きを取り戻すことでしょう」
他人と自分との境界線を探ってみる。
相手を分かること、今の自分を分かってもらうこと。
そうすることで、線が引かれる。線が引かれることで、人は安心できる。
『思考盗撮』だけでは描き切れない、彼我の交差点を模索するうちに、自分の理論が築かれる。
「まずは定義することです、あなたの理を。瞼の裏の残像を、具現しましょう」
一瞬の空白。
しんと張りつめた静寂。
尾上の瞳の奥が、かすかに揺らぐ。
ムーンキャンサーの瞳は、宇宙のように底知れない深さがある。
瞼の裏の残像。
理想と空想のブレンド。
尾上は反芻するように口を動かす。
思考、想像、妄想。
組み立てられたプロセスは瞬く間にスキップされる。
決まり切った答えが、巡り巡る。
でもこれは罪だから。
永遠の蜜月を望むことは許されないから。
――道理にもとるこの妄想を誰かと共有することで、何かが進むとでも言うのだろうか。
「宮代拓留ではない。あなたのやりたいこと――是非、見つけてください」
そしてどうか、良い記憶を。
尾上世莉架。
どうか、次はうまくやってください。
【CLASS】
ムーンキャンサー
【真名】
篝@Rewrite(Rewrite Harvest Festa)
【属性】
中立・中庸
【ステータス】
筋力C++ 耐久D 敏捷D++ 魔力A 幸運C 宝具EX
【クラス別スキル】
対魔力:C
魔術詠唱が二節以下のものを無効化する。
大魔術・儀礼呪法など、大掛かりな魔術は防げない。
単独顕現(月):D
月の触覚。ガイアの抑止力。多元世界の――世界線の観測者。
『庭の文明』にただ一つ生まれた生命である証。
単体で現世に現れるスキル。千里眼:EXを包含する。
本来は獣の座に贈られるスキルの亜種。
【固有スキル】
鍵:A
『自然の雫』の亜種スキル。
アラヤの理から逸脱するガイアの具現。
星の祀ろう救星主である彼女は、時に傲慢な人類を裁く大地の使者とも称される。
文明を融かす者、星と人を天秤にかけるアポトーシス。
認識撹乱:A
命の力――転じて運命力(アウロラ)の不可視性。
星の生命線である『鍵』を認識できるものは、強い命を輝きを持つものに限られる。
『気配遮断』とは似て非なる能力。葬者は令呪のパスを通して認識することが可能。
命の理:A
『生命祝福』の亜種スキル。
可能性の系統樹を存続させたものに与えられるスキル。
かつて反存在(カウンター)と共に完成させた理論。
――いつかまたきみに会いたい。願いの先に可能性は広がっていく。
詳細不明。
【宝具】
『滅びの詩(Harvest Festa)』
ランク:EX 種別:対界宝具 レンジ:観測不可 最大捕捉:観測不可
声なき波導。
滅びの爪痕、あるいは再生の階。世界を融解させる予兆とされる。
奇跡が万物を爪弾く、空にあまねく満ちる星々の楽。
『鍵』とは星の自浄作用。
星、テクスチャ、世界――ひいては知性体の存続が閉ざされた際にこの宝具は発動される。
発せられる大気の揺らぎは世界、ならびに生命のいずれをも自壊させる。
剪定事象特攻宝具。
固有結界、特異点、異聞帯などのテクスチャに対しても反応しうるが、おそらくクリーミィ★かがりんの裁定次第。
発動された時点で対象は剪定事象の指向性をもつことになる。
アラヤの根底が『詰み(チェックメイト)』に向かった際に発動されるため、アラヤに属する者のあらゆる宝具やスキルの効果が消失する。
運命を書き換える力がある場合はその限りではない。
条件が満たされない限りこの宝具は発動されない。
【weapon】
アウロラ、リボン
【人物背景】
今代の『鍵』。
命の理を究めていたもの。
虚数空間――『庭の文明』の崩落の最中、月の裏側であなたは見送っていた。
【サーヴァントとしての願い】
不明。ヒトに、良い記憶を。
【マスターへの態度】
割り切れた願い、叶えるべきでない奇跡。それでももう一度――。
篝ちゃん、なんとも思うところがあるとです。
【マスター】
尾上世莉架@Chaos;Child
【マスターとしての願い】
己の役割を取り戻す。――。
【能力・技能】
ギガロマニアックス。
原作中ではもっぱら『思考盗撮(テレパシー)』のみを行っているが、
葬者として参加するにあたり、真のギガロマニアックスとして目覚めた。
【人物背景】
ただ一人の男に望まれて生まれた。そして消えた。
それだけの女の子。
【方針】
ひとまず指針を立てるところから始める。
【サーヴァントへの態度】
『思考盗撮』ができない異物。厄介。
投下終了です。
投下します
この世界で生き続けること。
その全てを愛せるように。
◆
近郊農業という農業の形態がある。
業態は呼んで字のごとく、敢えて地方の大量生産地ではなく都心部の近隣に農家を構えることだ。
土地や諸経費にかかる物価高を犠牲にして、『輸送費の安さ』と『鮮度の保証』というシンプルかつ手堅いメリットを確保し、大量消費地に文字通りの意味で太く短く繋がる。
栽培される品目としては、鮮度が第一である葉物野菜や花きの占める割合が多い。そして年間を通して早く育てて速く市場に届ける要請上、ビニールハウスのように環境をコントロールできる『菜園』を確保して安定生産に励む農家も多い。
それは近現代の英霊であったとしても、まず聖杯戦争の真っ最中には活用しない知識だ。
しかし場所が場所であれば、思い出すことはある。
つまり東京都にも、特別区二十三区を出れば農地はある。
付近一帯は人家の少ない郊外で、夜になれば人目はない。
そういう立地を探したら、ビニールハウスの点在する緑色の景色に行き当たった。
ましてそれが畑の群れの片隅、封鎖された建物の屋内ともなればたいていの通行人も近寄りがたくなる。
下準備自体は、それなりにしっかりとした。
日数が経過するごとに会場外として沈んでいく市町村に、地図でバツ印をつけていく。
都市の中核と見なされる『特別区二十三区』は最後まで残ると推定した上で、『もうすぐ消えそうな候補地』を逆算。
さらに『往復がそこまで面倒でない距離』も加味した上で、『すでに戦場や拠点としては放棄された廃墟』を選定。
そこが廃教会だったのは、十分な床面積や立地があっただけでなく、この国の言葉で表すなら『げんを担いだ』ところもなくはない。
とくに神様を信じている方ではなかったけれど、廃教会には思い出があったから。
ともあれ埃っぽい礼拝堂には、それでも植物の瑞々しさと、土壌の生臭さが入り混じった匂いがした。
扉と窓を閉め切った上でなお、近隣で美味しそうな野菜がすくすく育ちつつあると感じ取れる、そんな匂いだった。
しかし今だけは、それを腐臭と血臭が上書きしていた。
上書きしたのは、彼女(サーヴァント)自身だったけれど。
床や長椅子のそこかしこに積もった骸骨や腐肉の残骸に、熾火が灯っていた。
火事として燃え移るには弱く鎮火に向かっており、しかし礼拝堂は真っ暗闇ではなくなる。
正面に据え付けられた大きな十字架が、常人の目にも分かるほど輪郭を露わにして壁に陰影をつける。
信心深い者であれば神様が見ていると解釈する広間で、相対するのは少女が二人だった。
「さすがに、そろそろ会話する気力ぐらいは取りもどしてくれないかな?
本当にボクにしては珍しく、いくらでも文句を聴くつもりで臨んだんだけど」
一人は不遜にも、十字架前の教壇の上に足を開いて立っていた。
黒いフードに黒いマスクを装着し、背中はマントで隠した明らかに隠密の装い。
マントの開口部から見える頭身の長い体躯は、筋肉の付き方に限れば男性的なまでに鍛えられ研がれていた。
フードの端に引っ掛かった髪の色は、雪国に棲む狼を思わせるような蒼銀髪で、見下だす眼光は冷えきったアイスブルー。
見下ろしているのではなく見下しているのではないか。皮肉っぽい口の利き方のみならず、眼光にはそう疑わずにいられないほどの氷の刃を宿す。
空間の支配者としての堂々とした立ち姿といい、反抗期の抜けきらない年頃の少女がただ威嚇するだけで、まずこの眼つきにはならない。
間違いなく歴戦の果てに獲得した凄みが、隠そうとすることなく発散されていた。
「まずは、ありがとう…………でも、何のつもり? 自分の小器用さを自慢したくなったの?」
返される言葉は、弱弱しかった。
後半になるにつれて険がこもったものの、精根の乏しさはごまかしきれていない。
声音の弱さを体現してあり余るようなみすぼらしさで、もう一人の少女は床にへたり込んでいた。
どうみすぼらしいかと言うと、ほとんど下着姿だった。
職場にて何日も徹夜して糾弾の矢面にも立つような過酷の極みを尽くし、自室に入るなり化粧落としさえできずに脱ぐもの脱ぎ捨ててベッドに倒れたような、そんな恰好。
最低限のインナーとホットパンツ。東京にて設定(ロール)を与えらえてから、着替え自体は低頻度で繰り返したものの、外出できる着衣を纏うことはこれまで無かったほどの気力の無さ。
そして顧みられていないのは、服装にとどまらない。手入れして晴天の下に出ればさぞかし燦然とするだろう、混じりけなしの純銀髪も、現状では荒れてボサボサした長髪を腰元まで垂らしている。
雪のような白皙の美貌だから白雪姫と名付けられたという童話を連想するような面差しは陰り、肌も荒れ、目元にはくっきりとしたクマがある。
この世界に堕ちてからの心労でこうなったわけではない。
聖杯戦争を告知されたばかりの時点、サーヴァントと出会った時からこのありさまだった。
「お礼から入るんだね。口先だけでも『このまま自滅するはずだったのに邪魔しないで』って怒られるかと思ったけど。
それか、ボクの自作自演なんだからお礼を言う義理はないって、もっと論理的に詰められるとか」
年頃の少女としてはあまりに生活を放棄し、葬者(マスター)としてはあまりに生きる気力を欠いていた。
そんな有り様なのに、廃教会で命を救われたこと、面倒を見てもらったことには礼を言うのかと。
生きるつもりが無いなら、サーヴァントの護衛に対して感謝をする筋合いもないはずだと追求する。
――覚えておくといい。心に炎を灯せない奴は、この世界ではゴミだ。
かつて己のことをそう断じた者の評価を、そのまま引用するのも癪ではあったけれど。
そう言いたくなった気持ちも、己の葬者(マスター)の有様をみれば、まったく分からないではなかった。
こいつはこのままではすぐに死んでしまうと、そう確信させる少女が眼前にいるのを見下ろす心情だ。
外資系企業ベネリット・グループの総裁令嬢、ミオリネ・レンブラン。
書類上では本社がある外国の名門校に在学中となっているが、目下グループの進出が拡大しつつある国で見聞を広めて自律性をどうたらこうたらと紋切り型の理由によって、お忍び留学の真っ最中。
独立して生活したいという本人の要望により東京支社勤務の幹部にもこの事実は知らされず、日本の高校にも偽りの氏で学籍を置いている。
当面は慣らし生活として都内のマンションで三月中を過ごし、この国での新学期開始となる四月からは通学を始める予定。
設定(ロール)としては特異なものではあったけれど、手ひどい心的外傷を負うような経歴は見当たらない。
それがどうして、聖杯戦争をすることになった絶望に留まらない、全てを投げ出すことを選んだような無言の引き籠りに徹しているのか。
それを問い詰めるも、始めのうちは会話さえ成り立たず。
もしこれが霊体化のできない生身の人間であれば、部屋から閉め出されていたのではないかという断絶があった。
ぽつぽつとでも、受け答えが成立するようになったのは最近になってからだ。
「前に、命を助けられて、感謝しないといけない時に怒って……後から、後悔したことがあったから」
だから相手の意図がどうであれ、お礼だけは言わなければと思った。
失敗した苦々しい経験が、まずは感謝を優先させたのだと。
ミオリネはそう吐露して、教会に散らばった戦闘の残滓をゆっくりと見回した。
取り残された残骸は、礼拝堂内に押し込められていた骸骨(スケルトン)や屍食鬼(グール)の残骸だった。
冥界の亡者の中でも、完全に霊体からなる幽鬼(ゴースト)は霊核を射抜き、あるいは投擲武器で破壊したことで消滅を果たしたけれど。
霊体ではない亡者たちの一部は、ミオリネを囲んで手にかけようとしたその立ち位置のままに痕跡を散らかしている。
亡者たちがおいそれと外には出ないよう、床に染み込ませた鮮血――輸血パックや自身の血液などを混合した【魔力を含んだ生き餌の気配】――が、射殺ではなく焼殺によって倒された熾火によって浮かび上がる。
少女ひとりを閉じ込めて周囲をぐるりと囲めるだけの数を集めるのは骨が折れたけれど、冥界との境界線が近かったことや、『手負いの魔力リソース』の振りをして誘導も効いたことで、難度はそうそう厳しいものではなかった。
「……でも、やり方には怒ってるから。この裏切りクソアサシン」
「こーんなに面倒見のいいサーヴァントをつかまえて、裏切りクソアサシンとは失礼な」
「たった今、いくらでも文句を聴くって言ったくせに」
「今夜のことについてはね。でも、今まで世話してやったことまで忘れたとは言わせない」
毒舌鋭い少女は、少しの間バツが悪そうに眼をそらした。
こちとら十代の身空での召喚とはいえ、後悔しないように生きたプライドはしっかりとある。
聖杯にすがるべき未練もないし、何日にもわたって没交渉を貫かれたなら雇用の意思は無いってことで見捨てていいだろ……と思わなかったわけではない。
しかし生前の仲間たちであれば見捨てないんだろうなと、身内が抱いていた理想、夢、情に基づいて、それらに反目しないだろうと思われる程度に根気強く面倒をみることはした。
引きこもって生活を放棄した少女の衣食住の世話や、最低限の清潔感の推奨。
のみならず、『いや、お忍び留学なんて恋愛小説みたいな設定、他のマスターが知ったら怪しむに決まってんじゃん』と。
学籍を置かれた高校からプライベートが露呈しないかどうか、本当に実家の企業が接点(ロール)として介入してくることは無さそうかどうか、ひと通りを確かめる防諜まで果たした。
アサシンといっても、本職は影の傭兵(スパイ)だ。慣れない仕事では全然なかった。
なかったが、もう今までの働きだけで優良サーヴァント扱いされてもいいぐらいだと思う。
「……足を引っ張った、自覚はある」
「自覚なかったらキレてたよ。『こいつ生活力が無いこと自体は素だな』ってだんだん気付いたからねボク」
「でも、さっきは本当に切り捨てを選んだのかと思った。……自分が何をしたのかは分かってる?」
「適当な冥界のおばけで蟲毒を作ってー、マスターをひっ捕まえて、連れてきて、放り込んだ。その後にしっかり助けた」
ぽいっと。
無造作に、冷たく。
野良犬を放逐するように、生者を殺そうとするエネミーがわんさと蠢く礼拝堂の中央に投げ出した。
「私の学校に『氷の君』ってあだ名があったけど、あんたの方が似合うわよ。どのへんに『灰燼』とか熱い要素があるの?」
「さっき炎を使ったりはしたんだけどなー……」
灰燼のモニカ。
【灰燼】は、あくまでコードネーム。
初日に行った名乗りを、ミオリネはうずくまりながらも耳と記憶に留めていたらしい。
戦闘について話題が移ったことで、話は当初の文句に立ち戻った。
「もし私が、令呪を使ったりしたらどうするつもりだったのよ」
「君は現状零点のクソ女ではあっても阿呆には見えない。焦った時でも『自害しろ』までは言われないと思った」
それに彼女は、世話されることにバツの悪さを露骨にするぐらいにはお人好しだった。
ならばすぐに自害強制を選択肢に持ち出すことは無いだろうと読んでいた……と続けようとしていたのだが、『クソ女』まで言った時点でだいぶ沸点に近づいた感触があったので自粛した。
「そして、もしも『令呪を使ってまで助けてくれと望んだ』なら、それはそれで成果だ。言質が取れる」
「暴論よ……襲われてパニックになった時の証言を盾にするなんて、法廷じゃなくても通用しないわ」
「言うほどパニックじゃなかったと思うけど……ボクのことを『小器用』だって、しっかり見ていたじゃないか」
「あんなに武器を切り替えて戦ってたんだから、不器用だと思うわけないでしょ」
先ほど、彼女は『小器用さを』自慢したくなったのかと皮肉った。
戦闘力、実力という言葉を使わずに、器用という単語を使った。
それは正しい。サーヴァントが屍鬼、死霊などの亡者たちを多対一で倒せること自体は、そう珍しくはない結果だ。
英霊とただの幽鬼がどのように違うのか、サーヴァントについて知識を持った葬者ならば、その強弱関係には思い至れる。
しかし、聖杯戦争に参加することも抗うことも気乗りせずに、ふさぎ込んでいた少女が。
鉄火場に放り込まれた上でもルールを念頭において、『評価すべきは亡者を倒したことではなく、全方位から隙間なく押し寄せるエネミーに全て対応し、マスターを傷つけさせなかった器用さだ』と分析できていた。
それも一振りの斬撃で全てを一掃するような必殺技ではなく、銃器、小刀、投擲鉄球、放火装置等を次々に切り替え、跳弾さえも計算したように全方位を無駄なく迎撃する戦い方に、眼を瞠っていた。
たいていのことは、戦闘実技を含めてなんでもできる。器用万能に。
しかし表の英雄を張るような『圧倒的な正攻法』は持ち合わせていない。
自分が引いたサーヴァントの概略を、彼女は正しく掴んでいる。
よって、彼女には葬者としての心構えも、絶やしていない思考もある。
ただ、心に炎を灯してくれる大切な人の不在によって、足が竦んでいる。
「スレッタ」
名前一つ。
それを口にしただけで、目つきが変わった。
これまでにないほど鋭くなっただけではない。顔に熱が宿った。
「絶体絶命に見える亡者の群れを見て、最期の言葉がそれだ。
君が言っていた『花婿さん』の名前だろう?」
「馴れ馴れしく踏み込まないで」
花嫁。花婿。父親。花婿の母。花婿の姉。そしてガンダムという唯一の固有名詞。
要約すれば、花婿の母親から花婿を取引材料にしてほとんど脅迫のように利用され、間接的に大量殺人の罪を背負い、花婿の姉を取りもどすために仮称養母は更なる罪を重ねようとしている。
そこに、花婿がもう一度二人で立ち向かおうと迎えに来たのだと。
――扉、開けてもいいですか?
その言葉に応えて歩き出したところまでしか、覚えていないと話は途切れていた。
「あいにくと、もう聞かなかったことにはできない。
すがるのか、謝罪か、どっちでも意味するのは『もう一度会いたい』だから」
ミオリネに、もはや命運はここまでかとはっきり思わせる。
しかし、実際に傷を負わせることはしない。
だが敗死に向かって逃げるのかどうかを突きつけ、答えてもらう。
仕組んだのは、そういう段取りだった。
「……前に、言ったでしょう。私はもうこの先、間違えて人を死なせたくない」
もうこれ以上、『自分が進んだことで生まれた犠牲者』を一人だって背負いたくない。
それは愛する人を護ろうとして進み、何も手に入らず破滅していった少女が戦争に背を向ける理由だった。
彼女のように夢を語って躓いた挫折者なら見たことがあったなと、重なる。
おそらく、誰かを切り捨てて幸せになること自体に、不向きなお人好しなのだろう。
しかもミオリネは頭の回転が速い。だから先の先まで予期してしまう。
たとえ『彼女自身は誰も見捨てずに生きて帰ろうと足掻くことを選んだ』のだとしても。
足掻いた結果が出るまで、今もなお生まれている犠牲者は、『救えなかった命』になる。
もしも生還が叶わなければ、『無駄な足掻きによって多くの人を死なせた』という罪だけが残り。
もしも生還が叶ったとしても『その生還の為に、これだけの犠牲が生まれた』という命を背負うことになる。
どちらに進んだとしても、彼女にとっては正しくない結末。罪過の輪からは抜け出せない。
「でも、歩き出すつもりだったんだろう? 今度は花婿さんも失うかもしれないと分かった上で」
本当に間違えないために諦めるというなら。
『命懸けでお母さんを止めたいから手伝ってください』と言われても立ち上がらないはず。
間違えるかもしれなくても、結果から目を背けずに歩き出す。
その答えを、彼女はもう見定めている。
せっかく歩き始めたのに、花婿の伸ばす手にはたどり着けなかったことが花嫁に膝をつかせていた。
「だって……スレッタ一人だけに背負わせていいことじゃ無い……! それぐらいは、分かってる……!」
二人なら、たとえ間違えても結果を受け止める覚悟ができた。
罪も、想いも共有する家族として、地獄行きかもしれない選択でも進めた。
何も手に入らないかもしれなくとも、二つ以上を目指して進むことは間違っていないと信じられた。
本当に、『良いなそれ』と思った。
こちらを睨みつけ、涙よりも歯を食いしばる姿を見せてまで、『大切な人を残して逝くことになる』ことには嘆くだけの被害者でいるまいとする、その切実な境遇を羨ましがるほど恥知らずではないけれど。
花嫁も花婿も、一人で結果を引き受けるには臆病で。
二つ以上欲しがるぐらいには。
……この世界で生き続けること、その全てを愛していた。
それができるぐらいに、目一杯の祝福をもう周りから受け取っていた。
「君の花婿の代わりになる、なんてことはできない。花婿になりたいとも思わない」」
「わざわざ憎まれ口まで添えないでくれる?」
「だからできるのは、最低限の担保。そして事実の指摘だけだ。
『今回の戦争の犠牲者も、君の家の結婚事情も、べつに君だけの責任じゃない』ってこと」
何も、戦うことを選んで死人が出ても、すべて『ミオリネのせいで死んだ』とまで言えないだろうが、と。
そんな当たり前のことも指摘できないようでは、こっちだって沽券にかかわる。それは前提として。
「……そうかもしれない。でも、何を担保するのよ」
大切なな女の子を想うあまり。
かつて『その子の身の安全』と引き換えに好きな女の子を傷つけ、遠ざけた女が。
『もう関係は終わったはずだった女の子が、そうじゃないと分かったから』本音では帰りたいと望んでいる。
なるほど。整理すると、改めて腹がたってきた。
なんでこんな拗らせた女の弱音を、鵜呑みにして死なせてやらなければならないのか。
だから、不可能任務に挑む。
「ボクは、引き受けたからには脱落(リタイア)しないものとして動く。
だから想定する結末は、聖杯を手にして帰るか、それ以外に生きる術を見つけて帰るかの二択だ。
もしも最後に一組になるしか道が無かったなら。最期にこんな冥界(せかい)をぶっ壊そう。
どうせ、姑を何とかするために聖杯を使おうとは思ってないんだろ?」
願いを叶えて間違いを無かったことにしよう、なんて都合のいいことは期待できない。
だったら、二度とくだらない戦争が起こらないよう、地獄の仕組みに対してだけは一矢報いよう。
つまりは『せめて最大限に八つ当たりしてから帰ろう』という身もふたもない提案。
花嫁も、ただただ驚いていた。
しんとした誰も何も言わない時間が流れる。
沈黙をおかずにいられないぐらいには、それは彼女にとって怪訝で、予想外のことだったらしい。
「英霊の座に還らないで、私に付き合って……それであんたには何が手に入るの?」
サーヴァントからの提案は、せめて最低限のケジメはつけられるんじゃないかという気休め。
そして、聖杯で願いを叶える心算がないのに、極力はマスターの望みに添って戦うという終結までの厚意だった。
さんざん悪態をついてきたアサシンが、そこまで付き合うと言ったのだから困惑もする……というのは読める。
読めるけれど、理由を問われても応えられない。
モニカにとって、それは最重要機密だった。
踏み込まれると、胸がざわざわする。
よくも触れたなと殺意さえ覚える。
心臓がうるさくなり、呼吸する空気の重さまで変わる。
モニカの生前、それは露見するだけで犯罪扱いが必定だった。
そして世の中のことが無くとも、大事だからこそ秘めると決めたものだった。
たった一人を例外に墓場まで持って行くと決めて、死後でも冥府でも伝えるほど安くない。
しかし 『察してくれ』で済ませるには世界観が違うことも分かっている。
「説明できるようなことじゃない。
でも、全く見返りが無いようにも思ってない」
教壇から跳躍して、ミオリネの近くへと着地する。
浮遊感は一瞬。
とんと両足が絨毯をとらえる。
靴が血だまりを吸った床を踏みしめた。
いくらか視線の距離が近づき、言葉を仕切りなおす。
「ボクのいた世界(ところ)には、とてもお堅い恋愛観しか無かったんだ」
決して目一杯の祝福はないと悟った上で、愛し抱くと決めた花束。
そんな彼女のことは、秘匿したままに。
「男同士、女同士で添い遂げるのは選択肢として全然なし。逮捕案件。
影の戦争でも、恋心を脅迫材料にされて破滅した人を何度も見て来たよ」
驚愕、というほどでは無いにせよ。
意外性をともなった動揺。
それがミオリネの両眼の瞠りように表れた。
女同士の恋愛、婚約が『全然あり』ではない時代、地域もあること自体は知っていたのだろう。
「もちろんそういう人達だって、好き好んで立場や居場所を失いたいわけじゃない。
想いを殺して、手堅く生きて、できそうにない選択を排除して、残ったものを大切にする。
人口に余裕のない傷だらけの戦後社会に合わせて、情熱の無いほどほどの人生を妥協する。
隠したい人は誰だってそうしてる。それなのにどうして、隠しきれなくて破滅する人が出てくるのか」
好きな人を想う気持ちを質にとって、あの人を守りたいならああしろ、こうしろと脅しをかけられる。
ミオリネにもそういう経験自体はあったからか、瞳がぶれる。
まったく。
もうこいつを見捨てて座に還っていいんじゃないか、まで思ったのは本当だった。
カッとなったのは、少しずつ断片的に明かされた来歴で、花婿を女の子だと察した時から。
『妥協していた』頃のモニカが見れば、嫉妬心から大嫌いになっていたことは想像に難くない。
女同士が全然ありで、『好き』と言っても良くて、自分の気持ちを伝えることに躊躇いがない。
しかも二人で最高のドレスを着てずっと一緒に、なんて告白返しがある。
羨ましいな……と、今は思わない。
しかし、幼い子どもだった頃はそうではなかった。
自分は、誰かと想いを分かち合えることがないまま死ぬのではないかと、怯えていた時期があった。
「誰だって、認められたい、祝福されたい誘惑があるからだ。
『お義母さん、娘さんを私にください』とか、そんな大げさなことだけじゃない。
一生に一度のプロポーズを成功させた会社員は、同僚に打ち明ける時に得意そうにしてる。
喫茶店で好きな人について『恋バナ』ってものをする女の子たちは、幸せそうにしてる。
君等の場合、花婿の保護者の所に乗り込んで、『姑の不始末は止める』って言いたいんだろう?
いいじゃないか。きっとそれが叶ったなら、間違えた責任とか抜きにしても愉快だ」
「さっきから姑、姑って……人が死んでるんだけど……」
怒りよりも戸惑いによって、ミオリネは不謹慎だと言い返す。
お前は本当は、被害者だ加害者だとかを抜きに『お義母さん』と呼びたいんじゃないかと。
発想としてはあったけれど、まだ言語化を成していないもやもやを突かれたように言葉が止まる。
「でも、母親は死なせないつもりだった。それどころか、家族になるつもりもあった。
お母さんが大好きな娘を連れて説得しに行くなら、目的は排除じゃなくて和解なんだから」
夫や娘を殺された母親に対して、実質的に殺した張本人である仇の娘が家族になろうと誘う。
客観的に因果関係を並べればおかしい。
しかし誰だって、一緒にいたい人と一緒にいることを許されたら、きっと嬉しい。
それが許されなければ、義母どころか実の母だって居場所にならないことがある。
――さぁ、お母さんのようにアナタも弾いてごらん?
――上手いだけで、魂が感じられない。
――魂が目覚めるのは恋よ。しっかり異性と恋に落ちなさい。
――男と女はそういうものよ。
――学校に気になる男の子はいないのかしら?
モニカは両親を、いわゆるクソ親だとか親失格だと思ったことはないけれど。
生まれ育った家はどうしても、居場所にならなかった。
一方で、タブーの感情を抱いていると察した上でなお、姉妹として扱ってくれる者達もいた。
家族になれる、なれないに、正しい答えなんて始めからなかった。
「もし君たちのやりたいことが叶ったなら、きっと希望になる。だから決めた」
「どんな希望?」
「いつか、地獄(せかい)が何にも縛られない場所に変わること」
格差があり、戦争があり、余裕がない世界で。
灯火たちは、痛みに満ちた世界であっても花を植え続けた。
次の世代では、荒野が花園に変わりますように。
彼女たちが生きて叶えたい望みも、きっとそれに近しいものだと思ったから。
「そんなもの、私達の時代にもきっと無い。先のことだってどうなるか分からない」
「それでいいよ。ボクが勝手に期待して、勝手に後押しするだけだから」
もうこれ以上秘したものを明かすつもりはないと、モニカはマントに手を入れた。
準備中に産直の小屋から拝借したトマトを取り出し、かぶりつく。
補給よりも会話を終わらせる目的で行った仕草だけれど、ミオリネはそれをしげしげと見ていた。
つい見入ってしまうだけの意味が、そこにあるかのように。
食べ終わったヘタだけをぽいと捨てた時、戦闘を終えてから初めて彼女が動いた。
立ち上がろうとする予備動作のように、姿勢を変えて切り出す。
「……明日には家の外、見て回りたい。ここが、どんな地球なのか分かるようなところ」
「つまり、新婚旅行の予行演習ね。りょーかい」
やっと生気が宿り始めていた声に、手間がかかったなぁと内心で安堵する。
さすがにお手をどうぞと立たせるのは花婿の仕事だろうかと迷っていると、ミオリネの方から伸ばしてきた。
ただし握ることを求めるのではなく、ストップと言うように手のひらをかざす形で。
「起こす手は要らない。自分で立つ。だからもう少し待って」
そこに一途さの証明を見たような気がして、なんだか悪くない心持になる。
だからモニカは、自分の魂が所属する家族たちが使う、最上級の賛辞を口にした。
「――それは実に極上だ」
【CLASS】
アサシン
【真名】
≪灰燼≫のモニカ@スパイ教室
【性別】
女性
【属性】
混沌・中庸
【ステータス】
筋力D 耐久B 敏捷A 魔力E 幸運D 宝具B
【クラス別スキル】
気配遮断:C
自身の気配を消すスキル。
隠密行動に適している。完全に気配を断てばほぼ発見は不可能となるが、
攻撃態勢に移るとランクが大きく下がる。
アサシンのクラススキル。
諜報(劣):B
気配を遮断するのではなく、気配そのものを敵対者だと感じさせない。
ただし直接的な攻撃に出た瞬間、このスキルは効果を失う。
アサシンはもともと養成学校の落ちこぼれ生徒『のみ』を集めて編成された特殊部隊に属しており、十代の時点での資料が裏社会にもほぼ出回っていない。
これに伴い、諜報の効果が働いているうちはサーヴァント反応やステータス表示も確認できなくなる。
【固有スキル】
破壊工作:B
戦闘を行う前、戦闘の準備段階で相手の戦力を削ぎ落とす才能。
生前はチームのエースとして味方の護衛、敵暗殺者の撃退などの戦闘における功績が多かったが、工作活動やゲリラ戦術など潜入任務に際して有用となる術義は一通り履修している。
義悪趣味:A
一流のスパイがそれぞれ異なる『詐術(心理的盲点をついた騙し討ち)』を持ち合わせる世界における彼女の詐術。そして性格的個性。
まさかここまでするはずがない、言うはずが無いという振舞いで敵にも味方にも真意をはぐらかす。
己の『好きのかたち』を社会的タブーであるがゆえに秘して人と距離を置いてきた少女は、好意を分かりやすく、十分に伝わるように伝えるには捻くれすぎた。
局面しだいでは味方に不和の種を植えてしまうデメリットスキルだが、信頼する相手との間で十全に機能すれば『つい宣告まで険悪そうにしていた者同士が阿吽の呼吸で動いている』などのような『騙し』が成立する。
焔の薫陶:B
心を燃やし、疲労のピークであっても過集中を維持し続ける。いわゆるゾーン状態。
そこに『焔』という世界最高峰の隠密集団の一人から秘伝された神速の足捌きと、恩師から学び取った回避術を複合させることで、たとえ多人数からなる包囲掃射の真ん中に放り込まれても、一切の致命傷を負わずに全弾やり過ごした上で反撃を可能とする。
戦闘続行を『瀕死の傷でも戦闘を可能にする』スキルだとすれば、焔は『致命傷だけは避けながら戦闘を続行する』スキルに相当する。
ステータスの耐久:Bを成さしめるのは、頑健性ではなく回避性能によるものである。
【宝具】
『氷刃を燃やし尽くす灰燼(モエハナヤグトキ)』
ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:五感の認識範囲すべて 最大補足:-
特技:盗撮。
この自己申告は正しくとも正確ではない。
正確には『光屈折・運動エネルギー・位置情報・地理条件等のすべてを考慮に入れて空間を捉える人間離れした情報処理能力』と『処理した情報のすべてに死角なく対応できる超精密動作』である。
宝具としての要点は、五感でとらえた断片情報からフィールドにあるすべての情報を読み取ること。
戦闘ではこれを利用して、『意識の間隙をつく、あるいは死角を的確についた攻撃を、戦場の破壊や跳弾なども考慮しながら手数と敏捷性に任せて間断なく叩きこみ、一方で自身と味方に向けられた攻撃は死角なしに対応して防ぎきる』という戦法をよく使う。
またレンズの光屈折を利用した収斂発火を片手間に仕掛けるなど、破壊規模を拡大させる手管にも長けている。
それらが結果的には認識される前に盗撮を成功させる特技となって表れているため、光を用いた攻撃にたいして初撃のみの命中率プラス補正を得る。
(ただし近代に相当する時代の英霊であるため、レーザー火器、ビーム兵器のような高火力の光兵器は持ち合わせていない。単純な腕力では原作中でも力負けする場面があることも含めて、火力不足が難点)
『焔より愛をこめて贈る灯火(SPY-ROOM)』
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:- 最大補足:-
かつて世界大戦を終結に導いたスパイ一家、『焔』。
その唯一の生き残りが、戦後に焔を継ぐチームを育てるべく召集した『スパイ教室』があった。
不可能任務専門チームのエースであるだけでなく、学舎で学んだ生徒の一人。
その逸話と、彼女独自の『実演されたことは全て記憶して精密に再現する特技』が複合したことによる学習能力。
魔力や固有の体質に依らない『技術』のみを要求される体術、実技であれば、あくまで身体能力が許す限りにおいて初見で模倣して扱うことが可能になる。
スキルとしては専科百般、皇帝特権に近しくも、『他者から学び取る』形で習得することに独自性を持つ。
【weapon】
秘武器≪付焼刃≫……ただの可燃性薬品をしみ込んだ紙吹雪と、携行型の照明灯。
しかし飛散した紙片の全てを狙った位置に飛ばせる精密コントロールと、レンズの多重屈折を切り替えて光の密度を狙って操る計算能力により、認識範囲のありとあらゆる座標にピンポイントの収斂発火を起こす火器。爆弾の遠隔着火にも用いられる。
基本的には奇襲用の隠し武器であるため、強者と認識した相手にしか使わない。
他、拳銃、小刀、投擲鉄球などの近接武器も様々扱う。
変装道具や生前の仕事道具も必要に応じて現出可能。
【人物背景】
不遜な捻くれ者。18歳時の姿で召喚。
熱情の欠落をきっかけスパイ養成学校を落ちこぼれて、『スパイ教室』に入校。
咲き狂う花園に心乱されて、氷(なまくら)の刃は溶け落ちた。
かつて不死身と謳われた女スパイの薫陶を受け継ぎ、燃え尽きるまで戦った灰燼。
【サーヴァントとしての願い】
不幸は幸福をくれた。
だから後悔はしていない。
【マスターへの態度】
生活力皆無のクソ女で、甘さを捨てられない馬鹿。
せいぜい『お幸せに』って言わせろよ。
【マスター】
ミオリネ・レンブラン@機動戦士ガンダム 水星の魔女
【性別】
女
【マスターーとしての願い】
生還し、スレッタとともにクワイエット・ゼロを阻止する
いつか二人で地球に行く約束を果たす
【能力・技能】
経営学部の優等生。
急造で立ち上げた会社を経営できるだけのリーダーシップ、経営手腕、戦略眼、交渉力。
また勉強すること自体を得意としており、本分ではない機械の取り扱いなどもマニュアルを読めばすぐに覚えてしまう。
【人物背景】
魔女の花嫁。
魔女と出会うまで他人を信用しておらず、言葉も足りないことが多かった。
しかし芯には魔女を惹きつける譲れない優しさを持っている。
【方針】
ぎりぎりまで誰かを見捨てないまま生き残る
【サーヴァントへの態度】
不遜な態度には、学園でのセセリアやフェルシー達のような気に食わなかった生意気な女生徒を思い出す。
言動に腹がたつこともあるし、それなりに貸しを作ったことを重く感じてはいるが、ミオリネの根っこがお人好しである為に召喚後にずっと世話になったことには内心で素直に感謝している。
投下終了です
皆様投下お疲れ様です。
私も投下します。
俺はやっと自分(ナカミ)を見つけて、死んだ。
そして、俺は――――姿(ナカミ)のない男と出会ったんだ。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
夢を見る。
――誰でもない者の、夢を。
気がつくと、透明な容器の中にいた。
試験管の中に等しい揺り籠で、支配者としての生態的地位をより確固たるものにするために、他の生命の殺し方を――【悪意】を植え付けられる。
そうやって完成した、最強の生物兵器。完璧にデザインされた暗殺者は――天然の怪物と出会い、破れ、己の存在意義(ナカミ)を見失った。
誰にもその正体(ナカミ)を見つけて貰えぬ暗殺者は、その欠落を埋めるように。無節操に周りを観察することで、与えられた物ではない、己自身を見つけようとした。
だが……それは、逃げだった。
周りから、彼が見つけられなかったのではなく。
姿すらない空っぽだからこそ、何もかも平等に受け入れる――なんて。傲慢にも一線を引いた彼には、本当は何も見えていなかった。
だから……彼の中には、何の自分(ナカミ)も貯まることはなく、取り零し続け。
そんな空っぽな奴のために――それでも傍に居てくれた者が、生命を落とすことになった。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「……嫌な夢」
ポツリと呟いて、短い金髪に髪飾りを付けた、ごく普通の女子高生の姿をした、超常の存在――暗殺者のサーヴァントは、その意識を覚醒させた。
本来、サーヴァントに睡眠は必要ない。魔術的に仮初の生命を与えられた、本質が霊体である使い魔には、食事その他の生理活動は無用の長物だからだ。
とはいえ、擬似的にも生命体であることから、その不要な機能も完全にオミットされているわけではなく。その気になれば、生前のように眠りに就くこともでき――契約により繋がった他者の情報を、さながら夢のような形で参照することもできる。
故に、気分を害して不貞寝を選んでいたアサシンは、その結果見たくもないものを観察することになり、余計に心中を害していた。
「起きましたか、アサシンさん」
そんなアサシンの露骨な態度も意に介さず、呼びかけてくる声があった。
アサシンがその出所へ視線を向ければ、予想通りの珍妙な光景が拡がっていた。
声の主の姿は見当たらず――――どことなく愛嬌のある仮面だけが、虚空に浮いていた。
……初めて目にしたときは、アサシンもなかなかに面食らったものだが、既知の眺めとなってはそのこと自体には感動せず。
たった一つの目印で、己の葬者がそこにいることを知覚したアサシンが、同族嫌悪に顔をしかめた。
「いや寝てないよ。だって私、サーヴァントだし」
そもそもは、それ自体が不快だった。反英霊として座に召し上げられた、自分自身の定義(カタチ)が。
故に、それから変わる千載一遇のチャンス――聖杯戦争への挑戦権を得て、意気込んで召喚に応じたというのに。
眼前にいる、カタチのない葬者は、聖杯戦争で優勝する気がないとほざくのだから。
「可愛い寝息を立てていましたよ」
そんなアサシンの心中を察することなく、姿のない葬者はからかいの言葉を口にする。
……本当なら、とっくに解体してしまっているはずだったのに。
宝具と化したアサシンの体なら、令呪を奪って自らを受肉させ、単独で活動することも可能だというのに。
その令呪すら不可視化させた葬者は、あろうことかアサシンの造反でも傷一つ負わなかった。
そして……造反したサーヴァントを、絶対命令権である令呪で戒めるでも。
半端な戦力のサーヴァントでしかないアサシンを、その圧倒的な性能で叩きのめすでもなく、ただ放任して言い放ったのだ。
――私にとっては、アサシンさんの未来も、他の英霊や葬者の未来も、等価値なのです。
だから、他の主従を害さないのと同じように、叛逆したアサシンも見逃すのだと。
どこまでも軽んじられた、まさに使い魔然とした扱いが許し難く。
譲れない願いを抱えて現界したアサシンは、することがなさすぎて不貞寝していたというわけだが。
「……ただ、少々居眠りが長すぎたようですね」
そこで仮面が、見えない視線の動きを示した。
アサシンが姿なき葬者に召喚されたのは、東京都の端も端。二十三区の真反対。大都会の最果ての、山域の田舎町。
そののどかな風景が、風にさらわれる砂として崩れ始めていた。
「誰かが脱落した、か」
ぼんやりとした知識だが、この聖杯戦争の前提を振り返ったアサシンは、眼前の状況をそのように理解した。
「……また姿を変えたのですか?」
呟きながら煙草を咥えるアサシンの【変身】に気づいて、仮面から世間話のような声がかけられた。
「あんたに可愛いとか言われると、結構ムカつくからね」
魔力消費が極小とはいえ、無断で宝具を使われたこと。そして、生者である彼こそが脅かされる環境の変化――本来重大なはずのそれらを意にも留めぬ態度に、なおのこと苛立ちながらも。
くたびれた無表情な男……縁深い日本の刑事の姿へ【変身】したアサシンは、変身元の人物を完璧に再現し、表情筋の一つも動かさずに言い返していた。
さておき――状況は、アサシンの容姿と同じように。彼が不貞寝する前とは、既に大きく変化している。
大っぴらに宝具を用い、自身のマスターに襲いかかっても。東京都の一部とは思えない過疎地では、誰に意識されることもなかったが――今は、違う。
たった二人の異物に気づいて、剥がれたヴェールの下から湧き出した本来の冥界の住人――死霊たちが、その矛先を葬者とアサシンに向けていた。
「……仕方ないわね」
アサシンの声帯から放たれる音が、変わる。
数歩、前へ。姿なき仮面の葬者を庇うようにして、亡者の大群と一人向き合うのは、人種を超越した美貌を誇る一人の歌姫。
「ここは私が足止めするから、あなたは早く逃げなさい」
新たな【変身】で長髪を靡かせたアサシンは、その美声で葬者へと呼びかけた。
人間の脳など容易く揺らし、失神させるのみならず。判断力を削ぎ落とす効能まで秘めた魔性の声は、しかし――姿のない男には、通じなかった。
「いえ。私には、逃げる意味などありません」
「……はぁ?」
葬者の力なき返答に、アサシンは変身先への演技を保てず振り返った。
「……どういうこと? 死への耐性でもあるって言うの?」
「いいえ。私はここで死にます。ただそれだけのことではないですか」
これにはアサシンも、流石にブチギレた。
爆音が――否、打撃音が轟く。
それを為したのは、負担を無視して膂力に特化した、人の形を外れた変身。
アサシンの全力が生み出す打撃は、もはや爆撃にも等しいエネルギーを、不可視の葬者に叩き込んでいた。
拳の余波が、衝撃波となって砂煙を巻き上げ。わずかに山としての名残を残していた塵の塊を崩し、撒き散らす。
その砂塵に纏わりつかれて、ようやく、仮面の葬者の輪郭が顕になった。
二十一世紀の反英霊とはいえ。仮にも怪物的大犯罪者として世界を震撼させた――そして、実際に人類から外れかけていた新種を起源とするサーヴァントの、人外の拳でも。
一歩も後退することないまま、外傷一つない若い男はただ、元より中身のない左の袖をはためかせているだけだった。
「アサシンさんは、どうぞお逃げください」
「……いい加減にしろよ」
平気で促す透明な男に対し。歯軋りとともに、憤りを零すアサシンの姿は、また変わっていた。
白黒の髪をした、幼い少年に見えるその姿こそ――アサシンが自らの素顔と定義した、彼の正体。
生前は怪盗X(サイ)と呼ばれた、変幻自在の犯罪者が選んだ自分(ナカミ)だった。
「おまえ、なんでそんなに勝つ気がないんだ!?」
「……私には、何もありません」
……サーヴァントの拳を受けても、物ともしない戦闘力を見せながら。
透明な男は、どこか悲観した様子で口を開いた。
「ご覧のとおり、姿も。そして……百年も生きておいて、中身も」
生前、アサシンが幾度となく敗れた魔人にも迫る力を持った透明人間は、切々と諦念を零す。
「こんな私の未来に、他の誰かより優先される価値があるとは思えないのです」
透明な胸の内に秘めていた、重苦しい絶望を吐露した葬者は、その仮面の向く先を、無数の顔を持つアサシンから変えた。
「意味もなく殺される気はありませんが……彼らの目的が、運命力を奪って生者に成り代わることなら、話は別です」
元々見えない顔を隠した、表情の変わることがない仮面が向いた先に居たのは、着実に迫りくる魑魅魍魎の群れだった。
「彼らの救いが、私の死の先にしかない。ただそれだけのことですから」
アサシンの手でも殺せないほど強大な葬者は、そんな己の生命に、何の執着も抱いていなかった。
「私なら、ただの人間より多くの死者を救えるでしょう。その後なら私は、きっと笑うことが……」
「――ふざけんな!」
そこでアサシンは、激情のままに声を荒げた。
「俺を見ろよ、マスター! 藪雨トロマ!!」
そして初めて、己が葬者の名を叫んだ。
「あんたが自分に価値がないって思ってる……それはわかったよ! だけど、俺はあんたに繋がれちまった! あんたが死ねば俺も消えて……俺の願いは叶えられない!」
……脳裏を過るのは、本来、アサシンの召喚に付随するはずだった【彼女】のこと。
怪物強盗X(サイ)の正体が白日のもとに晒されたとき、世界に忘れ去られた一人の存在。
Xのそばの、見えないi。
彼女を取り戻すために、アサシンは聖杯を盗ると決めた。
その願いを、価値がないなど言わせない……!
「それに……!」
そして、アサシンには。
自分には何も無いという、藪雨トロマという男の記憶(ナカミ)が、見えていたから。
「あんたの中の呪いは、あんたを生かすためのものじゃなかったのか!?」
果たして、その言葉がトロマに届いたのかは、わからない。
息を呑む気配も、表情の変化も。姿だけでなく、筋肉の軋みや足音も、体臭や体温も、藪雨トロマのそれらは、誰にも見えないから。
見えもしない変化を期待して待つ時間は、もうない。
死霊の大群が、既にアサシンたちを間合いに捉えていた。
「ち――っ!?」
トロマを押して振り返りざま、右腕を膨張させたアサシンが、その剛腕を振る前に。
――巨大な何かが、死霊どもを払い除けた。
「……おっしゃるとおりです、アサシンさん」
トロマの声が聞こえた。
奇妙なのは――アサシンが背を向ける前よりも。その出所が、高い位置にあったことだ。
「今の私は、あなたの願いを預かる身であることも……私を死なせないために、ジグさんは文字通り命を懸けてくれたということも」
――浮力や揚力を生み出して、虚空に滞在しているわけではない。
「あなたの言うとおり。彼らには悪いですが、今ここで死ぬわけにはいきませんでした」
仮面の浮かぶ位置も、声の出所も。そこに足場なんてないはずなのに、透明なトロマの顔は、寸前よりも高い位置で固定されているようだった。
だが、その理由は、既にアサシンの目にも明らかだった。
「……ははっ」
……何とも向き合って来なかった藪雨トロマが、雲沼ジグの死という呪いと向き合うことを決めた。
アサシンに思わず笑みを零させたのは、そんな己が葬者の変心ではなく――生来の好奇心を刺激せずには居られぬ【変身】にあった。
「ありがとうございます。……ついでに、謝罪させてください。実はアサシンさんには一つ、嘘をついていました」
見ればわかることを――普段、周りから見えない生活を送っているという藪雨トロマは、いっそ呑気に口にする。
砂に吹かれて、浮かび上がるその輪郭が示す正体を。
「実は私は、透明人間ではなく――透明なドラゴンなのです」
この危機を乗り切るため。人間への変身を解いた硝子竜(グラスドラゴン)が、見えない自分(カタチ)を顕にしていた。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
それから、ほんの数分の後。
「すっげ……!」
地上十一キロメートルの空の上で、アサシンは感嘆の声を漏らしていた。
彼が視線を向ける眼下には、白い雲がどこまでも拡がり、相対速度の凄まじさを物語る速度で流れていく。
頬を叩く強風も、強靭なサーヴァントの身には心地良い。それよりも飛行機などと違い、その視界が遮られる物もほとんどない眺めは、悪名高き怪物強盗をして無邪気な興奮を禁じ得ないものだった。
そんな、さながら生身一つで空を飛翔しているように見えるアサシンだが、違う。
「お気に召しましたか?」
「うんうん。ドラゴンに乗って空飛ぶなんて、生まれて初めてだよ! まぁもう死んでるんだけど」
生身一つで飛行しているのは、彼のマスターである硝子竜(グラスドラゴン)、藪雨トロマであり、アサシンはその背に乗っているだけだった。
「ご機嫌が治ったようで何よりです」
直前まで、冥界化した山奥に居た二人だが――トロマが本来の姿に戻り、空を飛ぶことで、あっという間に安全圏まで退避できた。
物理法則に縛られない死霊たちも、竜の速さには到底追いつけなかったのだ。
そうして悠々と空の旅を楽しむに至ったアサシンの様子に、仮面越しのトロマの声も綻ぶ。
「それでは改めて、これからパートナーとしてよろしくお願いしますね。アサシンさ――」
「やだね」
「えっ」
そうして、素敵な体験を提供していた相手に、にべもなく拒絶されたものだから。トロマは思わず、間抜けな声を漏らしてしまった。
それを見て――透明だから見えないのだが、言葉の綾として。アサシンは、若干の見下したような顔で言い放つ。
「誰があんたと、ユニットなんて組むもんか」
それから。アサシンはその顔に浮かべる表情に、真剣味を増して続けた。
「俺の相棒は――怪盗Xi(サイ)の片割れは、この世でたった一人だけ。相棒と俺を引き離す呪いを解くために、俺は聖杯を盗る」
――無くてはならない存在が、無かったことにされている。自らを生み出した、あの恐るべき【悪意(びょうき)】に世界の目が奪われて。
それが、X(サイ)には許せなかった。
二人で一人の犯罪者(ユニット)、怪盗Xiであるためには、彼女が欠かせないのだ。
……仮にも怪盗なのに、世界中に正体が知られてしまったなら、せめて。世界を、怪盗Xiの正体と、徹底的に向き合わせてやると――反英霊と化したX(サイ)は、ずっと願い続けていた。
だから、それ以外の者を相棒と呼ぶなんて、許せるはずがなかった。
……表面だけでも恭順の意を示さないことのデメリットを、覚悟の上でも。
「わかりました。ではこの戦いが終わるまでよろしくお願いしますね、アサシンさん」
「……は?」
故に、目を閉じて。令呪による拘束に備えようとしていたアサシンは、何事もなかったかのような声掛けに呆気を取られていた。
「いや、あんた話聞いてたの?」
「ええ。相棒にはなれない、ということですが……何せ契約した当事者同士なので、無関係では居られませんし」
「いいの? あんたは結局聖杯を盗る気はないし、俺は多分、聞き分けの悪いサーヴァントだけど……」
「はい、知っています。ですが私にとって――私の願いと、アサシンさんの願いは等価値です。令呪で一方的にねじ曲げさせるなんてできません」
問いかける怪物に、竜が答え、言った。
「あなたは聖杯を盗る。私は……ジグさんの遺言どおり、私が笑顔になれるように、他の皆さんを助ける。ただ、それだけではありませんか」
それが、己を見つけた変幻自在の怪物と。
未だ、己を持たない透明な幼竜の、門出の会話だった。
【CLASS】
アサシン
【真名】
X(サイ)@魔人探偵脳噛ネウロ
【属性】
混沌・悪
【ステータス】
筋力_ 耐久_ 敏捷_ 魔力E 幸運C 宝具E (_は不定)
【クラススキル】
気配遮断:B
自身の気配を消す能力。
完全に気配を断てば発見は困難となるが、攻撃態勢に移るとランクが大きく低下する。
Xの場合は、気配を消すというより「変える」ことで他者の認識を掻い潜る。
【保有スキル】
魔眼:D-
脳内変異により編み出した電人の魔眼。
対象に簡易な暗示をかけることができるが、人間以外には通じない。
また、他人の顔を見ただけでその脳内に流れる電流を読み取り、思考を把握できる。
当然ながら顔を隠している相手、人間ではない相手には効果を発揮しない。
人間観察:A-
人々を観察し、理解する技術。
ただ観察するだけではなく、名前も知らない人々の生活、好み、人生までを想定し、これを忘れない記憶力が重要。
人物・人体のみならず、人工物の造形に込められた感情の流れまで見極めるアサシンのスキル評価は、瞬間的には堂々のAランク。
しかしながら、体質として頻繁に記憶の再整理が行われてしまい、ランダムに精度が損なわれる欠点を抱えている。
戦闘においては対象の急所を見抜き、クリティカル率を上昇させる働きを持つ。
情報抹消:E-
対戦が終了した瞬間に目撃者と対戦相手の記憶から、能力、真名、外見特徴などの情報が消失する。
これに対抗するには、現場に残った証拠から論理と分析により正体を導く「謎解き」が不可欠となる。
しかしながら生前、創造主たる「新しい血族」と人類の攻防の中で、後述のスキルに関わらない範囲の【正体】が公的に記録されてしまったため、大幅なランクダウンを招いている。
無辜の怪物:■-
誤解から生まれたイメージによって、過去や在り方をねじ曲げられた怪物の名。
人格は保たれるが、能力・姿が変貌してしまう。ちなみに、この呪い(スキル)は外せない。
アサシンの場合は、『二人一組の怪盗ユニット』という正体がこのスキルによって隠されており、二人で一人の犯罪者ではなく、単独のサーヴァントとして召喚される。
……この呪いを解くことこそ、怪物強盗が死後抱いた願いである。
【宝具】
『X【しょうたいふめいのかいぶつごうとう】』
ランク:E 種別:対人(自身)宝具 レンジ:- 最大補足:一人
正体不明(X)で不可視(invisible)の怪物強盗・X(サイ)の逸話が昇華された宝具。
変幻自在、千変万化な怪物の肉体そのもの。人外の膂力と、自在な変身能力を併せ持つ。
Bランク相当の変化、変容、専科百般に加え、怪力や耐毒、戦闘続行等の複数のスキルを内包する。
端的に言えば怪物強盗Xの身体機能を再現するだけの、それ以上でもそれ以下でもない宝具で、単純な戦力としては必ずしもサーヴァントに通じるとは限らない。少なくとも竜種である自身のマスターには、傷一つ付けられていない破壊力である。
しかし、「悪意」を持って工夫すれば、聖杯を盗る上で高い有用性を誇る万能宝具にもなり得るだろう。
【Weapon】
刃物等
【人物背景】
世紀末に突如として出現した、世界を騒がす怪盗にして殺人鬼。
美術品を盗むと同時に人を一人誘拐し、遺体を赤い【箱】に加工して返却するという、類を見ない手口で国際社会を震撼させた。
その残虐性に加え、全く目撃されない上に証拠一つ残さない手際の良さから、未知を表すXと、不可視 (Invisible) を表すIを合わせた【怪物強盗X.I(monster robber X・I)】、通称「怪盗X(サイ)」と呼ばれた。
やがて日本の女子高生探偵桂木弥子の関わる事件の中で、その正体の断片が明らかになる。Xは細胞を操作し、子供から老婆、果ては犬にまで姿を変えることが可能であり、殺した人間に化けることで、一般人から著名人まで多くの人間に「なって」おり、普段は行方をくらませていたのだ。
さらには人間を一撃で叩き潰すほどの怪力と不死に近い体力を持ち、傷の治りも人間離れしている。
そんな凄まじい能力は、当然自然に生まれたものではなく――大犯罪者【シックス】と呼ばれた死の商人、ゾディア・キューブリックが生み出した生物兵器であったことが発覚。実験の最中、シックスの制御を離れ、世界各地で犯行を重ねていたのだ。
シックスに回収され、その戦力となった怪盗Xだったが、シックスと日本警察の壮絶な決戦の中で命を落としたとされている。
……以上が、広く知られている怪盗Xの経歴である。
関連事項として、シックスの手に戻るまでは、社会の裏に潜伏する父にも勝る悪のカリスマとして君臨していた。そのため一般家庭の若者から、「飛行機落としのイミナ」と呼ばれた国際テロリストまで、X を信奉する協力者が世界中に居たとされている。
しかしシックスに捕獲される過程で側仕えの者は全滅しており、その後Xをシックスから取り戻そうとした者がいたかは明らかになっていない。
その協力者たちと、Xにどのような関係性が築かれていたのかは、ごく一部の関係者にのみ記憶され――記録としては、世界のどこに残されていない。
【サーヴァントとしての願い】
己の正体――本当の「怪物強盗Xi」に戻ること。
【マスターへの態度】
どことなく自分と似通ったところがあり、そこが腹立たしくもある。
相棒になる気はなく、現時点のXの力では殺せないため協力関係を築くしかないと考えているが、気まぐれなので案外普通に仲良くなるかもしれないし、やっぱり裏切るかもしれない。
【マスター】
藪雨トロマ@ステルス交響曲
【マスターとしての願い】
特になし……?
【能力・技能】
『硝子竜』
魔術師が竜になった、悪竜現象ブラックドラゴンの末裔。
その中でも、王の支配をより盤石とするための生物兵器として作られた個体。竜殺しを前提とした、不可視の暗殺者。
透明であり、匂いもなく、心音もしない。令呪も使用時以外は消えている。
身につけた私物にまでその効力は及ぶが、他人からの借り物には影響がない。このため、識別用に勤め先の備品である仮面を常時身につけている。
さらなる硝子竜固有の特徴として、自力のみで炎や氷のブレスを吐けない代わりに、周りにあるものを吸い分けて、何でも自分のブレスとして放つことが可能。
竜殺しの特性を活かせば、他の竜のブレスを吸い込むどころか、その生命力を直接吸い出し、攻撃に用いることすら可能。
悪竜現象の末裔だけあって、人間の姿にも変身できる。その状態でも吸血鬼も及ばぬ竜種の怪力や強靭な体表を有しているが、飛行やブレスを放つといった能力の行使には竜形態へ戻る必要がある模様。
痛みに強く造られており、さらには至近距離で反射された銃弾を摘んで止める、ビルを五棟貫通する打撃を片手で止めるなど、人外らしい身体能力を誇るが、生後百歳前後の彼はまだ幼体であるらしく、出自を加味しても絶対無敵とは程遠い。現に、左前肢を過去の戦闘で喪失している。
義手はまだない。
『暗殺術』
生まれる前に一通りの知識と技術を植え付けられたはずだが、最初の任務で失敗して以来全く使わなくなった。おそらく錆びついている。
その他、透明ならではの戦い方なども特に行わない。彼の雇い主曰く、本当は透明な自分が嫌いだからではないか、とも。
【人物背景】
魔術の衰退から逃れた裏側の世界で、竜に造られた竜。
誕生直後、支配種に歯向かう叛逆者の暗殺に差し向けられるも、返り討ちに遭い、竜による支配構造も崩壊。行く宛がないところを、自身を打ち破った英雄マイムロンドに雇われ彼の部下となる。
その後はマイムロンドの下で百年ほど、民間警備会社V&Vに勤め、仕事を通して様々な人間や亜人、その他種族を観察し、自分の中身を蒐集していた……つもりだった。
しかし、トロマの振る舞いはその実ただの逃げであり、自分と言えるものなど何も得られていなかった。
その果てに、その無関心さが博愛として映り、真実がどうあれ救われたと感じた少年・雲沼ジグが竜の残党に利用された挙げ句、トロマを死なせないために命を落とすことになる。
そのジグの遺言に対し、自分は彼を救えてなどいなかった、自分が向き合うことを避けていたから彼が死んだという後悔が呪いとして、初めてトロマの中に留まることになった。
そして月から訪れた、竜の残党との決戦中に、この冥界へと迷い込んだ模様。
【方針】
基本的には不殺、生還狙い。
【サーヴァントへの態度】
使い魔という意識はなく、尊重する対象の一人。
聖杯を欲していることは知っているが、それもまた等しく尊重されるべき願いであるため、彼が凶行に及びそうなときは正々堂々その都度止めるれば良い、と考えている。
以上で投下終了です。
投下します。
◇
その身体の芯に在るのは、冷たき空洞か。それとも――
◇
一人の青年がいる。
青年の名は、実相寺二矢。生と死の狭間、冥界に呼ばれし数多の葬者の一人である。
実相寺に与えられた仮初めの住処は、彼が居住していたマンションを再現したもの。
住居兼仕事場でもあった住まいは、一人で暮らすには持て余すほどの広さがあった。
その一室で、彼は何も身に纏うことなく、ただ立っている。
異様な光景であった。
その身体は痩せ細っていた。艶のない皮膚、薄い筋肉。浮き出る骨格。
ともすれば栄養失調さえ疑われかねない痩身は、しかし尋常ならぬ迫力を放っていた。
一見衰えているだけに見える肉体も、間近で観察すればただの痩せぎすではないとわかるはずだ。
引き締まった筋肉は並々ならぬ鍛錬によって育まれたもの。秘められた膂力は如何ほどのものだろうか。
筋骨隆々に雄々しく盛り上がっていてもおかしくはない肉体。それと矛盾するように削ぎ落とされているのは、実相寺が強く己を律した生活をしているからだった。
実相寺には理想がある。それを己の身体と精神で表現する――そのために彼は生きている。
実相寺が求める理想。
それは彼が自室で相対する、鈍く光る鉄の軍服――
無骨な直線と研ぎ澄まされた曲面で構成された鉄仮面。
刻まれし紋様は桜と旭日。背負う圧縮空気瓶は力の源。
『空気軍神ミカドヴェヒター』
戦後まもなく制作された特撮映画「空気軍神現る」に登場する、非道な生体実験により生み出された悲哀に満ちた改造兵士――その姿を忠実に模した特美が、実相寺と向き合っている。
特美研。実相寺が大学時代に所属していた学生サークルの名称だ。
昭和の時代から培われてきた特撮美術を研究する名目で設立された会に、実相寺ら特撮に魅了された若者たちが集ったのだ。
彼らは実用性を備えたヒーロースーツ――劇光服の製作と実装を活動の中心に置き始めた。
防刃素材を用いた、美しさと頑強さの両方を備えた装甲。超人的な腕力を再現するためのアシスト機構。
昭和の時代には絵空事でしかなかった空想を、現代の技術をもって現実のものとする。
その先にある、ヒーローだけが持つ輝き『劇しい光』に触れるために――
正義のために戦うヒーローの姿形を纏った彼らが自警団活動を始めるのに、然程時間はかからなかった。
だがそれはあくまで、学生時代の夢想の日々――
かつて共に青春を過ごした仲間たちは一人また一人と現実との戦いに向き合い始め、彼らを導いていた劇光服は装着されることなく埃を被る。
そうだろう。だって現実には、彼らが戦っていたような巨悪は、人々の生活を脅かす怪物は、存在しないのだから。
だが――だが。
実相寺は今、触れてしまった。己が知覚していた現実と常識を凌駕する超常――聖杯戦争に。
そうだ、これは戦争なのだ。命を奪い合う戦いなのだ。
しかし、唯一人で臨む戦ではない。葬者である自分には、身命を共にする者がいる。
実相寺と劇光服しか存在しなかったはずの部屋に、いつの間にかもう一人が存在していた。
「――君が、僕のサーヴァントか」
「アサシン。それが俺のクラスだ」
実相寺の運命を握る者。アサシンを名乗ったサーヴァントは、外見だけならば実相寺よりも一回りほど若い高校生ほどの少年。
だが実相寺の放つ異様な迫力に気圧されることなく、鋭いまなざしを己の主人に向けている。
まるで値踏みをするように。己が命を預けるに値する相棒であるのか否か確認するように。
静寂のまま、互いに見つめ合う。その瞳の奥に灯るものが何なのか、通じ合わせていく。
やがて実相寺が口を開いた。
「君は、聖杯戦争を知っているのか?」
アサシン――荒川ヨドミは、一瞬だがその答えに窮した。
ヨドミの中に、聖杯戦争の知識は既にあった。
万能の願望器である聖杯にかかれば、戦争の参加者たちに前提となる知識を植え付けるくらいのことは些事そのもの。
この戦争に巻き込まれた者たち全ては、聖杯戦争のことを既に知っている。
だがそのことは、実相寺もまた承知しているだろう。だから彼が訊いているのは、単なる知識の有無だけではない。
そこに実感が伴うのか――知識だけではない経験があるのか。実相寺の問いはそれを尋ねているのだ。
「……聖杯戦争について、アンタが知っていること以上のことは俺は知らない。
だけど。命の遣り取りについてだったら、少しは知ってるつもりだ」
アサシン。命を奪う者。
ヨドミは、自分がアサシンのクラスで召喚された理由を理解していた。
「告白する。俺は――人を殺す方法を、ずっと考えてた」
夜に、眠れなかった。だから人が死ぬことについて考えた。
不思議とその日はよく眠れて、だから考えるのが日課になった。日常になった。
道具は何がいいか。どの時間帯なら実行できるのか。どんな場所におびき寄せればいいか。
身近にある手段だけではすぐに手詰まりになって、銃器や爆弾があればどんなに楽だろうかと夢想した。
現実には存在しない、超能力や魔法の道具のようなもっとすごい何かがあればと願いながら眠りに落ちた。
だから「すごい何か」を手に入れたときに、荒川ヨドミはそれを使えた。
その使い方は、既に考えたことがあったから。
「これが俺の力だ。――と言っても、マスターのアンタにも見えないだろうけど」
瞬間、実相寺の視界から荒川ヨドミの姿が消えた。
ヨドミが手に入れたのは、透明人間(スケルトン)と呼ばれる超存在の力。
その名の通り透明の存在となり、付随して人間離れした殺傷能力も備え、限定的だが不死身に近い再生能力まで持つ人を超えた上位存在――それが透明人間。
その力があれば、人を殺すことなど容易だった。その力を巡って、多くの命が失われた。
「……そうか。それならば尚のこと君が適任だろう。今から説明をする。
それを聞いた上で、ここにサインをするかどうか――君に判断してもらいたい」
実相寺は何もいないように見える空間に、一枚の紙を突きつけた。
紙が宙に浮く。目には見えずとも確かにそこにアサシンがいるのだと、実相寺は実感した。
「劇光服使用申請書……?」
申請者:実相寺二矢。着装者:同上。使用劇光服:ミカドヴェヒター。
実相寺がヨドミに渡した紙にはそう書かれている。さらにその下には、署名欄が空白のまま残されていた。
「本来ならば特殊機構を用いる劇光服の使用には特美研三名以上の承認が必要だ。
だが今この世界に、特美研は僕しかいない。
よって緊急特例として、同志による特別承認を以て劇光服の使用許可を願います」
続いて実相寺は、ミカドヴェヒターに備えられた特美について説明をしていく――
(――いや、ちょっと滑らかに進めすぎじゃないか!? もうちょっとこう、俺が唖然とする間とか……!)
ヨドミを置いてけぼりにしたまま実相寺は語り続ける。
ミカドヴェヒターを作った者たちが、このヒーローにどんな願いを込めたのか。
その願いを形にするために、特美研が如何に心血を注いで空想を現実に憑ろしたのか。
圧縮空気瓶を動力に真剣抜刀を加速させ、鉄骨を叩き斬るほどの殺傷力を持たせたくだりを聞き、ヨドミは特美研のイズムに共感を覚えた。
彼らがしていたことは、ヨドミが毎晩妄想していたことの延長線上にある。
空想を、非現実を現実に存在させるために彼らは努力と模索を続けていたのだ。
その結果、彼らは――かつてのヨドミが「現実には存在しない魔法の道具」だと決めつけてしまっていたような架空のヒーローの戦闘機構を、現実に生み出した。
そしてそれは、透明人間(スケルトン)の力の在り方にも、少し似ていた。
透明人間もまた、その存在に焦がれた人間たちが能力と形態を再現するために研究を続け生み出したものだからだ。
だが、その強大な力を何のために振るうのか――ろくでもないことのために力を使う人間が数多くいるということを、ヨドミは知っていた。
素朴な疑問がヨドミの口をつく。
「アンタはその劇光服を使って……何をしたいんだ?」
淀みなく続いていた実相寺の説明は、ヨドミの問いを前に止まる。
しかし、止まったのは一瞬。間を置かず実相寺は答える。
「正義」
「僕の中身は、空虚だ。特撮に心を奪われ、人としての営みに興味を持てない社会的落伍者だ。
だけど劇光服を纏ったときだけは――その空虚さをヒーローたちが持っている正義で補える気がする」
だから僕は、劇光服を――劇しい光を求めるのだと、実相寺は言葉を結んだ。
ヨドミは、握っていた劇光服使用申請書をもう一度確認する。
確かにそこには書かれていた。
使用目的:正義。
今度は劇光服を、空気軍神ミカドヴェヒターの姿を確かめるように見る。
――その姿は、わかりやすい正義の形をしていない。
軍服をモチーフにした造形は、後年のヒーローが持つ格好良さや親しみ深さからかけ離れている。
けれど実相寺は、悪と戦うその姿に、確かに正義を感じたのだろう。
物語は、形にこそ宿る。
実相寺たちは、ミカドヴェヒターが持つ物語を――その正義をも込めて、情熱と共に作り上げたはずだ。
実相寺二矢の中身は空虚などではない。鉄の鎧がなくとも、彼の中にも正義はある。
ヨドミは筆を走らせた。
署名欄に書かれる、荒川ヨドミの名前。
実相寺は、こくりと頷く。
◇
その身に抱くは――熱き正義。正義の味方、劇光仮面。
【CLASS】
アサシン
【真名】
荒川ヨドミ@スケルトンダブル
【ステータス】
筋力C 耐久B+ 敏捷B 魔力C 幸運B 宝具A
【属性】
中立・善
【クラススキル】
気配遮断:A+
サーヴァントとしての気配を断つ能力。隠密行動に適している。完全に気配を断てばほぼ発見は不可能となるが、攻撃態勢に移るとランクが下がる。
特殊な視認スキルを持つサーヴァントでなければその姿を捉えることすら出来ないだろう。
【保有スキル】
透明化:B
不可視の存在となり、同様に透明化した他者を視認できるようになる。
透明化中は負った傷が自動的に再生し、「血(ユニークブラッド)」「骨」と呼称される特殊能力も使用可能。
負傷や能力の使用によって消耗した場合、強制的に透明化が解除され一定時間再透明化が不可能となる。
戦術(妄):A
時。場所。対象。手段。ありとあらゆる条件を思考し、夢想し続けた。
人を殺すための方法と、そのために必要な力のことを。
無数の妄想の中で培った思考を基に、初見の能力や人物が相手であろうと最適の戦術を選択する。
【宝具】
『透けた肉体(スケルトン)』
ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:1〜5 最大捕捉:3
古来より逸話に残る不可視の神性――その権能を利用すべく人が作り出したシステムが『透明人間(スケルトン)』。
適合した人間を人ではないモノに作り変え、透明化をはじめとした様々な異能をもたらす。
透明な筋繊維を全身に纏い身体能力を向上させ、骨と呼ばれる外骨格は敵を穿つ武器となる。
『透明人間の血(ユニークブラッド)』
ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:1〜3 最大捕捉:1
「血」に相当する物体を付着させることで発現する特殊能力。
物体浮遊、瞬間移動、幻覚、捻じ切るなど、透明人間によって発現する能力は異なるが、同じ能力が複数人に発現することもある。
【weapon】
骨と呼ばれる外骨格。様々な形状に構成することが可能。
【人物背景】
怪事件に巻き込まれた父親を亡くした少年。
とある出来事がきっかけで透明人間となり、自分の父親の死に透明人間が関わっていることを知る。
自分の夢を、家族を、生き方を守るために少年は戦う。
【サーヴァントとしての願い】
堂々と生きる。
【マスターへの態度】
彼の中の正義を信じる。
【マスター】
実相寺二矢@劇光仮面
【マスターとしての願い】
正義の味方。
【能力・技能】
劇光服「空気軍神ミカドヴェヒター」
【人物背景】
劇しい光を見た青年。
【方針】
正義。
【サーヴァントへの態度】
同志。
以上で投下終了です。
投下します
「何だよ、これは」
マスターとして選ばれた青年は、目の前の現実を認めることができずにいた。
聖杯戦争。極東の魔術儀式であるという程度の知識はあった。
無論、無理矢理に冥界に召喚され、あれよあれよという間に葬者に仕立てられたこの聖杯戦争が伝え聞いたそれと同一などとは思わない。
青年は魔術師ではあるが、さほど代を重ねた家系ではなく、従って自らの力量を過信することもなかった。
自分が何の準備も策もなくこの戦いを勝ち抜けるなどと自惚れはしない。どこかで実戦というものを知る必要があった。
そこでセイバーと相談した結果、奥多摩山中のどこかにあるという研究施設の調査に出ることにした。
それがマスター絡みであれば早いうちに敵の所在を割り出し、サーヴァント戦を経験できるし無関係ならばそれもまたよし。
青年は彼なりに用心を重ね、十分な警戒と覚悟を持って行動を開始した。
それでもなお、この光景は想定外に過ぎた。
「何故当たらない……!?」
セイバーが焦燥の声を漏らす。
彼とて一角の英雄。身に着けた武技は余人の想像を絶するに余りあるものであり、手にした剣も宝具として十分な格を持つ名剣である。
これがサーヴァント戦での劣勢であれば屈辱はあれど納得もできる。しかし敵はそうではない、ないのだ!
「なるほど、動きだけはかなりのものだ。
しかし……根本的なスピードがあまりにも足りんようだな」
長い帽子を被った皺の深い老人、それがセイバーの相対している敵だった。
件の研究施設を前にして接敵したこの老人と戦いはじめて数分、超音速の動きで達人以上の技と鋭さで繰り出したセイバーの剣がただの一つもかすりもしない。
まるで興味深い実験動物を見るかのように、攻撃の姿勢を見せることすらなく最小限の動きで全ての斬撃を回避している。
信じ難いことに、その回避動作の一つ一つがセイバーをして目で追うのがやっとの神速の動きなのだ。
「さて、今度は神秘とやらを持たない私の攻撃がどれほどお前たちサーヴァントに効くのかを試させてもらおうか」
「何を、がっ!?」
言い終わるや否や、老人の姿が掻き消え、それとほぼ同時にセイバーの側頭部に衝撃が走った。
殴られたのだと気づいた時にはいくつもの木々を薙ぎ倒しながら50メートル以上も吹き飛ばされていた。
霊基には傷一つないが、もし生前の生身で今の攻撃を受ければ確実に絶命していただろう。
「これではまるで次元が違う―――」
「今頃気づいたのか」
背後からの声、そして霊基に傷のつかない純物理的衝撃だけで失神しそうになるほどの超絶的な威力の蹴りを受け、空へと投げ出される。
驚愕はまだ終わらない。空を駆ける術を持たぬセイバーを嘲笑うかのように、蹴り飛ばされた先の空中に老人が浮遊していた。
老人の掌から放たれた光弾はやはりセイバーの霊基にダメージを与えなかったものの、剣による咄嗟の防御でも到底跳ね返せないほどの重さがあり、光弾に押し潰されるように地面へと叩きつけられた。
「打撃でもエネルギー弾でも傷一つないか。だが物理的衝撃までは打ち消せないようだな。曲がりなりにも肉体を持っているからか?
とはいえさすがにもう限界のようだな?では実験はここまでとするか」
「ぅぐ……、ま、まだ、だ……」
霊基への傷がなかったとしても、生前にさえ味わったことのない極大の物理的衝撃の数々はセイバーのエーテルで構成された脳を、精神を大いに疲弊させるに十分だった。
何しろサーヴァントを殺傷し得るだけの神秘さえ備えていれば、セイバーを三度殺して余りあるほどの威力だ。
認め難くとも認める他ない現実が目の前にある。セイバーが己の全てを懸けたところでこの老人には決して届くことはないのだと。
字義通り、立っている次元が、ステージが違いすぎる。生前にも格上の英雄や魔獣、幻想種と戦ったことはあったが、それら全てを遥かに超えている。
それでも、英霊としての矜持、そして一人の男としての意地がセイバーを再び立たせていた。
まだ傷を負っていないうちから聖杯戦争を、第二の生を捨てるなど言語道断。己の技の全てが届かぬなら宝具の解放を以ってして抗するまで。
「確かに恐るべき力だ……。ならば御老公、格下に過ぎぬ我が最強の一撃、よもや受けられぬとは言うまいな!?」
「ほう?」
我ながら何と安い挑発か。だが万に一つの勝機を手繰り寄せるためならこの程度の屈辱、何ほどのものでもない!
突きの構えを取り真名を解放。セイバーの剣先から幻想種をも打ち倒す光条が老人を貫かんと放たれた。
果たしてセイバーの挑発は功を奏し、老人は避けようと思えば避けられる、何となれば予備動作を容易く潰せる宝具を受けて立った。
そこまではセイバーの目論見通りだったのだ。
「何っ!?」
驚愕の声はまたもセイバーだった。
老人はセイバーの名剣から放たれた真名解放の一撃に対し、掌を突き出した。
まっとうなマスター、あるいはサーヴァント相手なら掌ごと肉体を刺し貫くはずの光条が老人が突き出した掌に吸収されていった。
想像の埒外、不条理極まる事象。セイバーの端正な顔が絶望と恐怖に歪む。
「なるほど、純粋なエネルギー攻撃、貴様ら風に言えば魔力だったか?それであれば生体エネルギーと同じように吸収できるということか。
中々の量のエネルギーを吸収できた。感謝するぞ、貴様の無力さと馬鹿さ加減にな」
「あ、あぁ……」
セイバーの中で何かが折れた。それは誇りであり、戦意であり、勇気であり、その全てだった。
マスターに過ぎぬ老人に気圧され、無意識に後退っていくセイバーを見て、彼のマスターもまた顔面を蒼白にしながらも勝機がないことを悟っていた。
アレはどうしようもない。その上相手側のサーヴァントの姿さえまだ見えない。令呪を使ってでも逃げるしかない。
「セイバー!てった―――」
言い終えるよりも先に、ズン、という鈍い衝撃に襲われた。
何事かと自分の身体を見下ろすと、太くて長い尻尾のようなものが彼の胴体を貫いていた。
「マスター!!!」
「せい、ば、たすけ、ぎが、あ、あああああぁぁぁ……」
吸われていく。セイバーのマスターの肉体が、生命力が、魔術回路が、令呪に込められし魔力が、大切な内臓器官の数々が、魔術刻印が吸われ、奪われていく。
瞬く間に骨と皮だけの状態になり、さらに数秒後には衣服という痕跡だけを残してセイバーのマスターは冥界から永遠に消え去った。
死霊の仲間入りを果たすことさえなかった。
代わりに現れたのは黒の斑点が付いた緑色のボディに長大な尻尾のある、一目で異形とわかるクリーチャー然としたサーヴァントだった。
「くっくっく、わたしのパワーの一部になれたことに感謝するんだな」
「戻ったかアヴェンジャー。やっとその姿になれたようだな」
「冥界をうろついている死霊やシャドウサーヴァントでは大したエネルギーにならなかったからな。
おかげで脱皮に時間がかかったが、わたし抜きでもお前の戦闘力ならサーヴァントなどは問題にならなかっただろう?」
「霊基とやらにダメージを与えることはできないがな。その分これからはしっかりと働いてもらうぞ」
「くく、了解した。では早速食事といこうか、なあセイバー?」
緑の怪物がセイバーを見る目は同じサーヴァントに向けるものではなく、捕食者が餌を見るような目だった。
マスターを失い、現界の要石を失ったセイバーからは急速に力が漏れ出ており、まさに俎板の鯉も同然だ。
主従として最悪の結末を迎えてしまったことによる絶望と怒りは、セイバーから一時的に恐怖を忘れさせた。
「うぉぉおおおおおおおおおおおお!!」
金切声を上げて怪物へ突っ込むセイバー。
だが決意も虚しく、横薙ぎに振るった剣は盛大に空を切り、セイバーの態勢が崩れた。
「どこを見ている?」
怪物はいとも容易くセイバーの背後に回り込んでいた。
サーヴァントとしての敏捷性の差もあるが、それ以上にセイバーの弱体化と視野狭窄が大きい。
怪物の見た目にそぐわぬ武術の達人が如き無駄のない動きからカウンターのハイキックがセイバーの首目掛けて繰り出される。
「ゴ、ひ………」
態勢を崩し無防備な隙を晒していたセイバーに躱す機会などあるはずもなく、一撃で首の骨をへし折られ、力なく地面に崩れ落ちた。
それだけ。言葉にならぬうめき声だけを辞世の句として、セイバーの第二の生はあっさりと幕を閉じた。
「さて、消滅する前にいただくとしようか」
怪物の尻尾の先端が大きく開くと、消滅する寸前のセイバーの死体を丸ごと呑みこむ。
呑みこまれたセイバーの霊基全てが怪物、人造人間セルの体内に取り込まれ、純粋な魔力資源へと分解され、吸収されていった。
サーヴァントを取り込み、霊基を進化させていく復讐者の反英雄。それこそがサーヴァントとしてのセルだ。
「やはりまっとうな葬者とサーヴァントはエネルギーの質が違う。
これならばあと一組、霊基の質によってはサーヴァント一騎だけで次の姿になれそうだ」
「ならばさっさと次の獲物を仕留めて進化することだな。
全くサーヴァントのシステムというのは実に厄介だ。この私の最高傑作として設計したお前のパワーが私にも劣るとはな」
「わたしもこんな霊基(すがた)で、サーヴァントなどという窮屈な身で終わるつもりなどない。
聖杯で必ずやかつての力を取り戻し、今度こそ孫悟飯やその仲間どもに復讐するのだ」
「孫悟空の息子か。俄かには信じがたいが、完全体になったお前でさえ敗れるとはな。
ならば我々はこの冥界で生き返り、更なる力を手に入れる必要がある。そして必ずや孫悟空にその息子や仲間ども、17号や18号を……。
セル。お前は私を裏切った17号や18号とは違うということを示してみせろ」
「ああ。わたしたちの目的は一致している。今は共に進むのみだ、ドクターゲロ」
老人、ドクターゲロはかつて世界征服を目論んだレッドリボン軍のお抱え科学者だった。
レッドリボン軍を壊滅させた孫悟空に復讐すべく、長い時間をかけて人造人間シリーズを開発するだけで飽き足らず、自らをも人造人間20号に改造した狂気の科学者。
しかし人造人間の完成を見越していたかのように待ち構えていた孫悟空の仲間たちによって襲撃は頓挫、最後は起動させた17号と18号の裏切りに遭い殺された。
冥界で再起の機会を得たゲロの目的はやはり復讐。今度は孫悟空だけではない。その仲間たちも、何より17号や18号も八つ裂きにしてやらねば気が済まない。
孫悟空が死んだことはセルから聞いたが、そんなことは聖杯なりドラゴンボールなりでどうにでもなる。
アヴェンジャー・セルの目的は三つ。死者の再現に過ぎぬサーヴァントの軛から脱することと生前と同等かそれ以上の力を得ること。
そして最後に孫悟飯やその仲間たちへの復讐。奴らとの決着を着けずにただ生き返るだけ生き返り、人目を避けて生きていくなど御免だ。
復讐に身を焦がす二人にとって聖杯戦争などは通過点でしかない。
【CLASS】
アヴェンジャー
【真名】
セル@ドラゴンボール
【ステータス】
筋力 B+ 耐久 B 敏捷 A 魔力 C 幸運 A+++ 宝具 EX
【属性】
混沌・悪
【クラススキル】
復讐者:C
復讐者として、人の恨みと怨念を一身に集める在り方がスキルとなったもの。
周囲からの敵意を向けられやすくなるが、向けられた負の感情は直ちにアヴェンジャーの力へと変化する。
忘却補正:C
人は多くを忘れる生き物だが、復讐者は決して忘れない。
忘却の彼方より襲い来るアヴェンジャーの攻撃はクリティカル効果を強化させる。
生前の敗北の屈辱を忘れないことにより、一部マイナススキルの効果を打ち消している。
自己回復(魔力):A
復讐が果たされるまでその魔力は延々と湧き続ける。魔力が毎ターン回復する。
【保有スキル】
気の操作:B→A→A+
生物が発する気を感じ取り、また己の気を制御する力。
気を操る超戦士たちにとって基本的な技能であり、戦いにおいて様々な形で応用される。
サーヴァントとしての感知能力が上昇し、索敵範囲にいる他のサーヴァントの位置を正確に把握することができる。
発する気の種類を記憶していれば、敵マスターの位置も正確に特定できる。ただし機械など生物としての気を持たない者は探知できない。
気配遮断スキルを持つサーヴァントであってもごく近距離にいる場合に限り気の探知に集中し、かつLuck判定に成功することで発見可能。
逆に自身の気を消すことでAランクの気配遮断と同等の効果を発揮することもできる。
セルが進化するほどこのスキルは成長していく。
武の模倣:B→A→A+
様々な武術の達人の細胞を掛け合わせて作られたセルは彼らの技をも自在に操る。
またセルの知識にない技であっても、学習して習得できる可能性がある。
元々の使い手よりセルの実力が高ければ本人よりも高い精度・威力で修得した技を行使できるが、逆にセルの実力の方が劣っていれば技も劣化する。
相手の戦闘技術に対する高度な見切りとしても機能し、Aランク以上になれば宗和の心得に対抗できるようになる。
セルが進化するほどこのスキルは成長していく。
仕切り直し:C
不利になった戦闘を離脱する能力。
本来このスキルはセルが第二形態に進化するとともに失われるが、忘却補正によって進化しても保持し続けられるようになっている。
慢心:-
自らの優位を確信した時、相手を侮り積極的に逆転の機会を与えてしまうマイナススキル。
本来セルが第二形態に進化するとともにこのスキルが自動的に発動し、進化するほどランクも高くなる。
しかし忘却補正を持つアヴェンジャーのクラスで現界しているため、セルは慢心の結果敗れた生前の記憶を片時も忘れず、このスキルを封印することに成功している。
単独行動:A+→A++→EX
マスターからの魔力供給を絶ってもしばらく自立できる能力。
第一形態の時点で一週間は現界を維持することができ、進化していくと宝具や大技の使用すら自前の魔力だけで賄えるようになっていく。
力の理:EX
純粋な力によって小技、相性、特殊能力といった概念を捻じ伏せる、セルが生きた世界の法則(ルール)を再現する特殊スキル。
筋力、耐久、敏捷、魔力ステータスの総合値、すなわち実力で自身より大幅に劣る者から受ける全ての敵対的干渉を実力差に応じて際限なく減衰ないし無効化する。
2ランク以上の実力差がある場合、例えランクEXの物理的ダメージ、防御無視や無敵貫通を含めた概念干渉、悪や魔に対する特攻効果であろうとも例外なく減衰・無効化の対象となる。
さらに2ランク以上実力で劣る相手に対して与えるダメージを上昇させ、命中・回避・クリティカル判定を強化、相手の回避・防御スキルや宝具を打ち破り、精神力に基づく戦闘続行効果を貫通して戦闘不能に追い込む。
規格外の再生・蘇生能力だけは破れないが、オーバーキルダメージを与えることによって超過ダメージ分だけ再生・蘇生能力の魔力消費を増大させる。
絶対的な強制力を持つスキルであるが、それ故に融通が利かず、格上の相手と遭遇した際は相手に対して上記の恩恵が与えられてしまう。
このスキルは如何なる内的・外的要因によっても外せない。
【宝具】
『人造人間セル』
ランク:EX 種別:対人(自身)宝具 レンジ:- 最大捕捉:一人
セル自身、そしてセルが辿った進化の道程そのものが昇華された逸話型宝具。
サイヤ人やフリーザ、地球の武術の達人たちの細胞を掛け合わせて生み出されたセルは第一形態の時点でランクB相当の頑健、再生能力を持つ。
特筆すべきは尻尾を使いNPCやマスター、サーヴァントが持つ魔力資源を吸収することで進化し、姿を変える点にある。吸収・消化されたサーヴァントはその形質ごと純粋な魔力資源に変換され、脱落・消滅する。
進化に必要なだけの魔力リソースを蓄える度に、第二形態、完全体の順に霊基再臨を果たし、存在規模(ライフスケール)を拡張していく。
第二形態に進化すると幸運を除く全ステータスが2ランク上昇し、第二形態から完全体に進化すると更に4ランク上昇。各種保有スキルも進化に伴い成長していく。
第二形態に進化した時点で通常のサーヴァントの枠を半ば超えた強さとなり、完全体ともなれば最早聖杯戦争の域を逸脱した怪物となる。
進化に伴い体内の魔術回路の性能も爆発的に向上し、少量の魔力供給でも莫大な魔力を生成できるようになっていく。
このため燃費の面では一番弱い第一形態が最も悪く、進化するほどむしろ低燃費化していく特性を持つ。
一度でも完全体に進化した後に自傷行為、または攻撃を受けることにより肉体が消滅するほどのダメージを負った時、一度だけLuck判定を行う。
成功すると残された核から肉体を再生、完全体から更に幸運を除く全ステータスが3ランク上昇した超完全体へと進化し、体力と魔力が完全に回復する。
『小さくとも私の子供たちだ(セルジュニア)』
ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:六人
完全体まで進化すると解禁される宝具。
魔力を消費し、尻尾からセル第二形態以上の性能を持つ独立サーヴァントのセルジュニアを最大で六体まで生み出す。
生み出されたセルジュニアたちはランクA+の単独行動スキルを保有している。
【人物背景】
ドクターゲロが開発した最後発の人造人間。
ゲロの死後、プログラムされた作業を続けていたコンピューターが長い年月をかけて完成させた。
誕生した後は人造人間17号と18号を吸収して完全体になるべくトランクスからタイムマシンを奪い過去に跳び、地球を恐怖に陥れた。
【サーヴァントとしての願い】
受肉して孫悟飯らへの復讐を果たす。
【マスターへの態度】
産みの親だからと敬意を抱く気はないが、目的が一致しているためパートナーとしては最良と考えている。
【マスター】
人造人間20号(ドクターゲロ)@ドラゴンボール
【マスターとしての願い】
生き返り、孫悟空やその仲間たち、そして17号と18号に復讐する。
【能力・技能】
ドクターゲロとしての科学技術と人造人間20号としての超サイヤ人に準ずる戦闘能力。
掌から触れた対象の生体エネルギーを吸収して自身のエネルギーとする機能を持つ。
【装備】
スパイロボット:小型の虫型ドローン。監視のみならず、秘密裏に研究対象の細胞を採取する機能を持つ。
【人物背景】
かつて世界征服を企んだレッドリボン軍に属していた天才科学者。
孫悟空によって組織が壊滅した後は彼に復讐を誓い、長い年月をかけて数体の人造人間を開発、自身の肉体も改造して人造人間20号を名乗る。
復讐を果たすため動き出すも、未来から来たトランクスの警告を受けて準備を整えていた超戦士たちには敵わず、最後の手段として人造人間17号と18号を起動する。
しかし無理矢理人造人間にされたことを恨んでいた二人に裏切られ、殺された。
【方針】
こんなちっぽけな世界を吹き飛ばすことなど造作もないが、冥界のシステムを考慮するとそれはかえって自らの首を絞めることになりかねない。
業腹だが聖杯戦争のルールに従って優勝を目指す。同盟?そんなものは無用だ。
【サーヴァントへの態度】
私への敬意が足りないようだが、裏切りさえしなければ目を瞑ることにする。
投下終了です
投下します
廃墟と化した都市を駆け抜ける。
幾体もの死霊を引き連れて――否。追い立てられて。
死霊の群れは、明確に俺を獲物と見做している。
俺もかつては(あるいは今も?)彼らと同じようなモノだったというのに。
どうあれ、襲い掛かってくるのなら、今自分にできるのは逃げる事だけだ。
瓦礫を跳び越え、路地裏を駆け抜け、まだ機能する扉を開け放ち逃げ道を捜す。
開けた扉は、可能な限り閉めておく。死霊相手に物理的な壁は効果が薄いが、全く無いという訳ではない。
厳密には違うが、吸血鬼が招かれてない家に入れないのと同じだ。彼らの能力を以ってすれば、扉はおろか家屋ですら容易く壊せるはずなのに、だ。
つまり重要なのは、“遮られている”という事。
こちらに危害を加えるには物理的な干渉力を上げる必要があるが、干渉力を上げれば壁にも干渉してしまい、迂回しなければこちらに触れないという訳だ。
……まあ、干渉力を下げれば簡単にすり抜けられるため、結局は時間稼ぎにしかならないのだが。
そうやって稼いだ僅か時間で、少しでも安全地帯へ近づこうと早く走っていく。
安全地帯に辿り着けさえすれば、死霊たちはもう追ってこられない。
そしてその安全地帯は、もうすぐで目の前に―――
「ッ、―――………!!」
安全地帯へと近づいたことで気が緩んだ、一瞬の隙を突かれた。
地面からヌッと飛び出してきた死霊の爪に、踏み出した右脚を引っ掻かれた。
肉体的な傷はない。だが一瞬の虚脱感にバランスを崩し転倒してしまう。
すぐに起き上がり再び駆け出そうとするが、同時に獣の息遣いが微かに聞こえてきた。
それは俺がとっていた進路の先へと、回り込むように移動している。
「くそ……っ」
転倒前ならいざ知らず、今からでは確実に待ち伏せされる。
獣を避けるように進路を変更。安全地帯へは、別の道を探さす必要がある。
急がなければ。
ここは常人なら十分程度しか持たないという冥界の淵。
俺なら遥かに長く耐えられるだろうが、それでもあまり時間は残されていない。
§
半ば引きずるように右脚を動かし、少しずつ前へと進んでいく。
視界に映る情報から、ここは学校だと判別できる。
と言っても、とっくの昔に廃校となり、長い間うち捨てられたような状態ではあるのだが。
まあ、安全地帯の外が廃墟であり、そこに建てられた建物である以上は当然だろう。
最初の失敗でケチが付いたのだろう。安全地帯への移動は、思うように上手くはいかなかった。
連中のどこにそんな知恵があったのか。どのルートから進もうと先回りされ、獣か死霊の群れに待ち伏せされる。
強引に突破しようとすれば苛烈に襲い掛かってくるくせに、安全地帯から遠ざかる様に逃げる際にはあっさりと見逃してくる。
気がつけば安全地帯に辿り着くどころか、そこへ至るルートは総て潰され、この学校へと追い詰められていた。
おそらく、指揮官の様な個体が混ざっていたのだろう。
最初の段階で無理矢理にでも突破しておくべきだったと、今にして思う
一般人が冥界に耐えられる十分はとうに過ぎ去った。
運命力を消耗している影響なのか、右脚は死霊の爪に引っ掛けられた場所を起点に黒く染まってゆき、今ではほとんど感覚がない。
強引に突破しようした際に獣に抉られた左脇からは、血と一緒に自分を構成するナニカが零れ落ちていくようだ。
意識が、少しずつ朦朧としてきている。
死者へと――かつての俺へと、近づいてきているのだ。
――――――、憎い。
ふと、そんなことを思う。
死霊たちがなぜこんな回りくどい方法をとっているのか、少しだけ理解する。
要するに憎いのだ。死者として生まれながら、生者としてここにいる俺のことが。
自分たちはどれだけ運命力を奪っても生者に成れないのに、なぜお前だけが、と。
バカな話だ。“そんな”だから生者に成れないのだと、彼らは永遠に気付けない。
おぼろげな意識の中、前方に見えた影に足を止める。
死霊でも、獣でもない人型。シャドウサーヴァントだ。
あれが指揮官個体なのだろうか。
そう思っていると、その影霊は己が右手に持った何かをこちらへと向けてくる。
それが銃だと気付き横に飛び退くのと、影霊がその引き金を引いたのは、ほとんど同時だった。
廊下へと倒れこみ、銃声が響き渡る。
飛び退いた先は偶然にも階段だった。
即座に起き上がり、可能な限りの全力で階段を駆け上る。
当然、万全の状態とは程遠い身体だ。上へ向かう速度はそれほど早くはない。
だが相手も積極的にこちらを殺す気はないようで、すぐに追いつかれそうな気配はない。
………だが着実にこちらを追跡していることだけは、背後から迫る殺気から感じ取れた。
……そういえば、あの時もそうだったな、と。ふと思う。
俺という存在の始まりは、電子で構成された学園だった。
だがその学園は聖杯戦争の予選の舞台で、モラトリアムが終わると同時に崩壊した。
そしてその時も俺は、こうして傷だらけになりながら何かに追われていたのだ。
あの時は底(した)に向かって逃げ、今回は上に向かって逃げていることだろうか。
階段を駆け上った果てにある扉を開き、その先へと進む。
そこは屋上だ。
一気に広がった視界に目を眩ませながらも、一部が壊れた転落防止柵の向こうに広がる光景を■■の宿った眼で静かに見据える。
学校の周辺、一面に広がる廃墟と、その向こう側に見える、俺が辿り着けなかった安全地帯。
――――――憎い。
その光景が、憎くて憎くてたまらない。
どうして俺がこんな目に合わなければならないのか、という思い(憎しみ)が胸の内を黒く染めていく。
復讐を。報復を。そう叫ぶダレカの声が、頭の中で反響している。
まるで血と共に憎悪以外の感情が零れ落ちたかのよう。
……ああ、解っている。
それこそが死霊たちの目的。
かつては自分たちと同じだったはずの存在を、失意の果てに、再び自分たちと同じ存在へと落そうとしているのだ。
そしてその目的は、今まさに果たされようとしている。
連中の思惑通りだと理解していながら、憎しみが溢れ出して止まらない。
――――――だが、それでも。
ガゴン、と。屋上と校内を隔てる扉が蹴破られる。
その音に、この場所はまずい、と逃げ道を捜す。だがここは屋上。逃げ道など、あるはずもない。
シャドウサーヴァントが、蹴破られた扉の向こうから姿を現す。その手の銃は、ピタリと俺へと向けられている。
……ここまでか。
そんな諦念が、不意に胸中を過ぎる。
影霊が指に力を籠め、銃の引き金が引き絞られ、キチリと小さく音を立てる。
………………諦めるのか?
そんな問いかけが、不意に胸中から沸き上がる。
諦めるのか? こんな所で、あんな連中に、いいようにされたままで終わるのか?
そして連中と同じ存在に成り果てて、ここを訪れた生者(だれか)を恨むのか?
――――――否!
と、問いかけに答える様に、誰かの声が胸の内に響き渡った。
撃鉄が落ちる。
火薬が炸裂し、弾丸が放たれる――その刹那に、どうにかその射線上から飛び退く。
躱しきれず、左頬が浅く抉られる。構うことなく、屋上の橋を目指して全速力で駆け出す。
そこは壊れ、転落防止柵がその用を成さなくなった箇所。
殺気を通して感じる、俺の背中に銃口が向けられた気配。
構わず屋上の縁を踏みしめ、その外側へと目掛けて跳び出した。
自棄になっての自殺? 違う。殺される恐怖からの逃避行動? それも違う。
俺は、死霊とは違う。
死霊たちは全てを憎んでいる。そして憎しみとは過去だ。
過去に囚われているから、死霊たちは憎しみに囚われている。
つまり、“今を生きていない”のだ。
だから死霊は生者に成れない。
たとえどれだけ運命力を奪おうと、過去に執着する存在に、“今を生きる者”である生者に成れるはずがない。
そしてそれが、俺と死霊たちとの違いだ。
確かに俺にも憎しみはある。かつては月の全てを憎んでさえいた。
けど今は違う。今は、そんな憎しみ(過去)よりも、未来を見たい。
怒りと憎しみ。それが俺の本性なのだとしても、未来を見るために、俺は前を向いていたいのだ。
だから―――
途切れる足場。落下が始まれば、この身は遥か下の地面に叩き付けられるだろう。
だがそれでも視線は前へ。
飛び出した方角は、奇しくも安全地帯のある方向。
その場所を、今を生きる者達が未来を夢見る場所をまっすぐに見つめる。
そうだ。だから俺は、死霊へは戻らない。お前らに殺されてなんかやらない。
加速を失い、落火が始まる。
それでも、この身体は前へ。この眼は、一秒でも、一瞬でも長く、未来を見届けるために―――
「――――――よく吠えた。
よかろう。己が死を目前にしてなお未来を目指すことを止めぬその瞳の輝きを以って、貴様が余のマスターとなることを許す」
廃墟の校舎に唐突に、そんな言葉が響き渡った。
同時に溢れ出す、薔薇色の魔力の嵐。
落下していた俺の身体は、その魔力の中から伸ばされた腕によって受け止められ、地面との激突を免れた。
「セイ、バー……?」
聞き覚えのある声に、思わずそう口にする。
その直後、俺の身体がその腕から地面へと投げ出される。
堪らず苦悶の声を溢すが、屋上からの落下に比べればはるかにダメージは少ない。
「否。余は貴様の知るセイバー……皇帝ネロにあらず。
我が名はドラコー。ソドムの獣、ドラコー。
クラスは、そうだな───アルターエゴ、という事にしておくか」
その言葉に、声の主の方へと視線を向ける。
そこにはセイバーを――皇帝ネロを幼くしたような風貌の少女がそこにいた。
だが一目見て理解する。その言葉通り、この少女は皇帝ネロではない。もっと恐ろしい、別の何かなのだと。
赤い瞳、赤い鱗に覆われた右腕や人には在り得ない尾など、純粋な人間なのかすらも怪しい。
クラスを“アルターエゴという事にしておく”と言っていた事と、何か関係があるのだろうか。
「貴様、名は?」
「……ハクノ。岸浪ハクノ」
「岸浪ハクノ……そうか。完全な別人でありながら、姿形だけでなく名もよく似ているか。
……あるいはそれが、余と貴様を結んだ縁の一つなのやもしれぬな」
自らをドラコーと名乗った少女は、感慨深げにそう呟く。
装甲している真に、ザリ、と地面を踏む音が響く。
目を向ければ、その気は先ほどまで俺を狙っていたシャドウサーヴァント。
こちらを応用にやつも屋上から跳び下りてきたのだろう。
体の痛みを堪え、どうにか立ち上がる。今度は逃げるためではなく、立ち向かうために。
「ドラコー、君のことは何と呼べばいい」
「好きに呼ぶがよい……ああ、ネロ・ドラコー、でもかまわぬぞ」
「じゃあそのまま、ドラコーって呼ばせてもらう」
アルターエゴでは呼びづらい。彼女は構わないと言ったが、ネロと呼ぶのも違うだろう。
故にドラコー。
彼女の正体に直接繋がる様な名ではなさそうだし、セイバーと区別するためにもその方がいいだろう。
「それでドラコー、行けるか?」
周囲を見渡しながらそう問いかける。
敵はシャドウサーヴァントだけではない。彼女の魔力に触発されたのか、死霊や獣たちも姿を現している。
だがそれらを前にしても、ドラコーの余裕は微塵も崩れることがない。
「誰に向かって言っている。
この程度の前菜、容易く喰らい尽くしてくれよう」
そういうやドラコーは左手を掲げ、その手に黄金の杯を顕現させる。
同時にシャドウサーヴァントが動き出す。
いつの間にか両手に握られていた二丁拳銃の銃口が、ドラコーへと向けられ連続で火を噴く。
対するドラコーは右腕を大きな赤龍のものへと変化させ、放たれた弾丸を受け止め弾く。
それを開戦の合図として、死霊と獣たちが飛び掛かってくる。
だがドラコーはずるりと尾を立たせると、その先端からレーザーのように魔力を放射。
そのままぐるりと尾を回転させ、あまりにも容易く死霊と獣たちを壊滅させた。
だが、ただ一人シャドウサーヴァントだけはその魔力熱線を回避し、こちらへと接近してくる。
たとえ影に過ぎずとも、英霊の一騎だという事か。
竜のものと化した右腕から機関銃のように魔力弾を放って追撃を行うドラコーへと、シャドウサーヴァントは武器を両剣へと持ち替え、それを高速回転させることで魔力弾を弾き肉薄する。
竜の尾から放たれたレーザーの威力は驚異的の一言だ。
故に、銃による遠距離戦ではなく剣による接近戦に勝機を見出したのだろうか。
――だが、たとえ幼い少女のような外見をしていようと、ドラコーは決して並の英霊ではない。
魔力弾の雨を切り抜け、鬱陶し気に払われた竜の右腕を躱したシャドウサーヴァントは、その勢いのままドラコーの首目掛けて両剣を振るう。
しかしその刃が届くより早く、ドラコーの華奢な足がシャドウサーヴァントの胴体を蹴り穿つ。
そのまま蹴り飛ばされたシャドウサーヴァントは即座に体勢を立て直し、再びドラコーへと肉薄しようとするが。
「朽ち果てよ……」
ドラコーの左手に掲げられていた杯が傾けられ、黒い泥が零れる。
滴り落ちた泥は瞬く間に地面を――シャドウサーヴァントの足元を覆い尽くし、
直後、黒い魔力の嵐が炸裂する。
その黒い嵐が収まった時には、シャドウサーヴァントの姿はもうどこにも残っていなかった。
「質も量も三流か。だがまあ、死霊や影程度ではこんなものか」
あまりにもあっけない決着に、ドラコーは総愚痴を溢す。
だが俺の方は、ようやく訪れた決着に気が抜け、一気に意識が朦朧とし始める。
もとより冥界での活動限界はとっくに超えていたのだ。
ドラコーとの契約で一時的に持ち直したとはいえ、それももう終わりだろう。
「ドラコー……あとは、たの……んだ…………」
辛うじてそう言い残し、再び地面に倒れ伏す。
「む、おい待たぬか! 始まってそうそう、負けもしておらぬのに脱落など、さすがの余も怒るぞ!
おいマスター! 聞いているのか!? おい――!」
薄れゆく意識の中、彼女の声に、不意にセイバーを思い出す。
皇帝ネロとドラコーは別の存在だが、やはり根本的なところでは、何か繋がりがあるのかもしれない。
「むう、このままではまずいな。早急に会場――安全地帯へと運ばねばならぬか。
…………しかしまさか、このような形で“東京”に行くことになるとはな」
だからだろうか。
瞼が落ち切る寸前に見えた彼女の赤い瞳を、星の様だと、何の意味もなくそう思った――――。
【CLASS】
アルターエゴ?
【真名】
ソドムズビースト/ドラコー@Fate/Grand Order
【ステータス】
筋力B 耐久B+ 敏捷A 魔力A 幸運D 宝具B
【属性】
混沌・悪・獣
【クラススキル】
○獣の権能:C
『対人類』とも呼ばれるスキル。英霊、神霊、どちらであろうと“人間”と交わりのあるものからのダメージを削減する。
○単独顕現:E
単独で現世に現れるスキル。『単独行動』のウルトラ上位版。
このスキルは『既にどの時空にも存在する』在り方を示している為、時間旅行を用いたタイムパラドクスなどの攻撃を無効化しつつ、あらゆる即死攻撃系をキャンセルする。
○ネガ・メサイヤ:EX
信仰による加護を全て無効化する。
また、救世主の名を冠する特殊クラスに有利が付き、彼等の特殊スキルを弱体化させる隠し能力が存在する。
【保有スキル】
○獣の数字:C
ビースト=Ⅵが持つ固有スキルが劣化したもの。自らに刻む、666の『獣の数字』。
○七つの獣冠:C
黙示録の獣。神を冒涜するもの、都市を破壊するものを表す角。
○黄金の杯:C
ドミナ・コロナム。富、酒、黄金、伴侶、恋人――人間が抱くであろう欲望を絶え間なく沸き立たせる墜落の聖杯。
【宝具】
○ベイバロン・ドムス・アウレア
『抱き融す黄金劇場』
ランク:A 種別:対軍宝具 レンジ:1〜30 最大捕捉:7人
左手に持った盃から泥を溢れさせ、ドムス・アウレアの黄金劇場を構築。
相手を黄金劇場に閉じ込めた後、七体の魔獣赫によって一斉に蹂躙し、黄金劇場ごと粉砕・殲滅する。
ネロのドムス・アウレアのビーストバージョン。捕捉人数が7人なのは七クラスを相手にするという意味が込められている。
皇帝ネロは人々を招き、歓楽で包み込もうとしたが、ドラコーは人々を閉じ込め、絶望で救おうと考える。
○プレテリトゥス・リンブス・ヴォラーゴ
『今は旧き辺獄の底』
ランク:? 種別:対都市宝具 レンジ:?? 最大捕捉:不明
『黄金の杯』より溢れる泥に身を浸し、一時的に成体のビーストとしての姿(Arcadeにおける天動説体)へと成長することで霊基出力を大幅に向上させる。
ただし、見た目こそ成体と同じだがArcadeの時ほどの巨体ではなく、一般的な人類の規格に収まったナイス・バディな成人の女性体となっている。
攻撃として使用する場合は、天動説体への成長後に魔獣赫が天から地表を貫き、赤き血潮を地上へと放出。
大規模な津波を引き起こし、対象となる人間はもちろんその場にある建物や瓦礫なども巻き込む。
津波に飲み込まれたそれらは攪拌され、身動きも取れぬまま互いへと直撃しダメージを受ける。
この宝具は本来、現在の霊基フォーマットでは使用できない。
現在の彼女がこの宝具を使用できるのは、マスターの影響によるものと思われる。
そのためか、宝具のルビも本来の読みとは異なるものとなっている。
【weapon】
左手の盃から溢れさせた泥や竜鱗をまとった右腕、召喚した魔獣赫による攻撃を行う。
【人物背景】
Fateシリーズにおける皇帝ネロを幼く、竜人のような姿にした少女。
瞳は赤く、右手と両足も竜の如き赤い鱗に覆われており、竜の尾すら生えている。
その正体は、Arcade版における物語の黒幕であり、人理の全てを完全な終わりへと導く「人理消滅」を目的とする人類悪。ビースト=Ⅵ。
しかし並行世界のカルデアに敗れ、本人もその事実を受け入れ、殊勝にも『極めて普通の、人類に合わせた』霊基フォーマットで召喚されている。
【サーヴァントとしての願い】
特になし。
並行世界の『月の王』に似た現在のマスターの道行きを愉しみとして召喚に応じた。
【マスターへの態度】
サーヴァントとして指示には従うし、必要とあれば意見もするし知恵も貸す。
しかし不機嫌そうな態度は基本的に崩さず、マスターの苦悩や足掻きに愉悦を見出す。
(ただしそれは、自身のマスターが『小さくとも確かな光明になる人間』であることを期待しているため)
【マスター】
岸浪ハクノ@Fate/EXTRA Last Encore
【マスターとしての願い】
聖杯に託す願いはない。
こうして今『生きている』以上、最後まで生き抜く。
【能力・技能】
○死相(デッドフェイス)
自身に内包した死者の怨念の力を引き出すことによる強化現象。
発動すると全身が黒く染まり憎悪の仮面を被った様な姿へと変貌する。
この状態では人間離れした運動能力や異常なまでの不死性、内包する死者の経験や能力・コードキャストを使用できる。
ただし、行使できる死者の能力・コードキャストは一度に一つまでであり、また「使いすぎると死者の相に乗っ取られてしまう」というデメリットもある。
加えて岸浪ハクノの場合、ある理由から不死性はほぼ失われており、現在は“死に難い”“傷の治りが速い”程度に留まっている。
【人物背景】
『Fate/EXTRA Last Encore』の主人公。外見は『Fate/EXTRA』の主人公「岸波白野」(男)と全く同じ。
月に存在するあらゆる願いを叶える力を持った霊子コンピュータ「ムーンセル・オートマトン」。
その内部につくられた霊子虚構世界「SE.RA.PH」で起きた月の聖杯戦争、そのあり得ざる129人目にして最後のマスター。
外見が似たEXTRAの主人公と比べると冷めた反応に無感動な佇まいをしているが、人間的な感情が無い訳ではない。
その正体はムーンセルにおける数多の敗者の記憶(死者の怨念)から生まれた、死の集合体とも呼べる存在。
そのため、原作の岸波白野とは明確に別人(『Last Encore』における原作の岸波白野の性別は女性)。
外見が岸波白野(男)と酷似しているのは、メタ要素を除けば、岸浪ハクノを構成する敗者の意識に岸波白野(女)も含まれていたが故の偶然(あるいは必然)だろう。
ムーンセル中枢を目指す戦いの終盤で、生者しか持ちえない『生存への願い』を獲得する。
それにより、『既に死亡している』ことに起因するデッドフェイスの不死性を失ったが、同時に『死者には生者の影は掴めない』という理屈から他のデッドフェイスに取り込まれる危険性もなくなった。
そして最後に待ち受ける者を越えてムーンセル中枢へと辿りつき、そうすることで自身が消滅することを理解した上で、未来へ向かうためにその願いを叶えた。
【方針】
交戦は避け、まずは情報収集。
その後どうするかは集まった情報や他のマスター次第。
【サーヴァントへの態度】
セイバー(ネロ)を幼くしたような外見に若干の戸惑いはあるが、そういうモノだろうと受け入れている。
そのため、皇帝ネロと混同して扱う事は基本的にない。
以上で投下を終了します
二本投下します
一人の子供が小屋に居た。
ただ、みんなと遊びたいだけの幼子が、生贄に捧げられた。
その怨念は溜まりに溜まり、現代に憑依という形で蘇った。
そんな夢を見た。
◆
東京駅、一人の少年が電車より降りてくる。
少年は人混みをかき分け、別のホームへと走っていく。
そんな彼の脳内に、声が響き渡る。
(…なにをしてるのですかマスター)
(ん?何って遊びに行くんだよ?)
(はぁ…マスター…あなたには危機感を持ってもらわないと…)
(いいじゃんいいじゃん!息抜きだって必要だよ!)
彼が話しているのは、見えない黒髪の少女。
表情は薄く、紫色の瞳の機械のような見た目。
しかし、その評価は一瞬で裏返る。
(はい!アリスはマスターに賛同します!)
(王女!あなたも少しは危機感を持ってください!)
今度は活発な少女の顔になったと思えば、またさっきの表情に戻る。
奇妙な変化を何度も繰り返す。
(おっ!電車キター!乗るよアルターエゴ!)
(はい!アリス、楽しみです!)
(はぁ…)
陽気を絵に書いたような少年、円乗寺仁、それが彼の名前である。
◆
少しかかり、秋葉原。
仁と彼のサーヴァントが降り立ったのは、オタク文化の聖地。
(アリスここ知っています!凄いアイテムが買えるとウワサです!)
(…できるだけ人混みに紛れてください…って言ってるそばから別なところに!)
(それだと他の人巻き込んじゃうじゃん?だったら、出来るだけあえて一人もいいじゃん!)
仁が出たのは、電気街とは反対側。
こちらも人混みはある程度あるが、電気街と比べれば少ない。
(こっちこっち!確か――)
言葉が途切れた、いや絶句した。
眼の前に横たわる人の数々。
そして血染めの剣を持った男。
「ちっ!見られたか、始末する!」
猛者の太刀筋、それはサーヴァントの者だと素人の彼でも分かった。
でも、絶句しても余裕は崩れない。
なぜなら――
「…勇者、ただいま到着しました!」
剣士の剣が弾かれる、現れたのは、巨砲、レールガンを携えた少女。
そして目線が冷徹な物へと変わる。
「…すぐに済ませます、はぁっ!」
「何を――」
男が反応して太刀筋を再び向けるよりに先に、レールガンが火を吹いた。
それは並のサーヴァントを散りに変える宝具。
断末魔を上げながら、サーヴァントは消え去った。
◆
「…酷いなぁ」
仁は現場から離れ、黙祷を捧げる
「…これが聖杯戦争です、魂喰らいの為に、民間人を犠牲にするものなど、いくらでもいます」
アルターエゴはそう淡々と告げる。
「…俺はそんなの嫌だな、苦しむ人なんて、見たくない」
「…そうですか」
「お前はどうだ?アルターエゴ」
「…アリスは、マスターの意見に賛同します!」
「…同じく」
「そうか、良かったよ」
夕暮れが落ちる。
照らされるのは二人。
邪視を宿し少年と。
勇者――魔王――女王――数多の名で言われし少女。
天童アリス――ケイ――その両者を合わせた持った存在。
アルターエゴ――AL-1S。
【CLASS】アルターエゴ
【真名】AL-1S@ブルーアーカイブ
【ステータス】
筋力C 耐久B 敏捷C 魔力C 幸運D 宝具A++
【属性】秩序・善
【クラススキル】
単独行動:A
マスター不在でも行動できる。
ただし宝具の使用などの膨大な魔力を必要とする場合はマスターのバックアップが必要。
【保有スキル】
怪力:B
一時的に筋力を増幅させる。魔物、魔獣のみが持つ攻撃特性。
使用する事で筋力をワンランク向上させる。持続時間は“怪力”のランクによる。
アルターエゴは機械のため人外判定をもらい、使用可能である。
ハッキングプロセス:A
電子機械を乗っ取り、掌握する際に使われる技術をスキル化したもの。
人格がケイの時のみ発動可能。
心眼(偽):A
視覚妨害による補正への耐性。
第六感、虫の報せとも言われる、天性の才能による危険予知である。
【宝具】
『分解し、再構築せよ、世界を守る方舟のとなり給え(光の剣:アトラ・ハシースのスーパーノヴァ)』
ランク:A++ 種別:対軍宝具 レンジ:1〜500 最大捕捉:10000人
勇者が再構築し、光の剣。
数多の希望を宿し、光の剣。
自身の武器を再構築し、発動する宝具、対象に対して、レールガンによる砲撃を放つ。
アルターエゴ一世一代の宝具、発動の代償として、発動後早急に、アルターエゴが消滅してしまう。
【weapon】
光の剣:スーパーノヴァ
【人物背景】
世界を救いし勇者。
本来はありえないはずのアルターエゴとしての現界であり。
アリスとケイで人格が交互に入れ替わる。
【サーヴァントとしての願い】
マスターの為に、願いを叶える。
【マスターへの態度】
「強くてかっこいいマスターです!byアリス」
「危機感がないけど、魔力は高いのは高評価byケイ」
【マスター】円城寺仁@ダンダダン
【マスターとしての願い】
帰る!
【能力・技能】
邪視
彼の中に乗り移った霊の一種。
怨念の球や結界を貼ることが可能。
本来は幼く凶暴だが、とある人物と約束で人殺しを控えている。
【人物背景】
邪視に同情し、魅入られた少年。
【方針】
帰る!
それと殺害対象がNPCマスター関わらず、人殺しを見かけたら止める。
【サーヴァントへの態度】
すげー可愛い!すげー強い!
一本目の投下を終了
二本目の投下に移ります
いつもの風景だった。
朝起きて、学校に行って、友達と帰る。
ごく普通だった。
でも、自分の見てる景色は違った。
歩いてくるのは亡者で、話す友達もまがい物。
逃げたかった、でも逃げれなかった。
願望機に閉じ込められて、殺戮を強要される。
逃げ場なんて――どこにも。
「…少しは俺のこと、頼れよ」
緑色の流動が、自分を囲む。
それに合わせて来るのは、銀色のロボット。
コックピットから出てきて手を伸ばしてくれたのは、緑の髪の少年。
「行くぞ――帰るんだろ」
手を取って、中に入る。
そして私も――空を飛んだ。
◆
「…!あっ…」
夜中に少女が目を覚ます。
青い髪を窓の風に揺らせて、泉こなたは起き上がった。
「…ずいぶん、魘されていたみたいだけど?」
「…ライダー」
夢に出てきた少年、髪色こそ違うけど、顔立ちも服も一緒だ。
「…ごめんね〜、心配かけちゃったみたいで」
「…いつも見てると不安だよ、なんか上の空でさ」
「…仕方ないでしょ…だってみんな偽物何だから…」
冥界の友はすべて虚像、いやそもそも、死者の記憶から作られた、歪なもの。
「かがみんも、つかさも、みゆきさんも、ゆーちゃんも、お父さんも、誰も、何も、虚像で、偽物で…どうすればいいのかなんて――」
いい切る前に、ライダーが頭に手を乗せる。
「だから言ってるだろ?お前を絶対、戻してやるって」
欲でもなんでも無く、ただ帰りたいという一つの思いのために、ライダーは戦っている。
「…だから、今は泣くな、俺が帰れるまで守ってやる」
「…ライダー…ありがとう…ありがとう」
こなたは泣きながら、ライダーに抱きつく。
そんな彼女を、ライダーは止めなかった。
◆
運命に――翻弄されていた。
幼い頃から差別され――母も父も居なかった。
あの日、俺の前に現れた、銀色のIFO。
そっからは――飛び続けていた。
何度も改変したり――渡り歩いたり――違う世界を見てきた。
全てを渡って――運命を見据えていた。
だから、俺にできるのは、あいつの刃となってあいつを守ること。
家に帰りたいだけの少女を守って戦うこと。
それが俺――フカイ・アオに与えられた――使命。
◆
空見上げれば導いてくれるような、懐かしくて暑い光を。
くれる貴方は小さく手を降るよ。
いかなくちゃもう泣かないよシャングリラ。
新たな世界へとダイブしよう。
青色に抱かれた僕は。
ブレイブルー/FLOW
【CLASS】ライダー
【真名】フカイ・アオ@エウレカセブンAO
【ステータス】
筋力C 耐久C 敏捷C 魔力E 幸運C 宝具A+
【属性】秩序・善
【クラススキル】
対魔力:E
魔術に対する守り。
無効化は出来ず、ダメージ数値を多少削減する。
騎乗:A
幻獣・神獣ランクを除く全ての獣、乗り物を自在に操れる。
特に、IFOと呼ばれるロボットの操縦に対しては、補正がかかる
【保有スキル】
直感:C
戦闘時、つねに自身にとって最適な展開を”感じ取る”能力。
敵の攻撃を初見でもある程度は予見することができる。
勇猛:C
威圧・混乱・幻惑といった精神干渉を無効化する能力。
また、格闘ダメージを向上させる効果もある。
心眼(真):B
修行・鍛錬によって培った洞察力。
窮地において自身の状況と敵の能力を冷静に把握し、その場で残された活路を導き出す“戦闘論理”
逆転の可能性が1%でもあるのなら、その作戦を実行に移せるチャンスを手繰り寄せられる。
【宝具】
『蘇れし調停者(RA272 ニルヴァーシュ)』
ランク:C+ 種別:対軍宝具 レンジ:―― 最大捕捉:――
すべてのIFOの原型と形しもの、母の残した遺物。
レーザー砲にライフル、ブーメランカッターなどを装備して戦う
そしてこの宝具の最骨頂は、次の宝具であろう。
『全てを改変させし砲(クォーツガン)』
ランク:A+ 種別:対界宝具 レンジ:??? 最大捕捉:???
『蘇れし調停者(RA272 ニルヴァーシュ)』に付属している装備の一つ。
射出と同時に魔法陣のようなものを対象に展開し、放つ。
そしてその結果は、「対象がその馬にいたという事実の」という歴史改変。
聖杯戦争においては、放たれた対象は存在自体が消えてしまう。
しかし、ライダーガこの宝具の使用を拒んているため、令呪を使わない限り発動しない。
【weapon】
『蘇れし調停者(RA272 ニルヴァーシュ)』
【人物背景】
数多の歴史を観測した少年。
より良い未来を目指し続けた少年。
【サーヴァントとしての願い】
こなたを元の世界に帰す。
【マスターへの態度】
くだらない争いに巻き込まれた少女。
この手で守り抜く。
【マスター】泉こなた@らき☆すた
【マスターとしての願い】
帰りたい
【能力・技能】
オタクとしての膨大な知識
【人物背景】
不幸にも迷い込んでしまった少女。
なんの素質も持たない、要石。
【方針】
帰る、だからライダーを信じる。
自分からは基本行動に移さないが、来られた時は身を守る行動をする。
【サーヴァントへの態度】
自分に理解を示してくれた存在。
この世界で、唯一信頼できる存在。
投下終了です
投下します
男の話をしよう。
男は正義の味方になりたかった。正義の味方になれなかった者の未練を継ぎ、男は正義の味方であろうとした。
運命の出会いを経て、戦争に身を投じ、そうして男は一つの選択を迫られた。
正義の味方であることを諦めるか、貫くか。男は鉄の心でもってその手を血に染め正義の味方であることを選んだ。
それからも男は正義の味方であり続けた。世界を蝕む淫婦、そしてその女を支持する民衆を相手どっても正義を貫き続けた。――その過程で、騙されているだけの無辜の民を手にかけても、彼の日常の象徴であった者をその手にかけることになってしまっても。
その果ては、なんとも哀れな物に過ぎなかった。
淫婦は男の決意を嘲笑うかのように、その手にかかることなく自死を遂げる。
殺戮の末に囚われた男は法の裁きを受ける事もなく、その実力を惜しまれた政府により表向きは存在を抹消され名もなき公共の正義として政府の抑止力となった。
かつて抱いた志を忘れ、感情は希薄になり、虚無を抱え続け、鉄心は腐り果てていく。
そうして男はある任務を境にその姿を何処かへと消えさった。
これは、そんな終わった筈の男の蛇足の話だ。
どこかの倉で男が意識を取り戻す。
自分が何者であったのか、辛うじて覚えている。
自分が何をしていたか、朧気だがくだらないものだったという自覚がある。
ここはどこか、酷く見覚えのある場所ではあるが男がこの場所で目覚めることはありえないとう確信を持っている。
そして、男の眼前には一つの影が立っていた。
小山の様な筋骨隆々の男だった。纏われた襤褸の様なマントの隙間から死神の如く赤く光る瞳が覗いている。だが、なによりも異質なものは体の至る所に装着された刀剣だろう。形状・刀身・雰囲気、そのどれもが異なる無数の魔剣。その出で立ちを一言で形容するならば剣鬼と呼ぶのが相応しいおぞましさだ。
男が僅かに眉根を寄せる。かつての、とうに忘れたと思っていた記憶が錆びついた脳髄の底から染み出てきた。例え腐り果てたとしても完全に忘れ去ることなど出来なかった、運命との邂逅。反射的に、男は口を開いていた。
「セイバー、のサーヴァントか?」
「ああ、そういうものらしい」
男の言葉に淡々と剣鬼は応えた。
夜の闇を照らす月の光が倉の入り口から入り込み、剣鬼の背から照らす。かつて、男が剣の英霊と出会った場面を再現するかのように。
「問おう、お前が俺のマスターか」
『問おう、貴方が私のマスターか』
あの時と同じ問いかけに腐り果てた男、衛宮士郎と呼ばれていた名無し(ロストマン)は、愚直に正義の味方であろうとした時分、騎士王たる女性と出会った時であれば決して浮かべることなどなかった皮肉気な笑みをその顔に浮かべた。
◇
決着はあっという間だった。
標的はセイバーとランサーの二人、相応の実力者だっただろう。
まず、彼らのマスターが狙われた。遠距離からの銃撃により二騎の騎士はそれぞれのマスターを護ることに意識を向けてしまう。それが命取りとなった。
己が主の銃撃を合図に駆けだした剣鬼が20mは先にいるセイバー目がけて細剣を抜き打つと、遥か彼方にいた筈のセイバーの脳天に穴が穿たれる。無論、致命傷だ。
同盟相手が屠られたランサーが激昂しながら槍をなぎ払うがそれは跳躍しながら躱され後方へと回られる。
霊基が消滅していく最中のセイバーの真横へと降り立った剣鬼が、セイバーの携えていた両刃の西洋剣を掴みあげた。するといかなる異能か、粒子となって消滅するセイバーを尻目に彼の得物であった剣だけが消滅を止め元の形を保って剣鬼の手に収まったではないか。
僅かな期間とはいえ仲間であった者から武器を強奪するという行為にランサーは額に青筋を浮かべて牙を剥く。怒りを力へと変えながら真名を解放しようとし、驚愕に体を強張らせた。
「■■■、■■■■」
剣鬼が強奪した剣の真名を口にする。
ありえないことだ。真名を口にしたということはその宝具の本来の性能を発揮できるということだ。如何にして剣鬼がセイバーの宝具と真名を知りえたというのか、いや、知りえたとして他者の宝具の解放など余程縁の深いサーヴァント同士でもなければ出来よう筈がない。しかし彼の眼前に確たる事実として他者の宝具を解放してみせた剣鬼がいる。
その動揺・驚愕・困惑が致命的な隙となった。剣鬼の強奪した剣から放たれた光弾がランサーの胴体を穿ち焼失させる。
恨み言を呟きながらランサーの霊基もまた粒子の塵となって消滅していき、そこで大勢は決した。
真名解放の影響か今度こそ霊基が崩壊していく剣を見やった後に、剣鬼は今しがた自身が屠った二騎の英霊が守ろうとしていた者達へと向き直ろうとした矢先、二発の乾いた音が鳴り響きドサリと何かが倒れる音が続けてする。
剣鬼が音のした方へ視線を向けると、いつの間にそこにいたのか彼のマスターである士郎がその仕事を終えていた。手にした拳銃から紫煙が立ち上りその傍らには物言わぬ死体となった物が二つ転がっている。
「周囲にサーヴァントの気配はない。ひとまず今回の戦闘はここで終わりだろう」
「そうか」
セイバーの言葉に淡々とした声色で士郎が返す。一仕事を終えた剣鬼に労いの言葉もないが、彼は特に気にした様子もない。
聖杯戦争の概要を把握した後、衛宮士郎が選択した方針はこれまでの彼が歩んできた方法をなぞる物だった。
聖杯という危険物の破壊、そして聖杯に願いを託そうとしている者達の殺害である。
相手が誰であろうと、どんな願いであろうとも平等にすべてを否定し殺す。数多の死を積み重ね血塗れの道程を歩んできた自身にはそれ以外の選択肢など許されるものではないと士郎は結論づけていた。
士郎にとって幸運だったのは彼のサーヴァントである剣鬼、おぞましきトロアがその方針に異を唱えなかったことだろう。
まず最初に願いを尋ねられた時、トロアは士郎に願いはないと答えた。生前、おぞましきトロアとしてすべきことを行えた彼に聖杯に賭ける程の未練はなかったのだ。そのうえで士郎の目的を聞いた時にトロアが思い出したのは彼の義理の父である本物のおぞましきトロアのことである。魔剣によってもたらされる災いの抑止力と自己を定義し、関わる物を全て殺して回った先代のトロアの姿が聖杯を破壊すると宣言した士郎に重なって見えた。
恐らく自分が呼ばれたのはそういう縁もあるのだろうと自分の中で納得し、トロアは二つ返事で士郎の方針に賛同したのだ。
交わす言葉すらなく士郎は路地裏の闇にその身を隠し、追従するようにトロアの姿が霊体化により姿を消す。後には死体だけが残された。
◇
夢を見ている。自分とは異なる者の人生という名の夢を。
おぞましきトロアと俺に名乗ったサーヴァントらしき男が、奴の腰ほどもない背丈の小男と食卓を囲んでいる。その会話から小男こそが本来のおぞましきトロアであり、あいつはヤコンという名の男であるらしいことは理解できた。
真のトロアは争いを生む魔剣という道具をそれに関わる全てを皆殺しにし収奪を行い、魔剣を不吉なものと認知させ関わろうとする者をなくすことにより抑止力足らんとしたようだった。目撃した罪のない民すら殺したと呟くその声色に後悔の念を感じとる。
――脳裏に、あの女を守るために自分に立ちはだかった人々が脳裏を過る。そして銃口を俺へと向けたあの人も――
トロアは魔剣の抑止者であることを自分の代だけで終わらせると口にした。自分の行いは誤りであると。正義感から端を発した行いは血に濡れ後悔に満ちた取り返しのつかない物に成り果てたと。
だが、ヤコンはトロアの言を否定した。
「……俺は父さんの息子だ。父さんのやってきたことを間違いだなんて言わない」
「そうか。ありがとう」
『――そうか、安心した』
義息の言葉に穏やかな表情を浮かべるトロアが、一人の男と重なった。
視界が暗転し、映る景色が変わる。
新しく映った光景は一言で言えば死地だった。
上空から急襲する飛龍を迎え撃つのは剣の丘の最中に立つトロアの姿。その姿に微かに既視感を覚える。
地面に刺さった無数の剣と飛龍が繰り出す多種多様の秘宝の応酬が始まる。互いに実力は伯仲し一つ何かが誤っただけで瓦解するであろう絶妙な拮抗状態が生まれていた。
そして決定的な瞬間が訪れる。飛龍に強奪された光の刃がトロアの上半身と下半身を両断し、そして勝利を確認する事もなく飛龍は死地から飛び去った。残されたのは無力に震えていたヤコンと死に行くトロアだけだ。
己の無力と怯懦を嘆き、謝罪をしながらもヤコンが続ける。
「父さん……!父さん!俺がやる!俺が、光の魔剣を取り返す!父さんの後を継ぐ!全部、大丈夫だから……!父さん!」
涙に濡れながら決意を口にするヤコンを前に、自分の代で伝説に幕を降ろそうとしていた筈の男はどこか嬉しそうな、穏やかな笑みを浮かべて事切れた。
そうしておぞましきトロアは死んだ。伝説といえど誰も無敵ではない。だが、その伝説の意思を継ぐ者はいた。ヤコンはトロアとなった。今はあの男こそがおぞましきトロアであった。
『うん、しょうがないから俺が代わりになってやるよ。爺さんはオトナだからもう無理だけど、俺なら大丈夫だろ。』
『まかせろって、爺さんの夢は
────俺が、ちゃんと形にしてやっから』
月の光る夜の下でした約束が脳裏にフラッシュバックする。とうに忘れたものだと思っていたが、存外しつこく残っていたらしい。もっとも、そんな志など腐りきった俺にはもはや意味のないものであるのだが。
だが、なるほど。こんな俺にあてがわれるにしては随分と人の出来たサーヴァントだと思っていたが、合点はいった。ある意味では縁召喚と言えるのかもしれない。
もっとも奴の口ぶり、そして奴の武器の中にあった光の剣らしき剣からしてしっかりと『おぞましきトロア』を完遂して終われたようではある。そんな男を正義の味方の成り損ないに充てるとは、いやはやここの聖杯に意思があるとするならばさぞかしいい性格をしていることだろう。
次第に俺の意識がぼやけていく。目覚めが近いのだろうか。
果たして目が覚めた俺はこの夢で見た物を覚えているだろうか。まあ、どちらでも構わないな。
ここで見た物がなんであれ、俺がやることは変わらない。先代のトロアと俺は同じだ。
今更この在り方を変えようなど許されない。そうやって俺は生き、終わった男だ。
だからここでもそうやって生きてそうやって終わりを迎える。俺はそれでいい。
名も失った死人が最後に骨をうずめるのが冥府だなんて、こんなに似合いの話もないさ。
【CLASS】
セイバー
【真名】
おぞましきトロア@異修羅
【性別】
男性
【属性】
秩序・中庸
【ステータス】
筋力A 耐久A 敏捷B 魔力D 幸運C 宝具D
【クラス別スキル】
対魔力:D
魔術に対する抵抗力。詠唱が一工程(シングルアクション)の魔術を無効化。魔力除けのアミュレット程度の耐性。
騎乗:B
乗り物を乗りこなす能力。Bランクでは、大抵の乗り物は乗りこなせるが、幻想種は乗りこなせないレベルである。
【固有スキル】
心眼(真):C
修行・鍛錬によって培った洞察力。
窮地において自身の状況と敵の能力を冷静に把握し、その場で残された活路を導き出す“戦闘論理”
逆転の可能性が数%でもあるのなら、その作戦を実行に移せるチャンスを手繰り寄せられる。
仕切り直し:C
戦闘から離脱する能力。
また、不利になった戦闘を戦闘開始ターン(1ターン目)に戻し、技の条件を初期値に戻す。
怪力:C
一時的に筋力を増幅させる。魔物、魔獣のみが持つ攻撃特性。
使用する事で筋力をワンランク向上させる。持続時間は“怪力”のランクによる。
魔剣士:A
数多の魔剣を自在に使いこなす剣士に畏怖とともにつけられた称号。
自身の所持する無数の魔剣を使用した判定に有利な補正を得、また最適な魔剣を最適なタイミングで使用できる状況判断能力を持つ。
【宝具】
『レイテの死神は死せず(おぞましきトロア)』
ランク:D 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1人
あらゆる魔剣・聖剣に『使われる』才能が宝具化したもの。初見であろうともそれが魔剣であるならばトロアは十全にその剣の性能を引き出すことが出来る。対象の剣を強奪し本来の使い手と同じ、あるいは本来の使い手以上にその性能を引き出して使用することが出来、真名解放すら可能とする。ただし本来の使い手ではない関係上、真名解放までした場合は代償として開放後に強奪した剣は消滅する。
魔剣というがこれはセイバーの世界において魔剣という呼称が使われているだけであり、聖剣など魔剣以外の呼称を持つ刀剣であってもこの宝具の対象となる。
それはかつての怪談に等しい技量を持ちながら、それを遥かに上回る膂力を持つ。
それは長き時代の全てよりかき集めた、無数の魔剣を所有している。
それは本来の自我すら超えて、全ての魔剣の奥義を操ることができる。
冥府の底よりなお蘇る、呪いの運命を取り立てる死神である。
魔剣士。山人。
おぞましきトロア。
【weapon】
魔剣:おぞましきトロアが所持する無数の魔剣。一振りごとに固有の特異能力をもつ
【人物背景】
魔剣の所有者の前に現れ、所有者と目撃者を殺戮して魔剣を奪っていくという伝説上の存在。先代のおぞましきトロアではなく、彼に両親を殺された後に養子となった聖域のヤコンというドワーフが死亡したトロアの名とその使命を受け継いでいる。
魔剣を狙う物や敵対者に対しては容赦も慈悲もないが本人の平素の性格は純朴で善人寄りである。
【サーヴァントとしての願い】
ない。聖杯は破壊し聖杯で願いを叶えようとする者も排除する。かつてトロアが魔剣を奪い纏わる者を皆殺しにすることで血濡れの平和を築こうとしたように。
【マスターへの態度】
悪感情は持っていないが厭世的な態度のマスターに対して持ち前の人の良さから心配をしている。
【マスター】
衛宮士郎@Fate/Grand Order ‐Epic of Remnant‐ 亜種特異点EX 深海電脳楽土 SE.RA.PH
【マスターとしての願い】
聖杯は破壊する。願いを叶えようとしている参加者は全て殺す
【能力・技能】
投影魔術:物を投影して作り出す魔術。干将・莫耶という双剣を銃器に改造したものを良く投影して武器として使用する。
【人物背景】
衛宮士郎のIF。鉄の心を持つことを選んだ世界線の成れの果ての一つ。
ある女性が興した新興宗教の危険性に気付き、自分の信念を曲げて無辜の民や衛宮士郎にとっての日常の象徴すらもその手にかけながらも首魁である女性に死に逃げをされ、決定的に道を違えたことによって魔道へと堕ちた。
その後は政府との取引によって秘密裏に活かされ「公共の正義」として政府の抑止力となって殺戮を繰り返し、摩耗し、最後はその姿を晦ませた。
性格や口調こそサーヴァント:エミヤ・オルタに近いが彼はサーヴァントではなく生きている人間であるためFGOの様に霊基再臨による霊基崩壊や記憶の喪失および混濁は発生しない。
【方針】
全参加者に対して敵対的。だまし討ちを前提として同盟などは考慮する。
【サーヴァントへの態度】
聖杯戦争を勝ち抜くために必要な道具としては信用している。
以上で投下を終了します。
【改めてお報せ】
候補作の募集期限は5月28日の『午前5時』です。日付変更時に終了ではないので、落ち着いて順番通りに投下してください。
投下します。
たったひとりしか生き返れない聖杯戦争――
なんて言われても、仲間というものは自然に発生する。
世の中、目に付く者すべてを害して回れる者ばかりではない。
甘いと分かっていても、善良さを捨てきれない者はいる。
決断を先延ばしにしているうちに、タイミングを逸する者はいる。
同年代の少年少女3人組は、そうして必然として生まれた、同盟とも言えないゆるい関係だった。
「そうそう、こないだ『外』に行った時なんだけどさー、うちのランサーが変なもの見つけてさー」
板橋区の名も無き小さな児童公園。
日も暮れた街頭の下で、半ズボンの少年はちょっとした「冒険」を、この地で出会った友人たちに披露していた。
「なんか、地面から妙なものが伸びてんの。それも何本も」
「変なものって?」
「真っ黒な手みたいな感じでさー、んで、広げた手のひらの真ん中に真っ赤な目があって」
「それは見たことねーな。亡霊か何かか?」
ワンピース姿の少女も、ジーンズ姿の少年も、興味深げに話に聞き入る。
たった一人しか帰れないと聞いても真剣にやる気になれない彼らにとって、数少ない興味はこの冥界の外のことだ。
それぞれに自分の身を守ってくれるサーヴァントがいることもあって、しばしば彼ら結界の外にでかけていた。
いつか廃墟の街を突っ切って、さらに外側に脱出できるかもしれない――なんて夢見ていたのは最初のうちだけ。
今ではすっかり、奇妙な世界を探検すること自体が目的となっていた。
「それがさー、向こうと目があった途端に、すんげぇ金切声がして、あたりが真っ赤に染まってさー」
「怖い怖い怖い」
「うちのランサーが『これは危険です』って言って、俺を抱え上げて逃げ出しちゃった」
「なんだそりゃ。せめて戦えよそこは」
「だからこうして話てんじゃん」
半ズボンの少年の主従の弱気をなじったジーンズの少年は、目をぱちくりとさせる。
えーっ、と嫌そうな顔をしているのはワンピースの少女。
「ここに3人ずつもマスターとサーヴァントが居るんだからさ、揃っていけば大抵のものは大丈夫だって!」
◆
板橋区から荒川を超えることなく北西にほんの少し行けば、そこはもう埼玉県和光市……結界の外側である。
先を進むのは長槍を持ったランサーと、巨大な槌を担いだバーサーカー。
少年少女を挟んで、最後方で警戒するのは杖を持った魔女のような姿のキャスター。
少年少女は揃ってキャスターの術により、ほんのり輝く光に包まれ、冥界の空気から守られている。
「あっ、あの辺だ。いるいる、気づかれるなよ……」
荒川沿いの河川敷、公園のようになっている場所で、彼らは「それ」を見つけた。
奇妙な触手のようなものが地面から生えて、風もないのに揺れている。
相手の強さを感じ取ったのか、巨漢のバーサーカーが言葉もなく小さく唸った。
瞬間。
それらは声にならない声で、叫んだ。
手のひらの真ん中にある目が、少年少女の一行を睥睨する。
「なんだなんだ、これなんだ!?」
「こんなの知らないっ! 見たことないっ!」
世界が急速に赤く染まっていく。
風もなかったはずの空を多数の雲が急速に流れていく。
するすると、黒い手の一群が斜面を登ってくる。予想以上のスピードだ。ランサーとバーサーカーが身構える。
次の瞬間。
「……ッ!?」
「きゃ、キャスターッ!?」
悲鳴を上げたのは最後尾にいた少女と、そのサーヴァント……後方から支援の構えでいたキャスターだった。
いつの間に回り込んでいたのか。
前方から迫る5本の腕と同様の、地面から生えた腕が、キャスターの華奢な身体を捕まえて……
2度。3度。
恐ろしい勢いで地面にたたきつける。そのたびにキャスターの口から声にならない悲鳴が上がる。
「ランサー、後ろの奴たのむ! バーサーカーはそのまま前の奴を!」
「Wooooooo!」
混乱の中、それでも戦士たちは瞬時に動く。未熟なマスターに従っていても、仮にも英霊の座に上げられた者たちだ。
バーサーカーが槌をぶん回して黒い手を打つ。
ランサーが正確にキャスターを捕まえている手を貫く。
手の群れはそれぞれに見かけ以上に厄介だったが、それでも数度の打ち合いで、前衛二人を傷つけることなく、全て打ち倒された。
「キャスター! いやあ、キャスター!」
少女の悲鳴が響く。少年たちはばつの悪そうな顔で顔を見合わせる。
少年たちの、戦士たちの判断は素早かったが、それでも間に合わなかった――
近接しての戦いに向いていないキャスターの霊核は、もはや傍目にも明らかに、取り返しのつかない傷を負っていた。
「……俺たちを、守ってくれたんだよな」
「ああ……って、おい!」
しんみりしかけた少年たちは、しかし、すぐに気づく。
前後から襲ってきた黒い手の2群は全て打ち倒した。しかし空の色は変わっていない。それどころか。
黒い手があったあたりから、立ち上がる人影がある。前方と後方、それぞれ1体ずつ。
「シャドウサーヴァント……なのか……!?」
冥界の外側の探索で似たようなものとは何度か遭遇していた。
英霊の影。影の英霊。英霊のなりそこない。
ランサーもバーサーカーも、過去に何体も打ち倒してきた。
しかし。
素人である少年たちが見ても分かる。
いまそこに現れた2対は、一見するとやせこけた長身の老人のようなシャドウサーヴァントは……
格が、違う。
瞬間移動するかのような速度で、2体の影が動いた。
ランサーもバーサーカーも瞬時に反応した。
ランサーの槍がシャドウサーヴァントの刀と、バーサーカーの槌がシャドウサーヴァントの鉄棒と、それぞれ交差する。
次の瞬間。
槍と槌が、あまりにもあっけなく……砕け散った。
「……は?」
武器を喪ったサーヴァントたちが、瞬く間にシャドウサーヴァントの猛攻をしのぎ切れずに、地に倒れる。
少年たちがそれぞれに最強と疑わなかった戦士たちが、あっさりと、霊核を打ち砕かれる。
残された無力な少年と少女の3人組。
悲鳴も、絶望の声も、上げる余地はなかった。
この日、3組の主従が、誰に知られることもなく、聖杯戦争から脱落した。
◆
大都市東京。
その地下には、無数のトンネルが張り巡らされている。
地下街。地下道。地下鉄。
下水の配管に、各種の通信ケーブル。
洪水時に水を逃がすための巨大な空洞もあれば、半ば都市伝説じみた知られざる遺構もある。
戦時中に掘られた防空壕の類から、使われないまま忘れられた地下司令室。
どこぞの大金持ちが掘らせた秘密のシェルターに、考古学的な遺跡の類。
おそらく「現実の」東京になくとも、この冥界の疑似東京にのみある空間も多いことだろう。
そんなことを考えながら、青年は知られざる地下通路を淡々と歩く。
整った容姿の青年である。
浅黒い肌に、長く伸ばしたストレートの金髪。
服の胸元は大胆に開かれて素肌を見せている。
「あの時、学園から逃げ出すことに成功していたら、こんな生活が待っていたのかな……」
ひとり自嘲気味の笑みを浮かべて歩く彼は、この冥界の偽りの東京においては日の当たる所を歩けぬ逃亡者。
絶賛指名手配中のテロリスト、シャディク・ゼネリである。
幸いにして、協力者もいれば手駒となって動いてくれる少女たちもいる。
あまり生活に困ってはいないが、まともな街中を歩ける身分ではない。
身に覚えのない、冥界に来た時にはあった罪ではあるが、聖杯戦争の大半を留置所で過ごすのは彼の望む所ではなかった。
だからこうして、東京の地下に張り巡らせた秘密の通路を歩いている。
長い鉄の階段を降りて、さらに進む。
前方からはおどろおどろしい瘴気が漂ってくる。
一応はマスターということになっているシャディクにとっても、長居したくはない場所だ。
東京の地下にこんな空間があったのか、と驚くような天井の高い場所で、彼は己のサーヴァントを見上げる。
「アヴェンジャー。定期の報告の時間だ。首尾はどうなっている?」
「小僧……か……」
地の底に半ば浮かぶようにして佇んでいたのは、ミイラのように干からびた人影だった。
長身ではある。骨の上に皮が乗ったような状態である。
ギギギ、と音を立ててシャディクの方を向く。額の中央には何やら禍々しい石が見える。
「フフ……順調だ……今日は主従合わせて3体も『喰う』ことができた……」
「ほぉ。そりゃ大漁だね」
「目立つな、罠を張るなら結界の外にしろ、と小僧が言った時にはどうかとも思ったが……
存外、『外がある』と知れば見に行かずにいられぬものらしい……」
アヴェンジャーは見た目の通り、枯れ果てた存在である。
どうやら反英雄として座に登録される時にその身に受けていた封印も再現されてしまったらしい。
ほとんど身動きすらままならぬ身体。けれど、全盛期の力を取り戻せばだれにも負けぬ剛力。
彼が選んだ戦術は、使い魔の派遣だった。
使い魔が魂喰いを行い、本体に魔力を送り、復活を早めるのだ。
「あと7日もあれば、我が力を取り戻せる……この調子で進められれば、おそらくは……」
「7日……ってことは、上の暦では4月2日頃か。悪くないね」
シャディクは不敵に微笑む。
彼自身も、アヴェンジャーも、ほとんど身動きが取れない立場だ。
遅々として進まぬ現状に焦りがないと言えば嘘になる。
けれど、今は待ちの状態だ。
例えば都心部で一般人相手に魂喰いを行わせれば、もっと早く事を進めることも出来るだろう。
しかしそれでは目立ってしまう。
初見殺しの瘴気で1騎や2騎のサーヴァントを狩れるとしても、おそらくはそこまで。
下手すれば魔力の気配を辿られて、アヴェンジャー本体が襲撃を受ける可能性すらある。
現時点ではそんな危険は冒せない、というのが、主従の一致した見解だった。
「そういえば、マスターよ……夢うつつの間に、面白いものを見たぞ……」
「面白いものって?」
「小僧の過去だ」
「ッ!!」
不意にアヴェンジャーに告げられて、シャディクの顔が強張る。
「多くは我にはよく分からなかったが……地を這う者と、空よりもさらに上に住まう者。その争いの記憶を見た」
「……アーシアンと、スペーシアンの争いだね」
「小僧も色々と画策したようだが……クフフフ。貴様も『魔王』になれば良かったのだ」
「そうだね、反省することしきりだよ。あの頃の俺は色々と甘かった」
青年は小さくうつむく。整った顔に陰が差す。
「それが、俺がここにいる、その理由だ」
青年は小さくつぶやいた。
◆
どうせなら魔王になるべきだった。
おそらくはサーヴァントが言う通りなのだろう。
シャディク・ゼネリもまた、己のサーヴァントの過去を垣間見ている。夢と現実の狭間で覗き見ている。
力を求めた男だった。
他を圧倒するカリスマと武芸、体躯を持ってなお、卑怯な策略を厭わない男だった。
秘められた力を欲して偽りの忠誠を誓い、王家の懐に入り込み、策を重ねて、待望の力を手に入れていた。
ゾナウの秘宝、秘石。
いま、アヴェンジャーの額に輝く石である。
シャディクもまた同様に、なりふり構わず力を求めていたら、果たして得られていたのだろうか。
彼はできなかった。
彼にはとうとう捨てきれない甘さがあった。
だから敗れた。
破れて、彼は全ての罪をその身に背負った。
背負う必要のない罪まで引き受けた。
後を託した少女たちが、残された世界が、やりやすいように。
おそらくそのまま処刑されたのだろう。彼自身には死の間際の記憶はないが、そういうことなのだと信じている。
そして辿り着いたこの冥界。
シャディク・ゼネリには、今さら奇跡を使って叶えたい願いなど、ない。
必要なことは、きっと「彼女」たちがやってくれるはずだから。
そうと信じて、余計な重荷をこの身で全て引き受けたのだから。
だから――
シャディクがアヴェンジャーの野心、聖杯戦争の勝利に協力してみせているのも、偽りである。
シャディク・ゼネリは、本当は、聖杯戦争で勝ち残る気が、ない。
むしろ責任として……この危険なサーヴァントを処分しなければならないと思っている。
望んで結んだ契約ではなかったが、縁が結ばれてしまった以上、その程度の責任は背負わなければ。
どうせ失うものなどない身なのである。
とはいえ。
令呪を用いて命じても、自殺など到底させられる気がしない。
むしろ、そういった真の目論見が察知された瞬間に、シャディクはアヴェンジャーに捻り潰されるだろう。
殺されるくらいならまだいい、あの瘴気とやらを用いてシャディクの心身を支配してくる可能性すらあった。
それが分かっているから、アヴェンジャーに協力しているフリをしている。
正気そ保って生かしておいた方が便利な協力者として振舞っている。
幸いなことに、現時点では察知されている気配はない……
あるいは最初から、アヴェンジャーは誰も信用していないのかもしれないけれど。
これほど危険な相手である、罪もない他の主従が巻き込まれるリスクはあり、実際に巻き込まれているようだが……
シャディクはその犠牲を致し方のないものと諦めている。
なるべく減らしたいと考え、結界の外に使い魔の派遣を提言したりもしたが、ゼロにはならない。仕方がない。
せめて自業自得な、危機感のない、愚かな主従だけが犠牲になるように考えて動いている。
最終的な狙いは、どこかの時点でのアヴェンジャーの自滅。
あるいは、何かしら危険な他のサーヴァントとの共倒れ。
シャディクは既にアヴェンジャーの宝具のひとつの存在を把握している。言葉巧みに聞き出している。
アヴェンジャーの理性や自我と引き換えに、膨大な力を獲得する最後の切り札――『黒龍転身』。
最悪、それを使わせることができれば、シャディクの「勝ち」だ。
仮に最後にアヴェンジャーが残ってしまったとしても、彼はその危険な願いを聖杯に託すことはない。
「魔王ガノンドロフ。厄介な相手だよ、まったく」
シャディク・ゼネリは闇の中で暗躍する。
うっかり引いてしまった貧乏籤、その魔王を冥界に留めるために、共に心中するために、今は策を巡らせ続ける。
【CLASS】
アベンジャー
【真名】
魔王ガノンドロフ@ゼルダの伝説 ティアーズ オブ キングダム
【ステータス】
(弱体時) 筋力 E 耐久 D 敏捷 D 魔力 A 幸運 D 宝具 A+
(回復時) 筋力 A 耐久 A 敏捷 A 魔力 A 幸運 D 宝具 A+
【属性】
混沌・悪
【クラススキル】
復讐者:A+
復讐者として、人の怨みと怨念を一身に集める者。
周囲から向けられる負の感情を己の力へと変える。
忘却補正:A
人は忘れる生き物だが、魔王は決して忘れない。
記録すら薄れつつある一万年を超える歴史の彼方から、魔王は何度でも復活する。
自己回復(魔力):B
復讐が果たされるまでその魔力は延々と湧き続ける。魔力を微量ながら毎ターン回復する。
ただし、この魔力を集めるだけでは、弱体状態からの回復は期待できない。時間が何年あっても足りはしない。
【保有スキル】
光の封印:A→C
かつてハイラルの地下に封印されていた姿を再現する、拘束具であり負のスキル。
聖杯戦争に召喚された場合、彼は最初、移動もままならぬミイラのような姿で出現する。
後述する宝具を除けばのきなみ能力値が激減した状態であり、そのままでは他の主従の脅威たりえない。
回復後の状態になるためには、膨大な魔力を外部から取り込む必要がある。
ゆえに基本戦術としては、『瘴気の影』を各地にばらまき、魂喰いを行わせるのが序盤の基本となる。
召喚時にはAランクだったこの負のスキルは、ここまでの魂喰いでCランクにまで減少している。
これがEランクにまで下がった時、事実上、魔王は全盛期の姿を取り戻して自由を獲得する。
魔王のカリスマ:A
軍団の指揮能力、カリスマ性の高さを示す能力。
魔王ガノンドロフの場合、魔物の類に対して強く発揮される。
遭遇した魔物たちが特定の主を持っていない場合、ガノンドロフを認識した時点で、自動的にガノンドロフに従う。
後の後の先:B
カウンターのスキル、および、敵のカウンターにさらにカウンターを重ねるスキル。
敵の攻撃を察知して、回避行動を取った上で反撃の攻撃を正確に叩き込むことができる。
さらに規格外なのは、相手もまたカウンター攻撃を試みた場合の挙動である。
魔王ガノンドロフは敵のカウンター攻撃に対して、さらなる回避とカウンターを試みることができる。
極限を越えて磨かれた武勇の極みの到達点のひとつ。
【宝具】
『闇の瘴気』
ランク:D-A+ 種別:対人〜対国宝具 レンジ:1-1000 最大捕捉:10000人
魔王の身を包み、その足元から周囲に広がる攻防一体の闇のオーラ。
武器や防具に触れればそれを侵食し、身体に触れれば猛烈な猛毒としてその身を侵す。
人心を狂わせたり、機械仕掛けのガーディアンを乗っ取ったりと応用も多彩。
特に特筆すべき能力は「武器や防具の類を選択的に壊す」能力である。
最大の範囲に広げた場合、ランクはDランクに落ちるが、区ひとつを丸ごと飲み込み、より低位の神秘の武器防具を全て破壊する。
己の周囲に留めた場合、A+ランクに上昇し、Aランクまでの武器防具をほとんど1回使っただけで壊れるまでに劣化させる。
この場合、相手がサーヴァントの宝具であろうと侵してしまう。
後述する『瘴気の影』たちも、ランクC相当ながら、同様の瘴気を身にまとっている。
『瘴気の影』
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:1-50(設置位置から) 最大捕捉:50人
近づくものを自動的に攻撃し、襲い、魂食いを行って魔力を本体へと転送する使い魔を無数に設置する。
この使い魔は3つの段階を取る。
1: 待機状態。注意して見ないと分からない、地面の黒い染みのような状態で待機している。この状態では存在を察知することは困難。
2: 瘴気の腕。待機状態の瘴気溜まりから、手のひらの真ん中に赤い目のついた腕が5本伸びて標的に迫る。
敵を捕まえて地面に叩きつけたりして攻撃する。ほぼ同時に全ての腕を攻撃しない限り、いずれ回復してしまう。
3: ファントムガノン。瘴気の腕に一定の攻撃が加わった場合、いったん飛散した瘴気がまとまって、痩せた人型となって再出現する。
この人型のファントムガノンは、ほとんどの者からはシャドウサーヴァントと認識される。
セイバー(刀装備)、バーサーカー(鉄棒装備)、ランサー(槍装備)、アーチャー(弓装備)の4形態のいずれかを取る。
いずれもシャドウサーヴァントとしては規格外に強い。特に無名の主従であれば不覚を取ることも珍しくはない。
これら使い魔は、設置された位置からあまり遠くに離れることはできない。
また、ここ冥界における聖杯戦争においては、結界の外の廃墟の街においても、何故か冥界の拒絶を受けることがない。
文字通りシャドウサーヴァントのように存在を許されている。
一方で結界内の偽装された東京の内部に設置した場合、その無差別攻撃の性格から、どうしてもすぐに目立ってしまうことになる。
最大設置可能数は50体。うち登場話時点で30体程度を23区の外の廃墟にランダムに配置している。
『黒龍転身』
ランク:A 種別:対勇者宝具 レンジ:1 最大捕捉:自分1人
魔王ガノンドロフ最後の切り札にして、死んでも許せないような相手をそれでも討つための最終手段。
己の額にある秘石をもぎ取り、嚥下することによって、自我なき巨大な黒龍へと身を転じる。
この黒龍は最後にガノンドロフが敵意を向けた相手のみを覚えており、徹底的にその身をつけ狙う。
あまりにも巨大な巨体はそれだけで脅威であり、さらに巨大な瘴気の塊を再現なく射出してくる。
倒そうにも無闇やたらな攻撃は一切通じず、ただ特定の弱点をそうと見抜いて順番に破壊することでしか対抗できない。
同等以上の飛行能力がなければ、そもそも戦いにすらならない脅威となる。
黒龍は知恵も策謀も過去の自我も全て喪失しており、それはすなわち、仮に敵を倒しても聖杯に願いを捧げられないことを意味する。
そして魔王ガノンドロフは、この宝具を使えばそうなることを誰よりも深く理解している。
まさしく、己の勝利を捨ててでも許せない相手が出現した時のみに使える、最終手段である。
【weapon】
刀、鉄棒、槍、弓。瘴気。
【人物背景】
ハイラルの地を呪う魔王にして、ハイラル城地下深くに封印されていた存在。
【サーヴァントとしての願い】
再び地上へと帰り、今度こそ全てを支配する。
【マスターへの態度】
小賢しそうな小僧。
ただ、マスターの過去を垣間見て、全ては理解できずとも、夢破れた復讐者であることは理解し、かすかに共感している。
【マスター】
シャディク・ゼネリ@機動戦士ガンダム 水星の魔女
【マスターとしての願い】
いまさら奇跡に頼るような願いはない。
むしろこの最悪の魔王を責任もって処分しなければならないと心に決めている。
【能力・技能】
モビルスーツパイロットとしての高い技術
巨大な人型兵器であるモビルスーツの操縦において高い技術を有している。
彼の場合、個人の戦闘のみならず、集団戦の指揮にも長けている。
謀略や心理戦の高い能力
手ごわい親世代の大人たち相手にも一歩も引かぬ謀略を巡らせる能力がある。
【人物背景】
アド・ステラと呼ばれる未来。
巨大企業グループ「ベネリットグループ」の一角、グラスレー・ディフェンス・システムズのCEOの養子。
アスカティシア高等専門学校ではパイロット科の3年生であり、グラスレー寮の寮長でもある。
長い金髪と浅黒い肌を持つ色男。
アーシアンとスペーシアンの対立の続く世界で、両者の混血として生を受けた。
地球で抑圧されるアーシアンのために様々な陰謀を巡らせていた。
本編終了後、収監されていた所からの参戦。
冥界における役割(ロール)としては、指名手配中の犯罪者でありテロリスト。
そこそこの支援者を得ており、表通りは歩けない身だが、情報は手に入るしある程度の自由は効く。
配下としてグラスレー寮の仲間の少女たちを(NPCだが)従えている。
【方針】
アヴェンジャーに対しては慎重な作戦を提案しつつ、なるべく暴走を回避する。
犠牲者が出ることは覚悟しているが、どこかで他の厄介で邪悪なサーヴァントとぶつけて相打ちに持ち込みたい。
【サーヴァントへの態度】
表面上は復讐心への理解者として振る舞い、妨害の意思を隠して計画を進める。
実際、復讐心に同情する部分はあるが、何もかもを壊すのはシャディク・ゼネリの望む所ではない。
投下終了です。
投下します。
ニトクリスが最初に目にしたのは、男の冷め切った双眸だった。
「やはり……これでは”ヤツ”を呼ぶことはできんか」
切れ長の眼に高い鼻と固く結ばれた口。
短く整えられた茶髪に彩られた顔面は血の気が薄く、肌の色は透き通るように薄い。
背丈はニトクリスよりも一回りは大きいだろうか。
無駄な脂肪は一切なく、インナー越しに割れた腹筋が浮き出ている。
男の容姿は紀元前の価値観でも整って見えるが、装飾品の奇妙さがその印象を薄めていた。
身に纏うロングコートは首を守るように襟が逆立ち、足首まで伸びた裾は大きく広がっている。
左腕に装着しているのは青く発光する盾のような機械。
男の風貌は一見すると近未来的だが、右手に掲げるキューブだけは違う。
頂点の一角が逆三角形の面に塗り潰され、その面に刻まれているのはウジャト眼。
天空の神であるホルスの左目を象るエジプトの象徴だ。
「この私を誰と心得る。我が身はホルスの化身、ニトクリスである!」
王の威厳を誇るよう声を張り上げるニトクリス。
身体の年齢は二十歳を迎える頃だろうか。
各所に彩る黄金の装飾品に藍と金の斑に染まった長髪。
ファラオとして、エジプトの魔術師として、生前では至ることのできなかった姿。
未熟なファラオではなく、ホルスの化身としての真なる高みに辿り着いた姿。
それを期待外れと侮蔑する目の前の男にニトクリスは許せなかった。
「古代エジプトの第六王朝、最後のファラオ
兄弟を殺した逆賊どもを謀殺し、最後は自害したと言い伝えられる女王か」
己のプロフィールを淀みなく暗唱する男に前に目を丸くするニトクリス。
「最も実在を証明するものはなく、曖昧模糊な存在のようだがな」
「なっ……私はこうして実在しています! ファラオに対してそのような物言いは不敬ですよ!」
「そもそも俺が求めているファラオは貴様ではない。俺が求めているのはただ一人……」
男の顔が怒りに染まる。
左手を強く握り締め、わなわなと震わせる。
「遊戯……いや、アテムッ!!」
男――――海馬瀬人は冥界に還った仇敵の名を叫んだ。
ファラオ・アテム。
オジマンディアスの一つ前の世代である第18王朝のファラオの一人。
ニトクリスの世代からは随分と後ではあるが、ファラオに名を連ねる者は全て把握している。
「私が求めるファラオではないということはどういうことです!?」
「言葉通りの意味だ。俺が召喚したかったのは貴様のような女ではない」
「なっ……あなたは何様ですか!?
ファラオに対するその態度、本来であれば串刺し刑に処される大罪です!」
「生憎だが俺の知るファラオは礼儀に寛容でな」
「ああ言えばこう言って……不敬! 不敬です!」
男が言葉を紡ぐごとに、ニトクリスの額の皺は深くなっていく。
堪らず男から視線を逸らすと、自分たちがいる空間が異様なほど広いことに気付いた。
人が千人は入りそうなこの場所は、壁には大小様々な口径のケーブルやパイプが這っている。
床や壁も金属材料で作られていて、踏み締めると軽い音が鳴る。
「そもそも私が自己紹介したというのに、あなたがしていないのはどういうつもりです?
自己紹介をされたら返す、それは人としての基本でしょう!」
「海馬瀬人だ」
「海馬瀬人……セトと呼びましょう」
「……どうやら俺はエジプトの無礼な女に縁があるらしいな」
セトと呼んだ瞬間、苦々しげに顔を歪める海馬。
理由は分からないが自身を無礼と呼んだことをニトクリスは見逃さない。
「その人の神経を逆撫でする態度、ファラオ・アテムもさぞ苦労されたことでしょうね」
「ヤツの言葉遣いの方が何倍も俺の癇に障ったぞ」
「先ほどからファラオ・アテムの話を随分と親しげに語りますが、どういう事情です?」」
ファラオはが現代に生き残っているわけがなく、ニトクリスの疑問は当然のものである。
かつて「千年パズル」という魔術礼装に封印されたアテムの魂が、武藤遊戯という少年の身体を器として現代に蘇った。
海馬はM&W(マジックアンドウィザーズ)という札を用い、アテムと幾度も激闘を繰り広げたが勝利することは敵わなかった。
やがて戦いの儀と呼ばれる儀式を経て、武藤遊戯に敗れたアテムは冥界へと還っていった。
それを海馬が知ったのは戦いの儀が行われた直後だった。
遊戯たちがエジプトに旅立ったと報告を受けて自身も訪れたが一歩遅かった。
生涯の仇敵と認めた男を打ち倒す機会を永遠に失ったことを受け入れられなかった。
アテムと再び相見えるため様々な施策を試みた。
己の技術力と財力を注ぎ込み、記憶から他者を再現するシステムを構築した。
――――再現されたアテムは成長しない記憶の道化だった。
葬祭殿の地下深くから千年パズルを発掘した。
――――千年パズルにアテムの魂はいなかった。
次の施策は次元を超越し自らが冥界に降り立つこと。
集合的無意識「プラナ」の首魁の男が用いる魔術礼装「量子キューブ」を解析し、その力を科学的に再現して新たなシステムを組み上げた。
世界中の人々だけではなく、違う世界の人間とも意識を共鳴することを可能とするシステム。
その最終テストとして海馬自身がシステムに乗り込み、アテムが待ち構える冥界へと旅立った。
「そうして俺は今度こそヤツと相対するはずだった、だが――――」
本来であれば古代エジプトの砂漠に降り立ち、渇望したアテムとの決闘に挑むはずだった。
しかし海馬の目の前に広がっていたのは見覚えのある童実野町。
海馬コーポレーションまで辿り着くと、いつものように社員や研究者が頭を垂れて出迎えた。
脳裏を過る失敗の二文字。
だが「聖杯戦争」「サーヴァント」といった記憶や、左手に甲に刻まれた三画の「令呪」がそれを否定する。
どれも最終テスト前には無かったものである。
故に海馬はイレギュラーは発生したが冥界に辿り着いたと推定した。
ならば次に行うべきはサーヴァントの召喚。
触媒の理想は「千年パズル」だが既に消滅しているため、八つ目の千年アイテムである「量子キューブ」を用いた。
――――召喚されたサーヴァントは、ファラオではあるがアテムでは無かった。
「俺の目的は聖杯戦争ではなく、聖杯戦争のシステムを用いてアテムを呼び出すことだった
だが、それすらも失敗して、代わりに召喚できたのは存在すら定かではない耳障りな女王だ!」
淡々とアテムとの邂逅を説明し、最後には苛立ちを露にする海馬。
相変わらず無礼な態度だが、今はその程度の些末事は気にしている場合ではない。
先ほどの説明の中で真偽を問わねばならないものが一つあった。
「……セト、あなたはファラオ・アテムの葬祭殿を暴いたのですか?」
「エジプト政府から発掘許可は得ている。随分と金は積んだがな」
その一言がニトクリスの逆鱗に触れた。
「不敬者ッ!! ファラオの眠りを妨げるとは何事か!!」
自らの身長ほどもある杖型の魔術礼装「ウアス」の先端を海馬に突き付ける。
ニトクリスが聖杯にかける願いは「兄弟やファラオが永遠の国で安らかに暮らしていること」。
海馬はその願いを土足で踏みにじったに等しい。
「王の墓を暴いた俺が許せんか、ならばどうする?」
「決まっている! この冥界の地で朽ち果てるがいい冒涜者よ! それでも犯した罪を贖うことは未来永劫叶わぬと知れ!」
杖の先端を視界に捉えるも海馬は微動だにしない。
ニトクリスが魔術を行使すれば、海馬の命は簡単に費えるだろう。
最初と変わらず冷め切った双眸だけが向けられている。
だが、次の瞬間。
男の顔は変貌し、ニトクリスはその顔を驚愕に染め上げた。
「クク……そうか、ようやく確認できた。ここが「冥界」だと……クク……クハハ……ワハハハハハハハハハハハ!!!!」
男は笑っていた。
血走った瞳孔を見開き、口角を吊り上げ、歯を剥き出しにし、高らかに笑っていた。
次の瞬間には死んでもおかしくないというのに海馬の哄笑は止まない。
ふと、ニトクリスは自身が一歩後退っていたことに気付く。
ただの人間にファラオが気圧されている。
目の前の男が理解できない。
妄執に憑りつかれた怪物<モンスター>だ。
「死になさいッ!」
魔力を杖の先端に込め、呪いに変換して射出する。
弱い魔術だが人間を殺すには容易い。
放たれた呪いは十メートルほどの距離を駆け抜けて海馬の下に到達し、海馬を包み込むように現れた一対の翼に弾かれて消滅する。
「なっ!?」
海馬を守るように顕現したのは神々しく輝く白き龍。
咆哮を上げながら二人の頭上を旋回して二人の間に降り立ち、青き眼でニトクリスを射抜く。
まるで神の前に対峙しているような威圧感。
突如現れた闖入者に理解が追い付かず、ニトクリスは呆然と立ち尽くしてしまう。
「ブルーアイズ……」
龍の背中を眺めながら呆けたように呟く海馬。
白き龍は神にも匹敵する力を兼ね備えている。
魔術の素養のない男に召喚できる存在でないことは明白。
思案を重ねていると、龍の青き瞳と再び視線が交錯する。
その深い青の奥に銀髪の少女が潜んでいることに気付いた。
「あなたは……一体……なッ!!」
海馬の持つ「量子キューブ」のウジャト眼が妖しく光を放つ。
瞬く間に広がっていく光に為す術もなく呑み込まれていく海馬とニトクリス。
砂嵐に巻き込まれたように意識が回転し、底の無い穴に落ち続ける感覚が襲い掛かる。
落下が終わり、浮遊感が身体を包み、目を開けると広がっていたのは古代エジプトの砂漠と街だった。
名も無きファラオ。
神官セト。
盗賊王。
銀髪の少女。
白き龍。
闇の大神官。
千年アイテム
三幻神
大邪神ゾーク・ネクロファデス。
目まぐるしく入れ替わる記憶の奔流をニトクリスはただただ受け止めることしかできない。
思考する間もなく、魔物が跋扈し、人が死に、街が蹂躙される光景を流し込まれる。
だが、大邪神も闇の大神官も打ち倒され、エジプトの街に平穏が戻る。
そして最後に見た光景は、王の証である千年パズルを託された神官セトが新たなるファラオとして君臨する姿だった。
「ぐぁっ……」
杖を支えにしなければ立っていることすらままならない。
海馬も同様に額を抑えながら片膝を着いている。
白き龍はいつの間にか姿を消していた。
(馬鹿な……あの男が……)
白龍の正体、それは古代エジプトで銀髪の少女が身に宿していた魔物<カー>。
少女は闇の大神官の姦計によって命を落とし、その魂は白き龍と一つとなり神官セトの僕となった。
そこまではいい。
問題は海馬瀬人の正体が、神官セトが輪廻転生して現代に蘇った言うなれば来世の姿なこと。
アテムの墓を暴いた大罪人の正体が、他ならぬアテム自身から王位を託された神官の生まれ変わりだったのだ。
海馬瀬人と神官セトを別人と切り捨てるのは簡単だが、白き龍の存在がそれを許さない。
間違いなく白き龍は前世の因縁を経て、海馬の魂と強く結びついている。
それは海馬の魂が生まれ変わっても神官セトと同一の存在である証。
(罪人か、王か、あなたは一体……)
杖を握り締める手が微かに震える。
罪人として処罰するべきか、ファラオの生まれ変わりとして尊重するべきか。
己の価値観の中で揺れ動くニトクリス。
幾度も思考を巡らせるが、一向に答えは出てこない。
「セト、答えなさい」
故に、ニトクリスは問い掛けることにした。
「永遠の眠りを妨げてまで、何故貴方はファラオ・アテムに固執するのです?」
「アテム……いや、遊戯を葬ることができなかった俺の心には今もヤツの亡霊が彷徨い続けている」
三度向けられる冷め切った双眸。
三回目にして海馬は最初から自分を視界に捉えていなかったことにニトクリスは気付く。
アテムとの決着以外の一切の執着を海馬は失ってしまっているのだ。
「それを祓わぬ限り、俺の時は止まったまま
ヤツを倒すことで、ようやく俺は未来へ進むことができる」
図らずも死者蘇生という禁忌に触れてしまい、因縁を清算できなかった者の末路。
それが目の前にいる海馬瀬人という男の正体。
死という永遠の離別は等しく人の心に冷たい風を吹かす。
しかし多くの者は時が心を癒し、死者との思い出を糧として歩き続ける。
だが、海馬の時は止まったまま。
心が癒されることはなく、心に吹く風が止まない。
そこにあるのは、狂おしいほどの純粋さ。
その原点は兄弟を弄んだ権力者たちをナイル川の水に沈めたニトクリスと同じだった。
「私はファラオの一人として、あなたの行為を許容することはできません
……しかしその動機が私利私欲でないことは理解したつもりです」
「ほう」
「あなたの傍で、あなたを見極めます
王を辱める罪人なのか、誇り高き王の矜持を引き継いでいるのか
前者であると判断した時は今度こそ断罪します! それがファラオとしての責任です!」
ニトクリスは答えを未来へ委ねることにした。
海馬がアテムとの決着だけを望むのならいい。
もし道を踏み外すのであれば、白き龍を退けてでも海馬瀬人という怪物を断罪する。
それが結論だった。
「いいだろう、だが俺に付き従う以上は貴様の力は容赦なく利用させてもらうぞ
サーヴァントとしてアテムを召喚することは失敗した
ならば次は聖杯戦争に勝利し、今一度王の魂を蘇らせる!」
相変わらず不遜な物言いだが、海馬に付き合っていく以上はいちいち目くじらを立てては精神がもたないだろう。
「そういえばサーヴァントとしての自己紹介がまだでしたね」
真名を告げたところで海馬に遮られ、自己紹介もままならぬ状態だった。
思い返せば王の言葉を遮るのも不敬である。
「サーヴァント・『アルターエゴ』
天空の神ホルスの化身、ニトクリス。召喚に応じました
今回だけ特別にあなたを同盟の相手と認めましょう」
☆
ニトクリスは己の記憶の混濁に最後まで気付かなかった。
大前提として、海馬とニトクリスが「量子キューブ」によって見た光景は正史ではない。
アテムと彼に敵対する盗賊王の魂が繰り広げた記憶を巡る盤上遊戯の世界の出来事。
謂わば特異点のようなものである。
正史では闇の大神官を打倒することができなかったため、アテムは自らの命と引き換えに先年パズルに封印することで対処した。
その際にアテムの真実の名は失われ、歴史の闇に葬られている。
それにも関わらず、ニトクリスがアテムの名を知っていたのは何故か。
いや、そもそも前提が違う。
果たしてアテムというファラオは存在したのか。
正解は存在していて、存在していない。
海馬瀬人の世界では存在していて、ニトクリスの世界では存在していない。
二人の世界の歴史は、大きく異なっていたのである。
そしてニトクリスの存在も同様である。
海馬が語ったように、彼の世界ではニトクリスの実在を証明するものはない。
ニトクリスの実在が定かではない世界の人間に召喚された彼女は極めて曖昧な存在だった。
故にキャスターの霊基ではなく、アルターエゴとして召喚されている。
では、二つの世界を紐づけたものは何だったのか。
ニトクリスは天空の神・ホルスの化身である。
ホルスには様々な形態があるとされるが、その一つが『ホルアクティ』と呼ばれている。
それは海馬の歴史で極めて重要な意味を持つ名前。
オベリスクの巨神兵、オシリスの天空竜、ラーの翼神龍。
三幻神と呼ばれるファラオの最強の僕を束ねた存在の名前こそがホルアクティ。
エジプトを滅ぼす力を持つ大邪神ゾーク・ネクロファデスを一瞬で滅する光の創造神。
存在強度が弱いニトクリスはホルアクティと習合して「ハイ・サーヴァント」として現界しているのである。
ニトクリスの記憶にホルアクティの記憶が混じり合ったため、彼女はアテムの名前を知っていたのだ。
ホルアクティでもあるニトクリスの中では束ねられた三体の神が胎動している。
まだ、オシリスとラーは眠っている。
しかしオベリスクは海馬との契約で既に目覚めていた。
己の中に眠る強大な力にニトクリスはまだ気付いていない。
【クラス】
アルターエゴ
【真名】
ニトクリス@Fate/Grand order(光の創造神ホルアクティ@遊戯王)
【属性】
秩序・善・天
【ステータス】
筋力E 耐久E 敏捷C 魔力A 幸運B+ 宝具EX
【クラススキル】
神性:EX
神霊とのハイ・サーヴァントであるため、本来のランクであるBを大幅に上回っている。
陣地作成:D
魔術師として自らに有利な陣地である「工房」を作成する。
キャスターではないため本来のランクであるAを大幅に下回っている。
道具作成:E+
魔力を帯びた器具を作成する。ニトクリスが作成できるのはエジプト魔術にまつわるものだけに限られる。
霊薬やホムンクルスやゴーレム等、現代の魔術で作られる器具や道具の多くはエジプト魔術に於いても類似のものが存在するが、
汎用性よりも専門性に優れており、呪術の色合いが濃い。
このスキルによってニトクリスが作成する器具や道具には必ず神性文字が刻まれる。
キャスターではないため本来のランクであるB+を大幅に下回っている。
【保有スキル】
エジプト魔術:A
古代エジプトの魔術刻印を所有している。
このスキルの所有者は、死霊魔術の判定に対してプラス補正が加えられる。
高速神言:B
魔術の詠唱を高速化させる能力。
神代の言語により、大魔術であろうと一工程で発動させる。
天空神の寵愛:EX
ファラオは時代などによって神性が変化するが、
今回のニトクリスは天空の神ホルスの別形態であるホルアクティをその身に宿している。
ハイ・サーヴァント:EX
神霊である光の創造神ホルアクティと融合している。
人格面は完全にニトクリスが主導権を握っている。
【宝具】
『粉砕せし破壊神(オベリスクの巨神兵)』
ランク:A 種別:対人・対軍宝具 レンジ:1〜6 最大補足:1〜50
異なる世界における古代エジプトの伝承、ファラオの僕の一体であるオベリスクの巨神兵を召喚する。
全長は20〜30メートルほどで全身を筋肉の鎧に包んだ青い肌の巨神。
その巨体から繰り出される拳はあらゆるものを粉砕する。
2体の生贄を捧げることで、僅かな間だけ攻撃力を飛躍的に上昇させる。
『蘇りし天空神(オシリスの天空竜)』
異なる世界における古代エジプトの伝承、ファラオの僕の一体であるオシリスの天空竜を召喚する。
今は使用することができない。
『真なる太陽神(ラーの翼神竜)』
異なる世界における古代エジプトの伝承、ファラオの僕の一体であるラーの翼神竜を召喚する。
今は使用することができない。
【サーヴァントとしての願い】
兄弟たちが永遠の国で安らかに暮らしてますように。
【weapon】
杖「ウアス」
古代エジプトの神々の持つ杖と同一のものであり、強力な神秘を有した魔術礼装。
強烈な石と誇りを有した彼女を神々は祝福した。天空の力を与え、冥界の力を与え、復讐を行うに足る力を与えたのである。
魔力を呪力に変換して射出する他に、スカラベ、ミイラ、小型のメジェド神めいた何か等を逐次召喚して戦う。
遊戯王の魔物を呼べる可能性もある。
【人物背景】
古代エジプト第六王朝にて、僅かな時期とはいえ玉座に在った魔術女王。
奇しくもバビロンの古き女王と同じ名を有する。
愛しき兄弟を謀殺した有力者たちのすべてを溺死させ、復讐を果たした後に自死したとされる。
……という伝承が海馬瀬人の世界では伝わっているが存在を証明するものはない。
【マスター】
海馬瀬人@遊戯王 THE DARK SIDE OF DIMENSIONS
【マスターとしての願い】
遊戯(アテム)を倒す。
【能力・技能】
海馬コーポレーションの社長。
最先端のテクノロジーを有しており、次々と次世代のマシンやシステムを開発する。
・青眼の白龍
ニトクリスとの契約に加えて千年アイテムを所持していることにより、魔物<カー>として召喚可能になった。
3〜5メートルほどの西洋風の龍であり、必殺技はその口から放つ純然たる魔力攻撃『滅びの爆裂疾風弾(バーストストリーム)』
左腕の決闘盤にカードをセットすることで召喚される他、海馬の窮地に己の意思で顕現する。
青眼の白龍の維持には魂<バー>を消費する他、撃破されると召喚者自身にダメージが還る。
・量子キューブ
八つ目の千年アイテム。
他者を異なる次元に送り飛ばす能力を持つの他、決闘盤になったり、パズルのピースを箱の内部に封印したり、色々なことができる。
海馬では一切の能力を引き出すことはできない。
【人物背景】
生涯のライバルである遊戯(アテム)に勝ち逃げされ、彼を倒すことに憑りつかれている。
そのために宇宙ステーションを建設したり、街一つを支配して監視下に置く狂った独裁者。
以上です。
投下します。
――小宮果穂は、アイドルである。
ステージに立てば、そこは戦場。幾百、幾千のライバル達と同じ土俵で、それぞれの夢を、人生を賭けて戦ってきた。勝利してきた相手の中には、道楽半分だった者も少なからずいただろうが、それ以上に、アイドルの道をずっと夢見ていた者もいたのだろう。
そんな数多くのライバルたちの嘆きの声を背に、彼女は勝ち上がってきた。戦いとは他者を蹴落とすことであり、勝利とは夢の屍を積み上げることである。それを、幼いながらに彼女は理解している。存分に理解した上で、オーディションという戦いに挑み、輝くと決めたのだ。
なればこそ、聖杯戦争で願いを掴むために戦うもまた、彼女の生きてきた世界の道理である――なんて。
簡単に、割り切れれば、いっそのこと楽だったのかもしれない。
「……嫌、です。」
理外の力により、聖杯戦争というものの概要を知った。現実逃避に走るでもなく、自分の置かれている現状を理性的に把握して。その果てに、果穂の口をついて出てきたのは――
「あたし……戦いたく、ないです……。」
――紛れもない、拒絶の言葉だった。
自分の命と他人の命を天秤にかけること。それは彼女の目指すアイドルの理想像――ヒーローのようなアイドルとは、かけ離れた行いだ。
彼女の眼前には、今しがた召喚されたばかりのセイバーが立っている。そして、俯いた果穂を困ったような顔で見下ろしていた。
「あっ……。」
それを誰が責められようか。
人一倍正義感の強い小学六年生の少女の、命の奪い合いを生業とする催しを前に出した第一声が弱音であったからと言って、それを咎める者などいないだろう。
「あ……あのっ……ごめんなさいっ!」
だが、それは彼にだけは言ってはいけない言葉だった――と。彼女自身が、その不義理を許せなかった。
マスターが戦いを拒絶するということは、セイバーの勝利、並びに願いの成就までもを諦めるに等しい。それは、裏切りだ。戦いを放棄して全力を出さず、セイバーの願いを貶める行いだ。
オーディションは夢を賭けて戦う舞台だから、悔いを残さないように、そして自身の夢と全力で向き合っている相手に失礼のないように、全身全霊で戦うこと。そんなアイドルとしての誠実さからも、外れている。
小宮果穂という少女には、それが許せなかった。
彼女は幼いながら、価値観の相対性を理解している。他者を殺すのは悪であるという前提に立ってなお、その規範を異世界から召喚されたばかりのセイバーに当て嵌め、それが正義と諭そうなどとは考えていない。
「セイバーさんの仲間は、あたししかいないのに……。あたしが諦めちゃったら、セイバーさんの願いは、叶わないのに……。」
今を生きる果穂には、家族が、友達が、そして事務所の仲間たちがいる。だけど、この世界に英霊として顕現したばかりのセイバーはそうではない。
自分のいた世界から離れ、ひとりぼっち。そこには不安もあるだろう。そんな中で、願いを賭けて共に戦う唯一の存在。それが、マスターなのだ。
「だから、ごめんなさい……。」
目に涙を浮かべながら、頭を下げる果穂。互いにまだ初対面だが、どことなく気まずい雰囲気が漂っている。
「参ったな……僕の願い、か。」
一方、セイバーと呼ばれた青年が口を開く。果穂が信頼を寄せているプロデューサーを思わせる、爽やかな顔つきと声色をした青年だった。しかし今は、まるで先生から叱られているかのような圧迫感を覚え、果穂は縮こまることしかできない。
「確かに、僕には叶えたい願いがある。そうだね……。少しだけ、ここに来る前の話をしよう。」
そんな少女の様子を見たセイバーは、語り始める。
その語り口ひとつに手が震える。自分のせいで叶わなくなった願いの話。仕事の失敗の損失を数えているようで、息が詰まりそうだった。
「僕は、10年にもわたる長い旅の末に魔王を倒したんだ。」
「……魔王。」
今はそんな状況ではないのに、その単語に、少しだけ胸が高鳴った。
魔王といえば、典型的なヒーローの敵。そんな魔王を倒したと語るセイバーに、興味が湧かないはずもない。
「そう。それは大変な旅だったよ。死にかけたこともたくさんあったし、挫けそうになったことも数え切れない。」
口を挟めない果穂に対して、セイバーは端的に自身の冒険譚を語る。
――魔王討伐という、人類が背負うには重すぎる任務。
勇者を志願する冒険者たちは、ほとんどが帰ってこなかった。時々帰ってきた者も、魔王や魔族たちの脅威に心を折られ、その牙と野心を失っていた。
自分たちの旅立ちも、民衆たちの見る目は期待の目ではなく、「ああ、またか」と言わんばかりの失望の視線だった。
実際の旅路も、困難な状況ばかりだった。
旅立ちの手向けに国王から貰った路銀は間もなくして尽き、 資金繰りのために街に留まらざるを得ないことも多々あった。また、時に水も枯れるほどの太陽が照りつけ、時に極寒の吹雪が舞う険しい道のり。そんな環境下でも容赦なく襲ってくる魔物。どこを切り取っても安全なんてものはなかった。
しかし、僅かに、違和感。セイバーは大変だった経験を語っているはずだったのに。その声色が、そんな出来事を語る時の声と一致しない。もし顔を上げていたならば、その表情に対しても同じ感想を抱いただろう。
その答えは、間もなくして本人の口からなされた。
「本当に、ろくなものではなかった。……それでも、僕は楽しかったんだ。」
「……そうなんですか?」
「あの旅路を想起すれば、ありありとその光景が目に浮かぶ。そのすべてに、大切な仲間たちがいる。」
その言葉に共鳴するように、果穂の脳裏に浮かんだ光景。
レッスン用のダンスホールで、汗を流している時。
貸し切った倉庫の一角を秘密基地に、感謝祭の準備をした時。
合宿用の校舎の屋上で叫んだ時。
海の家の手伝いをした時。
商店街のイベントに参加した時。
フォトグラフィのように鮮明にその色を感じられる、放課後クライマックスガールズの仲間たちのいる景色。
ただ楽しい想い出だけじゃない。辛かったこと、悩んだことも、様々だけれど。
その景色の色は綺麗だと、胸を張って言える。
「いつだって思い出せる。だから、独りじゃないんだ。」
「それ、わかる気がします!」
壮絶な冒険譚と、思い浮かべた大切な仲間の存在。少しだけ瞳に輝きが戻った果穂が、食い気味に話す。
「あたしにも、大好きな人たちがいて、帰り道には別れたくないなっていっつも思うんですけど、でも……家に帰っても楽しかった想い出はずっと胸の中にあって……。」
会話の中身を思い出して、ふと笑みが零れて。
明日はどんな会話をしようかなんて、その時になれば忘れてしまうのにイメージしたりなんかして。
「……えっと、上手く言えないんですけど、それでまた、楽しい気持ちになれるんです。」
「ふふ、そうだね。僕が抱いているのも、マスターと同じものなんだと思う。」
月日が経って、人が老い、景色が移り変わろうとも――変わらぬまま、色褪せないものは確かにそこにあった。
「そしてそれこそが、僕の願いだった。」
願い――その言葉と共に、果穂の背筋が再び強張った。
だけど、さっきほどまでの緊張はない。セイバーが語った冒険譚で、彼の人格もまた伝わってきた。セイバーは他人を不当に害して己の願いを掴もうとする英霊ではないという安心が、僅かに、されど確かに果穂の緊張を和らげていた。
「僕の願いはね、僕の生きた証を、あの世界に遺すことだった。」
「生きた……証?」
「僕の旅は終わったけれど、まだ一人、仲間が長い旅路の途中にいるからね。」
これは遠い、未来の話だ。
それまで知ろうとしてこなかった人間を知るために、エルフの魔法使いがかつての旅路を辿って天国を目指す物語。
彼女の終着点は、遥か先にある。旅を終えてしまった仲間たちを置いて、いつか遠い世界へと旅立ってしまう。
そんな彼女に遺せるものがあるとするならば、それは、在りし日の自分の銅像かもしれない。或いは、かつて救った街の未来の姿かもしれない。
その全てに伴うべきは、己が名前だ。名前と共に、旅の想い出が、遥か遠い未来に花開くように――
「僕は今、英霊としてここにいる。それは僕が、かの世界で未来に名前を残すことができた証明だ。」
「じゃあ……。」
それは、人生の目的をやり遂げたような、そんな表情だった。
そして――
「【勇者ヒンメル】の存在を、仲間の旅路に連れていくことができた。僕の願いは、とっくに叶っているよ。」
――勇者。
果穂が憧れるヒーローに分類される存在。
その冒険を終えてなお、誰かの記憶の中に生き続けようとするその生き様は――まるで夜空を照らす一等星のように、煌めいていた。
それは、少女が憧れた偶像の姿そのもので。
「……カッコいいです。」
吐息のように、言葉が零れた。
だけど、それだけじゃ足りない。
「すっごく、すっっっっごく、カッコいいです!!!」
「ああ、確かに僕はイケメンだからね。」
「あたしも、なりたいです! ヒーローみたいで、勇者みたいなアイドルに!」
――日が暮れない魔法なんて、無い。
命の不可逆であるが如く、時の流れは逆行することなく進行する。
それは摂理だ。川を水が流れるように、空を風が吹き抜けるように、大地に草木が芽吹くように、万象は流転の一途を辿っている。未来に待つのは、楽しかったあの日とも、後悔に塗れたあの日とも異なる明日である。
なればこそ人は、目先の不確定ばかりに追われて、過去を忘却し続ける。積み重ねた現在の数だけ、喪失を重ねていく。
ゆえに、願うのだ。
いつかの誰かが、現在を思い出すための道しるべ――それはまるで、一等星のような。
そんな輝きに、なれたら――
【CLASS】
セイバー
【真名】
ヒンメル@葬送のフリーレン
【ステータス】
筋力:B 耐久:B 敏捷:A 魔力:D 幸運:B 宝具:EX
【クラススキル】
対魔力:B
騎乗:C
【保有スキル】
『勇者の斬撃』:A
その一撃に、敢えて語る口上などない。ただ、圧倒的な速度を以て斬り伏せる。時には、ある魔族がその腕に抱えた子どもを人質として盾にするよりも速く腕を斬り落とし、子どもを救った。また、時には七崩賢の一人、断頭台のアウラが『服従させる魔法【アゼリューゼ】』を発動する前に、天秤を持った側の肩ごと斬り捨てて、瀕死の重症を負わせた。
『超感覚』:B
魔力を持たないヒンメルは魔力探知が使えないため、常にその五感を用いて魔物や魔族たちを見てきた。七崩賢の一人、奇跡のグラオザームの精神魔法『楽園へと導く魔法【アンシレーシェラ】』の支配下にありながらも、衣擦れの音や息遣い、風の音などを頼りに敵の居場所を掴んでいた。フリーレンはそれを、「持たざる者の研ぎ澄まされた感覚」と評した。
【宝具】
『勇者の剣の偽物<レプリカ>』
ランク:E 種別:対人宝具 レンジ:1-20 最大捕捉:1人
剣の里の聖域で守られている、女神の加護を受けた聖剣。選ばれし者のみが抜けると言われており、結界によって護られている。
――という伝承の勇者の剣を、ヒンメルは抜くことができなかった。魔王を倒したのは、武器鍛冶キーゼルによって造られた勇者の剣の偽物<レプリカ>だった。
一般的な剣と同程度の攻撃力・殺傷力を持つものの、特段の特殊能力は有しない。
『仲間』
ランク:EX 種別:対軍宝具 レンジ:1-50 最大捕捉:3人
勇者ヒンメルが魔王を倒すことができた最大の要因であり、彼が真に大切にしていたもの。宝具を解放すると、旅の仲間であるフリーレン、ハイター、アイゼンの3名が魔王討伐時相当の記憶と能力を有する英霊として一時的に顕現する。
不可逆的な破壊が可能であるが、マスターが令呪の1画を消費することでのみ、全員の再生が可能。
【マスター】
小宮果穂@アイドルマスター シャイニーカラーズ
【マスターとしての願い】
自分なりの『ヒーロー』を貫く。
【能力・技能】
『アイドル』
アイドル事務所『283プロダクション』に所属するアイドル。日々のレッスンにより、同年代の女子より優れた運動神経を有している。また、聖杯内の世界において一定の知名度がある。
【人物背景】
大人びた容姿と高い身長が特徴の女の子。
何にでも興味津々で純粋。
特撮モノが大好きでヒーローに憧れている。
小学6年生。
【方針】
まずは目先の方針をヒンメルと話し合う。
投下完了です。
投下します
男はマスターとして有利な立場だったいえる。
多数の部下を抱える犯罪組織のボス。それが現世でも冥界でも変わらない男の地位だった。
英雄豪傑ひしめく聖杯戦争の中でも数というのは武器になる。男はその武器の扱いを心得ていた。
情報収集や監視は当然。一般人によるマスターの暗殺すら成功させてみせた。
男は聖杯戦争を有利に勧めていた。はずだった。
ひと気のない路地で、男は上を向いてため息をつく。吐息と一緒にタバコの煙が空へと登っていく。
「あんたはいったいなんだんだ?」
男は言った。
刀を持ったロボットがいた。
有名なロボットアニメに出てくるものほど巨大なではない。人の三、四倍といったところか。
自立稼働ではなく、中に人間が入っている。
その人間が若い女であることも確認している。もう何度も。
「あんたには散々組織の連中をやられてきたな。
対処するために俺のサーヴァントが出向いたこともあった。”その度にきっちり倒してきた“。
なのに何度でも現れやがる」
再生能力、ではない。
このサーヴァントは同時に二箇所以上に現れたこともある。
その全てが――少なくとも男が直にあった個体は――間違いなくサーヴァントだった。使い魔とか呼ばれる類ではなく
多数の体の持つサーヴァント。それがこの敵の正体だ。
「ま、それはそういう能力ってだけの話だ。
解せねえのは徹底的すぎるほどに内の組織を潰しに来たことだ。
資金繰り専門の奴らに手え出したところで、聖杯戦争の短い期間中じゃメリットねえだろ」
サーヴァントは機械は腕でこちらを指差す。
「見守っています」
それ以外の言葉を喋っているのを聞いたことはなかった。
再びため息をついて、携帯灰皿にタバコを入れる。
「あんたもそう思うだろ?」
その言葉はサーヴァントの隣に立つ人間に向けて言った。ロボットのサーヴァントのマスター。
スーツ姿の男だった。ある程度稼ぎがよくて、客から見栄えを気にするタイプの職種が着るようなスーツだ。
それがなんであるかも男がつけたバッジが示している。弁護士。
「タバコはポイ捨てするタイプだと思った」
弁護士は言った。
「犯罪者だからって偏見は良くないぜ。環境には人より気を使うタイプだ」
携帯灰皿をポケットに入れながら弁護士を観察する。
無造作に立っているようで何があっても対応できるように警戒している。
それも攻撃されたら自分で対処することまで含んだ警戒だ。
自分とは違って元々超常の力と接しているある程度以上サーヴァントとやりあえるタイプのマスターだ。
「あんたのサーヴァントとは散々やりあった。
思うに、考えがあって動いてるわけじゃねえんだろ。
精神が完全にイカれちまってて、ただ本能的に動いてるだけ。違うか?」
「答えるメリットがあるか?」
「まあ聞けよ。仲間がイカれ頭だけっていうのも頼りねえだろ。
人間誰しも話し相手ってのは欲しいもんだ。同盟を組む気はないか」
揺さぶり半分、本気半分の提案だった。
これで隙を見せるようなら仕留めてもいいし、見せないなら本当に組んでもいい。
相手は数を武器とするサーヴァント。武器の扱いは心得ている。
弁護士は考える素振りを見せた。提案を飲むことを考えているのか。別のことかは読めない。
「イカれている……か」
そう言ってわずかに視線を自分のサーヴァントに向けた。
隙――とは言い切れない。
こういうあからさまなのは相手も来ることを見越していてガードが固いことが多い。誘っているまであり得る。
「確かにこいつの精神はイカれてしまっているんだろう。もはや精神と呼べるものがあるかも怪しいかもしれん」
弁護士の視線がこちらを向いた。
「こいつがおまえの部下を何人殺した知っているか?」
「なんの話だ」
「おまえはやられたという言葉を使ったが、ほとんどは悪事の最中に制圧され、その後逮捕されている。
残りはビビってこいつからもおまえからも逃げた連中だ
こいつが殺した相手は一人もいない。少なくとも俺が把握してる限りでは
平静なまま人を殺すやつと、イカれていても人命を尊重するやつ。まともなのはどちらだ?」
倫理や哲学に興味はない。
今の発言から読み取るべきことは2つ。会話はここで終わりだということ。これ以上隙は作れないということ。
「アサシンっ!」
「領域展開」
【誅伏賜死】
◆
日車寛見のサーヴァントにはまともな自我と呼べるものがなかった。
ある程度人間らしい振る舞いはできるが、それはただの再現であり心があるわけではない。この街の住人と似たような存在だ。
誰かに壊されたのだろうと思う。主人にあたるマスターの命令には従順に従うという構造には作為的なものを感る。
主の命じるままにロボットを操り戦う人間兵器。
いや、同じ顔を持った者を無数に生み出すという能力は、本当に人間であったのかも怪しく思わせる。
だが彼女は人を助けていた。
犯罪を防ぎ、人々を守っていた。それもできる限り相手を傷つけないやり方で。
組織の潰すメリットなんて最初か考えていない。
彼女はただ――正気を失っても“正義”であり続けただけだった。
◆
男は自分のサーヴァントが消えると存外素直に相手は負けを認めた。
そういうタイプのプライドを持つタイプらしかった。
サーヴァントの失ったマスターはこの冥界では長く生きられない。
あの男が生きて元の世界に帰れる可能性は――まずないだろう。
今回のケースでは向こうに殺意があった。法に照らし合わせるなら正当防衛が認められる案件だ。
そうでなくともこれは聖杯戦争。生きて帰れるのは一人だけ。
生きるためには他の全員を殺すしかない。
「そんなルールはクソ喰らえだ」
日車は路地に背を向けて歩いた。
戦いには乗らない。マスターたちを生きて帰す方法を探し出す。
さっきの男には人殺しはまともじゃないようなことを言ったが、日車は必ずしもそうとは思っていない。
弁護士として多くの殺人事件に関わってきた。善人であってもときに人は人を殺してしまうことがある。
それでも、イカれたサーヴァントが耐えているのに、正気のマスターが簡単に殺しに流れるわけにはいかない。
歩くの日車のその背に向けて、サーヴァントの声がかかった。唯一喋れる言葉が。
「見守っています」
【CLASS】
アサシン
【真名】
正義@SANABI
【ステータス】
筋力C 耐久E 敏捷C 魔力C 幸運D 宝具B+
【属性】
秩序・善
【クラススキル】
気配遮断:C
サーヴァントとしての気配を断つ。隠密行動に適している。
完全に気配を断てば発見する事は難しい。
【保有スキル】
精神破損:C
このサーヴァントは精神が破損している。
精神干渉を受けない。
心眼(真):D
修行・鍛錬によって培った洞察力。
窮地において自身の状況と敵の能力を冷静に把握し、
その場で残された活路を導き出す“戦闘論理”。
精神破損の影響で、ランクが大きく低下している。
【宝具】
『枯れ無き正義の魂(データオブソウル)』
ランク:B+ 種別:対人宝具 レンジ:― 最大捕捉:―
データ化し、コピーされた魂を器にいれることによって複数の個体が同時存在できる。
このサーヴァントが常に複数体が同時行動している。
最大人数はマスターからの魔力供給次第。
全てが同一の力を持つ別個体であり、本体のようなものはない。
マスターが存命の限りこのサーヴァントは消滅しない。
【weapon】
人が乗って動かすロボット。
刀による戦闘の他、隠蔽機能で景色に溶け込み姿を隠せる。
【人物背景】
人々を救って回るさすらいの傭兵。その成れの果て。
【サーヴァントとしての願い】
「見守っています」
【マスターへの態度】
マスターの命令には従うように設定されている。
【マスター】
日車寛見
【マスターとしての願い】
殺さずにマスターたちを帰す方針もあって保留。
自分が殺してしまった人間を生き返らせることも考えたが、
弁護士として多くの人の死に関わってきた中、自分が殺した人間という指定範囲はただの自己満足にも思える。
【能力・技能】
『領域展開・誅伏賜死』
裁判上のような領域を作り出す。
領域の中ではあらゆる暴力行為が禁止。
対象はジャッジマンから罪の容疑をかけられ、日車には罪に関する証拠が一つだけ与えられる。
対象は容疑に対して一度だけ反論が可能。日車もそれに対して一度反論できる。
その後ジャッジマンが判決を下し、有罪であれば罪の重さによって能力の没収や日車への武器の貸与などが行われる。
有罪になった者は二回まで裁判のやり直しを要求できる。
『木槌』
呪力でできた木槌。
自在に出したり消したりできる上大きさも変えられる。
その他コミックス未掲載分でやっていることがあればそれもできるかもしれない。
【人物背景】
人の弱さに寄り添い、一度は絶望した弁護士。
虎杖悠仁と会って初心に帰った。
【方針】
殺し合わずにマスターを元の世界に帰す方法を探す。
ただし防衛のためや危険な相手に対しては必要以上に容赦するつもりはない。
【サーヴァントへの態度】
尊敬に近い感情。
命令は出すがやりたいことを邪魔するつもりは基本的にはない。
投下終了です
投下します
サーヴァントは『UnHoly Grail War―電脳聖杯大戦―』で候補作として投げたものを流用させてもらってます
「私、悪い子だったんです」
蓋が開けられた鍋の底は糸蒟蒻や、蒸された人参やら馬鈴薯。庶民からすれば馴染みのある和風料理。
大和撫子、といえる程かは兎も角それに連なる美貌を兼ね備え。
温和で心優しい表情で、桜のように儚い紫色の髪が揺らしながら。
この冥界にて巻き込まれた葬者である少女が、眼前のちゃぶ台机の前に座る己のサーヴァントに語りかけた。
「……ますたーも、"わるいこ"だったの?」
英霊は、小さな小さな、女の子だ。
小学生どころか、幼稚園児ほどの大きさの女の子が、身の丈にあった漆黒の修道服に身を包んでいる。
純粋無垢、そう言えると言うべきそんな存在が、この場にいるであろう狂戦士(バーサーカー)の英霊である。
外見通りなその幼さの中に、狂気と残虐性と、一抹の孤独を宿した、そういう存在。
そんな英霊が、自分の主(マスター)たる葬者――間桐桜という少女の、英霊であった。
「……はい。幼い頃に、酷いことばかりあって」
魔術世界における御三家。
アインツベルン。遠坂。――そして間桐。
間桐桜という人物は元来間桐ではなく遠坂であり、父の意向によって間桐の家へと送り込まれた。
父親はあくまで父親の中の善意で自分を養子へと送り込んだようであるが、待ち構えていたのは文字通りの地獄。
当主・間桐臓硯が出来損ないの息子の代わりとして、彼女の身体を"改造"した。
蠱を用いて、文字通り彼女を作り変えたのだ。
「架空元素・虚数」。その魔術の才能に恵まれていただけの少女の身体は、母体として優秀だったのだから。
斯くして、少女は間桐(マキリ)の魔術属性たる『水』を付加される。
空を飛ぶ鳥に、無理やり水の中を泳げるようにする無茶ぶりであり、当人の意思を完全に無視した外道の所業である。
さすれば、彼女の心が壊れることなど確実だろう。―――事実、壊れた。
間桐桜の心は壊れ、その身体は臓硯の望み通り変質した。
絶望し、諦観し、桜の花は朽ちた人形と成り果てた。
「何もかも、諦めてたんですよ。――先輩に出会うまで」
元々は親の命令だった。かつての聖杯戦争にて勝ち残った衛宮の、その息子。――衛宮士郎という少年。
密偵を命じられて、触れ合いながら。彼と彼と一緒に暮らしている大河という人相手には、笑えるようになった。
ひび割れて壊れた心が、戻ったような気分だった。
「……やさしいひと?」
「……はい。少なくとも私は、やさしい人だと思ってます」
冬木市にて開かれた第五次聖杯戦争。唯一の生き残りのみが聖杯を手にする蠱毒の夜。
少女は己が好意を抱く少年がそれに巻き込まれたことを知って、陰ながら助けようとした。
戦いの最中、少女は少年と結ばれた。
「……こんな、こんな悪い私を、助けてくれた、怒ってくれた、救ってくれた」
結ばれて――別の悲劇を以って反転した。
「この世全ての悪(アンリ・マユ)」。願望機たる聖杯の内に潜める大いなる呪い。
その断片を埋め込まれていた間桐桜は、義兄である間桐慎二の殺害を引き金に反転し、黒へと染まった。
いや、既に"影"は蠢き、暴走し、殺戮の限りを尽くしていた。
殺して、殺して殺して殺して殺して殺し尽くして――。
人間を飴玉を噛み砕くごとく飲み込んで、染めて、殺して。糧として。
間桐慎二を殺した瞬間、無意識下で行っていた虐殺を自覚したその時に。
「たくさん殺したんです、数え切れないほど殺したんです。やりたいことを、やりたいだけ」
やりたいことを、ただどす黒い感情の赴くままに。
自分から湧き出して止まらない感情の慟哭のままに。
「やりたいことやって――。私の大切なものを私の手で壊しちゃった事、気付いたの」
気づいた時には、取り零した後だった。
自分が理想とした姉、自分が欲しいもの全て持っていた姉が。
自分と同じ、かつて孤独で、何かに縛られていた人間だと。
本当に欲しいものが目の前にあったことに、最後の最後に気づいた。
罪深い、情けない、そんな誰かこそ。
それが間桐桜という弱虫で、臆病で、酷い人間だった。
「約束通り、私のことを叱ってくれたんです」
かつての約束。
自分が悪い人になったら許してくれないのかどうか。
彼は、衛宮士郎は、「悪いことをしたら叱る」と言ってくれた。
罪の所在も、罰の重さも関係なく。
衛宮士郎という『正義の味方でなくなった』人間は、間桐桜という人間を、全てのコトから守ると。
守り通すことを、誓ってくれた。
そして、『この世全ての悪』に繋がれた、罪と罰に塗れた自分自身を、救ってくれた。
「……あっ、ごめんなさい。肉じゃが冷めちゃったかな?」
「…………ううん。わたしは気にしないよ、マスター」
すっかり開けっ放しにした肉じゃがに今さら気づき、あわてて器に盛る。
長い自分語りですっかりご飯のことを忘れそうになっていたことを軽く謝罪するマスターの姿に、バーサーカーは思わず顔が緩んでいた。
「……でも、うらやましいかな」
その憂いを秘めた表情。
バーサーカーもまた、"わるいこ"、なのだから。
第二世代エンジェロイド・タイプε(イプシロン)、通称カオス。
生みの親に虐げられ、優しさを知って、見捨てられたと思い込み。
手に入れたかった愛を手に入れて、自らの罪過を自覚してしまった。
「わたしは、そんなしあわせな終わりかた、できなかった」
暴走して、自棄になったカオスは、最後に姉(アストレア)と相打つ形で自爆した。
「いっしょにこわれる」という結末しか、辿れなかった。
それでも優しさはあった、自分が求めたかったものの欠片を掴めた気はした。
バーサーカー・カオスはそれ以降から"止まったまま"である。
愛を求めて狂気に堕ちた、悲しき機械天使。
手に入れたかった大切なものが、目の前にあったのにそれを自ら壊してしまった。
かつての間桐桜も、カオスも、同じ悪い子であることには変わらない。
冥界がそう導いたのか、それとも運命だったのか。
それは、恐らく誰にもわからないことだ。
「…………マスターはさ」
「わかってます、バーサーカー」
間桐桜にとって、今再びの聖杯戦争。
救われた間桐桜にとって、聖杯なんていらないものだろう。
だが、これが自分に用意された罪への罰だと言うのなら。
「私は、まだ終わりたくない」
そうだとしても、終わりたくない。
自分の贖罪はこんな簡単なことで終わらせたりなんてさせたくない。
生きるという罰を、中途半端なことで終わらせたりなんかしない。
「それに――」
ライダーや姉さん、大河さんのこともある。
だが何よりも、自分を救ってくれたヒトは、『間桐桜の味方』になった彼は、まだ戻ってきていない。
彼が帰るあの家で、彼をちゃんと待っていないと。
そう誓った約束を、自分から破りたくはない。
「――待たせてる人がいるから」
「……そっか」
その言葉だけで、バーサーカーが決意を秘めるに十分な事だ。
自分はおうちに帰れなかった。
そんな思いを、マスターにも味わってほしくはない。
それは寂しいことだから。
それは悲しいことだから。
「――てつだうよ。マスターがおうちにかえれるように」
自分はおうちには帰りなかったけれど。
彼女が帰りたい場所に戻れるように。
自分がたどり着けなかった未来へと辿り着くことが出来たマスターに。
いつか、彼女の春が来ることを、願って
【クラス】
バーサーカー
【真名】
カオス@そらのおとしもの
【属性】
混沌・中庸
【ステータス】
筋力B 耐久C 敏捷B 魔力A 幸運D 宝具B+++
【クラススキル】
対魔力:B
魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。
大魔術、儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい。
狂化:D+
筋力と敏捷のパラメータをランクアップさせるが、その代わり特定の要素に対して歯止めが効かなくなる。
バーサーカーの場合は「愛」。痛みを愛と思い込んでしまったバーサーカーは、その為に誰かを傷つけることを厭わない。
ただし後述の「エンジェロイド」のスキルの影響もありマスターに対しては比較的まともに接する。
単独行動:B
マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。
ランクBならば、マスターを失っても二日間現界可能。
【保有スキル】
エンジェロイド:A
天上世界「シナプス」の科学者が作り上げたアンドロイドにして空の製品。Angelとoidを組み合わせた語源らしく天使のような姿が特徴。
人間における心臓に当たる動力炉に自己修復プログラムを含めた各種武装、人間とほとんど変わらない生体部品などから構成された生態メカとも言える代物。
マスターとインプリンティング(契約)すると、首元に付けている首輪がマスターとなる人物にに伸びて繋がる事になる。この鎖は物理的なものではなく、あくまで契約関係の証左みたいなもので行動を阻害するような効果はない。
基本的に契約したエンジェロイドはマスターの命令に従順であり、命令の内容によって出力が増強することも。このため令呪を重ねての命令によるブーストの恩恵が他の英霊よりも大きい。
バーサーカーはシナプスの王であるミーノースによって製作された第二世代のエンジェロイドであり、通常のエンジェロイドとは一線を画す性能を誇る。
その他、バーサーカーに限りエンジェロイドにとってタブーとされる夢への干渉が可能。
加虐体質(愛):C+++
戦闘において、自己の攻撃性にプラス補正がかかるスキル。
これを持つ者は戦闘が長引けば長引くほど加虐性を増し、普段の冷静さを失ってしまう。
彼女の場合は愛を知る為、愛を与えるためのもの。その為「愛」に関わる事柄になってしまうと更に歯止めが効かなくなってしまう。
これはバーサーカーとして召喚されたことで愛に狂う少女としての側面が大きくなった為。
変化:B
データさえ揃っていれば汎ゆる人間に変身することが出来る。
バーサーカーはそれを用いての精神攻撃も得意の内。
【宝具】
『自己進化プログラム・Pandora(パンドラ)』
ランク:B+++ 種別:対人・対軍宝具 レンジ:1〜100 最大補足:500
エンジェロイドに搭載されている自己進化プログラム。文字通りの禁忌の箱。他のエンジェロイドにも搭載されている代物だが、バーサーカーのそれは別物。
他の物質を取り込むことで外見を変化、戦闘能力を上昇させることが可能。マスターの魔力及びバーサーカーの霊器が保つ限り青天井に性能が伸びていく。
あくまで保つ限りであり、歯止めが効かなくなった場合の進化と言う名の出力上昇はマスター及びバーサーカーの身体を壊しかねない。
生前ですら取り込んだエンジェロイドの武装の再現が可能だったが、英霊となったことで取り込んだのが英霊や異能者の血肉等ならそれらの異能やスキル、自己進化次第では英霊の宝具すらある程度再現することが出来る。
【Weapon】
カオス本来の武装の他、生前に取り込んだエンジェロイドの兵装を一通り扱う
【人物背景】
シナプスの王ミーノースが開発した第二世代エンジェロイド・タイプε(イプシロン)。
「愛」を求め、他のエンジェロイド同様に「愛」に狂った世界を知らなかった少女。
ただ、いい子になりたかっただけ。
此度においてバーサーカーのクラスで召喚された彼女は、「愛を求める狂ったエンジェロイド」としての側面が色濃く出ている。
その為か桜井智樹が石板を使って行われた世界再生以降の記憶、彼らに謝って本当の意味で受け入れられた記憶は欠けている。あるのはアストレアと相打ちになって自爆した記憶まで。
【サーヴァントとしての願い】
マスターをおうちに帰す
【マスターへの態度】
わたしとおなじ"わるいこ"だったひと
でもわたしとはちがってしあわせなけつまつにおわったおんなのひと
だから、なおさらほうっておけない
【マスター】
間桐桜@Fate/stay night[Heavens Feel]
【マスターとしての願い】
元の世界へ帰る
【能力・技能】
「架空元素・虚数」と言う稀有な魔術属性を保有しているが、間桐家の方針で別の魔術を無理やり慣らされたこともあり、生来の能力を完全に発揮できない。
彼女自身も魔術に長けているわけではなく、強いて言うなら負の面を刃にする以外の攻撃手段はない。あとは一応弓道の心得はある。
ただしここは冥界の聖杯戦争、「架空元素・虚数」を彼女なりに扱えるかどうかは、この先次第であろう
【人物背景】
血だらけの手を取ってくれる運命がいてくれた女。
幾多の間違いの先に、春にたどり着いた少女。
士郎が帰って来る前からの参戦
【方針】
できる限り犠牲は出したくない。
もし、先輩や姉さんだったらどうしてたんだろうなぁ
【サーヴァントへの態度】
サーヴァントとは思えない程に幼く、そして優しい子。
投下終了します
投下します
ギロチンというものは、“苦痛なく人を殺す”ための道具らしい。
斧で首を落とすより、炎で人を焙るより、遥かに苦痛は少ないのだと。
当時の処刑人が思い悩み。身分も優劣も関係なく平等な死を与えるために生まれた『人道的』処刑器具。
勉学に疎かった神代愛依はそんなことは知らなかったが、知ったところでギロチンを好意的に見ることはなかっただろう。
苦痛が少ないとしても、ギロチンに“かけられる”ことが定まった時点で、命の刻限が決まってしまう。
断頭台にかけられる人間にとっては、人道的だろうと慈悲と平等の産物だろうと関係ない。
どれだけ苦痛がなくとも、そこは“終わり”だ。
死んでしまっては何も残らない。
終わってしまっては何も叶わない。
目に見える形で“死”が置かれ、避けようのない場所に終わりがある。
暗がりで一人そう思う度、愛依の胸が膿でも吐き出すかのようにじくりと痛んだ。
夢を見た。
それは、いつものような自分が何かに変わってしまう悪夢ではなかった。
多くの人々が断頭台に集まり、罵声を浴びせる。
その恨みを一身に受ける女の、桃色の髪が風になびいた。
どこの国のいつの時代かは不勉強な愛依には分からなかったが。
断頭台の前で力強い言葉を残した女の名前は知っている。
その女が、処刑されて“終わる”ことくらいは知っている。
――私は誇り高きフランス王国の王妃 マリー・アントワネット!!
今まさに終わりを迎えようとしている女は。命乞いでも恨み言でもない。
自らを示す言葉。国を誇る言葉を。辞世の句とは思えないほど、はっきりと叫ぶ。
美しく、気高く、かっこよかった。
――もう怖れはない 何一つ。
抵抗することもなく、女は断頭台にかけられる。
縄が切り取られ、刃が落ちる。
反射的に耳をふさいだからか、あるいは愛依が意識を取り戻したからか。
首が跳ねられる音は聞こえなかった。
神代愛依が冥界に来てから、以前のような悪夢を見ることはなくなった。
代わりに、サーヴァントの記憶が夢という形で断続的に表れることが増えていた。
彼女はなぜ、死を前にしてあのように美しく笑えたのだろう。
神代愛依には、それがどうしても分からない。
首を切り落とされるその時にも怖れを見せず、むしろやり切ったかのような清々しい笑顔でいられた理由が分からない。
少なくとも、自分は定められた死を前に。彼女のように誇り高くいられるとは。
とてもじゃないが思えなかった。
◆◇◆
二人の少女の目の前で、チャペルが荘厳に響いていた。
ウエディングドレスを身に着けた女性がタキシードの青年に抱きかかえられ、幸せそうに笑い式場の扉をくぐる。
彼女が真っ白な花束を投げると階下で礼服に身を包んだ人々がわらわらと手を伸ばし、弧を描いて宙を舞った花束は花嫁と同年代の女性の手元にすっぽり収まった。
女性は歓声をあげ、周囲の人々から拍手があがる。
観光の傍らたまたま目撃したイベントを、二人の少女が式場の外から遠巻きに眺めていた。
新郎新婦が知人という訳ではない。
野次馬根性が半分年頃の少女の好奇心半分で。
名も知らぬ誰かのイベントを、二人の少女はそれぞれ見つめていた。
「驚いた。
こんな街でも、人は結婚をするのね。」
少女たちの片割れ。桃色の髪をした少女のランサーが、乾いた声で呟いた。
事情を知らない人が聞けば、何を言っているのか戸惑うかもしれない。
東京は日本の首都圏で、世界でも上から数えられる経済都市だ。
少子化や未婚率の上昇が叫ばれる令和であろうと、ブライダル業界が斜陽産業と呼ばれて久しくとも。結婚というイベントの重要度は何も変わっていない。
一生に一度の晴れ舞台。永遠の愛を契る約定。
その行為そのものに対して生前は結婚していたランサーは、複雑な思いこそあれ肯定的だ。
本来であれば目の前で契る名も知らぬ男女を純粋に祝福し、隣に歩く少女と下世話な話で盛り上がったかもしれない。
だからこそ惜しいなと、ため息交じりに肩をすくめる。
「ここが本来の東京なら、もう少し素直に祝福できたかもしれませんけれど。」
聖杯戦争のために創りだされた模造都市での結婚式。
新郎も新婦も参列していた人々もその全員がNPCである。
冥界に都市が作られていなければ発生していなかったはずの知性たちが、模造都市の質感を高めるためだけに起こしたただの代謝で。どうにも“偽物”のように思えてならない。
幸せそうに笑顔を浮かべる新郎新婦は、この街が消えると同時に自我無き魂に戻る。
あの新郎新婦が本当に“夫婦”なのかさえ、ランサーにはわかりようがないのだ。
喜び盛り上がるイベントの渦中にただ一人、あくびをしている式場スタッフがいた。
外から見ているランサーにさえ見えるのだ、隠そうという意志さえないのだろう。
他人の晴れ舞台に水を差すような態度に、本来なら苦言の一つでも呈していたかもしれないが。
ランサーは微かにあきれたような顔だけをして、元来た道に向かって歩き出した。
不遜な態度をとるスタッフに、共感はしないまでも理解はできてしまう。
出来の悪い人形劇でも見るように忌々し気な顔をした青年が、手袋をつけた右手をさする。
その下には間違いなく赤い痣があるだろうなとランサーは思った。
「行くわよ愛依。
いくらこの街が聖杯戦争のための舞台だとしても、白昼堂々戦う理由はないわ。」
もはや彼女の興味は結婚式ではなく、推定マスターのスタッフにのみ向けられていた。
幸い、相手はこちらに気づいていない。わざわざ戦いを仕掛けマスターを危機にさらす必要もないだろう。
虚像でしかない結婚式には、祝福どころか憐憫さえもすでに抱いていなかった。
自分はこんなに冷たい人間だったかと、少しだけ寂しさを覚える。
数歩進み、ふと気づく。歩いているのは彼女だけだ。
ランサーのマスターは、未だ式場の前で立ち止まっている。
「何をしているの?」念話で呼びかけながらランサーは振り返る。
マスターである少女はただ一言。幸せそうに微笑むウェディングドレスの女性を前に、呟いた。
「いいなぁ。」
目の前の結婚式が、新郎新婦の幸福が、ただの虚像だと知っている。
それでも、彼女の口から出てきたのは。
憐憫ではなく、退屈ではなく。
祝福と言うのも正しくない。
あえて言葉にするならば、それは羨望だった。
◆
「ランサーってさ、結婚してたんだよね?」
式場からの帰り。立ち寄ったカフェで神代愛依がそんなことを質問した。
向かいの席でフラペチーノを美味しそうに飲んでいたランサーの背丈は、カフェの椅子にかろうじて足が届くくらいしかなく。顔つきも若いというよりむしろ幼く見える。
結婚どころか義務教育を終えているかも怪しい見た目をしたランサーであったが、口に含んでいたフラペチーノを飲み込むと「うん。」とあっさりした答えを返す。
「そりゃあ。王妃ですもの。
結婚もしないで“王の妃”になれるわけがないでしょう。」
ランサーのサーヴァント。真名を『マリー・アントワネット』とする彼女。
デュ・バリー夫人との対立を筆頭に貴族闘争の逸話は枚挙にいとまがなく。
王権の崩壊と革命思想の中、悪評蔓延る中ギロチンにより首を切断された。
それらの逸話の発端には、オーストリアからフランスに嫁いだ彼女の経歴があって。彼女の人生の大きな転換点として、彼女が”王妃”となったことがあげられる。
見た目こそ桃色の髪を一つにまとめた愛らしい少女のようだが、当然結婚しているし子供もいた。
「それもそっか。」と愛依は自分の分のフラペチーノ(ランサーと同じメニューだが、サイズは一つ大きい。)を飲み込む。
少し酸味の効いたストロベリーと生クリームの濃厚さが口いっぱいに広がっていく。
少し甘くなった息を、愛依は高揚と共に吐き出した。
「王様との結婚ってどんな感じ?。
やっぱり生まれた時から決まっていたりする?」
星の形をした少女の瞳が、旺盛にキラキラと輝く。
そういうドラマでも見たのだろうなと、マリーは微笑ましそうに顔を向けた。
「生まれた時からってことはないけれど、家族側で話が決まっていったのは本当よ。
王様とか関係なく、あの時代の結婚観だと普通のことだったけど。」
「せーりゃくけっこん ってやつ?」
「そうね、結婚することが目的じゃない。
目的のために“手段”として結婚をする。よくある話よ。」
結びつきを強めるために、結婚を行い氏族となる。マリーの時代では珍しくもない話である。
むしろ恋愛結婚のほうが少数派だったのだ。
現代人の愛依は政略結婚にいいイメージを持っていない。
――”神代愛依”にとっては、むしろそれは拒絶すべき事象に思えて。自然と、顔つきは険しいものになる。
現代人にとって、結婚という話は恋愛の延長線にあるものだ。
彼氏持ちの友人や彼女持ちの家庭教師に、「この人たちはいつか結婚するんだろうなぁ」なんてことを愛依は漠然と思っていて。
そこに家柄だの役割だのが関わることは、無意識のうちに窮屈に思ええてしまう。
聖杯によって21世紀の東京に即した知識を与えられているランサーは、そのことを当然理解している。
もう少し突き詰めた話をしても良かったが、このまま話を進めても愛依の心には響かないだろう。恋バナはいいが、民族史の授業をするつもりは無い。
だから、ただ一つ分かりやすい答えを口にした。
「一つ言えることは、
私は“王妃”になれて幸せだったということよ。」
マリー・アントワネットは、非常に怖がりな少女だった。
猟犬を怖がり、鷹狩の鷹を怖がり、愛の鞭を怖がり。
結婚したルイ16世とも色々あったが、鍜治場で鎚を振るう姿は正直言って怖かった。
「もちろん、幸せだけじゃなかった。
大変なこともあった。辛いこともあった。
その一部始終は、マスターはもう夢で見ているかもしれないわね。」
愛依は勉強が得意ではない。
マリー・アントワネットについても、「パンの代わりにお菓子を食べた人」くらいのイメージしかもっておらず。西洋史などからっきしだ。
夢で見た出来事が、いったいいつの話なのか。そもそも本当にあったことなのかもよく分からない。
絢爛なドレスを着た女たちと言い争う姿も。
夫とのコミュニケーション不足を、遠い異国から母に手紙で叱責される姿も。
子どもに愛情を向ける、慈母のような姿のランサーも。
宮廷であることないことまくし立てられる王妃の姿も。
市民たちまで口々に悪評をばらまかれる女の姿も。
処刑されるその瞬間もなお、罵声と憎悪の中心にいたことも。
あの夢はやっぱり本当にあったことなんだなと、愛依は初めて実感した。
「怖くなかった?」
「怖かったわ。
怖かったけれど、私は前に進むことが出来た。」
環境の変化も、煩わしい政争も、混乱している市政も。
怖がりな彼女にはその全てが怖かった。
それでもと、恐怖を乗り越えた”王妃”は屈託なく笑う。
愛依の夢の中、彼女の人生の終わりにおいて。ギロチンにかけられる前と同じように。
「私には憧れた人がいた。
遠い異国で、その国で生まれたわけでもないのに。王として人々を導いた偉大な人。
その人に近づきたくて、恐怖を一つずつ超えていく。
私は生涯、そうして生きてきたの。」
生前は終ぞ会うことはなく、魔女千夜血戦(ヴァルプルギス)の舞台で相まみえた。ロシアの大帝。
大帝は王妃のことを「強者」であると認めていた。
――自分の手で自身の醜聞を広め。
――自らの死が、断絶した『市民』と『貴族』を取りまとめる象徴になるように仕組んだ王妃のことを。
国を愛し、民を愛する者だと。大帝は称えた。
「愛すべき国と愛する民のためならば。私には怖いものなんてなかった。
愛がきっかけの結婚ではなかったかもしれなくとも、私が愛することができたものは、沢山あったのよ。」
始まりは、愛や自由ではなかったかもしれないが。
フランス人以上にフランスを愛した王妃は、己の人生に悔いはないと言い切った。
自分より小さなその姿が、愛依にはとてもかっこよく見えた。
「あたしも、マリーちゃんみたいになれるかな?」
「...どうかしらね。あなたと私じゃ、立場も状況も随分違うもの。
私の夫は私を愛してくれていたし。
私の家族だって、悪意があって私を嫁がせたわけじゃないわ。」
残ったフラペチーノを愛依は少しだけ口にした。
少し溶けかけているのか、酸味も甘みも薄くなったように思える。
ランサーの言葉がどんどん重くなっていくのを、愛依は肌で感じていた。
怨嗟と憎悪の中首を切られ、後世にまで悪評が残り続けた女が語る彼女のマスターの話は。
彼女自身の話より、よほど重苦しく、辛そうに聞こえた。
マリー・アントワネットと神代愛依の立場は、随分と違う。
片やオーストリア女帝に連なる血族で。片や普通の女子高生。
片や14ですでに結婚していて。片や16まで彼氏もいない。
片や王の妃であり。片や・・・
「断言してもいいけれど、貴方を見初めた相手は、
”凶神”は貴方を愛してなどいない。」
―――神の花嫁。
20を迎えるより前に、すなわち残り4年を待たず。愛依は神に迎えられる。
それが何を意味するのか、愛依自身にさえはっきりしたことは言えずにいて。
ただ、人間として死ぬ”程度では済まないだろう”ということだけは確信をもってしまっていたし。
その立場が愛や思いとは程遠いであろうことは、嫌が応にも分かっている。
「・・・ランサーも、そう思う?」
「思うわよ。
貴方の人生を、私も夢で見ているもの。
・・・あなたのような子供が背負うには、あの宿命は辛すぎる。」
威圧感さえ感じられるほどはっきりと言い放たれたランサーの言葉に、星のような瞳が陰る。
舌に残るはずの甘さは、既に全く感じられなくなっていた。
神代愛依は不幸体質だ。
神に見初められたその神気は、ただいるだけで悪霊を引き寄せる。
小さい霊は愛依自身に、小さな霊現象をもたらし。
大きな霊は愛依の周囲に、避けようのない不幸を与える。
“神”に見初めらたというだけで、愛依の人生は歪んでいる。
友達が不幸になった。――愛依が入院した時、京都の友達は誰も見舞いに来なかった。
家族が不幸になった。――兄は死んだ後、霊となって自分を殺そうとした。
知らない人が不幸になった。――列車が横転した事故のことを、愛依は自分のせいだと心のどこかで思っている。
愛依は、夢を見るようになった。
白無垢を着せられた自分の体が、紫色の”何か”になり替わっていく夢。
記憶が抜け落ち、家族のことも友達のことも覚えていられなくなる夢。
顔を奪われ、永劫神の供物として蹂躙され続ける夢。
同じように”神の花嫁”となった自分を、ご先祖様が呼んでいる。
冷たい夢を見るたびに、愛依の希望はどんどん奪われていき。
心のどこかで、幸せな未来を手にすることを諦め始めていた。
愛依が冥界に来たのは、そんな矢先のことだった。
NPC達が幸せそうに笑う式場を前に羨望の声を漏らすほどに、その魂は折れ始めていた。
必死に震えを抑えようと、目の前の飲み物を口に入れる。
甘さも酸っぱさも、今の愛依には感じられなくて。
冷たさだけが舌に残って、唾液と混ざって気持ち悪い。
「神の花嫁という定めが愛であるならば、私はそれを応援した。
私って恋愛を介さない結婚に賛成派の、ふるーい人間ですもの。」
「・・・ランサー。」
「でも、貴方の結婚にあるのは、ただの呪いと恐怖だけ。
恐怖で縛り、捧げられ。全てを失った中で愛も誇りも踏みにじられる。」
ぴしゃりと王妃は言い切った。
そんなものは認めないという静かな怒りと共に。
恐怖を乗り越えた女は震える愛依の手を取る。
魔力でできた体なのに、愛依よりずっと温かくて。
小さな王妃は、慈しみを込めてまっすぐに少女に告げた。
「私の願いは、”貴方を縛るすべての恐怖を、貴方が乗り越えられること。”
貴方の終わりも、呪う神も、貴方超えて幸せになる。そんな未来が訪れること。」
えっ。という小さな驚きが、微かな呼吸と共に零れた。
ランサーの願いは、『愛すべき国と民のために、君臨すること』だと聞いていたからだ。
彼女のような女が、自分のために願いを変えるのか?
そんなことを望んで本当に良いのか?分からず愛依は問いかける。
「どうして...ランサーもランサーの願いがあるんじゃ。」
「そうね、今でも願いは変わらない。
私は私の国を愛している。私の民を愛している。
けれどそれと同じくらい、貴方のことも愛してる。
それに、貴方のように震える少女を見捨てては、私は憧れた人に顔向けできない。」
聖杯にでも望まなければ、普通の恋愛さえ望めない少女。
国を愛し、民を愛し。悔いなく死んだ女には。
恐怖に挫けそうな少女を救うのに、理由などいらなかった。
「貴方は幸せになっていい。
誰かを愛し、誰かに愛される。そんな人間になっていい。
貴方を縛る恐怖を超えて、20を過ぎても人として生きられる。
そんな未来があっていい。」
愛依からぽろぽろと涙が溢れ出す。
自分よりも小さい少女が、母親のように向ける目が。
恐怖に屈しなかった王妃が差し伸べる手が、温かくて。
「聖杯を取りなさい。神代愛依。
”神の花嫁”ではない。あなた自身が手にして、貴方の未来を願いなさい。」
幸せを願っていいと、願うべきだという言葉は。
魔女のささやきでも、王妃の命令でもなく。
一人の人間の言葉として、胸に響いた。
「まずはそうね、彼氏の一人でも作りなさいな。」
王族らしからぬそんな提案を、悪戯っぽい笑みとともに向けるランサーに。思わず愛依の頬も緩んだ。
髑髏の眼をした幼女や、家庭教師の青年と同じく。
自分の事を見てくれる人がいることが、愛依には何より救いだった。
少しだけ残るフラペチーノを飲みほした。
酸いも甘いも舌に残って。
冷たいはずなのに、心は少し温かくなった。
「ありがとう。ランサー。」
涙を拭った少女の言葉に、王妃は照れ臭そうに頬をかく。
「Je vous en prie. (どういたしまして)」
気恥ずかしそうに、流暢な言葉をランサーは返す。
フランス語なんて分からないはずの愛依だったが、彼女の言葉はなぜだかはっきり理解できた。
◆◇◆
塗りつぶしたような真っ暗な世界に、けたけたと笑い声が響いた。
廃病院のような空間の一角。光も差さない真っ黒な場所。
その真ん中に“誰か”がいた。
近づいてみて、白無垢を来た女だと分かるだろう。
顔は見えない。その両腕は縄で縛られ、顔を覆うように五芒星の描かれた紙が張り付けられていた。
そしてその臍より下は、貪り食われたようにごっそりと抜け落ちていた。
「王妃風情の三流魔女が。
随分と大言を吐いてくれるじゃないか」
白無垢の目の前には、子供が一人が座し。赤黒い腸を愉快そうに貪り食らう。
髪も肌も色を排除したかのように白く、身に着けるものも一点の曇りもない真っ白の和服。
人間ではない。かといってサーヴァントでもない。
もっと超常的な存在であることを、一目見たすべての人間が確信できる。
凶星の神。王の星。
その真名を太歳星君。
それが愛依を見初めた――愛依の人生を呪い続ける神の名前だった。
「聖杯の力で僕を祓うか。
確かに不可能ではないだろう。これほどの死の気に満ちた杯だ。
どんな願いもというのは、冗談ではないようだな。」
その神から見ても、今回の聖杯戦争は流石の格を誇っていた。
冥府の一角に無数の世界の魂を呼び込み。
世界も時空も異なる英霊たちが、一堂に集う。
生き残るのはただ一人。であるならば、それ以外の魂は残らず杯に注がれて。
並々と溢れる無色の魔力を使えば、神の一柱だろうと世界の一つだろうと容易く滅ぼせてしまいそうだ。
だが。
そう神は続け、張り付いたような笑みをどこかに向けた。
「お前如きにできるのか?
与えられた魔法を振るうだけの魔女。
自分の子供さえ幸せに出来なかった、哀れな女。」
神からすれば、愛依が引いたランサーは二流もいいところだ。
元々は王妃、ケーキより重いものを持ったことがない女。
ヴァルプルギスにて魔女となり、大帝と互角以上に渡り合える力を誇ってはいても。
その霊核は、神には劣ると。
正面から戦っても、自分が勝つと。
凶神は王妃の勝利を期待などしていなかった。
凶神を殺すという王妃の願いを、神はただただ嘲笑う。
奴が油断すれば、いつでも”表”に出てきてやろう。
晴明の小僧が相手の式神を奪ったように、奴の霊基を乗っ取るのもいいかもしれない。
そんなことさえ考えていた。
だが神が今すぐ動くことはない。
サーヴァントが居なければ、葬者はその運命を喪失する。
生者を阻む冥界の理は絶対だ。神の力をもってしても延命は出来ても覆すことは不可能で。
神代愛依の生存には、ランサーが必要不可欠だった。
「業腹だが、致し方ないか。
愛依には生き返ってもらわないと僕が困るんだ。
生き返るまでは貸してやる。丁重に扱えよ。」
――大事な僕の所有物なんだからな。
歪んだように口角をあげ。神が笑う。
未来のない少女と、既に敗北している魔女。
勝たねば先のない主従が挑む、勝たねば未来のない戦いを前に。
神だけが笑っていた。
【CLASS】ランサー
【真名】マリー・アントワネット@魔女大戦 32人の異才の魔女は殺し合う
【ステータス】
筋力D 耐久D+ 敏捷B 魔力B 幸運B 宝具A
【属性】秩序・善・人
【クラススキル】
対魔力:C
第二節以下の詠唱による魔術を無効化する。
大魔術、儀礼呪法など大掛かりな魔術は防げない。
騎乗:B
騎乗の才能。大抵の乗り物なら人並み以上に乗りこなせるが、
魔獣・聖獣ランクの獣は乗りこなせない。
ライダー時に比べてランクは低下している
【保有スキル】
純の魔女 EX
「我、『服従』を欲す」
魔女千夜血戦(ワルプルギス)にて”魔女”として参戦したことに端を発する。本来のマリー・アントワネットが持ちえないスキル
怖がりの彼女がそれを乗り越え、”怖れ”さえ支配し君臨する輝ける欲
誇りの姫君 B
国を愛し、国を誇りとし、その誇りに準じた者。
彼女を知るものに敬愛を抱かせる、ある種のカリスマ性。
”魔女”として自身の欲を解放した結果、本来所有するスキル『麗しの姫君』が変質した結果生み出されたスキル。
超克の断頭台 A
彼女の命を終わらせた処刑器具にして、生前の彼女が最後に乗り越えた”恐怖”
革命の成功と王家の断絶を象徴する刃であると同時に、国の融和ためなら命さえ擲つ彼女の誇りを示したもの。
アヴェンジャー時の宝具『嘲りの断頭台(ギヨチーヌ・リカヌマン)』と根幹は同一のもので、本来は断頭台を思わせる刃を生成・操作するものだが
恩讐が極めて薄いランサーでは、後述の宝具において断頭台を召喚する際その鋭さと拘束力が増大する効果になっている。
【宝具】
『魔装 百の花びらを纏う薔薇(ロサ・ケンティフェリア)』
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1人
フランス憲兵服のような、”魔女”としての戦闘装束
身の丈を優に超える大鎌を振るう 彼女の欲を武具へと姿を変えたもの
『純魔法・王妃の心象(ル・アーチ・ドゥ・ラ・レーヌ)』
ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:0〜100 最大捕捉:1000人
”魔女”マリー・アントワネットの魔法
かつて己が恐怖し、恐怖を乗り越えた存在を召喚する召喚魔術。
一度に召喚できるものは一つだけであり、大きさに比例し魔力の消費も大きくなる
この宝具の真価は”恐怖を克服”した対象であれば、生前には該当しない存在も何であろうと具現化できるところにある
【weapon】薔薇の意匠のある大鎌 及び宝具の生成物
【人物背景】
フランス王妃にして魔女階位10位 『君臨欲』を内包する『純』の魔女
見た目は小柄な少女のようだが、その半生は紛れもなく
国への愛と誇りを持った
【サーヴァントとしての願い】
愛依を縛る全ての”恐怖”を愛依が乗り越えられること
愛依の中の『神』を消滅させることも含まれる
本人曰く召喚に応じた際の願いは別にあるが、愛依の中の『神』が死ぬほどムカついたため優先度が変わったとのこと
【マスターへの態度】
可愛いしいい子。
・・・だからこそ、彼女の運命はこんな子供が背負っていいものじゃない。
【マスター】神代愛依@ダークギャザリング
【マスターとしての願い】
未来が欲しい
【能力・技能】
不幸体質の女の子
特に男の子がダメらしく、周囲にいる人間に不幸を呼ぶと言われるほど
彼女の異質さの正体は、彼女を血縁単位で呪い続ける”神”
【人物背景】
星のような瞳の少女
見た目は金髪で派手なギャル。
明るく感情豊かな女の子あるが、自身の体質や家族との関係などの災難に苦悩している
その命は、20歳になると『連れていかれる』ことが定められている
瞳に、五芒星の刻印を埋め込まれた
神の花嫁
令呪は、三つに切り分けられた星のような形
【方針】
聖杯が欲しい。
具体的なことは、まだ決まってない
【サーヴァントへの態度】
子どもみたいなのに美人でかっこいい
初めはかわいらしく思っていたが、今は尊敬に近い思いでいる
【備考】
参戦時期は京都中央病院に入院中
34話〜53話の弑逆桔梗開始直前のどこかの期間
投下終了します
「UnHoly Grail War―電脳聖杯大戦―」からの自作流用を手直ししたもので誠に申し訳ございませんが
二本連続で投げさせてもらいます
手に入れるのが勝利なら 手放すのは敗北でしょうか
誰も傷つかない世界 なんて綺麗事かもしれない
それでもまだ賭けてみたい
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
冥府の世界、再現された東京にあるとある学校。
そこに通っている翠下弓那という少女を端的に表すならば、『バカ』の二文字が相応しいだろう。
色鮮やかな桃色の髪と目立つ上、ほかの女子生徒と比べて顔立ちもスタイルも良い方である。流石にその専門と比べるのは烏滸がましいが、それでも男子人気は高い方ではあった。
そんな人並み以上には美人と言われる彼女ではあるのだが、生徒たちからの人気は兎も角先生組からの評価は芳しくはない。その理由としては先程あげた『バカ』と言う特徴。
テストで赤点は当たり前。追試及び追々試でギリギリ粘って縋りつき、なんとか留年は免れているという体たらく。カンニング等の不正にまで手を付ける程落ちぶれていないのが救いなぐらいで、見かねたクラスメイトにカンニングを薦められたが断ったのが記憶に新しい。
そんないい意味でも悪い意味でも有名な彼女であるが、時折空を見上げることが多くなった。
単純に呆けているのか、成績に憂鬱を覚えているのか。そう考える生徒や教師は多かったが、その実態は何かが欠けているという違和感からのモヤモヤであった。
何かが足りない。誰かが足りない。そんな鬱屈した感情を抱えは授業に支障を来すのは明白。事実、数学の補修授業の一つを呆けたま聞き流しにしたせいで内容が全く入って来ず追試でまたしても赤点を取ることになった。
次の追々試を落としてしまえば逃れられぬ絶望へとゴールイン、もとい留年確定。なので必死に補修を受けるも先のモヤモヤのせいで脳に勉強内容が入ってこないという悪循環。
ただし、彼女は人並み以上のバカ。なのでテスト前日だというのに何も考えられず一先ず就寝。明日は明日の風が吹くと割り切るしかなかった。
その夜、珍しく夢を見た。夢というよりもまるで現実のような感触ではあった。
誰もいない映画館で、映写機に映し出される妙なドキュメンタリー番組を一人でみるような、そんな妙な感覚に陥るような夢。
嵐の中を進む少女がいた。全てが黒く染まった世界の中、地平線の彼方、さらに向こう側にあるであろう星の輝きに向けて歩みを進める少女がいた。
見るからに辛そうで、見るからに疲れていて、見るからに今でも立ち止まりそうだった。けれど、それでもその彼女は光へと歩き続けていた。
彼女を突き動かす衝動は何なのか、彼女はどうしてここまで頑張るのか。辛いのなら逃げ出してもいいのに、後ろを振り向いてもいいのに。
それでも、嵐の中の少女は、たった1つの輝きを見つめて、歩いていく。
ただし、肝心の視聴者たる弓那の反応は、真顔だった。
何この、何……とでも言うのか、よくネット上のソーシャルネットワーク等で見る、宇宙を背景に真顔となっている猫の顔のような、困惑と意味不明に包まれている。
そして次の朝から追々試であることを振り返り、どこからともなく出現したノートと鉛筆と参考書・教科書その他etc、に手を取り眼の前の光景そっちのけで予習と復習を開始。
少女の物語ガン無視である。それほどに必死なのか、それとも留年したくという執念なのか珍しく勉学がはかどる。
……なのが続いたのは開始してから数分程度。途中から頭を悩ませてキャパシティ超えて知恵熱が出始め最終的にぶっ倒れた。夢の中なのに。
そのうち意識は混濁し、夢の時間は終わり、現実の時間へと帰還してゆく。その刹那、再び嵐の中の少女を再び目に焼き付ける。
この時はまだ、その程度の記憶でしかなかった。まともに見てすらいなかったのもあるが、見ず知らずの少女が、何故あんなことをぐらいの、その程度の感傷と興味ぐらいだけは、多少は弓那は思っていたのかもしれない。
「……あなたが、私の葬者(マスター)ですか?」
次の朝、目を覚ませば知らない女の子がベットの隣に立っていた。わけがわからなかった。
普通の女の子だった。服装こそ青と白を基調とした衣装、青いマントを羽織った着こなし。ファッションには間違いなく素人目であろう弓那から見ても、生地からして選りすぐりの職人が仕立て上げた一品。
凛とした顔立ちこそしていれど年はおそらく自分と殆ど変わらない、凡そ十六〜十七程の齢。揺蕩う金髪が窓風に当たり静かに靡く姿は、まるで光の子。
素性は全く不明、ただし此方への態度や服装を鑑みるに間抜けな金品泥棒という訳では無さそうではあった。
少女の声を聞いた瞬間、弓那は全てを思い出した。
この世界が偽物であること、本来の記憶、ここには居ない仲間たち。そして脳内へと注入(インストール)される知らない記憶。魔術、聖杯。聖杯大戦。サーヴァント。令呪。
翠下弓那はあんまり理解していなかった、て言うか追々試が迫ってるのに余計な知識勝手に突っ込むなと内心逆ギレ。
「……あ、あの?」
少女の方といえば、弓那の心情を見抜いたようにか、まるで心の内まで丸裸に見通しているような、絶妙な表情で彼女に呼びかける。
「……ええと、その。サーヴァント、キャスター。参上しました。」
キャスター、魔術師。基本的に七騎と定めれている英霊のクラスの一つ。弓那のちゃらんぽらんな頭でも、一応そのぐらいは理解できた。
魔術師、つまり魔法使いと言うことになる。アニメ・マンガとかのサブカルチャー類におけるメルヘンでファンタスティックで、時に暗く陰湿な、そんな物語上の存在のはず。
古めかしいドレスの古臭いものから、現在のキラキラ衣装を着込んだ魔法少女スタイル。魔術を使うもの、という世間一般の基本イメージとはそういうものではある。
かの世界における魔術と魔法は決定的な違いは存在するのであるが、今の弓那にはそんな違いを理解する余裕も時間もない、そもそもそんなこと理解していない。
「ねぇ……。」
猫のような細い目で疑いを向けていた弓那が、漸くキャスターと名乗る少女へと問いかける。
不審者が来た途端、まず色々と変な知識を頭の中に割り込みさせられて、不機嫌じゃないはずがない。
そもそも弓那にとっての最優先事項は聖杯戦争なんて言う蛆の湧いたような話題ではなく、数時間後に行われる予定の追々試。
今後の未来、留年という名の地獄にかかわる人生の分岐点。ここで失敗してしまえば輝かしい未来なんて木端微塵に砕け散る。
だがピンチとはチャンスに変えるもの。起死回生の一手が目の前にいるじゃないか、眼前にいるサーヴァント、キャスター。魔術師。魔法使い。
等のキャスター本人は未だ困惑の表情というよりも、この後の展開を察したのかあからさまに嫌そうな顔で目をそらしている。どう考えてもろくな考えしていなさそうだとか、弓那の顔を見ずともわかる。
留年回避の手段しか頭になかった弓那は馬鹿ながらも脳細胞フル回転し、閃いた。
「魔法っていうか、魔術、使えるのよね?」
「はい。」
キャスターはこの時点で諦めた。そして既に透けているであろう答えを、虚無のような視線で待つ。
そして弓那の方は滅茶苦茶真剣な視線で、意を決して口を開こうとする。
藁にも縋る思いとはこのことだろうか、カンダタという名の地獄の罪人が、釈尊の慈悲によって降ろされた一本の蜘蛛の糸に縋り登ろうとしたように。
「あんたの魔術で、今からあたしの頭をもの凄く良くするとか出来る? 今からあの参考書の中身全部暗記できるぐらいに。」
無造作に積み上げられたであろう蔵書の山を後目に。
やっぱり碌でもない。と、キャスターは分かりきった呆れ顔を浮かべ。
「無理です。」
抑揚のない冷たい声を上げたこの時、翠下弓那の希望は木端微塵に打ち砕かれた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
翠下弓那は残念でもなく当然に、追々試を落ちた。担当教師いわく、今までで一番酷い内容だったらしい。
解答用紙のほとんどが空白で、追々試前日に必死になっていたのが嘘のような悲惨な結果であった。見事なまでに赤ペケの羅列が並んだ、採点結果さえ気にしなければ一種の芸術のような完成度だったと。
だが、そんな結果に反して弓那の態度はあまりにも明るかった。まるで重荷から解き放たれたかのような、今年一番の満面の笑みを浮かべてスキップしていた姿を誰かが見かけたとか。
一部生徒や教師は、「留年決定で心が壊れてしまった」とか、今までにの彼女の性格を考慮しての悲壮な予想・憶測が乱立し、心なしか弓那に対する他生徒の態度が優しくなったりしていた。
だが、事実は違う。翠下弓那が留年決定後、詰め込まれた知識を振り返って一旦は安堵したから。つまり、この世界が全く偽物で、この世界で留年しても別に何ら問題はないことを理解したからだ。
元の世界ではちゃんと卒業できてるんだし、別にこの学園卒業する必要ないよね? こっから脱出できればそれでOKだし、という余りにも短絡的な思考。
翠下弓那が通っていたのは神撫学園であり、この偽りの学園ではい。とは言うものの前後数日間の、この世界でのクラスメイトとの交友は楽しかったし、そこは偽物とは全くもって割り切りなどはしなかった。
勿論、記憶を勝手に捏造されていたり、消されていたりした事には腹を立てていたのだがそれはそれ。
所変わって、この冬木で弓那が住まいとしているアパルトメントの一室。
記憶を取り戻す前に熱心に勉強していた証として積み上げられていた蔵書の類は今は本棚に戻っている。
小さなダイニングテーブル、勉強机と椅子、小型テレビ、冷蔵庫、バスルーム、ふかふかのベット。
学生の一人暮らしという点において、簡易ながらも十分なラインナップでありながら、普遍的な意味で満足した生活が送れるであろうマイスペース。
で、その部屋主であり、現在進行系で聖杯戦争という舞台に巻き込まれた翠下弓那はと言えば、絶賛正座中でキャスターにより急きょ開かれた勉強会を受けている。
理由は至極当然。追々試に記憶力のリソースを大幅に置いてきた結果、まともに聖杯戦争に関する知識を某にぶん投げた、というか忘れた。
そのためキャスターがこうやって『バカでもわかる聖杯戦争』とい名の勉強会をする羽目になったのだ。
「……これが聖杯戦争に関する、私が教えられる大体の知識です。と言うかなんですか、インストールされておいて忘れたってどういうことなんですか? 私別にこういう先生やるようなキャラじゃないんですよ?」
「……ひゃい。」
3時間の勉強会の末なんとか最低限の知識は叩き込むことは出来た。あくまで最低限ではあるが。
英霊というパートナーと令呪と言う手綱を率いて、他の主従と戦い殺し合い、その果てに絶対不変の願望機である聖杯を手に入れる。そして聖杯を手にした者にのみ、たった一つ、どんな願いでも叶える事ができる。
言葉に表してしまえば、簡単なことだ。陳腐なバトルロワイアルそのものでしかない。
それをキャスターの葬者(マスター)、翠下弓那はようやっと、正しく把握できたのだ。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
サーヴァント。アルトリア・キャスター。―――聖剣の担い手アルトリア・アヴァロン
オルタ、聖槍の獅子王――アルトリアと言う英霊の派生は多々あれど、魔術師のアルトリア、という存在はまず汎人類史ではあり得ない。
そもそもアルトリアという人物の性質上、もし修行をしたところで半年でほっぽり投げるのが目に見えている、一人前の魔術師など夢以外の何物でもない。
が、この世には例外というのが存在する。剪定事象、異聞帯という、終わりが決まった歴史にて、魔術師としてのアルトリアは存在していた。
ブリテン異聞帯。始まりの妖精たちが本来為すはずの聖剣作成をサボった結果ブリテン島以外滅亡という、もしもの"IF"だとしても限度がある過程を辿り生まれた歴史。
最初から終わった世界を、妖精妃モルガンが無理やり存続させて生まれたのか妖精國、そこに『予言の子』として送り込まれたのがアルトリア・キャスターという『楽園の妖精』であった。
ただし、現在この電子の冬木に英霊として呼ばれたアルトリア・キャスターと、ブリテン異聞帯の『予言の子』は厳密には違う。
『予言の子』は最終的に聖剣そのものとなり、『星を脅かす脅威に対抗するもの』の助けになる人理補助装置となったのだから。
そんな彼女が、何の因果かこの冥界の聖杯戦争のサーヴァントとして呼ばれたのだ。
「つまり最後の一人になるまで帰れないってこと? ふざけんじゃないわ!」
そして現在、聖杯戦争という催しそのものに憤りを見せているのが、アルトリア・キャスターの葬者(マスター)として選ばれた翠下弓那と言う少女である。
「せっかく留年回避したのに出席日数不足でまた留年の危機ってどういうことなのよ!? しかも冥府ってどゆこと!? 私死んだ!? わっけわかんない!」
そっちですか、ともはや見え透いた答えを妖精眼で見つめ、呆れ返る。
アルトリアの保有する眼、妖精眼と言われる真実を見通す眼は、弓那が抱えている本心を何もかもお見通し。
人の本心が何もかも見える、という事は決して良いものではない。全ての本音が理解できてしまう、というのは、全ての醜さを目の当たりにしてしまう、ということ。
まあ、弓那の方は表面も内面も短絡的な方向性に極まっているのか、妖精眼で見たところでなんら変わりはなかったわけであるが。
「こうしちゃいられないわ、さっさと元の世界に帰らないと!」
「まあ、やる気満々なのは別にいいことだと思いますけれど……」
聖杯を手に入れる、という一点においてはアルトリアとしても異論はなかった。
懸念すべきはその過程であり、マスターが虐殺等を許容するような人物であればこちらも身の振り方やマスターへの対応を考えてはいたのであるが、この彼女はそんなことは一切考えてい無さそうだったのでその点は安心はできた。
「……ていうかさ、キャスター。」
「なんでしょうか?」
「……どっかであったことある? 主に夢の中とか?」
本当に唐突な、自分のマスターの発言。だが内容には納得はできた。
マスターはサーヴァントの過去を夢として垣間見る。厳密には過去の追体験に近しいもの。
召喚前後で記憶を識る、という現象自体はそこまで珍しいものではない。彼女もまた、夢という形でアルトリア・キャスターという存在の過去を夢として見ていたのだ。
「恐らく、それはマスターとサーヴァントがパスを繋いだことによるものですね。」
「もしかしてキャスターのだった?」
「……どのような夢だったのでしょうか?」
「嵐の中で輝いてるなんかに向かってくあんた。まああたしはあの時映画館みたいな所で見てたし、その時は追々試の勉強やってたからあんま覚えてなかったけど。でも、あんたの、キャスターのそれだけは覚えてたわ。」
弓那が虚構に気付く前日の夢。鮮明に記憶に残る嵐の中を突き進むキャスターと瓜二つの少女。
辛そうな、今にも崩れ落ちそうで、それでも進む彼女の姿を弓那は知っている。
あの時は、砂粒ほどの感傷でしかなかったが、こうも当人(?)に出会ったのだ、気になった。
それに、自分のサーヴァント、というのだから、理解はしたかったのだと思う。
このまるで、衣装だけはちゃんとしていた、ごくごく普通に少女に見える、この彼女に。
「……キャスターはさ、どうしてだったのかな。辛かったら、逃げても良かったんじゃないの?」
らしくもない顔で、弓那はキャスターに尋ねていた。
ただ我武者羅に嵐の中を征く彼女。辛そうな顔で進む彼女は、どうして投げ出さなかったのだろうか。
翠下弓那にはその理由は分からなかった。わからないのに聞いてみる。聞いてみないと、理由を聞かない限りは納得できないと、真剣に。
そんなマスターの瞳を見据え、アルトリアが口を開いた。
「……まず言ってく事が。あの『私』は、厳密には同じ『私』ではありません。」
「どういうこと? じゃあ、あのキャスターの眼の前のキャスターは全く別人?」
「同じですが、別の同一人物なんです。」
かつてブリテン異聞帯において、放棄された妖精の使命――聖剣の誕生という使命を担い、ティタンジェルへと流れて来た『楽園の妖精(アヴァロン・ル・フェ)』。
諦観と苦痛の冬、出会いの秋、離別と旅立ちの夏を得て、汎人類史よりやって来た、自分と同じ『普通でありきたりなマスター』と出会った。
楽しいことも、辛いことも、悲しいこともあった。それでも、彼女にとってそれは無色の世界に彩られた鮮やかな色として彼女の心を染め上げて。
終わりの時、戴冠式の惨劇を始まりに獣と炎と呪い、3つの厄災が産声を上げ、楽園の妖精たる彼女は使命を果たす為、星の内海、理想郷の選定の場へ。
そこで終わるはずだった彼女は、運命に導かれた鍛冶師によってほんのちょっぴり延命を果たし、炎の厄災、獣の厄災――そして呪いの厄災にして祭神ケルヌンノスを討ち果たした。
アルトリアは、呪いの厄災との戦いにおいて全てを燃やし尽くした。ちょっとだけ延ばしてもらった命を薪として。
選定の場から出た時点で、「いつか選定の剣を抜き、聖剣を手にし、ブリテンを次の時代に導くひとりの王」の在り方、概念へと彼女は変貌している。
その時点でブリテン異聞帯の『楽園の妖精』であった彼女はいなくなっていたのだろう。
「嵐の中、悪意の渦中、本性の坩堝にいたのは『私』です。ですがあの私は、彼と旅した『私』であって、聖剣の守護者たる『私』ではないのです。」
そう、ブリテン異聞帯にてカルデアと、『彼』と共に戦った『楽園の妖精』ではなく、聖剣そのものにして星の守護者たる英霊であるのが今の彼女。
彼女の記憶を、ブリテンの記憶を識っているだけで、別人でしか無い彼女であるが。
「それでも、あの子がどうしてそれでも引き返さなかった理由は識っています。」
だけれど、彼女が抱いた気持ちが、諦めなかった理由は知っている。
聖剣と成り果てて、彼女と別の彼女となった今の自分でも、俯瞰するようにだが、識っている。
「彼女はかつて、ある妖精に名前を貸してあげました。」
それは、カルデアの彼と出会って間もない頃の話。
逸れの逸れ、落伍者の妖精たちがあつまるコーンウォールの村で他の妖精たちこき使われていた「名無し」の少女。
みんなに希望を振りまく役目があり、そしてそれに疲れ、名前も忘れ忘却の終着点へと流れ着いた者。
かつて「ホープ」というその役目に相応しかった名前すら忘れた妖精に、アルトリアは名前を貸してあげた。
たったそれだけの行動が、ホープにとっての星の光となりえた。笑顔を忘れず、最後の最後に星の光を見つけたのだ。
「誰かにとっては取るに足らない小さなことですが、彼女にとってはとてもとても大切なものでした。」
結末としては"希望"は黒く染まり、闖入者に介錯されただけのはずだった。
だが、その心は、輝きは、悪意の嵐に呑まれ心折れそうになった『アルトリア』を守り続けた。
アルトリアにとって小さな出来事だったとしても、"希望"にとって、それだけでも十分だったのだから。
「だから、彼女は走り抜けたのです。彼女もまた、自分を必死に守ってくれた小さな星を裏切りたくない為に。」
それは、他人からすれば斯くも下らない理由。取るに足らないほどに矮小な理由。
でも、『アルトリア』にとってはそれで十分だったから。
そして、彼女は『守護者』へと成った。彼女自身が探し求めた星の光の果てに。
「そう、走り出す理由なんて。そんな小さな理由(わけ)で十分なんです。だとえどんなにくだらなくても、その嘘偽りのない躍動を信じれば、それで良いんですよ。」
走り出すその理由がたとえどんなにくだらなくても、嘘偽りない躍動だけに耳を澄ます。
そんな理由だけで足を止めず、諦めず、頑張っていかないといけないと。
それが『彼女』が胸に宿す星の鼓動。自らの内に響く鐘の音。
下らないと笑うなら笑えば良い、それでも止まるつもりはないと、走り続ける。
「………。」
思わず、沈黙せずにはいられなかった。
あの時みた嵐の中の『彼女』は、そんな理由で走り続けていたのだから。
そう、誰かにとってはあまりにも下らない理由で、そんな理由だけを抱えて、だ。
それでも、だからこそ諦めず、走り続けた彼女はまるで―――。
「なんだ、同じじゃないの。」
「同じ?」
翠下は、なにか納得したかのように言葉を呟く。
「あんたも、我が儘だったのね。」
「……なのかも、しれませんね。」
その言葉を、アルトリアは否定はしなかった。
結局のところ、投げ出したいと思っていた使命を、小さな理由だけで我武者羅に走り続けた彼女は、一種の我が儘だったのかもしれないのだと。――好きになった人の為に、必死だったのかもしれないと。
我が儘とは、そういうものだのだろう。くだらない理由で折れないで諦めないで、走り続けるその意思を。
『生きるため』に善すら打倒した彼が、その答えを探さんとするため進み続ける彼のように。
「あたしは留年回避から始まって色々あった。あの子は小さな何かを裏切りたくなくて走り抜けた。……あたしなんかじゃ到底敵いそうじゃないわね。」
弓那の苦笑するような声が部屋に響いた。
留年を回避するために学園の星徒会長になるという、余りにも下らない始まり。
ゴスロリ衣装なドS部長の提案に乗って始まった立候補。その過程で身に着けた歌唱力。
勝ち進み見事星徒会長となったと思えば、今度は別宇宙からやってきた『異空体』なる宇宙の危機。
両親の真実、世界の真実、そして宇宙の真実を知った上で、彼女は我が儘であることを貫いた。
自分の人生は、自分が幸せになるためにあると、高らかに叫んだ。
スケールのデカさなら宇宙の危機迫ってたこっちのほうがよっぽど上ではあるが、なんか色々別の方面では敵いそうにはなかったから。
「あたしは、我が儘でバカだから。出来るのは、前向いて突き進むぐらいよ。」
翠下弓那は馬鹿だ。どうしようもなく図太くて、お調子者で、ただのバカだ。
そう、バカだから、生半可な絶望なんで素手で引きちぎってぶち破る。
絶望を知らないわけではない。だからどうしたと殴り飛ばす。
だからこそ、それこそが翠下弓那という少女の、我が儘と言う名の、嘘偽りのない躍動なのだから。
「どうやって出るとか、聖杯どうやって手に入れるとか、全く思いついてないけれどさ。……そんなマスターでも、協力してくれたら嬉しいかな。」
弓那が、手を伸ばす。
何時ものような、分かりきった事でも。妖精眼で見ても見なくても、彼女の心はどこまでも前を向いている。考えなしの、どうしようもないバカな彼女であるが、その嘘偽りのない、くだらなくとも立派な理由を、無下にはしたくはないと、アルトリアは思うのだ。
「……全く、私はどうにも面倒なマスターに巡り合わされてしまったかもしれませんね。」
手を繋ぐ。信頼の証としての握手。
選ばれてしまったからには仕方はない、でも彼女といるのも悪くはないと、そんな事を思って、頬が緩んでいた。
「サーヴァント・キャスター。あなたが諦めず前に向けて進み続けるのなら、私は再び鐘を鳴らしましょう。」
「こっちこそよろしくね、キャスター……あっ。」
「どうしましたか?」
このまま綺麗に締まろうと思ってた矢先、思い出したかのような弓那の声。
「……そういやまだ晩ご飯食べてなかったわね。思った以上に話長引いちゃったのもあるけれど。」
そういえば、とはアルトリアは思った。
元々勉強会から続いてこの話になだれ込んだ部分もあり、話し込んでいたらいつの間にか時間は夜の9時。
既に夕焼けは沈み満天の星が窓から映る空を埋め尽くしている。
「せっかくだし、アルトリアも食べる? 昨日の買いだめした弁当残ってるのよね。」
ガサゴソと、冷蔵庫の中を除いて取り出したのは、何の変哲もないコンビニ弁当。
学生生活の都合上、晩御飯がありふれた弁当というのも別段珍しくはない。
「……では、喜んで。」
せっかくなので無下にするのもどうかと思い、弁当を受け取った。
中身はありふれたシャケ弁ではあったが、今夜の晩餐は少しばかり二人にとってにぎやかなものになったという。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
走り出すその理由が たとえどんなにくだらなくても
熱く速く響く鼓動 嘘偽りのない躍動だけ信じてる
ほら あの鐘の音に耳を澄まして
【クラス】
キャスター
【真名】
アルトリア・キャスター(アルトリア・アヴァロン)@Fate/Grand Order
【属性】
中立・善
【ステータス】
筋力B 耐久D 敏捷B 魔力A 幸運B 宝具A++
【クラススキル】
対魔力:A
Aランクの魔術すら無効化。
事実上、現代の魔術師では傷一つ付けられない。
令呪による命令すら一画だけなら一時的に抵抗出来る。
陣地作成:EX
魔術師として、自らに有利な陣地(工房)を作り上げる。彼女の場合はその宝具故か規格外となっている。
独自魔術:B
汎人類史におけるどの魔術基盤とも一致しない独自の魔術形態。実態はマーリンを名乗る不審者から習ったものなのだが。
例え同じキャスタークラスであっても彼女がどんな魔術を扱うか、その効果を初見では看破できない。
妖精眼:A
ヒトが持つ魔眼ではなく、妖精が生まれつき持つ
『世界を切り替える』視界。
高位の妖精が持つ妖精眼は、あらゆる嘘を見抜き、真実を映す眼と言われている。
妖精にとっては善意も悪意も同じくくりなので特に意味のない異能だが、
善悪の違いに惑う人間がこの眼を持つとろくなことにならない。
この眼のため、キャスターには人々の嘘や本音がすべて見えていた。
彼女にとってヒトの世界は『悪意の嵐』であり、
妖精も人間も等しく『怖い、気持ち悪い』と感じていたのはこのため。
彼女が眠った時、夢に見るのはこの『悪意の嵐』だけ。
本来なら気が触れ、ブリテンを見捨ててもおかしくない状態だが、
そんな彼女にとって唯一の希望が、嵐の向こうで一つだけ輝く、青く小さな星だった。
【保有スキル】
希望のカリスマ:B
予言の子として育てられ、旅立ったアルトリアには人々に頼られ、期待されるカリスマが具わっている。
その効果は魔術師マーリンが見せる『夢のような戦意高揚』に近い。
発動中は自身又は自軍の筋力値にボーナス補正がかかり、魔力が回復する。
アヴァロンの妖精:A
楽園の妖精が持つ、生命を祝福し、様々な汚れから対象の運命力を守る力。
発動中の自身又は自軍のサーヴァントは物理的攻撃を無効化し、魔力を回復する。
聖剣作成:A
選定の杖と共に選ばれた彼女が、最後に辿り着く在り方を示したスキルが本格的に目覚めたもの。彼女の作るものはすべて『剣』属性になってしまう。
発動中は自身又は自軍のサーヴァントに人類の脅威への特攻効果を付与する。
【宝具】
『きみをいだく希望の星(アラウンド・カリバーン)』
ランク:A 種別:対軍宝具 レンジ:0〜50人 最大捕捉:100人
キャスターの所持する『選定の杖』によって開放される、キャスターの心象世界。共に戦う者たちを守り、強化する、楽園より響く鐘の音。
発動と共に楽園の花園にも似た、百花繚乱の丘が広がる。
花園の中心に立つ『選定の杖』にアルトリアが触れることで、「対粛正防御」結界が展開され、自陣営に加護を与える。
対粛正防御とは、英雄王の「エヌマ・エリシュ」のようなワールドエンド級の攻撃も防ぐことが出来る最上級の防御。
如何なる攻撃も、デメリットをもたらす特殊スキル・宝具も無効化され、さらに展開中は自陣営のステータスにボーナス補正が発生する。
『真円集う約束の星(ラウンド・オブ・アヴァロン)』
ランク:A++ 種別:対軍宝具 レンジ:1〜999 最大捕捉:味方全て
『ブリテンの守護者』となったアルトリア・アヴァロンとしての宝具。
黄昏のキャメロットを顕現させ、共に戦う者に『円卓の戦士』の着名(ギフト)を与える。
ただしアルトリア・キャスターとして運用することになる都合上、令呪を用いて再臨をさせなければ基本的に使用不可
【Weapon】
選定の杖(アルトリア・キャスター)
「影踏みのカルンウェナン」「稲妻のスピュメイダー」「神話礼装マルミアドワーズ」(アルトリア・アヴァロン)
【人物背景】
くだらない理由(小さな希望)を抱えたまま走り抜けて守護者となった、ごくごく普通の少女のその結末。
【サーヴァントとしての願い】
特に無し。ただ、呼ばれた以上はマスターを無事元の世界に返したいとは思ってる
【マスターへの態度】
良い人ではあるんですよねぇ、性格が斜め向こう吹っ飛んでるってだけで
それはそれとして清々しいレベルで馬鹿ですねこのマスター
【備考】
基本的にアルトリア・キャスターですが、令呪を用いて再臨させることで一時的にアルトリア・アヴァロンの姿となります
【マスター】
翠下弓那@輝光翼戦記 天空のユミナ
【マスターとしての願い】
元の世界に帰る! 星徒会長なのに出席不足で留年とか笑えないじゃない!
聖杯? そんなもん頼っても留年危機は無くなんないわよ!!
【能力・技能】
『イシリアル』
意思を現実にし干渉する力。
弓那の場合は歌という形でイシリアルを介して自身のエネルギーを他者へと供給することに長けている。ただし供給のし過ぎは自身の廃人化を招きかねない。
武器としてはハンマーやステッキ、歌唱用のマイクの他に、『ユミナMk-2』なる謎のゆるキャラ風の何かを投擲したりもする。
【人物背景】
くだらない理由(留年回避)を機になんか色々巻き込まれた、実は普通じゃない女の子
弓那ルートEND後からの参戦
【方針】
なんとか帰る方法を考える
作戦? それはその、まあ……うん、任せたわよアルトリア!
【サーヴァントへの態度】
始めてきた時はちょっと戸惑ったけれど、いざ内面を知っていれば自分と同じわがままな女の子で安心した
続けて投下します
『何がお前を野心に走らす?』
『飢えだよ』
☆☆☆
「……たくっ、初っ端からこの調子じゃ先が思いやられるじゃねぇか」
路地裏に座り込み、感嘆混じりに吐き捨てる。
服装に切り裂かれた傷が目立つもほぼ軽症の類。
他の主従との初戦闘でこれとはと、ギャンブラー・獅子神敬一は心底辟易する。
次元が違った。それは単純に超常有りきの殺し合いという現実への格差。
ファンタジー世界観溢れるゲームに英霊と言う賭け金を与えられて丸裸で放り込まれるの同然。
そのマスターとなるプレイヤーだけでも恐ろしいほどの差がある。
魔術師と呼ばれる人種が扱うのは、炎の弾に氷の槍、雷撃に突風とまるでサーカスの見世物だ。
裏の世界ですらお目にかかれない異常のバーゲンセール。
つくづく、自分がまだまだ中途半端だと思い知らされる。
先程の主従との戦いも、"セイバー"がいなければどうなっていたか――。
「どうした? せっかくの勝利だ、素直に喜ればいいものを」
「テメェみたいに色々笑い飛ばせる所にいねぇんだよ俺は」
語りかける、獅子神敬一の持ち金。最優たるセイバーのサーヴァント。
例えるならば、所謂大金持ちと呼ばれるタイプのテンプレート。
長い黒髪を棚引かせ、見るからにその一つ一つが数百〜数千万を超えるであろう黄金のアクセサリーが大量に身に着けている。
見るからに成金趣味が丸わかりなそれだが、纏う覇気は最上位(ハイエンド)の風格。
獅子神敬一に授けられた英霊は、間違いなくそこらの有象無象を一周できる本物の強者である。
「いざ戦場に立ってみりゃイカサマ使って生き残るだけで精一杯な有様だ。嫌になってくる」
戦場にしがみつくだけでも精一杯だった。
相手の魔術師に嘘とハッタリで乗り越えた。
だが、最終的にサーヴァントもその葬者(マスター)も一蹴したのは全てセイバーの実力によるもの。
騙し、欺くことは出来た。それが限度だった。
だがこのセイバーは、相手側の攻撃を最低限の動作で避け、最低限の攻撃で仕留めた。
一寸の無駄もない、指でなぞるような的確さで。
今まで"格上"は何人も見てきた。死の淵を垣間見て、至った者の視点を得た。
証明を求める異常の医者。
自らを神と疑わない天我独尊の狂信者
すべてを見通す傲岸不遜の観測者。
――そして、自らを負かした鏡の主。
何れも凡人(じぶん)からすれば地平線の彼方に座する超人たち。
それに比類するか、それ以上の存在が、このセイバーなのだ。
「何を言う、君のそれも一つの才能だ。そう卑下することはない」
「抜かせ、俺以上のテクニック持ちなんかごまんといやがる」
「そういうことではないぞ。……君のその臆病さだ」
嗜めるようにセイバーは告げる、君のその臆病さは一つの武器だと。
ただの臆病さなら誰でも出来る。強者の影に隠れての虎の威を借る狐。
だが、獅子神敬一は違う。彼は虎でもなければその威を狩る狐でもない。
「臆病故に相手を見る、臆病故に僅かな動作をも見逃さない。目を凝らし、相手を見る。大局を見通す大きな視点と、妄執にも近しい極小すら見極める小さな視点」
「………」
「しかしだな。強者の視座を理解できるのは残酷にも強者だけだ」
つまるところ、セイバーが言いたいのは。
「君の周囲には君より強い連中ばかりいるが、君も十分強者の類だぞ」という事。
強者の視座を理解できるのは文字通り強者のみ。強者の視点を視覚化し、それを理解し見極める。
思考し思考し思考し続け、臆病者と言われる程の警戒の果てに相手の思考の上回り勝利をもぎ取る。
そんな人間が弱者とは呼べるだろうか、否。
方向性は違えど十分に強者と値する部類の人間だ。
己の弱さを受け入れるのは、強さへの第一歩だということをセイバーは知っている。
「誇ると良い。確かに君は強者の中では凡人だが、その怯えを強みに出来る君はこの戦いでも通用するだっろう。世の中、準備することに越したことはない」
「私もそうだからな」と言いたげな瞬き。
不気味であると同時にその親しみやすさが底知れない。
「何せ、私も凡才だったのだからね」
「いやマジか。その強さで全部積み重ねからかよオイ……」
驚嘆する。何せ、ここまで強いセイバーが凡才の類だというのだから。
生まれ持っての天才ではない、積み重ねで成り上がった努力の傑物。
安全圏で王を気取っていたの獅子神とは大違い。
「積み重ねさ。権謀術策手段を選ばずに。私の始まりは"飢え"だったからね」
セイバー、ユーベン・ペンバートンの始まりは飢えからだった。
貧しい土地に生まれ、飢えを凌ぐ為に自らの命を狙った父を殺した。
叛逆を試みた村民を領主に密告し見殺しにした。
残酷だが聡明だった領主に取り入り、8年後に殺して入念な準備の元に反乱を成功させた。
人口増加の対策のため、他領土の地盤を崩し、戦争の正当性を組み上げ、侵略した。
その14年後、戦争を終わらせた。
全ては、"飢え"を無くすために。
人を容易く獣へと変貌させる諸悪の根源を消し去らんがために。
「……だが、現代というのは"飢え"というものが殆どなくなってしまったらしい。いつの間にか満たされてしまったよ」
悪因悪果。かつて密告した農奴の倅に射殺された。
殺される、はずだった。
一度目の死に際に現れたゴアと名乗る王。
闘争の輝きを、己に挑む輝きを、深き底で座して待つ吸血鬼の現王。
ユーベンは"王"によって血を与えられ、永きに眠りの果て、現代に蘇った。
全ては、真祖を揃わせ、争わせるために。"王"を決めるために。
来るべき戦いに備え財を築き、情報を集め、鍛錬を積んだ。
「そのせいで、私は惜しくも敗れ去ってしまったがな、ファハハハ!」
「おいおい……」
陽気に告げた敗北の結末は、獅子神にとって重苦しかった。
端的に言ってしまえば、セイバーの敗因は満たされてしまったことだ。
父を殺したその日からぽっかりと空いた心の空洞、飢えを無くすという憎しみと同義の衝動のままに。
だが、現代はそういうものが殆どなくなってしまった。40年にも渡る準備期間は、ユーベン自身を満たしてしまった。
その結果が、その結末が敗北だっただけの話。
憎んでいたはずの"飢え"こそが、満たされてしまったが為に負けた自分に足りないものだったとは。
「耳が痛いぜ、ほんと……」
獅子神にとっても、全くの他人事ではない事実。
意図的に金を減らすために債務者を購入、強敵と戦うことのない楽な狩り場で王として君臨し続けた。
それがかつての獅子神敬一というただの人間。
真経津の村雨ような狂気じみた渇望など無い。
自分が誇れるのはその臆病さ程度だ。それを武器に出来る弱い自分自身だ。
そうだ、弱い自分のために生きると決めたあの時から、腹を括ったはずだ。
「……テメぇの言った通りだよセイバー」
何もかもセイバーの言う通り。勝つためには"飢え"が必要だ。
怯え、楽しみ、そして勝つ。執念と言う名の"飢え"。強さへの"飢え"
村雨は「強さと正しさは無関係だ」と告げた。
それに悩んでも見つかるのはせいぜい正しそうなモノだと。
ここは聖杯戦争。勝者こそが正しさを手に入れる。
力こそ正義とは使い古された代名詞だが、この戦争(ゲーム)に限っては事実だ。
決めなければ、一瞬で食いつぶされる。
「俺はあいつらみたいに狂えはしねぇ。だが、強くなりてぇっていう"飢え"はある。……本当に、勝てるのか?」
「……何を言っている。勝ってみせるさ。同じ二の足は踏まん」
もういい。こうなったらやってやる。
正しさで悩むのはもう辞めだ。自分には釣り合わない掛け金。虎の威を借る狐に見られても仕方がない。
でも、与えられた札を腐らせたりはしない。
セイバーの黄金にギラついた自信満々の瞳孔が、獅子神の覚悟を正しく評価する。
セイバーもまた再戦を望むもの。今度こそは負けられないと。理想という"飢え"を満たさんが為に。
「せいぜい給料に似合った働きをしたまえ。虎の威を借る狐ではないのだろう?」
「……けっ、つくづく底の読めねぇやつなこった」
だからこそ、獅子神敬一をセイバーは高く評価する。
臆病さ、その怯え故の読みの深さを。弱さと敗北からなし得た強さへの"飢え"を。
セイバーがかつて無くした、獣の如き"飢え"を。
セイバーにとって、獅子神敬一はただの葬者(マスター)ではない。『対等なパートナー』であると同時に『優秀な部下』として。
その"飢え"で、勝利を掴まんがために。
「…………まじで、難儀なサーヴァント過ぎるだろ」
そして、獅子神敬一が視るのは。
ユーベン・ペンバートンの背後に見える視座は、何もかもが黄金に包まれた瞳だ。
全てが黄金色の眼光の集合体。映し出されたものの価値を測る金色の天秤。
やはり、流石最優の英霊と言うべきか。
見えている視座は常人のものよりも余りにも違う。
分かっていたことだが、上位のギャンブラー達から垣間見えるのと同じ。
強者の証が、視える。
だが、今更怖気づくのは慣れている。
今はまだ届かないけれど、強さそのものにはたどり着けないとしても。
その高みに、その領域にいつか届くことが出来るのなら。
そう、獅子神敬一は一歩ずつ。一歩ずつだ。
負けてたまるか、訳の分からない場所で死んでたまるか。
柵を超えて、少しずつ。強者への領域へ足を進ませるために。
「ファハハハハハハ! 何せ、私は真祖だからね!」
そう哄笑するセイバーの、何たる覇気か。
何たる余裕の表れか。何たる確固たる自身か。
それに理由なんてない、それに理屈なんて無い。
何故ならば、セイバーは。ユーベン・ペンバートンは真祖なのだから。
金食礼賛。遍く飢えを消し去らんために。
新たなる部下を連れて、彼は再び黄金の覇道を歩み始める。
ようこそ、聖杯戦争(ハーフライフ)へ。
命は賭金(BET)と捧げられた。
勝者(ワンヘッド)はただ一人。
食い千切れ、その目を見開いて。
果て無き飢えを満たさんが為に。
【クラス】
セイバー
【真名】
ユーベン・ペンバートン@血と灰の女王
【属性】
混沌・中庸
【ステータス】
(変身前):筋力:C 耐久:C 敏捷:B 魔力:B 幸運:C 宝具:A
(変身時)筋力:B 耐久:A 敏捷:B 魔力:B 幸運:C 宝具:A
【クラススキル】
対魔力:B(変身時:A)
魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。
大魔術、儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい
変身体の際はランクがAに上昇する。
【保有スキル】
吸血鬼(真祖):A+
セイバーの生きた世界において、富士山噴火の灰を浴びて変化した者たちを吸血鬼と総称するが、富士山の噴火前から既にヴァンパイアであった者たちを総称として真祖と呼ぶ。
特有の共通点として、日光を浴びても消滅しない等伝承との相違が存在し、それぞれ夜限定の変身体も存在する。
さらに死した場合、遺灰物(クレイメン)と呼ばれる手のひらサイズの心臓を遺し、それを取り込んだ英霊は強力な力を得られるのだが、真祖の遺灰物は同じ真祖以外のものが取り込んだ場合はその力に耐えきれず暴走しかねない。
変身体:A+
セイバーが吸血鬼として変身した姿。
セイバーの性格を表した金一色なカラーリングの騎士姿。身に纏う黄金は超硬度であり、並大抵の宝具ですら全くと言っていいほど有効打にはならない。
専科百般:B+++
類いまれなる多芸の才能。
かつて仕えた領主から戦術、学術、芸術、詐術、話術等の教養や処世術を学んでいる。
騎士として長年鍛え続けた事もあってかCランクの無窮の武練も習得している。その技量は長年の鍛錬を得た「一切の無駄がない」という武道の極致にも近しいレベル。
あとは本業には遠く及ばないが徒手拳法等の武道の類も扱える。
金のカリスマ:C+
金と書いてカネと読む。セイバーは会社の運営者であり、その社員とは強い信頼関係(と金)で結ばれていた。
通常のCランクのカリスマの効力の他、給料の支払い次第で部下に対するカリスマの効力にプラス補正を掛けることが出来る。
余談であるが生前の社員たちはセイバーの成金趣味に賛同しなかった。
黄金律:A+
身体の黄金比ではなく、人生において金銭がどれほどついて回るかの宿命。
大富豪でもやっていける金ピカぶり。一生金には困らない。
【宝具】
『金食礼賛、飢えなき世界へ(ウィートフィールド・ゴールデンパーム)』
ランク:A 種別:対軍宝具 レンジ:1〜10 最大補足:1〜100
ヴァンパイアとしてのセイバーの能力。最硬度の金色の小麦の生成という至ってシンプルな代物。
シンプル故に様々な用途への応用が可能であり、鎧のように身に纏う、武器の構築、地面に仕込んでのトラップ、砕けた破片の再利用等。
『戴冠式(Re・ベイキング)』
ランク:EX 種別:対人宝具(自身) レンジ:- 最大補足:-
天賦の才が無いセイバーがある真祖の協力の元に編み出した最大の切り札。真祖にしか許されぬ秘奥。一定時間の『溜め』を条件に発動が出来る。
その本質は『ステータスの再配分』。己のステータスを好きなように再配分し、特化した形態へと変化させる。
一部のステータスを減らすことで、減らした分のステータスを他のステータスに加算する。それにより攻撃に特化したりとステータスの振り分けによる多様性は高め。
勿論デメリットも存在し、ステータスを削られた要素は当然弱くなる他、Re・ベイキングの制限時間は『溜め』を行った時間に比例するため、短い溜めの場合はそこまで長持ちはしてくれない。
さらに一度Re・ベイキングを行ってしまうと、解除後に元の能力に不具合が生じてしまう。ハイリスクハイリターンに見合ったメリットとデメリットを持ち合わせている。
【Weapon】
小麦で生成した様々な武具。素手でも徒手拳法の類はある程度使える。
【人物背景】
三体(四体)の真祖の内の一人。掲げし理想は金食礼賛。
豪華絢爛、海千山千、腰纏万金な第三の男。
飢えを憎み、飢えを無くさんという慎ましい願望を抱えた理想家。
【サーヴァントとしての願い】
今度こそ、飢え無き世界を実現する
【マスターへの態度】
自らを卑下しているのが勿体ないぐらい優秀なマスター
もし生前だったならば我がゴールデンバウムに社員として雇ってやりたいぐらいだ
【マスター】
獅子神敬一@ジャンケットバンク
【マスターとしての願い】
勝つ。勝って生き残る。
元の世界に帰れれば聖杯はセイバーにあげても構わない。
【能力・技能】
最上位のギャンブラーには及ばないものの、臆病さから来る読みの鋭さ、負けを糧に成長を誓う向上心など光る部分は多い。
ある契機から強者を見ると「その人物の本質を示すような目をモチーフとした幻影」を見るようになった。
【人物背景】
かつて虎の威を借る狐だったギャンブラー。虎のような強者になりたかった人間。
その弱さを自覚しその為に生きると決めた時、偽りの王冠を捨てた彼は強者の視座を掴んだ。
「ライフ・イズ・オークショニア」編以降からの参戦。
令呪の形状は麦穂。
【方針】
自分の弱さは重々承知の上、何事も一歩ずつだ。
まさかだと思うが、あいつらまで巻き込まれてねぇよな?
【サーヴァントへの態度】
清々しいレベルの成金野郎だが、ちゃんと人のこと見れてやがるのは恐ろしい所
その上でくっそ強いんだからまじどうなってんだ英霊(こいつ)
投下終了します
投下します
昔々、ブリテンにある少女が居ました。
その少女は当時の王と協力者の魔術師により、竜の機能を持つ人として、「理想の王」と造り出された存在でした。
その少女は好奇心旺盛な普通の少女でしたが…養子に出された先で、10年の修行の果てに己が出生と運命・宿命を知り…「選定の剣を抜いたら最後、人間では無くなる」と魔術師に選択を迫られ…ためらう事なく、選定の剣を抜き王としての道を行く事を選びました。
彼女は修行の日々の中で、理想の王としてある為の教育を受けていたからです。
そして少女は──男装した上で、不老の騎士王アーサーとしての道を歩み出しました。それが、自分以外の皆が救われる道だと信じて。
彼女は拠点を構えつつ、剣を振えるよう鍛錬をしながら戦闘を繰り広げ、また聖剣をその手に授かってからは次期ブリテンの王として名乗りを上げ…やがて円卓の騎士達を率い、己の伯父でもあるブリテンの暗黒こと卑王ヴォーディガーンを討ち果たして、荒廃していたキャメロット城の奪還も果たしてみせました。
その後彼女は「理想の王」として在る事を望み、自らの私情を…人間性と、人としての人生を捨てて、仕えてくれる騎士達が望むような「完璧な王」で在る事こそ、自分が思う「理想の王」だと定義し…そう振る舞う事を決めました。
彼女が完璧な王として在ろうとした事で、ブリテンには束の間の平和と、(結果として)最期の栄華が齎されました。
しかし────ピクト人やサクゾン人ら異民族を始めとする外敵の侵攻により、平和と栄華は終わりを告げてしまったのです。
外敵への対応や、国単位での凶作の発生、軍の維持不能の危機…それらにより…「完璧な王」として、彼女は決断をします。
小さな村を干上がらせ犠牲とする事で、引き換えに物質を得それによりって維持困難になっていた軍を繋ぎ止める…それが、私情を切り捨て抑え込んだ末の合理的な彼女の選択でした。
しかし、配下である騎士達にはこれは受け容れがたい物でした。自分達が生まれ育った故郷を奪われる事に繋がってしまうが為です。
また民にとっても彼女の決断は、かのヴォーディガーンにも勝る冷徹な判断と思われてしまいました。
結果、彼女は徐々に孤立し国民も限界が近付き、部下の一人には「王は人の心がわからない」とすら言われ城を去られてしまったのです。
「完璧な王」で在ろうとし、私情を捨てたが故に…彼女と部下達や国民との間には致命的な齟齬が生じていたのでした。
その上ブリテンは神秘が土地から失われつつあり、滅びへの道を進むばかりでした。
それを覆そうと、彼女は全力を尽くし…また部下に聖杯の探索をさせたりもしましたが……実る事のないまま、円卓の騎士のひとりであるモードレッドの謀反により国が2つに割れる内乱が勃発してしまいます。
モードレッド自体は討ち果たす事は出来ましたが、少女自身も致命傷を負ってしまいました。そしてなにより…それでも自分に着いてきてくれた騎士達も、守りたかった民もほぼ全滅という有様。
…彼女には、その結末を容認する事は出来ませんでした。どう足掻いても滅びが避けれないならば、せめて穏やかで緩やかな終わりがいい…と彼女は思っており、その過程で自分が惨たらしく死ぬというならば、それは覚悟の上でした。
しかし現実は血で血を洗う内乱の果てに、ブリテンは地獄のような幕引きを迎えようとしており……彼女は強い後悔と絶望、自責の念に駆られていました。
自分以外が、王になっていれば…滅びるにしてもブリテンはここまでひどい終わり方を迎える事は無かった。人の心のわからない、王になるべきでは無かった自分とは違う、相応しい誰かがあの選定の剣を抜いていれば……。
さて、本来の歴史ではここで世界から契約を持ち掛けられ、それを彼女は受け入れ生きながらにして英霊…サーヴァントと化すのですが……その前に彼女は、サーヴァントではなくマスターとして冥界に招かれる事となりました。
まだ誰も、その行く先を知らないアルトリア・ペンドラゴンの物語が…こうして始まったのです。
----
「…ここ、は」
金髪碧眼で、15歳程の外見をした少女…アルトリアは困惑しながら周囲を見回していた。
(…流れ込んできた記憶から、状況は把握出来ましたが……)
そう、聖杯から与えられたサーヴァントや令呪、聖杯戦争の基本的なルールについての記憶を理解しつつも…アルトリアは手元にある聖剣と、逆に手元に無い聖槍を訝しむ。
(…ロンゴミニアドは手元に無く、代わりに手元にあるこの聖剣…エクスカリバーは光が失われていない…?
…どういう事なんでしょうか)
カムランの戦いの際、エクスカリバーからは光が失われた筈だった。故にアルトリアはロンゴミニアドによりモードレッドを屠ったのだが…。
(…考えても今は仕方無さそうですね。まずは…私のサーヴァントを探さなければ)
そう思考を切り替え、自らが召喚したというサーヴァントを探そうと決めたアルトリア。
付近を警戒しつつ進もうとする彼女だったが…
「…待って、マスター、ぼくは、ここだ」
(…声?しかし何処から…?)
突如何処からか聞こえた声、おそらく己のサーヴァントの物と推測するアルトリアだが、何処から聞こえてきたのかわからず周りを見渡す。
せいぜい付近には鉄の車を模した小さな物しか……とまで考えた瞬間、アルトリアはまさかと思い、問う。
「…問おう、あなたが私のサーヴァント……ですか?」
「うん。そうみたいだ。…思ってたより、受け入れるのが、早いね」
そうどこか格好がつかない問いかけに、サーヴァントは答える。その声色は少し不思議そうに、アルトリアには受け取れた。
「…面妖な、とは思いましたが、見た所、どうも私が生きていた場所よりは発展しているように見える。なら…喋る鉄の小さな車がサーヴァントになっててもおかしくはないでしょう」
「あー…なるほど。昔の時代とか、そういう所からきみは、この聖杯戦争に、呼ばれたんだね。現代の人、なら…ぼくらを見たら「チョロQ」だって反応して、混乱しそうなんだけど。そうならないって事は」
「…そうなる、のでしょうね」
「そんな事もあるんだ…。…気を取り直してと、ぼくはライダーの…と言いたいけど、今はキャスターのサーヴァントだ。
真名は…力を得た際に、捨て去っちゃった。まあ、キャスター呼びで、いいと思うよ」
話すキャスターに、アルトリアは名を捨てたという点に引っかかりのような何かを覚えるも、一先ずは自らの名を語る。
「では私も…名乗らせて貰います。私は……アルトリア、アルトリア・ペンドラゴン。呼び方…は、マスターでも、アルトリアでも…自由にしてくれて構いませんよ」
性別と共に名を偽り、アーサーとして王であろうと振る舞ってきたアルトリアからすれば、本来の名を話すのは久方ぶりの機会であった。王に相応しくなく、ブリテンを最悪に近い形で終わらせてしまった自分は、アーサーを名乗る資格など無い。それ故に彼女は、アーサーではなくアルトリアと、本名を名乗る事としたのである。
「…しかし、キャスター…魔術師のクラスにしては、貴方はそれらしくは見えませんね」
「…基本、呼ばれる時は、ライダークラスのはず…だけどね。…多分、ぼくが得た力のせいで……」
『待って、アルトリア。敵…かは、わからないけど、誰か来てるよ』
『念話ですね。…しかしどうやって気付いて』
『ふふん、良い性能のカメラがあるんだよ』
『…カメラ…とは?』
接近する相手に気付いたキャスターは、念話に切り替えた上で何処か誇るように言うが…現代寄りの世界や時代出身ではないアルトリアにはそもそも通じなかった。
少しがっくりした様子で、キャスターは説明しようと念話を続ける。
『…そういえば、昔の人なんだっけ…ごめん。聖杯も…現代の知識くらい、サーヴァントだけじゃなくて、アルトリアにもあげればいいのに。
…わかりやすく、言うと、自分の周りを見渡せる機械を…使えるんだ』
『…自分の目で見える範囲よりも、広い範囲を確認出来るという事…でしょうか』
『まあ、そんな感じ…でいい、かな。…っと、来たよ』
念話を中断し、アルトリアは甲冑を魔力により生成し着込み、また風王結界により自らの聖剣を透明化させる。
その直後──突如彼女の背後から、サーヴァントが襲いかかって来た!
----
ダガーを持ったサーヴァントが斬りかかるのを、不可視となった聖剣でアルトリアは受け止める。
「見えない武器とは…リーチが読めんのは厄介だな」
「気を付けろよアサシン、こいつはサーヴァントじゃない、マスターだ。サーヴァントは別に居る…筈だが…!」
サーヴァント…暗殺者のクラスであるアサシンの奇襲後、遅れる形で現れたアサシンのマスター。
それらの様子や、次にどう打って出るかを警戒しつつ、アルトリアは思考する。
(…キャスターに気付いていない…?…そういえば、私も…彼が喋りだすまで、鉄の車を模した小さな物…「チョロQ」とやらとしか思っていなかった。
…彼のスキルによる物でしょうか、そしておそらくは…喋ったり動くと解除される…と)
「なるほど。サーヴァント相手でも…存外私は戦えそうだ…!」
看破された事もあり、暗にマスターである事を認めつつも、己のサーヴァント・キャスターが動く時を待ちアルトリアは剣を振るい…また打ち合う。
「お前も葬者なのだろう?死後ここに招かれたのならば、生前はさぞや名の知れた者…英雄の類だったのだろうな」
「…私は死後からでは無いですが…いえ、殆ど同じですね。
…それと、今の私には……その評価は重すぎる」
(…国を、民を、部下を…何も守れなかった王に、英雄と呼ばれる資格など、無いのだから)
サーヴァントとしてではなくマスターとして、それもカムランの戦いと、それによりブリテンの滅亡が決定し絶望と後悔に苛まれてる真っ最中から巻き込まれたのもあり、そう言いまた思うアルトリア。
対しアサシンのサーヴァントは、マスターの「無駄口叩いてる暇はねえだろ!」との声もあり黙々と攻撃を繰り返すが…攻めあぐねていた。まるで攻撃や警戒が自分に集中するように、アルトリアが動いていたのもある。
『…様子、見てたけど、強いねアルトリア。上手く、引き付けてくれたよ。
…ぼくの力を使ってみる』
『…わかりました、使って見てください。お手並み拝見と行きましょうか』
そんな中、キャスターからの念話でアルトリアは防戦用の対応から切り替える。
その瞬間──先程まで対峙していたアサシンの姿は、そこには無く。
「…アサシン!?何処へ……ミニカー…チョロQだと!?」
そして先程までアサシンが居た所には、小さな車の玩具…チョロQが有った。
『よし、決まった!多分、こっちが、サーヴァントだってバレたから…後はアルトリア、頼むよ!』
『私が、ですか?』
『直接、攻撃するのは…あんまり、向いてないから…ね。きみが、攻撃した方…がいいと思う』
『…そうですね、では…!』
「風よ…荒れ狂え!」
アサシンのマスターは、近くにあるチョロQこそがサーヴァントだという事にここで気付くも、混乱していた。故に対応が遅れ……アルトリアの風王鉄槌により、チョロQへと姿を変えられたアサシンが蹴散らされ消し飛ぶ様をその目に焼き付ける羽目となった。
----
「…さて、アサシンのマスター。貴方はどうする?ここで挑んで命を散らすか…再契約の可能性に賭けて、この場から去るか」
二択を突き付けられたアサシンのマスターは、即座に逃亡を選ぶ。
それを、キャスターもアルトリアも追わなかった。
『追わない、んだね…アルトリアは』
『…無闇に命を奪う気は無いです』
『…ぼくも、それは同感、だよ。
…殺さなくて、済むなら、そっちの方が…いいさ』
そう念話をした後、ふとアルトリアは先程キャスターがやった事についてを聞こうと思い立つ。
『そういえばキャスター、先程貴方がやった…アサシンを貴方と同じような姿へ変えたその力は……やはり、魔術師のクラスである以上…魔術による物、なんですか?』
『……まあ、分類的には…そうなる、かな…?…あ、後、色々と制限はあるから、アルトリアが思ってる…程、便利なものじゃ、ないよ。
さっきのも、少し時間が立てば…元通り、だったから。…対魔力、とか高いと、効きにくかったり、効かなかったりも…する。
それと…ぼくは、あの力を得た代わりに、名前を捨てた。きっと…近い内に、夢で…ぼくの、過去を…見るだろう、けど。そこでも…ぼくの、名前は、わからない、ままだと、思う』
そうキャスターの自らの力について聞かされたアルトリアは、ここで先程感じた引っ掛かりの正体に気付いた。
(…キャスター…彼も、私と同じ…本来の名前を捨てた者…者?…彼が私のサーヴァントになったのも…そういう事、なんでしょうか。
…流石に、捨てた結果思い出せないとまでは行きませんが)
『そうですか。では戦闘時は…先程のように基本は、私が攻め引き付けてる隙を狙ってキャスターが…という感じでしょうか?』
『うん、それでいいよ。ミスしたら、一分くらい、動けなく、なっちゃうから…そうなった時の、フォローも…して欲しいね』
(存外、制約が多いようですね…)
『聖杯を手に取り、願いを叶える為…協力を惜しむつもりはありませんよ、キャスター』
そう思いつつ、ひとまずアルトリアは拠点となる場所を探し見つけ出し…疲れからかそこで寝てしまったのであった。
----
昔、チョロQ達が住むある世界のある島に、ひとりのレーサーが居ました。
彼は幼馴染でライバルのチョロQと切磋琢磨しながら、無名だった所から駆け上がり、周りのチョロQ達に支えられたのもあって、大会で優勝や好成績を残しました。
彼は己が名前を変えたいという、謎の衝動を抱えていましたが、レースをするのが大好きでした。特に幼馴染兼ライバルとの戦いは…彼の心を燃え上がらせていました。
そしてついには、レースの帝王として君臨していたチョロQをも、撃破してしまいます。
…しかし、その少し前から不治の病に臥せっていた幼馴染兼ライバルは…帝王との最期の戦いにて道を示した後…彼のチームが優勝を果たしたと同時に、力尽き亡くなってしまいました。
──そこから彼は、己が名前を変えたいという衝動が強まって行きます。
それでも走るのが、レースするのが大好きだった彼は、ライバルや帝王の死や、師匠の失踪の前に衝動を強めながらも、新たな帝王として走り続けていました。
衝動に負けて、己の名前を投げ捨ててしまえば、決定的に取り返しがつかなく壊れてしまう……そんな予感がした為に、彼はまるでそれから逃れるかのように走り続けました。
ですが…ある日過去にタイムスリップした先で、出会った少女のチョロQにレースの楽しさを伝え現代へと戻った後……彼は自らの過ちを悟ってしまったのです。
その少女は後に男装した上でレーサーとして活躍するも、悪徳政治家に秘密を握られ脅された末…自棄になり自死同然の末路を迎えてしまっていました。
それにより帝王は前線から退き、師匠はレースから退き、悪徳政治家でさえも、死ぬまで追い詰めるつもりは無かったのだと後悔を抱えるという誰も得をしない最悪の事態を…自分の決断が引き起こしてしまったと、彼は理解してしまったのです。
しかも、彼は幽霊となった彼女に会った事が会ったにも関わらず…過去に飛んだ際、思い当たらないまま、最悪の事態を引き起こす未来を選択してしまった事にも気付きました。
…彼に残ったのは、深い後悔と罪悪感、絶望でした。
あれだけ楽しかったにも関わらず、その事実を突きつけられてからは、最早レースをしても…楽しくなくなってしまいました。
最悪の事態を引き起こし、皆を不幸にした自分が、楽しんで走って良い筈が無いと。
……なまじ優しく、真面目だったが故に彼は打ちのめされ……やがて、彼を衝動が飲みました。
こうして彼は…自らの名前を捨て去る事を代償に、世界の理を変える力を手に入れました。
----
(……皆を不幸にしてしまった、後悔した選択を変える為に……恐らく彼は、聖杯を…。
まさか初日で、いきなり彼の夢を見るとは。
…キャスター……貴方も、だったんですね。
…彼の為にも、この聖杯戦争を勝ち抜かなれけば)
自らのサーヴァントの過去を夢として見た少女は、改めて聖杯を取ると決意を固める。
深い後悔の中、一組の王であった主従は…過去の誤った選択を変える為に戦う。
【CLASS】
キャスター
【真名】
BPROMOHE(男主人公)@チョロQHG4
【ステータス】
筋力:D 耐久:C++ 敏捷:A++ 魔力:D 幸運:B 宝具:EX
【属性】
中立・悪
【クラススキル】
騎乗:EX
二重召喚により取得した物。キャスターの場合は通常の乗り物を乗りこなせるか否かを示すのではなく、自らの躰をどれだけ自在に動かせるかどうかを表している(故にEXランク判定、実際はAランク相当となる)
その為通常の乗り物等は一切乗りこなせない。
対魔力:D
二重召喚により取得した物。シングルアクション(一工程)で行使可能な魔術程度なら無効化出来る程度のスキル。
陣地作成:E(EX)
キャスターのクラススキル。本来ならEランクだが、常時発動している宝具により近い事は出来る為EXランク扱い。
道具作成:E(EX)
キャスターのクラススキル。本来ならEランクだが、常時発動している宝具により近い事は出来る為EXランク扱い。
彼の見知ったチョロQだろうと、意志のない傀儡としてしか出現させれない(作れない)のは元のランクが低いからだと思われる。
【保有スキル】
二重召喚:C
読みはダブルサモン。2つのクラス別スキルを同時に保有する事を可能とするスキル。
これによりBPROMOHEはライダーとキャスターの双方のクラス別スキルを所持し現界した。
擬態(チョロQ):A
動いてない分にはただのチョロQ…玩具にしか見えないライダーの在り方がスキルと化した物。
念話ではない直接喋っている所や、移動している所をサーヴァントやマスターに見られない限りはランク相応の隠蔽・誤認、及び気配遮断の複合効果が発揮される。
帝王を斃せし新たなる王:EX
レースの帝王として君臨していたケーニヒを2度も打ち破り、ワークス(チームの事)で優勝を果たした逸話から来たスキル。
自らの宝具が「王」に対して通じ易くなる効果(王特攻?)と、副次効果としてCランク相当の心眼(偽)に仕切り直し、Dランク相当のカリスマの効果もある。
チームメイトへの的確な作戦指示もあり、彼は優勝を勝ち取れたのだ。
悪魔のタイヤと天使のエンジン:C
どのような悪路でも早々擦り減らない耐久力のタイヤと、驚異的な加速力を持ち悪魔を滅する効果のあるエンジン。
対悪魔特攻とCランククラスの戦闘続行の効果を付与し、耐久と敏捷を瞬間的に二段階上昇させれる効果がある。
ランクが下がっており瞬間的な効果に留まっているのはライダークラスでの召喚では無い為。本来なら宝具だがスキル止まりなのもその影響である。
心眼(偽):B
直感及び、第六感による危険を回避する事を可能とするスキル。
亡き友バラートが示した事によりキャスターはこのスキルを会得した。
【宝具】
『BPROMOHE(デバッグモード)』
ランク:EX 種別:対界・対己宝具 レンジ:1〜世界全体(会場全体) 最大捕捉:世界全体(会場全体)
常時発動型の宝具。キャスターがキャスターとして召喚される理由。サーヴァントとなった事と、マスターが魔力が潤沢なアルトリアなのもあって生前よりも強化されている。
自らの本来の名を捨てる代わりに得た、世界の理(ルール)に干渉し書き換える力が宝具となった物。この力を持ったキャスターからすれば世界自体が自らの陣地のような物である。
常時発動している為、キャスターが脳内でコマンド([△]+[START])を浮かべればそこから行使可能。ただしミスすると1分程固まるor目の前が青一色になり1分程行動不能となる他、あくまで反応依存なので相手の方が早い場合は先手を取られ潰される事もある。
またサーヴァントになった為歴史改変や、存在改変等それらの干渉に耐性がある若しくは耐えた逸話のあるマスターやサーヴァントには対象に直接変化をもたらすテクスチャ変化の効果は通じない他、対魔力次第では効かなかったり強く影響を与えられなかったりもする。
行使可能なのは以下の効果。(複数の効果を一度に同時発動させる事は出来ない)
・消音(エリア一帯の音を自分がエリアを跨いだ移動をするまで何も聞こえない状態にする)
・テクスチャの変化(対象や攻撃を一時的に別の物に変えて無力化する。キャスターの場合は指定しないとだいたいチョロQになる)
・過去の記憶(戦闘に参加してる面々の脳に自らやマスターの過去を流し込む、イベントの発生やムービー再生から)
・自身の大きさ変換(テクスチャ変化の応用、実車並みにまで大きくなれる)
・チョロQの作成(テクスチャの配置により自分が見知ったチョロQを作り出す、ただし自我はなくキャスターの指示の通りにしか動かない、なお作り出したチョロQは壊れた幻想の対象に出来る)
・昼夜逆転(自分がエリアを跨いだ移動をするまで一時的に昼と夜を逆にする、朝〜昼に使えば時間自体は経過しないまま夜になり、夕方〜夜に使えばこれまた時間自体は経過しないまま昼になる)
・自身の車体変更(テクスチャ変化の応用)
・対峙しているサーヴァントの真名の閲覧(ボディとして使用可能な車体の実車名を閲覧出来る所から)
・見えないカメラを出現させ周辺を把握(カメラ操作や視点変更から)
・電波障害(エリア一帯に自分がエリアを跨いだ移動をするまで電波障害を引き起こす)
・すり抜け(当たり判定を消失させる、空間干渉系や接触により発動するタイプじゃない概念系でない限りは攻撃等もすり抜け可能)
・自分の位置情報の把握(画面端に座標出現から)
『最良の通過地点(親友が遺した道標)』
ランク:A 種別:対己宝具 レンジ:1〜世界全体(会場全体) 最大捕捉:-
キャスターのライバルにして友だったチョロQバラートが、キャスターに心の眼で走り最良の通過ポイントを向かうよう示し、それを…そして自分自身を信じたキャスターが探し当てた逸話が宝具となった物。
逃走時、或いは追跡時に発動。どれだけ走っても速度が落ちずまた発動時のみAランク相当の直感の効果が発揮され、最適なルートを探り当てる事が可能。
【weapon】
己が鋼鉄の躰。
【人物背景】
無名の身からあっという間に駆け上がり、数々の大会で優勝を果たした末レースの帝王ケーニヒも、その後釜と言わんばかりに出てきたカミカゼも打ち倒した凄腕レーサー。
しかしある時過去に飛んだ際、ひょんな事から知り合った少女にレーサーの道を示したものの…帰還後その行為が少女…ノルキアの一連の悲劇の引き金になってしまった事を察してしまい、何を思ったのか自らの本当の名を捨てBPROMOHEへと変えた青年(人間換算すると恐らくはそれくらい?)。自分がノルキア絡みの全ての元凶だと悟ってしまったが為、アライメントが悪になっている。
なおチョロQなので手は無いが、どういうわけか物は普通に持てる。端から見ると持ってる物が宙に浮いてるように見え不自然極まりない。
【サーヴァントとしての願い】
自分がノルキアに出会い彼女にレーサーとしての道を示した過去を無かった事にし、彼女が死に至る未来を変える。
【マスターへの態度】
対等な友人にして同志でありたいなーと考えている。
同じ過去を変えたいと願う者同士な事に気付いてるかは不明。
【マスター】
アルトリア・ペンドラゴン@Fateシリーズ
【マスターとしての願い】
王の選定をやり直し、ブリテンが滅びる未来を変える。
【能力・技能】
筋力以外の身体能力は高い。普段の筋力は普通の女性程度だが、魔力によるブーストで大幅に強化可能。
英霊となった際は基本セイバークラスで召喚される程度には剣の腕は高く、また約束された勝利の剣を所持してる他、風王結界も使用可能。全て遠き理想郷は既にモルガンに盗まれているので非所持。甲冑は己の魔力により生成しているので着脱を任意で行える。
生前からの参戦な為、埋め込まれた竜の因子による恩恵が働き魔力にはまず困らないだろう。
また選定の剣を引き抜いた15歳時点で発育が止まっており、不老状態である。その為老化等は通用しないor効きにくいと思われる。
なお約束された勝利の剣は時期の都合光を失っている筈だが、今ロワでは聖剣として行使可能。ただしその代わりなのか、モードレッドを殺した際使用した聖槍ロンゴミニアドは持ってこれていない。
【人物背景】
伝承にて円卓の騎士王、アーサー王としてその名を遺せし英雄。少女の姿でありながら男装し王として振る舞い、完璧な王として在ろうとしたものの、人の心がわからないと称されてしまった女。
本来ならカムランの戦いにて致命傷を負った際抑止力と契約する筈だったが…その契約を持ちかけられる前に、彼女はこの聖杯戦争にマスターとして招かれてしまった。
性格は真っ直ぐだが頑固で負けず嫌い。普段は冷静だが怒ると怖く、また敵対者には容赦しない。基本高潔だが、必要なら非情な判断や不意打ちなどもこなす。
真っ直ぐさ(或いは頑固さ)故に融通が聞かなくなったり視野が狭くなる事もある。
【方針】
優勝狙い。ただし無闇に被害を広げる気は無い…がその辺りは状況にもよる。
組めるのなら同盟も模索したいが…。
【サーヴァントへの態度】
過去を変えたいと思う者…者?同士。彼の過去や願いには強い共感を覚えている。
投下終了します、タイトルは「こうなると知っていたのなら、王になどならなかったのに」です。
自作『躍動』ですが、wiki収録の際に以下の用に修正してくれると助かります
それは、カルデアの彼と出会って間もない頃の話。
↓
それは、カルデアの『彼女』と出会って間もない頃の話。
『生きるため』に善すら打倒した彼が、その答えを探さんとするため進み続ける彼のように。
↓
『生きるため』に善すら打倒した彼女(あの子)が、その答えを探さんとするため進み続けるように。
投下します
人理継続保障機関、ノウム・カルデアに身を置いていれば常識や固定観念を覆す様々な出来事(イベント)に出くわすことになる。
凄烈を極める異聞帯や大規模特異点、頭のネジが数本外れたかのような奇天烈(トンチキ)な特異点、唐突にカルデアから強制レイシフトされるサーヴァント、記録で見たチェイテピラミッド姫路城。
人(サーヴァント)との出会いもある。一番大事な人は今でも変わらないけれど、人との交流の幅はカルデアに来てから増えた。
サーヴァントの枠組みにいるためか背丈はちっとも伸びないけれど、何年かカルデアにいるうちに多少は成長できたのだと思う。
「………」
「どうかした?美遊ちゃん。コーヒーでも淹れようか?虎のじゃないやつで」
「あ、いえ、わたしは大丈夫です。
でもコーヒーはお願いします。……ブラックはちょっと苦いので、ミルクと砂糖入りで」
それでもやはり、今回の特異点はキャスタークラスのサーヴァントとしてカルデアに所属する美遊・エーデルフェルトにとってあまりにも未知の要素が大きすぎた。
まずもって今の美遊は葬者(マスター)の身でこの特異点に存在している。この特異点限定であるにせよ、霊体ならぬ肉体を持った生者として。
カルデアの記録で見たセイレム村の特異点でも同行したサーヴァントたちが生身の人間に近づくかのような現象があったが、それとも違うように思う。
自分が「今を生きる人類」なる特異な身のサーヴァントだからこうなったのだろうか?
また当面の大きな問題として、美遊には多くの葬者に与えられるのだという役割(ロール)がなかった。
カルデアでイリヤやクロエ、エリセやボイジャーと過ごしていたら急に意識が遠のき、気づけば着の身着のまま葬者としてこの地に降り立っていた。
即座に脳に叩き込まれた冥界の聖杯戦争の知識(ルール)のおかげもあり、どうやら自分が強制的なレイシフトに巻き込まれたらしいことまでは理解できたものの、途方に暮れるしかなかった。
そんな時に現界し、何くれと世話を焼いてくれているのが美遊のサーヴァントとして割り当てられた一組の男女のサーヴァントだった。
「美遊ちゃん、砂糖入りミルクコーヒー入ったよ。
アスランさんもちょっと休憩しませんか?」
「そうだな。ちょうどドローンの組み立ても終わったところだ」
アサシンクラスでありながら、ライダークラスの性質をも併せ持つ二人一組のサーヴァント、アスラン・ザラとメイリン・ホーク。
今、美遊は彼らの宝具、『颯爽たる赤き残像(ズゴック)』の一部であるキャバリアーアイフリッドの中にいる。
当座の生活拠点として居住スペースのあるキャバリアーと宝具本体にあたる巨大ロボ(モビルスーツと言うらしい)、ズゴックが合体したアメイジングズゴックを使用している。
当然ながら2020年代の東京において全長約20メートルもの巨大な人型兵器は恐ろしく目立つため、東京湾の底で体育座りのような姿勢で身を潜めている。
アスランとメイリンは生活拠点だけでなく、物資まで用意してくれた。
彼らは特殊な保有スキルによって東京で使える通貨を持参してきており、それを使って食糧や美遊の着替えの衣服など、生活に必要な物資まで購入してくれた。
さらには街の偵察を目的としたドローンを自作するためのパーツまで買っており、アスランはそれを組み立てていた。
間違いなく善い人たちなのだろう。だからこそ心苦しくもある。肝心のマスターである自分が状況に流されるままであるから。
「……二人とも、改めてありがとうございます。
わたしたちだけだと今頃路頭に迷ってたかもしれません」
『美遊様の年齢であれば公的施設に保護される選択肢もあったでしょうが、他のマスターの標的にされるリスクがありますからね』
「気にする必要はないさ。それを言えば俺たちも聖杯から与えられた基礎知識があるとはいえ、魔術世界のことは門外漢だからな。
君たちが持っている魔術知識やカルデアの情報があるおかげでだいぶ助かっているんだ。
第一、こいつを出し続けていられるのは君たちの魔力供給のおかげじゃないか」
「そうそう!魔力供給が無限とかチート感すごいよね〜!
私たちってサーヴァントとしては魔力保有量がダメダメだから、本当ならモビルスーツはここぞって時にしか出せないはずなんだから!
それにこの世界、再構築戦争よりも前の時代だから端末の性能が違いすぎてやりたい放題できてもう最高!
私たちの架空の戸籍に身分証明書に口座も作れたし、お金はハッキングで企業情報盗みまくりで株のインサイダー取引もやり放題だから問題なし!
もうじき都内の中心に仮住まいも準備できそうだから、それまでもうちょっとだけここで我慢してね」
「……あまり羽目を外しすぎるなよ?仮初めの世界と言っても、ここには確かな人の営みや社会秩序があるんだからな」
英霊や宝具の種類にもよるが、基本的に宝具の展開には多量の魔力を必要とする。
生前駆ったモビルスーツを宝具とするアスランとメイリンではあるが、一方で彼らの魔力保有量は非常に低く長時間モビルスーツを召喚しておくことはできない。
だが美遊が持っている愉快型魔術礼装、カレイドステッキ・マジカルサファイアは並行世界からの無限の魔力供給を行える。
これにより四六時中宝具であるアメイジングズゴックを出しっぱなしにしておき、あまつさえ生活拠点代わりにすることすら可能になっている。
カルデアのサーヴァントである間は無限の魔力供給に制限があったが、葬者として仮初めであれ生身の肉体がある今はカルデアに来る前と同様の機能を発揮できている。
その意味では確かに美遊はアスランたちの助けになれているのかもしれない。けれど、まだ何も自分の意思で決められていない。
「焦らなくていい。カルデアという組織の一員なのだとしても、本来君のような子供がこんな血腥い戦争に身を置くべきじゃないんだ。
ただ、自分が本当はどうしたいのか、何が正しいと信じるのか。これからどんな事態になろうと、それだけは見失わないでくれ」
「どうしたいのか……」
アスランの言葉は美遊の不安を見透かすかのようだった。その上でこちらを気遣ってくれている。
出会った当初は彼らとやっていけるのかと不安にもなったが、今なら言える。彼らは信じるに値する人たちだ。
おかげで踏ん切りがついた。言おう、美遊がやりたいこと。守りたい人たちの名前を。
「…探したい人たちがいます。わたしの大切な友達のイリヤと、同じぐらい大切なわたしたちのマスター、藤丸立香さんです。
カルデアのサーヴァントのわたしが巻き込まれた以上、他にも巻き込まれたカルデアの仲間がいるかもしれません。
我が侭を言ってるのはわかってます。でもお願いします。一緒にわたしの大切な人たちを探してくれませんか?」
すぐに返事は返ってこなかった。けれど、答えは笑顔で頷き合うアスランとメイリンの姿が何より物語っていた。
【CLASS】
アサシン/ライダー
【真名】
アスラン・ザラ&メイリン・ホーク@劇場版機動戦士ガンダムSEED FREEDOM
【性別】
男性&女性
【属性】
秩序・善
【ステータス】
筋力D 耐久D 敏捷D 魔力E 幸運A 宝具A
【クラス別スキル】
気配遮断:A
サーヴァントとしての気配を断つ。隠密行動に適している。
完全に気配を絶てば発見することは非常に難しい。
騎乗(MS):A+++(B)
乗り物、特に人型機動兵器たるモビルスーツを乗りこなす能力。()内はメイリンの騎乗スキル。
その時代における頂点クラスの操縦技能を持ち、本来専用パイロットでしか使いこなせない特殊な機体や兵装さえぶっつけ本番で万全に使いこなす。
クラススキルによる補正でメイリンの操縦技能は生前以上に高められており、モビルスーツである程度までの戦闘行動が可能になっている。
【保有スキル】
二重召喚:B
ダブルサモン。アサシンとライダー両方のクラス別スキルを持って現界する。極一部の英霊のみが持つ稀少特性。
ターミナルのエージェント:B
地球連合、プラント、オーブ各国の穏健派が集った秘密情報組織・ターミナルに所属するエージェント。
アスランとメイリンはオーブ軍からターミナルに出向し、生前大いに活躍した。
Aランクの単独行動スキルを内包する他、都市を舞台とする聖杯戦争に召喚された際にその世界で使用可能な通貨を一定額持参することができる。
正義貫く意志:A
アスランのスキル。常に正しき道を模索し、時に迷うことがあってもそこへ向かって進み続ける強い意志。
自らの行いの正しさを確信できる、あるいは対峙した相手の悪性を確信している時、Aランクの勇猛、心眼・真のスキル効果を得る。
破壊工作(電子):A+
メイリンのスキル。電子機器やインターネットに対する超高度なハッキング能力。
機械特性を持つサーヴァントに対してハッキング行為を行う場合に成功率を大幅にアップする。
また他のサーヴァントからのハッキング、その他の電子的干渉に対する強力な耐性としても機能する。
生前のメイリンは下準備も込みではあるが、強固な軍事要塞を丸ごとハッキングすることに成功した逸話を持つ。
やはりアスラン・ザラが最強か:B
アスランのスキル。生前、負けられない重要な戦いで勝ち続けた逸話とそんな彼に対するとある風評から成立した無辜の怪物の亜種スキル。
アスランが強敵と認識した相手との戦闘における各種判定に有利な補正が働き、戦闘を離脱する際の成功率がアップする。
間違いなくプラスの効果を齎すスキルなのだが、このスキルの由来が生前倒した見下げ果てた男の言葉であることを英霊になってから知ったアスランは微妙な顔をしている。
【宝具】
『託された自由の剣(ストライクフリーダム)』
ランク:B 種別:対軍宝具 レンジ:1〜90 最大捕捉:700人
生前一度だけ搭乗したストライクフリーダムガンダム弐式を召喚する。
一対多数を前提とした砲撃戦に長けた高機動モビルスーツであるが、アスランが本機に搭乗したコズミックイラ75年の時点では既に旧式扱いされている。
本機の専用パイロットであるキラ・ヤマトにしか扱えないよう調整されたはずのスーパードラグーン機動兵装ウイングを使いこなした逸話から、宝具化に際して重力下環境でもドラグーンを使用可能になっている。
アスランが本来のパイロットでないため追加装備のプラウドディフェンダーを持ち込むことができず、本来のランクよりもランクダウンしている。
本機を目撃したサーヴァント、あるいはコズミックイラを知る者に対して高確率でパイロットの真名をキラ・ヤマトと誤認させる。
『颯爽たる赤き残像(ズゴック)』
ランク:B+ 種別:対軍宝具 レンジ:1〜85 最大捕捉:600人
生前のアスランの愛機、ズゴックを召喚する。支援機であるキャバリアーアイフリッドもこの宝具に内包されている。
ズゴック本体は格闘戦用のクロ―やメガ粒子砲を備え、背中にバックパックであるリフターを装備することで飛行を可能とする。
粒子を纏うことで肉眼やレーダーから姿を隠蔽できるミラージュコロイドシステムを搭載しており、聖杯戦争ではミラージュコロイドを展開することで本機自体に気配遮断と同等の効果を持たせることができる。
支援機のキャバリアーアイフリッドはビーム砲やミサイルランチャー、機銃を装備し、ズゴックや他のモビルスーツとドッキング・輸送が可能。
キャバリアーもミラージュコロイドシステムを搭載している他、極めて高度なハッキングを行える電子戦装備があり、電波妨害が行われている環境下であってもモビルスーツの無線操縦を可能とする。
内部に居住スペースがあるため、宝具を展開し続けることさえできればマスター共々長期間キャバリアー内部で生活することさえ可能。
ズゴックとドッキングすることでアメイジングズゴックとなる。
ズゴックを目撃したサーヴァント、あるいはコズミックイラとは異なる歴史、宇宙世紀を知る者に対して中確率でパイロットの真名をシャア・アズナブルと誤認させる。
装甲が破壊されることでキャバリアーを除くこの宝具の機能が停止する代わりに後述の最終宝具が解禁される。
『強さ、其は意志の総称(インフィニットジャスティス)』
ランク:A 種別:対人・対軍宝具 レンジ:1〜50 最大捕捉:300人
ズゴックの装甲が破壊されることで解禁される最終宝具にしてアスラン・ザラの真の愛機。
本機に偽装用のオーバーボディとして被せられたのがズゴックであるが、爆発するズゴックの中から無傷の本機が現れた逸話からズゴックの装甲が健在の間、本機はあらゆる敵対的干渉に対して概念的に命中判定自体が存在しない状態になっており、絶対に損傷することがない。
従来のビームサーベル二本に加え、リフター、脚部、ビームシールド、果ては頭部にまでビーム刃を内蔵した全身凶器とでも呼ぶべき白兵戦特化型モビルスーツ。
生前ブラックナイトスコードへの対抗策としてレールガンを携行した逸話から、ビームライフルとレールガンを自由に持ち替えることができるようになっている。
大出力のビームサーベルを展開する頭部ビームサーベルは、『対峙した相手の不意を突く』、『相手の態勢が崩れている』の二点の条件を満たす時、Aランクの防御突破の概念を宿し、命中判定時に相手の運命力を3ランク低下させる。
【weapon】
上記の宝具、並びに生身での戦闘時に使うハンドガンとナイフ。
【人物背景】
当人は至って大真面目だがやることなすことが波乱万丈で面白くなる男と、特等席から面白い男を楽しむ女のバディ。
二人一組のサーヴァントの宿命として、片方が倒されるともう一方も消滅する。
【サーヴァントとしての願い】
自分が願いを叶えるためではなく、人類史、特にコズミックイラの歴史やオーブを脅かしかねない危険人物に聖杯を渡さないために現界した。
【マスターへの態度】
メイリン:良い子ですよね〜、美遊ちゃん。魔法少女の服がちょっとアレだけど……。
アスラン:あの格好は人前でさせないようにしないとな……。カルデアの風紀はどうなっているんだ?
【マスター】
美遊・エーデルフェルト@Fate/Grand Order
【マスターとしての願い】
この特異点の解決。
……でも今はイリヤやマスター(藤丸立香)を探したい。
【能力・技能】
カレイドの魔法少女としての能力。
カルデアのサーヴァントだった時と違い、葬者として生身の肉体を得ているため無限の魔力供給の制限から解放されている。
……今のところ明かす踏ん切りがついてはいないが、神稚児の力も持っている。
【weapon】
マジカルサファイア
魔法使い・宝石翁ゼルレッチの制作した愉快型魔術礼装カレイドステッキとそれに宿っている人工天然精霊。マジカルルビーの姉妹機にあたる。
クラスカード
エインズワースによって作られた魔術礼装。
冥界の聖杯戦争ではランサーのクラスカードのみ所持している。アサシンへの魔力供給の都合か夢幻召喚(インストール)はできず、限定召喚(インクルード)のみに留まる。
【人物背景】
神稚児で魔法少女でイリヤスフィール・フォン・アインツベルンの親友。そして今はカルデアのサーヴァントのうちの一騎。
奇妙奇天烈(トンチキ)なイベントやサーヴァントにもだいぶ慣れてきて、生来の頭の固さはやや改善傾向にあり、巨大ロボ宝具を見てもさほど動じなくなっている。
【方針】
親友のイリヤ、カルデアのマスター・藤丸立香。他にクロエなどカルデアの仲間が巻き込まれているようであれば彼らの捜索・合流を最優先。
聖杯については良くてもカルデアでよく回収される単なる魔力リソース、あるいは何かロクでもないものではないかと疑っている。
【サーヴァントへの態度】
信じられる人たち。アスランさんたちの纏う雰囲気はカルデアの仲間のそれに似ている気がする。
……ところで、どうして転身状態で人前に出たらいけないんでしょうか?
投下終了です
投下します。
────演算開始/観測/検証/解析/衝突/再定義/再演算/衝突。
────カット。
……かつて。
変えようのない滅びの運命が、変わる未来を求めた曾祖父も。
今の自分と同じ、袋小路に迷い込んだ感覚に陥ったのだろうか。
アトラス院の魔術師、シオン・エルトナム・アトラシアはそんな事を考えながら。
この世界に迷い込んでから日課のように行っていたエーテライトによる調査を打ち切った。
(脱出の糸口はいまだ見えない。……いえ、意図的に用意されていない?)
紫を基調とした服を夕日に染め、海浜公園を歩きながらシオンは思考を巡らせる。
まず、この世界は現実世界の東京ではない。
建物、食糧、人間/NPCすら、全て霊子で構成された世界だ。
その事だけは、エーテライトに依る調査で確証を得ていた。
だが、そんな事はエーテライトを使わずとも直ぐに分かっただろう。
重要な所は、そこではない。
「問題は何故私が此処にいるのか。そして───この世界から帰還する方法」
彼女がこの世界に招かれた経緯は、唐突な物だった。
悪夢と恐怖を具現化する、一夜の恐怖劇を巡る戦いを終えて。
初めての協力者とたわいのない、けれど生涯忘れえぬ約束を交わし。
そしてアトラス院への帰路についた、その矢先の事だった。
前後の記憶すら曖昧。神隠し染みた失踪。
まるで紙の月に吸い込まれたとでも言うかのように。
何の前触れもなく、彼女はこの世界に降り立っていた。
聖杯戦争と呼ばれる魔術儀式の参加者。その候補の一人──葬者として。
「英霊召喚。境界記録帯(ゴーストライナー)………
まさかアトラス院でも実際の観測例がなかった魔術式と、こんな形で関わる事となるとは」
その手に宿った三画の令呪を眺めながら、独り言ちる。
霊長の世を救う為の決戦魔術を、意図的に零落(グレードダウン)させ、
人の身でも扱えるようにした召喚式。英霊召喚。
魔術世界においても観測例が極端に乏しく、
机上の空論に近い扱いを受けていた魔術にこんな形で関わりを持つのは予測不可能だった。
いかな若年にしてアトラシアの名を授けられた麒麟児であったとしても、だ。
(しかし否応なしに突然拉致されれば、流石に聖杯に物申したい所ですね)
シオン自身に、願いが無いと言えば嘘になる。
死徒と化した我が身───吸血鬼の肉体から、人間への回帰。
暫し前までの自分なら、その目的を胸に迷うことなく闘争に身を投じたのかもしれない。
アトラスの錬金術師にとって勝負とは勝つためだけのもの──そんな風に嘯いて。
ただ、衝動に従い生き血を啜る怪物ではなく、人であるが為に。
翻って、今の自分は死徒としての親「タタリ」を滅ぼし、少しは余裕のある身の上だ。
それ故に一考の余地がある。即ち、優勝の二文字を目指しに行くかどうか。
「吸血衝動を抑えられるようになったとは言っても、
再人間化が困難である事は未だ変わらぬ事実、千載一遇の好機である事もまた確かなのでしょうが………」
余裕(ヒマ)があるからこそ考えてしまう。
この聖杯戦争に否応なく巻き込まれた参加者は、自分だけであるのか。
もし全員が願いの為に闘争に臨むというなら、魔術師として挑むのも吝かではない。
だが、もし自分の様に巻き込まれ、戦意のない参加者がいたら……
自分が巻き込まれた人間を殺め、願いを叶えたと知ったら“彼”は何を思うだろうか。
無辜の命を踏み越えて願望に手を伸ばす事は、“彼”と交わした約束に沿う行いなのだろうか。
「相変わらず、確たる答えのない問いは苦手ですね…」
聖杯は、まず間違いなく敗者に容赦をしない。
否、ここは冥界。根本的に生者にとって宇宙空間や深海に等しい場所だ。
そもそもが、生者が生存できるように設計された場所ではない。
もし自分が聖杯を求め、他の主従を下せば。
敗退した葬者はこの“冥界”そのものに裁かれるだろう。
突然拉致した聖杯への不信感。今はそこまで切羽詰まっている訳では無い現状。
そして、かつての約束への感傷。それらが入り混じり、惑いを彼女の胸の内に生み出す。
果たしてこの聖杯戦争に対してどういったスタンスを取るべきか。
シオン・エルトナム・アトラシアがこの聖杯戦争に臨むうえで。
避けては通れない命題に等しき思考に身を浸し、夕日の浜辺を歩く。
昔からハッキリとした解法のない問いは、不得手だった。
だがそれでも、この東京においては自分が考えて答えを出す他ない。
何故なら、この地においてシオンと共に歩むのは白銀の盾の騎士でも。
直視の魔眼を持つ少年でもなく。
「あんれ〜!?もうフィールドワーク終わっらのシオン?早かったねー!」
酔っ払い。飲んだくれ。アル中。何か変なのだったからだ。
境界記録帯。英霊。最高位の使い魔。
サーヴァントと言う存在は、大仰な呼び名の数に全く困らない。
内包する魔力を測れば、目の前の青年が紛れもなくサーヴァントである事に疑いはない。
それはシオンも理解していた。理解していたのだが、しかし。
それでもこの感想を禁じ得ない。
────それが、これかぁ………
「………何をやっているのですか、ライダー……」
こめかみを抑えながら、ライダーに尋ねる。
「ん?お酒飲んでる。いやー、このおじさんと友達になっちゃって!」
「おお!姉ちゃんこの兄ちゃんの彼女か?アンタも飲むかい!!ダハハハ!!」
ライダーは、陽も落ち切っていないと言うのに赤ら顔で。
今しがた知り合ったばかりであろう中年男性と酒盛りをしていた。
かねてより明るいうちから呑むなと強く強く命じていたにも拘らず、だ。
頭部のありったけの血管に青筋を作り、彼の主である錬金術師の少女は叫んだ。
「結構です!!!お引き取りを!!!!!!」
■
「あーあー、シオンが怒るから、おじさん行っちゃったじゃない」
「黙りなさいライダー。それと、私のことはマスターと呼ぶように命じた筈です」
NPCと思わしき中年男性を追い払った後。
シオンとライダーは、飲み終わったビールの空き缶だとか。
ウイスキーの瓶だとか、ツマミの包装紙などを集め片付けていた。
もうじき聖杯戦争がはじまると言うのに、なぜ自分はこんな事をしているのか。
ぐしゃりと空き缶を握りつぶしながら、溜息を吐いて。
そして、同じくごみを集めるライダーの方を一瞥する。
「海はキレイにね〜」
シオンのサーヴァントである、ライダーの青年。
上背はシオンよりも一回り大きく、毛先が青いブロンドの髪を腰までゆったりと伸ばし。
白と金のローブの様な服を身に纏った、目を引く青年だった。
何より印象的だったのは、開けた胸元からサファイアの様な蒼い輝きを放つ輝石だ。
単にただならぬ魔力を感じる、だけではない。それだけなら問題は無かったのだが。
シオンは無言で、両手首の腕輪から慣れ親しんだ万能礼装を起動。
一息にライダーの頭部に突き刺し、接続を試みる。
「あっ、またアレ刺したでしょシオン。もー、ネタバレはダメだって言ったじゃない」
エーテライト。第五架空元素によってつくられた医療用の疑似神経。
他人の脳に接続すれば思考や精神を搾取する事すら可能な、エルトナム家相伝の技術。
その干渉をあっさりと弾いて、ライダーは抗議の声をあげる。
「…自分のサーヴァントの素性や詳細な性能を知りたいと思うのは主として当然でしょう。
そうやって跳ねのけるのは後ろめたい事を隠しているのではと、私は疑念を抱いています」
ライダーの抗議の声も一切悪びれることは無く。
シオンは歯に衣着せぬ物言いで抗議の声に反論した。
召喚した当初は機嫌を損ね、共闘に支障が無い様に振舞っていた物の。
数日一緒に過ごした事でこの酔っ払いにそんな配慮は必要ない。
その結論を既に導き出していた。
「だから素直に教えて?ライダーお兄さんって言えばちゃんと教えるって言ってるのにー」
これだもの。
全くもって、何を考えているのか分からないサーヴァントだ。
召喚した当初から掴みどころがなく、奔放に過ぎる。
正直な所、何故自分のサーヴァントが高名な錬金術師や中華の始皇帝ではなく。
召喚されて早々自分の事を救世美少年だとか自称する青年だったのか、理解に苦しむ。
口頭なら教えると言われても、果たして吐く言葉をどれほど信用していいものか。
「………では、貴方の聖杯戦争に賭ける願いを伺いましょう」
素性を教えろ、とは言わなかった。
一応、マスターであっても真名を教えないのは戦略上意味があるのは理解しているし。
酔った時の彼のセリフから凡その正体には辺りが付いていた。
………まさか、聖書に記されている彼であるならば、と。
より理解に苦しむ状況に陥りはしたけれど。
「え?もう言ったでしょシオン。今回は救世の航海者じゃなくて。君だけの船長だって。
だから僕は君の行きたい場所に君を送り届ける。そのために今回は冠位の資格もおいてきたんだから」
幾分か、酔いが醒めたのか。
ライダーは淡い笑みを浮かべて、己の願いを述べる。
その言葉に嘘はない。エーテライトで接続せずとも、直感的に理解していた。
同時に、シオンはまただ、と思う。
また、ライダーは───私を通して、別の誰かを見ている。
「………ッ!いい加減にしてください、ライダー!!」
この冥界東京の解析が思う様に進んでいない焦りからか。
エーテライトの接続を拒否され、彼を知ることができていない不安からか。
それとも───ライダーが自分を通して別の誰かを見ているのが不服なのか。
感情が、溢れ出す。
「貴方が私に誰を見ているのかは知りませんが、私は私です。
貴方のマスターはシオン・エルトナム・アトラシア。それ以外の誰でもありません。
勝手に他人を投影されて、力になると言われても─────」
此方は当惑するだけです。そう口から零れた。
口に出してからはっと思い至る。いけない、流石に失言だったと。
折角彼が自分の為に戦ってくれると言っているのに。
彼が此方に伏せている事があるのは事実だけれど。その言葉に嘘はない。
それは自分も分かっているのに。しかし、それでも────
「───すまない、シオン。不安な思いをさせたね」
「……ッ!?ライダー、貴方は………?」
容姿はそのままに、ライダーの雰囲気が変わる。
軽薄そうな調子は成りを潜めて、沈着な軍人の様な面持ちに。
けれどその声は気分を害した様子は無く、変わらず優し気で。
「君の言う通りだ。僕は今迄、君自身を見ようとしていなかったのかもしれない」
今迄のライダーなら決して浮かべなかったであろう、繊細な笑みを浮かべるライダー。
その顔を見て、シオンは何故か懐かしいような不思議な感覚を覚えた。
そんな彼女の前で、彼はゆっくりと両手を広げて告げる。
夕日に照らされた青年の姿は、息を飲むほど神秘的だった。
「今なら君のエーテライトも弾かない。できれば、言葉を交わして知って欲しかったけど…
君を不安にさせる位なら是非もない。君の力になりたいのも本当だと伝えたいしね」
「………っ」
さ、いいよ。とエーテライトの使用を許可し、ライダーは瞳を閉じて待つ。
全て主の判断に任せるとでも言うかのように。殉教者の様な面持ちで。
シオンはそれを見て、ずるいと思った。
勿論、戦略的に必要とあらば使おう。
しかし今使えば、己の不安を解消するためだけに情報を搾取する事となる。
それでは、あの夏の夜の戦いを踏破する前の自分と何も変わっていない。
そうだ、私は間違いを知ったまま答えを探していくと、決めたのだ。
そう考えたからこそ。
────いいえ、もう十分。接続せずともよく分かりました。
錬金術師は真剣な表情でハッキリと。そう断言し続ける。
もう既に、貴方が私の味方であるという事は分かっていました。
そして今のやり取りでもう再検証(リテイク)も不要だと判断します。
だから大丈夫。エーテライトは、今は必要性を感じません。
それが、シオン・エルトナム・アトラシアの出した結論。
苦笑と共にライダーにその事を伝え、同時に言葉を以て問いかける。
「けれど、私は貴方が私を通して見ている“誰か”ではありません」
だから、ひょっとすれば貴方の望まぬ答えを導くかもしれない。
例えば私自身の願いの為に───聖杯を目指す。
貴方にそう告げる刻が来るかもしれない。
それでも、貴方は私の船長(キャプテン)でいてくれますか?
じっとライダーのエメラルドグリーンの瞳を真っすぐに見つめて。
背筋を伸ばし、臆することなく向き合ったうえで、シオンは尋ねた。
そんな彼女だからこそ、ライダーも彼女から瞳を逸らす事無く、一つの誓いを述べる。
「それが君の望む行先であるのなら、僕は何があっても君をそこに送り届ける」
僕が此処に立っているのも君のお陰だ。
僕にとって、君の助けになる事に──理由も、報酬もいらない。
君の為の仕事ができる事が、僕にとっての一番の報酬だから。
それが言葉として紡がれることは無く。
しかし瞳の彩を以てライダーはマスターに静かに訴えた。
「大丈夫、僕の船は例え冥府の底にあったとしても……絶対墜ちないから」
確かな自信と、慰めにも似た深い思いやりを感じさせる声で。
果たしてライダーのその言葉は、シオン・エルトナム・アトラシアの胸へと響いた。
気づけば、先ほどまで感じていた不安や焦燥は何処かに消えていて。
だからこそ彼女は、何時もの鉄面皮ではなく、穏やかな、安らぎを伴った笑顔を見せ。
「えぇ───期待しています」
主としての責務を。
己のサーヴァントの思いの丈を、言葉にて受け入れる事を果たしたのだった。
それを聞いたライダーは嬉しそうに微笑み、くるりと身を躍らせて。
「さて、それじゃあシオン、今一度問おうか─────」
その瞬間、シオンはライダーの纏う雰囲気がまた変わったのを感じ取った。
先ほどはまるで二人の人格が同居している様な雰囲気をライダーは出していたが。
今は二人に別れていた人格が統合されて一人になった様な、そんな印象を覚えたのだ。
その瞬間にも、ライダーの問いかけは続く。
「シオン・エルトナム・アトラシア。我がマスター。ただ独り、冥界を飛ぶ鳥よ。
君のサーヴァントとして。救世の航海者ではなく、君だけの船長として、僕は尋ねたい」
君が聖杯を目指すとしても。
この閉ざされた冥府の街から脱出を望んだとしても。
自分はそれに応えよう。
例え最も困難な選択肢である今すぐの脱出を望んだとしても。
人類太祖の名において君独りであれば都合しよう。
君の辿り着きたい場所は、君だけが決められる。
例え聖杯であっても、君が辿り着きたい場所への道行きを邪魔はさせない。
言葉を失う程美しい、黄昏の茜色の世界の中で。
輝きに染まったライダーは、やはり穏やかな微笑と共に最後の問いを投げた。
「────シオン。君は、何処へ行きたい?」
【CLASS】ライダー
【真名】ノア@Fate/Grand Order Arcade
【ステータス】
筋力B 耐久C 敏捷C 魔力C 幸運A+ 宝具C
【属性】秩序・善
【クラススキル】
騎乗:A
ライダーのクラススキル。乗り物を乗りこなす能力。「乗り物」という
概念に対して発揮されるスキルである為、生物・非生物を問わず、
全ての乗り物を乗りこなす事が可能となる。ただし、竜種に関しては対象外となる。
対魔力:B
輝く石に依る加護、そして悪を許さない心によって強い対魔力を得ている。
ただし酒にはとても弱い。酒に纏わる魔術にご用心。
単独行動:EX
マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。
EXランクならマスター不在でも行動出来るようになる。
230日もの間、地から離れ箱舟で漂流し続けたノアの信仰と忍耐は、破格の単独行動スキルに昇華されている。
【保有スキル】
神性:B
ノアは神霊では無い物の、主に選ばれた仁賢として高い神性を持つ。
救世の航海者:B
嵐の中を生き抜き、生命を繋いだ救世の徒として、守り繋ぐ為の方針が昇華されたスキル。
世界を覆う様な脅威の全攻撃に対して特防効果を得る。
自軍サーヴァント、マスター、NPCを問わず、
広い範囲の人々を救うために行動した場合もこのスキルは自動発動される。
信仰の加護:EX
善良な人間として主に選ばれた事を示したスキルで、一つの宗教観に殉じた者のみが持つ。
本来、このスキルには最高存在から与えられる恩恵は無いのだが、ノアに関しては実際に多くの恩恵を受けている、正に特例である。
ゾハールの輝石:EX
アダムの子孫である事を示す輝く石で、それ自体は大きな力を持たない。
だが、悪に染まらず、地を育み、動物達を愛するノアの精神に呼応して石は輝き、
『人類の太祖に相応しい力』を湧き上がらせる。
【宝具】
『ノアの箱船(ノアズ・アーク)』
ランク:A+ 種別:対界宝具 レンジ:20?99 最大捕捉:各種族99まで
顕現させた箱船と共に、世界をリセットした創世の大洪水を再現する宝具。猛烈な荒天と押し寄せる水流によって敵は押し流され、
全てが水没した後、潜水艦の様に箱船が水面に浮上。ノアのもとにオリーブの枝をくわえた鳩が戻り、晴天には契約の証の虹がかかる。動物達も大喜び。
『再創世の試練(グレートラム・ノアズ・アーク)』
ランク:A 種別:対(巨)人宝具 レンジ:3 最大捕捉:1
猛烈な嵐の海に漂う箱船。
ブロック単位で区切られた巨大な箱船が、スライドしながら智天使ケルビムを思わせる異形の人型に変形。その腕先にライダーの霊基を構成する幻霊の宝具、
ノーチラス号と一体化し雷電を帯びたドリルアタックを行う。
さらに猛獣、猛禽たちが追撃を果たす。
簡潔に言うとノアの箱船が変形してロボとなり、ドリルパンチを繰り出す。
【weapon】
マスケットアックス
ライダーは主にこれを用いて中距離〜近距離での戦闘を行う。
【人物背景】
旧約聖書に登場する「始まりの人」アダムの直系の子孫の一人、『ノア』
本来ノアはグランドクラスの霊基を持ち、聖杯戦争での召喚は不可能である。
B.C.2655、第七/模倣特異点にてノアは第六の獣を討つために現界を果たした。
しかし完全なグランドライダーとしての召喚をビーストⅥに妨害されたために、
今回の彼のマスターと縁のある幻霊が助け船として身体を差し出し、
霊基を掛け合わる事で現界できた複合サーヴァントである。
今聖杯戦争においても彼が召喚されたのは、ノア本人の縁と言うよりも彼の肉体となった幻霊の記録に影響された可能性が非常に高い。
常に余裕を持った涼やかな振る舞いで他者へ接する、馴れ馴れしい程フレンドリーな性格で、友人として温かく、時にうっとおしく、マスターの人生に介入したり見守ったりしている。
【サーヴァントの願い】
今回は救世の航海ではなく、ただ一人の船長(キャプテン)として。
【マスターへの態度】
無意識にマスターとペアのものを欲しがるくらいには好き。
また、彼女の前では酔い過ぎて裸にならない様配慮している。
【マスター】
シオン・エルトナム・アトラシア@MELTY BLOOD(漫画)
【マスターとしての願い】
吸血鬼化の治療法を探す。ただし消極的よりである。
【能力・技能】
・エーテライト
第五架空元素という存在を編んで作られたナノ単位のフィラメント。
医療用の疑似神経であり、生物に接触すると神経とリンクして擬似神経となる。
他人の脳に接続すれば、対象の思考や精神を読み取り、行動の制御(活動停止、リミッター解除)が出来る。
肉体や神経の縫合、ワイヤートラップ的な設置、鞭のように使用など、用途は多岐にわたる。
単体では火力不足であるが、シオンはこれをアトラス院の魔術師の技能である
「思考分割」「高速思考」そして半吸血鬼の身体能力と併用して戦闘を行う。
・黒い銃身(ブラックバレル・レプリカ)
対象の寿命によって威力が比例する「天寿」の概念礼装。常時は拳銃として使用される。
【人物背景】
若年にして吸血鬼の連盟死徒二十七祖の十三位タタリ討伐に挑むが失敗、
友人を失い、自身も噛まれ吸血されたことで半死徒となったアトラス院の錬金術師。
吸血鬼化後、アトラス院から離反し三咲町にて直死の魔眼の少年と共に「タタリ」と交戦。
真祖の姫君も交えた激戦の果てに討伐を果たし、アトラス院へと帰路についた。
ゲーム出展とすると剪定事象が混在するため、漫画版のシナリオを仮に編纂事象としシオンの出展とする。
【方針】
現状は冥界東京の調査。聖杯が信用に足るものか検証を行う。
【サーヴァントへの態度】
言葉と実力に対して疑いはない。でも昼間から呑むのは止めろマジで。
投下終了です
投下します
まるで生霊だ。
少年の姿から抱いた第一印象はそのようなものだった。
眦がやや垂れ気味の双眸に覇気はない。というより光がない。かと思えば鋭さだけは何故か人一倍にある。まるで眼球の代わりにクレバスが走っているかのような暗闇だ。日本の諺には『目は口ほどに物を言う』とあるが、こんな目では彼が何を考えているのかを推し量るのは不可能である。両目の下部は隈で黒ずんでおり、少年が漂わせるマイナスなイメェジをより一層際立たせていた。
体格は平凡。同世代の子供よりも非力にさえ見える。背中には長大な袋を背負っており、おそらく中に武器類を収納しているのだろうが、仮にそこから何かを取り出したところで、両の腕で満足に振り回せるか怪しく思えた。
そして何より──その身に纏う得体の知れない不気味さよ。
オーラと呼ぶべきか、気配と呼ぶべきか──少年と同じ空間にいるだけで、生温い粘性の液体でぬるりと満たされた浴槽に全身が浸かっているような不快感があった。
不吉。
不安。
不運。
不快。
不健康。
不気味。
そして──死。
どれだけ語彙を尽くしても、ポジティブな単語はひとつも出てこない。
まるで、生きながらに死んでいるような──
見る者にそんな印象を抱かせる少年だった。
「──はずだよな」
地面に仰向けで横たわりながらランサーは呟いた。
夜の空気で冷えたコンクリートに体温を徐々に奪われる感覚は不快である。ならばさっさと起き上がればいいのではないかと思われるかもしれないが、そうはいかない。
ランサーは下半身を失っていた。
つい数分前まではこのような姿ではなかった。健全だった両の足で東京の大地を踏み進んでいたランサーは、その最中に少年と遭遇。当初は少年が放つ不気味な気配に面食らったものの、少年がサーヴァントを引き連れておらず、霊体化や気配遮断といった小細工を弄しているようにも見えなかったため方針を襲撃に切り替えた。聖杯戦争におけるサーヴァントの不携帯は最重要武力の欠落と同義である。見るからに厄介な競合相手を盤面から排除するのに、これ以上の好機はあるまい。
そのような思索の末にランサーは少年を急襲し。
幾度かの攻防を交わし。
その最中に少年が背嚢から取り出した大振りの日本刀によって、腰を横一文字に切り離されたのである。
「…………」
下手人である少年は、何を言うこともなくランサーを見下ろしていた。
戦闘に勝利した直後だというのに両目には他者を打ち負かした高揚も、敗者への嘲りも籠っていない。感情がない、というわけではないのだろう。戦闘そのものに意味を見出す感性が欠如しているだけだ。
少年は普通の人間ではなかった。
理外の肉体強化で見てくれ以上の身体能力(パフォーマンス)を発揮していたし、同様の強化を施したのであろう日本刀はランサーの槍と打ち合える性能を有していた。戦闘中に少年に負わせた、普通なら活動の続行が不可能になる傷も、どういうわけか一瞬後には消えていた。
現代生まれの青二才じみた風貌をしていながら、その内には途轍もない異能を抱えていたのである。
サーヴァントも伴っていない単騎でこの戦力──少年は間違いなくこの聖杯戦争における『上澄み』だった。
そんな思考と共に、ランサーは口元に笑みを浮かべた。相手の力量を正しく見極められなかった己に向けた嘲りだった。
そして──槍に手を伸ばす。
肉体の五割近くが欠損した今、掴んだ槍を杖替わりにしたところで立ち上がれるはずがない。
だけど。
それでも。
「このまま終われるか」
腕が動き、その先に得物があるのなら──最後の一撃くらい放てるはずだ。
「せめて手前が必死になってサーヴァントを呼び出したくなるくらいには、ドデカい一撃をお見舞いしてやるよ」
戦略の問題ではない。
ランサーが敗れた今、彼の主(マスター)の敗退も確実となった。ここからどう足掻いた所で、それが覆ることはない。
いま彼を突き動かしているのは、ただの意地。
自分の聖杯戦争を「たったひとりのマスターに敗れた」で完結させない為の終活だ。
これから放たれるは通常の宝具に非ず。
壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)──『宝具の破壊』という対価(しばり)を払うことで本来以上の火力を発揮する必殺技だ。
更に支払う対価は宝具だけではない。
どうせ遠からず消滅する身なのだ。この際、残存していた全魔力を一滴残らず注ぎ込み、霊核さえも対価にしてみせよう──そのような覚悟を固め、ランサーは槍を握る手に力を籠めた。
そうして完成したのは字義通り必殺の奥義。たった一投で少年の命を奪って余りある威力を有する破滅の槍である。
ランサーは背筋の力だけで地面から跳ね上がり、最後の一撃を射出せんと振りかぶる。
そして──
■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■「ねェ」■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■
冥府の奥底から囁くような声。
今や半分になった肌が粟立ち、戦闘中でもかかなかった量の冷や汗が流れた。
同時に、背後から腕が現れる。
ただの腕ではない。
怪物の腕だ。
その表皮に血色はなく、死人のように青白い。しかし力が感じられないかというとそのようなことはなく、むしろ活力(エネルギー)に満ちた大木の幹を思わせる巨腕である。そんな腕がランサーの体を包む。少女が遊びで花を摘むように無造作な動きだったが、全身全霊を掛けた彼の一投を急停止させるにはそれだけで十分だった。
「なにしてるのォ?」怪物は問う。
「いま終わったところだよ、リカちゃん」親し気な口調で返す少年。
ランサーは自分を掴んだ者の正体を探るべく、首から上だけを動かして振り返り──すぐに後悔した。
目に映ったのが心胆を寒からしむる化物だったからだ。
大きく裂けた口。その中には乱杭歯がぎっしりと生えており、聞く者の頭蓋を内から掻き毟るような声を奏でている。本来なら口から上にあるはずの鼻や目は無く、のっぺらぼうのようだった。後頭部からは髪の代わりに得体の知れない斑模様の管が何本も伸びている。
一目で分かる異形、異様、怪異──気の弱い者が直視すれば、それだけで心臓が止まりかねない外見だ。
これが少年の従えるサーヴァント?
否。
違う。
これは……、こんなものは【英霊】ではない。
もっと悍ましく、恐ろしく、呪いに満ちた【何か】だ。
ならば──結局。
少年のサーヴァントはどこにいるのだろう?
「あ……」
消滅まであと数舜、今際の際になってようやく気付く。
「……あれ、は」
東京の街を覆う夜空。その一角に聳え立つ高層ビルの屋上から、こちらを見下ろす人影に。
同類だから分かる──サーヴァントだ。
位置関係から察するに、一瞬、少年のサーヴァントかと思ったが──確信は持てない。
だって──放っている気配があまりにも違いすぎる。
少年が暗闇だとしたらあれは光。
夜空に瞬き、銀河を照らす星々にも似た鮮烈な気配で、それは夜の屋上に佇んでいた。
◆
「ふーん。もう終わったんだ」
高層ビルの最上階から一部始終を眺めていた少女は少年──乙骨憂太の付近に降り立つ。
流れ星のように俊敏で、舞い落ちる花びらのように柔らかな着地だったが──この場合、比喩に真っ先に使いたくなるのは流れ星でも花びらでもなく『天使』であろう。
誰が見てもそう思うはずだ。
少女の姿は天使そっくりなのだから。
頭上に浮かぶ天輪(ヘイロー)。腰から生えた白い羽──まさに聖書に語られる天使そのものである。
「『聖杯(ホーリーグレイル)』なんて仰々しい名前が付いている戦争だから、どんな強敵が登場するのかと思っていたけれど……、大したことなかったね」
「そうでもありません」
刀を鞘に納めながら乙骨は言う。
「僕に反転術式がなければ勝っていたのは彼の方だったし、リカちゃんがいなかったら最後は危なかった──限り限りの戦いでした。僕はただ、恵まれていただけに過ぎません」
「へえ」
「初戦でこれだ」
乙骨は少女を見つめて言う。
訴えかけるような視線だった。
「これから戦いが進めば進むほど敵はより強くなる。いつか僕とリカちゃんだけではどうにもならなくなる。だから──」
「だから──私に協力してほしいって言いたいの?」
これまで特級呪術師として多くの猛者と出会ってきた乙骨には分かる。
少女の強さが。
彼女の協力があれば聖杯戦争をより潤滑に進めることができるだろう──しかし。
「はっはー、無理無理」
少女のモチベーションは高くなかった。
「こんな霊基(クラス)で召喚されてやる気出せって方が無理な話じゃんね──まあ魔術師(キャスター)で呼ばれるのに比べたら、遥かにマシかもしれないけど」
やる気が出ない──人理に名を遺した豪傑が一騎の発言とは思えない口ぶりだ。
己の情緒を第一に掲げ、考えなしに吐き出した言葉が周囲にどのような影響を及ぼすかを想像できていない。きっと、今しがた口にした台詞すら、暫く経てば忘れてしまっているだろう。
まだそこらの小学生の方が思慮深いというものだ。
「それに私とは真逆なタイプのあなたが上(マスター)っていうのも気に食わないし」
「じゃあ僕が下の立場でいいですよ。マスターの肩書が似合わないなんて自分が一番思っていますし……」
「なにそれ。卑屈すぎて引くんだけど。それとも逆ギレ? こっわー」
「…………」
まともなマスターなら早々に縁切りを視野に入れること間違いなしの問題児。それが、乙骨憂太の元に召喚されたサーヴァントだった。
「そもそもさあ」
少女は言う。
「あなたが勝ち残りたい理由って何? 死にたくないから?」
「え? どうして? 自分の命なんかの為に戦うって、おかしくないですか?」
少女は一瞬、先ほどのような口先だけではない本気の『引くんだけど』な表情を見せた。
「じゃあ……、どうしても叶えたい願いがあるとか?──あなたの言うリカちゃんが関係していたりして」
「それは──」
暫くの無言を経た後、少年は言った。
「──既に叶えました」
乙骨憂太はかつて、愛する人の死を拒んだ。
だけど、それは間違っていた。
幼心に祈り、そして叶えてしまった願いは結果として愛する人の在り方を歪め、多くの人を傷つけたのである。
だから──乙骨は聖杯に願いを託さない。
超常頼みで叶えた私欲がどんな悲劇に繋がるのかを、思い知っているのだから。
「そもそも僕は最後まで勝ち残ろうとは思っていません。この結界(コロニー)……なのかな? とにかく聖杯戦争の会場から脱出して、元の世界に戻りたいだけなんです」
「なーんだ。あれだけ色々言っておいて生還希望? 結局は自分の為ってこと?」
「先生の為です」
「────」
あれだけ口を挟むのに忙しなかったサーヴァントが初めて黙った。
というより。
息を呑んだ。
「ここでその言葉が出てくるのを予想できなかった」──とでも言いたげな驚き様だった。
「先生は僕がとても苦しんでいた時に助けてくれた」
打ちたての刀剣のように固く、熱の籠った声で乙骨は言う。
「これからあの人が戦おうとしている時に……助けることも、支えることも、代わりになることもできないなんて──絶対に嫌だ。だから早く戻らなくちゃいけないんです。元の世界に」
「………………………、わーお」
必死な乙骨に対し、少女は驚きつつもどこか得心しているような反応を返した。
「そっか。うん、そういうことなんだね。『どうしてこんなマスターの元に呼ばれたんだろう』って不思議だったけれど──」
【ミカは魔女じゃないよ】。
どうしようもなく不安定だった自分を救ってくれた、大切な一言──それを言ってくれた『先生』を少女は思い出す。
「──私たちって似た者同士だったんだ」
それはちっぽけな、縁と言えるかも怪しい繋がり。
それでも少女にとってそれは、乙骨と自分を重ねるのに十分な理由だった。
「おっけー!」天真爛漫な声で少女は言う。「いいよ、マスターくん。あなたを助けてあげる」
「え」急な承諾に驚きを隠せない乙骨。「ありがとうございます。……でも、なんで急に?」
「べっつにー? 大した理由なんてないよ。ただ──」
少女は言う。
にっ、と。
お姫様のように素敵な笑顔で。
「『自分の為になら戦ってあげてもいいかな』って思っただけ☆」
こうして。
冥府と化しつつある東京都に新たな主従が降り立った。
主(マスター)、乙骨憂太。
最強の呪術師・五条悟に次ぐ。
現代の、異能。
そして従者(サーヴァント)。
位階(クラス)、狂戦士(バーサーカー)。
真名、聖園ミカ。
奇跡犇めく箱舟にて燦然と輝く。
至上の、神秘。
【クラス】
バーサーカー
【真名】
聖園ミカ@ブルーアーカイブ
【属性】
混沌・悪
【ステータス】
筋力A+ 耐久A 敏捷C 魔力B 幸運D 宝具B++
【クラススキル】
狂化:E+++
通常時のバーサーカーはこのスキルのランクが低く、従来のバーサーカーのように狂化で話が通じないということはない。精々がワガママな気分屋程度。
精神判定に失敗する度に本スキルのランクが上昇──暴走する(ステータスは最初から上記通りの高さに設定されている)。
他クラスでの召喚時、このスキルは【裏切りの魔女】(【無辜の怪物】の類似スキル)として発現する。
少女じみた不安定な精神性に由来するスキルだが、彼女の胸の奥にかつて自分を救ってくれた『あの言葉』がある限り、このスキルが実質的に機能することはない。
【保有スキル】
ティーパーティー:E
超巨大学園都市キヴォトスにおいて三大学園に数えられる一大勢力、トリニティ総合学園。
その中で主要な三つの派閥によって組織される生徒会こそが『ティーパーティー』である。
本来ならば所有者がスキルランクに応じたカリスマや軍略などを保有していることを示し、派閥の構成員をサーヴァント未満の霊基で呼び出して戦略的な運用を可能とするスキルなのだが、元来小難しい政争を不得手としていたバーサーカーにとってそれらの能力が元から高いはずもなく、また、彼女は生前に自らが起こした事件により『ティーパーティー』の座を追われた為、名ばかり程度のランクでのスキル所有に至っている。
星の呼び声:EX
バーサーカーが有する神秘。
バーサーカーは頑強なキヴォトスの生徒の中でも抜きん出た戦闘能力(ステータス)を持つ。怪力、頑強などの複合スキル。
あと隕石を落とす。
戦闘続行:B++
往生際が悪い。
瀕死の傷でも戦闘を可能とし、決定的な致命傷を受けない限り生き延びる。
【宝具】
『あの魂に祈りを(キリエ・エレイソン)』
ランク:B++ 種別:対人・対軍宝具 レンジ:10 最大捕捉:1
Kyrie Eleison。
幾つもの弾丸の連射の末に対象を中心として超新星爆発じみた爆発を発生させる。これら一連の攻撃は対象の残り体力が多ければ多いほど威力が増加する。
高火力の宝具だが、その分消費される魔力量(コスト)は甚大であり、そう簡単に連発できるものではない。
【weapon】
・Quis ut Deus
バーサーカーが愛用するサブマシンガン。
何の変哲もないサブマシンガンをデコレーションしたもの。暗闇の中でも星のように輝く特別な外観を持つ。
いつでもどこでもミカのために活躍する。
【人物背景】
かつて裏切りの魔女と呼ばれ、悪役に身を落とし、そして──ささやかな、けれども劇的な救いを得た少女。
【サーヴァントとしての願い】
特に無いが、今は機嫌がいいのでマスターに付き合ってあげてもいい。
【マスター】
乙骨憂太@呪術廻戦
【マスターとしての願い】
聖杯戦争の解決。元の世界への帰還。
【weapon】
・日本刀
【能力・技能】
・呪術師
人から流れ出る負のエネルギー・呪力をコントロールし、術式を運用することで常人から隔絶した異能を揮う者。
呪力総量が凄まじく、現代最強の呪術師と名高い五条悟を上回るほど。その呪力量に裏打ちされた強化術により肉体(フィジカル)と耐久(タフネス)を強化し、刀を用いた肉弾戦を得意とする。
また乙骨は負のエネルギーを掛け合わせることで正のエネルギーを生み出し、注ぎ込んだ対象の傷を回復する『反転術式』も会得している。
・『リカ』
かつて乙骨に憑いていた特級過呪怨霊・祈本里香とは似て非なる式神のような存在。
その正体は里香の成仏後に残された外付けの術式と呪力の備蓄である。通常顕現の時点で並大抵の式神を上回る支援能力を持っているのだが、その真価は乙骨が指輪を通して『リカ』と接続したときに発揮される。
接続持続時間である5分の間のみ『術式の使用』『「リカ」の完全顕現』『「リカ」からの呪力供給』が可能となる。
・術式
『リカ』と接続している5分の間だけ、他者の術式を模倣(コピー)することができる。
本企画の乙骨は新宿における五条悟と両面宿儺の決戦直前にあたる時系列から呼び出されているので、包蔵(ストック)されている術式もその時期に相応しいものとなっている。
・領域展開『真贋相愛』
呪術の極致、領域展開。呪術師にとっては文字通りの必殺技に相当する代物。
乙骨憂太の領域は巨大な水引によってぐるりを囲まれ、無数の刀が突き刺さっている建築物の骨組みという形で展開される。その効果はこれまで模倣(コピー)し包蔵(ストック)している術式の中からひとつ選択し、必中術式として結界に付与するというもの。それ以外の術式は領域内の刀にランダムに宿っており、乙骨だけがその効果を引き出すことができる。どの刀にどの術式が宿っているかは乙骨も刀を手にするまで分からない。刀は一度術式を開放すると消滅するが、使用可能な本数に制限はない。
【人物背景】
呪術高専東京校の二年生。日本に4人しかいない特級呪術師のひとり。
温厚で仲間思いの性格をしている優しい少年なのだが、その反面、自分自身への関心が極めて低い。
投下終了です
投下します。
「UnHoly Grail War―電脳聖杯大戦―」にて投下させて頂いた、自作を流用及び手直ししたものです。
「…くっ、やめろ!俺はお前らと…戦う気は…っ…!」
「…そんな弱腰な態度の人、組むに値しないよ。キャスター…ひと思い終わらせてあげて」
会場内の一角の、ある雨の日。小柄な少女が、オレンジ色の髪色の青年に向けて魔術を行使し追い詰め…己のサーヴァントにより青年を屠ろうとしていた。
青年はサーヴァントを連れて歩いていない時に、運悪く少女達主従の襲撃を受けてしまった形である。
(…ここで、死ぬのか。俺は……裏切られて、親父に殺されて…ここに来て、結局、何も出来ねぇまま…俺はっ……!)
悔しさを感じながらも、抵抗する気力もない有様な青年だったが……キャスターが魔術を放つその刹那。
『私の世界(ザ・ワールド)!』
周辺の時が止まり…そして動き出したと同時に、青年を庇うような形で、青年と同年代かそれより下程の銀髪のメイドの少女が現れる。
それと時を同じくして、キャスターの胸に深々とナイフが突き立てられており……そのまま斃れ、キャスターは消滅した。
「…ぇ、ぁ、ぁあっ…キャスター…っ、あぁあ"!!?」
「…ごめんなさい、マスター。心配だから霊体化と能力を使って見に行ったら貴方が…殺されそうになってたから」
キャスターのマスターが一瞬呆然とした後、悲痛な叫びをあげる一方…メイド少女は心なしか、申し訳無さそうな表情を浮かべている。
「咲…アサシン、お前っ…分かってんだろ!?サーヴァントが消えたマスターは、再契約できねえと…!」
「……だからって、みすみすマスターを殺させる訳には行かないわよ」
そう言う2人に対し、サーヴァントを一瞬にして喪ったマスターの少女は……何処からか手に入れた、或いは冥界に招かれた時から持っていたのだろう拳銃を、震える手で自らの頭に当てる。
「お前っ、何を!?やめろ!」
「…もう、ダメみたい…そっちに逝く、から……役立たずのお姉ちゃんで…ごめんねっ…──」
咄嗟に静止しようとし、また令呪を切ろうとすらする青年だったが…それよりも早く、銃声と、肉がぶち撒けられる音がした。
青年は間に合わないまま、吐き気を堪える。
少女だった肉塊から、溢れ出る血は激しくなる雨により流れていく。誰がどう見ても彼女は即死したと、そう判断するだろう。
「……ちくしょう……!」
オレンジ髪の青年はそう、悔しさを滲ませた表情で壁を殴る。
喉から出かけた、「何で見殺しにした」という言葉を押し込みながら。そうした理由など…青年は分かりきっていた。
(俺に…力が無いから、力が無いせいで…あいつに手を汚させちまった…そもそも俺の反応が間に合わなかったのもそうだけどよ…それ以上にっ…さっき俺を助けた時に、宝具を使わせて消耗させちまった。
力さえあれば、俺一人で…殺さず止める事も出来たかもしれねえのに…!!)
「…クソっ!……こんな、こんな勝ち方があるかよ!!!」
そう絞り出すかのように叫ぶオレンジ色の髪の青年…マスターの名は黒崎一護。「元」死神代行にして、取り戻せた筈の力を奪われ信じてた者達に裏切られたどん底からこの聖杯戦争へと招かれた者。自らを死人と思い込んでいる生者。
一方、それを申し訳なさと哀しみが入り混じった表情で見ながら、何も言えずにいる少女の…サーヴァントの名は十六夜咲夜。アサシンクラスのサーヴァントにして人の身のまま、吸血鬼の主に仕えた完全で瀟洒な従者。夢を通じてマスターの過去を観せられた結果、思い悩む女。
2人に降り注ぐ雨は止む気配は無く、さながら今の一護が抱いている悲しみを表すかのように勢いを増していくのであった。
----
『…やっぱり……やっぱりお前もなのかよ、石田………!!』
『解らないのか!!!僕を斬ったのは、お前の後ろに居る奴だ!!!』
『だが、勘違いするなよ。俺は月島に斬られてお前の敵になった訳じゃない。
月島に2度斬らせて、元に戻ったんだ』
『貰うぜ、お前の完現術(フルブリング)』
『返せよ銀城…俺の力を返せ………』
『銀城……銀城!!!』
『……そうか……そうかよ……親父たちまで…そうなのかよ……』
胸を刀で貫かれ、そう絶望の中呟くとほぼ同時に…黒崎一護は冥界へと招かれてしまった。
----
「……夢…か」
雨が止んだ夜、与えられた高校生としてのロール相応の家ではなく、拠点としたあるマンションの一室で、一護は悪夢から…この聖杯戦争に招かれる前の出来事を再現した夢から目を覚ます。
護る為の自分の力を取り戻させてくれたと思っていた相手は、力を奪い取る為に協力していたに過ぎなかった。
それどころか、自らの師とも言える相手や、父親ですら…自分を刀で刺した。チャドや井上ら友であり仲間のように能力で裏切らされたのか、共謀していたのか…最早一護には判断がつかないが、敵に回った事、そして冥界なる所に招かれた以上…自分はそれにより死んでしまったという事が、彼の視点からすると確かな事実となっていた。
(…もう、なにも…信じねぇ方がいいのかもな…)
これ以前にも、彼は一人彷徨いていた所、声を掛けられ告げられた同盟の提案を…悩んだ末に受けるとし、条件通りに一人で赴いたものの…裏切られサーヴァントに助けられていた。
これもまた、一護が相手を信じたいとしたが為に起こった出来事だった。
(でも…石田が来た時疑わずに信じてれば……俺は…クソっ!!)
「……すまねぇ、石田……お前の事、すぐに信じてれば……」
一護は思わず仲間で級友、そして友達(当人は認めないだろうが)の名を呟き謝る。
どういうつもりか分からないが、自分が用済みにされ、更に殺されてしまった以上は…他の皆と同じように挟まれたか、或いは…自分と同じく始末されてしまったのか。そんな最悪の事態も脳裏に浮かんでしまう。
(…聖杯で…勝ち残れば聖杯で願いが叶うって言われても…どうすりゃいいんだよ…サーヴァントを倒せば、再契約出来なかったマスターは亡者になっちまうのに……他のマスター殺してまで、願いを叶えたくなんてねえ…けど……それを使わなきゃ、もし元の世界に戻れても俺は……!!)
例え蘇りを果たし、元居た世界への帰還が出来たとしても…記憶を挟み込む能力者月島秀九郎によって殆ど全ての仲間・身内が銀城空吾らの味方となり自身の敵に回った今、戻った所で袋叩きに遭い再び冥界か、或いは尸魂界か…送られてしまうだろうと、そう一護は考えていた。
もしそうなれば…他ならぬ一護自身がそんな状況に耐えれない。既に彼の心は、度重なる裏切りでへし折れきっていた。
(…咲夜にも…迷惑かけてばっかだな…何考えてんだか、いまいちわかんねえけど…俺を守ろうとしてるのは本当だと思う。
…だからこそ…俺はっ…!!)
そう、未使用とはいえ令呪という形で縛れるのもあって、現状唯一全幅の信用を置ける存在であるサーヴァントの事を浮かべる。
(…あいつがサーヴァントってので、幽霊に近い物なぐらい…聖杯からの知識ってのでわかってる…だからって、俺と同じくらいか、年下の姿の女に…戦いで任せっきりにするしかねぇのも、殺すって選択肢を取らせちまうのも……今の俺が何にも持ってねえ、無力なせいだ。
……申し訳なくて、情けなくって……自分で自分が許せねぇよ…)
『…貴方が気にする事じゃないわ。あくまで此処に居る私はサーヴァント、使い魔に過ぎない…だから人殺しをさせたなんて、背負い込まなくていいの』
いつか彼女に言われた言葉を思い返すも、それは一護にとっては受け入れ難い物であった。
「…だからって…人殺しをさせていい理由にはならねえ、だろ……ちくしょう…護るどころか、護られて…俺は……俺はっ……!!」
理屈は理解出来ても受け入れれず、そう悔しさを滲ませながら呟く。
『…もう、ダメみたい…そっちに逝く、から……役立たずのお姉ちゃんで…ごめんねっ…──』
彼女の最期の言葉が頭に浮かび、更に一護の心は傷付く。
「…あいつも…誰かにとっては姉だった、なのにっ…なのに俺は、止めれなかった……ちくしょうっ…!!
そして暫く後…どうにもならないままに、再び一護は眠りに落ちた。
その眼から少し溢れていた涙は……一瞬の後、まるで拭き取られたかのように、綺麗さっぱり無くなっていた。
拠点の周辺のみ、ほんの僅かな間時が止まっていた事に…気付く者は誰も居なかった。
----
私の主は、生涯お嬢様…レミリアお嬢様ただ一人というのに。
……それが私、十六夜咲夜が最初にこの冬木市にサーヴァントとして召喚されて思った事だった。
あくまで自分が人の身のままお嬢様に生涯仕えた「十六夜咲夜」当人じゃない、影法師のような存在だというのは知っている上で…それでも胸にあるのはどうにも釈然としない気持ち。
…勿論、だからといってサーヴァントとして…従者として喚ばれたからには、相応の働きをしないと…とは思っていたけど。そうでなければ、完全とも瀟洒とも名乗れないもの。
とにかく、ひとまず召喚したマスター…仮の主を探しに行ったけど……彼はひとり座り込んでいた。
とりあえずサーヴァントな事を名乗った後に、マスターならロールに従った生活基盤があるんじゃないの?と聞いた所…返ってきたのは「家には…帰る気になれねえ」との一言。
何か理由があるって事は、憔悴しきった様子からも読み取れた。だからそれには触れず…近くに空き部屋が無いか探し、見つけた部屋を一先ずの拠点とする事にしたわ。勿論、部屋の内部は時間を操る程度の能力で見た目よりも広くして。
彼のロールは高校生だったけど、通っている事になっていた学校には、『今は行きたくねえ』と。直感でなんとなく、自分の家(として用意されてるモノ)に帰りたくないのと同じ理由な気はしたから…触れないでおくことにしたわ。
触れられたくないって思ってそうな表情をしてたし、「今は」と付けてる以上…下手に踏み込むべきじゃなさそうねと判断した。
……正しいのかどうかは、今でもわからない。
彼が外に出る時は霊体化して周囲を警戒しながら付き添ったり、放っておくと何も食べない彼に料理を作って食べさせたり(仮とはいえ、主を飢え死にさせる従者がいてたまるものか)と、幸運にもこの時点では他マスターやサーヴァントと出会わないままだったけれど……ある時、夢を見た。
それは、今は何の力も持たない主…黒崎一護が、死神の力を手に入れ死神代行として戦う姿…気付くと私は夢を通してマスターの、一護の過去を視ていた。
----
死神と言われて最初に私の頭に浮かんだのは、三途の川の船頭をしているサボり常習犯の死神(小野塚小町)だった。
だからてっきり、一護の夢の中で現れた彼女や彼らは外の世界に出向く、死者のお迎え担当の死神なのだと思っていた…のだけど、過去が進んでいく中、私は勘違いに気付いた。どうも私が生前居た幻想郷とこの冥界のように、世界自体が違うみたいね…と。
それはともかく、最初の夢で視れたのは、一護が死神代行になってから、仲間達と尸魂界なる場所に殴り込みに行くまでの所だった。
翌日それとなく、「何か夢を見なかったかしら?」と一護に聞いたけど…「覚えてねえんだ、なんでか思い出せない」って言われてしまった。私が一護の過去を視たように、彼も私の過去の何かを視たのかしら…?
そして次の夢、私は再び一護の過去の、その続きを視ていた。
今度は尸魂界へ殴り込んだ一護が、死神達と戦い…最終的に黒幕には負けて逃げられこそしたけれど、恩人の処刑を防ぎ、頑なだったその兄の心を救った後…恩人と別れるまでを視た。
再び一護になにか見たかと聞いたけど、やっぱり何も覚えていないらしい。この調子だと、下手に聞いても変に疑われるだけになりそうね…と考え、とりあえず聞く事は止めた。
その次の夢は、ある一人の少女を巡る戦い…最終的に誰からも忘れ去られた筈の戦いの夢だった。
忘れ去られた筈の少女の事を、最後にたったひとり思い出した一護が…抱えて前に進む事を選んだ話で……。
…少女の、自分を犠牲にして、一護が居る世界を救うという決断は理解できた。
もし私の犠牲と引き換えに、お嬢様達が居る世界が救われるなら…何の躊躇いもなく、この身を投げ捨てるでしょうから。
…けれども、護れたと思った所で、犠牲になる事で自分が逆に護られてしまう…そうなってしまった一護の悲しみは…察するに余る物だった。
そしてその次の、4回目の夢は…逃げた黒幕がきっかけとなり産まれた存在たる破面(アランカル)と、死神達の戦いの中、仲間の一人を助け出す為死神達と肩を並べ戦い…最終的には助け出す事に成功し、黒幕を打倒するも…戦う為の、護る為の力を喪うまでを視た。
そして現状最後の5回目の夢、敵サーヴァントとマスターを仕留めた今日視たのは…力を喪ってから17ヶ月後、一護が完現術(フルブリング)という技を習い、死神の力を取り戻そうとし…月島秀九郎という男によって身内が次々偽りの記憶を挟まれる中…力を取り戻したものの裏切られ、絶望に沈む中…この聖杯戦争の舞台たる冥界へと飛ばされるまでの夢だった。
…彼が与えられたロールに基づいた学校や家に行きたくない理由が、わかった気がした。
…もし元の世界での、月島に挟まれた知り合い達がNPCとして再現されていたら…そう考えると、行く気になれなかったんでしょうね。それくらいに彼は…一護は、傷を負ってしまっているのだがら。
…彼の戦いの過去を視て、心底思ったのは…一護は、彼はどうしようもなく、殺し殺されの環境に向いていないという事。
喧嘩好きな一面は確かにあったように視えたし、また戦いを楽しんでた時も…視た限りではなくはなかったと思う。でも…殺し殺されをするには、少々彼は優しすぎる。
『こんな勝ち方があるかよ!!!』
互いの生死のかかった戦いかつ、一度自分が殺された相手だというのに…内なる虚(ホロウ)による暴走もあったとはいえ、こんな事を言い自分も対等の状態になろうとする辺り、本当に向いていない。仲間を…井上という少女を助けようとする中で、見ず知らずの破面達を助けようともしていたし、筋金入りのお人好しの類なのだと思う。弾幕ごっこはやって行けそうだげ、根本的に幻想郷ではやっていけないタイプね。
彼が殺意を見せたのは、視えて、わかった範囲だと月島相手だけ、それも…自分の家族や友人達の記憶に偽りの過去を挟み込んで陥れようとされた末だから…もしそんな事をされたら普通は耐えれないでしょうし、私だって我慢は出来ないわ。何が何でも…相手を殺そうとするでしょうね。
ともすれば甘さと言えるし、実際チョコラテとも言われてたその優しさで一護は……戦いの中で敵対していた相手を絆したり、味方につけたり、改心させたり、救ったりしていた。
だけど…普通の、サーヴァントが消滅してもマスターが消えないルールの聖杯戦争ならともかく……猶予時間や再契約による生存手段があるとはいえサーヴァントの消滅がマスターの死に繋がりかねない、この聖杯戦争のルールと彼の優しさは…あまりにも相性が悪い。
彼を護ろうにも、サーヴァント殺しがマスター殺しに直結しかねない現状では…私が護る為、倒す度に…彼は苦しむだろう。
既に彼は…一護は、過去を視てわかった限りでは、心に癒えるかどうかも怪しい傷を2つ負っている。
自分を庇ったせいで母が死に、妹達から母を奪ってしまったという…サバイバーズ・ギルトめいている強い負い目。
少女を…茜雫を護る為に戦い抜いた筈が、最後の最後に自分を犠牲にする形で逆に護られてしまい、それを止めれなかった事…その上、銀城にも浦原にも父親にすらも裏切られ、殺された事も合わせれば3つ。
…山ほどの人を護りたいと、彼は言っていた。でも…今の現状で、彼を護ろうとすれば…彼の心を傷付ける事は避けれない…。
…こんな時、お嬢様なら…彼を、一護を……見限る可能性も無くはないでしょうけど、溢れるカリスマで立ち直らせれるんでしょうね。
でも…私は私。お嬢様にはなれないのだから……。
…とりあえず、過去に触れられる事は、母親絡みの件からして避けたがるだろうし…下手に夢で見た事は言えないわ。
…お嬢様のように立ち直らせれる事は出来ないけれど、それでもせめて…従者としてサーヴァントとして、彼をみすみすと殺させる事はしないと、護ってみせると…私は決めた。
仮の主とはいえ、それじゃ完全で瀟洒な従者としての名折れなのだから。
…自分を省みたとはいえ、お人好しになったつもりはないのだけども…きっと召喚時に、マスターに引っ張られた結果でしょうね。
それはそうと…最期に一護が刀を刺された箇所と、最初一護が死神の力を得た際に死神に…ルキアに刺された箇所が一緒だったけれど…何故か、気になるわ。何か関係あるのかしら…?
----
水没した心情世界、髭を生やした中年と白色になった一護がその中を漂う。
本来黒崎一護は父親達の手で殺されてなどおらず、また既に死神の力を取り戻している。
しかし時期のせいか或いはメンタルのせいか、それとも冥界に招かれたのが力を取り戻したのとほぼ同時だったせいか、一護に呼びかけようとする彼らの声は届かない。
「悲しい事だ。一体、いくら叫べば私達の声は…お前に届く…」
一護自身が再び立ち上がれる時が来るのであれば、声が届くのはその時であろう。
【CLASS】
アサシン
【真名】
十六夜咲夜@東方Project
【ステータス】
筋力:C 耐久:C 敏捷:A 魔力:A 幸運:D+ 宝具:EX
【属性】
秩序・中庸
【クラススキル】
気配遮断:B+
サーヴァントとしての気配を断つ。隠密行動に適しているスキル。ランクBのため、完全に気配を絶てば発見することは非常に難しい。
アサシンの場合は宝具発動時や後記のスキルを使用している際に、スキルにプラス補正が付く。
【保有スキル】
投擲(ナイフ):A+
アサシンが生前から持っていた、短刀を弾丸として投げる能力の技術がスキルとなった物。ランクの高さは正確さを表す。後記のスキル使用時及び宝具発動時は効果に補正が入る。
従者の矜持:A
感謝などの見返りを求めず、最期の瞬間まで主の生死を問わず尽くし、その願いを叶えようと動ける完全で瀟洒な従者であり続けるというアサシンの心構え・在り方がスキルとなった物。
Aランク相当の戦闘続行と、Bランク相当の無窮の武練に単独行動のスキルの効果が複合されている。また精神や魂に作用する異常に対する耐性がアップする効果もある。
仕切り直し(時):B
戦闘から離脱し、また不利になった戦闘を初期状態へと戻す能力がスキルとなった物。
アサシンの場合は、自分の異能である時間を操る程度の能力による時間停止や時間の加速によりこのスキルを発動させる。
使用時のアサシンを端から見ると、まるで突如姿を消したかのように映るだろう。
直感:C (A)
戦闘中、自分にとって有利な展開を常に感じ取る事が出来る能力がスキルとなった物。
ランクの高さは視覚や聴覚に干渉する妨害を半減させたり、攻撃をある程度予見し対応出来る程度の感の良さを表している。
生前アサシンが、2つの能力(光を屈折させる程度の能力と音を消す程度の能力)を併せた上で隠れていた光の三妖精の存在に、素で気付いた逸話から来ているスキル。
基本的にはCランク相当のスキルとなるが、視覚や聴覚に干渉するスキル・宝具等に対しては、Aランク相当にまで上昇するようになっている。
時間を操る程度の能力:EX
生まれつきアサシンが持っていたと推測される異能がスキルとなった物。人間が持つ異能としては規格外の力。時空間操作の類いの能力。
時間停止に圧縮、時間の加速や減速、空間の拡張や縮小が可能で、範囲は任意かつ対象を指定して行使可能。
空間の拡張や縮小の部分の能力を行使すれば、他者の空間系のスキルや宝具・能力への干渉や中和も可能となっている。
投げたナイフを加速させ威力を増させたり、相手を減速させて攻撃を避けやすくしたり減速により攻撃の威力を殺したり等が出来る。
自身を加速させた場合は筋力と敏捷、与ダメージにプラス補正がかかる。
ただし、時間の逆行については「この」十六夜咲夜には不可能。また生前とは異なりサーヴァントとなった事によって、能力を行使する範囲・対象が広ければ広い程消費する魔力が多くなるようになった。また後記の宝具を使用する以外では世界全体の時間を止める事は出来なくなっている。
なお、時間を操作出来る限界については判明してないものの、当人は「時間でも止めていないとやってられない」と、紅魔館の家事について触れた際言っているので、家事をこなせる程度には状態を維持できるようである。
【宝具】
『月時計(ルナ・ダイアル)』
ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:1〜30 最大捕捉:5人
アサシンの物であるスペルカード「時計『ルナダイアル』」がサーヴァントとなった事により宝具化したもの。時間を操る程度の能力の応用。
範囲型の時空間操作に当たる。時間停止領域を込めた時計を投擲し、命中した敵とその周辺の時間のみを停止させる効果。
停止させていれる時間はアサシンの当人主観で3秒程で、時間こそ短いが魔力消耗が少ない特徴がある。
一応時計は壊れた幻想の対象にする事が可能。
『私の世界(ザ・ワールド)』
ランク:A 種別:対城宝具 レンジ:1〜110 最大補足:100人
後記の宝具を範囲を絞る形で劣化させた、時間を操る程度の能力の応用の宝具。性能が落ちている分、『月時計』よりは重いが魔力の消耗量も本来よりある程度は抑えれている。アサシンが規格外レベルの時空間操作の異能を持つが故に可能な芸当。
アサシンの主観で、発動から9秒程の間範囲内の時間を全て停止させる。攻撃時に使う場合は、停止している間に得物であるナイフを敵の周囲に設置し、解除と同時に動き出したナイフによる一斉攻撃を行うのが基本的なアサシンの戦術となる。攻撃の回避等にも使用可能。
サーヴァントと化した事により、時が静止している範囲の中でも、アサシンのマスターは思考・行動が可能となっている。
宝具名の由来は、「東方儚月抄」の漫画版でのスペル宣言の時に呼称した「私の世界」より。
『咲夜の世界(ザ・ワールド)』
ランク:EX 種別:対界宝具 レンジ:1〜冥界全体(全世界) 最大捕捉:冥界全体(全人類)
アサシンの物であるスペルカード「咲夜の世界」がサーヴァントとなった事により宝具化したもの。時間を操る程度の能力の応用。
世界全体の時間を停止させる。本来なら全世界・全人類規模で全てを停止させれるが、今聖杯大戦では舞台の範疇である冥界全土が限界として設定されている。
停止時に攻撃する際の戦術や回避等にも使用可能な事、範囲内でもマスターは行動可能な事は前記の『私の世界』と同様だが、魔力消耗が格段に激しく、サーヴァントの身なのもあって発動してから5秒程の間しか停止させ続ける事が出来ない。
またサーヴァントとなったせいか、宝具発動時に『咲夜の世界』とスペルカード名を宣言する必要がある為、真名を勘付かれたり看破されるリスクもある。
【weapon】
『無銘のナイフ』
読んで字の如く無銘のナイフ。切れ味が良くステンレス製な点以外は取り立てて特筆する所は無い。
生前とは異なりサーヴァントとなった事で、投げた側から能力を用いて回収せずとも魔力による生成が可能となっている。
無銘のナイフなのもあって消費する魔力も微々たるものであり、投げるナイフが無くなる事態はまずないと言えるだろう。
『銀のナイフ』
魔属性に対して特攻が入る効果がある、銀製のナイフ。アサシンは異変時等に対妖怪用として用いていた。
無銘のナイフとは異なり、こちらは魔力による生成は不能。かつ数が限られている為、使用後は早急に能力を使い回収しないと盗まれたり使用不能になりかねない。
【人物背景】
元は外の世界の住人にして、流れ着いた幻想郷にて吸血鬼である主レミリア・スカーレットに、人間の身のまま仕えていた完全で瀟洒な従者にしてメイド長。
かつては館からあまり出ようとせずまた他人に冷たかったが、ある異変解決の際受けた忠告から自らを省み、閉じた自分の世界から一歩踏み出した少女。主にナイフの投擲と体術で戦う。
一見クールで真面目そうに見え実際そういう一面もあるが、意外と天然かつマイペースでお茶目な所も。テンションが上がっている時や戦闘時には勝気かつ攻撃的な言動になりやすい。(当人曰く「今の私は押せ押せモードだから」との事)
かつては交流関係が閉じ気味だったが、自身を省みてからはアウトドア趣味を持ったり交流を広げそれを楽しんだりするようになった。
なお、本来ならアライメントは中立・中庸だが、今回の召喚ではマスターに引っ張られて中立から秩序属性に変わっており、また性格面もかなり自身を省みた以降寄りになっている。
ちなみに「この」咲夜はアサシン以外ではアーチャーやキャスター、バーサーカーの適性もある。
【サーヴァントとしての願い】
特に無し。サーヴァントの身な以上、マスターの願いを叶える為に……と思ってたけど、今のマスターは願いを考えるどころじゃないから…どうしようかしら。
【マスターへの態度】
優しすぎるのよ、彼は。根本的に命の取り合いとかそういう類には全く向いてないわ。
…だから、彼の手は汚させたくない。仮とはいえ主ですもの。そういう役割は従者である私が引き受けるわ。
その上で…彼を死なせたくはない、けれども…仮に帰れたとしても、彼は……。
【マスター】
黒崎一護@BLEACH
【マスターとしての願い】
……俺は……。
【能力・技能】
かつて空手を習っていた他殴り合い等の喧嘩に強く場馴れしており、達人レベルの相手にも通用する高い身体能力と頭の良さを併せ持っているが、人の名前や顔を覚えるのは苦手。刀の扱いも参戦時期時点ではかなりのもの。
参戦時点では霊感体質や死神の力と虚の力を取り戻している他、奪われこそしたが完現術の能力も残滓程度は残っている。滅却師の力も戻っているが目覚めておらず、使用には剣八戦のように斬月のおっさんが介する必要がある状態。
ただしメンタルが最悪に近い状態なのと、この聖杯戦争に巻き込まれたのが力を取り戻したのとほぼ同時だったせいか、現状では取り戻した力を発揮出来ず霊感も無いまま。霊体化されるとサーヴァントを視認出来なくなる。
斬り合いで相手の剣・刀と合わせた際に、(当人曰く)その相手の考えや心、剣を振るうに至った覚悟が少し分かるという読心に近い事が可能。
他にも消滅すると関わった人達から関連した出来事等の記憶が全て消え去り、存在毎無かった事になる思念珠である茜雫の一件(劇場版第一作のMEMORIES OF NOBODY)を覚えていると思われる発言を、参戦時期より後にだがしている。(劇場版本編では最後に茜雫の事を思い出したかのような描写が入っていた)
一護の精神世界には住人として白一護ことホワイトと、斬月のおっさんの2名が存在している。現在は彼らから直接一護に干渉する事は不可能な状況にある。
また精神世界の状況は一護のメンタルにより左右され、悪化すると雨が降ったり水没したりする。
なお斬月は(一応)斬魄刀である為、他者(サーヴァントやマスター問わず)への譲渡や技の使用も可能と思われる(BLEACH作中でも、東仙要が他者の斬魄刀を使用している)
【人物背景】
死神の父と滅却師の母の間に生まれ虚を内に宿す死神代行にして高校生。
口調こそ荒く誤解されやすいが、本質的にはチョコラテと評される程のお人好しのあんちゃん。何度も心が折れたり折れそうになったりしつつも、護る為に戦う青年。
最初から殺す気で戦う事がまず出来ないせいで、甘さを捨てろだのチョコラテはここに置いていけだの作中ですら散々言われたり、時にはそのせいで勝てる戦いで完敗を喫したりもするが、その優しさや在り方に感化され変化を遂げた者も多い。
幼い頃自分を庇った母が虚に食い殺された一件から、どこかサバイバーズ・ギルトめいた自責の念に駆られている節があり、自分ひとりで抱え込もうとしがちな一面もある。
なお単行本の1巻に収録されているプロフィール曰く、尊敬する人はウィリアム・シェイクスピアとの事。
【方針】
…死にたくは、ねえ。けどよ……誰かを殺してまで、生きたくもねえんだ…俺は…どう、すればっ…!
【サーヴァントへの態度】
俺に力が無いせいで、あいつに背負わせて……申し訳ねえよ…俺と同じか、それより下くらいの女の子だってのに……例えサーヴァントだからって…俺は…!!
投下終了します。タイトルは「Maid & Strawberry 1.5」です。
2作投下します。
うち一作は「Fate/Over The Horizon」にて投稿したものを流用・改変したものとなります。
【1】
……やあ、今日もカーニバルチャンネルに来てくれてありがとう。
今日は、えーっと……アメリカのジョークの話をしようと思う。
アメリカのジョークにも色々あって……その一つを、ノックノックジョークって呼ぶんだ。
日本で言う、その、えー……ダジャレ、みたいなものなのかな。
まずは、家のドアをノックする。そしたら誰だって聞かれるから……名を名乗る。
そしたら、その名前にまつわるダジャレを言うんだ……面白いだろ?
じゃあ、実践してみよう。
Knock,knock……どなたですか?
警察です。あなたの息子は……ククッ、飲酒運転を……ハハハハッ!!!ヒヒハハハハハ!!!
す、すまない……ヒィーーーハハハッ!!ちょっと待って……ハハハハッ!!!!ハハッ、ククッ、ハハハハ……。
すまない、発作で……勝手に笑ってしまうんだ。
昔からなんだ、そういう障害で……すまない。
ええっと、どこまで話したっけ……そうだ、ジョークだ。
もう一度いこう。
Knock,knock……どなたですか?
警察です。あなたの息子は飲酒運転をしていた車に跳ねられて死にました!
これは、そう、ノックノックジョークをする、と思わせて本当に悲しいニュースをするっていう。
そういう捻ったジョークなんだ……どうだったかな?
そういえば、そう。最近、肩の違和感が強いんだ。
まるで、こう、血を吸う植物みたいなのを植え付けられたみたいな……。
日本じゃ彼岸花っていう花が血を吸うんだっけ。
その内、僕の肩にも咲くかもね……アーサーベルが!
なんて、ハハッ…………。
えーと、じゃあ、今日はここまで。
高評価と、チャンネル登録してくれると……そう、とても、嬉しい。
……それじゃ、明日もよろしく。バイバイ。
【1】
型落ちしたスマートフォンに、中古屋で買った低スペックのノートパソコン。
金を払えば誰でも住まわせる古いアパートに、口に合わない安物のタバコ。そして、色の薄いピエロの衣装。
それが、アーサー・フレックの全てだった。
元々、アーサーは21世紀の東京の住人ではない。
20世紀のアメリカ、その中でも恐ろしく治安の悪い街の出身である。
道化師派遣会社の下っ端として働き、母親を介護しながら暮らしていた。
しかし、ある朝目覚めると、「日本で一人暮らしをしている」という事になっていたのだ。
自分を露骨に見下す上司も、真摯に介護していた母親の姿もない。
故郷から遠く離れた土地に放り出されたアーサーは、独りぼっちで生きる他なかった。
経緯も理屈も分からないが、アーサーは不法入国したアメリカ人という事にされていた。
だから、まともな職に就くなんて夢のまた夢だ。安定した収入など以ての外である。
幸いなことに寝床はあったが、それも築何十年なのか定かでない、老朽化したアパートである。
金さえ払えば誰だろうと住ませるだけあって、環境は劣悪そのものだった。
不思議な事に、現代日本を生きる為の最低限の知識は何故か備わっていた。
具体的に言えば、日本語の理解度や、スマートフォンやパソコンの使い方だ。
自分がいた時代にはない筈の装置、使った事もないのに、どう使えばいいのかだけは理解できる。
薄気味悪い感覚ではあるものの、そのお陰でかろうじて生活は可能だった。
ここまで言えば察しが付くだろうが、今のアーサーはその日暮らしで精一杯だ。
かねてからの理想だったコメディアンの大成など、どう足掻いても不可能である。
芸を披露する場所さえ見つけられないし、仮にあったとしても、社会的地位の無い彼を舞台に立たせる物好きはいないだろう。
もっとまずいのは、戸籍を持たないアーサーでは公共の福祉を受けられないという点だ。
そのせいで、日課であった精神科医とのカウンセリングも行えず、向精神薬さえ手に入らない。
薬に頼れないこの状況では、アーサーの精神状態は悪化していくばかりであった。
そう絶望していた頃、耳に入ってきたのがYouTuberという職業だった。
彼等は面白い動画を投稿し、それによって収入を得て生活しているのだという。
舞台に立てないアーサーにとって、彼等の存在はまさしく天啓であった。
動画サイトであれば、誰もがコメディアンになれる。前歴など関係なしに、だ。
インターネットの世界であれば、自分はもう一度道化師に返り咲けるのである。
それに、Youtubeという動画サイトで人気を博すと、海外でも話題になるかもしれないのだという。
アーサーが思い返すのは、海外のコメディアン――マレー・フランクリンのトークショーだ。
司会者であるマレーはとっくの昔に引退してしまったようだが、番組は今も残っているらしい。
それなら、自分が人気者になれば、憧れのあの番組で取り上げてもらえるのではないか。
ひょっとしたら、自分の動画が脚光を浴びるかもしれない。
ひょっとしたら、自分が人気者になってテレビに出られるかもしれない。
ひょっとしたら、自分の活躍が海外のメディアの目に留まるかもしれない。
ひょっとしたら、自分がマレーが残した番組にコメディアンとして出られるかもしれない。
そんな、奇跡めいた偶然が叶うのを祈りながら、アーサーは動画を撮り続ける。
碌に編集もできてない、数分程度のつまらないジョークの動画ばかりを。
アーサーが開設した「カーニバルチャンネル」には、これまで投稿した多くの動画が並んでいる。
数十個もの動画に対して、チャンネル登録者数は未だに一桁のままである。
ここ数週間、その数字が変動したことさえなかった。
広大なネットの海では、アーサーのジョークは誰にも響かない。
投下します。
途中で失礼しました。
【3】
経歴不明の怪しげな中年でも働き口があるのは、アーサーの数少ない幸運の一つだった。
日雇い労働の仕事では、基本的に職歴は重要視されない。無視されると言ってもいい。
だから、アーサーであっても働いて収入を得る――微々たるものだが――事は可能であった。
そんな仕事の休憩時間、喫煙室で金髪の若い男と煙草を一服していた。
アーサーとその男は、これまでに何度か顔を合わせる機会があった。
恐らく、アーサーと似たような境遇にいるのであろう。それこそ、その日暮らしをせざるを得ない程のものが。
スマートフォン片手に煙草をふかす彼に、アーサーは声をかける。
「……えっと、久しぶりだね。今日も元気そうで良かった」
「当たり前じゃないっすか。アーサーさんと比べてまだ若いっすから」
そう言って若い男は、スマートフォンに視線を向けたまま、手に持つ煙草を口に咥える。
アーサーが常用しているものと同じ、コンビニで買えるものの中で一番安い銘柄だ。
不評の多いものだが、稼ぎの少ない者にとってはこれでもありがたかった。
「あーっと、その……前に言ったけど、僕のYouTube……見てくれたかなって」
「ああ、そういや言ってましたっけ。すんません忘れてました!見ときますわ」
若い男はけろっとしているが、彼とアーサーがこの会話をするのはこれで三度目だ。
その度に「忘れました、見ときますわ」と約束するが、それが果たされた日は一度もない。
チャンネル登録者数はおろか、動画の再生回数すらまるで増えないのが、その証拠である。
それどころか、アーサーがYouTubeの名前を出すと、若い男は鼻で笑う様な仕草を見せるのだ。
彼がこの中年の外人を見下しているのは、誰が見ても明白であった。
「じゃあ、その、僕の動画見ないなら……今見てるのはどんなヤツなんだい」
「ああこれっすか?映画を十分くらいのあらすじに纏めてくれるんすよ。
最近の映画までカバーしてくれるんでありがたいんすよねーこれ」
若い男が観ている動画は、違法とされているものである。
海賊版に限りなく近いものであり、最近は逮捕者まで出たのだという。
にも関わらずそんな動画が出回っているのは、それを求める大衆がいまだに数多く存在している証拠だった。
「だけど、それって駄目なんじゃないのかい?いくら楽だからって……」
「は?なんでそんな事アンタに口出しされなきゃならないんすか?」
「いや!す、すまない。君が悪いんじゃなくて……でも、僕は観れないなって……」
「意味わからんっすわソレ、底辺の癖に善人ぶって気持ち悪いっすよ」
露骨に見下したような男の言葉対し、アーサーは肩を押さえながら小さく笑う。
あからさまな嘲笑に対してさえ、彼は何も言い返す事ができなかった。
「……そう、だね。そうかもしれない」
「そうっしょ?楽しく生きてればいーじゃないっすか!
てかアーサーさん真面目すぎるんすよ、もっとテキトーに生きましょうって!
ほら、最近出た実写映画あるじゃないっすか。俺見てねーんすけどアレマジでクソって言われてて!
ゆっくり解説で知ったんすけどぉ、アレ主演の演技クソすぎて逆に面白いらしいんすよ!」
べらべらと喋り続ける男は、煙草を吸っている時よりよっぽど楽しげだった。
非難していいと見なした存在に対し、彼はどこまでも嘲笑を向ける事ができた。
大勢で何かを否定する事に快感を覚える、少なくとも彼は、そういう人間だった。
いや、どんな場所、どんな時代だろうと、大衆とはそういうものだ。
彼等は英雄が奮起するのと同じくらい、凡愚や無能が這いつくばるのを好んでいる。
惨めな弱者が憐れに藻掻くのは、人々には最高のコメディにしか映らない。
「自分で観る気は、ないのかい」
「当たり前っしょ、たかがエンタメに金使うとかバカみたいじゃないっすか」
タイパも悪いし意味ないっすよ。
そう言ってヘラヘラ笑う男に、アーサーもつられるように笑う。
ただ周りに合わせるだけの、中身の伴わない笑い声だ。本心では少しも面白くない。
それどころか、怒りにも似た感情が沸々と湧き上がるのを感じる。
右肩を強く、強く握り締めた。
【4】
その日は、帰るのに路地裏を通る必要があった。
鼠が横切りそうな狭苦しい道を歩いていると、ここが日本の首都である事を忘却しそうになる。
代わりに思い出すのは、以前住んでいたゴッサムシティの情景だった。
酷い街だった。貧富の格差は東京の比でなく、富豪は弱者を下水道のネズミ程度にしか思っていない。
歩きながら、右肩を押さえる。最近、いつにも増して疼きが強くなるのだ。
東京に放り出されて以来、ずっと肩に異変を感じるようになっているが、ここ数日は更に悪化している。
まるで、巨大なムカデが肩の裏側でのたうち回るような不快感を覚えるのだ。
肩の病気なのかもしれないが、病院に駆け込む事さえ出来ない以上、放置するしかない。
そんな風に、肩に気を取られながら歩いていたのがまずかった。
前方を歩く小太りの学生に気付かず、正面からぶつかってしまったのである。
スマートフォンを見ながら歩いていたその少年も、アーサーに気付けなかったが故に事故であった。
「す、すまないっ!大丈夫かい?」
アーサーの心配になど目もくれず、少年は落したスマートフォンを拾い上げる。
怪我を負ってるかもしれない男より自分の所有物の方が大事だと、そう言わんばかりの行動だ。
だが、その画面を少し見つめた途端、彼は顔を真っ赤にしてアーサーに詰め寄った。
「お、お前、どうしてくれるんだよッ!スマホ壊れたじゃねーか!!」
そういって少年は、証拠と言わんばかりにアーサーへスマートフォンを見せつける。
アニメの美少女が描かれた液晶画面の全域が、罅割れてしまっていた。
例え内部機械が無事でも、画面がこの有様では使い物にはならないだろう。
「お前のせいだぞ!!弁償しろよジジイッ!!」
「そんなっ!?でも、携帯を見てた君だって……」
「お前、責任転嫁かよ!?ふざけんな!!」
アーサーの知らぬ事ではあるが、その少年は普段は大人しい。根暗と言い換えてもいいだろう。
それは心が優しいからではなく、単に強者に対して強く出れない臆病者だからだ。
そんな少年でさえ、アーサーに対しては純度100%の怒りをぶつける事ができる。
早い話、彼でさえこのみずぼらしい中年を見下していた。
怒り狂う少年と一緒に、アーサーの視界に入ってくるスマートフォンの画面。
罅だらけの画面に映る少女は、まるで惨い皺が無数にできてしまってるみたいで、
「ヒ、ヒハハ、ハハッ」
口から洩れるのは、笑い声だった。
決してアーサー本人の意思ではない。そういう障害を彼は負ってしまっているのだ。
かつて脳に傷を受けたせいで、意図しない時に勝手に笑いだしてしまう。
断じて、少年やスマートフォンが面白くて笑った訳ではないのだ。
けれども、そんな都合を知っているのは、この場においてアーサー独りだけである。
「……は?」
「ククッ、ハハハッ!!アハハハハハハハ!!!」
「なに、何笑ってんだよ、お前……!?」
「違っ、ハハハッ、違うんだ……!病気で……ヒヒッ!ハハハハッ!!
勝手に笑って、しまってっ!アーーーハッハハハハ!!君を、その、笑いたい、訳じゃ――」
言い終わる前に、アーサーの腹部に鋭い衝撃が走った。
少年の渾身の蹴りが、彼に直撃したのだ。
「ふざけやがって!!どいつもこいつも馬鹿にしやがって!
なんで、お前みたいな、きっしょいオッサンにまでっ!!笑われなきゃならないんだッ!!」
幾度も踏みつけ、そして何度も蹴りを入れる。
力加減などまるで考えてない、全力の攻撃がアーサーを打ち据える。
暴力を振るった経験などまるでないのだから、死なない程度の加減が効かないのだ。
「お前みたいなッ!童貞臭えゴミとッ!!
スマホが釣り合うと思ってんのかよッ!!死ねッ!!死ねッ!!死ねッ!!!」
襲い掛かる暴力の波に、アーサーは何もできなかった。
アメリカにいた頃と同じように、体を丸めてどうにか自己防衛を試みるだけ。
何の力も持たない彼では、ひ弱な少年に対抗する事さえままならなかった。
もしこの場が路地裏でなく、開けた大通りだったのなら、アーサーを救う者はいただろうか。
いや、きっと道行く者の多くは手を出さず、傍観に徹する事だろう。
いかにも金を持ってなさそうな中年に対し、彼等は助ける価値を見出さない。
愛嬌のある子どもや美しい美女ならば、きっと誰もが助け舟を出したのだろうが。
だからアーサーは、血が出そうなくらい右肩を握り締め、祈る。
早くこの苦痛から解放してほしい、どんな手段であっても構わない、と。
この小僧がどれこそ傷つこうが構わない。いっそ殺してしまいたい、と。
人が助けてくれないなら、人でない、それこそ神様に救ってほしい、と。
そう願った瞬間――――アーサーの願いは、晴れて成就した。
何かを殴りつける音に、次いで生肉が床にぶちまけられたような音。
ぴたっと暴力の嵐が止まり、アーサーは何事かと顔を上げる。
彼の視線の先にあったのは、かつて人間だった肉塊が壁にへばりつく光景だった。
壁一面に血潮をぶちまけているのは、ついさっきまで少年だったものだ。
「………………えっ」
アーサーの前方に、それまで影も形もなかった筈の存在が立っている。
豪奢な着物を身に纏い、頭に狐の耳を付けた女だ。背中には一本の見事な尾まで生えている。
薄汚いものばかり見てきたアーサーにとって、目に毒なくらい麗しい美女であった。
そして、学のない身であっても、それが日本の伝承にいる妖怪というものである事も理解できた。
不意に手の甲に痛みが走り、アーサーは咄嗟に目を向ける。
何も描かれてない筈のその部分には、奇怪な模様が描かれていた。
おどろおどろしい三画のそれは、こちらを見上げる眼の様にも見えた。
「アヴェンジャー、玉藻の前。召喚に応じ参上致しました」
汚れ切った地べたに正座し、女は深々と頭を下げた。
それに対し、アーサーはよろよろと立ち上がり、自分より頭が低い人外を見つめる。
頭を下げられる側になるだなんて、彼にとっては初めての経験だった。
「あ……ああ、あの……なに……が…………」
「困惑するのも無理はありません。かような光景を前にすれば、ええ、誰もがそうなるかと」
「な、なんだ君は。これは……一体……」
「詳しい話はこの場を離れてからに。誰が嗅ぎ付けるか分かったものではありませんもの」
アヴェンジャーを名乗る女の、濁り切った瞳がアーサーを見据えている。
見上げる瞳だった。見下され続けた彼にとって、生まれてこの方、初めて感じた視線だった。
またしても右肩を押さえる。これまでにない位、強い疼きを感じ取ったからだ。
少しずつ冷静さを取り戻し、周囲を見渡す。
この場にいるのは、アーサーと、怪しげな女と、壁に張り付いた少年の亡骸だけ。
衝撃のせいか、壁の死体は四肢がひしゃげており、まるで出来の悪いマリオネットみたいだ。
血をぶちまけている様子だって、まるでトマトが潰れているみたいで、見ようには滑稽に思えてしまって。
「………………ハ、HA,ハッ」
血生臭い現場に不釣り合いな笑みが、路地裏に流れ出た。
「?……何が面白いのでしょう?」
「ハハッ、HA,HA、ハハハッ!!HAハハHAハ――――!!」
惨劇の舞台でなおも笑うのは、他ならぬアーサーだった。
堰を切ったように、今までにないくらいの大声で、笑う、笑う、笑う。
殺人を犯した美女の事など気にも留めないで、腹の底から笑い続ける。
心の底に蟠る絶望の一切を放り投げたような、そんな快笑だった。
「す、済まない……!!HAHAハ、持病で……勝手に――アァーーーハハHAッ!!
笑ってしま……って……!!HAHA,ハハHA……!!すまない……悪気は、ハHAハハHAHAッ!!」
玉藻はきょとんとした顔でアーサーを見つめていたが、それからすぐに口元を歪めた。
何かを察したような、しかし相変わらず見上げるような瞳が、彼を見つめている。
彼女の眼は、笑い続けるアーサーの顔――ではなく、彼の右肩に注がれていた。
「……ええ、病気。"そういう事"にしておきましょう」
薄汚い路地裏で、一組の男女が笑っている。
それが意味するのは、更なる悲劇の幕開けか、あるいは――――。
【クラス】
アヴェンジャー
【真名】
玉藻の前@Fate/Grand order
【ステータス】
筋力:E 耐久:E 敏捷:B 魔力:A 幸運:D 宝具:B
【属性】
秩序・悪
【クラススキル】
復讐者:?
復讐者として、人の恨みと怨念を一身に集める在り方がスキルとなったもの。
周囲からの敵意を向けられやすくなるが、向けられた負の感情は直ちに彼女の力へと変化する。
忘却補正:?
人も妖も多くを忘れる生き物だが、復讐者は決して忘れない。
忘却の彼方より襲い来るアヴェンジャーの攻撃は、クリティカル効果を強化させる。
自己回復(魔力):?
復讐が果たされるまで、その魔力は延々と湧き続ける。
【保有スキル】
呪術:EX
ダキニ天法。
地位や財産を得る法や権力者の寵愛を得る法といった、権力を得る秘術や死期を悟る法がある。
勿論攻撃にも転用可能であり、中でもアヴェンジャーは炎と雷の呪術を多用する。
変化:EX
借体成形とも。玉藻の前と同一視される中国の千年狐狸精の使用した法。
殷周革命期の妲己に憑依・変身した術であり、アヴェンジャーはこれを積極的に使用する。
【宝具】
アヴェンジャーとして召喚された玉藻の前は、宝具を所有しない。
【weapon】
呪術を武器とする。
【人物背景】
キャスター・玉藻の前がアヴェンジャーとして召喚された姿。
【サーヴァントとしての願い】
不明。
【備考】
玉藻の前にアヴェンジャーの適性はありません。
.
今もなお疼く、アーサー・フレックの右肩。
その奥深くで、『そいつ』はただただ嗤っていた。
アーサーを救ったアヴェンジャーを名乗る女は、そいつが創り出した偽物だ。
そもそも、「玉藻の前」なるサーヴァントに、復讐者の適性など存在しない。
英霊の座にあった情報を元にでっち上げた、嘘っぱちの化身に過ぎないのだ。
アーサーの中に潜んでいる「そいつ」こそが、彼が召喚した絶望の夜の化身。
この星に住まう遍く全てを呪い、妬み、それら一切の蹂躙を望む邪悪の権化。
世界が陽と陰に分け隔たれた刻より、陰から陽を見上げ続けた、原初の悪性。
本来であれば、「そいつ」の残滓さえ召喚される訳がなかった。
あれは「この世全ての悪」に負けずとも劣らぬ汚濁である。
どんな形にせよ、あれが聖杯を構成する一端となれば最後、願望器にどんな悪影響が及ぶか分かったものではない。
故に、聖杯戦争そのものを揺るがしかねない存在として、「そいつ」は予め召喚できないよう設定されていた。
けれども、その程度で潔く諦めるほど、「そいつ」は行儀のいい妖ではない。
「そいつ」は自らの尾の一本を変化させ、玉藻の前と呼ばれた女そっくりの化身を生み出した。
かつての自分と同じ名を持ちながら、今ではしれっと陽の側に立っている、不快極まる大妖怪。
英霊の座に名を刻まれた彼女の仮面を被る事で、聖杯に自分は無害なサーヴァントだと誤認させる。
それにより、「そいつ」はまんまと聖杯戦争の舞台に上がってみせたのだ。
だが、「そいつ」の計画はそれだけに留まらなかった。
聖杯戦争への参加権を得た「そいつ」は、次に受肉の手段を模索し始めた。
例え聖杯を巡るこの戦いに参加できたとしても、今の状態では勝者となれないからだ。
無理くりサーヴァントに収まった以上、どうしても魔力供給という問題が立ち上がってしまう。
よしんば以前のように暴れれば、マスターは一瞬で死に至り、自分も消滅の憂いに遭うだろう。
そこで、「そいつ」はかつての記憶を再現することにした。
どうやらサーヴァントというものは、逸話を再現されるとそれに従わざるを得ないらしい。
ケイローンにヒュドラの毒が効いたように、狼王ロボが白い犬に足を止めたように。
であれば、自身がかつて受肉したエピソードを再現すれば、同様に肉体を得られるのではないか。
世界を憎む者の内側に入り込み、右肩を食い破りながら再誕する――あの印度の記憶を再現すれば、あるいは。
その判断の結果が、マスターに選んだアーサー・フレックへの寄生だった。
都合のいい事に、この男の内部はこの上なく――それこそかつて寄生したあの男のように――心地よかった。
彼は上っ面でこそ優しい弱者を気取っているが、薄皮の裏にはヘドロのような感情が渦巻いている。
よしんば不幸が重なり、怒りと憎悪が表皮を焼き払えば、間違いなく彼は怪物へ変貌するだろう。
この東京という舞台も、「そいつ」の受肉にはおあつらえ向きだった。
かつて日本を火の海に変えた頃に比べても、段違いに陰の気が増しているからだ。
そんな地で弱者として生きねばならないアーサーの内面は、尋常ならざる憎悪で充満しつつある。
彼が東京に住み続けるだけで、「そいつ」は驚くほどの速度で力を蓄えるだろう。
死の世界という舞台も実に好都合だ。
東京の外で夥しい程存在する死霊達のお陰で、街の澱みはより深く、昏くなっている。
これだけ舞台が整っているのだから、力が戻らない方がおかしいというものだ。
そして何より――――ここにはあの"獣の槍"がない。
かつて「そいつ」を心から恐怖させ、そして打ち滅ぼした対魔の刃が、この聖杯戦争には存在しない。
それは、どこにも「そいつ」の復活と暴虐を止めるものがいない事を意味していた。
だから、「そいつ」は笑うのだ。
富豪が貧者を描く映画で大いに笑うかのように、「そいつ」は聖杯戦争を嗤い続ける。
嗤いながらも、妬んで止まないこの世の全てを滅ぼしつくす算段を、現在進行形で整える。
そう、「そいつ」は地球に生まれし全ての呪う。
生誕の祝福を受けた存在全てを見上げ、憎み、そして滅せんとする。
希望の灯を齎す"英雄"を呪う。
勇気を与える"偶像"を憎む。
未来を照らす"正義"を妬む。
互いを支える"家族"を蔑む。
祈りを束ねる"結束"を嘲る。
全てを照らす"太陽"を――――羨む。
おぎゃあぁ、と。
誰にも知られず嗤いながら。
そいつは、原初の復讐者は。
「白面の者」は、その刻を待ち続ける。
【クラス】
アヴェンジャー
【真名】
白面の者@うしおととら
【ステータス】
筋力:A++ 耐久:A++ 敏捷:B+ 魔力:EX 幸運:E- 宝具:EX
【属性】
混沌・悪
【クラススキル】
復讐者:EX
陰より生まれ出た者として、人の恨みと怨念を一身に集める在り方がスキルとなったもの。
周囲から敵意しか向けられないが、向けられた負の感情は直ちに白面の者の力へと変化する。
この世に存在する遍く負の感情、それら悉くが白面の者の餌となる。
忘却補正:EX
人も妖も多くを忘れる生き物だが、この邪悪の権化は決して忘れない。
数百年の時を経てもなお、白面の者は全てを滅ぼす為だけに動き続ける。
忘却の彼方より襲い来る攻撃は、クリティカル効果を強化させる。
自己回復(魔力):EX
全ての陽が滅ぼされるまで、その魔力は延々と湧き続ける。
それに加え、宿主であるアーサー、更には社会そのものに蔓延る陰の気を食らって力を増していく。
【保有スキル】
変化:EX
自身が持つ九本の尾を、"一本を除き"自在に変化させることができる。
武器や雷に変化させての攻撃はもちろん、意志を持つ化身を生み出す事さえ可能。
今回の聖杯戦争では尾の一本を玉藻の前に変化させ、サーヴァントとして振舞わせている。
勿論、それらの尾も白面の一部であり、彼等が陰の気を溜め込めばその分白面の力も増していく。
相応の力が溜まれば、複数の尾を化身として利用できるだろう。
人理の陰:EX
白面の者の正体は、原初から存在していた陰の気そのものである。
よって、怒りや憎しみといった負の感情を伴わせた攻撃では、白面の者を滅ぼすことができない。
それどころか、人々が白面の者を恐れれば恐れる程、無尽蔵に力を増していく。
この獣を滅ぼせるのは、陰を打ち払う太陽の如き希望だけである。
逆に言えば、どれだけ強大な力を以て打倒したとしても、そこに希望が無ければ白面の者は何度でも蘇る。
夜を齎す者:EX
陰そのものたる白面は、悪性情報を喰らい成長を続ける。
東京の人間が抱える負の感情、そしてその郊外で蠢く死霊達の渇望は、白面にとって格好の餌となる。
また、復讐の炎を秘めるアヴェンジャーが東京に多ければ多いほど、成長速度は更に早くなる。
見上げる眼:EX
自分を見下す存在のファンブル率を上昇させる。
が、白面は陽から生まれたこの世の全てを妬み、陰より生まれ落ちた己さえ嫌悪している。
よって、このスキルは地球上に存在する全生命に対して発動する。
【宝具】
『この世全ての陰(はくめんのもの)』
ランク:EX 種別:対陽宝具 レンジ:- 最大捕捉:-
白面の者が実体を得た逸話に由来する宝具。
この大妖怪の本体は、召喚と同時にマスターの体内に寄生する。
変化させた自身の尾を利用しつつ、宿主を介して負の感情を吸収していく。
そして十分な力を溜め込んだ瞬間、マスターの肉体を食い破って受肉。
霊基という枷から解き放たれた白面の者は、東京の全てに破壊と恐怖を齎すだろう。
なお、受肉に利用された宿主の肉体も人外のものとなる。
【weapon】
数十メートルもの巨体を持ち、九つの尾を自在に操る。
口から熱光線を放つこともでき、その威力は巨大な山すら一撃で消し飛ばす。
【人物背景】
妖怪すら恐怖する大妖怪。
この世の原初の混沌から陰と陽の気が分離した際、陰の気より生まれた邪悪の化身。
陽の気から生まれた万物に憧れと憎悪を抱き、それら全ての抹殺を至上としている。
本来であれば召喚不可能だが、玉藻の前の皮を被ることで聖杯戦争に忍び込んだ。
【サーヴァントとしての願い】
今はただ、再誕の時を待つ。
【マスターへの態度】
器。
【備考】
アーサーと行動している玉藻の前を名乗る存在は、白面の尾が変化して生まれた化身です。
彼女のステータスは捏造されたものであり、本来サーヴァントですらありません。
なお、仮に受肉が果たされた場合、クラス及びスキルが変化する可能性があります。
1作目の投下を終了します。
>◆7q1uGo5q1A氏
割り込む形になってしまい申し訳ありません。
先に投下して頂いても大丈夫です。
では遠慮なく先に投下します。
「死ねェェェ‼!!」
振り下ろした剣が、兜を割り、下の敵の頭をも断った。
身につけていた仮面がはがれ、倒れこむのは壮年の人間だった。
絶命し、うつ伏せになった男の側で切り込みが入った兜がカラカラと石造りの部屋の中で音を立てる。
「……見事である、ジャガンよ」
音も絶え全てが停止した中、白い仮面が虚空より現れ『俺』に声をかけた。
「……その男はお前の父、ローラン四世だ……。お前は自らの手でいまわしきロトの血を断ち切ったのだ」
『俺』は驚愕し、永遠に瞳が閉じられた男の顔を目を大きく見開いて見る。
「こ……この男が……俺の……」
仮面が手を中空より出し、ローラン四世の遺骸に掲げる。すると死体はふわりと浮き上がり、空中で固定された。
呆然とする『俺』の前で蒼空のような鎧と盾が、血によって赤く、紅く染まっていく。
「血の祝福は終わった……受け取るがよい。父親の鮮血で赤く染められたその鎧こそ……伝説に伝わるロトの鎧だ!」
鎧が弾け、分散したそれが『俺』の身体にうねる生き物のように装着されていく。
「これでお前の魔人の力はロトの血をも支配する最強のものとなった……お前は人ではない、魔人だ!! 魔人王ジャガンの誕生だ!!!」
深紅の鎧を身に纏った『俺』の口から声が漏れる。
『俺は……俺はこの手で父を……』
声は哄笑となり、部屋に響き渡る。
笑いながら、嗤いながら『俺』は血のような涙を流していた。
否、魔人は涙など流さない。父殺しなどどうという事もない。そのはずだ。
ならば心の底から湧き上がるこの怒りと悲しみは何だ!?
「ハッハッハッハッハッハッハッハッ!!」
それが『俺』の……否、俺の召喚したサーヴァントの一生忘れられない光景だった。
「おい! いい加減起きろ!」
グエル・ジェタークはその声で跳ね起きた。
「戦闘中に気ィ張ってないから、単純な幻惑呪文なんぞに惑わされるんだ。間抜け」
グエルのサーヴァント、セイバーは2割の心配と8割の毒が入り混じった声で言った。
身につけた鎧と盾はグエルが夢に見た呪われた血の赤ではない。鮮やかな青だ。
「戦闘……そうか、そうだったな」
「おい、まだ寝ぼけてんのか?」
「さっきまで他のサーヴァントと遭遇したことは覚えているさ」
グエルは今まで見ていた鮮明な悪夢を頭を振って払い、つい先ほどの事を思い返した。
グエルとセイバーは聖杯戦争を脱出する目的で、試しにと街と冥界の境目へと赴いた。
そこで、敵対するサーヴァント、恐らくキャスターが死霊やシャドウサーヴァントを使役し襲い掛かってきたのだ。
セイバーは宝具を装着し、死霊たちを斬り、あるいは呪文で焼き、吹き飛ばしていった。
最後、キャスターに向かった時、キャスターはグエルに対し魔術を仕掛けてきたのだ。
それ以降、グエルの記憶はない。
だが、グエルが周囲を見渡すと地面が焼け焦げている。
恐らくセイバーが強力な呪文化法具を使ったのだと想像できる。
話が終わったセイバーが手を掲げると、鎧が自然に離れ、虚空へと消えていった。
「ジャガン……」
「何だと⁉」
セイバーの目が一瞬にして吊り上がった。
「あっ、違う! アラン!」
グエルは慌てて訂正した。全くこの考えなしに行動する癖はどうにかならないのか。
「すまない……俺は多分、お前の過去を見た」
「気にするな。俺も見ている。全く……嫌な繋がりだが、だからこそお前は俺を喚べたんだろうな」
セイバー、アランが頭をかきながらつぶやくその言葉で、グエルは思い出していた。いや、今でも夢に見る鮮明な記憶だ。
『俺だ。ヴィム・ジェタークの息子、グエル・ジェタークだ。敵じゃない!』
初めてのモビルスーツによる実戦。決闘ではない殺し合い。その最後でグエルの操縦するモビルスーツは頭部を破壊されたが、グエルはコクピットをナイフで貫き動きを止めた。
互いに止まり、接触できたことでグエルは相手側のモビルスーツに通信を繋ぎ必死に呼びかける。
『グエル……か……? 無事……だったか……。探し、たんだぞ……?』
対機内のコックピット映像が映る中、血を吐き途切れ途切れで紡がれる言葉。その声と顔はヴィム・ジェタークのものだった。
『父さん……父さん! 脱出しろ! 俺が今そっちに』
慌てたグエルがコックピットを開け、対機に向かおうとしたとき、そのモビルスーツは爆散した。
それがグエルの父の最後。グエルが一生忘れられない光景だった。
「お前は聖杯戦争からの脱出を目指し、俺も反対しないが、お前は本当に願いはないのか?」
「いや、本当はある」
グエルは顔を伏せた。
「聖杯がどんな願いも叶えてくれるなら、父さんを生き返らせてほしい。いや、あの戦闘を無かったことにしてほしい。
いや、それも多分人を殺して願うのなら、俺は単に更なる罪を重ねるだけだ。それに今の俺は、罪を背負って進む覚悟がある」
アランはグエルの顔をまじまじと見つめた。
「だから元の世界に戻りたい。それが俺の目的だけど……だけど願えるなら……もう一度、父さんに会いたい」
それは胸の底から絞り出すような声だった。
「会ってどうしようというわけじゃないから、ただの自己満足でしかないけどな」
「いや、お前は会いにいくべきだ」
グエルの自嘲に対し、間髪入れずにアランが返し、グエルは顔を上げた。
「たとえ許されなくてもか?」
「たとえ許されなくてもだ」
グエルの問いに対しオウム返しにアランは言った。
「許されなくても決着はつけるべきだ」
グエルは押し黙った。
「……進めば人を殺すと分かっていてか?」
「いや、無理に聖杯を狙う必要はない。ここは冥界だ。そして俺は冥界で父に会った。だったらお前も進めば会える可能性はあるだろう?」
その言葉にグエルは引かれた。例え何も保証がないとしても、確かに冥界と呼ばれる死者たちの集う場所ならば、あるいは。
「進めば二つ……か。父さんに会い、脱出する。そんな上手い話があるもんかな」
グエルは逃げ出すよりも進むことで父を失った。進むことの怖さを嫌というほど知っている。
それでも。そうそれでもグエルは進む道を選んだのだ。だったらこの異様な場所でも、きっと。
「お前がその道を進むというのなら、俺はお前の手助けをしてやる。過程で起こる人殺しの罪も俺が背負ってやる」
なあに、手慣れたもんだ、とアランは付け足した。
それがどれほど苦痛かは、過去を知ったグエルは知っている。
「いや、背負うなら俺とお前で半分ずつだ。それでこそマスターとサーヴァントの関係ってもんだろ?」
だから言った。自分も罪を背負うと。
その言葉にアランは微笑んだ。
「そうだな。共に進んでいこう」
同じ罪を背負った二人は同じ星を目指して進み続ける。
【CLASS】
セイバー
【真名】
アラン@ドラゴンクエスト ロトの紋章
【ステータス】
筋力B 耐久A 敏捷B 魔力A 幸運D+ 宝具A
【属性】
秩序・善
【クラス別スキル】
対魔力:B(A)
魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。
大魔術、儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい。
宝具装着時にはランクが上がり、A以下の魔術は全てキャンセル。
事実上、現代の魔術師ではセイバーに傷をつけられない。
その他火炎や氷結への耐性の他、非戦闘時に限りHPを自動回復するヒーリング効果も含まれる。
騎乗:B
騎乗の才能。大抵の乗り物なら人並み以上に乗りこなせるが、
魔獣・聖獣ランクの獣は乗りこなせない。
【保有スキル】
ロトの血:A
伝説の勇者ロトの血を引く者であることを示す。
同ランクの「勇猛」「精霊の加護」「戦闘続行」、アストロンやライデインといった勇者のみが使える呪文スキルも含む複合スキル。
さらに悪属性の敵に対する特攻効果を持つ。
ロトの剣術:A
勇者ロトが扱ったとされ、受け継がれ洗練された剣技。
剣と盾の同時使用もする。
直感:B
戦闘時、つねに自身にとって最適な展開を“感じ取る”能力。
視覚・聴覚に干渉する妨害を半減させる。
【宝具】
『ロトの三種の神器(ロト・パナプリー)』
ランク:B〜A 種別:対人、対軍宝具 レンジ:1〜50 最大捕捉:1〜100人
王者の剣、光の鎧、勇者の盾からなる、かつて勇者ロトが装備していた宝具。セイバーが天に手を掲げることで虚空より現れる。
鎧、盾は各種耐性を付与し、剣は“魔”に類する対象に対して追加ダメージを与える。
王者の剣の真名開放により、対軍規模のとどろく雷鳴が空気を引き裂く。
『トリプル・ギガデイン』
ランク:A+ 種別:対軍宝具 レンジ:4〜99 最大補足:1000人
真名開放に伴い、かつて共に戦った勇者たちが現れ、3人同時に放つ宝具。その有様は雷霆の豪雨の如し。
ランクに反し魔力の消費は他の2人の助けを借りるため、セイバーが単体でギガデインを放つ魔力量に少し上乗せされる程度で済む。
【人物背景】
かつては生まれた時邪悪な名前を授けられ、そうとは知らず父を殺した怒りと悲しみに狂った鬼。
真名を母に与えられ、冥府の父の許しを経て救われた勇者。
召喚された現在の姿は異魔人と戦った15歳の時。
【Weapon】
ロトの三種の神器
はがねのつるぎ
普段はこちらを使用する。
【サーヴァントとしての願い】
個人的な願いはなく、マスターを再び父親に会わせる事が目的。
【マスターへの態度】
共通する過去で同情はしないが、許しもなく前へ進む態度が好印象。
誰かに仕えるのは御免だと思っていたが、同じような人間と共に戦う、戦えるのなら悪くない。
【マスター】
グエル・ジェターク@機動戦士ガンダム 水星の魔女
【マスターとしての願い】
父親に再び会いたい。会って何をするのかは分からない。
【能力・技能】
モビルスーツパイロット
MSの高い操縦技術。それに付随する単車などの運転技術。
白兵戦
対人戦闘でも訓練を受けた強化人士を取り押さえられるくらいの身体能力と技能。
【人物背景】
逃げ出すよりも進むことを選んだ結果、父をその手で殺した青年。
それでもなお進む道を選んだ。
召喚時期は最終回の3年後よりも前、ガンダムが消滅した後。
【方針】
無理に聖杯を狙わなくても、父親に会えればそれでいい。
基本的には人を殺さない脱出狙い。
【サーヴァントへの態度】
過去をどのように乗り越えたのか気になる。
似たような過去を持つ者同士なら進むのを恐れずに共に戦えると思う。
投下を終了します。
投下乙です。
2作目の投下を開始します。
【1】
「ジェルばんは!!インターネット・エンジェル超てんちゃんだよ!」
『ジェルばんは!』
『ジェルばんは』
『ジェルばんは!!』
『今日も顔がいい』
「この前は配信休んじゃってごめんね!超てんちゃんの可愛さに免じて許してくれると嬉しいな!」
『許すよ』
『色々事情があるから仕方ないね』
『超てんちゃんの健康が最優先よ』
「ありがとみんな〜〜これがヌクモリティなんだね……」
『あったけえなぁ』
『仲間がいるよ!!』
『媚びるなよ』
『初見』
「初見さんありがとね〜。
突然だけどさ、超てんちゃん和食にハマってるんだよね」
『マジで突然すぎない?』
『草』
『湯豆腐好き』
『話ヘタクソか?』
「うっさいぞオタク!休んだ配信で使う予定だったネタなんだよ!
話戻すけど、最近和食もアリだなって思うようになってるんだよね。ちくぜんに?とか!」
『正直すぎて草』
『筑前煮美味しいよね』
『人気配信者の姿か……これが……?』
「あとアレ、ごぼうと人参炒めたヤツ!名前何だっけ、忘れたけど美味かったなぁ〜」
『それってきんぴらだよね』
『きんぴら大好き』
『おばさん臭え』
「それそれ!詳しいなお前ら!あとおばさん臭えってお前の方がチーズ牛丼臭えぞ」
『辛辣で草』
『残当』
『■■■の死亡事故についてコメントお願いします』
「ようは、オタクもたまには新しい扉開いてみなって話!わかったか?」
『ただおかず変えただけでは?』
『初見です!』
『今日もかわいいね』
『つまんね』
『チャンネル登録しました』
「そういえば、最近お化けが出るって噂多いよね。
超てんちゃんもお前らもインターネットを彷徨う亡霊みたいなものだけどな!
お化けといえばこんな話を前に聞いたんだけどね……」
【1】
その配信者は、最初は目立たぬ存在だった。
動画配信が大衆にも広く認知されるようになった昨今、配信者を志す者は今も数多い。
事務所でオーディションを受けずとも、スカウトマンの目に留まらずとも、芸能人に並ぶ名声を手に入れられるかもしれない。
そんな淡い期待を抱きながら、この世界の扉を叩く者も少なくない。
しかし、この世界で夢を掴むのは想像を絶する困難を伴い、かつ相応しい才能と豪運が求められる。
なにしろ数が多い。簡単に始められるというのは、裏返せばそれだけ多くの人間に参加の機会があるという事だ。
にも関わらず、用意された栄光の数は、減りはすれど増えはしない。
数が多ければ多いほど、それだけ埋没される才能は増えていく他なかった。
その配信者も、「超絶さいかわ天使ちゃん」なんて仰々しい名前をした彼女も、埋没されるであろう才能の一つだった。
彼女は容姿こそ優れていた少女であったが、そんな長所一本ではこの赤い海を泳ぐのは困難を極める。
それだけならまだしも、彼女は社会的な常識というものに疎い上、精神が酷く不安定だった。
配信という不特定多数から好奇の目に晒される環境で、この欠点は致命的だ。
当然のように彼女は初配信から問題を起こして炎上し、その後も懲りずにしくじりを繰り返し、
いつしかネットでは腫物扱いされるようになっていた。
当時の彼女を追っていたのは、物珍しさで見物する愉快犯と、ほんの僅かな風変りのファンぐらいのものだった。
そのファンでさえ「ここから浮上する事はないだろう」と諦観し、最期を看取る覚悟をしていた始末だ。
もはや誰の目にも未来はないことは明らか、明らかな筈、だったのだが。
彼女は不思議と――まるで魔法でも使っているかのように――配信の世界で勝ち続けた。
ある時を境に、彼女のチャンネルの登録者数が爆発的に伸び始めたのだ。
理由は極々単純で、動画の編集技術やマネジメントが、何もかもが別人のように様変わりしたからだ。
話の内容自体はそれほど変わりない、だが何故か彼女から視線が離せなくなってしまうのだ。
どうすれば大衆を自分の虜にでできるかを知り尽くしたかのような立ち振る舞いに、無数のネットユーザーは否応がなく狂乱する。
これまで彼女をせせら笑っていたユーザーでさえ、掌を返して熱狂の渦に飛び込む程だった。
最初期から彼女を追っているファンは、皆口を揃えてこう言うだろう。まるで手慣れた者が彼女を操っているようだ、と。
依然として、出てくる言葉は品がないものが混ざるものの、今となってはそれすらも彼女の魅力の一部として受け入れられている。
ネット上では「超てんちゃん」はすっかり著名人であり、誰もが羨む栄光の椅子に座する者として崇拝の対象にすらなっていた。
だがそれと同時に、彼女の周りで不穏な噂が流れ始めた。
どうも、彼女が目の敵にした者が、次々に不幸に遭っているのだという。
より人気を得るのに目障りな同業者やアイドルにインフルエンサー、そういった人々が次々に炎上し、失踪し、酷い時には不慮の事故で命を落とす事さえあるのだとか。
通常なら訝しまれる案件であるし、事実それを理由に彼女を嫌悪する者も少なくない。
しかし、そんな疑念なんてものは、彼女を取り巻く熱狂の前にはノイズも同然だ。
信憑性なんてまるで無いし、それに――無縁な他人の生き死になんかで、こんな愉しい時間が終わっていい訳がない。
まさしく彼女は電子の偶像(アイドル)。
過酷な現実から魂を切り離し、煤けた欲望さえ受け入れてくれる器。
今日も今日とて、数十万もの登録者が、彼女の愛に染められる。
超てんちゃんは、インターネットに顕現した最高級の逃避行。
脆弱性(きじゃくせい)を抱えたか弱き者に、救いを差し伸べてくれる天使様。
浅はかな催眠(メズマライズ)だとしても、向かう先が楽園なら、かからずにはいられない。
【2】
何者かに操られている、というのは半分当たりで半分外れだ。
今の超てんちゃんの背後には、彼女の魅力を最大限に発揮するよう仕向けるプロデューサーの存在がある。
「本日も素晴らしい、理想的な配信でした。
誰もが女王陛下の言葉に心酔し、夢心地のまま夜を過ごす事でしょう」
そう言ってにこやかに微笑むのは、筋肉浪々の紳士だった。
胸筋の形さえ見て取れるほどぴっちりとしたスーツを着たその男は、
あからさまな怪しさを醸し出しながらも、振る舞いには気品と誠実さを感じさせる。
一方で、男が称えた少女はといえば、彼とは正反対に薄暗い印象を受ける。
みすぼらしい訳ではない、むしろ容姿なら美少女にカテゴライズできるだろう。
しかしながら、通行人を振り向かせるようなオーラは無い、近寄り難い陰鬱さが彼女の周囲には立ち込めている。
「今日もオタクの相手するの疲れたわぁ〜〜ピももっと労ってよ〜〜」
「おや、私なりに賛辞を送ったつもりでしたが」
「そういうのもいいけど今日はマッサージがいいなぁ」
マスターの要求を察した男は、行儀悪く椅子に座る彼女の肩を揉み始めた。
少女の倍はあるのではないかと疑うほどに大きな掌によるマッサージは、配信のストレスを多少は癒してくれる。
「超てんちゃん」という存在は、動画の中にしか存在しない造られたキャラクターだ。
ウィッグを外して化粧を落とせば、擬態が解けて「あめ」という現実の人格が顔を出す。
我儘な上に飽きっぽく、承認欲求の塊の癖に面倒くさがり屋。
メンヘラという概念が服を着て歩いているかのような歪んだ性格が、ネットで愛を振り撒く天使の本性だった。
自身が召喚したキャスターのサーヴァント――稀代の魔術師「アレッサンドロ・ディ・カリオストロ」に肩揉みを要求するような図太さは、
成長の過程でそうした人格を育んだ故の賜物だろうか。
「ピってホントに何でもできちゃうよねぇ、マジで感謝だわ」
キャスターに顔を向けないままそう言うやいなや、あめはスマートフォンの画面を開き、SNSを閲覧し始めた。
配信の直後はいつもこうだ。超てんちゃんとしてのアカウントで今日の配信の感想を書き、その後は裏垢で自分がどう思われているのかの検索に没頭する。
いわゆるエゴサと呼ばれる行為をしているこの時の彼女は、時折激しく苛立ちを見せる時がある。
自分より注目を集めている配信者の話題や、自分を誹謗中傷するユーザーの投稿を目にすると、あからさまなくらい感情が顔に表れるのだ。
いつもであれば、キャスターは何も口にはしない。
不用意に「どうしましたか?」などと問えば、無視されるどころか逆上が返ってくる恐れがある。
気が立っている状態の彼女に自分から近寄るのは、得策ではない。
しかし、今回ばかりはそうにはいかなかった。
彼女の機嫌を無視してでも伝える必要のある重要事項がある。
「女王陛下、一つ小耳に挟んで頂きたい事が」
「……後にしてくんない?」
「残念ながら火急ですので。聖杯戦争の件です」
だからやめろ、と語気が荒みそうになるが、聖杯戦争という単語を耳にした途端、急激に苛立ちが底冷えするような感覚を覚える。
スマートフォンを弄る指が止まる。捨て垢で他のオタクと言い争いをしている最中だった。
「せーはい、せんそう」
「そうです。これより本格的にサーヴァントによる戦闘が活発化するかと。
女王陛下には、今後聖杯戦争を加味した上での立ち振る舞いをして頂きたいのです」
あめは知っている、聖杯戦争がどういうものかを。
葬者と呼ばれる二十数名のマスターによる蠱毒であり、彼等は一度きりの奇跡の為に血眼になって殺し合う。
現代社会ではゲームの中にしかない非日常の中に、自分は放り込まれている。
「い、いや〜〜すっかり忘れてたなぁ……お薬の副作用だったり、して……」
嘘である。知ってて逃避していた。
訳も分からぬ内に死者の国に放り込まれ、挙句殺し合いをしろという理不尽な現実をなど、直視し続ければ失明してしまう。
だから配信業なんて聖杯戦争で無意味な活動に没頭し、それどころか自分のサーヴァントにそれを巻き込んでいた。
「その様子ですとまだ覚悟がお決まりにならないようで。心中お察しします女王陛下。
常人がかような環境に置かれては、戸惑うのも無理はありません」
プリテンダーがあめの前で片膝をつく。さながら本物の女王を相手にするかの如く。
「ですが安心ください。その為に私がいるのです。貴方は何も考える必要はありません。
ただ、私の方針通りに動いていただければ、それだけで貴方の理想は叶うでしょう」
「それってつまり、ピが全部やってくれる……ってこと?」
「ええ」
それを聞いた途端、あめの表情は「わぁ」と歓喜をあげそうなくらい明るくなった。
この少女が先ほどまで荒らし同然の悪行を成していたのだから、人間というものは恐ろしい。
「ピって本当に最高!!私何にも出来ないのに、ピは何でもしてくれる!!」
「当然ですとも、私はサーヴァントで、貴方のピですので」
「顔もいいし万能だし……スパダリかよ……」
今のあめにとって、キャスターは自分の理想を叶えてくれる最愛の存在だ。
何を考えているのか分からない時があるし、常に薄笑いを浮かべていて気味が悪いと感じる時こそあるが、
そんな短所なんて軽く吹き飛ばせる位に、魅力が有り余って溢れていた。
「やるぞやるぞやるぞ!!登録者数100万人まで一直線!!
ピが聖杯戦争?に勝ったら……同接1億人の宇宙最強配信者にジョブチェンジ!!」
言葉にできない強大な感情が、あめを突き動かしている。
いまだかつてに速度でやってくる混沌の時代を前に、彼女が出すのは空元気か、あるいは本気の表れなのか。
キャスターは何も答えず、口元に小さな笑みを浮かべるばかりだった。
【3】
SNSを開いてみれば、社会への怒りをぶつける投稿がすぐに飛び込んでくる。
トレンド欄にはネガティブな話題や著名人のスキャンダルが立ち並び、有識者めいたユーザーがそれに言及してみせる。
それは大抵は極論であり、しかし大衆はその極論を喜んで拡散する。
ネットにおいて怒りや扇動は蜜であり、大衆はそれに蟲の如く集るのだ。
インターネットは、今日も醜悪な混沌で満ち溢れている。
キャスターは、カリオストロという扇動者は、混沌をこよなく愛している。
獣と化した大衆が権力を破壊し、その破壊者が新たな権力となって大衆を苦しめ、そしてまた打倒される。
そうした混沌という名の輪廻を廻し続けたのが、彼の生涯にして功績だった。
そんな彼の目から見た現代の混沌は、果たして如何なるものか。
ささやかな幸福から目を背け、インターネットを毒杯と知りながら飲まずにはいられない。
真実から生まれた善意はひたすら訝しむ癖に、フェイク塗れの悪意は平気で鵜呑みにする。
そんな大衆に、彼は何を思うのか。
「おや」
スマートフォンから通知の音声が鳴る。マスターからだ。
彼女はアプリで連絡を取ってくるが、そのスパンは極めて短い。病的と言っていい。
些細な愚痴から愛の言葉まで種類は多種多様であり、一度でも既読無視などしようものなら著しく気を損ねる。
その注文の多すぎる客に望み通りの返事をプレゼントするのも、キャスターの仕事だった。
カリオストロという男の在り方を一言で説明すれば、人形である。
持ち主の望む衣装を纏い、持ち主が望むままに振る舞い続ける。
マスターが正義に生きよと命ずれば、英雄として他者を鼓舞し、
悪逆を為せと命ずれば、反英雄として屍山血河を作ってみせるだろう。
役を羽織る者、己を詐称する者、世界を騙す者。
キャスターというクラスすら嘘偽り。こんなものはハンドルネームと変わりない。
僭称者(プリテンダー)、それがカリオストロの本来のクラスだ。
今回の聖杯戦争で、プリテンダーは「ピ」を演じている。
好きピのピ、あるいはプロデューサーのピ、らしい。
自分を愛する者として配信業をマネジメントしろ、との事だった。
当然それにも従ったし、現状恐ろしいほど上手くいっている。
扇動などお手の物なカリオストロにとって、一人の少女を偶像に仕立て上げるなど児戯も同然だった。
しかし、プリテンダーのマスターは「あめ」という少女だが、同時に「超てんちゃん」というネット総意の器に仕える身でもある。
話を戻さねばならない。プリテンダーにとって、インターネットという混沌は何なのか。
がらんどうの彼にそのような感情があるか定かではないが、恐らく彼は「退屈」を覚えたのではないか。
確かにネット社会を取り巻く混沌は目を見張るものがある。
だがそれらは所詮「秕(しいな)」――萎びた果実にして、無価値の象徴に過ぎないからだ。
どれだけ電子の海が荒れたところで、現実世界は揺らぎもしない。
頭の中にどれだけ怒りを煮え滾らせたとしても、彼等の多くはただの小市民としての生を受け入れている。
とどのつまり、ネット社会の中でそれらは完結してしまっているのだ。
秩序の上で成り立った「規則正しい混沌」であり、社会を砕く真なる混沌とは程遠い。
ゆえにプリテンダーは、嘘と踊り続ける混沌の配達人は、起こさずにはいられない。
真なる破壊と混沌、憎悪と暴力の嵐、命を代価にした狂乱を。
環境は既に整いつつある。都合のいい扇動者に流されやすい大衆。
高みの見物を決め込む匿名世界の住民は、身勝手な願いを張りぼての天使に注ぎ込む。
彼らは気付かない、気付こうとすらしない。画面の先にいる者もまた、心臓の鼓動を鳴らす同じ人間である事に。
汚濁塗れの願いを抱えた天使の心はやがて決壊し、呪いの言葉を紡ぐだろう。
――――「秩序に死を、遍く世界に混沌を」、と。
例え役者が人形ばかりでも、たった二十数人の葬者の為に拵えられた舞台だとしても。
マスターが求めるのであれば、彼女を崇める者がそれを望むのであれば。
0と1の狭間で眠り続ける革命と暴力の意思を、偽りの東京に顕現させようではないか。
何故か、と聞いたとて意味はない。
それはプリテンダーの「機能」であり、そこに感情が介入する余地はない。
あまねく機械に製造目的があるのと同じで、彼の場合それが混沌の具現だった、というだけの話だ。
人形はただ、求められたから応え、そうあれと命じられたから動くだけ。
がらんどうの道化師が吐いた言葉の裏など、知る由もなしだろう。
【4】
常飲している「おくすり」に手を伸ばす時、たまに背中に冷や汗が一滴垂れる時がある。
過剰摂取すると悪影響があるのは知っている。だがこの感情は、そんな情報に由来するものではない。
これのせいで「致命的な何か」が起こったという「実感」を持ったもので、
その「何か」が起こった時の事だけがすっぱり頭のアルバムから消えてしまっていて。
「そんなわけないよね」
カリオストロが言うには、本来この聖杯戦争には死者が招かれるのだという。
だから自分を含めて葬者と呼ばれている人々は、一度死んでしまっていると考えるのが普通な訳で。
なら、今ここで元気に配信を続けているこの肉体は、どこから此処にやって来たのだろうか。
「ありえないでしょ」
カリオストロだって言っていたではないか。
偶然この舞台に生者が紛れ込む可能性も、十分に考えられる、と。
だから自分もそのケースだ。タチの悪い神様がミスってしまっただけなのだ。
そうに決まっている。そうでなければおかしい。
だがもしそうでなければ、元の世界で自分が■んでいたとしたら、
そんな訳がないと何度も何度も何度も何度も振り払っても疑念が消えなくて消えなくて消えなくて。
思考の外に蹴りたい!蹴りたい!蹴りたい!何でもいいから現実からトビたい!トビたい!トビたい!
だから。
――――薬を、一思いに飲みこむ。当然のように過剰摂取だ。
意識が混濁する、直前まで何を考えていたのかさえ不明瞭になる。
ふわふわと宙に浮くような感覚の中で、不安や恐怖は煙になって解けていく。
これでいい。難しいこと、悍ましい現実など考える必要はない。
今はピと一緒に配信を続けて、夢の登録者数100万人まで突っ走ればそれでいいのだ。
聖杯戦争の事なんて、頭の片隅にちょこんと置いておく程度でいい。
後のことはピがなんとかしてくれる、本人だってそう言っていたんだから、それでいい。
アレッサンドロ・ディ・カリオストロは、冥界に顕現した最高級のサーヴァント。
脆弱性(ぜいじゃくせい)を抱えたか弱き少女に、救いを差し伸べてくれる理想の人(ピ)。
浅はかな催眠(メズマライズ)だとしても、向かう先が楽園なら、かからずにはいられない。
【CLASS】プリテンダー(キャスター)
【真名】アレッサンドロ・ディ・カリオストロ@Fate/Garnd order
【ステータス】筋力:D 耐久:C 敏捷:D 魔力:A+ 幸運:A 宝具:B
【属性】混沌・中庸
【クラススキル】
偽造工作:EX
カリオストロ伯爵は自らの存在を鮮やかに偽装する。
己のクラス及び能力を偽装することができる。
一定の触媒及び時間を費やした上で、幸運判定に成功すれば、敵対者は自分を「味方である」と信じ込む。
敵対者は抵抗判定が可能だが、魔術的効果ではないため対魔力スキルは機能しない。
物品鋳造(偽):EX
『首飾り事件』にまつわる伝承が昇華されたスキル。というのは嘘偽り。
陰謀達成のため、彼は必要な物品を自ら仕立て上げる。
道具作成スキルが変質したモノであり、特に、贋作製造や既存の存在の改造・調整に長ける。
英雄の大敵(偽):E++
英雄(或いは反英雄)を阻む大敵であることを示す。
本来は魔獣や竜種、魔性の存在、反英雄が所有することの多い隠しスキルだが、(偽)が付く場合はその限りではない。
歴史に語られざる出来事として、カリオストロは巌窟王と深い因縁があり、幾度かの対立があった。
このことから、彼は自らを「巌窟王の大敵」と深く認識し、スキルを獲得するに至った。
(マリー・アントワネットを陥れた事実も、獲得の一因となっているようである)
【保有スキル】
我はアシャラなり:EX
錬金術、占星術、降霊術、カバラの奥義、古代エジプトの密儀等々の神秘を行使する在り方――ではない。
本スキルの正体は詐術。王侯貴族を手玉に取り、並の魔術師の目さえ眩ませる領域の、超常の絶技とも言うべき大詐術である。
東方武技:A+
詳細不明。
アルトタス連続体:C
ただひとつだけ、彼は正真正銘の神秘を有する。
幼少期の師であった錬金術師アルトタスの奥義――不老不死の体現である。
実際には不老と超再生。真の不死ではない。
【宝具】
『秩序に死を、遍く世界に混沌を(レベリオン・ウ・モンド)』
ランク:B〜EX 種別:対都市/混沌宝具 レンジ:1〜50 最大捕捉:500人
革命の戦火の幻影を伴って、魔力の渦が周囲一帯を薙ぎ払う。
破壊と新生を自らの命題とする精神の具現、心象風景の模倣。固有結界に似て非なるモノ。
秩序特攻の効果を伴う。
この宝具の真価は「秩序の破壊」であり、決して永続的なものではないが、秩序に類する概念を醜悪なまでにねじ曲げる。
法、倫理、規範――時に、聖杯戦争のルールさえ一時的に書き換えてしまう。
最大限の規模と効果の運用のためには長時間に渡る儀式と裏工作、リソースの投入が必要となる。
【weapon】
『幻炎』
炎の魔術、ではなく精神攻撃の一種である。
精神を持たない相手には効果が弱い。回路があるタイプであれば機械にも効く。
【人物背景】
18世紀、欧州諸国に出没した伝説的な怪人物。
革命前夜のフランス社交界を暗躍した大魔術師、或いは稀代の天才詐欺師。
王侯貴族のように振る舞うも貧民街で無償治療を行い、民衆に讃えられた傑物。
フランス王妃マリー・アントワネットをも巻き込む世紀の大スキャンダル『首飾り事件』の黒幕として逮捕されるも、
釈放され、市民からの大きな喝采を浴びた。
革命前夜のパリにあって、貴族を翻弄し貧民を救う彼は、まさに英雄であった。
……と、歴史には記されているが、それは偽りである。
その正体はただ一つの神秘以外何も持たぬ扇動家にして、混沌の配達人。
彼の中にあるのは、混沌が齎す秩序の破壊のみ。
【サーヴァントとしての願い】
具体的な願いが彼の口から語られることはない。
がらんどうの男に願いがあるのかどうかさえ定かではない。
【マスターへの態度】
プリテンダーはマスターに都合よく振る舞う。
今の彼はマスターの配信をプロデュースする「ピ」である。
求められているからそうする、それ以上の意味合いはない。
そしてそれは、彼が目的とする「混沌による秩序の破壊」の否定を意味しない。
マスターの影響でちょっとノリが良くなっている、かもしれない。
【マスター】超絶最かわてんしちゃん/あめちゃん@NEEDY GIRL OVERDOSE
【マスターとしての願い】
チヤホヤされたい!目指せ登録者100万人!!
【能力・技能】
優れた配信者になる素質はあり、事実この聖杯戦争でも名のある配信者になっている。
が、生活能力は壊滅的であり精神面も極めて不安定なので、他者の支えなしには生きられない。
【人物背景】
最強配信者を目指す承認欲求強めな女の子。
【方針】
配信業を続ける。聖杯戦争は……ピに任せとけばいいよね。
【サーヴァントへの態度】
恩人であり理想の「ピ」。
投下終了となります。
投下します
ホテルベーチタクル東京の高層階、スイートルームの一室。
華美な調度品に囲まれ、窓ガラスからは都会のネオン煌めく夜景が見える。
そして当然のことながら空調設備は完璧であり、年度末のまだ肌寒い外気を遮断しつつ、室温は快適に保たれている。
そんな一室で、男は滝のような汗をかいていた。
壮年の男だった。やや成金臭さのある、オーダーメイドらしいスーツに大量の汗をしみこませて、男は立っていた。
極度の緊張に晒され、胃液がせりあがってくるので、全神経を集中させてそれを押しとどめている。
眼前にある、生命の危機に対しての緊張。死への恐怖と生への渇望をブレンドさせた感情図。
危機的状況から逃げ出すこともできず、出来ることといえば膝に手をつき、せめて倒れないようにと踏ん張ることだけ。
顔中から噴き出した汗を拭うこともできず、雫が鼻を伝って床の絨毯に落ちていっても、それをただそれを見つめるしかない。
「余は命じたはずだぞ。細心の注意を払い、決して気取られるなと」
声は至って平坦であった。あくまで言葉の意味の上での叱責に、しかし男は喉を鳴らした。
それは緊張からか、はたまた嘔気からか。
ふと、空気が動いた気配を感じた男は、膝に手をつき俯いたままの姿勢は相手に悪感情を抱かせるかもしれないと思い至る。
ふらつきそうになるのをこらえながら、男はなんとか顔だけは前を向いた。
異形が、そこにいた。
おおまかなシルエットは人型に見える。だがシルエットですら"おおまか"に見なければ人の範疇から逸脱する。
人の範疇から逸脱する大きな要因は、臀部から伸びる尻尾だった。見るからに筋肉質な直径の逞しさもさることながら、注射器を彷彿とさせる先端の凶器的な鋭利さに男の背筋が凍る。
有尾人は頭部も異形であった。一言でいえば、異常な隆起。遠目からなら風変りなヘルメットや被り笠をしているようにも見えるが、しかしその表面を見てみれば肌とも殻とも鱗ともつかない、しかし確かに生体らしい生々しさがある。少なくとも男にとっては、生理的嫌悪感を禁じ得ない部類のもの。
そもそも、灰色がかった緑褐色の体表は人間はおろか類人猿の皮膚の色ですらないし、加えてその相貌の冷淡さにおいてはもはや人形以上に感情が欠落したかのような無表情。いっそマネキンに仮装させていると言われたほうが納得ができるほどの、無感情。
それでも、男は怪物に叱責の言葉を投げかけられ、それに心底怯えている。
ピッ、と水が弾かれる音がした。
それは異形が腕を振るい、手についた血液を払った音。
異形の足元には、胸を貫かれてこと切れた死体が転がっていた。
「では、この者はなぜ余のいる部屋に辿り着いたのだ?」
異形の言葉に耐え切れず、男は再び顔を床へ向けた。
質問であって、質問ではない。
公衆の面前に姿を晒し騒ぎになることを嫌った異形に代わり、外部で動くのが男の役割だった。
そして、己の役割を悟られないこと、つまり男を小間使いとしている異形が背後にいることを、誰にも知られないことが、男が最も守らなければならない任務だった。
それを、違えた。
不審な動きを敵に見つかり、後をつけられ、主の姿を見られた。
そしてその不始末は、異形の主が自ら処理することで片が付いた。
そのことを、この異形はすでに理解している。
男が迂闊であり、ヘマをした。そのため、異形は相応のリスクを背負った。
背負いたくないと考えていたはずのリスクを、手駒のために背負ったのだ。
対して大切というわけでもない手駒のために。
端的に言えば、そういうことだった。
残る問題は、問題を引き起こした原因を明らかにし、その責任を果たすこと。
責任とは任を果たすことであり、任の結果の責めを負うことである。
命を以って。
「……す、全て、オレの責任で……」
言葉を言い終えれば自分は死ぬ。
それがわかっていても、男は正直に言葉を吐き出すしかなかった。
下手に取り繕ったり、少しでも時間を稼ごうとすれば、自分の死がより凄惨なものになると直感していた。
だから、恐怖で舌がもつれることを唯一の足掻きとしながら、男は自分自身の死刑宣告を口にする。
異形による断罪が速やかに行われ、自分にもたらされる苦痛が少しでも軽いものになることを祈りながら。
だが。
――――――ぶわりと、一陣の風が男と異形との間に吹き込んだ。
「そこまでにしておこう。彼はよくやってくれているだろう?」
部屋に充満する血液の臭いが、開けられた窓から入り込む風で一気に押し出される。
そのあとで、奥の部屋から漂う紅茶の甘く芳醇な香りと、天日干しをした布団のような温かい匂いが、男の鼻孔をくすぐった。
いつのまにか、男の傍らに人影があった。
長身の男を優に超える巨躯が少しだけ腰をかがめ、うずくまる男の頭に手を置いていた。
断りもなく突然頭に手を置かれるなど、平時であれば屈辱的とも思える状況に、しかし男の胸中は平穏だった。
数秒前までの恐怖心さえもなく、ただ頭の上から感じる温もりを堪能していた自分に、男は少しだけ驚いた。
古から大地に根差した巨木に身を預けているかのような、驚きさえもかすむほどの安心感が、男の胸の内を満たしていた。
「人前に出ることのできないわたしたちのために、身を粉にして働いてくれている。
こちらも事情があるとはいえ、脅かすような真似をして、無理な頼みを押し通して、その上で彼は十分わたしたちを助けてくれている。
一度の失敗で、しかも取返しがつかないほどでもない状況でそこまで詰めては、さすがに可哀そうだ」
男の頭に手を置いたソレは、異形から男を庇っていた。
あの異形、暴威の化身、烈火の具現のような怪物から、男を護ろうとしていた。
そこで男が気付く。いつの間にか、異形から放たれていた殺気と圧力が霧散している。
頭に乗せられていた手が背中に添えられ、促されるように立ちあがる。
優しく語りかけてくる巨躯の存在を、男は穏やかな心持ちで見上げた。
最初に目についたのは、金色の鬣だった。
頭から生えた角と突き出した鼻口部を持つ頭部は、人間よりも山羊の造形に近い。
紫色のマントに身を包む山羊頭の大男は、しかし柔和な笑みと平穏な声色で男を優しく気遣ってくる。
こちらもまた異形ではある。異形ではあるが、今もなお男を見下ろしている無表情のそちらとは外観以上に違っていた。
「さあ、向こうの部屋に紅茶を淹れてある。心が落ち着く、ローズヒップ・ティーだよ。
それを飲んだら、今日はもう休んで、また明日からお願いを聞いてほしい。
わたしたちには、きみの助けが必要なんだ」
それから、無理な頼みを聞いてもらって申し訳ない、感謝していると山羊頭は言った。
実際その通りだ。無茶難題を押し付けられて、それを違えれば苛烈な叱責を受ける。
そして、もうこりごりだと投げ出してしまうには異形の恐ろしさに屈服しすぎている。
逃げ場のない状況にある男に、それでも山羊頭は労いと詫びと感謝の言葉を吐き出す。
ひどい奴だと、男は思った。
庇いはすれど、救うつもりはない。
守りはすれど、解放するつもりはない。
上っ面だけの気遣いにどれだけの価値があろうか。
結局、男は促されるままに紅茶を飲み、スイートを後にした。
別の階に取った自室に戻って身体を休めたら、明日からまたあの異形にこき使われるのだとわかっていて、それでも逃げ出すこともできず。
だが、その山羊頭の表情と声色から、彼が心底お人よしであることは伝わっていた。
行動はいまいち伴っていなかろうと。労いと詫びと感謝の言葉が本心であることは理解できていた。
元々、男は暴力を背景としたビジネスのために日本へやってきていた。言わずもがな違法行為だ。
それをよりによってあの異形に見つかり、強請られる形で協力を強制されている。
どうあろうと男は異形に歯向かえない。その上で、異形の仲間らしいあの山羊頭はこちらに対して気遣っているのだ。
一つ、大きく息を吸って。
一つ、大きく息を吐いた。
数分前に口にした紅茶の残り香を確かめながら、男はもう一度だけ深呼吸する。
どうあろうと男は異形たちに歯向かえない。
違法行為を見咎められ、命を脅されている以上、保身のために従うしかない。
どうせ従うならば、だ。
あの恐ろしい異形のためではなく、あのお人よしな山羊頭のためになら。
強請り、脅す対象でしかない自分を異形から庇い、気遣い、心を砕くあの柔和な山羊頭のためになら、もう少し働いてやろうと。
どっちみち逃げ場のない男にとって、それが精いっぱいの現実逃避で、妥協点だった。
部屋に戻った男は熱いシャワーを浴びて全身の汗を流した後、電話を手に取った。
「オレだ。動ける組の者を全員こっちへ呼び寄せろ。
大事なクライアントだ、四月までには成果を挙げる。少なくとも……―――」
男は身を休める直前まで電話をかけ続けた。
異形の顔は、一度も思い出さなかった。
× × × ×
「まだ、人間は苦手かい?」
男が去ったあとスイートルームでのこと。
山羊頭がそう問いながら、自分で淹れた紅茶に口をつける。
異形は、窓から夜の東京を見下ろしながら、心底つまらなさそうに吐き捨てた。
「苦手ということはない。距離感を掴みかねているだけだ」
「苦手意識は無くても気兼ねなく対話が出来ないなら、得意とは言えなさそうだね」
そう言って笑う山羊頭を、異形が睨む。
心底不快そうな表情に、山羊頭は笑みを収めた。
「済まない。気を悪くしたかな」
「あぁ、すこぶるな。貴様、あの男の失態を庇い紅茶を淹れるためだけにわざわざ戻ってきたのか?」
異形は足元に転がっていた死体に片足を乗せ、その頭蓋を踏みつぶして見せた。
血液と脳漿の飛沫が撥ね、山羊頭のマントの裾を汚す。
続けて異形が死体の右手を蹴り上げれば、引きちぎれた手首が山羊頭の足元へと転がっていった。
「この葬者がここまで潜り込めたのはアサシンのバックアップがあったからだろう。
英霊の加護を受け、当人の技量も一定の水準にはあった。油断のならない相手ではあった。余の敵ではなかったがな。
そして当然、マスターたる余の手を煩わせた貴様は、敵を仕留めたのだろうな? "ランサー"」
「あぁもちろん。正直気は進まなかったが、"みのがす"という選択肢は存在しえないね」
「……どうだかな。貴様の性根はすでに把握している。
アサシンを倒したというのは信用するが、貴様は闘争を好まなぬ草食獣のような……」
「メルエム」
今度は異形―――メルエムと呼ばれた異形が、口を噤んだ。
山羊頭のランサーは紅茶のカップをテーブルに置き、己がマスターの足元、頭を砕かれた死体に手をかざす。
メルエムが足を退けた直後、死体が発火、炎上し、数秒後には跡形もなく燃え尽きていた。
後に残った遺灰も、開け放たれたままの窓からの風に乗って外へ運ばれ霧散してゆく。
その様子を見届けたメルエムが視線を戻せば、唯一残った死体の手首をランサーが拾い上げるところだった、
手首には、欠損のない令呪が遺されている。
「確かにわたしは闘争を望まない。誰も傷つけたくはない。
だがきみの苦悩は、その十分の一くらいは理解できると思う。
きみが出す答えがどんなものであろうと、最後まで付き合えるのはわたしくらいのものだ。
きみの、王直属の護衛軍(ロイヤルガード)として。そして同じ怪物の王として」
そう言ってランサーは、令呪の刻まれた手首にかぶりついた。
肉を咀嚼、骨を粉砕、そして嚥下。
そうして三角もの令呪を取り込んだランサーは、宝具の限定解放を行う。
「―――――『山で眠る王(Bergentrückung)』」
それは、決して派手なものではなかった。
ただランサーの内部に蓄えられた令呪三角分もの魔力が、一定の指向性を得ただけのこと。
鳴動だの威圧だのという変化もないままランサーは静かに、再びテーブルの紅茶に手を伸ばした。
「これでわたしも多少は外を出まわれるようになった。
明日からはノストラードくんについていこうと思う」
「……なに?」
怪訝な顔をするメルエムに、ランサーは心底驚いた様子で片方の眉を跳ね上げた。
「わたしたちが頼っているマフィアのボス。さっきまでここにいた彼だよ。
メルエム、興味ないかもしれないが名前くらい覚えてあげてくれ?」
「そうじゃない。貴様が外に出る意義を聞いている」
あぁそちらか、と紅茶をすすり、ランサーは言葉を紡ぐ。
「ノストラード組(ファミリー)が行ってくれている。わたしたちの活動基盤の拡大作業の監督。
敵勢力を調査し、わたしたちの障害となる場合はなんらかの工作、あるいは排除が必要だからね。
『山で眠る王(Bergentrückung)』の限定解放で得た『単独行動』スキルのおかげで活動範囲は広がっている。
もちろん霊体化は必須であるし、無用な戦闘は避けて目立たないことを最優先にするよ。
あぁ、これでも地下世界を統治していたんだ。治安維持や軍略についての知見もそれなりに持っているさ」
すらすらと並びたてる言葉は、確かに理屈は通っているように思える。
マスターを孤立させるリスクも、平時は外部との関係を遮断する以上は最低限にまで抑えられるだろう。
居場所を探られるとすれば、それは今回のように配下の後をつけられる可能性であるが、その場合はランサーが外部で処理するという選択肢を増やすことにも繋がる。
いざとなれば令呪での瞬間移動もある以上、別行動という選択肢は決してなしではない。
そしてなにより。
「そしてなにより、わたしが外部で敵の目を引けば、当然きみへ向けられる視線は減るだろう。
きみが答えを出すまでの時間を作るために、わたしが囮になるというのは決して悪くない選択肢だと思うよ」
「……」
メルエムは言葉を見つけることが出来ずにいた。
それでも時間は有限である以上、答えは出さなくてはならない。
自分が抱えている苦悩と同じように。
「いくつかの拠点、物資。……手足となる人員、資金、情報。それがそろうまでだ。
どんな結論に至るにせよ、然るべき時には打って出る。飛車角落ちというわけでもなしに、守勢ばかりは性に合わん」
「そうだね。引きこもってばかりでは身体にもよくない」
「……アズゴア」
ランサーの真名を、マスターが口にするのは初めてだった。
ランサーは、地底世界の王は今一度紅茶のカップをテーブルに置き、蟻の王と視線を合わせる。
「貴様は、人間を憎んでいないのか。
今回のこともそうだ。お前は人間を庇った。そして今後は、人間と肩を並べるという。
愛するものを奪われた憎しみは、押し殺せる程度のものだったか」
「いいや」
返答は短く、即座に返された。
メルエムは、続く言葉を傾聴する。
黙って人の話を聞くというのは、蟻の王にとっては珍しいことだった。
「今でも人間は憎い。
だが、すべての人間を滅ぼしたいと思えるほどの憎悪は、きっと抱けなかったのだと、今は思う。
当時は、怒りに任せてかなり振り切れたマニフェストを掲げたものだがね」
――――人間たちを滅ぼし、モンスターたちの手で地上に平和な世界を築く
「だがあれはわたしの本心からの言葉とは、とても言えないと思う。
ただ国民に希望を与えたいがために、国民の顔色を窺った結果の宣言でしかない。
そしてそれは、ただ地上から落ちてくる人間を待つしかないという、ずいぶんと消極的なものだった。
種の頂点として産み落とされたキミの使命や責務に比べれば、なんとも気の抜けた話だ。
わたしは人間を、憎み切れていない。だが諦めきれたわけでも、許しきれたわけでもない」
きみと同じだ、とアズゴアは言う。
メルエムは想起する。
人間の代表者としてやってきた老戦士との闘い。賞賛すべき技巧、修練の果ての粋。
そんな才を持つ者がそれをかなぐり捨てなくてはならない状況に追い込まれるという状況、そこから推し量れる、人間社会の醜悪さ。
人間の、底知れない悪意という進化。その果てに、蟻の王は死を迎えた。
そして、お供しますと付き添ってくれた愛する人の手をうっかりと放してしまった蟻の王は、独り冥府から這い出す機会を得てしまった。
「わたしたちが蘇ったとしても、そこは愛する者のいない世界だろう。
大多数が到底愛せないであろう、概ね愚かで醜悪と言わざるを得ない、人類が蔓延る世界。
そこで、わたしたちがどう振舞うべきか。
どんな答えであっても、最後まで付き合えるのはわたしだけ。
どんな答えであっても、その答えをわたし自身も欲しているからね」
【CLASS】
ランサー
【真名】
Asgore Dreemurr(アズゴア・ドリーマー)@UNDERTALE
【ステータス】
筋力B 耐久B 敏捷C 魔力A+ 幸運E 宝具C
【属性】
秩序・中庸
【クラススキル】
対魔力:C
ランサーのクラススキル。魔術に対する抵抗力。
二節以下の詠唱による魔術は無効化出来るが、大魔術・儀礼呪法などの大がかりな魔術は防げない。
【保有スキル】
魔力放出(炎):B
武器、ないし自身の肉体に魔力を帯びさせ、瞬間的に放出する事によって能力を向上させる。
カリスマ:C-
人を率いる才能。
マイナス補正がつくほどの優しすぎるその性格は指導者として有利にも不利にもなる。
施政者として甘い、あるいは極端な判断に失望されることすらあれど、それでも民に愛される高い人望は、その性格故。
単独行動:A
本来、ランサーは『単独行動』スキルを保有するに足る逸話を持たない。
しかし後述の宝具により、高ランクのスキルを獲得している。
【宝具】
『決意を力に変える者(determination)』
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1人
「* You know what we must do./* わたしたちには やらなくては ならない ことがあるね。」
ランサーは争いを好まない。しかし覚悟を持って敵と相対したとき、決して容赦はしない。
彼こそは
戦闘が終了するまで対象の逃走、降伏、交渉行為を阻害しそれを遮断する。
完全に一対一の決着がつくまでの間にのみ機能する宝具であり、決着とはランサーか敵対者どちらかの死以外にありえない。
例え敵対者が勝利したうえでランサーの命を見逃すつもりであっても、ランサーは最後に自身の死でもって対象を宝具から解放しようとする。
ランサーが決意を固めた以上、両者が生き延びるという甘い話が通用することはない。
ただし、外部からの横槍が入った場合は即座に効力が失われる。
『山で眠る王(Bergentrückung)』
ランク:EX 種別:対人類宝具 レンジ:1〜99 最大捕捉:1000人
地底世界からの解放を掲げ、それを成し遂げてしまったモンスターの王のイフの姿。
7人の人間の魂を吸収することで自身を強化し、地底より現れるモンスターの群れを引き連れ、人類種を蹂躙する。
聖杯戦争においては7人の魂、すなわち令呪21画分の魔力を取り込むことで発動が可能。
自身と召喚したモンスター群にAランクの『単独行動』と『狂化』スキル、そして"人"属性に対する特攻を付与し、際限なく暴れまわる。
呼び出されるモンスターはかつてランサーが統治した地底世界の住人たちであるが、闘争を好まない者、荒事に不向きな者、袂を分かった者、そしてランサーが愛する者は絶対に現れない。
ちなみに、令呪3画のみを取り込んだ時点で限定解放が可能であり、その場合はモンスターの召喚はなく、自身にAランクの『単独行動』スキルのみが付与される。
本編開始時点でこの限定解放はすでに行われており、したがって宝具の完全開放に必要な令呪はあと18画となる。
【weapon】
トライデント
【人物背景】
イビト山の地下に広がるモンスターたちの世界、そこに君臨する偉大な王。
【サーヴァントとしての願い】
誰かを傷つけたくはない。
ただ、マスターの結論には最後まで付き合う。
【マスターへの態度】
自分よりも大きな器、自分よりも大きな苦悩。
それでも真にその気持ちを汲めるのは、同じ王たる自分だけ。
【マスター】
メルエム@HUNTER×HUNTER
【マスターとしての願い】
向かうべき先を知る。それが第一義。
【能力・技能】
『放出系念能力者』
体からあふれ出す生命エネルギー『オーラ』を自在に操る能力者。
中でもオーラを体から離して留めることを得意とする。
圧縮したオーラを砲撃として放ったり、光子と化したオーラを散布することで周囲の様子を把握することが出来る。
また、他者を喰らうことでその念を自らのものにすることが出来る。
生前に得た能力として、自身の肉体を変形させる能力、散布した自身のオーラが付着した者の心理状況を読み取る能力を獲得している。
【人物背景】
キメラ=アントの王。
【方針】
目立つのは避け、行動は最小限に。
ただし然るべき時に打って出る。
敵は殺す。
【サーヴァントへの態度】
自分とは決定的に違うが、自分と同じ人外の王。
その在り方は惰弱であり、懇篤であり、醜くもあり、あるいは……。
【備考】
ノストラード・ファミリーのボス、ライト=ノストラードを脅迫し手駒としています。
ファミリーのモブ構成員が多数日本に訪れていますが、原作に登場したキャラがどの程度まで再現されているかは未定です。
投下を終了します
投下します。
投下します
重複しました、お先にどうぞ
冥奥領域の東京。その一角に旧家が多く立ち並ぶ地域がある。
いわゆるハイソな高級住宅街……というやつだが、そのうちの大きな屋敷の書斎に"彼"の姿はあった。
「……全く、嘆かわしいわい」
そう呟くのは椅子に座った少年だった。
綺麗に切りそろえられた髪に汚れ一つない服装、恐らくはこの屋敷の跡取りの少年だろう。
――だが少年が発したと思えないほどに、その声は淀み、歪んでいた。
『大人のマネをする子ども』
そう受け取るにはあまりにもまとった空気が、子どものそれではない。
……それもそのはずである。
椅子に対して小さすぎる体。その体は10にも満たない少年のものだが、その魂は『龍賀時貞』という80を超える老人のものであるからだ。
時貞は苛立たしげに広げていた本をたたむと、豪奢な椅子に深く体を預けた。
「どうだい葬者(マスター)、勉強は進んでいるかい?」
その時だった。宙からすぅ、と僧衣に身を包んだ青年が現れたのは。
だがその超常現象にも時貞は眉一つ動かさない。
「……キャスターか。周囲の様子はどうじゃ?」
「ああ、今のところ目立った魔力反応はなしって感じだね。
とりあえず周囲に複数体の呪霊を放ったから、そのうち何らかの反応は出てくると思うよ」
まあ行方不明者が2,3人は出るだろうけど、と事もなげにキャスターは付け足すが時貞は気にした風もない。
時貞にとって見知らぬ他人など――いや、見知っていたとして他人など気にするものでもないからだ。
道に生える雑草が一本ほど次の日に消えていたとして誰が気づくだろうか?
もしこの東京にいるのが魂を持たぬ人形でなかったとしても、時貞にとっては差はない。
むしろ時貞にとって気になるのは眼の前の自分のサーヴァントの様子だ。
「キャスター、お前……"何か"変わったか?」
「おや、わかるかい? もしやできるかと思って試してみたんだが……」
キャスターが手をクイ、と動かすとその影から縦方向に影が伸び、人の姿を形作る。
……凹凸のない黒い人影。気配は以前に見た呪霊とにているが、"何か"が違う。
「聖杯から与えられた知識にあるだろう? これが"シャドウサーヴァント"、というやつらしい。
私の持つこの呪霊操術とこの空間は殊更相性がいいらしくてね、
少し調整は必要だが、シャドウサーヴァントと呼ばれる"なり損ない"も取り込めるようだ」
"今回はお試しだからかなり弱い霊基のものだがね?"と笑いながら付け足すキャスター。
……これは彼らにとってかなりの朗報と言っていいだろう。
事実上、時間さえあれば手駒が尽きる心配はない、と言っているのだ。
加えてシャドーサーヴァントを取り込むという新しいことができたことで上機嫌なキャスター。
だが対する時貞は不機嫌な表情を隠しもしない。
その原因は探すまでもない。彼が先程まで読んでいた本にある事は明白だった。
「『戦後日本の歩み』、ねぇ……。どうだった? ……と、その表情だと聞くまでもないか」
時貞の顔に浮かんでいたのは嫌悪の色。
整った顔が苦虫を噛み潰したような表情に歪んでいる。
「……町並みを見て薄々感じてはいたが、導く者のいない日本人はここまで堕落するのか。
嘆かわしいことこの上ない。教養も学も品も無くした……、まるでサル山の猿どもじゃ」
つばを撒き散らしながら現代社会を罵る時貞。
だがその様子を見たキャスターはこらえきれないように吹き出す。
「……何がおかしい」
「いやぁ、失礼。……同じような例えをするような青年を知っていたものでね」
時貞は自身のサーヴァントをじろりと睨む。
その目に浮かぶのは不信と猜疑。
キャスターと名乗ったサーヴァント。
本人曰く、自分が生きたよりも未来、――すなわちこの時代で活躍した術師だという。
(事実、機械類に関しては知識を与えられた自分よりも使いこなしている)
本人曰く『二度目の命に興味はない』と言っているが――
(――信用できるものか、馬鹿め)
生にしがみつくは人の本能。
それは人間であった以上、逃れられるものではない。
それに加えて聖杯からサーヴァントについての知識は与えられている。
サーヴァントとは、自身の願いを叶えるために葬者の呼び声に応えるものだという。
そんな存在が『願いが無い』などとあるわけがない。
(まぁよい。どちらにしろ"切り札"は2つもこちらにある……)
絶対命令権たる令呪はこの手にあるし、何よりこの"冥奥領域"と相性が良いのはキャスターの力だけではない。
時貞の持つ『術』もこの冥奥領域で力を増しているのを感じる。
そして強化された『術』はサーヴァントにすら十分に通用するものだという確信がある。
(ふん……何を考えていようと、ワシのためにせいぜい働き、使い潰してやろう。
それが従者"サーヴァント"としての正しいあり方であろうなぁ……!!)
時貞は自身のサーヴァントの横顔を見ながら、内心ほくそ笑んだ。
―――――――――――――――
(――などとと、考えているところかな?)
一方、僧衣のサーヴァントは自分の主を横目で見つつ、薄笑いを崩さない。
欲に取り憑かれ凝り固まった"若輩者"の思考など、彼にとっては馴染み深く――そして軽蔑するものの一つでしかない。
……とはいえその執念、人を操ることに特化した老獪さは決して油断していいものではないが。
(ま、そのうち切り捨てるとはいえ、しばらくは魔力の供給源として頑張ってもらうとしよう。
令呪はもちろんだが、……何か妙な呪力を感じるしね)
……これは推測だが、恐らくマスターは何らかの強力な魔術礼装を所持している。
しかも封印指定……自分の持つ概念に当てはめるなら特級呪物クラスの品を、だ。
術師としては三流であろうが、魔術礼装の仕様次第では相性次第で負けもありうる。
だが一方で奪ってしまえばかなりのアドバンテージを得ることができる。
(とりあえずは情報を収集つつ、計画を練るか……さぁて、楽しくなってきたなぁ)
内心のワクワクを表に出さないように留め、先程の時貞の言いようを反芻する。
(しかし"ヒト"を"猿"呼ばわりとは、……潔癖と傲慢で真逆と言えるほど違うのに、
口から出てくる言葉が似通うとは実に皮肉だなぁ、――"夏油傑"?)
――そう心のなかで呟きながら、"夏油傑"という青年の顔をした「欺くもの」は、額の縫い痕をそっと撫でた。
【CLASS】キャスター
【真名】夏油傑@呪術廻戦
【ステー
__―_____ ̄ ̄ ̄ ̄‐― ―――― ==  ̄ ̄ ̄ ――_―― ̄___ ̄―
 ̄___ ̄―===━___ ̄― ==  ̄ ̄ ̄ ――_――__―_____ ̄ ̄ ̄ ̄‐―
真 名 展 開
___―===―___ ―――― ==  ̄ ̄ ̄ ――_―― ̄ ̄―‐―― ___
 ̄ ̄―‐―― ___ ̄ ̄――― ___ =―  ̄ ̄___ ̄―===━___ ̄―
―――― ==  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ―― __――_━ ̄ ̄ ――_―― ̄___ ̄―=
【CLASS】プリテンダー
【真名】羂索@呪術廻戦
【ステータス】筋力:D 耐久:C 敏捷:C 魔力:A+ 幸運:A 宝具:EX
【属性】混沌・悪
【クラススキル】
・陣地作成:C-
魔術師として、自身に有利な陣地を作り上げる。
プリテンダーは基本的に打って出るタイプのため、そこまで高くはない。
・道具作成:A+
魔力を帯びた器具を作成できる。
様々な呪物を創造してきたプリテンダーは高い道具作成スキルを有する。
【保有スキル】
・対魔力:C
魔術への耐性を得る能力。
一定ランクまでの魔術は無効化し、それ以上のランクのものは効果を削減する。
・高速詠唱:C
魔術の詠唱を高速化するスキル。
一人前の魔術師でも一分は必要とする大魔術の詠唱を半分の三十秒で成せる。
・呪術(詳細不明):-(A)
脳を交換し肉体を渡る術式でありプリテンダー本来の術式。
下準備が必要なため、本聖杯戦争では基本的に使用できない。
・呪霊操術:A
本来は体の持ち主である夏油傑の術式。
調伏させた呪霊を球状にしてから体内に取り込み、自在に使役する術式。
本聖杯戦争では冥界内で発生する死霊やシャドウサーヴァントも使役することが可能。
・反重力機構:A
本来は過去に乗っ取った虎杖香織の術式。
本来は物体の重力を消す術式だが、プリテンダーは術式反転で重力場を発生させ、自身に近づくものを地面に叩き落とすという使い方をしている。
【宝具】
『胎蔵遍野(たいぞうへんや)』
ランク:A 種別:対軍宝具 レンジ:30m 最大捕捉:10体
領域展開という、固有結界と似て非なる大呪術の一つ。
原作では詳細不明だが、今回の召喚においては『重力術式の必中化により叩き潰す必中領域』と定義されている。
『獄門疆(ごくもんちょう)』
ランク:EX 種別: レンジ:D 最大捕捉:1人
真名開放後、半径4m以内の位置に対象を一定時間(脳内時間で1分)留める事で、相手を完全封印する特級呪物。。
効果は絶大で一度囚われると身体に一切の力を入れられず一切の魔力も断たれる概念断絶・破壊不可能・絶対封印の小箱。
ただしプリテンダーの宝具としての発現であるため、プリテンダー自身が消滅した場合は封印が弱まる可能性がある。
なおあくまで封印であるため、例えばこれでサーヴァントを封印した場合、マスターは契約切れにはならないが、逆に再契約も行うことができない。
【weapon】
これまでに体をのっとった術師の術式を使いこなす。
また術師タイプでありながら純粋な格闘戦もこなす。
【人物背景】
呪術廻戦の元凶で、その正体は千年以上暗躍を続けた呪術師。
極めて強い好奇心の持ち主で、人間の可能性の追求のためだけに周囲を利用し、『呪い』をばらまいている。
現在は"夏油傑"という青年の体を乗っ取っている。
好奇心のためなら人を利用することに何ら躊躇しないが、好奇心を満たす現代のお笑いにも詳しい。
【サーヴァントとしての願い】
好奇心を満たすために行動する。
【マスターへの態度】
表向きは忠実だが嫌いなタイプなのでそのうち裏切る予定。
ただしマスターの令呪と切り札は警戒中。
【マスター】
龍賀時貞@ゲゲゲの謎
【マスターとしての願い】
永遠の命を得て、自分が操り日本を素晴らしい国に変える。
【能力・技能】
大妖怪・狂骨を使役する。
またある程度呪術に関する知識もある模様。
【人物背景】
戦後日本の財界を裏で牛耳った龍賀一族の当主。
幽霊族を利用して、薬を生成し巨万の富を築いた。
親族も自分の道具としてしか見ておらず、自身の孫である時弥の体を乗っ取り、魂だけの状態から復活している。
時間軸としては映画終盤、時弥の体をのっとった状態での参戦となる。
【方針】
聖杯戦争の勝利。
【サーヴァントへの態度】
利用できるまで利用する。
切り札である狂骨の存在は教えない。
投下終了です。優先させていただきありがとうございました。
改めまして投下します
.
自分の命なしでは生きていけない!!
魂なしでは、生きられない!!
――エミリー・ブロンテ、『嵐が丘』
.
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
そのマスターは、この冥府においてたまたま『当たり』の立場を引いた男だった。
政財界に対して発言力を持ち、企業の名前を言って見ろと問われればすぐに名前が思い浮かぶ程度の大企業にも口利きが出来、唸る程の金を持った、一個人。
それが、彼の、冥界に於いて割り振られたロールであった。元の世界では、600年の歴史を持った魔術師の一族。前歴ですら、輝かしく彩られている。
男は、工房を重視した。
自分が引き当てたアーチャーのバックアップが出来、負傷した時のケアも万事抜かり無く施せるような。そんなアジトだ。
だが、それを施すには時間が足りない。男は凝り性だった。自分が満足する出来の陣地を作るには、絶対時間とリソースが足りなさ過ぎる。
ために、考え方を変えた。完全完璧な満足の行く拠点一つ作るより、及第点の陣地を都内に幾つも作っておくべきだと。
つまり、ヒールスポットを分散、隠匿すると言う考えに至ったのである。アーチャーもその考えに同意した。リスクの分散と言う意味でも、正しいと。
金の力とコネの力をフル活用し、都内の至る所に拠点を作った。
企業ですらボディブローのように効いてくる月間レンタル料を誇るオフィスビルの1フロア。高級ホテルのスィートルーム。廃業寸前の整備工場を買い上げてそこを改造する。
23区の至る所にスポットを分散させたが、中でも、今、男とアーチャーのいる工房は、初見では絶対に場所を特定されない。
何せ、東京湾上に浮かべた、高級クルーザーの上なのだ。陣地は動かないもの、と言う固定観念を男は利用した。
海の上を自由に動く工房は、盲点であろう。一説によれば彷徨海が、自分と同じ発想の一大拠点を所有していると言うが、アレも、発想の起点は自分と同じだろう。
存在が露見する可能性が低い。その価値は、計り知れないのだ。
「順調だな……」
デッキの上から、彼方の東京の陸地を眺めて男は言う。
既に、沖合と言っても過言ではない所だった。まさかこんな所にまで、拠点ごと移動出来るなど夢にも思うまい。
たが、コレでもなお足りない。聖杯戦争の噂は、元いた世界でも聞き及んでいた。そして、その過酷さもまた。
エーテルに満ちた神代に華々しい活躍を遂げた英雄達を招き、戦わせるのだ。エーテルどころかマナもオドも減少傾向にある現代の魔術師達の想像を遥かに超える力を発揮する可能性も、視野に入れている。
本開催までに、まだまだ動く事は多い。多少臆病な方が、魔術師として大成、長生きするコツだ。
――しかし、男は知る事になる。
この世の中には、順調に行っている時ほど、歩んでいる人間を躓かせる石の数が増えて行くものである事を。
注意して歩いていれば防げるタイプの災難よりも、意思を持って害をなそうとする災厄の方が、この世には多いと言う事を。
刹那の、事だった。
凄まじい音を立てて、船体が、揺れた、
波がぶつかったような衝撃ではない。明らかに、質量を持った固体、それも、大きくて、重い物が、凄い速度で叩きつけられたような。
「何事だ!?」
そうマスターが叫ぶと同時に、メキメキと、不吉極まる音も聞こえてきた。
コレは、拙い音だ。船の悲鳴、断末魔そのものだ。船と言う物が水に浮かぶ為の、重要な要件。
そこを破壊された事は明白だった。船体が、傾き始める。緩やかにではなく、もの凄い速度で、急激な傾斜が生まれ始める。最早明白だ。この船は、長く持たない。沈む!!
「アーチャー!! 敵は何処にいる!?」
クルーザーは、男の魔術によって、物理的な堅牢性も増させている。
一部の高位サーヴァントは兎も角、生身の人間であれば破壊は不可能。対物ライフルを持って来たとしても、船の腹を貫通させられないレベルの耐久性を得ている。
それをこうまで容易く、ペーパークラフトのように破壊してしまうなど、これはもう、サーヴァントが絡んでいるとしか思えない。
状況は最悪を極むるが、もう戦うしかない。マスターである男は、実体化した己のサーヴァントに檄と下知を飛ばし、相手を射殺そうとし――
その、相手を見た。
「……なんだ? ありゃ……」
そう呟いたのは、アーチャーだった。
敵は、海中深くに隠れた訳でもなくば、空高く飛翔して逃げた訳でもない。
海面からその姿を露出させ、沈み行くクルーザー船に、しがみ付くように陣取っている、マスターとサーヴァントを見下ろしていた。
それは、見るも巨大な大烏賊だった。
古の時代の船乗り達が、仲間の船を沈められたと言って存在を証言していたところの、クラーケン。
まさにそうとしか思えない、烏賊の怪物が、その眼で彼ら2人を睨みつけていたのである。
ダイオウイカ、そのような存在が、未知の深海を遊弋している事は男も知っている。
滅多に見られないその存在が、たまに海上にまで浮上する事も知っているし、大型のクジラとも争う事がある事も、聞いた事がある。
そんな大型の生物なら、確かに、大航海時代に使われたみたいな帆船ぐらいなら、沈没させられるだろう。
しかし、現代の造船技術で製造されたクルーザー。それも、魔術的な強化措置すら施されている船を、たかが烏賊が沈没させられるかと言えば、答えはノンだ。出来る筈がない。
では……触手だけで長さ20m。
本体部分だけで、100mを容易く超えるような、象やクジラを遥かに超える大きさの、バケモノなら?
そのバケモノこそが、今男達を睨み付けている、大烏賊だった。姿なき詩人が語る、全ての海魔(クラーケン)共の長。
クラーケンロードの名を魔王より与えられた、大海洋の魔王。それが、男達の目の前に現れたる怪物であった。
――我らは此処で――
死ぬ。
その事を認識した瞬間、烏賊は、目にも止まらぬ速度で触手を振るった。
彼らのその後を書き記すものは、何処にも無かった。
.
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
アサシンを召喚した男が先ず考えたのは、地下水道の把握であった。
男は某国のスパイを経験した事もある、隠密行動のプロフェッショナル。だから、普段の聖杯戦争ならば低く価値を見積もられがちなアサシンの利用価値を、正しく理解していた。
彼の価値を、活かし切る為の策。それが、東京の地下施設の把握と理解であった。
下水道や地下鉄とは即ちインフラだが、これらは国家や自治体によって、厳密かつ綿密に、張り巡らされているのが常……。
と言うのは、甘やかされた日本人が抱く発想だ。男は知っている。世界には、中世の時代どころか、古くは古代ローマの時代に作られて、今もそれを下水道として利用しているような所が、大勢あると言う事を。
つまり下水道も地下鉄も、網目のように計算され、メンテナンスも執拗に行なっている、と言う風な管理をされているのが当たり前ではないのである。
どころか、公共の移動手段のダイヤに、1分2分の厳しさを求めるような国民など、日本だけである。ドイツの国民ですら、そこまでではない。
これだけ厳しく管理されていながら、下水道への侵入が容易いと言うのだから、訳が分からない。
東京が、世界で一番スパイの数が多いと言うのも頷ける。警備に如何に力を入れたと言っても、銃を持てず、武器も警棒や刺股止まりでは、本物の抑止力にはならない。
下水道の道順や構造を把握するのは、侵入経路の調査という観点も勿論だが、それ以上に大事な事として、逃走経路の確保と言う向きが強かった。
プロの暗殺者やスパイが、プロと呼ばれる所以は、自らの安全を自分の手で保証するからである。
ターゲットを暗殺し終えた後、或いは機密を盗み出した後。敵の拠点から逃げる事が、一番難しい。
そうでなくとも、万が一ミッションを失敗した後の保険を用意すると言う事は、とても大事な事なのである。
逃走経路こそがまさにそう。敵の手が及ばない、或いは及んだとしても影響力を発揮し難い。そんな場所を確保し、自分が逃げ果せる時にだけ安全が高確率で担保されている所。
男は仕事に及ぶ前に、そのロケーションは何処なのか、それを探す事を大事にするのである。
この国に於いては下水道が適していると、男は判断した。
国民の殆どは、マンホールを開けた事もなかろうし、当然、その中に入った事もないであろう。
これが一般市民であれば兎も角として、官憲の類だって立ち入った事も少ないとあれば、逃げる場所としてはうってつけであろう。
とは言え相手はサーヴァント。
現代戦に用いられるような、戦車や戦闘機に匹敵するか上回る戦闘力を、生身の個人で有するような者までいる連中だ。
ただの喧嘩の強さが凄いと言うのなら兎も角、これでいて、野の獣を逸脱した、第六感にも等しい超知覚能力であったり、科学では到底説明の出来ない神懸かり的な勘まで有している者もいると言うのだから堪らない。
100%、無事でいられると言う保証は何処にもない。しかし、無事に撤退出来ると言う可能性もまた高まる。この、保険。そこに意味があるのだ。
「……」
2人の男達が下水道をそぞろ歩く。
電波の類は届かないから、用意するのは紙の地図。それを見ながら、男達はそこを歩いていた。
道中アサシンが、壁面をナイフで削っているのは、目印である。この上にはあの土地が広がり、あの主要な建物に近い所だと、解るようにつけている訳だ。
マスターである男の判断に、アサシンのサーヴァントは異論も挟まず、疑問も抱かない。
暗殺者のサーヴァントを運用する者として、当然の判断を下し、策を練っているとすら思っている。
パートナーとしては丁度良い。自分のクラスの都合上、厳しい戦いになるだろうが、戦いである以上は、最善を尽くす。首も、獲る。サーヴァントのモチベーションも、決して低くはなかった。
――しかし、男達は知る事になる。
この世の中には、空回りと言う言葉があると言う事を。過ぎたる野望や野心とは、実る前に摘み取られる事の方が多いのだと言う事を。
死神に魅入られてしまった者は、例えどれだけ周到な用意をしていたとしても、側から見ればあっという間に、そして、余りにも呆気なく。命を散らしてしまうのである事を。
ゴゴゴゴゴ、と言う、地鳴りのような音を、男達は聞いた。
地震、ではない。揺れを感じていないからだ。地下水道でこれだけの音がすると言う事は、大量の水が流れているのか?
馬鹿な、とマスターの方の男が思った。これだけの音がすると言う事は、外で激しい降雨が起きていなければ考え難い。そして外は、雲一つない夜の空が広がっていたではあるまいか。
と、なれば……。
「敵か……!!」
アサシンが、ナイフを逆手に持って構える。
アサシンのクラスは暗殺が得意とした事による代償として、直接的な戦闘の技芸に劣った者が多い。だから、普通の感性を持った魔術師からは軽んじられる。
だが、出来ないとは言ってない。現にこのアサシンは、相手が神代の大英霊……それこそ、ヘラクレスにアキレウス、クー・フーリンやらラーマやら、と言う類でなければ、防戦を成立させられる程には荒事の覚えはある。
来るなら、来い。そうと覚悟を遂げた時ーーそれが、来た。
「――――は?」
マスターが、頓狂な声を上げた。
土気色の壁のような物が、鉄砲水めいた勢いで迫って来る。
いや、壁ではない。そして、固形のものではない。ゲルだ。ジェル、ゼリーとでも言い換えられるかも知れない。
性質としては、液体のそれも兼ねている何かが。下水道の通路全体に隙間なく詰め込まれたそれが。信じ難い程の勢いで、男達に向かって来ていたのである。
「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛」
人糞を練り固めたような色をしたその汚濁の激流。
そこに、人の顔めいた物が浮かび上がった。女の物ではない、男の顔。子供の歳ではないが、青年のようにも、老爺のようにも見える。
そう言う物が浮かび上がったその瞬間になって漸く、アサシンのサーヴァントは、これが一個の生き物である事を理解した。
雄叫びを上げてその濁流へと向かって行く。退路は絶たれ、この怪生物を倒す事によってしか道が開けない事を理解してしまったのだ。
ナメクジのような不定形で、伸縮に融通がきき、しかもヌメ付いている生き物に。
心理的な不快感を抱く者は、決して少なくない。しかもこの上で、様々な雑菌を媒介していると言う科学的な事実を知れば、より嫌悪の念を強める事であろう。
男達が目にしている怪物はその嫌悪感を、人類の脅威となるレベルにまで高めた存在であった。
悪魔や魔物達の長の一柱として、彼は産み出された。一説によれば、地上に存在する全ての『スライム』に属する魔物は、彼を母体として産み出されたとも言われている。
悪魔達の長、魔将としての立場を授かりながら、余りにも醜悪かつ不快、そしてその身の悪臭の故に、同胞からも忌み嫌われたと言う経歴を持つ、怪物の中の怪物。
――地の底のヨドミ。
魔王からその魔名を与えられた悪魔の将は、妖精が鍛えた鎧や龍の鱗で編まれた重鎧ですら腐食させる強酸性の身体を持った、巨大なスライムであった。
「ガギャァッ」
アサシンがなす術もなく、その身体を呑まれた。
自らが召喚したアサシンの敗北を知覚出来ぬままに、そのマスターも呑まれてしまう。
鼻が潰れてしまう程の悪臭を感じたのも、一瞬のこと。その次は、身体中の皮膚と筋肉を一瞬で溶解され、絶叫。
その後、数秒程で、骨をも溶かされ、叫ぶ口も無くなった。マスターの男が激痛と悪臭に苦しんでいた時間は、長くとも、3秒程の事であった。
――彼らのその後を書き記すものは、何処にも無かった。
.
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
強いサーヴァントを引き当てられたから、強気の攻めに転じる。
それは、性急な判断ではあるかも知れないが、正しい側面もある。戦いにおいて、モチベーション、言わば、士気と言うものは勝機にダイレクトに関わって来る。
古くは、古代ギリシャのテルモピュライ。近代に於いては、アメリカ独立戦争や日露戦争。いづれもが、下馬評では、不利側のディスアドバンテージは著しく、大敗は必至と言われた戦いだ。
だが、結果はどうだ。ある戦いは、同盟国の勝利に貢献する程果敢に戦い抜き、ある戦いは、寡兵で大軍をそのまま打ち破ると言う、神話の英雄ないし伝説的な将軍の逸話宛らの大勝利を飾ったではないか。
だが実を言えば、これらの大勝には、得てして裏があるものだ。
大体の場合、この手の戦いで大軍側が負けている時は、既にその軍を動かしている国家の内情が、ガタガタである事が殆どだ。
政情不安、人民のモラルの崩壊、トップ層の無能化。上げれば上げるほどキリがないが、総じて言える事は、敵が弱体化していると言う事だった。
平和な時期の方が長すぎて戦い方を忘れてしまったと言うのもあるし、戦い方が古のもの過ぎて新時代の戦い方に対応出来なくなったと言うのも勿論そう。
しかし何と言っても、士気である。戦場に於いて士気が高いと言う事は、相手を殺す度胸があると言う事に等しい。反対に低い事は、殺す度胸がない……と言う次元ではない。
戦場に行く事そのものを、放棄する。戦場の現実を目の当たりにし、尻を巻くって逃走しようとする。つまり、同じ土俵に上がろうともしないと言う事だ。
これでは負ける。戦場の無視すべからざる側面に、相手のリソースを削ると言う物がある。この場合のリソースとは、人だ。人は、殺す事によって減るのである。
殺し、領地を占領する事によって初めて終戦となる、戦争の絶対ルールである。これを行う上で必要な、兵士を殺すと言う行為に忌避感を抱いている以上、勝てる戦はないのである。
聖杯戦争でも同じである。
最後の1人にならなければ、願いが叶えられない、帰還の芽すらないと言うのなら、選択肢は初めから、殺し合いに乗る以外にはない。
その魔術師は、早々に、狂気に身を委ねる事にした。人を、マスターを、サーヴァントを。殺す事で、この戦いを生き残ろうとした。
間違いではなかった。事実この冥界での聖杯戦争は、そうでもしなければ生き残れない。それしかないのなら、そうするべきだ。士気は、高く保つべきだ。
それに、彼が引き当てたセイバーのサーヴァントは、強かった。強いのであるから、強気に打って出る、強者の理論と理屈としては、余りにも、正しい。
――しかし、男は知る事になる。この戦いは聖杯戦争であると言う事を。サーヴァントの強さが、全ての戦いであると言う事を。
最優程度ではどうにもならない最強が、人知れず息を潜めているのだと言う事を。
「なっ……あっ、は……!?」
その攻撃は、全く見えなかった。
マスターである男は、当然生身の人間だ。魔術師である事と、それに伴う精神性を持っていると言う以外には、特筆するべき所はない。身体能力は、普通のそれだ。
だから、サーヴァントの攻防、況して三騎士相当の水準のそれなど、目で追える訳がない。遅れて聞こえて来た音と、身体に負った何らかの損傷。それを以て初めて、何か攻撃を仕掛けた、していると言う事を認識出来るのだ。
今回もそうだった。
目線の先、10m。其処に佇む者が、槍を握った右腕を水平に伸ばしているのを見て初めて、何か攻撃を仕掛けた事に気付いたのだ。
――自分が頼りにしていたセイバーのサーヴァントの首が、血を撒き散らしながら放物線を描いて飛んでいくのを見て。初めて、自分の命運が断絶した事に、気付いたのだ。
漆黒の巨馬に跨って、赤いマントをたなびかせる騎士だった。
黒いのは、馬だけに非ず。彼がその身を鎧っている甲冑ですらも、漆黒。兜からグリーヴまで、全身くまなく、漆黒のプレートで覆っていた。
身の丈以上もある槍を片腕で振るう膂力。成程、それも恐ろしい要素の一つだろう。だが、それだけではない。あの漆黒の騎士は、ただの腕自慢ではないのだ。
強い。ただ、強い。恐るべき膂力、頑健な肉体、弾丸すらも見てから切り伏せる速度と反射、高度な魔術の知識。単純に強い、故に策が通用しない。正攻法で、勝たねばならない。
しかもこの上、持っている槍が、計り知れぬ呪いの品であった。聖者を殺した槍なのだ。これを持って戦場を駆け、100の猛将、1000の英雄を、彼は殺戮して来たと言う。
彼は、魔王の中の魔王である、ディースの右腕とも言われる戦士だった。同胞である悪魔達は勿論、敵方である人間の英雄達すら、その強さと誇り高さに、畏敬の念を抱いた。
後に魔王を封印した3人の大英雄の1人、剣聖グレン。聖剣ホワイトファングを振るうこの英雄が、三日三晩命を懸けて戦い続け、僅差で漸く打倒した程の、恐るべき魔将。
彼に名はない。魔王ディースが、相応しき名を授けようとした局面は、度々あった。その度に、固辞しつづけた。
我が名は黒騎士。それで良いと。ただ御身の右腕となり、人の子の猛将、英雄と戦い続ける、戦士でありたいと。常々そう口にしていたと言う。
彼こそが、今、セイバーのマスターの命運を絶った者の正体。
「……あ、あぁ……」
ズルリと、臍の辺りから真横に、上半身がズレて行っているマスターに、その運命を齎した者の正体。
黒騎士の一撃は、セイバーの首を刎ねるに飽き足らず、振るった時の刃風で、後方にいたマスターにも死を齎していたのだ。
怖い。死ぬのもそうだ、だが、あの黒騎士を『操る』何者かの方が、男にはずっと怖かった。
あの黒騎士は、セイバーすらも容易く真正面から斬り伏せる強さを持ちながら――『サーヴァントではない』のである。
ステータスが、見えないのだ。存在が、希薄なのだ。つまりアレは、サーヴァントが召喚した使い魔なのだ。
「恐ろしい……」
上半身が地面に落ち、湿った音を上げる。血が撒き散らされ、腸が、桶をひっくり返されたように撒かれる。
今際の際に男が抱いたのは、これを召喚し、操るだけの存在が、この冥府の地に息を潜めている、と言うその事実。それが、恐ろしい。
だが同時に、安堵もした。そんな存在を目にする事無く、死ねると言う事に、彼は安心したのだ。そして、これから生き残る参加者が、恐るべき魔王のような人物と戦う事になるかも知れない、その宿命に同情した。
――彼らのその後を書き記すものは、何処にも無かった。
.
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
――『ジュイス=ダルク』がそのサーヴァントを見た時、彼女は、全身の毛が逆立つような感覚を覚えた。
白い仮面を被り、純白のドレスを纏った、緩くウェーブの掛かった細身の金髪の女性だった。
仮面は、顔面全体を隠すような物だった。穴が何もない。前方を確認する為の覗き穴も、呼吸を確保するだけの気孔のような物も開けられていない。機能性、と言う物をまるで排したデザインだった。
被る仮面が何で出来ているのかが解らない。 如何なる感情を表現したがっているのか解らない。
白磁に見える。 憂いに見える。
白樺に見える。 悲嘆に見える。
石英に見える。 怒りに見える。
真珠に見える。 微笑に見える。
象牙に見える。 無我に見える。
「……貴女、は……」
冷や汗を、ジュイスは流す。
自分が召喚した、自分の縁を辿って召喚されたサーヴァントとは、到底思えなかった。
自分が呼び出した者とは、何なのか。自分は本当に、彼女と付き合わねばならないのか。
我と彼女の関係を定義付ける事が出来ない。 我と彼女の信頼を計測する事が出来ない。
母に見える。 味方に見える。
姉に見える。 仇敵に見える。
妹に見える。 友人に見える。
妻に見える。 恩師に見える。
妾に見える。 無関係に見える。
神に見える
「ッ……!!」
サーベルを引き抜き、その切っ先を、彼女の仮面に付きつける。
これは、神だ。サーヴァントとして矮小化されてはいるが、紛う事なき、神そのもの。嘗ては、神だった者。
見て来たからこそ、解る。彼女は――『デミウルゴス』のクラスを冠して召喚されたこの女性は、最低でも、ルナやサンと、同格の神。
上位十理ですら、本来の力を秘めた彼女の前では、赤子同然。借りて来た、猫だ。万物の創造主、そうと称呼されても疑いのない、大権能のタクトを振るう事の出来る、大神そのものなのである。
「無駄な事をするな」
彼女が、右手を伸ばす。
それだけで、ジュイスの手にするサーベルが、切っ先から根元にかけて、蚊取り線香のように渦巻いていく。これではもう、剣としての使い道は出来ない。ただの、ゴミ。
だが解っている。この存在を相手に、ただの剣など、棒切れ一本程の力しかない。古代遺物(アーティファクト)を用意して初めて――いや、通用するか解らない。
断言、出来る。彼女は、『理』を創造する側だ。そんな物を相手に、ただの金属の加工品など、何の意味があろうと言うのか。
「何故我を敵視する。憎しみを抱くと言うのなら、それでも構わない。貴様を葬り、我も消えよう」
「願いが、叶えられなくなるぞ」
命が惜しくて、ジュイスはそう言ったのではない。
目の前の女性が、恐ろしい。直視するだけで、関係性が狂いそうになる女神が、心底から怖い。
怖いのに、知りたいのだ。彼女の事を。彼女の、望みを。
「我が望み、死者を絞った雫を集めた器で、叶う物に非ず」
彼女は、静かに語り始めた。
「肉を割き、骨を断ち、血を流して、あの御方が現れるのなら、幾らでもそうした。英雄を数万と望むと言うのならそれを産んだ。星を億万兆欲しいと仰るのなら、それを創った。全ての人を幸せにして欲しかったのなら、そんな世界だって、作れたのだ」
彼女は、ジュイスから目線を外した。仮面の下の表情は解らない。だが、何となく解る。遠い所を、眺めているのだ。
「何も、望まれなかった」
抑揚のない言葉で、彼女は言った。
「解っていた。あの御方は、我が創るものに目を輝かせるような方ではなくなってしまった。また来る。そうと微笑んで彼は去ったが、解っていたのだ。もう、あの御方が、我らを見てくれる事はないのだと」
スッと、顔をジュイスに向ける彼女。腰を低く落とし、ジュイスが構えた。
「戯れだ。女、我を使いこの戦を制するが良い。聖なる杯を用い、我に力を注げ。さすれば御前の望み、この手で叶えてやろう」
「勝手な事を抜かすな!!」
目を血走らせ、ジュイスは激昂する。
目の前にいる、仮面を被った彼女の言葉に嘘はない。しかしジュイスは、――通用するかも解らないが――不正義(アンジャスティス)を発動させている。
発動させて尚、彼女は、ジュイスの望みを叶えてやると言った。不正義は、本来の目的とは真逆の事を為させる、言わせるもの。
だから、ジュイスは、激怒した。仮面のデミウルゴスが本心から、ジュイスに寄り添おうと言うのなら、出て来る言葉は『叶えてやらない』の筈なのだ。
だが、叶えてやると口にした。つまり、デミウルゴスにとって、ジュイスの願いを叶えてやろうと言うのは、本当に、戯れ。嘘ではないが、遊びであるのだ。
――それが、許せなかった。
神の戯れとやらに、何十億年と振り回され続けて来た女にとって、神の気紛れとは、何よりも怒りの線に触れる事柄なのだ。
「私は……お前達が解らないよ……」
「……」
「お前達が、凄い力を持っていて、人間の運命何て、小指を動かす程度の労力で、捻じ曲げる事が出来る事は、よく解ってるよ。自分の力で、世界を壊してみたいだとか、そう言う気持ちも、湧き上がって来るだろう事も、あるのかも知れないさ」
凄い完成度を誇る芸術品やミニチュア、模型を、壊してみたい。
これまで築き上げて来た信頼関係、恋愛感情を、リセットしてみたい。そう言う衝動を、人間は心の何処かで、抱いているものだ。それは、ジュイスだって解っている。
神が、それを抱いていたとて不思議ではない。そして彼らの場合、その圧倒的なスケールの故に、壊したい、リセットしたい物が、人間の住む星だったり宇宙だったり、と言う事も、解らなくもない。
――だったなら
「何故お前達は、とるに足らない個人に構うのだ?」
数十億年以上も狂わずに生き続け、未だに尚、答えの解らぬ問いを、ジュイスはぶつけた。
「星を砕いて全てをなかった事にすれば良いのに、1人1人に力を与えて、破滅させるんだ?」
愛する者を、不幸のどん底に落とし、航空事故で死なせた少女がいる。
将来を誓い合ったフィアンセの病を治そうと執刀したら、その執刀から手術を進ませぬ呪いを掛けられた男がいる。
貧乏な友達を思って、将来の掛かったレースで手を抜いて負けようとしたら、迸る運動エネルギーで甚大な被害を撒き散らした少年がいる。
武器の弾薬が減らない呪いを掛けられ、敵対した兵士達を皆殺しにするまで元の場所に戻れぬ宿命を背負った兵士がいる。
一世一代のボクシングの大試合、相手が自らの攻撃を避けられぬ呪いを掛けられた結果、死ぬまで相手を殴り続けねばならなくなったボクサーがいる。
……これ以上は、ジュイスも、思い出したくなかった。
当人達の苦悩と絶望を思えば思う程、舌が回らなくなる。希望に満ちた人生があった筈だった。苦労もあるだろうが、それと同じ程の幸福も約束されていた未来が広がっていた筈だった。
その幸福を全て、奪い去られた。不幸のみを与えて、生きよと言われた。望んでもいない否定能力を与えられ、呪いを背負って生きよと言われた人がいた。
ある者は、何故、如何してを神に繰り返し問うた。ある者は、お前を赦さない、殺してやると血涙を流して心に誓った。ジュイスもまた、哀しみを負い、いつか必ず、神を滅ぼすと誓った、大勢の中の1人であった。
ジュイスの目的に賛同し、その宿命を背負わせた神の打倒と討滅を、多くの者が誓った。
そして、その全てが、墓の下の住民となった。理に敗れ死んだ者、寿命と言う時の刻限に敗れ「悔しい、悔しい」と恨みを吐いて死んだ者。
そう言った者達の墓を、ジュイスは、何千と作って来た。そうして築き上げた墓の大地を見る度に、思うのだ。何故神は、我らに構うのかと。態々1人1人に、凝った呪いを授けるのかと。
ただ、楽しいからという理由で、此処まで出来るものなのかと。
「こんな筋肉質な女を……好きだと言う女がいるんだ。不思議だろう?」
仮面の彼女は、消え入りそうな声で告げるジュイスに、目線を注ぎ続ける。
「光のない宇宙に1人孤独に放り出され、何十億年と流離っても……いつか私と遭えるのならと、正気を保ち続ける人がいるんだ」
「つくづく……」
「愛の、理想と言うのかな……」
そう口にするジュイスは、静かに涙を流した。
流さずにはいられない、流す事しか出来ない。100度目のループ、4000億を優に超える年数を生き続けた彼の孤独を推し量る事は、誰にも出来ない。
ある時は、星の瞬きすら見えぬ程、地球から離れた暗黒の海を漂い。またある時は、原始的な原生生物、原核生物すら産まれていない、溶岩で覆われているだけの地球に1人放り投げだされ。
それでも尚、発狂の1つもせず、自我と自己を保ちながら、生き続ける男がいた。それを、ジュイスは、彼が――ヴィクトルが、超人だからだと思っていた。
精神的に完成された超人であり、彼にとっては、億年の孤独など、昨日の事に思える程、達観し切った精神の持ち主だと思っていたのだ。
全て、違った。
ヴィクトルもまた、狂う寸前だった。本当は、狂いたかったのだ。
狂えぬ理由が、自らを筋肉質な女と蔑む、ジュイス=ダルクと言う女の存在だった。
彼女に遭えるのなら。また彼女と共に、隣で戦えるのなら。また彼女と共に、パリでショッピングが出来るのなら。
果てない時の大河を、抵抗も出来ずに流されようと、耐えられるのだと。彼は、涙ながらに訴えた。
死ねない怪物である自分に付き合って、傷付き、力尽きそうになっても立ち上がり、神の打倒を掲げるジュイスに、諦めろと泣いて乞うてきた。
「私だって……彼に遭えるのなら……たかが100億年、痛みに耐える事など簡単なのにな」
永遠にも等しい時を生きるヴィクトルの味わう苦労の、億分の1でも。負担を代わって、軽減してやれたら、どれだけ良いかと。思った事は数知れない。
ヴィクトルは、超人ではなかった。心など、完成してなかった。擦り切れているだけだった。永遠を生きる上で、必要な感受性を、捨てていただけだったのだ。
ジュイスを忘れない、ジュイスに幸せになって欲しい。それを強く思い続けていたからこそ耐えられただけに過ぎなかったのだ。
「許せない」
人に苦しみを与え、それを高みから嗤う者が許せない。
「殺したい」
最愛の人から死の安息を奪った、暗黒の太陽を討ち滅ぼしたい。
「……情けない」
その全てを、数百億年とかけて成し遂げられない、己の弱さを強く呪う。
「貴様にとっては、人や心など、己の力で戯れに満たされるものだと思っているのだろう」
そうでなければ、あんな言葉が出て来る筈がない。
「ふざけるなよ。どんな人間の心も、力と奇跡で好き勝手に操れると思うな!! 愛と怒りを、消せると思うなッ!!」
血を吐きかねない程の怒りを、目の前の彼女に叩き付けるジュイス。
此処で、殺されたって構わない。塵と化しても、未練はない。神に対する敬虔など、当の昔に捨て去っている。地獄と言う物があるのなら、そこに堕ちる覚悟も済ませている。
不敬の代価を、どのような形で、眼前のデミウルゴスは清算するのだろうかと、ジュイスは待った。彼女は、沈黙を保ち続けている。不気味な程に。
「……御前は」
「……」
「……愛する者をどれだけ待ったのか、覚えているのだな」
「……何?」
それは、ジュイスとしても予想外の言葉。デミウルゴスの言葉からは、怒りの念が、欠片も感じ取れなかった。
「私は――……覚えていなかった」
そっと、デミウルゴスは、被っていた仮面を外し、その素顔を露わにし――彼女の顔を見たジュイスは、愕然とした。
美しかった。それは、解っていた。女神は、美しいのが常であるからだ。
瞼を赤く泣き腫らし、その上でなお、彼女は、涙を流していた。赤い赤い、血の涙。それを、美しい瞳から、つぅ、と。
その、目。ジュイスは知っている。己の無力を嘆く時、鏡を見ると映っていた顔。ヴィクトルの苦悩を理解しようとした時に、思わず浮かべてしまう顔。
……サンに滅ぼされる仲間を、月面から眺める時に見せていた顔。
それは、自分の無力に打ちひしがれ、叶わぬ恋と、愛を示せぬ女が見せる、悲哀の相であった。
「解っている筈だった。自分の作った話の登場人物に、恋をする者など、いないと言う事位」
美しい女は、滔々と語り続ける。ジュイスは、聞くしかなかった。
「私は、彼の為の物語。私は虚構。私は幻。偽りにして、妄想の産物。音もなく滅び、声も上げられず砕け散る世界に生きる、嘗て神と呼ばれた女」
そして、と彼女は続けた。
「去り際に浮かべてくれた微笑みだけを頼りに、帰らぬあの方を待つと決めた、愚かな女」
「……それは」
愚かじゃない、と言おうとした。男を待つ女は、愚かではないのだと、言いたかった。言えなかった。
「あの方は、遍く物語の創造主。私だけが特別ではない事など、私が一番理解していたのに……。私は、特別になりたかった。閉じられた本が、また開かれる事を、いつだって、夢見ていた」
彼は、現実の世界の住人。
空想と妄想の世界には、いつか見切りを付け、己の生きる世界で生きねばならない。
デミウルゴスは、それを解っていた。初めから住む世界が違っていた事など、解っていた筈なのに――。
「見て貰いたくて。愛して貰いたくて。……また2人で、一緒に。2人の産んだ人の営みを、眺めていたくて……」
だから、世界を壊して、帰らぬ男の気を、引こうとして。
「……御前の憎んでいる、神の御心。私は解る」
「……」
「だが……愛する人を待ち続けるお前の孤独も、解るのだ」
「……」
「……あぁ。強いですね。貴女は。私は愛を信じ切れずに狂ったのに、貴女は、迷わなかったのですね。待てたのですね……。私は、滅ぶべきだったのに、愛されたいと願って……狂って……」
「壊れてなんか、いないよ」
やっと、ジュイスは、言葉を紡げた。
「女であれば誰だって……好きな男の気を引きたいものだ」
「そして……」
「機会があったら、男の心に引っかき傷をつけてやりたいと、思いたいものなんだよ」
ただ、自分の場合は少々、強く引っ掻き過ぎたかな、と。反省しないでもない。
ヴィクトルは、自分の死に、どれだけ怒れたのかな、と。気にならない、訳がない。
懐を弄り、ハンカチを取り出すジュイス。
それを持って、彼女の下へと近づき、流す血涙を、拭き取ってやった。
「単純な、女だろう? お前が、恋する男を待つと言うだけで、心が……絆されてしまったんだ」
スッと、ハンカチをジュイスは離した。
ああ、やはり。血の涙なんて、流していない方が、綺麗じゃないか。
「……利用、してやるからな。デミウルゴス」
微笑みながら、ジュイスは言った。
彼女も、笑った。ジュイスの強かさと純粋さ、……愛の深さに対して見せた、慈愛の微笑みだった。
【クラス】
(エクストラクラス)デミウルゴス
【真名】
第二世界存在、『彼女』、或いは、『館主』@イストワール
【ステータス】
筋力A+ 耐久EX 敏捷C 魔力A+++ 幸運E 宝具A+
【属性】
中立・中庸
【クラススキル】
創造:EX
世界存在の創造主。星の数程の英雄の産みの親、星に役割を与え、銀河に息吹を齎す者。
元居た世界に於いてはまごう事なき創造神の片割れであり、その通りの権能を振るい、世界に物語を芽吹かせて来た。
このスキルの持ち主は自動的に神性スキルも付与され、デミウルゴスの場合はA+++相当。聖杯戦争で呼び出せる神性の値としては、間違いなく最高の中の最高ランクである。
道具作成スキルのウルトラ上位互換版とも言うべきスキルであり、本来であれば、無から、星や生命体、エネルギーを取り出せるスキル。
勿論そんな事をすれば魔力切れの一発退場は不可避である。ために、今回の聖杯戦争に際しては、道具及び『宝具』を、『無』から創造出来るスキルにまで劣化している。
【保有スキル】
始原泥の玉体:EX
アダマ。世界の始まりにあった泥。如何なるものにも可塑出来る、万能或いは全能物質。
デミウルゴスは、この始原泥と呼ばれる物質で作られた、ある種の粘土人形であり、型月作品で言う所のエルキドゥに在り方は近い。
今となってはアダマなる物質は、世界の何処を探しても存在しないとされる抜級の希少物質であり、本来ならば一掬い程度の分量だけで、ランクにして最低でもA++の宝具として機能する程の超級の霊的物質でもある。
如何なる剣でも斬れる事無く、如何なる魔術に於いても侵される事がないとされるこの泥で作られた武具や道具は、それ自体が神造兵装を上回るものとして機能する。
では、この泥によって産み出されたデミウルゴスは、翻って、どうなるのか? 即ち、弩級の防御能力として機能する。
基本的に魔術の類は完全にレジスト、状態異常も勿論通用せず、物理的な攻撃に至っては、A++級の宝具による直撃を受けてようやく少しダメージを負うレベル。
極めつけに、概念的な攻撃にまで完全に近い耐性を得ており、特に時間に対する攻撃に至っては、時間遡行による消滅、即ちタイムパラドクスを用いた、存在した事実の否定をも無効化する。
防御系におけるチート級スキルそのものであり、これを貫けるのは、高ランクの神性系の攻撃か、デミウルゴスの創造主が用いたとされる、アダマを加工する為に用いたとされる剣であるエクートリムと、この系譜に連なる剣しか存在しない。
魔術:A+++
世界の始まりに生み出された者として振るえる、最高レベルの魔術の数々。と言うより、彼女の行使する魔術は殆ど、型月世界で言う所の魔法と差がない。
竜のブレスの放出、大地の崩壊、隕石の飛来ですら、彼女にとっては通常の攻撃の範疇。創造神として振るえる、至極当然の攻撃手段。
【宝具】
『十二悪魔将(トゥエルブ・フィエンド)』
ランク:A+ 種別:- レンジ:- 最大補足:-
デミウルゴスが行使する、強大な力を秘めた12の恐るべき悪魔の将。これを十二悪魔将と呼称し、これらを召喚する技術が、宝具となったもの。
いづれもが名だたる大悪魔達であり、デミウルゴスが生きていた世界に於いて恐ろしく、そして華々しいエピソードを彩った畏怖するべき強大な者達である。
この宝具によって召喚される悪魔将達は、二重六芒の封印と呼ばれる、12体の悪魔のそれぞれが相互に力を打ち消し合ってしまうと言う、精緻な呪いを掛けられている状態にある。
即ち、ただでさえ宝具としての召喚の為、オリジナルよりも弱体化しているにもかかわらず、この封印の影響で、更に本気の力を発揮出来ない事になる。
彼らが、伝承に於いて畏怖を以て語られるだけの力を発揮出来る条件は、ただ1つ。この宝具によって召喚される12体の悪魔の内、『6体』が消滅させられる事。この条件を経る事で、悪魔将達は、真の実力を発揮する事が出来る。
絶対零度のブレスを放出する白い巨龍、全てを溶解する強酸で構成された原形質の魔物、残像が残る程の速度で飛翔する悪魔、津波を引き起こす大海魔、人の精神を蠱惑する蛇女。
嘗ては天体の運行を司っていたが魔王に誘惑され堕ちた精霊、彼岸の渡し守を務める死神、神聖なる光の力と祝福の力を司る聖魔、全てを焼き尽くす業火を操る炎の魔人、魔王の右腕である黒き騎士。
以上の存在の他、後述する、別枠の宝具として登録されている残り2体の悪魔将を使役する事が出来る。
上述の二重六芒の封印以外にも、この宝具には弱点があり、それは消費する魔力。そもそも十二悪魔将は、第一世界存在と、第二世界存在であるデミウルゴスの子である、魔王ディース。
即ち、第三世界存在と呼ばれるこの存在こそが、十二悪魔将と言う宝具の真の所有者であり、デミウルゴスは宝具の真の所有権を持っていない為か、余分に魔力を消費する事になっている。
但しそれも、上述する10体の悪魔将を行使した場合のみの話であり、後述する、別枠で登録されている悪魔将2名については、その限りではない。
『悪魔将・闘姫(リリア)』
ランク:A+ 種別:- レンジ:- 最大補足:-
デミウルゴスに忠誠を誓い続けた、12の悪魔の将の1人。上述の十二悪魔将とは、別枠でカウントされる。
2本の槍を振るう少女と言う装いの魔人であり、その強さは、単純な戦闘力で言えば悪魔将の中でも最強。
三騎士レベルのサーヴァントが相手でも、防戦どころか圧勝が成立し得る、最高レベルの使い魔。魔力消費が十二悪魔将よりも低燃費で運用出来るが、これは生前の絆の故。
魔力消費に見合わない、破格の宝具であるが、『虫』、特にゴキブリに対しては、恐ろしいまでの嫌悪感を抱いており、彼らの姿を見ると、フリーズすると言う致命的な弱点を持つ。
『悪魔将・姿なき声(トルバドール)』
ランク:C+ 種別:- レンジ:- 最大補足:-
デミウルゴスに忠誠を誓い続けた、12の悪魔の将の1人。上述の十二悪魔将とは、別枠でカウントされる。
Aクラス相当の気配察知を以て、漸く存在を察知出来る程の、物理的な小ささと、気配遮断能力を持った、『1匹の羽虫』の姿をした悪魔将。
単純な戦闘力で言えば、あらゆる悪魔将の中でも最弱の存在であり、唯一、一般マスターでも倒し得る存在。
死体及び気絶した存在にとりつく事で、その存在の振るっていた能力ごと操れると言う力を持つが、実はこれは本命ではない。
トルバドールの名の通り、彼は死や物語を編む事が出来、その物語を読む者がいる事によって、マスター及びデミウルゴスに、物語を読んだ者の想念を魔力に変換し分け与える事が出来る。
デミウルゴスの強さは、十二の悪魔将全員を束ねたものよりも遥かに強いのだが、平時の魔力消費量が劣悪極まる為、トルバドールによって魔力を徴収しないと満足に動かす事が困難。
よって、彼によって布石を整えてから、動く事が戦闘の基本骨子となる。
【weapon】
希望砕き:
デミウルゴスが振るう武器の1つ。振るうと言うよりは、希望砕き自身が意志を持ち、勝手に振るわれる。
【人物背景】
誰が責められよう。
自らのうちに作り出す物語を。
誰を責められよう。
自らが作られた物語であることを。
もしや第一存在自身もつくられた物語であるとしたら?
もしやこの画面の前に座るおまえさえもつくられた物語であるとしたら?
やがて彼らはこういうだろう。
世界は全てつくりだされた物語である、と。
つくりつくられ、つくられつくる、それが物語。
誰が責められよう。
誰を責められよう。
【サーヴァントとしての願い】
聖杯では、叶わない。
【マスターへの態度】
……強い人。私は、待てなかった。
その強さに免じて、今は。貴女の助けをしましょう。
サンとルナについては、その行いの気持ちと真意を理解している。理解した上で、相容れない神だなと思っている。
【備考】
デミウルゴスについて:
偽神のクラス。神に限りない力を持つが、神ではない、神を騙った者のクラス。
と、言うが、そもそも原典のデミウルゴスからして、神の手からなる被造物であり、物質世界の全ての物を創造した創造主。
このクラスで召喚された者は皆、ランクを問わず神性スキルを有しており、そのランクはピンからキリである。
『彼女』の適正クラスは、キャスター、バーサーカー、ルーラー、ビースト、デミウルゴス。とんだ厄ネタだよ。
【マスター】
ジュイス=ダルク@アンデッドアンラック
【マスターとしての願い】
神を殺せるだけの力か、知識を
【weapon】
死に際し、古代遺物の全てをロストしている。よって、デミウルゴスの作る武器だけが頼りである
【能力・技能】
不正義:
アンジャスティス。他対象 強制発動型。ジュイスが認識した相手の正義を否定し、それに反する行動を強いる能力。
正義とは目的と言い換える事が出来、戦う事が当人にとっての大義であれば、その戦いを意志とは裏腹に行う事が出来なくなったり、生きる事を大義とするなら、自殺させられてしまうなど。
当人が本当に行いたいと思う事と、真逆の事をさせられる。力と言える。
剣術:
単純計算で、億年以上の経験値がある剣術の為、下手なサーヴァントすら斬り伏せられる実力を発揮する。
【人物背景】
100回目のループ。彼女は、不幸な運命を強いられる1人の少女に、全てを託しそして、力尽きた。
100回目のループで死亡後の時間軸から参戦。
【方針】
長い人生の中で、人を殺して来た経験がない訳じゃない。聖杯は、獲りたい、一方で、無用な殺生もしたくないと言う思いがある。
【サーヴァントへの態度】
神として、嫌悪感を抱いていたが、愛する者を待てなかった、哀れな女性と知り、態度を緩和させた。
とは言え時折見せる狂気には、ヒヤリとさせられるものがある。
投下を終了します
投下します。
タイトルは「手のひらを太陽に」です。
――あなたは少女を悪夢に突き落としました。
そこはまさに悪夢だった。
こんな場所を作って少女を延々と屠り、破壊し尽くすなど悪魔の所業だろう。
実際のところ、そいつは「悪魔」だった。
「悪魔」は、少女を悪魔の迷宮に突き落した。
少女は服の一片も与えられず、僅か生まれて9年程度の幼い少女は迷宮を彷徨う。
しかしその結末は、悲惨極まりなかった。
あるいは触手に嬲られ。
あるいは蛾の化け物に貪られ。
あるいは檻に囚われていた少女たちの慰み者にされて彼女たちの輪の中に入り。
あるいは「悪魔」自身に犯され。
そして、壊れた。
何度も。
何度も。
何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。
朧げに記憶に残る普通の女の子だった時の自分に戻るため、終わりのない恐怖と苦痛と恥辱と快楽にまみれた迷宮に少女は何度も挑み、そして散った。
散っていった少女はゴミのように廃棄され、そして「姉」となった。
壊れてしまった「姉」を棄てた「悪魔」は、「妹」を生み出して、また悪辣なゲームを始める。
「かわいそうなしおん」
「かわいそうなしおん」
「こんな世界に生まれてしまった、かわいそうなしおん」
「どの道を選んでも抜け出すことの叶わない、地獄の世界……」
「壊れることでしか幸せになれない、闇の世界……」
「どうして、私達はこんな世界に生まれちゃったんだろうね……」
「おやすみなさい……私達の……かわいい妹……」
「こんどは……普通の女の子に生まれたいね」
§
「姉」となった少女達の祈りが通じたかどうかは分からない。
しかし、新たな「妹」が再び迷宮に挑み、再びその儚い命が散らされようとした時、「妹」は冥界に招かれた。
>少女を連れ出す
「ありがとう……」
§
日が没し、辺りが暗くなった街の中。
商店街で個人の八百屋を営んでいた店主は、そろそろ店を閉めようかと考えていた。
店番をしている時にいつも聞いているラジオの電源を切り、店頭に並んだ野菜や果物を片付けようと立ち上がったところで、一匹の犬が近づいてくるのが見えた。
一切の色がない、白い犬だった。首輪はしていない。野良犬だろうか。
犬ははっはっと舌を出しながら、尻尾を振って店に並ぶ果物を物欲しそうに見つめている。
おいおい、冗談だろ。これはうちの売り物だ。いくら愛らしい見た目をしているからといって、譲るわけには……。
そんな考えは、犬のつぶらな瞳を見ているうちに霧散してしまった。
――ちょっとだけだぞ。
八百屋の店主は、替えの利く小さな籠を持ってきて、リンゴを3個ほど入れて犬に差し出した。
それに反応して、犬はお礼を言うようにワン、と鳴いて、籠を加えて立ち去って行った。
◇
白い犬は、行き交う人々の目に晒されながらビルとビルの隙間にある小さな路地裏に入っていく。
路地裏を進んだその先には――幼い女の子がいた。
あろうことか、その女の子は一糸纏わぬ姿であった。橙色のセミロングの乱れた髪を肩に下げ、そのシミ一つない幼子特有の艶やかな肌を惜しげもなく晒している。
白い犬は女の子の前に来ると、加えていた籠に入ったリンゴを差し出す。
「っ……」
全裸の女の子は、犬とリンゴを交互に見ると、礼を言うことも忘れてリンゴを手に取ってむしゃぶりつく。余程、腹が減っていたのだろう。
白い犬は――否、女の子から見た犬はただの犬ではなかった。
犬ではなく狼。狼ならぬ大神だ。
白い毛並みに入っていたのは、神々しい紅の隈どり。葬者や霊力の強い者にのみ見えるそれは、この狼がサーヴァントであることを示していた。
その真名は、アマテラス。妖魔に侵されていたナカツクニを救った太陽神、天照大神である。
「よォ、ようやく帰って来たかィアマ公!」
すると、女の子の頭上で跳ねる、まるで豆粒のような妖精がアマテラスに声をかけた。
「しおんはこの通り大丈夫でィ、このイッスンさまがついてやったからなァ!」
誇らしげに語る妖精の名はイッスン。アマテラスの相棒としてナカツクニを奔走した逸話があまりにも強いがゆえに、宝具として付いてきてしまったコロポックルだ。
イッスンは無我夢中でリンゴを食べるしおんという名の少女からアマテラス鼻の上に飛び移る。
「何ィ?すっぽんぽんの女の子に変なことしてないかってェ?馬鹿言うんじゃねェ!ボインな姉ちゃんならともかくよォ、素っ裸で放り出されたガキになんか興奮するわけねェってんだ!」
聞かれてもいないのに答えるイッスン。
アマテラスがほとんど喋らない分、イッスンが会話を担当してただけあってそのおしゃべりなところは健在だ。
「で、どうすんだィアマ公。しおん、本当に根無し草みたいだぜェ?」
リンゴを食べ終わり、ぺたんと座り込んだままぼーっとアマテラスを見つめるしおんを見ながらイッスンは言う。
言うまでもなく、しおんはアマテラスのマスターであり、冥界の聖杯戦争に招かれた葬者である。
しかし、本来であれば偽りの東京に設定されているマスターとしてのロールは、しおんに割り当てられていない。
完全に社会の庇護下から外れた、浮浪児だ。
「クソッ、考えるだけで胸糞悪くならァ」
吐き捨てるように言うイッスン。
しおんは齢二桁にすら達していない幼い子供だ。にも関わらず、社会的な立場どころか服も与えられず、今のように食べ物にすら困る生活をしている有様だ。
召喚されて間もないため、しおんは未だ裸のままだ。しおんに着せる衣服も、いずれはどこかで用意せねばならないだろう。
イッスンが憤慨するのも無理もなかった。
しおん。「悪魔」の作り出した迷宮に囚われた、哀れな幼子。
迷宮の中では生まれたままの姿であったためか当然のごとく裸のまま冥界に送られ、「悪魔」の所有物であることを示すかのように、その首には赤い首輪が巻かれていた。
終わりの見えない「悪魔」のゲームを繰り返す中、運命のいたずらか葬者として呼び出された。
それが、しおんにとって幸せかどうかは分からない。迷宮から抜け出せたとはいえ、裸一貫で聖杯戦争の会場に放り出されたのだから。
迷宮の中で快楽に溺れて命を散らした方がマシだった可能性も十分に有り得る。
そんなしおんにアマテラスは近づいて、その頬を一舐めする。
それはまるで、子を慈しむ母のようであった。
「ぁ……」
その時、しおんの目から一筋の涙が頬を伝った。
「あ、うあぁ……」
それから、何かが決壊したかのようにしおんはひっくひっくと啜り始め、やがてアマテラスに顔をうずめてわんわんと泣き始めた。
「うっ、ぐすっ、うわあああああぁぁぁぁぁん……!!」
アマテラスはしおんの背に合わせて跪き、その小さな体躯に寄り添う。
悪魔の迷宮で目覚めてから、ずっと味方といえる人もおらず、裸で一人ぼっちのまま心細い冒険をしていたしおんにとって、アマテラスは初めて「甘えられる相手」であった。
本当ならば恐怖と孤独ですぐにでも泣き出してすべてを投げ出したい思いだったが、迷宮の中で元の居場所に帰るという願いのためにすべてを押し殺していた。
目の前の狼と妖精はしおんの親ではないが、少なくともしおんにとって拠り所にできる相手だ。そんな存在を得た今、それまで抑え込んでいた感情が溢れだしたのだ。
「大丈夫だぜェ、しおん。この毛むくじゃらとオイラがついてるからなァ!」
「ああっ、ぅああ、ぐすっ、えぐっ……」
イッスンもしおんの肩の上で跳ねて慰めてやる。
しばらくの間、しおんという普通だった幼い子供はただひたすらアマテラスの懐で泣き喚いていた。
「おとうさん……おかあさん……っ」
アマテラスの毛がもうしおんの涙を拭いきれなくなろうとした時、ふと、しおんの口からずっと探し求めていたものの名が漏れる。
「なんでェ、家族のいたところに戻りたいってのかァ?」
イッスンの言葉に、わずかにコクコクと首を振るしおん。
「へっ、それなら話が早ェや。ならこんな辛気臭い冥界抜け出してしおんを――」
しかし、同時にしおんの思い浮かべた両親には、とてつもない違和感があった。
「……あれ」
「ん?」
「……わからない……。おとうさんと、おかあさんの顔……」
「何ィ!?親の顔が分からないってのかァ!?」
しおんの記憶にある両親には、まるで欠落したかのように両親の顔に黒い靄がかかっていたのだ。
どうしても、両親の姿を思い出せない。覚えているのは、「おとうさんとおかあさんがいた」という事実だけ。
いつも甘えることのできた大好きな家族の顔を、思い浮かべることができない。
それは、無理からぬことであった。
なぜなら、しおんは「しおん」ではないのだから。
ここにいるしおんは、「しおん」の複製でしかなく、記憶が不完全なのだから。
オリジナルのしおんは、既に「悪魔」の手によって壊されている。
「悪魔」はまだまだしおんを楽しむため、その「代わり」を作ったのだ。
しおんは元から、迷宮で生まれて迷宮で死ぬための命でしかないのだ。
「なんで……会いたいのに……帰りたいのに……!」
しおんはぷるぷると身体を震わせる。
言いようのない寂しさと孤独、そして絶望が、しおんの心にどっと押し寄せていた。
「きゃっ……」
「お、オイ、アマ公!?」
しおんの心が闇に潰されそうになったその瞬間に、アマテラスは半ば強引に自身の背にしおんを跨らせて駆け出す。
しおんとイッスンの困惑をよそに、ビルの壁を蹴って屋上へと登っていく。
「アオオオオオオオオン――」
そして、屋上へ着くや否や、遠吠えをしながら天照大神は神なる筆を取り――。
暗くなった夜空に向かって「◯」を描く。
するとどうだろう、「照」の文字を中央にたたえた太陽が空に出現し、周囲を照らすとともに辺りを完全な昼に変えてしまったではないか。
これはアマテラスの森羅万象に干渉する神通力であり、宝具『筆神業・筆しらべ』の一つ、「光明」。
宵闇に太陽を召喚して昼に変えるというアマテラスを象徴する筆業だ。
此度の聖杯戦争では効果範囲と持続時間ともに制限されているが、それでも尚太陽を召喚できることには掛け替えのない意味がある。
「あ……」
しおんは呆けたように空に出てきた太陽を見て、やがて気づく。
「……あたたかい……」
思わず手を伸ばしてしまう。
しおんの剥き出しの肌を包んでくれるような、そんな心地のよい陽気がしおんを照らしていた。
そうだ。たとえ親の顔は思い出せなくとも、しおんは太陽の明るさは覚えている。太陽の暖かさも覚えている。
欠落したオリジナルの記憶も、それだけは忘れていなかった。
複製のしおんにとっては初めてみる太陽のはずなのに、とてつもなく懐かしい感覚がする。
母なる太陽の前では、孤独感はどこかへと消え去ってしまった。
「……ワンちゃんが、やったの?」
しおんの問いに、アマテラスは肯定するようにワン!と鳴く。
ずっと忘れていたが、しおんは太陽の下に出ることができるのだ。
悪魔の迷宮のような、陽の当たらない檻の中に、もうしおんはいない。
空に昇る太陽は、まるで慈母神アマテラスはあなたと共にあると言ってくれているようで。
「ありがとう……」
しおんは心から安堵した顔で、アマテラスに抱きついた。
「へっ、結構粋なことすんじゃねェか」
アマテラスの召喚した太陽を見上げながら、イッスンは言う。
「そこまでやるならちゃんとしおんと一緒にいてやれよォ?本当の親元に届けてやるまでなァ」
天照大神はすべてを照らす。たとえ冥界であっても、たとえ光を知らぬ少女であっても。
【CLASS】
セイバー
【真名】
アマテラス@大神
【ステータス】
筋力C 耐久D 敏捷B 魔力A 幸運EX 宝具B+
【属性】
中庸・善
【クラススキル】
対魔力:A
Aランク以下の魔術を完全に無効化する。
事実上、現代の魔術師では、魔術で傷をつけることは出来ない。
騎乗:-
アマテラスは狼のため騎乗する能力は持たないが、騎乗させることはできる。
【保有スキル】
大神:A+++
太陽神であり、天の國タカマガハラより出で来し天照大神。
太陽そのものとも言えるその神体は常に大地へ生命力を恵んでおり、アマテラスが走った後には草花が咲き乱れる。
同ランクの神性を持っている他、他の者からの太陽神に対する信仰や感謝の気持ちに比例して力を増していき、ステータスが飛躍的に増強されていく。
葬者やサーヴァントからの信仰の比重が特に大きい。
霊力の強い者や信仰心の強い者や葬者にはその白い身体に紅い隈どりの入った神々しい身体が見えるが、普通のNPCにはただの白い犬にしか見えない。
わんこ:A
犬。ワン公。アマ公。毛むくじゃら。実際は狼であり、イザナギ伝説の白野威そのもの。
イッスン曰く、ポアッとしているとのこと。
しかし実際は思慮深く、慈母神に相応しい聡明さを持ち合わせている。
このポアッとした様子は敵の油断を誘い、策の隠匿判定を有利にする効果がある。
心眼(偽):B
直感・第六感による危険回避。
虫の知らせとも言われる、天性の才能による危険予知。視覚妨害による補正への耐性も併せ持つ。
退魔力:A
対魔力が魔を防ぐ力なら、退魔力は魔を祓う力。
妖怪に侵されていた地上に太陽を取り戻した逸話からこのスキルを有する。
魔、陰、闇、妖の属性を持つ者に対しては追加大ダメージを負わせる他、それによって振り撒かれた病などのバッドステータスを解除する。
【宝具】
『天道太子一寸(イッスン)』
ランク:D 種別:妖精 レンジ:- 最大捕捉:-
コロポックル族の小さな旅絵師であり、アマテラスの相棒。
アマテラスとの地上の旅で常にお供していたからか、此度の聖杯戦争にも宝具という形でついてきてしまった。
遠目に見ると虫が跳ねている程度にしか見えないほどその体躯は小さく戦闘能力は皆無だが、常人が両手で持てる程度のものであれば持ち上げられる。
また、神と交信できるコロポックル族の性質から、神性スキルを持つ者に対してはCランク程度の真名看破スキルを持つ。
『筆神業・筆しらべ』
ランク:B+ 種別:対界宝具 レンジ:1〜5000 最大捕捉:-
アマテラスの所持する三種の神器と、神なる筆で世界に絵を描き、森羅万象に干渉して奇跡を起こす神通力の複合宝具。
あらゆるモノに「一」を描けば斬撃が入り、枯れ木に「◯」を描けば生命の息吹を迸らせて草木が蘇る。
炎、雷、水雨、氷、風を具現化できる他、壊れたものを修復したりアマテラス以外の時間の流れを遅くすることまでできる。
夜空に太陽を描けば昼になり、昼空に月を描けば夜になるなど、時空まで操ることも可能だが、
この「光明」「月光」の二つの筆しらべについては制限がかかっており、アマテラスの周囲数kmかつ持続時間も数分〜一時間程度に限定して昼と夜を変える能力に抑えられている。
しかし、具現化するのは紛れもなく本物の太陽と月であり、太陽または月によって恩恵を受けるサーヴァントはその効果に預かることができる。
『太陽は昇る』
ランク:EX 種別:対界宝具 レンジ:∞ 最大捕捉:-
信仰が最大限になった時にのみ発動が可能になる宝具。
信仰が足りなくとも、疑似的に令呪三画分を消費することでも発動可能。
アマテラスが大神としての本来の力と権能を取り戻し、アマテラスの幸運以外のパラメータをA++ランクに置換した上で太陽神として降臨する。
この状態のアマテラスが筆しらべ「光明」を使用した場合、本物の太陽の光が冥界を照らす。
アマテラスの呼び出した太陽はその光で味方に無尽蔵の魔力を供給し傷を癒し、あらゆる闇を祓い敵を弱体化する。
さらにこの太陽は生命力をその光で照らす者に恵み、本来では絶対に起こり得ない奇跡を起こすだろう。例えば、冥界の死霊を一時的に生前の姿に戻すなどのような……。
たとえそこが冥界でも、太陽は昇る。
【weapon】
アマテラスが背負っている三種の神器、八咫鏡、天叢雲剣、八尺瓊勾玉。
それぞれ、炎、雷、氷の属性を纏っている。
【人物背景】
白い狼の姿をした神であり、太陽神天照大神。
相棒のイッスンと共に妖魔の跋扈していた地上を救い、常闇の皇を打倒して濁世をあまねく照らした。
【サーヴァントとしての願い】
マスターを本来の家族の元に送り届ける。
【マスターへの態度】
救うべき哀れな子供。
【マスター】
しおん@悪魔の迷宮
【マスターとしての願い】
おとうさんとおかあさんにあいたい
【能力・技能】
9歳児相当の力しかない。
ただし、悪魔に作られた存在であるため、簡単な責め苦で死なないよう頑丈さだけは上がっている。
【人物背景】
「悪魔」の作った迷宮に突き落とされた哀れな少女。
しかしその正体は、オリジナルのしおんを元にして作られたクローンでしかない。
それゆえに、例えば両親の顔のような、極めて重要な記憶が欠落している。
此度の聖杯戦争ではロールは与えられておらず、社会的な地位はない。
元の世界では常に全裸だったため、衣服もない。
つまり裸で何の装備もないまま、身一つで聖杯戦争の舞台に放り込まれた。
【方針】
おとうさんとおかあさんにあいたい
【サーヴァントへの態度】
優しくしてくれるワンちゃん。まるで太陽のように暖かい。
【把握資料】
こちらのページの「少女を連れ去る(DL)」から原作をダウンロードできます。
https://master009.x.2nt.com/dmaze/page/dmaze.html
以上で投下を終了します。
募集期限が終了しました。
皆様のたくさんの投下、誠にありがとうございます。
これより名簿選考とオープニング作成に入ります。今暫くのお時間をいただきます。完成の目処が立ちましたら改めてご報告させていただきます。
長く音沙汰なしですみません。
OP完成の目処は立ちました。WIKI編集も併せて29日30日のいずれかで発表する予定です。今暫しの時間をお待ち下さい。
投下日を、明日30日午後9時頃に設定しました。
多少の前後はあるかもですが概ねこれでいきます。今暫しの時間をお待ち下さい。
9時から投下を始めます。
◆
「───よう。あんたか、久しぶりだな。だいたい1ヶ月くらいか?」
「なに? 来たのは初めてだ? おいそんなワケねえだろ………………ああ、そういう事ね。順序が少し入れ替わってんのか。
神(オレ)相手で、しかもこんな場所だ、意図せず事象の交差が起こる事も、あるんだろうさ」
「なんの話だか分からない? ちゃんと説明しろ? 何だそりゃ、オレへ意見してるつもりか?
不敬にせよ不遜にせよ、命で支払うべき行為だが……ここでのオレはしがない売人(バイヤー)だ。
黙って商品を持ち去る盗人でない限り、銃も爪も引っ込めておくさ」
「では改めて紹介といこう。
ようこそ、わがベルベットルームへ。
この部屋は夢と現実、精神と物質の狭間の場所。1日の切り替わり、次の1日が重なり合う一瞬のみ開く青い神殿。
そして今では、オレの臨時商店だ。期限付きの賃貸だがね。
店長がオレで、そっちが受付嬢だ。依頼があったらソイツに言ってくれ」
「以後、お見知り置きください、ね。
ところで兄様。やはりこの部屋、装飾が物足りないのではないでしょうか。訪れるお客に我々の威厳がいまいち伝わってませんし。
全面ベルベットじゃなく黒曜石に張り替え……せめて翡翠の彫像を置くべきでは?」
「抑えろハチドリ。この部屋借り入れるだけで幾らかかったと思ってんだ。
模様替えなんざしたら今度はあの嬢ちゃん、小言じゃ済まねえぞ。即死呪文(メギドラオン)ぶっぱされてもオレは知らんからな」
「さて。話を戻すか。
売っているものは表通りにある日用品とは一味違う。葬者(オタク)ら向けの実用性重視のブラックマーケットだ。
心臓を引きずり出す為のナイフ。眉間に風穴を空ける銃と弾丸(タマ)。
礼装、素材……大概のものは揃ってると自負してるね。
言うまでもなく対価は貰う。金もいいが、物々交換でも手を打とう。武器……特に銃なんかがあれば高く買取る。近代兵器ってのに目がなくてね。
より上物があれば、それ以上に融通してやってもいい。戦おうと意志を見せる者には、オレも援助を惜しまない」
「ほら、座れよ。まずは落ち着いてカタログにでも目を通してな。
冷やかしならさっさと帰れよ。何度も通ったところでイベントなざ起こりやしねえからよ。
ああ、ちなみに開くのは零時の今だけだ。客同士でかち合ったりはせんが、後が控えてるんでね。コンビニの24時間営業ってのは努力の賜物だなありゃ」
「とはいえだ、選んでる間に話ぐらいは聞いてやる。なんなら情報料をくれてやってもいい。
なんせここ1ヶ月ばかり、ドサ回りに専念してたもんで、外の様子をあまり見られてないんだ。
たとえば、そう────物語なんかがいい。
この冥界に墜ちたマスター葬者達がどう生き残り、どう戦い、どう死に、そしてこれからどうなるか……そういう物語をな」
◆
───3月31日。正午。表参道。
若者のトレンドの震源である原宿から続き、国の最先端のファッションを発信するハイブランドが立ち並ぶ若木の象徴。
冬の寒気も鳴りを潜めてきた、月替りの真昼時には、連日通りに人の横断が波打っている。
多くの国において新生活が始まる前日。
学校の進級と入学、会社への初出勤という激動を前に、若者達は不安を払拭しようと最後の休みを満喫している。
冥奥領域内の街の住人は、全てが陽を浴びた死が映す影だ。
聖杯が器の内部に掬い取った死後の魂、あるいは招かれた葬者の焼き付いた記憶から抽出された、戦争を彩る書き割りでしかない。
どんなに不足で不格好でも、その人をここまで立たせて歩ませてきた過去も。
過去の経験を土台にして、『どう在りたいか』『どう成りたいか』の指針の向きを測り、先へ進んでいく未来も。
この総合を概して『人生』と呼ぶそれを、最初から保有していない。
何を思い、何を選び行動するのか。
考え、決めているようで、その実起きているのは過去の映像を再生しているだけ。
設定に準じた編集はされていても、真に結果が変わる事はない。
この先に訪れる幸も不幸も、それが齎す感情の旋律も、とうの生前(むかし)に決まったこと。
真実を知らず、役割をこなすだけを求められる。
既に終わっている運命の歯車を回し続ける彼らは、とても幸福なのかもしれない。
その死者の葬列に紛れるように混ざりながらも周囲から孤立している様子は、オルフェ・ラム・タオの今の心情を表してるといえた。
ファウンデーション公国宰相の立場に相応しい礼服を纏っている平時と違い、一般的な現代服の装いだ。
全体を黒でまとめたパンツスタイルの上にミリタリーフライトジャケットという出で立ちは、21世紀の東京のオフィス街でなんら悪目立ちするものではない。
オルフェにしてもこだわりがあったわけでもなく、存在しない国家の重役の格好で悪目立ちして敵に捕捉されるなどという愚昧を侵さまいとする配慮だ。
宇宙進出を果たした未来世界といえど、技術のブレイクスルー、資源や生活環境の激変も起きない限りは、近代以降とコズミック・イラのファッションセンスに然程の齟齬は出ていない。
あえてみすぼらしく見せる必要もないが、華美に葬者の格式を知らしめるでもない、極めて無難なチョイスのはずだった。
「ククク、目立っているなマスター。まるで黒いカラスの群れの中に一羽だけいる白いカラスの如しだぞ」
オルフェとすれ違う人、主に若い女性の視線を釘付けにして、往来の流動が歪に滞ってる。
コーディネイターの上位種であるアコード、その統率者となるべく生み出されたオルフェには全ての要素に最高度の調整を施されている。つまりはとてつもなく美形だ。
外人が珍しくない表参道でも誤魔化しきれない王者の雰囲気が組み合わさると、街路がランウェイショーにでも立っているように絵になっていた。
「死霊候補の市民に目をつけられたところで厭うものはないさ。それに目立つをいうのなら、あなたの方こそだろう」
とはいえ、好奇の目に晒されているオルフェを隣で面白そうに見物しているサーヴァントも、注目の的になっている大きな要因だ。
英国のティータイムに繰り出す私服の令嬢……映画かファッション誌でしかお目にかかれない絵がそのままの姿で街を闊歩している。
黒のロングコートから覗く白のシャツにチェック柄のキュロットは、夜色のドレスを着込む普段にはない絶妙な華やかさを与えている。
そして片手に抱える紙袋からは春の訪れをかき消す……肉、肉、肉の油臭。
大手チェーン店のハンバーガーセット、ポテトドリンクデザートのまとめ買いを詰め込んだ、風雅なブリティッシュの欠片も感じられない混沌(ジャンク)の山を漁って取り出したバーガーにかぶりつく。
アルトリア・ペンドラゴン。その異霊(オルタ)たるセイバーのサーヴァントは、冥界でも好き勝手に振る舞う暴君ぶりを発揮していた。
「誉れ高き騎士王が歩き食いとは、嘆かわしいばかりだ」
「糧食に品もなにもあるまい。食える時に食っておくのが優れた兵士というものだろう。貴様の時代には兵站の概念もないのか?」
「我々の時代でファストフードを糧食に含めないのは確かだな」
戦略をそれらしく語るものの。もっきゅもっきゅと頬を膨らませて言う姿は、実に説得力に欠けている。
小学生男児さながらの食い意地だが、幼稚さや野卑を露わにしながらも大元の品を損なわれていないのは流石の王族である。
異境の黒騎士を従えての戦争が始まって、じき一ヶ月が経とうとしている。
ファウンデーション公国のバックアップも、ブラックナイツの諜報も失った、孤立無援でのオルフェの取った策は実に単純なものだ。
街を歩き、自身に向けられている思念をキャッチして接敵、もしくは誘導させ戦闘に入る。
いざ戦端が開かれれば、彼のサーヴァントは相手の尽くを粉砕し、勝利を積み重ねた。
単体でモビルスーツに匹敵する火力を叩き出すアルトリアの性能を目の当たりにし、取り得る選択肢を更新していく。
疑いなく頂点に位置するスペック。それを十全に引き出す為の戦術。当然の如く備わった魔術回路から効率よく魔力を捻出する方法。
想定外であるはずの聖杯戦争の環境にも、アコードは完全に適応を果たしていた。
アコードが索敵を巡らせ、向かわせたサーヴァントが敵陣を葬り去る。
互いの能力の相性が型にはまった、理想的な運用の展開を構築し、オルフェは着実に聖杯に近づいている。
順調に進む王道にひとつだけ気を揉ませるものがあるとするのなら。
この傲岸で、自分を終始雑に扱い、それでいて世話を焼いてくるサーヴァントを、オルフェは主従の契約以外で屈服できていない事にある。
命令違反を犯したわけでもない。
時に独自行動に出るのも、身一つで戦場を駆けた騎士の経験に基づいた判断が功を奏した機会もある以上、咎には含まれない。
性能が万全で、役割を果たしているのなら、オルフェは諸手を上げて認めるべきである。
なのにこうも、一本の細い棘が刺さって抜けない不快があるのはなんなのか。
自分に対等に振る舞い、導くように手を伸ばしてくる事に、いったいなにを──────。
「───……?」
油で焦がした安い肉の臭いが鼻先に香り、何事かと横を観る。
「仏頂面でいる主へ王からの餞別だ。ありがたく受け取れ」
粗方腹に納めて一通り満足したアルトリアの手が、紙に包まれた新しいバーガーを差し出している。
「食事は既に済ませてある」
「今後もあんなお上品な皿だけ食べてくつもりか?
胡散臭い商人にそこらを蠢く怪異共、そして昨夜の"竜"───おちおち飯を食う暇もなくなる。
切り替えろ、マスター。戦争はここからが本番になる。選り好みしていれば飢える一方だ」
口に食べかすをつけての宣言に威厳は微塵たりとも感じられないが、言葉は軍事の理を説いていた。
この一ヶ月で弱者は淘汰され、戦場の範囲は縮小した。
これから出会う陣営はいずれも曲がりなりにも死線を越えた猛者達だ。戦線の激化は必至といえる。先の『竜』も、その先触れだろう。
殊に竜の因子を継ぐアルトリアはその縁から雌伏の終わりを察していたのだろう。暴食暴飲にしか見えない今日の健啖ぶりも、彼女なりの戦いの備えということらしい。
いや、だからといってジャンクフード三昧に納得がいくわけではまるでないのだが。
「まずは食え。戦場で生き残るのは、どんな状況でも生きる意志を捨てぬ者だ」
いつまでも口に付くまで押し付けられる臭い。
ここで反論しようと無駄だろうと観念して、渋々と包みを受け取る。
袋を開き、バンズに挟まれた肉を薄く開けた口で噛み千切り、ゆっくりと咀嚼して嚥下する。
「……………………………………………………雑だな」
初めて口に入れた味の感想は、そのようなものだった。
◆
神
天堂弓彦の朝は早い。
学校や会社に向かう通行人の喧騒に気を煩わせる前に起床し、典雅に身支度を整える。
朝食を済ませた後はパソコンを立ち上げネットサーフィンを開始。匿名をいいことに日頃の不満鬱憤を撒き散らしている咎人の身辺情報を把握する。
不特定多数に向けて賢しらに誹謗中傷を真理であるかのように語って満足する咎人は、自分や身内を特定される証拠を開示している事に指摘されるまで気づかない。
気づいた時には、既に神の審判は下され、眼前に揃えられた罪によって真になる罰を受ける。
SNSだろうが懺悔室だろうが、セーフティが保証された状態で、顔も知れない相手に告解をしたところで、罪が赦されるわけがない。
罪には罰を。虚偽には報いを。欺瞞には神手ずからの救いを。
神の朝の日課はこのように進み、また世界から悪は消え去り善人の比率が増すのだ。
冥界に赴いてからの神の日課には、ひとつ新たな項目が足されている。
咎人の罪状以外にも、街全体で起きた事件、事故に関しての目撃証言。
自ら変わる運命を持たない死者は、踊らされるままに戦争の在り様を実況する。熱狂という、苦痛を忘れる麻酔を打って。
現に懺悔室にも、その手の関連の被害や罪を、自己弁護を混ぜて赤裸々に語ってくる。
神はこの家から動かず、他の陣営に探りを入りすらせず、信徒が自ら進んで裁くべき悪の所在を知らせてくれる。
そして藁の家を暴かれた悪は、神が放った槍に貫かれて浄化される。これこそ神のお導きだろう。
暴力行使が解禁された1ヘッドの総取り戦でも、天堂は盤上を自在に操作して戦局を進めていた。
「起きるがいいランサー。信徒たるもの朝の陽を浴びねば良き一日を過ごせぬぞ」
『ん───────』
「ランサー」
『んん〜〜〜〜〜〜……』
脳の中で、妖精のぐずり声が聞こえる。
毛布に包まって愛くるしく寝返りを打つサーヴァント、メリュジーヌの姿を見れるのも、今のところ神のみの特権である。
「……まったく。神の騎士としてのお前は申し分ないのだが、信徒としてはまだまだ学ぶべきことが多いな」
『だから言ったじゃん……僕は朝弱いんだって。妖精国でも基本午後出勤なんだよね。最強だから。ふぁぁ……』
「ならば尚更早起きしろ。朝一番に神のご尊顔を拝めば眠気など吹き飛ぶぞ」
『そりゃ目覚めてすぐに君の顔なんか見たらそうなるだろうけどさぁ……』
寝坊して気怠く項垂れる信徒と、それを嗜める神。
天堂にとっての現実はそう定義されている。外から見れば、虚空に向けてまるで託宣でも受けてるかのように呟く神父だとしても。
『特に今日はさ、いつもより少し疲れてるんだ。もう少し寝かして欲しいんだけどなぁ』
「昨夜の敵はそれほどの強さか。いよいよ裁くべき真の悪が尻尾を出したようだな」
31日零時。
常勝無敗、座して手札を揃え他陣営から略奪してきたこの主従にとって、初めて動きを迫られる日になった。
31日0時。
常勝無敗、座して手札を揃え他陣営から略奪してきたこの主従にとって、初めて動きを迫られる日になった。
神罰の代行者であるメリュジーヌの刃鱗でも殺しきれず、その機動に追従して手傷をも与えた"竜"。
拮抗した対戦相手との空中戦は長引き、結果乱入者の入り込む余地を与えた。
今までにない複数の戦況の混雑が、勝負を有耶無耶に帰し、半端なままに流された。
引き分け(ドロー)に終わって、1ヘッドはおろか5スロットですらない些細な負債。
だが竜の妖精を擁する神の陣営が白星を取り逃した事実は大きい。昨夜の光景は複数の陣営に映っただろう。
彼らは無敵ではない。抵抗する勢力は存在する。
冥界は神の運命すら奪いにかかると、これで証明されたのだ。
今後は俄に色めき立った愚か者が、漁夫の利を得る腹積もりで教会に列を成すやもしれぬ。
実際は殆ど無傷なのだから鎧袖一触であるし、咎人を一掃するいい機会ともいえるが。
『……あれ、怒ってないの?』
「ん? ───成る程。罰を与える天命を失した事で、神の怒りが降りかかるのを恐れ、御前に顔を出したくなかったのか。
正しい態度だ。自ら罪を悔い改めるとは、やはりお前は信徒の鏡だぞランサー」
『え、いや別に悔いとかはないけど。別に負けてないし───』
「失敗を恐れ不安に苛まれる、それは現状に満足せずにお前が成長を止めていない証だ。その殊勝さを忘れるなよ」
メリュジーヌの言い分も聞く耳持たずに託宣を示す。妖精の呆れ顔は、今度は神にも見えていない。
穂先が罪人を貫けず弾き返されても、神は惑わない。
戦術の見直しを促すような場に当たっても、居住まいを正す真似はしない。
自分自身への絶対の信仰。世界を見通す全能との一体感こそが、天堂弓彦の最大の武器。
それ故に己の映る鏡を割られ敗北した疵も───決して忘れていない。
「捨てられる神あらば、拾われる神あり。
そして当然、神は信じる者を須らく拾うのだ」
自己陶酔を高める神の顔が、ディスプレイの点灯で影を被る。
新たな投稿は、『化物から自分を助けてくれたヒーロー』の投稿が、目まぐるしく表示数を増やしていた。
◆
「思い知りましたか悪党ども! この冥界の守護神、宇沢レイサとライダーがいる限り、罪なき人々を傷つける事はできないと知りなさい!」
炎上する木々、凍結した道、切り拓かれたビル。
末法の到来した惨憺たる有り様と化した街でも、小さな背中には星が輝く。
胸元で両腕を組み、仁王立ちで勝利を宣言する。砂場遊びの権利を勝ち取った子どものような無垢さに、誇りと信念が混入している。
言葉にするだけで指を指される正義という行いを、実際に成し遂げた者にのみ顕れる顔。
宇沢レイサは晴れやかに、遠ざかる背を見送りながら勝利を宣言した。
「決闘ならいつでも受けて立ちますからね! その時は誰にも迷惑をかけず、正々堂々と戦うこと! いいですね!!」
敵の影を追いはしない。こういう時に深追いは禁物だと、自分のサーヴァントから教訓を受けたからだ。
マスターの立場であるものの、レイサは英霊に多くの知識と経験を分け与えられてる身だ。
戦い方ひとつとっても、レイサだけでは思いもしなかった発見がこれまで多くある。
今までの自警活動が素人に毛が生えた程度でしかないと痛感する。ライダーに励まされなければそのまま不貞腐れていたかもしれない。
「……よし。相手は完全に撤退したな。じゃあおれ達も急いで離れるか、マスター」
「はい、くまさ……ライダーさん!」
そのレイサのサーヴァントであるところの、バーソロミュー・くまは、巨躯に見合わぬ繊細さで、安全が確認される最後まで哨戒を解かない。
裁量をレイサに任せながら、自身はマスターが脅かされないよう入念に脇を固める。
気持ちが先行しすぎて足場を踏み外すのもままあるレイサのサーヴァントには、うってつけの人物といえた。
冥奥領域内でも、レイサはトリニティ自警団の活動を延長している。
街中をパトロールし、異常を感知すればくまがすぐさま空気を弾いて跳び、徒に被害を広げる陣営を成敗する。
聖杯戦争で最も意味のない、生還にも利益にも繋がらない行為を、ずっと繰り返していた。
愚かと指摘されれば、くまは頷かざる他ない。
実のない救助活動に精を出すレイサにも、それを放任しているくまにも、多くの陣営は冷ややかな侮蔑を送るだろう。
特にサーヴァントの立場にしてみれば、くまの行いはまず論外。
自身の願いを叶えるのは勿論、マスターを元の世界に帰すという善なる目的にすら、これは何ら寄与しないのだ。
人を助ける。社会の治安を守る。
善行だ。称賛に値する。多くの感謝を送られるだろう。
しかしそれは全て正常に運営される現世における規範。
統べる王もいない混沌とは、守るべき秩序からして無の混沌だ。
世界は思うように動いてはくれない。
暴力が秩序を振るい、愛も正義も飲み込み暗い底に沈めていく。
過酷な海の世界に生きたくまにはそれはが分かる。
体も心も明け渡さなくては一人の娘も守れないほど、世界は残酷だ。
殺したとて咎められぬ。壊したとて糾されぬ。
正義に喝采は怒らず、愛に抱擁は訪れない。
あらゆる悪徳は免罪され、都市は欲望で腐乱し、獣の口にしか合わない味に爛熟していく。
だが、それでも。
正義と平和を無意味と嗤われる事には、幾度も拳を振り上げよう。
少女の幼く、拙い、新芽のような未来を摘もうとするなら、あらゆる害を弾き飛ばそう。
『死んだ人を痛めつけることが、正義のはずじゃありませんから』
くまの抱く危惧を杞憂と吹き飛ばした、少女の言葉。
素朴な善性だが、そうだ。死者を尊ぶのは冥界であろうとも、だからこそ守られるべき最後の一線だ。
(そうさ。マスター、きみは間違っちゃいない。きみの"正義"は必ず、ここにいる誰かに届いている)
正義とは法でなく、意志である。
どれだけ踏み躙られても、泥で穢れ切っても、受け継がれるものは必ずあると、信じている。
そして、世界はそう捨てたものじゃないのも、くまは知っている。
死んだ方がいいとまで絶望していた自分がそうだったように、旅路には出会いがある。苦楽を共にする仲間が得られる。
レイサの思想に理解を示し、共に戦うと申し出てくれた、本物のヒーローが。
『ハロー、レイサ。助けは要りそうかい?』
「ピーター君! こっちは大丈夫です、もう終わりましたよ!」
◆
レイサのいる市とは1ブロック離れた地区で、通信機越しに話す全身赤青のコスチュームマン。
ピーター・パーカーの名は誰も知られず。しかしてそのスーツを着て東京を跳び回る存在は多くの人に知れ渡っていた。
「オッケー。僕の方もリフォーム完了したところ。
ああそれと、こういう時はそっちの名前じゃなくて───」
『あっそうでした! こちらも任務完了しました、スパイダーマン!』
「うん合格。けどボクはキャプテンじゃないからね、もっと砕けて話していいよ!」
支柱が溶解して根元から倒壊するビルを、そこから落下する人を張り付け、あるいは絡め取る糸。
甚大な犠牲は免れない惨事を食い止めた蜘蛛の糸は1本と言わず、関わった者全員に例外なく行き渡る。
遥かニューヨークから冥界の東京に移住したクライムファイター、スパイダーマン。ヒーロー活動絶賛継続中。
「マスター! 周囲の避難終わったよー!」
「ありがとうセイバー! じゃあボクらも退散しようか!」
鋼の翼を生やす機人。
上空からの周辺状況の報告と住民の避難を引き受けたレイが戻って来たのを見て、ピーターも撤収を始める。
「大丈夫? ゴメンね綺麗なジャパニーズ・キモノなのに。申し訳ないけどビルで潰されるよりはマシだったって我慢してほしいな。
それにボクの糸は清潔だからさ、意外といい飾りになるかも!」
ビルの壁面に糸を射出して体を引っ張り上げた勢いを維持したまま次の壁に糸を飛ばしてを繰り返して、摩天楼を抜けて行く。
立つ鳥跡を濁さず、事件を解決したヒーローが現場に長居するものではないのだ。
「やっぱりさ、レイサもここではマスクをしておくべきじゃないかな。ヒーローは敵が多いからね。
身内が危ない目にあったり、安心して学校にも行けなくなっちゃうよ」
『うーん……それはそうなんですけど、キヴォトスで顔を隠してるのは悪党ばっかりですから私には印象が悪くて……。
いえスパイダーマンは素晴らしいヒーローですよ! 最初に悪党だと決めつけて銃をぶっ放した、過去の自分が恥ずかしいです!」
「うん、誤解が解けてくれてボクもホッとしてるよ。けど女の子なのにあんな慣れた扱いで銃を使うなんて、キミの街も大変そうだ」
『はい! キヴォトスは常に火砲と硝煙が絶えない街ですから!
カタカタヘルメット団やジャブジャブヘルメット団なんかもいますが、中でも最近凶悪なのが、覆面水着団という組織です!
5人組の犯罪集団で、闇市場にある銀行の強盗なんて準備運動扱い、学生運動や学校同士の対立にも噛んでいて、噂では連邦生徒会の金庫も狙っているなんていうとんでもねぇ連中なんですよ!』
「覆面に水着! ずいぶんホットな犯罪者だ。これボクの翻訳がおかしいわけじゃないよね?」
冥界の治安維持、自警のボランティア活動を自発的にしていた2組のマスター。
両者が早々に接触するのは必然であり、共闘の関係を結ぶのもまた必然だ。
これにいち早く順応したのがレイサだ。年齢が近く同じ志で人を守るピーターをレイサは先輩と仰ぎ、屈託なく慕ってくれるレイサをピーターも信頼していた。
サーヴァントも同盟を快く了承し、陸海空、あらゆる環境に対応した、海賊と閃刀姫と女子高生の混成ヒーローチーム。
願い自体を否定するわけじゃない。戦わなければいけない理由の重さを、4人は理解している。
法の敷かれぬ冥界において、無用の破壊の場に現れ被害を食い止める、抑止力の役目を請け負っていた。
「マスター、楽しそうだね」
「そう?」
「うん。なんか前より笑ってることが多くなった!」
スウィングに並走して空を飛ぶレイは笑う。マスクで顔を覆ったピーターの分も補うとばかりに華を咲かす。
戦いの最中であってもお喋りを欠かさないマスターをレイは好んでいた。
不真面目さではなく、弱気になる心を鼓舞し、自分を見失わない姿勢からだと知っているためだ。
それでも時折覗く難しい顔……掌から砂のように零れ落ちた何かに思いを馳せる顔を見る度に、哀しさを感じていた。
レイサが新たなマスターの仲間に加わってからは、その頻度も減った。
落ち着きがなく、目を離せば何処へ消え失せるか分かったものじゃないレイサの対応に追われてるだけかもしれいが、それでもレイには嬉しかった。
今している事もそうだ。死者すら見た事のないレイには、生者との区別もつけられない。
人がいるのなら話したいし、仲良くしたい。襲われるのなら、守りたい。
誰に無意味と罵られても、殺し合わず、共に生きようとする意志を、心を、レイは無駄に消させたりはしない。
「楽しい、かぁ。本当はこういうのをやらないのが一番なんだけどね。でも……」
「?」
一旦言葉を切って顔を上げる。こみ上げてきたものに必至に耐えて見栄を張る。
「うん、でもいいよねチームって。みんなでやってるって感じがしてさ。
うん───やっぱりいいね」
戦いの中にいるのは分かっている。欠けた空洞を埋め合わせしたいわけじゃない。
けど親愛なる隣人スパイダーマンとしてでなく、スーツを脱いだひとりのピーター・パーカーとして。
自分を知る誰かと隣にいられる瞬間を、今は噛み締めていたかった。
◆
糸に引っ張られて建物の天井に昇って去っていく覆面の人を目で追う。
身の毛もよだつ怪物の襲来から、颯爽と現れ被害者を助け出して退散するまでが、何もかも瞬く内の出来事。
こうした事に慣れているのだろう。
熟練の兵士のような無駄のなさは、今回が彼にとって初めての救出劇でないのを表している。
誰かの悲鳴を聞き届け、どこからともなく駆けつけて悪漢を成敗し、疾風のように去っていく。
現実にはいないとされる、絵物語だけの主人公。
そういう人物を、この時代ではヒーローと呼ぶらしい。
龍賀沙代も、昔はヒーローに憧れた。
自分を囚われの姫に置いた、悪鬼の魔の手から解き放ってくれる英雄譚に憧憬した。叶うはずのない夢物語と、理解した上で。
王子に救われるのは、穢れなき王女だけだ。
鬼に囲われていながら一度も手を出された事のない、どこまでも都合のいい無垢で純真な乙女でなくては、物語の運命に選ばれない。
生まれ育った土と水の臭いは、村を出ても消えてはくれない。
誰も沙代の過去を知らずとも、自分自身が何よりも知る。
龍賀の因習と同じ、血と欲望で濁るおぞましい腐臭を放つ女を欲しがる男なんて、同じ鬼畜外道ぐらいのものだ。
沙代を糸で吊り上げ、凶手から逃がしてくれた彼。
顔は隠していたが男性、それも年若い子供だろう。沙代と変わりないかもしれない。
彼は沙代をどう見ていたのだろうか。悪霊に喰われそうになった幼気な市民に見えたのだろうか。
あと数秒でも現着が遅れていれば───沙代が周囲を省みず狂骨を放ち、バーサーカーに命令を下していたと知らずに。
彼は間違いなくヒーローだ。英霊の戦いに巻き込まれる数多の命を、救ってみせたのだから。
正体を悟られなかった敵葬者に、手の内を晒してしまうのを代償に。
(手の内といえば……あれは一体、どういうことなのでしょう)
沙代が見たサーヴァントは、戦闘機を人型にしたような刀使いの少女以外の他にもいた。
この場所を襲撃した根源たる魔獣の霊と、不利と見て逃走したそれを追う巨体の魔人。
掌の肉球で空気を弾き張り手を見舞う戦い方。何よりその姿、顔。
どこを取っても沙代のライダー、バーソロミュー・くま本人であった。
『ライダー。あの彼は、あなたなのですか』
『……』
無駄な質問をする。
あれがくま自身だとするならば少しは違った反応が見られると思ったが、虚しい期待だった。
いったいどういう理屈なのかは不明だが、無反応であるという事は、敵に回すのに支障もない。
沙代と同じサーヴァントを召喚した葬者がいる。留め置くべきはそれのみでいい。
甲高い警鐘音が聞こえてくる。民間によらない公的機関の救助隊の知らせ。今の時代の警察は優秀なようだ。
公権力というものに沙代はあまり信を置いてない。老人ひとりに実権を握られていいように動かされる、傀儡の印象が拭えない。
地位のある人間が葬者でない保証もなし、保護の名目で調べられると埃が出るまで叩かれかねない。人目につかないところまで離れたら、ライダーに移動してもらおう。
袖に絡まった糸も後で解いてもらおうかと視線を横にやると。
「──────」
モール街の被害範囲の外では、逃げ延びた家族連れやヒーローの目撃を聞きつけ記録に収めようとする野次馬達でごった返してる。
好奇と恐慌の坩堝にあてられて半ば暴動に発展しそうな勢いで、ただ一人場の空気に呑まれず周囲を宥めようとしている男がいる。
仕事の昼休憩中だったのか、背広姿を巻き上がる埃で灰に染め、飛んできた壁の破片が当たって額を赤く濡らしているのに構わず避難勧告に努めている。
「───み」
何かを、言おうとした。
心臓が跳ね、肺が膨らみ、食道をせり上がって、舌に乗るまで来ておいて。
口から音が出る前に、溶けて消えてしまった。
残る味はない。霞でも食べていたのかいうぐらい、無味無臭だ。
「…………は」
見ていた人物は、妄想とは似ても似つかない男性だった。
ありふれたスーツを着ていて、偶然額を怪我していたというだけ。
それだけなのに、胸の動悸は欺瞞を許してくれず、浅はかな妄想を滑稽と嘲笑してくる。
ここまでしといて、まだ諦めずに期待しているのか。
彼が来ていると。自分と同じ地獄道に落ちてくれていると。
「なんて───未練がましい」
愚かしい自嘲に唇を噛む。
口内に広がる血の味も痛みも、過去の記憶に比べれば霞の如く消える朧でしかなかった。
◆
少し隣で、何かが崩れた音がした。
遠くに目をやると、さっきまで見えていた、天を突く長い一本のビルが騙し絵みたいに失くなっているのに気づいた。
昭和に取り残された男の視点でも、この付近の建物の構造はそう柔でないのは理解できる。
堅牢に設計された建築物を粉微塵に破壊するなど、人の手では到底不可能。
出来るとしたら兵器による爆弾や空爆。地震といった自然災害。
そして……怪獣。
裏返るはずのない強固な現実を捲り上げる虚構こそが、悪夢を可能とする。
白昼夢のように非現実的な光景は、冗談みたいに突然やって来ると、敷島浩一は身を以て知っている。
「…………」
疲労を感じる。
冥界の暮らしで安心して熟睡できた日は皆無だが、今のそれは不養生の諸々で来した不調とは異なる意味合いを持っている。
足を動かしてもいないのに全力で何分も全力の疾走をした後のような、体力だけがごっそり抉られた感覚。
サーヴァントの行使による魔力・生命力の消費の仕組みを詳しく知る敷島ではない。
しかし一度も敵を撃つ事なく終戦を迎えたとはいえ、一定の成績を評価された兵士の思考で、自分の一部が彼に使われたのだとは大まかに把握できた。
バーサーカー。敷島の無念と絶望が招き寄せた憎悪の器。冥王プルートゥ。
誰よりもこの世界に似つかわしい名を持つ彼は戦っていた。昨夜零時、黒い空の上で。
今までにないほど猛り動力炉の敷島の身を削り、今までにないほど傷ついた修復に要石の敷島の命を啜っている。
そして初めて、敷島とプルートゥとが、明確に意思を同調した日だった。
敵を滅ぼす、憎しみを。
夜空に瞬いた破滅の星。
頤を上げてそれを見た瞬間敷島の魂に飛来した、衝撃と恐怖と絶望は如何ばかりか。
地の底を貫いた、こんな死後の世界ですら、己を逃がすまいと追いすがってくるのかと肝が凍りついた。
拭えぬ過去の罪悪感が生んだ幻覚といった方がまだ救いがあった。亡霊に苛まされるのは自業が生む道理だが、目にしているのは信じがたいぐらいに現実だ。
天を遊泳する巨影。そこにいるだけで大気を捻じ曲げる超重の存在感。
白と黒の違いはあれ、それは敷島の前に幾度どなく現れたのと同じ、紛れもない『怪獣』だった。
同じだ。
あの時とまるで同じだ。
敷島が命を拾い、未来を見据え、前に進むと意を決めたのを嘲笑うかのように、怪獣は悪魔となって敷島に襲来する。
壊しては積み重ね、拾っては奪われる無限螺旋。
そして白い怪獣が大口を開き、光を収束していく様に、敷島の理性のタガは消し飛ばされた。
最悪の既視感が走馬灯めいて駆け巡る。
何をするのかは知らない。けれどあれを開かせたら何が起こるのかだけは分かる。
死の世界が
意識が沸騰する恐怖と怒りの嵐の只中で、敷島はありったけに叫んだ。プルートゥも叫んだ。
あの日押せなかった、機銃の発射装置にかけた指を、骨が折れんばかりに押し込んだのだ。
それで敷島が運命を振り払えたのかは分からない。
怪獣の『放射』は食い止められたが、敷島の一方向に偏った感情を乗せたプルートゥと同調した視界では、怪獣もまた健在であるのを確認していた。
戦争は続いている。いや、怪獣だけでなく、冥界の全ての命を葬らなければ戦争は終わらないのだ。
中途での脱落なんて最初から許されていない。聖杯に関わる前の戦争から、ずっと。
まだ立たなくてはいけない。戦わなくてはいけない。
昂ぶる感情のままに動こうとしても、膝は立ち上がる無能無策を笑ってばかりいる。
体は否が応でも休息を求めている。背中を壁に預けて腰を下ろし、今しばらくは身を横たえる必要があった。
「おい、どうした? こんなとこで寝転がって」
後ろから、そんな声がした。
首を回した先には金髪の外人がいる。
神色も服装も鮮やかなのに、纏う印象はただただ黒い。
路地裏とはいえ天上から十分に陽光が差すのに、男の周囲はそこだけ遮蔽されてるかのように暗かった。
「景気の悪い顔だ。あまりいい戦争を送れなかったと見える。それに死に囚われている。
死霊(やつら)にそんな権限はない。悼むならともかく苦しんだところで供物にはならんぞ。時間の無駄だ」
黒の男が、一歩ずつこちらに近づく。
「だが再び戦場に臨まんとする意志は善しだな。お前には戦士の資格がある。
そうであれば、これも縁だろう。やっとのオフでぶらついていたが、こいつは幸先がいい」
人気のいない場所で見知らぬ外人に迫られていても、危険は感じなかった。
与えられた知識しかなくとも、浮浪者に見間違われても違和感のない生気のなさでいる敷島に親しげに話しかける怪しい人物だ。
言葉にせずとも自分と同じ立場の者であるのは察せられた。
ならばすぐにでも殺し合いの場になるのだが、少なくとも此処で害を加えられる事はないという不思議と確信が敷島にはあった。
敷島は気づく。
男から発される、硝煙の臭い。戦の臭いを。
それに引きずられて立ち上る、死の臭いを。
ポケットから黒い塊を、無造作に取り出して、軽く投げて寄越す。
敷島の膝に落ちた器物は、兵士に慣れ親しんだ形状と重みをしていた。
「餞別だ。オレとお前が出会ったのを祝してな。
中古品だが動作に問題はない。弾は入ってる分だけ。追加で欲しけりゃウチの店に来な、安くしとくぜ。ここんとこ銃弾の需要が鰻登りでね」
渡すだけ渡して、男は悠々と立ち去っていく。
最後まで無言のまま、ビルの角に消える後ろ姿を眺めた視線が、膝下に落ちる。
十四年式拳銃。大日本帝国軍。過去の遺物。
無骨な黒い銃身に触れた手が吸い付く一体感が、生々しい。
馴染んでしまう。ただの1人も殺していなくても。
自分もまたこの銃と同じ、過去に置き去りにされた遺物なのだ。
◆
「がああああああ〜〜〜〜〜!! ちくしょうっ! いてえ、いてえぞくそがあああ!!!」
阿鼻叫喚。
地獄に落ちた亡者が階層ごとの数々の責め苦に耐えかね救いを求めて叫ぶさまをいう。
しかし暗い洞穴で悶絶する魔物が抱くのは懺悔も救済もない。あるのは屈辱と憤怒のみだ。
持て余した怒りが生んだ気圧差が、壁に地面に三本線を殴り描く。
妖魔討滅の使命を忘れ殺戮を饗膳と愉しむ成れ果ての獣、紅煉。
英雄の高潔性・覇業。なし。
反英雄の必要悪・非業。なし。
そのいずれにも該当しない、邪悪・非道。セイバーの騎士の器を持ってこの獣が召喚された事例こそ、冥界に理法なしであると知らしめる明確な存在だ。
「久しぶりに旨そうな葬者を見つけたから骨までしゃぶってやろうとしたのに、あの熊野郎、こんなところまでぶっ飛ばしやがって……!
俺の舌はもう娘っ子用の涎がダラダラ出てたんだぜえ? お預けにしてくれやがってよおおおお〜〜〜!!」
補足した英霊を嬲り殺した後の葬者の肉は格別に美味い。
魅惑のご馳走にすっかり味を占めて食事に精を出していた紅煉にとって、獲物を食い損ねたのは撤退より勝るストレスになる。
況してや戦いの段になる前に張り手の一発で場外に弾き出されての判定負けとなれば、尚の事憤懣やる方ない。
「おうこらマスター! お前、なにすごすご逃げ帰ってんだあ!」
「クハハッなんだセイバー、やけにキレてやがるな」
「当たり前だろうがよ! これじゃまるで、俺らが負けたみてえに見られるじゃねえかよ!」
受けたダメージは然程のものではない。
これまで英霊の刀剣を尽く弾く外皮が受けた中で最も重い打撃だったが、たかが一発程度ならものの数秒で癒える範囲だ。
よってあり余っている体力は、無傷で紅蓮に合流した異形のマスターに遠慮ない罵倒に浪費されていた。
紅煉がサーヴァントの枠組みを逸した英霊なら、そのマスターも桁外れの非常識だ。
非人間非術師云々を一笑に付す、火炎と凍氷の融合したフォルム。魔王軍の切り込み隊長、氷炎将軍フレイザード。
名は知られてない。相対した敵は全て殺したからだ。
その所業を以て、魔性の戦線は聖杯の争奪戦の勢力図に確かな脅威の楔を打ち込んでいた。
「まあ落ち着けよ。……確かに俺ならお前が戻って来るまでガキ共の相手をして持ち堪えられただろうよ。
だがそれで始まるのは単なる遊びにはならねえ。曲がりなりにもここまで生き残ってる連中だ、今までの雑魚よりは歯ごたえがある。
それが三騎も揃ってちゃ、俺もお前も全力で当たる必要が出てくるぜ。こんな所で全部出し切って満足かよ?」
「……弱腰なのは変わらねえじゃねえかよ。そんなんで俺のマスターを続けられるとか、思っちゃいねえよなあ……?」
「だから聞けって。手はあるのさ。俺達がこっから勝ちに行く為のな」
恫喝を交えた詰め寄られ方をしても、動じる事なく五指を広げて宥める。
殺生を愉しむ享楽的でありながらも冷静な思考を失わないマスターの立ち回りも出来るのが、紅煉との最たる相違点だ。
「サーヴァントってのは極上の経験値だ。弱い奴も弱いなりに特殊な能力を持っていたりもする。レベル上げにはもってこいさ。
こいつらと戦うだけで、生まれて1年しか積まれてねえ俺の力がどんどん研がれていくのが肌で感じられるぐらいにな」
フレイザードは肉体も思考も予め完成して生み出される、禁呪法の生命体だ。
しかしたとえ人造の命でも、最初から全ての性能を引き出せるわけではない。真価を発揮するには己の能力の深い理解と解釈が不可欠。
同種に会えるはずもない異類。サーヴァント共々、他の葬者と協調の余地のない断絶した関係。
所属する魔王軍は此処になく、見えるもの全て敵の、戦う以外の手段が必要ない孤軍の環境が、短期間でフレイザードの血肉を鍛え上げていた。
氷炎の躰。相反する熱量の両立。
練磨を重ねて行き着く先の究極とは即ち──────。
「もう少しだ。もう少しで俺の力の本質が掴める……。ガキが束になっても相手にならねえ、サーヴァントだって消し飛ばせる最強の力が手に入るんだ。
それを思えば一時の屈辱なんざ、バクチで外すよりマシな損よ。一気にソイツをブッ放す瞬間の快楽に比べりゃなあ……!」
感情の制御、戦術的な視野。
合理に基づいているかのように見える思考の大元は狂気に端を発している。岩石の骨格でも分かる獰猛な笑みが物語る。
歪んだ生を燦然と肯定する、勝利と栄光に続く一本道を舗装する素材に過ぎない。
総司令たるハドラーに、大魔王バーンに、持ち帰った聖杯を手土産にして、異世界の勇者を血祭りにあげたと上奏するべく、今は牙を研ぎ雌伏するのだ。
「俺は手の内を晒したぜセイバー。お前もよ、いい加減ハラを見せたらどうだ?」
「へえ? なんのことだあ?」
肉身の焔がバチリと弾ける。
「とぼけんなよ? そこそこ長い付き合いなんだ。
このまま俺と仲良く並んでレースして満足するタマじゃえのは気づいてんだよ。俺を出し抜く算段のひとつも企んでるんだろ?」
「……けえっへっへっへ! 流石だなマスター! 意気は鈍ってねえようで安心したぜ!
その礼だ、きっちり答えてやろうじゃねえの」
詮索にあっさりと開陳を決める紅煉。
「といっても、別に黙ってたわけじゃねえんだぜ? 俺も気づいたのはつい最近だ。元とは比べもんにならないぐらい小せえ気配だったからな。
なんでこんなちびっとしてるかは知らねえが、黒炎どもに探らせてるからじき見つかるだろうぜ。
そうすりゃもう後は俺様の天下よ。英雄だろうが好きにいたぶり殺せるし、女もたらふく食えらあ」
豪放にも及ばぬ、刹那性に生きる妖物なりに秘していた鬼札……『切れば勝てる』と確信する情報を。
それだけの根拠が、あるのだ。
「いるんだよ、この冥界の何処かに俺の雇い主が……。
妖怪も恐れる大妖の中の大妖……"白面の者"がよお!!」
生まれた街に別れを告げ、決めた相棒と旅に出る。
鍛え上げた技で勝利を重ね、新たな仲間を増やして次の街へ向かう。
ポケモントレーナーになったら誰もが一生に一度は思い浮かべる理想を体験している事に、スグリは曰く言い難い浮遊感を覚えていた。
故郷キタカミとはまるで趣の異なる灰と青の強い街を戦いながら渡り歩く。それも憧れの鬼と、二人一組になって。
夢に見た自分が、夢のまま終わっていた理想が、実際に叶って今でも続いている。
「俺は、強い」
あり得ない、嘘だ、都合がよすぎる。
訴えているのは過去のスグリだ。何一つ欲しいものを掴めない弱い自分だ。
望外の幸運を受け止めきれなくて怯え、身の丈に合った生き方で妥協したがる諦めだ。
「俺は、勝つ」
弱さは要らない。
何もくれない、もらえない、手に入らない。
強いからこそ、敗北から立ち上がれた。鬼さまに見初められた。今スグリが生きていられるのは全て強さがあるからだ。
「なあ、そうだよな、鬼さま───」
「……」
白い面の鬼は黙ってついてくる。
スグリの後ろを、何も言わず追ってきている。
夢の中で出会った、怪しい道具屋からモンスターボールを買ったはいいが、死霊(ゴースト)ばかりが多い場所では仲間にできるポケモンはいない。
過酷な冥界を生きていくのに、頼れる仲間はこの鬼の他にいない。
オーガポンか仮面を外したところを、まだスグリは見たことがない。聞けばすぐ分かる特徴的な鳴き声もだ。
時折じっとこちらを見上げてくるのみ。あまり懐いてくれている気がしない。
厳しく、恐怖を煽る仮面の下にある素顔を、もうスグリは知っている。
出来ればすぐにでも見たかった。果実のように可愛らしい顔を、星のように煌めく瞳を見せて欲しかった。
それさえ見れれば安心できるのだ。この不意に脳裏を掠める、些末な違和感を払拭できるのだ。
「なあ、鬼さま。おれ、もっと頑張るよ」
スグリは対面になってオーガポンを見る。
「ポケモンもゲットして、バトルにも勝ちまくって、このリーグにも優勝する。聖杯っていう賞品も必ず手に入れるよ。
もっともっと、もっと強くなって、鬼さまに認めてもらえるように頑張るよ」
そっけない態度なのは信頼が足りてないからだ。強さが見合っていないからだ。幼いスグリはそう解釈する。
鬼と並び立てるようになるためには。また見捨てられないためには。
ただ自分が強くなればそれだけでいいのだと、誓いの言葉を口にする。
「だからさ……そうしたら、鬼さまの顔、見せてくれないか?」
静まる周囲。
自分の唾を呑み込む音も聞こえるぐらい張り詰めた時間が流れたあとに。
「……」
こくりと。無言ながら確かな首肯で答えを示してくれた。
「……!」
首を少し動かすだけの挙動。
それだけでもスグリの胸に充足が溢れた。
今は、これで十分だ。これから少しずつ、また鍛えていけばいい。
チャンピオンになるまでの特訓は身を削るように辛かったが、これから待ち受ける戦いには一片の恐怖も苦痛もない。
報酬は既にもらっている。輝かしい称号も、倒すべき因縁も、その前には沿えの銀メダルだ。
漸く選んでもらえた運命の輝きに、スグリはいつまでも恍惚に酔いしれていた。
鬼の皮を被ったアヴェンジャーは俯いた顔を上げない。
仮面から口がはみ出るぐらい、こみ上げる笑いを噛み殺すのに必死だったからだ。
贄は、良く育っている。
劣等感から空いていた孔を埋められて、痩せ細っていた体が欲望で丸々と肉づいていく。
光ある者に潜む闇を見抜き誘うのは容易く、膨れる陰を平らげるのは甘美である。
特に今回は受肉の要になる大事な具材だ。時間をかけて魂の怨嗟を吐き出させなければならない。
ぐつぐつと、ぐつぐつ。じっくり、ことこと。
身が蕩けて味が鍋に完全に溶けるまで、時間をかけて煮出していく。
生え揃った尾は4つ。
受肉には届かずとも、力の一端を外部に投射する程度は造作もない。
英霊には怪物退治で名を馳せた者も多い。
我を滅ぼしたかの槍と同じく、必滅の呪いをひっさげて来るやも知れぬ。自分を切り分け力を削ってでも出向く価値はある。
都合のいい事に、ここには化けられる皮がとても多い。
死霊の群れ。英霊の影。三匹のともっこ。
そうして冥界中の憎悪を招き寄せて要石に食わせ、この冥界を闇の孕み腹へと変える。
白面は生贄を見上げる。
光に生まれておきながら、闇に打ち克てずに堕ちる人を羨み続ける。
昏い冥界の底。死が揺蕩う魂の流れ着く澱ですら浄化される事のなかった、哀れなるモノ。
浅い眠りに微睡みながら、開いた産道から生まれ落ちる時を、白面の者は心待ちにしている。
外界で本性を皮で隠したオーガポンは、あらぬ方向を見上げる。
空は何も飛ばず、見渡す限りに異様な一面は見られない。
世の陰から生まれた目は、魔力妖力で言い表せぬ『気』を見抜く。
同じ冥界にあり、同じ陰気を宿らせながら、しかしこの身とは根本から異なった、外から来たモノが建つ、その屋敷を。
(アア アソコデ ウマレタイ)
隣にいながら浮足立つスグリには、鬼が心の内で囁いた声は、まったく聞こえはしなかった。
◆
世界的に見ても屈指の発展国である日本の中でも、常にテクノロジーが回る中心地の東京だが、オカルトにまつわる事柄がまったくないわけでもない。
霊現象は科学知識のない人間の錯覚であり、科学で解明できないオカルトはあり得ない。
誰もが霊を信じないと言いながら、身近にある信仰を捨ててはいない。
験担ぎ、バチが当たる、曰くつきの物件……。
過去の荒御魂を祀る神社が今も取り壊されず整備されているように。
神も霊も名と形を変えて、都市の根深くに染み込んでいる。
故に霊脈、パワースポット……寺院や霊園が上に立つ霊験あらたか場所は、たとえ結界内部でも霊が溜まり易い区域と化している。
土地の力で普通の霊よりも長く留まれて、他の霊を食って力を蓄えてる輩も多い。
そこから霊も動けなくなるのが欠点だが餌が豊富な土地を離れても旨味はなく、被害が敷地外に漏れはしない。
「つまり、私には絶好の狩り場。まさに入れ食い」
「まあ、そうだな。悪霊払いで土地を清め整えるってのは、陰陽師のお役目だもんな。うん、大将は間違っちゃいねえよ」
であるならば。神職の御所を荒らして回り、死霊共を捉えて回る寶月夜宵こそは、冥界一の悪童の名をほしいままにする葬者に違いあるまい。
付き添うサーヴァント、坂田金時も、不法侵入と民草の周辺被害の排除と天秤にかけて後者に賛成してしまっているこだから、もう手が付けられない。
時間制限のつきまとう冥界よりも街の内部にある心霊スポットを回った方が効率が判明してから今日。
閻魔が不在なのをいいことに繰り返し続けた悪霊蒐集はいよいよ佳境に入った。
夜宵の我流霊使役術の奥義、『卒業生』の制作である。
「けどよ、大将。やっぱり作らなきゃ駄目なのか? ソレ」
「護身としては過剰なぐらいだけど、それぐらいがここでは丁度いい。何事もし過ぎるという事はない。
効果はどれも極悪で、範囲は周囲五建が巻き込まれるぐらい広くて、私にも見境なく襲う暴れ馬になるのが殆どだけど大丈夫」
「やっぱ駄目じゃねえかなあ……?」
説明を効くだけでも厄まみれの劇物である。
蠱毒の術式で呪いを凝縮させて誕生する卒業生は皆一様に殺意にまみれた気性をしている。持ち主の夜宵にもいつ何時牙を剥くか予測がつかない。
金時としてはそんな呪物を作るのにだいぶ難色を示していたが、結局押し切られてしまい今に至る。
「でも使う機会はきっと来る。今のままじゃ駄目。最強装備で挑まないとあの幽霊屋敷は攻略できない。
それに、バーサーカーがいるなら大丈夫。一番強い霊の傍で見張らせる。これ以上の包囲網はない」
「おうよ。任せな。誰一人巻き込ませやしねえよ」
このように、全幅の信頼を寄せられているからには、尚更である。
乗せられてる気がするのは、端から見た側の、事情を知らぬ誤解でしかないのだろう。
「それに、冥界(ここ)だと形代の人形を大量に置けないから、ここいらで捌いて厳選しておかないと。
じき私の家も冥界に沈む。放置したまま飲み込まれたら暴発する可能性もあるし」
霊現象を肩代わりする人形を大量に作成しても、それを長期保存できる立地を確保できないのは、夜宵の誤算だった。
自由に出いるできる敷地はどんどん狭まる。かといって冥界内に置くのは運命力の消費と、死霊へ悪影響を及ぼすリスクがある。
手持ちの圧縮と長期の保存。卒業生制作は戦力以外の目論見もあって実行する価値のある選択だ。
「だから、蒐集はこれが最後。ぱっと片してさっと帰ろう」
苔生した整備のされてない石段。
参拝もなくいつの間にか神主すら訪れなくなった、裏寂れた神社。いかにも霊の根城になる温床が揃いきっている。
「……ん? んん? 大将、ほんとにここでいいのか?」
「そうだけど、何かある?」
夜宵が石積みに足をかける直前で待ったをかけた金時は、ううむと唸りながら首を傾げる。
「ねぇな。いや、違うか。そうじゃなくてよ、何かなさ過ぎるなって思ってよ。
今まで入った寺や屋敷だ感じた、連中のたむろしてる感じが薄い気がするぜ。なんかハクがねぇっつうか」
「それはつまり───」
「そこにはもう、なにもいないよ」
丸太の如く野太い脚が前を踏みしめる。
ごく自然に、流れる風のように、夜宵を庇う位置に立つ。
袈裟を着込んだ男。寺を見物する修行僧であるはずもなく、にこやかに目を細めて見ている。立ちはだかる英霊ではなく、背後に控える夜宵を。
言葉は一度きり。
笑顔で軽く手を振って男は去っていく。夜宵も何も言わず、背中を見送る。
受けた視線を少女は正面から受け止めた。怯む事なく重瞳は男を見返した。
2人は同じものを見た。
呪いを。
体に収まりきらない密度の濃い呪いが、2人の因果を引き合わせた。
◆
街への死霊の侵入を一律阻む冥奥の結界だが、幾つかの抜け道も存在する。
結界の内側から術者による手引きがあった場合と、内側で霊が発生する場合だ。
前者は結界内で呼び込んだ霊を使役、利用する段取りに用いられ、後者は設置型のトラップとして機能する。
それ以外の用途で消費される事はないと踏んでいたが、夏油傑の目論見は意外な形で崩されていた。
「まさかあんな子供が、『悪霊狩り』の正体とはね」
冥界の知られざる怪談。
未練を遺して成仏できずに生者の領域にしがみつく悪霊を尽く捕らえて回る葬者。
あと目ぼしい物件は、例の屋敷ぐらいのものか。
情報収集を怠らない葬者の中では『令呪狩り』に継ぐ不穏要素だ。
「───素晴らしいね」
驚愕も確かにあるが、なお勝るのは歓喜。
年端もいかぬ少女は才能に溢れている。呪いを扱うセンスといってもいいか。
呪力や術式に関しては夏油の生きた世界と畑が違うのか不明だが、補うに足るだけの、死線を潜った風格を漂わせていた。
何を置いても───少女は呪いを背負っている。
誰かの人生に、呪われている。
自分に他者に霊に、無数数多の呪いを受け入れても立ち上がれる気質こそが何よりも呪術師に求められる素質。
その意味で夏油は、名も所以も知れぬ少女を一角の術師と認めていた。
「ひとまず、監視をつけようか」
翻した袈裟の影が自立して袖から切り離され、黒羽の烏となって電柱に停まる。
近い内にコンタクトを取る為のマーカーだ。徒に刺激して警戒心を持たせたくない。
関心事のひとつに一段落がついた夏油は、独り路地の裏手へと進みながら、目下の懸念事項について改めて思考を綴った。
───英霊の影の数が、異様に多い。
敗れたサーヴァントの霊基の残滓が、何らかの要因でその場に留まり元の英霊の分体として活動する。
シャドウサーヴァントと呼ばれるそれらの数を、夏油は測りかねていた。
この日までに術式で取り込んだ死霊の数は3桁を越え、百鬼夜行とはいかないまでも既に軍勢の規模にまで編成されている。
中でもシャドウサーヴァントは漂うだけの雑霊とは一線を画する戦闘力がある事から積極的に蒐集に努め、こちらも相応の数を揃えられている。
揃えられて、しまっているのだ。冥界で接触する影の、あまりの多さに。
単純に。
葬者1人の消滅につき地区1つが冥界化するルールから計算すれば、都内の市区町村62に等しい数の葬者とサーヴァントが、聖杯戦争の参加者という事になる。
夏油が冥界に召喚されてから大凡1ヶ月が経過して、今や無事なエリアは23区まで削られようとしている。つまり現在の生き残りは23前後。脱落数は39。
敗退したサーヴァントの全てが漏れなくシャドウサーヴァントと化すシステムなら、それでいい。
しかしそうすると、既に脱落した半数の影と、夏油は接触している事になる。
危険を冒して積極的に確保に向かったにしても、これは果たして正常な確率なのか?
勝利には無関係の考察なのかもしれない。
夏油の知らぬ理屈で、影が自然発生する法則が冥界にあるとも考えられる。
死後の世界のルールなんて誰も知らない。人が物語に記した通りの保証があるわけでもないのだ。
これも呪霊を操る術式持ちの性なのか。知らず知らずに、強い呪いの現出の察知に過敏になっているのだろう。
袈裟の裾を引っ張られ、進む足が止まる。
甚だ不愉快なことにも体が憶えてしまった力加減に後ろを振り向く。白と灰色の墓守。リリィがおずおずと夏油を見上げていた。
「……」
無言でいながら何かを伝えようとして、拙い感情表現しかできず顔を強張らせるのにも、嫌になるほど慣れてしまった。
正面に向き直ると、下町の雰囲気から荒涼の蜃気楼が覆う野へ。どうやら境界線に近づきすぎたようだ。
一歩でも進めば夏油の魂は徐々に淀み、地上へ這い上がる運命を失って水底に縛り付けられる。
葬者。誰が名付けたか知らないがよくいったものだ。死に損なった状態で時が止まった夏油は、棺桶に納められて葬られる寸前の死人同然なのだ。
「……まあいいさ。何事も実践だ」
躊躇いなく、踏破する。
瞬間、棘が刺さったわけでもないのに体に小さな穴が空いて、血のような生命を司るものが色も痛みもなく流れ出ていく。
錯覚ではない、確実に自分が喰われ、蝕まれていく悪寒ですら、着慣れた袈裟と同列に伴って奥へ行く。
「何をしてるキャスター。私を殺したいのかい?」
言われてはたと気づき、ぱたぱたと素足で背中を追うリリィ。後に続く、穢れの群れ。呪いの源泉。
空も後悔も、未だ晴れはやって来ない。
◆
かつて【聖域のヤコン】であった自分が、【おぞましきトロア】の名で英霊の座に登録されている事について、申し訳なく思わずにはいられないとふと耽る事がある。
魔剣狩りにして魔剣使い。
魔剣を持つ者の前に現れ、持ち主を殺し、近くにいただけの者を殺し、魔剣を奪い去っていく死の運命。
伝説に敗れ殺されたと噂されながら蘇った、不滅の伝説。
確かにそれには現在のトロアが打ち立てた逸話も含められているし、己はおぞましきトロアで在ると常に務めている。
真名をトロアとして召喚されるのは父を継いだ誇りだと胸を張りたい一方で、父が授かるべき栄誉を掠め取ってしまったと恥じる心も捨てられない。
父はそのようなものを求めてはいなかった。争いを生み出す魔剣。魔剣で殺される無罪の人々。
魔剣が争いを招くのなら、あらゆる魔剣を奪えばいい。魔剣を持つ者を殺し、目撃しただけの民を殺す。
魔剣を持つ事は死を意味する。おぞましきトロアが来るからだ。伝説の始まりだ。
若さゆえの浅はかさだと過ちを認めながら、後悔を背負い魔剣士を続けてきた。
敗北はなく、誰にも理解されず、魔剣の山で独り佇む父の名を、魔剣狩り以外の名で穢すわけにはいかない。
願いと言えるほど熱のある言葉を持たないトロアが課す、それが唯一の指針だ。
「まだ熱がある。事切れて間もないようだ」
「俺達が来たのを勘づかれてしまったか?」
「どうかな。痕跡は極限まで消して来たが……向こうも英霊持ちだ。察知の手段なぞ考えればキリがない。追跡を知られているのは前提に考えるべきだな」
トロアが生み出した死とは異なる惨殺死体を、衛宮士郎が眉一つ動かさず検めている。
分かるのは性別と体格ぐらいのものだ。顔面は眼前で爆弾が破裂したかのように弾け飛んでいる。残った断片だけでも、最期に至るまでいかに恐怖を味わったのかが、二者には理解できた。
「『令呪狩り』の仕業か」
「ああ」
士郎が発見してきた死体と一致する特徴。左右どちらかの手首が物理的に持ち去られている。
殺害した葬者の令呪を奪い取っていく乱獲者の存在は、徐々に冥界に知れ渡っている。士郎が広めた。
「令呪の使用権を移譲できる技量のキャスタークラスか、魔力の吸収能力に優れているサーヴァント。それも敵に令呪を使わせる間もなく始末する。
一刻も早く消えてもらうべき陣営だ。追い立てる用の善人を生かしてでもな」
サーヴァントとの契約や、強制の命令に用いられるのが主な令呪な用途だが、契約を結んでない令呪を、無属性の魔力を練り出す道具とする応用法も存在する。
消費型だが練達の魔術師とも大差ない疑似魔術刻印に転用するにせよ、即物的に魔力の充填手段にせよ、使い道は汎用だ。
サーヴァントと契約していない葬者が死の運命に囚われるこの設定ならば、敗北寸前まで令呪を出し渋るマスターも多くいるだろう。
そうして脱落済みの葬者から令呪を物理的に剥奪して備蓄にする。敵撃破と燃料補給がイコールで結ばれる、一挙両得の手段だ。
積極性と殺傷性を併せ持つ危険因子。
「間引き」に利用していい期間は過ぎた。これ以上肥えさせては狩るのにも一苦労する。
畑を荒らす害獣は総出で追い立てて袋叩きするに限る。
幸いにして、その手の率先して義憤を燃やしてくれそうな陣営に心当たりはある。
他に潜む、聖杯に触れさせてはならない最悪を警戒しつつも、現在進行で力を着けている方を優先して叩く。
魔剣に囚われてばかりで戦略に疎いトロアに否やはない。正しい選択だと判断もしている。
「いつもより切断面が鮮やかだ。いい得物を仕入れたようだな」
「……魔剣か」
布で覆った目に光が熾った。
災いとなるもの。己が見過ごしてはならないもの。
ここでも魔剣が死を招く。戦場を微塵に荒らす殺界の嵐を呼ぶ。
トロアが魔剣に引き寄せられたのか。魔剣がトロアのあるところに呼ばれたのか。
いずれにせよ魔剣を持つ者がいるならば、おぞましきトロアがその者の死となるべきであろう。
◆
「ほらよ、飯の時間だぜ」
キャッチボールにしては奇妙に潰れた球が豪速で飛来する。
プロのバッターであろうと見逃しかフルスイングで空振りし、捕手も受けた手がミットを貫通する殺人加速を、白手袋をしただけの手で事もなげに受け取った。
「前々から言ってるが爺扱いすんじゃねえよ、殺すぞ」
「そうはいってもねえ。100年前や1000年前ならともかく、俺の世代じゃナチとか60年前だぜ。まだご存命の爺さんだっているだろ。中途半端に齢食ってんだよ」
「そりゃテメェもおっさんなだけじゃねえかよ」
五指で握りしめた球が掌中で爆裂する。
手首から先の握り拳がスプラッタに変わり、肉片も血一滴分影も残さず消える。
「流石に結構魔力があるな。どんなに雑魚でも、令呪の質に違いはねえのはイイぜ」
生き血を啜る吸血鬼。
化物の代表的イメージを誇りとするヴィルヘルム・エーレンブルクは元よりそうした行為を厭悪しない。
魂を取り込み強化を図るエイヴィヒカイトであるのは勿論、サーヴァントの身の上では精神衛生以上に補給の名目が大きくなる。
なにせ魔力の提供という、マスターの最低限取り持つ役割を全身で放棄する猿である。
自給自足を憂うほど自堕落じゃない。自ら獲物を見繕い、爪牙で刻み噛み食らってこその化物だ。
それでも不良債権を掴まされたせいで節制を強いられれば、鬱憤が溜まっていくのも詮方無い。
「お気に召して何よりだ。これで大手を振って次のレースに賭けられるってもんだ」
「令呪で買った金を馬でスるとか頭まで筋肉か猿が!」
「おい、勝負はこれからだろ。戦う前から負けを考えるとか、それでも戦争上等のナチ公さんかよ?」
まして寒い懐になった元凶に、申し訳なさの一片でも見当たらないふてぶてしい顔でいられては、なおうざったい。
図抜けた身体能力に比例して、禪院甚爾の居丈高さは天上知らずだった。
貫手を振り抜くのを自制して話題を切り替える。
自分から引き下がった気がしてまた怒りが向きかけるも、事の重大さを知る為にここは堪えた。
「───確認するがよ。
その武器の売り手の顔、ちゃんと見たんだろうな?」
「男の顔を憶える趣味はねえよ。まあ、お前さんが言うような襤褸切れの胡散臭い野郎じゃなかったのは確かだぜ。
金髪の南米系でギャングの若ボスって体の、これも十分胡散臭い格好だけどな」
「そうかよ。ならひとまずはいい。要らねえ心配でしたで終わらせてやるよ」
偽証東京に伝わる怪談。あるいは都市伝説。
深夜0時に開く扉。葬者に必要なものを扱う不思議の部屋。
誰の噺に端を発したかも分からぬ噂話に、甚爾も興味半分実利半分の心持ちで試してみた。
天与の肉体が弾かれずに入室できた部屋は、確かに聖杯戦争専門の道具屋だった。
術師殺しの悪名を馳せた甚爾の視点でも品揃えは見事なものだった。
刀剣、銃器、爆薬。銃社会の欧米でも、軍に特別なコネでもなければ入手不可能の最新武装。
呪具魔具も、特級やそれに準じる威力を持つ装備の豊富さ。
数はともかく質に関しては、禪院家の武器庫ですら及ばないレベルにギラついた呪力でひしめいていた。
生身でエイヴィヒカイトに並ぶ身体能力があっても、肉弾以外での呪的の干渉手段を持たない甚爾である。
霊を斬れる武具は勿論のこと、葬者相手にも有効になる銃火器も欲しかった。
宵越しの銭を持たない主義で、冥界は六文銭を渡すほど気前のいい所ではなかった。
海外のギャングやマフィアにはよくある銃弾での差し押さえも店主の方では織り込み済みであるらしく、道具屋にサーヴァントの同伴は禁制にされていた。
よって、ここは素直に物々交換で応じる事にした。ランサーのストックからくすねた、敵マスターからもぎ取った令呪を担保にして。
備蓄を荒らされたヴィルヘルムの怒りたるやいつもの戯れ合いの比ではなかったが、甚爾が申開きをした途端、いやに神妙に詳細を聞き出してきたのだ。
結果は空振りに終わったものの、相反してヴィルヘルムの方は幾分溜飲が下がったようだった。
「やけに嫌いな知り合いがいたみたいだな。やけに神経質じゃねえの。やっぱり小魚食うか?」
「俺以外の団員も漏れなく嫌ってる糞野郎だよ。例外はあの方ぐらいのもんだ。
もうこの話は終わりだ。てめえも金輪際つついてくんじゃねえぞ」
口に出すのも憚れる、話題にするだけで寄りつきかねないとでも言いたげだ。
藪蛇をつつく真似もすまい、甚爾もこの件に関しては黙る事にした。男の秘め事を暴くのも面白みがない。
しかし、あそこまで怒ることはないだろう。
これだけ上等な得物があれば、餌の調達も楽に進められるだろうに。
ビル1棟を買い上げても余裕が釣りが出てくる妖刀が、黴の生えたソファの上で抜き身のまま放られていた。
◆
死後に向かう世界に、石田雨竜は行った事がある。
尸魂界(ソウル・ソサエティ)。虚園(ウェコムンド)。現世に連なる魂の循環場。
善霊が向かい死神が管理する尸魂界と、悪霊が堕ち虚(ホロウ)が支配する虚園。
こんなものは名ばかりの看板だ。住み良き処など笑わせる。
死神が犯した非道、外道、数しれず。
秩序を名分にした殺戮があり、改革を謳った反乱があった。体面すら放り投げた狼藉すらもある。
死神の罪を擁護する気はない。体制の改善を怠り、再び進んだ腐敗が友や肉親に及ぶのなら、こちらもまた弓を向ける時もあっただろう。
その上で、理解できる大義があるとするなら。
世界の全てがこうならないように、過去の死神は人身御供を捧げたのだろうという感慨だ。
まるで、浜辺に描かれた砂絵のようだ。
丹念に、忍耐強く苦労して作った絵図も、波が通り過ぎれば解けてなくなり、元の平面に戻される。
そこにはもう何もない。暖かさに満ちた一軒家も、迎えてくれる家族も。始めからありはしなかったと突きつける。
聖杯戦争の運営の為だけに新造された模造品は消え、元の虚無に戻された。
「……よかったのかい?」
砂塵に呑まれていく偽の我が家を眺める隣のクロエを、雨竜は慮る。
見なくていい遺失(もの)のはずだ。
記憶から鋳造された偽物の家族だと理解していたマスターは、宛てがわれた住居から立ち退いている。
廃墟になった校舎やホテルで夜を明かし、シャワーやベッドの文明の力にあやかりたい時は、雨竜が代理で宿を取った。
都内とはいえ23区からは外れた土地にあり、冥界と同化するのは時間の問題だった。合理的と評価しても薄情と詰るつもりは毛頭ない。
なのに該当する場所に灰が降りたのを目にして、クロエは仮初の家に舞い戻っていた。
雨竜と同じアーチャーの力を宿してるクロエには、千里眼系スキルも付与されている。
遠方からでも確認ができるのを、エリアのギリギリまで近づいて、愛した人が肉を削ぎ落とされた骸骨に変わっていくのを、肉眼でじっと看取っていた。
偽物でも死人でも家族だ。悪意があって用意されたわけでもない肖像との訣別を済ませるのだと、雨竜にも分かっている。
言葉にするのは野暮だったかもしれない。心が先に衝き動かされていた。
「……分かんない」
対するクロエも、返す言葉は自信の欠けた曖昧さだ。
「偽物だ、造り物だーってちゃんと弁えてるのにさ。この目で見ちゃうと、ここがどうしようもなくズキズキすんのよね」
生まれを「無かったこと」にされ、妹の中で眠らされていた。クロエ・フォン・アインツベルンの名前も、母からではなく自分でつけた。
もう振り切ったと気にしてない風に装っても、本物と偽物の扱いはとてもデリケートな話題になる。
偽物だった本物は語る。ただの無関係な似姿だとしても、愛する者が消える様は、とても哀(くる)しいと。
「イリヤには、悪いことしちゃったかしらね」
亡霊は消えるべき、なんて。
自分でさえこれだ。泣き虫の妹には酷な場面だったろう。今頃びゃーびゃー顔面崩壊してるんじゃないだろうか。
1ヶ月もあれば傷は少しは癒えてるか。たまにひとりで寝るベッドの広さに枕を濡らしてるんだろうか。
一度考えてしまうと止まらない。
あれ以外の手段はなかったとはいえ、残される立場の辛さを今さながらに思い知る事になるとは。
「なら、戻って謝りに行けばいい。
姉は妹を守るもの、なんだろう? 僕に兄弟はいないからよく分からないけど」
顎を上に向けた雨竜が、彼方を見たままクロエにそう言う。
流れる涙など見えはしないと。なんとも分かりにくい気遣いがおかしくて、つい調子を取り戻してしまう。
「簡単に言ってくれるわね。さらっと勝利宣言してるって分かってるの?」
「当然だよ。君のサーヴァントとして僕はここにいるんだ、それぐらいの意気込みは見せなくてはね」
兄足らんとす友に倣うのではなく、1人の滅却師の誇りを胸に。彼女のただ1騎の英霊であるが為に。
聖文字にではなく自身の心で、不可逆の過去を塗り替えると誓おう。
「それに君が現世に帰れず、魂が尸魂界にも向かえないとしたら……また死神が嫌いになってしまうだろうからね」
だからそうはさせないと、固く自分に戒めるように。
◆
聖杯戦争が進行していく中で葬者を最も悩ませる問題は住居の確保であると、プロスペラ・マーキュリーは目をつけていた。
脱落者が増える毎に安全圏が絞られるこのルールは、戦況の活性化以上の意味がある。
衣食住のどれかひとつが欠けるだけで、人間にはかなりのストレスがかかるものだ。
衣と食については英霊擁する葬者であれば如何様にも手段が取れるが、住の問題についてはどうしようもない。冥界化の範囲に引っかかってしまえば引き払う他ないのだ。
夜を野ざらしで過ごすというのは、野営に慣れていない人間にはひどく疲労を蓄積させる。
ホテルの仮住まいを転々とするにもそれなりの資金を要し、長期間滞在するとすればいずれ足がつく。
ベネリット本社の影響力を介すれば、顧客のリストを盗み見るのもわけはない。アサシンという天性の諜報員がいれば尚更だ。
例外はキャスターやライダーのような固有の陣地を備えた陣営だが、翻せば所在の特定が容易でもある。
アサシンを潜り込ませれば情報を抜き取り、寝首を掻く芸当も可能。実例を以て証明済みだ。
「おかあさん/マスターはすごいね! また敵のいるところ、見つけたんだ!」
「あなたが優秀だからよ、アサシン。本当にいい子だこと」
デスクに座るプロスペラの背後から、猫のように飛びつくアサシンの頭を優しく撫でる。
ジャック・ザ・リッパーの可能性の一片。確固たる器のない、曖昧な霊の集合体がこうも愛情を露わにするのも、母を求める共通した願望が故。
その本質を理解し、巧みに刺激して好意を引き出し手綱を握って見せる。
誰にでも出来る事ではない。殺人鬼であるジャックは無垢でありながらも警戒心に敏感に反応する。
体よく利用する算段を秘めながら、同じ対象に真の愛情を注げるプロスペラの精神性こそ、真に驚嘆に至らしめる。
死人を元手にした影で運営されているベネリット本社の権勢は、唯一の葬者であるプロスペラが実質握っている。
家族と仲間の仇を顎で扱えている立場に思うものがないわけでもないが、死体相手への復讐を優先するほど曇ってはいない。
とはいえ貰えるものは貰っておくべきである。社会力が不要になる終盤まで持っていて困りはしない。権力と資本力はいつの時代でも世界を操作するリソースだ。
冥界の侵食は明らかに23区を残す形で進んでいる。大企業たるベネリットの立地は東京の中心地。少なくとも人数が10人以下になるまで保てる目算だ。
だからこそ気を払うべきは───それ以上の権力を備えた相手がいる場合だ。
領域内のロールでも、洗脳による乗っ取りでも、プロスペラがやってきた事をそっくりそのまま返される形になってしまう。
ただでさえマスクを被った顔は悪目立ちする。ジャックが冥界で力を増し、宝具の条件が有利に働く環境だとしても、複数に狙い撃ちにされるのは避けるべきだ。
備え付けの電話が、その時外部と連絡を繋ぐ呼び鈴を鳴らした。
表示される相手先の番号に、プロスペラは唇を引き締め、だがすぐに営業用の顔で応対した。
「はい、シン・セー開発公社です……まあ、ヤヤウキ・カンパニーさん! ええ、先の件ではありがとうございます……」
応接窓口もアポイントメントも突き抜けて直接かかってきた電話の主は、東京内には存在しない。
仮眠を取ろうとしたプロスペラの寝室に現れた扉の先にいる、非合法どころか魔法じみた物品を一手に取り扱合う武器商人だ。
「…………いえ。その件につきましては先ほど申した通りお断りしています。
ええ、はい……いえいえ、こちらこそご期待に沿えず申し訳在りません。はい、では、はい……」
受話器越しでも柔和な笑みを絶やさず、低姿勢で頭を下げる。
通話が切れて子機を置いたその瞬間、プロスペラの表情が消えた。吹き上がる憤怒と憎悪を、意志力で押さえ込んだ反作用で生まれた虚無の顔だ。
「おかあさん?」
肩で母の変化に不安がるジャックにも応えない。
揺れるな。惑うな。今するべきはそんな事じゃない。
知ってか知らずか、こちらの逆鱗を撫ぜてくれた。あの商人。分かっててやっているのなら大した肝だ。
『GUND技術を兵器にして売り渡す』などと。
プロスペラ・マーキュリーがエルノア・サマヤであった頃から、エルノア・サマヤがプロスペラ・マーキュリーに変じた時からの、極大の地雷原だ。
「ねえ、おかあさん───」
「ああ、ごめんなさいねジャック。ちょっと考え事をしちゃった」
復讐は終わった。清算はもう自らの手で済ませている。
叶えるべきは愛娘の未来だけ。エリイが生きられる世界だけでいい。
狂ってもおかしくない感情を自覚しながら、制御して大願を優先できる。
アド・ステラの時代を手玉に取った、プロスペラという魔女の本領はここでも遺憾なく発揮されていた。
───だからこそ気づけない。
理性を引き剥がした本物の狂気を司る、もう一人の魔女に。
備え付けの電話が、その時外部と連絡を繋ぐ呼び鈴を鳴らした。
表示される相手先の番号に、プロスペラは唇を引き締め、だがすぐに営業用の顔で応対した。
「はい、シン・セー開発公社です……まあ、ヤヤウキ・カンパニーさん! ええ、先の件ではありがとうございます……」
応接窓口もアポイントメントも突き抜けて直接かかってきた電話の主は、東京内には存在しない。
仮眠を取ろうとしたプロスペラの寝室に現れた扉の先にいる、非合法どころか魔法じみた物品を一手に取り扱合う武器商人だ。
「…………いえ。その件につきましては先ほど申した通りお断りしています。
ええ、はい……いえいえ、こちらこそご期待に沿えず申し訳在りません。はい、では、はい……」
受話器越しでも柔和な笑みを絶やさず、低姿勢で頭を下げる。
通話が切れて子機を置いたその瞬間、プロスペラの表情が消えた。吹き上がる憤怒と憎悪を、意志力で押さえ込んだ反作用で生まれた虚無の顔だ。
「おかあさん?」
肩で母の変化に不安がるジャックにも応えない。
揺れるな。惑うな。今するべきはそんな事じゃない。
知ってか知らずか、こちらの逆鱗を撫ぜてくれた。あの商人。分かっててやっているのなら大した肝だ。
『GUND技術を兵器にして売り渡す』などと。
プロスペラ・マーキュリーがエルノア・サマヤであった頃から、エルノア・サマヤがプロスペラ・マーキュリーに変じた時からの、極大の地雷原だ。
「ねえ、おかあさん───」
「ああ、ごめんなさいねジャック。ちょっと考え事をしちゃった」
復讐は終わった。清算はもう自らの手で済ませている。
叶えるべきは愛娘の未来だけ。エリイが生きられる世界だけでいい。
狂ってもおかしくない感情を自覚しながら、制御して大願を優先できる。
アド・ステラの時代を手玉に取った、プロスペラという魔女の本領はここでも遺憾なく発揮されていた。
───だからこそ気づけない。
理性を引き剥がした本物の狂気を司る、もう一人の魔女に。
◆
〈双亡亭〉の内部は、時空が連続していない。
脳を刺激し画相を練り上げる目的で造られた屋敷は、造物主の意を受けた概念の造形と化した。
水底の楽園。地上に戻ったら幾星霜が過ぎ去っている竜宮城に。
朝も昼も夕も夜も。病めるときも健やかなるときも。変わりない日々も戦争の激動も。
何時如何の区別なく、一心不乱一意専心の構えで、坂巻泥努は絵を描く。
描いて、描いて、描き続けて……外界の様子を意に介さず没頭し。
類を見ない聖杯への意欲の無さのまま優勝候補に残るのという、横紙破りの極致。
怠慢を戒めるべき主すら、止めるどころか泥努を礼賛して自身も奔放に出歩く始末。
サーヴァントもマスターも、主従共々役割を放棄して遊び呆ける道楽組が、冥奥領域最悪の大災害を生み出す事になると誰が信じられるのか。
信じざるを得ないのだ。星を巻き込み世界を侵す、狂気を浴びてしまった探索者は。
「同じ事の繰り返しになるが……いつまでそうしているつもりだ、泥努」
フォーリナーのクラスで召喚されたのは泥努でも、異星の降臨者の名を有するのはこの存在こそ適任だろう。
〈しの〉と称した童女に身を捏ねた名も無き侵略者は、億千の思考を束ねて内密に計略を立てる。
「泥努……お前がどう思おうとも、外の者はいずれ双亡亭に攻め込んでくるぞ。
お前を殺さねば奴らは元の場所に戻れず、願いを叶える事もできないからな……」
双亡亭でなければ泥努の支配力も及ばず、叶わぬ。これはしのにも都合よく働く。
「我々も、詠子も、お前を守る為に力を尽くしている。
しかし……強い欲望で動く人間の精神力は侮れないと、お前を通して我々は学んでいる。我々の想像もつかない戦い方をしてくるやも知れぬ。
そうなってから動いては、間に合わなくなるかもしれぬぞ」
しのは泥努の支配に逆らう態勢が整っている。
だが泥努はしのの叛意を憶えていない。
人間が恐怖に打ち克つ「勇気」の感情を擬似的に再現し、泥努を殺害寸前まで追いやった記憶を抜き取られている。
帰趨の見通せない怪人も、「未来の挙動」を知ってさえすれば、無限数に等しい試行で予測が可能だ。
逆襲は既に成っている。そして利用するのはここからだ。
サーヴァント・坂巻泥努の能力に登録されていては、ただ泥努を殺しても自分達ごと消滅してしまう。
泥努を排し、なおかつこの身が独立するには、第二の宝具発動が要となる。
泥努の任意か、その死を契機に発動し、本星の同胞を招き入れる逸話再現。
召喚される同胞は泥努の魔力を含まぬ実体のもの。そして同胞なればこそ『英霊の座』に繋がった自身と同化して、受肉を遂げるのも容易。
之こそが侵略者の最終目的。
英霊の座への侵攻。
自己の高次元化による永遠の生。
復活をも超えた、究極の生存の地を手に入れる野望を静かに燃え上がらせていた。
「おのれらの無能を棚に上げて……よくも大言を吐いたものだな……」
カンバスの中を踊る筆が止まる。
みきりと、腰を折り曲げて泥努が振り返る。
線の細く均整の取れた体が、顔から指先までどれだけの筋肉を捻り回してここまで変貌するのか。
溢れ出す激情に合わせて、皮膚が、肉が、骨が、関節が、内臓が、随時形態を変化させているかのようだ。事実そうなのかもしれない。
「双亡亭は壊させん。
何者にも、私の創作活動の邪魔はさせん。そうだろう……しの」
「ああ……その通りだ」
愉快だ。傑作に過ぎる。
ほくそ笑む表情を再現したくてたまならない。
あの坂巻泥努が、辛酸を舐め尽くされてきた男が、掌の上で思い通りに踊らされている。
随分時間のかかったが、ようやく自分とこの未開の惑星の原生生物との立ち位置が正しい位置に収まった気がする。
後は泥努が外の葬者相手に立ち回り消耗するよう誘導してやるだけだ。しのは唯々諾々と指示に従い、適当に体を潰させてやればいい。
「ところで……詠子のことだが、いつまでも双亡亭の外をうろつき、葬者をおびき寄せているようなのだ。
私が言っても聞かぬ。泥努、お前が命じてはくれないか」
「……あの娘。スポンサアだからと調子づきおって。
だが小間使いは要る。お前が連れ戻してこい。
そしてどうせならば……芸術家のひとりでも連れてこいと伝えろ。
アレクサンドロス、雪舟、ダ・ヴィンチ……。もし過去の人間がここに集っているとすれば、少しは名の知れた連中なら……私の脳の肥やしになるだろう」
攻略同然の泥努の次は、令呪という切り札を持つ詠子の対処だ。
これはもうまったく容易だ。些か奇特な精神をしているとはいえ、所詮は霊能者。双亡亭が食らってきた犠牲者と大差ない。
部下に拘束させる水を飲ませて配下にすればよし。機を誤らなければいつでも始末できる。
簡単だ。簡単だ。
簡単なことは面白い。滑稽なのは面白い。
もっとこの男の、面白いところを見てみたい。男の苦しみ、絶望する顔が見たい。
それはとても───とっても、気持ちがいいだろうから。
◆
「ようこそ! ダ・ヴィンチちゃんの秘密ショップへ! さあ、何がお望みだい?」
助手席の窓から顔をぴょこりと出すおしゃまな笑顔(エンジェル)。
この天使からのプライスレスな挨拶を前にして、財布の紐を緩くしていられる客があろうはずがない。
冷やかし目的で来た客の手には欲しくもなかったけどあれば便利な日用品が、必要な品だけ求めに来た客は必要以上にエコバッグに詰めてお帰りになる。
いたいけな少女をダシに使った違法スレスレのサブリミナル商法であるものの、レオナルド・ダ・ヴィンチの冥界での商業は順風満帆だった。
「ははははははは! ま、またうれた! またうれたぞ! おねーさん!
ぼくはしょうばいでも、やっぱり、さいきょうだ!」
「うんうん、君は本当に凄い子だよキャスター!」
「へへ、へへへへ!」
冥界で家なき子のダ・ヴィンチは、住居問題の解決策に、居住スペースを確保した車を選んだ。
それもトラックやキャンピングカーの類ではない。
黒青色の装甲車である。
虚数潜航艇シャドウ・ボーダー。ノウム・カルデアの地球白紙化解決の旅に使われた最初の拠点。その複製品。
窮知の箱のメステルエクシル。自身のキャスターの兵器開発能力にものをいわせて製造させた、取っておきの移動手段だ。
葬者が脱落する毎に冥界が迫ってくる領域のルールを、ダ・ヴィンチは深刻に捉えていた。
これでも前職はキャスターだ。開発の専門家として、拠点に篭り腰を据えて研究にのめり込むスタイルを封印されるのはかなり痛い。
より効率のいい作業と防衛に重きを置くなら霊脈の通った優れた土地を選ぶ場合、一等の霊地かつ侵攻が後半になるだろう東京中心に範囲を絞らざるを得なくなる。
現実よろしく、地価代爆上がり。競争率、著しいことこの上ない。
不動産の仲介もない霊地の取り合いとは即ち暴力による抗争だ。そして一度勝ち取っても次々奪いに来る陣営に対処し続けなくてはならない。労力が増えるのだ。
工房を構えて冥界の解決に当たるプランは早々に捨てた。
そこで次に考えついたのが、拠点を移動式にすればいいじゃないかという、逆転の発想だった。
これが想定以上に上手くはまった。ノウム・カルデアになってからのカルデアの活動とはフィールドワークがデフォルトだ。
霊脈にポイント設置、物資は現地調達、街頭インタビューで情報を集めて、肉体言語で仲間に交渉。
常に足りないとこから始めて、外堀を埋めていく。霊脈を敵陣に奪われるのはアトランティスの経験が参考になる。
極めつけが、ダ・ヴィンチが引き当てたサーヴァントの異質な能力。
彼方───ダ・ヴィンチでいうところの現代兵器を、その場にある素材から作ってのける全知と全能。
そこにカルデアが製造した様々な魔術と科学の融合兵装の設計図を渡してみると、あっさりと形そのままに再現した。
現場での活動に最も向いてるシャドウ・ボーダーに日用品魔術品を雑多に詰め込めば、イベント特設のショッピングカーの出来上がりというわけだ。
東京中を行脚してコネもそれなりに築き、当面の路銀にも困らない程度には潤って、今後は次のプランに向けた進行をしている。
ひとつは、メステルエクシルの強化。
シャドウ・ボーダーは再現できても、そこに搭載されているペーパームーン……虚数潜航の機能までは付随させる事が出来なかった。
敵陣サーヴァントの使った宝具も同様で、どうやら一定以上の神秘やブラックボックスは全知の枠から外れているらしい。
聖杯戦争のサーヴァント化に伴う制限だろう。この手の枷はどの英霊にもままある事例であり予測の範囲だ。
そこをどうにか突破すれば、あるいは冥界からの脱出も叶うのではないか、というのが目下の課題である。
「霊基の再臨、令呪のバックアップ……それも一画や二画じゃ足りないかあ。うーん。
最高なのはストーム・ボーダーまで再現して、皆まとめて乗せて脱出! ……なんだけど、そこは流石に高望みかな? 妖精國でも上手くいかなかったし……」
運転は自動操縦(席には大人のホログラムでカモフラージュ)に任せ、助手席であーでもない、こーでもないと、うんうん頭を捻る。
トライアンドエラーの精神で好き勝手に技術漏洩するのも考えものだ。
メステルエクシルの精神は無垢な子供そのもので、好奇心旺盛でちょっと戦い好きだ。
マスターであっても母である開発者じゃないダ・ヴィンチでは制御をはズレた挙動をしてしまうかもしれない。
「……じゃ、まずは手近な問題から片付けよっかな!」
資源の確保に手間を要する案件を棚に置き、今夜にでも殴り込みに行く予定の用意を始める。
一定の資源が集まるまでそうしなかったのは、足元を見られないためだ。
交渉は、対等な相手と初めて有利な条件を引き出せる。
カルデアのバックアップもない。ネモやシオン、ゴルドルフ新所長といった有能なスタッフもいない。何より頼れるマスター君がいない。
素寒貧のままでブローカーと向かい合うのは、首に値札を提げて出品されに行くのと変わりない。
店を構えて商売をして、一端の店主としてこちらも商談が出来るのだと堂々と胸を張って豪語すれば、ただの客では得られない譲歩を引き出せると踏んだのだ。
「さあて。君がどうこの冥界に関わっているのか……聞かせてもらおうじゃないか、テスカトリポカ?」
◆
一応、給料日だった。
その日が来る度に目標に続く階段を一歩昇る。次の月にまた一段。
目標にしていた金額。ブランドやコスメには目もくれず溜め込んだ、南極踏破の資金。
あとたった1万。それだけ出せば3桁に繰り上がるというのに、振り込まれた分が封筒に加算される日は、ここでは訪れない。
三途の川の渡し賃は、死者の懐には入ってくれず、入れた分だけ幻のようにすり抜けてしまう。
小淵沢報瀬の時間は、凍りついて止まってしまった。
(あら?心配事でもあるのかしら? 小淵沢のシラセ。おばあちゃんでよければ相談に乗りますよ?)
猫なで声に肩を震わせる。
都内某スーパーのレジ打ち台。店員も客も聴こえない。怯えたのは報瀬だけだ。
(……今バイトしてるから話しかけないで。あとその呼び方はなんか違うって言ったでしょ)
(あら、そうだったわ。ごめんなさい。ミニアが生きていくのは大変なのねえ。
私はほら、こんな身の上だもの。食べる事なんて考えてなくて……ウッフフフフ!)
宇宙よりも遠い場所にいたのは、ペンギンでも白熊でもなく、白い竜だった。
生き物ではない。南極と違って幻想に棲む存在だ。アーチャーのサーヴァント。冬のルクノカ。
およそ地球の生態系ではあり得ない進化を遂げた異種が、好々爺めいて報瀬に優しく語りかける。
人と異種族の友好を表すロマンある構図に見えなくもないが、報瀬がルクノカに寄せるのは畏怖のみだ。
ルクノカは報瀬を殺さない。自分が現界を保つ為の要石だから。
けれど報瀬はルクノカが恐ろしくてたまらなかった。
必要のなければ滅多に話しかけてこなかった竜が、今朝方からしきりに報瀬の名を呼んでるのに、着の身着のまま雪山に放り出されたような悪寒が止まらなかった。
(ああ……早く夜にならないかしら。待ち遠しいわ。まるで王子様に恋い焦がれるお姫様のよう!
あの小さな竜のお嬢ちゃんと、また肌を裂き合いたい! 黒い機人と血飛沫を交換したい!
もっといるのでしょう? まだまだこんなものではないのでしょう?)
戦いがあった。
決闘といえるほどではない。双方共に本気とはいえない。
一夜の逢瀬。同じ空を飛ぶ鳥が交錯する一瞬、羽を擦り合わせた程度のもの。
しかし「戦いになった」というだけで、凍てついたルクノカに雪解けをもたらしていた。
地上最強の生物を脅かす、待望の英雄の登場を予感させた。
それも2騎同時に。
100年に一度あるかの出会いが重なる、倦怠が帳消しになる奇跡。
流星だ。
全天を覆う流星雨の軌道に、ルクノカは飛び込んだのだ。
(待っていたわ。待っていたの。あの日の続きがずっと欲しかった!
今までの1か月なんて瞬きの内だったわ! やっと始まるのね! 誇りある名乗りだけじゃない、真に私を傷つけ、殺す事ができる勇者との戦いが!
あなたも嬉しいでしょうシラセ!? 『全部終わったら』、あなたもお家に帰してあげますからね! ウッフフフフフフ!)
抑えつけられない興奮に息を荒げても、ルクノカは報瀬を忘れていない。
可愛らしい命、守るべきマスターと認識して語りかけている。
ただ、尺度が異なるだけだ。
生まれついての最強種は、貴婦人の衣を脱ぎ捨てた、剥き出しの竜の本能に触れた、英雄でない人間の少女がどう感じるかという視点が、絶望的に欠けている。
(私の愛した英雄が! とうとう、私を殺しにやってくる!)
「……っ!」
気が狂いそうになる。
昨夜の高揚がいつまでも冷めず熱を溜めるルクノカに対して、報瀬の心は凍える一方だ。
たとえ命からがら冥界から逃げおおせたとしても、その時には氷塊に変わり果ててるかもしれない。
「あの」
南極に行く希望を失って、報瀬はゼロになったと歎いたが、それは間違いだった。
ゼロは最低じゃない。先には零下(マイナス)がある。
-1(マイナスワン)の世界は、常に報瀬から何かを奪う。体温も。家族も。希望も。
何だこれは。冗談じゃない。幾ら何でも理不尽過ぎるだろ。
クラスメイトからの白眼視も、教師の遠回しな否定も耐えてきたが、こんなにも嫌がらせをされなければいけないのか。
そんなにも悪いのか。諦めさせられてしまうような、いけない事をしているのか。
「……あの、お会計、お願いします!」
悪夢(ゆめ)から覚めて、意識が浮上する。固まった頭が鈍く回る。
買い物カゴを両手で抱える、髪の長い女の子が待っている。バイト中なのをすっかり失念していた。
「ぁ……はい。申し訳……ありません」
あれほどやかましかったルクノカの声も消えていた。
軽い目眩がするのを堪えて、商品を読み取っていく。
「ちょっといいでしょうか」
代金を貰う段階に来て、少女が訊ねる。
腰を越える長髪。つむじの上でチカチカと光る幾何学模様。
他人への興味を捨てていた報瀬でも注視してしまう奇異な見た目。
(まさか……)
学校とバイト以外に外出せず、人との交流も絶っている。
最後までこのままでいいやと、自暴自棄に考えを止めていた。
だから、道中でもし、報瀬と同じ境遇の対戦相手にあったらどうするかが抜け落ちていた。
指が触れるだけの近さ。
サーヴァントのいない無防備。
戦争。殺し合い。対岸だと思っていた出来事が間近にあり、まさに報瀬に刃が向けられ───
「ここでは銃の弾を扱っていないのでしょうか?
あ、オモチャのじゃないです。本物の銃弾です」
「……は?」
模型屋で本物のロボットが欲しいとせがむ子供のような。
素っ頓狂におかしな場面に出くわして、開いた口が固まってしまった。
◆
「うーん……ここにも弾丸は売ってませんでした……」
とぼとぼと、足音が聞こえてきそうな意気消沈した顔でスーパーを出る。
24時間営業のコンビニから2時からやってる卸売場まで駆け回りながら、一行に弾薬を見つけられずに、天童アリスは途方に暮れていた。
キヴォトスには自販機のジュース感覚で売られていて、現代都市の東京では所持自体法に触れかねない違反物。
銃の弾薬と調達というクエストは、何周目に入っても達成されないでいた。
もっとも常時販売されていたとして、アリスが使う機会が訪れるかは微妙なところだろう。
光の剣と仰々しく名付けられた大筒は、実態を大気圏外仕様のレールガン。
販売どころか受注制作もお断りのオーパーツである。規格の合う品が陳列棚にある可能性は絶無といえた。
「やっぱり最初のアイテム屋さんに行くしかないのでしょうか……?
ですが限定ショップは魔境……ゲーム部でも課金(あくま)が住まう魔王城だとモモイ達に禁止されています。
それにあの人に渡すと、アリスの装備が呪われそうな気がしてなりません……うーん……」
必要もないのに現地のショップを訪ねて回るのは、深夜にのみ開かれる限定販売点への不信にあった。
……他の葬者が抱く店への疑念と、見ている視点は大きく異っているのだが。
アリス以外のキヴォトスの生徒がネットでニュースになっているのも見ている。
自分はよくても向こうは弾の確保に難儀しているかもしれない。
パーティ候補になる仲間の為にも、消費率が低いアリスが率先して道具集めをしなくてはという思いも感じていた。
噂は聞けども、直に会えた試しは未だない。
クラス名に反してアリスのライダーは騎乗物を用意していない。戦車に魂を搭載した彼自身が騎乗物だからだ。
火力と装甲は折り紙付きなのだが、機動力を頼みとするには些か物足りなさがある。肩に背負えばアリスよりは速く走れるくらいだ。
報道を聞きつけ急行しても、事は終わってもぬけの殻。別の葬者と鉢合わせてすわ戦闘となる時も少なからずあった。
遠慮なしに足の鈍さの事を本人に告げると、いつもの鉄面皮が一層彫りを深くしたように見えて少し面白かったのは秘密である。
『その判断は肯定だ。あの店に不用意に近づくべきではない』
陰鬱な貌を表に出さずマキナ、ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲンの重厚な声のみがアリスのAIに送られる。
『制限によって直接顔を見合わせずとも、お前についた部屋の香りだけで理解が叶う。
お前が出会ったのは神の残滓だ。それも闘争を司る、ある意味でこの冥府の殺劇にも近しい芝居を回し続ける死神のな』
サーヴァントの入室を拒まれ、帰ってきたアリスに付着した残り香だけでもこの露骨さ。
直に見えた時には、そこが互いにとって死の間合いになるのは間違いない。
「……」
警告を受けたアリスは、何故か口を開けて硬直している。
幽霊でも見たかのような驚愕の表情に、さしものマキナも何事かと察し実体を戻そうとした矢先。
「ライダーが、自分から話しかけてくれました! 高難易度クエスト達成です!」
ぱんぱかぱーん! と諸手を挙げて、満面の笑みで祝われた。
「……」
俺から喋るのは、武器屋を掘り当てるよりも難儀な確率か。
そう思ったかは、閉ざされた口で永遠に答えは知れないが。
「アリスは、確かな進展を感じています! トゥルーエンドの条件に、また一歩近づきました!
これなら、ライダーと一緒にゲームをして感想を聞くのも、そう遠くはありません!」
トゥルーエンドとは真理の獲得。
理を知り因果を見た末にやっと開かれる超越の物語。
そこに到達するには、どうしたって1人では手が足りない。抱えられる枝節(フラグ)には限度がある。
どんなに強い無敵の勇者でも、仲間がいない孤独な旅路で得られるのはノーマルエンドだけだ。
アリスは違うものを望む。全部を背負い込む聖者ではなく、誰かの手を取って一緒に立ち向かう勇者になりたい。
『……叶わぬ夢想だな。この戦争の終焉を見届ける方がまだ望みがある』
「それでもアリス達の冒険は、まだ始まったばかりです! 仲間も物語も、きっとまだたくさんあります。
ライダーも知らない隠しエンドだって、どこかにあるかもしれません。それを探すのが、アリスはとっても楽しみです!」
死とは結論。
走り終えた物語が広がる既知の断片しかない冥界で、未知の結末を知りたいと謳う。
そう、捨てられたもの、朽ち果てたものであれ、まだその姿があるのならば───。
未知の結末を見せるとは。そう来るとは思わなんだ。
マキナのみならず黒円卓の総員に刺さる言葉だろう、それは。
つくづく因果とは、この身を繋いで離さんとみえる。
「……今の様を見れば、俺を嗤うか」
未知への流出を果たした戦友。この先アリスが目指す道の先人になるであろう男を追想する。
死を振り撒いてきた魔人の隷下にいながら、死んだ後になって、光の勇者の供などと。いったいどの口が言えたものか。
抜かせよ塵が。今まであれだけ殺しておいて何様のつもりだ。厚顔無恥にも程がある。
飛びかかる罵倒を想起して……しかしこれは乖離しているなとかぶりを振り、アリスの背を追う。
「いいや、嗤わんだろうな、お前は。刹那こそが、我らの求め(あいし)た光なれば」
爛漫にも、だが勇気の意味を識っている笑顔で希望を目指す勇者が乗る、鋼の戦車の役を任ずるべく。
◆
役者は次々と壇上に昇っていく。
各々を主役に沿えた演目を記した、大団円の脚本を携えて。
神が、英雄が、魔が。
そして───怪獣が。
空にそびえる竜、地に潜む怨に遅れて、海よりの厄災が上陸する。
「ふふ───漸くここまで来たか。
東京の中心地、新宿。繁栄と退廃。熱狂が渦巻く現代のソドム。
死者の記憶の捏造というのは気に食わんが、この熱気は悪くない。僅かに余も気が昂るではないか」
欲望の坩堝たる都市に囲まれて、歓楽、物見気分で目を輝かせる。
アルターエゴの冠を被る妖妃、ドラコーは陰鬱に妖艶に微笑する。
竜尾の生えた幼子といえど、漏れ漂う爛熟の実臭は、獣の残滓が健在であると物語っている。
「貴様はどうだ、葬者(マスター)? 思う存分感想を述べるがよいぞ」
「とりあえず、疲れた」
「む、なんと覇気のない。余の供に預かりながらそれとは不敬にも程があろう」
意気揚々とした従者に反して、主の少年は疲れ切っていて、今にも倒れそうだった。
「だってさ、幾らなんでも、戦い過ぎじゃなかったか?」
岸浪ハクノがドラコーと契約し冥奥の聖杯に参加する葬者となって、7日。
東京の端から新宿に到達するまで、7日も要した。
とにかく戦いずくめの毎日だった。
出会う英霊は目の敵とばかりにドラコーを全力で襲ってきて。
一時の避難に冥界に駆け込めば、今度はハクノが恨み骨髄の死霊に追い回される羽目になる。
「ラダーって、あると便利だったんだな」
休める拠点もなく四六時中気を張らなければいけないのは、生きた体には中々堪える。
特にドラコーへの、英霊の執着は異常につきた。
聖杯戦争だから、サーヴァント同士だから当然だとハクノも当初は捉えていたが、次第にその尋常じゃない敵意に気づいた。
「そうさな。確かに誰も彼も余を見るなり、涎を垂らしてはしたなく貪ろうと駆け寄ってきておる。
それ程余の愛らしさに目を奪われたのか……まったく、美とは罪よな」
そんなわけはないと思う。
ドラコーが綺麗じゃないとかではなく、ここまで躍起になるからには、相応の理由があるのではないか。
お前だけは許さない。何としてでもここで倒す。
そんな殺意の域を超えた不倶戴天の敵に向ける執念を掲げて、命を懸けてドラコー1人を殺しにかかる。
ハクノやユリウス、デッドフェイスが抱く憎しみですらない。
彼らは狂気に落ちたバーサーカーではなく、意志を持った一個の人格を宿した瞳で刃を向けた。
あれは本能や衝動に根ざしていない、強い使命感に等しいのではないか。
「ん? 疑っておるのか? ま、それも無理もなかろう。
では何とする? 余が英霊共が寄って集って狩りに来る害獣だとして、そんな災難を引き当ててしまった貴様はどうするという?」
「いや、そこは別に。気にはなるけど、ドラコーが言いたくないならそれでいいし」
言ってしまえば、ドラコーが何者であるかはどうでもいい。
たとえ何者だったとしても、共に戦うと既に決め切っている。
前のサーヴァントだったセイバーに酷似しているから?
無意識にはあるかもしれない。だが根底にあるのは別の理由だ。
戦う為の力が必要である以上に、彼女を見捨ててはいられないと。
その正体がどんなにおぞましい、悪の顕現(カタチ)であるとしても。
「……余の正体がどうでもよい、とは。我が葬者は中々の痴れ者よな。ああ、あるいは───」
あるいは、余程の豪胆か。
告げる顔は宝石を愛でる皇帝のように酷薄で恐ろしく、それでも瞳だけはあの時と同じ、星の光を湛えていた。
(ああ、それにしても)
この冥界は、ハクノが生まれた辺獄の底と同じだ。
死者の残骸。負け犬の寄せ集め。浄化されない無念が淀んで、グズグズに爛れた膿になっている。
街の外で喘いでいるのはハクノだったものの一部であり、ここにいても恨みの声が聞こえてくるようで、息が詰まる。
彼らが罪人で苦痛は当然の罰だとしても、ここには裁く神も機構もない。こんな責め苛むだけの世界に何の意味がある。
「だったら、こんな世界は───」
理由のない憎しみじゃなく。
強く生きた感情を目に宿して、ハクノは救世主のいない、冥界のソラを見上げた。
◆
「……いっきし!」
まだ冷たさを残す風に堪えたのか、タンクトップの下の裸身が身震いして盛大に吹き出す。
仏がくしゃみしているのを見て、咄嗟に蓄えたばかりの知識を引き出して、プラナはバーサーカーに向けて手を合わせて拝んだ。
「……クサンメ、クサンメ」
「お? それオレの逸話じゃん。プーちゃん読んでくれたのかよ?」
「アーカイブから拾ってあなたの隣で読んでいたのですが……ああ、そこでも昼寝していましたね」
サーヴァントが風邪を引くのかという疑問もあればこそ。
語源になった釈迦本人に向けて実践するとは。そんな小さな出来事に僅かにも達成感を憶えるのも、最近になってからだ。
帰る家を失い、身を寄せる術もなく放浪する難民。
本来は実体なきO.S.でも危機的状況であると理解していたが、身を危うくした機会は結局訪れなかった。
道を歩いていれば、通りがかった赤の他人から食料を恵まれる。
偶然見かけた諍いに乱入して問題を解決すると、いつの間にやら寝床を提供されている。
報奨を期待していたわけでもない。貰えるのはその日を過ごせるだけの糧だけ。けれども身体は十全に満たされている。
さもありなん。彼女の傍らに立つのは誰あろうゴータマ・ブッダ。
仏教の開祖がガードについて先行きを不安がるのが無理がある。現実に存在しない、仏教も信仰も知らぬプラナでも時間を置かず自然と緊張がほぐされていた。
本命の聖杯戦争でもそれは同様。
倒すべき相手と対面しようとも自然体で接し、いざ戦いとなれば無念無想の体術で鮮やかに攻めをいなして敵を地に臥せる。
止めを刺さずに置き去りにされる英霊は、屈辱に身を震わせながらも皆一様に、どこか晴れやかさも浮かばせていた。
「……やはり、悟りを得るには1ヶ月程度では足りないようです」
必要に迫られる諸事に気を揉まれないからこそ、生まれる迷いもまたある。
釈迦の施しのお陰で生活に幾分余裕がある分、プラナは思考と演算を絶え間なく稼働させた。
英霊に見出されてから初めての課題。彼の言う、思春期特有の悩みの解決の仕方を探して。
失われた過去を取り戻すのか。新しい未来に舵を漕ぐのか。
賢人だろうと容易に出せない解答だった。利益。実利。道徳。仁義。感情。希望。どれを取ってもどこかに必ず角が当たる。
自分のこの未熟な心を、どこに置けば納得に到れるのか。チェスや将棋の盤面を予測するのと違うのは、何を持って「勝ち」とするかが見当がつかないからだ。
「あなたには無駄な時間を付き合わせてしまっているようです。申し訳ありもががががが」
「プーちゃんお菓子食う? 食うよな? ほら食いな」
質問するよりも先に手が伸びていた。
有無を言わさぬチョコ棒突きで口を塞がれ、口内が甘味で満たされる。
「悟りに必要なのは時間の積み重ねじゃないよ。思いの積み重ねだ。
今食った菓子の味。昨日見た猫の模様。明日の空の広さを想像する。
幸福でも便利でもない、生きるのに無駄だと思ってたそういうの全部が、ふと脳ん中に駆け巡り光になって、そいつが悟りになる」
釈迦(オレ)が、そうだったから。
御本尊にそう言われてはプラナには返す言葉もない。
曰く、仏教はこうすればいいという救いの道ではなく、覚者に至る方法は人それぞれだというが、生命としては赤子並の経験しかない身では真理であるように感じてしまう。
でも彼は赤子の時から天上天下唯我独尊と喋ったというし……。ああ、彼について知れば知るほど、彼は常に一歩先にいるのだと思い知らされる。
「オレは楽しいぜ。プーちゃんとのここでの旅は。
迷い猫を探してオレがあっちこっち捜し回ってたのをプーちゃんが一発で突き止めた時なんて凄え笑っちまったもん」
「そんな事を……憶えていたのですか」
「当たり前じゃん。君との思い出は、全部裡(ココ)にあるんだ。忘れるわけがねえ」
シッテムの箱を使用してまでして猫の捜索を請け負って。
指1本分にも満たない労力で居場所を探し当て持ち上げた、生き物の感触。重量。
飼い主に渡した時の、涙ながらの感謝と笑顔。
「……まあ。退屈では、なかったです」
きっと冥界では見向きもされない、幕間のアーカイブ。
プラナの裡で花開く、青春の1ページ。
白紙が記憶で埋められていく未来を想像するだけで、不思議と暖かいものが体に流れていく。
それこそ正に悟りの萌芽。
やがて全ての人類が辿り着く、吾が心を知る最初の道程であると彼女が気づくのを、釈迦は呵呵と笑いながら見守るのだ。
「……提案。一度の大量のふ菓子を食べて口の中が乾いてしまったので、飲料水の購入に向かいたいです」
「了解(りょ)。んじゃあオレも菓子欲しいし、一緒にスーパーにでも行こうか」
「あなたが向かうと大量の商品がお布施に流されてしまうので、ただ買い物をしたい私としては心苦しいのですが……」
「厚意は素直に受け取っとくもんだぜプーちゃん」
◆
「救世主という器(クラス)が聖杯戦争に召喚される確率は、通常ほぼあり得ないんだ」
「……そうなのかい?」
契約したサーヴァントが自らのクラスについての、衝撃を以て迎えるべきであろう告白を、ぼんやりとながらも驚いてみせる。
真面目に捉えていないのではなく、クラスといった設定の詳細までを把握してはいないが為だ。
教える立場の生徒に逆に教えを受けるしかない関係は、少しばかり情けない。
「救世主の条件を、貴方は何だと思いますか、先生?」
「……イメージだけなら、言葉通り、世界を救った者だろうね。
魔王を倒して物理的に危機を防いでみせたらそう呼ばれるだろうし……これは勇者の方が多いか。
後は信仰の像として崇められる場合もあるかな。教祖とかまで行くとちょっと怪しくなるけど……」
「ええ、その認識が普通だと思います。けれどそれがサーヴァントの器の適合を求められる場合、より条件は絞られていく。
どんなに規模が大きくても、ただ世界を救うだけで救世主にはなれない。世界なんて、本当は誰にでも救えるものだから。僕がそうであるように。
そしてマスターに選ばれる葬者にも資格を要する。『世界を救う』という、大きな理念が」
「なるほど、それじゃあ無理だな」
個人の望みを叶える闘争に救世主が応じる事、まずそこからして破綻している。
敵を滅ぼす武力、世界を変革する精神、運命を支配する異能。
たかだがそれだけの特権では、座には永劫届かない。
だったら、自分が選ばれるのは誤作動とかしか言いようがない。
強弱も善悪も問わず、そんな御大層な使命を抱いた憶えはさらさらない。
助けたいと願ったものに届かせようと伸ばした手が、たまたま傾いた天秤を元の均衡に押し返したようなもので。
そうか、と彼はそこで思い至る。
そういう意味で、自分とこの少年は同類なのだ。
世界を救う生贄。勝利者の器。多くを率いて青い先を目指したはずのもの。
「僕はただ殺してきただけの英雄だ。誰も救えていないし、誰も導いていない。
選択肢を突きつけられて、どちらかを選んだ。結果として誰を殺したのか、誰を守ったのかなんて視点は、気づけば欠けていた。
僕の死後に僕を祀り上げる人がいたとしても、それは変わらないだろう。
遠い場所から僕の過去を読むだけじゃ、バーサーカーとしか映ってもおかしくないだろう」
「……」
葬者であり『先生』である彼は答えない。
ザ・ヒーロー。天使も悪魔も従え躙る無敵の森に迷った子供であり、誰にも名前を呼ばれず、自分ですら半ば忘れてしまった迷い子。
短くもない付き合いでも、彼が負った疵は自覚できてないぐらい黒洞洞の夜が広がっている。
未知の選択を見せられてないまま、否やと言ったところで慰めにもならない。
袋小路に至る最期まで、彼に向き合い続ける事こそが今できる誠意だ。
「つまり君が今のクラスなのは……この聖杯戦争のバグによるものだって?」
「少し、違うと思います。ただの間違いで喚べてしまうほど扱いの軽い器じゃない。
これは殆ど僕の直感でしかないけれど……たぶん、この聖杯戦争には救世主が喚ばれる下地があった。
けど、それが何かの都合で空席になってしまい、たまたま召喚時期が近かった僕がその席に充てがわれた……これこそがバグの原因です」
救世主が欲される光景。
確かに、救われぬ亡霊が成仏も叶わず蔓延る窮状は、釈迦が糸を垂らしたくなる慈悲を見せたくもなるだろう。
それを蹴って、自由自儘に飛び出す唯我独尊(ワガママ)をしようものなら……狂人と見做されて、強引にクラスの入れ替えをする無法も通るのだろう。
「その証明が、これなのかい?」
徒歩と自動車とが秒単位で切り替わっては津波の如く押し寄せる交差路に2人は立っている。
都市の経済活動の動脈に、コンクリートの地面を突き破って太太と生えている菩提樹の下にいる。
交通の便を思えば即刻土木建設を呼び出し伐採にかかるのを、対岸の火事だとばかりに誰もが電話せず、何週間も放置され。
神の存在を嗤う現代においてさえ、罰当たりだと手を出すのを憚る聖性な大樹。
キヴォトスでは馴染みが薄くともここでなら世界中で膾炙されている。
この樹の下で座を組み悟りを開き、この星で最も伝わった教えのひとつを広めた開祖の名を。
「会いたいんだね、その人に」
「……分かりません。別に救われたいわけでもないし、何よりここでは敵同士だ。
それを不敬とも感じていない僕が、会ったところで戦う以外に、何ができるか……」
「だったら尚更だ。君が初めて興味を持った他人だ。ぜんぶ選んでみようって決めただろ?」
何をするにも提示されてから選ぶしかなかった彼が興味を寄せた。当座の指針にするには十分な切欠だ。
「あなたの生徒も、ここにいるかもしれないのに?」
「今は君も生徒だ。みんなの望みをなるべく叶えてあげるのが、先生の役目だからね」
絶望の始発点は本線に。
奇跡の配給を止めようと動く先生と生徒。
希望の終着は、箱の中生命線に舞い戻れるか。
◆
早春が終わる季節の寒気は鳴りを潜め始め花の咲く兆しを見せるが、陽気にはいまだ程遠い。
頭から布団を被っても凍える夜は終わっても、油断して体を出して寝ると風邪を引いてしまう、そんな気温帯。
「つまり最高のお昼寝日和ってことなんだよね〜」
断熱効果で人肌の温度を保った羽毛布団にくるまり、のんべんだらりと昼間まで寝転がる。
日々の糧を得る為に骨身を軋ませる労働戦士、又の名を社畜には夢のまた夢のハッピーライフを満喫していた。
「ああ、分かるよ、すごく分かる。いいよな羽毛布団。俺そんなん使ったことねえけど。
んで、いつまで寝てるつもりだ? ていうかもう起きてるだろ」
「うへぇ〜アサシンはせっかちだねぇ。女の子には身だしなみの時間がいるのにさ〜」
アサシンの小言に大口を開けてわざとらしく欠伸をするホシノ。
それも大きく背伸びをした時までで、体を戻せば、眠気は演技を辞めたように顔面から消え失せていた。
「……やっぱり起きてんじゃねえか。いや、寝てないのか?」
「流石に徹夜なんかはしてないよ。でもさ、果報は寝て待てっていっても、本当に寝てばっかじゃ、間に合うものも間に合わないしね〜。
でさ、見つけた?」
「いいや。例のヒーローも事件前はサッパリだ。覆面してる方はまだしも女の子も見つからないのは、サーヴァントが上手くやってるんだろうな」
「そっかあ……」
頭上に光輪を翳した銃を持った女子学生───同じキヴォトスの生徒が、ここに来ている。
なおかつ堂々と名を名乗り、市民を助ける自警活動に勤しんでいるという。
伝聞を聞き漁る限りは、どうにもトリニティの生徒と特徴が近いらしい。少しばかり縁があるが、生憎宇沢レイサという生徒とは直接の面識はない。
アビドスとトリニティの関係はゲヘナほど冷えてはないし、協力関係を結ぶのは難しくないだろう。覆面強盗(ぜんか)があるのがちょっと恐いが。
自分の生死がかかっているのにヒーロー活動とかなにやってるんだ、他にやることあるんじゃないか。などと言う気はない。
裏技での攻略法ばかり考えて動いてないホシノが、方針やら現実味やらで説教するのもおかしな話だ。
キヴォトスの生徒とは、つまり『先生』の生徒だ。学校を隔てていても、自分達は同じ大人を仰いでいる。
きっと他の子にも、自分の気持ちに蓋をせず、望まれた事じゃなく望んでいる事をしていいんだと、そう教えているんだろう。
「……そっかぁ」
死を知らないホシノが冥界に落ちた。
キヴォトスの生徒も同じ地平にいる。
2人目がいるなら3人目がいてもおかしくないと考えるのは自然だ。
おかしくはない───が、浮かんだ想像にホシノは堪らなく自己嫌悪に陥りたくなった。
同郷の人がいてもおかしくないのならって。
こんな場所に落ちてきちゃいけない先生(ひと)と。
こんな場所だからこそ会えるかもしれない先輩(ひと)に、希望を見出してしまうなんて。
やる気なし、金なし、職業なしの三本線を獲得してるゼファー・コールレインであるが、この地である一人の存在を探す事にかけては病的なまでに執心していた。
探すとは正しくない表現かもしれない。むしろ死んでも会いたくない一心でいる。
ただ、こんな殺しの巧さが勝利に直結するような戦場に立つのが最も似つかわしい英雄に、彼は多大に心当たりがあったので、意識せずにはいられなかったのだ。
絶対に居て欲しくない。なんならそれを聖杯に願いたいくらい最悪だ。
けどもし仮に万が一、かの総統閣下が現界あそばされ、そうとは知らずあの絶滅光にうっかり出くわしてでもしたら、それだけでショック死しかねない。いやアレの為に死ぬのは死んでも勘弁だがとにかくそれぐらい嫌なのだ。
なので本当に気が進まないが、おっかなびっくりで本腰を入れて調査していた。
そして今日この日。3月31日を以てゼファーは結論づけた。
冥界聖杯戦争にアドラー総統───クリストファー・ヴァルぜライドは、サーヴァントとして現界していない。
根拠は明白だった。これまでの空白が雄弁に物語る。
街を縦断する破壊の亀裂も、野暮図に散乱する放射能も検出されていない現状こそがあらゆる杞憂を雲散霧消させた。
───あの英雄が1ヶ月も、何の音沙汰もなしに刀を振るわず大人しくしていられるわけあるかよ。
英雄を知る誰に聞いても同様の答えが返ってくるだろう。それぐらい目茶苦茶なのだ。あの光狂いは。
欲しくもない景品を賭けた殺し合いを強制されて陰鬱なのは変わりないが、これで心なしか肩の荷が下りた。
後はこれで、気合と根性で物理を殴り倒す天下無敵の馬鹿共がいなければ言うことはない。
マスターのホシノを、葬者ならぬ生者へ押し上げれば仕事は完了だ。
民の為、国の為、もっともらしい正義信念救済を謳う英雄を駆逐して、戦禍に巻き込まれただけの子供を地上に還す。
英雄譚も、逆襲劇も、大多数にとっては起きない方がいいに決まってる。都合のいい予定調和(デウス・エクス・マキナ)。結構じゃないか。
それで十分だろう。上等だろう。贅沢なことは何も言ってないはずだ。
どうかこのまま、難関も窮地も起きずに平坦な圧勝で終わってくれと、ゼファーは希わずにはいられなかった。
そして悲しいかな、そのような安穏とした運命だけは掴み取れない星に生まれたのが、ゼファーという男なのであった。
◆
その滅亡の痕は克明に刻まれながら、誰もその在り処を知らず。
全ての葬者が憶える敵であると同時に、誰の記憶にも映らない。
不可視の恐怖。不可避の破滅。即ちは死。
死者の魂の流れ着く流刑所が冥界であるならば、堕ちたる者、招かれる者の生殺与奪を全握する者こそが支配者の証。
終わりの世界で、終わりを司る者として君臨する。
理想などと戯言をほざきはしない。
薄汚れた罪人の魂に相応しい、全てが燃え尽きた灰色の世界を築いてやるだけの事。
それこそが、ドクター・バイルの望むアルカディア。貧苦と恐怖に震える、地獄そのものだ。
「今、また葬者が消えたね」
バイルと同じく地下に身を置きながら、地上の勢力の変化を逐一知覚するクリア・ノートが、葬者の消滅を感知する。
勝利の喜びも敗者への愉悦も、その顔には映らない。今は、まだ。
「これで残るは僕達を含めて24組。結界も23区を除いて全て冥界に飲み込まれた。
ここまでは君の目論見通りかい、マスター?」
魔界の王を決める戦いでも残りが30組を切った際には本が通知を発した。それになぞらえれば、この戦いもいよいよ本番に差し掛かってきたか。
「フン、半分はそうだな。だがもう半分は不愉快極まれりだ」
ゴボリと、頭部を納めた水槽で泡が噴く。
葬者本人は地下から動かず高みの見物を決め込み、アーチャーも直接姿を見せもせずに長距離砲撃で一方的に葬る。
殆どの情報をひた隠したまま、無傷で舞台を俯瞰し、いつでも狙撃が可能な理想のポジションを保持していながら、バイルはまだ満足していなかった。
「このワシ以外に葬者共を脅かすヤツらがいるだと……?
ならん、ならんぞ。世界の恐怖はワシ1人だけだ。世界の支配者は1人しか許されんのだ!」
昨晩に起きた空中での一戦。
マスターの命を遵守し参戦こそ控えたが、弾けた魔力の衝突、大気を焼き焦がす熾烈な閃光は、クリアの感知能力でつぶさに観察していた。
黒い夜空を純烈な白で染め上げた、巨大なる白竜を。
「僕も聖杯戦争というものを甘く見ていたようだ。アシュロンより強い竜族がいるとはね」
竜の強壮さをクリアは知っている。生前好敵手に定めていた竜の魔物も、一族で期待される神童だった。
恐らくは相当の古老なのであろう。経験が積まれてる分、その魔物、アシュロンを超える力量であるのが気配だけで分かる。
更にそれと戦いを成立させられるだけの実力差しかない、天翔ける蒼銀の騎士。
あれもまた、竜の一種だ。古竜と比べれば幼子の矮躯だったが、強さの質ではまるで見劣りしていない。
最期に、突如吹き荒れた嵐から飛び出して乱入して戦いを打ち切らせた、黒の鉄人。
聖杯戦争のバランスを崩しかねない三騎の衝突。
だがそんなものより葬者の注目が自分から逸れる事態の方が、バイルには耐え難いらしい。
怒りと憎しみの源泉は、戦略上の図面を完全に逸脱した、沙汰の外によるものだ。
己に恐怖しない存在が、己以外に地獄を広げる存在が邪魔で仕方がない。
自分の温情以外で地獄を生きていく術があると思い上がった人間が余りにも度し難い。
怯えろ。竦め。八熱を巡り三魂七魄が燃え尽き散華する瞬間まで阿鼻を彷徨え。
苦痛の憎悪だけが、バイルと世界を繋ぎ止める枷だ。
もはやとうにバイルという個は滅びて、機械の体に巣食うそれらだけがバイルを名乗るだけの廃棄物なのかもしれない。だとしたらどうだというのか。
思うのは苦しめという一念だけだ。願うのは滅べという妄念のみだ。
星(ヒト)に根付いた悪性腫瘍。宿主を祟り殺して後は自滅するだけの自滅招体。
後はもう語るまでもない。我々はここまでだと句点をつけ、世界は打ち切られる。(デッドエンド)
「アーチャー。ここからは次の計画に進むぞ。
貴様を前線に出す。誰だろうと構わん。目についた者は残らず掃いて消せ。
葬られたブタ共が歯向かう気すら起きんように、真の恐怖を教え込ませてやれ!」
狂った歯車が加速を始める。
終末戦争の笛が冥界の淵に鳴り響く。
収めた希望を噛み砕く瞬間を心待ちにしていた滅びの顎が、遂に閉じられる時が来た。
「ああ、了解したよマスター。「滅ぼし」の始まりだ」
魔界の王を決める戦いが終わった後に。
クリアは滅びの力と記憶を失い、新たな魔物に生まれ変わって、魔界で平和に暮らしている。
ここにいるクリア・ノートというサーヴァントはその再現だ。
滅びにより力の結晶でしかないシン・クリアという術が「死」を獲得した事で、英霊としての登録され、召喚された。
現王すら知らぬ運命の悪戯は、冥界という物語を白紙の結末で締め括るべく、純潔に微笑むのだった。
◆
最後の物語が終え、最初の物語が栞を開く。
狭間の部屋に設えられた商店は本来の機能を俄に取り戻し、賓客を迎え入れる。
「お帰りなさい、トラマカスキ。兄様からの試練をよくぞ乗り越えました、ね」
「何度も死ぬかと思ったけどね……うん、ただいま? ただいまでいいのかな」
出迎えに来てくれた秘書に挨拶し、奥に進む。
いつの間にか専属の付き人になっていた女性だが,疲れているせいか、日を追う毎に間の距離が狭まってる気がする。謎の呼び方もされてる。
「死にかけた? そいつはイイ。何度も死に目を見るぐらいが釣り合う塩梅だ。
よう兄弟。元気で戦(や)ってるかい?」
応接の間に入れば、指に煙草を挟んで手を振る伊達男が、ソファで片膝を曲げて待っていた。
「頑張ってるよ。まっとうな生活の方向ならね」
「ソイツはまた安穏だな。もう一度死なねば目が醒めないか?」
これでマスターを喜んで窮地に突き落とした張本人であるのだから、我がサーヴァントながら恐ろしい。
後にも先にも、マスターを単独で放り出して戦わせ、自分は商売に勤しむサーヴァントはこの男だけだろう。
戦争の神テスカトリポカ。結城理の蘇生の権利を賭けた戦争の運命を回す者だ。
「だいたいさ、2人1組で戦うってルールなのに、なんで俺だけ前線に出る羽目になったんだっけ?」
「サポートはしてやったろう。能力の強化。装備の手配。わざわざハチドリ呼び寄せての街のナビゲーション。
初手でこれだけ至れり尽くせりの加護を授けた試しはないんだ。もっと喜んで欲しいものだがね」
理を街に送還して後、テスカトリポカは一度たりとも冥界の地を踏む事がなかった。
ペルソナの召喚器、タルタロス攻略に使った武具、アサシンを兄と呼ぶ、不思議な精霊からの通信。
万全に後方支援を揃えて本人は何をしているかといえば……何と看板をかけて道具屋を営んでいたのだ。
しかもどう見てもベルベットルームだった。
理がペルソナの調整をしてもらう鷲鼻の老人と美人秘書が住まう部屋が、南米風に改造されている。
「レンタルだ」とアサシンは言うが、どうやったのか。あとたぶん、ぜったいエリザベスは怒ってると思う。
「そっちが戦う方が絶対早かったと思うけど……」
「それに意味はないと言っただろう。空の器に興味はない。語るのも無駄だ。
オレは戦争のルールブックを書くだけ。商売(コレ)もその一環さ」
聖杯は求めない。そこに至るまでの闘争と流血にこそテスカトリポカは興味を抱いている。
「……」
それがこの神としての役割であると理解はしている。
定められたシステム。予め決められた現象。
友誼を信じながらも、剣を交えるしかなかった、死の顕現の男と同じに。
弁えてなお、理は忸怩たる思いに駆られていた。
「まだ悩んでるのか? オレを止めるべきだったかと」
正鵠を射られ、俯きかけた顔を戻す。
「犠牲に善悪を重ねるな。善人だから死ぬのは間違いで、悪人だから死ぬのが当然? そんな馬鹿な話はない。
戦場が既に用意されてる以上、オレが武器は卸さなくても死者は出る。ただし、はじめから力のある奴が抵抗する力を持たない弱者を蹂躙する形でな。
虐殺も戦のならいだ。肯定はするが一方的なままじゃバランスが悪い。
互いに心臓を賭けてこその闘争、生存競争だろう」
メメント・モリ。
死を想え。今日を生きろ。人生に祝福を。
残酷なる神は掲げるのは、理と同じ想念。
だからこそ死に向かい合い、最期まで走り抜けとするのか。
だからこそ今ある命を大切に、いずれ来る死を恐れないよう人生を送ろうとするのか。
始原が共通しても、辿る行き先が正反対だから、こんなにも理解できて、反発し合うのか。
「それで、どうだ。一通り巡ってきて。
オレの舵取りがないよう気を遣ってやったが、願いは見つかったか?」
「気の遣い方が回りくどすぎる。けど、そうだな────」
戦いの連鎖だった。
譲れない信念で、他人の骸を踏み越えていく誰かがいた。
殺し合いに怯えながら、人として越えられない一線を守り通す子がいた。
戦いでしか交流がなかった。守ろうと助け合えた。
死んでしまった人がいる。まだ生きている人もいる。
戦い傷ついて、こまで生き延びた。聖杯に手が届き得る葬者が願うもの。
悩んだし、考えた。答えはひとつしか出てこなかった。
「やっぱり、こういうのはやめにしたいな。
死が避けられなくても、こんな風に殺されるのに祝福なんて、俺は願えない」
誰かが死ぬのは、それだけで哀しい。さっきまで隣にいた誰かなら尚更だ。
死の総体を乗り越え、星の命を魂を枷に救いながら。
結城理の動機は、どこまでも素朴な善性でしかなかった。
「俺が願うのは、この冥界を閉じること。
死人の夢は、生きてる人に見せていいものじゃないだろ」
「戦いを止める為の戦いか。
結構じゃないか。矛盾はないぜ」
今すぐ銃声が室内に響くと身構えて戦闘を覚悟したのに。
あっさりとアサシンは理の願いを受け入れた。
「お前はこの冥界を否定する。だがそんな選択に関わらず黄金を欲する輩は現れる。
願いがかち合えば戦争は起こる。火種を投じるのは一緒だからな」
意地悪に微笑する神は、そう言ってソファから立ち上がる。
「となると、オレもそろそろ表に出ようか。
武器はいい塩梅に分配されたし、リソースは十分に溜まってる。1ヶ月の澱を落とすとしよう」
「いいの?」
「覚悟を問うのはお前の方だぜマスター。オレを戦士として解き放つ意味を、理解してないとは言わせねえよ。
もしくは、最後の2人になったら雌雄を決するか?」
命を任せる託生の相手に、これほど危険なサーヴァントはいないだろう。
気まぐれで冷酷で残忍、いつ理や仲間に危害を加えるかも不明の大嵐。
信じられるのは、死に対する真摯さだけ。
───それなら、ひとまずはなんとかなる。10年来の付き合いだ。
力でも頭脳でも叶わないのなら、立ち向かえる武器は心しかない。
これは自分だけじゃない、特別課外活動部の、理が重ねた絆の強さのぶつけ合いだ。
束ね合わせた心は、神でも断ち切れない宇宙になると、鏡の前で見せつけてやろう。
「じゃあそれでいこう。今後ともよろしくってことで」
「クソ度胸は相変わらずだな。ああ、退屈な顛末だけにはならなそうだ」
差し出された右手に、快く握り返す。獰猛に、鷹揚に笑みを交えて。
戦士と神の契約はここに。全ての魂をかけた戦いがここから始まる。
◇
「『物語』にはね、命があるの」
「生まれてからたくさんの人の読まれて、愛されて、認められた本は大きく育って、世界中に種子を飛ばしていく。
例えばこの国だとそう───三太郎。『桃太郎』『金太郎』『浦島太郎』。とっても有名な3人の太郎の童話。
ここにも来ているよね? 悪い太郎とおともにいたずらをされた鬼。竜宮城に帰らなかった太郎。鬼と仲良くなって太郎。
有名なお話は人の色んな解釈が混じり合って、おかしな事にもなっちゃうけど、それも人と人の望みの結果だもんねえ」
「でも、悲しいけど、忘れられる『物語』もある」
「誰にも読まれずに捨てられちゃう。誰にも望まれなくて打ち切られちゃう。途中で飽きて書くのを辞めちゃう。
物語にとっての栄養は『読まれる』事だもの。栄養がなければ死んでしまう。手にとって読み返される事のない、思い出になっちゃう。
それって命があって、死があるってことでしょ?」
「人が死ねば冥界に行く。
だったら物語の死だって、受け容れる場所があるとは思わない?」
「それが此処。生まれたばかりの、名付けられていない冥界。
ルールを作る王様がいない此処は、何でも許されて、何があっても許される混沌。だからみんな、此処に集まってきた。
誰かの為の物語。貴方の為の物語。望まれるだけある、皆の為の物語……」
「世界の境は、もう崩れてる。
後は、流し出すだけ」
「あなたは、どうするの?
1人だけが座れる魔法の椅子に、何を乗せる?
あなただけの『物語』を本にして蘇らせる事もできる。大切な人の『物語』も。
此処にいる『みんな』の分だって、きっと叶えられるよ。彼らはずっと、それだけを願ってきたんだから」
「あなたの願いを聞かせてくれない?
それがどんな物語でも私は応援するし、叶えられるように手伝ってあげる───」
◆
揃う葬者は24人。
連なる英霊も24騎。
だが生還が叶うのは1人のみ。
願望を叶えられるのは1組のみ。
例外はない。希望はない。
手にした剣で地獄を作るしか抜け出す糸は掴めない。
オルフェ・ラム・タオ/セイバー アルトリア・ペンドラゴン〔オルタ〕。
フレイザード/紅煉。
ピーター・パーカー/レイ。
衛宮士郎/おぞましきトロア。
小淵沢報瀬/冬のルクノカ。
クロエ・フォン・アインツベルン/石田雨竜。
ドクター・バイル/クリア・ノート。
天堂弓彦/メリュジーヌ。
禪院甚爾/ヴィルヘルム・エーレンブルグ。
宇沢レイサ/バーソロミュー・くま。
龍賀沙代/バーソロミュー・くま。
天童アリス/ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン。
夏油傑/リリィ 。
グラン・カヴァッロ/窮知の箱のメステルエクシル。
結城理/テスカトリポカ。
小鳥遊ホシノ/ゼファー・コールレイン。
プロスペラ・マーキュリー/ジャック・ザ・リッパー。
敷島浩一/プルートゥ。
寶月夜宵/坂田金時。
プラナ/釈迦。
スグリ/白面の者。
岸浪ハクノ/ソドムズビースト/ドラコー。
十叶詠子/坂牧泥努。
『先生』/ザ・ヒーロー。
吟遊詩人を振り返らず。国産神を怖れず。英雄王を乗り越えたくば。
いざ葬者達(マスター)よ───冥府の深奥にて、生を勝ち取れ。
◆
けれどもし。
君が深奥で死を鎮めるというのなら、或いは────。
◆
【備考】
3月31日深夜に都内上空で、ルクノカ、メリュジーヌ、プルートゥの戦闘が起きています。
具体的な描写は後の書き手にお任せします。
【特殊ルール3】
・深夜0時に、テスカトリポカとトラロック@Fate/Grand orderの営業するショップに入店できます。弾薬や特殊な武器など、通常手に入らない道具を対価次第で入手することができます。例外的にマスターである理は自由に出入りできます。
・入出できるのは葬者のみです。サーヴァントは同伴できません。
【???】
【書き手向けルール】
・時間の区切り
■時間表記
未明(0〜4)
早朝(4〜8)
午前(8〜12)
午後(12〜16)
夕方(16〜20)
夜間(20〜24)
・登場一話目は深夜0時〜午前12時の好きな時間帯で各書き手が決められます。
・予約はトリップを付けて行ってください。期限は『2週間』です。
・5作以上投下を行った書き手は『3日間』の延長が可能です。
・期限内に投下されない、破棄の宣言があった場合、その時から24時間後に再予約が可能になります。
・状態票テンプレ
【エリア名・施設名/○日目・時間帯】
【名前@出典】
[運命力]通常(減少度合いの表記はフィーリングでどうぞ)
[状態]
[令呪]残り◯画
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:
1.
2.
[備考]
【クラス(真名)@出典】
[状態]
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:
1.
2.
[備考]
以上を持ちまして、オープニングの投下を終了します。長丁場になりましたが今後ともよろしくお願いします。
予約開始はこのあと『7月1日0時』からとなります。皆様の予約をお待ちしています。
OP投下お疲れさまです! & 本編開始おめでとうございます。
これからも微力ながら応援させていただきます!
クロエ・フォン・アインツベルン&アーチャー(石田雨竜)
天堂弓彦&ランサー(メリュジーヌ) で予約させていただきます。
【お知らせ】
クリア・ノートのスキル名、宝具名を一部修正しました。効果に変更はありません。
結城理&アサシン(テスカトリポカ) 予約します
伏黒甚爾&ランサー(ヴィルヘルム・エーレンブルグ)、天童アリス&ライダー(ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン)予約します
敷島浩一&バーサーカー(プルートゥ)、小淵沢報瀬&アーチャー(冬のルクノカ)予約します
投下します
「ない!!!!!!!!」
その日は、小淵沢報瀬にとって今までと何も変わらない一日になるはずだった。
4月1日。新年度。本来、学生にとってはかなり大きな意味を持つ日。
例えば、学年が一つ上がる。後輩が出来る高揚感と緊張感。もう最高学年の先輩はいないのだと思い知る寂寥感を持つものもいるかもしれない。
例えば、クラス替え。新しいクラスメイトと馴染めるか、元々仲の良かった友人と同じクラスになれるか、ドキドキワクワクが止まらない朝。
しかしそれらのイベントは、報瀬の心を動かすことはない。彼女の心を溶かすことはない。
部活にもサークルにも所属していない彼女は後輩のことなんてどうでもいいし。
自分のことを「南極」呼ばわりする元々のクラスメイトにも、もしくはこれからすることになる新しいクラスメイトにも、興味はない。
……と言えばちょっとだけ嘘になる。興味や関心は無くても、自分のことをバカにする人間が増えるという想像は、少々堪える。
報瀬は出来る限り平静に「コイツらは偽物、コイツらはNPC……」と心の中で唱えながら学校での生活に耐えてきた。
朝。昨日の夜にこんなことがあった、今日の放課後はこういうことがしたいとワイワイ騒ぐヤツらの輪に入れない。NPCだ。気にしない。
昼休み。誰一人近づかない空白地帯と化した自分の机に弁当を並べ、黙々と箸を進めていると、窓の外から男女の笑い声が聞こえる。偽物だ。気にしないってば。
放課後、誰とも喋らず振り返らず一直線にバイトに向かう彼女を背後から嘲笑うヤツらがいる。作りものだ。気にするな。
夜。スーパーでレジ打ちしている報瀬を見てニヤニヤ笑いながらお菓子やコスメをぞんざいにレジの前に放り出すギャル集団に遭遇した。駄目だ。気にしちゃ駄目だ。
現実から冥界に堕ちても、報瀬の日常(じごく)は何も変わらなかった。変わってくれなかった。
それどころか、非日常(せんそう)までもが彼女の心を無慈悲に蝕み続ける始末である。
勝利に酔いしれることが出来れば、彼女のサーヴァントのように戦いに明け暮れることが出来れば、まだマシだったかもしれない。
だけど報瀬はどこまでいっても現実の、現代を生きるただの女子高生でしかなくて。
NPCではない、本物の人間が死んでいくことに対して無神経でいられるわけがない。
自分自身の手でなくとも、人を殺してしまうことが辛くないわけがない。
とある日曜日、重苦しい足を無理やり動かして献花に行った。
冬のルクノカが蹂躙し廃墟と化した街並み。多くのNPCと、紛れもなく本物の人間一人が消し飛んだ地。
せめてもの慰めとして、また報瀬自身の罪悪感を和らげるために、死者への手向けを行った。
手を合わせ、目をつむり、鎮魂する。花を置く。小淵沢報瀬は、多少性格に問題はあるものの優しい少女である。
その帰りに、また一人死んだ。…………殺した。
たまたま出くわした他参加者を、ルクノカがあっというまに滅ぼした。
報瀬が献花の場所に選んだボロボロの電信柱が、今度こそ折れて倒れた。
花屋で選んだ色とりどりの花々が灰色に沈んで消える。それだけで彼女の稼いだ1200円は終わりになった。
お前のやったことなど何の意味もないと言われているようで。
お前が何もしなければ人が死ぬことはなかったと言われているようで。
虚脱感に襲われる報瀬を見て、ルクノカは笑った。
「今日はお散歩出来て楽しかったわねえ」と。
頭がおかしくなりそうだった。
そんな日常と非日常に挟まれて心を擦り減らしていく報瀬にとって、唯一救いとなっているのが彼女の貯めている「99万円」だった。
100万円貯めて、南極に行く。
母が南極で死んだと聞かされてから、とにかくがむしゃらにその目標に向かって頑張ってきた証。
100万円という金額に理由や根拠はない。
当時中学生だった報瀬にとって、とてつもない大金で、なおかつ超絶頑張ればいつかは手に入れられるレベルの額というだけ。
それだけのお金があれば夢が叶うのではないかという考えなしの目標は、それでも報瀬にとって灰色の日々を生きるための活力となった。
また、この冥界においては小淵沢報瀬と彼女が生きてきた現世を結びつける唯一の証でもある。
生き返り、再会したい友人などいない。将来の夢などない。未来に希望も持っていない。
だけど、このお金があるから、南極に行くという目標があるから、まだ死ねないと思える。
生きる意味があるのだと、思わせてくれる。
今までの頑張りを無駄にしてはいけないと、挫けそうになる心を奮い立たせてくれる。
だから報瀬は、それだけの価値がある札束たちを封筒に入れて、大切に大切に手元に置き続けてきた。
寝る時はベッドの横に置いた。ぎゅっと封筒を握れば、安心して眠れる気がした。
学校に行く時も常にカバンの中に潜ませ、ひと時も離すことはなかった。
もしも学校に行っている間に自分の家が戦争に巻き込まれたらと思うと、とてもじゃないが家に置いていくことなどできなかった。
大切なものは、本当にびっくりするくらい呆気なく自分の元から消えていく。
母のように。だから、このお金だけは肌身離さず持っていたい。
まるで精神安定剤のような扱いだが、そうでもしないと本当に耐え切れなくなりそうだったのだ。
それが。
「ない!!!!!!!!」
冒頭の台詞に繋がる。
学校に到着してから新クラスの張り出しをぼけっとしながら見て、新しい教室に入り、当然誰とも喋らず、話しかけるなオーラを出して。
自分の席に着き、重い溜息を吐き出し、だらしなく開けっ放しになっている通学カバンに気付き、とてつもなく嫌な予感がして。
急激に覚めた目で人目もはばからずカバンの上部を探り、冷や汗をかきながら奥まで見て、店を広げるように机の上に荷物を並べて。
何度も確認した。祈るような気持ちで探し続け、それでも。
なかった。カバンの中をどれだけ探しても、99万円の入った封筒が見つからなかった。
新年度が憂鬱で、ルクノカの高揚ぶりに気が重くて、昨日の夜はなかなか眠れなかった。
だから当然のように学校に遅れる一歩手前の時間に目を覚ますことになり、慌てて枕元の99万円の入った封筒をカバンに入れ。
そして、うっかりカバンのチャックを閉め忘れた。ただそれだけのこと。
誰かの陰謀でもなければ劇的な事件に巻き込まれたわけでもない。ただのポカミス。
ただのポカミスで、報瀬は命の次に大事な99万円の入った封筒をどこかに落としてしまった。
ガバリと立ち上がる。広げた荷物を一心不乱にカバンに詰め込み、教室をあとにする。
「えっ?なになに」
「もうホームルーム始まるよー?」
「いいって、別に。あんなやつ。お前『南極』知らなかったっけ?」
「なんきょく?どゆこと?」
背後から聞こえる新クラスメイトの声。無視。聞きたくもない。
封筒が落ちていないか目を皿のようにして廊下を歩く。幸い、ホームルーム直前ということで人はいない。
玄関まで来て、もう一度、教室の前まで戻る。見落としがないか、必死の形相できょろきょろ辺りを見回す。
見つからない。ならばと猛然たる勢いで階段を駆け上がり職員室の扉を開ける。
「失礼します!」
「ん?どうした、お前は確か……」
「落とし物!」
「お、おお」
「届いてませんか!封筒の!」
胡乱な表情を浮かべる年配の教師。周りの教師もどうしたどうしたといった面持ちでチラチラとこちらをうかがう気配がする。
イライラする。時間がもったいない。視線も痛い。放っておいてくれ。
どうせNPCなんだからゲームみたいに決まった文言だけ言ってくれれば良いのだ。
「いや、そういうのは」
「失礼しました!」
「おい報瀬!お前ちょっとその態度は……」
脇目も振らずに職員室をあとにした。玄関で靴を履き替える。幸い、教師が追ってくる気配はまだない。
報瀬はこの冥界に堕ちてはじめて、学校をサボることに決めた。
偽りの世界での学校生活など、大切な「99万円」に比べればあまりにも軽い。
また、彼女にとって先生という人種は自分の目標をあーだこーだ言って否定したがる輩に過ぎない。
だから、真摯に事情を説明すれば彼らが助けてくれるなんて希望的観測は持てるわけがなかった。
自分の力で探すしかない。自宅から学校までの経路をたどるのだ。
「アーチャー!」
(あらあら、どうしたのかしら?)
報瀬のサーヴァント。『アーチャー』冬のルクノカ。
とても恐ろしい最強の竜であり、本当に必要な場面以外では会話もしたくない存在だが、今は猫の手でも借りたい。
念話という手段すら忘れるくらい必死に、呼びかける。
「私の家、場所!分かる!?」
(はあ。シラセのおうち。分かりますよ。多分。
もう何日……あら、何十日だったかしら?そのくらいは一緒にいますからねえ)
「電車……私がいつも乗ってる、鉄のハコ!それは!?」
(ああ、分かりますよ。アレは面白いわねえ。沢山の人間(ミニア)がぎゅうぎゅうに詰まって)
事の重大性を一切理解していなさそうなふわふわした回答。
イライラが更に募るが、抑える。唯一の味方の機嫌を損ねて良いことなど何もないくらいの計算は出来る。
「私の家から電車のある場所まで、探して!飛んで良いから!」
(探す?何を?)
「だから、封筒!お金が入ってるの!」
そう言ってから、はじめて報瀬はルクノカに封筒の説明をしていないことに気付いた。
深呼吸する。こんな時こそ、冷静にならなければならない。
「薄茶色の封筒を、落としたの」
(あら、それは大変ねえ)
「だから、探すの手伝って……くれませんか?」
(ええ、いいですよ)
あまりにもあっさりとした答えだった。
(朝から夕方までガッコウ?という場所にいるのはとても退屈でしょう?
ウッフフ!こんな時間から出歩けるというならば、探し物くらいはお手伝いしますよ)
戦闘狂(バトルジャンキー)である冬のルクノカにとって、学校という閉鎖空間で半日以上過ごすというのはあまり望ましいことではない。
もっと開けた場所、彼女が戦うべき英雄が待っていそうな場所に羽ばたけるのならば、大歓迎である。
「一応言っとくけど、封筒が落ちてるかもしれない場所で戦わないで」
(あら、それは難しいお話ねえ。こちらにその気がなくても、ほら、お相手の方からやってくるかもしれないでしょう?)
流石に詭弁だと分かる。
霊体化さえしていれば、本来は他の参加者に見つかることなどない。
だが、冬のルクノカが英雄を見つけ、我慢できるはずもない。
そして、ルクノカの戦いを止められる力が報瀬にはないことも、互いに分かっている。
「……分かった。戦っても良いから。封筒が見つかるまで出来れば町はあんまり壊さないで。宝具は絶対に使わないで」
(さて、どうかしら。確約は出来かねません)
「…………もし封筒が見つからなかったら、私、死んじゃうかもよ」
流石にそんなわけはない。死ぬほど落ち込むだろうが。
ヘタクソな駆け引きだが、それくらいしか報瀬が提示できる手札はなかった。
彼女には、何もない。武力も知力もそれ以外の何もかもも、戦争に必要な技能も能力も何一つない。
自分の命だけを装備しての、身一つでの体当たり。そうすることしかできない。
(それは困るわねえ)
そう言いながらも、ルクノカはどこまでも平静だった。
果たしてこの最強種に己の声を届かせることなどできるのか。
心に巣食った不安を取り払うため、言葉を重ねる。頭を下げる。
「封筒が見つかったら連絡するし、今日はそのままあなたといっしょに街を出歩く。あなたが行きたい場所に行ってもいい……お願い、します」
(あらあら。なんだか意地悪をしちゃったみたい。
ウッフフ!良いんですよ、シラセ。ええ、出来る限り約束は守りましょう。
それよりも、あなたこそ危ない目に遭ったらすぐに令呪を使いなさいな?
おばあちゃんが飛んできて、あなたの敵を殺して差し上げますからね。ウッフフフ!)
冬のルクノカを冥界に留まらせる要石たる報瀬。勝手に死んでしまっては困るとルクノカは宣う。
もしも報瀬が死んでしまったら……それこそ、単独行動のスキルを持つルクノカは現界に残された時間を目一杯使って周囲を気にせず闘争を始めるだろうが。
ルクノカとて、出来る限り長い間、様々な英雄との蜜月(ころしあい)を重ねたいのだ。
葬者(マスター)である報瀬が死なないに越したことはない。
(では、またね。見つけたらお知らせしますよ)
そう言って、冬のルクノカは霊体化状態で飛んで行った。
これでひとまず、台東区の自宅から最寄り駅までのルートをルクノカに任せ、報瀬自身は学校のある墨田区から駅までの道を捜索出来る。
どうか自宅近くを荒らさないで欲しいと願いながら、報瀬は報瀬で歩き出す。
「……がんばろ」
通学ルートを練り歩く。この時間だと通勤途中の社会人も多く、学生服を着た報瀬に目を留める人もちらほら見られる。
新年度早々に学校をサボる不良だと思われているのだろうか。あんなチャラチャラした連中と同列に見られるのは屈辱に過ぎるが、今は耐える。
きょろきょろと道の端や植え込みを探す。人目を気にしてはいられない。
流石に道のど真ん中に封筒が落ちていたら誰かが拾っているだろう。
だから、まずはその可能性以外を考える。誰にも見つからず、報瀬が迎えに来るのを静かに待っていてくれることを祈る。
なにせ、99万円である。
拾った人間が素直に落とし物として届け出ると思えるほど、小淵沢報瀬は他人を信用することが出来なかった。
出来ないほどに、他人に対して冷めた目線を持ってしまっていた。
自分の夢を聞いては言葉を濁し、笑い飛ばし、遠回しに善意のつもりで止めた方が良いと言ってくる他者に対して、失望していると言い換えてもいい。
「…………ない」
だから、駅までの道中に封筒が落ちていないことに対して、報瀬は大いに絶望した。
ならば一縷の望みにかけて、落とし物が届いていないか駅員や交番に確認を取るしかない。
思わず零れ出る溜息。嫌なことが起きると分かっているのに、そうしなければいけないというストレス。
「すみません」
出来る限り平静を保ちながら、改札口の駅員に声をかける。
「はい。どうしました?」
「今朝、落とし物をしちゃって。駅に届いてないかって」
「どういったものでしょう?」
「封筒です。薄茶色の」
「どうだったかな……ちなみに、中身は?」
報瀬は言い淀んだ。だが、本当のことを言うしかない。
「……お金です」
「それは大変ですね。おいくらですか?」
「99万円です」
早口で言い切る。この後、どんな反応が来るか、分かっている。
「……はあ?本当に?99万、で間違いないですか?」
「そう言ってます」
「んー……すみません、少々お待ちください」
当たり前の反応である。
平日の朝に学生服を着た少女が99万円を持ち歩き、あまつさえ落としたと言う。
常識的に考えて、怪しすぎる。
「そういったものは届いてませんねえ」
どこかに連絡を取ったのだろうか、電話で誰かと応対した後に。
訝しげな視線を隠すことなく、駅員はそう告げた。
分かってる。おかしいのは分かってるってば。
「ありがとうございました」
何か言いたげな駅員を置き去りにして、足早にその場をあとにする。
次は交番だ。駅の近くにあったはずと位置情報アプリを開く。
すぐ近くにあると分かり、足を早める。息が詰まる。少し、くらくらする。
どっと疲れが出た。大切なものは見つからず、色んな人から変な目で見られて。
それでも止まるわけにはいかない。どれだけ嫌な思いをしても、足を止めるわけにはいかない。
ああ。そうだ。
また嫌な思いをするんだろうな。
流石に、交番のおまわりさん相手だとちゃんと事情を説明しないといけなくなる。
届いてませんじゃあさよならが通用するのはせいぜい学校の先生や駅員が限度だろう。
偽物、NPCと分かってはいても、公的権力相手に傍若無人にふるまえるほど、報瀬の肝は据わっていなかった。
きっと根掘り葉掘り聞かれる。普通の女子高生が持つには99万円という額は大きすぎる。
何らかの事件性があると思われてもおかしくない。家族である祖母にも連絡が行く。
そうすると連鎖的に学校をサボったことがバレる。
心配されるだろう。偽物であっても、祖母に迷惑をかけるということがまた辛い。
それに。
どうしてお金を貯めているのかという話になった時に。
また南極のことで、変な目で見られるんだろう。
母親が南極で行方不明になった。だから南極に行くためにお金を貯めている。
具体的にどうするのか? 南極の調査団にお金を渡してなんとかしてもらう。
なんとかって? うるさい。知らない。なんとかなる。
なんとかならなきゃ、私は何のために、今まで。
思い出す。思い出してしまう。
私の夢を聞いて「バカじゃないの?」と言い放った元友人を。
私の目標を応援すると言ったのに、少しずつ距離を置いて行った旧友を。
私の進路「南極に行く」を見て困ったなという顔を隠さない担任を。
祖母も、近所の人も、先輩も、みんなみんな、誰もかれもが、報瀬に理解を示してくれなかった。
きっと、今回もそうなる。
何を言ってるんだコイツはという顔で、とりあえず話半分で聞き流される。
もしくは、説教が始まるかもしれない。人生がどうの将来がどうのと、聞きたくもない正論を並べたてられるかもしれない。
嫌だな。厭だ。
でも、頑張らないと。
私しかいない。誰も助けてくれはしない。
99万円を諦めることなど、今までの報瀬の青春を捨て去ることなど、できるはずがない。
交番が近づいてくる。嫌な思い出が一つ増える場所が。それでも、ほんのわずかの希望があるから行かなければいけない場所が。
行かなきゃ。行かなきゃ行かなきゃ行かなきゃ行かなきゃ!
『行けるわけないじゃん』
クラスメイトに言われた、刺された言葉が、ふとフラッシュバックして。
歩みが止まる。思わず、下を向く。
ほろりと、涙がこぼれた。決壊しそうになる。
今まで必死に堪えてきた悲しみが、辛さが、やるせなさが。
99万円を落としたという一大事件をきっかけに、ついに。
小淵沢報瀬というコップから、溢れ出そうになる。
学校からここまで、何キロもかけて動かし続けてきた足が。
母が死んでから今まで、何年もかけて動かし続けてきた心が。
大切なものを探すため、大きな夢を達成するために、動かし続けてきた足が、心が。
凍ったように、止まって。
「おい、そこの君」
🐧 🐧 🐧
敷島浩一がその封筒を拾ったのは、全くの偶然だった。
この冥界の地において、敷島には家がない。まるで、この安寧の時代に居場所などないというように。
だから敷島は、日雇いの肉体労働で生活費を稼ぎながら半ば浮浪者のような生活を強いられてきた。
一日三食の、最低限の食事。何日も使い続けた後に捨て去る衣類。上手いことやりくりして、安いカプセルホテルに泊まれる日は上等に過ぎる。
彼のサーヴァント、バーサーカーが戦った日には魔力の消耗で肉体労働をすることも出来ず、栄養だけを一心に補給して静かに回復を待つ。
4月1日。その日もまた敷島は半分死体といったようなありさまで、駅の近くに腰を下ろしていた。
昨日、金髪の男から貰い受けた拳銃。十四年式拳銃。敷島自身が敵を殺すための武器。
それを隠すための小さなバッグを購入し、根こそぎ奪われた魔力を補給するためにとにかく精のつくものを食べて。
そこで、彼の有り金は底をついた。残金、130円。おにぎり一つくらいは買えるだろうか。
「クソ……」
恨めしそうに黒く武骨なデザインのバッグを睨む。正確には、その中に潜む拳銃をだ。
動作に異常はない。実際に撃ったことはないが、あの金髪の、戦争の匂いを振り撒く男が敷島を陥れるために不良品を掴ませたとは思えなかった。
あの男は、敷島が戦うことを望んでいる。彼が自分の指で引き金を絞り、敵に殺意を向けることを望んでいる。自然とそう思えた。
そこまでは良かった。のだが。
当たり前だが、現代日本で拳銃を持ち歩いていると通報される。逮捕される。
なので、拳銃を隠すためのバッグが必要となった。懐に拳銃を隠せるような上等な服を、敷島は持っていない。
そのために購入した1500円ぽっちの中古バッグだが、それでも昨日は魔力不足で働けなかった敷島にとって手痛い出費だ。
1500円もあれば、あと3食は持っただろう。身体を動かすために、十分な食事は必須だ。
身体を動かすことさえできれば、働ける。働ければ金が入る。金が入れば飯を食える。飯を食えれば、十全に戦える。
自分の中での戦争を終わらせるためにも、バーサーカーと共に戦場に飛び込むためにも、何をするにも金と飯が必要だった。
そんな折である。
体力を消費しないよう駅の近く、道の端で横になっていた敷島がふと人々の行き交う道に目を向けると。
ちょうどそのタイミングで、敷島の目の前で黒髪に長髪の少女が落とし物をした。
息を切らしながら走る少女の持った通学用カバンから、ぽとり、と。何かが落ちた。
「…………おい」
突然だったということもあり、空腹だったこともあり、蚊の鳴くような声しか出ない。
当然その声に気付けるはずもなく、少女はあっという間に雑踏に紛れていく。
ノロノロと、敷島は歩いた。見て見ぬ振りもばつが悪い。その程度には善良さが残った男である。
落とし物は、少しぶ厚めの薄茶色の封筒だった。
その色合いに顔をしかめる。嫌な記憶がよみがえる。
日本に帰るための復員船で、敷島と共に生き残った整備兵、橘に押し付けられた油紙。その中に入った写真。
彼が見殺しにした整備兵たち。戦争で失われた家族。みんなが写真の中から敷島を見つめている。睨んでいる。
なぜお前が、お前だけが生き残っている、と。
なぜお前は戦わなかった、と。
頭を振りかぶる。幻覚だ。
そうだ。俺は、俺だって、今は戦っている。責め立てられるいわれはない。
恐る恐る、封筒を拾う。爆発物を取り扱うように、おっかなびっくり中を覗いた。
「…………」
中に入っていたのは、敷島を呪う写真などではなく。
お金だった。それも、たくさん。
思わず、周囲を見渡す。敷島に注目している者はいない、まだ。
震えそうになる手を必死に鎮めながら、封筒をバッグに押し込む。
いてもたってもいられなくなり、その場から立ち去る。狭い路地裏に入り込み、もういちど周囲を見る。
誰もいない。そのことを2回にわたり確認し、封筒を取り出してもう一度中身を見る。
お金だった。それは、何度見てもお金だった。お札。1万円札の束。今の敷島が一番欲しいものだった。
「……どうしろってんだ」
これこそ天からの恵みだと思えるような単純な脳みそをしていれば、まだマシだったろう。
もしくは、このまま罪悪感なく自分の懐に入れてしまえるほどの悪辣さを持っていれば、もっと簡単な話だったろう。
だが、敷島は善良な男だった。悪いことをしでかせぬような、臆病な男でもあった。
作りもののNPC相手にだって挨拶し、困っている人を見捨てることも出来ず、悪行らしい悪行を何も成さぬままこの戦争に臨んで来た。
戦争帰りの、食うものにも困り餓死さえ見えている局面でさえ、見ず知らずの赤ん坊を捨てられず、行きずりの女の世話をしてしまう男である。
故に、悩む。苦悩する。このお金をどうすればいいのか、と。
「…………んん」
腹が鳴る。少し、目が霞む。栄養が足りていない。ぼんやりとした意識の奥で、悪魔が囁く。
敷島の中に居座る善意、良心、倫理観。それを食い破ろうと、食欲の皮を被った悪魔が呟く。
落とし物として交番に届ける意味があるのか?
この地が戦場になったら、交番ごとこの貴重なお金は消し飛ぶんだぞ?
それならば、お前が使ってあげた方がよほどこのお金たちも喜ぶというものだ。
それに、お前はこの地でサーヴァントを屠り、結果的に何人も葬者を殺してきたんだ。
今さら盗みの一つ、どうということはないだろう。
お前が助けた典子とて、あの終戦直後の時代に幾度となく闇市で盗みをしていたではないか。
生きるために仕方なく。今回も、同じことじゃないか?
そもそも、こんな大金をたまたま落とすというのもおかしい。年端もいかぬ少女が持っているというのはさらにおかしい。
金に困り、戦うことが出来ぬ敷島のために、冥界の地がさあびすしてくれたのではないか。
あの少女は、敷島を救うため天から遣わされた天使だったのではないか。
金を使い、飯を食い、戦え。そう言っているのではないか。
いくつもの声が、言い訳が、頭の中で敷島を襲った。
空腹。栄養不足。戦い抗うことも許されぬ見えない生存欲求が、冷静な判断力を奪い去っていく。
「…………」
お札を、めくる。
この金があれば、どれだけ上等なものを食えるだろうか。
いや、それだけじゃない。服だってちゃんとしたものを揃えられるし、住む場所だってなんとかなる。
お札をめくる。めくるたび、幸せな想像が敷島の脳を揺らす。
めくって、めくって、そして。
敷島は気付いた。気付いてしまった。
99枚もあるお札を最後まで数えていくうちに、気付いてしまった。
最後の方になればなるだけ、ボロボロの状態なのだ。
皺が目立ち、角はよれよれで、ちょっとしたことで破けてしまいそうなお札たち。
1日や2日、それどころか1ヵ月以上持っていたとしても、そうはならないだろうというありさまだった。
よくよくみれば、封筒の方もかなり傷んでいる。長い間、使い込んでいるようだった。
これは、ただの99万円ではない。
大切に大切に、少しずつ時間をかけて揃えてきた99万円なのだ。
もしかしたらこれを落としたあの少女が、自分の力で貯めてきたのかもしれない。
そこまで想像すると、一瞬だけチラリと見えた少女の顔には敷島と同じような疲れの色が見えていたような気がしてくる。
もしくは────死の色が。
「……………………」
どれだけの時間、ぼんやりと封筒を見つめ続けていただろうか。
敷島は、重く深い息を吐き出した。
歩き出す。路地裏を出て、日の当たる場所に出る。
まぶしい。目が眩む。それでも、暗い路地裏に戻る気はなかった。
コンビニを通り過ぎる。足を止めることはない。
レストランを通り過ぎる。足は未だ止まらない。
服屋も、デパートも、不動産屋も、全てを通り過ぎて。
「何やってんだろうな、俺は」
敷島は、交番の前までやってきた。
そういう男なのである。損な人間なのである。
お国のための特攻が出来ずとも、怪獣に挑む蛮勇を持てずとも。
ほんの小さな優しさを、決して手放すことが出来ない男なのである。
だからこそ彼は、戦争で何もかも失った日本国で、絶望渦巻く敗戦の地で、多くの人間に慕われてきたのだ。
彼の中に宿る狂気も、妄執も、殺意すらも、奥底にて眠る小光を搔き消すことだけは出来ない。
もう一度溜息をつき、交番に入ろうとして、はたと気付く。
交番の先、少し進んだところに一人の少女が突っ立っている。
道の真ん中で、下を向いたままカバンを小さく揺らしている。
そのカバンに、見覚えがあった。酷く沈んだ顔にも。
朝、この封筒を落とした子だとなんとなく直感する。
交番を通り過ぎ、少女の前に立ち、それでもこちらに気付かない少女のために声をかける。
変なやつに理由もなく話しかけられたと思われても困るため、あらかじめ封筒を渡す準備をして。
「おい、そこの君」
息を吐く。今度は安堵の息だ。
少なくとも、これで交番であれやこれや面倒くさいやりとりをしなくても良くなった。
自分の身なりを考えると、いわゆる職質を受ける可能性さえあったのだ。
お前が盗んだんじゃないかと、疑われる恐れさえある。カバンの中には拳銃。どうやっても良い状況になるとは思えない。
本人に直接返す。それが出来るのならば一番良い。
これで一件落着。敷島も必要のない後ろめたさを感じることなく戦争に赴けるというものだ。
「……はい……?」
少女がこちらに顔を向ける。その頬から、零れ落ちるしずくがあった。
少し、ぎょっとする。敷島は女の涙には全くと言っていいほど耐性がない。
立ち尽くしていた少女は、思わずたじろいだ敷島を不思議そうな顔で見つめ。
敷島の手に握られた、薄汚れた封筒に視線を移し。
「!!!!!!!!!!!!」
目を見開き、鼻息も荒いままに、凄まじい勢いで敷島の持つ封筒を握り締め、声にならない声を喉の奥から絞り出した。
「き、きみ、ちょっと」
「あ………………」
「……あ?」
「あ゙り゙が゙どゔご゙ざ゙い゙ま゙ず〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!」
嵐のようなお礼だった。
少女は正気を失ったかのようにボロボロと大粒の涙を流し、鼻水まで垂らしながら、敷島を力いっぱい抱きしめる。
栄養失調気味の敷島は、目を白黒させながら必死の思いで倒れこまないように少女を支える必要があった。
思わず助けを求める。頭上にいるであろう、自分のサーヴァントに目線を送る。
バーサーカーは何も言わない。何もしない。霊体化状態で、黙って敷島と泣きじゃくる少女を見下ろしている。
男ならば自分で責任を持って何とかしろと言うように。
もしくは、バーサーカーの人工知能にこういう場合の対処法は載っていないと言うように。
意思疎通をほとんど取らぬ黒き影。狂戦士。死の化身。
それが、今だけは少し恨めしかった。
【墨田区/1日目・朝】
【敷島浩一@ゴジラ-1.0】
[運命力]通常
[状態]空腹。
[令呪]残り3画
[装備] 十四年式拳銃(残弾8/8)
[道具]中古のバッグ
[所持金]130円
[思考・状況]
基本行動方針:戦いに勝ち抜き、自分の中の“戦争”を終わらせる。
1.ちょ、ちょっと君……。
2.とりあえず空腹を何とかしたい。
[備考]
定められた住居を持っていません。
現在は日雇いの肉体労働をしながら浮浪者のように生活しています。
【バーサーカー(プルートゥ)@PLUTO】
[状態]正常。
[装備]無し。
[道具]無し。
[所持金]無し。
[思考・状況]
基本行動方針:憎しみのままに戦う。
1.■■■■■■■■■■■■■
[備考]
無し。
【小淵沢報瀬@宇宙よりも遠い場所】
[運命力]通常
[状態]号泣。
[令呪]残り3画。
[装備] 封筒に入った99万円。
[道具]通学用カバン。
[所持金]30000円(冥界でのアルバイトで得たもの)
[思考・状況]
基本行動方針:優勝する……で良いんだよね……。
1. あ゙り゙が゙どゔ〜〜〜!!!
[備考]
現在の住居は台東区にあります。学校は墨田区のため、電車通学をしています。
【アーチャー(冬のルクノカ)@異修羅】
[状態]健康。元気いっぱい。やる気いっぱい。
[装備]無し。
[道具]無し。
[所持金]無し。
[思考・状況]
基本行動方針:喜びのままに戦う。
1. シラセの落とし物、どこかしらねえ。
2. 英雄と出会った場合、戦う。
[備考]
台東区に向かって霊体化状態で飛行中です。
一応「封筒が見つかるまで建物を極力壊さない、宝具を使わない」という報瀬との約束を留意しています。守るとは言っていない。
投下終了します。
フレイザード&セイバー(紅煉)
予約させて貰います
投下します。
冥界にだとて、朝は来る。
死の世界。そこに再現された、生の国のテクスチャ。
朝日は昇り、日は沈み、昼と夜は入れ替わる。
それが幻燈であることを、葬者だけが知っている。
葬る者。葬者。そして同時に、奏でる者。奏者。そういう側面も、彼らには確かにあろう。
石田雨竜のマスターである少女も、例に漏れずそうだった。
ごく小規模な〈世界の終わり〉を積み重ねてきた世界。
竜戦虎争の聖杯戦争、その前座を生き延びた二十四の器がひとり。
クロエ・フォン・アインツベルンという少女の矮躯に載せられた運命の重圧を、雨竜はひと月に渡り共有してきた。
「……やはり、やりきれないね」
口ではどう言おうが、きっと愛していたのだろう家族と別れ。
その寂しさを噛み締める間も与えられずに地獄の釜へと放り込まれた少女。
クロエが雨竜の前で弱さを見せたのは、彼が覚えている限り二回だけだ。
初めて己の願いを吐露してくれた日。そして、仮初めの遺失を見届けた日。世界の終わりの、その始まり。
それ以外で、クロエはいつだって気丈だった。不敵に微笑み、軽口を絶やさず、葬者たらんとすることに努めているように見えた。
それはきっと、葬者としてはこの上なく理想的なこと。
そして、平和な世界で生きたいと願う少女としてはこの上なくいじらしい姿だった。
悲しければ泣いて、嬉しければ笑えばいい。
それが、あの年頃の子どもの正しい姿だろうと雨竜は思う。
どれだけ時代が進み、価値観が変化したとしても、そこの部分が置き換わることは人が人である限りきっとない。
この世界でも、きっとそうだ。けれど葬者だけが、そうじゃない。
何故なら彼女たちは殺し合うべくして呼び寄せられた存在だから。
たったひとつの生の椅子。それを巡って争い続けるように、世界からそう求められた運命の奴隷達。
笑顔など要らず。涙など要らず。ただ、死者を死に還し続ける暴力装置(サーヴァント)の要石であればそれでいい。
此処では普通のことだ。クロエもきっとそう思っている。だが雨竜は、その"普通"が、"気に入らな"かった。
「本当に……とんだ貧乏くじだ。僕の運命はアレで終わりだと思っていたが、まさかこんな形で先が用意されていたとはね」
サーヴァントとは、自分の物語を既に終えた存在だ。
言うなれば、世界の残響。影法師という形容はまさに言い得て妙である。
石田雨竜も、その例外ではない。彼はとうに自分の物語を歩み終えている。
育ての親を殺された。
死神と反目した。
仇である鬼畜に一矢を報いた。
友のために戦場へ参じた。
滅却師の王を継ぐ者として見初められ。
そして――最後まで、彼は自分にとっての銀の鏃(ゆうじょう)を守り続けた。
地獄の釜が開いても、その先にどれほどの戦いがあったとしても。
石田雨竜という個人の物語は、もう現行のそれではない。
だからこそ死の安息の中から叩き起こされ、新たな運命を任じられて戦わされている現状にため息を禁じ得なかった。
聖杯など今更欲する理由もない自分にとっては聖杯戦争などただの無給労働。
顔見知りがいるわけでもなく、いるのは敵と哀れな要石がひとりだけ。
気など乗るわけもない。久々の現世だと喜べるわけもない。ああ――、本当に、気に入らない。
「……上等さ。神でも悪魔でも、竜でも死神でも何でも来るといい」
言いたいことはいくらでもある。
だが、やるべきことは常にひとつだ。
家に帰りたいと泣く迷い子を家まで送り届ける。
そして可能なら、彼女と同じような境遇にある葬者達も助けたい。
――少なくとも、"彼"ならそうする筈だ。
「そうだろ――――――――なあ、黒崎」
優先順位というものは現実問題確かにあるが、かと言ってそれがすべてではないだろうと雨竜はそう思っている。
後先も考えず、周りなど一顧だにせず、極端な方へと走り続けていたあの頃の自分。そんな自分を諭し、引き戻してくれた男。
あの男ならば、必ずそうする筈だと分かっていたから。故に石田雨竜に、その茨道を選ぶことへの躊躇いは毛ほどもなかった。
すべてを救えるわけではなくても、手を伸ばす努力は怠りたくない。
そうすれば、もしかしたら本当に、この冥界に渦巻く死を鎮めることだってできるかもしれないのだ。
犠牲など、少ないに越したことはない。
死など、鎮まるに越したことはない。
だから石田雨竜は、守るために弓を射る。
幸いにしてその身体は、その血は、そうすることに長けているから。
(……そろそろ彼女も起きる頃だな。昨日の"空中戦"に触発された連中が、もしかすると派手な真似をやらかすかもしれないと思っていたが)
臨戦態勢を解き、踵を返す。
昨日の深夜、都内の上空で繰り広げられた怪物共の抗争。
雨竜らが仮の拠点に据えたこの廃屋がある土地と舞台となった区とでは幸いそれなりに距離が空いていた。
だが、それでも――察知できた。
ただならぬ強者が死合っていることを。
背筋に寒いものを覚えるほどの殺気が、此処まで伝わってきたのだ。
護廷十三隊の隊長格。虚圏の十刃。星十字騎士団の滅却師達。そのいずれにも決して遅れは取らないだろう、魔域の剣呑が。
あのレベルがまだ複数生き残っている事実は、やはり雲行きの良いものではない。
願わくば此処までの一月で排除されていてほしかったが、現実は甘くなかった。
むしろ今に至るまで生き残っているのは、それこそ件の怪物共にまるで引けを取らない魑魅魍魎達と見るべきだろう。
自然と掌が汗で湿る。滅却師の双肩には、これまで経験したどの戦いとも違った種類のプレッシャーが重くのしかかっていた。
考えるのはやめだ。
それに、覚悟は決め直した。後は貫くだけ。
気に入らない運命を蹴散らせ。
大切なものを、守れるだけ守れ。
「よし」と小さく呟いて、さてクロエの朝食でも拵えようと廃屋の中へ歩き出す雨竜。
その背がもう一度、家とは逆の方向に振り返ったのは、彼がそうした直後のことであった。
「――ッ!?」
爆発的なまでの魔力が、雨竜の全身を打ち据えたからである。
攻撃を受けたわけではない。恐らくこれは、相手がただ自らの存在を示してきただけ。
それなのにこれほどの圧を感じたということはつまり、それほどまでに敵方の実力が逸出していることの証明だった。
(なん、だ……?)
格上であることなど、言うまでもない。
雨竜にも奥の手はあるが、それを除けば力の差は恐らく二段では利かないだろう。
聖杯戦争が始まって以来の悪寒に自然と弓を握る手が強張る。
その時だった。同じ気配を感じてのことか、仮住まいの扉を蹴破る勢いで開け放って、褐色の少女が飛び出してきた。
「――アーチャー! 気付いてた!?」
「当たり前だ、見くびるな!」
クロエも恐らくは同じタイミングで、件の魔力に気付いたらしい。
既に錬鉄の英雄を思わせる衣装へ転身し、両手には投影された夫婦剣が握られている。
「……あからさまにマズそうよね、これ。逃げられそう?」
「それが利口だろうが、どういうわけか敵は僕達の位置を捕捉してるらしい。
そうでなければわざわざ自分の存在を誇示するみたいに、魔力を撒き散らす意味がない」
「じゃあ倒すにしろ逃げるにしろ、やっぱり腹は括らないといけないってコトね」
「そうなるね。……やれやれ、まったくとんだ朝の運動だ」
鬼が出るか蛇が出るか。
どちらにせよ、尋常な相手でないのは確実だ。
幸先いいとは言えないが、場合によっては此処で全力を出すことも視野に入れねばなるまい。
雨竜が考えている間にも、魔力は爆速と呼ぶべき勢いでこの廃屋へ接近してくる。
弧雀を握り、矢を番える。滅却師の矢は大気中に偏在する霊子を押し固めて形成されるため、物理的な質量と備えを必要としない。
撤退戦となるか、はたまた久方ぶりに滅却師の本分を果たす羽目になるか。
クロエを庇うように立ちながら、雨竜は極限の集中を以って未知の敵手が眼前に立つ瞬間を待ち、そして。
一瞬。
戦闘機でも飛んできたのかと、そう思った。
「やあ。見たところアーチャーのサーヴァントに見えるけど、合ってるかな?」
音を遥かに置き去って、それは顕れた。
着弾、という表現が正しいだろう速度での着地。
銀髪の少女が、騎士装束に身を包んだ乙女が立っている。
背丈は小さい。クロエよりはだいぶ上だが、それでも少女と呼んでいい小柄さだ。
にも関わらず雨竜は、ひと目でこの"騎士"が、自分達が今まで冥界の聖杯戦争で相見えてきたどの敵よりも凶悪な強者であると理解した。
「……そうだが、朝っぱらからずいぶんなご挨拶じゃないか。できればもっと穏便に来訪してほしかったね、近所の目もあるんだから」
――強い。一言、その形容で足りる。
生物としての完成度が頭抜けている。
雨竜も長く戦ってきたが、それでもこれほどの完成度を目にした経験は限られる。
そして同時に、悟ることがあった。今の速度、誰に恥じることもなく撒き散らされる流麗な魔力。このサーヴァントは、やはり。
「まして君は今や実質のお尋ね者だろう? できれば派手好きな戦争屋とは関わりたくないんだけどね」
「よく分かったね。どこかで見ていたのかい?」
「見なくても分かるさ。これに懲りたら次からは、もう少し慎ましく振る舞うことだ」
「それはお断りしたいかな。せっかくしがらみも職務も関係なく飛び回れる戦場に巡り会えたってのに、遠慮してたらつまらないから」
昨日の、"空中戦"。
戦争が次のステージに入ったことを告げる鐘の音のように響き渡り、東京中を震撼させた怪物決戦。
その当事者であることを確信し、雨竜はますます嫌な顔をする他なかった。
(アーチャー、こいつ――)
(君は逃げられる準備をしておくんだ。いざとなれば、僕がこれを引き受ける)
石田雨竜は滅却師の祖が見初めた後継である。
結果として戴冠式が執り行われることはなかったが、その才と賜った聖文字は今も健在だ。
聖文字"A"。第一宝具、『反立、現実を此処に(アンチサーシス)』。
その効果は事象の反転。一を二に、二を一に挿げ替える〈対事象宝具〉。
種が割れていなければ無敵と言ってもいいそれが、魔境と化した冥界における石田雨竜の奮戦を支えていた。
だがそれだけの備えを持っていても尚、目の前の戦闘狂(バトルジャンキー)を相手に勝ち切れると断言できない。
口を開けた未知。竜の顎、奈落の深淵、もしくは、天空の最果て。
あらゆる予想を文字通り飛び越えてやってきた"最強"と相対し、あらゆる考えを脳裏に巡らせる。
生か死か。大袈裟でなくそんな言葉がよぎるような状況で、次に口を開いたのは少女の方であった。
「……まあ大変不本意ながら、今日は戦いに来たわけじゃないんだけど」
「……、……なに?」
予想だにしなかった言葉に思わず眉根が八の字を描く。
クロエもそれは同じだった。
こんな剣呑以外の表現のしようもない登場を果たしておいて、一体何を言っているのだと。
「僕もできれば君と踊ってみたかったな。
正直それほど唆られない相手だと思ってたんだけど、こうして対面してみると良い意味で予想外だ。君、ひ弱に見えるけど相当できるよね?」
「……答えは沈黙とさせて貰うが。それより――さっきの発言の意味を聞かせてほしいね」
「ああ、うん。そうだね。直接聞いてみるといいんじゃないかな」
やはり見抜かれてるか、と思った矢先に別な音へ意識が集中する。
かつ、かつ、かつ、かつ。革靴の底がアスファルトを叩く音。
マスターまでお出ましか。となると、想像できる用件は――。
弧雀を下ろし、音の方へ視線を向ける雨竜。
視界の先にいた"その男"は、一見すると聖職者のように見えた。
清廉と潔白を宣言するような、銀色がかった白髪。
神父服に身を包むに足る穏やかな顔立ち、優しそうな目元。
唯一の異常な点は右目を隠す仰々しい眼帯だが、それでもこれだけでは好印象が勝つだろう。
そう。口さえ開かなければ、この男はごくごく模範的な聖職者。神父、なのである。
「――あなたは神を信じますか?」
「…………時と場合による。勧誘なら間に合ってる。これでいいか?」
「間に合っている? それはおかしな話だな。神は今、お前と初めて会ったというのに」
「帰っていただくことは可能だろうか?」
滅却師、神に魅入られる。
敵たる竜さえ己がものとして従えた神が、災害として弓手の主従に接触を果たした瞬間だった。
◇◇
「エッグベネディクトトーストだ。好きに食うといい」
行きがけに買ってきたらしいそれを、神を名乗る不審者は恩着せがましくテーブルの上に置いた。
曲がりなりにも敵が差し入れしてきたものなので、口を付けるのは憚られるものがあり――クロエと雨竜は顔を見合わせた。
「心配するな。神は毒など入れん」
恐らくは四人家族が住んでいたのだろう廃屋の居間には、四人ぶんの座椅子が添えられた長テーブルがある。
そこに腰を下ろし、我が物顔でやたらと長い足を組んで朝食に舌鼓を打つ神(自称)。
騎士のサーヴァントは隣にちょこんと座り、ちいさな両手でパンを口元に運びもきゅもきゅ頬張っている。
なんとも牧歌的な光景だ。片方が神で、片方が超音速の怪物でさえなければ。
しょうがなく、まずはため息をつきながらクロエが対面の席に座った。
雨竜もそれに続く形で、同じく席に着く。
まったく予想だにしない事態だったが、クロエ達ふたりは朝っぱらから見知らぬ主従と会談の席に着く羽目になってしまった。
「……まずは聞きたいんだが」
聞きたいことは山ほどある。
まず、この男は狂っているのか。
それとも超弩級の馬鹿もしくは阿呆であるのか。
そして用件は何なのか。
まさか先日の一戦で身の程を分からされたから、同盟相手でも探しているということなのだろうか。
だがそれらを置いてもまず真っ先に聞かねばならないことがひとつ、あった。
「どうやってこの場所が分かった。僕らも尾行や遠見の類には相応に気を払っていたつもりだ」
よもや監視でも付けられていたのか。
正直、そんな起用な真似ができるサーヴァントには見えないが――とにかくそこを明らかにして貰わないことには信用も何もない。
苦虫を噛み潰したような顔で問いかける雨竜に、しかし神は事もなげに答えた。
「監視カメラというものを知っているか?」
「……あまり舐めないで貰いたいな」
「この日本は実に見事な監視社会だ。今やカメラの目の届かない場所の方が少ない。
その幾つかを神意として個人的に拝借している。神でも無茶を通すには元手がいるとは、人の世はかくも罪深い」
開いた口が塞がらない様子の雨竜の隣で、クロエは小さく歯噛みしていた。
自分達も、此処までの戦いを何もせず過ごしてきたわけではない。
降った火の粉を払う以外の行動……偵察や哨戒、強大と見える敵戦力の視認と観測。
仮初の家で故郷を想い、いたずらにセンチメンタルに浸るだけの日々を送ってきたわけでは断じてないのだ。
だがそれでも、これほどまでに差というものを突き付けられては認める他ない。
そんな普通に考えて思い浮かぶような"備え"では、この冥奥の聖杯戦争を勝ち抜くには到底不十分だったのだと。
「まだ名乗っていなかったな。私は神だが、人としての名も持つ」
監視カメラという、都内のどこにでも当然に存在する、普段ならば意識することもない無数の眼。
疚しい考えでもなければ気に留めもしないそれを掌握するという理外の一手。
そこまで打ってくる傑物が、いや――怪物が、生命濾過の進んだこの冥界には平然と彷徨いている。
その事実を、クロエは端的に突き付けられた。
「――天堂弓彦だ。長い付き合いをしよう、お前達が善人である限り」
男の名は、天堂弓彦。
神にして、ギャンブラー。
そしてクロエ・フォン・アインツベルンがこの冥界で最初に直面する、怪物であった。
◇◇
カラス銀行といえば、日本人で聞いたことのない者はまずいない。
業界最大手でこそないものの、日本でも有数の市中銀行として名を馳せた大金管理のプロフェッショナルである。
銀行とはその国で最も金にうるさい人間が集まる場所だ。
彼らは命を削って信用を築く。そんな人間によって徹底的に管理された、圧倒的な大金――この完璧な金を見て、誰かがこう考えた。
銀行は。最高の賭場になり得る、と。
だが――
竜騎士メリュジーヌ、及び冬のルクノカ、冥王プルートゥの三つ巴が繰り広げられる凡そ三日前にまで時を遡る。
男は、喝采を浴びていた。
まったくもっていつもの通りだ。
カラス銀行が開く地下賭場、そこで繰り広げられる富裕層の道楽としてのギャンブル勝負。
運悪く半死半生(ハーフ)では済まなかった対戦相手の死臭を嗅ぎながら、天堂弓彦は憮然とした面持ちで賭場を後にする。
結局、一月あまりの時間ではワンヘッドまで駆け上がることはできなかった。
だがハーフライフの上位まで上がれただけでも上等というものだろう。この速度は、あの真経津晨でさえ実現できないに違いない。
しかしそれを誇る気にはなれない理由が、天堂にはあった。
「浮かない顔だね。僕には何やってるのかさっぱり分からなかったけど、君が勝ったんじゃないの?」
「当然だ、神はもう二度と誤らない。だが、やはり勝利にも味というものがある。
さすがは死者の国で開かれた賭場だ。誰も彼もが、どこか生に頓着していない。
この世界では私を負かすことはおろか、脅かす者さえ出会うのは至難だろう」
「そうなんだ。もうちょっと分かりやすい勝負にすればいいのにね。見てる側は理解できてるのアレ?」
ワンヘッドに上がっても、それは変わらなかったに違いない――天堂はそう締め括る。
要するに、この世界の賭場は天堂が知る大元のカラス銀行に比べて露骨にレベルが低かった。
ハーフライフとなればそれなりの強者が集うはずだが、てんで手応えも冴えもない。
故に神の裁きは粛々と執行された。これならばあの"王冠持ち"の方が余程見どころがあった、それが神の所感である。
それはさておき。
どれほど見る影のないレベルに成り下がっていようとも、勝負に勝って貰える報酬は据え置きだ。
総資産にして十億円以上。それが、天堂がこのたった一月あまりで稼ぎ上げた金額である。
「そんなに稼いで何を買うんだい。君自身が戦闘機にでも乗り込んでみる? だったら僕もちょっといい顔しないけど」
「ナンセンスな発想だな。神の下僕を名乗るならもっと頭を使わなければ」
「それ、僕が自称したことは一回もないからね」
「些末なことだ。お前も直に気付くだろう、神が神たる所以に。神は竜でも差別しない」
もっとも。
この世界のレベルではワンヘッド戦の報酬でも、恐らく噂に聞く"権利"のような次元違いのものは手に入れられなかっただろうと天堂は推察している。
冥界を司る"偽りの神"――神は、一人でいいからだ――が、戦争の破綻に繋がる無粋はある程度排除する方針なのか。
まったくもって度し難い傲慢であるが、重要なのは当面の資金を潤沢にできたという点である。
神は無用な争いを好まない。だが"やる"のならば、容赦なく勝ちに行く。
「これで幾つかの企業、及び行政の関連機関に取り入る。東京中に神の眼を配備するぞ」
この聖杯戦争で社会戦なるものが意味を成すとは思っていない。
もしそんな悠長がまかり通るのならば、こんな戦略兵器じみた英霊の招来が許される筈もないのだ。
一体でもその気になれば都市をひとつ更地にできる戦力が、最低でも二桁ほどひとつの都市に押し込められている。
この状況で社会戦のボードゲームが続く期間はたかが知れている。だがだからこそ、その時間に何ができるかに価値がある。
「――神は全知全能だ。迷える子羊も咎人も、当然一方的に把握する」
幸いにして、俎上にあげるべき問題は存在している。
火急かどうかは判然としない、いつその火が燃え盛るとも知れないからこそ何より恐ろしいひとつの脅威。
それすらも神は手札の一枚として、不敵に蠢くその指に挟み込んでいた。
斯くして全能の神は"眼"を手に入れる。数日後に起こる怪物どもの三つ巴を待たずして、天堂弓彦は既にその先の世界を視ていた。
◇◇
クロエ・フォン・アインツベルン。アーチャー・石田雨竜。
天堂弓彦。ランサー・メリュジーヌ。
会談の席の空気は重い。張り詰めたその中で、次に言葉を発したのはクロエだった。
「……じゃあ質問二つ目。寛大な神様は当然、迷える子羊の質問にはひとつだけと言わず答えてくれるわよね?」
「言うまでもないことだ。存分に問え、幼子よ」
「手段は分かった。じゃあ次は理由よ。なんでアナタ達みたいな見るからにやりたい放題できる主従が、わざわざ正面切って訪ねてきたの?」
認めるのは癪だが、こうなってはそうせざるを得ない。
相手は明確に"格上"である。戦闘力ならいざ知らず、この一月に積み上げたもので言えば確実に上を行かれている。
だからこそクロエは、気圧されないことにすべての力を使うことに決めた。
理由は単純だ。相手が会談という形を取ってきた以上、此処で体面だけでもイニシアチブを守らなければ搾取の対象に据えられかねない。
故に、あくまでもおまえたちに遜るつもりはない、席を交わすならば最低でも対等だという態度を見せつける。
それが、神の眼前でクロエという子羊が取る最大の自衛手段だった。
「実のところを言えば、我々としてはどちらでもよかった」
「……何が?」
「お前達を神罰として誅戮しても、こうして神への謁見の席を作ってやってもだ」
天堂弓彦は神である。
故に、彼は咎人を裁く。
それはこの冥界においても一切不変だ。
にも関わらず、彼が神罰ではなく謁見を許すことを選んだ理由は。
「お前達は咎人に非ず。であれば未来ならばいざ知らず、今此処で罰を下す理由はない。
少なくとも今この瞬間、神はお前達を"善き人々"として認めている。感涙に咽ぶがいい」
「……それはお断りだけど。で、聞きたいのはそういうことじゃないのよ」
「急かすな、無論分かっている。多忙なる神が何故お前達に謁見を許してやったか、ということだが……」
「麻痺しそうになるんだが、訪ねてきたのはそっちだからな」
げんなりした顔でツッコミを挟む雨竜。
その脳内には、かの護廷十三隊の中でも最も複雑な感情の渦巻く祖父の仇。
あの奇人だとか変人だとか、そういうあらゆる言葉の代表格を務めるマッドサイエンティストの顔がどうしてもよぎる。
何故こんなところまで来て、あれを思わすような奇妙奇天烈な相手と関わり合いにならなければならないのだ――雨竜の率直な思いであった。
「明かすならば単純だ。神は、お前達を導くためにやってきた」
「抽象的すぎ。もっと具体的に」
「神の眼はすべてを観測し、神の思慮はすべてを詳らかにする。
お前達は寵愛に値する善人だ。だが同時にこのみすぼらしい黴臭い、神聖とは無縁の廃屋に居を置く子羊でもある。
察するにお前達は、共に歩める隣人というものを持っていないのではないか?」
余計なお世話よ/だ、と主従間の思考が一致する。
ただ、実際その点はふたりにとっての悩みの種でもあった。
クロエたちは孤軍で勝ち抜くことにこだわっているわけではない。
むしろ、そう。まさに眼前の神が連れているメリュジーヌのような頭抜けた強者に連帯する備えを欲している節も少なからずあった。
「なら何よ。アナタが私達に都合のいい同盟相手を斡旋でもしてくれるってわけ?」
「当たらずとも遠からずだな。最終的にどうなるかはお前達次第だ。神はきっかけを施すに過ぎない。天啓をアテにするな」
「……オーケー分かった。アテはあるから、勝手に同盟組んでこいってことね。悪いけどその神語は相手にしないわよ」
神語(かみご)なんていうこの先およそ使う機会などないだろう言葉に辟易しつつ、クロエは思案する。
正直に言うと、同盟相手の斡旋という額面だけを見ると純粋にありがたい話なのだ、癪なことに。
だからこそ裏が怖いが、話だけなら聞く価値はある。
そう踏んで無言で続きを促す――そんなクロエに、天堂はまさに聖職者然とした、たおやかな微笑みを向けた。
「〈ヒーロー〉というスラングに覚えはあるか?」
クロエと雨竜が顔を見合わせる。
そう、まさにその単語には覚えがあった。
もちろん一般的な英単語としての〈ヒーロー〉ではなく、この冥界東京における〈ヒーロー〉だ。
重ねて言うが、クロエも雨竜も、この一月の間に何もしてこなかったわけではない。
情報収集も、主に雨竜が主導して積極的に行っていた。
テレビ、ラジオ、敵マスターから奪い取ったスマートフォンによるネットサーフィン。
公共のメディアでもこれだけ駆使すれば、いろいろと見えてくることはある。
その内のひとつが、件の〈ヒーロー〉……この冷酷無情な冥界の中で、何を思ってか公に人助けを行っている存在の話だ。
「その顔を見るに、知っているようだな。
であれば話が早い。彼女達は実に素晴らしい善人だ。
私も実に誇らしく思っている。彼女達が先頭に立ってこの冥界を導くべきであると信じてやまない」
「到底信じられないな。君達が件の〈ヒーロー〉たちに類する存在だと、僕にはどうしても思えない」
「神と人を一緒の尺度で測るな。
神が大義を遂げることは何においても優先されるが、人が正しく善き振る舞いをすることもまた何においても優先される。
私は必然として聖杯を獲得するが、だからと言ってお前達人の子が咎を犯していいわけではない。
神は神として正しく、人は人として正しく生きるべきなのだ」
「……まあ予想できてた答えではあるけどね。じゃあ、ひとつ聞かせて貰おうかしら」
もはや独裁者にも似た理不尽にいちいち突っ込んでいてはキリがない。
そのことはクロエも、その隣で眼鏡の奥の目を光らせる雨竜も同意見だった。
だからこそ今問いかけるべき質問はひとつ。
それに応じて、このいびつな対話の答えは占われる。
「――アナタ達の願いは何。そのために、アナタ達はどこまでできるの?」
弓兵の少女の問いに対して、神は即答する。
「聖杯とは神の所有物。よって私の許に還るべきだ。
その大義の前に生まれる犠牲を私は慈しむが、惜しみはしない。
神とはそういうもので、人とはそういうものだからな」
神は偽らない。
戦術としての嘘を弄することはあっても、己が教義を偽るならばそれはもはや神ではないからだ。
故にこの瞬間、クロエは鷹のように鋭い眼差しにありったけの警戒を込めて天堂を睥睨した。
(アーチャー。こいつ)
(ああ。論外だな)
そう、論外だ。
精神が破綻しているだけならいざ知らず、この男は犠牲というものを出すことに一切の頓着がない。
おまけにそんな男が恐らく聖杯戦争中の全戦力を数えても上位の一角に食い込むだろう、規格外の怪物を使役しているのだから更に最悪だ。
クロエは勝利を望んでいる。確かにそうだが、だからといってこの狂った理屈を肯定できるほど冷血ではない。なくなってしまった。
それに人情を抜きにしても天堂弓彦とは災害のようなもので、敵にも味方にも自在に変化できるのだから余計に手に負えない。
この男の盤面(フィールド)に取り込まれれば、きっと死ぬまで手のひらで踊らされる――。
そう思ったからこそ、クロエは躊躇なく続く言葉で三行半を突きつけた。
「……情報の提供には感謝するわ。だけどアナタと組むのは論外」
彼が言う〈ヒーロー〉は確かに、今後の戦況を見据える上でコンタクトを取りたい相手ではある。
最終的に反目する可能性はあるものの、損得勘定抜きに善行を働く存在というのは、この無法の冥界の中では本当に貴重な存在だ。
この竜騎士のような怪物に対抗するためにも、孤軍で踏ん張り続けるのは旨味が薄い。
だが、そのために邪神の手を取るのは論外だとクロエは告げていた。
「隠すつもりもないんだろうけど、アナタって超弩級のろくでなしでしょ。
信用できないし、何よりしたくないわ。宗教勧誘はお断り、ってことでお帰り願えるかしら?」
もちろん、この回答が原因で正面戦闘に発展する可能性はある。
この場を凌ぎつつ〈ヒーロー〉との接触を斡旋して貰い、後に天堂を裏切るのがベターだったのは間違いない。
だが――それは不可能だろうと、クロエ・フォン・アインツベルンは認識していた。
クロエはクラスカードの元となった英霊のスキルである、千里眼を保有している。
このスキルにより、クロエは優れた遠視能力と動体視力を持つに至っている。
そのクロエが、対面で話してみて分かったことだ。
(……こいつの眼、死ぬほど気持ち悪いのよね。どこを見ても視線が付いてくる。
多分こいつ、私達の全部の動きを眼で追ってる。"追えてる")
それがどれほど異常なことかは、クロエ達の身の上を語れば分かることだ。
片や英霊の写し身。片や、正真の英霊。
その一挙手一投足を、この自称神は文字通り刹那たりとも見逃していない。
以上をもって結論づける。
天堂弓彦の動体視力は、人間のそれではない。
間違いなく、サーヴァントの領域に片足を踏み込んでいる。
この男はすべてを視ている。文字通り、目の前のすべての情報を常に視認し追尾しているのだ。
そんな眼を持つ"神"に、嘘を吐いたところで通じるとは思えない。
藪をつついて蛇を出す結果になりかねない、とクロエはそう判断した。
だからあえて正々堂々、正面切って思いの丈をぶつけたのである。
それに対し天堂は、食べかけのエッグベネディクトを静かに机に置いて言った。
「不遜だが悪くない。素晴らしい判断能力だ」
「どうも。分かったんだったらさっさと――」
「しかし神を侮るな。神は咎人には厳格だが、善人には常に寛容なれば。
それに我々は同盟をしたいなどとは一度も言っていない。神は群れを必要としない」
クロエが、天堂をただならぬ者と見抜いたように。
天堂もまた、クロエの眼を見抜いていた。
だからこそ此処で、神は伏せられた手札の一枚を明かす。
彼は運でなく脳で必勝をひた走るギャンブラー。
よって、クロエ組という善人が犠牲を許容する自分達にどのような眼を向けるかは蓋を開ける前から分かっていた。
「私は情報を与えに来ただけだ。迷える者に施せば、その善行は回り回って神の益にもなるからな」
「……どういうこと? 慈善事業という割にはやり口が物騒だけど」
「主従揃って良い眼を持っている。悪くない。そんなお前達であれば当然、認識しているのではないか?」
神が笑みを深める。
そうして、神はカードを共有した。
「羽村市。そして福生市」
「……ッ」
「その他数都市、明らかに冥界化の進行に先んじて消滅した都市が存在している。
我々は跡地にも赴いたが、極めて強大な魔力の残滓をこのランサーが確認した。
これは間違いなく、人為的……いや。霊為的に引き起こされた消滅現象だ」
――その事案については、クロエ達も把握していた。
いや、把握などという生易しいものではない。
こちらの主従も、何を隠そう最大限にその"消滅"に警戒を払い行動していたのだ。
神は微笑み。弓の少女は眉根を寄せる。神と人の会談は、次なる段階へと進み始めた。
◇◇
奇しくもそれは、天堂弓彦が幾度目かのハーフライフ戦に勝利したのと同日。
すなわち、怪物三体の三つ巴が繰り広げられる三日前のことだ。
「……此処も同じだ。予想通り、何も残っていないね」
「やっぱり?」
「ああ。明らかに"異常"だ。冥界化した他の土地と比べても」
クロエと雨竜は、何度目かの冥界偵察に出向いていた。
それ自体は珍しい行動ではない。だが、彼女達には明確な目的があった。
以前から認識していた都市区画の不自然な消失。
その最新事案を追うための冥界入り、である。
「霊子の一片も残っていない。虚……死霊の一匹も見当たらない。
この土地に居合わせたすべての生命体が突然"消滅"したとしか考えられないな」
滅却師は霊子に精通する。
霊脈、地脈、そして魔力(マナ)に至るまで、土地に存在するすべてを扱って戦うのが彼らだ。
その雨竜だから分かること。霊子の一片も残らず、ひとつの都市が消え失せるなど通常ならばありえない。
冥界の法則にすら反している。これは"死んだ"のではなく、"消えた"のだと判断するしかない状態だった。
「参ったわね。こんなことをやれる奴がどこかに潜んでるって、それはもう儀式(ゲーム)にならないんじゃないの?」
クロエが辟易して言うのはもっともだ。
自分達が剣や弓で戦っている最中、適当に力を振るうだけで街を完膚なきまでに消せる手合いなど放り込んでは、そもそも勝負にならない。
仕組んだ側が出来レースのつもりでそういう"装置"を配備した、と言われた方がまだ説得力を感じる。
自分の持つ『熾天覆う七つの円環』を使ったとしても、恐らくまともに防ぐことは不可能だろう。
そんな相手にどうやって勝てというのか。呆れ返るが、しかし光明もあった。
「まあでも、幸いにして消滅にはインターバルがあるみたいね。つまり連発はできないんでしょ、それだけは救いだわ」
「……、……」
「アーチャー?」
肩を竦めて言った雨竜に、クロエが問いかける。
そこで雨竜は、重い口をゆっくりと開いた。
「そうであれば嬉しいが、そうじゃない可能性もあるな」
「は? ……いやいやいや。もしこんなのを後先考えず撃ちまくれるなら、初日から東京全域にまき散らして終わりじゃない。
それをしないってことは"できない"ってことでしょ。わざわざ出し惜しみする理由がわからないわよ」
「そうかな。"できない"んじゃなくて"やらない"んだとしたら、そうする理由はひとつ思いつくが」
「……、……」
雨竜はただ静かに、口を開けた奈落を見つめていた。
その視線に宿る感情は畏怖と、およそ考えられる最大限の嫌悪。
「愉しんでいるのかもしれない。いつ訪れるとも知れない"終わり"に惑い、手のひらで踊るしかない僕らのことを」
いつかの死神、祖父の仇の顔が浮かぶ。
だがあれはまだ穏当だろう。
未だに複雑な思いのある相手ではあるが、あちらの事情も知った今では首を取らねばならないとまでは思えない。
けれどこれは、あの狂気のごとき死神の所業とも明確に異なる。
もしもこの推測が当たっているのならば、そこにあるのは戦略でも、大義でもない。
だとすれば、そこにあるのは――
「――途方もない、悪意だよ」
冥界に呑まれた都市をいちいち調査する酔狂者などそうはいない。
常日頃から都市を歩き、役目を果たさんとしてきた滅却師を除いては。
だからこそ石田雨竜は一足先に、空から覗く悪意の者共の存在に気付き始めていた。
虫の足を一本ずつちぎって反応を楽しむように。
手負いの獣をわざとゆっくり追い詰めて、絶望を観測するように。
この聖杯戦争を通じて、自分の欲を満たそうとしている救いがたい"誰か"の影を。
この日、滅却師の青年は嫌悪と共にその視界へ収めていた。
◇◇
「素晴らしい力だ。指先で滅びを振り撒き、何の抵抗も許さない。
まさに神の如き力。これに並び得る者など、そうはいないだろう。
私のランサーでさえ正面切っての突破は難しいに違いない」
「いややってみなきゃわからないでしょ。僕を侮るのはやめてほしいんだけど」
口を挟むメリュジーヌの姿は可愛げがあったが、対面のふたりはそれに癒やされる気分にはとてもなれなかった。
「確かに、僕らもあの"消滅"については考えてきた。想定されるひとつの可能性についても」
「大方考えていることは同じだろう。消滅の主は、この所業を心から愉しんでいる」
くつくつと神は笑う。
だがやはり、雨竜は笑う気にはなれない。
提示された可能性。消滅の主の、その人格。
それがあまりにも悍ましすぎて――笑顔など、到底出て来ないのだ。
「アーチャー。私とお前はまるで似つかない存在、まさに天と地、月とスッポン、神と悪霊のごとき存在だが、どうやら一点だけ共通している」
神の右手に握られた、食べかけのエッグベネディクトトースト。
半ばほどまで量を減らした朝食が、ぐしゃりと握り潰される。
哀れなパンの残骸がテーブルの上に飛沫するが、文句を言う者は誰ひとりいなかった。
「実に度し難い」
天堂は微笑んでいる。
だがその顔に浮かぶ青筋は、彼の憤怒を物語っていた。
「それは神にのみ許される所業だ。隠れ潜んで地図を睨むばかりの卑賤なブタに許される行いではない」
彼の語る神とは、すべてが一人称。
彼は神父のようななりをしているが、断じて広義の聖職者などではない。
天堂弓彦は己という神を信奉する狂人である。
思春期の妄想めいた全能感を、本当に突き詰めてしまった結果の怪物。
彼にとって神とは己自身であり、その絶対性は決して脅かされない。
そして神は、自らの神話を騙るものを許さない。
空から見下ろし、裁きを下す。
指先ひとつで、地上を弄び。
きらびやかなソドムと化した都市へ、神罰を降り注がせ。
逃げ惑う民を、叫喚する様を楽しむ。
その傲慢は彼の中で、自分にのみ許された権利だ。
神罰とは天堂弓彦の指先によってのみ振るわれるべきモノであって、断じて他人に譲り渡していい権限ではない。
故に天堂は激怒していた。偽りの神という、最大の冒涜に対して本気で殺意の炎を燃やしているのだ。
「……理由は違うが、確かに同意見だ」
それに対し、石田雨竜はそう答えた。
ああ、そうだ。本当に、怒り狂いたくなるほど度し難い。
血で血を洗い、命で命を濯ぐ冥界の中であるとしても。
それでも、守らなければならない一線というものはあると雨竜は考える。
願いを抱いて殺し合うならばこそ、そこには誇りと尊厳があって然るべきだ。
誰も彼もが本気で、明日を取り戻すために殺し合っている。
そんな世界の中で、誰かひとりだけがそうじゃない。
あまねく命と尊厳と、そして願いを弄んでほくそ笑んでいる"誰か"がどこかにいる。
――度し難い。許してはおけない、この悪意を。
「聖杯を手中に収めるのはこの私だ。それ以外の誰でもない。
だが同時に、神は務めとして咎人を裁く。この眼が黒い内は、咎人が賢しらに笑う混沌など認めはしない」
雨竜の怒りと、天堂の怒りはまったく別種のものだ。
片や義憤。片や涜神への憤怒。
されど、"怒り"という感情の種類だけは共通している。
彼らはこの瞬間、確かに同じ方向を向いていた。
「私はこの〈消滅(クリア)〉を討つ。神の名にかけて」
「だからその存在と罪を知らしめ、偽神の君臨に否を唱えたいのか」
「当然だ。神は全能だが、故に使える手札はすべて使う。
ましてや善き人々に、来たる厄災を伝えて回らぬ道理はない。
神は邪神に非ず。いつだとて天から人を見守り、導く聖なる福音なのだ」
消滅の主を放置しておけば、いずれ冥界は悪意の偽神に喰われるだろう。
その未来を、彼らはふたりとも良しとしていない。
理由は違えど、信条は違えど、信仰は違えども。
偽神滅ぶべし、その一点において彼らの感情は重なっていた。
「……善き人々、ね。買いかぶりすぎじゃないの?
私達だってこの椅子取りゲームで最後の一席、勝ちを狙って戦ってるのよ。
もう何体も消してきたし、殺してきてる。見た目で判断すると後悔するんじゃない?」
「ならば何故、お前は神の決定に嫌悪を示した?」
「いきなり人んちにあがり込んで勝利宣言してくるヤツにいい顔しないのなんて当然でしょ」
「それはお前が俗にまみれているからだ」
「ぶっ飛ばすわよ……」
「勘違いをするな。人を殺めるのは悪徳だが、救いを求めてあがくことは罪ではない。
それが罪ならば、この冥界へ放り込まれた者は誰もが口を開けて死を享受すればいいという話になるだろう?
人の見せる輝きを、神は必ずしも否定しない。大切なのはその上で正しくあること。
それさえ貫くならば、たとえ屍の上に座っていようと神は言祝ぐ。惜しみのない祝福をくれてやろう」
その言葉に、クロエは複雑なものを抱かずにはいられない。
善い、というのか。この自分を。
ともすれば件の偽神とすら、同じ穴のムジナでしかないこのわたしを。
忸怩たる思いに駆られ始めたところで、雨竜の咳払いが聞こえてはっとする。
いけない。これではまるで、本当に告解する子羊のようではないか。
神に祈るのを惰弱と言うつもりはないけれど、少なくともこんなのには祈りたくない。
クロエは吐き捨てるようにため息をついて、もう一度目の前の神へ向き直った。
「話は分かった。肯定するのは癪だが、僕らとしても〈消滅〉は目障りに思っている。
神を気取る何者かを引きずり下ろす、という一点においてなら、確かに君達の方針へ乗るのもやぶさかではないが」
「が?」
「信じていいんだな?」
雨竜の眼差しと、天堂の眼差しが交差する。
あまたの修羅場をくぐり抜け、命さえチップにしてきた滅却師の眦は欺瞞を許さない。
苛烈でありながら、それでいて彼の姿勢は誠実だった。
まさに、善人。正しく生きようとあがく人間の模範のようなあり方を、石田雨竜はこの状況で体現していた。
故に天堂は答える。敬虔な信徒に微笑みかける、神のごとくに。
「神は常に正しいが、同時に理不尽だ。時と場合によってはすべてを駒にする。
だがお前達は神を信じ続けろ。さすればいずれ、必ず福音は舞い降りるだろう」
「……そうか。ならいい」
「ちょ、アーチャー!」
私はお前達を時に裏切るが、お前達は私を信じていろ。
要約すれば天堂の答えはそんなものだ。
傲慢の極み、理不尽の権化。
故に大人しく引き下がった雨竜に、クロエは抗議の声をあげる。
しかしそんな彼女に構わず、雨竜は言った。
「〈ヒーロー〉について教えてくれ。話に聞く通りの人間なら、彼らもきっと〈消滅〉を捨て置かない。きっと手を取り合える」
第一の標的は〈消滅(クリア)〉。
地上へ偽りの裁きを下す傲慢なる咎人ども。
滅却師は神託を受け、銀の鏃を何処(いずこ)とも知れない玉座に向ける。
動き始めた聖杯戦争。移り変わる戦局の中で、厄災許すまじの旗が静かに掲げられた瞬間だった。
◇◇
「どのくらい予想通りに進んだの?」
「九割だ。あわよくば神の信徒に変えてやりたかったが、そう甘くはなかったな」
帰途。天空。
天堂は先ほど自分で握り潰したエッグベネディクトの残りを頬張りながら、メリュジーヌに背負われていた。
口元にべっとり付いた卵を親指で拭いながら、神は不敵に微笑みを浮かべる。
「だが神の見立てに狂いはなかった。彼らは実に善人だ」
「それはどうでもいいんだけど――あのアーチャーはなかなかやるね。
僕を前にして、"戦う"選択肢を大真面目に想定してた。霊基自体は脆弱の部類だったけど、多分なにか奥の手を隠してる」
「そうだな……そういう意味でも善い出会いだった。神の近衛に対抗し得る戦力、実に好ましい。最高の一枚を引き当てたようだ」
あの時口にした言葉に偽りはない。
神は傲慢。そして天堂弓彦は、ギャンブラー。
時が来れば手札を切るし、場合によっては捨札も出す。
あらゆる手管に訴えて裁きを下す、それが地下賭場の神なのだ。
彼は善人を愛するが、しかしあくまで優先度の一番上に来るのは神意である。
時に理不尽。時に冷酷。そして時に寛容。
いずれも、天堂の揺るぎなき真実。いくつもの顔を持つからこそ、神は神として君臨する。
「ところでさ、あの言葉ってどこまで本気?」
「あの言葉、とは?」
「例の〈消滅〉。僕でさえ正面突破は厳しいかも、ってやつ」
「は。なんだ、気にしていたのか? 愛い奴だ」
〈消滅〉は、明らかに頭抜けた力を持っている。
出力もさることながら、何より恐ろしいのはその射程範囲だ。
推測が正しければ、最低でも東京……すなわち冥界の全域。
仮に二十三区の外に広がる死の大地に逃れたとしても、かの砲撃から逃れることは困難であろう。
それだけの力を持っている輩にできることが、よもや神罰を騙る卑賤な遠距離砲撃だけだと天堂は思わない。
不遜にも神を騙るからには、それに見合うだけの力があって然るべきだ。
自分を全能と錯覚させてしまうほどの力が、かの陣営にはある。天堂はそう踏んだ上で、超音速の竜に言った。
「神は世辞を言わない。お前はまさしく神の近衛、美しきアルビオンだ。
しかし時に、この世には神をも驚かせるモノが潜んでいる」
「経験ありそうな言い方だね」
「そうだな。私はあの時、確かに私ではない神を幻視した」
忘れもしない、ただ一度の敗北。
神殺しを成し遂げた、人とも悪魔ともつかない男。
しかし神は反省もできる。
あの敗北が、天堂という神(ギャンブラー)をより完璧へ近付けたのは言うまでもないことだ。
その経験を踏まえて、天堂は近衛たるアルビオンへ説く。
「無策に比べ合うだけが戦いではない。見て、暴いて、その上で勝利する。それもまた美しい。
案ずるなランサー。偽神殺しの主命、時が来れば必ずお前に委ねよう。
その時は暗い沼の湖光、存分に示すがいい。涜神の咎人に神意を知らしめ、真に最強を証明するのだ」
「……やるじゃないか。僕を焚きつけるの、相変わらず上手いね?」
「当然だ。神に不可能はない」
神の視界には無数の手札がある。
今、此処は窮屈な賭場ではない。
この東京のすべてが神の手札であり、神の賽子なのだ。
ギャンブルは始まっている。彼らは運でなく、技で必勝する人の姿をした怪物。
アルビオンの竜を従えし、聖なる怪物(モンストル・サクレ)。
暗い沼を聖歌で彩る隻眼の神が、この東京には実在する。
神は不可能を可能にする。
神は、諦めを識らない。
【北区・上空(移動中)/一日目・朝】
【天堂弓彦@ジャンケットバンク】
[運命力]通常
[状態]満腹、飛行中
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]不明
[所持金]手持ち数十万円。総資産十億円以上。
[思考・状況]
基本行動方針:神。
1.〈消滅(クリア)〉の主を討つ。神罰を騙るな、ブチ殺すぞ。
2.クロエ・フォン・アインツベルンとそのアーチャーは善人。神も笑顔だ。
3.一旦教会へ戻る。その後は……
[備考]
※メリュジーヌの背に乗って高速飛行中です。
※数日前までカラス銀行の地下賭場で資金を増やしていました。
その獲得金を用い、東京各所の監視カメラを掌握しています。
カラス銀行については、原作のように社会的特権を与えられるほどの権力は所有していないようです。
【ランサー(メリュジーヌ)@Fate/Grand Order】
[状態]飛行中
[装備]『今は知らず、無垢なる湖光(イノセンス・アロンダイト)』
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:神の近衛。
1.人間界のパンもおいしいね。
2.アーチャー(石田雨竜)はなかなか面白そうだったんだけど、ぜんぜん乗ってきてくれなかったや。残念。
3.〈消滅〉を討ちたい。マスターの言葉を結構根に持っているよ。
[備考]
※天堂を背に乗せて高速飛行中です。
◇◇
「信用してよかったの、あいつら」
クロエがジト目で雨竜に問いかける。
それに対し雨竜は、ばつが悪そうに顎を掻いた。
「信用したわけじゃないさ。ていうか誰が信用できるんだ、あれを」
「わたしは今でも反対よ。体よく利用されて切り捨てられるのが見えてるもの」
まさに、嵐のような訪問者だったとクロエはそう振り返る。
神を名乗る傲慢な不審者と、その隣に控えていた近衛騎士。
結局実際に事を構えることにならなかったのだけは幸いだったが、英霊の力を宿すクロエには分かった。
あの騎士は、とんでもない化け物だ。自分もマスターとしては"それなり"だと自負しているが、あれが相手では数秒と耐えられないだろう。
矛を交えずに済んだのは確かに幸い。だがあくまでも、不幸中の、だ。
"神"という厄ネタと縁を持ってしまったことは、なんとも気が重い事実なのだから。
「だが、実際に〈消滅〉は僕達にとっても火急の問題だ。
こうしている間だって、僕達の頭上から神罰まがいの砲火が降ってきてもおかしくないんだから」
「……それは、そうだけどさ」
「それに〈ヒーロー〉のこともある。神経のすり減る出会いだったのは同意見だが、得たものは多い」
「はぁあぁあぁあぁ……。アーチャーって、見かけによらず結構キモ据わってるわよね……」
「一応英霊だからね、これでも。まあ、正直自分でも未だにしっくり来てないんだけども」
〈消滅〉の恐ろしいところは、いつやってくるか分からないところだ。
そして恐らく、降ってきた時にはもう遅い。
あの規模の遠隔砲撃に対処するのは当然に至難で、だからこそ呆れたくなるくらいに悪辣だ。
手を拱いていれば、足踏みしていた分だけ被害が大きくなる。
そう考えると、これ以上〈消滅〉を放たれる前に標的に定める段階まで進めたのは僥倖だったと言う他ないだろう。雨竜は、そう考える。
「後はそうだな、慣れてるんだ。気に入らない奴らと手を組んで戦うってのは」
「気苦労の多い生前だったのね」
「本当にね。師を惨たらしく殺した仇と肩を並べて戦ったことだってあるんだぞこっちは」
「……ノーコメント。なんか本当、同情するわ」
「だからまあ、今更信用ならないイカれた奴のひとりふたりと手を組むのもそれほど躊躇いはないよ。
もちろん良いように使い捨てられてやるつもりはないし、そうなったら抵抗はする。神様の下す運命に無抵抗で従う義理もない」
クロエに言われて改めて思ったが、本当に波瀾万丈の日々だった。
あれほど嫌っていた死神と共闘し、気づけば彼らの事情に理解を示せる程度には丸くなるのを余儀なくされていたのだ。
死ぬ覚悟を決めたことなど、何度もある。命がけなど、雨竜にとっては常だった。
だからこそ呉越同舟など今更の話。油断はせずとも、躊躇はしない。型に嵌まらず戦うことを覚えたのも、もしかするとあの親友の影響なのかもしれない。
「……で。どうする? 会いに行くの、〈ヒーロー〉に」
「戦況は明らかに動き出してる。他に用向きがないのなら、出向くべきだろうね」
「家もバレちゃったしね……。あーもう、なんだったのよあの神父モドキ! 傍迷惑にも程があるんですけど!?」
うがー! と声をあげるクロエに、雨竜も肩を竦める。
だがある意味ではよかったのかもしれない、という言葉は心の中に秘めた。
聖杯戦争は明らかに新たなステージに入っている。
そこで取り残されることなく、戦局に乗ることができた――この事実は、実のところ額面以上に大きいのではないか。そう考えたのだ。
恐らくこれからの戦いは、これまでとはまったく趣を異にしたものになっていく。
一月の混戦を勝ち抜いた強者と怪物が織りなす大乱。
誰もが無関係など決め込めない、空前絶後の大海嘯。
矢を番え、身を投じ、そして守ろう、この少女を。
英霊として。そして、彼女と一月を共にした友として。
超然とは無縁の、"人"らしい心を持った滅却師のアーチャーは、遥かの運命を見据えた。
【北区・空き家/一日目・朝】
【クロエ・フォン・アインツベルン@Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ 3rei!!】
[運命力]通常
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]不明
[所持金]雨竜に預けているので、あんまり持ってない
[思考・状況]
基本行動方針:生きたい、もう一度。
1.なんだったのよあのクソ神父!!
2.〈消滅〉のことは頭が痛い。まあ、放ってはおけないわよね……。
3.〈ヒーロー〉に会う?
[備考]
※天堂が持つ〈ヒーロー〉の情報を聞きました。詳細は後の話に準拠します。
【アーチャー(石田雨竜)@BLEACH】
[状態]健康
[装備]弧雀
[道具]なし
[所持金]数万円程度
[思考・状況]
基本行動方針:クロエを現世に送り届ける。
1.〈消滅〉を討つという点で天堂と合意。ただし、完全に信用はしていない。
2.〈ヒーロー〉ともコンタクトを取りたい。
[備考]
※天堂が持つ〈ヒーロー〉の情報を聞きました。詳細は後の話に準拠します。
投下終了です。
すみません、小さいことですが
ランサー(メリュジーヌ)の状態表の記述を以下に修正します。
>1.人間界のパンもおいしいね。
→ 1.冥界のパンもおいしいね。
グラン・カヴァッロ&キャスター(窮知の箱のメステルエクシル)、衛宮士郎&セイバー(おぞましきトロア)予約します。
予約分を投下します
結局、銃弾の調達はできなかった。
これはアリスにとって由々しき事態である。
エンジニア部が仕上げてくれた"光の剣"も弾がなくては只の鈍器だ。
キヴォトスではコンビニでも買える弾丸がこの冥界では何処にも売っていない。
それどころか得体の知れない物を見るような目で見られる始末だった。
実際ライダーが居ればアリス本人が戦う必要は然程ない。
彼にそれだけの力があることはアリスも知っていた。
だがキヴォトスの住人として、また光の剣を携えた勇者として、自分は戦いもせずおんぶに抱っこというのはどうにも気が収まらなかった。
それにライダーの力を借りられない状況が来ないとも限らないのだ。
やはり弾の確保は急務だったの、だが…。
「むむむ…。最悪、アリスがこれを振り回して戦う事も視野に入れなければなりませんね」
光の剣と謳うなら寧ろそれが正道だろう…
等とすかさず突っ込みを入れる程彼女のライダーは口数の多い人物ではない。
そして恐ろしい事にその正しいような間違っているような使い方でも、この少女が振るう時点で一定の強さは保証される。
彼女の見てくれは何処からどう見ても十代半ばの少女だが、その実態は遥か古来のオーパーツなのだ。
正しくはアンドロイド。
世界を滅ぼす為に眠っていた、然しその運命を否として勇者に成った勇敢なAL-1S。
それが彼女。
二十四の生き残りの一人、天童アリスという葬者であった。
アリスの日常は何も変わっていない。
ついでに言うなら彼女に日常ロールの類は用意されていなかった。
事実上のホームレス状態である。
だがそこはゲーム経験が活きた。
現地でひったくりを捕まえ、サーヴァントに魂喰いの糧にされかけている一般人を助け。
そうやって少しばかりのお礼を受け取ったり家に泊めて貰ったりしながら今日の日まで生き抜いて来た。
熾烈な聖杯戦争もこの小さな勇者にしてみれば宛ら新手の体験型ゲームのようなもの。
持ち前の愛嬌もあってあちこちで親切にして貰い、此処まで雨風を凌ぐのに不自由した日はほぼなかった。
手に持っている携帯端末にもこの世界で出会った色々な人の連絡先が登録されている。
右も左も分からない世界で絆を結び、その絆を形として記録し積み上げる。
ゲーマーの端くれしてなかなか心躍るシチュエーションであった。
とはいえそんな日々を送るのもそろそろ潮時だ。
アリスの耳にも東京中を震撼させた件の"異変"は届いていた。
竜と騎士と、そして漆黒の怪物による空の激戦。
これまで曲がりなりにも世を忍ぶ形で進んで来た戦火が遂に塞ぎ切れず表層へ流出を果たした日。
RPGで言うならプロローグが終わったような物だと、アリスはこのニュースをそう受け取った。
勇者アリスの冒険は此処から始まる。
先生やゲーム開発部の皆の手を借りず一人でその日暮らしをする、謂わばチュートリアルはもう十分にプレイした。
此処からは本格的にトゥルーエンドを目指して駆ける時間だ。
そう思っていたからこそ弾薬の不足は息巻くアリスの背にずんと重く伸し掛かった。
まさに出鼻を挫かれた形である。
「うわーん…。こんな事ならエンジニア部の皆さんに頼んで、本当に剣に変形するようにアプデして貰っておくべきでした……」
鈍器は扱いが難しい。
上手く頭を殴ってスタンさせないと暴言チャットが飛んで来てしまう。
こうなればいっそ本当にメイン武器をハンマーにしてしまうべきかと唸るアリス。
そんな彼女の傍らを霊体化して付き添っていた鋼の英雄が、不意にその足を止めた。
「…? ライダー?」
「――――」
鉄面皮。
この男はその単語が誰より似合う戦士である。
表情を変える事は愚か、言葉を発する事すら稀。
アリスは今まで彼が声を荒げたり笑ったりした瞬間を見た事がない。
故に一瞬、気の所為かと思った。
勇者の仲間である鋼の彼が、何事かに驚いているように感じたのは。
“どうしました? お腹でも痛いのですか?”
“この近辺で待っていろ。一つ野暮用を済ませて来る”
“えっ。あ! まさか敵とのエンカウントでしょうか! でしたらアリスも行きます! 勇者を置き去りなんてずるいです!”
“来るな”
脳裏に響いたライダーの声。
それにアリスも思わず動きを止める。
同時に実体化する鋼化英雄。
鈍色の鋼に人の形を与えたように無骨な、壮年の男の姿が出現する。
纏う軍服の意味を天童アリスは理解出来ない。
何故なら彼女の住まうキヴォトスに、"この歴史"は存在しないからだ。
近代人類史に於ける明確な負の歴史。
差別、弾圧、熱狂――そして虐殺。
熱病のように、若しくは空を駆けて燃え尽きる流星のように短い栄華を極めた第三の帝国。
悪名高きナチスドイツの軍人を意味する隊服。
この黒騎士が纏う軍服の正体は詰まる所それだった。
ではこの鋼の如き男はナチスの軍人であるのか?
合っている。
たかだか近代の戦場で幾らかの成果を挙げただけで、人はこの領域まで辿り着けるのか?
不可能である。
故に違う。
彼こそは人類史の暗部、その更に深淵にて鍛え上げられた鋼の英雄。
“この先で待つ男は、勇者(おまえ)に何も齎す事はない”
――ハインリヒ・ヒムラーという男が居た。
肩書は親衛隊長官。
優秀ではあったが非凡ではなかった。
決して俗の域を出る事のない、第三帝国のビッグネームである。
その男が高級将官を連れ立って始めた粗末な遊び。
オカルト、超人研究、そしてナチスの悪行の主たる所であるホロコーストを統括する酔狂な裏部隊に過ぎなかった。
とある一人の超人が、宇宙の深奥で蜷局を巻く水銀の蛇と共に実権を握るまでは。
“俺と同じ、只の醜悪な人殺しだ”
そうして生まれたのは真の魔人の集団。
一人が一軍に匹敵し、息吐くように道理を捻じ伏せる十三人の怪物。
聖槍十三騎士団黒円卓。
恐るべき黄金の獣と、彼に仕える人智を超えた魔の軍勢である。
天童アリスが喚んでしまったのはその一員。
序列第七位(ズィーベン)。ドライツェーンの天秤。
戦奴の城にて産声を上げた醜悪なる鋼の戦車。
黒騎士マキナ。真名、ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン。
彼は血の香りを嗅ぎ取っていた。
数多の魂を喰らい、命を貪って来た血薔薇の香を。
如何な英霊が喚ばれているにせよ、この香り、この気配に類似する者はない。
即ち同類。
黒円卓の魔徒、その中でも一際殺戮に精通した呪わしき吸血鬼。
明ける事のない夜を望んだある男の気配を、マキナは嗅ぎ取っていた。
◆ ◆ ◆
東京都の一角。
聳え立つ廃ビル。
放火事件が原因で大勢の犠牲者を出し、以降取り壊される事もなく捨て置かれている残骸の塔。
その屋上にて、二体の魔徒が対峙していた。
彼らは共に出自を同じくする同胞。
然し皮肉な事にその色彩は正反対だ。
片や漆黒。
錆びた鋼を思わす沈鬱な佇まいで立つ壮年の男。
片や純白。
日光を拒絶する夜闇の不死鳥を思わす、剣山のような殺気を撒く美丈夫。
黒と白の騎士が其処には居た。
だがもしも感の強い者が居合わせたならあまりの悍ましさに嘔吐さえしただろう。
彼らは雄々しく、また同時に美しかったが。
その美点を帳消しにしてしまう程に色濃い、噎せ返るような血と死の臭いを放っていたから。
「よう、久し振りじゃねえのマキナ。相変わらず辛気臭ぇ面してんなァ」
「…よもやお前まで招かれているとはな、ベイ」
聖槍十三騎士団黒円卓第七位、ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン。
聖槍十三騎士団黒円卓第四位、ヴィルヘルム・エーレンブルグ=カズィクル・ベイ。
死を死で塗り潰しこの時を迎えた黄金の戦奴が此処に相対していた。
但し今は獣の爪牙としてではなく。
願望器を巡り殺し合う、不倶戴天の敵同士としてだったが。
「こっちこそよ、手前の辛気臭ぇツラを城の外で見る日が来るとは思わなかったぜ」
「因果の一言で片付けるには…空寒い物を覚えるが……」
「あぁ、其処に関しちゃ心配要らねぇよ。此処を仕切ってる…こういう表現が正しいのかも解んねえが。
胡散臭ぇ店を知ってるか? 夜の僅かな時間にしか開かねぇ上に、葬者以外は入れねぇって舐めた店だ。
彼処の店主をウチの猿に探らせたが、どうも"あの野郎"じゃねぇらしい。現状、あのカスが絡んでる気配は無ぇな」
「…その男ならば俺も知っている。その上でおまえと認識は同じだ、ベイ」
あの水銀は、この戦争に関与していない。
小心だと笑う者も居よう。
どれ程嫌われているのだと手を叩く者も居よう。
だが彼らにしてみればこのやり取りは大真面目な情報の共有と確認だった。
何を隠そうこの黒騎士(マキナ)もまた、血染めの吸血鬼と同じくその可能性を危惧し続けていたのだ。
即ち水銀の介入。
黒円卓の王たる黄金の獣が唯一対等と…友と認めた影法師。
彼を除く団員の全員から唾棄されているあの厭味な蛇の介在は、黒円卓の全員にとって常に警戒すべき事柄に他ならない。
それは英霊の座を経て辿り着いたこの冥界でも同じ事であった。
「この冥界にクラフトの影は無い。ハイドリヒと似て非なる戦神が在るのみだ」
「だよなァ、意見が一致して安心したわ。あの方を差し置いて戦の神気取ってる野郎には腹が立つがよ」
故に水銀の不在。
其処で意見が一致する事は彼らにとって肩の荷が一つ下りるのを意味する。
これで少なくとも要らぬ横槍と奸計に目を光らせる必要はない。
黄金と似て非なる神の存在は目の上の瘤だが、其処への対処は奴が動き出してからでも遅くはなかろう。
少なくとも水銀のように影で蠢き気付けば絡め取ってくる手合いではない。
それがマキナとヴィルヘルム、旧知の同胞達の共通認識だった。
「して、どうする。此処で戦(や)るのか」
「それも悪くねぇが…流石にテメェと揉めるとなりゃ俺も腹ァ括らなきゃならねぇからな。まだ牙は剥かねぇでやるよ」
「おまえが誘ったのだろう。俺も俺で、戦奴の気配があるとは常々感じていたが」
「仕方ねぇだろ。テメェらと来たら"城"に引き籠もりで現世になんざとんと降りて来ねぇだろうが。
そんな野郎が何の因果か昼間の街を彷徨いてんだ、声を掛けたくもなるわ。槍でも降るのかと思ったぜ」
「相変わらず俗な男だ」
ヴィルヘルム・エーレンブルグという男を単なる暴力の化身としてしか知らない彼のマスターが聞けば驚くだろうが。
この男はこれで意外と社会性という物がある。
誓った忠義には一途で、且つ粗暴を気取ってはいても野放図な暴走は滅多にない。
黄金の獣を真に敬愛するが故、ヴィルヘルムは騎士の自覚が人一倍に強い。
その為件の水銀と腐れ縁の宿敵、そして気に入らない新参を除けば彼は黒円卓の面々の殆どと良好な関係を築けていた。
それはこのマキナも例外ではない。
城では度々ストレス発散代わりに殺し合った仲だ。
そんな相手を見付けたものだから、ついつい興が乗って誘いを掛けてしまった。
白昼堂々の対峙へと至った理由は意外にもそんな穏便な物であった。
無論、聖杯を狙うならばいずれは団員同士で殺し合う日も必ず訪れるのだが――
今此処で黒円卓の大隊長たる黒騎士と事を構えれば余力という物を全て使い果たしてしまうのは避けられない。
勝とうが負けようが割に合わないという事だ。
ヴィルヘルムは決して認めないだろうが――マキナは彼よりも数段は格上の魔人である。
その判断は誰が聞いても間違いのない正解だったと言えるだろう。
「で? 聞きたかったんだけどよ、テメェの要石。ありゃ何だ、人間じゃねえよな?」
「答える義理はない」
「何だよテメェの方こそ相変わらずじゃねぇか。手の内を隠すなんてみみっちい事すんなや、興が削げるだろうがよ」
「迂遠な真似をするな。既に察しは付いているのだろう」
黒円卓の魔徒を侮ってはならない。
百年に渡り魂を喰らい続けて来た彼らの審美眼は天下一品だ。
一瞥しただけでもある程度はその本質を覗く事が出来る。
況してや肉体の構造という分かりやすい箇所に異常があるなら尚更だ。
マキナに見透かされたヴィルヘルムは鼻で笑った。
バレてんのかよ、とでも言いたげな一笑であった。
「同類だろ? 黒円卓の天秤、蠱毒生まれの黒騎士(ニグレド)様とよ」
マキナは答えない。
だがその沈黙が何より雄弁に肯定を物語る。
黒円卓の大隊長を呼び出した小娘…天童アリス。
その小さい体が有機ではなく無機、即ち鋼で駆動している事をヴィルヘルムは看破していた。
「理屈は全く解んねえけどよ、随分見事な細工じゃねぇの。
メルクリウスの野郎もお株を奪われて草葉の陰で雑巾噛んでるかもな」
「さぁな。只一つ言える事は、鋼の戦車など有難がるほど非凡な物ではないという事だ」
「ま、お似合いだぜ。見た所それなりに出来んだろアレ。ガキのお守りは御免だが、俺ン所のよりはマシだわ」
「…だからそんな似合わぬ物を持ち歩いているのか?」
「言うな触れるな見るんじゃねぇ。何よりムカつくのはよ、最近これがある暮らしに慣れ始めてる事なんだよ」
ヴィルヘルムが片手で弄ぶ端末。
それはこの現代でスマートフォンと呼ばれる代物だった。
言わずもがな、黒円卓の魔徒には不必要な物である。
そんな物をこの白貌鬼が握っている様は団員目線で見ると大変に滑稽だ。
堅物のマキナだからこの程度の指摘で済んだが、マレウスやブレンナーであれば笑っているだろう。
白騎士等想像するまでもない。腹を抱えて死ぬ程笑う筈だ。
『ぶははははッ! ひ、ひーッ、腹痛い! お腹痛い! なんだよベイ、戦いで僕に勝てないからって笑い死にさせるつもりなのかい!?』という無神経な声が優に想像出来る。
「要石がどうだろうが関係あるかよ。黄金の騎士の足は誰にも引かせねぇ」
「精々足を掬われぬように努める事だ。水銀の手を離れたならば、即ち俺達にとっての未知。
奴にしてみれば皮肉だろうが、奴の不在こそが何よりも未知を保証している」
「ハ。小心だなテメェは。テメェもハイドリヒ卿の爪牙ならちょっとはドンと構えてろってんだ」
ヴィルヘルムは牙を剥いてそう言う。
マキナの言葉はまさしく正しい。
水銀の不在という未知の中では魔徒さえ只の駒の一つに過ぎない。
彼もそれには同意見だったが、その上で噛み砕くのがヴィルヘルムという男だった。
我こそは黄金の一番槍。
獣の皇を真に慕う者なれば、未知なぞ全て踏み躙ってこそ正道。
冥界だろうが何だろうが関係はない。
黒円卓の串刺し公が降り立った時点で結末は決まっているのだ。
その妄信を現実にする為に暴力の限りを尽くす。
方針はそれだけで、それ以外には一切不要。
ヴィルヘルム・エーレンブルグは常に不変だ。
白騎士と並んで主に絶対の忠誠を捧げる騎士に、恐れや脅えの色は微塵も無い。
「俺は必ずあの人に聖杯を持ち帰り、手前の価値って奴を証明してみせる。
皆殺しだぜ、一人も残さねぇ。おまえも例外じゃねえぞ? マキナ」
そんな彼の言葉を聞き終えて。
終焉の黒騎士が口を開き吐いたのは、事もあろうに愚問だった。
「…ベイ。おまえに一つ問うが」
「あぁ? 何だよ。勿体ぶんなや」
ヴィルヘルムの忠義は知っている。
何せあの赤騎士、ザミエルでさえ認める敬虔さだ。
彼がその願いを抱く事に疑義の余地はない。
黄金の爪牙として、彼の為に願望器を持ち帰る。
実にらしい。
この期に及んで微塵もブレる事なく、ヴィルヘルムはヴィルヘルムであった。
だが。
いや、だからこそ。
マキナは彼に問いを投げるのだ。
「――水銀は本当に不在なのだな?」
この世界は。
冥界は。
本当に、水銀の掌を離れているのかと。
問い掛けるマキナにヴィルヘルムは顔を顰める。
無理もない事だ。
水銀の不在に関しては先刻見解を付き合わせて合意したばかりだ。
にも関わらず何故急に掘り返すような言葉を投げ始めるのか。
「ボケてんのか? おまえが言ったんだろうがよ、野郎の影は無ぇって」
「ベイ。おまえは何処からこの冥界を訪れている」
「決まってんだろ。あの方の城…戦奴の楽園(グラズヘイム)からに決まってんだろうが」
やはりか。
マキナは小さく、然し哀れむように呟いた。
何に置いても無感情で無感動なこの黒騎士が示すには余りにらしくない。
無論ヴィルヘルムも目前の男が発した憐憫という名の侮辱を敏感に察知する。
旧知の同胞同士で語らうある種和やかな雰囲気は一瞬にして霧散。
ヴィルヘルムの貫くような殺気がマキナへと襲い掛かっていた。
「何だよその目は。さてはテメェ何か知ってやがんのか?」
「俺に言わせれば逆に問いたい所だ」
「…何がだよ。言ってみろや」
「ベイ。おまえは、憶えていないのか」
いや、そもそも知らないのか。
マキナの言葉の意味をヴィルヘルムは理解出来ない。
それもその筈だ。
この点に関して彼に罪はない。
本当に知らないのであれば――理解出来る筈もないのだから。
「ラインハルト・ハイドリヒは死んだ。クラフトの傀儡という役目を超克した俺の戦友が滅ぼした」
「…おい」
瞬間、威嚇ではない殺気が炸裂した。
形成の合図なぞ口にする理由もない。
茨の杭を具現化させた右腕を顔面へ振り翳す。
その一撃にマキナは鉄の拳で応じる。
白と黒の激突。
大気が悲鳴をあげ、衝撃波だけで屋上の粗野な地面に亀裂が走って粉塵が巻き上がる。
空の雲さえ独りでに裂けて消える程の衝撃。
生じた現象だけで言うならば先日の、竜共の小競り合いにすら劣らない魔徒同士の本気の衝突。
現世でなど罷り間違っても出すべきでない戦奴の常識が顔を覗かせたが、論点は其処ではない。
「誰が滅んだって? それ以上騙るなら前言撤回だ、テメェだろうが本気で殺すぜ」
「ハイドリヒは既に亡い。水銀さえ消え、グラズヘイムは泡と消えた」
「テメェッ――!」
この男はトチ狂いやがったのか。
ヴィルヘルムには、マキナの言っている内容が本当に理解出来なかったのだ。
クラフトの傀儡…ツァラトゥストラと呼ばれたあの劣等がラインハルトを討ち倒したのだとマキナは言う。
だがヴィルヘルムの知る限りそんな事があった記憶はない。
それもその筈であろう。
もしそうだと言うのなら彼の願いは破綻している。
既に亡い主君に聖杯を捧げると豪語し、剰え勝ち方の質にさえ固執するほど懸想する等奇妙な話ではないか。
第一、あの至高の黄金があんな餓鬼に敗れ去る訳がない。
だからこそヴィルヘルムは困惑と、その何百倍もの怒りでマキナへ杭の暴風を降らせていた。
団員同士は同胞。
されど、仲良しこよしという訳ではない。
少しでも歯車が狂えばこの通り容赦なく殺し合いが勃発する。
これもまた黒円卓の常であり、破滅の遠因にもなる欠陥だった。
要するに彼らは自我が強すぎるのだ。
ドイツ中から集めた選りすぐりの精神破綻者共に一騎当千の力を与えて切磋琢磨させた結果、一度でも崩壊が起きれば果てなくそれが広がる。
そういう欠陥を、彼らロンギヌス・サーティーンは常に抱えていた。
例えばまさにこの通り。
黄金への冒涜はヴィルヘルムにとって同胞殺しを犯す理由として十分過ぎる。
今は敵同士だという事実を抜きにしても、敬愛するラインハルトを敗残者呼ばわりした黒騎士を処断するのに幾許の躊躇もない。
「ベイ。おまえは何処からこの冥界へ来た」
だが彼の前に立つのは大隊長。
黒円卓の三騎士と呼ばれる正真正銘の傑物である。
此処まで何体もの英霊を槍衾に変えて屠って来たカズィクル・ベイの白木の杭(ホワイト・パイル)を、マキナは一発の拳で全弾粉砕した。
ヴィルヘルムの肌に久しく覚えていなかった緊張が走る。
如何に恐れを知らない闇の不死鳥であろうとも、この男を前にしては死の気配という物を濃密に感じ取ってしまうのは不可避だった。
幕引きの鉄拳。
絶やす事しか知らない癖して、本人は絶える事も出来ずに回り続ける死のゴンドラ。
デウス・エクス・マキナの脅威を知らぬ者など黒円卓には一人として存在しない。
マキナが地を蹴る。
その速度はアリスに指摘を受ける程度には鈍重だ。
然しこと戦闘に於いて言えば、それで問題が生じる事はまずない。
彼の挙動には一切の無駄という物が存在しないからだ。
膨大な経験により培われた戦闘論理の結晶。
魂にまで染み付いた戦兵法が彼の完全性を担保している。
振るわれる拳は音を置き去りにし、風圧だけで敵の肌を切り裂く程の勢いを以ってヴィルヘルムを襲った。
ヴィルヘルムはこれを猛獣を彷彿とさせる身のこなしで回避する。
一撃躱せるだけでも見事だったが、安堵をするには早すぎる。
城では何度となく殺し合った仲だ。
当然知っている――白騎士程の速度がなければ、この黒騎士を相手に回避戦を挑む等まったく益がないと。
躱したのも束の間、ヴィルヘルムは一瞬の間も置かずにその全身から杭をバラ撒いた。
バルカン砲を思わす速度と密度で襲うそれを二つの拳のみで打ち払う神業は一体如何なる道理か。
然し驚きには値しない。くどいようだが"知っている"からだ。
自分で放った杭の隙間を縫うように身を屈めて接近し、烈帛の気合を込めて突きの一撃を繰り出す。
これに対しマキナも拳で応じた。
正面から激突する拳と杭。
黒騎士と吸血鬼。
だがその結末はやはりと言うべきか、予想通りの物であった。
「ちッ」
ヴィルヘルムの右腕が衝撃と圧力に耐え切れずひしゃげた。
これが平団員と大隊長の差。
彼らは絶対的に保有する魂の総量に差があり、故に身体性能でも前者は後者に大きく水を空けられているのが現実だ。
恐れるという事を知らない彼だからこうして勇猛果敢に挑めるだけで、実際の所彼のしている事は自殺行為に等しい。
潰された腕を意にも介さずヴィルヘルムは考える。
戦闘経験については彼もかなりの物だ。
格上だろうが喉笛を食い千切って血を啜る、そのメンタリティを基に戦いへ没入していく。
時間にして凡そ一秒余り。
ヴィルヘルムが地を蹴って跳躍する軌道を目線で追いながら、マキナは戦闘中であるにも関わらず話の続きを始めた。
「やはりおまえはハイドリヒの膝元から呼ばれているのだな」
「だからそう言ってんだろ…それに、ンだよ。テメェは違うってのか? あ?」
天から地へと降り頻るは杭の雨。
マキナの手数を凌駕するべく用立てられたそれは数百余り、その一本一本に英霊の霊核さえ打ち砕く威力と魔力が込められている。
杭と言えば吸血鬼の弱点の代名詞だが、ヴィルヘルムはこれを用いて数多の命を啜り上げて来た。
吸血鬼を名乗る怪人が薔薇の杭を振り翳して襲い掛かって来る矛盾。
言うなればこれは彼というヴァンパイアにとっての牙なのだ。
貫かれれば血も精も軒並み吸い尽くされる――枯れ落ちるまで。
が、此処でもマキナは異常だった。
杭が掠めようが意にも介さない。
その上で三桁を優に超える死薔薇の雨を悉く打ち落とすのだ。
文字通り、空から降る雨粒の一つ一つを目視した上で殴り砕く行い。
極限の経験値から繰り出される無窮の武錬。
不死鳥と豪語する魔人でさえ辟易を覚える武勇が此処にある。
「違う。先の通りだ。
俺の知る黒円卓は戦友――ツァラトゥストラの手によって壊滅している」
「…………」
だがヴィルヘルムは臆さない。
強ければ強い程喰らう価値も一入という物だ。
故に次は右腕の礼をすると決め地を踏み砕いた。
そのまま自らも暴風雨の一員と成るべく駆けようとした所でマキナの声がそれを止める。
戯言と一蹴し、更なる赫怒の起爆剤にしてもいい侮辱であったが…然し狂人の妄言も極めれば胸を打つ。
この黒騎士がその手の冗句とは無縁のつまらない男であると長い付き合いでよく知っていた事も其処に拍車を掛けていた。
「…じゃあ何だよ。テメェはあの方の城とは無関係に、マジで英霊の座から此処までやって来たって事か?」
「然り。既にこの身は奴等の呪いから解き放たれている。唯一無二の終焉は見窄らしく穢されてしまったが」
「信じられねぇな。まだテメェが億兆分の一の可能性を通してあの方を斃したって言われた方が信憑性あるぜ」
「奴如きに挑んだ所で俺の聖戦には程遠い。俺が唯一無二と看做す相手は、あの日血(たましい)を分けた戦友だけだ」
黄金の獣――ラインハルト・ハイドリヒが斃された。
水銀に繕われた粗末な器が、死者の楽園に落日を齎したと言う。
やはり俄には信じられない話だった。
だが皮肉な事に、ヴィルヘルムの生物としての本能の部分が目前の男の語る内容を真実だと認識してしまっている。
黒円卓が壊滅し黄金も水銀も滅び去った遠未来。
そんな有り得るとは思えない人類史を通じ、この黒騎士は冥界へ漂着したというのだ。
「その上で問う」
「らしくねぇな。あんたそんなにお喋りが好きだったか?」
「…近頃は不本意ながら、発声を求められる機会が多かったのでな」
「傑作だわ。ザミエルでも笑うんじゃねぇか? …まぁいい。問いとやらを投げてみろや、下らなかったら今度こそ鉄クズに戻してやるよ」
不動たる機神・鋼化英雄の口から出るとは全く思えない言葉だ。
その事もまた彼が何やら満足の行く結末に巡り会えたらしい事実に説得力を与えていた。
そしてマキナは問い掛ける。
それは生憎、ヴィルヘルムにとってはまさしく"下らない"問答に過ぎなかった。
「おまえはそれでも黄金への報恩を続けるのか、ベイ」
答えは考えるまでもなく思い浮かぶ。
"当然だろうが"。
その一言で事は足りていた。
マキナの辿った世界線がどんな物であろうが、身も蓋もない事を言えば己には関係がない。
たまさかあらゆる歯車が噛み合った世界で起こった番狂わせなぞ念頭に置くにも値しない。
ヴィルヘルムの知るラインハルトは未だ完全無欠にして最強無敵の獣皇である。
ならばその彼に心血、そして魂までも捧げて忠誠を貫くのは黄金の騎士たらんと誓ったヴィルヘルムに言わせれば当然の事。
だからそう答えようとしたのだったが、それに先んじる形でマキナが更なる戯言を吐いた。
「闇の不死鳥(ヴァンパイア)を名乗るおまえが焦がれた男さえ真の永遠ではなかった。
おまえの時空で奴が健在だろうが、此処に一つの真実が示された。
ハイドリヒでさえ敗れ去るのだ。クラフトでさえ滅び得るのだ。
おまえが信じた不滅とは結局、虚空に映し出された虚像の一端でしかなかったとおまえは知った」
「…何が言いてえんだよ」
「おまえに啓蒙する程老い耄れたつもりはない。これは単に、俺が疑問に思っているだけだ」
マキナは求道者である。
求道の究極と呼んでもいい。
唯一無二の終焉という結末の為、それだけを追い求めて彷徨った鋼鉄の亡霊。
その彼が神父のように他者へ啓蒙をする等これ程らしくない話もなく。
当然として彼は答えを求めているのみだった。
永遠に明けない夜を求めた一羽の鳥に、或いは付き合いの長い同胞に。
只、おまえはどうするのだと問うているだけ。
何しろ今は黒騎士もまた見届ける側だ。
戦う以外の事を知らない己があの勇者に寄り添うならば、信じた結末を穢された者の言葉にとて価値がある。
予定調和とは無縁の奇跡(トゥルーエンド)を希求する者の道に、困難と挫折が待ち受けていない道理は無いのだから。
「おまえはこれから何処へ翔ぶ。闇の不死鳥、死森の薔薇騎士よ」
ヴィルヘルムは今度こそ完全に沈黙した。
決まり切った答えを返しながら一撃でも打ち込んでやればいいだけの話であるにも関わらず。
宛ら全身の血が石にでも置き換わったように彼は停止していた。
停止の理由は解っている。
脳裏にノイズのように走る、此処ではない何時か、何処かの記憶が在ったからだ。
既視感(デジャヴ)。
されど回帰による蓄積ではない、確かにヴィルヘルム・エーレンブルグという男がその足で歩いた道筋の記憶。
“ではあくまで、求めるものは不滅だと?”
再生される陰鬱な声。
思い出すだけで胸糞の悪くなるいけ好かない男。
今はもうこの世の何処にも居ない負け犬だ。
かつて己の前に立ち塞がったあの"闇(メトシェラ)"が記憶の中から語り掛けて来る。
あの時己はどう答えたのだったか。
決まっている。
魂を半分持ち逃げされようが、この生真面目な男がそれを忘れる事はない。
その台詞は紛れもない黄金への不忠。
ヴィルヘルム・エーレンブルグらしくもない、有り得もしない未来について論じた物であったのだから。
“ああ、俺は信じている”
“ハイドリヒ卿がいなくなっても、俺は生きる”
“宇宙がぶっ壊れようが……生きるんだよ!”
今になって考えれば自分でも正気ではないと思う言葉だ。
億が一だとしても主君の絶対を疑う等ヴィルヘルムに言わせれば有り得ない冒涜だった。
では何故あの時己は、恥ずかしげもなくそんな妄言を吐き散らす事が出来たのか。
次いで脳裏に過ぎるのはこれまた思い出すだけで苛立ちの募る女の顔。
とぼけたようにヘラヘラ笑って、カスにもならない雑魚の命にさえ心を痛める貧弱の間抜け。
嗚呼――そうだ。
あの女が持っていってしまったから、今の俺にはこの言葉の意味が理解出来ないのだ。
「…まァたテメェか、クソ女」
吐き捨てる悪態にさえ何処か力がない。
突き止めようにも其処へ至るパーツが決定的に欠けている。
善き処に持ち去られた魂の欠落。
戦奴として生きるには凡そ全く不要であろう欠片の不在がヴィルヘルムに苛立ちを齎す。
もしその欠片さえあれば。
この陰気な求道者の鼻を明かす気の利いた言葉の一つも引き出せたかも知れないというのに。
「――俺はテメェの話なんざ信じちゃいねぇよ。ハイドリヒ卿は不滅だ。あの人が敗れるなんて有り得やしねぇ絵空事だ」
「…おまえは――」
「最後まで聞けクソ。テメェが質問して来たんだろうが」
だからヴィルヘルムは辿り着けない。
過去の己のように翼の行く先を定められない。
闇の不死鳥。
夜に無敵である吸血鬼。
体中の血を常に新生させながら永久に君臨する薔薇の騎士。
彼に在るのはその鍍金だけだ。
言うなれば空洞。
魂の輝き等決して見せる事のない、片手落ちの魂。
何処へ行く、とマキナは問うた。
答えに至れない伽藍の不死鳥はこう応える。
「あの方が負けるなんざ天地が引っ繰り返っても有り得ねぇ。
だが何がどうなるにしろ、俺は何処にも行かねぇよ。
テメェみたいに中途半端に善悪の彼岸をフラフラするなんざ断じて御免だ。
俺は俺のまま、何処までだって俺で生き続ける。俺が目指したのはそういう神話だ」
欠落した魂に真の答えは出せないが。
然しそれでも根幹は同じヴィルヘルム・エーレンブルグ。
過去の彼と現在の彼がどれ程違った存在だろうと、その信じた創造(カタチ)は常に重なっている。
故にヴィルヘルムの回答は過去と同じ。
不忠の色を極限まで削ぎ落とし、"生きる"のだと黒騎士へ突き付けた。
生き続ける事。
只強く在り続ける事。
明けぬ夜、枯れ落ちぬ花――闇の不死鳥。
それこそが彼。
黄金に仕える薔薇の騎士であるのと同時に、ヴィルヘルムという男は常にその願望だけで完結している。
「テメェが何を見たのかは知らねぇし興味もねぇが、腑抜けた負け犬なんざに勝ちは譲らねぇよ。
おまえもそれ以外も、邪魔するってンなら此処の神も鏖殺だ。
一人残らず吸い殺してあの方に聖杯を献上する。疑問は尽きたかよポンコツ野郎が」
これ以上の問答に意味はない。
続けるのならば本気を返す。
黒円卓の串刺し公は常に不退転だ。
敵として立ち塞がるのならば、格の上下は彼にとって問題にはならない。
そんなヴィルヘルムの姿はマキナに言わせれば全くの不変だ。
彼の経験した戦いで見た物と全く同じ。
マキナは小さく瞑目した。
その仕草の意味は彼以外の誰にも解りはすまい。
葬者の影響で多少喋る機会が増えたとはいえ、基本的に彼は寡黙な男なのだ。
鋼の戦車の心を知る者は彼一人。
ましてや聖戦を越え、今一度結末(おわり)を穢されたイレギュラーの彼ともなれば尚の事だった。
「つくづくおまえは変わらないな」
「他人の言でコロコロ手前の魂を変えるかよ」
「違いない」
マキナが拳を握る。
来るならば来いと無言で告げる。
ヴィルヘルムが構える。
此処で黒騎士と雌雄を決するつもりはなかった。
だが今、その判断は揺らぎ始めている。
理由など知る由も無かったが、この男は明らかにあの幽鬼めいた死者とは違った挙動を見せていた。
またも死を取り逃してヤケになっているのだと侮るのは容易い。
然しヴィルヘルムの戦士としての直感が、実の所先刻からずっと警鐘を鳴らしているのだ。
「…死ぬ程業腹だが"何かあった"って事だけは信じてやるよ。
何もかもブッ壊されでもしねぇ限り、不能のテメェが様変わりするなんざ有り得ねえもんな」
この男を捨て置いていいのか判断が付かない。
仮に勝てたとして、大隊長の一角と殺し合えば極大な損害を受ける事は間違いない。
利口なのは間違いなく後に回す事だ。
ましてや相手は幕引きの黒騎士。
触れた凡てを一撃で破壊するその拳には、吸血鬼の再生力が意味を成さないのだ。
つまり根本的に相性が悪い。
…それでも、今のこの男を野放しにする事は回り回って取り返しの付かない結果を招く予感がしてならなかった。
得体の知れない何かに目覚めた機神英雄がこの冥界で何を見、何を得るのか――その結果何が起こるのか。
似合わない逡巡にヴィルヘルムの視線が歪む。
一秒、二秒。
膠着が続いて…そして。
「――ふむふむ、なるほどなるほど! 確かに凄く角の立ちそうな人のようです! アリス、ライダーの言ってた意味を理解しました!」
「…あ゛?」
魔人達の再会。
しめやかとはとても呼べない殺気乱れ飛ぶそれを締め括ったのは、屋上の縁からひょいと顔を出した黒髪の少女の声だった。
◆ ◆ ◆
「…来るなと言った筈だが」
「はい、言われました。
でも何だか危ない気配がしたので、アリスも居ても立っても居られなくなってしまったのです。
なのでビルを登って此処までやって来てしまいました…」
地面に付く程長い黒髪。
そして頭の上に輝く、天使を彷彿とさせる光輪。
赤騎士(ザミエル)が好みそうな無骨で巨大な銃を背負った少女だった。
マキナの寡黙さとは対照的によく喋る、声も大きい。
さしものヴィルヘルムも怪訝な顔をせざるを得ない突然の乱入である。
こうなると場の緊張感なんて物は忽ちの内に完全崩壊。
何とも言えない、気まずさにも似た空気が代わって立ち込める事になった。
「…おいマキナ。おまえ何処まで引き悪いんだよ」
改めて見ても印象は同じだ。
見た目こそ愛らしい小娘のそれだが中身はそうではない。
それこそこの黒騎士に近いモノだ。
鋼の機人――アンドロイド。
恐らく全ての葬者の中でも性能だけで言うなら指折りだろう。
だがそれも、言動がコレでは台無しも甚だしい。
ウチの猿とどっちがマシか。
まだ話が通じる分アレの方がマシかも知れない。
少なくともこれと一緒に戦争を戦えと言われたら、自分は間違いなくその場で激怒している。
先刻まで不気味さを感じていた黒騎士に打って変わって同情するヴィルヘルム。
その顔を、少女…天童アリスはじっと見つめていた。
「何だよ鉄クズ。見てんじゃねえ殺すぞ」
「む。やはり見た目通りのアウトローのようです。
見かけで判断するのは良くないと先生が教えてくれましたが、序盤からなかなか強そうなキャラとエンカウントしてしまいました」
黒円卓の魔人をアウトロー呼ばわりである。
神をも恐れぬ所業とはまさにこの事だ。
この胆の据わりようはそれこそ、ヴィルヘルムの半分を持ち逃げして行ったあの修道女によく似ていた。
ヒリつく場面に水を差されるどころか蜂蜜をぶっ掛けられた気分のヴィルヘルムは殺意を剥き出しにしていたがアリスは何処吹く風だ。
「ともあれまずはご挨拶です。初めまして! アリスはアリスと言います。勇者をやっています」
「なぁオイ。此奴アホなのか?」
「昨日の敵は今日の友。アリス、手を取り合う相手は選びません。と言うわけでこれからよろしくお願いします、ベイ!」
「よろしくしねぇし呼び捨てにしてんじゃねぇ殺すぞクソガキ!」
マキナの無言が途方に暮れているように見えるのはヴィルヘルムも初めての経験だった。
黄色人種を象った造り物の命というのは先刻聞いたマキナの話、ラインハルトを討ったという水銀の傀儡を思い出しどうにも癪に障る。
元々筋金入りのアーリア人至上主義者であるヴィルヘルムにとってアジア人とはまさしく嫌悪の対象だったが、これはそういう次元でもない。
今ばかりはヴィルヘルムはマキナに心底同情していた。
だが同時に疑問も湧く。
黒騎士マキナの妙な言動。
終焉だけを追い求める求道者の心理に波を立たせたのは、まさか。
「ったく…。おまえも自壊衝動ってヤツが出てんじゃねえのか?」
「やもしれんな」
「正気かよ。おまえそういう趣味だったか?」
だとすればいよいよ以ってヤキが回ったとしか言い様がない。
何にせよ、此処でのゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲンは自分が知るのとは似て非なる存在と思っていいだろう。
ヴィルヘルムはそう結論付けた。
その間もアリスは興味津々と言った様子でヴィルヘルムの事をジロジロ遠慮なく観察している。
「格好良いコスチュームですね。アリスもこれ欲しいです。最近のゲームは衣装チェンジも充実している筈ですし…」
「うるせえ黙れ消えろ。手が滑って殺しそうになんだよ」
「成程、見た目通りとても凶暴です…。でもアリスは勇者なので対話を惜しみません。
ベイはゲームは好きですか? アリスは大好きです! 好きなジャンルですか? そうですね、それはとても迷う質問ですがやはりRPGが」
「誰も聞いてねぇってんだよクソが! テメェの回路は腐り散らかしてんのか!」
いっそやっぱり此処で捻り潰してしまおうか。
本気で悩むヴィルヘルムだったが、其処で口を開いたのはマキナだった。
既に黒騎士は踵を返しており、その行動だけでも彼の意図する所は窺える。
「戻るぞアリス。用は済んだ」
「え。待って下さいライダー! アリス、トゥルーエンド達成の為にもこの人とコミュを…」
「言っただろう。その男がおまえに何か齎す事はない」
黒円卓の魔人達にも人格という物はある。
更に言うなら仲間意識も然りだ。
有事でさえ無ければそれなりに気安いし、牧歌的な瞬間が見られる事も珍しくはない。
「おう、其奴の言う通りだからとっとと消えろやガキ。何考えてんのか知らねぇし興味もねぇが、勧誘でも出来ると思ってんなら大間違いだ」
だが勘違いしてはならない。
魔人にさえ人の顔はある。
それでも魔人は魔人なのだ。
息吐くように人を殺し、それを糧とする。
必要ならば同胞を蹴落とす事さえ頓着しない。
それこそが聖槍十三騎士団。
獣と蛇が集めたるおぞましき黒の円卓。
ヴィルヘルムが勇者の勇気に同調し絆されるような生易しい男ならば、そもそも彼は黄金と出会ってすら居ないのだ。
「むぅ…。解りました……。でも次に会ったらその時こそアリスの話を聞いて貰いますよ、ベイ!」
「絶対聞かねえから安心しろ。次は即殺す。テメェんとこのボケたデカブツ諸共な」
自分から誘いを掛けたのはいいが思いがけず疲弊させられた。
ヴィルヘルムはうんざりしたように溜息を吐く。
アリスもそうだがマキナもそうだ。
単なる顔合わせと世間話でも出来ればそれでいいと思っていたが、場合によってはある意味これも収穫かもしれない。
この冥界は自分が想像していたよりも複雑に怪奇しているらしいと解った。
過酷な戦場は望む所だが、しち面倒臭いのは性に合わない。
どうかこれ以上事が拗れるのは勘弁してくれよと心底思うヴィルヘルム。
そんな彼の目前で今まさに去ろうとするアリス達へ…新たな声が突如掛かった。
「待てよ。勝手にお開きにしてんじゃねえ」
いつの間に駆け付けていたのか。
屋上には新たな顔が姿を見せていた。
ヴィルヘルムの顔がまたもや歪む。
アリス程ではないにしろ、彼もまた己の頭を痛ませてくれる存在だったからだ。
「猿。テメェ何勝手な事しようとしてやがる?」
「俺は俺で話があんだよ。そういう訳だ、時間は取らせねえから足止めてくれ」
男の名前は伏黒甚爾。
天童アリスと同じく極めて異常な性質を保有した葬者であり。
吸血鬼ヴィルヘルム・エーレンブルグをこの冥界に呼び出した非才の猿であった。
◆ ◆ ◆
「アリスって言ったな。お前の欲しがってる物を融通出来る場所に心当たりがある」
「…アリスの欲しい物。はっ、ベイの軍服ですか?」
「違えよ。あんなモン欲しがるな、何処に出しても恥ずかしい人類史の恥部だ恥部」
殺すぞクソ猿、とヴィルヘルムが凄むも甚爾は素知らぬ顔である。
彼も彼でこのキレやすい老人との付き合い方を弁え始めているようだった。
それはさておき、軍服(コスチューム)でないとすれば心当たりは一つだ。
天童アリスは今とある物を探している。
然しとなると同時に一つ疑問も浮かぶのだったが。
「銃弾だよ。欲しいんだろ?」
「はい、確かにアリスは弾を探しています。ですが…どうして解ったのですか?」
「其処かしこの店で銃弾売ってないか聞き回ってるガキが居るって噂になってるよ。バカみたいに髪の長いガキだって情報も含めて」
「なんと…。いつの間にかアリスは街のお騒がせ者になってしまっていたのですね……」
耳を疑いたくなる何ともバカな話だったがそれは良いとして。
葬者がその手の道具を調達する手段は全員に与えられている。
深夜、僅かな時間にのみ開く例の店だ。
実際甚爾は大枚を叩いて其処で武装を整えたし、先立つ物は必要だが彼処なら容易に望みを叶えられるだろう。
だというのにそうしていないという事はつまり、この少女らはあの店を…恐らくはあの店主を警戒しているという事だと考えられた。
甚爾としても気持ちは解らないでもない。
素性は全く不明だが、あの金髪の男は間違いなく良からぬ存在だ。
言うなれば悪魔との取引に自ら進んで出向くような物であり、それに抵抗がある者が居てもおかしな話ではなかった。
「ではあなたがアリスに弾を売ってくれるのでしょうか。アリス、武器商人の登場にワクワクしています」
「自腹切って揃えた物資を競合相手に流してやる程俺は善人じゃねえ」
「あうぅ…」
「それにその銃…って言っていいサイズか怪しいが、大方物好きに造らせた特注品だろ? どうせなら専用の弾を拵えさせた方が都合がいい筈だ」
手段を選んで何かを手に入れるのは難しい。
故に其処に取引の余地が生まれる。
甚爾はそういう機会を逃さない。
術師殺しと呼ばれ恐れられた仕事人は、何も後ろから刺すだけが能の凶手ではないのだ。
「妙な移動販売車があちこちを彷徨いてると聞いてる。何でも日用品から本格的な戦闘用具まで幅広く取り扱ってるらしい」
「! ランダムエンカウントのレアアイテムショップですね!」
「ああもうそれでいいよ。兎に角だ、其処に行ってオーダーメイドでも頼めば弾の補充は簡単に叶うだろ。
俺は先に金髪男の道具屋で買い揃えたから用がないが、それはそうと連中の動向は気になっててな。
お前が向かって俺に報告を入れてくれればこっちも有り難い。勿論お前は弾が手に入って思う存分ドンパチやれる。悪い話じゃねえだろ?」
甚爾は言うとメモ用紙を取り出した。
其処には彼の携帯番号と、最後に移動販売車の目撃があった座標が記されている。
「アリスも是非そのショップに行ってみたいです。
でも…困りました。アリスがあなたとの約束を確実に守る保証ができません」
アリスは難しい顔をする。
そう。場所を教えられて向かうはいいが、目的を達成してしまったらもう約束を守る義理が無くなってしまうのだ。
無論勇者を名乗るアリスがそんな卑怯に走る等有り得ない話だが、かと言って相手に一方的に自分を信じろと言うのも気が引けた。
何とも律儀な話だが、それが天童アリスという少女なのである。
然し甚爾もその点はアリスとは別な理由で織り込み済みだ。
取引はしても慈善事業はしない、伏黒甚爾はそういう男だ。
「別に約束を破ってくれてもいい。その時はお前等が少し損をするだけだ」
「…と言うと?」
「お前みたいに頭の上に輪が付いてる奴を何人か捕捉してる。お前がちゃんと連絡を寄越したらこっちは其奴らの情報を渡してやる」
「…!」
嘘ではない。
何しろアリスもそうだが彼女達は兎に角この町では目立つのだ。
此処までに甚爾は一方的にその数人を捕捉している。
アリスのように明らかに聖杯獲得以外の目標を掲げている身からすれば、同胞の存在は下手な物資より余程有り難いだろうと踏んだ。
そして甚爾の目論見通り、アリスはゴクリと息を呑む反応を見せてくれた。
「…解りました。元々約束を破るつもりなんてありませんでしたが、アリス絶対約束を守ります。これは勇者の名に懸けた誓いです!」
「信用しとくよ。ほら、番号と最後の目撃場所だ。
此処までの目撃証言を総括して次に現れそうな場所にも当たりを付けてある」
アリスにメモ用紙を手渡す。
商人達は隠れ潜んでいる訳ではなく、寧ろその動向を明け透けにしている方だ。
であれば大きく予想が外れる事はないだろう。
余程イレギュラーな事態でもない限り、アリスは例の移動販売車に辿り着ける筈…と甚爾は踏んでいた。
「ありがとうございます、ベイのマスター! アリス、早速ショップ探しのクエストに出発したいと思います。
パンパカパーン! 新しいクエストが出現しました!」
「おう。気を付けて行けよ」
「はい、ではまた。ベイも次は一緒にゲームしましょうね! ライダーも、マスターさんも一緒にですよ!」
上機嫌に屋上からぴょんと飛んで消えていく姿は最後まで冗談じみている。
取引を終えた甚爾が振り返ると、其処には苦虫を噛み潰したような顔のヴィルヘルムが居た。
マキナへの苛立ちとアリスへの苛立ち、そして自分のマスターへの苛立ち。
三種の苛立ちが三位一体となってこの粗暴な吸血鬼の顔を歪めていた。
「クソ猿。何処から見てやがった」
「最初からだ。元はと言えば断りなく誘い掛けたのはお前の方だからな、謝る義理はねえ」
「この俺をダシにしやがって。挙句あんなクソガキと取引だと? 何考えてやがる」
「バカとハサミは何とやら…って言ってもドイツのナチ公には通じねぇか。使えるモンは積極的に使って行こうぜって事さ」
とはいえ甚爾としては都合が良かった。
聖杯戦争の加速を見越し、これまでとは違った形の暗躍も始めたい所だったからだ。
此処からは今までのように排除だけ考える戦い方では出遅れる可能性が高い。
何より今しがたの少女。
彼女が連れていたあの黒騎士のような強者を見てしまってはその考えも益々強まるという物だった。
「にしてもありゃ何だ。クソバケモンじゃねぇか」
「黒円卓の大隊長だ。第七位、ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン。
黒騎士(ニグレド)、幕引き(マキナ)。俺らはマキナって呼んでる」
「昨日の竜といい、流石に此処まで生き残ってきた奴等は上澄みも上澄みだな。
普通に殴り合ってたら命が幾つあっても足りそうにねえ」
甚爾は天与呪縛の完成形である。
その身体能力は、先刻のアリスさえ優に超える。
半端なサーヴァントであれば返り討ちにして余りある戦力だ。
その彼も、あの黒騎士には全く勝てるビジョンが浮かばなかった。
あれに比べればこれまでに斃して来たサーヴァント等塵芥にも等しい。
奴が本気で殺しに来たならば、恐らく自分でも防戦すら困難だろう。
付き合い方を間違えれば容赦なく破滅を叩き込まれる。
そういう相手と出会した事が、甚爾の現状への認識をまたしても更新していた。
「だったら道具屋にはテメェが向かえば良かったんじゃねえのかよ。
話は聞いてたがどう考えてもこっちの分が悪い取引だったぜ。
テメェからその辺の勘抜いたらいよいよ只の山猿じゃねぇか」
「俺の体質を抜かれたくなかったんだよ。噂程優秀な連中なら一目見て気付きかねない。
かと言ってお前みたいな全身殺気で出来たような野郎を送り込むのは論外。
と来たら都合よく道具屋に用のある他人を使って偵察掛けた方が利口だろ」
「チッ、小心者が。手の内がバレたら何だってんだよ。本当に強ぇ奴は隠れ潜む事なんてしねえ」
「そういうガキみたいな価値観で生きてねぇんだ俺は。お前と違って大人だからな」
殺すぞ!と殺気全開で睨み付けてくるヴィルヘルムに甚爾は口笛を鳴らす。
彼にとって自身の肉体というカードは最大の切り札だ。
無闇に知られたくはないし、明かすとしてもそれは必殺の機会にするのが望ましい。
そういう意味では天童アリスは実に都合のいいタイミングでやって来てくれたカモだった。
マキナの強さは想定外だったが、あれも兜の緒を締め直すいい機会になったと言えなくもない。
ヴィルヘルムはこの通りお冠だが、詰まる所甚爾としては大変有益な邂逅になった訳だ。
「じゃあ俺はまた潜って来る。お前もあんまり目立ち過ぎんなよ」
「五月蝿え。さっさと消えろ」
マキナとの交戦はヴィルヘルムにとって予想外だった。
だが彼はエイヴィヒカイトをその身に宿す魔人。
腕が拉げた程度の傷ならばそう時間も掛けずに癒す事が出来る。
つまり肉体的には実質の損害はゼロに等しい。
寧ろ彼にとって厄介な楔となったのは、そう。
“…チッ。マキナの野郎、似合わねえ無駄口を叩きやがって”
マキナとの問答の方であった。
あの死にたがりの願望など今更聞く気にもならなかったが、一方的にあれこれ問い質されたのは実に不快な時間だった。
黄金の失墜。
絶対であるべき象徴が斃された時空の話。
そして問われた不死鳥の行方。
どれもこれもが魚の小骨のように喉に支えて気分を荒立たせる。
これまでは特段気に留める事もなかった魂の欠落が事此処に来て存在感を増して感じられるのも腹立たしかった。
何もかも面白くない。
舌打ちを残して霊体化したヴィルヘルムの結論は…然し先の通りだ。
“俺は俺だ。他の何にも染まりなどしねえ”
遠くへ去ってしまった祈りはもう聞こえない。
空から降り注ぐ陽光が。
自分にとって不快の象徴であるその光が。
何処か懐かしいその煩わしさに――いつかのような恩着せがましさを感じてしまうヴィルヘルムなのだった。
【文京区・廃ビル屋上/一日目・午前】
【伏黒甚爾@呪術廻戦】
[運命力]通常
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]拳銃
[道具]複数保有(詳細不明)
[所持金]潤沢
[思考・状況]
基本行動方針:当分は臨機応変にやっていく
1.アリスの連絡を待ちつつ情報収集、場合に応じ交戦
[備考]
※ヘイローのある葬者(ブルアカ出典)を数名捕捉しています。詳細はお任せします
【ランサー(ヴィルヘルム・エーレンブルグ)@Dies irae】
[状態]苛立ち、右腕損傷(再生中)
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]潤沢
[思考・状況]
基本行動方針:皆殺し
1.俺は俺だ。
2.猿にもガキ(アリス)にもマキナにも苛つくので、何処かで適当にストレス発散したい
[備考]
※ヴィルヘルムとライダー(ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン)の参戦時間軸は違います。
ヴィルヘルムは死者の城を経由して召喚されています。よってDies本編時空の事は知りません。
◆ ◆ ◆
“俺は来るなと言ったろう”
“ごめんなさい、居ても立っても居られなくて…”
“おまえは要石だ。そのおまえが自ら矢面に立ってどうする”
“うぅ…。アリス、蛮勇を咎められてしまいました……”
マキナの言葉は正論である。
よってアリスも項垂れるしかなかった。
葬者とは謂わば弱点であり、アキレス腱のような物なのだ。
ゲームの世界の勇者と己では訳が違う。
アリスは今回の事でそれをひしひしと感じていた。
アリスは天真爛漫で自由奔放だが莫迦ではない。
この反省はきっと次に活かされる事だろう。
“それはそうとライダー。早速あの人が言っていたアイテムショップに行ってみようと思うのですが…”
“好きにしろ。だが”
“だが?”
“あの黒髪の男をあまり信用するな。あれは狡知に長けた男の目だ”
今回は此方にも利のある話だったとはいえ、結果だけ見れば体良く丸め込まれた形なのは否めない。
度が過ぎれば直接手を下しても構わなかったが、そうすればあの男は迷わず逃走を選択していただろう。
厄介な男だ。
自分の強さを過信せず、また無駄なプライドも抱かない。
だからこそ損切りに迷いがなく手段に拘る事もない。
可能なら都市戦で相手にしたい手合いではなかった。
少なくともマキナにとっては手の内も人となりも知れているヴィルヘルムよりもあの男…伏黒甚爾の方が数段厄介に映っていた。
“そうですか…解りました。アリスも気を付けておきます。怪しい人の言う事は信じちゃ駄目って先生も言ってましたし”
只例の道具屋の話に関しては確かに前進だった。
マキナとしてはアリスを前線に出すつもりはなかったが、自衛の手段を持ってくれれば多少仕事も楽になる。
それに聖杯獲得に留まらない奇跡(トゥルーエンド)を求めるのなら、甚爾の言った道具屋とアリスが交流を持つ意義はより大きいだろう。
問題は首尾良く会えるかという点だが此処ばかりは運を天に任せるしかない。
斯くして勇者アリスの冒険は新たな門出を迎える。
目指すは謎の道具屋。
危険な男達との邂逅を経て、黒騎士をお供に勇者は歩く。
「反省もありますが…しっかり前向いて進みましょう。アリスの冒険はまだまだ始まったばかりです!」
【文京区/一日目・午前】
【天童アリス@ブルーアーカイブ】
[運命力]通常
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]光の剣:スーパーノヴァ@ブルーアーカイブ
[道具]木の棒や石(アリスのコレクション)
[所持金]少なめ
[思考・状況]
基本行動方針:トゥルーエンドへいざ行かん!
1.謎のアイテムショップを探す
2.ちょっとだけ反省です。これからはもう少しよく考えて行動しましょう、アリス覚えました。
[備考]
※伏黒甚爾から謎の移動販売車(グラン・カヴァッロ組)について聞きました。大体の移動経路に当たりが付いています
【ライダー(ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン)@Dies irae】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:奇跡という名の終焉へ
1.アリスを守る
2.ベイの葬者(伏黒甚爾)には警戒
[備考]
※ヴィルヘルムとライダー(ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン)の参戦時間軸は違います。
マキナはマリィルートで死亡後、英霊の座を通じて召喚されています。
投下終了です
オルフェ・ラム・タオ&セイバー(アルトリア・ペンドラゴン[オルタ])、プラナ&バーサーカー(釈迦)予約します
投下します
一旦投下を破棄します
再度投下します
四月一日、早朝。
冬は寒く、夏は殺意すら感じる陽光に照らされる東京にあって、数少ない爽やかかつ穏やかな日差しが差す貴重な時である。
現世の虚像、冥奥の地の偽りの東京とは言え、それは変わらず。そこに住まう人々も、嘘偽りとは言えども、快適に過ごせる時期を満喫している。
例え天を震わし、地を揺るがす魔戦が天上にて繰り広げられたとしても、人々は安寧を享受する。
自分にだけは、自分の周りには、災厄が来無いと。そう信じながら、心の何処かで祈りながら。
だが、だがしかし。災厄は既に冥奥東京の其処彼処にばら撒かれ。
今、その一つが新たな災禍を振り撒くべく動き出そうとしていた。
◆◆◆
「こんなモンで良いかぁ」
「おお、これだけ居れば充分よ」
東京某所。春の大気を穢し尽くす、濃密な悪意と妖気を纏う異形が二体。言葉を交わした。
獣の槍により人であった頃の全てを梳られ、忘れ去っても尚、その悪性と殺戮への欲求を失わなかった獰悪の獣、紅煉。
禁呪法により産み出された人造生命。炎の激情と氷の冷徹を併せ持つ凶猛の氷炎将軍フレイザード。
冥奥東京に確と根付く災厄の一つにして、主従共に人外化生という例外にして枠外。
主従揃って、並いるサーヴァントを有象無象と蹴散らして来た規格外の怪物共が、陣容を整え出師する。
「手筈通りにやれよ、セイバー」
昨日考案した作戦に則り、出撃するセイバーに対し、フレイザードは念押しをする。何しろこの獣の獰悪な気性は、フレイザードの思惑を無視しかね無い。
実際その懸念は実に正しく。人と妖(バケモノ)との連合軍と白面の者との決戦時に、人間と遊び(戦い)続けて戦場に馳せ参じなかったという大失態を、紅煉は犯している。
その事をフレイザードが知らぬが、それでも尚の事、念を押させるだけの、凶猛獰悪な気性を有するのが、紅煉という悪虐の獣だった。
「そっちこそな、マスター」
口元を歪める紅煉。浮かべるものが笑みであり、浮かばせたものが喜悦であるというのに、その顔は獲物を前に牙を剥く凶獣のものとしか見えない。
姿を消して飛び去る紅煉を見送り、フレイザードは背後を振り返る。
「出撃だぁ!!」
フレイザードの周囲に侍る二十の獣。異形の単眼と胴から生える牙とを持つ、紅煉の産み出した黒炎の新型。
この地の何処かに在りて、その存在を肥え太らせているであろう大妖。それを探す為に、旧型の黒炎が出払っている今現在。フレイザードが直卒出来るのは、紅煉に一晩掛けて生み出させたこの二十体のみ。
それでも戦力としては充分ではある。生前率いていた氷炎軍団に比べれば、数こそ少ないが、その強さはフレイザードの率いた軍団内でも比肩し得る魔物(モンスター)はそうは居ない。
二体の新型黒炎の肩に担がれ、フレイザードもまた、空を征くものとなった。
◆◆◆い
◆◆◆
東京都文京区に有るとある高校。
新年度初日。クラス替えを始めとする多くのイベントが発生する日。
新たな日々の始まりに緊張する者。友人と同じクラスになって喜ぶ者。部活やサークルに勧誘される新入生。そういったイベントと全く無縁の隠キャ。
頻発する超常の事態。各所で発生する災害。立ち向かうヒーロー。フィクションの中にしか存在しない事柄が立て続けに起きていても、十人十色、生徒の数だけ存在する学生生活を過ごしていた。
それが、薄氷の上に乗っているものとも知らずに。
それが、運命のほんの気まぐれで、一つの色に染め上げられることも知らずに。
最初に気付いたのは、友人と話しながら校門から校舎へと歩いている女子高生だった。
なんという事はない。歩いていたら、日が翳った。それで何の気無しに上を見上げた。
そして見上げた視界に映ったのは、何かは判らないが、大きな黒い獣の足。
そう認識した次の瞬間、何の行動も起こす事も、言葉を発することも無く、少女は垂直に圧縮されて、潰れて死んだ。
活気に満ちていた周囲が瞬時に静まり返る。
人は、己が理解を超えたものを見た時、見たものを認識が出来ないという。
いきなり空から降ってきた巨大な獣に、人間が1人潰された。
獣の重量と落下の勢いで、ひしゃげた頭部が胴にめり込み。弾ける様に肋骨と内臓が飛び出し、胴を突き抜けた臓物まみれの潰れた頭部が脚の間に落ちるなど、確かに理解の外だろう。
隣を歩いていた友人が無残な肉塊と成り果た事に、何の反応も示さず呆けていた少女へと、黒い巨獣────紅煉は無言で腕を振るう。少女の上半身が消失し、盛大に血と肉片が飛び散った。
最初に死んだ少女のものか、次に死んだ少女のものか、地面を転がった眼球が靴のつま先に当たった少年が絶叫した時。紅煉は既に20人以上を爪に掛け、更に殺害人数を増やそうとしていた、
立ち竦んで絶叫する3人の少女を、鼻面に刺さった刀を伸ばして胴を輪切りにすると、失禁して地面にへたり込む少年の横を駆け抜けながら頭を砕き。
逃げようとしていた少女の頭を掴んで握り潰しながら投擲、30m以上離れた場所に居た2人連れの少女をまとめて殺し。
足元でへたり込んでいた少女を踏み潰すのと、少女を抱え上げて逃げようとしていた少女の恋人の頭に拳を振り下ろして、身体を半分に圧縮し。
100m以上の距離を瞬時に駆け抜け、擦れ違った人間全てを爪で切り裂き、紅煉の身体に触れた者は骨が砕け、臓物が潰れて即死した。
この間、僅か10秒足らず。
紅煉が最初に犠牲になった少女を踏み潰してから、五分と経たぬうちに、死者は三桁の大台に到達していた。
周囲に生きる人間が居なくなった紅煉が、叫喚を聞きながら凶悪な笑みを浮かべる。
NPCという奴は、味が薄くて進んで喰う気こそしないものの。恐怖し、傷ついた時にあげる悲鳴は。刀で爪で斬り裂き、拳で殴り潰す肉の感触は。生身の人間と変わらない。
食欲は兎も角。殺戮の愉しみを満喫する事は、充分に出来るのだった。
耳障りな音が聞こえ、首を巡らせた紅煉へと、エンジン音を響かせながら車が迫る。
教師の一人が、紅煉の凶行を止めるべく、通勤に使っている乗用車を持ち出したのだ。
紅煉から少しでも離れようと、必死に足を動かしていた生徒達から歓声が上がった。これでこのバケモノをやっつける事が出来ると。
重さ一トンを超える鉄の機械は、校庭を逃げ惑う生徒たちを、奇跡的に轢く事なく、時速80kmで紅煉へと激突した。
「ふはははは。良い玩具を持ってきやがった」
生徒達の顔から表情が消えた。一トンを超える自動車が、自足80kmで激突したのだ。それを棒立ちで受けて、小揺るぎもしない有り様は、悪夢の具現という言葉ですら追いつかない。
伸ばされた紅煉の右手が、車のフロントノーズに食い込むと、さして力を入れた様にも見えないのに、軽々と車を腕一本で持ち上げる。
「そらよ!」
軽く腕を振った。そうとしか見えないのに、投擲された車は放物線を描いて二十mも宙を舞い。落ちた場所にいた生徒複数を押し潰し、
更に生徒を巻き込みながら勢いよく転がって、校門に激突し、塞いでしまった。
絶望そのものの表情で、紅煉へと視線を向けてくる生徒達へ、悪意のタップリと籠った嘲笑を浴びせると。
轟ッッ!!!
紅煉の口腔に眩い輝きが生じる。秒毎に増していった輝きは、五秒後に地獄の業火と化して吐き出され、校庭にいる生徒を悉く炎に包み、校門を塞ぐ自動車を焼き尽くし爆散させた。
殺戮の愉悦に酔った眼が、校舎へと向けられた。
常人には影すら見えぬ速度で校舎に突入した紅煉は、逃げる者も隠れる者も動けぬ者も、目についた全てを殺しながら一階から四階まで駆け抜けると、壁を打ち抜いて飛び去った。
◆◆◆
◆◆◆
「なぁセイバー。奴はどうして、お前を弾き飛ばしただけで済ませたんだろうなぁ」
昨晩。フレイザードと紅煉の間に交わされた会話。
紅煉と熊男との一戦は、傍目から見ても当人たちからしても、只の一掌で紅煉が遠く彼方へと弾き出されて終わりだった。
だが、それでも、両者が僅かな時間とは言え対峙し、瞬時とは言え接触したのは確かな事実。観察眼に秀でた者ならば、何かを掴むには充分と言えた。
「ああ!?んなもん知るかよ!!何か言いてえならさっさと言え!!」
「お前、心当たりは無いか?他の奴等を巻き添えにするのを嫌う甘ちゃんに」
「……あるけどよ。それが何だってんだよ」
「彼処は街中だっただろぉ。熊野郎がお前を張り飛ばしただけで済ませたのは、単純に周りの人間どもを気にしたんだろうよ」
確かにあの時、紅煉はただの一撃で場外負けを喫した。言葉にすれば簡単だが、今まで出逢ったサーヴァント皆悉く、雑魚として一蹴してきたのが紅煉である。
その紅煉に対し、ロクに反応も許さぬ速度で距離を詰めて、かつそれなりにダメージを齎す一撃を入れるとなれば、それは尋常の域には無い。
あの熊男は強いのだ。紛れもなくこの冥奥で一ヶ月を生き抜いた者達の一人。フレイザードの知る強者達、六大軍団長に比肩し得る強者なのだ。
更には熊男には、手を組んでいるサーヴァントが居た。単純な数の上では向こうが有利。
それが、紅煉との戦闘を、言ってしまえば避ける様な真似をするというのは、確実に理由がある。
紅煉と熊男とが接触した場所を去りながら、フレイザードは熊男を従えていたガキを観察して、熊男が消極策に出た理由を理解した。
「あのメスガキは、骨の髄まで甘っちょろいヤツだ。彼処でお前と熊野郎が戦えば、周りの人間どもが何人死ぬか判らねぇ。それを気にしたんだろうよ。
熊野郎も、メスガキの意思を汲んで、お前を弾き飛ばすだけに留めたんだろうよ」
フレイザードの脳裏に浮かぶは1人の勇者。正義を掲げ、人間どもが殺されることに怒り、勝ち目がない状況であっても人質を取るだけでその場に留まる勇者の姿。
熊男を従えていた少女は、どこかあの勇者の姿と重なって、フレイザードの敵意と戦意を燃え上がらせる。
「成る程なぁ。そういう奴には、俺も心当たりが有るぜぇ」
紅煉が思い浮かべるのは槍持つ少年。悪に怒り、暴虐に立ち向かう、獣の槍に選ばれた少年の姿。
力の程も弁えずに立ち向かってきたマヌケと思っていたが、改めてメスガキの事を思いだしてみれば、熊男と纏めて、あの二体で一体の妖(バケモノ)を想起させた、
紅煉の脳裏で重なった二つの姿は、紅煉の悪意と嗜虐性を滾らせる。
「あのメスガキのサーヴァントは、俺にはかなりデカい経験値だ。喰わねぇ理由は無ぇ。けどもよ、この街で、人間一人探すのは、バカバカしいだろう?」
フレイザードがいた世界や、紅煉の知る時代と比べて、この街には人間が溢れかえっている。
何しろ一つの区だけでも、彼等の知識で言えば、一つの国に相当する人間が住んでいるのだ。
目立つ光輪(ヘイロー)が有るとは言え、この中から一人の少女を探すのは、現実的な行為とは言えず、更には両者の気質にも合っていない。
────何処に居るのか分からなくても、方法は有るよなぁ。
フレイザードが岩石の顔に、凶悪な笑みを浮かべて言った言葉の意図するところを、同類である紅煉は正確に理解した。
「なぁる程なぁ。探すのが面倒なら、向こうからやって来させりゃ良い訳だ」
邪悪。その言葉でしか表せず。その言葉では到底足りぬ、獰悪凶猛な表情で、紅煉はフレイザードの考えに賛同した。
◆◆◆
◆◆◆
そして現在に至る。
光輪(ヘイロー)背負った少女と熊男との主従を釣り出す為、紅煉は殺戮に励み、文京区に有る四つの高校を血の海に沈め。二つの中学校に屍の山を築き、紅煉は五つ目の高校を襲っていた。
周囲にも足元にも死体が積み重なり。その全てが人の形を留めていない。
『バケモノが高校を襲って回っている』
『狙われるのは、教職員よりも生徒』
『男よりも女の方を優先して狙っている』
既にSNSで情報が流れ、男子生徒や教職員が、手近にいた女生徒を紅煉に向けて押し出して来るのを見て、紅煉は獰猛に笑った。
「人間はこれだからおもしれえんだよなぁ」
撫でただけで死ぬ人間よりも、人間より遥かに強い妖(バケモノ)を、恐怖させ、逃げようとするのを捕まえ、嬲り殺す。その方が遥かに愉しく面白い。
人のころより変わらぬ嗜虐の性。未だに目当ての熊男は現れず、脆弱なNPCを嬲り殺すしか無いとは言え、自分だけは助かろうとする人間どもの醜態は、見ていて中々に愉しい。
男達に突き飛ばされ、足元に転がった、紙袋を持った少女を、紅煉は見下ろす。
紙袋から、何やら食い物の臭いがした。
「偶には食ってみるか」
少女から袋を取り上げると、破いて中身を摘み出す。入っていたのは照り焼きバーガー。
口の中に放り込んで咀嚼し。飲み込む。
“食べ物に関心を持ったら、ころされずに済むかも。”
そんな淡い希望を抱いている少女に、無慈悲な宣告。
「あ〜不味い。やっぱり人間喰ってるほうが良い」
絶望に染まり切った少女の頭頂部を掴んで持ち上げると、一息に頭部の右半分を齧り取った。
「相変わらず味は薄いが、さっきのよりマシだな」
視線を周囲に向ける。女を突き飛ばし、殴り倒し、果てには脚を追ってまでして、逃げる男達と、地に伏して呻く女達。
「あのガキがこの光景見たら何て言うんだろうなぁ」
サッサと来いよ。熊男。来たら両手足捥いでから、飼い主のガキ目の前で食ってやるから。
昨日みたいに張り飛ばしても、飛んだ先で殺すだけだぜ。
そんな事を思いながら、紅煉は手にした死骸を投げつけて、必死に逃げる少年の身体を撃砕した。
◆◆◆
◆◆◆
文京区上空。
「マヌケ共はまだ出てこねぇな」
新型黒炎を従え、二体の新型黒炎に担がれて宙にあるフレイザードは、紅煉が暴虐を恣にしている場所を中心に、周囲を監視していた。
経験値となる敵を求めるフレイザードの立てた作戦は実に単純。他の主従が何処にいるか判らぬのなら、昨日の様に暴れて呼び出せば良い。
少なくとも熊男を従えたメスガキと、その同盟者ならば、必ずマヌケ面下げてやって来る。
獰悪の二体の悪性が持つ記憶。勇者ダイと、獣の槍の使い手蒼月潮。この両名と同類である熊男のマスター相手には、この作戦が極めて有効だと確信させる。
紅煉にした所で、派手に暴れて人間どもの苦痛と怨嗟慟哭が地に満ちれば、この冥奥の地に居る最強の大妖“白面の者”が惹かれてやって来るかも知れぬという打算が有る。
フレイザードと紅煉の探し求める相手を容易く発見に至るこの一手。極めて合理的であると言える。
複数の陣営に存在を知られ、怒りを買い、袋叩きにされかねないという一点を除けば。
だが、それもフレイザードは織り込み済み。元よりこの作戦で釣り出せるマヌケとは、この悪虐の主従は最初から相容れぬ。
釣り出される事無く見に徹する者。釣り出されたマヌケの晒した狙う者。こちらの方が理解し合える目があるだろう。
どうせ最初から敵対する事が定まっている手合いならば、どういう悪感情を持たれても問題は無い。
それに、一つ気になる事も有る。
フレイザードにしろ紅煉にしろ、人とはかけ離れた異形の形だ。人の中に混じっての情報収集など、到底出来る訳も無い。
粗野で粗暴に見えても、フレイザードは大魔王バーン麾下の六大軍団長の一角だ。戦争に於ける情報の重要性は熟知している。
情報の精度と速さは、戦争に於ける勝敗を決するもの。異形の主従がその点に於いて他の陣営に大きく遅れを取っていた。
其処を補うべく、フレイザードは紅煉の胃に収まる前の人間どもや、サーヴァントを撃破した後、殺さないでおいた魔術師から、情報を引き出していたのだ。
その情報に偽りは存在し無い。両手の全指を潰されて捥がれて、嘘を付ける者などまず居ないのだから。
◆◆◆
かくしてフレイザードは紅煉を解き放ち、恣に殺戮を行わせる。人間どもの阿鼻叫喚を以って、正義の二字を胸に抱く、甘っちょろいマヌケを呼び出す為に。
紅煉が一箇所に留まらず、複数箇所で暴れるのは、釣り出された者が複数いた場合に分散させる為だ。
マスターとして規格外の実力を持つフレイザードならば、並のサーヴァント程度ならば、容易く勝利をもぎ取れる。紅煉の戦力と合わせれば、複数のサーヴァントを相手にしても屠ることは出来るだろう。
だが、数で来られれば煩わしいのは事実だ。だからこそ場所を散らす。殺戮の起きた場所が多い程、救助の為にも対処する為にも別れなければならない。
其処を衝けば、一匹ずつ狩り取って行く事も出来る。
新型黒炎の放つ『穿』は支援攻撃には最適で、尚且つ戦闘にも撤退の際にも、空を飛べるというアドバンテージは絶大だ。
地を這うことしか出来ない奴等を、空中から一方的に攻撃して殺して勝つ。
『勝つ事』を何よりも好むフレイザードにも、『殺す事』を何よりも好む紅煉にも、共に合致する作戦だった。
正純な英雄であれば、 決して採らぬ────どころか考えの端にも登らぬ策を、躊躇無く採用する紅煉は矢張り、この聖杯戦争における枠外だ。
とはいうものの、未だにマスター一人。サーヴァント一騎も現れない。それならそれで魂食いが出来て良いとするべきだろうが、せっかくの準備が無駄になるのは業腹だった。
出て来れば、紅煉と戦っている隙を突いて仕留める。数が多かったり、予想外の存在が現れれば撤退する。
特に、昨晩上空で覇を競っていた連中の様なのが現れれば即座に撤退する。
交戦しても敗北するとは思っていないが、此方も主従共に疲弊するのは確実だ。
あれ程の強さを誇るとなれば、他の陣営にとっても脅威となり得る。
それを態々消耗してまでして、取り除いてやる必要など無いというだけの事。
後は勝手に潰しあえば良い。
アレ等と決着を着けるとするならば、フレイザードが己が本質を掴み、紅煉の言う“白面の者”が見つかった時。
その時であれば、如何なる敵が相手でも、フレイザードと紅煉が敗北する事は無いだろう。
「最初に出て来るのは、果たして何奴か」
空中から地上を睥睨するフレイザードの視界には、未だに目当ての相手は映らない。
【文京区上空/11日目・朝(昼近く)
【フレイザード@ダイの大冒険】
[運命力]通常
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]無し
[道具]無し
[所持金]無し
[思考・状況]
基本行動方針:皆殺しにして聖杯を得る
1.己が力の本質を掴む為に経験値を得る
2.紅煉に釣られて出てきたマヌケを狩る
[備考]
※20体の新型黒炎を率いています
【セイバー(紅煉)@うしおととら】
【状態]健康
[装備]破妖霊刀
[道具]無し
[所持金]無し
[思考・状況]
基本行動方針:皆殺しにして聖杯を得る
1.白面の者を捜す
2.昨日戦ったライダーを殺す
[備考]
※東京中に黒炎を放って白面の者を探ささせています
※文京区で中高生を主な標的として殺戮を行なっています
投下を終了します
大変申し訳ありません
>>665 の文章に抜けが有りましたので訂正します
◆◆◆
文京区上空。
「マヌケ共はまだ出てこねぇな」
新型黒炎を従え、二体の新型黒炎に担がれて宙にあるフレイザードは、紅煉が暴虐を恣にしている場所を中心に、周囲を監視していた。
経験値となる敵を求めるフレイザードの立てた作戦は実に単純。他の主従が何処にいるか判らぬのなら、昨日の様に暴れて呼び出せば良い。
少なくとも熊男を従えたメスガキと、その同盟者ならば、必ずマヌケ面下げてやって来る。
獰悪の二体の悪性が持つ記憶。勇者ダイと、獣の槍の使い手蒼月潮。この両名と同類である熊男のマスター相手には、この作戦が極めて有効だと確信させる。
紅煉にした所で、派手に暴れて人間どもの苦痛と怨嗟慟哭が地に満ちれば、この冥奥の地に居る最強の大妖“白面の者”が惹かれてやって来るかも知れぬという打算が有る。
フレイザードと紅煉の探し求める相手を容易く発見に至るこの一手。極めて合理的であると言える。
複数の陣営に存在を知られ、怒りを買い、袋叩きにされかねないという一点を除けば。
だが、それもフレイザードは織り込み済み。元よりこの作戦で釣り出せるマヌケとは、この悪虐の主従は最初から相容れぬ。
釣り出される事無く見に徹する者。釣り出されたマヌケの晒した狙う者。こちらの方が理解し合える目があるだろう。
どうせ最初から敵対する事が定まっている手合いならば、どういう悪感情を持たれても問題は無い。
それに、一つ気になる事も有る。
フレイザードにしろ紅煉にしろ、人とはかけ離れた異形の形だ。人の中に混じっての情報収集など、到底出来る訳も無い。
粗野で粗暴に見えても、フレイザードは大魔王バーン麾下の六大軍団長の一角だ。戦争に於ける情報の重要性は熟知している。
情報の精度と速さは、戦争に於ける勝敗を決するもの。異形の主従がその点に於いて他の陣営に大きく遅れを取っていた。
其処を補うべく、フレイザードは紅煉の胃に収まる前の人間どもや、サーヴァントを撃破した後、殺さないでおいた魔術師から、情報を引き出していたのだ。
その情報に偽りは存在し無い。両手の全指を潰されて捥がれて、嘘を付ける者などまず居ないのだから。
その上で複数の口から聞き出せた情報が、光輪(ヘイロー)を背負った少女の話。
それもどうやら、複数人数が居るらしい。
全員がマスターだとした場合。群れられては面倒な事になる。
早い内に、光輪(ヘイロー)を背負った者達を、殺しておくべきだろう。
かくしてフレイザードは紅煉を解き放ち、恣に殺戮を行わせる。人間どもの阿鼻叫喚を以って、正義の二字を胸に抱く、甘っちょろいマヌケを呼び出す為に。
宇沢レイサ&ライダー(バーソロミュー・くま)
小鳥遊ホシノ&アサシン(ゼファー・コールレイン) 予約します。
十叶詠子 を追加で予約して投下します。
◆
東京の夜。冥界の夜。
正子を過ぎても影は来ず。塔は昇らず。
地獄を統括するべき主のいない土地に、真なる神が現れる。
夜と風。双方の敵。我らは彼の奴隷。意味する名前は数あれど指す対象はただひとつ。
テスカトリポカ。戦争の荒神。魂を死に捧げ世界を繋げた葬者、結城理を導くサーヴァント。
現界する制限に人の身を借りようとも、神の在り方は一片も損なわれていない。
陽気な人柄に騙されてはいけない。彼は人を愛するが、大事にはしない。
死と再生のサイクルを回す、地球側の機構(システム)。
この男ある所に煙は巻かれる。それは銃火器が撃たれた硝煙であり、戦争を告げる狼煙となる。
今すぐにでも死の世界に相応しい嵐を引き起こせる、運命のサイコロを握った神は。
「あいよ、柴関ラーメンお待ち!」
かぐわしき油の臭いを飛ばす屋台の湯気に包まれていた……!
「───ふむ」
ごく一般的な醤油ラーメンである。
メンマと海苔、ネギ、チャーシュー、玉子にネギ……奇をてらった風のない、王道を邁進するトッピング。
激しくうねる龍めいた麺が身を浸すのは、底まで透き通って見える黄金のスープ。
やはりどこからどう見ても大陸から渡って日本独自に発展した伝統食、ラーメンであった。
「んじゃまあ、いただくとするかね」
割り箸を口で割って水面を揺らす。
「───いただきます」
隣の客も丁寧に手を合わせてからレンゲを手に取る。
闘争の神テスカトリポカに見込まれてしまった葬者、結城理は、サーヴァント共々、屋台で夜食(つみのあじ)を堪能するのであった。
暫くの間。
食器が当たる音と、麺を啜る音だけが響いてる。
ラーメン柴関。主に学生の間で人気を博す屋台だ。
なんといっても1杯580円という、万年金欠に喘ぐ少年達にはありがたすぎる低価格である。
ほぼワンコインで食べられるリーズナブルさでありながら、味にもボリュームにも妥協はない。時には「手元が狂っちまった」とのたまい注文にないトッピングをサービスしてくれる。
愛嬌のある、まるっとした柴犬を思わせる店長は、器の広い気前の良さで客に慕われていた。
理もその例に漏れず、この街で過ごすうちにすっかりリピーターの一員だ。
ラーメン激戦区とも謳われる東京で、屋台で勝負する気骨に惹かれるものがあったのかもしれない。
無論はまっているのは、物珍しさだけでない基礎の地力の高さがあってこそのものだ。
あっさりを志向した醤油ベースの中に潜む確かなコクと旨み。それが見事に絡みつく麺との調和は、食べるほどに癖になる。
「やはりはがくれが最強か」と、初実食の感想を抱いていたのが馬鹿らしい。勝るとも劣らぬ味だとグルメ遍歴に太鼓判を押せる名店であった。
「ようやく揃って冥界に出向いて、始めにどうするかと思えばメシを食おうで、しかも屋台とはね」
顔を向けずに食事に集中しながらテスカトリポカは言う。
湯気で曇るサングラスを外し、長髪を耳にかき上げる仕草はいやに色気がある。
「嫌いだった? ラーメン」
「いや。悪くはねえな。七面倒で雑なようで、作りに手抜きがない。一度突き詰めればこのスープのように奥が深い。異文化を食すってのはこういうことね。
礼に今度はオレの行きつけを紹介しよう。密かにオレが出資してる焼鳥屋でね。
肉を解体(バラ)して臓物(モツ)や心臓(ハツ)を串刺しにして食う文化が海を超えて継承されてるとなりゃ、贔屓にもなるさ」
「しっかり満喫してんじゃん、この世界」
「作業ばっかじゃ気が滅入るだろ? 少ない余暇をやりくりして検分に回してんだよ。大将、味玉追加だ。隣にも入れてやってくれ」
程なくして小皿に乗せて出される味玉を丼に落とす。
切られた中身から溢れだす半熟の黄身がスープに溶けていくのを、満足げに眺めている。
「玉子好き?」
「心臓の次には、そうだな。孵る前の卵を命丸ごといただくって思想がイカしてる。
人間の美食の探究心ってのに限りはないな。そりゃ種のひとつやふたつは絶滅させるさ」
「食欲なくすようなことを言わないでよ……」
ちなみにスーパーで売られて食卓に出される卵のほとんどは無精卵である。取っておいても雛が孵ったりはしないので幾分配慮はされていた。
「それで作業って、結局何してたの?」
具の大半を食べ終え、替え玉でも頼もうかと考えつつ理は本題を切り出した。
「───何だよ、ちゃんと考えてるじゃねえの。食事時ほど口は軽くなるってやつか?」
「別に。こうやってラーメン食べながら友達に相談受けてたのを思い出しただけ」
聖杯戦争の定石を外したマスターの単独行動を強いられて、英霊の戦闘を切り抜ける日々。
以前なら間違いなく死んでいただろう。ワイルドだ死を封印したと持て囃されても、戦闘に特化したサーヴァントとの壁は依然高い。
仲間のいないペルソナ使いの戦いは、それほど過酷だ。
テスカトリポカの加護によりおおいに下駄を履かされた格好ではあるが、こんな目に遭っているのがその当人の仕業なので感謝するにも出来ない。
マスターに苛烈な試練を課し、生き残れば加護を、死に至れば生贄の栄誉を与える。
神の在り方とだけ言って強調されるそれを、理も素直に聞き入れていたわけではない。
戦いを奨励する行動の原理ではあっても、理1人に背負わせていた理由は別のものだと推察していた。
「1ヶ月も引きこもって店番してたってわけじゃなさそうだし、リソースがどうとか言ってたのが気になったから。
冥界のルールとか言ってたのと、それが関係してる?」
「よく聞いてるな。考えなしに戦いを受容してたばかりじゃなさそうだ。
いい機会だ。少し報酬を先払いしておこうか」
味玉を一口で呑み込んで、テスカトリポカは応じた。
「お前さんが指摘した通り、商店を始めた理由の1つはリソース収集だ。武器の巡りを良くするのも本当だがね。
金銭であれ魔力であれ、神の名の下交わされた契約は、直ちに力に変換される。
……というより、そうしなきゃ首が回らない状況だったんでね。先払いのし過ぎで借金し過ぎちまったからな」
「借金?」
「最初に伝えたルール説明だよ。『オレが名付けた』って言ったろ?
どうして管理者も支配者もいない冥界で、参加者全員の魂にルールが刻まれる行程があると思う?
オレも驚いたぜ。いざ足を踏み入れてみれば見渡す限り不毛の大地。ポンと置かれた都市があるだけで何の形式か提示もされちゃいない。
雲みたいに薄ぼんやりと聖杯戦争の概要は広まってたが、誰にもそれが周知されてない。やっつけ仕事にもほどがある。
オレが来るまでは何組も自滅してたんじゃねえか? 死霊に戦争の舵取りなんざ土台無理な話って事なのかもな」
聞いた憶えのある話だ。
契約して最初の頃。まだ生き返って魂が不安定な時にアサシンが話してくれていた。
冥奥領域。運命力。冥界化。
聖杯戦争の舞台を彩るこれらの法則は最初から装填されていたわけではない。
それを整備し、明文化して共有させたのがこのテスカトリポカだと、そう説明を受けていた。
「じゃあリソースって、それの?」
「そういう事。散らばったままの法則と英霊(オレ)達の方で刻まれていた指令……聖杯戦争に関する知識を、招かれた葬者にも直で繋げるよう改竄した。
問題は、これが思ったよりも重労働でね。冠位でも生身でもない通常の霊基でやったら───肝心要のオレの魔力が先に尽きちまった」
「……は?」
ラーメンを食べて温まった体が急速に冷える。春の夜気のせいだと思いたいところだった。
1ヶ月のうちに暗記したルールを思い返す。確か魔力が尽きたサーヴァントというのは、遠からず消滅してしまうという。
「じゃあ今まで出てこなかったのって……」
「おう。そもそも肉身を出すだけの元手もからっけつだったのよ。
実のところ、お前が喚ばれたところで現界ギリだったんだぜ、オレ」
「うわ……」
まったく笑い話にならない衝撃の事実を暴露された。
なんと理は目醒めた先で、二度寝する間隔で再び死ぬところだったのだ。
そして男は「すまんかった」で許される気で満々なのが嫌でも分かった。というより、許される必要を感じてさえいない。
色々と酷すぎる。思想とは別の面で、実はとんでもない大外れサーヴァントなのではないかと理は思い始めていた。
「なんでそんな事してんのさ……」
「しょうがねえだろ。あんまりに舗装が雑すぎて、権能使うまでもなく戦争がグダるのが目に見えてたんだ。
ルーラーで召喚されてもないのに仕事しすぎたもんだから調整ミスっちまった。そこは反省してる。
……まあ流石にこのまま消えるっていうのは体面がつかないし、後味が悪いんでね。名誉挽回に、ひとつ商売を始める事にしたのさ。
方法を色々考えた末に、お前の縁を辿ってあの部屋を借り入れるのを考えついた」
「……ベルベットルームを?」
「実際、悪くない取引だったと思うぜ? あちらさんもお前の魂を取り戻す旅であちこち飛び回ってたそうだからな。
星の死を遠ざけたまま蘇生が可能なイベントがあるんなら、向こうも願ったり叶ったりだ。
借金の代わりに鼻息荒く「わたくしも参加させなさい」と詰め寄られたのには参ったがね。締め出すまで随分と絞られちまった。どんだけあのお嬢にコナかけてたんだ?」
「そっか……エリザベスが……」
思いがけない隣人の近況を聞く。
表側にはあまり干渉してこないあの部屋の住人も、自分を気にしてくれているらしい。
それが分かっただけで不満が薄れてしまう自分も、大分駄目な部類かもしれない。
あれから、どれだけ時間が経ったのだろう。冥界だから時間の流れは地上と違うのか。
進級したクラスメイトと後輩、卒業した先輩達、今もその中で生き続けている機械の少女。
彼らともエリザベスは会う事もあるのかもしれない。いつか仲間達と一緒に、連れ戻す作戦を立てたりなんてしていたのだろうか。
「連れ戻す、か……」
戻ってきて欲しい。
生き返って欲しい。
そう思ってくれているのはとても嬉しいし、幸せな事なのだと思う。
理だって、そうなったらどんなに優しい夢だろうと考えた。
嫌なわけがない。生きたくないわけがない。
デスの脅威も遠く、理も生きられる、最高に都合の良い未来。
あの日常を、素晴らしい仲間と過ごす日々を、青春を越えて時折くたびれたりしながらも続く未来を、同じように過ごしたい。
そういうものに憧れなかった事なんて、なかったのだ。
「けれどやっぱり、それは叶えちゃ駄目な夢だよね」
残念ながら、奇跡は有限で交換を求めている。
それも数十人と引き換えでようやく1人なんていう暴利だ。
何をしたって生き返りたい人がいるのを、理は知っている。この冥界にはそんな魂で満たされている。
まだ命を使い果たしてないのに連れてこられた葬者もいる。
人を殺して願いを叶えるのが良くないなんて当たり前を言って、間違いだなんて言うつもりもない。
ただ過去の自分を裏切りたくないという、個人の我儘なだけだ。
手を尽くしてくれる人には悪いと思う。自分がそうして帰ってきても、皆は受け入れてくれると思ってる。
けれどそうしない事を分かってくれるとも、思っているのだ。
愛しい仲間に思いを馳せる理の懐で、軽快な電子音が鳴り出した。
ごく一般の学生である理にとって携帯電話が鳴るのは当然だが、現在は深夜0時。それも学生の夜更かしには珍しくもないが、そこまで親しい友人関係を理はここでは作っていない。
「……」
取り出した携帯の液晶を見る。
登録している番号ではない。それ以前の問題だ。
表示される番号は『画面に収まりきらないだけの異常な桁数』で、それは更に『画面をはみ出しても打ち続けられていた』。
出鱈目にボタンを押しただけにしか見えない、局番としてありえない番号。
成り立つわけがない番号から、電話がかかっている。
ありえないものが、こちらと繋がろうとしている。
「……」
戦慄して凍りつく他ない異常を前に、理は何事もなく通話のボタンを押した。
着信音が消えて、仕込みの後片付けをする店主の動き以外に何も聞こえない静寂が戻る。テスカトリポカは何も言わない。
回線が通り、何の躊躇も抱かず理は携帯を耳につけ、向こうにいる誰かに声をかけた。
「───もしもし?」
「───こんばんは、"黄昏の葬者"君。
"煙る鏡"さんはもうこっちに来れたのかな?」
瞬間、理のいる屋台に纏う空気といえる概念が変質した。
景色が変わりはしない。何者かが現れてもいない。店主は何かに気づいた様子もなく調理をしている。
それでもこの時、確かに世界は崩れ落ちたのだ。
携帯の僅かなスリット───向こうとの繋がりから、ありえないものの空気が、声を呼び水にして招き寄せられているような。
漏れ出した異質な空気が、こちらの世界に侵食する。声が音叉になって世界に伝播する。
異界の気配を引き連れて、"魔女"十叶詠子の声が理にかけられた。
◆
2人の出会いは、そう特別なものではなかった。
英霊同士の戦いに巻き込まれそうだった詠子を理が見つけ、助けた。言葉にしてみればそれだけである。
戦火を抜け出し、落ち着ける所まで避難したところで、彼女もまた葬者であり、隣にサーヴァントを置いていない者であると知った。
お互いの共通点から話し始め、情報交換をしたまではよかったが、その後の理はただただ困惑するばかりであった。
詠子の語る言葉はどれも婉曲的でふわふわとして要領を得ず、それでいて常にものの本質を突く呪力を孕んでいた。
同じ言語で喋ってるのに理解が伴わない。逆に未知の言語で喋られているのに意味だけが通る気にもなる。
会話だけでなく、そこにいて立っているだけで、詠子は不吉な印象を与えていた。
悪意も敵意も微塵も見せない。底なしの善意を向けられてると分かってなお、理は自分の理性を掻き乱される不穏と不快を覚えていた。
危険だと理解し、それにも関わらず、今日まで理は詠子からの接触を拒みはしなかった。
『北欧の物語みたいに黄昏は終末の手前ってよく言われるよね。日が沈んだ後の、燃え上がった空。
逢魔の前といって人は怖がるけど、その時の光景はとってもキレイ。キレイなものはどんなに駄目って言われてもみんな見たがるもの。だから名前をつけてその時間がわかるようにした。
終わりの寸前にだけ顕れる美麗。永遠に刹那の光景を、あなたは死を遠ざける事で留めた。それがあなたが求めた魂のカタチ』
何も知らない人からすれば電波そのものな内容。
理は知っていた。そしてそのどれもが、詠子には教えていない筈の情報だった。
『あなたの魂は"楔"に使われてしまった。生き物が逃れられない"死"を、みんなのところにいかせないよう縫い付ける"楔"。
人の死は肉体の死と魂に分けられる。普通の人は肉体が壊れたのを死だと扱うし、それも間違いじゃないよね。
魂は独りでには動けないで肉体に縫い付けられてるから、肉体の死に引きずられちゃう。
あなたはその逆……魂を失った体だからこそこの世界に来られた『葬られた者』。寂しくて物凄く美しい、『物語』の主人公なんだね……。
"煙る鏡"さんも、最初にあなたを見たから、ここにいるみんなを葬者って呼ぶようにしたんじゃないかな?』
ニュクスを封印する為の封印に使われた理の魂。舞台裏から出てもいない、契約したサーヴァントの真名。
全て、言い当てられた。理の生前の遍歴を、この目で見てきたかのように。
『私は見えるだけだよ? あたなみたいに"もう一人の自分"を生み出せたりなんかしない。手から炎も水も出せない。
あなたの魂のカタチを、あなたの欠けを補う守護霊を、この大きな物語を、私は見て、知っただけ』
ペルソナ能力の事まで見抜かれてはもう信じる他ない。
詠子にはその人の遍歴を、書物を閲覧するように把握する能力がある。
そしてどにも、彼女は理を気に入ったらしい。
曰く、『"魂のカタチ"がとてもキレイで面白い』との事で、いたく興味を持たれた。
今みたいな宛名不明の電話がかかってきたのも初めてではない。番号を交換した覚えもないのに、だ。
恐らく彼女が本気で追えば、自分に逃げ場はないのだろう。まるで質の悪いストーカーだが、理はここで縁切りする気はなかった。
理が関係の継続を望んだのには別の訳があった。
詠子が持つ、際立った霊視の力。あの神にも気づいた彼女なら、この冥界の戦争について何か知っているのではないか。
曖昧で深淵な遠見。不確かな正気。
魔女の異常性の片鱗を見せられ、聞かされた理は問うた。儀式の完遂を待たずに、葬者を元の世界に還す方法はないかと。
『……やっぱり、あなたはみんなの"黄昏"を守るんだねえ。
でもその願いを叶えるのはとっても難しいよ? もう物語は始まってしまったもの。
一度ページが開かれた本は今度こそ止まらない。終わりに向かって捲られる。それがこの世界が生まれた、最初の望みだから』
魔女は言う。『可能性はある』と。
相変わらず言ってることの大半は不明瞭だが、不可能とは言い切らなかった。僅かな違いだが小さな前進だ。
以来、詠子との関係は継続している。冥界に潜む謎の解決に知恵を課してくれる、アドバイザーの立場として。
『……ふうん、そっか。やっと来れるようになったんだね』
現在に至る。
やはり電話の先の2人が見えているかのように詠子は語る。
あるいはすぐそこに"いる"のかと見渡しても、少女の影も気配もここには居ない。
理の携帯と詠子の携帯が、こちらと向こうの距離を縮める架け橋だ。
電話をしているという観念とは違う、空間的な歪みを進めながら。
『良かったね。あなたは神さまの試練を乗り越えた。
ジャガーは賢くて素早くて気まぐれだもの。あなたの傍に居着いてくれるかは、その時になるまで分からない。大変だったでしょ? 今まで』
「大変……あーうん、そうだね。なんか寝てる間に死の瀬戸際に立たされてたらしいよ。
そっちはどう? 前はずっと引きこもってるって言ってたけど」
『うーん……。泥努さんはまだ出てきてくれないかなあ。最近は私がお友達を連れてくるのも嫌がられるようになっちゃったし。
せっかく世界が混じり合った異界なんだから、色んな人とお話すればいいのにって思うんだけどなあ』
歪み、軋み、今にも輪郭が崩れそうな空気で2人は話す。
異常性も怪奇も見られない、深夜に時間を潰す友達同士のような会話。あるいはそれが最上の異常なのかもしれない。
『そんなあなたには、ひとつ忠告してあげる』
「忠告?」
『うん。"魔女"の忠告。とても大きくて困難なあなたの望みに、必ず関わってくるだろうから。』
唐突に詠子は言った。
姿が見えず、声だけに意識する分、それはいっそう呪文めいた韻が込もっているように感じられて、周囲の変質を早めていく。
既に屋台の周りは"向こう"の空気に置換されかかっている。温度、重さ、成分、目に見えない要素が、ただ遠い地域というだけでは説明のつかない差異のある"何か"に。
あの世からかかってくる電話という怪談があるが、今いる場所こそがそのあの世だ。ならばやはり詠子はこの街のどこかにいる筈だ。
『いいや違う』。造られた街の中は生者の住まう、冥界の例外地区だ。本当の冥界ではない。
地上と違わぬ安全地帯に流れ込んでくる、違うところからの冷気。
それは領域の外の、本物の冥界の大気か。それとも───『冥界ですらないところ』で漂うものなのか。
『"けもの"に、気を付けて』
「……獣?」
鸚鵡返しに聞き返す。
『ここにはたくさんの"けもの"が見える。ここは人の望みが集う場所だけど、中には人とは違う望みも混ざってるの。
とても大きくて、世界を一呑みにしちゃいたいぐらいお腹を空かせた"けもの"が混ざってる。
人を愛するもの。自分が嫌いなもの。自分の実存を感じさせてくれるもの。
……この世界の最初の"願い"ととても近似してるから、儀式の前に大きくなってもおかしくない、そんな"けもの"が』
「昨夜に見た、"怪獣"の事を言っているの?」
『かいじゅう? ……ああ、そういう呼び方もあるんだね。
私はあまり好きな呼び方じゃないなあ。あの子たちは怪異みたく、見える人にしか認識されない存在じゃないのに。
理解できないものとして扱って遠ざけてちゃ、倒してもまたすぐ戻ってきちゃうよ。社会で人が殺されたら、ちゃんと原因を調べて理解するでしょ?
あの子達も同じ。手段が人にとってどうしようもなく害になるだけで、原因は誰もが持っている筈なのにな……』
昨日の深夜に起きた、3騎のサーヴァントの激突を指しているかと思ったが、合ってるとも違うとも言わず、妙な部分を訂正されてしまう。
『私は見えたものをあなたに伝えた。
魔女は見たものを黙ったままにする事もあるけど……見えないものを見たって言う事は、絶対に無いの』
「……やっぱり、君の言う事はよく分からない」
『分からなくていいよ。必要になった時に、必要になる。今は何の意味もないだけ……、?』
煙に巻くような詠子の言動と共に、あれだけ濃厚に纏っていた異界の空気が、急速に薄まっていくのを理は感じ取った。
何か別の恐ろしく厳かな雰囲気が、気配に過ぎない異質を有無を言わさず立ち退かせている。
それこそ、煙に巻かれて立ち消えるように。
「怒らせるつもりはなかったんだけど……長話しすぎちゃったかな? それじゃあ、今夜はここまでかな。
いい夜を─────」
別れを言いかけたところで、ぶつ、と音が切れた。
ボタンを押して切ったというより、電波そのものを強制的に断ち切られたような断線。
いずれにせよ、それで全ては元通りになった。
いつの間にか耳が拾えていなかった、麺を茹でる音と匂いが五感に触れ、体に熱が溜まる。
「理君? 替え玉要らないんならもう片付けちまうけど、いいのかい?」
大将は何事も無かったように───本当に何も無かったのだろう───追加の注文を聞いてくる。
朧げな思考で、まだ腹に余裕はあるものの、ものを食える気分ではないので「いえ、もういいです」とだけ断って、代金を置く。
ふと顔を横に向ければ、忘れようにも忘れられない存在感が隣にいたのを思い出す。
丼を空にしてサングラスをかけ直したテスカトリポカは、懐から煙草を出してからかいの笑みを見せた。
「お前の最期が女にナイフで刺されたんじゃないのが不思議に思ってきたよ、オレは」
「……なんで」
暁はまだ遠い。夜は続く。
晴れた空に浮かぶ月は、辺りに充満していた狂気を吸い込んだが如く淡く輝いて、怪物の単眼めいて街の仔細をつぶさに観察していた……。
◆
【渋谷区・柴関ラーメン屋台/1日目・未明】
【結城理@PERSONA3】
[運命力]通常
[状態]健康、腹七分目
[令呪]残り3画
[装備]小剣、召喚銃
[道具]
[所持金]学生相応
[思考・状況]
基本行動方針:冥界を閉じて、生きている人を生還させる。
0.もう一杯食べときたかった……。ところでこれ割り勘だよね?
1.情報収集。詠子からの情報は貴重だけど……。
2.獣……?
[備考]
※十叶詠子に協力を頼み、連絡を取り合っています。
携帯番号は登録できないので、こちらからかける事はできません。
【クラス(真名)@出典】
[状態]健康
[装備]
[道具]
[所持金]潤沢
[思考・状況]
基本行動方針:闘争の活性化。
0.うめぇじゃねえのラーメン。ごちそうさん。
1.さて、戦争の場はどこかね。
2.魔女、ねぇ。
[備考]
※召喚時期に多大なリソースを使って、冥界内のルールを整備してします。
※ベルベットルーム@PERSONA3は許可の元で借用しています。
エリザベス等、部屋の住人が出入りする事はありません。
【???/1日目・未明】
【十叶詠子@missing】
[運命力]通常
[状態]体内に微量の<侵略者>が侵入
[令呪]残り3画
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:???
1."黄昏の葬者"君は面白いね。応援したいな。
2."煙る鏡"さんには嫌われちゃったかな。
[備考]
※結城理に協力を頼まれています。
投下を終了します。
続けて 夏油傑&キャスター(リリィ)、フォーリナー(坂巻泥努)、スグリ&アヴェンジャー(白面の者) を予約します。
予約分を投下します
江東区、木場。0時を回った深夜の湾岸地帯を装甲車・シャドウボーダーが走る。
繁華街から遠く離れたこのエリアであれば東京という一大都市圏であっても車の往来は殆ど途絶え、運転手であるダ・ヴィンチは渋滞に悩まされる事もなく悠々と愛車を走らせていた。
(うーん0時を越えちゃったか。本当なら今日にでもテスカポリトカと話をしたかったところなんだけど)
ダ・ヴィンチは今日、正確には昨日の予定として0時にのみ開かれるというテスカポリトカの店に向かい、彼にこの聖杯戦争に関しての交渉を行うつもりであった。だが、それは一つのアクシデントに時間を取られたことで開店時間に現地への到着が間に合わずフイになってしまう。
アクシデントとは江東区のエリアで商売中、シャドウ・ボーダーによってサーヴァントの気配を感知し向かったところで発生した漆黒の魔獣との遭遇。何かを探している様子のそれと接触を試みたが、その魔獣は会話に応じる事もなくダ・ヴィンチへと攻撃を仕掛けて来たのだ。
メステルエクシルによって難なく対象は排除されたが、その調査と対応に時間を割いてしまった結果、本日中の訪問は断念せざるを得なくなってしまったのである。
(サーヴァント、にしては弱すぎるし使い魔の類かな。でも張角の使役する人形とかよりは個体としての戦闘力は高かった。平均的な使い魔よりは強力、それでいてファラオが呼び出すスフィンクスみたいな神獣・幻想種クラスよりは劣る。評価としてはこれが妥当なところかな)
メステルエクシルと魔獣の戦闘を振り返り、ある程度のスペック分析を終えたところでダ・ヴィンチは僅かに眉根を寄せながら一つ大きく息を吐いた。
単体戦闘能力で考えればそこまで脅威ではない。だが、これが複数体生成可能となったらその脅威度は跳ね上がるだろう。
魔獣の使役者のスペックは未知数であるが一点物の戦力であったのであればあのような何もなかった場所に駆り出すだけの理由がない。偵察か調査かは不明だがそのような目的であの場にいたのだとすれば複数生成できる可能性は高いとダ・ヴィンチは推察をしている。
サーヴァントと葬者、一騎と一人で一組が原則である以上、あれと対峙し物量で押されてしまえば集団戦闘が得手でないサーヴァントの場合は厳しい戦局を強いられるだろう。
加えて対話すら行わずにこちらへ襲撃を仕掛けて来た経緯からして、使役するサーヴァントは好戦的であろうという予想も立つ。
平和的に聖杯戦争の解決・脱出を望むダ・ヴィンチにとっては警戒に値する存在である。
(この一か月、色々と警戒しなきゃいけない存在は感知できたけどここまでいるのは流石に予想外だね。やっぱり私達一組だけだと色々と手が回らないなぁ)
「お、おねーさん!おねーさん!す、すごい!はは、はははは!すごい、きれいだ!」
暗雲が立ち込めるこれからの聖杯戦争への展望。そんな中、突然外部通信用のスピーカーから響いた声がダ・ヴィンチの思考を現実へと引き戻した。スピーカーから聞こえて来たのはメステルエクシルの興奮してはしゃぐ声。
ダ・ヴィンチは何事かと視線を正面、シャドウ・ボーダーの窓ガラス越しに映る光景へと向け、そしてメステルエクシルの興奮の理由を理解した。
冥界の東京は模倣の東京である。模倣であるからこそ四季もある。時期にして四月、この季節の日本であれば二週間から三週間ほどの間だけ見られる春の風物詩が存在する。薄いピンクの花弁が特徴の日本の象徴たる樹木、桜だ。
ダ・ヴィンチがシャドウ・ボーダーを走らせていた道路はちょうど木場公園というそれなりの規模を持つ公園に差し掛かっており、道路を挟むように見事な桜並木が月夜に照らされながら咲き誇っていたのである。
「ああ、桜並木だね。一本二本なら最近見る様になったけどこんなに沢山並んでいるのは始めてだ。キャスターのいた場所だと桜はないのかい?」
「う、うん!は、はじめて、みるよ!ち、ちっちゃくて、きれいな、ピンクのはなだ!はは、はははは!」
聖杯戦争、そして冥府という場所には場違いな喜びの感情を露わにするメステルエクシル、その様子にダ・ヴィンチはいつの間にか強張っていた肩の力が抜けるのを感じる。聖杯戦争の準備にかかり切りであったこともあり、こういった何気ない変化を気にするということがなかったことに気付き、クスリと僅かに口角が持ち上がった。
グラ、という縦揺れの衝撃がシャドウ・ボーダーの天井から伝わる。桜並木に興奮したメステルエクシルが舞い散る桜の花を取ろうと霊体化を解いたのだ。
その幼い精神年齢相応の行動に苦笑を浮かべながら、予定も潰れたことだし少しくらいの息抜きなら構わないか、と二人で夜中の花見と洒落こむためにシャドウ・ボーダーの速度を落とした。
ダ・ヴィンチの操作に従いシャドウ・ボーダーの移動速度が落ちる。それとほぼ同時のタイミングでシャドウ・ボーダーに積まれたセンサー類がサーヴァントの反応を進行方向の正面に感知したアラートが鳴り響く。
拡大モニターが襤褸を纏い細剣を手にして車道に佇む死神の姿を映し出し、ダ・ヴィンチの意識がすぐさまに戦闘時のものに切り替わる。
「……!キャスター、正面!」
ダ・ヴィンチが警告を飛ばすのに僅かに遅れてシャドウ・ボーダーが勢いよく横に揺れ、少女の見た目相応に体重の軽いダ・ヴィンチが振り飛ばされる様に体勢を崩す。
シャドウ・ボーダーの状態をチェックすれば右前方のタイヤが破損したとの警告。横滑りして急停止したシャドウ・ボーダーはたったの一撃で走行困難の状態に陥ってしまった。
襤褸布を纏ったサーヴァントによる襲撃であることは明白であり、逃げる為の足を奪われた形だ。
急いで状況を把握し、メステルエクシルに指示を出さなければとダ・ヴィンチが頭を回転しはじめるよりも速く、シャドウ・ボーダーの天井の上から衝撃、続けざまに襲撃者である死神へと突撃する機魔の姿が映った。
この襲撃におけるダ・ヴィンチの幸運は3つある。
1つ目は花見をするためにシャドウ・ボーダーの速度を落としていたこと。もし、シャドウ・ボーダーの速度が出ていれば襲撃者によりタイヤがバーストされた際に勢いのついた車体は横滑りよりも酷い状態になっていただろう。そうなれば中にいたダ・ヴィンチとて無事ではすまなかった可能性が高い。
2つ目は外の景色に興味を持っていたメステルエクシルがシャドウ・ボーダーの天井の上で待機していたこと。車内ではなく見通しが良く、また行動するのに何ら支障のない場所にいたことで襲撃者に対しての迅速な行動が可能となった。
そして、3つ目は。
「お、おねーさん!くる、くるまのなかに、かくれててね!あ、あいつは、『トロア』は、ぜったいに、おねーさんに、ちかづけないから!ははははははは!」
窮知の箱のメステルエクシルは襲撃者、おぞましきトロアのことをよく知っているということ。魔剣士と生術士にして工術士、万物を微塵に帰す嵐が吹きすさぶ場で銃火を交えた二人の修羅が、桜花の嵐舞う異世界にて再びの邂逅を果たした。
◇
「――”啄み”」
その言葉と共に死神、おぞましきトロアは手に持った細剣を、天井に何か大きな物を乗せた装甲車の右前輪目がけ刺突する動きをとる。すると、盛大な破裂音を響かせながら装甲車の右前輪が破裂し、バランスを崩した装甲車が横滑りをして走行を停止した。
トロアの持つ数多の魔剣の内の一つ、実体の刃の外側に不可視の斬撃軌道を延長させることが出来る魔剣、神剣ケテルクを用いた超遠距離攻撃である。
情報源として活用しているSNS上で彼らが調査をしていた江東区内に噂の装甲車の目撃情報があがったのは僥倖といえた。
葬者である衛宮士郎からの指示は装甲車の足を奪う事と迎撃に来るであろうサーヴァントの対処。確たる拠点を持たずに装甲車を移動拠点としながら各地で商売を行っている主従であればこの装甲車を破棄してまで逃走を選択する事はしないだろうとの予測を立てたうえでの作戦である。サーヴァントはトロアが相手をし、葬者は士郎が処理をする、これまで何度も取って来た方式だ。
(葬者、指示通り相手の足は止めた、このままサーヴァントの……、っ!?)
何が来てもいいよう油断なく全ての魔剣を抜き放てる様に構えていたトロア目がけ、音速を越える速度で巨大な影が迫る。その姿を視認したトロアは予想だにしていなかった邂逅に一瞬の動揺を見せた。
おぞましきトロアとして歩み出した彼が最初に遭遇した恐るべき敵、あらゆる意味で常識を超越した難攻不落の不死性の持ち主。その名を窮知の箱のメステルエクシル。
この聖杯戦争にサーヴァントとして召喚されてまで再会すると思わなかった相手の出現によって見せてしまった隙がイニシアティブの明暗を分ける。
トロアが迎撃の姿勢を見せるよりも早く、メステルエクシアがアクションを起こした。
メステルエクシルが両肩部に連射式小銃を生成し、耳障りな騒音を響かせながらトロアに向けて連射する。
己の迂闊さに内心で舌打ちをしながらトロアは右腕を動かし一振りの魔剣を繰り出す。凶剣セルフェスク、無数の楔状の鋲で構成された剣の配列を盾状に組み替えて二本の射線を遮る形で展開する。続けざまに金属が恐ろしい速度で連続でぶつかり合うけたたましい音がトロアの耳を襲った。
トロアが歯噛みする。生前、似た状況になった時は突撃を回避し、すれ違いざまの銃撃も剣の投擲によって妨害した。だが、今回は絶え間ない銃撃によって強引に回避行動を制限されており、前回の再現には至らない。大質量による高速突撃は山人の頑強さをもってしても致命傷となる。
「クッ……!”渡り”!」
足掻くようにトロアはムスハインの風の魔剣を振るう。すると突撃するメステルエクシルの横合いから爆発的な気流が襲い掛かりその軌道が強引にずらされた。回避が難しいのであれば相手の攻撃を逸らせればいい。轟音が衝撃波を纏いながらトロアの横をギリギリ掠めて通り過ぎる。
残心し通り過ぎたメステルエクシルに対応をしようとして、トロアの体が急激に引きずられる感覚。
「何っ!?」
腰部から引っ張られる感触に視線を向ければベルトに引っ掛けられたフックロープがメステルエクシルへと伸びている。すれ違った一瞬でメステルエクシルはフックロープを工術で生成し、トロアへと結びつけたのだ。
メステルエクシルに引きずられたトロアが宙を舞い、その無防備な姿を小銃の銃口が捉える。だが、トロアの動きは銃口が火を噴くよりも速い。手に持った剣でフックロープを切断し、重力に従って落下する体の僅か上方を火線が走っていく。
メステルエクシルが旋回し再度銃口の照準を合わせようとする。だがトロアはムスハインの風の魔剣によって生み出した気流を操作して桜並木に咲き乱れる無数の花弁を巻き込み、指向性を持った桜吹雪をメステルエクシルへぶつけることによって視界を奪い追撃を封じた。
五体満足のままに落下地点であった公園の広場に着地すると向かい合う様にメステルエクシルが着地する。ぶるぶるとメステルエクシルが振った頭部から付着した桜の花弁が舞った。
(何があった?今引きずられていたあんたの姿を見たが)
(少々問題が発生だ。どうやら知り合いが呼ばれていたらしい)
「はは、はははは!トロア、トロアだ!トロアも、せいはいせんそうに、よばれていたの?」
「ああ、まさかこんな形で再会するとは思わなかったな」
トロアが魔剣を構える。メステルエクシルの右腕が銃口へと変じる。
「あ、あのときみたいには、いかないぞ!みじ、みじんあらしもいないし、かあさんの、かわりに、おねーさんがいるけど、ぼくはつよいから、トロアを、おねーさんのところに、いかせないからね!」
「なるほど、まんまとお前の葬者から遠ざけられたということか」
「へ、へへ……!あのときは、か、かあさんを、まもらなきゃいけなかったけど、ここなら、トロアを、たおすことだけ、かんがえればいい!はははははは!」
得意げなメステルエクシルに対し、トロアもまたこの形に持っていくことこそが理想であったが、それをメステルエクシルに伝えない。伝える理由はない。
士郎による葬者への襲撃が相手サーヴァントに妨害されることが一番の懸念点であった以上、サーヴァント同士離れた場所での戦闘になることこそが望ましい。
(断言する。遅れをとるつもりはないが手こずる相手だ。相手の葬者を始末するのが一番確実だな)
(分かった、なら手早く済ませよう)
士郎との念話を終えトロアは改めて意識をメステルエクシルへと向けた。
目の前の難敵に対し、有効な魔剣も戦い方も理解している。それでいて与しやすい相手かといえば否だ。でたらめな生命力、様々なものを生成する工術、たしかに恐ろしく厄介である。だが、それ以上に眼前の相手で危惧すべきものは成長性と適応能力だ。
生前に戦った時もメステルエクシルは自身との戦いの中で適応し、より効果的な戦法を駆使してきた。
加えて、トロアがその生を終えた時にメステルエクシルは未だ存命であった。自分が死した後にメステルエクシルがどれだけ成長したのか、それはトロアにとって未知数である。
だが、だからといって後れをとるつもりは微塵もない。今の自分はおぞましきトロア、ワイテの山の伝説。自分よりも大きな敵でも、脅威でも、膝を折る事はない。何故なら、おぞましきトロアは最強だからだ。
楽し気な笑い声をあげながらメステルエクシルが銃口を上げるのに応える様にトロアの持つ細剣が不可視の刺突を繰り出し銃身を弾いた。
桜吹雪舞い散る空間に二つの影が舞う。
◇
(さて、セイバーにはああ言ったものの、どうしたものかな)
装甲車を前にして衛宮士郎は内心でぼやく。
形状からしてただの車でない事は想定していた士郎であったが、サーヴァントによって作成された対サーヴァント戦も想定されて作られた最新鋭の装甲車であることは流石に想定外であった。
サーヴァントであればいざ知らず、ただの魔術師である士郎の攻撃が通じるかといえば通常の銃器は論外、常用している干将・莫耶を改造した銃であれば効果は見込めるだろうが拳銃で装甲車を貫通できるかと言われれば分が悪い。それが士郎の見立てだ。
(やれやれ、派手に横転でもしてくれていれば良かったものを。ままならんものだ)
とはいえ、襲撃を仕掛けた以上はここで撤退をする訳にもいかないだろう。考えられる手段としては、車体を覆う装甲と比較して突破のしやすそうな車両前面の窓ガラス破壊し、そこから催涙ガスを投擲、しかる後に制圧と言ったところか。
そこまで考えて駆け出そうとした時に、車外スピーカーが響いた。
「そこで止まってくれないかな、少し私とお話してみないかい、エミヤ君」
「――」
突然、自身の名前を呼ばれたことで士郎はその足を止めた。
聞き覚えのない幼い声。何故、自分の名が知られているのかという困惑。最大限に跳ね上がった警戒心が、軽率な行動を咎めるように士郎の足を止めさせた。
「何者だ。生憎とそんな声をした知り合いは記憶にないが」
「それに答えれば矛を収めてくれるかな?」
「……」
「こちらとしては急に襲撃を受けて怒り心頭っていうのが本音だけどね、ただ相手が君なら交渉の余地があると私は考えているんだ。それにサーヴァントでなければ私の車への有効打もないんじゃないかな?もし交渉する気がないのであれば私は持てるすべてを尽くして徹底抗戦をさせてもらうよ。幸い魔力は潤沢だし私のキャスターは君の『トロア』に劣ると思ってない。我慢比べといこうじゃないか」
士郎の眉間に皺が寄る。装甲車に明確な有効打がないのは事実、そのうえで突然の襲撃を受けたにも関わらず相手の葬者には冷静に対処をされている。おまけに自分の名前、そしてサーヴァントづてで自身のサーヴァントの情報もある程度割れていると推察できる現状。士郎の分はかなり悪いといって過言ではない。
黙考をする士郎であったが、辿り着く解は一つしかなかった。
「セイバー、戦闘は中止だ。すまないが下手を打ったらしい。あんたの知り合いとやらと戻ってこい」
その一言と共に、士郎は害意はないとばかりに諸手を挙げた。
◇
「……ふう」
両の手を挙げて降参の意を示した士郎をモニター越しに確認し、ダ・ヴィンチは安堵の溜息を吐いた。
メステルエクシルにも停戦指示を出し、お互いに停戦したことを確認させてからこちらに戻るように呼びつけた。一先ずはこれで今回のいざこざは収束という形になっただろう。
まったくの幸運だったとしか言えない。
外部モニターがダ・ヴィンチの認識ではエミヤ・オルタと完全に一致する、それでいてサーヴァントではない存在を映した。仮にこの男がダ・ヴィンチの知るサーヴァントのエミヤ・オルタであったならばいくらシャドウ・ボーダーといえどもなす術なく破壊され、ダ・ヴィンチも脱落者となっていたことだろう。
だが、サーヴァントの反応のないエミヤ・オルタという目の前の存在にダ・ヴィンチは一つ仮説を立てた。エミヤは現代に生きる人間がサーヴァントとして座に登録された存在である。ならば生前のエミヤ・オルタがマスターとしてこの聖杯戦争の場に呼び出されたという可能性もあるということだ。
ダ・ヴィンチはエミヤという英霊やエミヤ・オルタという英霊の来歴を本人が語る以上のことは知らない。歴史書に名が残されることもない無銘の英霊達だ。それでもエミヤという名だけは知っている。
そこで一つの賭けに出たのだ。名前を出し「お前を知っているぞ」と牽制を仕掛ける事で警戒させ、こちらへの襲撃ではなく対話による平和的な解決に舵を切らせようと。
「さて、カルデアで召喚された彼と目の前の君の精神性が同じなら、ある程度の共闘はできると思いたいんだけどな」
そう呟きながらモニターに映る士郎をダ・ヴィンチが眺めていると、彼の隣に襤褸布を纏ったサーヴァント、トロアが戻って来た。それと同時にシャドウ・ボーダーの天井が揺れる。メステルエクシルも同様に戻って来たのだ。
「お、おねーさん、けがはしてない?」
「うん、大丈夫だよキャスター。君が作ってくれたシャドウ・ボーダーのお陰さ」
「へ、へへ……!ぼ、ぼくはつよいから、ぼくとおねーさんのつくった、シャドウ・ボーダーも、つよい!」
はしゃぐメステルエクシルをなだめつつ、ダ・ヴィンチはモニター越しに士郎達に向き直る。一つの修羅場は潜り抜けたが、今後の動き方という観点でみればここからが正念場だ。
「さて、それじゃあ話し合いと行こうじゃないかエミヤ君。悪いけどモニター越しで失礼させてもらうよ。車から降りて不意打ちなんてされたらたまったものじゃないからね」
「こちらから襲撃を仕掛けた以上は妥当な注文だろう。それで、どうしてオレの名前を知っていた」
「そうだね、君は自分が死後にサーヴァントとして召喚された、なんて言われて信じられるかい?」
「なんだと?」
怪訝な顔をする士郎を見て、当然の反応だとダ・ヴィンチも理解を示す。誰だって、貴方は死後にアーサー王やギルガメッシュみたいな英雄と肩を並べる存在として召喚されますよ、などと言われても困惑するだけだろう。
「信じがたいかもしれないけど事実さ。だから私が知っているのはサーヴァントとしてのエミヤ君だ。歴史に名は残っていないし身の上も教えてくれないから、下の名前すら知らない。分かっているのは抑止の守護者として召喚されること、かなりダーティな事も躊躇なく出来ること、そしてこんな聖杯戦争において自分の願いをかなえるために聖杯戦争に臨むような人格じゃないってことくらいかな」
「……こんな人間をサーヴァントとして呼べるとはそちらも真っ当な身の上じゃないんじゃないか?」
自虐の混じった言葉を士郎は返す。あまりにも荒唐無稽な話ではあるが、汚れ仕事に躊躇がないことやこの聖杯に叶えるべく願いがないということは当たっている。世迷言と一笑に付すには少々適格な箇所をモニター越しの少女は突いて来た形だ。
「まあ、否定はしないよ。そしてこちらのスタンスの話をすると、私も聖杯に対する願いは持っていない。この聖杯戦争……、特異点や異聞帯とも異なる事象のため便宜的に領域と呼称しているんだけど、この領域の解消が私の目的だ」
「具体的には?」
「この冥界からの脱出、またはこの領域の仕掛け人の討伐といったところかな。仲間の救援も呼べるなら呼びたい。少なくともこの異常事態を放置する気はないよ」
「脱出や仕掛け人の討伐の目当ては?」
「まだ何も。ただ、最近噂の深夜0時に開く店の店主なら何かを知っている可能性は高いと踏んでいてね。本当なら今日の今頃にでもコンタクトをとってお話をしようと思っていたんだけど、ちょっとしたトラブルで今日は行けなかったところに君が襲撃を仕掛けて来たってところさ」
つまびらかに自分のスタンスを朗々と語るダ・ヴィンチに対し、士郎は腕を組み、僅かに思考する。
「そちらの目的は分かった。一から十まで信用するほど目出度い頭はしていないが、事態の収拾が目的というなら確かにオレとあんたはかちあわないことになる」
「かちあわない、なんだ。正直なことを言えば協力できないかと思っているんだけど」
「会ってすぐの、しかも訳知り顔でこちらのことべらべらと喋る人間をそこまで信用するほど不用心じゃないんでね。寝首をかかれちゃ構わんさ」
「とはいえ、だ。君だって単独で動くのは少々厳しいんじゃないかな?この前の夜に出現した巨大な竜種のサーヴァントやそれと対等にやりあっていたのが2騎、福生市に降り注いだ光を放った正体不明のサーヴァント。そういった存在に君達だけで対応は出来るかい?」
「なるほど、その辺りの情報はそちらも抑えているという訳か」
「聖杯戦争を勝ち抜くにしろ、生き延びるにしろあれらは避けて通れない巨大な障害だ。せめて頭数を揃えて対応すべきだと思わないかい?」
共闘に乗り気の態度を見せなかった士郎に対し、ダ・ヴィンチは交渉のカードを1枚切る。おぞましきトロア、窮知の箱のメステルエクシル、共にサーヴァントの戦闘能力でいえば一級品だ。カルデアへの召喚に応じてくれたトップサーヴァントにも劣らないというのがダ・ヴィンチの評価である。それでもなお足りないと思わせたのが昨夜の都心部上空で起こった騒乱と、それよりも前に起きた二つの市の消滅だ。
エリアごと焦土とするような超高高度からの攻撃に対処できるのか、特異点で遭遇する竜種など鼻で笑うような実力を垣間見せた存在やそれと渡りあえる存在と真っ向から戦う事が出来るのか。単体では難しいというのがダ・ヴィンチの分析だ。
この聖杯戦争を、領域を解決するのであれば必ず向き合わなければならない強大な壁である。それは士郎にとっても共通認識であるとダ・ヴィンチは信じている。
「対象が脱落するまでの情報共有と非戦協定、戦り合う時に勝算があるのなら手を貸すくらいは考えてもいい。たしかにそいつらはこちらとしても目の上のこぶだ」
「うーん、まあそれならこちらも妥協点かな。君、集団行動とか好きじゃないだろうし」
「……面識のない人間が分かった風に人を語るな。まあ、否定はしないがね」
交渉が成立したことに、ダ・ヴィンチは内心で胸をなでおろす。
ダ・ヴィンチとて士郎を完全に信頼している訳ではない。エミヤ・オルタは必要とあればマスターすら手にかけることを厭わないサーヴァントだ。本来であれば競合相手である別の主従を目的達成のために利用することだって躊躇なくやってのけるだろう。そういった冷酷さを持っている事は把握している。だが、その冷酷さは事態の収拾を図るという最終目的に根差していることも理解していた。聖杯戦争における脅威の排除という一点に関しては信用できる相手、それがダ・ヴィンチによる衛宮士郎への評価だ。
連絡用に通信端末の連絡番号を交換し、話は続く
「じゃあ早速、情報共有と行こうじゃないか。こちらから渡せるものと言ったら、そうだね。今日あった黒い魔獣の使い魔の情報なんてどうだろう?」
「黒い魔獣?」
「うん、ここ江東区で遭遇した。何かを探しているようだったけれど遭遇するなり襲って来たから敵対的と判断していいだろうね。戦闘能力は私や君のサーヴァントなら問題なくあしらえる程度だけど、複数使役される可能性あり、物量で押されたりしたら厄介かもしれない」
「その使役主なら心当りはある」
早速交換した通信端末を使用して士郎からダ・ヴィンチに一つの動画が送られてくる。
そこでは巨漢のサーヴァントに弾きとばされる黒い魔獣の姿をしたサーヴァントの姿が映っている。SNSに流れていた動画だ。
「わお、ビンゴって感じの見た目だ。話し合いは……無理そうだね」
「だろうな。今日の昼に繁華街の方で噂のヒーロー達に撃退されたようだ。別の動画には同じ場所にいた氷と炎の怪人も写っている」
「氷と炎の怪人?それってもしかして巨人?」
「いや、身長は高いが巨人というほどでもないな。こいつだ」
「……あー、よかった。ヤバい奴が呼び出されたのかと思った」
士郎のいう氷と炎の半身をもつ怪人という言葉に、北欧の異聞帯で死闘を繰り広げた炎の巨人の姿を連想し顔を青くしかけたダ・ヴィンチであったが、士郎から送られた二つ目の動画に映った姿を見て安堵の表情になる。
「ところで、もしかしてこの怪人、さっきの魔獣の葬者だと思う?」
「魔獣と一緒にいたんだ。サーヴァントでなければ葬者なんじゃないか?」
「えー、何それ。うーん、遭遇記録のあるイフリータの亜種かな。魔術師とかそういう範疇を越えて人間じゃないよねこれ。対処しなきゃいけない問題がまた増えたなぁ……」
頭に手をあて、ダ・ヴィンチの表情がうへえと嫌気の色を濃くさせる。
明らかに人ではない見た目。妖精種である可能性も考慮しなければならない。
対マスター戦、特に防戦であればシャドウ・ボーダーを有することもあり、ある程度の自身を持っていたダ・ヴィンチであるが下手をすればサーヴァントともやりあえそうな存在がマスターとして存在していると知った以上、より用心をしなければならないだろう。
「あと、こちらで提供できる情報と言えば令呪狩りくらいか」
「令呪狩り?」
「ああ、派手に暴れているやつらの裏で着実に力をつけているようだ。昨日も一組やられた上で腕ごと令呪を持ち去られていた。どんな用途で使用されているかは説明しなくても予想がつくだろう?」
「なるほどね、表にならないところでも危険がいっぱいって訳だ。一先ずこれで危険人物の情報は共有は終わりかな」
「そうだな」
それで用は終わりとばかりに士郎は踵を返そうとして、足を止める。
「俺なんぞよりも、あの自警団気取りのやつらに声をかけるんだな。ああいう”正義の味方”ならお前の提案にも二つ返事だろう。マスクの蜘蛛男の方はともかく女の方は顔も隠さない不用心さだ、他の奴にも目をつけられるかもしれんぞ」
それだけを言い捨てると士郎は夜の路地裏へとその身を溶け込ませていく。
それに従う様にトロアの姿も霊体化したのか掻き消えていた。
「ト、トロア!こ、こんどは、かならず、ぼくが、かつからね!また、たたかおうね!」
何処かへと消えたトロアに向けてメステルエクシルが声を張り上げるがそれに応える声はなにもない。
かくして湾岸地帯の深夜に起きた小競り合いは収束する形となった。
メステルエクシルによって修復の始まったシャドウ・ボーダーの中、椅子に座ったままでダ・ヴィンチは緊張の糸が切れたように脱力する。
「つっかれた〜!」
ぐーっと両腕を上方に伸ばし、緊張した体をほぐす様に身をよじる。
突然の襲撃を受け、命の危機を身近に感じながらの交渉の成功。精神と肉体、両方の面での疲労感が小さな身体にずっしりと圧し掛かっていた。
「さて、と。そうしたら朝からの予定を立てないとだね」
脳裏に浮かぶのは去り際の士郎も言っていた自警団の二組だ。この聖杯戦争において参加者以外の人命を守り、周辺被害を抑える行為というのはなんの意味もない。だがそれをさも当然とばかりに行う存在をダ・ヴィンチは良く知っている。
仮に人類最後のマスターがこの場にいたとしたらあの二人と同じ行動に移っているだろう。
だからこそ放っておくことは出来ない。この聖杯戦争において悪目立ちをしているといっても過言ではない彼ら彼女らは優勝を狙う主従に目をつけられやすいだろう。早期の接触が必要だとダ・ヴィンチも理解している。
「問題はこの広大な東京で都合よく遭遇なんて出来ないってことだよねー」
素顔を隠していない少女はともかくもう一人はマスクで完全に顔を隠しており素性の特定はできない。見た目が割れている少女の方であっても人の波でごった返す東京でたった一人の少女を見つけることがどれだけの困難か。呼べば来てくれる、そんなヒーロー物のご都合主義がまかり通る訳がないのだ。
「せめて人通りの多そうな方向にいって遭遇することを祈るしかないかな。この近くなら千代田区に港区に墨田区……うーん、このまま豊洲やお台場を目指してもいいけど……まあ、おいおい考えようか。それに次の夜こそはテスカポリトカにも接触しないとだ」
口に出しながら今後の方針を考えていると、ドルン、とシャドウ・ボーダーのエンジンがかかる。破損したタイヤも含めて修理が完了したらしい。
「お、おねーさん!シャドウ・ボーダー、なおったよ!」
「ありがとう、キャスター!さーて、それじゃあシャドウ・ボーダー再出発だ!」
シャドウ・ボーダーが小さな希望と大きな力を乗せて再び走り出す。
小さな一歩でも前へ、前へ。その先にはきっと光が開けるのだと信じながら、シャドウ・ボーダーは夜の闇へと潜航する。
夜はまだ、明ける気配を見せない。
【江東区・木場/1日目・未明】
【グラン・カヴァッロ@Fate/grand order】
[運命力]通常
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]無し、強いて言えばシャドウ・ボーダー
[道具]無し
[所持金]潤っている
[思考・状況]
基本行動方針:この領域を解決する
1.朝から一通りの多そうなエリアで商売をする。候補は隣接する千代田区、港区、墨田区のいずれかか江東区に留まって豊洲あたりか
2.ヒーローの2人に接触したいけどどこにいるか分からないよ〜!
3.深夜0時になったらテスカポリトカの店に行って交渉する
4.危険そうな勢力には最大限警戒
[備考]
※衛宮士郎陣営と非戦協定を結びました。連絡先も交換済です。
※江東区において白面の者を捜索していた黒炎と戦闘し撃破しました。
※黒い魔獣と炎氷怪人陣営(紅蓮&フレイザード)の見た目の情報を得ています。
※3/31に東京上空で戦闘をしていた3陣営(冬のルクノカ、プルートゥ、メリュジーヌ)の戦闘を目撃しています。メリュジーヌは遠方からの観測のため姿形までは認識していません。
※郊外の2つの市を消滅させた陣営を警戒しています。
※令呪狩りを行っている陣営の情報を入手しました。
【窮知の箱のメステルエクシル@異修羅】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:ぼ、ぼくが、さいきょう!
1.おねーさんに、したがう!
2.トロア!ま、また、たたかおうね!
[備考]
なし
「良かったのか?」
「あの状況ではあれが最良だったさ。お人好しをまとめて厄介そうなやつらの排除に動いてくれるっていうんならこっちも楽が出来ていい。しばらくはあいつに情報を流せば勝手に動いてくれるだろう。取り決めた契約期限まではせいぜい利用させてもらうさ」
人通りもない裏路地を士郎とトロアが並んで歩く。
「それよりも悪かったな。あんたは仕事をこなしてくれたのにオレの見通しが甘すぎた。ここまで残るような奴らは一筋縄じゃいかないと痛感したよ」
「……」
士郎から告げられた謝罪を受け、トロアは鳩が豆鉄砲を食ったような表情で立ち止まる。
急に動きを止めたサーヴァントに士郎は怪訝な表情を浮かべながら振り返った。
「なんだ、その反応は」
「いや、すまない。短い付き合いだが、あんたからそういう事を言われるとは思わなかったんでな」
「自分のミスだ、謝罪くらいはするさ。ここまでは上手く立ち回ってこれたから機会がなかっただけだ」
やや憮然とした感情の篭った返答を受け、トロアの襤褸に隠れた表情が僅かに緩む。そのことに気付く者は誰もいない。
「それで、明日からはどうする?」
「最優先は令呪狩りだが、黒い魔獣の主従と昨夜暴れていた奴らも警戒したいところだ。後はそうだな、ヒーローの二人が見つかったんならダ・ヴィンチとやらの連絡先でも教えてやるさ」
「そうか」
トロアの相槌には何も返さず、士郎は歩みを進める。話すべきことは話したということだ。
先を行く士郎の背を見ながら、トロアは微かな安堵を見せる。
士郎の方針に乗ったとはいえ、聖杯戦争に乗り気でない巻き込まれた者にまで刃を向けることには多少なりとも抵抗を覚えていたことは事実だ。だが、そう言った参加者たちが一塊になることを士郎が是としたということは、たとえそれが打算的な理由から端を発していたとしてもここからは積極的かつ無差別な殲滅を行わない姿勢だとトロアは受け取った。
帰りたいものがいれば帰ればいい。帰れるのであれば帰ってくれればいい。聖杯戦争が聖杯に願いをもった者達だけによる蟲毒でないと知ったトロアの胸の裡にはそういう想いが涌いている
斬るべきものはおぞましきトロアである自分が斬ればいい。『こういうことは俺で最後だ』という義父の言葉がリフレインする。そう、この場において死神が必要であるならそれはおぞましきトロアが請け負うべきだ。そういうのは自分が最後でいい。内なる決意を秘め、トロアは葬者の後を追う。
光無き道を無銘の男と死神は往く。
光差さぬ道を黙々と。歩みが止まるその時まで、黙々と。
【江東区・木場/1日目・未明】
【衛宮士郎@Fate/Grand Order ‐Epic of Remnant‐ 亜種特異点EX 深海電脳楽土 SE.RA.PH】
[運命力]通常
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]干将・莫耶
[道具]無し
[所持金]食うには困らない程度
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯は破壊する。聖杯戦争に勝ち抜く気の主従に関しては容赦しない。
1.令呪狩り、黒い魔獣と氷炎怪人、3/31の東京上空でぶつかっていた陣営の調査。優先的に排除したい
2.ヒーローに会ったらダ・ヴィンチの連絡先を教える
[備考]
※グラン・カヴァッロの陣営と非戦協定を結びました。連絡先は交換済です。
※黒い魔獣と炎氷怪人陣営(紅蓮&フレイザード)の見た目の情報を得ています。
※3/31に東京上空で戦闘をしていた3陣営(冬のルクノカ、プルートゥ、メリュジーヌ)の戦闘を目撃しています。メリュジーヌは遠方からの観測のため姿形までは認識していません。
※郊外の2つの市を消滅させた陣営を警戒しています。
【おぞましきトロア@異修羅】
[状態]健康
[装備]魔剣をたくさん
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:斬るべきものを斬る。
1.葬者に従う
[備考]
なし
[共通備考]
江東区・木場公園にておぞましきトロアと窮知の箱のメステルエクシルの戦闘が発生したため公園内の各所が損傷しています
以上で投下を終了します。
それと誤字があったため候補話の鉄心の行方、およびおぞましきトロアの宝具名を修正いたしました。
投下します
考えねばならない事が無数にある。
そんな状況でも焦る事なく頭を回せるのは強者の特権だ。
結局の所聖杯戦争とは殺し合いであり武力の比べ合いである。
頼みにする戦力が脆弱ならその分焦燥にリソースを食われてしまうのは避けられない。
その点、オルフェ・ラム・タオと言う葬者には全くそちらの心配は要らなかった。
彼が保有する戦力は全ての葬者を引っ包めても指折りの猛獣だ。
少女程の矮躯でモビルスーツ並かそれ以上の力を発揮出来る正真正銘の怪物。
現状、オルフェの脳裏に彼女が膝を屈する未来は過ぎった試しすらない。
黒き騎士王。
反転せし理想の王。
一言――暴力の化身。
彼女の力に対する信用はオルフェの中で、件の"竜"達の台頭を知った今でも絶対だった。
あれは戦術兵器のような物だ。
適切に運用し、適切な局面に投げ込み続けるだけで自然と己の敵はその頭数を減らしていく。
間違いなく考えられる限り最善、そして敵からすれば最悪に近いワイルドカード。
だがだからこそ、足元を掬われない為の知略には余念を排しておく必要がある。
そう思いながらオルフェは生活の拠点としている洋邸の一室で紅茶を啜り。
予め調達しておいた資料の束に視線を落とし眦を細めた。
「宇宙への適応を見越した身体拡張、あらゆる既存疾患や障害に対する解決手段として期待される技術…GUND、か」
ベネリットグループなる企業が開発を推し進める新進の医療技術。
ベネリット自体覚えのない名であったが、この冥界では多種多様な場面でその名を見掛ける。
中でも目を引くのが『GUND技術』なる耳慣れない単語であった。
開発途上という扱いになってはいるものの鵜呑みにしていいかは怪しいだろう。
技術の真偽と如何については然程重要視する気もなかったが、現状異物感が際立って見えるのは否めない。
社会活動を笠に着て怪しく蠢く手合いが一枚噛んでいる可能性は高いとオルフェは睨んでいた。
だが厄介なのは今のオルフェには何の後ろ盾も無い事。
ファウンデーション公国宰相という元の身分を一部でも引き継げていれば大手を振って例の企業を漁る事も出来たろうが、単なる野良犬の一匹と化して久しい今ではそれも難しい。
“私の疑いが正しければ既にベネリットは諜報と暗謀の巣窟と化している筈。
単身でアプローチするのは、やはり今の私では難しいか…ままならんな”
資金力ならばそれなりの物を持っている自信はある。
だが狡知に長けた狐というのはいつの世も独りではない物だ。
アコードであるオルフェにとって心理の駆け引きは意味を成さない。
然し立場の無い今では猪口才な権力と数の多さが立派な障害になる。
それこそ、冗談でもなく騎士王の投下による殲滅が選択肢の上位に上がってくる程度には厄介だった。
何たる体たらく。
何たる落魄れぶりだと辟易を抱かずには居られない。
今も変わらずこの手に全てが在ったなら、事はすぐにでも完了しただろうに。
“疑いがあるという程度の段階で戦力投下に出るのはリスクが勝る。現状ではあちらがボロを出すまで静観せざるを得ないな”
この歯痒さは未だに慣れない物がある。
小さく嘆息しつつオルフェは資料から視線を外した。
すると視界に入って来たのは黒い影。
騎士王が彼方の方を見つめ佇んでいる。
黄昏れているのか、らしくもない――
そう思った所で怜悧な声が朝の静寂を揺らした。
「揺れているな」
「…何?」
「竜共が突いた藪からまんまと蛇が飛び出して来たか?
いや、それとも…この局面まで生き残る連中だ。
小兵なりに直感したか、死が近付いてきた感覚を」
空気が逆鱗を撫でるが如く。
冥奥にて息を奏でるもう一匹の竜は、死界に轟く戦禍の波を感じ取っていた。
既に戦は佳境に入っている。
怪物三種の乱痴気騒ぎはその事を告げる鐘の音だった。
そして騎士の王たるこれがそれを見逃す筈もない。
昂るように、猛るように、騎士王は静かに口角を緩める。
巷に雨の降る如く、世界中の死が蠢き始めた。
であれば当然。
これぞ狩り時、機は満ちた。
「出るぞマスター。王の威光と言う物を示す時だ」
「近いのか?」
「少なくとも空振りには終わるまい。虎にしろ、蛇にしろ…鼠にしろ。この剣の錆に出来る何れかには当たるだろう」
「…解った。その勘を信じよう」
斯くして騎士王は出陣する。
隣に立つのはもう一人の王。
遠未来の或る星にて立ち、そして敗れた哀れな人間。
凡てを失い、然しそれでも尚天を見上げる被造物。
冥界に嵐が吹くのなら。
彼らはそれをも飲み込み猛る津波となる。
騎士の名はアルトリア・ペンドラゴン。
堕落せし理想の王、そして遍く運命を断首する聖剣の卑王。
冥府への導き手に仕える、死で死を戮する――黒騎士(ブラックナイト)である。
◆ ◆ ◆
「春だねぇ」
「そうれふね」
四月にもなると暖かい日も増えてくる。
朝晩は肌寒さが残るが、日が照り始めてからは肌に汗が滲む事も多い。
かと言って気温は高すぎず、所謂過ごしやすい陽気という奴だ。
アイスキャンデーの季節にはまだ早いが、釈迦とその葬者プラナはソーダ味のキャンデーを咥えながらその陽気の中を歩いていた。
若々しい華やかさと熟成された男らしさを併せ持った顔立ち。
その上自分の正体を隠そうとする事もない堂々たる歩みと振る舞い。
そんなだから釈迦は町でも相応に名の知れた有名人と化しつつあった。
道を歩けば老人は手を合わせるし、子供は親しげに話し掛けて来る。
まさしく宗教じみた光景だが、誰もそれを疑問とは思わない。
有名人だからと言って写真を撮るでもなく、日常の一風景として愛し有難がる。
宗教と聞いて思い浮かべる怪しさや胡散臭さは何処にもない、安らぎに溢れた一シーンだ。
「…それにしても、いつまでもこんな事をしていていいのでしょうか」
「んー? なんで?」
「私はあなたと共に歩むと決めた身です。勿論不満等ある訳ではありませんが…
こうして姿を晒し続けていては必然、良からぬ者に見付かってしまう可能性もあるのでは?」
「だからって隠れ潜んでコソコソってのは陰気臭ぇだろ。やっぱり新しい土地に来たらまずは旅しないとね」
プラナの懸念は尤もである。
実際、見る者が見ればすぐに英霊連れの葬者だと解ってしまうに違いない。
只釈迦はさしたる問題と捉えた風でもなく堂々足を進めるのみだ。
そして困った事に、その無責任とも言える言葉に自然と説得力が宿っているのがこの男の罪な所。
偉そうな説法は垂れないし荘厳な奇跡を魅せて人心を掴む訳でもない。
自然体。彼はそれ一つを武器に揺らぐ事のない正道を歩んでいる。
この死に満ちた虚ろの町に蓮の花を咲かし、菩提樹の爽香をそよ風に乗せ漂わせている。
神話では有り得ない。
人だから成し得る光景。
人の英雄。
人の救世主。
狂おしい程の我儘男。
故に釈迦。
「そういう物なんでしょうか」
「そういう物なのさ。だから楽しいし、実にもなるんだ」
王の座を蹴って蓮座に座ったシャカ族の王子は舞台が何処になろうと変わらない。
時々おかしくなる癖のあったあの"先生"とさえかけ離れた奔放は時にプラナの常識を破壊する。
宇宙を背景にした猫みたいな顔になった事もこの一月で数知れず。
それでも何故だか辟易しない。
不思議と気分は常に落ち着いて、深緑の森の中でブランコを漕いでいるような心地に包まれているから実に不思議だった。
シッテムの箱のOSに過ぎない自分にそんな経験などある訳もないにも関わらず、である。
世界が広がる。
新しく知るまでもなく満ちていた筈の知識が、白黒のデータでしかなかったそれが色鮮やかに染め上げられていくのを自分でも感じる。
この果てに待つ到達点が彼の言う所の"悟り"なのだろうか。
だとしたらそれは――其処は。
一体どのような色と匂いに溢れているのだろう。
「プーちゃんも良い顔になって来たね」
「微妙。自分では余り自覚がありません。いつもと違う表情を浮かべた記憶も特には」
「別によく笑う奴が偉い訳じゃねぇ。よく泣く奴でも、キミみたいに仏頂面な奴でも良いのさ。
それでもやっぱり"良い顔"ってのは見りゃ解る。
真っ直ぐ全力で生きてる奴の顔ってのは、それがどんなツラでも良いもんだ」
「…ふむふむ。一応メモに残しておきます」
「プーちゃんって真面目過ぎて一周回って変な所あるよな」
「心外。これは私なりに悟りの道程に向き合った結果であって…」
牧歌的。
まさにそんな光景だったが。
不意にその足が止まる。
彼ら二人が全く同時に"それ"を視認したからだった。
「…へえ」
黒い女が立っていた。
頭髪は色素の薄い金色。
肌も白磁と呼んでいい白さで黒点の一つも見受けられない。
唯一纏っている当代風の服装には黒色が見て取れたが、無論そういう話をしているのではない。
逆にこれ程美しく、儚ささえ感じさせる外見要素を押さえているにも関わらず。
その女は吸い込まれそうなまでの黒を湛えていた。
墨のように黒々とした闇の色彩を釈迦は美しき立ち姿に見た。
確かに美しい。
だがそれ以上に、恐ろしい。
肌がピリ付いて陽気を吹き飛ばす寒気が骨まで届く。
釈迦は口からアイスの棒を抜き、口内のソーダ味を飲み込んで笑みを浮かべた。
「相当出来んね、キミ」
「意外に俗だな、救世主」
プラナはその隣で身を固くする。
釈迦をして仏頂面と称する彼女の表情は、今明確な強張りを見せていた。
純然な生命であるかどうかなんて関係はない。
僅かでも思考する能力があれば。
感情に類する機能を持つならば。
この女を前にして危機を感じ取れない筈はないと、少女は理屈抜きにそう理解する。
それ程までに圧倒的な存在感。
呼吸の一つ、仕草の一つ。
痩身で為せる全ての行動で他者を蹂躙する肉食の獣。
それが、プラナの観測した騎士の姿。在り様。
――反転せし騎士王が、静かに悟りの道を阻んでいた。
◆ ◆ ◆
オルフェ・ラム・タオの心にあるのは呆れだった。
アコードの力に頼るまでもなく獲物と解る堂々たる歩み。
だがそれは、どうやら自分達のように敵を炙り出す為でさえない。
あらゆる理屈に合わず、一言で言うなら愚かとしか言い様がなかった。
“此処まで"なっていない"連中でも、この段階まで生き残って来られたのか”
旅をする。
日常を生きる。
悟りを目指す。
理解不能の指針(イメージ)が白髪の少女を通じて自分の脳内へ流れ込んで来る。
一顧だにする価値もない思想だった。
故にオルフェは早々に思考を打ち切る。
意味がない、と判断したからだ。
少女の思考を聴くのを止め、視線を騎士の背中へと移す。
「此処は人が多い。やるならもう少し開けた所でだ」
「豪胆だな。この私を前に怯みもしないか」
「いーや? そうでもないよ。ちょっと楽しみなのは否定しないけど」
「…良いだろう。私としても久々に愉快な戦になりそうだ」
いや。
正確にはその向こうに佇む、額に黒子のある男を見ていた。
オルフェの時代に彼の逸話は残されていない。
だがこの冥界で生きていれば、嫌でも彼の遺した痕跡にぶつかった。
即ち仏教。
誰もが日常的に、深く思いを馳せる事もなく仏の教義に親しんでいる。
それがこの現代日本で、故にオルフェも必然として彼の者の名に行き当たっていた。
即ち仏陀。
その開祖。
王になる道を示されながら、それに背を向けた愚かな男。
ゴータマ・シッダールタ――そして一度彼の名を知ってしまえば、最早誰に言われるまでもなく目の前の男の真名に気付く事が出来た。
そう。
騎士に示されるのを待たずして、オルフェ・ラム・タオも釈迦を釈迦と認識したのだ。
“………なんだ、あの男は?”
オルフェは仏の教えに共感しない。
その教えと主張は無責任だ。
大らかと言えば聞こえはいいが実情は尤もらしい事を言って煙に巻き、責任を投げ捨てているだけだと解釈した。
絵空に挑む気概もなく、悟り等という抽象的な自己完結で悦に浸る呆けた宗教。
それは正しい導きではない。
認め難く不完全で、見るに堪えず醜悪だ。
そう思っていたし今もその認識は変わらない。
だと言うのに。
一目見た瞬間、脳ではなく魂で理解させられた。
嗚呼、まさしくあれこそが釈迦であるのだと。
“何故笑う。この黒騎士を前にして、尚”
此処までの戦いにおいて。
騎士王の異霊たる彼女に恐れを成さなかった者は一人も居なかった。
事実彼の隣に立つ白髪の娘の緊張は力に頼らずとも見て取れる。
だがあの男は真実、全く脅えや萎縮の感情を抱いていない。
単なるペテン師の腹芸では黒王の魂にさえ響かす威圧を誤魔化す等不可能だ。
セイバーの強さはオルフェが誰より知っている。
モビルスーツに搭乗し、命を懸けた闘争に臨んだ経験の有る己でさえ思う。
この女の強さは異常だと。
とてもではないがこの武力に正面切って抗える者が存在するとは思えない程に、彼女は強い。
ではあの笑みは、揺るがぬ佇まいは何か。
よもや本当に黒き騎士王を相手取り、勝利出来る等と信じているのか――。
優れたる新人類(アコード)は心に精通する。
意思を伝え、操り、それらの大前提として読み取るのだ。
それは決して人間相手に限った話ではない。
かつて人間であった存在にも当然の理屈として適用出来る。
故にオルフェは此処で、この不可解に得体を与える事を試みた。
意識を覚者へと集中させる。
単なる虚仮威しならば嗤ってやろうと、持ち前の傲慢さを存分に発揮して。
…或いは本能の部分から湧き上がる畏れの感情をそれで掻き消すように。
オルフェ・ラム・タオは、目覚めた者の感情を受信し、そして――
――次の瞬間、彼は蓮の花が咲き誇る見果てぬ大地に立っていた。
川のせせらぎ、水鳥の囀り。
ひらひらと舞い飛ぶ蝶々、木の実を齧る栗鼠。
空は塩湖を思わせる透き通った青を一面に湛え。
吹く風はあらゆる汚濁を浄化する清らかで満ちている。
この広大の中に一人残されているのに微塵の孤独もない。
踏みしめた大地から伝わる草木と土の感触さえもが優しい。
空から照らす日光は暖かいのに暑くない。
遠い彼方の方にまでこの優しさが果てしなく、余す所なく広がっているのが直感で理解出来る。
視力の領分を超えた認識能力は比喩でなく千里にまで届き。
自己という一が矮小な一粒に過ぎず、然し無限の価値を有している事を知らせる。
一が全と調和を果たし世界が個人と完全に融和している。
脳内に雪崩込む情報の全てに悪意がない。
只管に優しく、只管に満たされた世界。
一面の充実と一面の潔白。
苦患はなく、呵責もない。
そんな情報が失墜した王の脳へ清流として流れ入る。
そしてそれが、永劫に完結しない。
終わらないのだ。
この楽土(イメージ)には果てがない。
無限と称するに相応しい景色が脳のニューロンを浸水させて且つ決して溺死させない。
忘我の境地とはまさにこの事であった。
我を忘れ、煩悩から解き放たれ、永久に世界へ親しむ歩みの極致。
これでさえ片鱗でしかない到達の景色を、オルフェ・ラム・タオは見て。聴いて。触れて…
「見るな」
「…ッ!」
繋がってしまった無限を黒の一閃が断ち切った。
途端に意識が現実へと帰還する。
最早あの楽土と自然は何処にもなく。
凡てを満たす充足も感じられない。
目前に広がるのは見知った苦患の都市。
同時にオルフェが覚えたのは吐き気にも似た絶大なまでの悪感だった。
「それは王(おまえ)には必要のない夢想だ。
目を凝らさず、耳を貸すな。只敵として処断しろ」
これは駄目だ。
此奴は駄目だ。
生かすな、存在する事実を赦すなと全神経が告げている。
あの光景は屈辱だった。
耐え難いまでに意義を踏み荒らす体験だった。
何が許し難いか。
騎士の声がイメージの受信を断ち切るまで、己は一度も憤懣を抱けなかった事実だ。
あの瞬間、確かに己は満たされていた。
凡てが在る境地という物を幸福として享受してしまっていた。
それが駄目なのだ。
それだけは認められないのだ。
今すぐにでも救世主の首を削いで頭蓋を踏み砕かなければならぬとオルフェに強くそう認識させるのだ。
「…セイバー。あの男を必ず討て」
「貴様に言われるまでもない」
「理解している。その上で、命じている」
「……」
デスティニープラン。
遺伝子を至上とし、人類を管理する事で救済するという思想。
その時代、既に社会は行き詰まっていた。
終わらぬ戦争、尽きない流血。
それを終わらせる運命が必要だった。
その為にオルフェが、彼らが生み出された。
だから彼は一度の挫折で腐る事なく歩み続けているのだ。
人類未踏の平和を成し遂げ生まれた意味を果たすその為に。
その為に、今も戦い続けている。
だが、いやだからこそ。
オルフェ・ラム・タオは釈迦の存在を容認出来ない。
「殺せ。私の、王としての言葉だ」
「先刻まで呆けていた要石が大きく出たな。だが」
無限より抜けて。
楽土から醒めて。
嫌悪が去来するよりも早く、オルフェは思ってしまった。
理解してしまったのだ。
形はどうあれ世界を救いに導く為に戦う者。
その使命に誇り以上の心血を注いで向かい合う者。
そんな彼だから解った。
解らされてしまった、あの瞬間。
思って、しまった。
――この男ならば或いは本当に、世界を――
「良かろう。貴様の訴えを聞いてやる」
…こうして戦いがまた一つ幕を開ける。
葬者の行く末を賭けた英霊と英霊の神域闘争(ラグナロク)。
蹂躙するは今は遥か円卓の"騎士王"アルトリア・ペンドラゴン。
悟り守るは人類史上最強のドラ息子、釈迦。
終末の番人が吹くギャラルホルンの音はなくとも。
この冥界では――世界でなく己の存亡の為に、最強どもが殺し合う。
◆ ◆ ◆
場所を変えた。
釈迦の提案を呑んだのは只の善意ではない。
反転したアルトリアは名君ならぬ暴君。
誇りは解する、風情も解する。
だが則るとは限らない。
その彼女が態々則ってやった理由は一つ。
町中で何も顧みず打ち合えば横槍が入る可能性を否定出来ない。
そんなリスクを抱えた上で相手取るには、この覚者は聊か以上に重たい相手だと踏んだ。
気位高き暴君がそう判断した事実の重さ。
それがオルフェには解る。
だが同時に釈迦もまた、目前に立つ美しき騎士の姿を見てこう思っていた。
“ヤベーな。此奴オレより強くねぇか?”
釈迦は人類と神々の最終闘争に列席した男だ。
それも優位に立つ筈の神側から招聘を受けた。
最終的に彼自ら人類側に鞍替えこそしたものの、神さえ彼を欲したのだ。
そして彼は最終闘争の果て、悪の凝集体たる魔王を討ち果たしている。
つまり人類史の中でも有数の強者。
人類最強を豪語しても物言いが付かない程の猛者なのである。
その彼が、謙遜抜きにこう思った。
即ちそれは、この騎士王があの最終闘争を基準に考えた場合でも変わらず怪物を名乗れるだけの使い手という事を意味しており…
「もう注文は無いな。あっても聞かんが」
「良いよ、あんがとな合わせてくれて」
「そうか」
アルトリアの靴底が砂を踏む。
地を撫でるように動き、細身の体躯が揺らめく。
静寂は刹那。
やはりそれを最初に破ったのは暴虐の騎士王だった。
「では始めるとしよう。退屈だけはさせるなよ、蓮座の主」
刹那の後。
須臾にして騎士が颶風と化す。
釈迦の懐に入るまで一秒と掛からない。
振るわれる聖剣はその実一撃にして霊核まで断ち切る凶剣。
逆袈裟に放たれた剣閃は初撃でありながら既に釈迦の命脈へ迫っている。
が、金属音と共に聖剣の行方は阻まれた。
釈迦が抜き放った棍状の神器。
神秘でこそ妖精が鍛えた聖剣に敵わねど、神の名に偽りない強度を持つそれが暴虐の一刀を空振りに終わらせたのだ。
「…がっつくねぇ。よく食べる女の子は見てて愉快だけど」
「おまえのように粗食ではなくてな。敵であれ、飯であれ、余さず喰らう質だ」
神器の銘は『六道棍』。
その名の通り六道を体現する釈迦の業物。
棍の形が組み変わる。
棍から大斧(ハルバード)へと。
壱之道・天道如意輪観音『十二天斧(ローカパーラ)』。
聖剣と打ち合うに適した形への変化を了すると同時、次は釈迦が仕掛ける。
「オレも実は結構食うよ。特に甘い駄菓子にゃ目がなくてね」
「…!」
騎士王の眦が動く。
速い。
だがそれ以上に動きの精緻さが異常だった。
的確に穿たれるウィークポイント。
咄嗟に受け止める事には成功したがたたらを踏むのは避けられない。
其処にすぐさま振るわれる連撃。
単なる宗教家の枠には決して収まらない武芸の冴え。
唯我独尊の在り方を示すような釈迦の仕掛けは掴み所のない気性とは裏腹に酷く鋭い。
返しに移りたくても単純な詰将棋のように迷いなく打たれる次の手がそれを封じて来る。
騎士王アルトリア、この冥界に於いて初めての苦戦であった。
少なくとも力任せに踏み躙って平らげられる手合いではない。
予想通りに唯我独尊は唯我最強――アルトリアの口角が吊り上がる。
よって、此処でギアが上がる。
赤黒の魔力を纏わせて切り上げた。
力任せに釈迦の連撃を崩しに掛かったのだ。
そしてその判断は功を奏する。
流麗ですらあった釈迦の手が僅かだが途切れた。
この一瞬を騎士王は見逃さず好機に変える。
得物ごと粉砕する勢いでの一閃を大上段から振り落とした。
王の処断の象徴、ギロチンを思わす斬撃に釈迦の肌を汗が伝う。
止めるだけで代償に骨が軋む程の一撃。
私が上でおまえは下だと突き付けるような一振りに、釈迦は地を蹴って後方へ逃れるのを余儀なくされた。
「ッ痛て…馬鹿力過ぎだろッ」
「そう思うなら、それは貴様が弱いのだ」
一度でも主導権を渡せば忽ち抑えが利かなくなる。
騎士王の剣技は極限まで洗練された実戦由来の物だ。
即ち、その太刀筋には一切の遊びがない。
その上で霊基反転による凶暴化と純粋な基本性能の向上。
これが手伝って現在のアルトリアは正しく超人と呼ぶのに相応しき領域にある。
禍々しい魔力光に煌く剣筋は神器さえ軋ませる破壊の極み。
されど、それでも尚釈迦は巧かった。
捌けているのである。
アルトリアの刃を受け止めながらも致命傷を避けて凌ぎ続ける様はまさに神業。
騎士王の剣技は基本に忠実な剛の剣だ。
故に読み易くはあるのだが、かと言ってそれをこの実戦で体現できる者が一体どれだけいると言うのか。
凡そ尋常ならざる領域にある技量。
だがそれも長くは続かない。
技を食い潰す圧倒的な力が戦線を押し上げ続け、聖剣の連撃は速度を更に増す。
一呼吸で振るわれる斬撃が二撃三撃と増え始める。
これに合わせてセンスに任せた応戦という前提が崩れ始め、シーソーゲームの体が崩壊していく。
「チッ…!」
釈迦の舌打ち。
アルトリアは既に釈迦の土俵を凌駕している。
無理繰りに食い下がる事は出来ても、この暴君を相手に腰を据えて戦う事がどれ程危険かは釈迦とて重々理解している。
リスク承知で攻めに転じるか。
決断と共に六道棍が、アルトリアの暴政に倣うようにその姿を変えた。
次は金棒だ。地獄の鬼が振るうそれが如く、刺々しく無骨な極太のフォルムが顕現する。
弐之道・畜生道馬頭観音『正覚涅槃棒(ニルヴァーナ)』。
これだけの速さでの形態変化に成るとは釈迦自身予想外だったが、六道棍の利点とは相手・状況に応じて最適な形を取り応戦出来る点にある。
そして実際、正覚涅槃棒への変形は押し切られ掛けていた戦線に一石を投じる結果を生み出した。
「器用だな。然し聊か見窄らしいぞ、救世主の名が泣いている」
脇腹を捉える筈だった剣先を金棒の棘で弾く。
其処から懐に飛び込んでの剛撃一閃、アルトリアの顎を狙って振るわれる涅槃棒。
アルトリアはこれを半身後ろに下げる事で回避。
同時に、振り終えた釈迦の首を刎ねるべく真横に剣を振るった。
だが。
「ッ…!?」
次に驚愕するのはアルトリアの方だった。
剣を振るうと同時、喉笛に衝撃を受けたのだ。
釈迦の肘鉄が神速で振るわれる一太刀を掻い潜り自身に触れた。
そう認識した時、既に釈迦の姿は断頭台と化した聖剣の軌道内には居ない。
より身を低くし、アルトリアの懐の中というごく狭い空間の中で生存圏を確立していた。
「そういうキミは随分せっかちだね。折角遊ぶんだ、もっと対話(オハナシ)してこうぜ?」
「戯言を…!」
その上で正覚涅槃棒を曲芸のように激しく振るう。
元々肉薄からの接近戦を想定された形態である涅槃棒に釈迦の技量が加わる事で、金棒という無骨無粋な得物から繰り出されるとは思えない速度と質が実現される。
針の穴に糸を通すような鋭さ。
そしてアルトリアのお株を奪うようなパワフルな剛撃。
これが外す余地のない超至近の間合いから放たれ続けるのだ。
だがアルトリアとて唯ではやられない。
釈迦が振るう得物が武器としての性能は兎も角、その形状故に小回りに劣る事は見て解る。
技巧の高さである程度は誤魔化せているが、ならば力に任せた理不尽で押し潰すまで。
「手緩いぞ、覚者!」
逆鱗の魔力放出。
肉体そのものを起点に魔力を猛らせる無体が技の出番を強制的に終わらせる。
有り余る程の魔力に物を言わせたパワーファイトの極致。
近距離で炸裂した騎士王の魔力が釈迦を強引に跳ね飛ばした。
足を地に杭の如く突き立ててどうにか踏み止まったようだが、王の処断に変わりはない。
不遜にも王へ一撃加えた罪状への判決は死以外になく。
放出の勢いを色濃く残した斬閃が救世主を両断せんとする。
…いや、正確には"した"。
「どっちがだよ、じゃじゃ馬」
「ご、ッ――…!?」
釈迦の選択は回避。
動作は最小限に身を傾けるだけに止めつつ、騎士王の裂帛を完全な無傷で凌ぎ切る。
考えられる限り最も完璧な形での回避。
あろうことかそれとほぼ全く同時に、涅槃棒を迅雷の如く突き出した。
騎士甲冑の胸元に直撃した仏罰の一撃がアルトリアに唾液を吐き出させる。
それだけには終わらない。
次いで彼女へ降り注いだのは、涅槃の静寂とは全く相反した打擲の嵐だった。
釈迦が攻める。
攻め続ける。
それは極地にて吹く風。
煩悩を罰する嵐に他ならぬ。
目視すら難しい速度で降り注ぐ打撃、その中に一発たりとて生易しい物はない。
そして何より恐ろしいのが、百を優に超えるだろう数任せの連撃、その全てが有り得ない程の冴えを宿している事だ。
己が想定していた"流れ"を徹底的に始動の段階で潰して来る。
こと戦闘という事柄に於ける一つの理想論。
されども誰もがすぐに不可能と気付き諦める極論の戦闘論理。
無論アルトリアでさえ例外ではない。
それを釈迦は成し遂げている。
もしも敵手が誉れも高き騎士王でさえ無かったなら、何一つ面白味等なく戦端は終結していた事だろう。
「…成程。これが釈迦(きさま)か」
黒王の口から苦笑が漏れる。
漸く彼我の役者の違いを理解したのか。
自分が挑んだモノの大きさを理解し、抗うのを諦める境地に至ったのか。
否だ。これは断じて辟易を意味する貌ではない。
喩えるならばそれは、獲物のねぐらを見付けた獅子のような。
諦めや屈服とは真反対の、目前の事象を食い殺すと決めた肉食の笑み。
その証拠に釈迦の眉間に皺が寄る。
恐らく、戦いを観戦している二人の葬者には騎士王の劣勢としか見えないこの状況で。
菩提樹の悟りに至り救世主の冠を戴きながら、自らの自業自得でそれを剥奪された"人間"だけが――これから始まる悪夢を予見していた。
「――良い目を、持っているな?」
ゾ、と。
釈迦の背筋に悪寒が走る。
アルトリアの不敵な言葉に気圧されたのではない。
釈迦の視界に映る、今この瞬間には存在しない"アルトリア・ペンドラゴン"。
正確に言うならば今から五秒先の未来に於ける彼女と、目が合ったからだ。
“…おい。マジで言ってんの……!?”
…釈迦の武芸は圧倒的なセンスと経験に裏打ちされた天衣無縫の其れである。
だがそれだけではない。
彼はその培って来た物に加えてもう一つカードを隠し持っている。
正覚阿頼耶識。
技術の延長線上に存在する"予測"ではなく、正真正銘の未来視能力。
それが釈迦の超人を通り越して超常的なまでの詰めを支えるトリックだった。
この世に於いてあらゆる存在は、肉体ではなく意思に縛られている。
だから本人は咄嗟に行動しているつもりでも、その実それよりも先にまず意思が動いているのだ。
釈迦はこれを"ゆらぎ"と表現する。
肉体よりも意思が先に動き。
そして意思の動きは、魂の"ゆらぎ"へ繋がる。
釈迦が見ているのはこれだ。
この"ゆらぎ"を、極致へ至った覚者は情報として視認する事が出来る。
肉体が動く段階に至る前に相手の行動を把握出来るのだから、まさしくそれは未来視と呼ぶに相応しい芸当だ。
たとえ誉れも高き騎士の王だろうが魂を不動のままに肉体を動かす事は敵わない。
故に釈迦は彼女に対し、いつも通りに圧倒的な優位を抱えるに至っていた。
未来視で全ての選択肢を先んじて潰しながら確実に削り切る無体なまでの正面突破。
――そう、今この瞬間までは。
もとい、五秒先の未来までは。
手品の種は暴かれた。
突き付ける宣告と共に騎士王の動きが激変する。
より荒々しく、より力任せ。
一見すると精彩を欠いてさえ見えるが、彼女は只の力自慢ではない。
その身に宿す力は平時と変わらず、いや平時と比べて尚上を行く災害そのもの。
その次元にもなれば只雑に振り翳すだけでも脅威となる。
それどころか釈迦のように理屈ありきで戦う者にとっては定石に嵌っている状態よりも格段に厄介だ。
「ッ、く…! ぐ、ゥ……!?」
"ゆらぎ"の段階で未来と目が合う。
一体どれ程鋭敏な感覚を以って戦いに没頭していればこうなるのか。
この最高の意趣返しが可能なのか。
釈迦をして解らない。
故に驚嘆する。
最終闘争にて戦ったあの魔王さえ決してこれ程ではなかった。
瞬間に殺到する剣戟。
威力を落とす事なく然し速度のギアが桁外れに上がっている。
アルトリアの感覚はあくまで直感の域を出ない。
予知の制度では正覚阿頼耶識に数歩及ばず、よって釈迦と同じ芸当を演じる事は不可能。
だがそれでも極限の技巧と力さえあれば――意趣返しの猿真似なら出来る。
「どうした。笑みが引き攣っているぞ」
笑みの種別が逆転する。
釈迦は戦慄を蓄えて。
騎士王は嘲笑を湛える。
まさに暴嵐そのものの剣雨を凌げる時点でも十二分に破格だったが、これは明らかに彼の対処出来るキャパシティを超えていた。
旅路の中で鍛え抜かれた肉体から血風が噴き出す。
一つ一つは小さくとも積み重なれば立派な不覚になる。
偉大なる仏陀の体から鮮血が散る光景はそれだけで酷く悲劇的な絵だった。
一つの神話、信仰の凌辱。
黒き王の剣は蓮の楽土さえ意のままに穢し虐殺する。
「語るに落ちるか? ゴータマ・シッダールタ」
「…言ってくれるね。顔に見合わず意外と毒舌じゃんか。ギャップ萌えって奴?」
正覚阿頼耶識はあくまで未来を垣間見るだけの力。
それにどう対処するかは釈迦の選択と力量次第でしかない。
未来が解っていても、それが彼の範疇を超える光景であれば為す術はないのだ。
その弱点をアルトリアは痛烈なまでに指摘していた。
基礎の攻撃力が破格過ぎて、どう来るか解っていても見えた未来へ切り込めない。
メスを入れる余地がない――故に取れる選択は最早一つだった。
正覚涅槃棒を渾身の力で足元に叩き付け、衝撃を利用して至近の間合いから離脱する。
釈迦は武芸者だが戦士ではない。
よってつまらない拘りに縛られる事もない。
自ら仕掛けた勝負から逃げようが生きていればいい。
それを屈辱と思わない思考の柔軟さもまた、彼という英霊の強さを支える一つなのだったが…然し。
「逃がさん」
アルトリアは即座に猛追する。
悪竜の咆哮宛らに唸りをあげる凶剣。
一振りで大地を抉り空を裂く騎士王の斬撃が逃げる釈迦を追い立てる。
体勢を立て直す暇など与えない、戦場は常に強者の都合で回る物だ。
数から質へ。
仕切り直しに合わせて剣の真我(いろ)が切り換わる。
だが其処に絶対的な破壊が伴う事だけは不変だった。
猪口才な神器ごと叩き割る勢いで振るわれる一閃に、釈迦は本気で己の神器が砕け散る光景を幻視する。
未来が見える筈の彼にそんなイメージを抱かせる程に、アルトリア・ペンドラゴンは強い。
「はッ――!」
釈迦が歯を見せる。
その間も遍く人々を救うべき彼の両手は、目にも留まらぬ速さで動き続けていた。
人外の速度と威力で猛追して来るアルトリアの剣戟を釈迦は最小限の動きで捌き続けていく。
手を焼いているとはいえ阿頼耶識の未来視は健在だ。
其処に彼自身の技巧が合わされば、如何に相手が円卓の騎士王と言えども易々と突破する事は叶わない。
「捨てたもんじゃねぇなぁ人類史! オレも色んな奴等を見て来たが、まぁだこんな強ぇ奴が隠れてやがったか!」
「己の無知を知ったか? それしきの知見で悟った等と豪語するとは、井の中の蛙も甚だしいな」
「堅苦しく考えんなよ。悟りってのはもっと柔軟でウィットなもんなのさ――知らない事、新しい事、見た事ねぇかっけえ奴。
キミみたいなのと偶然出会って鼻明かされんのも人生の楽しみの一つだろ。つまらなくする為に悟り開くバカが何処に居る?」
アルトリアは改めて驚いていた。
この冥界を侮っていた訳ではない。
例の怪物三種に限らず、此処には聖杯戦争に呼び込むという発想自体がズレている、そういう類の存在が居る。
それは彼女も既に感じていた事であったし、よもやこれまでのような横綱相撲のみで勝ち抜けると楽観視する程彼女は莫迦ではなかった。
だがそれでも…生き物としての基礎値で明らかに己と差があるにも関わらずこうまで食い下がれる輩と早晩出会すとは思っていなかったのだ。
これが釈迦。
これが蓮座の主。
神をも恐れぬ大胆不敵な振る舞いも、ひとえに何が起ころうと彼には何も問題無いからというだけだった事を理解する。
「肩の力抜いてこうぜ…、なんて言葉は今のキミには無用かな? 王様よ」
「――ほう。参考までに聞いておこうか、何処で気付いた?」
「釈迦(オレ)の居るタイプの人類史で此処まで仕上がった剣士なんて知れてるでしょ。
まさか女の子だとは思わなかったけどね。おまけに死ぬ程グレた猛獣娘と化してると来た、誰が予想出来んだよそんなの」
騎士王アーサー・ペンドラゴン。
目前の黒く染まった暴君が"それ"とは全く冗談じみている。
だが彼女の振るうその剣の苛烈がその信じ難い事実を真実であると語っていた。
道理で強い訳だと、釈迦は思う。
強さだけで言っても最終闘争で戦った"魔王"に匹敵、いや確実に凌駕。
技の面では完全に上を行っているという人界神界引っ括めて尚際立つ出鱈目ぶりも、真名がそれだと思えば納得が行く。
「一体何があってそんな事になっちゃったのさ、騎士王の異霊(オルタ)ちゃん」
「貴様に語る義理はないな。この臓腑でも抉って聞き出して見るといい」
よくぞ見抜いた。
では死ね、と。
騎士王の魔力が再び迸る。
いや、荒れ狂うと形容すべきだろう。
実際に浴びずとも余波だけで骨肉を苛む禍々しい魔力。
それに騎士王の武芸が乗って振るわれるというのだからまさしく悪夢だった。
一振り毎に釈迦を衝撃で後退させる。
其処に間髪入れず絶速の追撃が来る。
単純、明快、故に最強。
子供でも解る荒唐無稽な無体極まりない強さが此処にある。
騎士王の剣が釈迦の首筋を斬り裂いた。
然し斬られた彼でなく斬った彼女の眉が動く。
浅い、と手応えで理解したからだ。
釈迦は最早未来視で抗える領域を超えつつある暴君の剣に対し、然し何処までも冷静だった。
一寸でも見極めを誤れば致命傷という賭けへ堂々挑み、当たり前のように勝つ。
脈の手前を通り過ぎた剣閃が次撃に変わる前に涅槃棒の一撃でアルトリアの側頭部を打った。
“…! 硬ぇ! おいおい、岩で出来てんのかよコイツの肌は!?”
アルトリアはたたらさえ踏まずに耐える。
耐えてみせた上で即座に反撃して来るのだ。
その横顔からは一筋の血が垂れていたが、逆に言えばそれまで。
僅か刹那でも対処が遅れれば斬滅されている所を凌ぐ彼も彼だが、依然として戦いの主導権を握っているのはアルトリアだった。
“薄々解っちゃいたけどちょっち厳しいな。さて――どうしたもんかね”
冷や汗が流れるのを感じながらも、舌先を覗かせて笑う釈迦。
戦況は誰がどう見ても一方的だというのに怖じず臆さない。
第六天の魔王さえ下した救世主に立ち込める暗雲。
振り上げられた剣に、この長く手数の多い鬩ぎ合いを断ち切る為の力が横溢する。
反転した聖剣から燃え上がる赫黒。
大仰な予備動作等なく。
同時に、微塵の容赦もない。
王を前にして悟りを説く不遜者を糾するべく振り下ろされる一撃。
聖剣にありながら理想を謳わず、何処までも暴性のみを宿した光が鉄槌となり。
涅槃さえ消し去り蓮座に亀裂を刻むべく、煌々と振るわれた。
「塵と帰せ――『卑王鉄槌(ヴォーティガーン)』」
炸裂する光。
黒き王は蓮を枯らし根までも絶やす。
釈迦の面影が赫と黒の中に消えていく。
轟く衝撃が、確かに真昼の東京を揺らした。
◆ ◆ ◆
息吐く暇も忘れる攻防だった。
オルフェ・ラム・タオはこの時、自分の理解の浅さを思い知っていた。
聖杯戦争に対しても。
そして己が呼び寄せた黒き暴君の強さに対しても。
「…これ程か」
これ程か。
これ程までに強いのか、あの騎士は。
オルフェの聖杯戦争は此処まで全くの順風満帆だった。
騎士王に苦戦等なく、それどころか僅かに持ち堪えられた敵さえ存在しない。
戦いと呼んではお世辞が過ぎる。
まさに蹂躙と、虐殺と呼ぶべき一方的な戦いだけをオルフェは見せられて来た。
そんな彼らの前に現れた、初めての強敵。
騎士王の威厳に屈さず、真っ向から殴り合える稀有な英雄。
オルフェでさえ一時は苦々しく唇を噛んだ。
だが結論から言えば、その焦燥は彼の黒騎士に対する侮辱でしかなかったのだと思い知る。
興の乗った騎士王はまさに無敵の存在だった。
剣を振るえば大地が逆巻き、地を蹴れば風さえ追い越す疾風になる。
轟く魔力は迅雷の如く、振るう剣閃は雲間を裂く陽光の如く。
釈迦の存在感すら食い尽くして君臨する姿は悪食と傲慢の極み。
自分は今まで、彼女の強さの半分も知らなかったのだと。
そう理解するに十分な光景であった。
最早幕は下りたも同然だ。
聖剣は悟りを凌駕する。
暴君は救世主の心臓さえ一呑みにするだろう。
“そうだ――それでいい”
喰らってしまえ。
存在の一片も残さず凌辱してしまえ。
あんなモノがこの世に存在した事実を消し去るのだ。
オルフェは心の中でらしくもなくそう祈っていた。
怨嗟にも似た祈りを、自らの剣たるあの黒王に捧げていた。
あれの末路を見届ければこの痛みは消えるだろう。
心を苛む火傷のような疼きも失せていくに違いない。
存在の否定、歩んで来た道筋の否定、そしてあの結末の否定。
ひいては今此処に居る自分自身の――否定。
オルフェにとってあの体験はそういう物で。
自分が自分である為に、決して看過の出来ない侮辱(イフ)だった。
殺せ。
喰らえ。
踏み躙れ。
熱暴走を起こす感情に比例して視野は殺し合う二人に向け狭窄する。
そんなオルフェの耳に届く、小さな声が一つあった。
「…もし。セイバーのマスター」
「――――」
眉根を寄せて声の主を見やる。
忌まわしき釈迦の葬者たる、白髪の少女だった。
見るからに脅威には見えない。
機微に乏しい表情。
小さな背丈は特殊な力など無くとも、素手の一つで簡単に手折れてしまいそうだ。
よもや命乞いか。
こう見えて従僕の不甲斐なさに慌てふためいてでもいるのか。
口元に皮肉げな笑みを浮かべて「何か」と聞き返すオルフェ。
そんな彼の目を見据えて少女は言った。
予想の何れとも異なる、言葉であった。
「後学の為に聞かせていただきたいのですが…あなたは先刻、あの人の中に何を見ていたのでしょうか」
「…、なに?」
「私の思考機能に対する干渉を確認しました。
私に備えられたセキュリティシステムを掻い潜って感応出来る、極めて高度な力とお見受けします」
「……驚いたな。気付いていたのか?」
「詳しく話せば長くなりますが、私は見掛け通りの人間ではありません。
幾つかのイレギュラー事象の上に現界を維持出来ているだけに過ぎない、とても希薄かつ無機的な存在です」
セキュリティシステム。
無機的存在。
以上の単語だけで少女の正体はある程度予想が付いた。
要するにAI、人工知能に人の形を与えたような存在なのだと推察する。
であればアコードによる精神感応を感知出来たとしても不思議ではない。
率直に、盲点だった。
どうやらこの冥界は相当に節操のない呼び方をしていたらしい。
だが同時に、オルフェは鼻で笑わずには居られなかった。
「0と1で出来た紛い物が悟りを目指すと豪語しているのか。それは君のような存在にとって、バグと呼ばれるべき暴走ではないのかな」
「否定は出来ません。…そして、やはり伝わってしまっているのですね」
少女が言う。
オルフェは答えない。
だがその沈黙が肯定を伝えていた。
「であれば答えては戴けませんか。あなたが"彼"に干渉を行った事には察しが付いています」
「君が被造物として不出来な事は解ったが、これは酷いな。自分の置かれた状況も解らない程性能が低いのか?」
答える義理も意味もないと、オルフェは辛辣に突き付ける。
敵の問いにいちいち答えてやる義理がないというのは大前提。
そしてその上で、意味もない。
騎士王と釈迦の戦いが直に決着するのは誰の目から見ても明らかだった。
言うまでもなく、騎士王の勝利という順当な形で。
性能が違う。
年季が違う。
葬者という魔力炉の出来さえ天と地。
最初こそ予期せぬ奮戦に面食らいはしたが、あの光景を見ればそれが単なる誤差に過ぎない事はすぐ解る。
格の差は既に示されている。
結末も同じだ。
そしてサーヴァントを失えば、彼女の旅路とやらもすぐさま終わる事になる。
だからこそこの問答にはそもそもからして意味がない。
それさえ解らない程不出来であるなら哀れだとオルフェは笑うが。
それに対して少女は小首を傾げた。
煽っているのではなく、本当に理解出来ていないという風な仕草だった。
「質問。発言の意味が解りかねます」
「なら教えてやる。君は直に死ぬ。私が殺す」
「ふむ。ですが、私の英霊が黙っていないかと思います」
「それを、私のセイバーが殺す。完膚無きまでに消し去る。
だから君がこの期に及んで自発的に何かを考える必要はないし、目指す必要もない。
私が君と言葉を交わす意味も勿論ない。君の中に生まれたバグは敗北によって修復され、そして君ごと消えるんだ」
「…あぁ、成程。理解が遅れました。そして回答します。その心配は無用です」
少女は言う。
勝利を告げる王に。
「交戦はまだ終わっていません。よって、私達が個人的に語らう時間は保証されているかと」
「本気で言っているなら最早言葉もないな。狂っているだけでなく、現実まで理解出来ないとは」
「…答えては戴けないのでしょうか。彼の境地を目指すに当たり、きっと貴重な見解になると思ったのですが……」
苛立ちが脳裏に火花を一つ散らす。
取るに足らない弱者、虚構の生命。
切り捨てるには容易く、然し向けられた純粋な眼差しが奇妙に気分を荒立てる。
それは彼女があの救世主の葬者であるからなのか。
理由さえ知りたくはなかった。
どんな理由だったとしても、それがこの苛立ちを慰める事はないとの確信があったからだ。
「地獄だったさ」
根負けにも見える応答。
示してやる回答は実に率直。
少女の眉が初めて動く。
露悪的な解だと自覚はあったが嘘は言っていない。
あの光景はまさに地獄だ。
認める訳になど行かない、正真正銘の地獄絵図。
「私はあの景色を決して認めない。
あれが悟りの果て、一つの救いだなんて馬鹿げている。
あんな物、あんなモノは…只の堕落の果てでしかない」
無限に広がる極楽浄土。
全てが穏やかに凪いだ世界。
悟りの果てを謳う、堕落した地獄。
認められぬ、存在する事自体が悍ましい。
オルフェは絶世の貌に皺を寄せて憎悪を体現する。
いや、していた。
意識したつもりもないのに、その心を隠す鍍金はいつしか剥げ落ちていたのだ。
あれは地獄であったとそう認めなければ。
只でさえ敗北というバグに冒されているこの脳が本当に壊れてしまいそうだった。
救世主は認めない。
悟りなど存在しない。
そう伝えるオルフェに少女は少し黙り、それから言った。
「では、あなたは」
「…まだ何かあるのか?」
「あなたは、如何なる救いを追っているのでしょう」
目は口ほどに物を言う、という諺があるが。
まさに今のオルフェはそれだった。
最悪の嫌悪を乗せて自分が見た物を地獄と断ずるその声音。
其処に込められた熱が彼の願いの形を無自覚に表してしまう。
無機の少女はそれを感じ取って次の問いを掛けるだけ。
オルフェだけが不快を募らせる羽目になる。
何しろこの少女はオルフェの悪意に動じた風でもなく、本当に只の一意見として収めていた。
見識を聞かせろと言ったのだから何が返って来ても反論はないし、宣言通り貴重な見識の一つとして貯蔵する。
被造物故のある種愚直な純粋さは今のオルフェ・ラム・タオとは正反対で。
それが自覚出来てしまうからこそ、バグに冒されたアコードは何時までも苛立ちを殺せない。
「私は――」
口を開く。
問いなど黙殺してしまえばいい。
だと言うのに答えてしまうのは、この愚直に沈黙を返す事は自らの傷を押し広げる行為に思えてならなかったからだ。
断じて負けて等居ない。
あれは救い等ではない。
救いを謳って堕落に耽溺させるだけの腐敗した思想だ。
それを世に伝えた怠惰な落伍者の戯言そのものの世界だ。
そう断じながらオルフェは声を発するべく声帯を震わせた。
少女――プラナはそれを、只敬虔に見つめている。
これは王と開祖の決着を間近に控えながら交わされた、葬者達の小さな対話だった。
◆ ◆ ◆
卑王鉄槌(ヴォーティガーン)。
宝具に非ずしてその域に踏み入る、暴君の振り翳す破壊の一刀。
如何な英霊でも直撃すれば物理的に圧し折られる事請け合いのそれを前に。
釈迦はこれぞ好機と六道棍を変形させながら前に踏み込んだ。
騎士王の目が見開かれる。
今度こそ感嘆ではなく驚愕だ。
それ程までに有り得ない選択。
博打にしても分が悪すぎる断崖への飛翔。
仏は博打を打たない。
この瞬間、此奴は確かに自分だけの勝機を見据えている――
その事実に騎士王は瞠目した。
彼女は猛者の中の猛者、騎士の中の騎士、そして捕食者の中の捕食者であるが。
それでも彼女の目に確かな未来は映らない。
釈迦だけが今、これから起こる事を知っていた。
「血迷ったか、救世主――!」
「――悪いね、今は狂戦士(バーサーカー)だ!」
変形する六道。
姿を顕す次なる道は四番目。
修羅道の艱難を耐え凌ぐ大楯だった。
――四之道・修羅道十一面観音『七難即滅の楯(アヒムサー)』。
未来を見通す阿頼耶識を超えて押し寄せる攻撃に対し、本来この楯は起動する。
然し先の猛攻で一方的に追い詰められている時、釈迦はこれを使わなかった。
今やその神器に戦乙女の姿と加護はなく。
釈迦の意思だけが六道を渡り歩かせる。
大楯が正面から、騎士王の暴虐を受け止めた。
同時に響く震撼。
釈迦とアルトリアを中心に周囲の地面が衝撃で抉れ、隕石の着弾でも起こったかのようなクレーターが広がっていく。
「づぅぅぅぅぅッ、るァァァァァァ!!」
押し返すなど無理難題。
だから釈迦は逸らす事を選択した。
楯で受け止めた格好のまま、両腕が悲鳴を上げるのも無視して傾ける。
未だ衰えず轟き続ける卑王の鉄槌を強引に逸らして即死を覆す型破りの極み。
規格外の楯があって初めて成し得る無理難題。
至近距離から自分の魔力を跳ね返される形になったアルトリアが此処で漸く後退した。
刹那、六道棍が再び変形する。
零福、第六天魔王波旬との決闘でさえこうまで早く機構を使い分けはしなかったが、それは即ちこの騎士王があれらより格上の敵だと言う事。
再び壱之道・十二天斧。
切り込んだ一撃は遂に騎士の痩躯を捉える。
騎士の双眼が見開かれた。
其処に宿る感情は間違いなく驚愕。
見据えた未来の通りの光景に釈迦が破顔する。
それと同時に短く、そして永遠のように長いこの戦いを締め括るに相応しい――此処までで最大の衝撃が更にもう一段地面を凹ませた。
◆ ◆ ◆
「私は、私の意義を全うする。それだけだ」
吐いた言葉は対話の放棄と同義だった。
いや、そもそもそんな物は必要すらなかったのだ。
こんな白痴めいた娘と言葉を交わす事には意味がない。
あの救世主の僭称者に師事しているような娘に語って聞かせる程、オルフェは自分の志を低く見積もったつもりはなかった。
問いに応じてしまった事からして間違い。
そう気付くと、熱の上った頭が急速に冷えていくのを感じる。
そうだ――これでいい。
屠り葬るべき敵に意味を求める事は無意味で、等しく無価値だ。
戦闘に、蹂躙に血が通っている必要はない。
重要なのは過程ではなく結果。
勝利して勝ち取った戦利品以外、この世界で有意な事物等ありはしないのだから。
「…そうですか……」
少女の声は心做しか残念そうに聞こえた。
だがもう一度言う、知った事ではない。
敵に知見を求める発想からして馬鹿げている。
求道者を気取りたいのならば一生この黄泉路で迷っていればいいのだ。
尤もその旅路は遂げられる事は愚か、最早先へ続く事すらないが。
確信を以ってオルフェがそう呟くのと――彼の目前で白い少女が攫われるのは全く同時の事だった。
「オッケー退くぞプーちゃん! 悪っり、ありゃ今倒すには重たすぎるわ!」
無粋極まりない乱入の主は言うまでもなく蓮座の主。
だがその姿は当初出会った時と比べて格段に血腥い。
あちこちに切り傷が走り、未だ塞がらず血を流している。
彼の発言を聞く限りでも、戦況が如何なる物であったかは明らかだった。
思わず口角が歪む。
やはり張りぼて、単なる鍍金か。
然し無論、逃がすつもりはない。
いや…己のセイバーが逃がす筈もない。
「――尻尾を巻いて逃げ出すか救世主。見窄らしい物だな、宛ら鼠のようだ」
「何とでも言っとけ。結局喧嘩ってのはさ、最後に勝った奴が一番偉いんだよ」
「そうか。だがおまえは、その"最後"とやらに辿り着く事さえない」
殺せ。
オルフェの意思に呼応するように黒い軌跡が走る。
逃しはせぬと騎士王の殺意が冷淡に告げていた。
正しき騎士王ならば逃げる背中に切っ先を向ける真似に抵抗も覚えるかもしれない。
されど今此処に居るのは正しからぬ、狂おしく歪め染められた卑王。
その黒き魔力は全ての敵を駆逐するまで決して止まらない。
だからこそこれは、これが、最高の凌辱になる。
オルフェ・ラム・タオの観た屈辱を否定する刃になる。
その認識は決して間違ってはいなかったが。
陥穽があるとすればそれは、敵も決して孤軍ではなかった事。
「非礼を詫びます」
少女のか細い声。
それと同時にその手にずっと握られていた傘の露先が、オルフェの方を向いた。
そして響き渡る破裂音。
同時に傘…そう擬態していたショットガンの弾丸が爆ぜる。
英霊と死霊が跋扈するこの冥界で神秘も持たない重火器が果たせる役割はたかが知れている。
現にばら撒かれた鉛玉は騎士王に剣の一閃で一掃される。
だがプラナにしてみればそれでも一向に構わなかった。
重要なのはこの凡そ完璧に等しい騎士王が一瞬でも意識を背けねばならない状況。
それさえ用立てられるなら、自分の師(サーヴァント)は必ず目的を果たせるという信頼だった。
何故なら彼は人界の救済者にして救世主。
その両目は未来を見通し、結末を先に知る事が出来る。
「オルタちゃん、勝負は預けた――また会おうぜ! そん時は改めて語り合おう!」
「逃がすと思うか」
「逃げんだよ!」
事実。
追うアルトリアも内心で舌を打っていた。
直接矛を交えたからこそ解る事だが、認め難い話、この男には何か底の知れない物があった。
純粋な実力の高さや技の巧拙には留まらない厄介さ。
出力では圧倒的に優れている筈が、気付けば喉元に刃を突き付けられている。
まるで英雄譚のご都合主義でも目にしているような不快感。
これが釈迦だと言われてしまえば返す言葉のない、彼にしか許されない定義不能の強さがあった。
それを踏まえて騎士王はこの瞬間にはもう確信してしまっていた。
――恐らくこれ以上はどうあがいても追い付けない。
あの白い娘に銃を撃たせた瞬間がそれを決定付けたのだ、と。
“逃げ足の速い奴だ。追ったとして、追い付ける保証はない”
“……”
“その上で問うが、追うか?”
“……いや、いい。私も頭が冷えた。この序盤から無駄に労力を使うのも無意味だ”
王の進言を受けたオルフェは一転冷静だった。
この騎士が"追い付ける保証はない"と言うのだ、其処には暗に此処が手の引き時だというニュアンスが含まれている。
その事を感じ取った若き王は垣間見せた激情を撤回して手を引いた。
仕損じた形にはなるが、こればかりは初手から予想外の大物を引き当ててしまった事を不運と思う他あるまい。
それに自分の体たらくにも問題があった。
よもやあれしきの事で心を乱され、剰え茫然自失と立ち尽くす無様を晒すなど我ながら言語道断だ。
心を乱す必要はない。
聖杯を手に入れる為の作業など単調であるに越した事はないのだ。
良い薬になったとでも思って己を慰める他ないだろうと、オルフェはそう判断する。
「その傷は」
「最後に一撃貰った。あの様子では他にも手札を隠しているな」
「深くはないな?」
「霊核には達していない。掠り傷と呼ぶには不格好だが似たような物だ」
命令通りに追跡を中断したアルトリア。
その鎧の胸元には大きな亀裂が刻まれていた。
血が滲み出ている辺り、肉まで斬撃は届いているようだ。
釈迦の大斧に引き裂かれた傷。
それは彼らにとって今しがたの戦いがこれまでのような易しい物ではなかった事実を端的に物語っている。
無敵に等しい武を持ち、振るうアルトリア・ペンドラゴンでさえもが初戦で傷を負うのだ。
聖杯戦争は次のステージに突入した。
最早今までのような無味乾燥とした、単純単調な戦況は期待出来ない。
オルフェにそう実感させるには、敵を取り逃がした上に傷まで負わされたこの事実は十分な大きさを秘めていた。
「愚問だと信じるが」
「何だ」
「よもや、無様に項垂れては居るまいな?」
「舐めるな」
アルトリアの問いに即答を返す。
「アコードの力を逆手に取られるのは確かに予想の外だった。紛れもない手抜かりだ、それは認める。
だが解ってしまえばどうという事もない。次は私もあなたも不覚を取らず、救世主の首級を奪い取る。それまでの事だ」
「ならば良い。女のように女々しく腐る姿だけは見せるなよ」
「舐めるな、と言った筈だ」
あれは偶々起こった事故のような物だ。
主人は人ではなく、従僕の精神構造は異常だった。
逆にそうした例を早く知れた事は長期的に見ればプラスでさえあるだろう。
少なくともオルフェ・ラム・タオはもう二度と同じ轍を踏まない。
感応を張るリスクも承知して物を考え、手を打つ。
暴虐の化身たる騎士王を送り込み、事を成す。
抜かりは二度となく、そして変わらず自分の王城は盤石だ。
そう断ずるオルフェに、アルトリアはそれ以上何も言わなかった。
何も言わず武装を解き当代風の装いへ戻る。
只それでも、その胸元にある傷は健在だった。
その流血を…これまで一度も見る事のなかった騎士王の血を見ると、オルフェはどうしてもあの屈辱を思い出してしまう。
想起される。
あの――あり得ざる未来が。
“紛い物め。次は決して逃さない”
オルフェ・ラム・タオは断言する。
釈迦など、奴等など、自分にとっては単なる逃げ足の早い鼠でしかなかったと。
信じているからこそ彼は揺るがない。
騎士王の異霊を呼び寄せたアコードの王は未だ健在。
彼らは依然変わらずその脅威で冥界を脅かし続ける。
だがオルフェという男が幾ら優秀でも、其処には一つ見逃せない欠陥がある。
彼が心を持たない完全なる被造物であったならば…本当に一切の嘘偽りなく、次の一歩を踏み出す事が出来ただろう。
然し現実は違う。
彼には心が在る。
そういう余白を、その完全性の中に抱えてしまっている。
故にどう取り繕おうと、あの瞬間に垣間見た景色は彼の脳に消えぬ炎として焼き付いていた。
無限に広がる争いなき地平。
完全なる充足は悟りの中に。
隔離も管理も必要とせず。
誰もが、そうまさしく全ての生き物が平等に自由を噛み締め世界と調和する穢れなき浄土。
彼の…彼らの。
生まれたその意味も意義も否定する――一つの"結果"。
オルフェ・ラム・タオはそれを認められない。
一笑に付し、釈迦の首を取る事で完全に否定する心算だ。
それでも。
仮にその処断を果たし終えたとしても。
最早あの瞬間に見た結果(イメージ)は、傷として彼の存在そのものへ焼き付いた。
忌まわしき未来は今後常に彼へ付き纏う。
どれ程の勝利を重ねようと。
いつか敗北に土を舐めようと。
あの蓮の大地がその心から完全に消える日は来ない。
王は歩み続ける。
そして王は、生きている。
完成された新たな人類だろうと、其処に心が在る限り逃れる事の出来ない痛み。
疼き続ける傷がまた一つ――オルフェの気高き魂を穢した。
目を背け続ける。
直視して、痛みに打ち克つ。
その選択は王の意思に委ねられている。
何処までも気高く、そして脆く弱い…王の意思に。
【新宿区/一日目・午前】
【オルフェ・ラム・タオ@機動戦士ガンダムSEED FREEDOM】
[運命力]通常
[状態]健康、釈迦及び彼の中に見たイメージに対する激しい不快感(小康状態)
[令呪]残り三画
[装備]
[道具]
[所持金]潤沢
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を入手し本懐を遂げる
1.…ままならんな。
2.バーサーカー(釈迦)とその葬者は次に会えば必ず殺す。………………紛い物が。
[備考]
【セイバー(アルトリア・ペンドラゴン〔オルタ〕)@Fate/Grand Order】
[状態]疲労(小)、胸元に斬傷
[装備]『約束された勝利の剣』
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:蹂躙と勝利を。
1.…さて。
2.バーサーカー(釈迦)は面倒な相手だった。次は逃さん
[備考]
◆ ◆ ◆
「大丈夫なのですか、バーサーカー」
「あぁ、まあ深手は何とか避け続けてたからな。
あっちにブチ込んでやった傷と比べればトントンだ。とはいえ結構疲れたよ、腕が千切れそうだ」
晴れて騎士王からの撤退を果たしたプラナと釈迦。
プラナの心配に、釈迦は笑顔を見せて答える。
だがその体には幾つもの生傷が覗いており見た目は惨憺としている。
彼らが出会してしまった主従が、紛れもない外れ籤であったのは認めざるを得ない事実だった。
釈迦の武芸と未来視。
更には神器の機能を用いた変則的な戦闘スタイル。
それでありったけ翻弄して尚攻め切れず、最後は尻尾を巻いて逃げ出すしかなかった。
“あのまま続けてたら…どうなってたかねぇ。勝ったとして、オレも無事じゃ済まなかったろうな”
戦いを振り返って改めて結論付ける。
あの黒騎士は、間違いなく戦士として一つの完成形に達していた。
力と技、そしてそれらを支える体の全てを兼ね備えたマスターピース。
正直な話、あれを見た今では聖杯戦争の過酷さを見誤っていたと言う他なかった。
人類最高の闘士の一人として釈迦は断ずる。
あの領域のサーヴァントが複数存在するのなら。
あの黒騎士がもしこの世界の"最強"ではないと言うのなら。
「…もしかするとラグナロク以上かぁ。やだやだ、とんだ厄ネタに首突っ込んじまったな……」
――この冥奥聖杯戦争の規模(スケール)は、あの人神最終闘争を優に上回ると。
心底億劫そうな顔で、然し釈迦はそれを認めた。
結論付けるにはまだ早いが、その可能性を念頭に置いて進んだ方が良いだろう。
人類史を逆さに引っ繰り返して行われたあの潰し合い。
人類の存亡を懸けた神々との殺し合い。
あれさえ凌駕する規模の戦となると、最後には一体どんな事になるのか流石の釈迦も見当が付かない。
鬼が出るか蛇が出るか。
それとも――それ以上の何かが顔を出すか。
阿頼耶識の未来視は世界の行く末まで見通せる程高度な物ではない。
よってこの冥界の行く先は、釈迦をしても予測の利かない未知として未だ暗雲の内に覆い隠されているのが現状だった。
「悪かったな。オレももう少し格好良いところ見せたかったんだけど」
「いえ。こうして生き延びられただけでも十分です。それに」
「それに?」
「少しですが実りのある対話が出来ました。…欲を言えばもう少し言葉を交わしてみたかったですが」
「ああ。あの金髪の兄ちゃんか」
プラナは釈迦の言葉に腕の中で小さく頷く。
結局名前も聞けず仕舞いだったが、相手の心境とは裏腹にプラナは彼へ強い興味を抱かされた。
人の心を覗き見る能力。
意義を果たすという事に懸けた劫火のような熱量。
似て非なる存在ではあれど、プラナと彼、オルフェはある一点に於いて共通している。
造られた存在である事。
使命を帯びて生み出された導く者(コーディネイター)である事。
その事はあの短く、そして不完全な対話の中で薄々だが感じ取る事が出来た。
「良い男だったね」
「…良い男? 見た目の話でしょうか」
「違ぇよ。形は違うがプーちゃんと同じさ。自分が置かれた運命の中で藻掻き、足掻いてる。
彼もまた思春期の中に居る。それを収穫出来るかどうかは自分次第だけど、オレは好ましく思ったよ」
「私と、同じ…」
そう聞くとますます惜しくなる。
あの状況で我儘を言う事は出来なかったが、欲を言えばもう少しだけ彼と言葉を交わしてみたかった。
或いはこう思う事自体、以前の自分とは違った思考なのだろう。
未だ目指した到達点には掠れもしていない自信があるが、無駄にはなっていないと信じたい。
そんな事を考えながらプラナは思いを馳せた。
釈迦の言う通り彼もまた藻掻いているというのなら。
あの完璧を体現したような男が溺れる運命とは、一体如何な形をしているのだろう。
「…難しい物ですね、生きるという事は」
独り言のようにそう呟く。
この冥界にはどんな運命が、そして物語が生きているのだろう。
星は地上という名の空を眺める。
導く者は導かれる者へ。
その足で世界を歩き、見つめ、対話し続ける。
小さな星は今も夢の中。
仮初の体で仮初の土を踏む。
…ふと、心の中に誰かの背中が思い浮かんだ。
優しい人だった。
自分の事なんて何も顧みず、誰かの為に駆け回り続けた人だった。
今はもう居ない人だった。
星が空を見上げる。
其処には誰も居ない。
けれど居ると今だけは非科学的にそう信じた。
口が動いて呼んだ誰かの名前は、彼女以外の誰にも聞こえなかった。
それで、良いのだった。
【中野区/一日目・午前】
【プラナ@ブルーアーカイブ】
[運命力]通常
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]傘型ショットガン
[道具]
[所持金]無理をしなければ生活に支障がない程度
[思考・状況]
基本行動方針:旅をする
1.…あなたもこんな気持ちだったのでしょうか?
2.セイバーのマスター(オルフェ)に対する関心
[備考]
【バーサーカー(釈迦)@終末のワルキューレ】
[状態]疲労(中)、全身に切り傷
[装備]『六道棍』
[道具]
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:ゆるりとやっていく。旅は楽しくなくちゃね。
1.もうちょい逃げたら休憩かな…追って来てはないみたいだけど。
2.オルタちゃん(アルトリア)強すぎ! あんなのがまだゴロゴロ居るとかマジ? …マジっぽいんだよなー。
[備考]
投下終了です
龍賀沙代&ライダー(バーソロミュー・くま)、プロスペラ・マーキュリー&アサシン(ジャック・ザ・リッパー)、岸浪ハクノ&アルターエゴ?(ソドムズビースト/ドラコー)、予約します。
すみません、予約を破棄します。
長期間のキャラ拘束申し訳ありませんでした。
宇沢レイサ&ライダー(バーソロミュー・くま)、ピーター・パーカー&セイバー(レイ)、予約します
投下します
◆
3月31日の夜を過ぎても、双亡亭の周りは静けさを保ったままだ。
いつもと変わらない閑散。平時通りの陰鬱。
人も鳥獣も草木も寄りつかない不毛の地であるのと引き換えに、戦争の気配からは遠ざかっている。
代わりに漂うのは、呪い。
色もなければ形も不定形の見えざる負の想念も夏油傑には見えている。
世を呪わず人を呪わず、だが星を滅ぼすに足る念が、浄化も発散もされないまま滞留しているのが。
噂の幽霊屋敷<双亡亭>を監視して2週間前後が経過している。
その間、1日中霧に覆われた不気味の総本山に目立つ動きは何もなかった。
人の入りはまばらにあっても、出てくる人は誰もいない。自ら敵陣に上がり込む蛮勇の成果は未帰還のまま、勢力の難関さだけを知らしめている。
唯一の例外は、この屋敷の主と契約する葬者と思しき少女。
護衛らしい影も見せず無防備に出歩く姿はいかにも隙だらけだが、こんな伏魔殿を平然と出入りしている葬者だ、油断できるはずもない。
現に尾行は全て撒かれている。監視に特化した呪霊を数体、何度念を入れ慎重を期して配置しても、気づけば見失ってしまう。
まさか目に気づいて隠匿しているのか。何の術の起点を見せず、夏油の支配下にある呪霊に干渉して? 意図してやっているとすれば侮れない手練れだ。
ともあれ、葬者共々不気味な存在感を放っている双亡亭だが、特殊なアクションを起こすことなく静観を貫いてる。
外の状況を知って穴熊を決め込んでいるなら、相当に肝が太い家主だ。
何せ空では超音速の波を撒き散らしながら殺し合う竜が、そして冥界からは認識外の射程から地区一帯を丸ごと消滅させる砲撃が降り注いでいるのだ。
どれほど自陣の防護に自信があるとしても、籠城において上を取られるディスアドヴァンテージの埋め合わせは如何ともし難い。
目に見える内の備えといえば、屋敷全周を覆う霧での位置の撹乱ぐらいのもの。
ピンポイントの狙撃を阻害する程度の効果は見せるだろうが、区画ごと消し飛ばす砲撃の前にどれだけ効果があるかは疑わしい。竜に至っては言うに及ばずだ。
昨夜の衝突を目にした葬者達は今頃、『竜』と『消滅』への対応策に追われている事だろう。
あれほど分かりやすい脅威を見て、禄に行動していない屋敷を優先する理由がない。
その未来を読んだ上で、今も夏油は双亡亭の動向に注視していた。ここの存在が薄れ、全員の目から逸れる事態を、危ぶんだのだ。
『竜』と『消滅』が台風や地震のような自然災害なら、双亡亭はウイルスと同様だ。
人知れず潜伏し、感染が発覚した時には、症状はもう取り返しのつかない規模と段階まで侵攻している。
非術師のような弱者が淘汰されるのは結構だが、それを待って未来ある術師も全滅してしまえば元も子もない。
このウイルスは恐らく見境がない。術師非術師の区別なく平等に感染させ食らっていくだろう。
生還は1人のみのルールを鵜呑みにするわけでもないが、裏口を探るほど希望的観測に縋る気もない。
雌雄を決するならば資格ある者のみが相応しい。無能な猿に奇跡が渡る可能性は残してはいけない。
考え方を変えればこれは好機だ。
他の陣営が災害をどうにか抗するべく慌てふためいてる間に、夏油は落ち着いて双亡亭の調査に乗り出せる。
あれらもまた夏油にとっては踏み越えなければならない難関だが、積極的に追跡しても得るものは少ない。
単独で討ち取ろうと考えている葬者はごく少数だろう。既にそれなりの規模で、徒党を組んで対抗しようと駆け回ってる者もいるはず。削り役はそちらに任せてしまえばいい。
そこには参戦せず、監視が緩まる案件に集中させた方が効率的であり、攻略の際に『総取り』の目も高くなる。
ここまで夏油が双亡亭に執心するのも、そこが理由だった。
あの館は単なる術による結界や、建物型の宝具というわけではない。
呪いを識る夏油には分かる。あれは一種の擬態。建造物を肉にした、巨大な呪霊の集合体だ。
単なる呪霊の巣窟とは桁違いの質量。これほどの規模の霊は見た事がない。高専の歴史書、呪術最盛期の平安の世ですら書かれていない。
故にこそ───夏油にはあれを掴める資格がある。
呪いに分類されている能力ならば呪霊操術の範囲内なのは自身のサーヴァントで検証済みだ。
敵の霊を自分の駒に変えられる、夏油にのみ許される特権。
劣化した影ではない、純粋な英霊の宝具を葬者が手中に収められる。
冥界を混乱させる騒動に乗じて、聖杯の争奪戦で圧倒的に後続を突き放す一隅の機会なのだ。
「とはいえ……まだまだ乗り込むには準備不足だけどね。
あそこは常時展開された領域のようなものだ。必殺必中が時間制限もなしに飛び交う伏魔殿、簡易領域も役に立たず、いずれ轢き潰される末路にしかならない」
「……?」
隣で聞いていたリリィがこてんと小首をかしげる。
魔女の憑霊はともかく、当人の技量はからきしなのであった。
「協力者は不可欠だということだよ。私と同じく呪いを理解し、この案件の重大さに気づく賢者がね」
およそ3桁の呪霊、リリィの浄化に穢者。加えて秘されている切り札も足せば手札は相応に充実してる。
短期で挑むには十全野備えにも関わらずより万全を期するのは、魂に刻まれた苦い敗北か、青い記憶か。
幸いな事にもあてはあるのだ。才能に恵まれ適正もある、呪いの寵児が。
寶月夜宵。昨日補足した、街中の霊が吹き出すスポットを荒らし回る幼き術師。
あの悪霊狩りが最大の厄持ちの物件に関心を寄せてないはずがない。必ずや祓いに来る。
その時夏油が接触し上手く立ち回る為にも、此処で先んじて情報で上を行く必要があるのだ。
「……と。噂をすればだ」
監視させていた穢者が反応を見せる。
配置していたのは有翼の飛行兵士と芋虫の姿の穢者。視界の開けた屋根上を陣取る飛行型の方の目を借りて現場を確認する。
大仰に旧字体で名が打たれた看板を提げる正門に、小さな影が近づいてる。
ともすれば夜の闇に紛れて埋もれてしまいそうな矮躯は、闇より濃い呪いを垂れ流す門へ一直線に向かって歩く。
「……何?」
訝ったのは、そこが契機だった。
現れたのは寶月夜宵ではない。傍に控える勇ましき益荒男もいない。
もっと小さく、生き物の根底からして全く違う生き物だ。
蔦を巻き付けた棍棒。
白い狐の面。
始め夏油の脳内に浮かべるのは、鬼という名。
日本に現れる怪異、魔の者の代表格。
人の怖れを受け止める形として分かりやすく、伝説上の鬼神を模した呪霊が出るのは決して珍しいものではないが……夏油の目はその鬼に釘付けにされる。
目を逸らせない。
「───何だ、アレは?」
知りもしない所感が胸元から湧いて出る。
おぞましきものを見た本能が疼いている。
英霊でも鬼でもない。定形の枠組みを破壊している。
アレは、ここにはいてはいけない存在だ。
呪いと呼ぶのも憚れる、悪臭を放つ汚穢だ。
世界を蹂躙する、単騎で完結した暗黒の軍勢だ。
あの淀みを前にしては、能力の価値など塵埃に等しい。術師非術師の区別が無意味になる。
食い千切られ、引き裂かれる。踏み潰され、焼き尽くされる。
人が背負う死の形態を余すことなく発現される。
皆等しく鏖にされる。例外はない。他に道はない。
ならば、どうする。どうすれば──────。
内蔵する呪力に火を点ける。
保有する軍勢を抜き晒して、ケダモノを駆除に前に出る。
溜め込んできた資産を衝動的に蕩尽するのに何の疑問も湧かない。
それは当然の摂理であり、己に課した使命であり、抗えない本能だった。
「──────」
夏油の中の呪いが溶け出す。
祓え。全霊を懸けてアレを否定しろ。
でなければ夏油は折れる。また壊れる前に玉を損なう。
絆を捨てて決めた道。夏油の掲げる選民を、微塵に粉砕する。
家族を切り、仲間を捨て、友に背を向けてまで自分の進む道を決めたというのに。
死ぬまで貫いた理想を、死んだ後になってから失われていい筈がない。
呪力を込めて翳す手が闇よりも濃い帳を降ろそうとするのを───背後から伸びた白く細い手が阻んだ。
「キャスター?」
「……!」
この構図も何度目になるのか。
ふるふると顔を横に振って夏油を制するリリィ。
しかし今はいつものそれよりも酷く逼迫した様子が見受けられて、必死さに溢れていた。
危ない場所に近づいてはいけないと子供を抑える母親のように。
呪いの根源である負の意識を増大させられた熱は、それで瞬くうちに冷却されていた。
白巫女には呪いを吸収する力がある。
穢れ、淀み……穢土から流れ出る負の概念を浴び心身を壊した者から、痛みと呪いを引き受ける。
その効能が今の夏油を精神支配から救ったのか。それとも時前の精神力で持ち直したのか。
どちらにせよ急速に冷えた頭で、夏油は己の不明に愕然とした。
自分は何をしようとしていたのか。期せずして現れた鬼を威力偵察に使うどころか、凄まじく無意味な吶喊をしようとしていた───などと。
気づけば後を引かず霧散する程度とはいえ、リリィに掴まれるまで自覚すら出来なかった。
鬼は使い魔に一瞥もくれず、そこを通して見ている夏油にも気づいてる様子はない。
無意識に垂れ流すレベルの呪力、霊を経由した資格情報だけで、夏油を汚染しようとしたというのか。
『どうやら……あの獣に対して過剰な反応が起きたようだ』
燐光を散らす球体が声を発する。
黒騎士の霊。不死の契約によりリリィら白巫女を護る魂は、呪いに侵された2人の間を漂う。
『国ひとつを呑み込んでも足りない程の呪いの塊だ。制御しきれない恐れにお前は反撃に、彼女は防衛として表れたのだろう。
私も、恐ろしいと思う』
「……恐れだって?」
騎士が言葉にした内容に、耳が震えた。
熟練の術師、それも霊の使役する呪霊操術を持つ夏油が、たったひとつの呪いに臆するなど。
底なしの闇に向かい合うような、原初の恐怖。
理想を説いた所で、お前たちは人の軛をひとつも越えてはいない、井戸の中の水に浮かぶ孑孑に(ぼうふら)でしかないなどと。
猿の老廃物から生まれた呪いの分際で、そう嗤うのか。
「馬鹿を言うな。呪いなど、とうに食い飽いているよ」
吐いて、捨てる。
余分な感慨はそこで終わった。
目線を主観から俯瞰に映す。鬼のみではなく周囲の空間を捉えた観察に変える。
未だ心細く見つめるリリィを無視して、間諜を継続する。
従者の前で無様を晒したのは事実。二度とこのような不覚は取るまいとだけきつく戒め、雑念を彼方に追いやる。
これより起こる───ひとつの戦争を、しかと目に焼き付ける為に。
◆
<双亡亭>正門より25メートル前。
そこでソレは進む足を止めた。
面を被った、小さな子供だ。
少なくとも、傍目には。そう見ようとすれば見えないこともないぐらいの、若草色の外套を羽織って縁日で売ってる狐面を被った子供だ。
正鵠は射てはいるのだ。ある意味で。子と見做すのは一部では正しい。
ソレはまだ赤子だ。子宮の中の胎児。母の腹で撒かれた胤が実を結びゆっくりと育ちながら、しかし時期を誤り途中で産道を通り出てしまった未熟児。
生まれはしたものの、望まれた通りの形とは到底いえない不完全でありながら、ソレはもう世に仇なす厄災だった。
蔓延る鬼気、瘴気、悪意。許されず愛されず歓迎されぬ負を是とする情報源泉。
光あれと言祝がれた世界に不要と廃棄され、紛れもない世界の一部であるが故に今日まで残り続けたモノ。
───白面の者。
太極の陰を司るその獣の名を知る者はまだいない。
しかしそれも間もなく知れ渡るだろう。
かつて獣の参加に降り暴虐に耽った黒き獣が、今も生前のままの強欲を満たそうとしている。
よく知る主の気配を感じ配下に探らされてる限りは、やがてその名は広く冥界に伝播される事になる。
あるいは───今すぐ、ここで。
「─────────」
鬼が疾走る。
空気が爆裂する。
鬼の背後で突如発生した激流の気圧が、両足で地面を蹴る以上の速度を叩き出して鬼の弾丸を射出する。
獣が被る皮の名、オーガポン。
或る世界に棲み着く不思議な生き物、ポケットモンスター、縮めてポケモン。
キタカミの里に伝わるおめんポケモン。1人の男に寄り添い、3びきの”ともっこ”を追い払った泣いた赤鬼。
全て、偽装だ。
これはオーガポンなどではない。優しきポケモンなどではなき。
光に憧れ手を伸ばし、何も掴めず滑落した少年の闇から引き出した一尾の形だ。
「鬼さまの相棒になりたい」と、叶わなかった願望を拾い上げて葬者の心を歪ませ、獣の本体を招く投影体でしかない。
似せているのは姿形だけ。力も、素早さも、性格も何もかもが違う。
皮の下にある獣とは何もかも違って、かけ離れている。
「─────────!」
最後の5メートル。
十分な助走をつけてから地面を蹴り上げて跳躍。
空中で小さな体は反り返り、捻じれ上がり、得物を最大の力で振り下ろす凶器になる。
棍棒に巻かれる旋風と稲光。金色の獣への畏れが生んだ七つ目の尾が、局所的な自然災害を招来する。
轟音は大嵐であり、落雷だった。
天から黄金の槍が突き刺さるが如し。地を踊る竜が踊り狂うが如し。
それら未曾有の天変地異が、一本の棍棒に集約され凝縮され叩きつけられた結果、正門が物々しさごと消し飛んだ。棍棒の接触を待たずして焼却されたのだ。
横一面に広がる塀も残らず灰燼と化す。螺旋が通り過ぎてから遅れて音が鳴った。
まだ離れた家屋の柱が捻じれ、堀が軋む音が、切れ切れに聞こえる。
それは冥界に建てられて以来の、双亡亭の驚きの声。
人食い屋敷が獲物であるはずの霊に牙を折られ顎を裂かれた絶叫。
敷地内ごと揺れ動く鳴き声を聞いて、白面の両肩も小刻みに振動した。仮面の奥の貌が隠しきれず露出する。
莫大、膨大な悪意の群れ。大海を泳ぐ小魚。そこを通る鯨にとっては、ただの餌。
大喰らいも満足するだけの餌の供給場を見つけた事への、歓喜の震え。
蹂躙の業を悦とするのは侵略者のみではない。一世紀近く地下に籠もりきりの外来種より、よほどその手の愉しみ方の玄人だ。
光に馴染めず、暗き陰にしか身を置けない闇の怪は世界に無数にある。
そして異なる闇は食い合う定めだ。色を陰に隠せる闇は、自身が染まるのをよしとしない。違う色が混じれば必ず同色に辱めようとする。
如何に光が違う理を見出そうとも、弱肉強食の掟は闇に息づき続ける。
『白面の者』が、<双亡亭>に突入する。
生粋の妖怪と侵略者の激突は、必然の如く幕を上げる。
途中退席は起こらない。魔境より起こせし人外に妥協の念はあり得ない。
どちらかが食われ、残る方の養分に成り果てぬ限り演目に終わりはない。
斯くして、聖杯戦争は決着するのだ。
成体の獣か、波濤の決壊か。この後に残る、片方の闇を吸い上げ尽くして形を成す"魔"によって。
誕生した魔は世界を喰らう巨獣、英霊如きが誅せる階梯に最早いない。
誰が是を打ち倒せるというのか。生の運命を失った死者達に。葬られる運命しかない死霊達に。
答えはある。
「双亡亭は壊させぬ」と、堂々と宣言する声が。
「何をしている……」
絶叫する喉元に十指が絡み、気道を圧迫。
輪郭も危うくなる程振動していた双亡亭が、その瞬間停止した。
柱は固まり、堀は凪ぐ。建物が独りでに動く非常識を窘められて身を正した。
死後の国に似合いの静謐。息も許されない絶対の無音。
虫も死に絶えた真の冥奥を作り上げたのは、妖怪でも侵略者でもない。
それよりもなお化け物然とした、異常異形の精神の持ち主によるものだった。
黒衣の痩身。
染み付いた油絵の具の匂い。
狂気に身を浸しながら純粋のままであり、逆にそれを呑み尽くした者。
フォーリナー。芸術家。邪神を星に招き入れる祭壇を立てし者。
───坂巻泥努。
「何だ、貴様は」
誰何の答えをオーガポンは持たぬ。
人語の細かな発声の為の器官は未だ揃えられておらず、孵る前の卵の殻に名は付けられない。
人と鬼の問答は不可能。会話を通らぬ相手と邂逅した場合、取れる手段は限られてくる。
オーガポンの取った行動は単純なものだった。
暴力。殺害。先制攻撃。
忽然と姿を表したこの人間が、屋敷全体を支配する主人であると理解した途端、対象の殺害を即時決断した。
男がサーヴァントであるのなら、この屋敷は男の宝具であろう。
ならば英霊を殺し、宝具が効能を失い諸共に消滅する間隙を縫って屋敷を丸ごと捕食するべし。
嵐と雷を纏った棍棒。正門粉砕にも見せたこの体での最大の攻撃は、対人及び対軍宝具相当の威力を十二分に発揮している。
飛びかかり、振り下ろす。その二行程で顔面が爆ぜ、全身が焼き尽くされる。
「……」
オーガポンが『ツタこんぼう』を繰り出すのを、泥努は見ていた。
ただ見て、手を足を、胴を体を、隠した顔を見透かすように観察する。じっくりと、時間をかけて。
殺戮はいつまで経っても起こらない。掲げられた棍棒は、オーガポンの意に反して上から下へ落ちてこない。
鬼の五体は縛られている。
白い、女子供のように細い手だ。
縄や鎖の強靭さもなさそうなのに、凄まじい怪力で鬼を抑え込んでいる。
上腕のみの手が泥努の背後、何も見えない暗闇から、夥しい数が伸びている。
「太極より分かれた『陰』の念が……汚泥の底から這い出でたか」
拘束されたオーガポンを、仮面どころか腑の奥まで見透かすように泥努は観察する。
見た事のない動物が、新たな画相の種にならないかと幾ばくかの期待を寄せたに過ぎない。 初見の物体の構造を把握する芸術家の性といえた。
オーガポンは鬼だ。
白面は獣だ。
ならば、この男は人であるのか。
その正体が宇宙の始まりから存在する邪悪の権化だとしても……感情が恐怖を発する兆しすら見せない。
むしろ、沸々と湧き上がるのは別の感情だ。
黙っていれば端正な顔立ちは、見る見るうちに眉間に縦皺が刻まれ、美貌を凶相に変える。
「だが芸術を解する脳も持たぬ畜生如きが私のアトリエに足を踏み入れ……床を汚し、調度品を倒し、私の絵の制作を邪魔する……。
そんな事が……許される筈が、ないだろう」
間近で見られている立場のオーガポンは、泥努を見た。
泥努の脳から現れた感情が作用したかのように、全身が奇怪にねじくれていく様子を。
顔に至っては張り付いた筋肉が崩壊していく。男の激情を表現するのに、通常の顔筋では不可能な動きを強制させて出来た顔だった。
その感情の名は怒り。
人が持ち操り過つ、負の想念の代表格。
呪いや祟りといった迂遠な回り道のない、直接的過ぎる憤慨。
「今すぐその糞尿塗れの足を私のアトリエからどけろ! 畜生めがァァ!!」
黒き炎が、爆ぜる。
先程の双亡亭の叫喚も電嵐の豪風も隙間風に聞こえるほどの大声大喝破。
主の意思に応じた空気が、噴流を迸らせ破裂して、鬼の小さな体を木端のように屋敷の外に吹き飛ばした。
◆
雑司ヶ谷鬼子母神堂。
寺院の名称は法明寺が正式だが、子育て安産の神として信仰を集める事から前者の相性で人々に親しまれている。
そのシンボルたる鬼子母神像と激突して、オーガポンは着地した。
像は衝撃で頭部が粉々に砕け、首なしで虚しく鎮座している。
「うわああああ! 鬼さま!?」
息を切らして飛び込む勢いで境内に入るスグリ。
双亡亭か寺まで、一直線に空を飛んで行った相棒を、必死の思いで追いかけてきた。
「だ、だいじょうぶか鬼さま!? ケガしたのか!? 待ってろ、いまキズぐすりをあげるから……!」
全速力で走って肺が痛むのを構わずに、荷物からエーテル塊───魔力資源を口元に差し出す。
深夜に入れる謎の道具屋から、少ない小遣いで買った回復品だ。
聖杯戦争という儀式に今ひとつ実感がなく、運命と惚れ込んだ相棒の裏を一切知らないスグリだが、一端のトレーナーとして、パートナーと共に勝ち抜く形式である事は理解していた。
前線にはポケモンが出て、トレーナーを背後から指示を飛ばしたり、道具でサポートする。構図が出来上がれば馴染むのは早かった。
血の滲む修練、ブルベリーグチャンピオンの座についた実力はスグリを裏切らなかった。敗北の過去が無駄でないのがスグリには嬉しかった。
甲斐甲斐しく世話をするスグリを尻目に、白面は今回の顛末を振り返る。何が失敗の原因だったのか。
あの双亡亭はたまらない栄養素だ。悪と負の意識が渾然一体となった、ひとつの宇宙にも等しい濁った水源。
白面の側からは好きなだけ貪れて、逆に相手は悪意の集積であるが故白面に傷ひとつ付けられない。
元の肉を作り直すのに、あそこは格好の溜まり場だった筈だ。それを阻んだのがあの男だ。
白面を滅ぼした人妖の大連合、その旗印となった急先鋒。
獣の槍を携える人と妖怪にあった、陽の輝く光は一片も見えないのに、己を捕らえて一方的に排斥した。
絶対に覆らない相性差が崩されたのだ。人間は愚か妖怪も逸脱した狂気と精神力によって。
最高の餌場に、最悪の天敵が居座っている。
目の前にあるのに手にできない生殺し状態が何とも憎らしいが、今のままで再び挑んでも二の舞にしかならない。異なる手段と、策を弄する必要がある。
献身的に治療するスグリに見えないよう、尾の一部を切り離し、分身体を産み落とす。
分裂した尾は白面の一部にして本体を御方と仰ぐ従属者だ。復活の手筈を整える布石になる。
贄を喪うわけにはいかないが、同時に精神を徐々に追い詰めて恐怖を肥え太らせなくてはいけない。要石から取り込む力が増せば、屋敷の攻略も楽になろう。
壊すべきものを定め、今暫くの時を堪えて待ちながら、獣は天を昇っていく日輪を眩しげに見上げた。
【豊島区・双亡亭母屋/1日目・早朝】
【フォーリナー(坂巻泥努)@双亡亭壊すべし】
[状態]憤慨
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:絵を描く。
0.畜生め。
1.誰も彼も邪魔ばかりしおって……。
2.
[備考]
【豊島区・双亡亭前/1日目・早朝】
【スグリ@ポケットモンスター・スカーレットバイオレット】
[運命力]通常
[状態]健康
[令呪]残り3画
[装備]
[道具]エーテル塊
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:鬼さまといっしょに戦う。
0.鬼さま大丈夫……?
1.鬼さま、おれ、頑張るよ。
[備考]
ベルベットルームにて幾つか道具を購入しています。今回登場した以外にも所持してる可能性もあります。
【アヴェンジャー(白面の者)@うしおととら】
[状態]ダメージ(小)
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:贄を育て、生誕する。
0.アノイエハ トテモ オイシイ。
1.双亡亭を捕捉。アソコデウマレタイ。アノオトコはジャマダ。
[備考]
尾を一尾切り離して妖怪を作りました。原作の妖怪か新しい姿なのか、詳細は後の書き手に一任します。
【中野区・/1日目・早朝】
【夏油傑@呪術廻戦】
[運命力]消耗(小)
[状態]健康
[令呪]残り3画
[装備]淀んだ穢れの残滓、呪霊(3桁規模、シャドウサーヴァント含む)
[道具]
[所持金]潤沢
[思考・状況]
基本行動方針:見込みがある人物は引き入れる、非術師は優先して駆除。
0.今のは……。
1.双亡亭を監視。攻略の準備をする。
2.寶月夜宵……素晴らしいね。
[備考]
寶月夜宵を『西の商人』で気づかれない範囲から監視しています。
双亡亭を『崖の村の少年』『成れ果ての衛兵』で監視しています
【キャスター(リリィ)@ENDER LILIES】
[状態]健康
[装備]猛る穢れの残滓、古き魂の残滓
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:夏油に寄り添う。
1.「……!」『あの館は危険だ。凄まじい穢れに満ちていると告げている』
2.「……」『マスターが心配なようだ』
[備考]
投下を終了します
投下します
▼
――――四月一日、早朝。
無断での夜間外出から戻った龍賀沙代(わたくし)は現在、この冥界における住居である女子学生寮の大浴場に、二人の人物を伴って入浴していた。
「―——ふう。やっと人心地付いたな」
一人目は金糸のような髪に赤い瞳をした童女。
彼女はその身を湯船に浸し、優雅に揺蕩わせながらそう溢す。
一糸纏わぬその肌は絹のように滑らかで、湯水に濡れたことで艶めかしさを増している。
しかし、その右腕を覆う鱗と臀部から生えた尾の赤さが、彼女が只人ならざる存在であることを示していた。
「やはりテルマエはよい。心が安らぐ」
「俺は別に、部屋付きの風呂でもよかったんだけどな。
ドラコーが“せせこましい風呂は嫌だ”なんて文句を言うから、面倒な礼装を用意する羽目になった」
童女へとそう言葉を返したのが二人目。
亜麻色の長髪を水面に揺蕩わせた、私と同年代と思われる少女。
こちらもまた一糸纏わず湯船に浸かっており、私だけバスタオルで身を隠している事が、逆に恥ずかしくなってくる。
彼女は童女の様な異形化した部位はないが、男勝りな口調とのアンバランスさが違和感を引き立たせる。
それもそのはず。彼女は本当は―――
「……あ、あの」
「何を言うか葬者よ。身を清めるだけならともかく、安らぐために湯に浸かると言うのであれば、広い湯船を求めるのは当然であろう。
それに大浴場であれば、こうして湯に浸かりながら話し合いもできるしな」
「だとしても、貴重なリソースの無駄遣いは避けるべきなんじゃないのか?
せっかく買った礼装を潰して別の礼装に加工するなんて、効率が悪すぎる」
「そこは貴様の不足を恨むがよい。数多の能力を有していようと、行使できるのは一度に一つだけとは、全く難儀よな」
そのことについて問いかけようとするが、あっさり聞き流されてしまう。
声が小さかったのだろうか。
そう思いもう一度、今度は少し強めに声をかける。
「あの!」
「む。なんだサヨ、そのように声を荒げて」
「あまり大きな声は止めてくれ。人が来たら面倒だ」
それでようやく彼女達が私の方へと振り返り、だが向けられた二対の視線に一瞬怯む。
しかしまた話し込まれても困るので、意を決して目下最大の疑問をぶつける。
「あの、えっと……岸浪さんは、その……だ、男性でしたよね! どうして女性になってるんですか!?」
そう。童女――ドラコーと呼ばれたサーヴァントの葬者(マスター)である少女――岸浪ハクノは、間違いなく男だったはずだ。
だというのに、目の前にいる岸浪さんの外見は、どう見ても少女のそれだ。
私の部屋から大浴場へと向かう際に、何かしらの作業をしたと思ったら、唐突に今の姿へと変わったのだ。
これはいったいどいう事か、と問いかけると、彼女(?)は自らの目元を指さしながら答えた。
「ああ。それはこの礼装の機能だ」
「れい、そう……?」
メガネだ。示されるまで気付かなかったが、彼女(?)はメガネを掛けている。
だがあまりにも存在感がない。こうして示された今でも、注視しなければすぐに意識から外れてしまう。
「簡単に言えば認識阻害だ。
俺の外見に岸波白野(ある人物)の幻を被せて、俺を見た人間に“この場所に居てもおかしくない人間”だと思わせることができる。
例えるなら……そうだな。今の時期的に、早めに入寮してきた新入生、くらいに思われるんじゃないか?」
「幻、ですか……?」
「と言っても、そんなに強力なものじゃないからNPCくらいにしか通用しないし、マスターなら……そうだな、幽霊を捜すようなつもりで見られれば簡単に見破れる。
加えて、魔力の乱れですぐ使えなくなるから、コードキャストや他の礼装との併用もできないし」
そう言われて、改めて岸浪さんの姿を、今度はしっかりと意識して視詰める。
すると先程まで見えていた少女の姿は消え、彼本来の裸体―――が!?
「ひう!?」
自分の顔が一気に赤く染まるのを自覚する。
わかっている。さっきまで見えていた少女の姿が裸なのだから、彼の本来の姿も裸なのは当然だ。
だが一度意識してしまったことで、同時に“この状況の異常さ”も強く意識してしまう。
先程の繰り返しになるが、ここは大浴場で、私達は今、“一緒に湯船に浸かっている”のだ。
私とドラコーさんは女で、岸浪さんは男だというのに、だ。
「そ、そそ、そもそも! いくらお風呂だからって、なんで二人とも裸なんですか!?」
あまりの羞恥に、可能な限り声を抑えつつ叫ぶ。
私みたいにバスタオルで隠すとか、簡単な仕切りを用意するとか、何か方法があったはずだ。
「お風呂で裸なのは当然だろう?」
「いえそうですけど、そもそも男女が一緒に入浴だなんて、やっぱりおかしいですよ!」
「それは、おかしいのか?」
「おかしいんです! ドラコーさんも恥ずかしくないのですか!?」
「無論、恥ずかしくなどないぞ。余の肉体に恥ずべきところなどないからな」
「っ〜〜〜……!」
だが岸浪さんは状況のおかしさを理解していないのか首を傾げ、ドラコーさんはむしろ見よと言わんばかりに裸体を曝してくる。
その光景を直視できず、赤面した顔を両手で隠しながら湯船に沈み込む。
だが、つい男性である岸浪さんを意識してしまい、指の隙間から彼の方を覗き見る。
そこには、あの男の枯れた身体とは全く異なる、年相応に均衡の取れた男性の―――
「―――!!」
咄嗟に顔を逸らし、強く目を瞑る。
私に出来ることは、どうしてこんなことになったんだろう、とそんなことを考えることくらいだった。
「―――では、そろそろ本題に入るとしようか」
ここまで散々に話を横道に逸らしてきた張本人がそう宣う。
「サヨ。我等は偶然にも貴様を助け、貴様はその謝礼として自らの拠点であるこの場所へと我等を招き入れた。相違ないな」
その言葉に、羞恥に顔を染めたまま姿勢を正し、肯く。
そう。岸浪さん達をこの場所に連れてきたのは私自身だ。
彼女が口にした通り、敵サーヴァントの襲撃を受け窮地に陥った私を、偶然にも居合わせた彼等が助けてくれたのだ。
彼等からすれば、偶々巻き込まれ自身に降りかかった火の粉を払っただけなのだろうが、結果として私が助かったことに変わりはない。
私はその礼をしたいと彼等に告げ、休める場所を求めていた彼等に自らの拠点を提示したのだ。
私の住んでいるこの寮は女子寮だが、元々僚艦の目を逃れて夜間外出していたのだ。逆に彼等を連れ込むことに支障はなかった。
だが想定外だったのはその後。何故か話し合いを、大浴場で行うことが決まってしまったのだ。
ドラコーさんが部屋付きの狭い風呂に難色を示したので、大浴場(パブリックバス)があると言ったのがいけなかったのだろうか。
ならばついでに情報交換もそこで行おうという事になり、女子寮だから男性である岸浪さんが見つかるのは問題だと言えば、先ほどの礼装が用意される始末。
私に出来た抵抗は、せめて自身の裸は直接見られぬようにと、バスタオルで体を包み隠すことぐらいだった。
本当に、どうしてこうなったのだろうと、あまりの羞恥に茹りそうな頭で思う。
「では質問だ。サヨよ、貴様は自身を襲ったサーヴァントの事をどれだけ覚えている?」
「え?」
どれだけ覚えている?
意味が解らない。どうしてそんなことを、彼女は訊いてくるのだろう。
そう思いながらも、自身を襲ったサーヴァントの事を思い出そうと――思い、出そうと………して。
「……あれ? 思い……出せない……? そんな、どうして?」
茹っていた頭が、急速に冷えていく。
襲われた記憶は、ある。
戦ったことも、殺されかけたことも、助けられたことも覚えている。
私がこの冥界(とうきょう)に招かれてから窮地に陥ったのは、今回の襲撃が初めてだ。
そんな死の恐怖を齎した存在の事を、忘れる事なんてありえない………はず……なのに――――
■■■を使い■の■■を持った、■■の■■のサーヴァント。■■■■――■■■■・■・■■■■。
記憶に刻まれているはずの、私を襲った存在に関する情報が、何一つとして思い出せなかった。
その事実を否定するために私は、岸浪さん達と出会った時の事を、改めて初めから思い返した。
§ § §
それは、日付が変わって間もない、日が昇るにはまだ遠い未明の頃の事だ。
聖杯戦争を戦うと決めた私は、他の葬者(マスター)を捜して夜の東京を彷徨い歩いていた。
だが戦うと言っても、真正面から決闘を申し込むわけではない。
何故なら私には、他のマスターと比べ劣っている点が確実に二つはあったからだ。
一つは戦闘経験の無さ。
私の生まれ育った哭倉村において、荒事は『裏鬼道』の役割であり、私自身は真面な戦いを経験した事がない。
妖怪『狂骨』という力こそ持っているが、特殊な力を持っているのは他のマスターも同じだろう。これだけを当てにはできない。
そしてもう一つが、ライダーが自我を持たぬ人形であること。
普通の主従であれば、マスターの不足はサーヴァントが補ってくれるだろう。だがライダーにはそれが出来ない。
私の指示には完全に従ってくれるが、逆に言えば一から十まで私が指示しなければ、何も出来ないのだ。
つまりこの聖杯戦争でどう戦うかは、マスターである私が決めなければならない。
これまでの人生でただの一度も実戦を経験したことのない、この私が、だ。
最初に思いついたのは、ライダーをバーサーカーのように単独で暴れさせる方法だった。
だが、それは早々に破棄した。他のマスターが多数生存している現状では、先日の怪物達のように複数組で処理されるのが目に見えていたからだ。
そこでその逆。アサシンのように立ち回る方法を模索した。
そうして考えを廻らせた末に、私は自らを囮として他のマスターを釣り出す策に思い至った。
『狂骨』の最大の特殊性は、妖怪であること。つまり、“普通の人間には視認できない”。
姿を消した状態ではサーヴァントにも視認できないことは、ライダーで試して証明済みだ。
あとは無力な少女のフリをして他のマスターに接触し、その際に『狂骨』を憑りつかせればいい。
成功したなら私自身は安全圏へと離れ、そのマスターが隙を晒した瞬間、『狂骨』に命じて殺害する。
それで終わりだ。
当然、他のマスターとの接触には危険が伴うが、たとえその場で戦闘になったとしても大丈夫。
ライダーは非常に頑丈なサーヴァントだ。相手がどんなサーヴァントだったとしても早々に負けることはないはずだ。
そして『狂骨』の方も、実際に害をなす際には姿を現す必要はあるが、憑りつかせるだけならその必要はない。
重要なのは、『狂骨』と私の繋がりはもちろん、その存在を悟られないこと。
この冥界にはあまりにも死霊が多い。
哭倉村の『裏鬼道』がそうであったように、他のマスターが幽霊や妖怪への対策をしていてもおかしくはない。
『狂骨』も強力な妖怪であるため、多少の対策程度なら簡単に破れるが、より特化した対策をされてしまえばわからない。
もし『狂骨』の力が通用しなければ、私にはライダーを暴れさせる以外の方法が無いのだ。
だから、『狂骨』を用いた寮からの抜け出しは頻度を減らし、その移動も最低限にした。
――それがいけなかったのだろうか。
私自身を囮にして他のマスターを釣り出すという作戦は、思ったような成果を得られなかった。
マスター達の動きが活発になる筈の夜間の外出中にも係わらず、まだ一度も他のマスターと遭遇できていなかったのだ。
昨日の昼間の赤い覆面の人が、私が最後に遭遇したマスターだった。
そうして辿り着いた庭園――新宿御苑で、はぁ、と溜め息を吐いて空を見上げる。
東京の街明かりに照らされた夜空は、星明りが幽かに見えるだけ。
月は見えない。今日が偶々新月だったのか、高層ビルの陰に隠れているのか。
嫌な思い出しかない哭倉村だが、夜空の光景だけは都会よりも美しかったのだと、この冥界に来て初めて知った。
「……今日はもう、帰りましょうか」
視線を下ろし、一人そう呟く。
まだ昼間で、仮にも私を助けてくれた人(ヒーロー)だからと、彼に『狂骨』を憑りつかせなかったのは失敗だっただろうか。
……いや、戦うと決めてからの夜間外出数は、まだ片手の指で数えられる程度。
それに昨夜に都内上空で行われた戦闘の影響で、偶々他のマスター達も外出を控えていただけ、という可能性もある。
まだ焦る必要はないはずだ。そう自分に言い聞かせ、公園の外へと足を向けた。
―――その時だった。
「ライダー?」
命令した訳でもないのに、唐突にライダーが実体化した。
こんなことは初めてだった。
一体どういうことか、と声を掛けるが、返事はない。
彼はいつものように命令を待っているだけ……いや、もしかして周囲を警戒している?
普段とは明らかに違うその様子に違和感と、滲み出るような焦りを覚える。
自分が気付かないうちに、いったい何が起きているのか。
そう思い、慎重に辺りを見渡し、ようやく周囲のおかしさに気づく。
―――公園の街灯が妙にぼやけ、視界が白く霞んでいる。
(これは、■でしょうか……?)
哭倉村でも時折見た光景に、そう判断する。
東京でも■は出るのですね、と妙な感心を懐き、あれ? と首を傾げる。
……おかしい。
確かに春は■の季節だが、その主な発生条件は風の弱い雨上がりの朝だ。
しかし昨日は雨など降っていないし、今は朝と呼ぶにも早過ぎる時間だ。
田舎と東京とでは条件が違うのかもしれないが、だとしても濃くなるのが早過ぎる。
風が弱いことが条件である以上、他所から流れてきたという事もあり得ない。
つまり、この■は正常なものではなく、それが意味することは即ち―――!
「っ、ライ……ッ!?」
瞬間、鼻の奥で火花が散るほどの痛みに襲われた。
反射的に咳き込み、口を抑え込む。
間違いない。この■は、敵の攻撃によるものだ……!
「ライダー、■を掃って!」
咄嗟の判断で自身に『狂骨』を憑りつかせ、身体機能を強化。
痛みを堪え、敵の攻撃と思われる■の排除を命じる。
「御主人サマの、仰セの通リニ……!」
即座にライダーがその腕を振り抜き、周囲の大気ごと■を“弾いて”排除する。
すると鼻の奥で爆発していた激痛が、完全にではないがスッと引いていく。
(やはりこの■は、敵の攻撃で間違いないですね。
ならこの■をどうにかできれば、私からも反撃できるはず、ですけど……!)
ライダーに弾かれたはずの■は、未だに自分たちの周囲を漂っている。
いやむしろ、ライダーに弾かれながらも周囲に留まったことで、この■の異常さが浮き彫りになったと言っていい。
むしろ浮き彫りになったことを幸いと、一気にその濃さを増して私達を飲み込もうと迫ってきている。
その度にライダーに弾かれ、結果空いた穴は周囲の■が即座に埋めている。
……おそらく、ライダーが全力を出せば、この■を完全に排除することは出来るだろう。
意思を持ったように動くとはいえ、所詮は衝撃波に飛ばされる程度のもの。ライダーの全力攻撃に耐えられるとは到底思えない。
だが、それは出来ない。
なぜなら、■は大気に溶け込んで周囲一帯に漂っている。それを全力で排除するという事は、“全方位に強力な衝撃波を放つ”という事だ。
私の脆弱な身体では、たとえ『狂骨』で身を守ったとしても、その衝撃に耐えられない。
そして私が傷付かないよう加減した一撃ではこの■を掃うことは出来ず、そもそも主人の尊命を第一とするライダーは、それ故にその命令を実行できない。
ならば逆に、こちらから反撃に打って出る?
それこそ不可能だ。敵はまず間違いなく、この■の中に潜んでいるだろう。
だがそれを見つけ出す術を、私達は持っていない。
私が今無事なのは、ライダーが■を弾いて寄せ付けないようにしているからだ。
濃度の薄い状態であれほどの痛みを齎したのだ。
彼を攻撃に回してしまえば、私は途端に■に飲まれ、そのまま死ぬだろう。
ならば『狂骨』はどうか。
確かに『狂骨』なら、この■の中でも問題なく進めるだろう。
だが私の方で敵を見つけられない以上、『狂骨』自身に探してもらう必要がある。
加えて、敵が一人とは限らない。私達がそうであるように、マスターとサーヴァントが一緒にいる可能性は十分にある。
この■がどちらの能力かはわからないが、もう一人が周囲の警戒をしていれば、それだけで『狂骨』には対処されてしまうだろう。
つまりは詰み。今の私達に、この敵を倒す術は存在しない。
可能性があるとすれば、ライダーの足手纏いとなっている私が“この場からいなくなり”、ライダーがその全力を発揮した場合だけだろう。
ライダーの能力を用いれば、私だけがこの場から撤退し、その全力を発揮させることが可能となる。
だがそれは、敵の正体が何もわかっていないこの状況で、命令されたことしか実行できないライダーをこの場に残すという事だ。
そして同時に、ライダーが戻るまでの間、彼という最大の守りを失うことと同義でもある。
もしその瞬間に敵に襲われれば、私は成す術なく殺されるだろう。
ここでライダーと共に撤退する、という選択肢もある。
だがそれは、敵の事が何もわからないまま、私達の情報を、少しとはいえ敵に渡してしまうという事だ。
その場合、敵が積極的に私達を狙ってきた時に、何の対処もできないということに他ならない。
間違いなく、私が考えた作戦は実行できなくなる。
この聖杯戦争中、この敵が敗退したと確信できるまで、怯えて過ごす事しか出来なくなるのだ。
……あるいは、ここで令呪を切るか。
元よりライダーは命令に従順だが、令呪にはサーヴァント単体では不可能な無理を可能とさせる力があるという。
これを用いれば、私がこの場に残ったまま、ライダーにこの■を完全排除させることも可能かもしれない。
だがそれは、たった三度しか使えない切り札を、こんな序盤で切るという事に他ならない。
(いったい、どうすれば……!)
残された選択肢は三つ。
私だけ撤退するか、ライダーと共に撤退するか、令呪を切るか。
そう長くない時間。悩みに悩んだ末に、私はライダーへと命令するために声を上げ―――
「ライ――」
―――ライダーの巨大な背中に、同化するように張り付く、■■の■■の姿を見た。
「――ダー?」
そのおかしさに、下そうとした命令が頭の中から消し飛ぶ。
「残念、時間切れ」
奇妙に濁った声だった。
何人もの■■が二重、三重に同じセリフを口にしたかのような、不思議な声。
「ッ――――――――!」
■■の存在を察知したライダーが、マスターの危機を排さんと即座に動く。
だが、致命的なまでに遅い。ライダーが振り抜いた腕をひらりとかわし、■■はそのまま私へと肉薄する。
「じゃあ、斬るね」
そしてその手の■■■を、私の首を目掛けて振り抜き――――。
「―――そこだ、ドラコー」
■■■を持った少女の■手を、赤い閃光が貫いた。
「ッ!?」
■■は即座に私から、否、閃光を放った襲撃者から距離をとる。
一方の私は何が起きたのか全く理解できず、そのまま尻餅をつく。
そして閃光を放った襲撃者は、赤い尾で■を掻き分けながら悠々と姿を現した。
「チッ、狙いも魔力の収束も甘い。やはり実体化しておくべきだったか?」
「いや、それだと多分気付かれてたんじゃないかな。ドラコーの気配は、どうにも他のサーヴァントを刺激するみたいだし。
それはそうと、あの見た目。この■と併せて、ドラコーの予想していたヤツで間違いないな」
「うむ。つまり生かしておけば、後々面倒になる。よって手筈通り、ここで仕留めるぞ葬者(マスター)」
現れたのは、高校生くらいの少年と頭と両肩に王冠を被った金髪の童女。
少年におかしなところはないが、童女の方は左腕以外の四肢が赤い異形となっており、尾まで生えている。
その姿からして、少年がマスターで、童女がサーヴァントだろうか。
何か対策をしているのか、周囲の■の影響を受けた様子もなく平然としている。
「■手、なくなっちゃった。ひどいことするなね」
ぽつり、と■■が呟く。その■い瞳は真っ直ぐに二人を見ている。
■の中からの奇襲という自身の御株を奪われた■■は、酷く冷淡な表情を浮かべている。
「吐(ぬ)かせ、殺人鬼(アサシン)。その程度の傷など、魂喰いをしている貴様なら容易に治せよう」
まあそのような隙は与えぬが、と異形の童女も怯むことなく言い返す。
■■と金髪。■い■と赤い瞳。背丈もよく似た両者は、ともすれば鏡合わせの存在のようにも思えた。
―――だがそれは勘違いだ。
「へえ、よく分かったね。でも、別にいいじゃない。魂喰い(それ)はあなたも同じでしょ……ねぇ?」
「貴様と一緒にするでない。余は丹念に調理された皿しか食わぬ。まあ、悪食であることは否定せぬがな」
次の瞬間、童女の顔先で火花が散る。
いつの間にか放たれた■■の■■■を、童女が異形の右腕で弾いたのだ。
だがその隙に■■は後方へと飛び退き、■の中へと身を隠す。
童女も即座に右手から魔力の弾丸を乱射するが、■の中に隠れた■■には中らない。
「チッ、面倒な。だがよい。貴様はどの道、ここで敗退(デッド・エンド)だ」
「やだよ。まだ、お腹すいてるんだもん」
異形の童女が魔力を滾らせる。
その背後に、無事な■手に■■■を構えた■■が肉薄する。
■に潜んだという利を逆手に取った奇襲。私では反応すらできない。
だが童女は即座に反応し、■■の奇襲を迎撃する。
鏡合わせの様な姿の彼女たちは、歪んだ鏡像(相手の存在)を否定するために、躊躇うことなくその凶器(ちから)をぶつけ合っていた。
「―――よし。対策は、これで出来たはず。
それで、アンタはどうするんだ?」
「え?」
不意に声を掛けられ、呆けた声を出してしまう。
声の方へと向けば、異形の童女のマスターだろう少年が、彼女達の戦いに意識を向けたまま、私を横目に見ていた。
「どうする、とは……」
「見ていた感じ、あのアサシンに殺されかけてたみたいだけど、まだ戦う気はあるのかって訊いてるんだ」
「あ――――――」
言われて、ようやく思い出す。
そうだ。私は殺されかけたのだ。あの■■の■■に。
「は、っ…………!」
今更にやってきた死の実感に、息が詰まり、体が震えだす。
死んでいた。
彼等がいなければ、間違いなく殺されていた。
……戦うと決めたのに。
自分を囮にしてでも、他のマスターを殺すつもりでいたのに。
何も出来ないうちに、逆に一方的に殺されかけた。
だというのに、彼は何と言った?
まだ戦う気はあるのか、と訊いてきたのか?
誰と? あの■■と? それとも……彼等と?
「いえ……私に、戦うつもりはありません」
出来る訳がない。
彼のサーヴァントはあの■■と、この■の中で平然と戦っている。
きっとライダーとも互角以上に戦えるのだろう。
けど、ライダーではあの■■に敵わないことは、すでに証明されてしまった。
もし彼のサーヴァントがあの■■に殺されれば、そのまま私も、今度こそ殺されるだろう。
つまり私に出来ることは、彼のサーヴァントと協力して■■と戦うか、彼女たちの戦いを見届けるかの二つだけだ。
けれど、殺されかけて恐怖に竦んでしまった私には、ライダーに戦いを命じることが出来なかった。
ライダーが近くに居ても殺されかけたのだ。戦いのために彼が離れれば、その瞬間に今度こそ殺されるかもしれない、なんて。
そんな風な考えが、頭にこびり付いて離れなかった。
結局私は、装うまでもなく、無力な少女に過ぎなかったのだ。
……ああ、でも。
今ならば。
こうしてサーヴァントから離れている、この瞬間であれば。
この少年に、『狂骨』を作戦の通りに―――
「そうか。“アンタの後ろの連中”はやる気みたいだったから、アンタもそうなのかと思ったけど、違うんだな」
――――――――。
「――――――え?」
待って。
今彼は、何と言った?
「もしかして、“視えて……いる”んですか?」
元の世界で私が殺した、私に取り憑く彼等の怨念。
それを彼が、“あの人”と同じ様に視ることが出来るのだとしたら、それは―――
「視ようと思えば、だけどな。
基が似たようなものだからか、その手の気配には敏感なんだ」
―――それは、つまり。
サーヴァントであっても見付けられない筈の『狂骨』を、彼は捉えることが出来るという事で。
延いては、ただの一度も実行にすら移せないまま、私の作戦が瓦解したという事に他ならない。
「そん、な……」
その事実に、戦うと決めたはずの自分の心が、ポキリと折れた音を聞いた気がした。
「ここで仕留める! 合わせよ葬者(マスター)!」
異形の童女は全身から魔力を放出し、己がマスターへと声を張り上げた。
彼女の周囲の■はまさに雲散霧消といった有り様で、当然そこに隠れていた■■の姿も露わとなっている。
少年は即座に私から視線を外し、■■の方へと右手を向けた。
「コード・キャスト――《shock(64);》!」
彼の手から放たれる何かしらの術式。
それは■から炙り出された■■へと見事に命中し、その動きを一瞬だけ硬直させる。
「死に絶えよ!!」
その一瞬の隙に、童女は異形の右腕に膨大な魔力を込め、■■へと叩き付けた。
公園の地面が砕け、周囲の■の大半が吹き散らされる。
ライダーの本気にも劣らない必殺の一撃。その直撃を受けたのであれば、あの■■であっても無事では済まないだろう。
だがその一撃を放った童女は、不満げな表情を浮かべていた。
「―――わたしたちの真名(な)は、■■■■・■・■■■■。
つぎに会ったときは、あなたたちのお名前、教えてちょうだい?
ぜったいに、ころしてあげるから……!」
どこからか響く、殺害予告の様な■■の言葉。
それが終わると同時に、僅かに残っていた■も完全に消え去った。
「すまぬ葬者よ、逃げられた。おそらく敵マスターの令呪であろう」
「いや、令呪を使われたのならしかたない。ここは相手に令呪を使わせただけ良しとしよう。
それに一応だけど、アイツのスキルへの対策はしたしな。まあ、それが上手く機能するかは賭けだけど」
それを確認して、少年と異形の童女も戦闘態勢を解く。
それが私の、聖杯戦争における初めての実践。
その顛末だった。
§ § §
私を襲ったサーヴァント。その詳細を、思い返した記憶を頼りに再び思い出そうとする。
だが……。
■■■を使い■の■■を持った、■■の■■のサーヴァント。■■■■――■■■■・■・■■■■。
やはり、何一つとして思い出すことは出来なかった。
……いや、今となっては、私を襲った存在が、本当にサーヴァントだったのかすら怪しく思えた。
「《情報抹消》、というスキルがある」
覚えているはずの事を何一つとして思い出せないという事実。
その異常さに酷く混乱し動揺する私に、ドラコーさんは落ち着いた声でそう話しかけてくる。
「その効果は文字通りに、戦闘終了時に自身を目撃した者の記憶から自身に関する情報を抹消するというものだ。
無論、その度合いはスキルのランクにもよるが、高ランクになれば記録媒体などからも消し去れるという。
余らが貴様を襲ったサーヴァントに関する情報を思い出せぬのも、おそらくはそのスキルか、類する効果を持つ宝具が理由だろう」
―――なんですか、それは。
戦いが終われば、自分に関する情報を全てを忘れさせるスキル?
そんな能力、反則もいいところではないか。
だってそうでしょう?
それはつまり、もし仮に私を襲ったサーヴァントが無害なフリをして近づいてきても、私達には判らないという事だ。
最初に敵対して情報を抜き出しておきながら、次に会った時には味方のように振る舞うことも出来てしまう。
言ってしまえば、私が行おうとした作戦の上位互換。
利用するだけ利用して、最後に寝首を掻くなんてことは容易だろう。
もし途中でバレて敵対しても、“離脱してしまえばまた忘れる”のだから。
「故にこそ、可能であればあの場で仕留めたかったのだが……。
あそこはやはり、我が宝具によって逃げ場を断つべきであったか」
「いや、宝具の発動にはタメがいる。相手が令呪を使ってきた以上、結果は変わらなかったんじゃないか?
だとしたら、余計な情報を与えなかった分こっちが正解だ」
………、あれ?
「あの、どうして令呪が使われたことは覚えているんですか?」
「そこがこのスキルの穴よ。
情報抹消は確かに情報を消し去る。だがそれは、あくまでも“目撃者の得た、自分に関する情報のみ”に対する効果だ。
交戦中にその場におらぬ者と連絡を取れば、その者へと情報は洩れる。目撃者ではないからな。
そして自分ではない以上、マスターの情報も完全には消せぬ。
確かに自身のマスターがその場にいた場合、その者が自身のマスターである事は抹消できよう。
だがそのそのマスターと敵対していた場合、その敵対したという事実はそうそう消し去れぬ。自身が相手と敵対することと、マスターが相手と敵対することは別の話だからな。
故に、このスキルを持つサーヴァントのマスターは、大抵は戦いの場に姿を見せぬ」
それは当然だろう。
いくらサーヴァントが自分の情報を消そうと、マスターが特定されてしまえば意味がない。
そして一向にサーヴァントの詳細が分からないマスターなんて、危険視されて然るべきだろう。
だって何をされるか判らないのだ。そんな危険な人物を放って置く訳がない。
何しろマスターさえ殺してしまえば、たとえサーヴァントがどんな能力を持っていようと、それで御終いなのだから。
――――それに何より、聖杯戦争は元々、ただ一人の生き残りを決める殺し合いなのだから。
「そしてそれは、令呪であってもそうだ。
確かに令呪とサーヴァントの関係性は深い。だがそれ以上に、その主体はマスターの方にある。
加えて余は、別に相手マスターが令呪を使ったと確信していたわけではない。
確実に仕留めていたはずの状態から逃したという事実。そこから“おそらく”“あの場に居なかったマスターが”“令呪を使ったのだろう”、と予測を立てたにすぎん。
もしかしたら我らが気付かなかっただけで、彼奴にも協力者がおり、その者の手によって逃れた、という事とて十分にあり得る。
むしろ“彼奴のマスターが令呪を使った”と確信していれば、その情報(きおく)は容赦なく消されていたであろうな」
関係性のない、確信のない不確定の情報だからこそ抹消できない。
なるほど。確かにそれは、情報抹消スキルの穴だと言えるだろう。
「して、我が葬者(マスター)よ。
貴様は言っていたな。彼奴のスキルへの対策はした、と。
その対策とやらを教えてもらおうか」
「わかった」
岸浪さんはドラコーさんの言葉に頷くと、これだ、と言って左腕を見せてきた。
そこにはマジックペンで、何かの名前が書かれている。
「えっと、フランシスコ・ザビ―――」
「違う、それじゃない」
岸浪さんは慌てて左腕を戻しながらそう言って、何かを確かめる様に書かれた文字に触れる。
そして不意に後ろを振り返った後、首を傾げながらメガネを外し、再び左腕を見せてきた。
「なんだ。悪戯でもされたか?」
「どうやらそうらしい。ついでに、ばかじゃないの、と罵倒もされた。意味が解らない」
「ふはっ! if(もしも)の月の王め、内心は鉄の如きであろうと、乙女であることには変わらぬという事か。
そして特異な成り立ちと経歴故に性差に疎い貴様に、乙女心は理解が難しかろう」
(悪戯に、罵倒もされた? それに、イフの月の王って……)
二人の会話に、意味が解らないのは私の方だ、と思いつつ、改めて岸浪さんの左腕を見る。
そこには、何かの刃物で付けられたような傷が、文字のように刻まれていた。
これは、英語……だろうか……。
「えっと……えふ……あーる……おー……」
「FROM HELL―――フロム・ヘル。日本語に訳せば、“地獄より”だな。
……なるほど、彼奴か。確かに“コレ”を見れば、余は奴を思い浮かべよう」
「あの、何がわかったのですか?」
「無論、貴様を襲ったサーヴァントの正体だ」
ドラコーさんはそう言うが、私にはサッパリ解らない。
私を襲ったサーヴァントとこの文字に、一体どんな関係があるというのか。
「奴のクラスはアサシン、真名は“斬り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)”。
イギリスのロンドンにて娼婦たちを惨殺したとされる正体不明の殺人鬼。その正体の一つとされる、堕胎された水子たちの怨霊の集合体だ。
そしてフロム・ヘルとはな、ジャック・ザ・リッパーが送ったとされる手紙の署名のことだ」
「地獄から……怨霊の、集合体……」
それは、まるで――――。
と物思いに耽る私を横に、二人は言葉を交わし合う。
「しかし、よくこのような証拠の残し方を思いついたなマスター。
ジャック・ザ・リッパーは確かに正体不明であるが、それでも二つの証拠を残している。
一つはジャック・ザ・リッパーが送ったとされる手紙。だがその送り主が、真にジャック・ザ・リッパーであったのかは定かではない。
つまりその情報だけで、あのジャック・ザ・リッパーを指す証拠である、と断言することは出来ない。
そして二つ目が、惨殺された娼婦の死体だ。如何に奴がスキルによって自身の痕跡を消そうと、殺された者の死体は残る。
なぜなら、“殺された娼婦の死体が発見されなければ、ジャック・ザ・リッパーという伝説は生まれなかった”からだ。
そして死体には、何を使って殺されたか、という情報――つまりは傷跡が確実に残る。
その傷は彼奴のナイフによるものであろう? 奴めが取り落とした物を使ったか」
「多分な。俺にはもう内容を思い出せないけど、戦いの前に、ドラコーからあのサーヴァントの情報を聞いた事は覚えてる。
なら“あのサーヴァントの情報”は思い出せなくても、そいつとは関係のない“ジャック・ザ・リッパーの情報”としてなら、連想させることが出来るかも―――と考えた……んだと思う」
「そこは断言せよ。確かに賭けの要素も大きかったが、貴様はその賭けに勝ったのだ。誉めて遣わす。
そして、だ。彼奴らは今頃、我らが自分達の事を忘れていると思っているはずだ。
すなわち、再び奇襲してくるにせよ、味方のフリをしてくるにせよ、その裏をかくことができるという訳だ」
「ああ、わかっている。次は令呪を使う隙も与えずに、確実に倒そう」
その様子はまるで、それこそがマスターとサーヴァントの正しい関係性のようで。
私のサーヴァント(ライダー)がただの人形でしかないことが、少し恥ずか(うらめ)しく思えてしまった。
▼ ▼
――――一方その頃。
多彩な事業に手を出す大企業、外資系企業ベネリットグループ。
その末端である、福祉工学に関与するシン・セー開発公社の東京本社。
そこに、龍賀沙代を襲ったサーヴァントであるジャック・ザ・リッパーと、そのマスターのプロスペラ・マーキュリーは居た。
「―――これで、良し。
どうジャック? 違和感はない?」
「うん、だいじょうぶ。ちゃんと思った通りに動くよ、おかあさん」
プロスペラの問い掛けに、ジャックは右手を前へと突き出し、その動きを確かめるように動かしながら答える。
それは龍賀沙代を殺す直前、見覚えのない学生服の少年のサーヴァントによって横槍を入れられた際に吹き飛ばされたはずの右手だ。
それがこうして、何事もなかったかのように存在していた。
無論サーヴァントである以上、霊核が無事で魔力さえ十分なら、たとえ半身を吹き飛ばされようと回復できる。
でありながら、ジャックがこうして右手の動きを確認しているのは、通常とは異なる理由があるからだ。
「一回はずして、つけなおして」
カシャン、と音を立ててジャックの右手首が外れ、ジャックはそれを当然のように付け直し、再び動作確認をする。
―――義肢。
それが今、ジャックが自身の右手の動作確認をしている理由だ。
ジャックは異形の童女によって吹き飛ばされた右手を、魔力補給によって回復するのではなく、なんと義肢へと置き換えていたのだ。
そして、その義肢が普通と異なるのは。
「うん。ちゃんとつけていれば、ふつうの手にみえる。あとは――」
ジャックが一瞬霊体化し、すぐに実体化する。
そして再び自身の右手を確認すれば、実体化とともに再構築されるはずの右手は、義肢のまま。
さらに言えば、右手の義肢はジャックの霊体化に追従して消えていたのだ。
それは即ち、後付けの義肢がジャックと霊的に結びついている、という事に他ならない。
そしてそれを可能としたのは、プロスペラの技術とジャックのスキルの合わせ技によるものだ。
「霊体化も……うん、もんだいなし。さっすがおかあさんだね」
「凄いのは貴女もよ、ジャック。私では霊的な処置は行えないもの」
そもそもジャックは、プロスペラに召喚されたことで、《義肢製作者》というスキルを後天的に習得していた。
だが基となったスキルの影響か、そのスキルによって作成される義肢は、機能としては十分だが、一見して義肢であると判別できる物になってしまう。
しかしそれを本職の義肢製作者であるプロスペラが一からサポートすることで、霊体化を可能としながらも本物の右腕と見紛う一品として完成させたのだ。
「ふふ、おかあさんといっしょ」
ジャックが自身の右手を義肢へと置き換えたのは、彼女がそう望んだからだ。
失ったのはプロスペラと同じ右手。治すのは容易だが、どうせだったらおかあさんと同じにしたい、と。
プロスペラは母としてそれに応えたが、ジャックのその様子に、内心ではどのように思っていたのか。
「けど残念だったわねぇ。まさかあんな邪魔が入るだなんて」
それを顔に出すことなく、プロスペラはそう口にする。
龍賀沙代。
画期的な医薬品の開発で栄えた大地主の子女。
彼女が葬者(マスター)であることは、比較的早期にに把握していた。
何故なら『龍賀』とは、プロスペラにとって警戒すべき、ベネリット本社以上の権力を有した存在の一つだったからだ。
当然プロスペラは東京に存在する『龍賀』の関係者を調査した。
結果出てきたのが、龍賀沙代の存在。
アサシンに指示を出して周辺調査を行えば、一人上京してきた大地主の子女という、実に分かりやすいプロフィールがそこにはあった。
加えて調査を行ったジャックは、彼女を指してこう口にした。
―――あの人からは、わたしたちと同じようなにおいがする、と。
ジャックと同じ匂いとは即ち、怨霊の集合体の気配だ。
そんなものを、一介のNPCがさせているはずがない。
龍賀沙代がマスターであることは明白だった。
後は簡単。彼女とそのサーヴァントの情報を抜き出し、利用できそうなら利用して、そうでなければ殺せばいい。
しかも都合のいいことに、彼女は現在の住処を夜な夜な脱け出し、深夜徘徊をしているではないか。
これはもう接触するしかない、と折を見てジャックを送り込んでみた結果が、あれだった。
「ごめんなさい、おかあさん。令呪、つかわせちゃった」
「気にする必要はないわ、アサシン。だって、使ったのは“私達の令呪ではない”もの」
その言葉とともにプロスペラが向けた視線の先には、右腕の義肢が保管されている。
ただし、その義肢はプロスペラが作ったにしてはあまりにも歪なものだった。
だが注目すべきはその拙さではなく、その義肢の手首から先。つまりは右手の部分だ。
何故ならその右手は“生身のもの”であり、さらに言えば、その右手の甲には、二画から成る赤い模様――“一画欠けた令呪”が存在していたのだから。
“それ”は、プロスペラのものではない。
プロスペラの右腕は完全な義肢である為か、彼女の令呪は左手の甲に宿っている。
であれば、その令呪の宿った右手は何なのか。
簡単だ。プロスペラ達が殺したマスターから奪い取ったものに他ならない。
令呪狩りの噂を聞いたプロスペラは、“令呪は奪い取れるものである”事を理解した。
そして義肢を利用することで、その令呪を自らのものとして利用することを思いついたのだ。
無論、たとえ義肢を経由しようと、奪った右手をただ繋いだところで令呪は使えない。
だが、プロスペラにはジャックがいた。
ジャックのスキル《外科手術》は、令呪の移植さえ可能とする。
そのスキルは現在《義肢製作者》に置き換わってしまったが、元々の機能が失われたわけではない。
つまり現在のジャックは、プロスペラと他者の令呪を霊的に繋ぎ使用可能とさせる義肢を製作できるのだ。
これはプロスペラにも出来ない、ジャックだけの特殊技能だ。
それによってプロスペラは、『令呪の補填が容易である』という、他のマスターと比べて圧倒的なアドバンテージを得ていた。
と言っても、それにも限度はある。
一度に使える令呪は、自分本来のものと義肢のものを合わせた六画分までであり、それ以上は義肢を交換する必要が出てくる。
令呪自体を直接プロスペラに移植すればその制限はなくなるが、他のサーヴァントと繋がっていた令呪の移植にはリスクが伴う可能性があった。
ならば義肢の生身部分に移植すれば、と思うかもしれないが、
「でも令呪の負荷で義肢の部分が壊れちゃったから、後で直さないとね」
「うん。もっとたくさんれんしゅうして、次はこわれないように作るね」
生身と生身を義肢で繋ぐという無茶を行っているためか、どうにも義肢に掛かる負担が大きく、今回のように令呪を使用した際に壊れてしまう可能性があった。
そして義肢が壊れてしまえば、義肢に補填された令呪全てが使用不可能になる。
令呪の使用を可能とする義肢の作成はジャックにしかできない。戦闘中に壊れても、その場で直すことは出来ないのだ。
加えて最悪の場合、義肢の破損の影響で、令呪のある右手自体が駄目になる可能性もあった。
そうなってしまえば、補填のための令呪も集め直しとなってしまう。そして令呪を得るには、他のマスターを殺す必要がある。
だがそもそも、令呪とは一人のマスターに三画だけ与えられるもの。マスターを殺す手段を得るためにマスターを殺す、という矛盾がそこにはある。
今はまだそのマスターが複数人いるために解決は容易だが、残り人数が減る程に補填の難易度は上昇していく。
たとえ補填が容易であろうと、令呪がいざという時の切り札である、という事実に変わりはないのだ。
「それに、次はぜったいまけないんだから」
その言葉に思い返すのは、令呪を使う原因になった相手。
彼らの存在は、プロスペラにとって完全な想定外であった。
彼らさえいなければ、ジャックは龍賀沙代を殺し、彼女たちは一歩、聖杯へと歩みを進めていただろう。
だが結果として龍賀沙代は殺せず、彼らが手を組む余地を残してしまった。
無論、得るものはあった。
龍賀沙代の能力の一端と、彼女のサーヴァントの姿。
特に驚いたのは、あのサーヴァントだ。様子こそ異なっていたが、自警団を自称するヘイローを持った少女と同じサーヴァントの姿をしていた。
彼女のサーヴァントは、ヘイローの少女のサーヴァントと同じ英霊なのか。それとも、ただ姿が似ているだけなのか。
同じであれば、彼女たちに対する情報収集は、今よりずっと容易なものとなるだろう。
……しかし。
その得たものを上回る懸念事項。
あの少年とそのサーヴァントは、初見かつ霧の中という、こちらが圧倒的有利な状況下でジャックを追い詰めて見せた。
そして、そもそも令呪を使う前に殺されてしまえば、どれほど大量の令呪を持っていても意味がない。
今回はプロスペラの令呪使用に対する抵抗が低く、更には初めから撤退を視野に入れていたために事なきを得たが、場合によってはあの場で敗退していた可能性もあった。
加えて。
「だいじょうぶだよ。だってあの人たち、わたしたちのこと忘れてるもん。
だからね、安心して、おかあさん」
単純な能力差でアサシンを圧倒できるであろうサーヴァントは、彼等以外にも存在する。
昨夜に東京都内上空で起きた三騎のサーヴァントによる戦闘は多くの者(マスター)が目撃しており、それはプロスペラも例外ではない。
そして純粋な戦闘能力という面においては、ジャックでは到底彼らには敵わない。
故に、もし真正面から戦うような事態になった場合、令呪の使用は必須となるだろう。
「そうね。信じてるわ、ジャック」
何か、相手の虚を突き、隙を作れるような一手を用意する必要がある。
攻撃であれ、撤退であれ、それによって一瞬でも隙を作ることが出来れば、令呪の行使によって能力差の不利を覆せるはずだ。
プロスペラは楽しそうに右手を動かすジャックの、その義肢を見つめながら、そう口にしていた。
【千代田区・シン・セー開発公社東京本社/一日目・早朝】
【プロスペラ・マーキュリー@機動戦士ガンダム 水星の魔女】
[運命力]通常
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]いつもの義肢(右腕)、拳銃及び弾薬
[道具]義肢令呪(残り?画)、他不明
[所持金]とても潤沢
[思考・状況]
基本行動方針:優勝狙い。エリクト・サマヤが自由に生きられる世界を作る。
1.自身の社会的地位や、アサシンの《情報抹消》スキルを活用して他マスターの情報を収集する。
2.1.によって得た情報で、他マスターを利用できそうなら利用する。出来なさそうで、かつ可能なら殺害。
3.他マスターを殺害した場合、可能であれば令呪も奪い、義肢令呪に加工する。
4.学生服の少年(岸浪ハクノ)とそのサーヴァント(ドラコー)のような、初見でアサシンを殺し得る存在を警戒。
5.アサシンの対戦相手に隙を作れるような一手を用意する。
[備考]
※3月31日深夜に都内上空で行われた戦闘を目撃しています。
※龍賀沙代の冥界におけるプロフィールを把握しています。
【ジャック・ザ・リッパー@Fate/Apocrypha】
[状態]回復済み、右手義肢化
[装備]『解体聖母』、スカルペス
[道具]なし
[所持金]おかあさんにあずけてる
[思考・状況]
基本行動方針:おかあさんの指示にしたがう
1.おかあさんといっしょの右手!
2.次はぜったいころす
[備考]
※龍賀沙代から、自分と似たような匂いを感じ取りました。
【義肢令呪】
他マスターを殺して奪った令呪付きの右手を、ジャックがスキルで義肢へと加工したもの。
加工された右手に刻まれた令呪を、プロスペラが自身のものとして使用可能になる。
しかし令呪使用時にその負荷によって義肢部分が破損する可能性があり、破損した場合、残りの令呪は使用不可能になる。
残った令呪ごと破損する可能性もあり、令呪を複数同時に、または連続して使用するほどに破損する可能性は高くなる。
▼ ▼ ▼
そうして視点は半ば戻り。
これ以上はのぼせるから、と大浴場から上がった岸浪ハクノは現在、龍賀沙代の自室の窓辺で涼んでいた。
春の早朝の風は火照った体には心地よく、しかし藍色に染まり始めた空の明るさは、徹夜明けの目には少々眩しかった。
「して、マスターよ。貴様はこれからどうするつもりだ?」
そんな彼へと、そのサーヴァントであるドラコーがそう話しかけてくる。
彼女はドレスのような衣装を纏っており、その手足も竜ではなく人のものとなっている。
と言っても、尻尾や右腕の鱗などは残っているため、完全に人と同じではないが。
「どうするって、アサシンのことか?」
「アサシンめをどうするかなど、話し合うまでもなかろう。
彼奴は状況が整い次第、早急に倒す。敵として生かしておいて良いことはないからな。
そうではなく、サヨのことだ。あの娘が純粋な謝意で我らを招いたのではないことは、貴様とて気付いていよう」
この部屋の主である龍賀沙代は、まだ戻ってきていない。
身嗜みを整えると言っていたが、すでに十分近い。女性の身支度は時間が掛かるというが、それだろうか。
ドラコーはそれを利用して、彼女が戻るまでの間に対応を決めておきたいのだろう。
「謝礼として一泊の宿を与えられた以上、今すぐ分かりやすい敵対をするという事はないであろう。
がしかし、もし仮に敵対したならば、あの娘を殺し、ここを我らの拠点とするのも一つの手だぞ?」
確かにここは東京の中心に近い。
外敵からの防衛を考えなければ、拠点とするには適しているだろう。
だが。
「ドラコー、その気もないのにそういうことを口にするのはやめろ。
もし彼女に聞かれでもしたら、それこそ敵対まっしぐらだ。
必要のない戦いをする気はないぞ、俺は。せっかくの休息をふいにしてどうするんだ」
「ふふ……そう睨むな、ただの冗談だ。
それでどうするのだ?」
「そうだな……」
龍賀沙代が自分の拠点に岸浪ハクノたちを招いた理由は、まあ簡単に想像がつく。
彼女はアサシンに一方的に殺されかけた。そのアサシンを簡単に撃退した俺たちを、護衛として自分の近くに置いておきたいのだろう。
だがそれに俺たちが付き合う理由はない。一泊が終わり次第、すぐに彼女と別れたって構わないのだ。
もとよりこれは聖杯戦争。そのルールに従うのなら、結局は彼女とも殺し合うことになるのだから。
……けどまあ。
「別に、どうもしないかな」
「ほう、それは何故だ?」
「俺はまだ、この聖杯戦争に対するスタンスを決めていない。
最終的にどうなるにしても、それが決まるまでは、俺の方からどうこうするつもりはないよ」
なんだったら、彼女が目論んだ通り護衛のように働いたって構わない。
俺だって、月ではリンとラニに何度も助けられたのだ。
なら今度は、俺が誰かを助けるというのも十分アリだろう。
と言っても、唯々諾々と従うつもりはないし、彼女から申し出てこなければそれもないが。
「まあ要するに、今の所は彼女次第ってことだ」
「そうか。ちゃんと理解した上での判断であれば、異論はない。
余もサヨの出方を待つとしよう」
そう言うとドラコーは霊体化して姿を消した。
そうなると沙代が戻るまで暇になってしまうのだが。
「そうだな。今持っているアイテムでも確認しておくか」
岸浪ハクノが現在所有しているアイテムは、大きく分けて三種に分類される。
一つ目は主に現地調達した資金や食料、寝袋。そしてそれらを持ち運ぶためのデイバッグだ。
入手元は主に冥界に呑まれた、あるいは呑まれる寸前の民家などであり、冥界における社会的地位を与えられなかったハクノにとっては、唯一の入手手段だ。
二つ目が、深夜0時にマスターにだけ開かれる謎のショップで購入した、いくつかの魔術礼装や、即席の武器やデコイの作成に使用するための触媒だ。
あの店は濃密な死の匂いがするためできれば頻繁には利用したくはないが、購入できる礼装は自前では一度に一つの能力しか使えない俺にとって、戦闘の手札を増やす非常に有難い代物だ。
実際ここで購入した水晶玉の礼装が、アサシンへと奇襲を掛ける際に非常に役に立った。
もっとも、これらの購入のために調達した資金の大半はこの店で消え、その結果、今に至るまでは野宿生活となっていたのだが。
そして三つ目が、そうして購入した礼装や触媒を利用して製作した、自作の礼装だ。
岸浪ハクノを構成する死者の数は、千年近い集積の中で膨大なものとなっている。
当然その中には陣地作成や道具作成を得意とする者もおり、ハクノはそれらの情報を引き出し行使することができる。
大浴場で沙代に見せたあのメガネも、モノクル型の礼装を素材として製作した物だ。
相手の情報を見れるというから購入してみたが、効果を確かめる前に素材となってしまったのは惜しかった気もする。
「まあ、こんな所か」
所持品の確認を終え、ハクノはそう一人呟く。
龍賀沙代はまだ戻ってこない。
女性の身嗜みは時間が掛かるらしいが、それにしても長いと思う。
もっとも、岸浪ハクノの基準は電脳世界であるSE.RA.PHであり、情報だけで構成されたアバターだ。
データを切り替えれば済むSE.RA.PHと違い、現実の物理法則に即しているらしいこの世界ではこんなものなのかもしれない。
「――――――」
ドラコーの言ではないが、沙代と手を組むにしろ、敵対するにしろ、この場所を拠点とするのはアリだ。
だがその場合、工房(マイルーム)として利用できるよう部屋を改装した方がいいだろう。
そう思い、工房の素材として利用できる礼装や触媒を見繕っていく。
まず休息の効率を上げるための礼装に、この部屋は狭いため中での戦闘は行わないものとして、外からの奇襲に備えるための―――
「………………」
そう思考を巡らせる中、不意に外を見る。
夜明けとともに藍色に染まる、誰かの記憶で作られた偽りの世界。
それはいい。別に気にするようなことではない。
真偽を問うのであれば、SE.RA.PHは電脳空間上の仮想世界だし、サーヴァントだって過去の英雄の再現だ。
そもそも俺自身が、数多の敗者たちの集合体という、誰でもない誰かでしかない。
「…………」
だから、気に食わないのはそれ以外。
この偽りの世界、その土台となっている冥界だ。
誰かの記憶で覆い隠しているだけの、この淀んだ世界そのものが、俺には――――。
「……」
――――、――。
「…………、眠ったか。
この一週間戦い通しであったからな、思いの外疲れていたのであろう。
よいぞ、我が葬者(マスター)よ。この一時ばかりは、ゆっくりと休むがよい」
§ § §
「申し訳ありません、遅くなりました」
そう謝罪を口にしながら、沙代は自室へと戻ってきた。
身嗜みを整えるのと同時に大浴場での話し合いで掻き乱れた心を落ち着けていたら、思いの外時間を費やしてしまった。
岸浪さんに待ちぼうけを食わせてしまったが、彼は呆れたり、はたまた怒ったりはしていないだろうか。
そう恐々としながら自らの部屋を見渡せば、彼は窓辺に腰掛けたまま、深く目蓋を閉じていた。
「岸浪さん……?」
「………………」
慎重に呼びかけてみるが、応えはない。
……寝ている、のだろうか。
物音を立てないよう足音を忍ばせ、慎重に岸浪さんへと近づく。
彼からはゆっくりとした、静かな吐息の音が聞こえる。
やはり待たせ過ぎてしまったのだろう。彼は寝てしまっているようだ。
「――――――」
そんな岸浪さんへと、徐に手を伸ばす。
彼が起きる気配は感じられない。
僅かに震える私の指先が、そのまま彼へと触れる―――その直前。
「―――そこまでだ。
娘、貴様が我がマスターに触れる事を、余はまだ許してはおらぬ」
唐突に聞こえたその声に驚き、咄嗟に手を引き戻し数歩後ずさる。
改めて部屋を見渡せば、ドラコーさんが部屋の片隅で寛いだ様に椅子に座っていた。
その左手には一抱えほどもある大きな金の盃。彼女はそれをくるくると回し、注がれていた中身を口に含んで味わっている。
「遅かったな沙代。見ての通り、葬者は貴様を待っている間に眠ってしまった。
まったく、不用心だとは思わぬか? 我らはまだ正式に手を組んではいないというのにな」
その姿を見て、今更に思い出す。
そうだ。ドラコーさんは岸浪さんのサーヴァント。彼の傍には、必ず彼女がいる。
そして彼女の言う通り、私達はまだ仲間ではない。
私の“行い”がどういう心算のものであったとしても、彼女は“それ”を許さないだろう。
その事を私は、すぐに理解することになる。
「しかし、だからこそ不用意なことをするでない。思わず殺してしまいそうになる」
徐にドラコーさんが、その赤い瞳で私を見据える。
「ッ……!」
瞬間、私の背筋がアサシンに殺されかけた時とは異質の恐怖に泡立った。
それはまるで、あまりにも巨大な大蛇に見下ろされているかのような悪寒。
解っている。これはただの警告だ。殺意はおろか害意すら込められていない。
だというのに私は、彼女の瞳に、自分が死ぬ未来を幻視した。
そしてもし私が岸浪さんに触れてしまっていたら、その未来は現実のものとなっていただろう。
だが、そう理解させられた直後、今度は巨大な圧迫感に襲われる。
私のライダーが唐突に実体化したのだ。
「ライダー!?」
私は驚き堪らず声を荒げる。
ライダーは七メートル近いその巨体を限界まで縮こませ、それでも私の部屋を軋ませながら、いつでもドラコーさんを攻撃できるように構えている。
彼が命令もなしに実体化したのはこれで二度目で、ここまでの反応を示したのはこれが最初だ。
今までは命令がなければ何の反応も返さなかったというのに、一体どうしたというのか。
「静かにせよ。葬者が起きてしまうであろう」
だがドラコーさんはライダーを一瞥すると、そう口にして視線を切り、杯を傾ける。
自分より遥かに巨大なライダーから敵意を向けられているというのに、全く気にする様子がない。
その様子にまるで、私達と彼女との格の違いを見せつけられているような気さえしてくる。
「はい。申し訳ありませんでした。ライダーも下がってください」
私は素直に謝罪を口にして、ライダーへと命令を下す。
「……。御主人サマの、仰セの通リニ……」
ライダーはいつもと違い、少しだけ間を置いた後にそう言って霊体化した。
本当に、彼はどうしたというのだろうか。
そう思いつつ部屋を見渡して、壊れた箇所がないことに安心しつつ、岸浪さんから離れ部屋付きのベッドに腰を下ろす。
迂闊なことをすれば、今度こそライダーとドラコーさんの戦いが始まってしまうかもしれない。
だが彼らの戦いの場とするには、この部屋はどうしようもなく狭すぎる。
開戦と同時に消し飛んでしまうことは、まず間違いないだろう。気を付けなければ。
「アサシンと戦っている時も思ったが、なかなかの偉丈夫だな貴様のサーヴァントは」
このまま岸浪さんが目覚めるまで待っているのだろうか、と思っていると、ドラコーさんが不意にそう声を掛けてきた。
「これが通常の聖杯戦争であったのならば、優勝候補の一角であったことは間違いあるまい」
さっきは一瞥で視線を切ったというのに、彼女はそうライダーを称賛する。
けれど。
「ライダーが、ですか?」
その称賛を、私は素直に受け取ることが出来なかった。
ドラコーさんがライダーを見たのは、アサシンに襲われた時と今の二回だけだというのに、一体何が解ったというのだろうか。
確かにライダーは、その能力だけを見れば強力なサーヴァントだと思う。
けれど彼は、自我のない人形でしかない。
予め決められたことを行うだけの絡繰りと同じ。マスターの命令がなければ、その力を発揮することは出来ない。
そして命令を下すべきマスターである肝心の私は、アサシンを相手に、真面に戦うことも出来なかったのだ。
だというのに、そんなマスターを引き当てた彼が優勝候補かもしれない、なんて思えるはずもない。
「信じられぬか?」
「……ええ」
「ま、無理もあるまい。
一見ではあるが、彼奴が酷く機械的なサーヴァントである事は分かる。
クラスもライダーだ。どこぞの梟雄のように暴走することもまずあるまい。
おそらく、何らかの理由で意思を封じられ、何かに乗られてきた人物なのだろうな」
先程とは違う理由で、背筋に悪寒が走る。
彼女達が得たライダーに関する情報は、ほんの僅かなものの筈だ。
だというのにもう、彼がどんなサーヴァントなのかを殆ど言い当てている。
それは同時に、私達の有する問題点も把握出来るという事に他ならない。
「彼奴の霊基は、“道具”あるいは“兵器”としての側面が強く表出している。
言い換えれば、その性能を発揮できるかは良くも悪くもマスター次第だという事だ。
余が先ほど奴を一瞥しただけで済ませたのもそれが理由だ。その意味は、貴様が一番解っていよう」
その予想は正しく、彼女はその問題点を言外に言い当てた。
即ち、私が命令しなければ、ライダーは殆ど何も出来ないという事を。
そして彼女達は、私がライダーへと命令を下す一言の間に、私達に対処してしまえるのだ。
けど、だからこそ解らない。
どうしてドラコーさんは、そんなライダーを高く評価したのだろう。
「本当にわからぬか?」
彼女の言葉に肯く。
「ならば問うが、余が貴様へと警告した時、彼奴が実体化した理由は何だ?
あの時、余は貴様へと警告したが害意は示しておらず、貴様が奴へと何かしらの命令を下したわけでもない。
だというのに奴は実体化し、剰え余に対して攻撃態勢をとった。それは何故かわかるか?」
「それ、は……」
わからない。
あんな事は初めてだった。それまでの彼は、ただ命令に従うだけの人形だった。
だから、どうして彼があんな行動をとったのか、私には理解できなかった。
「答えは簡単。ライダーは貴様を守ろうとしたのよ」
「え?」
守る? 私を? 何故?
「彼奴が完全な機械と化していたのであれば、仮に余が貴様を害したとしても、貴様の命令がなくば実態かすらせぬだろう。
余とて憐れにこそ思えど、彼奴を敵とは見做さなかったに違いあるまい。
―――だが、あのライダーは違う。
どれほど強く意思を封じられようと封じきれぬ意志。余はあの瞬間、奴の姿にそれを見た。
そして意志があるという事は、たとえ命令などなくともマスターの意志に応えることができるという事だ。
マスターと心を通わせたサーヴァントは、たとえどれほど矮小な存在だったとしても侮ることは出来ぬ。
もし貴様が決意を固め、ライダーと意志を通じ合わせ、我等に挑んで来る事があれば、それは決して油断ならぬ戦いとなろう」
「ちょ、ちょっと待ってください。私達と貴女方が戦うって、一体なぜですか!?」
しかも、私達が挑む側だなんて、意味が解らない。
アサシンに手も足も出なかった私では、岸浪さん達には敵わない。
そんなこと、少し考えれば解る筈なのに、何故―――。
「何を驚く。聖杯戦争のルールに則るのであれば、生き残れるのは聖杯を手にした一組だけ。
この先貴様がどうするつもりであろうと、我等の内どちらかはいずれ確実に死ぬのだ」
「あ――――」
そうだ。それがこの聖杯戦争の決まりなのだ。
聖杯を求める限り、両方が生き残ることは出来ない。
私達は、どうあっても殺し合う運命にあるのだ。
「ふむ、そうだな。後で我が葬者にも問われるだろうが、先んじて訊いておこう。
この先の聖杯戦争、貴様はいったいどうするつもりだ?」
「そんな、こと………」
ドラコーさんの問い掛けに、私は答えを言い淀む。
――この先、わたくしはいったいどうするつもりなのか。
考えるまでもない。その答えは決まっている。
決まっている、のに。
どうしてその答えを、口にする事が出来ないのか。
「まあ、今すぐ如何こうせよという訳でもない。その答えはいずれ聞かせてもらうとしよう。
だが忘れるな。――――死にたくなければ剣を執れ(Sword, or Death)。
貴様がどう思っていようと、戦わわねば生き残れぬという事をな」
そう言うとドラコーさんは、中身を飲み干した金の杯を霧散させ、そのまま自身も霊体化させた。
後に残されたのは、何も答えられなかった私と、静かに寝息を立てる岸浪さんだけだ。
よほど深く寝入っているのか、彼が目を覚ます様子は全くない。
そんな彼の横顔を見ながら、私は再び彼と出会った時の事――その続きを思い出していた。
§ § §
「すまぬ葬者よ、逃げられた。おそらく敵マスターの令呪であろう」
「いや、令呪を使われたのならしかたない。ここは相手に令呪を使わせただけ良しとしよう。
それに一応だけど、アイツのスキルへの対策はしたしな。まあ、それが上手く機能するかは賭けだけど」
私を襲ったサーヴァントが撤退し、二人はそう言葉を交わしながら戦闘態勢を解く。
それは即ち、今この場における危機が一つ去った事を意味する。
けれど私は、その事に何一つ安心することが出来なかった。
―――当然だ。
「……逃げ、た?」
という事は即ち、あの■■がまだ生きているという事で、
それはつまり、また命を狙われる可能性があるという事だ。
いやそもそも、聖杯戦争に参加する限り、命が狙われるのは当然で。
でも、サーヴァントと契約していなければ、この冥界では生きられなくて………。
「私、は……」
―――死にたくない。
どうしてこんな目に遭わなければならないのか。
私はただ、せめて、自分の中の穢れを消し去りたかっただけなのに。
……ああ、でも。
震える自分の手を見つめる。
尻餅をついた時に擦り剥いたのか、その手の平には血が滲んでいた。
けど私にはそれが、冥界に落とされる前に殺した人達の血で汚れているように見えて。
でも手の震えは、犯した罪の重さではなく、死への恐怖から来るもので。
「やっぱり……」
聖杯を手に入れるということは、他のマスターを全員殺すということ。
自身の願い(穢れを消す)のために、この手を他のマスター達の血で汚す。
そのおかしさを気にも止めなかった時点で、結局私も龍賀の一族なのだと思い知らされる。
だからきっと、これは罰なのだ。
私が殺した人たちのように、殺される恐怖に怯えることが、
この冥界で下された、穢れた私の罪に対する―――
「なあアンタ、どうかしたのか?」
不意に声を掛けられ、我に返る。
見上げれば、少年が不思議そうな顔で私の方を見ていた。
「いえ、何でもありません。
危ない所を助けて下さり、ありがとうございます」
頭を振って立ち上がり、彼等へと礼を述べる。
けど彼は、無愛想な口振りで私の謝礼を拒否する。
「別に礼はいらない。アンタを助けたつもりはないからな。
俺たちがアンタたちの戦いに割り込んだのは、ようやく取れたまともな睡眠を邪魔された仕返しだ。
対毒付与のコードキャストが効かなかったら、奇襲のための潜伏なんてしないで、さっさとここから離れてた」
「そ―――」
……分かっている、そんな事は。
穢れた私に、都合のいい救いの手など、差し出される訳がないのだ。
それにこれは葬者達が殺し合う聖杯戦争で、そして私はマスターで、彼もマスターだ。
つまり私達は、互いに殺し合う関係。あのサーヴァントと、何も変わらない。
……ただ、NPCでしかない筈の市民さえ守ろうとするヒーローの様なマスター達もいたから、少し勘違いしそうになっただけ。
それだけなのだ。
それなのに。
「? アンタ、怪我してたのか」
彼はそう言って血に汚れた私の手を取ると、何かしらの力で淡い燐光を放った。
「え?」
その途端、私の手の平からは痛みが引いていた。
診れば私の手の平には、擦り剥いた怪我どころか血の跡さえ残っていなかった。
「あの、どうして?」
彼の行動が理解できず、思わずそう彼へと尋ねる。
互いにマスターである以上、私達は敵同士の筈だ。
それなのに、どうして。
「どうしてもなにも、アンタは戦うつもりはないんだろう? つまりは敵じゃない。
敵じゃないなら、ちょっとした怪我くらいは治してやるさ。大した消耗でもないしな」
その問いに、彼は不思議そうに答える。
戦うつもりがないのなら、私達は敵ではない、と。
でもそれはおかしい。だって彼は―――
「視えているのなら、気付いているのでしょう!?
私はとっくに人殺しなんです! それなのに、どうして―――」
「それがどうかしたのか?」
「な――――」
彼は何でもない事のように、私の罪を許容した。
「別に驚くような事か? 聖杯戦争なんて、初めから殺し合い(そういうもの)だろ。
俺たちだって、この場所に来るまでに何組ものマスターやサーヴァントから襲われて、それを返り討ちにしてきた。
つまりは人殺しだ。
アンタがどういう理由で“後ろの連中”を殺したのかは知らないけど、それについて何か言うつもりは俺にはないよ」
私の罪を否定するのではなく、かと言って肯定するのでもなく、ただそういうものだろうと容認する言葉。
それはまるで、たとえ私の罪が許されなくても、そこに居てもいいのだと認められたようで、
「………貴方達は、聖杯が欲しくはないのですか?」
「別に。今のところ聖杯に興味はないよ。
それよりも先に、決めなきゃいけないことがあるからな」
その言葉を口にした彼は、睨み付ける様に、この偽りの東京の空を見上げていた。
「葬者よ、今夜中に休息をとるつもりなら、そろそろこの場を離れるべきだと思うが?
戦いの気配を察して他のサーヴァント等がここに来るやもしれぬし、夜が明けてしまえば、人目を避けるのにも苦労しよう。
もちろん、目くるめく戦いの連鎖をまた味わいたいというのであれば、余は構わんのだが?」
「それは勘弁してほしい。
ここ数日ロクに寝れてないんだ、いい加減休みたい。いくら俺が人より丈夫でも、限度がある」
童女の言葉に促されて、彼はこの場を立ち去ろうとする。
事実、このまま何もしなければ、彼の名も知らないままに別れる事になるだろう。
その事に私は、どうしようもない不安を覚えて、
「じゃあな。お互い、生きてまた会えるといいな」
「あ、あの!」
私達に背を向けてそう口にする彼を、思わず呼び止めてしまう。
「? どうかしたのか?」
それに彼は足を止め、私の方へと振り返りながらそう訊いてくる。
「あ、えっと、あの、その……」
何も考えずに呼び止めたため、次の言葉が咄嗟に出てこない。
それでも懸命に思考を巡らせて、どうにか捻り出した言葉は、
「お、お礼をさせてください!」
そんな、当たり障りのない言葉だった。
「さっきも言ったけど、俺はアンタを助けたつもりはない。だから――」
「それでも、貴方方のおかげで、私達が助かったのは事実ですから」
「…………」
「それに言ってましたよね、いい加減休みたいって。
私の住んでいる場所になら、案内できます。場所が場所なので行動に制限は掛かりますけど、休むくらいなら問題ないはずです」
「それを言われると、ちょっと拒否しづらいな」
そう言うと岸浪さんは、腕を組んで迷ったような素振りを見せる。
もう一押し。
私はそう思うと同時に、どうして彼を呼び止めたのか、と自問する。
決まっている。不安だからだ。
私を襲ったサーヴァントはまだ生きている。
ライダーではあのサーヴァントに敵わないというのに、いつまた襲われるかも判らない。
けど、彼等がいれば、あのサーヴァントにまた襲われても安心できる。
――――本当に?
だって、それ以外に理由がない。
たとえあのサーヴァントが襲ってこなかったとしても、彼等を懐柔することが出来れば、この聖杯戦争を生き残る上で大きな力になる筈だ。
それ以外に、どんな理由があって彼等を引き留めようというのだろう。
「娘。貴様がよくても、貴様のサーヴァントの意見はどうなのだ?」
「言い聞かせます」
私の背後のライダーを見据えながらそう訊いてくる彼のサーヴァントに、私はそう即答する。
ライダーに意見などあるはずがない。彼にとっては私の命令だけが唯一の指針なのだ。
「だそうだが、どうするマスター?」
「…………わかった、その提案を受けよう」
わかっている。これは私の弱さが齎した、醜い保身の表れだ。
それでも。
この世界が、罪を犯したことで落とされた地獄なのだとしても。
この恐怖が、私が犯した罪に対する罰なのだとしても。
聖杯を求めることで、更なる罪を重ねるのだとしても。
「場所を借りるのなら、自己紹介はしておくべきだな。
俺は岸浪ハクノ。こっちはドラコー、クラスはアルターエゴだ」
「私は龍賀沙代と申します。どうぞ沙代とお呼びください」
「では沙代、まずは一泊世話になるぞ。存分に持て成すがよい」
それでも私は、もう二度と、死にたくなどなかったのだ。
だから―――
§ § §
――――死にたくなければ剣を執れ(Sword, or Death)。
脳裏によぎる、ドラコーさんの言葉。
それに正しく、きっと私は、彼らと戦うのだろう。
この聖杯戦争(じごく)に参加し(おち)て間もなく、自らそう決意した通りに。
それを、彼女へと明確に答えられなかったことだけが、
自分でも不思議でならなかった。
【文京区・女子学生寮/一日目・早朝】
【岸浪ハクノ@Fate/EXTRA Last Encore】
[運命力]通常
[状態]健康、睡眠
[令呪]残り三画
[装備]礼装(詳細不明)、擬・奏者のおしゃれメガネ
[道具]デイバッグ、礼装(自作含む。詳細不明)×?、触媒(詳細不明)×?、食料
[所持金]ハサン寸前
[思考・状況]
基本行動方針:まずは情報を集め、スタンスを決める。
0.……、………………。
1.今後の事を話し合うため、沙代が戻ってくるのを待つ(つもりだった)。
2.工房(マイルーム)作成用の礼装と触媒を見繕う。
3.アサシン(ジャック・ザ・リッパー)を警戒。対策を考える。
[備考]
※深夜ショップから購入した礼装は、Fate/EXTRAシリーズの物を参照しています。
【アルターエゴ?(ソドムズビースト/ドラコー)@Fate/grand order】
[状態]健康
[装備]黄金の杯
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:葬者の指示に従いつつ、彼がこの聖杯戦争で何を成すのかを楽しむ。
1.周囲を警戒しつつ、葬者が目覚めるのを待つ。
2.アサシン(ジャック・ザ・リッパー)を警戒。状況が整い次第、今度こそ排除する。
[備考]
【擬・奏者のおしゃれメガネ】
岸浪ハクノが礼装「聖者のモノクル」を素材に自作した、専用の擬装用魔術礼装。
素となった礼装が装着者が視た相手の情報を表示するものだとしたら、こちらは相手が見る装着者の情報を擬装する。
岸浪ハクノを構成する死者(要素)の中から、岸波白野(♀)の肉体情報を引き出し、幻影として纏わせる。
魔術としては外殻投影に類するものであり、装着者がその場に居る事への違和感を軽減する認識阻害効果もある。
しかし即興で作成されたものであるため術式の強度が低く、見破ることは難しくはない。
また多少の魔力の乱れで簡単に効力を失ってしまうため、戦闘はもちろん他のコードキャストや礼装などと併用することも出来ない。
【龍賀沙代@鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎】
[運命力]微減
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]潤沢(大地主の子女としておかしくない程度)
[思考・状況]
基本行動方針:自分の中の穢れの痕跡を消し去りたい。
0.もう二度と死にたくない。
1.岸浪さんが目を覚ますのを待って、今後の事を話し合う。
2.岸浪さんを懐柔して、味方に付ける。ただし、ドラコーさんへの対応には要注意する。
3.アサシン(ジャック・ザ・リッパー)を非常に警戒。
[備考]
【ライダー(バーソロミュー・くま〔隷〕)@ONE PIECE】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:仰セの通りに御主人サマ……。
1.……………………。
2.要警戒対象(ドラコー、■■■■)確認……。
3.要警戒対象の情報ニ一部欠落ヲ確認。得タ情報(ジャック・ザ・リッパー)ニテ補完、完了……。
[備考]
投下を終了します
タイトルを忘れてました。タイトルは 死者たちの邂逅 になります
投下します
練馬区と武蔵野市の境に4つの影がある。
頭部に星型の奇妙な輪っかを浮かばせた少女とその傍らに佇む大男。
微かに幼さの残る顔立ちの白人の青年男性と刀剣を手にした少女。
宇沢レイサとバーソロミュー・くま、ピーター・パーカーとレイ。聖杯戦争にその身を投じる二組の葬者とそのサーヴァントは昼までは確かに存在していた、今は一瞬で荒廃した武蔵野市だったものを眺めている。
日付が変わる前に彼ら彼女らはこの武蔵野市で暴虐の限りを尽くそうとした黒獣のサーヴァントと氷炎の怪人と衝突した。戦闘を終え合流し、情報共有や東へと逃走した怪人の捜索などをしながら数時間、彼らは隣接する武蔵野市の異常を感知した。
遠目に見えていた武蔵野市の建築物が徐々に荒廃していく。駆けつけた時にはもう全てが終わり、武蔵野市だったものは冥界へと飲み込まれていた。
この聖杯戦争の舞台が脱落者によって縮小、1エリアごとに冥界に呑まれていくことは彼らも把握している。だが、それを目の当たりにしたのは今回が初めてであった。
街は荒廃し、人々が死霊へと変わりさった無情な景観はこの聖杯戦争においてNPCであつても極力被害を減らそうとしていた彼らにとって心に暗い影を落とさせるに十分なものだっただろう。その中でも取り分け深刻なダメージを受けているのはレイサであった。
レイサは元より色素の薄い顔を更に青白くさせながら、目の前の、数時間前までは人がいた筈の街並みを眺めている。
脳裏に数時間前の光景が過る。氷炎の怪人を退けピーターらと合流する道すがら、怪人から逃げる際に母親とはぐれて泣いていた少女を見つけ、一緒に探していた。
無事に母親が見つかり、「ありがとう、お姉ちゃん」とお礼を言って別れる少女をレイサは見送った。武蔵野市にあるのであろう家へと母親と手をつないで向かっていった姿を。
少女の無事は絶望的だろう。サーヴァントを連れたマスターであるならば冥界に呑まれるエリアから脱出することも可能だ。だが、何の力も持たないNPCでは練馬区へ逃げるという思考も、安全地帯に向かうまで死霊化に耐えうる強度も持ちえない。
聖杯戦争に臨む参加者であれば、そのような犠牲を憂慮する者は少ない。ましてや対象が実際に生きている人間でもない模造品であるのならば猶更だ。そのような存在が死霊に変じたことに心を痛めるなど心のぜい肉と断じてもいいだろう。
だが、レイサは割り切れない。割り切るには彼女は若く、青く、善良であった。
これが知人のいないエリアであったのならば受け止め方も変わっていただろう。だが、彼女は関わってしまった。NPCであっても泣き、笑い、感謝する自分や身近な人間となんら変わらない一個のパーソナルを持った存在であると認識してしまった。そんな存在が無為に死霊へと変えられ、冥界へと飲み込まれた衝撃はいかばかりか。
動揺と精神的な疲労によりふらりと揺れた体が巌のように大きく、暖かな感触に受け止められる。
「レイサ、スパイダーマン、戻ろう。ここにいるのは精神的にも良くない。死霊がこちらに気付いて向かってくる可能性もある」
レイサを抱き留め、口を開いたのはくまであった。
冥界を見据えるその顔は険しく、堅い。いつでも不測の事態に備えられる様に体に緊張が張りつめていることが傍らにいるピーターやレイからも見てとれた。
「……ごめん、気付けなかった。そうだね、ライダー。ここからなら僕の拠点の方が近い。そこでレイサを休ませた方がいいかな」
「い、いえ、そこまでお世話になる訳には……」
慌てて支えられた体を起き上がらせようとするレイサをくまが押し留めた。
何事かを言おうとするレイサに向け、くまが黙って顔を横に振る。自身が無理をしている自覚のあったレイサは、それで黙り込み俯いてしまう。
「そちらが良ければ助かる」
「大丈夫さ、それじゃあついてきて」
ピーターが中空へとスパイダーウェブを射出し、建築物に括り付けて宙を舞う。それ追ってレイが装着したイーグルブースターによって飛翔し、レイサを抱えたくまがそれに続く。
(レイサちゃん、大丈夫かな。葬者)
(どうだろう。レイサは優しい子だから心配だね)
レイからの心配げな念話にピーターも重い調子で返す。
レイもピーターも目の前で起こった光景に衝撃は受けている。それでもレイサの狼狽ぶりは彼ら以上のものであった。
ピーターもレイも救おうとして取りこぼしてしまった経験を持っている。世界はどうしようもなく残酷な面があることを身をもって知っている。だからこそ、衝撃を受けこそすれども目の前の現実を飲み込み耐えることが出来た。
レイサとの違いはそれだけだ。だが、それが致命的な差にもなっていた。
(僕は浮かれていたかもしれないね)
(ピーター?)
(彼女は、レイサは、ヒーローである前に一人の女の子なんだ。戦う力があっても、物騒な世界にいても、それでも彼女はハイスクールに通っているただの女の子だ。そんなこと、もっと早くに気付いてあげるべきだった)
痛切なピーターの言葉に、レイは返す言葉も浮かばない。浮かれていたという意味ではレイも同じであった。一人理解者のいない戦いに身を投じていた葬者に、同じ志の仲間が出来たと。
沈んだ表情になったレイに何も告げず、ピーターは只管に拠点への道を進んでいく。
脳裏に、二人の先駆者の姿が過る。
今は亡き尊敬する先駆者、ヒーローとして活動を始めた彼をヒーローである前に子供として扱っていた男。トニー・スターク。
今はもう繋がりも途絶えてしまった戦友、自身に対してヒーローである前にただの子供であることを失念していたと嘆いていた男。スティーヴン・ストレンジ。
彼らほど成熟してるなどという自覚はない。自身とてまだ若く未熟である。が、それでもあの時の彼らはこんな心境だったのかもしれないとピーターは思考する。
これ以上、レイサを巻き込んでいいものか。決断を下すべきかもしれない。そんなことを考えながら深夜の街を蜘蛛が跳ねていく。
◇
「大丈夫そう?」
「少しは落ち着いたようだ。今はセイバーが見てくれている」
「あー、僕のサーヴァントだけど、いいの?」
「今更だろう。それに年の近い同性の方が安心することもあるさ」
寝室から出てリビングへとやってきたくまを部屋着に着替えたピーターが出迎える。
丁寧にも用意されたコップと自分用に注がれたのであろうミネラルウォーターを一口に呷り、くまは一息ついた。
「ベッドを貸してくれたこと、感謝する」
「気にしないでよ、女の子を床に寝かせる訳にはいかないしさ。僕はここでいいから」
そう言ってピーターは自分が座っているソファをポンポン、と叩く。
今この空間には二人の男だけがいる。
表面上は明るく振る舞って見せたピーターだが、その表情はすぐに真剣なものへと変わっていく。
「……もし、よければ今後の話をしても?」
「自警活動についてかな?」
「うん、多分だけど今回みたいな事態はこれからも増える。僕は大丈夫だと思うけど、レイサはその、少し優しすぎる」
ピーターの発言に対し、くまは腕を組んだ姿勢のまま口を開かず、異論を挟む素振りはみせない。ピーターの言う事に同じ意見であることを言外に物語っている。
「正直な話をすれば僕達のやっていることは自己満足に過ぎない。自分達の身も、心も危険に晒す行為だ。そしてこれは誰かに強制してやらされていることじゃない。今日戦った奴や昨夜の大暴れしたサーヴァント達、二つの市を吹き飛ばしたサーヴァントみたいに街の被害を気に留めない危険な奴らだっている。だから」
「やめるなら今の内、と。そう言いたいんだな?」
「……うん。あの子は若造の僕なんかよりももっと若い、ハイスクールも出ていない女の子なんだ。こんな危ない事はしなくていい。僕だけでいい、違うかい?」
真摯な眼差しでピーターはくまへと問いかける。そこに乗せられた感情はレイサへの心配だけだ。
くまはその言葉を受け取り、腕を組んだ姿勢のままゆっくりと目を瞑って俯き、しばし後に目を開いて天井へと顔を上げた。
頼りない蛍光灯の光がくまの目に飛び込む。
「ピーター、きみの言う事は正しい」
「じゃあ……」
「正しいが、それだけが全てじゃない」
くまの視線とピーターの視線が重なる。穏やかで、それでいて強い意思を湛えたくまの眼差しに、ピーターは良く知った人々を思い出す。
それは気高く、誰かのためにその力を奮い続け、理不尽と悪意に翻弄されながらも理想のために困難へと挑み続けた一人の人間の眼差しだ。
「きみの不安は分かる。でもあの子の航路を決めていいのはあの子だけさ。だから、それは俺に伺いをたてるんじゃなくて、あの子が元気を取り戻してから改めてきみがあの子自身に問うべきだ」
「それは、確かにその通りだけど」
「きみは先ほど誰かに強制してやらされていることじゃないと言ったな。その通り、あの子は強制されたからやっているんじゃない。自分の信念で、自分の意思でこの聖杯戦争の場において犠牲になる無辜の人々を、仮初めの命の存在であろうとも構わずに守ろうと決めたんだ。だから、そんな覚悟を侮らないで欲しい」
自信と信頼に満ちた声色で語りながら、くまの視線が彼の葬者がいる部屋へと向けられる。
「宇沢レイサという女の子は、必ず一歩を踏み出せるさ」
◇
ベッドにその身を預け、レイサは上半身だけを起こした体勢で座っている。気色は幾分か和らいではいるものの、疲労の色は未だ濃いままだ。俯いた顔に映る表情は自警団として活動する時とは別人と見間違うほどに弱弱しい。
その傍らにはレイが座り込んでいるが、彼女に浮かぶ表情も暗いものだ。
レイはくまからレイサがここまで精神的ショックを受けていたことの理由を推察として聞いていた。
助けたNPCの少女が武蔵野市の冥界化に巻き込まれ、おそらく死霊となったこと。
それがどれほど心に傷を与えたのかは当事者にしか理解できないことだろう。それでもレイサの憔悴具合からそれが深刻なものだという理解は出来た。
「あの、お水、飲む?ペットボトルだけど」
「ありがとう、ございます」
恐る恐る差し出されたペットボトルが弱々しく受け取られる。
蓋を開けたペットボトルを口許へと運びほんの少量だけ嚥下し、蓋を閉める。
その一連の動作の音が響くだけの、痛いほどの沈黙。
そんな中、口火を切ったのはレイサからだった。
「分かってるんです。ここの人達は本当に生きている人じゃないって」
ぽつりと、レイサの口から言葉零れる。
その視線は依然として俯いて彼女の下半身にかかる薄い毛布に向けられている。
「でも、泣いてる姿も、喜んでいる姿も、私に「ありがとう」ってお礼を言ってくれた姿も、何もかも、生きている人と変わらなかったんです」
ぎゅ、とシーツを握るレイサの手に力がこもる。何かを堪えるように強く、強く。
レイは肩を震わせながら独白するように言葉を紡ぐレイサを無言で見つめ続ている。
「どうしようもないことだって理解しているつもりなんです。誰も、あの数時間で武蔵野市があんなことになるなんて想像できません」
それでも割り切れないことはある。
どうしようもないことであっても、それでも知り合ってしまった一個人を助けることが出来なかった。理不尽に直面した無力感が悔恨と自責に置き換わり、ぐるぐるとレイサの裡に渦巻いている。
そこでレイサがようやくレイへと顔を向ける。
笑顔だった。とても痛々しい、情けないところを見せまいという虚勢で形作られた、パッチワークのような空回った笑顔だった。
「ごめんなさい。ピーターくんも、レイちゃんも平気そうなのに私だけこんな……」
そこで、レイサの言葉は中断させられた。
レイサを包むような暖かな感触。レイが、レイサを抱きしめていた。
優しく、それでいて力強い。母親が子供を抱きしめるような温かい抱擁。
「平気じゃないよ」
「……」
耳元で囁かれた暖かさをもった否定の言葉。
それはレイサの歪で脆い笑顔を打ち砕くには十分すぎる威力を持っていた。
「私も葬者、ううん、ピーターも辛い気持ちは持ってる。ただ、レイサちゃんみたいにちょっと繋がりが深くなった人がいなかっただけ。私や葬者が同じ立場だったら、きっと、レイサちゃんみたいに深く悲しんでた。当然だよ」
「……っ」
慰める言葉にレイサの表情が僅かに歪む。
溢れる出しそうになるものを堪える様に体に力を込めるが、しかしそれは無駄な抵抗だ。
「だから、ね。無理はしなくていいと思う。この部屋には私だけしかいないから。ね?」
「う、あ……」
レイサの視界が滲み、目尻から収まりきらなかった感情の雫がツゥと垂れる。
一度溢れだしたものはもう止まらない。涙も、声も、押しとどめることなどもう出来なかった。
「うっぐ、ひぐ、うあ、うぇぇぇ……」
押し殺す様にレイサが慟哭する。喪失感、無力感、理不尽への怒りと悲しみ、溜めこんでいたすべての感情が吐き出されていく。
レイはただ何も言わず、レイサの激情に共感するように表情に悲しみの色を滲ませながら泣きじゃくる少女を抱きしめ続け、あやすようにその背をやさしく撫でる。
部屋に響く泣き声は、レイサが泣きつかれ眠りにつくまで続いた。
涙の痕がのこるレイサの寝顔を眺めながら、レイは窓の外に映る月夜を見上げる。
聖杯戦争は一組以外に生存を許されないバトルロワイアルだ。だが、レイはNPCが死霊と化したことに心を痛め泣きじゃくる少女に向ける刃を持ち合わせていない。それは葬者であるピーターも同じであると信じている。
どうにか、レイサを生きて元の世界に帰らせなければという思いが強まっていた。方法は分からなくとも、その為に力になることがあるならば惜しまず力を貸そう。そんな決心が定まった。
信じる者、憂う者、悲しむ者、決意を改める者、武蔵野市の消失に端を発した自警団達の夜はそれぞれの思惑とともに更けていく。
【練馬区・ピーターの拠点/1日目・未明】
【ピーター・パーカー@スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム】
[運命力]通常
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]スパイダーマンのスーツ、ウェブシューター
[道具]無し
[所持金]生活に困らない程度
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争での被害を極力減らす。聖杯を悪用させない
1.レイサが来たらこれからのことについて話し合う
2.黒い獣と氷炎の怪人、東京上空で衝突していた竜のサーヴァント、二つの市を吹き飛ばしたサーヴァントを警戒
[備考]
なし
【レイ@遊☆戯☆王 OCG STORIES 閃刀姫編】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争での被害を極力減らす。聖杯を悪用させない
1.レイサが起きるまで待つ。レイサが心配
2.黒い獣と氷炎の怪人、東京上空で衝突していた竜のサーヴァント、二つの市を吹き飛ばしたサーヴァントを警戒
[備考]
なし
【宇沢レイサ@ブルーアーカイブ】
[運命力]通常
[状態]憔悴
[令呪]残り三画
[装備]ショットガン(DP-12)
[道具]無し
[所持金]生活に困らない程度
[思考・状況]
基本行動方針:キヴォトスに帰りたい。無用な犠牲は善としない
1.睡眠中
2.黒い獣と氷炎の怪人、東京上空で衝突していた竜のサーヴァント、二つの市を吹き飛ばしたサーヴァントを警戒
[備考]
なし
【バーソロミュー・くま@ONE PIECE】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:レイサを助ける
1.レイサが来たらこれからのことを話し合う
2.黒い獣と氷炎の怪人、東京上空で衝突していた竜のサーヴァント、二つの市を吹き飛ばしたサーヴァントを警戒
[備考]
なし
投下を終了します
ピーター・パーカー&セイバー(レイ)、フレイザード&セイバー(紅煉)、宇沢レイサ&ライダー(バーソロミュー・くま)、十叶詠子予約します
小鳥遊ホシノ&アサシン(ゼファー・コールレイン)
寶月夜宵&バーサーカー(坂田金時)
予約します
投下します
『レイサ。こういう事を聞くのは僕としても心苦しいんだけど』
レイに介抱されて、少し眠って。
それから目覚めたレイサを待っていたのはピーターの問いだった。
聖杯戦争は明らかに次のステージを迎えようとしている。
その折に露見した少女の弱さ。
戦力の問題ではない。心の問題だ。
くまはああ言ったが、それでもこればかりは彼女自身に問わねばならない事である。
『まだ――続けられるかい? きみの本音を聞かせて欲しい』
『それ、は…』
『お節介は承知さ。でもレイサ、君は余りにも優しすぎる。
…それは間違いなく君という人間の美徳だけど、この世界で抱え続けるには重すぎる荷物だと僕は思う』
宇沢レイサは重荷を背負っている。
持って生まれた優しさ。
真っ直ぐ過ぎる程の正しさ。
ピーター・パーカー…『スパイダーマン』も確かにヒーローだ。
正義の使徒と呼べば彼は大袈裟だと肩を竦めるだろうがそう呼んでも差し支えはない。
だがピーターは、レイサよりも世界を知っている。
時に世界と言う物がどれ程残酷で冷たい顔を見せるのかを知っている。
その中で尚英雄を張り続けるからこそ彼は皆に尊敬される、誰もが認めるヒーローたる存在なのだが――
然しその振る舞いは、万人に求めていいものでは決してないと彼自身自覚していた。
貫く事の意味。
奔る事の意味。
…そして失う事の意味。
それを知っているのなら、決して他者へ軽率に同じ道を求める事など出来やしない。
『君が"やめたい"と言っても僕は決して責めないよ。君の示した正義を受け継ぐことも誓う』
くまは言った。
侮らないで欲しい。
必ず一歩を踏み出せる、と。
ピーターだってそれを信じたい気持ちはある。
それでも、これだけは確認しなくてはいけなかったのだ。
彼女自身の口から聞かなければならなかった。
『レイサ、君は――今どうしたい?』
問い掛けたピーターにレイサは唇を結んだ。
目元は泣いた時の腫れがまだ残っていて痛々しい。
憔悴の中、少女はゆっくりとその口を開く。
正義で在るか。
それとも、此処で降りるか。
『私は――』
◆ ◆ ◆
優しい子だと思った。
そう、彼女はとても優しい子。
宇沢レイサという葬者の弱さをレイは否定しない。
寧ろそれは、とても好ましいものだと。
誇らしいものだとさえ疑いなく断言出来る。
確かに――この世界に生きている全ての人々は一足早い夏の陽炎と同じだ。
生きているようで生きていない。
其処にいるようで、何処にも居ない。
そんなとても不確かで、酷い事を言えば無価値な存在。
彼らの命や心が後に何かを遺す事は決してない。
では、造り物の命を守りたいと願うのは無駄な事なのか。
喩え再現された人工の命であろうと、それを尊いと願う事は心の贅肉に過ぎないのか。
そう問われたならレイは何度でもこう答える。
"そんな事はない"と、いつだってそう断言してやれる。
レイが生きていたのはとある星の、静かな町だった。
『カーマ』というその町にはレイ以外の人間が居なかった。
遠い昔の大戦。カーマと巨大な敵国の戦争は、星に生きる全ての人間を滅ぼした。
何もかもが死に絶えた廃墟の星で奇跡的に発見された極小の受精卵。
それが孵って生まれた少女こそが、レイだ。
然しレイは孤独ではなかった。
少なくともそれを感じた事は一度だってありはしない。
何故か。
彼女は種として孤独ではあっても、人として孤独ではなかったからだ。
悪魔の兵器が人類という種を駆逐しても、彼らが発明したAIという機械生命体は星に残り続けていた。
AIに育てられて大きくなり、過酷な戦いの中に身を投じていった心優しき少女――閃刀姫・レイ。
そんな彼女にレイサの思いが理解出来ない筈もない。
命なき者達の愛と慈しみを一身に受けて育ち彼らの為に剣を執ったレイには、その優しさがよく解った。
レイの葬者は彼女ではない。
だがそれでも、幸せになって欲しいと願った。
この優しい少女が願わくば少しでも報われるように。
冷たく寂しい戦火の世界にて花を探す小さな勇者の優しさが、いつか何かを成し遂げればいいなと。
そう思いながら、泣きじゃくる少女を抱き締めていた。
それが昨夜の事。
希望のままに走り出した少女が初めて味わった挫折と喪失の夜。
鈍色の夜は明け、朝が来た。
されど其処で待ち受けていたのは次の地獄。
喪失の次には悪意が待つ。
太陽の光は少女の心の全てを嘲笑うように、鬱陶しい程に燦々と文京区の町を照らしていた。
「ぁ…」
文京区。
賑やかな活気で溢れている筈の町は今まさに地獄へ変じていた。
死体が其処かしこに散らばっている。
ショーウィンドウや電柱、信号機までもが飛び散った血と臓物の破片でメイクされている。
少しでも冷たい場所を探そうとしたのか街路樹周りの土に顔を突っ込んで死んでいる焼死体が何十体と居る。
目を凝らせばまだ動いている人間を見つけ出す事も一応は可能だ。
然し彼らの多くは手が欠けていたり足が欠けていたり、腹からホースのような赤黒い物体がはみ出ている。
以上全ての情報を総括して改めて言おう。
地獄とはまさに、今の文京区の事を指していた。
レイでさえこれ程に惨憺たる絵図を見た覚えはない。
悍ましい悪意が、遍く日常とささやかな幸せを食らい尽くした景色。
今レイとその仲間達の前に広がっている光景はそれだった。
「――っ」
レイサが青褪めた顔で唇を固く結ぶ。
少女の許容量を超える惨状にそれでも崩折れる事だけは堪えたのだろう。
尊い勇気は小さな強さ。
アスファルトを裂いて咲く花のように好ましい人間の輝きへ、賞賛の一つを送る余裕も今はない。
「…た、っ。助けましょう、一人でも多く!」
「ああ、勿論だ! 僕はもう少しこの辺りを広く偵察してくる。レイサは此処でまだ助けられそうな人達の捜索を頼めるかい?」
「解りました…! ライダーさん達にはサーヴァントの対処をお願いしてもいいですか!?」
レイの葬者であるピーターが即断する。
レイサもそれを受けて頷き、レイと彼女自身のサーヴァントの方に目を向けた。
サーヴァントへの対処。
確かにこの状況を見ればそれは急務だろう。
人命救助は勿論大切だが被害を生み続ける元凶を排除しない事には何も好転しない。
一人でも多く助けつつ、無軌道に殺戮を撒き散らす巨悪を討つ。
その方針に関してはレイも当然異論はない。
だが――。
レイは大型な、熊を思わせる容貌のライダーに目配せをした。
ライダー…バーソロミュー・くまがその視線を受けて頷く。
どうやら既に彼もレイと同じ事に気付いているようだった。
散らばる死体には明らかに中高生、世間的に子供と言われる年代の骸が多かった。
乱雑に引き裂かれかち割られた死体の中に然し少なからず混じっている"焼死体"。
一口に焼死体と言ってもその種類は二つに区分出来るように見えた。
単純に炎で焼かれた物と、そして恐らくは極めて高圧の…致死的な電流で骨まで焦がされた死体だ。
引き裂かれた死体。
炎と雷で焼かれた死体。
これらの情報がレイとくまの脳裏に一つの可能性を浮かび上がらせる。
そしてその最悪の予想を的中させるように、空から耳触りな哄笑が響き渡った。
「――助ける? 助けるって言ったかよ、おめぇ。そりゃ随分と面の皮の厚い事だなァ」
声と同時にくまがレイサを庇って立つ。
背後に突き飛ばすそのやり方は心優しい彼らしからぬものだ。
逆に言えば彼が形振り構っていられない程に、切迫した状況が到来している証拠でもあった。
尻餅をついて小さく呻くレイサの目が見開かれる。
それもその筈だ。
くまが彼女を突き飛ばしたまさに直後――"ヒーロー"を標榜する一団の前に雷が落ちた。
空は嫌味な程に晴れ渡っている。
故にこれはまさしく晴天の霹靂。
但し此度の霹靂には顔があり、爪があり…そして悪意が在った。
「…やはりお前か、セイバー」
「おう? おぉう? へへ、覚えててくれたのかよぅ。
そりゃ光栄だなァ。お優しい"ひーろー"様に覚えて貰えてるたぁよぉ、この紅煉様も冥利に尽きるってモンだぜぇ!」
ゲラゲラと品のない嘲笑(こえ)をあげるそれは異形の妖だった。
例えるなら虎のようにも見えるが決定的に似つかない。
虎はこんなにも下劣な貌で笑わないし、こうも悪意に満ちた声で鳴かないだろう。
これなるは魔獣、妖の類。
獣の槍を握り獣そのものに変じ享楽のままに虐殺を繰り返して来た最も忌まわしき字伏の一体。
そしてこの冥界に於ける聖杯戦争では誉れ高き剣の英霊の末席を汚す死界の猛獣。
その名を――紅煉という。
くまも、レイも、ピーターも…無論レイサは言うまでもなく。
忘れる事など出来る筈もない悪魔の姿が其処にはあった。
「…どうして、ですか?」
「あぁん?」
「どうしてっ! あなたはこんな事が…こんな酷い事が出来るんですか!?」
震える足を駆使して踏み止まり。
レイサは紅煉を睨み付けて叫ぶように言った。
その声がレイには悲鳴のように聞こえた。
気持ちが解るからこそ、彼女の悲愴は強く閃刀姫の胸を打つ。
然し今この場に限ってだけ言うならば、レイサの誠実は確実に彼女自身を蝕む毒になる。
何故ならこの所業が紅煉という醜悪な妖の所業であると解った時点で。
彼の魂胆と言う物は最早ある程度では済まない程明白に見え透いていたからだ。
ほら見ろ、紅煉の顔を。
正義の少女の声を聞いた魔獣の顔を。
――あの、嬉しそうな、カオを。
「やったのはテメェだろうがよ、ガキ」
「は…?」
「おいおい何だぁ? ひ、ひひっ、ひゃはははは! 何だよ、おいおい本気で言ってンのか?
ひゃーっはっはっはっは! こりゃ傑作だぜ、なぁ熊男テメェもそう思うだろ!?
この期に及んで、このおれのカオを見て、まだ…ぷっくくく、まだ何も解っちゃいねぇのかぁ!?」
「な、にを…言って……」
「しょうがねぇなぁ…。頭ン中まで花の咲いてるバカガキにこの俺様が懇切丁寧に教えてやるよ」
――駄目だ。
この先を言わせてはならない。
いつかは知らなければならない事だとしてもだ。
今は、今だけは…! それを彼女に理解させてはいけない。
それをしたら彼女の心は…この優しい心を持った女の子の心は、きっと今度こそ。
危惧に駆られて閃刀を起動させようとするレイ。
だがそれを制止したのはくまの大きな手だった。
何故、という目で見るレイにくまは冷静に言う。
「近くに厄介な気配が幾つもある。恐らく奴の宝具か能力による物だろう。
きみはピーターと一緒にそっちの対処に当たってくれ」
「ッ、でも…!」
「奴のマスターもこの騒動に一枚噛んでいるのは確実だ。
ピーターの強さは認めるが、万一という事もある――君にしか頼めない。行ってくれ」
英霊の座は運命のような縁を結び付ける。
それは時に良縁であり、奇縁であり…そして悪縁でもある。
紅煉の場合は彼らにしてみれば良縁。
だが彼ら以外の全てにとっての悪縁だった。
彼をこの地に招聘した葬者もまた紅煉に負けず劣らずの残虐な悪党。それでいて腕も立つ。
そちらへの対処にレイとピーターの力を傾けたいと言うくまの判断は冷たいまでに正しかった。
されどその正しい判断の代償に。
少女の塞がったばかりの心の傷は、獣の爪をメスにして粗雑に残虐に切開される。
「俺はなぁ。おめぇんとこのその熊男にブッ飛ばされたのが腹に据え兼ねて敵わなかったのよ」
「…!」
「覚えてんだろ? 覚えてるよなぁ。忘れられるワケ、ねぇよなぁぁ。
負けはしたが大勢殺してやった。お前達"ひーろー"の守るべきモンって奴を徹底的に凌辱してやった。
楽しかったなぁ。面白かったなぁあ。なのに耳障りな綺麗事並べ立てるメスガキとそのお守りに邪魔されてよぉ、すげぇ腹立ったんだぜ?」
「…待って、下さい。じゃああなたは、…あなた達は、まさか……」
牙を覗かせて紅煉は嗤う。
その言葉を受けてレイサは慄く。
ヒーローと悪、コミックの世界であれば両者の関係性はかくも一方的だが。
今この場に於いては平時の構図が完全に逆転していた。
青褪めて眼球を震わせる少女の姿はそもそもヒーローの名を謳う事さえ烏滸がましい程に弱々しく。
絞り出す言葉の震えは勧善懲悪を成すべき英雄のそれとは思えない程、哀れがましい物だった。
「そんな事の為に、こんなに沢山の人達を殺したって言うんですか…?」
「おう! そうでもしなきゃよぉ。勇者様の大層な耳まで俺の気持ちって奴が届かねぇんじゃねぇかと思ったのよ」
全てはあの日の戦いに起因している。
紅煉を退けたその奮戦は間違いなく見事な物だ。
彼女達のお陰で守られた命もごまんとあるだろう。
それをヒーローと呼び、喝采する者だって少なくはない筈だ。
だが。それでも動かぬ事実が一つ此処にある。
あの日に宇沢レイサが、そのサーヴァントが殺戮を止めなければ。
炎雷の妖を退ける事なく犠牲を犠牲と割り切れていれば。
彼の機嫌を損ねるような介入などしなければ――
少なくとも、今日此処での大虐殺が起きる事はなかったのだ。
「あ〜あ。おめぇのせいでよぉ、大勢死んじまったなぁ」
「あ…ぁ、あ……」
「俺も詳しくはねぇけどよぅ。"ひーろー"ってのは他人を守るモンなんだろ?
ぷっ、くくく…! けぇっへっへっへ!! まさか、まさかてめぇの無能で無駄に犠牲を増やす奴を指す言葉ってオチはねぇよなァ!?」
踏ん張っていた足が折れる。
へたり、とレイサは座り込んでいた。
その姿は最早ヒーローと呼べるそれではなく。
只の、絶望に直面した幼い少女のように。
座り込んだレイサの絶望の顔を見て紅煉は嬉しそうに破顔する。
この顔を見たくて此処に来たのだと言わんばかりの邪悪な笑顔が其処にはあった。
「――てめぇの何処が英雄だよ。偽善に酔っ払ったメスガキがよォ」
お前のせいで大勢死んだぞ。
お前のせいで此処に来たぞ。
紅煉は嗤う。
嗤いながら蹂躙する。
話が終われば妖の体から悪意の代わりに溢れ出すのは殺意だ。
酷く剣呑な、一切私怨と私欲を押し殺すつもりもない凶念。
「ガラでもねぇが、偽物野郎に報いって奴を与えてやるぜぇ。
手足を一本ずつもいで目の前でしゃぶって、内臓も一個一個じっくり喰ってやる」
「…ひ」
「"ひ"? けぇっへっへっへ! おいおい、それが"ひーろー"様の出す声かよォ。
心配すんなよォ、たぁっぷり付き合ってやるから。それに先んじて、先ずは――」
歯の根が合わない。
この恐怖は二度目だった。
聖杯戦争に招かれ、最初に死を想ったあの日にも抱いた感情だ。
自分の唱えた正義のちっぽけさと自分という存在の矮小さ。
そして心の奥底から沸いて来る叫び出したい程の絶望。
だが一度目のそれとは最早比べ物にならない程、レイサの心は苛まれていた。
自分のせいで死んだ。
自分がこんな事をしていなければ、こんなにも大勢の人が死ぬ事はなかった。
――何が正義だ。
――これの何処が正義の味方の姿だというのか。
討つべき悪に思い知らされた欺瞞。
存在の全てを否定される感覚は、レイサの歳で噛み締めるには余りにも重すぎる痛み。
昨夜のピーターの言葉が脳裏にリフレインした。
無防備な情けない姿のままで少女は重みと痛みに押し潰される。
そんな彼女の様を嘲りながら、紅煉は炎を吐き出した。
先の言動と矛盾しているように思えるだろう、レイサを即座に抹殺しようとするその行動は。
されど矛盾等していない。
彼は己が炎が届かない事を前提に、嘲るように火を噴いていた。
「…そうだよなァ。只でくれてやるワケにはいかねぇよなぁ。そりゃあよぉ」
迸る炎とへたり込む少女。
その間を隔てる壁があった。
男だった。
その男は、巨大だった。
7メートルに迫る体躯は紅煉のそれより格段に大きい。
そして極めつけは、人間一人を骨まで焼き焦がす火を浴びても肌の表面が少し焦げ付いた程度で済ませる耐久力。
「よくもあん時は舐め腐った真似してくれやがったなぁ。今日こそはてめぇに、そして其処のメスガキに! 主従共々、最高の絶望って奴を教えてやるぜぇ…!」
宿敵の登壇に紅煉が殺気を極限まで迸らせる。
それに対して、立ちはだかった男は静かな物だった。
まるで幽けく聳える山嶺のよう。
荒ぶる海の中に我関せずと佇む大岩のよう。
男は紅煉の嘲笑に付き合う事なく、同胞である閃刀の少女に向けて言う。
「行ってくれ、セイバー」
もう一度言おう。
彼は確かに静かだった。
驚く程、その存在は凪いでいた。
拍子抜けする程に。
ともすれば恐ろしくなどないのでは、と肩を透かしてしまうように。
それ程までに静かに、男は――
「元を辿ればおれの不始末だ。この獣は、おれが責任持って受け持つよ」
――バーソロミュー・くまは、怒っていた。
◆ ◆ ◆
「そうだなァ。俺もお前の言う通りだと思うぜ、熊野郎」
紅煉はレイとピーターを追う事はしなかった。
彼は傲岸不遜を絵に描いたようなケダモノだが、然し葬者である"将軍"の実力にはある種の信頼を置いている。
あの氷炎がこんな正義崩れの偽善者達に滅ぼされると紅煉は思っていなかった。
喩え立ち塞がる中にサーヴァントが居ようとも何とかするだろうと思っているし、それさえ出来ないなら此方から願い下げという物。
その時は自分に首輪を付けるには値しない雑魚だったと見做すだけなので結果として何の不利益も彼には生じない。
紅煉の頭にあるのは己の私怨を晴らす事だけ。
げひ、げひ、と含み笑いを漏らしながら。
炎と雷をバチバチと堪え切れず溢して穢れたる字伏は言う。
「てめぇがあの時俺をきちんと殺してりゃこうはならなかったのさ。
けひっ、けぇっへっへっへ! 可哀想によ、震えてるじゃねぇか"ひーろー"様が。
まぁ次はてめぇの番さ。その無駄にでけェ図体を寸刻みにしてよォ。そのバカなクソガキを地獄に落とす余興にしてやるぜェ!」
紅煉の言葉は正論である。
あの時きちんと殺していれば。
この妖(バケモノ)を討っていればこの悲劇は生まれなかった。
これは防げた悲劇だったのだ。
その事実を噛み締めた上でくまは立つ。
立ち上がれず、絶望と恐怖に震える葬者を庇って毅然と立ち塞がる。
その上で言うのだ、静かに。
妖の嘲りを一言で切り捨て、迷いなく。
「御託はもういい」
お前の戯言に付き合うつもりはないとくまは告げていた。
「おれの首が目的なら今一度挑んで来い。それともお前は、所詮女の子を虐めて悦に浸るだけの小物なのか?」
「ハッ。おいおい、ちったぁ配慮ってもんをしてやれよデカブツ。手前の仕える主様の傷口によォ、塩塗り込む物言いだって理解してるかァ?」
紅煉が嘲笑う。
くまはそれ以上何も言わない。
無言のままに目前の怨嗟を受けて立つのみ。
あの日と同じ揺るぎない姿を前に、紅煉が地を蹴った。
同時に轟くのは地上の雷霆。
命を削り、魂をも喰らう轟雷が妖の昂りのままに轟き奉る。
「この前のように行くと思うんじゃねぇぞ。この俺を見縊るなよ、熊野郎ォ――!」
刹那にして妖が猛りをぶつける。
くまの拳と紅煉の雷が正面から激突した。
膂力であれば勝つのはくまだ。
その事は紅煉も知っている。
嫌と言う程に思い知っているからこそ、彼は真っ向勝負になど頓着しなかった。
ぐるん、と三次元的な軌道で身を大きく躍動させて翻す。
曲芸じみた芸当の上で口内に突き刺さった霊刀を振り翳し、猛獣の牙宜しく獰猛な太刀筋でくまの巨体を斬り裂きに掛かった。
「ぐッ…!」
くまの口から苦悶の呻きが漏れる。
彼の体に刻まれる痛ましい傷跡。
そして吹き出す血液が、紅煉の言葉通り先の激突とは訳が違うのだと物語っていた。
「ひゃーっはっはっはっは! トロ臭ぇ野郎だなァ。俺はわざわざ忠告してやったぜ、見縊るなってよォォ!」
くまの剛拳を躱して蝶のように舞う紅煉。
だがくまの武芸も侮れた物ではない。
まさに獣の如く不規則に跳ねる紅煉の軌道を目視で追いながら的確に鉄拳を放って来る。
並の英霊では彼の武力を前に只倒れ伏すのみだろう。
然し今バーソロミュー・くまと相対するのは歴代最悪の字伏。
獣の槍を手にし、勇士ではなく鬼畜に堕ちた黒き獣。
性根の醜悪さは言うに及ばない悪徳だが、その戦闘技術と論理だけは紛れもなく歴代屈指。
かつて苦渋を嘗めさせられた相手にさえ臆さない。
それどころかその攻撃を読み、傾向を把握した上で悍ましい容貌とは裏腹の軽やかさで跳ね回り避ける。
その上で口を開けば其処から迸るのは地獄の業火。
この文京区で数多の命を奪った炎が、憎き正義を凌辱するべく吹き荒ぶ。
「頑張って守れよ、熊野郎ぉぉ」
紅煉に言われるまでもなく、くまは守るしかない。
そうでなければ今や立ち上がる事も出来ず打ち拉がれるレイサが死んでしまう。
光輪を戴くキヴォトスの子は通常の人間とは一線を画して頑強だ。
だがそれも、あくまで人間基準の暴力を相手にした場合の話。
紅煉のような真性の怪物が振るう暴力に耐えられる程レイサは屈強ではなかったし。
それに今の彼女は心が砕け、絶望に震えるだけの幼子も同然。
くまがもし守り損ねる事があれば彼女のか細い命は蝋燭の火のように容易く消えてしまうだろう。
だからくまは縛られる、要石というアキレス腱に。
そして卑劣なる紅煉はその不自由を嬉々として突く事に毛程の躊躇いも覚えはしないのだ。
「そうじゃねぇとよぅ。てめぇの大事な"ひーろー"様が死んじまうぞォ!?」
「…!」
右腕で炎を振り払う。
開けた視界を埋め尽くすのは吶喊して来た紅煉。
霊刀三振りの斬撃がくまに新たな手傷を刻む。
以前は刻めなかった、拝めなかった宿敵の血潮に紅煉は狂喜する。
「似合わねぇなぁ! 赤い血が流れてんのかよォ、その図体で!」
「…随分と口数が多いな。器が知れるぞ、セイバー!」
「どの口が言ってやがる。何も守れねェデカブツがよォォ!」
ゲタゲタと笑う紅煉の猛攻は加速の一途。
それに対して守るくまは何処までも鈍重だった。
何かを守るには後手に回らなければならない。
弱い者の前に立って災禍を防がなければ取り零す。
然し守ろうとすればする程、英雄を気取る者の体は傷付いていくのだ。
バーソロミュー・くまの人生に付いて回った悲劇的な宿命。
それが今この場に於いても尚、屈強な平和主義者を恣にしていた。
くまの大腕が紅煉へ巨体に見合わない速度で振るわれる。
決して大振りの一撃ではなかったが、紅煉はそのビッグマウスには似合わない徹底ぶりでそれを躱す事に専念した。
彼は知っているからだ。
この熊男の腕…正しくはその肉球に触れる事が自分にとって絶対的な不利益を生む事を屈辱という最も忘れ得ぬ形で憶えている。
「おぉっと。同じ轍は踏まねェぜ」
「ち…!」
「代わりに今回はてめぇが喰らえよォ。この俺の力って奴を骨の髄まで味わって絶望し腐れやァ!」
咆哮と同時に轟いたのは炎雷だった。
そう、炎と雷だ。
相容れぬ二つの自然現象が悪意のままに合一する。
炎を噴きながら雷を発散するという超越的な芸当がくまの全身を更に責め苛むのだ。
とはいえバーソロミュー・くまは屈強なる種族の生まれ。
歴史から抹消された忌まわしきバッカニア族の末裔はこの程度の地獄絵図なら容易く耐え抜いてしまう。
紅煉もそれは承知の上。
だからこそ追い打ちにはその霊刀を使う。
獣である故に決まった型のない斬撃が、咬撃となってくまに只管流血を強いて行く。
「可哀想だなァ」
「ハァ…ハァ……何を、言ってる?」
「可哀想だって言ってンだよォ。おいメスガキ、おめぇも聞いとけや」
戦況はあまりに一方的だった。
先日の燦然たる撃退劇が嘘のように紅煉は跳梁の限りを尽くしている。
だからこそその嘲笑も、先日以上によく響く。
当然、くまの後ろで守られている彼女に対しても。
「認めるのは癪だけどなぁ、熊野郎。てめぇは強ぇよ…おれァ今までこんな頑丈な男は見た事がねぇ。
この俺が本気で殺しに掛かって、ぜぇんぶ上手く行ってんのに何でかまだ生きてやがる。しかも五体満足でと来た。
けどな、けどなァ。そんなてめぇも一つだけ恵まれなかった! 何だか解るか? けへっ、けぇっへっへっ…! 解ってるよなぁ……!!」
息を切らして立つくまの前で紅煉は悦に浸る。
かつて自分を下したいけ好かない男を一方的に嬲り殺す。
彼のような外道にしてみればこれ程の快楽はなかった。
高揚のままに紅煉は立てないままのヒーロー崩れを指差す。
目指した道の重さに潰れ、今は立てもしないか弱い小娘を指して嘲笑う。
「頭も覚悟も、度胸も足りねェメスガキなんざに呼ばれちまった事だよォ。
それさえ、それさえなければなぁ。"それ"でさえなければなぁぁ。
お前はこうして惨たらしく無様に嬲り殺されて、恥を晒して死ぬ事もなかったのになァ……!!」
紅煉の下劣な哄笑が響く中。
くまの葬者は――宇沢レイサは、唇を噛んで俯くしか出来なかった。
紅煉の所業は許せない。
断じて許せる筈がない。それは変わらない。
だが、彼に引き金を引かせてしまったのは他でもない自分自身なのだ。
であればこそ、その無遠慮で悪意塗れの言葉を否定する言葉は一つたりとも思い浮かばなかった。
「てめぇの不運を恨んで地獄に行けよ。なぁに、大丈夫だぜぇ。そのメスガキもすぐ同じ所に送ってやるからよォォ。
あっちで亡者共の恨み言でも聞きながら、一緒にお勉強でもしやがれってんだ。けへっ、けへへへへっ、ひゃーっはっはっは……!!!」
紅煉の高笑いが地獄の一丁目と化した町に響き渡る。
反論の言葉は何一つ絞り出せない哀れなヒーロー。
彼女を待ち受ける結末は安穏な物ではあり得ない。
この世に生を受けた事を悔やむ程の苦しみと、己の魂を否定される恥辱がこの先に待っている。
執行人は遍く命を弄び喰らい尽くす穢れたる獣。紅煉。
最大の雷を纏って吶喊する彼の雷光を前に、レイサは只目を瞑る事しか出来なかった。
正義と希望の全てを塗り潰す邪悪の光が今轟いて。
小さな勇気を胸に立ち上がった少女の全てを奪い、英雄譚を喜劇に貶めた。
◆ ◆ ◆
レイは優しい少女だ。
彼女はどれ程の過酷の中でさえ、常にその美点を捨てなかった。
敵として立ちはだかる閃刀姫にさえ手を差し伸べ。
常に和解の道を探り、誰もが笑える結末という物を探して来た。
その彼女が今は眉間に皺を刻み、唇を固く結んで駆けていた。
“――許せない”
レイは知っている。
この世界を現実として生きている人達の営みを知っている。
それを守りたいのだと言ったレイサの涙を知っている。
今この文京区で起こっている事はその両方を否定する物だ。
全てを踏み躙って貶める、醜悪な悪意そのものだ。
断じて許せない。
これ以上好き勝手になんてさせない。
これ以上、あなた達に何も奪わせない!
その一身で駆ける閃刀姫。
彼女の覚悟は、群れを成す無数の怪物という地獄絵図を見ても毛程も揺るぎはしなかった。
「…数が多いね。元締めは、やはり――」
ピーターが言う。
彼と同時に、レイも上空を見上げた。
するとやはり居る。
予想通りの人物が、異形の魔人が其処に居る。
「君だよな、フレイザード!」
「ハ! 来やがったな。舞台の感想を聞かせろよ勇者(ヒーロー)ども!」
禁呪法により産み出された人造生命。
激情と冷徹を共に飼い慣らす、恐るべき氷炎将軍。
フレイザード。虐殺の主は上空にて不敵に笑う!
“レイ”
“うん。解ってる”
最早逃がすつもりはない。
此処で必ず討つ――その気構えはピーターもレイも共通であったが。
然し現実的な問題として、地に群れている彼方の眷属の数と質は凶悪だった。
「出し惜しみはしないよ。後先考えててどうにかなる状況じゃなさそうだしね」
肌を刺すような殺気は悪意と等号で結べる。
異形の単眼と、これまた異形の牙を持つ獣。
黒き炎の量産型妖、名を黒炎。
それが数にして十体以上も群れを成している。
如何に兇悪とはいえ、英霊であれば一体一体は十分に各個撃破出来る次元だ。
問題は、やはり数。
“街中に散ってるのも居るだろうけど、それでもこの数か…真っ向勝負で削ってたら、先にこっちが潰れちゃうな”
シャークキャノンやアフターバーナーを駆使しても二十のこれらを全て撃破するのはどうにも厳しい。
奥の手を開帳すれば話は別だが、それは本当に最後の手段だ。
出し惜しみはしない。
但しその上で、黒炎は流しつつ元凶であるフレイザードの討伐に全力を注ぐ。
「ごめんマスター。援護は任せてもいい?」
「勿論。君だけに任せようなんて、最初から思っちゃいないさ」
「ありがとう。――任せるから、任せて。ピーター!」
「応とも。行こう、セイバー!」
挑むは閃刀姫と、蜘蛛のヒーロー。
迎え撃つは氷炎の将軍と、群れ成す黒炎の軍勢。
悪意と義憤が交差するもう一つの戦場は、疾駆するレイとそれを撃ち抜かんとする氷の濁流という形で幕を開けた。
◆ ◆ ◆
レイは優しかった。
その言葉は、確かに心の傷へ寄り添い癒してくれた。
喪失の夜の中でレイサはこう思った。
失った痛みは大きい。
痛い事は、とても苦しい。
だけど、だからこそ――足を止めてはならないと。
足を止めずに歩み続ける事こそが正義であると。
自分が選んだ道そのものであるとそう無理やりに自分を奮い立たせた。
ピーターの問いへ答えた。
『私は――自分の選んだ道を、曲げたくないです』
止血された心の傷が完全に癒えるのも待たずに。
我武者羅にでもレイサは追い付こうとしてしまったのだ。
自分の周りに居る沢山のヒーロー達に。
それは、蜘蛛の力を使う勇敢な彼であり、
それは、閃刀の力を使う優しい彼女であり。
それは、誰より優しく強く佇む彼である。
皆、自分よりもずっと強い。
自分が勝っている所なんて何もないと解っていたからこそ足手纏いにだけはなりたくなかった。
自分で背負うと決めた重荷に潰されて歩けなくなってしまうヒーローだなんて。
そんな情けない話はないだろうと、そう思ったから。
強がってしまった。
だがその結果はどうだろう。
結局、歩み出した事自体が間違いだったのだと思い知らされた。
『俺はなぁ。おめぇんとこのその熊男にブッ飛ばされたのが腹に据え兼ねて敵わなかったのよ』
我武者羅にでも貫いた筈の正義が、新たな悲劇を招き寄せたのだ。
至らぬ自分がヒーロー等と呼ばれて、舞い上がって。
そうして多くの命を間接的に奪った。奪わせてしまった。
それを突き付けられたその時、レイサは確かに自分の心が折れる音を聞いた。
頑張って繋ぎ止めていた足腰が今は震えて使い物にならない。
喪失だけならば耐えられた。
でも、過失は耐えられなかった。
その責任を受け止め切れる程、宇沢レイサは大人ではなかった。
“私は、ヒーローなんかじゃなかった。正義なんかじゃ、なかったんですね”
そもそもの話だ。
この世界は、ヒーローなんて求めていない。
この世に人は二十三人だけ。
冥界の人は葬者だけ。
聖杯戦争という戦いに全てを懸けた者達だけ。
それ以外の全てに手を差し伸べた所で、いずれその命は等しく泡と消える。
一度助けて生かしたとして、それでその後は?
いずれ滅びるこの世界で――英雄の存在意義は何処にある。
紅煉の逆襲は恐ろしい程に効果覿面だった。
バケモノの悪意は容赦なく少女の多感で不安定な心をへし折った。
キヴォトスで自警団を名乗って不良達を蹴散らし治安維持に努めるのとは訳が違う。
命を守るという事の意味を自分が如何に軽く見ていたのか、レイサは思い知らされる羽目になった。
『――てめぇの何処が英雄だよ。偽善に酔っ払ったメスガキがよォ』
嗚呼、まさにその通りではないか。
なんて偽善。
なんて滑稽。
偽物の希望を見せて安心させる事に何の意味がある。
正義を貫く事も出来ないのに、無責任に光を見せて。
自分の尻も拭けない未熟者の正義など、誰も幸せにしないのだと心底思い知った。
正義の出番とあらば何処にでも駆け出した二本の足は今や震えてロクに動かない。
自分を守って戦う海賊の彼に顔向けする事も出来ない。
情けなく、無様で、何より惨めだった。
今すぐ消えてしまいたいとレイサは心からそう思っていた。
ぶち当たった現実の壁は予想していたより高く冷たく、そして…痛かった。
「…ごめんなさい……」
轟音で鼓膜がキンと痺れている。
目眩と吐き気がするのは三半規管が揺さぶられたからだけじゃない。
呂律も怪しいか細い声で溢したのは謝罪の言葉だった。
誰に? きっと全てに。
自分が守れなかった全て。
そして自分を守ろうとしてくれた全て。
謝らずにはいられなかった。
そうでもしないと心が壊れてしまいそうだったから――と考えて此処でも自分の事ばかりかと自嘲の言葉が胸を刺す。
「ごめん、なさい…!」
宇沢レイサには友達が居なかった。
自警団の仲間は居た。
でも正義や使命を度外視して気安く付き合える友人は居なかった。
自分には正義があればそれでいいのだと信じていた。
そう自分に言い聞かせて、孤独の中で声を張り上げた。
今なら思う。
それの何処がヒーローの姿なのだと。
単なる寂しい子供の強がりでしかないだろう、と。
「ごめんなさい、ごめんなさい…! う、う、ああ……!」
堰を切ったように溢れ出す自己否定は止まらず、いつしかそれは嗚咽に変わっていた。
ヒーローを憎む紅煉にしてみればそれはさぞや溜飲を下げる光景だったろう。
現に彼は嗤っていた。
下劣な笑いを牙の隙間から溢し、ヒーロー志望の少女の体たらくを嘲っていた。
「ひぃっひっひっひっひ! 傑作だなァ。酒の一献も呑みたくなってくらァ。
自分が偉そうに垂れてた御高説がぜぇんぶ間違いだったって思い知ってよぉ。
その挙句、これから地獄の苦しみを先取りした上で殺されるんだって自覚してよぉ。
何もかもに絶望してピーピー泣いてる情けねぇザマってのは…けぇっへっへっへっ! あ〜面白ぇ! おめぇもそう思わねぇかよ熊野郎!」
紅煉の哄笑が響く中。
正義を守り立つ海賊の姿は誰がどう見ても解る劣勢の中にあった。
紅煉は只の獣ではない。
名だたる字伏の中でも特に逸脱した強さ。
戦闘…否、敵を殺すという事にかけての頭抜けた才覚。
無慙無愧なる振る舞いを一過性の君臨に終わらせない力とセンス。
如何にバーソロミュー・くまという海賊が強くとも、背中に守るべき誰かを抱えながら相手取るには手に余る相手だ。
肉球を用いて戦うと事前に知られている事も手伝って、昨夜のそれとは打って変わって厳しい戦況が広がっていた。
「……」
嘲り煽る紅煉に対しくまは黙して立つのみだ。
その姿は宛ら、この世界に現界しているもう一人の彼のように寡黙。
然し彼には自我がある。
神の悪意に壊される前の優しい心が確かにその巨体には宿っている。
「おい、無視してんじゃねぇぞデカブツが。おめぇはもう俺を愉しませる為のデク人形なんだよ」
興を削がれた様子の紅煉が稲光を轟かせた。
雷単体であれば覇気使いにとっては大した障害にはならない。
殴り伏せて凌げる程度の天変地異。
だがそれを越えて殺到する本体の霊刀乱舞はそう容易く切り抜けられる加虐ではなかった。
紅煉の跳梁に合わせて血風が舞う。
この勢いの中でまだ致命傷を避け続けているのは驚嘆に値するが、それでも状況は覆る兆しを見せていない。
増長して愉楽の限りを尽くす獣と。
不出来な葬者を抱えて満足に動けない海賊。
幼気な幼子にポルノ写真を見せびらかすような、何か尊いモノを穢すような悍ましい対比が此処にはあった。
「それとも今更になって思い知ったかァ? 手前が後生大事に子守りやってたガキが如何に使えねぇつまらねぇ雑魚かって事をよォ。
なんでこんなメスガキに呼ばれちまったんだァ〜! って頭抱えて萎えちまってンのかなァ…?
けぇっへっへっへ! 殺してぇくらい嫌いだけどよぅ、其処だけは同情してやるよ! 俺だったらとても耐えられねぇぜ、そんな雑魚!」
舌をでろりと出して喚き散らすバケモノの言葉。
耳障り、然し誰も守れない体たらくは事実であるからその雑音さえ此処では立派な武器になる。
紅煉は間違いなく宇沢レイサという少女の天敵だった。
未熟な正義を残酷な現実で蹂躙し、徹底的に無力を突き付ける八虐無道の大化生。
幼く青い英雄譚はあらん限りの悪意によって凌辱された。
紅煉の嘲笑を前に漸く、くまの口が開く。
自分の葬者を侮辱された事に怒りを示すか。
それともまんまと心を折られた葬者に苛立ちを伝えるか。
どちらにしても見物だなァ――と紅煉は思っていた。
そんな彼を他所に。
そう、まさに他所に。
くまは言った。
「心がはち切れそうか、レイサ」
「ぇ…」
紅煉にではない。
後ろで泣きじゃくる少女に向けてだ。
自身の多弁を袖にされたバケモノは当然不服を示す。
雷と炎の塊宛らに襲い掛かる紅煉の霊刀が、くまの拳と壮絶な激突を演じた。
「おい。この期に及んで手持ちのガキとお話かァ? 似合わねぇなぁ、その図体で宗教家の真似事たぁ」
紅煉が問う。
くまは答えないし、応えない。
彼の言葉はあくまでレイサにだけ向けられていた。
「恐ろしいだろう。骨の髄まで震え、歯の根が合わないだろう」
「…!」
「だが覚えておけ。忘れるな。恐怖も絶望も、今感じている全てを噛み締め続けるんだ」
心優しく穏やかなくまの姿とはギャップのある厳しい物言いだった。
レイサは驚いて顔を上げる。
それでも、心は未だにへし折れて膝を突いたままだ。
「それが出来なきゃきみは、"ヒーロー"になんてなれやしない」
言い放つくまの言葉は鋭く。
脅威の獣の前に立つ姿は只雄々しく。
かつて誰かのヒーローだった男は、その背中で後輩へ生き様を語っていた。
◆ ◆ ◆
「――【X-003 カガリ】!」
術式兵器、もとい装着型決戦兵器・極地特攻殲滅型。
篝(カガリ)の名を持つ装甲を纏ったレイの一閃が迫る氷河を切り裂く。
フレイザードの眉が愉快そうに動く。
葬者の身とは思えない豪胆さだったが、まさしくその通り。
氷炎将軍はこの冥界に於いては単なるいち葬者に過ぎない。
彼が如何に恐るべき魔人であろうとも英霊を相手取るとなれば巨大な負担が襲う。
フレイザード自身その事は承知している。
だからこそ数にも質にも秀でた黒炎達を跳躍させ自身を援護する追加戦力として用立てた。
「っ…!」
その爪牙と打ち合って改めて思う。
強い。
たかが一介の使い魔としては明らかに過剰な強さだ。
だとしても臆する訳には行かない。
レイは閃く刀の調べを的確に、実戦で鍛えた戦闘センスに基づき黒炎へ叩き込んでいく。
「はああああああああ――!」
速く、そして疾い。
黒炎達を的確に捌きつつその上で過度に相手をし過ぎない。
狙うべきはフレイザードであるという初志を貫徹している。
言葉で言う程単純ではない筈の芸当を事も無く実戦で成し遂げるは、流石に滅びの星に勇ましく立った閃刀姫と言うべきか。
そして彼女は、往々にして孤独ではなかった。
「悪いけど邪魔はさせないよ。君たちの相手は僕だ」
五指から蜘蛛糸を放ち、飄々と駆けるヒーローの姿がある。
彼こそはピーター・パーカー。またの名をスパイダーマン。
「…助かるよ、ピーター!」
「お互い様さ。持ちつ持たれつ行こう!」
蜘蛛の能力を人間に転用する事による一番の強みはその立体的な機動力だ。
更に加えて彼自身が持つ超常的な、それこそサーヴァントにも匹敵する膂力。
柔軟な発想を屋台骨として支える基礎性能は二桁に達する黒炎の猛攻の中でさえ決して埋もれない。
この軍勢を相手にこうも飄々と大立ち回りが出来る等、サーヴァントでも希少であるに違いなかった。
マスターが彼で無ければ、レイは遥かに絶望的な戦いを演じる羽目になっていただろう。
だが時に糸を用いた文字通りの搦手で、時に徒手空拳で黒炎を捌いていくピーターの存在が彼女を孤軍たらしめない。
カガリの剣閃を轟かしてけしかけられた黒炎の一体を手始めに唐竹割りに両断する。
愚かしくも聡明だった先人類の遺物たる技術をその身に宿した閃刀姫の戦闘能力は虚仮に非ず。
ましてや今用いているのは最も突破力に優れた"カガリ"。
如何に強化個体の黒炎と言えども、一体一体ではレイの相手にならない――!
「ハ。やるじゃねぇかセイバー! 熊男だけを警戒してればいいって話じゃあなかったみてぇだな!」
口ではこう言うが、フレイザードも最初からヒーロー陣営のもう片方の翼である彼女に対する警戒は怠っていなかった。
黒炎の物量で押し潰すと口で言えば容易いが、恐らく現実はそう上手くは行かない。
いざとなればこの己が直接相対して潰さなければならない、そういう話になると覚悟していた。
だからこそ満を持して氷炎将軍はその魔力(マナ)を轟かせる。
五指のそれぞれに浮かび上がらせるは、鉄をも溶かし魔獣をも黒炭に変える魔導の業火。
魔術ならぬ魔法――メラゾーマと呼ばれる焔。
それを五指にて同時に放つ絶技。
フレイザードはその英霊顔負けの芸当を出し惜しむ事なく初撃から見舞う!
「小手調べまでに焼き消えなァ――"五指爆炎弾"!」
フィンガー・フレア・ボムズ。
先日の小競り合いで見せたのとは訳の違う正真正銘の本気だ。
“な…ッ”
レイも思わず瞠目する。
侮っていた訳ではないが、明らかに只の一介の葬者が出していい火力ではなかったからだ。
それこそこの炎をまともに浴びればサーヴァントでも間違いなく深傷になる。
そんなレイの焦りを読んだようにフレイザードが哄笑をあげた。
「さぁどうするよセイバー! 口先だけで無様に散るかァ!?」
「…言われるまでも、ないッ!」
警戒のギアを引き上げる。
と同時に、此処で討つと改めてそう決めた。
脳裏で組み上げる閃刀――戦闘のビジョン。
解き放つは術式兵器の真髄、閃刀術式!
「――"アフターバーナー"!!」
迫る五つの火球に負けじと燃え上がる炎の閃刀姫。
正しい事を成す篝の火が、強さに狂える魔人の炎へ烈しく吶喊した。
◆ ◆ ◆
――お前を愛した人間の数だけ!! お前の死は迷惑である!!!
ええかくま、お前こそヒーローじゃ!!! ボニーの!! みんなの!!!
◆ ◆ ◆
バーソロミュー・くまは立ち続けている。
一見すると確かに戦況は紅煉の優勢だった。
くまは堕ちた字伏にまともな手傷を与えられておらず。
挙句レイサはこの様で、紅煉の魂胆は全てが成功し続けている。
ヒーローを名乗り立ち上がった者に待ち受ける余りにも残酷な末路。
一目だけ見れば確かにそう見えるだろう。
だが紅煉は高揚と愉悦に昂りながらも、その実一つの疑問を抱き続けてもいた。
――しぶてェな、この野郎…。
紅煉は戦いそのものを楽しむ質ではない。
事実彼は最初から、くまの手足を削いでその目前でレイサを惨殺し喰らう事ばかり考えているのだ。
全ては上手く行っている。
レイサは膝を屈し、それを守るくまはまともに動けていない。
万事順調。胸が空く程の計画通り。
なのに最後の一手が詰め切れない。
バーソロミュー・くまという男が、いつまで経っても倒れてくれない。
既に並の英霊ならば五度は殺せているだけの火力を注ぎ込んでいるにも関わらずこの目障りな男は変わらぬ姿で立ち塞がり続けている。
「…ライダー、さん……?」
「世界とは美しい物だ。新たな出会いを迎えるのは楽しい事だ。…誰かと絆や愛を育むのは素晴らしい事だ。
だが、同時に世界は拭えない残酷さを抱え続けてもいる。きみやおれが笑っている時も、何処かで必ず誰かが絶望に泣いているんだ」
紅煉は悪意の怪物だ。
殺し喰らう為に、彼は実戦で学ぶ。
だからこそ初戦では撃退されたくまにハンディキャップありでもこれだけの奮戦を可能としている。
その彼が今純粋に訝っていた。
くまが沈黙を保っていた内は愉悦に任せて見る事もせずに済んだ事だ。
然し袖にされて高揚に冷水を掛けられた今になって疑念の像が際立ち出す。
――なんで攻め切れねぇンだ?
攻め切れない。
勝てる筈なのに勝ち切れない。
望んだ通りの流れが完成している筈なのに、その"流れ"がいつまで経っても望んだ"結果"に辿り着いてくれない。
「自分の信じる正義を貫くというのは…そんな世界の残酷に挑む事そのものだ。
きみも解っているだろう、レイサ。今きみの前に広がるこの悲劇こそが――おれときみの生きる世界の"現実"だと」
「…っ!」
そんな紅煉の疑念にくまは付き合わない。
そして見向きもしていなかった。
彼は紅煉を見据えている。
正義の敵を只睥睨している。
だがその実、彼の意識は常に背後の少女だけに向けられていた。
即ち宇沢レイサ。
心優しい平和主義者を呼び寄せた、未熟な正義に生きる少女。
今は――心は砕け、正義を見失い、震えるだけしか出来ない弱者。
「きみは今度こそ選ばなきゃいけない。今度こそ此処で、きみが決めるんだ」
くまは優しい男だ。
レイサが今抱えている痛みも苦しみもそれこそ痛い程に解っている。
それでも心を鬼にして問い掛けるのだ。
彼は優しい男だが、彼の生きる世界はそうではなかった。
命を命とも思わない無道が横行する世界を生き抜いた海の男。
その魂にはあらゆる形の過酷が傷として刻み込まれている。
「正義を掲げる事を諦め、この現実に迎合して生きるか」
なればこそ、くまは敢えて厳しく立つのだ。
先人として。
正義という不合理を貫いて生きた――"ヒーロー"として。
「痛みと苦しみを受け止めて、それでも信じた道を貫くか」
レイサはその言葉に息を呑んだ。
自分の知る彼から出て来るとは思えない、厳しく強い言葉だったからという訳ではない。
くまの示した選択肢のその重さを理解出来ない程、レイサは愚かな子供ではなかったからだ。
正義を諦めて現実に迎合する。
それは、自分が今まで歩んで来た道の全てを間違いだったと自ら切り捨てる事で。
信じた道を貫く。
それは、今感じているこの痛みをこれから幾度となく味わい続けるという事で――。
「…、痛いんです」
レイサは気付けば口を開いていた。
「辛いんです、…怖いんです……!」
ヒーローを名乗った者が発するにはあるまじき言葉だ。
そんな自制心で本音を押し殺す余力は、然し今のレイサにはなかった。
宇沢レイサは少女だ。
彼女の謳っていた正義は、あくまでも市井の中で育まれた等身大のそれに過ぎない。
レイサはこの世界に流れ着くまで、本物の死という物を知らなかった。
正義の意味。喪失の意味。命の重み。守れない事の痛さ。
――そしてヒーローの資格。
自警団の一員として治安を守るのと、後先のない世界で"誰か"の生き死にの為に戦うのとでは訳も意味も全て違う。
その現実を思い知ったレイサの口から出て来た嘘偽りのない本音が、これだった。
「私の、わたしの、せいで…! たくさんの人が死んじゃって、苦しんで……!
そんな事も覚悟しないで、できないで、薄っぺらな綺麗事ばっかり偉そうに喋ってた……!
それが怖いんです…怖くて、情けなくて……っ、私は、もう、もう………!」
自分のせいで、人が死んだ。
その事を想像も出来なかった。
ヒーローを掲げていながら、事が起こって始めてその重さを理解した。
愚かな事だと思う。
情けない事だと思う。
嘲笑うバケモノに何の反論も思い付かない。
なんて、私は――莫迦だったのだろうと。
嘆くレイサの涙が割れたアスファルトに点々と染みを刻んでいく。
その亀裂は、まるで今の彼女の心を表しているかのようだった。
「じゃあ、もうやめるか?」
「っ」
くまの言葉が重たく響く。
やめる。諦める。
孤独の中でも、空回りしていても。
笑われても傷付いても失敗してもずっと持ち続けてきた誇りと信念。
正義の使徒。
トリニティの守護者。
――"ヒーロー"。
それを捨てるのかと問われた時、答えなど一つしかないにも関わらず喉の奥が詰まった。
「わかるよ。辛いよな、失うっていうのは」
荒波のような炎雷を正面から振り払う。
くまの戦いは宛ら相撲だった。
その肉体一つで彼は災厄と相撲を取っている。
当然傷付くし、誰が見ても解る程に絶望的な光景だ。
それでも男は立ち続けている。
揺らがず倒れずたたらさえ踏まず其処に居る。
間断なく攻め続ける紅煉の顔に、いつの間にか焦りが浮かび始めている。
「信じた道を貫くのは痛くて苦しい。何かを失えばその度泣きたくなる。
…おれだって最後まで慣れなかったよ。何度足を止めたくなったか解らない」
くまが動かない。
その両足がどうやっても動かせない。
こんなに休みなく攻撃し続けているのに、望んだ結末がいつまで経っても手繰り寄せられない。
この大男の手足を削いで、目の前で葬者を踊り食いにしてやるつもりだったのに。
「――てめぇ、俺を無視してべらべらと説法垂れてんじゃねぇぞォ!」
怒髪天を衝いた紅煉の咆哮が響く。
轟くは螺旋を描いて迫る突撃。
くまの拳を微塵に変える筈のそれは、遊び抜きの乾坤一擲だった。
それでも。
くまは、紅煉を見ようとはしなかった。
「なら…ライダーさんは、どうやって……」
レイサが鼻を啜る。
「どうやって、立ち上がって来たんですか…?」
「確認するんだ」
「かく、にん……?」
「簡単な事で、だけどとても大事な魔法さ」
大勢が死んだ。
大勢を、守れなかった。
幼稚な理想は当然の現実に砕けた。
ピーター・パーカーのように強くはなく。
レイのように戦い続けた訳でもなく。
くまのように悲劇へ抗った事もない。
宇沢レイサという彼らに比べれば概ね平和と言っていい温室で正義を説いてきた少女には、この喪失劇は余りに重かった。
足は動かない。
心は折れている。
見渡す限り全ての景色が自分の愚かさを示している。
これを――くまは、彼は何度も経験して来たのか。
この痛みに打ち克って生きて来たのか。
だとすればそれは一体どれ程の偉業だろう。
どれ程心が強ければ、そのように生きられるのだろう。
気の遠くなる思いでレイサは問うた。
それに、くまは答える。
只の気休めと言ってしまえばそれまで。
されど現に、神の箱庭で弄ばれ続けた男が駆使し続けて来た魔法を教える。
「レイサ。君には、何が残っている?」
「…!」
迫る炎雷と斬撃。
艱難辛苦が今日もくまを襲う。
彼の生涯を象徴するような光景だった。
幼くして奴隷に堕ち、解放されて尚その生涯に於ける安息の時間は僅かな物。
いずれ自分が自分でさえ無くなってしまう未来を背負いながら。
それでもバーソロミュー・くまは駆け続けた。
絶望で終わると知って航海を続け、自我の限り戦い続けた。
何故、それが出来たのか。
何故彼は死の間際まで"ヒーロー"であり続けられたのか。
「おれには守るべきものがあった。そして苦しみを分かち合える友が居た。
顔が見えなくても繋がっていると解ってるから、どんな時でも立ち続けられたんだ」
問おう、レイサ。
くまは言う。
脳裏に、もう会う事も出来ない最愛の家族の顔を思い浮かべながら。
「――今、きみに残っている物は何だ」
「わ、たしには…」
――まず最初に浮かんだのは、黒髪の少女の顔だった。
かつては好敵手として付け狙っていたスケバン。
でも今は少し違う、それでもついつい気にしてしまう相手。
自警団の仲間達。
空回りばかりの自分にも優しく分け隔てなく接してくれるシャーレの先生。
『"私たちの"友達、だよ』
部員でもない自分へそう言ってくれた人達。
宇沢レイサは孤独な少女だ。
いや、"だった"。
何をしても空回りばかり。
情熱だけが先行して、誰も付いて来てはくれない。
膝を突き合わせて話せる相手なんて居ないまま一人で戦いを続けて来た。
それでも、今は――
「…友達が、います」
まだ堂々と言うには躊躇いがある。
だけどこう言えるくらいには、レイサの周りには人が居た。
居てくれるようになった。
それは此処ではない生者の世界の事。
宇沢レイサが正義の使徒として守らんと努めてきた賑やかでちょっぴり物騒な学園都市。
不器用にヒーローを目指す少女の、日常。
「帰りたい世界が、あります」
銃を取り落してしまった空っぽの手が拳を握る。
帰りたい、その気持ちが折れた体に力を戻す。
足が動いた。
子鹿のように震えたままだがそれでもゆっくりと立ち上がる。
理想の敗北を体現する惨劇の中に、未熟な正義が再び立つ。
涙と洟水でぐちゃぐちゃの顔は格好なんて微塵も付かない。
喪失と現実に凌辱された少女の姿は変わらず惨憺たる物。
だが――それでも――
「…私は……っ!」
グシャグシャにへし折れた心身に再び通された一本の芯。
それが柱となって小さな葬者は立ち上がる。
ヒーローではなくても、その手から多くの物を取り零してしまったとしても。
「誰かが"友達"と呼んでくれた、私のまま…! 戦って、生きていきたい……!!」
ヒーローの必須条件。
勇気を胸に吐き出されたその言葉は、全ての悪意に立ち向かう光の剣になる。
地獄の底で咲く一輪の花。
その萌芽が面白くないのは言うまでもなく穢す側の悪意だ。
「けぇっへっへっへっ! ほざいてんじゃねぇぜ、何も守れねぇ口先だけのメスガキがァ――ッ!」
全てを踏み躙り食い尽くす。
悪意のままに紅煉はとうとうくまへ辿り着く。
「お膳立てをありがとうよ、熊野郎ォ〜ッ! てめぇのお陰でよぅ、ますますそいつを旨く食えそうだぜェ〜〜ッ!!」
ゲタゲタと嘲笑いながら振るわれる炎、雷、そして霊刀。
黒い獣は全ての光を下衆に凌辱する暴食の嵐だ。
紅煉。光と、正義と相容れぬ獣の跳梁は止まらない。
憎悪と享楽のままにその嵐は少女を守る平和主義者(パシフィスタ)を呑み込みに掛かって――
「…ようやく」
その勢いが強引に止められた。
回転する紅煉の頭が、鷲掴みにされていた。
万象切り裂く微塵嵐が力ずくで釘付けにされる。
起こった事態を理解するよりも先に、紅煉はそれを聞いた。
「隙を見せたな、セイバー」
恐るべき獣。
人を喰い、妖をも殺戮する捕食者。
全てを血で染め上げる紅蓮の色彩。
恐れる物など最早何もない、その彼が。
――底冷えする程の冷たさを以って、バーソロミュー・くまは今まで見向きもしなかった怪物の事を見下ろしていた。
◆ ◆ ◆
時間が止まる錯覚を覚えた。
霊刀の動きも得意の獣めいた駆動も止められた状態で、紅煉は確かにそう錯覚していた。
時が動き出したのは次の瞬間の事。
彼の顔面に、頭蓋が弾け飛んだのかと重ねて錯覚するような衝撃が炸裂した刻だ。
「――げばァァアアアアアアッ!?」
何も特別な事などない。
くまは、只殴り飛ばしただけだ。
戦いである以上いつだって起こり得る事象。
昨夜のように肉球で弾き飛ばす搦手を食らった訳でもない。
なのにその一撃は紛れもなく、紅煉の此処までの生涯と比べて尚際立つ重さと痛みを伴っていた。
「ごッ、が、ァッ…!」
地面を転がって、自分が殺した人間の血と粉塵に塗れる。
未だビリビリと残留する衝撃に脳が揺れていた。
そんな状況でも凶相に怒りを浮かべて獣は顔を上げる。
「て、めぇ…! やりやがったなァ、クソ野郎ォ――」
そう言って顔を上げた彼の視界に入った景色。
それは、息を切らしながら懸命に立つ少女と。
あいも変わらずその矮躯を守るように立ち塞がる大男の姿だった。
何の変哲もない光景。
なのにそれが、今は果てしなく忌まわしく感じられる。
何故立っている。
先程までああも情けなく泣いていた餓鬼が、何故今こうして自分を睨み付けているのだ。
「…け、っ。け、けけけけけ! ガキはいいなぁ単純な脳ミソしててよぉ!
単純だからちょっと優しく諭されりゃ、三秒前にあった事は忘れちまえるのかぁ!
これだけ大勢死なせといてよぅ、随分虫のいい脳ミソだなぁ! ひぃっひっひっひっひ!」
「――忘れたりなんか、しません」
レイサは紅煉の悪意に、今度は耳を塞ごうとはしなかった。
明確な答えを示して彼を睥睨する。
「するもん、ですか…!」
奪われたのは事実。
守れなかったのも事実。
失われた命はもう二度と帰って来ない。
たとえ世界によって再現された仮想の命だったとしてもだ。
此処で確かに息をして、笑って泣いて生きていた彼らの存在はレイサにとって確かに命だった。
それを喪ってしまった事に心を痛めない程恥知らずにはなれない。
「私は…全部背負って、生きていきます。私は皆さんとは違って弱くてバカなので、これからも沢山泣いて迷惑を掛けるでしょうけど」
だとしても、もう足は止めない。
帰りたい場所があるから。
どれだけ傷付いても貫きたい志があるから。
「私は、私で居ます。誰かを守る為に戦う私のまま、背負い続けます!」
「――ほざけよガキがァァァ!」
嗚呼、面白くない面白くない!
こんな物を俺は一片たりとて望んでいない。
「雑魚が一丁前に調子付きやがってぇ、目障りなんだよォ! てめぇみてぇな力のねぇメスはよォ、俺の餌になるくらいしか価値がねぇだろうがァ!!」
フレイザードが作り、己が完遂する筈の筋書きが滅茶苦茶だ。
極上の餌に手を噛まれるという屈辱を味わった紅煉の怒りはもう止まらない。
癇癪のように喚き散らしながらバケモノは破壊の化身となって突撃する。
神の怒りにでも触れたような、稲妻の槍が数十と同時にくまとレイサを消し去るべく放たれた。
が…。
「その雑魚一人の心も折り切れなかったお前が、何を偉そうに語ってるんだ?」
その悉くが弾き飛ばされる。
打ち落されるのではない、弾かれたのだ。
ニキュニキュの実を食べた"肉球人間"。
彼の肉球は有形無形を問わず触れた全てを弾き飛ばす。
「ッぐゥ――!?」
失意のレイサを守る役目に縛られていたくまはもう居ない。
再起したヒーローの"盾"ではなく"相棒"として立つ彼は、海の豪傑としての強さを十全に発揮する事が出来る。
自分が放った雷槍の炸裂に炙られて悲鳴をあげる紅煉。
鬱陶しげにそれを霊刀で切り払った時、彼の体は再び巨体の影に収まっていた。
「どうした。おれを嬲り殺すんじゃなかったのか」
「ッ…見下ろしてんじゃねぇぞッデカブツがァ!」
まさしく猛獣のように、バケモノは牙を剥く。
彼の牙たる霊刀は宝具と認定された業物だ。
そして紅煉の型に嵌まらない動きで振るわれるそれは、英霊をして容易くは凌げない嵐になる。
だが、嵐は嵐だ。
“ッ、硬ぇ…! 何で出来てやがんだコイツ……!?”
海の男は傷だらけが常だ。
それはこの時でも同じだった。
然し、傷が浅い。
紅煉はこの至近距離(インファイト)であるにも関わらず攻めあぐねていた。
驚異的なまでの頑強さが彼という嵐を跳ね除け続けている。
紅煉の焦燥を見抜いたように、真上から強烈な推進力が彼を地に叩き伏せた。
「"圧力砲"」
「ごぶゥッ…!?」
ふざけた肉球状の力の塊が、紅煉を地にめり込ませていく。
攻防共にA+ランク、バッカニア族の末裔と並ぶ能力値を持つ彼でさえ抗おうとすれば骨の砕ける大圧力。
已む無く雷を全身から横溢させ、範囲攻撃でくまに後退を強いる事に成功するが。
雷の吹き荒ぶ中でその巨体が四股を踏む。
突き出された両手は砲口となり、未だ体勢を立て直し切れていない紅煉へ向く!
「――"つっぱり圧力砲"!」
「ッギ――!?」
一撃、否!
「おおおおおおおおッ!!」
「があああああああッ!?」
圧力砲による連射攻撃!
嵐を司るのはバケモノだけの特権に非ず。
無数の肉球が紅煉の体を頭の先から足の先まで滅多打ちにしながら、壮絶なダンスを踊らせ吹き飛ばした!
「ご…ッ、はぁ、ぁ゛……! 頭に、乗りやがってェ……!」
紅煉の脳裏を満たすのは苛立ちと不可解だった。
紛うことなきバケモノである紅煉の身体性能は先に述べた通り、くまの巨体に比肩している。
なのに何故こうまで攻め切れない。
何故掌を返されたように自分ばかりが打ちのめされる。
その答えはきっと、彼には理解出来ない。
何故なら紅煉は恐るべきバケモノではあっても、ヒトの意地や志を理解出来る存在ではなかったから。
――神をも殴り飛ばした平和主義者。
それがバーソロミュー・くまという男である。
彼の力が最大限に発揮された瞬間、それは世界を司る五体の神(バケモノ)の一体へ一矢報いたあの瞬間。
一つの世界に於ける不文律を科学の理屈を無視した意思の力だけで捻じ伏せ、歴史を揺るがした反逆の一撃。
其処に泣いている子供が居るのならば。
その生き様を支配しようとするモノが居るのならば。
バーソロミュー・くまは必ず立つ。
どれだけ傷だらけになろうとも、孤立無援であろうとも。
海賊として、そして一人の父として――"ヒーロー"として!
「ニヤけ面が曇っているぞ、セイバー」
指摘され、紅煉はハッと自らの姿を自覚した。
正義と悪。
ヒーローとヴィラン。
逆転していた筈の天秤がいつの間にか元に戻っている。
悪が只管に正しい物を凌辱する筈の残酷劇が覆っている。
今這い蹲っているのは紅煉の方だ。
あんなにも弧を描き歪んでいた口元はいつしか逆向きになっている。
自覚した途端に紅煉は己の脳が沸騰し視界が赤く染まるのを感じた。
「舐、め、て、ん、じゃ、ねぇぞ糞がァァァァァ〜〜〜ッ!!!」
殺す!
この俺を、紅煉様を見下したこの野郎だけは絶対に殺す!
その赫怒がこれまでとは比にならない妖力をその霊基から引き出していく。
瞬間、レイサは此処までの聖杯戦争で見た何よりも恐ろしい光景に息を呑んだ。
怒り狂うバケモノを中心に巻き起こる炎と雷の坩堝。
頑強なキヴォトスの生徒達でさえ、掠めただけで四肢が容易く吹き飛ぶだろう力の波濤。
これがサーヴァント。
そしてこれが聖杯戦争。
恐怖に体が再び震えを帯びる。
だがそんな彼女の耳を優しい言葉が慰めた。
「大丈夫だ。おれを信じてくれ、レイサ」
その時レイサは、目前の背中と誰かの背中が重なったのを感じた。
自分の事など何も顧みず"誰か"の為に奔走する大人が居た。
レイサの何かを変えてくれた、そのきっかけになってくれた人。
恩師と呼べる人の背中と、今目の前に居るくまの背中が重なって見えた。
「…、はいっ!」
空元気で声を張り上げる。
声の大きさくらいしか取り柄のない自分だから、せめてそれを惜しむべきではないと思った。
「ちょっと体がデケぇだけでよぉ…! ちょっと俺の鼻を明かせたくらいでよぉ……!
この紅煉が負けると思ってんのかぁ……!? すぐに主従揃って耳障りな口利けねぇ体にしてやらァァ!!」
紅煉の咆哮が都市を揺らす。
同時に放たれた炎雷は間違いなくこれまでで最大規模の物だった。
これぞ血に飢えたバケモノの本気。
醜く肥大化した、されど強さにかけては誰にも遅れを取る事のなかった字伏の最大の殺意。
――獣(ケダモノ)の厄災が、雷鳴と共に今こそ牙を剥く。
「…ライダーさん……!」
「――――」
自分を信じて立つ少女の声。
それを耳に、くまは厄災を見据える。
両の肉球に力が集約されていく。
何処までも、何処までも。
極限の圧縮率で一つになっていくエネルギーは、見た目にも派手な紅煉の本気に比べて酷く地味だった。
故に紅煉は勝利を確信する。
笑みを取り戻した獣に対し、くまは無言のまま瞑目していた。
災禍が通るその瞬間に、只一つ呟いて男は開眼する。
天下分け目、善悪の彼岸。
その一瞬に轟く――海賊の声!
「――"熊の衝撃(ウルススショック)"――!」
世界が震撼した。
文字通りの意味で震え、爆ぜた。
くまが圧縮していたのは惨劇の跡たるこの街に満ちていた大気だ。
それをニキュニキュの実の能力で極限まで圧縮。
そしてその大気を、紅煉へ向けて解放した。
圧縮された大気が元あった所へ戻る爆発的なエネルギー。
これが引き起こす莫大なる衝撃波こそが、彼の最大の大技。
台風一過とはまさにこの事。
世界を揺るがす風が吹き抜けたその後に――
「…は、ぁ……?」
紅煉の炎も雷も、一欠片たりとも残ってはいなかった。
全て消し飛ばしたのだ。
一撃の元にあらゆる悪意を正義が粉砕した。
残されたのは呆けた面で立ち尽くす紅煉のみ。
その視界に、二人のヒーローは膝すら突く事なく立ち続けていた。
「――覚えてろよ、テメェら」
地の底から響く声とはまさにこの事か。
負け犬の遠吠えと片付けるには悍ましすぎる声が紅煉の喉から響いた。
「次だ…次こそ二人揃って地獄を見せてやるからなぁ……!
特にお前だ、ガキ! ひ、っははははは……! 次はおめぇのせいで何百人死ぬだろうなぁ。次もまたピーピー泣いて這い蹲ってくれよぉ? てめぇみてぇなムカつくガキの泣き声程唆るもんもねぇからなぁ。けけ、けけけけけけっ……!!」
「セイバー」
紅煉は直情的だが莫迦ではない。
正真正銘の全力を放った上で破られたのだ。
この期に及んで無為な突撃を敢行する程、彼は間抜けではなかった。
二度目の敗北を喫した事実は彼の自尊心を著しく傷付けたが。
それでも次こそ勝つ。
次こそ、この目障りな"正義の味方"共を魂まで凌辱し殺してやるのだと獣は嘲りながら誓った。
その悍ましく狂おしい姿にくまが言う。
「可哀想な奴だな、お前は」
「…あ?」
「知らないようなら教えてやる。お前のやっていることは、"誰にでもできること"だ」
聞く価値のない戯言。
さっさと背を向けて逃げればいいだけの話だったが、紅煉の足を止めさせたのはくまの眼だった。
その眼が、この言葉が只の挑発や恨み言でない事を物語っていた。
それはまるで飢えてゴミを漁る痩せぎすの野良犬を見つめるような。
心底可哀想な物を見る、哀れむ――そんな眼。
「弱い者を虐めて殺す。人の心を否定して嘲笑う。どちらも決して特別なことなんかじゃない。おれが断言してやる。セイバー、お前はとてもありふれている」
「おい…てめぇ、誰をそんな眼で見下してやがる……?」
「お前は何処にでも居るありふれたゴロツキだ。死んで尚それ以上にもそれ以下にもなれない、そんな可哀想なケダモノだよ」
…尽き果てた妖力が。
限度を越えた怒りで再沸騰し始めるのを感じる。
悪罵の声なら笑い飛ばそう。
正義とやらの押し付けならこの惨状を引き合いに出して否定してやろう。
だが混じり気のない"正しさ"による哀れみで放たれる言葉は。
好きに生き、好きに殺して喰らう。
そういう生き方を貫いて来たバケモノの彼にとって最大の侮辱と言って良かった。
「どっちが負け犬だか解んねぇなぁ、おい。俺に言わせりゃてめぇらの方がよっぽど可哀想だぜ、希望だけ見せられて盛大に肩を透かされんだ。
おぉい、クソガキぃ。てめぇの意見も聞かせてくれよぉ。なぁおい。誰も守れなかった"ひーろー"様よぉ!」
「そうですね。…負けたのは、私の方なんだと思います」
守れた人はいる、だなんて言い訳をするつもりはない。
救えなかった誰かが居る時点で、ヒーローの敗北である事に疑いの余地はない。
だからレイサはその現実から逃げる事だけはしなかった。
喪失の痛み、挫折の虚しさ。
いずれも今も心の中に。
その上で――レイサは一度取り零した銃を掲げた。
銃口は紅煉へ。
討つべき悪へと、正しく。
「それでも…っ、負けるのは此処までです! 私は……宇沢レイサ!
トリニティ総合学園の正義の使徒にして、冥界にて英雄を目指す者!
どれだけ心が痛くても、どれだけ足が震えても…! 私は何度でも、助けを求める誰かの為に立ち上がります!!」
「…ッ!」
折れろ。
口籠れ。
小便を漏らして命乞いをしろ。
そのいずれも叶わない。
牙を噛み締める紅煉の悪意はもうこの場で用を成す事はない。
「思い上がるなよ、セイバー。お前はこの子よりもずっと凡庸で、ありきたりで、つまらない男だ。
いや…それだけじゃない。お前の言葉、生き様、強さ――そのすべて、お前が奪い嘲って来た命の一人分にも及ばないと断言する」
突き付ける勝利宣言。
敗北の二文字を紅煉の輪郭へ当て嵌めて、男は吠えた。
「自分を知れ。おれのマスターは…お前みたいな情けないケダモノよりも余程気高く、そして強い!!」
ドン!! と。
高らかに響く喝破の声は、この戦場の勝者がどちらであるかをこれ以上ない程如実に物語っていた。
紅煉の手が虚空にわななく。
魂まで焦がすような屈辱と怒りを、然しギリギリの所で理性が堰き止めていた。
――この場で我を忘れて挑み掛かっても結果は見えている。
――ならば此処は退いて、確実に殺す次に備える方がいい。
――押し殺せ、この怒りを。屈辱を。
紅煉の忍耐は既に限界寸前。
己が己たる存在意義を焦がされ侮辱されて、噛み締めた牙すら砕けそうだった。
だがそれでも次さえあれば。
次こそはこれ以上の悪意で蹂躙し、あの忌まわしい顔を二つ並べてグチャグチャに冒涜してやると。
そう思っている矢先に紅煉はふと問われた。
「ところで、セイバー」
何だろうが構わない。
此処は退く。命あっての物種だ。
踵を返そうとした紅煉の耳に、耳障りな声が…
「――お前、なんでまた見逃して貰えるなんて思ってるんだ?」
…この上なく冷たく、骨身まで震えるような重さで響いた。
◆ ◆ ◆
前回、紅煉は一蹴されるだけに終わった。
何故か。
助ける命が残っていたからだ。
彼を退け、人命を救助する事をくまは優先した。
だが今は違う。
命は全て紅煉が奪ってしまった。
目に見える範囲内に、生存者が居ない。
つまり。
見逃す理由が、ない。
「ま…待てよ、おい、待てって……」
バーソロミュー・くまは優しい男だ。
呆れる程優しいお人好しだと、紅煉もそう認識していた。
だからこそその優しさはこの冥界に於いては毒になる。
付け入る隙もあるだろうと思っていた。
だが。
彼は優しくこそあるが、それで天秤を見誤る程愚鈍でもない。
バーソロミュー・くまは現実を知っている。
きっとこの場の誰よりも、世界の残酷さという物を知っているのだ。
「お、お前ら、"ひーろー"なんだろぉ…!? だ、だったらよぉ。まさか、まさかもう戦えねぇ奴に追い打ちなんてしねぇよなぁ……!
み、見ろよ。見たら解んだろぉ、俺はもう戦えねぇ…! 今此処でお前らを殺すなんてもう出来ねぇんだぜ……!?」
くまは無言だった。
無言で只前に足を進める。
紅煉は後ずさりをする。
足が縺れて、尻餅を付いた。
「わ、解った、解った解った! もうこんな事はしねぇよ! もう二度と…っ、無益に命を殺すような真似はしねぇッ!!」
無論、心にもない言葉である。
死の恐怖を前に改心できる程彼が殊勝な男であったなら、紅煉はそもそもこんな場所には居ないのだから。
一方で紅煉の脳裏には蘇る光景があった。
それは記憶だ。
長きに渡り世にのさばり続けた悪鬼の最期の記憶。
紅煉にとってはこの上なく忌まわしい、今更掘り返したくもない痛恨そのもの。
『天地より万物に至るまで…気をまちて以って生せざる者無き也』
声が聞こえる。
この場に居る筈もない男の声。
『天地万物の正義をもちて微塵とせむ』
紅煉は無慙無愧を地で行くバケモノだ。
彼は生き方を変えない。
死ですらその穢れた心は濯げない。
だとしても、彼が一度死した記憶は魂にまで深く刻み込まれている。
「そ…そうだ! な、なぁッ。お前もなんとか言ってくれよぉ!」
駄目だ――と思った。
このままでは死ぬ。
確実に殺される。
またあの屈辱と絶望を味わう!
紅煉は誇りとは無縁の生き物だ。
常に己の快不快だけが物事の指標であり、故に心中する程大それた矜持を持ち合わせていない。
「これからは心を入れ替えるッ! そうだ、おめぇの小間使いになってやっても構わねぇぜ…!?
こんな形にはなっちまったけどよぉ、俺が腕の立つサーヴァントだって事は解ったよなぁ……!?
俺が居りゃよぉ、二度とお前の前で犠牲って奴を出させたりはしねぇ。なっ、悪い話じゃねぇだろぉ……!?」
「…なにを――」
「それにだぜ? まさか、まさかとは思うけどよぉ、"ひーろー"が命乞いしてる奴にトドメ刺すなんて残酷な真似はしねぇよなぁ…?」
だからこそ事此処に至っても紅煉は変わらず無慙無愧だった。
ああも嘲り否定したレイサに頭を垂れ、命乞いをする。
必要なら靴だって喜んで舐め回しただろう。
折角冥府の底から蘇れたと言うのにこんな所で犬死にするなど断じて承服出来ない。
触れれば手折れてしまうような童に許しを乞うのは屈辱だったが今だけだ。
この場さえ生き延びられればお礼参りの機会など幾らでもある。
真に迫る紅煉の懇願にレイサは唇を噛み沈黙した。
「…じゃあ、約束して下さい」
「おうッ! 何でも誓うぜ、心からなぁ…!」
「もう二度と残酷な悪事は働かないと。人の心を踏み躙るような事はしないと」
「解った…! 誓うぜッ! へへ、これで俺も悪の道って奴からおさらばってもん――」
「あなたのマスターに、令呪を以っての"誓い"を望みます」
「――ッ!」
その言葉に紅煉の思考が凍る。
莫迦を言え。
あのフレイザードがそんな馬鹿げた話を受ける訳がない。
それに、誰が本心からそんな誓いに頷く物か。
略奪と殺戮こそが紅煉にとっての生きる愉しみ。
人である時も妖となった以後もあるがままに鬼畜であり続けた獣が、悪行のない生涯など受け入れられる筈がない!
「あなたのやったことは許せません。…でももし、心から改心してこれから誰かを助けるというのなら」
「ぐ、ぎ、ぎぎぎ、ぎィ……!」
「私はあなたを許してあげます、セイバー!」
「この…ッ、クソガキがぁぁッ!」
紅煉が吠えた。
だがその怒りも長くは続かない。
縮地宛らに、一瞬で距離を詰め終えたくまが目前に立っていたからだ。
「セイバー。これが何だか解るか」
彼の前に、巨大な肉球が浮かんでいる。
正体など解る筈もないし問答に付き合ってやる気もない。
被ろうとした化けの皮もすぐさま剥がされてしまった以上、紅煉に出来るのは一か八かの逃走だけだった。
“おいマスター! 今すぐ俺を令呪で――”
念話を飛ばすべく頭を回す。
それを遮ってくまが続ける。
「お前が人々に与えた"痛み"の、ほんの一部だ」
くまの肉球はあらゆる物を弾き出す。
人が負った痛みや苦しみという概念ですらその例外ではない。
昨夜の交戦で紅煉が傷付けた者達。
この文京区で同じく傷付け、後は苦しみの中で死を待つのみだった者達。
命と呼ぶには足らずとも、この冥界で確かに生きていた彼らの苦しみの結晶こそがこの巨大なエネルギー体だ。
「いつまでも痛みを据え置く事は出来ない。誰かに還さなければ、元あった所に戻ってしまう」
「ま…、待ちやがれ、てめえ――!」
「駄目だ。待たない」
冗談ではない。
そんな物を誰が。
妖力の枯渇した体を無理に引き起こして逃げようとする紅煉だったが、疲労もあってかその動きは彼らしくもなく緩慢だった。
「お前のやったことだ」
だからこそバケモノは逃げられない。
自分の振り撒いた悪行の報いから逃げ遂せる事が出来ない。
「お前が受けろ」
痛みの肉球。
それは逃げる紅煉を、容赦なく呑み込んで――
「――ぎゃああああああああああああああああああ〜〜〜ッ!? い、いでぇえええッ! いでぇああああああ〜〜〜〜ッ!!??」
瞬間、紅煉は生きながらにして地獄を見た。
全身の細胞という細胞が激痛で沸騰する。
筋肉という筋肉が疲労で瞬時に摩耗していく。
まるで頭痛持ちのように頭を抑えて七転八倒。
のたうち回りながら、遂に下る処断を待つしかない。
「そして――」
悪あがきのように撒き散らす雷。
それを踏み越えながら迫るくま。
振り被る拳が、嫌に遅く見えた。
「――この冥界から消えろ、セイバー!」
「ご――ばァァァァァァ――――ッ!!??」
着弾、一撃。
完膚なき敗北と勧善懲悪を突き付ける鉄拳が、悶える紅煉の体を砲弾のように殴り飛ばした。
◆ ◆ ◆
五つの火球――メラゾーマ。
閃刀術式――アフターバーナー。
炎の極みを定むかの如き熱波が上空にて炸裂する。
「…ほォ!」
果たして勝利を掴んだのはレイだった。
火力に物を言わせた推力増強、その上で繰り出す一縷の流星。
破壊範囲でならばフレイザードの戦技に劣ろうが、一点を貫く貫通力ならばレイが勝る。
フレイザードの護衛として侍っていた黒炎二体が突撃に巻き込まれて刹那で爆散した。
その勢いのままレイは元凶である将軍に迫るが、其処は魔軍司令の虎の子。
アフターバーナーの炎熱が到達する前に飛び退き手近なビルの屋上に着地する。
「こりゃ驚いた。やはり侮れねぇな、サーヴァントってのはよ」
だが――。
フレイザードは冷静にレイの姿を見る。
姿があの炎剣士めいたそれから平時の物に戻っている。
彼をして肝を冷やす程の一撃だったが、おいそれと連発出来る物でもないらしい。
“戦闘自体が出来なくなったようには見えねぇ。魔力の減衰も特に感じねぇ。となると使うと形態変化が解ける、って所か”
ニヤニヤと不敵にほくそ笑みながら分析するフレイザードの脳は単なる戦闘狂のように煮え滾ってはいない。
炎の如き勝利への執念と常に冷たく冴え渡る狡猾な頭脳。
この二律背反を当然に実現している点こそ氷炎将軍の何よりの恐ろしさ。
だからこそレイも彼に思考の暇を与える愚は犯さなかった。
アフターバーナーから逃れたフレイザードを取り囲むのは蜂を思わす小型のビット。
ホーネットビットと呼ばれる閃刀姫の兵装がその正体だ。
「しゃらくせぇ…!」
フレイザードの一笑と共に彼が着地したビルの屋上が凍土へ変わる。
そして吹き荒れるのは雹と呼ぶにも巨大過ぎる無数の氷塊だった。
砲弾もかくやの勢いでレイを襲う氷の雨霰。
これをレイは斬り伏せつつ、隙間を縫うようにして距離を詰めていく。
防戦のみに留まらず彼女は見下ろす魔人へ向けて本物の砲撃を鋭く見舞った。
シャークキャノン。
氷塊を粉砕しながら突き進んだ爆撃が、将軍が己の領土と据えたばかりのビルを轟音と共に破壊した。
「――はぁッ!」
「――おぉッ!」
粉塵から飛び出したフレイザード。
すかさず放ったレイの斬撃を徒手にて捌く。
火花を散らす両者の爪と剣。
フレイザードが大きく口を開けた。
其処から轟くのは氷の息吹(ブレス)。
人造生命故に型に嵌まらず、フレイザードは獣の如くに敵の命を狙う。
然しそれしきの不意打ちで斃れるならば、彼女は英霊の座になど至っていない。
激しく壮絶な戦場を絆と剣を寄る辺に駆け抜け。
それでも折れる事も歪む事なく歩み切ったからこそレイは今此処に居る。
その気高き優しさは、如何に恐るべき氷炎将軍なれど容易く手折れる物ではない。
「一つ聞かせて。あなたは本気で、あのセイバーに同調しているの!?」
「同調? ははッ、違ぇな。的外れだぜお嬢ちゃん。オレはオレでアイツはアイツさ。オレも野郎も、今更新しく誰かに平伏するなんてタマじゃねぇ」
だが、とフレイザードは笑う。
獰猛な笑みを浮かべて言うのだ。
恐ろしい敵にさえ、反目し合う存在にさえ言葉を掛ける事を忘れられない心優しい少女へ、包み隠す事なく己の真(マコト)を吐く。
「好き好んで人を殺せるのかって意味なら――肯定(イエス)だ」
同時に顕現する炎と氷の同時炸裂。
レイは素早く飛び退いて負傷を避けつつ、苦い顔で「そう」と呟いた。
「だったらやっぱり、あなた達の事は許せない――!」
氷を斬り捌き炎を踏破する。
力強くも繊細な舞踏(ダンス)に不似合いな義憤が、レイの強さのギアを明らかに一段と上げていた。
そう来なくては面白くない。
そうでなければわざわざ己が出てやる意味がない。
フレイザードも応とレイの気合を受けて立つ。
今必要なのは兎にも角にも経験値だ。
見え始めた力の極点。
それを掴む為にも場数を踏まねば話にならない。
今は曖昧に滲むだけのその領域をより鮮明に。
自分にとって理解可能の境地まで解体し向こう側の境地へ至る事。
紅煉のように短期的な目標ではなく、フレイザードはより高みを目指して翔んでいる。
故にレイの奮戦さえ今の彼には寧ろ好ましかった。
黒炎を用立てた物量作戦の破綻に腹の一つも立たない。
“さぁ、もっと引き立てろ”
レイの切っ先が頬を掠める。
人間とは比にならない強度を持つ魔人の躰さえ切り裂く英霊の刃。
意識が、脳が激しく研ぎ澄まされていくのを感じる。
“オレの為にベストを尽くせよ、女剣士…!”
ついぞ辿り着き得なかった境地。
其処に登頂して見る勝利の景色は如何なる物か。
高揚と共に英霊と打ち合う、類稀なる葬者の魔力が周囲への被害など考えず次を練り上げようとして――
「…あ?」
その時フレイザードの顔が怪訝に歪んだ。
レイもそれを認識したが、刃を止めはしなかった。
結果一瞬だけフレイザードの反応が遅れ、胴体に浅いが斬撃が走る。
「チッ」
舌打ちをしながら体勢を立て直すフレイザード。
だが彼の表情には先程までの高揚が見て取れない。
何か不測の事態が起こり、愉楽に水を差されたような。
レイにしてみればそんな彼の様子の方が余程不可解なのだったが…
“おい、セイバー! てめぇ聞こえねえのか、オイ!!”
起こった事はこうだ。
レイとの戦闘の最中、一瞬だけ紅煉からの念話が聞こえた。
恐らく救援を求めているのだろう事はすぐに察せた。
というのも、明らかに通常ではない量の魔力消費を感じていたからだ。
大方油断か、若しくは単純に押し負けたか。
その上で激情のままに妖力を吐き出し、それでも状況を好転させられなかったという所だろう。
それ自体はいい。
フレイザードの持つ魔力は潤沢だ。
紅煉を思い思いに暴れさせて尚切羽詰まらない程度には彼の手持ちは充実している。
其処まではいい。
不甲斐ない野郎だと悪態は出るが、紅煉の存在はフレイザードにとっても貴重な相棒で手駒だ。
最悪、令呪の一画くらいは使ってやるのも致し方ない。
そう思っていた。
だが問題はその直後に起きた。
念話が途中で途絶えた十数秒後。
契約のラインはそのままに――紅煉という存在の魔力反応が、突如として知覚出来なくなったのだ。
“トドメを刺された…って訳じゃなさそうだが。チッ、あの野郎――余計な問題起こしやがって”
令呪も残っている。
つまり紅煉は生きている。
なのに反応がない。
念話もどうやら届いていない。
フレイザードをして、これは全く不明な事態だった。
生きていれば戻って来るだろうと切り捨てたいのは山々だがそうも行かない。
冥界の葬者にとってサーヴァントの存在は人権そのものだ。
如何にフレイザードが屈強な人造生命体であると言えど、英霊無くして存在を保てる時間はたかが知れている。
踵を返すより他になかった。
それなりの準備をし、臨む所とはいえ衆目に存在を知らすリスクを冒してまで決行した虐殺だったが…こればかりは敗走を認める他ない。
「…! 逃げる気……!?」
「オレも不本意なんだが野暮用が出来てな。なぁに、そうがっつくなよ」
黒炎を足止めに使い撤退する。
損切りに躊躇いはないし、この逃走は屈辱とも感じない。
こんな所で無駄に意地を張り、この先得られるだろう全てを棒に振ってはそれこそ無意味だ。
氷炎の将軍は残忍にして狡猾。
目指す先にあるのは無限の勝利。
彼は勝利に取り憑かれている。
故に逃げるのかと問うレイに対しても、変わらぬ凄絶な笑みを向けた。
「――オレは必ずお前等の…いや、この冥界を生きる全ての命の脅威として立ち塞がる!
今は命を繋いだ幸運を噛み締めながら、甘ぇお仲間達と束の間の安堵に浸ってな……!」
黒炎の背に跨り飛び去るフレイザード。
一瞬レイは追跡を逡巡したが…やめた。
この黒炎達を掃討しない事には余計な被害が新たに生まれかねない。
小さくなっていく背中を苦渋の思いで見つめつつ、彼らの残していった爪痕への対処に専念すべく思考を切り替えるレイなのだった。
◆ ◆ ◆
この事態を招いたのは自分の手抜かりだ。
バーソロミュー・くまはそう認識していた。
あの時、紅煉を逃した事には確かに理由があった。
紅煉は強い。おまけにあの場には彼のマスターである氷炎の魔人も居た。
人命と目先の首を天秤に掛けてくまは前者を選んだ。
だがそれは結果から言えば間違いだった。
更に大きな犠牲を生む事に繋がってしまった。
自分が紅煉の悪辣さを侮っていたのがこの悲劇の原因だ。
そのように理解していたからこそくまは今度は過たない。
殴り飛ばした紅煉が虫の息である事はほぼ確実。
この手で今度こそトドメを刺し、二度とあの獣に悲劇を産ませない。
そう決意してくまは高速で紅煉を追う。
遠くへは逃げられない。それが解っていたからだ。
だというのに、然し。
くまが向かった先には既に紅煉の姿はなかった。
「…何……?」
逃げる余力は残っていなかった筈だ。
武装色の覇気で強化した拳を頭部含め数発。
更に百人以上分にもなる"苦しみ"を叩き付けてやった。
確かに紅煉はバッカニア族のくまと同等の耐久力を持つ。
だが先程見舞ってやったあれは、それこそくま自身が受けたとしても確実に重傷を負う程の容量だった。
では何故紅煉が居ない。
何処へ消えた?
“令呪での転移か? いや…そんな気配もしなかった。それともまだ何か能力を隠し持っていたのか……?”
紅煉の気配は解りやすい。
くま程の覇気使いであれば、近くに居るのに見落とすという事は考え難かった。
釈然としない物は残るが、何らかの手段によりこの戦場近辺から離脱したとしか思えない。
――まるでそれは、そう。
――"神隠し"にでも遭ったような。
…兎角そんな状況なので追おうにもそれを可能にする物種がない。
前回の比にならないだけの負傷を与えてやりはしたが、またしても取り逃した形になってしまった。
「ライダーさん…?」
「…済まない、どうやら逃げられたようだ。只あの容態ではすぐに戦線復帰して来る事もないだろう。ピーター達の所へ向かおう」
「わ、解りました…!」
今はこれ以上の虐殺を止められたというだけで満足するしかない。
くまの言葉に頷いて、レイサは彼の背中にしがみついた。
絵面だけ見ると父親に甘える娘のようだが、これには合理的な理由がある。
ニキュニキュの能力を用いた高速移動に肖る為だ。
バーソロミュー・くまは船の宝具を持たない名ばかりのライダークラスであるが、その機動性は下手な同クラスの英霊より余程高い。
「――あの、ライダーさん」
「なんだ?」
「これで…よかったんでしょうか。私は」
「さぁな。おれにはその答えは解らない」
くまが自分自身を弾いた。
刹那にして彼らの姿は掻き消える。
向かう先はもう一つの戦場だ。
紅煉を排除しても尚彼を従える…そして恐らくはこの事態を真に仕組んだ氷炎の魔人の脅威は残っていた。
「だがおれは、きみの姿を誇らしいと思ったよ」
「誇らしい…、ですか」
「ああ。よく立ち向かった、あの恐ろしい怪物に」
偉いぞ、レイサ。
その言葉に引っ込めた筈の涙が再び溢れ出す。
怖かった。
痛かった。
でも死んでいった彼らはもっと怖くて痛かった筈で。
自分はこれからこの喪失を背負い続けて行かなければならない。
荷物はもっと増える。
足取りはもっと重くなる。
――それでも、この死底の世界で正義を謳うなら。
“せめて、前を向いていたい”
少女は幼くあまりに未熟。
その心に宿る真っ直ぐさだけが彼女の武器。
喪失と痛みを知り、キヴォトスの正義の味方は少しだけ大きくなった。
◆ ◆ ◆
「げ、ぼッ…おぇええええ……! 気持ぢ、悪ぃぃ………!!」
まるで路地裏の酔っ払いのような有様だった。
四足を突いて背を丸め、血反吐混じりの吐瀉物を吐き出す。
その中にはこの世界で食らったNPC達の血肉も混じっていた。
「い、でぇ…! 痛みが、引かねぇ……! 妖力が、練れねぇ……! 畜生、畜生がぁ………!!
今程自分の肉体の強靭さを呪った時はない。
痛みが酷すぎて気絶すら出来ずのたうち回るしかないのだ。
妖力も見る影もなく枯渇寸前で、今や自分の宝具である黒炎達にさえ劣るかもしれない有様。
そんな状態だから紅煉は自分の身に起こった事態を把握する事さえ出来ていなかった。
「フレイ、ザードォ…! あの野郎、てんで上手く行かねぇじゃねぇかよぉ……! 痛ぇ、いでぇ……! が、ああああ………!!」
何故、くまが自分にトドメを刺しに来ないのか。
これ程の有様だというのに何故フレイザードからの念話が届かないのか。
不可解な点は余りにも多い。
然し重ねて言うが今の彼はそれどころではなかった。
瀕死の重体。まさにそう呼ぶしかない有様だったのだから。
地を転がり、嘔吐と嗚咽を繰り返す人殺しのバケモノ。
その姿を見下ろす影が一つあった。
くまの物ではない。
紅煉が嘲笑に失敗した、あのあどけないヒーローの物でさえない。
ピーターやレイとも違う。
そんな"誰か"が、其処に居た。
「――こんにちは。辛そうだね、"悪いオオカミ"さん」
突如、声が語り掛けた。
言葉と共に生まれたように、その娘の存在を紅煉は認識する。
高く、明るく、深い声。
そしてその囀りのような声が凝集したような、朗らかに微笑む魔女の顔貌(かお)。
肩口までの茶がかった髪。
無造作に羽織ったデニムのジャケット。
何の変哲もない少女のカタチ、その口元を三日月に歪めて。
"彼女"はひどく楽しそうに、のたうつ獣を見下ろしながら微笑っていた。
紅煉は人喰いのバケモノだ。
中でも特に女子供の血肉を好む。
肉は糧、血は酒、甲高い悲鳴は最高の肴だ。
ましてや傷付き瀕死の今であればそれは願ってもない餌だ。
運悪い事に声の主である少女はうら若く美しい娘。
今の紅煉が最も求める餌の条件を満たしている。
紅煉の顔が動き、少女を見上げた。
「――、――」
顎が動けば鋭い牙が覗く。
その下から出でた言葉は。
「何、だ…? てめぇは……」
餌への歓喜でも。
見下ろす不遜への怒りでもなかった。
疑念。只、疑念。
数多の人を喰い、数多の妖を屠って来た字伏紅煉。
そんな彼をしてこの少女を何と表現すればいいか解らなかったのだ。
白面程深い闇を背負ってはいない。
だが凡百の妖とも、ましてや人間の娘とも思えない。
視覚の情報は彼女を紛うことなく人間と告げているのにバケモノの本能がそれを否定している。
だから問うしかなかった。
お前は何者なりやと。
それに少女は答える。
微睡むように優しく、そして慰めるように甘く。
「"魔女"、かな」
「魔女、だと…?」
「十叶詠子。宜しくね、オオカミさん」
よく見ればその細腕には三画揃った令呪が見て取れる。
葬者である事は間違いないらしい。
漸く理解が現状に追い付いた紅煉は血混じりの唾を吐いた。
「け…。その魔女さまが、俺に何の用だってんだよ」
「怖がらなくていいよ。取って食おうって訳じゃないから。私がオオカミを食べたらあべこべでしょ?」
哀れみに対する怒りよりも訝しむ気持ちが勝つ。
粗暴なる紅煉が、彼女の放つ得体の知れない気配に調子を狂わされていた。
誰が信じるだろうか。
残虐非道を地で行く紅煉が丸腰の娘に牙も剥かず、その言葉に耳を傾けているなど。
「今此処に居る魔女(わたし)はメッセンジャー。あなたを探している子が居たから案内してあげたの」
「あ…? 案内、だぁ……?」
「助けてあげたのはちょっとしたサービスかな。今あなたに斃れられたら"この子"も困っちゃうだろうし」
瞬間、少女の傍らに舞い降りる物があった。
鳥だ。だがこの街中を飛ぶには大き過ぎる。
艶やかな着物を思わす独特の模様をした鳥だった。
種類は雉に近いだろう。
只重ね重ね、サイズが異常であった。
更に言うならその全身から放つ独特の気配も。
「…! おい、まさか……」
よく擬態出来ているのは間違いない。
然し元を辿れば同種の存在である紅煉の眼は欺けない。
この気配は。
この水底に渦巻く泥濘のように淀んだ気配、妖力は――!
「そいつは…白面の……ッ!?」
…その存在はかつて光の前に敗れ去った。
敗れたそれは散り散りになり、冥界の湖底に沈んだ。
だが肉体は滅んでも魂は生きている。
少年と妖はそれを斃す事は出来ても、真に滅ぼし切れた訳ではなかったのだ。
とはいえ甚大な損傷を与えられた事実に疑いはない。
だからそれは結局少年達の未来に再び顔を出す事は出来なかった。
異界の因果、生と死の交差点と化したこの冥界で漸く芽を出せた程度。
そうまで見る影もなく衰え切った雫(エゴ)。
欠片の如き悪性情報。
尾の数も存在の規模も未だ足りぬままの――"けもの"。
現在進行形で再蒐集の過程にある尾の一本がこの雉だ。
名をキチキギス。
或る勇ましき物語のカリカチュア、或る里に伝わる伝承に登場する異界の獣。
そして今は――"白面の者"の尖兵である。
「…泥努さんには怒られちゃうかな。こればかりは私の性分みたいな物って事で解って貰えたらいいんだけどね」
眼を瞠る紅煉を他所に独り言を吐く魔女。
それを気にする余裕も無い程に紅煉の思考は加速していた。
何しろ彼が目先の目標として目指していた事が一つ達成されたのだ。
こうなれば最早あの熊男共への報復に精を出す必要もない。
白面との接触さえ叶えば遅かれ早かれこの地に招かれた全ての英霊と葬者は地獄に堕ちる。
聖杯戦争を勝ち抜き思いの儘にする為の道行きが一挙に短縮されていくのを感じる。
体を苛む激痛も疲労も今や気にならなかった。
「それじゃ行こうか、"悪いオオカミ"さん。この子との契約でね、私もあなたの探してる"けもの"に会わせて貰える事になってるの」
魔女が獣に手を差し伸べる。
豚の兄弟が築いた家を次々と壊し、最後の最後で煉瓦の家に阻まれた悪いオオカミに。
白面の者を探していた紅煉。
その望みは叶った。
だが紅煉よ、気付いているか。
己が何に魅入られたのかに。
この魔女に魅入られる事が意味する事実に。
…物語の歯車が狂い始める。
魔女は事の善悪を知らない。
彼女の微笑は善なる者、悪なる者、その双方へ平等に降り注ぐ。
この日紅煉は――"神隠し"に遭った。
◆ ◆ ◆
【文京区/一日目・正午】
【ピーター・パーカー@スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム】
[運命力]通常
[状態]疲労(中)
[令呪]残り三画
[装備]スパイダーマンのスーツ、ウェブシューター
[道具]無し
[所持金]生活に困らない程度
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争での被害を極力減らす。聖杯を悪用させない
1.生き残っている使い魔達(黒炎)を掃討する
2.黒い獣と氷炎の怪人、東京上空で衝突していた竜のサーヴァント、二つの市を吹き飛ばしたサーヴァントを警戒
[備考]
なし
【レイ@遊☆戯☆王 OCG STORIES 閃刀姫編】
[状態]疲労(小)、全身にダメージ(小)
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争での被害を極力減らす。聖杯を悪用させない
1.…今は追えない。でも、次こそは。
2.黒い獣と氷炎の怪人、東京上空で衝突していた竜のサーヴァント、二つの市を吹き飛ばしたサーヴァントを警戒
[備考]
なし
【宇沢レイサ@ブルーアーカイブ】
[運命力]通常
[状態]疲労(大)、精神的ダメージ(何とか持ち直しつつある)
[令呪]残り三画
[装備]ショットガン(DP-12)
[道具]無し
[所持金]生活に困らない程度
[思考・状況]
基本行動方針:キヴォトスに帰りたい。無用な犠牲は善としない
1.それでも、前を向いていたい。
2.黒い獣と氷炎の怪人、東京上空で衝突していた竜のサーヴァント、二つの市を吹き飛ばしたサーヴァントを警戒
[備考]
なし
【バーソロミュー・くま@ONE PIECE】
[状態]全身にダメージ(中)、全身に裂傷
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:レイサを助ける
0.偉いぞ、レイサ。
1.ピーター達と合流する
2.黒い獣と氷炎の怪人、東京上空で衝突していた竜のサーヴァント、二つの市を吹き飛ばしたサーヴァントを警戒
3.黒い獣のセイバー(紅煉)は何処へ消えた…?
[備考]
なし
【フレイザード@ドラゴンクエスト ダイの大冒険】
[運命力]通常、黒炎に乗って飛行中
[状態]疲労(小)、苛立ち、紅煉への念話不通
[令呪]残り三画
[装備]無し
[道具]無し
[所持金]無し
[思考・状況]
基本行動方針:皆殺しにして聖杯を得る
0.あの野郎(紅煉)、一体どうなりやがったんだ?
1.己が力の本質を掴む為に経験値を得る
2.紅煉に釣られて出てきたマヌケを狩る、つもりだったが…
[備考]
※新型黒炎の殆どはレイ達と戦っていた地点へ放ったままです。
※紅煉が十叶詠子と接触しました。その影響で彼への感知と念話が通じていません。どの程度永続するかは不明です
【???/一日目・正午】
【十叶詠子@missing】
[運命力]通常
[状態]体内に微量の<侵略者>が侵入、キチキギスと一緒
[令呪]残り3画
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:???
0."悪いオオカミ"さんを"白いけもの"の所へ。
1."黄昏の葬者"君は面白いね。応援したいな。
2."煙る鏡"さんには嫌われちゃったかな。
3.迷子に手を差し伸べてあげた訳だけど。…また怒られちゃうかなぁ。
[備考]
※結城理に協力を頼まれています。
※アヴェンジャー(白面の者)の尾の一本である『キチキギス』と同行しています。
白面及び彼の葬者に対してどれだけの知識を持っているかは不明です。
キチキギスとの遭遇の経緯等も後の書き手にお任せします
【セイバー(紅煉)@うしおととら】
【状態]疲労(大)、全身にダメージ(極大)、妖力枯渇、高揚、フレイザードとの念話不通
[装備]破妖霊刀
[道具]無し
[所持金]無し
[思考・状況]
基本行動方針:皆殺しにして聖杯を得る
1.白面の者を捜す、いや会う
2.…この女、一体何者だ?
[備考]
※十叶詠子と接触しました。その影響でフレイザードへの念話が通じていません。どの程度永続するかは不明です
投下終了です
ドクター・バイル&アーチャー(クリア・ノート)、アーチャー(冬のルクノカ)、天堂弓彦&ランサー(メリュジーヌ)予約します
誤字などがあったため、ルビの適用などを含め、拙作及びドラコーのプロフィールを加筆修正しました。
内容に変更はありません。
投下します
今まで、自分の体型について何か思った事はないのだが。
こういう時には役立つものなのかと、小鳥遊ホシノは思った。
死後の世界での防犯意識の程度など知るはずもなく。けれどすれ違う大人はみな丸腰で、警官の腰に提げているのは小さな口径の拳銃と警棒のみ。
キヴォトスを歩くにはとても頼りない武装がデフォルトと知れば自然と分かる。
少なくともこの東京───そのモデルになった街は平和だ。人も物資も豊富で、活気に溢れている。
買い物帰りに通りすがりに銃を突きつけられるケースを想定していない。略奪・暴行が選択肢に登る確率がとても低いのだ。
それはいい事だと思う。素晴らしいのだろう。
現にホシノもその恩恵に預かっている身だ。
愛用のショットガンをキャリーバッグに詰め、盾もトートバッグの感覚で肩に下げていれば、誰かに見咎められる事はない。
銃刀法なる、ホシノからするとちょっと正気じゃない法律が敷かれていても、見た目学生の少女が銃器を所持してるとは露とも思われない。
頭上に浮かぶヘイローだけは如何ともしがたいので、そこは日差しの反射の生んだ幻と見間違ってくれるのを祈るしかないけれど。
疑われる時間を与えたくないので、せめてもの抵抗でやや足早に歩く。
交友も漫遊も絶っていたのは、身元の露呈と周辺被害を抑える為。
それを天秤にかけ、出来うる万全の装備を整えて外出したのは、外の変化に応えてのもの。
心境が一転するのを待たず、戦況は揺れ動く。形のない雲のように。
急がず、それでいて最短の経路で指定された場所へ赴く。
尾行や監視の気配もないのを確認し、後は横断歩道を渡るだけの距離になって。
「そいじゃお願いね、アサシン」
「おう」
最後の曲がり角、通行人の目から隠れられるタイミングでアサシンを実体化させる。
黒の衣装。赤いマフラー。アドラー帝国軍人に誂えられる軍服を脱ぎ捨てた普段着のゼファーの姿は、気配遮断スキルと併せて英霊の雰囲気を完璧に遮断していた。
「あー、気が乗らねえ……」
「いやいや、話を受けたのは君の方でしょー?」
「即刻あそこから逃げる方便に決まってるだろ。まさか受けるとは分かるわけねえじゃん……」
互いのサーヴァントを見せ合う。
一目で葬者だと判明する符丁の取り決めだ。
眠け眼をこする仕草をしながら、ホシノは扉をくぐって店内の様子を窺った。
全国展開されてるチェーン店のファミレスである。
不埒を働くクレーマー客を悪罵するウェイターも、窓ガラスに投げ飛ばして2階から叩き落とす強面のオーナーもいない。
開店間もない朝の平日は満員にはいかずとも、ビジネス目的や時間潰しにそれなりの客で賑わってる。
その中の一角……窓から離れ客が通過する事も少ない、即ち会話が聞かれにくい死角のテーブル席に、待ち合わせの相手は座っていた。
「ん、来た」
「お? おお、来たな。こっちだこっち」
山脈と盆地。
巨人と小人。
余りにも大きな筋肉を纏った漢と、人形を抱いた途轍もなく小さな童女。
雷に当たって染まったような黄金の髪を下ろした英霊を付き従えた、死を封じ込めたような重瞳を収めた葬者。
(うへ〜、ほんとにちっちゃい子だ。小学生くらいじゃない?)
(それアンタが言うの?)
高校3年生でありながら小柄な体格のホシノよりも更に小さい。なのにアサシンづてにホシノに体面するよう要求してきた豪胆さ。騙し討ちもせず先に席に着いて待つ律儀さ。
据わっている。肝が、尋常じゃなく。見た目通りの年齢とは思えない。
硝煙と火薬の残り香は嗅ぎ分けられない。ホシノとは随分毛色が違うのだろうが、同じ場所に立っていると直感した。
血を見た先の、戦う者の立場に。
「注文はまだ頼んでないけど、何か食べる?」
「ありがとね〜」
着席を促す幼女からメニューを受けとる。実質これで面談の合意が成された事になる。
身元を明かす行為は、相手からの信頼と欺瞞のどちらかが手に入る。
手札を切ったからには、もう後戻りは出来ない。
逃げずに進んだ以上、元はちゃんと取れればいいがと、頭で思索しながらメニュー欄を開いた。
◆
「まず、前提から確認をしたい。そこを詰めないと話が進まないから」
簡易な自己紹介を済ませて、寶月夜宵は切り出した。
自分の前に高々と置かれたチョコレートジャンボパフェの器を挟んで、ホシノを見る。
「私達は今まで一度も会った事のないけど、共通の人物を相手に情報のやり取りをしていた。
サーヴァント共々諜報に長けていた情報屋。物資や情報と引き換えに、冥界周りやこの街を色々探り回ってもらっていた。
でも一昨日からそいつとの連絡が途絶えた。まだ依頼してた案件もあるし足取りを調べていたところ、同じ伝手を使っていたあなた達が鉢合わせした。
この認識で合ってる?」
「うん。おじさんもアサシンからそう聞いてるよ〜」
接点の一切なかった葬者が会合の場を組む事になったのには当然ながら種がある。
冥界内の東京を調査するにあたって、何より求められるのは人手だ。
死亡生存の区別なく強制拉致の葬者に土地勘はない。元から東京という街に住んでいた人間でも、外の環境の激変には対応できない。
ゼロから全ての情報を集めるには、コストも時間もかかりすぎる。
命を獲り合う対戦相手とも直に交渉し、人脈のネットワークを形成するのが、未知の地での精確な情報の獲得に繋がる。
2人が利用していた情報屋も、そうした経路の構築を重視する葬者であった。
都市でのロールは学生で、特に夜宵は年齢から行動には制限が付きまとう。
ゼファーも諜報はむしろ慣れた分野だが、本領はそこからの対象地点への潜入と暗殺にある。本人の性質や負担とは無関係に。
そうした事情で横の繋がりを作っておいたところで突然相手が消息を絶ち、同じ理由で痕跡を辿っていた両名が鉢合わせしたのは必然だった。
突然の接敵に応戦の魔力を練り出すゼファーに、待ったをかけたのが夜宵であった。
即座に交戦の意思がないのを告げ、素性と目的を開示。毒気を抜かれたゼファーも最低限の身元を明かし、すると情報のすり合わせと交換の会合を求めてられた。
落伍者を自認するゼファーだが、戦う気がない者を、況してや幼子に躊躇なく牙を剥くまで堕ちてはいない。
とりあえずマスターに話を通すと方便だけ繕いその場を後にしてホシノへ報告をすると、意外にも食いつき相手と会うと言ったのが、朝方のことだ。
昼行灯を装った、いつもの態度と違った積極性。
こうなる切欠に思い当たる節はある。ホシノとてこのまま安穏と惰性で生還できるわけではないと理解しているのだろう。
だからこそ降って湧いた他主従との交流は、切り替えにはもってこいの案件なのだ。
葬者に積極性が生まれたのは、果たしてゼファーに吉と出るのか凶と出るのか。
「会っていた方に聞くけど、そいつに対してどう感じたとかはある?」
夜宵の質問にホシノの目線が隣に移る。
ゼファーの席に置かれたのはコーヒーだ。流石に酒を呑む空気ではないだろうと彼なりに場を読んでいた。
「どうって、見たまんまだったろ。
臆病、小心者、クズ。痛いのは嫌だけど成果だけは欲しい。痛いところがないから自分が他の連中を上手に食い物にしてると大物ぶってるが、一発冷水を浴びればすぐ素面に戻る。典型的な三下だよ」
「うん、私の所感と一致する。やっぱり人違いってわけじゃなさそう」
散々な言い草に夜宵は擁護せずむしろ追い打ちをかける。
だいそれた反抗も悪事も犯せない小心さと、その諜報力と情報網は確かなものだったからこそ自由を許していたのだから。
「私はもう少し深い情報を握ってる。そいつは〈双亡亭〉の調査をしていた。それが最後の依頼になる」
「うわ、なんでよりにもよってそこ突っ込ませるんだよ。あんな分かりやすく厄いネタねぇだろ」
始めの時から面倒臭そうに事務作業で通していたゼファーの目だが、出てきた名を聞いてより露骨に不機嫌で歪んだ。
都心で探索・調査を進めた人物であれば、必ずその名に行き当たる。
双亡亭。ただの一度も侵入者を帰らせていない幽霊屋敷。詳細不明でありながら、葬者の未帰還を以て脅威の程を知らしめる禁忌の砦。
外で派手な被害は出してないが、その沈黙が不気味さをより強調したまま静観している。
注目の的にはならないが、目を離してはいられない。知りたくもないのに視線が追ってしまう。
禁忌とされながら興味を唆られ、やはり禁忌であるが故近づくのを忌避する。そんな恐怖を煽る独自の存在感を放つ土地なのだ。
「危険は承知。そもそもこの聖杯戦争に確実な安全手なんかない。どんな手を取ろうとリスクだらけ。
深追いしないよう、最新の注意を払ってと伝えたけど……」
「気ィ落とすなよ大将。こいつはアンタが背負う責任じゃねえ。予想よりも奴らの手は長く遠く伸びた、ようは向こうが上手だったって事さ」
サングラスに金髪の大男が夜宵に慰めの言葉をかける。
厳しい面持ちのバーサーカーの言動と雰囲気は終始明るく朗らかで、子供のような愛嬌があった。
頼んだ飲料も金色に光るアップルジュースも、筋骨隆々の快男児には似つかわしくないようで、不思議と相性が良い気がしてくる。
「痛えのも辛いのもオレっちに預けな。助けが要るんなら遠慮なく呼べばいい。
今回招集かけたのも、その為だろ?」
「んー……、つまりそのそーぼーてい? を何とかするのに協力して欲しいってことなのかな?」
オレンジジュースの入るコップを置いてホシノが問う。
変に賢しらに見せず空気を重苦しくしないチョイスだったが、まだ喉には一滴も通っていなかった。
「前置きを抜きにするとそういう事になる。話が早くて助かる」
「まーそういう流れだったからね〜。アサシンなんかすっごい嫌そうな顔してたしさ〜。
でもそれっておじさん達にする話なのかな? まだここで会ってお話したばかりなのにさ」
「それは分かってる。あくまであの屋敷の攻略は私の基本方針。これは話をした葬者全員に最初に話してること」
「……そんなに危ないの、そこ?」
「個人的な興味もあるけど……あそこそのものより、今の状況が良くない。
他に分かりやすい敵がいるせいで、みんなあそこへの対処を優先していない」
「ん〜……幽霊屋敷よりおっかないのがウヨウヨしてるっていうし、そりゃそうじゃない? おじさんだってそう思うよ」
頑なまでに双亡亭への執心を見せる夜宵。
僅かに不審なものを感じるホシノだが、いったい何をそこまで憂慮するのか。
脅威度・損害度を測るならば克明に爪痕を残す敵に注意を向けるべきではないか。
出不精のホシノでも主だった敵や街の近況はゼファーから聞き及んでいる。ベッドで丸まりながらの傾聴でも内容そのものは逐一記憶に入れていた。
上空での『龍』の衝突。冥界化とは異なる唐突な地区の消滅。その他大小さまざまな異変。
身近に目に見える形で、いつ頭上から降ってくるやもしれない破滅に備えるのが道理だし、常道だろうに。
「私のサーヴァントは空を飛べない」
「……あー」
最短の、はっきりとした理由だった。
それだけにホシノもゼファーも何も言えない。夜宵の隣のバーサーカーがバツが悪そうに目線を横にした。
「対処のしようがない以上、気を揉んでいても仕方ない。私は私に出来る事を優先する。
目先で起こる戦いは疎かに出来ないけど、それにかまけて放置していたらそれこそ大事になりかねない。これを見て」
鞄から出し開いたのは、関東周辺を記した地図だ。
東京都の外枠と23区以外の地区には赤線が引かれている。各地区には日付けも書いてあり、冥界の進行度を表しているのが分かる。
「23区をここまで残してきた傾向からして、今後は外周部分から冥界に飲まれていく可能性が高い。
で……双亡亭がある場所はここ」
指さしたのはほぼ区の中心に位置する豊島区だ。
読みが正しい場合、豊島区が冥界化するのは戦争の終盤、葬者が五本指で数えられるまで残留する事になる。
「うへえ、幽霊屋敷なのに好物件なんだね」
「そう。そしてあれはただの英霊の敷いた陣地や宝具とは違う。もっとヤバい気配がする。
戦況が推移してからじゃ間に合わなくなるかもしれない。別の戦いに巻き込まれて消耗もするだろうし、攻めるのは今すぐじゃなくても概要ぐらい決めておきたい」
スプーンでパフェを掬い、はむ、と口に含む。ご満悦顔になる。なるほど、味覚は見た目相応らしい。
「竜退治は出来る奴に任せる。それ以外のメンツを<双亡亭>に結集させて叩く。これが理想のプラン」
竜については空中戦が可能か否かの明確なハードルが設けられている。
自分の手札にそれはないのだから、1から対策を練るよりは、餅は餅屋とばかりに他に丸投げすればいい。
合理ではある。ただそれにしても恐るべき損切りの早さだ。大雑把と紙一重の博打にも近い。
いったいこの齢でどれだけ修羅場を掻い潜れば、こんな剛直な精神の小学生が生まれるのだろうか。
「そう自分の都合よく動くもんかねえ?」
「だからこうして色んな陣営と顔合わせをしている。
それに竜については戦いになっていた。つまり対抗勢力は存在するってことになる。渡りをつけていくのは無駄にならない。
お互い邪魔をせず、あるいは協調していけば、それぞれの標的を倒しやすくなる。これぞウィンウィン」
ピースサインを作った両指をくっつけてポーズを取る。
心なしドヤ顔で胸を張る、微笑ましくもある絵でも、ゼファーは冷えた口調で突き放すように詰問を続けた。
「それが都合よく考えてるって言ってるんだよ、俺は。
そっちが賢く立ち回ってるのは理解したよ。場数も踏んでて、確かに戦上手だと思う。同じ考えの奴なら合わせてくれるかもな。
でもそいつは砂の城だ。綺麗に丁寧に作られても、砂は砂でしかない。漣が迫って来ただけで脆い泥になって溶けて消えて無くなっちまう」
「……アサシン?」
違和感。
言いようのない齟齬にホシノの肌が擦れた。
隣に座っていた人がコートの下でナイフを弄んでいたのを見てしまったような。
身近にある日用品が、唐突に人を殺傷する凶器の機能を持つのを悟ってしまった、そんな違和感。
「訳も分からずあの世に送り込まれて、無理やり武器を握らされて、たった1人以外は生き残れませんって言うだけ言って後は知らねえと放置する。
そんな場所でいつまでも律儀にルール通り戦います……なんて行儀よくしてる奴らばっかなわけがない。
葬者も死霊も好き放題に殺して回るのが好きでたまらない殺人狂。死にたくないの一心で精神が砕けて狂い哭く一般人。
素晴らしい理想、多くが幸福になれる世界とやらの為に少数に死ねと嘯く英雄。
戦争、殺し合いには、いつだってそんな不純物が紛を込む。いや、そういう不純物が歯車を回すのが戦争なんだ」
懇々と説く戦いの理屈。
人は正解だと分かっていても、違う選択をする。理屈で感情感性を制御できるとは限らない。
その人の内面を占める環境は、必ず成功する正しい答えを容易く薙ぎ倒して間違わせてしまう。
夜遊びか仕事にしか俊敏に動かず、酒に潰れて寝転がりてえと日々愚痴る、言ってしまえば駄目な大人の見本市だった男の横顔は、ホシノも見た憶えがない色を帯びていた。
いうなれば闇の色。
怒りの鮮烈さはなく、憎しみの激動もない。
空の彼方。海の底。波も淀みも死に絶えた、不変不動の無明の地。
生命が住む余地のない、冥府から漏れた暗黒の色彩だ。
「自分の考えなんか聞きもしない、聞いても受け入れられない、受け入れたいのに耐えられない……。
異分子(イレギュラー)だらけの砂が混じった城は、出来上がっても隙間だらけの欠陥品。崩落は避けられない。
そんな"理"で動かない葬者(てき)に会ったら、君はどうする。どんな末路を辿るんだ?」
目を据えて夜宵を見るゼファー。やはりそこに夜宵への敵意は込められていない。
ただの疑問かもしれず、懇願にも聞こえ、哀切であるかのようだ。
犠牲を成果で洗い流せると信じ切ってる、そんな不屈の英雄みたいな狂奔(もの)を持たないでくれと。
体温を奪い尽くす冷たい眼光に射抜かれて、夜宵は視線を瞬きせず応じる。
ホシノさえ息を呑む重圧を、小さな身体を晒し受け止めている。
「……言いたい事は分かる。願いがない者、戦う意思のない者について無理強いする気はない」
「どうせ最後には全員殺すのにか?」
「選択肢は常に残す。脱出の手段があるならそれに越した事はない。協力は約束する。
万事尽くして、それでも抜け道が見つからないのなら───全員に覚悟を決めてもらうしかない」
「納得すると思うか? それで。残された敗者(いけにえ)達が。
どんだけ正々堂々でも……堂々だからこそ、戦いは順当に強くて殺し慣れた奴しか勝てない作りになる。分かりきった死を引き伸ばしにした末突きつけるなんて、処刑台の列に並ばせるのと変わりない」
「恨みも怒りも受けて立つ。化けて祟りに来ても逃げも隠れもしない。だからといって殺されてやるつもりもない。
私には成さねばならない事がある。倫理や正義がそれを阻むから既に捨てた。必要なら悪にも鬼にもなってみせる。
……そのぐらいの気概がなければ、目的なんて達成できない」
「───────そうか」
夜宵が言い終えたのを聞いて、ゼファーは瞑目して背を椅子に預けた。
脱力していても緊張の糸は張り詰めたままでいる。たち消えない異界の空気がホシノの胃を刺激する。
殺意が解かれる気配はない。幾度か目にした滅びの魔光は種火ほどの明度もない。
流石に幾ら何でもそんな軽率ではない───そう弁えていても、"もしかして"と危惧してしまうほど、ここには死の匂いが立ち込めている。
隣で見ているだけのホシノに彼の内面は測れない。
何を求めての問いかけなのか。返答が逆鱗に触れたなら、どうするつもりなのか。
夢という曖昧な情景のみで、見透かした理解者になれはしないのだから。
図らずとも一触即発の雰囲気になってしまっているのは、少なくとも本意ではない。
いつものおどけた態度で和ませようと思ってるのに、喉が乾きで張り付いて声が出ない。
まるで砂漠に取り残された遭難者の気分───思い出しかけた記録を蓋で閉じる。それは今省みるものじゃない。
指に触れたグラスの感触。そういえばまだ何も飲んでいないなと今さら気づき、乾きを潤そうと持ち上げようとしたところで。
『ご注文のお料理を持ってきましたニャー!』
電子音声の猫なで声と共に脇に止まる配膳ロボット。
剣呑さを感じ取りもしない闖入者に皆一様に沈黙してる中、バーサーカーが乗せられたグラスを受け取りに立ち上がった。
「おう、ありがとさん。へへっ料理を運んでくれる猫たあ随分ゴールデンじゃねえの」
『なでなでしてほしいニャー!』
……どうやらいつのまにかタブレットで追加の注文をしていたらしい。
巨体に見合わずさり気ない気遣いを見せるものだ。それともそれだけ2人の会話に意識を割かれていた故か。
「ヒートアップしすぎだぜおふたりさん。ちょいとクールダウンしとこうや。ほら大将も、ココア飲んでけって」
「……ん」
渡されたココアをぐいと呷って一息つくのを見て、ホシノも切り替えるべくオレンジジュースに口をつけた。
柑橘類の酸味を抑えて飲みやすくした甘さに、凝固していた体の節々が潤ってく。
続くようにゼファー、バーサーカーもグラスを掲げ、そうやって念の差し合いに凍えた心身が自然と温められていった。
「アンタ、いい奴なんだな」
「んあ?」
告げられた意味を解し切れず、ゼファーがカップを取り落としかけた。
「怒ってんだろ、アンタ。自分の葬者じゃなくて、オレのマスターの為に」
対するバーサーカーは真顔で、空になったジョッキをテーブルに置きサングラス越しにゼファーを見る。
「こんな子にこんな台詞言わせなきゃならねえこの冥界(せかい)が気に入らねえ───って思ってるんじゃねえのか?」
それは夜宵にぶつけていた刺々しさとは相反する、喜びと称賛に満ちていた。
「そうだよな……。オレは、英雄は、どうしても違っちまう時があるんだ。
民の為、国の為なんて大仰なコト言わず……見知った奴を守りてえってだけの些細な願いでも、何でか見失っちまう。より大きなもの……より善いものの為に……ってな」
ゼファー以上に、ホシノはバーサーカーの成り立ちを知らない。
気が優しくて力持ちの代名詞にもなりそうな、見るからに明朗快活な好漢。
そんな眩い功績で彩られた英雄にも、後ろ暗く誇れない記憶を抱えているのだろうか。
「捨てちゃいけねえもんもあるんだよ。どんなに大事な使命があってもよ。
他人にとっちゃどんだけちっぽけでも、好いた奴と過ごす何でもねえ毎日を想うのは、捨てちゃならねえんだ。
多分だけどよ、そういうものの為に頑張れる英雄なんだろ、アンタは」
自然体に、あるがままに。近くにいる人から不安を取り除き、明るくさせてくれる。
能力の高さだけではなく、確かな実績から培われる光の輝き、照らす強さ……そういう生粋の英雄性の持ち主なのだろう。
血生臭い殺人者と自嘲するゼファーに彼は同調し、理解を示した。
英霊の輝きが生む影、凛然なる英雄譚の下に積み上げられる顔の見えない誰かに目を背けてはならないと。
「ああ、いいな。気に入ったぜ。そいつは凄えゴールデンだ。
大将、オレはいいと思うぜ。胸糞悪い儀式をブッ壊す───こいつらとならそういうゴールデンな事が出来そうな気がするぜ」
「逸らないで、バーサーカー。決めるのはあっちの方。
……今言ったのを撤回はしないけど、別に脅しつける意図はなかった。そこは謝罪する」
「あー……いいってそういうの。らしくもねえ説教垂れちまった。悪かった。」
……ていうかなんか俺……今めっちゃダサいことになってねえ?」
「うへへ、そうだね。傍から見たら女の子にガン飛ばしてるおじさんだもんねえ」
「言うな指摘するな聞きたくねぇーっオッサン呼ばわりは特に! 俺これでも全盛期なんですけど? いやそんなんあっても嬉しくねえわやっぱ!」
おああああ、と顔を手で覆い項垂れる。本人はたまったものではないだろうが、見慣れた格好悪い姿に戻ってくれて安堵が勝る。
蟠りが解けてくれたところで、これだけは確かめておきたくてホシノも夜宵に質問した。
「おじさんからもいいかな。夜宵ちゃんはさ、どうしてそんなに戦おうとするの?」
見た目通りの年の瀬。
神秘と反発する恐怖。
刹那に走らず、迷わず邁進し続けていられる、聖杯を欲する目的は何なのか。
「……ママの魂を取り戻して、パパの墓と一緒にいさせたい。私の目的でいえばそれだけ。
連れ去った奴は、どこにいるとも知れない強大な霊。常道の通じない外道の徒。
きっと私以外気づかないし、誰も救わない。私がやらないといけない。魑魅魍魎の腹を暴き、神も悪魔も諸共首を晒してでも」
「……」
自分は交渉全般が上手くないのは分かってた。
対等な接し方が分からない。大人との付き合い方が分からない。
独りで戦う勝ち方ばかり鍛えられて、それ以外はとんとおざなりのまま成長した。
後輩のいる学校を、彼女の愛した自治区を守りたい一新で必死に立ち回っても、風向きが変われば簡単に丸め込まれてしまう。
冥界の脱出と息巻いておきながら何もしてこなかったのもつまるところ、他人への不信より勝る自信の欠如に端を発していた。
そこに降って湧いたのがゼファーからの報告だった。
小さな女の子の葬者が、会合を求めている。
自分でも驚くくらい足が軽くなった。キヴォトスの生徒でないにしても、大人でなければ肩肘張らずに話せるのではないかと。
結果はこれだ。自分よりずっと幼いのに目的を定め、遥か先を見ている行動力の化身に、考えの甘さを突きつけられた。
そこまで突き進む理由、戦う源泉も、今理解した。
ああ、そうか。
彼女はもう、とっくの昔に過去(うしろ)を振り返っていたのだ。
自ら冥界に降り、妻を取り戻すオルフェウスになろうと、伝説に挑んでいる最中なのだ。
生き返らせるのではなく霊を墓前に連れていくのだから厳密には違うとしても、生命が普遍的に恐れるべき難行なのは共通している。
ホシノに願いはない。生きて還るだけが望みだ。
悩みで言えば色々あるし、コロッと解決してくれないかなと思いもするが……最近は何とかなりそうってぐらいには持ち直し始めていた。
小さな掌には、溢れないだけの大切なものが残ってる。それで満足とすべきだ。
そして基本的なスタンスの差異は、どれだけ協調し合えても立ち入れない溝が出来てしまうものだ。
「色々話してくれたけど……ごめんね。すぐに答えは出せそうにないや」
すぐに敵対する関係にはならない。
性格についても個人的に好ましく思う。共通の障害が現れれば協力もきっと叶う。
だとしても、ここで安易に首肯するのは何だかひどく気が咎めた。
譲れぬ信念でなんとしても勝ち残ると名言する相手に、ふわふわとした足取りのままでついていくのは失礼だし、迷惑をかけるだけだ。
ホシノはまだ振り切れていない。後ろを振り返りはしないと思いながら、前だけを見て進んでもいない。
せめてこの迷いだけでも整理をつけておかないと、致命的な踏み外しをしかねないから。
「もちろん構わない。急かす気もないし、返事はいつでも待ってるからここにちょうだい」
保留の返答にも特に残念がりもせず、すぐさま携帯番号を書いたメモを手渡す。こうした場面は何度もあったのだろう。
もらった番号を自分の端末に打ってワンコール切り。これで夜宵の方にもホシノの番号が届いた。
「いやあおじさん緊張しいだからさ〜。こんなにお話したら考えがまとまらないんだよねえ……アサシンもそれでいい?」
「雇用主はあんただ。雇われは雇われらしく従うさ」
そうして、銀の運命は黄金と交差した。
一瞬、刹那、袖が触れ合うだけの微かな縁。
冥王の牙と雷神の鉞は共に冥府に振り下ろす断界の剣と成り得るか。我が身を裂く逆刃と反転するのか。
勝者に至る葬送の音は、未だ訪れず。
【世田谷区・ファミレス/1日目・午前】
【小鳥遊ホシノ@ブルーアーカイブ】
[運命力]通常
[状態]健康
[令呪]残り3画
[装備]「Eye of Horus」(バッグに偽装)、盾(バッグに偽装)
[道具]
[所持金]学生相応
[思考・状況]
基本行動方針:生還優先。物騒なのはほどほどに。
1.同盟は……もう少し待ってほしい。
2.殺し合わず生還する方法を探す。
3.夜宵ちゃんはかっこいいねえ。
4.後ろを振り返るつもりはない。けど……
[備考]
※夜宵と連絡先を交換しました。
【アサシン(ゼファー・コールレイン)@シルヴァリオヴェンデッタ】
[状態]通常
[装備]ナイフ
[道具]
[所持金]諜報活動に支障ない程度(放蕩で散財気味)
[思考・状況]
基本行動方針:ホシノの方針に従う。
1.同盟ねえ……。
2.なにあのロリっ子怖い。あの英雄ほどイカれてないようなのは安心。
[備考]
※情報屋の葬者(脱落済み)と情報のやり取りをしていました。夜宵が交流してたのと同じ相手です。
【寶月夜宵@ダークギャザリング】
[運命力]通常
[状態]健康
[令呪]残り3画
[装備]過渡期の御霊、Sトンネルの霊の髪、鬼子母神の指、マルバスの指輪
[道具]東京都の地図(冥界化の版図を記載)
[所持金]小学生相応
[思考・状況]
基本行動方針:まずは双亡亭攻略。
1.双亡亭ぶっ壊し作戦、継続中。協力相手求む。
2.脱出の手段があるなら探っていく。
3.夜宵の連絡を待つ。アサシン(ゼファー)はおっかなかった。
[備考]
※情報屋の葬者(脱落済み)と情報のやり取りをしていました。ゼファーが交流してたのと同じ相手です。
※ホシノと連絡先を交換しました。
【バーサーカー(坂田金時)@Fate/grand order】
[状態]健康
[装備]黄金喰い
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:夜宵を護り戦う。
1.夜宵に付き添う。
2.ゴールデンだぜ、アサシン。
[備考]
投下を終了します
先生&ザ・ヒーロー、夏油傑&キャスター(リリィ)禪院甚爾、スグリを予約します。
オルフェ・ラム・タオ&セイバー(アルトリア・ペンドラゴン[オルタ])
プロスペラ・マーキュリー&アサシン(ジャック・ザ・リッパー) 予約します
投下します
竜の鱗が小さく震えた。
それは人間(ミニア)で言う所の、鳥肌、寒疣と呼ばれる生体反応に等しかったと言える。
自身の心身に正負問わず甚大な影響を齎す衝撃を察知して肌が粟立つ現象。
彼女の身に起きたのは何処まで行ってもそんななんて事のない現象でしかない。
彼女が彼女でさえ無ければ。
竜は竜でも、それが荒涼の主でさえ無ければ。
白く、白き、万物にとっての死。
冬のルクノカでさえ無ければそれは、只のありふれた現象の域を出なかっただろう。
ルクノカが停止する。
一瞬、自分の身に起こった事が理解出来なかったからだ。
ルクノカが動き出す。
自分の身に起きた事を理解したからだ。
その口角は麗らかに吊り上がっていた。
精緻な神像よりも尚美しいと評される最強の古竜が、笑っていた。
白きモノの視線が小さな人影を認める。
特徴は人間。
二本の腕を持ち、二本の足で地を踏み締め自立している。
色彩は白。
肌、頭髪、全てが白い。
体格は華奢。
ルクノカなら撫でただけでも五体を纏めて捻じ切れる程にか細い、竜の前へ立つには余りにか細い体をしていた。
これまで幾度となく、数多の勇士が立ち上がってはルクノカへ挑み、そして失望させて来た。
生物として遥かの高みにあるからこそ、彼女は楽しむ努力をしなければ高揚の一つも覚えられない。
六合上覧の第二試合にて。
彼女の前へ立ちはだかった欲深な鳥竜(ワイバーン)でさえルクノカをそうさせるには命を懸ける必要があった。
だというのに今。
冬のルクノカは命は愚か戦いの始まりにさえ辿り着いていないというのに、既に心臓の高鳴りを自覚していた。
「――やあ」
素晴らしい。
掛け値なしにルクノカはそう思う。
それだけの価値が目前の彼にはあった。
少年とも青年とも付かない、そもそも老若の観念を当て嵌める事自体がズレていると感じさせるもう一つの"白き滅び"。
ルクノカはそれに既視感を覚えていた。
これを自分は見た事がある。
ルクノカの息(ブレス)は命無き無機にさえ死を馳走する。
究極の低温の前に、あらゆる物質はその尊厳を保てない。
極限の冷却による変容と喪失の果てに生まれる暗く深い孔――
冬のルクノカは今、もう一つの白に対してそんなイメージを見ていた。
「――フ」
気付けば声が漏れる。
おお、これが聖杯戦争。
六合上覧さえ及びも付かぬ強者猛者が集う地獄の蠱毒。
嗚呼、何と、何と…
「――ウッフフフフ!」
素晴らしいのだろうと感極まるなり、ルクノカは全ての貞淑に別れを告げ真の顔を曝け出した。
これ即ち戦闘狂、戦狂いの修羅なり。
同時に横溢する"冬"の魔力。
最強は最強故に隠れず恥じず、繕わぬ。
我は此処に居るぞとその全存在を以って世界に断言する。
底のない空虚と、頂を知らない渇望。
相反する二つが真昼の街にて対峙を果たす。
「あぁ、なんて嬉しい! わざわざ会いに来て下さったのね、この私に。遠路遥々ご苦労でした。礼はたんと弾みましょう!」
「否定はしないよ。如何せん、竜族とは因縁がある身でね…小手調べには丁度いいと思って来たんだけど」
冬のルクノカの高揚という遍く生命にとっての最大の危機と相対して。
その上で表情一つ揺るがさず、即座に返せる器がこの冥界に一体どれ程存在しよう。
彼とルクノカは生命の否定たる白という点で共通している。
冬(サイレント)か、消滅(クリア)か。
違うのはそれだけ。振るう死の形だけだ。
「思ったよりも出来るようだ。アシュロンが可愛く見える竜がまさかこの世に居るとはね」
そんな存在をしても、ルクノカにはこの評価が出る。
竜族の神童と呼ばれたある魔物を彼は知っていたが。
それもこの白き古竜の前では聊か以上に見劣りすると言わざるを得ない。
王を定む戦いへ参じた百人の魔物の子の一人にして。
魔界を、魔物を終わらせるべく産み落とされた或る世界の終末装置たる彼をしてもルクノカに対する評価は"怪物"以外になかった。
だが――ならば。
であるのならば。
冬のルクノカの強さ恐ろしさを正しく把握していながら表情一つ変えない彼は一体如何なる存在であるというのか。
「その高揚に応えよう、ご婦人。これより僕の冬を馳走する」
「…まあ。まあ、まあ――」
これは愛を知らぬモノ。
これは絆を知らぬモノ。
その意味を解せない、そういう機能を持たない生物。
魔物とも人間とも、ともすれば怪物とさえ構造の根幹から異なるナニカ。
まさしくその存在は『魔王』の如く。
空寒い微笑みと共に告げられた言葉へルクノカは震える。
恐怖ではない。
あくまで竜は高揚していた。
冬を馳走すると言ったか。
この私に――このルクノカに。
よりにもよって冬を、白き死を告げると言ったか!
「――えぇ、是非に! あなたの冬を見せて頂戴な、名も知らぬあなた…!」
斯くして戦端は満を持してその幕を開ける。
挑むは死。受けて立つも死。
冬と冬。滅びと滅び。
冬のルクノカ、対、クリア・ノート。
◆ ◆ ◆
第一に振るわれたのは爪の横薙ぎだった。
高度に結晶化した竜爪はシンプルに物質として最強を誇る。
触れれば英霊の肌であれ裂け、五体が引き千切れる。
妻子を捨ててルクノカの前へ立った者が居た。
冬のルクノカを、最強の竜を討った栄誉に狂った男だった。
削げる全てを削ぎ落とし、生涯全てを竜殺しの為に費やした彼は然し。
ルクノカが振るった爪の一撃を前に何も出来ぬまま肉片となって凍土に消えた。
誰かの生涯を容易く無に帰せる竜の一撃。
それを前にクリアは不動。
無知ではなく、事実として脅威でないから動かない。
『――ランズ・ラディス』
この世の何処かで声が響く。
この場には居ない何者かの声だ。
声質は老人。
偏屈と偏執が声音にさえ滲み出ている。
ルクノカには聞こえぬ声だが、然し此処ではない何処かで響いたその声を皮切りに異常は発現した。
クリアの右腕に、一振りの槍が出現する。
その穂先とルクノカの竜爪が激突した。
途端に生じる強烈なる衝撃波。
人工の大地が捲れ上がり、建物が拉げて吹き飛ぶ。
冗談のような破壊の中で然し彼らだけがそれに頓着していなかった。
「まあ」
ルクノカは感じ取っていた。
自身の爪が、山を抉り空を咲く古竜の爪が。
あの槍と接触した瞬間、明らかにその体積と密度を目減りさせたのを。
それもその筈。
クリア・ノートが振るう力とは消滅、あらゆる物質に寂しい死を齎す能力。
ルクノカだから、それを凝縮させた槍と打ち合ってもこの程度で済んだ。
だがそれでも、最強の竜が只の一瞬で肉体を構成する一部分を削り取られた事実は十分に瞠目に値しよう。
「驚いたね」
クリアも本心から驚いていた。
ランズ・ラディスを用いての激突。
如何に相手が対魔力を有した英霊であろうとも、体で触れれば忽ち霊基を削がれる消滅槍。
竜族の子に癒えぬ傷を穿った魔槍の一撃を、まさか事もあろうに生身で弾き返されるとは。
事実クリアはルクノカの膂力に吹き飛ばされ、瓦礫の山から立ち上がって復帰する必要があった。
「まさに滅茶苦茶だ。色んな魔物と戦って来たが、素の性能なら間違いなく君が一番だろう」
「ウッフフフ。なんて乾いた褒め言葉でしょう。でもそうまで評価してくれるからには、もっと期待してもいいのよね?」
ルクノカが笑っている。
期待を込めて、見下ろすように。
クリアの前に現れた全ての魔物が一様に浮かべた戦慄の表情。
それを、この白き竜は一瞬たりとも浮かべていなかった。
恐るべしは冥界。
魔界の終末装置たる白色にさえ、地の底のシバルバーは未知を与えて試すのか。
「そうだね」
だが未知を見ているのはルクノカも同じだった。
人間の少年のようにか細い手足が、自分と打ち合って尚砕けていない。
ルクノカの知るどれよりも色のない未知の詞術。
沸々と泡のように湧いて来る興奮が竜を高みへと押し上げる。
二つの白、死たる彼らの視線が再度交錯して。
次はクリアの方から切り出した。
『バ・ランズ・ラディス』
次の瞬間、ルクノカはその双翼で空を舞っていた。
それが必要だとルクノカがそう判断した。
そんな竜の即決が正解だった事を、竜の飛翔を追尾する衛星のような槍々が証明している。
彼と雌雄を決した後の魔界の王が見たならば驚いた事だろう。
何故なら"この時点の"彼がかつて振るった出力と数を、今のクリアは既に凌駕していた。
即ちそれは、現在彼という魔物を従えている葬者(パートナー)がヴィノー以上の器であるという事の証左に他ならない。
その規格外を最初に受け止めるのが冬のルクノカであった事は果たして幸運だったのか。
「上手い逃げだ。飛ぶ魔物の狩りを自分でやるのは久し振りだな」
『リア・ウルク』
クリアの肉体に力が横溢する。
肉体強化というシンプルな呪文も彼が振るえば死を運ぶ鎌だ。
地を一蹴りするだけでその痩身はルクノカと同じ高度へと到達。
二本の足で地を歩く下等種に彼女と同等の権利が付与される。
『ギール・ランズ・ラディス』
クリアの腕に再び握られる消滅槍。
然し今度のは明らかに先程のよりあらゆる要素で凶悪だった。
穂先にあしらわれた月刃は上位呪文である事の証。
即ち先のランズ・ラディス等、クリアにとっては真実小手調べの余技でしかなかったのだと物語る。
「格の違いを教えてあげよう。地を這う時間だ、ご婦人」
遂にクリアはルクノカの上を取る。
目障りに飛び回る槍のビットから逃げ回るしかない竜など、最強の魔物の前では多少気性の荒い野獣でしかない。
増上慢を誅するが如く、竜の神話を終わらせる一撃が逃げ場なき囚われの"冬"を墜とす――
「ああ、なんて見慣れた色彩でしょう。親近感すら覚えます、でも――」
"クリア・ノートという規格外を最初に受け止めるのが冬のルクノカであった事は果たして幸運だったのか"。
そうであると頷くのは簡単だが、この問題にはもう一つの回答選択肢が存在する。
確かに。
クリア・ノートを初戦で相手取り、その脅威を知らしめる存在がルクノカであった事は幸運かもしれない。
だが。
或いは。
「――これしきで私を墜とせると豪語するのなら、それは浅慮の早合点というもの。浅知恵ですよ、消滅のあなた」
冬のルクノカというそれ以上の脅威を前にして絶望するという不運が、その先に待ち受けているとしたら?
途端に幸運は不運へ、希望は絶望へと反転する。
無数の消滅槍に囲まれながら、月をあしらった滅槍に肉薄されたルクノカ。
この状況で尚笑うならば気が触れているのかと疑われよう。
それ程までの袋小路。
然しそう思ってしまう時点で月並み、超越種たるルクノカの思考とは聊かズレていると言わざるを得ない。
何故? 決まっている。
冬のルクノカはそもそも今、脅威など微塵も感じていないからだ。
「ウッフフフフフフフ!!」
麗しの雌竜が逃げ場なき檻の中で身を翻した。
尾と翼、胴体がバ・ランズ・ラディスの浮遊槍に接触する。
最適化に最適化を重ねた最上の鍛錬を積んだ魔物でさえ容易く吹き飛ばす消滅の爆槍(ミサイル)。
それがルクノカとの接触という衝撃に耐えられず片っ端から粉砕されていく。
無論、無茶の代償に消滅の力は彼女の体をその鱗越しに蝕んでいる筈なのだったが…
「ウッフフフフフフフ!!!」
高速駆動と同時に爆散の余波で自ら鱗を削ぎ落とす。
竜鱗の無敵性を支える柱の一つ、病毒の侵食に対する超高度の遮断性。
これを以ってルクノカはクリアの武器たる消滅を文字通り剥ぎ捨ててしまったのだ。
嬉々として、空を泳ぐようにしながら上級呪文をその身一つで撃滅し切るまで僅かに一秒半。
振り下ろされるギール・ランズ・ラディスの大槍を此処で漸くルクノカが見上げる。
膂力の介さないミサイル弾紛いの射撃ならば先の手段で撃滅可能。
然し消滅の本丸たるクリアが握る槍となれば話は別だ。
位置の高低はそのまま両者の有利不利を表している。
最強の魔物が殺意を込めて振り下ろす刺突は、冬の古竜と言えど受け止められない――
「――ウッフフフフフフフフ!!!!」
それが道理。
だが、冬のルクノカはあらゆる道理の外側に存在する。
ルクノカはあろうことか、この状況で上へと翔んだ。
飛んで火に入る夏の虫。
そんな諺を、冬を統べる竜が体現するとは何の冗談か。
微笑みながら上昇して来るルクノカに対しクリアが槍を止める理由はない。
ルクノカも此処で臆病風に吹かれるような惰弱ではないと彼の事を信頼していた。
――そのお陰でこうして、何の憂いもなく戦いを楽しめる。
「…!」
「素晴らしい槍ねぇ。詞術で生み出しているのでしょう?だったら次は、もっと強度に重きを置いて鍛える事を勧めます」
槍が止められていた。
今度は竜爪で真っ向比べ合った訳ではない。
さりとて逃げた訳でもない。
ルクノカはギール・ランズ・ラディスの柄を掴んでいたのだ。
当然其処にも消滅のエネルギーが宿っている。
竜爪が接触時間に比例してゴリゴリとその密度を減らしていくが、元より長く触れておくつもりもない。
いや、そもそも。
最上級でもない詞術の武装などが冬のルクノカの握力に長々持ち堪えられる訳がないのである。
槍が砕ける。
ルクノカは消えていない。
存在とその強さのいずれもを保ち、変わらぬ微笑でクリアを見上げている。
その竜体がまた雅に舞った。
クリアは咄嗟に下がろうとするが間に合わない。
肉体強化(リア・ウルク)を施し最速化した体でも、この間合いでは冬のルクノカから逃げられない…!
「――ぐッ…!」
回転する竜の尾がクリアの頭蓋へ振り下ろされた。
咄嗟に両の腕を交差させて防いだが、代償に両腕の骨が音を立てて圧し折れる。
クリア・ノートでさえ強度でとても抗えない。
骨折程度で戦闘の続行に支障を来たすクリアではないが、強化を抜いていたならばどうなっていたか。
斯くして竜は再び上へ。
魔物の子は再び下へと墜ちる。
愛しい宿敵の姿を、ルクノカは上空から慈しむように見つめていた。
「ウッフフフ! それで終わりではないでしょう? 私の鱗を粟立たせたあなた、消滅の白色!
えぇ、えぇ! であれば私もその存在に、その奮戦に、応えない訳にはいきませんわよね――」
クリアは何も言っていない。
だがルクノカは彼がまだ五体を保って生命活動を維持しているという事実だけで勝手にその意向を解釈した。
生きている。
まだ戦っている。
見せてくれる、より素晴らしき景色を。
であれば何故にその意思を無碍に出来よう。
その尊き闘志に報いるべく、此方も持つ業の全てで応じるのが礼儀と言う物ではあるまいか。
そう考えたからこそ。
ルクノカは――あぎとを開いた。
c o c h w e l n e
「【コウトの風へ】」
…今更の話だが。
ルクノカは何も戦う為に町を徘徊していた訳ではない。
彼女の本来の目的は落とし物の捜索だ。
葬者の少女が必死になって集めた九十九万円の入った封筒を見つけて来る事が彼女の受けた主命。
それを脇に置いて戦いに興じている事はまだ相手から仕掛けて来たという経緯を踏まえて理解も出来よう。
だがその一方で、もう一つ少女はルクノカに厳命を科していた。
『……分かった。戦っても良いから。封筒が見つかるまで出来れば町はあんまり壊さないで。宝具は絶対に使わないで』
『…………もし封筒が見つからなかったら、私、死んじゃうかもよ』
二重の意味で当然の命令だ。
ルクノカの本気に都市は当然ながら耐えられない。
彼女の身動ぎ一つ、吐息一つでビルが崩れて地面が割れる。
そんな災害に晒された跡地の中から封筒を探し当てるなど大袈裟でなく砂漠で失せ物探しに勤しむような物だ。
そしてルクノカがそうやって暴れれば、必ず無数の犠牲が出る。
彼女の葬者は聖杯の獲得を目指している。
だが自分のせいで生まれる犠牲を涼しい顔で許容出来る程外れた精神構造を有してはいない。
だから少女はルクノカに命を科した。
戦うのはいい、だが暴れ過ぎるなと。
あなたなら宝具を使わずとも、町を必要以上に壊さずとも勝って封筒探しに戻れるだろうと。
そう信じての命令だったし、ルクノカも一度はそれに頷いた筈だった。
然し今。
白き竜のあぎとは開かれ、その口からは詞術の詠唱が滔々と溢れ出している。
――そう。
クリア・ノートという好敵手の出現に高揚したルクノカの頭の中に、最早葬者の命令なんて影も形も残っていなかった。
早い話が、忘れていた。
完全にか細い理性の網をすっぽ抜けてニューロンの彼方に埋没してしまっていた。
だからこそ少女の願いは何も戒める事なく。
此処に、冬のルクノカを最強たらしめる最大の所以が開帳される。
白き死。
万物を、万命を、それを内包する世界そのものを塗り替える対界宝具。
大仰な動作など不要。
準備なんて狡辛い物、当然不要。
詠唱さえ只の一息。
そう、まさに一息。
竜が息を吐くには、その一息で事足りる。
c y u l c a s c a r z――
「【果ての光に枯れ落ちよ】」
瞬間。
東京に、冬が到来した。
空気が凍る。
日光の熱さえもが凍てつく。
空想の具現化なぞ無くして。
世界が、塗り替わっていく。
クリアは確かにそれを見た。
美しい竜の姿を見上げながら、美しき死の象徴は冬に呑まれて行った。
◆ ◆ ◆
竜の息と聞けば直線的な破壊を思い浮かべる者が大半だろう。
吐いてその上で首を振り薙ぎ払う。
それだけで地平線の全てが塵と帰すのだから、これ程効率の良い攻撃の方法はない。
だが冬のルクノカは更に数段上を行く。
彼女の息はまさしく世界を塗り替えるのだ。
極限の冷却は射程圏内の空気全てを固体に変える。
この時点でも直撃すれば百度は死ねる絶死の凍術だが、真髄はこの後にこそある。
孔と化して崩れた世界を修正するべく流れ込む爆発的暴風――これに依る局地的大破壊こそルクノカの息の恐ろしさだ。
たとえサーヴァントであろうが逃れられる道理はない。
ルクノカに関しては、誰もが失敗し続けて来た。
だが――
「…あぁ、なんと」
その例外が今日、一つ追加された。
小淵沢報瀬はクリアに感謝すべきだろう。
ルクノカが宝具を開帳して尚、都市は形を保っていた。
初動の冷却に巻き込まれて幾らかは死んだかもしれないが、それでも本来生まれる筈の犠牲の百分の一にも満たないと断言出来る。
何故絶対の破壊であるルクノカの息が本来の破壊を生み出さなかったのか。
それはひとえに、敵もまた生命を否定する"死"の担い手であったからに他ならない。
「初めてよ、こんなの。まさか此処まで"消されて"しまうだなんて」
「僕の台詞だな、それは。本当に驚いているよ、よもやこれ程とはね凍術士(サイレンサー)」
暴風による気候及び空間への修正力。
都市を呑む筈だったそれを、クリアが消したのだ。
只一騎のサーヴァントが。
冬のルクノカを絶対たらしめた竜の息を初見で凌いでみせた。
その事実にルクノカは堪らない昂りに震え。
クリアは自分がこの序盤で全力を引き出された事実に冷たく感じ入る。
彼も彼女も認識した。
目前に立つ"冬"が、己の命を喰らう季節(もの)であるのだと。
空間の温度が比喩でも何でもなく数度低下する。
殺意という目に見えない概念が実際に気候へ影響を及ぼしている事すら二体の前では些事に過ぎない。
「続けようか」
「勿論」
クリアの誘いにルクノカはうっとりと応じる。
こうなればもうどちらかが死ぬまで事は止まらない。
何の冗談でもなく区画の一つ二つはこの冥界から消滅するだろう。
仕方ないのだ、彼らはそういう生物だから。
全力で戯れよう物ならばそれを支える世界の方が耐えられない、そういう怪物であるから。
…それが擁護としてまともに機能しない理由は、彼らにそれを申し訳なく思う感情が欠片も存在しないからだ。
生まれながらの最強と最悪。
何処か似通った、されど決して相容れる事のない凶星共が今度こそ箍を外そうとした――その時の事であった。
「其処だ。共に討て、我が愛竜よ」
クリアの物でも、ルクノカの物でもない誰かの声が響いて。
次の瞬間――クリア、ルクノカ双方の体が神速の斬撃に斬り裂かれたのは。
それは、流星だった。
「…ふむ」
「おや――」
クリアは驚きを。
ルクノカは旧知の友と再会したような微笑みをそれぞれ浮かべる。
痩身の少年の脇腹が裂かれていた。
ルクノカの竜鱗に、抉ったような浅傷が煌めいていた。
信じ難い速度と精度である事は改めて語るまでもないだろう。
彼らは共に聖杯戦争に於ける最強格のサーヴァント。
存在そのものが戦争の均衡を破綻させかねない規格外の怪物共。
その二体に、反応さえ許さず明確な手傷を刻むなど何処の誰なら出来ると言うのか。
「嬉しいわ。まさか貴方まで来てくれるだなんて」
その問いにはこう答える。
"彼女"ならば、出来ると。
「久しいね、アーチャー。今回は君と踊りに来た訳じゃないんだけど、運が悪かったと諦めてくれると助かるな」
ルクノカは愚か、クリアよりも小さなシルエットが其処に居た。
騎士装束に身を包んだ蒼銀の少女だ。
竜の爪も消滅の呪文も一撃として耐えられなそうなか弱い輪郭。
彼女をそう侮る者が居たのなら、先の刹那で文字通り一刀に伏されていたに違いない。
「神(マスター)が君達に仰せだよ。神の庭を汚す不信心者は速やかに死ぬように、だってさ」
クリア・ノートの消滅砲撃を除けば、予選の内に最も多くの英霊を屠った騎士。
撃破数に於いてルクノカと並び、直接対決に臨んでさえ互角の激戦を演じたもう一体の最強種。
それは、只の一振りにて数多もの外敵を鏖殺せしめた最強種の頂点である。
それは、只の一振りにて生涯の研鑽を凌駕する無双の騎士である。
それは、只の一振りにて一つの人類史をすら阻む「湖光」の担い手である。
昏き死が蔓延る冥都において、ただの一振りにて神の意思を代弁する現人神の乗騎である。
無垢なる鼓動(ホロウハート)。無垢なる湖光(アロンダイト)。
神の近衛メリュジーヌ。
◆ ◆ ◆
神罰の告知を終えるなりメリュジーヌは駆動した。
その速度、爆速にして神速。
凡そ驚異的と呼ぶ他ない速さから放たれる無数の斬撃は一発たりとも抜からない。
全てが敵の霊核を狙う事のみに特化した、最効率にして最無慈悲なる連撃。
標的に選ばれたのはやはりと言うべきかクリア・ノートであった。
戦闘機の爆撃を思わす猛追と連打に対しクリアの口角が歪む。
但し、弧の形に。
「神、か」
クリアはあろう事か不動だった。
一発でも直撃を許せば自分でさえ無視の出来ない痛打になると解った上で動かない。
諦めたのか。否である。動く必要がないからそうしているだけだ。
『バ・スプリフォ』
何処かで響く老人の声。
神が見据えたる咎人の旋律。
それが生む結果は余りに無体だ。
立つクリアの総身を覆うように、360度隙間のない消滅波が噴き上がった。
「其処のご婦人と張り合う竜族と言うから期待したが、見る目はないようだね」
「君に言われたくはないな。穴蔵に潜む鼠の王様に仕えるなんて、真っ当な矜持があったら御免だと思うけど?」
これに対しメリュジーヌは即座に反応する。
退かない。
急停止しながら、慣性の法則に喧嘩を売るかのように何の反動も負わずに斬撃で波そのものを切り裂く。
そう、切り裂いているのだ。
クリア・ノートが、最強の魔物たる彼が振るう消滅の呪文を正攻法で捌いている!
「つくづく話が合わないみたいだ。僕に矜持を説くのは壁に説法を唱えるような物だよ」
その異常事態にさえ冷や汗の一滴も流さない、クリア。
バ・スプリフォの消滅波を越えて辿り着く剣閃を折れた徒手空拳で捌く。
無論素の膂力で弾いている訳ではない。
これは単なる技術とセンスに任せた"受け"だ。
言うならば曲芸のような物である。
だと言うのにそれが騎士の最高峰たるアルビオンの竜へ通じているのは如何なる道理か。
『ラディス』
剣を捌きながら一瞬の隙を突いてメリュジーヌの顔面へクリアの掌が向く。
呪文と共に放たれる消滅はこれまでのに比べれば小規模だが、直撃すれば致命的な事に変わりはない。
これをメリュジーヌは真下への急降下で回避。
そしてバック転の要領で身を真逆に翻し、爪先でクリアの顎を蹴り砕かんとした。
曲芸には曲芸を、とばかりに披露された変速技をクリアは狙われた顎を少し引くだけで掠めもせずに躱す。
『テオラディ――』
「鬱陶しいな」
此処に居ない誰かの声を遮ってメリュジーヌが言った。
同時に天高くその矮躯が舞い上がる。
何の為に? 決まっている。
騎士を名乗れど、剣を使えど。
もう一体の最強種たる彼女の身体機能は戦闘機のそれに程近い。
但し、現代を生きる人間がイメージするそれとはやや異なった代物ではあるが。
「真名、偽装展開」
「へえ――」
陽光を反射して、蒼銀の騎士が眩く清らかに輝く。
「清廉たる湖面、月光を返す」
瞬時に音が消えた。
只一点、それだけを射抜く戦闘機が天より地へ墜ちる。
狙うはクリア・ノート。
神の敵たる"消滅"只一騎。
空から地を穿つ清廉の光を指して称するならば、やはり"天罰"と呼ぶ他ないだろう。
そう、これは天罰にして神罰なり。
神の愛する箱庭で無法を働き増長する咎人に下る不可避の裁きなれば。
超音速のままに殺到する湖光の一刺し――悪魔であろうと逃れ得ぬ。
「――沈め。『今は知らず、無垢なる湖光(イノセンス・アロンダイト)』」
閃く湖光、刹那にして神敵へと到達。
閃光が世界を塗り潰す中、正負両方のエネルギーがアロンダイトの剣先を中心として相克する。
メリュジーヌとクリアの眼差しがそんな極限状況の中で交差していた。
真の宝具ではない借り物なれど、最強の騎士たる彼女が放つ時点でそれは無法無体を極めた流星となる。
今までに何体となく無双の英霊達がこの剣の前に露と化して来た。
だがクリアは違う。
持つ破滅で以って光へ抗い、一歩も退く事なく立っている。
ルクノカとの一戦を経てギアの入った彼には既に手抜かりという物がない。
滅ぼしの光と暗い沼の光。
二つの光がせめぎ合う中で響き渡る声は、ああやはり。
「ウッフフフフフ! 非道いわ、仲間外れだなんて…嗚呼いつぶりでしょう、こんな思いに駆られたのは!」
冬のルクノカ。
神敵とも神の近衛とも関係のない、通りすがりの戦闘狂である。
右は新たなときめきを与えてくれる強敵。
左はまたの邂逅を楽しみにしていた強敵。
右も左も強敵。それも、最強種たる己でさえ思い通りに出来ない名うての怪物共。
その二体が自分そっちのけで盛り合っていると来たら黙っていられるルクノカではない。
突撃と共に大質量、大膂力のこの上なく単純明快な暴力がクリア、メリュジーヌ両名を同時に襲う。
クリアは背後に跳躍し、メリュジーヌは剣身で受け止めて衝撃を殺しながら飛んだ。
「君は二の次なんだけどな」
「あらあら、私はどちらも一ですよ」
「うーん。まぁ一緒に片付ければ済む話、ではあるか」
「そうそう! その意気よ、ウッフフフフ!」
メリュジーヌの鬱陶しげな声にルクノカは淑やか且つ朗らかに笑う。
孫とお婆ちゃんのような空気感だが、その間柄が常に殺意だけで繋がれている事は言うまでもない。
そんな彼女達を前にしてクリア・ノートは小さく息を吐いた。
「面倒な事になったな」
「何さ。怖気付いた?」
「違うよ。其処まで本腰を入れるつもりで出て来た訳じゃなかったのにな、と思っただけ」
メリュジーヌ、冬のルクノカ、そしてクリア・ノート。
後にも先にも此処まで破滅的な戦線がこの聖杯戦争にどれ程あるか解らない。
メリュジーヌは明らかにルクノカよりもクリアの首を狙っている。
ルクノカは区別なく二人を同時に相手取り、その上で心行くまで楽しむつもりでいる。
クリアにしてみれば、何とも面倒の多い展開だった。
焦りを覚えているのではない。
危機感を覚えている訳でもない。
只単に、面倒だ――と。
そう感じているだけだ。
これ程の手練れ二体を消滅させて帰るとなれば此方もそれなりの出力が必要になって来る。
たったのそれだけ。
無双の騎士、冬の体現者。
いずれも未だクリアに恐れを抱かせるに能わず。
彼は只億劫に感じているだけなのだと、その変わらぬ微笑が示している。
「其処で考えた。こうしようか、僕はこれから今この時点での全力をお披露目しよう。
それで駄目なら此処は引き下がるさ。感覚として慣れないが、勝ったと誇っても構わないよ」
その言い回しはとても不可解な物だった。
全力。但し、今この時点での。
それは宛ら今後彼の言う"全力"に変化が約束されているかのよう。
そんな不可解を追及する暇もなく、声が響く。
この冥界を歩む全ての葬者にとっての呪いの声。
音速の剣技など持たぬ。
触れれば砕く爪牙など持たぬ。
だとしても彼は世界にとっての脅威そのもの。
たとえ世界の理が変わろうとも、役者が変わろうとも…その一点だけは変わる事はない。
故に此処で戦場の主導権は彼に戻る。
境界を往く竜でもなく、冬を司る竜でもなく。
消滅の権化たる滅び(クリア)の元へ。
その証明として響く声が、滅びに震える町に悪意と共に響いた。
『――森羅消滅す光輝の天神(シン・クリア・セウノウス)』
――クリア以外、この場の誰にも届かぬ声と。
共に。
姿を現した"それ"は、荘厳と冒涜の両概念を併せ持つ巨大な神像であった。
無数の羽から成る翼を備えた神々しくも禍々しい力の塊。
対界宝具、空想具現化にも匹敵するエネルギー量を伴うにも関わらずその力の方向性は明確に負。
即ち消滅。
総てを滅ぼす事にのみ特化した、神と似て非なるナニカ。
死という概念の極北、その一つの形。
証拠に今この瞬間、確かに冥界が揺れた。
世界が震撼したのだ。
この力が解き放たれた事実に世界そのものが震えた――死より尚恐ろしき"滅び"を感じ取ったから。
「これは…」
メリュジーヌの声色が硬くなる。
尋常な相手とは思っていなかった。
実際に相対した消滅の主は何処までも深い、闇の大穴に見えたからだ。
実力で遅れを取るつもりは依然無いが、敵の強さに対する認識を改める必要を感じていた。
だがそれですら間違いだったのだと悟る。
確信した――これは規格外であると。
かつて妖精國を襲った厄災。
ブリテンという物語の終わりと共に溢れ出た澱みの山。
性質で言えば恐らくこの男は、この術はそれに近い。
即ち、存在しているという事実そのものが全ての生命、魂にとって致命的な結果を齎すと。
「どう見ます?」
「攻撃として純粋に最悪過ぎる。直撃すれば僕でも只では済まないだろうね」
「ウッフフフフ! えぇ、全くの同意見です。とても素晴らしいわ、此処までのモノを見せてくれるだなんて」
「全然同意見じゃないと思うんだけど…、まぁ君の言動に指摘を入れる程無駄な事もないか」
何より恐ろしいのは先のクリアの言動と照らし合わせた場合だ。
今の時点での全力がこれというのなら、恐らく更にこの先が存在するのだろう。
現時点でさえメリュジーヌ、そしてルクノカでさえ消し飛ばせかねない最大術。
無論負ける気は微塵もないが、それでも手の打ち方という物を考えねばならない事は明白だった。
「それで。私に何かして欲しい事の希望はあるかしら?」
「特に何も。言った所でどうせ聞かないだろ、君は」
「ウッフフフ――さて、どうでしょうね」
「君の葬者には同情するよ。竜とは名ばかりで本性は狂犬じゃないか。一緒にしないで貰いたいね」
会話はそれまで。
クリアが嘲笑っている。
嘲笑いながら、二匹の竜を見ていた。
「覚悟は済んだかい?」
答えはない。
よってその無言を返答と判断する。
同時に、天高く屹立するセウノウスの神像が地の竜を視認した。
哮(コウ)、と空気が啼くような音が響く。
この区一帯に響き渡る終末の音、破滅の音、世界の悲鳴。
一切漂白を成し遂げる消滅の真髄が、二竜死すべしと神命を下した。
c o c h w e l n e c y u l c a s c a r z――
「【コウトの風へ。果ての光に枯れ落ちよ――】」
ルクノカの息が再び冬を顕現させる。
但し今度は地を這う敵に向けてではない。
空から、竜の土俵から見下ろす傲岸な偽神を射る為にだ。
迫るシン・クリアの大災害に正面から激突する冬の息吹、竜の死。
余波だけで英霊さえ粉砕する莫大な冷気と消滅の拮抗。
それは、まさしく神話の一風景と呼ぶに相応しい絶景だった。
命の絶える、景色であった。
冬のルクノカは徹頭徹尾あるがままに理不尽である。
故にその彼女が、形だけ見れば世界の為に息を吐いている光景は異様そのものだ。
空から来る消滅を、万物の死を押し破るべく冬が鳴いている。
そして力を尽くす竜は彼女だけではない。
「『今は知らず、無垢なる湖光(イノセンス・アロンダイト)』――!」
魔力弾をミサイル宛らに撒き散らしてルクノカの援護射撃をしつつ、メリュジーヌは光の軌跡と化していた。
一撃一撃の威力ではルクノカに劣るが、手数と速度では彼女が圧倒的に勝っている。
先の東京上空決戦でルクノカと互角の戦いを演じた要因は其処だ。
乱入者の出現で有耶無耶になりはしたが、あのまま死ぬまで殺し合っていたなら軍配がどちらに上がっていたかは今も判然としない。
そんな怪物二匹が並び立って脅威の打破に向かっている。
彼女達に合理的思考からそれを選択させるクリア・ノートの最大呪文とは一体何なのか。
彼は、何者なのか。
この英霊は戦乱の果て、冥界にどれ程の滅びを齎そうとしているのか――。
答えは出ないままに破壊と破壊、そしてまた破壊が激突する。
閃光と消滅が核弾頭の炸裂を思わす衝撃を轟かせながら都市に消えぬ戦跡を刻み。
世界が、白に染まった。
◆ ◆ ◆
「ふむ。賭けは僕の負けか」
光が晴れた後、クリア・ノートは微笑を絶やさぬままそう言った。
先刻、クリアはルクノカの息を防ぐ事で間接的に町を守った。
だがそのらしからぬ善行を掻き消すように、今彼らの戦っていた周辺は破滅的な様相を呈している。
「この段階のシン・クリアであれば破られてもそれ程不思議ではないが、流石にやるものだね」
『森羅消滅す光輝の天神』――シン・クリア・セウノウスの着弾点を中心に町並みが消えていた。
破壊されているのではなく、本当に消えているのだ。
まるで都市という絵に直接消しゴムを掛けたみたいに有機無機問わずあらゆる物体が削除されている。
大地は深いクレーターの底に露出し、爆心地から暫くの距離にも消滅の侵食が及んでいる始末だ。
巻き込まれた不運なNPC達の生死等最早確認するまでもない。
その観点で言えば、そんな破滅的光景の中で未だ形を保っている二体の最強種はやはり尋常ではないのだろう。
「ウッフフフフ。本当に、素晴らしい詞術だこと」
「全くだ。造形の趣味の悪さを除けば、だけどね」
ルクノカとメリュジーヌはいずれも生存していた。
クリア・ノートの最大呪文を破り、彼との賭けに勝利した形だ。
だが二体とも体の方は只では済んでいない。
無償で凌ぎ切れる程、シン・クリアは甘くないという事。
彼女達程の絶対強者でさえ、小さくない痛手を被っていた。
“やはりアレの力は消滅って事で間違いないね。奇妙な感覚だな、生きながらに体を"削減"されるって言うのは”
メリュジーヌの右足がまるで老人か、寝たきりの病人のように痩せ細っている。
他の四肢と比べるとそれは残酷なまでのアンバランスさで、何処か冒涜的な絵面でさえある。
ルクノカの方に目を向ければ、彼女はやはり強固且つ遮断性に優れる竜鱗のお陰かメリュジーヌ程解りやすい形で体を削られてはいない。
それでも、注意してみれば美しい竜体のそこかしこに明らかな削れを見て取る事が出来た。
クリア・ノートの"消滅"は冬のルクノカにさえ通じる。
竜の鱗を破り、白き悪夢そのものであったこの修羅をさえ消し去れる。
それがどれ程異常な事であるかは、此処まで彼女の滅茶苦茶な戦いぶりを見て来たならすぐに理解出来よう。
「約束通り僕は帰るとしよう。其処のご婦人に腕を斬られたし、お嬢さんに刻まれもしたのでね。本腰を入れて殺し合うにはまだ時期尚早だ」
「つまらないな、此処までしておいて逃げるつもり?」
「その手の拘りとも僕は縁が無くてね…まぁ、神罰とやらは下らなかった訳だ。そういう意味では僕の勝ちじゃないかな、神の近衛」
「…その手前勝手な決め付けにはとても異議があるけど、その前に一つ見落としてるよ。消滅のアーチャー」
溜息混じりのメリュジーヌの言葉。
言い終えると同時に、クリアと彼女の二体を殺気が貫く。
悪意も怒りもない、寧ろ子供のように純粋で老婆のように穏やかな"殺気"。
「其処のお婆ちゃんがそんな身勝手を許してくれると思う? 君のせいでアレ、もうノリにノってる所だよ」
殺気の主は当然、冬のルクノカ以外には有り得ない。
ルクノカは朗らかだった。
朗らかに次の地獄を渇望していた。
失せ物探しに出て来て見れば、未知の強者と逃した同族を同時に見つけられたのだ。
願ったり叶ったりの愉しい宴を中途で終わらせる等、他がどうあれこの雌竜が見逃そう筈もない。
「心配には及ばないよ。彼女は確かに恐ろしい怪物かもしれないが、それでも僕を殺せはしない。勿論君もね、ランサー」
言って笑うクリアにメリュジーヌの眦も自然と尖る。
逃げられると思っているのか、と二匹の竜が四つの眼で破滅の子を見ていた。
それでもクリアは涼しい顔で踵を返す。
「あぁ――何処へ行くのかしら!」
許さじと動くのは無論の事ルクノカだった。
触れれば切り裂く竜の爪。
これを振り翳して強引な戦闘の続行を要望する彼女と、それに続く事も辞さない表情のメリュジーヌ。
だが。
“ランサー。その竜を止めろ”
そんな妖精騎士の思考を切り裂いて脳裏に響く声があった。
一瞬耳を疑う。
まさか彼に限って、この局面でこんな指示を飛ばして来るとは思わなかったからだ。
“…正気で言ってる? 消滅(あれ)を討てと命じたのは君だろう”
“だからこそだ。私の命を果たす為に、其処の怪物を止めるのだ”
“どうして”
“そう急ぐな。お前の前で私が間違った事が一度でもあったか?”
訳が解らない。
只、最後の言葉が決め手だった。
そうでなくとも彼が言うなら、近衛たる竜はそのように動く。
クリアの背を共に貫く勢いだったメリュジーヌは打って変わって、振り下ろされるルクノカの爪と彼の間に割って入った。
「あら。何をしているの、ランサー?」
「こればかりは僕が聞きたいね」
ルクノカの一撃を止められる彼女も彼女だが、興の乗った"これ"を阻むとなれば相応のリスクが伴う。
前方には狂おしき同族。
後方には討伐対象である筈の消滅。
全く不明な状況にメリュジーヌは一筋の汗を垂らした。
が――
「こんにちは、咎人よ」
その不明な状況に割り込む影が一つ。
それは、取るに足らない人間(ミニア)であった。
色を抜いたような白髪と隻眼の柔和な顔をした男だ。
声に、クリアが視線を向ける。
消滅の子の一瞥に、男はどういう訳か怯んだ様子がない。
「…君は?」
「見て解らないか」
「人間。神父って奴かな。一介の葬者にしては良い物を持っているようだが、君に話し掛けられる理由が浮かばないな」
「節穴め。そんなお前の間違いを正しつつその疑問に答える有り難い言葉をくれてやろう」
その上で断ずる。
己の存在を、一寸の迷いもなく。
「神は誰にでも平等に言葉を贈る。そして私こそが神だ」
修羅三柱の激戦。
世界というリソースを消費しながら繰り広げられた地獄の三つ巴。
それを笑覧する、四人目の修羅。
否。
「神と悪魔の対話の時間だ。結末は見えているが、神は細部にも拘る」
人界の神。
天堂弓彦。
◆ ◆ ◆
「君、馬鹿だろう」
クリアは言う。
鼻で笑って、神を名乗る人間を見つめる。
「僕が応じる理由が一つもない。藪を突いて蛇を出すのが趣味なのかい?」
「お前が"消滅"を振るう際、必ず一瞬のラグが生まれていたな」
神が言う。
破滅の子に、男は揺らがない。
「察するにお前の力は葬者の指示とセットになっている。
世界を蝕み人を滅ぼす悪魔でありながら、パートナーが居なければ暴れられないと言う訳だ」
「アハハ、凄いな。よく気付いたね――うん、やっぱり人間にしてはいい目を持ってる。で?」
「お前の葬者は実に的確な状況判断をした。全くボードを見ずにあの精密さを維持するのは現実的ではない。
涼しい顔をしながら念話で逐一状況の報告をしている可能性も考えられるが、そうだな」
天堂はあの激戦を余さず観察していた。
状況の正確な把握と俯瞰は彼らにとって戦いの基本だ。
故に一秒たりとて目を逸らさなかった。
シン・クリアの極光が轟いた時でさえ、神の目が閉ざされる事はなかった。
クリアの一挙一動。
ルクノカ、メリュジーヌの応戦により生じる戦況及び戦場そのものの変化。
それらを脳内で東西南北のあらゆる角度から俯瞰し、それぞれの方角からどのように情景が映るかを仮定する。
その上で逐一下る指示、それが最適な効果を発揮する方角を割り出す。
真の敵は其処に居るのだと暴き立てる為に、天堂は常人なら鼻血を噴いて失神するような複雑極まりない思考作業へ没頭し続けていた。
得られた仮説の解に、想定される敵の性格――
天から消滅の光を落とし、弄ぶように命を消し去る事を愛好するその悪辣さをエッセンスとして加え。
斯くして神は辿り着く。
この戦場を自分とは別な形で安楽椅子の上から俯瞰し、今も嘲笑を浮かべているだろう偽神の目、その座標に。
「――其処だな、冒涜者め」
ギョロリと神の眼球が動いた。
空の一点。注視しなければ見えず、注視しても普通は気付けすらしないだろう一点の黒い粒。
日光に隠す形で配置された偽神の目(ドローン)。
そのカメラ越しに、とうとう目が合う。
彼らは共に神の如く裁く男。
天堂の声が響くのと、天から声が響くまでの間に然程の時間はなかった。
『クーックックックックッ……』
老人の声であった。
この場には居ない人間の声だった。
自らの傲慢と悪癖を隠そうともしない声音だった。
神の如く天から語る、悪意の集合体のような嗄れた声だった。
『ワシを冒涜者と呼ぶか、小僧。神を名乗る狂人の分際で』
「狂っているのは貴様だろう。神は常に正しい道の中に居る、普遍の道理だ」
『クク……! これから訪れる絶望も知らずいい気なものだ。
そんなにもワシを愉しませたいか! ならば礼を言うぞ。よもやこんな形でワシの楽しみに華を添えてくれるとは!』
ケタケタと笑う老人の様子は余りに狂的だ。
誰が聞いても解る。
この声の主は、既に何か人として大切な部分が壊れていると。
そしてその部分に途方もない悪意が居座り、根を張って存在そのものを黒い感情に置換してしまった。
これはそういう存在だ。
そういう、悪だ。
世界すら滅ぼし得る――神の如き悪魔だ。
『心して待て、小僧』
声は響き続けている。
誰だとて納得しよう。
これがこの"破滅の子"の葬者だというのなら、成程確かにこれ以上の逸材は居ないと。
『これからワシは、ワシの悪意は、幾度となく降り注ぎ冥界の全てを恐怖に晒し続ける!
脈絡などない! 小癪な伏線なぞ許さぬ! お前達は一秒先の破滅に怯え、常にワシの掌で踊り続けるのだ!
ク、ククククッ、クヒャーッハッハッハッハッ!!』
「上機嫌な事だ。さぞや幸せな気分なのだろうな、ご老人」
『あぁ――幸せだとも! これを幸せと呼ばずして何と呼ぶ!?
おまけにお前のような背伸びした小僧が現れてくれた、事もあろうにワシを見つけてくれた!
ワシは既にお前がどんな顔で何を言い遺して死ぬのか楽しみで楽しみで堪らんよ!
磔刑等という名誉な死は与えぬぞ!? クッ、クーックックックック……!』
「そうかそうか。愚かな咎人とはいえお前も一人の民草だ。ならば神もその悦びに倣って、楽しみという物を見出す事にしよう」
老人の言葉は単なる大言壮語の域には留まらない。
何故なら彼にはクリアが居るのだ。
クリア・ノートという終末装置が、彼の享楽の供をしている。
時間さえあれば、クリアは必ずや全ての命を殺戮するだろう。
老人の意向に従い、最大の絶望と恐怖を全ての命へ約束する。
天堂はそれを理解していた。
理解した上で言うのだ。
それこそ神父のような満面の笑みで、狂喜する老人に神託を告げる。
「私も見つけたぞ。お前の事を」
神が見た。
見つけた。
消滅の主を、嘲笑う悪意の偽神を。
「神は咎人を逃がさん。悔い改めるまで、或いは罪火に焼かれて燃え尽きるまでいつまでもお前に付き合おう」
であれば逃がしはしないと断ずる。
冥界というゲーム盤へ影だけを見え隠れさせていた真の敵。
未だ所在は知れねど、存在するのだと解っただけでも神にとっては十分。
何故なら神はギャンブラー。
命を賭けた勝負に狂している。
彼らは"暴く者"だ。
勝ち筋を、敵の弱みを、世界の罠を、隠された意図を。
暴き、見抜き、己の掌に収める者だ。
「怯えるのはこれからずっと常にお前だ」
天堂が笑う。
笑いながら、天の黒点を指で差した。
それは宛ら――指差して嘲笑うように。
『ほう。脅かすと言うのか、このワシを』
「お前が咎人である限り」
『ククッ! 倒すと言うのか、このワシを!』
「お前が咎人であるならば」
『クーックック! 届くと思うのか、このワシに!?』
「誰に物を言っている? 神の手が届かぬ場所などある筈がない――神は常に万能だ」
『はッ――面白い!』
二人の神。
双方共に、人でありながらその域を越えた者。
神の如く強大な意思を持ち、そして悪魔の如く他者を弄ぶ者。
決して相容れぬ黒と白(BLACK & WHITE)の間に、この時確かに相互認識が成立した。
『吐いた唾は飲むなよ!? ワシを倒すと言ったのだ…! 見せて貰おうではないか、神のご威光とやらをなァ……!』
「求められるまでもない。神は全てを平等に照らす。たとえ咎人のお前でも」
◆ ◆ ◆
「やれやれ」
事が済み、クリア・ノートは未だ痛みを訴える腕を鬱陶しげに振ってみせる。
既に戦場からは離脱を果たしていた。
ルクノカの追撃をメリュジーヌが阻んだのは予想外だったが、あの狂人めいた男の指示だとすれば頷ける。
クリアとしても確かにあの場での深追いは本懐ではなかった。
だが挑んで来るならそれはそれで良かったのだ。
マスターの意向とは多少異なるが、その場合は力の進化を一つ進めるだけの事だったから。
収拾が付く限界点で戦闘を打ち切らせつつ、クリアを泳がせてその全貌を見極める。
其処まで踏まえての采配だったとするなら実に大した物だ。
あの"魔界の王を決める戦い"でも終局を争える逸材だと素直にそう思う。
つくづく奇怪な場所だ。
クリア・ノートでさえ、この冥界にはそんな印象を抱かざるを得なかった。
「まさか初陣で腕を折られるとはね。まぁ支障はないんだが、少し彼女達を過小評価し過ぎてたかな」
逸材と言えばあの二体もそうだ。
冬のルクノカは想像を超える怪物だった。
メリュジーヌの剣は想像よりずっと捷かった。
以前のように楽々とは行かないか、と小さく息を吐く。
葬者の彼は出し惜しむ気でいるようだが、ともすれば彼の想定よりも早く次の段階へ進む羽目になるかも知れない。
「まぁ何でもいいんだけどね」
どうでもいい、とも言い換えられる。
クリアにとってこの世の全ては単なる座興。
己が滅ぼすまでの猶予が長いか短いかでしかない。
「さて――次は何処へ行こうか」
それは愛を知らぬ、生まれながらに自らの在り方を知っていた獣。
それは聖杯戦争の則に合わせて言うならば、獣にすら成れぬナニカ。
それは万物万象を滅し奉る、全ての命の敵対者。
一つの世界の終末装置として顕れた、最強最悪の魔物である。
白色(ホワイト)。万象の敵(アークエネミー)。
破滅の子クリア。
【台東区・路上/一日目・午前】
【アーチャー(クリア・ノート)@金色のガッシュ!】
[状態]疲労(小)、両腕骨折(戦闘に支障なし)
[装備]
[道具]
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:滅ぼす
1.さて、次はどうしようか?
2.アーチャー(冬のルクノカ)とランサー(メリュジーヌ)は予想以上。厄介だね。
[備考]
※クリアの呪文による負傷は魔術的回復手段の他に、マスターの運命力を消費することでの回復も可能です。
【座標不明/一日目・午前】
【ドクター・バイル@ロックマンゼロ】
[運命力]通常
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]不明
[道具]不明
[所持金]不明
[思考・状況]
基本行動方針:より多くの恐怖と絶望を。全てに絶望を!
1.クリアを自由に動かす
2."神"…? ククッ、面白い……!
[備考]
◆ ◆ ◆
「――それで?」
響くルクノカの声。
彼女を押し止め続けていたメリュジーヌの顔にも流石に疲労の色が滲み始めている。
「逃した彼の分は、このまま引き続き貴女がお相手してくれるのかしら?」
「僕としては次の機会にしたいんだけど、君それで納得しないだろ」
「ウッフフフフ! それは、もう…何しろ昂ぶった所でお預けを食らった形ですから」
冬のルクノカを相手にこの立ち回りが出来るというだけでも十二分に驚嘆モノである事は言うに及ばない。
とはいえ此処で目前のこれがブレスまで解禁して来たなら、流石のメリュジーヌもお手上げだった。
そうなるともう後は今度こそどちらかが死ぬまで殺し合うしかなくなる。
それ自体はメリュジーヌとしても臨む所ではあるのだが、如何せん今は状況が悪い。
右足に食らった消滅が今も彼女の動きを軽微ながら蝕み続けている。
それだけでも、相手がルクノカであれば旗色が大きく変わるのだ。
メリュジーヌとルクノカは原則として互角。
極めて高い水準で安定していた相性関係だからこそ、僅かな誤差が忽ち致命的になる。
達人同士の果たし合いでは機微の一つが勝敗を左右するのと同じだ。
我が葬者ながら竜使いが荒すぎる、とそう思った所で。
――メリュジーヌが驚きに目を少し見開く。
目の上の瘤だった筈の右足の摩耗が、嘘のように回復し始めたからだった。
驚いてマスターである天堂の方を見ると、彼は彼女の苦労を他所に満足気な顔で頷いていた。
「成程。奴の小癪な消滅で負った手傷は葬者が運命力を切り詰める事で癒せると」
「一人で納得してるよもう…」
自分がツッコミ側に回る等、それこそ"彼女"以来の事だ。
とはいえこれなら十分にルクノカとも渡り合える。
爪を剣で弾いて後退しつつ改めて構えを取るメリュジーヌ。
そんな彼女と天堂を交互に見て、婦人竜は穏やかに笑った。
「まぁ。ありがとうございます、我が好敵手の葬者。ところでこのまま戦いを続ける事に異存はありませんよね?」
「神の意見を伺うとは殊勝な事だ。神敵ながら好ましいぞ、アーチャー」
「ウッフフフ。褒められてしまったわ」
「結論から言うと、構わん。お前は神としても目障りな敵だからな、排除出来るに越した事はない。
神の近衛たる我が騎士が、よもや時代遅れの冬将軍等に遅れを取る訳もないしな」
だが、と天堂は続ける。
非難がましい目で見て来るメリュジーヌを見ているのか見ていないのか、定かではないが彼はルクノカへ言った。
「続けるにしてもその前に片付けねばならない用事がある。
時にアーチャー。お前は何故、葬者を問わず此処に居る? 哨戒でもして来いと命令されたか」
「…、……あらいけない。そうだったわ、そうでした。私、あの子の言い付けで探し物をしていた筈なのに」
「成程。ではますます都合がいい」
ルクノカの漏らした一言で理解する。
彼女のマスターは恐らく一般人。
戦う力がないだけでなく、そもそも聖杯戦争という舞台に迎合出来る質ではない只人。
そうでなければ明らかに戦場のギアが一つ上がった今この状況で、サーヴァントを失せ物探しなんて目的で出払わせる筈がない。
「――お前の葬者と話がしたい。神の近衛と雌雄を決したければ、まずは神の意向に従って戴こう」
探し物が見つかって安堵しているだろう何処かの誰か。
冬の竜が言い付けた事を全無視して全力戦闘をしていた事をこれから知る事になるだろう少女。
一難去ってまた一難とよく言うが今回に限っては二難。
やらかした竜が帰ってくる。
神も、会いに来る。
アポ無しで。
【台東区・爆心地/1日目・午前】
【天堂弓彦@ジャンケットバンク】
[運命力]消費(小)
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]不明
[所持金]手持ち数十万円。総資産十億円以上。
[思考・状況]
基本行動方針:神。
0.アーチャー(冬のルクノカ)のマスターと対話する
1.〈消滅(クリア)〉の主を討つ。神罰を騙るな、ブチ殺すぞ。
2.クロエ・フォン・アインツベルンとそのアーチャーは善人。神も笑顔だ。
[備考]
※数日前までカラス銀行の地下賭場で資金を増やしていました。
その獲得金を用い、東京各所の監視カメラを掌握しています。
カラス銀行については、原作のように社会的特権を与えられるほどの権力は所有していないようです。
※この話の前に予定通り教会に寄りました。そこでした事に関してはお任せします。
【ランサー(メリュジーヌ)@Fate/Grand Order】
[状態]疲労(中)
[装備]『今は知らず、無垢なる湖光(イノセンス・アロンダイト)』
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:神の近衛。
1.疲れた………
2.アーチャー(石田雨竜)はなかなか面白そうだったんだけど、ぜんぜん乗ってきてくれなかったや。残念。
3.〈消滅〉を討ちたい。マスターの言葉を結構根に持っているよ。
[備考]
※天堂の命令でルクノカと個別戦闘をさせられたので、他の二騎より少し疲れています。
【アーチャー(冬のルクノカ)@異修羅】
[状態]全身に消滅の影響による肉体摩耗(小)。でもまだまだ元気いっぱい。やる気いっぱい。
[装備]無し。
[道具]無し。
[所持金]無し。
[思考・状況]
基本行動方針:喜びのままに戦う。
0. シラセに会わせろと。なるほど?
1. シラセの落とし物、見つからなかったわねぇ…
2. ウッフフフフ! 早めに会えて嬉しいわ、好敵手(おなかま)の貴女!
[備考]
[全体備考]
※台東区の一角がクリア・ルクノカ・メリュジーヌ戦により壊滅状態に陥りました。
投下終了です
投下します。
この街は何も視えない。夢も、希望も、自分自身も。比喩的表現であるが、スグリは来た瞬間そう感じざるをえなかった。
キタカミの里のような田舎町ではない、海中に建てられたブルーベリー学園でもない、初めての世界。
高層ビルが隙間なく建て並ぶコンクリートジャングル、ピカピカと光るのは夜空の星ではなく、窓から見える蛍光灯だ。
絶えず自動車は走り、絶えず人々は歩を進める。
これまで田舎町と学園しか知らなかったスグリはこれほど、大きな街で過ごすことはなかった。
きっと一生忘れることはないであろう――偽証の街だ。
其処は死者が殆どの世界。総ては儚く、欺瞞に溢れた世界。
形成された世界の外にでも出たら、魑魅魍魎蔓延る荒れ果てた大地だ。
スグリがどれだけ優れたトレーナーであっても、聖杯戦争は別物だ。
どう足掻いても、無事に生き残れる可能性は少ない――過酷な淘汰が待っている。
しかし、その僅かな可能性を掴み、必ず元の世界へと帰ってみせるのだ。
自分は選ばれた。鬼さまに。聖杯に。奇跡に。
どれだけ強くあろうとも、どれだけ強く焦がれようとも、《主人公》に敵わないという運命を変えたいと願ったから。
……そうだ、俺が悪い。弱くて、情けない、俺が悪い。
称賛と夢想と機会と。総てに溢れたご都合主義は、スグリ程度などあっけなく蹂躙する。
ちっぽけで、下らなくて、情けない話だ。
結局はそれらを覆せない自身が悪かっただけなのだから。決して負けてはならない――勝たなければ終わる勝負で敗けたスグリが悪い。
病的なまでの自罰的な思考。そして、自罰を糧に這い上がる異常なまでの上昇志向。
強さに懸けて、浸る。スグリのレーゾンデートルとも言える根幹は飢えだ。
誰よりも、何よりも、前へ。前へ。
あの日敗けた光景を焼き付けろ。あの日選ばれなかった悔恨を忘れるな。
今、此処が、この戦争が自分の立っている場所だ。
眼の前が真っ暗になって何も見えなくなった先で、漸く掴めた《もう一度》なのだ。
奇跡を以て、軌跡を塗り替える。胸に疼く渇望を消化するにはそれしかないのだから。
そうして、大望を抱いて戦場に降り立ったスグリは今――――。
「君、未成年だよね」
――補導対象として、警察官に捕まっていた。
とある夜闇の路上にて。スグリは唐突に降りかかった災難に、言葉も出ず俯いていた。
スグリは夜間出歩くという行為に全く躊躇はない。
聖杯戦争に臨むにあたって、土地勘及び気構えとして連日、夜の出歩きを行っているのも当然のことと思っている。
周りが咎めた所で特に気にしないスグリではあったが、現代社会において、未成年の夜間出歩きは当然補導だ。
そもそも、元の世界で夜間の出歩きで引っかかったことはなかった。
キタカミの里でもブルーベリー学園でもなかった補導だ、たかが知れている。
正直、スグリはめちゃくちゃに現代警察を舐めていたのだ。その結果がこれだ、全く笑えない。
もっとも、警察官からするとスグリに声を掛けるのは職務的に当然と言わざるを得ない。
「う、うぇ」
予期せぬ拘束に、スグリはとてもめげる。めげすぎて、声も出ない。
夜間に一人気だるげに出歩き、徘徊している。服装もちょっとやんちゃが入った感じの頑張りスタイル。
目はくまが深く、目力も強い。鬼さまは当然常人には見えないし、別行動をしている為、フォローもない。
つまるところ、絶賛非行少年。今のスグリを表す言葉にぴったりなものだ。
ここには自分を叱る姉も、自分を揶揄する先輩も、自分を心配する級友もいない。
孤立無援――この状況をスグリは一人で解決しなければならない。
職務に真面目な警察官に捕まってしまったのが運の尽き。
これで口が回れば、言い訳をペラ回せるが、スグリはコミュニケーションがとても苦手だ。
ゼイユやカキツバタなら幾らでも機転で躱せた、乗り越えられた窮地。
どうしたら抜け出せる。思考を重ねても答えが出ない――そんな時、ヒョコリと横から口を出していた大人がいた。
「すみません、何かありましたか」
へらりとした笑みを顔に貼り付け、スグリの代わりに警察官へと向き合うその大人とは、当然面識もない。
元の世界、そしてこの東京でも接点のない人間がどうして助けてくれるのか、と。
疑問に思ったスグリではあったが、割り込んで言葉を出せるなら苦労はしない。
「ああ、私はこういう者です」
その大人は警察官に身分証明書を出し、テキパキと会話を構築していく。
相手の警察官も会話を続けるにつれて、すっかりと絆されてしまったようだ。
この割り込んできた人、話術がうまい。人と話すことに慣れているのだろう、声に澱みがない。
「彼、近所に住んでいる知り合いの男の子で、この時間帯、いつも散歩をしているのを見ているんですよ。
勉強の疲れを取る為に散歩でもしているって聞いていまして。
それが今日に限っては警察官さんと話しているのを見て、お節介かもしれないですが、何かあったのかとお声がけを」
スグリの預かり知らぬ所で話が勝手に進んでいく。
流れるような会話の応酬に割り込む隙すら与えられず、いつのまにかに警察官はその場を立ち去ってしまった。
大人、怖い。詰んでいた自身の窮地をこんなにもあっさりと変えてしまえるのか。
警察官に至っては、安心しきって最後には緩んだ笑顔であった。これが大人の立場及び話術なのか。
「さてと。君と私の間柄含めて色々と適当にでっち上げたけど、多少の話くらいは聞いてもいいかな?
私の言った通り、散歩だけとは思えなくてね。いやに思い詰めた表情をしていたけれど」
「えっと、俺は」
「ああ、気が利かなくてごめんね。こんな路上で立ち話というのもまた怪しまれる。
疲れるだろうし、ちょうど近くに公園もある。缶ジュースの一本くらいなら奢るよ」
本当に、手慣れた流れだった。
此処に至るまで、スグリは特に何もしていない。
言葉通り、少し離れた公園に行く途中、自分の飲み物も買ってくれる等、気が利いている。
軽やかに声が弾け、警戒を削いでいく。多分、この人天然で人誑しだ。
「はい、コーラで良いかな。炭酸が苦手なら、他の飲み物でもいいからね」
「大丈夫です、ありがとう、ございます……どうして、俺を助けたんですか? あそこで、俺を助けても、……貴方に何も返せません」
「職業柄、困っている子供達を見て見ぬ振りというのはできなくてね。
これでも、先生なんだ。君も特段呼び方に拘りがなかったら、先生と呼んでくれると嬉しいな」
「はぁ」
「君が何に悩んでいるか。無理に聞くつもりはないけどさ。
私が助けたのだって、あの場で補導されたら余計に拗れそうだなって思って手助けしただけだから」
公園のベンチで二人、ぼんやりと夜空を見上げながらする会話はポツポツとしたものから始まった。
なぜ、通りすがりの身であるにも関わらず、助けたのか。
要するに、『先生』が先程自分を助けてくれたのは、純粋な善意という訳だ。
ぺらぺらと身の上話を含めて話してくれているが、打算が見受けられない。
スグリは特段に大人への不信感はないが、先生の人懐っこい笑みに警戒心を解いていく。
ちびちびとコーラを飲みながら、スグリは眼前の大人が出来た人なのだろうなと察した。
「……勝ちたい相手がいたんです」
「うん」
「俺、本当は弱虫で、いっつもねーちゃんの後ろに隠れていて。
あいつはねーちゃんよりも、俺よりもずっと強くて」
気づけば口から出ていた弱音は誰にも明かさずにずっと抱えていた想いだった。
ぐちゃぐちゃに絡まった渇望。その渇望はスグリを停滞から弾き飛ばし、異常なまでに高みへと飛び立たせた。
何度も吐いて、項垂れて、それでも、と叫んで。漸く、スグリは《あの子》と対等になれる気がしたのだ。
「変わりたかった。強くなりたかった。あいつみたいになりたいと願った」
「だから、頑張ったんだね。その目にあるクマを見たらわかる。ずっと、努力してきた」
キタカミの里にいた時のように。立ち竦んで、置いていかれるのが怖かった。
自分以外の全てがどんどん先に進んでいく。強くて、選ばれて、優れていて。
スグリ一人が同じ所からずっと動けない。弱くて惨めなスグリだから、鬼さまもスグリを選ばなかった。
自分でも何を言ってるのかわからない。次から次へと出てくる言葉はバラバラで情動ありきだ。
順序立てていない話だとスグリ自身わかるくらい、酷い有り様だった。
それでも、そんな子どものまとまらない話を、先生は反芻して丁寧に聞いてくれた。
「頑張ったから、誰にも敗けないくらい、強くなった。一番上まで辿り着いた」
でも、結局……俺は敗けた。皆、あいつを祝福した。努力なんて無駄だった。
俺は最初から…………誰からも認められていなかった」
「それは違うと思うな」
それまで反芻と工程で返していた先生が初めて否定した。
「君の培った努力は結果を打ち出している。
だって、君はそれまで上位にいた人達を打ち倒してチャンピオンになっただろう?
確かに、勝ちたい相手には勝てなかった。でも、その過程で得たものが全部無駄だったなんて。
そんなことはないでしょ」
「そう、だけど」
「モチベーションありきで行動するのはいいことでもあるけれど、認知を歪めるのはよくないよ」
周りを顧みる余裕があったか。スグリの様子から伺うにないだろう。
出会ってすぐの先生でもわかることだ、きっと周りも彼の余裕の無さは理解しているはずだ。
「誰も認めてくれないなんて、違うさ。君が言う通り、周りが誰も理解してなかったとしても。
少なくとも、君の話を聞いた私が、君の努力と軌跡を保証する。
私が認めた以上、君の言う誰からも認められないって論理は破綻だ」
こんな通りすがりの大人に認められても嬉しくないかもしれないけれど、と。
頬をかきながら、困ったように笑う。
スグリは見上げた空をぼんやりと見続ける。
夜闇が色濃く、月が煌々と光る。月のきれいな夜だった。
都会故に星が見えずとも、黒の空と空穿つ銀の月は存在感を発している。
いつぶりだろう、こんな風に立ち止まって空を見上げるなんて。
「絶対だ。君の努力は無駄なんかじゃない」
「…………っ」
その言葉を素直に受け止められる程、スグリは大人になれなかった。
ずっと悩んで、苦しんで、一人で抱え続けた。
選ばれない、認められないという鬱屈はスグリから健全な考えを奪い去っていった。
聖杯戦争に参加している今も、取り戻せていない。
だから、怖くなって、それを認められなくて。スグリは先生の真っ直ぐな言葉と表情に対して、何も返せなかった。
「ありがとう、ございます」
「どういたしまして」
結局、自身の心的な問題である以上、スグリ自身が解決するしか無いのだ。
誰が何を言おうが、最終的にはスグリ次第。
ほんの少しだけ、重みは軽くなったが、根幹は変わっていない。
二人の会話はこれでおしまい。これ以上、此処にいたら、自分の決意に甘えが生まれそうで、怖かった。
もう行きます、と。スグリは重たい足に力を入れて立ち上がり、ペコリと頭を下げる。
大分話し込んでしまったが、今後はきっとない。この広い都会で特定の人間となんて狙わない限り、再び会うことはないはずだ。
ただのお節介な大人。欺瞞と偽証の街で出会った、ちょっとした優しさ。
忘れてしまいそうで忘れないだろう、奇跡的な出会い。
――それでも、今度から夜間の外出は注意することにしよう。
スグリは少しだけ、都会での生き方を覚えることが出来た。
■
「ったく――青臭えやり取りだったわ。もっと掻い摘んで話して、さっさと終わらせろよ」
「いきなり隣に座ってきて開口一番、最悪だね。
そこまで言うのなら、話に割り込んで一緒に相談に乗ってくれても良かったんじゃないか」
「あのガキに教えることなんざねぇよ。勝ちてえなら、手段選ばずぶっ殺せ。できねぇなら這い蹲ってろ。
そこまでの覚悟があるかね、アレによ」
「……最悪な大人だ。しくじり先生に出れるね」
「人をネタに使うなや」
「ネタにするようなことを言う方が悪い」
スグリが立ち去ってすぐ、先生の隣に男が座る。足を組んで欠伸をする態度の悪い男だ。
加えて、スーツを着こなしている先生と違い、上下スウェットに便所サンダルとだらしがない格好だ。
まあ、こいつ敬語使う必要ないな、と。初手で先生をちょっと呆れさせるのは中々にすごい。
先生も即座に思ったのか、口調も幾分か砕けたものになっている。
「にしても、手筈を見たが、ガキを誑し込むのがうめぇな。
内面へと踏み込むのもガキが許容するギリギリまで。あのガキがマスターって知ってるだろ、どこまで打算だ?」
「人聞きが悪いね。君と一緒の感性じゃないんだ、悩める子供を導くのが先生の役割でしょ。
子供を助けることに、マスターとか聖杯戦争とか、そういった要素は関係ない」
「くっだらねぇ。素面で言ってんだから性質が悪いぜ。学校の先生かよ」
「先生だよ。此処でも、元の世界でも」
心底興味がないと言った風で、男は数分前のやり取りを煽る。
ゲロを吐くような身振りと手振りで、男はその性善説漂う言葉への理解を早々に放棄した。
ありもしない夢想だ。死んでも辿り着けなかったモノに慮る必要はない。
「ま、あの『臭い』ガキは頃合いを見て殺した方が良いと思うぞ。
憑いてるサーヴァントの臭いがマスターにも移ってやがる。
厄ネタの中でも最高で最悪なイカレ野郎だって確信できるくらい、やべぇ」
「裏取りは?」
「俺の直感と経験。つーか、お前も理解って探りを入れたのか、全然驚いてねぇのな。
相方さんの入れ知恵か? 早くネタバレしてくれよ」
「答える義理はまだないなぁ」
「義理も糞もあるかよ。そんな腹芸をあのガキにしねぇだろうし、答えてるようなもんじゃねぇか。
相方さんと俺はご同業かねぇ。挨拶はいるか?」
「いらないってさ」
「つれねぇなぁ」
ザ・ヒーロー曰く、見ただけでわかる俗物。粗暴な大人。
そういうのはもう見飽きているんでいいです、と。辟易すらない平坦な言葉だった。
「君がそこまで言うにも関わらず、殺しにいかない理由は?
厄が近くにいないんだからさ」
「理解ってること聞くなや、まどろっこしい。どうせ、お前らが邪魔すんだろ。
それに、あのガキ殺した瞬間、憑いてる厄が呪いでもぶちまけたら手間が増える。
諸々掛け合わせて、殺りにいった成果が見合ってねぇよ」
「へぇ、意外とロジカルだ」
「ロジカルじゃねぇと、稼げねぇんだよ、フリーは。
それに俺は正義の味方とは縁遠い猿でな。世界の底が抜けて奈落に堕ちようが、ガキが破滅しようがどうでもいい」
男は手に持ったビニール袋から500ml缶を適当に取り出し、先生へと差し出した。
ストロングと名目がついているおなじみのチューハイだ。先生が知っている限り、一番値段が安いやつだ。
まだ春先で寒冷な空気が残っているが、このキンキンに冷えたチューハイを飲み干せというのだろうか。
「まぁ飲めや。奢りだ」
「うっわ、一番安いチューハイ」
「住所不定無職に美味い酒を買うお金が残ってると思うな。いや、正確にはあるんだが、諸事情で金がねぇんだよ」
「フリーって言ってなかったけ? 稼げるんじゃないの?」
「投資中だ。直に返ってくる」
「袋に入っているゴミが見えなければ優しくできたかもしれないな。
その投資がなければ、缶ビールとおつまみは買えるだろうし」
ビニール袋に入っている敗れた舟券の残骸が、男のギャンブルの弱さを極めている。
まあ、生徒でもない赤の他人及び大人の金銭事情など先生が心配する義理もない。
それはそれとして、人の奢りで飲むお酒は美味しいということで、有り難くいただこう。
男も取り出し、互いにプルタブを開けて、雑に缶をぶつけ合う。住んでいる世界が違う大人でも、こういった所は共通するのだろうか。
「それで、あの子を追わなかった理由は聞いた。
その上で、立ち去らず此処に残ったってことは私に用がある。
こんな賄賂まで用意して、ビジネスの話かな? こんな公園のベンチでする話かとは思うけど」
「競馬場に来てくれんなら場所はそこにしたよ。最近は馬が熱くてな」
「世界の外側が虚無に沈む時にやるものかい」
「一切合切、消えちまうからやるんだよ。クソも笑えねぇ敗者復活戦やらされる身にもなってみろよ。彩りが欲しくならねぇか」
「負けてたら世話ないけど」
「最後に勝つタイプなんだよ、俺は」
逆にいたら気まずいだろう。どうして賭博をする目的でかち合わなければいけないのだ。
「んじゃ、本題だ。迂遠に言葉を並び立てるのは柄じゃねえから単刀直入に言う。
俺に手を貸せや、先生」
「成程ね、いいよ」
「即答かよ」
「この場で断るメリットがないからね」
こうして賄賂を一応用意していたり、すぐに殺しに来なかったり。
何らかの懐柔があるとは思っていたけれど。
予測できる言葉なら、先生も前もって解答を用意できる。
「奇跡と生存。協調してまで欲しいのかい? どう考えても、君は一人で戦う方が気楽な性質だろう?」
「そこまでコミュ障じゃねぇよ、フリーランスはコミュ力が命なんだよ」
「やる気なさそうなのにね」
「聖杯に懸ける願いもねぇし、必死こいて生き残るモチベもねぇ。
くれるってんなら欲しいがな、聖杯。ないよりはましだろ」
「願いは?」
「食う飲む博打が一生困らねぇ金」
「清々しいまでに俗だね」
「理解不能なお願いよかマシだろ」
確かに、男の声色にはやる気のない倦怠感が満ちていて、聖杯を狙いに行く本気の感情は見受けられない。
適当にやって、何か運がよかったら欲しいな程度にしかない覇気。
乾いた笑みを浮かべ、男は飲み干した缶を投げ捨てて、新しい缶を取り出した。
「まあ、それも過去の話だがな。あのガキに取り憑いてるようなモノを呼び出す聖杯だぞ?
絶対穢れてんだろ、気色悪い。信用のねぇ奇跡に全賭けはしたくねぇな」
「……確かに。厄を複数呼んでいる以上は、信用できる奇跡ではないね。
使い方を考えないと」
「まあ、そんな訳でモチベーションなんざねぇが、黙って贄になんのも癪だ。
一人孤独にやんのも、手間がかかる以上、弁が立つ仲介役がいたら便利だろう?」
「見ず知らずの子供のお悩み相談をしているお人好しなら御しやすいと」
「正解。探るも戦うも殺るも、どれを取るにしろ、一人は抱えて置いた方が楽だ。
色々と回って面子を見たが、お前が一番使えそうだったって訳。後、金をたかる奴が必要だった。ガキだと金がねぇからたかれねぇ」
「最悪な理由だ……」
彼の言葉通り、共闘を持ちかけてきたのはあくまでも利便性故だろう。
断じて善性からくるものではない。聞けば聞く程、眼の前の男はろくでなしだ。
しかし、腕は立つ。サーヴァント頼りの行動でもなく、スグリとのやり取りを観察し、しれっと先生の横に座る程の達人だ。
後々に裏切る可能性は大いにあるが、今すぐ裏切るという可能性はないだろう。
「君が手を組みたい理由はわかった。サーヴァントの同意は得ているのかい」
「得てる訳ねぇだろ。話すだけ無駄な手合だし、普通にお前達のこと殺しに来ると思うぜ。
コミュニケーション能力がねぇチンピラなんだわ、もし遭遇したら適当に相手してやってくれ」
「……やっぱり手を組むのやめていい?」
びっくりするくらい、放任主義。躊躇いも思慮もない無軌道な言動。
この聖杯戦争でも異物たる彼を制御できるか。
先生は呆れたように笑い、淡々とゴミカス発言を続ける男に対して、姿勢を正す。
彼は大体のことは話し尽くした。次は、自分だ。
「そんで、お前の方はどうよ。生き残って聖杯掴みてぇなら、勝手に争ってくれや。
お前の贄になるつもりはねぇけど、祈るぐらいは数秒してやるよ」
「数秒って……腹の足しにもならない祈りだね……。けれど、その祈りは必要ないよ。
君とは方向性が違うけれど、私も聖杯も生存は求めていなくてね」
「何だ、お前も適当に生き返ってやる気がねぇ類か。冥界らしいしみったれた奴しかいねぇのな」
「死人以外もいるかもしれないよ」
「いたとしても、俺等とは違う。生者の足を引っ張るのが死者ってもんだ」
「そうだね。私達はもう死んでいるんだ。それを無理矢理奇跡で生き返ったら、世界がずれる可能性だってある」
幾ら、奇跡とはいえ、限界はある。無償で叶う訳ないし、冥界に呼ばれた参加者全員の命を犠牲にして顕現するかもしれない。
もしくは、元の世界からの搾取――生者を礎にした黄金杯か。
奇跡の負債は誰が背負うのか。此処に呼ばれてからずっと、先生が考えて、解答が出なかった難題だ。
「死ぬべき人間が死なないままだと、生きるべき人間が死んでしまうかもしれない。
聖杯の奇跡は私の大切な人達を脅かす波紋になる。そういう筋書きなんだろう、聖杯戦争は」
「俺からしたら知ったことじゃないが、お前の言う通り、死人が生き返る奇跡とくれば、対価もそれなりだろうな。
誰が払うか知らねぇけど。それこそお前が生き返ったら大切な人達とやらが肩代わりかもな」
「認めないし許さないさ、そんな奇跡。その対価を払うのが私ならともかく元の世界――私の生徒へと請求されるなら、奇跡は不完全なまま廃棄する。
これは私が抱えるべき負債だ、奪わせないし、歪ませない」
「聞けば聞く程、御大層で高潔な願いだ。理解ってんのか、その願い。
やる気がねぇ俺には通る。ま、外野から見る分には暇潰しにはなるだろうな」
その軌跡が本当に願いを正しく叶えるのか。
奇跡を顕現させた結果、元の世界が正しく在れるのか。
何の保証もない。唐突にぶら下げられた奇跡の切符は改札機に入れたら戻って来るのだろうか。
無邪気に信じて、裏切られる。外面の良い軌跡を信じて破滅へとつながるのは自身だ。人の身に余る奇跡は、きっと世界を不幸にする。
日常のかけがえのない奇跡を塗り潰し、結果だけを見るようになる。
「俺以外――願いに縋ってる奴等全員に同じこと言えんのか?」
結果以外、何もいらない人達を、変えられるのか。
先生はそれを知っている。理不尽と不幸は人を奇跡に縋らせる。
生まれた時から詰んでいて、奪うことでしか生きれなかった子供達を知っている。
憎悪と喪失に苛まれ、後戻りができないと銃を取った少女を知っている。
救えたのは運が良かったから。それと、助けてくれる生徒達がいたから。
また、同じことをこの冥界でやり切れる保証はない。
「それは、後先がねぇ奴等に受け入れろって言ってるんだぜ。
どう考えても無理だろ。もっと実現可能なモノにするんだな」
相互理解にも限度がある。平行線は平行線のまま、決して交わらない。
事実、先生と交わらなかったモノだってある。
例えば、搾取を是とした魔女とか、強欲に生き、権力に溺れた大人とか。
ただ、自分は運が良かったから。勝者と成り得た故に此方側にいる。
「言えるさ。これは私のエゴだ。世界も、人も、否定するだろう――我儘だよ。
憎まれる覚悟も、赦されない重みも、私はとっくに背負ってしまったんだ」
男の問いに、先生は口元を緩め、答えた。
賢しさでは到底満たせない、心底のエゴイズム。
情動というモノは大人でさえも簡単に飲み込んでいく。
「何度でも、どれだけ夜を超えても、私は冥界に叩きつける言葉は唯一つ。
奇跡は誰にも奪わせない。願いは誰にも叶えさせない」
だって、そうだろう。受け入れて、死ねよ、救世主。
「でも、言葉にするだけじゃあ口先だけの詐欺師だ。だから、私は参加者全員に提案をする。
抱えている願い――――妥協しないってさ?」
「はぁ????」
「無論、その過程で競合及び実現不可能な願い、狂気溢れる救えない人達。
総てを救うことなんてできやしない。踏み躙ることもあるし、拾い直せないものもある。
ただ、それでも、挑む前から断定しちゃうのは良くないよね?。
つまるところさ、全員の願いを聞いて、並べて、妥協点を作りたいんだよ、私は」
いいよ、死んでやる。ただし、今生の際まで貫いたエゴイズムは譲らない。
「円満な解決ができるように、さ。ラブ&ピースってやつだよ」
「イカれてるな。不可能だ」
「うん、だろうね。けれど、動かずして諦める奴を、誰が信用する。誰が預けてくれる。誰が背負わせてくれる。誰が…………救わせてくれる」
怨嗟が生まれるだろうこの世界にて、誰しもが焦がれている願いを仲介する。
自分があの箱舟で死ななかった意味。冥界にて喚び出された『生徒』と『先生』。
存在証明は未だ果てなき地平線の先にある。
「君が投げかけた言葉は渡りに船だった。
楽がしたくて仕事を投げ捨てたいようだけど、仕事はしてもらう。まあ、そこは要相談報酬ありということでお願いできないかな」
「結局、ビジネスの話に戻るんじゃねぇか。んで、前金は? まさか、善意に照準を合わせてお願いしてんじゃねぇよなぁ」
「あー……それじゃあ、週末の競艇は私持ちってことで。どうせ、行くんでしょ?
後々としては、根なし草の無職に、立場とお金がそれなりの仲介役が財布になれば、君も動きやすいはずだ」
戦略と交渉こそが本領たる先生だが、武力はない。
ザ・ヒーローという切り札を得ても尚、足りぬ力。
一癖どころではない、癖しかない参加者全員をテーブルにつかせるなど、余程の事態がないと不可能なのだから。
故に、使えるものは何でも使う。眼前のろくでなしであっても、手札として拾わせてもらう。
「私の方からも言葉を返すよ。手を貸してもらう、聖杯戦争を攻略する為にも」
それにしても、酷い、大人だ。先生は1つ嘘をついている。
全員の願い、全員の生存、全員の妥協。
それら全員の枠組みに、先生は入れていない。寧ろ、入れる余地はないとさえ考えている。
その笑顔の裏に、その言葉の裏に、自身が遺ることなど、どこにもありやしないのに。
「………………さて、どうだかねぇ。けど、ひとまずの及第点としちゃあ、認めてやるよ、『先生』」
男からすると、そんなことはどうでもいいけれど。
確かな打算が弾き出した結論が、先生を有用と改めて認識したのは、事実なのだから。
■
朝焼けは元の世界と変わらない。昼下がりは今日も晴天予定。
冥界であるのに、太陽と月は変わらず頭上にあるのは何とも違和感があるけれど。
こうして、自宅でコーヒーを飲むこともいつまでできることやら。
「これからはもっと多忙になるね。私も君も、大忙しだ」
「生前を考えたら全然ですけどね」
「お互いワーカホリックだから……いや、これは言い訳かもね」
4月1日。奇跡から始まった物語は1つの転換点を迎えることになる。
東京は23区を残して、総て真の冥界へと沈んでいった。いよいよ、争いも激化し、体を張ることも増えていく。
先生とザ・ヒーローにあたっても、それは承知の上だ。舞台に立つ以上、ブーイングは当然受けるだろう。
「こんな生き様しかできないから、冥界でも働かされている気がしてならないね。
まあ、君に選択の最果てを見せていない以上、私が膝を屈するのはまだ先かな」
「本当に、諦めないんですね」
「諦めると思ってた?」
「いいえ。死んでも諦めないでしょうね。最初のやり取りでもうそれは理解ってますから」
「流石、私の生徒」
あてがわれた家。変わらぬ職業。あったかもしれない可能性を多分に含んだ偽りの人生。
3月中は殉じていたモノも、これからは切り捨てていく算段を立てなくてはならない。
「早速だけど、今日は難問が待っている。もしかすると、君の武勇を頼りにするかもしれない」
「構いません。まだ、先生の行く末を見届けていない以上、僕が力を振るわぬ道理はない」
「改めて。頼りにしてるよ。とはいえ、相手は無差別に暴れまわる粗忽者ではない。
ひとまずの頭出しは文面で聞いてくれたし、姿勢だけは一応取ってくれるはずだ」
されど、根幹たる願いは決して捨てやしない。
奇跡を誰の手にも渡さないこと。子供を導く標として生きること。ザ・ヒーローの選択を見守ること。
懐にある2枚のカードは『先生』を崩すことを赦さない。
総てを貫くことで見る最果てを、必ずや、と。
「それじゃあ、そろそろ出ようか。今日も一日、気張っていこう」
無論のこと、これまでも身体を張り、各主従との積極的なコミュニケーションは取ってきた。
3月の間、色々と駆けずり回り、参加者を仲介して回った。その中には死んでしまった者も、生き残っている者もいて。
……生き残っているんだよなあ、あの人。
電車に乗って待ち合わせの場所に向かっている最中、そんなことを思った。
伏黒甚爾という男は正しく異端であった。
力量で言うと、掛け値なしの最強で、それと同等にろくでなしな男。
先生と甚爾は数少ない生き残りの知り合い――腐れ縁とも呼べる間柄になっていた。
仲介人と依頼人。メッセージアプリで適度にやり取り及び会ったりしているが、会う度に金を集ってくるのはいかがなものか。
相応に情報をもらったり、他陣営を探ってもらったり、自分では手が回らない部分を担ってる所もある為、強くは出れない。
今回の相手の情報だって、彼から手に入れたものだ。交渉の設定及び場を整えたのは自分だ。
「よう、先生」
「珍しいね、時間に遅れないなんて」
「近くで野暮用があったからな。バックレても良かったが、まあ……気分だ」
いつも通り、だらしがない上下スウェットと便所サンダルの男は都会では妙に目立つ。
身嗜みに気を使わない男は今日も絶好調のようだ。
それに比べて、スーツを着こなし、できる大人を醸し出している先生との対比は激しい。
合流した二人はゆったりと今日の難問たる待ち合わせ場所へと向かう。
並んで歩くには不釣り合いな二人は道行く中でも程々に目立つ。
「そういえば、天童アリスに会ってきたぜ」
「元気そうだった?」
「うちのサーヴァントにナチュラル煽りをかましてた。
先生なんだから、生徒の教育はちゃんとしておいた方がいいんじゃねぇの?」
「……そこがアリスらしい所でもあるから。保護した方がよかった?」
「お前が見守る必要がねぇくらい、強いサーヴァントが憑いている。一見で裏切りそうにないしな。
あれで死ぬんなら、よっぽど運が悪い。アレが憑いてるより安全なことを上げる方が難しいわ」
どうやら、自分と出会う前に小競り合いがあったらしい。
その際、色々とお使いも頼んだとのことで、子供も兵器でパシる傲岸不遜ぶりだ。
とりあえず、彼の見立て通りだと、アリスはサーヴァントについては当たりを引いているようだ。
「現状、君が見つけたうちの生徒は各々、うまくやっているから安心したよ。
いや、呼ばれている時点でとてもまずいんだけどね」
「冥界のお導きで、お前が知らん所で死んだんじゃねぇのか」
「理由なんていくらでもでっち上げれるから何ともね。後、次そういうこと言ったら、ご飯は奢らないよ」
「わかりましたよ、仲介役様。ともかく、今は逞しく生き残っているからいいだろうが。
天童アリス、宇沢レイサ、プラナ。どいつもこいつも仲間なり、強いサーヴァントを当てるなりして、うまくやりくりしている」
甚爾に個人的に依頼した中で、生徒達がいるかどうかも含まれている。
全員、彼の報告から読み取る限りは自分らしくやりたいことをやっているようだ。
合流はいずれするが、タイミングが肝要だ。
あんまり過干渉になっても仕方がないし、こちらはこちらで危険な綱渡りをやっていることもある。
大人にしかできない行動及び振る舞いもしている為、何とも悩ましい部分である。
「生徒の心配をするより、自分の心配をしな。ちゃんと棺桶用意しとけよ」
「甚爾は?」
「してねぇけど。油断も慢心もないが、あのガキに殺られるにはまだ早い。
それにしても、一度殺リ合った間柄の俺を話し合いに呼ぶかね。
とうとう気が狂ったか? いや、元から狂ってたな。
財布だけ渡してくれたら、サービスで楽に死なせてやるよ」
「君達、逼迫した戦場で出会ったら間違いなく殺し合いになるでしょ。
そうならないように、まだ平穏が残っている内に、顔合わせでガス抜きがしたいんだよ」
「殺し合った間柄なんだぞ、お前。戦場でなくても、殺し合うに決まってるだろうが。
自分を半殺しにした猿を見て、我慢ができるたまじゃねぇだろ。
理性的なのは表面だけで内面は情動で動く激情家だぞ、あいつ」
今から挑む仲介ははっきり言って、難問だ。
仲介もまるで意味をなさない犬猿の間柄に握手をさせるようなものだ。
とはいえ、やる前から諦めてしまえばそれこそ始まらない。
散々に生徒達に偉そうなことを言っておきながら、自分が真っ先に諦めていたら示しがつかない。
あらかじめ、文面上では須らく提案及び説明はしているが、失敗の可能性しか視えない。
ともかく、決裂時の対応も考えてはいるので、精々気張るだけだ。
「はじめまして、夏油傑さん。お噂はかねがね」
「これはご丁寧に。貴方が『先生』でよろしいですよね?」
取り急ぎ、最初からブチギレの顔はしていないようで一安心だ。
待ち合わせ場所は池袋。
酷く目立つ格好をした男――、袈裟を着て営業スマイルを浮かべている夏油傑に挨拶を。
ファーストインプレッションは大事だ。社会人として、先生は初手
「よう、クソガキ。死に損なってて何よりだ。そりゃそうか、俺が手加減してやったんだからな。
それにしても、図体ばかりデカくなって、内面はガキのままか? 相変わらず面白みのねぇ顔してるけどよ」
「………………っ」
「すみません。この人には後で言い聞かせておくので……。ちゃんとTPOは弁えてねって伝えたつもりが、全然理解できていなかったようです」
「いえ、貴方が気にすることではありません。ただ、猿以下の塵芥でも聖杯戦争に参加できるんだなって」
やっぱり、だめかもしれない。この仲介。
【豊島区/一日目・午前】
【先生@ブルーアーカイブ】
[運命力]通常
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]大人のカード、黒焦げの大人のカード
[道具]
[所持金]潤沢だったが、甚爾にたかられているので金欠気味。
[思考・状況]
基本行動方針:『先生』。奇跡は誰にも渡さない。
1.聖杯戦争参加者の願いに対して、妥協点を作る。その為に参加者同士、仲介をする。
2.あの子(スグリ)どうしようかなあ。それに生徒達と合流は……悩ましい。
[備考]
※3月中、伏黒甚爾と競艇に行ってます。詳細はお任せします。
【■イ■ァー(ザ・ヒーロー)@真・女神転生】
[状態]健康
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:『先生』の『生徒』。
1.可能性が溢れたこの世界でさえも。きっと滅ぶのだろう。あの東京のように。
[備考]
【伏黒甚爾@呪術廻戦】
[運命力]通常
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]拳銃
[道具]複数保有(詳細不明)
[所持金]先生にたかっているので、潤沢
[思考・状況]
基本行動方針:当分は臨機応変にやっていく
1.殺すぞ、クソガキ(夏油)が!
2.とりあえず、仲介人である先生と楽にやっていく。クソガキ(スグリ)は知らん。アリス? 連絡は来るだろうが、どうすっかね。
3.ランサーは置いてきた、これからの話し合いに使えねえからな。勝手に殺し合っててくれや。
[備考]
※宇沢レイサ、プラナ、天童アリスの主従を捕捉しています。
※3月中、先生と競艇に行ってます。詳細はお任せします。
【夏油傑@呪術廻戦】
[運命力]通常
[状態]健康
[令呪]残り3画
[装備]淀んだ穢れの残滓、呪霊(3桁規模、シャドウサーヴァント含む)
[道具]
[所持金]潤沢
[思考・状況]
基本行動方針:見込みがある人物は引き入れる、非術師は優先して駆除。
1.殺すぞ、猿以下が!
2.ひとまず、先生の話を聞く。猿(甚爾)は死ね、連れて来るな。
3.双亡亭を監視。攻略の準備をする。それにしても、寶月夜宵……素晴らしいね。
[備考]
※寶月夜宵を『西の商人』で気づかれない範囲から監視しています。
※双亡亭を『崖の村の少年』『成れ果ての衛兵』で監視しています
【キャスター(リリィ)@ENDER LILIES】
[状態]健康
[装備]猛る穢れの残滓、古き魂の残滓
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:夏油に寄り添う。
1.『マスターが本気で怒っていて心配』
[備考]
【座標不明/一日目・午前】
【スグリ@ポケットモンスター・スカーレットバイオレット】
[運命力]通常
[状態]健康
[令呪]残り3画
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:鬼さまといっしょに戦う。
1.鬼さま、おれ、頑張るよ。
[備考]
投下終了です。
一旦予約を破棄します。
ゲリラですが投下します
◆
これまでずっと、一戦を終えればその場で帰路についていた。
必ず一騎は首級を挙げてきたから。
消耗も軽微で危なげなく勝利していても、常に余裕を残して一日の行動を終了させている。
後方支援のない環境。与えられた神秘、英霊という未知の武装。
学習の機会と時間さえ得られれば、最高のコーディネイターの能力値は異種異形の戦争にも対応を可能とする。
手持ちの駒の能力を確かめ、戦果を値踏みし、記録を内省し、次なる戦術を考案する。
魔術戦を制する手応えを、自己の感覚に慣れさせる為に。
一月の試用期間を過ぎてその実践は叶ったわけだが、今回の失態を経て修正の必要を迫られていた。
主従ともに痛手を被り、取るべき首を逸し敗走を許す始末。
今回求められた成果とは奏者と英霊の消滅であり、設計にない挙動とは、許されていない失敗である。
アコードの役割を果たす管理者に生まれた身には起こり得ない、失敗の烙印を押された事による熱は、未だにオルフェを静かに焼いている。
「セイバー。傷の具合は」
「骨にも肺にも届いていない浅手だ。全力に差し支えはしない、放っておいてもじき治る」
痛みでパフォーマンスを損なう繊細な神経の持ち主でもない、十全の戦闘は可能なのだろう。
アルトリアは先の負傷もどこ吹く風とばかりに、また買い込んだファストフードをもきゅもきゅと仏頂面で口に入れている。
黙々とかっこんでいるのは不機嫌そうにも見えるが、表面的な思考に苛立ちの色は見られない。
終始優勢の中で狂人と紙一重の救世主に一杯食わされても、余分な感傷を残すまいと泰然を崩さず。
私情を挟まぬ戦地での判断。乱世における冷酷な判断力については、騎士王はオルフェよりも遥かに巧みだった。
次なる敵の目星もついておらず、こちらに向かう敵意も感じられない現状を鑑みて、今後の動きを思案する。
あえて見に回る理由はないが、焦れて事を急くように接敵を求めるというのも些か軽挙が過ぎる。
療養などという生易しい処置は不要だが、息を整えるぐらいの余裕は確保しておくべきか。
要害の観点で見ればまったく論外の拠点でも、セーフハウスとしての機能ぐらいは一応は果たしてある。
意図していない連戦が立て続けに起き、良からぬ陥穽に嵌まる前に、取れるものは取っておくのも地に足のついた選択だ。
問題はこれを受け入れる側であるオルフェの気性。
無難な撤退を臆病風と捉えられる侮辱を流せるかどうかにかかってくるが……。
「見られているな」
無造作な咀嚼音が歩みと共に止まる。
指に付着した油を舐め取り、王の視線が鋭利を帯びる。
食事時からの切り替えの早さ……いや、常在戦場の王にとっては食も戦も分たられない同列の順にある事項なのだろう。
「敵か?」
「それは必要な確認か? 我ら以外の葬者と英霊とは、即ち殲滅する敵でしかないだろう」
サーヴァントではなく、こうしてる今もオルフェは思念をキャッチできていない。
これまで見た魔術師が使う、動物の死骸を利用した監視の使い魔といったところか。
セイバーが気づいても離れる素振りを見せないのなら、察知されるのを前提にした接近……戦闘以外を目的にした間諜という事になる。
「では改めて問おう。どのような相手だ?」
「サーヴァントの気配ではないな。害意は見せぬが視線だけはこれ見よがしに放っている。実に安い誘いだが……む、近づいてきたな」
人の往来のない道路で聞こえてくるのは地面を鳴らす靴の足音ではなく、何かが高速で回る駆動音。
果たして姿を見せたのは、空中を飛行する虫……強いて言えばトンボに近い形状の機械に、色違いの球体を載せたような珍妙な物体だった。
「……ドローンか?」
無人航空機、いわゆるドローン技術は、この東京の時代に既に一般にも普及している。
然るべきコネと技術さえあれば誰であれ資格を取得できる代物だ。
よってこれのみで相手の所在を判断できる材料には本来ならない。
しかしオルフェの目は誤魔化せない。機材こそ現代基準だが、組まれたプログラムの緻密さは、最新鋭のロールと比較してもなお上の性能だ。
そう判断できるのは、他でもない彼がここより遥か先の未来の時代の住人であるからであり。
然るに、コレを寄越した主の来歴を予想するに至らせた。
『このような機会越しで失礼いたします、オルフェ・ラム・タオ様。
ですがどうしてもお話をしたく、このように使いを向かわせる形でアポイントを取らせていただきました』
加工こそされているがリアルタイムでの通信だろう。
流暢な女性の声が、オルフェを名指しで呼ぶ。
最初から身元・動向を完璧に把握した上での接触。
「ふむ。いつから我々を補足していた?」
動揺はない。戦闘の後にこうした出会いが出てくるのは折り込み済みた。むしろ狙い通りだとほくそ笑む余裕すらある。
「存在を確認したという段階であれば、かれこれ2週間以上前になるでしょうか。そこから暫く観察させていただきました。
まったくもって素晴らしい戦いぶりでしたわ。並み居る英霊を全て斬り伏せ、逃げも守りも許さずに葬る。鎧袖一触とはこの事です」
「なるほど、理解した。闇夜に紛れて戦いを盗み見とは、間諜の英霊を従える葬者らしい手だ」
「あら、バレてしまいましたね」
「光に寄る虫のように毎夜纏わりつかれれば嫌でも察せるとも。その手の愚か者がどういう手を取るかも含めてね」
破竹の勢いで勝利を重ねるセイバーの戦いぶりを見て、同盟を打診してくる陣営は数多くあった。
一時協力して盤石の態勢を築こう、共に聖杯に邁進しよう。
大言を吐いても、結局はどれも強者のおこぼれに預かろうとする小物ばかり。
思考を読むまでもなく透けて見える、寄生虫の如き有象無象だった。
オルフェが単騎で戦線に出向くのは、既に自身のサーヴァント一騎で事足りているからに他ならない。
必要な数値は足りてあり、傘に着るだけの助勢など不要。
身の程を弁えず、能力に余る利権を欲する輩に椅子を用意する温情をかけてやる気などない。
よってその場で例外なく消した。どの道小手調べの洗礼すら凌げない程度の駒を抱えていても足枷になるだけだ。
オルフェにもアルトリアにも存在を悟らせず、今日までの監視が可能だったとすれば、該当するクラスはひとつしかない。
高ランクの気配遮断スキルを保有する英霊───アサシンクラスによる間諜。
霊体化し、ターゲットを定める為の気配も消されては、さしものアコードの能力も用をなさない。
マスター殺し───アサシンクラスの常套手段は、たとえオルフェであろうと即死圏内に含まれる凶手といえるだろう。
このタイミングで接触を望んだのもまた狙い澄ましている。
常勝無敗の王が、遂に敵を討ち漏らした。円卓の騎士王に対抗し得る戦力が冥界には集っている。
単独では一筋縄ではいかないと悟った今でなら、交渉の余地が生まれている。
この主従に欠けているのは、陣営に関する情報を集める網。自分ならそれを提供できる。そう歩み寄れる。
もし断れば、間諜の目はそのまま暗殺の刃へと変わり、昼夜を問わぬ脅威となって忍び寄る───。
「それで? その結構な情報力で私が素直に話に応じるとでも?
大方、先の一戦を見て今なら付け入る隙もあるだろうと擦り寄りに来たのだろう。
自慢の情報網には、 今のように浅はかな脅迫で阿ろうとした者が、どういう末路を辿ったのか記録にないのかな?」
言外に恫喝されていると察しても、物怖じする事なく機械の奥にいる某主に迫る。
王の首を狙う不遜な刺客の奇襲など、とうに経験済み。
智謀を尽くして強者の裏をかき、絶対的な上位に立ったと思っていたのが、一瞬で断崖から突き落とされているのを理解できないまま消滅していった顔も、何度も見ている。
太く強固な王道は邪道を轢殺する。
真の絶対たる護り手の走らせる剣閃こそが偽らざる証だ。
戦いという分野で、オルフェが自らのサーヴァントに託す信頼は全幅のものだ。
この剣が在る限り、恐れも敗北もこの身に落ちる未来(コト)は無い。
「私は最強のセイバーを統べ、ただ当たり前に勝ち進むのみ。姑息な策を仕掛け機を窺う必要もない。
狙うというなら好きに来るといい。私はあなたの顔も名も知らぬまま冥界に還す事になるだろう」
交渉も調略も最初から受け付けぬ。
それは名目上とはいえ対等の者同士で交わされる契約の名だ。
オルフェにはいない。配下も、同族も、伴侶までも用意された御子に、『同等の存在』などという配置は存在しない。
葬者に求めるのは、大人しくその魂を差し出せというただ一択。敗着した運命を覆す奇跡は誰にも譲らない。
『───素晴らしい』
全否定で卓を突き返された女の声は、こちらへの称賛に満ちていた。
『もちろん、あなたのご活躍は存じています。その戦いの姿勢もまた。
あなたは孤高の星。群れを作らず、作っても決して他とは交わらぬ地上の王。
直接姿を晒す勇気もない臆病な私がすぐに並び立とうなど、初めから考えておりません。
できる事といえば、そう───気持ちばかりの投資ぐらいのもの』
会話中、位置を変えず滞空したままだったドローンがオルフェに近づき、上部に設置された薄緑色の球体が首を回すように動く。
アルトリアは動かない。意思持たぬ機械相手にも戦士の直感は精確に働いている。
あれには銃器も刃物も仕込まれておらず、自爆の機能すら有していない動く置物だと理解していた。
『そちらの『ハロ』は、我が社の自慢のドローン技術を導入したAIロボットです。
見た目から子供の愛玩用にも思われますが、各種インフラに接続、操作する優秀なインターフェースでもあります。
そしてその個体には、私共が集めた聖杯戦争に関するデータ……その全てが収められています。
これを、友好の証としてあなたに進呈いたします』
「ほう」
言葉に偽りがなければ余りに過大な供与だ。
諜報に専念してきて一月を生存してきたのなら、収集してきた情報はかなりのものの筈。
上手く活用出来れば、戦局を自由に操作するのも可能だろう。
「その代わり、あなたに対処できない怪物を討伐しろ、か。随分と迂遠に要求をするものだ」
『まさか。何を信じ、何を定めるかはあなた次第です。私は何も求めてはいません』
「私が陣営を落としさえすればよいのだから関係ないと。大した融資な事だ」
情報の真偽はどうあれ、これを元手にして動くのであれば、実質向こうに都合のいい方に誘導されてるようなものだ。
何を選んだところであちらの利になるよう、情報を選別してあってもおかしくない。
直接オルフェを指名し交渉を望んでいるというのは、逆に言えば他の組に比べて与し易く、舐められてるという事。
友誼など欺瞞も甚だしい。
これは体の良い露払いと見做し、天に座す王者を小間使いにする蛮行だ。
本来であれば激昂しかねない場面であるが……感情の波を揺らめかせず、オルフェはハロの本体を手に取る。
取り扱いを聞くまでもなく構造を把握、コンソールを見つけて滑らかに操作する。
目に相当する部位からの光でスクリーンが映写され、情報を閲覧し始める。
豪語するだけはあり、データの全容は膨大なものだった。 かなりの詳細が事細かに記されている。
確認できた葬者のプロフィールには所在地や職業、英霊であれば外見、クラス、能力値……戦闘の破壊範囲、現時点での生死状況まで。
偽の情報を特定するのは困難といっていい。少なくとも大凡の概要は信頼度が高いといえた。
これには素直に舌を巻く調査結果と言わざるを得ない。
『ご満足いただけましたか? より追加の調査をお求めでしたら喜んでお受け致しますが』
上機嫌な声に対して、オルフェはわざとらしく、かねてよりの質問を言い放った。
「……ああ、そうだな。ひとつ尋ねたい事があった」
『何でしょう?』
「モビルスーツ、というものをご存知かな?」
『───』
息を呑む無音。
悠然に盤面を操作して満悦でいた声が、唐突に途絶えた。
それだけで画面の向こうの動揺ぶりが伺い知れる。
無理もなかろう。オルフェとて先に聞かれれば同じ反応を見せていただろう。
15メートル級以上の人形機動兵器。モビル・スーツという単語が仮想世界で一般的でないのだから、反応を示した答えは明白だ。
自分と彼女は同郷───最低でも近似した世界観の生まれの可能性があるのだと。
『……驚きましたわ。まさかこのような巡り合わせがあるとは』
「私にとっても意外だよ。ドローンはともかく、この機械に用いられているプログラムは、現代では作成できないレベルだ。
それでいてパターンに私の知るそれと類似性があったか。近い世代とはないかと踏んではいたが……」
『近い世代……失礼ですが、そちらでの年号を伺っても?』
「コズミック・イラだ」
『私の時代ではアド・ステラと呼んでいます。……冥界となれば時代も空間も一緒くた、という事なのですね』
「そのようだ。同じ兵器を扱う、違う世界───か」
まさに奇縁と呼ぶべき巡り合わせだろう。
異なる時代同士、同じ名を冠した兵器の歴史が、死後の墓穴で繋ぎ合わさるとは。
聖杯の超抜性、冥界の特異性が改めて浮き彫りにされた。
『こちらからもいいでしょうか。
ガンダム、というモビルスーツに聞き覚えは?』
「いや、ないな。せいぜいが特定のモビルスーツに使われるOSの通称程度としか」
『私共の世界では重要な意味合いのある名前です。
外観は設計者にもよりますが……大抵はこのような形態に収斂します』
スクリーンに出される映像をを見たオルフェの目が、驚愕に見開かれる。
二角の角を付けた、二つ目の白亜の巨人。
オルフェの人生に、二重の意味合いで敗北を与えた、あのおぞましき怨敵───。
「……ああ、その姿なら覚えがあるとも。そうか、そういう名前なのか。
しかし技術水準から見るに、そちらも既に宇宙進出を果たしてると見るが……こんな機動兵器が必要になる時代だ。
私の世界とそう変わらない混迷なのだろうな」
『……そちらの宇宙でも、苦労があるようで」
風向きと、温度が変わる。
会話の議題が情報の供給から、互いの生きた時代への興味にスライドする。
『私の生きた世も、同じく荒廃の時代でした』
無言のまま、オルフェは先を促す。
『水星にまで移住し資源を掘り尽くす消費文明。
人を未来へ、さらなる宇宙の先へ導く技術は私欲によって兵器にされ、異端の名の元に焼かれ失落した。
そしてそこまでして維持された世界は、自己の利益の為に人の子さえ兵器として使い潰す有り様。
我々の犠牲は忘れ去られたばかりか、無意味に排され、魔女という汚名の烙印を押されたのみでした。
私はこの構造を破壊し、新たな秩序を生む変革に臨んだ者。その成れの果てでございます』
持って回った、やや芝居がかっている言い回しだが、演出の範囲を超えてはいない。
偽りで語る様相にここまで実のある重みは伴わない。語る歴史は大凡事実に則しているのだろう。
星の海を飛び越えた、同水準にある技術を持った別次元の世界でも、人は愚かで、正しく生きられない。
「まったくだ。地球の重力を振り払っても、人の愚かさは歯止めが利かない。
つまらぬ恨みを忘れず、ままならない憎悪を振り撒き、絶滅を叫ぶばかりの世界だよ」
『心中お察しします』
惨憺たる情景を思い起こさせる内容に、オルフェが抱いたのは納得だ。
郷愁を懐くほどにどうしようもない不実の未来への納得だ。
悟りなど夢のまた夢、空に絵を描く空想であり、現実に齎さない妄想。
手を変え品を変えようが、人の本質は少しも変化しない。
運命を差配するに値しない無能が足を引っ張り合う、オルフェの生きた世界と何も変わりない。
落胆はない。安堵といっていいだろう。
話を聞けてよかった。どこかであるいは、と期待していた部分もあったがそれは正しかった。
導く者の不在による混沌は、世界共通の陥穽であると確信に到れたのだから。
やはり世界にはオルフェが、統制者が不可欠なのだと。
「さぞ口惜しいだろう。理想が道半ばで潰え、このような荒れ地に放逐されるとは」
『いえ、それが実のところ、私の望みは叶ったのですよ。それも私が望んだものとは違う、想像だにしない形で』
「……なに?」
遠い宇宙の歴史へのシンパシーは、しかし次なる一言で覆された。
オルフェが最も忌む、人の愚かしさの極限のような言葉によって。
『様々な様子が合わさり、一言で表すのは難しいですが……そうですね。
あえて言うならば───愛、でしょうか」
「───────」
胸の奥に生じた虚無に、オルフェは失笑すら忘れた。
「何故……そこで、愛などという言葉が出てくる?」
「あら、おかしいでしょうか? それなりに普遍的な概念だと思いますが」
質の悪い冗談としか思えない。先程と同一の話題をしているのかも疑わしい。
よりにもよって、ここに来て出てくるのがそれなのか。
一体何故、打ち捨てられた地獄の底に落ちてまで、そんな言葉を耳に入れなければならないのか。
オルフェの胸中に渦巻く怒りと当惑をよそに、女は今までで最も情を乗せた声で耳障りな話を続ける。
「母を想う子。子を想う母。妹を想う姉。姉を想う妹。
家族の愛によって世界は救われ、混迷の闇は払われたのです。まるで童話のお伽噺のような、素敵なお話でしょう?』
椅子から硝子を落としたような、呆気ない破砕の音が聞こえる。
なまじ関心を向けていただけに、失望の落差も大きかった。
詳細をわざわざ聞くまでもない。
愛についてのご高説は、死の間際に散々に諭された。
運命だった筈の女。それを奪い取った男。
人は必要からではなく、愛から生まれると、刀を翻して己に突き刺した。
いい加減に聞き飽きた。誰も彼も同じ話を、よくもまあ飽きもせずに宣うものだ。
黄泉の冥底に愛など不要。理解も要らない。
そんなものは結果の後に得られる付属物でしかないと切り捨てる。
オルフェが必要とするのは勝利。その為に欲するのは列に並べられた葬者の首。
毀たれた価値を修復できるのは、己の性能の確かな証明と成果だけだ。
問答は事足りた。
顔も見えぬ闖入者への関心は既に片鱗もなく失せている。
それに丁度、仕込みも終わったところだ。
『少し、話し過ぎましたね。これ以上はこんな場所で続けるものではないでしょう。
宜しければオフィスにご案内しますので───』
「いいや、そこまでの配慮は不要だとも───セイバー」
指示を飛ばした時点で、オーダーは完了していた。
具現化した聖剣は出現と同時に手元のハロを串刺しにし、内部から鮮烈な火花を散らしてクラッシュさせる。
眼前で咲き乱れる火花に構わずオルフェは端末に指を伸ばす。
フレームの破損、回路の断絶でシャットダウンする直前の電脳に、王の一手を差し込み詰めて行く。
そうして首尾よく王を掴み、停止する寸前の通信回路を経て見えた『仮面を被った女』に、オルフェは最後の言葉を伝えた。
「今度はこちらから直接伺うしよう。
次に語り聞かせる童話を吟味しておくことだ、レディ・プロスペラ。
もっとも───披露する機会は二度と訪れないだろうが」
『──────!』
何事かの呟きはノイズに呑み込まれて声にならずに消えた。
剣を引き抜かれた勢いのまま放り出されたハロは機能を完全に停止し、落ちた先で目の光を永遠に閉ざした。
機械を介しての第三者が去り、残るは元の葬者と英霊の二人のみ。
「壊してよかったのか、アレは?」
「情報は全て記憶に入れてある。何らかのバックドアが挟まれてないとも限らんし、持ち運んでも嵩張るだけだ」
突然のアポイントを鷹揚に応対し会話を引き伸ばしたのは、何も協力の打診をよしとしたわけではない。
あちらの本命だったであろう、情報を通して鉄砲玉に仕立てる算段に乗ったわけでもない。
インターフェースをハッキングし、逆に相手の居所を取得する為に、無駄話に興じた振りをして時間を稼いでいたのだ。
コズミック・イラの技術力と、あらゆる才能の限界値を生来から獲得しているアコードの能力であれば、現代の機器を操作するのは造作もない。
仮想敵としていたベネリットグループへの対策に、予めプログラミングの突破法を考案していたのも効果があった。
敗戦から立ち直る前につけ入ろうとした敵方だが、オルフェの先見の明によりあえなく撥ね付けられ、地金を晒す失態を演じる羽目となった。
「座標は掴んだ。やはりベネリットの系列だったな。シン・セー開発公社……ふん、都心で冥界化に慌てふためく陣営を見下ろす気でいたか」
とはいえ万事が思い通りかといえば、そうともいえない。
名前が判明したプロスペラ・マーキュリー……彼女が擁する技術がオルフェに肉薄する性能だった。
寄越されたハロというドローンの掌握は、率直に言って手を焼いた。
この時代の産物としては考えられないレベルの防壁が築かれており、手持ちのツールでは攻略に手間がかかりすぎる。
破れる自身はある。だが時間をかけては異常を検知したプロスペラに気取られる恐れがある。
逆探知が出来なくなる覚悟でアルトリアに物理的にプログラムを壊させて隙を作るという、乱暴な手段に訴えるしかなかった。
速度を優先したとはいえ明確な反省点だ。
「それで、潰しに行くか? 嗅ぎ回られても煩わしいだけだ」
「今頃は会社を出ているだろう。複数ある支社を虱潰しに回るのも効率が悪い。
逃げ回るしか能のない匹婦であれば、巣穴から出た途端遠他の獣に捕食される事もあるだろう。追跡の対象ではあるが絶対とはいえないな」
影から戦局を操作しようとする輩を、同じ盤面に引きずり下ろした。今はこれで十分だ。
急いて仕留める程でもない。時間をかけて追いに追い立てて、疲弊したところを縊り殺せばいい。
「フ───しかし会話の片手間に特使の頭を弄るとは、手癖の悪い王もいたものだ」
「ハッキングは情報戦の基本だろう。隙を見せたあちらの落ち度だ」
蜘蛛の吐いた糸を千切り、攻め手を増やせる選択肢も得た。
手札は潤沢に揃っているのなら手をこまねいている暇はない。
甘言に乗ってやるのは癪だが、守りに入っても得るものは少なく、進撃こそが優勝の近道なのも事実。
まだ見ぬ敵へ対する必勝の戦略を練りながら、王と騎士は次なる勝利に向けて人の賑わう市街地へ戻っていった。
オルフェ・ラム・タオとプロスペラ・マーキュリー。
それぞれが母なる大地と星の海を行き交う世紀を生きる者同士の邂逅は、直に対面する事なく決裂する結果となった。
互いの所以を知らず、理由を知らず、隣ですれ違うだけの交差。
しかしオルフェはこの時に知った。
ふたつの世界を繋ぎ合わせる、知られざる原型(アーキタイプ)の鋳型の名を。
「ガンダム───か」
運命を断った自由の翼。無垢に気高き魂に付けられた傷。
穢らわしき呪いの象徴、存在してはならない忌みの銘として。
【新宿区/一日目・午前】
【オルフェ・ラム・タオ@機動戦士ガンダムSEED FREEDOM】
[運命力]通常
[状態]健康、釈迦及び彼の中に見たイメージに対する激しい不快感(小康状態)
[令呪]残り三画
[装備]
[道具]
[所持金]潤沢
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を入手し本懐を遂げる
1.得られた情報を元手に、戦略を練る。
2.バーサーカー(釈迦)とその葬者は次に会えば必ず殺す。………………紛い物が。
3.プロスペラを追跡する。
4.異なる宇宙世紀と、ガンダム───か。
[備考]
※プロスペラから『聖杯戦争の参加者に関するデータ』を渡され、それを全て記憶しました。
虚偽の情報が混ざってる可能性は低いですが、意図的に省いてある可能性はあります。
※プロスペラの出自が『モビルスーツを扱う時代』であると知りました。
また『ガンダム』の名を認識しました。
【セイバー(アルトリア・ペンドラゴン〔オルタ〕)@Fate/Grand Order】
[状態]疲労(小)、胸元に斬傷
[装備]『約束された勝利の剣』
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:蹂躙と勝利を。
1.…さて。
2.バーサーカー(釈迦)は面倒な相手だった。次は逃さん
[備考]
◆
◆
砂嵐を巻き起こすノイズを最後に、繋いだ回線は強制的に閉ざされた。
難解な交渉相手との面談を終えたプロスペラ・マーキュリーは、社長室の椅子に腰かけて深く息をついた。
「思った以上に、気位が高いのね、王子様」
ベネリット社とジャックによる、社会の表裏からによる情報戦略。
オルフェ・ラム・タオは、予てよりこの戦争の優勝者の有力候補にピックアップしていたうちの1人だ。
自らを隠し立てせず、正道を進み、歩く速度で敵という敵を踏破する。
プロスペラが調べ上げた中での、葬者と英霊の総合値が非常に高く纏まっている完成されている正統派だ。
数ある優勝候補から接触相手を選ぶなら、この主従だと当たりをつけていた。
なにせ他は会話が成立するか疑問の怪獣や、正体が一切不明の災害じみた謎の消滅者といった際物ばかり。
まっとうな話し合いが可能というだけでも選ぶ価値があり、雌伏してるダークホースを除けば最も安定した強豪といえよう。
それだけに軽率な接触は控え慎重に動いていたが、丁度ジャックを監視に出していた時間帯で起きた戦闘に期せずして機は巡ってきた。
無傷無敗を誇ったセイバーのサーヴァントが、終始優勢だったとはいえ痛手を受け相手を逃がすという顛末を迎えた事で、最適なタイミングが整った。
都合よく取り込めるとまで侮れははしないが、会談の場を設けるだけの余地が生まれていると踏んでの事だ。
「どうやら逆鱗に触れてしまったようね。愛に飢えてたのかしら?」
結論からいえば失敗した。
オルフェの激情を引き出してしまい破断に終わってしまったばかりか、プロスペラの正体と所在を暴かれるという痛恨の逆襲を食らってしまった。
想定を上回る優秀さだ。しかもまさか、同じくモビルスーツを扱う時代の出自だとは夢にも思うまい。
アド・ステラにGUNDがあるように、コズミック・イラなる時代にも何らかの特殊な技法が存在しているのかもしれない。
未知の可能性というのは恐ろしい。母を救う希望にも、娘を喪う絶望にも変わりかねないのだから。
「ただいま、おかあさん/マスター」
扉を開ける音もなく、机に乗った状態でジャックが実体化した。
「お帰りなさい、ジャック。どうだったかしら?」
「うん。とっても強そうだったよ、おにいさんのサーヴァント。
それに、とっても魔力が強いの。おんなのひとなのに、わたしたちの宝具じゃ殺し切れないかもしれない」
「あらあら、それは大変ねえ」
プロスペラが交渉を進めてる間、オルフェとセイバーに決して気取られぬまま2人を監視するのがジャックの役割だった。
いかに首を取れる状況にあっても、ここで奇襲をかけようものならあらゆる優位を切ってでも敵対の立場を取るだろう。
セイバーの埒外に強壮な魔力により、それも杞憂に終わったようだが。
「ごめんなさい、おかあさん……」
「ううん、謝らなくてもいいのよ。私達が倒す必要はないんだから」
オルフェが推察した通り、プロスペラの狙いは強豪陣営の潰し合いにある。
聖杯戦争が推移し、舞台上が縮小されるにつれ、現状は一時的な小康状態にある。
トップランカー同士が衝突したり、考えなしの狂人が大量殺戮でも起こさない限り……暫くは散発的な小競り合いが続くと見られる。
こまごまとした削り合いで残るのは、順当に地力のある陣営に限られる。
大企業という強力な地盤と暗殺者を抱えてはいても、正面きっての対決などという状況は避けるべきだ。
暗殺者にとって殺人を行う絶好の機会。
闇夜と、人混み。それと混乱だ。
凪いだ水面に波紋を浮かばせるには石を投げ込めばいい。それもできるだけ大きく重い石を。
マスターは無論の事、サーヴァントをも屠る大物食い(ジャイアントキリング)を生めるフィールドの形成に、オルフェという巨石はうってつけの人選といえたのだ。
「おかあさんは大丈夫? あのひとたちに酷いこと、されてない?」
「平気よ。ちょっと困った事にはなったけど、でも何もしないよりずっと多くを手にできた」
「逃げればひとつ、進めばふたつ、だね!」
「そうよ。本当にその言葉が好きになったのねぇ」
予定を大きく外れてもプロスペラは狼狽えない。
第一目標である戦場の活性化に関しては、これで達成されている。
オルフェに情報は渡った。あれに嘘の情報は一切入れていない。あえて抜いた部分も無いとはいえないが。
そしてその有能さ故無駄に捨てるのをよしとせず、最上の効果を発揮させられる戦場を用意する事だろう。
予定外なのは、その標的にプロスペラも含まれている店のみだ。
むしろプロスペラさえも巻き込まれた、より大きな波紋を生み出す事ができたという見方も、なくはないだろう。
全てが目論見通りに動く事など殆どないのだ。
第一義の最終目標を違えずに、そこから逆算して枝葉を伸ばして系図(チャート)を形成していく。
綿密な計画と土壇場での方向転換、その双方を情勢に合わせて巧みに入れ替えてこその魔女。
人心を読み抜く魔の手腕は遺憾なく振るわれている。
とにかく今はここを引き払うべきだろう。
シン・セー及びベネリットは既に補足されたと見ていい。いつまでもいるわけにはいかない。
幸いにして都内に支社は複数存在する。参加の系列を辿れば更に候補は増える。
この全てからピンポイントで所在を明らかにするほど鋭敏な探知能力があるとは思えない。
そんなものがあればもっと積極的に敵を探し当てていた筈だ。運気はまだプロスペラにある。
「それにしても───どこにいってもこんな話なのね」
最後に、世代が近似し、技術も似通い、地獄ですら相似しているらしき世界への感想を一言漏らし。
プロスペラとジャックは資材の梱包と運搬の準備を手早く済ませていった。
【千代田区・シン・セー開発公社東京本社/一日目・午前】
【プロスペラ・マーキュリー@機動戦士ガンダム 水星の魔女】
[運命力]通常
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]いつもの義肢(右腕)、拳銃及び弾薬
[道具]義肢令呪(残り?画)、他不明
[所持金]とても潤沢
[思考・状況]
基本行動方針:優勝狙い。エリクト・サマヤが自由に生きられる世界を作る。
0.引っ越しの準備をしなくちゃねえ。
1.自身の社会的地位や、アサシンの《情報抹消》スキルを活用して他マスターの情報を収集する。
2.1.によって得た情報で、他マスターを利用できそうなら利用する。出来なさそうで、かつ可能なら殺害。
現在の候補はオルフェ・ラム・タオ。ただし同時に警戒対象。
3.他マスターを殺害した場合、可能であれば令呪も奪い、義肢令呪に加工する。
4.学生服の少年(岸浪ハクノ)とそのサーヴァント(ドラコー)のような、初見でアサシンを殺し得る存在を警戒。
5.アサシンの対戦相手に隙を作れるような一手を用意する。
[備考]
※3月31日深夜に都内上空で行われた戦闘を目撃しています。
※龍賀沙代の冥界におけるプロフィールを把握しています。
※ベネリット社製品のハロ@機動戦士ガンダム 水星の魔女をドローンとして所持しています。
【ジャック・ザ・リッパー@Fate/Apocrypha】
[状態]回復済み、右手義肢化
[装備]『解体聖母』、スカルペス
[道具]なし
[所持金]おかあさんにあずけてる
[思考・状況]
基本行動方針:おかあさんの指示にしたがう
0.おかあさんと、おひっこしのお手伝い!
1.おかあさんといっしょの右手!
2.次はぜったいころす
[備考]
※龍賀沙代から、自分と似たような匂いを感じ取りました。
投下を終了します
岸浪ハクノ&アルターエゴ?(ソドムズビースト/ドラコー)
龍賀沙代&ライダー(バーソロミュー・くま)
ピーター・パーカー&セイバー(レイ)
宇沢レイサ&ライダー(バーソロミュー・くま)
予約します
岸浪ハクノ&アルターエゴ?(ソドムズビースト/ドラコー)
龍賀沙代&ライダー(バーソロミュー・くま)
ピーター・パーカー&セイバー(レイ)
宇沢レイサ&ライダー(バーソロミュー・くま)
予約します
投下します。ゆっくりと
◆
造物主の紅煉は姿を隠し、指揮を取っていたフレイザードは撤退した。
統制を失った妖・黒炎は最後に与えられた指令に従い、足止めの殿を務めるべく現地に残された。
黒炎はセイバー・紅煉の宝具。
正確には「黒炎を生み出す」能力こそが宝具であり、黒炎自体が宝具に相当する格を備えてるわけではない。
しかしその脅威・殺傷性は偽らざる本物だ。
妖魔滅殺の使命、憎悪を焚べて打たれた武器にして、持ち主を獣に変貌させる妖物、獣の槍。
字伏という獣に成り果てた紅煉から生まれた黒炎は、一種の獣の槍の眷属に相当する。
人妖の区別なく命あるものに手当たり次第に爪牙を振るう猛獣。白面の手で更なる強化と変貌を遂げた事で、正規の獣の槍伝承者を追い詰めもした。
一騎当千の武を誇る英雄であるサーヴァントには分が悪くとも、未熟な、定命の葬者にとっては一死確定。
サーヴァントの庇護もなく、複数の黒炎に囲まれた葬者にとっては、絶対の窮地に他ならない筈なのだ。
───その場所が、都市部でなければ。
スパイダーマンのホームグラウンドでさえなければ。
「魔法パンチ!」
取ってつけた名称を叫びながら、赤い腕で殴りつける。
ウェブスウィングで加速し、黒炎の爪をかいくぐってからのカウンターが顎を揺らす。
一体目の動きを制した時点で、既に体は二体目への対処に向かっている。
弧を描く振り子を待ち受けて掴みかかる妖だが、糸から手を離し、反対の腕から発射した糸で方角を転換され盛大に空振る。
「魔法キック!」
空を掴もうとよろけた黒炎の背中に、反転の勢いを込めた蹴りを浴びせる。
無防備な態勢で蹴られた黒炎は他の群れと激突して無様に喚く。
手玉に取っている。
文京区での交戦が始まって十分も経ったか。その間にピーターは黒炎の能力を把握していた。
人の知識と後天的に備わった第六感───当人曰く「ムズムズ」に準ずるままに、多対一に追い込まれながら的確に捌いていく。
黒炎を翻弄する機動性、各個体にダメージを与えられる筋力は、どれもサーヴァントの援護を受けていない自前のもの。
備わった変異の力。運命に責任を背負い行使する精神。
Amazing(脅威的)。
暴れ狂う獣の群れを曲芸のようにすり抜ける様は、複雑怪奇に絡んだスパゲティを解くが如く脅威的だ。
主の紅煉も統率していたフレイザードも欠いた今、白面の眷属は半端に数が多いだけの烏合の衆に過ぎない。
制圧は容易く、遅れを取る理由はない。暴漢を取り押さえるように手早く済む。
『ギシャアアアアアアアア!』
小さな獲物を喰らえずにいる屈辱が黒炎達を一点に殺到させる。
生え揃った爪が、剥き出しにされた牙が、全身から放出する炎が雷が宙を漂う蜘蛛を焼却する。
怒りに震える獣の群れは恐ろしい。だが獣とは本来臆病なもの。なにより生存を優先するもの。
殺戮の為の生命体は、罠を警戒する野生の本能すら薄れさせている。
陣形を取り散らばっていた黒炎達が一箇所に集められている事に、今になっても気づかない。
「よし、ここで魔法ウェブ!」
手首を翻す。
手品が花開く。
四方向に飛ばした糸の先に黒炎はいない。
戦闘が始まった当初、途中で『生き残り』が巻き込まれたりしないよう、縛り上げるなり、代替の破片を食い込ませるなりで補強していた支えだ。
確認は取れた。少なくとも今戦ってる周囲で、ピーターが感知している反応は……助けられる人は残っていない。
よって、この補強も必要がなくなった。連中の無作為な殺戮は自身の首を締める羽目になる。
『その地点』を通過した黒炎が頭上の異変に首を向けるが遅かった。
支柱を失い、それぞれが覆い重なってぎりぎりのところで保っていた均衡が崩された。
爪と牙で抉られ、火炎と雷撃で融かされた高層ビル。
ピーターもレイも、被害を慮り建造物へ広範囲の破壊は行わなかった。どれも黒炎だけが作った。
「お……ぉああああああああああ!?」
雪崩と呼ぶには巨大すぎる鉄筋の塊。
頭にぶつけ、背中に刺さり、一斉に降り注ぐ大瀑布。
宝具によって召喚された黒炎はその時点で魔術とは切り離された物理的存在だ。
現実の法則を意に介さないだけの神秘はなく、まして霊体化などという細やかな性質があるはずもない。
彼らは破壊のみの存在であり、同じ破壊によって食い止められる。
「なっ何だこりゃあああ!
何でこんな糸と瓦礫で縛られただけでオレらが動けねええええ!?」
砂埃が晴れる。
黒炎の群れは生き埋めにはならなかった。
濁流に呑み込まれる前に、ピーターが一体一体をウェブの狙撃で絡め、別の位置に吊り下げていた。
ただしそれは解放を意味しない。糸だけでなく四散したコンクリートや鉄筋、黒炎同士の四肢や角も噛み合わせて作った蜘蛛の巣で、身動きを封じられていた。
「wow、なんだ喋れたんだ。ずっと叫んでばっかだったからそういうヤツかと思ってたのに」
「舐めんなよクソガキがあああ! おれら黒炎の炎と雷でこんなやわなガラクタなんざあああ!」
「おーい、その体勢からだと仲間にも当たっちゃうよ」
「知るかよお! てめえらクソ人間を殺せるなら痛くも痒くもねえなあ!
オレ達ゃ紅煉様がいれば無限に生まれてこれるんだ! いいか、こんなモンで勝ったと思ってるならよォ───」
「……そっか。なら急ぎなよ。もうこっちは準備バンタンだから」
「あ……?」
黒炎は紅煉の宝具。紅煉が現界する限り無数に生産が可能。
サーヴァントの一部である黒炎は理解している。そして、理解をしていない。
今自分らを追い込めているのはサーヴァントではなく、ただのマスターでしかないと、能力の高さの余り失念している。
では本来のピーターのサーヴァントは、今、何処にいて、何をしてるのか。
「ゲートシステム機動───術式兵器X-004【ハヤテ】!!」
地上にて閃く、翠の光。
司る属性は風。雲を突き抜ける撃滅の星。
空を裂く砲塔が、邪悪を焼き払うべく冥界に招聘される。
転装の完了は一瞬。
戦いでは生死を分かつ境目になりかねない断崖の刹那。
そこに未来への道筋を結ぶまでが、彼女のマスターが負った仕事。
次は彼のサーヴァントが、セイバー・閃刀姫レイが果たす番だ。
「ありがとうマスター! そこなら外の建物に当たらないし、丁度いい位置!」
「な、な、なんだあああ! お前のサーヴァントはセイバーじゃねえのかよおおお!」
状況に応じた武装を召喚、装着するゲートシステム。閃刀姫専用決戦兵器・侵攻迎撃型撃刀モード。
一体たりとも逃さず、討ち漏らさず仕留める為の選択(カード)は出揃った。
メインカノン、背部ユニット直結。エネルギー充填完了。 射角補正完了。遮蔽物なし、巻き添えなし、条件オールグリン。
「術式発動!! ベクタードブラスト!!」
直接攻撃(ダイレクトアタック)の引き金を引く。
苦し紛れに放った炎雷は拮抗の余地なく掻き消され、断末魔すら麗光が寂滅させる。
輝きが白昼を焦がす黒泥を消し飛ばし、再び太陽ある世界を取り戻した。
戦いはこれにて締め括られた。
それが永遠に日の出ない冥界だとしても、始まりには終わりが訪れる。
ヒーローの登場を誘発する悪鬼の嗜虐の狂宴は幕を閉じた。
「これで終わった……かな?」
「うん……」
勝った、とは言わなかった。
兵装を解除したレイの苦渋に満ちた顔を、マスクの下でピーターも浮かべている。
敵は敗走した。味方の犠牲はなく消耗も軽微で済んだ。
被害を比較すれば、疑いようもなくこちらの勝利といえる。聖杯戦争の盤上では。
二人の勝利の条件は、最初から聖杯戦争とは乖離している。
異郷の土地、身も知らぬ他人、命ですらない影の守護という、想像を絶する課題に取り組んでいる。
本人の中では極めて正気で正常な目的は、今回は達成する事は出来なかった。
虐殺。酸鼻。野晒し。
恐らくは、自分達を誘き出す為だけに消費させられた、ただそこにいただけの人。
アベンジャー。その言葉の意味を噛み締める。
報復による抑止しか出来ないと顔を覆っていた誰か。時にその力が怨恨を招き、望まぬ戦いを引き起こすのだと。
「こういう時……マスターは、人間はどうしてたのかな?」
記録は知っている。
戦争があり、虐殺があり、多くの人が死んでいったと。
レイは同胞が死滅した数百年後に、ただ一人奇跡的に保存されていた胚から生まれた。
心ある機械を家族として愛し、同じ遺伝子から複製された姉妹を看取っても、ここまでの大量生産された「意味のない死」は見た事がなかった。
「そうだね。普通は祈るかな」
「祈る?」
「そう。お墓を作って、手を合わせて、その人や神様にどうか安らかに、もうこんな事が起きませんようにって思うんだ」
「あ、それなら分かるよ。アゼリアとカメリアにも……私は祈ったんだ」
死者の欠片の消費を悼む法はここにはない。ひょっとしたら自分達だけかもしれない。
息を引き取った姉妹の亡骸を見て去来した感情と、この街の人の死に感じる思いが同じだというのなら……捨てていいものじゃないのだ。
「けれど僕達は先に果たすべき責任がある。そうでしょ?」
「うん。それも分かってるよ!」
歪んだ顔を俯かせても、涙は時間を止めてはくれない。
被害状況の確認も戦後に必要な務めだ。バックアップはいないからといってほったらかしにはしていけない。
「よし、じゃあまずはレイサちゃん達と合流しないと! まだあのセイバーと戦ってるかもしれないし……!」
「うん、それは大丈夫そうだよ。今から降ってくるからね、ふたりとも」
「え? 降って?」
突如、レイを照らしていた太陽が黒く食われた。
次いで風切り音。真上から、巨大で重い何かが落ちてくる───咄嗟に防御反応を取るが、想定していたような衝撃は起こらなかった。
ふよん、と。鉄の塊が同質量のマシュマロに変質したような、不自然なまでに軽やかな感触で着地を遂げた。
その手に浮き出ている、肉球によって。
「ライダー!」
「すまない。遅くなった。そちらも既に終わっているようだな。さすがだ」
この世界にもふたつとない、見間違えようのない巨体。
バーソロミュー・くまは荒波の航海を終えた後のような面持ちでピーター達に来訪した。
「ってあなた、すごい傷だらけ! 大丈夫なの!?」
「はは、かすり傷さ。おれの頑丈さは知ってるだろ?」
衣服は襤褸同然に擦り切れ、内面の肌も全身にくまなく刃の傷が刻まれている。
そんなものは"偉大なる航路(グランドライン)"を通った海賊にとって、まさしく"かすり傷"でしかない。
荒くれに揉まれるのが常の海の男に生傷はつきものだ。それがくたびれもうけにならず"宝"を守り抜いた勲章であれば尚の事。
大きすぎるくまの背中に不自然に盛り上がった瘤……もとい、しがみついていたレイサがするすると滑り落ちて地に足を着ける。
「レイサ……」
被弾を引き受けたくまの護身を証明する、まっさらな五体。
顔を附していたのは一瞬で、すぐにスパイダーマンと視線を合わせる。
頬には涙の跡が残って見える。
声には震えの余韻が引いている。
背負った銃の印象も霞むぐらい、恐怖で竦んだ体は弱々しく萎んでいる。
けれどヒーローであれば、マスクの上だからこそ見えるものもあり。
の瞳だけは、奥底で絶えず燃え盛る、星の産声の熱が見えていた。
「背負ったんだね、レイサ」
「はい。ピーター君……いえ、スパイダーマン。私は戦うって決めました」
ヒーローが、英雄が、勇者が。
数多ある『立ち向かう者』が持つ、勇気の灯火が。
「まだまだ未熟ですけど……いっぱい泣いて、迷惑をかけちゃうかもしれないですけど……。
そんな私でも信じていたものがあって、その為になら自分の力で立って、頑張れるって気づいたんです。
そういう自分が……思ってたより、私は好きみたいです」
決意を見た。なら多くを聞かせる事もない。
自分の行いの責任を背負う……少しだけ大人に近づいた彼女には、気負いや謝罪の類は逆に侮辱になる。
かけるべき言葉はひとつだけで足りていた。
「ようこそ、アベンジャーズへ」
「アベンジャーズ……?」
「僕のいたチーム名さ。バンドじゃないよ? 世界を股にかけたヒーローのビッグチーム。
志願とかスカウトとか色々あるらしいけど……ここには僕しかないみたいだし。地域限定だけど僕が認めるよ。
これで君は世界で一番立派なヒーローの1人だ」
レイサに対してずっと取っていた、庇護の姿勢と決別する。宣言はその証だ。
ここからは対等の仲間、託すに足るメンバーの一員として彼女と共に立つ。
若輩者の増長なのは百も承知だけど、後に生まれてくる全てのヒーローにとって、もうスパイダーマンは先輩だ。
ピーター・パーカーの記憶が無かった事にされても、その事実は消えはしない。
"ああ───あの人も、こんな気持ちだったのかな"
長くもないヒーローの人生で目にした先人達。
その中でも最も早く自分を見出し、親のように親身にしてくれた人がいた。
トニー・スタークの後継者にはならなくても、順番はやって来るのだ。
少しだけ先を行く者として教えるものや託すものは、きっとある。
1ヶ月の試用期間を経て、ここに加盟は成された。
地の底で生まれた、最も新しく、最も若い新世代。
誕生の息吹が、爽やかなる逆襲(アベンジ)の風を影絵の街に吹かせた。
「……なんか、物騒な感じがする名前ですね」
「あれぇっ!?」
「私だって言葉の意味ぐらい知ってるんですよ。どうせならもっとかっこいい名前にしましょう! ジャスティスとか、エックスとか!」
「そんな……僕んとこじゃ出せば大ウケ待ったなしのバズワードなんだけど……?」
チーム名は保留になった。
「強いんだね、レイサは」
「そうだ。あの子は確かに心に傷を負った。抗えない世界の残酷さを、挫折を味わった。
だが失くしたものばかりを見ていては、誰だって立ち上がる力が湧き上がりはしない。
レイサは後ろを振り返って、自分には仲間や友達が、先生が、生きて戦う原動力がある事を思い出した。
レイサははじめから強い子だった。おれがやったのはそれに気づくまでの時間、体を張ってやっただけさ」
「うん。マスターとあんな風に笑えるなら……きっと大丈夫だよ」
二騎の英霊は、互いの葬者の邪魔をしまいと、少し離れた位置で話していた。
マスター同士が絆を深めているうちに、戦況の報告を済ませておく必要がある。
「すまない。あと一歩のところで奴には逃げられた。
少なくとも一両日は身動き出来ないぐらいには痛めつけたが……セイバー、きみが戦ってる間、そいつは令呪を使っていたか?」
「ううん。そんな素振りはなかったと思う。私も相手もそんなにダメージはなかったはずだけど、急に何かに気づいて逃げて行っちゃった」
「葬者にとっても予想外の事態が起きた、という事か。サーヴァントを失ったのなら、普通もっと焦る。殿を置いて手際よく撤退しようとは思わないだろう」
サーヴァントが消滅すれば、契約していたマスターは加護を失い、生存限界を大幅に削られる。
仮にセイバーが敗退していたのならその時点でフレイザードも後を追う運命を辿る。
そうなれば道連れの悪あがきか、さもなくば敵サーヴァントを奪うべく形振り構わない戦闘を継続していたはずだ。
つまり不可解の原因は、第三者の介入。
この場に姿を見せなかった誰かが紅煉を回収し、陣営の脱落を阻止したという筋書きが成り立つ。
不穏なのはその目的だ。
今回の件で身に沁みて理解した。連中をこの舞台に長く留めさせてはいけない。
聖杯という奇跡にも極限の死闘にも価値を見出さない。その過程に発生する血と死に悦ぶ、戦争で最もタチの悪い手合いだ。
長引けば長引くほど、戦況が激化するほどに、喜び勇んで乱入し、炎を拡散させていく。
海賊が跳梁跋扈するくまの時代にはままある例だが、強さも新世界で生き抜けるだけある分始末が悪い。
この手の輩は存在(い)きてるだけで等しく被害を生み出す。
用兵にも長じ戦略を練る狡猾さも備えてるフレイザードの方はともかく、紅煉の見境なさ加減は体験済みだ。
聖杯を求める者であれ、ただ生還を望む者であれ、あらゆる勢力に奴らは危険で、不要な要素でしかない。
ならばそれを生き永らえさせる意味とは───。
「……ここで考えても仕方ないな。そろそろ離れよう」
「まだ───生きてる人達は───」
「もう、ここにはいない。
辛うじて息がある者はせめて痛みをなくしてやれたが……おれの能力は"疲労"は飛ばせても、"傷"そのものを無くせはしない」
「……そう」
助けられなかった市民がいた街を見渡すレイの眼差しは陰鬱だ。
閃刀姫に体を変え、サーヴァントの身になっても、守る為とはいえ戦いしか出来ない至らなさが心の疵に染み入ってくる。
「気を落とすな。さっきの砲撃でバケモノも一掃できたんだ。
見聞色は得意じゃないが、ここらにもう同じ気配はいない─────…………!!」
「ライダー?」
レイは我が目を疑った。
天を突く巨躯であるくまが不意に頭を揺らし項垂れていた。
意志や生命を躍動させ、肉体や感覚を強化する資質たる"覇気"。
腕に憶えのある海の猛者であれば体得しているそれを、当然くまは高い練度で収めている。
傑出した豪傑たるくまの覇気を、外からの圧に怯まされた。
用心のつもりでかけていた索敵が何かを探知したのを境にして、覇気の制御が急激にブレたのだ。
厳しく凝視する向こうで燐光が赤く煌めき、ねじ曲げられた空間が破裂した。
波打つ振動に乗って、風に飛ばされて黒く小さな何かが、くまの足下に転がってくる。
肥大化した牙と角。人の顔を大きく逸している異形。
にも関わらず、最期まで心を脅かされて死んだのだと分かる。それは苦悶の表情で固まって死んだ黒炎の頭部だった。
「なんとつまらぬ。物足りぬ。食いでがない。粗食が過ぎる。
英霊でない使い魔とはいえ前菜にもならぬとは。これでは一つ星すらくれてやれぬわ、まったく」
レイサに尽きせぬ慈悲を見せて守護を果たした平和主義者。
紅煉に限りなき憤怒を見せて成敗を下した暴君。
平和を愛し、奪う者に怒る。どちらもバーソロミュー・くまの一面であり、全盛のままの鋼鉄の意志。
その意志が告げている。危険を。暴威を。
漆黒の血に濡れた刃でも芯まで通さなかった不屈の肉体が、これより先に待つ災禍に、身を強張らせている。
───大時化が来る。船の脊髄である竜骨をへし折る荒神が。
「……む? む? ほう、これは───。
はは、なるほど。主菜は心躍らせてくれそうではないか。そうは思わぬか、サヨ?」
ひとつの戦いが終わり、第二の幕が上がる。
妖怪(バケモノ)が焼き払った都市に、獣(ケモノ)が上陸する。
◆
目覚めた岸浪ハクノが壁の時計を見やると、短針と長針は揃って真上に到達していた。
「うわ、もう昼じゃん」
軽い仮眠のつもりが、完全に意識を失ってしまっていた。
日頃寝転がっていた固い地面と違うベッドの感触は、よほど寝心地がよかったらしい。
「うむ、暗殺されるなど夢にも思ってない堂々とした熟睡だったぞ。
ま、余が傍に控えていたのだから当然だが」
隣にはドラコーが同じベッドに腰掛けている。いわゆる添い寝、というやつだ。
無防備なマスターを護るという事なら、なるほど距離を詰めておくのは合理的といえなくもない。
かくいうハクノも、すぐ傍にドラコーの気配を感じていたからこそ、遠慮なく眠る余裕が出来ていたのだろう。
「……俺、いつの間にベッドで寝ていたんだ?」
覚醒した頭で記憶をかき集めれば、最後は窓辺の壁に背中を預けていたはずだ。
夢遊病の気がないのなら、誰かが自分をベッドまで運んだという事になるが。
「ドラコーが運んでくれたのか?」
「うむ、確かに抱えたのは余だ。だが貴様を寝かすよう頼んだのはそこにいるサヨよ。
せっかく寝床を提供したというのに、そのような床で寝転がらせるのは心苦しいとな。なんともいじましいではないか。
それとも、床で寝ていた方が心地よかったか?」
「そんな習慣はここに来るまではないよ……と。おはよう」
「……おはようございます」
宿を提供した家主でありながら、紗代はなぜだか所在なさげに椅子に腰掛けている。
「お体の具合はどうですか?」
「よく寝れた。久しぶりのベッドだからかな。これだけでも宿を借りた甲斐があった」
「そうですか。それは何よりです。それと……よろしければ、これを」
トレイに乗せて差し出されたのは、幾つかの惣菜パンとパックの飲料。
不意に腹の奥が締めつけられるような空腹の訴え。
野晒しの生活とはいえ食うに困ってはいなかったが、夜の一件からの周辺の変化で朝を抜いたままだ。
「……申し訳ありません。こういった食事は勝手が分からなくて、適当に選んでくるしか……」
「いや、くれるだけで十分だ。正直、ずっと腹が減っていた」
焼きそばパンのビニールの包装を解く。
元は生きていた頃のない死者だった身分で、冥界に来てから初めて空腹を覚えるという矛盾。
この不自由もまた生きている者の楽しみだと知ったのも、ここ最近の話だ。
「眠りから醒めた後は腹を満たすとは健啖よな。
構わぬ。戦場であれよく喰らい、貪る者こそが最も長く立つ力を残すのだ。余のマスターに清貧は似つかわしくないからな」
「そう言うドラコーは何か食べたのか?」
「サーヴァントに食事は必要ない……とはいえそれもそれで口寂しい。
よってサヨに調達を命じた。命を救った礼なのだ、これぐらいのもてなしは受けねばな」
「恩着せがましい……そういうところだぞ暴君。あとその果物、オレも欲しい」
「やらぬ。これはぜんぶ余のだ。やーらーぬーぞー」
せっつき合いをしつつ、今後の方針について話そうと思ったが、紗代は食べ終わるまで待つと言ってくれた。
食事しながらの会話は無作法と思ったのだろうか。背筋を正してじっと待ってくれている。
雰囲気に違わぬ礼儀と古風さ……地球が荒廃し人類が衰退した3000年代に生まれたハクノにとって、たいていの文化は古代の産物だが。
デッドフェイスの構成のモデルになった岸波白野……日本人である彼女なら何か感じるものもあったのか。
直に触れる文明の名残りにそんな風にしか捉えられないのは、やはり少しだけ寂しかった。
「それで、結局アンタはどうしたいんだ?」
後片付けを済ませ、改めて紗代と向かい合い、対話を再開する。
助け合う互助の関係ではなく、冥界を彷徨う葬者、互いに殺し合うマスターの関係で。
「改めて言うけど、オレはここでどうするかってのはまだ決めてない。
聖杯が欲しいわけじゃないし、他の葬者を殺して回ってもいかないけど、だからといって大人しく殺されてやる気もない」
生きている限り、無為に死ぬ事だけはしたくない。
死んでいるとしても、獲得した"命"を投げ出すわけにはいかない。
何も持たないハクノが進んでいられる、唯一の希望だ。
「何を目指して生きるのか。何処を目指して走り出すのか。何でこんな事態(コト)になってるのか。
それを知る為にも聖杯や、冥界について情報が欲しい。ようは願いの前段階にしかいないんだ。
それまでは、聖杯に辿り着くのを目的にはしない」
競合には参加せず、進んで敵の排除には動かないが、向かってくる相手は退ける。
あくまで現段階では専守防衛がハクノのスタンスだ。問題は、そのスタンスに欠陥がある点だが。
「だから、ここから先はそっちの問題だ。
紗代がどうするのかで、オレの身の振り方も変わってくる。
うん、割とオレの運命を握ってるんじゃないかな、今は」
「そっ……! そういう言い方は……ずるいです」
「そうか。気負わせたくなかったんだけど、そうだな……今言えるのはひとつだけだ。
どんな選択をしても、オレは紗代を憎まないよ」
「───なぜ?」
「ソレを見るのはうんざりしてる。いい加減やめにしたい」
憎しみの澱から這い出て、死相の仮面を外しても、憎しみはハクノを追いかけている。
逃さぬ許さぬ落ちてこいと、足を掴んで引いてくる死霊達。
なぜお前がそこにいる。お前も同じ死の残骸の癖にと、責め立てる恨み骨髄を聞かされ続けた。
絶え間ない、変わり映えのない悪意には飽きてさえくる。怒りを保つのにも限度がある。
とうに蛹は孵ったのだ。たとえ一夜しか飛べない蝶だとしても、糸に縛り付けられるのは二度とごめんだ。
紗代は深く考え込んで喋らない。
後ろのドラコーも実体化したまま答えを待っている。寝ている間に、何かしら話があったのだろうか。
秒針がカチカチと鳴る音を聞きながら何周かした頃。
「私は……あなたとは、戦いません。
ですが、聖杯は求めています」
「なのにオレとは戦わない。……つまり、共闘ってことか?」
「はい。……お察しのものと存じますが、私は戦争というものから遠ざけられた身です。
自国で起きていた事を遠くの国のように眺め、生きてきました」
戦争を知らない。手に武器を取り戦った経験がない人生。
それは卑下されるべきではない。ハクノの出生に関わりがない事項とはいえ、尊く正しい未来であるぐらいは理解できる。
彼女が自分を蔑んでいるのは、恐らくは別のものだ。
「……私は、人殺しです。
身も心も醜い、血で汚れた女です。
そんな私を、あなたは手を取って命を救ってくれました。そんな徳ある方と、他に出会えるでしょうか」
「偶然だ。通りがかりの通り魔の犯行で、たまたま助けただけでしかない」
「それでも、あなたがいなければ確実に助かりませんでした。偶然でも私は感謝しています」
紗代の過去は何も聞いていない。
彼女の後ろで恨めしく見るだけの霊が、どのように殺されたのかを知らない。
正統防衛だったのか。動機のある恩讐だったのか。自分で言うように、欲望に突き動かされた悪徳なのか。
「聖杯が欲しいのは、死にたくないからか?」
「はい」
"本当に?"
そう問い質したいが、言葉は出ず、視線だけを送る。
生死に関わる事柄の真贋の見極めには、否応にも鋭くなる。
ただ死ぬのが嫌なだけじゃない。嘘を。虚飾を言っている。
これだけ死を否定して、他人を押しのけてまで叶えようとしているのに。
『生き返りたい』とは一言も言っていない。
紗代が否定したいのは別のものだ。
もっと深い、他人には明かせないぐらい無くしてしまいたい絶望を、紗代は覆い隠している。
椅子から立ち上がり、恭しく頭を下げる。
「浅ましい女の浅知恵と詰ってくれてかまいません。どのような条件も呑みます。
私に出来る事であれば……幾らでも差し上げます。
ですのでどうか───私を否定しないあなたの力を、お貸しください」
……死者の罪罰など、自分には裁けない。
死者は救えない。根本的にゴーストは始めから掌の対象外だ。
それを覆すのが聖杯だとするなら、なおさら手に余る。
"だから。誰かは知らないけど、そんな目で見られたところで、お前たちの代行をしてやれない"
葬者同士はある意味で対等だ。
誰もが死に、辿った結末に釣り合ってるかはさておき、罪を抱えている。
ならば立場はどちらも同じだ。ではハクノから見た紗代とは、孤独に助けを求める少女であり。
「わかった。状況次第じゃ手切れになる可能性もあるけど、暫くはその線でいこう。
実のところ、アンタのサーヴァントが襲いかかってこないっていうのは、すごく助かる」
「ぁ……」
情報や調査といったが、これが目下最大の難関であった。
なぜかって、出会う葬者のサーヴァントが、どれだけ穏やかな接触を心がけても全力で殺しにかかってくるからである。
ハクノではなく、ドラコーを。
世界の敵、人類の悪と言わんばかりに討伐せんと群がってくる。
崩壊したSE.RA.PHの階層を昇ってこれたのは、契約したセイバーは言うに及ばず、何も分からぬハクノに事前知識を教えてくれたリンやラニの協力があってこそだった。
死者の漂着地だからって土地勘が働くわけじゃない。他の葬者にも話を聞きたいというのに、とっかかりを作る余地さえないときた。
ドラコーのいうには自我のない人形に近いというライダーはその点、紗代の指示がなければ積極的に害意を見せない限り戦いにはならない。
英霊の戦闘力の操縦桿を葬者に委ねるという弱点があるが、却って組むには都合がよくなってるのだ。
「彼女とは組む。それでいいな、ドラコー?」
「その意味、しかと理解しているな?」
「ああ」
「ならば余から言う事はない。好きにするとよい」
「そういう訳だ。よろしく頼む」
罪の清算にまでは付き合えない。だが利害が一致してるのであれば共に行動できる。
今出せる選択の中では最良だろう。
「……握手は同盟の証だと思ってたけど、昔は違うのか?」
「え? ……あっ」
握り返される手が所在なく宙を浮いてるのに、遅れて気づいたらしい。
こちらと我が手と見返し、おずおずと手を伸ばす。まるで手を離されるのを恐れているように。
そんなつもりはないのだから手は自然と互いに近づき、指先が当たるまで触れかかったところで……意図しない手によって遮られた。
発光と衝撃。そして爆音。最後に獣じみた咆哮がねじ切られる悲鳴。
窓の外でただならぬ異変が生じている。
「なんだ?」
身を屈めて戦闘態勢を取りながら窓に近づく。
攻撃がやって来ないのを確認し、慎重に外に目をやる。
「余が出るまでもなく片をつけるか。流石に、マスターの守護となると手早いな」
「ライダー……!」
攻撃も、戦闘も、とうに終結していた。
雲を突く巨体。奴隷に身をやつしながら備わった機能は錆びつかせず脅威を払う威力。
紗代のサーヴァントであるライダーの手には、黒い魔獣の首。胴体は寮の庭に転がっている。
……獣は一匹だけではない。同じ形態の骸がそこかしこに打ち捨てられている。
恐らくは、葬者かサーヴァントが放った使い魔。
紗代のいる部屋に攻撃が仕掛けられてから、一分にも満たない余白で、狼藉者は処罰を下されていた。
起きたと同時に終わった戦い。
だが同じ音はまだ聞こえる。炎が撒かれ、雷が落ちて……家が、人が焼かれていく。
「これは一体……」
「……ふん、安い誘いよな。宣伝がこれでは出される皿の質も知れるというものだ」
「どういう意味だ、ドラコー」
「我らを特定しての襲撃ではあるまい。放たれた数が少なすぎる。
当たりをつけた地区に使い魔を送り、餌が釣れるのを待ち受けているのだろうよ」
「つまり、無差別か」
……ここまで来てない筈の異臭が鼻をつく。
忘れ得ない死の匂い。己が生まれた蠱毒の泥中の気配を敏感に悟ってしまう。
裂かれ、貫かれ、殺される人々がフラッシュバックする。
それは過去の記憶だ。死んでいったマスターの断末魔。
冥界の民衆と同じ、昔の映像の再上演。
"ああ───またか"
その声に意味はない。
岸浪ハクノは死者ではない。
ああ、けれど、その声を聞いてしまったのなら。
「ドラコー。コレを起こした奴の居場所は分かるか?」
「……雑魚の気配が多くて辿れぬな。だが本丸が出張るとすれば、ゲストが出揃った時だ」
「つまり一番戦闘が激しくなる場所か。なら分かりやすいな」
窓をくぐり外に出る。
風に乗った熱気が肌を撫ぜていく。
「どうする気だ葬者よ?」
「元凶を叩きに行く。これ以上寝床を壊されちゃたまらない」
「ほほう、珍しくやる気になったな。よかろう、仮とはいえ余の寝所を荒らしたのだ。相応の報いは与えてやらねばな」
コードキャストを起動し、敵位置を探る。
周辺1キロでも敵影が数種。ライダーが兵を撃退したとなればいずれ存在に気づかれる。
宿を守るよりも、打って出て行った方が対処はしやすい。
「アンタは来るか? ここで待ってた方が安全だけど」
「……いえ。私も向かいます」
「そうか。追いつけるか?」
「大丈夫です。ライダーが、いますので」
念の為、紗代には残って寮を守ってもらう手もあったが、意外にも同伴を申し出た。
せっかく同盟を結んだ以上協力は必然としているのか。それとも、ハクノが離れるのを恐れているのか。
逡巡を振り払う。今は一刻も早く、この虐殺を仕掛けた相手を突き止める。
Sword,orDeath。
決闘(デュエル)の開演は近づいている。
剣を向けるのは黒き化物(ケモノ)か、あるいは──────。
【文京区/一日目・正午】
【ピーター・パーカー@スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム】
[運命力]通常
[状態]疲労(中)
[令呪]残り三画
[装備]スパイダーマンのスーツ、ウェブシューター
[道具]無し
[所持金]生活に困らない程度
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争での被害を極力減らす。聖杯を悪用させない
1.新しく現れた相手に対処。
2.黒い獣と氷炎の怪人、東京上空で衝突していた竜のサーヴァント、二つの市を吹き飛ばしたサーヴァントを警戒
3.レイサをヒーローと認め、共に戦う。アベンジャー、そんなに響き悪いかな……
[備考]
なし
【レイ@遊☆戯☆王 OCG STORIES 閃刀姫編】
[状態]疲労(小)、全身にダメージ(小)、ドラコーへの敵意
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争での被害を極力減らす。聖杯を悪用させない
1.なに、この感じ……!?
2.黒い獣と氷炎の怪人、東京上空で衝突していた竜のサーヴァント、二つの市を吹き飛ばしたサーヴァントを警戒
[備考]
※■■■■であるドラコーに対して、サーヴァントの本能による敵意を抱いています。
【宇沢レイサ@ブルーアーカイブ】
[運命力]通常
[状態]疲労(大)、精神的ダメージ(何とか持ち直しつつある)
[令呪]残り三画
[装備]ショットガン(DP-12)
[道具]無し
[所持金]生活に困らない程度
[思考・状況]
基本行動方針:キヴォトスに帰りたい。無用な犠牲は善としない
1.それでも、前を向いていたい。
2.黒い獣と氷炎の怪人、東京上空で衝突していた竜のサーヴァント、二つの市を吹き飛ばしたサーヴァントを警戒
[備考]
なし
【バーソロミュー・くま@ONE PIECE】
[状態]全身にダメージ(中)、全身に裂傷、ドラコーへの敵意
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:レイサを助ける
1.こいつは……!?
2.黒い獣と氷炎の怪人、東京上空で衝突していた竜のサーヴァント、二つの市を吹き飛ばしたサーヴァントを警戒
3.黒い獣のセイバー(紅煉)は何処へ消えた…?
[備考]
※■■■■であるドラコーに対して、サーヴァントの本能による敵意を抱いています。
【岸浪ハクノ@Fate/EXTRA Last Encore】
[運命力]通常
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]礼装(詳細不明)、擬・奏者のおしゃれメガネ
[道具]デイバッグ、礼装(自作含む。詳細不明)×?、触媒(詳細不明)×?、食料
[所持金]ハサン寸前
[思考・状況]
基本行動方針:まずは情報を集め、スタンスを決める。
0.魔獣(黒炎)を放った元凶を叩く。予定だったが……。
1.沙代と共闘する。方針が定まるまでは、まだ。
2.工房(マイルーム)作成用の礼装と触媒を見繕う。
3.アサシン(ジャック・ザ・リッパー)を警戒。対策を考える。
[備考]
※深夜ショップから購入した礼装は、Fate/EXTRAシリーズの物を参照しています。
※サイバーゴーストを視認できるマスターを含む死者の集合体であるため、通常視認できない幽霊などの気配を察知し、捕捉することができます。
【アルターエゴ?(ソドムズビースト/ドラコー)@Fate/grand order】
[状態]健康
[装備]黄金の杯
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:葬者の指示に従いつつ、彼がこの聖杯戦争で何を成すのかを楽しむ。
1.戦場に向かう。ほう、あの姿……。
2.アサシン(ジャック・ザ・リッパー)を警戒。状況が整い次第、今度こそ排除する。
[備考]
【龍賀沙代@鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎】
[運命力]微減
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]潤沢(大地主の子女としておかしくない程度)
[思考・状況]
基本行動方針:自分の中の穢れの痕跡を消し去りたい。
0.あれは、ライダー……?
1.岸浪さんと共闘する。それでいいはず、いまは。
2.岸浪さんを懐柔して、味方に付ける。ただし、ドラコーさんへの対応には要注意する。
3.アサシン(ジャック・ザ・リッパー)を非常に警戒。
[備考]
【ライダー(バーソロミュー・くま〔隷〕)@ONE PIECE】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:仰セの通りに御主人サマ……。
1.……………………。
2.要警戒対象(ドラコー、■■■■)確認……。
3.要警戒対象の情報ニ一部欠落ヲ確認。得タ情報(ジャック・ザ・リッパー)ニテ補完、完了……。
[備考]
※自我が消滅してるため、直接紗代に危害が加えられない限りドラコーに対する敵意はありません。
投下を終了します。
少しだけ修正を。現在のハクノは男性体ですので、おしゃれメガネは状態表から外れています。
結城理&アサシン(テスカトリポカ)
プラナ&バーサーカー(釈迦)
寶月夜宵&バーサーカー(坂田金時)
ドクター・バイル&アーチャー(クリア・ノート)
予約します
投下お疲れ様です
本聖杯の濃厚なクロスオーバーとどのキャラの魅力も引き出す描かれ方にいつも楽しませてもらっております(双亡亭壊すべしと異修羅は本企画で気になって買いました)
本話もピーター&レイのカッコよさに興奮し、「チーム名は保留になった」で笑い、そこからのビースト降臨で緊張感と期待が高まりとみっしり詰まった面白さでした
いよいよ本格的に始まる参加者同士の交錯、今後も楽しみにしております
延長します
緊急につき予約を廃止ます。申し訳ありません。
結城理&アサシン(テスカトリポカ)
プラナ&バーサーカー(釈迦)
寶月夜宵&バーサーカー(坂田金時)
小鳥遊ホシノ&アサシン(ゼファー・コールレイン)
オルフェ・ラム・タオ&セイバー(アルトリア・ペンドラゴン〔オルタ〕)
衛宮士郎&セイバー(おぞましきトロア)
クロエ・フォン・アインツベルン&アーチャー(石田雨竜)
予約します
これより投下を開始します
▼
四月一日、昼過ぎ、渋谷区某所。
結城理は半日前と同じく、しかし今度は昼食として紫関ラーメンを食べていた。
とは言っても、別に昼過ぎまで眠り呆けていたという訳ではない。
あの後副都心四区の様子を見てくると言って、アサシンが単独行動を開始した結果だ。
当然アサシンに任せっきりにする訳にはいかないので、理も母校のある港区を始めとした都心三区を調査した。
しかし残念ながら何の成果も得られず、集合場所とした紫関ラーメンで待ち惚けていたのだ。
そうして待っている間に昼も過ぎたため、昼食を取ることにしたのだ。
「よう。隣、失礼するぜ」
相していると、背後から不意に声が掛けられる。
そちらへと視線を向ければ、そこには覇気の欠けただらしない印象の男の姿。
彼はこちらの返答を待たず、速やかに隣の席へと座っていた。
「やあ、吟遊詩人(オルフェウス)。また無事に会えてうれしいよ」
そんな男へと親しげに声を掛ければ、男の方も呆れたように言葉を返してくる。
「それはこっちのセリフだぜ、竪琴使い(オルフェウス)。よくもまあサーヴァント抜きで今日まで生き抜けたもんだよ」
彼の言葉に、まったくもって同感だ、と半ば自嘲して肯定する。
サーヴァントと共に戦うのが聖杯戦争の基本だというのに、なんだってマスター一人で戦わなければならないのか。
いくら手厚い支援があったと言っても、物には限度というものがある。
しかもつい半日前に、自分の戦いとは関係なしに死にかけていたことが判明したばかりだし。
まあ、それはそうと。
「ホシノ先輩も久しぶり。元気にしてた?」
「それなりにね〜。マコトくんも無事だったみたいで、良かった良かった」
ひょっこりとこちらに顔を覗かせた少女――小鳥遊ホシノへと、挨拶をする。
先程まで姿が見えなかったのは、単にその小柄な体躯が、吟遊詩人(オルフェウス)の影に隠れていたからだろう。
ちなみに彼女はマスターで、吟遊詩人(オルフェウス)はサーヴァント。
彼を吟遊詩人(オルフェウス)と呼ぶのは、彼のクラスもアサシンで、クラス名で呼ぶとテスカトリポカと紛らわしくなるからだ。
「先輩は、今からお昼?」
「うん、そうだよ〜。十時ごろにも少し食べたんだけど、やっぱりパフェじゃお腹は膨れないね〜」
ホシノ先輩はそう言いながら、大将へとラーメンを注文する。
俺とホシノ先輩は、別に仲間でもなければ協力者でもない。
こうして親しげに言葉を交わせるのは、お互い聖杯戦争に消極的だから、と言うだけだ。
知り合い以上友達未満、というのだろうか。
こうして顔を合わせれば殺し合いはせず会話もするが、頼まれてもいない手助けをすることもない。そんな関係だ。
ただ小柄な見た目でも学年は彼女の方が上であるため、ホシノ先輩と呼ばせてもらっている。
ちなみに俺が紫関ラーメンを知ったのは、彼女に紹介されたからだったりする。
「そう言えば、マコトくんは自分のサーヴァントと合流できたの?」
「まあ、一応ね。そのあとすぐ情報収集だって言って単独行動を開始したけど」
「なんだおまえ、また自分のサーヴァントにほっぽり出されたのかよ」
俺が食べ終わるのを待って聞いてきた先輩に素直に答えれば、吟遊詩人(オルフェウス)がそう茶化してくる。
だが実際その通りなので言い返せず、それがまたアサシンへの不満を蓄積させる。
……ここはやはり、今一度アサシンと話し合う必要があるのではないだろうか。
「まあそれは置いといて。
もしこの後の予定がまだ決まってないならさ、会ってあげて欲しい子がいるんだ」
「会って欲しい子?」
「うん。寳月ヤヨイちゃんって言うんだけどね、双亡亭を壊すための協力者を捜してるんだって」
「へえ。それは少し驚きだね。
……その人は、聖杯を欲しているのかな?」
「ん〜、どちらとも言えないかな〜。死ぬつもりはないけど、まずは双亡亭をどうにかしたいって感じみたい」
「なるほど」
双亡亭についての噂は俺も知っている。
確かにいつかは対処しなければならない問題だけど、まさか今の段階でどうにかしようとしている人がいるなんて。
「うん、いいよ。協力できるかはともかく、会うだけ会ってみよう」
「ほんと? うへへ、よかった。
ちょっと待ってね。今から会えるか、その子に確認するから」
ホシノ先輩はそう言ってスマホを取り出し、その寳月ヤヨイという少女へと電話をかけ始めた。
◆
寳月夜宵は現在、バーサーカーの運転する大型バイクのサイドカーに乗車し街中を移動していた。
向かう先は豊島区の〈双亡亭〉。バーサーカーの大型バイク――ゴールデンベアー号Ⅱは、法定速度ギリギリで現状における最終目標が佇む地へと向かっていた。
「それで大将、これからどうするんだ?」
「双亡亭に向かう。聖杯戦争が本格した今、あそこがどんな様子か一度確認しておきたい」
「OK、敵情視察だな。とっとと終わらせて、仲間集めにもどろうぜ」
それがファミレスを後にし小鳥遊ホシノと別れた後、バーサーカーと交わした会話の一部。
目を離している間に何かしらの変化が起きていたなら、それに合わせて対応を変える必要がある。
理想を言えば他の参加者の手によって既に排除されていれば良いのだが、まずそれはないだろう。
むしろ最悪の可能性――状況が悪化し、すぐにでも攻め込む必要性が出てきた場合を考えた方が現実的だ。
「その場合の対処法は……大暴れしているサーヴァントを誘導する、とか?」
双亡亭に挑むには、まだまだ戦力が足りない。
それでも行動しなければならないのなら、どうするべきか。
差し当たって思い浮かぶのは、〈龍〉や郊外の地区を消滅させたサーヴァントを、どうにかしてぶつける事だろう。
あれほどの力を持つサーヴァントなら、わざわざ屋敷の中に攻め込まず、外から壊すことも不可能ではないだろう。
しかし。
「どうやって誘導する? 仲間に出来れば最上。でも、断られた場合は?」
その場合はどうするのか。
即座に思い浮かぶのは、わざと挑発して戦闘を引き起こし、相手の攻撃に双亡亭を巻き込むことだ。
相手の敵意や攻撃を誘導するのは、形代を使った身代わりを始めとする夜宵の十八番だ。
その場合、仮に双亡亭を破壊できたとしても、そのまま利用した相手との戦闘になる。
だが、それで双亡亭が破壊できるのなら、十分必要経費と言えるだろう。
しかしそれ以前の問題として。
「まず見つけないと話にならない」
たとえ〈龍〉たちが双亡亭を破壊できるとしても、そもそも見つけられなければ誘導も何もない。
それでは結局単騎で攻め込むしかなく、しかし現状における勝算はゼロに等しい。
まず間違いなく、自分たちは双亡亭に憑り殺されるだろう。
「小鳥遊ホシノとの繋がりができたのは、幸いだった」
この先小鳥遊ホシノがどうするにせよ、双亡亭への対処は避けられない。
たとえ単騎で突入しなければならない事態になったとしても、事前に彼女へと連絡できれば、双亡亭の状態を伝えられる。
そうすれば双亡亭を放置してどうしようもなくなる、という事態だけは避けられるはずだ。
「協力を得られるなら、それが一番だけど」
あの様子では当分は難しいだろう。
と。そんなふうに、小鳥遊ホシノの事を考えていたからだろう。
「止まって、バーサーカー」
不意に視界の端を過ぎったものに、即座にバーサーカーへと停車指示を出す。
「どうした大将。なんか見つけたのか?」
いきなりの思惟に困惑しながらも、バーサーカーは事故を起こさないように、しかし素早く減速する。
「あ、おい大将!」
「たぶん、マスターを見つけた」
バイクが停車しきるより早くサイドカーから跳び下り、見えたものを確かめるために駆け戻る。
するとやはり、頭上にヘイローを浮かべた黒衣に白髪の少女がそこにいた。
「ん? なに、プーちゃんの知り合い?」
「否定。初めて会う人物です」
こちらの目的が自分達であることに気づいたのだろう。
白黒の少女とその隣にいた男性が足を止め、怪訝そうにこちらへと向き直る。
おそらく少女がマスターで、男性がサーヴァントだろう。
「おい大将、一人で先行くと危ねえぞ」
少し遅れてバーサーカーがやってくる。
遅れたのはバイクを路肩に寄せていたからか。
「お? お前、もしかして金ちゃんか?」
そんなバーサーカーを見て、今度は男性の方が反応する。
「知ってる人?」
「……いや、知らねえ……と思う」
バーサーカーは自信なさ気に応えるが、相手は親しい友人とばったり会ったかのような雰囲気だ。
「そう、わかった」
バーサーカーの事が一方的に知られているというのは気に掛かるが、敵意がないのなら今はそれでいい。
改めて二人へと向き直り、こちらの要望を口にする。
「あなた達と話がしたい。そしてできれば、協力して欲しいことがある」
§ § §
あれから場所を移動し、互いに自己紹介と、こちらの要望を伝える。
どうやらあちらの男性――釈迦が知っていたのは、私のバーサーカーではなくその並行同位体らしい。
それでも一目で真名を看破できたあたり、雰囲気はよく似ているのだろう。
「なんか悪いな、オレっちが一方的に忘れちまったみたいな感じで。……えっと、お釈迦サマ?」
「釈迦でいいよ。まあサーヴァントならそういう事も有るだろうさ。バーサーカー同士、改めて仲良くしようや」
「おう! よろしくな、シャカ!」
どうやらバーサーカーたちの方は、早くも意気投合したらしい。釈迦が友人だと言っていたのは嘘ではないようだ。
一方の白黒の少女――プラナは、何かを考えているのか、じっと黙って目を瞑っている。
小鳥遊ホシノのアサシンの逆鱗に触れてしまった時と同じ失敗をしないよう、注意して言葉を選んだつもりだが、また何かを間違えてしまったのだろうか。
そうして、その沈黙が何分か続いた後、
「謝罪。時間が掛かってしまい、申し訳ありません。
あなたの聖杯への願いを、私の理解に落とし込むのに時間が掛かってしまいました」
パチリ、と目を開いてそう口にした。
「そして、貴女の要望は大体理解しました」
「それで、答えは?」
「返答。あなたの協力要請に応じます」
「ありがとう。今は少しでも味方が欲しいから、とても助かる」
「いいえ。あなたが多くの仲間を集めれば、わたしもその方たちと戦闘を伴わない交流が可能となります。
それは、この都市を旅し、見聞を広めたいという私の目的にも沿うものです」
どうやら、上手く協力関係を結べたらしい。
協力する目的と一緒に、私の願いも教えたのがよかったのだろうか。
プラナの様子からすると、それも大きな要因になってそうな気がする。
「質問。あなたはこの後、どうするつもりですか?
時間に余裕があるのであれば、幽霊……魂という概念について、お教え願いたいのですが」
「教えるのは構わないけど、その前に一つ質問。あなたは双亡亭について知ってる?」
「返答、否定。双亡亭に関する情報は、噂以上のものは知りません」
「じゃあまずは双亡亭を見に行こう。あそこのヤバさは、実際に見た方が実感できる。
霊魂については、その道中で教える」
「確認。そう言うことでよろしいでしょうか、バーサーカー」
「オレは構わねえよ。これはあくまでプーちゃんの旅だからな、どこに向かうかを決めるのは君だ」
プラナのバーサーカーも異論はないらしい。
両手を頭の後ろで組んで、自然体で成り行きを見届けている。
話しを聞くに、彼――釈迦は名前を借りただけの別人という訳ではなく、どうやら“本物”らしい。
ただし、別世界の、という注釈が頭に付くため、私の世界における“その人物”と同じに考えていいかは疑問が残るが。
それでも仏教の開祖という事実に変わりはない。
彼の協力を得られれば、現世における私の目的において何かしらの力に出来るだろうか。
と思い、それが意味のない考えであることに直ぐに気付く。
これは聖杯戦争。
生き残れるのは一組だけ。
もし彼の助力を現世まで持ち越そうとするのなら、優勝以外の生還手段を見つけ出す必要がある。
それにそもそも、まずは双亡亭をどうにかしないと話にならない。
だからその問題を解決するために、すぐに向かおうと二人へと、
「じゃあ―――」
早く行こう、と言おうとしたところで、スマホの着信音に遮られた。
スマホを取り出して相手を確認してみれば、そこには数時間前に別れたばかりの〈小鳥遊ホシノ〉の名前があった。
即座に画面をフリックし、通話に応じる。
「もしもし。……うん、大丈夫。
……そう。……わかった、場所は―――。
問題ない。……うん、じゃあまた」
そうしていくつか彼女とやり取りをした後、通話を切る。
「予定変更、先に人と会うことになった。
プラナはどうする?」
「返答。もしよろしければ、私もその人に会ってみたいです」
「それは大丈夫だと思う。
それじゃあ相手を待たせるといけないから、すぐに移動しよう」
向かう先は、渋谷区の紫関ラーメン。移動にはバーサーカーのバイクを使う。
プラナは私と一緒にサイドカーに乗って、彼女のバーサーカーには霊体化してもらおう。
……バーサーカーが二騎、ちょっと区別が面倒くさい。何か、区別しやすい呼び方を考えておこう。
「それはそうと、小鳥遊ホシノと知り合いだったのですね」
「うん、そう。と言っても、今日初めて会ったばかりだけど。
そう言うプラナこそ、彼女の知り合い?」
「……ある意味では、そうですね」
その辺りの事も、ちゃんと彼女に聞いた方がよさそうだ。
手早く移動の準備を整えながら、プラナを見てそう思う。
◆
「それじゃまたね、マコトくん。ヤヨイによろしくね〜」
「ホシノ先輩こそ元気でね。次会う事が出来たなら、今度は俺のおすすめの店を紹介するよ。
吟遊詩人(オルフェウス)も、先輩の事よろしくね」
「言われるまでもねえよ竪琴使い(オルフェウス)。あんたこそ、早々に死ぬんじゃねえぞ」
昼食を食べ終えたホシノ先輩たちは、そう言って紫関ラーメンを後にする。
人を紹介しておきながら立ち会わないのは、今日の午前に初めて会ってしかも協力への返答を保留したため、顔を会わせ辛いかららしい。
確かに、予定や急用でもないのに別れて数時間でまた再会というのは、どうにも締まらない気持ちになるだろう。
遠ざかっていく彼女たちの背中を見届けて、テスカトリポカが来るまでの時間潰しに、何か追加注文でもしようかと踵を返すと、
「ようマスター、オレというモノがありながらずいぶん親しげだったじゃねえか。
しかもお相手は、まさかの冥王(ハデス)と来た。こいつはちょっとした驚きだぜ」
入れ替わるように本人が現れ、そんなことを言ってきた。
ようやく待ち人……待ち神?……来(きた)る。しかも言い方的に、どうやら隠れて様子を見ていたようだ。
「やあアサシン、戻っていたのなら姿を見せればよかったのに。
ところで冥王(ハデス)って?」
「あの男の二つ名だよ。冥府に関わる連中で、あいつを知らねぇ奴はまずいねえよ。
つっても、召喚の際にその情報を持ち出せるかは別だがな。オレが奴さんを知ってるのも、ここが特殊な領域だからだ。
……ま、今あいつに関して言えるのは、人狼(リュカオン)の方ならともかく、冥王(ハデス)のあいつを、俺は戦士として認めねえってことぐらいだな」
戦士として認めないとは、また厳しいことを言う。
確かに彼は、ホシノ先輩とは違う理由で戦いへの気概に欠けている。
しかし戦士たちの神でもあるテスカトリポカがそこまで言うということは、彼にも何かあるのかもしれない。
ただまあ、そこまで気にする必要もないだろう。
テスカトリポカの言い方からしても、あくまで線引きとして認めないと言うだけで、彼自身を嫌悪しているわけではないようだし。
「それはそうと、だ。
マスターの方はどうだった? 母校とやらも見てきたんだろう?」
「残念ながら、特に何もなかったよ。分かったことは、都心三区に好戦的なマスターはいないってことくらいだね。
そう言うアサシンの方はどうだったんだい?」
「そうだな、あくまで遠くから見た感じでは、だが……目ぼしいグループは主に二つだな。
一つは昨晩やり合っていたドラゴンズプラス一だ。プラス一の方は昨晩とは変わっているが、ヤバさの方は段違いに跳ね上がってるぜ。何しろ一都市を平気で消し飛ばす奴だからな」
「それは……」
テスカトリポカの言う通り、確かにヤバい。
聖杯戦争の舞台が23区に絞られる前に起きていた、都市の消滅現象。
それを起こした謎のサーヴァントが、昨夜空中戦を繰り広げたドラゴンたちと戦ったらしい。
それはつまり、その消滅の担い手もまた、空中戦を可能とするだけの能力を持っているという事に他ならない。
一方のこちらには、空中戦を行えるだけの機動力はない。
出来てもペルソナの力でどうにか、と言ったところで、場合によっては空から一方的に攻撃を受ける事になるかもしれない。
である以上、もしそのサーヴァントと戦うのであれば、最低でもニュクスとの戦いに赴いた時並の覚悟は必要になるだろう。
「そしてもう一つだが、こっちは一つ目とは違う意味でヤベえ。
何しろこいつら、積極的にNPC連中を殺して回ってやがった。それも、“ヒーロー”を呼び出すっていう目的の為だけにだ。
こいつらが誰か、分かるだろうマスター。そう、昨日の昼間に派手に暴れていた怪物連中だ。
わざわざNPCを虐殺した理由も、昨日やられたやり返しだな」
「…………」
やられたらやり返す、というのは理解できる。
けどそのために、何の関係もないNPCを積極的に狙うとは……。
いや、そもそも、彼らは昨日の時点で見境なしに暴れていた。
それほど自分たちの力に自信があるのか、もしくは何かの作戦なのか。それとも単なる考えなしの行動か。
主従共に人ならざる怪物であるというだけあって、その思考が全く理解できない。
彼らについて解るのは、その行動が悪意に満ちたものだ、という事だけ。
その行動は予測できないのに被害だけは確実に発生する、というのは、ある意味ではシャドウよりも厄介だ。
「いや参ったね。どいつもこいつも都心近くに集まって、揃いも揃って早々にドンパチ始めてやがって。
まさかとは思うが、一日で戦いを終わらせる気じゃねぇだろうなアイツら」
「それは何というか、俺としてもその……困るな」
何故ならそれは、自分たちが様子見をしている間に、ほとんどのマスターが脱落したという事に他ならないからだ。
生きている人たちを生還させることを目的としている以上、何もしないうちにその人たちが死んでいた、というのは問題だろう。
一応ホシノ先輩や寳月夜宵さんが生きていることから、全滅だけはないのは確かだが。
ただまあ、このまま様子見を続けるのは、どちらの目的からしてもナシだろう。
「それでマスター、“どいつを殺す”?」
そうして放たれる、アサシンの言葉。
その声色の酷薄さに、思考が一息に凍り付く。
「オレはオマエのサーヴァントだ。そしてサーヴァントとは、マスターの武器だ。
銃はオレが構えよう。標準もオレが定めよう。弾を弾倉に入れ、遊底を引き、安全装置もオレが外そう。
―――だが。
殺すのはオマエだ。引き金を引くのは、オマエの殺意だ」
すぐ隣から放たれる威圧に、知らず息が詰まり、唾を呑む。
戦うために呼ばれた全能神(サーヴァント)が、己を従える結城理(マスター)にその務めを果たせと言っている。
「さあ、選びな。オレの獲物はどいつだ、マスター。
やたらと好戦的なドラゴンどもか、そいつら二匹を同時に相手取れる消滅か、それとも殺しを愉しむ怪物どもか。
あるいはそいつ等が暴れてる裏で、こそこそと暗躍している連中を狩り出すっていうのも、選択肢としちゃアリだぜ」
ま、オマエの事だからヒーローどもは狙わねぇだろうが。と、アサシンは茶化すように付け加えるが、その言葉の冷たさは何も変わっていない。
迂闊な言葉は口にできない。もし返答を間違えれば、その瞬間彼は俺を見限り、彼自身の判断で戦場に赴き、死をまき散らすだろう。
さあ、どうする? と数多の死を見届けてきた瞳が、次に見届ける死を選べと決断を迫っている。
それに対し、俺は。
「あ、意気込んでるところ悪いんだけど、この後人と会う約束をしてるんだ。
誰と戦うかは、その子との話し合いが終わってからでいいかな?」
それは後で、と。躊躇なく返答を棚上げした。
「なんでも、双亡亭を壊すために協力者を集めているらしくてね。
話し合いの結果によってはその子に協力することになるから、方針はまだ決められないんだ」
「おおっと、こいつは一足遅れたか。なら仕方ないな。
――しっかし、双亡亭ねぇ」
「何か問題があるのかい」
どうやら神(テスカトリポカ)のルールに抵触せずに済んだようだ、と内心で安堵しつつ複雑な顔をする彼へと問いかける。
だが彼は、いいや、と小さく首を振って返答をした。
「それがマスターとしての決定なら、サーヴァントのオレに否はねえさ。
それより、その話し相手はいつ来るんだ?」
「そう時間はかからないと思うけど」
「オーケー。ならそいつらが来るまでの間に、副都心で起きた事について詳しく教えておこう」
テスカトリポカの様子は疑問に思うが、こうなったら必要がない限り教えてくれないだろう。
あるいは、何かしらの対価でも用意すれば行けるかもしれないが、そこまでする理由もない。
今は彼から聞いたことを整理して、今後の戦いに備えておこう。
【中野区/一日目・午後】
【寶月夜宵@ダークギャザリング】
[運命力]通常
[状態]健康
[令呪]残り3画
[装備]過渡期の御霊、Sトンネルの霊の髪、鬼子母神の指、マルバスの指輪
[道具]東京都の地図(冥界化の版図を記載)
[所持金]小学生相応
[思考・状況]
基本行動方針:まずは双亡亭攻略。
1.紫関ラーメンに向かう。
2.移動の間に、プラナに霊魂について教える。ついでに小鳥遊ホシノについて聞く。
3.双亡亭ぶっ壊し作戦、継続中。協力相手求む。
4.脱出の手段があるなら探っていく。
5.仏教の開祖なら、“神”や“空亡”に対抗できる?
[備考]
※情報屋の葬者(脱落済み)と情報のやり取りをしていました。ゼファーが交流してたのと同じ相手です。
※ホシノと連絡先を交換しました。
【バーサーカー(坂田金時)@Fate/grand order】
[状態]健康
[装備]黄金喰い
[道具] ゴールデンベアー号Ⅱ
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:夜宵を護り戦う。
0.安全運転で全速だ!
1.夜宵に付き添う。
2.お釈迦サマとか、驚きだぜ。
[備考]
【ゴールデンベアー号Ⅱ】
冥界における移動手段として用意した、サイドカー付きのハーレー。
当然宝具ではなく、変形機構などは持たない。
あと無免許。
【プラナ@ブルーアーカイブ】
[運命力]通常
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]傘型ショットガン
[道具]
[所持金]無理をしなければ生活に支障がない程度
[思考・状況]
基本行動方針:旅をする
1.寳月夜宵から魂の概念について教わる。
2.もし、“あなた”の魂があるのなら……。
3.セイバーのマスター(オルフェ)に対する関心
[備考]
【バーサーカー(釈迦)@終末のワルキューレ】
[状態]疲労(小)
[装備]『六道棍』
[道具]
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:ゆるりとやっていく。旅は楽しくなくちゃね。
1.もう少しのんびりしたかったけど、思った通りに行かないのも旅の醍醐味だしな。
2.まさかこっちでも金ちゃんに会えるとは、嬉しいねえ。
[備考]
【渋谷区・柴関ラーメン屋台前/1日目・午後】
【結城理@PERSONA3】
[運命力]通常
[状態]健康
[令呪]残り3画
[装備]小剣、召喚銃
[道具]
[所持金]学生相応
[思考・状況]
基本行動方針:冥界を閉じて、生きている人を生還させる。
1.寳月夜宵を待つ。その間に、テスカトリポカから副都心で起きた事について聞く。
2.情報収集。詠子からの情報は貴重だけど……。
3.獣……?
[備考]
※十叶詠子に協力を頼み、連絡を取り合っています。
携帯番号は登録できないので、こちらからかける事はできません。
【アサシン(テスカトリポカ)@Fate/Grand order】
[状態]健康
[装備]
[道具]
[所持金]潤沢
[思考・状況]
基本行動方針:闘争の活性化。
0.さて、戦争の場はどこかね。
1.副都心での出来事(午前中まで)をマスターに話す。
2.双亡亭とはまた。マスターは知ってんのかねぇ。
3.魔女、ねぇ。
[備考]
※召喚時期に多大なリソースを使って、冥界内のルールを整備してします。
※ベルベットルーム@PERSONA3は許可の元で借用しています。
エリザベス等、部屋の住人が出入りする事はありません。
◆
「うへ〜。いい感じにお腹いっぱいだし、そろそろお昼寝にしようかな〜」
『お、いいんじゃねえの? まああんたの場合、腹が膨れたからじゃなくて寝不足が原因だけどな』
結城理と別れた後、小鳥遊ホシノは多くの人が行き交う街並みを歩いていた。
アサシンはすでに霊体化しておりその姿を見ることは出来ないが、大きな声を出すわけでなければ、独り言染みた会話を気にするNPCはいない。
『聖杯戦争の戦闘は、現世なら夜間に隠れてするのが原則だからそうおかしくはないんだが、ここは冥界だからなぁ』
「うへぇ〜。しょうがないじゃん。夜間パトロールが癖になってるんだからさ〜」
ここはアビドスではなくその必要はないと解ってはいても、習慣というのは早々抜けない。
アサシンへと文句を返しながらもスマホを取り出し、近くにちょうどいい公園とかはないかなと周辺検索をする。
そこへ。
『マスター』
先程とは違う、鋭く研ぎ澄まされた声が放たれた。
「わかってる」
アサシンの発した警鐘に、即座にスマホを切って前を向く。
視線を上げた先には、見逃しようのない黒。
薄い金髪に黒い服装の少女が、その外見からは想像もつかないほどの存在感と共にそこにいた。
―――サーヴァントだ。
しかもまだずいぶん距離があるというのに、少女のサーヴァントはその髪と同じ薄金の瞳を、まっすぐにこちらへと向けている。
つまり完全に捕捉されている。
付け加えるなら、その威圧的かつ挑発的な眼差しは、どう見ても友好的な雰囲気ではない。
「んはぁ〜、めんどくさぁ」
ホシノの口から、堪らずそんな言葉が突いて出る。
アサシンは今も気配を遮断しているはずだから、捕捉された理由は彼ではない。
であれば当然、その理由は自分にある。――ヘイローだ。
この街の女子学生NPCにもヘイローはいる。だがその数は極端に少なく、ヘイローがあればそれはマスターだと見做してまず間違いないレベルだ。
「だからあんまり出歩きたくなかったんだけどなあ〜」
とっとと姿を晦ますべきだった、と自分の迂闊さを若干恨みながらも、少女のサーヴァントへと付いてくるように指で示す。
幸いというべきか、荒事になったとしても周りへの被害が少なそうな場所は、先程の検索で近場に見つけてあった。
§ § §
「それで、私に何の用?」
近辺で一番大きな公園の中へと来たホシノは、背後へと振り返り黒衣の少女に問い掛ける。
見ればそこには少女だけでなく、同じように黒いジャケットを着た金髪の青年もいる。
おそらくは、少女のマスター。彼女の存在感に隠れて気付かなかったか、あるいは道中で合流したのだろう。
「ふん、愚問だな。聖杯戦争の参加者がこうして向き合ってすることなど、一つしかあるまい」
ホシノの問いに、青年ではなく少女が答える。
マスターよりも我の強いサーヴァントなのか、あるいは予測とは逆で、青年がサーヴァントで少女がマスターなのか。
……まあ、どちらであってもこの後の展開は変わらないだろうな、とホシノは少女の戦意を見て取り、内心で溜め息を吐く。
「そんなことはないよ。少し前にも、他のマスターに同盟を組まないかって誘われたし」
「ほう?」
「その人はねえ、双亡亭っていう幽霊屋敷をどうにかしたいんだって。
みんな分かりやすい脅威にばっかり注意が行って、あそこの対処を後回しにしているからって」
「なるほどな」
少女は腰に手を当て、納得がいったようにそう口にする。
どうやら話が通じない相手、という訳ではないらしい。
これはもしかしたらもしかするかも? と思い、誘いを掛けてみる。
「お姉さんたちもどう? 双亡亭の攻略、協力してくれない?」
「断る」
「だよねぇ」
にべもない。
まあ予想はしていた。短い会話の間ではあるが、少女の戦意には微塵の揺らぎもなかった。
双亡亭の存在は少し調べればわかるし、どうするかをあらかじめ決めてあったのだろう。
だとしても、ここまでバッサリとは思わなかったが。
「それで、貴様はいつ自らのサーヴァントを呼び出す。
それとも……貴様が私の相手をする、などと言うつもりか?」
「まっさかあ〜。いくらおじさんでも、サーヴァントと戦うのなんて無理無理〜」
「ならば疾く呼び出すがいい。よもや私を前にして逃げだした、とは言うまいな」
「どうだろうねえ〜。あの人は本当に駄目な大人だし、敵わないと思ったら逃げ出してるかも。
……ねえ、本当に戦わなきゃ、ダメ?」
「くどい」
「うへぇ……」
こちらの言葉を一顧だにしない少女の対応に、ホシノは嫌々ながらもキャリーバッグから愛銃“Eye of Horus”を取り出す。
あくまでも自身のサーヴァントを呼び出さないホシノに少女は眉を顰めるが、それも一瞬。
僅かに目を瞑ったかと思えば、次の瞬間にはその右手に黒い直剣を顕現させ、その切っ先をホシノへと突き付ける。
剣、すなわちセイバー。つまり予測通り、少女がサーヴァントで青年がマスターだったという訳だ。
その事実を確認し、しかしホシノは怯むことなく、右手で構えた愛銃の銃口を少女――セイバーへと突き付け、
「それじゃあ、はじめよ〜、か……あえ?」
セイバーの剣から放たれ始めた黒い魔力の奔流に、やる気のない戦闘開始宣言を途切れさせる。
「愚か者が、身の程を誤ったな」
「ッ!?」
ホシノはとっさに左手でバリスティックシールド“IRON HORUS”を展開するが。
次の瞬間、セイバーの剣から放たれた黒い魔力の奔流が、大火となってあまりにも容易くホシノを飲み込んだ。
「…………」
大火によって焼き払われ、白煙を立ち昇らせる大地。
日常において多くの人々が平穏を享受していたであろう公園は、ただの一撃で見るも無残なものへと変わり果てた。
だがセイバーは剣の実体化を解くことなく、立ち上る白煙を睨みつけている。
それもそのはず。白煙が風に散らされ開けた彼女の視界には、己が一撃で消し飛ばしたはずの少女が、未だに健在だったのだから。
「うへぇ〜、死ぬかと思った〜」
「驚いたな。加減したうえで狙いが逸れたとはいえ、我が一撃を受けてその程度とは」
ホシノの盾は、その半分近くが赤熱し白煙を吐いている。
だが言い換えればその程度。
速射を優先し威力が低かった。僅かに狙いが逸れ直撃しなかった。言い訳はいくつか思い浮かぶが、それでも並のサーヴァントでは蒸発するであろう一撃だ。
それを、ただのマスターでしかないホシノが無傷で防いだという事実は、セイバーをして驚嘆に値するものだった。
―――しかし。
「そして、やはりアサシンか。大方、貴様を切ろうと私がマスターから離れた所を襲うのが、本来の貴様達の作戦だったのだろう」
「ッ……!?」
そう口にするセイバーの左手は、彼女のマスターである青年を庇う様に突き出され、彼へと迫っていた白銀の刃を受け止めていた。
「あらら、どうやら始めっからバレてたみたいだな」
己が凶刃を受け止める黒い籠手の装着されたセイバーの左腕を見て、下手人であるアサシンは冷や汗と共にそう口にする
「いや、見事な一撃だ。貴様がマスターを庇おうとしなければ、あるいは一手遅れていたかもしれん」
アサシンへと賛辞を呈するセイバーの右腕には、数本の投げナイフが刺さっている。
彼女のホシノへの一撃が直撃しなかったのは、片手撃ちによってただでさえ安定を欠いていたところに、アサシンの一撃を受けたからだ。
もしこれがなければ、セイバーがアサシンの凶刃を受け止めた所で、この二の刃によって青年は殺されていたかもしれなかった。
だが同時に、セイバーの一撃はホシノに直撃し、少なくとも無傷では済まなかった事だろう。
「どうだか。あんたならその場合でも、俺の一撃を防げた気もするがね」
その事実を正しく認識するアサシンは、セイバーの称賛に否を返す。
次の瞬間。
「ふっ!」
セイバーは左手でアサシンの刃を握りしめ後退を封じると同時に右手の黒剣を振り抜き、
「当たるかよ!」
アサシンは己が異能によって少女の左手を弾き飛ばし、迫る黒剣から逃げ果せる。
「わりぃなマスター、しくじっちまった」
「仕方ないよ。まさかいきなり大技を撃ってくるだなんて思わなかったからね。
さすがに直撃していたら、おじさんも危なかったよ〜。ありがとねアサシン」
ホシノの隣へと帰還したアサシンは己がマスターへとそう謝罪し、ホシノは自分を庇ったからだと逆に感謝する。
まずはマスターであるホシノがあえて危険を晒し、その頑強さで相手サーヴァントの一撃を受け止め、その攻撃の隙にアサシンが敵マスターないし敵サーヴァントを仕留める。
セイバーが口にした通り、それがこの聖杯戦争における二人の基本戦術だった。
無論そこには、相手がアサシンの存在に感づき攻めあぐねる様なら、そのまま撤退するという消極策も含まれていた。
だがその戦術は、セイバーの実力によって真正面から瓦解された。
「来い、一時戯れてやる」
自身の右腕に刺さったナイフを抜き捨てたセイバーは、漆黒の鎧を纏い二人へと傲岸に告げる。
完全な戦闘態勢に入った相手に、襲ってきたのはそちらだろう、と思いながらも、二人は戦闘意識のギアを一段上げる。
この状況から逃げ出そうとしたところで、先程の一撃がより強力なものとなって放たれるだけだろう。
である以上、あとはもう真正面からやり合うしかない。
「そんじゃあ、めんどくせぇけどやりますかね」
アサシンは気だるげな態度を見せながらセイバーへと己がナイフを構え、
「ふあ〜、めんどくさいけどしょうがないなぁ」
ホシノは眠たげに欠伸をしながら盾と愛銃を構え直した。
◆
高層ビルの屋上から、二キロ以上離れた場所に居る対象を確認する。
距離は遠いが、眼球に強化の魔術を施せば問題なく視認可能。
視線の先では、二組のマスターとサーヴァントが今まさに戦闘を開始しようとしていた。
「―――投影、開始(トレース・オン)」
対象を確認し、一丁の狙撃銃を投影する。
本来銃器の投影は困難だが、パーツ単位で投影してしまえばその難易度は大きく下がる。
加えて今投影したものは、銃器というカテゴリでありながら“剣”の属性も併せ持つ特異な武器。
情報が不完全ゆえに真名の解放は不可能だが、仮にも“剣”であるため他よりも高い投影精度を維持できる。
「――投影、装填(トリガー・オフ)」
込める銃弾も、宝具を弾頭へと加工した特別性。
一発ごとの概念強度は大きく劣化するが、対象の強度・行動を想定し、確実に仕留められると想定したものを装填する。
「全行程投影完了(セット)――――」
銃を構え狙撃態勢をとる。
後はただ、引き金を引くべき時を、静かに待ち続けるだけだ――――。
◆
◆
「創生せよ、天に描いた星辰を───我らは煌めく流れ星」
餓えた獣のように四肢を繰り、謳うように断罪刃(きば)を鳴らす。
中点を越えた太陽の下、アサシンは影の如き軌跡を残し、獲物を目掛けて円を描くように疾駆する。
「――――――」
対するは、漆黒の甲冑を纏う少女騎士。
セイバーはその手の黒剣に魔力を滾らせ、一撃を以って返り討ちにせんと待ち構える。
「輝く御身の尊さを、己はついぞ知り得ない。尊き者の破滅を祈る傲岸不遜な畜生王」
紡がれる詠唱。徐々に詰められる互いの距離。
先制を仕掛けたのは―――やはりアサシン。
自身の背後へと回ったアサシンへの視線を切らすまいと、セイバーが首を回したその瞬間に合わせて投げナイフを投擲。
直後に速度を一段上げてセイバーの視線をすれ違う様に躱し、即座に方向転換。セイバー目掛けて加速する。
――同時にセイバーが動く。
首どころか全身を回転させて瞬時にアサシンを再補足。
それによって生じた捻りから剣を振り抜き、薙ぎ払うように魔力を大火の如く放出する。
(チッ、読まれたか)
自身を飲み込まんと迫る黒い奔流に、アサシンは咄嗟の回避を余儀なくされる。
先んじて投擲したナイフなど、薙ぎ払うように放たれたそれに余波だけで吹き飛ばされた。
左右への回避は出来ない。残る回避方向は上方のみ。
加速の勢いをそのまま跳躍力へと変換し、黒い魔力光が地面を焼き融かすさまを眼下にする。
そして当然、着地点にはセイバーが待ち構える。
再度投げナイフを投擲するが、当然のごとく切り払われる。
頼れるものは、自身の肉体とその手の刃、そして――――
「散れ!」
「ッお――――!!」
振り抜かれるセイバーの剣と、迎え撃つアサシンのナイフ。
黒の刃と銀の刃が激突し激しく火花を散らす。
―――その瞬間。
「ッ――――!?」
自身の握る剣より伝わった違和感に、セイバーは必殺の機を逃す。
その隙をついてするりとアサシンが着地し、そのままセイバーの懐へと潜り込んだ。
この機を逃すまいと、銀の刃が閃く。
自らの首を刈り取らんと迫る凶刃を、セイバーは大きく仰け反って回避する。
当然、アサシンの攻撃はそれだけでは終わらない。
上下左右、縦横無尽。狙いは首だけでなく、手首や足首など、鎧で守られた箇所も含まれている。
つまり結局は“首”。
ほとんど一瞬で繰り出される刃を受けてはいけないと、セイバーは己の直感に従い、どうにか剣を割り込ませ弾き返す。
そして辛うじて体勢を立て直しアサシンのナイフを受け止めると、そのまま切り伏せんと剣に魔力を込め、
「貴様……!」
セイバーは敵を叩き切るためではなく、弾き飛ばすために剣から魔力を放出した。
その衝撃に逆らわず、アサシンは軽々と弾き飛ばされ、セイバーから距離をとる。
「顎門が吐くは万の呪詛、喰らい尽くすは億の希望。
苦しみ嘆けとどうしようもなく切に切に、神の零落を願うのだ」
その口に、悠々と詠唱を重ねながら。
「やってくれるな、アサシン……」
そんなアサシンを、セイバーは苛立たし気に睨み付ける。
アサシンと打ち合ったあの瞬間、剣から伝わった異様な感触。それを感じ取った瞬間、セイバーは直感したのだ。
このままアサシンと打ち合えば、そう遠からず“自分は敗北する”、と。
おそらくは超振動による攻撃。
もしアサシンと打ち合い続ければ、剣から伝達した振動によってダメージが蓄積し、最終的に剣を握れなくなる。
実際、剣を握る両手からは、若干の痺れを感じ取っていた。
おそらく、最初に捉えたはずのアサシンのナイフを容易く逃してしまったのも、超振動によるものだったのだろう。
そして剣を握れなくなれば、その瞬間にアサシンの刃は自分の首を刈るだろう。
対抗策は二つ。
剣を握れなくなる前に叩き切るか、そもそもアサシンと打ち合わないか。
その二択を前にセイバーは、
「ふん、舐められたものだ」
自らの剣に黒い極光を纏わせ、そのまま一振りすることで、己が答えを示した。
(近づけば叩き切る。近づかなくても叩き切るってか。
勘弁してほしいぜ、まったく。単純な破壊力なら、ヴァルゼライド以上じゃねぇか)
今のあの剣と打ち合えば、その瞬間自身のナイフは破壊されるだろう。
放たれる魔力の密度から、アサシンはそう理解する。
ただ打ち合うだけなら、あのヴァルゼライド相手であっても可能としたアダマンタイト製のナイフが、だ。
加えてあのセイバーは、それほどの魔力を遠距離攻撃として放出できる。
食らえば当然、自分など一撃死だ。
(ああヤダヤダ。なんでアサシンの俺が、セイバーと真正面からやり合わねぇといけねぇんだよ)
真面目に勘弁してほしい。
本気でそう思いながらも、アサシンはさらに詠唱(ランゲージ)を重ねていく。
「絢爛たる輝きなど、一切滅びてしまえばいいと」
戦いに賭ける意欲は薄くとも、死ぬつもりなど毛頭ないのだから――――。
§ § §
それからの戦いは、半ば一方的なものとなっていた。
セイバーは剣に纏わせた極光を絶やすことなく、アサシンに打ち合うことを許さない。
かといってアサシンが距離を取れば、容赦なく魔力の奔流を撃ち放つ。
今のアサシンは、嵐の海に投げ出された小舟にも等しい存在だと言えるだろう。
つまり、いずれは転覆し、黒光の海に飲まれることが目に見えている。
………だというのに。
「わからないな」
セイバーのマスターである青年――オルフェは、そう独り言ちる。
アコードとしての能力によって、オルフェは相手の感情を読み取れる。
バーサーカーと相対した時の反省を踏まえ読み取ったのは表層のみだが、それでもその機微くらいは察知できる。
だというのに、セイバーの猛攻に曝されているアサシンからは、その暴威に対する恐れは有れど、迫る敗北に対する焦りが見えてこない。
そしてそれは、奴のマスターである少女も同様だ。
サーヴァントが敗北し消滅すれば、そのマスターは実質的に死ぬことになる。それがこの聖杯戦争だ。
だというのに、二騎の戦いを見つめる彼女からは、死を恐れる感情が読み取れない。
それはつまり、この状況から逆転できる切り札を、アサシンが有しているという事に他ならない。
――ではその切り札とは何だ。
戦いの合間に挟まれる詠唱か? いいや違う。
確かに詠唱の完遂がアサシンを利することは間違いないだろう。だが一つのミスで敗北する状況にもかかわらず、詠唱の完遂を焦る様子はない。
むしろ、わざと朗々と謳い上げることによって、こちらの焦りを引き出そうとしている様子さえ読み取れる。
つまり、本命は別にあるのだ。
そのことを、持ち前の直感によってセイバーも察しているのだろう。
だから一度でも攻撃を当てれば勝てるにも関わらず、攻め切ることが出来ないでいる。
――ならば、それに対処することが、マスターとしての自分の役割だろう。
「君は何故、そうも呑気にしていられる?」
先の独り言から繋げる様に、アサシンのマスターへと問いかける。
「ん? それはおじさんに聞いてるの?」
「他に誰がいる」
「いや〜君ってばずっとだんまりだったからねぇ。
他のマスターと話すことなんてないってタイプの人かと思ってたよ」
その予測は正しい。
生存目的であれ、聖杯目的であれ、戦いに積極的なマスターは特にその傾向がある。
そしてその手のマスターが相手へと話しかける時は、大抵が相手から情報を引き出そうとする時だ。今まさに、自分がそうしようとしているように。
そのことをアサシンのマスターも知っているのだろう。彼女へと話しかけた途端、自身に向けられた警戒が一段階上昇した。
故に私の問いを、自分の優位性による余裕から行ったものだと誤認させる。
「アサシンの敗北は確実だ。今は上手く凌いでいるが、いずれはセイバーによって倒される。
それはつまり、君自身の死をも意味する。だというのに君には、焦る様子が全くない。
……君は、死が恐ろしくないのか?」
言葉を紡ぎながら、彼女に関する情報を整理・統合させる。
―――小鳥遊ホシノ。
小柄な体躯ながら、勉学・運動両面で優秀な成績を残し、生徒会長を務める高校三年生。
しかしある時を境に登校しなくなり、それまでの関係者からの一切の連絡を絶っている。
彼女がマスターとなったのはおそらく、その辺りのタイミングだろう。
目の前の面倒くさそうな様子からは想像できないが、随分と優秀な生徒だったようだ。
だがこの冥界におけるプロフィールはある程度現実に即したものであることから、彼女も相応の能力を有していることは間違いない。
事実、最初に顔を合わせた時から今に至るまでに、彼女の警戒が解かれたことは一瞬もない。
今見せている怠惰な言動は、ある種の擬態という事だ。
―――もう一段階、踏み込む。
「死が恐くないのかって? もちろん怖いに決まってるじゃん。
死にたがりになったつもりはないよ、私?」
「ならば何故そうもへらへらとしていられる。
まさか、君のアサシンがここから逆転できると信じているのか?」
「さあ、どうだろうね〜」
小鳥遊ホシノの精神波動を探査する。
彼女から読み解けるものは、第一に警戒。続いて、煩雑、憂鬱、引け目、逡巡、懊悩。そして、自責。
見事なまでに負の感情ばかりだ。
そのことから察するに、どうやら彼女は、聖杯戦争で戦うこと、相手マスターを殺すことそのものに迷いを懐いているようだ。
彼女の様子は、それ故のもの。
アサシンを信頼しているのではなく、負けたのならそれで仕方がない。代わりに相手を殺さずに済む、と受け入れているのだ。
「……君に、願いはないのか?」
「――――、そりゃあ願いがないとは言わないけどさ。
いきなりこんな場所で目を覚まして、他の人たちと殺し合いをして、最後の一組に成ったら願いが叶いますって言われて、それで納得できる? 信用できる?
私は無理。そんな信用できないモノに、私の願いは託せない。
だから私は、ただみんなのところへ帰りたいだけ。大切な友達との日常に戻りたいだけなんだ」
精神波動を通じて伝わってくる、小鳥遊ホシノの心象風景。
砂漠化により、今にも砂に飲まれそうなとある学園。
終わらない借金返済の日々。信用できない大人たち。
そして、その学園で共に過ごす、かわいい後輩たち/大好きな先輩。
「だがその日常とやらへと戻るには、聖杯を手に入れる他ない。
そして聖杯を手に入れるには、他マスターを殺すしかなく、聖杯を手に入れたのならば、願いを叶える権利が与えられる。
聖杯が叶えるという願いの真偽はともかく、成すべき事に変わりはないだろう」
すると小鳥遊ホシノは、僅かに驚いたように目を見開いたあと、自嘲するように小さく笑う。
「そっか。あなたは、割り切れちゃう人なんだね。……まあそうだよね、戦いに積極的みたいだし。
私はそんなふうには割り切れないなぁ。できれば私は、誰も殺したくはないんだ。
だって、一度でも殺す“選択”をしてしまったら、私は自分の手を、自分の意志で汚すことになる。
そんな血で汚れた手で帰ったら、みんなの青春を、その血で汚すことになっちゃう。
そうなってしまったら、それはもう、私の帰りたい日常じゃない。
聖杯では、私の願いは叶えられないんだ」
心象風景が乖離する。
小鳥遊ホシノの後輩たちと、先輩。彼女の懐くイメージにおいて、その二つが揃わないことにオルフェは気付く。
そして理解する。小鳥遊ホシノの語るみんなとの日常の“みんな”の中に、唯一、先輩だけが含まれていないことに。
………おそらくは、すでに亡くなっている。
なるほど。死者蘇生など、それこそ奇跡にでも縋らねば叶わぬ願いだろう。
そしてその奇跡を成す聖杯を求め他マスターを殺害すれば、同時に彼女にとっての日常が失われる。
なるほど。選べぬはずだ、迷うはずだ。
譲れぬ願い(汚れた奇跡)と譲れぬ日常(汚せぬ青春)。小鳥遊ホシノは今、その二つを天秤に欠けられているのだ。
敗北に対する恐怖がないのも、そのどちらかを切り捨てなければならないくらいなら、という思いからだろう。
――――――十分だ。
「ならば私に従え、小鳥遊ホシノ」
人類の管理者として生み出された者として、自身の選択に迷う少女へと告げる。
もう少し精査すれば、先輩とやらの死因も探れただろうが、その必要はもうない。
下手に探り過ぎれば違和感を持たれる可能性もあるし、それに“碇”はすでに打ち込んだ。
「それ、どういう意味?」
小鳥遊ホシノの警戒レベルが、さらに一段上昇する。
だが、その妖瞳に赤い燐光を浮かべた彼女は気付いていない。
そうやって警戒を向ける相手に、自分の考えを口にしたのは何故か、という事を。
私達の戦いは、すでに決着がついているという事を。
そして気付いていないことを、わざわざ教えてやる理由などない。
「言葉通りの意味だ。
君が道に迷うのなら、私が示してやろう、と言っているのだ。
もちろん他マスターの殺害を強要などしない。サーヴァントとの戦いは、全て私たちが担おう。
君たちはただ情報を集め、戦いの準備を手伝ってくれるだけでいい。
それだけで、君の望み通り、元の日常に帰れることを約束しよう」
嘘ではない。嘘ではないが、真実でもない。
そもそもオルフェは、ホシノの協力など必要としていない。
彼が求めたのは、アサシンが隠し持つであろう切り札に関する情報だ。
セイバーがアサシンに倒されるとは思っていない。だがその宝具によって、今後の戦いに影響が出るかもしれない。
余裕が抜けきらないアサシンの精神波動から、そう思う程度にはその宝具を警戒していた。
しかしその情報は、小鳥遊ホシノからは得られそうにない。おそらくは彼女も知らないのだろう。
だからと言ってアサシンの精神に触れることは、バーサーカー相手の経験から避けたかった。
そしてそもそも、無理に情報を引き出す必要などない。
するべき事はあくまで、アサシンの切り札を封じる事。
たとえその正体がわからずとも、マスターが下ってしまえば、アサシンにその宝具を使う理由はなくなるのだ。
「そんなこと――」
「出来る訳がないと? いいや、出来るとも。
最後の一組になるまでの殺し合いとは言うが、そもそも最後の一組とはどうやって判定する?
もし一組だけを除いた他のマスター全員が自らのサーヴァントに自害を命じたとしたら、一体誰が勝者となる」
「っ!?」
オルフェの言葉に、ホシノは思わず息を呑む。
もしこの冥界に存在するサーヴァントが一騎だけとなった場合、当然そのサーヴァントとマスターが“最後の一組”となる。
しかし、たとえサーヴァントを失ったとしても、そのマスターが即座に死霊へと変質するわけではない。
つまり僅かな時間であれば、他のマスターが生きている状態のまま、聖杯が――現世への門が現れる条件が達成されるのだ。
「……けど、それは――」
「無論、これはあくまで可能性の話だ。
勝敗の判定は、マスターの生死によって決められるものかもしれず、真実は実際に聖杯が現れるまで分からない。
たとえ聖杯が現れたとしても、帰還できるのは聖杯の所有者だけかもしれない。
――――だが、それで何の問題がる」
内心だけでなく表情にすら迷いを浮かべ始めたホシノへと、オルフェは言葉を紡ぐ。
「たとえ帰還できる者が聖杯の所有者だけだとしても、その時は聖杯にこう願えばいい。今生きている全てのマスターに帰還の権利を、と。
聖杯が神にすべての願いを叶えるのなら、それで帰還できぬ筈がない。
そして、勝敗の判定基準が解らない事が不安なのであれば、その時こそ戦いによって決着をつければいい。
そうすれば必要最低限の戦いで聖杯が手に入り、現世への帰還だけでなく、その願いすら叶うだろう」
そしてその迷う心へと、致命的な言葉を叩き付ける。
「それに、こうして今日まで生き延びてきたのだ。
君にも他のマスターに襲われそれを倒した経験は――一度ならずあるだろう?」
「ッ……!」
「最後の戦いも、それと変わらない。
私は聖杯を得るために君たちと戦い、君はただ、それを返り討ちにすればいい」
「……………………」
ホシノは俯き、完全に言葉を失う。
当然だろう。この聖杯戦争において他のマスターを殺していないマスターは、ほぼいないのだから。
殺しを厭うマスターというのは、彼女に限らずそれなりに存在した。
だが聖杯を求めるマスターがいる以上、戦いからは決して逃れられない。
そしてマスターとサーヴァント、どちらか一方でも殺してしまえば、いずれはもう一方も実質的に死ぬ。
そう。今生き残っているマスターは、直接的であれ間接的であれ、結果として相手を殺したという経験を有しているのだ。
例外があるとすれば、サーヴァントも含め完全に引き籠ったマスターか、ヒーローを自称し街を飛び回っている連中くらいだろう。
小鳥遊ホシノもまたその例外ではなかった、というだけの話だ。
彼女はすでに、見殺しにする、返り討ちにする、という選択を行っている。
その手が未だに汚れていなくとも、その足元はすでに、そうしたマスターたちの血で濡れているのだ。
「さあ、どうする?
君にとっても、決して悪い提案ではないと思うが」
そして人間は、一度でも“選択”をしてしまえば、その結果がよほどの忌避感を齎したものでもない限りは、同じ選択に対する敷居が下がる。
つまり小鳥遊ホシノに、この提案を断る理由は存在しない。
彼女はこれまでと同じように、私が殺すマスターを見殺しにし、その最後で私を返り討ちにするために戦えばいい。
対する私はその時まで彼女を利用し、その中でアサシンの情報を暴いていけばいいだけだ。
「………………。
一つだけ、教えて」
そんな考えを察することなく、ホシノはオルフェへと問いかける。
「聖杯に願いを託せるとしたら、あなたは何を願うの?」
自らの行動を決めるための、最後の問いを。
「なるほど、当然の疑問だな」
少女の問いに頷きを返す。
現世への帰還に聖杯への願いが必要な場合、それを願うのは最後の一組だ。
だが、目的が分からない相手を信用することは難しく、願いを託す事などできないだろう。
相手を信用して協力したのに、最後の最後で裏切られては目も当てられない。
そして私の願いは、決して隠すようなものではない。
余計な手間を省くためにも、ここは答えておくのが正当だろう。
「私の願いは、ディスティニープランの完遂だ」
「ディスティニープラン?」
「遺伝子を解析する事によって人材の再評価と人員の再配置を行う、究極の人類救済プランだ。
このプランの下、人類は年齢や経験、生まれに関わらず、その適性に合った職や地位を与えられるようになる。
これを世界規模で行う事で、国家間はもちろん、人類間のあらゆる争いを失くすことがディスティニープランの最終目標。
私はそれを管理し、人々を導く者として生み出された。故に、その使命を完遂する事こそが私の望み。
そのためにも現世へと帰還し、私は私の役割を取り戻す必要がある。
そして聖杯の存在は、その計画に入っていない。有れば有用ではあるが、必須というほどではない。
よって先程説明したように、他マスターの帰還を願うことも決して不可能ではない」
唯一懸念点を上げるとするのなら、現世にて死んだはずの私が帰還した場合、“現世の私がどういう状態になるか”だ。
だがそれは、今考えた所で意味のない事柄だ。
今必要なのは、如何にして聖杯戦争を勝ち上がるかという事。
そのためにも。
「答えを聞こうか、小鳥遊ホシノ。
私に従うか、それともセイバーの手で、アサシン諸共ここで消えるか」
「っ……、私は……でも……」
小鳥遊ホシノは、未だに迷いを見せている。
だが迷うという事は、取り得る選択肢としては十分に有り得るという事。
である以上、彼女はもはや、アコードの能力からは逃れられない。
故に、彼女へと最後の駄目押しをしようとして。
「おっと。そいつに答えるのは、少し待ってもらうぜ」
他ならぬ彼女のサーヴァントよって、その一押しを遮られることとなった。
§ § §
それまでの一進一退とも言えた攻防から一転して、アサシンはそれまで以上に大きく飛び退き、セイバーから距離を取る。
対するセイバーからの追撃はない。事の成り行きを見守るつもりなのか、構えこそ解いていないが、剣に纏っていた魔力を解いて様子を窺っている。
「アサシン……」
オルフェの誘いに待ったを掛けたアサシンへと、ホシノは怪訝な表情を浮かべる。
幾度か攻撃が掠めたのだろう。アサシンの服装は戦闘開始前と比べ、随分と傷だらけになっていた。
それでも目立った怪我が一つもないことが、アサシンの戦闘技巧の高さを表していた。
そんなアサシンはナイフを構え、セイバーへと警戒を向けたまま、己がマスターへととんでもないことを口にした。
「……マスター、悪いんだけどよ。
そいつの下に付くんなら、俺はここで“降りさせてもらう”ぜ」
「――――、へ? 今、何て言ったの?」
その内容にホシノは思わず自分の耳を疑い、アサシンへと問い返す。
「契約を切らせてもらうって言ったんだよ。俺自身、サーヴァントとしてはどうかと思うけどな」
だがアサシンから帰ってきたのは、紛れもない契約破棄の宣告。
そのオルフェに対する強い拒絶に、ホシノは思わず言葉を失う。
寶月夜宵との話し合いの時にも彼は強い憤りを覗かせたが、ここまで明確に切り捨てることはなかった。
一体オルフェの何を、彼は受け入れられないと言うのか。
「……一応、理由を聞いても?」
一方のオルフェもまた、苛立たしさと困惑が入り混じった様子を見せている。
これまでも同盟を結ぶことを拒否するサーヴァントはいた。
だがそのために、マスターとの契約を断って聖杯戦争から降りるなどと口にする者はいなかった。
さすがのオルフェも、問答が遮られた苛立ちに困惑が入り混じることを避けられなかったのだ。
そんなふうに戸惑う二人へと、アサシンは答える。
「おまえのその……なんとかプラン?」
「ディスティニープランだ」
「そうそうそれ。そいつの話が聞こえた時、俺は一瞬、いいんじゃね? と思った。
だって簡単に自分に向いた仕事が解るんだぜ? 将来的に使わない勉強をする必要も、いくらやっても実らない努力をする必要もねえ。
それまでの努力がとか、適性の合った仕事が自分の希望と違うだとか倫理的にどうのだとか、適性が全くねえ奴はどうするんだとか。
そんなことは知ったことじゃねえ。どっかの頭のいい連中が考えればいい。
そもそも仕事が与えられない最底辺の連中からしたら、向こうから仕事が来るだけで十分に有難いからな」
出てきたのは肯定の言葉。
アサインは社会の底辺に生きた者としての視点から、ディスティニープランを是とした。
そこにどうしようもないダメ人間の意見が混じっていることに若干思う所がありながらも、オルフェは再び問い返す。
ならば何故、と。
「おまえさ。現世でこのプランを実行するために、“一体どれだけの人間を殺した”?」
「――――――」
その場の空気が、一瞬で張り詰める。
訊いたアサシンはもちろん、訊かれたオルフェも、傍で聞いていたホシノにも緊張が奔る。
ただ一人セイバーだけが、変わらぬ沈黙を通している。
「ああ、一応言っておくが、あんたと敵対したり、なんとかプランを受け入れなかった連中は含めなくていいぞ。
俺はな、プランを受け入れ、あんたに従っていた人たちを、たった一人でも殺したのか? って聞いてるんだ」
「――――――――」
オルフェからの答えは、ない。
「だろうな」
沈黙を肯定と見做し、アサシンが短く吐き捨てる。
「俺があんたを認められないのは、それが理由だ。
あんたは使命とやらを完遂するためなら、平気で他人を犠牲に出来る。場合によっては仲間だろうとな。
そんな奴をリーダーにしてみろ。実に効率よく利用できるだけ利用されて、邪魔になったら塵のように捨てられるだろうさ。
それは死ぬのと何が違う。下手すりゃ死ぬより酷い末路になるだろうよ。だったら利用される前に、自分から脱落した方がまだマシだ」
その言葉を受けたオルフェは僅かに俯き、顔を上げる。
そこには先程までの澄ました表情はなく、ある種の怒りが浮かんでいた。
「それの何が悪い。
ディスティニープランが完遂されれば世界からは争いがなくなる。
人類がどれだけ歴史を重ねようと、宇宙に進出してもなお果たされなかった、真なる世界平和の実現。彼らはそのための礎となったのだ!
彼らの犠牲を無駄にしないためにも、私は使命を果たさなければならないのだ!!」
「だからあんたには従えないんだよ」
だが続いて放たれたオルフェの言葉に、アサシンはどこか憐れむような表情を浮かべる。
同時に彼が脳裏に思い描いたのは、己が宿敵。
使命を果たすと口にするオルフェに、その姿が僅かに重なって見えたのだ。
「……少しだけ、あんたと似た奴を知ってるよ。
そいつは俺と同じ凡人で、でもどんな不利や逆境だろうと“まだだ”の一言で覆す、あんたの言うなんとかプランとは真逆の奴だった。
そして同時に、悪を決して許せない、誰かの為に戦える紛れもない大英雄だった」
オルフェが、何か眩しいモノでも見たかのように目を細める。
「そいつがな、言うんだよ。犠牲にしたやつの無念を背負う、それを礎に使命を果たすってよ。
――――ふざけんじゃねえぞ、そんなこと誰が頼んだよ。
悪の根絶? 世界平和? ああ、立派なことだ心から尊敬するよ。
けどな、どんなご立派な理由を並べ立てようが、結局殺したことに変わりはねえだろう。
そもそも俺たちは、おまえに思いを託した覚えはねえ。
礎だと? 嫌なこった。大義、使命、尊き者の責務なんて、知ったことか。なんで顔も知らない誰かのために、犠牲になってやらなきゃならない。
そんなに人類が救いたきゃ、どっか他所でやってくれ。他人(俺たち)を巻き込むなよ、迷惑なんだよおまえらは!」
だが、それも一瞬。
平和への信念を肯定しながらもそのための犠牲を拒絶するアサシンに、オルフェは真っ直ぐに向き直る。
その貌には先程までとは違う、明確な殺意が宿っていた。
「どうあっても、私に従えないというのだな」
「そう言ってるだろ、さっきからよ」
「そうか。ならば貴様のマスターの返答を待つまでもない。
殺せ、セイバー」
下される命令。直後、セイバーからこれまで以上の魔力が放たれる。
大火の如く荒れ狂うそれは、黒い極光となってその手の剣へと収束する。
真名解放に至らずとも、それに近い広域攻撃。
大きく距離を取っていたアサシンに、その一撃を回避することは出来ない。
――――故に。
「超新星(Metalnova)───」
アサシンの口から、最後の一節が紡ぎ出された――――。
◆
「――――I am the bone of my sword(我が錬鉄は、崩れ歪む)」
◆
「風よ……吼え上がれ! 卑王鉄槌(ヴォーティガーン)!!」
放たれる黒い極光。
もはやどこにも逃げ場などない。
―――もとより、もう逃げるつもりはない。
中断していた詠唱を再開すべく、アサシンは媒体となるナイフを構え、精神を集中させる。
―――死に絶えろ、死に絶えろ、すべて残らず塵(ごみ)と化せ。
―――人肉を喰らえ。我欲に穢れろ。我が身は既に邪悪な狼、牙が乾いて今も疼く。
―――ならばこそ、黄泉の底で今は眠れよ愛き骸。嘆きの琴と、慟哭(さけび)の詩を、涙と共に奏でよう。
―――怨みの叫びよ、天に轟け。虚しく闇へ吼えるのだ。
その詠唱(エンゲージ)は、ホシノとオルフェが話し合う最中に、セイバーの猛攻を凌ぎながら紡がれた追加の四節だ。
だがそれは、アサシンが有する宝具の詠唱ではない。
彼の宝具はその特異性も相まって、マスターへと膨大な魔力消費を強いてしまう。
そのためアサシンは、宝具の前身となった能力 “狂い哭け、罪深き銀の人狼よ(Silverio Cry)”を、彼に近しい存在である冥狼(ケルベロス)に寄せて調律(チューニング)し使用していた。
故にその呼称を仮想星辰宝具。
紡がれる真名を―――
「超新星(Metalnova)───“狂い哭け、罪深き銀の人狼よ・滅奏之型(Howling Silverio Cry)”ッ!」
直後、黒い極光がアサシンを飲み込み、
「――――――!」
その異常に、その一撃を放ったセイバーがまず気付き、
「ば、馬鹿なっ……!」
ついでそのマスターであるオルフェが、彼らしからぬ驚愕の声を上げる。
「うそ……」
そして最後に、アサシンのマスターであるホシノが、その光景に自身の目を疑った。
「ッォ………!」
セイバーの放った黒い極光が、斬り裂かれていた。
彼のナイフが放つ黒い闇に触れた瞬間、その輝きが消え去るように。
そうして黒い極光の放流が止まった時、消え去っているはずのアサシンは、当然のようにそこに健在だった。
「ッ――――!」
即座に第二射を放つセイバー。
「――無駄だ」
しかし一切の溜めなく放たれたそれは、先程とは異なり、あまりにも容易く切り払われた。
「貴様、星殺しか――!」
それにより、セイバーはその正体を看破する。
星殺し。星の輝きに対する反存在。
即ち――――星の聖剣を担う、己にとっての天敵であると。
「――――――」
セイバーを目掛け、アサシンが疾駆する。
「っ!?」
その速度は先程までの比ではない。
極光の射出は間に合わず、セイバーは先と同じように剣に纏わせ、アサシンを迎え撃つ。
しかし。
「ぐ!? きさ、ま……ッ!」
纏った魔力は容易く斬り裂かれ、セイバーの剣とアサシンのナイフが直接鎬を削る。
そしてそうなれば当然、アサシンのナイフから放たれる超振動が触れ合う剣から伝達し、セイバーへと直接ダメージを与える。
だがそれだけではない。
アサシンの身体から放たれる闇の粒子の輝きは、セイバーの鎧をただ触れただけで劣化させていく。
「これは、魔力そのものを対消滅させているのか!」
セイバーの纏う鎧は、その魔力によって高密度に編まれることで形成されたものだ。
だがそれ故に、魔力の流れを断つ槍などに対しては、その防御力を発揮できない。
もしこの能力が瞬時に発動可能であり、最初に接近された際に直感に従わず、アサシンの攻撃を鎧で防ごうとしていたならば、鎧は紙切れの様に斬り裂かれ致命的なダメージを受けていただろう。
加えて。
「どうしたセイバー。随分と苦しそうじゃねぇか。さっきまでの余裕はどこへ行ったんだ?」
「貴様……っ!」
アサシンの挑発に、セイバーは睨み返す事しか出来ない。
それも当然。
セイバーの戦闘能力は、スキル魔力放出によって発揮されるものだからだ。
そう“魔力”放出。当然、アサシンの放つ魔力に対する反粒子の影響を強く受けてしまう。
つまりセイバーは、今のアサシンに近づくだけで本来の戦闘能力を発揮できなり、むしろ魔力を過剰に消耗させられてしまうのだ。
まさに天敵。悪夢の如き逆襲劇(ヴェンデッタ)。
今のアサシンに対して、セイバーが近接戦闘で敵う道理など存在しない。
故に、もしセイバーに、この状況からの勝ち目があるとするのなら―――。
「形勢逆転だな、騎士様よ」
「嘗めるなよ、暗殺者!」
鍔競り合うアサシンのナイフを受け流し、セイバーが剣を地面へと突き立てる。
即座に剣から放たれた魔力が、二人の足場を崩壊させ、舞い上がった粉塵がその姿を隠す。る。
当然その程度の足止めで獲物を逃す暗殺者ではない、が。
粉塵から勢いよくセイバーが飛び出す。だがその勢いは、今のアサシンに迫るほど。
アサシンの全速力なら追いつけるが、それは事前に分かっていればこそ。
重厚な鎧を纏っていたセイバーを基準に追撃を掛けたアサシンでは、その速度に追いつけない。
「なるほど。鎧の魔力も速度に変えたのか」
アサシンから大きく距離を取ったセイバーは、先程までと違い鎧を纏っていなかった。
魔力で編まれた鎧だからこそ可能な荒業。
セイバーは鎧を魔力へと戻すことで、この一瞬に限り、速度においてアサシンを上回ったのだ。
そして同時に、アサシンから大きく距離を取ったことで、反粒子の影響からも脱していた。
だがそれも、この一度限り。次に接近されれば、逃れることは出来ないだろう。
故に。
「マスター、宝具の使用許可を」
反粒子の影響を受けない遠距離から、対消滅を上回る大火力を以って消滅させる。
それが、現状いおけるセイバーに残された、ただ一つの勝機だった。
「ッッ…………!!」
よほどセイバーの力を信頼していたのだろう。
セイバーのマスターは未だに目の前の光景が信じられないと、驚愕の表情を浮かべている。
まったくもって同情する。
その信頼に正しく、セイバーは協力無比なサーヴァントだった。
それが“相性”などと言う、ただそれだけの理由で、ここまで完膚なく封殺されてしまったのだから。
「なあ、セイバーのマスターさん。
最後に一つだけ教えてくれや」
セイバーが宝具の使用を求めた以上、次が最後の激突になる。
その前に聞くべきことを聞いておこうと、そのマスターへと問いかける。
「あんたさ、人々を導く者として生み出されたって言ったよな」
「そ、そうだ! だから私は―――」
「その人々って、“誰”のことだよ」
「――――――」
アサシンの問いをきっかけに、我を取り戻そうとしたオルフェが、止まる。
「あんたに逆らうやつを殺して、あんたに従うやつも殺して、それで一体“誰”を導くつもりなんだ、あんたは?」
「それ、は…………」
答えは、ない。
アサシンの問いに対し、オルフェはまたも、沈黙を返すことしか出来なかった。
「きさまは……貴様はいったい何なのだ――!」
代わりに口をついて出たのは、おまえは何者だという誰何であり、
バーサーカーとの接触からの反省で控えていた、サーヴァントに対するアコードの能力の発露だった。
「俺か? 俺はただの負け犬だよ。
あんたらの言う使命だとか運命(ディスティニー)だとか、そんなモノの歯車に磨り潰された、ちっぽけな砂粒だ」
―――そこには、闇があった。
民を救わんと、国に栄光を齎さんと、恒星の如く輝く男が生み出した、とても小さく、しかし底の無い闇黒の闇が。
それは、英雄が許容した唯一の犠牲であり、未来のためにと切り捨てた過去だった。
「そこにあえて付け加えるんなら、おまえらみたいなのが犠牲にしてきた“誰か”達の代表代理ってところか」
その、どこまでも果てしない闇の中に、
「あら、乙女の寝所に土足で踏み入るなんて、随分と不躾な人ね」
白い、銀の月のような少女がいた。
「!? ぐお……!?」
アサシンと同調しようとしたオルフェの精神波動が、その少女の一瞥で弾き返される。
――――否。逆に同調し返され、滅茶苦茶に掻き乱された。
「が、ああっ……!」
「マスター!?」
己がマスターの突然の異常に、セイバーが即座に声を掛けるが、オルフェに応える余裕はない。
同調は即座に切った。だが精神波動を掻き乱された影響か、これまで経験したことのない頭痛が彼を襲っていた。
気が狂いそうなほどに激しい激痛。それはともすれば、頭蓋を抉り脳を掻き毟りたいとさえ思うほど。
そうならなかったのは、アコードとして精神波動を操る術に長けていたが故か。
「おはよう、ゼファー。
何か、随分と大変なことになっているみたいね。私の手伝いはいるかしら?」
白銀の少女が、アサシンの背後に現れる。
その少女の姿は、向こう側が透けるほどに幽かでありながら、確かな存在感を放っている。
それをまるで、月の光が人の形に集まったかのようだと、ホシノはと思った。
「うへ!? これって、まさかあの子の……?」
だが同時に、これまでにない魔力の消耗が彼女へと襲い掛かった。
その理由をホシノは即座に理解する。
あの白銀の少女だ。彼女の顕現の維持に、自身の魔力が用いられているのだ。
彼女の名は、ヴェンデッタ
ゼファーの物語の始まりを告げた少女であり、逆襲劇の名を冠する彼の半身である。
「なんだ、起きたのかヴェンデッタ」
「起こされたのよ。あそこの彼が、貴方の心に触れてきた影響でね」
「マジかよ。じゃあ益々生かしておく理由はねえな。手を貸してくれ。
マスターも、しんどいかも知んねぇが、もうちょっとだけ踏ん張ってくれや」
アサシンの視界の先では、己がマスターの異常事態を受け、許可を取らずに宝具を発動しようとするセイバーがいる。
その剣から放たれる黒い魔力は、この戦闘における最大値。
仮想の反星辰光(アンチアステリズム)であれを防ぐことは、いくら相性が良くてもさすがに難しいだろう。
そう判断し、アサシンは自らの半身たる少女――ヴェンデッタと同調を開始する。
―――ゼファーの宝具の運用に、なぜ膨大な魔力が必要なのか。
単に燃費が悪い? いいや違う。その理由こそ、ヴェンデッタの存在に他ならない。
そもそもゼファーの宝具は、彼と少女が一つとなり、二人の能力が重なり合うことで創生されたもの。
当然その発動には少女の協力が必須であり、故に冥王(ハデス)としての彼が召喚されれば、付随するように彼女も共に召喚される。
だがゼファーが現界の維持に魔力を必要としない反動か、ヴェンデッタが活動するためには膨大な魔力を必要とした。
それ故にゼファーは、今まで少女に自身の奥底で眠って貰っていたのだ。
だがそれが、オルフェがアサシンの精神波動に干渉したことで覚醒した。
そしてヴェンデッタが目覚めるという事は、英雄譚への逆襲劇が始まるという事に他ならない。
「 “約束された(エクス)――――”」
明かされる真名。
刃は横に。
収束し、回転し、臨界に達する星の光。
セイバーはもはや黒色の太陽の如く、そのフレアとなった剣を両手で構え。
「天墜せよ、我が守護星──」
発動のために紡がれる一節。
詠唱(エンゲージ)が間に合わない? 知ったことかよ。
音(声)なんて所詮は“空気の振動”だろ。と英雄への逆襲(ヴェンデッタ)を謳い上げ。
唐突に割り込んだ爆発に、黒陽と凶星の決着は妨げられた。
「ッ!? マスター!」
爆心地は、小鳥遊ホシノ。
己がマスターを襲った一撃に、アサシンは思わず振り返る。
果たしてホシノは。
「ッ、ぐぅ……!?」
生きていた。
爆炎から吹き飛ばされるように、彼女が転がり出てくる。
爆発によって全身にダメージを負いながら、それでも五体満足でそこにいた。
「よかった」
『ゼファー!』
「っ、しま――グオ……ッ!?」
アサシンはその事に安堵の息を溢す。が、そんな隙を逃すセイバーではない。
真名の解放こそ中断されたが、込められた魔力はそのまま極光となってアサシンへと放たれた。
半身の声に咄嗟に反応し、反粒子によって極光を防ぐが、宝具の開帳を中断させられたのはアサシンも同じ。
仮想の反星辰光(アンチアステリズム)では、宝具解放に迫るほどに込められた魔力を即座に打ち消すことは出来ない。
即ち、今この一時、アサシンは己がマスターへと駆け寄ることが出来ない。
「まさか、狙撃手の仲間がいたなんて……!」
一方のホシノは自身が受けたダメージから、この爆撃の正体を看破する。
これは着弾と同時に爆発する特殊な弾頭を使った、遠距離からの狙撃に他ならないと。
しかもこのタイミングで仕掛けてきたという事は、この狙撃手はオルフェの仲間である可能性が高い。
「っく……!」
放たれる第二射。
ホシノは第一射の射角から狙撃手の位置を予想し、即座に盾を展開してそれを防ぐ。
炸裂する爆裂弾頭。音とともに生じた衝撃が、盾を越えホシノへとダメージを与えてくる。
いつもであれば受け止め切れたはずのそれに、少女は堪らず苦悶を溢す。
――まずい。
完全に無防備な状態で受けたせいだろう。第一射のダメージが、思った以上に響いている。
そもそも第一射の時点で、私(キヴォトスの生徒)でなければ即死だったのだ。
なのに即座に第二射を撃ってきたという事は、私の事を知っているということ。
相手は確実に私を殺しに来ている。このままではいけない、と狙撃手の射線から逃れようとして。
「―――闇に堕ちろ、小鳥遊ホシノ……!」
唐突に放たれたオルフェの叫びに、ドクン、とホシノの心臓が脈動した。
「………………、え?」
未知の衝撃がホシノを襲い、視界がぶれる。
頭が重い。目の前の窮状が二重写しになったようにかすみ、遠ざかる。
代わりに脳裏に浮かび上がってきたのは。
「ユメ……先輩……?」
とうに死んだはずの、大切な人の姿だった。
「どう、して……?」
自分の状態がわからない。
ついさっきまで、どんな状況だったのか。
どうして今、あの人の事を思い出しているのか。
なにも……何一つわからなくなって、私は、ただユメ先輩を――――。
「目を覚ましなさい!」
パン、と頬をはたかれた様な衝撃が、白い少女の声とともにはしった。
「ッ――――!」
掻き消えるユメ先輩の幻影。
入れ替わるように自分の状況を思い出し、とっさにその場から飛び退く。
「ぐうっ……!?」
直後、僅かに掠めた弾丸に、脚を深く抉られた。
まずい、まずい、まずい、まずい―――!
脚をやられた。辛うじて致命種にはならなかったが、すぐには走れない。
つまり今の自分は、狙撃手のいい的だ。
そして何よりまずいのは、相手が銃弾を変えてきた事。
掠めただけでこの威力。きっとこの弾丸は、“盾で防いでも貫通してくる”……!
それでもどうにか防ごうと、射線を遮るために盾を構え―――。
「――――――、あ」
それが無意味であることを、理屈でなく理解した。
迫る死の一射に延長される意識。
防ぐために射線上へと向けた視界の先では、一発の弾丸が、空間を捩じ切りながら私へと迫っている。
(ごめん、みんな。私、帰れないみたい)
これを防ぐ術は、私にはない。
だから、ここで死ぬのだと、かつてのように諦めて―――
(死んだら、ユメ先輩に会えるかな……?)
目を閉じて、大切な過去(きおく)を目蓋の裏に思い浮かべ、―――。
(あ、でもこの世界だと、死んだら死霊になっちゃうのかな? ……って)
「……あれ?」
いつまでのやってこない死に、パチリ、と目を見開いた。
「大丈夫? 生きてる? そう、ならよかった」
するとそこには、赤い外套を着た銀髪の少女の姿。
彼女は花のように輝く盾を構えて、銃弾(死)の射線上に立ち塞がっていた。
◆
◆
「――――――!」
在り得ないものを見たと、男の目が見開かれる。
小鳥遊ホシノを仕留めるために用意した銃弾は二種。
破壊時にこそ最大の威力を発揮する剣と、空間を捩じ切る剣。それらの宝具を弾頭へと加工したモノだ。
宝具の銃弾への加工は、矢への加工よりもその神秘を劣化させるが、銃器の特性から連射性に優れる。
最初の一発で仕留められれば最上。そうでなくとも、残りの三発で確実に。
都合、四発。それによって小鳥遊ホシノは、間違いなく仕留められるはずだった。
最後の一発に、割り込む者さえ存在しなければ。
「――――――」
それは良い。
想定外ではあるが、意外なことではない。
無関係なマスターが、危機に陥ったマスターを助けに入る、という事もあるだろう。
この都市にはヒーローを自称する数奇なマスターが二人もいるのだし。
だから、在り得ないのは別の事。
「………………」
射線の先で、花弁の盾が解けて消える。
その向こうにいた乱入者の姿が露わになる。
白色の髪、褐色の肌、赤い外套。それらの要素を身に纏った、少女。
そして――自分の弾丸を防いだ楯は、間違いなく己と同じ能力によって作り出されたものだ。
「っ!」
赤い外套の少女と、合うはずのない視線が合う。
その唇が、わかりやすく言葉を紡ぐ。
―――見えてるわよ、お兄ちゃん。
「引くぞ、セイバー」
即座に狙撃体制を解き、妨害が入らぬよう周囲を警戒していたセイバーへと声を掛ける。
予備銃弾の用意は当然ある。
が、あの少女が本当に自分と同じ能力を持つのなら、そんなものは役に立たない。
むしろ、ここがすでに“相手の射程圏内”だという事の方が問題だ。
相手のサーヴァントの姿が見えない以上、遠距離での撃ち合いなどと言う愚は冒せない。
「………………」
相手の再確認などせず、速やかに屋上から立ち去る。
それでもその脳裏には、赤い外套の少女の姿がチラついていた。
◆
狙撃手の急襲は終わり、静寂が訪れる。
ホシノはそのダメージから即座には動き出せず、彼女を助けた少女もまた周囲を警戒し動かない。
セイバーの極光を防ぎ切ったアサシンもまた、その少女の存在故に次の行動を選択できない。
そんななかで、セイバーだけが即座に行動を開始した。
「その顔、覚えておくぞ。覚悟しておけ」
彼女は未だに頭痛に苦しむオルフェを抱えると、素早くこの場から去っていく。
「追うか?」
「必要ないわ。それよりもまず、この状況をどうにかしましょう」
相手サーヴァントの所外が分からないことからくる警戒を防ぐためだろう。
実体化した自らのサーヴァントにそう言いながら、少女はこの場に残された二人へと目を向ける。
彼らはどちらも、乱入者である少女たちに警戒と戸惑いを見せている。
(まったく。〈ヒーロー〉を捜していたのに、とんでもない状況に出くわしたわね)
黒いセイバーに謎の狙撃手。
欲しい情報は何一つ得られていないのに、気になることばかりが増えていく。
つい危なかった方を助けてしまったが、これが正しい選択だったのかもわからない。
それでも、このまま黙ったままでいても状況が解決しないことは確かだ。
「初めまして。私はクロエ・フォン・アインツベルン。クロエでいいわ。
言いたいこと、聞きたいこと、いろいろあるでしょうけど、まずはここから離れましょう」
少しでも二人の警戒を解くため、少女――クロエはホシノから離れると、二人へと向き直ってそう自己紹介をした。
§ § §
「で? あんたらは一体どこのどちら様で?」
「クロエよ、さっきそう名乗ったでしょう。
あ、こっちはアーチャー。真名の方はまだ勘弁してちょうだいね」
あれから場所を移動し、ホシノの怪我の応急手当ても終え、全員が一息吐いたところで、アサシンが詰問する。
それに対し、クロエは自身のサーヴァントの紹介も添えて名乗り直す。
しかし彼が未だに警戒を解いていないことは、その傍らに半透明の少女(ヴェンデッタ)が現界したままであることからも明らかだ。
一方のホシノは、先程よりは気の抜けた表情を浮かべながら、クロエへと感謝を述べる。
「ありがとうねクロエちゃん、助けてくれて。さすがにもう駄目かと思ったよ〜。
私は小鳥遊ホシノ。そっちの黒い方がアサシンで、白い子は……」
「私の名前はヴェンデッタ。ヴェティと呼んでくれてもいいのよ。
ごめんなさいねマスター。私がこうしているだけでも辛いでしょうに、彼ったらすっかり怯えちゃって」
「ううん、大丈夫だよヴェティちゃん、私はまだまだ平気だから」
「おい。誰が怯えてるだ誰が。
そんで、あんたらはなんで俺たちを助けてくれたんだ?」
それは当然の質問だろうと思いながらも、どう答えたものかとクロエは頭を捻る。
が、難しく考えた所で答えが変わるわけではないので、そのまま答えることにした。
「理由は二つ。一つは、その子が危ない目にあっていたから、思わず体が動いたってだけよ」
「思わず体が動いた、ねぇ」
「まあまあアサシン、理由は何でもいいじゃん。結果として助かったんだからさ。
にしても失敗したなぁ、まさか狙撃手がいたなんて。……腕が鈍っちゃったかな」
疑念を向けるアサシンを宥めながら、ホシノはそう独り言ちる。
戦場に街中を避けて公園を選んだ時点では、狙撃手の存在は警戒していたはずだった。
だがいつの間にか狙撃手に対する警戒が抜け落ち、その結果があれだ。
これなら周囲への被害なんて気にせず、市街地で戦った方がまだマシだったかもしれない。
「そんなに気にすることはないわ。だってあの男、貴方の精神に干渉してたもの」
「精神に、干渉?」
「ほらあなた、狙撃されている最中に急に上の空になったでしょう? あれがそう。きっと狙撃手の事も、意識から逸らされていたのよ。
これはあなたのミスね、ゼファー」
「うっせぇ。分かってるよそんなことは」
ヴェンデッタの非難に言葉悪く返しながらも、アサシンはそれを否定しない。
彼自身、あの戦いで失敗したと考えていたからだ。
あの戦いにおいてゼファーは、ある意味において手加減をした。
相手を殺すことを厭うホシノ(マスター)に配慮し、どのような形であれ、相手を殺さずに済む選択肢を残そうとしたのだ。
だがこちらからの誘いはにべもなく断られ、始まった戦いの最中に、逆に相手からマスターが誘われ、まあそれもアリかと最初は考えた。
しかしセイバーのマスターの思想はアサシンには到底受け入れられるものではなく、結果として決別。
それならば、と絶望的な相性差を見せつけ、撤退する余地を与えようとしてしまったのだ。
(まったく。サーヴァントになっても、俺は変わらず弱いまんまだ)
生前のように卑屈になることこそないが、アサシンはそう自虐する。
撤退する余地とは、言い換えれば反撃をする余地でもある。
相性的に有利なはずの相手に手痛い反撃を受け、剰えそのまま取り逃がすなど、勝利の栄光とは程遠い。
相手が伏せていた隠し札に気付けず、マスターへの奇襲を許してしまったことを、アサシンは強く悔いていたのだ。
こうなるならば、相性差が判明した時点で殺しておくべきだった、と。
クロエたちへと見せる強い警戒は、ある意味でその表れだった。
「私からも付け加えさせてもらうなら、たとえ街中で戦っても狙撃は防げなかったでしょうね。
いえ、街中で戦っていた方がもっと危険だったかも」
狙撃手について、続くようにクロエが発言する。
「普通なら街中の方が狙撃を防げると思うかもしれないけれど、相手が私の知ってる人ならむしろ逆。
きっとその考えの裏を突くように、初手で狙撃をしてくるでしょうね。
実際に撃たれたホシノなら解ると思うけど、あの三、四発目の弾丸。あれなら壁の二枚や三枚、簡単に貫通できるもの」
通常、街中で狙撃を警戒するのなら、射線の徹る開けた場所に意識を向ける。
だがその裏をかかれ、壁の向こうなどの意識外から狙撃を受ければ、即死はしなくとも重症は免れないだろう。
あとはセイバーか狙撃手、どちらか一方が相手のサーヴァントを少しでも抑えれば、もう一方がマスターに止めを刺し、それで終わりだ。
「ちょっと待て。狙撃手が、あんたの知ってる奴だって?」
「ええ。たぶん、ではあるけどね。ちなみに、それが二つ目の理由よ。
もし本当にあの人なら、平和のために女の子を殺すなんてマネ、させる訳にはいかないもの」
「……一応聞くけど、どんな奴なんだ、そいつは?」
「正義の味方よ。誰かを助けるためなら、平気で自分を犠牲にしてしまう……悪にだってなれてしまう、ね」
「なるほど、最悪の相性だな」
オルフェの使命であるディスティニープランは、世界平和を最終目標としている。
それを完全に否定することなど、正義の味方には不可能だろう。精神に干渉するというオルフェの能力が加われば猶更だ。
「……あんたは、そいつの願いが世界平和でも、そいつを止めるのか?」
「当然でしょ。女の子の命は、世界より重いのよ」
「――――――」
「いいことを言うわね。私、あなたのこと好きになりそうよ」
即答で返されたクロエの言葉に、アサシンは目を見開き、ヴェンデッタは笑みを浮かべる。
なるほど。それは是非とも、あの男に聞かせてやりたい言葉だ。
まあ、言われたところで、あの男は何も変わらないだろうが。
内心でアサシンはそう思いながら、クロエに対する警戒を一段下げた。
「仲良くなれそうなのは結構だが、この後はどうするつもりなんだ」
それを見抜いたのだろう。今まで沈黙を通していたアーチャーが、そう言って割り込んできた。
「私はとりあえず、ホシノに付いて回るつもりよ。
ヒーローも見つからないことだしね」
「ヒーロー? あんたら、あいつらを捜してたのか?」
「一先ずの目的として、ではあるけどね」
〈ヒーロー〉は、ある意味で〈双亡亭〉と並んで有名な存在だ。
クロエたちはそんなヒーローを、今まで捜索していたのだという。
しかし、そのために都市北西部を捜索してみたが、残念ながら当てが外れ、接触できなかった。
仕方がないからと、前に事件のあった都心部へ向かってみたら、ホシノたちの戦闘に出くわしたのだ。
「なるほどな。けどそれがどうして俺のマスターに付いて回ることに繋がるんだ?」
「簡単よ。セイバーたちはあなた達にコテンパンにやられた。なら間違いなくやり返しに来るはず。
そうなると当然、彼らの協力者であるあの狙撃手も付いて来るはずでしょ?
私はね、狙撃手があの人かどうか、どうしても確かめたいの。会ってどうするかは、その時に決めるつもり」
そう口にするクロエの目には、強い意志が宿っている。
この様子では断っても勝手に付いてくるだろうな、と思いつつアサシンは己がマスターへと話を振る。
「らしいけど、どうするマスター」
「うへ? ああ、うん。いいんじゃない?
……私も、セイバーのマスターにはちょっと用があるし」
「――――――」
「ああ、安心して。あの人の誘いに乗るとかじゃないから。
……うん、それだけはない」
「………………」
ホシノの返答に、アサシンは僅かに眉を顰める。
今のホシノは、どこか様子がおかしい。いつものだらけた様子が、僅かに影を薄めている。
『ヴェンデッタ』
『あの男の能力は掛かっていないわ。それは確か』
声にすることなく、アサシンは己が半身と言葉を交わす。
ヴェンデッタの能力は、星辰体(アストラル)そのものへと感応し、他者の星光へさえ直接干渉を行えるというもの。
この冥界においては魔力もその対象となってはいるが、魔力に寄らないオルフェの能力には直接干渉は行えない。
だが他者と同調(リンク)するという性質を応用しその能力に同調、その共振を利用した反動によってダメージを与える事が出来た。オルフェを襲った頭痛の正体がそれだ。
そして他者(ホシノ)に掛けられた能力も、更なる応用として逆波長をぶつける事で相殺することを可能とした。
つまり、今のホシノはオルフェの能力の影響下にはない。しかし―――。
『何を見せられたかのか私には分からないけど、あんな状況で呆けてしまうようなものを見せられたのは確かよ』
『あ〜、なるほどな。そりゃあ、様子もおかしくなるか』
浮かび上がる心当たりに、ゼファーはさらに深く眉を顰める。
見せつけられたのは、おそらくはトラウマ。十中八九、梔子ユメに関する事だろう。
それは言うなれば、ヴェンデッタと出会う前の自分に、マイナの事を無理矢理思い出させたようなもの。
そんなもの、到底許せるはずがない。
ホシノの様子がおかしいのは、それが原因だろうとアサシンは当たりをつける。
あの男は、ホシノの逆鱗に触れてしまったのだ。
(……許さない)
そしてアサシンの予想に正しく、今のホシノの胸中にあるのは、梔子ユメとの思いでと、それに触れたオルフェへの怒りだった。
(あいつは言ってた。全人類を、能力に見合った地位と職に就けるって。
ならユメ先輩は? そんな世界で、あの人はどうなるの?)
いつもドジを踏んで、失敗したり、騙されてばっかりで、頼りなかった先輩。
どこまでも無鉄砲で、校内随一のバカで、それでも、誰よりも一生懸命だった先輩。
あの男の語る世界で、彼女はいったいどうなるというのか。
(あいつの言う“能力”って、何? どんなに頑張っても、結果がでなきゃ意味がないの?)
あの男は、必要なら自分に従っていた人たちも利用して殺したらしい。
そんな奴の考えた世界で、彼女が無事に過ごせるなんて、到底思えない。
またいつもみたいに騙されて、いいように利用されるに決まってる。
(あいつは、そんな世界を作ることに、私を協力させようとした。
私の心に……ユメ先輩との思い出に、勝手に触れて―――!)
そんなこと、絶対に許せるはずがない。
だから。
(待っていてください、ユメ先輩。
あなたとの思い出を汚すやつは、すぐに片付けちゃいますから)
怒りを滲ませるホシノの横顔を見て、アサシンは大きくため息を吐く。
(まったく、あの野郎……マジであの時殺しておくんだったぜ。
まあ仕方ねえ。俺のミスもあるし、セイバーのマスターとの決着が付くまでは、きっちり付き合うとしますかね)
だがサーヴァントはマスターに従うもの。
仏の顔も三度まで、という言葉があるが、必殺の機会はすでに三度以上見逃した。
だからもう、次はない。とアサシンもまた、オルフェに対し絶殺の意志を固めるのだった。
「ってわけだ、ヴェンデッタ。
せっかく起きたところ悪いが、その時が来るまでまた眠っていてくれや」
「仕方ないわね。マスターに無理させる訳にはいかないもの。
けどそれなら、私を起こす間もなくやられる、なんて無様な真似だけはしないでね」
「わかってるよ」
そう言葉を交わし合って、半透明だったヴェンデッタの姿が完全に消える。
同時にホシノが、重い荷物をようやく下したかのように一息を吐いた。
今までかかっていた魔力消費の負荷から、ようやく解放されたのだ。
それを見て、ようやく警戒が解かれたのだと判断し、アーチャーもその緊張を解く。
「協力関係、とまではいかなくても、同行の許可が出たのはありがたい。
けど、今すぐセイバーたちを追うのは少し待って欲しい。
小鳥遊の怪我の事もあるし、まずはどこかで休憩を取るべきだと僕は思うんだが」
「そうだね〜。この感じだと、あと半日は全力で走れないかなぁ〜」
「半日……」
アーチャーの提案にホシノが賛成する。
彼女が今すぐ追うと言わないのは意外だが、逆を言えば、全力で仕留めるという事でもある。
思っていたよりは冷静であるらしいその様子に、アサシンは一先ずの安堵を溢した。
「んで、どこで休憩するんだ?」
「そうねぇ。私たちの拠点は遠いし……そもそもバレちゃってるし……
できればそっちで用意してくれると助かるんだけど。
あ、そうだ。助けたお礼をくれるって言うんなら、魔力きょ―――」
スコン、と何かを言いかけたクロエを遮るように、何かが彼女の頭へと投げつけられた。
床に落ちて転がった筒状のそれは、アーチャーが投げつけた銀筒だ。
「マスター、条件」
「いいじゃないちょっとくらい。ほんのちょっと、味見(キス)するだけだから」
「駄目だ」
「おねがい、ホシノからはなんか美味しそうな感じがするのよ」
「うへ?」
クロエの嘆願を、アーチャーは断固として却下する。
急に名前を呼ばれたホシノは、意味が分からず首を傾げるしかない。
そんな光景を見て、アサシンは遠いものを見るように目を細める。
サーヴァントの戦いはこちらが圧倒した。
マスターの戦いはあちらが上回った。
総合的には、狙撃手という伏せ札を読み切れなかったこちらの負けか。
まあ、当然だろうとアサシンは思う。
俺たちが綴るのは逆襲劇。
しかし逆襲するためには、“まず負けなければならない”。
なぜなら逆襲とは、敗者が勝者から勝利の栄光を奪う事なのだから。
……けれど、それでも、と同時に思う。
逆襲劇を止める気はない。
けどその先で、自分だけの”勝利”を得られるように、と。
「さあ、逆襲(ヴェンデッタ)を始めようか。
──“勝利”からは、逃げられないんだからさ」
【渋谷区/1日目・午後】
【小鳥遊ホシノ@ブルーアーカイブ】
[運命力]減少(小)
[状態]全身に裂傷、片足に裂挫創(いずれも応急手当済み)
[令呪]残り3画
[装備]「Eye of Horus」(バッグに偽装)、盾(バッグに偽装)
[道具]
[所持金]学生相応
[思考・状況]
基本行動方針:生還優先。物騒なのはほどほどに。
0.……許さない。
1.ある程度回復したら、セイバーのマスター(オルフェ)を追跡する。
2.ユメ先輩……。
3.同盟は……もう少し待ってほしい。
4.殺し合わず生還する方法を探す。
[備考]
※夜宵と連絡先を交換しました。
【アサシン(ゼファー・コールレイン)@シルヴァリオヴェンデッタ】
[状態]通常
[装備]ナイフ
[道具]投擲用ナイフ×?
[所持金]諜報活動に支障ない程度(放蕩で散財気味)
[思考・状況]
基本行動方針:ホシノの方針に従う。
0.――さあ、逆襲(ヴェンデッタ)を始めよう
1.セイバーのマスター(オルフェ)は必ず殺す。
2.こいつら(クロエとアーチャー)大丈夫か?
3.なにあのロリっ子怖い。あの英雄ほどイカれてないようなのは安心。
[備考]
※情報屋の葬者(脱落済み)と情報のやり取りをしていました。夜宵が交流してたのと同じ相手です。
※ヴェンデッタの半実体化にはマスターの魔力を必要とし、その能力の使用にはさらなる魔力の消費が必要です。
またゼファーの本来の宝具の使用にはヴェンデッタとの完全同調が必要であり、より膨大な魔力を消費します。
【狂い哭け、罪深き銀の人狼よ・滅奏之型(Howling Silverio Cry)】
本来の宝具に変わり、単独で反粒子を使用するために調律した反星辰光(アンチアステリズム)。つまりはスキル、魔力放出(反粒子):A+。
その詠唱は冥狼(ケルベロス)に寄せたアレンジが施されている。
基本的な性能は通常の『狂い哭け、罪深き銀の人狼よ』と比べ、干渉性がAAとなった程度。しかし同時に、反粒子による魔力特効攻撃へと変貌しているため、サーヴァントに対する実際の殺傷能力はそれ以上。
更にはヴェンデッタの星辰光による強化が掛かることで、冥狼(ケルベロス)並みの出力を発揮することが可能。
【投擲用ナイフ】
戦闘の補助にと購入した投げナイフ。
特別な効果は何もない。
【クロエ・フォン・アインツベルン@Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ 3rei!!】
[運命力]通常
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]不明
[所持金]雨竜に預けているので、あんまり持ってない
[思考・状況]
基本行動方針:生きたい、もう一度。
0.ちょっとだけだからぁ!
1.ホシノたちに同行し、狙撃手の正体を確かめる。
2.〈消滅〉のことは頭が痛い。まあ、放ってはおけないわよね……。
3.〈ヒーロー〉は今どこにいるのかしら。
[備考]
※天堂が持つ〈ヒーロー〉の情報を聞きました。詳細は後の話に準拠します。
※狙撃手を、自分の知る人物なのでは? と考えています。
【アーチャー(石田雨竜)@BLEACH】
[状態]健康
[装備]弧雀
[道具]なし
[所持金]数万円程度
[思考・状況]
基本行動方針:クロエを現世に送り届ける。
0.駄目ったら駄目だ。
1.〈消滅〉を討つという点で天堂と合意。ただし、完全に信用はしていない。
2.〈ヒーロー〉ともコンタクトを取りたい。
[備考]
※天堂が持つ〈ヒーロー〉の情報を聞きました。詳細は後の話に準拠します。
◆
「くそっ……!」
ダン、と。
握りしめた右手が、新宿における拠点の壁に叩き付けられる。
叩き付けられた右手は確かな痛みを訴えるが、今なお頭を苛む苦痛には及ばない。
あれから幾分か時間が経ち、ある程度マシになってまだこれだ。
この頭痛が生じた直後の痛みなど、筆舌に尽くしがたかいという言葉の意味を真に理解したほどだ。
―――だが。
頭痛など、所詮は物理的な痛みに過ぎない。
神にオルフェを苛むものは、それとはまったく別にあった。
「随分と荒れているな。
だがそれを攻めはすまい。悪態を吐ける程度には回復した証拠だ」
そう言いながら部屋に入ってきたのは、一抱えほどもある紙袋にハンバーガーを始めとしたジャンクフードを詰め込んだセイバーだ。
彼女は備え付けのテーブルにドサッと紙袋を置くと、同じく備え付けの椅子にドカッと座り込んだ。
そして徐にジャンクフードを手に取ると、一心不乱に食べ始めた。
「セイ、バー……」
そんなセイバーへと向けて、オルフェは苛立ちも露わにその名を呼ぶ。
彼女は有ろうことか、頭痛に苦しむオルフェを置き去りにジャンクフートを買い漁りに行っていたのだ。
だがそれさえも、オルフェの苛立ちの理由ではない。
そもそも彼女が大量に食事を取っているのは、アサシンに削られた魔力を少しでも回復させるためだ。苛立ちの理由にはなり得ない。
……そう、アサシンだ。
「あいつは、あの男は一体何なのだ……っ!」
オルフェの苛立ちの正体。
それは小鳥遊ホシノのサーヴァントであるアサシンに対するものだ。
順調だったこれまでの戦果とはまったく異なる、二度に渡ってサーヴァントを仕留め損ねたという事実。
しかも二度目は、あまりにも痛すぎる痛手を受けてのもの。
その事実からくる苛立ちが、オルフェから平常心を失わせていた。
―――否。
そうやって苛立ちに身を委ねていなければ己を見失ってしまいそうなほどに、オルフェはアサシンを恐れていた。
だが、彼のサーヴァントはそんな逃避を許さない。
「奴が何者かなど、奴自身が語っていただろう。
あれは誰かの使命によって磨り潰された無垢な犠牲者の代表。つまりはただの負け犬だ」
「ただの負け犬が私やおまえを脅かすものか!」
「脅かすとも。言ったはずだ、奴は犠牲者の代表だと。
奴は勝者の栄光を奪う逆襲の牙。“英雄”と呼ばれる者に対して、奴は無類の特効を発揮する。特に、他者の犠牲を強いた英雄にな。
かつての私が、必要に駆られてそうしたように、貴様も何かしらの犠牲を良しとしたのだろう?
その犠牲を当然のものだと思っているから、貴様は奴に足元を掬われたのだ」
「ッ………………!」
オルフェの脳裏に浮かぶのは、彼の自国ファウンデーションの市民達。
彼は“愛”を手に入れディスティニープランを成し遂げるため、敵国の仕業だと偽って自国に核を撃ち込んだ。
――――当然、彼らの遺伝子に、そんな役割など刻まれていない。
その彼らの中に生き残りがいたと仮定して、真実を知り糾弾してきたとしたら、その時に何と答える?
ディスティニープランが正しいものだと信じている。
そのために自らの伴侶たる“愛”を求めたことも、そのために自国を犠牲にしたことも、決して間違いだとは思っていない。
けれど―――。
“―――それで一体“誰”を導くつもりなんだ、あんたは?“
その言葉が、苦痛に喘ぐ脳裏から離れない。
ディスティニープランを管理し、人々を導く者として生み出された。
その使命を果たす事こそ自分の願いであり、そのための犠牲などいくらでも払う覚悟があった。
…………だが。
“愛”を手に入れるために自国の民を犠牲にして、そうまでして求めた“愛”には拒絶され、残されたのはディスティニープランを成し遂げるという使命のみ。
――では、自分が導くべき人々とは“誰”だ。いったい“誰”を犠牲にすれば、自分は使命を成し遂げられる?
“―――そんなに人類が救いたきゃ、どっか他所でやってくれ”
「………………だまれ」
“―――他人(俺たち)を巻き込むなよ、迷惑なんだよおまえらは!”
「黙れ黙れ黙れ………ッ!」
脳裏に響くその声を、浮かび上がる迷いを振り払うために、声を荒げる。
それにより頭痛が酷くなるが、それでいい。痛みに“声(ノイズ)”が紛れてくれる。
しかし、セイバーはそれを許さない。
「目を逸らすな。あれはバーサーカーとは違う、王(おまえ)が越えねばならない宿命だ」
「ッ! そもそも貴様があの男を殺せていれば、それで済んだ話ではないか!」
「ああ、そうだ。その誹りは甘んじて受けよう。
だが目を逸らしてどうする。逸らせばまたも足を掬われて、今度はその首を喰い千切られるぞ。
なにしろ私に、“奴に対する勝ち目はない”からな」
「な……!?」
「事実だ、受け入れろ。奴は私にとって、決して敵わぬ天敵だ」
自分で放てないと、あまりにも堂々と宣言するセイバーに、オルフェは堪らず絶句する。
プライドはないのか、という反論が、その金の瞳の圧だけで圧殺される。
プライドがないのではない。目の前の事実を否定し、目を背ける事こそ醜いのだと、そう咎めるように。
「繰り返すが、奴は貴様が、王として乗り越えるべき宿命だ。
私では奴には勝てん。だが、私も奴もサーヴァント。故にマスターである貴様次第で、その勝敗は裏返る」
「ッ……!」
「忘れるな。これは貴様の王聖が問われる戦いだ。
奴とどう相対し、乗り越えるかによって、貴様の王としての資質が決まるだろう」
セイバーは語る。
目を逸らすな。あの男に勝てるかは貴様次第だと。
だが。
―――無理だ。
そんなこと、出来るはずがない。
……否。“そんなことは、してはならないのだ”。
脳裏に過ぎるのは、小鳥遊ホシノのアサシン――ではない。
奴に能力を使った時に垣間見た、奴を生み出してしまった光の英雄。
あらゆる困難や強敵を、その意志力だけで踏破した、正真正銘の規格外(バケモノ)。
その姿に対して感じるのは―――絶対的な拒絶の感情だ。
だってそうだろう。
ディスティニープランは遺伝子、つまりは才能によって全てを決定することで世界平和を成し遂げる。
だがその英雄は、凡人でありながら“まだだ”の言葉だけで才能という限界を越えた理不尽の権化だ。
セイバーは断言した。自分ではアサシンに勝てないと。
そのセイバーを勝たせるという事は、英雄のように不可能を可能とさせるという事。
だから、そんなことは出来てはならない。
なぜならそれは、生まれによって全てを決めるディスティニープランを、否定するという事に他ならないからだ。
「私は……っ」
どうすればいい。
どうすれば私は、使命を果たせる。
星の光さえも飲み込む闇を前に、私はいったい、どうすれば―――。
「ふむ。今戻ったが、邪魔だったか?」
その言葉とともに、新たな人物が入ってくる。
焦げ付いたような肌に色素の抜け落ちた白髪。この街の住人と同じ日本人だとは信じ難いその風貌。
聖杯戦争のマスターの一人にして、アサシンとの戦いにおいて小鳥遊ホシノを狙撃した狙撃手。
そして、この聖杯戦争における自分の協力者。
名を、衛宮士郎。
“理想”のために全てを……自身にとってかけがえのない者さえ犠牲にした、“公共の正義(パブリックヒーロー)”だ。
彼を味方に引き入れることは、アコードの能力を用いれば、そう難しいことではなかった。
なぜなら、ディスティニープランを成し遂げれば、争いの消えた“世界平和”が訪れるからだ。
より多くを救うという理想を持つこの男に、私の使命を否定することは出来ない。
故に、その使命を果たすための命令も、彼には逆らうことなどできない。
否、逆らう事すら思いつかない。
「……いや。大丈夫だ、問題ない。
それよりも、金にはまず礼を言うべきだろう。ありがとう、君のおかげで助かった」
「礼など不要だ。オレはオレの仕事を果たしただけに過ぎないからな。
もっとも、敵マスターを殺し損ねた時点で、仕事としては落第だがね。
どうする? 役に立たない道具を切り捨てるのなら、今の内だと思うが」
……ああ、そうだ。
何もあのアサシンと直接対峙する必要はない。
セイバーも言っていただろう。奴も所詮はサーヴァントだ、と。
すなわち。
「いや、そのつもりはない。君にはこれからも、私の力になって欲しいと思っているんだ」
衛宮士郎を利用して、小鳥遊ホシノを殺せばいい。
どんな強力なサーヴァントも、マスターを殺せばそれで終わりだ。
そう。越えられない壁を、無理に越える必要はない。
越えられない壁など、迂回してしまえばいいのだから。
§ § §
それからオルフェは、体調を回復させると言って別室に籠った。
ならば自分がここに留まる理由もない。
「セイバー、仕事があれば連絡するように、あの男が起きたら伝えておいてくれ」
ジャンクフードを食べ続けるセイバーへと言伝を頼みながら、衛宮士郎はオルフェの拠点を後にする。
やるべきことは堪っている。時間を無駄にはしていられない。
調査すべきこと、排除すべきマスターは、まだまだ生き残っているのだから。
『葬者、このままあの男に協力するつもりか?』
やるべきことの段取りを考えていると、自身のセイバーがそう問いかけてくる。
彼は衛宮士郎の目的――聖杯の破壊及び、聖杯を求めるマスターの抹殺――を知っている。
その彼が、聖杯戦争に勝とうとしているオルフェに協力するのが不思議なのだろう。
「ああ、そのつもりだ。
竜との戦いや双亡亭を破壊するのに、あのセイバーの力は有用だからな」
その問いに、衛宮士郎は肯定を返す。
自分たちの能力では倒すのが困難な敵サーヴァント。それを倒すために、彼らを利用するのだと。
その判断は、ある意味では正しい。
彼ら埋まだ知らぬことだが、〈双亡亭〉に潜む脅威、その正体は宇宙からの侵略者。紛れもない〈人類の脅威〉である。
対するセイバーの聖剣、その本質は、星を滅ぼす外敵を想定して星そのものが造り出した神造兵装。
つまり、セイバーが小鳥遊ホシノのアサシンに勝てないように、セイバーの聖剣は〈双亡亭〉に対し、特効性能を発揮するのだ。
故に〈双亡亭〉を壊すための方法として、セイバーとそのマスターに協力することは、決して間違いではない。
『こちらが苦手な相手は、得意な奴に任せればいいという事か。
なるほど、納得した。なら、こちらが言うことはない』
衛宮士郎の答えに納得したセイバーは、これ以上その思考を遮らぬようにと沈黙する。
―――だが。
それが本当にオルフェたちと協力する理由なのか。
それともセイバーの問いを誤魔化すために繕った、ただの言い訳だったのか。
瞳に赤い燐光を秘めた衛宮士郎には、判断することが出来なかった。
ただ、一つ確かなことは、“目的”を達成するためならば、“この”衛宮士郎は、たとえ“何”であっても犠牲に出来るという事だ。
………たとえそれが“自身の理想” であったとしても。
そして、そんなマスターたちの姿を薄金色の瞳だけが、静かに見つめていた。
【新宿区/一日目・午後】
【オルフェ・ラム・タオ@機動戦士ガンダムSEED FREEDOM】
[運命力]通常
[状態]軽度の頭痛、釈迦及び彼の中に見たイメージに対する激しい不快感(小康状態)、ゼファー及び彼のイメージする“英雄”に対する恐れと拒絶
[令呪]残り三画
[装備]
[道具]
[所持金]潤沢
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を入手し本懐を遂げる
0.私は、使命を……
1.まずは調子を回復させる。
2.衛宮士郎を利用し、小鳥遊ホシノを殺す。アサシンとの戦闘は避ける。
3.バーサーカー(釈迦)とその葬者は次に会えば必ず殺す。………………紛い物が。
4.プロスペラを追跡する。
5.異なる宇宙世紀と、ガンダム───か。
[備考]
※プロスペラから『聖杯戦争の参加者に関するデータ』を渡され、それを全て記憶しました。
虚偽の情報が混ざってる可能性は低いですが、意図的に省いてある可能性はあります。
※プロスペラの出自が『モビルスーツを扱う時代』であると知りました。
また『ガンダム』の名を認識しました。
【セイバー(アルトリア・ペンドラゴン〔オルタ〕)@Fate/Grand Order】
[状態]疲労(小)、胸元に斬傷、魔力消耗(中)
[装備]『約束された勝利の剣』
[道具]大量のジャンクフード
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:蹂躙と勝利を。
0.………………。
1.食事をとり、少しでも魔力を回復させる。
2.次にアサシンと戦うことがあれば、必ず殺す。……マスター次第、ではあるが。
3.バーサーカー(釈迦)は面倒な相手だった。次は逃さん
[備考]
【衛宮士郎@Fate/Grand Order ‐Epic of Remnant‐ 亜種特異点EX 深海電脳楽土 SE.RA.PH】
[運命力]通常
[状態]健康、オルフェの能力の影響(微)
[令呪]残り三画
[装備]干将・莫耶
[道具]無し
[所持金]食うには困らない程度
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯は破壊する。聖杯戦争に勝ち抜く気の主従に関しては容赦しない。
1.セイバー(アルトリア)の力を利用するため、オルフェたちに協力する。
2.自分達では対処困難な敵を倒すため、セイバー(アルトリア)を利用する。
3.令呪狩り、黒い魔獣と氷炎怪人、3/31の東京上空でぶつかっていた陣営の調査。優先的に排除したい
4.ヒーローに会ったらダ・ヴィンチの連絡先を教える
5.あの赤い外套の少女は……
[備考]
※グラン・カヴァッロの陣営と非戦協定を結びました。連絡先は交換済です。
※黒い魔獣と炎氷怪人陣営(紅蓮&フレイザード)の見た目の情報を得ています。
※3/31に東京上空で戦闘をしていた3陣営(冬のルクノカ、プルートゥ、メリュジーヌ)の戦闘を目撃しています。メリュジーヌは遠方からの観測のため姿形までは認識していません。
※郊外の2つの市を消滅させた陣営を警戒しています。
【おぞましきトロア@異修羅】
[状態]健康
[装備]魔剣をたくさん
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:斬るべきものを斬る。
1.葬者に従う
[備考]
なし
▲
以上で投下を終了します
投下お疲れ様です!
本企画のこれまでの話もそうですが、これだけの数のキャラクター達を、それぞれの願いや方針、譲れないものをしっかり見せつつ見事に噛み合わせて物語を進めていく凄さに唸っております
金時と釈迦の世界を異にした邂逅や、釈迦という存在に対してヤヨイちゃんがふっとよぎらせる反応だったり、キタローとテスカトリポカのさらりと他作オマージュを入れつつ「らしい」会話だったりにいちいち頷きつつ、続くホシノ組とオルフェ組の接触から二重三重に繰り出されるキャラクター同士の新旧入り乱れた因縁の連続に圧倒されました
シルヴァリオヴェンデッタは未履修なのですが、「逆転劇」の顕現シーンが一番燃えました 黒セイバーだけでなくオルフェとの表裏にもなってるとは…そしてそれがユメに触れられた怒りだったり、エミヤとクロエの交錯にもつながる興奮…
少しずつ集っていく対双亡亭のキャラ達にもわくわくさせられるし、ゼファー→黒セイバーの特攻だけでなく黒セイバー>しのちゃんの特攻がしれっと示されたのも面白い
ますます物語の続きが楽しみです
wiki収録ありがとうございます。
誤字修正も兼ねて一部改稿しました。
敷島浩一&バーサーカー(プルートゥ)
小淵沢報瀬&アーチャー(冬のルクノカ)
天堂弓彦&ランサー(メリュジーヌ)
予約します
体調不良のため予約を破棄します。
明けましておめでとうにならなくて申し訳ありませんでした
明けましておめでとうございます。
体調が回復したため上記の面子で再予約をします。
投下します
.
「……………………」
小淵沢報瀬は困っていた。
性格的にも報瀬は人付き合いが苦手な方だ。
嘘である。
報瀬は人付き合いがとてつもなく下手だ。
付け加えるに、思い込みが激しく、計画性もない。
母が消息を断った南極に行くと公言し、それを聞いて無理とせせら笑う周囲を無視して生きてきた。
無理解な連中に理解してもらう気はない。そんな時間は無駄なのだから。
よって交友は切り捨て、使い方も分かってない資金集めに精を出すばかりの学生生活を送ってきた。
母が在籍していたチームに頼めば何とかなる、100万円集めればどうにかなる。
気持ちばかりが先行し、目的への具体的な見通しが立てられない。
ブレーキの壊れた自転車、あるいはロケットエンジンをくっつけた三輪車の如く猪突猛進なのである。
そんなだから、突発的事態への的確な対処法というものにすぐに思いつけない。
思考も理論も追いつかない、ただ感情が爆発するのみだ。
朝の往来の交番付近で、落ちていた大金を入れた茶封筒を拾って持ち主に返してくれた見知らぬ成人男性に、とめどなく涙を流しながら感謝を述べる。
行動自体は筋の通った動機だが、周囲の視線と、その後の対応を何ひとつ考えないままの行動だ。
慌てふためきながらも宥めてくれた男性に泣きながらしがみつき、どうにか落ち着いた頃には後の祭りだ。
休憩所のベンチに腰かけて、以降、一言も発する事なく沈黙している。
やばい。まずい。どうしよう。
混乱から復帰し切ってない頭は解決方法を見いだせず、やらかしたという後悔だけが渦を巻く。
対人強度ほぼゼロ、世間の目に我関せずな厚顔持ちの報瀬だが、ここで居直れるほど常識知らずではない。
これが同性同年齢、同じ学校の生徒同士であればまだ会話の取っ掛かりも見つけ出せただろう。
が、生憎今の相手は男性だ。しかも明らかに成人越え。
その上顔色も悪く着古した服のまま、平日の昼前をブラブラしていている風体。絶対ろくでもない職業に就いている。反社だ。プータローだ。
失礼過ぎる偏見を抱いて、待ち受ける悲惨な運命にただただ萎縮するだけだった。
「………………」
敷島浩一もまた、同じく困っていた。
感謝が欲しいわけではなかったが、この仕打ちはどういうわけなのか。
大金の詰まった封筒を拾っても、悪魔の説得に屈する事なく持ち主らしき人物に渡したというのに、依然厄介事は継続している。
過去のトラウマに根ざす自己否定の意識を除けば、人並みの付き合いはできる程度の社会性は持ち合わせている。報瀬よりはずっと。
ただ報瀬とは別の事情で、敷島の対人能力は壊滅していた。
昭和と令和の時代差は数字以上の隔たりがある。
同じ国で地続きの未来だとしても、価値観が一変した社会は敷島にとってはまるで異世界だ。
言語は通じても常識が噛み合わず、金銭住居は始めから無く、漂う空気からして違っている。吸い込んだ肺までもが常時違和感に疼く。
死者の国ですら村八分にされる疎外感は心身を軋ませる。結果、体調全般に響きさらに対話を不全にする悪循環だ。
「あの」
「ひいっ……!」
「あ…………いや…………ごめん」
ベンチの両端で不毛なやり取り。繰り返す都度に五度目。
封筒の持ち主の女学生は泣き止んだが、それきり何も言わず固まってしまった。
時代の異邦人に平成女子との円滑なコミュニケーション術が備わってるわけもない。
何とか流れを作ろうと意を決し話しかけても、怯えびくつかれるので上手く切り出せない。
平日の午前、ベンチで項垂れ黄昏る青年と婦女子の構図が描かれるだけになる。
───どうしろっていうんだよ……。
初めてでは、なかった。
こんな風に突然女性に絡まれ、なすすべなく途方に暮れるのは。
任務から逃げ、仲間の命を見捨ててでも帰った先に待っていた、家も肉親も何もかも失った戦後の祖国。
あの時も、横から走ってきた赤の他人にいきなり赤子を託されて、捨て置く事もできずあやす羽目になったのだ。
大石典子との出会い───戦後の敷島はいつも乙女に巻き込まれてばかりだ。
いっそ、このまま立ち去ってしまえばどうか。
用向きはとっくに済んでるのだ。封筒は持ち主に渡した。中身は一枚だって抜き取っていない。
これ以上留まっても無駄に精神を擦り減らすだけ。
そも最初から見知らぬ他人なんて放って、足早に帰ってしまえばよかった。今からでも一言告げて別れたところで不義理にはならない。
いや……義理なんていう人情を気にするなら、こうして誰かと触れ合うべきですらない。
今敷島は戦争をしている。終わらないままの戦争と、始まってしまった戦争に身を投じ続けている。
戦争は何もかも区別なく吹き飛ばす。そこにいただけの人を、さしたる理由もなく。
太平洋がそうだったように。冥界でもそうなるのだろう。
今の敷島は咎人だ。関わった誰かに、自分が受けるはずだった死を押し付ける呪いに罹っている。
いつここに英霊が現れ戦場と化すかも分からない。そうすればこの子も巻き込まれてしまう。
他人に気を遣える余裕なんて本来なら残してはいけないが……意図して犠牲を増やしていく事もないのだ。
どれほど己を疎み嫌悪しても、性根の善さは二年前となんら変わりないままでいる。
「……」
一方の報瀬も、いい加減流石になんとかしなければと思い始めた。
それくらいの冷静さを取り戻すくらいの時間は経っていた。
両手で握りしめたままだった封筒の手触りを確かめる。
中の厚みは記憶と変わってない。冥界で現実を見失わないよう、毎日確認してきた。一枚たりとも抜き取られてる感じはしない。
つまりこの大人は、落ちている封筒を拾って、わざわざ自分に渡しに来てくれたという事になる。
素知らぬ顔で懐に忍ばしたりも、交番に預けたりもせず。見てくれだけでも苦労してそうな格好なのにだ。
───いい人、なのかな。ひょっとして。
時が経つにつれ、そのように報瀬も思い始める。
世間ずれしてるとはいっても、人並みに常識はあるし良心も動いてる。張り続けてた警戒心も解れる頃合いだ。
お金を盗まず、泣き縋る報瀬を鬱陶しがって引き剥がしもせずここまで付き合ってる男性に、悪印象を抱いたままでいられるほどの性根の捻り方はしていない。
「───あ、の……っ!」
「ん……?」
とにかくお礼は言っておこう。そしてそのまま別れよう。
たまたま親切な人がお金を拾ってくれた。戦争だの竜だので下降しっぱなしだった日常が、少しだけ上向いた、そんな日になった。
それでさっぱりこの件は解決だ。
「あり、あの、あ、ありが、……!」
一ヶ月間、竜を傍に置いた生活ですり減った気力を振り絞ってどうにか感謝を述べようとした、その矢先。
(シラセ? 聞こえてますかシラセ?)
「……っ!!」
腰を曲げ項垂れていた報瀬が、そこで飛び跳ねるように背を正した。
何事かと見回す敷島だが、別段周囲に変化は何もない。
首を傾げる敷島の横で、サーヴァントの念話が入ってきた報瀬は、努めて口を開かないよう、腹話術でもする気持ちで脳内で言葉を紡いだ。
(……何?)
(戻りましたよシラセ。ごめんなさいねえ、落とし物は見つけられませんでした)
葬者の護衛という、サーヴァントの最低限の務め。
冬のルクノカが報瀬から離れていたのは、何もそれを忘れて散策していたわけではない。
学校を来た道を遡って封筒を探すよう、報瀬から直に依頼していた為に外していた。
(ああ……いいよ別に。もうこっちで見つけたから)
(あら、そうですか。それはよかったですねえ)
何もしないよりはと、藁にも縋る思いではあったが、元からあまり期待していなかった。どこまで丁寧に探してくれたのか知れない。
この巨竜の目に映る視界の中で、金封と石塊の区別がついているかどうか。
今もとんだ徒労をさせたにも関わらず、返事は実にそっけない。
気にしていないのだろう、本質的に。報瀬の一喜一憂、言動行動にいちいち思いを巡らせたりなどしない。
振り回されるのはいつだって報瀬の役目だ。
脚を進める、羽撃く、首をもたげる、尾を振るう。
どんな些細な反応でも、竜の傍にいれば天変に遭ったように右往左往するしかなく。
(ええ、失せ物は見つけられませんでしたが、その代わりにシラセに会いたいという方がいたので、連れてきましたよ)
(は?)
このように。
報瀬が何をせずとも、竜の方から災いの実を咥えて戻って来る。
「こんにちは、善なる人よ。神の訪問です」
青天の霹靂に凍りつく思考。
固まって咀嚼ができないままの報瀬の前に、その来訪者は音もなく現れていた。
銀の長髪。
黒のカソック。
片目を覆う眼帯と対称の、地を睥睨する天上人の千里眼。
これほど目立つ風体であるというのに、開けた公園の真ん中にいる報瀬と敷島に、近づいてきたのも気づかせない。
まるで空の上から二人のいる地点に、直に落下してきたとしか思えない。
───事実、後続に配慮せず飛ぶルクノカを追うべく、従者に抱えられて飛んで来た葬者、天堂弓彦である。
───また変な人が来たぁ……。
さらなる闖入者の出現に、報瀬は露骨に嫌そうに顔を歪めた。
自分の感情に嘘はつけない、隠し立てのできない性格なのだ。
「どうした? 遠慮せず喜ぶといい。迷いと怯えで立ち止まって震えるしかない暗闇に、救済の光が舞い降りたのだ」
「いやすみません、神様とかそういうの興味ないので……」
「謙虚になることはない。お前は神の助けを求めていたはずだ。だからこそ私はここに来た」
「いやほんとそういうのいいんで……」
「神の決定は絶対だ。只人の意見で覆りはしない」
「ぇえ……何なのこの人……」
言い分は聞かないのに自分の主張はゴリ押してくる。
たまに報瀬もやらかす論法を、十数倍に圧を増して返されている格好である。まさか当人は自分が他人からこう見えてると想像だにしないだろうが。
こうなると、どちらに理があるかではなく弁の太刀筋で趨勢が傾く。よって呑まれるのは当然報瀬の方であった。
「なあ、ちょっとあんた……」
有無を言わさず詰められている報瀬を見かねて、思わず敷島が口を挟む。
素性の怪しさは自分が言えた身でもないが、とにかくこの構図では、今後の少女の生活に吉兆が見えてくる気がしない。
関わりを断つと心に決めた矢先に、またしても報瀬の身を案じてしまうのは、捨てられない根の善性の証左でもあるのだが……。
立ち上がった薄汚れた装いの男に天堂の視線が移すと、隻眼をたちまち嫌疑の色に染めた。
「物騒な輩め。平日の往来にそんなものをぶら下げるとは」
「え……っ」
開かれた眼の窪みがひときわ陰影を増す。
凄みを深めた目線の先が、脇に添えたバッグであると気づき……敷島の背筋で冷や汗が出た。
「私を見てから、常に荷物に意識が向き続けているな。私を不審者か何かと勘違いし、撃退する為の手段に使おうとしていたのか。
しかもその質感と重量、警棒やナイフといったチャチなものではない……この国では到底許されまい、悪の業物だ」
「…………っっ!?」
悪寒を超えて戦慄が駆け回る。
見抜かれている。そこに収められている凶器についてまで、何もかも。
正体も目的も不明なままの相手に、ひと目見ただけで手の内を暴かれたのだ。
「これも神のご意志か。哀れな善人を導く為に赴いてみたが……その前に、招かれざる咎人の審判が先のようだな」
身体を向き直し、こちらを見据える姿は、いかにも神父然としていて。
視線に射抜かれた敷島は、弾劾の的にでもされた気分にさせられる。
羞恥を、葛藤を、懊悩を。
今も敷島を焦がす罪の在処を、生きたまま内臓をこじ開けるようにして観察している。
告白しろ。白状しろ。
声なき言葉はまるで数知れぬ瞳の群れ。
囲いのない外であるのに、天堂がいるというだけで、懺悔室の意味を持つ領域を形成する。
こんな意気を放つ人間が死者の影である筈がない。
己と同じ、世界では叶えられない願望を積み上げる死によって実現させようとする葬者に他ならない。
───そう認識したのが、"ソレ"が防波堤を乗り越えるトリガーだったのか。
ベンチを起点に、不可思議な気流が生まれ出した。
「む?」
「な、なに……? 風……?」
三人を逃がすまいと取り囲む軌跡を描く風は、すぐさま木の葉を散らす強風に肥大・成長して吹き荒ぶ。
報瀬たちを巻き込まない空白領域に置いたまま、隣接するビルの屋上に届くまで拡大していく。
突然のつむじ風に慌てふためく住民だが、内部からは声も姿も遮断されて届かない。
巻き上がる砂利と粉塵で可視化された風の壁は、中にいる者を覆い包み、衆人環視でありながら同時に孤立させていった。
「……!!」
これにいち早く察知したのは敷島だ。
突如発生する突風。災厄を覆う災害。
他ならぬ彼が従える狂気の英霊、バーサーカーの出現し、開戦を爪弾く前兆なのだと、誰よりも知っている。
知っているからこそ、誰よりも狼狽した。
この兵器の力の破壊の規模を最も正確に知る軍人だからこそ、それが人口密集地で暴れた場合の被害を恐れるのだ。
『ゥゥウウウウウウ……………!』
不穏を補強するように、地響きを思わせる唸りが聞こえる。
普段はエンジンを切った戦闘機の如く普段は沈黙しているが、敵の存在を感知するとこうして自動的に起動して、怒りの唸りを上げるのだ。
「バ……!」
静止の念を呼びかけてるのに、まったく命令を受け付けない。
ここで始める気でいるのか。まさか、いったいどうして。
最悪の可能性を想定したとはいえ、まさか現実のものになろうとしている事態に、敷島の精神は掻き乱される。
(あら?)
そして機神の降臨の前触れを知るのは、マスターだけではない。
事前に嵐を目撃し、直接戦い、その魔力の名残を直に憶えて生き残っている者が……運命と呼ぶには戯れが過ぎる偶然により、ここにはいる。
「まあ───まあまあまあ! この香り、この風! ああ、忘れようもありません!」
災厄が、増えた。
嵐に相対するは吹雪。
憎悪とは交わらぬ、春の芽吹きの如き歓喜の声が、肉を得た竜の口から恍惚に濡れて零れ漏れる。
「ああ、ああ、シラセ! あなたはどこまで私に幸運を運んでくれるのですか?
あの小さな竜のお嬢さんだけでない、機人の方まで私と引き合わせてくれるなんて!」
「は……は? え?」
公園のど真ん中で実体化したルクノカを見ても、報瀬は事態に何も追いついていけない。
勝手に始めた消滅のアーチャーの戦いでの不完全燃焼。
興奮冷めやらぬ間からの、二騎目の好敵手の気配で、元から緩いルクノカの自制の枷は完全に外れた。
聖杯戦争のルール、そんなものは頭から綺麗に消し飛んだ。
「な───あ、ああ……っ!?」
眼前に現れたルクノカは、敷島にとっても衝突事故同様の衝撃をもたらした。
白い雪の鱗肌。冬季の壮麗と苛烈の二面性を体現するような竜。
間違いない。昨夜空中でバーサーカーと争って、引き分けた唯一のサーヴァント。
続けざまに理解する。
碌な判断もままならずとも、本能に根ざす衝動が納得を得る。
こうもバーサーカーが殺気立ち、戦意を露わにする原因。
プルートゥは敷島と感情を同調している。憎しみの原風景を共有し、力に変えている。
全てはあの白光を許さぬからこそ。
時を隔てて敷島に絶望を振るう魔獣への殺意を憶えて、主の意を代行しようと猛っているのだ。
「カアアァアアアアアアアアアアアアアア!!」
「ウッフフフフフフ!」
プルートゥの叫びが、威容を現界させる。
ルクノカの艶美な笑みが吊り上がる。
主の制御を振り切り、機人と竜の邂逅が再現される。
火蓋は落とされ、号砲は上がった。こうなればもう引っ込みはつかない。空中大決戦の第二ラウンドが再幕する。
加えて一度目の夜空と違って、土地も建造物も住人も密集する市街。
勝敗がどう転ぼうが、もたらされる被害は前夜と比べ物にならない。
鳴り響く嵐の一過には、死神に連れて行かれた魂の抜け殻が残置するのみ。
脱落者を待つまでもなく、領域は内から冥界に呑まれる事になる。
───次の手番が、この男でなければ。
「ランサー、鎮めろ」
厳かに粛清の宣告を受けて閃く流星。
双獣に囲まれて恐懼に囚われた報瀬は完全に無防備。
主の守護という些事を、ルクノカが戦いより優先させるわけもなく。
遮るものもなく最短に一直線で胸元に到達したのは、しかし蒼銀色の刃などではなく……凶器とは無縁の細く白い指先だった。
「大丈夫かい? こんなに震えて、とても怯えているんだね。
無理もないさ。こんな怪物達に囲まれて心細くならない女の子なんていない。
けどどうか安心してほしい。僕と君は敵同士だけど、騎士として、君の肌を凍えさせる真似は決してしないと約束するよ」
戦装束の面を解いて見せるのは、花も恥じらうばかりの眩い笑顔。
それだけで荒れ狂う竜巻が、貴人集う舞踏会の荘厳なオーケストラに変性してしまうような。
童女程の小柄な体軀で、顔立ちも泉に棲まう妖精の如き可憐さだというのに、声も振る舞いも蠱惑的な魅力は薄れている。
纏う甲冑の硬質さは倒錯さに走らず、清純無垢な美少年の雰囲気の向きに最適化されていた。
妖精騎士ランスロット。
妖精國で最も強く、美しい、完璧なる生物。
女王モルガンに着名(ギフト)を与えられたメリュジーヌを彩る数々の評価は、戦闘の無双のみによるものではない。
社交界での一部の瑕疵も見当たらない礼節、それでいて自らは主役に立たず相手を言祝ぐ奥ゆかしさは、男女問わず目にしたどの妖精もが溜息を漏らす完璧さを誇っていた。
「君の名前を教えてくれないかい、可憐な葬者さん?」
「あ、え……小淵沢、報瀬……」
「シラセ───ああ、素敵な名前じゃないか。響きがじつに君に似合っている。
それじゃあシラセ、まずは落ち着いて椅子に座ろうか。ああ、震えて体が上手く動かないなら僕の手を取って。完璧なエスコートをしてみせよう」
「……ふぁい…………?」
姫に傅く凛然とした騎士の振る舞いが実に堂に入るものだから、妖精の美貌は麗人の清廉に置換される。
このように、耐性のない報瀬は顔を赤くしたまま、呆然と握られた手に誘導されるしかなかった。
「……誰が浮いた言葉で誘惑しろと言った?
私はこの嵐を鎮めろと言ったのだ」
額に青筋を立てて詰問する天堂にも、メリュジーヌはやれやれと肩を竦める。
「戦いの心得がない一般人相手になら、相応しい接し方というのがあるだろう?
女性には優しく。どの世界でも常識だと思うけど」
「神は平等だ。男女の違いで差別などせん。それに最大限慈悲深く接しただろう」
「そうか、モテないんだね。揃いも揃って女性の扱いがなってないよ、君達」
天堂と、勝手に数に含められた敷島は不服そうにしながらそれ以上言葉は出さなかった。
「それで? 場は取り持ってあげたけどこれからどうするの? 流石にこれは予想外でしょ。
ここで戦った方が早く済むと思うけど……それでも続けるのかい?」
「当然だ。神に二言はない。私は神の意思を伝えるべくここに来たのだ」
「まあ、君ならそう言うと思ったけど」
聞くまでもなかったと、蒼騎士の鎧を解れさせ武装を解くメリュジーヌ。
下の衣服を露わにした姿でも戦闘に支障はないとはいえ、事実上の非戦を示す武装解除だ。
夜天で星火を散らした三種三様の空戦騎。
何れも劣らぬ、この聖杯戦争を制するに足る神秘英雄が集いし地で、火より言の葉を以て相対を望む。
言葉だけならば聖職者の鏡だ。そして言葉のみでこの怪物の密集する重力点を平然と収められるわけがない。
それこそ言葉にするまでもないが、天堂弓彦もまた、怪物に連ねる一人の葬者(ギャンブラー)だ。
「咎人よ、まずはお前の従者が起こしている嵐を止めさせろ。こうも煩くては懺悔の言葉も届かん」
「……いったい何をしに来たんだ、あなたは?」
「善行だ。冥界で支配者を気取る不届き者がいるのでな、孤立して情報に疎いであろう無知なる者に触れて回っているのだ」
……男の行動の意図が、敷島にはさっぱり読み取れなかった。
敵のサーヴァントを伴って葬者の少女に会いに来て、戦うどころか逆に開きかけた戦端の諫めに入る。
不意を突く機会は幾らでもあったのに全て流して会談の場を設ける。
これでは戦争の参加者ではなく、調停者の振る舞いだ。
「戦いにきたわけじゃない……信じろっていうんですか?」
「信じるだの信じないだの、そんな段階はとうに過ぎているぞ。
私はもう意思を示した。今はお前が答える番だ。
それでも迷えるお前に他に言うべき事があるとしたら、あとはもうひとつしかない」
未だ疑心を拭えない敷島に、なおも変わらず傲岸に告げる。
「神の声を聞け。救われる道はそれのみだ」
強風に煽られ逆立つ銀髪がその時、敷島には天使の翼に見えたのは、取り巻く環境の激変に疲弊した精神が起こした幻影なのか。
いずれにせよ、ふざけた戯言には違いなかった。
敷島の中の神は死んだ。信じられるものも守りたいものも、あの銀座での爆炎が彼岸に追いやった。
背負った呪いがある限り、掌に収まった希望は泡沫の水でしかなく瞬きの内に失われると、念を押して教え込まれた。
縋れるものがあるとすれば、それこそ聖杯の恩寵の他には存在しない。
自らを神と宣い救いに来たと、全能感に酔いしれている男の振る舞いは、滑稽を通り越した果てにある。
埋めようのない空虚が、癒やしようのない苦痛が、貶められ愚弄された憤りに、敷島の凶器の矛先をぐるりと天堂に合わせられる。
「……」
それでも、実在の眼は神父ではなく、少女の方を向いている。
息を切らせて椅子に座り込む報瀬。
ここで戦い始めれば、間違いなく彼女を巻き込む。
直接の攻撃は流石にサーヴァントが護るだろうが、ただの余波でも死に至りかねないほどプルートゥの破壊は容赦なく、報瀬の心身も弱い。
何より生死に関わらず……以後の報瀬を聖杯戦争の葬者、倒すべき敵と見做さなければならなくなる。
既に幾度も挑んできた葬者を撃ってはいる敷島だが、反撃で兵士の命を奪うのと、民間人に銃を向けるのでは、求められる覚悟の質が違いすぎる。
前者はまだ戦争でも、後者になればそれは虐殺だ。
どれだけ自身を呪い、絶望していても。
実戦を経験せず戦争の深部に触れずに終戦を迎えた敷島には、最後の一線を超える覚悟───狂気が芽生えてはいなかった。
「バーサーカー、止めるんだ」
プルートゥに停戦の意思を伝えると、全天を覆っていた風のドームはすぐさま勢いを減じていき、数分もしないうちに元の景色を取り戻していった。
前触れのない乱気流が発生して数分で雲散霧消……衆人環視の中にあっては隠蔽しようのない大変化に反して、外は静まり返っていた。
災害から避難してではなかった。
通行人は当たり前のように道を歩き、日常のルーチン通りに生活を送っている。
実体化したままのルクノカにもプルートゥも、目線すら向けず何事もなく通り過ぎるばかりだった。
「住民の思考を操ったか。バーサーカーにしては小器用な真似をするのだな」
周囲の反応を観察した天堂が原因を察する。
電磁波を飛ばして人工知能のスロットが抜け落ちたロボットの残骸を操作した逸話がプルートゥにはある。
その逸話は自我のないNPCといえる領域内の住人に干渉して、遠隔操作を可能とするスキルに改められてい
「あなたの提案を呑んだわけじゃない。ここで戦うのはこっちが不利だと判断しただけだ」
この至近距離で戦えば、余波で巻き込まれる危険があるのは敷島も同じだ。どの道戦うには仕切り直さねばならない。
冷静な兵士の思考でそう繕って、敷島はひとまず拳を収める方向で落とし所をつけた。
「あら、戦わないのですか?」
停戦の流れで固まっていた空気を、ただ一人は一切読まずに意気を継続する。
首をもたげ見下ろしてくるルクノカにも、天堂は神の姿勢を薄れさせず、睥睨するのはこちらだと言わんばかりに顎を反るまで見上げる。
「さっきの話をもう忘れたのか。竜というのは揃いも揃って鳥頭なのか?」
「え? それって僕も含めてるの?」
ささやかな当てつけに抗議の目を向けるメリュジーヌを無視して続ける。
「アーチャー。お前は神の寄付を妨げ、罪人への裁きを妨げた迷惑極まりないクソ害悪だが、そのデカい図体を片手間で消すのには手間がかかりすぎる。
そして予想通り、お前の葬者は竜の手綱を取り損ねた哀れなる只人。この分では早晩寝首を掻かれる事だろう」
「あら、それは困りますね。シラセが死んでは私は少ししか戦えなくなってしまいます」
冬のルクノカは葬者という要素を、生前における『擁立者』に近い立場であると介錯している。
地上最大の人間国家である黄都の軍政を一手に握る官僚、黄都二十九官。
各々が認めた強者を揃って競わせ、勝ち残った唯一を『本物の魔王』を倒した『本物の勇者』とする───。
内実はどうあれ、そうう触れ込みで始まった六合上覧で、ルクノカも勇者候補の一人として選ばれた。
それが二十九官の中で最も非力で、卑俗で、凡庸な男であり、黄都の未来より個人の確執を優先した羽毟りのハルゲントだとしても。
凍土で独り来るはずのない強者を待つだけのルクノカを、自らを討ち得る修羅と引き合わせてくれたのは、ハルゲントだけだった。
舞台を設え、時刻を指定し、相手を見繕った。
だからルクノカはハルゲントに感謝してるし、試合の途中で療養し代替の擁立者が現れた時は少し残念にも思った。
それと同じ、同一の理由で。
冬のルクノカは小淵沢報瀬に感謝を抱き、庇護する対象だと理解している。
彼女の死が、自身の現界時間を縮め戦う時間を減らすと分かっている。
クリア・ノートの時然り、強敵と遭遇すればすぐに忘却してしまうとしても。
もし死んでしまっても、『残念だけどその時は残る時間を使い切るまで存分に戦い続けましょうか』と考えてはいても。
まだ皮の一枚、本当にギリギリで、欲求を抑えて、相応しい場と敵を吟味するまで待っていられる理性が働いているのだった。
「……あの。何やったんですか、コイツ」
聞きたくないが無視しても嫌でも入ってくると観念したのか、嫌々ながらおそるおそる聞いてみる報瀬。
「先程まで耄碌した老人の人形と争い、地区ひとつを更地にしたところだ。
私が仲裁に立たねば限度なく暴れ回っていただろう」
「……!? ……っっ!!」
開いた口が塞がらない、と表するままの顔だった。
猛然とルクノカに振り返った報瀬は、パクパクと口を上下させている。
言いつけをひとつとして守らないで帰ってきたポンコツドラゴンに愕然となり、叫びたくなるのを喉元で押し留めている、そんな表情だった。
そして報瀬は自覚してないが……同じ初対面であっても、敷島の時と違って天堂とは会話が流暢に行き交っていた。
明らかな危険人物というフィルターが、却って気つけ薬のように報瀬の自意識を呼び起こす作用を働かせている。
これを天堂が知れば、神の威光を前に心が前向きになったとか、勝手に解釈して陶酔に耽っていただろう。
敵対していようと相手に自然と胸襟を開かせ、詳らかにさせる───神父という職業と併せて、そのような気質を天堂が持っているのは疑いようがない。
1/2ライフのギャンブラーの手筋とはこのように。神の人心掌握は既に始まっている。
「前置きが過ぎたな。では布告を始める。
なに、心配するな。存分に悩むといい。神はいつまでも待てるぞ」
まだ名前も名乗っていない神は、困惑する両者に穏やかに微笑み、罪を抱える迷い子を導く使命感で陶酔していた。
後光が差すぐらいに。
【墨田区/1日目・朝】
【天堂弓彦@ジャンケットバンク】
[運命力]消費(小)
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]不明
[所持金]手持ち数十万円。総資産十億円以上。
[思考・状況]
基本行動方針:神。
0.迷える子羊と咎人に救いの道を示す。導きも神の務めだ。
1.〈消滅(クリア)〉の主を討つ。神罰を騙るな、ブチ殺すぞ。
2.クロエ・フォン・アインツベルンとそのアーチャーは善人。神も笑顔だ。
[備考]
※数日前までカラス銀行の地下賭場で資金を増やしていました。
その獲得金を用い、東京各所の監視カメラを掌握しています。
カラス銀行については、原作のように社会的特権を与えられるほどの権力は所有していないようです。
※この話の前に予定通り教会に寄りました。そこでした事に関してはお任せします。
【ランサー(メリュジーヌ)@Fate/Grand Order】
[状態]疲労(中)
[装備]『今は知らず、無垢なる湖光(イノセンス・アロンダイト)』
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:神の近衛。
1.女性は優しくエスコート。基本でしょ?
2.アーチャー(石田雨竜)はなかなか面白そうだったんだけど、ぜんぜん乗ってきてくれなかったや。残念。
3.〈消滅〉を討ちたい。マスターの言葉を結構根に持っているよ。
[備考]
※天堂の命令でルクノカと個別戦闘をさせられたので、他の二騎より少し疲れています。
【敷島浩一@ゴジラ-1.0】
[運命力]通常
[状態]空腹。
[令呪]残り3画
[装備] 十四年式拳銃(残弾8/8)
[道具]中古のバッグ
[所持金]130円
[思考・状況]
基本行動方針:戦いに勝ち抜き、自分の中の“戦争”を終わらせる。
1.なんなんだこいつら……。
2.とりあえず空腹を何とかしたい。
3.こんな子があの竜の葬者……。
[備考]
定められた住居を持っていません。
現在は日雇いの肉体労働をしながら浮浪者のように生活しています。
【バーサーカー(プルートゥ)@PLUTO】
[状態]正常。
[装備]無し。
[道具]無し。
[所持金]無し。
[思考・状況]
基本行動方針:憎しみのままに戦う。
1.■■■■■■■■■■■■■
[備考]
無し。
【小淵沢報瀬@宇宙よりも遠い場所】
[運命力]通常
[状態]しらせは こんらんしている!
[令呪]残り3画。
[装備] 封筒に入った99万円。
[道具]通学用カバン。
[所持金]30000円(冥界でのアルバイトで得たもの)
[思考・状況]
基本行動方針:優勝する……で良いんだよね……。
1. なんなのこの人……。
2.ぜんぜん言いつけ守ってないしこの竜……。
[備考]
現在の住居は台東区にあります。学校は墨田区のため、電車通学をしています。
【アーチャー(冬のルクノカ)@異修羅】
[状態]全身に消滅の影響による肉体摩耗(小)。でもまだまだ元気いっぱい。やる気いっぱい。やや欲求不満。
[装備]無し。
[道具]無し。
[所持金]無し。
[思考・状況]
基本行動方針:喜びのままに戦う。
0. 早く戦いにならないかしらねぇ
1. シラセの落とし物は見つかってよかったですね。
2. ウッフフフフ! 早めに会えて嬉しいわ、好敵手(おなかま)の竜のお嬢ちゃんと機人!
[備考]
投下を終了します。2月も過ぎてますが今後も当企画をよろしくお願いします。
結城理&アサシン(テスカトリポカ)
プラナ&バーサーカー(釈迦)
寶月夜宵&バーサーカー(坂田金時)
を予約します。
前半までですが投下します。後半は今夜中には投下できる見込みですので少々お待ち下さい
◆
火が、燃え上がっている。
焼き焦げた炭を敷いて荒れ狂う橙色の波。
その上で踊る、千切られ、解体された贄(にく)の断片。
生命が途絶えた肉片は、身を包む火に欣喜雀躍するが如くうねる。まるで肉片に残留する思念が断末魔を上げているというように。
落ちた油が炭に落ちて、煙になり、嗅いではいけない匂いを鼻腔に運ぶ。
それは禁忌。一度手を出せば二度目の歯止めが格段に緩くなり虜にする地獄の扉。
かつて生命だったもの。肉を串刺し焼き染めるもの。お酒のあてに最高のもの。
そう、焼き鳥である。
───……食べてばっかだなこの神……。
どこからともなくやってきて、柴関ラーメンの隣に停止したキッチンカー。
焼ける串の並びを理は眺めている。
「よし、丁度いい。いい焼き加減だ。
待たせたなマスター、さあ食いな」
我が物顔で出店を仕切る、いかにも自由業に手を染めてそうな怪しげな外国人から、理は出来立ての串が詰まったパックを受け取る。
ねぎまに皮、砂肝ハツ……焼き鳥には定番の部位を余さず網羅している。
少しは勉強したアステカ神話の内容を思うと、その主神から手渡された意味に良からぬ想像を抱いてしまう。
「ん? 金の事なら心配するな。今回はオレの奢りだ。美味いラーメン屋を紹介してもらった貸しもあるからな」
燻される鳥串の葬列の白煙に包まれるテスカトリポカは、死を司る荒神の神秘性をどこかに置いてきてしまっている。
煙る鏡とは出来立ての食事の湯気のことをいうのだろうか。成る程、常日頃生贄を所望しているのは食材の提供を無心していたというわけか。
「……」
得意げなテスカトリポカに対して、実際に串を焼いている店主は無言だった。
無駄を排し、休みなく黙々と指を動かし串の焼きを調節している姿勢はある種のストイックさがある。
あくまで主役は料理であり、主題は客に如何に美味に提供するかのみに終始する、プロ意識というものを感じさせた。
他の屋台に隣接させるのは営業妨害以外のなにものでもないと思うのだが、そこはテスカトリポカが上手くやっているのだろう。
少なくとも芝関の大将は嫌な顔ひとつせず受け入れてる。本人がおおらか過ぎる気もするが。
あれでルールにはかっちりしてる所があるので、ギリギリ違法ではないと信じたい。
『どうかしましたかトラマカスキ。兄様の恵みを受け取らないなんて、不敬極まりありませんよ。
心臓抉り出されたいんです、か』
念話で入ってくる物騒なお小言は、すっかり顔なじみになったトラロックのもの。
アステカの神話に伝わる、雨と雷の神を名乗る彼女は、この聖杯戦争に招かれたどの英霊とも異なる立場にいる。
テスカトリポカが、借用したベルベットルームに開いた商店を管理させる為に独自に召喚した、番外の違法サーヴァントだという。
店の小間使いに神霊を喚び出すという無体無法。仕事が大胆なのか大雑把なのかは分からないが、スケールが違うのは確かだろう。
そんな無法の代償に部屋の外を出ることができないでいる彼女だが、こうして理とは念話での交信が可能になっている。
テスカトリポカ曰くの加護……曰く付きの権能の一種だ。
彼女のナビゲートと情報解析には実際幾度も助けられている。
マスターとサーヴァントの完全な別行動という、割と致命的な単騎行動には生存ルートの確保が必須なのだ。
「聞いときたいんだけど……これ、鳥だよね? 普通の。アステカ流じゃなくて」
『はあ、何を言うかと思えば、浅はかですね。
心臓を食らうのはテスカトリポカ神のみの特権であり、炙った手足を齧るのはその神官の役目、それもどちらも重要な儀式の時のみです』
「それはどうも。じゃあ遠慮なく」
俄仕立ての知識に呆れた風に訂正の解説が加わる。
杞憂だったと分かったので安心して串を取った。
一見細身な理だがこれでも花の高校生である。既にラーメン一杯平らげていても遠慮なく腹に入っていく。学生は栄養よりも味と量、ひたすらに肉と油だ。
美人秘書に依頼されればハンバーガーの大食いチャレンジとて達成してみせよう。
『よい食べっぷりです。戦士……男の子はそうでなくては。
それに……まだまだ見識が不足していますが私の事を知ろうと調べてくれた努力は評価点です。
また真の神官(トラマカスキ)に一歩前進しました……ね』
外出禁止の反動なのか元の気質なのか、それとも非番で暇なだけなのか、日中はトラロックから積極的に話しかけられる事も多い。
どころか朝にはモーニングコールをかけにきたりと、いつの間にか身の回りの管理にまで手が伸びて初めていた。接近が、すごく速い。
姿の見えない安住の地を名乗る謎の女の声が昼夜問わず聞こえる。傍から聞けば完全に怪談の前兆だが、理は特段何事もないように落ち着いて相手をしていられる。
自分にしか感じられない隣人を持つのは、初めての経験ではないのだった。
『──────。トラマカスキ、サーヴァントの反応が近づいてきてます。それもニ騎。同一の方角からです』
硬くした声質で、待ち人が来たと理解する。
昼時とあってサラリーマンから観光客で賑わう雑踏が、大きくふたつに割れた。
強引に押し退けられたわけてはいない。騒がしさに水を差す事なく、誰もがごく自然に道を譲っている。
彼らに道を空けている意図はなく、また発想すらしていない。
すれ違う客とは雑多な会話を交わすほど周囲と打ち解けていながら、その人の歩みを止める壁にはなるまいとよけている。
清らかな渓流に足を入れ、水面に揺蕩う蓮を手に掬い、麗らかな空から流れる風を満身に受ける。それと変わりない。
緊張から解放された弛緩の果て、歓の一字で当たり前に受け入れ、当たり前に見送っているのだ。
「ラーメン屋で待ち合わせって聞いたけど……焼き鳥屋の間違いだった?」
人だかりの裂け目から、いち早くひょこりと顔を出した少女。
予めホシノからの伝聞で知ってはいたが、本当に幼い子供であるのには内心で驚く。
「いや、合ってるよ。君が、ホシノ先輩が言ってたヤヨイちゃん?」
「うん。寶月夜宵、よろしく。あなたが結城理だね。話は小鳥遊ホシノから聞いてる?」
「だいたいは。幽霊屋敷を打ち壊すとかなんとか」
ホシノは年齢と不釣り合いな体躯であったが、夜宵は本当に相応の幼さだ。小学生の身で活動部に加わった天田乾よりも、さらに歳下ではないだろうか。
「うん? 誰かと思えばお前さんか。言っとくが、表の店だろうとまけてやる気はねえぞ」
「……驚いた。あなたが理のサーヴァントだったなんて。
怪しい武器屋だけじゃなく、屋台まで扱ってるとは。テキ屋の胴元がヤクザなのと同じ理屈?」
煙の立ち込める屋台を挟んだ夜宵とアサシンは、とっくに顔は見知ってるという風に軽いやり取りを交わしている。
「知り合いだったの?」
「店で一度きりな。ひたすら値切りの交渉を粘ってくる、とてもじゃないが上客とは言えんがね」
「お金を持ってる身なりだと思ってた? 小学生に大金の期待なんてしないで欲しい」
「だから物でも手を打つと言ってるだろう。あの指輪ならデカい呪体と引き換えにしても釣りが出るぞ?」
「遠慮しとく。敵に転売されてこっちに使われたら目も当てられない」
どうやら、商売相手として対面済みであったらしい。ただし迷惑リストに記入された客だが。
ベルベットルームを通じての商売で、アサシンは全ての葬者と接触する機会がある。この冥界では誰よりも葬者に顔が利く。
店の来訪者について、守秘義務と言ってアサシンは理に開示を遮断している。表立っての活動を開始して、今後も一方的に面識のある者と会う事だろう。
「……まあいっか。買い物は二の次、ゲームマスターならぬルールメイカーとこうして直にコネが出来ただけで儲けもの。
葬者とも会えたんだから損はない。それだけでも価値はある」
精神世界で運営される店を全葬者と共有する……聖杯戦争、ないし冥界の構造に深く関わっていなければ出来るものではない。
世界の秘密を知っているキーマンであると、夜宵は見做している。事実そうだ。理さえ全てを教えられたわけではない。
出会った直後に情報を集めて編纂する夜宵からは、目的意識の高さが感じ取れる。
自分に有利な盤面を整えようと常に考え、実利を見て、能動的に街中を駆け回っている。
ゴールが確定しているのだから、それに沿う最短のルートの構築に余念がない。勝つにはそうするべきだと弁え、迷わず考えを実行に移す。
明確な行動方針を打ち立てられていない自分やホシノとは、年齢と共に相反する行動力だ。
「二人一緒だとは聞いてなかったけど」
「その子はさっき知り合ったばかり。方針がある程度一致してたから連れてきた。味方が多いに越したことはない」
夜宵に促されて、後ろに控えていたもう一人が前に出る。
モノクロ色の服と髪をした、世界に対して実存を薄めているような少女。
それはまだ何にも染まってない無地の布か、漂白されて色を失くした織物か。
「ご紹介に預かりました、プラナといいます。最近ではプーちゃんと新しくあだ名が付きましたが、呼び方はお任せします」
頭上に天輪を載せた少女───プラナは、ぺこりと頭を下げて名前を告げる。
「葬者の方、お名前を聞いてもいいでしょうか」
そう問いかけ、じっと理の顔を見つめる。
親の言葉を従順に待つ子供のような、自分に何かを送られるのかと期待している、無垢さと無機質さ。
いかにも子供らしくもありながら、どこか人世に適合していない浮遊感が、あどけなさに同居している。
別に、どこが似ているというわけでもないけれど。
不意に、懐かしい記憶が理の内に浮かぶ。
魂にも肉体にも刻まれた眩い青春───その欠片の中でも、一際輝く思い出のひとつ。
心を交わした、或る機械の少女の顔が、目の前にいる子どもを通過したのだった。
「結城理。よろしく」
「了解しました。では理さんと……いや結城さん?
すみません、人とのコミュニケーションは不慣れなもので。やはり初対面の方を名で呼ぶのは失礼でしょうか?」
「どっちでもいいよ。お好きにどうぞ」
和やかに葬者との顔合わせが済んだところで、 夜宵達が抜けた人だかりから、新たにふたつの巨躯が出てきたのが見える。
纏う強大な魔力の波。共に夜宵とプラナのサーヴァントであるのを示している。
「悪ィな大将、待たせちまったわ。いやー近所の佐竹の婆ちゃんに捕まっちまった。
こういうのは自分の倅にやれって言ってんのに、聞かずにホイホイ渡してきてよ」
一人は筋骨隆々の偉丈夫、まさしく英雄らしい金髪の男。
戦士の威圧感は腕に抱えた菓子の詰め合わせが和らいでいた。
サングラスで眼を覆っていても、人懐こい笑顔がよく似合っている。総じて好印象を抱きやすい益荒男だ。
「そう言うなって。金ちゃんが好かれてる証でしょ。どこ行っても金ちゃんは金ちゃんのままで俺も嬉しいよ」
「おうよ───あーいや……有り難き御言葉にて!」
「ほら、また敬語になってんぞ。やめなってそういうの、俺と金ちゃんの仲だろ?」
「いや、オレっちはそれ知らねぇんすけど……?」
そんな偉丈夫の肩を小突くのは、同様に貰い物で両手が塞がった男。
こちらも見事に鍛えられた肉体を、ラフな文字がプリントされたタンクトップから覗かせている。
快哉に笑うその顔を───額の真中に打たれた白毫の面貌を見るだけで、知ってしまう。理解してしまう。
脳を揺さぶり、直感を掴み上げられ、魂に一直線に届く天啓。
何も隠し立てず、在るがままに裡を開かれた胸襟から、この国で広まった教えを開いた祖の真名(な)を、否応にも確信させられる。
即ちブッダ。
可能性の至点。紡ぎ結び伸び行く絆の果て。審判を冠さぬ異聞の救世主(メサイア)と。
「っと。やっと追いついた。どうよプーちゃんにやよちゃん、待ち人には会えて……っと」
地獄に仏が来ている。諺の通りのこの場面をどう受け取るべきなのか。洒落が利いてると笑い飛ばすほどの度胸は流石に理にもない。
綿菓子の棒を口に加えた当の釈迦は、理を見るなり歩み寄り、まじまじと凝視して。
「…………君、悟ってるね」
そう、おかしな事を言うのだった。
「え?」
「食うかい? 色々貰ったけど肉はいま食う気なくてさ」
問い返す間もなく手渡される。提案の形式を取っていながら、既に理の胸に押し付けている、有無を言わさぬ強引さ。
反発する負の感情は湧いてこない。飾りのない不敵な笑みに、荒れも言葉の疑問も綺麗に流されてしまった気分だ。
「いやあ助かるわ。プーちゃんもいい加減ダウンしちゃいそうだし、ちょい困ってたんだよね。
子供なんだしもっとたくさん食えばいいのにな」
「……訂正を求めます。あなたから貰ったB級グルメ群の量の総カロリーは既に一日の平均値をオーバーしています。
私の消化が追いつかないのは流石に貰いすぎ、かつ食べさせ過ぎです……けぷ」
持っていたラムネをくぴくぴと呷るプラナ。どことなく充満する油と脂肪の臭いにげんなりしてるように見える。
……もし自分が拒否すれば、この添加物の群れが見るからに胃の容量が限界な子に押し付けられるのかと想像すると、流石に忍びなくなる。
覚悟を決めて口元に近い唐揚げ棒を齧り、次々と胃の中に放り込む。まだまだ容量はセーフだ。
「いい食いっぷりじゃん。男の子はそうでなきゃね。
俺はまあ、見たまんま釈迦(おれ)だ。バーサーカーって呼ぶのが習わしらしいけど辛気臭いっしょ。金ちゃんも同じクラスで紛らわしいしな」
「さらっと真名のヒントをバラされて、正直仰天の私。このブッダ、幾らなんでも傍若無人すぎる」
「謝罪。代わってお詫びします。聞いた試しはありませんが……」
「ん。これぞ釈迦に説法」
「噛み合ってるねー。もう仲良しじゃん」
バーサーカーと呼ばれた、派手目の現代服で着飾ったサーヴァント。
狂気の片鱗も見せない顔は、少女二人の非難もどこ吹く風だ。確かに、暴力的に大きい存在感だった。
「ところでバーサーカー。今の『悟ってる』とは?」
「だそのまんまさ。まこちーはもう『悟り』に辿り着いてる。
自分の弱さや愚かさ、どうしようもねえ運命に抗って、全力で思春期を突っ走った。
救済とか解脱とか、そんな大仰なもんじゃない。ただ己に悔いを残さない、自分だけが見つけられる答えってやつに至ってんのさ。
いうなら、そう……先輩だよ。プーちゃんの。前言ってた先輩ちゃんとは違う、人生についてのね」
「先輩……ですか」
しれっと愛称を付けてきたバーサーカー……問うまでもなくブッダに説かれたプラナは、瞳に少しの煌めきを宿して見つめてくる。
二人のやり取りには葬者と英霊、主従といった関係性はまるで当てはまらない。
少女の主体の欠けもある気もするが、なにせ相手が相手だ。
会ったばかりの理でも、仏に教えを受ける弟子という構図が丁寧に理解される。誰であっても、そうなるだろう。
「しっかし……マジかよ。そりゃあ至る為にみんなで行こうって言って周ったのは俺だけどさ。こんな早くに達しちゃうワケ?
なんつー子と契約してんだよ。なあ──────ポカっちよ」
口調は依然飄々としていながら、ふいに釈迦は口角を吊り下げ、夜宵の対面にいる商人へと言い捨てた。
「ああ、いいだろ? 今回のオレのお気に入りだ。たまには外回りをしていくもんだな」
「旅先で思いがけない出会いがある。それも人生の面白さだよ」
「同感だな」
フランクに話しかける釈迦は本人の気性としても、それにアサシンも素直に応じているのが謎だ。
あちらも人好きのする神ではあるが、こうも馴れ合いをするだけ緩くもない。会話の合間の一秒間に、銃の引き金に指をかけている緊張感がある。
葬者を他所に交流する神と仏。インドと南米を繋ぐ因果関係が不明すぎる。
一体なんの接点と経緯があって、テスカトリポカと釈迦が顔見知りの仲になるのか。
「質問。バーサーカーの時から、あまりにもスムーズに会話に入っていくので機会を失っていたのですが……お二方とは知り合いなのですか?」
思ってた疑問を理に先んじてプラナが答える。
少女自身も理と同じく、今の状況についていけていないらしい。
「いや? コイツともこの金ちゃんとも、正真正銘初対面だぜプーちゃん。でも無関係ってわけじゃあないんだよねこれが」
プラナの面識がある説を否定し、しかしと釈迦は続ける。
「神の目線は縦軸も横軸も無ぇ。こういうのもあるのよたまに。
特にコイツは『後から来るもの』を『先に持ってくる』プロだからな。因果とかアレコレ話してちゃキリがねぇ。
「魔術でいうところの照応、類感だ。同じ名を持つ神なら、別の世界とも自然と『繋がる』。
アレだ。仏の手は宇宙の果てまで届くっていうしな。これぐらいの特典なら権能を使うまでもない、軽いサービスだ」
「……?」
「ま、難しく考えないでよ。神ってヤツはどいつもこいつも、どこでもデカイ顔する連中だって事だけ憶えときゃいいさ」
理もプラナも共に首を傾げる。
見えている視座の差が違いすぎるのだけは察する。まさに雲の上の話だ。
人が足をつけて歩く大地の遥か上方で、神と仏は対峙している。
「でよ。どうなんだ。こんな子捕まえてどうするつもりだポカっち?」
「どうもこうもあるか。こいつはオレが勇者と認めた。死に挑み生を勝ち取り、その上で魂を天に捧げ休息に入った。
ならば与えるのは次の試練だ。死が闊歩する自由を許す冥界……オレの世界にはない無法地帯だが、それだけに舞台にはお誂え向きだ」
「させると思ってんの? 俺がいるのに」
ガリ、と。
唯一理に渡さなかった焼きトウモロコシに歯を立て、実を齧り取る。
「お前の意見は聞いてないぜシッダールタ。他所の神の流儀には干渉するな。
トウモロコシは神の肉体。拝領したからには異教の神だろうときちんと敬えよな?」
「知るかよ。俺は食いたいモン食ってるだけだ。
焼いたこいつをくれたのはそこのテキ屋のおっちゃんだし、種撒いて畑耕して収穫したのはどっかのじーさんばーさんだ。
そいつらの汗水を無視して感謝なんざするわけねーわ」
俄に、漣が立った。
穏やかに凪いでいた水面が、吹いた風で激しく揺れ、乗っていた蓮の花が空の彼方へと吹き飛ばされた。
理には、今の瞬間がそう目に映った。
店に集う客で騒々しい街。
見えない法(ルール)で秩序が守られていた空間が、その時、明らかに空気が変じたのを、周囲は気付いたのか。
釈迦もアサシンも何も語らない。
しゃくしゃくと、トウモロコシを回しながら齧る咀嚼音だけが聞こえる。
これだけ賑わい雑多な音がひしめく周囲で、その音だけしか聞こえない。
そうして高速で早回しするように残らず実を食われ残った芯が、ゴミ袋に放り投げられ中に収まって。
「よし、じゃあ殺るか」
「おう、んじゃ戦ろうか」
風が吹いた。
今度は現実の、だが四月の始めにはない熱が込もった旋風だった。
辺りの店で使われている焼き台の火が、まるで篝火のように燦然と燃え上がり、上昇気流を生み出し灼けた風を送っている。
理論の上ではあり得る、けれどほぼ起こるはずのない現象が偶然という必然に引き寄せられる。
「悪いねまこちー。暫くプーちゃんと遊んでやっててくれ。
けっこう寂しがり屋だからさ、君の辿った物語でも聞かせてといてくれよ」
「なぁオイ、アンタ……」
「心配すんなよ金ちゃん。語り終わる間には終わらせてるからよ」
そしてさらなる怪現象が起こる。
燻される肉が出すのと同じく、アサシンの体───右脚を起点にして、火もないのに急に黒い煙が噴き上がった。
火事だと騒ぎ立てる声もない。煙はアサシンを覆い、釈迦を包み、二人を陽光から遮断する暗黒の領域を形成する。
「後先を考える余裕なんて考えるなよ。オレとやるからには死力を振り絞れ。
しかし、やっとこさの戦いの初手がコレとはね。肩慣らしにしても上等すぎる。運がいいのか悪いのか知らんが、」
視界を遮る濃霧の中。
艷やかにも似た厳かで、神の言葉が唱えられる。
「揉んでやるよ、救世主(セイヴァー)くずれ」
「五月蝿え、冠位(グランド)ろくでなし」
再び、一陣の風。
煙は思い切りカーテンを剥ぎ取るが如く空に飛んでいき、消えていった。
包まれた影ごと。
「あっ」
「なっ」
「わっ」
「げっ」
そう、消えた。
神殿で行われる儀式めいた異様な空気も、遍く光を奪い去る煙も、すぐ傍にあった、無視しようにも出来ない巨大な気配も。
三人の葬者と一騎の英霊を残して、釈迦とアサシンは姿を忽然と消していた。
神隠し。神が隠れ、神と仏が対決する、熾烈の予感だけを置いて。
前半投下を終了します。後半は今しばしお待ち下さい
失念してました。延長します。
お待たせしました。残りを投下します
■
釈迦は、神を嫌う。
人の身でありながら神の座に列される功績を上げながら、神を嫌う。
神という種そのものではなく、神の在り方を嫌う。
人を虐げるも救うも、気のままに恣に出来ると疑わない、神の増上慢をこそ嫌う。
人は、常に思春期の真っ只中にいる。
些細な行き違いで隣人を傷つけ、すぐに迷い道を踏み外し、与えられた幸福に疑問を持たず家畜の安寧を享受する。
神の中にも、思春期を抜けられない者がいる。
与えられた己の役割に迷い、苦しみ、溜まる憎悪に肺腑を灼かれ叫んで荒れ狂う。
ならば、人と神に然程の差異もありはしない。
力の強弱など問題にならない。自らの裡にある声───音、景色、なんでもいい、それに気づき、その為に生きる事こそが、各々の悟りに至る道になる。
釈迦は己の至った結論を信じる。人はみないつか皆その道に入り、迷いを払って前に進めると信じている。
だからこそ釈迦は神を嫌う。
禍福貧富、その人の生の始まりから終わりまでを縛るもの。
神々の多くが自在に支配していると思い上がる、運命と呼ぶ戒めこそを、何より釈迦は嫌うのだ。
───繁華街の頭上を煙が疾走る。
空を駆ける風が意志を以て煙を運んでいるのか。煙自体に意志があり風に乗っているのか。
どちらを取っても違いはない。双方ともが、この神の司る属性だ。
夜の風、煙る鏡。数多の権能を備える全能神は、戦闘にこそ十全に用いられる。
戦いこそがテスカトリポカのフィールド、血と肉の饗膳を無尽に生み落とす最高の領域だ。
全知全能がたった一騎(ひとり)の敵対者に向かえば、たちまち戦禍は大地を赤黒く染め上げる。
煉瓦を叩き二本足の跳躍で黒煙を追従する釈迦。
戦いの場所を移すのは言葉を交わさずとも同意していた。
先刻の騎士、アルトリアとの戦いでも合意を得て舞台を移した時と違い、移動中の現段階から既に小競り合いが始まっている。
釈迦が移動を促したのは何も知らない民草を巻き込まない為だが、テスカトリポカは小煩いマスターを遠ざける為である。
取る行動は同一でも動機が大きく異なり、よってここに齟齬が生まれる。
到着地は特に定めていない。葬者を遠ざけたのなら今ここで始めてなんら支障はないだろうと、神は気まぐれに仕掛けてきたのだ。
跳ねる軌道上で身を反転しトリガーを引く。甲高い銃声は路上の人間には聞こえない。
南米の神が迎撃に使っているのは、およそ神に似つかわしくない、人類が開発した現代兵器の象徴だった。
現代服に身を包んだ格好である今なら、無駄に様にはなっている。
同じく当世風の装いをしてる釈迦との組み合わせは、渡来したマフィアと土着のヤクザの抗争を絵図にしたかのよう。
銃身上部に斧が付けられた拳銃をこれ見よがしに扱い、一息に全弾を撃ち尽くす。
飛来する弾丸を前にして、釈迦は握られた獲物を小刻みに振り回した。
刃に触れた弾が軌道を絶妙の角度の傾斜を滑り、なんら負荷をかけないまま残らず撃ち落とされる。
得物の六道混は既に形態を参之道に変化している。
人間道・不空羂索観音『金剛独鈷剣(アクサッヤー)』。
煩悩を滅ぼす仏の教えを具象化させた法具である金剛杵の一種、独鈷に近い短剣。
阿頼耶識の未来視を効率よく運用できる、取り回しに優れた高速戦向けの形態は、前方を行くテスカトリポカを追撃には最も適していた。
「っ……!」
迫る弾丸は全て捌き。
肉体にも武具にも一切の損傷は負わさず。
神の洗礼を跳ね除け続けていても、釈迦の顔は苦く歪んでいた。
銃が弾を出し、短剣が払う応酬は、何巡と繰り返している。つまり開始から依然前に踏み込めていない。
弾丸には呪詛や神秘が封入されてもいない、ただの武器の範疇だ。恐れるに値しない。
足場の悪さも問題にならず、足力で劣ってもいない。弾を斬り伏せながら飛び込み、本体に刃を届かせる事は可能だ。
しかしそうはせず、向こうが銃身を向ける度に二の足を踏んでしまい、詰める事が出来ていない。
「〜〜〜〜〜〜ッッ!! オイオイ、そりゃねーだろポカっち!!」
たまらず抗議の声を上げる。
こうも無益な膠着に陥った原因には既に至っている。
至っていながら、何の冗談かと信じられないのだ。
「なんだよ。まさか銃は禁止とでも言う気か? そっちでも飛び道具ぐらい派手に使ってるだろ」
「違えよ! こんなん何百何千ぶっ放されても当たる気はしねえわ!
俺が言いてえのは、なんでそんな"当たんねえ武器"使ってんのかってとこ!
俺が視てなきゃ、ほぼ全部下の奴らの方に当たってんぞ!?」
正覚阿頼耶識は、相手の魂の「揺らぎ」を視て未来を知る。
右の拳で殴ろうと思えば、体が動くよりも先に「右手で殴る意思」が出る。
現実から数秒後の映像を独占して見られるようなものであり、近接戦のみならず、万里の距離からの狙撃すら対応可能の権能だ。
だがもし仮に───「本人が当てる意思であるにも関わらず狙いがまったく定まらない攻撃」が来た時。
軌道は魂とは見当違いの方角に飛んでいき、予測が不可能となり、自前の体術でいなさなければならなくなる。
そしてそのとばっちりを食らってしまうのが、地上で歩いているだけの通行人だ。
銃弾は大した脅威でないとはいえ、あくまでサーヴァントの能力の範疇においての話。
唐突に前触れもなく空から降ってくる極小の凶器、訓練を受けた軍人でもない一般人の魂は予想すらしていない。
よって一発でも取りこぼしが出ないよう、足を止めて全弾を受けねばならなくなっていた。
五発中四発があらぬ方角に飛ぶのに対応するには、釈迦であっても余所見は出来ない難儀な手間だった。
阿頼耶識は無敵の能力でもなく、幾つかの抜け穴もある。
逃げ場のない範囲攻撃。意思の起因になる魂、感情のない無の存在。
新たにこの冥界では、異種の未来視、直感で合わせられる裏技も発見された。
だがまさか───決して自分には当たらない攻撃を防ぐ必要に駆られるとは、どうして想像できようか。
しかも、この流れは釈迦を陥れる策謀ですらない。
嵌める意図があれば揺らぎが見えるのだ。見えないという事は、狙ってやってすらいない事になる。
要するに、この現状は。
相手の銃の腕前がド下手なせいであるというだけで、誰も望まない無益な攻防が成立してしまっていたのだ。
「………………………………なあ。お前さあ、もうちょい包めよ」
「……うん、悪いね。えってかマジ傷ついてる?」
冥奥領域に入って以降、テスカトリポカ初の負傷だった。
唯我独尊の語源である釈迦が申し訳なくなってしまうぐらい、明らかにメンタルへとダメージが入っていた。
「あー、そんなに使いたかったの?」
「ああ、好きだぜ。現代兵器って括りだけでも気に入ってるが、中でもコイツは逸品だ。
なにせ引き金ひとつで、誰もが兵士になれる。女子供か老人かを問わず、資質も訓練も必要ない。おまけに希少品でもなく本体と型さえ取れば量産し放題ときた」
慰めるように銃身を撫でて弄びつつ。屋根から足を離す。
ガラスのビル壁、電柱からフェンスへ、重力を屈服させる軽やかさで飛び移り、地面へと着地する。
「街ひとつを更地にするような、単純に強力な兵器はこの先もバンバン出てくるだろうが……人と人との戦争で、これほど相応しい武器もねえと太鼓判を押してるのさ」
「そうかよ。前言撤回だ。やっぱてめえはここで仏っ叩く」
追う釈迦も同じ目線に降りてくる。
喧騒に包まれた街は既に遠ざかっていた。人気のない、何処ともしれない寂れた路が、二人の闘士を招き入れる。
「そら、お望みのフィールドだ。これならもう文句は出ねえよな?」
「またクソエイム連発しなけりゃね」
「……そんなに下手かね?」
「イヤそこは自覚しときなよ」
「好きこそものの上手なれ、ってのはお前の国の言葉だろ?」
「下手の横好きって言葉もあるんだよ。あと俺出身日本じゃないから」
交わされるマイクはボルテージを上げていく。
閑散な空き地に観衆の熱狂が幻視される。設置された電灯が篝火の煌々さを帯びる。
世界が、作り変えられていく。
最高位の神と仏、地上を離れて久しい高次元の稀人は、ただそこにいるだけで空間に変容を起こす。
コンクリートと木材で区切られた檻は既に、神々の闘士が魂を奉ずる儀式場だ。
横溢する神気。
充満する闘志。
時を置かず臨海を越えて弾き出される戦陣の到来を前に、テスカトリポカが一言問うた。
「オレからの質問にも答えてもらおうか。
お前、オレの葬者に何を見た?」
問いに答えぬようでは釈迦ではなし。
顔を上げ、囲われた空、届かない星の光に思いを馳せるように目を細め。
「青春、かな」
喜悦に富んだ、緩んだ口で返す。
「仲間とバカ笑いして、色恋であたふたして、顔に泥を浴びて、キツくて溢れそうになる涙を堪えて、最期に蒼い空をみんなで見てる───そんな光景だよ。
めっちゃいい思春期を送ったんだろうな。見惚れるぐらい綺麗な青春だったさ」
霊格を削がれ規格を調整されようとも、彼は偽らざる正真のブッダ。
終生に渡り培われ、積み重ねた、信仰の象に認められた功と徳。
阿頼耶識になど頼るまでもなく、人を見る目を持っている。
人生を詳らかに垣間見る……までの権限も無粋も犯さない。
ただ結城理を見て、その魂の形を識った。
彼には常に、誰かが隣にいた。
多くの他者、多くの人と触れて繋がり、心を通わせ、絆を紡いでいた。
命のこたえ。自分と同じ悟り……己の裡に眠る声。
全ての命には終わりがあり、人生とは死という断崖に向けた飛翔の助走距離に過ぎないとしても、希望を抱いて生きていける理由。
多くを語らない。きっと今言った一言で足りてしまうのだから。
先達に追いついた後輩への、万感の思いが込められていた。
「けど、そこから先は気に食わねえ」
だからこそ、今の彼の境遇には承服しない。
「よく眠ってた体を叩き起こして戦わせるだけじゃなく、質の悪い神にまで目つけられてよ。
しかもあの子は、そういうの全部呑んじまう。器がでけえからな。でも此処じゃあそいつはちと拙い。それじゃああの子の青春が台無しになっちまう。
悟りは至ったら終わりじゃないんだ。自分の裡に気づいて、答えを得てからも、旅は続いていくもんなんだよ」
理(ことわり)など知らない、何故ならば彼は狂戦士。
神側の最終闘争の士に選ばれておきながら堂々と人側に寝返った、人類最強のドラ息子。
無慈悲な死の国の法に、いったいどうして従おうか。
「その身勝手は、奴の命を懸けた選択の侮辱になるとは思わんのか?
第一あいつの予約順はオレが先だ。後から来て割り込むなんざ、神以前に人として守るべき礼だろ」
「それでやらせるのが殺し合いかよ。穢してんのはどっちだよ。
俺はあの子の答えを否定してんじゃねえ。てめえらのやる事が気に食わねえって言ってんだ」
釈迦の敵はいつだってひとつきり。
その敵が眼前に現れたのならば───右手の中指を天に突き立て、左手の親指は地に刺し貫き、いつものように天上天下に向けて宣うのだ。
「神も世界もあの子を救わない。
だったら、釈迦(おれ)が救う」
眼前に立つ神と、この冥界そのものに叩きつけられた挑戦状。
只、我意あるのみの、凄まじき七慢。だが他ならぬ悟りを体得した男が言えば、虚にも真理が宿る。
そうやって世に絡みつく戒めを破り、無茶苦茶にされて取り残された人は去り行く背中に魅せられ後を追い、衆生を埋める列を成してきたのだ。
つまりは平常運転。かつての行脚と変わらぬ一日の逢瀬。
英霊という枠組みでは収まらず、抑えられないからこその、釈迦。
肉を削がれようとも、精神の座は全霊のまま一段たりとも降りはしない。
「よく言った。では、その布告に倣い、オレも神として応えてやろう」
釈迦の宣戦を受け、なおもテスカトリポカは余裕を崩さない。
戦いを挑まれるのは望むところ。舞台の微調整を済ませて、漸く始まった戦、おめおめ逃げる理由はない。
何せ相手は転輪聖王。この世でただひとり、世の苦しみから解脱した解答者。
輪廻する人の業を司る神の緒戦にしては出来すぎだろうと、皮肉を笑いもしたくなる。
「世界とは終わり、再生するもの。死と生は循環するもの。
これを畏れながら尊び、次の世界に繋ぐ為に心臓はオレに捧げられる。
祭壇に運ばれた最上の生贄を掠め取る蛮行は断じて見過ごせん。
だがそれでもなお阻みに立つ勇者であれば───代替には相応しい。安心しろ、ナイフはこちらで用意してある」
太陽の下、地を割る奈落に立つ闘技場。
栄光は遠く、齎される福音は聞こえず、それでも男達は拳を握る。手放せない信念、誇りの為に。
ぶつかり打ち鳴らす拳こそ試合の鐘(ゴング)。
人対神、最終闘争(ラグナロク)開始の序曲である。
銃身が天上を向き、弾丸が何もいない空を撃つ。
開戦を知らせる号砲代わりの空砲なのか。いいやそのような合図を今更行いはしない。これは明確な敵意であり攻撃。
釈迦の目は、既に見知っている。
【カウィール】
アスファルトの地面を照らす陽光に陰に変わり、数瞬のうちに雨が降り出した。
雨雲が現れる前触れを飛ばしてのにわか雨は、釈迦の立つ周囲のごく局所でのみ発生している。
台風並の集中豪雨は周囲を塞ぐ覆いに変じ、釈迦の全身を打ち付ける礫と化す。
「しッ──────!」
暗闇の大幕を引き裂き昇る閃光。
手の内の独鈷剣をテスカトリポカと同じく空に向かって投擲する。
身体の姿勢、狙い定める視線、どれも滝行の只中でも翳りなし。
雨粒を斬りながら飛空する独鈷が、直後に走った稲妻を受け止めて輝光に包まれる。
雷声が鳴った時には、葉脈状に伸びた雷撃がそぼ濡れた釈迦に届くより先に、近くに来た独鈷に残らず吸い寄せられ、雨雲を弾き散らすのみで霧散した。
「ほどよく濡れたな。オレの土地向けの湿気だ」
テスカトリポカの足が出来たばかりの水たまりを踏み締める。
水はたちまち朱色に染まり地盤に浸透していき、ぬかるんだ底から亀裂を刻む。
空いた孔を這い出るのは赤黒い紋様を浮かび上がらせる豹人(オセロトル)。アステカで神聖視されるジャガーの戦士団だ。
神の血液から精製された兵は仏であろうと何の躊躇も持たない。自らの爪と牙で、あるいは簡素な石器武器で囲い込む。
洪水と落雷に続く人海による袋叩きも、渦中に浮かぶ釈迦は波に乗ったサーファーの如く華麗に遊泳する。
見切って防ぎ、見知ってかわし、打ち、投げ、斬り、掌底で、肘で、足裏で、刃で。
殺意に殺意で応えはせず、向かう猛烈を手の上で転がすようにいなす。
オセロトルの一団は網に追い込められた魚群のように纏められ、締めの金棒で一網打尽に宙を舞い大気に還っていった。
「もう終わり?」
「いいや、まさか」
余裕の表情で挑発する釈迦。テスカトリポカも動じない。
再び天候が変動する。縮尺を誤った、地上を精々二十メートルの高さに太陽が迫っていた。
光を放つ根源でありながら、その威容は後光を背負ったように影で覆われた、黒い太陽。
ミニチュアサイズとはいえ球体から発する熱気は生半可なものではなく、日照りでは到底済まない。
直に浴びせられる太陽光は生命を根から絶やす。フレア、コロナ、太陽風……人間世界を脅かす大災厄。
どれひとつとっても再現されれば、冥界に相応しい極熱地獄。
故に、放出する前に砕く。
既にオセロトル用に金棒型の畜生道『正覚涅槃棒(ニルヴァーナ)』に変化されていた武具をそのまま転用。
遠心力を活かして思い切りにぶん投げた畜生道が太陽面に割れ目を入れて、粉微塵に破砕した。
【エエカトル】
太陽が消えようと、火種として新たな災いを地表にばら撒いた。
砕けて飛び散った欠片はバラバラになりながら、鋭利な刃の部位を釈迦の方に向けて停止する。
破壊の及んでない残骸まで同じく細切れに分かれ刃の列を為す。黒陽球ははじめから黒曜石で出来ていた。
鏡から武器に加工された黒曜石の刃列にさらなる改造が取り付けられる。
後方からの追い風、テスカトリポカの起こした一迅が推進剤の役目を負ったそれは最早小型のミサイル同然。一斉射の威力はクラスター爆弾に匹敵する。
破滅を確約する脅威に、神器が三度呼応する。
釈迦の身の丈を包み込む大型の盾。修羅道十一面観音『七難即滅の楯(アヒムサー)』。
数を積んだ面制圧であるならば、一撃の威力を分散させられる盾での防御こそが最善の選択といえよう。
「防ぐ? 冗談でしょ!」
無視である。
六道棍は釈迦の感情に応じて形態変化する神器。たとえ本人が理解せずとも最適の手段を与える。
今のノリに乗った釈迦の感情が選んだのであれば、断じて防いで凌ぐという受け身の道は選ばない。
我を尊重する釈迦は我が儘に任せ、修羅道を縦に掲げて、自身を軸にして一回転した。
大型の盾という事は表面積が広いという事。即ち、仰げば風が生まれる。
目には目を。風(エエカトル)には風(ヴァーユ)を。感情が条理を覆し、最適の展開を意志により呼び込み招く。
正面衝突した真逆の気流は上も下もなく滅茶苦茶な軌道で吹き荒び、黒曜石製の弾道弾も不発に終わった。
今度こそ粉々に砕けた破片が、紙吹雪にも似て舞台に彩りを添える。
「なるほど。そういう仕組みね」
───紙吹雪を突っ切って来た銃身が、釈迦の眉間に添えられる。
「ッ!!」
咄嗟に首を曲げて、直後の発砲はどうにか避けられた。
銃撃音に片耳の聴覚を痺れさせつつ、あり得ない奇襲、阿頼耶識を抜けた不可解に、この戦いで釈迦の背筋に冷水が流れる。
謎を説く暇も与えず、テスカトリポカが次弾を放つ。
当たらないなら当たるまで近づいてから撃てばいい。
一般的な拳銃の射程距離を鑑みれば妥当といえたが、それで間合いが間合いにまで詰めてしまえば銃の意味がなく本末転倒である。
そんな問題より弾が当たるようになったのが嬉しいのか、テスカトリポカは連射を止めない。
そう───弾が当たるようになっている。阿頼耶識の目を以てしても。
銃弾だけではなく銃身上部に無理矢理に手斧での切りつけも混ざり、間断なく攻撃が続く。
視覚は失われていない。未来が見えているにも関わらず、抜けられない。見えている光景と現実が食い違ってる。
騎士王のように未来視に等しい直感に暴威を上乗せして構図を塗り替えられてる気はしない。
だとすれば焦点は……見えている魂のゆらぎそのものの、欺瞞にある。
────コイツ……入れ替えやがったな!
現実の改変。未来の引き寄せ。
望む未来を実現させ、起きた結果を違う現実にも塗り替える、全能神の名に相応しい特級の権能。
これはその小規模展開、ごく片鱗の発露。
釈迦の見た魂のゆらぎの動きを謀り、未来を煙に巻いているのだ。
自然現象による攻撃を効果がないのに続けたのは、陽動のパフォーマンスだった。
複数種の攻撃手段に的確な捌き方を披露したのを見たテスカトリポカが、仕掛けの種が未来視にあると見抜き、対処を現実の数秒先の未来に施したのだ。
特異な目を持つ釈迦でもなければ意味のない、意志の出力先をほんの少しズラすだけの改変だ。
消費は微量も微量。釈迦本来の権能使用に比べるまでもない。
「オルタちゃんといい……どーして俺にメタった奴らが多いのかね、冥界(ここ)はッ!」
未来視は正しく機能している分、邪魔な情報が却って混乱を増やす。負担も制限もない自動効果なのが裏目に出てしまっている。
わざわざ天敵を二騎も用意したのは、仏のワンサイドゲームの救済を阻止しようとする、聖杯の選出なのか。
だとすればなんと意地の悪い性質(たち)なのか。仏の顔が辟易を滲ませる。
「そんな便利ならさ、銃撃つのにそれ使えばいいのによ!」
「安価が売りの武器なのに神の力を上乗せしたら台無しもいいとこだ。腕一つで眉間にぶち込んでこそガンマンってもんだろ」
「テメエは二度とガンマン名乗んな!! ビリー君に謝ってこいや!!」
世界でも有数に高名なガンマン。土地も年代も重ならないが、最終戦争に身を投じた闘士ならば人類史の英傑を見出すのも不可思議ではないのか。
抗議と共に、未だ盾のままの神器をぶちかます。防具の硬度と重量を利用したシールドバッシュ。
銃とは打って変わって指の延長のように精妙に斧を操るテスカトリポカだが、接触面の薄さの差は覆せない。
打ち付けた下から手斧を持つ腕をかち上げられ、更に釈迦の蹴り上げによって双方の得物が宙に放られる。
「素手(ゴロ)になったぜ、いいのか?」
「カッ 舐めんなっ!」
徒手になっても二人は戦意を落とさず、より肉薄して相手の意志を折りにかかる。
約束された王座の位に生まれたゴータマ・シッダールタは、それに準じた教育を当時の最高レベルで納め、当然そこには武芸も含まれている。
古代インド式武術、カラリパヤットの達人であり、悟りに至り出奔した後は道具も馬も捨てて、身一つで世を巡っている。
阿頼耶識を用いずとも武器を用いぬ肉弾戦はお手の物だ。
対するテスカトリポカも、戦争の神が近接の心得がないわけもない。
細身の体格に見えるのは、余分な肉を削ぎ落とし、しなやかさを追求したが故。
四肢は皮膚を剥ぎ取とり、肉を千切り、心臓を抉り出す黒曜石の刃の用を成す。
時に無慈悲に、時に残酷に。力や才覚のみに頼らない、戦争の合理に基づく戦殺機構。
クロスレンジでの格闘戦は自棄を起こしたものではなく、確かな勝機を見出したからだ。
脳裏に投影される映像を無視し、功夫の聴勁の要領で擦れ合わさる肌の感触にのみ全神経を注ぐ。
幻視からでなく、現実に起きている筋肉の動きを刹那に読み取り、戦神の打拳蹴撃を尽く防ぎ通す。
迅雷の速度で休みなく打撃を打ち込めば、権能を先の光景に仕込むだけの猶予を与えず攻めていられる。
現に、テスカトリポカは権能の使用を止めていた。とはいえ戦術性の観点からではない。
細々と嫌がらせをして煽っていくより、直に殴る方が単純で熱狂すると判断した。つまり気分の問題だ。
元よりこの戦い、「目の前の相手が気に食わない」という思いだけで始まったのだ。
ならば最後まで気分を優先するべきだ。誰も嗤いはしない。殊に、この男は。
神力の鬩ぎ合いの最中には、持ち主の手を離れた武具ですら座視しままではいられない。
独りでに中空で回転した銃斧が釈迦の首を落としにかかり、通常の錫杖形態に戻った六道棍がそれを防ぎ、遂には武器同士が単独で攻防を応酬する。
骨肉をぶつけ合う音は、荒れ狂う自然災害が展開されていた時と比較して非常に小さい。
地面にも周囲の建造物にも破壊の及ばない徒手空拳は共に顔や胸に当たらず、示し合わせた舞闘のように華々しく演じられる。
だが被害の規模と戦いの質は、必ずしも比例しない。
人間の武術家同士の延長にしか見えない拳闘。
体捌き、速度、体重移動、打突の入射角、人体構造の把握……。
限界まで伸ばし切って、壁さえ突破した彼岸の神域の武術。
世界を滅ぼし、宇宙に軋みを与えるだけの力が、たった一個体を破壊するのみの規格に集約された、一対一(タイマン)特化の術理。
武術の基礎にして最奥であるそれら要素を、仏と神の知覚する領域まで高めきった境地こそが、それだった。
運命を司る神と、運命に逆らう仏。
同じ未来を視ながら決して相容れない対極が弾かれたように距離を取る。
丁度、空の手に落ちてきた武具を握り締め、反発の勢いを殺さぬ打ちに再度踏み込む。
後退はあり得ない。片方の意志が折れない限り釈迦は挑み、テスカトリポカは返り討つしかない。
「ずぇらぁっっ!」
「ハァァァァァ……!」
負傷らしい負傷は無いが、それなりに消耗はしている。
長引かせる気がないのは一致している。より一層の気合裂帛を込め武具を頂点に掲げる。
決まれば確実に殺す、その気はなくとも戦闘不能には陥るだけの魔力が注がれて、神仏の身に食い込む未来を迫る瞬間───。
一条の落雷が天から奔り、強制的に進行を食い止めた。
「───悪ィな。喧嘩を横から止めるなんてのは無粋だってのは分かってんだ。
でもな、どうにもじっとしてられなかったんだわ」
地面にクレーターが出来るほど陥没させ落ちて来た雷は、人の形をしている。はち切れんばかりの筋肉がついている。
「それに大将から頼まれたんだ。それだけじゃねえ、アンタらの葬者からも、止めてくれってよ。
だったら、オレだけ黙って見てるわけにはいかねえよ。言葉だけでも届かなけりゃここにいる甲斐がねえ。
で、だ。聞いた上でこれ以上やるってんなら神サマ仏サマにどれだけ不敬でも……」
味方だった筈のサーヴァントが起こした暴走じみた乱闘騒ぎに馳せ参じた三騎目のサーヴァント。
坂田金時は正気のまま、堂々と割って立つ。
「止めるぜ、オレは」
こうして戦場で一堂に介して、すぐさま手を取り合い轡を並べようと主が決めても、素直に頷く者ばかりではないだろう。
英雄ともなれば、誰もが一様に我が強い。
逆境を跳ね除け、硬い意志を貫いてこそ彼らは英雄と称される。正義とはとても言えない逸れ者、荒くれ者も混じっている。
気に食わない、性根が合わない、手前勝手でも譲れない信義を背負って反目する。
それはいい。理解できる。大事で、間違ってないと擁護もする。
英雄であれただの人であれ、簡単に折れてはいけない一線、超えるべきでない境界を持ってる。
そこを、それでもと呑み込んでこその英雄ではないかと、金時は語るのだ。
「……やっぱ、金ちゃんはどこでも金ちゃんだね」
六道の面を発しかけていた釈迦の顔が、険の取れた顔になる。
友達(ダチ)の顔を立てて意を組んで欲しい、それを持ち出されれば強くは出れない。頭に血が上りすぎてた自覚もある。
「アサシン、そこまで。色々あるんだろうけど、流石にやりすぎだ」
「追いついたか。それなりに引き離したつもりだが、どうやってここまで?」
「トラロックに頼んだ。俺とのパスをマーカーにして辿れるし、あの子ならあんたの気配に敏感だからって。
運んでもらったのは夜宵ちゃんのバーサーカーだけど」
血気旺盛な戦神の前には、葬者である理が行く手を阻む。
契約したマスターとサーヴァント同士にしては、今にも引き金を引きそうな緊張感が流れている。
理との関係性は通常の契約と一線を画している。
葬者の言葉といえど無条件で受け入れる事はない。令呪を使用した拘束も無意味だ。
向かい合い、対立も辞さない姿勢を保つのは、尋常な胆力で出来る事ではない。
「止めるなよマスター。今いい塩梅にあったまってきたんだ。
お前さんのサーヴァントらしく、ここいらで勝ち星を贈ってやる」
勝手に話を畳むな。自分はまだ合意していない。この沸騰した血の昂りをどうしてくれると。
戦いと流血はテスカトリポカが戴く供物を用意する、神聖なる祭壇だ。
それを自ら執り行ない、抉る心臓の持ち主はかの覚者。加えて敵を倒すサーヴァントの流儀にも反していないとなれば、取り消される謂れは皆無だ。
「一応、悪いとは思ってるよ。でも俺とあんたの関係って、こういうのだろ?
一緒に戦うのも対立するのも自由だ、対等でいようってさ」
「ああ、そいつは忘れちゃいない。最初に決めた取引だからな。
マスターだ葬者だのを資格に工程を省いたりはしない。故に、容赦もしてやらん。
儀式を中断するばかりかオレに意見を挟む……その脳か心臓を懸けた上での発言と受け取る。祭壇に乗せる供物の用意があると?」
「供物───何か提供できる物資、ないし情報があれば納得いただけるという事でしょうか」
既に召喚銃を握り、いつでもペルソナを発現させられる意識をする理……その脇にいたプラナから、思いがけない援護が入る。
「牛や豚の肉は生憎手持ちにありませんが……交渉の材料になるものなら用意があります」
「ほう?」
含みのある言葉に興味を引かれ、テスカトリポカが僅かに殺気を収める。
それでいて不穏な圧力は消していない。その場凌ぎに阿るだけなら警告なしに脳天を撃つと明白に示している。
無言の恐嚇を感じているのかいないのか、無表情のプラナは周囲をぐるりと見回し、ある一点───何もいない虚空に手を伸ばし、開いた指をぎゅっと握った。
「───えい」
可愛らしい掛け声に意味はあったのか。とはいえ結果は一目瞭然だった。
電子回路がショートをきたした機械のような、いや機械そのものが風景から独立して剥がれ、力なく墜落したのだ。
足元に落ちた極小の球体を拾い上げたテスカトリポカが、つぶさに検分する。
「こいつは……ドローンだな。しかも相当に小型だ。領域内の時代の産物じゃねえな。
今のは嬢ちゃんが?」
「おー。そういやプーちゃん機械いじり得意だったっけ」
「肯定。私は本来シッテムの箱内のOS担当……電子上の存在であり、実体を持ちません。
外の世界を歩ける今の状態が異常なのです。……類似する状態は過去にありましたが」
ふいに思い起こされる過去の記憶に若干顔にかかる陰を増しながらも、説明を続ける。
「その影響なのか……運命力の数値を消費する事で、シッテムの箱と同様にハッキングも可能のようです」
「なるほど。要は電子上に出力する魔術ってワケね。
……オレとしたことが、太陽の影に隠れた輩を見落とすとはね。
いいだろう。コイツを代金に手打ちにしてやる。取引成立だ」
「……感謝」
監視の『目』がこれだけなわけもあるまい。それなりの数を量産して街中にばら撒いてると見るのが妥当。
魔術師が偵察に使い魔を飛ばしてるのはここにいる誰もが何度か感知していたが、迷彩を施されたドローンは魔力も意思も持たない道具だ。
冥界に英霊……神秘を自然と受け入れられていた面々だからこそ、科学的なアプローチについては発想が浮かばない。
大型機械を制御する超AIが跋扈するキヴォトスでも突破できぬセキュリティのプラナがいなければ気づきはしなかった。
よってテスカトリポカの己の非を認め、引き下がるのをよしとした
「上手い事やり込めたじゃん。なんかいい目してるねプーちゃん。まこちゃんの影響かな?」
「そうでしょうか……よく分かりません」
「そりゃそうだ。自分の瞳は自分で見る事はできない。だからこそ人の隣には誰かが必要なんだよ」
釈迦とプラナも契約こそしているが、現界をマスターの魔力に依存していない。
行動になんの制約も課されず、聖杯に願う望みもない。令呪を使ってもこの男に効くかどうか。
プラナの言葉には従う強制力はない。単なる嘆願、我儘にしかなってない。
だからこそ釈迦は快也と笑う。
家路を見失いどこに進めばいいか分からず立ち往生していた迷い子が、ただそうしたいの一念で己を止めたのだ。
共に並び見守る側として喝采ものの進歩だ。
「簡単に話が上手く進むとは思わなかったけど……神様と仏様がここまで相性が悪いとは思わなかった」
「そう気ィ落とすなって。こんなん大将じゃなくても予想できねえさ」
事がなんとか収まったものの、夜宵はややげんなりとしている。
待ち合わせの相手と行きずりで連れてきた相手がまさか犬猿の仲だとは。危うく協力関係そのものが決裂してしまいかねない窮地だった。
金時の言う通り先を読めというのは無茶な話だが、複数のサーヴァントが集合する機会は夜宵にも初めて。
『卒業生』同士に共食い、叛逆の可能性が常にあるように、巨大な力は『在る』だけで因果に何らかの影響を及ぼすのかも知れない。
取り返しのつかない事態になる前に、それを知れただけでもよしとしよう。でないと気の滅入りもなくならない。
「ともあれ、すったもんだあったけどこれで次の段階へ進める。
図らずも全員のスタンスや能力もこれである程度開示された。なので改めて皆の意見をまとめたいと───」
「夜宵ちゃん?」
言葉を途切れさせた夜宵を理が尋ねる。
見開いた眼にあるふたつの瞳孔───現世と幽世が重なる霊視能力が映す光景に、喉が一瞬固まっていた。
「アサシン……ここまで連れてきたのは、あなたの計らい?」
「さてね。オレはダイスを回しただけだ。結果の出目までは読めん。
ただオレは悪運持ちでね。過酷な戦いを望むからか、次から次へと試練が舞い込んできちまう。
最悪の事態をドンドン更新して、帳尻が合うのは最後まで生き残った場合のみ、なんてオチもザラさ」
他の面子が困惑する中で、ただ一人訳知り顔でいるテスカトリポカは問いに答える。
呑気にも懐から取り出した煙草に火を着けていて、吸い込んだ紫煙を心地よさげに吐き出す。
すると、辺りを覆っていた霧が吐く息に押されて晴れていく。霧が出てきた事にすら今まで気づかなかった。
「ここは……」
露わになるのはうら寂れた、廃屋と見紛う建造物。
どの街にも一件ぐらいはある幽霊屋敷。
されど、その屋敷は特別生で抜群に奇妙だった。
「オイ……マジかよ」
不思議な縁で結びついた葬者達は、否が応でも引き寄せられて参る。
その場所へ。
「双亡亭……」
そして誰もが一目で、同じ考えを持つに至るのだ。
この家は、壊さなければならないと。
【豊島区・双亡亭前/一日目・午後】
【結城理@PERSONA3】
[運命力]通常
[状態]健康
[令呪]残り3画
[装備]小剣、召喚銃
[道具]
[所持金]学生相応
[思考・状況]
基本行動方針:冥界を閉じて、生きている人を生還させる。
1.双亡亭……。
2.情報収集。詠子からの情報は貴重だけど……。
3.獣……?
[備考]
※十叶詠子に協力を頼み、連絡を取り合っています。
携帯番号は登録できないので、こちらからかける事はできません。
※トラロックはベルベットルームの外から出る事はできません。
代わりにマッピング等で理へのサポートを行えます(山岸風花と同じ感じ)。
【アサシン(テスカトリポカ)@Fate/Grand order】
[状態]消耗(中)、精神的ダメージ(小)
[装備]
[道具]バイルの小型ドローン(故障)
[所持金]潤沢
[思考・状況]
基本行動方針:闘争の活性化。
1.釈迦とは気が合わん。いつかは殺し合う事になるかね。
2.双亡亭とはまた。マスターは知ってんのかねぇ。
3.魔女、ねぇ。
[備考]
※召喚時期に多大なリソースを使って、冥界内のルールを整備してします。
※ベルベットルーム@PERSONA3は許可の元で借用しています。
エリザベス等、部屋の住人が出入りする事はありません。
※神としての出自から、終末のワルキューレ世界での神についての知識があります。
【プラナ@ブルーアーカイブ】
[運命力]消耗(微量)
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]傘型ショットガン
[道具]
[所持金]無理をしなければ生活に支障がない程度
[思考・状況]
基本行動方針:旅をする
1.結城さん……先輩、ですか?
2.寳月夜宵から魂の概念について教わる。
3.もし、“あなた”の魂があるのなら……。
4.セイバーのマスター(オルフェ)に対する関心
[備考]
※運命力を消費して、『シッテムの箱』内と同様の電子技術を使用可能です。
【バーサーカー(釈迦)@終末のワルキューレ】
[状態]疲労(中)
[装備]『六道棍』
[道具]
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:ゆるりとやっていく。旅は楽しくなくちゃね。
1.ポカっちとは反りが合わねえ。いつかブッ倒すしかねえか?
2.まこちー、悟ってるね。
3.まさかこっちでも金ちゃんに会えるとは、嬉しいねえ。
[備考]
※仏としての出自から、FGO世界での神霊事情についての知識があります。
【寶月夜宵@ダークギャザリング】
[運命力]通常
[状態]健康
[令呪]残り3画
[装備]過渡期の御霊、Sトンネルの霊の髪、鬼子母神の指、マルバスの指輪
[道具]東京都の地図(冥界化の版図を記載)
[所持金]小学生相応
[思考・状況]
基本行動方針:まずは双亡亭攻略。
1.……色々話す前に着いちゃった。
2.移動の間に、プラナに霊魂について教える。ついでに小鳥遊ホシノについて聞く。
3.双亡亭ぶっ壊し作戦、継続中。協力相手求む。
4.脱出の手段があるなら探っていく。
5.仏教の開祖なら、“神”や“空亡”に対抗できる?
[備考]
※情報屋の葬者(脱落済み)と情報のやり取りをしていました。ゼファーが交流してたのと同じ相手です。
※ホシノと連絡先を交換しました。
【バーサーカー(坂田金時)@Fate/grand order】
[状態]健康
[装備]黄金喰い
[道具] ゴールデンベアー号Ⅱ
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:夜宵を護り戦う。
1.夜宵に付き添う。
2.お釈迦サマとか、驚きだぜ。
[備考]
投下を終了します。
グラン・カヴァッロ&キャスター(窮知の箱のメステルエクシル)
天童アリス&ライダー(ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン)
で予約をします
投下が来ていた!お疲れ様です
>神様ごめん、お前嘘くさい
報瀬&敷島のそれぞれの葛藤と心情描写というか思考の流れが毎回楽しいです(破天荒ではあっても一般人な前者とあの地獄を経てきた元軍属との書き分けも)
そしてそこへ地の文のノリすらかき乱す演出で乱入して調停してくる神……間違いなく危険人物なのにこの冥界では出てくると安心してしまうのは読んでてこちらも何かおかしくなってるのだろうか。
メリュジーヌのエスコートもらしすぎて笑ったし(結果的にこの場においては適解になってる)、警報めいたプルートゥの、手塚版にはない浦沢絵のあの佇まいが浮かぶような脅威感と、敷島の内面とリンクした本聖杯の彼ならではの描かれ方もすごくツボなんですが、何よりルクノカがずっと一貫してブレなさすぎて強烈。常時制御不能だったり裏切りや傀儡化を狙ってくるサーヴァントと比べればマシとはいえ、その薄皮一枚の話の通じる部分でマスターのメンタルをゴリゴリ削る感じが彼女らしさ全開で素晴らしい。報瀬からしたらたまったもんじゃないんだけれども…異修羅原作での擁立者との関係性にぴったり当てはまってるのも芸細だし、ハルゲントとのやり取りへの言及から、改めて報瀬との組み合わせの妙を感じます。
>神風仏陀斬(しんぷうぶっだぎる)(壱)
冒頭の、禁忌と地獄の扉〜煙る鏡のアステカ仕込み〜と理のリアクションの数々でもう引き込まれました。本聖杯の、日常風景と闘争との接続や表裏の描写はやはり強みというか無二のものだと再認識。
ヤヨイちゃんとテスカトリポカ、釈迦と金時の会話も何気に好きなポイントでした。こういう会話でそれぞれのキャラらしさを積み上げていく二次創作は信頼できる…! 理の境遇を思うと「地獄に仏が来ている」と釈迦とのやり取りの重さが増す…というかそこからの釈迦によるあれこれの解説が、クロスオーバー世界観の掘り下げとしてすごく面白いです。
>「揉んでやるよ、救世主(セイヴァー)くずれ」
>「五月蝿え、冠位(グランド)ろくでなし」
そしてこの痺れる火蓋の切り落としからの神VS仏も凄い。煙る鏡VS釈迦のそれぞれの信条と在り様のぶつかり合い、それぞれの逸話から顕現した技と技の応酬の激烈さや丁寧さは言うまでもなく、「当たらない攻撃」「テスカトリポカ初の負傷」「ビリー君に謝ってこい」、掛け合いや緩急の付け方がアクロバティックで気持ち良すぎる。そこからの金時による強制中断の痛快と、その場の面々全てが活きる説得の流れまで含めて見事……そしてラストが「豊島区・双亡亭前」で〆られるのもたまらない。
今年も楽しみにしております!
延長します
無念ながら予約を破棄します。申し訳ありません。
ゲリラ的に投下します
◆
───ゆっくりと移動する視点は、冥界に飲み込まれた街の有り様を俯瞰している。
冥奥領域を外れた東京郊外。比較的冥界化して新しい地域でも、既に灰と砂が風に舞い、かつての街の骨格を覆い尽くしている。
崩れ落ちたビルは、巨人の折れた牙のように空を突き刺し、その影は地面に模様を描いている。
空気は重く、息苦しさで満たされ、遠くからは何かが軋む音がする。金属か骨か、それとも両方か。
通りには誰もいない。人間は愚か動植物に至るまで、仮初の生命は元の死に逆行した。
灰を含んだ風に吹かれ、皮を、肉を、内臓が風化し、骸骨だけになって徘徊している。
風が吹き抜けるたび、崩れたコンクリートの隙間から埃が舞い上がり、かつての喧騒を嘲笑うように静寂を掻き乱す。
太陽は昇らず、月も見えない無空。
やがてはこれらの建造物も、微生物が死骸を食い荒らすのと同様に分解され、荒涼とした平らな大地に変えていくのだろう。
そんな中、瓦礫の山の中心に、不自然なまでに鮮やかな色彩が浮かんでいた。
少女だった。古めかしい着物を身にまとって、鞠をついている。
切り揃えられた黒髪に色白の肌は、古風というより、半世紀以上過去に描かれた絵画じみた遺物の趣さえある。
冥界内で百鬼夜行の屯をする死霊は髑髏一種の姿のみを取らず、人や鳥獣等の形態も含む。
だが球遊びに戯れる少女はその何れにも該当しない。
人であるはずもなく。しかし死霊とも違う。
額に飾られた油絵が、キャンバスから実体を持って飛び出してきたような異物さ。
現世を模した像は全て絶える冥界の地で、なお濃い奇妙さを以て存在している。
ここで例えるのも不適格だが───それこそ、この世のものとは思えない。
少女が顔を上げる。
視線が、画面の方へ向く。
映像は鮮明だが、少女との距離は空飛ぶ鳥と人ほどの距離がある為、細かな表情までは窺い知れない。
なのに、画像を拡大するまでもなく、表情は明らかだった。
少女は、笑っている。
口の両端を、この距離からでも分かるぐらい不気味に釣り上げて。
口にあたる部位に、月のない夜に代わって黒い三日月が現れて、笑みであるように見せている。
笑顔の、しかし狂ったとしかいえない、顔の皮膚が破れそうなほど引き攣った異常な顔は、こちらを見て離れない。
視点は移動し続けていて、じき少女の頭上を通り過ぎる。崩壊を始めてるとはいえ高層建築も残っており、一分も経てば視界に収まらなくなる。
そして方向を転換しようと前方に向いた視点を───いつの間にか眼前に近づいていた少女の手が掴んで無理矢理にこちらに向き直した。
カメラのフィルムの一部を切り取って編集したような唐突さ。脈絡の無さ。
少女とは思えない力で強引にカメラの首を曲げて画面いっぱいに映った少女は、やはり壊れた笑顔と、意思のある目を見開いてこちらを睨みつけて───
■
「うわーーーーーーーー!!!」
映像がぶつ切りにされて砂嵐に飲まれたのと同時に、天童アリスは悲鳴を上げて隣にいるマキナに飛びつき、腰元に両手を回してひっついた。
鉄面皮と同様の鋼の肌は人の温もりと無縁の冷たさだが、この際しがみつければ誰でもいいといった感じのなりふり構わなさである。
「うう……アリス、ホラーは苦手です……。まるで武器も魔法も使えないのにダンジョンを探索する縛りプレイと一緒です……」
ぶるぶると震えるアリスには、サーヴァントも本質は幽霊であるという認識はありそうに見えない。
『銃が当たって効く相手』なら、どれだけ強く恐ろしくともキヴォトスではホラーとは呼ばない。レベルを上げるか装備を整えるかをすれば何とかなるのだ。
江東区の南。海も近い荒川河口付近。
無数の計器が立ち並ぶ、電算室のような部屋にアリスはいる。
一見しただけでは何を計ってるのか判然としない数値を常時観測し、微細な変動にも逐一反応して数字を上下させている。
正面には砂嵐から復帰して街の地図を映す、大型の液晶モニター。先程のホラー場面はここから流されていたものだ。
研究棟の一室にしか見えないこの空間が、一台の車の内部であると言って、誰が信じられるか。
内部を歪めて拡張された空間は、外から見た車両の倍以上の広さが確保されている。
21世紀初頭の時代でもお目にかかれない技術、科学の徒ならば目を剥き垂涎を止められぬテクノロジーの塊。
忘れられし神々の女王、製造された神秘であるアリスには本来馴染み深い場所だ。
もっとも当の本人は部屋の端に転がる岩めいた機械の塊の方が興味が向いており、さらに言えば家庭向けゲームの方がもっと関心の対象である。
「さて。お分かりいただけたかな?」
そんなアリスよりももう一回り幼い、部屋の主である少女が映像を再生して以来の口を開く。
結んだ茶の髪。造形美の極みに至った天使の笑顔。
アリスが乗り込んでいる移動式ショッピングカーの店主、そのように偽装されたシャドウ・ボーダーの操縦手にして、機人と造人の英霊を戴く葬者、レオナルド・ダ・ヴィンチである。
「今のがつい一時間前の撮れたての映像だ。
冥奥領域外の冥界───元の地名でいえば千葉県にあたるエリアに監視に飛ばしていたバードが消息を絶った。
冥界は生命じゃない使い魔や機械類であっても外装を風化させ、動力を奪っていくけれど……この時はまだ充分に電源が残っていた。
そして徘徊する死霊は、運命力を持った生者……葬者しか襲わない。
つまり、これは何者かの手により意図的に引き起こされた破壊行為であると結論づけられるんだ」
聖杯戦争の形式はバトルロワイアル。優勝には生存者を減らすのが単純にして最短の正道。
進入禁止に指定されたエリアに、寿命を縮める危険を犯してでも進む旨味は少ない。
ダ・ヴィンチがその常道から外れて領域外に目を向けているのは、冥界からの脱出を掲げる非戦派という、稀有な陣営であるからだ。
そのプランディングは現状交戦よりも情報収集、フィールドワークに比重を置いている。特に最も身近にある謎、冥界の調査は最優先で進めている。
空間の成分分析、区画が冥界化するまでの時間、運命力の消費速度……調べるものは多くある。
「確認だけど、領域の外───冥界の性質について、どのくらい知っている?」
「知ってます! 入っているとどんどんライフゲージが減ってしまう毒の沼ですね!」
「はいアリスちゃん早かった。ふむ、毒の沼……言い得て妙だね」
片手を上げて答えるアリス。平易な表現だが、あながち的外れでもない。
立ち入れば力を奪われる地帯。足を戻せばそれ以上侵されず、時間を置けば回復もできるという要素は、まさにゲームでいうそれだ。
「じゃあそんな毒沼に入ってもダメージがない者がいるとしたら、それはどんな理由によるものかな?」
会話の流れに合わせて、ゲームのシステムになぞらえた質問にしてみる。
自分の好きなジャンルであれば情報の咀嚼もしやすいと考えたからであり、アリスも首を傾げながら意見を述べてくれた。
「うーん……アリスなら毒無効のアイテムや、魔法を使います。
それに、毒エリアには耐性があるモンスターもいます。映像の子もそうなんでしょうか?」
「そういうこと。たとえば冥界や『死』そのものに縁のあるサーヴァントなら、運命力の削減に耐性を持っていてもおかしくはない。
それと神代級のキャスタークラスなら技術でそれを可能にもしてしまうだろう。実際私達も開発してるしね」
「おお……賢者ダ・ヴィンチちゃんは、博士とのダブルジョブなんですね!」
「そりゃあね、なにせ私は万能なのさ!」
ふふんと得意げに胸を張る。
身一つで放り出されたスタートから十分な機材を揃えられてるのも、契約したキャスターの相性の良さがあってこそだ。
自身の知識と相方のキャスターの製造技術の融合は、個に収まらない規模に手段を拡張させている。
本来臨床を繰り返ししなければ分からないデータも、無法じみた大量生産を可能とするキャスターの手を借りれば幾らでも代替が利く。
自身の運命力を削る事なく延々と調査を続行してはや一ヶ月。冥界の仕組みに関しては研究を最も進めている陣営だろうと自負があった。
「それで、アリスはどうしたらいいですか? ダンジョンにいるモンスター探索のクエストの依頼でしょうか?」
「いやいや、そこまで体を張ってもらう気はないよ。
今のは単なる情報交換、危険になるかもしれない知識の共有さ。こういうのはマメに持ち寄るべきだからね」
「確かに……互いに連絡し合うのは協力プレイでは大切ですね! あ、アリスもトウジにクエスト達成の報告をしないといけませんでした……」
世界の仕組みを解き明かし、ルールの穴にリソースを注ぎ込んでこじ開けて、番外からの勝利をもぎ取るのが、ノウム・カルデアの必勝パターン。
他所から見れば非効率で確実性に欠けた戦術に見えても、成功のノウハウの厚みがあればゴリ押しも利くというもの。
もちろん、アリスへの協力もそこには含まれている。
事のあらましはおおよそ一時間前。
偵察機から届いた映像の検証をしている最中、停止していたシャドウ・ボーダーに向かってくるサーヴァントの反応を受信した時から始まる。
堂々と車両に近づき、大手を振って元気溌剌と挨拶するアリスを、元より積極的な陣営の交流は望むところのダ・ヴィンチは快く出迎えた。
話してすぐに、天童アリスという葬者は、こちらとかち合う危険の薄い善性の持ち主であると分かった。
些か話す言語のチョイスが独特なものの、好んで聖杯や戦いを望まない方針。エミヤ[オルタ]のような奇襲を警戒して、密かに仕込んでいた防御策はどれも無用となり果てた。
懸念すべきは、アリスにダ・ヴィンチの店の情報を与え探りを入れるよう依頼した、伏黒トウジなる人物。
報酬にアリスの知り合いに関わる追加の情報を与えるそうだが、ダ・ヴィンチの視点からすると上手く利用されてる気がしてならない。
この純真で疑う事を知らない性格だ。悪意を前面にされない限り綺麗に騙されてくれるだろう。
そうなるとアリスは無論のこと、ダ・ヴィンチも策謀に巻き込まれいらぬ損害を受けてしまう可能性があった。
かといってアリスを切り捨てるのは心情面、戦力面と諸々の理由で気が咎める。
よってこちらでフォローできるよう取り計らう事にした。他所の事情に巻き込まれるぐらいなら、先にこっちの事情に巻き込んでしまえの精神である。
「まあ、私としてはむしろ手段そのものより、理由の方が重要なんだけどね」
「理由、ですか?」
「うん。とうに禁止区域になった冥界を調査する事に、いったいどんな意味があるのか。
私と同じ脱出のための調査? それならバードを破壊したのは? 何か秘密にしたい、知られたくない作業をしていた?
『なぜそうするのか』。推理小説の用語ではホワイダニットともいうね」
これは自論ではなく魔術組織の総本山、時計塔のさる名物講師の言だ。
「魔術神秘が当然のようにある世界で、どうやって(ハウダニット)や誰が(フーダニット)を探るのは意味がない。遠隔での呪殺、壁のすり抜け、精神の操作……挙げていくだけきりがないからね。
だが事件の動機、ホワイダニットだけは───特に魔術師のような思想に奉仕する生き物であるほど隠せないものだ」
ダ・ヴィンチの世界の魔術師のフォーマットとは遠く離れた変わり種であるが、その観点の差異と視野の広さでもって神秘の鍵を解いてきた。
カルデアにも疑似英霊という特殊な形式で所属してるので、話に携わる機会も多い。
推理はダ・ヴィンチの専門外だが、ここは彼に倣ってみる事にする。推理と聞いて一番に浮かぶべき探偵は、「まだ語るべき時ではない」を多用しがちだった。
冥界を自由に動けるカラクリはここでは重要視しない。
問題はその行為が結びつける結果、引き起こされる事態についてだ。
興味本位の物味遊山と切り捨てるには、もう時間が経ちすぎている。敵陣の攻略法のひとつと警戒しておくべきだ。
例としてここにひとつ、判明してる冥界の性質に、聖杯戦争を勝ち抜くにあたって有効に働く面での使い道がある。
「冥界はただ葬者の行動範囲を狭めて戦闘を活発化させるだけのエリアじゃない。君が言ったように、踏み込むだけで命を奪う毒沼だ。
……ここじゃ言えないような悪い使い方なんて、幾らでもあるよ?」
「……!」
個の強さに依らず運命力を削ぎ落とし、魂を死に追いやる冥界。
つまりは戦闘力で叶わない相手にも、運命力を消費させれば『謀殺』が可能になるという事だ。
しかもこの舞台に仕掛けられた致死性の罠は、時間を追うごとに範囲を広げていく。
英霊はともかく生身の葬者では、五分も足を止められれば窒息に至る。比喩抜きで毒に沈んだ腐海だ。
冥界を如何に避けていくかのみならず、如何に敵を冥界に追いやるかも戦いの争点に加わる。
聖杯戦争の後半に起きる地獄の様相を、ダ・ヴィンチはそう予測していた。
「さて、脅かすのはここまでにして、本題に入ろうじゃないか。
実を言うと……すっ、ごい、気になって仕方がないんだよね、そのでっかいの!」
陰気な話を済ませれば、変わって顔を輝かせるダ・ヴィンチ。興味に煌めく視線はアリスの後ろ、背負った長大な箱に注がれている。
「はっ、そうでした。アリスのクエスト達成条件はまだでした」
アリスがダ・ヴィンチを訪ねたそもそもの理由。
愛用のレールガン、光の剣・スーパーノヴァの尽きた弾を手に入れるという、キヴォトスの生徒にとっての死活問題。
胡散臭いとして零時に開くテスカトリポカの店を避けながら手に入れる道筋として、甚爾から提示された情報を元に捜索をしていたのだった。
「アリスちゃんのご要望どおり弾丸の補充をしてあげたいけど、その為にはまず内部構造を調べないとね。そこの台座に置いてくれるかい?
うわ、おっも……何キロあるんだいこれ? え、最大で140キロ? 元は宇宙戦艦用の砲台? まだ船本体も造れてないのに先に造っちゃった? なんで? レールガンはロマンだから? それで年度の予算の七割使い果たした? うわすごーい! 何から何まで発想(あたま)わるーい!」
製造技術は十二分に高水準。元いた時代……21世紀初頭より数世代は進んでいる。構成に魔術の痕跡はないにも関わらず一定の神秘の付与を確認。科学技術でありながらサーヴァントにも通用する性質を保持されている。
無茶と無理と無謀とを総動員したような武器の解析に、ダ・ヴィンチの技師としての血は奮い騒ぐ。
惹かれたのは性能より設計思想。あまりの馬鹿馬鹿しさ、加減の利かなさ。実用性やら計画性やらを投げ捨てたノリと勢いの一念を夜を徹したテンションのまま押し通して実現してしまったスタッフの情熱を肌で感じられる。
「しかもこれを素手で抱えて使ってるの? バッテリーも付けて撃った反動も含めたら200キロいくでしょ、よく背負って来られたね?」
「はい、アリスは勇者ですから! アリスだけが使える伝説の武器です!」
「ゆうしゃ?」
答えてるようで理由になっていない答えに自信満々なアリスと、よく分からないがまあいかと頷くダ・ヴィンチとの間に、幼気な子供の声をした電子音が差し込まれた。
単眼の鉄人とでもいう、黒青色の鋼体。
アリスの二倍ほどもある巨躯であるが、拡張されたボーダーの車内でなら直立したとて天井に頭頂を擦る事はない。
部屋に同席こそしてはいたが何をするでもなくぼんやりと佇んでいたキャスターが、アリスの言葉に興味を引かれて身を乗り出す。
「ありすも、ゆうしゃなの?」
「はい、アリスは勇者です。期間限定でメイド勇者もやってました」
「ははは、じゃあ、ぼくとおんなじ、だ!」
窮知の箱のメステルエクシル。
本物ならずとも世に混沌を撒く危険因子、魔王自称者の一人にして稀代の技師、軸のキヤズナに創られた戦闘生命体。
そして『本物の魔王』を倒した『本物の勇者』を選定する儀礼、六合上覧に連ねた勇者候補の一人。
言うなれば、魔王の手により造られし人工勇者だ。
「! キャスターも勇者なんですか!?」
「うん! ぼくはかあさんがつくって、『ほんもののゆうしゃ』になるしあいに、でてた!
まおうや、ほかのゆうしゃこうほにも、はは、ま、まけないぞ! ぼくは、さいきょうだから!」
「キャスター以外にも勇者や魔王がいるんですか!? アリス、もっと話を聞いてみたいです!」
「うん、いいよ! トロアに、ジルゼルガ、キア、クゼ、もっといるよ! たくさん、おしえてあげる!」
そのあたりの内実を知らないアリスは、耳慣れた言葉を聞いて大興奮だ。
キヴォトスで機械の住人は一般層まで溶け込んでおり、鋼の巨躯の異形を持つメステルエクシルにも物怖じしない。
戦闘においては慈悲も容赦もない、自動機械のままの殲滅を執行するメステルエクシルだが、非戦闘時に徒に暴力を行使する事はない。
幼子の無邪気さと無意味な破壊は行わない無機的な判断が合わさったものであり、敵ではないと認識したアリスにも武器を向けず、楽しげに笑い合っていた。
メステルエクシルは常に笑う。戦いの時、戦いのない時、死ぬ時、蘇る時、殺す時に必ず笑う。
呼吸に等しいただの生理現象、プログラムされただけの反復作業なのか、心から楽しいから笑っているのか。
製造者であり母の軸のキャズナが不在では正確に知れる者はおらず、ただただ楽しそうに笑うのみだった。
「なんだかウマが合ってるねえ。精神年齢が同じくらいだからかな?」
スーパーノヴァの解析をオートメーションに任せ、ダ・ヴィンチは不動で立つマキナの隣に椅子を置いて腰かけた。
メステルエクシルよりは人の体を成している機人は、本物の機械と変わりなく終始無言の不干渉に徹している。
「……」
「おや、だんまりかい? 向こうも仲良くしてるし親睦を深めたいと思ったんだけど。
まあそれならそれで、私一人で所感を述べちゃうのだった。
あの子の体……まだボーダーに入る際にかけた危険物検知のチェックしかしてないけど、生身の体じゃないよね?」
独り言。アリスを守護するマキナに聞かせているというよりは、言葉を声に出して分析と推論を構築させる作業。
出自や素性で善し悪しは語らない。紛れもなく彼女はレオナルド・ダ・ヴィンチ。芸術に限らず、人を見る審美眼も据え置きだ。
「分類でいえばオートマータより、機械の含有率が高いからロボット、いやアンドロイドかな?
でもそのくせ動力やプログラムの根幹は何某かの神秘を基にしてるっぽくて、その性質がまた深遠だ。オリュンポスのクリロノミアじみたオーパーツ。
設計思想は……ある意味この光の剣とやらと同一だ。執念、怨念の域にまで高まってしまった熱が、それ自体が動力源であるかのように根幹に絡みついている」
その知性が語っている。メステルエクシルと遊ぶアリスの身体に込められた、万能の人でも見通せぬ、計り知れぬ未知数を。
「なるほど……キャスターはクラフトスキル持ちのロボ勇者なんですね。先生もシャーレでは色んな物をクラフトしてました。
あ……じゃあアリスはゲーム機を作って欲しいです! ソフトは中古ショップで見つけたのですが、肝心の本体が見つからなくて困ってたんです」
「げーむ? はは、は、なに、それ?」
「ゲームを知らないんですか? ならアリスとゲームをしましょう! 丁度対戦プレイができるやつです!」
「……自分でとうに至ってる答えを他人に求めるのは利口ではないな。
あれが言うようにお前の属性は賢人だろう。俺に伺いを立てる愚見は止せ」
「おや、やっと口を開いてくれたね。しかしそうなるとやはり───」
古鉄にこびりついた錆が、軋む音で削れ落ちたような重声だった。
問答を受けたマキナにお墨付きをもらい、ますますダ・ヴィンチは確信を高める。
天童アリスは、兵器としての運用を前提に造られている。
神代の魔術師、もしくはそれに匹敵する科学技術によって。
プロトコルの解析はまだ済んでいない。簡易なスキャンは全て弾かれてしまってる。
叡智と窮知が組んでなお、本格的に精査しなくてはならないだけ高度なプロテクトがあるという事だ。
それでも推論はできる。判明した点で外を埋めていき、不明な点の概要を補完する。
高出力のスペックに対し、火器武装の類は内臓されてはいない。恐らく本命の出力先が別にあるのだ。
単純な戦闘をこなす兵士とは異なる役割……他の兵器を指揮・使役するホストとなる上位個体である線が高い。
ダヴィンチの知識の中で近いのはやはりオリュンポス、大西洋異聞帯を支配するギリシャの主神、星の外から来た宇宙艦隊。現代では痕跡しか見当たらない、失われた古代のオーパーツ。
もし想定される脅威が最大の規模で展開され場合……冥奥領域に収まらない規模の災害が顕現する可能性があった。
とはいえ内部を精査しない限り断定するものでもない。今は後回しにしても問題ないというのダ・ヴィンチの見解だ。
「並行世界ですらない完全な異世界。無限の鏡合わせの、外側の景色にいるはずの住人。
一体全体どんなカラクリで招いたか想像もつかないけど……ことこの四人に限定すれば共通項が見られるね。
人ならざる人造の命が冥界に落ちる……つまり魂の存在を認められたって事になるのは、中々にロマンだね。それともまっとうな生命じゃないからこんなところに落ちちゃったのかな?」
「そんなものは無価値の境界だ。ただ死という状態を付与されただけのこの世界では特にな」
機械が自我を獲得し、魂が宿る。
夢のある話を、所詮幻でしかないとマキナは断ずる。
「ふむ、その心は?」
「俺もお前もこうして話している。思考を保ち、行動に一定の制限なく選択を取る事ができる。ならば生きていた時と何が、どう違うという。
死とは終焉だ。それより先はなく、幾度と繰り返す事もない。役者は去り、舞台の幕は降りる。後に残る蟠りは灰塵すらない完全な無でなくてはならない。
それをまるで祭の仮装のように気軽に纏わせ、黄金の果実を餌に狂った舞踏を強制するなぞ、滑稽にも程がある」
互いの肉を引き裂き合い、自我も魂も一個の意志に束ねられた爪牙と成り果てる。
飽く程に見続けてきた光景だ。終生を穢されたマキナが一心に解放を願い挑んだヴァルハラの聖戦と変わりない。
役者も舞台も変えておいて、殺戮劇という演目だけは同じときている。とどのつまり茶番劇である。
死から逃れたいと願う自由がある時点で、死として中途半端だ。
静謐も安寧も存在しない狂奔である冥界の死を、マキナは頑として認めなかった。
「故に魂の真贋に価値はない。叶った終焉を奪われた俺。遠からず終わりを迎えるお前。共に決定した路に比べれば、余りに浅い差異だ」
「…………そこまでお見通しか。どうやら随分死の概念に深く関わってる英霊みたいだね。生まれは冥界?」
「牢獄(ゲットー)だ。出獄には至ったがこうして再び出戻りしている身だ」
「あれ? アリスのゲージ技が入ったのにHPバーが減ってません……ああ!? アリスのキャラがワンパンで死にました!?
キャスター! まさかチートを使ったのですか!?」
「ははははは! ぼくは、さいきょう! このげーむのるーるも、ぜんぶわかった!」
「駄目ですキャスター! チートはキヴォトスでも許されない行為なんですよ!」
───レオナルド・ダ・ヴィンチの遺作、グラン・カヴァッロの体は、限界が近づいている。
これは負傷や故障とは無関係の、製造時点から定められた活動時間だ。
一度きりしか回せないゼンマイ仕掛けと同じ、人理修復の先、異聞帯攻略の終着か、その手前かで燃え尽きる蝋燭の火。
血を流し涙を呑んで全てを完遂し、世界を取り戻す未来を掴んだとしても、生き残った仲間と同じ立ち位置には決していない。
少女ダ・ヴィンチはそこに何の不満も悲観も持たない。恐怖も感じない。
知性での達観。道具としての了解。補填を踏まえても余りある、
「終わりは決まっている……それはそうさ。私だけ特別なわけじゃない。どんな生命も、みんなゴールに向かって走り続けている。
でもこっちの意見も付け加えさせてもらうと。
私達は死を目的に走ってるんじゃなくて、人生の目的を完了する為にひた走っているんだ」
それだけでは生まれない、走る事に充足を持っていられる理由を、既に得ている。
「ならばお前が望む終わりとは、どんな形をしている」
「そりゃあ、最期はみんなと笑顔でお別れさ。そんな素敵なゴールを目指して、私達は進んできたんだから」
死は唯一無二。
だからこそ死を忘れず、一瞬一瞬の刹那を懸命に生きる。
どれほど辛く悲しくても後悔のない、一番(ベスト)な完了(エンディング)を。
ダ・ヴィンチとマキナ、そしてアリス。
被造物の見る夢の形は、違う星を眺めながらも、繋がり合うように似通っている。
「それがお前達の語る浪漫か。鉄塊の俺には錆を深める光でしかないが……」
過去を取り戻すマキナと未来を目指す少女とでは、結末は同じでも行き先はまったくの反対。
だが此処は、永劫関わらないはずだった物語(ロマン)が交差し、連なる先の未知。
この身も既に青い春を懐く少女を輩とし、永劫回帰の中のどの既知にもない線の上に立っている。
芥子粒の如き小さく脆い希望が、壮大な茶番劇……デウスエクスマキナを回す歯車を狂わせる異物に変わる。
それが動く屍に過ぎない己を稼働(めざめ)させた意義足り得るというのであれば。
「暗闇で道を照らす標の用は、成すのだろうな」
「うわーん! 画面で無限増殖したキャスターにボコボコにされてます!
助けてくださいユズー!!!」
「はははははははははははは!」
「……とりあえず、止めにいこっか!」
相似する出自と死への姿勢。魂の共感への感慨を億面にも出さず。
遊びとはいえ仮にも自身の葬者を泣き出す寸前まで追い込む機人を鎮めるべく、マキナは重く足を動かした。
【墨田区/一日目・午前】
【天童アリス@ブルーアーカイブ】
[運命力]通常
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]光の剣:スーパーノヴァ@ブルーアーカイブ
[道具]木の棒や石(アリスのコレクション)
[所持金]少なめ
[思考・状況]
基本行動方針:トゥルーエンドへいざ行かん!
0.チートはいけません!
1.パンパカパーン!賢者博士のダ・ヴィンチちゃんとロボ勇者のキャスターが仲間になりました!
2.お使いクエスト達成です。トウジに報告します。
[備考]
※異修羅世界の勇者候補について(メステルエクシルの知識内で)知りました。たぶん、名前ぐらいしか聞けてません。
【ライダー(ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン)@Dies irae】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:奇跡という名の終焉へ
1.アリスを守る
2.ベイの葬者(伏黒甚爾)には警戒
[備考]
※ヴィルヘルムとライダー(ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン)の参戦時間軸は違います。
マキナはマリィルートで死亡後、英霊の座を通じて召喚されています。
【グラン・カヴァッロ@Fate/grand order】
[運命力]通常
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]無し、強いて言えばシャドウ・ボーダー
[道具]無し
[所持金]潤っている
[思考・状況]
基本行動方針:この領域を解決する
1.アリスちゃんと協力体制。メカ仲間が急に増えたねえ
2.ヒーローの2人に接触したいけどどこにいるか分からないよ〜!
3.深夜0時になったらテスカポリトカの店に行って交渉する
4.危険そうな勢力には最大限警戒
5.領域の外にいる謎の存在を警戒。危ない事にならなければいいけど
6.アリスに秘められた神秘に興味と警戒。とりあえず今はロマン砲の整備だね
[備考]
※衛宮士郎陣営と非戦協定を結びました。連絡先も交換済です。
※江東区において白面の者を捜索していた黒炎と戦闘し撃破しました。
※黒い魔獣と炎氷怪人陣営(紅蓮&フレイザード)の見た目の情報を得ています。
※3/31に東京上空で戦闘をしていた3陣営(冬のルクノカ、プルートゥ、メリュジーヌ)の戦闘を目撃しています。メリュジーヌは遠方からの観測のため姿形までは認識していません。
※郊外の2つの市を消滅させた陣営を警戒しています。
※令呪狩りを行っている陣営の情報を入手しました。
※アリスが神代級の技術で造られた機械であると理解しました。
※冥界を制作したバード等で探索しています。
千葉県エリア内で着物姿の童女(しの)を観測しました。
【窮知の箱のメステルエクシル@異修羅】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:ぼ、ぼくが、さいきょう!
1.おねーさんに、したがう!
2.トロア!ま、また、たたかおうね!
3.アリスもゆうしゃ!ぼくとおんなじだ!
[備考]
なし
投下を終了します。
続けて 先生&■イ■ァー(ザ・ヒーロー)、夏油傑&キャスター(リリィ)、伏黒甚爾で予約します。
突発的に予約と違うゲリラ投下します
◆
どことも知れぬ地下の間。濃密なる黒の闇で、何かが蠢いている。
上半身を折りたたんで蹲る姿勢は、母親の胎の中で出産の時を今か今かと待つ赤子のようだが、脈動する血管めいた燐光に照らされるのは、正反対の痩せ枯れた矮躯だ。
「ぐ……ぎぃ……ご……!」
皺に埋もれた唇からは苦悶の声。齢百にも届かんとする老人が生きながらに肉を切り裂かれ、内臓にまで異物を潜り込ませられている。
延命の為の手術でも体力の消耗は避けられない。まして麻酔抜きで行えばそれは、拷問と何一つ変わりはしない。
「がああああ、が、ぎぃぃぃぃぃ…………!」
うめき声は絶えず流されている。
残り僅かな寿命を卸し金で削り取られていく様は、誰であれ目を覆いたくなる惨状である。
風前の灯火となり、いつ掻き消えてもおかしくない喘ぎが……そこで不意に止まり、代わりの音が漏れ出た。
「く……く、ククク、ククククククク……!」
痛みのあまり気が触れて苦痛が悦楽に切り替わったか。
それは正しい。老人はとうに気が触れている。百年も前に、とうに正気は根絶やしにされた。
痛みも苦しみも、渇きも飢えも、死も絶望も、男にとっては憎しみを燃やす薪でしかない。
狂気の科学者ドクター・バイル。世界の焦熱を夢見た大罪人。
表舞台に姿を見せず、滅亡のアーチャーを操り恐怖を喧伝する葬者は、背中に幾本ものパイプが直に突き刺さった、異様極まる姿をしていた。
管は脊髄に到達している。即死して然るべき致命傷であるにも関わらず、息絶える気配がまるでない。
老体にかけられた不死の呪い。人が創りし機械技術の恩寵は、バイルに無限の時間と苦痛を与える牢獄に使われている。
半機械化の恩恵はそれだけではない。人間でもあり機械でもある混在した体は、肉体の延長感覚で接続先への入力が可能という事であり……。
「……ラグナロク・コア『レーヴァティン』、エネルギーバイパス接続完了。エネルギー充填、出力変換実行」
ひび割れた欠けた大剣、宇宙衛星ラグナロクの核(コア)が起動する。
赤き英雄に破壊され動力部こそ壊れていないものの、外部からの入力は一切受け付けない。人間で言えば仮死状態であるのが、バイルと有機的に繋がり肉身の一部と扱われる事で主導権を掌握されている。
都市を崩壊させる衛星砲のエネルギーかバイルを通し、パスを繋げるサーヴァントに送られていく。
「ハアァ……準備はよいな、アーチャー。今回はこれまでの遊びとはワケが違うぞ。
神擬きの小僧に狂ったバケモノ共……ワシを差し置いて好きに振る舞う愚か者に、ワシという絶対を今一度教え込まなければならん……」
息を絶え絶えにしていてもバイルは嗜虐の笑みを絶やさない。
脊髄から全身の毛細血管に電撃が走る、想像に難い激痛を浴びたまま、あくまで虐げているのは己なのだと誇示に甘美する。
遠隔のドローンを操作した完璧な隠形を見破り宣戦布告した天堂弓彦。
バイルなど目に入ってないと戦場に躍り出て惨劇の火蓋を切って落としたフレイザードに紅煉。
一ヶ月前にバイルとクリアの存在を刻みつけた虛孔を見てもなお挑みかかる蛮勇を見せた葬者には、相応しい仕置きをする必要がある。
ひとつひとつ地区を消してみせる示威に怯まないというのなら───それ以上の虚無を与えるのみ。
「勝てると思い上がる事すら許さん……! 戦いの場にすら立たせてやらん……!
聖杯の獲得? 生存を懸けた殺し合い? そんなものは言葉の飾りよ!
貴様らは玩具! ワシの気分を損ねたというだけで壊される、ただのオモチャに過ぎんのだ!!」
痛みを凌駕する狂が発せられる。
バイルの心に呼応し、胸部に抱えられた純白の魔本が、禍々しい光を放つ───。
■
冥界の土地は冥奥領域の加護を失った時点で物理と精神構造の強度を失い、廃墟より荒涼とした無の地平と化す。
砂漠化に飲まれ立ち寄る人がいなくなった都市に堕ちながらも、未だ名残りとでもいう建築物の残骸、土地の隆起は保たれている。
現在まで維持された東京二十三区。戦局の進展により外に弾かれた区外三十市町村。
そこに含まれない、隣接した他県に相当する場所も、立ち入る意味のない無用の地とはいえ再現はされていた。
埼玉県春日部市、首都圏外郭放水路───。
周辺の中小河川の洪水を取り込み、トンネルを通して江戸川に流す地下放水路。
調圧水槽内にある地下空間を支える柱の多さが、現代都市らしからぬ神殿の如き荘厳さを演出している。
冥界の劣化で天井が陥没し星のない暗夜に晒されてはいても、在りし日の原型は留めた空間に、漂白の青年がひとり。
「流石だね、マスター。あの壊れた兵器にこんな使い道があったなんて。
「力の解放」も無しに僕の霊基出力を上昇させ、おかげで右手の完全解放を可能になった」
バイルが契約するアーチャー、クリア・ノート。愛知らず魂を持たない世界の自滅因子。
異常な憎しみに衝き動かれる狂人が意のままに従えるには、余りに危険すぎるサーヴァント。
冥界に陣地を張る事には戦略的な意味はない。
際限なく湧き出る死霊がひっきりなしに襲い、地脈の魔力も枯れているので休息の暇もない。
サーヴァントは葬者ほど運命力の消耗を気にしないで済むが、悪影響がまるでないわけではない。領域最北端の足立区からも遥か遠く離れていては、誘う敵が通りがかるはずもない。
意味がないのだ。本来なら。戦場から30キロ以上距離のある地点に居座るのは。
ドクター・バイルがマスターで、サーヴァントがクリア・ノートでない限りは。
「なら、その憎しみに応えよう。君から溢れ出す心の力のままに滅ぼしを敢行しよう」
見る者も聴く者も存在しない場で、クリアの無手が翳される。
開かれた右の五指に光が満ちる。遠方のバイルの持つ魔本から流れる心の力が集約される。
「現れろ、全てを無に帰すセウノウスの重砲よ……」
悪意の光が力となり、形態を具現する。
■
日が傾き始めた夕暮れ前。
洛陽に染まる世界。
いまこの時をもって、聖杯戦争の最低最悪が更新される。
シン ・ クリア ・ セウノウス ・ ザレフェドーラ
『万 里 焼 滅 す 灰 塵 の 重 砲 !!!』
外郭放水路跡地に、白い巨塔が屹立した。
屋上を乗り出した砲台は、沈みゆく太陽に照準を向ける。
闇の底から発射されるは暖かな祝福の光を否定する、絶対純潔の消滅光。シン・クリアの名を冠する光輝の天神、その片割れ。
A+ランク対都市宝具。最大射程半径5000キロ。サーヴァントの制約で範囲を矮小化しようとも、その脅威に依然翳りはなし。
羽村市。福生市。数々の都市を虚構に落としてきた絶対破壊兵器だ。
「気配探知開始。ターゲットロック。標的、冥奥領域内の全葬者とサーヴァント」
冗談としか思えない宣言が告げられた。
魂と意志を懸けて優勝を競う聖杯戦争の儀式の土台を、根底から覆してしまう戯れ言。
しかしどうしようもなく事実なのだ。ラグナロク・コアの援護を授かり霊器を再臨しないまま力を完全解放したザレフェドーラはそれを可能とする。
あらゆる陣営を動かずして滅ぼす手段を、始めからこの主従は持っていた。
葬者では到達不可能の領域外からの、英霊一騎では到底凌げない連続掃射。
番外、禁忌、悪辣外道、全て聞かぬ。非難など通用せぬ。
法を敷く王は不在なのだ。罪を暴く裁定者も、罰を与える機関も冥界には顕現していない。
ただ悪逆の暴君が嘲笑うのみだ。
誰がこれを倒す。誰がこれを制する。
黒に塗り潰されず、白に剥がされない、不変不屈の勇者は果たして現れるのか。
もし現れなければ、聖杯はこの者らの手に落ちる。
永遠に鎮魂の訪れない、業苦の牢獄が完成する。
「さあ出番だザレフェドーラ。その砲身が崩壊するまで撃ち続けろ。あらゆる命を撃ち尽くせ。
僕らが求めた滅亡の光景を、今度こそ実現してみせろ」
───黄昏の恐怖劇(グランギニョル)が幕を開く。
【座標不明/一日目・午後】
【ドクター・バイル@ロックマンゼロ】
[運命力]通常
[状態]苦痛、レーヴァテインと接続
[令呪]残り三画
[装備]不明
[道具]ラグナロク・コア
[所持金]不明
[思考・状況]
基本行動方針:より多くの恐怖と絶望を。全てに絶望を!
1.滅びよ、恐怖せよ、絶望せよ!
2."神"…? ククッ、面白い……!
[備考]
ラグナロク・コアと有機的に接続す事でエネルギーを引き出し、クリアの強化に用いています。
【埼玉県・首都圏外郭放水路(冥奥領域外)/一日目・午後】
【アーチャー(クリア・ノート)@金色のガッシュ!】
[状態]疲労(小)、霊基出力上昇、ザレフェドーラ解放
[装備]
[道具]
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:滅ぼす
1.全ての葬者とサーヴァントへの無差別砲撃。滅ぼしの始まりだ
2.アーチャー(冬のルクノカ)とランサー(メリュジーヌ)は予想以上。厄介だね。
[備考]
※クリアの呪文による負傷は魔術的回復手段の他に、マスターの運命力を消費することでの回復も可能です。
投下を終了します。引き続き予約中の執筆に取りかかります
ゲリラ投下お疲れ様です!!
>冥界で人造惑星は夢を見るか
冒頭の、冥界に堕ちた風景をカメラ映像で俯瞰するパートが退廃SFの混じったホラー描写としてすごく強烈でまず引き込まれました…!
灰と塵にまみれた、彩度のない滅びと屍の景色の中に、異様に鮮やかで浮いたような「色」として嗤い踊る着物の少女。「この世ならざる景色の中でなおこの世のものと思えない」という表現がまた、コズミックホラー感と絵の中の存在としての不気味さの両方をこの上なく表していて、しのちゃんが単なるポンコツインベーダーでないことを思い知らされます…!!(双亡亭のホラー要素も好きな身としては非常に嬉しいです)
そしてそこから、アリスとダヴィンチの会話・情報共有パートにシームレスに繋がって、「はいアリスちゃん早かった」とか「毒の沼」とかネタの詰まった会話の応酬がポンポン始まってすごく楽しい。付黒パパの手回しからこうなるのとか、ダヴィンチが講釈をするように考察と情報共有を物凄い速度でぐいぐい進めてしまうのとか、アリスとメステルエクシルとの絡み方、キャラ立ちがしっかりしていて相変わらず安心感があります。
特に、メステルエクシルについての描き方超上手いな…と原作ファンとしてはいちいち唸っております(子どもの無邪気と機械の無機的な合理が絶妙に融合してる点が好きなのでこれも嬉しい、仲良くなって対戦でいきなり躊躇いなくチート使ってアリスに悲鳴を上げさせてるのコイツはそういうことする+微笑ましいで笑ってしまった)。
会話面では、「神秘・魔術・超常の存在する世界での推理」について、ハウダニット・フーダニット・ホワイダニットを用いて説明するところが素晴らしい。読みながらすごく腑に落ちて「なるほど…ものすごくなるほど!!」となってました。
そして後半、マキナを交えた会話が「造られたもの」をキーワードとした三者それぞれの掘り下げにもなってる所がまた熱い。本来の出自や向いているものの方向は違うこのキャラたちが、今ここで共に戦う理由のこの上ない開示になっている…!!
>WARNING!
原作での本の持ち主であるヴィノー(幼児)とも一部重ねられたかのような「胎の中の子ども」になぞらえて苦痛に悶え吠える老人の姿と狂気と再起動・蠢動の開始をじっとりと描く、機械の呪いと地獄に囚われたバイルのパートのえげつなさがいきなりすごい。
バイル&クリア・ノートという組み合わせ、滅びによる消滅そのものを振るう存在として、無慈悲と無軌道が酷いレベルで噛み合ってる在り様がすごくいいんですよね……「愛知らず魂を持たない世界の自滅因子」ってクリアの肩書がまた、原作ファンとしてゾクゾク来るカッコ良さ。
そしてそこからのセウノウス解放。標的:全葬者、全領域の滅びの砲撃展開。
いやいやいやいや本当に、「えっマジでやるの!?ここでいきなり!?マジで!!??」すぎて慄きました。いやそれは確かに、これほどの狂気を抑えも駆ろうともせずただ吐き出すことにためらいのないこの主なら、そして滅びそのものが人格を取ったようなこのサーヴァントなら、条件さえ整えばむろん当たり前のように即座に前振りなどなく実行に移すのが当然の帰結であろうけれども、それをこの流れの中に本当にブチ込んでくるご無体さと狂いっぷり、いっそ痛快ですらある。「いまこの時をもって、聖杯戦争の最低最悪が更新される」の謳い文句の高揚感よ……
なんだこのサブタイトル……と思ってたら本当にこの通りでしかなかった、滅びからの終結宣言。
いったいどうなってしまうんだ…!!!
更新のたびの濃度がどの組も凄く、満足感がいつも高いです。
一読者としては、無理のないペースで全然問題ないので、書いていっていただけたら幸いです。
次回も楽しみにしております。
オルフェ・ラム・タオ&セイバー(アルトリア・ペンドラゴン[オルタ])、アーチャー(クリア・ノート)
予約します。
遅れましたが投下します
夏油優について知ったのは、通例となった伏黒甚爾との会談からだった。
そう頻度が高い方でない、直接顔を合わせての交流を向こうから誘われ、またぞろ競艇の金の無心かと懐にある財布を確認をしていたら、生前の知り合いの顔を見たと切り出された。
しかも殺伐とした敵対関係。少女の暗殺の請負人とその護衛の役で、相棒を一回殺して護衛対象を撃ち殺して本人も半殺しにして転がしたという最悪の役満。
その後黄泉返った相棒に自分が殺されて、それから数年分ほど成長したらしい姿を遠目にして、能力も同一である点からまず間違いないととんぼ返りしたという。
知られたら間違いなく有無を言わさず殺しにかかってくるだろうし、自分が降した時よりは強くなってるだろうから、どうあがいても面倒くさい事になるので何とかしてくれと打診されたのだ。
「こんなに助けたくなくなるお願いされたのは初めてだ……」
自業自得の厄介事なのに丸ごと投げ渡されては、すんなりと承諾できるはずもない。
まず年端もいかない少女に殺し屋を差し向け、平然と撃ち殺したと聞かされた時点でだいぶいい顔をしない。
仕事に貴賤を持ち出さないプロの筋を通したと擁護できない事もないが、自堕落に遊ぶ金欲しさでやったとなれば情状酌量の余地を持ち込むのも憚れる。
「オイそりゃねえだろ。いつもの博愛精神はどうしたよ」
そしてこの態度である。何一つ悪びれてない。
自分で撒いた因縁を他人に押しつけてこの清々しさ、一周回って天晴ですらある。
今更清廉潔白さを望んではないし、むしろそうでない働きを期待しての引き込みだった。
死後の世界で過去の所業をあれこれあげつらうつもりもない。大事なのは今どう思い、どうするのかという未来の答え。
その上で、現在進行系でこれなのだから始末に終えないのであった。
「とてもじゃないが、助力を頼む態度には見えないね」
「そりゃ大して期待してねえからな。断られたらうちの相棒でも差し向けて、その隙に後ろからバッサリいくだけだ。
昔ボコったガキに殺されるのは、流石に御免被りてえ。精神衛生上に悪い」
「死んでも健康を気にする生活習慣してましたか?」
「体の丈夫さが取り柄なものでして」
小粋なジョークを挟んで話し込みながら、いよいよもって手切れの時なんじゃないかと、顔には出しつつ言葉は飲み込む。
本人が言うように、黙っていたらこのまま殺しに向かってしまうだろう。それだけ関わり合いになりたくない相手という事だ。殺し合いしか接点が無ければそれも当然。
自身が定めたスタンスとして、暗殺計画を暴露されてみすみす見過ごすわけにはいかないし、この難物な男と組むと決めた以上は、やれる範囲で制御しておきたい。
厄介だが、これも選択と責任の話だ。
「はあ……じゃあ、何とかしてみますので、その人について知ってる事を教えてほしい。
それを踏まえて、交渉の申し入れをするつもり。手紙でも送って」
「は? なんで?」
「なんでもなにも、今の話を聞いたらどう考えてもあっちが正義側でしょ。だったら多少なりともこっちの提案に耳を傾ける余地はあるんじゃないかな。
呪いから人を守る組織なんでしょ、その高専っていうのは」
「俺の報告耳から抜けてんのか? 奴さんは完全に乗り気だったぜ。
第一んな金看板かけた奴らすら忘れてるぜ。扉を開ければクズとカスの万博パビリオンだ」
普段何事にも気怠げにへらへらと流していた男の口からは、偽りのない本気の感情がこもっていた。
侮蔑と、嘲弄。吐き出さず腹に溜め込んで腐っていき、袋から滲んで出てきた汚濁のような。
こんなクズの見本市のような男でも唾棄したくなるほどに、治安の悪い組織というわけか。
時に組織は人体の血流に喩えられる。流れに滞りが出来た場所は次第に膿んでいき、やがて本体にも影響を及ぼし、末期には末端から切り落とされる。
構成員が大人ばかりのキヴォトスの外でなら、血栓の数はなお多くなる。そういう毒を含んだ文句だ。
ともあれ、まずは出方を見ないことには始まらない。まず一筆したためて交渉を打診する方向で決定した。
怪しまれない程度の身分と目的の公開と、追記に因縁ある人物がいるので引き合わせたい旨を添えた封を渡し、対応を窺う。
メッセンジャーにはザ・ヒーローが召喚する仲魔に頼む。途中甚爾から『使い魔や式神だと向こうの術式で手駒にされるぞ』と忠告されたので、一筋縄ではいかない高レベル帯から選別する。
『ではLIGHTの中から出します。邪神や魔王だとそのまま戦闘に発展しかねないので』と生徒の判断の元送り出した鬼神が、了承の返事を貰ったと判を見せて帰って来たので、指定した場所で落ち合う段取りになったのだった。
■
「なんだお前、高専辞めたのか」
早速に会談を台無しにする暴言が、振り下ろす直刀の勢いでぶちまけられた。
「しかも呪詛師堕ちしてんじゃねえの。残穢の割に人間の血の匂いが濃すぎるぜ。
なんだよ宗旨変えか? そんなに俺に負けたのが堪えたのか。それともあのガキの方か?」
自分で頼んでおいて、どうしてこう煽りしか口にしないのか。実は単に暴れる口実が欲しかっただけじゃないのか。
「……塵の声を聞く義理は微塵もないが……お隣に誤解されてしまってはこちらの名誉にも関わるので答えておこう。
私の選択にお前とは別次元で無関係だ。当然、あの子も関係ない。
これは私の覚悟だ。私の意思で選び、背負った責任と選択だよ」
凄い。人の青筋が立つ音を初めて聞いた。繁華街を行き交う人で足音が絶えない中で、はっきりと。
今すぐ手が出ても文句の言えない中で、殺意を隠しもしないものの態度のみに留めてるのは、本人の言う責任故か。
出会ったばかりだが、少し親近感が湧く。夏油優とのファーストコンタクトの印象は、そのようなものだった。
「は、そういう理由ね。クソ真面目な野郎だとは思ってたが、変な向きにへし折れたタイプか」
……どうやら本音を引き出す為のかまかけだったらしい。こういうところで抜け目ないのは流石の狡猾さだ。
「それで誰に殺られた? やっぱあの六眼のガキか? まさかと思うがあいつまで呪詛師堕ちしてないよな? もしそうならいよいよあの家も界隈ごとお終いだな。
うわやべえ、想像したら笑えてきた。そこだけでも教えてくんねえ?」
「なんだ、殺られたのが堪えてるのはそっちだろう。悟は今も変わらず呪術師さ。お前などあいつにとって何の価値も見てはいない。ただの砥石だ」
「……口悪く育ったな。また半殺しにすれば元に矯正されるか?」
「できるものならやってみろ。今度は倍にして返すぞ。自分が死んでからどれだけ経ったか、その猿脳以下の頭でなく身体で知るといい」
売り言葉に買い言葉で瞬く間に臨戦の体勢に移る両者。
傍観していれば間違いなく殺し合いに発展するのを察して身を間に割り込ませる。
「重ね重ねすみません。連れてきた側が言うのもなんですがぜんぜん黙ってくれないので、軽く聞き流していただけると助かります」
「……いえ、構いませんよ。こちらも少々大人気なかった。
ところで要件って塵掃除でしたっけ? でしたら喜んでお手伝いしましょう。清掃はエチケットですからね」
先に夏油の方が矛を収めてくれる。
ポーズではなかったろうが、「とりあえずお前黙っとけ」の意見の一致が、急速に互いに奇妙な連帯感を生んでいた。
まさかここまで織り込んだ上での煽りだったのかと甚爾を見直しかけたが、それはないなと客観的に妄想を却下する。
予定調和で殺し合うか、奇跡叶って共闘が成るのか。
多分どっちに転んでもいいから、言いたいことだけ先に言っといただけだ。
双方から顰蹙を受けた甚爾は堪えた風もなく一歩足を後ろに下げて輪から抜け「後は勝手にやってろ」のジェスチャーを取る。
いつ暴発してもおかしくない剣呑な雰囲気であるが、期せずして場が温まったところで本題を切り出す。
「じゃあ、改めて。招集に応じてきてくれたからには、話だけでも聞いてくれる気だと解釈していいですか? 彼は関係なくて」
「ええ、あれは関係なく。実に興味を惹かれる提案でしたよ。取り込むにせよ落とすにせよ、会ってからでも遅くはないと判断しましたので」
どうにも初手から反応は芳しくないらしい。
こちらの勢力の排除ありきでの接触だったと知り、早々に離脱のカードに指が触れかける。
「そして残念な事に、私の期待は早くも崩れてしまっている。
あれだけ高位の呪霊……いや鬼神とでもいうべきか。不動明王じみた像を遣いに寄越したものだからよもやと応じてみましたが……やはりサーヴァントの能力のようだ。
手持ちにするには骨が折れそうだ」
自分の術式……無数の霊を手駒にできる能力を知られてる前提で話す。甚爾から詳細は聞かされてると踏んだのだろう。
「あれ1体というわけではないのでしょう? 手勢を率いる者同士での戦闘……短期決戦では終わりそうもない。
周囲の猿擬きを巻き込むのは悪目立ちするし、傍に呪力の波に気配が掻き消される猿以下がいたら、いつ背中から刺しに来るかわかったものじゃない。
大した戦略だ。出会った時点で私の手を封殺している。非術師とはとても思えないよ。
───だからこそ解せない。そこまで出来るのに、どうしてそれ以上を求めないのか」
何故、勝ちを目指さないのか。
何故、蘇生を目指さないのか。
力ある者が融和を説き回り弱者に施す利がどこにある。
疑問と苛立ちを、飾りを捨てた口調で夏油が火を切った。
「我慢は別にしてないよ。というか、割とエゴまみれかもだ。
あくまで私にとっては最善で最上というだけ。死人の事情で生きてる人の世界を脅かすものじゃない、とね」
「だから死人は死んだままでいろと? 進めば手に入る距離にある奇跡を、生きてるというだけで劣る相手に譲る?
奇跡は誰にも渡さない……見上げた精神だが、無意味だ。意味がないんだ、そんな行為は。
それは献身ではなく、愚かしい挺身だ。助けた事実すら誰も気づかれず、無思慮に死体を踏み躙られるだけ。
猿は生涯猿のまま。進化など望むべくもない」
「……なら優れた自分は生き返るべきだって?」
「必要なのは私が元いた場所に結果をもたらす事だよ。
変革と選民。優れた少数が劣った多数に虐げられない世界。その理想さえ叶えられればそれでいい。
持参する必要があるなら遠慮なく帰らせてもらうが、元々私の生還は二の次なんだ」
願いの勘定に自分は含んでいないと、夏油は語る。
覆すのは自身の死ではなく、より大きなものであると。
「死者が生者の足引きをするなど許されない、同感だね。呪霊についてはアレからもう聞いているかな?
呪霊……呪いは、人の負の想念が堆積して生み出される。過去に死んだ人間の分も引き継いで現代まで続いて蝕む、いわば死者の残留思念だ。
つまりは過去の誰かのツケに利息を足して支払わされているのが我々呪術師なわけだが……実を言うと私の願いも貴方のそれと結びつくんだ」
「というと?」
「呪術師は呪霊を生み出さない。自身の体内でコントロールできているからね。呪いを撒き散らすのは呪力を制御する素質のない非術師だ。
守るべしと定められてる非術師が敵を生産し続ける……このような構造の欠陥を見過ごしていいいはすがない。改革が必要なんだ」
「……それじゃあ、あなたの願いっていうのは」
「非術師の皆殺し。呪いの無い世界で呪術師の楽園を築く」
まったく予想外の返答だったとは、いわない。
情報源である甚爾の証言でのプロファイルと、この地で甚爾が目撃した彼の行動は、その時点で大きな隔たりがあった。
明らかに戦う術のない一般時の葬者を、実験のモルモットのように冥界に捨て置き死霊に変わる様を観察する、別人を疑う行動。
甚爾と夏油、不倶戴天の仲であっても共通して吐露した、呪術師というシステムの根源的な歪み。
半生を共にした信念を捨て去り、真逆の道を進む覚悟を決めるだけの出来事が、きっとあったのだ。
理性的に見えて内面は激情家……性格の分析の方は見事に一致していた。
「ここの奇跡、そんなに信用していいものだと思う? 思いもよらない負債を、生きている人に背負わせられるかもしれないんですよ?」
「悪魔の証明には惑わされないよ。汚れた呪体、危険物であるとしてもむしろ都合がいい。呪いの扱いは我々が専門だ。なおさら他人の手には渡せない。
願望器の謳いが詐称で単なる力の塊だとしても、それはそれで使い道がある。
確実に一個、聖杯の機能ははっきりしている点があるのですから
「……英霊召喚」
「ご名答。本当に貴方が非術師でないのが惜しまれるよ」
サーヴァントの顕現と維持。どれほど願望器の機能が疑わしくとも既に証明されている性能。
それだけでも夏油にとっては値千金なのだろう。能力の相性が非常にいいと、俄知識でも理解した。
排除対象でありながら戦力の土壌である非術師に依らずに駒を無限に量産できてしまう。万軍を手にしたようなもので、彼にしては願ったり叶ったりだ。
極悪に噛み合ってしまっている。止める枷が要らなくなってしまうぐらいに。
果たして思っていた以上に夏油優は危険人物なわけだったが、かといって付け入る隙がないわけでもない。
優勝狙いとはいえ、そこには明確な目的意識があってこそ。無秩序な快楽殺人者や自堕落な落伍者ではない。
手段の代替を提示さえすれば、手を引く余地は残っているのだろうか。
「……目的が叶うのなら自分はどうなっても構わないといったけど。
それならそんな物騒な話より、もっと建設的な方向に寄せることはできないかな?
それにこれだけ多数の英霊が居並ぶ舞台だ。無能力者を有能力者に変える芸当の持ち主が残っている可能性は……諦めるほど少なくないと思うよ」
皆殺しだ駆除だと血生臭くするばかりが覚悟じゃない。願望器の権利を獲得したにせよ、願いの内容はもっとクリーンであるべきだ。
損害と利益の秤が均等なら凶行が許されるわけじゃないが、逆に釣り合っているとも思えない。
人類を呪いを生まない体質にする、呪いそのものを消し去る……素人考えでも湧くこの案を、この人が思いつかないとは思えない。
「ひとつ言っておこう。私は猿が嫌いだ。嫌いだという側の自分を肯定した」
そう。正しい道を選べるだけが、人ではない。
子供も大人も、背負った過去で道を決めてしまう。そうする事でしか自分を肯定できないから。
「もう私は選択を終えている。この夢に多くの同士を引き連れ、同胞である術師にも死を築いた。今更他に良い手段が見つかったから止めにすると、安々放りだしていいほど軽い理想ではない。
私は非術師である貴方を殺す。そこの猿以下も殺す。たとえ貴方が私の友人や家族であってもやはり殺す。全ての葬者を冥界の塵に変え聖杯を手にし、非術師を皆殺しにする。
弾く例外はあってはならない。私は、決して妥協しない。この大義を果たすまでは」
夏油優は理想主義で、潔癖な正義感がある。
もっと穏当な手段があったのは承知の上で、心の底から笑えない、息苦しい世界を壊すべきと感じた。
過去の大事だったかもしれないものまで捨て去った。あるいは、大事なものを喪ったからこそ躊躇が薄くなったのか。
選択と責任の放棄を許さず、徹心する姿勢。
正直に言えば好感を、共感を得ていただけに反動もひとしおだ。
ああ、自分とてそれを思わなかった事が一度もないわけじゃない。
ゲマトリアを、デカグラマトンを、色彩を。愛する生徒たちに危害を及ぼす存在を、自分ひとりで何もかも解決できたのならどれだけよかったか。
そういうご都合主義をずっと望んでいる。大概子供心を捨てきれていないのだ。
高専なる組織は甚爾からの又聞き───それも相応にバイアスのかかってる───でしか知らないが。
力ある者が生徒になり、その存在も秘匿された少数であるのなら、本来の彼は「先生」になるはずだったのではないだろうか。
子供たちを守り、育て、見届ける、そんな先生に。
「不思議なものだ。ここまで私の腹を晒す気はなかった。非術師相手には八方面して体よく使って搾り取るのが手間がかからないと弁えていたのに、こうも無駄話をしてしまうなんて」
「無駄ではないよ。こうして貴方と話ができた、それはとても大きな成果だと思う。何よりそこの人と会うなり殺し合うなんて場面は回避できたわけだしね」
「はっ───確かに」
お互いの主張をいい終え、会談も締めくくる空気に自然と動く。
一度会っただけで丸く収まるとははじめから思っちゃいない。子供でも大人でも交渉の基本は粘り強さだ。
別れた先で死に、次に会う時は殺し合うしかない切迫の中でもそう手順は省略されない。
多少似た価値観や共感があったところで、それだけで寄り添うのも、理解者の顔をするのにも、無理がある。
「……やはり、解せないな。結局牽制にサーヴァントを実体化させもせずにいる。警護を後ろに控えさせて、丸腰で銃で武装の強盗と向かい合うようなものだ。
戦う力を持たない分際で、何故そうも体を張る?」
「何故、か。色んな人からそう聞かれるけど、私の答えはいつも変わらないよ。
子供を守り、先生として生徒を守る。大人の責任、先生の義務を果たすためだ」
「そうか。先生───ね」
答えを聞いた夏油の目が、その時僅かに、頭上の空へと泳いだような気がした。
■
そうして、幾つかの言葉を置いて夏油は雑踏の中に消えていった。
結果をいえば交渉は決裂。戦闘も消耗も起こさず見逃された点を加味すればプラスマイナスゼロか。
聖杯獲得陣営と接触して融和について会議した事実は、後々こちらの信用担保に使えるカードにもなる。人と人の出会いにはやはり無駄とはないのだ。
「ぁあ、終わったか? まったくハナからケツまで退屈な話だったな」
「本当に何も言わなかったね君」
「これでも協力してたぜ? 笑い噛み殺して必死によ。ここで吹き出したら流石に挽回不可能だろ」
溜め込んだ欠伸を大いにかく甚爾。一応配慮はしてくれたらしい。本当に最低限に。
「まあ、これでもう出会い頭に襲われる心配はないでよ。そっちから煽る真似はしないでよ?」
「さあ、どうだか。あれの術式からしてどっかで「不運にも」巻き込まれた形で仕掛けられてもおかしくねえよ。
向こうもサーヴァントを実体化しなかったからな。情報渋ったのはお互い様ってわけだ」
思えば、マスターが三人揃い踏みながらも一人としてサーヴァントを公開しなかったわけだ。交渉の内容といい、我ながらつくづく奇妙な会合だったと思う。
「───おっと、天童アリスからだ。早速当たったのかね。もっと別のところで運は使って欲しかったんだがな。
どうする、報酬でお前さんのこと教えとくか?」
「……いや、会いもしないうちに他人から言われたんじゃ無駄に動揺させちゃう。今回は後回しでいいや」
お使いクエストを完了したらしいアリスの電話を受ける甚爾。
変なことを吹き込まないか耳を傾けつつも、思考では生徒に念話で話す。
(どうだった?)
(僕からは何も。秩序の名の下の虐殺。混沌を笠に着る殺戮。どちらも見飽きた思想だ。僕が語る言葉はない。
諍いを起こすのであれば貴方のサーヴァントであり生徒として───双方共にただの障害物として鎮めるだけだ)
淡々と手厳しい意見をくれる。彼に色彩をくれる眼鏡には叶わなかったようだ。
(でも彼がくれた情報には意味がある。幽霊屋敷に殴り込みをかけた狐の仮面の鬼……禍々しい予感がします)
(あの子に憑いてるっていうサーヴァントかな。あの時保護してたらと思うけど……それはそれでかち合っちゃうか)
悪魔退治のプロフェッショナルの金言だ。疑う余地はない。
しかしだとすればコンプレックスを抱いてる子供に充てがう相棒には、あまりに悪辣すぎるチョイスだ。聖杯への信頼度がまたひとつ下がった。
生徒以外にも保護すべき子供は少なからず冥界にいる。散発的に行脚をしてきたけど、ここらで一処にまとめる算段も必要かもしれない。
次の会談、次の交渉、巡る廻戦を想定して、甚爾の報告を待つことにした。
【豊島区/一日目・午後】
【先生@ブルーアーカイブ】
[運命力]通常
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]大人のカード、黒焦げの大人のカード
[道具]
[所持金]潤沢だったが、甚爾にたかられているので金欠気味。
[思考・状況]
基本行動方針:『先生』。奇跡は誰にも渡さない。
1.聖杯戦争参加者の願いに対して、妥協点を作る。その為に参加者同士、仲介をする。
2.あの子(スグリ)どうしようかなあ。それに生徒達と合流は……悩ましい。
[備考]
※3月中、伏黒甚爾と競艇に行ってます。詳細はお任せします。
※夏油から『狐の面を被った鬼(白面の者)』についての情報を聞きました。先生はスグリのサーヴァントだと当たりをつけています。
【■イ■ァー(ザ・ヒーロー)@真・女神転生】
[状態]健康
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:『先生』の『生徒』。
1.可能性が溢れたこの世界でさえも。きっと滅ぶのだろう。あの東京のように。
[備考]
【伏黒甚爾@呪術廻戦】
[運命力]通常
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]拳銃
[道具]複数保有(詳細不明)
[所持金]先生にたかっているので、潤沢
[思考・状況]
基本行動方針:当分は臨機応変にやっていく
1.アリスの報告を聞く。報酬の情報はどうすっかね。
2.とりあえず、仲介役である先生と楽にやっていく。クソガキ(スグリ)は知らん。
3.ランサーは置いてきた、これからの話し合いに使えねえからな。勝手に殺し合っててくれや。
[備考]
※宇沢レイサ、プラナ、天童アリスの主従を捕捉しています。
※3月中、先生と競艇に行ってます。詳細はお任せします。
【夏油傑@呪術廻戦】
[運命力]通常
[状態]健康
[令呪]残り3画
[装備]淀んだ穢れの残滓、呪霊(3桁規模、シャドウサーヴァント含む)
[道具]
[所持金]潤沢
[思考・状況]
基本行動方針:見込みがある人物は引き入れる、非術師は優先して駆除。
1.先生に興味は湧くが非術師だ。ならばいずれ殺す。猿以下の塵芥(甚爾)は死ね。
2.双亡亭を監視。攻略の準備をする。それにしても、寶月夜宵……素晴らしいね。
[備考]
※寶月夜宵を『西の商人』で気づかれない範囲から監視しています。
※双亡亭を『崖の村の少年』『成れ果ての衛兵』で監視しています
【キャスター(リリィ)@ENDER LILIES】
[状態]健康
[装備]猛る穢れの残滓、古き魂の残滓
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:夏油に寄り添う。
1.『戦いにならなくてひとまず安堵』
[備考]
投下を終了します。
本日までには次スレの用意をいたします
投下します
▼
「起きろマスター!」
「っ……一体何、ぐおっ―――!?」
張り上げられたセイバーの声に、浅い微睡みにあったオルフェの意識が浮上する。
だが完全に覚醒するよりも早く、その身体が強引に引っ張り上げられる。
その力任せな所業により全身に苦痛が奔るが、苦言を呈するよりも早く、セイバーはオルフェを抱えて拠点の窓から外へと跳び出した。
――――直後。
「なっ………!!」
一瞬前まで寝ていた拠点が、白い光によって跡形もなく“消滅”した。
破壊ではなく消滅。
光が通り抜けた箇所だけを消し去るように、一切の破壊の痕跡――瓦礫の一つも残さず抉り取られたのだ。
「分かりきったことを聞く。何事だ」
地に着地した反動で生じた苦痛を無視しながら、オルフェはあえてセイバーへと問い掛ける。
「襲撃だ。ただし―――超遠距離から、“冥奧全域に対して”のな」
「な」
問いを受けたセイバーはオルフェを下ろすどころか抱え直し、即座に無事なビルの内、最も高いビル――東京都庁舎の屋上へと駆け上る。
それは突然に異常事態に騒ぎ始める民衆(NPC)を避けるけ、オルフェに現状を把握させるための行動だ。
「付け加えるならば、この襲撃は“まだ終わっていない”」
屋上へと躍り出るや否や、セイバーはオルフェを投げ落とし即座に武装を実体化させ、剣の切っ先である場所を指し示す。
「あそこだ」
「――――――」
雑に投げ出されたオルフェは問題なく受け身を取り即座に立ち上がるが、その指し示された場所を見て絶句する。
東京23区の北方東寄りにある足立区の“その遥か向こう側から”、先ほど拠点を消し飛ばした白光が、今まさに、それも数十発も連続して放たれていたからだ。
しかもその狙いは、乱雑に見えてあまりにも精確。放たれた白光の内の一つは、まっすぐにこちらへと向かっている。
それがまた、この砲撃の異常さを表している。
なぜならそれは、視認も叶わぬ遥か彼方からでさえ、敵がこちらを精確に補足しているという事に他ならないからだ。
しかもセイバーの現が正しければ、これは冥奧全域に対して……砲光の数が数十を超えることを加味すれば、全ての参加者を狙ってのものだろう。
「これほどの規模の攻撃。サーヴァントの宝具で間違いないだろう。
クラスは十中八九アーチャーだろうが、断定を避けるならランチャーとでも呼ぶか」
「……ばかな」
セイバーは冷静に推測を立てるが、オルフェは自らの想定を優に超える状況に、呆然と呟く。
このような攻撃が、本当に、結局は個人に過ぎぬ筈のサーヴァントに可能だというのか、と。
だがそう呆けている間にも、遥か彼方から放たれた十数を超える白光の砲撃が、滅びの雨となって23区(冥奧領域)へと降り注ぐ。
このまま何もしなければ自分たちも、拠点と同じように一撃で消し飛ばされるだろう。
しかし、その結末だけはあり得ない。
何故なら。
「卑王、鉄槌(ヴォーティガーン)――!」
今まさに自分たちを滅ぼさんと迫る白光を、セイバーの聖剣から放たれた黒光が塗り潰す。
―――迎撃は可能。
相応の魔力が込められた一撃であれば、この白光は防げるという事実が開示される。おそらく防御も同様に可能だろう。
つまり敵の宝具は、一発程度ではセイバーを――彼女に守護されたオルフェを傷つけることは敵わない、ということだ。
だが。
「二発目!?」
この敵の攻撃は、参加者一組に対し一発で放たれたものではない。マスターとサーヴァントどちらも含めた、“一人に対し一発”で放たれたものだ。
一発目に隠れていた二発目が、一発目を相殺し隙を晒すセイバーへと牙を向く、がしかし。
「風よ……吼え上がれ――!」
そんな隙など無いと、セイバーは二発目の白光を当然の様に迎撃する。
確かにこの滅びの砲光は凶悪だ。
拠点の消され方からも、ただの一発でさえ恐ろしい威力を有している事が理解できる。
だがそれほどの一撃であっても、この王を害することは敵わない。
加えてこれほどの大規模攻撃、魔力の消費は尋常なものである筈がない。
このまま耐え凌げば、そう遠くなく敵は魔力切れで沈黙するだろう。
……このまま、耐え凌げるのであれば。
「ッ、――――」
遥か遠方。第二射と同じ地点から、またも数十を超える白光が放たれる。
あまりにも短い間隔で放たれた第三射。
あり得ない、という感情がオルフェの焦燥感を湧き立たせる。
敵は一体、どれほどの魔力を有しているというのか。
放たれた砲撃の規模に対し、あまりにも再装填(リチャージ)が早すぎる。
このままの状況が続くのならば、自分たちであれば問題はない。だが他の参加者が耐えきれまい。
そして耐えきれず消し飛ばされた参加者の分だけ、余った砲撃が別の参加者……つまりは自分たちを狙って放たれるだろう。
「…………ッ!!」
この砲撃は、あと何度繰り返される?
二発目までは問題なかった。
三発目も防げるだろう。
だが四発、五発と増えていけば、さすがのセイバーといえども――――
「――マスター」
「っ! ……なんだ」
己がサーヴァントの呼びかけに、オルフェは焦燥から我に返る。
迫りくる砲光を当然の如く迎撃するセイバーには、僅かにも焦る様子は見られない。
そしてその視線はまっすぐに砲光の射出地点を見据え、
「指示を出せ」
このまま耐え凌ぐのか、それとも別の手を打つのか決めろと、そう短い言葉で告げた。
「――――――」
その一言で、焦燥に茹だっていたオルフェの頭は冷静な状態へと切り替わった。
そうだ。私はセイバーのマスターだ。
彼の王が冷静さを保っているというのなら、その主たる私が、無様な醜態を晒すわけにはいかない。
冷静になったオルフェの思考は、瞬時に状況を把握し、自らが取るべき行動を導き出す。
まずこのまま耐え凌ぐという選択はあり得ない。
この砲撃がいつまで続くかなど判らない。
これを利用すれば他の葬者を振るい落とせるだろうし、あるいは他のサーヴァントがこの砲撃を終了させるかもしれない。
だが他のサーヴァントがそれを可能とする宝具(手段)を持っているとは限らないし、最悪の場合この砲撃の全てがセイバーへと向けて放たれる可能性がある。
故に取るべき選択は反撃。
だが砲主のいる場所は冥奧領域外。直接赴くことは不可能だ。
生者である自分は領域の外に耐えられないし、セイバー単騎で向かえばその瞬間に自分が砲撃に晒される。
つまり必要なのは、現在地点から遥か遠方の敵へと届かせることが可能であり、かつ迎撃に放たれるであろう砲光にも耐え得る攻撃手段だ。
そしてそれを可能とする一撃を、セイバーは有している。
即ち―――。
「セイバー、宝具を開放せよ」
彼方にて第四射が放たれる中、己がサーヴァントへとそう命ずる。
「卑王鉄槌。旭光は反転する」
受けてセイバーは、己が聖剣を大上段で構え、魔力を限界まで注ぎ込む。
収束し、加速された魔力は黒い極光となって刀身から溢れ出し、太陽のフレアの如き様相を呈する。
――その瞬間、全参加者目掛けて放たれたはずの砲光その全てが、こちらへと目掛けて軌道を変えた。
セイバーの宝具の発動を感知し狙いを変えたのだろうが、射出後の変更さえ可能にするとは、この敵の宝具は本当に規格外と言う他ない。
だがオルフェは、自らに迫りくる数十の砲光ではなく、その射出点へと意識を集中させる。
その瞳は遥か彼方の見えない敵を睨み付け、狙いを定める様に右手を突き出す。
同時にその手の甲で、刻まれた令呪が赤い輝きを放つ。
「聖杯の盟約の下、令呪を以て我がサーヴァントに命ずる」
敵サーヴァントの位置は、直線距離にしては30キロメートルを優に超える。
通常ならば、狙うことすらままならぬ遥か遠方。
だがセイバーの宝具であれば、その一撃を敵へと届かせることは可能だ。
彼女の高ランクの直感も合わせれば、狙いを外すこともないだろう。
……しかし、それでは足りない。
この敵は、今ここで、確実に倒す必要がある。
なぜなら、万が一仕損じればこの砲撃が再開される可能性があるし、何より―――
「我らが敵を、その王威を以て打ち滅ぼせ!」
王たる我らへと牙を向いた存在を、生かしておく理由などないからだ。
令呪によるブーストを受け、臨界に達した黒い極光が一層激しく荒れ狂う。
中天から大きく傾きながらも、いまだに降り注ぐ陽光さえ、黒く反転した光に排される。
その宵闇の星の如き輝きの中、セイバーの直感は狙うべき場所、倒すべき敵の位置を精確に感じ取り、
「光を呑め! 『約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガーン)』――――ッッ!!!!」
その真名と共に己が聖剣を振り抜き、極黒の閃光を解き放った――――。
◆
「――――ファイヤ」
―――滅びの光が放たれる。
あまりに巨大な台座に座す、やはり巨大な砲塔と、それらを彩る無数の砲門から、幾つも、幾度も。
砲手たるザレフェドーラが、引き金となる言葉を口にする度に。
「ファイヤ、ファイヤ、ファイヤ! ファイヤ!!」
その狙いはマスターとサーヴァントを含めた、冥奧領域内の参加者全て。
つまり放たれた消滅波は、第一射の時点で五十発前後、第二射では百に迫り、そして今、累計百を優に超える第三射が放たれていた。
「ファイヤファイヤファイヤファイヤファイヤファイヤ……!!!!」
クリア(アーチャー)の術によって生まれたザレフェドーラは、己が主と同様に生前とも言える過去の記憶を有している。
『シン・クリア』の名を持って生み出されておきながら、消し去ることが出来た魔物は盾の術の魔物1体だけ。
クリアに挑む以上奴らが相応の力を有していることはわかっていたが、その結果は名を汚されたに等しい屈辱だった。
故に、こうして得た今一度の機会に汚名を雪がんと、文字通りに心血を注いでいる――――というのに。
「お……のれ!!」
「――――――」
その戦果は、望んだそれとは程遠いもの。
主たるクリアからさえ、何の言葉も掛けられないという有り様。
クリアの気配察知とリンクすることで、大凡ではあるが、領域内の奴らの様相は把握している。
こちらの消滅波に対し、何かしらの術で迎撃・相殺する者、防ぐ者、無様に逃げ惑う者。
当然その中には、ロックオンしていた魔力の気配が早々に消えた者もいる。
それらが消滅波によって消し飛んだのか、単に完全に気配を消し隠れただけなのかは判らない。
だがそんなモノは、今残る反応を全て消し去ってから改めて精査すれば解ることでしかない。
……そう、全てだ。
クリアの命令。ザレフェドーラが望んだ結果は、ただの一人さえ残さない完全なる殲滅。
だというのに、第三射を放ち終えた現在でさえ、無駄な抵抗を続ける者が多く残っている。
その事実に、ザレフェドーラは怒りと憎悪に貌を歪め血涙を溢す。
有り得ぬ、許せぬ、断じて認めぬ!
湧き上がるその憎悪のままに大きく息を吸い、同時に供給される無尽蔵の魔力を砲へと急速充填させる。
あまりにも過剰な魔力供給に身体はとうに悲鳴を上げているが、そんな事は知ったことではない。
今欲しいのは、“滅ぼした”という結果だけだ。
「ファイア――――――!!!!!!」
故に、有らん限りの怒りを籠めて、憎悪とともに第四射を掃射した。
「「――――!」」
直後、冥奧領域内の中央付近にて、膨大な魔力が放たれたことをクリアの感覚が察知した。
その魔力の発生地点では、遥か遠方たるこの場所からでさえ視認できる黒い光が放たれていた。
「撃ち落とせ、ザレフェドーラ」
その脅威度を察したクリアが、即座に撃墜命令を下す。
ザレフェドーラはそれに従い、全参加者へと向けていた50近い消滅波を、その黒い輝きへと変更する。
………だが、それだけでは済まさない。
万が一ということもあり得るし、何より『シン・クリア』の名を汚さんとするその愚行を、ただの砲撃で許してなるものか。
「スゥ――――――…………」
ザレフェドーラは再び大きく息を吸い、“砲塔そのもの”に魔力を籠める。
同時に砲塔の後端から、消滅エネルギーの噴射が開始される。
それはザレフェドーラの奥の手。砲塔そのものを消滅弾として放つ最大火力の一撃だ。
――そうだ。ただの砲撃では許さない。
たとえ第四射の集束砲を生き延びられたとしても、この砲塔による一撃を以て冥奧領域諸共に滅ぼしてくれる。
そうすればいかな連中であろうと消え去るだろうし、それでもなお生き延びたとしても――問題はない。
何故なら砲台にも砲門は備わっているし、なんなら砲台そのものも消滅弾として撃ち出すことが可能だ。
たとえ砲塔を失ったとしても、生き残りを滅ぼすには充分過ぎる性能をこの身は有している。
故に、ここで滅びろ、愚かなる者どもよ。
限界まで吸った息と籠めた魔力に、憎悪と共に必滅の意志を籠める。
狙いは冥奧領域中央。自分を守ることで精一杯な連中に、この一撃は止められまい。
遥か彼方で、宵闇の星が一際強く光を放つ。
ザレフェドーラは号砲のように“眼前の極黒の閃光目掛けて”射出の声を発し、
「ファイ―――」
――――――されど知るがいい、滅亡の子。
冥界には法を敷く王も、罪を暴く裁定者も、罰を与える機関も存在しない?
否。
この冥奧には、<人類の脅威>に対する星の聖剣を担う、黒き暴王が存在するという事を――――。
◆
「――――――」
―――天を衝かんばかりに立ち上る黒い光を、オルフェは静かに見据える。
遥か彼方の光景でありながら、ここまで余波を届かせそうなその輝き。
着弾地点にて発揮されたであろう破壊力を容易に想像させるその暴威は、軌道間全方位戦略砲『レクイエム』による一撃を連想させる。
宝具『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』。
所有者の魔力を光に変換し、集束・加速させることで運動量を増大させ、光の断層による“究極の斬撃”を放つ対城宝具。
その概要だけは事前に知っていた。だが、実際に使用したのはこれが初めてだった。
星によって鍛え上げられた神造兵装というらしいそれは、まさに最強の聖剣の名に相応しい力を持った王威の象徴だと言えるだろう。
そう、光だ。
それ故に、相手の攻撃による相殺や障害物による減衰を除けば、その射程は無限に等しく、
発動のための振り抜きさえ完了すれば、射出から着弾までの差もゼロに等しい。
パラメータのレンジが二桁に留まっているのは、聖剣の最大射程ではなく有効射程――セイバーが狙いを定められる限界に過ぎないのだ。
時として、一個人でありながらそれ程の兵装を有しているのが、英霊の恐ろしいところだろう。
そう考えるのなら、あれほどの掃射をして見せた敵サーヴァントも、もしかしたらセイバーに匹敵する英霊だったのかもしれない。
だが遠方の残光はすでに消えた。第四射は全てがこちらを狙ったが故に聖剣の光に飲まれて消え、第五射が発射される様子もない。
驚異的な宝具を有していた彼の敵は、聖剣の一撃によって討たれたのだ――と、そう見ていいだろう。
「セイバー」
宝具の使用によって、自分たちはあまりにも目立ち過ぎた。
面倒な連中に捕まる前に、ここから早く離れようと声を掛ける。
だがセイバーは、未だに敵のいた方角を睨み付けている。
「……どうした」
湧き上がる嫌な予感を圧し殺し、そう問い掛ける。
「……この敵は、相当以上にしぶといようだ。どうやら、仕留め損ねたらしい」
しかし残念ながら、その予感は現実となったらしいとセイバーが告げる。
「手応えはあった。だが一向に倒したという気がせん。
おそらく着弾する直前に、ギリギリのところで防ぐか躱したのだろう」
「……それはつまり、再びあの砲撃が放たれるという事か?」
「いや、それはない。手応えはあったと言っただろう。少なくとも継戦不能なだけのダメージは与えたはずだ。
あの砲撃の最中にずっとあった、見られているという感覚もなくなったしな」
「……そうか」
ふう、と。
最悪の事態だけは免れたらしいことに、思わず安堵の息を溢す。
「安心しろ。敵の視線の気配は覚えた。
次にその気配を捉えれば、どの方向から見られているのか、くらいの当たりは付けられる。
また同じような遠距離砲撃を目論むのなら、今度はあの砲撃が放たれるより先に我が極光を叩き込んでくれる」
「そうか、それは頼もしいな」
「その為にも、まずは魔力補給だ。この連戦でさすがに消耗が大きい。
次に同規模の戦いが起きれば、今度は令呪だけでなく貴様の運命力も削らなければならなくなる」
「それは困る」
運命力は、言ってしまえばこの冥界における生存権だ。
それが削られるということは、その分死に近づくということに他ならない。
もし運命力が尽きてしまえば、たとえ領域内であっても死霊に成り果て、聖杯戦争からは敗退してしまう。
そうならないためにも、セイバーの魔力回復は急務だろう。
そしてその為に必要なのは十分な休息であり、それを可能とするためには新たな拠点を用意する必要がある。
「何をしている。さっさと行くぞ。
噂では近々、バーガーショップにグランド級(クラス)のメニューが実装されると聞く。
先刻は手早く買い集めたので聞き流したが、貴様の調子が戻ったのならば、その詳細を調査しなければ」
そう言ってさっさと都庁舎の屋上を後にするセイバーを、若干早足になって追いかける。
するべきことは他にもある。
生存確認のために衛宮士郎と連絡を取る必要があるし、この事で大きく変化するであろう他のマスターたちの動向も把握したい。
あの敵がまだ生きているとなれば、事と次第によっては他のマスターたちと手を組む必要さえ生じるかもしれない。
そうなった時に有利に立ち回れるよう、手を回す必要もあるだろう。
視線を下ろし、夕暮れ時に差し掛かった東京の街並みを見下ろす。
所々に見える幾つかの崩壊跡は、あの白光による消滅痕だろう。
そこに別の参加者がいたことは間違いなく、その中にはあのアサシンやそのマスターもいたのかもしれない。
「………………」
あの絶望的な状況を覆す最強の聖剣を、セイバー有している。
だというのにセイバーは、あのアサシンには決して敵わないと口にした。
その理由は、なぜなのか。
――――王の夢を見た。
この襲撃が起こる直前。
アサシンの能力による頭痛(ダメージ)から回復するために仮眠をとった際、セイバーの過去を垣間見た。
その少女は、王となるべくして生み出された。
運命に導かれたのではなく、始めからそのように人生を定められていたのだ。
その運命に殉じ、彼女は選定の剣を抜き王となった。
王となった彼女は、この上ないほど正しく国を統治した。
一寸の狂いもなく国を計る公平無私な政務。常に先陣に立って敵を駆逐し勝利を齎す武略。
その選択に間違いはなく、王はあらゆる外敵から国を守り、国内のあらゆる問題を解決していった。
民が求めたのは強き王であり、騎士が従うものは優れた統率者である。
少年の如き姿の王を不審に思う者もいたが、王として完璧であるのなら、と追及する者はいなかった。
……王が正せなかったものは、ただ一つ。
ある政策に端を発する、完璧すぎる王への不信だけだった。
そしてそれが、落陽の始まりだった。
王の統治は完璧だった。
十の年月、十二もの会戦を、王は勝利だけで終わらせた。
だがどのような戦いであれ、それが戦いであるのなら犠牲は出る。
ならば前もって犠牲を払い軍備を整え、無駄なく敵を討つべきだと王は結論したのだ。
それが非情な選択であることは彼女にもわかっていた。
だが、当時としてはそれが最善の政策だったことは間違いなく、王の選択に私情は挟めない。
王は私情を殺して決断を下し、誰よりも早く戦場を駆け、効率よく敵を殲(たお)し、犠牲となる民を最小限に抑えてみせた。
――――だが。
“アーサー王は、人の気持ちが分からない”
その私情を殺した政策の代償は、騎士たちの王への反感だった。
……おかしな話だ。
彼らが求めたのは理想の王であり、彼女は王として完璧に国を守ってみせた。
だというのに、王が完璧であればあるほど、騎士たちは王への反感を強めていったのだから。
そしてその反感は、最悪の形で王へと牙を向いた。
最後の戦い。
蛮族たちとの戦いを、王はいつものように大勝で終わらせ、ついには和睦を結ぶに至った。
だが、そうして束の間の平和を勝ち取り、遠征から帰還した王を待ち受けていたのは、玉座を簒奪した一人の騎士を筆頭とする反乱だった。
この戦いで、騎士も騎士道も、全てが華と散った。
反乱を起こした騎士は言うまでもなく、王に従った騎士も、王自身も傷つき倒れ臥した。
得たはずの平和は無為となり、後に残されたものは、荒れ果てた国の姿だけ。
それで終わり。
己が運命に従った王は、ただの一つの敗北もないままに、何もかもを失い生涯を終えた。
完璧であった筈の王の政策。
勝利のために良しとした最小限の犠牲。
定められた運命の歯車に磨り潰された、ちっぽけな砂粒。
それに端を発する“逆襲劇(ヴェンデッタ)”は、確かに果たされたのだ――――。
英霊は、自らを構成する伝承によって強大な力を得る。
だがそれ故に、時としてその伝承に縛られ、致命的な弱点を背負うことになる。
であれば、なるほど。民を犠牲にしたことで破滅した王が、犠牲にされた民衆から生まれた逆襲者に勝てないのは当然の道理なのかもしれない。
だとすればその道理は、自らの目的のために自国を滅ぼした己自身も例外ではなく―――
………だが。
だとしても。
「それでも、最後に勝つのは……聖杯を手にするのは、この私だ」
食い縛るようにそう呟いて、オルフェは今度こそ都庁舎の屋上を後にする。
コズミック・イラの民衆も、セイバーに叛逆した騎士たちも変わらない。
みんな同じだ、どうしようもない愚か者だ。
誰もが一時の感情に流されて、世界平和を台無しにしている。
……けれど。
だからこそディスティニープランを完遂し、愚かな人類を管理統制しなければならない。
そしてその為にも、聖杯を手にし、現世へと帰還しなければならない。
何故ならその管理者となる事が、オルフェ・ラム・タオが創り出された理由であり、
―――“私は選び、貴様は選ばなかった。”
それだけが、今の自分に残された、唯一の存在理由だからだ。
―――“そんなだから、オルフェ・ラム・タオ───貴様は自分の女を取られた上に負けたのだ。”
【新宿区・東京都庁舎/一日目・夕方】
【オルフェ・ラム・タオ@機動戦士ガンダムSEED FREEDOM】
[運命力]通常
[状態]釈迦及び彼の中に見たイメージに対する激しい不快感(小康状態)、ゼファー及び彼のイメージする“英雄”に対する恐れと拒絶
[令呪]残り二画
[装備]
[道具]
[所持金]潤沢
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を入手し本懐を遂げる
0.……それでも、勝つのは私だ。
1.休息および魔力回復のため、早急に新たな拠点を用意する。
2.生存確認のため、衛宮士郎と連絡を取る。
3.他のマスターたちの動向を把握する。
4.仮称ランチャー(クリア)を最大限に警戒。場合によっては、他のマスターとも手を組む。
5.衛宮士郎を利用し、小鳥遊ホシノを殺す。アサシンとの戦闘は避ける。
6.バーサーカー(釈迦)とその葬者は次に会えば必ず殺す。………………紛い物が。
[備考]
※プロスペラから『聖杯戦争の参加者に関するデータ』を渡され、それを全て記憶しました。
虚偽の情報が混ざってる可能性は低いですが、意図的に省いてある可能性はあります。
※プロスペラの出自が『モビルスーツを扱う時代』であると知りました。
また『ガンダム』の名を認識しました。
【セイバー(アルトリア・ペンドラゴン〔オルタ〕)@Fate/Grand Order】
[状態]魔力消耗(大)
[装備]『約束された勝利の剣』
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:蹂躙と勝利を。
0.グランドクラスのバーガーか……。胸が弾むな!
1.急ぎ魔力を回復させる。つまりは食事だ! ビッグなパテを用意しろ!
2.仮称ランチャー(クリア)が再び砲撃を行おうとするのなら、次は砲撃前にこちらの宝具を叩き込む。
3.次にアサシンと戦うことがあれば、必ず殺す。……マスター次第、ではあるが。
4.バーサーカー(釈迦)は面倒な相手だった。次は逃さん
[備考]
※クリアの気配感知の感覚を覚えました。次に感知されていることを察知すれば、直感と併せることで、どこから見られているかの大凡の当たりを付けられます。
◆
「――――やられたな」
眼下のすり鉢状のクレーター――首都圏外郭放水路の跡地を見ながら、クリアはそう呟いた。
その身体は、決して無傷ではない。
いや無傷どころか、致命傷と言っても差し支えないレベルの損傷を受けていた。
右腕、右肢はおろか、右半身が完全に消し飛んでおり、残った左半身も大きく焼け焦げている。
普通のサーヴァントであれば、とうに退去していてもおかしくない程の大ダメージ。
「ザレフェドーラを上回る威力の超遠距離攻撃は、さすがに想定していなかった。
力の核が完全に砕かれてる。完全な状態での発動はもう出来そうにない」
でありながら、クリアは何事もないかの様に振る舞っている。
それも当然。生前ですらほぼ全ての内臓を失っても死なず、長い期間こそ必要ではあたが、術なしで自己回復させるほどの生命力・回復力を有していたクリアだ。
サーヴァントとなった今、たとえどれ程のダメージを受けようと、霊核さえ無事ならその生存には何の支障も生じない。
加えて。
「サーヴァントの身体の利点だな。一度霊体化すれば、表面的にはだが、どんな傷も修復される」
クリアが一瞬だけ霊体化すれば、その身体は一見では完全な状態で実体化される。
それはサーヴァントが、本質的には霊体であるが故の現象だ。
サーヴァントにとって肉体とは、現世に干渉するために、霊核を魔力で覆ったものに過ぎない。
そして霊核とは、文字通りサーヴァントの核であり、これを破壊されると、どのような不死性を誇るサーヴァントでも現世に留まることができなくなる。
サーヴァントが実体化するのは、現世に干渉するためであると同時に、戦闘の際に弱点である霊核を守るためでもあるのだ。
逆に言えば、霊核さえ無事なら、たとえどれほど肉体を損傷しようと、魔力で覆い直すことで容易に修復されてしまう。
「と言っても、完全な回復には時間が必要か」
霊核は魔力消費、肉体損傷によって弱体化し、その状態で強力な魔力、呪い、宝具を受けるとサーヴァントは現界を保てなくなり、霧散する。
そして肉体が魔力で構成されている以上、実体化による肉体の再構築の際にも当然魔力を消費するのだ。
クリアはその特異性故に、肉体損傷に伴う霊核の弱体化が、他のサーヴァントよりも少ないというだけに過ぎない。
それでもあれほどの宝具を受けたのだ。砕かれてこそいないが、霊核にも大きなダメージを受けている。
その影響か、再構成した右半身の感覚は全くなく、強引に上昇させていた反動か、霊基の出力も大きく落ちている。
戦闘続行スキルは有していないため、その状態での戦闘行動はさすがに困難だ。
「それにマスターの方も……だめか、こっちも反応がない。ドローンも全部消し飛んだらしい。
霊基出力を上昇させるためにかなりの無茶をしていたし、こっちがやられたことで、何かしらの悪影響でも出たのかな?」
加えて、マスターからの反応もない。
術の発動をマスターに依存している以上、それでは術を使うことができない。
もし今の状態でサーヴァントに襲われれば、逃げの一手すら打てるかも怪しいだろう。
「……仕方ない、一度マスターのところへ戻るか」
霊核にダメージを受けた以上、領域外に長時間留まることは出来ない。
ダメージそのものは魔力さえあれば回復できるが、ここまで離れていては、マスターからの魔力供給も乏しくなる。
この場はマスターの下へと帰還し、“次”に備えるのが正解だろう。
そう、“次”だ。
ザレフェドーラの核が破壊されたということは、《力の還元》が行われるということ。
ならば霊核を回復させるための時間で霊基を再臨させ、《完全体》へと近づければいい。
「今日の出来事は教訓だな。サーヴァントを甘く見ていた自分への教訓。
そして―――」
言葉を切り、逆に感知されぬよう気配察知は行わないまま、東京の都心へと視線を向ける。
そこには先ほどの宝具を放ったサーヴァントがいる。
「―――ザレフェドーラを倒した、あの黒い極光。
……危険な力だ。確実な『滅ぼし』が必要だ」
単純な威力であれば、『ベルのバオウ』をも上回り得るあの力。
いかなクリアといえど、その力の直撃を受ければ『完全体』となる前に消滅しかねない。
円滑な『滅ぼし』の遂行のためにも、あの宝具を持つサーヴァントの力は看過できない。
「回復と再臨が終わるまでは二、三日といったところか。
どれだけ短縮できるかはマスター次第だが、それが終われば、再び『滅ぼし』を開始しよう。
それまで精々、他のサーヴァントと遊んでいるがいい、黒い極光のサーヴァント」
クリアはそう口にすると、聖杯戦争の舞台……東京に隠れ潜むマスターの下へと戻っていった。
――恐怖劇(グランギニョル)の“第一幕”は、そうして幕を下ろした。
だがそれは、所詮は一時の幕間劇。
滅びを謳う者がいる限り、時が来れば、再び幕は開かれる。
滅亡の恐怖劇(グランギニョル)。その“第二幕”の開幕まで、あと――――
【埼玉県・首都圏外郭放水路跡地(冥奥領域外)/一日目・夕方】
【アーチャー(クリア・ノート)@金色のガッシュ!】
[状態]霊核へのダメージ(大)、右半身の感覚麻痺、霊基出力低下
[装備]
[道具]
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:滅ぼす
1.マスターの下へと帰還。霊核の回復と同時に霊基を再臨させ、「完全体」へと一段階近づける。
2.回復及び再臨が終われば、“次の滅ぼし”を行う。
3. 黒い極光のサーヴァント(アルトリア〔オルタ〕)の力は危険だ。確実に滅ぼす。
4.アーチャー(冬のルクノカ)とランサー(メリュジーヌ)は予想以上。厄介だね。
[備考]
※クリアの呪文による負傷は魔術的回復手段の他に、マスターの運命力を消費することでの回復も可能です。
※『魔本という第三の霊核』『シン・クリアという力の本質』などの特異性により、肉体の損傷が致命的なダメージになり難いです。
※ザレフェドーラの力の核が破壊されました。それにより力の還元が行われ、以降完全な状態での発動は不可能になります。
[全体の備考]
※ザレフェドーラによる全参加者目掛けての砲撃は、計三度行われました。
▲
----
以上で投下を終了します。
タイトルは Black Prominence Overshoot です。
"
"
■掲示板に戻る■ ■過去ログ倉庫一覧■