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オリロワ F
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【参加者名簿】30/30
【男性】15/15
○笑止 千万(しょうし せんばん)
○黄昏 暦 (たそがれ こよみ)
○双葉 玲央(ふたば れお)
○滝脇 祥真(たきわき しょうま)
○碓水 盛明 (うすい せいめい)
○新田目 修武(あらため おさむ)
○雪見 儀一(ゆきみ ぎいち)
○宮廻 不二(みやざこ ふじ)
○壥挧 彁暃(でんく かひ)
○ハインリヒ・フォン・ハッペ
○トレイシー・J・コンウェイ
○フレデリック・ファルマン
○エイドリアン・ブランドン
○アンゴルモア・デスデモン
○神
【女性】15/15
○舛谷 珠李(ますたに しゅり)
○四苦 八苦(しく はっく)
○双葉 真央(ふたば まお)
○播岡 くるる (はりおか くるる)
○蕗田 芽映(ふきた めばえ)
○加崎 魔子(かざき まこ)
○本 汀子(ぽん ていこ)
○グレイシー・ラ・プラット
○レイチェル・ウォパット
○ノエル・ドゥ・ジュベール
○ルイーゼ・フォン・エスターライヒ
○オリヴィア・オブ・プレスコード
○アレクサンドラ・ヴォロンツォヴァ
○キム・スヒョン
○ No.013
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そこは闇だけがあった。
広いのか狭いのか、それすらも曖昧な暗闇の中、老若男女、立場も性別も育ちも異なる男女30人がひしめいていた。
彼ら彼女らは、全員が何故自分がこの場所に居るのかを理解していない。
指先一本動かせず、自由なのは己の思考だけ。そんな状況を、ある者は怒り、ある者は怯え、またある者は楽しんでいた。
〜〜〜〜♪(陽気なBGM)
やがて、状況に変化が訪れる。
無音だった空間に突如鳴り響くBGM、何事かとギャラリーが驚く中、パッと点灯されるスポットライト。
全員の視線が集中する中、光に照らされるのは一人の道化師。
「グッドモーーーーニングッ!!!皆様お目覚めでしょうか!!! ワタクシ、今回のゲームの司会を勤めさせて頂くデスノ・ゲエムと申します! 気軽にデスちゃんと御呼びくださいね!」
マイクを片手にハイテンションにがなり立てる道化師……デスノは、自己紹介の締めに大仰な仕草でお辞儀をした。
「さてさてさて、お目覚め早々に申し訳ないですがぁ、これより皆様には、殺し合いをしてもらいまーーーす!!!拒否権はありませーーん!!!!」
何事かと戸惑うギャラリーに目もくれず、デスノは早々に主旨を告げた。
恐らくこの時点では、彼が何を言っているのか理解できない者が大半だった。
悪ふざけの類いと判断したのか、真面目に話を聞いていない者すら居た。
しかし、その余裕は次の瞬間、跡形もなく吹き飛んだ。
「あ、ちなみに逆らうとこうなります。はいご注目!」
デスノが指を鳴らすと、新たにスポットライトに照らされ、一人の少女の姿が闇から晒された。
「え、あ、あの……」
突如注目を集め、困惑する少女。
年齢は中学生くらいだろうか、特別美人でも不細工でもない、没個性的な女の子。
唯一普通ではない点が、彼女の首に装着されている首輪だった。
鈍く光を反射し、見る者に言い様のない不安を抱かせる拘束具は、少女の普通さに比例して恐ろしく目立っていた。
「はいドン!!!」
BURRN!!
その首輪が爆発した。
断末魔をあげる暇もなく、名も無き少女の上半身が爆散する。
撒き散らされる腸と血、淀んだ空気に立ち込める濃厚な血の匂い。
単純明快で分かりやすい少女の死。
発言が許されていれば、きっと一瞬の内に阿鼻叫喚の渦と化していただろう。
「ワァーオ!!!汚ねぇ花火!!!迫力満点!!百万点!!!」
少女だった残骸を指差し、ゲラゲラと笑うデスノ。
その白塗りの顔には殺人への罪悪感は全く、一欠片も無かった。
「はいはいはーーい! こんな感じで皆様にも同じ首輪を装着していましてね、こう、爆発しちゃう感じですねはい!!
ですので、皆様もこうなりたくないのなら、楽しくゲームをしてくださいね!」
逆らえば殺す。そう暗ですらなく堂々と突きつけるデスノ。
彼の口元は道化らしい笑顔だったが、目は全く笑っていなかった。
「さて、この首輪はゲームの進行を妨げたり、変に抵抗したらBURRN!!なので、気を付けましょうね!! あ、勿論無理やり外そうとしても爆発しますよ!
しかもこれかなり凄くてですね、俺は不死身だー!!みたいな人も絶対殺せるんで、無理に外そうとするのはオススメしませぇん。あ、でも試したいならご自由に!!」
ニヤニヤと心底愉快げにデスノは告げる。
参加者の生殺与奪の権利は、完全に自分達の手中にあると嘲笑っているのだ。
「と、言うわけで!! 本格的にゲームのルール説明を行いまーす!!一度しか言わないのデェぇぇ!!よーーーーく聞いてくださいね!」
今度は、ギャラリー全員が真面目に話を聞いていた。
ここが日常の延長ではなく、悪意によって用意された場であると、この場の全員が理解したのだ。
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「先ほど申しました通り、このゲームは殺し合い・ザ・バトルロイヤル!! ルールはシンプル! これから送り込む島で、生存者が2人になるまで殺して殺して殺しまくるだけ!ね、簡単でしょう?
ちなみにゲーム開始から一定時間死者が出なかったり、三日立っても決着がつかなかった場合も、全員BURRN!!と首輪爆破で殺しますので、もう序盤から積極的に殺っちゃってくださいね!
誰が死んだかは放送でお知らせしますので、これも聞き逃さないように!!」
「ちなみに参加者間のやり取りに反則は無いので、ぼっちだと不安な方は誰かと手を組むのもヨシですね!!
ワタクシとしては気が合う方と組んでぶっ殺しまくるのが安定するんじゃあないでしょうかね?多分!」
「えーーと、ゲームが公平になるように、皆様の武装や所持品は取り上げてまァす!! 一方的なワンサイドゲームとか観ててツマラナイですからね、どーか御理解を!!
あ、義手・義足等必要最低限の品はそのままなのでご安心くださーーーい!! バリアフリーは完璧なのです!!」
「同じく貧弱な方でも平等にぶっ殺しプレイできるよう、ワタクシ共から全員に細やかな品を支給させて頂きます! 会場に到着しましたら、側に鞄を置いておきますので、是非確認&ご活用くださーーい!!」
「そしてそして、最も重要なルールですがァァァ!!! 優勝者には豪華な景品があります!!!
なななななななぁーーーーんと!!!優勝者の御二人には『何でも願いを叶える権利』を差し上げます!
巨万の富も!地位も!名声も!! 願いをなぁーーーんでも叶えちゃいまぁぁぁぁぁすッ!!!」
パチパチパチパチパチパチ、会場に一人分の拍手が虚しく響き渡る。
するとデスノは不満そうに周囲を見渡した。
「……んんん??なーんか反応がイマイチですねぇ、実感沸きません?何でも願いが叶うんですよ!!」
どうやらリアクションを求めているらしいが、反応しようにも参加者達に自由は無い。それを忘れているのだろうか。
「あ、あ、アアアアアアアア!!!そうか、そうか、そうですよね! ワタクシ、皆様の理解力を考慮していませんでしたー。うんうん、想像力の低い方は素直に事実を受け入れられませんよね、えぇ」
不満げな様子から一転、合点が言ったとばかりに喚くデスノ。
「ですので、ご注目!これより奇跡の実演を行いまーす!」
デスノは滑稽な仕草である一点を指差す。その先には、先ほど無惨な死を遂げた少女の死体が転がっている。
次の瞬間、奇跡が起こった。
先ほど爆死した少女が、一瞬の内に五体満足で復活したのだ。
「ーーーーえ、え、あ、お、わた、私…し、死んで…お、お゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛…」
数秒の沈黙の後、彼女は吐いた。
吐瀉物を撒き散らし、震えて縮こまるその姿は、とても演技とは思えない。
彼女は、本当に死んで甦ったようだ。
「ウワ,キタネッ……ほーらこの通り、死者の蘇生すらも我々には可能なのです!スゴいでしょう!?」
デスノは床に散った吐瀉物を見て一瞬眉を潜めたが、瞬時にテンションを切り替え、ギャラリー達に死者蘇生の事実を自慢げに告げた。
「はい、というわけで貴女は用済みです」
踞ったままの少女にデスノは無慈悲に告げた。
「ひ、ひ、……え? あぎょ」
BURRN!!
デスノが指を鳴らすと、間抜けな悲鳴を遺し、再び少女は爆死した。
「……ええーーーとっ、まぁこんな感じでルール説明は以上ですね!! 次に目覚めたら会場ですので、気を引き締めてぶっ殺しあってくださいね!!ーーーアデュ!!!」
デスノが語り終わると、その場の全員が逃れようのない暗転に襲われた。
彼ら彼女らが最後に見た光景は、悪辣な笑みを浮かべるデスノの顔であった。
「それでは、イッツショータイム!!」
【幸生 命(こうせい みこと)@見せしめの少女】死亡
進行役【デスノ・ゲエム】
【オリロワ FREEDOM 開幕】
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【この企画について】
オリジナルのキャラクターによるバトル・ロワイアル企画です。
名前だけ先に設定しましたが、それ以外のキャラ造形は自由に設定OKです。
ただし、どのような設定の参加者も、首輪が爆発したら必ず死亡します。
【キャラシテンプレート】
登場話を投下する際は、以下のテンプレを参考にキャラ設定をお願いします。
【名前】
【種族】
【性別】
【年齢】
【職業】
【特徴】
【好き】
【嫌い】
【趣味】
【詳細】
【能力】
【備考】
【ルール】
参加者は爆弾付きの首輪を装着され、殺し合いに強制参加させられています。
タイムリミットは三日間、生存者が男女一組(2人)だけになれば終了です。
一定時間死者が出なかった場合、全員の首輪が爆発して死亡します。首輪を無理に外そうとしても爆発します。
なお、優勝者2人には何でも願いを叶える権利が与えられます。
【スタート時の持ち物について】
・参加者があらかじめ所有していた武器、装備品、所持品は全て没収されています(義手など体と一体化している武器、装置は許可)
・参加者は主催側から以下のアイテムを支給されます。
・「デイパック」「地図」「コンパス」「照明器具」「筆記用具」「水と食料」「名簿」「時計」「ランダムアイテム(個数は1〜3)」
「デイパック」…支給品一式が入っているデイパック。容量を無視して収納が可能ですが、余りにも大きすぎる物体は入りません。
「地図」…大まかな地形の印刷された地図。
「コンパス」…普通のコンパス。東西南北が把握できます。
「照明器具」…懐中電灯。替えの電池は付属していません。
「筆記用具」…普通の鉛筆とノート一冊。
「水と食料」…通常の飲料と食料。量は通常の成人男性で2〜3日分です。
「名簿」…全参加者の名前が記載されている参加者名簿。
「時計」…普通の時計。時刻が解る。参加者側が指定する時刻はこの時計で確認します。
「ランダムアイテム」…何かのアイテムが入っています。内容はランダム。参加者に縁のあるアイテムが支給してもOK(ただし備考欄等で詳細を書く事)
【放送と禁止エリアについて】
頃合いを見て>>1が放送ssを投下します。
内容は死者の読み上げと禁止エリアの設定です。
禁止エリアの設定後にそのエリアに留まり続けると、首輪から警告音が鳴り、その後首輪が爆発します。
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【予約について】
『○○、○○、予約します』のように書き込んで下さい。
ゲリラ投下もアリです。
予約期限は一週間です。
【地図】
A B C D E F G H
1森森森森墓森森神森
2森湖街墓聖墓森森森
3森街街街墓街住森廃
4街街城街ショ街住草草
5図街街街病街街街草
6街街警街街街街街街
7遊街森森森草草草草
森=森林
街=市街地
住=住宅地
草=草原
湖=湖
墓=墓地
聖=大聖堂
学=学校
神=神社
ショ=ショッピングモール
廃=廃ビル群
城=城
図=図書館
病=病院
警=警察
遊=遊園地
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OP&ルール 説明は以上です。
宮廻 不二 予約します
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投下します
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宮廻不二は不老不死である。
パッと見は二十歳前後の青年にしか見えない彼は、その実、遥か太古から存在し続ける本物の不死者だ。
何時からそうだったのか、何年生きているのか。
そんな記憶もあやふやになる程の年月を、ただ生き延びてきた。
そんな永すぎる生の果てに放り込まれた殺し合いというデスゲーム。
見知らぬ場所ーーあの道化が言っていた会場の何処かだろうーーで目を覚ました宮廻は、何をする事も無く、支給品の確認もおざなりに、ただ木陰に腰掛け、ぼーっと空を見て過ごしていた。
「…………どうするかなぁ」
半時は経った頃、ポツリと溢した独り言。
宮廻は、この場でどう行動するか決めかねていた。
己の不死性は、これまで嫌になるほど体験してきた。貫かれようが斬られようが焼かれようが潰されようが砕かれようが溶かされようが、この身は瞬き程度の合間に元通りになる。
「あ、これは死んだな」という目に幾度もあってきて、尚も死ねない身としては、どうにも命を賭けた殺し合いというものに実感が湧かない。
何なら、自分以外の全員が寿命で死に絶えるまで穴熊を決め込んでも構わないのではないかとも思っている。
しかし、それはできない。
宮廻は首元を撫でる。すると、冷たい鉄の感触が指先を通じて伝わってきた。
「……これ、マジだよなぁ」
宮廻には確信があった。
理屈は解らない。ただ、永い長い人生で培ってきた感覚が告げていた。
この無機質な首輪が、己に確実な死を与えるモノという予感を。
死にたい、そう思った事も数え切れない程にある。
しかし、いざ目の前に死というゴールを用意されても、正直戸惑うだけだった。かといって積極的に他人を殺して回る程の熱は無い。
何かを成したいという情熱は、彼の中から遥か昔に枯れ果てていた。
『なななななななぁーーーーんと!!!優勝者の御二人には『何でも願いを叶える権利』を差し上げます!』
ふと、あの不愉快な道化が言っていた台詞が宮廻の脳裏を過った。
「叶えたい願い……か。あるかな、そんなの」
己の願い、願望、……果て、そんなテーマを真面目に考えたのは幾年ぶりか。
そう思考を廻らせた宮廻は、ふと思った。
産まれ、精一杯生き、親しい誰かと老い、そして死ぬ。大多数の生物が当然のように享受している自然な生き方。
もしも、己が不老不死ではなく、普通の人間として、本当に何処にでもいるような家庭で産まれていれば、果たしてどんな人生を送っていたのだろうか。
そんな疑問が。
優勝すれば、そんな”もしも”を知れるのだろうか。
「……それは、”アリ”だな」
宮廻は100年ぶりに胸の高鳴りを感じた。
しかし、それだけではまだ、彼の重い腰を上げさせるような動機には足り得ない。
宮廻は別に戦いが好きな訳ではない。かといって殺人をタブー視するような感性もない。
しかし、命を奪う、という行為は大抵疲れるし、何より割に合わない。彼は経験上、その事をよく知っているのだ。
「……よしっ!」
暫くして宮廻は、デイパックに手を突っ込むと、ランダム支給品を1つ取り出した。
それは古びた金貨だった。
感触からして本物の純金らしいが、この場では役に立たないハズレアイテム。
ピンッ、と親指で弾かれ、宙を舞う金貨。
神頼みのコイントス。
この結果に、宮廻は運命を委ねる事にした。
(表が出たらゲームには乗らない。裏が出たら……優勝でも、目指すかな)
悠久の時を生きる不死に、運命が示した道標はーーー
【名前】宮廻 不二
【種族】人間(不死者)
【性別】男性
【年齢】不明(かなり長生き)
【職業】フリーター
【特徴】無気力なオーラを漂わせた青年
【好き】未知
【嫌い】退屈、孤独
【趣味】砂粒を数える(36万6578回までカウント済み)
【詳細】
悠久の時を生きる不老不死の人間。
永く生きすぎて人生に飽きているが、悟りを開いている訳ではない。割と俗物。
【能力】
『不老不死』
不死者(イモータル)。葬る手段が無い。
全身をミンチにされても割と余裕で復活できる程度には不滅。
ただし、このロワでは首輪が爆発すると必ず死ぬ。
【備考】
コイントスの結果で殺し合いに乗るか乗らないなを決めるつもりです。
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投下終了。大体こんな感じです。よろしくお願いします
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初投下お疲れ様です。
キャラクターの不死という性質上、どうにも自他両方の生死を重く感じられない、というのがよく伝わってきました。
次の作品も楽しみにしてます。
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神
ゲリラ投下します
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判断に困るなと、男は思った。
男は殺し屋として生きてきた。社会の暗部を渡り歩き、文字通りたった一人で生きてきた。
そんな男にとって殺し合いを強制されるというのは初めての経験だったが、決して取り乱すほどの非常事態でも無かった。
「むしろ、人が生き返ったことの方が驚きだっつーの」
人が死ぬのは腐るほど見てきた。
だが人が蘇るのを見るのは、当たり前だが初めての経験だった。
そんな超常の力を持った者が、殺し合いを強制してきている。
抵抗してみたところで勝ち目はないように思える。
なら、素直に殺し合いに乗ればいいのだろうか?
「ん〜……」
仮にこの殺し合いの主催が、自分を殺し屋としてこの場に配置したのであれば話は簡単なのだ。
今まで通り、依頼として他者を殺す。ただそれだけだ。
名簿には「殺し屋としての通り名」である"神"の記載がある。
本名ではなくこちらを記載している点では、主催は自分に対して殺し屋としての役割を期待しているようにも思える。
ただ、あの「生き残りには報酬がある」という言葉を「殺しの依頼への報酬」として捉えるには、どうにも男の中で妥当性を見出せない。
「せめて、金額空白の小切手を突き出されたほうがすんなり動けるんだがな……」
もっとも、「何でも願いが叶う」の範囲で「巨万の富」とでも願えば同じことではある。
同じことではあるが、問題は男にとって「巨万の富」は、人を殺してまで手に入れたいものではないということだ。
そもそも、男は叶えたい望みなど何もないのだ。
殺し屋として危険な依頼を受け、それを可能な限り安全に熟すこと。
そして得た報酬でひっそりと過ごし、また頃合いをみて依頼を受ける。
社会の暗部を渡り歩きながら、それでも男は一定の充足と静寂を手に入れていた。
そして、その充足と静寂を男は愛していた。
人を殺すことに抵抗は無い。
だが、欲しい報酬も無いままに人を殺すほど、男は殺しに憑り付かれてはいなかった。
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「……いや、待てよ」
そこではたと、男は思い至る。
殺し屋である自分でさえこれだけ状況に困惑しているのだ。
他の参加者たちはどうなのだろうか。
思い返すのは、主催を名乗る道化が少女を見せしめにしたあの場面。
あの場で起きた惨劇に対する罵声や悲鳴に隠れて、明らかに状況を楽しみ歓迎している者たちの息遣いを、男は感じ取っていた。嘲笑、感嘆、興奮の息遣いを。
連中は確実に、殺し合いに乗るだろう。
欲望を現実にするため、あるいは純粋に殺しを楽しんで。
そんな連中と自分は、同じ空間にいるのだ。
「……とりあえず、危険人物は排除しておくか」
依頼。願望。報酬。
殺し合いに乗る動機は自分の中でも定まっていない。
とはいえ、自分の生命が脅かされているのを放置は出来ない。
殺人に抵抗が無い男は、状況を楽しむことも歓迎することもなく、純粋に自身の身の安全確保を目指す。
となれば危険人物の殺害を第一義に置くのは、男にとって当然の帰結であった。
【名前】神
【種族】人間
【性別】男性
【年齢】36歳
【職業】殺し屋
【特徴】目付きの悪さをサングラスで隠した細マッチョ。
【好き】静かな場所
【嫌い】賑やかな場所
【趣味】美術館を観覧し、買ったポストカードを喫茶店でコーヒー片手に眺めること
【詳細】
腕利きの殺し屋。本名不明。
あくまで依頼に忠実な殺人のプロであり、本人に快楽殺人鬼の素養は無い。
とはいえ、別に人殺しに罪悪感を抱けるほどの倫理観を持っているわけでもない。
【能力】
『人殺しの技術』
言葉通り、人殺しの技術を修めている。
人殺しの技術とは、人を殺し続けるための技術でもある。
素手での格闘、武器の扱いはもちろんのこと、証拠隠滅、逃走術、変装術、話術などを身に着けた、社会の暗部を渡り歩く手練れ。
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投下を終了します
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投下お疲れ様です。
どうしても1つ前の話と比較してしまうからか、この殺し屋さん妙に人間臭くてイイ
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投下お疲れ様です。
神というワードを異名に選択する発想に脱帽しました。殺し屋のプロとして矜持を持つ神はカッコいいキャラですね
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播岡 くるる
No.013
この二名で予約します
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少しルールを補足します。
登場話・キャラシ等で、未執筆の参加者との人間関係を構築したり、作中の過去の回想で登場させるとかもOKですが、その設定を反映するかは、その未執筆のキャラを最初に書いて設定した書き手に一任します。
参加者A「○○先輩までこの殺し合いに……」→実際には同姓同名の別人、特に無関係といった風です。
また未執筆の参加者が参戦前に所持していた・使用していたという設定のアイテムをランダム支給品枠で登場させた場合も、上記と同様です。
もう1つ、状態表テンプレは全参加者が出揃った時点で投下します。
登場話で重症を負っていたり、細かい説明が必要な支給品を出した際は、提示したキャラシの備考欄等を活用してください。
なおロワ開始時刻は明朝6時を想定しています。
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碓水 盛明を予約します
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投下します
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――さようなら、素晴らしき日々。
さあ、終わりの空を始めよう。
〇
ぐる、ぐる、ぐるり――。
世界はどんな時も平等に回り続けて、ボク達人間の運命もそれに従うように廻り続けている。
それは誰も止められない。
だってそれが運命だから。
それは誰も抗えない。
終わりに向かって加速するこの空に抵抗するなんて、絶対的に不可能だから。
例えば大切な人が目の前で殺されたとして。
キミはどうする?
例えば唐突に日常が終わりを告げたとして、キミはどんな道(ルート)を選択する?
例えば殺し合いに生き残ることで願いを叶えられるなら、キミはどうする?
デスノ・ゲエムはそんな質問を突き付けるみたいに、命ちゃんを。ボクの太陽を、奪い去った。
彼は道化師の姿をしながら、ボク達のささやかな幸せを略奪する。
その本質は、決して道化なんかじゃないと本能が察した。
むしろ神だ。
今、デスノはボク達の命の手網を握ってる。
どれだけ抵抗しても、逆らっても、人間の手が神に届くことはない。
そしてそれを理解した上で。
――ボクの答えはもう、決まっている。
「デスノ。ボクはキミを赦さない」
あえて、ハッキリと声に出して言う。
この殺し合いで、神の如き存在であるデスノはきっと何らかの方法で監視しているハズだ。
だから、彼に聞こえるように。太陽を奪った暴虐の神に宣戦布告をする。
彼はボクの命の手網を握っている。
でも、ゲーム進行のために集めた参加者をこの程度の宣戦布告で殺すことはないと思った。
――事実、ボクはまだこうして生きている。
デスノは一方的なワンサイドゲームを“つまらない”と言った。つまり、愉悦を求めて殺し合いを開いている可能性がある。
わざわざ集めた参加者が、宣戦布告やデスノの意思に逆らったくらいで殺すのも彼にとってはつまらないはずだ。
-
「――でも、今だけはキミの命令に従うよ」
この殺し合いは、きっと地獄になる。
というか命ちゃんをあんなふうに殺された時点でもう地獄だ。
「こんな殺し合いに巻き込まれた哀れな被害者達を救済して、命ちゃんを蘇らせる」
加速する運命に、逆らう術はない。
青空には暗雲が掛かって、ボク達の世界は終末を迎えようとしてる。
きっとデスノに叛逆しようとする参加者もいるだろうけど――人間は無力だ。
人類がどれだけ束になっても、万能たる神に勝てない。
それはボクも同じだ。
デスノのことが赦せないから、宣戦布告したけど。残念ながら、勝率は0%。
そんなことはわかってる。でも命ちゃんを弄んだアイツは、赦せない。だから最後の最後に戦う。
命ちゃんを蘇らせて、元の日常に送り届けるという願いを叶えた後――ボクは神に挑む。
そのために、今から幾つもの屍を積み上げる。
こんな地獄を生きても、デスノに逆らっても、最後は絶望が待ってるだけ。
それならボクがなるべく苦しまないように、その魂を救済しよう。
――命ちゃんは病弱なボクを手厚く看護してくれた。
“薄い生命”なんて縁起の悪い名前通り、ボクの余命はもう幾許もない。
それでも命ちゃんは優しくしてくれたし“いつか青空の下を歩けるよ”と元気付けてくれてた。
ボクはそんな彼女が大好きで。
命ちゃんだけが生きる理由だった。
だから。
――大切な人のためなら、どんなことでもしてみせる。
青空の下を歩けなくてもいい。
命ちゃんという太陽がなければ、どんな青空でも興味はないから。
命ちゃんとの素晴らしき日々は、神の愉悦という最低最悪な末路で終わりを迎えた。
それでもボクは命ちゃんを諦めない。
――そのために、他の参加者を殺す。
地獄に突き落とされた人々を、苦しまないように救済する。
幸いにもボクに与えられた武器――暗殺用ナイフは、苦しみを与えず救済することに適している。
……命ちゃんが今のボクを見たら全力で止めると思うし、彼女に止められたならボクは何もするつもりはない。
でも、命ちゃんはもうこの世に居ない。
彼女の笑顔を見るには、突き進むしかない。
だからボクは、迷わない。
さあ――大切な人を取り戻すために、終焉を齎そう。
もうボクは二度と青空を拝めない。
ぐる、ぐる、ぐるり――。
世界は回る。
運命は、廻り続ける。
終わりの空に向かって、ボクは疾走した。
【暗殺用ナイフ】
非常に切れ味が良いナイフ。所持している者の気配、存在感を一時的に希薄にすることが可能。この能力は任意的に発動出来る
【名前】碓水 盛明
【種族】人間
【性別】男
【年齢】14
【職業】中学生(不登校)
【特徴】中性的な容姿。童顔でどちらかと言えば可愛い系。病弱ゆえに華奢
【好き】ポエム、サブカル、幸生 命
【嫌い】病弱な自分、騒音
【趣味】サブカル全般、幸生 命と過ごした日々を日記に書くこと
【詳細】
病弱で余命少ない少年。運動神経が悪く、肉体的にはひ弱。特に太陽光に弱く、日中は誰かに介護されなければなかなか外を出歩けない。幸生 命はそんな彼にとっての太陽で、ゆえに求めてしまう。
【能力】
なし
【備考】
なお病弱については、そのままだと殺し合いに不向き過ぎるので運営によって多少改善されている
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投下終了です
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予約分投下します
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私は何処にも存在しない。
私は何処にもたどり着けない。
ガタンゴトン、ガタンゴトンと鳴り響き、ゆっくりと走る列車だけが今の私の存在証明。
土の味。母親の罵倒。殴られた痛み。なけなしの価格。
売春。汚い男ども。夜逃げ。裏切り。
嬲られ、穢されて、私は何処にも行けなった。
同情なんていらなかったけれど、ある事を境に毎日私に会いに行ってくれるあの娘の優しさが煩わしくて、煩くて、優しくて―――。
『"亡霊"は現世に干渉してはならない』ルールを破って、あの娘を助けてしまった。
私はあの列車の乗客で、あの娘は私の鏡写しだった。
だから、放って置けなかった。あのクソババァに一矢報えて挙げ句無期懲役に出来たんだからざまあみろだ。
心残りなんてなかったはず。どうせ怠惰に続いてきた幽霊人生だったのに。
だけど、あの娘が。あの娘の泣いている姿を見て、胸が締め付けられそうで。
"――どうせなら、もっと、あの娘と"
嗚呼、やっとわかった。
私、あの娘のことが大好きだったんだ。
でも、手遅れだった。
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☆
「わけがわからないわ」
それは、ビスクドールのような小柄な少女。
黒のゴシックロリータに身を包み、儚げな素顔からキョトンと気の抜けた表情を浮かべる金髪の少女。
播岡(はりおか)くるる。都市伝説『幽霊電車』の乗客の一人。凄惨な最後を遂げ、過去に縛られ列車に揺られ続けるはずだった幽霊。
己の鏡写しだった少女を助けるために、唯一無二のルールたる『乗客たる"亡霊"は過度な干渉をしてはならない』を破り、その代償として永遠に消えるはずだった優しき少女。
だが、消えなかった。
永遠の無の中へ揺蕩い消えるはずだった自分は、こんな場所に呼ばれた挙げ句、デスノ・ゲエムなる名前からして巫山戯てるの擬人化みたいなやつに殺し合いをしろと言われる。
はっきり言って意味不明の極みだ。此処までの理不尽、生前ですらなかったのに。
「すごくムカつく」
思わず、"あの娘"見たいな言い方をしてしまう。
後悔も心残りもあったけれど、あの最後に異論はなかった。仕方のないことだと思った。
最高でなくとも最良の終わりを、訳の分からないものに勝手に拾い上げられた、ムカつかないわけがない。
「亡霊を引っ張り上げて、殺し合いに参加させるだなんて」
悪趣味の極みだ、と心の内で吐き捨てた。
兎も角、巻き込まれたものは仕方がない。
かと言って、これからどうするかと言われるとちょっと困る。
"――困った時はお互い様だよ"
ふと、"あの娘"の声を思い出した
始めて出会った、探しものをしていた自分に声を掛け手伝ってくれた彼女。
かつての自分と鏡写しで、自分が捨て去った優しさをどんな苦難に見舞われても失わなかった。
「……人助け、ね」
人助けが趣味があの娘、どうしようもなくお人好しなあの娘。
やっぱり私は彼女のことが好きだったらしい。
こんな時に、思い返す映像が彼女の顔だなんて、ここまで彼女に毒されてしまったか
「……悪くは、ないかも」
どうせ一度失った命だ。どうせなら彼女に胸を張れる第二の人生でも送ろうか。
と言うか単純にデスノがムカつく。
ご丁寧に生前の肉体用意されてる、しかも幽霊として使える力もある。
好都合。よし決めたあいつ殴ろう、ぶん殴ろう。
その後の事は……まあ、後で考えよっか。
-
☆
会場中心のショッピングモール。私が最初に居たのはそこだ。
『幽霊列車』の窓から外見だけはよく見る景色ではあったものの、実際に中を見るのは初めて。
いろんな店があった。衣服店やらレストランやら、生前に私にとっては何もかもが新鮮だった。
まともな親がいてくれたら、私も―――。
なんて、感傷に浸りながらも。腕を動かしての"確認"作業だ。
軽く振るえば、近くにあった植木鉢がひとりでに宙に浮かぶ。
なんてことのない。幽霊としての異能。俗に騒霊(ポルターガイスト)と呼ばれる現象。
勿論、何でも動かせるというわけでは無いので、便利能力扱いされるのは癪である。
「問題、なし。……あれ?」
能力の動作は幽霊の時と何ら変わらない、と安堵した途端のこと。
視界の隅で動く人影のようなもの。
他の参加者かと、植木鉢をゆっくり着地させて追いかける。
生前よく裸足で走らされたのがここで活きる。
「……ちょっと!」
人影が入り込んだ方の角を曲がり、ついに見つける。
その背に白い翼が生えた、まるで天使のような風貌の少女。
純白という言葉が似合う、白の少女だ。
己をビスクドールと表現するなら、白の少女はさながら絵画の中の人物像だ。
神秘的と思わせるその童顔が宿す瞳は、まるで宝石のような輝きを放っていた。
「―――」
「……あなた、誰?」
まさか、殺し合いに乗っている? だなんて予想を立てる。
初対面に対して失礼だと思うが、警戒するに越したことはない。
動かせる物体は近場にはある。相手は未知数。
場合によっては一目散に逃走も視野に。
「――待って。私、あなたの敵じゃない。」
などと思考を巡らせていれば、相手から出たのは両手を上げる行為。
そして自分は敵じゃないという宣言。
「本当に?」
「――うん。私は、誰かを守るために作られた、"テンシ"だから。」
誰かを守る? 作られた? それにテンシ?
ちょっと理解に困る単語が、たどたどしい言葉と共に。
でも、少なくとも、私に対して敵対する意志はなさそう。
「……私は神様は信じないたちなんだけど」
「違う――私は。対侵食災害"アクマ"殲滅人形兵器"テンシ"、形式番号No.103。――マスターからは、ミカって名前で、呼ばれてた」
No.103。そしてミカと呼ばれていたらしいその天使の少女は。
そんな戦争の兵器のために作られたみたいな少女は。
そう告げて、ほんの少しだけ、さみしげな、悲しい表情で。
「――でも、私は。マスターを、守れな、かった―――――」
泣いていた。まるで子供みたいに。
私は、この娘を、放って置けなかった。
-
☆
みらいみらい、あるところに
報われた幽霊少女と。報われなかった機械天使。
斯くして出会うことのないはずの二人、数奇な運命に導かれてこの世界へ来てしまったと
それはまた、これからのお話――
-
【名前】播岡(はりおか)くるる
【種族】幽霊(実体化済み)
【性別】女性
【年齢】外見年齢16(実年齢28)
【職業】なし
【特徴】黒のゴシックロリータ服、黒のカチューシャ、金髪碧眼
【好き】私の心を救ってくれた"あの娘"
【嫌い】毒親、下品な男、土の味
【趣味】人間観察
【詳細】
都市伝説『幽霊列車』の乗客の一人だった幽霊少女。
その生は貧困から娘へのDVへと傾いた実母によって売春宿に売り飛ばされ、逃げようとするも仲間に裏切られて希望もなく死んだ事から、幽霊になった当初は幽霊生に対して厭世的な態度だった。
ある日、自分が見えるとある少女と出逢い、彼女を毒親から救うために幽霊列車のルールを破り過度な干渉をしてしまったがため、その少女に別れを告げる暇すら無く消え去った。
過去の出来事もあって物事を斜めに構える性格をしているが、その本質は困っている人を放っておけない善性の人。
【能力】
『騒霊(ポルターガイスト)』
一定距離にある物体を自由自在に操作することが出来る。
ただし物体の重量次第で動かせないことも
【備考】
殺し合いに巻き込まれるに当たり実体化していますので、生身の人間と同じ用に物理的法則に縛られ、傷つけられればちゃんと血が出て痛みも感じます。
【名前】No.103
【種族】テンシ
【性別】女性
【年齢】実年齢5歳
【職業】対侵食災害"アクマ"殲滅人形兵器"テンシ"
【特徴】白い長髪に白を基調としたコスチュームを着た少女。背中には天使のような白い翼
【好き】ピアノ、"マスター"
【嫌い】"アクマ"、悲しいこと
【趣味】ピアノ(マスターから教えてもらった)
【詳細】
とある並行世界、異次元より来訪し世界を侵食する災害"アクマ"を殲滅するために科学者によって製造された殲滅人形兵器"テンシ"の内の一機。
"テンシ"は基本的に無機質無感情なのだが、"マスター"と呼ばれる人物から感情やいろんなことを教わった、感情を宿す唯一無二の"テンシ"。マスターからは専ら"ミカ"という名前で呼ばれていた。
ある日、大規模な"アクマ"災害からマスターや皆を守るために他のテンシと共に出撃したが、物量線に持ち込まれて仲間は全滅、一番守りたかったマスターは自分を庇い目の前で死亡するというショッキングな出来事を目の当たりにした直後、彼女は殺し合いへと巻き込まれた。
【能力】
『兵装"ジャンヌダルク"』
No.103に搭載されている兵装。小さく折り畳まれた武装が体内に格納されており、使用時は体内から取り出し展開する。
形状はビームブレード。ビームブレードのエネルギーを打ち出す『神の御旗(ラ・ピュセル)』という遠距離攻撃手段もある。
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投下終了します
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投下お疲れ様です。
別世界の兵器と幽霊とは何とも奇妙なめぐり合わせですね。
どちらも人間に対しての好感度は低くは無いようですが、これからどうなるかが気になります。
では私も
双葉真央 予約します。
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双葉 玲央
ノエル・ドゥ・ジュベール
予約させて貰います
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ハインリヒ・フォン・ハッペ
アンゴルモア・デスデモン
予約します
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投下します
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私は、時々気になることがある。
地面から顔を出した双葉は、どうしていつも同じ大きさなのだろう。
それから大きくなって、もっとたくさん葉をつければ、大きな葉や小さな葉も出来るのに。
□
私、双葉真央は小さい方の葉だった。
大きい方の葉だったのは、双子の兄の玲央だった。
昔っから、私に比べて兄は何でもできた。
私が怠け者だったから、という訳ではない。多分。
私が100m走で女子2位だった時、お兄ちゃんは男子1位だったし、私がテストで90点を取ればお兄ちゃんは100点を取った。
絵のコンクールで銅賞を取った時、お兄ちゃんは金賞だった。
塾でもスイミングスクールでも私より早く上のコースへ行った。
ホワイトデーで私が貰ったクッキーより、バレンタインデーでお兄ちゃんが貰ったチョコの方が多かった。
どの分野でも、一つもお兄ちゃんに勝つことは出来なかった。
ただ幸いだったのは、私の家族は、お兄ちゃんの方が出来が良いからって贔屓しなかったことだ。
お父さんもお母さんも、私もお兄ちゃんも平等に愛してくれた…はずだった。
私が愚痴を零せば、真央は真央で頑張れば良いと撫でてくれた。
お兄ちゃんだって、自分が出来るからって驕ったりせず、私とも仲良くしてくれた。
友達も、銅賞だった真央が描いた絵の方が素朴で見てて楽しい、そんなことを言ってくれた。
いつだったか、私はお母さんの前で言ったことがある。
私がいなくなっても、お兄ちゃんがいるから平気だよねと。
冗談8割、本気2割くらいで。
そんな時お母さんに、冗談でもそんなこと言うんじゃありませんと言われた。
怒られたのに、何故かうれしかったな。
そして何より、私は強いお兄ちゃんが大好きだった。
よく自転車で、町はずれの丘に一緒に行った。そこから見る夕焼けは、世界一綺麗だと思った。
おにぎりをお互いに作って、交換して食べた。
妬みや僻みより、憧れの方が勝った。
私もお兄ちゃんに似合う妹になりたい。そんな風に考え始めたのは、いつからだっけ。
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お兄ちゃんとの差を実感するようになってから、何年か経った。
私は、お兄ちゃんと一緒の高校に合格した。
お兄ちゃんはサッカーの推薦で楽々入学し、私は一般の受験でギリギリ合格と言った所だが、それでも嬉しかった。
学校の先生も、友達も、そして家族も平等に祝ってくれた。
このまま、努力を重ねて、お兄ちゃんの後を追いかけて。
それさえ出来ればきっといい大学に、いい会社にだって入れるはずだ。
お兄ちゃんと一緒にいれば、私の将来は安泰のはずだ。
お兄ちゃんを追いかけて、人生の階段を昇って行く。それが私の人生。
誰かの背中しか追いかけられない人生だけど、私はこれが好きだ。
お兄ちゃんと一緒にいるのが好きで、ずっと隣にいるのが好き。
そのはずだった。
私が入学してから、1年が経った。
流石にこの頃になると、別々に時間を過ごすことが多くなった。
高校には女子サッカー部は無かったが、私は友達とバンド組み、お兄ちゃんは部活に忙しんだ。
それでも、兄妹であることに変わりは無かった。
お兄ちゃんが帰るのが、遅くなり始めた頃だ。
サッカー部の大会が近くなり、遅くまで練習がある、そうなのだろうと思っていた。
やがてその原因は、すぐに知ることになった。警察から。
お兄ちゃんは、隣町を騒がせていた通り魔事件の犯人だった。
双葉のうちの大きい方の葉は、大きくなりすぎて、地面に堕ちた。
ケガ人は14人。犠牲者は3人。
私の幼馴染で、銅賞の私の絵を褒めてくれた幼馴染のおばあちゃんだった。
それからは私の人生は暗転した。
警察や学校関係者、地元のマスコミから兄がどうしてこうなったのか、何度も聞かれた。
エリート特有のプレッシャーだとか、家族関係のこじれとか、スマホゲームとか、根も葉もないことを言う人は山ほどいた。
そんなことを知らない。私が一番知りたいのに。
お兄ちゃんが作った、私が追いかけた道は、ある人突然崩れてしまった。
これ以外の道を、私は知らないというのに。
近所でも学校でも、人殺しの妹として後ろ指をさされるようになった。
朝クラスにやって来るとクラスメイトがひそひそ話を始め、口をきいてくれる者はいなかった。
家には何件も無言電話がかかり、私のメールボックスは気持ちの悪いメールで一杯になった。
建設会社の責任者だった父親は、会社を辞めることになった。
母親は、家にやって来た知らない人に何度も頭を下げた。
それからすぐに、父が行方不明になった。
役所に聞いても、警察に聞いても、手掛かりさえつかめなかった。
その後を追うかのように、母も家から姿を消した。
決して壊れることは無いと思っていた家族は、わずか2カ月たたずに壊れた。
仕方がない。永遠にあると思っているものだって、いつかは無くなる。
それが、思ったより早かったというだけだ。
これから、別の道を探してそれを辿ればいい。
けれど。
けれど、どうしても納得できないことがある。
家族も友達も、お兄ちゃんだけじゃなく、私も大切にしてくれたと言うのなら。
どうして、兄が壊れた瞬間に、私を見捨てたんだ。
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きっと私は、理想の友達と理想の家族を持っていなかったのだろう。
いや、持ってはいた。でも、いつの間にか零れた。
だから、取り戻そう。私の理想の家族を、理想の友達を、理想のお兄ちゃんを。
全員殺して。兄のように殺して。
ここには私の兄の名前もあったが、どうでもいい。
私が求めているのは、兄ではなくお兄ちゃんなのだから。
【ライター】
コードネーム:神という殺し屋が愛用していたライター。
何でもこれで火をつけたタバコは、特別な味がするらしい。
【名前】双葉真央
【種族】人間
【性別】女性
【年齢】16
【職業】高校生
【特徴】黒髪のボブカットとカチューシャ(12歳の誕生日に兄から誕生日プレゼントに貰ったもの)が印象的な少女
【好き】お兄ちゃん、夕焼け、風景画、お兄ちゃんが好きな物全部
【嫌い】カラス、ガソリンの臭い、嘘つき
【趣味】ベースを弾く、カラオケ、対戦ゲーム
【詳細】
兄想いであること以外、どこにでもいるありふれた少女。優秀な兄と建設会社の課長をやっている父、専業主婦の母や友達と共に幸せな日々を過ごしていた。
しかし、双子の兄がある日殺人事件で逮捕されてから人生が暗転。人殺しの家族として近所から後ろ指をさされ、人生が崩壊してしまう。
お兄ちゃんへの忘れぬ憧れと、自分の人生を壊した兄への怒り、そして自分を愛していると言っておきながら捨てた両親へのやりきれない想いを胸の内に抱いている。
【所持】 ライター、その他不明支給品×2
【能力】
なし。ただし何でも出来た兄に追いつこうと運動でも勉強でも頑張っていたため、同年代の平均より上回る運動能力や頭脳は持っている。
【備考】
優勝し、理想の家族や友達を取り戻すつもりです。
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投下終了です。
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皆様投下お疲れ様です。
>>『終ノ空』
デスノの所業を赦さない心を持ちながら、自分の太陽を求めて殺し合いに乗る決意をした碓水盛明、悲哀を感じます。
見せしめの少女との関係性も非常に魅力的な設定で、とても面白いです。
彼の支給品もうまく活用すればジャイアントキリングを成し遂げられそうで、ワクワクしますね。
>>『みらいみらい、あるところに』
亡霊の掟を破り、人を助けたくるるはとても人間身がありますね。逆にNo.013は最悪のタイミングから拉致された故にどこか不安が残る印象に。
宮廻を除けば初の人外設定、世をさまよう亡霊と機械天使、この異なる世界観の二人が、これからどういう結末を迎えるのか非常に興味深いです。
>>『大きすぎた片葉』
血縁を連想させる名前から、兄妹の因縁と深い物語を展開させるとは、素晴らしいです。
片葉が堕ちても、その想いは喪われず、より複雑かつ強固に残り続けていますね。
兄の犯行が冤罪、という可能性もありますし、真央の境遇も同情に値しますが、それでも確固たる動機で殺し合いに挑む真央は罪を犯した兄との繋がりを感じました。
グレイシー・ラ・プラット 予約します
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投下します
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☆☆☆
地球は人類のゆりかごである。しかし人類はいつまでもこのゆりかごに留まってはいないだろう。
☆☆☆
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「…………………………不可解」
長い沈黙の後、白人のブロンド少女はそう呟いた。
”それ”はグレイシー・ラ・プラット、という少女の皮を被っていた。
彼女は人間ではない。
地球から遥か遠くにある惑星ドルーモからやってきた地球外生命体である。
「よりにもよってこのタイミングでのアクシデント……不愉快」
一種の不快感を感じながら、グレイシーはこの状況を分析する。
己の立場と、これからの行動を決めるために。
「……任務の続行は不可、既に破綻している」
彼女、いや”それ”らの目的は地球侵略。
手始めに地球の資源調査、及び武力偵察を目的に、比較的治安の良い日本に潜入、子供のいない善良な老夫婦を宇宙的テクノロジーで洗脳し、『留学生を受け入れた』という設定で同居に成功。
以後、地球人として生活していた。
計画開始から半年、順調に遂行されていた任務。
しかし、突如訪れたこの不可解な事象により、その目的は頓挫してしまった。
可能な限りのイレギュラーは排除し、穏便に過ごしていた筈なのに。
高度な知性を持つ彼女にとっても、この殺し合いは完全な想定外であった。
「本部とも連絡不可。緊急事態」
所持していた通信端末も没収され、他の同胞に救援を求める事もできない。
正に孤立無援。
「……屈辱」
デイパックから取り出した名簿を眺めながら、グレイシーは不満を溢した。
(現地の生物に不覚をとるとは、ドルーモの恥。このままでは同胞に顔向けできない。挽回しなくては……)
把握した限り、この殺し合いの参加個体は30体。
『神』という概念を示す単語や、どう見ても管理番号という、人名としては疑問を抱くような名もあるが、その点を加味しても多国籍的な分布で選出されたようだ。
名簿にドルーモ星人としての名ではなく、地球名が記載されているのは、彼女の本名が地球言語では発音困難故の措置だろうか。
普段なら現地の生物ごとき簡単に駆逐できるが、後方支援はおろか武装すら殆どない状態ではそうも言っていられない。
地球人は野蛮で獰猛だ。個の性能は生物として脆弱極まるが、内に秘めた闘争本能は目を見張るものがある。
彼女はそう学習していた。
(私の正体が主催者に把握されている可能性は……99.9%。相手が下等生物と言えど、武装解除までされている以上、身体検査の段階で確実に発見されているだろう)
由々しき自体だ。
宇宙開拓もろくに出来ていない下等生物に、ドルーモの調査兵が補足された上、無力化されるとは、もはや単なるミスでは済まされない。
母星に知られれば、最悪自分ごと処理される可能性も充分にある。
目的は決まった。
主催者の完全抹消、及び痕跡の根絶。
地球人に正体を悟られる事は、絶対の禁則事項。
故にこの殺し合いが起きたという事実も、完全にこの世から葬り去る。
「脱出方法を模索……現状では不可。情報、及び装備が足りていない」
忌々しいのはこの首輪だ。
所詮地球文明の産物、普段ならこんな首輪程度、片手間で処理できるだろうに。
ドルーモ星人が誇る科学技術、その叡知の結晶である科学装備は、悉く解除、及び無効化されていた。
彼女の持ち物は搭乗しているバイオスーツと、ドルーモの基準で考えれば論外と言える水準の支給品のみ。
いかに生物として優れたドルーモ星人と言えど、素手(この言い方が正しいかはともかく)で出来ること等、タカが知れている。
(当面の課題は首輪解除のための装備確保、及び好戦的な参加者の駆除か。
数が相応に減るまでは、他参加者と協力関係を構築するのも有効と判断)
支給品を確認したグレイシーは、己の使命を果たすため歩み始める。
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「一刻も早く帰還しなければ……新作ゲームが売り切れてしまう」
侵略者は割と地球被れだった。
【名前】グレイシー・ラ・プラット
【種族】エイリアン
【性別】肉体によって変化(自意識は女性寄り)
【年齢】15(地球年齢)・母星換算だと300歳ほど
【職業】高校生/侵略者
【特徴】星型のブローチを着けたブロンド少女、本体は緑色のネバネバ
【好き】SF映画、猫、漫画、アニメ鑑賞、湿度、水分、ゲーム(RPG)
【嫌い】納豆、高温
【趣味】人間観察、映画鑑賞、ゲーム
【詳細】
地球から13光年離れたドルーモ星から来たドルーモ星人。
侵略の下準備として、資源調査及び人類の武力偵察の命を受けて地球に来星した。
知能は高いが、地球生活を洗脳と記憶改竄でゴリ押し隠蔽してきたため、地球人への認識はガバガバ。
地球の娯楽自体は好きだが、人間そのものは野蛮な下等生物だと思っている。
【能力】
「宇宙人」
地球外生命体である。
本体は粘菌状の寄生生命体で、少女の体は宇宙的技術(コスモ・テクノロジー)によって作成された擬態用の培養細胞性保護外装(バイオスーツ)。
特殊な装備が無くともテレパシーやサイコキネシス等の超能力を扱えるが、地球の大気が体質と合わないため、本体が長時間空気に晒されると死んでしまう。
「培養細胞性保護外装」
グレイシー・ラ・プラットとしての肉体。
通常時の身体能力は外見相応だが、それでも人の頭程度なら素手で握り潰せる。
緊急時は物体Xのような異形の戦闘形態に変形でき、多少の損傷なら自己修復機能で再生できるが、火が弱点。
これ以外にも母星から持ち込んだ記憶操作装置や、対地球人を想定した宇宙的武装(コズミック・ウェポン)も複数所持していたが、バイオスーツに付属していなかったものは全て没収・無効化されている。
なお野良の生物にもやろうと思えば寄生できるが、衛生的にやりたがらない。
【備考】
方針としてはステルスマーダーに近く、主催者の抹殺、及び記録の破棄を主目的に行動しています。
自身の正体を知らない参加者の優先度は低いですが、記憶改竄装備が入手できない場合、全参加者の物理的抹消も検討しています。
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投下終了です
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ゲリラ投下します
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誰かが言った。
落とし穴を見つけ、それに落ちることがなければ。
人生は決して沈むことがないと。そうすれば永遠の絶頂の立場を維持できる。
「いやいやいやいやいや。」
彼、黄昏暦に限っては別にそんなことはなかったりする。
手をブンブンと全力で振りながら汗だくの男性が一人カフェで焦り出す。
彼は若い割にはちょっと成績が優秀な一般社会人の一人ではあったが、
「こんな『未来』あってたまるか……!」
暦はただの人間ではなく、
所謂未来予知ができる超能力者でもあった。
そう聞けばさぞかっこいいことではあるのだが、
残念ながらこれを彼は自発的に使うことはできない。
時折白昼夢のようにフラッシュバックしては起きるものを回避したり、
あえて受け入れることでいいことに恵まれる。そんな程度のものだ。
成績がちょっといいのは、そこを悪用、基利用した結果でもある。
これを使ってヒーローになるだとか、帝王になるだとかそんな趣味はない。
しかもこれの何が問題かと言うと、未来予知の時間帯すら把握できないのだ。
場合によっては老人時代の自分の姿すら出てくるのだから役に立つとは言えない。
「とりあえず俺、死んだわ……」
どっと疲れたように背もたれに体を預ける。
彼が焦ってる理由は単純明快。このデスゲームか生存後の未来か。
どちらかは不明ではあるが、室内で謎の液体をまき散らして倒れる自分の姿が見えた。
謎の液体と言うのは、映像がモノクロで映し出されるから血液かも分からないのだ。
この能力は所謂三人称視点であるため、自分の死体を見ていたことになる。
自分の死体を思い出すと現実感が伴って吐きそうになり、近くの洗面所へと駆け込む。
胃液の酸味を終わらせるべく、とりあえず水を飲んで洗い流しておく。
「で、まずどうする。」
大体フラッシュバックの短さで把握できたのは場所は室外。
空は見えた。太陽のようなまぶしさはあったので少なくとも朝以降。
地面石畳。そのことから『朝以降石畳の上で死ぬ』と言う未来だ。
因みにカフェのすぐ外の路上は石畳である。
「もしかし死に場所、この辺りじゃね?」
あ、これだめだ死ぬわ回避できねえわ。
この店から出て六時間以内に石畳と無縁の場所に行かないと死ぬ
そう悟った瞬間カフェから先が全て地獄に見えてしまった。
デスゲームとかどうでもいいし正直さっさと帰りたい。
殺された少女には悪いがそんなことはどうでもいいとすら思っている。
喧嘩の腕は若さに物を言わせてしまえば多少は分があるとしても、
銃に勝てるわけねえだとなるのは至極当然の話でもある。
自分の支給品にもあるかもしれないが、
同時に相手にないとも限らないのだから。
(こういうとき、頭のいい人はうまくやれんだろなぁ。)
未来予知でちょっとずるをする程度の人間ではなく、
頭のいい人は首輪解除だの脱出手段だの打破を模索するのだろう。
自分にはできそうにない、それだけははっきりと言えることだった。
所謂主人公にはなれやしない。そういう人物と言う自覚はある。
(或いは、勇気ある人はそれでも抗えるんだろうなぁ。)
未来予知の影響もあるが、暦は一歩を踏み出すことを恐怖する。
その一歩は落とし穴か? それとも大丈夫な足場なのか?
そうして成功を逃すことも少なからずあったりしたのもあり、
一時期は未来予知による成功は少しばかり嬉しくもあった。
けれどこうして考えると過ぎた力であることは分かった。
なければ危険でも焦って動き出すことはできたかもしれない。
未来を知る能力を得ながら、前へ進むことのできない一人の哀れな人間。
それが、黄昏暦と言う男だった。
あくまで暦の未来予知は可能性だ。絶対に起きると言うわけではないので、
此処に居座っても殺人鬼がエントリーして殺されました、と言う未来もある。
だとしても、動くには恐怖がある。なまじ未来を知ってしまったから。
「はぁ……どうしよう。」
少女の死に怒り戦う人もいるのだろう。
関係なしに我が道を突き進む人もいるのだろう。
そんな風に、自分らしく踏み出せる勇気があればな。
なんてことを、一人くらい天井を眺めながら思わずにはいられなかった。
大いなる力には大いなる責任を伴うとは有名な言葉だ。
では、別に大いなるものではない力の場合どうなるのか。
それは全て、彼次第である。
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【名前】黄昏 暦
【種族】人間
【性別】男性
【年齢】24
【職業】社会人(何の社会人かは後続にお任せします)
【特徴】7:3分けによる何処か陰キャに見える姿のスーツの男性
【好き】何も起きないこと
【嫌い】何か起きること。死ぬこと
【趣味】余地の内容を日記にまとめること(表紙は中二日記と書いてある)、ストレッチ(しないとぎっくり腰で酷い目に遭う未来を見たので)
【詳細】
いつからか未来予知の能力を手に入れた社会人の男性
ただし使いこなせないので基本的には近い未来の不幸が見えたり、
逆にいいことが視えたらラッキーだな程度にしている普通の青年
但し死ぬ未来を視た時は全力で回避しようとする必死になる
とは言え、それが老人とか遠すぎる未来であれば余り気にしない
見た目は陰キャに見えるが実際は社会人として成立する程度には問題ない
が、未来予知のせいで独り言が割と多いのが玉に瑕
【能力】
『未来予知』
三人視点で未来の自分と周囲を見ることができる
自発的に意識できず、時間も自分の容姿や周りの状況でしか判断できない
モノクロである為色で判断も難しい。大体三つか四つ未来予知の内容を覚えてる
可能性の一つであるため回避は可能。より不幸になる可能性も否定はできない
【備考】
屋外で死ぬ未来を予知していますが、
これがこのロワ内か、生還後の未来での出来事かも不明です
もしかしたら未来予知が制限されてるかもしれません
-
以上で「半歩譲る奴は未だ来ず」投下終了です
不慣れなので何か誤ってたらすみません
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皆様投下乙です。
>フォーリナー 未知トノ遭遇
異星人が出て来て、話に広がりが出てきましたね。
この先見た目だけでなく、常識・風俗において他の参加者とどのような乖離を見せてくるか気になります。
一見危険人物に見えていますが、地球のゲームを好んでいるらしいので、意外に和解の道もあるのでしょうか。
>半歩譲る奴は未だ来ず
ディ〇ボロみたいな能力持っておきながら、吉良〇影な生活を望むのか…(困惑)
非常識な能力を持っておきながら、割と常識的な性格の持ち主だし、上手く能力を使えれば良いとは思いますが、
何だかロクな目に遭わないような気がするのは気のせいでしょうか。
ここから先は企画主さんへの報告です。
ツイッターで#オリロワF で何人かの投下報告や感想を聞くことが出来ます。
これを企画主さんが知っているか知らないか分かりませんが、
私が知っている限りはフォローしていないため、こちらに報告をしておきました。
気になるのでしたらタグ検索のもと一読を。
-
投下お疲れ様です。
>>『半歩譲る奴は未だ来ず』
未来予知、強い能力の部類なイメージですが、実際に使えたらこんな感じになるんだろうなと納得しました。
暦が能力に振り回される姿は哀れにも思えますが、どこか親しみが持てますね。
可能性の一端とはいえ死の未来を見てしまった彼が、運命を変える事ができるのか今後に期待します。
>>49
Xアカウントを作成してみました。
これからはこのアカウントで質問などを受け付けようと思います。
Xをご利用の方はフォローしてくれたら嬉しいです。
ttps://twitter.com/orirowano1
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アンゴルモア・デスデモン 予約します
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>>51
33レスの人がアンゴルモア・デズデモン予約してますよ
-
>>52
やらかした……
ではアンゴルモア・デスデモンは取り消し、代わりにエイドリアン・ブランドンを予約します
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フレデリック・ファルマン、ノエル・ドゥ・ジュベール予約します。
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>>54
予約ありがとうございます。しかし、ノエル・ドゥ・ジュベールは>>32で予約されています。
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・現時点の未登場名簿
【男性】6/6
○笑止 千万(しょうし せんばん)
○滝脇 祥真(たきわき しょうま)
○新田目 修武(あらため おさむ)
○雪見 儀一(ゆきみ ぎいち)
○壥挧 彁暃(でんく かひ)
○トレイシー・J・コンウェイ
【女性】10/10
○舛谷 珠李(ますたに しゅり)
○四苦 八苦(しく はっく)
○蕗田 芽映(ふきた めばえ)
○加崎 魔子(かざき まこ)
○本 汀子(ぽん ていこ)
○レイチェル・ウォパット
○ルイーゼ・フォン・エスターライヒ
○オリヴィア・オブ・プレスコード
○アレクサンドラ・ヴォロンツォヴァ
○キム・スヒョン
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指摘ありがとうございます。
ノエル・ドゥ・ジュベールを予約から取り消し、レイチェル・ウォパットとフレデリック・ファルマンで予約します。
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アレクサンドラ・ヴォロンツォヴァ
予約します
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投下します
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世界の異常は排除せねばならない。
それが、俺の所属する異常殲滅機関の総帥のお言葉だ。
異常。
この世には俺も数年前まで知らなかったが、そういうものがあるらしい。
超能力者。都市伝説。平行世界の住人。宇宙人など様々。
そしてそれらは等しく我々が住まう世界の害であり、殲滅しなければならないそうだ。
とはいえ、これはあくまで俺が所属する組織の主張。
俺個人としては、はっきり言って別にどうでもいい。
組織の言う通り、俺が殲滅してきた存在が世界の害なのかは考えたことも無い。
明らかに人間を滅ぼしかねない異形の怪物から、都市の片隅でごく普通に暮らしてきた、たまたま超能力を授かっただけの元一般人。
そいつらを俺は等しく殺してきた。
それが俺の仕事だから。
そもそも俺は元々田舎に住む、まあごく普通と言ってもいい青年だった。
18の時に大学進学して上京したものの、悪い奴に騙されて借金地獄になる。
学費も払えず退学し、なんとかせねばと見つけたのは、闇バイトである異常殲滅機関『ノストラダムス』所属の実行部隊『アンゴルモア』の隊員業務。
そこで俺は金を稼ぎ、借金を全額返済しまっとう……かどうかと言われると多分違うけど、とりあえず借金取りに追われることがなくなった。
だから俺は借金がなくなっても恩義を感じて組織に今も居る。
組織が無ければ俺は今も借金に苦しんでいるか、自殺しているかのどっちかだっただろう。
断じてスイッチやスチームでレトロゲーに浸る日々は過ごせなかったはずだ。最近ポ〇モンカードGBクリアしたけど面白かった。
「さーて、どうやって殺そうかなー」
まあそれはそれとして、俺はこの殺し合いの主催者であるあの道化師をどうやって殺すか考えていた。
なんだよデスノ・ゲエムって。デスゲームの主催者やる為に生まれた人工生命か?
デスノが行使している力が何か分からないが、とりあえず人を生き返らせるなんてことをしている時点で、俺が所属している機関の殲滅対象である異常なのは間違いない。
一瞬、最初の場で二回殺されたあの子が立体映像かなにかという可能性も考えたが、死んでいる少女は間違いなく本物の死体だった。死体に見慣れているから分かる。
しかし見慣れているせいでデスノの言葉が嘘だとも言えなくなってしまった。
「とりあえず他の奴探すか」
結局、デスノに対処する方法が思いつかなかった俺は、他の参加者と合流することを目標にした。
なんだっけ? 三人寄れば…………なんかの知恵とかそんな感じで、とりあえず他の奴がなんとかできるかもしれないし。
でも名簿をよく見たら近々殲滅指令が下される予定の奴が参加者に紛れてんだよなー。
どーしよ。生かしておく気もないけど、力借りないと死んじゃうかな?
うーん。
「別にまだ殲滅しろとか機関に言われてないし、ケースバイケースで!!」
独断専行はよくないよね!
向こうが襲ってきたとかならともかく!
【名前】エイドリアン・ブランドン
【種族】人間
【性別】男
【年齢】22
【職業】異常殲滅機関所属の実行部隊の隊員
【特徴】常にやる気のなさそうな眼つきをしている。日本人
【好き】レトロゲー
【嫌い】スマホの容量を喰うソシャゲ。
【趣味】コンシューマーゲーム。
【詳細】
都市伝説、超能力者、宇宙人などの存在を『異常』と定義し、それらの殲滅を目的とする組織の実行部隊に所属する一隊員。
なお、エイドリアン・ブランドンは組織に入った際に与えられるコードネームである。
本名は別にあるが、少なくとも名簿には記載されていない。
元々は日本人として生まれ育ったごく普通の一般人であったが、田舎から上京してきた際に詐欺被害に遭い、借金地獄の憂き目にあう。
そこから脱出するため藁にもすがる思いで闇バイトを探すと、異常殲滅機関の実行部隊隊員募集を見つけ、即座に応募。
そこで法外な報酬を得て借金を返した彼は、組織の恩義から今日も異常と扱われる存在を殲滅している。
【能力】
銃火器、ナイフの扱い。素手での護身術を得意とする。
【備考】
異常殲滅機関が公的な機関か、闇の組織なのかは次の書き手氏にお任せします。
また、名簿の中にある名前を知っている存在についても誰を、どの程度知っているかは次の書き手氏にお任せします。
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投下終了です
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投下お疲れ様です。
>>『がんばっていきまっしょい』
異常存在専門の殺し屋、キャラの人外率の割合が高まれば大活躍できそうですね。
なんとも過激な組織に属していますが、本人の性格が極端という訳ではないので、ここから柔軟な展開ができそうな面白いキャラだと思いました。
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オリヴィア・オブ・プレスコード 予約します
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投下します
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素敵な事だと少女は思った。
両親は限り無い愛を与えてくれた。少女を慈しみ、少女が泣けば哀しみ。笑えば喜んだ。
だから、少女も両親に応えた。
元より恵まれた容姿を更に美しく。姿形に合う所作を身に付け。学問に勤しみスポーツに励み。悪いことは悪いと言い。慈善活動にも取り組んだ。
両親が喜び、褒めてくれるのは、確かに嬉しかったけれど。
少女にはひとつだけ、人とは異なるところが有った。
情はある。喜怒哀楽も有している。倫理も良識も識っているし、常日頃はそれに則って生きている。
愛してくれる両親に愛を返し、人から受けた恩には恩で報いることが出来る少女は、人の苦む姿を見て喜び、人が悲しむ姿を愉しみ、自身の行いで他者が不幸になる事に、限り無い充足を覚える人間でもあった。
この性状をいつから有していたのか、少女にも判らない。
どれだけ勉学に打ち込んでも、テストの順位が常に少女の下だった少年が、人知れず涙を流していたのを見た高二の時か。
バレエにどれだけ熱心に打ち込んでも、常に少女の風下に立ち続け、少女を超える為に練習のしすぎで脚を壊し、二度とバレエが出来なくなった娘の、人生の終わりを迎えたかの様な表情を見た中一の時か。
イジメを行っていることを嗜められ、逆上して少女に殴りかかって返り討ちにされた、クラス一の乱暴者が、負け犬の目で少女を見上げた小五の時か。
それとも、産まれ落ちた瞬間からか。母親の胎内にいるときに、この邪性を持ち合わせていたのか。
少女には判らない。判るのは自分が『外れた』人間だということだけ。
己の悪性を周囲に知られて、大切な人たちを傷つけたくなかったし、己の悪性を知られて、面倒な事になるのも嫌だった。
だから自分の悪性を押し殺してきた。そんなものに身を任せなくても、少女の人並み外れた存在は、ただそれだけで人を傷つけるモノだったから。
只々『良き人』で在り続けるだけで、名前も知らない誰かが勝手に傷ついて壊れていく。それだけで満足してきた。
時折居た、少女への加害者達は、産まれた時から持っていた特異な能力で排除出来た。証拠など残らない、排除された者達ですら、どんな方法で誰がやったか、死ぬまで分からないだろう。
これからも少女はそうやって生きていくだろうし、少女自身その事を疑っていなかった。
「素敵な事ですね」
空を見上げて、満面の笑顔でノエル・ドゥ・ジュベールは呟く。
心に枷を嵌めたまま、勝手に躓いて転ぶ者達を横目に見ながら、生涯を終えるものだと思っていた。
それが、この事態。
拉致されて殺し合いを強要されているとはいえ、優勝賞品が破格のものだ。乗らないという選択肢が存在しない程に魅力的だ。
「どんな願いも叶うのならば、私が皆殺しにして優勝しましょう。そして此処での事を忘れた上での蘇生を願いましょう」
ノエルの言葉は真正の善意と悪意で出来ていた。
成る程。どう見ても助けようが無い死体を蘇らせたデスノの能力。どんな願いでも叶うというのも嘘では無いかもしれない。
だからこそ、私が勝つ。
私利私欲、例えば金銭や不老不死の様な願いを叶える為に、勝ちに行くものが居てもおかしくは無い。
そういう者が勝ち残り、願いを叶えれば、殺された者達は死にっぱなしだ。そんな事態は、誰だって嫌だろう。
だからこそ私が勝つ。勝って、全員の記憶を消した上で甦らせる。そうすればこの事態は最初から存在しなかったのも同然だ。
このエルの決断は全くの善意である。この事態を最初から無かったこととして仕舞えば、こんな悪趣味かつ異常な事態で、心や身体に傷を負う者は存在しない。
「どうせ殺すのだもの。どうせ忘れるのだもの。なら、どう殺しても問題は無いでしょう」
決断を実行に移すノエルの行動は、真正の悪意に基づいて行われる。
欺き、騙し、利用し、心身を傷つけ苛み苦しめる。
此処で行われるのはそういうモノだ。心を身体を傷付けて、最後に殺す行いだ。
無かった事にしてしまえるのだから、幾らでも苛み苦しめ傷つけることが出来るし、好きな様に殺せる。
夢見る様な風情で、ノエルは最初の犠牲者を求めて歩き出す。
◆◆◆
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「今は優勝するしかないな。見ておきたいものもあるし」
中性的な顔立ちの少年、双葉玲央は、能面の様な無表情のまま、淡々と事実確認をするかの様に呟く。
少しは人並みの情動があるかと思えば何も無い。玲央の頭脳は感情などという無駄を生じる事など無く、今現在自分の置かれた状況を理解した上で、この状況を打開する方法を淡々と考えている。
物心ついた頃からずっとそうだった。人を超えた才能を有し、凡そあらゆる物事を只の一度で完全に理解し、只の一度で完璧に実行出来るが、その破格の才能の代償なのだろうか、人としての情動が一切無い。
喜びも哀しみも怒りも愉悦も何も無い。真っ当な人としての精神を持つ片割れから学ばなければ、とうの昔に露呈してしていた異端。頭脳と肉体の超越性とと引き換えにされた人間らしさ。
過去に於いて、周りに合わせるのが面倒だと思った事が多少有った程度のものに、双葉玲央は今日初めて感謝した。
取れる選択肢は二つ。殺し合いの打破。首輪を外して脱出する。デスノを放置して逃げるか、打倒するかはその時の流れ次第だろう。
もう一つはデスノの望み通りに優勝する事。自分以外の男を全員と、一人を除く女全てを死に追いやる事。尤も、勝手に殺し合って数を減らしていくだろうから、殺す人数は精々が多くとも10人程度だろうが。
そしてどちらを取るかについては、今のところ選ぶ事はできない。
少なくとも首輪を外す事と、此処が何処なのかという事を知る事と、脱出する為の方法の確保と、この三つが必要条件の最低ラインだ。
首輪を外せなければ脱出も反抗も不可能。此処が何処か判らない以上、脱出したところで深山幽谷中や、荒野の真っ只中、果ては絶海の孤島だったという可能性も有る。そんな場所では逃れたところで死ぬだけだ。
脱出する為の方法は当然必須だ。此処がもし砂漠の真ん中や、高山地帯にある盆地に在った場合、徒歩の脱出など出来るわけがないのだから。此処まで自分達を運んだ手段を奪取しなければ、逃走など出来はしない。この殺し合いの舞台で死ぬか、舞台の外で死ぬかの差でしかない。
この三つを満たさない限り脱出など不可能。そしてどの条件も『現状では』クリア出来ない。
つまり殺し合いに乗るしかない。乗れば少なくとも首輪を手に入れて調べる事は出来るのだから。
そして見ておきたいモノを見ることができた場合。双葉玲央は、完全に殺し合いに乗るしかなくなる。
「死ぬ事はどうでも良いが、『今は』死ねない。逃げきれないのに逃げ出して無様に死ぬのは気が乗らない」
周囲に誰も居ないのに、不意に大声で言うと、玲央は後ろを振り向いた。
「俺はこう思っているけど、君はどうなんだい」
言葉は無く、代わりに大振りな刃のナイフが腹部へと閃いた。
◆◆◆
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「あら?」
産まれ落ちた時から有する特異体質による移動法で、背後からコッソリと音も無く近づいた筈なのに、ナイフを背中に突き刺そうと動き出すより早く此方を振り向き、繰り出されていたナイフに動ずる事なく回避される。
その後も素早く、大きく横っ飛びに飛んで距離を取った玲央に、ノエルは素直に驚きを見せた。
「よく気付きましたね」
背中から一撃を見舞って嬲り殺すプランが崩れても、ノエルは全く気にしない。最後に勝つのは自分だと確信しているから。
「人を襲うのは初めてかい?足音が無いのは良いけれど、気配を隠せていなかったよ。それじゃあ勘の良い人は気付く」
「成る程。ご指摘有難う御座います」
ノエルは丁寧に礼を言い。更に頭を下げて視線を完全に玲央から切る。
『普通』ならば呆気に取られるだろうが、玲央にそんな無駄は存在しない。無言で踏み込み、右脚を上げて、下がったノエルの頭部に呵責無い回し蹴り。
「礼を尽くしたのに蹴ってくるとは酷くはありませんか?」
笑みさえ浮かべて、平然と言い放つノエルに対して、玲央は僅かに眉根を寄せた。
靴の踵をこめかみにクリーンヒットさせたのに、全く効いた素振りが無い。というよりも、蹴り脚が当たった瞬間に、あらぬ方向へと滑ったのだ。
「生まれ持った体質ですよ。種明かしはしなせんが。してもどうにかするのは無理ですから、諦めて死んでください」
右足を前に出し、姿勢を低くして右手のナイフを一振り、低い姿勢から玲央の脚へとナイフを薙ぎつける。
玲央は後ろに飛ぶと左に─────ノエルから見て右へと回り込む。単に後ろに飛んだだけでは、ノエルがそのまま追ってくる。横に動いて、追撃から逃れなければならなかった。
ノエルの右側面に回り込むと、右手を伸ばして、ナイフを持つノエルの右手首を取りにいく。
視界に映る玲央の手の動きにノエルが反応し、玲央の伸ばした右手をナイフで切り裂こうとした動きに合わせる様に、右手を引っ込めるのと左拳をノエルの後頭部に全力で叩き込むのを同時に行う。
フェイントに引っ掛かったノエルは、脳挫傷必至の拳打をまともに受けて────蹌踉めきもせずに旋回し、玲央の脚を斬りつけにくる。
玲央は何処までも無感情に、ノエルの手首を掴んで捻りながら投げ、ノエルを頭から地面に逆落としにした。
頭蓋が割れ、首が折れる。その筈が。
「………………」
「掴まれるとは思っていませんでしたね。ナイフを握らなければいけないので、薄くしていたのが良く無かった様です」
全くダメージを受けた様子もなく立ち上がるノエル。明らかに異常ではある。そして、その異常性をどうにかしなければ、その内に玲央は殺される。
「………………」
玲央は無言でノエルの手首を掴んだ自分の右手を見つめ、それからノエルに目線を向けると、後ろを振り向いて全力で駆け出した。
ノエルの異常性を解き明かさない限りどうにもならない。此処は、逃げの一手に限る。
「逃がしません」
長距離走の高校記録どころか、世界陸上の記録を塗り替える測度で走る玲央に、ノエルは全く脚を動かさず、棒立ちのまま地面を滑り出す。
その速度は玲央の走力には僅かに及ばないものの、身体を全く動かさない奇怪極まりない移動は、疲労という観点で見れば圧倒的に有利であった。
今は追いつけずとも、玲央が疲労し、動きが鈍れば追いつける。疲労していれば、まともな抵抗もできはしない。
笑顔すら浮かべてノエルは追跡する。
【これで良い】
走りながら玲央は思考する。ノエルの目的がただ単に殺す事では無く、嬲り殺しにする目的馬のは察しがついている。
ナイフを振るう事に一切の迷いが無いにも関わらず、悉くが即座に死ぬ様な部位では無いのがその証拠だ。
いきなり刺しに来た事からしても、殺し合いに乗っていないという線は有り得ない。殺し合いに乗っていて、殺しを愉しんでいる。アレはそういう手合いだ。
だから逃げる。追い掛けて来なければそれで良い。追い掛けてきても直ぐには追い付かずに、付かず離れずの距離を保つだろう。その間に、あの異常性を考察し、破る方法を考える。
【アイツを投げた時、手についたこの粘液。それにあの移動】
後ろを振り返ると、大仰にナイフを振りかざし、笑顔を浮かべて地面を滑るノエルの姿。
もう一度掌を見つめ、ノエルの移動法と合わせて、ノエルの異常性について推察する。
【生まれついての体質と言っていたが、ならばこれは…だとすれば】
察しはついた。後は正しいか試してみるだけ、外れていれば、また考える。
速度を落として、『最近覚えたばかりの』絶望の表情を浮かべて振り返ると、ノエルの速度が上がった。
【良し】
玲央は身体ごと振り向くと、ノエルの胸へと思い切り抜き手を撃ち込んだ。
◆◆◆
-
「痛みますね。とても。折れてはいない様ですが」
仰向けに倒れて胸の谷間に手を入れ、胸骨の様子を確認するノエルを、玲央は無感情に見下ろした。
「よく判りましたね。今までに気付いた方はいなかったので油断していました」
一撃で戦闘不能にされたノエルは、何処と無く不貞腐れた様に玲央を見上げた。
「これから愉しくなるところだったんですけれど」
眼を閉じて玲央のトドメを待つ。自分と違って遊びなど一切無い少年だ。手早く済ませてくれるだろう。
そう思って、眼を閉じるノエルの耳に、離れていく足音が聞こえた。
「……………?」
眼を開ければ、離れた場所にあるベンチに腰を下ろして此方を見る玲央の姿。ノエルから見て足の方に移動したのは、ノエルの動きに対処しやすいからだろう。何処までも、隙が無い男だった。
「殺さないんですか?」
あれだけ容赦の無い攻撃を行ってきた相手が、殺さずに済ませるといのが受け入れられなかった。
「俺のさっきの顔、どうだった。絶望している様に見えたか」
いきなり変な事を訊いてくる。
「今までに生きてきて、何度も見た表情ですね。アレはヒトが絶望した時に浮かべる表情でしたよ」
「それは良かった。妹を絶望させた甲斐があった」
「どういう事ですか」
「……ああ、それはね」
玲央が語った内容は凡そ常人には信じ難く、信じたとしても受け入れられないものだった。
曰く、物心ついた時から何でもできた。出来ないことがあってもそれは年齢が解決するものだと解っていた。
けれども人並みに泣いたり笑ったり出来なかった。だから双子の妹を観察して真似する様にしていた。足りない部分は本を読んで身に付けた。
「ある時思ったんだ。俺はまだ絶望を知ら無いって。だから────」
人を傷つけた。人を殺した。完全犯罪もやればできたけれど、敢えてやらずに家族を崩壊させた。父を殺し、母を殺した。その結果
「俺は絶望することが出来る様になった」
そんな訳は無いでしょうと、思うが口には出さ無い。重要なのは双葉玲央も外れているという事だけ。
「ひょっとして、最近話題になっていた未成年の連続通り魔は、貴方でしたか」
「そうだよ」
玲央の回答に短く息を吐く。
玲央の語った事が事実ならば、自分よりも『外れた』モノだと思った。
そんなモノをどう壊すのか、考えただけで気分が高揚してくる。
「私を殺さなかったのは、擬態が上手くいっていたかどうかを聞く為ですか」
「いや。もう一つあるよ」
何処までも変わらない無感情で、玲央は言った。
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「お前、どうして殺しあいに乗った」
「妙な事を聞きますね。まぁ良いですけれど、私が貴方達全員を殺すのは、さっき殺された方も含めて、全員を救う為ですよ。それに、私が死ねば父母が哀しみます。父母を哀しませるのは、嫌なんですよ。絶対に」
「皆殺しにした後で、全員の蘇生を願うのか。記憶を消し去った上で」
「気味が悪いと言われた事は無いですか」
ノエルの心に僅かに怯みと嫌悪が生じた。まるで心を読まれているかの様な、そんな不気味さ。一つを話すだけで、十を悟られる。会話をする程に不利となる。
「お前は殺しを愉しむ奴だ。そんな奴が全員を救うとなると、方法は一つだ。大方、自分は愉しめるし、全員が助かってめでたしめでたし。そういうところだろう」
「否定はしません」
何処までも無感情にノエルの思考を暴く玲央に、ノエルも無感情に返答する。
「俺はさっき言った通りだ。今は死ねない」
「どうしてか訊いても宜しいですか」
「死ぬまでに見ておきたいモノが有る。俺は例外だが、基本的に自分じゃ絶対に見れないものでね。今この状況じゃ、下手をすれば見れなくなる」
「何を見たいのですか」
「双子の妹と同じ名前が名簿にあった。もし妹が居るのなら、見ることが出来る」
「……………ああ」
ノエルの僅かな沈黙と思考。そして得た答え。頭の良さというよりも、『外れた』人間であるノエルだから得た答え。
「死に顔ですか、御自分の」
「そうだ」
ノエルは玲央の妹に心の底から同情した。
玲央から只人が逃げられる訳がない。玲央の妹の運命はもはや窮まっている。
「何故、今この場所で」
「好奇心で妹を殺すのは、兄として有り得ないだろう」
ああこの人やっぱり頭がおかしいんだとノエルは改めて認識した。それなら父母は良いのか?とも。
それにしても、と思う。
【気付いていないんでしょうかね。この人】
玲央が自分の死に顔を見る為に、同じ顔の妹を殺す。それはまぁ最後に記憶を消し去ってから甦らせるのだから、良いとして。
玲央は気づいていないのだろうか。自分が望むモノが決して見ることができないという事が。
【貴方は妹さんに殺されても何も感じないのでしょうが、妹さんは私たちと違って『普通』ですよ】
顔が同じでも決して同じにはならないのだが、気づいていないのか。気づいていてそれでも見ようというのか。
【顔を潰すのは…。いえやはり生かして遭わせてあげましょう。見つけた時に死んでいたら、死体の顔を潰しておきましょうか】
「私も探すのを手伝いますよ。六時間後に、此処で会いましょう」
今居る場所はショッピングモールの中。何か使えるものを調達してから外の探索を始めるだろうから、後30分は互いにモールの中にいる事になるだろう。
【愉しめそうな事がやってきましたね】
どう転んでも愉しい事にしかなりはしない。玲央が片割れを殺そうが、片割れが玲央の知らないところで死んでいようが。
取り敢えず自分は玲央と同じ顔をした妹を探して、このショッピングモールに連れて来るだけだ。
「妹さんを殺したら、貴方は如何するんですか?」
「生き残れるのは男女1人ずつだろう。妹を殺した後、最初に出逢った女に任せるよ」
「そうですか」
善は急げと言わんばかりに立ち上がると、服に付いた土埃を払い落とし、玲央に背を向けて歩き出す。
「俺に背中を向けて殺されると思わないのか」
ベンチから立ち上がって、ノエルの向かう先とは逆の方向へと向いた玲央が訊く。
「私を後ろから襲った位で殺せますか?」
二人して互いに背を向け、反対の方向へと歩いていく。
「最後に訊いておきたい事が有った」
2人の脚が止まる。怒鳴らずに話をするには、ギリギリの距離。
「お前は家族の愛を感じられていたか?」
ノエルはこの時、玲央の事を可哀想な人だと思った。どうしようもない人だとも。
「私は父母から愛されて育ちましたし、私も父母を愛していますよ」
そのまま二人は互いに背を向けて歩き去っていった。
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【名前】ノエル・ドゥ・ジュベール
【種族】人間
【性別】女性
【年齢】18歳
【職業】高校生
【特徴】背中辺りまで伸ばした金髪と、元々秀麗な容姿を弛まぬ努力で磨き上げた美貌と美躯
【好き】父母。動物全般。味の濃い食べ物。日向ぼっこ
【嫌い】関心のない相手話し掛けられる事
【趣味】音楽鑑賞(嫌いなジャンルは無い)。
【詳細】
父母共にはかなりの規模の会社の経営者で、結婚して会社を合併させた。
そんな両親を持つノエルは、生まれつき頭脳明晰。容姿端麗。運動能力にも優れた少女である。
情愛が0か100しか無く。両親に対して無限の愛情を向けるが、両親以外のは徹底して無情で冷淡。当人の美貌と努力により、人間性は露呈しておらず、浮世離れした存在と思われている。
敵対した相手や加害してきた相手には、両親にも秘密にしている特異体質を用いて、無情極まりない報復を加え、全員病院送りにしている。
ちなみに日本生まれの日本育ちである為に外見と異なり、所作は日本人そのままである
【能力】
体脂肪:
凡ゆる摩擦をゼロにする特殊な体脂肪を全身から分泌し、自身に加えられた攻撃を滑らせて無力化する。尚服は着ていられる、便利。
地面に撒いてその上を滑る事で高速移動も行える。この移動法を利用して、標的を脂の上を滑らせる事で任意の場所へと輸送する事が出来る。加害者達を排除したのはこの移送法を用いて交通事故に合わせたというのが実情。
隠し技として、触れた対象に脂を流し込むことで、対象の分子間結合を破壊して塵にする事が出来る。どんなに硬かろうが、液体だろうが塵とする。気体は無理。
尚。体脂肪による防御は、身体の水平になっている部分に極微の狂いも無く垂直に攻撃を撃ち込むこ突破できる。
【所持品】
グルカナイフ
【備考】
・ー方針は皆殺し。デスノへの願いは、全員の此処での記憶を消した上での蘇生と帰還。
・六時間後に双葉真央を探してたショッピングモールに連れてくる。
・双葉真央以外は『遊んで』殺しておく。
【名前】双葉玲央
【種族】人間
【性別】男性
【年齢】16歳
【職業】逃亡犯
【特徴】双子の妹とそっくりな顔立ち女装していれば女に見える
【好き】無し
【嫌い】無し
【趣味】一辺が1m以上あるジグソーパズル。中央から作成したり、端から作成したりして延々と遊ぶ
【詳細】異能と言っても良いレベルで何でもできた高校生。その能力と引き換えに人間らしい情緒が完全に欠落している。心が欲しいだとか、心が無い事が哀しいとかいったことすら感じない。
人間に擬態した高性能ロボットでもいうべき存在。妹が居なかったら擬態すら出来なかった。
【能力】
理解と実践:
どんな学問であっても、身体運動であっても、その理論や要諦を簡単に理解して実践できる。
難解な方程式も簡単に解法を発見し、高度な運動競技も、身体運用の方法を瞬時に理解して実践出来る能力。
僅かな手掛かりから真相を導き出す超推理能力とでも言うべきか。
ノエルの特異体質も、この能力で看破して攻略した。
【備考】
取り敢えずが妹の真央を探して殺す。
殺した後の方針は生き残るのが男女のペアである為に、妹を殺した後に最初に出逢った女性の方針に従う。
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投下を終了します
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蕗田 芽映 予約いたします。
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投下お疲れ様です。
>>『むせる 空虚 血塗られた道』
人間なのに、二人ともとんでもない化け物っぷり。
精神性が常人から外れすぎていて、形容しがたいおぞましさを感じました。
ノエルもまた度しがたいイカれっぷりですが、破綻度は玲央の方がヤバイ印象。
死に顔を求められる真央ちゃん御愁傷様ですが、妹もまた人の道から外れる選択をしている今、両者が出会ったとき最後はどんな結末を迎えるんでしょうね。
両者のハイスペックさを遺憾なく発揮した戦闘描写も圧巻で、読み応えのある素晴らしい作品でした。
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キム・スヒョンと四苦 八苦を予約します
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投下します
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『渡りの民として生まれた者よ、まずは鍛錬に励み、力強きものとなれ。』
『そして求め続けよ。いかなる世でも正しき答えを求め続ければ、道を開くことが出来る。』
『求めし物をいくら手に入れても、慢心すること無かれ。己を鍛える為、他者を守る為に賢く使い続けよ。』
『さすればやがてその魂は天へと昇ることが出来るだろう。』
□
朝日が燦然と降り注ぐ丘陵に、太陽とは別の光が飛び散る。
軍刀と槍によって作られる火花という光だ。
それは、太陽の光よりはるかに小さい。
だが、ここが戦場だと示すにはこの上ない証拠だった。
「どうした!来ないのならお前を殺すぞ!!」
軍刀を振り回すのは金髪碧眼の女。
明らかに同年代の女性に比べ長身であり、顔の傷は幾重もの戦場を潜って来たことを物語っている。
その刀に似合った迷彩柄の軍服を身に包み、戦いの教科書のような澱みない動きをしている。
「何をしているんだ。まさか、あの気持ち悪い男の言いなりになっているんじゃないだろうな?」
槍を振りかざすはドレッドヘアの男。
彼もまた長身で、精悍なまなざしが特徴的だった。
だが、格好は大きく異なる。
軍服を身にまとった女とは異なり、幾何学模様が印象的な大きな布切れを全身に巻いているだけだ。
都市に生まれた人間というより、どこかの少数民族の下で生まれ育ったという風貌だろう。
長年ずっと太陽の下で生きて来たかのように日焼けしており、布切れから見せる両腕は、丸太と勘違いしてしまう程太い。
「言いなり!?ハハッ、言いなりと言ったな!!?
私だってお前だって、誰かの言いなりでしかいられない人間じゃないか!!」
女、レイチェル・ウォパットはなおも軍刀を振りかざす。
一見デタラメに振り回しているように見えるが、全て男の急所を狙っている。
頸動脈を袈裟懸けに狙い、後方に避けられれば左手首に刺突。
しかも武器のリーチが相手の方が長いことを判断し、常に距離を詰めようとしているのだ。
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「何が言いたい。」
だが、男、フレデリック・ファルマンもさることながら。
確実に、相手の軍刀を捌いて行く。
大ぶりな槍を扱っているとは思えぬほど、繊細な動作だ。
敵の刃を急所へと近づけない。
「お前も私も、かつては同じ国に忠誠を誓った、誰かの指令でしか生きられない人間だろうが!!」
レイチェルが視線を送ったのは、フレデリックの右肩。
そこには、星をモチーフとした入れ墨が彫り込まれている。
軍服で包まれているから分からないが、彼女の右肩にも同じような入れ墨があるのだ。
「……まさか!?」
フレデリックは気づいた。
彼女は同郷の者だったということを。
姿も、髪型も、肌の色も、そして格好も全く違うというのに。
「その通りだ。右肩の入れ墨が何よりの証拠だよ。
だから殺し合え!あの戦場のようになあッ!!」
楽しい。
それが、レイチェル・ウォパットの身体中を駆け巡る感情だった。
勢いに任せ、嵐のように激しくその敵を狩る。
彼女が求めていたことだ。
「くそっ!!」
勢いづいたレイチェルが、軍刀を振り下ろす。狙いはフレデリックの額。
濁流のような彼女を止めきれず、槍を横にし、その身を守ろうとする。
だが、そんな構えなど、殺意という洪水の前に急造で建てられたダムにすぎない。
あろうことか軍刀で、槍の柄を叩き切られた。同時に、額から血が流れる。
咄嗟に身を退いたため、額の皮一枚で事なきを得る。
だが、一撃を許してしまった上に、武器まで壊れてしまった。
攻めから見ても、守りから見ても、彼が劣勢なのは間違いない。
続けざまに、軍刀が横に振るわれる。狙いは両目。視界を殺し、一気に片を付けるつもりだ。
「な!?」
だが、その一撃は空を切った。
フレデリックが身を低くして躱したからだ。
ただ、身を低くしたのではない。全身を地面スレスレにまで押し付けた姿勢を取っていた。
その姿は、人というより動物。より突き詰めて考えれば、虎か獅子か、ネコ科の生き物を彷彿とさせた。
-
「今の動きは!?」
戦争を通じて原住民とも戦って来たレイチェルだが、そのような動きをする者はいなかった。
驚いていた瞬間、彼女の目の前で火花が散った。
最初のような槍と軍刀のぶつかり合いではない。フレデリックが彼女の顔の前で、両手を思いっ切り叩いたからだ。
さしずめ、ネコダマシと言った所か。
だが、それで攻撃が終わる訳ではない。
相手が一瞬怯んだと分かると、そのまま攻撃を加える。
『虎突拳(ことつけん)』
視界を取り戻す前に、下腹部に正拳が飛ぶ。
完全に不意を突かれ、勢いよく後方へと押されていく。
「舐めるなあ!!」
だが、彼女も死線を乗り越えて来た者。
拳銃で腹を穿かれたことさえある中で、たかだが拳一発食らったぐらいで死にはしない。
軍刀を持っていない左手を懐に突っ込み、そこから銀色の小型銃を出す。
格闘術にたけた相手は、力で押される前に遠距離から撃ち殺せばいい。
ぱん、ぱんと破裂音が響き、銃弾が男へと向かって飛んで行く。
普通、軍刀片手に銃など撃つのは、反動もあって至難の業だ。
二丁拳銃などというものがあるが、そのような物は往々にしてフィクションの域を出ない。
だが不安定な姿勢で、片手で発砲できるのは、彼女の技量のなせるものだ。
しかし、その銃は当たらなかった。
片手で打ったため照準が外れた、そのようなことではない。
それは、相手のステップによるものだ。
『リス足(あし)』
姿勢を直立に戻したが、今度は短い歩幅でちょこまかちょこまかと動き回る。
その動きは不規則でありながら、方向転換の際に減速するという訳でもない。
まるで子供がドッジボールで身を守る時のような、ジグザグ走りで、銃撃を躱していく。
銃弾を躱す行為など、フィクションでしかない。
だが、彼はレイチェルの殺意を読み取っていた。
逆にその敵意のベクトルを読み取ることが出来れば、銃弾を躱すことも不可能ではない。
フィクションにはフィクションで対抗すると言った所か。
「チィ!!」
何発か外すと、レイチェルは銃を懐に仕舞った。
残弾のこともあり、いつ補給できるか分からない以上、ここで使い過ぎるのは得策ではない。
再び軍刀中心の戦法を選ぶ。
狙いは相手が懐に飛び込む瞬間。そこを見計らって、一刀の下に切り伏せるのが狙いだ。
-
銃弾が止んだ瞬間、フレデリックはちょこまかとした動きをやめ、猛然と突進してきた。
ここまでは彼女の予想通りだが、ここからがどう動くかは読み切れない。
目もくれずに正面から突っ込んでくるか。はたまた右か左に迂回して攻めてくるか。
「上!!?」
レイチェルが驚くのも無理はない。
二次元的な動きしか出来ないはずの相手が、いきなりジャンプをしたからだ。
しかも人間を凌駕するほどの高さだ。
「そう来たか…!だが……。」
一瞬戸惑うも、彼女は着地点をすぐに見極める。
人間が戦う際にやたらと跳ばないのは、その技術が無いからではない。
空中では回避の方法が乏しく、一度飛べば追撃を受けやすいからだ。
だが、それはあくまで常人の話。
フレデリックは上空で身を捩り、動物か何かのように身軽に彼女の背後に着地した。
『狐の舞い』
そして彼女をいきなり攻撃するのではなく、ぐるぐると彼女の周囲を走り回る。
勿論、スピードを時々落としたり、走る方向を時計回りから半時計周りに変えたりし、次の手を読ませない。
「ハハハ…戦うつもりはないとか言っておきながら、所詮は人を殺すための技を身に着けているじゃないか。これは傑作だ。」
「人を殺す技じゃない。一族を守るための技だ。」
彼女の言葉に対して、フレデリックは静かに激昂する。
事実、その技は『渡りの民』の教えと彼らが伝統舞踊から基づいている。
『渡りの民として生まれた者よ、まずは鍛錬に励み、力強きものとなれ。』
まずは『虎の型』で力強く相手を攻め立て。
『そして求め続けよ。いかなる世でも正しき答えを求め続ければ、道を開くことが出来る。』
気迫で押された相手を、相手の攻撃を躱しながら木の実を探すリスのように勝ち筋を探し。
『求めし物をいくら手に入れても、慢心すること無かれ。己を鍛える為、他者を守る為に賢く使い続けよ。』
さらに狐のように少しずつ相手を翻弄していく。
ぐるぐると彼女の周りを走り続けるフレデリック。
まるでその動きは疾走に合わせてゆらゆら動く狐の尾のようだった。
速いだけでない。単純なスピードで言えば、戦場をくぐって来たレイチェルなら補足できるぐらいだ。
だというのに、動きの捉えどころのなさは、キツネにつままれているようだ。
そして、彼女を囲んでいく輪は、次第に小さくなっていく。
後はフレデリックが撃つのは一手だけ。
『さすればやがてその魂は天へと昇ることが出来るだろう。』
-
『龍の型』の技は、天へと舞う竜を彷彿とさせる下から上への一撃。
スクリューアッパーやサマーソルトキック、武器を持っていた場合は切り上げなどが含まれる。
だが、レイチェルは相手の動きを読んでいた。
相手を崩した今、確実に懐に飛び込んだ強烈な一撃がやって来ると。
彼女の強みは、戦争で生き残った理由は、『勝てること』ではない。『負けないこと』だ。
たとえ初見の奥義に、名も知らぬ民族の技術に惑わされようと、トドメの一撃を食らわなければいい。
彼女のすぐ近くから、爆音と閃光が弾けた。
「何!!?」
長らく聞いてなかった、人工的な轟音。ダメージこそ無かったが、直ぐ近くにいたフレデリックは、もろにそのあおりを受けてしまった。
彼女の3つ目の支給品、スタングレネードだ。
トドメの一撃が不発に終わった今、戦況はフレデリックの方が劣勢になった。
「久々の戦場の味はどうだ?」
「くそ!!」
聴覚も視覚も覚束ないが、とにかく、距離を離すことにする。
銃弾の餌食になる可能性も捨てきれないが、少なくとも軍刀のリーチの外側にいなければならない。
五感の内の二つは奪われたが、まだ殺意を感じ取る感覚は自由だ。
防御と回避に専念すれば、軍刀や銃弾は躱せるはず。
だが、それこそが彼女の狙いだった。
「次は本気で私のことを殺せ。そうしないと、お前以外の人間の犠牲者が出るぞ?」
一体彼はいつから、彼女がフレデリックを殺すつもりだと錯覚していたのか。
彼女が求めてるのは殺戮ではなく戦い。殺してしまってはもう戦いを愉しめない。
最初に『来ないなら殺す』と言ったが、それはあくまで闘争心を煽るための言葉だ。
殺した相手が本気ならまだ良いが、彼は何処までも彼女を殺すつもりでは無かった。
誰が言ったか。私は戦争が大好きだと。
彼女もまた、平和ではなく戦争を好む人間なのだ。
-
☆
視界が正しくなってきた頃には、軍服の彼女は見えなくなっていた。
「くそ……あの女を探さないと!!」
折れた槍を拾い、殺し合いに乗った人間を追いかける。
残念ながら、どこへ行ったかも分からない。
彼女の言う通り、自分は武器を使わず、相手を殺さずに生かして無力化しようと考えた。
食用や薬以外の目的で生き物を殺すなど、『渡りの民』の流儀に反する。
それが同種、しかも捨てたとはいえ同郷の人間ならば猶更だ。
だからといって、生かしたことで、他の人間が殺されれば本末転倒だ。
それが分からないほど、彼の知識は凝り固まっていない。
どうしようもない後悔だけを抱えながら、フレデリックは走るのをやめ、歩き始めた。
☆
彼女は勝った。
戦場を駆け、一人危険な作戦に出て、国を勝利へと導いた。
誰もが彼女を勝者と称えた。その時だけは。
だが、一たび戦争が終わってしまえば。
彼女を出迎えたのは、なんの刺激も、未来もない退屈なだけの世界だった。
抱えきれないほどの褒章のおかげで、仕事が無くても食うには困らない。
だが、平和に慣れた人間は、彼女を血みどろの獣として受け入れなかった。
妻として男を迎えようとしても、顔の火傷を気味悪がられた。
軍で得た知識を用いて学校の先生になろうとしても、子供にとって合わせたくない人間だと言われ、背を向けられた。
仲間の兵士を助けた経験を活かして医学の道に進もうとしても、そこは医者の家系だけで作られた閉鎖社会だった。
自分を爪弾きにした者達を怨む気は無かった。全部然るべき理由だと納得したからだ。
何を食べても、戦争中に仲間と食べた、携帯食より味気ないものばかりだった。
敗戦国から安価で輸入した布地を用いたドレスやブラウスより、軍服の方が着心地が良かった。
日夜問わず爆音や掛け声に慣れ過ぎた彼女にとって、静かな世界は逆に耳がおかしくなりそうだった。
-
そんな中、一つの訃報が彼女の元に届いた。
一番の戦友が、帰りを待っていたはずの恋人をどういうわけか撃ち殺し、自身も拳銃自殺したという知らせだ。
戦争が終わり、2年経ってから分かった。
平和な世界でしか生きられない人間がいる反面、そうでない世界でしか生きられない人間もいることを。
自身は、後者の人間だと。
【名前】レイチェル・ウォパット
【種族】人間
【性別】女性
【年齢】23歳
【職業】退役軍人
【特徴】短く切った金髪と碧眼、顔の火傷、軍服、服に隠されて見えないが、右肩には星の入れ墨
【好き】戦争
【嫌い】手加減をされること
【趣味】トレーニング、自国の歴史の本を読む
【詳細】
戦争の真っただ中にある国(現実、別世界どちらかは不明)で生まれ、敵国がいかに邪悪な存在か教えられて育った。
元々勝負事が好きな性格だったため、然るべき年になれば軍に入り、悪い敵国を殺し続ける兵士になるのだと考えていた。
父は猟師だったが、10歳の頃からしばしば銃を持ちだして練習を積んでいた。
入隊後、持ち前の精神とそれまでに積み上げていた格闘技術・銃の腕により、瞬く間に頭角を現す。
4年の兵隊生活の後、敵国の降伏により、30年以上続いた戦争は終わりを迎え、同年代とは思えないほどの褒章を受け取った。
だが、それ以降は退屈な日常に苛まれながら、無気力な生活を過ごすことになる。
そんな中、救いの手となったのは、何の因果か殺し合いを目論む邪悪だった。
【能力】
軍人としての力:戦場で6年以上生き続けたことにより、生に対する勘、死が近づいていると感じ取る能力はスバ抜けている。
銃の腕、格闘術、応急処置方法などは入隊以前から積み上げていたが、彼女の強さは攻めではなく守りにあるはずだ。
また、彼女が仕えていた王国は、様々な技術を他国から取り入れることに尽力していた。
もしその中に、人の理を逸脱したものがあれば、彼女もまたそれを使えるかもしれない。
【所持品】
軍刀
小型銃(残弾8)
スタングレネード×4
【備考】
・戦争を愉しむ。もし優勝できれば、デスノに戦争で満ち溢れた世界に連れて行って欲しいと頼む。
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【名前】フレデリック・ファルマン
【種族】人間
【性別】男性
【年齢】22歳
【職業】『渡りの民』の守り人
【特徴】190センチ近い長身、浅黒い肌、黒く染めたドレッドヘア。右肩に星の入れ墨
【好き】鹿の背中肉の蒸し焼き
【嫌い】爆発音、その他戦争に関わる全て
【趣味】武器作り(狩りよりも本人は好き)
【詳細】
レイチェル・ウォパットと同じ国に生まれ、同じように入隊した。
元々町にいた兵隊をかっこいいと思っており、自分も大きくなったら入隊したいと思っていた。
だが15歳の時、いざ戦場に出てみれば、それが間違いだったことに気付く。自分の隣で次々と人が死んでいくのを見て、武器を捨てて逃げ出す。
さらに死は敵国によりもたらされるものだけではなく、味方兵の裏切りや感染症によってももたらされた。
寝ても覚めても兵士の悲鳴が耳から離れなくなる。ある日の深夜、敵国の夜襲に紛れて軍から逃亡。
その直後崖から落ちて、そのまま死ぬはずだったが、たまたまその付近を旅していた『渡りの民』に拾われて九死に一生を得た。
手当てしてもらった後、家を持たない『渡りの民』の一員として世界を回ることになる。
戦争と自分の国しか知らなかった彼にとって、全ては新鮮だった。
やがて『渡りの民の教え』を知り、それを元にした戦いの儀式を、『渡りの民』の酋長を担うファルマン家から教わる。
20になると軍で鍛えた肉体を活かし、守り人として認められると同時に、次期酋長としてファルマンの名前を承る。
【能力】
渡りの民の教え:『渡りの民として生まれた者よ、まずは鍛錬に励み、力強きものとなれ。』
『そして求め続けよ。いかなる世でも正しき答えを求め続ければ、道を開くことが出来る。』
『求めし物をいくら手に入れても、慢心すること無かれ。己を鍛える為、他者を守る為に賢く使い続けよ。』
『さすればやがてその魂は天へと昇ることが出来るだろう。』
渡りの民の教えだが、武術にも昇華されている。
初めは『虎の型』の技で相手に圧力をかけ、『リスの型』の技で敵の動きを見ながら勝ち筋を見出していき、『キツネの型』の技で相手を翻弄しつつ仕上げに『龍の型』でとどめを放つ。
なお、これで人を自衛手段以外で殺した場合、『渡りの民』から追放という罰を受ける。
素手でも使うことが出来るが、槍を始めとする武器を用いた形式もある。フレデリックは素手の方が得意。
【所持品】
折れた長槍
【備考】
・殺し合いを止める。だが、殺し合いに乗った人物でも殺したくない。
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投下終了です
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投下お疲れ様です。
>>『汚水でしか生きられない魚』
戦争の英雄が平和な世でお払い箱になる、無常ですがとても興奮しました。
心技体を極限まで鍛え上げた真の強者たちの戦闘描写、震えましたね。
バトロワという環境はレイチェルにとって最も輝ける場であり、待ち望んだ戦場だという事がアリアリと伝わってきました。
彼女こそ現時点で最も殺しあいを楽しんでいるキャラだと思います。
一方、極めて優れた武を修めながら、傲ることなく、渡りの民の誇りを持って殺人を否定するフレデリックもまた、素晴らしい男ですね。
一族守護のため、血の滲むような鍛練の果てに手に入れたその強さ、実力、間違いなく参加者の中でも上澄みでしょう。
彼の力量は凄まじいですが、それでも最後までその信念を貫けるか見物です。
果たして彼は同胞レイチェルを救えるのか、それとも諦めるのか。ワクワクが止まりません。
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投下します
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アレクランドラ・ヴォロンツォヴァ。
個人で宝石商を営む老婦人である。
北欧の裕福な家に生まれ、二十代の頃には両親から受け継いだ人脈で今の生業を始める。
世界中を旅しながら商品を仕入れ、各地の顧客に提供する彼女の見つけてくる原石はどれも澄んだ色をしていると評判であった。
結婚はしておらず、子供もいない。兄弟姉妹もいなかった彼女は、両親の死後に天涯孤独となる。
世界中を飛び回る彼女にとって故郷の家に思い入れはあったものの、両親との思い出はきちんと胸に刻めているし、それで十分と考えた。
実家を処分した後の彼女に残ったのは、一人で使うにはいささか多すぎる資産と豊かな人脈。
多少の寂しさを感じることはあっても、決して不幸ではない、そんな人生。
アレクサンドラ・ヴォロンツォヴァの伝記を書くとするならば、こんな具合になるだろう。
そんな彼女は今、殺し合いの舞台にいる。
森に囲まれた湖のほとり。
手頃な流木に腰を下ろして、日傘を差したアレクサンドラは、静かに湖を見つめていた。
状況への困惑か、現状への絶望感か。きらきらと煌めく水面を見つめる瞳は物憂げだ。
これだけ殺伐とした状況であれば無理からぬこと。
ではあるが、もし仮になんの事情も知らない者がこの場を通りすがり、光景を目撃したならば、きっとその者は足を止めていただろう。
陽光を反射する湖面、晴れ渡る空。
湖畔に打ち上げられた流木に腰かける一人の老女。
日傘を両手にただ座るだけの有様は、しかし溢れんばかりの気品と教養に裏打ちされた振舞いで。
そこに憂鬱な表情を見せる女性の瞳から、眼を離せる者が果たしているだろうか。
その光景はまるで一枚の絵画のように完成されていた。
そこへ、一つの影が近づいてくる。
とてとてと軽快な足取りで近づいてくるのは、一匹の犬だった。
黒い、黒い犬。汚れているわけでは無いが、漆黒という言葉の通り、まるで毛先から漆が滴るのではないかと思えるほどの、黒い獣。
文字に起こせば剣呑な姿ではあるが、もっとも犬自身の様子は全くもって平穏であり、そして柔和であった。
アレクサンドラの横に座り込んだ黒い犬は愛くるしく尻尾を振り、大きくて真ん丸な瞳で老女を見上げる。
ヒトの良き隣人という不動の評価にふさわしい態度も相まって、へっへっと舌を出す顔が笑っているように見えるのは決して気のせいではないだろう。
アレクサンドラもまた、湖面から視線を犬へと移す。
物憂げだった眼差しに、柔らかさと温かみが篭ったのは、決して見た目だけのことでは無いだろう。
見つめ合う老女と黒犬。絵画のように完成されていた光景は、今は絵本の挿絵のような優しい雰囲気で包まれて、その直後に犬の姿が老女の影に溶けて消えた。
あれだけの黒を纏った犬の跡形はどこにもなかった。
ただ、犬が飛び込んだアレクサンドラの影だけが、水溜まりに小石を投げ込んだような波紋を起こしているだけだった。
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「……そう」
アレクサンドラは、一言呟いた。
己の影の中に起こった波紋を、湖面を見つめていた時と同じような冷たい眼差しで見つめ、やがて波紋が消えると同時に立ち上がる。
日傘をクルリと回せば、老女の姿は一瞬にして若い女へと変貌を遂げた。
ショートカットに整えられた銀色の髪と、鮮血のように真っ赤な瞳。
それ以外には多少の面影が伺える程度で、先ほどまでの老女と今のうら若き乙女、二つの姿が同じ「アレクランドラ・ヴォロンツォヴァ」であるなどと、誰が信じられようか。
アレクランドラはこきり、と首を鳴らし、そして微かに身体を屈めると、まるで天へと舞い上がるような軽やかな動きで跳躍した。
五メートル、十メートル、ぐんぐんと地表から距離を離して、湖の上を"跳ぶ"。
アレクランドラ・ヴォロンツォヴァ。
個人で宝石商を営む老婦人のその正体は、悠久の時を約束された影の種族。
陽光を嫌い、魔獣を飼いならし、超常の力を身に宿す者。
怪物、強魔、不死者の王。―――いわゆる、吸血鬼。
広大な湖を跳び越えて、向こう岸へふわりと降り立った時、アレクサンドラは再び老女の姿をとっていた。
日傘に添えられた両の手、外見の年齢を感じさせない伸びた背筋、そして相も変わらずの物憂げな眼差し。
人間社会に溶け込み、平穏な暮らしを守り続けて二百年余り。
すでに欲するモノを手に入れていた彼女にとって、願望成就を餌にした催しなどは迷惑でしかなく。
加えて、この空間に自分と同じ人外の気配を感じ取っているアレクサンドラの憂鬱は筆舌に尽くしがたい。
極力面倒は避けつつも、最悪の場合、生還するために自分が手を汚すこともそれなりに了承して。
それでもとりあえず、日中はどこかの建物で休みたいところだと、老女の姿の怪物は重たい足取りで市街地へと入っていった。
【名前】アレクサンドラ・ヴォロンツォヴァ
【種族】吸血鬼
【性別】女性
【年齢】248歳
【職業】宝石商
【特徴】エレガントな佇まいの老婦人、あるいは活力漲る美女。どちらも銀髪のショートカットと赤い瞳。
【好き】夕陽、紅玉
【嫌い】余裕のない人の眼、死体の眼、赤ん坊の眼
【趣味】美術品収集
【詳細】
人間社会に溶け込んだ吸血鬼。
変幻自在のため正体といえる姿は特にないが、性自認は女性。
落ち着いた雰囲気の老婦人の姿を好んでいるが、"運動"の際には妙齢の姿になる。
【能力】
『トランシルバニアの落胤』
遥か遠き串刺公より受け継がれた呪い。
怪力を振るい、人心を惑わし、使い魔を使役し、闇に溶け込み、そして生き血を喰らう。
血液を取り込むことで吸血鬼としてさらなる力を得ることもあるが、彼女の場合はすでに相応の領域に達しているため、このロワの間に超強化は見込めない。
血を吸われ失血死した死体はゾンビとなって使役されるが、生き延びた者はアレクサンドラと同様の吸血鬼と化す。
直射日光、銀の弾丸、「清浄」や「神秘」に纏わる攻撃以外で滅ぼすことの出来ない正真正銘の怪物であるが、このロワにおいては首輪を爆破されれば問答無用で死亡する。
【備考】
・所持している日傘は義手や義足などと同じ「常人と同等の行動を行うための必要最低限の品」とし、支給品扱いではありません。
・使い魔の黒犬に湖の周囲を探索させました。
・会場にいる人外の気配を感じ取っています。どれだけ正確に感じとっているかは不明です。
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投下終了です。
吸血鬼の有名な特徴の一つに「流水を渡れない」というのがありますが、
湖を跳び越えたのは「流れる水」ではないからということで、一つ……。
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投下お疲れ様です。
吸血鬼も宝石商もフィクションではありふれた属性・職業なんですが、この2つが合わさるのは珍しいですね。
今の所は無害な存在ですが、一体どのような動きを見せるのでしょうか。
作中からどこかアンニュイな雰囲気が伝わって来て良いです。
次の作品も楽しみにしてます。
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投下します
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あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛
病院の3階の廊下に響き渡る奇怪な声。その声の発生源たる存在は、凡そ形容し難い代物だった。
端的に説明すれば、白い斑点の有る真っ赤な巨大イモムシが床の上でのたうち回っている。となる。
いや、違う。よくよく観察してみれば、両手足が無い全身血塗れの女が床に転がり、絶叫しながらもがいているという惨劇図だと判るだろう。
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛
頭部七穴から血を噴き出し、素人目にも首が折れている状態で、自身の血で紅く染まった床に転がって、神出鬼没の某元人妻の怨霊みたいな声を出し続ける女。
不幸にも殺し合いに巻き込まれ、不幸にもマーダーに遭遇し、不幸にもいきなり爪で引っ掻かれ、不幸にもわからん殺しをいきなり食らった不幸な女。名を四苦八苦という。
名前に相応しい、この状態に至るまでの道程であり、現状だった。
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛
「しぶとい奴だ。普通ならもう死んでいるぞ。さっさと死んでくれ」
江戸川乱歩の『芋虫』の須永中尉に前日談が有った場合。この様なものであろう惨状を呈している四苦八苦を見下ろして、某合体変形ロボよろしく、腕組みして立つ女はキム・スヒョン。
至って無感動なその様は、死神も引きそうな形相で断末魔の声を上げ続ける四苦八苦を見ても、思うところは無いという事を、如実に物語っていた。
「私とてもこの様な殺しは好かんのだ。さっさと死んでくれ」
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛
「いつもなら相手を厳選するし、もっと時間を掛けて一週間はいたぶるし、死体だって解体(バラ)して、肉も骨も毛も神経も使用(つか)える様に加工するんだがな。私の作る家具やペンは好評なんだぞ。
だけど、こんな状況じゃ時間掛けるわけにもいかないし、死体だって持って帰れないんだ。何よりお前は好みじゃ無い。さっさと死んでくれ」
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛
「こんなことをする理由?取り敢えず一人は死んでいないと、首輪が爆破されるだろ?さっさと死んでくれ」
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ
「五月蝿いな。日本人は鯨を殺す時に鯨の死体を無駄にしないとか言うだろう?私も普段は死体を無駄にしたりはしないぞ。さっさと死んでくれ」
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ
「人間は鯨じゃない?知らん。私から見れば『私じゃ無い』という点で同じだ。というわけでさっさと死んでくれ」
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ
「そんな事をお前が知っても仕方ないからさっさと死んでくれ」
スヒョンが鬱陶しそうに言うと、四苦八苦の胸部が膨れ上がり、弾けて、噴水の様に鮮血を噴き出した。
「折角だ。貰っておくぞ」
噴き上がる四苦八苦の血が、空中で一点に集まり、巨大な血球を形成すると、そこから直径1cm程の血球が分離し、スヒョンの口に吸い込まれ────即座にスヒョンは顔を歪めて吐き出した。
根本的に人間の血ではない、という訳では無い。ただ不味いだけだ、不味さの度合いが酷すぎるだけだ。
「不っ味………」
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キム・スヒョンは人造生命体である。これまで人間が生涯で口にするパンの枚数よりも、多くの人間の地を啜ってきた怪物(フリーク)である。
人の中に紛れ、人を襲い、殺した人間の死体を食品や家具等に加工して、そういった品を愛好する者達や、同じ吸血鬼に売って金銭を稼ぎ、時折遭遇する常理を外れた者達を抹殺する殺し屋から逃げ、定期的に性別も込みで姿を変え、姿を奪った者の記憶や身分を奪って。
そうやって永い歳月を生きてきた。
そのスヒョンにしても体験した事がない不味さだった。
「何だこれは。百を超えたジジイの血に似ているが、比べられない程に酷い。お前、一体何歳だったんだ」
忌々しげに訊いてみても、答える四苦八苦は絶命済みだ。肺と心臓が弾けて、血が全て体外に流出したのだ。生きていられる訳がない。
「まぁ、良いさ。死んでしまったものは仕方ない。残った連中も、勿体無いがさっさと全員殺して終わらせるか」
ざっと残りを確認して、スヒョンは見たくない名前を見つけてしまった。
アレクサンドラ・ヴォロンツォヴァ。嘗てちょっと煽ってみたらイヌをけしかけて来た吸血鬼。
「うわぁ…あのロリBBAがいやがる。彼奴は殺すのがホネだなぁ。まあ良いか、あの時とは姿も名前も違う訳だし」
何とかなるだろうと、スヒョンは結論づけた。
「じゃあな。運の無い奴」
凄まじい死相をこちらに向ける四苦八苦に、目を閉じて黙礼すると、キム・スヒョンは3階であるにもかかわらず、窓から飛びて、平然と歩いていった。
【名前】キム・スヒョン(現在は)
【種族】血液生命体
【性別】女(現在は)
【年齢】428歳
【職業】会社勤め
【特徴】180cmを超える長身に、細身だが均整の取れた身体。顔も美人と言って良く、モデルと勘違いされることもある。この身体を捨てるのは惜しいと当人も思う程度には気に入っている。
【好き】人間の骨削ってペンとペン立て制作している時
【嫌い】人間を加工するのに皮剥ぐ時。皮剥いだ後の人体(臭いしグロい)と皮剥いだ後の人体(臭いしグロいので)
【趣味】屈強な男を心折れるまで拷問する事(女性時) 顔が涙と涎と鼻水と血で台無しになるまで美女を拷問する事(男性時)
【詳細】昔々に魔術師により作製された、428年生きた人造生命体。意志を持った血液。擬態に秀でた能力特性により、血を取り込んだ人間の姿と記憶を自分のものにできる為に、異常殲滅機関の追討を逃れ続けてきた。
当人曰く。「戦うのでは無く殺しが好きなので、ああいうのは相手にしない」との事。
命を無駄にはしない。というモットーに基づき、血を奪う人間は最低でも一週間は嬲り抜いて反応を愉しむし、死体は全て加工して、人肉嗜好者に食肉として売ったり、骨や髪や皮を加工して、家具や小道具やインテリアにして販売する事で金銭を得ている。
血を吸う人間は最低でも一週間は嬲り抜く事からもわかる様に、基本的に嗜虐的で拷問好きだが、気に入った相手にしか加虐性は発揮されない。要はコイツに気に入られるとそのうち死ぬという事である。
この拷問嗜好の為に、顎を砕かれたり舌を抜かれたりして、相手がまともに喋ることができずとも、言いたいことを何となく察することが出来る。
【能力】
元々が血の塊である人造生命体で有る為に、高い身体能力と再生能力を持つ。特筆するべきは再生能力で、機関銃で蜂の巣にされようが、身体がプレスされて平たくなろうが時間経過で再生する。
全身を灰にされたりすると流石に死ぬが、炭化レベルでは再生する。
血液の凝固作用を利用しての硬質化や、肉体を流体化させることにより形状を変化させるといった多様な能力を持つ。
血こそ命なれば(BLOOD IS THE LIFE)
他者の命を、命の象徴である血を媒介に直接喰らって生きる血液生命体としての特殊能力。
他者の血を啜って、その姿と記憶を奪う事ができる。
奪うためには3リットル以上の血液を取り込まねばならないが、これは大分キツく、余程自分の血馴染まない限りはこの量は取り込めない、
この相性を確認する方法は、一ヶ月以上嬲っても飽きない相手が好相性の相手である。
現在の身体のキム・スヒョンは半年以上飽きなかったので、破格の好相性であり、生かしておいて血液サーバーにすれば良かったと悔いている。
液体操作
自分の血を混ぜた液体を操れる。固体にする(結晶化)する事や、気体にする事も可能。
他人の血液も操れるが、その為には自分の血を対象の体内に最低でも5ml入れる必要が有る。
人体に打ち込んで血液を気化させることにより全身や身体の一部をを爆散させるのが必殺技。
【備考】
アレクサンドラ・ヴォロンツォヴァとは三十年ほど前に出逢った時に「300未満でBBAとか、これがホントのロリBBA」と煽ってワンワンのウ◯コにされかかって以来仲が悪い。
◆◆◆
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あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛
キム・スヒョンが立ち去って、暫く経った病院内にて、再度響く奇怪な声。
四苦八苦が上げる断末魔の声が、再度病院内の空気を震わせる。
四肢が爆ぜ、胸部が破裂した四苦八苦が何故生きているのか。
それは、逆再生をしているかの様に、四苦八苦の元へと集まっていく肉片bと鮮血が明らかにしている。
散らばった肉が血が、元のあるべきところへと還り、再度四苦八苦の肉体を再構成しようと蠢いているのだ。
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛
白目を剥き、涙を流し、脂汗を流し、血泡を噴きながら、全身を激しく痙攣させる事5分。漸く痛みが治まり、人心地ついた四苦八苦は、未だに身体に残る苦痛の残滓と痛みが治まりつつある事に涙を流した。
「ああ…痛かった。気持ち悪い………。血が全然足りて無い………」
涙と鼻水で汚れた顔をそのままに、四苦八苦は愚痴った。
四苦八苦は不死身である。身体を原型なくなるまで破壊されようが、それこそ挽肉になろうが再生する、この能力の特性か不老でもあった。
然し、この能力を彼女が喜んでいるかというと、全く喜んでいない。
傷付けば痛いし、寒さや暑さも感じる。日に焼かれれば熱いし、雪に埋まれば冷たさに凍える。病に罹れば治るまで発熱を始めとする様々な症状に苦しむし、毒に当たればこれ又毒の成分が消えるまで、のたうち回って苦しむ事になる。
とにかく辛いのだ。死にたいと、死んだ方がマシだと思える苦痛に遭っても死ねないのだ。
脳が損傷すれば治るまで痛みを感じないが、さっきみたいに綺麗に頭が残っていれば、延々と地獄の苦痛に苛まれる。
スヒョンが四苦八苦は死んだものだと誤認したのは、肺が無くなって声どころか呼吸もできなくなったからだ。
その状態で意識が延々とあるのは筆舌に尽くし難い苦痛であった。何か悪い事をしたのかと真剣に悩んだ程だ。
しかも回復の仕様上、服や地面に血が染み込めば、その分が不足し、貧血に苛まれる。
それはさておき、四苦八苦は生存し、貧血による眩暈に苦しみながら、陰気に愚痴っているのだった。
「何で私がこんな目に……。折角『機関』から逃げ出せたのに」
その死ななさ加減から、ある組織に囚われ、四苦八苦という名称を与えられ、様々な毒や病の治療法を確立する為の実験に使われ、果ては外科治療の実験の為に、骨を折られ、身体を切り裂かれ、内臓を潰され、四肢を切断され、焼かれ、溶かされ、凍らされ。
絶対愉しんでいたと確信する程に、ありとあらゆる苦痛を与えられ。
そんな地獄の日々から漸く逃げ出したのに、何故こんな目に遭わなければならないのか。
暫くの間愚痴っていたが、やがてフラフラとよろめきながら立ち上がる。こうしていても仕方がない。生存の為に行動するべきだ。
「服に染み込んだ分を補わないと」
輸血用の血液パックを求め、四苦八苦は病院内部の探索を開始した。
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【名前】四苦八苦(本名不明。当人も忘れている)
【種族】人間
【性別】女
【年齢】覚えていない。
【職業】無し
【特徴】病的に白い肌とやたらと長い黒い髪。山村貞子だの佐伯伽耶子だの八尺様だのと良くいわれる。
服装と身だしなみに気をつけていれば美人で通るが、現在は血塗れの為に佐伯さんに近い見た目と化している。
【好き】平穏
【嫌い】痛い事
【趣味】何も考えず何も感じず、温かい日差しを浴びる事。
【詳細】
いつから生きているか判らない不死身の女。その不死性の為に、異常活用機関に招聘(捕獲)されされ、医療技術向上の為に貢献(実験動物)した。
今現在は機関とは距離を置き、一人旅をしている。(逃亡中)
金銭は主に窃盗と売春で得ている。
性格は異常活用機関での生活の所為で陰気で根暗。
【能力】
不死身。どれだけ身体が傷つこうとも、録画した画像を逆再生したかの様に元に戻る。超強力な復元能力と言えば分かり易いか。
この能力の為か不老でもある。毒や病に冒されても死なないが、治るまで延々と苦しみ続ける。溺死した場合は、陸揚げされれば時間経過で復活する。
頭が潰れれば治るまで何も感じないが、記憶を失ってしまう。この為自分についての記憶が殆ど無く、本名も不明。
【備考】
異常活用機関:
異常殲滅機関が殲滅対象とする者達を、研究・活用する目的の組織。当然の事ながら異常殲滅機関とは仲が悪い。
異常者達にとっては、実験動物か死かの二択となる為、両組織とも忌み嫌われている。
※異常殲滅機関の人間に四苦八苦の名前は知られています。
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投下を終了します
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投下お疲れ様です。
>>『ミゼラブルフェイト』
洗練された老婦人、冒頭で語られる彼女のバックボーンと湖畔のシチュエーションがとても素敵ですね。
だからこそ、使い魔の登場と語られた彼女の正体にとても驚きました。
吸血鬼としての実力も極まり、熟達した精神性を持つ彼女にとって、願いに魅力を感じないのは納得の説得力。
吸血鬼にこの表現が正しいかは疑問に思いますが、裏表合わせてしっかりと己の人生を『生きてきた』人物だと伝わりました。
素晴らしい作品をありがとうございます。
>>『人でなし』
加虐者と被害者、両者合わせて人でない展開、面白いですね。
四苦八苦、この企画では二人目の不死者ですが、彼よりは人らしい情緒が残っている印象ですね。
序盤からとてつもない目にあっていますが、ここから頑張ってほしい。
一方のキムですが、これはまた恐ろしい怪物ですね。
断末魔の合間に解体している相手と会話する描写は、どうあっても人とは相容れない存在だと一瞬で理解させられます。
今作は異常殲滅機関の負の側面が登場しましたが、案の定えげつない事していた……。
機関が本当に駆逐するべき異常は人間社会で自由を謳歌し、無害な存在が割を食うのは世の無常さを感じさせます。
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投下します
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(デスゲームか。僕も昔、何度もそういう作品を見てきたけどまさか参加者側になるとはなぁ)
黒髪、セミロング。少女のような少年は自分の置かれた状況を冷静に受け止め、名簿を眺める。
見せしめの少女は可哀想だと思うが、死体はもう見慣れている。今更吐く気もしない。
あの場で何も動けなかった自分の不手際は情けなく思うが、自由を剥奪された状況では仕方ない。
これが知人友人ならばもっと感情を荒らげたかもしれないが、相手は他人だ。ゆえにあまり心動かされない。同情こそするが、それだけ。
それよりも自分が殺し合いに巻き込まれたことの方が気になる。
(異世界転移の次は、まさかのデスゲーム参加。流石にジャンルが違い過ぎだろ)
少年――ハインリヒ・フォン・ハッペは異世界転移者だ。
最初はなかなか才能が開花せず同じタイミングで異世界転移してきたクラスメイト達に見下されていたが、地道な修行を積み重ねるうちに勇者として呼び出されたクラスメイト達を超越し、世界を救うようなことも何度かあった。
ちなみに元の名前は太郎。あまりにもダサすぎてクラスメイト達から受けたイジメの原因の一つでもあり、異世界でハインリヒ・フォン・ハッペを名乗っていたら定着して誰からもそう呼ばれるようになった。
……が、この名前。
実は今だとあまり気に入ってない。
(我ながら相変わらず痛々しい名前だな……)
名簿を見て、心底痛感する。
厨二病が発症してる時期に付けた“最高にかっこいい名前”だったはずが、今では痛々しい名前にしか見えない。
ハインリヒは実在する名前なのだが、痛々しいと思ってしまうのは元厨二ゆえか。
(まあ神とかNo.013よりはマシか)
どう見ても偽名臭い名前2つを見て、少し安堵する。どうやら上には上がいたようだ。
(僕も昔は13って数字が好きだったなぁ……)
過去を少しだけ懐かしむ。
13とは。XIIIとは厨二病の大好きな数字だ。
作品によって不吉を届けたりする、それはもうめちゃくちゃカッコいい数字だ。
厨二病時代を黒歴史だと思ってこそいるが、なんだかんだあの頃も嫌いじゃない――というのがハインリヒという男である。
今では厨二病的な言葉を痛々しいと思うが、別に完全否定するつもりはない。男ならば誰しも通る道だと理解もしている。
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(……神っていう偽名は厨二というより小二な気もするけど……)
神を自称するなんて、厨二にしては少し幼稚さを感じる。
もっとも神を自称する悪役なんかはたまに居るし、そういう輩の可能性も高いが。
名前を“神”に変えた者は知らないが、自称神は異世界でも遭遇したことある。なんなら、倒したことも。
(とりあえず神を自称するヤツなんて、どうせロクな輩じゃない。この“神”もデスゲーム作品によくいる狂人タイプだろうね)
神を自称するなんて、小二でなければ気狂いだ。要注意人物として、頭の片隅にその名を留める。
(他にも気になる名前はあるけど、同姓同名の可能性もある。……そうであってほしいと、思わないでもない)
ハインリヒは大半のクラスメイトを見下している。元々スクールカースト最下位のオタクだったし、カツアゲやら暴言やら何度も受けてきた。陰口ですらなく、面と向かって罵倒されたこともある。
だが中にはそういうことをしなかったクラスメイトも居たし、自分と同じような異世界転移者にもハインリヒを見下さず、対等の存在として扱ってくれた者も居たのだ。
他にも仲の良い異世界人だっていないわけじゃない。
そういう人々が巻き込まれず、ただの同姓同名だと思いたい。
(さて、どうしたものか――)
今後の方針を考えながら、右手を伸ばす。
そうすることで《異界》に接続(アクセス)し、一振の剣を掴み取る。
(ふむ。武装や所持品は没収すると言ってたけど、契約して能力のように使役する武器なら話は別ということか)
ハインリヒが手に持った刀は、彼と契約を交わし何時でも召喚可能になった刀だ。これは武装ではなく、能力として処理されていた。
名をドンナー・シュヴェルト。ハインリヒという名も同じ理由だが、やはりドイツ語というものは厨二心を刺激する。
まあ今では恥ずかしくも思うが、今更その名を変えても逆に違和感がある。それに“言葉”は力を持つモノだ。ずっと口にしてきた名を変えて、性能に何らかの支障をきたしたらたまったものじゃない。
(じゃあ、こっちは――)
次いで《異界》から白銀の銃を取り出す。
名を、ドンナー・ゲヴェーア。銃身に雷の魔力を溜めて発射する仕組みの銃だ。
溜め込んだ魔力の量に応じて威力や規模は変わる。
(武器は問題無し。これなら大したスキルや魔力がない僕でも、なんとかなりそうだ)
ドンナー・ゲヴェーアの動作確認を軽く終えて、ハインリヒは胸を撫で下ろした。
彼は異世界転移者だが、大したスキルを持っていなかった。魔力も平均くらいで、お世辞にも強いとは言えないのが転移初期のハインリヒである。
そこからクラスメイトや異世界人達を見返すために必死に努力し、研究し、今の強さを手に入れた。今では身体能力が高く、接近戦も得意だが当初はスライムを狩るのが精一杯の劣等生だった。
世界を平和に導いた後は身バレしないように女装して隠居していたが、契約を交わした武具は今なお健在である。
(……それにしてもデスノはどうやって僕の存在を知ったんだ?まさか神とか、そういう上位存在だったりする……?)
ハインリヒは異世界に居た。
異世界に干渉出来るのなんて、それこそ神だとかそういう存在くらいだ。
もっともこの殺し合いはハインリヒが転移していた世界で行われている可能性もあるのだが、デスノの手法や展開が転移前にちょくちょく読んでいた“デスゲーム作品”と似ていたので元の世界が舞台だとハインリヒは考えている。
(……まあ相手が神だとしても、逆らうしかないか。死体は異世界(あっち)で何度も見てきたけど、悪趣味なデスゲームのために積み上げる気はない。人殺しなんて胸糞悪いし)
悪人を殺したことは何度もあるが、それでも胸糞悪かった。
ゆえに悪人ですらない者を殺せばどんな気分になるかなんて、容易に想像出来る。
(……もちろん危険人物は殺すけど。どうせデスノはそれすらも。悪人とそれ以外の勢力がぶつかり合うことすらも、計算のうちだろうなぁ)
異世界を救った転移者も、今やデスノの掌の上。
あまりにも情けない現状に。ウンザリするこの状況に、ため息を漏らす。
「我が名はアンゴルモア・デスデモン!デスノ・ゲエムよ!いざ尋常に勝負!!」
(――ナニコレ。アンゴルモア・デスデモン?なにその痛い名前、あいたたた!)
「ほら!コソコソと隠れずさっさと姿を現すが良いのだっ!」
(……ダメだ、このアホ。早くなんとかしないと……)
ハインリヒは呆れながらも、声がした方へ向かった。
-
卍
「どうした、デスノ!まさかボクに怖気付いたのか!?」
痺れを切らして少し怒気を含んだ煽りを繰り出す黒髪眼帯の少女……のような男、アンゴルモア・デスデモン。
ハインリヒはそんな彼に背後から気配を殺して近付き、肩をトントンと叩いた。
「うひゃあ!?」
アンゴルモア・デスデモンの反応は、その強そうな名前とは正反対だった。
先程までの威勢は何処へやら。ビクリと跳ねると、咄嗟にハインリヒの方へ振り向く。
「は、は、背後からとは卑怯な!よもやデスノ・ゲエムの臣下なのか――!?」
「殺し合いの場で卑怯も何も無いって。僕が殺人鬼だったら、今頃キミ殺されてるよ?」
「ゔ……。それはまあ……ぐぬぬ……」
何かを言い返そうとするも、言葉が思い浮かばず悔しがるしかないアンゴルモア。
「で、キミは何をしてたのかな」
「見ていたのなら、わかるであろ――いたっ!」
ぺし。
あまりにも痛々しい口調につい頭を軽く叩いてしまった。
「な、何をするのだ!痛いではないかっ!」
「いや、あまりにも痛いからつい」
「痛い!?痛いってなんだ?痛いのはボクなのだが??」
「うん、そうだよ。キミが痛い。過去の黒歴史を見せ付けられてるような痛さ」
「むむむ……。もしやボクの厨二病のことを痛いって言ってますか!?」
「その通り。誰もが一度は通る道だけど、デスゲームでロールプレイするレベルはあたおか」
「……デスゲーム、だからなのだ……」
ハインリヒの辛辣な言葉にポロりと、本音が零れる。
「殺し合いは怖くて、恐ろしい。そんなことはボクにもわかります。でもだからってずっとビビってたら……他の人に殺されるだけ。
そんな悲劇(バッドエンド)は嫌だ。だからボクは足掻いて、抗って――このデスゲームを終わらせたいのです……!」
(ああ――なるほど。
この子は、デスゲームが怖くて――それでもへし折れないために、厨二魂を燃やしたのか)
眼帯という厨二アイテム、アンゴルモア・デスデモンという厨二丸出しの異名。
なるほど、目の前の少女(とハインリヒは思ってる)は痛々しい厨二病だ。
だが――その魂には。
恐怖をその身に感じ、それでもなお折れないハートには、目を見張るものがある。
「――良かろう。アンゴルモア・デスデモンよ、本気でデスノに抗いたいのならば――このハインリヒ・フォン・ハッペに着いてくるが良い」
「……え?」
ハインリヒの急変に、アンゴルモアが呆気に取られる。
「何を驚いているのだ?この巫山戯た殺戮場に。デスノ・ゲエムに終焉の一撃を与えるのだろう?」
「う、うん!じゃなくて――」
違う、違う、そうじゃない。
こういう時は。覇道を往く者が魂を交わす時は――こうじゃないのだ!
「うむ!我が同志、ハインリヒ・フォン・ハッペよ。協力、心より感謝する。
――さあ、この遊戯に終焉を与えようではないか!」
そして二人は固い握手を交わした。
-
卍
「久々に厨二心を出した感じ――恥ずかしいけど、やっぱり意外と悪くないね」
「うむ!厨二とは、最高なのだよ!」
互いの魂を分かちあった後、ハインリヒは通常モードに戻っていた。
満面の笑みで嬉しそうにしているアンゴルモアを見ていると、自然と笑みが零れる。
その後、二人は自己紹介した。
アンゴルモア・デスデモンという名はネット掲示板やネトゲで名乗っていた異名で、本当はもっと普通の名前――とアンゴルモアは照れながら話したが、想定内の回答だったのでハインリヒは特に動じなかった。元厨二だからカッコいい名前に憧れる気持ちは、わかる。
だがお互いが女装してるというのは、二人とも驚いた。
ハインリヒは身バレを防ぐため。……と、女装していた方がチヤホヤされて気分が良いから。
アンゴルモアは異性の服装を着ることがオサレだという、これまた厨二的な理由。実際、男の服より女の服の方が選択肢が多く、必然的に厨二率も高い。
「そもそも男の服は似たり寄ったりでつまらないよね」
「うむ。厨二以外の観点から見ても、そうであろうな」
そんな他愛のない会話をしながら、互いの支給品を見る。ハインリヒは独自の武具を2つも使役出来るせいか、ランダムアイテムの数が少なかった。
アンゴルモアの方は――
「おお!この杖……手にするだけで力が湧いてくるではないか!まるで魔力、魔力なのだ!」
「妄想ロッド……か。普通の参加者ならともかく、アンゴルモアには当たり武器だね」
妄想ロッド。
それを手にしたものは、自身の妄想力を魔力へ変換して攻撃魔法を扱える。
本来ならばただの厨二患者であるアンゴルモアにも“公平に”武器が渡された。ワンマンゲームを嫌がるデスノの配慮なのか、アンゴルモアに相応しい杖が。
「前衛と中衛は僕がやるから。後衛は任せたよ、アンゴルモア」
「うむ!任された!」
【妄想ロッド】
如何にも魔法使いが持ってそうな木の棒。それを手にしたものは、自身の妄想力を魔力へ変換して魔法を扱える。今のところ扱えるのは攻撃魔法のみ
意外と頑丈で単純な打撃武器としても使用出来る
【名前】ハインリヒ・フォン・ハッペ
【種族】人間
【性別】男
【年齢】26
【職業】無職
【特徴】見た目は高校生程度。セミロングの黒髪を後ろで一つ三つ編みにしている。目の色は青。アホ毛
【好き】厨二作品(実はまだ抜けきれてない)、スローライフ、下克上
【嫌い】イジメ、無駄な争い
【趣味】女装、鍛錬、厨二妄想(なんだかんだ抜けきれてない)
【詳細】
異世界転移者。クラス全体が転移してしまい、当初は大したスキルも魔力も持たず、見下されていた。最初は挫けていたが、せっかく異世界転移したのにダサいまま終わるのは嫌だからと猛特訓。今の強さを手に入れた
元々がかなり重度な厨二病なので、実はまだ厨二病を完全には脱し切れていない
【能力】
・ドンナー・シュヴェルト
雷を纏った刀。刃先から雷を放出したり、切っ先を伸ばすなどの芸当も可能。
この刀を媒体として自身の肉体に雷を纏わせることで、超高速の行動を可能にする
・ドンナー・ゲヴェーア
銃身に雷の魔力を溜めて発射する仕組みの銃。
溜め込んだ魔力の量に応じて威力や規模は変わる。ある程度溜めた一撃は、よほど硬くなければバリアなどでは防げない。
・帯電体質
電気や雷によるダメージを受けず、むしろ己が肉体に纏わすことが出来る特異体質。使い道が限られすぎて異世界ではハズレスキルと言われていた
【備考】
ドンナー・シュヴェルトとドンナー・ゲヴェーアを自由に使役出来ますが、そのせいでランダムアイテムが少ないです
【名前】アンゴルモア・デスデモン
【種族】人間
【性別】男
【年齢】15
【職業】不登校
【特徴】黒髪のボブカット。眼帯。カラコンでオッドアイのようにしている
【好き】厨二妄想、カッコいいこと、ポエム、ゴスロリ、同志(厨二病患者)
【嫌い】いじめ、痛々しさを本気で軽蔑されること
【趣味】女装、厨二妄想
【詳細】
重度の厨二病患者。カッコいい言動に憧れ、それを実践したら痛々しさゆえにイジメの標的になってしまった。それ以前にも華奢な身体を性的な意味でホモの同級生から狙われたり、何かとハードな人生を送っている。
結果的に不登校になるが、ゴスロリ厨二に憧れて女装してみると予想以上に似合い、ネットに晒すとめちゃくちゃウケが良かったので女装にハマった
実際は“かわいい”という評価が多いのだが本人は“オサレ”だと思っている
ちなみに厨二演技をしてない時の素は敬語口調
【能力】
なし。厨二病なのでデスゲーム作品の知識についてはある
【備考】
妄想ロッド所持中。現段階で扱える魔法は攻撃魔法のみ
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投下終了です
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投下お疲れ様です
>>『人でなし』
いきなり何事か!!?藤原竜也botか!!?と思いました(笑)。
本作2人目の不死キャラですね。しかしこっちはのっけから大変な目に遭っていますね。
スヒョンは中々ヤバイサイコキャラですが、他のサイコとどう区別付けていくのかきになりますね。
>>『痛さは強さ 〜折れないハート〜 』
お、出ると思った異世界キャラ、ついに出ましたね(レイチェルはどっちなのかは不明ですし)。
アンゴルモアを始めとする地球キャラとどうかかわって来るのか気になります。
では私も雪見 儀一、加崎 魔子で予約します。
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舛谷 珠李を予約します
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ルイーゼ・フォン・エスターライヒで予約します
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笑止千万を予約します
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すいません。加崎魔子の予約を取り消し、雪見儀一のみで予約します。
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投下します。
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これは、遠い遠い、未来の出来事。
物語の未来の世界より、ずっとずっと、先の話。
誰にも知られることの無くなった、死んだ世界の物語。
そこは、真っ白な空間だった。
地面も空も、白一色に覆われていた。
何より印象的なのは、そこに何もなかったということだ。
建物も、森も、海も、砂や石さえない。
海砂利水魚とは限りない物の例えとされているが、それすら見当たらないのだ。
地面には傾斜や凹凸は全く見えず、地平線までまっ平らな世界が続いていた。
そんな世界では、生き物などがいるはずもない。
いや、いた。
白に紛れていたが、真っ白な世界で唯一色を持っている存在だった。
姿はおおよそ、人間のものとは思えない。
人間を優に超す体躯をしており、そのほとんどが白銀の鱗に覆われている。背中には2枚の翼が生えている。
面立ちもまた、人間のそれではない。目玉はルビーのように赤く、口からは所々折れた牙を見せている。
頭には緑の混ざった鬣。そして鋭利な角が生えている。
この物語を読む者の世界で言うのなら、竜という生き物に酷似しているだろうか。
その生き物は食物を探すことも、眠ることも無かった。
ただ、目を開けたまま銅像か何かのようにずっと蹲っているだけだった。
まるで生き物としての生を、一切合切放棄しているかのように見えた。
そこに、新しい色がまた一つ。
どこからこの世界にやって来たのかは分からないが、老齢の人間だった。
老人なのかは分からないが、伸びた白髪と白髭、そして顔中に刻まれた皴が、彼の年齢を物語っていた。
「ここへ人が来るのも、随分久しぶりだな。」
怪物と老人。
到底共存できそうには思えない。
だが、見かけで判断するなという事か。
怪物は珍しい物でも見たかのような瞳で、老人を見つめた。
その視線は、敵意があるようには見えなかった。
彼の言葉に対し、老人は何も答えない。何の質問もしない。
歩き続けた老人は、疲労を感じたのだろうか
背負ったリュックをドサリと降ろし、何もない地面に腰かけた。
その後初めて、老人は口を開いた。
「ここはお前のねぐらか。少し休ませてくれ。」
大きい声ではないが、物怖じしない言葉は、彼の人生の厚さを表しているかのようだった。
世の酸いも甘いも嚙分け、幾度もの出会いと別れを経験していることを物語っていた。
それは怪物にも分かっていた。分かっていただけだ。それに対し敬意も侮蔑もない。
何しろ、人間が自分に対して行うことは決まっているからだ。
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「休ませろと言ったな?嘘を吐くな。儂が分からぬとでも思ったか?」
ニイ、と怪物は笑った。
どこか子供のついた可愛らしいウソを看破した大人のような、達観した笑みがそこにあった。
「貴様ら人間の敵であった儂らを、殺しに来たのだろう?はした金欲しさにな。」
「どういうことだ?私はただの世捨て人だ。はした金欲しさとは?」
怪物は知っている。
次元を超えた人間と、『アクマ』との戦争を。
人間は機械生命体を作り、それに対してアクマは自分やその同胞を味方に加えた。
身体が大きく、人間や機械生命体の銃を数十発受けても死なない彼らは、生物兵器としてうってつけだった。
数十年に渡って行われたの大戦争の後、勝ったのは人間だった。
そして、人間達はアクマ達への、アクマに力を貸した者への残党狩りが行われた。
人間の彼らに対する憎悪は消えることは無かった。
何匹もの同胞が狩られ、鱗や角は工具に。
そして、死体は金へと変えられた。
「呆けるな。貴様らは儂らやアクマが憎くて、ここへ来たのではないのか。」
そこへ来て、初めて老人は合点が言ったかのような表情を浮かべた。
だからと言って、怪物が今まで見て来たような、憎しみや敵意などでは無かった。
むしろ、どことなく愛嬌のある表情だった。
「アクマ?お前はあの伝承のアクマを知っているのか?何か関わり合いがあるのか?」
「知らぬとは言わさぬぞ。儂はアクマ共と、貴様らの同胞を何十人も喰ろうてやったわ。」
その言葉を聞くと、老人は少しだけ驚いた顔をした。
だが、すぐにもとの安穏とした表情に戻った。
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「知るはずがあるものか。私たち人間がアクマを最後に見たのは、今から80年以上前のことだ。」
老人は嘘など言ってはいない。
人間とアクマの戦争は、老人が生まれる前に終結を迎えており、彼も本で読んだだけだ。
小さい子供の頃、祖父からその戦争について僅かながら聞いただけだ。
彼にとって、アクマとは過去の存在だった。
「そうか…この頃人間が来ぬと思っていたが、それだけ…いや、貴様らからすれば、それほど経っていたという事か。」
戦争が終わってから、107年が過ぎていた。
だが107年という年も、300年以上生きる怪物からすればほんの一部のものだ。
だが、自分が忘れられた存在になっているのは思ってもみなかった。
その話を聞き、老人が本当に自分を殺すつもりは無いのは分かった。
ウソならば、もう少しマシなウソをつくはずだ。
「だが、儂が目的でないというのなら、何をしにここへ来た?」
この世界は、次元の狭間。アクマが人間界に侵略する際の前線基地になった場所だ。
アクマが全滅した際にその跡も、一匹の怪物を除いてすべて消えてしまった。
今まで残党狩りを行っていた人間がここに来ることはあった。
だが、それすら忘れてしまった人間は、普通この場に来ることは無いはずだ。
「理由などない。いや、あるとするなら、私のこれまでの話を聞いてもらう者を探していたということか。」
怪物にとって、老人は今まで見たことのない存在だった。
自分を見ても敵意を見せず、あろうことか同じ人であるかのように扱う。
そのような存在のことを、少しだけ興味を持ち始めた。
毒を抜かれたのか、はたまた長年の孤独により戦意を失ったのか、少なくとも彼を殺す気にはならなかった。
「ならば話せ。」
それは、初めて湧いた興味だった。
アクマの走狗として戦い続けた怪物にとって、敵と飼い主、それに同胞以外の何かと出会えた瞬間だった。
「まさか聞いてくれる相手が、人では無かったとはな。」
老人は話し始めた。
彼が生まれたのは、人間とアクマの戦争が終わってからの時代。
だが、戦争が終われば激しくなったのは、人間同士の競争だった。
受験、就職、出世。
戦争が始まる前の時代と、何ら変わらない競争が続いた。
老人はずっと勝負に勝ち続けて来た。
一流の中学、一流の高校、一流の大学、そして一流企業への内定を取れた。
だが、最後の最後で負けた。社長の座に王手がかかる瞬間のことだった。
-
彼が勤めていた会社は、古今東西の音楽を広める企業だった。
ある途上国のある地域で、長年伝わっている音楽を、彼の国にも広めようとするプロジェクトだった。
出張で行ったその国で、その曲を、舞いを目の当たりにして、是が非でも広めたいと思った。
そのプロジェクトが成功すれば、利益だけではなく途上国と日本の国交も広まるはず。
いよいよ社長の座も夢ではなかった。
だが、彼の目論見は失敗に終わった。
相手国の音楽団体が、曲を国外に広めることに興味を持っていなかったこと。
国が、その地域の自治体が文化事業に対して金を出し渋ったこと。
何度も頭を下げ、彼らの公演を動画にしてもらったが、再生数はさほど伸びなかった。
彼の計画によって、会社は大きな赤字を出すことになった。
その赤字は彼の競争相手によって埋められたため、会社の倒産には至らなかった。
だが、彼が社長の座に就く機会は永遠に失われた。彼の初めての挫折だった。
それからすぐに、会社を倒産させかけた人間として、後ろ指をさされ始めるようになった。
恋人を作らず、勝つことのみを糧に生きて来た彼にとって、それは人生の破滅にも等しい結果だった。
やがて家を売り払い、所持金も最低限の物を除いて慈善団体に寄付した。
そして当て所なく国を旅していた。携帯食が尽きれば餓死するが、それで良いと思っていた。
「愚かな奴等だ。儂らと戦う必要が無くなれば、今度は同胞で食い合いをし始めたか。」
「そうでない生き方もあるはずだがな…少なくとも私は競争でしか生きられなかった。」
鼻で笑った怪物の瞳には、侮蔑というより憐憫が籠っていた。
だが何より、この男が惹かれた音楽というのが気になった。
怪物は男に惹かれている。だから、この男が惹きつけられた音楽というものがどのような物なのか気になった。
彼にとって人間の奏でる音楽とは、突撃のラッパや銅鑼のような、戦争と関わるものばかりだからだ。
「話が違ってないか?」
怪物だというのに、いや、怪物だからこそ、彼の話におかしな所を見出せたのだろうか。
「今私が話したということは全て事実だ。何が違っているというのだ。」
それを言われ、老人は眉を顰める。
自分は間違ったことなど何一つ言ってないのに違っていると言われるのは、聊か腹立たしいものだ。
「貴様は競争でしか生きられないと言った。なのになぜ、何処とも分からぬ国の音楽などに興味を持った?」
怪物の言うことは正しい。
もし老人がよその国の音楽などに興味が無ければ、分が悪い賭けなどに出る必要はない。
音楽などに興味を持たず、生まれた時からアクマの家畜として生きていた怪物だからこそ、気づいた疑問だ。
-
「それが儲けになると思ったからだ。」
「嘘だ。それならば分の悪い賭けなどに出る必要が無い。」
「……何故だろうな。」
それには、彼にも分からなかった。
当事者である彼が、一番わからないのではないか。
「ならば儂に聞かせてみるが良い。その音とやらを。」
怪物の言葉と共に、老人は地面に置いたリュックから何かを取り出した。
それは小さなつづみ太鼓だった。
音楽などは老人の時代、ほとんど機械で演奏されていた。
それ以外の道具で演奏するなど、ただのデカダン主義者と扱われていた。
だが、彼はその鼓の軽い音が好きだった。
その理由は何故か、どうして彼の近くにあったのか、いつから好きになったのかは、もう覚えていない。
新入社員の時に上司から𠮟責を受けた日の週末は、たまに太鼓を叩いて気を紛らわせていた。
殆んど手に入れた物は売り払ってしまった彼だが、それは手放さずに持っていた。
床に置いた太鼓を、老人は叩き始めた。
彼があの国で聞いた曲を、全て。
一心不乱に叩き続けることにした。
この場には楽譜は無い。けれど彼の全身に、あの時聞いた曲が刻み込まれている。
(力強い調べだ……戦に出向く前のようなものを感じる……。)
何より気になったのは、目の前の老人の、表情の移り変わりだ。
鼓を打ち始めた老人の表情は、命に満ち溢れていた。
だが、自らを金のため、同胞のために殺そうとする者達の表情とは異なる。
白髭に覆われていたが、光と見紛うほど、輝いた表情がそこにあった。
やがて一曲が終わった。
戦う事しか知らなかった怪物にとって、まったく感じたことのない気持ちが全身を駆け巡った。
そして初めて、怪物は涙を流した。
「他に曲は無いのか。」
「そう急かすな。私も少し休ませてくれ。」
老人は携帯食となっている錠剤を取り出し、水に溶かした。
水はやがてオレンジ色のゼリー状の物質になり、それを老人はスプーンですくって食べる。
怪物はただそれを眺めていた。
「お前さんも食べるか?」
まさかそんなことを言われるとは、怪物にも思わなかった。
怪物は口腔から摂取する必要はない。
アクマが生み出すエネルギーを吸収すれば生命維持に必要になったし、そうしなくても200年は生きられる。
だが、無言で老人が持っていたスプーンに舌を付ける。
-
「旨いか?まあ、こんなものに旨いもまずいも無いが。」
「……分からん。」
「そう言えばお前さんの名前を聞いていなかったな。何と言われていたのだ?」
「名前など無い。そんなものを付けるのは、貴様らだけだ。」
事実、家畜と同じ扱いをさせられていた彼らは、名前らしい名前などはない。
番号で呼ばれていたが、それは名前と違うのはすぐに分かった。
「私は雪見儀一。雪を見る…と言ってもお前は雪を知っているのか?」
「見くびるな。それぐらい見たことがあるわ。第一、儂が名前を教えろなど一言も行ってないぞ。」
「なあに。そっちが名前を教えてくれないから、こっちから名前を教えただけだ。」
片や長らく誰かと業務以外の話をしていない男。片や生まれてから戦争以外で言葉を交わしていない怪物。
そんな間に生まれるのは、かみ合わない会話。
だというのに、一人と一匹は会話を楽しんでいた。
人は一人では生きられないと言うが、それは人間だけに当てはまらないのかもしれない。
老人は新しい曲を奏で始めた。
今度は鼓が出す軽い音を使った、軽快な曲調だ。
そんな中、またしても怪物の心に変化が生まれた。
ずっと蹲っていたが、100数年ぶりに身体を動かしたくなったのだ。
うろうろ、よたよたと手足を、身体を動かし始める。
暫く身体を動かせていなかったので、そんな動きなのも当然だ。
だが、それは音楽によって作られる舞いだった。
「舞いたいのならば、舞って欲しい。1人で演奏するのも寂しいからな。」
儀一と怪物の心が通った瞬間だった。
曲はさらに進んでいく。
二曲目が終わった瞬間だった。
突然、儀一が咳込んだと思ったら、血の混じった痰を吐き出した。
「……病か?」
人間のことを良く知らない怪物でさえ、儀一が由々しき事態になっていることは分かった。
事実、その通りだった。
雪見儀一という男は癌を患っていたのだ。
彼の時代では、癌は不治の病という訳ではない。それでも、早期からの対策が必要になって来る病ではある。
日夜問わず仕事にかかりきりで、健康診断さえおざなりにしていたため、気づいた時はもう手遅れだった。
「ああ。」
もしも神という者がいればの話だが。
彼についている神というのは、どうにも意地が悪い様だ。
何かさせておいて、それを順調に進めておいて、最後の最後ではしごを外してくる。
だが、そんなことぐらいで、彼は演奏を止めるつもりは無い。
鼓は次の曲を作る。
今度は高音と低音が同時に曲を作る、どこか不思議な気分にさせてくる曲だ。
やめろ、と怪物は言いたかった。人を気遣うのはこれが初めてだった。
だが、不思議なことに、言っても無駄だということも分かった。
-
だからこそ、怪物も舞い続けた。
「なぜあの国にいる者達が、楽しそうなのか分かったよ。」
電気も安定してつながらず、灼熱と極寒に苛まれ。
日照りや飢饉でひもじい思いをして。
毒虫や伝染病に怯えながら。それでも楽しそうに踊り、楽器を演奏していた者達のことを。
彼らは、自分たちが生きる上での義務を知り、それを全うしようとしていたのだった。
「そう言えば、お前に礼を渡さねばな。」
「礼だと?」
「とは言っても、渡す物などほとんど無かったな……。そうだ、名前が無いというのなら、私が名前を付けてやる、なんてどうだ?」
「………考えたことなど無かったな。」
そう話しをしている間も、儀一のタイムリミットは迫っていた。
視界が歪み始め、耳鳴りも酷くなってきた。
虚脱感が襲い、全身に冷や汗が流れ始める。
それでも、最後の曲を演奏することにした。
怪物もその音に合わせて舞い始めた。
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
怪物の胸を、言い表すことのできない余韻が埋め尽くした。
曲が終わると、儀一は笑顔を怪物に向けた。
「私の仲間であってくれてありがとう。お前の名前は―――――――――」
その言葉を話し終わる前に、雪見儀一は死んだ。
目を閉じ、何もない地面に横たわった。
怪物は人の死を目の当たりにしてきたが、それまで見た死とはかけ離れていた。
「ギイチ、貴様!しっかりしろ!!儂にどんな名前を付けるつもりだった!!教えろ!!」
だが、彼は動かなかった。答えなかった。
そして、怪物は初めて涙を流した。
ぽたり、ぽたりと赤い瞳からこぼれた雫が、干からびた老人を濡らした。
「恩知らずな奴め。約束を違えるとは……。」
涙を零しながら、友となった男にそう呟いた。
「ならば。貴様の名前、儂が貰うぞ。」
-
☆
それからどれほどの時が経った分らない。
気が付けば、雪見儀一という怪物は、殺し合いの会場にいた。
知っている限り、そこには同胞はいない。
むしろ多いのは、自分の敵だった人間という種族。友を爪弾きにした種族。
かつての自分らしく、そんな者達など殺し尽くせばいい。
だが。
「儂の名は、ユキミギイチだ。」
殺し合いの場に飛ばされて、最初に呟いた言葉がそれだった。
きっと彼ならば、こんな殺し合いに乗ることはないだろう。
彼のことなど、ほんの僅かしか知らない。
だが、彼はデスノの言葉に従うことは無い。己の道を信じ、光なき道を進む。
彼が自分ならば、きっとそうするという確信があった。
【名前】雪見儀一
【種族】竜
【性別】男
【年齢】316
【職業】なし
【特徴】銀色の鱗にタテガミ、黄金の角。大人の馬より少し大きいぐらいのサイズ
【好き】音楽
【嫌い】自分を追い立てる人間
【趣味】踊り
【詳細】
異次元より来訪し地球を侵食する災害"アクマ"の走狗だった。竜はアクマの手により家畜化された種で、彼もまた同じだった。人間とアクマの戦争の際には彼も参加し、何人かの人間を喰らった。
だが、彼が戦場に来る頃にはアクマの力は弱まっており、彼の同胞も飼い主も次々に人間に殺されていく。戦争が終わって人間が勝利を収めた後も、残党狩りをする人間に追われ続けた。
アクマや竜を殺せば懸賞金が手に入るので、多くの人間が彼の同胞を殺し続けた。
どこにも居場所はなくなり、人間への憎しみも薄れていく中次元の狭間でひっそりと死を待つばかりだった。
そんな中彼に未来を与えたのは、何の因果か彼の未来を壊した種族だった。
【能力】
口から炎のブレスを出す。翼を躍動させれば飛べないが強風を起こせる。
また、魔力を吸収することが出来る。余程強い魔法でなければ、ダメージを受けるはずの魔法をエネルギーに変換できる。
他にも何らかの能力があるかも?
【備考】
『雪見儀一』の名を継いで、彼に恥じぬ生き方をする。
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投下終了です。
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加崎魔子、滝脇祥真で予約します
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投下お疲れ様です。
>>『人でなし』
加虐者と被害者、両者合わせて人でない展開、面白いですね。
四苦八苦、この企画では二人目の不死者ですが、彼よりは人らしい情緒が残っている印象ですね。
序盤からとてつもない目にあっていますが、ここから頑張ってほしい。
一方のキムですが、これはまた恐ろしい怪物ですね。
断末魔の合間に解体している相手と会話する描写は、どうあっても人とは相容れない存在だと一瞬で理解させられます。
異常活用機関という新しい組織設定、キャラシの幅が広がる良いアイディアだと思います。
異常存在の有用性を活用したいという組織ですら、無害な四苦八苦にこういった対応をしている時点で、アブノーマルに対する人類社会の扱いが察せられますね。
>>『痛さは強さ 〜折れないハート〜』
異世界転移オリ主、良いですね!
デスノの背後に神に等しい存在が居ると考察しても、抗うことを即座に選べるのは勇者の風格を感じます。
この太郎は安易なチートではなく、努力と工夫で実力を得ているので非常に好感が持てますね。
アンゴルモア・デスデモンといういかにもモンスターっぽい名前をハンドルネームにし、厨二の者という属性を与えたのは予想外かつ新鮮で面白いと思います。
ハインリヒと比べると戦闘力は及びませんが、妄想ロッドと厨二の相性は良さそうなので、思わぬ大活躍を期待できますね。
>>『いつも何度でも』
孤独な竜と人、両者の最後の交流は心暖まるお話で、オリジンとしてとても完成度が高いと思います。
参加者たちは偽名、ハンドルネーム、異名等、名に多様な由来がありますが、こういう経緯で名前を得たというのは斬新で、素晴らしい設定だと思います。
競争に破れ、余命も少なく、捨て鉢になっていた儀一老人は、最後の最後に次にバトンを繋げる事ができたんですね……。
名を引き継いだ竜もまた、彼に出会えて幸運だったと思います。
この殺しあいで、孤独だった竜が、雪見儀一としてどのような結末を迎えるのか、期待が止まりません。
・現時点の未登場名簿
【男性】3/3
○新田目 修武(あらため おさむ)
○壥挧 彁暃(でんく かひ)
○トレイシー・J・コンウェイ
【女性】1/1
○本 汀子(ぽん ていこ)
-
いよいよ企画の本格スタートが見えてきましたね
新田目修武、壥挧彁暃
予約します
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投下します
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突然ですが自己紹介をさせてもらいます。
僕の名前は滝脇祥真、何の変哲もない高校二年生。
非日常だとか全く持って縁のないはずの、普通の学生生活を謳歌していました。
……はい、過去形なのはまあ皆様御存知の通り。
デスノという死神に無理やり殺し合いをしろだとか言われ、これです。
と言うかデスノ・ゲエムってなんですか。百歩譲って北◯武が説明していたら受け入れてましたよ。
何処の外国人なんですか、いや外国人でもまだマトモなネーミングセンスしてますよ。
と言うか正直言ってダサいですよ、いやほんと。
とまあ愚痴愚痴言ってても仕方ないと言うか、完全無力is無力。
ただの学生である自分がどうやって生き残れと。
なので藁にもすがる思いで殺し合いに乗ってなさそうな参加者を探していたのですが。
「我が名はマギストス・マコ! この邪悪な殺し合いを打破せんと誓う最強の魔術師なり!」
変なやつの次にさらに輪をかけて変なやつだった。
何だよマギストス・マコって、何だよ最強の魔術師って。
めっちゃ厨二病な衣装してるし見るからに瞳はカラコンでしょ絶対これ。
見る感じ年はこっちと似たような感じだけど、年の割になんかおっぱいでっかい気が。
こういうのってエロに定評のある友人が言ってたロリ巨乳と言うやつだろうか。
「運がいいぞ少年! このマギストス・マコの第二のしもべとなる栄誉を喜ぶが良い!」
「そこ決定事項なんすか」
事情をちょっと話しただけでこの有様である。いや何でしもべになること強制決定なのか。
どう考えてもただの厨二病こじらせたコスプレ少女にしか見えない。
でも殺し合いに乗っていないということだけわかったのでまあ及第点だ。
「それで、そのマギストス・マコ様はどんな事が出来るんですかね?」
「何だその怪訝そうな顔は!? 我は最強の魔導師なのだぞ! あとは歌って踊れるスーパーアイドル最強魔術師でもあったのだぞ!」
おい最強と魔術師二回も言ったぞ。
まあそのプロモーションならアイドルとして通用してもおかしくないだろうけどさ。
「じゃあアイドルの知名度はどうなわけ」
だが、俺はそんなアイドルの名前は聞いたことがない。
マギストス・マコが芸名なのかどうかは知らないところであるが、自分が知らない程度ならただのマイナーアイドルなのか、もしくは地下アイドルなのか。
「ううむ……こればっかりは、痛い所だな」
図星を突かれたようなのか、このなんちゃって厨二病はさっきまでのテンションが嘘のように収まった。
これはちょっとまずったかと、俺は思わず謝罪を口にしようとして。
「……まあ、仕方のない事だ。――我の心と身体は、もう取り返しの付かない程に穢されてしまったからな」
「……は?」
思考を凍結させるには十分な衝撃が俺に襲いかかったのだ。
-
◆
「子供を人質に取られてしまってな、それからは転がり落ちるように嬲られたものだ」
「何時の頃だったか、玩具とクスリを仕込まれたまま舞台の上で歌えと言われたことがあった」
「その時に我が我慢できず盛大に決壊してしまった。その時は、……何ていうか、笑うしか出来なかったかな私」
「それからはまあ悲惨な事ばかりの人生だった。話すと長くなってしまうからそこは省略させてもらうぞ少年よ」
「今となっては過ぎ去ったことだが、まあ色々辛いことがあったとだけ覚えていればいい」
滝脇祥真は沈黙した。いや、沈黙せざる得なかった事だろう。
その経緯はだいぶ省略して、要点のみとマコと名乗る少女はそう説明した。
言葉はある程度選んだ上で、それをさも平然と語ったその異常性こそが沈黙の理由だ。
いや、平然と語った、というのは語弊がある。
その時のマコの瞳は死んでいた。あれは本当の絶望を知ったものしか出来ない、昏く深い絶望の瞳。
「……あなたの事情はわかりました。それで、結局魔法は使えるんですか?」
「いや我が言うのも何だがあれ聞いて平然と質問も出来る貴様の図太さはなんだ……コホン」
それはそれとして、実際魔法使えるんですか?と言うのが祥真である。
思わずマコもその空気読めないどころか空気読まないの域にある質問には突っ込んで、彼が全く信じてなさそうなので一旦咳払いしつつ。
「ならこれで信じてもらえるか?」
人差し指を軽く上に挙げれば、宙に浮かぶ火の玉。
指を触れば火球は軽く遠くを飛び、指パッチンとともに上空で爆発。
そこに、種も仕掛けもない、本物の魔法であることは確かだった。
「……そうですね、あなたが魔導師であるということはわかりました」
「だろう、褒めろ褒めろこの偉大な魔導師である我をな〜! 他にももっと凄い魔法も使えるぞ〜」
漸く魔導師であることを認めてもらったマコは上機嫌だと言わんばかりに鼻息が荒くなる。
心なしかすげぇドヤ顔してるようにも思えた。
「でも友達いなさそうですよね」
ちょっと苛ついたので祥真、毒を吐く。
本物だろうがなんだろうがここまで厨二病極まってるようなやつは友達いないのでは?という感じで
そんな毒吐きに対して、ほんの少しだけ物寂しそうな表情を見せながら、マコは。
「……いるよ。汚い私を友だちだって言ってくれた、不器用で厨二病で不登校なんだけど」
何時の日だったか、何処かで出会った女の子のような男の子。
こんな自分を、羨むように、輝かしい目で見て、そして楽しく遊んでくれた。
「私をほんの少しだけ救ってくれた、そんな男の娘」
そんな同類(ちゅうにびょう)のことを、心なしか嬉しそうな顔をしながら語る、加崎魔子という一人の少女の姿があった。
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【名前】加崎 魔子(かざき まこ)
【種族】人間
【性別】女
【年齢】16
【職業】元アイドル
【特徴】厨二病全開なアイドル衣装。紫の瞳
【好き】自分を褒め称えてくれる人、唯一の友達、気持ちいいこと(本当はいやだけど抗えない)
【嫌い】気持ちいいこと(これ以上は壊れそうになるから)
【趣味】決め口上作り
【詳細】
かつて「マギストス・マコ」という芸名でそこそこ名が知られていたアイドル。そして正真正銘本物の魔導師。
しかし、子供を人質に取った過激ファンの手によってその心と体は完膚なきまでに破壊され、ライブ中に仕込まれた玩具(おもちゃ)とクスリによって凄惨な放送事故を起こし表舞台から完全に消え去る羽目になった。
心身共に破壊された後遺症は色濃く残っており、日常生活に以上をきたすレベル。
基本的な一人称は「我」だが、素が出る時は「私」になる。基本的に尊大な性格で所謂「メスガキ」と呼ばれるタイプなのだが、困ってる人は放っては置けないし自らを危険にさらしてでも人命を選ぶ善の人。
厨二病ムーブが目立つため違和感は感じられないがそうでないと基本的にメンタルを保ってられなかったりする。そう苦しみながらも誰かのために己を保てるその強靭な心の強さも彼女の強みの一つ。
ちなみに厨二病的性格は幼稚園時代から患ったらしく、「マギストス・マコ」とはその時に名乗っていた。
【能力】
『魔術』
本人曰く「なんか厨二病ノートにオリジナル呪文書き込んでたら使えるようになった」代物。実際に魔法としての威力は十二分かつ彼女自身が構築した独自術式のため、既存の魔法体系に当てはまらず、その手の妨害魔術が通用しないというメリットが有る
【備考】
アンゴルモア・デスデモンとはリアルで面識ありかつ友人関係。
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投下終了します
あと本 汀子、トレイシー・J・コンウェイで予約させてもらいます
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滝脇 祥真の紹介が抜けていましたので追記します
【名前】滝脇 祥真(たきわき しょうま)
【種族】人間
【性別】男
【年齢】16
【職業】学生
【特徴】至って普通の外見、あと眼鏡
【好き】平穏
【嫌い】特に無し
【趣味】特に無し
【詳細】
至って普通の高校に通う至って普通の学生
唯一の個性はどんな状況でも普通でいられる精神及びツッコミ力
【能力】特に無し
【備考】
友人からはそのツッコミ眼鏡っぷりから「まっつぁん」とか呼ばれている
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投下します
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世界とはコインの表と裏である。
何ら変わらない日常の反対側、それは汎ゆる異常が蔓延る魔の領域。
魔術、科学、妖魔。人に害なす存在は同じ人や災害だけにあらず。
だが、世界の日常と非日常の境界は崩れ落ちた。
それはデスゲームという形だけではなく、別の世界にて。
或る男がいた。その男は世界の真実を追い求め、その過程で混沌を望んだ。
男にとって世界は窮屈であり、現実的すぎてつまらなかった。
男は優秀な科学者でもあり、彼は真実と混沌を追い求めた果てに凶行を引き起こした。
その結果、彼が開いたゲートから厄災が呼び込まれたのだが。
男にとってそれは真実の一端を掴んた程度の成果でしかでなく。
満足しなかった男はゲートを開く技術を使い数多の世界を渡り歩く。呼び寄せた厄災を置いてけぼりにして。
バートランド・ラッセルが提唱した世界五分前仮説というものがある。
その名の通り世界は5分前に生まれたという仮説であるが、その5秒前と言う名の過去を証明する術は現代にはない。
卵が先か、雛が先が。自らを結びつける過去という因果は何処から生ずるのか。
過去を遡る手段を用いたとして、その過去すら先に作られた雛ではないのか。
男は望む。世界の真実を。混ざり合う世界の、混沌の果て、滅びと救いの境界すら超越した結末を。
その過程で、世界が終わろうとも。彼だけがただ次なる世界で答えを探すだろう。
-
◆
「……殺し合いに乗っていなければ、無意味な事はしたくないです」
「ほうほう」
鮮やかな薄紫色の長髪を揺らす、巫女服姿の少女。
小袖の下は豊満な胸をさらしで巻いている程度で、恐らく下着の類は着ていないと判断できる。
その佇まいは巫女のコスプレをした痴女とは断ずること出来ない、その手の本物。
そんな凛々しい彼女が見据えるのは、如何にも胡散臭い雰囲気の髭のおじさん。
巫女は妖魔と戦うもの、最も近頃の巫女は妖魔だけでなく南蛮の悪魔やらとも戦うことがある。
なので和洋問わず邪気には敏感、そのはずだった。
なのに、この男は、何の気配も出さないまま自分の前に現れた。
星神神社の退魔巫女、本 汀子はそんな男の底の知れ無さに冷や汗を隠しきれない。
「にしては背中の得物は時代錯誤甚だしいと私は思うのだがね」
「最近の巫女は和洋折衷を取り入れる時代なんです、偏った考えだけでは生き残れません」
男が指摘するは、汀子が背負う巨大な長太刀。包帯で巻いて刃を隠しているようだが。
どう見てもそれは刀工が手間ひまかけて作ったであろうものではなく、恐らく機械的な仕組みで作り上げられたものだろう。
「巫女なのに機械使うのってどうかと思うよ」
「……まあ、否定はしません。手持ちで武器になりそうなのがこれでしたから」
妖魔とは文明から取り残された悪意でもある、と星神神社に遺された歴史書が語る。
なので機械等の武具は妖魔に対してはほぼ無意味であり、呪符や洗礼が為された刀剣類による退治が主流となる。最近は西洋の悪魔退治の知識も得て洗礼弾での銃撃も有効となった。
中には、一切の道理を無視し文明の利器で妖魔を倒す自称超超々大天才科学者(キ◯ガイマッドサイエンティストクソアマ)なんているのだがそれを話すと彼女の中の怒りメーターが大爆発するので閑話休題。
「君の事情は大体察したよ、久しぶりの"本物"とは」
この巫女は本物だと、男は確信する。
現状の装備品こそ矛盾しているが、少なくとも彼女が巫女であることは間違いない事実であろう。
それでどうするか、巫女は見るからに殺し合いに乗っていない側の人間であろう。
年相応の正義心で殺し合いを乗り越えようとする全く持って純粋な少女だ。
立ち振舞いや警戒心にもそれが出ている。修羅場を乗り越え、悲劇を経験した。
そんな汀子と対峙する男、トレイシー・J・コンウェイという混沌の担い手は。
彼女の本質を覗き見るために、敢えてこう質問する。
「では素人恐縮であるが一つ、あのデスノとは何だね?」
「手遅れ」
確固とした決意を秘めた口調で告げた汀子が、言葉を続ける
「あれは人間でありながら悪魔に魂を売った怪物。もしくは人間の心を壊して取り付く妖魔の類」
「精神寄生生命体だとかその手の類かね?」
「違う言い方をすればそういう類とも分別できますね」
「相手取ったことがあるのかね? その上で"手遅れ"相手は切り捨てたことはあるのかね?」
「……経験は」
「ふむ」
ほんの少しだけ、返答に淀みがあったことをトレイシーは見逃さない。
彼女は強い人間だろう。寄生されたとは言え同じ人間相手を切り捨てる行為は中々できない。
トレイシーはそんな人間をよく見てきた、だから知っている。
「いやはや恐れ入った。アガサ・クリスティの文学曰く『殺人は癖になる』と言うが、君はそうでは無さそうだね」
「本当に、手遅れだった場合だけです。まだ救う余地があるのなら最後まで足掻きます」
成る程と、トレイシーがヒゲを小指で弄りながらも頷いた。
謂わば緊急避難でそうなったとなれば、まだ割り切れる可能性はあると。
-
「カルネアデスの舟板。その年頃の娘にとっては酷な選択だっただろう。だが、割り切れる返答の割には視線を少し逸してたぞ」
「それが、どうしたんですか」
だが、トレイシーは僅かな違和感を見逃さない。
汀子が自分から視線を逸した動作を。
余り穿り返されたくない過去を、追求されたからと言って真顔で喋れる人間はそういない。
いくら取り繕った所で、精神的な動揺というのは顔や身体に出るものだ。自分を除いてだが。
せっかくなので、真実を突いてやると、トレイシーは不気味に笑い。
「その経験、友達相手だね」
「―――――――!」
彼女にとって追求されたくないであろう後悔を、容赦なく撃ち抜いた。
「人間は他人とそれ以外のコミュニティで区別したがる。家族だが友人だか、それは所詮血の繋がりだとかシンプルに仲がいいだとかそれだけの他人だろうに。だが、人はさらにそれを感情で更に区別してしまう、好悪の種類は千差万別十人十色。私もそうだが人間は感情に縛られる生き物だ」
上機嫌に、饒舌に喋り倒す。
「君の初経験。もしそれが赤の他人であるなら多少の後悔はあれど貫けただろう。私に対してもそのような動揺を見せなかったはずだ。だが君のその始めては友達相手! 私が予測するに追い詰められが為の緊急避難、しかもその友達に頼まれての介錯!」
「――っ! ―――っっっ!!!」
「どうやら図星のようだね、わなわなと拳を握りしめて震わせてるようだがおお怖い怖い! 巫女という仕事、裏の世界は表の世界と関わること自体がリスキーだ。恐らく君は表向きの友達はいれど裏の世界を理解した上での友達は今までいなかったのだろう、その親友以外は!」
トレイシーの熱弁は加速する。
「だが、その親友は瑕疵だった。何処でしくじったかは知らないが、親友は凶悪で醜悪な妖魔とやらに取り憑かれたのだろう。かつ、取り憑かれた後に何人殺したのだろうね! だが、幸か不幸か、彼女は辛うじて意識があった。ただの一般人が大量虐殺の罪の重みに耐えられるわけがない。裏を知っているからと言って実際にそれを為すのは只人の身には荷が重い。――だから君に頼んだ、これ以上罪を重ねる前に。一番信頼できるであろう友達である、君にだ」
心の傷を覗き見、暴き、明かす。まるでパズルを組み立てるように。
トレイシーという男は、その弁舌と思考で隠された心理を解錠し、読み取る。
人間業ではない、汎ゆる世界を旅し、混沌のままに弄び続けたが故の、異能にも等しい技能。
「……っと失礼。少々熱くなりすぎたようだ。これで理解できた」
一通り喋り終わったのか、先程の熱狂が嘘のように静かな語り口。
対して過去の傷を穿られた汀子は顔を俯けたまま。
トレイシーの話が終わったから、ようやく口を開ける機会が訪れたのか、漸く口を開く。
「……なにが、ですか」
「何、簡単な話だよ。――尚更、この殺し合いを楽しまなければ、とね!」
瞬間、汀子の足元が爆発した。
-
周囲が黒煙に包まれる中、障壁のようなものを貼っていたであろうトレイシーは五体無事の状態。
その手には禍々しくも神秘的な、杖のようなもの。
『魔物の杖』と称される異界の魔王が保有していた武器。
ちなみにさっきの爆発は混沌の杖のものではなく、先んじて別の建物から回収していた炸裂弾を地中に埋め込んでいたものによるもの。
「さて、種も仕掛けもあるこのインチキ。この程度で終わってしまうのなら失笑ものだ。しかし――」
トレイシーは先程の少女が死んだとは全く思っていない。
何なら、こんな所で終わってしまうのなら三流のつまらない芸人のギャグ程度。
そして、そのトレイシーの理想通り、少女の心はあれでオレたわけではなかったようだ。
「はぁっ!」
掛け声と共に、黒煙が巫女の一振りで吹き飛ばされる。
携えた長太刀を軽々と片腕で持ち上げてる、少女の身には似合わぬ膂力。
(霊力による身体強化か、はたまたその手の特異体質か努力の賜物か。私はどれでも歓迎だがね)
少女の動きを、トレイシーは楽しげに解析。
事実、トレイシーの予測は当たっている。
星神神社の歴代巫女で最も霊力を持った星の稚児。星に祝福され生まれたと両親から愛され育てられた。
かつ霊力や肉体の鍛錬は欠かさず、才能努力共々疎かにしないのが星神の巫女たる本汀子だ。
「やはり本物であると見た私の判断は正解だったようだ。して、心の傷を掘り起こされてどうしてそう冷静でいられるのだね?」
「そうじゃないです。今でもトラウマ掘り起こされて泣きそうですし、今でも涙止まらないんですよ」
挑発か、本心か。恐らくその両方の心意気で投げかけたトレイシーの問い。もとい疑問。
汀子の目元は赤く腫れ、雫が零れ落ちている。過去の罪と後悔を見ず知らずの誰か暴かれ、トラウマを思い出して。並の人間なら後悔の呵責で戦闘なんて以ての外。
「でも」
涙を拭い、思い出す。
最後の最後まで、自分のみを案じてくれた親友の笑顔を。
「死にたくない」なんて恐怖を抱え込んでいたのに、自分の前だけは笑って「またあした」と言ってくれたあの娘の事を。
「私は、あの娘が信じてくれた私を裏切りたくはないだけ」
せめて、自分の罪も咎も、彼女から始まったものだとして。
彼女が信じた「正義の味方」だなんて言ってくれた優しいあの娘。
彼女の信じた願いだけは、裏切りたくないだけというエゴ同然の矜持だった。
「それはただの呪いというのだよ、巫女」
「呪いかどうかは、私が決めることにします」
「そうだな、どうやら野暮な問いかけだったな巫女よ! 自分のエゴは己自身で定義するもの、決して他人に言われて曲げることではないだろう!」
トレイシーが大きく杖を振るえば、地面を突き破り現れたのは巨大なワームの如き魔物。
目の機能は見受けられないが、その六本の牙と大口が汀子を食い千切ろうと雄叫びを上げる。
「※※※※※※※※※※※※※!」
「地蟲の妖魔!? あの杖、招来の儀のようなことを!」
汀子が周囲を見渡せば既にトレイシーの姿はない。
最初から逃走経路確保のための召喚だったのか。
だが、今はそんな事を気にしている場合ではなく。
この地蟲の妖魔の対処が最優先。
-
「※※※※※!!!」
地蟲が再び叫び、周囲に魔力球を生成、汀子に向けて射出。
野球ボールほどの大きさが数個。生身の人間が喰らえば一溜りはない。
だが、相手はただの人ではなく退魔の巫女。
相手は五行思想における土の属性を持つ地蟲の妖魔。
図体は大きい、だが理解できれば対処は簡単。
「歳星の加護よ!」
六芒星の防壁を展開。
歳星――五行思想における木気の加護を以って地蟲の魔力球をすべて防ぐ。
「※※※※※※※※※※!」
アウトレンジが効かないインファイトに持ち込むと言わんばかりに急接近。
先程汀子が魔力球を防ぐとほぼ同時に地面に潜り込んでいる。
「……何処……っ!」
一瞬気取られたタイミングで地蟲が汀子の真下から地面を突き上げ突進。
とっさの判断で長太刀を盾代わりにガード、結果空中に飛ばされる程度。
だが、その隙を逃さんと地蟲が口元に魔力を収縮させ、光条のごとく射出。
放たれた光条に長太刀が触れ、鉄ヤスリの如き金切り音を上げながらもギリギリの所で回避。
そのまま汀子が地面に着地すると共に、地蟲もまた地面へと潜り込む。
このままヒットアンドアウェイの耐久戦狙いで相手のスタミナを削っていくのが地蟲の試みだろう。
「あなたがそのような戦法を取るなら考えがあります」
汀子が長太刀を振り上げ、そのまま地面に突き刺し、木気を流す。
汀子が現在武器として扱っているこの長太刀の正式名称は「"電磁兵装"ケラウノス」
ある平行世界において『アクマ』殲滅に使われた最強の"テンシ"の主武装の一つ。
太刀自体が電磁力を内包し、それを放出する機能を有している。
だが、その機能自体は外部からの充電をしなければ発揮しないし、支給された当初は充電容量はゼロ。
生半可な参加者に与えられては豚に真珠というべきだ。
ただし、本汀子という退魔巫女がいなければの話。
木気に当たる風と雷の術を得意とする汀子は、武装の仕組みと相手の属性を理解すれば後は相性の問題だ。
木剋土。地面を蠢く地蟲の妖魔。それを地面から無理やり引っ張り上げる為、『地面に木の気を流し込む』という手段を行った。
「※※※※※※※※※※!!!!」
地面中に伝搬した木気に耐えきれず、悲鳴にも似た鳴き声を上げ地蟲が跳ね上がるように顔を出す。
それを分かっていたかのように、既に汀子は居合の構えだ。
木気による激痛に耐えかねてか、我武者羅に汀子を食らわんと迫る。
目をつむり、精神を統一した汀子の心には一切の動揺はない。
ただ、然るべきタイミングで切る、たったそれだけ。もっとも―――
「※※※!?」
地蟲の身体は空中に固定される。
周囲には五芒星が描かれた布の切れ端。
自らのサラシを一部切り取り、霊符代わりとした簡易的な五芒星の呪縛陣。
木気による地蟲の炙り出しを思考した時点で、地蟲が出てくる場所とタイミングの誘導のために。
予想通り、木気が弱い場所を経て、地面に飛び出した地蟲はこの用に縛られる。
「―――電磁抜刀・武御雷!」
後はとどめを刺せば良い。
星神の退魔巫女に伝わる五行秘奥が一つ『電磁抜刀・武御雷』。木気を込めた太刀による電光石火の如き速さの居合斬り。
霊力による身体強化も含め、その最高瞬間速度はさながら示現流・雲耀の太刀そのもの。
「※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※!!!!!!!!!????」
地蟲の巨躯が真っ二つに切断され、絶叫上げながら黒い塵へと砕け消え去っていく。
長太刀を鞘に収め、一段落付いたとばかりに息を吐く汀子の姿だけが残っていた。
-
「あんなのばかりでは、流石に私一人では厳しいですね」
分かっていたことだが、先程の男のようなのばかりでは自分一人では厳しいと言うもの。
元々殺し合いに乗る気はなく、デスノを倒して出来る限り多くの人を助ける。
もとより人々を悪しく者から守るのが星神の巫女の使命であるのだが。
「……やっぱり私には、『正義の味方』なんて荷が重いですよ」
もしあの娘なら、なにかし考えずに全員救うだなんて高らかに叫んでいたであろう。
だが、そんな理想は決して叶わないことは誰よりも本汀子自身が知っている。
正義の味方とは、優しすぎる人間が目指すものではない事を嫌というほど理解したのだから。
「ですので、私は私なりに誰かを救うことにします。不平等ですけど」
なので、自分がやることは不平等にみんなを救うぐらいのことだ。
どれだけ頑張っても誰かを取りこぼしてしまうことに対しての言い訳なのかも知れない。
友達をこの手で終わらせてしまった罪悪感だとしても。
「だって、どうせなら一人でも多くのいい人を助けた方が、良いですよね」
やっぱり、この気持ちに嘘は付きたくないから。
理想には程遠くとも、それでも理想に限りなく近い形の『正義の味方』として。
星神の巫女は、誰かを助けることという親友の夢を辞められなかったのだ。
【名前】本 汀子(ぽん ていこ)
【種族】人間
【性別】女性
【年齢】17
【職業】巫女
【特徴】薄紫色の長髪、巫女服姿(下は胸に紐状のさらしを何枚も巻いただけ)
【好き】正義の味方
【嫌い】妖魔、人にあだ為すモノ
【趣味】読書
【詳細】
星神神社に代々属し、世の平穏の為に妖魔と戦い続ける退魔巫女。
星神の巫女として歴代最大の霊力保有量であり、それに胡座をかかず鍛錬と研鑽をし続けてきた努力の人。
真面目で純朴な性格であり、自分に正義の味方は似合わないと自嘲しながらも、困っている人は見逃せない質。座右の銘は「不平等に人を助ける」
かつて自分を正義の味方と言ってくれた親友がいたが、ある妖魔を取り逃がしてしまった代償にその親友が妖魔に乗っ取られ、手遅れとなってしまったその親友を自らの手で終わらせるしかなかったと言う苦い過去がある。
【能力】
星神の巫女として、陰陽術を含めた退魔の術は一通り習得している。
五行の術は特に木気の類(風・雷)が得意。
【所持支給品紹介】
『"電磁兵装"ケラウノス』
汀子に支給された機械仕掛けの長太刀。
"アクマ"と呼ばれる存在を殲滅するために製造された"テンシ"。その中で最強と歌われた存在が使っていた兵装の一つ。
刀身そのものに電磁力を溜め込む機能があり、それを放出しての雷撃が可能。ただし頻繁に充電が必要と生半可な者では扱えない。
-
◆
「これは、次が楽しみだよ。フフフっ」
遠く離れた場所で、不敵に笑うは奇術師にして混沌の担い手、トレイシー・J・コンウェイ。
奇跡はここに存在する。混沌もまたここに存在する。
素晴らしき哉、人生! 求めていた真実は、この混沌の中にあるのだろう。
「はてさて、これからはどうするべきか。迷える仔羊に施しを与えるか、それとも縦横無尽に暴れ回るか。それはまあ、数分後の私に身を任せるとするか」
混沌たる彼は無軌道にして無秩序。
己が衝動の赴くままに動き、暴れ、好き勝手する。
それに何の意味がある? それに何の答えがある?
そんなもの、彼にすらわからない。
だって、宝探しというのは見るけるよりも探す時の方が楽しいことだってあるだろう?
「さぁ、IT'S SHOWTIME!」
◆
答えはいつだって、混沌の中で黒く輝いているものだ。
分かるかい?私が創るべきは私の手から離れた混沌だったんだ。
―――芥見下々/呪術廻戦136話、羂索の台詞より
【名前】トレイシー・J・コンウェイ
【種族】人間(?)
【性別】男
【年齢】???
【職業】なし
【特徴】スーツを着た無精髭の中年
【好き】混沌、真理
【嫌い】つまらないこと
【趣味】人間で遊ぶこと
【詳細】
ある世界に置いて自らの好奇心と探究心だけの為に世界に災厄を齎した狂人。
自らの発明で汎ゆる世界を渡り歩き、興味本位で破滅を齎したり救いを齎したりと自由勝手にやっている。
世界を渡り歩ている影響かいろんな人物とも面識が有り、その手の誰かから様々な異能や技術の知識を得ている
【能力】
『検閲済み』
「おおっと! 人の秘密はそう簡単に覗いちゃダメだぞ! 答えは君たちの頭で考えてみたまえ!」
【備考】
奇術師らしく、種も仕掛けもあるトリックで色んなことを仕込むことが得意だったり
【所持支給品紹介】
『魔物の杖』
トレイシーに支給された紫色の杖。異界の魔王が魔物を呼び寄せるために使用していたものだが。
その実態は「自らがイメージした生物を生み出す」というもの。
小型・中型に関して召喚制限は無いが、大型・超大型の召喚の際は再召喚までインターバルを挟まなければならない。
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投下終了します
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投下します
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「興味深い」
笑止千万の第一声であった。
廃ビルの屋上にたたずむその姿は、三十代半ばほど。精力みなぎる外見をした若々しい男である。
「ああまで損壊した人体を容易く修復する能力!そしてあの場に居た全員を転移させる能力!!」
どちらも大変に素晴らしい。
少女を甦らせた能力を解明すれば、緊急医療の現場に於いて、救われる命は乗算的に飛躍する。ひょっとしたら、救えない命が無くなるかもしれない。
此処に全員を飛ばした能力。アレも大変に素晴らしい。あの能力を解明すれば、距離という概念が無くなる。輸送や移動にかかるコストの一切が消滅する。
「素晴らしい!!素晴らしい!!!最高だ!!!!君は最高だ!!!!!デスノ、君に選ばれて良かったよ!!!!!!君に出逢えて良かったよ!!!!!!!!」
狂喜する男の本名は誰も知らない。ただその在り方から笑止千万と呼ばれ、当人もそう名乗っている。
「君を解明すれば人類は大きく飛躍する!!君という異常を、人類は必ず活用する!!!」
笑止千万は異常者を捕らえ、その異常性を解明し、そして人類社会のために役立てる、異常活用機関に所属する研究者である。
「君の異常性は『彼女』以来だ!!!」
本名も機関で付けた呼び名も知らない不死身の女。あの女をサンプルとして、笑止千万は複数の解毒剤の無い毒物や、治療法の無い病気に対する有効な治療法を編み出しただけでなく、優れた外科治療の術式も確立させた。
あのまま“機関”と関わらなければ、人類社会の隅でひっそりと生きるしか無かった『彼女』に、その異常性を活かして人類の為に貢献するという役目を与える事が出来たのだ。『彼女』だけでは無い。放っておけば害獣の様に駆除されるだけでしか異常者達を、笑止千万は、“機関”は活用し、人類社会の為に役立つという栄誉を与えたのだ。
笑止千万が“機関”で働く事を、誇らしく思う理由である。
「デスノ。私は君が欲しい」
笑止千万の関心は、自身の命でも、この異常事態の解明でも無い。
「君の異常を解明し、人類社会の為に役立てよう!!」
デスノにこそ、彼の思考と関心の全ては向けられている。
「その為にも私は勝とう。そして君を連れ帰り、その異常を解明し尽くそう」
笑止千万の眼は常に人類社会の発展と未来に向けられている。そして彼は、デスノの異常を獲得する為に、此処に集められた全員を殺害すると宣言した。
「その為には一切の犠牲を厭わない。此処にいる全員を殺し尽くしても、人類の総数からすれば微々たるものだ」
腕を振るうと、転落防止用の鉄柵が、へし折れて宙を舞った。
「無粋では有るがまさか役に立つとは」
笑止千万の胸から伸びた複数の刃が、宙を舞う鉄柵を切り刻んだ。
「自らを被検体とした甲斐があったというものだ」
笑止千万は常に人類の未来の為に活動する。自らを被検体とする必要が有るなら、纏う事なくそうする。
彼の身体は首から下はもはや人のものでは無い。
「テンシなる存在の解明はほぼ終えた。アレは義肢や義体の技術を革新どころか飛躍するものだ」
10年前に発見された異界の人型兵器。『テンシ』と名乗ったそれは、“機関”により解体され尽くし、残骸と成り果てたが、未だに解明され尽くしてはいない。
地球の電子技術を跳躍と言って良いほどに発展させるその頭脳だけは、未だに未知の霧の中だ。
解明されたテンシの身体は、超高性能義体を産み出す元となり、笑止千万はその試作品第一号の被検体となって、首から下を人造のものへと変えたのだ。
誰もが難色を示した首から下を人造のものと変える実験を、平然と自らの身体で試せる精神は、凡そあらゆるモノを、倫理も道徳も無視して解明せずにはおかない。
研究し、仮説を立て、検証し、解明する。その過程で傷つくものがいようとも、死ぬものがいようとも、手段が非人道的なものであろうとも、一切合切知らぬとばかりに邁進する。
故に、笑止千万。あらゆる倫理も道徳も笑止と切り捨てるその精神。
「テンシの頭脳も君も、解明し尽くし、人類の役に立てよう。待っていてくれたまえ。デスノ」
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【名前】笑止千万(本名不明)
【種族】人間
【性別】男
【年齢】33歳
【職業】異常活用機関の研究員
【特徴】首から下が超高性能義体になっている。身体能力は人どころか地上の如何なる生命も凌駕する。
【好き】子供。長く使えるから
【嫌い】老人。体力無いし寿命も無くてすぐに死ぬから
【趣味】異常者の異常性について考察する事。
【詳細】
異常活用機関に所属する研究員。手段を選ばす、道徳や倫理など一切気にせずに、異常者に対して凄惨苛烈な実験を平然と行う。
その行為の動機は『人類愛』。人類を愛し、より良き未来を導かんとする、人類への愛である。
常に人類全体を見ている為、個々の犠牲は気にしない。必要な犠牲だと思っている。必要とあれば犠牲の中に自分自身を平然と含める精神の持ち主である。
【能力】
超高性能義体:
並行世界の人型兵器である『テンシ』の首から下を解体し尽くした結果、製造された義体の試作品一号、
身体強度は兎も角として、出力が足りない為に、身体能力では元になった『テンシ』には劣る。
代わりに強化された身体機能がそのまま武器となっていて、胎内電流を増幅しての放電。耐熱を増幅しての高熱。強化された胃酸を吐きつける。高圧の空気弾となる吐息。肋骨を体外へと伸ばす事で鉄をも斬り裂く鋭利な刃とする。といった機能が搭載されている。
民生用の為に義体を開発した笑止千万は不満だったが、この義体事態が国家機密並みの重要存在で有る為、セキュリティでつけたと言われては頷くしかなかった。
【備考】
方針は皆殺し。願はデスノを“機関”へと持ち帰る事。
異常者と接触すれば、持ち帰る対象が増えるかも知れません。
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投下を終了します
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投下お疲れ様です。
>>『偶像娼女』
人生終了済みの元アイドル、可哀想で可愛い。ファンという名のド畜生に目をつけられたのが不運でしたね。
心は辛うじて正気を保っているものの、体がとことん堕ちている無常さ。
魔子がマギストス・マコとして振る舞うのは、そうしていないと正気を保てない面もあるんだろうなと察します。タイトルが彼女の人生を物語っていますね。
しかしまだ心に大切な人が残っている、まだ大丈夫だと信じたい。
逆に言えばモアちゃんが死んじゃったら完全に壊れちゃいそうですけどね。
貴重な常識人枠の祥真君、頑張って彼女を支えてあげて欲しい。
>>『Ancirent Soul』
正しい道を生きようとする巫女と知的愉快犯の邂逅。
過去のトラウマを嬉々としてほじくり返すトレイシー、エンジョイ系参加者として非常に面白いです。
勝手気儘にこのゲームのカオスを楽しむ方針は、とある戦争の英雄とは別ベクトルのエンジョイ勢。
平行世界規模で気軽に厄災を引き起こしていますし、これはラスボスの風格……
一方、トラウマはあるが、それでも友の心を胸に正しい道を歩もうとしている汀子は、とても強い女性ですね。
対魔の巫女、という設定も面白いですし、慣れない装備とはいえ、『アクマ』殲滅の兵器が正しい担い手に渡っているのは追い風かもしれません。
弱音を吐露しても、手の届く範囲で人を救おうとする姿は素晴らしいですが、最後の引用もあり、どこかで曇らせられそうで心配です。
何気にデスノの正体を真面目に考察しているのは初じゃないでしょうか。
妖魔の専門家だからこその、面白い視点だと思います。
>>『より良き未来の為に』
人類愛を叫ぶマッドサイエンティスト。
自らも異常存在と化しながら、人類のため、必要な行為として凶行を行っている彼は類を見ない怪物性を感じます。
描写されたえげつない行為の全てに悪意がないのがまた……。
生殺与奪の権利を握っているデスノすら研究材料にしたいとする心意気は、彼の信念が筋金入りだと証明していますね。
実験材料にされ解体された名もなきテンシは最後に何を思ったのか。
笑止千万という名前の解釈として、非常に面白いと思います。
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投下します
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「ふーん。デスゲームねぇ」
黄色みがかった白髪ボブカットの少女――舛谷珠李は赤い瞳で名簿を眺める
二度も殺された少女は心底哀れだが、デスノの手際の良さからするに見せしめとして命を散らせることだけが彼女に与えられた役割だと考える。それに赤の他人がどんな残虐に死のうが、少女には関係ない。
(まあ用済みって理由でデスゲーム自体に出場する権利すら与えられなかったことは可哀想だけどね。なむなむ〜)
幸生命の死を軽いノリで受け流し、名簿に知人が記載されてないか確認。
他人の死はどうでもいいが、知人友人は他人にカウントされない。ゆえに参加してるかどうかの確認作業は大事なことだ。
「……あった!」
自分のよく知る一つの名前を見付け、目を見開く。つい、声を張り上げてしまった。
「えへへっ。ラッキー!」
少女はにへら、と笑いガッツポーズする。それはもう、満面の笑みで。
彼女にはどうしても参加してほしいプレイヤーが居た。
このデスゲームに参加する前からの友人で。はっきり言えば好きな相手でもある。
この危険極まりないデスゲームに好きな相手が居るというのは、人によって勇気を与えられたり頼もしく思うことだろう。
なにより珠李が期待していたその人物は、神であろうと勝てる気さえするのだから。
「キミもここにいるんだね、ハインリヒ!」
ハインリヒ・フォン・ハッペ。
異世界転移者であり、異世界を救った者。
珠李は彼のことを知っている。そこら辺の人々より、よく知っている。
何故なら彼女はハインリヒの友人であるから。
ハインリヒが異世界転移者であるように、珠李もまた異世界転移者であった。
どちらも同じ世界の出身で、必然的に仲良くなった。
「名簿には“神”なんて名前もあるけど、私は断然ハインリヒの方が強いと思うよ!
だってハインリヒは異世界の救世主で、どんな闇でも切り裂いて光をもたらすから!」
“神”を名乗る参加者も多少は気になるが、それすら霞む程にハインリヒの名が眩い。
それを全身で表すように珠李は大仰な仕草を行う。
ここはデスゲーム。戦場だ。
しかしそんなことは、どうだって良い。戦場で愛しい男を褒め讃える馬鹿が居ても良いだろう。
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「だから――」
動きをピタリと止めて、ニヤリと笑う。
「だからさ――」
この声はきっとハインリヒに届かない。
いや、もしかしたら付近にいるかもしれないが――それならそれで珠李としては好都合。
兎にも角にも、今この瞬間――
最高に嬉しい気持ちを。ワクワクを口に出さずにはいられなかった。
「ハインリヒだけは、私の手で倒すよっ!」
――一点の曇りも無い瞳をキラキラと輝かせて、興奮鳴り止まぬ鼓動を胸に、舛谷珠李は異世界の救世主を倒すと宣言する。
「神とか、 No.013とか、変な名前も沢山あるけど――私の爆炎を。この昂る想いを一番ぶつけたいのは、ハインリヒだから!」
他の参加者はハインリヒと比較したら、どうだって良い。
神を初めとして目を引く名前は幾つかあるが、そんなものはハインリヒよりも優先順位が下がる。
舛谷珠李はハインリヒ・フォン・ハッペの友人だ。彼と肩を並べて戦ったこともある。
舛谷珠李はハインリヒ・フォン・ハッペの理解者だ。彼の苦悩を聞いたこともある。
舛谷珠李はハインリヒ・フォン・ハッペが好きだ。彼の強さを見た時から、ずっと己が焔をぶつけたいと思っていた。
舛谷珠李にとってハインリヒ・フォン・ハッペは最高の強者である。それは物理的、肉体的、魔術的――そんな矮小な意味じゃなく。
ハズレスキルを引いてクラスメイト達から罵られても、そこから這い上がった彼の精神性だとか。
そんな苦境に悩まされていたのに、弱者を見捨てることのない優しさだとか。
どんな敵を前にしても怖気付かず、戦おうとする勇敢さだとか。
そんな心の持ち主なのに、厨二病だった頃を恥じる可愛さとか。
最初は“隠居用に”と言ってた女装にズブズブはまって沼っちゃう、実はちょっと承認欲求が強いところとか。
全部、全部が愛おしくて!
その全てが彼を“強者”たらしめる!
-
だから。
だからこそ。
そんな強者で、大好きなハインリヒだからこそ。
昔からずっと磨き続け、それ一筋で数々の猛者を退けた――この爆炎魔法をぶつけたい!
舛谷珠李は異世界転移者だ。
彼女に与えられたスキルは、爆炎。
圧倒的な火力を誇る爆炎魔法が、珠李の得意技であり。
爆炎魔法だけならばこの世の誰よりも使いこなしていると自負している。事実として、彼女は異世界でもかなり名を馳せていた。
もっとも昔の異名は“爆焔の通り魔”というなんとも通りの悪いものだが。
しかし、そんな名を付けられるのも仕方ない。彼女は強者を見ると通り魔的に“決闘”を申し込み爆炎魔法をぶっぱしたり、拳をぶつけてきたのだから。
そんな危険人物の凶行を止めたのこそが、ハインリヒだ。
彼は実力行使で珠李を止めた。爆炎魔法をうけて満身創痍になりながらも、屈することなく立ち向かい――気狂いの爆炎魔は、そんな男に惚れた。
その後は彼の言うことを聞き、通り魔行為を自重。世界を救済する際にもパーティーメンバーとして手伝った。
いつしか舛谷珠李は“爆炎の通り魔”から“爆炎の救世主”と呼ばれる程になっていた。
その後、ハインリヒが女装して隠居生活を始めてからも交流は盛んだった。鍛錬自体がハインリヒの趣味と化していたこともあり、隠居生活中も彼はどんどん力を付けていった。
そんなハインリヒと決闘したいとずっと思っていたが、彼は無駄な争いを嫌う。
ゆえに全力を出して戦える場面というのが、限られてしまうのだ。
それこそ珠李が異世界で再び凶行に走れば止めようとするだろうが、ハインリヒと共に平和に導いた世界はなんだかんだ嫌いじゃない。どんな理由であれ、舛谷珠李はハインリヒ・フォン・ハッペのことが好きなのだから。
だからあの世界を壊すわけにはいかなかった。それゆえに全力で彼とぶつかり合うことが出来なかった。
しかしここならば、全身全霊を出して彼と戦える。人を守ろうとする時こそハインリヒは強く、殺し合いという場は彼の全力を出すにうってつけだ。
舛谷珠李は元々、通り魔的に決闘を申し込む気狂い――否、爆炎狂いだ。倫理観は普通に持ち合わせているが、それでもなお強者とぶつかり合いという気持ちが勝る。
この煌めきは。己が燃え滾る心を具現化させたような爆炎魔法は、この世のどんな魔法よりも素晴らしい。
だからより強者と、より素晴らしき者と戦うことで――更なる高みへ昇華したい。
それに強者と決闘し、互いの魂をぶつけ合うのは楽しいものだ。
-
「この殺し合い、一番注目してるのはハインリヒだけど――他にも色々な猛者が集められてそうだよね!まさか弱者ばかり集めるとは思えないし!」
ハインリヒとの戦いはずっと夢見てきた。
それに加えて今回は、まだ見ぬ猛者達が存在している可能性があるのだ。ワクワクが止まらない!!
「とりあえず誰でもいいから、戦いたいなぁ。参加者のレベルも知りたいじゃん?」
“爆炎の救世主”舛谷珠李は今回の殺し合いで再び“爆炎の通り魔”に戻る。
殺し合いともなれば、どの参加者も必死だろう。全力を出して戦おうとするに違いない。
それはきっと、さぞかし楽しくて。それはもう、すごく魂が燃えることだろう。
ちなみに相手が強者だと好ましいが、それは実力的な意味だけではない。
肉体的に弱者でも、強者たる珠李に立ち向かおうとする――そんな強き心の持ち主を待ち望んでいる。
最優先はハインリヒだが、デスノが選んだよりすぐりの参加者達だ。多少は期待しても良いだろう
なお。決闘の結果、相手が死んでも構わない。まともな倫理観を持ち合わせているが、それよりも心のうちの“爆炎”を大切にしたいのが珠李の流儀だ
更に言えば魂を燃やし尽くして果てるならば――自分の身がどうなろうとも良い。
愛するハインリヒと果たし合うのが何よりの楽しみであり、他の参加者は二の次三の次だが。その二の次三の次も存分に楽しもう。
特に“神”を名乗る参加者の面は拝みたい。神という存在が大嫌いだから、とりあえず一発殴って――後は相手を見て決める。
なにより自分の異名が轟くほど、きっとハインリヒもより全力で愛(ころ)し合ってくれるだろう。
-
「……まあ全力で戦えれば、命は奪わなくても良いけどさ。激闘の結果、ハインリヒを失うことになっても――後悔しないような、そんな熱い戦いがしたいかなぁ」
舛谷珠李は別に殺人鬼でもない。
ハインリヒとは友人だし、恋心もあるし、なんなら結婚したい。女装した彼はそれはそれで魅力的なので、その趣味を止めるつもりもない。
「ただ優勝者が男女二人なら、私とハインリヒが相応しい――けど、まあ。そこら辺はどうしよっかな〜」
今更になって、色々と考え始める。
ハインリヒと全力で戦いたいが、同時に彼と優勝したくもある。そういうところは意外と乙女なのだ。まあ年齢はとっくに乙女通り過ぎてるのだが。
「なぁんか、ヤなこと言われた気がするぞー。天の声か?天の声なのかぁ!?」
※天の声なんてありません
「まあそうだよね〜、天の声なんてないよねー……ってじゃあ私は今何にツッコミ入れたの!?これさぁ、暁の〇衛とかそういうのであるやり取りだよね!?」
『暁の〇衛』は、AKABEiS〇FT2の姉妹ブランド「しゃん〇りら」から2008年3月27日に発売された――
「ああもう、年齢ネタはいいから!読者に伝わらないレベルでニッチだし!あとOを〇にしても意味ないよ!?」
ちなみに珠李はデスノ・ゲエムの名を聞いた時にデ〇ノートを思い浮かべた。めちゃくちゃ古い漫画である。
「だってデスノと言えばデ〇ノートじゃん!」
プンスカ怒る珠李。心做しか擬音すら“プンスカ”と妙に古臭い。
「はぁ、はぁ……。何か天の声に惑わされた気がするけど、きっと気のせい!そんなことより、素敵な爆炎祭りを始めよ〜!」
一昔前のギャルゲにありそうなやり取りをぶつ切りし、気分を切り替える。
ハインリヒをどうするか、まだ決定出来ていないが……せっかくの祭りだ。楽しまなきゃ損というもの。
「あ、それと。デスノに言っとくけど、自分だけ安全だと思ってたら大間違えだからね〜」
何処かで高みの見物決め込んでるであろうデスノ・ゲエム。
ハインリヒや珠李を知らぬ間にこの会場に集めた手腕は凄いし、参加者の命を握る言わば神のような存在でもあるが――珠李にとっては唾棄すべき弱者だ。
どんな道を歩もうとも、あの道化は殺すと決めている。
このデスゲーム自体を否定する気はないが、自分は舞台に降りず安全地帯から眺めるだけだなんて――あまりにも情けない。そんなやつを見ると、引きずり下ろしてやりたくなる。
「最終的にはオマエも殺すから。こんなチンケな首輪如きで私やハインリヒの魂を縛れると思ってるなら、甘いよ」
今、舛谷珠李の命はデスノに握られている。
だが。
それでも――彼女は屈さない。
-
「私は救世主を気取るつもりないし、これから何人も殺すかもしれないけどさ。単純にオマエみたいなヤツは嫌いだから殺す。
だってみんな必死に命懸けで、魂のぶつけ合いするっていうのに……一人だけ観客気取りなんて卑怯だし都合が良すぎるじゃん?」
舛谷珠李は気狂いだ。
されども、そんな者にも“筋”というものはある。
ゆえになんとかして、デスノを殺す。これはある意味、ハインリヒと戦うよりも優先順位が高いかもしれない。
……正義感?
そんなもの、珠李にはない。
ただただ気に入らないから、デスノをぶっ殺したいというだけだ。
(……昔から、オマエみたいなヤツは大嫌いだった)
人間は群れを作る。
そうすると必然的に発言力のある者が生まれ、自分の手を汚さないまま他者を蹴落としたりする。
異世界転移前も。転移後も。
世界が変わっても、そういう現場は何度も見てきた。
自分が変わっても。
世界が変わっても。
人間の質というものは、変わらない。
ハインリヒは魅力的で、掛け値なしに素晴らしい。
デスノ・ゲエムは醜く、気に入らない。
だからハインリヒのことが大好きだし。
だからデスノのことが大嫌いだ。
「だからさ。いつか気を引き締めてぶっ殺し合おうか!ずっと安全席で観てるのも、退屈でつまんないでしょ?」
――BANG
手を銃のような形に変えて斜め上に向けると、銃口に見立てた人差し指から銃弾のように爆炎を発射し、勝ち気に笑った。……ドヤ顔とも言う。
【名前】舛谷 珠李
【種族】人間
【性別】女
【年齢】27
【職業】“爆炎の救世主”……という名の現無職
【特徴】金髪のボブカット、赤目。身長は160cmを越えるくらいと女性にしては少し高め。真っ赤な制服のような衣装を着用(本人曰く”オサレ”)。童顔で高校生くらいに見える
【好き】ハインリヒ・フォン・ハッペ、爆炎魔法、強者(精神的な意味で)、オサレ、サブカル
【嫌い】退屈、勉強、年齢がバレること、卑怯者
【趣味】爆炎魔法の修行、大規模魔法の詠唱の考案、接近戦の修行
【詳細】
異世界転移者。ハインリヒ・フォン・ハッペと同じ世界で彼とパーティーを組んでいた。彼の苦悩などを知る友人でもある。
昔は通り魔的に強者に決闘を申し込み、爆炎魔法で蹴散らしていた。しかしハインリヒに止められ、彼に惚れたことで素直に言うことを聞き通り魔活動をやめる。
その後、ハインリヒと仲良くなりパーティーメンバーとなった。旅の途中で豪炎剣“爆炎”を発見し、ハインリヒから珠李が使うように言われたのでそれ以降は剣術も鍛えまくる
ハインリヒが異世界を救った時もパーティーメンバーとして共に戦った。
今では“爆炎の救世主”として異世界の人々に伝説的な扱いを受けているが、そんな名声には興味無く相変わらず修行を積み重ねつつ、ハインリヒに会いに行ったりしてる。元々はレズでもなんでもなかったが、女装してるハインリヒも“アリ”らしい。
むしろ“可愛さ”と“強さ”が合わさって最強に見える
ちなみにハインリヒと同じく厨二病患者。こちらはまだ治ってないようで、厨二であることを恥じてもいない。
良くも悪くも自由人だが、卑怯な手段だけは使わない。通り魔活動してた際も“決闘”という形式に拘って正々堂々と戦ってたあたりに彼女の性格がよく現れてる
【能力】
非常に高い魔力量を有するが、爆炎以外の系統の魔法は使えない。これが理由で転移したばかりの頃は“魔法使いの落ちこぼれ”なんて言われていた。普通の魔法使いならば扱えるバリアや回復、ワープなど便利な魔法が一切使えないからだ。
普通の防壁魔法は使えないが炎の壁なら出せる他、動体視力に優れ相手の攻撃を避けることに秀でている。
魔法使いタイプのように見えて徒手空拳の戦闘や剣術も得意であり、徒手空拳ならば特に蹴り技の威力が高い
というか便利な魔法とか、そういうのが使えず攻撃手段ばかりに秀でてるので一般的な魔法使いとしては本当に落ちこぼれもいいとこである
・爆炎魔法
その名の通り、炎を操る魔法。非常に威力が高く、大規模な魔法を行使することも可能。当たり前だが規模が大きいほど魔力消耗が激しい。心が滾るほど、燃え盛るほどその威力は上がる。
全身や身体の一部に爆炎を纏わせることも可能
・耐熱
爆炎魔法を極めている彼女は、炎や熱に強い
・豪炎剣“爆炎”
爆炎の力を秘めた聖剣。斬った箇所を爆発させたり、爆炎を操ったり出来る。
相手と鍔迫り合いしてる最中に刃先を“爆炎”の力で爆発させたり(なお豪炎剣“爆炎”自体は傷つかない)相手に刃を向け、当たる寸前に刃先から爆炎を出したりも可能
【備考】
自称17歳。見た目も相まって初対面の相手にはこの嘘を通しやすいが、ハインリヒにもいつまでも“17歳”と言ってるので「痛いなぁ」と思われてる。ちなみにハインリヒは珠李を同い年くらいに思ってるが、実は珠李の方が年上でありコンプレックスでもある
豪炎剣“爆炎”が本人支給されてます
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投下終了です
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蕗田芽映 投下します。
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会場内の開けた屋外。
泣いている少女がいた。
日が登り始めて彼女の身体を徐々に照らしていく。
光を恐れるように彼女の身体は黒い闇に覆われていった。
"フキちゃんは――――――シッパイだったの?"
◇
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日本のとある田舎にて。
人々が家を作り畑を作り村を作っている一方で、その側には自然の生き物たちの営みが存在している。
村の近くにある他の山々とは大きく隔たれた山並み。
春、生き物たちが本格的に動き出す頃。
冬眠から覚めた一匹の雌のツキノワグマが林床を歩いていく。
キョロキョロと周りを見回しながら食糧を探していた。
よくよく見ると――全く豊かな森とは言えない風景が広がっている。
上だけ見るとまだ木々が茂っているが、下を見ると砂漠のように植物が少なくごく点々と生えていた。
こうなった原因は――草食動物の過密。上位捕食者の少なさに起因していた。
増えすぎたイノシシは木から落ちたドングリやクルミを食べ尽くしてしまう。
牙で土を掘り返して、草が来年茂るため栄養を蓄えた根っこまで食べ尽くしてしまう。
そしてなんとか生き残った草や木々の芽生えは、これまた増えすぎたシカが食べ尽くしてしまう。
こうしてシカの口の届く範囲には毒性の強い植物が点々としか残らない、貧弱な林床が構成されていった。
将来は高木はナラ枯れ病や寿命で枯れていき、被食耐性の高いイネ科植物の草原になっていくだろう。
そんな中でも、ツキノワグマはまだ生きることはできた。
ツキノワグマは木登りができ、秋に地面に落ちる前の木の実を食べることが出来るためなんとか越冬に必要な栄養を取ることができる。
しかし木の実を多くつける高木は毎年枯損が発生し、若木の成長も望めないため減り続けている。
さらには最近急に増えてきたアライグマも木登りが得意で、もちろん食糧のパイは奪い合いとなる。
もちろん熊は雑食だから獣肉も食べるが、自分より体格の大きく足も早い鹿を仕留めるなんてできない。
イノシシは突進と牙で逆に大怪我を負わせられる可能性が高く割に合わない。
実際に腹が減ってイノシシを襲おうとして、返り討ちで死んでしまった熊もいた。
そうして、山の恵みだけでは熊は生きて行けなくなっていって。
そうなるともう一つの圧力がかかって、また熊は数を減らしていくのだった。
この山に熊はもう一匹となってしまっていた。
少し前までは付近に何匹かいたのだが、ここ数年で徐々に数を減らしていったのだった。
この最後の熊はなぜ生き残れたのか?
◇
谷沿いの僅かな場所。
シカやイノシシに食い尽くされた跡地。
熊はそこにある臭いを逃さなかった。
掘り返された植物の根茎に熊がその野太い手を触れる。
不思議なことが起こる。
根茎は根を急激に伸長させていく。
そして節目からは拳のように縮れた新芽が現れ、やがて天を付くように上に伸びていく。
ついには熊の背丈をも越えて、丸い葉を上で茂らせ始めるのだった。
この植物は人間の言葉ではフキといった。
フキノトウは春を知らせる花であり山菜としても馴染み深いだろう。
茎も独特の香りと甘さがあり、アク抜きをし味付けした加工食品もよく売られている。
もちろん動物にとってもフキは重要な食料。
熊は夢中で自分の力により伸ばしたフキの茎を味わうのだった。
しかし全然満腹にならないところで食べるのをやめてしまう。
フキには肝毒性のある成分が含まれ、食べすぎると体を壊してしまう。
そのことを熊は親から教わってよく知っている。
アク抜きをしてから食料にする人間と違い、動物はフキを食べるだけでは生きていけない。
フキの葉の布団の上で転がり、しばし休息する熊。夜が近づく。
やがて熊は歩いていく。
人々の営みのある明かりの方へ。
-
◇
冬明けの村落の畑。
畑の隅には冬の間に食べきれなかった芋類やカボチャ、白菜や大根などの冬野菜、その他野菜くずがまとめて捨てられている。
腐っている部分もあるが、うまくより分ければ食べられる部分もまだまだ残っている。
野生動物にとっては恰好の食料。
もちろん野生動物対策のために畑は電気柵で囲われていて、ネズミのような小型生物、アナグマのような穴を掘れる動物以外は侵入できない。
――そこにさきほどの熊がやってきた。
熊は電気柵の入り口ゲートへと歩いていく。
そして。
熊の身体は闇に覆われていく。月明かりの中の影よりも深い闇。
闇は立ち上がり――――徐々に輪郭を作っていく。
両手足のスラっと伸びた体型――人間のものに。
闇は徐々にほどけていき、姿があらわになる。
パステルカラーの可愛らしいアウトドア用の服。
身長が低めの若い女性の姿。
そして、目線は野菜くずの方を見つめている。
さきほどの熊と、この人間が同一の存在であることはわかるだろう。
女性は両手を使い、電気柵の入り口ゲートにかけられた電線のフックを外していく。
……一度間違って電線に触れてしまい、きゃっ!と声が上がる。
それでもなんとか半分程度を外し、背を屈めて畑の中への侵入に成功した。
侵入した女性はまた身を纏う闇を経て、熊の姿へ戻っていく。
そして捨てられている野菜くずを独り占めして食べていくのだった。
◇
満腹になった熊は、そそくさと山へ帰って行こうとする。
すると――遠くからの動物の鳴き声。
ウォンウォンと吠える声は……犬のものだ。
そして足音は四足歩行と……もうひとつ二足のもの。
逃げようとするが――満腹になってなかなか早く動けないことに気がつく。
しかしそういう状況では別の対処法があるのだ。
ウォンウォンと吠える犬の声に加えて人間の声。
獣か……? どっか行け、家に来んじゃねえ! と。
そうしてお互いが見えるくらいの距離まで近づくと――農家が見たのは若い女性だった。
「女の人――――って、ここでなにやってんだお前さん?」
「すみません! すみません!」
「あ、ああ……」
いきなり謝られて気後れする農家。
吠えながら威嚇する犬を宥めていく。
「あー……こっちこそこいつが驚かせてすまん。
それでこんな夜に女性が一人で何やってるんだい?」
「あっ、あの……虫とか草とかが好きでどうしても見たいのがあって」
「ふーん……」
考えると、やがてなにかに思い当たる農家。
「お前さん、知り合いから聞いたけどフキって子か?
このあたりで夜に自然を色々見てるとかいう」
「あ! そうだよ!」
「あー、なるぼど……」
こうやって人の姿として人と会うことは何度かあった。
そうやっていくうちに夜に出る自然好きな少女として、いつの間にか人々の間でキャラ付けがされていた。
「うちの畑の周りとかになんか面白いもんがいるんかね?」
「うん! やさい捨て場のまわりとか色んな虫が来るんだよ!」
「あ〜……よくわからないがわかるやつには面白いってやつだな」
名前が知れているので、適当に言えば誤魔化すことができた。
「しかし最近はな、イノシシをたくさん見るようになったし、気をつけなさいよ」
「大丈夫! 大丈夫!」
実際熊とイノシシはわざわざ戦うことはないし、お互い注意し合っているから森で互いに遭うことも少ない。
「じゃあフキちゃんはこれから森の方も見てくるから!」
「おう、うちらの山で女の人でも楽しめることがあるってんならそりゃ嬉しいことだわ。
山の神様にもよろしくな」
そう言って農家と女性は別れていった。
女性は相手が去っていくのを見て、森の中へ入っていく。闇に包まれ四足歩行になりながら熊の姿になる。
そうして山の中の神社――山の神の下へ歩いて行く。
ほとんど人が来ないひっそりしたお社で、夜に人が来ることはまず無いのもあり熊が過ごすのにはちょうどよい。
ここの床下を熊は、この付近にいる時はよくねぐらにしていた。
夢うつつになっていくと、昔の記憶が思い起こされていく。
この山の神の所で、生きていくための2つの力を得た日だ。
-
◇
熊は周りの熊よりかなり頭が良かった。
親よりもずっと頭が良くて、日々の暮らしの中でも未来のことを考えて行動ができた。
経験から草は根まで食べ尽くすと来年まで生えてこないこととか。
人間は近くで変わった仕草をするとたまに面白がって食べ物をくれたりするけど、無理に近づくと逃げてしまうこととかよく知っていた。
だからイノシシやシカがこのまま食べ物を食べ続けたらどうなるのかとか、その将来を憂うような心まで持っていた。
親から独り立ちして、この山の神の祠の下で寝ていた時。
頭の中に何かが語りかけてきた。
その声は人間の声のようだった。
熊同士のコミュニケーションは鳴き声や体の触れ合いくらいで、人間の声は複雑で全然解らないけど何か伝えあってるというようなことしか理解できなかったのに。
そのときは何故か意味がわかった。
お前は熊にしては頭がいいから人間と関われるような力を授けるとか、それだけだと心配だから餓えないような力もやるとか。
人間の姿を思い浮かべろ、食べたい食べ物を思い浮かべろ。良いことが起こる。
そんなことを頭の中に聞こえた声で理解していた。
そして起きる。まだ日は明けていない。
力とか、くれてもどうしたらいいかわからなくて、とりあえず人の姿を思い浮かべた。
自分によく食べ物をくれた小さい人間の姿。
すると――熊の周りが完全な闇に覆われていく。
何が起きたのかわからずに熊は暴れていく。
しかし、闇はすぐに取れた。
不思議と2本の足で立ち上がるのが楽だ。
月明かりの下手を見つめる――――毛も肉球もない。
人間の手だった。
そうして熊は人間の姿になれることを理解した。
その時はだからどうしたらいいのかなど、何もわからなかったのだが。
何度か変化を繰り返し、自分の姿を自由に変えられることに気がつく。
そして飽きた頃、もう一つの言葉を思い出す。
熊はフキの味が子供の頃から大好きだった。
食べすぎると体を壊すからと、よく親に殴られたものだった。
それを思い浮かべて神社の近くに生えているフキに触れると――――ぐんぐんとフキが大きく成長していく。
こうして熊は自分に与えられた2つの能力を理解した。
人間になる能力は……だんだん活かし方がわかってきた。
まず制限があり、日が昇っている間は人間になることができない。それでも活かしどころはある。
熊と人間の世界は棲み分けがなんとなくあり、人間の世界に熊が入ると人間は大騒ぎして排除しようとするらしい。
しかし人間の姿で人間の里に入るとあまり騒がれないのだ。
あとは人間の姿を得てからはなんとなく人間の声……言葉の意味がわかるようになってきた。
そうして、人間の里で餌を夜の間に漁って人間に見つかっても人間の姿になり逃げるということを覚えていったのだった。
人間には名前がある。
人間と話すときに名前を聞かれたとき、食べ物をくれていた人間がフキの葉を咥えた自分をフキちゃんと呼んでいたことを思い出しとっさにフキと答えた。
そうして熊の名前はフキとなったのだった。
こうやってこの熊は他の熊にはない力を得て、厳しい環境の山で生き延びることができたのだった。
一方で――――。
ある熊は人里で食糧を得ようとするうちやがて人間を襲ってしまい、そのまま駆除された。
ある熊は道路脇から飛び出したところ車に撥ねられ、その場からは逃げたものやがて内蔵を傷つけたのか弱ってそのまま死んでいった。
そしてある熊は――――フキに餌付けしていた人間の少女を、あろうことか襲って捕食してしまった。
害獣駆除として猟犬や猟銃に追い回される熊。フキも一緒に追い回されたが、頭の良さと能力でなんとか生き延びた。
銃で撃ち殺される熊をフキは見ていた。
これが餌不足の他にもう一つの、熊が生きていくのにかかる圧力だった。
もちろん同種と番になって子孫を残さなければいけない生物の掟があるから、仲間が減っていくことを何も考えずに見ていたわけではない。
しかし、フキの茎は食べすぎると体を壊してしまう。いくら増やせても必要な食べ物のすべてを満たせるわけではない。
人間になれるからといって他の熊の食べる分まで食料を調達できはしない。
上手く話をつければ協力して餌を調達もできただろうが、そこまで難しい作戦を仲間の熊達は理解できないし、本人も思いつくのには知能の限界があった。
そうして他の熊はいなくなり、フキがこの付近に生きる最後の一匹となったのだった。
-
◇
人間は恐い。
それでも、自分が生きていくためには人間活動のお零れを戴かなければいけない。
どうすれば熊も人間も皆が生きていけたんだろう、そんなことをフキは時々考える。
そして、いつも結局なにも思いつかないまま眠りにつく。
◇
フキは生まれてからすでにだいぶ経つ。
雄の相手を探して番になり子を育てたい年齢になってからも、もうしばらくが経っている。
しかしこの付近にはもう熊はいない。
しかしたまに人間の姿でわずかに人間と話すときに聞いたことによると、この付近に熊は全然いないが遠くの方なら沢山いるところもあるらしいのだった。
しかしこの山を拠点としてフキの足で行ける範囲に熊はやっぱりいなくて。何年も探してやっぱりいなくて。
そうして――思い当たったのは人間の力を頼ることだった。
人間は乗り物を使って移動する。農家の人がよく乗る軽トラとかもそれだ。
あれを頼れば、疲れることもなくいくらでも遠くへ行ける。
しかし一度人間のいない隙を見て軽トラに乗ろうとしたことがあったが、操作の方法は何もわからなくて諦めたこともあった。
どうにか人間の姿を活かして、他の人間を頼るしかない。
◇
8回目になる春の頃冬眠が明けて、フキは去年から考えていたことを実行に移す。
行きがけの食料として自分の力で育て大きく伸びたフキノトウをたくさん集めた。
春の時期のフキ……葉の茎ではないフキノトウの伸びた茎は毒が弱い。
フキをたくさん食べてきた彼女はその事もよくわかっていた。
それを丈夫なツルでぐるぐる巻いて背中にくくりつける。
他の熊より頭の良いフキは、これくらいのことは思いついたのだった。
そして夜……車が多く通る道路沿い。
多いと言っても田舎だからそこまで多くはないのだが。
フキは若い女性の姿になって道の横でフキの葉を背負って立っている。
車が来ると彼女は手を降る。
……運良く止まってくれた。
不思議な車だった。
彼女が今まで見てきた車よりだいぶ大きくて色も派手。
いわゆる大型のRV車だ。
窓が開く。
そこから見えた人間も、フキが今まで見たことがないような人間だった。
都会的な服に身を包み髪の色も明るい若い男性だ。
「ようチビちゃん! 山登りの帰りか?」
「あ……うん!
ちょっとフキちゃんの足じゃ行けないとこまで行かなきゃいけなくて」
自称をフキちゃんと言う言葉足らずな女性に対して、男は顔を顰める。
しかし何かを考えたようにしてから、優しそうな顔になる。
「あー……バス逃した感じ?
そうだよな、このあたり少ねえよな。
いいよ、乗ってけ。ちょうど実家の帰りなんだ」
後ろの席の扉が開く……恐る恐る乗り込もうとするフキ。
「おいちょっと待て、背中の……山菜?
そのまま積むのやめろよ。そこの袋に入れとけ」
「えっ……どれ?」
「足元にあるだろ、ゴミ袋だよ。1枚使っていいから」
恐る恐るフキはビニールを取り出す……そして開くことができず四苦八苦する。
男はイライラするが――怒りを抑えて待った。
そうしてフキはやっと車に乗ることを許されて発進するのだった。
-
◇
東京まで行くけどどこで降りるんだ?
わからない……クマのいそうなところとか?
は?どういうことだ?
お前親は?友達は?
いないけど……?
スマホは、連絡先は?
なにそれ? もってないけど……?
噛み合わない会話が重ねられていく。
しかし男はだんだんこの女性のことを自分なりに理解した。
こいつはアホだ。そして天涯孤独で頼るやつもいない。
最初に思ったとおりだ。
これならアイツの代わりに利用して金ヅルに育てて絞ってやる……。
行く場所がないなら家でしばらく暮らさないかと提案する男。
しかし女性はなかなか悩む様子で決断しない。
高速道路を走っていく車。
地平線が明るくなっていくのが見える――――。
と、女性が急にソワソワしだす。
「あの、そろそろフキちゃん行かなくちゃ」
「は? 行く場所がどこにもないのに?」
「山があればなんとか生きられるから大丈夫なの!」
「何言ってんだ? そもそも高速で急に止まれるわけ無いだろ?」
そうしているうちに――――男は寒気に覆われる。
女性はなにかの化け物だった、そうとしか考えられなくて。
女性を謎の闇が覆っていく。
しかし高速道路なので、やはり急停車するわけにも行かない。
とにかく逃げるようにスピードを上げていく男。
後ろを見ないで。
何も起きないを。
決心して後ろを見ると、後席には黒い毛むくじゃら。
思い当たるものといえば――熊だ。
熊は何をしてくる気配もなく、ただただ縮こまっているように見える。
意を決して話しかける男。
「――――――――お前、フキか?」
熊は恐る恐る顔を上げる。
そして頷く。
話が通じる、そう思ったことで男は少しずつ落ち着きを取り戻す。
男は頭が良いのか落ち着きを取り戻すと思考を進め、推測しながら話すことを考えていく。
「お前は人間じゃなくて熊か?」
「夜の間だけ人間の姿になれるとか?」
「慌ててたのは熊の姿に戻って俺をビビらせたくなかったからか?」
全てを熊は頷いて肯定する。
男は考える。やばいものを拾ってしまった。
これどうすればいいんだ?
然るべき施設……妖怪研究所とかに届けるべきなのか?
いやそんなことしても金にならない。
見せ物として金を稼ぐ――いや無理だ、そもそも俺はそんなに目立ちたくもない。
だが――本当に熊なら、そして話がある程度通じるなら絶対に家族も友達も出てこないし天涯孤独なわけだ。
親はあのあたりで熊は全然見なくなったといってたし、こいつが一人というのは本当なんだろう。
それなら最初に思った通り稼げばいい。
夜の間だけ人間の姿でいられるならそれで充分。
もし東京で熊の姿に戻ったら――大騒ぎになるだろうが知らないで通せる。銃殺されそうだし後腐れない。
男の思考は飛躍しているが、実は男はつい最近まで天涯孤独な女を金ヅルにしていたのであった。
そこから連想して同じことをさせる発想になるのは一応自然なことではあった。
「確かに熊が急に都会に現れたりしたら大騒ぎだし殺されるかもしれない。
だけどさ、逆に言えば熊であることを隠せればいいんだろ?
他の熊のいるとこに行きたい気持ちはわかるが、俺もそんな場所分からないしとりあえずしばらく家にいろよ。
日が出てる間は外に出なきゃいいんだからさ」
熊は考え込む。
しかし考えているところに、男は決断を迫るような言葉を次々投げかける。
そうして押しに負けるように、熊は頷いてしまった。
その先に何が待っているかも知らず。
-
◇
家に連れて来られたフキは、夜になるまで車の中で過ごし人間の姿になってから部屋に案内された。
最近まで人が住んでたような部屋だ。
フキも田舎でたくさんの家や廃屋を見てきたので、生活感のあるなしはなんとなくわかる。
「これがフキちゃんのへや?
すごい! けど本当にこんなとこすまわせてもらっていいの?」
「ああ、お前と同じような自分の居場所のない女の子が少し前まで住んでたんだよ」
「いまはいないの?」
「ああ、だからお前が代わりに入っていいんだよ、安心しな」
喜んで部屋を走り回るフキ。
「うるせえ!そんなに音たてんな!」
「えっ? ご、ごめんなさい」
フキは一応は野生動物だから、必要とあればすぐに静かになれた。
親熊に殴ったり吠えられたりして怒られた事も思い出して、しゅんとしながら落ち着く。
「とりあえずお前は人間社会のルールをしばらく覚えろ。
必死に覚えろよ、ここで暮らせなくなってもいいのか?」
猛烈に首を横にふるフキ。
聞き分けは良さそうなので男はとりあえず安心する。
「そうだ、将来他の熊のいる場所へ行くまでお前は過ごさなきゃならないんだからな。
まずは人間社会のルールを覚えろ。
そして次は――金を稼がなきゃいけない」
「お金って……ニンゲンが大事にしてるキラキラしたやつとか紙?」
「ああそれだよ」
「かせぐって……なんのために?」
フキはお金については知っている。
よく過ごす神社にも、賽銭がたまに投げられるからだ。
しかし使い方は知らない。
「お金は他のものと交換できる。食べ物だって俺の乗ってた車だってな。
人間社会で生きるためには必要なんだ。
だからここで過ごしてる間はお前にも稼いでもらわなきゃならない」
「うーん……よくわからないけど、とりあえずここにいられるならなんでもするよ」
「あ、ああ……頑張れ」
男は熊女のアホさにやっぱりまずいものを拾ったかと考える。
しかし天涯孤独で頭の悪い女はそう簡単に手に入るものではなく、とりあえずは辛抱強く待つことにした。
◇
実家から昔使った子供用の教材などを男は送ってもらい、熊女は人間社会を学んでいった。
特に身の安全を守るための交通ルールや、犯罪者にならないための人間社会での金の役割なんかは特に。
熊が家にいると流石に居心地が悪いんじゃないか……という男の心配は、部屋を完全に閉め切れば夜と同じように人間の姿になることができることが判明し現実にはならなかった。
前の女が使っていたスマホも渡され、電話や音声認識でアプリを起動して道案内なども使えるようになっていった。
しかしそうやって人間社会に適応していくと次に待っているのは――――――。
-
◇
東京の街の一角の夜中、不自然にたくさんの女性が立ったりしゃがんだりしている一角。
そこには代わる代わる男性が立ち寄り、話がついた者からペアになって何処かへ向かっていく。
そしてまた一人。
「ヘイ君? いくら? 2万でいい?」
「いいよ! フキちゃんがんばるから!
フキちゃん子供できないから、生でもいいけどもっと出せる?」
「は? 病気とか大丈夫?」
「うん! 人のビョーキってぜんぜんうつらないの!」
「そうか……なら3万出す、じゃあ行こうぜ」
今日も稼ぐのだと張り切って、見知らぬ男と手をつなぎ歩いていく。
子供っぽい服装や、見方によっては愛らしい動物的な顔は、一部の男に根強く人気があった。
彼女は人間としては致命的に頭は悪い――が、そういう所も逆にこの娘は自分が金を渡さないと生きていけないんだと哀れむような男もいるためメリットになりうる。
彼女はこのような東京のいくつかの場所を拠点にして、金を稼いでいるのだった。
毎日立って見知らぬ男と連れ添い、日によっては二人三人とはしごして金を稼ぐ。
人間社会で生きていくためにはお金が必要。
あの人が生活するためにも、他の熊のいる新天地を見つけてそこに行くためにも、お金が必要。
そうして熊のお前でも出来る簡単で効率のいいお金の稼ぎ方として教わったのが、いわゆる立ちんぼだ。
一万円札ってすごいってフキは思っている。
買い物の仕方は覚えたけど、一万ってかなりの食べ物が買えるから。
ただフキの将来のためってことで、自分が稼いだお金もあの人が持つことにはなるんだけれど、と。
◇
見知らぬ男と一緒に建物から出てくるフキ。
お金を手にして喜ばしい達成感のある顔をする。
ここからスマホの道案内を起動して、夜が明ける前にあの人の元へ帰るのだ。
今の生活にフキは疑問を抱くことはある。
熊はつがいになったら、しばらく一緒に過ごして子作りをする。
協力して母親が子供を産む体力を蓄えていく。
人間は一夜だけ番になるため、女に男がたくさんお金を渡す。
一人の女に男が何人関わっていようと、気にされることはなかった。
その観念がフキは全然わからないのだった。
本当は熊の相手と番になりたいのに、こんなに沢山の人間の相手と子供もできないのに番になることには時々むなしくなる。
それでも――それでもあの人のために、そして自分の将来のために。
頑張らなければならない、そうフキは考える。
あの人にふと、そっちはお金を稼いでいるのかとフキが尋ねたことがあった。
そうすると面倒そうに、稼いでないと答えるのだった。
そして、俺はお前のために毎日外で熊について調べてるんだ、お金はお前にまかせてる。
そう答える。
フキは男が自分のために頑張っていると知って、獣の時はほとんど意識しなかった感謝の気持を意識した。
他にもある時、フキが番の相手の先で眠ってしまって、そのまま夜明けを迎えそうになってしまったことがあった。
そんなときあの人は必死にフキのもとに駆けつけて、起こして熊になる前になんとか連れ帰ってくれた。
今までにないくらいに怒られたけれど、町中で熊になったら人間に銃で殺されるかもしれないということを聞いて、なんて不味いことをしたのかとフキはしっかり反省した。
山にいたころ銃で殺された仲間のことは、いまでも覚えているからだった。
自分のことをしっかり思いやってくれている人間がいるということを、フキは理解する。
-
◇
「あっ、フキだ!」
街中ではたまにフキに似た植物を見かけることがある。
フキと名前に入り同様に食べられる植物――ツワブキ。
上に伸びる長い柄の先に丸い葉をつけ、葉の形はフキとよく似ている。違いは全体的な株の小ささと、常緑性なので葉が固く艶があること。
そんな細かいことに気が付かない彼女のやることはもちろん決まっている。
手を触れると――新しい葉が株の中央から伸びる。
薄毛に覆われた新葉が、ぐんぐんと柄を伸ばしていって株の上の方で開いていき艶のある綺麗な葉となるのだ。
厳密にはツワブキはフキの仲間ではないが――文化的には同様の使い方で食用とされるためか力は幸いにも適用されるようだった。
久々に自分の力で植物が育っていく。
自分の力が世界に変化を及ぼしていく、ただそれだけが楽しくて彼女の表情が明るくなる。
そうしてついには。
「わっ、わあっ! 何これ!」
フキでは絶対にありえないこと。
株の中央から丸いものがついた茎が伸び、葉よりも高いところまで到達する。
そして――丸いものは蕾だった。
鮮やかな黄色い花が咲き誇っていく。
目を輝かせて喜ぶフキ。
人間の身体は熊より色覚があるとか、生きるためにそこまで必死にならなくていいとかそんなことが積み重なり、熊の彼女にも綺麗なものを楽しむ心は育まれていた。
味はどうなのだろう? と、花の茎を折り取り根本をかじる。
「わあ……あぁ……」
昔食べてたフキとは少し違うけど、やっぱり懐かしい味。
気分が嬉しい。だからそのまま持ち帰りたくてまた何本か茎を折り取る。
切り花ってのがあるからあんな感じにしよう。そう思いついて。
明るい顔で浮き足立って帰っていくのだった。
足を動かすのが下手で、スキップがスキップになっていない変な足取りなのはご愛嬌だ。
フキはこんな力の出どころを、最初は何も気にしていなかった。
でも人間は不思議なことを、よく神様のせいとかにするらしい。
だから自分の力も山の神さまがくれたものなんじゃないか、フキはそう最近は思っている。
何のためにだろう?
もしかしたら今の暮らしみたいに、熊と人が一緒に暮らせる方法を与えるためなのかな? と彼女は考えたりもする。
熊と人間が助け合って一緒に生きている。自分が昔お社の下で悩んでたことが解けていくような感覚も味わうフキ。
こういう日々の僅かな幸せの蓄積も、彼女が生きる糧になっていく。
彼女の自意識は熊でありながら、人間社会で過ごすことで人間らしさも徐々に育まれているのだった。
人間に近づいている……これをどう捉えるかなどと彼女が深く考えることなどは無いのだけれど。
◇
ツワブキの花を持ち帰ったフキから話が広がり、男はフキが植物を伸ばす能力を持っていることを知った。
悪巧みをした男。その後日、これはどうだ……と植物の種のはいった植木鉢をフキに渡す。
フキは一応力を使ってみる――何も起きない。
やっぱりフキしかだめなんだと、フキは落ち込んでいく。
男はちぇっ、使えねーなと見捨てるように言うが……思い直したのか、まあ今まで通り稼げばいいよと励ましてから去っていった。
――その種は大麻草や芥子の種だったのだが、力が作用しなかったのは幸か不幸なのか。
蕗田芽映。
フルネームが必要になったとき、能力との連想から適当につけられた。
夜の間に家に間に合いそうにない時、日の光の入らないネットカフェの個室とかでフキは過ごすことになる。
その会員証の名前とかで使っている。
フキ本人は、フキという名前があるのに人間らしいフルネームをも使わなければならないことを面倒がっている。
-
◇
男は実家から教材の他に児童書や図鑑も送ってもらい、昼の間目が覚めたときはそれを読むのがフキの趣味となる。
山にいた頃食べていたドングリにもあんなに種類があったことがわかった。
この街にも……道沿いにドングリの樹がある。公園にドングリの木がある。
夏も過ぎるとドングリはどんどん太ってきて美味しそうな見た目になっていく。
山で見たことのないどんぐりの木。
食べられるかは最初はわからなかったけれど……図鑑の助けも借りて彼女は街のどんぐりの木も覚えていった。
山で食べてたドングリ……コナラやクヌギはたくさん食べなきゃいけないけど渋くてそんなに美味しくなかった。
でも都会のどんぐりは美味しいものがいっぱいある。
特にマテバシイはすぐ覚えた。粒が大きくて、渋さも全然なくてすごく美味しい。
夜中にどんぐりを拾う彼女の声。
「マッテバッシイ〜! マッテバッシイ〜!」
夜の街に、喜んでどんぐりを拾う彼女の声だけが通る。
「アッラカッシィ……これはシブいんだよね」
都会はドングリがたくさんある。
なのにイノシシとかがいないから、全然食べられることがなく地面に転がっているのだ。
天国のようなものだけど、人間はなんで食べないのだろう。
いや食べないのになんでドングリの樹を残すのだろう。
そんなことを思いつくが、考えても仕方ないのでとにかく美味しい種類のドングリだけをたくさん空いたレジ袋に集めるのだった。
このドングリを山に持っていったらどれだけの熊が生きられるか、なんて、何となくフキは思ったりする。
――それは生態学的には推奨されない方法だが、彼女はそんなことは思い当たりもしないだろう。
家にどんぐりを持ち帰ることは、男も食費の節約になるからと認めてくれた。
ただ虫だけは広がらないように気をつけろとの注意はされたが。
男の子供の頃の思い出で集めたどんぐりから虫が出て家の中を歩き回っていたことがあったという。
フキは空いたペットボトルやビンなどに、どんぐりをたくさん入れて取っておくことにした。
-
◇
寒さを感じる季節になってきた。
熊にとっては、もうすぐ冬眠をしなければならない季節だ。
そうなると働いて稼ぐことができなくなる。
幸いドングリが食べ放題なので、栄養をつけるのに困ることはないのだけれど。
さすがにこんなに都会での暮らしが長くなるとは思ってなかったフキは、冬のことが心配になってきていた。
ある日久しぶりに家で男と一緒に食事を取りながら、彼女は相談してみることにしたのだった。
「お前本当にフキ好きだな……」
スーパーで買ったパック入りの"きゃらぶき"を歪な持ち方の箸でたくさん食べるフキに、男が話しかける。
「うん! 子供のころからだいすきだったもん! フキ!」
「でも最初はこんな黒いやつとか言ってたべなかったじゃねーか……」
「だって食べてみたらおいしいんだもん!」
彼女は最初に山から持ち帰ったフキを食べ尽くしたあとは、時々男にフキが食べたいとねだっていた。
そうしてインスタント食品とともに与えられたのがきゃらぶきだった。
普段食べるフキとは似ていない真っ黒な姿。
フキはそれを訝しげに見て、食べ物とは認識できなかった。
それでもフキが恋しくて恋しくて、緑色を残したフキの煮物なんかを最初は食べていた。
そして……それらを食べ尽くした時残ったきゃらぶき。
人間の加工食品に徐々に慣れてきていた彼女は、初めてそれをかじった。
そしてみるみるその味の虜になってしまったわけだ。
「お前昔じゃ考えられないくらい人間に馴染んできたよな」
「そうかな……えへへ」
フキの自認はあくまでも熊なのだが、それでも人間社会で生きる力をつけられて悪いことはないし嬉しくも思う。
相手に褒められて嬉しいなんて感情も最初はなかったが、人間社会で生きるうちに徐々に身についていた。
「お前のあそこも使い込まれてきゃらぶきみたいに黒くなってんのかなぁ」
「え? 何のこと?」
「あ? ああ何でもない」
男はまあ冗談だとはぐらかす。
そうして、食べ進めながらフキは話を切り出していく。
「あのね、そろそろ言わなくちゃいけないと思ってたことがあるんだけど」
「お前から? 珍しいな。何のことだ?」
「そのね、フキちゃんってクマだからね……これからさむくなってくると冬ごもりをしなくちゃいけないの」
男は少し考え――はっとして熊が冬眠することを思い当たる。
「そうなったら今までみたいにお金かせげなくなっちゃう。どうしたらいいんだろう」
フキは本当にどうしたらいいのかわからないというように、困り顔で話す。
「そうか――おい、お前ほとんどもう人間みたいな生活送ってるだろ、何とかならないの?」
「わからないよ……冬ごもりのときにニンゲンになったことなかったもん」
男もどうしたらいいかと考える。
適当な山に連れて行って逃がしてしまうか……?などと邪な思考も巡りだす。
そうしてるうちにフキが話を続ける。
「その、ずっとねてるわけじゃないよ。
遠くまでうごいたりはしないけどときどき起きてねどこをととのえたりするよ。
お母さんは冬ごもりしながらフキちゃんを育てたりもしたし。
もしかしたら、すごいがんばればなんとかなるかもしれない……」
それを聞いて男は何か方法がないか考えていく。そしてある方法に思いつく。
「お前さ、冬になったらスマホで電話してお前の部屋に相手を呼んで稼ぐのはどうだ?」
「え? ここでつがいになるってこと?」
「そういうこと。そうすれば遠くまで行く必要ないだろ?
住所知られるリスクはあるが……まあ結構稼げてるし続けるべきじゃないか」
フキは考える。
確かにそれならうまくいきそうだ。
顔が明るくなっていく。
「そうしよう! フキちゃん冬の間もがんばる!」
「よっしゃ! じゃあこれからは番になった相手に連絡先を聞かなきゃな」
-
◇
この年、東京にも熊が出没したというニュースが発信された。
そのことを風のうわさで耳に入れたフキ。
自分が住んでる場所が、東京の一部だってことはわかる。多摩とかがどこかはわからないけど。
そう遠くないところに熊のいる山があるわけなのだ。
あの人にそれを話すと、やっぱりこのことは耳にしているようだった。
今年はもう冬になっちゃうし駄目かもしれないけど――きっと来年には他の熊のいるところに行けるんじゃないか。
そんな期待を膨らませながら、彼女は身体を売る日々を送っていくのだった。
◇
この日、初めてフキの部屋に外で番になった相手がやってくる。
まだ冬眠の時期には早い――が、冬眠に入る前に何度か試しにやっておかないと不安がある。
初めてのことに緊張するフキ。
最初に東京の街に立って相手を待った時ほどではないけれど。
扉のチャイムが鳴る……フキが外を覗くと相手がやってきていた。
「おおフキちゃん! 部屋で一緒に過ごせるなんて嬉しいよ!」
始まってしまえば成り行きだった。
外で番になるときと一緒で、体を洗って服を脱いで布団に二人で横になるのだ。
「フキちゃん、せっかく家に呼んでくれたんだし、お礼にちょっとした薬を持ってきたんだけど」
「え? おくすり? フキちゃん具合悪くないよ」
あの人がたまに頭やお腹が痛かったり咳き込んでいる時に薬を飲むのをフキは見ている。
フキにとって薬とは体調が悪い時に飲むものだ。
そしてフキは体調が悪くなったことはないから薬も飲んだことはない。
「いやさ……フキちゃんっていつもあんまり気持ちよさそうにしないじゃない。
そういう人もいるってのは仕方ないんだけどさ。
折角だからそっちも気持ち良くなってくれたほうがこっちも嬉しいしさ。
これは気持ち良くなるのを助けてくれる薬だよ」
「うーん……でもおじさんがよろこんでくれるなら……」
フキは気持ちよくなるとかそんなことには興味がない。金をどれだけ稼げるかを考える。
相手が喜んでくれると最初に言われたお金よりも多く払ってくれることがあるから、相手が喜ぶようなことはするべきなのだ。
だから、フキは薬を飲むことにした。
-
◇
その後のことをフキはよく覚えていない。
ただものすごい不思議な感覚を味わったということが、脳裏に焼き付いた。
美味しいものを食べたときの幸せ……? 違う。
褒めれたときの喜び……? 違う。
わからなかった。
ただただ――頭の中を、体の中を不思議な感覚が走り抜けて。
とにかく、良かった。今までの何よりもと感じるほど良かったのだ。
また来るよという相手の声にものすごく期待を寄せている、そのことだけは確かだった。
そこからはズルズル落ちていく。
薬を得るために対価を要求されるようになる。
最初は番になる対価から天引き。
その後は――他の相手から得た金を薬の代金として支払うようになっていく。
その分働く量を無理に増やす。
冬のために食べているドングリも、もはや美味しいものだけを選り好みなどできないくらい忙しくなって。
それでも、道端で時々見かけるツワブキの花を咲かせることは彼女の癒やしで。
そんな生活は暫くして男にバレてしまう。
収入が少なすぎることを怪しみ、フキの部屋を探った結果薬物を見つけ出した。
ことのあらましをフキから怒鳴りながら聞き出していく。
そして全てを聞き出した男は彼女を足蹴りにして――。
「もうお前と一緒にいられるか! 出てけよ!」
「まってよ! 山はどうなるの? ほかのクマとはもう会えないの?」
「知らねえよ! 自分で探せよ!」
玄関にフキを連れて行く男、そして暗闇の外に追い出した。
家の外でフキは名残惜しく呟く。
「フキちゃん、クマとニンゲンでやさしくいっしょにすごせるようになりたかったのに……。
だから神さまはフキちゃんにニンゲンなる力をくれたと思ってたのに……どうして?」
「ああそうか! 神様なら今のお前をこう言うだろうよ!
失敗した! こんなはずじゃなかった!ってな!
こんな生活が人間としてまともなわけねぇだろ!
せいぜい俺の見えない所でくたばってな!」
扉は勢いよく閉じられた。
…………
さすがに言い過ぎたか、まだあの薬の客だけ上手く連絡取れなくすれば金は稼げるか……と男は思い直し、スマホでフキへ電話をかける。
しかし終ぞ、電話が取られることはなかった。
スマホの位置情報を調べ後を追うと、スマホだけが取り残されている。
これがフキと元の世界との別れだった。
-
◇
"どうして……?
なんで……?
フキちゃんはなんでシッパイなの……?"
とぼとぼと暗闇を歩くフキ。
もう家には帰れない。
町中で熊に戻るのだけはだめだ……と思いながらとにかく街から離れようと歩き続けた。
そして暗闇の中いつの間にかたどり着いたのは、デスちゃんなどと言うものが開く殺し合いの場。
人間社会の闇に染まり黒くなった"きゃらぶき"。
熊にしては高い知能、さらには異能があっても、人間と熊の関係に大波を立てることはできず深い水の底へ沈んでいくだけだった。
そして、天に見捨てられている彼女の不幸はまだまだ終わりを知ることはない。
陽の光に照らされて熊になっていくフキは思う。
"フキちゃん、シッパイだから……?
だからここに、つれてこられたの……?
どうしたらいいの……?"
その目には野生の熊ならありえない露――涙が、人間のように浮かんでいた。
【名前】蕗田芽映
【種族】ツキノワグマ
【性別】女
【年齢】8
【職業】路上売春
【特徴】目は緑がかった色で、肉球はピンクの斑が入ってる。月の輪紋は大きくてくっきりしている。鼻口周り(マズル)の毛色がくっきり薄くなってて可愛げがある。爪や毛並みは整っている。
人間時は身長150くらいで、下半身が太めな動物的体型。黒髪で熊耳のようなお団子がある。頬に赤みがあり、口をしっかり閉じない癖があるので長い八重歯がよく見える。子供服のようなパステルカラーやキャラ物の服を着る。
【好き】フキ、マテバシイのどんぐり、ドラッグ類
【嫌い】イノシシ、銃
【趣味】子供向け図鑑や児童書の読書
【詳細】
子供の頃何者かにより、人間に変身する能力と食料を成長させる能力を授けられたメスのツキノワグマ。
どんな姿に変身するのかどんな食べ物を増やすのかは最初に自由に選択できたのだが、本人の意志により熊に餌付けしていた女の子の姿と大好きだった食べ物のフキとなっている。
その特殊能力と知能を活かして、ツキノワグマが減っている地域にて最後の熊になった。
他の熊のいる地域に行くため人間の力を借りようとしたところ悪い人間に会ってしまったので、人間社会で生きて他の熊の所へいつか行くためという名目で金稼ぎのためにいろいろさせられていた。
【能力】
人間の女性の姿に変身できる力がある。変化できるのは夜間や締め切った部屋など日光の全く届かない時限定。
フキかツワブキの仲間に限るが、植物を自由に成長させる能力がある。
応用として種(この仲間の種は綿毛)や挿し芽用の根茎を持ち運ぶ事も考えられるが……本人は全く考え付きもしていない。
人間の子供程度だが熊にしては知能があり、人間のことを学びある程度は理解している……熊としては成体の年齢に達してるため成長性は低い。
難しい文章は読めず計算も苦手、複雑な道具の使い方も詳しく手取り足取り教えないと理解できないだろう。
【備考】
一人称はフキちゃん。
年齢は熊のほうが基準で、人間としての外見は実年齢×2.5くらいで同期します。
人に食べ物をねだる熊として、SNSで動画が広まったことがある。
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投下終了いたします。
(投下1レス目にタイトルつけ忘れました!失礼します)
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投下お疲れ様です。
>>『威烈繚乱 〜爆炎の鼓動〜』
新たな異世界組……!
愛と闘争が両立している思考は物騒なのですが、鍛え上げた力で猛者と戦いたいという目的そのものは純粋で、とても好感が持てます。
数多のエンジョイ勢と比べると、元爆焔の通り魔という異名にしてはかなり理性的ですね。シリアスかと思えばギャグもこなせる面白いキャラです。
ハインリヒさんの過去エピソードが深掘りされましたが、確かに英雄。これは惚れるのも納得です。
それはそうとやはり注目される神さん。
異世界ファンタジー組だと神は注目せざるをえないんでしょうね。
もし出会った場合、彼が人間だと知ったときのリアクションが気になります。
>>『きゃらぶきちゃん』
フキちゃん可愛い。
神の加護を賜り、生きる術を得た熊、予想外すぎる設定に驚かされました。
しかし、これはまた凄いバックストーリーですね……。
獣故の無垢さに漬け込まれ、好き勝手に利用される姿は悲劇の一言。
人間としてどのように扱われているのか、その悲惨さを理解できないのは救いだったかもしれませんが、信じていた人に現実を突き付けられる姿は憐れすぎます。
その気になれば簡単に殺せる力の差があるのに、それでも道具として利用する人間、業が深い。
追い討ちのように殺し合いに招かれてしまいましたが、何が起こるのか解らないのがバトロワ。
今度は彼女に寄り添える善性の持ち主と出会えると良いですね。
-
投下します
-
◆
そんな、嘘、嘘だ。
命ちゃんが、あんな、死んじゃった、なんて。
嘘、嫌だ、嫌だ!
そんなの認めたくない、忘れたい、あんなのはウソ!
忘れたい、忘れたい、忘れたいーー
◇
-
少女が目を覚ますと、そこは白一色でした。
といっても、雪原や砂漠の中に居るという訳ではありません。辺りを見渡せば、夜風にカーテンが揺られています。はたまた身体を少し動かせば、ぎしりと軋む音が鳴ります。
「…………知らない天井だ」
自分が今どこに居るのか。それを認識した少女は、今の状況にぴったりな台詞を放ちました。彼女の大好きな、日本のアニメキャラクターの台詞です。
そう、少女ーーオリヴィア・オブ・プレスコードは病院に居ました。しかし彼女がいくら頭を捻ろうと、病院に居る訳がわかりません。
自分はついさっきまで元気に登校していた筈です。病気の気配もなく、健康な毎日を送っていました。かといって、交通事故などにあった形跡も見られません。ひとつ気になることといえば、買った覚えのない首輪をいつの間にか身につけていたこと。ですが外し方も分からず、病院にいる以上何らかの必要性があって付けられたのであろうとして、無視することにしました。
「んー……携帯携帯……」
取り敢えず状況を把握しようと、ポケットの中にある筈のスマートフォンへと手を伸ばします。しかし、ポケットの中には何もありません。
そこでオリヴィアは一つ、自分のすぐ側に置いてあるデイパックを見つけました。自分のものではないカバンでしたが、もしかすると誰かが自分の荷物を纏めていてくれてたのかもしれません。オリヴィアは中身を広げてみます。
「名前?」
-
まず最初に見つけたものは、様々な名前が記されている紙でした。よく読んでみると、自分の名前も書かれています。疑問に思いましたが、特に何か重要なものでもないとオリヴィアは判断しました。紙を仕舞い、再度デイパックを漁ります。
「地図……」
次に入っていたものは地図でした。
地形以外の情報がない、真四角な地図。しかしオリヴィアは自分が居る地点を特定することが可能でした。理由は簡単。病院はその地図の中に1つしかなかったからです。
「遊園地にショッピングモール……んー、ココは何処デショウカ。全く見たこと無い地図デスネー……」
幼い頃によく眺めていた日本地図、記憶力が優れているオリヴィアはその内容を完璧に把握しています。ですが、記憶の中のどの風景ともこの地図は一致しません。
「んんん〜……っ、ま!新しく覚えれば良いだけデスネ!」
ですが覚えていないものは仕方ありません、新しく覚えれば良いだけです。紙を眺めて僅か2、3秒、この舞台の地図は完璧にオリヴィアの脳に刻まれました。
「……しかしどうしマショウ、病室デスよね……」
ただ、オリヴィアの中では未だ困惑が残ります。記憶からは消えているものの、病室で目覚めた以上、何かしら病院送りになるワケがあった筈です。
オリヴィアは極めて良識的な人間です。病院から勝手に出れば、医者達が困ってしまいます。よってここから動くという選択肢は消えてしまうのです。
「取り敢えず、誰か来るまで暇潰しでもシマショウカ!」
しかしどんな状況も明るく振る舞うのが彼女の特技。記憶から消えた「何か」に少し怯えながらも、再びデイパックを漁り始めました。
そこで彼女は一つのラッキーにありつきます。
-
「Oh!これは!」
取り出したのは四角い箱。動かせは中からがさがさと言った音が発せられます。
「ジグソーパズル!」
そう、彼女に与えられたものはとても大きなジグソーパズル。暇潰しにはぴったりな品です。
「……エー、私のモノで良いんデスよね……?」
ただ一つ懸念点はこのデイパック自体、自分の持ち物ではないこと。ジグソーパズルも他人の持ち物かもしれません。
「……ま!人のものなら後で謝れば大丈夫デスネ!」
人生に必要なのは多少強引な解釈。人のものだと仮定し丁寧に扱いながらも、ジグソーパズルをすぐ側のテーブルに広げます。
日常から、ちょっとした非日常へと移った現状。しかし心までわざわざ移る必要はありません。
知らない天井、知らない場所で一人きり。それでもオリヴィアの心は普段通りの穏やかさのまま、ジグソーパズルを組み立て始めました。
ただ、彼女はもう覚えてはいません。
この場は非日常どころではない、非常事態であることを。
-
オリヴィアは、素敵な日常に囲まれた、とてもよい子でした。
他人を好み、他人に好かれ、親を愛し、親に愛される、そんな素敵な女の子でした。
そんな彼女には少し、他の子達とは違ったことがありました。小学生にも満たない、この世に生まれて僅か1ケタしか経たない辺り。まだ周りの子供たちが言語の習得へ四苦八苦している中、彼女はいとも簡単に並の大人に引けを取らない言語能力を習得しました。周りの大人たちは驚きに包まれます。
そんな中、大人の中の一人がこれも覚えてみて、と地域の地図を渡しました。その地図に興味を持った彼女は、僅か数秒の間でその内容を完璧に記憶しました。大人たちはオリヴィアを天才児と持て囃しました。その後も大人たちが持ち寄った知識を、興味次第ではありましたが完璧に記憶していきました。天才少女として一躍地域の人気者になった彼女。一度はテレビショーに出演したりなんてすることもありましたが、危ない大人に狙われることがない様親はそれ以上目立つことを控え、この天才性が将来社会の役に立つように、そして何より彼女が幸せになるように、大切に育てました。
しかしある日、また一つ彼女の他の子達と違った一面が顕現することとなりました。
オリヴィアが生まれる前から家族の一員だったペットの犬が、天国へと旅立ってしまったのです。ペットを愛していた彼女はひどく悲しみました。まだ幼い彼女に、死という概念はとても辛いものでした。
だから彼女は願ったのです。「そんなのは嘘」と、「あの子はまだ生きている」と、「死んだ」なんて事実はないものだって、忘れてしまおうと。
それは一瞬のことでした。彼女の記憶から、ペットの死という事実が完全に消えてしまいました。
両親は困惑しました。とぼけている様子もなく、きっぱりと「あの子はどこに行ったの」と伺い続けるオリヴィアに。その命日だけが記憶から抜け落ちた様に、ペットを想うオリヴィアに。
しかし両親は優しすぎました。まるでその死を認めない彼女へ、「あの子は近所のおじさんが引き取ってくれたよ」だなんて、ちょっとした嘘をついたのです。オリヴィアはあらゆる人生を経験した現在になっても、そのペットの死を思い出すことはありませんでした。
両親は、オリヴィアは昔から嫌な物事を忘れる癖があったことに気付きました。しかし両親はこの出来事を経て気づきました。嫌いな食べ物、痛かった出来事、認めたく無い事実。それらを忘れているフリをしている訳ではなかったのだと。オリヴィアは、『忘れる』ことも人一倍優れているのだと。
しかしまた、両親は優しすぎました。その記憶力を追求する事も、改善しようとする事もありませんでした。何より、彼女の平穏を守りたかったからです。
-
確かに彼女は天才と言える存在でした。その記憶力は最早人智を凌駕したものです。彼女が『覚えたい』と願った物事は、全て彼女の脳に刻まれ、決して消えることはありません。ただ、天はもう一つ、異常性を与えてしまいました。
彼女は『忘れたい』と願った出来事を、綺麗さっぱり忘れてしまいます。嫌だった、苦しかった思い出は彼女の中に記録されることはありません。
だから『お友達が惨たらしく殺された現状』なんて、記録される筈がなかったのです。
デスノ・ゲエムが引き起こした惨状。たくさんの友達の一人、幸生命が殺された事態。何もかも、彼女には耐えきれないものでした。
だから、忘れたのです。30の参加者達が経験した数分間の舞台は、空白となったのです。
オリヴィアの中では、まだ日常は続いています。血で塗れた地獄なんて存在しません。
しかし、デスノ・ゲエムに目をつけられた以上、いずれ地獄へと引き摺り落とされる運命なのです。
彼女の愛した日常は、オリヴィアの心の中だけに存在しています。
心の外は、このデスゲームは、ただの地獄です。
【名前】オリヴィア・オブ・プレスコード
【種族】人間
【性別】女性
【年齢】16歳
【職業】高校生
【特徴】さらさらとした長いブロンドヘアに、華奢な身体の美少女。黙っていれば人形のようだとよく周りの友人から形容される。一般的な日本の高校の制服を着用している。
【好き】友人や家族との楽しい思い出、日本文化
【嫌い】とくになし(記憶から消えている)
【趣味】町巡り、友人との会話
【詳細】
幼い頃からの憧れから、日本へやって来たイギリス生まれの少女。元気はつらつで、人懐こい性格。他人をすぐ「友達」と認定する癖がある。持ち前の明るさ故他人から好かれることも多く、高校でのクラスメイトとの関係も良好。
日本語を完璧に習得しているものの、会話する際には「〜デス!」「〜ネ!」と、元気なカタコト敬語で話すことが多い。理由は明るく振る舞う為のキャラ作り。その気になれば流暢な日本語で会話可能。
日本の文化全般を愛しており、忍者、侍といった伝統文化からアニメ、マンガなどのサブカルチャーにも精通している。友人からよく言われる言葉は「日本人よりも日本に詳しい」。
高校生としての学力は『能力』のお陰で飛び抜けており、学内での試験においてもトップ常連。
『能力』の都合上、時折周囲から反感を抱かれることもあるが、普段の行いが良いこともあり嫌われることはない。
【能力】
『記憶整理』
異能力が架空の概念である世界にて、何故かオリヴィアが生まれつき授かってしまった能力。記憶を自由に消したり、保存することが出来る。
オリヴィア自身が「覚えておきたい」と思った記憶は絶対に消えることがなく、「忘れたい」と思った記憶は忘れた事実ごときれいさっぱり消えてしまう。また、その整理にかかる時間も極端に短い。
しかし完全ではなく、「忘れたい」記憶は、その出来事を何らかの方法で追体験することで忘れた事実ごと思い出してしまう可能性もある。一方「覚えておきたい」記憶は、例え脳を壊されようとも決して忘れることはない。オリヴィアの人生の中でこれらの様な経験はまだ無い。
なお本人は無自覚に能力を使用しており、能力の存在に気づいていない。記憶の異常性にも「私ちょっと忘れっぽいかも……」、「私って頭イイネ!」程度にしか考えていない。
なお、この能力は他者にも使用することが可能である。オリヴィアが「友達」などの親しい関係と認識している対象に「覚えていて欲しい」或いは「忘れて欲しい」と強く願いながら触れることで発動する。彼女は自分自身の記憶力同様この力にも気づいておらず、彼女の人生の中で、この能力を使用したこともまだ無い。
【備考】
『地図』の内容を完全に記憶しました。
殺し合いが宣言された部屋での出来事(『デスノ・ゲエム』、『殺し合い』、『殺し合いのルール』、『幸生 命が受けた仕打ち』等)が記憶から消去されています。他に消去されている過去については後の書き手様にお任せします。
デイパックの中身を完全に確認していません。その為武器類が入っていてもまだその存在には気づいていません。
幸生命とは友人関係でした。一緒に遊ぶこともあったが特に深い付き合いではない、程度の仲です。
【所持支給品紹介】
『ジグソーパズル』
高校生連続殺人鬼、双葉玲央のお気に入りの一品。1辺が1m以上あり、完成するとなかなかの大きさになる。
絵柄は至って普通の風景画。
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投下終了です
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投下お疲れ様です
>>『景色モザイク』
自身の能力によりデスゲームを忘れている、という設定は非常に面白いですが、参加者としては非常に不利。
両親や友人など、周囲の優しさが仇となったのは悲しい巡り合わせですね。
彼女の異能は使いこなせば凄い活躍しそうですが、そもそも本人が能力が架空とされる世界の出身なため、安易には覚醒できなさそうというジレンマ。
苦労しそうですが、是非ともこの地獄を生き延びてほしいですね。
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投下します。
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私の両親は、私の物心がつくかつかないかぐらいの時に事故で亡くなった…らしい。そう姉さまは私に話していた。
姉さまは常に余裕ある様子で、掴み所のない人で…困らされたり振り回されたりした事もしばしばあった。だけど…不思議と私はそれが嫌いじゃなくて、寧ろ心地よさみたいな、安心感みたいなのを抱いていた。
私も姉さまも、周囲の人達に恵まれたのもあって…互いに支え合って生きてた……なのに。
私が17歳になったある日、姉さまは出掛けたきり帰ってこなかった。
直前まで友達が一緒に居ており、目を離したのは一瞬。かつ狭めの場所と不可解極まりない状況で…理解が出来なかった。それ以上に私は…置いていかれた事が寂しくて、つらくて。
…でも迷惑はかけれなかったから、普段通りでいようとがんばったんだけど……それでも後輩には、私の不調を見抜かれてしまっていた。
その上で支えようと、不器用ながらもがんばってくれてた彼女に…私は支えられて、勇気付けられてた。この事は…忘れたくないな。
そして後輩や周りの人達に支えられ、どうにか進学を決めた18歳のクリスマス。後輩と一緒に乗った列車が突如なにかに激突したかのように止まり…気付くと風景が見知らぬ何処かへと変わっていた。
車内がざわめく中、響いたのはガラスが割れた音。そして悲鳴がこだまして…ケダモノ共が現れ乗客達を殺戮しだした。
目の前で人が惨殺されるところを見た私は、喉奥までせり上がってくる物を吐き出さないようにしながら咄嗟に後輩の手を取り車外からの脱出を試みた。
ケダモノが死体で遊び"愉しむ"中どうにか抜け出し、一安心と思ったその時だった、一体のケダモノが後輩へと攻撃しようとし…庇った私は一時意識を手放す。
そして戻った際、私の耳にはパンパンと水音が響いてきていた。
目を開け、音の方を見ようとして……後輩と目が合うと同時に、私は絶句した。
彼女は虚ろな目で光は失せていて…綺麗な内臓が、見えてしまっていた。そして……ケダモノに「使われて」しまっているのを私は……私はっ!!!!
──ケダモノが気持ち良さそうに達した所で、怒りのまま私はバッグから取り出した竹刀で背後から思いっきり振り下ろした。ひたすらに振り下ろして、振り下ろして振り下ろして……暫くしてケダモノは、ピクリとも動かなくなっていた。
そして私は……泣いた。私じゃなく後輩がああされてしまっていたのはきっと、私を庇おうとしたからだ。私なんて置いて逃げれば、あんな目には遭わなかったのに…私に、気絶しないだけの力があれば……!
妹分みたいに思っていた後輩を亡くし辱められた事に、ただ自分への怒りと無力感に打ちひしがれ、どうして私は生き残ってしまったんだろうと泣いていた所を……後の師匠に見つけられ、東の国に連れられる事になった。
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転移者として保護された私は、才能を見込まれ当代の勇者という職業に選ばれ、またこの世界風の名前を与えられた。
同じ異世界から転移した所を拾われた師匠に弟子入りして、言語や魔法、戦闘方法を学びながら、魔物等の民を仇なす敵を討伐していく中で、私は国の英雄等と持ち上げられる事となった。
……たったひとりの妹分すら守れず、民を皆守れたわけでもないのに、英雄と呼ばれるのは厭だった。全て守れてこその英雄じゃあないのかと。…それを飲み込み、勇者として戦う。弟弟子も出来て、順調に経験を積む中……それは起きた。
19歳のクリスマス。転移してから1年が経ったあの日、討伐した魔物が消え去る前、声を投げかけた。
『…アリ、ガ…トウ……ブジデ、ヨカッタ…■■』
感謝の言葉。酷く懐かしく、再び聞きたいと願っていた声色。そして…師匠と弟弟子以外知らないはずの、私の本来の名──結論に辿り着いたと同時に、私は膝から崩れ落ち、気付くと慟哭していた。
自分が何をしてしまったのかを…たったひとりの姉を、そうと気付かずこの手で屠ってしまった事に、私の精神は壊れる手前まで追い込まれる。
駆け付けた師匠と弟弟子に、私は懺悔するかのように辿り着いてしまった真実を話した。
…殺してと頼んだ気もするけど、聞いては貰えなかったな。…聞いてもらえてれば…。
…元から師匠は国の上層部には疑念を抱いていたのもあって、狙われる前に国から脱出を図ろうとした矢先──既に差し向けられていた暗殺部隊に師匠が致命傷を負わされてしまった。
私も弟弟子も、師匠を助けようとしたけど…彼女は、あの人は最後まで私達だけでも逃がす為、自分の命を呈して…足止めを果たした。
師匠のお陰で私は弟弟子と共に国外の辺境に逃げれたけど……私はもう、何も出来ないくらい心が折れてしまっていた。
守りたいと願ったのに、後輩も師匠も私のせいで死んで、姉さまは私がこの手でっ……何が勇者だというのか、何も守れず取り零してばかりなのに!!
そう無気力に陥っていた私を彼は…弟弟子は、献身的に支えてくれた。
泣いていた私を慰め寄り添ってくれた。自棄になっていた時も辛抱強く、見放さないでくれた。立ち直りながら私は、申し訳無さでいっぱいになって……それ以上に、彼の優しさに惹かれ、いつの間にか恋心というやつを抱いてた。
想いが膨れ上がる中、私は…彼を護ると定めた。元の世界へ帰れる目処は立たず、護りたかったものは尽く失う中…唯一残った彼だけは、護り抜いてみせると。ひとり誓い、鍛錬に励んだ。
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そして…20歳の時のクリスマス、散歩に出かけた私は、帰って来た時自分の目を疑った。
弟弟子の姿はなく、あるのは巨大なバケモノと、倒れてピクリとも動かない東の国の特務部隊達。
ここが国の追手に見つかり、弟弟子が目前のバケモノに変えられてしまったと悟った私は攻撃を避けながら、必死に呼びかける。
…もう姉さまの時みたいに、殺したくなかったから。
暫くして、彼は正気を取り戻してくれた。しかし彼は私に…介錯を頼んだ。
今は抑え込めているが、いつまたバケモノに戻ってしまうかわからないと、せめて人間のまま、貴女を姉弟子として誇ったまま死にたいと…涙ながらに頼まれた。…大好きな相手に、そんな風に頼まれて……断れなかった。
そのまま…私はこの手で、想い人の短い人生を終わらせてしまった。
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泣いて喚いて、どれだけの間そうしたかすら思い出せないまま…落ち着いた私に湧き上がったのは、東の国の上層部と自身への怒りと憎しみ。それがとめどなく溢れた結果…私は怒りのまま復讐を敢行した。
師匠から学んだ気配の消し方や鍛え続けた結果得たフィジカルに剣の腕、付与による魔法の行使をフルに使って、一夜にして私は上層部と配下たちを鏖殺。
付与の使い過ぎで記憶が欠けた所だらけになってしまったけど、復讐さえ遂げれれば最早どうでもよかった。
後に東の国はクーデターが起こり、私は国を滅ぼした大罪人・最悪(災厄とも)の勇者として汚名が広まったらしい。
でも……そこまでしても、私の心は晴れなかった。
鏖殺を行う中、触れた国の機密事項から、並行世界を観測し対象とその周辺を強制的に転移させる装置の存在を知ってしまった。
そして…私が異世界転移したのは装置による意図的で、観測により私に才能があると判断したが故だと、姉さまも含めた複数名が私以前に転移させられているのは性能テストのためだと、直後に強襲してきたケダモノ共は選別の為狙って放たれた人工的に作られた物だと、また……私が転移してから暫く後に、過度の干渉により世界間の境界が歪んだ結果…私の帰るべき故郷の世界は滅び去ってしまったという事実を思い知らされた。
帰るべき世界は既に無く、護りたいと願ったものは尽く手から溢れ落ち、過干渉は元を辿れば私に…私に勇者の才能なんて物があるから…私が生まれてきたせいで…みんな…みんな、死んだんだ。
殺す事や、壊す事はあんなに出来たのに…いや、そんな奴が誰かを護ろうだなんて…なんて烏滸がましかったんだろう、私は。
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ありとあらゆる手段で死のうとしたけど、加護のせいで私は死ねなかった。死ねないまま、まるで死にながら日々を過ごすかのように、無気力に生きていた。
大好きな相手すら護れず、名前をも忘れてしまった今…たとえ誰かと仲良くなれても、どうせ失うだけだと思った。それなら…傷付けるくらいなら、迷惑をかけるくらいなら…ひとりで生きるべきだとも。
そんなある日、大罪人である私を殺す為組まれた討伐隊に襲われた。
1対多の殺し合い、物量に押され負けそうになった私だけども…どうにか勝利し皆殺しにした時、生死の狭間を彷徨った結果、私は思うようになった。
「戦いの中でボロボロになった末に、ひとり孤独に息絶える事が、のうのうと生き残ってしまい、自殺もままならない自分にとっての罪滅ぼしになる」…と。
そして私は…鍛錬を続けながら、自分を殺そうとする相手を返り討ちにして、命懸けの死合を求めるようになった。
そんな中、21歳のクリスマスに、私はこの殺し合いに巻き込まれた。
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…気付くと首輪をつけられた状態で、私は眠っていたようだ。長い夢を見ていた気がして…何故か目から涙が出ていた。
…デスノとやらが外道の類なのは理解した上で、私は…目的のため、強者を探す事にした。
制限は気に食わないが、強者との死合で死ねる可能性を用意された以上…食いつく他選択肢は無かった。
優勝を…と浮かばなかったと言えば嘘になる。だけど……壊す事や殺す事しか出来ない私が、生き返らせたり無かった事にするのを願ったとして…正常に受理してもらえるとは思えなかった。それ以上に…そんな資格は、私にはない。何も護れなかった役立たずには……過ぎた権利だろう。
名簿を見ようかとも思ったが、私はやめた。
覚えてるか思い出すかもしれない相手は皆、殺したか殺されている…顔見知りが載る筈が無いのだから。
そして私は…支給品である日本刀を取り出した後、他参加者を、強者を求めて歩き出した。
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【名前】ルイーゼ・フォン・エスターライヒ
【種族】人間
【性別】女
【年齢】21
【職業】勇者
【特徴】薄紫色のポニーテールな髪型。黄色のリボンでそれを束ねている。紫寄りの赤眼だが、現在は目からハイライトが消えている。胸は大きめで、童顔寄りかつ少し小柄な為年齢より幼く見られがち。
服装は半袖かつ襟が広い白シャツ風な上着に、下は肩紐が右肩だけにある赤いスカートといった様子。異世界転移後に手に入れた服の内の一着である。
名前とは異なり日本人だが、これは今の名前が異世界に転移し勇者となった際に名付けられた物である為。
【好き】今は強者との死合。かつて何が好きだったのかは、思い出せない。
【嫌い】「守る」或いは「護る」という言葉を軽々しく使う輩。厨二病の相手(何か思い出してしまいそうになり、頭痛に襲われる為)。
妄言を吐き散らかす役立たず。自身の本質から目を背けている輩。自分自身。クリスマス(転移してから今に至るまで、毎年確実に辛い事が起こる為)。他者を辱めるケダモノ。
【趣味】現在は鍛錬。かつてどうだったかは思い出せず、今は興味が無い。
【詳細】現実に限りなく近いある並行世界から異世界転移した少女であり、滅び壊された並行世界の最後の生き残り。
かつての英雄にして、何もかもを奪われ取り零した末、復讐のため道を踏み外し上層部の虐殺を行った事によりクーデターが勃発する要因となった、東の国所属の最後にして最悪或いは災厄の勇者。元剣道少女。
性格は生真面目で少し天然寄り、お人好しだったが責任感が強く自罰的な傾向があり、本質的には寂しがり屋。姉に振り回され気味だったせいか、年下相手にはお姉さんぶろうとする所もあった。
両親の死や姉の失踪の一件から、置いていかれる事を恐れている節がある。
またかつては誰かを守る為に戦える人間でありたいと思っていたが、復讐を遂げて以降は自分の本質は殺す事・壊す事で守る事なんて最初から出来やしなかったと。
二度と誰かを守れるなんて思い上がるんじゃないと諦観に取り憑かれてしまっており、戦いの中ボロボロになった末ひとり孤独に死ぬ事が、自死出来ずのうのうとひとりだけ生き残った自分に出来る罪滅ぼしだと、妹分の件で抱いたサバイバーズ・ギルトを更に拗らせてしまっている。
最初は殺人は極力避けようとしていたが、復讐を遂げて以降はすっかり慣れてしまい敵対者を殺しても何も感じなくなってしまった。
ただし、殺しに来た訳でもない相手を自分から殺す事はしない程度には良識は残ってる。
なお後記の理由で現在記憶から消えているが、元の世界で学生として過ごしていた時は実はアニメ等のサブカル系の隠れオタクかつ元厨二病であった。姉と妹分(自分からは明かしたなかったがたまたま見られたせいでバレた)以外にはこの事を明かしておらず、対外的にはあくまで真面目で遊びのない優等生として振る舞っていた。
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【能力】
・属性付与
勇者となった際に、ルイーゼが覚醒した力。
自身が行使可能な魔法を、拳や脚、身に持っている剣や銃(の中の弾)などに付与して放つ事が可能。付与にはアクションは不要でどの魔法を付与するか思考すると同時に予備動作無しで発動させれる。
付与可能な魔法は炎・水・風・氷・光・闇・無・治癒・酸・重力・時空間干渉と多岐にわたる…がこの殺し合いでは首輪によりある程度制限されている。
(本来なら例えば、重力魔法の応用で付与した攻撃が当たった地点にブラックホールを生成したり、無魔法により当たった地点とその周辺を虚数に分解し消滅させたり、時空間干渉魔法の応用で当たった地点の周囲の空間毎相手を壊したり出来る。これらは当然制限対象)
短所としては、思考と同じ速度で行使する都合、前記した制限対象になるような大技を数発撃ったり、連続使用やインターバルを大きく開けずに何発も使ったりすると脳にダメージが入り、ランダムに記憶が欠落するデメリットがある。
これによりルイーゼは、自身が元いた世界でどんな名前だったかや、両親や姉、妹分や師匠、想い人の名前等様々な思い出を忘却してしまっている。
欠落自体は永続ではなく何かしら切っ掛けがあれば思い出す可能性はあるものの、現在までルイーゼが欠落した記憶を思い出した事はない。
また彼女の場合、辛い記憶や苦しい記憶、悲しい記憶の方がそうでないものより消え難く遺り易い傾向がある。
なお付与させれる魔法は通常使用も本来なら可能だが、姉を殺めてしまった際に通常での魔法行使がトラウマになってしまっていて付与以外ではまともに使用ができなくなっている。
・勇者の加護
勇者として才を認められた事により授けられた物。呪いでもある。
ありとあらゆる手段を使おうと自ら死ぬ事が出来なくなる効果がある他、精神的な攻撃への耐性が出来る効果もある。
一度こうなってしまうと解除もしくは解呪は不可能。
他にも高い身体能力と剣の腕を持ち、また気配を消して行動(含む攻撃も)するのが得意でもある。
【備考】
一人称は私で、二人称は君(年下or同年代)かあなた(年上か立場の高い相手)か貴様(嫌いなタイプの相手や外道の類)。
また姉が失踪後から、この殺し合いに巻き込まれるまでは日記を書いていたが少なくとも彼女の支給品には日記は無い模様。
【転移剣天三淵(あまのみつぶち)】
日本刀の魔剣。ルイーゼに支給されていた。
斬れ味が良く、また所有者を短距離だけだがワープされる事ができる機能がある。
一度機能を使うとある程度インターバルが必要になる。
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投下終了します、タイトルは「夢の狭間で泣いてないで」です。
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投下乙です
この企画お労しい女の子多すぎでは……?
自分も投下します
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「ワタクシ、デンク カヒと申します。
見ての通り、とある鉄道にて車掌を務めております。
突然ですが、ワタクシは車掌という自らの役目を愛しております。
大げさに聞こえるでしょうが、ワタクシは自らを、車掌という役目を果たす為に存在しているのだと信じております。
己の役目を果たし、役目を信じている以上、ワタクシに満願成就の機会などは無用の長物であると断言いたします。
アナタ様は見たところ、お医者様でいらっしゃる。
人を救うという役目を帯びて、その白衣に袖を通しておられるはず。
ならばこそ、ワタクシはアナタ様を信用したい。
ワタクシが己の役目を愛しているように、アナタ様も役目を信じていると、信じたい。
ワタクシの言い分に、もし同意していただけるのであれば。
あるいは同意は出来なくとも、理解を示し共存の道を探れると言っていただけるなら、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」
車掌は一息で、以上のセリフを吐き切った。
吐き切ったあとですぅっと大きく息を吸い、改めて眼前の対話者に視線を合わせる。
真っすぐな視線を受けた白衣の男は、同じ真っすぐな瞳で言葉を返した。
「……新田目 修武(あらため おさむ)です。
まだ研修医の身ですが、貴方の言うスタンスに間違いはありません。
俺も、人を救うことを志す者として、殺し合いの果ての満願成就は無用だと断じます」
白衣の男――修武の言葉に、車掌は満足気にうなずいた。
殺し合いを強制された非常時において、他者を信用することは決して簡単なことではない。
それでも、車掌にとって修武の言葉は信用に足りるものだったらしい。
「新田目様、もしよろしければ、行動を共にしませんか。
名簿にはワタクシの知人の名もありましたので、出来れば彼女とも合流したい。
現状、個人の力でこの現状を打開することは困難であると思われます。
ならば、殺し合いの打破に向けてともに動ける仲間を集めることは必須でしょう」
「名簿……あぁ、そんなのも支給されてたっけ」
「おっと、まだ名簿に目を通していらっしゃらないようで。
では行動を開始する前に、どうぞご確認ください。
あまり歓迎すべきことではありませんが、ワタクシのように知人が巻き込まれているやもしれません」
正直な話、修武は殺し合いの主催者からの物資など、正直言って手を着けたくはなかった。
安全性とか信用以前に嫌悪感の問題だったが、そうも言ってはいられない。
修武が名簿に目を通す間、車掌はただ黙して見守るだけとした。
知人がいないかを確認するだけならば、ものの数秒もあれば済む話だった。
だが、修武はきっかり三分間、一言も発さないまま名簿から目を離さなかった。
三分間の沈黙は、車掌にかけるべき言葉を探させるのに十分だった。
「……お知り合いの方がいらっしゃいましたか。
ではその方とも、一刻も早く合流できるように」
「デンクさん」
車掌の言葉を、修武が遮った。
先ほどまでとは打って変わって、言葉に険のある口ぶりだった。
とはいえ気持ちはわかると、特に気にした様子もなく車掌が応じる。
「はい、なんでしょう」
「……」
「……新田目様?」
-
「壥挧彁暃ってコレ、幽霊文字ですよね。
芸名やペンネームってならともかく、こんな名前でただの車掌ってのは馬鹿にしてません?」
修武の言葉に、笑みを絶やさなかった車掌の表情が凍り付く。
否、車掌の表情を凍らせたのは、修武の言葉ではない。
修武が名簿で隠しながら構えていた拳銃を前に、車掌はゆっくりと両の手を掲げる。
「お前、何者だ?」
研修医としての振舞いはもはや消え去り、まるで軍人かのように鋭い眼光でもって、白衣の男は車掌に銃を突きつける。
突き付けられた銃口を前に、車掌は観念したように両目を閉じた。
数秒の間があり、そして再び目を開けた車掌は静かに語り始めた。
「ワタクシの名前は確かに壥挧 彁暃です。
ですが、これはあくまで外界に出た際に名乗る程度の意味しかありません。
近しい者からは単に「車掌」と呼び慕われております。
本来ワタクシを呼び示す言葉はそれのみであり、あるいはそれが本来の名前と言えるかもしれません」
銃口を向けられ、両手を掲げ、それでも慇懃な姿勢を崩さない壥挧。
修武もまた照準を眉間に定めたまま動かさない。
医者らしからぬ殺気は、素人が身に余る武器を手にしたわけでは無いことのなによりの証明だった。
車掌は、言葉を続ける。
「『幽霊列車』というのをご存じですか?」
「……噂程度には」
「この世に未練を残し、救いのない終わりを迎えた魂を乗せて走る、鎮魂の揺りかご。
救済や成仏などを終着とせず、どこも通らず、どこへも着かず、ただ乗せた亡霊を慰めるためだけの、そういう世界の仕組みの一つと思って頂ければ、ハイ」
「……」
「哀れな亡霊たちには『定期券』とでも言いましょうか、乗車も下車も自由な証が与えられており、好きな時に列車に乗り、好きな場所で降りることが出来るのです。
車窓から遠くの現実世界を眺めながら、やがて生前の記憶に対してなんらかの納得して『定期券』を返上出来た時、魂はようやく輪廻の輪に還るか、あるいは死後の世界へと旅立てるのです」
そこで一度、車掌は言葉を切った。
怪訝に眉を寄せる修武に、車掌は片方の眉を上げて見せる。
「驚いたり、否定されたりしないのですね。
納得いただくのに苦労するかと思ったのですが」
「……そういう分野に全く心当たりがないわけじゃない。
それより、俺のことはいいから話を続けろ」
先を促す修武に、車掌は両手を上げたまま頷いて見せる。
「ここにいるワタクシは、いわば『幽霊列車』の化身、分霊のようなものなのです。
少し前に乗客が禁忌を冒してしまい、やむなく強制下車の処分を下したのですが、どういうわけか魂が消滅することなく、あろうことか再び肉体を得た気配を察知いたしまして。
そこでこうして、ワタクシが状況の確認と、可能であれば魂の回収をしようと外界に顕現した次第なのです」
「再び肉体……。アレか」
「えぇ、アレかと」
修武の脳裏に浮かび、壥挧が肯定したのは、デスノの開幕宣言時。
見せしめとして殺された少女を蘇らせた、あの場面。
-
「……生まれ変わったとか、蘇ったとかで、とにかく消えるはずの魂を回収して、今度こそ消すってことか?」
「いえ? いえいえ!! そんなことはしませんとも。
『幽霊列車』はあくまで幽霊の列車。第二の生を生きるならばそれはそれでよし。
仮に殺されていたならば、そうでなくとも未だ生前の記憶に縛られ、再び亡霊として彷徨うならば。
『幽霊列車』は憐れな魂を抱き寄せ、慰めるだけでございます」
あくまで世界の仕組みとして、それ以上でも以下でもないと。
車掌はそう言っているのだと、修武は理解した。
理解したうえで、その言葉に慈悲を感じていた。
未だ得体のしれない存在であることに変わりはない。
とはいえ一部でも、その存在について理解が及んだことで、わずかに修武の警戒心が緩む。
その兆候を、『幽霊列車』の車掌は見逃さなかった。
「あぁ時に、生まれ変わりといえば、新田目様の魂もそんな色をしていらっしゃる」
「っ」
突然の話題転換に、これまで微塵の震えも見せなかった修武の銃口が激しくブレた。
それは、"今の"両親にも告げていないこと。
墓場まで抱えていく覚悟の、誰にも言えない秘密だった。
動揺を隠せない修武に、あろうことかさらなる追い打ちがかかる。
車掌の懐から小さな塊が飛び出し、それは瞬く間に体積を増大させ、やがて一台のバイクへと姿を変えた。
「なっ――――、"ゲオルギウス"!?」
兵装"ゲオルギウス"
本来"テンシ"にしか扱うことのできないはず特殊な兵器を、幽霊とはいえ"テンシ"ではない存在が扱える不可解に、修武の頭が混乱を極める。
いやそれ以前に、再びその兵装を目にすることになるとは、夢にも――――、
「お互い人に言えない秘密が多いですな!
そんな輩が徒党を組むと、他の参加者に要らぬ誤解を招くかもしれません。
ここは一度、別行動と行きましょう!」
言うが早いか、『幽霊列車』の車掌はバイクに飛び乗ると、あっという間に走り去っていった。
元より無理に同行する必要のない誘いであった以上、無理を重ねて懐柔する意味は、少なくとも壥挧には無い。
【名前】壥挧 彁暃(でんく かひ)
【種族】幽霊(実体アリ)
【性別】男性
【年齢】200歳
【職業】『幽霊列車』の車掌
【特徴】制服、帽子、手袋。どこからどう見ても車掌であり、逆に車掌であるという特徴以外が存在しない。
【好き】列車の揺れ、車内販売、話の分かる鉄道ヲタ
【嫌い】周囲の迷惑を考えず自己中心的で横暴に振舞い品性のカケラも無い態度で鉄道職員にすら敬意を払わない「鉄道ヲタ」を名乗る屑、亡霊を生み出す外道
【趣味】人間観察
【詳細】
都市伝説『幽霊列車』の一構成要素である車掌が単独で顕現した存在。
『幽霊列車』の分身のようなものであり、たとえ死んでも『幽霊列車』に情報が還るだけ。
禁忌を犯し消滅したはずの播岡くるるの魂を感知したため、再度乗車する意志があるか確かめに外界へ顕現した。
【能力】
『幽霊列車の分霊』
どこも通らずどこにも着かない『幽霊列車』の一部を再現する。
会場内の移動に仕えるほか、単純な質量兵器としても使用可能。
車掌である壥挧の意志により生者を乗せることも出来るが、長時間の乗車は心身に深刻なダメージが伴う。
ただし、あくまで一部を再現しているにすぎず、出せるのは一両編成のみ。
壥挧が魂を一つ回収するごとに、顕現する車両も一両増える。
また『騒霊(ポルターガイスト)』も使えるほか、他者の魂を知覚する能力を持つ。
【備考】
・支給品の一つは『兵装"ゲオルギウス"』でした。
一見すると普通のバイクですが、ナノテクノロジーによりポケットサイズに収納できるほか、戦闘用に特殊な機能が備わっているようです。
・播岡くるるを探しています。魂の存在は関知していますが、位置までは分かっていません。
分かっているのはあくまで「魂が存在している」というだけです。
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度重なる衝撃に状況が呑み込めない修武は、殺し合いに巻き込まれたこと以上のショックに呆然とするしかなかった。
『幽霊列車』の車掌、もといゴーストライダーが走り去っていった方向をしばし見つめた後、未だ思考が纏まらない修武は、それでも行動を開始した。
どこかに身を隠したい。
とにかく、考える時間が欲しかった。
考えないように、意識的に無関係だと思い込もうとしていた、あることについて。
前世の記憶を持つ自分がいて、"ゲオルギウス"が支給されている。
ならば名簿にある「識別番号」は、自分の考える"彼女"ではないなどと、都合のいい思い込みはもう出来なかった。
【名前】新田目 修武(あらため おさむ)
【種族】人間
【性別】男性
【年齢】29歳(前世の享年24歳)
【職業】研修医(前世では軍人)
【特徴】白衣に身を包んだ長身の男。前世と同じ顔。
【好き】ピアノ、"ミカ"、家族
【嫌い】"アクマ"、悲劇、転生系
【趣味】ピアノ
【詳細】
とある並行世界、異次元より来訪し世界を侵食する災害"アクマ"に対抗し、そして戦死した軍人の転生者。
どういうわけか前世と全く同じ顔だが、本人は混乱せず済んでよかったとあまり深く考えないようにしている。
ちなみに前世は孤児だったため、現世の新田目家が唯一の家族。
初めての家族は、前世に遺してきた一人の機械天使。
【能力】
『二回目の人生』
前世では軍人としての知識と経験。現世では研修医としての知識と経験。
なお、軍人だった前世ほどではないが相応のトレーニングはしているため、身体はかなり仕上がっているほか、前世からの趣味であるピアノの腕前はかなりのものになっている。
【備考】
・支給品の一つは拳銃(弾30)でした。
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度重なる衝撃に状況が呑み込めない修武は、殺し合いに巻き込まれたこと以上のショックに呆然とするしかなかった。
『幽霊列車』の車掌、もといゴーストライダーが走り去っていった方向をしばし見つめた後、未だ思考が纏まらない修武は、それでも行動を開始した。
どこかに身を隠したい。
とにかく、考える時間が欲しかった。
考えないように、意識的に無関係だと思い込もうとしていた、あることについて。
前世の記憶を持つ自分がいて、"ゲオルギウス"が支給されている。
ならば名簿にある「識別番号」は、自分の考える"彼女"ではないなどと、都合のいい思い込みはもう出来なかった。
【名前】新田目 修武(あらため おさむ)
【種族】人間
【性別】男性
【年齢】29歳(前世の享年24歳)
【職業】研修医(前世では軍人)
【特徴】白衣に身を包んだ長身の男。前世と同じ顔。
【好き】ピアノ、"ミカ"、家族
【嫌い】"アクマ"、悲劇、転生系
【趣味】ピアノ
【詳細】
とある並行世界、異次元より来訪し世界を侵食する災害"アクマ"に対抗し、そして戦死した軍人の転生者。
どういうわけか前世と全く同じ顔だが、本人は混乱せず済んでよかったとあまり深く考えないようにしている。
ちなみに前世は孤児だったため、現世の新田目家が唯一の家族。
初めての家族は、前世に遺してきた一人の機械天使。
【能力】
『二回目の人生』
前世では軍人としての知識と経験。現世では研修医としての知識と経験。
なお、軍人だった前世ほどではないが相応のトレーニングはしているため、身体はかなり仕上がっているほか、前世からの趣味であるピアノの腕前はかなりのものになっている。
【備考】
・支給品の一つは拳銃(弾30)でした。
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最後に二重投下してしまいました。失礼しました。
>>188までで投下終了です。
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投下お疲れ様です。
>>『夢の狭間で泣いてないで』
異世界転移の真実。
世界レベルで何の関係もない一般人を利用するとは、なんとも最悪の極み。
勇者という立場を与え、利用され尽くした果てに殺されそうになるとは、救いが無さすぎて本当に可哀想です。
とどめに元の世界すら消滅済みという無慈悲な話には衝撃を受けました。
死ぬためだけに強者を求める彼女の未来に幸あらんと思いますが、この場合は逆に死なせてあげた方が救いになるかもしれませんね。
>>『リンネ』
転生者と霊現象の化身の会合。
車掌は名前が幽霊文字、という点を極限に活用した設定で素晴らしいと思います。
新田目さんも名前と境遇をかけているのも面白い。
途中まで一般人枠かなと思っていたので、まさかの転生者設定に驚かされました。
前世の知り合いとのあり得ない再開の可能性を目にして、彼がこれからどんな道を歩みだすのか期待です。
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投下お疲れ様です。
>>『夢の狭間で泣いてないで』
異世界転移の真実。
世界レベルで何の関係もない一般人を利用するとは、なんとも最悪の極み。
勇者という立場を与え、利用され尽くした果てに殺されそうになるとは、救いが無さすぎて本当に可哀想です。
とどめに元の世界すら消滅済みという無慈悲な話には衝撃を受けました。
死ぬためだけに強者を求める彼女の未来に幸あらんと思いますが、この場合は逆に死なせてあげた方が救いになるかもしれませんね。
>>『リンネ』
転生者と霊現象の化身の会合。
車掌は名前が幽霊文字、という点を極限に活用した設定で素晴らしいと思います。
新田目さんも名前と境遇をかけているのも面白い。
途中まで一般人枠かなと思っていたので、まさかの転生者設定に驚かされました。
前世の知り合いとのあり得ない再開の可能性を目にして、彼がこれからどんな道を歩みだすのか期待です。
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ーーーー
バトル・ロワイアル。
この未曾有のデスゲームが開始してから早一時間ほど。
参加者が各々事態を把握する中、彼らを誘った者たちもまた、動き出していた。
ーーーー
時は少し遡る。
参加者たちが存在するマップ、その外側にある領域。
円卓に座する四人の道化師。
開催を宣言したデスノを含む、参加者たちも存在を知らぬ三人の道化師。
このデスゲームの運営を取り仕切っている統治者たちだ。
「さて、とうとうバトル・ロワイアルが始まった訳ですが、運用は順調ですかね? 報告お願いします」
『司会・放送・進行担当 デスノ・ゲエム』
「ではまず私から。各参加者たちのリアルタイムデータの記録は順調、一部の能力に課した制限に関しても全て問題なし。
転移に関する魔法技術に関しても、その有効範囲を限定させています。」
『データ収集・能力制限担当 セェブ・ゲエム』
「ふむ、特に苦労もせずゲームから脱走、というのは興醒めですからね。引き続き縛りをお願いします」
「ええ、抜かりなく」
「了解しました。報告ありがとうございます。……では、マップ内の管理に関してはどうです? ミス・エリア」
「ええ、会場内に設置された施設への電力・水道・ガスの供給は問題なし、各種設備も稼働中ですわ。」
『施設整備・運用・空間運用担当 ミス・エリア』
「なるほど……外部からの干渉に対する対策はどうなっていますかね?」
「その点も抜かりなく。今回は転移者も参加している都合上、並行世界の組織、または神格の干渉は重要な懸念事項ですから。
領域の隠蔽、防衛システムは抜かりなく展開済みですわ」
「了解です。折角のデスゲームが横槍で台無しになるのは避けたいですからねぇ……負担をかけますが、宜しくお願いします。」
「では次に……ギフト、君の担当業務はどうなっていますか?」
「は、はい。プレイヤーが装備していたアイテムは全て没収しております!
デイパックに関しましても予定どおり、全参加者に配布完了!」
「開催前のランダム支給品も事前点検、及び効果調整も完璧です、はい!
特定の種族でしか起動できないような装備も、元の効果を維持したまま、ある程度誰にでも使用できるよう修正いたしました!」
『装備点検・資源補充担当 アイテム・ギフト』
「なるほどなるほど、ランダム支給品はゲームを成り立たせる重要なフィルター、単純なようで最も扱いが難しい。任せますよ、ギフト」
「では纏まると……全て順調、問題なし、という事でよろしいでしょうか?」
「ええ」「まぁ」「はい」
「では、次の中間報告まで各自通常業務を行ってください。それまでは自由行動、という事で」
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ーーーー
バトル・ロワイアルの運用、というのは以外に大変なのだ。
最も、参加者たちにとっては知ったことではないだろうが。
ーーーー
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バトル・ロワイアルの起点地。
このゲームの開催のため、数多の場所、世界から拉致された多種多様なプレイヤーが存在していた闇の空間。
そこは開幕式のためのステージから、ゲームの中継地に役割を変えていた。
「おっほほ!!そうきますか!!はははははは!!」
そこに座する道化師デスノは、参加者たちのやり取りを愉快げに観察している。
デスノの眼前、空中に投影された無数の液晶には物語が映し出されていた。
戦う者、傍観する者、血気盛んに挑む者、今だ無垢な者、傷つける者、傷をつけられる者、迷う者、数多の素晴らしき群集劇。
その全てを味わい、楽しみながら、デスノはポップコーンを摘まむ。
面倒な仕事を終えた解放感に身を任せ、気楽な自由時間を楽しんでいるのだ。
このデスゲームはデスノの”マスター”を満たすために行われているが、その道楽は独占されていない。
道化の主は残酷さを楽しみ、それを生き甲斐にしているものの、その愉悦を分け与えるだけの懐の広さはある。
いや、あるいは『そうあれかし』と望まれているだけなのかもしれないが。
デスノ達のような存在もまた、そのおこぼれに預かる者たちだ。
「数合わせも居るとはいえ、今回の参加者は概ね粒揃い、これは面白い展開になりそうですねぇ……ひひひ」
今回の参加者たちはデスノから見ても大当たりと言える逸材。
弱気なプレイヤーも含め、誰もが主人公足りうるステータスを持つ恵まれた存在ばかり、正しく粒揃い。
中でもデスノへの殺意、或いは利用してやろうという意気込みを持つ者は見ていて非常に愉快だった。
(監視されていると知った上であの態度なのか、それとも承知でやっているのか、どちらにしても同じですけどねぇ)
主催者への敵意、あるいは殺意。
参加者たちのそういった言動を反逆行為として捉え、処理する権限をデスノは与えられていた。
(むっふふふ、今ワタクシが首輪を爆破したら……皆さんさぞ愉快な顔で死んでくれそうですね)
有望な駒が、序盤であっさりと散る。それもまた風情がある。
しかし、それは『まだ』しない。
何故なら、生かしていた方が面白いからだ。
きっと彼ら彼女らは、このゲームの盤上を大いに引っ掻き回す。
なけなしの知恵を振り絞り、首輪を外そうとする者、あるいは会場からの脱走を目論む者も出てくるかもしれない。
それすらもデスノにとっては歓迎すべき事象だった。
全てが予定調和のゲームなど、何が面白いのか。
何が起こるか解らない、解らないからこそ人は物語に魅了されるのだから。
「駒風情が、やれるものならやってみなさい。我々を楽しませるために、精々踊ってくださいね。頑張ればワタクシたちに届くかもですよ!!!」
げたげたと、にやにやと、道化は笑う。
自分のために、主のために。
さぁ、最高のエンターテイメントを魅せてくれ。
【オリロワ FREEDOM 序幕 完】
【主催陣営】
【???】
【デスノ・ゲエム】
【アイテム・ギフト】
【ミス・エリア】
【セェブ・ゲエム】
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【参加者名簿】30/30 (>>=キャラシリンク)
【男性】15/15
○『倫理なき狂科学者』笑止 千万(しょうし せんばん) >>139
○『凡人予知者』黄昏 暦 (たそがれ こよみ) >>47
○『空虚な殺人鬼』双葉 玲央(ふたば れお) >>70
○『平凡なる者』滝脇 祥真(たきわき しょうま) >>127
○『奉仕者』碓水 盛明 (うすい せいめい) >>22
○『転生者』新田目 修武(あらため おさむ) >>188
○『名を得た竜』雪見 儀一(ゆきみ ぎいち) >>117
○『不老不死』宮廻 不二(みやざこ ふじ) >>8
○『幽霊列車の車掌』壥挧 彁暃(でんく かひ) >>187
○『異世界転移者』ハインリヒ・フォン・ハッペ >>102.
○『混沌を求める狂人』トレイシー・J・コンウェイ >>135
○『渡りの民』フレデリック・ファルマン >>83
○『異常殺し』エイドリアン・ブランドン >>60
○『厨二の者』アンゴルモア・デスデモン >>
○『死神』神 >>13
【女性】15/15
○『爆炎の救世主』舛谷 珠李(ますたに しゅり) >>148
○『被虐の不死者』四苦 八苦(しく はっく) >>95
○『片葉』双葉 真央(ふたば まお) >>37
○『幽霊列車の亡霊』播岡 くるる (はりおか くるる) >>29
○『半熊半人』蕗田 芽映(ふきた めばえ) >>164
○『堕ちたマジカルアイドル』加崎 魔子(かざき まこ) >>125
○『退魔巫女』本 汀子(ぽん ていこ) >>134
○『宇宙からの来訪者』グレイシー・ラ・プラット >>43
○『戦争の英雄』レイチェル・ウォパット >>82
○『善意の怪物』ノエル・ドゥ・ジュベール >>70
○『悲劇の勇者』ルイーゼ・フォン・エスターライヒ >>181.>>182
○『無辜の忘却者』オリヴィア・オブ・プレスコード >>173
○『老練の吸血鬼』アレクサンドラ・ヴォロンツォヴァ >>88
○『血液生物』キム・スヒョン >>93
○『殲滅天使』No.013 >>29
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【状態表テンプレート】
【B-10 場所/時間帯】
【参加者の名前】
[状態]:健康状態、怪我、精神的疲労など
[装備]:今すぐ使える状態で手元にあるもの
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム1〜3(確認済み/未確認)
[思考・行動]
基本方針:殺し合いにおけるスタンス・目的など
1:
2:
【備考】
※補足や注釈、死体の有無など
※
※
【時間表記】(朝6時スタート)
朝:6〜8
午前:8〜10
昼:10〜12
日中:12〜14
午後:14〜16
夕方:16〜18
夜:18〜20
夜中:20〜22
真夜中:22〜24
深夜:0〜2
黎明:2〜4
早朝:4〜6
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書き手の皆様、沢山の素晴らしい投下ありがとうございました。
全参加者が執筆されたため、上記の投下をもちましてこの企画のコンペ期間を終了します。
ここからは通常のロワと同じように進行・運用させていただきます。
何か不明な点や質問があればXのアカウントかこのスレに直接問い合わせください。
予約解禁は11/11 00.00.00分。つまり本日の日付変更時間からとさせて頂きます。
これからもオリロワFをよろしくお願いします。
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壥挧 彁暃
アレクサンドラ・ヴォロンツォヴァ
以上予約します。
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双葉真央、グレイシー・ラ・プラット、黄昏 暦 予約します
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ノエル・ドゥ・ジュベール
播岡 くるる
No.013
予約します
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双葉玲央予約します
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碓水盛明、エイドリアン・ブランドン予約します
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投下します
-
「ターゲット、と言うよりこいつを調べてこい。」
「……どー見ても普通の人間の経歴とかなんですけど。」
これは此処へ来る前の話だ。
変な社会人がいると言う話を聞いた。
そいつが超能力者だとか宇宙人だとか、
そういうのかどうかは判断しかねると言う何とも曖昧なものだ。
そいつは高所から落ちてきた花瓶を前に、一歩踏みとどまって回避したらしい。
一方でその後車に軽く撥ねられて病院送りにもなったそうで何とも間抜けな話だ。
何処にでもいそうな一般人の運のよさ。けれどその手の死の回避が五回や六回ともなれば、
流石に話は変わってきていた。異常殲滅機関と言えども、要調査の対象に入っている。
「で、そいつがなんでかいるってわけだ。」
遊園地の中、名簿を再度見てごちる。
誰に語るわけでもない独り言を呟く。
俺にとっての要調査対象こと───黄昏暦。
何の因果か、ターゲットの一人がこの世界に居合わせている。
他にも覚えのある奴はいるにはいるが、優先順位としては彼が便利だと思えた。
(死の回避。タイムリープや未来予知か単なる勘かは分からないが役立つはず。)
今まで死を回避していると言うのであれば、此処でも死の回避をしているのだろう。
普段なら関係なく抹殺の対象だが、此処で死の回避は中々便利な類のものになるはず。
曰く一般的な社会人だ。暴走でもしてない限りは協力が特に望める意味でも大きい。
まあ、この戦いが終わって日常へ戻ったら抹殺対象になるのが悲しい所ではあるが。
(他にも見知った名前はあるが、俺の管轄外だから分からないのもいるんだよなぁ。)
名前だけでは判断などどうあがいてもつかないものも多い。
中には数々の仲間が返り討ちにあったと噂のノエル・ドゥ・ジュベールのように、
出会ったことはないが絶対に会ってはならない名前とかもあったりする。
こいつにだけは今は出会っちゃいけない。勝てる見込みがあるまで後回しだ。
なので一番楽な相手を探すこととする。俺は殺しの仕事をしていると言っても人間。
殺せる異能者も限られてくる。現状出会っちゃいけない相手ぐらいの判断はつく。
だからこそただの人並みの異能者である奴の調査対象が俺であるわけだ。
「笑止千万とかまでいるのがそれだしな。」
異能活用機関。
裏の、と言うか異常殲滅機関が知らぬはずがない。
名前の通り異能を殲滅ではなく利用する側の組織だ。
利用と言っても、ろくでもない人体実験らしいけどな。
日夜、と言うわけではないがよく敵対していることも多く、
以前殺すに殺せなかった不老不死を搔っ攫われたとかも聞いたな。
噂だが存在そのものが異能とか言われるほどの無茶苦茶をしてるらしい。
一介の研究員とは噂で聞いたが、果たしてどんな姿をしてるんだろうな。
異能活用機関ならまずデスノ・ゲエム以外も目を付けてきそうではある。
協力は……素性を隠していけたらいいが、どうなんだろうな。
「にしても、本当に色んな奴を集めたな。」
先の連中もだが、
未成年ながらその行為によって、
逃亡犯として報道されている双葉玲央、恐らく家族の双葉真央。
一般人に犯罪者に裏組織に異能者と圧倒的なまでの闇鍋。
デスノ・ゲエムのことだから本当に神を連れてきてもおかしくない。
なので、こいつについては真っ先に考えるのはやめている。
(とにもかくにも接触だ。それがないと……)
呑気にも遊園地はいろんなものが稼働している。
お陰で騒音と言うわけではないが音が少しかき消されてたのと、
思考にふけりすぎて、気づくのが少しだけ遅れた。
「あ。」
互いに遭遇した瞬間、
俺は即座に近くの街路樹へと身を隠す。
組織で鍛えられた動きは今も健在なのだが、
(しまった、咄嗟だったとは言え両手を挙げておけばよかったじゃねえか!?)
こんなことをしてしまえば身のこなしから危険人物と疑われかねない。
相手がどんな人物か分からない中、油断を誘えなくなるのは大きなデメリットだ。
誰がノエルなのか分からないと言う先入観でミスの連発で、これが裏組織の人間かとなる。
こんなもの普通の攻撃的な異能者であれば一発で死んでいたぞ。
◆ ◆ ◆
(やっぱり希薄にも、限界がある……ッ。)
-
別にエイドリアンがやらかしたのは彼だけの落ち度ではない。
盛明の持つナイフは存在感を希薄にする。結果対応が遅れたのだ。
しかし一突きで暗殺を狙った彼にとっては選ぶ相手を間違えた。
組織で培った技術を前に、日の下を動けるようになった身体程度では限界がある。
その結果がこれ。甘く見るつもりはなかったが、盛明にとってはここからが問題だ。
「なあ、それはどっちだ? 乗ったから殺すのか? 死にたくないから殺すのか?」
これを彼は幸運だと思った。
相手は殺し合いについて懐疑的な人物。
見放され続けた運命は今更ながらまだ生きろと言っている。
ナイフが地に落ち、空しい音が遊園地の中でもよく響く。
「殺さないと、死ぬんですよ……!? ダメなんですか!?」
ありふれた理由で殺し合いに乗った理由を騙っていく。
無防備ではあるが、相手は懐疑的な人物なので分がある。
何とか此処を騙しとおす。通すこともできないようなら、
デスノに挑むことなどできないと言う一種の賭けも含めて。
「あーいや、ダメとは言わねえよ。
俺なんて詐欺から借金地獄で人生詰みかけてたわけだし。」
「だったら……」
「その前にやることやってからでもいいんじゃねえって話だ。」
これを見たらどっちが敵と見られるか分かったものではない。
そう思ったのもあり、樹から姿を出して肩に手をポンと置き軽く微笑む。
(騙し通せた、のかな……)
(要警戒、だな。)
エイドリアンはまだ警戒を緩めたわけではない。
相手に気付くのが遅れたのは、たまたまだとは思わなかったからだ。
人並みの技術で基本は超能力を有する格上と戦うのだから、基本を疑う。
希薄なのは彼が異能を有している可能性。機関としては一応抹消の対象だ。
或いは、今落としたナイフのせいで一般人ではなくなっていた可能性もある。
(ああクソ……兵装トリスタンなんてわけわからん銃のせいで頭が痛い。)
武器が原因の可能性に行きついたのは、
テンシが使うとされる、狙った相手を追尾する銀色の銃トリスタン。
平行世界云々は異能殲滅機関で聞いたが、それが手持ちの支給品にある。
お陰で異能が跋扈する可能性が高い現状、此処は殲滅機関が核爆弾を放り込みかねない。
そんな魔境になりつつあると言うことが良く伺える状況に陥り出していた。
「まあ、とにかく話は聞くからそのナイフ、しまっておきな。」
許されたのもあり盛明はナイフをしまって、
近くの適当なカフェで軽く食事をとりつつ話を伺う。
盛明も無理に殺しに行くのは無茶だと分かっているので、
特に何が起きるわけでもなくスムーズに進んでいく。
「そっか、友達だったんだな……そりゃ錯乱もするわ。」
お気の毒にとは思うが、人のこと言えないんだよなとごちる。
そういう誰か大切な人の命の上に立ってるのがエイドリアンなわけだ。
今更悼むのは、何か違うんじゃないかと内心そう思えてしまう。
「誰かほかに友達は?」
「命ちゃんの知り合いですけど、オリヴィアって子が……」
名前だけなら命から聞いたことがあるような気がする。
友達の友達だ。ほぼ縁はないし、どの道殺す相手なのは変わらない。
とは言え、後で言わなかったときが面倒ごとになりそうなので念の為言っておく。
「そうか。なら一緒に探してやらないとな。」
「……本気で勝てると思ってるんですか?」
探してやらないと。
つまりそれは保護をすること。
つまりそれは、このゲームに叛逆すること。
デスノを神に等しい存在と思っている盛明にとっては、
神に挑むようなものだ。無謀な行為にしか見えない。
「完璧なんてないんだよ。どっかで必ずバグが生じるんだよ。」
平行世界や、異能者のように。と、内心で付け加えておく。
異能殲滅機関には命を救われてる恩義はあるにはあるもののそれだけ。
異常活用機関がある以上、そういう存在は取り除けないことは察してる。
意味なんかあるかどうかは考えてない。ただ仕事だけはきっちりやればいい。
それが、エイドリアンの基本的な思考。殺しを除けば社会人とそう変わらない。
「第一この殺し合いだって、ある意味バグそのものじゃないのか。」
「それは、そうですけど。」
「はいそうですかで人殺すほど、俺は落ちぶれたくもいないからな。」
仕事以外ではと、これまた付け加えておく。
どんな御託並べてもやってる仕事は殺し屋なんだよな。
歯が浮くようなセリフばかりに少しばかり目を逸らす。
随分人のこと言えねえ人間、自分こそある意味バグなのではと思う。
-
「ま、とりあえずその子を探しにいくとしようか。
どうせ此処に立ち止まってたって、何も変わらないし。」
飯も食い終えて軽く休んだ。
これ以上此処に留まる必要はない。
「陽に弱いって言ってたが大丈夫か?」
「あ、はい。公平にしてくれてるのか病状は軽くなってるので……」
安全を確認すると、二人はカフェを出て歩き出す。
念のため後ろから刺されることがないよう横並びに。
それが警戒されていることは流石に盛明も理解する。
(バグ、か。)
じゃあ僕の病も、命ちゃんもバグだったんですか。
だからこんなことになったんですか。
バグの一言で自分の人生や彼女を片づけられた。
そういう意味で言ったつもりはない。
けれど、バグを抱えた人生の盛明にはそうとしか聞こえなかった。
【A-7 遊園地カフェ付近/朝】
【碓水盛明】
[状態]:病弱(デスノのお陰で改善)、エイドリアンに対する反感
[装備]:暗殺用ナイフ
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム×0〜2(未確認)
[思考・行動]
基本方針:優勝して命ちゃんを生き返らせ、デスノ・ゲエムに挑む
1:エイドリアンさんと行動する。
2:バグ、か……
3:オリヴィアって、命ちゃんが言ってた?
4:人はなるべく苦しませず殺したい。
【備考】
※命からオリヴィアの名前を聞いた覚えがあります。
※暗殺用ナイフで存在感を消すのは任意でオンオフできます。
※運営によって運営によって多少改善されてます。
【エイドリアン・ブランドン】
[状態]:健康
[装備]:テンシ兵装トリスタン
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム×0〜2(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:とりあえず生き残ってデスノを始末する
1:オリヴィアって子を探してみる。
2:暦は利用したい。異能者なら元の世界へ戻って仕事だ。
3:ノエルのような類とは戦闘を避ける。
4:異能だらけで頭痛ぇ。
5:盛明はどっちなんだ?
【備考】
※名前だけなら噂で笑止千万、ノエル、四苦八苦(の本名)、双葉玲央を知ってます。
他にも知ってる人はいるかもしれません。
暦は書類上のデータで細かく知ってます。
【テンシ兵装トリスタン】
テンシが存在する世界にて作られた銃。
見た目は某吸血鬼の銃に近く銃身が長い。
威力は低い代わりに狙った相手へ必ず飛んでいく。
ありえない弾道で飛んでいくが基本的には直角で飛ぶ。
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以上で投下終了です
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投下します
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「確認。双葉真央、支給品に銀色のペン型の機器は無かった? 縁にダイヤルがついていてるもの」
「うん、そういうのは持ってないよ」
「了解。なら良い」
浮世離れしている子だな。
私は彼女と話していて、そんな感想を抱いた。
この殺し合いが始まってから、私が初めて出会った参加者。
私よりも一つ下の、外国人の女の子。
グレイシー・ラ・プラットと名乗った彼女は、何というか、どうも緊張感が感じられなかった。
殺し合いの真っ只中というのに、グレイシーちゃんはどこか楽観的。
本当に年下なのか疑いたくなるような冷静さだった。
話を聞けば、日本文化に興味があって、最近来日した留学生だとか。
日本語が堪能なのはそのためかと納得したけど、同年代の同性とはいえ、この状況で見知らぬ他人に気軽に接するとは、世間知らずなのか大物なのか、よく解らない。
「…………」
私が目当ての品を持っていないと分かって、グレイシーちゃんは難しい顔で黙り込んでしまった。
彼女は自分の所持品を探しているようだった。かなり大切な物のようで、誰かのランダム支給品として配られていると考えているらしい。
(私の持っているライターも『神』って人の持ち物らしいし、その推測は当たっていると思う。)
私が嘘をついている、とは考えもせずに(実際そんな支給品はないのだけど)素直に納得する様子から、そう悪い子ではないんだろうなと思った。
出会ったのがこんな場所でなければ、きっとグレイシーちゃんとは友達になれたと思う。
でも、ここは殺し合いの場で、私は優勝を願っている。
だから、これからする行いは、そう、仕方がない事なのだ。
あまりにも隙だらけだ。そう判断してからは早かった。
ずぶり、と裾に隠し持っていた包丁を突き刺す。
これまでの人生で経験のない、とても嫌な感触が柄を通じて伝わってきた。
「………………は?」
何が起こったのか理解できない、そんな顔で立ち尽くすグレイシーちゃん。
ちくり、と胸が痛んだ。
年下の女の子を殺そうとするなんて、此処に来るまで考えたことも無かった。
でも、仕方がない。
優勝して、理想の家族を取り戻す。
私はそうするって、決めたから。
刺した包丁を抜くと、グレイシーちゃんのお腹からどばっと血が溢れた。
-
ーーーー
血溜まりに倒れるグレイシーを、真央は静かに見下ろしていた。
とはいえ、平静ではない。初めて人を刺したショックで手が震えている。
しかし、それでも真央はやり遂げた。
家族を取り戻すため、真央は殺し合いに乗った。ならば願いを掴みとるために、この先も殺し続けなければならない。
「……ごめんなさい」
罪悪感を誤魔化すためか、一言謝罪を呟く。そんなもの、加害者がいくら口にしても、被害者たちからしたら何の慰めにもならないと理解しながら。
真央はグレイシーのデイパックを回収すると、その場を立ち去ろうとした。
「っ!!」
次の瞬間、鳩尾に悪寒が走った。
直感に従って、転ぶように避ける。
地に伏せた瞬間、ビュウン、と空を切る音が頭の上から聞こえてきた。
数秒前まで真央の首があった位置に凄まじい速度の何かが掠めたのだ。
「っ!?」
振り向いた真央は、凍りついた。
そこには、おもてを上げて真央を睨み付けるグレイシーの姿があった。
瞬き程の合間に、グレイシーの肉体は変貌を遂げていく。
ミチミチ、ギチ、と肉が軋む音を奏でながら、年相応に可憐で華奢だった手首は、イソギンチャクのような触手状に変態する。
触手の先端部位は、人体を紙のように引き裂けそうな鋭利な刃と化していた。
「……っ!!」
これは、一体何なのか。
確かに人だったのに、こんな生き物が存在するものなのか?
非日常の一端を目にし、殺人を犯した以上の衝撃を真央は感じていた。
理解を越えたものを目にした時、多くの場合人は恐れる。
しかし、その許容量を越えたものなら、それすらもできなくなるのだ。
しかし、そんな都合は人ならざる者にとってはどうでも良い話。
眼前のグレイシーだった何かは、放心する真央に無慈悲に告げた。
「双葉真央、お前を敵対個体と判断、処理する」
ーーーー
数分後、グレイシーと真央、二人の立場は逆転していた。
傷つき、血を流す真央を無表情で見下ろすグレイシー。
人の擬態を捨てたグレイシーは、真央の手に余る怪物であった。
異形の体から放たれる変幻自在の触手の一撃は、軽くコンクリートを抉り、鉄をも両断する。
こんな化け物をとても包丁だけで何とかできる筈もなく、隙のない追撃に、新たな支給品を取り出す暇もない。
「ハァ……ハァ……」
鍛えてきた体力の賜物か、真央は目視すら困難な触手の一撃を、時に建物を盾に防ぎ、避け、逃げ続ける事が出来ていた。
全身全霊で回避に専念して数分、限界が訪れたのだ。
避けきれなかった触手が掠り、右足首からどくどくと血が流れていく。
優勝を狙っているとはいえ、真央自身はありふれた思春期の少女。
むしろ、ここまで良くやったと誉められるべきだろう。
真央はこの状況を切り抜けるため脳をフル回転させるも、出血で朦朧とした頭では何も浮かばない。
頼みの綱の万能包丁も、既に晒した手の内を二度もこの化け物に通じるとは思えなかった。
-
「称賛。双葉真央、現地の生物としては良くやった方だった。だが此処まで」
敗者である真央を見下ろし、勝者たるグレイシーは勝ち誇る事もなく淡々と告げる。
別に嫌みではない。
グレイシーは怒っていたが、同時に真央に感心もしていた。
下等生物の用意した場といえど、ここは一応戦場、彼女は警戒を怠っていなかった。
その上でグレイシーは不意をつかれた。
グレイシーの人間としての器は、地球外技術により作成されたバイオスーツである。
ドルーモ星人の科学力の粋を集めて作成されたそれは、非戦闘形態でも高い耐久性を持つ堅牢な防護装備。
そんな装備で文字通り身を包んでいるグレイシーは、自己の守りにある種の自信を持っていたのだ。
真央から見ても無警戒と断じられるその態度は、自身の装備への絶対的な自信による余裕の現れだったと言える。
だというのに、この地球人に呆気なく損傷を与えられた。
スーツの許容範囲内のダメージ、その一割にも満たない程度の傷でしかない。
それでもプライドを傷つけられ、怒りこそ感じるものの、それだけだ。
真央を必要以上に苦しめたいとも思わない。
しかし、危害を加えてきた生物を生存させておく必要性も無かった。
(協力関係の構築は失敗したが、まぁ良い。この個体を殺して次に試せば良いだけの事)
思考を打ち切ったグレイシーは、真央を一撃で絶命させるよう、より鋭利な形状に触手を変化させる。
その殺意を感じ取った真央は、絶望した。
(殺される……嫌だ、こんな、こんな所で……助けて、お兄ちゃんっ……)
「き、き、君! 避けて!!」
「「!?」」
聞き覚えの無い男の声。第三者の介入。
その意図を理解する前に、真央は殆ど直感的に動いていた。
痛む手足に活を入れ、全身の力を振り絞り側の遮蔽物に身を隠す。
一方のグレイシーは、自身に銃口を向ける七三分けの男と目があった。
滝のように冷や汗を流す男は、それでも手持ちの武器を異形と化したグレイシーに向けている。
こうまで接近されて気がつけなかったとは、どうやら思った以上に自身は冷静さを欠いていたらしい。
『戦闘形態を見られた』
『他星管理法に接触』
『記憶消去は?』
『不可能』
『処理する』
グレイシーは男の口封じを選択し、首を切断しようと即座に触手を振りかぶる。
しかし、既に構えていた男がトリガーを引く方が早かった。
「!!!!」
射出されたグレネード弾。
放物線を描くその弾道を、グレイシーはバイオスーツの優れた動体視力で捉え、反射的に触手で打ち払おうとした。
グレイシーたちが任務に就くにあたり、地球人の扱う武器の情報は一通り調査済み。
故に、このタイプのグレネードは着弾から起爆までタイムラグがあると知っていたのだ。
しかし、その対処は悪手だった。
生身の動体視力では到底捉えられない速度で振るわれた触手がグレネードと触れる。その瞬間、グレイシーにとって予期せぬ効果が発動した。
「な、が、ががーーーーっ…………」
バリバリバリ、ギチっ、と不気味で不愉快な凍結音が鳴り響く。
白い煙に包まれ、その場の気温が、グレイシーを起点に氷点下まで一気に低下した。
地面のコンクリートと彼女の周辺5mほどを巻き込み、全てを凍りつかせる。
「………………」
一瞬の内に、グレイシー・ラ・プラットは氷像と化していた。
-
ーーーー
「や、やった! 効いたぞ! は、ははははは!!」
当初、想像もしていなかった大立ち回り(少なくとも彼にとっては)を演じ、見事に成果を上げた暦は、身を震わせながら己に酔っていた。
黄昏 暦が己の死の未来を予知してから、早一時間ほど経っている。
暦はどうにかその未来を回避すべく、忌々しい石畳の路上から離れようと、宛もなく、しかし良からぬ輩に見つからぬよう、こっそりと移動していた。
しかしこれもまた彼の持つ悪運なのか、偶然にもグレイシーと真央の争いの場面に遭遇してしまう。
おぞましい触手の化け物と、今まさに殺されそうな少女の姿を目にした時、暦はどうするか、途轍もなく悩んだ。
悩みに悩み、本当に少女が殺される寸前に決断したのが、『助ける』という選択。
我ながら信じられなかったが、土壇場で内なる良心が勝ったのだ。
(寄○獣みたいな化け物とか何の冗談だよとか思ってたけど、意外と何とかなるもんだな……)
小心者で陰キャの彼が、年下の少女が襲われているとはいえ、どうみても人じゃない化物に挑めた理由は二つ。
一、自分の支給品が対化け物でも充分に勝てそうなほど強かったから。
二、ここが予知で見た自分の死に場所とは違うから。
陰キャでも、やればできる。
暦は己が正しいことをしたんだと確信していた。
「き、君!!大丈夫かい?た、立てる?」
未成年の女の子に話し掛けるなんて、社会人になってからは勿論、学生時代も殆ど無かった。
それでも成功体験で溢れるドーパミンが後押ししたのか、吃りながらも件の少女に話し掛ける暦。
「……は、はい、何とか、生きてます」
立ち上がるのも苦しそうだが、返事は出来るし意識もハッキリしている。
しかし、医術の心得がない暦から見ても少女は満身創痍だった。
出血も止まっていないようだし、急いで応急手当をしなければ危険だという判断は暦にも出来た。
「と、とりあえず、騒ぎすぎちゃったから…ここから離れよう。コレより危ない奴が寄ってくるかもしれないし、は、早く!」
「わ、分かりました……」
怪我をした名も知らぬ少女をどうにか抱き抱えながら、暦はその場を大急ぎで立ち去った。
ーーーー
失敗しちゃった。
でも、助かったから良し。一杯怪我しちゃったけど、まだまだ大丈夫。
優しいおじさん、ありがとう、私を助けてくれて。
おかげで、もっと頑張れる。
つぎは、もっとうまくやる。
待っててね、お父さん、お母さん、お兄ちゃん。
私、頑張るよ。
ーーーー
-
【G-3 住宅街/朝】
【双葉真央】
[状態]:疲労(大)、全身に擦り傷、ダメージ(中)、出血(小)
[装備]:万能包丁、ライター
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム1(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:優勝を目指す。
1:優勝するためにおじさん(黄昏 暦)を利用する
2:人じゃない参加者も居るんだ…
3:傷を手当てしたい
【備考】
※グレイシー・ラ・プラットを怪物と認識しました。
※G-3でそれなりに騒ぎを起こしたので暦以外にも気がついた参加者も居るかも知れません。
※回収したグレイシーのデイパックはその場に置いてきてしまいました。
【ライター】
コードネーム:神という殺し屋が愛用していたライター。
何でもこれで火をつけたタバコは、特別な味がするらしい。
【万能包丁】
百均に売っているような、ありふれた外見の安っぽい包丁。
実は異常物品の一種で、使用者が『切れる・刃が通る』と認識していれば、文字通り何でも切れる万能包丁。
鋼鉄だろうがダイヤモンドだろうが、豆腐のように切り分ける事ができる。
ただし、あくまで『切れる』だけで、それ以外は通常の包丁と変わらない。
【黄昏 暦】
[状態]:健康、疲労(中)
[装備]:凍結銃(残数5発)
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム1〜2(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:死にたくない。殺し合いも嫌
1:な、何だったんだよあの化け物は…
2:大人として、子供を見捨てるのは間違ってるよなぁ…
3.少女(真央)を安全な場所につれていき、手当てしたい。
4.石畳の場所には近付きたくない。安全な屋内とかに留まりたい。
【備考】
※触手の化け物(グレイシー・ラ・プラット)を怪物と認識しました。
※双葉真央をできる限り保護したいと思っています。
※予知した死の光景を警戒しています。
【凍結銃(フリーズランチャー)】
異常活用機関の特殊部隊で使用されている対異常存在装備の一種。
外見はグレネードランチャーに似ている。
着弾した瞬間に液体窒素を放出し、対象を瞬時に凍りつかせる凍結弾を発射する。
狭い空間で使用すると巻き添えの危険があるため注意が必要。
凍結弾×6発とセットの支給品。
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両者が立ち去り、その場に残された氷のオブジェと化したグレイシー。
やがて、その肉体に変化が訪れる。
立ち込める熱気、凍りついた肌からシュワシュワと湯気が立ち上る。
凍結銃の効果は絶大だったが、グレイシーの本体を凍りつかせるまでには至らず。
必然、無事な本体は大急ぎでバイオスーツの再生・回復作業を行っていた。
具体的には、全身の細胞を振動させ、発熱させる事で解凍しているのだ。
(不覚!この私が下等生物に二度も遅れをとるとは……!!)
野蛮な下等生物に二度も不覚をとられるという未曾有の事態。
ドルーモ星人としてのプライドが痛く傷ついた。
それだけでなく、只でさえ支援が望めない中、首輪解除の他に、双葉真央、七三の男の抹殺も目的に追加された。
加えて、真央はグレイシー・ラ・プラットという名前まで知ってしまっている。
真央がその情報を他参加者に共有すれば、それだけで不必要な処理までしなくてはならなくなる上に、隠れ蓑となる協力関係の構築も難しくなるだろう。
(不合理! 次から次に問題が起こる!)
(私はこんな事をしている暇はないというのに!)
(母星の発展のため、そして何より初回限定版『セカンドファンタジーⅦ』を買うために、事態の収拾を急がなければ!)
【グレイシー・ラ・プラット】
[状態]:全身氷結状態(解凍中)、ダメージ(少)、怒り
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・行動]
基本方針:デスゲームからの脱出、及び全情報の完全抹消
1:目撃者(双葉 真央)、七三の男(黄昏 暦)は必ず抹殺する。
2.記憶消去装置も平行して探す。
3.下等生物に不覚をとるとは、ドルーモの恥っ!
4.早く解凍しなければ……
【備考】
※戦闘携帯を目撃した双葉真央、七三の男(黄昏 暦)を抹消対象と判断しました。
※冷凍弾により全身が氷結していますが、放熱により一時間以内には復活できます。
※グレイシーのデイパックは付近に放置されており、手元にありません。
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投下終了です
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エクセルで簡単にですが地図を作ってみました
よろしければWikiのほうで活用ください
ttps://postimg.cc/z33Pny26
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本編始動おめでとうございます。そして皆様投下お疲れ様です
>言葉の綾
なんとなく、力が抜けた感じのキャラ描写が良いですね。
氏がシンチェンジで投下した『異常事態』を彷彿とさせます。
めんどくさそうなガキと出会ってしまいましたが、上手い事無力化できるのでしょうか
>エイリアンVSブラコンガール
まずは私が書いたキャラをリレーしてくださってありがとうございます。
優勝を狙っていても相手に謝ったり、殺そうと思っている兄のことを叫んでしまうあたり、彼女の限界が良く分かりました。
エイリアンも隙を見せながらも中々強い強い。これは異形キャラとして活躍してくれそうです。
では、私も投下しますね
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双葉玲央は、闇雲にショッピングモールを歩き回る。
まずはこの建物から、この世界がどういう物なのか調べようと考えた。
一を聞いて十を知るというが、建物一つでも調べ尽くすことが出来れば、この世界の存在をある程度つかみ取ることが出来る。
そんなこと出来ないだろう、と反論する者がいるかもしれないが、それはこの物語を読む者が、かの少年と同次元にいないからだ。
少なくとも、双葉玲央という少年は今までの人生においてそれが出来ていた。
一時の話だが、彼は身の回りの様々な物を、深く知ろうとした。
理由は無い。ただ、生き物が酸素を取り入れるように、赤ん坊が母親の乳房に吸い付くように。
そんな当たり前のことのように、していたことだった。
触り、匂いを嗅ぎ、叩いてみて、動かして、近くにそれに関する説明書があれば読みふけり、出来るのならば分解、あるいは破壊してみる。
そのせいで玲央の部屋は一時期、かなり恐ろしいことになっていたが、彼女の両親は好奇心旺盛な子だと喜んでいた。
建設会社の社員だった父親は、モノの構造に興味があるとは流石自分の息子だといっそう興奮していた。
妹のお気に入りだった、ウサギの形の目覚まし時計を分解した時は彼女を号泣させてしまい、流石に怒られてしまったが。
まずはこのショッピングモールの異常なことだが、一切の商品が売られていない。
食料品、日用品、家具、電子機器など、様々な商品がお見えになるはずが、それらが何一つないのだ。
商品棚はあるというのに、そこにあるはずのものが一切合切抜け落ちている。
尤もこれは彼にとって想定内のことだ。
何しろ現実のショッピングモールみたく潤沢な品ぞろえがあれば、それだけで有利不利が如実に表れてしまうからだ。
流石に銃剣の類は売ってなかったとしても、ナイフぐらいはあるはずだし、食料だけでも十分ありがたい。
他にも、放火などに使える油や、簡易的な罠づくりに使える工具なども考えられる。
その一方で、無い物ばかりでないことも分かった。
まず入れば分かることだが、電気は付いている。
トイレに入ってみて分かったことだが、水道も問題なく稼働している。
エレベーターだって、スイッチを押せば、指定された階に移動する。
あろうことかゲームコーナーのアーケードゲームさえ、お金を入れれば動く様だ。
少なくとも、品ぞろえや客、店員のことを鑑みなければ、ここは普通のショッピングモールとなんら変わりはないということは分かった。
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だが、ここで一つ疑問が生じた。
動力源になっているはずの電気や、水道から出てくる水はどうなっているのかということだ。
他所にある発電所がこの場所の電気の供給源になっているはずだが、地図を見る限り、そのような場所は見当たらない。
だとすると、彼が導き出した可能性は3つだ。
・自分の知る由もない未知の技術の下、電気が付いている。
・会場内にある施設の内どこかが、発電所などのカモフラージュとなっている。
・会場の外側から電気や水が供給されている。
2番目ならば考えるだけ取り越し苦労に終わる話だ。
だが、1番目ならば自分が知らない力について知るカギになる。
最初に戦ったノエルのような相手を知ることも出来るかもしれない。
そして、3番目ならば、この殺し合いの場所から脱出できるカギになる。
今の所は殺し合いに優勝するという方法を考えているが、それはそうとして脱出経路を考えておいて悪いことは無い。
デスノが約束を反故にしてくる可能性も、無くはないからだ。
それを考えると、彼は早速STAFF ONLYと書かれたドアの場所に走る。
この建物のブレーカーがどこにあるか気になったからだ。
このモールの1階の、受付らしき場所の近くにそれがあった。
だが、その扉は押しても引いても開かない。
受付のカウンターにあるのではないかと思い、机の裏を探ってみるが、結局無かった。
だが、思わぬ収穫があった。
彼が開いているのは、カウンターの裏に置いてあった本のようなもの。
スタッフ専用のマニュアルに見えるが、その実は全く違うものだった。
開いた瞬間目に入ったのは、この殺し合いの会場の地図。
いや、それだけじゃない。
この会場のどこかにあるらしい、宝の在りかのような物が記されてあった。
【A-1 第七世界にいるマガツ鳥の羽で織られた、あらゆる超能力を無効化出来るコート】
【A-7 ある王国に伝わる召喚石】
【C-4 炎雷水地の4つの力を操れる魔法の杖】
【D-7 ?????】
【??? とある殺し合いの参加者も使っていたサブマシンガン】
【E-2 ???????】
【E-6 カイジンの力を秘めた槍】
【??? テンシ・プロトタイプ】
【F-3
(あの女(ノエル)は…これに気づいたのか?)
そこまで読んで、玲央は本を閉じた。
どうやらこの本は、会場にあるという10の宝の名前と、その場所を指す地図になっているらしい。
中には訳の分からない言葉が書いてあったり、ある場所や宝の中身をぼかされているものだってある。
この地図自体が精巧に作られた真っ赤な偽物という可能性だって否定できない。
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とはいえ、ここに書いてある宝、探してみる価値はある。
そもそも目的地がまだ決まってないのは事実だ。
この地図が間違いならば、間違いだっただけのことだ。
それに、この宝の地図が示しているという、未知の力に興味はある。
この殺し合いには、ノエルのような人智を逸した力を持っている者が何人いるか分からない。
そのような道具が無くとも、相手の能力を全て解明できれば勝ち筋を見出せる。
逆に言えば、それが出来るまでに圧倒的な力で押し切られれば、彼とて負けてしまう。
死ぬことや負けることに対する恐れは無いが、あまり気持ちの良いことでもない。
最初の目的地は【C-4】に決めた。
ここからあまり遠くない場所だし、魔法の杖というものには興味がある。
万能の天才である彼と言えども、決して使うことは出来ないものだ。
異常活用機関というのが魔法の実験をしているのは聞いたことがあるが、その事実どころか、その機関の存在でさえ眉唾ものだ。
それに、妹は高い場所が好きなのを知っている。
【C-4】にはこのショッピングモール以上に背の高い城があるのがここからでも分かる。
彼女を探すうえでも、向かっておいて損は無い場所だ。
建物を後にすると、西に向かって真っすぐ歩き始めた。
【D-4 ショッピングモール入り口/朝】
【双葉玲央】
[状態]:健康
[装備]:グルカナイフ
[道具]:基本支給品一式、宝の地図 ランダムアイテム×0〜2(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:知り尽くし、壊し尽くし、優勝する
1:【C-4】へ向かい、宝の地図にある魔法の杖とやらを探す
2:妹を探して殺し、その死に顔を拝む
3:ノエル以外にも不可思議な能力を持つ者がいるのか?
4:どうにかしてモールの電力源を知りたい
5:一応脱出ルートも可能であれば探しておく
【備考】
※宝の地図については、現在以下のことが判明しています
1.ショッピングモール内だけではなく、他のどこかにも何枚かあります。もしかすれば誰かの支給品にもなっているかもしれません。
2.玲央が持っている地図は一部ぼかされていますが、他の地図は他の内容がぼかされているかもしれません。また、宝の数が10と書かれてない可能性もあります。
3.宝の中身が偽物か本物かは不明です。全て偽物ではないかもしれませんが、1つぐらい役に立たない物が混ざっているかもしれません。
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投下終了です
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すいません。現在位置にミスがありました。
誤:【D-4 ショッピングモール入り口/朝】
正【E-4 ショッピングモール入り口→D-4/朝】
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投下お疲れ様です。
>>216
うおおおおおっ!! 地図作成ありがとうございます!
文字打ちだと解りにくいと思っていたので、とても助かります!
お言葉に甘えて、まとめWikiの方にも引用させて頂きます!
>>『探試用累』
玲央の掘り下げ回&新ギミック登場。
好奇心旺盛、いや知識欲? ともかく、何でも知ろうとするその姿勢はある意味無邪気ですが、ちょっと病的ですね。
家族フィルターで好意的に受け止められていますが、当人と外野の温度差が凄い。
妹の私物をバラして怒られるという微笑ましいエピソード、好きです。
建物内部を観察し、その場の判断材料で電力施設の有無まで考えが及ぶとは、本人の人間性を除けばかなり有能ですね玲央。
あるいは彼が一線を越える前の時間軸から参戦していれば、非常に頼りになる対主催に成っていたのかもしれませんね。
マップ内に仕組まれた宝探しというギミック、なんと独創的なアイデア!
デスノなら遊び心でやっても違和感がないし、参加者の移動の動機にもなる面白い試みだと思います。
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投下します
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陳列された商品を真剣に見つめる買い物客。
目的も無くウィンドウショッピングをする暇人達。
喜び勇んでト◯ザらスに親を連行しようとする子供達。
凡そショッピングモールと聞いた者が思い浮かべる情景が全く無い、静寂と光に満ちた建造物の内部を、無人の店舗が並んでいる。
人気が全く無いにも関わらず、エレベーターは稼働し、照明はモール内の隅々までを光で照らしている。
戯画か悪夢の様な情景ではあるが、ノエル・ドゥ・ジュベールは全く意に介する事はない。照明が有るのは便利だなと思う程度でしか無かった。
灯りを探す手間に煩わされる事も無く、誰とも出会う事も無く、店舗巡りを終えていく。
「このバッグは何なんでしょうか」
最初に中身を改めた時、明らかにバッグの容量を超えた物が入っていて驚いたが、便利なので気にしない事にする。
「父母から貰った服を汚すわけにはいけないんですけど」
それよりも問題なのは、このショッピングモールには何も商品が無い事だ。
服が汚れたり、破れたりするのを嫌って、替えの服を用意しておこうと思ったのに何も無い。
「折角ですから、おめかしもしておきたかったんですけれど」
今日に至るまで、常に誘われる(襲われる)側だった。ノエルの存在に嫉妬した者達。欲望を掻き立てられた者達。その他諸々。そういったお誘い(襲撃)にノエルは全力で応え、全霊で相手をした。
なかでも、何だかよく判らないがノエルの存在そのものが許せないらしい人達は────異常殲滅機関というらしい────人や機械の眼がない状況を丁寧にも用意してくれて、誘って(襲って)来るので好きだった。
如何に自身の特異体質が発覚しない様にするかを気にせずに済むのだから。
そうして『遊んだ』全員を病院送りにし────何人かは死んだかもしれないがノエルの知るところでは無いしどうでも良い。壊れたオモチャには興味も関心も未練も無い────今まで過ごしてきたノエルだが、誰かに誘われる(襲われる)ばかりだった。
「双葉玲央さんをお誘い(襲った)した時には、つい浮かれていて、逸ってしまいましたが、これでは最初から準備もおめかしも出来ませんね」
ノエルは今まで誰かを誘った(襲った)事は一度も無かった。初めての行為で浮かれてしまって、あの時は色々と失敗したと思っている。
服を変えていなかったので、『遊び』で汚れてしまうのも有るが、やはり初めて自分からお誘い(襲撃)して『遊ぶ』のだ。
誘われる(襲われる)のでも無く、勝手に壊れていくのを監察するのでも無く、自分から誘う(襲う)のだから、お洒落くらいはしておきたい。
そう思っていたのだが、モールの内部は伽藍堂。何も手に入れる事ができ無いと来ている。
「仕方ありませんね。服は直して頂きましょう」
デスノへの願い事を一つ追加する事を決めて、ノエルは見つけた自販機に近付いて、無言で右手を伸ばした。
-
◆◆◆
無人のショッピングモールの探索を終えて、ノエル・ドゥ・ジュベールは、不機嫌そうに二階のフードコートの窓際の席に座った、
特異体質を用いて、鍵の部分を塵にして回収した、ブラックコーヒーの缶を手に、改めて全員を救うべく、皆殺しにする決意を新たにする。
名簿を見たが、知り合いは居ない。といっても、人の顔や名前を覚えるのが苦手な為に、知り合いがいても覚えていないだけというのも有りうるのだが。
分かったのは、最初に出会った人物の名が『双葉玲央』で、玲央が探す妹の名前が『双葉真央』という事。
連続殺人という行為に興味はあったが、犯人や被害者はどうでも良かったので、覚えていなかった為に、名簿を見るまで名前が分からなかったのだ。
「同じ性の方が二人しか居なくて助かりました」
と言ったところで、双葉玲央と同じ顔という時点で、名を知らずとも探す事は出来るのだが。
ともあれ今後の方針としては、双葉真央を探しながら、出逢った相手で『遊ぶ』だけだ。
「まぁ他の方達も殺し合って減っていくでしょうから、全員を殺す必要は無いんですよね」
皆殺しにするとしても、殺す人数は多くて10人かその程度。労力としては結構なもので、『遊び』には充分な数だ。
この先一生、此処での時間を思い返すだけで満たされるかは、今後のノエルの努力と出逢う相手次第だが。
懸念は双葉真央が殺されないかどうか。双葉玲央の妹であるかも知れない彼女には、絶対に生きていて欲しいものである。
唯一残った肉親に、それも同時に産まれ、同じだけの時間を生きてきた片葉に殺されるというのは、一体どんな表情をするのだろうか?どう壊れてくれるのだろうか?
双葉真央の抱く絶望と悲哀に想いを巡らせるだけで、身体の奥底からドロドロとした熱い物が込み上げてくる。
瞳が潤み、熱い吐息が唇から吐き出される。
「ふぶふ、少し、欲情したみたいですね」
何度も深呼吸をし、身体の内側に湧き起こった熱いモノを体外に排出する。
「そういえば、真央さんは私について来てくださるのでしょうか」
昂ったモノが収まって冷静になると、今度は疑念が湧き上がって来た。
「『双葉玲央さんと待ち合わせています。』と言っても信じてもらえないかもしれません。お二人が肉親なのは、名簿を見れば察しが付きますし」
面倒な事になるかも知れないが、それでもノエルには双葉真央を殺すという選択肢は、今のところ存在し無い。双葉真央は双葉玲央に殺されてこそ、愉しめるというものだ。双葉玲央が生きている限り、誰にも殺させ無いし、ノエルも殺す気は無い、
「その時は両手足の筋を切って運びましょう」
極論すれば、双葉玲央とノエルにとって、双葉真央が両手足を無くしていても全く問題は無い。生命と無傷の顔が有ればそれで良い。
双葉真央が行動不能でも、ノエルにも双葉玲央にとっても、大した問題にはなりはし無いのだから、あっさりと双葉真央の身体を損壊する事を決めてしまえる。
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「さて…と」
改めて、グルカナイフの他に支給された武器の説明を読む。
この武器は、他の人間には扱い辛いだろうが、ノエルならば話は別だ。使用上の問題点がノエルの特異体質に依り、問題になる事が無い。
使わなかったのは、武器の性質が好みでは無かったのと、問題点を体質で克服出来るとしても、やはり扱いが難しいから。扱い易いナイフを選んだのだ。
だが、そんな事も言ってはいられ無い。双葉玲央の様な強者が他にもいても、皆殺しにして、全員を救わなければならないのだから。
皆殺しといっても、男は一人を残さなければならないが、双葉玲央をその一人にするつもりは全く無い。あの人の心が無い怪物が、どう壊れるか是非見ておきたい。
となれば、これを玲央に知られなかったのは大きい。あの異能ともいうべき頭脳の持ち主ならば、この武器の特性を看破して、攻略してくるかも知れないのだから。
「再戦しても負ける気は有りませんが、やはり念を入れるべきですね」
ノエルの特異体質による防御が初めて突破された相手ではあるが、ノエルは再戦すればまず勝てると思っている。
あの時は油断していたのと、初めて人を襲うという事に高揚してしまった所為で、隙を晒してしまったが、元より丸みを帯びた人体に平坦な部分など限られている。其処へ極微の狂いも無く直角に攻撃を加えなければならないのだから、防ぐ事は簡単だ。
攻撃に合わせて身体の向きをずらせば良い。ミリ単位でも狂いが生じれば、体脂肪により攻撃のベクトルは狂わされる。
だがそれでも、ノエルを殺せなくなるわけでは無い。
「私が私を殺すとすれば、まず取る手段は毒殺。他には高所からの転落。爆発物による爆圧による殺害。感電死。体脂肪が弾きますから、ガソリンを浴びせての放火は通じませんが、発生する熱と有毒ガスはどうしようも無いですし」
スラスラと自身の殺害方法を挙げていく。双葉玲央ならば、次に遭う時にはこれらの手段のどれか、あるいは複数を用意していてもおかしくは無い。六時間もあれば、ノエルを確殺するほうほうを用意するには充分過ぎる。
「まさか私の興味を引く話題を出して、時間稼ぎをしたのでは?」
有り得ないとは言えない。それくらいはしてもおかしくは無いし、出来る相手だ。
「まぁ私の為に、素敵なプレゼントを用意してくださるのであれば、ええ、喜んで受け取りましょう」
双葉玲央との再度の横線(殺し合い)を思うと、引いた熱が戻り、ノエルの頬が再度紅潮した。
「ふふふふ…」
さっきよりも熱くなったと自覚できる息を吐き出して、ノエルは笑っていた。
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◆◆◆
【こちらの武器を試してみたくはあるのですが、誰か適当な相手はいませんかね】
湧き上がる熱から意識を逸らす為にそんな事を考えながら、ふと視線を動かすと、此方を窺う二人組がいた。
【可愛らしい人達ですね】
ノエルは二人に微笑を浮かべて手を振った。
「…………………」
穏やかな微笑を浮かべるノエルに近づこうともしない、播岡くるるとNo.103。座っているノエルに対して離れて立つという分かり易い行為に出ている、二人から伝わる警戒心は、人の心を察するのが苦手なノエルにも、否応なく伝わってくる。
【玲央さんの事で、昂っているところを見られてしまいましたかね】
こんな状況下では有り得ない事をやっていれば、それは当然警戒されるだろうと、ノエルが至極当然に受け止めた。
「私はオリヴィア・オブ・プレスコードと申します」
名簿を見た時に目に付いた名前を適当に騙るノエル。この行為に意味は無い。自分を殺す相手について、何も知らないままに死ぬ人間は、どういう顔をするのだろうかと思っただけだ。
男は一人を残さなければならないが、女は全て殺すのだ。ならば騙したところで問題は無い。どうせバレる前に殺すのだから。
「播岡くるる」
「私はNo.103。『ミカ』と呼んでください」
【No.103?お二人の格好といい、コスプレか何かですか?】
黒のゴスロリは兎も角としても、金髪碧眼で播岡くるるという、明らかに日本人の名前を名乗られて、ノエルは面食らった。No.103に至っては、背中に白い翼が生えている。コスプレか何かとしか思えなかった。
【変わった人達ですね】
双葉玲央といい、此処には変わったひとが集められているのだろうか。
それはさておき、二人まとめて殺すには、もう少し油断させた上で、距離を縮める必要がある。
「お二人とも安心してください。私は皆さんを救いたいと思っているのです」
グルカナイフの他に、ノエルが与えられた武器はロングボウ。殺す感触が味わえないのであまり好みでは無い上に、構えて矢をつがえるというプロセスがいる。
一人ならば此方から接近してナイフを振るえば良いが、二人相手では飛び道具で一人を殺す。少なくとも戦闘不能にした方が良い。
その為にも油断させて、矢をつがえる隙を作りたいのだが、ミカと名乗って少女は兎も角、播岡くるるは此方を全く信じた様子が無い。むしろ警戒を強めている節があった。
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◆◆◆
くるるのオリヴィア(ノエル)に対する印象は、かなり悪かった。
最初に見た時は、同性でありながらもその美貌に圧倒されてしまった程だ。
陽光を糸にして織ったと言われても納得してしまう、自ら光を放っているかのような髪も。処女雪の様に汚れもシミも全く無い白皙の肌も。造形の神が心血を注いで造り上げた逸品と断言できる浮世離れした顔立ちも。
どれ一つとっても他者を圧倒するだけの美の精髄だ。
遠目にも判る程に情欲を顔に浮かべていなければ、くるるは完全に呑まれていただろう。
【コイツ、絶対に何か企んでる】
この状況下で、1人で盛っているのも気味が悪かったが、それよりもこちらを見た時の表情と眼差しが、過去に散々見たものを思い起こさせたからだ。
親に売り飛ばされた先で、自分を抱いた男達が皆一様に浮かべていた表情。
悪意や害意を持っているわけでは無い。ただ目の前の相手を、自分と同じ人間だと見ていない。食卓に並んだ肉や魚に向ける視線。
欲望を満たす為の道具に向ける眼差しを、オリヴィア(ノエル)は二人に向けていたのだ。
生前を思い出して、思わず吐きそうになり、口まできたモノを飲み込む。
【でもコイツの『皆を救いたい』というのは、多分本当】
被虐待児だったくるるは、感情の機微には敏感であり、眼前の相手が何を考えているかは判らないが、吐いた言葉が真意からのものかどうかは、何となく察せられる。
そのくるるの感覚によれば、オリヴィア(ノエル)は嘘を言ってはいない。その言葉は真実で、誠意に満ちたものだ。
【関わらない方が良いんだけれど】
明らかに異質な相手だ。離れた方が得だとは思う。だが、此方は一人では無い、ミカも居る。騒霊という異能も有る。相手は素手だ。それらの事が、オリヴィア(ノエル)からサッサと離れるという選択肢を取らせなかった。
それに、情報も欲しい。飛ばされてさほど時間が経っていないとはいえ、オリヴィア(ノエル)は危険人物に遭遇しているかも知れないし、それで無くとも、何か有用な情報を知っているかもしれないのだから。
「私達以外にも、誰かと逢わなかった?この場所はどう思う?」
訊きたい事を聞いてから、適当な口実を設けて離れる。それがくるるの決めた方針だった。
「最近話題になった連続殺人犯と遭いましたよ」
名簿の『双葉玲央』の部分を指差して、最近話題になった、未成年の連続殺人犯について口にする。
「連続殺人犯?」
「はい?」
誰よそれ?と言いたげなくるるの反応に、ノエルは首を傾げる。隣のミカも知らない様なのが、さらに訳のわからなさを増してくる。
犯人にも被害者にも興味がない為に、双葉玲央の顔も名前も、名簿を確認して識ったノエルでも、事件そのものについては知っていた程だ。
世間知らずの気が有るノエルですら知っている。そんな事件を知らないというのは、一人だけならまだぢも、二人ともというのは考えにくい。
「ご存知無いのですか」
「…………事情があって、私達は最近の事を良く知らない」
「まぁ良いですけれど」
ノエルは簡単に、双葉玲央の過去の凶行を説明する。あくまでも『行為』についてであって、動機の様な不要な情報については語らなかった。
-
「そんな危ない奴まで居るんだ」
「気を付けた方が良いですよ。私は偶然助かりましたが」
ノエルの言うことを、くるるは事実と認識した。事実としてノエルの言葉に嘘は無い。双葉玲央に殺されなかったのは、玲央が此処で最初に出会ったのがノエルだったというだけの事。もし他の誰かと出会った後なら、ノエルは殺されていただろう。
「此処については良くわかりませんね。電気は通っている辺り、何処かから引いているのか、或いは自家発電か」
規模の大きい病院には、地震や台風時に送電が止まった時に備えて、発電機が設置されている。もしそういう設備から電力が供給されているのであれば、破壊する事で、施設内にいる人間を殺し易くなる。そんな事をノエルは考えていた。
「有難う。覚えておく」
「其方の方は、ずっと黙ったままですね」
ノエルは何も言わずに立っているミカを向いた。普段他者に関心を抱く事は無いが、この後に殺害という濃密な関係を持つ事になるのだ。そう思えば多少は関心が湧く。
「私は、対侵食災害"アクマ"殲滅人形兵器"テンシ"」
「……………はぁ」
"アクマ"というなら、あのデスノさんもそうだろうとノエルは思ったが、ミカの言う"アクマ"はどうも別物らしい。
「ミカ、というお名前は?」
考えても判るわけがないので、新たに質問をしてこの話題を流す事にする。
「マスター、付けてくれた」
「マスター?」
ミカはボツボツと語った内容は、やはり訳が分からなかった。
"テンシ"とは、異次元より来訪し世界を侵食する災害"アクマ"を殲滅する為に製造された人型兵器で有る事。"マスター"と呼ばれる人物から、色々な事を教えられた事。心を与えてもらった事。"アクマ"災害で"マスター"が目の前で死んでしまった事。
「………マスターに、ピアノの演奏を聴いてもらう約束だった」
【本当かどうかサッパリ判らない話ですが、支給品と照らし合わせると真実味が出てきますね】
「大切な人だったのですか」
無言で頷いたミカを見て、ノエルはミカをどう殺すかを決めた。
【大切な方に死なれたというのなら…目の前でこちらの…ええと、くるるさんを殺してみましょう。それから指を一本ずつ切り落とすなり潰すなりして】
惨劇の再現と、マスターとの繋がりであるピアノの演奏が二度後できなくなるという現実、この無垢な少女がその過酷さに打ちのめされ、慟哭するのはさぞ甘美な事だろう。
悪意に満ちた思考を巡らすノエルに、くるるの目付きが更に険しさを増した。
◆◆◆
「私はそろそろお暇しますね。人を探しているので」
ノエルから情報を引き出して、離れる算段をくるるが考えていると、ノエルがそんな事を言いながら、席を立つ。
「誰を探しているの?」
席を立ったノエルを警戒しつつ、そんな事を聞いたのは、くるるの元から持つ善性の故だ。
「ルイーゼ・フォン・エスターライヒさんですよ。何か過去にあった様で、このままでは双葉玲央さんに殺されてしまいますので」
何となく適当に嘘を混ぜるのには意味は無い、強いて言うならば面白そう。この程度だ。
「私達も探す、二手に分かれて探した方が見つかる確率は多くなるし」
「それでしたら、六時間後に、此処で待ち合わせましょう」
そう言って二人に無防備に背を晒して、ノエルはエスカレーターを降りて行った。
-
◆◆◆
暫く様子を見て、ノエルが去ったのを確認する。
「何だったの。アイツ」
全く訳がわからない相手だった。あの目付きと『救いたい』という言葉。どちらも真実で、それだけに理解出来ない。向こうから去ってくれたのは助かったと言うべきだろう。
「二人同時に相手にするのを避けた?」
ともあれ此処から移動しなければならない。ノエルは何も言わなかったが、連続殺人犯の双葉玲央がモール内にいるかも知れないのだから。
「訳の分からない奴が消えても、連続殺人犯がいるのはね」
どっちにしろ、お近づきになりたく無い人種である事に変わりはない。くるるはエスカレーターに足を踏み出し────仰向けにすっ転んだ。
「え?」
反射的に手すりへと伸ばした手も虚しく滑り、助けようと手を伸ばしたミカはうつ伏せに転んで、二人は凄まじい速度でエスカレーターを滑り落ちる。
途中で翼を広げて手摺との間に摩擦を生じさせて何とか止まったミカを置いて、くるるはそのまま一階に到達。尚も止まらずに床を滑り続け、設置してあるベンチの前で漸く停止した。
「お待ちしていました」
水晶で出来た鈴を鳴らす様な、透き通った美声の主は、ノエル・ドゥ・ジュベールに他ならない。
エスカレーターにたっぷりと脂を撒き散らして、二人を無力化するトラップを作成し、ベンチに座って二人を待ち受けていたのだ。
腰を下ろしていたベンチから立ち上がると、くるるの腹部に思い切り脚を踏み下ろした。
「ゴハッ!?」
そのまま体重を掛けて、くるるに息を限界まで吐き出させると、自販機を壊した時に回収した、ミネラルウォーターのペットボトルの蓋を開けて、内部の水をくるるの口と鼻を目掛けて注ぐ。
「ガハッ!?ゴホッ!?」
空気を吐き出し切った所に、口と鼻に降り注ぐ水は、容赦無くくるるの呼吸器官へと侵入し、くるるを地上で溺れさせた。
「警戒していた相手に、こうもあっさりしてやられるというのは、どういうお気持ちですか」
「あ…アンタ……ゴフッ…どうやって!!」
「種明かしはしませんよ。言える事は、貴女方はもう起き上がれ無いという事ですよ」
言われるまでもなく、くるるにも分かっているだろう。起きあがろうとしても、床が異常に滑る為に起き上がれず、ノエルの脚をどかそうとしても、力を入れる端からすり抜ける。
「やはり、正面からよりも、騙した上で不意を衝く方が理にかなっていますし、私にはその方が向いています」
双葉玲央を襲った時、背後から音もなく近づいたのに気付かれた事から、ノエルは方針を変更。慣れない襲撃よりも、身に付いた擬態で以って、殺害対象を騙して近づく事にしたのだ。
何故かくるるは警戒心を強める一方だったが、特異体質で以って騙し打ちにする事には成功した。
【中々カンの良い方でしたね】
二本目のペットボトル中身を注ぎながら、ミカの方に目を向けると、エスカレーターの上で立ち上がろうとして転倒し、そのまま一階まで滑り落ちた所だった。
「ミカさんの助けも期待できません。このまま溺れ死んで下さい」
「誰が!!」
混じり気の無い、純粋な悪意という概念を音にしたかの様な、ノエルの声に恐怖で震えながら、くるるは“騒霊”で、手近な場所にあった植木鉢を、ノエルの背中に加減無しにぶつけた。
常人ならば痛みと衝撃で蹲る。下手をすれば背骨が折れかねない攻撃は、ノエルの背中に触れた途端、向きを変えて明後日の方向へと飛んでいった。
「………何ですか、今のは?念動力、というものでしょうか」
ふむ、と頷いて、じっと自分を見下ろすノエルの視線に、嘗て自分を虐待していた時の母親と同じモノを感じて、くるるは悍ましさに震えた。
絶対に自分に対して逆らえず抗えない相手に対して、生殺与奪をほしいままに出来る相手に対して、人はこういう目付きになる。
-
【使い方次第では、私を殺せますね】
ノエルは冷静にくるるの能力の脅威性を把握した。植木鉢を飛ばすなどいう迂遠な方法を取るまでも無い。脳や内臓をこの能力で掻き回せば、それだけで人は死ぬ。
「残念でしたね」
ノエルはくるるを完全に見下していた。人を殺せる能力がありながら使おうとしないのでは、こんな状況下では殺してくださいと言っている様なものだ。
殺人を許容した者達相手に、手加減して何の意味があるのか。感涙に咽び泣いて、悔い改めるとでもいうのだろうか。
能力が優れていても、使う人間がこれでは宝の持ち腐れだろう。
「では死んで下さい」
三本目のペットボトルを空にして、取り出したのはグルカナイフ。酸欠に喘ぐくるるの目が恐怖により限界まで開くのを満足げに見てから、切先が喉元に落ちる様に、ナイフを手放す。
支えるものが無くなった大振りの刃は、重力に従って、くるるの喉へ真っ直ぐに落ちて。
空を裂いて飛来したコンクリート片に弾き飛ばされた。
◆◆◆
「警告。これ以上の加害行動を行なった場合。実力行使による制止・拘束を行います」
「貴女はこの方の後なのですが」
背中の翼を広げて宙に浮かぶミカを見て、ノエルは一人頷いた。空を飛んで仕舞えば、成る程、脂は意味を為さない。
【コスプレではなかったという訳ですか】
自身に与えられた武器から、あの翼がミカの支給品だと判断して、ノエルはミカを迎撃する為に身構えた。狙いは翼。素手のミカが拘束するというなら、徒手による格闘になるだろう。
【近づいてきたら翼を破壊します】
自販機を壊した時にも用いた、体脂肪を用いた分子結合破壊。硬度も強度も無視して物質を塵と変える。破壊という一点に絞れば、此処に集められた者たちの中では最強だろう。
「最終警告。速やかに加害行動を」「ゲフッ!!」
ノエルは脚を上げて踏み下ろし、くるるに蛙が潰れた時の様な声を出させた。
「加害、しましたよ」
光の粒子を舞い散らせ、ミカがノエルに向かって飛翔する。
凄まじい加速は、接触すればノエルに致命傷を与えられる程にミカの身体を加速させる。
紅を引いてもいないのに紅いノエルの朱唇の両端が釣り上がる。どれだけの速度や重さが有ってもノエルの前には意味を為さない、虚しく滑って隙を晒すその時が、ミカが地に落ちる時だ。
-
「兵装"ジャンヌダルク"起動」
両腕の内部に内蔵されているビームブレードを展開。1mを超える光刃を煌めかせ、ミカがノエルに迫る。
殲滅人形兵器"テンシ"なるもの迄造り出せる文明で、"アクマ"が何故人類の一大脅威となったのか。
竜のような超常生物を家畜化する能力。それもある。
腕の一振りで大型車両を宙に舞わせる腕力。それもある。
音を超える飛翔速度と、剛体と化す大気に耐えられる身体強度。それもある。
だが、何よりも脅威的だったのは、単純に人類の武器兵器を軒並み無効化したその防御力。
人類の造り出せる如何なる合金をも上回る甲殻は、重砲の直撃すら弾き。
運動エネルギーを体内にぶち撒ける攻撃は、強靭かつ分厚い筋肉に阻まれて内臓や骨に届かない。
これらの甲殻や筋肉を持たない小型個体は、全身から分泌する体液により、摩擦係数を無くすことで、人類側の攻撃を悉く無効化し、殺戮と破壊を恣にした。
これらを突破して、"アクマ"に致命傷を与えるべく開発されたのがテンシ兵装。硬い甲殻も、分厚く強靭な筋肉も、あらゆる実態のある攻撃を滑らす体液も、全てを貫通する殲滅兵装。
ノエルの体脂肪を、"アクマ"のそれと同じものと認識したミカは、ノエルを制圧する為に"ジャンヌダルク"を起動。"アクマ"の中には人とそっくりに擬態する個体も居る。その為、ミカはノエルの事をその行いも有って、"アクマ"と認識した。
"ジャンヌダルク"を横に伸ばしたミカは、高速でノエルの横を飛翔する。
「────!!?」
ミカの巻き起こした突風に、思わず瞼を閉じたくるるが目を開いた時、視界に映ったのは、顔目掛けて落ちてくるノエルの踵だった。
「ブフッッ!!?」
ノエルの取った行動は単純明快。腹の辺りで身体を上下に断割する光刃を、バレエで鍛えた平衡感覚と柔軟性を活かして、思い切り仰け反って回避したのだ。
回避ついでに脚を上げて、くるるの顔に思い切り踏み下ろしたのは完全についでだが。
20m程先で急制動を掛け、愕然と振り返るミカに、ノエルはを振った。
「私を止めるならご自由に。けれど、失敗する度に、この方を壊しますよ」
ミカの顔が歪むのを見て、ノエルは満足げに微笑んだ。
ミカも、血が止めどなく噴き出る鼻を押さえたくるるも、思わず見惚れてしまうほどに、それは美しい笑顔だった。
【これは厄介ですね】
とはいえノエルも、外見程に余裕綽々という訳では無い。
【お二人とも私を殺せるとなると、上手く立ち回らないと死にますね】
ミカも、使いこなせていないとはいえくるるも、ノエルを殺す手段を確と有している。
一人ならば兎も角、二人で連携されればノエルの勝率は格段に低くなる。
「ゴフッ!」
くるるの肝臓を狙って靴の爪先をめり込ませる。くるるの戦闘能力とミカの冷静さを奪い、二人を連携させない様に。あと趣味。
「私はここにいる皆さんを救います。その為に皆さんを全員殺さないといけないのですよ」
「な、何言いだすのよ。このき…ガッ!?」
罵倒してきたくるるにもう一度肝臓蹴りを見舞って黙らせ、言葉を続ける。
「私は優勝して、皆さんの此処での記憶を消した上での蘇生を願います」
「それなら何故、不必要に苦しめる様な事をするのですか?」
ミカの問いは誰もが抱く疑問だろう。ノエルの言うことが真実ならば、一息に殺す方が、不必要に苦しめる事が無く、無駄も無い。
「趣味ですよ」
二人の意思が僅かな間漂白された、あまりにも理解出来ない言葉に、理解が追いつかなかったのだ。
「………何を言っているのですか」
「どうせ殺すのですから、どうせ記憶に残らないにですから、どう殺しても構わないのでは?」
心から不思議だと思っているノエルに、くるるは、そしてミカも、悍ましいモノを感じて背筋が冷える。
-
「隙だらけですよ」
二人が固まった隙に、ノエルが取り出したのは赤黒い肉紐が絡み付いたコンバットボウ。
ミカが小さく、恐怖に引き攣った声を上げた。
「ご存知でもおかしくは無いでしょうね。"テンシ"の身体から造ったと書いてありましたが」
ノエルが取り出した弓は、尋常のものでは無い。"テンシ"により攻勢が頓挫し、敗走を重ねた "アクマ"が、“テンシ"の兵装を模倣して造った超常の武器の一つ。
"テンシ"の軀そのものを素材として造り出された、"テンシ"を殺す為の武器。
「貴女の剣がジャンヌダルクでしたか?此方の弓の名前は、“ブラック・プリンス”です。奇遇ですね」
出遅れたミカが加速し切るよりも早く、ノエルの持つ弓の弦が一人でに引かれ、不可視の刃が放たれた。
ミカは超音速で飛来する不可視の刃を、軌道を予測して光刃を振るって撃砕。無数の破片が舞い散る中を突っ切って、ノエル目掛けて突貫し────突如向きを変えて急上昇。
光刃を振るった場合の軌道上に引きずり起こされた、くるるの身体を避けて、ノエルの背後に回り込み────右腕が裂けた。
追撃で放たれる刃を避けて、距離を取ったミカに、愉しげに笑いかけて。
「ご存知かと思いましたが、違ったのですか?この武器は只の飛び道具じゃ無いんですよ」
言いながら、くるるを床に押し付けると、ナイフを取り出して、背中を浅く斬る。
「さっき言った通り、壊させて貰いました」
くるるの悲鳴を聞きながら、何処と無く上擦った声で言うノエルに対して、ミカの顔は泣き出しそうに歪んでいく。
もう一発。と、ノエルがグルカナイフを振り上げ。
「グ……い、いい加減に…しろ!!!」
やられ放題だったくるるが反撃。嬲られながら考えた手段を実行に移す。
「ミカ…合わせて!!」
くるるの騒霊により、二つの植木鉢が同時にノエルへと飛来し、眼前で激突。派手に破片と土を撒き散らす。
顔を手で覆ったノエルの隙を見逃さず、ミカは出鱈目に両手の光刃を振り回しながら撃砕。
全く動かさずに、5mも移動して距離を取ったノエルに構わず、未だ起き上がれないでいるくるるの身体を抱え上げると、ノエルと無言で対峙した。
【これは拙いですね。あの念動力でさっきの様に視界を塞がれるなり、体の動きを直接止められるなりすれば、ミカさんに斬り殺されてしまいます】
状況はノエルに不利。愉しかったが、二人相手に時間を掛けてしまったのが失敗の原因だろう。
「両手が塞がっていますよ」
嵩に掛かって攻められるのを防ぐ為にも、強気な姿勢は崩さずに、あくまで優位は自分だと主張する。
「………………」
ミカはくるると一瞬だけ目を合わせると、ノエルから目を離さずに後退。ノエルが放った刃を大きく動いて回避。
充分に距離を取ると、そのなま向きを変えてモールから離脱していった。
-
◆◆◆
「はぁ………あ」
くるるを抱えたミカが見えなくなり、少し経ってから、ノエルは息を吐いてベンチに腰を下ろした、
「疲れました…。何ですか、この武器は」
“アクマ”の兵装である“ブラック・プリンス”。縁が鋭利に研ぎ澄まされた、柳葉状の不可視の刃を精製し、超音速で射出する弓────というのは、この武器の一面でしか無い。
射出された不可視の刃をpは、射手が予め定めておいた位置まで飛ぶと、一切の運動エネルギーが消失し、その位置に固定され、固定された刃は、触れたものを斬り裂く不可視の罠となって留まり続ける。
つまりは弓は罠を設置するために使う道具であり、刃の射出は設置に伴う過程でしかない。
しかも刃の設置は、弓を用いずとも行える。ミカの腕を裂いた刃は、脂を用いて背後に滑らせた物だ。この性質上、高速機動する相手には非常に有用だ。
ミカの元居た世界で、高速機動を得意とする“テンシ”がこの武器を用いる“アクマ”に多く狩られ、多大な損害を出したのだが、そのような事はノエルの知る所では無い。
「撃つ度に疲労が溜まるのですが、弓弦を引かなくても良いとはいえ、これでは余り無駄撃ちは出来ませんね」
息を吐きながら、大きく伸びをする姿は、直前まで凄惨な暴行を加えていた少女と同一人物とは思えない。
「お二人は…多分病院でしょうね。くるるさんは大分傷を負っていらっしゃいますし。手当てができる場所に向かうのは当然でしょうね」
次に目指す場所は病院。逃げた二人は自分を殺し得る能力を持つ。早めに排除しておかないと、此処に集められた全員を救うという目的が叶わなくなる可能性がある。
病院に赴いて二人とも仕留める。居なければ、そのうち誰かが来るだろうから殺す。
「それにしても、いきなり私を殺せる人と3人も出逢えるとは、愉快な事になってきました。異能殲滅機関だの、異能活用機関だのといった名前だけはご大層な方々とは随分と違いますね。もっと愉しい方が、他にもいらっしゃるかも知れません」
まぁ、その前に少し休みますか。と呟いて、ノエルは眼を閉じた。
【D-4 ショッピングモール内/朝】
【ノエル・ドゥ・ジュベール】
[状態]:疲労(中)
[装備]:グルカナイフ “ブラック・プリンス”
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0〜1
[思考・行動]
基本方針:『遊んで』殺す
1:双葉真央を探してショッピングモールに連れてくる
2:双葉玲央が双葉真央を殺すのを観る
3:病院へと向かいミカとくるるを殺す
4:他に愉しい人が居れば良い
【備考】
ブラック・プリンスの使い勝手を把握しました
オリヴィア・オブ・ブレスコードの名前を名乗っています
-
◆◆◆
モールから少し離れた場所で、ミカは地面へと降りた。本来の“テンシ”の飛行能力からは有り得ないが、どうやら長距離を飛行できなくなっているようだった。
「ミカ…病院へ行って」
「病院は危険。オリヴィアが追ってくる」
傷ついたくるるが病院へ向かうことは誰でも予測がつく。あそこまで執拗にくるるを嬲ったのだ。安易に病院へと向かえば、当然追ってくるだろう。
「だから行くの、誰かが居たら、オリヴィアについて教えないと、アイツに殺される」
くるるの言葉に、ミカは無言で頷くと、病院へと移動を開始した。
【D-4 ショッピングモール付近/朝】
【No.103】
[状態]:健康
[装備]:兵装"ジャンヌダルク"
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0〜3
[思考・行動]
基本方針:人間を護る
1:くるると行動する
2:病院へ行ってくるるの治療をする
3:オリヴィア(ノエル)を警戒
【備考】
“アクマ”の様な存在が居ると認識しました、
長距離を飛行することが出来なくなっています
【播岡くるる】
[状態]:疲労(大) 背中に切り傷(小)、脇腹に打撲(中)、鼻血
[装備]:無し
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0〜3
[思考・行動]
基本方針:殺し合いを打破してデスノを殴る
1:病院に行き、誰か居ればオリヴィアノエル)の危険性を伝える
2:連続殺人鬼の双葉玲央を警戒
3:オリヴィア(ノエル)に警戒と怒り
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投下を終了します
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トリップを忘れていました
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投下お疲れ様です。
いやあ!面白いバトルでした!!
個々の能力だけでなく、ブラック・プリンスなどの世界観を用いた武器などが戦いを広げ、実に読み応えのある話でした
しかし気になるのは2人が逃げた先に、本物のオリヴィアがいるということですね。
ノエルも消耗しながらもまだ追って来てるし、一体どうなるか気になります。
蕗田 芽映、トレイシー・J・コンウェイ予約します。
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投下乙です
対"アクマ"兵器として作られたNo.013や、
積極的に人を傷つけようとしたことがないくるるが対人戦で強く出られないのに対し、
ノエルの嗜虐性や暴力性が突き抜けてますね
趣味が音楽鑑賞なクセに、"ミカ"のピアノをするための指を切り落とすとかいう発想がすんなり出てくるあたり、
マジでコイツ"人のフリしてるだけの化け物"だなって。
オリヴィア・オブ・プレスコード、四苦八苦
予約します
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投下お疲れ様です!
>>『悪意の代償を願え 望がままにお前に』
読み応えのある本格的なバトル描写、素晴らしいです。
ノエル、やはり彼女の精神性はかなりヤバイですね。
面白いという理由で嘘の情報を流す愉快犯としての側面もあり、更に己の強さに満身もせず、不意打ち策謀も行う狡猾さも侮れません。
襲ってくる相手にも情けをかけてしまうくるるの方がよほど人間味がありますね。
対するNo.013も強い。対人に強く出られないとはいえ、二人とも対主催としてはかなりの上位格でしょう。
退けたとはいえ、目的地は同じ。ここから更に波乱の展開がありそうです。
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予約から少し遅くなり申し訳ありません。
壥挧 彁暃、アレクランドラ・ヴォロンツォヴァ、投下します。
-
街灯がまだ消えていない夜明け、石畳舗装の町中を柔らかい高音とともに抜けていく青白い光。
白い甲殻類の甲皮のようなカウルを持つ、生物的にも見える奇妙なバイクが夜明けの市街地を走っていた。
内側からは青白い光が所々から漏れ出て周りを照らし、最も強く光る部分は正面にあり前照灯のように前を遠くまで見せる。
そんなバイクに跨る――ミスマッチな車掌姿の男、壥挧彁暃は思考する。
そもそも、このバイクの動力は何なのだろう。
車掌として鉄道草創期から現代までの鉄道車両の動力装置について、ある程度の知識は持っている。
蒸気機関、ガソリンエンジン、ディーゼルエンジン、ガスタービン、整流子電動機、誘導電動機――などなど……。
同じエンジンでも機械式やトルコン式、電動機でも旧来の制御方式やインバータ制御の方式で微妙な音や振動の違いがある。
車掌は動力機の調子には敏感でなければいけない。機械の不調を判断するのは運転手と車掌の役目であるからして。
運転による振動は非常に少ない。最新式の電車にも全く劣っていないだろう。
そして加速時の管楽器のような柔らかい音。変速は必要が無く簡単に運転できる。
まるで浮上式のリニアモーターのよう――いやリニアモーターは地上側に設備が無いと動きはしない。
まさか物理世界の理から外れた霊的な力なのだろうか。
新田目という男はこのバイクに心当たりがあったらしい――もう少し情報交換をしても良かったかもしれないと少しばかり思う。
乗車している車両が故障した場合の応急処置も、車掌の仕事の領分なのだから。
思考しながらも、車掌は速度を緩めて周りの様子を確かめながら走る。
魂を感知できる力はある。しかし――その力ばかりに頼ると何かを見落とすかもしれないと考えて。
石やレンガで作られた建物が立ち並ぶ中を、バイクが交通ルールを守るように速度を落として走る。
城や大聖堂に挟まれるだけあり、殺し合いのための世界の北西はヨーロッパ風の市街地だった。
このヨーロッパ風の古めかしい街並みの雰囲気を味わうように、不思議と急がずにバイクは進んでいく。
◇
走っていると途中から不思議とコウモリを見るようになった。
まだ薄明るい時間帯なのでこれから住処に帰るのだろう――と車掌はなんとなく思う。
幽霊列車の車掌にとってコウモリはなじみ深い動物だった。
廃線跡の線路を幽霊列車が走るのはよくあることだが、放棄された鉄道トンネルはよく大規模なコウモリのねぐらとなっている。
もちろん動物を幽霊列車が撥ね飛ばすことはないが、不気味な雰囲気を感じ取るのか通過のたびコウモリたちが騒ぎ出すのだった。
車掌はその様子を面白く思ったり、時には申し訳なく思ったりする。
コウモリは何処へ行くのだろう?
闇雲に走って他の参加者を探すよりは――と、車掌は何となくコウモリが集まっていくような方向へ走っていく。
◇
バイクを運転していくと、車掌はやがて1つの大きめの家屋を発見した。
コウモリが地面近くの狭い窓から時々出入りしている。
コウモリはあの家屋の地下室をねぐらにしているのだろうか。
家の前には黒い大きな犬が1匹、番犬のように待機しているのを車掌は目に入れる。
犬――――今までこの世界では一度も見なかった存在だった。
市街地をずっと走ってきたのだからいくらか見かけてもいいはずなのに。
あそこには何かがある。そう思って車掌はバイクを進めて――――。
-
"――――なんですか、あの魂?"
魂の気配を感じた車掌。
しっかり知覚できる範囲内に、人間のような強い魂の持ち主がいる。
――しかし、それは人間のものではなく。
車掌は少し恐れを抱き警戒する。魂を知覚する感覚も研ぎ澄ます。
――――犬には魂が無い。そして、コウモリ達にも無かった。
他の参加者を探したい。だから、普段は人間より強度の弱い動物の魂なんて感知しないように感覚を緩めていた。
それが仇になった。
建物の中の何者かが、魂のない動物を作り周りに周回させていたわけだ。
つまり、こちらの存在は相手に筒抜け。
そしてコウモリによって誘導されてしまったのだろう、とすぐに考察する。
コウモリを追うようならそれでよし、嫌って逃げるようなら建物から離れる方向にコウモリを動かせばそれで誘導できる。
さて、どうするかと車掌は思う。
魂を感知できる能力があるからこそ、ここで相手に感づくことができた。
そして――今までの乗客の記憶を思い起こしてみるとこのような質の魂は、"心当たりがあった"。
大概は人間を襲う闇の眷属……だけれどもそうとは限らない。
しかしこうまでしてこちらを誘導するからには、待ち伏せして襲うつもりなのだろうか。
そんなことを思考する。
もし犬が向かってきたら逃げようか、等とは思いながら対応を考え……。
戸が開かれた。
建物から日傘を差した老婦人が姿を現す。
車掌の方を見つめて手招きをする老婦人。
そして、犬を手なずけて待機させ車掌への警戒を完全に解かせる。
その動きに敵意も邪気も感じられず――。
車掌はバイクを縮小させ服に仕舞い、近づいていくことにする。もちろん警戒は解かず。
遠くで会話することはしなかった。
老人に大声を出させるのは大変だろうという、幽霊列車の車掌なりの気遣いだった。
二人が相対する。
そして――――お互いの第六感も最も強く感じられるようになって。
「はじめまして、ご婦人。ワタクシは壥挧彁暃と申します。鉄道の車掌を務めております」
「ええ。こちらこそ。私はアレクランドラ・ヴォロンツォヴァ。サンドラでいいわ。
よろしくお願いしますね……"幽霊列車"の車掌さん? きっとそうでしょう?」
「……ええ――――そちらこそ、人間では無いのでしょう? まあ、良いでしょう。
サンドラ様の姿勢から見て、ワタクシとこの殺し合いについて対話がしたいのだとそう判断いたしました。ハイ。
お互い定命から外れた者です。積もる話もあるでしょうが……」
◇
アレクサンドラは湖を東へ飛び越え、市街地の中を日光を避けられる裏道主体で歩き休める場所を探した。
幸い洋風の市街地だったため、地下室のある建物も多く適当に良さそうな立地のものに侵入させてもらうことにした。
鍵はかかっていたが、どうせ無人の町なので気にすることはなくこじ開けた。
そうして地下室にて、影から動物を生み出し建物の周りの様子を伺うことにした。
姿は老婦人として。
老婦人の姿を好むのは、単に見た目を気に入っているからだけではない。
あらゆる生物はは基礎代謝というものがあり、呼吸や心臓の鼓動や新陳代謝にエネルギーを常に消費する。
人間は思春期や青年期ほどこのエネルギー消費量が多い。
一方老人の姿では消費を抑えることができる。
単純な体力の損耗防止以外にも、"運動"以外の活動をする場合はそちらに向けられるエネルギーの総量が大きくなるメリットがある。
よって、動物を行使する際などは老婦人の姿の方が動物はより強化され、量も多く出せるようになる。
より基礎代謝の少ない幼い幼児ではなく老人の姿を選ぶのは、それこそ見た目の好みの問題だったりもするが。
あまり精神年齢と肉体年齢が違いすぎても、それはそれで面倒なこともあるのだった。
-
◇
車掌は素直に、吸血鬼と建物の地下室にて話を始める。
幽霊列車の車掌という在り方からして、敵意のないと思える老婦人との対話を一方的に打ち切って去るという選択肢は無かった。
「ごめんなさいね、誘い出すようなことして。
流石に日の明かりのある中を歩いたりするのは辛いのよ。
スウェーデンの冬はね、日がすごい短いから本当に良い所だったわ……」
「――正体を隠すつもりはないのですね?」
「ええ。気付いてらっしゃるんでしょう? どうして気付いたのかは気になるけれど」
紅茶を淹れながら会話を進める二人。
長く生きた者同士だからこそか、まるで殺し合いの空間の一部とは思えない風景だった。
「……昔、幽霊列車の乗客に吸血鬼になったばかりの女の子がいました。
何でも異常活用機関という所に捕まってしまい過酷な人体実験を何度もされたという話です。ハイ」
「なるほどね。ヴァンパイアハンター組織の新顔として気をつけろって話は聞くわね。
私くらい経験があればそうそう見つけられないし捕まらないけど、なりたての子はね……」
顔を伏せる車掌。老婦人は労るように話を聞きだす。
「ハイ。その子は恐らく魂はまだ完全に吸血鬼にならずほぼ人間でしたので、幽霊列車への定期券を手にしたのだと思います
……それに比べるとサンドラ様、アナタの魂には人間の部分は非常に少ないように感じます。
興味本位で、しかも女性の方に申し訳ないのですが、一体どれだけの年月を?」
「私は18世紀後半の生まれでね、もう――――計算すると248になるわね」
「なんと、ワタクシより年上とは!
そのような方とこう話すのは百何十年ぶりでしょうか……」
目を丸くして関心する車掌に、老婦人は微笑みかける。
「車掌さんはおいくつなの?
偽汽車とかの話は鉄道に乗るようになった頃から偶に耳にしているけれど」
「ワタクシは……200くらいになります。
そうですね、公共鉄道の歴史と私は共にある、そう言って良いのかもしれません」
「そうなのね。私もそれなりに200年くらい前から鉄道は乗ってきたけど、ちゃんと幽霊列車を見たことはないわね」
車掌は自分のことを話すにあたり、慇懃で堅くそして少し早口になる。
「およそ200年前、イギリスで世界初の公共鉄道、ストックトン&ダーリントン鉄道が開通したのは御存知でしょうか。
ワタクシは……そして幽霊列車はその頃からこの世に存在していました。
初期の鉄道というのは基本的に働く男性や産業のための貨物を運ぶ、男性のためのものでした。
鉄道工事が進む中で、男性に虐げられている女性たちの思いは募っていきます。
それを掬い上げるために、死後の救済を与えるために幽霊列車は生まれたのでは?
ワタクシは乗客の人々とも話して、そういう由来のではないかと考えています。ハイ」
「そう、はっきりとは分からないのね」
「しかし、吸血鬼という存在も始祖の始祖はどうやって生まれたのかははっきりしないのではないでしょうか?
幽霊列車もオカルトに括られるのですから、ワタクシが本能で知らないのならどうしようもないのです。
ただそういう現象は存在するということです」
「いえ、でも車掌さんの考察もロマンがあって悪くないと思うわよ」
車掌は堅い表情で慇懃でな態度は変えない――が、顔を少し人間のように赤らめていた。
すると老婦人が名簿を取り出す。
「壥挧彁暃……って名簿のこの名前でいいのね?
日本っぽい名前だけれど、昔からこういう名前だったわけじゃないわね?
日本に鉄道ができたのってイギリスの50年くらい後だったと思うもの」
「ハイ、説明いたしますと、そもそもワタクシには人間の名前はありません。
この名前は幽霊列車を出て行動する際に便宜的に名乗るものですから。
しかし――確かに、ヨーロッパにしか鉄道が無かったころはワタクシは特徴は無いながらもヨーロッパ風の見た目の車掌でしたよ。
時代とともに幽霊列車も変化していくわけです」
老婦人は――すぐに思い当たった。
「昔はイギリスやヨーロッパが鉄道の中心地、そして今は日本の首都圏が鉄道の中心地……ということね」
老婦人も吸血鬼として、時代に合わせて姿やファッションを時々変えてきたのだから。
「ええ。その通りです。高度経済成長期以降の日本の鉄道の発展はすさまじいです。
とてつもない勢いで路線は整備され、列車長も長くなりました。
世界で乗降客数が多い駅ランキングの上位は、日本のターミナル駅がほぼ占めているんです」
-
すると、車掌が何かを両手の上に顕現させていく。
やがて出てきたのは……"中央特快"と文字が書かれたプレート。
"中"と"特"の文字だけが大きくなっている。
「これが今の幽霊列車の先頭車、のヘッドマークです。
先頭車1両だけなら全体を出して走らせることも可能です。
これは日本の首都圏の中央線で少し前まで走っていた電車、日本国有鉄道の201系電車と言います。
幽霊列車らしく、最新の車両ではなく少し前に引退済みの車両の見た目になるんです。
なぜこの路線なのかは――」
車掌が一拍置き、顔を暗くする。
「恐らく、日本で一番――――飛び込み自殺者が多い路線だからなのでしょう。
鉄道車両だって何かを傷つける――軍用にされることはありますが、人を撥ねるために作られるわけではないでしょうに……。
飛び込むまでに追い込まれた方々の心の辛さは同情いたしますが――本当にどちらもどうしようもないですね、ハイ」
車掌は堅い表情を変えていない――が、沈黙がそのやるせなさを表していた。
部屋の電灯が気持ちを反映するかのように、ちらちらと揺らぐ。
老婦人はその気持ちを理解はして、話題を変えて話を続ける。
「そんなに列車が変わるなら、昔から乗っている幽霊の人は困ったりするんじゃないかしらね」
「ああいえ、多くの人々は数週間から長くても数年くらいで、乗車券を返してあの世へ行ったり輪廻転生に組み込まれたり……
ヨーロッパ風なら最後の審判に向けて眠りに付いたりするわけですね。
それでもでもずっと長くとどまっている幽霊の人々は、ずっと後ろの方に少しばかり繋がっている昔の車両を好んだりするんです。
幽霊列車は鉄道の歴史でもあります。先頭の方何両かは最近の車両になってますが、後ろへ行けば行くほど昔の車両が繋がっています」
まあ、今はそこまでは出せませんが……と、自由にできる範囲を示すかのように車掌はヘッドマークを通勤特快や青梅特快に変化させる。
「脈絡なく繋がれてて、まるで子供が模型の鉄道で遊ぶみたいですよね。
一番後ろの方には鉄道草創期のマッチ箱みたいな小さい客車もあります。
後ろの車両ほどやっぱり現世から離れた存在だからか、霊感の強い人じゃないと見えないらしいですが、ハイ」
すると、今度は老婦人の方が歴史に興味を持って車掌に問う。
「例えば100年以上なんて、現世に居続ける亡霊の人もいるのかしら?」
「ハイ……僅かにはいます。
100年以上も未練を捨てきれないのは大変なことです……逆に亡霊生活を半分楽しんでるような少し困った方もいらっしゃいますが」
「どんな方がいらっしゃるの? 私の分かる人もいたりしてね」
「申し訳ございません、乗客のことは個人情報ですのでお伝えは出来かねます、ハイ」
ここはにべもなく撥ねつける車掌。
老婦人は少し考え――――。
「"椿姫"って戯曲とかオペラ、知っていらっしゃる?」
「ええ、まあ、ヨーロッパにいた頃は劇場の前はよく通ったので、ハイ」
車掌は何のことかと少し眉をゆがめる。
「あの話はモデルになった女の子がいるわね。
もしかしたら……乗ってたことがあるんじゃないの?
あの頃丁度、パリに鉄道が出来てすぐだったでしょう?」
車掌は……表情を変えない。しかし老婦人は第六感からか何かを感じ取る。
「私ね、実はあの子と少し商売で付き合いあったの。
人間として普通に年を取る感じで生きてた頃はね、私宝石商だったのよ。
上流の娼婦とかにももちろんお得意様がいてね。
あの子若くして亡くなって辛かったでしょうねと、当時は思っていたものだけれど……」
老婦人の過去を懐かしみ遠くを見つめるような表情。
――それをずっと見続け――車掌は話し出す。
「そこまでのお知り合いなら――――そうですね、お話しいたします。
確かに彼女は乗っていた時期がありましたよ。
ただ、もう亡霊ではなくなりました」
神妙に話の続きを促す老婦人。
車掌は……今までにないような優しさで話し出す。
「椿姫のオペラが、彼女を癒したからです。
最後の死に瀕すしているというのに希望に満ちた姿の主人公。
彼女がどういう思いを抱いたのか詳しくは分かりませんが……何かを彼女は得た。それは確かです」
「そう――――私もね、芸術文化は好きでその頃は時々劇場に行ってたわ。
もしかしたら私たち、どこかですれ違っているのかもしれないわね」
老婦人は満足するように安らかな表情を抱く。
そして――――
-
"Parigi, o caro, noi lasceremo,
la vita uniti trascorreremo:"
老婦人が優しい声で歌を口ずさむ。
"de’ corsi affanni compenso avrai,
la mia salute rifiorirà."
オペラのような迫力はなく、死者へ手向けるように。
"Sospiro e luce tu mi sarai,
tutto il futuro ne arriderà."
未来はこれから開ける。
しかし、亡霊にとって未来などあろうはずもない。
あの子は何に納得して眠りについたのだろうか。
このように、歌が未来の時代まで引き継がれる世界のことを想ったのだろうか。
昔のパリのような洋風の街並みの中で、二人は当時の人々に思いを馳せていく。
男女……という概念すらも無いのかもしれない人外ではあるが、その姿は老成した人間の纏う穏やかなものだった。
◇
しばし感傷に浸っていた二人だが、やがてここが殺し合いの場であることを思い起こしたように話を始める。
「サンドラ様は、吸血鬼にしてはというと失礼ですが本当に人間にお優しい方なのですね。
この殺し合いに乗るつもりも、無いのだとお見受けいたします。
何らかの形で協力したいと、ワタクシは考えています。ハイ」
「そんなに買いかぶらないでくださいな。
私は単純に自分の人生に関わった人間に思い入れがあったり、人間の作る文化が好きだったりするだけよ。
力のなさそうな人間だったり、戦意が強そうな相手だったりしたらここに招こうとは思わなかったわ。
単純に貴方と私が少し相性が良いだけでしょうね」
車掌としては、殺し合いを打破しようとするための面子はより多いほうが良い。
しかし車掌としては、相手の意思を無理やり変えようとすることはできない。
だから、事実を指摘する。
「人外の怪物ともなると、大抵は人間を平常に殺めている。
だから魂にまとわりついた怨念のような物を、近くにいると感じることがあるものです。
しかしサンドラ様からは、そのようなものは感じません。
吸血鬼としての力がありながら、人を殺めない理由があるのでしょう?」
「確かに人を何の戸惑いもなく殺すような吸血鬼とかいるし、そういう人外とはあまり関わりたくはないわね。
私も力自体はある――けれどね、力を振り回したり血液を吸いつくして人を死なせたりすることはずっと昔にやめたのよ。
怨念とかも、それだけの年月の間に薄れていったのでしょうね。
色々理由はあるのだけれど――――そうね、貴方の生まれに近いものなら産業革命も大きな理由ね」
「産業革命、とは?」
言葉の意味は理解するが意図は理解できない、と車掌が疑問を抱く。
「そうね、人間の間で高性能な銃や爆弾を使った戦争が始まるようになって――――。
人類の悪意が、私達みたいな幻想の種族の脅威を完全に上回っていったのね。
吸血鬼といえども表立って人類の敵で居続けたら、簡単に退治される時代が来るわ。
そう思って、昔みたいに万能感を持て余して生きるのはやめて、人間社会に潜む仮の姿の宝石商を主体で生きることにしたの」
「人類の悪意――――ですか」
悪意、列車。そして車掌は――。
「もしかしたらワタクシ――幽霊列車は、
近代化に伴って新たな姿に変貌していく人類悪の被害者を救うための概念なのかもしれません、ハイ」
「車掌さん、本当に時々ロマンチックなこと考えるわね」
再び、車掌の顔が堅い表情のまま赤くなっていく。
老婦人はそれに微笑みながら――――そのまま底の見えない雰囲気で問いかける。
「車掌さん、仮定の話として考えてほしいんだけれどね。
もし良ければ、一緒に最後の二人になるつもりはない?」
車掌の表情が急に凍っていく――――しかし、仮定ということを思い出し冷静に答える。
「ワタクシは、車掌という役目を果たす為だけの存在です。そして車掌の仕事に強い信念を持っています。
最後の二人として生き残り満願成就を果たす、そのようなことは無用にて行うつもりはありません。
しかしサンドラ様方がそれを望むというならば――――残念ですが私はアナタを止めなければなりません。
最悪の場合は殺めることになったとしても、それで新たな被害者が生まれることを防げるなら――――ハイ」
取って付けたような応答のハイが、際立って聞こえる。
-
「私の吸血鬼としての力、貴方の幽霊列車としての力を合わせれば最後に残ることは主催者を倒すより現実的かもしれないでしょう?」
「ワタクシは、この殺し合いで生き残りたいとも思っていませんので。
そもそもワタクシがこの殺し合いの場にいるのも、
幽霊列車の元乗客が何故かこの場に召喚されたためその状況確認のため幽霊列車の分身として顕現したという次第でして。
例えこの人間として実態を持ったワタクシが死んだとしても、幽霊列車の本体に情報が還っていくだけで御座います」
老婦人は少し怪訝な顔へ変わる。
「車掌さん、それってずるいしおかしいと思わない?
半不死の存在の私も命を賭けさせられてここにいるのにね。
貴方が特別な理由でここに現れたのはわかるわ。
でもちゃんと参加者として登録されている以上、本当に命の心配がないって言えるのかしらね?」
「どういうことでございましょうか?」
車掌の方も怪訝そうにする。
「何らかのペナルティはあると思うのよ。
幽霊列車から今までの記憶を持った"貴方"が消えるとかね。
最悪、幽霊列車の概念そのものに干渉するとかね。
――――どう思うの?
――――そういう危険があっても貴方は殺し合いの打破を望むの?」
「ワタクシは――――――」
「やはり殺し合いの打破を望みます。
自分の存在はそういうものだと、そういう世界の仕組みがあるのだと信じておりますので。ハイ」
呆れと感心と笑いが一つになったように息を吐きながら、老婦人が続ける。
「日本の鉄道に影響されたの? マニュアル至上主義みたいになってないかしら貴方?」
「あるいはそうかもしれませんね、ハイ」
より呆れと笑いを強める老婦人。
「わかったわ。じゃあ私がどうしたいか話すわね。
私は元の世界での生活にとても満足しているわ。身の丈に合ったあれ以上はいらないのよ。
だから優勝して願いを叶えることに興味はないけれど、帰るための手段としては優勝を一応気にはしていたのよ。
貴方みたいな生真面目なお方が多ければ、協力して本当に殺し合いを打破できるかもしれないわね。
元々戦いは出来るだけ避けたいと思ってたし、殺し合いに乗ってない人間を襲うことはしないようにするわね」
「――――有難うございます、サンドラ様」
深々とお辞儀をする車掌。
その実直さは、長年生きた吸血鬼の老婦人にとっても心地よく感じるものであった。
車掌が顔を上げると、老婦人が提案する。
「もし良ければ……貴方の幽霊列車に私を同乗させてもらえない?
太陽を避けながら色々な場所へ動くためにね。車掌さん?」
老婦人からの急な提案。しかし、車掌にはその場合反射的に懸念することがあった。
「幽霊列車に生きている者が乗ると、心身に傷を負っていく可能性があります。
しかし――いや、ほぼ完全に人間の魂から変質しているサンドラ様なら」
「そうでしょう? 私の魂は生者より亡者に近いもの」
「そうですね、恐らくは何ごともなく過ごせるでしょう」
健康の問題はない。それならば、残りは2人の方針のすり合わせの問題だ。
「吸血鬼らしく昼は引きこもっていればそれなりの戦果はあるでしょうけど、それだけではだめだと思うのよ。
禁止エリアとかもあるし、出来れば日を除けながら移動する手段は欲しいのね。
もしどこかに拠点を据えるとしたら少し遠いけど城とかね、ちゃんとした建物が良いと思うし。
もちろん外で回避できない戦いになったら、列車の外ではあまり役立たないでしょうけど上手く中へ引き込んで戦うわ」
どうするべきか。
やはりオカルトに関する異能者二人、しかも男女が組んでいるとあらぬ目で見られ優勝狙いと勘違いされる可能性すらある。
しかし最初に遭った新田目という男よりは、この女性とは信頼を築くことができている。
一緒に動くことで、万が一戦闘になった場合の自由度は確実に上がるだろう。
車掌は考えて、答えを出そうとする。
吸血鬼は相手を魅了する。愛情、畏敬、友情、あるいはその他の感情として。
車掌と年上の相手の老婦人、車掌は親近感以上の魅力を感じているのは確かだった。
【C-2 洋風の市街地/朝】
【壥挧 彁暃】
[状態]:健康
[装備]:無し
[道具]:兵装"ゲオルギウス"、ランダム支給品0〜2
[思考・行動]
基本方針:殺し合いを打破する。
1:アレクサンドラと行動するか考える。
2:播岡くるるを探す。
【アレクランドラ・ヴォロンツォヴァ】
[状態]:健康
[装備]:無し
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0〜3
[思考・行動]
基本方針:殺し合いから生還する。
1:車掌の方針を聞く。
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以上です。
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投下お疲れ様です
>>『La traviata』
幽霊列車のオリジン、鉄道の歴史とともに語られる背景は非常に興味深い。
オリヴィアと車掌、両者ともオカルトに属する存在ですが、とても洗練された知性と人格の持ち主だと伝わってくる。
二人の会話、とても綺麗で素敵な描写だと思います。
オペラの引用もキャラとマッチしていて凄い。椿姫の下りは知っている作風で言うと黒博物館のような美しさを感じます。
車掌は多少イレギュラーな参戦ですが、それでも参加者にカウントされている以上は自己の消滅もありうる、しかし、それでも役割を全うしようとする車掌は信念があって好感を抱きますね。
吸血鬼の弱点もカバーできるし、この二人は対主催側の参加者の中でも最上位に位置する組み合わせでは……。
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笑止千万を予約します
-
投下お疲れ様です
人を越えた寿命を持つ2人が、それだけ世界を広くわたって来た。
そんなことが伝わる良い話でした。
オペラのくだりやスウェーデンや日本の鉄道のネタと言い、どこか純文学を読んでいるような気分になりましたね。
では私も投下します。
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「やあ!!」
その言葉が、破滅の引き金だった。
☆
森の中を、一匹の熊が歩く。
それは熊にしては、ひどく覚束ない足取りだった。
熊に会えば死んだふりをしろとは言われているが、これではまるで熊のほうが死んでいるかのように見えるぐらいだ。
勿論、人に会えば恐れられるどころか心配されてしまうだろう。
そんなことを、この熊には考える余裕は無かった。
ただ、とぼとぼと歩く。
彼女の心にあるのは、自分がシッパイなのか、その疑問だけだった。
もしもの話、この場所が故郷の森ならばそんなことを気にする必要は無かっただろう。
たとえシッパイであっても、彼女を一匹の熊として受け入れてくれるからだ。
森は親切だ。食べ物や寝床を分け与えてくれるからではない。
静けさが、澄んだ空気が、そこにいるだけで、自分はそこにいていいんだという気分にさせてくれる。
野生動物だけではなく、都会に住んでいる人間でさえ森林浴を好む者が多いのは、だからなのだろう。
森は『良く来たな』とは言ってくれないが、『出て行け』とも言わない。
だが、それはあくまで彼の世界の森の話。
そこは、死んだ森だった。
少なくとも、彼女を自然に与する者として受け入れることは無い。
木々の全てが枯れていたり、切り倒されていたりしている訳ではない。
それらが全て光合成を行わない張りぼてという訳でもない。
見上げれば青々とした広葉が茂っている。
一見ありふれた広葉樹林だ。日本にでも探せば似たような風景を見れるかもしれない。
だが、人ならざる者、人より森に触れて来た者には、すぐに違和感を覚えた。
ここは、森が森として活動する機能が麻痺し切っている。
木々が繁殖するために必要な木の実や花が、一切見えない。
それを運搬する上で重要な役割を担う小動物や虫さえいないのだ。当然、土に栄養を供給する者もいない。
もしもの話、落雷や火事などで森の一部が焼けても、時間さえかければやがて元通りになる。
だが恐らく、この森はただ面積が減って行き、やがては消え行くだけだ。
-
ここには、空いた彼女の胸を満たしてくれるものは無い。
木の実は無いし、葉も柔らかい若葉ではない。
市街地から離れて、森に入ってみたというのに、そこでも彼女を受け入れてくれなかった。
だが、森は受け入れてくれなくても、彼女に手を差し伸べる者はいる。
尤も、それがいい事なのかは分からないが。
「やあ!!」
不意に後ろから、大きな声が聞こえた。
おっかなびっくり振り返るとそこには、髭の中年男性が薄ら笑いを浮かべていた。
人と熊という立場の違いを考えても、あまりよろしい状況とは思えないだろう。
ある日森の中、おじさんに出会ったなんて、お嬢さんじゃなくても逃げるべき状況だろう。
本来ならば逃げるのは熊ではなく人間なのだが、そんなことはどうでもいい。
だが、どういうわけか。
フキはその怪しい男と、どこかで会ったような気がしてならなかった。
「あれあれ?なんだいその対応?私の、おじさんのこのチャーミングなヒゲを、忘れちまったのかい?」
聊か高い声と、妙に馴れ馴れしい口調に戸惑うフキ。
その態度は、『大きくなったね』と猫なで声で言う親戚の叔父さんそのものだ。
「おっとおっと!忘れていた!!まさかこのトレイシーが、ほんの数年前のことなのに、こんな大事なことを忘却の彼方に置いていたとは!!」
スーツの男、トレイシーは突然掌を顔面に押し当てた。
そうすると、あらまびっくり、とばかりに顔が変化する。
それは満員電車に揉まれる中年男というより、髭もじゃの山男と言った顔貌だ。
「!!」
フキは思い出した。
全て思い出したわけではないが、いつ出会ったのかは思い出した。
ずっとずっと前、親から独り立ちして、山の神の祠を寝床にしていた頃
――お前は熊にしては頭がいいから人間と関われるような力を授けてやろう、それだけだと心配だから餓えないような力もやる。
――人間の姿を思い浮かべろ、食べたい食べ物を思い浮かべろ。良いことが起こる。
まるで一瞬の出来事だったので、顔まで覚えていられなかった。
でも、あの言葉の主はこの男なのだと、感覚で分かった。
彼女は野生の動物であるがゆえに、そのような勘を持っている。
尤も、不純な人間との付き合いが増えた故に、その勘も幾分か鈍ってしまったが。
-
「久し振りだねフキちゃん。思い出してくれたようだね?
おじさん嬉しいよ。じゃあ、今の顔に戻るね。この場所はどうにも、自分の力を出しにくくてねえ。
いやいや。加齢だからってわけじゃないんだよ。」
まるでマジックショーでもやっているかのように、元の顔に戻った。
それは本当に元の顔なのかは不明だが。
「ところで、だ。渡した力は上手に使っているかい?」
目の前の男が何がしたいのかは、フキには分からない。
とはいえ、ひとまずは目の前の男は自分を殺そうとしている相手ではない、そんな安堵があった。
彼の質問に答えようとする。
とは言っても、熊の姿では答えられない。
「ああそうだった。日差しが強いと、術が使えないんだったねえ。
どうにも物忘れが多くて困るよ。」
トレイシーは軽く杖を振る。
その瞬間、黒い帳が動いた。
明らかに人では無い何かが動いたことで、フキはビクっと肩をすくめる。
「ささ、こいつがいれば、日差しも怖くないよ。蝙蝠傘ならぬ、カサコウモリとでも言うべきかね。」
帳の正体である、巨大な蝙蝠はバサリと翼を広げる。
途端にトレイシーとフキの頭上を影が覆い、日差しとは無縁の場所が出来上がる。
野生の勘、というものだろうか。
フキは一目で、その異様なほど巨大な蝙蝠が、この世の者ではないことに気付いた。
『ブルドーザー』という自分の世界を斬り裂いた鉄の怪物と同じ、自分の世界とは相いれないものだ。
「ん?カサコウモリ君に怯えなくてもいいよ?それよりこれで力が使えるようになったんじゃないか?」
その言葉に従い、フキは人間に姿を変えた。
これならば人の言葉も話せる。
「さあ。おじさんといっぱいお話ししよう!あれからどうなったのか、おじさんも話を聞きたくてね。」
「フキちゃんの力は、おじさんがくれたの?」
「そうさ。タダの熊ちゃんに、そんな力があるわけないだろう?」
トレイシーの力の恐ろしさは、無限とも言える手札の多さだけではない。
その持ち札を、他者に譲渡することが出来る。
尤も、それが出来るか否かは様々な条件に依存する。少なくともこの世界では、そう言った能力の受け渡しは不可能だ。
「それで、どうだったんだい?人間とお友達になれたかい?」
彼の気さくな質問に対して、少女の顔は物憂げだった。
ここへ来る前に、男に言われたあの言葉が気になったからだ。
「どうしたんだい?まさか、お友達になれなかったとか?」
「そうじゃないの……でも、教えてほしいことがあるの。」
自分に人間になる能力を授けてくれたのが、このトレイシーという男なら。
神様だと思っていた相手が目の前にいるのなら、聞いておかなければならないことがある。
「フキちゃんは、シッパイだったの?」
その言葉を聞いてトレイシーは一瞬、鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべた。
だがその一瞬の後、何があったのかは大体理解した。
特別な力を得た人間がどうなったのか、彼なら良く分かっていることだ。
それが熊だという特別なケースであれ、何ら変わらない。
「シッパイ?失敗とはどういうことかね?」
「一しょに住んでいたおとこの人に言われたの…カミサマはシッパイだったって……。」
フキはさほど頭が回るわけではない。
いくら過去を思い出し、先のことを予想出来るからといって、なぜそうなったのか、詳しい経緯を説明することは出来ない。
それでも、トレイシーには大体は理解できた。
大方、人間社会で出向いた先での、熊と人間の思考の齟齬だと推測出来た。
-
「なるほどなるほどお。はっきり言うけどね。その言葉に意味は無いよ。」
えらく無表情で、さらりと答えを言った。
失敗か失敗でないか。
その二元論を飛躍し、意味が無いという結論を出した。
今度は彼女の方が、驚いた表情を浮かべた。
「カンタンな話だよ。失敗か失敗でないかなんて、そんなものは他者のリュウドウテキでザンテイテキでアイマイな評価にスぎない。
今このシュンカン、成功だと思ったものが、セツナのうちに失敗に変わったりする。逆もまたシカり。
あ、漢字検定受ける人は、今のセリフのカタカナの部分を全部漢字にしてみてね。」
難しい言葉が多すぎて、何を言っているのか分からなかった。
だが、そんな話で納得できるほど、彼女は穏やかではなかった。
「ねえ、じゃあ、どうすればシッパイじゃなくなる?どうすればもとの山にもどれるの?」
彼女にとって、本質的な問題は成功か失敗かじゃない。
元の世界に戻り、それから仲間の熊がいる山に行けるかどうかだ。
「フキちゃんの強い所を見せるんだ。人間として、だけじゃない。熊としても強い所を見せないといけないよ。」
彼は訥々と語る。
まるで子供に言い聞かせるように静かで、揺り籠のように穏やかなリズムで。
「熊として?人間だけじゃないの?」
彼女は蕗田芽映として、人として強い所を見せられただろうか。
否。出来たことは精々人間に近づくことと、春を売ったことだ。
彼女はどうしても途中から人になった都合上、人として足らぬところがある。
だからいくら人に近づいても、人として活動しても、上手く行くことの方が少ない。
「そうだよ。君は熊にはなりきれない。人にもなりきれない。けれど、どっちにもなれる。
どっちの強さも活かせる。と、腹ごしらえでもしないかい?」
「はらごしらえって…ごはんのことでしょ?フキはあるの?」
気づけば腹が減っていた彼女は、目を輝かせる。
そう言えば、最後に好物のフキを食べたのはいつだっただろうか。
-
「違うねえ。フキじゃない。鮭だ。」
トレイシーが杖を振ると、突然地面から魚が飛び出た。
確かにそれは魚だ。地面からじゃなくて水辺から出てくれば、疑いようもなく魚だった。
「え?え?」
「あれあれ?鮭は嫌いかい?熊の大好物と言えば、鮭、ハチミツ、人間と決まっているだろう?」
笑えないジョークを言いながら、びちびちとはねる鮭を杖で突き刺す。
鮭は暴れるが、すぐに動かなくなった。
「食べなさい。」
「あの…フキはね、お魚よりもフキを食べたいの。おじさんはその杖で出せないの?」
「うーん、残念だけど出せるのは動物や魚や蟲だけ。植物は出せないね。」
しかし、とトレイシーは付け足した。
「いつまで君はフキを食べようとしているんだい?君は熊なんだ。時間の流れと共に、食べる物を変えて行かなきゃダメじゃないかな?」
彼の言う通りだ。
熊がフキや、新緑の柔らかい葉を食べるのは、冬眠から冷めて数カ月まで。
それからは若葉は固くなって食べにくくなり、動物性の餌を食べることが多くなる※1。
その対象は虫や小動物の死骸、そして魚や沢蟹などだ。
「知ってるかどうかわからないが、人は花見、桜の花を見ることを好むんだ。
けれどいつまでもそれは出来ない。桜は散っていくからね。
でもやがて別のことを愉しむようになる。生きるためには君もそうすべきじゃないのか?」
はいどうぞ、と動かなくなった魚を渡す。
クマと言えば鮭というイメージが強いが、それはツキノワグマではなくヒグマを指すことが多い。
ツキノワグマは昆虫を除いて、生きている獣を食べたという例はほとんど見られない※2
トレイシーはこれを知っているのかどうかは不明だ。
けれど、フキは人間の部屋にいた時に、魚の図鑑を読んだことはある。
それは、紛れもなく写ってあった魚と同じだった。
「これを、食べるの?」
「そうだよ。食べて、力を付けて戦わないといけない。」
戦いなんて怖い事出来ない、と思いながら口を付ける。
鮭の肉は、脂は、とても美味だった。
元々腹が減っていたのもあり、二口、三口とどんどん食べる速さが上がる。
少女の姿をした何かが、生の魚を手で持ってがつがつ食べる光景は、どこか異様さがあった。
瞬く間に、少女は鮭を完食してしまった。
服も顔も、血で汚れてしまっている。
だが、彼女の胸の奥には。
鮭の血以上の真っ黒な汚れが広がって行った。
「熊の強さを見せろ。」
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気さくで高い声ではなく、低く、くぐもった声がそこに聞こえた。
同じ人間が出したとは思えない声だ。
フキの心に、野生の獣としての凶暴性は、墨汁を拭いた雑巾のように染み、広がっていく。
「シッパイが失敗であるかは君が決めればいい。シッパイと言って来た人間を全員いなくしてしまえば、シッパイじゃなくなる。」
彼の言葉は、まるで歌でも歌っているかのように聞こえた
心臓の鼓動が高まる。
「う……あ……あああ……!!!!」
自分はしてはいけないことをしてしまった。
そうだとはっきり分かった。
逃げなければ、この場から逃げなければ。
でも、その後どうする?どうやってここから出られる?仲間がいる山へ行ける?
少女は熊に姿を変えながら、走って行った。
二本足から四本足に、女の子走りではなく獣の走りに。
嘆く必要はない。悲しいことがあれば、悲劇を他の相手に押し付けてやればいい。
トレイシーが彼女に食べさせた魚は、鮭とは似て非なるもの。
味こそは優れているが、その肉は闘争心を加速させ、血は他罰性を強化する。
少なくとも彼女の世界には存在しない種の魚だ。
フキには手を差し伸べる者は確かにいた。
だが、その手が救いの手とは言っていない。
【H-3 朝/森林】
【蕗田芽映】
[状態]:激しい怒り 恐怖
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0〜3
[思考・行動]
基本方針:生きて帰り、同胞がいるはずの山へ行く
1.自分をシッパイ扱いする人間達を……?
2.トレイシーの言葉は意味不明だが、感謝はしている。
【備考】
トレイシーが召喚した魔物を食したことで、何らかの変化があるかもしれません
【レイシー・J・コンウェイ】
[状態]:愉悦
[装備]:魔物の杖
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0〜2
[思考・行動]
基本方針:遊ぶ、楽しむ
1.自分の力のいくつかは制限されてるが…これはこれでいい。
2.巫女の少女(本 汀子)はどうなったかな
※1 株式会社バイオーム『果物が大好きなクマ、ニホンツキノワグマ』 2020年11月11日
※2 公益財団法人尾瀬保護財団 『ツキノワグマ』 2020年
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投下終了です
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投下乙です
自分も投下します
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与えられた四苦八苦という名前は、正直言うとそんなに嫌いじゃない。
字面は馬鹿にしているとしか思えないが、「しくはっく」という語感は好きだ。
「く」の音で韻を踏んでいるようで、なんだか口に出してみたくなる。
それに、上手くいかないことばかりの人生をもがき続ける自分にピッタリだと思う。
名は体を表すというか、客観的にみて私の人生は確かに辛いものだと認めてもらえているようで、なんだか安心したりもする。
自分が受けた苦しみは、実は他の人なら容易く乗り越えられるような、程度の低いものなのでは。
そんな絶望的な疑惑を否定して、確かにお前の苦しみは「四苦八苦」に値すると、そう言われたようで。
だから、異常活用機関を嫌っている四苦八苦が名簿に「笑止千万」の名を見つけた時、ほんの少し、助けを求めてみようかなと思える程度には、彼女は名付け親に情を抱いていた。
もっとも、その直後にキム・スヒョンに襲われ完膚なきまでに痛めつけられ、九死に一生を得て病院内を彷徨う羽目になった彼女の頭には、もうその発想は残ってはいなかったが。
「……まさかとは思ったけど」
そんな四苦八苦は今、絶賛意気消沈中であった。
病院内を探し回った結論として、どうやらこの病院内には医療品のほとんどが存在していないらしい。
輸血はおろか、錠剤一つ、メス一本さえ、無い。
こんな有様でよくも地図に「病院」などと書けたものだ。
崩れ落ちそうになる足を奮い立たせ、思考の纏まらない頭を叩いて、四苦八苦は必死に考える。
不死身なはずの彼女がたかが貧血でここまで苦しんでいるのには、彼女の能力の特性に起因する。
致死量に至らない程度の出血は彼女の回復能力の恩恵を受けられない。
貧血で脳への酸素供給は滞り、意識は朦朧とする。
身体の末端は冷え、疲労は蓄積し、行動は精彩を欠く。
細胞に届けられる酸素量が減ればやがて壊死も起こるが、そこまで肉体が損傷してようやく再生能力が発揮される。
逆に言えば、そんな状態にまでならなければ四苦八苦の再生能力は発動しない。
人間が本来持つ自然治癒力で賄えるダメージは、自力で解消するしかないのだ。
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「そうなると、せめて食料……鉄分が補給できそうな食材……」
建物内の地図を見れば、どうやらここは診察や治療を行う設備が集まっており、入院病棟は隣の建物らしい。
医療品がだめなら食材をと、四苦八苦は食堂のある入院病棟へ向かった。
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流石におかしいとオリヴィアは思った。
まばらに雪を被った山岳を背景に立ち並ぶ北欧風の家屋。
それらを取り囲む針葉樹らしい青々とした木々。
そんなのどかな風景が描かれたジクソーパズルは四方1mほどもあって。
これを一人で完成させようと思えば、中々の労力がかかる。
だからそれに手を付け始めた時には、途中で看護師さんでも来てくれるだろうと思ったのに。
なのにオリヴィアの目の前には完成されたジグソーパズルがある。
いくら自分が人より記憶力にすぐれていて、一度見たピースの形状とその配置を完璧に覚えていられるとはいえ。
それでも膨大な量のピース全てを一枚一枚、きちんと見ていくなんて作業はあまりにもめんどくさいのだし。
そもそも膨大な量のピース全てを一枚一枚、きちんと枠にはめていく作業はあまりにも時間がかかるのだから。
だから、オリヴィアの目の前に完成されたジグソーパズルがあるのは、おかしいのだ。
朝の挨拶とか、朝食とか、そもそも外傷や不調の自覚が無い私が病院にいる理由の説明とか、
とにかく病院側が私をこんなにも長い時間放置しているのは、はっきりいって異常だ。
たとえ『忘れたいことを忘れられる』オリヴィアでも、目の前にある異常を即座に『忘れたい』と思ってしまうほどストレスに弱い質ではないのだし。
いくら『どんな状況も明るく振る舞う』オリヴィアでも、目の前にある異常を無視して『明るく振る舞って』しまうほど楽観的な質ではないのだから。
これは流石におかしいと、オリヴィアは思った。
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「……スタッフステーションに行くくらいナラ、怒られませんよね?」
そもそも自分は入院患者としての自覚もないのだから。
勝手に病室から離れるな、などと怒られるのは筋違いというものだ。
そうだそうだと自分を納得させながら、オリヴィアは病室の扉を開ける。
朝日が差し込む病室の廊下は明るかったが、人の気配は皆無。
背筋に冷たいものが流れるのを感じながら、オリヴィアは早足で病院内を歩き始めた。
スタッフステーションはすぐに見つかった。
しかし肝心のスタッフの姿がどこにもない。
「出勤前……いや夜勤の人もいるはずデスよね?
引継ぎは別の場所で? でもここを無人にするのはナンセンス、デスネ……。
……なにか、事件でもあったんでショウカ……?」
あれこれ考えてみるが、正解など分かるわけもない。
考えてもわからないならと、オリヴィアはステーション内の電話を使わせてもらうことにした。
一先ずは自宅にかけてみようと、受話器を取り耳にあてボタンを押す。
「……?」
だが、ボタンのプッシュ音が聞こえない。
電話のディスプレイは表示されているので、電源が入っていないわけではないようだ。
「あ、内線専用だったりしマス?
どこかにマニュアルでもあれば……」
スタッフステーション内を見渡すオリヴィアは、カウンターの裏に一冊の本を見つけた。
意気揚々とカウンターへ駆け寄り、本を手に取って開いてみる。
スタッフ専用のマニュアルに見えるが、その実は全く違うものだった。
開いた瞬間目に入ったのは、この殺し合いの会場の地図。
いや、それだけじゃない。
この会場のどこかにあるらしい、宝の在りかのような物が記されてあった。
【A-1 ドグラ・マグラ・スカーレット・コート】
【??? レガリア・宝珠】
【C-4 レガリア・王笏】
【D-7 伝説のライブ映像】
【D-7 軍用兵器】
【E-2 ?????】
【E-6 レガリア・聖槍】
【??? 対"アクマ"用試作兵器No.000】
【F-3 幽霊電車の定期券】
【??? ????】
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「……Oh……」
求めていたものではなかったオリヴィアは、意気消沈で本を閉じた。
入院患者向けに宝さがしのレクリエーションが催されるのだろうか。
興味はそれなりにそそられたが、今のオリヴィアが求めているものではない。
電話をかけるのは諦めて、オリヴィアは病院内を歩いてみようとスタッフステーションの外に出た。
食料を求め入院病棟へ足を踏み入れた、未だ血みどろの姿のままの四苦八苦が角から出てくるのは、ちょうどそんなタイミングであった。
「あっ」
「え?」
貧血で朦朧とする頭で輸血や食料を探すばかりに気を取られ、今の自分の格好のまま他の参加者と出会った時のことを考えていなかった四苦八苦が、自分の失態を悟るより前に。
眼前に現れた血塗れの、しかもやたらと髪の長い貞子スタイルの女の存在を脳が処理しきれず、数秒フリーズしたオリヴィアが、
「…………きゅう」
昏倒するほうが早かった。
【B-10 場所/時間帯】
【オリヴィア・オブ・プレスコード】
[状態]:気絶
[装備]:なし
[道具]:宝の地図
[思考・行動]
基本方針:何が起こっているんでショウ……?
1:???
2:とにかく人を探しまショウ
【備考】
※『地図』の内容を完全に記憶しました。
※支給品一式、ランダムアイテム0〜2(未確認)、双葉玲央のジグソーパズルは病室に置いてきました。それらが自分のものかもしれないとは思っていますが、確信はありません。
※血塗れの四苦八苦を目撃しました。見せしめとして幸生 命が殺害されたことを思い出すかもしれません。
【四苦八苦】
[状態]:貧血、血塗れ
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム1〜3(未確認)
[思考・行動]
基本方針:生存第一、辛いのもしんどいのも嫌
1:やっちゃった……
2:輸血か、せめて食料……
【備考】
※「笑止千万」の名前を名簿に確認しました。
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投下終了します
後日他の方の投下作への感想も書かせていただきます
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投下乙です。
>字面は馬鹿にしているとしか思えないが、「しくはっく」という語感は好きだ。
「く」の音で韻を踏んでいるようで、なんだか口に出してみたくなる。
地味に好きな所です。日本語の面白い所ですよね
今の所殺し合いらしい殺し合いは起こってない所ですが、どことなく不穏さを誘いますね…
オリヴィアちゃんはどこまで純粋な女の子でいられるかが気になる所。
宝の地図のネタを拾ってくださって嬉しいです。
私の投下の際の地図と照らし合わせるとその違いが分かって面白いですね。
最後に、状態表の現在地がコピペのままです。
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投下します
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廃ビル群。
イメージ的には経済崩壊した国家の象徴とか、文明崩壊した後のポストアポカリプスのお約束とかそんなものである。
周囲が砂漠ならバイクに乗ったモヒカンの群れが「ヒャッハー」という鳴き声と共に爆走し、周囲がボロいバラックならば、薄汚れた衣服を纏った貧民が生活するスラム街。
「ゾンビアポカリプスよりはマシだな」
周囲を観察しながら、廃ビル街を歩いていた笑止千万は、そんな事を思う余裕が有った。
別段、彼の首から下の体を構成する、超高性能義体の性能に驕っているわけでは無い。
この義体の性能をフルに発揮すれば、羆を殴り殺し、鉄筋コンクリートで出来た家一軒を素手で解体できる。それだけの基本能力に加えて、各種の強化された身体機能が併さる事で、その戦力は計り知れないものとなる。
その戦力を以てして、笑止千万は奢ってはいなかった。
何しろデスノは『殺し合いをしてもらいます』と、確かにそう言ったのだ。ならば、殺し合いを成立させられる相手を用意していることだろう。
過去に異常活用機関で身柄を確保していた吸血鬼の様に、嘗て笑止千万の手で解体し尽くした“テンシ”の様に、“テンシ”が語った"アクマ"という名の侵食災害なる存在の様な『ヒト以外』の存在達。
或いは異世界に消え、“向こう側”で得た異能を持って“こちら側”に戻り、その異常性から、異常殲滅機関に“処理”されるか、異常活用機関で捕獲者として働くか、異常活用機関での研究に“協力”するかの途を辿った帰還者(リターナー)達の様な人を超えた『超人』達。
笑止千万と殺し合いを成立させるならば、必ずそういった者達が参加させられていると考えられる。
そんな状況に有るにも関わらず、笑止千万が泰然としているのは何故か?
単純に自分の死など、彼が全く恐れていないからだ。
笑止千万が死んでも、研究を引き継ぐ者は存在する。
超高性能義体に関しても、費用さえ度外しすれば、そっくり同じものを製造することは可能だ。笑止千万が死んでも、機関の研究は止まらない。人類の歩みが滞ることは無い。
だからこそ、笑止千万に恐怖は無い。彼がここで死ぬ事になっても、抱く感情は、人類に貢献し、その発展を見ることが出来なくなる事への未練だけだ。
何よりも、死を恐れる様な精神を有していれば、首から下の身体を平然と人工物に変えるなどという事など出来はしない。
例え、当初の計画で、試作品の実用テストに使われる筈だった不死身の女が、超高性能義体の性能を以って反抗する事を防ぐべく、頭に小型爆弾を埋め込む手術を行う直前に逃亡。
次に白羽の矢が立った吸血鬼の少女も、首尾よく爆弾を埋め込んだ後、移植の為に首を切断した際に、切り離した頭部と胴体が共に塵となってしまい、被験者の候補が無くなってしまったとしてもだ。
そんな事態になって、被験者を機関員から募ったときに、真っ先に手を挙げたのが笑止千万だった。
そのお陰で、何が何でも身柄を拘束する必要が無くなった為に、四苦八苦が機関から逃げおおせられた理由であるが、当然ながら四苦八苦はその事を知らないし、笑止千万にとってもどうでも良い事である。
移植手術が成功すれば良し。例え己が死んでもその実験を元に、更に前進すれば良い。そんな思考で被検体となった笑止千万は、人類の最高峰というべき身体を手に入れる事となったが、これは過程の一つでしかない。
この義体の実用化のために必須である、義体の量産化と安全性の向上という次なる目標が果たされていないのだから。
笑止千万はこの 様な精神性の主である。
とはいっても笑止千万は此処で死ぬつもりなど毛頭無い。デスノを“機関”へと連れ帰り、その異常性を人類の為に解体し尽くすという崇高な使命が有るのだから。
「しかし、こうなると、実戦テストを行なっていないのが気になる所だ」
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異常殲滅機関から護ることができず、むざむざと殺されてしまった異界存在である“竜”の事が悔やまれる。“竜”を捕獲できていれば、この義体の性能テストには申し分無かったのだが。
そんな“もしも”を悔いても始まらないので、笑止千万は現在の状況について考えを巡らせる。
「先ず確保すべきは電力。私と殺し合いを成立させる者が複数いるならば、この義体を駆動させるバッテリーが持たん」
笑止千万の身体は、首から下が人工物という仕様上、生命維持の為に、義体の動力が常に使用される。
全力で駆動させて戦闘を行なった場合電力の供給を行わなかれば、5度目の戦闘でバッテリーが無くなる。つまり、死ぬ。
デスノもその様な面白みの無い最後を迎えさせるつもりは無いらしく、食料や水と一緒に、充電器をデイバッグに入れていた。
「五度は持つとはいえ、どれほどの消耗を強いられるか判らん以上は、余裕を持って充電を行うべきだな」
三度。不慮の遭遇線を考慮に入れて三度。それだけの回数の全力稼働を行えば、充電する様にしておく。そうしておけば、バッテリー切れで死ぬ事は無いだろう。
「ビルの通路に埃は無かった。壁や窓に汚れが付着した形跡無し、ここに至るまで雑草の一つも無く、虫一匹見る事なし、空気に何の匂いもない」
もしもこのビル群が、この催しの為だけに建築されたとしても、ビルそのものの風化具合に対して、汚れが全く存在し無いというのは、常識的に有り得ない。
雨の核となって降り注ぐ大気中の埃や、風に運ばれる砂塵の類が一切付着し無いというのはあり得ないのだから。
アスファルトの亀裂や、石畳みの割れ目からでも生える雑草が存在せず、生物が存在すれば、必ず大気中に存在する体臭や排泄物のにおいが存在し無いというのは、この廃ビル群に一切の生物が存在し無い事を物語っている。
砂漠の真ん中で、遥か過去に栄え、やがて住む者もいなくなり打ち棄てられ、悠久の時を経て砂中から発掘された、古代都市の様ではあったが、それと比べても、人どころか生物が居た痕跡が一切無いのは、流石に不気味ではある、
「この外観のまま、つい五分前にこの世界に現れたかの様だ」
だとするならば、そんな偉業を成し遂げたデスノに対する興味がますます募る。
「何としても、君を連れて帰るぞ、デスノ」
笑止千万の胸中に燃え上がる炎は更なる激しさを増していく。何としてでも勝ち残り、デスノを機関へと連れ帰る。
「さて、何方に向かうべきか」
デスノを連れ帰る。そしてその異常を人類の為に役立てる。実に筋の通った。他者からすればクソ迷惑極まりない人類愛に基づいて、皆殺しを改めて決意した笑止千万は、何処に向かうかを考える。
「此処は東端のエリア。先ず東に向い、此処の“端”がどうなっているかを確認してみるか…」
不意に沸いた好奇心を満たすべく、東へと向いて歩いていった笑止千万は、暫く歩いた所にあった掲示板に貼り付けられたポスターに、視線が釘付けになった。
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【遊園地で対アクマ用殲滅兵器のプロトタイプ展示中!!!」
「なん…だと……」
異常活用機関に捕獲され、笑止千万が解体し尽くし、笑止千万の現在の身体の元となった、異界の人型兵器“テンシ”。
「如何なるものかは不明ではあるが、研究のサンプルが増えるに越した事は無い。こも殺し合いの助けにもなるだろう」
笑止千万は目的を遊園地へと切り替え、現在地と遊園地の位置を確認した。
「此処から反対の位置に有るか……。これは君の思惑か、デスノ」
廃ビル群から遊園地へと赴くには、どの様なルートを辿ろうとも、この殺し合いの舞台を突っ切る事になる、つまりはそれだけ他の参加者と出逢う可能性が高くなるという事で。
「ならば君の思うがままに動こう。出逢う者をすべて殺そう」
笑止千万は、遊園地までの道程を、血と屍で舗装する事を決めたのだった。
【l-3 朝/廃ビル群】
【笑止千万】
[状態]:高揚 電力(5/5)
[装備]:超高性能義体
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0〜2(確認済み) 充電器
[思考・行動]
基本方針:勝ち残り、デスノを機関へと連れ帰る
1、遊園地へと向かい、テンシ・プロトタイプを手に入れる
2、出逢ったものは殺す
【備考】
*この義体の性能込みでも殺し合いが成立するものが、参加者にいるだろうと推察しています。
*超高性能義体が武器扱いの為、ランダム支給品の数が一つ少なくなっています。
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投下を終了します
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>>『手』
フキちゃんに能力を与えたのはまさかのトレイシーだったとは、この男ならやりかねないという説得力が凄い。
熊の生態をきちんと調べた上でキャラ設定に反映させる丁寧さ、素晴らしい!
魔物の杖、この世にない種も作り出せるとは、手数の広さ、万能さともに凄いですね。
フキちゃんは失敗作ではなく、トレイシーにとってはまだ面白みの余地があると判断した上での錯乱化、もう可哀想ですけど、何とも面白い!
ここから取り返しのつかない展開になっても良いし、もしかしたら救いの手が差しのべられる可能性もあるのがグッド。
でも錯乱した知性ある熊とか一般人目線だと厄ネタでしかない悲劇。
面白かったです。
>>『探し物はなんですか』
オリヴィア、殺し合いの記憶がない、というキャラ設定は、改めて貴重な一般人目線を堪能できて良いですね。
四苦八苦、あんな拷問を受けた後もメンタル的には逆に安定しているのは、さすが不死の貫禄というか、積み重ねた(悲劇の)歴史を感じます。
とはいえ不死身の欠点も露呈し、まだまだ苦しい立場は変わらず。
病院に何もないというのがまた嫌らしいですね。ただでさえ医療品目的で人が集まりそうなのに、最低限のアイテムも用意しない所に主催の悪辣さを感じます。
両者とも衝撃的な遭遇ですが、殆ど直接戦闘能力がない二人、発見した宝の地図も信用するのかしないのか、ここからどうなるのか興奮が尽きません。
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>>La traviata
幽霊列車の車掌の年齢の元ネタ、まさかドンピシャで言い当てられるとは思ってもいませんでした。
なにか自分の中で納得できる年齢にしたいという程度の、伏線とかにする気はさらさらなかった200歳という部分から、
まさかここまで重厚な歴史のお話に繋がるとは……。
その話の相手をサンドラがするというのも納得がしつつも驚きもあり、しかもこの二人って実は相性が良いんだなと気づかされたり。
一話の中で沢山の面白と驚きがあり、二人の登場話を書いた身として嬉しい限りです。
>>手
フキのお労しさが加速するお話でしたね。
「シッパイが失敗であるかは君が決めればいい。シッパイと言って来た人間を全員いなくしてしまえば、シッパイじゃなくなる」
殺し合いの場で「いなくしてしまえ」は物騒ですが、「そういう奴からは距離を取ろうね」くらいに読み替えてみると案外慰めのセリフとして悪くないんだけど、
一緒にお出しされた暗黒鮭が本当に余計で、一読者として普通に腹立って笑っちゃいますね。
トレイシーはこのまま全方位に敵を作っていい感じに会場をかき混ぜた上で袋叩きにされてくれねぇかな。
>>人の夢はおわらねぇ
9割機械化したマッドサイエンティストのクセに妙に人間味を感じるんですよね、コイツ。
理想に向かって正しく努力してるその姿勢は少年漫画の主人公みたいでもあり、そんなところが魅力的……?
でも首から下を自分から志願して改造してるし、立場的にもショッカー側だし、割と他者にも犠牲を強いるタイプだし、
テンシの展示に驚くリアクションは一護だけど、本人のスタンス(あとタイトル)は黒ひげだし。
結論としては、やっぱりこういう奴からは距離を取った方がいいなって思いました。
>>266
>>272
感想ありがとうございます
投下作「探し物はなんですか」の現在地について
【E-4 入院病棟・スタッフステーション前/朝】
に修正します。
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すいません、>>273の修正が間違っていました。
正しくは
【E-5 入院病棟・スタッフステーション前/朝】
になります。失礼しました。
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投下お疲れ様です。
>>『人の夢はおわらねぇ』
会場施設の異様さを考察する笑止千万、冷静だなーと思えば殲滅兵器の展示会にあっさり釣られちゃうのは研究者の性か……。
有限の電力という不安要素を抱えつつ、デスノ確保の意思が微塵も揺るがないのは探求者の執念を感じる。
タイトル通り、夢を諦めない不屈さを感じました。元ネタと仲良くなれそう。
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加崎 魔子 滝脇 祥真 フレデリック・ファルマン キム・スヒョン
予約します
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レイチェル・ウォパットで予約します
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皆様投下乙です。
>人の夢は終わらねぇ
今気づいたけど、ノエルといいこいつといいこのロワ実力以上に厄介なマーダー多くねえか?
チェンソのマキマさんとか呪術の真人とか好奇心旺盛で倫理観消し飛んでる奴が厄介ってそれ一番言われているから
しかしタイトルでの連想なんだけど、コイツ「空島は確かにあっただろう?殲滅兵器も存在する!!」とか言いそうだから困るわ。
ステージの風景からこの世界の異常さを推理するとは予想出来ませんでした。見事です。
ではルイーゼ 神予約します
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あ、すいません。昨日毒吐きでトリップ頂いて誤爆してしまいました。
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ゲリラ投下します
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「ねえ見てよポンちゃん!」
「その、ポンちゃんってのやめてもらえないかしら?」
「じゃあ汀子さん! このアニメ凄く微妙だからお勧め!」
「微妙を勧めるって、どういうこと……?」
彼女はよくアニメを見ていた。
サブカルに特別詳しくない私だから知らないl
普通の人はあまり見ないアニメばかりを見ていたそうだ。
因みに見た。本当に微妙で何と言えばいいのか分からない。
名作でも駄作でもない、良くも悪くも凡作……でいいのかな。
「汀子ちゃん! 昨日の大河ドラマ見た?」
「録画したのだけど見れたわ。殺陣が凄まじくて鬼気迫って凄かったわ。」
「あの柳生新陰流の人の剣捌きとかすごかったよねぇ。
あれは本当にやってる人の動きだ。」
「ゴメン、流派までは流石にちょっと分からない……」
彼女は剣道や剣術が大好きだった。
新選組とか剣客の話になると特に饒舌に話してくれて、
その影響もあってかよくあるゲームの話をしていた。
私も誘われてプレイこそ今もしているけれど巫女の役目もあって、
余りプレイはできなかったけど。
「汀子ー! 一緒に帰ろう!」
「ええ、良いわ。」
彼女は私の親友だった。
普通、こんなの怖がるものだと思っていた。
化け物を退治するには事実上化け物の力が必要なのだから。
その正体を知ってもなお、私とは距離を変えることなく普通に。
「汀子、巫女の仕事は大変?」
「大変に決まってるでしょ。命掛けなんだから。」
「もし何かあった時は私も協力するから、遠慮なく言ってね。」
「神子でもないのになぜそんなに自信満々なのあなたは……」
そんな親友を、また明日と笑ってくれた相手を私は殺した。
もう二度と、明日なんて来なかったと言うのに。
星神の巫女、本汀子はトレイシーを追跡するも、あてはない。
あるとするなら彼は混沌を望む。つまり人が集まる場所を目指す。
なので廃ビルや神社など人が集まりにくい端のエリアは除外した。
一番集まるであろう病院には少々遠いと言うのもあり、
ついで感覚ではあるが墓地に囲まれた大聖堂へと足を運ぶことにする。
大きな扉を入ってみればステンドグラスから差し込む眩い光が出迎える。
幻想的で西洋の作りである為、神聖な場所と言えど汀子とは不釣り合いだ。
もっとも、殺し合いにある大聖堂なんて時点で罰当たりもいい所ではあるが。
「……すまないが、一人にしてもらえないか。」
入口手前の方の席に座り込む一人の男性。
手を組んではいるが、懺悔のものではない。
ただ考え事をしている、そんな風に受け取れる様子だ。
「そういうわけにもいかない事情が此方にもあります。
スーツを着た無精ひげ、杖を持った男性に心当たりは?」
「来てないよ。もしいたとしても、
今の僕には気づけなかったかもしれないけどね。」
声色からしてわかる。
既に何かがあった後なのだと。
最初に殺された少女が知り合いなのか。
それとも既に誰かを目の前で亡くしたのか。
捨てきれない善性はトレイシーを追う足を止め、
尋ねざるを得なかった。
「何があったんですか?」
「……家族のことを、考えていたんだ。」
──────────
想起していたのは生前の修武の記憶。
ピアノの前に座り、静かに曲を奏でる。
今まで死んでいった者達へ送る鎮魂歌ではない。
逆に生者へ送る、大騒ぎするための狂想曲でもない。
ただの、どこにでもあるようなありふれた幻想曲だ。
-
「マスター。何をしているの?」
扉が軋む音と共に、
一人の少女がピアノ室へと入ってくる。
テンシと呼ばれるソレは首を傾げながら訪ねた。
「ミカか。これはピアノを弾いているんだよ。」
基本的にテンシは兵器だ。
皆感情移入することはなく使い倒していく。
けれど彼は奇異な人間で、彼女を番号ではなく名前を与えた。
教養を与えた。感情と言うものを理解させようとしていた。
お陰で軍の仲間からは相当な変人として扱われていたが、
別にテンシに対して何をするのも壊すことがないのであれば、
自由とされていた風潮があるので、煙たがられることはなかった。
「ピア、ノ? 戦闘に意味のある物なの?」
「いいや、余りないかな。心を落ち着かせる意味、
と言うところで行けば意味があるかもしれないが。」
まるで自分の子供のように、
頭をなでながら彼は質問に答える。
ピアノの曲を聞くよりも安らぐかのような感覚を覚えていた。
相手はテンシ。血などの繋がりは何処にも持ち合わせてなどない。
それでも、孤児である彼にとっては彼女が唯一の家族だと思って接している。
「では、マスターは何故ピアノと言うものを弾くの?」
「趣味だよ。」
「趣味とは?」
「やりたいことって意味だ。」
「では、ミカはアクマを倒すのが趣味?」
「それはテンシの命令であって趣味じゃない。
君が進んでやりたいことを見つけるんだ。例えば、家庭菜園とか。」
ただ言われるがままにアクマを殲滅させ、
ただ言われるがままに人に使われるだけの存在。
そんな風に扱いたくない彼は家族のように接する。
それは自分が孤児だった故に、家族を欲したからか。
人ではなくとも、人肌のようなものが恋しかったのか。
「やりたいこと……じゃあ、ピアノ、弾いてみたい。」
「そっか、分かった。弾き方を教えるよ。
ここに座って……っと、サイズが合わないか。
少し待っててくれ。君に合う椅子を持ってくる。」
──────────
嘗ての事を思い出しながら、言の葉を紡ぐ。
壥挧彁暃に言われたように隠し事が多いと後が厄介だ。
変に疑われることがないように、ある程度ではあるが話す。
「余り隠し事をするべきではないのは分かってる。
でも全部は言えないが簡潔に言うと、僕は前世の記憶がある。
そして、前世で庇った子がこの舞台にいる……それで此処で頭の整理していた。」
「……それは、難儀ですね。」
あくまで前世での話だ。
彼女からすれば前世の顔と全く同じ顔はしているとは知らない。
だから出会った際、本物だと認識してくれるか分からないと思ったからだ。
きっとそう言うことで悩んでいるのだろうと彼女は思っていた。
大事な存在に認識されないと言うのは辛いことだ。
自分にとっては逆に認識されてたから辛くもあったが。
汀子からすれば残された子は自分と似ており、
立場こそ違うがどこか似た雰囲気を感じていた。
「彼女に……ミカに会いたい。
けど、偽者と疑われるこの場所で、どう会うべきか悩むんだ。」
仮に顔が同じでもそのまま接触は危険だった。
アクマの中には擬態する者もいた。この舞台で謀られたりして、
人を疑うことを覚えた場合、真っ先に攻撃される可能性だってある。
今のままでは感動の再会には足りえないのだ。
「それでも、会うべきだと思いますよ。
あって無事かどうか確かめる。それだけでも。」
親友を何も知らず倒せばよかった、などと思ってない。
寧ろ忘れない。忘れてたまるものか。これは自分の傷痕だ。
何も知らないまま、ミカと呼ばれる人物と別れてしまえば、
二度と癒えぬ、それも前へ進むためのものではない傷となるだろう。
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「何か共通の趣味とかはなかったんでしょうか?
例えば……そうですね、そこにあるピアノとか。」
大聖堂を見渡すと、
グランドピアノへと目が行き、例えの一環として挙げてみた。
ハッと我に返るように視界に入ったそれを一瞥する。
「ピアノ……」
先ほどと違う反応。
何か地雷を踏んでしまったのかと、汀子は内心焦る。
「……それを、試してみるよ。
ありがとう。僕は新田目修武。君の名前は?」
あれからピアノが上達し、
曲によっては自分よりもうまく弾けた。
彼女なら。それを分かってくれるかもしれない。
会うべきかどうかを最初は悩み続けたが決断は決まった。
会おう。NO.013を、ミカにまず会って確かめると。
「本汀子。汀子で構いません。新田目さんはどちらへ?
私はトレイシーが生きそうな場所、とりわけ病院を目指すのですが。」
「……これでも新人研修医だからね。
医者が病院に行かないのもおかしな話だ。」
一人の少女と出会い、決意を固めた青年。
しかし忘れてはならない。ミカは、No.013は今激戦の最中にいることを。
【E-2 大聖堂/朝】
【本汀子】
[状態]:健康状態
[装備]:"電磁兵装"ケラウノス
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム×1〜2(未確認)
[思考・行動]
基本方針:不平等に人を助ける。それは揺らがない。
1:トレイシーを追う。人の集まりそうな場所を目指す(現在は病院)
【備考】
※ケラウノスの電量は自信の力で賄えます
【新田目修武】
[状態]:健康
[装備]:拳銃(残弾数30)
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム×1〜2(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:ミカを探す。
1:ミカを探し、ピアノを聞かせたい。
2:病院へ向かう。
3:トレイシーと言う男には要警戒。
【備考】
※本汀子には前世の事は話しましたが、
テンシと言った固有名詞は話していません
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以上で投下終了です
それと以前投下した「言葉の綾」におけるテンシ兵装トリスタンですが、
いかの文章に変更しています
【テンシ兵装トリスタン】
テンシが存在する世界にて作られた銃。
見た目は某吸血鬼の銃に近く銃身が長い。
威力は低い代わりに狙った相手へ必ず飛んでいく。
ありえない弾道で飛んでいくが基本的には直角で飛ぶ。
実弾かチャージするタイプかは後続の書き手にお任せします。
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投下します
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「世界は喪失、欠如、不在、消失に満ちているわ。そして暴力。それだけで世界はぱちんと弾けそうよ。
でも思考とエクリチュールと愛だけが、それを救済することができるのよ」
「ほんまかいな?」
――岡崎京子、 でっかい恋のメロディ
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★★★★★★★★★★★★★★★★★★
曰く、真実の愛を確かめたかったと。戦友の恋人が言っていたのを遺族がそう語っていたという。
戦友は、私との文通で口癖のように「自分のような落語者が子供を育てるなんてできない」とぼやいていた。曰く、夢で子供の怨嗟に苛まれるだとか、そういう事だった。
戦友が故郷に錦を飾り恋人の元へ戻って久しぶりに聞いた彼女の声が、「赤ちゃんが出来たの」だったという。
情けないとは思わなかった、愛を知らない自分が言えた口ではないのだが。
戦時中のPTSDで心を病んだ同胞は戦後数え切れない程見てきた。
戦争に際する大義などどうでも良かった。J(ジョーカー)と呼ばれた政府とのパイプを持つ軍上層部の高官から、命令を受ければどんな事もやった。最も、敵は邪悪の巣窟だったのだからそれに心を痛めることなどなかったが。
私達の部隊は大激戦の渦中から、所謂「汚れ仕事」という非人道的なものにも手をつけた。
それについていけない奴から、錆付きの如くボロボロと脱落していく。
殺す相手の事など、気に求めなかった。
命乞いをする女子供。相打ち覚悟で身体にダイナマイトを巻いて突撃する特攻兵。何か叫んでいたであろう相手の兵士。有象無象としか思わなかった。
国への忠誠と、己の本能を満たせさえすればそれでよかった。
もとより己がそういう人間だったのか、そういうのにすら興味がなかった。
……そういえば、戦時中の同胞が愛やら恋やら語っていたことがあった。
それが彼らが戦う原動力の一つだったのかもしれない。
斯くいう自分にも愛国心と言う名の"愛"というものがあったのかもしれない。
父親に対する家族愛程度はあったのかもしれない。
戦うこと自体が好きだった。
刷り込まれた常識の元、己の本質を満たせる機会が都合よく用意されていた。
戦って戦って、殺して殺して、国のために戦い殺し勝ち続け。
……戦争が終わって間もない頃だったか、声が聞こえづらくなった。
いや、その表現は少し語弊がある。命令を下す上官、兵士及び戦士と呼ばれる人種以外の声が曖昧な雑音じみた聞こえ方になった程度だ。
ただの耳鳴り程度だと思った。だが、時間が経つにつれ、それは酷いものになり。
ちょうど戦友の自殺の真相を聞いて数日後―――。
今思えば、あの時私は普通の人間とはかけ離れた存在になっていたのかもしれない。
私の生き様は、私の居場所は、戦場だけだということを思い知らされた。
白く腑抜けた平和な世界でも、黒く濁った腐敗の世界でもない。
ただ、輝ける者だけが生き抜ける楽園、灰色こそが、私の望むべき世界だったことを、今更になって思い知らされた。
もう、あの雑音を耳にする事がないと言う事実に、私は心の奥底で歓喜に打ち震えていたのだ。
命は美しく燃えるべきもので、その光景こそが。
私にとって美しい世界そのものだった。
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★★★★★★★★★★★★★★★★★★
閑古鳥が今にも鳴きそうな静寂の市街地。
レイチェル・ウォパットにとってそこは戦場の緊張感を思い出させる場所でもあった。
錆びれた村、泥濘むジャングルの奥地、そして戦火真っ只中の都市。
場所は違えど、ゲリラは足音一つすら隠し切って敵を狙う。
警戒を怠った瞬間一瞬で蜂の巣にされかねないその緊張感が心地よかった。
「……ここにはないか」
目についた店内を探し、ため息。
先程の男はいい前菜とも言うべき初戦、その余韻が今でも身に沁みている。
いい経験になった。戦後は自己鍛錬以外で体を鍛える機会がなかったものだから多少は訛っているかもと予想はしていたが。この様子ならばまだまだ自分も現役らしい。
目ぼしいアイテムも武器もなさそうで、かつ人の気配もなし。
だが、殺し合いの舞台という緊張感だけでも、この場所はどうにも心地よい場所だった。
そう、静寂と緊張。戦場において、感覚が研ぎ澄まされる時間。
私はどうにもその時間が好きだった。東国に禅という精神統一の手法があるらしいが、それに似たようなもの。
それに入り浸り、心が落ち着く感覚。
神経を研ぎ澄まし、銃声や僅かな金属音すら聞き逃さんとする没入感。
そんな灰色の世界が、私の好きな世界(ばしょ)だった。
「……隣のエリアは病院だったか」
マップに示された施設の名称は病院。
今後に備えて医薬品の類でも回収するのも悪くはない。
現在位置からも特段離れているわけではない、移動はそうかからないだろう。
「……む」
ふと、視線が合った先。何の変哲もない本棚に並ぶ本の数々。
その中に、一つだけ仲間はずれにされるかのように中途半端に挟まっていた、一冊の絵本。
するりと抜け落ち、地面におちたそれを、無造作に拾う。
それは、レイチェルにとって見覚えのある物語。
それは、自分の理想とは遠くかけ離れた御伽噺。
とある国の兵士が敵国のお姫様の恋をして、紆余曲折あって二人が国同士の戦争を止めて平和を手に入れたという生ぬるいラブストーリー。
愛が世界を救うとも言いたげな子供じみた夢物語だ。
-
「そういえば母が、読み聞かせていたな」
入隊以降、顔を合わす機会すらなかった母親。
戦争に真っ向から反対し、父親からも国の恥とも蔑まれた女。
少なくとも、自分にとっては母親であることは代わりはなかったけれど。
そういえば、幼い頃は自分にその絵本を読み聞かせていたな、などと感慨にふける程度には記憶の片隅に残っていた。
今思えば、父親が時間が許す限り親身になっていたのは母親の影響を受けないようにと尽力していたからだろうか。
「……所詮、過去の事か」
だが、今となっては何が正しかったのか理解できる。
母は間違っていて、戦争こそが是だった。
私はそのようにしか生きられない人種だった。
平和な世界では適応できない生物だった。
その人生に、後悔はない。
「……ふんっ」
過去への決別の如く、絵本は投げ捨てられ、女は彷徨う。
今の自分は硝煙と血河を求めて彷徨う戦場の獣。
この舞台が殺し合いであるならば、それに応じて戦うのみ。
いや、違う。ここは楽園。戦場でしか生きられる落語者にとっての新天地。
汚水でしか生きられない魚にとっての、うってつけの場所だった。
自分は母親のことをどう思っていたのだろうか。
入隊後は顔を合わせることはなくなったが、そういえば戦争反対を掲げるレジスタンスがクーデターを企んでいるなどという情報を上官に報告したことがあった。
その数ヶ月後か、母親は消息を絶っただとか。
今思えば、それが分岐点だったのか。
『ねぇお母さん、どうしてお母さんは悪いやつと戦うのに反対するの?』
そう、自分は戦場の中でしか生きられない女だ。
平和という地獄に取り残された飢えた獣だ。
ただ、他と違うというだけで置いてけぼりにされる。
退屈な平穏など、真っ平ごめんだった。
まあ、家族とともにいる平穏な時間は、悪くはないとは思ったが。
『それはね、戦争なんてどんな理由があっても巻き込まれた誰かにとっては悲劇なのよ。戦うこと以外で回避できるならそれに越したことはないわ』
―――今となっては、過ぎ去った話だ。
例え自分の行いがきっかけで死んだ有象無象の中に、親の名前があろうとも。
愛だの恋だの、平和だの。そんな余計なものを引きずる何かとしか認識しなかった。
所詮、その程度の残骸(おもいで)だった。
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★
ああ 光さえ飲み込んでしまう闇黒
まだ輪郭はもとの形 覚えてる
ああ 光さえなければ自由
――Daoko、Allure of the Dark
【E-6 雑貨店内/朝】
【レイチェル・ウォバット】
[状態]:健康
[装備]:軍刀、小型銃(残弾8)、スタングレネード×4
[道具]:基本支給品一式
[思考・行動]
基本方針:戦争を愉しむ
1:他にも強者がいてくれると助かる
2:病院に立ち寄り医療品の類を回収するのも悪くない
3:あの男(ファルマン)とは、また出会えれば今一度戦いたいものだ
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投下終了します
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投下します
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フレデリック・ファルマンは丘陵を過ぎ、草原を突っ切り、市街地の中を歩く。
レイチェル・ウォパットの姿を求めて、あの戦火の申し子の様な姿を探して。
「何処へ…何処へ行った」
あの闘争を、砂漠で迷った者が水を求めるよりも激しく求める女は、此処で出逢った者をどうするか?
殺し合いに乗っていれば嬉々として殺し合う。乗っていないのならば、強ければ闘い、弱ければ───躊躇無く殺すだろう。殺し合いを望ま無い者達に、現実を突きつける為に。自分を殺さないと、死体が増えていくぞと理解させる為に。
本人の意図してかどうかは兎も角、デスノの思惑を円滑に進める殺戮の歯車として行動するレイチェル・ウォパットは、必ず止めなければならばかった。
それが、同郷であり、同種である、自分にとっての責務だと思ったから。
そして歩き続けて、レイチェルの姿は見え無い。
レイチェルとフレデリックの間には、それ程身体能力に差が有る訳では無い。にも関わらず、追い続けて影も形も見えなかった。
走って移動したのなら、もうそろそろ力尽きることだ。それが全く見えないとなると。
地図の中央部分を目指して移動したのかと思ったが、レイチェルはフレデリックの思考を読んで、フレデリックの追跡を撒くべく、別の方向を目指したのかもしれない。
だとすれば、フレデリックとレイチェルの距離は、どうしようも無い程に離れてしまった事になる。
せめて奴の気配でもすれば…。そう考えて、フレデリックは頭を振った、レイチェルの気配を、距離が離れていても感じ取れるということは、レイチェルが誰かを襲っているという事だ。そんな事を望む様では本末転倒というべきだった。
ひとまず立ち止まる。周囲は家屋やマンションが立ち並び、所々に店舗が存在している場所だ。フレデリックが居る場所は、四車線道路の交差点。歩行者信号が赤に切り替わった直後。車が走っていれば、盛大にクラクションが鳴らされた事だろう。
「人の気配は全く無いが、街の機能は動いている…か」
まるで戦火が迫り、人が逃げ去った街の様だった。その光景は、フレデリックの記憶に未だ鮮明に残るものと、よく似ていた。
違う点があるとすれば、人の生活していた────存在していた痕跡が皆無という事か。
不気味さしか感じ無い街並みに、昇っていた血が引いていく。
大きく息を吸う。吐く。吸う。吐く。
深呼吸を二度行い、心身を落ち着けると、五感を研ぎ澄まし、周囲へ意識の眼を張り巡らせる。
耳でレイチェルの足音を。
鼻でレイチェルが纏う硝煙の匂いを。
肌でレイチェルの移動による振動を。
どれか一つでも良いから感じ取り、レイチェルを捕捉する。
そうやって意識を研ぎ澄ませながら歩き出し、交差点を過ぎ、駐車場の有る喫茶店の前を通過した時だった、フレデリックの鼻が血臭を捉えたのは。
◆◆◆
-
キム・スヒョンの姿と名前で、殺し合いに参加させられる羽目になった血液生命体は、病院を後にし、市街地をほっつき歩いていた。
元から生死の概念が希薄な生き物である為に、殺し合いの場にいても、妙に緊迫感を持てないスヒョンである。
死ぬのは嫌だという思いは一応有るが、死んでも別段に思う事は無い。スヒョンにとっての生死とはその程度でしか無い。
「うーむ。口直しが欲しい」
スヒョンが探しているのは、口直しの飲み物か菓子類だ。さっき殺した女の血が、あまりにも不味すぎたので、美味しいもので不味い血の味を消したかったのだ。
「また自販機壊すか…。いやもっと良いものを口にしたい」
破壊した自販機から調達したミネラルウォーターで口を濯いでから、ほっつき歩く事暫し、コンビニすら周囲には無かった。
流石にチラホラ見えるか自販機をもう一度壊そうかとも思ったが、缶ジュースや缶コーヒーで忘れられそうな不味さではなかったので止めた。
スヒョンには人類の食べるものは、健康栄養食品だろうが、ジャンクフードだろうが、全く栄養になら無いという点に於いて同じである。それでも栄養があるかどうか、新鮮かどうか、美味かどうかは判る感覚を有している。
その感覚が告げている、この不味さは並大抵の食べ物では消えないと。
かくして殺し合いそっちのけで街中を徘徊し、漸く見つけた喫茶店に侵入して、内部をあさっていたところで、外に人の気配を感じ取った。
◆◆◆
-
フレデリックは店内に入ろうとはしなかった。
血臭を漂わせている相手だ。襲われた挙句、負傷して隠れているのなら良いが、殺し合いに乗っているものが相手では、障害物が多数有る室内に入るのは賢明とはいえない。硝煙の匂いがしないとはいえ、油断は出来ない。
店内の様子を窺いながら、周囲を見回し、銃撃された時に身を隠す遮蔽物の目星を付けていく。
街路樹。電柱。街灯。どれも強度や大きさが足りない。銃撃された場合、大きく飛んで、射界から逃れるしか無い様だった。
「中に居るのは分かっている。安心しろ、おれは殺し合いに乗っていない」
全身の力を抜き、攻撃されれば即座に動ける様にして、店内からの反応を待つ。
「ああ、そうか、私もだ。『殺し合いをするつもりは無い』。だからそんなに身構える必要は無いぞ」
そう言いながら、外に出てきた女を見て、フレデリックは更に警戒を強めた。
怪我をしている様子は無く、返り血を浴びた様子も無い。ならばこの血臭は何なのか?答えは一つ。離れた場所から飛び道具なり長柄の武器なりで殺したのだ。その後で死者の所持品を改めた時に、血臭が服に付いたのだ。
「俺はフレデリック・ファルマンという」
「私はキム・スヒョンだ」
互いに名乗る。が、その後が続か無い。フレデリックの胸中にはスヒョンにたいする疑念が渦を巻いているし、スヒョンがフレデリックの出方待ちだ。双方共に動かない。
「………黙って居ても始まらんな。先ず互いの持っている情報を交換しようじゃあないか。名簿にアレクサンドラ・ヴォロンツォヴァという名が有ったろう。私の知っている奴と同じだとすれば、気をつけた方がいい。
なにしろ超が付く凶暴な犬をけしかけて来たからなぁ。殺されない様に注意しろよ?キレどころが何処に有るか判らん癇癪持ちのババアだ」
自分なりのした事を遥か高いところにある棚にブン投げて、 アレクサンドラをコケおろすあたり、実に良い性格をしている女だった。
「……レイチェル・ウォパットという女を探している。顔に火傷のある、金髪碧眼の女だ。殺し合いに乗っている危険人物だ」
世間話でもするかの様なノリで、危険人物について語ったスヒョンに面食らったものの、フレデリックも先刻遭遇した、戦火の化身の様な女について話した。
「レイチェルねぇ…覚えておくよ。時に、さっき言っていたが、お前は殺し合いに乗っていないのか。アイツに逆らってどうする?脱出の目処は有るのか?」
「脱出の目処は無い。だが、奴に従う気など無い。自衛以外での殺人は、渡りの民の教えに反する」
「殺さなければ、死ぬんだぞ。お前が。ならば此処での殺しは自衛じゃ無いのか」
「奴を喜ばせるだけの結果しか生まない殺人が。自衛になるものか」
スヒョンはあからさまな嘲笑をフレデリックに浴びせた。
「それで殺されていれば世話は無いさ。まぁ精々気張れよ少年。時間制限は解除してやったんだ。脱出なり彼奴を殺す算段なりがついたら協力してやらんでもないぞ」
じゃあな。と、手を振って立ち去ろうとしたスヒョンの背に、フレデリックが質問を投げかける。声に含まれたものは、怒り。
-
「時間制限を解除したとはどういう事だ」
「ああ、さっき病院で一人殺しておいたんだ。何、気にするな。誰かがやらないといけない事で、誰かが犠牲にならないといけない事だったというだけだ」
礼を言う事は無いぞ。と付け加えて、再度立ち去ろうとするスヒョンに向かって、完全に戦闘態勢に入ったフレデリックの最後の問い。
「殺し合いをするつもりは無いんじゃなかったのか」
「殺し合いをするつもりは、確かに無いさ。私は平和主義者(パシフィスタ)だからな。私がやりたいのは、『一方的な殺し』なんだ。
だがそれでも、彼奴の言う事に従う気はあまり無い。殺しっていうものは、好きな時に、好きな様にやるものだ。
誰かに言われてする様なものじゃない。そうだろう」
フレデリックの心は決まった。
「お前は放置しておくわけにはいかない。此処で、止める」
この女はレイチェルよりも凶悪で、放置してはいけない凶獣だ。レイチェルは戦争の中でしか、闘争に於いてでしか、人を殺さないだろうが、この女は違う。
戦場で無くとも、闘争の場で無くとも、人を殺す。
街に潜み、人に紛れ、目についた人間を殺す。
スヒョンを放置する事は、人の味と、人を殺す愉しみを知った人の皮を被った人喰い狼を放置するに等しい行為だった。
「私を殺すつもりか?まぁ勝手にすれば良いさ、思い通りになってはやれんがね。それに────」
背を向けたままのスヒョンから放たれる“気”に、フレデリックの全身が緊張で強張った。
今までに感じた事のない“気”。人とも獣とも、本質的に異なる気配。
「私は平和主義者(パシフィスタ)だと言っただろう、少年。そんな私が、何故、殺す気の相手から逃げようとしないか」
スヒョンが右肩の力を抜く。攻撃が放たれるとすれば右腕と、フレデリックはスヒョンの右腕に意識を集中させた、
「簡単に殺せるからだよ」
彼我の距離5m。それだけの距離が有るにも関わらず、振り向きざまに振われるスヒョンの右腕。
予め、スヒョンが飛び道具を使うと推測していて、尚且つ全身をすぐに動ける様にしていなければ、フレデリックの頭は、石壁に投げつけられた生卵の様に砕けていただろう。
「へぇ、変わった動きだね」
地に伏せる程に姿勢を低くして、スヒョンの奇襲を回避するフレデリック。その頭上でで鳴り響く破裂音。
フレデリックの体捌きに、感心しているスヒョンの右腕は、5mもの長さに伸びていた。関節どころか骨すら無いその様は、腕と呼ぶよりも鞭という方が相応しい。
鞭と化した右腕を、スヒョンが再度振るう。破裂音を伴う上段からの振り下ろしは、素早く横に動いたフレデリックを捉えられず、虚しく路面を穿ち砕いた。
「化け物め…」
フレデリックの声は硬い。5mもの距離を無視して伸びてくる腕もそうだが、その威力が尋常では無かった。
生身の手で、アスファルトを砕くなど不可能だ。どれ程力を込めようが、速度を出そうが、人の手では硬度が足りない。力を込めれば、速度を出せば、それで砕けるのは手の方だ。
-
「そうさ。私は人間じゃぁないんだ。だから勝ち目なんて無いぞ。という訳で諦めて、さっさと死んでくれ」
地表スレスレを薙ぎ払う様に振われるスヒョンの右腕。腕を振るう度に鳴り響く破裂音は、手首から先が音速を超え、剛体と化した空気に当たった音だとは、フレデリックも理解している。
腕が振われるのを見てから躱していたのでは、遅過ぎる。腕が振るわれるよりも早く。腕の軌道を予め読んで、振るわれ出すよりも早く動く。
スヒョンの身体については皆目訳がわから無いが。やっている事は人間が鞭を振るう様に腕を使う技法、中国拳法で言うところの鞭掌と変わらない。
見るべきは、フレデリックの身体を撃砕すべく振われる手首では無い。手首に動きと速度を与える右肩と上腕だ。その僅かな動きから手首の動きを予測する。
そうして立て続けに振われる腕の回避を成功させたフレデリックに対し、無策に腕を振るっても無意味だと気づいたスヒョンが動きを止める。
未だにフレデリックは蹲ったままだ。これでは攻撃は上から振り下ろすか、横から薙ぐかの二つ。何方にせよ読まれ易い。
「器用に避けるじゃぁないか」
20を超える攻撃を行い、その全てを回避されて尚、スヒョンの余裕は崩れない。殺す側は自分だという確信は、微塵も揺らいではいなかった。
「じゃあ、これは、どうだ」
右腕を元の長さに戻したスヒョンの上半身が波立つ。フレデリックの第六感が警報を激しく鳴らす。
「これはあまりやりたく無いんだ。避ける場所は無いと思うけどね」
スヒョンの上半身から、赤黒い無数の弾丸が猛速で射出された。
乾燥して変色した血液を思わせる弾丸は、フレデリックの身体とその周囲に、当たったモノ悉くを撃ち砕くべく降り注ぐ。
「ウオオオオオオ!!!」
咄嗟にフレデリックは跳躍。宙を舞って弾丸を躱すと、2m程の長さに伸びたスヒョンの左右の腕を、空中で身を捻って回避。スヒョンの背後に降り立つと、背骨を狙って渾身の一拳を放つ。
「!?」
フレデリックの眼が限界まで見開かれる。そこに浮かぶ感情は、驚愕と────恐怖。
フレデリックの放った渾身の虎突拳は、確かにスヒョンの身体を捉えた。確実に背骨が折れる一撃ではあるが、スヒョンの危険性を考えれば妥当なところだろう。
だが、その拳は────。
スヒョンの背中に打ち込んだ拳は、そのままスヒョンの腹を突き抜けていた。
だが、それでフレデリックの精神は恐怖したわけでは無い。
フレデリックの恐怖を呼んだのは、スヒョンの身体を拳が突き抜けた時の感触だった。
骨も肉も内臓も存在していない。まるで血が詰まった布袋を打った様な感触。人間どころか、生物のものでは到底あり得ないものだった。
「驚いた。まさか躱して、反撃までしてくるとは」
フレデリックの全身が、恐怖で強張った。
背後から拳を打ち込んだ筈なのに、何故、スヒョンはフレデリックと向かい合っているのだろうか。
「抜けないだろう?固めたからね。私の身体は血の塊でね。ある程度の力が有れば、貫くのは訳が無いのさ、痛くも痒くも無いけどね」
-
フレデリックは、スヒョンの攻撃の絡繰を漸く看破した。
腕を伸ばしたのは、身体を構成する血液を右腕に集めただけ、あの馬鹿げた破壊力は、血液を凝固させて硬度を増したのだろう。次に放った弾丸は、何の事は無い。只の固めた血の塊だ。やりたく無いというのは、自分の身体を文字通り削るからだ。
確かに背後を取ったのに、向かい合っているのは、血の塊には前も後ろも無いというだけだ。
「さて、私を倒す術は無く、こうして捕まった以上。君は詰んでいるわけだが、私の提案を聞けば死なずに済むぞ」
「何が言いたい」
「手を組んで一緒に勝ち残ろう」
「ふざけるな!俺に教えを破れというのか!!」
激昂するフレデリックに、親しげにスヒョンは笑い掛けた。
「問題無いさ。勝ち残って、全員を甦らせれば良い」
「奴が素直に願いを叶えるとでも?それに勝ち残っても、奴に殺されないとも限らん!!」
クスクスとスヒョンは嗤う。嫌な、笑みだった。人間の醜悪な部分だけを抽出したかの様な笑み。
「問題無いさ。私みたいなのが残ったらどうするかは判らんが、お前みたいなのが残ったら、殺しもしないし、願い事も叶えてくれると思うぞ」
どうしてだ?と吠えようとしたフレデリックの口を塞いで、スヒョンは続けた。
「何故なら」
愉しげに笑い出す。
「お前が此処に集められた奴を皆殺しにする。そうして生き残れば、死ぬまで罪悪感に苦しむだろ。そのままだと罪の意識に耐え切れずに自殺しかねんが。
全員を生き返らせてやれば、それを救いとして生きていくだろ?それでも殺したという事実には変わりが無い。生涯のたうち回って苦しむだろうなぁ」
モデルが務まりそうな端正な顔立ちを、悪意と嘲りに歪めて、化け物は続けた。
「絶好の見せ物さ。こんな愉しい事を、むざむざと潰す様なアホウじゃあ無いと思うよ。あの、デスノとかいう奴は。
という訳で、私が生き残る為に強力してくれ」
「ふざ……けるなぁ!!!」
「物分かりが悪い奴だな。デスノにお願い事をしたくなる様に、他の奴の死体でも転がしてやれば良いのかな」
わざとらしく顎に手を当てて考える素振りを見せる。
そのあからさまな隙。フレデリックの戦力を不当に低く見積もった、傲慢の報いを、スヒョンは即座に受ける事となった。
「えわっ」
腹部に強い衝撃を受けて、仰向けに引っくり返る。フレデリックの蹴撃が、拘束する為に固めていた腹部を粉砕し、スヒョンを転倒させたのだ。
「面倒を掛けさせてくれるね」
砕かれた腹部を修復し、フレデリックに次の行動を許すこと無く、スヒョンが立ち上がる。
対するフレデリックは無言で構えを取った。
構えたフレデリックに対して、スヒョンは棒立ち。
スヒョンを人では無いと認識したフレデリックの放つ殺気に対して、スヒョンは弛緩の態すら見せて立つ。
何処までも対称的な二人は、第二ラウンドへと突入した。
◆◆◆
-
「そぉら」
フレデリックの拳に鳩尾を抉られながらも、余裕綽々で笑顔すら浮かべて、スヒョンが拳を振るう。
フレデリックがダッキングで回避した所へ、下がった頭部目掛けての膝蹴り。軸足の膝を蹴ってスヒョンのバランスを崩し、横に転がって距離を取る。
起き上がったところへ、接近してきたスヒョンの回し蹴り。膝を砕く勢いで蹴ったというのに、全くダメージを受けた様子が無い、
頭部を狙った蹴りを地に身を投げ出す様にして回避。追撃の鞭状に変化した腕の振り下ろしを、素早く横に移動して躱す。
スヒョンの一撃一撃は、直撃すればフレデリックを即死させ、掠っただけでも戦闘不能にする威力の攻撃だ。それを途切れること無く、フレデリックの攻撃を全く意に介さずに放ち続ける。
全てが致命となる攻撃を悉く回避して、隙を作っては連撃乱打を浴びせるフレデリックは、確かに武練に秀でた戦士だった。
拳打、蹴撃、脚で薙ぐ、腕で払う、手刀を振り下ろす、殴る、拳を振り上げる。
フレデリックの全ての攻撃が面白い様に、スヒョンの身体に吸い込まれる。投打曲、繰り出す攻撃は悉く成功し、只の一度のミスも無い。足捌きで撹す、背後に廻って急所を穿つ。その動きに、フレデリックを上回る身体能力を持つ筈のスヒョンは全く追随出来ない。
人中、百会、仏骨、心臓、肝臓、臍、鳩尾、腎臓、会陰、延髄、肛門、膝頭、膝裏、アキレス腱。スヒョンは前後上下左右から、人体のありとあらゆる急所を打ち抜かれていた。
一方的な打たれ放題という奴だった。にも関わらず、スヒョンはダメージを受けた様子は無い。元より血の塊だ。打撃の類では通じない。斬撃でも同じだろう。
スヒョンは明らかに素人だ。動きは粗く、攻撃の組み立ては雑。戦闘の訓練も経験もろくに無い。にも関わらず、追い込まれているのはフレデリックの方だった。
向こうの攻撃が掠っただけでフレデリックは終わる。それでいてフレデリックの攻撃は全く通じない。
肉体の疲労はまだ限界には程遠いが。余りにも理不尽かつ絶望的な戦闘に、フレデリックの精神が折れ掛かっていた。
「気にすることは無いぞ少年。私の身体は作りからして人間とは別物なんだ。さっきから急所を正確に狙っているよな。良い動きだ。だがな、内臓も骨も血管も神経も無い身には、意味が無いぞ。諦めろ」
フレデリックは無言。この化け物と交わす言葉に何の意味もないと悟ったというのも有るが、単純に消耗が激しく、会話などという“無駄“に使用(つか)える呼吸(いき)が無いのだ。
スヒョンの駄弁りに付き合わずに、息を深く吸い、大きく吐き出す。
何時迄スヒョンが駄弁るのかは判らないが、次に動き出す迄に少しでも体力を回復しておくべきだった。
【手榴弾か火炎放射器でも有れば…テルミット弾なら申し分は無い……】
スヒョンが化け物といえど、殺せない訳ではない。爆発で四散させるなり、高温で蒸発させるなりすれば死ぬ筈だ。支給品さえ用いる事ができるのなら、スヒョンを殺せる。少なくとも痛打を与える事はできる筈。
だが、しかし。
「さて少年。いくら私でも、火炎放射器なり、焼夷弾なりを使われれば死ぬのだが。問題が二つ有る」
中指と人差し指を、顔の前に立てて左右に振る。明らかにフレデリックの回復を待っている。少しでも、僅かでも長く嬲る為に。
「デスノが少年にその手のアイテムを都合良く渡しているかどうか」
中指を折り、残った人差し指を、空中に円を描く様に動かす。
「渡しているとして、使う事を私が許すかどうか」
スヒョンはフレデリックを嘗め切っているが、油断はしていない。
フレデリックに支給品を取り出す暇を全く与えようとしない。
スヒョンはフレデリックに対して絶対的な有利にあるが、それはフレデリックが素手であるという条件が前提である事を、スヒョンが熟知している証拠だった。
-
「では続きだ少年。少しは息は整ったかな」
両腕を広げてスヒョンが前進する。左右の腕を5mも伸ばし、音速を超える速度で振るう。乾いた破裂音が連続し、スヒョンの手が当たった街路樹は幹が砕けて倒れ、街灯は二つに折れて地に転がる。
小型の竜巻ともいうべき暴威を、フレデリックは精確に見極める。必要なのは、一瞬の間隙。
出鱈目に振り回されるスヒョンの左腕が、電柱をへし折った瞬間。左腕の動きが一瞬鈍り、フレデリックの身体を通せる間隙が生じた。
それに合わせてフレデリックも前に出る。スヒョンの意識の隙を突き、動くタイミングに合わせた奇襲。
「おお?」
スヒョンの腹にフレデリックの両掌が吸い込まれ、爆発でも生じたかの様な勢いで、スヒョンの身体が後方に飛び、喫茶店の道路に面したガラスを突き破り店内に消えた。
店内から響く派手な破砕音に構わず、フレデリックは支給品を取り出そうとする。
レイチェル相手には使わなかったが、デイバッグには対人手榴弾が3つ入っている。これで四散させて仕舞えば、流石にタダでは済みはしないだろう。
「素手の勝負に武器を使おうとは、卑怯だとは思わないのかね」
声に遅れて飛来する四人掛けのテーブル。破れたガラスを更に盛大に破壊しながら飛んで来たそれを、フレデリックは横っ飛びに飛んで回避。後ろから聞こえる、道路を飛び過ぎたテーブルが、道を挟んだ反対側の建物に当たって砕ける音。
テーブルの後を追う様に続けて飛んでくる椅子を、脚を大きく振り上げて蹴り砕く。
「グハッ!?」
更にその後から伸びてきた、スヒョンの右腕を見切れずに、喉元を掴まれた。
「さて少年。最後の機会(チャンス)だ。此処で意地を張って死んでも、結局誰も救えないぞ」
喫茶店の破れたガラス窓から外に出てきたスヒョンは、喉を圧迫して気道を塞ぎ、首筋を締めて脳に流れる血流を減らし、酸欠と貧血と疲労に喘ぐフレデリックを愉しげに見ながら、最後通牒を突きつける。
「……………………」
無言のまま睨みつける瞳に、揺らぐ事のない拒絶の意思を感じて。
「残念だ少年。お前なら変わっても良いと思ったんだが」
わざとらしく嘆息したスヒョンが、右手に力を込める。脛骨を握力で粉砕するどころか、握力で首を切断しかねない程に力を込める。
「グ…ア…」
緩慢に、確実に、肉が潰れていく感覚。肉が潰れれば、次は骨。骨が潰れれば、首と胴が泣き別れになって、フレデリックは死ぬ。
フレデリックの視界に映るスヒョンの顔が、殺戮への愉悦で邪悪に歪み。
突如メトロノームの様に派手にブレた。
「ゲホッ!」
首を圧搾する手の力が緩み、絞首から解放されて、新鮮な空気を求める肺の要求に応じて喘ぐフレデリックに目もくれず。
「圧縮空気弾?まぁ何でも良いさ。転がす死体が生えてきた」0
キム・スヒョンは、乱入者である少女────。
「ハーハッハッハッハッハッ!!そこまでだ殺戮に耽る邪悪な化け物!この偉大なる最強魔導師マギストス・マコが貴様の前に現れた以上。これ以上の凶行は為せぬと知れ!!」
加崎魔子へと向けられていた。
◆◆◆
-
加崎魔子がフレデリックの窮地に駆けつけたのは、単純に偶然だった。
最初に何処を目指して移動するかを、滝脇祥真と話し合い、警察署に行って武器を調達しようという流れになった。
名簿を見た魔子が、友人の名前を見て酷く取り乱したりもしたが、錯乱したところで何もならない。死なない事を祈りながら、行動を予測して、行きそうなところで待つしかない。
梓真がそんな冷静な判断が出来たのは、梓真の知り合いは一人もいなかったというのが大きかったのかも知れない。
「石像動かしたりするとかの謎解きが無ければ良いですけどね」
「内部にゾンビが溢れておるだろ。ソレ」
不安を紛らわせる為に、そんなしょうもない会話をしながら、警察署を目指した二人は、聞き慣れない音を聴いて足を止めた。
連続する破裂音。硬いものが砕ける音。
思わず顔を見合わせた二人は、忍び足で音のする方へと近付き。角から顔を出して様子を窺い。フレデリックとスヒョンの戦闘を目撃した。
「ル◯ィ?」
「どちらかと言うと柳◯光。しかし、破裂音がすると言う事は、手が音速を超えているから…愚◯克巳ですね」
伸ばした両腕を鞭の様に振るうスヒョンに対し、暢気とも言える感想を抱く二人。
その暢気さも、車に跳ね飛ばされた時の様な重い音と共に宙を飛んで、ガラスを突き破って喫茶店の中に消えたスヒョンが、テーブルを投げた辺りで薄れて、フレデリックが掴まったところで完全に消えた。
「マズイぞ…このままでは殺されてしまう」
会話の内容は聴こえないが、女の浮かべた邪悪極まりない笑顔は、魔子を決意させるのには充分だった。
此処で隠れてやり過ごすという事は出来なかった。そんな事をしたら友人に合わせる顔が無くなってしまうから。
「助けるのは賛成ですが、どうやってです?人間じゃありませんよ。あの人」
男の方の戦闘能力を鑑みれば、助けておいて損は無い。直接の戦闘能力には乏しい二人には、大きな助けになるだろう。
「ううむ。問題はそこよな」
相手は化物とはいえ、魔子が殺す気になれば殺せる相手ではある。
頭に最大火力を喰らわせれば、ヒグマだって殺せると、魔子は思っている。
だが、それを魔子が成し得るかは話が別だ。そんな事が出来るのならば、魔子は現在も光り輝くステージで、アイドルをやっていられただろう。
自分を害する相手にすら、殺意を向けられない魔子の精神性は、人としては美点であるが、この場においては殺される原因でしか無い。
「……一応作戦は思いつきましたが、あなたが殺されかねません」
「おお!さすが我が下僕!!はよう申せ!!!」
◆◆◆
-
作戦は単純なものである。この市街地は碁盤の目のように道路が敷かれ、道路に区切られた正方形の土地に建物が有る。
この構造を利用する。最初に遠距離攻撃を持つ魔子が化け物女の気を引き、その隙に梓真が大回りして道沿いに反対側に周り、化け物女に襲われたであろう男を回収して離脱。
その後に魔子も大技をぶっ放して逃走というものである。
「それだと梓真が奴に近づきすぎるのではないか?」
「あの化け物に、正面から喧嘩を売るあなたには、気を使われたくは無いですね」
いざと言うときには支給品で身を守れますから。そう言って与えられた武器で有るテイザーガンを手に、梓慎が曲がり角を曲がって見えなくなってから、魔子は魔術を行使。化け物女の頭に、ソフトボール大の空気弾をぶつけたのだった。
◆◆◆
「ハーハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!!!」
cv水橋かおり。とか字幕出そうな勢いで、腕組んでそっくり返ってバカ笑いするその姿は、さながら某パンツ姿の少年魔王。
神であろうと悪魔であろうと、私の魔術で捩じ伏せてやると、言葉にせずに態度で語る。
「そらそらどうした?臆したか?今なら見逃してやるからさっさと失せるが良いぞ〜〜」
偉そうに曰う姿は自身に満ち溢れていた。
そんな魔子の雄姿を見るスヒョンとフレデリックの眼差しは、 それぞれ異なっていたけれども、少なくとも魔子の望むものでは無かった。
「なぁ嬢ちゃん」
「何だ化け物。交渉なら応じんぞ」
「そりゃ応じられんよなぁ。そんなにブルってるんじゃあな」
唇の両端を釣り上げて、あからさまな嘲笑を浴びせるスヒョン。フレデリックの視線は悲痛そのもので、疲労と頸部へのダメージが無ければ、「逃げろ」と絶叫していた事だろう。
「下手に会話なんぞしたら、虚勢がバレるものな。強気に出るしかないよなぁ」
スヒョンは今までに無数の人間を嬲り殺し、一人一人の異なる反応を愉しみ尽くして来た経験から。フレデリックは戦場で、同じように虚勢を張って、死ぬことが確定している任務に臨んで死んでいった戦友を多く見てきたから。
抱く感情は異なれど、二人は魔子の虚勢に気付いていた。
「虚勢…。我が貴様に臆しておるとでも言いたいのか!!!」
「よし少年。ちょっとアイツ殺してくるから。その後で、又さっきのお話をしよう」
未だに地面に転がるフレデリックの顔を鷲掴みにして、右手一本で身体を持ち上げる。
「喫茶店で寛いでいたまえ」
片腕で軽々とフレデリックを放り投げる。路面と水平に飛んだフレデリックは、喫茶店に突っ込み、店内にあったソファーにぶつかり、ソファーを巻き込んで床に転がった。
「と言うわけでだお嬢さん。さっさと死んでくれ」
「死ぬのはお前だ化け物」
魔子が五指を開いた右手を突き出す。綺麗に切り揃えられて、丁寧に磨かれた爪を見たスヒョンが、『剥がすと面白そうだな』とどうでも良い事を考えると同時。魔子の右手の指が、周囲で陽炎でも発生したかの様に揺らめく。
「器用な嬢ちゃんだ」
元が魔術度に製造された人造生命体である為に、スヒョンは魔術にも精通している。
魔子が放とうとしているのが、右手の五指の爪先に発生させた空気の塊だという事を正確に理解した。
【それにしても、全く解らん魔術構成だ。何処の術式だ?】
400年以上生きたスヒョンにぢても、未知の術式。魔子の完全オリジナルだとは知る由も無い。
「驚け我が必殺の魔弾に!!フュンフ・トイフェル・ヴィント!!!」
なんか悪役の技っぽいですね。とかいう梓真のツッコミが聞こえてきそうな技と技名ではあるが、一つ一つが強力な打撃力を持つ空気弾を5つ同時に放つというのは、攻撃の手段としては強力だ。
一つでも当たればゴリラでも気絶させられる威力は有る。
「宴会の座興としてなら上の上だよ」
スヒョンの爪が伸びて街路樹を貫くと、それほど力を込めたわけでも無いのに、街路樹が根元から引き抜かれる。そしてスヒョンは力任せに街路樹を振り回し、空気弾を全て撃ち砕く。
「うそっ!」
驚きと恐怖で“素”の反応が出た魔子に。
「ホントのこ〜とさ〜」
小馬鹿にした口調で煽りを入れて、スヒョンは軽く腕を一振りし、街路樹を投げつけた。
「グッ…フォイエル・ウェーブ!!!」
何でドイツ語と英語なんですか。といったツッコミが聞こえてきそうな技名を叫んで、壁の様な巨大な炎弾を発射。直撃した炎弾が街路樹を爆発させ、周囲に熱と暴風を撒き散らす。
-
「本当に大したものだよお嬢さん。で、何故それを『私に使用(つか)わ無い」
「……フッ、貴様のような化け物にも慈悲を示してやるのが、強者の在り方というものだ」
魔子の僅かな“揺らぎ”を見逃すスヒョンでは無く。
「なら少年を殺すか」
魔子を無視して、未だに喫茶店の床に倒れている、フレデリックの方へと腕を伸ばし、フレデリックの身体を引き寄せた。
「慈悲を見せるのは勝手だが、此奴は死ぬぞ」
魔子の顔色が紙の色になる。いくらスヒョンが人外の化け物だと理解していても。人の姿をし、人語を話す相手に、殺す気の攻撃を放てる精神性を、加崎魔子は有していない。
「う……あ…」
身を震わせながら、呻く事しか出来なくなった魔子をみて、スヒョンは満足げに嗤う。
鋭く伸ばして、先端を硬化させた爪を、緩やかにフレデリックの喉元へと近づけていく。
「此奴が死んだら本ま」
言い終わるよりも早く。スヒョンの頭が爆炎に包まれた。
「………ハァ…ハア………」
目の前で行われる殺人を許容出来ない。ただそれだけの想いでスヒョンに対して魔術を行使した魔子の顔は血の気の全く無い死人のそれだった。
呼吸は乱れ、視線はあらぬ方を彷徨い、全身を小刻みに奮わせるその姿からは、先程の気勢は全く感じられない。
人の姿をしたモノに、殺す気で魔術を放ったのは、初めての経験なのだ。
深呼吸を繰り返し、お膣状と努力する魔子。そんな努力は、悪夢そのものの光景によって打ち砕かれることになる。
「中々のものだったけれど、レアじゃあ私を止められない。ウェルダンじゃないとね」
あいも変わらず親し気で、陽気な声。
戦慄する魔子をよそに、未だ頭部から煙を吹き上げながら、スヒョンが魔子に歩き寄ってくる。
「どう殺そうか。ケツからコイツを突っ込んで、口まで貫いてやろうか」
指が融け合い。一本の杭と化した右手をひらひらと振る。
「押し出されたクソを口からひり出す事になるんだが、中々面白くってな。どんな美形も、嬢ちゃんのように可愛らしい娘でも、ああなったら仕舞いだな」
魔子は動けない。殺す気で魔術を使った事による精神的重圧。死んだと思った相手が平然と歩いてくる事への恐怖。
「安心してくれ給えよ。腸ブチ抜いて殺すなんて真似はしないさ。腸に沿って曲げてやる。息が詰まるだけさ、大分苦しいだろうが、何、窒息死するまでの辛抱だ」
近寄ってくる化け物が愉しげに語る、自身の身に与えられる、無惨極まりない運命。
「死ぬまでビクビク痙攣し続けてな。時々振ってやると、良い感じに腸がうねってなぁ。人間には味わえ無い快感なんだよ」
その全てが加崎魔子の精神を圧し潰し、思考を漂白させる。
呼吸が荒くなる。涙で視界が霞む。魔術を放つ事も、命乞いをする事も、出来なかった。
「嬢ちゃんの様な、気丈な娘が折れるのは大変に気分が宜しい。もう少し、私を愉しませてくれ」」
伸びた右腕が蛇のように蠢き、魔子の体内に潜り込もうとした瞬間。
「アジャパアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
珍妙な絶叫を上げて、スヒョンが白目を剥いてぶっ倒れた。
「魔子さ〜〜ん。生きてますかぁああああ」
魔子を救ったのは、大回りをして背後へと回り込んだ梓真だった。
テイザーガンを手にして呼び掛ける梓真に、魔子は無言で首を何度も縦に振る。
「早く逃げましょう!!!」
手早くフレデリックに肩を貸して立ちあがらせている梓慎に、魔子も手を貸そうと走り出す。
-
「動くな!!」
梓慎の肩を借りて立っている、フレデリックの鋭い制止に、魔子の足が反射的に止まった直後。
倒れていたスヒョンが、水が噴き上がるような奇怪な動きで、魔子の眼前に立ちはだかった。
「でーざーがん、が、おもじろいものを、もっでいる」
「ひ…」
流石に血液の塊である身に、電流が堪えたのか、モデルといっても通った美貌は溶け崩れ、その姿は水を浴びた泥人形の様になっていた。
その姿でなおも立ち上がり、手を伸ばしてテーザー銃のコードを引きちぎるその姿は、魔子を怯えさせるには充分だった。
「ざで…続きといこうか」
急速に回復する言語機能は、この化け物がダメージから回復している事を意味していて、それは。つまり、加崎魔子に死が迫っているという事で。
梓真も魔子も、人体が溶け崩れ、急速に再生するという、この世の常理を超えた事態に動けない。
詰みである。加崎魔子はこの殺し合いに於ける最初の死者となる。
此処に居るのが加崎魔子と滝脇梓真だけだったなら。
「う…おおおおおおおお!!!」
魔子の窮地を救うべく、最後の一人であるフレデリックが力を振り絞って吶喊。取り出した対人手榴弾を二つ、虎突拳でスヒョンの背中に叩き込む。
重い打撃音とともにスヒョンの身体が宙に舞った。
「走れ!!」
叫んで走り出したフレデリックの後に続いて、魔子と梓真も走り、破れた窓から喫茶店の内部に駆け込む。
腹に響く爆発音がしたのはそれから2秒後だった。
◆◆◆
-
「死んだ……?」
「フラグを建てないで下さいよ」
恐る恐る外の様子を窺うと、最初に魔子と梓真がフレデリックとスヒョンの交戦を覗き見ていた交差点の辺りが、赤いペンキをぶち撒けた様になっていた。
奇跡的に無事だったデイバッグが、交差点の真ん中に落ちている。
「フラグは光速で折れた様だな」
「イキナリ戻らないで貰えませんか」
取り敢えず、脅威が去った事を確認した二人がフレデリックの方を振り返ると、精魂尽き果てた様子で気絶していた。
「どうしたものか?病院に行くのが良いか」
「僕達だけでこの人を病院まで運ぶのは無理ですよ。見た感じ傷は無いようですし、何処かで休みましょう。あそこのデイバッグを回収してからですが「
「ならば此処でも良いのではないか?」
「此処。かなり目立ちますよ。殺し合いに乗った人に見つかったら厄介です。身を隠せる場所を探しましょう」
今後の方針を決めた二人は、梓真がスヒョンのデイバッグを拾ってから、フレデリックに肩を貸すと、えっちらおっちら移動を開始した。
【F -6 市街地/朝
【フレデリック・ファルマン】
[状態]:疲労(大) 気絶 全身に打ち身(小)
[装備]:無し
[道具]:基本支給品一式 ランダム支給品0〜2 対人手榴弾×1
[思考・行動]
基本方針:殺し合いの打破。出来うる限り多くの命を救う
1:レイチェルを次会ったら必ず止める
2:脱出の手段を講じる
3:キム・スヒョンを止める。殺す事も選択肢に入れる
【加崎魔子】
[状態]:疲労(中)
[装備]:無し
[道具]:基本支給品一式 ランダム支給品0〜3
[思考・行動]
基本方針:殺し合いを打破し、デスノを倒す
1:休める場所を探す
2: アンゴルモア・デスデモンと合流したい
※名簿を確認済みです
【滝脇梓真】
[状態]:健康
[装備]:無し
[道具]:基本支給品×2 ランダム支給品0〜5
[思考・行動]
基本方針:生還する
1:此処から離れる
【滝脇梓真 加崎魔子の共通認識】
キム・スヒョンが死亡したと思っています
◆◆◆
-
三人が去って5分後。
道路に散らばった血液が妖しく蠢き、一点へと向かって集結する。
集まった血潮は互いに融け合い、体積と質量を増しあって、一つのカタチを形成していく。
そして────。
「ああ、久し振りに、酷い目にあった」
風呂上がりに大きく伸びをした時に出る様な、気の抜けた声を出したのは。キム・スヒョンに他ならない。
服こそ無くなって、細身ではあるが均整の取れたプロポーションを惜しげもなく日に晒しているが、その白い肌の何処にも僅かな傷すら見出せない。
「恐ろしい怪物を何とか倒して一安心。そう思った矢先に死んだと思った怪物が『バァ』と出てきた時の、甘美な絶望を味わう為には、負けたふりが必要なのさ」
負け惜しみとも取られかねないが、この人造生物の悪辣さを思えば真意であると断言出来る。
此処から去った三人が知れば絶望しただろう。命懸けの死闘が、この怪物には只の遊戯でしかなかったのだから。
「まぁ血が少々減ったから、あの嬢ちゃんから貰うとして、あの地味な奴は……。サクッと殺っとくか。あの二人が死ねば、少年も私の提案を飲まざるを得んだろうし」
邪悪な忍び笑いを漏らすスヒョン。脳裏に描かれているのは、乱入して来た二人の惨殺死体を見て慟哭するフレデリックの顔か。人には出来ない殺し方で惨殺される、加崎魔子の苦悶の形相か。
「大体。あの嬢ちゃんは、私を殺せる以上、生かしては置けないしね。身体的には只の嬢ちゃんだから、殺し合いにはならないし…丁度良い」
殺し合いが成立する相手なら、スヒョンは迷わず放置するし逃げ回る。態々自分を殺し得る相手と殺し合うなど無駄の極み。フレデリックの様に、無益な抵抗に勤しんで愉しませてくれる相手は歓迎するが、殺し合いは真っ平だった。
『加崎魔子は自分を殺し得るので危険だから殺す』のでは無く。
『加崎魔子は自分を殺し得るが、殺し合いを成立させる能力を持たないから殺しに行く』。
これがキム・スヒョンの思考である。
徹頭徹尾戦いを避ける。殺し合いは回避する。此処だけを聞けば、成る程、平和主義者を自称するのも頷ける。
「私は只の気弱な平和主義者(パシフィスタ)なんだからな。何でこんな事に巻き込まれたのやら」
さっき交戦した三人や、いきなり襲われた四苦八苦からすれば、およそ巫山戯ているとしか思えないが、キム・スヒョンは至って真面目である。
「それにしても、何処へといったのやら。人間の姿を取るのに慣れ過ぎた所為で、頭を吹き飛ばされると、触覚以外の感覚器官が効かなくなる」
スヒョンは元が血の塊。本来は触覚と聴覚に類する感覚しか存在しない。だが、人に擬態する事で、触覚や嗅覚を疑似的にでは有るが獲得してしまった。
「味覚を得た分には良いんだが…。やはり眼に頼り過ぎてしまうなぁ」
頭を指でつついて思案するが、そもそも地図を持って行かれた上に、地図の内容を覚えていないので、何処に行くべきか皆目検討が付かない。
「まずは服を調達……全裸の女相手だと間抜けが寄って来そうだな。これで行くか」
口笛を吹くと、鮮血の化け物は適当な方向へと歩き出した。
【F -6 喫茶店前/朝
【キム・スヒョン】
[状態]:ダメージ(小) 全裸
[装備]:無し
[道具]:無し
[思考・行動]
基本方針:死ぬのは嫌なので優勝する
1:なるべく愉しんで殺す
2:面倒な奴は避ける
3:少年(フレデリック)と組みたい。(罪悪感に苛まれるところを見たいだけとも言う)
4:あの嬢ちゃん(加崎魔子)は嬲り殺して血を貰う
5:何か最後の奴(滝脇梓真)は適当に殺して血を貰う
-
投下を終了します
フレデリックの状態表に誤りがありましたので修正します
【フレデリック・ファルマン】
[状態]:疲労(大) 気絶 全身に打ち身(小)
[装備]:無し
[道具]:基本支給品一式 ランダム支給品0〜2 対人手榴弾×1 折れた槍
[思考・行動]
基本方針:殺し合いの打破。出来うる限り多くの命を救う
1:レイチェルを次会ったら必ず止める
2:脱出の手段を講じる
3:キム・スヒョンを止める。殺す事も選択肢に入れる
-
播岡くるる、No.013、オリヴィア・オブ・プレスコード、四苦八苦で予約します
-
皆様投下お疲れ様です。
>>『信じるな、疑うな、確かめろ』
お互い初回遭遇は噛み合わない相手でしたが、今回は良い出会いでしたね。
汀子の思い出描写、友人と本当に仲が良かった事が伝わってくる。
対魔巫女は神経を磨り減らす類いのお役目だろうし、こんな怖がらずに等身大で接してくれる子がいたら絆されますよね。
故に二人の友情の末路を思うと、悲しくなりますね。
新田目も決意が固まったようで幸先良し。
テンシはあくまで兵器と作られたもの、それでもミカを人格のある人として扱っていた様子は、汀子の友人と重なるものがあると思います。
>>『ここに素敵なものがある』
重い、重すぎる。
レイチェル、戦争を求める者と言えど、彼女もまた戦火に蝕まれている被害者。
自分の在り方がおかしいと自覚しているのもまた救いようがない……。
思い出の本を投げ捨てる描写は明確な過去との決別ですが、それでも戦争に反対した母の言葉が、残骸と言えど残されているんですね。悲しい。
殺し合いに乗ってはいるものの、優勝ではなく討ち死にが結果的に幸せなパターンなのがまた……。
>>『Pacifista』
キム、殺し合いに乗っていない相手だと認識した上で自身の殺人を告げ、それを感謝される行いだと当然のように考えているの、人の形をした化け物感が強くて良いですね。
同じ人でなし同士だからか、デスノの解像度が高いの面白い。
初の対人外戦で冷静に立ち回れるフレデリック、彼もまた凄いですが、積み重ねた技術を素の性質で圧倒される様は無情。
正体不明の化け物に虚勢とはいえ立ち向かう魔子の姿は熱いですね。
未知の魔術という手札で結構食い下がりましたが、やはり甘さが命取りになりかけたか。
結果的に引き分けという形になりましたが、三人の内一人でも欠けていたら全滅一択だったというの、本当にこのロワはマーダーの質が高すぎる。
-
投下します。
-
あちゃー、こっちの方角に進んだの失敗だったか?
そんな風に男は思った。
現在彼がいる場所は、この地図での一番端のA-1。
湖のせいで進行方向が邪魔してるし、こんな辛気臭い森じゃ会える人にも会えないだろうと思った。
そんなわけで、とりあえず市街地エリアに向かおうか。
そんな矢先に最初に出会った女が
『あなたが、私を殺してくれますか?』なんて言って来るからだ。
「いいや、出来ないねって言ったらどうする?」
男は掴み所のない答え方をした。
どこかの国でたまたま立ち読みした漫画に、質問を質問で返すと0点だって書いてあったような気がするが、仕方がない。
相手がどんな相手か分からない以上は、適当にあしらうしかない。
「嘘ですね。その歩き方を見れば分かります。私の命を狙った人と同じ足取りだ。」
こりゃまた、面倒くせえ奴だ。
男はそう思った。
だが、目の前の女が言ったことは事実。
彼は死神のコードネームを承るほどの、歴戦の殺し屋だ。
そして女、ルイーゼ・フォン・エスターライヒは国家転覆のお尋ね者として、幾度となく殺し屋や暗殺者から狙われてきている。
故に、彼女は男がその類の者だとすぐに分かった。
「あのなあ。殺し屋だからって金も払わず誰彼構わず殺すってわけじゃねえんだよ。
自殺志願者なら他を当たりな。」
男は反社会的勢力に属する存在だが、殺しが好きという訳ではない。
むしろ殺しを売り物にしている以上は、安易に人を殺さないことにしている。
自分を殺そうとしてくる相手でさえ、必要でないならば殺さず無力化することを優先するぐらいだ。
「そうですね…私を殺してくれるなら、1千万ほど得することになります…。」
「へえ?」
なんとも小学生みたいな物言いに、男は聊か面食らった。
1千万、なんて平然と言うには高すぎる額だ。
勿論、この殺し合いの場でいくら金があっても役に立つとは考え難い。
尤も、彼女の出身がインフレの加速しすぎている国で、パン一切れ買うのにもトランク一杯の札束が必要という可能性もある。
何かとツッコミどころだらけで、何処を指摘していいか逆に分からない。
「お前さん、そんな大金持ってるのか?あ、もしかして小切手や最近はやりの電子けっs……」
彼が言い終える前に、ドン、と音がしたと思いきや、何かが男のすぐ横を通り抜けた。
それからほんのコンマ数秒ののち、男の後ろにあった大木に、バスケットボールほどの穴が開いた。
瞬く間に、ズズンと倒れる。明らかにたたごとじゃないと語っていた。
-
「もしおじさんが私の技を受けて大怪我をしたら、治療費が一千万ほどかかりますよね?」
「とんでもねえヤツだ…」
腐っても鯛という言葉があるが、彼女は仮にも勇者だ。
ルイーゼは誰彼構わず、脅しのような方法で喧嘩をふっかけようと言う気はない。
だが、男がかなりの手練れだというのに、殺そうとしてこないのが腹立たしかっただけだ。
それが無茶苦茶な理屈だということが分かるほど、彼女はもうまともじゃない。
「次は当てますよ。」
(何だありゃ……)
ルイーゼの右足に、薄緑色の光が宿る。
彼女の得意技は、『属性付与』。
魔法を拳や脚、身に持っている剣や銃などに付与して、それぞれ異なる使い方が出来る。
右足に風の魔力を纏わせ、そのままミドルキックを放つことで、サッカーボールのように空気の弾丸を飛ばしたのだ。
「ルフトバルーン!!」
「おっと。」
だが、男も死線を幾度も潜り抜けて来た殺し屋。
彼女の目線、殺意のベクトル、そしてキックの動きを見て、難なく空気弾を躱す。
右に二歩走るだけ。そんな最低限の動きで躱した。
彼が凄腕の殺し屋たる所以は、長年殺し屋として活動できた理由は、銃の腕でも、体術でも、知識でもない。
殺意を読み取り、自分の勝ち筋ではなく負け筋を分析し、どこから報復を受ける可能性があるか先読みし、とにかく死なないこと、致命傷を負わないことだ。
「今のを躱すとは……。」
ルイーゼにとって、1度の戦闘で2発目の技を使うことは随分久しぶりだった。
魔法の力を与えた剣を一振りすれば10人の兵を消し飛ばし、上位魔法を使えば100人を一掃することも不可能でなかったから。
だが、目の前の男はこれまで殺した相手より、自分の身を守る技術に優れていた。
魔法は使えない。失った手足が再生することも無い。超能力なんてもってのほか。だからこそ、己にある技術を高め続けた。
加えて、この世界ではどういう訳か、彼女の魔力が制限されている。
本来ならばこの森一帯ぐらいなら10分もあれば砂漠に出来るのだが、この世界では1日仕事になる。
それが彼女が無力となったという話ではない。ようやく男が土俵に上がれた、その程度の話だ。
続いて三度目、右足に風魔法が宿る。
もうルフトバルーンを打たせるつもりは無かった。
懐からハンドガンを出す。彼の早撃ち技術からすれば、彼女の魔法詠唱と蹴りの動作よりも早く銃を撃てる。
狙いは当然、彼女の右足。
技を封じると同時に、無力化させる。
だが、銃弾は当たらなかった。
真っすぐ飛んだはずの銃弾は、勝手に逸れて明後日の方向に飛んで行った。
「私が三度も同じ技を使うと思いました?」
「正直、思っていたね。過小評価したのは詫びておくよ。」
彼女はルフトバルーンを使ったのではない。
相手が拳銃を出した瞬間、まずいと判断して技を変えた。
風魔法を纏った足で地面を踏みつけることで地震の周りに強風の壁を出す、『ヴィントシュッツヴァント』を使った。
-
「それで、次はそこから攻撃してくるつもりかな?」
「え?」
風の壁が治まった時、男はルイーゼがいた方向とは別の位置を向いていた。
強風が起こった際に、砂煙も高く舞い上がり、一時的に彼女の姿を消した。
その瞬間を利用し、別の場所から攻撃を仕掛けるつもりだった。
風の壁は守りだけではなく、攻撃の導火線にも使ったのだ。
だが、男はそのやり方をあっさり見破った。
例え姿が見えず、足音も聞こえずとも、視線や殺意で居場所は簡単に分かる。
「…ですが、それが分かっていても躱せません!!」
次に彼女が使ったのは雷魔法。
男に落としたのではなく、持っている剣の先に落とした。
一見、感電死しかねないような行為だが、彼女にはダメージはない。
青い雷を纏わせ、斬りかかって来るかと思いきや、地面にそれを突き刺した。
彼女の周囲一帯に、雷撃が広がっていく。
今度は直線状の攻撃ではなく、より広範囲に及ぶ攻撃だ。
だが、男はそれも通じない。
攻撃が地面を流れる分かったので、咄嗟に跳躍し、猿のように立木の枝を掴んだ。
今のは初見の攻撃だったから避けられなかった。そんな言い訳をぬかしているようでは、殺し屋として生きられない。
ルール無用の世界で生きる者は、ルールを一瞬でも早く把握せねばならないのだ。
そして、回避を回避だけではなく、攻撃の起点につなげていくのは、彼もまた同じ。
枝に掴まった状態で、木の幹を蹴り飛ばし、そのまま勢いよくルイーゼに飛んで行く。
「!?」
裏をかかれた、と彼女は思った。
男が拳銃を持っていたこと、そして常に自分と距離を取りながら攻撃をかわし続けていたこと。
その2つから、相手は遠距離主体の戦い方をしてくるのだと思っていた。
彼女は様々な魔法を使うことが出来るが、1度に2種類の魔法を使うことは出来ない。
無詠唱で出来るにせよ、1度放てば次の魔法まで一定のラグがある。
だが、まだ勝負は決したわけではない。
ここでその力を発揮するのは、ルイーゼの剣の出番だ。
「!?」
彼女の周りの空間がぐにゃりと歪んだと思いきや、いつの間にか彼女は消えていた。
先程のように砂煙に紛れた訳ではない。超スピードで移動したにせよ、予備動作ぐらいはあるはずだ。
「この剣に書いてあった通りみたいですね。」
少し離れた場所の樹の裏から、ルイーゼは顔を出した。
どうして彼女は消えたのか。
そのタネは剣、転移剣天三淵にある。
この剣は所有者をワープさせる能力がある。
-
「おいおい、次から次へと理屈じゃ説明できねえ力ばっかり使いやがって」
そして、今の力が彼女の力では無く剣の物だということは。
現れてから続けざまに、魔法を使うことが出来る。
「!!」
男は急に自分の身体が、鉛のように重くなったことに気付いた。
瞬く間にまっすぐ立つことさえ出来なくなり、ガクリと膝を付ける。
「シュヴェアプンクト。魔法にはこういう種類のものもあるんですよ。」
気が付けば男の周囲、もっと言えばルイーゼが消える前に立っていた場所に、紫色の魔法陣が出来ていた。
それが今の状況の原因だと、魔法に疎い彼でもすぐに分かった。
分かってはいるが、どうにも出来ない。
しかもルイーゼが放った重力の魔法は、どんどん威力を増していく。
辛うじて動く右手で、スーツの胸ポケットを探った。
(畜生…虎の子の支給品を使っちまった…)
身体が元通り軽くなった瞬間、魔法陣の檻から逃げ出す。
彼が使ったのは、『罠破りの護符』
初めて見た時は半信半疑で、お守り代わりに胸ポケットに入れていたが、効果を発揮したようだった。
だが、護符は気が付けば消えていた。もう同じ方法で避けることは出来ない。
そして、ルイーゼの攻撃はさらに続く。
炎を纏った枝が、ダーツのように男を襲う。
身体を逸らし、辛くも炎の矢を躱した。
だが気が付けば、すぐ近くに剣を構えたルイーゼがいた。
瞬間移動とは、追跡にも逃走にも有用な技だ。
超高速で走るよりも、どこから来るか予測しにくい。
物理的にも生物的にもあり得ないと酒の席で笑っていた力を、今こうして目の前で使われている。
何とも言えず笑えない話だ。
だが、笑えないというのは、相手が瞬間移動だけに終わらない話だ。
剣を袈裟懸けに振り、男を斬り付けようとする。
「ちっ!!」
ここまで近づかれれば、しかも逃げ道を回りこまれた上では躱すことは出来ない。
やむなく、小型銃で日本刀を受ける。
何とも不細工な受け方だが、背に腹は代えられない。
いくら敵が未知の力を使って来たからと言って、自分は銃の腕も肉体も鍛え上げた殺し屋。
女と力比べで引けを取ることは無い。
だが、そう思ったのがまずかった。
-
「エレクトリツィ」
「何っ!?」
全身に電気が流れる。
ルイーゼが剣に雷魔法を纏わせ、それが男の拳銃にまで流れ、さらに男の右手にまで走った。
(くそ…迂闊だったぜ!アイツが雷の力を使えるのは知っていたのに!!)
扉に電気ショックの罠を仕込み、ターゲットが開けた瞬間感電死させる。
ターゲットを嵌める際、男の世界でも使い古されていた罠だ。
様々な罠と出会い、それら全てを解除して来た彼には、電気魔法程度で殺しきれるわけではない。
強引にルイーゼを蹴とばし、無理に手を開いて、電気が流れる銃を捨てる。
何とか危機は脱したが、肝心の武器を捨ててしまった。
これで攻撃手段が1つ失われ、戦術の幅も狭まってしまう。
挙句の果てに、敵は治癒の能力を使ったのか、先程敵に付けた靴の跡が即座に消えてしまった。
「なあ。聞きてえことがあるんだ。」
今は辛うじて攻撃を凌いでいるが、どこまで保つか分からない。
もしかすれば誰かが助けてくれるかもしれないが、場所が場所なだけにその可能性も低いし、そんなのは彼の流儀に反する。
銃は捨ててしまったし、蹴りで相手を後退させることは分かったが、体術一つでどこまで戦えるかは不安だ。
どうにかして懐柔できないか、「口」撃を試してみる。
「殺してくれってんなら、何か生きるのが嫌になるぐらい辛いことがあったんだろ?」
-
長年殺しをしていると、色んな殺しを頼んでくる相手がいたものだった。
その中には、自分を殺してくれという者がいた。
賄賂を使い、競争相手を騙して蹴落として理想の地位に就いたはいいが、罪の意識に耐えられなくなったという政治家。
病で身体が痛くてたまらないのに、医者に診て貰って警察にチクられるのが怖いから、いっそ殺してくれというケチな盗人。
借金でどうにもならないが、臓器を麻酔無しで抉りだされたくないから、銃弾一発で殺してくれという博打狂い。
この先邪魔になるから、過去に何かがあったから
そうではなく、未来に希望が見えないからという理由で殺しを望む者もいた。
彼女はそのようにしか思えなかった。
だが、彼らとは違う点もあった。
「その先の言葉は、もう言わなくていいですよ。」
ルイーゼは知っている。
破壊と暴虐の限りを尽くした勇者に対し、力でどうにも出来ないから懐柔を試みようとした者もいた。
私達と共に生きよう。辛いことがあるなら自分たちが代わりになる。金も食糧も寝床も、なんなら男だって工面する。
そんな言葉は耳にタコができるほど聞いてきた。
「いや、俺が聞きたいのはな、何でそんなに強いのに、こんなバカみたいなことしてんだって話だ。」
自分が殺してきた自殺志願者たちは、生きる力も無いのに、不相応なものを望んでしまった者ばかりだ。
だから、金を受け取って殺した。きっとここで殺さなくても近々別の理由で死ぬと思ったからだ。
彼らとは違い、ルイーゼは強い。超常的な能力に、同年代の女性とは一線を画す運動神経と反射神経。剣の腕も優れている。
殺し屋を営んできた男からして、時として下手な格闘家よりも強い者から生き残った男として、はっきりとそれは言える。だからこそ気になった。
戦うのならばデスノ達と戦えば良い。そうじゃなくて悪事を為したいのなら、不意打ちで殺せばいい。
炎の魔法でこの辺りを火の海にして、森にいる参加者を高温と酸素不足で鏖殺することだって可能なはずだ。
彼女が一体どんな理不尽に苛まれてきたのか、男には分からない。だが、彼女のやり方より、マシな方法はいくらでもあるはずだ。
「バカみたいなこと?」
「良い事でも悪い事でも、その力をもう少しマシに使えるんじゃないか?」
「マシに使う…ですか。言いますね。そんな風に考えられれば、どれほど良かったか。」
その笑みは、酷く乾いていた。
眼は笑っておらず、口だけ堅く弧を描いた。
「思考停止してんじゃねえよ!!」
互いの出自や職業など知る由も無いが、片や人々から尊敬され、光の道を歩むはずの勇者、片や人々から恐れられ、闇の道を歩んできた殺し屋。
生まれも育ちも違う2人だ。分かち合うことなど、出来るはずもない。
だというのに、いや、だからこそだろうか。
男はどうしても気がかりになってしまった。
-
自分も、彼女もこの道しかないと思い標的を殺し続け、そして取り返しのつかない所まで来てしまったと思った。
だが目の前の女は、その取り返しのつかない所にはまだ来てないんじゃないか。
来てしまったと思い込んでいるだけじゃないのか。
情に絆された殺し屋は、如何な実力を持っていても容易く死ぬ。
そんなことは彼が一番わかっている。
「俺にない力がそんなにあって、いくらでも出来ることがあっただろうが!!
まだ若いべっぴんさんで、そんだけ強いってのに、全部無駄遣いして!!」
怒声を浴びせる。
しかしルイーゼが長らく浴びせられ続けた、憎しみの籠った怒声じゃ無かった。
「挙句の果てに殺してくれ、だなんて言ってんじゃねえ!!!」
はじめは、その場しのぎになれば良いと思った。
調子合せておべんちゃらを言って、困惑させて、その隙に逃げればいいと思った。
だというのに、いつの間にか本心に変わって行った。
「もうお喋りはいいですよ。」
返事は、ひどく冷たかった。
ほんの僅かながら、しばらく感じることのなかった感情を、男から感じ取った。
だから何だというのだ。いくら御高説を聞こうと、姉が、弟弟子が、師匠が、そして元の世界が戻ってくるわけがない。
きっとこの男も、共に行こうとすれば、すぐに死ぬ。自分はそういう人間だ。
地面を蹴り、颯爽とルイーゼは男の下へ走る。
目的は変わった。
殺してくれないのなら、最初はケガさせて捨て置くつもりだったが、殺すことにする。
これまで自分を標的としてきた者達とは違う。だからこそ、自分の隣から消える前に殺す。
(ダメ元でやってみたが…慣れねえことをするもんじゃねえな…)
交渉はあっさりと決裂した。
だが、負けるわけにはいかない。
理由など無い。彼も彼女と同じ、帰りを待つ者などいない。
こんな所で死ぬなんて、何だか腹が立つというぐらいだ。
-
左肩から振られた袈裟斬りを、バックステップで躱す。
彼の反射神経になせる業だ。斬撃は入ったが、浅い。
スーツを僅かに斬り裂いただけだ。
だが、躱されても二陣目がある。
もう一歩足を前に踏み出し、逆袈裟に剣を振るってくる。
スピードも、キレも達人でなければ出せないものだ。
自分の反射神経を以てしても、明らかに躱しきれない。拳銃も落としている。
ルイーゼの振るう刃が、すぐ近くまで来ている。
だが、その一撃は空を切った。
決して、彼女が躊躇った訳ではない。
男が、突然穴に落ちたからだ。
「え?」
その落とし穴は、ルイーゼが掘ったものでも、男が掘ったものでもない。
元々その森の中に、あったものだった。
「いてて……。」
「運に救われましたか。ですが、これで終わりです!!」
ルイーゼの右手に、炎が集まる。
これは躱すことは出来ない。穴の中で、立つことも出来ない。
それでも、ジタバタしてしまいたくなるのが人間というもの。
なぜか手元にあった大きな布地のような物を、前面に押し出す。
ボン、と炎の爆ぜる音がした。
男はその一撃で焼き殺されたはず。打ち所が良くて助かっても、こんな場所で炎が灯ったら酸欠で死ぬはずだ。
普通、布地で炎の弾丸を防ぐことは出来ない。それは常識だ。
常識、とは言っても、男の世界の常識だが。
炎の弾は、元々なかったかのように綺麗さっぱり消えていた。
ならばと、氷の刃を片手から生成し、氷柱のように落とす。
それもまた、布地にぶつかった瞬間、破ることなく消え去った。
「言っただろ。諦めなけりゃ、どうにかなることもあるってな。」
男が手にした布地とは、ただの服に非ず。
A-1に眠っている宝、ドグラ・マグラ・スカーレット・コートだ。
マガツ鳥という、血のように真っ赤な鳥の羽で織られたその法衣は、いかなる魔法をも無効化する。
-
ルイーゼが驚いている隙に、男は高く跳躍し、穴から出る。
当然、コートを身に纏ったままだ。
余談だが、殺し屋というのは大体着替えが早い。少なくとも、男はそうだった。
何しろ風呂で刺客が来た時、慌てて猛スピードで服を着ないといけないので。
タオルだけ巻いた殺し屋なんて格好がつかないだろう?
「…それは!!」
そのコートを、ルイーゼは思い出した。
コートの素材となったマガツ鳥は、彼女が飛ばされた世界にいる種で、彼女も何度か殺したことがあるからだ。
空を飛ぶ上に魔法で打ち落とすことも出来ないので、退治するのには苦労させられた。
能力の代償で記憶を失ってしまい、そんな生き物がいたことも忘れてしまっていたが。
何しろ今の彼女がいた世界は、建物も人間も動物も、彼女自身に破壊しつくされたからだ。
「また…私の邪魔をしようというのですか……。」
自分から全てを奪った、あの忌まわしい世界のことを思い出し、いっそう怒りを募らせる。
魔法は効かない。だが、それ以外の物理的な方法で斬り裂くことが出来る。
剣を大きく振りかぶり、今度こそ男を斬ろうとした。
だが、あろうことか。
男は生命線であるはずの魔法のコートを脱ぎ捨て、目の前に広げた。
コートを魔法から身を守るためではなく、よりによって相手の目隠しに使ったのだ。
「な!?」
全く持って予想外の行動に出られ、一瞬斬撃を躊躇するルイーゼ。
すぐさま、男が駆け出したのは、先程銃を落とした場所。
「馬鹿じゃないんですか?大事なコートを捨てるなんて。」
未知の世界で拾ったコートは、強い力を秘めているのは分かった。
だが、何処まで彼女の攻撃を受けきれるか分からない。
回数制限があって、余裕ぶっこいてたらはいおしまい、なんてシャレにならない。
他にも、彼女がコートを無効化する能力を使ってくる可能性だってある。
「俺にはアッチの方が似合ってるのよ。」
男にとっては、超常的な力を秘めた未知のアイテムより、欠点も利点も良く分かっている使いなれた武器の方が重要だった。
魔法を無力化するコートと、ありふれた拳銃。
一見割に合わない交換のように見えるが、男からすればおつりが来るほどの話だ。
-
「なるほど。そう来ましたか。ですが私に背を向けておいて、無事でいられるとでも?」
男が拳銃を落とした場所は、少し離れている。
一瞬裏をかかれたが、まだ挽回するチャンスはある。
男が向かっている先に、拳銃があるのだとルイーゼもすぐに判断した。
相手が何処へ向かうか分かれば、容易に対処が出来る。
拳銃と男の間に瞬間移動すれば、目論見はたちどころに崩壊だ。
だが、ここまでは男も分かっている。
殺気が追いかけてくる様子が無い時点で、次に何をしてくるか容易に想像できた。
当然、そのまま走っていれば回り込まれ、あの剣か魔法の餌食になることも。
それが分かって男は、引き下がるどころか、その足をさらに速めた。
敢えてルイーゼに、テレポートをしやすい状況を作らせた。
なぜなら、空間移動の弱点を見抜いていたからだ。
一度瞬間移動を始めてしまえば、移動の修正は行えなくなる。
それが出来れば、先程自分が穴に落ちた時、先んじて穴の底から自分を串刺しに出来ていたはずだ。
同時に、現れてからほんの一瞬の間、彼女は無防備になる。
(そこだ!!)
これまで男は、2度ルイーゼのテレポートを見ていた。
だから、帰納的に彼女がどこから現れるか予測できた。
空間が歪み、予測していた場所に彼女の姿が映る。
「でええやあああああああああ!!!!」
「なっ!!?」
そのまま助走をつけて、現れた直後の彼女に思いっきりタックルを仕掛けた。
ラグビー選手もかくやというほどの、猪突猛進の一撃。
またも予想外の攻撃により、ルイーゼはゴロゴロと転がっていく。
殺し屋のイメージにあるスタイリッシュさなど、そこには存在しない。
だが、型にはまったやり方や理想通りのやり方で勝てるほど、甘い相手ではない。
-
完全に相手を出し抜いた今、すぐに男は拳銃に手を付けようとする。
しかし、ふと背筋に悪寒が走る。不意に脳裏を過ったのは、数刻前味わった電気魔法の痛み。
慌ててその手を小型銃から離した。
「……私の罠に気付くとは…一体どうして?」
事実、ルイーゼは先程地面を転がった際に、一瞬だけ銃に身体が触れた。
その一瞬の間に、男が触れるであろう武器に、高温魔法をかけておいたのだ。
銃を撃てば暴発する。そう言った罠を張っていた。
「理由などねえさ。殺し屋の勘……って奴かな。」
説明など出来ない。だが、それは下手な護身術より身を守ってきたのも事実。
彼が長年殺し屋をやり続けてきたのは、決して理屈で説明できる理由ばかりではない。
神というコードネームほど、彼は全てにおいて卓越したわけではない。
運が無ければ逆に死んでいたことだって、彼が思いつくケースだけでも両手で数えきれないほどある。
「何ですかそれ。全然面白くない。スベってますよ。」
だがほんの僅かに、ルイーゼの顔が綻んだ。
「へえ、じゃあ俺に出し抜かれたのは、実力って認めるんだな?」
「な…」
この期に及んでちんけな挑発をするとは。
だが、どういう風の吹き回しか。
ただイライラするばかりだった男の言葉を、どういうわけかもう少し聞きたいと思っていた。
「もう一つ聞きてえことがあるんだ。今度は身の上話的なものさ。」
本当なら言葉で相手をいなすのは、先の時点で失敗していたはずだった。
けれど、彼女とはどうしても話を続けたかった。
「私の何を知りたいって言うんですか?」
ルイーゼは剣を構えたまま。されどそれを振らずにいる。
いや、振れずにいると言った方が正しいか。
「お前さん、親、いねえだろ?」
だからなんだ。
そのたった6文字を、ルイーゼは出すことが出来なかった。
確かに男の言うことは当たりだ。だが、彼女に両親がいないことなど、この場に何の問題もない。
だというのに、ただその真実を言い当てられた、それ以上のことが起こった様な気がした。
「だからそんな無茶苦茶をしてるんだろ?」
「私に両親がいないことと、それと何の関係があるんですか?」
-
彼女には親代わりになってくれた者はいた。彼女の姉や、師匠がその役割を受けてくれた。
だが、ルイーゼは彼女らに全てを委ねることは出来なかった。むしろ少しでも早く自立したいとばかり思っていた。
「両親がいねえとな、いても愛してくれねえとな。自棄を起こしたり、誰かに好かれようと思って、無理に背伸びしちまうんだよ。」
彼は殺し屋として町を渡り、国を渡りながら、色んな人間を見て来た。
それで分かったことは。
肌の色や宗教や言語が多種多様でも、人間性はそこまで変わらないということだ。
「じゃあ、どうしろって言うんですか?どうすれば良かったんですか?」
誰が言ったか。子供と大人の違いは、もらう番とあげる番だと。
貰ってこなかった人はあげられず、どれだけ見た目が成長しても、中身は何時までももらいたがる子供のままだと。
実際にいくら彼女が力を手にしても、大切な人を助けられず、結局は誰にもあげられなかった。
「私には、もう何もないんですよ!!」
姉が行方不明になって以来、彼女は自分の役目を全うし続けようとした。
けれど、その生き方には意味が無かった。何も成せなかった。
「何もないだあ?いるじゃねえか、敵が。」
男は親指を自分のこめかみに当てた。ここにいるぜ、というサインだ。
あろうことか、彼女の何一つ思い通りにならなかった人生を、真っ向から否定した。
「俺は殺し屋だぜ?この手で何人も殺してきた悪者だ。正義の味方なら、倒さなきゃいけねえ存在じゃねえか?」
「本当に変な人ですね……言われなくても分かってますよ。」
「おねむの時間まで遊んでやるよ!」
その表情に、どこか笑顔が浮かんでいた。
ルイーゼの両手に魔法の光が宿る。男は地面を蹴り、躱す初動に入る。
今度は水の刃が、男を斬り裂こうとする。
森の木さえも斬り裂いて、真っすぐ飛んでくる。
だが、軌道が読めれば恐ろしくは無い。
男は彼女が年齢不相応のガキだと分かった時点で、どうすべきか分かった。
元気だけ有り余ってる幼児を無理に止めようとしても逆効果。
取り返しのつかないことになるのを防ぐ程度に暴れさせ、疲れて寝るまで遊んでやる。
魔法の渦が、嵐のように森を流れる。
炎が木々を呑み、水が押し流し、風が斬り裂いて行く。
戦えば戦うほど、森の見通しがどんどん良くなっていく。
-
そんな中でも、男はまだ生きていた。
だが、どこまで逃げることが出来るかは分からない。
「随分楽しそうだな。」
魔法を連発し、剣を振るい続ける間に、ルイーゼがどこか嬉しそうな笑みを浮かべる。
それを男は見逃さなかった。
「そうやって自分で思ったことを事実であるかのように言わない方がいいですよ。
女の子はデリケートな生き物なんです。彼女いたこと無いでしょ。」
「かー!!言うねえ。でも、こんなのも悪くねえだろ?」
戦っている最中とは思えないほど、軽口をたたき合う二人。
けれどルイーゼにとって、今が久し振りに気持ちの良い時間だと分かった。
今まで戦った敵とは、話し合う時間もなく、殺意を彼女に向けて来たからだ。
死合を好みながらも拳をぶつけて語り合う、ということは、彼女は出来なかった。
「おじさん、私が敵だってことを忘れてませんか?」
どうせこの男も、自分といればすぐに死んでしまう。
けれど、もう少しでいい。もう少しでいいから、この男と一緒にいたかった。
戦いを止めることは出来なくても、この気分をもう少し味わいたかった。
そんな彼女の願いは
儚く崩れ去れる
「あ………うあああああああああああああああ!!!!」
不意に軽い頭痛がしたと思ったら、心拍数が恐ろしいほど上がる。
自分が経験したことのなく、かつのっぴきならない状況に追い込まれていることに気付いた時は、もう遅かった。
あの男を殺せ
その言葉が脳内で何度も叫ばれる。
「……何が起こって……がっ!!」
男は激しい蹴りに吹き飛ばされた。あと一瞬後方に退くのが遅れていたら、よくて内臓損傷、悪くてそのまま蹴り殺されていた。
明らかに異常なことになっているのは、魔剣に疎い彼でも分かった。
-
それまで白銀の輝きを放っていた刀身が、突如真っ黒に染まる。
さらにその光が瞬く間に、ルイーゼを飲み込んでいった。
転移剣天三淵の力が、暴走しているのだ。
その剣が魔剣と呼ばれた理由は、凄まじい切れ味でも、瞬間移動能力を授けてくれるわけでもない。
持ち主の体力、あるいは魔力のどちらかが減った瞬間、精神を乗っ取り、持ち主を殺人マシーンへと変える。
ルイーゼが手をかざす。
凄まじい炎が花火のように飛び散り、草を、地面を、落ち葉を、木々を焼き払った。
「どわっ!!」
ギリギリで炎の連弾を躱す。
それでも躱しきれず、背中に火が付いてしまったが、咄嗟に地面に転がることで消火した。
今までとは比べ物にならないほどすさまじい魔法だ。辛うじて立っていた一本の木が、炎に包まれて倒れて来た。
「おい!!」
敵であるのにも関わらず、警告してしまう。
だが、もう一度彼女が右手をかざすと、周囲に竜巻が吹き荒れた。
男は勘違いをしていた。
ルイーゼが使う魔法は、手足や武器などに付与したり、罠として仕込んだりする者ばかりだと思っていた。
だが、直接炎や風と言った魔法を飛ばすことは、出来なかったのではない。しなかっただけだ。
通常使用も本来なら可能だが、姉を殺めてしまった際に通常での魔法行使がトラウマになってしまっていて付与以外ではまともに使用ができなくなっている。
彼女は勇者だ。たかだが魔剣の呪い程度に屈することはない。
だが、それはもとの世界の話。
転移の際に承った加護の力が薄れる世界で、魔法の連発による代償で精神にいくつもの穴が開き。
呪いに対し、恐ろしいほど弱くなっていた。
何の因果か、彼女も殺してきた弟弟子や姉と同様に、呪いの力に飲まれてしまった。
おまけに、激しい魔法を使った代償に、男とのやり取りまで記憶から抜けてしまった。
(これは……俺じゃどうにもならんぞ……?)
竜巻に巻かれそうになりながらも、何とか攻撃範囲の外に逃げる。
彼女の魔法によって木々が吹き飛ばされ、幾分か森の日当たりが良くなってたはずなのに、彼女がいる場所は、真っ暗だ。
何もかもがこれまでと違う。
今までは何度か死にかけながらも、相手に付き合ってやることが出来た。
だが、今は話が通じそうにないし、手加減というものを忘れてしまっている状態だ。
-
逃げても助かる可能性が低いが、明らかに逃げるしかない。
彼女を放置するのは気が引けるが、もはや自分では手の施しようがない。
もしかすれば、あの剣に詳しい者と会えるかもしれない。
「おい。何してんだよ。」
どういう訳か男の向かった方向は。
彼女のいる方向だった。
自身でも何をやっているのかさっぱり分からない。
目の前の相手は最早自分でどうこう出来る相手じゃない。
今の状態になる前から彼女を止められなかった自分が、今の彼女を止められるとは到底思えない。
だというのに、男はルイーゼの下へと歩いて行く。
情に走った殺し屋は容赦なく死ぬ。
だから何だと言うんだ。じゃあ死ななければ良いだけの話だろう。
パン、と破裂音が鳴る。
竜巻がごうごうという中でも、その音は響いた。
「ああああああああぁぁぁぁぁあぁあああああ!!!!」
力いっぱい彼女は剣を振るった。
しかも雷の属性が付いている状態で。
魔剣のリーチ外であるため、斬殺されることは無かった。
だが、黒い雷が殺し屋目掛けて飛んでくる。
「効かねえよ!!」
男は銃を持ってない左手を前面に出した。
勿論、そんなことをすれば感電死か焼死のどちらかが待っている。
防具が無ければ、の話だが。
既に男の右手には、魔力を無効化するコートが巻かれていた。
竜巻魔法で飛ばされ、男の所へやって来たのだ。
袖を通して着ている時間は無かったが、それでも腕に巻けばガード出来ると、賭けに出たのだ。
「目を覚ませよ!!お前、こんなことしたかったんじゃねえだろ!!?」
確かに今の彼女の力は恐ろしい。修羅場を幾度も潜って来た彼が思うのだから、それは間違ってはいない。
けれど、力が恐ろしいからこそ、気づいた。
もし完全に意識が飲まれたのであれば、暴走状態になっているのであれば、今頃自分はとっくに殺されていたのではないか。
-
すぐに地面に落ちた拳銃を拾う。触れた瞬間ろくでもないことになる覚悟はあったが、今度は付与魔法はもう切れていた。
拳銃の引き金を引く。
狙いは彼女の心臓ではなく、得体のしれない真っ黒な刀だ。
拳銃などでそんなものを壊せるかどうかは分からないし、むしろ返り討ちに遭う可能性が高い。
刀は彼女ごと消えた。
暴走している状態でも、テレポートの能力は使うことが出来る。
でも、問題は無い。現れた瞬間は無防備なのは分かっている。
まだ銃弾は残っている。その瞬間に撃てばいいだけだ。
そう考え、相手の出方のみを窺っていたのがまずかった。
「しまった……やられた!!!」
自分の身体が鉛のように重くなる。同時に自分が間違ったことをしていたことに気付く。
またも重力の魔法陣に囚われてしまった。
「ちくしょう…動けよ!!」
彼は今までの状況が先程までと全く異なることに気付いていた。
それが失敗で、過去に彼女から受けた技に対して警戒を怠っていた。
左腕だけは魔法無力化のコートを巻いていたため自由に動かせたが、左腕だけではどうにもならない。
今度は罠破りの護符はもう無い。
チェックメイト。完全に男は詰んでいる。
神というコードネームを頂いても、それはあくまで人の彼に対する理想。
飢えれば動けなくなるし、年も取るし、脳や心臓を壊されれば死ぬ。
(ふざけんなよ……自分からノコノコ出て行って、挙句罠に嵌って死ぬとか情けねえにも程があるだろ……。)
真っ黒な光に包まれたルイーゼが、男から少し離れた所に現れた。
その左手には、真っ赤な炎が燃え盛っている。
-
「おい!目を覚ませよ!!こんなことで終わっていいのか?」
男の言葉に反応したのか。
不意に彼女の右手の炎が、小さくなっていった。
「せめて、殺すんだったら目を覚まして、自分の意志で殺せよ!!」
彼女の魔法の力が、消えて行った。同時に男の身体も軽くなる。
黒い光はまだ消えていない。
だが、この機を逃すわけにはいかない。まだ重い右手で、銃を拾い上げる。
「ああああああああああ!!!!」
再び彼女の右手に、炎が宿る。
拮抗しているのだ。彼女の意志と、魔剣の呪いが。
どちらも男を倒そうとしている。けれど、その奥には天と地ほどの違いがある。
「夢の狭間で、泣いてんじゃねえ!!!」
銃の引き金が発砲される。
狙いは当然、真っ黒な剣だ。
彼の腕前なら、この距離ならば的が細長いものでも、撃ち抜くことが出来る。
その銃弾は、彼女の剣を正確に当てた。
だが、金属音と共に、銃弾は剣の腹によって弾かれる。
当てただけだ。銃弾一発では、砕くことは出来なかった。
「くそ………失敗か……」
今度こそ全ての望みは潰えた。きっと、二度は当ててくれない。
早く逃げないといけない。だが、その必要は無かった。
「……ありがと……ございます……恩に着ますね。」
彼女は、闇に包まれながらも、太陽のような笑顔で笑った。
これまでの絶望が嘘であったかのような笑顔だった。
「決着、つけましょうよ。おじさん。」
初めてだった。
魔法の代償で消えた記憶が戻ったのは。彼女のあまりに長い3年の間でもこれが初めてだった。
「俺はまだおじさん呼ばわりされる年じゃねえよ。」
ルイーゼは分かっていた。
今の自分は、怪物になった姉や弟弟子と同じようなことになっていると。
タイムオーバーだ。既に魔剣に精神の大部分を飲み込まれてしまった。
もとの世界で承った加護か、解呪に詳しい者がいれば助かるかもしれないが、どちらも無い今どうしようもない。
だからこそ、一緒に生きて欲しい人と戦って、最期を迎えたかった。
-
「行くぞ。」
「勿論です!!」
本当は、彼はルイーゼを救いたかった。
不思議な話だ。今までそんなことは無かったというのに。
だが、彼女は自分の意志で、人にも武器にも左右されず、男との戦いを全うすると決めたのだ。
ここで求められるのは、殺し屋としての役割だ。
「そいつはケンドーって奴じゃねえか?ジュードーやカラテは習ったことあるが、それはやったことねえんだ。
てかお前さん、日本人だったのか?初めて知ったぜ。」
「喋っていると真っ二つですよ!!」
最後は彼女は、魔法を使わなかった。
男に見せたのは、あの世界に行く前に習っていた剣道の構えだ。
だというのに、今までの中で一番様になっていた。彼女らしかった。
ルイーゼに会ったのはほんの少し前なのに、何故かそう思えた。
今までで一番流麗な太刀筋だった。
彼は剣道の試合を見たことは無い。
だが、本場の剣豪や、剣道選手にも引けを取らないと思った。
「面!!!!!」
森全体に、彼女の声が響く。
ほんの少しも淀みのない声が。
その勢いだけで、押し負けてしまいそうだ。
気が付いていたのだろうか。
彼女は解放され始めていた。
破滅の引き金となった、あの忌まわしい世界から。
殺し屋だった男は、世界が植え付けた呪いさえ殺したのだ。
「またな。嬢ちゃん。」
彼女の掛け声と対照的に、男の声は静かで低いものだった。
ただ、銃を構えて。ルイーゼ以外目もくれず、彼女の心臓にのみ照準を定める。
-
手を変え品を変え、殺し屋の技術で、勇者の技術で、時にはどちらも予想していないハプニングで。
騙し騙されしてきた2人の戦いは、驚くほどシンプルだった。
勇者が斬るか、殺し屋が撃つか。
ほんの1秒にも満たない出来事なのに
ひどく、ひどく長いように思えた。
異様なほど白黒な世界が二人を覆う、覆い続ける。
どれくらい時間が経ったか分からないが、そこに赤が入り込む。
それは、ルイーゼの血だった。
一手遅れれば、頭から真っ二つにされて、男は死ぬはずだった。
だが、それより早く。
彼の放った弾丸が、ルイーゼを、勇者を、呪いを貫く。
■
痛い。
でも、こんなに心地よい痛みは初めてだ。
彼女はよく分かった。もうすぐ姉様や弟弟子、師匠の所へ行くことになると。
少し申し訳なかったのが、あの時自分の抱いたものと同じ苦しみを、あの男に押し付けてしまうことだ。
空が、とても綺麗だった。このまま空だけ眺めて死ぬのも悪くない。
でも、まだ一つやることがある。
「ありがとうございます……。私を、救ってくれて……。」
「礼なんざいらねえ。仕事を全うしただけだ。どうせなら、名前を教えてくれよ。」
初めてだった。
男が殺した相手の名前を知ろうとしたのは。
彼は殺す相手の名前を知ろうとしても、殺した相手の名前などどうでもいいはずだった。
「私の名前、ルイ……いや、莉世(りぜ)って言うんですよ。」
力なく倒れて、剣を手放した彼女は、それでもじっと男の顔を見続けていた。
彼女の世界は、崩れていく。そんな中でも、男の姿ははっきりとあった。
「そうか。俺の名は―――――」
その時、莉世の口元が、柔らかく吊り上がった。
男の心を、温かいようなふわふわしたような何かが包み込んだ。
だからなのか。
人を殺して初めて男は、泣いていた。
幸か不幸か。その涙を見る前に、ルイーゼ・フォン・エスターライヒ、否、雛野莉世の目は閉じていた。
【雛野莉世(ルイーゼ・フォン・エスターライヒ) 死亡】
【残り 29人】
-
呪われた勇者を討った殺し屋は、彼女を埋葬した後、森から出ることにした。
「あー…やっぱり慣れねえこと、するもんじゃねえな。」
身体中がやたらめったら痛む。
タバコが吸いたい。好みの銘柄一箱と金貨一枚で交換したくなるほど、無性にタバコが吸いたい。
眠りに落ちたい所だが、ここで寝たら襲撃されかねない。
せめて市街地の方に移動してから休憩したい所だ。
もうそろそろ森から出る、と思ったあたりで目に入ったのは、花束だった。
一体何でこんな所に、と思った。辺りを伺うも、罠ではないらしい。
「よく見りゃこれ、花嫁が投げるアレじゃねえか。」
それが何なのか分かると、どうしてここにあるのかすぐに察しがついた。
大方、結婚なんて意味が無い、出来る訳がないと自棄になっていた彼女が投げ捨てて行ったんだろう。
「馬鹿野郎が……」
彼女の気持ちを結局分からなかった。
殺しを生活の糧にして、それを肯定して来た彼には理解できないことだった。
男は結婚式に参加したことは無い。
呼んでくれる者はいないし、そもそも自分がそんな目出度い場所にいられる権利は無い。
だから、ブーケというものを知識で知っていても、実際に見たのは初めてだった。
「投げられたブーケを最初に取った奴は、幸せになる、だっけ?」
それに関する知識も、当然うろ覚えだ。
殺しに必要なことでもないから。
「リゼ、俺はお前とは違う。何処までも生き残って、幸せを掴んでやるよ。」
-
次に帰った時に吸うタバコは、きっと特別な味がするだろうな。
何故だか、そんな気がした。
【A-2、森/朝
【神】
[状態]:疲労(大) 腹部、背中に打撲(大)
[装備]:ハンドガン(残弾3) 替えの弾丸10 ドグラ・マグラ・スカーレット・コート
[道具]:基本支給品一式 ランダム支給品0〜1 ルイーゼのランダム支給品0〜1 ブーケ 護符×4
[思考・行動]
基本方針:殺し合いの打破。ただし危険人物は殺す
1.帰還し、一服する
2.馬鹿野郎が……。
※魔剣天三淵は、神が破壊しました。
【支給品紹介】
【小型銃】
神に支給された拳銃。
サイズは小型で、軽めで反動も少なく収納しやすいのが売り。
【護符×5】
神に支給された、何処の神社でもありそうな紙の札。
今の所発覚しているのは「罠破り」「無病息災」「交通安全」のみ。
一度効果を発揮すると破れてしまう。また、紙である以上破られたり燃やされたりすると効果をたちどころに失う。
本(ぽん)神社で売られているが、それらは特に力を発揮しない普通のものである。
【ドグラ・マグラ・スカーレット・コート】
A-1に埋まってあった宝。
あらゆる魔法・超能力を無効かする鳥の羽で織られたコート
ついでにそこそこあったかい。ただし、無効化できるのは魔法の力だけで、斬撃を受ければ破れるし、魔法以外の力で起こした火でも燃える。
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投下終了です
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では感想を書かせていただきますね。
>信じるな、疑うな、確かめろ
La traviataのときも思ったが、このロワ綺麗な話書く人多くねえか?
巫女とオルガン弾きの綺麗な2人の世界の綺麗さが壊されないように、って思ってしまうくらいでした。
特に新田目のミカに会いたいけど会えないってのが切なくて良かったです。
>ここに素敵なものがある
私の登場キャラをリレーしてくださってありがとうございます。
前話とは違い、偉くドライな話ですね。
しかし一体デスノは何を思ってそこに絵本を置いたのでしょうか。
そしてこの殺し合いの行く果てに、彼女は母親のことをどう思うようになるのか気になります。
>Pacifista
同じく私の投下キャラのリレーありがとうございます。
それにしても戦闘描写濃っ!!そしてうっま!!
フレデリックが未知の生物相手にどう戦うか、その描写がめっちゃ緻密で、感動を覚えました。
しかし病院に集まる人多そうですが、次の周回でどうなるか気になりますね
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雪見儀一、舛谷珠李
以上予約します。
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蕗田 芽映
笑止千万
予約します
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投下します
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「よく哭いてくれるから客の集まりが良い」というのが、私という「娼婦」に対しての店長からの評価だったという。
貧困の親に売り飛ばされた少女、それで日常的にDVを受けていた。となれば身体よりも反応を楽しむ玩具としての側面で話題になったのだろう。
兎に角、苦痛を伴う事ばかりされた、この服装はその手の好事家のリクエストで、生前での思い出は碌なものしかなかった。
初めてを奪われたのは売られて数日後から、無理やりやられた時の泣き叫びが客に受け、その手のプレイが恒常となった。
殴られるよりもぶたれるのが痛い事を人生でこれ以上無いぐらいに味わって。
いくら泣き叫んでも、苦しんでも、それは結局見世物にしかならない。
なんて酷い人生だったのだろうか。
なんの希望もなく、なんの救いもなく。報われないまま終わった私の過去は。
信じることに意味なんてなくて、願うことに価値なんてなくて。
自分が幽霊になった理由なんて気に求めなかった。
あの車掌は未練がどうとか言ってたけれど、その時の私はそれがわからなかったから。
でも、今になってようやく理解した。
助けてもらいたかったんだと思う。いや厳密には、誰でも良いから自分に手を伸ばしてほしかったんだと。
それが、実はあの娘だったことに今更ながら気付くのが遅すぎたというだけで。
挙げ句自分が手を伸ばす側に回ってしまうなんて生前は思いもよらなかったから。
最後の光景が今にも脳裏に浮かぶ。何が起こったのかわからないって顔で。
消えそうな私の手を必死に掴もうとしながら、泣きじゃくるあの娘の。
幽霊なのに、そんな事しても無駄だって分かってるのに、それでも思わず手を伸ばしそうになった私は。
ああ、そうだった。
私のためなんかに、誰かが泣いてくれたことなんて、あの娘が初めてだったから。
車掌はよくも悪くも平等、他の乗客はかつての自分含めて他への深入りはしない。
誰かの優しさに飢えていた、なんてらしくもないこと考えてて。
あれ、そういえば。私、あの娘に最後なんて言おうとしてたのかな。
思い出した。もうあの娘が見えなくなって、誰もいない場所で。
「――ごめん」
人のこと言えないぐらい、酷い顔をしていたんだと思う。
あの時私の頭を撫でていた車掌は、心なしか優しかったような気がするけど。
そんなこと、どうでもよかった。
『くるるさんは、何も悪くないです』
-
◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯
「――ごめん」
「くるるさんは、何も悪くないです。……私のせいです」
小窓の隙間風の如く漏れ出したくるるの呟きに、思わずミカはそう鸚鵡返しに謝ってしまった。
少なくとも、くるるの怪我は守りきれなかった自分の責だと、少なくともミカはそう思い込んでいた。
人を守るために造られた"テンシ"であれど、全てを守りきれるわけがない。
時にはその眼前で零れ落ちる命は沢山見てきたし、その事実に特にミカは心を痛めることが多かった。
今回だって、何か間違っていたら。くるるが機転を利かせなければ、自分は何も出来ずくるるが殺されるのを見ているだけだっただろうと。
「私が、ちゃんと。守らないと、いけないのに」
途切れ途切れながらも言葉を紡ぐミカの顔は、今にも泣きじゃくりそうだった。
「これ以上自分から奪わないで」と血反吐を吐きながら叫ぶような、悲しみの痛みの入り混じった表情。
これが兵器として造形されたものだと、到底信じられない。それこそ本当に人間のようで。
「また、守れないのは、いやです。失うのは、嫌なんです……」
テンシの記憶回路に過ぎるは過去の惨劇。防げなかった悲劇。
廃墟と化した街と、原型を留めていない死骸に同じテンシたちの残骸。
そして、何よりも守りたかったマスターの最期。その直後にこれに巻き込まれた。
あの時に感じた、喪失と言う名の空虚。怒り、悲しみ、胸が苦しくなるそんな感情。
マスターから教えてもらったもの、そこから広がった繋がり、ミカにとって何もかもが尊いものだった。
換えの効かない唯一無二の思い出。失いたくない日常そのもの。
それが、一瞬で、ほんの数時間のアクマの大軍勢の猛攻で崩れ去った。
(……ばか)
だからこそ、播岡くるるは彼女の嘆きと苦しみを、放ってなんておけなかった。
失いすぎて、残った拠り所を失いたくないと足掻くしかない女の子だ。
大層、そのマスターという人物にとっても大切で、彼女もまたマスターを大切に思っていたのだろう。
失うことの辛さは、あの娘が一番知っていて。失われた側の自分も痛いほど知っている。
そんな彼女(テンシ)と出会ってしまったのは、あの娘を救ってだけ救って勝手に満足してしまった自分への罰とでも言いたいのやら。
(うぅ……)
ノエルから受けた傷が痛む。幽霊になってから物理的な痛みなんて長らく縁のなかった幽霊生。
お腹はまだ痛むし、切り裂かれた背中の傷なんてよっぽど堪えている。呻いて、咽び泣いてもいいかなと思いながらも。
これ以上この優しいテンシを悲しませないためにと気丈に振る舞って。
「……大丈夫、よ」
「で、でもっ」
「"でも"だとか、そう悲観的になる暇あるんだったら、前向いてやること考えて」
強いて言うなら、そのぐらいの言葉を掛けるぐらい。
自分に気遣いだとか優しい言葉だとかはそう簡単には思いつけない。
出来ることは発破かけてなんとか奮い立たせる程度。
ミカのキョトンとした表情を見るに、効果があったのかは微妙な所であるが。
「……後悔なんて、死んだ後でも出来る。でも、やりたかった事は手遅れになったんじゃ遅いから」
最後に気づいた感情がそうであるなら、手遅れだったというのは間違ってはいない。
もうちょっと素直になるべきだったとか、もうちょっといく居たかったとか、後悔することだけなら死んだ後でも出来る。
でも、本当にやりたいことや、やるべきことは。その時にしなければずっと後悔し続けることになるだろう。手遅れになってようやく気づいた内に沈んでいた感情のように。
私が、あの娘を助けたように。その後に待ち受ける運命が分かり切っていたとしても。
-
「どんな選択したって、後悔なんて後から湧いてきちゃうものだから。だったらせめて、やりたいこと最後までやって、満足した上でちょっとだけ後悔するぐらいが、丁度いいのかな。……って、これじゃあただの自己満足ね」
もはや最後は自らの行為に対する自嘲に過ぎなかったけれど。どうせ最後に後悔するならあなたのやりたいことを好きなだけやってしまえばいいということで。
ミカという、感情を得たが故に喪失の悲しみに脆弱であるテンシに対してやれることはこれぐらいで。
「……わたしの、やりたいこと」
「突然言われても決まらないと思うから、ゆっくり考えていけば……ううっ!」
「っ……」
ぶり返した痛み、黒い衣装から垂れ落ちる赤い雫と共に、くるるの顔が歪む。
ああ、心配させまいとしたのにと途端にこれだ、幽霊として10年以上生きてきた弊害だと、ほぼ無傷なのに自分以上に辛そうなミカの顔を眺めながらも、心の内でくくるは自らの甘さを自嘲する。
「……大丈夫、よ。ただ、こういうの、久しぶりだったから」
そう優しく語りかけるも、見るからに我慢していますという表情ではミカにはお見通しだ。
どうにも自分はあの娘との出会いで様変わりしすぎてしまったようで。ここまで見ず知らずの誰かに親身になるなんて生前は有り得なかっただろう。いや、生前も、結局はこういうお人好しと評される類の人物だと、今更ながら客観視出来てしまうのも、何とも複雑な話。
けれど、このくるるの行動と反応は、間違いなくミカの中で何かを決心させるきっかけだった。
「……くるるさん。私、やりたいこと出来ました」
「……思ったより、早いじゃない」
伏せた顔が、陰りがあった表情が毅然と凛々しいものとなる。
それは宛ら本当の天使のようだと、くるるが錯覚するほどに。
「くるるさんの事、最後まで守らせてください。それが今、私がやりたいことです」
マスターを失い、誰も守れなくて。自分の存在意義が揺るぎそうになったあの刻より呼び出された孤独な天使(しょうじょ)。
既にミカにとっての播岡くるるとは、現地で出会った同行者という枠組みでは無くなっていた。
彼女は、マスターとは違う意味での優しい人で、ある意味マスターのような人だと。
素直ではないけど、その言葉には気遣いが感じられて。苦しみを抱えたまま誰に対しても毅然かつ平等に向き合う"善い人"で。
それは、罪悪感の拠り所を探していただけかもしれない。マスターの代わりを求めていただけかもしれない。喪ったものの埋め合わせる何かを。
それでも、この冷たい機械仕掛けの心臓が、熱く鼓動を打ってこの"心"を動かす原動力となるのなら。
「私なんか、守られる価値なんてある?」
「価値がどうとかじゃなくて、私がそうしたいから」
半分試す意図も交えた、半ば申し訳無さそうに呟いたくるるの弱音に対しても、ミカははっきりと返す。
命令だから守るだとか、使命がそうだから守るだとかじゃない。
マスターに対しても、いつかそう言いたかった。
でも彼女はマスターじゃなくて、ここで出会った新しい思い出で、優しい人。
マスターと違って変わった人で、マスターみたいに不器用な。
-
「もう、私は大切な誰かを失いたくないんです。あなたも含めて、です」
手の届く範囲の誰かすら取りこぼしそうになった。いや、取りこぼしてしまった欠陥品が何を言うのか。
でも、自分は誰かを守るという行為を、今度こそテンシとしての使命だとかではなく、自分の意志で。
「……ああ、もう。どうして私ったら」
こういうのに弱いのだろうと、くるるの口元が緩む。生前は、そんな優しさが全く報われなかったというのに。
「……月並みなこと言っちゃうけれど、一緒に戦ってくれる? 一人じゃ、不安だから」
「言われなくてもです。もう一度言いますけれど、くるるさんは最後まで私が守ってみせますから」
あの娘と言い、ミカと言い。自分には勿体ないぐらいの、優しくて温かい繋がりが出来てしまう。
そう言えばあの車掌が「未練と向き合えた時に新しい出会いがあるかもしれない」とか言ってたけれど、ルール破った自分にそれを言うのは嫌がらせなのかと怪訝したくなりながらも。
これが泡沫の夢と終わるとしても、この優しすぎるテンシの心の拠り所ぐらいにはなりたいと、今度はちゃんと別れの言葉を言えたら良いなと。
その程度の小さな願いぐらい、聞き届けてくれたらと願うのだ。
◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯
「どうしよ」
やっちまった。大の字のままギャグ漫画とかでよく見るぐるぐる目で気を失っている見知らぬ少女(オリヴィア)を見下ろしながら、四苦八苦は自らの失態を悟った。
冷静に考えたら血塗れスタイルの顔が隠れそうなぐらい髪の長い女が眼の前に現れたらそりゃ人によってはキャパオーバーで気を失ってもおかしくない。
こんな事は、だいぶ前にバイトしていた売春宿で、「豚小屋(にくべんき)部屋」に放り込まれた脱走未遂者の代わりとして急遽呼び出され客の前に顔を出したらその客に卒倒された以来のこと。
これに関しては店側のミスなのだからそれは良いのだが、今回ばかりは初対面で変な印象持たれるのはなるべく避けたかった。
避けたかったのに貧血で頭がロクに回らない状況でこの有様なのだから、もうなんか踏んだり蹴ったりである。
「いやほんとこれどうしよ」
四苦八苦とて世間一般にはろくでなしと呼ばれる人種であるが、流石に証拠隠滅のために見るからに無害そうな女の子を殺害しようとするまでは落ちぶれてはいない。
だから正直、今後の事も考えてどっか安全な場所まで運んであげようと思ったが、はっきり言って力仕事は門外漢。少女一人運ぶにしても正直言って無理の無理。
「よし、さっさと用事を済ましてとんずらしよう」
だったらやるべきことは一つ。さっさとこの場から離れる事だ。
勝手に人のこと目撃して勝手に失神したのはあっちの自己責任だ。
殺害とかするつもり無いし、このままスルーできるのならそれに越したことはない、いやほんとこのまま何も起きないでほしかった。
というわけで善は急げ、すたこらさっさ。
駆け足気味に早歩きでこそこそと四苦八苦は足早にその場を離れ、食堂へと向かうのであった。
既に、少女の意識は半分ほど覚醒していることに気づかず。
-
◯
「……作り置きがあってよかったぁ」
病院内、食堂エリアにて。
座席に座り、テーブルの上に置かれた定食。
白いたくあん、れんこんの和物、味噌汁、トマト白菜レタスで構成されたシンプルなサラダ。そしてメインとして玉ねぎと白ごまが彩られた四元豚と玄米ご飯。
それらの味を堪能しながら、四苦八苦は身体にエネルギーが流れ込む感覚を堪能していた。
運がいいのか悪いのか、キッチン内の保存場所やらに作り置きされたであろう定食の数々が、まるで出来立てほやほやと言わんばかりの暖かさで配置されており、「何時でも食べていいですよ」と言わんばかりの準備の良さで並んでいたのだ。
その為、「おそらくだいぶ前から作り置きされてたであろうというのにどうしてこう出来たて同然かつここまで保存状態がいいのか?」という疑問が浮かんだが。
「いやぁ、久しぶりのご馳走だなぁ」
最近は懐が寂しくパンの耳ばかりだったのもあってか、手作り感が滲み出る食堂のおばちゃんの味が身体に染み込み、感涙しそうになる。
四苦八苦、数カ月ぶりの真っ当な食事にありつけたのだ。いつもは陰険な表情である彼女の顔は今だけは心なしか輝いて見えるだろう。
(でも、この食事のお陰でちょっと会場の気になる点も見つけれた)
四苦八苦は不死の異能者である。度重なる機関の実験による怪我の功名か、そういう類に対してのある程度目ざとくなった。
間違いなく、これもまた再生能力の類によって構築された何かだ。一定の温度、一定の鮮度を保てるように設定されたオブジェクト。
破壊もされる、破損もする、場合によっては腐りもする。だが、「何もしない」という一点さえ満たした場合、一切の変化を否定し常態し続ける。
灰と化した死した骸のように、とは語弊のある言い方だが、なまじそんな感じだ。
(……これ、ただ生き残ればいいってだけじゃすまないかも)
こんな大掛かりな事ができる連中なんて機関内ですら聞いたことがない。
会場全体が再生能力に酷似した、生物であり非生物であるような謎の物質で構成されている。と言っても、これら自体が接種しても自分たちに影響を及ぼすようなものではない事だけが救いか。
もしその手の反応が時間差で発動するものなら、自分の体が真っ先に何かしらの反応を示すであろうから。
(うーん、どうしよ……)
最後に残った味噌汁を飲み干して、思考を巡らす。
先程の少女は自分のミスもあって次あったとしてどういう対応されるか。そもそもこればっかりは説明不足と確認不足による自己責任。
(アイテムまだ確認してなかったっけな)
そういえば、と。初手あの有様なせいで確認できていなかったデイバッグ内の中身を覗く。
ちょうどいい感じに衣服の類っぽいのが見えた、ので。
(よし、着替えよう)
どうせさっきの彼女以外誰も居ないだろうと高を括り、血塗れの服を脱ぎ捨てて新しい衣装に着替えることにした。
-
◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯
裏口の緊急搬送口からエレベーターを使い入院病棟に辿り着く。
ミカに、というよりテンシ共通として内蔵された熱源センサーには人間の反応はない。
くるるもその事実を知って、どっと疲れたような感覚に陥りながらも安堵の息を漏らす。
一旦は安全圏、とも言い難いが少なくとも多少は休めるという安心感はあった。
ただし、一つ問題があるとすれば――
「鎮痛剤もないって、どういうつもりで病院なんて設置したの……」
くるるとしては、もはや呆れた声しか出なかった。
真っ先にくるるの傷をなんとかしようと倉庫に突入したは良いが、その倉庫内にまともな医療品はなかった。最低限、包帯ぐらいは一応見つかったため、くるるの傷を覆い尽くすように巻いて処置。
「……流石に包帯までなかったら切れてたわよ、流石に」
「大丈夫、ですか?」
「大丈夫よミカ。流石にちょっとは楽になった。巻いたたおかげで血も止まったみたい」
「まだ万全ではないけれど、襲ってきた相手をなんとかする程度は」と、自分は大丈夫ですアピール。
少なくとも、その程度のセリフを吐ける程度には心身的な余裕は用意できたらしく。
「兎に角、今はあいつの事ね。あの武装、ミカは覚えがあるみたいだけど」
「――はい。"アクマ"が所有していた兵器の一つです」
オリヴィアと名乗る狂人が所有していた武器。ミカが知っているような反応をしたが、実際そのとおりであった。
「私達"テンシ"の躯体を加工し、生み出された。テンシ殺しの武装の一つ。私達の世界では"大罪兵装"と称されていた7つの武装、その一つです」
アクマ側が対テンシの為に、テンシの亡骸を回収・解析。後にジョーカーと称されるアクマ側に組みしたある人間の力も借り生み出されてしまった7つの兵装。その一つが、あの不可視の刃を打ち出す弓矢。
「あれは弓矢の体を為していますが、その実態は刃の設置。不可視の罠で相手を刈り取るものです」
「それに加えてあいつの妙な体質……ああもう、厄介すぎるわ」
設置自由の不可視の射出刃、そして全てを滑らせ防ぐ脂の防壁。
ただでさえ狂人の癖して頭も回る。オリヴィアと名乗った少女は間違いなく"脅威"であり、救済の文言を掲げて殺戮を許容する人の形をした怪物。
「……でも、絶対止める。止めて見せる」
「では、くるるさんの事は私がサポートします」
播岡くるるに、あの狂人の思考など全く持ってわからない。分かりたくもないだろう。
救いを掲げながら、全てをなかったことにできると大言壮語を繰り出し、虐殺する。
そんなやつは野放しにしてはおけない。これ以上の犠牲なんて出させたくない。
結局、そういう方向に傾いてしまう自分は心底あの娘に影響されてしまったと自分自身に呆れ返りながら。
ミカが肯定するように頷いたのを見て、もう覚悟は決まっていた。
「あ、あの〜……」
直後、背後から響いた、決意に水を差すような気の抜けた声。
真っ先に反応したミカが振り返れば、こちら側を見た途端目を輝かせて見つめる金髪の少女が一人。
最初こそ訝しんだミカも少女の態度に思わず緊張が解れてしまう。
まさに白無垢というか、穢れの知らない少女という印象のほうが大きかった。
-
「もしかしテ、ここのスタッフさんデスか? でもコスプレしてるなんて珍しいデスネー」
「いえ、これはコスプレではなくて……」
「こっちは好きでこの格好やってるわけじゃないけど」
何とも少女の呑気な発言だろうか。自分たちを仮装している病院スタッフと勘違いしている。
思わず二人が突っ込み、ミカがさらっとコスプレという用語を知っている事に「彼女のマスターってホントどういう人……?」なんてくるるが訝しんだのもつかの間、くるるの思考はこの呑気な少女の態度が真っ先に気になった。
呑気すぎる。いや、彼女なりに自身を取り巻く周囲の異常には何となく感づいているだろう。
にしては幾らなんでも違和感があった。死人である自分や、生物の死が身近に有る世界の住人だったミカ、イかれてる自称オリヴィアはいいとして。
「でも丁度良かったデス。病院なのにスタッフ誰も居ないから可笑シイと思いマシタ……。さっきのサダコみたいのはイイとして、ここは、一体ドコなんデス? どうしてワタシ、病院にいるんデスか?」
外人特有のカタコト言葉で喋る少女。おそらく彼女は、自分が殺し合いに巻き込まれたという意識が全くない。この様子だと、デスノの説明も見せしめの処刑も覚えていないだろう。
かつてのくるるに、こういう事例は覚えがあった。
幽霊列車において、極稀に死の直前の記憶どころか生前の記憶をすっぽり忘れている乗客が乗ったりする。
そういうのは大体、「自分の辛い記憶」に耐えられず脳が意図的に記憶の瑕疵を抜け落としただとか、そういうようなものだと
――もしくは、記憶に関する「そういう能力」持ちなのか。
「……私たち、別の病院のスタッフとかじゃないわよ。ていうか何処の世界にゴスロリファッションしたナーススタッフいるのよ?」
「言われるト確かにそうデスネー」
「でもですねくるるさん、医療特化の次世代機(テンシ)がマスターの趣味嗜好によっては……」
「ミカ、今そういう豆知識はいいから」
ともかく、少女からの誤解はあっさり解け、なんかミカが役に立つのかどうかわからない豆知識を披露したりもしたが、少なくとも彼女は殺し合いに乗っているとかどうとかではないことは確認できた。
「えーと、くるるさんと、ミカさん、で良いんデスよね? 私、オリヴィア・オブ・プレスコードって言イマス!」
「……なんですって?」
最も、少女の次の。直後のオリヴィア・オブ・プレスコードの自己紹介が爆弾発言としてくるるとミカに衝撃を与えた事はともかく。
僅かながら目を見開き、動揺がオリヴィアの目からしても確認できたらしくか、二人の沈黙に思わず首を傾げる。
緊張を交えた数秒の後、静寂、困ったように額を抑えたくるると、何かを察して険しい顔になったミカが。
「……くるるさん、これは」
「やってくれたわね、あいつ……!」
多分、あの女にその意図があったかどうかは知らない。
だが、少なくとも自分が何者かを悟られない為にやったとしても、問題はそこではなく。
「必要ならば他人の名前を偽る」という手段を取る女だという事実が問題だった。
そんな状況に全く気付く余地のないオリヴィアは、二人をただただ眺めるしかなく。
「……ごめん、巻き込みは無かったけれど」
「え、え? なんでくるるサンが私に謝るんデス?」
「貴女の名前を騙って私たちを殺そうとしているやつが、私たちを追ってここに来ようとしてるの」
「――え?」
くるるによって告げられた事実に、オリヴィアは逃れようもない真実を。
「害意を以って誰かを傷つけようとする存在」がこの病院に向かってきているという事実を。
場合によっては忘れるさることが出来ても、他人を見捨てるまで図太い選択は取りたくないと思ってるオリヴィアは。
ここで漸く、この舞台が異常であるということを、知るに至ったのだ。
-
【E-5 入院病棟・倉庫前通路/朝】
【No.013】
[状態]:健康、決意
[装備]:兵装"ジャンヌダルク"
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0〜3
[思考・行動]
基本方針:人間を護る
1:くるると行動する。
2:今はくるるを護る、自分の心のままに。今度こそあんな悲しい思いはイヤだから。
3:オリヴィアと名乗った女性(ノエル)を警戒
4:彼女(オリヴィア)をどうするか
【備考】
“アクマ”の様な存在が居ると認識しました、
長距離を飛行することが出来なくなっています
【播岡くるる】
[状態]:背中に切り傷(小・包帯で処置済み)、鼻血
[装備]:無し
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0〜3
[思考・行動]
基本方針:殺し合いを打破してデスノを殴る
1:この娘(オリヴィア)をどうするか、今後のことを考えると保護するべきとは思うけれど
2:連続殺人鬼の双葉玲央を警戒
3:オリヴィアの名を騙る狂人女(ノエル)に警戒と怒り
4:もし心半ばで終わるとしても、今度は別れの言葉をちゃんと言えるように
【オリヴィア・オブ・プレスコード】
[状態]:健康、混乱(小)
[装備]:なし
[道具]:宝の地図
[思考・行動]
基本方針:何が起こっているんでショウ……?
1:くるるさんにミカさん、変ワッタ人ですネ。でもいい人みたいデス
2:え……?
【備考】
※『地図』の内容を完全に記憶しました。
※支給品一式、ランダムアイテム0〜2(未確認)、双葉玲央のジグソーパズルは病室に置いてきました。それらが自分のものかもしれないとは思っていますが、確信はありません。
※血塗れの四苦八苦を目撃しました。見せしめとして幸生 命が殺害されたことを思い出すかもしれません。
◯
「思ったよりぶかぶか……」
血に染まった衣服を机の上に投げ捨て、バッグの中に入っていた衣服を着終えた四苦八苦が一息。
説明書には「ノエルの高校入学記念に両親が購入した特注の学生服」と書かれてあった。
今の自分の身体が死と再生の繰り返しで丁度高校生程度のサイズになっているのは功を奏したが、如何せんサイズがあっていない、主に胸の部分が。
ただ、あのまま血塗れの衣服着込んで誤解されるよりはマシだと納得せざる得なく。
「でも、これで多少マシになった、文句はいってられない」
少なくとも、外見的な意味では多少暗い雰囲気の少女ぐらいにしか思われない程度には落ち着いたということで。
今後は自分の外面に気をつけながらだが参加者との接触に対する影響は一旦はなんとかなったとして。
まあ血塗れな事には変わりないからやっぱそこは問題ではあるのだが。
「……それはそれとしてこれからどうしようかなぁ」
何となく会場の本質を理解してしまった以上、ただ生き残るだけでは済まなくなったこの状況。
脱出となれば、やはり他の参加者の協力が必要となってくる。
「やっぱり、さっきの少女に事情を説明した方が良いかなぁ」
脳裏に浮かぶのは、やはり先程自分の血塗れな姿を見て気を失った不幸な彼女の事。
何とか起こして事情を説明して、同行してもらうかどうか。
でも下手に足手まといを引き込んでしまっては後々面倒になりかねない。
「……あーもう、どうしようかって思ってもどうしようもないなぁ……」
やっぱり、彼女に一縋の希望を託すしか無いのかと、もはや諦め半分自棄半分になりながらも。
彼女が気絶していたであろうスタッフステーション付近へと戻ることにした。
最も、現在彼女が着ている学生服の持ち主が、ここへ向かおうとしていることと。
肝心の少女、オリヴィア・オブ・プレスコードが既に別の参加者と接触している事を、四苦八苦は知らないまま。
※病院食堂の机の何処かに血まみれになった四苦八苦の衣服が放り投げられています
【E-5 入院病棟・病院食堂/朝】
【四苦八苦】
[状態]:血塗れ、憂鬱
[装備]:ノエルの学生服
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム1〜2(未確認)
[思考・行動]
基本方針:生存第一、辛いのもしんどいのも嫌
1:これ生存するだけでどうにかなる問題じゃなくなった、面倒くさい……
2:こうなったらあの娘に事情説明するしか無い……ああでも初対面アレだったからなぁ……
【備考】
※「笑止千万」の名前を名簿に確認しました。
『支給品紹介』
【ノエルの学生服】
ノエル・ドゥ・ジュベールの高校入学祝いに両親が購入して娘にプレゼントした特注制服。
ノエルにとっては大切な思い出の一つで、これを台無しにしたいじめっ子たちを秘密裏に虐殺したのだが、その次の夜にて流石に喪失感から涙を流してしまっていたのを両親に慰められていた。
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投下終了します
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すみません、期限内に書けないのでいったん予約放棄します。
同キャラに予約が入らなければ完成次第ゲリラ投下扱いで投下します。
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予約期間を過ぎてしまい申し訳有りません
笑止千万、蕗田芽映を投下します
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笑止千万は困惑の只中にあった。
皆殺しを決意して歩き出す事暫し、最初に東へと移動した為に、未だ廃ビル群を抜け切らぬ笑止千万の前に現れたのは、一匹のツキノワグマ。
首輪が嵌められている事からして、このクマも殺し合いに名を連ねているのだろう。
であれば殺さなければならない。デスノを連れ帰り、人類の未来に役立てる為に。
【名簿にクマを思わせる名前は…有ったか……?No.013………か?】
ツキノワグマと近接遭遇しても、その精神性の故で、平然と思考を巡らせる笑止千万。眼前のツキノワグマを脅威と全く認識していないというのもある。
【ヒグマやグリズリーやホッキョクグマでは無いのか】
テンシやアクマといった存在との戦闘を想定していた笑止千万にとって、この邂逅は意外であり、不本意でもあった。
この義体の性能からすれば、殺し合いを成立させるには、ツキノワグマでは明らかに脆弱。グリズリーやホッキョクグマで無いと釣り合わない。
戦闘能力のテストを行うのに、ツキノワグマでは心許ないのだ。
「動物虐待は勧められた行為では無いが」
吸血鬼の少女の不死性を知るために、切り刻み、酸を浴びせ、火で焼き。病原菌に感染させ、致死量の放射線を浴びせ、毒を注射し。
身体能力を知る為に1トンものコンクリート塊を支えさせ、飢えたグリズリーに襲わせ、二十四時間ぶっ続けで走らせ。
年端も行かぬ少女にその様な非道極まりない実験を平然と行うばかりか、自分自身をすら平然と人体実験に供する割には、妙なところで倫理的な男だった。
「仕方あるまい」
笑止千万は拳を握ると、クマ目掛けて悠然と歩き出した。
◆◆◆
フキには眼前のニンゲンに対して明確な怒りが有った。
生物の気配が無い森を駆け抜け、荒廃の気配が濃密に漂う廃ビル群へと駆け込んで、そこで出逢ったニンゲンがフキに対して向けた眼差し。
フキを「シッパイ」だと言ったニンゲンと何処か通じるものが有ったから。
このニンゲンもフキの事を「シッパイ」扱いするのかと、そう思った。
思った途端に、生涯で感じた事のない激しい感情が沸き起こるのを知覚した。
この感情は、目の前のニンゲンを◯◯さないと絶対に消えないとも、明確に理解できた。
それでも尚、自発的に襲おうとしなかったのは、フキの気質の故だろう。
そんなフキの善性は、邂逅した「ニンゲン」の狂気の前には何の意味も持たなかったが。
-
◆◆◆
只の一撃。只の一拳。笑止千万の腕の一振りは、フキを恐怖のドン底に叩き落とすには充分だった。
無造作に繰り出された拳の一撃で、フキの鼻は折れ、盛大に鼻血を噴出しながら、蹴り飛ばされたサッカーボールの様に、フキの身体は転がった。
明らかに異常な事だった。グリズリーやホッキョクグマと比べてツキノワグマの体重は確かに軽い。だが、クマはクマである、ニンゲンが殴り飛ばせる様な脆弱さを、クマは最初から、産まれたその時点から有していない。
にも関わらず、只の一撃で地を転がされたことに、フキは心底恐怖した。
通常のフキならば、此処で逃走を選択しただろうが、今のフキは異界の魔魚を食らって尋常の精神性では無くなっている。立ち上がると、即座に体勢を立て直し、全力で疾走。時速五十キロで体当たりを見舞う。
グリズリーや羆に比べてツキノワグマが小さいといっても、それでも平均的な成人男性並みの体重はは確実に有している。そんな重量が時速五十キロでぶつかれば、常人ならば宙を舞う。大相撲の横綱クラスでも無防備に受ければタダでは済まない。
そんなフキの体当たりを、笑止千万は腰を落として受け止めると、フキの首に腕を回した。
「金太郎になった気分だな」
フキには幸運な事に、笑止千万は格闘技の心得が全く無い。もしも格闘技なり武術なりの心得が有ったのならば、此処でフキの首を締め上げて、絞め落とすなり、首を折るなりしただろう。
首を支点に投げ飛ばされたフキは再度地べたを転がった。
地べたでもがくフキの脳裏にあるのは、『勝てない』という思考では無く、『このままでは殺される』という思い。
反撃────では無く、逃走を考えるフキの腹に靴の爪先がめり込む。
さっき喰らった魚を盛大に吐き散らしながら、フキは地面を転がり、苦悶した。
何故かは知らないが、このニンゲンはフキの事を殺そうとしている。
何故か────そんな事は決まっている。このニンゲンもフキの事を「シッパイ」だと思っている。
だから殺そうとしている。
だったら。
【シッパイが失敗であるかは君が決めればいい。シッパイと言って来た人間を全員いなくしてしまえば、シッパイじゃなくなる。】
咆哮と共にフキは立ち上がる。「シッパイ」で無くなる為に。目の前のニンゲンを◯◯する為に。
フキは全力で振るった爪を払いのけられ、顔に拳を受けて、再度地面を転がった。
【そうだよ。君は熊にはなりきれない。人にもなりきれない。けれど、どっちにもなれる。
どっちの強さも活かせる。と、腹ごしらえでもしないかい?】
痛みと恐怖と怒りとに苛まれるフキの脳裏を過ぎる声。
フキには熊としての強さだけでは無い。ヒトとしての強さもある。
クマとして勝てないのならば、ヒトとして戦えば良い。
◆◆◆
「ふむ」
地面に倒れて、のたうつクマを見下ろして、笑止千万は僅かに頷いた。
クマを一蹴しても、笑止千万の心は平然たるものだ。
体重一トンを越えるホッキョクグマであっても肉塊へと変えるスペックを有するこの義体。ツキノワグマ程度ならばこうなるのは自明の理。分かりきった結果に動く感情などこの男は持ってはいない。
「運が悪かった。それ以外に掛ける言葉は無いな」
止めは義体の機能のどれかを試しとして用いるか。そんな事を考えだした笑止千万の前で、倒れていたクマが起き上がると、近くの廃ビルへと脱兎の如く駆け出した。
「あまり手間を掛けさせてくれるな。まぁ生きたいというのは、生物に共通する願いか」
クマが逃げ込んだ廃ビルへと笑止千万は歩いていく。不意打ちを受けて生身の頭部をやられる事が無い様に気を付けながら。
「…………ない。コレ…………………」
内部から聞こえてきた人の声に、笑止千万の眉が僅かに寄った。
◆◆◆
「コレじゃない。コレじゃない……」
陽光を遮る建物内で、ヒトの姿となったフキは支給品をひっくり返していた。
あのニンゲンは異常だ。クマの力が通用し無い。クマのまま戦っても殺される。ならば、ヒトの姿になって、支給品を使うしか無かった。
思考としては実に正しい。そこに過ちが有るとすれば、フキには支給品の解説書の文面が理解できるかどうかという事だけだ。
フキの支給品は、どれもがこの事態を打開できる様には見えなかった。
フキの求めるものは銃や刃物の類だ。それらが全く無く、パッと見で役に立た無い品ばかりでは焦りが募るだけだ。
鼻血を垂れ流しながら、半泣きで武器を探すフキを、後ろから照明がが照らしだした。あのニンゲンがやって来たのだ。
震えながら振り返ったフキは、灯りを手に、此方を訝しげに見詰めるニンゲンと目が合った。
-
◆◆◆
笑止千万の頭脳はフル回転していた。
ツキノワグマを殴り倒し、後を追って来れば、そこに居たのは人間の少女。
人の姿からケモノへと変わる獣人(ライカンスロープ)の類だろうか?
過去に何体か、異常殲滅機関から救い出し、人類の為に貢献して貰った彼等彼女等の姿を思い出すが、即座に違うと思い直す。
【知能が低過ぎる。獣人(ライカンスロープ)ならば、人の時の姿と知能が相応する筈。しかしこの個体の知能は獣の方に寄っている。これではまるで……クマ!!】
よもや獣人(ライカンスロープ)の様に、人から獣へと変わるのでは無く、獣から人へと変わったというのだろうか。
ならば、これは、人類にとって重大な財産で有る。
未だに不明なところが多いが、人の姿になる事により、知能が向上するとした場合。この異常を解明し、家畜に応用すれば、家畜の価値が飛躍的に高まる。
古来より、労働力として奴隷が使用され続けて来た理由は、そこいらで勝手に生えてくるというのも有るが。何よりも人の言葉を理解し、人の道具を使えるからに他なら無い。
純粋な力では牛馬に劣る人間が使われるのは此処に有る。
だが、家畜が人の言葉を理解し、人の道具を使えれば、動物の身体能力の高さと併さって、その価値を飛躍的に高めるだろう。
知恵をつけての叛逆の可能性もあるが、頭に爆弾でも埋め込んでおけば済む問題だ。
そしてこのクマの人間態は、見た目は女性だ。つまりルール上殺す必要は無い。
【何としても“機関”に連れ帰って、研究するのだ】
密かに決意を固めた笑止千万は、襲いかかってこられても何とか反撃できるだろうと、当たりをつけた位置から話し掛けた。
「さっきは済まなかった。目の前に熊が現れたものだから動転してしまってね。私は笑止千万という。どうか先程のことは許して欲しい」
深々と頭を下げる。
明らかに怯えていた熊女が、理解できないといった目つきで自分を見ている事に気づいて、笑止千万は胸を撫で下ろした。
【攻撃的になられたり、取り乱されるよりは、話しがしやすそうだな】
「まずは君のことを聞かせて欲しい。私には君をどう騙そうとする意思は無いよ」
事実として殺すだけならば思い切り殴りつければ済む。騙す必要などどこにも無い。
暫しの沈黙。そして。
「………わたしはねぇ…フキっていうの」
語り出してフキに、笑止千万は改めて胸を撫で下ろした。
◆◆◆
「シッパイか…君はシッパイでは無いよ。成功でも無いが」
辿々しく語られたフキの物語を聴いて、笑止千万はそう答えた。
「どういう事?フキはシッパイじゃあないの?」
笑止千万は顎に手を当てて考える。このクマ女の知能は子供並みだ。伝えるには言葉を慎重に選ばなければならない。
「きみは『サキガケ』だよ。人とクマとの新たな未来を築く第一号だ」
「サキガケ?」
「そうだとも。君は素晴らしい存在だ」
笑止千万は、フキの話を聞きながら考えていた事を語る。
「君の力を研究させて欲しい。当然だが、無償でとは言わない。私達ならば、君の棲んでいた山を探せる。山が見つからなくとも、君の番いになるクマを連れてくることは出来るよ。産まれた子供の面倒も見ようじゃあないか」
誠心誠意。笑止千万は言葉を尽くす。此処でフキを殺害してから、デスノに願って蘇生させて、機関へと連れて行くよりも、やはり進んで来てくれる方が良い。
「ほんとう?」
「こういう時は、人数がモノをいうのさ。私達は沢山居るからね」
笑止千万の言葉は、嘘偽りのない誠意に満ちている。その事は人では無いフキにも伝わった。
「フキはシッパイじゃ無いんだよね」
オズオズと笑止千万へと手を差し出すフキ。
「君がシッパイなどであるわけがないさ。我等は君に最上最高の環境を与えると約束しよう」
笑止千万は微笑んでその手を取った。
◆◆◆
-
【さて、先ずはこのクマの棲息していた山を探し当て、生き残りが居るかどうかを調べねばならないな】
笑止千万はフキの鼻血を拭ってやりながら、思索に耽る。
まずはサンプルとなるクマが他に居るかどうか。そしてこの『異常性』を他の家畜で再現できるかどうか。
まずは只のツキノワグマで試す。それが成功すれば、犬や馬でテストする。
この異常性が遺伝するかどうかの実験も、並行して行わなければならない。
出来ればフキの育って山に棲むクマが良いが、ダメならば適当なツキノワグマを使う。
子供はある意味でフキよりも貴重なサンプルだ。調教により、フキ以上に知能が向上するかを試さねばなら無い。
【クマを飼育するケージを用意せねばならんな。クマ自体は日本中に溢れかえっているから数の確保には困らんだろう。只のクマは使い潰せるが、ある程度の成果が出る、数が揃うまでは、フキを死なせない様にしないとな】
先ずはフキの心身の健康を最優先。その後はクマを用意して繁殖。並行してフキを調べ上げて得たデータを基に、ただの動物でフキの異常性が再現できるかを試行する。
「ねぇ…。ねぇってば!!」
「おお、済まない。少し考え事をしていてね」
明朗快活に応じる笑止千万。フキの事は“テンシ”のプロトタイプの件と併さって、精神を昂揚の極みへと導いていた。
「番は……居る?」
頬を赤らめ、オズオズとフキが訊いてくるのに対し。
「君の理想のクマを連れてくるよ」
笑止千万は力強く応じ、フキは無邪気に喜んだ。
◆◆◆
フキはシッパイでは無かった。
フキの価値を正しく認める笑止千万と出逢えたのだから。
だが。
笑止千万は、フキの心になど微塵も関心が無かった。
笑止千万関心はフキの異常性にのみ有ったか。
フキの棲んでいた山が見つかれば、機関の全力を挙げてでも山を調べ尽くし、クマが居れば捕獲して機関へと運ぶだろう。
フキが番のクマとの間に子を授かっても、育てる事など叶わない。即座に引き離され、新たなクマと番う事となるだろう。
笑止千万はフキに棲む場所と家族を約束した。
だが、未来は約束しなかった。
そしてもう一つ。
フキは異界の魔魚を食している。
血塗られた道を行く笑止千万と行動する事で、この魔魚がどの様な影響をもたらすのか、魔魚を与えたトレイシーにすら分かるまい。
-
【l-3 朝/廃ビル群】
【笑止千万】
[状態]:高揚 電力(5/5)
[装備]:超高性能義体
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0〜2(確認済み) 充電器
[思考・行動]
基本方針:勝ち残り、デスノを機関へと連れ帰る
1、フキと共に勝ち残り、フキを機関へと連れ帰る
2、遊園地へと向かい、テンシ・プロトタイプを手に入れる
3、出逢ったものは殺す
【備考】
*この義体の性能込みでも殺し合いが成立するものが、参加者にいるだろうと推察しています。
*超高性能義体が武器扱いの為、ランダム支給品の数が一つ少なくなっています。
【蕗田芽映】
[状態]:喜び
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0〜3(パッと見で武器になるものは入っていない)
[思考・行動]
基本方針:生きて帰り、同胞がいるはずの山へ行く
1,笑止千万と一緒に生還し、棲んでいた山へと帰る。
2.自分をシッパイ扱いする人間達を……?
3.トレイシーの言葉は意味不明だが、感謝はしている。
【備考】
トレイシーが召喚した魔物を食したことで、何らかの変化があるかもしれません
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投下を終了します
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皆様投下お疲れ様です。
>>『希望の扉 皆何かに背中を押されて』
ルイーゼと神の戦闘描写も読み応えがあり、掛け合いも見事。
何よりも本当に美しい退場話でした。
神という男、殺し屋という職業に似合わずとても熱い男ですよね。
私はこの作品を読み終えた後、心地いい余韻を感じました。
とても素晴らしい作品をありがとうございます。
>>『あなたの選んだこの時を』
明かされるくるるの重い過去。
過去の後悔を胸に、それでも二人は先に進めそうで良かった。
傷を持つミカとくるる、お互い支え合えるよい関係性だと思います。
キムの嘘が早々に発覚したのは幸い。
オリヴィアも友好的な参加者と出会えたのは幸運ですが、やはり異能がネックになりそうですね。
さりげなく明かされる病院施設の異質さも面白い。
四苦八苦ちゃんが可愛いですが、最後の支給品でさらっと明らかになるノエルの余罪が妙にツボりました。
>>『やったねフキちゃん 家族が出来るよ』
タイトルからもう察する地獄。
前作に引き続き最悪の出会いを引いてしまうフキちゃん、お労しすぎる。
異能を得てから出会う相手全てに都合良く利用されまくってますが、何か悪縁を引き寄せる体質でもあるんですかね……。
一応笑止千万は保護路線なのでまだマシかもしれませんが、認識の違いが後々大きな絶望をフキに与えそうで怖い。
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皆様投下乙です。
>あなたの選んだこの時を
ようやくオリヴィアの話が始まったって感じですね。
善意の怪物のことを聞いてどう思いどう動くのでしょうか。
大罪兵器という新しい用語も登場し、話が広がり始めましたね。
あと、地味に飯の描写が旨そうだ。
>やったねフキちゃん 家族が出来るよ
おいやめろ(定型文)
リレー回収してくれてありがとうございます。
相変わらずバトル描写が見事。
フキちゃんこのロワでも屈指のロクデナシにしか会ってねえじゃねえかよ。
とりあえずいったんは落ち着いたけど、またどうなるか分からねえな。
ではアンゴルモア、ハインリヒで予約します。
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投下します。
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「うわーーーーー!!何ですか?これは!!?」
そんな声が響いたのは、二人が【C-4】に足を踏み入れた時だった。
「落ち着いてアンゴルモア。素の口調が出てるよ。」
明らかに取り乱すゴスロリ衣装の少年、アンゴルモアをハインリヒが宥める。
彼らの向かう先は【C-4】の城だった。
発案者はアンゴルモア。
「け、けけけ、決してビビってなんて……いませ……いや、この程度のコケ脅しに屈してなるものか!!」
「屈してなるものかって台詞、厨二というより女騎士って感じだな。」
冷や汗をかいて、足を震わせながら、城を睨みつける眼帯の少年。
だが、これに関しては何も彼らが悪いという訳ではない。
元々、【C-4】にあった城は、エリア外からでも見れるほどの大きさだった。
そして、エリア外から見た時は、ありふれたゴシック建築の城だった。
槍のように尖っている頂点も、同じく遠くからでも目視出来るほど巨大なステンドグラスも、世界の建築図鑑で読んだそれだ。
――物語の始まりと言えば城と相場が決まっている。さあ向かおうではないか。
ドイツ語というものは厨二心を刺激すると言うが、アレは嘘だ。
Germanなもの全般が、何かと厨二心がざわめき立つ何かを含んでいる。
ヴィルヘルム、ラインハルト、フリードリヒといった、日本人にとってどこか重厚にして荘厳に感じるドイツ偉人のネーミング。
オシャレさよりも力強さを彷彿とさせることの多い建築物。
優性思想を掲げ、国を発展させるという大義名分のもと殺戮と戦争を繰り返したナチス。
教皇直属で異教徒討伐に名を上げたドイツ騎士団(つーかこの話書いた人も中二の調べ学習の題材これだったし)
そんな右目が疼きそうなデザインをした城があれば、行かない訳が無いのだ。
だというのに、彼らが近くに来た瞬間、それは変貌を遂げた。
それはゴシック建築の城というより、魔界建築の魔王城と言った方が正しい気がする。
明るい茶色を基準とした城壁は、唐突に真っ黒に染まり、ステンドグラスは鉄格子に。
おまけに、建物の至る所にイバラが絡み付いている。
それに合わせるかのように、先程まで雲一つなかった青空が、毒々しい紫色と黒の雲に覆われていた。
勿論、太陽の光など届くはずがない。それまでとはまるで違う世界がそこにあった。
余りの変わりように、アンゴルモアは勿論、未知の世界で冒険して来たハインリヒでさえ、開いた口が塞がらなかった。
「どうする?怖いなら引き返しても構わないけど。」
「いやいやいやいや。こんな悪の総本山になりそうな所を、攻めぬわけにはいかぬ!!」
「脚、震えているよ?」
「これは武者震いというものだ!気にするな!!」
-
2人共おっかなびっくり、城門へと近づく。
真っ黒な翼を持った鳥や、竜や悪鬼が城の周囲を飛び回っていそうだが、そういった魑魅魍魎はいない。
入り口の近くに二体のガーゴイル像が鎮座していたが、それらが動き出すことも、ビームを放つことも無い。
あくまで、参加者同士の殺し合いを望んでいるのだろうか。
「ひゃっ!!」
「あ、あ、あ、慌てるなアンゴルモアよ。ただ風が吹いただけではないか!?」
本当に大丈夫だろうか、と第三者に思わせつつ、2人は入り口までたどり着いた。
「開けるぞ。鬼が出るか蛇が出るか……」
血のように真っ赤な正面玄関は、あっさりと開いた。
ハインリヒの片手だけでも簡単に開けられることからして、重厚な見た目の割りに、軽めな作りになっている様だ。
だが、本当に問題なのはこれからだ。
城の中には何が待っているか分からない。デスノの眷属が襲い掛かって来るかもしれないのだ。
城内は、シンと静まり返っていた。見えない場所から殺意や息づかいを感じることも無い。
床や壁は死人の顔のような鈍色をしており、部屋の中央を真っ赤な絨毯が敷かれている。
やけに高い天井の真ん中には、シャンデリアが赤々と灯っていた。
壁にはよく分からない抽象画がいくつも飾られている。
だがそれ以上に目を引いたのは、こんな城に不似合いな、木彫りの看板だった。
『遠路はるばるこの城までようこそお越しくださいました。
わざわざ亡国『レガリア』へとやって来てくださった参加者様には、我が王家に伝わる王杓を差し上げようと思います。
どうぞ階段を上って、その先の扉へと進み、「知の試練」を受けてくださいませ。』
「レガリア?」
聞いたことのない国の名前に、2人とも戸惑った。
学校で授業中開く地図帳からは勿論、ゲームなどのフィクションからも聞いたことが無い名前だ。
「同志の世界で、聞きし名だったか?」
「ううん。聞いたことが無いね。何にせよあの扉を潜らなければ先へは進めないみたいだ。」
「虎穴に入らずんば虎子を得ずって奴か。しかし試練とは何をするものなのやら。
いや別に怖いという訳ではないからな。」
-
そんな言葉を交わしながら、2人は階段を上り、最初の扉を潜った。
次の部屋は、部屋のデザインは同じ、サイズは学校の少人数教室ぐらいと行った所だ。
ただ、その中央にフクロウの像が鎮座している。
知のシンボルとなる鳥の像があるということは、そこが知の試練の会場で間違いないだろう。
「知恵の女神ミネルヴァの眷属か…」
その像の腹に、試練の内容が書いてあった。
『 「午後」にあって 「夕方」にない
「申込書」にあって 「請求書」にない
「未完成」にあって 「不完全」にない 』
「な…なんだこれは?」
暗号なのか、クイズなのか、はたまたなぞなぞなのか。
よく分からない文章を見て、ハインリヒは頭を痛めた。
「午後にあって夕方にない?おやつの時間か?でもそれだと残り2つとは関係なさそうだし…」
「干支である!!」
彼がブツブツ悩んでいた横で、アンゴルモアがニヤリと笑いながら答えを出した。
「それはどういう…」
突然フクロウの像が動き出したと思いきや、首を180度回転させる。
嘴から光線を出し、それが先への扉にぶつかると、閉ざされた扉が開いた。
この部屋の課題をクリアしたと考えるのが妥当だろう。
「なあに。簡単なことだ。
午後には『午(うま)』、申込書には『申(さる)』、未完成には『未(み)』とそれぞれの漢字に干支が入っている!!」
したり顔で答えを解説するアンゴルモア。
厨二病に罹患する前から、さらに言うとネトゲに出会う前からインドア派だった彼は、クイズの本ばかり読んでいた。
図書館にあったなぞなぞ、あるいはクイズ関係の本は大体読みつくし、それを時々クラスメイトに話しては鬱陶しがられていたこともあった。
(こらそこ、この話書いてたお前もやってただろとか言わない)
一方で異世界暮らしが長かったハインリヒにとって、元の世界の文化を扱ったクイズはやや難しい。
自分の干支が何だったかぐらいは覚えているが、干支の漢字などはもう覚えていない。
「でかした。これからも関門があれば、是非その力を貸してほしい。ミネルヴァをも超す賢者よ。」
彼を(ハインリヒは彼女と思い込んでいるのだが)どのような方法で褒めれば喜ぶか、大体分かっていた。
厨二チックな言い回しで彼を褒めたたえる。
-
「うむ。この先はボクに任せてほしい。」
この城に足を踏み入れた時の、おどおどした態度は何処へ行ったのやら。
自分の得意分野を武器に出来ると分かった瞬間、意気揚々と城の奥へ歩き出す
『世界の真ん中にいる虫とは?』
「せ『か』いで、蚊だな!!」
『 12<2 この数式に直線を一本足した上で成立させよ。ただしマイナスや数字そのものの否定は無し。』
「12の1と2の間に斜線を引くことで、1/2になり数式が成立する!!」
サクサクと問題を解いて行く。
一見、この上なく順調に事が進んでいるようだ。
だが、それを後ろで見ていたハインリヒの表情はどこか、苦々しげだった。
「なあ。」
「苦い顔してどうしたのだ同志よ。これほど順調に事が進んでいるのだぞ?」
「いや、何というか、干支やら日本語の言葉遊びやら、世界観に合わないと思っていてな…。」
彼の言う通りだ。
レガリアという聞いたことのない名前の王国に、地球では見たことのない建築様式の城。
だというのに、その中で行われたのは干支のような日本の風習を用いたクイズ、日本語の言葉遊び、あるいは地球で使われる計算式。
どこかグチャグチャにつなぎ合わせたパズルのようで、スッキリしない。
「でもまあ僕が読んだ漫画にも、「うらまない、うやまう、うらぎらないの3つのU」とか日本語を使いこなしてるドイツ人がいたぞ?そんなもんじゃないのか?」
「まあ。この世界自体が荒唐無稽なものだから、いちいちそんなことを気にしたら負けかあ。」
「仮にこの城で出て来たクイズがおかしなモノだったとしても、ボク達に問題があるって訳じゃないだろ?」
「確かにそうだけどね。」
そう言いながらも、どこか腑に落ちない表情を浮かべたハインリヒ。
確かに、アンゴルモアの言う通りだ。
これといって悩むべき問題でないのかもしれない。彼自身だってそれは分かっている。
だが、どうにも彼の頭からは疑問が離れなかった。
-
それからもいくつかクイズを解いた。
部屋をいくつ通ったか分からないが、その果てに全く雰囲気が違う部屋に着いた。
エントランスホール以上に大きく、ちょっとした球技ぐらいならするのに苦労しないはずだ。
今までのようなフクロウの像が無く、代わりに紫色に光る巨大な魔法陣が敷かれている。
その中央に、金色の杖があった。その先端には、赤青白金の4色の宝玉が付いてある。
だが、それ以上に2人の目を奪ったのは。
無機質な模様の壁に掛けられてある、巨大な鏡だった。
『知恵ある者達よ。』
どこからともなく、女性の声が響いた。
2人共部屋を見回すが、姿が見えるのは同行者のみ。
スピーカーらしきものも、他に音声を発する装置らしきものも見当たらない。
『汝らが求めしレガリアの力を、今使うことを許可しよう。』
お互いに顔を見合わせ、笑顔を咲かせる。
彼ら2人が予想していたのは、声の主が『今から私との戦いだ』とでも言ってくることだったからだ。
『…しかし、決して忘れてはならぬ。大いなる力には、必ず代償が伴うことを』
突然、部屋が闇に包まれた。
2人は慌てふためくも、突如部屋の鏡に、映像らしきものが映る。
テレビではなく鏡だったはずなのに、ザーッという音からして、明らかにビデオの上映そのものだ。
そこに映っていたのは、渋谷のスクランブル交差点だった。
ハインリヒがかつていた世界、アンゴルモアにとっては、少し前まで居た世界だ。
そこにいるのは人、人、人。
スーツを着た男性、学生服を身に包んだ少年、リクルートスーツを着た就活生、ビラ配りをしている駆け出しアイドル。
みんなが皆、あわただしく動いている。
一体これがどうしたというのだ。
2人が共通して思ったことはそれだった。
朝のニュースなどで何度も見た風景だ。親の顔より観た、というわけではないが、それでもそれが何なのかは知っている。
映像は変わる。
日本人の父親らしき男が、生まれたばかりの赤ん坊を、満面の笑みを浮かべて抱いている所だ。
同じく日本人の母親も涙ながらに喜んでいる。嬉しそうな表情だ。
どうやら双子なのだろうか。母親の方も生まれたばかりの赤子を、優しく抱いていた。
思わず2人も、表情が緩んでしまう。
-
☆
『犬と猿と雉。真ん中に円がある者はどれか?』
「犬。」
それぞれの単語を英訳すると”DOG” “MONKEY” “PHEASANT”
単語の真ん中に丸、すなわちOがあるのは犬だ。
感情のなく、常に合理的な判断しか出来ない双葉玲央だが、柔軟な発想を求められるなぞなぞで苦労するというわけではない。
妹が小さい頃によく読んでいたなぞなぞの本で得た知識、言葉の構成要素、法則性や共通点の抽出。
『 18=1 横棒を一本引いて数式を成立させよ。ただし≠は除外とする』
「18の真ん中に横線を引けば、10/10で数式が成立する」
彼の既存の知識による絨毯爆撃を仕掛ければ、この程度の問題はどうということは無い。
(この城の近くに来た時の子供だましの演出と言い、この問題と言い、魔法の杖とやらがどのようなものか心配になって来たな。)
気になったのは、この城に眠るという王杓のことだった。
こんな子供の本にあるような問題を出された以上は奥に行っても、玩具の杖を掴まされる可能性だってある。
☆
映像は変わる。
どこかの研究施設だろうか。
白衣を着た男たちが、揃いも揃って何やら大喜びをしていた。
場所と雰囲気から、研究成果が出たのだろう。
映像は変わる。
場所はまたも病院だ。
しかし映像越しでも分かるほど、悲しい雰囲気に包まれている。
金髪の女性が、子供を抱きながら涙を流していた。雰囲気からして、死産か、あるいは子供の病気なのだろうか。
同じく白人の男性が、必死で医者に対して頭を下げていた。
音声は聞こえないが、ただ事ではないと伝わって来る。
医者は何かを承諾したのか、赤ん坊を母親から受け取り、どこかへ連れて行った。
映像は変わる。
病院の入り口だ。先ほどの夫婦が、笑顔でそこから出て来た。
母親の腕には、赤ん坊がすやすや眠っている。
彼、もしくは彼女は助かったのだということが伝わった。
一見、感動的なドラマにも見える。
だが、ハインリヒには何か恐ろしいものを感じた。
一体こんなものを見せ、何が目的なのだろうか。そもそも、これは誰が見せているのだろうか
映像は変わる。
今度は彼ら二人が全く見たことのない世界。
多くの兵士たちが、大喜びしていた。
別のデザインの軍服を着た男たちが、白旗を上げて次々出てくる。
どうやら戦争で敵国に勝ったようだ。
『戦争は世界で起こりながらも、1つ1つ無くなって行った。
不死の病も薬学と技術の発展により、不治のものではなくなった。
だが、進歩と発展の裏にはその代償があることを気づかなかった。否、気づいても目をつむっていた』
先程の女性の声が響いた。
『これより、『終わり』が始まる。強大な力を手にする前に、それをその目に焼き付けておくが良い』
その世界に映ったのは、ハインリヒが転生した世界だった。
だが、映像は突如として消えることになる。
それを映していた鏡が割れたからだ。
-
ナイフだ。何者かが投げたナイフが、鏡を割ったのだ。
「うわっ!!」
「な、何が起こってるんだ?」
闇に包まれていたはずの部屋が、再び明るくなる。
2人が驚いていたが、それ所ではないことがすぐに分かった。
先程まで杖があった場所に、一人の少年が立っていた。
「ふざけるな!それはボクの力で承ったモノだぞ!!」
「なるほど。確かによく分からない力はあるな。試してみるか。」
アンゴルモアの言葉も無視して、玲央はまじまじと杖を眺める。
ハインリヒはドンナー・ゲヴェーアを取り出し、相手に向けた。
「やるか。」
玲央は無表情のまま静かにそう呟いた。
この2人を王杓レガリアの実験台にする。ただそれだけの話だ。
知の試練は終わり、続いて来るのは知を用いた戦いだ。
【C-4 城/朝】
【双葉玲央】
[状態]:健康
[装備]:王杓レガリア
[道具]:基本支給品一式、宝の地図 ランダムアイテム×0〜2(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:知り尽くし、壊し尽くし、優勝する
1:まずは王杓レガリアの使い道を試す。使えないならそれ以外の手段で殺す
2:妹を探して殺し、その死に顔を拝む
3:ノエル以外にも不可思議な能力を持つ者がいるのか?
4:どうにかしてモールの電力源を知りたい
5:一応脱出ルートも可能であれば探しておく
【ハインリヒ・フォン・ハッペ】
[状態]:健康
[装備]:ドンナー・ゲヴェーア ドンナー・シュヴェルト
[道具]:基本支給品一式
[思考・行動]
基本方針:アンゴルモアと共に、この殺し合いを生き残る
1:なんだこいつは?
2:あの映像は何を伝えたかったんだ?
※名簿は確認していません
【アンゴルモア・デズデモン】
[状態]:健康 武器を取られたことによる怒り
[装備]:妄想ロッド
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム×0〜2(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:とりあえず同志のハインリヒと共に行動する。殺し合いには乗る気は無い。
1:ボクが貰うはずだった伝説の杖を返せ!
2:目の前の男(玲央)を倒す
3:アイツ、何かボクより女装が似合いそうなのもムカつく
支給品紹介
【王杓レガリア】
C-4の城に眠っていた宝。金色の杖の先端に、4つの宝石が付いているデザインになっている。
炎、水、雷、地の4種類の魔法を使うことが可能
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投下終了です
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双葉真央、黄昏暦予約します
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あ、すいません。酉忘れてました
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投下お疲れ様です。
>>『知の試練』
アンゴルが城という舞台に引かれる説得力が凄い。更にクイズという遊び心があるギミックが配置されているアイディアは驚嘆に値しました。
レガリアという新たな単語が登場、舞台背景の謎を提示すると同時に、運営の思惑に深みがますアレンジで、とても素晴らしいと思います。
(ジョジョネタもグッド)
この映像は何なのか、気になった所で台無しにする玲央、本人が平然としている様にちょっと笑いました。良い引きです。
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投下します
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足音がタッタッタッタ、という乾いた音から、ザッザッザッザ、という砂の音に変わってどれぐらい経っただろうか。
風景は市街地から、鬱蒼とした森林へと様変わりしていた。
黄昏が逃げ道を森の方に選んだ理由は2つ。
1つはこちらの方が隠れるのに適していると考えたから。
連れている少女のことを考えると、病院に向かうのが妥当かもしれない。
だが、病院はこの会場の中央に位置する以上は、他の参加者と鉢合わせする可能性がある。
殺し合いに乗っている者に遭う可能性は言わずもがな、治療道具を巡って争うなんて彼としても御免被る。
それならば会場の端の方が安全でないかと判断したのだ。
もう1つは、彼は石畳の場所へは行きたくないから。
先程は助かったが、石畳の場所で死ぬという予言に打ち勝ったという訳ではない。
尤も、この場所でも死ぬ可能性が無いとは言えないが、石畳がある場所よりかはマシだ。
本当のことを言うと、隠れるのに手ごろな建物がある場所へ行きたかったが、背に腹は代えられない。
「怪我は大丈夫か?」
黄昏は抱き抱えている少女、双葉真央に声をかける。
「はい、痛みは引いたので……そろそろ降ろしてくれませんか?」
「あ……そうだよね………ごめん……(やってしまった!これはまずい!これはマズい!!)」
気が付くと、黄昏の全身を冷や汗が流れていた。
そりゃ彼女の対応も当然というものだ。
好色の目を何かと向けられがちなJKが、見知らぬ男から抱きかかえられれば、離してくれというのが普通だ。
助けてもらったという理由があって初めて、このような態度で済ませて貰えるというもの。
とりあえず、割れ物でも扱うかのようにゆっくりと彼女を降ろす。
彼は予見の能力を持っているが、そんなものは女性と付き合うのに活かせたことは全くない。
明らかに色々無理しすぎた、と後悔の念が過った。
降ろしてからもう一度ごめんと謝る。
「あの…そんなに謝らなくていいです。それと助けてくれてありがとうございました。」
ボブカットの少女、真央は立ち上がり、ぺこりと頭を下げた。
しかし立ち上がった時、痛みに顔を歪めた。
宇宙人グレイシーとの戦いで斬られた左足首が、ズキリと痛んだのだ。
「おい、大丈夫か?ひとまず手ごろな建物を見つけて休憩………あ、ソッチのつもりじゃないんだ……。」
こういう時、プレイボーイだったらよかったのにな、と彼は思った。
元々予見能力を知られたくないがために、人との関りを出来るだけ断ってきた。
彼が生まれるずっと前の、異国の地で、魔女の力を持つと疑われた者の末路は良く知っている。
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加えていつからだったか彼の周りに、異常殲滅機関とかいうよく分からない組織が活動したという噂もある。
その団体の存在自体が眉唾ものだが、予見の能力を知られれば監禁され、十中八九モルモットにされるのがオチだ。
そのためあまり人と、とりわけ性別や年齢、所属が異なる人との会話には慣れてないのだ。
一先ず森の奥の、手ごろな大きさの倒木に腰かけ、休憩することにした。
黄昏としては屋内を求めていたが、これ以上彼女を歩かせるのは悪いと考えた。
真央は傷口を支給品の水で洗った後、ナイフで自分の服の袖を切り、それを傷口に巻きつけている。
他にも所々に擦り傷が見え隠れしていたが、それは多すぎるということで諦めることにした。
「へえ、手慣れたものだね。」
「中学までスポーツをやっていたので。」
「すごいな……。」
双葉真央は話をしながらも、既に次にどうすべきか考えていた。
どうすればこの男を利用できるか。
どうすればあの怪物のような異形を倒せるか
どうすれば優勝できるか。
(き、気まずい……)
一方で黄昏は、次にどんな話題を出すか、決めかねていた。
残念ながら彼女が、楽しそうに自分と話をしているビジョンは見えない。
会話を進展させるために、どんな話題をもちかけるべきか、てんで見当もつかない。
オシャレなスイーツの店は知ってるが、それはもとの世界に帰らないと当然行けないし、こんな場所でそんな話題を切り出すのは非常識極まりない。
彼女の顔を見たり、そこから目を逸らしたりする。
人の顔を見なきゃ失礼だということもあるし、同時に人の顔をじろじろ見るのも失礼とも聞いた。
しかし、顔を見れば見るほど、彼女が初めて見た顔ではないということが分かる。
以前ネットサーフィンをしていた時、某掲示板に挙がっていた顔だ。
確か通り魔事件の犯罪者の家族として、心無い人間に晒されていた少女だ。
「なあ。」
「さっきから顔に何か付いているんですか?」
好感度を大きく損なうことを承知で、彼女に尋ねることにする。
-
「君、双葉真央だろ?ネットで見たことある。」
その瞬間、辺りの空気が10℃ほど下がったのは、言うまでもない。
彼女の黄昏を見る視線から、タダでさえ低かった好感度が、ゼロ超えてマイナスになったのは彼でも分かった。
(どうする……?この人、殺すべきなの?)
一方で双葉真央としては、黄昏をどうすべきかそれ以上に悩む羽目になった。
自分の素性を知っているというのなら、犯罪者の家族だからと危険視されかねない。
だからその前に殺すか、それとも―――
「あ、あ、あ、すまん!一応言っておくけど、俺はその…君を犯罪者だと思ったワケじゃ、いやあの、そりゃ犯罪者じゃないのは当然だけど……。」
――――より確実に兄を見つけるための、探知機にすべきか。
「いえ、気にしていません。それより知っているなら、お兄ちゃんを見ませんでした?
私と同じようにこの殺し合いにいるそうなのですが…」
彼女の質問を聞き、少しだけ安堵する黄昏。
とりあえず嫌われたり怒られたりしなかっただけでも良かったと感じる。
「……す、すまん!俺が会ったのはあの怪物と、君だけだ!」
「謝らなくていいですよ。教えてくれてありがとうございました。」
そう言うと、真央はすぐに立ち上がり、歩き始めた。
「お、おい!ちょっと待て!!」
黄昏は声を荒げ、彼女を呼び止めようとする。
呼び止めてどうするのだ、と聞かれても困るが、とりあえずそうした。
ケガした彼女を一人にさせたいと思うほど、彼は非情な人間ではない。
「お兄ちゃんを探しに行きます。」
彼女はそう一言告げると、さらに距離を離し始めた。
だが歩き方からして、どこか無理をしているような気がした。
「待ってくれって言ってるだろ!当てもないのに兄を探すつもりか?さっきの怪物みたいな奴に襲われたらどうする!」
危険地帯に行きたくないのは、黄昏の方だったりする。
結論を言うと、安全地帯でひたすら隠れて、勝手にゲームが終わってくれるのが一番いい。
だからといって女の子を見捨てるのも寝覚めが悪いので、彼女もこっちに残って欲しい。嫌らしいことしないから。
「それでも、私にとっての大切なお兄ちゃんなんです。」
-
これは、双葉真央の戦略だ。
最初から助けてくれというより、助けを求めないと言った態度を取った方が、他者は自ずと付いて行きたくなる。
黄昏は思想的に厄介な相手でも、異能を持った相手でもない。彼女はそう判断した。
1人で行くより、2人で行く方が信頼を勝ち取るのにも、人を探すのも簡単になる。
邪魔になれば、いつでも殺すことが出来る。
「仮に会えたとしても、殺されるかもしれないんだぞ?少なくとも傷が塞がるまでは、ここでじっとしているべきだろ?」
「私はお兄ちゃんに会いたいんです!!」
「そうそう。可愛いお嬢ちゃんの意見は、尊重してあげないと駄目だよ?」
「会ってどうするんだ!まさか何も考えてないわけじゃ………」
気づいた時既に、その男はすでにそこにいた。
「「!!!!!!!!!!????????」」
別に2人は口論に夢中で、辺りを警戒していなかったわけではない。
真央は言わずもがな、黄昏だって第三者の介入には常に気を配っていた。
だというのに、その男は警戒の網を潜って、いや、すり抜けてすぐ近くにいた。
瞬く間に、2人の視線が髭面の中年男に刺さる。
「君たち……いつからそこにいたの、って顔してるね?まあ細かいことは気にしない気にしない。
と、ゆーワケで、私はこの大会の参加者の一人、トレイシー・J・コンウェイって者だ。よろしくぅ!」
何が『と、ゆーワケで』なのかさっぱり分からないが、2人の表情は強張ったままだった。
正義の味方かならず者か、殺し合いに乗っているのか乗っていないのか。人間なのか人間っぽい怪物なのか、全く判別がつかないからだ。
最悪の事態にも備え、真央はナイフを、黄昏は冷凍銃を抜く。
そんなものでどうにか出来る相手なのかも分からないが、力を見せつけておくことは肝心だ。
-
「おろ〜?何だか、良くない雰囲気だねえ。」
おどけた表情、聊か高い作り声。
敵意は無いとアピールするつもりか、それとも警戒する2人をおちょくってるつもりなのか。
「……何しに来たのですか?」
その声は、僅かながら震えていた。
ナイフを握る手が、汗でじっとりと湿っているのが分かった。
敵意はない。先ほどの宇宙人のように、身体を変形させるようなそぶりも無い。
だというのに、第六感が告げている。この男は、何かがおかしい。関わってはいけない存在だと。
「簡単な話だよ。何だかお兄ちゃんを探したいとかどうとか話していたから、おじさんも協力してあげようって思っただけさ。」
当然、信用できるわけがない。
いきなり話に首を突っ込んできて、助けてあげようなんて言ってくる怪しい男だ。
信用するなんて余程の馬鹿だけだ。
だが、そんなことは相手方にも分かっているはずだ。
分かった上で、何故そんなことしているのかが分からなかった。
(この人、何を求めているの?)
真央はそれなりに可愛らしい顔をした女子高生だ。
それゆえ、トレイシーのような見た目の男から、性欲の滾った視線を浴びたことがある。
だが、この男からはそんな粘ついたような視線は感じられない。
それが余計に恐ろしかった。
「なるほどね。協力なら是非お願いしたいところだが、その見返りにオッサンは何を求めてるんだ?」
黄昏としては、少しでもこの男の腹の内を探りたかった。
身も蓋もない話をすれば、トレイシーが真央を連れてどこかへ行ってしまえば、面倒ごとが一つ無くなることになる。
だからといってこんな怪しい男、というか男の形をしている怪しさに、うら若き乙女を渡すほど非常識ではない。
「レガリウム」
「「は!?」」
またも2人は、同じような反応を見せた。
何しろ、得体のしれない男の口から得体のしれない言葉が漏れたのだから、当然だろう。
-
「その反応…ということは、君たちはレガリウムの無い世界にいたんだね。」
ふふん、とどこかわざとらしく笑う。
その笑いの裏にあるのは、歓喜か嘲笑か、はたまた失笑か。
「そうだよ。だからそのレガリウムってのが何なのか、おバカな黄昏さんにも教えてくれませんか。
あっ、あんまり説明パートを長くし過ぎると読者が離れるから出来るだけ手短にね。」
黄昏としては、トレイシーが怖くないという訳ではない。
だが、ある程度怯えた素振りを見せれば、この男に完全に主導権を握られると思ったからだ。
「メタなネタを使い過ぎても読者は離れると思うけど……ま、簡単に言えば、凄い力を持った鉱石って所かな。」
トレイシーが杖をくるくると回して語っている間、黄昏は銃を構え続けながらも、その腹の内では後悔していた。
ウソでもいいので少しでも情報を聞き出そうとしたら、より一層面倒な話を持ち掛けられるとは。
「レガリウムを使えば、私の世界だって一気に発展が嘱望される。
君たちの世界だって、エネルギー革命を起こした資源はあるだろ?」
だが、こんな男を迂闊にも近づけ、この状況を招いてしまった以上は、黙って聞くしかない。
黄昏に、ついでに言うと真央に出来ることは、死に直結する選択肢を選ばないことだけだ。
「本題に入るんだけどね、私は君たちと一緒にレガリウムを探したいんだ。」
「当てはあるんですか?」
今度は真央が、彼に質問する。
主導権を握られてようと、質問する権利ぐらいはあるはずだ。
第一どんなものなのか、どこにあるのか、そもそも存在の有無さえ不明なものを探すことなど、馬鹿らしいことこの上ない。
「それに関しては、まずこの地図を見て欲しい。」
トレイシーが汚れた紙を広げ、2人に見せる。
さっきこの辺りで拾った物だから、土がついてるけどね、と言いながら。
武器を降ろさせ、その隙に攻撃すると言った魂胆かもしれないので、黄昏だけが取りに行った。
そこにあるのはこの会場の地図。異なる点は、いくつか色の付いた点が載ってある。
「ほら、そこに『レガリア』って名前がいくつかあるだろ?
恐らくこれらはさっき話した、レガリウムを使った道具ではないかと思うんだ。
私達3人は、これがある場所に向かおうかなと思うんだよ。そのついでに君のお兄さんも探すということでいいんじゃないかな?」
3人いれば文殊の知恵、と言うが、それ以上に3人揃っていれば1人で行動している時より、信頼を買いやすい。
当然、レガリウムの情報や真央の兄の情報も、見ることが出来るかもしれない。
悪いやり方ではない。この男の底知れなさを加味しなければ。
-
(くそ……どうすればいい?)
黄昏は頭を必死に回転させ、最適解を検討する。
この男が嘘八百並べていて、レガリウムは男の作り話、宝の地図も作り物という可能性は十分にある。
だが、仮にそれが全部嘘で、自分達を嵌めようとしていても、どのように嵌めるのかが全く分からない。
相手の勝ち筋だけではなく、自分達の負け筋さえ全く見いだせないのだ。
「あ、そうそう。お願いの前金代わりと言いたい所だが、参加者の情報を与えよう。」
トレイシーは地図を仕舞うと、今度は参加者名簿を取り出す。
「この本汀子という巫女の少女は、良い人だ。少なくとも殺し合いには乗っていない。
この殺し合いで出会って、すぐに互いの目的のために分かれたんだがね。」
せめて、ここでこの男が『彼女は殺し合いに乗った悪人だ』と言ってくれればどれほどよかったか。
奇妙なことに、真央も黄昏も同じことを考えていた。
悪人呼ばわりするのなら、この男は2人とその少女を殺し合わせ、漁夫の利を狙おうという算段を立てていると考えられるというのに。
事実、彼女は殺し合いに乗っていない。この男は嘘つきなのではなく、発言が嘘か誠か分からないのが面倒なのだ。
「ああ、ありがとよ。返事代わりに俺からも情報だ。
そっちの名簿の下の方にいるグレイシー・ラ・プラットって奴は腕を変化させて襲ってくる怪物だ。
少女の振りをしているからって………」
黄昏がそう答えようとした、その瞬間だった。
ふいに彼の脳裏に、何かの風景が浮かび上がった。
すっかり彼にとっては慣れ親しんだ感覚。すなわち未来の風景が映し出される瞬間だった。
(助かった!これでどうにか……)
これでトレイシーが何をしようとしているのか、先読みできるのではないか。
もしかすると、自分の力はこのためにあるんじゃないか。
少なくともこの瞬間だけは、それほど気分が高揚した。
そこは、彼が今まで予見して来た風景に比べて、ひどく靄がかかったものだった。
少なくとも、そこがどこかは全く推測できない。
それでも、辛うじて見える。
一番最初に見えたのは、靄に混ざった煙。そして、焼死体があった。
それを、真央とトレイシーが、囲っていたのだ。
「ズルはだめだよ。」
黄昏に映し出される世界で、トレイシーは彼の方を見てそう答えた。
「!!!!!???」
全く持って経験したことが無い、予想さえしていなかったことだ。
予見していた世界から話しかけるなんて、どういうからくりなのか。
-
「で、どうするの?一緒に行くの?行かないの?」
風景はもう消えていた。
最早、行かない選択肢は無い。
今の言葉は未来のトレイシーが別の理由で言った言葉であって、予知しようとした黄昏に対してかけた言葉ではない。
そのような都合の良い解釈をする余裕さえ無かった。
「分かった。行こう。でも少しでも怪しい素振りを見せたらどうなるか分かってるよな。」
「いやあ。話が早くて助かるよ。ところで君、冷や汗が凄いけどどうかしたのかい?」
「こんな世界なんだ。まともな体調してる方がおかしいだろ。」
「私はどうかしているというのかい。ひどい話だねえ。あとおかっぱ頭のお嬢ちゃん。あんまり物騒なナイフを出さない方がいいよ。
そういうのはいざという時にだけ出すべきだ。」
99.9%この男は良からぬことを企んでいる。
だが、残りの0.01%が見つからない以上、どうにも反撃の手が無い。
あのうさん臭い男がとてつもなく強い力を持っていて、怒らせれば2人共殺される羽目になる可能性もある。
早速トレイシーは歩き始め、仕方がないと感じたのか、真央もその後ろをついて行く。
その後をだまって黄昏は歩き始めた。
「これでよかったのか……。」
彼はそう呟いた。
その言葉は間違っている。これしかなかった、が正しい。
手の内も悟られた可能性が高い今、彼が出来ることは、自分の未来がこれ以上悪くならないようにと祈ることだけだった。
【H-2 森/朝】
【双葉真央】
[状態]:疲労(中)、全身に擦り傷、ダメージ(小)、出血(治療済み)
[装備]:万能包丁、ライター
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム1(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:優勝を目指す。
1:優勝するためにおじさん(黄昏 暦)を利用する
2:人じゃない参加者も居るんだ…
3:一体何なのこの人?今はついて行くしかないけれど…
【備考】
※グレイシー・ラ・プラットを怪物と認識しました。
※G-3でそれなりに騒ぎを起こしたので暦以外にも気がついた参加者も居るかも知れません。
※回収したグレイシーのデイパックはその場に置いてきてしまいました。
【ライター】
コードネーム:神という殺し屋が愛用していたライター。
何でもこれで火をつけたタバコは、特別な味がするらしい。
【万能包丁】
百均に売っているような、ありふれた外見の安っぽい包丁。
実は異常物品の一種で、使用者が『切れる・刃が通る』と認識していれば、文字通り何でも切れる万能包丁。
鋼鉄だろうがダイヤモンドだろうが、豆腐のように切り分ける事ができる。
ただし、あくまで『切れる』だけで、それ以外は通常の包丁と変わらない。
【黄昏 暦】
[状態]:健康、精神的疲労(特大) 冷や汗
[装備]:凍結銃(残数5発)
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム1〜2(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:死にたくない。殺し合いも嫌
1:ひとまずトレイシー、真央と共に行動する。
2:大人として、子供を見捨てるのは間違ってるよなぁ…
3.少女(真央)の安全は確保したい。
4:お前(トレイシー)一体何なんだよ!!?
【備考】
※触手の化け物(グレイシー・ラ・プラット)を怪物と認識しました。
※双葉真央をできる限り保護したいと思っています。
※予知した死の光景を警戒しています。
【レイシー・J・コンウェイ】
[状態]:愉悦
[装備]:魔物の杖
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0〜2 宝の地図
[思考・行動]
基本方針:遊ぶ、楽しむ
1.自分の力のいくつかは制限されてるが…これはこれでいい。
2.巫女の少女(本 汀子)はどうなったかな
3.とりあえず宝の地図に従い、レガリアの名を冠する道具を取りに行く
※レガリウムの件の真偽は不明です。
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投下終了です
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レイチェル、くるる、No.013、オリヴィア、四苦八苦、新田目、汀子、ノエル予約します
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すいません。酉他所のと間違えました。
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加崎魔子、滝脇祥真、フレデリック・ファルマンで予約します
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投下します
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※>>383、>>384に性的描写あり、閲覧注意
「わたしに しあわせなんて なかった」
Q:堕ちた星を再び輝かせるにはどうしたらいいか?
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■■■
「なんだったんですかねあれ。ああ言うのを怪物(フリークス)って言うんですかねあれ」
「なんであれ見て、「あー怖かったなぁ」的な遊園地のお化け屋敷意外とクオリティ高かったなぁ的な感想で済ませられるのだ貴様は!?」
住宅街エリアの一軒家。無地のソファーに寝かせられているフレデリックの姿。
それを尻目に、気の抜けたような梓真の言葉への魔子の鋭いツッコミが炸裂する。
あの光景を怪物の一言で済ませられるこいつの図太さというか精神構造どうなってんの?的な意味で
「……だが、あれを怪物(フリークス)と評した下僕の反応は正しいな」
ただし、梓真の評価は概ね間違っていない。
街路樹を軽々と持ち上げる膂力に生半可な攻撃を受けても平然としていたその精神性。人間の常識の外にいる怪物と言うは正しい。
あのような危険人物がまだいるかもしれないと考えると、頭が痛くなる。
魔子とて、自分の魔法を直で喰らって平然と言葉を発せる存在など、まずあり得ない。
「……手、震えてますよ」
「……っ。……そうか。すまぬな、下僕よ」
別のソファに座り込む魔子の手は、震えていた。普通の人間である梓真にもはっきりも分かる通り。
あの怪物の戦闘での彼女の動揺は梓真に認識されていた。
魔術を使える元アイドル、加崎魔子。と言っても明確な直接戦闘は魔法で厄介ファンやら過激なストーカーやらを追い払った時ぐらい。
強いて言うなら偶に妙な異形を何体か退治したぐらいの話だ。しかも無駄に同人誌とかに出てきそうなタイプの触手モンスター。
だから、人間のカタチをしたものを相手に、殺しかねないかもしれなかった。というのは人生の中で初めてのことである。
「まあ、下手に無理せず程よく息抜きすればいいんじゃないですか。そんな暗いキャラするよりもブイブイいわせる方が気分もマシになるでしょう」
見かねて、梓真が雑に言葉を投げかけた。
正直な話この手の出来事に縁がないこの男、まさかこんな形で巻き込まれるとは思わなかったと愚痴りたくもなる。しかもただでさえ癖の強さが凄いところにその過去も凄まじい少女が同行者と来た。
このまま放置しても後味が悪いと思って、助言ぐらいはしておいた。
この手のはキャラを保てる事が重要である、テンションと気分は特に重要だ。
「……あなたに対して、それが正しいかどうか、まだ僕にはわかりませんけれど」
「あってまだ間もないと言うのに、言うようになったな」
兎も角、そんな下僕の生意気な提言に、そう偉そうぶりながらニコリと笑顔で投げ返す魔子の姿を見るに、多少は持ち直したと言うべきか。
梓真としては、出会った当初に見せた彼女の弱さを知っている身として、これが最適解とは言いづらいのであるが、安定している分には構わないのが彼のスタンス。
詳しいことは省かされたかが、つまりは"そういうことがあった"という事。
それこそ、自分の想像なんて及ばない、凄惨かつ残酷な現実が。
「……気を張り詰め過ぎたのか少し疲れた。下僕よ、ちょっと我はシャワーを浴びていく」
「その間僕は」
「その者の様子でも見ておけ。覗くなよ! いくら我の身体が美しいからと言っても絶対だぞ!」
「ハイハイわかりましたよマギストス・マコ様」
自分の身体に自身があるのかどうか分からないが、妙に念押しする形で梓真に言いつけをする魔子。
風呂場へと向かう彼女の後ろ姿を、全くわがままなアイドル様だと思いながらも生暖かい目で見守るのであった。
-
■
「わたしは、あいどるなのにみんなの前でぶりぶりう◯ちもらしてしまいました」
「あいどる失格めすべんきのまこを、どうかめちゃくちゃにしてください」
『魔子ちゃんは、汚くなんてないよ』
――人間失格の便器ちゃんが、どうしてまた立ち上がれるんだい?
「だって、わたしをおうえんしてくれる友達(ふぁん)が、まだいるから」
「われがたちあがる理由なんて、そんなちっぽけな事でいいのだ」
■
「ふぅぅ……ふぐぅ………うあぁ……!」
感度抑制、軽い感覚遮断。今にも漏れそうなおっぱいミルクや愛液を魔術で抑えてきた。
度重なる凌辱と調教の後遺症は加崎魔子という少女の心と身体を完膚なきまでに破壊し尽くした。
シャワーを浴びていくと言うのは嘘を言っているわけではない。その実態は、多重にも掛けた魔術が切れ、ぶり返した快楽の嵐を抑え込まんと必死に。
気持ちいいのは嫌なのに、抗えない。淫靡に変えられてしまった肉壺は快楽を貪ろうと疼いている。
一瞬でも気を抜いた瞬間歪に成長させられた乳房からミルクが漏れ出し、尿道からおしっこがドバドバと漏れ出す。
矯声をなるべく小さく抑えながら、乳首を捻るように抓んでミルクを出す。搾乳一回だけで深イキして愛液とおしっこがドバドバと流れ落ちる。シャワーは喘ぎ声と放尿を隠す為に最大で放出する。
「……こんなわたしのすがた、げぼくには、みせられない……!」
心なんて一度粉々に壊れているのか、新しい人格の形成という一点では厨二病ムーブは理想的だった。
幼少期からその手の気はあったとしても、それが適正だったのもあるのだろう。
と言うか幼少期の夢がそんな感じだった気がするが今話すことではない。
アイドルにして最強の魔導師、マギストス・マコ。その実態は、ハリボテで壊れた残骸を繋ぎ合わしているだけの肉便器の成れの果て。
「わたしは、われはまぎすとすま……ああっ!」
自らを奮い立たせようとして、間違って下半身に伸ばして弄っていたクリトリスを強く抓んでしまい、盛大に潮を吹き出してしまった。
「ああ、やっちゃった、あうっ、イクっ、変態アイドルまこイっちゃうっ!!!」
自分を卑下するようなセリフを吐いて、潮吹き。
「いやなのに、こんなこと駄目なのに、クリちゃんいじるのやめられないっ! マゾおっぱいからミルク出すのやめられないっ!」
快楽の余韻が体中を麻痺させ、魔子の身体が仰向けに倒れこむ。それでも剥き出しの性感帯となった乳首とクリを弄るのをやめられない。
加崎魔子に刻まれた痕跡(かいらく)は、魔術で誤魔化さなければ正気を保つことすら難しい。
「イク、イクイクイクイクイクイク、イっくぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!」
あらゆる液体をその体中から吹き出させながら、絶頂する。
自らの放出した液体をシャワーが洗い流しながら、虚ろ目のまま痙攣する哀れなアイドルの姿がそこにあった。
「あ……ぅ……」
顔に降りかかるシャワーが、彼女の涙の如く流れ落ちる。
過去は消えない。刻まれた絶望は決して無くなることはない。
「……でも、こんなところで、おれちゃ、わたしはあのこにかおむけできない」
ただし、それで彼女が折れるかどうかというなれば、別だ。
痙攣する身体で小さく魔法陣を展開し、自らに術式を刻む。
大きく絶頂したお陰で、身体は楽になった。術式も刻み直したし、当分は保つ。
「……ふふっ。われながらなさけない。だが、そんなよわみをげぼくにはみせられんからな」
多少は持ち直したか、たどたどしいながらも何時もの台詞回し。
でも、頭を冴えさせたいので、もうちょっとだけシャワーを浴びることする、そんなマイペースなアイドルの姿がそこにあった。
自分を応援してくれるたった一人がいてくれたから、自分はまだこうしていられるのだと、感じるように。
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■
「……むごいな」
「………」
結論だけ言えば、加崎魔子の痴態は丸聞こえだった。幸か不幸か家の外までには漏れなかっただろうけど、部屋中には丸聞こえだった。
なので、目覚めてしまった。フレデリック・ファルマンが矯声に反応して飛び起きて、その耳の良さ故に少女が何をしているのか、何で苦しんでいるのかを。
直ぐ様駆けつけようとした彼を止めたのは梓真だ。彼女自身が一番見られたくないであろう姿を、彼女に助けられた彼に見せるん所は酷だろうと。
戦場において、そういう事例を何度かフレデリックは見たことがある。まともな日常を送れず、小動物のように何かに怯えて暮らし、時が止まったかのように呆然としたまま。
その手の被害者は、そういうものばかりだった。
「――知っていたのか、彼女の容態の事は」
「いえ、あそこまで酷いとは思いませんでしたけれど」
淡白に返す梓真こそ、事前に察せれていたからそういう反応なのだろう。
フレデリックとしては、勇敢にあの怪物に立ち向かった少女の裏側が、まさここまで酷い事情があるのだとは思わなかった。
「人間、不思議ですよね。あそこまで壊れても立ち直れるって」
「……分からんでもないがな、彼女には、己の壊れた心を支えることの出来る何かがあるのだろう」
渡りの民として何年も生きてきた。旅の途中でそのような類の者とも何人か。
彼女の場合はそのあり方が異質である。何を助け舟に壊れそうな心を持ち直したのやら。
「彼女、友達いるみたいですよ。名簿にアンゴルモアって書かれてる人」
「一体何をどうしたら恐怖の大王の名前をつけるご友人がいるんだ」
「むしろ恐怖の大王知ってるあなたに対して驚きですよ」
どうやら、その友人とやらが加崎魔子が立ち直ったのだろうと、予測する。
それはそれとして友人の名前にアンゴルモアをつけるってどういうセンスしているんだと流石のフレデリックも突っ込まざる得ず、さらに「いや恐怖の大王知ってるんですね」的なツッコミが梓真から炸裂である
「……兎も角、偉そうぶってるけどその実だいぶ繊細な人なんですよ、彼女」
「支えてあげているのか?」
「成り行きです、ただの」
フレデリックの問いを、梓真は否定しなかった。
本当に誰かが居なかったら一人何もかも抱えて壊れて野垂れ死にしそうな彼女を、結果として支えてあげている事になった。
下僕扱いも、まあ扱い自体はそこまで悪くないからまあいいか、な意味で。
「……成り行き、か。私も彼らと出会ったのは成り行きのようなものか」
「運命とは、揺蕩う風の如く」だと、『渡りの民』の誰かが言っていた。
風は気まぐれで、船も鳥もそれに大きく影響される。
軍という歪みに耐えきれず、逃げた先で出会った彼らに救われたというフレデリックのもう一つの始まり。
人の出会いとは、まさに成り行きという運命。風の如き偶然(フェイト)と言うべきか。
「――ならば、支えてあげるべきだ。できる限り私も協力しよう」
「そりゃどうも、です」
そんな事を聞いて、放っておけるわけがなかった。
この出会いも運命(なりゆき)なのだろうと、だから彼女を守ってあげようと。
それに、彼女を通じて、何か答えを得られるかも知れないという、漠然として予感ですら無い何かを感じていたから。
そんなフレデリックの覚悟と意思に、いつも通り淡白ながらも梓真は礼を返した。
-
■
「はっはっは〜! 待たせたな下僕1号に2号! お、先程の、目が覚めたようだな!」
「……あ、はい」
風呂から戻ってきた魔子の第一声がこれだった。フレデリックは思わず面食らった。
何かナチュラルに自分も下僕2号扱いされていた。梓真から事前に説明は受けていたが、まさかこれ程までとはと、関心と驚きが入り混じった表情になっていた。
(厨二病というのはこういうのばかりなのか?)
厨二病、という存在はフレデリックにとっては初耳だ。
本質が壊れて苦しんでる少女だとは思えない、真実を知ってしまうと尚更そう思った。
「というか待ってくれないか、下僕2号というのは私のことか?」
「む、そうだが?」
はい当然ですと言わんばかりに魔子の言葉が帰ってきた。
なるほど、これは確かに曲者だともう一度実感した。主に性格に難あり的な意味で。
これで中身が中身なのだから精神(こころ)の再構築の過程で何があった!?と言いたくなる。
「……先程の怪物と言い、我一人では情けない事に手が足りぬ。だからこうして新しい下僕が増えたことは嬉しいことだ。そうと、怪我の方は大丈夫か?」
「相手が異常だっただけで、この手の荒事は手慣れている。それに怪我といっても打ち身程度だ、先程休んでマシにはなった」
やはり言い方は尊大だが、根はいい子らしいと、フレデリックは察する。
こんな過酷な場所で、己の善性を貫き通せるのは並大抵のことではない。先程の化け物相手で、震えていたことは知っている。
「ならよかった、だが無茶はするな。この先あのような別の怪物共が出てくるとは限らぬ。人の技だけでは太刀打ち出来ぬかも知れぬから、その時は素直に我に頼るがいい」
「君の方は、無理をしていないかね? 殺す気で技を打ったのはあの時が初めてだろう」
フレデリックの問いに、ほんの一瞬だけで魔子の目が見開いた。
彼女の弱さを、フレデリックもまた知っているのだから。
「……否定はせぬ。あの時の我は、貴様を守ろうと必死だった」
「……そうか、すまなかった」
結果未遂に終わったとは言え、殺意を抱いて相手を殺そうとしたのは事実。
それが咄嗟の判断によるものだったとはいえ、それが重くのしかかっていたのだろう。
その責任の一端を、フレデリックは感じていたからこそ謝罪した。
「……だが、あんな失態はもう二度とせぬぞ! さ、流石にああいう出来事は二度と御免だがな!」
それを聞き届けた魔子、ガッツポーズをしながら高らかに宣言。
何とか心を奮い立たせようと必死なのか、それとも素で切り替えたのか。
でもやはりやらかしかけた事実は重かったのか、付け加えるように魔子が一言。
「だが、我とで一人では限界がある。……その時は助けてくれぬか?」
「……素直に誰かに助けを求めるような性格してないと思ってましたよ、なんか」
「酷いぞ下僕1号!? 我とて助けを求めることぐらいあるわ! ただ誰も助けてくれない経験ばかりだから一人で何とか出来るようになっただけだぞ!」
「ツンデレ乙」
「我はツンデレじゃなぁぁぁぁぁぁい!!!」
そんな魔子の本音を入り混じった一言に、安堵しながらも痛烈な一言で梓真が返答。何故か売り言葉に買い言葉がヒートアップしてこの有様である。
フレデリックには、微笑ましかった。そんな、非常事態だと言うのに自分を曲げずにいられる二人が。
自分も、そんな風に己を貫けるのだろうかと、一抹の不安を感じながら。
「……貴様の悩みは貴様の中で考えるべきものだ、例え答えとなる理由(わけ)が下らないものだろうと答えであることは変わらんからな!」
「そんな建設的な助言も出来たんですね」
「うるさいわ!!」
そんなフレデリックの心中を察したかのように、魔子が一言。
こんな少女に悩みを見抜かれてしまったという事実に、ほんの少しだけ気恥ずかしく感じてしまうフレデリックであった。
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「さて、雑談はここまでとして、我から次の行き先に提案がある」
バン!と机を叩きながら広げられた地図のある一点に、民家から拝借したであろう赤ペンである箇所に印をつける。
印の箇所はC-4。マップ上にて「城」のあるエリアだ。
「恐らく我が友たるアンゴルモアはそこにいる」
自身げに断言する魔子に対し、フレデリックも梓真も呆れ顔になる。
当人なりになにか考えはあるのだろうけど、だからなんでそこに友達がいるって分かるんだよ、と言いたくなる。というか言うことにした。
「根拠は?」
「ふっふっふっ……我が友はこういうのが好きだからだ!!!!」
これが漫画ならドン!とかいうワン◯ース的表現が出るであろう発言に、フレデリックはなんかこう頭を抱えたくなった。ちなみに梓真はノーコメントだった。
「城だぞ! なんかこう色々ファンタジーで不気味で色々有りそうな城だぞ! 間違いなく我が友なら厨二心(ハート)を燻らせて向かうこと間違いなしだ! 我が保証する!」
(まるで意味が分からんぞ!)
なんかこう、気苦労は覚悟していたがこう何とも初っ端からこれは何というか、フレデリックは正しくそんな気分であった。
「自分が行きたいだけでは?」「これはれっきとした確信の上でだ!」なんて漫才が傍らで聞こえてきたが、まあ彼女がこれなら友人もこんな感じだろう、等とフレデリックは考えるのをやめた。
「というわけで、行き先C-4ですよね、準備が出来たら出発しましょう」
「……私はあなたのマイペースさが心底羨ましいと思ってしまう」
魔子も大概だが、この梓真という人物も相応に凄いのだと、フレデリックは言葉に出した。
彼女の過去を聞いた上で、「まあそういうことあったらしいので支えてます」的な思考で受け入れているのだ。憐憫でも侮蔑の感情でもない、加崎魔子という等身大の少女にちゃんと付き合えているというのだから驚きだ。
「……あなた達がそれでいいなら私は構わない。その前にだ……」
「ぬ、何だ下僕2号? 我が美しいからと言ってジロジロ見て」
「誰も美しいとは一言も言ってないのだが」
もうそういう事を考えるのは諦めて、魔子の方を見る。
彼女自身はなんか見当違いな事言っているが、この際もうどっちでもよかった。
「――己の心が悲鳴を上げた時ぐらいは素直に助けを求めれも良い。仮にも我々は仲間同士であろう」
「……。」
せめて、気遣いにすらならないだろうが、これだけは伝えておくべきだと。
彼女は理不尽で壊され、その理不尽から自力で抜け出した。その理由が何であれ、それが己の掴んだ答えとして。
呆気にとられた表情をした魔子が、即座に首を振って何時もの偉そうな表情、ではなくほんの少しだけ"素"の表情になって。
「……………………ありがと」
ほんの少しだけ恥ずかしげな、それでいて不器用な笑顔が一瞬だけそこに浮かんでいた。
その傍らで「やはりツンデレ」等と空気を読まないツッコミメガネの言葉に直後魔子がキレたのは別の話。
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■
A:理由なんてくだらなくて構わない。きっかけなんて揺蕩う風(うんめい)の中で偶然であったりするものだから
【G-4 住宅街 とある民家内/朝】
【加崎魔子】
[状態]:感度抑制及び軽度の感覚遮断(快楽)の術式発動中(一定時間後自動解除)
[装備]:無し
[道具]:基本支給品一式 ランダム支給品0〜3
[思考・行動]
基本方針:殺し合いを打破し、デスノを倒す
1:アンゴルモアを探して城へ向かう。我が盟友ならば必ずやかの魔城に向かうだろう!
2:これからも頼むぞ! 下僕1号! 下僕2号!
3:こんなところで、おれちゃ、わたしはあのこにかおむけできない
【備考】
※名簿を確認済みです
※キム・スヒョンが死亡したと思っています
【フレデリック・ファルマン】
[状態]:健康
[装備]:無し
[道具]:基本支給品一式 ランダム支給品0〜2 対人手榴弾×1 折れた槍
[思考・行動]
基本方針:殺し合いの打破。出来うる限り多くの命を救う
1:レイチェルを次会ったら必ず止める
2:脱出の手段を講じる
3:キム・スヒョンを止める。殺す事も選択肢に入れる
4:魔子には無茶をしないでほしいし、助けてほしいのなら素直に助けを求めてもらっても構わない
【滝脇梓真】
[状態]:健康
[装備]:無し
[道具]:基本支給品×2 ランダム支給品0〜5
[思考・行動]
基本方針:生還する
1:魔子、フレデリックと一緒に城へ向かう
2:成り行きとはいえまあ魔子の事は支える。何というか難儀な人と出会ったしまったものです
【備考】
※キム・スヒョンが死亡したと思っています
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投下終了します
>>382の※>>383、>>384に性的描写あり、閲覧注意の部分がミス発生してしまって申し訳ございません
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投下します。
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10:16 病院入り口前
2人を追いかけた先で、ノエル・ドゥ・ジュベールの目に入り込んだのは、懐かしい建物だった。
(なぜ……あの病院がこんな所にありますの?)
綺麗な瞳を丸くさせ、まじまじとその外観を観察する。
壁のデザインも、建物の形も、上の方にある赤い十字も、全部そっくりそのままのものだ。
精巧に作られた病院のレプリカなのか、飛ばされたのかは分からない。
そこは、彼女にとって馴染みの病院だった。
とは言っても、彼女は通院を繰り返すほど、病弱ではない。
ただ彼女が生まれた場所がその病院だったという訳だ。
これは彼女の記憶には無く、両親から聞いただけの話だ。
今でこそ体力にも気力にも優れた彼女だが、生まれた時は産声一つ上げないほど、衰弱していた。
原因は、その時代では未解明の病気だった。
乳児がごく低確率で罹患するらしく、分かるのは致死率が高いということだけ。
たとえこの場を生き延びても、1歳まで生きられるかさえ不明だと両親は告げられた。
断っておくが、彼女の破綻した性格は、その時の病気が原因ではない。
だが、医者の予想に反して奇跡的に命が助かり、その後はすくすくと育っていった。
大会社の経営者で、私財が潤沢にあった彼女の両親は、惜しみない愛情をノエルに注いだ。
いつ病気が再発するか不明なため、朝昼夜と栄養バランスの良く考えられた食事を与え、体力をつけるために水泳やバレエといった習い事もさせた。
勿論ストレスを解消させるために、習い事が終わると手作りのお菓子を与え、月に一度は自然豊かな場所へピクニックに連れて行ってあげた。
誕生日や、習い事での検定試験合格の日には、必ず高級フレンチかイタリアンで食事を与えた。
彼女が物心つき始めると、両親の想いに応えるがために、習い事は勿論のこと。学校の勉強も自主的にやり始めた。
また、暇な時間は両親の書斎にある本を読みふけり、着飾る方法や彼女の学年ではまだ教わらない知識を手にした。
その甲斐があって、元々優れた頭脳や容姿にはさらに磨きがかかって行った。
一見、才にも環境にも恵まれたエリートの人生。
だが、その裏で彼女は、少しずつ壊れ始めた。
(一刻も早く、父母のもとに早く帰らねばいけませんわ。きっと私を、血眼になって探しているでしょう。)
彼女の早く帰ると言うのは、早く皆殺しにするということだ。
滅茶苦茶な理屈だが、彼女にとってはそれが最適解。
知っている病院だとするなら、自分の方が有利に戦える。
最後に訪れたのは、中学校の時の看護婦の職場体験だが、それでも構造はよく覚えている。
ただし、相手方は自分がここに来ることを推測しているはず。
地理的優位を考慮しても、その事実を忘れてはならない。
今の所は敵からの視線を感じないが、警戒を怠らぬに越したことは無い。
意を決して、戦場となる場所へと乗り込んだ。
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9:29 病院裏口付近
(不思議なものだ。あの絵本を読んでから、どうにも母のことを思い出す)
レイチェル・ウォパットは何とも言えない気分で、市街地を歩いていた。
不意に思い出したのは、母親に言われたこと。
――戦争へ行くというのなら、その前にこの種を育ててみなさい。
訓練学校での生活も終わりが近づき、入隊を認められるまであと1年足らずとなった時。
たまたま帰省した際、母親が突然彼女に対して、そんなことを言った。
兵隊になると言った時から反対し続けていた母親も、その時はあまり反対の言葉をかけなかったので、聊か驚いた。
渡された種子を捨てたり、踏みつぶしたりしても良かったが、余裕が無いという訳でも無かった。
何の気まぐれか、彼女はそれを植木鉢に入れて育ててみることにした。
だが、水をあげても、肥料を与えても、土を替えても、その種が芽を出すことは無かった。
あっという間に休暇は終わり、変化が無いまま、訓練学校の寮に戻ることになった。
――育てると決めたのなら、これも持っていきなさい。
――こんなかさばる物、持っていくわけないでしょ!?
荷造りを終え、家を出ようとした時、母親がまだ芽が出てない植木鉢を持ってきた。
その時ほど、母親を邪魔に思った時は無かった。
だから、その種に関して、レイチェルは勝手な考えを抱いてしまった。
――それでも、これを育て……
――うるさい!!
植木鉢を押し付けようとする母親を、一蹴した。
――戦争に行って欲しくないから、芽が出ない種を押し付けて、嫌がらせをしたいだけなんだろ!!
――そんなことはな……
――こんなもの、たとえ芽が出ても何の役にも立たないじゃないか!!
母親から植木鉢を引っ手繰り、それを床に叩きつけた。
床に植木鉢の破片と、土が飛び散ったが、レイチェルはそれを見向きもせずに家から出て行った。
後になって分かったことだが、その種は非常に成長が遅く、芽が出るまで1週間、花を付けるまで1年以上を必要とする。
その代わりに、美しい花を咲かせることが出来る。そして他の花に比べてより長く美しく咲き続ける。
食糧か薬か毒になる植物を除いて、訓練学校時代は全く興味を持たなかったことだったか、たまたま読んだ本にそう書いてあった。
(あの時渡された種を育てていれば、何か変わったのか?)
戦争で奨励を受ければ受けるほど、あの時植木鉢を壊したことは間違ってなかったと思うようになった。
だが、その果てにあったのはこれだ。
あの時の植木鉢と同じ、何の芽も出ない、土色一色の人生。
今さらそんなことを考えても仕方がない。
母親は消えた。そしてあの種は芽を出すことのないまま死んだ。
意図したことではないとはいえ、レイチェル自身が壊した。
そして彼女は、壊れた世界でも生きている。
-
いざ病院が見えてきた時、一人の少女が2階の窓から顔を出した。
「誰か助けて下サイ!!」
(馬鹿が。そんなことして狙われると思わないのか?)
懐からすぐに銃を出し、すぐに引き金を引いた。
★
9:20 入院病棟2階
「あ、あはは…どうしてそんなコトを?訳が分かりませン。」
自分の名前を騙った者が、殺人鬼としてここにやって来る。
常識で考えてみれば、到底あり得ないことだ。
エイプリルフールは今日じゃないと言われるのがオチだろう。
「分からなくても良いわ!早く逃げるのよ!!」
いまだに極楽とんぼのような笑顔を浮かべているオリヴィアに対し、くるるはじれったく感じ、その手を掴もうとする。
オリヴィアの言う通り、なぜ偽オリヴィア(ノエル)が自分達を襲撃したのかは分からない。
だが、意味が分かっても分からなくても、殺されてしまえば意味が無い。
今すべきことは、理由を解明することではなく、逃げることだ。
「ちょ、ちょっと待って下サイ。」
オリヴィアは慌てて、支給品袋の中を探る。
そのはずみで、宝の地図やら他の支給品やら、色んなものが床に散らばった。
「アレ?……スイマセン!どなたか、スマホを持ってまセンか?」
「はあ?えーと、何よそれ!どういうつもりなの?」
「警察に電話しナイと!!」
あちゃー、これはどうしたものか。
その言葉を聞いて、くるるはそんな表情を浮かべた。
オリヴィアとは異なる時代、あるいは異なる世界で生まれ育ったくるるは、すまーとほんとやらは何のこっちゃの話だ。
警察という言葉は知っていたが、彼女の生まれ育った国の警察は、未成年の売春を止める所か、むしろ進んで少女を買っていたような連中ばかりなので、てんで信用できない。
そもそも、助けに来てくれるような場所じゃないはずだ。
「警察なんて助けに来るわけないでしょ!そもそもすまほって何よ?ミカは聞いたこと……」
くるるの言葉は、ミカの悲鳴でかき消された。
「え?ちょっと待って。一体何があったってのよ。」
ミカは地面に散らばっていた地図を見て、青ざめていた。
到底人形とは思えない表情だ。事前情報が無ければ、人間と勘違いしてもおかしくないだろう。
「そんな……まさか……アレが……アレが……」
とてもただ事とは思えない。
ノエルのことばかり気にかけていたというのに、それ以上の恐怖がそこにあったかのような反応だった。
「2人共聞いてください。ここにある『対"アクマ"用試作兵器No.000』というのは、とても恐ろしい兵器です。」
「ちょっと待って!対“アクマ”用ってことは、ミカの味方ってことじゃないの?」
一体宝の地図に載ってあるのは何のことなのかさっぱりだが、名前からしてミカの同胞だと考えるのが妥当だ。
恐ろしい兵器とは言っても、身も蓋も無い言い方をしてしまえばミカだって兵器でしかない。
-
「No.000はテンシ(わたしたち)のプロトタイプの1つ。あまりにも破壊力が強すぎて、アクマどころか人間をも巻き添えにしてしまうことが多くて持て余されていた所、いつの間にか消えてしまいました。
その後、No.000その姉妹機No.001を元に、私達が作られた訳です。」
「そんな……ことって……。」
「ええ、もしこの地図に載ってあるものがそれならば、犠牲者は間違いなく出るでしょう。」
「じゃあ、早くそれを探して、私達で処分しないと……あれ?あの子は?」
ふと周囲を見渡すと、オリヴィアがいつの間にか消えていた。
★
10:21 病院 スタッフステーション
(いない……か。)
食事を終えた後、四苦八苦は1階のスタッフステーションに戻って来た。
だが、そこは既にもぬけの殻となり、先程の金髪の少女は影も形も見えなかった。
(目を覚ましたのか、はたまた誰かに連れ去られたか…)
気絶した少女の世話をしなくて済んだと分かると、どことなくホッとしてしまった。
あの状況から弁解するにはそれなりに手間がかかりそうだからだ。
それはそうとして、ここから出るべきか、はたまたここに留まり、来客や別のフロアにいる者を探すべきか悩まされた。
ひとまず、無人のスタッフステーションを出て、受付の方にやってきた。
その時、金髪碧眼の少女と目が合った。
「ごきげんよう。」
ぺこりと恭しく、彼女は頭を下げた。
その挙動一つで、良い所の出だということが伺える。
だが彼女は、じーっと四苦八苦の服を見つめていた。
「な、何だ!そんなに見つめても良いことは無いぞ!!」
誰が想像できようか。
自分の着ていた服が、たまたま支給されていた服が、目の前の相手の持ち物だったと。
「あの……その制服、私のモノなのです。よろしければ返していただけませんか?」
ノエルは服の一着一着にさほど執着する性格ではない。
だが、その服に特別な思い出がある場合は、話は変わって来る。
最初は、ノエルの美貌や能力を妬んだ者に台無しにされたはずの学生服が、なぜこんなところにあるのか不明だった。
だが、眺めてみれば見るほど、それが自分の制服だった。
極めて優秀な成績での合格者で、なおかつその両親が学園への寄付をしなければ、着ることは許されない特注品の制服だ。
特注品の物のみにある、右肩の青いバラの刺繍も、胸元のN・Jのイニシャルも、サイズも全て彼女のものだ。
「すまないな。私はこれしか無いんだ。脱出出来たら返すから、今は許して……。」
四苦八苦が話す間もなく、彼女の顔の横から何かが飛んだ。
-
それは、左耳だった。
「あ“あ”あ“あ”!!!」
予想外なまでの痛みに、片耳があった場所を抑えて呻く。
たとえそぎ落とされても、時間さえ経てばトカゲのしっぽのように生えてくるのだが、それはそうとして激しく痛い。
「あなたの事情などは聞いていません。返していただけますか?」
ナイフを寸分の乱れも無く振るい、他人の耳を斬り飛ばすと言った大それた行いの後でも、ノエルの表情は全く変わらなかった。
いや、その言い方は間違っている。呼吸が荒くなり、その頬は紅潮している。
以前大学の授業を見学する催しで、医学科の解剖学を見学してから、ノエルは思っていたのだ。
あれを人間でやれば、特に健康な人間でやれば、どんな表情を浮かべるだろうと。
続けざまに、彼女はナイフを振るう。今度は右目が吹き飛んだ。
「もう一度聞きます。返していただけませんか?制服を血で汚したくないんです。」
人の耳より、制服の方が大事だと言うのか。
そんな言葉を発する気には、到底ならなかった。
目の前にいるのは化け物だ。特別な能力を持っているか知っているわけではないが、人が躊躇することを平然とやってのける点では、四苦八苦以上の化け物だ。
「うるさい!!」
彼女を突き飛ばし、痛む顔を無視して一目散に逃げだす四苦八苦。
だがその先で、病院の入り口を潜ろうとした瞬間、視界がぐるぐると回転した。
その言い方は間違っている。
彼女の上半身と下半身が、腰を境に綺麗に両断され、黒ひげ危機一髪のように勢いよく飛んで行ったからだ。
「なん……で?」
全く持って予想出来ない形で、地面に這いつくばる姿勢になる。
ノエルがこの病院に入る際に、ブラックプリンスで前もって仕掛けておいた不可視の刃だ。
本当は首に触れるあたりの高さを想定したのだが、四苦八苦は背が高いため、腰を両断することになってしまったのだ。
「悲しいですね……折角制服を取り返せたと思ったのに、真っ二つになってしまうとは……」
苛立ちを紛らわすために、血だまりに沈んだ彼女の頭を踏みつける。
倒れた際に血や体液を大量に吸ってしまった上に、ブラックプリンスの刃で切断されてしまった。
あろうことか、かつての制服よりボロボロだ。洗って修繕しようにもそんな時間は無い。
放っておいても死ぬはずだが、このままにするのも癪なので、もう少し役に立ってもらおうかと考えた。
「あなた以外にこの病院に誰がいるか、教えていただけませんか?そうすれば楽に殺してあげますよ。」
彼女の頭を踏みつけ、ベチャ、と気持ち悪い音を立てる。
どうせなら死ぬ前に病院内部の情報を聞き出しておきたい。
-
10:29 病院北西
もう少しで病院という所で、新田目の胸の内を何かが過った。
「ミカだ。」
「え?」
「この先に彼女がいる、僕にはわかるんだ。」
巫女という職業柄、聖邪の気配に対し敏感な汀子には分からない。
だが、新田目には理屈ではなく、心ではっきりとわかった。
途端に身体が温かくなり、同時に心臓の鼓動が増す。
いよいよ会えるという想いと、会ってどうなるのかという考えが、綯い交ぜになる。
「でも、何だか嫌な予感がするんだ。向こうにいるのはミカだけじゃない。」
同時に、胸の奥を搔きまわされるような、何とも言えず重苦しい空気も感じた。
この先に前世の自分を殺したアクマ、あるいはそれに似通った者がいる。
何故か新田目にはそれが分かった。
人がゴキブリに対し嫌悪感を抱くのは、遥か昔人の祖先が巨大なゴキブリに追いかけられていた記憶があるからと言うが、そのような物だろうか。
病院の方から、ミカがいる気配も、それとは真逆の邪悪な気配も漂って来た。
「分かります。トレイシーという男とは別の、毒蛇のような気配が向こうにあります。」
そして、その予感は的中した。
何しろ、血だまりの上で、美しい金髪の美女が、胴体を両断された女を踏みつけにしているからだ。
一目見れば、それが異様な光景だと誰でも分かる。
「動くな!!」
「あらあら、お客様がおいでになりましたか。」
ノエルは美しいほほ笑みを浮かべて、2人を見やる。
2人にはすぐに分かった。この少女が、邪悪な気配の持ち主だと。
★
10:29 入院病棟2階
ウソだ、嘘だ、うそだ!!
殺人鬼、破壊兵器、警察のいない世界。
何もかもが違うに決まっている!
オリヴィアは必死で、病棟の廊下を駆け抜けた。
走った所でどうにかなるものではないが、今この場から逃げようとした。
窓からは、全く知らない世界が広がっていた。
けれど、そこから顔を出し、助けを求める。
忘れたいと願いながらも、助けてほしいと願う。
彼女にとって、この世界は恐ろしすぎた。温帯に生きる者が、全裸で南極に飛ばされたようなものだ。
「助けてくださイ!!」
その瞬間、彼女の力が発動した。
(はて……私はどうしてあんな風に叫んだのでしょう……)
返答が響いた。
言葉ではない。破裂音という形で。
オリヴィア・オブ・プレスコードという少女は、記憶を失った。
いや、その言葉は間違いだ。記憶ではなく、彼女が生きた記録さえも無くなったからだ。
-
10:30 戦闘開始
「馬鹿な奴だ。」
彼女が脳天から血を吹き出し、糸が切れた人形のように倒れたのを見ると、レイチェルは裏口から足を踏み入れた。
とうとう、皆がこの建物に一同し、宴が始まった。
これより先、この病院は癒しを与える空間ではない。
死と破壊が飛び交う戦場へと姿を変えた。
病院事変2 開門
9:30 病院
オリヴィアの悲鳴は、開戦のゴングとなった。
この病院は、極めて防音性が強い。
キム・スヒョンに斬り刻まれていた四苦八苦の悲鳴が、同じ建物内にいたオリヴィアに聞こえなかったのも、それが理由だ。
だが、彼女の悲鳴は窓から大きく響いた。
「オリヴィアさん!!」
くるるもミカも、明らかに油断していた。
現在進行形で災害をもたらしつつあるノエルに、やがて災害をもたらす可能性が高いテンシ・プロトタイプ。
あまりに考えなければならないことが多すぎて、別の襲撃者が来る可能性を完全に度外視していた。
「動かさないでください!もしかすれば助かる可能性が……」
「駄目よ。死んでる……」
脳天を打ち抜かれ、呼吸も脈も止まっていた。
そこにあるのは、オリヴィアだったものでしかない。
無菌室のような世界で生きて来た彼女にとって、不浄の世界はあまりにも過酷だったのだ。
「また、守れなかった……。」
水晶のような瞳から、透明な雫が零れ出す。
美しくも悲しい光景だ。幽霊として列車に乗る様々な人を観察して来たくるるだが、様々な涙を見て来た。
失恋、失敗、失職、喪失、離別、離婚、怪我、病気、感動、歓喜、興奮
その原因も、あまりに理不尽なものから、自業自得なものまで多かった。
その中でも、ミカが流した涙は見惚れてしまう程、美しかった。
思わず自分まで悲しくなるほどだった。
だが、魅入られている場合ではない。
「行くわよ!!」
ミカの手を引っ張り、廊下を進む。
情に絆され、乗客の少女を救ったことのあるくるるだが、万事情に基づいて動いているわけではない。
逆に言えば、それまで多くの涙を目にしておきながら、それらすべてを無視してきた。
今更死んだ人間一人を気にかけるようなことはしない。
「走る時は気を付けてください、見えない刃が仕掛けられているかもしれません。」
-
先のショッピングモールでの戦いで、2人はブラックプリンスによりダメージを受けた。
この病院はモールより通路が狭いため、あの兵器はあの場所以上に力を発揮するはずだ。
「分かっているわよ!」
くるるは持ち前の力で、近くにあった消火器を動かし、前面に飛ばす。
これなら見えない刃があったとしても、先にぶつかってくれるからどこにあるか分かりやすい。
だが、ミカは別の襲撃者のことを警戒していた。
オリヴィアは、明らかに拳銃で殺されていた。ノエルはそれを持っていなかった、仮に持っていたとしても、あの場で使わない理由がない。
即ち、別の力を持った者が病院に来たということだ。
9:31 病院入口
「死んでしまいましたか。しかし同郷の者だったとは…」
病院の裏側から発された銃弾と彼女の絶叫は、表側の入り口にも届いた。
動揺する2人に対し、ノエルはあっけらかんとした表情を浮かべている。
「……君は今自分がどんな状況にいるのか、分かっているのか?」
新田目はノエルに対し、この上ない不気味さを覚えた。
何しろ首より上で浮かべている表情と、足元に広がる血だまりが、あまりにアンバランスだったからだ。
早く悲鳴の主を助けに行きたいが、目の前の相手がすんなり通してくれる、そんな風には思えなかった。
「ええ分かっていますよ。呑気に質問などをしてくるあなた方よりかは。」
「同じ故郷の人が亡くなったんですよね?何とも思わないんですか?」
理由があったとはいえ、友をその手で殺めた汀子だ。
友達を失った時の絶望と喪失感はよく分かっている。
たとえ友達で無かったとしても、同じ出自の者が殺されれば、思う所の一つぐらいはあるだろう。
「いえいえ。残念だと思ってますよ。初めて見た時から気に入らなかった。
あのオリヴィアという女、無垢で、脆弱で、純粋……」
ノエルとオリヴィアは、学年こそ違えど同じ高校だった。
そして彼女が3年生の始業式で、新入生代表で壇上に立ったオリヴィアを見た時から、ずっと思っていた。
悪意に触れたことどころか、感じたことさえない、無菌室で育ってきたような少女だと。
彼女が絶望を覚えれば、さぞかし美しい顔をするに違いないと。
そして、綺麗な口元に邪悪な笑みが宿る
「アレをこの手で絶望させられなかったこと、本当に残念ですよ!」
「黙れ!! この外道!!」
汀子は躊躇わず、ケラウノスを抜いた。
黄金の刃が、周囲を照らす。
(!!)
イナズマを彷彿とさせる居合斬りが、ノエルを斬り裂こうとした。
だが彼女は四苦八苦の頭から、その足を離し、後方に飛び退く。
-
「迂闊に攻めに入るな。僕達を挑発して、隙を作ろうってクチだ。」
「分かってますよ。」
銃を構えながらも、新田目は冷静だった。
まだ目の前の敵が何をしてくるかも分からない。特に奇怪なのは彼女にやられたであろう女性の状態。
上半身と下半身を両断するなんて、よほど長い刃物を上手に使わなければ出来ない芸当だ。
だというのに、ノエルが持っているのはロングボウとナイフ。
どちらも人体の両断など不可能な武器だ。
(一体何があった?ナイフか弓のどちらかが予想もつかない力を持つのか、はたまたアイツ自身の能力か……)
どうにかして血だまりに転がっている四苦八苦から、情報を聞き出したい所だ。
医者である自分でさえどうにも出来ないほどの出血量だったので、それどころではないのは分かっていたが。
新田目とのやり取りが終わると、すぐに汀子はノエルへと突っ走る。
ケラウノスを一振り、二振り。その動きだけで、彼女が修練を積んできた者だと伺える。
(厄介な武器ですね。)
だが、ノエルもさることながら。
鍛え上げた瞬発力と柔軟性を活かし、彼女の斬撃も、そのついでに現れる雷撃も躱して行く。
汀子が剣を抜いた瞬間の、バチバチ、という音。そして光沢にしてはやけに眩しすぎる光。
原理はわからないが、刃に電気が宿っているのだと察した。
そして、血だまりの上に電気を流されれば、自分でも耐えきれない。
だからいち早く後退を決意したのだ。
「待ちなさ……なっ!?」
ノエルを追いかける中、汀子は急に足元をすくわれた。
一瞬、四苦八苦の血を踏んだことが原因のかと思ったが、それは間違い。
そもそも彼女は血だまりを飛び越えて行った。
原因は、ノエルの能力。彼女の体内から放出される油だ。
全くもって予想外のトラップを食らい、腹ばいに倒れ込んだ。
それは誰の目から見ても、決定的なほど大きな隙。
だが、その隙を埋めるのが、仲間の役目。
パン、と破裂音が病院の入り口から響いた。
新田目が拳銃を発砲したのだ。
狙いは当然、ノエルの心臓。足や腕を狙うなどといった手加減はしない。
手加減をすれば逆に殺される。言葉で説明されずとも、心で伝わった。
「酷いですわね。よりによって射殺しようとしてくるなんて。」
だが銃弾はノエルの皮膚に触れた瞬間、ぬるりと明後日の方向に飛んで行く。
彼女の能力は攻守両面で活躍する。
(なるほど、脂が原因か!!)
銃は弾かれたのではなく、あらぬベクトルで飛んで行った。
そして汀子が突然床で滑って転んだこと。
その2つを考えると、敵の攻撃のタネは見えた。
(たとえ銃弾が効かなくても、脂が原因ならば着火してやればいい!!)
-
油の弱点は炎。
ゼロ距離で拳銃を撃ち、その際に飛び散る火花で引火させ、焼き殺す。
それを考えた新田目は地面を蹴り、ノエルの場所へと走って行った。
(危ない!!)
その声を上げたのは汀子だった。
銃弾が効かないと分かった新田目が、接近戦へ持ち込もうとしたのは分かった。
同時に、それが彼女の狙い目だとも。
僅かな間に、奇妙に覚えたことがあった。
最初にケラウノスを躱した時の反射神経は極めて俊敏だったというのに、ナイフを抜いてから刺すまでの挙動が緩慢すぎる。
まるで、新田目が近づくのを待っているかのような、そんな動作だ。
「新田目さん、来ないで!!」
だが、もう遅い。
汀子が予想していた通り、新田目が通るはずの場所には、不可視の刃が仕込まれている。
あとコンマ数秒で、彼の上半身と下半身は泣き別れになる。
そして汀子には、ノエルのナイフが迫っている。
「辰星の加護よ!!」
一か八か、地面に這いつくばった状態で印を結ぶ。
突如彼女の近くに六芒星が現れたと思いきや、その中心から水が溢れ、それが彼女を中心として渦を巻いて行った。
トレイシーと戦った時に使っていた風の術とは異なる、水の術だ。
「黒竜の哀切!!」
彼女の声とともに、水の量はさらに増していく。やがてそれが、東洋の龍を象って行った。
龍は雄たけびを上げ、病院の受付口を荒らしながら、ぐるぐると巡回していく。
「な、何を?」
当然、当たれば洗濯機に入った衣服のようになる。
術者の汀子を除いて、敵味方問わずその場所に近づけない。
「小癪な……そう言うことですか。」
幾つかの水たまりを残し、龍は消えた。
新田目もノエルも、汀子から離れることになる。
そして彼は、自分が罠に嵌められかけていたことに気付いた。
見えない場所からぽたり、ぽたりと水がしたたり落ちているのだ。
その場所に何か、見えないものがあるのだと、新田目にも気づいた。
「もう少しでさっきの奴と同じことになってたのか。彼女に感謝しかないな。」
服を少し濡らしながらも、新田目は安堵の表情を浮かべていた。
彼女が水の術を辺りに散らしていなければ、ブラックプリンスの罠を見破れなかった。
-
「心底疑問ですね。何故この世界で苦しむことを選ぶのですか?」
自分の目論見を破られたノエルが、不機嫌そうな表情を浮かべて質問した。
「私が皆さま方を殺した後、優勝特典で全員を生き返らせて貰えば良いだけなのに。」
「人の命を軽々しく扱うな!!!」
今度は新田目が彼女の道理を、怒りの言葉で返した。
その怒声に、銃弾の破裂音が含まれる。
人の命は戻らない。軍人に医者。多くの死を目の当たりにする職に就いていた彼だからこそはっきり分かる。
たとえ奇跡のような力で生き返ったとしても、それはもう別の人間だ。
自分だってそうだ。今の自分は新田目修武。ミカのマスターの来世であって、ミカのマスターではない。
銃弾は彼女を傷付けることは無い。代わりに、病院に置いてあった空の水槽を割った。
「ここまで怒りを覚えたのも、久しぶりですね。」
彼の怒りに同調するかのように、立ち上がった汀子は善意の怪物を睨む。
ノエルのやり方が正しいとするなら、妖魔に取りつかれた親友を殺したことを肯定することになってしまう。
それは絶対にしてはならない。葛藤の末親友を殺したという事実こそ、今の彼女を彼女づけるものになったのだ。
怒りを表現する言葉に、雷が落ちる、という表現がある。
だが、雷が落ちたのは、ノエルにではなく汀子。
勿論、自爆するつもりなんて最初からない。
「―――電磁抜刀・武御雷!」
長剣をスイカ割りのごとく大きく振りかぶり、そのまま力いっぱい振り下ろす。
その一撃の強さは、斬撃のみに非ず。
汀子の術と、ケラウノスのテクノロジー。さらに水生木の相乗効果※1
トレイシーが召喚した地虫を砕いた時以上の雷撃が、病院内を疾走する。
後ろにいた新田目は、あまりの眩しさに目を細めていた。
(凄い力ですね!けれど動きが直線的過ぎます。どんなに速くても、何処を狙うか読み取れれば怖くない!!)
当たれば自分とて焼死は免れない攻撃を目にしても、ノエルは動じない。
バレリーナか体操選手を思わせる跳躍力で、待合室の椅子を飛び越え、雷撃を躱す。
「!?」
だが、着地した際にピチャ、という音がした直後、そして自分の両足に痺れが走った瞬間。
自分が罠に嵌められていたことに気付いた。
「―――――――――ッ!!!!」
脂を流し、少しでも電気抵抗を強めようとする。
身を捩り、身体を滑らせ、少しでも罠を張られた場所から離れようとする。
何とか電気が走る場所から離れることが出来たが、この殺し合いで初めて、プライドを傷つけられたという状況だった。
-
双葉玲央を除き、一方的に攻め続けることが出来た彼女が、初めて決定的なダメージを受けた瞬間だからだ。
しかも1人1人では自分よりも弱いはずの相手に。
新田目の拳銃はノエルではなく、近くにあった水槽を狙ったのだ。
汀子の雷撃もまた、彼女に当たればそれでよし、当たらなくても水槽からこぼれた水に当たり、彼女にそれを踏ませれば良い。
そんな二段構えの作戦だった。
「気づいてくれたようで嬉しいよ。」
「そちらこそ、分かってくれたようで何よりです。」
互いに見つめ合い、微笑みを浮かべる2人。
出会ってからは僅かな間だが、それでも確かな信頼感は生まれていた。
「おのれ……やりますわね。」
戦況は振出しに戻った程度。まだ彼等2人に傾いたという訳ではないが、問題はそうじゃない。
絶望させたかった。だというのに、目の前の二人が浮かべているのは、希望に満ちた表情。
命に別状は無いが、母親に買ってもらったブランドものの靴がボロボロになっている。
折角見つけたブレザーをまたボロボロにしてしまうし、踏んだり蹴ったりという状況だった。
「君はさ。何というか、無茶苦茶なんだ。一人で何でも出来過ぎてしまう。」
元々の身体能力も、異能も、そして武器も。
どれをとっても一人の医者でしかない新田目には、目に余るものがある。
軍人だった前世の記憶も、この女性の前では気休め程度にしかならない。
一対一では、3度死んでもおつりが来るような相手だ。
「そんな君には無いんだろうね。絶対に守りたい、かけがえのないものがあることなんて。」
彼は小さい時、前世の記憶を取り戻してから、ずっと求めていた。
あの時別れることになった、最愛の恋人を。
新たに生まれた世界にはアクマとの戦争は無く、ミカもいないのだと分かった後は、せめてあの時の自分達のような者を一人でも減らそうと、医者になった。
だ。
「「不格好でも、救えなくても、守りたいものがあるから思えるん 生きたいって。」」
ですよ。
だからこそ、彼らは戦い続ける。
その目に映るのは、血と臓物の臭いをまき散らす悪ではない。蜜のように甘い毒(ぜんい)でもない。
この世界で生きているであろう、闇の先の僅かな光を映し出していた。
-
☆ 10:43 病院入口
(い、今のうちに逃げないと……。)
どうにか上半身と下半身を繋げ、斬り落とされた眼球と耳を再生させられた四苦八苦は、すぐに逃げることにした。
一瞬だけ見たが、あの三人の戦いにはついて行けそうにない。
やってきた二人が、あの危険な金髪女を倒してくれるのを祈るのみだ。
いち早く戦場から逃げた彼女の判断は、正しかった。
この戦いは、まだ佳境にさえ入っていないのだから。
※順送りに相手を生み出して行く、五行の陽の関係の1つ。汀子は相性の良い水の術→風の術の順で使ったことで、威力が増していた。
-
10:33 入院病棟 2階
もう少しで階段にたどり着く、そんな時に2人が出会ったのは、顔に傷のある女だった。
拳銃を構えている所から、先程の銃声はこの女がやったのだと伺える。
目の前の敵はオリヴィアを殺した。
それが分かったくるるは、躊躇なく念動力で消火器を飛ばした。
「お?」
見たことのない攻撃を見て、レイチェルは一瞬驚く。
だが初見の攻撃で一々戸惑っていれば、戦場では生き残れない。
銃弾を何発か消火器に撃ち込み、武器を破壊した。
廊下一面に白い煙が巻き起こる。
「警告。これ以上の加害行動を行なった場合。実力行使による制止・拘束を行います」
くるるの後ろで、ミカが警告の言葉を発する。
今度の敵は、ノエルの時と異なり、明確に他者に危害を加えている。
しかも殺害という、最悪の形でだ。
だが、彼女の格好は分かりやすい軍人。
即ち、ミカが元の世界で味方していた人物だ。
オリヴィアを殺したのは手違いだったという可能性もある。元々彼女は対人用に作られていない平気だ。
人間を攻撃するには、一定のラグがあるのだ。
そんな中、躊躇なくレイチェルはくるる目掛けて発砲する。
ここは戦争だ。そんな言葉など守ることはない。
宣戦布告さえ行えば、後は最低限の法律を守れば、いかなる戦法・戦術も反則ではないのだ。
だが、それをミカは簡単にはじき返した。
この世界に来る前に、拳銃よりはるかに恐ろしい力を使う者達と戦ってきたのだ。どうということはない。
「戦場で戦わないバカが、何処にいるというんだ?」
2年間、ずっと求めていた場所だ。
人を殺したというのに、何故自分と戦おうとしないミカが不思議でならなかった。
「兵装"ジャンヌダルク"起動」
レイチェルの言葉に嘘偽りが無いのは伝わった。
目の前の敵は、本気で自分達を殺そうとしている。
ならば自分も本気で行くのみ。
二刀流のビームブレードを抜き、レイチェルへと肉薄する。
-
人間より高い生命力を持ったアクマでさえ両断する剣。
当然、人間の域を出ることが出来ないレイチェルが食らえばどうなるか、想像に難くない。
だが、普通ならば後退するはずが、あろうことか彼女は突っ込んできた。
姿勢を低くして斬撃を躱し、懐に入り込む。
そのまま勢いよく、ミカを殴り飛ばした。
「な………。」
予想出来ない光景だった。
アクマならばいざしれず、人間が素手で彼女を殴り飛ばすなど、あってはならない光景だ。
だが、それを成し遂げることが出来るのが、レイチェル・ウォパットという戦争の英雄。
彼女は決して腕力が化け物時見ている訳ではない。訓練によって常人より遥かに上なのは事実だが、人間の域を出ない。
だが、拳の使い方、さらにミカが地面を踏ん張っておらず、宙を浮いているという条件を加味すれば、殴り飛ばすことだって可能だ。
事実彼女は軍にいた時代、成人男性と同じ太さの巻き藁でさえも、腕と腰の力だけでへし折る芸当をやってのけた。
(この感触……人間じゃないか……)
右腕に走った手ごたえから、ミカが人の肌ではないことを察した。
ゴスロリ衣装の下に鉄の鎧を仕込んでいたという訳ではない。明らかに肌そのものが、人と違う。
(面白いぞ!!)
片方を倒すとすぐ、後方にいたくるるへと走る。
先程ミカに庇われたということは、即ち此方は普通の人間並みの耐久力。
そして戦争では、戦力を削ぐために、弱い者から始末するのが定石だ。
だが、くるるは踵を返し、一番近い病室へと入って行った。
彼女の能力は、当たり前の話だが移動させられる手ごろな大きさの物体が無ければ使えない。
そして、廊下でその条件を満たすのが、先程の消火器ぐらいだ。
「馬鹿め!!」
そんな所に逃げても袋の鼠だ、と入口から入る。
だが、小型テレビがレイチェル目掛けて飛んで来た。
「やられてばっかりじゃないのよ!!」
「くっ!!」
咄嗟に身を捩り、彼女が見たことのない電化製品の一撃を回避する。
思い出した。病院のような外から中が見えにくい建物は、敵軍のゲリラ拠点になりやすい場所の一つだと。
そんな建物に身を潜め、近づいた自軍のみを徹底攻撃する戦法には、自分も苦戦を強いられた。
さらに背後から、光の剣を輝かせたミカが迫って来る。
「くそっ!もう復帰して来たか!!」
-
病室に入ろうとすると、レイチェルの方が袋の鼠になってしまう。
だからといってそこから出れば、ミカの剣の餌食になる。
だがその程度の状況、彼女が軍人だった時代では、何度でも経験してきた。
ポケットに仕込んでいたスタングレネードのピンを抜き、地面に転がす。
けたたましい音と眩しい光は、レイチェル意外の二人の戦意を一瞬奪った。
「くるるさん!自分だけ守って!!」
彼女はミカに言われた通り、姿勢を低くし、病室のベッドの後ろに隠れる。
ミカにとって、スタングレネード程度の光や音など、大したことは無い。
元々ロボットや人造人間とは、人にとって危険な場所での仕事を担うことを目的として造られた。
アクマとの戦争は、まさにその危険な場所に該当する。
音と光の嵐の中を、ミカは突っ切って来た。
「痛いな……。」
レイチェルの背中に、一文字の斬撃が走った。
光の刃で斬られた痛みは、金属の刃で斬られた痛みとは異なる。
焼けるように熱いのに、斬られたことが当然であるかのように冷たい。
「だけど、私が求めていたものだ。素晴らしい。」
だが、この程度で彼女は死ぬわけにはいかない。降伏などもってのほか。
長らく求め続けたものが、ここにあるのだ。
死ぬかこの戦いが終わる1秒前まで、あの時しか得られなかった快感を味わい尽くすつもりだ。
ハイキックをミカの腹に撃ち込む。
彼女が向かいの壁まで吹き飛ぶと、部屋の外に出た。
彼女はそのままミカから逃げるような形で、廊下を疾走する。
どちらかと言えば、廊下の方が有利だとレイチェルは判断した。
金髪の少女の能力は、手ごろな大きさのものが不可欠だ。廊下にはその条件に該当するものが少ない。
長物を中心として戦う銀髪の女性のスタイルを考えれば、狭い廊下の方が武器を使いにくいはずだ。
だが、それでも道理を越えた力を持った者と戦ったことのないレイチェルにとって。
近付けば兵装ジャンヌダルクが、遠ざかればくるるのポルターガイストが迫りくるこの戦いは、極めて相性が悪い。
(ここであの札を切るか?いや、まだだな)
道理を越えた力ならば、レイチェルにもある。
戦果を何度も上げた勲章として、皇帝陛下から承った禁断の力。
だが、彼女は自分の力で戦争を愉しみたい。
自分が手にした武器と、鍛え抜いた身体一つでなければ意味が無い。
ミカに追跡されながらも、地面に再びスタングレネードを転がす。
例によって、ミカには通らない攻撃だ。だが2人を攻撃することが目的ではない。
重要なことは1人には効果を発揮し、もう1人には通じないことだ。
部隊、兵士個人問わず、孤立させたうえで叩くのも有名な戦法。
くるるの援助が出来ない状況になると、逃走を止め、すかさずミカに裏拳を放った。
だが、彼女も殴り飛ばされる瞬間、右手を斬り付けようとする。
切断されたり、動かせなくなるほどの傷を負った訳ではないが、ダメージをゼロに抑えられたわけではない。
ビームブレードという、レイチェルの見たことのない武器は、確実にダメージを増やしていく。
-
レイチェルは拳銃を抜き、彼女の目に向けて発砲した。
たとえ心臓部に銃弾が当たらなくとも、全身が鉄の塊ならば今のように俊敏に動けないはず。
どこか脆い可動部や、装甲以外で使われる部分があるはず。
その銃弾は、彼女の左の掌でガードされた。
確かに目玉の部分は他の部位に比べて、装甲が薄い。だが、それが分かってもどうにもならない。
「ぐ………っ!!」
そして彼女のドレスから伸びた右足が、レイチェルを蹴とばす。
先程の意趣返しであるかのように、勢いよく跳ね飛ばされ、壁に激突した。
「いいじゃないか。からくり人形。もっと来いよ。」
全身に鈍痛が走るも、骨が折れた訳ではない。あの日以来決して流れることのなかった脳内麻薬が、その痛みを緩和していく。
だが、次第に押されていくのはレイチェルの方だった。
攻撃の一つ一つが徐々に見切られていくのは、彼女自身にも分かった。
(敵の戦術、78.42%解析完了。目玉、関節部位を狙ってくる傾向アリ。)
レイチェルとミカ。
たとえ生身の人間同士の戦いだったとしても、ビームブレードが無かったとしても、戦いはそこまで変わらなかったはずだ。
単純な話、レイチェルの戦い方はミカから見て、原始的過ぎるのだ。
銃と剣と格闘術の3つしか方法が無い。
故に最初の内は戦闘経験を元に有利に戦えても、簡単に学習され、読み取られてしまう。
いくら戦争の英雄だったとしても、彼女はミカにとって前時代の人間。
そこにテンシ特有の戦況分析能力。盤面を支配されるのも時間の問題だった。
10:55 病院1階 受付
愛する父母から承った服を汚された彼女は、冷たい目で二人を睨んでいる。
逃げる生き物を喰い殺そうとする、毒蛇のような眼だ。
「来るぞ!!」
獲物をじっくりと見定めているかと思いきや一転。地面を蹴り、ものすごいスピードで迫って来る。
今まで距離を取りつつ、ブラックプリンスや脂肪の罠に嵌って来るのを待つ戦法を取っていたノエルだが、ここへ来て接近戦を取るようになった。
持ち前の能力を利用し、フィールドをスケートリンクのようにすることで、普段以上のスピードを出すことが出来る。
彼女の能力は、敵の足元を封じると同時に、自らを加速させることも出来る。
目の前にナイフを構え、汀子の心臓目掛けて真っすぐに滑って来た。
「舐めるな!」
汀子はインファイトが苦手という訳ではない。
長剣の間合いに入られても、彼女には身に付けた体術がある。
姿勢を一瞬で低くし、そのままノエルの腹に肘鉄を入れようとする。
スピードも切れもばっちりなカウンター攻撃だ。当たればいくら脂肪により威力を殺されても、ノエルを突き飛ばすぐらいは出来るだろう。
-
「フィギュアスケートも習っておいて良かったですね。」
だが、ノエルが狙っていたのは汀子に非ず。
まるでプロのスケート選手であるかのように、摩擦ゼロの床の上で大ジャンプ。
敵であるというのに、2人共見惚れてしまう程美しかった。
そのまま汀子を飛び越え、新田目へと狙いを定める。
そのまま空中で回転しつつ、懐からナイフを出し、敵を斬り裂こうとした。
狙いは拳銃を握っている手だ。
彼女は新田目が医者だということは知らない。自分の救済を無視して己の救済を貫くというのなら、救えなくしてしまえば良い。
完全に不意を突かれた。
だが、ノエルのやり方は間違ってはいない。
自分と同じように異能を使うことが出来る汀子は、彼女をしてやや手こずる相手。
それに対し、新田目は銃を使った攻撃しかしてこない以上は、御し易い相手だと判断した。
そして、戦場では弱い相手から倒してしまえば、戦力を削ぐことが出来る。
ショッピングモールの戦いでも、くるるの方を優先して攻撃したのと同じ道理だ。
「舐めるな!!」
「何?」
ザックから出た、大きな何かが、彼女のナイフを食い止めた。
それは、何の変哲もない冬布団だ。ただの寝具でしか無いが、ザックに入りきらないほどかさばるそれは、斬撃から守る盾になる。
もこもこと大量の綿が飛び出て、彼女の視界を遮った。
ノエルの評価通りだ。新田目は転生したという点以外、これといった特異な能力は持ち合わせていない。
だが、彼には頭脳がある。
そして、2つの世界を生きていたという経験がある。
ノエルに関してはいくら能力が厄介であろうと、アクマの兵装を持っていようと、所詮は平和な世界で18までしか生きていない少女。
前世を軍人として過ごし、現世でも軍学校の医学部出身である新田目と比べて、経験の差は筆舌しがたい。
「新田目さん!すぐにその布団から離れてください!!」
前線で戦っている汀子を飛び越え、新田目を攻撃するというノエルの作戦には、1つ穴があった。
不意を突いて新田目を攻撃して刺殺できれば問題なしなのだが、失敗すれば挟み撃ちに遭ってしまうことだ。
今までほとんど、不意を突くことが出来れば一方的に勝利を収めていたため、彼女に関して言えばそこが甘かった。
「熒惑の加護よ!!」
ノエルの背後にいた汀子が、新たな術の詠唱を始める。
次に使ったのは、ノエルが零した脂に、無理矢理炎の気をねじ込むと言った策略だ。
風や雷の術に比べて、火気の術は苦手ではある。
だが可燃物が多い場所、そして彼女のノエルに対する怒りが、術を後押ししてくれた。
-
「これは……。」
激しい炎が燃え上がり、すぐに布団に引火していく。
2人の狙い通り、炎がノエルに襲い掛かる。
付いた炎は、水の術で消火していけばいい。
「新田目さん!鼻と口塞いで!!」
「分かった!!」
受付を炎が広がっていく。
その瞬間だった。炎を纏った何かが、新田目の横をすぐ横切った。
「熱い!!」
直撃はしなかったが、服の右袖に火が付いた。
反射的にザックからボトルを取り出し、急いで鎮火させる。
続いて汀子の方にも、炎が襲い掛かって来た。
「一体何が…。」
「許しません…折角のお気に入りの服を……母様から頂いた服を!!」
炎の中、ノエルは立っていた。その瞳は炎と同様、怒りに燃えている。
実際に彼女の服は、2年生の試験で学年トップになった時、ご褒美に買ってもらった高級ブランドの服だったのだ。
それをあろうことか、2人は焦がしたというのだ。
「両親のことを想うなんて言いながら、こんなこと…「黙りなさい。」」
さらに大きな火の玉が、汀子に迫る。
ノエルの体脂肪の力は、炎さえも弾く。
酸素不足や高熱にはどうしようもないにせよ、布団に着火した程度の炎で殺すことは出来ない。
さらに彼女は自分の能力を応用し、火が付いた綿を、サッカーボールのように蹴飛ばしたのだ。
普通なら手足で炎を飛ばすことなど、ファイ○フラワーでもない限り出来ない。
だが、物を弾く能力と、火が付いた固形物を利用することで、そんな不可能を可能にしたのだ。
「教えてくださいよ。どんな顔してこの格好で、お母さまに話をすればいいのですか?」
新田目はノエルの予想外なまでの能力に圧されているだけではない。
唯一の武器である拳銃が、高熱の中で使えなくなってしまった。
ここまで炎に包まれている中では、迂闊に発砲などすれば、暴発しかねない。
「まだだ!!」
新田目は近くにあった消火器を取り、全力でノエル目掛けて噴射する。
真っ白な空気が、病院の受付室を包み込む。煙ならば彼女の脂肪でも弾けない。
消火と視界のかく乱。2つの目的で使った。
相手を炎で倒そうという作戦が無駄になってしまったが、背に腹は代えられない。
2人はそのまま、階段を上り、敵から逃げる。
彼女はもう、自分達の手に負える相手ではない。
汀子のまだ使ってはいない術ならば、倒せるかもしれないが、彼女の体力もあまり残されていない。
「追っても無駄ですよ!!」
ノエルは冷たい笑みを浮かべ、彼らを追いかける。
どう殺してやろうか。自分の服や靴を汚した報いを、どう受けさせようか。
とりあえず、殺してくれと懇願されるまでは絶対に殺さない。
そんなことを考えながら、2階へ行こうとする。
-
「あら?」
だが、ふと気になることがあった。
その階段には、地下へ行く下り階段もあったのだ。
(変ですね。この病院は1〜3階だけのはずですが……。)
それはもとの世界の病院であって、この世界の病院ではない。
そもそも自分はそんなことをする以外にも、やるべきことがあるはずだ。
自分の救済を拒絶した挙句、服を汚した人間の屑に、自分が何をしたか思い知らせてやらねば。
だというのに、そこに何があるのか気になって仕方が無かった。
自分に重要な何かがある。何故かそう思ってしまった。
新田目たちとは別方向に走って行くノエル。
長い階段を降りていくと、段々空気はひんやりとなり、喧噪は静かになって行った。
まるで先程までとは、別世界にいるかのように感じた。
そして階段を降りた先には、大きな扉があった。
開けてみようとするが、カギがかかっていて開かない。
(ここは一体?違う……私はここを知っている!!)
この先に、自分に関係する何かがある。
少なくともあの二人以上に重要な何かが。
カギが開かないなら、能力で壊してしまえと、鍵穴に手を添える。
『ルールに違反しています。速やかにお戻りください。警告に従わなければ、首輪を爆破します』
そんな中、やけにうるさい警告が、首輪から流れた。
ノエルと言えども、そんな形で死ぬのは忍びない。
急いで階段を上ることにする。
元の階に戻った瞬間、さらなる予期せぬものが彼女を待ち受けた。
足だ。
何かは分からないが、巨大な生き物の足が、受付にでんと構えていた。
(……何だかわかりませんが、逃げた方がよさそうですね……)
何なのかは分からないが、逃げた方が良いと、彼女の勘がそう話した。
そろそろ戻らないと、双葉玲央との待ち合わせの時間を過ぎてしまう。
能力を使い、いち早く病院から出て行った。
ところで、一つ疑問なのだが。
いくら必死な状況だったとはいえ。
その下り階段は、新田目や汀子に見えていたのだろうか?
-
【E-5病院入口 朝】
【ノエル・ドゥ・ジュベール】
[状態]:ダメージ(小) 疲労(大) 服や靴がボロボロ
[装備]:グルカナイフ “ブラック・プリンス”
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0〜1
[思考・行動]
基本方針:『遊んで』殺す
1:ひとまずショッピングモールに戻り、玲央と合流。
2:双葉真央を探してショッピングモールに連れてくる
3:双葉玲央が双葉真央を殺すのを観る
4:自分の服や靴を汚した新田目、汀子は絶対に許さない
【備考】
ブラック・プリンスの使い勝手を把握しました
オリヴィア・オブ・ブレスコードの名前を名乗っています
【E-4 墓地 朝】
【四苦八苦】
[状態]:血塗れ、憂鬱 恐怖
[装備]:ノエルの学生服(ボロボロ)
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム1〜2(未確認)
[思考・行動]
基本方針:生存第一、辛いのもしんどいのも嫌
1:これ生存するだけでどうにかなる問題じゃなくなった、面倒くさい……
2:あの金髪(ノエル)怖い。誰か代わりにやっつけて。
【備考】
※「笑止千万」の名前を名簿に確認しました。
【11:05 入院病棟 2階】
「くそ………。」
結論から言うと、レイチェルはミカ相手に完全に追い詰められていた。
戦い方は全て看破され、有効打を与えられる武器もない状況。
くるるから狙うというやり方も、すでに見切られている。
場所さえ変われば、新しい武器さえあればまた話は変わって来るかもしれないが、そのようなチャンスも残されていない。
「私は。対侵食災害"アクマ"殲滅人形兵器"テンシ"、形式番号No.013。」
「何だ。こんな時に自己紹介か?舐められたものだな?」
「私はアクマを討伐するために作られたのであり、人間を殺すために作られたのではありません。速やかに武器を降ろし、投降してください。」
そのサインは、戦うに値しないと言っていることだった。
ミカにとっては、アクマと見紛うほどの邪悪な人間しか、殺すことが出来ない。
ノエルとは違い、レイチェルからはどこか悲しさ、不必要な必死さが伝わっていた。
まだ人を殺していないノエルとは異なり、既にレイチェルは人を殺した。
だというのに、どうにも殺そうとメモリが動かなかったのだ。
「ミカの言う通りよ。もう勝ち目は無いわ。」
くるるは、ミカ以上にレイチェルの心を見抜いていた。
様々な吐気催す邪悪を見ていたくるるだが、レイチェルからは不快になるようなものは伝わってこなかった。
殺意こそあれど、その裏にそれ以上の悲しみがあった。
「だから、こんなことはもうやめろ、と言いたいのか?」
ニヤリとレイチェルは笑った。
その笑みは強がりではないのは分かった。だが、それが何の意味を成すのかまでは分からなかった。
「お前たちは知らないんだな。世の中には正義や平和だけじゃ生きられない生き物だっているんだよ。」
「それは……」
「私がその例さ。折角あのデスノという奴が、お恵みをくれたんだ。
その恵みをこの手で捨てるぐらいなら、最早死んだ方がマシよ!!」
-
レイチェルは手を掲げた。
左手の破れたグローブから見えたのは、五芒星の痣。
それが怪しく輝いた。
「冥界の魔竜よ。今、我は願う。我が命の一部と引き換えに、この地に更なる混沌を!!」
その光は、さらに強くなっていく。
無から、巨大な何かが現れた。
巨大な手だ。鋭い爪を生やし、鱗に覆われた、人の者ではない手だ。
「くるるさん!!」
ミカはレイチェルを攻撃するより、くるるを守った。
何処まで言っても、彼女の命令は殺戮より人の護衛なのだ。
だが、それがまずかった。
封印は完全に解き放たれ、異界の怪物は姿を現していく。
レイチェル・ウォパットの右肩には、星の入れ墨がある。
これは彼女の国で入隊した者なら誰もが受ける者。彼女と同郷のフレデリック・ファルマンにもある。
親から貰った身体を、国の者に出来るかという試し、そしていち早く、国の大事な兵士だという証を示すためだ。
だがもう一つ、左手の甲にも入れ墨がある。
彼女の国が、レガリアという国を侵略した際に、知ることになった禁断の秘術。
異界の怪物を召喚し、操ることが出来る力だ。
それが広く知られるようになった自身の国さえも危ないと感じた司令官と、軍部の大臣が、秘術に関するほとんどの資料を燃やしてしまったが、一部の選ばれた兵にも使われていた。
危険ではあるが、使えばそれだけで小国の一つぐらい半壊させられるからだ。
結局戦争はレイチェルがそれを使うことは無かったが、今、その瞬間彼女は使ったのだ。
「ミカさん!!」
先程のミカの言葉を返すかのように、くるるが悲鳴を上げる。
くるるの叫びは、同じフロアに来たばかりに新田目達にも伝わった。
-
一旦投下終了です。年内投下したかった……!!
今年もよろしくお願いします。
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あけましておめでとうございます。続き投げます
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【11:10 入院病棟 2階 北側】
「ミカさん!!」
知らない少女の声が、入院病棟の二階に響き渡った。
危険な人間に追われているという中なのに、どこか嬉しい気持ちが新田目を包み込む。
でも、あの声は鬼気迫った人間の叫びだ。
119のコールを受けた時の口調に、うちの子は、妻は、主人は大丈夫なんですかという口調と似ている。
彼女も何か、恐ろしいことになっているのではないか。彼の心を、別の恐怖が苛む。
「気を付けてください!新田目さん!!」
だが、それ以上に汀子の顔は引き攣っていた。
顔中から冷や汗が零れ落ちている。
自分が退治して来た妖魔の数倍、いや、数十倍邪悪な気配が集まっていた。
ただ立っているだけで心臓を握りつぶされそうになる。
「恐ろしい力が集まっています。早く逃げましょう!!」
決して新田目を慮った発言ではない。
彼女とて人間だ。怖い物は怖い。
逃げる理由があるなら逃げ出したい。そんな気持ちがあった。
「そんなこと出来るワケないだろ!!」
ミカの命は、自分の命より大事だ。
彼女に逢えなくてどうする。
たとえ自分がマスターだと分からなくても、会いに行かねばならない。
「分かりました。なら生き残りましょう!!」
汀子の表情は強張ったままだが、一つ安心したことがあった。
先程からノエルの邪悪な気配が消えたのだ。
何故かはわからないが、それは嬉しい誤算だ。
「危ない!!下がって!!」
汀子が叫んだ瞬間、反射的に新田目が足を止める。
彼の目の前でドン、と巨大な音がした。
真っ黒な巨大な拳が病院の廊下を粉砕した。
彼女の警告が無ければ、地面の染みになっていた所だ。
何とか躱せたが、これでは最早通れる所ではない。
たとえ飛び越えられても、着地した瞬間、脆くなった床が崩れ落ちる可能性がある。
-
「ここはもう保ちません!!逃げますよ!!」
「……そうだな……くそっ!!」
ここまで壊されると、流石の2人も諦めざるを得なくなる。
彼女はテンシの力があり、空を飛べるからここからでも逃げることが可能なはずだ。
巨大な何かが暴れているようで、立て続けに地震が起こる。1階に逃げれば、瓦礫に潰される可能性が高い。
「窓から逃げますよ!!」
そう言うと汀子はすぐに、2階から飛び降りた。
体操選手のような身のこなしと思い切りの良さだ。とても巫女服を着ているとは思えない。
彼女はもしかして神社にいるより、競技場へ居る方が向いているんじゃないかと思ってしまう程だ。
「ちょ、ちょっと待て!!」
流石に躊躇する新田目だが、最早それどころではない。
死ぬか飛び降りるかしかない状況で、彼も初のダイハードを試みた。
「歳星の加護よ!」
彼女らが飛び降りるあたりの場所に、六芒星の防壁を展開。
そこから上昇気流が起こる。
「聳孤の楽尾!!」
彼女の術は、上空から降りる二人の衝撃を緩和させた。
狐の尻尾に着地したかのように、ケガ一つ負わず脱出出来て、ほっと安堵する。
だが、まだ安心は出来ない。
病院から出ると、汀子の言う邪悪な気の正体が何なのかが良く分かった。
それは、病院ほどの大きさもある、漆黒の竜だった。
【11:11 入院病棟2階 南側】
「ぐ……ぐあああああああああああ!!!!!」
怪物を召喚した後、レイチェルは怪物の咆哮にも勝る絶叫を上げた。
凄まじい力の契約には、代償がある。
全身を焼けるような痛みが襲う。
特に下腹部、女性で言う子宮の辺りが恐ろしいほど痛い。
今ので、彼女は子供を宿すことは出来なくなった。それははっきり分かった。
-
だから何だというのだ。
折角のチャンスだ。死ぬか皆殺しにするまで楽しまなければ損だ。
それが出来るのなら、必要のない部位一つ捨てても問題は無い。
「ミカさん!大丈夫!?ねえ!!」
くるるは声を荒げて、ミカの状態を慮る。
顔が大きく欠け、そこから人の部位でない何かが見え隠れしている。
「大丈夫です。ただ、アイセンサーをやられました。」
「そんな……」
「問題ありません。赤外線機能が無事なので、戦うことは出来ます。」
だが、人や他の生き物、物体の姿は分かっても、他者を細かく認知することは出来ない。
人の大きさや温度で識別できるだけだ。顔は分からない。
そう言いながら、片手で銃弾からくるるを庇った。
敵は怪物だけではない。あの軍人もまだ生きている。
「逃げますよ!!」
レイチェルとだけならともかく、あの怪物までくるるを守りながら戦うのは厳しい。
テンシの力を使い、彼女を抱きかかえたまま、窓から逃げる。
「逃がすか!!」
銃弾を翼目掛けて放つ。
だが、その銃弾は弾かれた。
テンシの体重からして、普通の翼では飛ぶことは出来ない。
その仕組みは、羽ばたく際に起こす反重力だ。
彼女が戦闘時、地上から僅かに浮いているのも、そのおかげだ。
「アギャアアアアアアアアン!!!」
鼓膜が潰れるほどの咆哮と共に、怪獣は暴れまわる。
室内で召喚したのもあって、病院は竜にとっての檻となっていた。
不愉快な障害物を、両腕で、胴体で、尻尾で破壊していく。
瞬く間に病院は瓦礫の山へと変わって行った。
彼女が外へ出た時だ。
知らない生命反応が2つ、少し離れた場所から感知された。
だがミカにとって、今はそれ所ではない。
戦うにせよ参加者を守るにせよ、まずはくるるを安全な場所へ送ってからだ。
人造人間だけに、優先順位というものは理解できている。
情に絆されて全滅ということはあり得ない。起こってはならない。
「ミカ!!」
建物が壊れる音に混じって、遠くから声が聞こえた。恐らく2つの生命反応のうちの1つだ。
彼女を呼ぶ声は、聞いたことのない男の声だった。
いや、違う。初めて聞いた声なのに、ミカはそれを知っている。
自分をマスター(かぞく)という声。聞いたことのある優しい声。
-
「申し訳ありません。しっかり掴まっていてください。くるるさん。」
「え?」
だが、彼女は急旋回。
生命反応のレーダーは必要ない。ただ、声がする方向へ。
身体が温かく感じたのは、太陽の光やくるるがしがみついたからでは無いはず。
【11:20 病院跡 北側】
「病院が……」
いくら職場でないとはいえ、自分となじみ深い場所が壊されると、何とも言えない気分を覚えた。
病院は発砲スチロールであるかのように崩れていき、見通しが良くなっていく。
だが、それ以上に見えたものがあった。
太陽に覆いかぶさるように、空を舞う何かが目に映った。
翼を広げ、人を抱えて飛ぶその姿は、その美しさは、新田目修武が良く覚えているものだった。
彼が見たのは初めてだが、前世の記憶にはっきりと映っていた。
「ミカ!!」
新田目は涙を流し、彼女の下へ走る。
間違いない。自分にとっての大切な人だ。
前世で、親代わりで恋人代わりだった、ずっと大切な人。
結局、伝えたいことも伝えられず、死んでしまった。
「待って下さい!新田目さん!!危険ですよ!!」
「ミカがいるんだ!!」
汀子の警告も無視し、危険を顧みず、彼女の下へと疾走する。
ミカは空を飛んでいるが、その後を追って行く。
自分の声に反応したのか、彼女は急旋回して、自分の方にやって来た。
2人が会うまで、あとほんの10mと少し。
だがそれを、怪物たちが見逃すわけがない。
黒い竜は、凄まじい炎を吐きかける。
当然、タダの人間の域を越えられない彼には、食らえば灰燼に帰す。
汀子の術ももう間に合わない。
食らえばの話だが。
突然、巨大な瓦礫が現れ、炎から身を守る盾になる。
「全く、無茶するわね。」
ミカに抱えられていたくるるの、ポルターガイストによるものだ。
親に売られた彼女は、愛と言った物を信用していなかった。
娼館でも彼女と同じように、親や恋人に売られた者がいたのだからなおさらだ。
愛という言葉は、誰かを縛り付ける体のいい言葉としか思っていなかった。
だから、無理矢理見ず知らずの毒親と娘を引きはがした。
-
けれど、この瞬間。
誰よりも愚かな振る舞いをした男を、ミカが言った愛という言葉を、信用してみたくなったのだ。
「ありがとう……。君は?」
「播岡くるる。ま、マスターって奴とミカの仲人でいいわ。」
「その声は?やはり……」
ようやくミカは、着陸する。
望んていた顔が、すぐそこにあった。
「ミカ!!!」
近くで見ると、はっきりミカだとよく分かった。
ここは戦場だ、だというのに、止め処なく涙が溢れてくる。
「あんまり無茶言わないでよ。彼女は私を庇って目を……「大丈夫ですよ。」」
「おかえりなさい。マスター。」
新田目が、20年以上、待ち望んだ言葉だった。
たとえ目が見えなくても、むしろ余計な目が見えなかったからこそ、彼をアクマが変身した者ではない、本当のマスターだと分かった。
赤外線センサーが、心の部分だけ暖かくなった人間を感知する。
どうして生きているのかは分からない。でも、そんなことはどうでもよかった。
「ごめんね、ミカ。ずっとずっと一人にさせて。」
その言葉が、熱い雫が、ミカの造られた心を優しく濡らした。
両目を潰された彼女は、涙を流せない。
だが彼女の想いは、はっきりと彼に伝わった。
-
だが、そこは戦場だ。
怪物の炎が、3人まとめて焦がそうとする。
「黒竜の哀切!!」
もう一人、その場所には戦士がいる。
短い間だったが、新田目を支え、時には支えらえた少女が、3人を守る。
水龍が炎と、弾丸から3人を守った。それはさながら、守り神のようだった。
「なるほど。それがお前達か。」
巨竜の肩の上から、レイチェルは4人を見下ろす。
全身の痛みはまだ引いていないが、こんな素敵な舞台で戦わぬわけにはいかない。
4人の助け合う姿を、想い合う姿を、レイチェルは下らないと思わない。
むしろ、この上なく手ごわい存在だと認める。
その姿は、レイチェルにはかつての戦友と自分に重なった。
誰かが守り、誰かが守られ、そんな掛け替えのない戦友たちと重なった。
戦争が終わり、もう会うことのなくなった、会うことの出来なくなった戦友たちと重なった。
「だが、この結果を望んだのは私だ。この戦いを止めたいのならば、私を殺してみせよ!!」
破壊を捲いた、捲き尽くした戦いが終わるまで、あとわずか。
-
【11:30 病院跡】
開戦ゴング代わりに、黒竜が炎を吐く。
だがその力は、くるるの念動力で作った盾で阻まれる。
何の皮肉か、レイチェルたちが病院を壊してしまったため、攻守に使える瓦礫が大量に転がっていた。
そこに追い打ちをかけるかのように、レイチェルが竜の上という高台から銃を撃って来る。
「鎮星の加護よ!!」
土気の加護を求めると、地面がボコリと隆起し、2mほどの壁が作られた。
汀子ら4人を銃弾から守る、即興の盾になった。
土の力は、五行の中でも防御に寄せた術だ。銃弾程度、簡単に打ち返してしまう。
だが、怪物の力は銃弾どころか、バズーカを優に凌ぐ。
上から拳を振り下ろすと、汀子が作った壁はたった一撃で壊されてしまった。
「動きはそんなに早くないから、離れて戦いましょう!!」
汀子は全員に呼び掛ける。
だが、躱してばかりいるわけにはいかない。
拳が届かない所に来れば、すかさず銃を撃つのが新田目だ。
狙いは怪物の心臓。だが、鉄より硬い鱗を持つ竜には、蚊に刺されたほどにも感じない。
「やはり効かないか…。」
「マスター、『契約者』のことは覚えていますか?」
「ああ。」
彼の前世には人間の敵に『契約者』という存在がいた。
人間で生まれた身でありながら、アクマの強さや邪悪さに魅入られた者、生まれや周り、あるいは自分の弱さを嫌った者。
そう言った人々が、アクマと契約を行い、魂を捧げた代償に、強い力を手にした。
アクマもまた、契約者を手にすれば更なる力を手にすることが出来た。
そしてそんな人間達は、彼らの味方として人々を襲うようになった。
-
そいつらの弱点は、皮肉なことに人間の方だった。
片側が死ねば、もう片方も死ぬ。契約というのはそんな呪われたものだ。
この戦いでも、勝つとするならばレイチェルを倒した時だろう。
だが、それをレイチェルは見抜いていた。
怪物の背に乗っていたが、咄嗟に身を隠す。
銃弾は代わりに竜に命中するが、鉄より硬い鱗にそんなものなど通じない。
「怪物よ、もっともっと暴れ狂え!!」
お返しにと、丸太のように太い尻尾が、辺りを薙ぎ払う。
ただの尻尾攻撃ではない。吹き飛ばされた瓦礫が、次々に飛んで来た。
病院だった欠片を道具として使うのは、くるるのみの特権ではない。
「まだまだ!!」
くるるが瓦礫を目の前に出し、それを盾代わりにする。
何度も飛んで来た瓦礫を受ける内に、それは砕けるが、確かな時間稼ぎにはなる。
ミカもただ突っ立っている訳ではなく、レーザーブレードを振り回し、受けきれなかったものを捌いて行く。
「これなら!!」
汀子の目測の域を出ないことだが、最大出力のケラウノスを使った武御雷でさえ、あの怪物は倒せない。
だが邪悪な存在なら、『これ』でどうにか出来るのではないか。
病院での戦いが始まる前に、彼女は既にサラシや木片で、破魔札を作っていた。
ディーラーがカードを投げるかのように、竜目掛けて札を投げる。
「へえ、それが東の国の『オフダ』という奴か。ダイキチとかショウキチとか書いてるのか?
まあ燃やせば意味が無いな。」
当たれば怪物の体格に関係なく、確かな効果を発揮していただろう。
だが、紙も布も有機物で出来ている。
怪物の炎に焼かれ、力を示すことのないまま燃え尽きてしまった。
彼女自身が焼かれることは無かったが、貴重な道具を燃やされてしまい、悔し気に歯を食いしばる。
「くそ……やられっぱなしじゃないの……。」
怪物に決定打を与えることも、契約者を倒すことも出来ないまま、じわじわ押されていく。
それだけじゃない。ミカを除く3人の体力が消耗していることもあるのだ。
全員、彼女と戦うまでは誰かと戦っている。万全の状態で出来ることが、この場では限られてくる。
幽霊であるくるるも、ここでは人間と同じ扱いを受ける。念動力を使うたびに、『疲れる』という感覚がはっきりしていた。
-
攻撃の当たらない者と攻撃を食らっても決して傷つかない者。
一見勝負は互角のようだがその結末は火を見るより明らかだ。
今でこそくるるや汀子の力で、敵の攻撃を凌げているが、彼女らの体力が尽きれば終わりはすぐにやって来る。
ミカの武器ならば怪物を傷付けることが出来るが、前線に出てしまえば新田目たちを守ることが出来ない。
おまけに彼女はアイセンサーの一部を破損し、完璧に空間を把握することが出来ない。
「ミカ。すまないが頼みは君だ。」
レイチェルが契約者なのか、あの竜がアクマの眷属なのかは知らない。
だが、明らかに戦い方が契約者やアクマの家畜となっていた怪物に似ていた。
だとすると、やはり勝利のカギは対アクマ兵器であるミカになる。
「僕が時間を稼ぐ。その間に君は、あの怪物か女を倒してくれ。」
既に負傷している彼女に頼り切るのは新田目には辛いことだ。
だが、彼は前世を経て、彼女を信頼しているからこそ、そんな無茶を頼むことが出来る。
そしてミカもまた、彼の言葉に喜んで応えようとする。
「マスター。どうかご無事で。」
彼女が思い出したのは、かつて自分がマスターを守れなかった思い出。
マスターが殺された時に浮かべた、苦悶の表情。
だが、時を越えて、世界を越えて出会えたマスターの頼みだ。
任務を全うすることが一番の幸福であるとされる人造人間にとって、断らぬわけにはいかぬことだ。
「大丈夫ですよ!新田目さんは私達2人で守ります!!」
「ちょ、何で私もやることになってるのよ!まあやるけど!!」
早速、ミカは翼をはためかせ、空へと舞った。
勿論それを見逃すほど、敵の1匹と1人は甘くない。
ただ、汀子とくるるも、それを見越している。
「太白の加護よ!」
巨竜たちの目の前に、金色の五芒星の魔法陣が現れる。
何が出ようと、灰にしてやればいいと、息を深く吸いこんだ。
-
「六白金星!!」
「ちぃっ!!」
だが、魔法陣から出たのは、炎で焼き払えぬもの。
眩しい乳白色の光が、レイチェルと竜を照らす。
ミカのレーザーブレードとは異なる光だ。それだけでは怪物は愚か、人間さえ倒せない。
だが、強大な怪物の目を眩ませることは出来る。
視界を奪われ、怒る竜は、炎を見境なく吐き散らす。
波状攻撃を受ければ、あてずっぽうな攻撃でも、焼かれてしまう。
「そうはさせない!!」
「アガ!?」
くるるは念動力でひときわ大きな瓦礫を、竜の口内に向けて飛ばした。
一瞬怪物は驚くも、ボリボリと巨岩を食べてしまった。
決定打は与えられず、されど時間稼ぎにはなった。
さらに新田目が拳銃で、怪獣の目玉を撃つ。
かすり傷さえつかない。だがその銃声は攻撃ではなく、適切なチャンスの合図だ。
「了解です。マスター。」
ミカのレーザーが、怪物を斬り裂く。
怪物の鼻面から青い血が噴き出る。だが、倒れない。
しかし、その程度予想済み。
本命は彼女の背にいるレイチェルだ。今度はもう躊躇わない。
アクマを敵として造られた彼女は、人間を殺すには向いていない。
くるるを庇いながら戦ったことを前提にしても、レイチェル一人ぐらいなら一分もせぬうちに倒せる。
だが、それでもここまで時間がかかったのが、彼女が人殺しに向いていない証拠だ。
それでも、マスターの命令とあらば。殺して然るべき相手は人であろうとアクマであろうと殺す。
ついに怪物の右肩と同じ高さまで来た。
ここでミカは切り札を切ることに決めた。
上空から、ビームブレードのエネルギーを打ち出す『神の御旗(ラ・ピュセル)』でレイチェルと怪物両方を倒す。
怪物の上にいるため、容易に逃げることは出来ぬはずだ。
「来たか……」
-
飛んで来たミカに対し、銃を投げつける。
元々ミカには銃弾がほとんど効かないし、先程の攻撃で弾切れが起こっていた。
(時間稼ぎですね……)
銃が効かないからと言って、投げれば効果が発揮するわけではない。
時間稼ぎにしては見苦しい行為だと思った。
すぐに剣のエネルギーをチャージし、必殺技の準備に入る。
だが、その見苦しい時間稼ぎとやらが、逆転の第一歩。
(待っていたよ、逆転の瞬間を)
だが、レイチェルは若くして、戦果を上げ続けた英雄だ。
当然、敵国からもターゲットにされたことは少なくない。
実際に彼女の顔の傷も、占領した街で滞在していた際、その建物に敵軍から火を付けられたことが原因だ。
だが、逆にそこから勝ち筋を掴んだことなど、両手で数え切れぬほどある。
誰が予想出来ようか。
レイチェルは怪物の上から飛び降りた。
その高さは病院の2階以上ある。落ちたら彼女が鍛え抜かれた軍人であれ、落ちれば良くて骨折、悪くて即死だ。
いや、違う。
左足で強く怪物の身体を蹴り、さらに右足で強く蹴り、それを繰り返す。
ほぼ垂直に近い怪物の胸を、腹を、腿を蹴り付け、物凄い速さで駆け下りてくる。
「何?」
予想外の躱し方、逃げ方にミカも意表を突かれる。
恥も外聞も捨てた逃走か?否。
「教えてやるよ。これが戦争だってなあッッ!!」
レイチェルを孤立させた上での特攻だ。
そして地上にいる3人目掛けて、最後のスタングレネードを投げる。
激しい光と音が、新田目を、汀子を、くるるを怯ませる。
戦争は時に、思い切りの良さが物を言う。
レイチェルは幾度となくそれを経験してきた。
「マスター!!!!!!」
スタングレネードでは怯むことのないミカは、全速力で地上へと向かう。
間に合わない。レーザーブレードを投げ飛ばし、レイチェルを串刺しにしようとする。
だが、それは彼女の首や心臓ではなく、左腕に刺さった。それだけでは殺せない。
そして、敵はレイチェルのみにあらず。
もう一体の怪物には、武器も持ってない状態で背を向けることになってしまった。
山をも斬り裂く巨竜の爪が、ミカを貫いた。
-
(くそ……一体どうなった?)
聴覚と視覚が覚束ない中、新田目は無理に目を開ける。
その瞬間、絶望が広がっていた。
竜の爪に貫かれたミカと。そして、自らの喉元に軍刀を刺そうとするレイチェル。
「――――――――っ!!!!」
ミカを呼ぼうとした。けれど、出来なかった。
出せたのは声にならない叫び。
汀子やくるるが何か叫んでいる。けれど、聞き取れない。
(何て強さだ……)
ノエルとは違う、純粋な人としての強さ。
あの怪物が強かったのではない。レイチェル・ウォパットという女性は、軍人として本当に強かった。
ミカに助けてもらったのに、再会できたのにこのザマだ。
彼女が近づいて来ると警戒していればまだ何とかなったかもしれないが、そんなことを考えても手遅れだ。
新田目とレイチェル、同じ軍人とは言っても、全てが違った。
覚悟も、戦争への想いも、この殺し合いで生き残るという覚悟も。
そもそも、彼は最大の目的である、ミカとの再会はもう終えているのだ。
だがレイチェルはまだこの戦いは終えていない。通過点でしかない。
最期の最後で、その差が如実に顕れた。
意識を手放し掛けた新田目に、何かが聞こえた。
――――修武や、お医者さんの仕事が辛かったら帰って来ていいのよ。
――――患者も大事だが、まずはお前の健康が心配だよ。
冷え切った彼の心に、温かいものが宿る。
(そうだ、僕は。)
前世にはいなかった家族。
たとえ実習や実験で帰りが遅くなっても、料理を作って待ってくれた家族。
それだけじゃない。自分が担当している患者だって、彼にとっては一つの家族だ。
もう彼は、ミカしかいないマスターではなく、新田目修武なのだ。
-
誰が言ったか。
自立とは依存先を無くすことではなく、依存する相手を増やすことなのだと。
彼は生きて帰らなければならない。ミカのためだけではない。彼を待っている家族のために。
(ごめんね。ミカ。僕は行かなきゃいけない。)
大切な人では無く、大切な人たちが、新田目の心に火を灯した。
彼の渾身の一撃が、レイチェルの顔面を打ち抜く。
「あったよ。僕が生き残らなければならない理由。」
見事なほどに決まったクロスカウンター。
瞬発力が段違いなほど上がり、レイチェルさえも対応できなかった。
「何なんだ……お前はッ!!」
レイチェルは新田目のことを、取るに足らない存在だと思っていた。
空を飛ぶ異能を持った少女のマスターとのことだが、それはあくまで指揮能力に長けているというだけ。
東洋風の服の少女や、ゴスロリファッションの少女に守られてばかりで、そもそも従軍経験があるとさえ思ってなかった。
すかさず拳銃を抜いて、レイチェル目掛けて発砲しようとする。
だが、次は彼女の方が早かった。
ハイキックが新田目の右手に刺さり、小型銃が宙を舞う。
だが、それでも拳を握り締め、左手で彼女の顎を撃ち込む。
「僕は、家族の所に帰らないといけない。」
ミカに助けてもらったというのに、別の家族に執着するなど、ひどい言い草だ。
だが、生きる理由があるなら、どんなに下らない物でも、生きるべきだ。
前世で大切な人がしてくれた人は、忘れずにとっておく。それでいいじゃないか。
「くそっ……くそおっ!!」
その言葉は、母親を捨て、母親がくれたものを捨てたレイチェルの心に響いた。
彼女は帰りを待ってくれる家族はいない。母親は殺した。父親は戦死した。
「竜よ!!私ごと焼き尽くせ!!」
自分にないものを生きる術にしているこの男が不愉快で不可解だ。自分がダメージを負ってでも、焼き殺そうとする。
敵の近くに従者がいることで、思うように攻撃できなかった巨竜が、ここへ来て動き始める。
大きく口を開け、纏めて焼き尽くそうとした。
-
「私達がいることを!」
「忘れないでよね!!」
だがその炎も、汀子の水気の加護と、くるるの飛ばした瓦礫に止められる。
さらに飛ばした瓦礫は、レイチェルも攻撃する。
「まだだ!!こんな所で、終わってたまるか!!」
レイチェルは軍刀一本で、3人を殺そうとする。
もしここで負ければ。あの時植木鉢を捨てたことが、間違ったことになってしまう。
家族など下らないと言った自分の言葉が、嘘になってしまう。
目の前の相手は丸腰だ。
後ろの者は、竜を止めるのに必死だ。
まずはこの男さえ殺せば、勝ち筋を作れる。
先程の殴打は勝ちを確信したせいで食らった。もう食らうことは無い。
「マスター………」
既に半壊していたミカが、辛うじて声を出した。
「!?」
新田目の手には、兵装ジャンヌダルクが握られていた。
先程は不発に終わった『神の御旗(ラ・ピュセル)』を応用する形で、マスターに武器を渡したのだ。
「ありがとう。ミカ。」
その剣を振りかざし、堕ちた英雄を迎え撃つ。
「その目を止めろぉ!!」
レイチェルは片手で軍刀を握り締め、その手は彼の心臓へと真っすぐ走る。
何が何でもこの男だけは殺す。そして戦争の中で生き続ける。
-
「たまにいるよ。僕が診た患者にもそういう人が。」
無限の可能性があったはずなのに、将来を嘱望されたはずなのに、使い道に困るほどのお金を手に入れたはずなのに。
そんな中、病気を患ってしまい、心を閉ざしてしまった人。
レイチェルは健康そのものに見えたが、胸の裏にそんな病巣が見えた。
彼の振るったミカの剣が、レイチェルの軍刀を、心臓を、そして病巣を斬り裂いた。
「まだ……私は……戦える……。」
立ち上がろうとして、力が入らずに倒れた。
戦争を愉しみきることが出来ず、勝ち残ることが出来ず、軍人でさえない者達に倒され。
それでも、快楽の中で、求めた物の中で終われたと思った彼女は。
憑き物が落ちたような顔を浮かべ、地面に倒れた。
その後すぐに、竜は姿を消した。
★
「助けてくれてありがとうね。」
彼女の残った左手を、新田目は優しく握った。
「終わりましたね……マスター。」
彼女の姿は、もう原形をとどめていなかった。
どう見てももう助からない。たとえ元の世界に持ち帰れても、テンシの存在が無い世界では修理も出来ない。
だが、新田目の目に涙は無かった。
彼はもうミカ無しで生きられない人間ではない。この世界にも、元の世界にも大切な人はいる。
「ごめんな、ミカ。僕は行かないといけないんだ。家族が待っている。」
その言葉を聞いて、少し寂しそうに、とても嬉しそうに、ミカは目を閉じた。
尤も両目を壊された彼女は、目を閉じたようには見えなかったが。
「マスター、ご武運を。」
汀子はただ目を閉じ、彼女に対し祈りを捧げていた。
「ねえ。何で泣いてないのよ。こんな時泣くもんじゃないの?」
涙を流さない新田目を、先へ行こうと言う彼を、くるるはおかしいと言い放つ。
「泣くのは……今の家族の所に帰ってからだよ。」
「あ“た”し“は”!!無理して泣いているあんたが見てら“ない”の“よ“!!」
幽霊として、色んな人の涙を見て来たくるるだが。
それ以上に、泣くのを我慢している者も見て来た。
我慢している者を見ていると、いたたまれなくなってしまう。
それが大切な者なら猶更だ。
「やっぱり……ごめん。ミカ。僕はまだ君のこと、大切に思っているみたい。」
-
新田目は動かなくなった彼女を抱きしめる。
きっといつか、新田目修武という男は、ミカの悲しみを乗り越えて生きていくことが出来るだろう。
そしてその時こそ、医者として、一人の青年として大成することが出来るはずだ。
彼はまだ医者としては見習いの青年。
だからこそ、まだ見ぬ未来を、無限の可能性を臨むことが出来る。
【オリヴィア・オブ・プレスコード 死亡】
【レイチェル・ウォパット 死亡】
【NO.013 死亡】
【残り 26名】
【E-5 病院跡】
【播岡くるる】
[状態]:背中に切り傷(小・包帯で処置済み)、鼻血
[装備]:無し
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0〜3
[思考・行動]
基本方針:殺し合いを打破してデスノを殴る
1:新田目や汀子と共に生きる。
2:連続殺人鬼の双葉玲央を警戒
3:オリヴィアの名を騙る狂人女(ノエル)に警戒と怒り
4:ミカが恐れていた、テンシ・プロトタイプNO.000を探す。
5:………ミカ。
【本汀子】
[状態]:ダメージ(大) 精神的疲労(特大)
[装備]:"電磁兵装"ケラウノス
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム×1〜2(未確認)
[思考・行動]
基本方針:不平等に人を助ける。それは揺らがない。
1:トレイシーを追う。人の集まりそうな場所を目指す
【備考】
※ケラウノスの電量は自信の力で賄えます
【新田目修武】
[状態]:ダメージ(大) 右腕に火傷(小) 悲しみ(特大)
[装備]:拳銃(残弾数15) 兵装“ジャンヌダルク”
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム×1〜2(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:家族の下に帰る
1.それでも生き続ける
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投下終了です
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すいません。感想を書き忘れていました。
>FALSE AMETHYSTS
オイ!オイ!オイ!
魔子ちゃんどうなってんだよお!ヤバいことになってるじゃねえか!!予想以上にヤバいことになってるじゃねえか!!
何とか立ち直ったみたいだし、常識人2人共配慮してたみたいだが、いつまた暴走するか不安だなこれは!!
フレデリックの渡りの民としての設定、旅を重ねた戦士の風格がさりげなく漂ってくる描写が好きでした。
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あけましておめでとうございます!
新年早々力作が投下されて感無量です。
>>『誰も彼も何処も何も知らない』
JKとの接し方が解らずオドオドする暦ですが、手当て自体は割とキチンとしている描写は好感が持てますね。
しかし、他の異常との関わりが薄そうな暦すら耳にしている異常殲滅機関、割と情報統制はガバガバなのかも。
対して真央、あえて拒絶する姿勢を示し、相手の庇護を引き出す策略は学生とは思えない優秀さ、兄の片鱗が垣間見えます。
そんな二人の会話にさりげなく混ざるトレイシーはガチホラー過ぎる。
レガリウムという新たなキーワードが出ましたが、この情報も嘘か本当か読者すらも解らないという厄介さ。挙げ句に予知を貫通するとか、もう怖すぎますね。
トレイシーの底知れないトリックスター感、大好きです。
>>『』
激戦を生き延びた三者、良い方向に向かったと安堵していた矢先に、調教の痣が出ますか…。
自らを卑下しながら自慰に耽る魔子、同情を覚えますがどこか滑稽で、芸術的だと思います。ある種の美しさを感じますね(可哀想ですが可愛い)。
アンゴルモアの行き先をドンピシャで引き当てる様子は彼女たちの確かな友情を感じます。
一方、痴態が丸聞こえという展開は思わず笑ってしまいましたが、心が壊れた者たちを見てきた経験のあるフレデリックと、成り行きながら確かな善性で魔子を支える選択をした梓真、この理解ある同行者に恵まれたのは幸いか。
過去に救いの手を差し伸べられたフレデリックが、今度は救いを与える立場になる、何とも人のためにした好意は廻るものですね。とても頼もしい。
思わずキャラを崩して返事をする魔子の姿に、確かな光を感じました。
>>『病院事変1 郷愁』
おおー、大所帯予約からの大作!
最初から最後まで圧巻の力作で、濃厚な戦闘描写に読みごたえ抜群でした!
病院という凡庸的な施設にもノエルとの因縁が絡むとは、舞台の活かし方が凄い。
性格が破綻していても両親への愛情はあるというのは、何とも異質さを際立たせますね。四苦八苦の制服に執着する様子はサイコ感が出てて良いと思います。
レイチェルの植木鉢のエピソード、重い。というか、彼女は過去の描写が全部魔子やフキちゃんとは別ベクトルに無情極まっていて、読んでて辛いものがありますね。
しかしオリヴィア、出会いの面子はラッキーだったのに異能が枷すぎる。でも真面目に警察を呼ぼうとする反応はロワで中々見ない反応なので好きですね。新鮮です。
無情な最後でしたが、ある意味苦痛無く退場できたのは幸運でしたね。
しかし連続で最悪の相手に出合ってしまう四苦八苦、もう名は体を表す女ですね。
制服が駄目になったのは自業自得なのに八つ当たりされる様は純粋に可哀想。
ノエルの異能は一見弱そうに見えますが、本人のセンスで抜群の汎用性を発揮しますね。新田目と汀子という荒事に長けたコンビに一人で渡り合う描写は圧巻です。しかし、信念と経験の勝敗を分けそうですね。
一方、レイチェルVsミカ&くるる、異常存在といえる二人を相手に培った経験と鍛え上げた身体能力で渡り合うレイチェルは、堕ちても英雄、格が凄い。
謎の地下という考察要素も含め、とても読みごたえがありました。
ここからどうなってしまうのか、ワクワクが止まりません!
>>『病院戦線4 霹靂』
あーもう滅茶苦茶、病院がエライ事になっておられる……。
これはまた凄まじい奥の手を持っていましたねレイチェル。しかし代償の内容が合わないと思いましたが、よく考えるとよくも悪くも彼女の心に残り続ける母親という存在に彼女自身は二度と成れないと考えると、順当な対価なのかもしれませんね。
とうとうミカと新田目が再開できましたか。姿が変わっても通じ会うテンシとマスターの信頼関係、美しい。そんな前世越しの対面にくるるが賭けるのも感動的です。
敵対者であるレイチェルもまた、その光景を美しいものと認識しながらも、自らの意思を貫く姿は流石英雄。
一方の新田目、軍人としての格の違いを突きつけられ、終わりかと思いましたが、まさかの覚醒。ようやく前世との折り合いをつけて、真に今世を受け入れましたか。
未来をみるか、過去に生きるか、その違いが勝敗を分けましたね。
レイチェルの終わりも、新田目の始まりも、全てが極限まで面白い。
ミカもまたマスターの新たな門出を祝福する光景はもう泣けてきます。
読み終わった後の余韻が凄い。とてつもない超大作、投下ありがとうございます。
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ハリセンで頭叩かれる様に頭にトンネル開通されるオリヴィア…自身の異能が枷になり過ぎてるのはね。他のメンツが恐慌するのを終わらせて次の行動に移ってる中で、最初期にやる行動取り出すのはもうどうしようも無いなと。眠れ。
『知の試練』で出てきた不穏映像の一端がいきなり出て来るとは、他にも関わりのあるのが居ますねこれは
レイチェルはヘルシングで最後の大隊がロンドン降下時に言っていた『あそこでしか生きられない。あそこにしか行きたくない」というのが何よりもしっくりくるんですよね。母親の想いが伝わっていればね。けどそうはならなかったんだ。もう死ぬしかないじゃない。
病院での激戦を乗り越えて生き残った三人ですが、やる事が…やる事が多い。それでも過去を踏まえて未来を目指して行くんですよ。
ノエル・ドゥ・ジュベール予約します
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エイドリアン・ブランドン
碓水盛明
雪見儀一
桝谷珠李
予約します
-
皆様感想ありがとうございます。
グレイシー・ラ・プラット予約します。
-
すいません。キム・スヒョン追加予約します。
-
投下します。
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宇宙人の身体を覆っていた氷が溶けたのは、たっぷり40分が経過した後だった。
(不快。身体の不調の有無を点検。)
辺りに誰もいないことを確認すると、腕を触手化させて振るってみた。
丁度人間がストレッチをする感覚と同じである。
自分の身体に、これといった不具合が無いことが分かると、とりあえず歩き出した。
「しかし自分が、プレイしたゲームのキャラのような目に遭うとはな……」
不意に思い出したのは、昨晩やっていたアクションゲーム。
竜の吐く氷の息を食らってしまい、操作不能になった瞬間だ。
そのままだと動けないし一方的にダメージが増えていくので、氷が溶けるまで、必死でレバガチャを強要させられる。
自分もあの時の主人公同様、動かない体を必死で動かしていた。
ちなみに彼女が好きなジャンルは『セカンドファンタジー』シリーズを始めとするRPGだが、アクションゲームも嗜んでいる。
(ゲームのような兵器が実際に存在していたとすると……)
グレイシー・ラ・プラットが地球偵察にやって来て、初めて惹かれたのは、新宿の街頭ビジョンが映し出すバーチャル映像だった。
何かが光ったと思ったら、山のように大きな怪獣が、いつの間にか倒れている。
背景が変われば、巨大な金属の人形がビームを放っている。
話が違う。地球の文明のレベルは、ドルーモより遥かに劣っているのではないのか。
あんな兵器が出てくる惑星と戦争なんかすれば、被害は甚大なものになるだろう。
一時はどうなるかと思っていたが、それらはすぐにフィクションだということが分かった。
勿論、そのことを知る過程で、幾度となく変な目で見られたのは確かだが。
-
蓋を開けてみれば、自分が驚かされたものは全てフィクション。
一応テレビや本を覗いてみれば、本物の兵器はあることは判明したのだが、それらはドルーモのものより原始的な造りをしていた。
しかも使うのには様々な法律上の手続きが必要で、滅多なことでは使われないという。
自分が本性を現せば、この人ごみにいる連中を粗方倒すことが出来ると分かったのは安堵した。
尤も映画や漫画、アニメやゲームと言った類のものが、この上なく面白かったのは事実。
1つの老夫婦の家に寄生するようになってから、活動拠点が新宿から秋葉原になった。
(2人の行方 不明。 手がかり ナシ)
地球には踏んだり蹴ったりという言い回しがあるそうだが、まさにこのことだ。
自分の正体を2人にも知られた挙句、口封じをしようにもどこにいるかさえ不明。
まともに肉弾戦で戦えば負けることはまずないはずだが、男が持っていた奇妙な武器は厄介だ。
とりあえず、市街地を散策する。
元々彼女は、地球の偵察隊の中でも、主に都市部の調査を任せられていた。
そんな中、いきなり彼女の目に飛び込んできたのは、全裸の女性だった。
普段ならば驚くか、好色の目を寄せるかのどちらかだろう。
だが、彼女にとってその姿は、別の感情をかき立てた。
「あなたは……まさかキム先生さん?」
☆
時は少し遡る。
全裸の女性の格好をしたキム・スヒョンは、ひた、ひたと街を歩いていた。
最初にエサになる間抜けは誰だろうか、そんな期待に胸を高鳴らせていた。
適当な無人の服屋に押し入り、そこから服を奪ってもいい。
だがそれは、合理的ではあっても楽しくはない。
敵から衣服も、自由も、尊厳も、安寧も全てを奪う事こそが、彼女にとっての至福の時だ。
何度か市街地の角を曲がると、早速一人の獲物を見つけた。
自分の正体はまだ知られていないはず。
ところが獲物は逃げるどころか、ものすごい勢いで走って来た。
「キム先生ですよね?」
「は?」
さすがのスヒョンと言えども、戸惑ってしまった。
物凄い勢いで近寄られ、先生でもないのに先生呼ばわりされたのだから。
☆
「キム先生!!『セカンドファンタジー』シリーズの新作はどうなっていますか?」
やけに早口でまくしたてられる。
いやいや、待て待て。セカンドファンタジーとは何のこっちゃと首をかしげる。
とりあえず元の『キム・スヒョン』の記憶を紐解いて、この女が何を言っているのか考察することにする。
「あの、キム先生。何で裸なのかはわかりないせんが、そっち先に行った所に服屋、いりますよ。」
興奮のせいで、言葉がぐちゃぐちゃになっているグレイシー。
それもそのはず。
キム・スヒョンが半年ほど前に成り代わった女は、彼女が大ファンのゲーム、『セカンドファンタジー』シリーズのデザイナーチーフだったのである。
-
「あ、ああ。助かるよ。知らない奴に奪われてしまってね。」
元のキム・スヒョンは、韓国のソウルで生まれ、幼少期から日本の漫画、電子機器に憧れ、大人になったら日本で働きたいと思っていた。
日本の大学に入学し、卒業と同時に有名なゲーム会社『スフィンクス』に入社。
そこで瞬く間に才能を発揮し、たった3年でデザイナー部署のチーフに抜擢。
当時人気絶不調だった『ファーストファンタジー』シリーズを、新たに『セカンドファンタジー』シリーズとして復活させた立役者の一人である。
最初の頃は、顔で昇進した、韓国人に日本のゲームの良さが分かるものか、これで『スフィンクス』は終わったなどと言う声もあった。
だが、彼女と他の『セカンドファンタジーシリーズ』の重役達は、そんな意見を瞬く間に黙らせた。
彼女がデザインした敵キャラはフィギュア、ストラップ、ぬいぐるみ、Tシャツと様々な形でグッズ展開。
『セカンドファンタジー』シリーズは、かつて一世を風靡した『ファーストファンタジーIII』以上の売り上げを見せ、海外でも評判になった。
みたいな内容が、グレイシーの愛読雑誌、『いかにして『スフィンクス』は盛り返したか』(MINMEI Game Linkage出版)に載っている。
だが不幸なことに、『セカンドファンタジーVI売り上げ一千万本突破パーティー』の帰りに、怪物の毒牙にかかってしまったのだが。
彼女のデザイン力は、今のスヒョンでさえ評価している。
尤も、成り代わったスヒョンにとって、技術より血の味や己の嗜好の方が重要なので、普通に嬲り殺しにしたのだが。
実際にグレイシーとは異なり、今のスヒョンはサブカル関係にはあまり興味を持っていない。
ただし、物作りのノウハウは彼女の身体と記憶を奪った際に、幾分か吸収している。
「これなんかどうですか?セカンドファンタジーVIのマスコット、ミックのTシャツですよ!!」
「……自分で選ばせてくれないかな?」
「あ、知ってますよ?セカンドファンタジーIVの主人公の『自分の道は自分で選ばせてくれないか?』よねです!?
ファンサありがとうです!!」
実は、グレイシーが地球にいた時、買いそびれてしまったのは内緒だ。
だが、特に尊敬している地球人に着てもらうのなら、悔いはない。
(夢みたいだ!夢みたいだ!夢みたいだ!!)
彼女が初めて買ったゲームが、居候(という名の寄生)先に置いてあった、『セカンドファンタジーVI(以下、SFVI)』だ。
これほど面白いものがあるのか、と初の操作に悪戦苦闘しながら、たった5日でクリアしてしまった。
それに飽き足らず、家に置いてあった、他のSFシリーズもプレイした。
さらにSFシリーズを取り扱っている雑誌を読み漁り、重役の名前、好きなもの、インタビュー記事なども、してしまった。
ついでに、スタッフがSFシリーズを作るきっかけになったと言った映画やアニメなども、いくつか見始めた。
本部からの連絡では、全て『地球の技術ならびに、その技術者の調査』ということにした。
-
最初はいくら何でも同姓同名だ、こんな所にいるはずがないとばかり思っていた。
第一、一緒の殺し合いにいるのならば、殺さなければならない。
実際に帰還し、地球侵略を実行した際にも、SFシリーズのチーフだけは殺さずにドルーモへ連れて帰り、ゲームを作ってもらおうと思ってた。
だが、こうして実物を見れば、嫌でも憧れの彼女だと分かる。
(…………。)
適当にシャツやズボンを物色しながら、スヒョンは考える。
何だかめんどくさいことになってしまったな、と。
そもそも今まで、成り代わった元の人間が、どのような身分だったのかは考えたことはなかった。
既にグレイシーに会うまで、合計4人の人間と顔合わせしてきたが、どれも成り代わる前の人間のことを言及しなかった。
とりあえず目の前の相手は隙だらけなので、適当に殺せばいい。
だが、どういう訳だろうか。
迂闊に攻撃すると、何か良くないことが起こる。
何というか、ただの厄介ファンでは無い。
400年以上生きた怪物の勘が、そう告げていた。
(まあ、他者から信頼を買うための隠れ蓑にはなるかな。)
今の所は保留。敵意が無いなら利用するだけしておく。
そう考えていた所、ぱたぱたと走りながらグレイシーが戻って来た。
「キム先生!ズボン持ってきましたよ!!」
しかしグレイシーが選んだズボンは、どれも微妙なデザインだった。
ゲームデザイナーのスヒョンになる以前から、数百年もモノづくりを勤めていたスヒョンからすれば、評価に値しないものだった。
「だから、私が選ぶと言っただろう。」
「あ、出過ぎた真似をして、すいません!ごめんなさい!!」
「謝る必要は無いが、私が着替えるまで少しばかり待っててくれよ。」
「勿論です!あと、帰ったらセカンドファンタジーVII、必ず買いに行きますよ!!」
☆
店の入り口で、グレイシーは待つことにした。
一たび冷静になると、様々な問題が脳裏に浮かんでくる。
名簿を何度も読み返す。そこには確かにキム・スヒョンの名があった。女性の欄に。
(……地球人の男として潜入すれば良かったな……)
-
この殺し合いは、男性と女性、生き残った者1人ずつを生還させるというルールだ。
せめて自分が男性枠としての参加ならば、スヒョンと自分のみを生かし、他の者を皆殺しにして帰還するという作戦も可能だ。
その際、どうにかしてスヒョンの記憶を消しておけばいい。
だが、現実は理不尽だ。ルールを鑑みれば、自分とスヒョン、2人同時に生還することは出来ない。
デスノにゲーム破綻の可能性がある厄介者とマークされる覚悟で、2人同時に脱出するか。
それとも、スヒョンも殺し、従来の方針通りで行くか。
任務優先か、ゲームが優先か。
宇宙人は悩み続ける。
そして、彼女の憧れが知っているキム・スヒョンでないと分かった時は、どうなるのだろうか。
【F-4 朝 市街地 無人の服屋】
【キム・スヒョン】
[状態]:ダメージ(小)
[装備]:無し
[道具]:無し
[思考・行動]
基本方針:死ぬのは嫌なので優勝する
1:なるべく愉しんで殺す
2:面倒な奴は避ける、と言いたかったが、この面倒さは予想してたのと違う!!
3:少年(フレデリック)と組みたい。(罪悪感に苛まれるところを見たいだけとも言う)
4:あの嬢ちゃん(加崎魔子)は嬲り殺して血を貰う
5:何か最後の奴(滝脇梓真)は適当に殺して血を貰う
6:コイツ(グレイシー・ラ・プラット)マジでどうしよ。利用すべきか?さっさと殺すべきか?
【グレイシー・ラ・プラット】
[状態]:ダメージ(少)、興奮
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・行動]
基本方針:デスゲームからの脱出、及び全情報の完全抹消
1:目撃者(双葉 真央)、七三の男(黄昏 暦)は必ず抹殺する。
2.記憶消去装置も平行して探す。
3.下等生物に不覚をとるとは、ドルーモの恥っ!
4.まさかこんな所で、憧れの地球人に逢えるとは!!
5.でも殺さなきゃ帰れないんだよな。どうしようか。
-
投下終了です。
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『Freaks』
メンツだけなら強マーダーコンビなのに、どっちも隠し事と地雷抱えてネタ枠に……。コイツらが対消滅すれば、他の参加者には喜ばしいのですが
では投下します
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背後から聞こえる轟音と、それを上回る咆哮に、ノエルは眉を顰めて振り返る。
「何ですか?あれは」
鉄筋コンクリート構造の頑強な建造物が、砂の城のように崩壊している。
破壊されていく病院の様子は、外部から何らかの力が加わったと言うよりも、内部からの破壊のように見えた。
「ミカさんとくるるさんは……ご無事なようですね。良かったです」
くるるをお姫様抱っこして窓から飛び出し、宙を舞うミカの姿。宗教画に描かれる天の御使の如き美しい少女を見て、ノエルは胸を撫で下ろす。
あの二人が生きていて良かった。心の底からノエルはそう思う。
ミカの手指を全て潰して、もう二度とピアノが弾けなくなった事を、増田との繋がりが永遠に潰えたことを、砕けて折れた指を見て否が応にも認識させて慟哭させ。
ミカの惨状と慟哭に、赫怒して儚げな顔立ちを歪め、怒りと悔やみと哀しみに狂うくるるをミカの眼前で嬲り殺し。
マスターの死の再演に心が完全に砕けたミカの姿哀哭を、ノエルは是非とも記憶に焼き付けたかったからだ。
それはとても甘美な慟哭で、とても美麗な貌だろうから。
ミカとくるるの姿に、頬を綻ばせるノエルの視界の中で、病院が景気良く破壊されていく。
大量の鉄筋を使い、直下型の大地震にも耐えられるように設計されている堅牢な建物。それを内部から破壊しながら出現したのは、『怪獣』としか言い様が無い代物だった。
「…………あの様子ですと、制服はもう諦めるしかありませんね……。いえ、しかし……病院を出る時に死体が見当たらなかった様な………アレで死なないという…そういう能力を持っていた?」
二人の無事を喜んだのも束の間、胸中に抱く未練が表出する。
「意地の悪い人でした。私の大切な服を盗ったばかりか、台無しにしてしまうなんて」
いきなり訳のわからん難癖をつけられた挙句、本日二度目の分からん殺しを食らった四苦八苦からすれば、到底許すことの出来ないノエルの発言ではある。
糾弾したところで、ノエルは四苦八苦を羽虫を払うように殺すだけだろうが。
「もし死んでいないののでしたら、ええ、ご自分の罪をキチンと自覚させた上で、報いを受けさせるのですが」
あの様子では制服は盗人ごと潰れている事だろう。最早どうしようも無い。
既に腰斬された女に、制服を盗った報いを受けさせる事も出来はしない。
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だが、もしも、死んでいないのならば、自分の罪を自覚できるまで拷問し、心から反省するまで責め苛み、反省したら罪を償わせるべく時間を掛けて嬲り殺そう。
たとえ不死身だとしても、首輪を爆破すれば死ぬだろう。
「デスノさんに願って、制服を取り戻しても良いのですが。私欲でここに集められた方々を殺し尽くすなんて事は出来ません。諦めるしか無いですね」
ノエル・ドゥ・ジュベールは倫理も道徳も良識も確と弁えている。感情を抑える理性もある。それらがノエルの行動を縛める。私欲に基づく願いを許さず、此処にいる者達の救済のみを願わせる。
「父母に合わせる顔が無くなるのも嫌ですし」
ノエル・ドゥ・ジュベールは良心が無いわけではない。この世にただ二人だけにしか向けられていないだけで。
喪った制服への未練を断ち切るかの様に、怪物が咆哮し、口から炎の激流を吐き出した。
あの巨体に、病院を破壊するパワー、そして口から吐く炎。
あの怪物は紛れもない脅威である。ノエルの武装と、特異体質を以ってしても、アレを殺すのは至難だろうと思わせる。
「誰かの支給品でしょうかね?それとも能力か。どちらにせよ使用者を殺せば消えるでしょう」
それでもノエルの、全員の救済を願う怜悧な善意が、感情に流される事なく、怪物の打倒方法を導き出す。
あんな目立つモノが、最初から居た訳が無い。病院を破壊するほどの巨体からしても、院内に潜んでいたというのは有り得ない、入り込む事がそもそも出来はしないのだから。
必然。誰かが彼処に出現させたという事になる。ならばその『誰か』を殺せば消えるだろう。ノエルにはそれを為すに最適の武器が有る。
“アクマ”兵装『ブラック・プリンス』。狙った場所に不可視の刃を設置できる弓。狙った場所に刃を設置できると言う事は、狙った場所に必ず刃が飛んでいくという事。
つまりは弓を初めて手にした者でも、百発百中の命中率を叩き出せる。オマケに透明な刃が勝手に飛んでいくという仕様上、鏃の向きから狙いを予測する事は不可能だ。
「此れがあれば、問題無いでしょうね」
あの怪物を出現させた者を、ブラック・プリンスの狙撃で殺す。簡単で単純な解決方法だ。問題点が有るには有るが。
「ミカさんとくるるさんが窓から飛び出したという事は、アレを出現させた方は、病院内で御二人と戦い、敵わずにあの怪物を呼び出した……という事でしょうね」
病院内に収まり切らない巨体を有する怪物を、病院内で呼び出して、建物を崩壊させる。
崩壊に巻き込まれて自分が死にかねない、自殺願望でも無ければやらないだろう事をやったのは、ミカとくるるに追い詰められたからだろう。
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ならば、ブラック・プリンスの狙撃で殺せる筈。近接戦闘でミカに及ばない相手が、高速で飛ぶ不可視の刃を躱せるとは思えない。
「“テンシ”であれば、正面から撃たれても、躱すなり迎撃されるなりするのは、モール内で確かに見ました。だからこその刃の設置なのでしょうが、只の人間には、飛来する刃だけでも充分に脅威なんですよ」
くるるを殺す時には此れを使用(つか)おう。何時何処に飛んでくるか判らない、躱す事も防ぐ事も出来ない刃に、全身を穿たれて死ぬ時に、一体どんな甘美な絶望を浮かべるのだろうか。
夢見る様に、瞳を潤せたノエルだが、くるるに想いを巡らせていると、一つの可能性に思い当たった。
確認する為に、目を凝らして怪物を観察すると、遠くて男か女かも判然としないが、元気にミカやくるると対峙する人影が見えた。
「元気そう…という事は、能力の正しい使い方に気付いたくるるさんに、内臓を潰されたりした訳では無い様ですね」
あの怪物を呼び出したのは、ミカの近接戦闘能力に圧された為。そう推測したのだが、もう一つの可能性として、くるるの能力で内臓を潰される。もしくは、行動を阻害されるなりして不利になった。という事に思い当たった。
だが、怪物を出現させた人物は、重傷を負っている様子は無く、行動を妨げられている様子も無い。
「まだくるるさんは、御自身の力を使いこなせていない様ですね」
ノエルが、くるるの能力を用いて戦うとすれば、あの能力で内臓を潰す。殺したく無いなら、脳を揺さぶって動けなくする。
もし人体に使用できないとしても、武器を奪うなり、服に使用して拘束するなりする。
それをしていないというのは、くるるがノエルと事なり、本質的に人を傷つける行為に向いていないという事なのだろう。
「まぁ教えて差し上げる事は不利になるのでしませんが、殺す直前になら良いでしょう」
自身とミカの命を守護る手段を、自分自身が最初から確と有していたという事実を、他ならぬノエルから教えられるという屈辱に、あの少女はどんな表情を浮かべるだろうか。
屈辱に歪むのか。それとも自分への怒りに震えるか。
「ふふふ…」
頬を僅かに紅潮させて微笑んだノエルだが、直ぐに表情を引き締めた。
怪物が吐いた再度の炎を、水の龍が防いだのだ。
大切な服を焦がしたさっきの二人が合流している。
「当然といえば当然ですね。面倒な事になりましたが」
ミカとくるるに加えて、雷の太刀を振るう女。三人の少女は、一人一人がノエルを殺し得る。
「流石に三人を一度に相手取るのは不可能ですね」
くるるが未だに能力を使いこなせていない上に、荒事にも慣れていないとはいえ、ミカともう一人は、自身の能力を使いこなせている上に、戦い慣れしている。
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この三人を一度機に相手どれば、勝てる確率は皆無。ノエルが倒れれば、誰が此処に集められた人達を救うというのか。
新田目に関しては考えるまでも無い。他の三人を無力化すれば、生殺与奪の権がノエルの手中に収まる相手でしかない。
「ミカさんとくるるさんで遊びたいのですが……」
何処までも邪魔をしてくる女に、ノエルは苛立った。ブラック・プリンスによる狙撃で速やかに殺すという手も有るが、あの女には報いを受けさせなければならない。一撃で殺すなど有り得ないのだ。
どうしようかと思案を巡らせるノエルの姿は、ウインドショッピングに勤しむ歳相応の少女にしか見えないが、思考している内容は、漆黒の邪悪と、真紅の鮮血で出来ている。
真っ当な人間が、ノエルが思案している事について知れば、恐怖に戦慄する事だろう。
悍ましい思考に耽りながら、病院での死闘を観戦するノエルだったが、二度立て続けに閃光が生じて少しの後、大きく目を見開いて、悲痛な叫びを上げた。
「ミカさん!!!?」
怪物の巨大な爪に貫かれたミカは、どう見ても致命傷だった。
アレは死ぬ。ミカはノエルの手に依らず、この殺し合いの舞台から退場する事が確定した。
ノエル・ドゥ・ジュベールは、ミカという素晴らしいオモチャでロクに遊ぶ事も出来ず、壊われるのを見ていることしか出来なかった。
ノエル・ドゥ・ジュベールの、此処にいる全員を救おうとする善意が、冷徹にミカの死を喜ぶ。
人を超えた身体能力を持ち、高速で空を飛び、光刃を振るうミカは、ノエルの天敵と言って良い。
ノエルの鎧も、ばら撒く罠も、あの可憐な“テンシ”には通用しない。
ノエルの救済への道を阻む、最大の障害が潰えたのだ。此処に集められた者達にとっても喜ぶべき事だろう。
ノエル・ドゥ・ジュベールの、此処にいる全員を責め苛み嬲り抜いて惨殺したいという悪意が、憤激とともにミカの死を惜しむ。
あの純粋で無垢な“テンシ”を苛んで苦しめ抜いて、穢し、悲嘆させ、絶望に沈ませて、壊したかったというのに、誰かに勝手に壊されてしまうなどとは。
「…………オリヴィアさんといい、ミカさんといい」
致命傷を負ったミカを見て、思い返されるのは、病院でいきなり死んだオリヴィアの事、
思えば何故、オリヴィア・オブ・プレスコードと名乗ったのか。
明らかに日本人の名前は名乗れないとしても、他にも使える名は有った。
アレクサンドラ・ヴォロンツォヴァやレイチェル・ウォパットと名乗っても良かったのだ。
にも関わらず、オリヴィアの名を名乗ったのは、三年生の始業式の時に見たオリヴィアの事が、記憶の片隅に残っていたからだろう。
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あの時に抱いた欲望を意志の力で抑え込み、努めて忘れる様にしたのが功を奏し、元より人の顔と名前を覚えるのが苦手だった為に、オリヴィアに対する害意は残ったが、オリヴィアの顔も名前も、今まで思い出しもしなかったが。
『誰か助けて下サイ!!』
あのとき聞いた、恐怖に染まった助けを求める声と、その直後に響いた銃声。そして断末魔、
耳にした声と音から、オリヴィアの事を思い出したのだ。
オリヴィアのことを思い出すと同時に、忘れる前にオリヴィアをどう嬲るか考えていた事まで思い出し。勝手に死んだオリヴィアに、激しい苛立ちを覚えたりもしたが。
始業式の後に我慢などせずに、自身の手で、オリヴィアのあの声を聴いておけば良かった…。
そう思い、ノエルは即座似その考えを否定した。
「いけません。オリヴィアさんは私に害をなした訳ではないのに傷つけるなんて。父様にも、母様にも、合わせる顔が無くなってしまうではないですすか」
だからこそ理性で抑え込み,意志で蓋をしたのだが。
何を為しても、全てを無かった事にできるこの場所でなら、心ゆくまでオリヴィアで『遊べた』のだ。我慢など一切する必要が無いというのに、何処かの誰かに壊されてしまった。
「今までは壊れたオモチャに興味も関心も未練も無かったのですが。流石に短期間に二つも壊れると、落ち込みますね」
ミカといい、オリヴィアといい、どうして死ぬなら死ぬで、私を愉しませてくれないのか。
私が心ゆくまで遊んでから、壊れれば良かったのに。
そんな未練を吐き出す様に、溜息を一つ吐いて、怪物が消え去った病院跡へと目を向ける。
あの怪物が不意に消えたという事は、出現させた人物が殺されたか、あそこで怪物と戦っていた者達が皆死んだか。
「くるるさんはご無事でしょうか」
気になるのは播岡くるるが生きているかどうか。
ミカとオリヴィアが気破れてしまった以上、残ったオモチャ(くるる)に死なれては張り合いが無い。
死んだら死んだらで救済への手間が省けて良いが、『遊べる』モノが無くなってしまう。
怪獣退治と洒落込む程、ノエルの精神は幼くは無く。どちらが残っていて欲しいかと問われれば、くるるが残っていて欲しいと答える。
「くるるさんの悲鳴は聞いていて飽きないのですが、ミカさんと一緒で無いと、愉しみが減るんですよね」
病院跡に行って確認するのは論外だ、くるるが一人だけ生き残っているのならば兎も角。
「あの怪物を呼び出せる人や、さっきの男女の方々が生き残っていると厄介なだけです。それに、約束は守りませんとね」
双葉玲央と約束した時間が差し迫っている。病院跡で戦闘になるにせよ、くるるで『遊ぶ』ぬせよ、何方にしても時間が無い。約束を破るわけにはいかないのだから、此処は我慢してモールへと向かわねばならない。
「どなたが生き残ろうと、お疲れでいらっしゃるでしょうが……。運が良かったですね」
消耗した獲物に追い討ちをかけず、ひとまず見逃すと決めて。ノエル・ドゥ・ジュベールはモールへと急いだ。
「はぁ…それにしても、良い事が有りませんね。日頃の行いは悪く無いと自負しているのですが」
これで双葉玲央が、双葉真央を、とっくに何処かで殺していたら、それはもう目も当てられない。
「そうなっていない事を祈りたいのですが」
双葉玲央に関しては、懸案事項はそこでは無いのだが。
「玲央さんが真央さんを、とっくに殺していらっしゃった場合。あの方はどうするか」
双葉玲央が双葉真央を殺せていなかった場合。これなら現状の維持で終わる。引き続きノエルは真央を捜して、モールへと連れて来る。玲央は妹を探して殺す。
「既に玲央さんが妹さんを殺しているとして。最悪なのは、先刻病院で戦った女性の方の様な、戦闘に長けていて、殺し合いを打破しようとしている女性と出逢っていた場合ですね」
当然、殺し合いに乗ったノエルを、二人して拘束するなり、殺すなりするだろう。
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双葉玲央だけでも難敵であるのに、戦闘能力の高いもう一人が加われば、ノエルの勝率は零だ。
「モールへ先行して、罠を設置しておきましょう。あの方が私と敵対するとして、正面から来るとは思えませんし」
あの無情な合理の怪物が、敵対する相手にスポーツマン・シップなどという無駄を発揮するなど有り得ない。
「それでも、遠距離から爆弾でも飛ばされれば、対処できませんね」
良い場所を見つけて監視しなければならない。巧く立ち回り、隙を作らない様にしないと殺される。病院の二人よりも、恐ろしい相手だ、
「自分でも何ですが、人よりも秀でているとは思っていましたが、玲央さんは私よりも優れていますね。
容姿しか上回る所が無いんですよね。こんな事は初めての経験です」
自惚でも傲慢でも無く、客観的な事実としてノエルはそう思っている。
今までの人生に於いて、頭脳でも、運動能力でも、ノエルの上を行く者は居なかった。
それも過去の話でしか無い。男女の差を抜きにしても、双葉玲央は確実に自分より上だ。
「これは良い好機かも知れません。今まで理解出来なかった、『誰かに劣る』という事を知れば、私の周囲の人達をより理解出来るようになります」
そうなれば、父母に褒めて貰える。両親を喜ばせられる。そう思っただけで、心が温かくなる。
嗜虐と殺戮への欲求に満ちた、先刻までの熱さとは、また異なる温もり。
幼い子供の様な柔らかな表情は、皆殺しを救済と嘯く狂人には到底思えない、
だが、しかし。
【そんな君には無いんだろうね。絶対に守りたい、かけがえのないものなんて。】
脳裏に過ぎる、さっきの男の声。
胸中の温かな温もりが、刹那よりも短い時間で溶けた鉄の様な、熱くドロドロとしたモノへと変わる。
「………あの二人はどう苦しめましょうか」
ノエルが父母へと向ける愛情を、父母がノエルへと向ける愛情を、『無い』と言い放ち、貶めたあの二人は許せない。決して許してなるものか。
「全身の皮を剥いで、急所を外して針…は無いですから、砂利でも打ち込んで……それから」
どう苛むか、決して与えられない死を懇願し、苦痛の果てに訪れる死(救い)を待ち望む様に、来るしめ抜かねばならない。それ以外のモノを、ノエル・ドゥ・ジュベールの抱く愛は認めない。
「あの男の方は、到底許せるものでは無いのですが…。一度皆様を救済(すくう)と決めた以上、貴方も記憶を消して蘇生させて頂きます……、ですから」
────どんな悍ましい責め苦を与えられても、何も問題は無いのですよ。
最後の一言は口にせず、ノエル・ドゥ・ジュベールはモール内に、慎重に足を踏み入れた。
【E -4 ショッピングモール内/朝】
【ノエル・ドゥ・ジュベール】
[状態]:ダメージ(小) 疲労(大) 怒り(中)『病院で出逢った男(新田目)に対しては極大』服や靴がボロボロ
[装備]:グルカナイフ “ブラック・プリンス”
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0〜1
[思考・行動]
基本方針:『遊んで』殺す
1:ひとまずショッピングモールに戻り、玲央と合流。念の為モール内に罠を設置しておく
2:双葉真央を探してショッピングモールに連れてくる
3:双葉玲央が双葉真央を殺すのを観る
4:自分の服や靴を汚した新田目、汀子は絶対に許さない
5:両親への愛を侮辱した男(新田目)は念入りに念入りに苦しめて殺す
6:ミカさんとオリヴィアで遊びたかった……。
【備考】
ブラック・プリンスの使い勝手を把握しました
オリヴィア・オブ・ブレスコードの名前を名乗っています
NO.013が致命傷を負ったのを目撃しました
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投下を終了します
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すみません、ずっと気になっているのですが
このロワは、時間表記の設定をそろそろ整えるべきではないでしょうか
wikiに朝6時の設定しか書かれてない為に、延々と朝が続いているようですが…
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投下します
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胡散臭さ全開の人物、トレイシー。
敵なのか味方なのか二人は未だ懐疑的ではあるが、
今現在は色々と情報提供と協力をしてくれているのは事実だった。
怪我をしている真央の事を考えれば人数は多いに越したことはない、
何よりも、
『ズルはダメだよ。』
あの一言が暦は気になってしまっていた。
焼死体がもしも自分だったら死ぬということだ。
だと言うのに、確認しなければならない。
この男は一体何者なのか。それが分かれば、
ひょっとしたら能力に変化があるのではないかと言う可能性もちょっぴり考えながら。
「あの、なぜ神社に来たんですか?」
「そりゃあ君、神社に来るならばお参りだとも。
まさか神社でキャンプファイヤーをするわけでもあるまい?」
「いや普通しねえだろ。炎上系でもない限り。」
「物理的に炎上しそうだがね、そんなことをやったら。」
(何なんだろう、この会話。)
殺し合いの状況でするような会話ではなく、内心で呆れる真央。
だが優勝の為には二人を利用しなければ生き残ることは難しい。
それはグレイシーとの戦いで経験している以上分かってることだ。
「来た理由は一つだよ。参加者は中心を目指しがちだ。何故だね?」
「……病院や城、ショッピングモールがあるから、ですか?」
「その通りだとも。だが遊園地や神社、図書館は隅にある。
宝の地図が一枚とは限らない。もしかしたらこの神社にも、
他の宝の地図と同じような何かか宝そのものあると考えても不思議ではないだろう?
疑うな、信じるな、確かめろと有名な人物の格言もある。調べる価値はあるはずだよ。」
「確かに……」
否定することはできない。
レガリウムが何であれもし先を越されれば、
それだけ危険な存在に危険な武器が渡っていく。
トレイシーの実力はともかくとして二人は超人ではない。
先に武器を集めなければ、この先も生きてる可能性は低いだろう。
「ところで君達、小銭あるかね?」
「あるわけないだろ。小銭だって数ありゃ凶器だから没収されてるぞ。」
「ふむ、ない袖は振れない以上仕方がない。
この状況だ。神も賽銭がなくとも許してくれるはずだ。」
「その神が参戦してるんですけど……」
「おっとそうだったね。」
(石畳、あるけど少ないし最初のとは無関係そうだな。)
石畳はこの神社にもあるにはあるが、
此処の神社はそこまであるわけではない。
最初に見た死に場所ではないことが分かった。
あくまで見た死に場所、と注釈がつくが。
踏みとどまったことを人生で幸福に思ったことは数知れず。
突っ込んでくる車、落ちてくる花瓶、手が滑って落ちてきたスパナ。
それらを踏みとどまったことで死ぬことなく今日も生きてこられた。
そして、今この瞬間もそれだった。視界の隅にあった灯篭が粉砕される。
粉砕するのは腕輪が目立つ灰色の鎧を着た、と言うよりは纏っている同年代の青年だ。
「あ、外しちゃった。うまく行かないな……」
「───いや待ちたまえ。その装備はズルだろう。」
相手の姿を見て眼をぱちくりさせながら、
トレイシーが少しばかり引きつった顔になる。
今まで飄々としていたが、演技でも嘘でもない本物の表情だ。
「貴方は知ってるんですか、これ?」
よくわかってないまま使っているのは宮廻不二。
今こうしているのは暴走してるとかではなく、コイントスの結果が裏。
ただそれだけの話であり、支給品の試運転を三人に決めただけに過ぎない。
できれば一人仕留めたかったものの、慣れない装備に四苦八苦してるところだ。
ぶっつけ本番せずにすればよかったのではと思われるが、コイントスで道を選ぶ彼に、
行き当たりばったりの行為を突っ込む方がおかしいと言うものだ。
「知ってるとも。アクマ兵装グレー・ジャック。
いやぁ、あれを装備するとどいつもこいつも怪力バカになるのだよ!
もっとも、装備してない奴はなくともいかれた強さをしてた気がするが!」
「兵装!? おっさんマジで今まで何してたんだよ!?」
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「世界旅行だよ! 意味合いは異なりそうだがね!
よし! 何にせよ此処は最大の策をするとしようか!」
「と言うと?」
「逃げる! すまないが生きてたらまた会おう!」
そう言って階段ではなく獣道の方からトレイシーは逃げる。
灯篭であの威力と速度だ。いくら色んな世界を渡ったと言っても、
肉体が超人的かと言われたらそんなことはないので敵に回したくなかった。
「このクソ野郎ーッ!!」
あっさり二人を見捨てた相手に思わず叫ばずにはいられない。
二人して逃げ出すトレイシーを一瞥した後、互いに顔を合わせる。
「あのー、あっちを追ってくれるとかは?」
「僕は殺し合いについてどっちでもよかったんだけどね、本当は。」
「待て、そのどっかで聞いたセリフやめない?
俺凄ーくその後に出てくるセリフに覚えがあるんだが。」
「コインが裏だったから。」
「知ってたよその展開!!」
ごめんね、と手を合わせながら謝る不二
まるで漫才のような、旧来の友人同士のような関係ではあるが、
残念ながら二人はそんな関係ではないしそんな関係に至ることはない。
今から始まるのはトレイシーの言葉が本当であれば、殺し合いにさえなるか怪しい、
一方的な蹂躙が待っているだろう。
(相手は不慣れ。今ならまだ間に合う!)
「黄昏さん、銃!」
「え、ああわかった!」
持っていた凍結銃を足元に放ち、
たちまち地面へと足を地面へ張り付けさせる。
「え、凍るのこれ───」
てっきり本物のグレネードランチャーだと思って、
油断して何もしなかったが凍結するとなると話は変わる。
アクマの兵装ならば力を籠めればどうとでもなるだろう。
そう思っていたのだが、すかさず真央が包丁で彼の首を切り裂く。
(今、滅茶苦茶躊躇わず頸動脈やったんだけど!?)
確かに兵装を考えれば殺すか無力化が大事だろうし、
トレイシーの助言を鵜呑みにすれば凍結では先のように逃げられない。
しかし、だからと言って躊躇いがなさすぎる行動に内心で戸惑う。
(いや偶然かもしれないし、状況が状況だ。仕方ない……あれ?)
頸動脈から血が大量に出ているのに。
普通ならば痛みでまともに動けないと言うはずなのに、
右足が動き出しており、出血も次第に止まり始めていた。
「あ、ごめん。僕死ねないんだ。」
もう突っ込む気すら失せそうになった。
危うく凍結銃を落としそうになりそうになる。
まともな人間じゃないは既に出会ったと言うのに、
今度は不死身と来たことで、君達はどう生きるだとか、
超絶な無茶振りをされていることが拭えなかった。
ゲームバランス考えてくれ頼むとお気持ちメールを内心で送信する暦。
出血が治まり、凍結させた足も強引にはがし足踏みすればすぐに砕ける。
我に帰るころにはすでに完全復活しており、反応が完全に遅れた。
顔面が潰れる。灯篭のように容易く粉砕されてしまう。
咄嗟に屈んで避けることしか今の彼にはできなかった。
運よく第一打をそれで回避したが、続けざまにくる第二打を躱す術はない。
パラララララ
寸前、そんな銃声と共に不二の背中を無数の弾丸が貫く。
第二打は来ることなく、何事かと顔を上げれば、
「ふーむ、やはり防具としての耐久性は低めだな。」
トレイシーがサブマシンガンを抱えながら立っていた。
ついでに賽銭箱が開いていたが、それについては二の次だ。
「おっさん! 逃げた筈じゃ……」
「残念だがトリックでも何でもなく嘘だよ。
賽銭箱の中に都合よくサブマシンガンがあったもので拝借したまでだ。」
「嘘こけ!?」
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「事実ではあるんだなこれが。
誰かの宝の地図の回答なのだろう。
とは言えこれで安心なわけではないようだからもう一度逃げるとしよう。」
今度は三人で、と注釈を付け加えてトレイシーが獣道ではなく階段を駆け下りる。
追うように真央も走り出し、念の為暦は追加で相手の顔面に凍結銃を放っておく。
不死身であればこの程度でも死ぬことはないのと時間稼ぎの一環だ。
「で、どうするのあれ!?」
「なぁるほど不死身、実に興味深い。
縦に割ったら右か左か。何方から再生すると思う?
因みに私は左だ。少年漫画が好きだから左を優先する。」
「言ってる場合か!! サブマシンガンや包丁で勝てる相手じゃ───」
後方から派手に何かが割れる音。
地面を蹴る音、着地する音。全てが轟音に近しい。
不死身の怪物が階段を痛みも気にせず全段を飛び降り、即座に走り出す。
特撮もののコスプレを着た青年の姿はヒーローに見えなくもないが、
三人にとっては死神が鎌を振り回して迫ってるようにしか見えなかった。
「とりあえず一発と言わず数十発。」
拝借したサブマシンガンを容赦なく放ち、
数々の弾丸が撃ち込まれて怯みこそするものの、
最終的には弾丸が飛び出し、傷が完治して同じことの繰り返しが続く。
「あの、首輪を狙えば倒せませんか?」
相手は参加者。
であれば最低限の平等の証である首輪を狙えばいい。
いくら不死身であっても流石にルールには則るはずだ。
「私に銃の腕があるとでも?」
ごもっともな話であった。
既に数度同じことを繰り返していながら、
顔面には当たっても首輪には掠ることすらない。
と言うよりは首輪に当たりそうなのは避けたりガードしており、
最低限自分の弱点と言うものは分かっている様子だった。
「じゃあ詰んでるじゃん!?」
凍結銃で動きを僅かに止めればいいとも思うが、
既に二度も使っている以上その手は通じないだろう。
森の中である以上は囮にすることもできなくはないが、
いたいけな少女と胡散臭くとも助けてくれた相手だ。
それをするのは良心のせいで後ろ髪を引かれる。
「と言うことで、此処はお茶を濁すように今度こそ秘策といこう!」
銃を暦へ投げ渡して持っていた魔物の杖を翳す。
翳すと同時に魔法陣から紫色の鮫が飛び出して、
不二の上半身と下半身を切断するように噛み千切る。
どさりと倒れる下半身からも、口元からも大量の血が噴き出す。
スプラッタ映画さながらの展開に吐き気がこみ上げそうになる二人だが、
「首を喰らってくれればなおよかったが諦めるとして退散しよう!
咲の様子を見るに、下半身が二秒で再生とかはないだろうからね!」
ハッハッハと高笑いしながら全速力で逃げ出すトレイシーを見て、
こんな奴についていくしかないのかと思いながら二人も追いかける。
「あ、さっきはクソ野郎とか言ってすんませんでした。」
「ハハハハハ。慣れたことだよ。」
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【H-2/朝】
【双葉真央】
[状態]:疲労(中)、全身に擦り傷、ダメージ(小)、出血(治療済み)
[装備]:万能包丁、ライター
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム1(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:優勝を目指す。
1:優勝するためにおじさん(黄昏 暦)を利用する
2:人じゃない参加者も居るんだ…
3:一体何なのこの人?今はついて行くしかないけれど…
4:逃げるしかない。どうやって優勝しよう……
【備考】
※グレイシー・ラ・プラットと不二を怪物と認識しました。
※G-3でそれなりに騒ぎを起こしたので暦以外にも気がついた参加者も居るかも知れません。
※回収したグレイシーのデイパックはその場に置いてきてしまいました。
【黄昏 暦】
[状態]:健康、精神的疲労(特大) 冷や汗
[装備]:凍結銃(残数3発)
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム1〜2(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:死にたくない。殺し合いも嫌
1:ひとまずトレイシー、真央と共に行動する。
2:大人として、子供を見捨てるのは間違ってるよなぁ…
3:少女(真央)の安全は確保したい。
4:お前(トレイシー)一体何なんだよ!!?
5:この世は化物だらけかよ……生き残れる自信がねえ。
【備考】
※触手の化け物(グレイシー・ラ・プラット)と不死身の青年(不二)怪物と認識しました。
※双葉真央をできる限り保護したいと思っています。
※予知した死の光景を警戒しています。
【トレイシー・J・コンウェイ】
[状態]:愉悦、ちょっとだけ冷や汗
[装備]:魔物の杖
[道具]:基本支給品、ランダム支給品×0〜2 宝の地図
[思考・行動]
基本方針:遊ぶ、楽しむ
1.自分の力のいくつかは制限されてるが…これはこれでいい。
2.巫女の少女(本 汀子)はどうなったかな
3.とりあえず宝の地図に従い、レガリアの名を冠する道具を取りに行く
4.今は逃げるしかない、と言うことにしておこう!
いや決してアクマ兵装は手に負えないとかではないよ君!
【備考】
※レガリウムの件の真偽は不明です。
※サブマシンガンはショッピングモールにの宝の地図【??? とある殺し合いの参加者も使っていたサブマシンガン】です。
暫くすると、地上に捨てられた鮫の下あごを砕くように上半身だけの不二が姿を現す。
下半身は再生しているが流石に半分となると即座に再生することは難しかった。
「やっぱそう簡単にうまく行くわけがないよなぁ、これだけじゃ。」
就活のようなノリでごちりながら不二は空を見上げる。
実際目標は『終活』なので、あながち間違いでもないのだが。
思い返すはトレイシーが賽銭箱から拝借していたサブマシンガン。
あれを見るに、支給品以外にも何かしらのアイテムが何処かにあるのは確実だ。
となれば首輪を破壊せずとも、例えば魂や精神を破壊する物もありうる。
元々その可能性は首輪をつけられた時点で考えていたことではあるのだが、
より確率が上がってる現状、余り不死身の身体に頼ると痛い目を見ることは想像に難くない。
「試しに探してみよっか、お宝。」
様々な死に方を経験してると言えども、
サブマシンガンで死ぬことはなくとも、
やはり痛みや衝撃でどうしても怯んでしまう。
先にそういうのを回収しておくのが優勝への第一歩だ。
コイントスだけで選ばれた未知を全力で邁進しようとする、
彼の次の行動とは。
「あ、お参りだけはしておこっと。」
純金のコインをトレイシーが放置した賽銭箱を元に戻して、
改めて投げ入れ、鈴を鳴らし、手を合わせると言うありふれた行為だった。
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【H-1 神社/朝】
【宮廻不二】
[状態]:疲労(中)、下半身再生中
[装備]:アクマ兵装『グレー・ジャック』
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム×1
[思考・行動]
基本方針:裏が出たので優勝を目指す。
1:もう少し戦い慣れしたい。
2:幾つかアイテムを漁ってみる。
3:願い、叶うといいなぁ。
【備考】
※精神や魂など肉体を殺さずとも殺せる支給品があると考えてます。
※グレー・ジャックによって攻撃や脚力が常人を越えてます。
※名簿はまだ見てないのでもしかしたら知り合いがいるかもしれません
【アクマ兵装『グレー・ジャック』】
“テンシ”の身体を素材として“アクマ”が造った兵装の一つ。
元は腕輪であり使用すると灰色の装甲を顔以外に装備する。
装甲としては銃弾を弾く程度のレベルだが真価は身体能力の強化。
腕輪を破壊されるとすぐに元に戻ってしまうものの量産性に優れており、
弱小なアクマでもテンシにある程度拮抗できる程のパワーが得られていた。
ある程度なので熟練のテンシ相手には単騎で挑んで勝てるかは怪しいとかなんとか。
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以上で投下終了です
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投下ありがとうございます。
>>『Freaks』
ヤベー予約の組み合わせでどうなるかと危惧してきたら、まさかの展開に笑っちゃいました。
グレイシーのサブカル好きという設定を上手く調理していて凄い。
怪物マーダーという強烈な個性に目を引き、完全に見落としていた本物キム概念をこういう形で提示するとは。
両者とも他参加者からしたら危険人物ですが、この薄氷の関係がどうなるのかワクワクが止まりません。
>>『得体の知れない化け物が 人と似た面をしてやがる』
あんなイベントを経てもまだ制服に執着するノエル、サイコ味が徹底しててホント怖いですね。
それはそうと冷静に戦略を練れる冷静さはマーダーとしての格の高さを感じます。
>>『終労』
一難去ってまた一難、トレイシーすら恐れる強武器を引き当てた宮廻と遭遇とは。
コイントスの結果は裏でしたか、不死も合わさって危険な状況の筈なのに、全体的に心地良いテンポで読んでいて面白い。細部の小ネタもグッド。
最年少の身で躊躇なく殺りにいく真央も流石ですが、やはり不死のギミックはデスゲームでは難敵ですね。
映画版の○○○○○○みたいな状態で放置されてもさらっと復活して早々の行動がお参りなの、シュールで草でした。
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皆様投下お疲れ様です
>得体の知れない化け物が 人と似た面をしてやがる
うーん。キャラクターの心情描写が巧い。前回を私が書いた分、余計そう思わされます。
冷静さと感情的、エゴイズムと歪んだ思いやり、様々な二面性が伝わりました。
>終労
ただssとして巧い、だけではなく、リレー形式ssとして巧いと感じました。
宝の地図、アクマ兵装など、これまで出てきた要素をフルに使った話は、何度もなるほどと思わされました。
そして不死身のキャラ相手にテンポの良いバトル描写、面白かったです。
トレイシーもクラ〇カ好きなのかな?
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>>453
この問題に関して、私のアイデアです。
既に出たキャラの時間帯を後付けで決めていくのは面倒なので、時間帯ではなく登場回数を基準に考えるのはどうでしょうか。
ほぼ全ての生存キャラの登場回数が、登場回も併せて3〜4回あたりに達した時点で一度放送へ行き、そこから時間帯を細かくすることを考えています。
(登場回数がそれ以下でも、今回の不二のように3〜4回目のキャラと同時に登場した場合も含みます。)
放送後は以下の表記で問題ないかなと思います。多くのロワで使われている時間帯ですが。
日中:12〜14
午後:14〜16
夕方:16〜18
夜:18〜20
夜中:20〜22
真夜中:22〜24
深夜:0〜2
黎明:2〜4
早朝:4〜6
朝:6〜8
午前:8〜10
昼:10〜12
あくまでこれらは私が出してみただけの案で、これでやれという訳ではありません。
◆LXFWEmkOcA氏を始めとする他の方々の案、および私の案への意見などもお伺いしたいと思います。
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>>463
素晴らしい案、ありがとうございます。
この内容で私としては異存ありませんので、他に反対意見が無ければ、◆vV5.jnbCYw氏の提案した時間表、及び時間経過の進行度を採用したいと思います。
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私も同じ案で構わないと思いますが、もう一つ今回の件に関して、◆LXFWEmkOcA氏に申したいことがあります。
本編開始直後の一話を除いて全く投下もせず、地図作りのような他者のリレーを円滑に進めるようなこともせず、挙げ句の果てに時間関係での質問も無視した怠慢さについてです。
勿論、◆LXFWEmkOcA氏にも都合はあるので、死んでも書けとは言いません。
ですが他者からの質問、しかも時間関係というロワ全体でも重要なことを無視したのは、どうかなと思いました。
たとえ良い案が無かったとしても、少しお待ちください、など最低限の返答はすべきだったと思います。
ただの一読み手として上から目線な物言いなのを承知で言いますが、このまま感想だけを書いてお茶を濁すのならば、他に企画を担いたい方に運営権を譲り、その方を中心にロワを回していった方が良いとさえ思います。
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>>463
賛成します
双葉玲央 ハインリヒ アンゴルモアを予約させて貰います
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すいません。
◆9jWBr.sddUさんの予約が11日の夜8時で超過していますが、どうなっていますか?
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申し訳ありません、ちょっと立て込んでおりまして日曜まで投下する時間がとれそうにありません。
キャラを拘束する形になってしまいますが、ご容赦いただければ幸いです……。
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>>465
失礼な対応をとってしまい、申し訳ありません。
返答に詰まってしまった質問だったため、反応が遅れてしまいました。
以後、気を付けます。
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大変遅くなり申し訳ありません。
投下します。
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木っ端微塵に消し飛ばす
+++
遊園地のメインストリートに、一人の女が陣取っていた。
制服のような赤い服に、色素の薄いショートカットの髪。
赤い瞳で周囲を見渡し、なにかを探しているようなそぶりを見せている。
だが、その足は地面に縫い付けられたように動かない。
なにかを探しているのなら動き回ればいいというのに、その女はその場を動こうとしていなかった。
「………………あのさぁ!!」
突然、女が叫んだ。
無人の通りに甲高い声が響き、周囲の窓ガラスをビリビリと震わせる。
凄まじい肺活量と、恐るべき怒気で。
「お互いいるのはわかってんだからさぁ!
さっさと顔を出したらどうなのさ!」
―――――ヒュバッ!
言い終わるか否かというところで、どこかから"なにか"が女めがけて飛来した。
風を切り裂く"なにか"は女の胸に正面から命中し、女は大きく仰け反る。
「貴様と、儂を一緒にするな」
遊園地のメインストリートに、今度は男の声が響き渡った。
声色は平坦でありながらも、周囲の建物をミシミシと揺らす。
地の底から響くような、不気味な声色で。
「貴様の魔力感知はザルだ。
儂の存在は気取れても、どこにいるかがまるでわかっておらん。
加えて貴様、"乗っている"だろう。
この殺し合いで、獲物を探していたな」
「……なに、悪い?」
深く響く声に、仰け反ったままの女が答えた。
大きく仰け反りはしたが、倒れることなくしっかりと両の足で立っている。
体幹だけでゆっくりと姿勢を戻した女はケロリとした表情で、不敵にも笑って見せた。
-
「そういうそっちは、殺し合いなんてしたくありませんって?
威力のお粗末な空気弾。ずいぶんとお優しいじゃん」
「手加減できるうちはする」
女の耳に、再び風を切る音が届いた。
女めがけて、不可視の礫が飛来する。
それも一つではない。
五つ、九つ……二十は越えようという空気の砲弾が降り注ぐ。
「できない時は、その時だ」
一発目は女の目の前の地面に着弾した。
二発目は女の右肩を掠め、数メートル後方へ。
先ほど胴体に当ててきたモノと違い、今度はしっかりと狙いをつけてはいないらしい。
狙いがバラけているからこそ、標的は迂闊に動けない。
とはいえ動かなくともいずれは命中するだろう。
「……舐めてんじゃねーっての」
だが女は、やはりその場を動かない。
女がやったのは、緩慢とした動きで右の人差し指を足元へ伸ばし、一言呟くのみ。
「火花(フォンケ)」
直後、女の指さす地面が小さく爆ぜた。
足元のコンクリートが吹き飛べば、上にいる女の身体も跳ね上がる。
それでも女は姿勢を崩すことなく、まるで予備動作の無いまま跳躍するように、見えない礫の着弾地点から距離を取る。
クルリと空中で一回転しつつ、離れた位置への着地も危なげなくこなしてみせ、そうして女はやはり微笑みを絶やさない。
「狙撃の基本、知らないんだ? 一発撃ったら―――」
グルリ、と。
女は首を回して、遊園地のメインストリートの一画を焦点を合わせ、まなじりを吊り上げる。
獲物を見つけた肉食獣のように鋭い怒りの眼差しで。
しかし口角はやはり笑みを象ったまま、女は叫ぶ。
「その場を離れろってさァ!!」
視線の先、本来は土産物でも売っていたらしい明るい基調の店内へ向けて。
糾弾するように、非難するように、晒し上げるように、指を突き出す。
「流星(メテオア)!」
-
女の指先から、"なにか"が放たれた。
ただし、今度は放たれたソレは目に見える。
ソレは赤い光を放つ、丸みを帯びた、なにか。
ただし、速度が尋常では無かった。
光る残像は陽炎の尾だけを残して、空を轢き焦がす。
女の指先から"なにか"が放たれたそれは、目にもとまらぬ速さで女の指さす店内へ飛び込み。
刹那の間も空けることなく、その建物は閃光と轟音を伴って爆発をおこした。
+++
その時、エイドリアン・ブランドンと碓水盛明は、遊園地のメインストリートから少し離れた展望台にいた。
盛明の知り合いの知り合いであるオリヴィアという少女を探しての事であり、その提案はエイドリアンからのものである。
高所から俯瞰で見渡すのは物探しにおいて有効な手段であるし、展望台ならば備え付けの望遠鏡などもあろうという期待あっての提案であり、それに反対する理屈もなかった盛明が了解。
実際、二人の期待通りに展望台には望遠鏡があり、二人は手分けしつつ遊園地内を観察することにした。
「……いまさらですけど」
「なんだ?」
「エイドリアンさんって、日本人ですよね?」
「母方のばあちゃんはな。オレは日系アメリカ人だが?」
「えっ、あっ……」
「……Is there something wrong?(なにか問題でも?)」
「……すいません」
(んー、英語だけですんなり納得しちまったよ。若ェなぁ……)
といった、外見と名前の違和感にツッコんだ盛明をエイドリアンが煙に巻く場面もありつつ。
エイドリアンに対しての一抹の不快感を抱いている盛明も、それ以上は深く触れることなく。
遊園地内の観察を一通りすませた二人は、実際に園内のどこを散策すべきかという相談をして、そうしてそろそろ展望台を降りようとした、そんな時。
園内のメインストリート方面から、閃光と轟音が放たれた。
「「!?」」
慌てて再度、望遠鏡を覗き込んだ二人が見たのは、倒壊する建物と、そこを指さす女の姿だった。
爆発が起こったというのに、その間近にいる女は落ち着き払った様子で、建物から離れようともしていない。
深く考えるまでも無く、この女と建物の爆発は無関係ではない。
実行犯、爆弾魔本人であるかはともかく、暫定でも危険人物として認識するだけの材料が、その様子から見て取れる。
だが、そちらをより注視しようとする前に、崩れ落ちた建物の陰からのっそりと姿を現したモノの姿に、二人は眼を奪われることとなる。
瓦礫から現れたのは、一体の四足獣だった。
白銀のような鱗に覆われた体表と、光の加減で翡翠のような淡い緑にも見える白いタテガミを煌かせ。
額に生えた黄金の角の切先と、紅玉の相貌の鋭い輝きは相対した女に向けられている。
力強さとしなやかさを両立させた体躯は鹿や馬を連想させるのに対し、突き出した鼻口部とそこから覗く牙が物語るのは肉食の獣性。
霊獣、幻獣、そんな言葉が寸分のズレもなくぴったりとハマるような、そんな生き物。
いや、最もふさわしい名をつけるならば。
「……竜?」
思わず、盛明の口からその単語がこぼれる。
それが聞こえたとしか思えないようなタイミングで、女の方を向いていた竜が振り返り、コチラと目が合った。
「っ!?」
「逃げるぞ」
竜の灼眼を正面から目撃し身を竦ませる盛明の腕を、エイドリアンが掴んだ。
そのまま展望台の階段を飛び降りるように駆け下りながら、エイドリアンは盛明に問いかける。
-
「あれが殺し合いに呼ばれたバグどもか。
まったく、ヤんなるね。……盛明よ」
「は、はい」
「ナイフ一本抱えた素人が、あいつら殺せると思うか?
こっちが殺し合いに乗る乗らないは別として、あっちが殺し合いに乗っているとして。
さっきお前さんが言ったように、「殺らなきゃ殺られる」って状況、正当防衛が認められる状況だとして、だ」
「……無理、だと思います」
大切な人を蘇らせ、憎むべき主催に報いを与えるため、確固たる意志で殺し合いに乗っていることを隠している盛明だが、こればかりは正直な感想を口にするしかなかった。
エイドリアンが言った通り、自分はナイフ一本握り絞めて突貫するしかない。
爆発した建物の近くで平静を保っていた女がタダものではないのは理解できるが、ナイフの力も使いつつ不意を突けば殺せるかもしれない。だが、あの"竜"は?
不意を突いたとして、あの生物のどこを刺せば殺せるのか、全くイメージが湧かない。
あれだけ強い意志で他者を殺し優勝を果たすと誓っておきながら、目の前に現れた壁が越えられないことをすんなりと悟ってしまったが故の、"殺すのは無理"という回答だった。
そんな複雑な胸中を隠しつつも答えた盛明に、だろうなとエイドリアンは頷いた。
階段を降り展望台を出て、二人はメインストリートを避けて敷地外への道を走る。
その間も、"異常殺し"の思考は回転し続けている。
(こっちの最大火力は、俺に支給されたテンシ兵装"トリスタン"……。
説明によれば80発の実弾と、80発の"光弾"とやらが撃てるらしいが、それがあの規模の爆発以上の威力があるとは思えねぇ。
そんな爆発を耐えた竜が姿を現しても逃げなかったということは、あの女には竜を殺す、あるいは殺されない目算があるはず。
防御力がバカ高い竜と、攻撃力が未知数の女、少なくともどちらかは確実に殺し合いに乗ってると考えるべきで……)
勝てる気がしないと、百戦錬磨の"異常殺し"は冷静に、素人である盛明と同様の判断をする。
そのころには盛明も腕を引っ張られることなく、駆け足に勢いが出てきていた。
従業員専用らしい建物の裏手を駆け抜ければ、もうすぐ遊園地の敷地を取り囲むフェンスと生け垣が見えてくる。
それを越えれば、一先ずは会場の中心部方面へ向かいやすくなるはずだ。
だが。
「遊園地からは出ない」
「っっっ!?」
そう言ってエイドリアンが生け垣に対して直角に進路を曲げたことに、盛明は思わず大声を上げそうになった。
とっさに自分の口を両手で塞いで事なきを得るが、視線は驚愕と非難の意志を伝えてくる。
「言っとくが、あいつらが危険因子だから無力化するとか、連中の情報を得るために監視するとか、そんなことをしようってんじゃねーぞ」
「だ、だったら尚更、勝ち目のない危険人物からは離れた方がいいんじゃないんですか!?」
繰り返しになるが、盛明は殺し合いに乗ると言うスタンスを未だ崩してはいない。
ただ、目の前に立ちはだかった壁が崩せない以上、一度距離を取り時間を空けるべきだと考えた。
だからこそエイドリアンの逃走についてきたのだが、そのエイドリアンの思惑がどうにも理解できず、盛明は声を荒げて追いすがる。
それでもエイドリアンは冷静に、歩調を緩めることなく園内を駆けていく。
「お前の言う通りだよ。だがここを離れる前に最低限、"アレ"の確認だけはやっておきたい」
-
そう言ってエイドリアンが指差す先には、掲示板に張り出されたポスター。
そこには書かれていたのは、【対アクマ用殲滅兵器のプロトタイプ展示中!!!】の文字。
人影ばかりを探していた盛明は気づいていなかったが、展望台から園内を見渡した際、エイドリアンは目ざとくそのポスターを見つけていた。
「ただでさえ争えば勝ち目のない相手に、殲滅兵器なんて物騒なものをむざむざと渡したくはないだろ?」
現状でさえ、敵になるかもしれない、という程度の懸念でも全力で逃げなければならないほど、彼我の戦闘力には隔たりがある。
展示されている兵器で対抗できる、などという下心も一旦は抜きにして、まずは相手に武器を渡さないように立ち回るべきだと、エイドリアンは判断したのだった。
数十秒前まで一緒に肩を並べて園内を望遠鏡で見ていた男の背を追いかけながら、盛明は「わかりました」と言うのが精いっぱいだった。
ポスターには自分も気づけたはずだ。だが自分は重要な情報を見落とし、目先の危険から距離をとることばかりに固執してしまった。
迅速な行動、的確な判断。
そして、病弱だったために走り慣れていない盛明を置き去りにしない程度に歩調を合わせるその姿勢。
いつしか、エイドリアンへの嫌悪感は薄れていた。
ただしそれは好意によって上書きされたものではなく。
ただ、盛明の胸中には後ろめたさばかりが広がっていた。
【A-7 遊園地展示場付近/午前】
【碓水盛明】
[状態]:病弱(デスノのお陰で改善)、エイドリアンに対する反感(弱)、後ろめたさ
[装備]:暗殺用ナイフ
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム×0〜2(未確認)
[思考・行動]
基本方針:優勝して命ちゃんを生き返らせ、デスノ・ゲエムに挑む
1:殲滅兵器、か……
2:少なくとも、あの竜には勝てる気がしない……
3:オリヴィアって、命ちゃんが言ってた?
4:人はなるべく苦しませず殺したい。
【備考】
※命からオリヴィアの名前を聞いた覚えがあります。
※暗殺用ナイフで存在感を消すのは任意でオンオフできます。
※病弱体質は運営によって多少改善されてます。
※エイドリアンを日系アメリカ人だと思っています。
【エイドリアン・ブランドン】
[状態]:健康
[装備]:テンシ兵装トリスタン
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム×0〜2(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:とりあえず生き残ってデスノを始末する
1:殲滅兵器とか、イカンでしょ……
2:得体のしれない女に竜、もう嫌んなっちまうな
3:オリヴィアって子を探してみる。
4:ノエルのような類とは戦闘を避ける。
5:盛明はどっちなんだ?
【備考】
※名前だけなら噂で笑止千万、ノエル、四苦八苦(の本名)、双葉玲央を知ってます。
他にも知ってる人はいるかもしれません。
暦は書類上のデータで細かく知ってます。
※盛明には日系アメリカ人であると名乗っています。
+++
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(やはり、魔力感知はザルだな。
この女は展望台からの視線に気づいていない)
竜はすでに視線を正面に戻していた。
エイドリアンと盛明の視線に気づきそちらを向いたのは、ただその方向を目視で確かめただけにすぎない。
殺意の類は感じ取れなかったし、長距離攻撃の予兆はないと判断しての甘い対応。
竜にとっての優先順位は、依然として眼前の女が最上位に位置したままだった。
「ナオビ獣……! うっわ、こんなとこで激レアモンスターと出くわすかぁ〜〜」
「……久しい名だな。ここ数百年はもっぱら番号か、ただ"竜"としか呼ばれなかったものだが」
竜はわずかに眼を見開いた。
ナオビ獣。それはかの世界の生態系において頂点に位置する双極の一。
魔力を乱す悍ましき赫鳥と対を成す、魔力を取り込む清き白獣。
かつて"アクマ"によって異界へと連れ去られる前の、故郷において呼ばれていた名。
「白銀の鱗は触れる魔力を尽く喰らい、その輝きは何人も損なうこと敵わず、だっけ。
なるほどなるほど、そりゃ爆炎魔法じゃ傷なんかつけらんないよね」
女はうんうんと頷き、極々自然な動きで虚空から何かを引き抜く。
それは、竜の白銀に負けないだけの煌めきを湛えた黄金。
黄金は剣の形をとり、剣は"爆炎"の名を与えられていた。
「……豪炎剣か。爆炎使いには相応しい"芝刈り鎌"だ」
「は? そういうウィットに富んでます風の暴言とか吐くタイプなんだ。
一人称"儂"なんだし、もうちょっと貫禄とか慎みみたいなものを心がけてみては?」
売り言葉に買い言葉。
じりじりと周囲の気温が上がっていくような感覚。
睨みある両者のを取り巻く空気が張り詰めてゆく。
先に動いたのは、やはり女の方だった。
「火花(フォンケ)」
女の足元が再び爆発し、その爆風に乗って女は竜へと切りかかる。
上から下へ、真っすぐに打ち下ろされる刃は鋼鉄だろうと両断するであろう、迷いの無い太刀筋。
とはいえ、女の細腕からなる一撃が己の鱗を断つ道理は無いと判断した竜は回避のそぶりも見せない。
爆炎魔法は文字通り、爆発と火炎の魔法。
魔法によって引き起こされたそれらの現象は、魔力を吸収してしまうナオビ獣――竜に対して有効打となり得ないことは、たった今建物の爆破の件で確認済みだ。
聖剣の魔力はもちろん、仮にこの女が付与魔法の使い手であったとしても、その魔力も吸収できるだろうと、竜は考えた。
しかし、三百年を超える時を生きた竜は、胸中に芽生えた異様な違和感を見逃さなかった。
刃が振り下ろされる寸前、額から生えた黄金の角で女の剣を受ける。
ガッ、ガゴッ!
-
「チッ」
苦悶の舌打ちは、他ならぬ竜のもの。
とっさとはいえ十全であったはずの受けを、あろうことか弾かれたのである。
単純な馬力の強さはもちろんのこと、当たりの異様な手応えに、予想を大きく覆された竜は後手に回される。
追撃は当然、間髪入れずにやって来る。
「そおォらァ!」
女が攻め、竜が受ける。
最初の接近時以外、爆発は起こっておらず、竜もまた魔力を吸い上げる感覚がない。
つまり今、女は純粋な剣技のみをもって竜に攻勢をしかけている。
それはいい。確かに優れた剣術使いだ。
問題なのは、その細腕のどこから竜の受けを尽く弾くほどの威力を出しているのか。
竜の受けは全て弾かれ、女はその隙をついて追撃を続ける。
隙を攻められようとも、竜は最小限の動きで体勢を整え万全の状態で剣を受ける。
しかし、やはり、角は剣を受け止めきれずに弾かれてしまう。
人と竜が剣戟を演じるという異常事態。
かの"アクマ"たちでさえ、竜との純粋な力比べなどという無謀はしでかさなかったというのに。
「……なるほど」
人間はもちろん、"アクマ"でさえ正面からの近接戦は避けてきた。
だが何事にも例外というものは存在し、竜はその存在を知っている。
竜と真っ向からぶつかるという無茶を可能とする殲滅人形兵器"テンシ"の存在を。
では、"テンシ"は具体的にどのようにしてが竜との衝突に臨んでいたのか。
人と同等の躯体でありながら重機並みの馬力を出す機械人形であっても、その最大出力の継続時間は竜に比べて圧倒的に短い。
力比べが我慢比べに変われば敗北は必死だ。
"テンシ"側の回答は、最大瞬間火力での応戦だった。
この女も同様であるならば、それはつまり。
「爆発の能力を、上手く剣術に組み込んでいるようだな。
それに聖剣の力をよく引き出している」
「なに? 押され気味だからおしゃべりで集中力を途切れっさせようって?」
「爆炎魔法は繊細な運用に適していない。
だが豪炎剣は運用が限定的な分、規模の操作が比較的容易だ」
豪炎剣"爆炎"には切断部を爆破する力がある。
切り裂いたものはどんなものであってもだ。
それは例えば、可燃性でもなんでもない"ただの空気"でさえ。
「空気を切断している、と解釈していいだろう。
剣が振りぬかれた空が小さな爆発を起こし、その勢いが剣の速度と威力に加算される。
加えて小刻みな爆破の連鎖により、意図的に軌道をぶらしているな。
タイミング次第では剣が標的に接触した後、さらに内部へ衝撃と斬撃を浸透させることが出来る」
-
「……そこまでわかられちゃうと、何か照れるね。
二重の極みってやつよ。ガン、じゃなくてガガン、みたいな、ね!」
会話の最中、防御のために振るわれていた竜の角の角度が僅かに上がる。
その隙を見逃さなかった女の、逆袈裟切りの軌道で振るわれた剣が、竜の角を捉えた。
その直後、角と鍔迫り合いをしている聖剣の真後ろで爆発が起こり、刃をさらに後押しする。
「!」
「しゃべってばっかでさァ!
防御がお粗末になってんじゃないのっ!?」
女の大喝一声と共に、聖剣が振り抜かれ。
両断された竜の角が、音を上げて砕け散った。
これまでは剣の威力を上げる爆発を極々小さなものにすることで、相手に神速と剛力のタネを悟らせないようにするのは、女にとっての基本戦術だ。
目についた強者に片っ端から決闘を挑んでいた通り魔時代からの常套手段。
それを見破られた以上、爆炎による補助を最小限にしておく理由はなく、即ち戦法を次の段階へと進めることが出来るということで。
かくして女は十全にして万全の一撃でもって、竜の防御を打ち破った。
「最大限の爆炎の加速と威力を乗せた聖剣の一撃。
さすがに生身じゃ受けらんないでしょ!」
「……そうだな」
好機とみた女がさらに鋭く踏み込む。
対する竜は静かに構え、低く響く声で静かに劣勢を認める。
爆炎を操る能力者が、わざわざ爆炎の力を持つ剣を持つ無駄。
だがそれは逆に言うならば、この女が腹を据えて"爆炎"と向き合っている証拠に他ならない。
その事実を竜は確かに認識し、そして冷静に判断を下した。
「大雑把で大味な運用になりがちな爆炎魔法を、こうまで繊細に活用するか。
なるほどなるほど、ただの軽薄な戦闘狂というわけでもないようだ。
――――――ならばこちらも、得意の押し付けに徹しよう」
ぶわり、と風が巻き起こった。
圧倒的な風圧に女が一瞬眼を閉じ、しかし即座に目を見開くと、直前まで何もなかった竜の背に巨大な翼が生えていた。
鱗に覆われた胴に張り付くように折り畳まれていた翼は、はばたく度に膨大な空気を掴んではこちらへ投げつけてくる。
とはいえ、それだけだ。ただの強風で止まる爆炎使いではない。
再度足場に小爆発を起こして逆風を真っ向から突っ切り、竜への突貫を仕掛けようとしたところで、女は異変に気付く。
轟々と風を起こす竜のはばたきの後ろで、なにかが空を飛び交う気配がある。
「!、まずっ……」
気が付いた時には、女の顔面に空気弾が命中していた。
相変わらず威力は抑えられているが、竜のはばたきで加速したそれの衝撃は先の比ではなく、女は今度こそ大きく後ろへ仰け反り倒れ込む。
そこへさらにダメ押しの空気弾が殺到する。
-
「ぐぅ……火花(フォンケ)!」
起き上がれないと判断した女は、十八番の爆破で自分の身体をアスファルトごと上空へ吹き飛ばす。
抉れた地面のクレーター部分に何発かの空気弾が着弾するが、さらに数発は飛び上がった女を追って上空へ登る。
「煙霧(ドゥンスト)、流星(メテオア)!」
追尾する不可視の砲弾に対し、女が選んだのは迎撃だった。
女が手をかざせば、周囲に灰色の煙霧が立ち込める。
視界を覆うほどのものではない、向こうの景色が支障なく見渡せる程度の薄い煙の幕。
だが、そこに突っ込んでくる空気弾の弾道ははっきりと見て取れる。
七発の追尾弾に、女は建物を爆破した時と同じく一つ一つ指をさして火球を発射し撃ち落とせば、空中で爆発が起こった。
煙を貫いて自由落下を始めた女とすれ違うように、なにかが上空へと飛び上がる。
「……ナオビ獣の翼は退化してて、空は飛べないって聞いたんだけど」
無事に地面へ着地し、上空を見上げた女の視線の先には、やはり竜の巨体が浮かんでいた。
「翼では飛べないとも。だが魔法で飛ぶことは出来る」
「なんか強弁っぽいっていうか、ズルくない??」
竜の祖先が魔法によって空を飛ぶことを覚えてしまったため、現代の竜の翼自体には飛行能力はない。
ただし、先刻のように強風を起こして推進力を得たり、翼をグライダーのように伸ばして揚力を得ることは出来る。
「爆炎魔法を絡めた近接戦は、確かに脅威だ。
だから間合いの外から攻撃させてもらう。
……手加減は、出来ないと判断した」
「判断が遅いっ! こっちはハナから本気なんですケド!」」
女の抗議が聞こえたのかどうか。
そんなタイミングで、空中の竜の周囲に氷の塊が生み出される。
牙の覗く口から洩れた冷たい呼気が、それぞれ五つの氷塊へと像を結ぶ。
加えて、最低でも十発以上の空気弾が飛んでいるのであろう、うるさい程の風切り音が空から聞こえてくる。
それらを、攻撃の前段階というよりは、魔法と対話を用いた示威行為であると、女は敏感に察知する。
口では手加減をしないなどと宣い、暗に降伏を促そうとする姿勢。
角まで折られたというのに、この期に及んでまだ竜が戦いに乗り気でないことが、女のプライドを強く刺激した。
「っていうかさ、こっちだってまだ全力は出してないっつーの!!」
その一端を見せてやると、意気軒高に女は咆える。
爆炎魔法は爆発と火炎の魔法。
心が滾るほど、燃え盛るほどその威力は上がる。
-
「―――硝子は煙り、石は燃え、炭は砕ける。
―――灯るな爆ぜよ。照らさず焦がせ」
女の詠唱よりも早く、竜はすでに魔法を発射していた。
五つの氷塊は鋭利な形状はもちろん、その密度から生半な爆破では破壊も融解も出来ない。
前方から迫る氷塊に火力を集中すれば、全方位からくる空気弾に全身を打たれる。
手加減はしていない。だがそれでも、この攻撃で相手を生かしたまま拘束出来ればと、竜は真剣に考えている。
「―――流星(メテオア)ァ!!」
その見通しは、甘かったと言わざるを得ない。
それは初撃、建物を爆破した魔法。
握り拳ほどのサイズの火球を高速で打ち放つ、単純にして強力な魔法。
魔法名の宣言を聞き、竜がこれまでの「流星」なる魔法の威力を想起したころには、直径1メートルほどの巨大な火球が生成され、その直後に竜へと直撃し、爆裂。
これまでで一番の爆発が竜の放った魔法全てを吹き飛ばし、轟音が轟き、遊園地の空を焼き焦がし、そして―――、
-
「……今の詠唱は、魔法の威力を底上げするものか。
爆炎魔法は起こる現象が単純明快な爆発と火炎の魔法。
新しい術を生み出すよりその操作性に磨きをかけるのは、なるほど確かに、全く以て合理的だ」
遠くの建物の屋根に墜落していた竜は、身体のいたるところが焼け焦げていた。
翼の一部は欠損しているというのに、炭化して出血もないほどに。
のそりと雨どいから首だけを覗かしてみると、女は地上からこちらを見上げていた。
「その威力強化の詠唱をあと二段階も私は残している。
その意味がわかるな?」
「……? あぁ、これがまだまだ全力ではないということだな」
「……まぁ、異世界のモンスターがフリー●をわかるわけないか。
まぁ冗談はともかく、そろそろ腹の内割って話そうよ。
私もう純粋にあんたと全力で戦いたいんだからさ」
偽らざる本心だった。
竜の意志は無視し続けているが、それでも女にとって最大級の賛辞であったし、譲歩でもあった。
「こっちの話だけど、マガツ鳥とは戦ったことがあるんだよね。
ネームドで、ドグラなんちゃらって名前で懸賞金付けられてた奴。
苦労して倒したのに、国の方で外套かなんか作るって素材全部持ってかれちゃったけど、でも戦闘自体は楽しかったからよく覚えてる。
仲間と協力してモンスター退治ってシチュもエモかったし」
ハインリヒとの共同作業も含めて、と女は心の中で付け足す。
「あの世界で最凶のモンスターだったマガツ鳥と並ぶ、最高の魔物と呼ばれたナオビ獣。
その上、魔法を行使し対話が可能なレベルの思考力を持つ。
あんたもたぶんネームドだったんだと思うんだよね。
少なくとも名簿に名前はあるんだろうけど、人間からつけられた名前なんか興味ない?」
その通り、だった。
故郷の世界でも、"アクマ"に飼われていた時も、"テンシ"と戦った戦場でも、竜にとって名前などなんの価値も無かったし、興味も無かった。
だがそれも、過去の話だ。
-
「……名か。名はあるとも。
儂の名は、ユキミギイチだ」
「……一個だけ聞くけど、前世人間とかだったりした?」
「覚えとらんな」
「そう、じゃあ違うって判断するね」
なにか一人で納得して、そして女は大きく息を吸う。
まさか、殺し合いの場で大声を出さないだろうなと竜が思った時には、もう遅かった。
「我こそは! 世界を救いし"雷霆の勇者"ハインリヒが盟友!
豪炎剣"爆炎"の担い手にして"爆炎の救世主"――舛谷珠李!!」
「……儂は別に、名前を教えろなど一言も言ってないぞ」
「ちょっと! カッコ良く名乗りを上げたのに水差さないでよ!
それに教えてもらったら、教えるのが礼儀でしょうが」
「……そうか」
「で? そろそろいいんじゃない?」
肩眉を上げて悪戯っぽく目配せする女に、竜はため息をついた。
ため息をつきこそしたが、心のどこかで悪くないと感じているのもまた事実だった。
善も悪もなく、ただ純粋に戦闘を楽しむ者の、気持ちが良い程の突き抜け具合に感化されたらしい。
賞金目当ての連中に追い立てられるのには心底辟易しているのは、今も変わりない。
これだけスカッと生きる人間ばかりでないことも、重々承知している。
それでもこういう者ばかりであれば、世界はもう少し楽しくなるのではないかと、そんなことを竜はぼんやり考えた。
墜落したままだった体勢から身体を起こすと、身体中の火傷が逆再生のようにたちまち治ってゆく。
竜が再び空中に浮かんだ時には、砕けた額の角を除いて、損傷はどこにも見当たらなかった。
「やっぱり回復魔法使えたか。角も治せるんでしょ?」
「貴様と戦いながら治すには時間がかかる。今はそのままにしておく」
「ふーん、その判断が吉と出るか凶とでるか、見ものだね。
それじゃあ、やろうか。雪見儀一!」
「……いいだろう。来い、マスタニシュリ」
【A-7 遊園地メインストリート/午前】
【舛谷珠李】
[状態]:顔面に打ち身(軽)
[装備]:豪炎剣"爆炎"
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム×0〜2(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:ハインリヒに会いたい、強者と戦いたい、デスノ・ゲエムは許さない
1:楽しくなってきたっ!
【備考】
※魔力感知はザルです。
※マガツ鳥のネームドモンスター『ドグラ・マグラ』を倒した張本人です。
【雪見儀一】
[状態]:角破断(修復中断中)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム×0〜3(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:この名に恥じない在り方を
1:まぁ、悪くない。
2:極力殺したくはないが、必要なら躊躇わない。
3:展望台にいたの者たちは、どうするかな……
【備考】
※展望台からの視線(エイドリアンと盛明)に気づきました。
※もといた世界においてナオビ獣と呼ばれた生物種です。
-
+++
己 朽ち果てる事はなく
この痛みと共に塞ぐ
――――――――『F』/マキシマムザホルモン
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投下終了します。
長期間の予約超過、大変失礼しました。
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投下乙です。
バトル描写は言わずもがな、世界が繋がって行った所が面白く感じました。
竜がナオビ獣という新たな名前で呼ばれたり、ルイーゼが知っていたマガツ鳥の話が出てきたりして、先が気になりますね。
珠李、竜にさえも認められるほどの実力を持ちながらも、頭の中がハインリヒ色になっているのが何だろうなお前…って感じです。
戦いの裏で動く2人もまた、どうなるか気になりますね。
-
もう一つ。2期分の月報です。
オリロワF月報2023/9/16-2023/11/15
ロワ 話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
オリロワF 26話(+26) 30/30(-0) 100.0(-0)
2023/11/16-2024/1/15
話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
45話(+19) 26/30(-4) 86.7(-13.3)
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投下します
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ドンナー・ゲヴェーアの銃口を乱入者に向け、無言でハインリヒは引き金を引く。
雷の魔力を弾丸として放つ魔銃は、火薬を必要としない為、銃声も硝煙も生じる事無く。
引き金を引くと、音も無く、銃口から弾丸の形をした紫電が放たれる。
放たれた雷弾の向かう先は、玲央の腹。
手足や頭と違い、的が大きく、可動域も少ない腹部は、撃つ側からは狙いやすく、撃たれた側からすれば回避するのは難しい。
弾丸に籠めた魔力は極僅か、当たっても死ぬ事は無いが、行動を止めるには充分な威力に調整してある。
これで動きを停める。その隙に近付いて制圧する。
そのハインリヒの意図を嘲笑うかの様に、乱入者────双葉玲央は、雷の弾丸を回避してのけた。
「!?」
僅かの間、驚くハインリヒだが、瞬時にタネを見抜いて平静を取り戻す。
アレは単に銃口の向きから、弾丸の軌道を予測して、引き金を引くより先に身体を動かしただけだ。
雷の魔力を弾丸として放つとはいえ、所詮は銃。対処する方法も又、銃のそれと変わらない。
【念の為】
確認の為に立て続けに放った第二射も、第三射も、引き金を引く為に指を動かすより早く動いて躱される。
銃口の向きから軌道を予測して回避する。言うだけならば容易だが、実際にそう簡単に出来るものでは無い。
銃口を向けられても、冷静さを失わず、僅かな間で軌道を予測して動くのは、想像よりも遥かに困難だ。それを偶然では無く、必然として行えるというならば、それは紛れも無い強者だ。
ハインリヒも同じ事が出来るし、同じ事が出来る相手と戦った事もあるから分かる。玲央は強者で、油断をすれば殺されると。
【なら、これで】
玲央に対する警戒を、一気に引き上げたハインリヒは、再度の銃撃を行うべく、玲央に銃口を向ける。
引き金を引く指に力を込め、玲央が回避の為に動いたその先へと銃口を向け、狙いを修正。そして、発射。
-
ハインリヒのフェイントに引っ掛かった玲央は、回避行動をした所を狙われるという失態を侵すこととなった。回避の為に動いた直後では、銃撃を回避する行動など起こせはしない。
玲央に魔弾が当たる事を確信したハインリヒは、動きの停まった玲央を制圧する為に駆け出そうと脚に力を込めて、その場で立ち止まった。
「純水か」
ハインリヒの放った雷の魔弾は、玲央が創り出した水の壁に防がれていた。王笏レガリアの能力で、玲央が不純物を含まない為に電気を通さない純水の壁を創造したのだ。
銃撃では玲央に通じない事を悟り、ハインリヒはドンナー・シュヴェルトを抜く。
ドンナー・ゲヴェーアの魔弾は、基本的に回避されるし、防がれる。先ず、当たる事は無いと思っておくべきだろう。
【それでもまだ、『通じる』とは思うけれど】
回避なり防ぐなりすると言う事は、当たればダメージを受けるということなのだろう。当たってもどうという事は無いのなら、回避だの防御だのに、無駄な動きをする必要など無いだろうから。
ドンナー・ゲヴェーアを左手で持ち、右手でドンナー・シュヴェルトを持つ。
取れる戦術は多い方が良い。相手にしてみれば、銃と剣の双方への備えをしなければならず、それだけで負荷となる。
「アンゴルモア。適当に魔法を撃って」
今まで動けなかったアンゴルモアに、此処で動いて貰う。ハインリヒの銃と剣に気を取られている隙に、アンゴルモアの魔法を浴びせる。対応されるだろうが、その隙に接近して、剣で斬りつけると思わせておいて銃撃する。
ドンナー・ゲヴェーアへの対処を見ても、相手は間違いなく強敵だ。単純なフェイントでは見抜かれる。
「承った!!」
元気よく返事したアンゴルモアが、妄想ロッドを振り上げる。
その動きよりも、玲央が王笏レガリアを振る方が早かった。
玲央が王笏を振るうと、玲央とハインリヒ達を隔てる様に展開していた壁が、みるみる内に横幅と厚さと高さを増して、二人を押し潰すべく凄まじい勢いで猛進してくる。
「!?黒き疾風(シュバルツ・シュトゥルム)!!」
咄嗟にアンゴルモアが、妄想ロッドを突き出して、その先端から漆黒の竜巻を撃ち放つ。
放たれた竜巻が、水の壁に激突する。
水と風、どちらもがこの世の理に属さぬ存在であるためか、互いに堅牢な実体を持つ存在であるかの様に、竜巻は水壁を穿つべく猛り狂い、水壁は竜巻を呑み込むべく荒れ狂い。両者は拮抗し、鬩ぎ合う。
ブラッ◯ィー・スク◯イドっぽい技だなー。などと思いながら、ハインリヒは魔力を練り上げ剣身に纏わせていく。
「ハアアアアアッッッ!!!」
竜巻と水壁が拮抗していたのは、僅か十五秒。その時間で充分な魔力を剣身に纏わせたハインリヒが、紫電を帯びた剣を横薙ぎに振るい抜き、1m以上もの厚さの水壁を上下に断割した。
「おお!凄まじい威力!!」
「失敗(ミス)った────」
アンゴルモアの称賛を聞きながら、ハインリヒは失敗を悟っていた。
上下に断割された水壁は、その場で崩壊して、膨大な水量と化して部屋の床を覆い尽くし、ハインリヒとアンゴルモアの靴を濡らす。
これでは迂闊に雷の魔力を用いれば、部屋全体に通電する。ハインリヒは兎も角、アンゴルモアが感電してしまう。
足元に目を向け、戦術を構築し直すハインリヒの耳に、聞こえる声。
「これで電撃は使えない」
異世界に転移し、数多の冒険を経て、幾つもの死闘と苦難を越えたハインリヒが、思わず背筋に冷たいものが走る声。
確かに人の声で有りながら、人が発したとは到底思えない声。何の感情も感じられ無いその声は、機械の自動音声を思わせた。
まだ魔物や魔獣の方が、感情や生命を感じられる分、遥かに親しみを感じられる。
【戦っている最中の人間が出す声か?】
戦慄して晒したハインリヒの隙を見逃さず、駆け出す動きに合わせて土を操り、隆起させた石床で、自身の身体をカタパルトの要領で前方に射出。人類には決して出せない速度でハインリヒへと迫る。
-
ハインリヒが我に返った時には既に遅く、回避も防御も迎撃も、もはや全てが手遅れな距離に玲央が迫っていた。
無感情に無機質に、只々モノを写しているだけの玲央の眼と、恐怖と焦燥に彩られたハインリヒの眼とが交差する。
「ウィンド・ボムズ!」
此処でアンゴルモアがハインリヒの隙を補う。アンゴルモアが放った五つの空気弾が玲央に向かって殺到し、当たる直前に玲央を中心として発生した熱波に弾き散らされ、周囲の壁を貫いて、城の外へと翔んでいった。
その隙に、腕を上げて顔を覆いながら、ハインリヒは距離を取った。
「無事か!ハインリヒ!!」
「助かったよ」
立て直して武器を構えるハインリヒの視界の中で、双葉玲央は、鏡を割るのに投げたナイフを拾い上げ、仮面の様な無感情な顔を二人に向けていた。
◆
「やあああっ!!」
繰り出されるハインリヒの剣撃が、玲央の服を掠める。
踵まで浸す水により、雷の魔力が使用(つか)えなくなったとしても、膨大な鍛錬と経験に裏付けされた剣技は未だに健在。眼前の敵を斬り伏せるには問題無い。
この敵は底が知れ無い。殺す気で戦わなければ、二人して骸を晒す羽目になる。
玲央に対する警戒心を、極限まで引き上げて、ハインリヒは全霊で剣を振るう。
上段から振り下ろされる、全体重を乗せた瀑布を思わせる斬撃。
胸元へと奔る、受けられても回避されても、即座に次の一手へと変化する、銃火の如き突き。
下段からの、防御ごと肉体を斬断する、波濤の勢いの斬り上げ。
熟達した剣士でも、優に五度は死んでいる猛攻は、悉くが防がれ、躱わされて、表皮に傷をつける事さえ叶わない。
真っ向から剣を振り下ろす。手にしたグルカナイフで軌道を逸らされる。
身体を上下に断割する横薙ぎの一剣。石床を高速で隆起させて身体を後方へと射出。脚を動かすことなく間合いの外に逃げられる。
腹を穿つべく繰り出した疾風の如き突き。出現した水壁に幅慣れて止まり、激しく渦巻く水により、剣先を逸らされる。
一方的にハインリヒが攻め立てtいる様に見えて、その実、只の一撃も有効な攻撃を行えていない。
否────それどころか。
【コイツ!僕の攻撃に慣れてきた!!】
最初の内は、服に掠る事も有った。攻撃に対応しきれずに、レガリアの能力を行使した事もあった。
だが、それも遠い過去の話。
-
今では、体捌きとグルカナイフトで、ハインリヒの攻撃を、受け、弾き、躱し、捌いている。
最早ハインリヒの剣は、玲央の身体の遥か手前で止められるか、虚しく宙を斬るだけだ。
戦いながら,敵の動きを習得する、見切っていくのは、誰だってやることだ。
だが、この敵はその速度が早過ぎる。今までのハインリヒの動きを元に、未見の動きにまで対応しだしている。
現状は、未だにハインリヒが一方的に攻め立てているが、そう遠く無いうちに、レガリアを用いた攻撃に遭うだろう。
そうなる前にケリをつけなければならないが────。
「卑劣な輩め!ハインリヒを盾にするとは!!」
【この馬鹿!!!】
今に至るまでまでハインリヒが奮戦している間、アンゴルモアは何をしていたのか?
指を咥えて見ていたわけでも、呑気にお昼寝をしていた訳でも無い。
何度も何度も、妄想ロッドで援護しようと試みたのだ。その度に卑劣な襲撃者は、アンゴルモアとの間にハインリヒの身体が入るように動き、アンゴルモアの攻撃を封じていたのだ。
当然、アンゴルモアは怒る。それはそれとして、何も出来ないままで、玲央を糾弾するのは完全に悪手である。
『アンゴルモアは玲央の動きに全く対応できない』と宣言した様なものだからだ。
【ああ、もう!珠李が居たらなぁ】
肩を並べて共に戦い、何度か手合わせもした女の顔を思い浮かべる。
珠李ならば、二人で玲央を挟み撃つことが出来るし、後衛に徹したとしても、玲央の動きに合わせて自らも動き、射線を確保して掩護してくれるだろう。
いくら強力な武器を持つとはいえ、アンゴルモアは戦いに関しては素人だ。臨機応変というものに欠けるのは仕方が無い。
【ああクソ。アンゴルモアがマトモに動けないのは、最初から分かってたじゃないか。こんな事は、全く経験した事ないだろうし】
ならば、自分がリードするしか無い。未だに玲央が反撃に転じる事が出来ない内に、アンゴルモアと協力して戦わないと。
「ハアアアアアッッッ!!!」
決断したハインリヒは、剣を大きく振るい、紫電を纏った剣身を横一文字に薙ぎつける。
影すら消える眩い雷光を纏った、苛烈極まりない剛剣。
玲央も流石に受ける事ができずに、大きく飛び退って躱す。
「アンゴルモアッ!!!」
「ッッッ!?灼炎波(フォイエル・ウェーブ)!!」
地団駄踏んでいたアンゴルモアが、ハインリヒの声に我に帰り、嘗て一緒に遊んだ魔法使いの使った魔法を、見様見真似で撃ち放った。
「ちょっ!?危なッッッ」
床を転がって避けたハインリヒの頭上を、壁とも見紛う巨大な炎塊が、雷光で視界を灼かれた玲央へと殺到。出現した巨大な石壁に直撃し、爆発、室内を熱波が荒て狂い、床の水分が蒸発していく。
「もうちょっと考えて撃って欲しかったんだけれど……」
危うく巻き添えを食らって、玲央と諸共に焼け死ぬ所だったし、爆発で生じた熱波で熱いし。
文句を言おうと振り返ると、アンゴルモアが真剣な顔をして考え込んでいた。
「どうしたの?」
「いや…あの賊の顔。何処かで見た事があるのだが……」
「言われてみれば」
アンゴルモアの言葉を受けて、ハインリヒの脳裏を『何か』が過ぎる。
これはこれで妙な話ではある。10年間異世界暮らしをしていたハインリヒと、現代日本で生まれ育ったアンゴルモア。年齢差も考慮した場合、両者が共通して知っている顔など有るのだろうか?
【どこかで見た…というか、似た顔を知っている?】
ハインリヒの脳裏を、幾つもの思考と映像が流れ、もう少しで一つの答えとなる。
「思い出した!!最近話題になった未成年連続殺人犯の顔だ!!」
「……、!?違う。それなら僕が見覚えが有る訳が無い!!!」
その時だった、ハインリヒとアンゴルモア目掛けて、巨大な水塊が飛んできたのは。
「!?」
ハインリヒが咄嗟にアンゴルモアを抱えて翔んだのと殆ど同時に、二人が居た場所に水塊が着弾。石床を砕いて陥没させる。
直撃を受ければ人間二人程度、全身の骨が砕けて即死だったろう。
再度一面に広がる水。アンゴルモアの放った熱波で乾燥した床が、先程の様に水浸しとなっていた。
「僕の雷を、こうまで念入りに封じて来るとはね」
ハインリヒが愚痴を漏らすのとタイミングを合わせるかのように、玲央が二人へと走り寄り。
即応したハインリヒが、即座に前に出て、剣を構えた。
◆
-
【あの二人の戦力は把握した】
土壁で炎を防ぎ、自身の周囲に張り巡らせた水の膜で熱波を防いで、双葉玲央は冷徹に思考を巡らせる。
ハインリヒという名らしい、銃と剣を使うのと。アンゴルモアという名らしい、杖を持つ方。
ハインリヒは強者と呼んで良い実力の主だが、アンゴルモアは只の強力な武器だか能力だかを持った素人だ。
仮にアンゴルモアが居らず、玲央とハインリヒが一対一で戦った場合、玲央は撤退を決意する程に、追い込まれてかいたもしれない。
【弱い方を先に殺して数を減らすか?いや…】
敵が複数いる場合、弱いものから排除する事で、数の利を無くすというのは、極々当たり前の戦術だが、ハインリヒが予測していない訳が無い。
アンゴルモアを殺している隙を衝かれて、ハインリヒにやられかね無い。
【だったら……こうだ】
アンゴルモアの攻撃の余波で、乾いてしまった床を再び濡らすべく、牽制も兼ねた巨大な水塊を放った玲央は、即座に行動を開始する。
二人の居る方向に飛び出すと、グルカナイフを閃かせて走り出す。
即応したハインリヒが、前に出て迎撃の構えをみせるのに合わせて、王笏レガリアを一閃。眩く輝く火球を、自身の背後に創り出す。
瞬時に玲央の意図を悟ったハインリヒが、銃を向けて引き金を引くより早く、背後の火球をより一層眩く輝かせて、二人の視界を奪う。
更にレガリアを行使。足元の床を勢いよく隆起させて、身体を射ち出す。先ず右に、続いて前に。
視界を奪われながらも、ハインリヒが剣を大きく横薙ぎに振るうのを横目に、玲央はアンゴルモアに接近。射出した勢いをそのままに、アンゴルモアの鳩尾に胃が破裂する勢いで正拳突きを撃ち込んだ。
「ごひゅッッッ」
口から息を吐き出して、アンゴルモアが全身を痙攣させる。そこへ更に追撃の一撃。右のローキックを左脚に叩き込んで、アンゴルモアを転倒させた。
取り落とした妄想ロッドを拾い上げようとしたその時、決死の表情でハインリヒが立て続けに剣を振るい、玲央を後退させた。
「これで其奴は動けない」
◆
アンゴルモアを庇う様に立つハインリヒに、玲央の無情な宣告が下される。
鳩尾を打たれて,横隔膜が機能不全になった上に、左足の感覚も無くなっているアンゴルモアは、最早全く動けない。
ハインリヒが此処で、アンゴルモアを見捨てない限り、ハインリヒはアンゴルモアに拘束される事になってしまう。
玲央がハインリヒの動きに慣れて来た現状では、見捨てないという選択肢は、自殺行為に等しかった。
玲央が二人へとレガリアを向ける。二人を殺すべく、レガリアを使おうとして、ハインリヒが立て続けに引き金を引き、玲央とその度に周囲の空間に、雷の弾丸を乱れ撃つ。
その悉くを、最早ハインリヒにも劣らぬ身のこなしで回避し続ける玲央の成長速度に戦慄しながらも、ハインリヒは起死回生の策を実行する。
「ゴメン!!アンゴルモアっ!!!」
謝罪と共に、渾身の蹴りをアンゴルモアの腹部に入れて、その矮躯を蹴り上げ、宙に浮いたアンゴルモアが床へと落下するまでの僅かな時間に、全霊の雷の魔力を込めたドンナー・シュヴェルトを床へと突き立てた。
床を覆い尽くす水を、雷が走る。帯電体質のハインリヒには影響が無いが、玲央やアンゴルモアは、最悪死にかねない威力の魔力だ。
だが、これですらも回避してのけるのが、異能ともいうべき才を持つ双葉玲央。
レガリアの能力で自身を打ち上げる事で、床を覆い尽くす雷をやり過ごす。
「オ…オオオオオオオオオオ!!!!」
ハインリヒが吼える。ありったけの力を出す為に。千載一遇の機会を逃さない為に。
放つのはドンナー・ゲヴェーアの最大出力。
純水の壁すらも撃ち砕く、神の雷霆。
これで仕留められなければ、二人まとめて死ぬ。
充填時間が全く足りていないが、無理矢理魔力を叩き込んで埋める。かなりの無理押しだが、出来なければ殺されるのだ。
-
異世界で戦った、如何なる魔獣、魔族、魔人を相手にしてもやる事は無かった無茶無謀。銃身が軋む感覚と共に放たれた巨大な雷弾が、未だに宙に在る玲央へと飛ぶ。
これまでの、純水で防げる程度の弾丸とは、本質的に異なる威力の一弾は、双葉玲央の想定を超えたが為に対処を許さず、形成された水壁を貫き玲央の全身を飲み込む────その筈が。
「なにっ?」
札(カード)を全て切っていなかtらのは、双葉玲央また同じ。王笏レガリアの持つ火・水・土・雷の四つの属性。その最後の一つ。
蒼白く光る雷で壁を作り、ハインリヒの放った渾身の雷弾を相殺しているのだ。
水壁により威力の減じた雷弾は、間に合わせでしか無い玲央の雷の壁を貫く事ができず。紫と蒼白、二つの光が鬩ぎ合う。
「頼む……決まってくれ!」
ハインリヒの祈りが通じたのか、玲央がハインリヒに及ばなかったのか。
紫光が蒼白の光を呑み込み、アンゴルモアの魔力弾が開けた穴から、飛び出していった。
◆
「おーい。アンゴルモア〜。生きてる?」
「………ご、ごふっ………な、なんとか、いき、てます」
双葉玲央に殴り倒され、仕方ないとはいえその後蹴り飛ばしたアンゴルモアの様子を確認すると、ハインリヒは大きく息を吐いた。
「何?アレ」
初めて見る異常な相手だった。
何の感情も持たず、ハインリヒの動きを精確にトレスし。最適最良の戦術を行使する。
アンゴルモアを殺さず行動不能にしたのは、ハインリヒを警戒して確実に動きを制限する為だろう。
今回は何とかなったが、もしも生きていて、次に出逢ったら、二人まとめて殺されかねない。
「あんな化け物を、何で見たことあるなんて思ったんだろうな」
結局宝物は入手出来ずじまい。頭に超がつく危険人物は、撃退したとはいえ生死不明。
昔読んだ漫画に登場する、パララッとイングラム・サブマシンガンをぶっ放すマーダーを思い出して、ハインリヒは陰鬱な顔になった。
「死んでて欲しいよなぁ」
取り敢えず今は、アンゴルモアの回復待ちである。
「あ〜疲れた」
呟いて、ハインリヒは妄想ロッドで炎を放って床を乾かすと、アンゴルモアを寝かせてから、床に座り込んだ。
【C-4 城/朝】
【ハインリヒ・フォン・ハッペ】
[状態]:疲労(中)
[装備]:ドンナー・ゲヴェーア ドンナー・シュヴェルト
[道具]:基本支給品一式
[思考・行動]
基本方針:アンゴルモアと共に、この殺し合いを生き残る
1:アイツ(双葉玲央)死んでて欲しい
2:あの映像は何を伝えたかったんだ?
3 :アイツ(双葉玲央)の顔、何処かで見た覚えが
※名簿は確認していません
【アンゴルモア・デズデモン】
[状態]:左脚に激痛(当分足を動かせないくらい) 横隔膜へにダメージ(呼吸に支障をきたす位) 腹部に痛み(大) 武器を取られたことによる怒り
[装備]:妄想ロッド
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム×0〜2(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:とりあえず同志のハインリヒと共に行動する。殺し合いには乗る気は無い。
1:ボクが貰うはずだった伝説の杖を返せ!
2:無茶苦茶痛いし苦しい
3:アイツ、何かボクより女装が似合いそうなのもムカつく
-
市街地の中を、双葉玲央は歩いていた。
服が至る所で焦げているが、体に目立ったダメージは見られない。
「そろそろ時間か」
あの女(ノエル)は、真央を首尾良く見つけられただろうか。
見つけていたのならば、必ずモールに連れてくるだろうという確信が有った。
真央が拒んだとしても、その時は真央の両手足を切断してでも連れて来るはずだ。
見つけられていなかったのならば、継続して探させれば良い。
「見つけていた時はどうするか」
真央を殺すのは規定事項だが、その後あの女(ノエル)をどうするか。
手を組んで共に優勝を目指すのも構わないが。
「奴が殺しに来ても、充分対処できる」
ノエルが此方を殺しに来ないとは限らない。そうなったら時の為の対抗手段は、この手にある。勝率はモールで戦った時よりも、遥かに高い。
「それにしてもあの映像」
ノエルの事を考えていると、さっき見た鏡の映像を思い出したのは、映っていた夫婦がともに金髪だった為か。
全く無関係な画像を、意味も無く流すとも思えない。あの画像は、此処に集められた者たちのうち、誰かに関係するものなのだろう。
名簿を見る限り、ノエル以外にも該当しそうな者がいるが、差し当たって玲央が思いつくのはノエルである。
「後で病院に行ってみるか」
優勝するにせよ、しないにせよ。此処に集められた者に関する情報が有るのならば、行ってみる事に損は無いだろう。
【D -4 市街地/朝】
【双葉玲央】
[状態]:疲労(中) 服が焦げている。
[装備]:王杓レガリア グルカナイフ
[道具]:基本支給品一式、宝の地図 ランダムアイテム×0〜2(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:知り尽くし、壊し尽くし、優勝する
1:モールに戻ってノエルの結果を待つ
2:妹を探して殺し、その死に顔を拝む
3:ノエル以外にも不可思議な能力を持つ者がいるのか?
4:どうにかしてモールの電力源を知りたい
5:一応脱出ルートも可能であれば探しておく
6 :あの映像に映っていた病院。この地図に載っているのと同じかも知れない
※鏡に映った映像を見ました。全部見たかも知れませんし、途中からかも知れません
※レガリアの能力を把握しました
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投下を終了します
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投下乙です。
バトル描写もさることながら、世界観が広がり、新たな謎が生まれたのが面白いですね。
肉体攻撃とナイフとレガリア、3つ同時に使う玲央、強すぎる。
でもってそんな化け物相手に戦うハインリヒも強い強い。
要所要所に出てくるダイや原作バトロワのネタにもニヤリとしました。
神、アレクサンドラ、壥挧 彁暃予約します。
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投下します。
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あちゃー、こっちの方角に進んだの失敗だったか?
またもそんな風に男は思った。
何しろ、たまたま置いてあったボートが、モーターボートだったからだ。
どうしてそれが問題なんだって?
問題に決まっているだろう。ゴウゴウ音を立てながらものすごいスピードで水上を走っているのだから。
静かで、しかも視界を遮るものがない湖の上で、そんな物に乗っていれば格好の獲物だ。
そもそもオーストリアの皇太子夫妻然り、アメリカのケネディ大統領然り、乗り物に乗っている間は暗殺の対象になりやすい。
殺し屋という仕事柄、何処で何をしていれば狙われやすいかはよく分かる。
しかも音はモーターのそれなのに、似て非なる造りをしているのか、止めようにも留められない。
レバーらしきものはどこにもなく、男が乗った瞬間動き出した。
そのまま向こう側の市街地へとまっすぐ進んでいく。
そもそもそんな物に乗ったのが間違いじゃ無いのかって?
仕方が無いだろう。男は先程の激しい戦いを経て、どこか少しでも休める場所を求めていたのだから。
湖のほとりにボートがあるのだから、それを漕いだりするのではなく、船底で少し寝っ転がるぐらいはしても良いと思ったのだ。
それがよく分からない仕組みで、乗った瞬間勝手に進んでいくとは思ってなかったのだ。
(休む暇もねえってのかよ……)
殺意は感じない。聞こえるのはバシャバシャという水の音、そしてモーターの音だけだ。
だが、警戒は怠らない。
気配を悟られない手練れがいるかもしれないし、もしかすれば水中から攻撃されるかもしれない。
こんな場所じゃ無ければ、のんびりボートを楽しみながら、湖の向こうの森や街並みに目を奪われるのも悪くは無いが、それが出来るのはまだ遠そうだ。
☆
-
「おや………?」
老婦人、アレクサンドラの頼みを受け入れるか否か。
幽霊列車の車掌、壥挧彁暃が悩んでいた。
じっと見つめてくる彼女から無意識に目を逸らした時、たまたま湖の方向に視線が飛んだ。
その瞬間、彼の眼には異様な光景が飛び込んできた。
「不知火……」
車掌は目を細め、そう呟いた。
まるでそれに引き寄せられるかのように、町の波止場の方に歩いて行く。
魂の見える彼にとって、市街地に近づいてくるのは、ただの人を乗せたボートではなかった。
「私との話を途中で切るぐらい、あのボートが大事なのかしら?」
アレクサンドラが車掌の後ろからそう呟く。
その言葉に嫌味や皮肉は感じられなかった。
むしろ、彼があのボートを見て何を感じたのかを聞きたい興味が、彼女の胸の内にあった。
「失礼しました。サンドラ様。」
このような状況でも、非があると分かれば彼女に頭を下げる。
サンドラはその生真面目な性格を聊か呆れながらも、笑顔を見せた。
「謝る必要は無いわ。それより貴方が見たのは何なのか教えてくださらない?
まさか乗り物つながりでモーターボートに興味を持ったワケでは無いでしょ?」
「魂です。それも1つや2つではない。」
車掌の目に映ったのは、一隻のボートと、その周囲を取り囲む人魂だ。
魂は陽の出てない夜にはっきり映るものだが、目を凝らしてみれば午前でも見えるものだ。
湖の碧と、空の青、そして人魂の橙。対の色同士が美しく映る。
不知火、というものがある。
九州地方の有明海などで見られる蜃気楼の一種で、夜間に水上で無数の光が浮かんでいるように見える現象だ。
江戸時代まではその正体が解明されず、妖怪の一種とされていた。
だが、明治時代に入ると科学的に解明されるようになり始める。
その正体は光の異常屈折で、一つの漁火が無数に見えたり、異様なほど横長に見えたりするものだ。
見える理由は他にも海に吹く風だったり、気温だったり、街の灯りとの関係だったりと様々な説がある。
尤も、向こうに見えるのは海ではなく湖であり、今は夜ではなく朝なのだが。
幽霊列車の車掌には、日本の鉄道が有明海沿いに開通した際に見た、不知火のようなものを感じた。
「と言うと、向こうに乗っている人は、何人も人を殺した大罪人なのかしら?」
その台詞とは裏腹に、アレクサンドラはどこか余裕そうだ。
戦いに備えて身構えるという訳でもなく、かと言って怯えている訳でもない。
船の乗員よりも、目の前の男の話に興味があるという様子だ。
「……不思議です。あの男は大勢殺しているはずなのに、悪人のようには思えない。」
「どういうことかしら?怨念は見えるんでしょ?」
アレクサンドラの疑問に対しどう答えるか。
少し悩んだ表情を見せた後、彼女の顔を見てこう言った。
-
「サンドラ様。死した者が怨念なる理由は、必ずしも正当な物ばかりではありません。」
ボートが市街地に着くまで、まだ少し時間がある。
彼は話を続けた。
「ほんの少し昔の話をしましょう。かつて盗みを働いた少年が、その店の店員に追われていました。
逃げた先に遮断機が下りた踏切があり、無視して踏切を越えて逃げようとした少年は、不幸にもその列車に撥ねられて死んでしまいました。
店員や列車は悪いとお思いですか?」
「盗みを働いた理由にもよるから分からないけど…少なくともその店員さんや列車に罪があると思わないわね。」
「ワタクシも全く同感です。ですがその少年は怨念となり、その店員や列車を怨み続けました。」
「あまり良い話では無いわね。私が見ても愚かとしか思えないわ。」
逆恨みという言葉がある通り、怨念が出来る理由も、その霊の生前の自業自得ということもある。
「別の話もあります。自ら死を選んだ者でさえ、死後やり残したことを思い出し、成仏しようにも出来ず、そのやり残したことを為せぬ者だっています。」
幽霊列車の車掌ともなれば、死した魂の善性や悪性などを見分けるのも容易だ。
だが、生者の善悪を確かめるのかは難しく、そもそもそんな安易な基準で判断していいのかさえ定かではない。
「サンドラ様、失礼します。ワタクシはあの男と話をしてみたい。」
彼女と共に行動するか、まだ答えは出せていない。
それでも、ボートに乗って来た者の存在が気になった彼は、波止場へと向かう。
「あらあら。私が行ってはならない理由は無いでしょ?その人が悪人じゃなくても、敵対する理由があるかもしれなくて?」
彼女の言う通りだ。
最初に出会った新田目修という男は、明らかに善人の部類に入る。
だが、信頼関係を築くことは出来なかった。
この殺し合いの中でも特殊な職業である都合上、事が都合よく進まない可能性もあることを理解している。
「その可能性は無いとも言えませんね。」
大して断る理由も無いので、彼は彼女に対して頷いた後、また波止場へと歩いた。
やがてボートは町に着き、そして2人もその場所に着いた。
その場所で、人と人ならざる者の視線が交わる。
モーターボートの音がなくなった今、波止場は静まり返っていた。
だが、その静けさが余計緊張感をかき立てていた。
-
★
(何なんだ?こいつら……)
男からすれば、目の前の2人は異様な存在だった。
言い方は悪いが、お世辞にも強そうな風貌とは思えない。
だというのに、自分が経験したことのない底知れなさが伝わった。
「ワタクシ、デンク カヒと申します。 見ての通り、とある鉄道にて車掌を務めております。」
「私はアレクサンドラ・ヴォロンツォヴァ。こちらの方がね、貴方に聞きたいことがあるらしいの。」
一件は貴婦人と車掌。
なぜこんな所に車掌がいるのか分からないが、業務中に突然連れてこられたのだと考えれば納得が行く。
問題は、その2人が只者じゃないということだ。
理由はない。ただそんなことを殺し屋の勘が告げていた。
ポケットに手を入れ、1秒以内に銃を出せるようにしておく。
こいつらには銃より護符の方が効果があったか?と少し後悔しながら。
「へえ。街頭インタビューってヤツか?まあ聞くだけなら聞いてやっても良いぜ。」
殺し屋として見知らぬ相手には、共通してやるべきことがある。
優位を取られないように、怯えや恐れを見せないことだ。
あえて優位に立てると思わせておいて、油断を狙うというやり方もあるが、目の前の2人はそのような誘いでは崩れそうにない。
「アナタ、人を殺していますね。それも何人も。」
「!?」
初対面で、まさかそこまで読み取られるとは思わなかった。
自分は確かに殺し屋として世界中で知られている。
だがその名前は明かしたことは無いし、整形だって何度かしている。
元の世界で自分のことを知っているからと言って、即座にその殺し屋だと知られることは無いはずだ。
「どう答えるかは、なぜそう思ったかって理由次第だな。」
だが、ここまではまだ相手がカマをかけているだけかもしれない。
もう少し詰め寄って見る。いきなり殺し屋呼ばわりされ、ほんの一瞬焦ったが、簡単に手の内を見せるわけにはいかない。
「まずは1つ。アナタ様が7年前の6月17日19時37分、列車に乗り合わせていた乗客を橋上から射殺したこと。あ、これはアナタが殺人を行った国の時刻ですね。」
詳細な時間までは覚えていなかったが、逆算すればその通りだった。
日本という国は、電車の到着が1分遅れただけで大騒ぎになると、彼も聞いたことはあるが、何だかそれみたいだと思ってしまった。
だがその時は、違う顔だった上に、神というコードネームもまだ付いてなかった。
-
「まずは1つと言うのなら、まだあるのか?」
「もう1つは、アナタ様の周りに多くの魂が見えるということです。」
敵意は感じない。だが、車掌は意志の強い瞳で、男をじっと見つめていた。
決して魂を見えるという発言は、はったりやウソではない。怪しい宗教の信者や薬物中毒者の目ではない。
目を逸らされたことの方が多い男の人生だったが、ともすれば彼の方から目を逸らしてしまいそうになった。
「そこまで言われちゃ仕方ねえな。俺は殺し屋として、何人も殺してきた。
この殺し合いでも1人殺したばかりだ。」
彼は殺し屋、即ち殺人をビジネスとして活動する者だ。
だから安易な理由で殺しを行ったことは無い。
彼は今までかなり多くの人間を殺してきたが、どれも然るべき理由はあった。
だが、それを下らない言い訳で正当化するつもりはない。
「言われなくても分かります。あなたの右側に、つい最近死んだばかりの若いご婦人がいますね。」
にわかには信じがたい話だ。
だが、車掌の男のセリフの淀みのなさは、ウソ臭さを全く感じさせない。
そして、殺し屋が殺した性別、年齢まで当てられてしまえば、信じざるを得なくなる。
「で、どうするんだ?俺を罰するつもりか?」
殺し屋家業を後悔するつもりは無い。
後悔するつもりは無いだけで、自分がお天道さまに顔向けできるようなことをしていないのは分かっている。
勿論、死にたくないのは彼からしても同じなので、抵抗はするつもりだが。
「それは人間の司法がすることであり、ワタクシがすることではありません。それに断罪するには、アナタは不思議すぎる。」
「不思議すぎる…とは?」
「アナタに殺された者達のうち何人かが、感謝の言葉を告げています。ご婦人もそうですね。」
確かに神が殺したルイーゼ――雛野莉世は、今わの際に感謝の言葉を告げた。
まさか、それが彼にも伝わっていたとは、驚きを隠せない。
-
「車掌さんよ、あまり人の過去を探るもんじゃねえぞ。というかどこの鉄道の車掌だ?」
驚きはしたが、人の内面を探られた不快感も幾分かは残った。
同時に、不快感以上の疑問も。
なので今度は、彼の方から質問をした。
自分の殺しを異様なほど詳細に知っていることに加え、殺した者の魂が見える力を持っている。
どう考えても車掌という器の人間ではない。
「『幽霊列車』というのをご存じですか?」
「都市伝説じゃねえか。」
幽霊列車の名前ぐらいは、男も聞いたことがあった。
聞いたことがあっただけ、信じているという訳ではない。
そもそも彼は、神という超越的な存在の名前を承っておきながら、神も仏も幽霊も信じてはいなかった。
もしそんな者がいて、人の善行や悪行を見ているというのなら、自分には天罰が下っているか、あるいは怨念にとり殺されているという自覚があったからだ。
「伝説というものは、案外間近にあったりするものなのよ。」
そこで初めて、老女が口を開いた。
いや、老女という表現は間違っているか。
何しろ、男の目に入ったのは、さっきまで老女だった若々しい女性だからだ。
「……こりゃまた信じがたいが…サキュバスか?それともハーピー?」
「失礼ね。吸血鬼よ。」
アレクサンドラは、にこやかな笑みを浮かべながら、尖った牙を見せる。
八重歯というには、それは少し鋭く長かった。
「俺からすればどれも御伽噺の生き物でしかねえんだがな。」
「あなたデリカシーが無いと言われたことない?」
少年期に繰り返し読んだ冒険譚を思い出し、少しだけ表情をほころばせる。
その瞬間、女性は元の老女に戻った。
「お前さん方が、人じゃねえ存在ってのは大体分かったよ。で、何をして欲しいんだ?
わざわざ港まで出迎えて来たってのは、何か理由があったんだろ?」
「ワタクシはアナタを知りたい。」
幽霊列車の車掌が口に出したのは、意外な言葉だった。
-
「インタビューか?アンケート用紙なんてあるのかよ?」
「違います。アナタという生者が、どんな風に生きるのかを見届けたい。」
壥挧彁暃は人が好きだ。
そもそも人が列車を発明したことで生まれ、人々が幽霊を想像することでその糧を得る存在なので、当然である。
いつだって人間は新しい物を見せてくれ、彼には決して造れないものを創り出してきた。
それだけではない。駆け込み乗車を行う乗客や、美味しそうに駅弁を頬張る客、あるいはたまの旅行で、見慣れぬ列車の揺れを愉しむ子供。
ありふれた乗客の列車に対するありふれた反応に、それぞれの人物背景が伝わって来て楽しかった。
勿論人としていけ好かない者も履いて捨てるほど見てきたが、その事実を踏まえても人は好きだ。
「プロポーズはごめんだぜ?」
だが、こうして実体化して、人と間近で接するとこう思う。
自分にはまだまだ、人について知らないことがあると実感する。
彼が知れるのは、列車に関わったことのある人間、あるいは未練を残した幽霊だけ。
つまり、ほんの一部の人間としか関われないのだ。
「ワタクシはアナタを殺し屋、正確には用心棒として雇いたい。」
幽霊列車の車掌と、殺し屋。
形は違え度、人の死と関わる者達だ。
彼の生き方を知ることで、彼のこと、そして自身の列車に乗る幽霊のことを詳しくしることが出来るはずだ。
最初に車掌が勘違いした不知火もそうだが、未知の存在は次々に人の手により解明されてきた。
幽霊列車もまた、やがては解明される時が来るのかもしれない。
だが、人が未知を知ろうとすると同時に、未知もまた人の知らぬ面を知ろうとしている。
「こりゃ驚いた!殺し屋を雇う車掌さんがいるとはな。幽霊に雇われるってことよりも驚きだ!」
今度笑みを見せたのは男の方だった。
長生きしてみるものだな、と冗談めかして。
-
「何らおかしな話ではありません。どの国の列車でも、鉄道テロ対策に警備員は配置されるものです。」
「俺は殺し屋で用心棒に転職したつもりはねえんだがな。まあ、一人でだだっ広いこの世界を歩くのも嫌気がさしてきた所だ。やってやるよ。
死んだら列車の特等席を開けておいてくれよな。」
男としても同行者がいるのは悪い話ではない。
1人で明確な目的も無しで行動するのはちょっとばかり疲れていた所だ。
3人がいれば話が変わって来る。少しばかり安心できるので、疲労も少ない。
「ちょっとちょっと。貴方がその人に興味があるのは分かったけど、私は置いてきぼりかしら?」
「サンドラ様にも考えがあります。」
車掌は両手を掲げ、列車のマークを出す。
1両だけぼんやりとだが、列車の車体が現れた。
「お?これに乗れってのか?」
最早驚くこともない。
この短期間で、彼は予想外の物を見過ぎた。
今さら無から列車が現れた所で、はいそうですかとしか思えない。
「アナタは乗らないでください。幽霊列車は生者が乗ると魂を損耗します。」
だが、人とは異なる魂を持つ彼女ならば、幽霊列車の乗車は可能だ。
「そしてこちらの兵装『ゲオルギウス』をお使いください。」
神が承ったのは、大きな巻貝のような何か。
だが彼が受け取り、地面に置くと、乗り物の形になった。
「行きたい方向をイメージすれば、動くようになるはずです。」
「お?中々悪くない座り心地じゃねえか。」
道を行くのは一両だけの列車と、その隣を行くバイク。
生と死の狭間を走る線路は、始発駅を出て、まだ見ぬ駅へと続く。
【C-2 洋風の市街地/朝】
【神】
[状態]:疲労(大) 腹部、背中に打撲(大)
[装備]:ハンドガン(残弾3) 替えの弾丸10 ドグラ・マグラ・スカーレット・コート 兵装ゲオルギウス
[道具]:基本支給品一式 ランダム支給品0〜1 ルイーゼのランダム支給品0〜1 ブーケ 護符×4
[思考・行動]
基本方針:殺し合いの打破。ただし危険人物は殺す
1.帰還し、一服する
2.不思議な力ばっかりだなこの世界は
3.おかしな乗り心地だな、これ(ゲオルギウス)は
【C-2 洋風の市街地/朝】
【壥挧 彁暃】
[状態]:健康
[装備]:無し
[道具]:ランダム支給品0〜2
[思考・行動]
基本方針:殺し合いを打破する。
1:アレクサンドラ、神とともに行動する。
2:播岡くるるを探す。
【アレクサンドラ・ヴォロンツォヴァ】
[状態]:健康
[装備]:無し
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0〜3
[思考・行動]
基本方針:殺し合いから生還する。
1:車掌、神と共に行動する。
2:幽霊列車……不思議な乗り心地ね。
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投下終了です。
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スヒョンとグレイシーを予約します
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投下します
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Q.心猿ってどういう意味?
A.発情期の猿みたいな精神状態の事です。他意はありません。
“憧れは、理解からは最も遠い感情だよ”
突如、スヒョンの脳内に溢れ出した。存在しない記憶。
◆
適当に見繕った、黒い男物のスーツを着込んで、血液生命体は頭を抱えていた。
何だか面倒な事になって来たと。
因縁の有るロリBBAの様な面倒な奴は避けるとして。
先刻出逢った少年の様な、無益な抵抗に励む者を嬲り殺し。
少年の後に出て来た嬢ちゃんの様な、好みの人間をいたぶり殺して血を貰う。
その筈、だった。
現状はそんな安楽なものではない。何だか良く分からない事になっている。
今現在の姿の主が、ゲーム開発に携わっていたのは、半年以上に及ぶ凄惨な拷問の果てに嬲り殺して、入れ替わった時から知っている。
よもや、その携わったゲームをプレイして、尚且つスヒョンの熱烈なファンがこの場に居るなどとは、夢にも思わなかった。
速やかに殺して仕舞えば済みそうなのだが、何故だかこの厄介ファンからは、妙な気配がする。
巨大グマ程度なら軽く殺せる身である、血液生命体をして、迂闊な行動に出ることを躊躇させる“何か”。
これが判明するまでは、殺しにかかる事は、躊躇われる。
【いやマジでどうしよ】
主人の事が大好きな大型犬みたいな風情のグレイシーの様子を伺いつつ、過去の記憶を片端から引っ張り出しては、この状況を打開できるヒントは無いかと模索するが、そんな都合の良いものは存在しない。現実は非情である。
「おお、背が高いからお似合いですよ!」
着替えている間、後ろで周囲の警戒をやっていた忠犬が褒め称えるが、ちっとも嬉しく無い。
「ああ、ありがとう」
棒読みそのものの返答にも、感極まった風情のグレイシーを一瞥して、スヒョンは思案を続行する。
「さて、それで、今後の行動だが」
今までは面倒ごとになる奴は、腕の一振りで殺して来た。
殺せそうに無い時は、ガン逃げした。
殺しても後から後から蛆虫のように湧いてくる場合も、ガン逃げした。
並の魔術師や、銃器で武装した人間ならば、容易く殺せる暴力と、他者の姿と記憶をそっくりそのまま奪える能力で以って、凡ゆるトラブルを回避して来た。
それが故に、トラブルを処理する能力は、著しく低いのが、この血液生命体である。
取り敢えず話を誤魔化すべく、今後の方針を相談してみる事にしたが、なにせ当人にロクなビジョンが存在していない。
弱ければ嬲り殺し、強ければ逃げる。この程度だ。
だからこそ、逃げ場がないこの場所で、下手に攻撃すれば何が起こるか分からない相手への対処は、生まれて初めてといっても良かった。
【こうなったら、こいつの記憶も……】
己の記憶と思考でどうにもならないのなら、取り込んだ人間の記憶を使う。
本物スヒョンの記憶を探った血液生命体は、不意に一つの言葉に行き着いた。
“憧れは、理解からは最も遠い感情だよ”
────これだッッッ!!!
「あの〜。キム先生?」
「あ、ああ、な、なんだい」
「私達は、お互いに所持品を持っていません。何としても、他の人と接触しないと、後々面倒な事になります」
【私にとっては、お前が面倒な事なんだよ】
顔には出さずに、心中に毒吐く。
宇宙人と血液生命体。共に人類を見下している人外ではあるが、まだ人間の記憶や知識を奪う事で、人に擬態する血液生命体の方が、記憶改竄と洗脳のゴリ押ししか出来ない宇宙人よりも、腹芸というものには向いている。
-
愛想笑いでやり過ごし、グレイシーに適当な返事を返すスヒョンは、見る人が見れば明らかにぎこちないが。グレイシーよりも会話を流暢にこなせてはいる。
「ああ、そうだね。このままでは、身を守ることも覚束ない」
互いに、対外的には、外見相応の身体能力しか無く、殺し合いにも載っていないという建前である。その建前の二人が、二人して所持品が何もないという状況は、明らかに窮地に追い込まれている。という事になる。
二人ともこのままであっても、此処に集められた人間の大半を殺し尽くせる程度の戦力を有してはいるのだが。
双方共に、只人という建前の為に、何かしらの武装を要するし、誰かしらの庇護を受ける必要があった。
「さて、先ずは互いの情報を交換しようじゃないか」
「情報ですか」
スヒョンは無言で頷く。この厄介ファンが、所持品を無くすに至った経過を知ることは、危険人物の情報を得る為にも必要で有る。更には、スヒョンの目算の為にも、情報の共有は必要だった。
「私も君も、襲撃された身だからね。生命が有るだけでも幸いだが。兎も角、今互いに持っているのは情報だけだ。共有することで、危険を避ける手掛かりとしようじゃあないか」
「素晴らしいお考えです!!」
【有難う本物】
あっさりと此方の思惑に乗って来たグレイシーに、胸中で本物スヒョンへと謝意を表す血液生命体。
取り敢えずこのまま誘導して、思惑通りに踊らせるのだ。
【可哀相だとは思うが、私も生き残る為だ。偽物に踊らされるというのは悔しいだろうが仕方ないんだ】
さて…。と切り出そうとして、ハタと止まる。何しろ病院で一人惨殺して、その後に出会った少年をいたぶり、少女を嬲り殺しにしようとした身である。
どう話せば誤魔化せるのか、咄嗟に思いもつかない。
ふむ…。と顎に手を当てて考え込み、仕方ないのでグレイシーに振る。
「君はどんな奴に襲われたんだね」
「はい。私は友好的に接して来た、双葉真央という女に不意に襲われ、何とか対処したものの、いきなり現れた男に攻撃されてしまい。二人とも逃げていきました」
「…………………」
スヒョンは無言。先ず無いだろうとスヒョンは思っているが、グレイシーが見た目通りの身体能力としたら、明らかにおかしな点しか無い。
双葉真央とやらの戦力次第ではあるが、グレイシーと同年代の少女とした場合、不意打ち喰らって対処できる様には、グレイシーは到底見えない。
さらに男が乱入して来た上で、グレイシーを殺さずに二人して逃げを打つというのは、どう考えても不自然だ。グレイシーが二人掛かりでも敵わない実力を持っていると考えられる。
【いや少年くらいの実力が有れば、素人の男女二人相手にしても、何とかなるだろ】
問題は、どう見てもミドルティーンの女子そのものなところだが。
【実はミオスタチンの阻害薬打ちまくって、この身体で体重150kg有ります。とかいうんじゃあ無いだろうな】
実は拳獣とかいう異名が有ったりしねーだろーな此奴。と思って、スヒョンは愕然とした。
【良くわからん言語と知識が…!?】
なにっ!?とかなんだあっとか言いそうになる口を、必死こいて噛み締める。
スヒョンは未だに識らない。本物スヒョンが、知られたら『SFのブランドに傷が付いただろうがよ クソボケがーーーーっ』。と一升瓶で頭殴られないように必死こいて隠していた属性を。
日本のゲームや漫画に親しむうちに、知らず知らず成り果ててしまった属性を。
血液生命体が迂闊な真似をすれば、本物スヒョンの亡霊が首を絞めかねない。絞めても何にもならないけれど。
【此奴(本物スヒョン)はいったいどんな嗜好の女だったんだっ!】
「あの…先生?」
無言で頭を押さえる血液生命体を、心配そうに見つめるグレイシー。その視線に気付いて、スヒョンはハッと我に返った。
「こんな事態に巻き込まれて困惑なされるのは判りますが」
【こんな事態+お前が加わって、一番困惑しているのは私なんだよ】
「ああ…失敬。その双葉真央と男は、何方に向かったか判るかね?」
胸の内に渦巻く、此奴殺っちまうか。という思いを押し殺して、グレイシーに応対する。
「判りません」
グレイシーの返事に、更に頭を抱える。
この得体の知れない厄介ファンに、更に得体の知れない襲撃者。乱入して来た男とやらが、最初から双葉真央と組んでいるのかどうかも不明。
最初から組んでいたとしたら、二人はマーダーか、もしくはミドルティーンの少女であるグレイシーに対して、警戒されない様に、同性である双葉真央だけが最初に接近したという事だろうが。
-
男が乱入して来たのが偶然だった場合、さっき出逢った魔法使いの嬢ちゃんの様に、グレイシーが襲撃した所を助けに入ったという線も考えられる。
【此奴の素性を知る為の、丁度良い手がかりなんだがなぁ】
出逢ったとして、実はグレイシーが“怪物を超えた怪物”なんていう感じの、残虐非道な悪人だったとしても、グレイシーの本物スヒョンに対する敬意があれば、簡単にコントロール出来る。
「それで、先生は、一体どうして、全裸で歩いていたんですか」
「ゆ………っ」
まさか病院で、出会い頭に女を一人嬲り殺し、次に市街地で男を虐待し、乱入して来た少女を嬲り殺しにしようとした挙句、爆弾で木っ端微塵にされてた結果だとか到底言えない。
「ふむ………。それはだねえ」
落ち着け。coolになれと、必死こいて言い聞かせて、何とかかんとか、事実に即した作り話を考える
「いきなり男と少年少女の三人組に襲われてだね。多勢に無勢だ。いっけぇ というふうな感じでだね。いや酷いものだった。泣いて詫びを入れる私を冷酷非情に身包み剥いでく野蛮人達だよ」
男と少年少女を相手にしたという点では事実である。それ以外が名誉毀損レベルで歪曲されているが。
取り敢えず、フレデリックや魔子に対しての悪印象を吹き込んでおく。こうすれば、再度出会ったとしても、向こうの言うことをすぐには聞かないだろう。多分。
「な…なんと、良くご無事で!!」
元から地球人への認識がガバガバな上に、スヒョンに対する憧れの為に、理解力が異空間入りしているグレイシーは、じつにアッサリと信じ込んでしまった。
【此奴マジでバカなんじゃないか?】
身ぐるみ剥いだだけで済ますとか、どう考えてもおかしいだろうと。
普通なら其処から犯すなり殺すなりするだろうがと。
誰だってそうする。私だってそうする。
【いや此奴が只のアホだった場合。さっきの話が真実という事に】
つまりマーダーである双葉真央に襲われて、返り討ちにしたら、男が乱入して来て、逃げられたと。
【判らん。何も判らん】
双葉真央が蛆虫なのか。それともグレイシーがゴリラすら容易く仕留める実力を秘めているのか。
後者だとしたら、どうやって双葉真央と男は逃走したのか。
【まぁバカで強いんなら申し分無い。精々使い潰すとしよう】
憧れで目が眩んでいて、踊らせやすい上に、戦力にもなるというのは好都合。此方の目的の為の駒とすることは容易。
後はそれらしいウソをブッこいて、此方の思惑通りに踊らすだけ。
「まぁ私を襲った野蛮人達は置いといてだね。危険人物が1人居る。
アレクサンドラ・ヴォロンツォヴァという短い銀髪のBB……老婦人だ。
昔、どういう経緯かは知らないが、私に犬をけしかけて来てね。危うくいぬのクs……食い殺されるところだった。
私の知る人物と同一だとは限らないが、同じなら注意したまえ。人を生きたまま犬の餌にすることを好む狂人だよ」
「な…なんでストっ!?チキュウノ司法である先生を……」
血液生命体の垂れ流した出まかせをあっさり信じ込むグレイシー。怒りのボルテージが急激に上がりまくって、言葉遣いが大分変になっているが、当人は気づいていないし、血液生命体にもどうでも良い。
実際のところは、血液生命体が血を貰う為の前準備として、拉致監禁して二週間ほど嬲った少年が、アレクサンドラと親しくしていた人間で、アレクサンドラが助けにやってきたというだけなのだが。
その時に、「ロリBBAがショタ手懐けてババショタか〜〜〜?」と煽ってマジギレさせたのは、血液生命体的にはどうでも良い話。
ちなみにその時の血液生命体は男の身体だったのだが、そのときの性別に多少は影響されるとはいえ、この血液生命体は基本的にジェンダーレスである。
男も女も平等に凌辱してやるし、生き血を貪るのだ。
-
グレイシーは嫌な予感がするという事を差し引いても、好みではない為にスルーだが。好みだったならば、自分に絶対の信頼と敬意を抱く大型犬の様な存在とあって、意馬心猿を抑えられなくなったかもしれない。
【ククク…あのロリBBAのクソ犬は厄介だが、コイツをけしかけてその隙を突けば】
血の塊でしかない為に、物理的に撃破するのは困難極まりない性質を持つとは言え、身体を構成する血液を消滅させられれば、復元は能わない。
アレクサンドラの影犬は、食らったものを三次元空間から消し去ってしまう性質を持つ為に、この血液生命体の天敵と言えた。
【あのロリBBAが此奴にに殺されるのも良し。此奴を返り討ちにしたとしても、隙を晒せば良し。私にとっては面倒な奴が一人、確実に減る】
どうしようかなと思い悩んでいた面倒事を、何とか処理できる算段が付いて、血液生命体は本物スヒョンに胸中で感謝の意を捧げるのだった。
性別も姿も名前も違うとはいえ、過去の自分を識るアレクサンドラと接触した場合。自分が本物スヒョンを嬲り抜いて殺害し、入れ替わった事を、グレイシーに知られたらどうなるか。
その事を完全に失念してしまっているキム・スヒョン(偽物)だが、この事がこの先どういう顛末を齎すのか、神ならぬ身には、当然分からないのだった。
【F-4 朝 市街地 無人の服屋】
【キム・スヒョン】
[状態]:ダメージ(小) 困惑(中)
[装備]:無し
[道具]:無し
[思考・行動]
基本方針:死ぬのは嫌なので優勝する
1:なるべく愉しんで殺す
2:面倒な奴は避ける、と言いたかったが、この面倒さは予想してたのと違う!!
3:少年(フレデリック)と組みたい。(罪悪感に苛まれるところを見たいだけとも言う)
4:あの嬢ちゃん(加崎魔子)は嬲り殺して血を貰う
5:何か最後の奴(滝脇梓真)は適当に殺して血を貰う
6:コイツ(グレイシー・ラ・プラット)を利用してロリBBA(アレクサンドラ・ヴォロンツォヴァ)を始末しよう
7:此奴(本物スヒョン)の嗜好は一体…!?
8:双葉玲央と男(黄昏 暦)とは一体…!?
※男物のスーツを着用しました。
※キム・スヒョン(本物)の記憶と知識を掘り返したせいで、記憶と知識に本物スヒョンのものが混じりました。
思考や人格や精神には影響ありませんが、身に覚えのない変な言葉が出てきます。ミーム・汚染が近いです。
【グレイシー・ラ・プラット】
[状態]:ダメージ(少)、興奮
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・行動]
基本方針:デスゲームからの脱出、及び全情報の完全抹消
1:目撃者(双葉 真央)、七三の男(黄昏 暦)は必ず抹殺する。
2.記憶消去装置も平行して探す。
3.下等生物に不覚をとるとは、ドルーモの恥っ!
4.まさかこんな所で、憧れの地球人に逢えるとは!!
5.でも殺さなきゃ帰れないんだよな。どうしようか。
6.先生を踊った野蛮人どもは許さない
7.先生に犬をけしかけたアレクサンドラは許さない。ぶっ殺します
-
投下を終了します
-
投下お疲れ様です。
スヒョン、お前一体どうなってしまうんだ……
グレイシーに手を焼きながらも、元の世界での因縁の相手をどうする考えているのは彼女らしいが…
宇宙人の方も本物の憧れている相手が目の前の相手に何されたか知ったらどうなるかも気になるな。
要所要所に見られる版権作品のパロネタも面白かったです。
四苦八苦、フレデリック・ファルマン、加崎真子、滝脇祥真予約します。
-
投下します。
-
対主催の集団に付いていれば面倒ごとは避けられる。
そんな風に思っていた時期が、僕にもありましたよ。
★
さあ俺について来い、とばかりに大股で市街地を闊歩する魔子。
その後ろを、妙に背の高い2人の男が歩いている。
いや、背の高い2人の男、というのは少し語弊がある。
2人のうち1人、フレデリック・ファルマンは190を越えた長身だ。
だがもう1人の男、滝脇祥真の身長は、タンコブでかさ増しされている。
「痛むか。」
そんな彼を慮ってか、フレデリックが声をかけた。
「いえ…それほどでもありませんが……でも、あれだけで殴ることはないじゃないですか……。」
「君はもう少し、女性への気の遣い方を学んだ方が良いと思うぞ。
まあ君の言葉が彼女を元気づけたと考えても良いが。」
前回、元気を取り戻した魔子に対する、祥真の軽率な発言が原因だ。
ツンデレなんて言ったもんだから、激怒した魔子(ブチギレ・マコと言うべきか)の拳骨が祥真に飛んだのだ。
しかも何か知らんが一発殴ったのちに勢いに乗って、それが殴打の雨になった。
3人は東の城を目指す。
今彼らがいるのは地面も建物もコンクリート造りの市街地の[F-4]。
先程まで滞在していた[G-4]もそうだが、現代日本のありふれた住宅街のような風景が続く。
祥真や魔子にとって、馴染みの風景だ。殺し合いの会場ではなく、近所にある知らない場所でもおかしくない程だ。
余談だが、同じエリアのもう2ブロック南を歩いていればマーダー2名と鉢合わせするはずだった。
尤もその2人は、いまいちよく分からん事情でわちゃわちゃしていたため、彼女らと再戦することは無かったのだが。
-
「何というか、似たような景色が続きますね……。」
「しかし、歩けば歩くほど不思議な世界だと分かる。」
軽口をたたきながらも、3人は多かれ少なかれ警戒していた。
あまり道が広くない市街地。
どうぞこの辺りに隠れて、間抜けなカモを待ち伏せしてくださいとばかりに、奇襲を仕掛けるのに適した場所だらけだ。
「こらそこ、ベラベラしゃべってんじゃない。別に話に入れないのが嫌って訳じゃないぞ!
下僕共の気が緩んでいないか気になっただけだ!!」
どうしてフレデリックが不思議な世界だと思うに至ったのか、祥真が聞こうとした瞬間、魔子から檄が飛んだ。
「あ、スイマセン。」
「すまん。」
とりあえず2人も平謝りをして、またコンクリの地面を蹴る音だけが聞こえるようになる。
別に話をしてもいいだろという気持ちが半分、何だかんだで元気になって良かったという気持ちが半分と行った所だ。
「下僕共、疲れてないか?あれがこの地図にある『ショッピングモール』に間違いない。」
市街地の曲がり角を何度か曲がった後で、ひときわ背の高い建物が見えて来た。
これまた、祥真や魔子にとって、どこかで見たような建物である。
ただ、IE〇Nと書いてそうな看板にDESUNOと書いてある。
ここが彼女らの故郷の町ではなく、デスノの管理下の、殺し合いの世界であることを如実に語っているかのようだ。
「あれは明らかにイ〇ンモールですねえ。しかし、看板の文字が何とも嘘くさい。
というか、DESUNOではなくDEATHNOでは無いのでしょうか。」
割とどうでもいいことをぼやく祥真。
まだ城まではそこそこ歩かないといけない以上、彼としては少し休憩する場所が欲しいと思っている。
「この際名前など関係ないだろう。」
「しかしフレデリックさん?ショッピングモールを見ても驚かないんですね。」
「驚く?驚くとはどういうことだ。」
「いや、フレデリックさんって、何か狩りとかで生活してそうな見た目だったので、ショッピングモールとか見たら、鉄の怪物とか言うと思ったんですよ。
あ、何か失礼ですよね。ごめんなさい。」
祥真の言うことは失礼なのは否めないが、分からない話ではない。
フレデリック・ファルマン、正確には渡りの民の者の姿を見れば分かる。
浅黒い肌は屋外での活動が中心だと物語っている。
布地で作られたシンプルな衣装は、フィクションで良く出る、文明社会から離れて山や森を愛する狩人そのものだ。
「まあ、言っていることは分からないではない。渡りの民は家や畑を持たず、狩りや採集を要として生きているからな。」
「自給自足…みたいなものですか?」
-
祥真は学校の教科書で学んだ知識を照らし合わせて、彼の生活背景を考える。
知らない生活というのは祥真のような年代の男子にとって、この上なく惹かれるものだ。
高校二年生の時に学んだ、アジアの広大な大草原を羊と共に旅する遊牧民を連想した。
「まあ、大体はそのような生き方が基本だ。
ただ、原始的な生活をしている訳でもない。カネだって使っているし、他の部族や都市に住む者達との交易でチョコレートのような作りにくい物も手に入れているし、簡易的な発電機だって使っている。」
渡りの民がいつからそのような生き方を始めたのかは分からない。
彼らの歴史を綴った書が著され始めた1年前とも、100年前とも言われている。
草原、森林、砂漠、街道、川、町、村、山脈、海。
生活道具や家畜と共にあらゆる世界のあらゆる大陸を股にかけ、目的地も無く歩き続ける。
その途中で他部族や行商人、あるいは物好きな町人と交流を図り、交易を行う。
交換するのは物品ばかりではない。
どの地域で戦争が起こっているか、どの町に戒厳体制が敷かれているか、どの地域でどういった品物が不足しているか。
そのような情報を仕入れることも少なくはない。時によっては、町の新聞の方が食料や燃料より高値で取引されたこともあるぐらいだ。
「それでも、不便なことはあるんじゃないですか?」
「否定はせん。だがそれは君たちの生活も同じことじゃないのか?」
当然自然災害や野盗、猛獣との戦いで仲間を失うこともある。
やはり家のある生活が良かったと、いつの間にかいなくなっている者もいる。
交替で見張りや家畜の世話を行うため、深夜でも熟睡できない。
伝染病が発生した時など、まだ元気な者が千里を駆け巡ってでも治療法や薬を調達せねばならない。
医者がいれば何の問題も無い怪我でも、応急処置を怠れば死に直結する。
だが、そのような不便や危険を補ってなお、彼らの生活はフレデリックにとって素晴らしい物だった。
「いやまあ、それはそうですが……。」
川の水で洗ってあげたお礼代わりにと、顔を舐め回してくる動物。
地平の果てまで続いているかのように、視界の大半を緑で覆い尽くす一面の草原。
砂漠を旅していた時に、ようやくたどり着いたオアシスの水の味。
街の路地裏で無邪気に遊びまわっている子供たち。
雪に覆われた山の中で、お互いを暖めるように身体を寄せ合っている熊の親子。
1つの王国の町に生まれ、王国しか知らなかった彼にとって、渡りの民の一員として見た物はどれも美しかった。
ただ心残りがあるとしたら、戦場に置いて来た同じ国の兵士たちのことだ。
だがそういった未練もまた、渡りの民の者達にまずは自分が前を向いて生きるべきだと説得され、生活していくうちに消えていった。
「大事なのは生活の不便さではなく、日々の美しさを見つめることではないのだろうか。
まあ、戦場の恐ろしさに逃げ出した私が言うことでもないが。」
「あ、ちょっと待って下さい。彼女が話に入りたそうにして…。」
先頭を歩いていた魔子が、チラッチラッと2人を定期的に見ている。
それを察した祥真が、小声で彼に話す。
「待て!!」
だが、彼が話している途中に、フレデリックが彼の言葉を遮るほど大声を出した。
-
「血の臭いがする。」
彼が冗談を言うような人間とは思えない。
殺し合いに乗った者に暫く会ってなかったのもあり、僅かに解れていた空気が、再び緊張する。
血の臭い、ということはすぐ近くにスヒョンのような存在がいるのかもしれない。
魔子はいつでも魔法を撃てる態勢に入っていた。
それでどうにかなる相手かは分からないが、祥真もファイティングポーズをとる。
フレデリックは今まで先頭にいた魔子を追い抜くかのように走り出し、先頭へと出た。
「た、助けてください……。」
彼らの前に現れたのは、血まみれの女性だった。
後ろにいた魔子と祥真は、突っ込む余裕さえ無く腰を抜かしている。
「今、手当てする。すまん!!」
服の下はさぞかしひどい傷を負っているのだろうと考えた彼は、女性が着ている服をはだけさせ、下腹部を診ようとする。
勿論、やましい理由がある訳ではない。
渡りの民で一定期間生活した者ならば、応急処置の方法など誰もが身に付けている。
服に浸み込んだ出血量からして、そんなものでどうにかなるとは思えないが、見捨てるというのも彼のやり方に反する。
「………?」
だが、彼女の素肌は血で汚れてはいたが、傷一つ付いてなかった。
それが分かった瞬間、彼はあろうことか、女性を突き飛ばした。
「ぎゃっ!」
「ちょっと、何をしているんですか?」
祥真が見かねて、フレデリックを咎めようとする。
手当てをしようと思ったら、突然乱暴に突き飛ばすなんて、彼としても見ていられない。
「2人共気を付けろ!この女は殺し合いに乗っている!」
突然の彼の変貌ぶりに、2人は付いて行けなかった。
手当てしようとした瞬間、彼女をマーダーだと言い放つのはどういうことかと。
-
「彼女の体には傷一つ無かった。恐らくあの血は全て返り血だ。」
言われてみれば、あれほどの重傷を負いながら、立って歩いて来れるのはおかしな話だ。
そして彼女のやり方は、フレデリックには覚えがある。
過去に渡りの民を襲った、盗賊団のやり方だ。
盗賊と言っても、我らは泣く子も黙る40人の盗賊団、女と金を置いていけと叫び、正面から襲ってくる者ばかりではない。
重傷者や行き倒れのフリをして渡りの民に助けられ、期を見て仲間を呼び、内と外から奇襲をかけてくる者がいる。
渡りの民には応急処置の技術に長けた者が多いが、それは必ずしも自身や同胞を守るためだけではない。
負傷を偽装する者を見抜くという目的もある。
彼の言葉を聞くと、魔子は早速詠唱に入り始めた。
祥真も何をするべきか分からないが、包丁を取り出す。
スヒョンの支給品袋に入っていた物だ。
「ち、違います!殺し合いに乗るつもりはありません!」
四苦八苦は必死で弁解する。
スヒョンとノエルから、散々拷問された彼女だが、まさかマーダーの疑いをかけられるとは思わなかった。
瓜田に履を納れず、李下に冠を正さずという言い回しがある。
確かに血まみれの服で歩いていれば、疑われてしまうのは当然だ。
「ならばその服に浸み込んだ血は誰の物だ。傷が恐ろしく早く回復したという訳ではあるまいな?」
その血は自分の物ですが、自分は不死身で、傷はもう治りました。
そんな言葉を吐いても疑いが晴れないのは、彼女も分かっている。
仮にその言葉を信じてくれたら、異常な怪物として扱われ、それはそれで問題だ。
だが、背に腹は代えられない。
突然彼女は、自分の手を思いっ切り噛んだ。
あまりに予想外の行動にフレデリックさえも驚く。
「え?え?そっから巨人になるとか言う訳ではないですよね?」
「ま、まさか我らが同志だったのか?」
祥真だけは過去に読んだ、人間が巨人に変わるマンガを思い出したのは、まあどうでもいい話。
魔子からすれば、過去にメイクで傷痕っぽいラインを作って、誇らしげに見せていたのを思い出したのもまた、彼女の黒歴史。
-
勿論四苦八苦の手には、くっきりと歯形が付き、血がにじむ。
一体どんなことをしてくるのかは分からないが、フレデリックは警戒を怠らなかった。
だが、彼女の手に着いた歯形の傷は、瞬く間に消えてしまった。
「こんな風に、すぐに治ってしまうんです。」
「…言い訳も大概にしろ。もしそんな風に傷が治るというのなら、どうして助けを呼んだ?」
彼女が言っていることが正しいとするなら、それならそれで腑に落ちないことがある。
どんな傷でもたちどころに治ってしまう者が殺し合いにいるなら、最終的にその人物が勝利しまう出来レースになる。
一体どのような理由に基づいてデスノが参加者を選別したのか分からないが、適度に戦えて、そんでもって景気よく死んでくれる者の方が良いだろう。
傷が治ったのはどんなマジックなのかは不明だが、傷が早く治るなら、殺されることも怖くはないはずだ。
「恐ろしい金髪の女性に追いかけられていたんです。今着ている服をよこせって因縁を付けられて…」
「金髪の女性?」
フレデリックが最初に思い浮かんだのは、レイチェルのことだ。
逃げた方向からして、彼女がやった可能性はある。だが、その考えはすぐに検討した。
彼女は殺し合いにこそ乗っているが、目的は闘争だ。
追いはぎのような真似をする理由が見当たらない。
だが、それならば殺し合いに乗っている者が他にもいる訳だ。
「ええ、その女性はナイフと、弓矢のような物を持っていました。早く逃げないと、あいつが来ます!!」
「あの、一つ聞きたいんですが……。」
次に口を開いたのは祥真だった。
「傷ついてもすぐに治るのなら、恐ろしい奴が来ても大丈夫なんじゃないですか?」
「死ななくても痛いんですよ!!アイツ服をよこさないからって、耳を削ぎ落したりしてきたんですよ!!
支給品だって見てください!もし殺し合いに乗っていれば、血が付いているはずですよ!!」
話を重ねてみて、フレデリックには分かったことがあった。
彼女は殺し合いには乗っていない。
最初こそ異常な見た目から、殺し合いと関係しているとばかり思っていた。
だがその必死さや、殺意のなさは、殺し合いに乗っているとは考えにくい。
過去に重傷者のフリをして、渡りの民のキャラバンに潜り込んできた盗賊のような、隙を伺うハイエナのような息づかいは感じない。
「皆の者、ここは一つ、この女を下僕三号として、迎え入れてやろうではないか!!」
-
空気が僅かに緩んだところで、魔子が大きな声を出した。
四苦八苦の異様な姿と、フレデリックの雰囲気に気圧されていたのだが、ここは一つ、マギストス・マコらしい所を見せてやろうと考えたのだ。
「いいのか。」
フレデリックとしては、彼女への疑いが晴れても、共にいるべきかどうかを決めるのは難しい。
何しろ、彼女を追いかけてくる殺し合いにマーダーがいるという話だ。
勿論フレデリック1人ならば、彼女を見捨てるなど、渡りの民にもファルマン家にも反する行為だ。
だが、ここには魔子も祥真もいる。
彼女らを巻き込まないためにも、少なくとも彼女がアンゴルモアと再会するまでは、余計なことに首を突っ込みたくなかった。
「勿論だ!迷える子羊を助けてこそ、我が名も上がるというもの!」
「君の方が渡りの民の守り人に向いているのかもしれんな。」
「い、いやあ。そんなよく分からないグループのセンターを勧められても、我は困るぞ!?」
四苦八苦という訳の分からない存在に出会い、ささくれ立っていた彼だったが、彼女により毒気を抜かれてしまった。
アイドル、というのは結局分からない存在だったが、他人を元気づける職業に就いていたことはよく分かった。
-
「あらぬ疑いをかけたりしてすまなかった。是非許していただきたい。」
フレデリックは頭を深く下げ、謝罪する。
「いえ、良いです…この殺し合いでも、勘違いされたりしてましたので…。」
「あの、一つ思ったんですが、その服を着ていたらまた疑われるかもしれないので、あそこのモールで新しい服を取ってきたらどうですか?
服の一着ぐらいは取って行っても構わないはずですよ。」
「着替えたらすぐに城へと出発だからな!手早く済ませるのだぞ!下僕3号!!」
祥真の言葉に従い、自動ドアからショッピングモール内へと入る四苦八苦。
彼女の後を追うかのように、他の者達もモールへと足を踏み入れる。
商品が一個も無いじゃんと魔子が叫んだのは、それはまた別の話。
かくして、一度は四苦八苦のことで刺々しい雰囲気となったが、事なきを得た。
だが、これでめでたしめでたしという訳ではない。
2人の殺し合いに乗った者が、ショッピングモールに近づいていることを、彼女らはまだ知らない。
【D-4 ショッピングモール 入口/朝】
【四苦八苦】
[状態]:血塗れ、憂鬱 恐怖
[装備]:ノエルの学生服(ボロボロ)
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム1〜2(未確認)
[思考・行動]
基本方針:生存第一、辛いのもしんどいのも嫌
1:これ生存するだけでどうにかなる問題じゃなくなった、面倒くさい……
2:あの金髪(ノエル)怖い。誰か代わりにやっつけて。
3:着替えたい…けど、このショッピングモール商品が無いじゃん!
【備考】
※「笑止千万」の名前を名簿に確認しました。
【加崎魔子】
[状態]:感度抑制及び軽度の感覚遮断(快楽)の術式発動中(一定時間後自動解除)
[装備]:無し
[道具]:基本支給品一式 ランダム支給品0〜3
[思考・行動]
基本方針:殺し合いを打破し、デスノを倒す
1:アンゴルモアを探して城へ向かう。我が盟友ならば必ずやかの魔城に向かうだろう!
2:これからも頼むぞ! 下僕1号! 下僕2号!
3:こんなところで、おれちゃ、わたしはあのこにかおむけできない
4:下僕3号はもう少し見栄えを良くしてほしいな。
5:何でこのショッピングモール、商品が無いんだ?
【備考】
※名簿を確認済みです
※キム・スヒョンが死亡したと思っています
【フレデリック・ファルマン】
[状態]:健康
[装備]:無し
[道具]:基本支給品一式 ランダム支給品0〜2 対人手榴弾×1 折れた槍
[思考・行動]
基本方針:殺し合いの打破。出来うる限り多くの命を救う
1:レイチェルを次会ったら必ず止める
2:脱出の手段を講じる
3:キム・スヒョンを止める。殺す事も選択肢に入れる
4:魔子には無茶をしないでほしいし、助けてほしいのなら素直に助けを求めてもらっても構わない
5:四苦八苦はすまなかった。是非許して欲しい。
【滝脇梓真】
[状態]:健康
[装備]:玲央のナイフ
[道具]:基本支給品×2 ランダム支給品0〜4(服のようなものはありません)
[思考・行動]
基本方針:生還する
1:魔子、フレデリック、四苦八苦と一緒に城へ向かう
2:成り行きとはいえまあ魔子の事は支える。何というか難儀な人と出会ったしまったものです
3:あの貞子(四苦八苦)は別にいいですが、早いとここの場を離れたいモノですね。
【備考】
※キム・スヒョンが死亡したと思っています
[玲央のナイフ]
通り魔、双葉玲央が使っていたナイフ。刃こぼれしないように、彼の手作りである。
10人ほど刺しても刃こぼれしないが、特別な力があるというわけではない。
-
投下終了です。
-
エイドリアン・ブランドン
碓水盛明
雪見儀一
桝谷珠李
予約します
-
投下します
-
珠李が地を蹴って走り出す。竜の呼びかけに応えたかの様にも見えるが、そもそもが珠李の気質も魔法も武器も戦技も、凡そ防御に向いてはいない。
遠距離攻撃を焼き落とす、もしくは爆炎で爆砕するといった事もできるが、敵の攻撃を巧みに捌き、いなす小器用さは持ち合わせてはいないのだ。
それが為に、兎も角攻める。攻めて攻めて攻め続ける事で、敵の防御を崩して決めの一撃を打ち込む。崩せずとも苛烈な攻撃の連続で防御ごと撃ち砕く。それが珠李の戦い方だ。
身体に魔力を充溢させ、今までの様に、これからもそうする様に、珠李は竜を目掛けて全力疾走。
対する竜は、身体の左右と上方に、直径にして1m、長さ5mの氷柱を五本ずつ作成する。
全力で疾走する珠李が、回避が困難な距離まで近づいたところで、この氷柱を射出するつもりなのだろう。そう珠李は踏んだ。それは珠李の想定通りでみある。
竜が氷柱を放ったならば、爆炎魔法の応用で足元を爆発させて加速。一気呵成に間合いを奪い。進撃の勢いのままに、斬る。
日本の古流剣術である示現流の、懸り打ちと呼ばれる技法と、発想を同じくする珠李の必勝剣である。
だが、対するは、人間よりも遥かに永い刻を生きた長命竜(エルダー・ドラゴン)。人の使う小賢しい術技などは、お見通しだと言わんばかりに、珠李の想定外の行動に出る。
噛み締めた牙の間から、オレンジ色の眩い光が漏れ溢れ、口腔を開くと同時に、地獄の業火が撃ち放たれる。
触れてすらいないアスファルトの路面を、瞬時に溶け崩して灼熱の泥と変え、飛燕にも勝る速度で珠李へと迫る。
珠李は意にも介さず業火(ヘルファイア)へと突き進む。爆炎魔法を極め尽くした女には、この焔ですら、涼風と変わらない。
「爆炎使いに!こんな炎が通じるかっての!!」
「知っておるわ」
元より焔が通じぬのは織り込み済み。だが、熱で珠李の身体は焼けずとも、炎の輝きで目を眩ませる事は出来る。炎の息吹(ファイアブレス)は、珠李の視界を塞ぐ炎幕。本命を隠す為に放ったもの。
「オオオオオ!!!」
炎を吐きながら走り寄った竜が、後脚で立ち上がると、珠李を打ちのめすべく、左右の前肢を振るう。
予め展開していた氷柱は、竜に僅かに遅れて撃ち放たれている。これでは珠李は、左右に跳ぶことも、上空へと舞う事も出来はしない。
爆炎魔法を巧みに運用する事で、珠李は竜と互角以上に撃ち合えたが、所詮は豪炎剣あってこそ、生身の肉体で竜と撃ち合えば、爆炎魔法を用いても、人の柔な身体が砕けるだけだ。
「巧い!!」
逃げ道を全て潰し、確実に自分を仕留めに来た竜に、珠李は素直に心からの賞賛を贈った。
「けれど!!」
だが、賞賛するだけに終わらないのが、爆炎そのものの精神を持つこの女。瞬時に窮地に立たされて尚。その闘志は苛烈に燃え上がる。
頭上から振り下ろされる右肢に左手だけで豪炎剣を振り上げ、右から来る左肢に、無謀にも右掌を叩きつけ。
「火花(フォンケ)!!!」
魔法を発動。同時に轟く爆発音。一人と一頭が爆炎に包まれ、炎を突き破って珠李の身体が左方向へとすっ飛ぶ。
「見事」
竜は、珠李が如何にして、己の必殺の攻撃を回避したのか理解していた、
-
珠李は豪炎剣で頭上からの攻撃を支え。自身の右掌と竜の左肢が接触した瞬間。竜の左肢から伝わる破壊的な力で、自身の身体が砕けるよりも速く魔法を使用。
放った魔法で、右掌と竜の左肢との間に爆発を起こす事で竜の攻撃を弾き、更にその反動に加えて、足元を爆破する事で、自身の身体を左方向へと飛ばしたのだ。
「勇者の盟友、救世主と名乗るだけの事はある」
珠李が儀一に真っ向からぶつかって押せたのは、爆炎魔法と炎の聖剣有ってこそ。
爆炎魔法が無ければ、儀一の力に対抗出来ない。
聖剣が無ければ、儀一の力に耐えられ無い。
珠李と儀一の鍔迫り合いは、真実拮抗している訳ではない。
なればこそ、聖剣を用いた防御が出来ない様に攻める。実に理に適った攻略法で、それが故に凌ぎにくい。
それをあの様な想定外の形で凌ぐとは。名乗りに相応しい強者だった。
「あんたもやるじゃない。雪見儀一」
珠李もまた、竜を──── 雪見儀一を称賛する。
爆炎魔法による加速と加撃を短期間で見抜いて、躱す事が困難な攻略法を短期間に繰り出して来た儀一は,紛れもなく強者だ。己が力を振り回すだけの蒙昧な獣とは断じて違う、
「確かにあんた相手じゃ、接近戦で受けに回ると不利だけどさぁ」
珠李の全身に力と魔力が漲る。
「攻めさせなければ良いだけだってぇの!!」
珠李が再度駆け出す。踏み込む度に足元が爆ぜるのは、爆炎魔法で路面を爆破して、自身の身体を射出している為だ。
「赤い稲妻(ロート・ドンナー)!!!」
爆炎は珠李の身体、ただ真っ直ぐ前方に撃ち出している訳では無い。ある時は右前方に、ある時は左前方に、そしてある時は真っ直ぐ前に。
一歩一歩異なる方向へと珠李は自身の身体を撃ち出しながら、儀一へと向かって一定して前進。儀一から見れば、珠李の足元で尾を引く爆炎は、赤い稲妻と見えなくも無かった。
「巧いな」
この程度の動きならば、高速機動を得手とする“テンシ”ならば、容易く────それも遥かに速く行っていた。
その機動力は“アクマ“達が『ブラック・プリンス』という兵装を作成して対抗する程に脅威的だった。
その“テンシ”達と戦った経験を持つ儀一は、珠李の動きを見切る事は容易である。“テンシ”達と同じ機動をするだけならば。
だが、珠李は“テンシ”達の上を行く。
速度では“テンシ”達に劣る。こればかりは仕方が無い。珠李の肉体強度は、“テンシ”の其れには遠く及ばない。加速が過ぎれば剛体と化した空気に肉体が耐えられないのだから。
珠李が“テンシ”に勝るのは、速度では無く運用法だ。
一歩一歩毎に速度を変え、拍子を変えて突き進むその動きは、まるで舞踊の様で、只の戦闘兵器でしか無い“テンシ”達には決して出来ない動きだった。
「この動きは初めて…いや、以前に一度」
嘗て戦った“テンシ”の一体。人間の男から感情を知ったという“テンシ“を思い出す。
あの“テンシ”の動きには、竜も、“アクマ”達でさえも翻弄され、屠られた。
完成したばかりの “アクマ”兵装『ブラック・プリンス』の使用と、マスターである男を狙う事で漸く対処出来た程だった。
儀一もまた、変幻の極みともいうべき剣舞を見切れずに、手傷を負ったものだが、今なら分かる。アレは音楽を知っているからこそできた動きだと。
「だが、今なら儂にも分かる」
儀一は雪見儀一が聞かせた“鼓”を想起した。
珠李の動きと、“鼓”の調べ、その二つは全くの別物だが、何処かで通じるものが有った。
リズム、拍子、そういったものが、何かしら繋がっているのだろう。
儀一は意識を集中して、珠李の動きを作るリズムを感じ取る。
珠李の刻む足音が、“鼓”の調べと重なって聴こえてくる。
速度も進行方向もまるで一貫性の無い、狂乱の疾走は、見切る事は困難を極める。
だが、儀一は、確かにその動きを見切って────聞き取っていた。
珠李と儀一の距離が縮まる。変幻と狂乱を極める爆音の中で、l儀一の耳にハッキリと音が聞こえる。
死生を分かつ一瞬を、儀一の耳は確かに聞き取った。
「ハアアアアア!!!」
「オオオオオオ!!!」
珠李と儀一の鬨の声が重なり、振り上げられた“爆炎”と、振われた“爪”が交わり火花を散らす。
鋼と鋼の激突する凄絶な響きが消えぬ内に、続く二合目。更に三合、四合と刃と爪が撃ち交わされ、四十を超えたところで趨勢が一方に傾き始める。
「マガツ鳥と違って……重い!!」
珠李と儀一。繰り出す攻撃の威力は五分と五分。にも関わらず、均衡は珠李の不利へと傾きつつあった。
-
原因は至極単純。上背で上回る儀一の体重を掛けた打ち下ろし。
力で拮抗はしていても、其処に重さという要素が加われば、体重で遥かに劣る珠李が不利になる事は当然の帰結だった。
その上、儀一は左右の肢を用いて攻防を行えるのに対し、珠李は一振りの聖剣のみで戦っている。単純に手数が半分なのだ。
必然として、珠李は追い込まれていく。人間を相手にした時には、考えもしなかった窮地である。
珠李は脚に、鈍い痛みを感じていた。儀一の撃ち下ろしを支える脚に、疲労とダメージが蓄積しだしたのだ。
このままではジリ貧になる。その事を悟った珠李は、即座に判断を下す。
「流星(メテオア)!!!」
足元に魔法を撃ち込む。飛散する石塊は、爆炎で全身を包む事で防ぎ、珠李は続けて次の攻撃の準備に入る。
儀一は無傷。直撃させても魔法は殆ど効かないのだ。足元に打ち込んだところで、なんの痛痒も有りはしない。
爆発により、四方へと吹き荒ぶ爆風に眼を細めた儀一は、直後に珠李に自由を許した己が失策を知る事になる。
「流星(メテオア)アアアアア!!!!」
間髪入れぬ爆発は、一度目の爆発で空気が四方へと追いやられ、当然の現象として発生した大気の吹き戻しにより、暴力的に威力を増して、儀一に襲い掛かった。
盛大に火柱が生じ、爆煙と猛火が儀一の姿を覆い隠す。
珠李は豪炎剣に膨大な爆炎を纏わせる。
追撃の一打を喰らわせて、勝利を確かなものとする為に。
炎の聖剣と、珠李の魔力とが共振し、互いに高め合い、太陽の如き輝きを放つ。
過剰なまでに魔力を高めた珠李が、駆け出そうとしたその時。荒れ狂う風が猛火を吹き散らした。
珠李の脚が止まる。かなりの痛打だった筈なのに、最高位の魔獣である儀一は傲然と立っている。その威容に怯んだのでは無い。
儀一がもはや攻撃を『終えている』事を悟って、足を止めたのだ。
「返礼するぞ」
大気が騒めく。不気味な轟を伴って、激しく鳴動する。
儀一が行った攻撃を理解した珠李は、剣身を半ば以上路面に突き入れ、腰を落とし足を踏ん張った。
不可視の巨大なハンマーが出鱈目に振われたかの様に、吹き荒れる狂風が、珠李を儀一諸共に打ち据る。
珠李が行った爆撃と、それに伴う燃焼により発生した強烈な上昇気流により、地表付近の大気が一時的に減少した状態を利用した一撃。
魔力により風を操り、珠李と儀一の周辺へと吹き込んでくる大気の流れを爆発的に加速。逃げ場の無い打撃としたのだった。
剣を路面に突き立てて身を支え、何とかその場に留まった珠李に、立て直す暇を与えず、儀一は炎の息吹を吐き付ける。
いかに強力な炎であっても、爆炎使いには通用しない。しかし儀一が放ったのは炎だけではなく風を操り、炎の燃焼と指向性をより強めた攻撃。
珠李は業火と竜巻に同時に直撃した様なものだった。
「う…ぐ、ああああああああ!!」
最初は何とか堪えていたものの、間断無く吹き付ける灼熱の暴風に、遂に剣が抜けて、珠李の身体は宙を舞い、背後にあった建物へと叩き込まれる。
珠李の身体が叩き込まれた衝撃と、吹き付ける高熱と暴風に、建物が倒壊しながら炎上するが、儀一は追撃の手を緩めない。
普通乗用車を超える大きさの高密度の氷塊を作り出すと、珠李の飛んでいった軌跡をなぞる様に射出する。
純粋な質量と硬さ、そして速度による追撃。奇を衒うことの無い、単純極まりない物理攻撃は、それだけに防ぐのは難しい。
「まだまだぁ!!!」
総身から炎を噴き上げ、炎上し、倒壊する建物を更に燃え上がらせながら、珠李が炎の聖剣を横薙ぎに振るい抜く。
「赤い三日月(ロート・モントズィッヒェル)!!!!」
振るった剣の軌跡に沿って、珠李の燃え上がる心火を具現化した様な紅く眩く輝く三日月状の刃が放たれた。
凝縮された炎の三日月は、猛速で迫り来る氷塊と激突。瞬時に砕かれ、気化させられた接触部分が水蒸気爆発を起こし、上下に断割され、爆圧で砕けた氷塊を明後日の方向に吹き散らす。
-
大気を震わせる轟音を伴い、真紅の三日月は儀一を目指して飛翔する。威力が減じたとはいえ、珠李と豪炎剣の魔力が合一した炎の刃は、直撃すれば魔力を吸収する竜の肉体ですら無事では済まない。
この真紅の刃を、儀一は再度の風の魔力を伴った炎の息吹で迎撃。息吹と三日月が共に砕け爆ぜて爆炎となって、周囲に熱と破壊を撒き散らす。
熱と爆風が治まるより早く、珠李が剣を再度振るい、赤い三日月(ロート・モントズィッヒェル)を撃つ。
飛来する三日月を、儀一は避けると、遊園地の中央へと走りながら、空気弾を珠李とその周辺に向けて乱射。
珠李もまた、儀一の後を追って駆けながら、煙幕を展開し、剣を縦横に振るう。自身の身体に当たる空気弾を砕きながら、機を捉えては赤い三日月(ロート・モントズィッヒェル)を撃ち放つ。
空気弾が路面を穿ち、街灯をへし折り、建物に風穴を開ける。
三日月が街路樹を、建造物を焼き切る。
人と竜は、破壊を撒き散らしながら、遊園地を駆けてゆく。
◆
「なぁ盛明よ」
「……なんでしょうか」
「デスノって奴はアホなのか?」
背後から聞こえる轟音と、地面を伝わる震動に、エイドリアンは頭を抱えていた。
「怪獣だろ、あんなの」
嘗てエイドリアンの所属する異常殲滅期間は、異世界の『竜』の討伐を行なったと聞いた事が有った。
その為に、「多分何とか出来るだろう」と考えていたのだが、大分距離があるにも関わらず、不定期に聞こえて来る轟音や、伝わってくる震動が、あの1人と一匹がエイドリアンの手に遙かに余るものだと再認識させて来る。
ただの一度の音と震動だけでも、アレだけのものを生じさせる攻撃、巻き添えを食っただけでも、エイドリアンが10人居ても纏めて死ぬ猛威である。
それが、複数回聴こえると言うことは、複数回攻撃を撃ち合っているということで、竜は当然として、赤毛の女の方も、相当に頑強(タフ)だという事だ。
勝ち目云々の話では無い。冗談抜きで核でも用いなければ勝負にもなりそうも無い。
「殲滅兵器ってのが、オレ達凡人への救済措置なのかねぇ」
二人が目指すのは、遊園地の中央に存在する、イベントホールだ。『展示』というからには此処だろうと、エイドリアンは踏んでいた。
無かったならば、別の場所へと行かなければならないが、発生源を変えながら派手に聞こえ続ける爆発音を思うと、際限無しに気が滅入った。
“こっち来んなよ”と、言葉にせず祈りながら、イベントホールの扉を開けると、広いエントランスに“ソレ“は在った。
-
天井から複数の鎖で吊り下げられている、背に三対六翼の羽を持つ見目麗しい美少女は、確かに“テンシ”と呼ぶのが相応しい。
だが、それならば、何故その全身が、拘束具で縛められているのか。鎖にしても大型貨物船を係留するのに使用する、常人ならば重さで潰れてしまう様な、太く頑丈なモノだ。
「ど、どうしましょう…」
震える声で盛明が訊く。この少女に施された縛は、明らかに異常だ。それが盛明を怯ませる。
「どうって言われてもなぁ……」
エイドリアンも盛明も、ハッキリと理解できた。これは解き放って良いものでは無いと。
エイドリアンにしてみれば、この少女は殲滅対象ではある。だが、この少女を利用しない限り、此処から生きて帰る事ができる見込みは殆ど無いとも考えている。
だが、この少女を解放して、果たして殲滅できるのか?この少女が、あの今も派手に暴れている怪獣共を纏めて殺せるとして、そんな化け物をどうにか出来るのか?
いずれにせよ。悠長に考えている暇は無い。
破壊するか、解放するか。
その決断は───遂に下される事は無かったが。
外から複数の破砕音が聞こえると、壁を破って飛来した赤い三日月状の刃が、二人の眼前で吊るされた少女に直撃したのだ。
突然の事に呆気に取られる二人の前で、鎖も拘束具も吹き飛んだ少女が、床へと落下した。
駆け寄ろうとする盛明を腕を振って制止すると、エイドリアンは“トリスタン”の銃口を炎に包まれた少女へと向ける。
「エイドリアンさん!?」
「あんな爆発で、身体が残ってるなんざぁ、有り得ないだろ」
エイドリアンの声は硬い。外からは破砕音だの爆発音だのに混じって、女の怒声まで聞こえてくる始末。怪獣共が此処へと接近しているのだ。
【死ぬな。こりゃ】
眼前の少女と、外の怪物共。二つの脅威に、エイドリアンの思考は暗い未来を思い描く。
打開策を見出すべく、頭脳をフル回転させるエイドリアンの目の前で、炎に包まれたままの少女が、いきなり立ち上がった。
白い髪、白い肌、首から下を一部の隙なく覆う戦闘装甲に至るまで白一色で構成された少女の瞼が開き、真紅の瞳が現れた。
凡そ感情も意志も無い。純粋に只々周囲の光景を映しているだけの瞳が、エイドリアンと盛明へと向けられる。
「……あ〜。もしもし?一つ言っとくが、俺達は敵じゃあ無いよ。さっきお嬢ちゃんを吹っ飛ばしたのは、外で暴れてる奴等。オーケイ?」
未だやまぬ轟音と震動の発生源と思しき方向を指差して、エイドリアンは愛想笑いを浮かべる。
「…………………」
少女の反応は、無し。
「お嬢ちゃんは、“アクマ”とかいう奴等を殲滅する為のモノだろ?俺達は只の人間。オーケイ?」
エイドリアンは全身脂汗を流しながら話し掛ける。
-
この白い少女が如何なる存在かは不明だが、“アクマ”とやらが外で暴れている怪獣共と同等の強さを持つとした場合、そんな化け物を殲滅する為の兵器なんぞ相手に出来る訳が無い。
この少女に『敵』として認識されれば、二人揃ってお陀仏だ。
何処かから、電子音が聞こえた気がした。
「…………走査、完了。“テンシ”兵装の所持者。マスターの有資格者と認識。………異質なエネルギーを感知。解析……解析不能。暫定的に“アクマ”と繋がるものと判断。排除」
「そりゃどういう意味だよ?」
空気が爆ぜる音が聞こえた時には、既に事が終わっていた。
エイドリアンの視界の端で、何かが動いた。
「……は?」
声も無く、音も無く、盛明の体がずれていく。
盛明の右肩から左脇腹に掛けて斬線が走り、それに沿って盛明の身体がずれていくのだ。
断末魔も何も無く、盛明は二つに分たれて、切断面から派手に血をぶちまけて地に倒れた。
銃声と、金属同士がぶつかる硬質の音が響いたのは、殆ど同時の事だった。
「“アクマ”は人に擬態します。疑わしき存在は排除せねば、“アクマ”の浸透を阻止できません」
エイドリアンが下げていた銃口を、電迅の速度で跳ね上げ、発砲。
至近距離から顔面に放たれた銃弾を、何らかの手段で防いだ少女が、無機質な声音で、盛明の殺害について説明した。
「いや、此奴は…単に」
『この殺し合いの為に、動ける事ができる様にされた重病人だぞ』と続けようとして、ふと気付く。
【それが原因か?】
“アクマ”とやらは不明だが、盛明が重病人であるにも関わらず、何とか動ける様になった要因。それこそが、この少女が言った、解析不能の異質なエネルギーなのだろう。
【疑わしきは罰す……か。まるで異常殲滅機関(おれたち)だな】
目線だけを盛明へと向ける。痛みも苦しみも感じなかっただろう死に顔なのが、ささやかな救いと言えた。
「貴方は、私のマスターとなる資格が有ります。“テンシ”は、マスターの指示を必要とします」
「……いや待て、なら何故、盛明を殺した。お前は今、勝手に此奴を殺したよな」
「“アクマ”と関わりが有る『かも知れない』存在が、人の至近にいた為に、排除を行いました。今後の行動は、マスターが存在しなければ、何も行えません」
「あ〜。つまり……何か?俺が決めなけりゃ、外の怪獣共から逃げる事も、奴等をぶっ殺す事も、どっちも出来ないって事か?」
「その通りです」
「…………………」
エイドリアンは黙り込んで、思考を巡らせる。
この容赦の無さこそが、この少女が厳重に封じられていた理由だろう。
そんなものを解き放てば、此処に集められた連中のうち、何人がこの少女の犠牲になる事か。
異常殲滅機関の機関員であるエイドリアンにとっては、どの道殲滅する相手だ。全員死んでも全く問題は無い。
だが、この少女の容赦の無さは、利用できる異常者をも、出会い頭に殺しかねない。
果たして、制御できるのか。
「一つ聞きたい」
「何でしょうか」
「俺が言わなきゃ、もう誰も勝手に殺したりはしないだろうな」
「貴方が安全であると、判断できる限りは」
【それじゃ困るんだよ!!】
得体の知れない力で動けるようになったとはいえ、無力無害な盛明を、エイドリアンの『至近にいる』というだけで殺してのけたこの少女の判断する『安全』とは、どの様なものなのか。
皆目検討がつかない以上、この少女が居れば、異常者を利用するのは不可能と言えるだろう。
額に手を出して当てて考え込むエイドリアンだが、事態は悠長に思考することを許さない、
エイドリアンの居る建物に、圧縮空気のの砲弾が複数撃ち込まれ、更に数度の爆発で一方の壁が崩れ落ちると、崩壊した壁の部分から飛び込んできた火球が室内に着弾。火災が発生した。
「ああ、クソ!!後の事は後の事!!!」
兎に角、身の安全が最優先。この殲滅兵器を使ってでも、外の奴らを排除しなければ、その内巻き添え食らって死ぬ。
「外の奴等を殲滅しろ!!!」
「了解ですしました。マスター。ではこれを」
“テンシ”が差し出したインカムを、エイドリアンは受け取った。
「何か有ったらこれで呼べと」
「私に命令するときに使って下さい。それでは、出ます」
エイドリアンの許可を得た“テンシ”は、壁に近づくと、六翼のうち、右最上段の翼を振るい、壁を粉砕。壁に大穴を開けた“テンシ”は今度は左中段の翼から、複数の光弾を撃ち放った。
-
◆
飛来する炎弾に、氷塊をぶつける事で防ぎ、氷の槍を射出する。
三日月状の炎を、ある時は駆け、ある時は跳んで回避して、圧縮空気弾を撃ち放つ。
氷槍を火花(フォンケ)で砕き、流星(メテオア)を撃ち返す。
圧縮空気弾を豪炎剣で斬り払いながら、機を掴んでは赤い三日月を(ロート・モントズィッヒェル)を飛ばす。
遊園地を瓦礫の山と変えながら、一人と一頭は駆け回りながら飛び道具を応酬し、時には飛行し、更に時折接近しては、真っ向から斬り結ぶ。
両者の攻防は何処までも五分。竜は未だに全力では無く、珠李が後二つ強化を残している事を踏まえても、両者はやはり互角というべきだろう。
戦況は拮抗し、千日手を両者が意識し出した時。突如として複数の光弾が飛来した。
この不意の乱入に対し、両者はそれぞれの能力を活かして対処する。
儀一は路面に爪を突き立て、勢い良く腕を振り上げと、縦横1m程のアスファルト塊が付いてくる。
そのアスファルト塊を、思い切り投擲。自身に飛来する光弾にぶつかって、周囲の光弾も巻き込んで爆発した。
珠李は豪炎剣に莫大な魔力を纏わせてから、一閃。
真紅の半月が、光弾を打ち砕きながら飛んでいき、乱入者が居ると思しき建物へと吸い込まれる────その直前。無数の光弾が半月を打ち据え、破壊しでしまった。
「へぇ…」
「テンシ…?」
三日月を超える威力の攻撃を、容易く無力化した少女を強敵と認め、珠李が闘志を滾らせる。
とうの昔に役割を果たし、現存しているモノなど無いだろうと思っていた“テンシ”の登場に、儀一は驚きを隠せない。
7mの距離を置いて、互いを牽制し合いながら、儀一と珠李は、50m程離れた位置に有るイベントホールへと視線を向ける。
「敵対存在認識。『竜』及び人間には有り得ない高エネルギー反応を持つ人型個体……。“アクマ”と認識。排除開始」
そんな両者の反応など知らぬとばかりに、始まりの“テンシ”は、速やかに攻撃を開始した。
足が地面から離れ、30cm程の高さに浮遊すると、頭から珠李へと突貫。左右上段の翼を輝かせ、猛速で珠李へと迫りながら、左右中段の翼から儀一へと光弾を連射する。
儀一は駆ける事で光弾を回避しようとするものの、光弾は儀一の動きに合わせて軌道を変えて追い縋る。
煩わしげに唸った儀一は、風の魔力を翼に纏い、上空へと舞い上がった。
竜が飛翔するのを横目で見ながら、珠李は気炎を燃え上がらせ、闘志を滾らせ、魔力を爆炎に変えて身に纏う。
「面白いじゃない!」
珠李は足元を爆破、爆発を推進力へと変えて“テンシ”へと突撃して、“テンシ”の攻撃のタイミングを狂わせると、豪炎剣を真っ向から、“テンシ”の脳天へと叩き込む。
豪炎剣が、可憐な少女の姿の“テンシ“の頭部を撃砕するまで十数cmの所で、“テンシ”の右上段の翼が、豪炎剣を受け止めた。
-
豪炎剣から伝わる手応えに、や珠李の顔が歪む。伝わる手応えは鋼のそれ。しかもとびきり重く高密度な鋼塊のものだった。
剣身と翼が交わった瞬間に響く、鋼と鋼の激突した壮絶な音よりも明確に、この“テンシ”の翼の性質を知らしめる異様な手応え。無数の虫が皮膚の内側を這うかの様な、不快な痺れが両腕を走る。
翼で豪炎剣を受け止めたまま、“テンシ”が加速。重量と速度を支えられず、押し負けた珠李の体幹が崩れ、晒した隙を逃さず、左上段の翼が振われる。
「クッ…火花(フォンケ)!」
足元を爆破して、“テンシ”を飛び越す様に上空へと飛翔。“テンシ”の後方を取ると、追撃の光弾に向けて豪炎剣を振るい抜く。
「赤い半月(ロート・ハルプモント)!!!」
迎撃と反撃を兼ねた一手。灼熱のマグマを練り固めた様な輝きを放つ半月状の刃が、光弾を消し飛ばしながら“テンシ”へと猛進。対する“テンシ”は、右下段の翼を輝かせる。
「グ……あああ」
音にならない振動が、珠李の鼓膜を震わせる。全身の血が激しく掻き回され、肉が骨から乖離するかの様な不快な感覚が生じた。
“テンシ”の取った手段も、珠李と同じく攻防一体。翼を震わせて発生させた超振動波で、珠李の放った赤い半月(ロート・ハルプモント)を粉砕し、上空の珠李に痛打を見舞ったのだ。
本来の威力を以て両翼で放てば、肉も骨も塵となり、血液は赤い霧となっているところだが、珠李の方向にはエイドリアンの潜むイベントホールが有る。
その為に威力を落とした事が、珠李が死なずに済んだ理由だった。
空中で姿勢を崩し、地面へと落下する珠李へと左右の上段の翼を展開。数千を優に超える鋼針を射出した。
長さ10cm、直径0.01mmの無数の針を、50cmの円内に集束させて射出するこの攻撃は、有効射程こそ5mと短いが、被弾した対象を微塵と粉砕する威力を有している。
「流星(メテオア)ァアアアアア!!!!」
一撃の元に、儀一の魔法を全て消し飛ばし、儀一にも痛打を与えた爆炎魔法が、針弾諸共“テンシ”を爆散させるべく放たれる。
果たして放たれた流星(メテオア)は、鋼針の悉くを融解させて、“テンシ”へと迫る。
“テンシ”を呑み込んだ爆炎が千々に砕け、“テンシ”が珠李へと突貫してくる。その右下段の翼が、烈しく発光しているのを珠李は見た。
超振動波を全身に纏う様に発動し、珠李の爆炎魔法を破砕して無力化。その振動波を纏ったまま突っ込んできたのだ。
“テンシ”の右手が蒼白いスパークを発する。それを見た珠李の表情が変わる。
伸ばされた“テンシ”の右手から、五千万Vにも達する凄まじい電流が発生した。“アクマ”の大型個体や『竜』といえども受ければタダでは済まない電撃は、人間である珠李が受ければ即死を免れない。
だが、雷の英雄を誰よりも良く識る珠李に、どれ程の威力があろうとも、正面から何の工夫も無く放った電撃など通じる事は無い。
豪炎剣をスパークが放たれる前から振るい、蒼白い電流を切断した。
雷切伝説。この伝説を再現する絶技を見ても、心無い“テンシ”は全く何も感じた様子も無く、攻撃を続行する。
電撃を放った右手の五指を伸ばして貫手を作り、珠李の胸目掛けて突き込んでくる。
対する珠李もまた、右手だけで豪炎剣を“テンシ”胸へと突き立て、左腕で胸へと迫る“テンシ”の右腕を払いに行く。
珠李のこの受けは、明らかに無謀と呼べるものだった。
外見不相応の重量を有するのが“テンシ”の軀。そこへ大型猛獣も拳の一撃で即死させる膂力と、人間の反射神経を遥かに超えた速度が加われば、堅牢な城壁を砕く破城槌と呼ぶべき威力となる。
人間(ヒト)如きが素手でどうにかできるものでは到底無い。
だが、それは只人の場合の話。爆炎の救世主ならば話は異なる。
珠李の左掌が、“テンシ”の腕と接触した瞬間。小さな爆発が生じ、“テンシ”の右腕を弾き飛ばす。
-
『竜』の爪ですら防いでのける、爆炎魔法を応用した防御術は、“テンシ”の破城槌も防いでのける。
“テンシ”の方は、豪炎剣に対し右上段の翼を叩きつける事で防御。翼の重さと、翼に込められた力と速さで以って、珠李の手から豪炎剣を叩き落とそうとする。
再度響く、鋼と鋼の激突する音。打ち負けたのは、力と速度で勝る“テンシ”の鋼翼。豪炎剣から噴き上がる業火が、“テンシ”の翼に打ち勝ったギミックだ。
「だああああありゃアアアアアアアアアッッ!!!!!」
“テンシ”の振るった翼を、爆炎魔法で弾き飛ばし、“テンシ”を仰け反らせて隙を晒させる事に成功した珠李は、肺の空気を全て吐き出す勢いで咆哮。
豪炎剣が激しく炎を噴き上げ、プロミネンスの如き輝きが、周囲を白々と眩く照らす。
胴を薙ぐ軌道で振われる豪炎剣を回避するのは不可能と察した“テンシ”は、迎撃を選択。左右上段の鋼翼を、渾身の力で真っ向から叩きつける。
生じたのは、音などでは無く爆発だった。
豪炎剣と鋼翼が激突したと同時。珠李は豪炎剣に纏わせた爆炎を全て爆破。生じた巨大なエネルギーが、“テンシ”を遥か後方へとすっ飛ばす。
トンを超える重量の爆弾が投下されたかの様な震動と熱風が、周囲の建物を激しく揺動させ、二人の近くに在った建物に至っては、耐えきれずに倒壊した。
高熱に晒されて、周囲の街路樹や瓦礫が燃え上がる中、珠李は豪炎剣に再度炎を纏わせる。
「高みの見物ってのは!どうかと思うんだけど!?」
上空目掛けて豪炎剣を振るう。放たれた赤い三日月(ロート・モントズィッヒェル)は、天から降り注いだ火線と激突。盛大に爆発した。
「炎の息吹(ファイアブレス)を圧縮して密度を上げて、風の魔力で指向性を持たせてレーザーみたいにして撃つのが、あんたの本気って訳ね」
上空から舞い降りてきた儀一に、闘志を漲らせたままで、珠李が話し掛ける。
呼吸を整えるだとか、仕切り直すだとか、そういった意図は存在し無い、純粋な雑談だ。
「見事な手並み。そして洞察力だ。世界を救ったというのは伊達では無いな」
儀一もまた、戦意を散らせる事なく、珠李との雑談に応じた。
己と、“テンシ”相手に示した戦い振りは、敬意を表するに相応しかったから。
「お褒めに預かって光栄ね。それで、私の力を認めたんだから、そろそろ本気出さない?」
「そちらもあと2回、強化を残しているのだろう?」
「まぁ、それはそれとして」
「ああ、それはそれ、だな」
何処と無く穏やかな空気すら漂い出した両者は、同時に“テンシ”が飛んでいった方向に視線を向け、同時に後方へと跳躍。
秒瞬の後、二筋の白く眩く光条が、それぞれ珠李と儀一の立っていた場所を通過。建物を複数貫通して飛んでいった。
◆
-
◆
「あれで死んだとは思ってなかったけれど。翼の一つももげていないとか」
「儂の知る“テンシ”よりも随分と頑丈だな。十中八九兵装によるものだろうが」
珠李と儀一の視線の先には、先程の爆発で飛んでいった“テンシ”が両掌を両者に向けて立っていた。掌に見える小さな“穴”。先程の光条は、あそこから放たれたのだろう。
三対六翼は欠けることなく全てが健在。少なくとも、目見える損害は一切無し。
「ここからは三つ巴ね」
「“テンシ”まで出てくるとはな」
竜も“テンシ“も纏めて倒すと気炎を挙げる珠李。
溜息をついて、珠李と“テンシ」へと備える儀一。
“テンシ”はそんな一人と一頭を、無感情に見つめている。
珠李が豪炎剣に炎を纏わせ。
儀一が全身に魔力を巡らせ。
“テンシ”が兵装を展開する。
動いたのは────三者同時。
吶喊しながら剣を振るった珠李が、長大な炎の三日月を飛ばし、『竜』と“テンシ”を纏めて薙ぎ払おうとする。
儀一が巨大な氷塊を珠李へと放ち、“テンシ”へと炎の息吹(ファイアブレス)を圧縮した火線を放つ。
“テンシ”が左右下段の翼を輝かせ、超振動波で珠李と儀一からの攻撃を迎撃しながら、再度珠李へと目掛け飛翔する。
珠李と儀一近接戦闘に於ける火力は五分と五分。されども体重が遥かに軽い珠李の方が、守勢に追い込まれた時に脆いのは、先だっての儀一との攻防で明らかだ。
だからこそ、珠李を相手に接近戦に持ち込む。重量と身体の頑強さ。この二つの優位を持って、珠李に不利を強いる為に。
超振動波により三日月の半分が千々に砕け、無数の火の粉となって舞い散る中を、三対六翼の“テンシ”が突っ込んでくる。
この“テンシ”の近接戦闘に於ける最大の武器は、戦車砲弾すら弾く甲殻を鎧った「アクマ”すら、一撃で撃砕する威力の、鋼翼による打撃では無い。
3mを超える“アクマ”の大型個体ですら、一撃で膝を折る威力を誇る剛拳でも無い。
掌から放つ、荷電粒子や大電流でも無い。
それら全て、一つ一つが必殺というべき攻撃を複数所持し、それらを同時に使いこなす。それこそが、この“テンシ”の近接戦闘術。数多の『竜』と“アクマ”を撃ち砕いてきた戦闘法。
超振動波で砕けなかった三日月の残り半分が、氷塊と激突して、水蒸気爆発を引き起こす。
派手に巻き起こった轟音と土煙の中、爆炎の救世主と“テンシ”は二度目の激突を開始した。
珠李の身体を包み込む様に、左右上段の鋼翼を同時に振るい。更に両拳を珠李の腹と胸目掛けて撃ち込む。
豪炎剣と爆炎魔法を用いても、同時に対処できるのは二つまで、四つという数を前には単純に手数が足り無い。
珠李はこの攻撃を、防ぐ事も躱すこともせずに、火花(フォンケ)で足元を爆破し、高速で後退する事を選んだ。
珠李らしく無い、逃げの一手。しかし、この行為は、珠李にとっては勝利への最短距離でしかない。
必殺を期した四点攻撃がアッサリと外された“テンシ”が、追撃の為に跳ぼうとしたその時。“テンシ”目掛けて、真紅の熱線が迫り来た。
珠李へと目掛けて突貫した“テンシ”を追って、儀一が首を振って火線を薙ぎつけたのだ。
被弾する直前。左右下段の翼を烈しく輝かせた“テンシ”の胴に火線が直撃。凄まじい爆発が生じて、“テンシ”の姿が爆煙の彼方へと消えた。
“テンシ”を捉えた後も、火線が止まる事は無く、そのまま珠李も襲うが、珠李は豪炎剣で受け止めて、防御。珠李自身と豪炎剣の能力とで、この破滅的な攻撃を無傷でやり過ごした。
ガードに専念して生じたの隙を見逃さず、儀一が珠李へと肉薄。下から掬い上げる様に右爪を振り上げた。
珠李が豪炎剣を爪に振り下ろす。爆音と火花が散り、両者の腕を軽い痺れが走る。
「ヌゥウオオオ!!!」
受け止められるのは計算の内と言わんがばかりに、儀一は右腕に力を込めて振るい抜き、珠李の身体を上空へと打ち上げた。
宙に浮かび、咄嗟の行動が出来なくなった珠李へと、追撃の左腕が放たれる。
二台の大型トラックが正面衝突したかの様な轟音が生じるのと、飛来した複数の光弾が儀一に直撃したのは同時。
-
辛くも豪炎剣で受け止めた珠李は、勢いよく剣身から爆炎を放ち、その反動を利用して十数m後方へと飛んで距離を空けると、着地と同時に後方へと振り向きながら三日月を放つ。
4mのところまで近づいていた“テンシ”は、鋼針を射出する為に展開していた左右上段の鋼翼を叩きつける事で防御。三日月が鋼翼と接触した瞬間、盛大に爆ぜて、全身が炎に包まれる。
“テンシ”は怯むこと無く、炎に包まれながらも荷電粒子を両掌から乱射するが、予測していた珠李は、火花(フォンケ)で足元を爆破して高速で移動する事で全て回避する。
“テンシ”は翼を展開。身に纏わりつく炎を払い除けると、右上段の翼を奮って、走り寄ってきた儀一の爪と、真っ向から撃ち合った。
足元の路面が砕けるほどの一撃を受け止めた“テンシ”は、無感情なまま鋼翼を振るい、儀一と攻防を開始する。
振われるのは爪に翼に左右の拳。全て原始的とすら呼ぶに値しない、獣の喧嘩で用いられる攻撃手段でありながら、その威力は動物の域など遥かに超えて、兵器のそれに到達している。
竜と“テンシ”。超常の生物と、それを殲滅する為の兵器。その両者攻撃ともなれば、単なる肉体を駆使した打撃でしかなくとも、最早人の技巧どころか、尋常の生物の能力で凌げるものでは無い。
振われる翼も拳も爪も、どれも全てが大気を引き裂き唸らせて、野の獣ですら認識した時には被弾している速度で持って放たれる。
単純に手数のみを競うならば、“テンシ”が圧倒的に上回る。一対の鋼翼に左右の拳。計四つの攻撃手段が、竜といえども看過できぬ威力を持って振われる。
対する竜が勝るのは、単純な威力の一点。拳は言うに及ばず、鋼翼ですら、竜の剛腕により振われる爪には及ばない。
更にいえば、“テンシ”の身体で竜の爪を受けられるのは、背の鋼翼のみ。振るった拳に爪を持って迎撃されれば、即座に引くより他に無い。
劣る手数を、対抗困難な威力で埋めて、竜は“テンシ”と真っ向から撃ち合う。
“テンシ”の鋼翼が竜の爪と激突し、銃火の如き火花を散らし、周囲に鮮烈な鋼の撃ち合う音を響かせる。
フットワークなど知らぬとばかりに、真っ向から脚を止めて撃ち合う両者の踏みしめるアスファルトの路面は、当に砕けて両者の足首まで埋没し、周囲に蜘蛛の巣城の亀裂を生じている。
“テンシ”が左右の鋼翼を、儀一を包み込む様に振るう。左右から殺到する鋼翼をまともに受ければ、“アクマ”達すら凌ぐ頑強さの竜の肉体といえども、甚大なダメージを負う事になる。
儀一は両腕を思い切り振るい、鋼翼を迎撃。活火山の噴火を思わせる轟きと共に、押し出された空気が暴風と化して、周囲を荒れ狂った。
“テンシ”の両掌が伸びる。右掌を儀一に、左掌を今まさに豪炎剣を“テンシ”の頭に振り落とそうとしている珠李に。
鮮烈な蒼白い光が迸る。至近距離から放たれる、点では無く面を攻撃する高圧電流。
“テンシ”の鋼翼を防いだばかりの儀一も、攻撃の動作に入っていた珠李も、両者共に対処出来る状態には無い。
だが、その程度で被弾する様な竜では無い。魔力を操り、身体の前面に水の壁を創り出す。
大気中から氷を創り出せるのならば、水も創り出せるのは道理ではある。
形成された水の壁は、超純水であったらしく、迸る電撃を完全に無力化してしまった。
tもう一方の珠李もまた、この程度で斃れる様ならば、救世主になど成り得ない。スパークを豪炎剣で斬り裂き、その性質で爆破する事によって無効化する。
「オオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
スパークを切り裂いた珠李が、竜と“テンシ”の隙に乗じて、豪炎剣を立て続けに振るう。
大気を斬り裂き爆破して、加速しながら振われる剣閃は、計六つ。
それぞれが、軌道の変化を伴いながら、竜と”テンシ”の急所と思しき箇所へと殺到する。
受ければ豪炎剣で斬り裂かれ、爆炎で追撃される剣撃を、鋼翼と爪で受け切った両者に、珠李は満足して笑顔を浮かべた。
-
これ程の強者と、開幕早々に出逢えたのだ。それも、二人も。
これが嬉しく無いわけがない。気炎が烈しく燃え上がる。燃え盛る闘志を爆炎と変えて、珠李は豪炎剣をより一層苛烈に振るった。
「だあああああありゃああああああ!!!!」
咆哮と共に繰り出される剣舞は、鮮烈な輝きを虚空に刻み、火の粉を振り撒いて加速する。
竜の爪が、“テンシ”の鋼翼が、豪炎剣と交わり火花を散らす。
「グヌっ!?」
乱舞する豪炎剣に、思わぬ痛手を被ったのは儀一だった。
乱舞する剣閃が儀一の瞳を灼き、視界に複数の赤黒い線を刻んだのだ。
視界を灼かれた儀一の隙を見逃さず、“テンシ”がここで初めて脚を用い、儀一の左脚に苛烈極まりないローキック。
巨像の脚でもへし折るどころか千切れる威力の蹴りを受け、儀一の身体が揺らぐ。
更に“テンシ”が追い討ちを掛ける。鋼翼を勢い良く振るい。低くなった儀一の頭目掛けて薙ぎつける。
「ヌルいわ」
“テンシ“が蹴り技を温存していた様に、儀一もまた、攻撃の手を一つ隠していた。それを、開帳。
振われた尾が、“テンシ”の鋼翼を受け止める。両者の振るった剛力が両者の身体を伝わって地面へと伝わり、路面を陥没させてしまった。
鋼翼と竜尾はそのまま拮抗し、秒瞬の後に珠李が豪炎剣を振るい抜き、受け止めた“テンシ””の鋼翼を爆破。竜尾の力と豪炎剣の爆発の双方の力に耐えきれず、“テンシ”の身体が後方にすっ飛んでいく。
追撃に移ろうとした儀一の胴へと目掛けて、珠李が豪炎剣を薙ぎつけ、儀一は爪で防御。竜尾をふるうと見せかけて、顎を開くと、肺腑に溜め込んだ空気を、風の魔力で集束し指向性を持たせた咆哮として珠李に浴びせた。
剛体と化した大気は音を超えて、衝撃波として珠李の全身を打ち据えた。咄嗟に豪炎剣で防御。咆哮を爆破する事でその威力を減じたものの、その様な小細工で到底防ぎ切れるものではない。
イベントホールの方へと、珠李の身体は、射出された銃弾を思わせる勢いで飛ばされた。
豪炎剣を路面に突き立て、勢いを殺し、足を路面に着けると同時に爆破。ブレーキをかける事で、飛ばされる勢いをゼロにした。
火山の噴火を思わせる勢いで、炎を噴き上げる豪炎剣を構える珠李の背後で、通りに面したイベントホールの壁が崩落する。
イベントホールにまで飛ばされていてもおかしくはなかった攻撃を、僅か10m程を飛ばされただけで凌ぐ。一つの世界を救った英雄は伊達ではなかった。
「流星(メテオア)!」
珠李が放った火球を、儀一は氷塊を形成して防御しようとする。
だが、珠李が放った火球は、本命の攻撃の為の下準備。本命の攻撃を流星(メテオア)の直後に撃ち放つ。
「火花(フォンケ)」
儀一の形成した氷塊に触れるよりも早く、火花(フォンケ)が流星(メテオア)に接触。爆発した火球は、儀一の咆哮(ハウリング)により押し出された空気の吹き戻しにより火勢を増し、氷塊ごと儀一を呑み込んだ。
追い討ちの隆盛(メテオア)を放とうとして、珠李は豪炎剣をかざす。
爆炎の中から放たれた火線が豪炎剣に直撃し、生じた爆発が珠李をイベントホールのほうへと、再度吹っ飛ばした。
儀一はその場から動かず、圧縮空気弾を複数形成。未だに宙を飛ぶ珠李と、後方から迫る“テンシ”へと飛ばす。
珠李は流星(メテオア)で圧縮空気弾を撃砕。爆熱と爆風が周囲の建物の窓ガラスを破砕し、街路樹を燃え上がらせた、
テンシの方は、優れた探知機能を持っているのだろう。鋼翼を振るい、不可視の弾丸を全て撃ち砕いてしまった。
【妙だな……】
儀一は“テンシ”の行動に奇妙な違和感を感じた。
あの“テンシが今までに見せた、多彩極まりない能力ならば、圧縮空気弾を一度に纏めて迎撃できた筈だ。
それこど超振動波なり光弾なりを用いれば良い。被弾の危険性が高くなる、鋼翼を振るっての防御など、非合理というべきだろう。
【何故わざわざ翼を用いる……。エネルギーが切れたのか?」
先刻から、“テンシ”としての兵装をまるで用いず、野蛮人の様に殴る蹴るだけで攻撃してきた事も、コレならば納得がいく。
【もしそうならば、此処で撃破しておきたい】
この“テンシ”は何処かおかしい。少なくとも儀一の知る“テンシ”ならば、珠李の様な人間そっくりの姿形と生体反応の者に、いきなり攻撃を仕掛ける様な事はぢなかった。
【魔力を持っていれば、無差別に襲うというのか?】
だとすればスタンスを問わず、ニンゲンを襲撃する可能性が有る。是が非でも、此処で撃破しておかねばならなかった。
【できれば……な】
あの“テンシ”だけでも難敵であるのに、珠李の存在もある。
珠李をあしらいながら、あの“テンシ”を撃破する困難を思い。儀一はため息をついた。
-
一旦投下を終了します
続きは近日中に投下します
-
投下お疲れ様です。
ミカとは異なるテンシ・プロトタイプの描写、実に上手い。
恐らくテンシみたいなのを一番求めていたというのは彼だったはずなのに、盛明は乙でしかないですね。
しかし彼はなぜテンシの標的にされてしまったのでしょうか。気になりますね。
放送の前を飾る、実に盛り上がるバトルだと思います。
儀一のセリフを始め、そこかしこに世界が広がったり、珠理がハインリヒを意識したような技を使っているのも面白かったです。
竜が、転移者が、異常殲滅機関の隊員の物語はどうなっていくのでしょうか。
後半も楽しみにしてます。
-
すいません。
後半が投下される前に水を差すようなことを言いますが、◆FhRlC.Gn2g氏の作品が全て投下され次第、ほぼ全ての参加者の登場回数が三回を越えます。
>>463 で私が述べた通り、全キャラ登場回数が一定数に達したため、最初の放送に移っても良いかなと思います。
これに関して、◆LXFWEmkOcA氏はどう思いますか?
-
訂正です。
誤
全キャラ登場回数が一定数に達したため、最初の放送に移っても良いかなと思います
正
全キャラ登場回数が一定数に達するため、次の話が投下されれば最初の放送に移っても良いかなと思います
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長期に渡るキャラ拘束。大変申し訳ありませんでした
続きを投下します
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“テンシ”は、自身の状態を分析し終えた。
No.000“テンシ”プロトタイプは、量産型の“テンシ”を遥かに超える性能を有する。
戦闘に投入された時は、人類が“アクマ”により大損害を被り、“テンシ”の量産体制どころか、凄惨すら始まっていないという絶望的な戦況化だった。
必然的に、一体で相手にする数は多く、出撃した後メンテナンスを受けることすら困難。
単機で、無限に湧くと思われた“アクマ”と竜を相手に戦い続ける為に、この“テンシ”は、耐久性と継戦能力に於いて、後続のテンシ”達が遥かに及ばぬ性能を有している。
“アクマ“の異能や竜の剛力に耐え、百時間以上にも及ぶ連続戦闘にも壊れない強度の身体と、人の手による修復に比べると遅いものの、自動で損傷が修復するメンテナンスフリー機能。
一度の戦闘で百の“アクマ”を殲滅し、それを百度繰り返せる、尽きる事なきエネルギー。
これこそが、人類が“アクマ”への反抗手段を整えるまでの間、その攻勢を停滞させた所以である。
その全てが、劣化している事に“テンシ“は気付いた。
身体が脆くなっている。未だに目立った損傷こそ無いものの、細かな傷を無数に受け、内部は金属疲労が蓄積し出している。
自動修復能力も、常より遅い。余りにも酷い損傷を受ければ其処で機能が停止してしまうだろう。
出力に至っては目を覆うばかりの弱体化を果たしている。出力自体の低下もそうだが、エネルギー量も激減している。既に六分の一までエネルギーを使い果たしている現状。
この規模の戦闘を継続すれば、行動不能に陥る事は必定。直接打撃をメインに戦い、エネルギーの消費を抑え、回復するのを待っては兵装を使用している状態。
当然の事だが、戦闘効率は酷く落ち込んでいる
それでも、この“テンシ”は、ここに居る『竜』と暫定“アクマ”を殲滅できると判断した。
双方共に強力な敵性存在ではあるが、兵装を直撃させれば死ぬ。兵装を用いずとも、身体能力と鋼翼で仕留められる。
地面から30cmの高さに浮遊し、竜へと向かって進撃を開始。鋼翼と竜爪が、何度目かになるか判らない激突を数えた。
◆
エイドリアンは、イベントホール内を移動…もとい、逃走していた。
エイドリアンの胸中には後悔の念しか無い。あんな怪獣大決戦の場に、『殲滅兵器』なんてものを放り込んだ結果が、あの惨状だ。
ゴジラとキングギドラが戦っているところに、メカゴジラ(昭和)を投入した様なものだった。どれが勝っても周辺は焦土と化す。
あんなものに巻き込まれたら、肉体的には只の人間でしかないエイドリアンは確実に死ぬ。
イベントホールのエントランスは、爆風で割れたガラスの破片と,崩壊した天井や構造材、外から吹き込む爆風や熱波で、内部で竜巻でも発生したかの様な惨状を呈している。
運ぶ余裕がなかった為に、放置するしか無かった盛明の遺体は、無数のガラス片が突き刺さり、熱波に焼かれ、爆風で飛ばされ壁や床に打ち付けられて、原形すら留めぬ惨状だろう。
-
出力に至っては目を覆うばかりの弱体化を果たしている。出力自体の低下もそうだが、エネルギー量も激減している。既に六分の一までエネルギーを使い果たしている現状。
この規模の戦闘を継続すれば、行動不能に陥る事は必定。直接打撃をメインに戦い、エネルギーの消費を抑え、回復するのを待っては兵装を使用している状態。
当然の事だが、戦闘効率は酷く落ち込んでいる
それでも、この“テンシ”は、ここに居る『竜』と暫定“アクマ”を殲滅できると判断した。
双方共に強力な敵性存在ではあるが、兵装を直撃させれば死ぬ。兵装を用いずとも、身体能力と鋼翼で仕留められる。
地面から30cmの高さに浮遊し、竜へと向かって進撃を開始。鋼翼と竜爪が、何度目かになるか判らない激突を数えた。
◆
エイドリアンは、イベントホール内を移動…もとい、逃走していた。
エイドリアンの胸中には後悔の念しか無い。あんな怪獣大決戦の場に、『殲滅兵器』なんてものを放り込んだ結果が、あの惨状だ。
ゴジラとキングギドラが戦っているところに、メカゴジラ(昭和)を投入した様なものだった。どれが勝っても周辺は焦土と化す。
あんなものに巻き込まれたら、肉体的には只の人間でしかないエイドリアンは確実に死ぬ。
イベントホールのエントランスは、爆風で割れたガラスの破片と,崩壊した天井や構造材、外から吹き込む爆風や熱波で、内部で竜巻でも発生したかの様な惨状を呈している。
運ぶ余裕がなかった為に、放置するしか無かった盛明の遺体は、無数のガラス片が突き刺さり、熱波に焼かれ、爆風で飛ばされ壁や床に打ち付けられて、原形すら留めぬ惨状だろう。
こんな事態に巻き込まれ、目の前で知り合いを惨殺された挙句。訳もわから無いまま殺されて、まともな死体すら残らない盛明には、深く深く同情する。
だが、盛明の死を悼むのも、仇を討とうと決意するのも、ここを切り抜けてからの話だ。
今後の事も考えて、“テンシ”の勝利を祈るものの、やはり災害ともいうべき過剰なまでの戦力と、疑わしきは殺すという在り方は、今後に不安しか齎さない。
他の連中から脅威と見做されて袋叩きにされないか?それに対しtて、あの“テンシ”で対抗すれば、巻き添えで死ぬのではないか?
考えれば考える程に、状況は宜しくない。死ぬ目の方が多い気がする。
【あんなモン、置いてんじゃねぇよッ!」
胸中でデスノに毒吐くも、あの“テンシ”抜きで、この場を生き残るのは難しいだろうというのは、確信としてある。
盛明の支給品を回収したは良いが、果たしてどれだけ役立つか。
安全な場所を求めて、ホール内を移動するエイドリアンの耳に、もう何度目か判らない轟音が聞こえ、建物全体が震動し、天井や壁が崩落した。
「頼むからこっち来んなよ」
崩れてくる壁や天井を避けながら、あの怪獣共が、今居る方向に来ない事を、エイドリアンは切に祈った。
◆
豪炎剣が炎の軌跡を虚空に描き、爆ぜる火花が周囲を照らす。
鋼翼が押し出された空気すら、打撃武器となる酷の勢いで振われる。
竜爪が大気を引き裂き、竜尾がアスファルトの路面を撃ち砕く。
三者三様。異なる利点を持つ強者達は、己が得手を最大限に振るって、眼前の敵を打ち倒さんと奮戦する。
“テンシ”は手数で、『竜』は剛力で、そのどちらも持たぬ爆炎の救世主は、練度と経験で以って、己が優位を確立すべく、各々の武装を撃ち交わす。
一見劣位にあるのは、珠李である。手数でも力でも劣る身で、如何に経験と鍛錬の蓄積が有れど、ただそれだけで、人を超越する者共との闘争に耐え得ることなど出来はし無い。
武練も武器も持たぬ大型肉食獣に、人が生身で挑んで勝つことができ無いのと、理屈は同じだ。
力で劣る。速度で劣る。大きさで劣る、重さで劣る。刀剣の類を持ったとしても、捕食者(プレデター)達は、鈍な刃などより遥かに鋭利な、牙と爪を有している。
人と獣は、『人が銃を持って初めて互角』というのは、決して誇張された表現では無いのだ。
-
人が馬鹿正直にも真正面から獣に殴り合いを挑んでも勝てはし無い。それは厳然たる条理である。ましてや“テンシ”も『竜』も、獣如きが比較になる程度の存在では決して無い。
だが、だがしかし、条理を覆し、捩じ伏せてこそ救世主。珠李は己の術技を活かしに活かして、“テンシ”と『竜』を相手に渡り合う。
振われる鋼翼を、豪炎剣で迎撃。剣身と翼が触れ合った瞬間に、爆炎魔法による爆破を行い、鋼翼を弾き飛ばす。
次いで迫る竜爪へと、鋼翼と撃ち合った反動と爆発の勢いを活かし、加速させた豪炎剣を叩きつけて、此方も爆破。
細かい技巧など持ち合わせず。精密さや精妙といったものはてんで持ち合わせてはい無いものの、攻撃を見切り、豪炎剣で受け止め、接触した瞬間に爆破して弾く。
複数の攻撃を同時に受けても、優れた動体視力で見極め、優先順位を過たず、一つずつ豪炎剣とで防ぎ、足捌きで回避して、爆炎魔法で補助を行う。
世界を救った勇者の盟友と、そう名乗るに相応しい技量を存分に示し、災害のレベルに在る魔獣と兵器を相手に真っ向から撃ち合うその姿。
正しく“爆炎の救世主”の呼び名が嘘偽りでは無いと、鮮烈に証明していた。
爆炎魔法で攻撃を弾かれた“テンシ”と『竜』の晒した隙を見逃さず、紅蓮の焔を尾と引きながら、豪炎剣を横薙ぎに振るい、両者を纏めて斬断しようとするも、共に飛び退かれて躱される。
珠李の爆炎魔法による追撃を警戒しての事だろう。珠李の攻撃を、両者は共に受けようとはし無い。躱すか捌くかのどちらかだ。攻撃を珠李に防がれても、競り合おうとはせずに、すぐに離れる。
舌打ちしつつ、距離が空いた事を活かして、珠李は魔法を行使。儀一と“テンシ”へと、火花(フォンケ)を乱射する。
“テンシ”の方は、鋼翼を一打ち。ただそれだけで、全ての火花(フォンケ)を撃ち砕く。爆炎が生じ、“テンシ”の身体を覆い尽くした。
儀一は自身の身体が隠れる程の氷塊を生成。盾とする事で、珠李の魔法攻撃を防ぎ切り、凌いだと見るなり、生成した氷塊を殴りつける。
竜の剛腕を撃ち込まれた氷塊は、無数の散弾となって、珠李と“テンシ”へと襲い掛かった。
珠李は剣身に炎を纏わせ、豪炎剣の性質と自身の魔力を相乗させて、爆熱を剣身に帯びさせる。
触れただけで鋼鉄を溶断できる程の、熱量を帯びた豪炎剣を、路面へと突き立てる。秒より短い間に、アスファルトが溶けて崩れて熱泥と化したものを、爆炎魔法による爆発で儀一へと飛ばす。
熱泥は波濤と化して氷の散弾をすべて蒸発させ、勢いのままに儀一を飲み込まんとするも、儀一は口を開いて咆哮。声の域を超越し、音の壁というべき咆哮は、熱泥の波を砕き散らす。
細かく砕けた熱泥が、水飛沫のように空間を舞い飛ぶ。その中を、儀一目掛けて、左右上段の鋼翼で身を覆った“テンシ”が突き進む。
成る程あの鋼翼ならば、大抵の攻撃から身を護る鎧となるだろう。
儀一から4mのところで、“テンシ”が翼を展開、そのまま宙へと舞い上がり、鋼翼で儀一の頭を打擲しようとするも、先んじて振われていた竜尾が、“テンシ”の首へと突き込まれる。
両腕を交差させて受けた“テンシ”の腕が軋みを上げ、手応えを感じた儀一が追撃に出るより早く、“テンシ”は両翼を思い切り打ち合わせ、儀一の尾を挟み打った。
「ガァアアッッ!」
鱗が割れ、肉が潰れる。骨こそ砕けなかったものの、当分竜尾を振るう事は出来なくなった。
“テンシ”は、儀一の尾を解放するつもりなど、毛頭無いらしく、両手で儀一の尾を掴むと、撚りを加えながら思い切り圧搾。儀一の食いしばった歯の間から、呻き声が漏れる。
“テンシ”は竜尾を掴んだまま、空中で旋回。儀一の身体を振り回し、駆け寄ってきた珠李へと叩き付ける。
火花(フォンケ)で足元を爆破しても、珠李がその場から飛び退くと、間髪入れずに儀一の身体が、珠李ぼ立っていた位置を直撃。
儀一の重量とそれを振り回す“テンシ”の膂力。アスファルトの路面が砕け、直径五m程にわたって陥没。周囲に蜘蛛の巣の様に亀裂が走る。
直撃していれば、珠李は潰れて肉塊となっていただろう。
躱した珠李を追い撃つべく、更に儀一振り回そうと、“テンシ”が腕に力を込める。
「舐めるな!!」
“テンシ”の膂力すら上回る、最高位の魔獣である竜の怪力。力の拮抗が生じた時間は極僅か。“テンシ”の身体が、凄まじい速度で地面へと叩き込まれる。
怒れる巨人が、巨大なハンマーで、思い切り地面を打ち付ければ、この様な音がするかもしれ無い。
-
衝突音というレベルを超えて、爆発音というべき音を残して、“テンシ”の身体が路面に埋没した。
傷付いた尾で、これだけの力を振るえる。正しく魔獣の最高峰たる竜に相応しい怪力だ。
身を起こした儀一が、“テンシ”を叩き込んだ場所目掛けて、口腔から火線を吐き出した。
あまりの高温の為に、焔の色は、真紅では無く蒼白。それだけの高熱の焔が、圧縮、集束されて、一条のレーザーとなって、放たれる。
火線が着弾する直前。上空へと高速で“テンシ”が飛翔。火線は虚しく路面を穿ち、巨大な火柱を噴き上げて爆発。周囲に熱風を吹き荒ばせる。
珠李が豪炎剣を爆炎で包み込む。剣というより燃え盛る火柱と化した豪炎剣を振るい、儀一が首を振って薙ぎつけてきた蒼白い光条に、豪炎剣を叩き込む。
回避したところで火線が消える訳ではない。儀一が首を動かせば、その方向に火線は照射されるのだ。回避など隙を晒すだけでしか無い。
故に受ける。己の能力と豪炎剣の性能を活かして受けきる。それこそが、この攻撃を最小のダメージでやり過ごす最適解。
最大火力で竜の息吹を爆破する事で防御。生じる爆発は剣身に纏った炎を爆ぜる事で相殺。至近距離から浴びる事になる熱波は、珠李自身の耐性で凌ぎ切る。
落雷が至近に落ちたとしても到底及ば無いだろう轟音が、烈しく大気を震わせる。
豪炎剣と光条が激突した結果として、生じた爆発は、珠李の周囲の空気を全て吹き飛ばして、近くの建物を崩壊させながら宙へと舞わせ、荒れ狂う大熱波は宙を舞う瓦礫を燃え上がらせ、街路樹を焼き尽くす。
────灼熱の溶鉄。爆ぜる鋼鉄。耐え得るもの無き紅蓮の炎。
────安らぎを与える灯りに非ず。暖を与える輝きに非ず。
轟の残響と暴風の中。儀一の耳に確かに聞こえた珠李の声。
珠李が語った、『後二つ残している威力強化の詠唱』だ。
一段階の強化では、竜と“テンシ”に対抗し得ないと判断した珠李が、第二段階を開帳したのだ。
高まる魔力が爆炎となって珠李の総身を覆う。触れるだけで、近づいただけで、身体が焼ける程の烈火を纏った珠李は、壮絶な笑みを浮かべて、儀一へと右手を伸ばした。
「流星(メテオア)!!」
儀一は咄嗟に、魔力で風を操り、身体の周囲に大気の流れを纏い、更に前面に巨大な氷塊を形成して、珠李放った魔法へと対処。
果たして、珠李が放った巨大火球は、氷塊と接触。刹那の間に溶解を飛び越して気化した氷塊は、儀一を後方へと飛ばす程の水蒸気爆発を起こした。
「火花(フォンケ)!!」
儀一に痛打を見舞った珠李は、上へと向けて火花(フォンケを連射。上空の“テンシ”が放った光弾を悉く撃ち砕き、“テンシ”を地へと落とすべく殺到するも、“テンシ”は大きく移動する事で回避する。
“テンシ”が回避した先へと、珠李が跳ぶ。火花(フォンケ)で足元を爆破して飛翔。空中で大気を蹴りつけ爆破して、虚空を駆け登るかの様に上昇し、“テンシ”目掛けて突貫する。
“テンシ”は鋼翼を振り上げ、迫る珠李の脳天目掛けて振り下ろすべく待ち受ける。
豪速で振われる重い鋼翼は。受ければ頭が潰れるどころか、そのまま身体を引き千切るだけの威力を有している。
豪炎剣で受けたところで、空を飛ぶのではなく、魔法で跳んでいるだけの珠李には、空中で鋼翼の生み出す運動エネルギーは支えられない。
威力に押されて、そのまま落ちる。爆炎魔法を使うにしても、僅かな間、無防備を晒す。そこに超振動波を叩き込んで殺す。
その意図の元に振るわれようとした鋼の双翼は、背中から炎を噴出する事で、虚空で更に加速した珠李により、振われる事無く、胸元へと突き込まれた豪炎剣を防ぐ為に用いられる事となった。
鋼と鋼が激突する凄絶な響きが消えぬ内に、珠李の総身を覆う爆炎が燃え上がり、背中から凄まじい勢いで炎を噴出。猛烈に加速した珠李の勢いが、鋼翼の守りをこじ開けた。
“テンシ”の最下段の双翼が煌めくのに僅かに遅れて、“テンシ”の胸元が爆ぜた。
胸から炎と煙の尾を引きながら、“テンシ”が地へと向かって落ちていく。
珠李もまた、“テンシ“への一撃の代償として受けた超振動波のダメージにより、落下する。
-
“テンシ”と珠李が落ち行く地には、珠李の起こした大爆轟を耐え切った儀一が佇むが、流石に受けたダメージが大きく、すぐには動けない。
結果として、儀一は珠李と“テンシ”が地面スレスレのところで立て直し、着地するのを何もせずに見守ることとなった。
「今のはな惜しかったな〜」
豪炎剣の鋒が、“テンシ”の胸へと到達するのが、あと1秒遅れていたならば、肉も骨も血も微塵と砕けて、真紅の霧となっていただろうに、全く気にした様子も無い。
あと一秒。豪炎剣が届くのが早ければ斃せていたと、仕留められなかった事を惜しむ。
豪胆という言葉すら、この女には物足りない。
凡そ世界を救うからには、この様な精神が必要なのだろう。
総身を包む炎は収まっているが、その身のうちで燃え上がる業火を、儀一は確かに感じ取ることが出来た。
珠李の意志一つで、再びあの爆炎は、珠李の総身を覆うのだろうと。
そしてその認識は、“テンシ”にしても同じらしかった。
倒れる事なく着地を決めた“テンシ”は、今までの様に動く事なく、両者の姿を機械の瞳に収めて動かない。
攻め手を欠いた膠着状態。このまま時が過ぎ去るかに思えたが、奔る焔が、戦況を掻き乱す。
全身から炎を噴き上げると、豪炎剣を振り上げ、思い切り路面へと叩きつける。
アスファルトを溶かしながら、紅蓮の炎が路面を覆い、拡がっていく。更に剣尖が穿った場所から、10mを超える火柱が生じ、その輝きで陽を翳らせた。
儀一と“テンシ”は共に飛翔し、地を奔る熱波を回避するが、噴き上がった火柱の先端が拡がって空を覆い、上空から燃え盛る天蓋となって落ちてくる。
“テンシ”は鋼翼で全身を覆う事で防御。鋼翼の耐熱性は凄まじく。鉄すら溶かす熱量から“テンシ”の身を護ったばかりか、翼自体にさしたる損傷を生じなかった。
儀一は大きく息を吸い。風の魔力と共に咆哮を放つ。普通乗用車程度ならば、軽く吹き飛ばし撃砕する衝撃波ともいうべき咆哮は、降り注ぐ炎の天蓋を粉砕し、無数の火の粉と変えた。
両者が必殺の猛攻を凌いでも、珠李の戦意は些かも揺らが無い。あの天地からの二段構えの攻撃は、文字通りに必殺技だが、あれだけで手持ちの札(カード)を使い切った訳では無い。
燃え盛る焔そのものと化した豪炎剣を、珠李は横一文字に振り抜いた。
豪炎剣の特性も、爆炎魔法も、どちらもなくとも、空間そのものを切り裂けそうな豪剣を振るい終えた後に発生したのは、マグマが間欠泉の様に噴き上がって形成される波だった。
熱への耐性が無ければ、近づいただけで焼け死ぬ。熱に耐えたとしても、波濤の勢いにより撃ち砕かれる。
熱と衝撃の二段構えで敵を粉砕するこの『炎の壁(フランメ・ウオンド)』もまた、珠李の数ある必殺技の一つだ。
天と地を炎が覆い。その間の空間を埋め尽くす炎幕。
避ける場所など何処にも無い。
共に3m程の高さを飛ぶ“テンシ”と竜は、諸共にこの炎の波濤に晒される。
“テンシ”は左右最下段の翼を輝かせた。万物を原子レベルで分解する超振動に、指向性を持たせて、発射。迫る炎の波濤を消し飛ばす。
儀一は再度域を吸い、吐き出す。風ではなく氷の魔力を帯びた吐息は、灼熱の波濤と接触するなり水蒸気爆発を起こし、爆風で炎を千々と散らした。
『炎の壁(フランメ・ウオンド)』を防ぎ切っても、“テンシ”と竜には一息つく間も与えられ無い。
両者が回避不能の攻撃を凌いだと見るなり、珠李は『流星(メテオア)』を発射。追って火花(フォンケ)を放って爆破し、儀一と“テンシ”の間の空間で炸裂させる。爆炎が両者を呑み込んだ。
咄嗟に左最下段の翼を輝かせて、超振動波で全身を覆う事で防いだ“テンシ”へと、火花(フォンケ)を用いて跳ぶ。
爆炎と爆風を受けて、イベントホールの方へと放物線を描く儀一には、目もくれない。
只々真っ直ぐに、“テンシ”だけを視界に収めて跳ぶ。
回避の為に“テンシ”が動くも、動くタイミングが早すぎる為に、珠李が軌道修正する為には充分な猶予が有った、
肺腑の空気を全て咆哮と変えて、跳躍した勢いに、体重を余すところなく乗せたドロップキックを見舞う。
両腕を交差させて受けた“テンシ”が、反撃の為に鋼翼を動かした時には、珠李の追撃が決まっていた。
-
珠李のドロップキックを受けた両腕越しに伝わる衝撃。靴裏から爆炎を放たれた“テンシ”が、炎に包まれて、珠李が脚を伸ばした方向へと飛んでいく。
爆炎を尾と引きながら、“テンシ”の身体が砲弾の様な勢いで、爆炎魔法の勢いを殺し切って滞空した儀一に向かって飛ばされていき、儀一の頭上に達すると、立て直して左右の鋼翼を振り下ろした。
二台の大型トラックが、アクセル全開で突進し、正面衝突をしたかの様な轟音。上空を振り仰いで、左右の爪で受け止めた儀一に向けて、“テンシ”の蹴撃が繰り出される。
重量と硬度の有る金属同士がぶつかる音。
“テンシ”の脚を噛み砕こうとした、儀一の牙撃が、“テンシ”が素早く脚を引いた事により空振りし、牙と牙を噛み合わせた音だ。
脚を食い千切る噛み付き(バイティング)を回避した“テンシ”は、間髪入れずに再度の蹴撃。儀一の鼻面を蹴り抜いて、盛大に鼻血を噴かせ、地面へと叩き落とす。
風の魔力を操り、地に激突する事無く、立て直して着地を決めた儀一へと、“テンシ”は再度猛襲を仕掛け、鋼翼を脳天目掛けて振り下ろす。
儀一は頭上を振り仰ぐと、至近に迫る“テンシ“へ、風の魔力と自身の咆哮を併せてカウンターの衝撃波。
不可視無形の衝撃波は、回避も防御も困難を極めるが、“テンシ”は右の鋼翼を振るう事で対応。剛体と化した大気の壁を粉砕してしまった。
迎撃が防がれ、無防備を晒す儀一へと、左の鋼翼が振われる。
頭部へと横殴りに振われた一撃は、遂に直撃。儀一は派手に土煙を上げながら、路面を転がって行く。
儀一へと目もくれず、“テンシ“は振り向いて、背後から迫る珠李と対峙した。
珠李は足元を爆破し続ける事で猛進。更に豪炎剣で目の前の空間を爆破し続ける事で、空気抵抗を無くし、爆破された空間へと吹き込む大気により加速。今までにない速度で突き進む。
“テンシ”は待つ事をしなかった。元より先刻の攻防で珠李に飛ばされたのは計算尽くのことだ。
マスターであるエイドリアンが潜むイベントホールへと接近した儀一へと、速やかに、自然に追い縋る為に、珠李の攻撃を利用したのだ。
儀一がインパクトの瞬間。鋼翼が振われるのと同じ方向へと跳躍。鋼翼による打撃のダメージを、最小限に抑えたのは理解している。
それでも尚、“テンシ”は儀一を追う事をし無い。イベントホールへと敵性存在を近づけ無い。それが最優先事項なのだから。
儀一をイベントホールから引き離した以上。次に対処するのは、迫り来る珠李となるのは必然だった。
此方もまた突撃。高速で珠李へと接近すると、左右の鋼翼を振りかぶる、
珠李は裂帛の気合と共に、豪炎剣を真っ直ぐ突き出す。音の壁を突き破るのではないかと思わせる程の豪速の刺突は、“テンシ”の身体の遥か手前で繰り出された。
必然。当たる訳が無い。だが、“爆炎の救世主”と名乗り呼ばれるこの女が、届かぬと分かりきった位置で、無為に攻撃を空振りするなど有り得ない。
生じたのは、珠李の気合を遥かに超える大爆轟。
突き出された豪炎剣が、剣身に触れる空気を総て、指向性を与えた上で爆破。生じた熱と衝撃とが、余す事無く“テンシ”へと殺到する。
“テンシ”に回避という選択肢は存在し無い。回避すれば、指向性を与えられた大爆轟は、イベントホールどころか、その向こう側に至るまでを撃砕し、焼き払うだろう。
“テンシ”は左右の最下段の翼を、最大限に烈しく輝かせて、最大出力で超振動波を放つ。
-
強力な指向性を持った爆轟と超振動波が交錯し、双方共に威力を大幅に減じながらも、進行方向へと突き進む。
“テンシ”は左右の鋼翼を貝の様に閉じて防御。我が身を盾として、イベントホールを守護る。
珠李は炎を噴き上げる豪炎剣を振るい抜き、超振動波を爆砕しながら、赤い三日月(ロート・モントズィッヒェル)を撃つ。
威力を減じた爆轟を、閉じた鋼翼で防ぎ切った“テンシ”は、閉じた翼を広げて、一打ち。
鋼翼で打擲された赤い三日月(ロート・モントズィッヒェル)は、舞い散る無数の炎の粒子となって“テンシ”を彩った。
“テンシ”が反撃に移ろうとしたその時。珠李が再度の赤い三日月(ロート・モントズィッヒェル)を放つ。
更に儀一が起き上がり、蒼白に燃える光条を口から照射。圧縮され凝集した白熱の炎がレーザーとなって”テンシ“を襲う。
赤い三日月(ロート・モントズィッヒェル)を受けるべく、鋼翼を広げた”テンシ”の動きが一瞬よりも短い間、停止する。
珠李の攻撃は、何も対処しなければ、イベントホールを直撃する。今の珠李の攻撃であれば、今までの戦闘の影響で散々に傷んだイベントホールなど、ひとたまりも無いだろう。
儀一の攻撃は、イベントホールを襲うものでは無い。しかし、まともに受ける事など出来ない威力だ。鋼翼での防御も追い付かない。
両者の攻撃は奇しくも同時。珠李の攻撃に対処すれば儀一の。儀一の攻撃に対処すれば珠李の。
どちらかの攻撃にしか、対処する事は出来はしない。
珠李の方へと突き進み、儀一の光条を躱しながら、赤い三日月(ロート・モントズィッヒェル)を対処するという方法は、極小の硬直によりその機を喪った。
“テンシ”の取った行動は、全力の防御。鋼翼で全身を覆い。更に超振動波を纏う事で、最大限にまで守りを固める。
これにより、光条と赤い三日月(ロート・モントズィッヒェル)の激突により生じる爆発から、イベントホールを出来るだけ護ろうとする。
そして、“テンシ”に二つの巨大なエネルギーが接触。巨大な火球が生じ、周囲を高熱を帯びた爆風が吹き荒れる。
路面がめくれ上がり、溶け崩れながら飛散する、街路樹が根本からへし折れ、地面から抜けた街灯が飛んでいく。イベントホールの周囲の建物などは、悉くが炎上しながら倒壊した。
そこいら中に空いた穴から侵入した爆風に、内側からも痛めつけられた結果、轟音と共に、イベントホールの半分が崩壊。残りの半分も炎上した。
◆
閃光と爆煙とが収まると、爆心地には巨大なクレーターが残されているだけで、テンシ”の姿は何処にも無い。
舞上げられ、熱を帯びて降り注ぐ、焼けた建物や路面の破片を、豪炎剣で頭上の空気を爆破する事で防ぎながら、珠李は周囲を見回した。
「流石に死んだ?かな」
アレだけの攻撃を受けて、まだ戦えるというのは、それはそれで心躍るが、流石に自信を無くす。
無傷だったならば、界◯拳20倍かめ◯め波をフ◯ーザに決めた後の某ジャンプヒーローみたいになりそうだ。
「……フン」
珠李の呑気とも言える感想を、儀一は鼻で笑う。
“爆炎の救世主”の称号に偽り無しと、この戦いで示したとはいえ、やはり魔力探知はザルだ。
-
あの“テンシ”は、珠李と戦い出したときに、此方を伺っていた内の一人を連れて、此処から離脱している最中だ。
もう一人の運命は…考えるまでも無いだろう。
儀一は周囲を見回して溜息をついた。久方振りに血が激ってはしゃいだ結果がこれだ。『雪見儀一』の名に相応しい行いだったか?と問われれば、否としか言いようが無い。
此処の付近で死んでいるだろう、覗き見していた二人組の片割れを、せめて埋葬なりしてやろうと思い、首を回して周囲を見渡すと、珠李が豪炎剣をブンブン振り回していた。
「……まだやるのか」
漏れ出たのは、質問では無く、呆れ。
彼処まで激闘を繰り広げ、“テンシ“を撃退し、両者ともにかなり疲弊している。仕切り直しても良いだろうに。
「あったりまえよ!私達の決着。まだ着いていないでしょう!」
いちいち怒鳴らないで欲しい。
正直なところを言えば、珠李との決着は『着けたい』ところではある。
だが、今優先すべきは、あの“テンシ”だ。
魔力を持っているが、人間である珠李を、“アクマ”かどうか確認もし無いで殺しに掛かるというのは、明らかに儀一の知る“テンシ”と異なる。
早急に後を追い、決着を『着けなければならなかった』。
珠李に対しての決着は儀一の望みであるが、“テンシ”とのそれは責務であり、優先度も重要度も“テンシ”が上回る。
此処でこれ以上、体力も魔力も、何より時間を浪費したくは無かった。
だが、そう聞かせても、珠李は矛を収めまい。
「……仕方あるまい」
儀一は口内に魔力を充填させる。珠李の生死を問わず、ここを離れる為の攻撃を行う為に。
「そうこなくっちゃ」
屈託なく笑って、爆炎の魔力を練り上げる珠李に、少し苦い気分を覚えながら、儀一は口腔に魔力を充溢させる。
静寂が辺りに満ちた。
未だに炎は燃え盛っている。上空へ舞い上げられた細かい破片が降って地面に当たる音が、不定期に聞こえている。戦闘の余波を受けた建物は現在進行形で倒壊中。
数えるのも馬鹿らしくなる程の回数の大小の爆発により、掻き乱された大気は、地上で燃える炎の影響で,一向に収まる気配を見せない。
にも関わらず、珠李と儀一の周囲を見たすのは、静寂だった。
二人に放つ魔力。此処で必ず相手を倒すという戦意。
それらが、最高位の魔獣である『竜』。一つの世界を救った救世主。そういった傑出した“個”が持つ、固有の“圧”となって、周囲の大気の振動すら抑え込んでいるのだ。
常人はおろか、幾つもの戦場を往来した古兵(ふるつわもの)ですらが、身が潰れそうな重圧に耐えられず、気死するであろう、それ程の"圧"。
儀一と珠李の周囲の空間は、二人の放つ“圧”により、通常の物理法則が歪み、狂いつつあった。
世界を正常に戻したのは、珠李だった。焦熱地獄で燃え盛る業火そのものと言っても、万人が納得するであろう爆炎を噴き上げる豪炎剣を、凄絶な絶叫と共に振り上げる。
応じて儀一が、顎を開き、口腔内で圧縮と凝集を繰り返し、実体が有るとすら錯覚させる程に練り上げられた魔力を放つ。
珠李が渾身の勢いで振り下ろした豪炎剣から、神罰の具現とも、終末の光景とも見える焔が生み出される。
儀一の放つ火線を遥かに凌駕する大爆炎は、真っ直ぐに儀一へと向かい、儀一の放った純白の魔力と衝突した。
これこそは、珠李の最終奥義。『災禍齎す業火の魔杖(レーヴァテイン)』。
北欧神話に語られる、終末の大戦である『神々の黄昏(ラグナロク)』の最後に、全てを焼き滅ぼす終末装着の名を冠する必殺剣、
本来ならば、三段回目の強化を行なって放つ業だが、威力や射程を気にしなければ、二段強化の時点でも使用は可能。
儀一に対して、最大奥義を以って対するに値すると、そう認識したがゆえの使用である。
「チョ…ズルい!!」
必滅の大技を放った珠李が、勝利では無く、失敗を悟った顔で叫ぶ。
儀一の企みに、珠李が気づいた時には最早手遅れ。
儀一が吐いたのは、今まで撃ち放ってきた火線に非ず。
万物を凍てつかせる氷結の魔力を口腔で精錬し、練り上げた極低温の光条だった。
猛り狂う地獄の業火に、超低温の光条が呑み込まれ────。
核でも使用したかと思える程の大爆轟が、周辺一帯を瓦礫すら残さず吹き飛ばした。
◆
-
「あ〜〜!逃げられたッ!」
儀一の狙いは至極単純。爆炎魔法しか使えない珠李の攻撃に、超低温の光条を照射し、水蒸気爆発を起こして、その爆発に乗じて逃走するというもの。
気付いたところで、爆炎魔法しか持たない珠李には、どうしようも無い一手。悔しがった所で意味はない。
「……まぁ良いか。最初からアレだけの強敵に会えたのは、幸先が良いし。“テンシ”ってのが気になるけれど」
取り敢えず休息してから、ハインリヒを探しに行こう。
そう決めた珠李だが、周辺に休めそうな所は………無い。先だっての爆風で、悉く吹き飛んでいる。瓦礫すら残っては居なかった。
この惨状には、珠李も溜息を吐くしかなかった。
【A-7 遊園地中央部分/午前】
【舛谷珠李】
[状態]:顔面に打ち身(軽)疲労(中) 全身にダメージ(中) 魔力消費(大)
[装備]:豪炎剣"爆炎"
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム×0〜2(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:ハインリヒに会いたい、強者と戦いたい、デスノ・ゲエムは許さない
1:メチャクチャ楽しくなってきたっ!
2:何処かで休んでから、ハインリヒを探しに行く。
3;雪見儀一は次会ったら逃がさない。最後まで戦う。
4;“テンシ”が何なのか、儀一に訊いとけば良かった。
【備考】
※魔力感知はザルです。
※マガツ鳥のネームドモンスター『ドグラ・マグラ』を倒した張本人です。
※第一段階強化は六時間使用不能です
※第二段階強化は十二時間使用不能です
◆
「全く…」
“テンシ”だけでも頭が痛いのに、通り魔じみた救世主まで居るとは、つくづくデスノは、破滅的な人選を行なったと思う。
此処に、珠李の盟友というハインリヒなる者まで居るらしい。
全くもって、先が思いやられる事だった。
「魔力探知にマスタニシュリも“テンシ”も引っかからんとなると……。エリアが異なる相手の居場所は探れないということか」
珠李から逃れる為に引き起こした大爆轟。その暴風を何とか制御して、飛行する事で珠李から離れたのだが、同時に“テンシ”からも離れてしまっていた。
早く“テンシ”への対処を行いたい儀一としては、焦燥を覚える事態だが、デスノの仕業だろう、回復が遅くなっている状態では、望ましいと言えなくも無かった。
「探し当てるまで、犠牲が出ない事を祈るしかないか」
儀一は溜息を吐いて、“テンシ”を求めて市街地の通りを歩き出した。
【A-6 市街地/午前】
[状態]:角破断(修復中断中)全身にダメージ(中) 魔力消費(中)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム×0〜3(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:この名に恥じない在り方を
1:“テンシ”を早く対処したい
2:極力殺したくはないが、必要なら躊躇わない。
3:展望台にいたの者たちは、どうするかな……
4:珠李の盟友とかいうハインリヒも、珠李と同じ様な人間なのだrぷか……
【備考】
※展望台からの視線(エイドリアンと盛明)に気づきました。
※もといた世界においてナオビ獣と呼ばれた生物種です。
※回復能力が落ちています。
※現在居るエリア以外を魔力探知で探る事が出来なくなっています。
※“テンシ”プロトタイプについて、魔力やそれに類する力を有していれば、無差別に殺すものと推察しています。
◆
-
儀一と珠李の同時攻撃が“テンシ”へと炸裂した直後。
イベントホール内を移動していたエイドリアンは、天井と壁の崩壊により移動不能となった挙句。所在するエリアそのものの崩壊により死ぬ寸前にまで追い込まれた。
そこでインカムを使用して、“テンシ”に救助してもらい、そのままイベントホールはおろか、遊園地自体から逃走したのだった。
この判断は最善だったといえるだろう。あのまま留まっていれば、巻き添えを喰らって、骸すら残らなかったろうから。
市街地を“テンシ”に抱えられて移動しながら、エイドリアンは今後の事を考えていた。
この“テンシ”は、殲滅兵器というに相応しい戦力を有している。凡そ敵と呼べるものなど、極僅かだろう。
だが、その戦力は余りにも過剰で、迂闊にその力を振るえば、巻き添えで死にかねない。
かといって、縁を切る事は────。
遊園地の方から聞こえてくる轟音に、思わず目を向けると、遊園地の中心付近からキノコ雲が立ち上っていた。
あんな事ができる連中なんて、機関でも相当上位に居るエージェント達が、一級装備を持ち出して当たる相手だ。
エイドリアンクラスの機関員は、あんな存在は噂で聞くのがやっとだ。接触すら許されない。
そんな連中が犇くこの殺し合いの場で、果たしてこの“テンシ”抜きで生き残れるのか?答えは否だ。エイドリアンだけでは確実に死ぬ。
かといって、この“テンシ“を引き連れていれば、脅威と見做されて袋叩きにされかねない。
“テンシ”の性質上、マスターとなる人間の指示が無ければ行動できないというのならば、“テンシ”を無力化する方法は簡単だが。マスターであるエイドリアンを殺せば良い。
そうならない為にも、この“テンシ”を上手く使わなければならない。出来るかどうかは別として。
「…なぁ、オイ。さっきの連中が追いかけてきたら、何とか出来るのか?」
不安が声となって表れる。
「現状では困難です。戦闘を行う為のエネルギーが不足しています。時間経過で回復しますが、今のままでは打倒する前にエネルギーが尽きます」
返ってきたのは、ロクでも無い答えだった。
「………仕方無い。何処かでエネルギーを回復するぞ、あと言っとくが、もう二度と勝手に殺すなよ」
「了解しました。マスター」
【碓氷盛明 死亡】
【B-6 市街地/午前】
【エイドリアン・ブランドン】
[状態]:疲労(中) 精神的疲労(大)
[装備]:テンシ兵装トリスタン 暗殺用ナイフ “テンシ”プロトタイプ(エネルギー消費(大))
[道具]:基本支給品一式×2、ランダムアイテム×0〜4(盛明の分含む。自分の分は確認済み) “テンシ”との連絡用インカム
[思考・行動]
基本方針:とりあえず生き残ってデスノを始末する
1:殲滅兵器とか、制御できる気がしねぇ
2:得体のしれない女に竜、もう嫌んなっちまうな
3:オリヴィアって子を探してみる。
4:ノエルのような類とは戦闘を避ける。
5:盛明……成仏しろよ
【備考】
※名前だけなら噂で笑止千万、ノエル、四苦八苦(の本名)、双葉玲央を知ってます。
他にも知ってる人はいるかもしれません。
暦は書類上のデータで細かく知ってます。
※盛明には日系アメリカ人であると名乗っています。
“テンシ”プロトタイプ
文字通り“テンシ”のプロトタイプ。三対六翼を持ち、上中下段でそれぞれ異なる兵装が有る。
人間と、人間に擬態した“アクマ”を判別する手段が確立される以前に封印された為に、魔力や魔力に類する力を持つ者は、全て敵性存在と認識するのが最大の特徴。
上段の翼は、重量と硬度が他の翼よりも有り、近接戦闘に用いられる。体を覆うようにする事で、盾として使用することもできる。
射程が5mと短いが、翼と同じ硬さの極細針を千本単位で射出できる。
中段の翼はトリスタンの元にもなった、追尾式の光弾を射出する。
光弾はゴルフボールサイズからバスケットボールサイズまで、大きさを変えられる。
大きい方が威力はあるが、一度に撃てる光弾の数が減る。
下段の翼は万物の分子結合を破壊する超振動波を放つ。左右同時に使用する事で、指向性を持たせる事ができる。
自身の身体の周りに展開する事で、防御フィールドとして展開することもできる。
-
投下を終了します
長期に渡るキャラ拘束を再度お詫びいたします
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投下乙です。
珠里ちゃんホンマつええわ。
何故テンシや竜とも戦えているという理由に、やりたいことは何でもするという豪胆さという回答を出すのが良いですね。
竜も戦い続けると見せかけて、逃走用に技を使うなど年季を感じる描写が面白かったです。
私が作ったキャラを強く書いてくれて嬉しい限りです。
最後はそれぞれバラバラになってしまいましたが、どれも面白いキャラなので、他の人物に遭えばどうなるかも楽しみですね。
改めて、大作お疲れさまでした。
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播岡くるる、新田目修武、本汀子で予約します
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投下します
-
墓標の如き積み上がった施設の残骸。
瓦礫の山の上、少女二人と男性一人。
「置いてかれる経験は、初めてなの」
新田目が一人にして欲しいと言ったので、くるるは汀子と一緒にいた。
と言っても当人なりに気持ちを落ち着けたい部分もあったのだろうから、その選択を取った。
汀子が瓦礫の一部に五芒星を刻んで簡易の周囲の探知みたいな事もしてくれたので、敵襲の類が来てもすぐ対応できるように。流石の陰陽師なる職業とはくるるは素直に感心する。
そんな事はどっちでも良かった。新田目はもう大丈夫だという予感があった、確信があった。
だから少し放っておけばもう大丈夫だろうとは思った。
「……電車の連中は見ず知らずの他人だったし、生きている頃は私の周りには醜い欲望と薄汚いものしかなかったから」
ただし、自分の心は別だった。汀子に言葉を零しながらくるるが思った事はそれだ。
ミカと初めて出会った時は、テンシだとかアクマとの戦争やらとか、そんな事言われても脳の理解が追いつかない存在だったし、未知との遭遇とはこういう事をいうのだろうかとつくづく実感できる出会い。
そんな彼女に、何故か惹かれて、放っておけなくなって。
「……思ってたより私、ミカの事、気に入っちゃったみたい」
天使だった。よくも悪くも活発だった"あの娘"と違うタイプの人種。
自分みたいな汚らしい自分と釣り合えるわけないんだと思ってたけれど、彼女は自分の予想以上に優しさに溢れた人物だった。
造られたものとは思えなかった。機械でありながらちゃんとした人の心を持ち合わせていた。
捻くれている自分には、勿体ないぐらいにいい子だった。正直、ちょっとだけ羨ましかった。
「……………マスターに再会(あ)えて、良かったわねミカ」
あれが彼女にとっての出来得る限り許された最期なのだろう。
誰がなんと言おうと、彼女はマスターと再開して、最期の時までマスターを守りきった。
彼女にとって、最良の結末なのだろう。そう思いたかった。
だって、最期の彼女の顔は。見惚れるほどに穏やかで、それで。
「くるるさんは、我慢しやすい人なんですね」
割り込むように、汀子の悲しげな声が響く。
たとえ短い付き合いだったとしても、それでも心に色濃く残ったものは消えてはくれない。
そうだと割り切れ無い程に、播岡くるるという幽霊少女は冷徹ではなくなってしまっていた。
優しい子ではあるのだと、ある意味似たような本汀子だから感じるシンパシーのようなもの。
「……あいつが、一番辛いあいつが乗り越えようとしてるのに。私がいつまでも引きずっていられるわけ無いでしょ」
一番辛いのは、一番悲しいのは彼女のマスターだった新田目修武だ。
自分なんかよりも付き合いが長い彼が耐えて、乗り越えようとしているのに。
自分だけウジウジしているわけにはいかないのだから。
先程の女性の、彼女が変貌した怪物は紛れもなく強敵だった。この先、本当に何が待ち受けているか見当もつかない。
この先は恐らく、自分が経験したものとは別種でかつ、それ以上に地獄だろうという予感。
「なおさら、あのクソ野郎に一発でかいの叩き込まないが気が済まない」
例え、結果的に良い結末に至ったとして。
他人の、自分たち運命を見世物にして楽しむようなこの殺し合いの主催共を許す訳にはいかない。
デスノと、その裏にいる協力者共全員ぶん殴ってこんな下らない事を終わらせる。
播岡くるるにとっての、第三の人生の、その目的が揺るぎない信念となり得るそのきっかけだった。
-
「私も協力します。皆で、この殺し合いを止めましょう」
本汀子も同じ心意気。亡くしたあの娘の思いに恥じないような生き方をしようとしたあの日から決めた事。
取り零す命を割り切れないとして、それでも手を伸ばすことに意味はないとは絶対に言わせない。
「それに、追うべき相手もいます。……とても危険な男が」
汀子としては、主催と同レベルで危険視している混沌(トレイシー)も気に掛かる。
殺し合いを開いたという外面上のベールは分かっているデスノと違い、あれは不気味だ。人の形をしたナニカ。仮にデスノを倒して殺し合いを止めたとしても、あれが存在する限り別の災厄が何処かで齎されるだろうから。
「……………そういえば、ミカが言ってたっけ。ピアノを弾けるって」
「それはご存じです。私は新田目さんから聞いたことですけれど」
ふと、くるるが呟いた。
そういえば、そんな事言ってたわね、と。
汀子も新田目から彼の前世の事は聞いた。
家族が欲しかった彼が、天使に趣味を教えて、彼女は人間の感情を。
ミカというテンシにとっての、全ての始まりがそれだった。
「……どんな曲、弾いてたのかな。……どうせなら、聞きたかったな」
「………くるる、さん」
くるるの声は、掠れていた。
分かっていたことだ、播岡くるるは優しい子だ。
幽霊になっても、心が擦り切れた頃でも。その奥底にあったものは変わらない。
碌でもなかった第一の人生でも、消滅間際に己の本質を自覚した第二の人生でも。
「綺麗な音色、してたのかな……」
感情が、抑えきれなかった。
「おかしいな、さっき泣いたばかりだってのに……」
新しい友達になってほしかった。
どうせなら知らないこともっと教えてほしかった。
こんな場所じゃなくて、自由な場所で羽ばたけてる彼女が見たかった。
マスターと一緒に楽しそうにしている彼女を見届けたかった。
「なみだ、とまんないよ………」
我慢できなかった。散々失ってきた事ばっかりだったのに。
尊厳だとか、親からの愛だとか、奪われて失ってばかりで。
さっき、泣いたばっかりだっていうのに。
「……わ゛だじ、ま゛た……さよなら、い゛え゛なかった……」
そうだった。あの娘の時も、ミカの時も。お別れの挨拶出来なかったんだ。
「……うああああああああああああっ……!!」
「……………っ」
それだけが、心残りだった。
そんな儚かな願いすら叶えられない現実に、どうしようもなく泣き叫んだ。
年相応の外見らしく無くそんな少女のことを、沈痛な気持ちで汀子は見守るしか無かった。
喪うことに、怪物でもない限り慣れることはないのだから。
天を仰ぎ、胸が締め付けられるような心の痛みを感じながら、幽霊である少女は。
―――なかないで、くるるさん
「――――」
幻聴が、慰めるような優しい声が。
―――ますたーを、たすけてあげて
「―――っ………」
言われなくても分かっている。彼女が守ろうとしたものも、彼女が守ろうとした未来も。
だったら、立ち止まってなんかいられない事ぐらい、分かっている。
例え、自分の結末(おわり)が決まっているとしても、せめて、悔いのない結末を迎えたいから。
自分は終わった人間だから、終わりが決まっているからと言って止まる理由は存在しない。
「……汀子。わたしは、大丈夫。落ち込んだままじゃ、ミカが安心出来ないから」
「だったら私は、あなた達の道行きに幸あらん事を祈りましょう。もし機会があれば星神神社の特製御守りをサービスしますよ」
「……気持ちだけ受け取っておくわ」
今だけは、神様なんて信じたことのないものを、信じてあげてもいいと思った。
どちらかと言えば、神様よりも天使様に祈りたいところだけど。
自分の心境を察した汀子にそう言われて、そういう事も悪くないなんて、思ってしまった。
そういう曙光(やさしさ)が、かつて私が欲しかった居場所だったのかもしれない。
気づいた時には、もう遅いのかも知れないけれど。
-
『な〜んて湿っぽいセリフらしく言ってしまいましたが、やっとのこと気づいてもらった俺様、やっと胸をなでおろしてレッド◯ルで翼を授かったような気分です!』
「――――――は?」
変な声がした。
変な声っていうか、全く空気が読めていない声だった。
しかもこれ、機械音だけれど、これミカの声みたいな幻聴。
いやちょっとまって、何処から声してるの?
播岡くるるは、混乱した。
「くるるさん、ちょっとカバンの中身いいですか?」
「あ、はい」
見たこともない青筋を立てながら汀子が全く微笑んでいない微笑みをしながらくるるのカバンを物色。
取り出したのは猫の顔が描かれたバッチのようなもの。しかもその裏は妙に機械的と来た。
『―――――今日モ良イオ日柄デスネ汀子サン』
「―――――やっぱお前かぁぁぁぁ!!! このキ◯ガイマッドサイエンティストぉぉぉぉぉぉっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
全てを悟った汀子の怒号が響いたのは、その直後だった。
-
☆
汀子の居た世界にて、巷を騒がせる天才……もとい天災科学者Dr.ドロシー。
本名、多摩ヶ崎(たまがさき)度呂子(どろこ)。生まれながらの大天才。あと出身は埼玉。
本汀子にとっての、正真正銘逃れられない悩みのタネ。
妖魔や悪魔現れる所、と言うよりも騒ぎある所彼女有りと言わんばかりに大悪漢(スーパーヴィラン)。
完成した発明品を見せびらかし、時たま妖魔退治に使って退治するのは良いが結果街にとんでもない被害を出すという、まるで天才と何とかは紙一重というかむしろ完全に向こう側を体現するような少女だ。
兎に角、汎ゆる道理を無視して科学の力で超常現象を右ストレートで殴り倒すかの如く一蹴する姿は、汀子にとって頭が痛くなる光景そのものだった。
くるるの支給品にあった、猫の顔が描かれた機械的なバッチ。それはドロシーがいつも着用している解析用AI搭載バッチ「ドロちゃん」である。
何やら、ドロシー自分の人格をコピーアンドペーストしてAIにしたとか、というのが汀子の語る話。
という訳で、しんみりムードとくるるの悲哀を台無しにしてくれたこのAIを囲むように3人(+1機)の話し合いが開幕ということで。
『しかし巫女よ、妙な連中に誘拐された挙げ句だ。幽霊だかテンシだか非科学的な現象に巻き込まれるのが性分なのか? 流石の俺様もバリドン引きだぞ?』
「好きで巻き込まれてるわけじゃないですけど」
「……苦労してるのね、あなたって」
このハイテンションバッチ型AIに対して一同辟易。
特にドロシーとは顔見知りである汀子はまるでこの世の終わりのような表情である。
と言うか汀子の目は死んでいた。同窓会で無駄にうざ絡みしてくる元同級生と出会ったかのように。
くるると新田目は、心底同情した。
「……ここまで感情豊かなAIは、俺の世界では存在しなかったぞ」
それと同時に、新田目が驚愕したのは「ドロちゃん」のAIには似合わない個性豊か過ぎる感情表現だ。
自らの人格をAIにコピー&ペーストなどという、同一性やら倫理観やらどこに行ったのやら。
兎に角わかったのは、ドロシーという科学者その難あり性格に反比例するような超技術(オーパーツ)を片手間で生み出せるような、新田目の前世に置いてもそんな事ができる人物など存在しないレベルの訳の分からないナニカであった。
『まあ? あくまで俺様は御主人様(マスター)の分身? クローン? まあそんなものでありますですし。「俺様が壊れてもまた第二第三の俺様が〜」的なノリでありますよ? ああでも、俺様あまり把握出来ていなかったのですが、ミカ?でしたっけ? もしパーツとか残っていれば御主人様(マスター)が』
「よしこいつ処すか」
「そうね、処した方がいいわね、速攻で」
『待って待って待って〜〜〜〜〜〜〜!?』
そしてこの空気を読まない天才バカのAI。さらっと地雷をぶち抜いてくるると新田目が殺意をまとった笑顔でこのAIどう処すかの段取りを取り始める始末。
「お二人とも、その気持ちはわかりますし私だってこのバカの写し身さっさとぶっ壊したいです。でもそれを抜きにして彼女の天才っぷりは……認めたくありませんが事実です」
『そうだぞ! 三千世界海千山千を乗り越え五蘊盛苦に縛られぬこの超・超・超超超大天才ッ!!!! Dr.ドロシーの写し身たるドロちゃんこと俺様がお前たちの手伝いをしてやろうと言うのだ!!!!』
このバカみたいな天才であるこのバカの写し身AIはこの殺し合いにおいては頼れるアイテムになる、というのが汀子の考えだ。性格が難ありすぎるのが本当に欠点なだけで。
実際当人(当AI)が断言しとる通り、この殺し合いを打ち破ることには協力してくれるようではある。心底不本意であるが、彼女の協力は必要になるだだろう。心底不本意ではあるが。
現在進行系で汀子は腹を括っていた。ぶっちゃけミカの声真似でくるるを励ました下りは彼女なりの気遣いなのだろうが、如何せんバカにこういう事やらせたら空気読め案件だろと言いたくはなる。
-
兎も角、性格は難ありすぎるが優秀なAIであることは確かだ。くるるの支給品袋に入っていた状態で大まかの事を把握していると来た。細かい部分は後に聞いたとはいえ、だ。
首輪や会場の解析には間違いなく活躍するだろう、そう簡単にデスノ側が問屋を下ろしてくれないだろうけれど。
「汀子の言う通り、俺もこのAIが優秀なのは認めざる得ないようだ」
「……あとのネタバラシは最悪の極みだったけれど、こいつのお陰でちょっと元気になれたのは事実だし」
このAIの性格の難儀さに反比例した優秀っぷりは二人としても認めざる得なかったのは事実。
その事実は二人にとっても覆せないことだ。
『まあ首輪の方、俺様でも難儀なプロテクト掛けられてるみたいでありますからな〜』
「……いつの間に」
『お前たちが人のこと処そうとした時に軽く、でありますが』
そして、このさらっと首輪の軽い解析を済ましたAIの抜け目なさっぷり。
テンシの事を知っている新田目が驚嘆する技術力を持ちうる本体(Dr.ドロシー)は何者なのかという疑問も踏まえて。
この天災AIを含めた彼女彼らの殺し合いは、まだ始まったばかりである。
☆
「ねぇ、一ついい?」
『ぬ、俺様に何の様でありますかなゴスロリゴーストガール』
「……どうしてあんな悪質なドッキリ、ていうか人のこと励まそうとしたのよアンタは」
一段落落ち着いた所で、くるるがドロちゃんに対し問いかける。
汀子は汀子で、新田目は新田目で準備の最中とのことだし、元々この支給品はくるるのものだということでくるるが所有者という体で管理する形だ。
あの悪質ドッキリに親しく、結果として励まされた形になったAIによるミカの声真似。
はっきり言って「次同じことやったら本当に壊してやろうか」と念押しするレベル。
それに励まされたのだから正直言って複雑だし、この天災みたいなやつがどうしてそんなまだるっこしい善意をしたのか。
『俺様、というよりは俺様の御主人様(マスター)の話でありますが。あの巫女も色々難儀な悲劇があったんでありますよ……望まない友達殺しっていう。ゴーストガールに分かるように説明するなら悪霊憑依ってやつでありますな』
「……………………そう」
「そんなこともあった」感覚で語るこのAI。本汀子の拭いきれないトラウマ、後悔。
友達殺し、悪霊憑依。その言葉で幽霊であるくるるは全てを察してしまう。
『あれ以降、あの巫女見るからに元気なさすぎなもんだから御主人様(マスター)ご立腹。小耳に挟ん話だとゾンビみたいな雰囲気で悪霊狩りまくるわだいぶ荒れてたみたいでありますな』
「……それで、あんたのマスターは何をしたわけ?」
『腑抜けたライバルは見てられないということで殺す気で殴り込んで来たら、何か立ち直ってくれたようででありますな』
「ほんと何やってんのよ。というかそれ立ち直ったじゃなくてあんたのマスターに対する逆ギレでしょそれ……ていうかまさかだけれど、やったの?」
『あー、声真似のことでしたら御主人様(マスター)やらかしまたでありますよ』
「よしわかったもういいわ何かこう後の流れわかった」
つまるところ、こいつのマスターは自分に対してAIがかました事と、全く同じ事を汀子に対してやったのだ。こういう時じゃなかったらこいつの本体の顔腫れるまでタコ殴りにしようかと考えているが、今は我慢する。
マジでこいつマスター含めていい加減にしろと言いたくなる所であるが。
『御主人様(マスター)、一人で色々やってる時も十二分にウキウキしてたわけでありますが、あの巫女を無断でライバル認定した後はもっとウキウキしていたでありますからなぁ』
「へぇ……」
『ああ言うのを、トモダチっていうやつなのでありますか』
-
そんなドロちゃんの言葉だった。感情が籠もってるのか籠もっていないのかわからないが。
Dr.ドロシーという人物がカスで難儀な性格の女が、本汀子という巫女をライバル認定しているその理由が。
だいぶ悪質な手段とはいえ、彼女を立ち直らせるための行動をした理由が。
「……私からはノーコメント、ね」
播岡くるるは、呆れながらもそういう形での関係も理解できない訳では無いと言わんばかりの優しい声色でそう一言、告げるだけだった。
自分と"あの娘"とは違う、そういう形もある、と。
【E-5 病院跡】
【播岡くるる】
[状態]:背中に切り傷(小・包帯で処置済み)、鼻血、悲しみ(中)、心労(中)
[装備]:無し
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0〜2、AI搭載バッチドロちゃん
[思考・行動]
基本方針:殺し合いを打破してデスノを殴る
1:新田目や汀子と共に生きる。
2:連続殺人鬼の双葉玲央を警戒
3:オリヴィアの名を騙る狂人女(ノエル)に警戒と怒り
4:ミカが恐れていた、テンシ・プロトタイプNO.000を探す。
5:………ミカ。あなたのマスターは、ちゃんと守ってあげる
6:このAI(ドロちゃん)、性格難儀過ぎるでしょ……汀子がストレス溜まりそうな顔したのはすごく分かるわ……
【本汀子】
[状態]:ダメージ(大) 精神的疲労(特大)、心労(大)
[装備]:"電磁兵装"ケラウノス
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム×1〜2(未確認)
[思考・行動]
基本方針:不平等に人を助ける。それは揺らがない。
1:トレイシーを追う。人の集まりそうな場所を目指す
2:なんでこいつが……このキチガイの写し身(ドロちゃん)がいるの……!!!!?
3:でも人格は問題有りすぎだけどこのAIは頼れるから……今は我慢……!!!!
【備考】
※ケラウノスの電量は自信の力で賄えます
【新田目修武】
[状態]:ダメージ(大) 右腕に火傷(小) 悲しみ(特大)、心労(小)
[装備]:拳銃(残弾数15) 兵装“ジャンヌダルク”
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム×0〜1(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:家族の下に帰る
1:それでも生き続ける
2:このバッチの人格の人物どういう技術力しているんだ……
【支給品紹介】
"AI搭載バッチドロちゃん"
あ〜はっはっはっはっはっ! このDr.ドロシーの最高傑作の一つに興味を持つとはお目が高い!
何を隠そう、これは俺様がAIに自らの人格を転写し、もう一人の自分という命題の為に作り出したいわば!「自分という存在の複製」なのだ!!
いや、違うぞ? 両親がいないからって寂しいから話し相手が欲しかったとかじゃないぞ!?
これはあれだ! 俺様が一人いるよりも二人いたほうが色々便利だったとか言うそんな感じだ!
物体の解析がメインであり、戦闘機能は小型化の都合でオミットせざる得なかったのは残念だ所だが、それでも俺様の発明の中でも屈指の傑作だぞ!
なにせ、AIへの人格の転写なんぞ頭頑固な学会のジジィ共には出来ないことだからなぁ!!
あーはっはっはっはっはっ!!! 俺様を褒めろ、称えるが良い!!!
-
投下終了します
タイトルは『遺サレタ場所/天才と何とかは紙一重というかむしろ完全に向こう岸』でお願いします
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投下乙です。私が書いた話をどうリレーするのかと思いきや、これまたとんでもないキャラが出てきましたね。
オリロワで意思持ち支給品とは…その発想はありませんでした。
チェ○ソーマンのパ○ーちゃん並みにクセしかないキャラですが、どうなるのか気になりますね。
機械系なので首輪解除にも大きく貢献しそうではないかと思います。
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もう一つ、そろそろ第一放送に移ってもいいと思いますが、どなたかまだ書きたい方いませんか?
その他に自分が放送書きたいという方はいらっしゃいませんか?なければ自分が予約して書こうと思います。
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第一回放送予約します。
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放送投下します。
-
それは、太陽が一番高くに昇った瞬間だった。
突然殺し合いの箱庭全土に、陽気な音楽が鳴り響く。
30人の参加者たちが集められた際に、最初の場所で流された曲と同じだ。
すぐに聡い者、鈍い者問わず、これから何か良からぬことが起こるのだと察した。
現在が大概ろくでもない状況だが、それが好転することは無いのだと考えた。
『やあやあ皆さん!!お久しぶりでーーーっす!!とは言っても、6時間前会ったばかりなんですけどね!!』
箱庭中にデスノ・ゲエムの声が響き渡った。
奇妙なことに、その声がどこから来たのか分からない。
知らぬ場所に小型音源でもあるのか、はたまたテレパシーのような力で脳に送り届けているのか。
『お昼になりましたので、ここらで一度、殺し合いの進捗状況を発表していこうと思います!
こんなにも早く死んでしまった、哀れな哀れな参加者たちを読み上げていきますよ!!
一度しか言わないので、忘れないでくださいね!!
ルイーゼ・フォン・エスターライヒ
オリヴィア・オブ・プレスコード
No.013
レイチェル・ウォパット
碓水 盛命
以上、5名!!』
その後一拍間を置いて、はあ、という大きなため息が聞こえた。
『あのさあ、6時間で5名!?たった5名!!?皆様、ちょっとやる気ないんじゃないですか!?もっともっとサクサク殺してくださいよ!!
このままだと誰も得することないまま、全員首輪がBURN!!ってなってお陀仏ですよ!?
どうせ知り合いが死んでも優勝して生き返らせて貰えば良いだけですし!!ここはもっとやる気を出して殺しにいきましょうよ!!』
一通り捲し立てた後、コホン、と咳払いをして口調を変える。
彼にとっては、この程度のことは予想済みだ。
むしろ殺し合いを愉しんで見物する時間が長引いて嬉しいぐらいだ。
-
『まあ、ここまでは予想通りです。段々とワタクシが作った世界で殺し合いは激化していき、悪意も殺意もドンドン増幅していくでしょう!!
ワタクシはその時まで、ほんの手伝いをしてあげるだけです!!例えばこれから逃げ道を減らして行ったりね!!』
『そんなワケで次は、禁止エリアの発表でーーーーっす!!ここに入ってしまうと、30秒の内に首輪がドカンと一発吹っ飛ぶので注意が必要ですよお?
御親切なワタクシは警告を鳴らすので、それが鳴ったらすぐに離れてくださいね!?
ワタクシとしても、殺し合いで死ぬのではなくそんなつまらないことで死ぬのは少し面白みが無いですからねえ!!』
『では改めて行きますよ!!これもまた一度しか言わないので、メモを取ってくださいね?
二時間後 F-5
四時間後 G-6
六時間後 B-3……』
彼が嬉々として話しているその時だった。
デスノと同じ主催者の一人、セェブ・ゲエムが、何やら文字の書かれた紙を彼に見せた。
彼が道化師らしからぬ怪訝な顔を浮かべた後、放送をやり直す。
『おおっと失礼!!二時間後に禁止エリアとなるのはF-5ではなく、E-5でした!!
改めてもう一度言いますよ?
二時間後にE-5
四時間後にG-6
六時間後にB-3です!!
今そこに居る方々は、急いで他の場所に行ってくださいね!
ただし、制限ばかり設けるのも主催者としてはよろしくない。飴と鞭という言葉があるでしょう?
だからここは優しい主催者として、ここまで頑張ってくださった皆様方にご褒美を上げちゃいまーす!!
最初に参加者を3人殺した者には、ワタクシからのご褒美が渡されます!!
今から少しの間だけ、目を閉じてください!!』
パチンと指を鳴らす音とともに、参加者の瞼の裏側に真っ赤な剣の立体映像が浮かぶ。
『真っ暗な中に映っている物がお見えですか?それは何と、最近流行のアクマ兵装!!
既に持っている方もいらっしゃるかもしれませんが、2つ以上あって損はない逸品なので、これを求めて是非誰かを殺してみるのもありでしょう!!
特に既に人を殺している新田目修武と神、それにエイドリアン・ブランドン君は殺す人数が少なくて済みますし、やってみて損はないと思いますよ!!』
-
『それでは頑張って下さいね!生き残った25名の方々には、一層の健闘を期待していますよ!!シーユーネクストタイム!!!!』
放送が終わり、両手を広げて伸びをするデスノ。
その挙動は、人間のものとは何ら変わりはない。
どこか人間らしいしぐさをする彼に、声をかける者がいた。
「お疲れ様です。ミスター・フ……いえ、ミスター・デスノ。」
「下らない挨拶は必要ありませんよ?それより、あの紙はどういう意味ですか?」
あの紙、とは勿論、デスノが放送中に渡された紙のことだ。
禁止エリアが1つ変更することになった。勿論変更されたからとは言え、彼にとって何ら問題があることではない。
それはそうとして、わざわざ放送を遮ってまで行う行為なのだから、然るべき意図があるのだろうと勘ぐってしまう。
「主からの伝言です。私からは詳しい意図は聞かされていません。
まああるとするなら、人が集まっている病院を禁止エリアにしたかったのではないですか?」
「へえ……そうですかねえ……異常活用機関初代総帥、セブ・アルムくん?」
見通したかのような笑みを浮かべ、セェブ・ゲエムの顔をじっと見つめるデスノ。
彼の言うことは当たっていた。
セェブ・ゲエムというのは、あくまでここでの呼ばれる名。
本当は親から授かった別の名前がある。
セブ・アルムは幼少期から常人に比べて卓越した頭脳を持ち、やがては相対性理論を昇華させ、彼の世界で初めて別世界の存在に気付いた人物だ。
大学時代にその知力を遺憾なく発揮し、様々な研究室から引っ張りだこだった中、進路が決まる直前で突如大学を中退。
以降異常活用機関を秘密裏に設立し、研究室では決して許されない非人道的な調査、既存のロジックを無視した研究などを行っていた。
彼とその機関の力は幾つもの世界の参加者を集め、その能力を調査するのに最も貢献したのも、彼の解明した理論があったからだ。
デスノの言葉に対し、不快そうな表情を浮かべ、セェブはこう答えた。
「私が1005号……参加者の研究員たる彼と手を組んでいるとでも?」
「そこまでは思っていません。けれど少しでも怪しい素振りを見せれば、参加者であろうとあなたであろうとあの方に報告しますよ。」
「ご自由に。それから新しいお菓子を監視室に置いておきましたよ。」
「言い忘れてましたが、次の放送の1時間前、向こうの時間で言う所の午後5時に集まって下さい。中間報告を行っていただきます。
このことはミス・エリアとアイテム・ギフトにも伝えておくように。」
「承知しました。」
-
そう告げるとセェブは去って行った。
彼の姿が見えなくなると、監視室へと向かう。
殺し合いが壊される予兆は見られない。だが、彼が、彼の主が望むほどの大きな変化も起こっていない。
だが、やがては起こる。
デスノはそれを信じ、モニターの中にいる者達の行く末を見守った。
□
ぐにゃりと空間が歪んだ先に、セェブの前に現れたのはミス・エリアだった。
殺し合いの最初に、参加者を送り込んだのと同じ手法である。
「お疲れ様ですわ。セェブ。ところで一つ聞きたいことがあるの。そっちの部屋でいいかしら?」
「手短に済ませて欲しいですね。」
彼女の言うことに従い、別の部屋へと足を踏み入れる2人。
アイテム・ギフトは自室でゲームばかりしていることと、5時間後に中間報告を行う話をしてから、彼女の質問する時間に入る。
「それで、聞きたいことって何ですか?」
「あなたが何故こんな所にいるか、ということですわ。」
「質問の意図が読めませんね……。」
常ににこやかな笑みを浮かべたまま、エリアの言葉を流すセェブ。
「簡単な話ですわ。あなたはデスノさえも凌駕する頭脳を持っています。なのになぜ、彼に従っているのですか?」
彼女の疑問に対し、セェブはくく、と薄い笑みを漏らす。
「秘密だよ。」
残り 25人
【??? 昼】
【デスノ・ゲエム】
[状態]:健康
[装備]:???
[道具]:アクマ兵装"クリムゾンクイーン"
[思考・行動]
基本方針:殺し合いを愉しんで監視する。
【セェブ・ゲエム】
[状態]:健康
[装備]:???
[道具]:???
[思考・行動]
基本方針:『主』からの伝言があれば、それをデスノに話す
※笑止千万が所属している『異常活用機関』の初代総帥だということが発覚しました。
・追加ルール
入った直後に警告が鳴り、30秒以内に脱出できなければ首輪が爆破される禁止エリアの追加
二時間後にE-5
四時間後にG-6
六時間後にB-3
・ボーナスアイテムの支給
最初に参加者を3人殺害した者に、アクマ兵装『クリムゾンクイーン』を贈呈
なお、キルスコアは第一放送前の殺害者数もカウントされる
-
投下終了です。それと今回の第一放送を境に、新たにルール改定を行おうと思います。
・時間帯の追加
これまでは登場回数基準で進行度合いが考えられてきましたが、>>463で私が話した通り、今回の放送以降は以下のような形で新たに時間帯を設けていこうと思います。
日中:12〜14
午後:14〜16
夕方:16〜18
夜:18〜20
夜中:20〜22
真夜中:22〜24
深夜:0〜2
黎明:2〜4
早朝:4〜6
朝:6〜8
午前:8〜10
昼:10〜12
・予約延長期間の追加
これまで予約期間は1週間だけでしたが、1度でも本編を書いたことがある方は、延長申請すればもう1週間の予約期間を設けることが出来ます。
・意思持ち支給品の支給制限
51話でオリジナルの意思持ち支給品が登場しました。これ自体は問題がありませんが、
好きなように出し続けてしまえば、それまで出て来たキャラの出番を食いがちになる可能性があるため、登場数にルールを設けます。
・意思持ち支給品の数は5体まで
既に一体出てきているため残り4体です。
・書き手様一人につき、意思持ち支給品を登場させられるのは1体だけ。
なお、既に意思持ち支給品を出した◆IXSxLCVplI様は後付けルールでもう出せなくなりますが、この内容はすでに◆IXSxLCVplI様に別途のSNSで報告して、了解を得ています。
・プロローグ及び本編の投下数が4本以上の方
具体的には現在(2024/2/19)の時点では
◆vV5.jnbCYw(私)
◆FhRlC.Gn2g様
◆LXFWEmkOcA様
◆9jWBr.sddU様
◆EPyDv9DKJs様
以上の5名が該当します。
勿論、これから投下数が4本以上になれば、それ以外の方も意思持ち支給品が登場する話を書けます。
なお、50話で登場したテンシ・プロトタイプは『支給』された訳ではないので、意思持ち支給品には含まれません。
・とんでもなく巨大だったり、とんでもなく強い力を持っているなど、ロワを破綻させたり、今後の本編執筆に支障をきたすような支給品は禁止
私は企画主ではないので、これらは「こうしたら良いんじゃないか?」という物であり、「これらに全て従え」という物ではありません。
今回の放送を含めて「これはちょっとダメなんじゃないか」という物や、「こういったルールも追加した方が良いんじゃないか」というルールがあれば、意見をお願いします。
予約解禁は21日の21:00からを予定しています。
それまでに他の意見が無ければ、そのルールで進めて行こうと思います。
-
少し時間が過ぎましたが、これと言って意見は無いようなので、これからは上記のルールにした上で予約解禁します。
これからもよろしくお願いします。
-
笑止千万、蕗田芽映予約します。
-
投下します。
-
「うおおおおおぉぉぉぉーーーん!!あああぁぁああああああ〜〜〜!!!!!」
市街地に、凄まじい咆哮が響き渡った。
★
時は少し遡る。
場所は廃屋の中。
過疎化に伴って解体されることも無いまま、放置された田舎の木造建築を彷彿とさせる。
そこには全身を機械に改造した男、笑止千万と、少女の姿を借りた熊が向かい合って座っている。
笑止千万は蕗田芽映に対し、様々な質問を投げかけていた。
「君は何て名前の山に住んでいたのかい?」
「なまえ?」
「そうだよ。名前だ。富士山とか、高尾山とか、山には人が付けた名前があるのは知ってるだろう?
君が住んでいた山は、何て言われていたんだい?」
ツキノワグマの生息地は多岐に渡る。
日本列島だけでも本州、四国の広範囲に生息している※1
ヒントもないまま彼女の故郷を突き止めるのは、機関の力を以てしても難しい。
フキが日本語で話をしているから日本の山だと判断したが、万が一外国の山だった場合、いよいよ困難を極める。
それに、ツキノワグマはレッドリストに掲載されている、絶滅危惧種だ。
たとえフキを連れて帰ることに成功したとしても、モタモタしていれば彼女の同胞が絶滅してしまうかもしれない。
「……わからない。」
「じゃあどんな植物が生えていた?どんな物を食べていた?」
どんな名前か分からないと答えられるのは想定済みだ。
ならば彼女がどんな物を食べていたのか、どんな生き物といたのか、植生からどの辺りの地域か突き止めれば良い。
名前当てクイズみたいだな、と一人で考えて一人で笑いそうになる。
「フキとか……ドングリとか……食べてた。」
残念ながらどちらも日本のほとんどの場所で見られる植物だ。
特に後者に至っては、山だけではなく街路樹としても生えている。
主食から故郷を当てるのは難しいことは分かった。
-
「じゃあ君の山には、どんな動物がいた?」
「シカとかイノシシとか…あ、あとアライグマなんかもいた!!」
「う〜む……その鹿に何か特徴があったか?こう……角の形が変だったりとか、毛皮の色とか。」
「……角は尖ってて、毛は茶色だったような……。」
(それじゃ分からないな……。)
残念ながら、どれもこれも生息範囲が広すぎる生き物ばかりだ。
本州の山ならばどこの山でも当てはまりそうだ。
そもそもの話、彼女の言葉遣いからして知能はさほど高くなく、どこまで信用できるかも定かではない。
その後もいくつか質問をしてみたが、終ぞ彼女の故郷を突き止めることは出来なかった。
山から東京に降りてきたことは分かったが、そこへ行くまでの道筋はどうしてもわからずじまいだ。
「フキちゃん……役に立たなかった?」
「そんなことは無いよ。色々質問に答えてくれてありがとうね。」
作り笑顔で、彼女に感謝の言葉を告げる。
残念ながら、彼女の言葉から故郷を突き止めるのは難しそうだ。
だが、それが何だというのだ。むしろあっさり分かってしまえばつまらない。
ひとまずフキの出身を調査するのは保留にする。
当面の目的はフキと自分の優勝、それに貢献しうるテンシ・プロトタイプだ。
「じゃあ行こうか。フキちゃん。」
廃屋を出て、道を歩き始める。
変革のための第一歩だと信じて、疑わなかった。
(そうだ、もう一つサンプルも手に入れたしな。)
彼がザックに入れたのは、あろうことかフキの吐しゃ物。
腹に蹴りを入れた際に、吐き出した魚の肉片だ。
そんなものを後生大事にデイパックにしまうなど、常人ならば理解できる行動ではない。
だが、吐しゃ物とは時として研究における重要なサンプルになり得る。
(本来ツキノワグマは植物を主食とするハズだ……なのにあのクマの腹の中にどうして魚が入っていた?
食わざるを得ない状況があったか、誰かが間違って食わせた…あるいは、わざとやった?そもそも支給品に魚なんて入っているのか?
アレは私が知っている魚なのか?)
-
「フキ、もう一つ聞きたいことがある。君はここに来る前、何か食べなかったか?誰かに会わなかったか?」
「……覚えてない。」
(『会ってない』、じゃなくて『覚えていない』…か。恐らく誰かが手引きしているな……。)
彼女が本当に覚えていないのか、それとも何かの特別な力か。
いずれにせよ、この彼女が如何なる理由を以て魚を食べたのか、それもまた調べてみたいと考えた。
初めて出会った時、明らかに暴走しているような状況だった。
それから話が通じるようになったが、それも異常を齎した魚を吐き出したからだと考えても良い。
いっそのこと、彼女の腹から出た魚を口にしてみようかとも考えた。
だがもう少し考えた後、それはやめた。
彼自身の命が惜しいからではなく、クマに食べさせた場合と自分が食べた場合、同じ結果が現れるか不明だからだ。
それに、魚が彼の知らぬ種ならば、もしかすれば板金にも相当する可能性を、自分が食べてしまったことになるからだ。
歩きながらも、熟考を重ねる。
頭を回転させるにつれ、興奮して来る。
彼が好きなことは、未知の存在に対して頭を回転させることだ。
頭の中身を躍動させることで、全身に血が巡って来るような高揚感に包まれる。
気が付けば、背後にいた少女は熊へと戻っていた。
二本足は四本足に変わり、足音も重たい物へと変わる。
(日光に当たれば熊になる…いや、日光に当たらなければ人間になると考えるべきか。
一体これはどういうメカニズムなんだ?狼男のようなものと考えるべきなのか?
いやそもそも、これは生まれつき?それとも他者によって備わった力なのか?)
笑止千万は10年以上、異常活用機関で働いて来た。
そこでは御伽噺にしか存在しないとされる生き物とも、何度も触れ合って来た。
時には真価を測るために、実験サンプルの鎖を外して闘(や)りあうような奇行に出たこともあった。
その過程で腕を殴られ、一発で折れたこともあったりした。
そんな『ふれあい』の果てに、幾つもの実験サンプルをぐちゃぐちゃのバラバラにしてきた。
だから今更、人間になるクマ程度驚くほどのものでもない。
問題は、それが人類の役に立つか否かという訳だ。
-
2人が移動を開始し、しばらくした所だ。
当たりの風景が草原から市街地に入った辺りで、妙に陽気な音楽が流れる。
『やあやあ皆さん!!お久しぶりでーーーっす!!とは言っても、6時間前会ったばかりなんですけどね!!』
それからすぐに、デスノの声が会場全体に響く。
どこからかは分からないが、音のする方向に目を輝かせる笑止千万。
彼よりもずっと大きな図体のフキは、デスノの声に怯えるばかりだった。
デスノから告げられるのは、5名の死亡者の名前。
入れば首輪が爆破される禁止エリアの場所。それに、殺し合いに貢献した者に送られるという禍々しいデザインをした剣。
『それでは頑張って下さいね!生き残った25名の方々には、一層の健闘を期待していますよ!!シーユーネクストタイム!!!!』
その言葉を最後に、彼の声は聞こえなくなった。
最初の放送が終わると笑止千万は、地図に禁止エリアをメモするまでもなく、身を震わせ
「うおおおおおぉぉぉぉーーーん!!あああぁぁああああああ〜〜〜!!!!!」
思いっ切り、泣いた。
「ああああああ〜〜〜!!!!ウソだぁあああああ!!!!」
(え?え?この人どうして泣いてるの!!?)
デスノの存在以上に、子供のように泣きじゃくる笑止千万は恐ろしい存在だった。
クマの姿でありながらも、どうにか慰めようとする。
「こんなことが許されていいのかよぉぉぉぉぉおおおおおお〜〜!!!!」
膝からガクリと崩れ落ち、天を仰いで泣き叫ぶ。
フキの前では最低限、丁寧な態度を取っていた彼だが、それが何だと一笑に付すかのように号泣する。
いや、この場合『一泣に付す』の方が正しい表現なのかもしれないが。
「私のサンプルが!可能性が!!人類の未来のカギがああああああああああ!!!!!!」
こんな所で大声出せば、危険人物の目に付くのではないか。
いや、逆に危険人物でさえ怖がって、近づいて来ないかもしれないので、一周回って安全かもしれないが。
「ヒック……クソ……出来るなら、データを……ヒック……したかった……。」
彼は断じてウソ泣きなどしているのではない。
心から参加者の死を悲しんでいる。元々彼は参加者を皆殺しにし、フキと共に優勝を掴もうとしていたにも関わらず。
その気持ちと目的に、一切の矛盾はない。
殺すのなら他人の手で殺されるのではなく、参加者のデータを摂取し尽くした上で殺したかった。
仮に相手を知ることが出来なくても、殺し合いの見せしめに殺された少女のように、最低でも死ぬ過程は目に焼き付くほど見ておきたかった。
-
おまけに、この殺し合いには、フキ以外にも自分が知らぬ可能性を秘めた存在がいるかもしれない。
連れ帰れるのは1人だけだが、是非死闘と言うふれあいを経て、殺戮と言う調査を経て、いかなるポテンシャルを秘めているか是非とも調べたかった。
自分が未知の存在を知る機会を、5つも失われた。笑止千万と言う男にとって、悲しまずにはいられない悲劇だった。
「だが…これしきのことで、人類の未来を手放すわけにはいかない。フキ、君も協力してくれるな?」
泣き止むと、作り物の手で彼女の大きな手を握り締める。
悲劇に打ちひしがれる笑止千万。
だが、彼は立ち上がり、胸を張って前へ進むことにした。
足を止めて蹲っても時間の流れは止まってくれない。それどころか、まだ残っている可能性でさえ無駄にしてしまうかもしれない。
目指すは遊園地。そこで手に入れるべきはテンシ・プロトタイプ。
彼の探究心は、これしきのことで失われたりはしない。
変な方向に思い切りが良いのが彼の良い所であり、どうしようもなく悪い所だ。
(そう言えばデスノが見せて来た剣…アクマ兵装……だったか?
ただの刃物とは到底思えん。なるべくなら一刻も早く参加者を殺し、受け取りたい所だ。)
歩き始めた直後、思い出したのは3人殺した者に送られるという特典、アクマ兵装。
自分の機関に転がり込んできた機械は『テンシ』だった。
勿論偶然の可能性も捨てきれないが、何か関係あるとも考えられる。
最初に3人殺した者と言われていたため、早くしなければ手遅れになってしまう。
(さて、殺害を優先すべきか、それとも遊園地へ向かうのを優先すべきか……
どちらにせよ前に進まねば可能性は見えて来んな。)
-
この時の笑止千万には知る由もない話だが。
何のシンクロニシティか、フキもまたアクマ兵装のことを考えていたのだ。
(あの赤い棒きれ…キラキラしててきれいだった……)
だが、当のアクマ兵装は禍々しい血の色をしている。
常識人から見れば、とても綺麗とは思い難い。
彼女がそれを綺麗だと思うのは、人と熊の違いか、それともこの世界での心情の変化か、はたまた彼女が食べた物の影響か。
【G-5 日中/市街地】
【笑止千万】
[状態]:高揚 涙を拭いた後 電力(5/5)
[装備]:超高性能義体
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0〜2(確認済み) 充電器 フキが吐いた魚の肉片
[思考・行動]
基本方針:勝ち残り、デスノを機関へと連れ帰る
1、フキと共に勝ち残り、フキを機関へと連れ帰る
2、遊園地へと向かい、テンシ・プロトタイプを手に入れる
3、出逢ったものは殺す
4.三人殺せば手に入るというアクマ兵装も、ぜひ手に入れておきたい。
5.フキは何を食べたんだ?そもそもそれを食べさせた仕立人がいるのか?
【備考】
※この義体の性能込みでも殺し合いが成立するものが、参加者にいるだろうと推察しています。
※超高性能義体が武器扱いの為、ランダム支給品の数が一つ少なくなっています。
【蕗田芽映】
[状態]:喜び
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0〜3(パッと見で武器になるものは入っていない)
[思考・行動]
基本方針:生きて帰り、同胞がいるはずの山へ行く
1,笑止千万と一緒に生還し、棲んでいた山へと帰る。
2.自分をシッパイ扱いする人間達を……?
3.トレイシーの言葉は意味不明だが、感謝はしている。
4.おじさん(笑止千万)、泣いていたけど元気になって良かった!!
5.あの棒きれ(アクマ兵装)、キラキラしてて綺麗
【備考】
トレイシーが召喚した魔物を食したことで、何らかの変化があるかもしれません
※1 大井徹 山崎晃司「アジアのクマたちーその現状と未来―」日本クマネットワーク 2007年、120頁
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投下終了です。
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双葉 玲央 ノエル・ドゥ・ジュベール グレイシー・ラ・プラット キム・スヒョン四苦八苦 フレデリック・ファルマン 加崎真子 滝脇祥真
予約します
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新田目、汀子、くるる予約します。
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投下します。
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趣味の悪い声が、病院付近にも響き渡る。
その声を聞いた3人は一様に、暗い表情を浮かべていた。
既に死したと分かっているミカとレイチェル、それにオリヴィアを除いて、3人が知っている名前は無かった。
だが、それとは別の内容が問題だった。
「マズイですね……」
放送が終わると、汀子がすぐに呟いた。
彼らがいる場所が、3つある禁止エリアのうち1つに選ばれてしまった。
このままでは、2時間後に彼らの命は無くなる。
それだけではない。メンバーのうち1人、新田目修武が殺人者としてその名を呼ばれた。
彼はレイチェルを殺したのだから、それは決してデスノの嘘ではない。
だが然るべき理由があったとはいえ、新田目が殺し合いに乗っている。
あの放送でそう疑われる可能性は、必然的に上昇する。
勿論、彼と共に居る2人も同じだ。
『俺様は首輪を付けられていないから、ここにいてもいいですぞ?』
「あんたは黙ってなさい。早く行くわよ。」
そんな中、威張って言うようなことか?と考えさせられる発言をするのはAIドロシー。
汀子のライバル?の人格をコピーした機械だそうだが、これの扱いもまた悩みの種だ。
「待って欲しい。」
久し振りに口を開いたのは新田目修武だ。
2人はその言葉を聞いただけでも、僅かながら安堵を覚える。
「逆に考えれば、2時間近く猶予があるってことだ。どこへ行くか決めてから動いても遅くないと思う。」
彼の言葉には、いたたまれない程の悲しみではなく、彼らしい冷静さが含まれていたから。
「…暢気すぎるのも考えものですが、あまり急くことも無いですね。」
確かに今この場所は、2時間後に禁止エリアになる。
逆に言えば、それまでの間はこれほどの安全地帯は無い。
殺し合いに乗る気が無い者は言わずもがな、進んで参加者を狩ろうとする者でさえ、入ってくることは無い。
30分もあれば余裕をもってエリアの外に移動できるし、大した障害物も無い。
-
『お、君は中々見所ありますなあ!!しかしどうやって行き先を決めます?ジャンケンか、棒倒しか、いっそのことサイコロで……』
「そうだ!!大変なことを忘れていたわ!!」
ドロシーの言葉を遮る形で、くるるが大声を出す。
彼女はおもむろに、瓦礫の山へと走り、その中の一つを念力で持ち上げた。
まるで、そこから何かを掘り出そうとしているかのように見えた。
「え?何しているんですか?」
「地図よ地図!!2人は宝の地図って持ってない?」
新田目と汀子の2人は、何のことやらさっぱりだと言う様子で、彼女を見つめる。
「僕はそんな物は見たことないな……。」
「私も同じですね。見たことがあるんですか?」
くるるが言っているのは、今は亡きオリヴィアが持っていた宝の地図だ。
それをミカが見た際に、悲鳴を上げたことは、彼女もよく覚えている。
ミカ曰く、この会場には危険な兵器が隠されているとのことだ。
結局その後レイチェルの襲撃に遭い、その件は有耶無耶になった。
そしてその宝の地図も持ち主のオリヴィアと共に、瓦礫の山に埋もれてしまった。
「あーダメだ!!全然見つからないよ!!」
「……諦めてここから出るしか無いみたいですね。」
大きすぎる瓦礫は、念力を以てしても持ち上げられない。
もう少し時間に余裕があれば、また話は変わって来るかもしれない。
だが、時間をかけ過ぎれば、首輪が爆発して一巻の終わりだ。
汀子の術ならば、大きな瓦礫も破壊することが出来るかもしれない。
しかし当の彼女は、ただでさえレイチェルやノエルとの戦いで消耗している身。
これ以上体力を使うのは、彼女としても得策ではない。
「ねえ、アンタに頼るのは癪だけど、大天才と言うのだから、この瓦礫どうにかならないの?」
くるるは初めて、胸元に付いているAIドロシーに声をかけた。
『勿論、出来る訳がない!!天才だからと言って、アイスクリームを1ガロンも食えるわけないし、フルマラソンを1分で走り切ることも出来ないだろう?
あと大天才じゃない!!超・超・超超超大天才だッ!!』
「もういいアンタ一回黙れ。」
今度はくるるではなく、汀子に言われた言葉だった。
-
「宝の地図と言ったが、それはそんなに大事な物なのか?」
実物を見ていない新田目としては、それが使えるのかは半信半疑、むしろ疑の方が強いぐらいだ。
宝の地図という響きがどうにも子供くさいし、誰かが参加者を騙すために適当に作った可能性も否定できない。
「ミカが地図を見て言ってたの。『この会場に恐ろしい兵器がある』って。」
「その兵器がある場所を探すために、地図が不可欠と言う訳か。」
ミカが恐ろしい兵器と言うのなら、もしかすれば自分も知っているモノなのかもしれない。そう新田目は思った。
前世とはいえ、彼女と同じ時代を生きたから、当然同じ物を多く知っているはず。
残念ながら前世で起こったこと全てを覚えている訳では無いが、記憶の糸を手繰り寄せていく
「………まさか、テンシ試作機(プロトタイプ)か!?」
「…そんなことを言っていたわね。」
新田目が思い出したのは、ミカ達テンシの試作型となった兵器のこと。
侵略者たるアクマを倒すために造られたは良いが、制御するのが極めて難しく、処分されたことだけは彼も知っている。
彼が戦場に出る頃には、その姿を見ることは能わなかったが、それがアクマ以上に恐ろしい兵器だったことは聞いている。
1分で100を越えるアクマと、その使役する怪物を焼き尽くし、その代償として戦場を草一本生えぬ更地にする。
もしもこの殺し合いで動かされれば、大惨事を招くことになるのは間違いなしだ。
『テンシ……だと!!?』
そして今度は、ドロシーも声を上げた。
「え?知っているのですか?」
意外な存在が知っていたことで、汀子まで声を上げた。
彼女のことは人間性はどうであれ、天才であることは疑わない彼女だが、まさかそんなことまで知っているとは思ってなかった。
『ああ。ご主人様が異常活用機関のデータをハッキングして、勝手に覗いたフォルダに、テンシってタイトルのファイルがあったんだ。』
「異常活用機関?ハッキング?何をやってんのよアンタのご主人は。」
ますます表情が怪訝なものになるくるるを他所に、ドロシーは話を続ける。
-
『結局、そのファイルは何重にもプロテクトがかかっていて、詳しいことは分からずじまいだった。
だがもしかすれば、そいつと関わっているかもしれない。』
その時、くるるが付けていたバッジから、警告音が鳴り響いた。
住んでいた世界が異なる3人は、いずれもそれが異常事態だとすぐに察した。
「今度は何よ!まさか腹が鳴ったとか言うんじゃないでしょうね!!?」
『違う!!今度の俺様は真面目だ!!真面目のそのまた大真面目だ!!!
面白半分でエネルギー探知レーダーを開けてみたんだが、離れた場所からとんでもねえエネルギーの塊を感じる!!』
これまでの話の流れからして、テンシ・プロトタイプのエネルギーを感じ取ったと解釈するのが妥当だ。
だが、それ以上に3人が驚くことが、彼の口から(口がどこにあるのか分からないが)告げられた。
『そうだ!!そっちの眼鏡ニーチャンが持ってるラ○トセイバーみたいな剣と、巫女が持ってるぶっとい剣に似てる感じのエネルギーだ!!
けど、総量が全然違う!!それこそここからでも感知できるぐらい…ちょっと待て!!?』
『バカな……2つ……だと?』
「え?お前は何を言って…?」
『ここから西と東、2つの方角に同じエネルギーがある!!おまけに西の方は動いてやがる!!』
うさん臭さしかないAIドロシーだが、様子からして嘘をついていたり話を盛ったりしているようには見えない。
3人の表情が、いっそう引き攣る。
「そのテンシなんたらが2つあって、しかもそのうち1つは誰かが動かしているということ?」
「聞いたことがある。テンシ・プロトタイプは2体同時に作られたと……両方ともこの世界にいるというのか?」
-
『凡人でも俺様の考えについて行けるんだな。えらいえらい……ふざけている場合じゃねえな。
おまけに東にもう一つ、小さいが似ているエネルギーが動いてやがる。』
この場にいる者は誰も知らないが、AIドロシーが探知したもう一つのエネルギーというのは、笑止千万のことだ。
テンシを解体し、現在の身体に組み込んだ彼だからこそ、エネルギー探知に引っかかったのだろうか。
「何よそれ?他にも厄介ごとがあるっていうの?」
『ああ。コイツぁ忙しくなってきやがった。』
「何で嬉しそうなのよアンタ。」
相も変わらずよく分からないAIドロシーだが、役に立つ面があることは分かった。
テンシの強さは、新田目は言わずもがな、ミカの戦いをこの目で見て来た2人もよく分かっている。
そのミカをして、恐ろしい兵器と言うのだ。
悪人の手に渡ればどうなるか、想像に難くない。
「何だかよく分からないけど、ヤバイのは分かったわ。早くそのエネルギーの所に案内して!!」
『俺様、ちょっとレーダー機能を使ったので腹が減って……ちょっと握りつぶさないでお願いしますというかゴーストガールなのに力強いって』
「でも、どちらへ向かう?動いている方か?そうじゃない方か?」
新田目の疑問は真っ当な物だ。
AIドロシーの言うことが正しければ、テンシ・プロトタイプは2つあり、それぞれが別々の方向にあると言う。
持ち主がいる可能性が高い西へ向かうのもアリだが、まだ持ち主がいそうにない東へ向かい、悪人に奪われるのを避けるのも悪い話ではない。
彼らが向かうのは、西か東か。
【E-5 病院跡 日中】
【播岡くるる】
[状態]:背中に切り傷(小・包帯で処置済み)、鼻血、悲しみ(中)、心労(中)
[装備]:無し
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0〜2、AI搭載バッチドロちゃん
[思考・行動]
基本方針:殺し合いを打破してデスノを殴る
1:新田目や汀子と共に生きる。
2:連続殺人鬼の双葉玲央を警戒
3:オリヴィアの名を騙る狂人女(ノエル)に警戒と怒り
4:AIドロシーに従い、ミカが恐れていた、テンシ・プロトタイプNO.000を探す。
5:………ミカ。あなたのマスターは、ちゃんと守ってあげる
6:このAI(ドロちゃん)、性格は難儀だけど頼るしかないみたいね…
【本汀子】
[状態]:ダメージ(中) 精神的疲労(大)、心労(大)
[装備]:"電磁兵装"ケラウノス
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム×1〜2(未確認)
[思考・行動]
基本方針:不平等に人を助ける。それは揺らがない。
1:トレイシーを追う。人の集まりそうな場所を目指す
2:AIドロシーに従い、テンシ・プロトタイプを悪人に利用される前に止める。
3:なんでこいつが……このキチガイの写し身(ドロちゃん)がいるの……!!!!?
4:でも人格は問題有りすぎだけどこのAIは頼れるから……今は我慢……!!!!
5:知らない人に会ったら、新田目さんが殺し合いに乗っていないことを話さないと。
【備考】
※ケラウノスの電量は自信の力で賄えます
【新田目修武】
[状態]:ダメージ(中) 右腕に火傷(小) 悲しみ(大)、心労(小)
[装備]:拳銃(残弾数15) 兵装“ジャンヌダルク”
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム×0〜1(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:家族の下に帰る
1:それでも生き続ける
2:このバッチの人格の人物どういう技術力しているんだ……
3:西か東に向かい、テンシ・プロトタイプを探す。最悪の場合は破壊も辞さない。
4:テンシに似たエネルギーを持つ者?一体どんな奴なんだ?
5:殺人者扱いか。デスノ、面倒なことをしてくれるな。
【AI搭載バッチドロちゃん】
[状態]:気分上々、俺様絶好調!!でもちょっと疲れたかな
※エネルギー探知能力でテンシ・プロトタイプ、およびそれに関係する何かがある方向を探知できます。
他にテンシが関わっている物(アクマ兵装など)、他にも強い力を持っているアイテムは今の所反応しませんが、何らかのトリガーで変わるかもしれません。
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短いですが投下終了です。
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予約を延長します
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ハインリヒ、アンゴルモア、雪見儀一予約します。
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投下します
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「全く困ったものだよ」
ビルの屋上で、腕を組み、どことなく忌々しげに言うキム・スヒョンこと血液生命体。
デスノの放送で、フレデリックや魔子が死んでいない事をコッソリ喜んだのも束の間。立ち入り禁止エリアなるモノを通告され、そろって地図を失った人外二人は頭を抱えていた。
二人とも支給品の一切を持たぬ身である。このまま地理もわからずにほっつき歩き、二時間後に立ち入り禁止エリアのど真ん中にいた場合。
『はいっ レギュレーション違反確定。ぶっ殺します』と首輪を爆破されて、二人揃って死にかねない。
二人の身体能力ならば、30秒もあれば相当な距離を移動できるが、エリアのど真ん中から脱出するには流石に時間が足りない。精々がハイクを詠めるかどうかだ。
そんな事になったら当然の事だが悔しいし、仕方ないんだでは済まされない。
至急、誰でも良いから接触して、地図を得る必要があった。
その為にも、人の集まりそうな場所を探すべく、高所に登って周囲を見渡していたのだ。
「先生。向こうにショッピングモールが有ります」
グレイシーの声に振り返ると、指差す先には『DESUNO』とか有るショッピングモール。
【JO◯COじゃねーだけマシか】
そんな考えが脳裏をよぎり、J◯SCOとかいう記憶に無い単語に額を抑えた。
【……本物の記憶かッ!】
「……先生?」
此方を気遣うグレイシーに、笑顔を作って「何でも無いよ」と返して、スヒョンはモールに目線を向けた。
名前呼ばれなかったから、少年(フレデリック)や嬢ちゃん(魔子)に、自分の生存がバレてしまったなぁ。とか思いながら。
◆
-
「亡くなったのは5人。殺した方は…三人」
モールの中を歩きながら、ノエルは呟く。
最初に三人を殺した者へと特典を与えるという、デスノの通達は、此処に集められた全員を救うというノエルの目的の大きな助けとなる。
必然、誰が何人殺したのか?という事に関心がいく。二人殺した者が居るのならば、最優先で殺さなければならないのだから。
「病院で亡くなったのは、オリヴィアさんとミカさん。オリヴィアさんは、新田目さんが手に掛けた訳で無いですし、ミカさんも多分違うでしょう」
ミカを殺したあの怪物。あんなモノを新田目が出せるなら、ノエルから逃げ出す必要が無い、それに、新田目と一緒にいた本汀子が、くるると共に、あの怪物と戦っていたのだ。
「あの怪物を喚び出した方がいて、その方がオリヴィアさんとミカさんを手に掛け、そして新田目さんに殺された…。こう考えるのが自然でしょうね」
となれば新田目の殺害人数(スコア)は1。エイドリアンや“神”も同じく1という事になる。
リーチを掛けた人はいないが、それでもリードはしているのが現状。
「私欲のままに、他者を害する方だったら、大変な事になりますね」
そもそもが、特典として渡すというくらいだ。相当強力なものという事だ。そんなモノを、欲望に駆られて優勝を目指す者の手に渡す訳にはいかない。
「くるるさんと“遊ぶ”のも、あの二人に贖罪をしていただくのも、後にした方が良いですね」
早急に、三人を殺さなければならないのだから、時間を掛けて、苦しめ抜いて殺すと決めている新田目、刀子、くるるの三人は、後に回しておくべきだ。
そうしなければ、特典を得た誰かが、そのまま優勝して、全員の命を踏み台にして、私欲を叶えてしまうかもしれないのだから。
「三人とも生きていて欲しいものですが、もう嫌ですよ、ミカさんやオリヴィアさんの様に、勝手に死んでしまわれるのは」
くるる達の無事を祈りながら、モールの一階を見廻す。身を顰めて監視をするのに丁度良い場所を探す為に。
待ち人である双葉玲央は、未だに来ない。
「玲央さんの方針からしても、女性が一緒に居れば、殺さないといけませんしね」
双葉玲央の方針は、先ず妹の双葉真央を殺し、その後は最初に出逢った女の方針に従うというもの。ノエルの知らない場所で、双葉真央を殺していて、その上で女連れだったなら。
「一緒にいる女性が、殺し合いに乗っているなら、私を殺そうとするでしょうし、乗っていなくても、新田目さん達の様に、私を殺そうとするでしょう」
つまり、女連れならば、どうしても殺さなければならないのだ。
そんな事を考えていると、ふと下らない事を思いついてしまった。
「隠れて監視をして、女性と一緒なら殺しに掛かる……。横恋慕か嫉妬深いと思われても仕方ないですね」
くだらない連想に、思わず緩んだ表情は、女の声で引き締められた。
気配を殺し、脂を滑ることで足音を全く立てずに移動して、物陰から窺うと、四人の男女が『服が無い』と騒いでいた。
「あの女……」
ノエルの全身から、氷の刃の様な冷たく鋭い気配が放たれた。
◆
-
フレデリックが、どこか気が緩んだ様に息を吐く。
死者として名を呼ばれたレイチェルに対して、多少は痛ましいと思うものの、デスノが語った“アクマ兵装”とやらを、レイチェルが手に入れる心配はしなくて良いのは幸いと言えた。
魔子もまた、アンゴルモア名が呼ばれなかった事に、表情を綻ばせる。それはアンゴルモアの名が呼ばれれば、魔子がどうなるかと気遣っていた梓真も同じだった。
四苦八苦は、呼ばれた名のうち、三人が西洋系の名前であることを喜んでいた。
最初に襲ってきたのは黒髪の女だったが、次に踊ってきたのは金髪の女だ。該当しそうな名前の主が三人も死んだのは、不謹慎ではあるが喜ばしい。
四人が四人。呼ばれた名について、一通り想いを巡らせ、それが一区切りついたところで。
「デスノが言っていたあの剣だが」
フレデリックが切り出す。
デスノが特典として渡すというのならば、それは強力な武器なのだろう。殺し合いに乗った者達に入手されれば、レイチェルや四苦八苦を襲った金髪女を遥かに上回る脅威となる。
危険人物の手に渡る事を阻止する為にも、入手したいところだが、手に入れる為には三人を殺さなければならない。
そしてフレデリックは、殺人の業を魔子達に負わせる気は無い。
あの剣が危険人物の手に渡らない様に、危険人物の排除も兼ねて、自分が手を汚す。
そう、決意して、フレデリックは話を切り出す。
「危険人物の手に───」
「形状と彩色と意匠にセンスが感じられん!!」
いきなり魔子が、元気一杯叫んだ。
「気にするのは其処ですか」
「当然だ下僕一号!アクマの使う武器だぞ!?もっとこう、禍々しくも人目を引く様なデザインでなければならん!!」
「そこは重要な事なんですかね」
「最重要だ!!そこがダメならば、使うどころか、手にする気にもなれんぞ。持っている者と共にいる気にもなれん!!!」
「……………」
フレデリックは魔子が唐突に、こんなことを言い出したのは、自分が何を言おうとしたのかを察した魔子が、話を遮る為だという事に気付いた。
フレデリックが言い出そうとしていた事は、殺人の許容で有り肯定だ。一度口にして仕舞えば、坂道を転がる石の様に、転がり落ちていく行為だ。
魔子は言葉にしないが、『それは駄目だ』と、フレデリックへと訴えているのだ。
「仲間、か」
レイチェルは死んだが、多分生きているだろう、四苦八苦を襲った女も気になるところだが、それこそ一人で背負い込むものでは無いのだろう。
強力な武器を手にしたとしても、ここで出逢った者同士で力を合わせれば、乗り越えられるかもしれない。
そう考えて、ふと違和感を感じた。
【いや、待て、あの化け物の名が呼ばれない】
デスノが読み上げた五つの名。その中に、何故、キム・スヒョンの名が無いのか。
フレデリックが対人手榴弾二つを体内に叩き込んで、爆発四散させたのだ。魔子と梓真が、道路の染みになった事を確認している。
「奴は血の塊だと言っていた…」
「ど、どうしました?」
フレデリックの側にいた四苦八苦が訊いてくる。
「さっき戦った化け物は生きている!」
フレデリックは、デスノの読み上げた名前を全て思い出し、一つの嫌過ぎる結論を導き出した。
「へ…?」
「まさか」
魔子と梓真の反応も尤もだ。何しろ四散して、辺り一面に血が散らばっていたのを確かに目撃しているのだから。
「た、確かに、我の魔法で頭を焼いても平然としていたが…。アレで生きているのは有り得ん」
死体どころか、原型すら留めていなかったのだ。アレで生きていると言われても、納得出来るわけがない。
「……そういえば、あの時、血だけしか無かった様な」
「どう言う事だ?下僕一号」
「肉や骨が全く無くって、血だけだったんですよね。いくら何でも、骨も肉も残らないというのはおかしいですよ」
「よくあの状況で、そんなとこまで見てたなお前」
梓真の性格について把握したといえ、此処までだと流石に引く。
「奴は自分の事を、血の塊だと言っていた。実際に戦ってみて、嘘を言っていなかったと断言できる。肉も骨も無かったのは当然だろう。血が残っていたのなら、死んでいないのも頷ける」
魔子と梓真の話を、フレデリックが纏めた。要はスヒョンの特性上、おかしくも何ともなく、未だに自分達は、あの化け物の脅威に晒されているのだと。
「さっきから、一体何も話を…」
「ああ、それはですね」
置いてきぼりにされた四苦八苦が質問して、梓真が解説した。
キム・スヒョンなる女に襲われた事。その女にフレデリックと魔子が目をつけられているらしい事。
-
話を聞くうちに、四苦八苦の身体が震え出す。六時間の間に、二度も惨殺された経験の故だ。
「ああ、安心して下さい。その女は黒髪でしたから」
黒髪。と聞いた途端。四苦八苦の顔から血の気が引いた。
「そいつ…背が高くなかった?180位」
四苦八苦が必死に声を絞り出す。金髪の女について語った時よりも、強い恐怖が声に有った。
「襲われたのか」
フレデリックが沈痛な表情で訊く。たった六時間で、二度も危険人物に遭遇し、此処まで恐怖に震える目に遭った四苦八苦の不運に、深く深く同情していた。
「病院でいきなり襲われて、顔を引っ掻かれたら、急に首が折れて、倒れたら今度は手脚が千切れて……胸が裂けて……心臓と肺が破れて…全身の血が身体の外に……」
四苦八苦を除く全員がドン引きしていた。流石に梓真も言葉が出ない。
よく生きていたな。というよりも、何で死なないの?という思いが強かった。
「つまり、奴に傷を付けられたら、まず助からないという事か……」
しばらく経ってから、フレデリックが染み染みと呟く。
スヒョンの攻撃を、悉く回避してのけた、あの時の自分を褒め称えたい。
「初見殺しの固め打ちですね。他の誰かが狙われたら、どうしようもないのでは」
「確かにな」
梓真に、魔子が応じる。
何しろ、スヒョンの腕は、10m以上伸びる上に、音速で振われるのだ。
全てを回避したフレデリックがおかしいだけで、常人ならば、確実に被弾している。
「マズイな。あの化け物を早急に止めねばならん。我が友が襲われれば、どうにもならんぞ」
「アンゴルモアという名前なんですから、魔法の一つも使えるのでは?」
「我が友は極々普通の一般人だぞ」
「「……………」」
梓真とフレデリックが二人して黙ってしまった。
只の一般人が『アンゴルモア』とか名乗ってるのか。とかそんな感じの呆れがあった。
「……とはいえ、どうやって止める、対人手榴弾を二つ、体内で爆発させても死なない化け物を」
クイっと、魔子の唇の両端を吊り上がった。
「血の塊というのならば、私の魔法で跡形無く蒸発させれば良い」
「出来るのか」
フレデリックの質問は、能力では無く、覚悟を問うもの。
人の姿をし、人語を話すあの化け物を、お前は殺せるのかという問い掛け。
「……やるしかあるまい」
僅かな沈黙の後に、絞り出す様な声。
その声に込められたものは、再びあの怪物と相対するという恐怖と、曲がりなりにも人の姿をしたモノを、跡形無く消し去るという行為に対する決意。
「我が友が、あの化け物の手に掛かるよりは、遥かに……いや、比べられんよ」
友の為にも、打倒できる力を持つ自分が、何とかしなければという意志。
「分かった。全力でサポートする」
魔子が決意を固めた以上。フレデリックもまた、それに全力で応じるつもりだった。
「僕も手伝いますよ。何が出来るか分かりませんが」
「……有難う」
魔子の声は、マギストス・魔子のものでは無く。加崎魔子のものだった。
その時だった。
「なんだ…」
「どうしました?」
フレデリックが、ふと視線を横に向けた。
フレデリックに釣られて、梓真もまた上を見上げる。
人の姿も気配もない事を除けば、何の変哲も無いショッピングモールの光景があるだけだ。
-
「殺気を感じた」
「誰か居るんですか」
目を閉じて気配を探っていたフレデリックが、瞼を開いて首を振った。
「一瞬だけ殺気を感じた様な気がしたんだが、それにしては足音も何もしない」
「気の所為……とか?」
「判らない。だが、早く離れた方が良さそうだ」
「此処は身を隠せる場所が多いですしね」
フレデリックが呼び掛けて、此処から早急に移動する事を告げる。フレデリックが先ほど感じた気配の事について説明すると、既に二度襲われている四苦八苦が震え出した。
二度も凄惨な殺され方をしているのだ。怯えるのも無理は無かった。
「怯えるな下僕三号!我ら三人が付いておる!!」
胸を張って、自信満々に叫ぶ魔子。その姿は頼もしさに満ち溢れていた。
「行くぞ」
フレデリックは周囲を見回すと、一番近い出入り口へと視線を向け、背後を振り返って誰も居ない事を確認してから、出入り口へと歩き出す。
その後ろに梓真、魔子、四苦八苦の順番で続いた。
全員が無言のまま、100も無い距離ぬある場所を目指して歩く。
最初に異変に気づいたのは、フレデリックだった。
出入り口へと歩きながら、フレデリックは五感をフルに駆使して周囲の気配を探っていた。
その研ぎ澄ました五感の内、聴覚が異常を感知したのだ。
四つ聞こえていた足音が、突如として一つ減った事に気付いて、愕然と振り返った。
血相変えたフレデリックに、梓真と魔子が後退った。
「四苦八苦はどうした!!」
梓真と魔子が揃って背後を振り向き、四苦八苦がいない事に気づいて周囲を見回す。
「いない!?」
「足音も無かったですし、あの短期間で何処に?」
前方20mには出入り口。後ろは通路。右側は空の店舗が並び、左は────。
「崩れてる!?」
「この壁を崩して、四苦八苦さんを?けれど音なんてしませんでしたよ」
店舗の壁の一部が、人が一人通れそうな穴が空き、店舗の内部を見る事が出来た。
穴から店舗の内部を覗き見ると、反対側の壁にも同じ様に穴が空いていた。
店舗の内部を突っ切り、壁の穴から隣の店舗の中を窺う。
「どっちへ行った」
次の店舗の壁の穴は、隣の店舗へと抜けるものと、外へと通じる穴が空いていた。
壁に空いた穴からは、正午の陽光が差し込んでいる。
「外と内部の何方へ行ったんでしょうか」
「危険だが、手分けして探すぞ。二人は外を当たってくれ、私は内部を探す」
◆
-
四苦八苦は自分が一体どういう状況にいるのか判らなかった。
いきなり後ろから口を塞がれ、喉を思い切り圧迫されて声を出す事が出来なくなり、更に凄まじい速度で後ろへと身体が移動して行く。
四苦八苦を引き摺って、後ろ向きに移動しているとしたら、有り得ない移動速度だった。
四苦八苦が脚を踏ん張っても、一瞬たりとも止まる事無く。喉と口を押さえる手を振り解こうにも、異様に滑る為に、掴むことすら出来なかった。
出来得ることは、フレデリック達が気付いた時の為に、手掛かりを残しておく事だけだ。
掌に思い切り爪を食い込ませて、皮膚を破り、出血させる。
幸い、襲撃者に気付かれることなく、床に血痕を残す事ができた。
だが、フレデリック達が気付かなければ、全ては無駄になる。一つの、賭けだった。
あっという間にフレデリック達の姿が小さくなり、エレベーターで二階へと昇っていく。
そのまま階を昇り、映画館へと連行された四苦八苦は、そこで乱雑に床へと放り投げられた。
「ぎゃっ」
受け身も取れずに顔から落ちた四苦八苦が、身体を起こそうとするより早く、思い切り後頭部を踏みつけられた。鼻が折れ、盛大に血を噴き出す。
衝撃と痛みでで梅いた四苦八苦の両手首が掴まれ、背中側へと回された。
いまの四苦八苦は、うつ伏せに倒れた状態で、頭を踏まれ、両手首を掴まれて、両腕を背中側で捻り上げられている状態だ。
床に顔面を密着させた状態で、身を起すことが全く出来ない。
「先程振りですね。お元気そうで何よりです」
人心地ついたところへ、再度降りかかった暴力。
あまりにも理不尽な運命に、床に顔を密着させたまま涙を流していた四苦八苦は、頭上からの声に震え上がった。
声そのものに、おかしい所は何も無い。
この様な場所でなければ、四苦八苦自身も何時迄も聞いていたいと思う美声だ。口調も柔らかで、刺々しさや、硬さといったものが感じられない。
だが、この声は、四苦八苦にとっては二度と聞きたく無い声だった。
病院で意味不明な難癖をつけてきた挙句。本日二度目の分からん殺しを食らわせてきた金髪女の声だった。
「この様子では、貴女の能力は不死身…となるのでしょうか。良かったですね。これなら充分に罪を自覚できますし、償えますよ」
四苦八苦には、何を言っているのか全く分からなかった。狂人が狂った事を言っている。そうとしか思えなかった。
「わ、私が何ブガッ!」
狂人の言葉に反論しようとして、頭を思い切り踏みつけられる。
「私にとって、貴女の言葉とは、罪を認める言葉と、罪の赦しを乞う言葉だけですよ。それ以外は全てが鳴き声。雑音です。不快な音を立てると、贖罪の時間が長くなりますよ」
二度、三度、四度と、四苦八苦の頭に脚が踏み下ろされる。
御丁寧にも、脚を踏み下ろす直前に、四苦八苦の腕を引いて、上体を僅かに浮かせる事で、床と顔との間に隙間を作り、四苦八苦の顔を床へと叩き付けていた。
額が裂け、唇が切れ、折れて床に散らばった前歯が顔面へとめり込む。
「ああ、苦鳴や悲鳴ならば、咎めませんよ。お好きなだけ叫んで下さい。まぁ、貴女の悲鳴や苦鳴は、くるるさんと比べると、聞いていても、あまり愉しくは無いのですが」
止めとばかりに落とされた足が、四苦八苦の頭蓋骨を叩き割り、鼻を潰した。そのまま頭を圧迫し、床に顔を押しつけて、流れて床に溜まった血を利用して、呼吸を阻害する。
必死に行われる四苦八苦の呼吸が、床の血溜まりに泡を立て、耳障りな音を発した。
「不快な音を立てないで下さいと言いましたよね」
最後に踏み下ろされた足は、四苦八苦の首の骨をへし折った。
「さてと、服を取り返しましょう。汚れも破損も、何としてでも修繕してみせましょう」
四苦八苦を凄惨な暴力の果てに殺害し、更にこの後行う拷問の内容を考えながら、ノエル・ドゥ・ジュベールが口にしたのは、両親から贈られた制服の事だった。
◆
-
「モールについたぞ!」
「着きましたね」
いきなり叫んで、額を抑えたスヒョンを、グレイシーは気遣わしげに見た。
「あの…先生。やはり野蛮人達に襲われた事が………」
「いや…何でも無いよ……なんでも無いんだ」
まさか過去に凄惨苛烈な拷問の果てに嬲り殺しにしたキム・スヒョン(本物)に、絶賛愚弄されている最中だとはとても言えることでは無い。
【グ…どうにも調子が悪い。誰か殺して気分転換しないと……】
額を抑えて、キム・スヒョン(偽物)は考える。
いつもの調子に戻る為には、適当な奴を殺すのが手っ取り早いと。
スカッと殺してスカッと気持ちを切り替えよう。そう考えて、グレイシーに別行動を提案する。
「此処は広いね。取り敢えず二手に別れようか。私は2階を探す。君は一階だ」
「それだと何かあった時に、先生をお守り出来ません」
うんうんと頷く血液生命体。
「頭が悪くて他にとりえがないから闘うことでしか自尊心を満たすことができない、かわいそな奴等が犇いているから心配なのは分かるよ」
「やはり二人で行動しましょう!!」
「…………いや問題ないよ。IQ200の頭脳が有るし」
突如頭を抱えて煩悶しだすスヒョン。
「……先生っ!!?」
グレイシーはひたすらにオロオロしていた。
10分以上煩悶した血液生命体は、何とかかんとかグレイシーを宥めすかし、別行動を取る事に成功したのは、さらに10分が経過した後の事だった。
◆
「さて…と」
動かなくなった四苦八苦から、苦労して制服を脱がせ、支給品も奪うと、ノエルは形の良い顎に、誰もが触れて欲しいと願う繊指を当てて考える。
デスノの通達により、早急に三人を殺さなければならなくなった。これはこの盗人(四苦八苦)と一緒に居た三人で間に合わせられる。
このモールにやって来るだろう、双葉玲央もまた、あの真紅の剣を手に入れようとする筈だ。あの三人を殺す事を、急がなければならなかった。
「競争ですね」
愉しげに呟くと、足元に転がる全裸の女に、氷雪で作った刃の様な眼差しをを向けた。
「必要な人数を用意してくれたのですから、恩赦を施しましょう。殺す回数を一つ減らして差し上げます」
四苦八苦は当然の事だが答えない。死んでいるのでは無く、声が出せないだけだが、ノエルには判らない。
生き返った時の事を考えて、逃げられない様に、する為に、ブラック・プリンス”を取り出す。
「これで床に縫い付けておけば、生き返っても逃げられないでしょう」
動く事も、声を出す事も出来ないだけで、意識は有る四苦八苦は、うつ伏せに倒れたまま、涙を流し続けていた。
◆
-
「適当な奴は居ないかなぁ」
「行くぞ、皆殺しだ」とばかりにモールの3階を練り歩きながら、キム・スヒョンは一人呟く。
殺せる獲物を求めて、モール内を徘徊する血液生命体は、グレイシーに言った2階ではなく3階に居た。理由は当然の様に、厄介ファンの目を盗んで適当な誰かを殺す為だ。
殺し合いになる様な、面倒な奴では無く。それでいてフレデリックの様に、無駄無駄無駄ァーーな抵抗に励んで愉しませてくれる奴。顔が好みならなお好し。
「ロリババアは早々にくたばってくれんだろうし、本調子に戻さないと、後々厄介な事になる気しかしない」
グレイシーと別行動をする事に成功したとはいえ、自由時間はそう長くは無いだろう。
先刻のデスノの通達もある。さっさと誰かを殺したかった。
「あの剣が有れば、あの厄介オタも、サクッと殺せるだろうし」
周囲を見回しながら歩いていたスヒョンの足が、エスカレーターの付近で停まった。
「へぇ…」
感嘆の声が漏れる。
エスカレーターを降りてきたのは、“美少女”という言葉でしか言い表せない、秀麗な容姿の少女だった。
黄金と処女雪で形作られた少女像が、生命を与えられ、人となれば、この様な姿になるのかも知れない。
グロテスクな装飾が施された、白い長弓を持っているが、それすらが少女の美しさを引き立てる。
スヒョンの漏らした声に反応した少女が、スヒョンの方へと顔を向ける。高空の蒼を思わせる瞳が、スヒョンの夜闇の結晶の様な瞳と交差した。
【此奴(本物スヒョン)よりツラがいいな】
丁度良い。何だか妙な事になって来た此奴(本物スヒョン)と縁切るか。そう思って、スヒョンは両腕に意識を向ける。
此奴なら半年どころか、一年かけても嬲り飽きないだろう。と、速やかに殺さなければならない事を残念に思い。
それでも、僅かでも獲物の苦痛を味わうべく、加減して右腕を振おうとして、妙に腕の感覚が『軽い』事に気付く。
「………」
視線を向けると、唐突に、右腕に穴が空いていた。
「な…なんだあっ」
愕然として右腕を見たスヒョンへと、全く脚を動かさず、音も無く、凄まじい速度で近づいた少女が、手にしたロングボウで、スヒョンの脇腹を殴打する。
一切の加減無しに振われた鈍器は、スヒョンの脇腹を大きく変形させ、半ばまで減り込んでいた。スヒョンが血肉を備えた人体を有していたならば、内臓が破裂していただろう強打だった。
「はうっ」
胴を打った手応えに、異常を感じたのだろう、少女は眉を顰めて、スヒョンの左側頭部へと鈍器を振るう。
強かに頭部を打たれて、スヒョンが半回転して俯せに地に倒れるが、少女は追撃の手を止めない。
頭、首、背中、臀部、足と、スヒョンの身体のあらゆる箇所を、ロングボウで打ち据え、全身を殴りつけたところで漸く手を止めた。
「骨や肉の手応えがまるで有りませんね。何なのでしょうか?この人は」
常人ならば絶命、若しくは長期入院が必要となる暴行を加えて、平然と語るのはノエル・ドゥ・ジュベールに他ならない。
早急に三人を殺す必要に迫られて、四苦八苦と一緒に居た三人で間に合わせるべく、行動を開始し、新たな参加者と遭遇し、これ幸いと殺しにかかってみれば、どうにもおかしな相手だった。
初手で右腕を“ブラック・プリンス”で撃ち、次いで脇腹への殴打を見舞ったのは、速やかに戦闘能力を奪い、少しでも苦痛を長引かせる為だ。
だが、どうにも妙な手応えしかせず、効いているかと訊かれれば、「いいえ」と首を翼に振るしか無い。
「ガソリンでも有れば、浴びせて焼いてみるのですが」
「野蛮人にも程があるんじゃ無いかな、お嬢さん」
噴き上がる水の様な、奇怪な動きで、キム・スヒョンが立ち上がった。全身の殴打は無論のこと、穿たれた右腕にも何の傷もついていない。
「いきなり殺しにかかってくるとは、とんでも無いお嬢さんだ。私じゃ無かったら死んでいたよ」
「私は此処に集められた方々全員を救う為に、急いで三人を殺さなければならないんですよ。なので、さっさと死んで頂きたいのですが」
「……………はあ?」
流石の血液生命体も、何を言っているのか一瞬判らなかった。『お…お前、変なクスリでもやってるのか』なんて言葉が口をついて出そうになるのを、必死こいて堪える。
-
「私は勝ち残り、デスノさんに、全員の記憶を消し去った上での帰還を願います」
「その為にも、さっきアイツが言っていた剣を手に入れたい。だから急いで三人を殺すと」
「その通りです」
平然たる回答であった。試験の解答を見返して、全問正解の確信を得た受験者の様な顔と声だった。
「……………………」
スヒョンは無言。この女の言っている事は、成る程、筋が通っている。だからこそ、解せない所が有る。この少女の言葉と行動が、一致していないのだ。
「なぁお嬢さん。一つ訊いておくが。お嬢さんが最初に狙ったのは右腕で、次が脇腹。何故、最初に私の頭や胸を狙わなかった?さっさと殺したいなら殺せる箇所を狙うだろう?」
スヒョンの抱いた疑問はコレに尽きる。さっさと三人を殺さなければならないのならば、頭を狙って即死させるべきだ。急所を狙わない理由が…一つしかスヒョンには思い浮かばない。
「なるべく苦しめる為ですよ」
「や……やっぱりね………」
予想も期待も裏切らない少女だった。
「この後、罪を償わせなければならない方が三人。ゆっくり遊びたい方が一人いるんですよ。貴女に構っている暇は無いんでさっさと死んで下さい」
「いやその三人を剣貰うための交換券に充てれば良いだろう?」
「それでは時間を掛けて苦しめられないでは無いですか。気が済むまで嬲り抜いて苦しめたいんですよ」
「欲張りなお嬢さんだ」
はぁ…とスヒョンは溜息を一つ吐く。この少女は人間の基準では狂っていると言って良いだろう。寧ろスヒョンの居る側に近い精神を有している。
だからこそ理解できる。“此奴とは決して手を組めないと”。
側に居ること自体が危険な相手だ。傷を負って動けなくなれば、その場で嬉々として嬲り殺しにするだろう。
スヒョンの知る人外達ならば誰だってそうする。スヒョンだってそうする。
【殺すか】
時間を掛けて嬲り殺したい位に好みの相手だし、此奴から作った家具は、今までの最高額で売れるだろうとは思うと、悔しいけれど仕方が無い。
両腕の力を抜いて、ノエルと対峙する。
「我が儘な欲張りさんには、お仕置きが必要だな」
ボッボッと両腕が5m長さに伸び、人類どころか、地上の如何なる生物の動体視力を超えた速度で振われる。
パパパパンと響く乾いた炸裂音は、音速を超えた手首から先が突き破った、大気の壁の悲鳴そのものだ。
人どころか、獣ですらが、気付いた時には身体を打たれ、皮膚が破れ、肉が裂け、骨が砕け、激痛にのたうち回る。
加減も様子見も一切無い、最初から勝負を決めにいった攻撃は、しかして遊びを存分に含んでいる。
ノエルの美貌が苦痛に歪み、恐怖に怯えるのを見たいという、スヒョンの下衆な欲望が込められた連撃は、ノエルの身体に触れた途端、あらぬ方向へと力の向きを変えて流れ去った。
「なにっ」
行った攻撃が、何一つ効果を発揮しない事に、スヒョンが驚くという無駄な行為を行なった隙を見逃さず。
「隙だらけですよ」
床に撒いた脂の上を滑る事で、脚を全く動かすことなく近付いたノエルが、右腕を振るった。
攻撃が効かなかった事と、ノエルの奇怪な移動法に面食らったスヒョンは反応が遅れ、何とか身体を捻って、胸部へと迫るノエルの右掌が当たる場所をずらす。
パァン。という音に遅れて、スヒョンの左腕が、肘の所から千切れ落ちた。
「あっ、一発で取れたッ」
左腕を無視して、右手で頭を押さえるスヒョンの、明らかにおかしな様子に一切構うこと無く、ノエルは更に顔へと左腕を振るう。
受ければスヒョンの身体特性を無視して痛打となる攻撃を、スヒョンは膝から下を血と変える事で、頭の位置を低くして回避。空打って隙を晒したノエルへと、猛烈な勢いで血液を噴射した。
凄まじい圧の籠った血液噴射は、常人ならば転倒どことか、骨が折れかねない勢いだが、ノエルは全身を脂で覆う事で防御。血液を弾き散らす。
「服が汚れるじゃないですか!!」
怒りを露に、スヒョンの顔目掛けて繰り出される爪先蹴り。脳挫傷必至の蹴りを、スヒョンは床一面に広がる血となって回避。
いつもならば、敢えて受けて貫通させ、そのまま血液の粘性や凝固を活かして絡め取るが、ノエルの攻撃は得体が知れない。回避に専念して、距離を離す事が最善だった。
床に広がる血と化したスヒョンは、その状態で床を移動して距離を取ると、再び身体を構築して立ち上がる。
-
【何だ…?】
再結合した左腕に感じる強烈な違和感。その正体を探るよりも早く、左腕から血の塊が滑り落ちた。
「…………」
滑り落ちた血塊を、再度結合させようにも、どういう事か、全く動かない。
【何かが混じった?さっきの滑り落ちた感覚は…?】
接近したノエル攻撃を回避しながら、思考を進める。明らかに、おかしい。
ノエルの一打で落ちた腕も、腕から滑り落ちた血塊も。
【チッ…もう一度受けるか】
腹を括る。ノエルの攻撃を敢えて受ける事で、その正体を見極める。
どうせこの身は、痛みを感じず、折れる骨も潰れる内臓も存在し無いのだから。
ノエルの繰り出した右掌打を、左腕で受けに行く。左腕が落とされても、スヒョンが受けるダメージは極僅かだ。
だが、そんなスヒョンの思惑を見通したかの様に、ノエルの右手は止まり────。
スヒョンの頭部が、血霧となって、四散した。
掌打はフェイント。ノエルの本命は、左のハイキック。頭部を塵にして、一撃で勝負を決めに行ったのだ。
バレエで培った、優れた柔軟性と平衡感覚を活かした奇襲は、ものの見事にスヒョンの頭部に直撃した。
「コレで死んだのでしょうか?やはりガソリンでも有れば」
頭部を失って倒れたスヒョンを見下ろし、ノエルは物騒な事を口にした。
◆
フレデリックは、モールの四階に居た。
四苦八苦を探す為に、一階をくまなく走り回ったフレデリックは、四苦八苦の残した血痕を見つけ、それを頼りに追ってきたのだ。
ノエルが、予め複数の壁を崩壊させて、四苦八苦を拉致したルートをフレデリック達に誤認させた為に、血痕を見つけるのが遅れてしまったが、それでも見つけられないよりはマシだ。
最上階にある映画館へと、フレデリックは慎重に近付き、扉に耳を当てて中の様子を伺う。
防音性が高い扉は、中の様子を完全に遮断していた。
フレデリックは大きく深呼吸すると、扉を蹴り開けて、大きく横に跳躍。壁を盾に、内部の様子を探り────。
改めて探るまでも無かった。内部に満ちる血臭。そして、聞こえる呻き声。
フレデリックは血相変えて、内部へと突入し、全裸で血を流して、仰向けに倒れている、四苦八苦を見つけたのだった。
「しっかりしろ!!」
血相変えて駆け寄ったフレデリックは、四苦八苦の弱々しい制止の超えに足を止めた。
「刃物…刺さってる……」
言われてフレデリックは目を凝らすが、四苦八苦の腹に空いた穴しか見えない。
ふと思い至って、服の生地を引き裂くと、床に広がる血に浸し、四苦八苦の腹に空いた傷口あたりで振ってみると、生地が裂けて、空中に血が浮かんだ。
「透明な刃物か……」
刺さっている事ははっきりしたものの、形状が分からぬのではどうしようも無い。
フレデリックは服を脱ぐと、四苦八苦の傷口の上から落として、不可視の刃に服を被せ、形状を露にしようとしたものの、柳葉状の刃に切り裂かれてしまった。
服の両橋を摘んで、上下左右に引っ張ると、長さは今持って不明だが、刃の向きは理解できた。
「…………」
透明の刀身を、慎重に両手で挟み込む。手に伝わる冷たい硬質の感触を頼りに、刺さった刃を引き抜いた。
あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“
締まっていた肉が再び引き裂かれる激痛に、四苦八苦は涙を流し、悶えるが、手を止める事なく引き抜くと、支給品の水で傷口を洗い、引き裂いた衣服で縛る。
気が緩んだのか、気絶した全裸の四苦八苦を、なるべく視界に入れない様に肩を貸して立ち上がると、急いで映画館を脱出。外を探索している魔子と梓真と合流する事にする。
四苦八苦に訊きたい事は複数あるが、今は逃走が最優先だった。
エスカレーターを使い、三階へと降りる。
三階へと降りると、少女の怒声が聞こえた。明らかに殺意の域に達した怒声でありながらも、聞き惚れてしまう程の美声だった。
-
「ヒイイイイイ」
四苦八苦が恐怖でできた声を出した。
「どうした?」
「あ…アイツ……あの金髪女!!!」
フレデリックは、少女の声が聞こえた方向へと視線を向ける。
「あら」
四苦八苦の悲鳴に反応したのだろう。フレデリックの方を見た少女の視線と、フレデリックの視線が交錯した。
「困りますね」
足元に転がる首無し死体を残して、少女────ノエルはフレデリックへと歩み寄る。
「ですが、助かりました」
フレデリックは眉を顰めた。四苦八苦を拉致して床に抜いとめ、首なし死体をつくったのは、間違い無くこの少女だ。
そして、四苦八苦の言っていた通り、意図が全く分からない。狂っている様には見えないが、言っている事が理解出来ない。
少女は微笑みを浮かべながら近づいて来る。その美貌の所為もあって、とても殺し合いに乗っている様には見えなかった。
困惑するフレデリックへと、少女が7m程の距離まで近づいた時。
「ああ、少年。其奴はこう言っているんだよ。『その女を連れて行くのは困るが、少年を殺す為に探す手間が省けて助かるってな」
フレデリックとノエルは、愕然と声の方を見た。
「お前は……」
「貴女も、不死身…という事ですか」
塵となって消し飛ばされた頭部を再生し、キム・スヒョンが立っていた。
「あれで死ななかったのか」
フレデリックの声は硬い。何しろ対人手榴弾を二つも体内に叩き込んで、身体の内側で爆発させたのだ。例え、スヒョンの正体が血の塊と知っていても、ショックを受けずにはいられない。
「悪魔は死なないんだぜ」
「………四苦八苦をこんな目に遭わせたのはお前か」
唐突に両手で頭を抱えて煩悶し出したスヒョンを無視して、フレデリックはノエルへと問い掛ける。
四苦八苦の怯えようといい、頭部の無いスヒョンを見下ろしていた事といい、この少女は殺し合いに乗っている事は確実だが、外見からは、とてもそうは見えないのだ。
スヒョンが悪辣残虐な化け物という事もある。単に襲われて、返り討ちにしたよいうだけかも知れない。魔子の様な特異な能力を有していれば、不可能では無いだろう。
「ええ、そうですよ。父母から贈られた大切な大切な服を盗んで、破損した泥棒に、報いを与えていただけですよ」
「……そんな事で、人を此処までの目に合わせるというのかっ!」
「殺しますよ」
ノエルの声が、いきなり大きくなった。全く足を動かさずに、少女が急激に接近してきたと悟った時には、ノエルが既に右手を振るっていた。
間合いの詰めかたこそ異様なものだが、繰り出した掌打にはまるで力が籠っていない。凡そ荒事とは無縁の外見に相応しい、凡庸な一打だ。
フレデリックが無意識に腕で払おうとしたその時。
空気が爆ぜ、フレデリックと四苦八苦の身体は、大きく後方へと跳ね飛ばされていた。
「ああ、気をつけろよ少年。此奴は身体から妙な脂を分泌する。物理接触は滑らされるし、触れられたら塵にされるぞ。多分、分子間結合を脂で破壊するんだろう」
ヒラヒラと、肘から先が無くなり、垂れ下った服の右袖を振り回しながら、スヒョンが屈託なく笑っていた。
さっきまでフレデリックが立っていた場所に、スヒョンのものと思しい腕が転がっているところからして、スヒョンが伸ばした腕を振るって、フレデリックを押しのけたのだろう。
-
「なぁお嬢さん。この少年は私が先に目を付けたんだ。お嬢さんにそっちのメスブタをやるから、少年は私に寄越せ、な」
「さっきも申し上げましたが、私は速やかに三人殺さなければなりません。そして盗人に報いを与えなければなりません」
「という訳でだ、此奴は変クや若しくは狂人だ。会話なんてしてないで、さっさとその女を連れて逃げたまえよ少年」
ノエルをガン無視して、スヒョンはフレデリックへと告げる。“此処は私に任せて逃げろ”と。
「どういう風の吹き回しだ」
「いや単に、少年に死んで欲しく無いだけさ、ついでに言えばこのお嬢さんは気に入らないので嫌がらせをしたい」
「殺すのに俺が邪魔なだけだろう」
「そうでもないさ、少年が逃げる時間を作れるだろうが、このお嬢さんは結構手強くてね、私には多分殺せない」
スヒョンの腕が再度振われる。フレデリックにとっては、最早聴き慣れたと言って良い破裂音が聞こえた。
音速の鞭となって振われたスヒョンの腕は、透明刃を放とうとノエルが構えていた“ブラック・プリンス”に直撃し、手から弾き飛ばした。
「もう一つ、お嬢さんが持っている弓な、勝手に弦が引かれて、透明な刃を射つ仕様だ。次から気をつけろよ」
「本当に俺を助ける気か」
「面白いからな。私に助けられて悔しいだろ?無力感に苛まれているだろ?少年が苦しめば、私は愉しいんだよ」
フレデリックの顔が、怒りと屈辱に歪む。だが、四苦八苦を抱えて戦う事は出来ないし、スヒョンと少女を止める事も出来ないだろう。
「頼むから纏めて死んでくれ」
それだけ言って、フレデリックは離脱を開始する。
「ああ、お嬢さん。戦の作法というやつだ。互いに名乗ろうじゃあないか。私はキム・スヒョン、お嬢さんの名は?」
「…“ミカ”と呼んで下さい」
弾かれた弓を拾い上げ、笑みすら浮かべて名乗り返す少女に、違和感を感じながら、フレデリックは二階へと降りて行った。
◆
【まぁ、あの方達に逃げられても、愉しい事になりそうです】
スヒョンに名を訊かれた時。僅かに黙り込んだのは、名乗るか名乗らないか、“正直”に名乗るかを考えたから。
その上で出した結論は、あの二人を取り逃した時に────勿論逃すつもりは全く無いが────面白くなる事を期待したかただ、
【くるるさんは、私の事だとお気づきになるでしょう。次にお会いした時が愉しみです】
あの二人が逃げ延びて、くるると出逢えば、必ず“ミカ”という名乗るマーダーに気をつけろと警告するだろう。くるるは、誰が“ミカ”と名乗っているか、直ぐに気づく筈だ。
【さぞお怒りになられる事でしょうね。その方が愉しめますし、殺し易くもなります】
儚げな顔立ちを、怒りに歪めるくるるを思い浮かべて、一人で悦に入っているところへ。
「私を見ろよ。“ミカ”ちゃん」
スヒョンが腕を伸ばして、観葉植物を植えてある植木鉢を掴んで、ノエルの脳天目掛けて振り下ろしていた。
ノエルの頭が無惨に潰れ、胴にめり込む。という至極真っ当な事にはならず、頭部の丸みに沿って、植木鉢は滑り、更に肩のラインをなぞって、ノエルの横の床に叩き付けられ、中身を盛大にぶちまけた。
-
「あまり服を汚さないで欲しいのですが」
冷たく言ったノエルが、伸ばしたスヒョンの腕を蹴り飛ばし、被弾部を塵に変えて切断する。
そのまま足を動かす事なく移動し、スヒョンの胸部へと掌打を繰り出す。
スヒョンはこの攻撃を、理不尽にも腰を直角に曲げて仰反ることで回避して、ノエルの伸ばした腕へと血の帯を複数伸ばし、血の粘性と凝固作用を用いて絡め取りに行くが、当然のように滑る。
立て直す暇も無く、ノエルに膝を蹴り散らされて転倒したところへ、胸を思いきり踏み抜かれた。
常人ならば致命傷だが、元より血液生命体の身には、ほとんどダメージが存在しない。ノエルの脂と混じった血が、スヒョンの制御を受け付けなくなるだけだ。
腕を伸ばして、ノエルの顔を覆い。窒息させようとするも、あっさりと塵に変えて脱出される。
スヒョンは内心で舌打ちした。予測はしていたが、“ミカ”は異常に殺しにくい。殴る蹴るが通じずとも、顔を覆って窒息させるなり、口や鼻から血針突っ込んで殺すなり有るのだが。
“ミカ”もその辺は予想しているらしく、あっさり対応されてしまった。
大きく後ろに飛びすさりながら、伸ばした左腕を振るう。
“ミカ”の視界を塞ぐ様に振るった左腕の影から、五指の先端を針の様に伸ばした右手を伸ばし、“ミカ”の口と鼻を狙ってみるが、あっさりと顔を背けられてしまった。
【ああ〜面倒くさいなぁ!!】
スヒョンもまた、相手の死命を一撃で制する事が出来得るが、その為には相手の体内に血を入れる必要がある。そうしなければ生殺与奪の権を握れない。
『詰み』と言って良いのかも知れなかった。スヒョンに“ミカ”を殺す手段は存在せず。“ミカ”は時間さえ掛かるがスヒョンを殺し得る。
【一応、“ミカ”ちゃんには勝てると言えば勝てるんだが、面倒だし、こっちもかなり消耗しそうなんだよなぁ】
それでもスヒョンには、自身の勝ち筋が明確に見えている。
スヒョンは血液生命体だ。その身には筋肉も骨も内臓も備わっていない。つまりは、どれだけ激しく動き回っても、疲労も感じなければ、息切れも起こさない。
翻って“ミカ”はどうだ?動くほどに筋肉に疲労が蓄積され、身体は重く、鈍痛を感じる様になる。息は乱れ、肺は活動の限界を迎える事になるだろう。
そうなれば、スヒョンは、この美しい少女に対して、生殺与奪の権を握る事が出来る。
だが、そこに至るまでに、スヒョンは結構な量の血を失うだろうし、何より時間が掛かり過ぎる。その間に、あの妙な気配のする厄介ファンがやって来るかも知れない。
【適当に切り上げよう】
この少女の生殺与奪の権を握る事は、「イェイッ」と叫びたくなる程に快感だろうが、今のところは諦めた方が良さそうだった。
後ろに下がりながら、両腕を3m程の長さに伸ばして、手首から先を凝固させ、音を超える速度で床に叩き付ける、
人の拳では到底有りえない音と共に、床が砕け、無数の破片が散弾として発射されるも、“ミカ”の身体に触れた途端に向きを変えて流れ去っていく。
次いで、腕を横に伸ばして、転落防止用の柵の一部を捥ぎ取り、”ミカ”へと投擲。
時速200kmで飛んだ柵は、”ミカ”の頭部に当たると、明後日の方へと飛んでいった。
-
「ビッグ・ハンド」
更に続けて、両手を巨大化。此方へと迫る“ミカ”の頭部片手で軽く覆う程のサイズへと変えると、左右から”ミカ”の頭を挟み撃ち、そのまま握り潰しに行く。
対して”ミカ”は、振われた両手へと、自身の両手を叩きつけて、塵とする事で無力化する。
また血を失う羽目になったが、これは仕方が無い。”ミカ”に近付かれて殴られ蹴られするよりも余程良い。
兎に角距離を取る。近付かないし、近付けさせない。フレデリックが充分な距離を逃げるまで、此奴と一定の距離を保ち続ける。
そう考えて、”ミカ”を相手に、鬼ごっこに勤しんでいたのだが。
いきなり”ミカ”が動きを止めた。
突如止まった”ミカ”に、スヒョンもまた、動きを止める。
はぁ…。と、”ミカ”は溜息を吐いた。
「貴女の相手は飽きました。さっきのお二人を追う事にします」
「私が行かせるとでも?」
「貴女の意志など何の問題にもなりません」
”ミカ”の言葉に、スヒョンが近くに有るエスカレーターへと目線を向けた、その隙を見逃さず。
”ミカ”は両手を床につけると、足元の床を塵に変えて、下の階へと飛び降りた。
「なにっ」
スヒョンが、小物臭さ全開の驚きから立ち直り、床の穴へと駆け寄った時には、”ミカ”の姿は何処にも見えず。
「少年は私のだと言ったろうが!!」
急いで二階へと飛び降りたスヒョンの身体は、そのままベルトコンベアで運ばれているかの様に、床の上を滑り出した。
「な…なんだあっ」
口をついて出た言葉に、思わず頭を押さえたスヒョンの身体は、そのまま吹き抜けへと滑っていき、転落防止用の柵が存在しない箇所から宙へと投げ出され、一階の床に叩きつけられた。
頭が潰れ、首が折れ、どう見ても致命傷だが、血液生命体には殆どダメージにはなりはしない。
だが、起きあがろうとしたスヒョンの頭部を、上から降ってきた植木鉢が四散させた事で、その動きは少しの間、停止する事になったのだった。
◆
「なんとか動きを止められましたね」
動きを止めたスヒョンを、2階から見下ろして、ノエルは満足げに微笑んだ。
3階の床に穴を開け、二階へと飛び降りた後に、床に脂を撒き、柵を壊して、スヒョンを一階へと落とすトラップを構築する。
止めに頭に植木鉢を落として終了だ。先刻頭を塵にした時には、少しの間だが、起き上がってくるまでに間が有った。スヒョンを巻くには充分な時間だろう。
「では先程の男の方を殺しますか。一人だったという事は、残りの二人は外に居るはず。先ずは合流するでしょうから、あの女の身柄を押さえた時に開けた穴へと向かう筈」
フレデリックの行動を予測したノエルは、エスカレーターを目指すこと無く二階を移動。ある店舗の前で、足を止めた。
「確か此処の下の筈」
手をついて床を塵と変え、一階へと飛び降りる。先程の様に、床に足が着くと同時に、横に転がり、落下の衝撃を全身の各部位へと分散させる。
果たして其処は、ノエルが外へと通じる穴を開けた店舗だった。
「先程振りですね」
ノエルには幸運な事に、フレデリックと四苦八苦には最悪な事に、三人は再度の邂逅を迎えたのだった。
-
【E -4 ショッピングモール内/日中】
【ノエル・ドゥ・ジュベール】
[状態]:ダメージ(小) 疲労(大) 怒り(中)『病院で出逢った男(新田目)に対しては極大』服や靴がボロボロ
[装備]:グルカナイフ “ブラック・プリンス”
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0〜3(四苦八苦の分を含む) ノエルの制服(血塗れ)
[思考・行動]
基本方針:『遊んで』殺す
1:三人殺して特典を貰う
2:双葉真央を探してショッピングモールに連れてくる
3:双葉玲央が双葉真央を殺すのを観る
4:自分の服や靴を汚した新田目、汀子は絶対に許さない
5:両親への愛を侮辱した男(新田目)は念入りに念入りに苦しめて殺す
6:ミカさんとオリヴィアで遊びたかった……。
7:この泥棒(四苦八苦)不死身とは好都合です
【備考】
ブラック・プリンスの使い勝手を把握しました
オリヴィア・オブ・ブレスコードの名前を名乗っています
NO.013が致命傷を負ったのを目撃しました
【フレデリック・ファルマン】
[状態]:健康
[装備]:無し
[道具]:基本支給品一式 ランダム支給品0〜2 対人手榴弾×1 折れた槍
[思考・行動]
基本方針:殺し合いの打破。出来うる限り多くの命を救う
1:レイチェルを次会ったら必ず止める
2:脱出の手段を講じる
3:キム・スヒョンを止める。殺す事も選択肢に入れる
4:魔子には無茶をしないでほしいし、助けてほしいのなら素直に助けを求めてもらっても構わない
5:四苦八苦はすまなかった。是非許して欲しい。
6:この少女(ノエル)は何なんだ?
【四苦八苦】
[状態]:血塗れ、憂鬱 ノエルへの恐怖恐怖(特大) 全裸
[装備]:無し
[道具]:無し
[思考・行動]
基本方針:生存第一、辛いのもしんどいのも嫌
1:これ生存するだけでどうにかなる問題じゃなくなった、面倒くさい……
2:あの金髪(ノエル)怖い。誰か代わりにやっつけて。
3:着替えたい…けど、このショッピングモール商品が無いじゃん!
4:私が一体何をしたって……
【備考】
※「笑止千万」の名前を名簿に確認しました。
【キム・スヒョン】
[状態]:ダメージ(小) 困惑(中) 頭部再生中 ミーム・汚染(中)
[装備]:無し
[道具]:無し
[思考・行動]
基本方針:死ぬのは嫌なので優勝する
1:なるべく愉しんで殺す
2:面倒な奴は避ける、と言いたかったが、この面倒さは予想してたのと違う!!
3:少年(フレデリック)と組みたい。(罪悪感に苛まれるところを見たいだけとも言う)
4:あの嬢ちゃん(加崎魔子)は嬲り殺して血を貰う
5:何か最後の奴(滝脇梓真)は適当に殺して血を貰う
6:コイツ(グレイシー・ラ・プラット)を利用してロリBBA(アレクサンドラ・ヴォロンツォヴァ)を始末しよう
7:この変なお嬢さん(ノエル)は今は殺せそうにないなぁ
8:誰か殺して調子を取り戻さねば
9:此奴(本物スヒョン)の嗜好は一体…!?
10:双葉玲央と男(黄昏 暦)とは一体…!?
※男物のスーツを着用しました。
※キム・スヒョン(本物)の記憶と知識を掘り返したせいで、記憶と知識に本物スヒョンのものが混じりました。
思考や人格や精神には影響ありませんが、身に覚えのない変な言葉が出てきます。ミーム・汚染が近いです。
-
◆
ノエルとフレデリックが再度の邂逅を果たす少し前。梓真と魔子はモールの外周に沿って移動していた。
いきなり姿が消えた四苦八苦を探して、モールの外へと出たものの、どちらへ行ったのか皆目見当も付かない。
「外では無く中だという可能性も有りますからね」
「そうなると、下僕二号も危険に晒されるではないか」
「見つかるにせよ、中にいるにせよ、早くはっきりさせないと」
周辺を用心深く見回し、魔子と言葉を交わしながら、梓真は思考を巡らせていた。
何故、四苦八苦を連れ去ったのか?最後尾にいたとはいえ、フレデリックにも気付かれずに攫うことが出来たならば、四人纏めて殺す事も出来た筈だ。
それなのに、わざわざ偽装工作までやった上で、四苦八苦を散れさるのは、明らかに理に合わない。
【僕たちを分弾する為?いや、そんな事をするくらいなら、後ろから殺しにかかれば良い。四苦八苦さんだけを狙う理由が有った?その理由は一体…】
湧き出る疑念に気を取られていたからだろう。梓真は自身に迫る危機に気付く事が遅れ。
「下僕!!」
魔子に引っ張られ、柔らかいものが手に触れる感触。それが何かを認識するより早く────。爆発音と熱波が梓真の五感を満たした。
「……一体何が」
「敵集だ!!」
魔子の視線の先を、梓真も目で追うと、少女の様にも見える中世的な顔立ちの少年が、此方に赤青白金の四色の宝玉が嵌め込まれた黄金の杖を向けていた。
襲撃者の顔に、何処か既視感を感じた梓真が、思い出そうとした時、襲撃者の持つ杖の、赤色の宝石が妖光を放つと、眩い炎の壁が現れ、梓真と魔子目掛けて猛然と迫ってきた、
「我と魔術を競おうとは面白い!シュトゥルム・ウント・ドラング!!」
左掌を襲撃者の方へと伸ばして、魔子が叫ぶと、魔子の正面に竜巻が現れ、炎の壁へと猛進。接触したと同時に炎の壁を真っ二つに破壊して、炎を纏って襲撃者へと突き進む。
襲撃者の姿は、あっさりと炎の竜巻に呑まれて見えなくなった。
「……フッ、みくびりおったな下郎が」
竜巻と炎が収まると、襲撃者の姿は全く見えず。魔子は僅かに押し黙ると、傲然とそっくり返った。
傲然と────傲然を装った魔子の声に、梓真の空気を読まないツッコミが入る。
「さっきから、僕の手に当たってますよ」
「!?〜〜〜〜ッッ!!」
腹パンは流石に理不尽だと梓真くんは思いました。
「わ、我の高貴な身体に触れた代償だ!!」
「腹パンは貴女の様なタイプが喰らう側だと思います」
「何故にそこで◯凪」
「いや何で朝◯知ってるんですか」
「ええい!煩いぞ下僕一号!」
ワイワイと仲良く駄弁る二人だったが、不意に梓真が魔子を抱き締めた。
「何をする下僕!!!」
魔子を抱き締めたまま、梓真は身体を180度回転して、後ろを向く。
「お前は!?」
魔子が、梓真の背後に立つ襲撃者に気付くのと、梓真が食いしばった歯の間から、呻き声を漏らしたのが同時。
「下僕!」
梓真が魔子を突き飛ばそうとするのを、魔子は梓真に抱きついて阻止。
襲撃者が梓真の頭へと振り下ろすグルカナイフを、梓真共々横に転がって回避。
「ヴィント・ゲブリュル!!」
追撃を掛ける襲撃者と、自分達との間に、空気の塊を発生させ、それを弾けさせる事で、襲撃者と自分達とを、それぞれ逆方向へと噴き飛ばした。
「しっかりしろ下僕一号!!」
魔力で風を操り、地面に打ち付けられる事を無く着地して、魔子は梓真の傷を見た、
背中を切り裂かれ、血が流れているのをみて、顔から血の気が引いていくのを感じる。
-
「ぐ…いえ、大丈夫ですよ。僕では無く貴女を狙ったものでしたから、狙いそのものが浅かったんですよ」
僕の傷よりも…と促されて、魔子は襲撃者の様子を見る。
襲撃者もまた。風を操って無傷で済ませた様だった。
「退くぞ…二号と合流しないと、どうにもならぬ」
魔子も梓真も近接戦闘を得手とはしない。襲撃者がナイフで襲い掛かって来た場合、対処が出来ないのだ。魔子の魔法で近づけない様にしようとしても、襲撃者もまた、魔法を使う。更に梓真が負傷した状態では、抗戦など不可能だ。
「傷の所為で速く動けませんね。いざとなれば、一人で────」
「煩いぞ下僕!!!下僕が居なくては、一体どの面下げて、主人面をしろというのだ!!!」
梓真の方を向いた魔子が晒した隙を、襲撃者が見逃すはずも無く、笏を振るって眩き輝く炎弾放ってくる。
魔子が気付き、防御の為に魔法を行使しようとするも、炎弾は無数の炎の粒子へと変化、魔子と梓真の周囲に落ちると、激しく燃え盛り、二人の退路を封じる。
「我らを逃すつもりは無いという事か……。ならば!!」
右腕で梓真を抱え、左腕を大きく振り上げる。
高まり、練り上げられる魔力に応じて、周囲の気圧が下がり、頭上に暗雲が立ち込める。
雲を呼び、風を起こして、威風堂々と立つ魔子の姿は、確かに魔女の名乗りに相応しいものだった。
「偉大なる主人として、下僕を害した狼藉者に、誅を下してくれるわっ」
左手に笏を、右手にナイフを持ち、短距離の金メダリストも及ばない速度で、真っ直ぐ走って来る襲撃者に、マギストス・マコの誅罰が下される。
人を殺すという行為への忌避感。人の命を奪うという重圧。その他ありとあらゆる事柄を、この一時だけは忘れる。
右腕に感じる梓真の重さと体温を、此処で自分が折れれば永遠に失ってしまうという恐怖が、忌避や重圧から、魔子の精神を支えてくれた。
左腕を振り下ろす。ありったけの想いを込めて。
「落ちよ!神の雷!!グングニール!!!」
昼間の陽光すら白く塗り潰す光が、魔子と梓真の視界を覆い尽くす。
閃光が天地を覆い、白く染め上げた中でも、ハッキリとその輝きが認識できる、凄まじい落雷が、襲撃者を打つ。
光が消え去らぬ内に、凄まじい轟音が、魔子と梓真の鼓膜を打震わせ、衝撃で二人はひっくり返った。
「!?」
それが幸いしたのだろう。仰向けに倒れた魔子の視界を、高速で飛翔する火球が過ぎ去っていった。
愕然と身を起こした魔子は、無傷で此方に笏を向けて立つ襲撃者の姿を見た。
「馬、馬鹿な…」
火球がモールの外壁に当たって生じた爆発音が、やけに遠く虚ろに聞こえた。
◆
-
【大した威力だ】
怪我人(梓真)を抱えて、地面に倒れている少女(魔子)に、油断無く笏を向けながら、襲撃者────双葉玲央はそんな事を考えていた。
最初に放った炎の壁が、アッサリと竜巻に切り裂かれた時点で察しは付いていたが、同じく魔法を使うとはいえ、魔子の使うそれは、城で戦ったアンゴルモアが使うものより数段上だ。
正面から撃ち合って威力を競った場合。玲央の勝ち目は、おそらくは無い。
王笏レガリアの応用性がなければ、玲央は此処で死んでいた事だろう。
「……………」
絶対の自信を持っていた魔法が通じないと思っているのだろう、恐怖と絶望に染まった眼を向ける魔子をみても、双葉玲央の感情は全く動く事は無い。
あの女(ノエル)が居れば、此奴(魔子)が何を思っているか、嬉々として語り出しそうだと僅かに思った程度だ。
無論の事、魔子の攻撃は玲央に通じなかった訳では無い。
最初の竜巻は、槌の魔力で地面に穴を開けて、その中に入り、さらに蓋をしてやり過ごした。
次の雷は、気圧の変化と雲で予測がついていた為に、対処は楽だった。
ナイフを捨て、斜め上方向へと地面を急激に迫り上げる事で、自身の身体を射出。更に純水で身体の周囲を覆ったのだ。
こうする事で、落雷の直撃を避け、帯電した大気から身を護り、絶死の雷撃を無傷でやり過ごしたのだ。
一度目は炎と竜巻の為に。
二度目は、落雷に先立って玲央が雷の魔力を使用して発生させた白光の為に。
玲央が魔法に対して行った対処を、魔子は全く気付けなかった。
それが為に、玲央に魔法が通じないと思い込み、戦闘意欲を失くしかけている。
【それでも、危険な事に変わりはない】
ノエルだったならば、魔子の眼前で梓真を嬲り殺しにして、要らぬ反撃を招くかも知れないが。
双葉玲央はそうでは無い。冷静に、冷徹に、自身を害する能力を持つ魔子を、己にとっての危険と認識して、立ち直る時間を与えず速やかに殺しに掛かる。
離れようとする梓真を、魔子は庇う様に抱き締めて、歩み寄る玲央へと左腕を伸ばす。
その腕は、哀れなくらい力が入っておらず、笑えるくらいに震えていた。
キム・スヒョンならば、イェイッと愚弄の限りを尽くしそうなものだったが、双葉玲央は全く隙を見せず、魔子の動きを具に捉え続けている。
魔子が攻撃を行えば、素早く対処して、回避するなり防ぐなりする事だろう。
玲央が近付く。
魔子は手を伸ばしたまま動か無い。どうすれば玲央を止められるか判らないのだ。
玲央が近付く。
魔子が周囲に視線を向ける。炎に囲まれ、梓真を抱えた状態では逃げられないと悟り、改めて玲央と向かい合う。
玲央は当然の様に、二人をここで殺すつもりだ。
デスノが言った特典は、この殺し合いでの優勝を目指す上での大きな助けになる。そうで無くとも、殺し合いに乗った者の手に渡しては、単純に脅威だ。
だから手に入れる。その為に、偶然とはいえ出会った二人を速やかに殺す。
双葉玲央の判断は、どこまでも無駄というものが存在しなかった。
「……………」
遂に双葉玲央は、魔子の傍に立った。後は足を上げて、頭へと踏みおろせば、それで魔子は死ぬ。魔法を使おうにも、玲央の蹴りが先に当たる。
“詰み”というやつだった。
涙を浮かべて見上げる魔子に、表情も感情も何一つ動かす事無く。双葉玲央は足を上げた。
魔子と梓真の命運は此処に尽きる。
「貴様ーーーーーッッスヒョン先生を襲った野蛮人だなーーーーーーッッ!!!」
グレイシーが怒鳴り込んで来なければ、そうなっていた事だろう。
◆
-
【殺されたのが五人。事したのは三人。コレは、良くない。先生を守れない可能性が】
この状況。死者と殺害者の数からするに、すでに二人がリーチを掛けている可能性がある。
グレイシーがスヒョンと別行動を取ったのは、此処で誰かを殺しておく必要があったからだ。危険な武器を、野蛮人達に持たせれば、偉大なるスヒョンの身が危険に晒される。
ならば、自分がさっさと三人殺して危険なアイテムを獲得する。
それこそが、グレイシーの方針である。
地球の至宝たるキム・スヒョンと別行動を取ることに同意した理由の最たるものであった。
というわけで、殺す相手を探して、モールの一階を探索している最中だが。
床に血痕が有ったりもしたが、人影など全く無く。虚しく彷徨っていた宇宙人は、壁に空いた、外へと通じる穴を発見した。
「確認。方法は不明なれど、原子間の結合を破壊したと考えられる。塵の堆積からして、行ったものは、内側から壁を破壊している」
キム・スヒョンが絡むと、思考や認識が異次元空間送りになるグレイシーだが、それは裏を返せば、キム・スヒョンが絡まなければ、高い知能を発揮するという事だ。
「危険な野蛮人が居る可能性。有り」
お
もしもこれが先生を襲った野蛮人達の仕業だったならば、速やかに排除しなければならない。戦闘態勢に移行しつつ、壁穴から外に出て、周囲の気配を探る。
突如として、空に暗く雲が立ち込め、疑問に思う暇も無く、凄まじい落雷が至近に落ちた。
「んかあっ」
驚きのあまり奇声を発したグレイシーだが、その鋭敏な五感で落雷のあった方向を割り出し、更に人の気配までをも感じ取った。
「むむむ……。これは一体」
いつでも攻撃を放てる様にしながら、グレイシーは気配の方へと向かい、そこで先刻出逢った双葉真央と、同じ顔をした少年を目撃した。
「あれはっ」
少年の足元に倒れる少年が少女の姿を見て、グレイシーは、双葉真央のソックリさんが、二人を襲撃したものだと判断。
となれば、モールの位置的に、キム・スヒョンが語っていた、“三人組の野蛮人”の一人である可能性は大いに有る。
そう思った刹那に、グレイシーの思考は瞬間湯沸かし器と化して、双葉真央のそっくりさんこと双葉玲央へと、猛然と突き進んで行ったのだった。
◆
双葉玲央は至って平然と、乱入して来たグレイシーを見た。
「スヒョン先生…?」
「貴様ッ!大宇宙の光輝であり、全宇宙の地的生命体の最上位に位置し、宇宙全ての民がその新作を待ち望むキム・スヒョン先生を知らないで襲ったのかッッ!」
「ご大層な事だ。北の将軍様か何かか」
「貴様ーッ、 スヒョン先生を愚弄する気かぁっ」
厄介ファンの前で、崇拝対象を愚弄するという、ゴリラに喧嘩売ってガチ切れさせるに等しい所業を成した双葉玲央は、当然の事ながら厄介ファンであるグレイシーを激怒させた。
だがしかし、怒り狂う厄介ファンでありながら、グレイシーは高い知能を有する宇宙人である。
此処で野蛮人を排除するのは当然として、この二人を野蛮人に渡す事は阻止しなければならないと言う事は、怒り狂いながらも忘れなかった。
「そこの二人。この野蛮人は私が相手をする」
口調こそ、努めて平静を装っているものの、全身から滲み出る憤怒が、異星人の持つ星外の“気”と混じり合い、魔子と梓真を圧倒し、有無を言わさず逃走を選択させる。
魔子が梓真に肩を貸して、二人はよろめきながら、モールへと移動を開始した。
これで良い。後はこの野蛮人を殺してから、あの二人を仕留めれば。
肉の裂ける音と共に、グレイシーの肉体が変貌する。
「………今日は妙な女ばかり見るな」
レガリアを振るい、炎弾を複数発射する。
一発は逃げる二人の背へと、残り全てはグレイシーへと。
「はいっ野蛮人確定。排除開始」
振われた触手が炎弾を全て撃砕し、周囲に火の粉を降り注がせた。
「三人探す手間が省けた」
じきにモールに来る、もう既にやって来ているかも知れないあの女に、殺害数(スコア)を稼がせるわけにはいかない。
速やかに目の前の少女を殺すべく、双葉玲央は算段を巡らせる。
-
【E -4 ショッピングモール外/日中】
【グレイシー・ラ・プラット】
[状態]:ダメージ(少)、興奮 激おこ
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・行動]
基本方針:デスゲームからの脱出、及び全情報の完全抹消
1:目撃者(双葉 真央)、七三の男(黄昏 暦)は必ず抹殺する。
2.記憶消去装置も平行して探す。
3.下等生物に不覚をとるとは、ドルーモの恥っ!
4.まさかこんな所で、憧れの地球人に逢えるとは!!
5.でも殺さなきゃ帰れないんだよな。どうしようか。
6.先生を襲った野蛮人どもは許さない
7.先生に犬をけしかけたアレクサンドラは許さない。ぶっ殺します
8‥スヒョン先生の安全確保に為にも、この野蛮人(双葉玲央)はぶっ殺します
【双葉玲央】
[状態]:疲労(中) 服が焦げている。
[装備]:王杓レガリア グルカナイフ
[道具]:基本支給品一式、宝の地図 ランダムアイテム×0〜2(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:知り尽くし、壊し尽くし、優勝する
1:モールに戻ってノエルの結果を待つ
2:妹を探して殺し、その死に顔を拝む
3:ノエル以外にも不可思議な能力を持つ者がいるのか?
4:どうにかしてモールの電力源を知りたい
5:一応脱出ルートも可能であれば探しておく
6:あの映像に映っていた病院。この地図に載っているのと同じかも知れない
7:取り敢えず三人殺して、特典を貰う
【滝脇梓真】
[状態]:背中に切り傷(小)
[装備]:玲央のナイフ
[道具]:基本支給品×2 ランダム支給品0〜4(服のようなものはありません)
[思考・行動]
基本方針:生還する
1:魔子、フレデリック、四苦八苦と一緒に城へ向かう
2:成り行きとはいえまあ魔子の事は支える。何というか難儀な人と出会ったしまったものです
3:あの貞子(四苦八苦)は別にいいですが、早いとここの場を離れたいモノですね。
4:あの襲撃者(双葉玲央)の顔…何処かで見た記憶が
5:フレデリックと合流する
【加崎魔子】
[状態]:感度抑制及び軽度の感覚遮断(快楽)の術式発動中(一定時間後自動解除) 襲撃者(双葉玲央)に対する恐怖(中) 魔力消費(中)
[装備]:無し
[道具]:基本支給品一式 ランダム支給品0〜3
[思考・行動]
基本方針:殺し合いを打破し、デスノを倒す
1:アンゴルモアを探して城へ向かう。我が盟友ならば必ずやかの魔城に向かうだろう!
2:これからも頼むぞ! 下僕1号! 下僕2号!
3:こんなところで、おれちゃ、わたしはあのこにかおむけできない
4:下僕3号はもう少し見栄えを良くしてほしいな。
5:何でこのショッピングモール、商品が無いんだ?
6:我の魔法が…!
7:フレデリックと合流する
【備考】
※名簿を確認済みです
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投下を終了します
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投下お疲れ様です。
放送後すげえバトルが始まってしまった!!
ショッピングモールは放送後デカいバトルが始まると思ってましたが、まさかサイコパス組、タフ人外組、対主催組の3つ巴になるのは予想外を越えた予想外でした。
病院に続いてモールも壊れるんじゃないのか?
> 「三人とも生きていて欲しいものですが、もう嫌ですよ、ミカさんやオリヴィアさんの様に、勝手に死んでしまわれるのは」
ノエルのこのセリフ、上手い、と思いました。
バトル描写も良いですが、今回の話で個人的に特に好きなのはこのセリフですね。
ここだけ聞いてれば滅茶苦茶良い人のように聞こえるの、氏が一から作ったキャラだからこそ言わせられる台詞だなあと思います。
スヒョンやグレイシーが某語録を吐いて練り歩きながら対主催組の役に立ったのは笑ってしまいました。
対主催組の合流は難しそうですが、この先無事に合流できるかどうか気になります。
改めて投下お疲れさまでした。
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投下します。
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気が付けば、城は無くなっており、腹立たしい程眩しい太陽が僕達を照らしていた。
辺りには何もなく、勿論王杓レガリアも、そのレガリアを奪った男もいない。
死体さえ残ってないことは、逃げおおせたと考えるのが妥当だ。
この城の近くに来た時に垂れこめていた暗雲も、いつの間にか姿を消し、空は雲一つなく青い。
自分が妄想ロッドで燃やした火と、眠っているアンゴルモアだけが辺りにいる。
王杓を取ったから城が無くなったのか、戻ってきたらまた城は姿を見せるのか、詳しいことは分からないが、どうでもいいことだ。
もっと重要なことをすぐ聞くことになったから。
『やあやあ皆さん!!お久しぶりでーーーっす!!とは言っても、6時間前会ったばかりなんですけどね!!』
それから、この殺し合いで犠牲になった者と、入ったら死ぬエリアが追加されたこと、さらに3人殺せばよく分からない剣を渡されたことを知らされた。
『それでは頑張って下さいね!生き残った25名の方々には、一層の健闘を期待していますよ!!シーユーネクストタイム!!!!』
デスノの言葉を聞いた時、僕は久し振りに悔しいと感じた。
同時に、『悔しいってこんな、歯ぎしりしたくなるような、もどかしいような気分だったな』と思った。
久し振りに悔しさという物を味わった。
僕は10年前の高校1年生、そろそろクラスのグループが出来始めた頃。
そのクラス全体で異世界に転移させられた。
中学校ではぼっちでいじめられていた僕だったが、高校では人生をリセットするためにも、どこかのグループに入ろうと思っていた、そんな矢先だ。
元の世界にいた時も、顔が少し整っているだけで大した取り柄が無い、いわゆるクラスの2軍にいた僕だったが、その先で幾度となく劣等感を覚えた。
何しろ、クラスメイト全員が超越的な能力を使えるというのに、僕だけは身体に電気を纏わせるだけだったからだ。
誤って同級生や現地人を痺れさせてしまったことは数えきれないほどあるし、そんなら電気機械に役立ててみようかと思えば、異世界の機械をショートさせてしまう始末だ。
街が怪物の集団に襲われた時、自分の倍くらい大きな怪物が痺れてくれたので、怪物退治こそ天職だと思った。
だが、そう思ったのは最初の3日だけ。すぐに電気を無力化やら吸収やらする怪物に出くわす。
運よく電気が効く相手と対峙しても、敵が能力を見越して、遠距離から石を投げてきたりする。
異世界に転移して1カ月、クラスメイトからついたあだ名は『役立たずのビリビリマン』だ。
何でも電気の効果音とビリッケツのビリをかけてるらしい。誰がうまい事言えと。
転生・転移モノの小説や漫画は結構読んでいたし、今は大したことのない自分だが、特別な力を授かって知らない世界に行けばもしかすれば、なんて思ってたよ。
それが元の世界より悪い立場に置かれるなんて、こんなことあるか?
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その頃には既にクラスメイトの中でも、死者が出始めていた。
良い能力に恵まれても、後ろから盗賊にポカりとやられたり、泳げないのに川に落ちて溺れ死んだりと、理由は様々だ。
そうならなかったクラスメイトは、あろうことか『僕が死ねば良かった』、『ロクな能力を持ってないくせに何で生きてる』なんて言ってきやがった。
ムカついたのは勿論だが、クラスメイトの言う通りだと納得してしまう自分もいた。
それが猶更悔しかった。
無為に過ごしていた所、偶々ハッペ家の長女に拾われ、泣きたいくらい厳しい修行を重ねて、自分の術をまともに使えるようになった。
転移したクラスメイトの中で、特に恵まれた能力を授かり、誰に対しても横柄な態度を取っていたクラスのリーダー格を倒した時の達成感は、凄かったよ。
僕の人生は、その期を境に大きく好転した。
小さい失敗をしたことはあれど、心から悔しいと思った敗北なんて1度も無かった。
その時に見せた実力を認められ、ハッペ家から名前を承り、方々で名を馳せている珠李を倒して仲間にし、なんだかんだあって珠李や他の仲間と共に世界を救った。
救世主のリーダーに対する態度なんて、そりゃ凄いものさ。
ハッペ家の長女、珠李、その他色々な女性があれよあれよと僕の所に押し寄せた。
僕を巡った争いなんて見苦しいと思ったし、正直どうでもよかった。それよりもやることを済ませたんだし、1人で久々のスローライフを楽しみたかった。
異世界に転移して1年経った17歳以来、僕は悔しいと思うことは一度として無かった。
1つの世界を救ったこともあったし、アンゴルモアと共に殺し合いに乗った奴等を全員倒して、今回の殺し合いも止められると思っていた。
だというのに、結果はこれだ。
ほとんど何も出来ないうちに、参加者の5人、最初に殺された者含めれば6人が犠牲になり、殺し合いに乗った者も逃がした。
おまけに同行者のアンゴルモアを怪我させてしまった。
無駄にした6時間は、あまりにも大きい。
「おい、アンゴルモア。起きてるか?」
ひとまず、寝ている同行者を起こすことから始める。
それでどうするのと言われれば返答に困るが、とりあえず何かしようと思う。
「起きてますよ……さっき放送が流れた時……いてて……。」
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アンゴルモアは身を捩った時、左足に鈍痛が走り、顔をしかめた。
左足が疼くのか?なんて冗談でも言えそうにない。
戦いの時の傷は、まだ癒えないみたいだ。僕の方が、身体にじっとり嫌な汗が流れた。
(治癒魔法が使えていれば……)
無い者ねだりをしても仕方がない。せいぜい僕の能力で出来る医療法なんて、電気マッサージぐらいだ(それもよく知らないし)
「立てるか?」
「すいません…ちょっと……きついです……。」
誰とも知れない6人の犠牲者は、悪い言い方をすれば仕方がない。
僕が知ることも無い参加者だったし、見たことも会ったことも無い者を助けることは、救世主と言われた僕も不可能だ。
でも、もしすぐ近くにいた仲間が死んでしまえば?
自分と同じ趣味を持ち、同志として付いて来た仲間を守れなければ?
もし死ぬことは無かったとしても、治らない重傷を負って、生きて帰還してからも生活に差し支えるようになってしまえば?
一度悪いことを考えると、どんどん悪いことを考えるようになる。
そんなことになったのも、随分久しぶりだな。
「肩につかまれ。」
仕方がないので、アンゴルモアを背負って歩き始める。
確かに殺し合いを止めるには、この上なく非効率な行いだ。
負傷したアンゴルモアなど捨て置けばいい。でも、そんなことは僕自身が許さない。
僕を拾ってくれたハッペ家の跡継ぎとしても、異世界の救世主としても、仲間を見捨てるなんて出来やしない。
行く当てなど無い。兎に角歩くことにする。
病院へ行こうと思ったが、そこはもうじき閉鎖されるらしい。
戦いが進んで負傷し始めた参加者が出始めた頃に、病院を禁止エリアにするなんて何とも悪趣味だ。
「大丈夫か?どうにかして、治療出来る奴を探すから。」
「ありがとう……ございます。」
気弱になると敬語口調なんだな、とどうでもいい事を思ってしまった。
だがそれからすぐに、僕の視線に飛び込んできたものは、どうでもいいで済む者では無かった。
「ナオビ獣!?」
街角からぬっと顔を出したのは、僕が転移された世界にいた怪物だった。
大柄な体を狭そうに、町の通りを歩いている。
-
「ド、どどどどドドドドドドラゴン!!!?」
「ちょ、慌てるな!!背中から落ちるぞ!!」
背の上でアンゴルモアが、少し遅れたタイミングで騒ぎ出した。
だが、僕だって騒ぎたい気持ちしかない。
ナオビ獣と言えば、あの世界で生態系の頂点に位置する魔物だ。
ある人間は征服の道具に飼育しようと、捕獲に乗り出た。
またある人間は魔法を弾くその鱗と角を素材とした武具を作ろうと、討伐隊を出した。
だが、終ぞ人の手に治まることはなく、懸賞金がかけられたままになっていた。
同じく生態系の頂点に立つと言われたマガツ鳥は倒すことは出来たが、それは珠李を始めとした仲間たちの協力があっての物だ。
今いるのは負傷したハインリヒのみ。
彼には悪い言い方だが、お世辞にも頼れるとは思えない。
「我が名は世界を救いし"雷霆の勇者"ハインリヒ・フォン・ハッペ!!」
左手だけで背中のアンゴルモアを支え、右手にドンナー・ゲヴェーアを出す。
「まあ、そう身構えるな。」
僕の宣言も真に受けず、ひどく低い声で、ナオビ獣はそう呟いた。
え?喋ることが出来るのコイツ?と驚いてしまう。
「あの……さ、さ、しゃ、喋れるんですか?」
アンゴルモアが僕以上に震えながら、ナオビ獣に問いかけた。
背中の上でも、震えてるのが良く分かる。
「アクマに飼われた時に、人の言葉は教えて貰った。」
「アクマ!?」
アクマというのは、漫画やゲームやらに出て来た悪魔のことだろうか。
ただでさえ見慣れぬ怪物が人の言葉を話したことに驚いているのに、その怪物が聞き慣れない言葉を話したのだから。
「どうした。アクマは知らぬ世界の者……いや、待て。貴様の名前……儂の身体に傷をつけた女が言っていたな……」
身体に傷をつけた、ということは、その女はさぞかし力があるようだ。
並みの戦士や魔法使いならば、ナオビ獣には傷一つつけることさえ難しい。
だが、突然嫌な感じが僕の胸を過った。
白い巨獣は目を閉じ、何か考えているような挙動を僕達に見せた。
戦わずに済むのなら助かることこの上ないが、まだ安心は出来ない。
僕もアンゴルモアも、固唾を飲んで彼の反応を窺っていた。
-
「貴様、ハインリヒと名乗ったな!?」
彼は閉じていた目を見開き、驚愕をこれでもかと含んだ疑問を僕に投げかけた。
「僕を知っているのか?」
質問を質問で返すと0点なの知ってるか、マヌケ、なんて言葉を思い出した。
だが、ナオビ獣は気を悪くせずに言葉を返してくれた。
「儂の身体に傷を入れた人間の女が、言っておったわ。『世界を救いし"雷霆の勇者"ハインリヒが盟友』とな。」
「その女、金髪で真っ赤な服を着ていなかったか?」
嫌な予感が的中したことは、彼の返事を待つ前に分かった。
そのような言い方をする人物は、異世界広しと言えども、1人しか知らないからだ。
僕自身はその二つ名は、最初はカッコいいと思っていたが、次第に痛いと思うようになったので、それはやめろと言っている。
それでも言うことを聞かず、話し続けたのは彼女しかいない。
雷銃を持つ手が震える。
「全て当たっておるな。そして奴は己の名を儂に話しおった。マスタニシュリと名乗っておったぞ。」
僕がその先にする反応を見透かしたかのように、彼はニヤリと笑った。
「な……なんで……」
その答えは分かっていた。
世界を救ったメンバーの中でも、彼女は足並み揃えることが苦手だった。
敵を見つければ一番最初に魔法の詠唱に入るし、そうでなければ剣を振り回して突っ込んでいく。
怪しい者を見つければ、疑わしきは罰する、というように爆炎魔法をぶち込もうとするような相手だ。
加えて、僕も何度も戦いを挑まれた。それに対してあしらってきたが、攻撃性は否定できないし、僕を諦めたとは思えない。
そもそも、僕に会うまでは誰彼構わず強者と名の付く者を襲っていたような人間だ。
目の前のナオビ獣を、強者とみなして理由なく襲っても全然おかしくない。
珠李がいてくれたらあの男との戦いも楽だったのに、そんなことを考えていた僕の馬鹿さ加減に、今になって呆れてくる。
一体いつから、彼女がこの世界でも僕の助けになると錯覚していたのだろうか。
「それは彼奴を知っている貴様の方が分かっておるのではないか?」
すぐにでも彼女を止めたいが、目の前にも問題は1つある。
このナオビ獣は、珠李にやられた報復として、僕やアンゴルモアを襲うのではないか、
アンゴルモアが僕の肩を握っているが、その力が強くなった。
「…すまなかった。僕の仲間が迷惑をかけたようだ。こんなことをしてもどうにもならないが、許して欲しい。」
-
ありがとう、と、ごめんなさい。
一見詰んでいる状況でも、いや、そのような状況だからこそ、地球で習った2つの言葉は役に立つ。
異世界でまだ力を発揮する前は、いやというほどその事実を目の当たりにしてきた。
その言葉を聞くと、ふ、と白い鼻面が笑った。
「つまらぬことで頭を垂れるな。貴様が命令してやったことでも無いのだろう?」
何だか意外と話が通じるな、と思ってしまった。
僕の肩を握る手が、少しだけ弱まる。
「まあ、詫び代わりというなら、儂の質問に1つばかり答えてくれぬか?
救世主ハインリヒにマスタニシュリと300年ぶりに聞き、儂も一つばかり思い出したことが在ったわ。」
300年ぶり?僕の聞き間違いか?と疑問に思うと同時に、ナオビ獣は話し始めた。
「貴様は儂の故郷にいたショイサ領のクラウスの倅だろう?なぜ今も若いままでいる?」
クラウスとは僕を拾ったハッペ家の当主の名前だ。僕が名を挙げるにつれて彼の名も知れ渡ったのは分かっていたが、まさか人ならざる者にも知られているとは。
だが、それ以上に気になることがある。
「ど、どういうことだ?それに珠李以外のことでも僕を知っていたのか?」
僕はナオビ獣の名前を知っていたが、実際に会ったことは無い。
彼の言ったことに、驚きを隠せなかった。
「見縊るな。救世主とその一団の話など、儂ら一族の耳にはとうの昔に入っていたわ。
昔過ぎるあまり、記憶が朧気になっておったがな。」
これは僕が聞いた話だが、ナオビ獣は同族同士で伝わるテレパシーのようなもので、情報を伝え合うことが出来るという。
よく分からない話だが、そのような方法で僕の名を知っていたのだろう。
「へ、へえー…僕って、別の生き物とかの間でも有名人だったんだ…」
自分でもよく分からない言葉をぼやく。
そこに彼は、だが、と付け足した。
「それは儂がまだ産まれてから数年程しか経ってない頃だ。300年の時が経った今、なぜ貴様はその若さを保っている。」
「ど、どういうことだ?」
僕は2つの世界を知っている。
生まれた世界と、転移した世界。
2つの世界は何かと違う所があったが、共通している所がある。
それは、老いた人間はいかなる術を使おうと若返らないという所だ。
同時に、死んだ人間は生き返らない。
老いを遅めたり、仮死状態から戻る魔法はあるが、不老不死の術はいかなる薬でも魔法でも解明されていない。
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「そのままの話だ。儂が貴様の名を聞いたのは、故郷にいた頃、300年ほど前だ。
人間の貴様なら、とうの昔に老いて死んでおるはずだ。」
「300年だって?僕は26歳だ。話がおかしくないか?」
「あの……ドラゴンさんは、ハインリヒより未来からここにやって来た、そういうことですか?」
次に口を開いたのはアンゴルモアだった。
確かに僕もあの世界に転移しなかったら、ナオビ獣をドラゴンか竜呼ばわりしていたかもしれないと考え、変に納得してしまう。
今度はナオビ獣の方が、冷や汗をかき始めた。ナオビ獣の反応のことを良く知らない僕でも、動揺していることが伝わって来る。
「俄かには信じ難いが、それが一番あり得る話だ。」
「じゃ、じゃあ聞きたいことがあるんだ。未来の僕の世界はどうなった?ハッペ家は?珠李以外の救世主の団員はどうなったんだ?」
僕の未来がどうなったか、そんなことは生まれて一度も考えたことが無かった。
幼稚園や小学校の作文で将来の夢を書かされた時でさえ。
だっていじめられっ子でオタクで、勉強も運動も大して出来ない僕の未来なんてろくなもんじゃないと思ってたし。
異世界に転移して、救世主として崇められた後でさえそうだ。
いつ姿をくらまし、山奥か海辺でスローライフを送ろうかとしか考えてなかった。
だがこうして未来から来た者と会ってみると、未来の自分やその周りはどうなったか、そう聞かずにはいられない。
――これより、『終わり』が始まる。強大な力を手にする前に、それをその目に焼き付けておくが良い
ナオビ獣の返答を待つ間に、ふと思い出したことがあった。
あの城の映像で見た、最後のシーン。
映っていたのは、僕が地球から転移した、ヨイドンの町の広場だ。
何かがつながりそうで、つながらないのがどうにももどかしい。
「…貴様は、※▼×△□※◆○▲●は知っておるか?」
「「!?」」
ナオビ獣の言葉がノイズになった。
到底聞き取れる言葉ではない。
人間には聞き取れない言葉なのかと思ったが、当の彼でさえ戸惑っていた様だった。
-
それから間髪入れずに、首輪からアラームが鳴り始める。
『ルールに違反しています。以下の言葉を再度話した場合、首輪を爆破します』
これには、さしものナオビ獣も閉口せざるを得なかった。
先程ノイズの走った言葉、あれに関することを話しても、首輪が爆発する可能性がある。
「………味なことをやりおる。さてハインリヒよ、貴様はこれからどうするつもりだ。」
「珠李を止めます。どこに行ったのか知ってますか?」
「残念だが知らぬよ。ここより南、遊園地で戦ったが、もうおらぬはずだ。
しかし、その者を背におぶったまま追いかけるつもりか?」
ここで僕は、1つの決断を迫られた。
アンゴルモアははっきり言って華奢で軽いが、それでも背負っていれば体力が余計に消耗するのは間違いない。
当然、追いかける速さも遅くなる。
そして彼女に会えば止めるとは言ったが、その際に彼を危険な目に遭わせてしまうかもしれない。
「すいません。ナオビ獣さん。アンゴルモアを預かっててくれませんか?」
「それはまた、儂に思い切った頼みごとをしたものだな。まあいい。戻って来るのだぞ。」
「よろしくお願いします。ドラゴンさん。」
「その呼ばれ方は好まぬ。儂には雪見儀一という名があるのでな。」
彼を僕の背から降ろして、すぐに全力で走る
(雷走(ライトニング)・加速(アクセル)!!)
今のはあくまで掛け声だ。
僕は全身に電気を纏わせたり武器を媒介として飛ばしたりできるが、どこぞのロギアみたく、電気に姿を変えて光の速さで走ることは出来ない。
ただ、彼女が見境なく暴れているのなら、一刻も早く止めなければならない。
-
だが、僕の心の片隅に、疑問は残っていた。
雪見儀一と名乗ったナオビ獣から、聞かなければいけないことを聞き逃しているのではないかと。
(ええい、珠李のことが先だ!)
僕は僕が下した判断が誤ってないことを祈りながら、どこにいるかも分からない彼女の下へ走った。
【B-6 市街地/日中】
【ハインリヒ・フォン・ハッペ】
[状態]:疲労(大)
[装備]:ドンナー・ゲヴェーア ドンナー・シュヴェルト
[道具]:基本支給品一式
[思考・行動]
基本方針:暴れているらしい、桝谷珠李を見つけて止める
1:珠李まで参加していたなんて…
2:あの映像は何を伝えたかったんだ?
3:アイツ(双葉玲央)の顔、何処かで見た覚えが
4:僕がいなくなった後の異世界…どうなっているんだ?
5:雪見儀一の言った言葉とは!?
【B-5 市街地/日中】
【アンゴルモア・デズデモン】
[状態]:左脚に激痛(当分足を動かせないくらい) 横隔膜へにダメージ(少し回復してきた) 腹部に痛み(中) 武器を取られたことによる怒り
[装備]:妄想ロッド
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム×0〜2(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:とりあえずまともに歩けるようになるまで、雪見儀一の下にいる。殺し合いには乗る気は無い。
1:同志と離れ離れになるのは寂しいが仕方ない。
2:無茶苦茶痛い。早く痛みが引いて欲しい。
3:アイツ(双葉玲央)から、どうにかして杖を取り返したい。
4:このドラゴン(雪見儀一)は何を知っているんだ?
5:まさか本物のドラゴンに会えるとは。怖いけど少し楽しい。
【雪見儀一】
[状態]:角破断(修復中断中)全身にダメージ(小) 魔力消費(中)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム×0〜3(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:この名に恥じない在り方を
1:“テンシ”を早く対処したい
2:極力殺したくはないが、必要なら躊躇わない。
3:展望台にいた者たちは、どうなったのだろうか……
4:珠李の盟友とかいうハインリヒは、意外に話の分かる男だな。
5:あの時、なぜ儂の話が遮られた!?
6:まさか人間の子供のお守りをさせられるとはな。
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投下終了です
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投下乙です
ハインリヒ君の経歴見ると、彼のメインヒロインはハッペ家の長女で、珠李ちゃんは第2ヒロインっぽいね…
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感想ありがとうございます。
これは私の考えなんですが、珠李とハインリヒって一方通行の関係なんじゃないかと思うんですよね。
そう思ったから今回の話を書きました。
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投下します
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もう抱えたのが何度目か忘れてしまうぐらいに警察署のソファで頭を抱えるエイドリアン。
盛明を殺したことへの罪悪感はあるかどうかでいえば、多少なりともある方だ。
ただしあくまでは多少は程度のもの。元より機関で善悪関係なく殺し続けた。
標的が彼より年下だったのもある。だからそれほど引きずってはいない。
(問題は放送で呼ばれてしまったことだ。)
誤殺してしまった結果、放送で名前を呼ばれてしまう事態。
テンシのマスターである自分が事故とは言え殺害した。
こればかりはいかなる理由であれ事実であることには変わらない。
だが今後、立場から不利になっていくのは間違いないだろう。
しかも弁明しようにもテンシがやってしまったなんて、
端から聞けば疑念の眼差しを向けられるのは間違いない。
証明しようにも死体は最早原形を留めてないあの有り様だし、
下手にテンシを動かせば余計な犠牲を出すことになりかねない。
何よりも安全基準が曖昧なテンシの使役が頭を抱える要因だ。
彼で稼いでしまったキルスコアを踏み台に武器を手に入れて今後優位に進める。
それがせめてもの彼の命に対する贖罪……と言うには綺麗すぎる言葉だとは思った。
(結局殺しは殺しなんだよ。)
色んな人の死に様を見てきた。
命乞いをする者。逆に殺しにくる者。何故? と疑問をかける者。諦念する者
どれであっても彼は殺した。仕事のために、金のために、生きるために。
どれだけお題目を並べたところで全ては同じだ。最期は地獄行きの切符を手にした。
だから贖罪と言うのは似合わない。糧や踏み台、そういった方がしっくりくるものだ。
(にしても、バグを使ってバグ退治とは皮肉なもんだよ。)
化物には化物をぶつけるんだよとか、
よくフィクションでは言うがその通りだと思えた。
竜と剣士のぶつかり合いに参加できたこのテンシ。
まさにそうではないか。あんなの訓練された人間では不可能だ。
なんて思いながら休息の為警察署へ向かってみると、
「あー、やっと人を見つけたと思ったらさっきの子じゃん!」
声を掛けられると、鳥肌が一気に全身を駆け巡る。
先の激闘を繰り広げていた少女が自動ドアから姿を見せたのだ
まるで行き先が同じで偶然見かけたような感覚で声をかけてきた。
汗が頬を伝う。この少女は竜を相手に真っ向勝負ができる紛れもないバグの化身、
人間の形をしたバグの塊が声をかけてきては、まともな対応は難しい。
「それ以上動くなッ!!」
即座に距離を取りながら
プロトタイプにも迎撃できるよう指示を出しておく。
エネルギーの消耗からテンシを用いても勝ち目は薄くとも、
そも生身で勝ち目がないのだからこうする以外手段がない。
『先ほどの敵対勢力と接敵。排除します。』
動くなと言ったのはどちらに対してか。
テンシの翼か爆炎剣とぶつかり合い衝撃を周囲へ放つ。
ソファは吹き飛び、自動ドアのガラスは割れていく。
その後お構いなしに翼と爆炎剣による剣戟が起きる。
当然エイドリアンはソファを壁代わりに凌ぐことしかできない。
「だーもう! いい加減にしろ!
こっちは話し合いがしたいんだ! テンシも止まってくれ!」
このままだと警察署が倒壊しかねない。
襲い来る衝撃に耐えながらも、顔を出して必死に叫ぶと、
テンシの動きが止まり、珠李も攻撃を中断する。
「いや、でも二回ともその子けしかけたのそっちだよね?
何か私が悪者扱いみたいになっているのは納得いかないんだけど。」
剣戟の反動で距離を取りつつ自分の扱いに頬を膨らませる珠李。
先の戦いの乱入も、今のも先に仕掛けてきたはテンシの方だった。
テンシも攻撃を中断してきたのもあり、仕方なく爆炎剣をしまう。
「ああ、今のは俺のせいだ、素直に悪かった。
けど遊園地の方は正当防衛でけしかけたんだぞ!?
おたくらがなりふり構わず戦った結果死人まで出しちまった!
病弱だった子供を死なせた要因作っておいてさあ第二ラウンド? 冗談じゃねえ!」
任務の時と同じだ。
どこにでもいるような正義感の強い一般人を演じ、
警戒心を解いたり油断を誘う訓練された技術。
もっとも、それを用いたところで暗殺など不可能と思っているが。
だが少なくとも印象が良くなるのは間違いなかった。
嘘は真実を混ぜればそれっぽくなる。少しばかりの罪悪感は、
よりよい演技へと昇華させてくれている。
「あー……それはなんかゴメン。」
(よし、多少良心はあるようだな。)
-
若干の嘘も交えての発言だったが、
瞳を逸らし頬をポリポリと掻く様は人間らしい。
あくまで超常的な力を持った人間、と言ったところだ。
正直良識があることについて意外だったがチャンスだとも思う。
意思の疎通ができるのであれば、利用しない手はなかった。
元々黄昏暦も利用するつもりだったのだ。寧ろ戦力になりえる彼女を利用する方が都合がいい。
もっとも、利用する出治まるような相手かどうかと言われれば怪しいとも思っているのだが。
「まあ、結果がどうあれ俺が殺す原因になったのはこいつだ。
こいつにとって害あると判断した瞬間殺しに来るから絶対攻撃するなよ!?」
「プッシュミー?」
「絶対押すな、の類じゃなくてまじで殺しに来るから!
俺はこんなところで死ぬつもりはないんだからマジで辞めてくれよな。」
「でも私としてはそれとやりあいたいんだけどなぁ〜。」
「人の話を聞けよなおい! お前らのせいで危うくこちとら死にかけてんだぞ!
それともお前はあれか、強い奴と戦う為なら弱者は犠牲にしてもいいって性質か?」
『いやホントどの口が言ってんだろな』とエイドリアンは内心思う。
異常殲滅機関は目的の為なら善良な異能者ですら殺している。
培った技術とは言えよくもまあそんなことが言えたものだと自分で感心してしまった。
「ウッ、何か嫌だなぁその物言い。」
珠李は正義感はないとしても、一応は爆炎の救世主と呼ばれたのだ。
最初の見せしめにされた命の時は軽く流したが、だからといって外道ではない。
無法のこの地だからと言って巻き添えで人を死なせるのは好ましいとは思ってない。
だからそんな危険地帯から離れ、高みの見物をしているデスノが嫌いなのだから。
ハインリヒだって元々は弱かった。そこから成り上がっていったのを知っている。
尚の事それに頷くわけには行かなかった。
「まあ一先ず話が通じるなら聞くが、お前はまずどうしたいんだ?」
「そりゃ強い相手と戦う! それで死ぬなら構わないし、
もし生き残ることができたならデスノもぶっ飛ばす!」
(あくまで闘争が目的。不意打ちも今出来るのに、何もしない。
あれか。正々堂々を好む騎士道精神を重んじているタイプ……ってところだな。)
ぶっ飛んでるなぁ。
最初に出た感想がそれである。
エイドリアンが現代社会で生きてきた価値観もあるが、
一昔前の侍や騎士が持ってるような決闘を重んじる一昔前のタイプ。
年を食った人物ならまだしも年齢は随分近いイメージがあるので、
相当変わっている人物だと言うことが伺える。
幸い話が通じるのが救いだ。
話が通じるのであれば、交渉の余地がある。
「じゃあ、二つ条件がある。一つは味方になりそうなやつは狙うな。
もう一つは味方を三人集める。それさえ守ればこいつとやりあうことを許可する。」
「え、それだけでいいの? と言うか殺し合いを止めるのに三人は少なくない?」
「じゃあお前残り二十五人で味方になりそうなの五人をこの広さから探せるか?
しかも殺し合いに乗った連中が何人いるか分からないと言う状況下において。」
「いやぁ〜無理だね。魔力探知がっばがばだから知り合いも見つけられないし。」
三十人中五人が死亡し、
禁止エリアがあろうと広いエリアは変わらない。
仮に殺し合いに乗った人物が残り十人だとして、
残るは十五人。三人ぐらいならばまだ現実的だと感じたからだ。
「この六時間で乗らないほとんどの連中が徒党を組んでるはずだ。
生き残りの人数を考えれば三人で行動してる参加者は多いと見ていい。
集められても乗った参加者との交戦で減っていくことを考えると、
生き残れるとしても多くて四、五人が限界だと俺は踏んでる。」
「わぁ、結構ドライ。ハッピーエンドは好きじゃない感じ?」
「現実的に物事を見た結果だよ。
全員笑って笑顔で生還なんて夢物語だ。」
異常殲滅機関は過酷な仕事だ。
エイドリアンに出される仕事はまだ楽な方で、
上のレベルになるともっとやばい連中ばかりを相手にすると言う。
マガツ何とかいう怪物の処理に多くの犠牲を払ったと言う話も聞く。
何より、彼の身の上を考えれば現実的な考えになるのは道理だ。
「此処までの話だが、オーケイ?」
「オーキードーキー。あ、もしその中に強い人がいたら?」
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「駄目に決まってるだろ。デスノをとっととぶっ倒す。
それが最善であんたにとってもお望みの類じゃないのか?」
「まあ否定はしないかな。」
ハインリヒと戦いたいのは事実だが、
それ以上に高みの見物をかますデスノをぶっ飛ばしたい。
その気持ちは変わらないし、絶対に成し遂げるつもりだ。
最悪の場合ではあるが、ハインリヒとは元の世界でやりあえば済む話でもある。
本当にあくまで最悪の場合の話ではあるのだが。
「それはそうと、どこで鍛えたの? それ。」
珠李は一発でエイドリアンの身のこなしを見抜くことができた。
異世界で現代と同じ格好でいれば防具なしで魔物と戦うのと同義。
だから異世界転移したら自然とその世界の恰好になるものである。
そうでないにも関わらず、先のエイドリアンの対応は常人のそれではないし、
外見から異世界の人間ではなく、現代の人間であることが伺える。
にも拘わらず先の身のこなしはただの社会人が持つものではない。
「そこまで分かるのかよ。」
「一般人の動きかどうかぐらい分かるよ。」
「ハワイで親父に習ったと言って信じる口か?」
「うっわ懐かしいそのネタ。一先ずそう言うことにしておくね。
あんまり機嫌を損ねると、折角の楽しみもなかったことにされそうだし。」
「……やれやれだ。」
一応は盛明の死因の元凶と行動を共にする。
何とも因果なものだとエイドリアンは感じずにはいられなかった。
「ところでテンシって何?」
「俺もよくは知らないが……」
【C-6 警察署/日中】
【舛谷珠李】
[状態]:顔面に打ち身(軽)疲労(中) 全身にダメージ(中) 魔力消費(大)
[装備]:豪炎剣"爆炎"
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム×0〜2(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:ハインリヒに会いたい、強者と戦いたい、デスノ・ゲエムは許さない
1:メチャクチャ楽しくなってきたっ!
2:何処かで休んでから、ハインリヒを探しに行く。
3;雪見儀一は次会ったら逃がさない。最後まで戦う。
4;“テンシ”が何なのか、聞いてみよっと
5:エイドリアンについていってテンシと戦う!
【備考】
※魔力感知はザルです。
※マガツ鳥のネームドモンスター『ドグラ・マグラ』を倒した張本人です。
※第一段階強化は六時間使用不能です
※第二段階強化は十二時間使用不能です
【エイドリアン・ブランドン】
[状態]:疲労(中)、 精神的疲労(大)、頭痛
[装備]:テンシ兵装トリスタン 暗殺用ナイフ “テンシ”プロトタイプ(エネルギー消費(大))
[道具]:基本支給品一式×2、ランダムアイテム×0〜4(盛明の分含む。自分の分は確認済み) “テンシ”との連絡用インカム
[思考・行動]
基本方針:とりあえず生き残ってデスノを始末する
1:殲滅兵器とか、制御できる気がしねぇ
2:得体のしれない女に竜、もう嫌んなっちまうな
3:オリヴィアって子を探してみる。
4:ノエルのような類とは戦闘を避ける。
5:盛明……成仏しろよ
6:こいつ(舛谷)にテンシに……制御できるのか? 俺に。
【備考】
※名前だけなら噂で笑止千万、ノエル、四苦八苦(の本名)、双葉玲央を知ってます。
他にも知ってる人はいるかもしれません。
暦は書類上のデータで細かく知ってます。
※盛明には日系アメリカ人であると名乗っています
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投下終了です
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投下お疲れ様です。
エイドリアン、珠李共に孤立状態が続くのかと思いきや、まさかその2人が同行することになるとは。
テンシ、いつエネルギー切れるか分からないし、目に付く相手を襲おうとするしで本当ロクなもんじゃねえな。
この話で初めて警察署が出て来たのにもう半壊してそうだよこれ。
地味に好きな所として、珠李がスタンスや外見から強そうに思えないエイドリアンを、戦闘経験者だと認識するところですね。
伊達にコイツ、強者狩りやってたけどバーサーカーじゃねえんだなって思いました。
しかしエイドリアンの上司が珠李も倒したと思しき怪物と戦ったのはどういうことでしょうか。
ルイーゼも戦った様なので、考察の幅が広がりますね。
不二、トレイシー、真央、黄昏予約します。
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月報です
2024/1/16-2024/3/15
話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
57話(+12) 25/30(-1) 83.3(-3.4)
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投下します
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マーダーに襲われつつも、犠牲者ゼロ。
サブマシンガンという、武器も手に入った。頼りになるかどうかは別だが。
おまけに先の戦いでは、3人のバランスは意外に良いことが判明した。
黄昏が相手の出方を先読みし、真央が斬り込み、トレイシーが遠距離でかく乱させつつ刺す。
この調子で行けば、武器を集めつつ、3人揃って生還も出来てしまうのではと考えてしまう。
この調子で行けば、だが。
「なあ、トレイシーのおっさん。」
「どうしたんだい?誰も死なないで敵からの逃走に成功し、強い武器も手に入った。何も悪いことは無いだろう?」
黄昏としては、気になることは相も変わらず山積みだ。
真央も真央で何を考えているのか分からない所もあるし、トレイシーに関しては言わずもがな。
だが、彼の発言からどうにかして、出方を伺いたいと考えていた。
彼の口をこじ開けた所で、事態が余計ややこしくなるかもしれないが。
「聞きたいことがあるんだ。このマシンガンの在り処は、オッサンが持っていた地図に載ってあったのか?」
「その通りだ。だがおかしなことを聞くんだな。マシンガンなんてどこで手に入っても問題無かろう?」
マシンガンがどこででも手に入ったらそれはそれでまずくないか?というツッコミをしたくなったが、話を続けることにした。
「じゃあもう一つ教えてくれ。コイツが、オッサンの言う『レガリウム』なのか?」
黄昏達は、トレイシーが持っていた地図に従って、レガリウムという在るのか無いのか不明なものを探すことになった。
だが、その先で見つかったのは黄昏でさえ知っている道具。
似て非なる何かの可能性もあるが、この重火器がレガリウムだとはどうにも思えなかった。
「君はそう思うかい?思わないかい?どっちなんだい?」
「思わねえよ。あとマリ○くんでもないのに創作で芸能人のネタをやっても寒いだけだからやめとけ。」
「君の思ってる通りだ。これはただのマシンガンで、レガリウムは関係ないね。」
トレイシーはえらくあっけらかんと答えた。
彼が話をしたレガリウムが、それこそどうでもいい物であるかのように。
黄昏としても逆に意表を突かれるほど、あっさりとした反応だった。
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「関係無いってそりゃあ無いんじゃないか?」
「どういうことだね?このマシンガンはレガリウムと関わっていますと嘘付けば良かったと?」
「……しらばっくれんな!!」
黄昏は柄にもなくトレイシーを睨みつけ、大声を出した。
こんなことは自分のキャラらしくないことは、彼自身にも分かっていることだ。
少なくとも、こんな状況じゃ無ければ声を荒げるような真似はしなかったはずだ。
「オッサンが言ったことが正しければ、俺達はインチキ臭い地図のせいで目的と全く関係ない場所に無駄足踏んで、その挙句に知らない奴に襲われたってことだぞ!!」
今までの穏やかな態度が嘘であるかのように、黄昏はトレイシーに怒鳴った。
彼の口から飛んだ唾が、僅かながら無精髭に付いたが、トレイシーは動じる様子もない。
ただ、何か考えたような素振りを見せたのち、こう答えた。
「何故、私は宝の地図を持ちながら、レガリウムとは関係のない場所に君たちを連れて行ったのか。
そして、何故君たちを危険な目に遭わせたのか。どちらも答えは同じさ。」
「は?」
「レガリウムの奪い合いの準備をしたかったのだよ。恐らくこの先、レガリウムで作られた武器を巡って、争いが激化するはず。
だからそれに備えて、強い武器を手に入れ、同時に君たちに戦いの予行演習をさせたかったのさ。
現に武器と、不死者がいるということ、そしてこの世界にアクマ兵装があるという情報など、収穫は多かっただろう?」
この時、黄昏暦と言う男は心から分かった。
話が出来るのに話が通じない相手と言うのは恐ろしいものだと。
「そんなのは只の結果論だろ!?」
同時に、あまりに反駁の余地が多いと、意外と言葉が出ないモノだとも分かった。
黄昏も真央も、レガリウムを知らない以上は、この殺し合いの参加者で知っている者はさほど多くないと伺える。
ゆえに、争奪戦が起こる可能性はあまり考えられない。
また、強い武器を手に入れるというのなら、レガリウムで作った武器を優先すれば良かったではないか。
「実際に俺らどちらかでもアイツに殺されていたら、どうするつもり……」
「しっ、静かに。」
わざとらしく口に人差し指を当て、黄昏の怒声を冷静にいなす。
その瞬間、辺り一帯に放送が響いた。
この6時間で死した者の名前と、禁止エリア、そして3人殺せば手に入ると言う武器の存在が告げられる。
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(やっぱりお兄ちゃんは生きている……)
双葉真央が考えるのは、この殺し合いにいるという兄のこと。
彼が生きていると知って、覚えたのは安堵と、やはり彼と戦わなければいけないという事実。
そして、こんな状況でも兄の生存を安堵してしまう。そんな自分の弱さに対する呆れだ。
彼は自分が知っている兄ではないと、もう知っているはずなのに、心のどこかで兄を求めてしまう。
(ちょっと待て……どうなってんだよこれ……)
一方で黄昏は、放送とは別のことを考えていた。
何しろ、デスノの放送が来た瞬間、彼の目に映ったビジョンは。
神社で襲って来た男と、トレイシーが対面しているシーンだからだ。
戦っているという様子はない。むしろ何か話をしているように見える。
襲って来た男は驚いている。当たり前だ。先程まで敵対していた人間が、気さくに話をしているのだから。
黄昏の未来予知は、ビジョンは見えるがその中での音は聞こえない。サイレント映画のようなものだ。
故に、会話内容までは聞き取ることが出来ない。
「すまないねえ。ちょっと野暮用を思い出した。君たちはここで待ってくれるかな。」
その先で胡散臭い男が何をするのか、黄昏には察しがついた。
だが、察しがついた上で何をすべきかまでは分からなかった。
「ああ、よく分からんがなるべく早く戻って来てくれよな。」
彼に出来ることは、そんな言葉を投げかけるだけだった。
トレイシーは黄昏の気持ちを知ってか知らずか、すぐに茂みへと消えていった。
(どうすれば良いんだ……)
このまま2人でぼんやり彼を待っていても、状況の悪化は目に見えている。
トレイシーは襲撃者と協力して、自分ら2人を襲おうとしている。
先程は3人で協力してどうにか退けた相手だ。2人だけでどうにかなるとは思いにくい。
一番最初に思い付いたのは、真央に自分が見た物を話し、2人が戻って来る前に逃げおおせるというやり方だ。
-
だが、そんな安直な考えで、どうにかなる状況ではないのは分かり切っている。
自分が未来が分かると言っても、信じてもらえないのが関の山だし、そもそも彼女はトレイシー程ではないがイマイチ何を考えているのか分かりにくい。
第一、黄昏としても未来が見えることは他人に伝えたくはない。
たとえ現在、同盟を組む相手だとしても。
それ以前に、自分が未来を見ることが出来るとは言っても、それさえもトレイシーに知られている可能性がある。
迂闊な判断が、自分の首を絞めてしまいかねない。
幸いなことに、この場所には石畳はない。だから即座に殺される可能性は、どちらかと言えば低い。
むしろ余計な動きをして、その結果地雷を踏む可能性の方がある。
(今はまだ、何もしない方がマシか…)
この状況は黄昏にとって、そこまで珍しい状況では無かった。
その先の結果が見えているのに、過程が分からないせいで迫っている災難を回避できない状況だ。
テストの点数が悪いと先に分かった時も、テストの点数しか分からなかったせいで、結局点数が低かったことのように。
「あの……一つお話があるのですが……。」
「ん?」
ずっと黙っていた真央だったが、突然口を開き始めた。
これ以上状況を悪くしないでくれよ、と思い始める。
-
★
「やあ。態々私達を追いかけてくれたのかい。残念ながらナンパはお断りだよ。」
黄昏の予知した通り、トレイシーは少し離れた場所で宮廻不二と再会した。
不二としては、彼らを追いかけたつもりではなかったため、向こうの方からこうして出て来た事実には聊か驚いた。
「何しに来たんだい。あの2人を逃がして、自分だけ囮になるようなキャラには見えないけど?」
不二の身体に、灰色のパワードスーツのようなものが纏わりつく。
アクマ兵装、グレー・ジャックを稼働させ、いつでも戦える態勢に入る。
目の前の中年男は、おおこわいこわいと呟く。
「ちょっと2人で話がしたい。宮廻不二君。」
「……僕の名前を知ってるのか?」
宮廻不二は、人となるべく人と関わらずに生きて来た。
さすがに金が無いと不便なので、定期的な短期バイトを通じて、人とちょっとした話ぐらいはしていたが。
不老不死だと知られれば、何かと面倒な話になるのは分かり切っている。
それに、人と仲良くなるほど親睦が深まるほど、死別が苦しいものになる。
故に自分の名前を呼ばれたことは何とも不気味だった。
「久し振りだねえ。最後に会ったのは、あの戦争以来? 2人で空襲から逃げたよね?」
トレイシーの顔が変わっていく。
顔だけではない、顔に付いていたススまで完璧に“再現されている”。
「き……君は?どうして?」
不二が驚くのも無理はない話だ。何しろ、数十年以上前に見た顔が、そのまま目の前にあるからだ。
写真やビデオなどではなく、彼の肉眼がはっきりとその顔貌を捉えている。
当たり前の話だが、悠久の時を過ごした彼の記憶の山は、他の人間とは比べ物にならぬほど高く大きい。
人の顔、しかも遠い昔に出会った者の顔を思い出すのも一苦労だ。
だが、いつ会ったか、そしてその時の顔、しかもその汚れまで完璧に再現されれば、忘れたという訳にはいかない。
「…どうして、あの時のまま生きているんだ?」
「君だって人のこと言えた立場では無いだろう?」
「あ、ああ。そうだよな。」
遠い昔に別れた者と、こうして再会するなど、長い時間を生きた彼の中でも、終ぞ経験したことは無かった。
不老不死なのは自分だけ。そんなものは物語の中だけだとばかり思っていた。
だが、こうして対面してみると、それ以外にも気になることは出てくる。
-
「以前、君から本を借りてただろう?その本、無くしてしまってね。代わりといっては何だが、これで許してくれないかい?
ある世界で有名なデザイナーが別名義で書いた本みたいだが、何というかこう、趣があって好きだよ。」
トレイシーが、名刺でも渡すかのように本を渡そうとする。
だが、不二はそれを受け取ろうとしなかった。
その代わりに、一番気になったことを聞いた。
「何をしに来たんだ?」
目を細めて、トレイシーが持つ本と、彼の顔を交互に眺める。
かつての知り合いとの再会を喜んでも良いが、ここは殺し合いの場だ。
しかも自分は殺し合いに乗ったということを、相手は知っている。
はい、これあげると言われても、昔話に花を咲かせようと言われても、素直に応じるのは余程の馬鹿しかいないだろう。
「まあ、簡単な話だ。私は君と休戦協定を結びたい。」
突然トレイシーは、地面に杖を置いた。
自分に敵意はありませんと言うかのように。
「それはまた、どうしてだい?」
「簡単な話だ。私としても数十年来…いや、数百年来だったか?古い友達と殺し合うのは忍びない。
それに私はこの世界でやりたいことがあるんでね。争いの種は1つでも少なくあって欲しいんだ。」
相変わらず、掴み所の無い奴だ。
訥々と語るトレイシーに対し、昔のことを思い出しながら、そんな風に考える。
同時に、これからのことも。
「僕がそれを、断ると言えば?」
グレー・ジャックに包まれた腕が、地面に落ちてた手ごろな石を掴む。
彼としては、これはチャンスだ。
トレイシーだけではなく、彼と共に居た2人まで同時に相手にすれば、一手間も二手間もかかる。
だが、この場にいるのは彼1人だけ。伏兵として隠れているという様子もない。
トレイシーは彼を古い友人と言ったが、不二は特別な人物とは思ってない。
彼の長い永い人生のうちに出会った、ほんの1人の人間でしかない。
確かにこの場所で出会ったという事実には驚いたが、驚いただけだ。
せっかく再会出来た人物を殺したくない、という感覚は持ち合わせていない。
これまでの人生で、死別など数えきれないほど経験して来たし、然るべき理由があったとはいえ、殺人も経験している。
-
「じゃあ、もう一つ武器をあげよう。その鎧だけじゃ、勝ち抜くことは出来ないと分かっただろう?」
トレイシーは魔物の杖に手をかけると、何処からともなく、真っ赤な巨大な鳥が現れた。
現れたと思った瞬間、その頭が爆ぜ、胴体はグズグズに溶け、死体は骨だけになった。
不二としては、別に何とも感じない光景だ。問題は、その先に何をするかが気になった。
「まあ、即席の武器と言った所かな。魔物の杖は、こんな使い道もあるんだ。
手ごろな槍が出来上がっただろう?」
「何ともまあ、原始的な武器だね。」
鳥の怪物の背骨は、真っ白な槍を彷彿とさせた。
少なくとも、貰っておいて全く役に立たないという訳はないだろう。
地面に落ちたそれを手に取る。思ったより握り心地は良かった。
「でも、良いの?武器だけもらって油断させておいて、僕が後ろからブスリと行くことは考えなかったのかい?」
「勿論考えているさ。だから協定期間が終わって次に会えた時、教えてあげるつもりだ。
君がどうして他の人と違って、老いることも死ぬことも無いのかをね。」
「僕が…死なない理由……!?」
一瞬、理解に苦しんだ。
あまりにも長い時間、常識としてあったことなので、考えたことなど無かった。
なぜ自分は他人と違って、不老不死なのだろうと。
いや、何度か考えたことはあった。だが、結局分からないままだったので、ずっとずっと考えずにいた。
「ああそうさ。知るのに非常に手間がかかったけどね。コイツは確かな情報さ。
君が生まれた場所で知ったんだからね。」
勿論、分かった所でどうにかなる話ではない。
それでも、知ることが出来れば、自分の人生にも幾分かは納得が行くのではないか。
ウソの可能性も否定しきれないが、彼にとってこの上なく惹かれる話だった。
「だが、それはまだ話せない。嘘と思うなら嘘でいいんだ。私やこの世界の参加者を殺して、その願いで知ればいいからね。」
-
トレイシーが指を鳴らすと、不二は突然光に包まれた。
「こ……これは……。」
「それでは、またどこかで会おう!!」
光が収束していき、不二はどこかに消えた。
恐らく、殺し合いの会場、別の場所に転移したのが妥当だろう。
「ありゃりゃ、本を渡そうと思ったんだが、こりゃまた失敗。
再び指を鳴らすも、その本が転送されることは無かった。」
(この世界は何かと面倒な縛りがあるものだ。まあ、それが楽しくもあるんだがね。
それはそうとして、私はもしかして非常に勿体ない秘術の使い方をしたのではないか?)
本を鞄に仕舞い、2人の所に戻ることにした。
★
「で、話ってのは何なんだ?」
突然口を開いた双葉真央に対し、黄昏は怪訝な目で彼女を見つめる。
トレイシー程ではないが、彼女もまた完全に信用したわけではない。
助けに行ったのは自分だが、どこか心ここに非ずと言った様子で、本心を聞き出せたような気はしない。
-
「黄昏さん、私と協力してあの男を殺しませんか?」
「え?」
「あの人は何か悪いことを企んでいます。このままだときっと、良い様に利用されて捨てられると思います。」
その言葉を聞いて、黄昏は酷く苦い笑みを浮かべた。
何で自分は、面倒ごとに巻き込まれてしまうんだろうと。
【H-3 森林/日中】
【双葉真央】
[状態]:疲労(中)、全身に擦り傷、ダメージ(小)、出血(治療済み)
[装備]:万能包丁、ライター
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム1(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:優勝を目指す。
1:優勝するためにおじさん(黄昏 暦)を利用する
2:人じゃない参加者も居るんだ…
3:一体何なのこの人?今はついて行くしかないけれど…
4:逃げるしかない。どうやって優勝しよう……
5:トレイシーはやはり危険なので、上手く行けば黄昏と2人で排除したい
【備考】
※グレイシー・ラ・プラットと不二を怪物と認識しました。
※回収したグレイシーのデイパックはその場に置いてきてしまいました。
【黄昏 暦】
[状態]:健康、精神的疲労(特大) 冷や汗
[装備]:凍結銃(残数3発)
[道具]:基本支給品一式、サブマシンガン、ランダムアイテム1〜2(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:死にたくない。殺し合いも嫌
1:ひとまずトレイシー、真央と共に行動する。
2:大人として、子供を見捨てるのは間違ってるよなぁ…
3:少女(真央)の安全は確保したい。でも彼女、何考えてるかイマイチ分からないんだよな
4:お前(トレイシー)一体何なんだよ!!?
5:この世は化物だらけかよ……生き残れる自信がねえ。
6:トレイシーはあの不死身男と何をしに行ったんだ?
7:真央、お前何を考えて?
【備考】
※触手の化け物(グレイシー・ラ・プラット)と不死身の青年(不二)怪物と認識しました。
※双葉真央をできる限り保護したいと思っています。
※予知した死の光景を警戒しています。
【トレイシー・J・コンウェイ】
[状態]:愉悦
[装備]:魔物の杖
[道具]:基本支給品、ランダム支給品×0〜1 同人誌『空の巨人より愛を込めて』 、宝の地図
[思考・行動]
基本方針:遊ぶ、楽しむ
1.自分の力のいくつかは制限されてるが…これはこれでいい。
2.巫女の少女(本 汀子)はどうなったかな
3.とりあえず宝の地図に従い、レガリアの名を冠する道具を取りに行く
4.このような場所で旧知の間柄に会うとは!これもまた良い
5.今は彼らの所に戻るとするかね
【備考】
※レガリウムの件、および宮廻不二が不老不死である理由の真偽は不明です。
※サブマシンガンはショッピングモールにの宝の地図【??? とある殺し合いの参加者も使っていたサブマシンガン】です。
【???/日中】
【宮廻不二】
[状態]:疲労(小)
[装備]:魔鳥の骨で作られた槍 アクマ兵装『グレー・ジャック』
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム×1
[思考・行動]
基本方針:裏が出たので優勝を目指す。
1:僕が不老不死の理由…
2:もう少し戦い慣れしたい
3:願い、叶うといいなぁ。
4:名簿は…まあ見なくてもいいや。
【備考】
※精神や魂など肉体を殺さずとも殺せる支給品があると考えてます。
※グレー・ジャックによって攻撃や脚力が常人を越えてます。
※名簿はまだ見てないのでもしかしたら知り合いがいるかもしれません
【支給品紹介】
【同人誌 空の巨人より愛を込めて】
有名ゲームデザイナーのキム・スヒョンが、別名義で描いた同人誌。
中身は彼女の性癖を煮詰めて煮詰めてさらに煮詰めた“とてもいえないもの”になってる
当の彼女はゲームデザイナーとして有名になったことよりも、こっちの方を知られたかったとかそうじゃないとか
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投下終了です。
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キム・スヒョン グレイシー・ラ・プラット ノエル・ドゥ・ジュヴェール フレデリック・ファルマン 加崎 魔子 滝脇 祥真 双葉 玲央 四苦 八苦
自己リレーですが予約します
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笑止千万、蕗田芽映、ハインリヒ、桝谷珠李、エイドリアン予約します。
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予約を延長します
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投下します
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「はぁ…。手間を省いてくださった事には感謝していますので、さっさと死んでください」
「ふざ……けるな!!」
出会い頭に左膝へと前蹴りを入れられ、脚を折られて行動不能となった四苦八苦を庇っての、フレデリックとノエルの戦いは、一方的という言葉すら生温いものだった。
フレデリックの繰り出す打撃は、ノエルに触れた途端に悉くベクトルを狂わされ、掴みに行けば、軽く身を引かれるだけで抜け出され、そうして出来た隙に乗じて打撃を貰う。
ノエルがその加虐性を発揮して、フレデリックを玩弄していなければ、とっくにフレデリックは殺されていただろう。
【此奴の身体…、多分脂だろうが、おかし過ぎる。打撃すら逸らす脂なんて】
脂を身体に塗る事で、掴まれた際に滑らせて防ぐという手段は、フレデリックも識っている。
その知識に照らし合わせても、これは異常だった。
脛への爪先蹴りも、腹部への拳打も、ノエルの掌打を払うべく振るった手刀も、悉くが逸れていく。通常、こんな事は有り得ない。
対人手榴弾を用いれば、少なくとも行動不能には出来るだろうが、残り一つの切り札だ、確実に決まる状況になるまでは、使うのは躊躇われる。
それに、ノエルとの距離を取る手段がない以上、相打ちを覚悟しなければならない。魔子と梓真を残して死ぬ事など、フレデリックには出来なかった。
今は只、四苦八苦が動ける様になるまで、時間を稼ぐ────要はノエルに玩弄されるしか、フレデリックにはやれる事が無かった。
無駄と理解しながらも、拳を振るい、足を振り上げ、その全てを滑らされる。
ノエルの繰り出す攻撃は、格闘技の経験こそないものの、高い身体能力に支えられている。そんな打撃を数十発も受け続け、フレデリックの体力は限界に近付きつつあった。
「……疲れてきましたし、そろそろ殺して差し上げます」
とはいえ、限界が近いのはノエルも同じ。病院での戦いでのストレスや、ミカやオリヴィアに死なれたことへの苛立ちもあって、フレデリックを嬲ってしまったが。
病院での戦闘での消耗に加え、スヒョンも相手にしたのだ。その消耗はフレデリックの比では無い。
気絶する程に消耗したとはいえ、充分に休息し、魔子と梓真のお陰で気力も回復したフレデリックと異なり、ノエルには回復する暇も無かったのだから。
「お二人残っていますし、貴方の死体を見て、どう反応するか、愉しみです」
それでもノエルにしてみれば、フレデリックを殺すのは容易な事だった。触れることさえ出来れば、フレデリックに致命の傷を負わせられるのだから。
「……………」
フレデリックは無言のまま、四苦八苦を背後に庇って立つ。衣服を全て剥ぎ取られ、折られた脚の痛みに啜り泣く四苦八苦の姿は哀れそのものだ。
だが、此処でフレデリックが斃れれば、更に凄惨な運命が四苦八苦を襲うのだ。それを思うと、敗北するわけにはいかなかった。
ノエルが軽く地を蹴ると、その身体が凄まじい速度でフレデリックへと迫ってくる。
ノエルにしか出来ない、脂を用いた移動方は、足を全く動かさずに人の出せる速度を超えてくる為に、至近で使われればフレデリックですら対処するのが困難だ。
それでも、フレデリックの身体に蓄積された鍛錬と経験が、胸へと繰り出される掌打を回避させ、続く裏拳も横っ飛びに飛ぶ事で躱させる。
だが、飛び退った先で、フレデリックは仰向けに引っくり返った。床に撒かれたノエルの脂の為だ。
「少しの間お休み下さい。生き返るその時まで」
身を起こそうともがくフレデリックへと、ノエルは笑みさえ浮かべてワザと緩やかに迫り、一触絶殺の掌がフレデリックへと伸び────。
「少年はやらんと言ったろうが」
轟音と共にノエルの足元の床が砕け、砕けた床はノエルを乗せたまま宙を舞った。
◆
-
「はいっ野蛮人確定。排除開始」
宣言と共にグレイシーが袈裟懸けに触手を振るう。
音の速度すら超えて振われる触手は、人の動体視力では捉えられる速度を超え、音すら置き去りにする為に、結果として視覚聴覚で感知出来ない必殺の打撃と化した。
しかし、双葉玲央の異能ともいえる才は、この攻撃を難無く回避してのける。
「!?」
グレイシーが表情に出さず驚愕する。双葉真央と同じ顔をしている地球人である。近縁者である事は容易に推察できた。それが為に、過剰とも言える速度で攻撃したのだ。
その攻撃を、まるで予定調和であるかの様に回避されて、グレイシーは驚きを禁じ得なかった。
ならばとばかりに、グレイシーの手に当たる部分から振われる触手の数が増える。
一つだけでは回避されるのであれば、数を増やす。回避の為の空間ごと攻撃する。
その意図のもとに振われた職種の数は計八本、四本が玲央の身体へと殺到し、残り二本が玲央の左右へと振われる。
その全てが音の速度を超越し、直撃どころか、掠っただけでも骨を砕く威力を持っている。
この攻撃もまた、玲央の身体を捉えることが出来ずに、一つを除いて虚しく空を裂き、その一つは、玲央の手にしたナイフで捌かれる。
玲央が反撃として放った炎弾を、残り二本の触手で粉砕した時には、グレイシーは玲央の動きについて分析し終えていた。
【この地球人…。触手の動きを先読みしている。いや…それだけでは回避出来ない………。ボディイメージを完璧に行っていると見るべきか】
自身の身体の形状、位置、姿勢といった身体の状態全てを完璧に把握。
瞬発力や持久力、柔軟性といった身体能力、それらを基に、どういう動きを自分が出来るのかを、精確に理解する。
その上で、どの様に身体を動かすかをイメージし、そのイメージ通りに身体を動かす。
やろうとする身体動作と、実行可能な身体動作と、実行する身体動作。この三つの間に、差異というものが、おそらく存在していない。
ボディ・イメージならば、グレイシーも保護外装を動かす為にトレーニングをしているが、此処まで完璧にこなせる訳では無い。
【この野蛮人は…強い。スヒョン先生の安全確保の為にも此処で仕留めないと】
改めて決意を固め、縦横に触手を振るうも、その悉くが躱され、捌かれて、玲央身体に届かない。
動きを読まれ、行動のイメージで先を行かれ、行動する為の意識が出遅れ、グレイシーは玲央の想定した通りに動いているだけに過ぎない。
であるからこそ、予定調和であるかの様に、玲央に攻撃を回避され、捌かれる。
身体そのものの速さと手数で上回る為に、玲央の反撃を封じているが、それも時間の問題だろう。
先読みを封じ様にも、触手を振るうに際して、速度が最も乗るのは先端部分のみ、手元に近付く程速度は緩やかになるという物理法則は、宇宙生物とて変わらない。
距離を取って触手を振るう限り、玲央に攻撃を当てる事は、おそらく叶いはしないだろう。
ならば距離を詰めて、人を超えた身体能力で圧倒する────双葉真央に傷付けられた記憶が躊躇わせる。
双葉真央の持つ凶器が特製だったのか、それともバイオスーツに何らかの手が加えられているのか。
前者であるならばまだしも、後者であれば、玲央の異能ともいうべき才を前に、グレイシーの不利は否めない。
【このままでは危険。ならば】
グレイシーは手を変えることにした。玲央に掌握されつつある触手をいくら振るったところで、意味が無い所か。此方が不利になるだけだ。であるからこそ、手を変える。
玲央が未見の攻撃を行い、対応している間に、更に新たな攻撃を繰り出す。
-
単純な数の多さを、手数のみならず攻撃の種類にも及ぼせば、玲央の異能とも言える対応能力も、飽和する事だろう。その時が、グレイシーの勝利だった、
「しゃあっ」
左手から伸ばした触手を、高速で震動させ、人類の可聴域を超えた音を発生させる。
人の耳には決して聞こえぬ、それでいて確かに鼓膜を震わせる音は、やがて聴覚と視覚を始めとする五感を狂わせ、最終的には動くことすら出来なくする。
この攻撃で動きが止まったところを狙い打てば、双葉玲央とて躱すことも防ぐ事も出来はしない。後は、超音波が効果を表すまで、玲央の動きを封じ続ける。
勝利を確信し、右手の触手を振おうとするグレイシー。
そんなグレイシーを嘲笑うかの様に、玲央の周囲を覆う様に、炎が噴き上がった。
如何なる手段で、グレイシーが超音波を発生させた事に気が付いたのか。
噴き上がる炎の勢いと熱により、上空へと空気の流れが生じて、グレイシーが発生させた超音波を掻き消してしまった。
「!?」
炎幕で見えなくなった玲央に、直感的に危険を察し、グレイシーが横っ飛びに飛び退くと、グレイシーが立っていた空間を、燃え盛る土の塊が、メジャーリーガーの豪速球を上回る速度で過ぎ去っていった。
炎幕の向こうに居る、玲央の様子を感知しようとするグレイシー。
炎で視覚が遮られ、攪拌された大気は、音や気配を伝えない。
熱を苦手とするドルーモ星人の身には、この炎の壁を突破するのは困難だ。危険と知りつつ、受けに回るしか無かった。
玲央はどう動くのか?さっきの様に飛び道具を使うのか、それとも炎の壁を迂回して、強襲して来るのか。
油断無く炎の壁の向こうを探るグレイシーは、ある可能性に気付いて、愕然と振り返った。
【さっき逃した二人!!!!】
炎で視界を塞ぎ、グレイシーが動けない間に、あの野蛮人は2人の跡を追ったのではないか?そうなればあの双葉真央のそっくちさんが、一気に二人殺してリーチを掛けてしまう。
玲央を求めて、猛然と走り出したグレイシーの足元の地面が、急激に競り上がり、爆裂四散した。対人地雷でも埋めてあったかの様な現象だが、無論そんなものは埋まっていない。
宙に舞い上げられ、身動きが取れないグレイシーへと、大人の拳大の土塊が複数殺到する。
【さっきから何なんだ!?この野蛮人は!!】
双葉真央が使わなかった、多彩な攻撃手段に、至尊にして至高なる大宇宙の頂点キム・スヒョンの手になるゲームを思い出す。
改めてスヒョン先生を守護らねばという想いを強くして、グレイシーは触手を振り回し、土塊の悉くを砕き散らし、宙で身を捻って体勢を整えると、綺麗に着地を決めた。
【さっきの攻撃で、バイオスーツの損傷は軽微。つまり、双葉真央に傷つけられたのは、双葉真央の持っていた凶器によるもの】
怪我の功名というべきか、バイオスーツの性能を確認できた。スーツの強度は、やや弱体化をしているものの健在。さっきの土塊程度ならば、全弾受けても問題にはならない。
玲央の遠距離攻撃で気をつけるべきは、あの炎のみ。
それでも、玲央を相手に近接戦闘に持ち込むのは躊躇われた。玲央の手にした大振りのナイフが、双葉真央のそれと同じ性質を持っていたならば。
玲央の異常とも言える“読み”の前に、思わぬ不覚をとってしまうかも知れなかった。
【闇雲に触手を振り回していても、通じない】
攻め方を変える必要を、宇宙生物はひしひしと感じていた。
◆
-
宙を舞う床から飛び降り、優雅に着地を決めて、“ミカ”の名を騙るノエルは、冷然と乱入者へと視線bを向けた。
「お早いお目覚めでしたね」
「そうでも無いさ。人面獣心のクソ女が、サッサと少年を殺していれば、間に合わなかったよ」
伸ばした腕を元の長さに戻し、傲然と佇立するキム・スヒョン。全く無傷のその姿は、先刻頭部を潰されたとはとても思えない。
「人面獣心とは、酷いことを言ってくれますね」
「ハッ!犬相手に盛った淫売のクソ女の股から産まれたんだから、人面獣心で正しいんだよ。“ミカ”ちゃん」
スヒョンは5mも後ろへと跳躍した。直前までスヒョンの立っていた位置に、右腕を伸ばして立つノエル。
あのままの位置にいたならば、ノエルの腕がスヒョンの胸を貫いていただろう。
「其れとも親父が、雌犬相手に腰振って孕ませたのかな」
スヒョンの下卑な罵声に、ノエルは無言。
世界で唯一の愛情を捧げる両親を愚弄されて、その胸中を占めるものは、純粋な殺意のみだ。
激情のあまりに、マネキンの様に表情が消えた面貌で、ノエルは只々スヒョンを殺すべく行動を開始する。
「タネが割れれば、どうという事も無いんだよ」
足を動かさず、音も無く接近するノエルに対し、スヒョンは冷静に腕を振るう。
狙うのはノエルでは無く、ノエルの前方の床。
スヒョンは腕を幾度も振るい、床を砕いて無数の穴を開ける。
ノエルの移動法は、脂で摩擦係数をゼロにする事で、足を動かさない高速移動を可能とする。氷の上を滑って移動するスケートと同じなのだ。
つまり、地面や床に凹凸が有れば、円滑な移動は行えない。
ノエルが穴で転ばずに、砕かれた場所の手前で停まった事に、違和感を感じるスヒョン。
感じた違和感を解析する事を後にして、腕を振るう。停まったノエルの足元の床を砕いて掬い上げ、ノエルを二階よりも高く放り投げた。
【ああ…此奴】
宙に投げ上げられ、頭から落ちるノエルを、無表情にスヒョンは見つめる。
如何なる物理攻撃も滑らせて無効化するノエルといえど、高みから落ちれば、身に帯びた運動エネルギーそのものが凶器となる。
ノエルの身体強度は生身の人間と変わらない。この高さから、頭から落ちれば死ぬ。
だが、スヒョンはこれでこの美しく悍ましい少女が死ぬとは、全く思っていなかった。
スヒョンと、四苦八苦に肩を貸して立ち上がらせたフレデリックが見つめる中、ノエルは空中で身を捻り、上下逆さまになった体勢を整え、足から床へと落下する。
だが、これは意味が無い行為だ。足から落ちたところで、余りにも高過ぎる。足が折れて行動不能になることは避けられない。
しかし、ノエルはこの程度ではだろうという、スヒョンの予感は正しく証明された。
足が床に接触した瞬間、ノエルは身体を捻りながら床の上を転がる事で、身体の各所に落下の衝撃を分散。転がった勢いを利用して、そのまま起き上がった。
【“ミカ”ちゃんが怒りで我を忘れているのは間違い無い。それにしては、立ち回りが冷静なんだよなぁ】
スヒョンの感じた違和感の正体とは、これに尽きる。この少女は激情に我を忘れていても、理性的に行動ができるのだ。
フレデリックの様に、訓練を積み、場数を踏んでいるのならば兎も角。只の小娘ではまず有り得ない。
激情下に有っても、身体に刻み込んだ動きで、無意識に受け身を取るのならば、スヒョンは何も思わない。
ノエルの様に、怒り狂いながら、冷静に考え、状況を判断した上で、着地の瞬間に、高度な身体操作を行うのが不気味なのだ。
【立ち回りそのものに、場慣れや訓練は感じないんだが】
400年以上を生き、今までに多くの人間を見てきた経験が、“ミカ”の異質さを告げている。
何の訓練も積んでいない、殺し合いの経験もロクに無いのに、感情に流されずに立ち回る。
【殺人に対する躊躇の無さといい、兵士の才能というべきか】
厄介。という言葉が何よりも合う少女だった。心身の両面に於いて隙が無い。
このまま怒りに任せて攻めさせて、疲労を待つという手も、おそらくは通じない。
スヒョンへの殺意を保ったままで、撤退して、疲労が回復するのを待つ事だろう。
【此処で殺しときたいんだが】
この厄介な相手を殺しておきたいが、生憎とスヒョンにはその為の手段が無い。
「なぁ少年。“アレ”はまだ有るか?有るなら一緒に“ミカ”ちゃんを殺そう」
思い当たるのは、フレデリックが使用(つか)った対人手榴弾。アレならば、この厄介な少女を殺し得る。
-
「………一緒にこの娘を殺して、その後に俺達を殺すつもりじゃないとも限らん」
フレデリックとしては、そう簡単に応じる事は出来なかった。対人手榴弾は残り一つ。“ミカ”も脅威だが、危険度では、スヒョンも変わらない。
使い所は慎重に決めなければならない。スヒョンを殺せないとしても、行動不能には出来るのだから。
「私が少年を良い様に使ってから殺すだと、そのエビデンスは?」
「巫山戯────」
唐突に伸ばされたスヒョンの腕に穴が開く。身の危険を察知したフレデリックは、四苦八苦と共に床へと身を投げ出す。
僅かな間を置いて、フレデリックの鼓膜は、音とも言えない微小な空気の震えを感知した。
先刻スヒョンが言っていた、“ミカ”の武器。四苦八苦を床に縫い止めていた透明刃だろう。
「協力してくれないなら良いさ、さっさと逃げたまえよ。まぁ、私も頃合いを見て逃げるさ。マーダーが2人、そこいらを練り歩く訳だが」
フレデリックは一瞬だけ、苦渋の表情を浮かべたが、此処に留まっていても、“ミカ”かスヒョンの何方かに殺されるだけだ。
魔子と梓真も居る。此処は逃げて、他の殺し合いに乗っていない者達と協力するべきだった。
「なぁ少年。恩に着せられたくなかったら、地図をくれ。地図を。何しろ身ぐるみ剥がされたんでね。地図も無くほっつき歩くのは難儀なのさ」
「………断ったら」
「少年を身ぐるみ剥ぐ」
腕を振るって床を砕きまくり、“ミカ”の接近を阻みながら、スヒョンはフレデリックを強請る。此処で地図を得なければ、生死に関わる。
いざとなればフレデリックを身包み剥いで、”ミカ”に殺させるのも止むを得ない。
その嗜好を理解したのか、フレデリックは苦渋の表情で、スヒョンへと地図を投げ渡すと、急いでモールから脱出していった。
「地図。ゲットだぜ!!………後は」
スヒョンが腕を振るい、“ミカ”の足元を狙うも、“ミカ”は振われた腕を蹴り飛ばし、接触部分を塵に変えて腕を切断する事で防ぐ。
舌打ちしたスヒョンが、何度も腕を床へと振り下ろし、更に複数の陥没を作って“ミカ”の動きを封じに掛かる。
対する“ミカ”は、スヒョンの動きに一切構わず距離を詰める、移動をどれだけ制限されても、スヒョンに密着していれば意味を為さないのだから。
スヒョンは腕を伸ばして壁に突き立て、腕を縮めることで一気に壁へと移動。再度腕を伸ばして更に距離を開ける。
壁に開けられた穴から外へと逃れるフレデリックを無視して、“ミカ”は無表情のまま、スヒョンを追う。
【少年は外に行ったか。これで追うのは困難になったな】
フレデリックがモールから出て行ったのを確認して、スヒョンは胸中で算段を巡らせる。
外へと出て仕舞えば、時間の経過と共に追跡の難度は上がる。スヒョンは適当に逃げ回って“ミカ”を引きつけ、頃合いを見て逃げれば良い。
速度はまだしも、機動力はスヒョンが圧倒している。平面にしか高速移動が出来ない“ミカ”と違って、スヒョンは立体的に動けるのだから。
【そういや、“ミカ”ちゃんは、なぜあの飛び道具を使わない?棚切れか?」
スヒョンの顔が鬱陶しげに歪む。このまま飛び道具に気をつけながら、距離を空けて逃げ回り、適当なところで振り切る。その計画が、いきなり破綻したのだから。
飛び道具が使えない上に、スヒョンとの距離を詰められないのでは、“ミカ”はスヒョンを殺す事を後回しにして、フレデリック達を追う事だろう。
面倒だと思いながら、スヒョンが“ミカ”へと接近しようとした時。既に“ミカ”は、壁に空いた穴へと向かっていた。
「鬼ごっこはまだ終わってないとと思うんだが!」
思い切り腕を伸ばして床に突き刺し、伸縮する勢いを利用して跳躍。一気に“ミカ”へと迫り────。“ミカ“がスヒョンの方へと振り向いた。
────しまった。
“ミカ”は両腕を広げてスヒョンへと駆け寄り、正面から両者は接触。スヒョンは“ミカ”へと、屈強な男でも転倒は免れ得ない勢いで激突した、
両者はもつれ合って転倒し、スヒョンの全身が輪郭を失い、大量の鮮血となって床へと広がる。スヒョンと全身を接触させる事で、万遍なく浸透させた体脂肪の効果だ。
-
「………………流石に、痛みますね」
転倒した勢いを、脂を撒いて床の上を滑る事で殺し、スヒョンがぶち撒けた鮮血を、全身を脂で覆って防ぐことは出来た。
だが、突っ込んできたスヒョンを受け止めた衝撃は体で受けるしか無い。血の塊とはいえ、180cmを超える身体を受け止めたのだ、流石に無傷では済まなかった。
フレデリック達を追うと見せかけ、スヒョンが追ってきたならば、抱き締める事で全身満遍なく体脂肪を浴びせ、全身の分子結合を破壊する。
追って来なければ、そのままフレデリック達を追い、凄惨苛烈に嬲り殺して、断末魔の形相を刻んだ生首をスヒョンに見せつける。
何方にしてもノエルに損の無い計画は、見事にスヒョンを人の形が保てなくなる程に破壊する事ができた。
「…………また、再生する可能性は有りますね」
暫く見ていても、スヒョンが復活する様子は無かったが、念には念を入れて、葬り去ることにする。
「…………疲れるんですよね。これ」
脂で血を弾きながら、血溜まりの中心に立つと、両手を床に着く。
「…………できれば監禁して、私の命が尽きるまで苦しめたいのですが」
分子結合を破壊された床が塵となり、穴が穿たれる。
「玲央さんの首尾を確認したら、休まないといけませんね」
穴へと流れ込む鮮血を見ながら、ノエルは休める場所を思案しつつ、玲央は今何処にいるのかと、ふと思った。
◆
-
右の触手を振るい、玲央への牽制と防御に当てながら、左の触手を、アスファルトに突き立てる。
突き立てた触手が、霞むどことか、見えなくなる程の勢いで振動し、アスファルトを粉砕して塵に変え、更には超速の振動により赤熱化させた。
「しゃあっ」
灼熱の塵と化したアスファルトを、触手を駆使して玲央へと飛ばす。
塵になったとはいえ、元はアスファルト。硬度は砂塵よりも優り、さらには赤化する程に灼けている。
生身に当たれば、皮膚が穿たれ、体内に食い込んだ塵に骨肉を焼かれる二段攻撃。
広範囲に広がり、回避困難なこの攻撃を、玲央はレガリアを駆使し、水の壁を発生させる事で対処。盛大な水蒸気を残し、塵を含んだ水が路面に広がった。
肉の裂ける音と、骨の軋む音と共に、グレイシーの肉体が更に変貌していく。
背中からも、無数の棘の付いた触手を生やし、身体が二回り以上膨れ上がり、衣服が弾け飛んだ。
この野蛮人は余りにも危険だ。偉大なるキム・スヒョンに害を為す前に、速やかに排除せねばならない。
キム・スヒョンがいつ此方にやって来るか分からない。速やかにこの野蛮人を仕留めなければならない。
その思いが、本気の戦闘形態をグレイシーに取らせたのだ。
「…………………」
異形。そうとしか呼べない姿へと変貌したグレイシーを見ても、双葉玲央は全く動じることは無い、
ただその姿形から、身体構造を推察し、殺し方を思案するだけだ。
尚も膨張し、大きさを増していくグレイシーの体表が、複数箇所で唐突に弾け、砕けた硝子の破片の様な形状の弾丸を複数射出した。
グレイシーの皮膚が弾けた時点で回避空洞に移っていた玲央は、この攻撃を迅速に回避。
グレイシーが放った弾丸は、右へと跳躍した玲央が、元々立っていた場所へ、完全に埋まってしまう勢いで突き刺さった。
グレイシーが放ったのは、硬質化させた皮膚だった。人類の身体においても、爪というものは皮膚が硬質化したものである。
グレイシーのバイオスーツは、爪などよりも遥かに硬く皮膚を硬質化させるのみならず、自在に形状を変化、果ては弾丸として射出する事も出来るのだった。
弾丸を回避した玲央を追って、グレイシーが背の触手を伸ばす。
鉄条網を思わせる形状は、今まで振るっていた触手よりも、更に殺傷能力が高い事を見ただけで理解させるが、最も異なっている部分は、先端に有る『口』。
手の部分から伸ばし、振るっていた触手の先端とは全く異なる。
ただ振り回すだけの代物で無い事は、確実だった。
玲央は全速で駆け出した、その速度は100mを10秒で走り抜ける。時速換算で36km。咄嗟には、グレイシーですら狙いを定められない速度だった。
『口』が虚しく路面を穿つ。『口』が引き抜かれた後の、路面に穿たれた穴の周囲が、僅かに濡れているのを玲央は見て取った。
おそらくあの口から、何かしらの毒液を分泌するのだろう。生えている棘も、同じ機能を有していると見て良いだろう。
走りながら玲央はレガリアを行使。炎弾を放つも、グレイシーは手の触手を高速振動させながら振るう事で砕き、両手と背中の触手を一度に伸ばす。
火の粉が舞い散る中を、両手の触手が左右から襲い掛かり、背の触手が正面から迫り来る
逃げる場所を潰し、数で圧倒する事で対処の為の手数を足りなくする。
一撃。一撃当てれば玲央は死ぬ。その事実に基づいた、百発一中の攻撃は、回避も迎撃も防御も困難だ。
-
だが、それでも尚、双葉玲央には届かない。
予め決められていたルートを通っているかの様に、乱舞する触手が織りなす打撃の嵐の中の安全地帯を、確実に見切って回避する。
まるで、グレイシーがどう触手を振うかを宣告してから振るっていると、そう言われても納得がいく動きだった。
触手の動きを完全に予測し。その予測に基づいてどう動き、どう躱すかを正確にイメージし、そのイメージに基づいて動く。
理屈だけならば簡単だが、実践ともなれば先ず不可能の領域だ。秒瞬の間に、無数の触手の描く複雑な軌道を予測するのみならず、その回避方法までをも思い描くなどと言う事は。
思考の速度。判断の速度。意識の速度。脳の命令を神経が筋肉に伝え、筋肉が応える速度。全てに於いて人の極限域に到達していなければ、土台不可能な事なのだから。
その有り得なさを認識するからこそ、グレイシーは驚愕し恐怖する。至尊至尊の最高存在キム・スヒョンの事を抜きにしても、生かしておくには危険過ぎる。
何としても、此処で殺しておくべき相手だった。
その決意の元、巨大化させたのみならず、常態では地球人類のそれを模している体構造すらも激変させ、一個の生体兵器となって戦闘を続行する。
再度路面を穿った背中の触手が震え、黄色い液体を棘から噴出した。
胃から直接送り出された胃散を触手に無数に生やした棘から放つ。
人類(ヒト)のそれでも、ステンレスを溶かす程に強力だが、戦闘状態のバイオスーツが生産する胃酸は、人類のモノの域を遥かに超えている。
触れれば皮膚はおろか、肉どころか骨までも容易く溶かす。
四肢に当たれば溶断し、手指などはその場で溶け崩れて液状化する。。
この攻撃すら、双葉玲央は自身の周囲に勢いよく炎を噴き上げて防御。炎に触れた胃酸は悉く蒸発し、酸性の霧となり、玲央の周囲を囲む炎により、上空へと吹き上がっていく。
「───しまった」
至近で発生した炎熱に怯んで飛び退るという愚行を犯し、宙を跳びながらグレイシーは取り返しようの無い失態に毒付くが、後悔先に立たず。
グレイシーが炎に怯んだ事を理解した玲央は、炎弾をグレイシーの左右に放ち、グレイシーを炎の中に取り込め様とする。
グレイシーが見せた僅かな弱みも見逃さず、冷酷冷徹に詰み筋を作る玲央に対し、グレイシーも又、咄嗟に対応策を考え出す。
グレイシーの左右は炎の壁。熱に弱いグレイシーには突破不可能な障壁だが、それは玲央も同じ事。
玲央も左右へと移動できない。こうなれば、グレイシーの攻撃を、あの妙な笏で防ぐしか無い。
そして、あの笏は、連続して能力行使を行えない様に思える。何故なら複数の攻撃を放った時ですら、攻撃回数は『一度』きり。
『複数の炎弾を同時に放った』事は有っても、『連続して炎弾を放った』事は無く。能力行使に際して、僅かでは有るが間を置かなければならないと考えられる。
此処を衝く。
変異させたバイオスーツを操作して、最初に硬質化させた皮膚を射出。次いで触手を繰り出す。
皮膚弾を防いだところで、繰り出される触手で全身を穿ち絡め取り、動きを封じてからトドメを指す。
完璧で完全な野蛮人殲滅計画。それを覆したのはレガリアの能力の一つ。
回避不可能ならば、単純に物理的に防げば良いと言わんばかりに出現した石壁が皮膚弾を受け止め、続く触手に粉砕される。
崩れ落ちる壁の向こうで、王笏レガリアを振り上げる玲央の姿よりも、急激に低下した気圧が、ゲームで得た記憶を励起し、第六感が警報を鳴らした。
直感に従い、咄嗟に後ろに飛び退るグレイシー。弧を描いて後ろに飛ぶ身体が、未だに頂点に至らぬうちに、グレイシーが立っていた場所へと稲妻が落ちた。
玲央が先刻見た、魔子の魔法を模倣したのだとは、グレイシーには分からない。
-
イオン化する空気と、落雷の残響に未だに鼓膜を震わされながら、背中から生やした触手を繰り出し、玲央の新たな行動を阻害する。
胃酸を撒き散らし、うねくりながら迫る触手は、流石に玲央も対処がし辛かったのか、大きく二度後ろに飛び、射程県外へと逃れる事で対処する。
双方大きく間を開けたこの瞬間を、グレイシーは逃さない。
強化された心肺機能を用いて、右手の人差し指の先端を玲央へと向け、勢いよく血液を噴射。
金属の切断や研磨に用いられる、ウォーターカッター並みの勢いで噴出する血液は、当たれば人体など容易に寸断してしまう。
石壁で防いでも貫かれ、炎で蒸発させ様にも、速すぎて蒸発する前に玲央へと当たる。
玲央の行動は回避しか無く、グレイシーは玲央の動きを見てから指先を動かすだけで、玲央を追い撃てる。
玲央がグレイシーの追撃を防ぐ方法など、一つしか無く。
果たして玲央は、素早く動いて血液の刃を回避しつつ、レガリアを用いて電撃を放ち、射出された血液を介して、グレイシーに電撃を浴びせようとする。
「掛かった」
この動きを予め読んでいたグレイシーは、右の拳を握り込んで血液の噴出を止めると、玲央の隙を逃さず皮膚弾を連続で射出した。
初見の攻撃にも、回避と反撃を同時に行う玲央も玲央だが、それすら予測して本命の攻撃に繋げるグレイシーもまた、地球人を見下すだけのものはあった。
反撃を空打った玲央へと殺到する皮膚弾。当たれば肉を抉り、骨すら貫く速度と硬度を有した弾丸は、元が柔な皮膚とは到底思えぬ代物だ。
その数は二十を超え、玲央がこの攻撃を凌いだところで、その動きに応じて間断無く弾丸が放たれる。
更に、血液噴射による切断も加われば、対処はもはや不可能と断じて良い。
玲央は最初の皮膚弾を、ナイフとレガリアを振り回して打ち払い、足捌きも加えて防ぎ切るも、続く連射を凌ぎきれず、身体を皮膚弾が掠め出す。
勝利を確信したグレイシーが、更なる猛射で玲央を仕留めに掛かる。玲央とその周囲の空間へと弾をばら撒き、この野蛮人を殲滅する────。
「随分と苦戦なさっておいでですね」
グレイシーの背後から、水晶の鈴を震わせる様な美声。
「えっ」
振り向いたグレイシーの顔面を、透明な刃が貫き、力の抜けた巨体が音を立てて地に倒れ込んだ。
◆
-
「晴れているのに落雷があったので来てみれば……、貴方でも、化け物の相手は難しい。という事でしょうか」
背後からグレイシーに一撃を見舞い。傷ついた玲央へと、ノエルは何処か浮かれた足取りで歩み寄る。
このまま負傷した玲央を嬲り殺しにしたい所だが、双葉真央がどうなったかが不明な以上、玲央の殺害はお預けだった。
【先刻名前は呼ばれていませんでしたから、まだ真央さんは生きておいでなのでしょうが】
確認はしておこう。そう思って、双葉真央について聞こうとしたその矢先、
玲央が不意に後ろへと飛び退き、間髪入れずにノエルの背中へ、複数の触手が叩き込まれ、その全てがベクトルを狂わされ逸らされた。
「お話の前に。この怪物を仕留めますか」
口元に笑みさえ浮かべて、優雅に後ろを振り向き、グレイシーと対峙するノエル。
スヒョンとの一戦で分泌した脂がの残っていなければ、触手の一撃で斬り刻まれていた事など、全く意に介していない風情だった。
玲央もレガリアに魔力を充溢させ、グレイシーと向かい合う。
「女の野蛮人っ!……お前達に訊くが、残り一人は何処にいるっ」
「もう一人?何の事でしょうか」「何を言っているのか全く分からん」
二人にしてみれば、何を言ってるこのバカは?という至極当然のものだったが、グレイシーは当たり前のようにブチ切れた。
「はぁっ?何言ってんだ。庇うのかジャ◯プ」
言葉遣いが完全にアレな方向へいくほど激昂したグレイシーは、更に肉体を激変させてゆく。
頭部の倍以上の太さとなった頸部は、ヘビー級ボクサーの拳が顔面に直撃しても、小揺るぎもせず頭部を支えられそうな力感に満ちていた。
その首すら埋没する程に膨張した肩から伸びる腕は、舫綱の如き筋肉が、皮膚の下にうねくっている。
巨大化した手に相応しい、太い木の根を思わせる節くれだった指。その先端からは人の首程度ならばも一撃で落せそうな、鋭く長い鉤爪が伸び。
鉄筋コンクリートの柱を思わせる腹筋と、成人男性の胴回りほどに誇大化した左右の太腿が、化け物じみた上半身を確と支えていた。
足を踏み出す。数倍以上に増大した体重と、凄まじい筋力が、周囲を震わせ、傷んだアスファルトを砕き、足をめり込ませる。
全身から溢れる殺意とと、全身に漲る力に、常人離れした精神を有する二人が一歩後ろへ退がった。
「此処には妙な女しか居ないのか」
「私もその中に入っているのでしょうか?」
グレイシーの変異に、呆れた様な玲央の述懐。妙な女呼ばわりに、ノエルが抗議するも。
「死ねええええええええええええ!!!!」
グレイシーが剛腕を振り下ろす。先端の触手を撚り合わせ、巨大な鉄槌と化した手による打撃は、装甲車ですら撃ち抜ける威力を有していた。
人の身では、受けも躱しも出来はしない、暴力の域を超えた暴力を、ノエルも玲央も、動じる事も無く平然と迎えた。
ノエルの頭部どころか、全身を卵の殻の様に粉砕する一撃は、ノエルの頭髪に触れた途端、ベクトルが狂い、ノエルの身体を形作る、流麗な曲線に沿って流れていく。
玲央は自身に迫る暴打を冷徹に見極め、手にしたグルカナイフで受ける。
これは無謀という言葉ですら、到底足りない行為だった。
変異に変異を繰り返したグレイシーの攻撃は、グリズリーですら一撃で絶命させる。
人如きが受けられるものでは無く、そもそもが見た者全てが受けようという考えを抱かない。
そんな人の域を超えた暴威を、ただのナイフで受けに行ったのだから。
刃ごと、玲央の身体が木っ端微塵に砕け散る。そんな未来は、訪れる事は無く。
「なにっ」
玲央の持つナイフと、グレイシーの鉄槌が接触した瞬間。グレイシーの鉄槌はベクトルを狂わされ、虚しく宙を穿った。
玲央はグレイシーの攻撃を受けては居ない。刃と鉄槌が接触した瞬間に、攻撃を迎える様に刃を引き、精妙な刃の操作でグレイシーの攻撃に僅かな方向の狂いを持たせていた。
必然。グレイシーの攻撃は更に勢いを増すものの、同時にベクトルを狂わされ、あらぬ方向へと飛んでいく。
-
「この野蛮人共っ!」
常人ならば、ノエルの防御も、玲央の受けも、共に理解不可能だろうが、グレイシーは違った。
ドルーモは地球より遥かに文明レベルが高く、ドルーモ星人は当然の様に文明に相応しい高い知能を有する。
その中でも、侵略の先遣隊として地球の潜入調査を任される程に優秀なグレイシーだ。
過去にドルーモの文明が知るところとなった生物や、他文明のデータから、この野蛮人共が己の攻撃を防いだ手段を理解した、
【女の方は特殊な体脂肪を分泌して攻撃を弾く。男の方は、運動のベクトルを、接触の瞬間にずらしている】
広い宇宙には、特殊な体液を分泌し、自身に加えられた攻撃を滑らせて防ぐ生物が存在する事を、グレイシーは識っている。
接触の瞬間に、運動エネルギーの方向を逸らす事で、物理的な攻撃を防ぐ技術というものも、ドルーモ星人が過去に交戦した文明に存在した。
ドルーモの文明が蓄積した知識と経験を以って、グレイシーは野蛮人共の排除方を速やかに導き出し、実行する。
ノエルと玲央に防がれ、路面を砕いて埋まった両手を引き抜くと、再度の攻撃。
ノエルには顔面への直線の突きとして、玲央には先の打ち降ろしをもう一度。
玲央は先の様にナイフでグレイシーの攻撃を迎える。
先だっての攻防の焼き直し。玲央のナイフによりベクトルを狂わされた触手が虚しく宙を裂くのみ────とはならない。
何も考えずに、同じ攻撃を同じように繰り返す程、グレイシーは愚鈍では無い。
玲央が受けた瞬間に、触手を操りその力の向きを変え、玲央の捌きを空振りさせる。
触手の勢いは大分削がれることとなるが、それでも地球人一人殺すだけならば造作も無い。
一見、愚鈍とも取れる、先と同じ攻撃は、玲央に先と同じ行動を取らせる為の心理的な陥穽だ。
果たして玲央が思惑通りに動いた事に、グレイシーはほくそ笑むが、玲央がナイフを振るうのを止めて、横っ飛びに跳んだ事でその笑みが消えた。
グレイシーが玲央を侮らず、確殺を期して策を練った様に、玲央もまた、グレイシーがどう動くかを予測していたのだ。
グレイシーの失敗は単純に、玲央を欺くべくとった行動が、全く同じ単調なものだったという事だ。
余りにも単調だった為に、玲央に罠を疑わせる結果を生むこととなったが、攻撃のパターンを変えていれば、或いは玲央を挽肉に出来たかもしれなかった。
加速を続けながらノエルへと迫ったグレイシー左手の速度は、ノエルに接触した時には時速500km/hを超えていた。
触れただけで、人体などは石を落とされた薄氷の様に砕けてしまう。だが、ノエルの全身から分泌される脂の前には意味を為さない。
触れた途端にベクトルを狂わされ、虚しく宙を穿つだけ。その筈が。
ノエルは左手が接触する直前に身を捻る。無論、速過ぎる為に到底躱せるものではないが、ノエルに触れた左手は、体表の脂により滑る。
更にノエルの身体へと、グレイシーは複数の触手を伸ばす。その全てが300km/hを超え、僅かな曲線を描きながら、ノエルの身体の複数箇所へと殺到する。
ノエルはこの攻撃を見た時から、回避行動を始め、地面に倒れ込むことで迫り来た触手群を回避。更に撒いた脂の上を滑って、その場から離れる。
-
ノエルの行動は賢明なものだった。ノエルが移動した直後、ノエルが転がった場所へと、触手から勢い良く酸が吐き出され、派手に白煙を上げて路面を溶かし穿ったのだから。
グレイシーの顔が、焦りと怒りに歪んだ。
グレイシーの攻撃は二段構え。ノエルの防御を破る為に、触手を巧みに操作して、ノエルの身体の平らかな部分に垂直に触手を突き込む。
この攻撃を凌いでも、間髪入れずに酸を撒き散らして攻撃する。必殺を期したこの攻撃を、初見にも関わらず、ノエルに回避されてしまったのだから。
「最初の顔への突きですね。あのお陰で、貴女が私の体質に気付いた事が理解(わか)りました。さんは…玲央さんに使ったのを見ましたので」
ノエルの脂の護りを突破する方法の一つ。身体の水平になっている部分に垂直に攻撃を加える事。ノエルは当然この攻略法を知っている。
だからこそ、敵対者が使用した場合。迅速に対応ができるのだ。
必殺を期した攻撃が、二つとも失敗に終わり、眼前の野蛮人の何方もが健在な状況にあって、グレイシーは遂に、全力を出す事を決意する。
行われるのは、至って地味で単純(シンプル)で、それが故に対処が困難な自己強化。
五感を介した外部情報の認識能力。得た情報から周囲と自身の状況を理解する処理能力。得られた情報と理解から、取るべき行動を導き出す思考能力。
更に思考の結果を身体に伝える、神経系の伝達能力を劇的に向上させ、果ては受けた指令を肉体が実行するまでの時差(タイムラグ)を極めて極小の時間へと短縮する。
今までの強化の様に、外面を派手に変貌させるものでは無い。眼に見える変化はなく、特異な能力が付与される訳でもない。
それが為に、気づかれにくく、気付いたところで対処の仕様が無い。
恐るべき二人の敵に、全く気付かれることなく強化を終えたグレイシーは、背中の触手を猛速で伸ばす。
人体など薄紙の様に貫く触手を、目が慣れてきたのか二人は迅速に対応。
ノエルは前に出て当たるタイミングをずらし、身を捻って角度を付ける事で、触手を逸らしに掛かる。
単純にその場で身を動かすだけでは、グレイシーの攻撃は凌げ無い。それを理解しているからこその前進防御。今までならば通じた最適解。
触手が複雑怪奇な動きを示す。ノエルの動きに合わせて俊敏に動き、ノエルの胸骨へと突き進んでくる。
グレイシーの劇的に向上した速度。五感と、思考と、神経伝達能力に、肉体の命令遂行能力が、ノエルの行った最良の防御を過去の遺物としてしまう。
受ければ胸骨が粉砕され、肺と心臓を破壊され、背骨が砕かれ触手が貫通する。
絶死の一撃が、ノエルの胸に突き立った。
玲央は迫る触手を受けようともせずに回避する。
もはや玲央の動きは、グレイシーに見切られている。下手に受けに行けば、先の様に受けに乗じて潰しにくる。
回避に徹するのが、賢明というものだった。
だが、その賢明さも、『今までのグレイシーであれば』という条件下でしか通用しない。
玲央の動きに合わせて触手が向きを変え、玲央の新たな動きを許さぬ速度で、玲央へと迫る。
-
玲央の鉄面皮が僅かに崩れる。グレイシーの速度が異常なまでに向上している事に気が付き、玲央がグレイシーに対して占めていた優位が消滅した事を理解したのだ。
グレイシーの振るった触手は、急激な方向転換により、勢いを大幅に減じたとはいえ、直撃すれば玲央の胴など容易く斬断する威力を有している。
向かってくるのは胸元。的が大きく、稼働範囲は狭く、更に此処を破壊されれば心肺機能が停止する。
玲央の回避に合わせて軌道を変え、玲央の回避を不可能とした殺意に満ちた一打は、玲央をして舌打ちをさせるに相応しいものだった。
僅かに眉を顰めた玲央は、レガリアの魔力を解放しながら触手へと叩きつける。発動させた魔力は雷。
「うああああああああああ!!」
大電流がグレイシーの巨大化した身体の隅々にまで行き渡り、全身の毛細血管を破裂させる。
内出血で総身を赤く染めたグレイシーが、流石に動きを止めた隙に、玲央はグレイシーから距離を散りつつ炎弾を放つ。
炎弾は見事にグレイシーの巨体に着弾し、全身を炎で包んだ。
「……今度は助けて頂きましたね」
胸を貫かれる寸前で、グレイシーの動きが止まった為に、助かったノエルが、玲央へと謝辞を述べた。
「死んだと思うか?」
「……頭を撃ち抜いても死ななかったのでは、灰にしないと死なないでしょうね」
ノエルの言葉を証明するかの様に、グレイシーの巨体を包む炎が千々と砕け、体表が焼け焦げたグレイシーが姿を表す。
「全身に火傷を負っても動けるのか」
「苛んでも面白くも無いのに生命力は高いというのは、困りますね」
グレイシーの脅威的な姿を見ても尚、何処かズレたリアクションをする二人だが、グレイシーが再稼働すると途端に思考を切り替えた。
グレイシーが両手の職手を伸ばして、アスファルトの路面に突き立てた。即座にアスファルトが赤熱化し、微塵と砕けて砂状になる。
咆哮と共にグレイシーが両腕を振り上げ、灼熱の波濤を二人へと放つ。質量を伴った熱攻撃は、しかし、先刻の様に玲央の水壁で防がれる。
熱砂を玲央に防がれる事を予測していたグレイシーは、間髪入れずに背中の触手を路面に突き立てると、勢い良く引き抜いた。
触手の先端に付いてきたアスファルトの塊を、猛烈な水蒸気の向こうに居る二人へと投擲するも、こちらはノエルに防がれる。
ノエルが逸らしたアスファルト塊が、まだ空中にある内に、グレイシーは地を蹴って二人へと接近。尺骨を変形させて形成した、骨剣を二人へと振るう。
それだけで成人の腕ほどの長さの骨剣は、触れただけで指が落ちそうな程に鋭利な刃だ。それを両腕から伸ばしたグレイシーは、悪鬼羅刹も泣いて許しを乞う凄みに満ちている。
振われる骨剣は、超高速で振動していて、ノエルの防御すら無視して切断する、妖刀魔刃の如き切れ味を発揮していた。
-
ノエルの防御も通じ無い。玲央がレガリアで受ければ、レガリアぎと斬断される。
グレイシーの狙いは至極簡単。現在のグレイシーは、巨大化して耐久力が向上し、本体である粘菌状生物への攻撃も届きにくい。
ノエルや玲央から攻撃されても、致命の傷となる可能性は極めて低く、グレイシーの攻撃は掠めただけで二人にとっては致命傷だ。
肉を切らせて骨を断つ、どころか、皮を切らせて命を断つ。それこそが、グレイシーが導き出した最適解。
更にグレイシーには、二人がどう動こうとも、初動が開始されるよりも早く動きを見切り、その動きに対処できる“速さ”が有る。
完全に完璧に、グレイシーが二人を殺す為の最適の攻撃は、グレイシーの知らない攻撃により破綻した。
「なにっ」
グレイシーの振るった左右の骨剣が宙を舞う。
グレイシーの前には、玲央を背後に両手を広げて立つノエルの姿。
傍目には、化け物から玲央を庇うヒロインの様にも見えるが、この少女にそんな役割(ロール)は相応しく無く、また当人にもそんな役を演じる意思は欠片も無い。
只々、双葉玲央という『壊し甲斐のある玩具』を、目の前で壊されたくなかっただけだ。
【モールの壁を破壊したのは此奴かっ!】
気づいた時には既に遅く。劇的に向上させた“速度”を以ってしても、既に対処し切れない位置に迫っていたノエルの手刀が、グレイシーの右腕を半ばまで切り裂いた。
ノエルの最強の攻撃手段。体脂肪による分子間結合の破壊。
舛谷珠李や雪見儀一、果ては“テンシ”プロトタイプの様な、広域を破壊する事は能わずとも。局所的な破壊という一点に於いては、此処に集められた者達の中で最強と言える攻撃。
グレイシーの知識にも、ドルーモの記録にも、この様な能力を発揮する生物は確認されておらず。その“未知”により齎された痛恨の一打。
距離を取る為に後ろに跳んだグレイシーを、ノエルが取り出した弓から放たれた、不可視の刃が貫く。
胸と背中に穿たれた傷から鮮血を噴き出し、空中で呻いたグレイシーは、背後で90度旋回して静止した不可視の刃に、胸から下を切り離された。
「グオオオオオオオオオオオ!!!」
右腕が骨まで断たれて辛うじて繋がっている有様。更に身体を二つに切り離されても、尚も動き戦おうとするグレイシー。至高存在キム・スヒョンへの危険度が高まり続ける野蛮人共を、何が何でも殲滅するという意志に満ちて、左腕一本で身を支えて起き上がる。
切断された胸から下の部位と再結合する為には、傷口を合わせなければならないが、この野蛮人共がそんな暇をくれるとは思えない。
左腕一本で身体を支え、背中から酸を撒き散らす触手を複数生やし、ノエル目掛けて殺到させた。
玲央のまた脅威だが、その攻撃は保護外装ならば、数月は耐えられる。
だが、ノエルは違う。保護外装をすら容易く破壊するこの少女は、近づかれた時点でグレイシーの死が確定すると言って良い。
だからこそ、優先してノエルを狙う。ノエルを近づけさせない為に、ノエルを速やかに仕留める為に。
ノエルはこの攻撃へ、今度は“ブラック・プリンス”を振るう事で対応。“テンシ”軀を素材として用いた弓は、グレイシーの触手の悉くを撃ち払う。
ノエルの持つ弓の強度に、不可解なまでの頑丈さを感じながら、ノエルが再度の透明刃を放たぬ様に、グレイシーは次の一手を放つ。
口を大きく開けて、人類どころか、地球の生物の域を超えた心肺機能を用いた圧縮空気弾。
不可視の弾丸は、触手を払った直後ということもあり、ノエルに回避を許さなかった。
咄嗟に“ブラック・プリンス“をかざして防いだものの、その程度で無力化できる訳もなく、ノエルの身体は後方へと弾かれた様に飛んでいく。
勝機とばかりに、再度の圧縮空気弾を放とうと口を開く。
「外からでは効きが悪いが、これならどうだ」
ノエルに気を取られ過ぎていたグレイシーの隙を見逃さず、密かに忍び寄った玲央が、グレイシーの開いた口にレガリアを突き込み、充溢した魔力が電撃として放つ。
「UGYAAAAAAAAAAAAAA!!!!」
保護外装と、保護外装に守護られた粘菌状生物とが、流れるスパークに灼かれ、絶叫した。
流石に動きを止めたグレイシーの体内へ、玲央は炎を放ち、内側から燃やし尽くした。
◆
-
「終わりましたか」
玲央の負傷へと、舐め回す様な視線を向けて、ノエル・ドゥ・ジュベールは笑みを浮かべた。
その笑顔も佇まいも穏やかで、キム・スヒョンへと向けられていた凄絶な殺意は何処にも無い。
病院で戦い、スヒョンとグレイシーと、立て続けに連戦して疲労がかなり溜まっているが、此処で玲央に弱みを見せれば、玲央がどう動くか分からない。
最悪の場合、殺されかねない。ノエルの聡明さを以ってしても、測り難いのが双葉玲央という少年である。
「助かった。礼を言う」
「どういたしまして」
優雅にカーテシーをするノエルを無感情に見つめ、玲央は淡々と質問を始めた。
「真央は見つかったか」
「いいえ。その質問から察するに、貴方も見つけられなかった様ですね」
「高校生くらいの男と女を見なかったか」
ノエルは首を傾げた。男女四人というのならば、あの女と、あの女と一緒に居た三人の事だろうか?
「モールの中で見ましたよ。どこに行ったのかは知りませんが」
此処でノエルは玲央を改めて観察する。
身体の傷は、この怪人(グレイシー)から受けたものとして、この服の焦げ後は何なのか。
「……貴方と戦って、生き延びる事が出来る人が、居たんですね」
「お前も誰かと戦ったみたいだな」
2人は揃って沈黙した。互いに行った先で出逢った者達の事を話すのは構わないが、かなりの長話になる。会話に時間を掛けるのは、現状では得策では無い。
「さっきの放送は、聞かれましたか」
「ああ」
互いの持つ情報は、今後を考えれば必要不可欠なものだろう。だが、デスノが示した報酬も必要だ。
そして、報酬を得る為に必要な生命は、この付近に四つ有る。
今現在動かすべきは、口では無く、脚だというのは、二人の共通した認識だった。
「お話は後にして」
「逃げていった方向は把握している。まだ付近に居るはずだな」
2人はフレデリック達を追う事を優先し、共に連れ立って歩き出した。
玲央はノエルに先んじてあの2人を殺さなければならい。既に一人殺した以上、後二人を殺せば、報酬は玲央の手に落ちるのだから。
更に、ハインリヒや、怪人(グレイシー)の様な、特異な能力や身体能力を有するものは、流石に玲央でも単独での撃破は難しい。
ノエルは玲央に盗人(四苦八苦)を殺されない様にしなければならない。この異才の主は、あの不死身の盗人でも殺してしまうかもしれないのだから。
更にノエルは、双葉玲央を壊し尽くしたいと渇望している。報酬が玲央の手に渡り、玲央を殺せなくなる事は、何としても防がなければならない。
四人がモールの壁に空いた穴の付近で合流して、逃走した事は、玲央は抜け目無くは見ていた。
逃げた方角は把握している。怪我人を抱えていては、それほど遠くには行ってはいない筈。追跡は容易だろう。
「病院の方へと向かって逃げた」
「病院ですか」
ノエルは盗人(四苦八苦)を護っていた男(フレデリック)を思い出した。
ついつい悪い癖が出て、痛めつけてしまったが、その治療手段bを求めての事だろうか。
「ああ、そういう……」
「向かう先は、東か西か」
病院は立ち入り禁止エリアに指定されている。その事を知らないわけでは無い筈だ。
つまりは陽動。南の病院へ逃げたと見せかけ、見えなくなったとこリッで東西の何方かに向かうのだろう。
「隠れてやり過ごし、再度北上するという手も有りますね」
「どれにしても、先ずは南だ」
獲物の思惑など知らぬとばかりに、追いついて補足すれば問題ないと、玲央は端的に結論づける。
「では狩りの時間と参りましょう」
互いに相手を排除することが前提の同道では有るが、追われる側にしてみれば、その脅威は単純に倍。
いずれ互いに争うにしても、この二人ならば、先ずは獲物を確保してから。
新たに骸を三つ積み上げるまで、二人の間に亀裂は無い。
「お前の名前を訊いていなかったな」
歩き出しながら、ノエルの方を見もせずに、玲央が訊く。
「ノエル・ドゥ・ジュべールと申しますが…此処では“ミカ”と呼んでください」
二人はそれきり言葉を交わさず、互いに相手への感情を示すかの様に、三メートル程の距離を空け、逃げた四人の追跡を開始した。
-
【双葉玲央】
[状態]:全身の複数箇所に浅い傷 疲労(中) 服が焦げている。
[装備]:王杓レガリア グルカナイフ
[道具]:基本支給品一式、宝の地図 ランダムアイテム×0〜2(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:知り尽くし、壊し尽くし、優勝する
1:“ミカ”と一緒に、逃げた四人を追って、少なくとも二人を殺す
2:妹を探して殺し、その死に顔を拝む
3:妙な女ばかりと出逢うな
4:どうにかしてモールの電力源を知りたい
5:一応脱出ルートも可能であれば探しておく
6:あの映像に映っていた病院。この地図に載っているのと同じかも知れない
7:取り敢えず三人殺して、特典を貰う
【ノエル・ドゥ・ジュベール】
[状態]:ダメージ(小) 疲労(大) 怒り(中)『病院で出逢った男(新田目)に対しては極大』服や靴がボロボロ
[装備]:グルカナイフ “ブラック・プリンス”
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0〜3(四苦八苦の分を含む) ノエルの制服(血塗れ)
[思考・行動]
基本方針:『遊んで』殺す
1:三人殺して特典を貰う
2:双葉真央を探してショッピングモールに連れてくる
3:双葉玲央が双葉真央を殺すのを観る
4:自分の服や靴を汚した新田目、汀子は絶対に許さない
5:両親への愛を侮辱した男(新田目)は念入りに念入りに苦しめて殺す
6:ミカさんとオリヴィアで遊びたかった……。
7:この泥棒(四苦八苦)不死身とは好都合です
8:南へと逃げた四人を追う
【備考】
ブラック・プリンスの使い勝手を把握しました
死亡したオリヴィアの名では無く、“ミカ”と名乗っています
NO.013が致命傷を負ったのを目撃しました
-
◆
二人が立ち去って数分後。
「失態。地球人に二度も……」
手酷く痛んだバイオスーツを修復し終え、再起動したグレイシーは、屈辱に身を震わせる。
許せなかった。地球人に二度も不覚を取ったことが、偉大なるキム・スヒョンの身の安寧を守れなかった事が。
「今はそんな事よりもスヒョン先生をっ!野蛮人に襲われていたならばお守りしないとっ!」
全宇宙の頂点。全宇宙の知的生命体の希望で有るキム・スヒョンを守護る為に、グレイシーは人類の域を超えた速度で走り出した。
バイオスーツの全力戦闘形態は、体力が回復するまで使えないが、この身を盾としてスヒョン先生をお守りする事は能うだろう。
◆
破壊痕を残すのみで、無音となったショッピングモール。床に空いた穴から、腕が勢いよく伸び、穴の淵の床に手指を突き刺した。
数瞬後。穴から勢いよく飛び出してきた人影は、キム・スヒョンに他ならない。
原型を留めることが出来ない程に、脂を流し込まれた身体を何とか再生し、今こうやって穴の底から脱出したのだ。
ノエルの脂で使用不能レベルに破損したスーツは、穴の底に置いて来た為に、再度の全裸状態だが、当人に気にした様子は全く無い。
また服を調達するのが面倒だと思う程度だ。
「あ〜〜〜死ぬかと思った」
コキコキと首を鳴らし、肩を回して、キム・スヒョンは周囲を見回した。
「当然の様に誰も居ない。物音一つ聞こえ無い」
グレイシーは何処で何をしているのだろうかと、周囲の気配を探るも、何も感じられなかった。
「死んでいれば死んでいたらで面倒事が無くなるんだが」
『キム・スヒョンのためなら、いつでも命を捨てる準備がある』という感じで覚悟が決まっているグレイシーは、鉄砲玉として非常に有用だ。
死ねば面倒事が減ると同時に、優秀な手駒を失うことになる。
「ロリババアを仕留めるまでは生きていてほしい」
ぶっちゃけグレイシーの命なんてどうでも良いんだ。ロリババアさえ死んでいればなぁ。
というボディビルのポージングが似合いそうな思考を巡らせ、取り敢えず、お外を探す事にした。
「先生っ!」
お外に出て、どちらに向かうかを、お空を眺めて考えていると、これまた全裸のグレイシーが手を振りながら走って来る。
日に焼けた健康的な肢体を、全く隠さずに晒したその姿は、人によっては心が発情期の猿の様になるのだろうが、スヒョンはどうとも思わなかった。
魔子ちゃんや、“ミカ”ちゃんなら良かったんだがなぁ。と思った程度だ。
「先生っ!そのお姿はっ!!」
「グレイシー君こそどうしたんだい」
取り敢えず、誤魔化す為の粗筋を考える為の時間を稼ぐべく、質問に質問で返しておく。
「はいっ!野蛮人に襲われている男女を救出。その後野蛮人との戦闘中に、女の野蛮人が加わり、二体一で押し切られてしまいましたっ!
野蛮人共を排除出来ず、申し訳有りませんっ!!!」
【何を言ってるこのバカは?】
野蛮人共の風貌を聞いてみると、どう考えても女の方は“ミカ”である。
“ミカ”と戦って、生き延びるのは、明らかに異常だと考えられる。。
アレと戦って生存できるというのは、戦闘技能が高いか、それとも再生能力持ちか。
“ミカ”の初見殺しを考えると後者だと考えられるが。
“ミカ”ともう一人が、“多勢に無勢だ。いっけぇ”して生きているのは、やはり高い戦闘能力を有しているとも考えられる。
そしてますます訳のわからない存在となる双葉真央&乱入男。
【便利と言えば便利と言えるんだが、此奴の戦力が分からんのがなぁ】
対立した時の為にも、此奴が戦うところを観ておきたい。
「それで…スヒョン先生は、どうして、その……」
「………また野蛮人に遭遇してね。まぁ、話は後にして、まずは服を手に入れよう。幸い地図も手に入ったし」
フレデリックから入手した地図を見せると、グレイシーが向けてくる尊敬の眼差しが一層強くなった。
【取り敢えずこれだけは感謝するよ本物。でも帰ったら縁切りな】
胸中に、本物スヒョンへと感謝と別れを告げて、血液生命体は宇宙人と共に服を求めて移動を開始した。
-
【キム・スヒョン】
[状態]:ダメージ(中) 困惑(中) 頭部再生中 ミーム・汚染(中) 全裸
[装備]:無し
[道具]:フレデリックの支給品の地図
[思考・行動]
基本方針:死ぬのは嫌なので優勝する
1:なるべく愉しんで殺す
2:面倒な奴は避ける、と言いたかったが、この面倒さは予想してたのと違う!!
3:少年(フレデリック)と組みたい。(罪悪感に苛まれるところを見たいだけとも言う)
4:あの嬢ちゃん(加崎魔子)は嬲り殺して血を貰う
5:何か最後の奴(滝脇梓真)は適当に殺して血を貰う
6:コイツ(グレイシー・ラ・プラット)を利用してロリBBA(アレクサンドラ・ヴォロンツォヴァ)を始末しよう
7:“ミカ”ちゃん(ノエル)は今は殺せそうにないなぁ
8:誰か殺して調子を取り戻さねば
9:此奴(本物スヒョン)の嗜好は一体…!?
10:双葉真央と男(黄昏 暦)とは一体…!?
※男物のスーツを着用しました。
※キム・スヒョン(本物)の記憶と知識を掘り返したせいで、記憶と知識に本物スヒョンのものが混じりました。
思考や人格や精神には影響ありませんが、身に覚えのない変な言葉が出てきます。ミーム・汚染が近いです。
【グレイシー・ラ・プラット】
[状態]:ダメージ(大)、興奮 激おこ 全裸
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・行動]
基本方針:デスゲームからの脱出、及び全情報の完全抹消
1:目撃者(双葉 真央)、七三の男(黄昏 暦)は必ず抹殺する。
2.記憶消去装置も平行して探す。
3.下等生物に不覚をとるとは、それも2回も、ドルーモの大恥っ!
4.まさかこんな所で、憧れの地球人に逢えるとは!!
5.でも殺さなきゃ帰れないんだよな。どうしようか。
6.先生を襲った野蛮人どもは許さない
7.先生に犬をけしかけたアレクサンドラは許さない。ぶっ殺します
8‥スヒョン先生の安全確保の為にも、あの野蛮人共(双葉玲央&ノエル)はぶっ殺します
◆
-
「一体…何が有った?と尋く前に、まずは此処から離れるぞ」
モールの外で、魔子と梓真の二人と合流したフレデリックの第一声がこれだった。
何故四苦八苦は全裸なのか?何故梓真は負傷しているのか?フレデリックも妙に傷つき疲弊して、何より焦燥しているのは何故なのか?
問いたい事は各々にあり、そして答えなければいけない事も多々有るが、まずは此処から離れることが先決だった。
「先ず一旦南に向かう。モールが見えなくなった所で、西へ向かい、適当な所で隠れて様子を見る」
服を奪われた四苦八苦にも、傷ついた梓真にも悪いとは思うが、彼らのことに構うよりも、行きつ事を優先しなければならなかった。
無力感に苛まれながら、フレデリックは三人の一番後ろに付いて、移動を開始した。
【フレデリック・ファルマン】
[状態]:全身に打撃による痛み 疲労(小) 無力感
[装備]:無し
[道具]:基本支給品一式 ランダム支給品0〜1 対人手榴弾×1 折れた槍
[思考・行動]
基本方針:殺し合いの打破。出来うる限り多くの命を救う
1: 兎に角南へと移動。ある程度離れたら西へと向かい、どこかに隠れてから城へと向かう
2:脱出の手段を講じる
3:キム・スヒョンを止める。殺す事も選択肢に入れる
4:魔子には無茶をしないでほしいし、助けてほしいのなら素直に助けを求めてもらっても構わない
5:四苦八苦はすまなかった。是非許して欲しい。
6:この“ミカ”と名乗った少女(ノエル)は何なんだ?
【四苦八苦】
[状態]:血塗れ、憂鬱 右膝骨折 ノエルへの恐怖恐怖(特大) 全裸
[装備]:無し
[道具]:無し
[思考・行動]
基本方針:生存第一、辛いのもしんどいのも嫌
1:これ生存するだけでどうにかなる問題じゃなくなった、面倒くさい……
2:あの金髪(ノエル)怖い。誰か代わりにやっつけて。
3:服欲しい
4:私が一体何をしたって……
【備考】
※「笑止千万」の名前を名簿に確認しました。
【滝脇梓真】
[状態]:背中に切り傷(小)
[装備]:玲央のナイフ
[道具]:基本支給品×2 ランダム支給品0〜4(服のようなものはありません)
[思考・行動]
基本方針:生還する
1:魔子、フレデリック、四苦八苦と一緒に城へ向かう
2:成り行きとはいえまあ魔子の事は支える。何というか難儀な人と出会ったしまったものです
3:あの貞子(四苦八苦)は別にいいですが、早いとここの場を離れたいモノですね。
4:あの襲撃者(双葉玲央)の顔…何処かで見た記憶が
5:此処から離れる
【加崎魔子】
[状態]:感度抑制及び軽度の感覚遮断(快楽)の術式発動中(一定時間後自動解除) 襲撃者(双葉玲央)に対する恐怖(中) 魔力消費(中)
[装備]:無し
[道具]:基本支給品一式 ランダム支給品0〜3
[思考・行動]
基本方針:殺し合いを打破し、デスノを倒す
1:アンゴルモアを探して城へ向かう。我が盟友ならば必ずやかの魔城に向かうだろう!
2:これからも頼むぞ! 下僕1号! 下僕2号!
3:こんなところで、おれちゃ、わたしはあのこにかおむけできない
4:下僕3号はもう少し見栄えを良くしてほしいな。
5:何でこのショッピングモール、商品が無いんだ?
6:我の魔法が…!
7:此処から離れる
【備考】
※名簿を確認済みです
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投下を終了します
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投下お疲れ様です。
乱戦の果てにどうなるかと思いましたが、全員痛み分けの末に解散か。
しかしグレイシー戦を読んで、改めて氏の腕は何度もすげえとすげえと思わされました。
ドルーモ星人を越えたドルーモ星人とは言え、滅茶苦茶色んな攻撃方法あるなと思いましたし、何度か押されながらも確実に捌いて行く2人もホンマにコイツら高校生かおめーらと思いました。
ノエルはよく分からん能力持ってるからしゃーないとして、玲央、お前は一体何なんだ。ドルーモ星人の鬼舞辻無惨みたいな攻撃でさえ見切るなんて呪術のマコラか。
しかしノエルと玲央、1人1人でも相当厄介なのに、2人揃うなんてクソめんどくせえことになってしまいましたね。
逃げた4人の未来は如何に。
最後に、各チームの現在地、時間帯が抜けてます。
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投下します
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むかしむかし、あるところに。
一人の子供がおりました。
その子は、とても頭が良かったですが、友達はいませんでした。
けれど、家の近くに、仲の良いおじいちゃんが住んでいたので、寂しくはありません。
おじいちゃんはいつも変な機械や道具を動かしており、その子はそれが大好きでした。
さわらせて。
子供がそう言うと、おじいちゃんは嬉しそうに、その使い方を教えてあげました。
おじいちゃんの家には、むずかしい本がたくさんありました。
頭の良いその子はおじいちゃんから本を借りて、家に帰っては読んでいました。
そして、ヒトがどれほど素晴らしいことをやってきたか知りました。
自分も、おじいちゃんやこの本の中の人たちみたいになりたい。
すごい人たちにあこがれた子供は、そう思うようになりました。
そんな子を見て、おじいちゃんはにっこりとほほえみました。
★
(どこだ……どこにいる……)
アンゴルモア達と別れた後、ハインリヒは市街地の中を疾走していた。
自分の仲間が、殺し合いに乗っているのならば、すぐにでも止めなければならない。
ハインリヒ・フォン・ハッペと言う男は、争いごとを嫌う性格の持ち主だ。
トレーニングは嫌いではないが、それを戦いに昇華させようとするつもりはない。
小学生の時の将来の夢の作文にも、南の国でのんびり過ごしたいと書いて、再提出を言い渡された経験がある。
だが、それは自分が争いに巻き込まれなければいいという訳では無い。
出来るなら仲間だって争って欲しくないし、ましてや仲間同士の争いなど絶対起こして欲しくないと思っている。
(くそ…こんなことなら、魔力感知能力を磨いておけばよかったな…)
魔力感知能力は、読んで字の如く、魔力の持つ者の場所を探る力だ。
ハインリヒが知る限りでは、人間にしかその力は使えないと言うが、魔力さえあれば他の生き物でも使えると言う説もある。
それなりな鍛錬、魔力への適応力が必要となるが、熟練者ならば両目を使わずとも魔力を持つ者の位置が探れる。
だが、ハインリヒにはどうにも上手く出来なかった。
異世界に転移して後天的に魔法を使えるようになった者と、魔法のある世界で生まれ育った者の間では、よく分からない違いがあるらしい。
彼の力では、魔力を持つ者がいるという事実を把握するのがやっとだ。
ここでその能力を使っても、珠李の場所へ行けるどころか、魔力を持つ雪見儀一の所に逆戻りしかねない。
-
(遊園地で会ったってナオビ獣が言ってたけど、あいつが一ヶ所に留まる訳が無いんだよな…)
彼女のことを思い出す。
『あそこで会ったって言うなら、今頃はこの辺りにいるだろう』なんて推測は、彼女相手にはてんで意味がない。
ちょっと目を離せば単独行動を始め、強者を探しに行くような性格の持ち主だ。
そう思い出したのが、彼の災難の始まりだった。
何度か街角を曲がると、広場らしき場所に出た。
真ん中に三つ又の槍を持った男の像が鎮座している。
(僕、もしやかなり遠くに来てしまったんじゃないか?)
素直に南へ向かえば良かったと言うのに、彼が向かった先は南東、地図で言う【E-6】あたりだ。
彼はあまり方向感覚に敏感な人間ではない。
超がつくほどの方向音痴ではないが、地図もろくに見ずに、遠く離れた目的地まで着ける人間でもない。
ハッペ家の長女と出会った時も、能力に恵まれない失意のまま彷徨っていたら、町から遠く離れた所に来てしまっていた。
(そうだ!!珠李は俺のことを知っている……だから……)
せめてこれが見える範囲にいてくれと、ドンナー・ゲヴェーアを天へと放った。
天から雷が落ちるのではなく、天へと雷が昇る。
本物の雷では無いため、音も光もそれとは比べ物にならなく小さいが、彼女なら自分の力だと分かってくれるはずだ。
しかし、彼としては迂闊だった。
そんなことをすれば、珠李以外の参加者にも自分の居場所が丸分かりだ。
おまけに空は晴れ渡っているというのに雷が落ちた。
実際は落ちたのではなく昇ったのだが、第三者からすれば落ちたように見えるのだからどうでもいい。
そんなことが起これば、好奇心むき出しの馬鹿者が近寄って来るのは当たり前だ。
好奇心は猫も殺すと言う諺は、好奇心が強すぎると身を滅ぼすことになりかねないという意味だが、強すぎる好奇心は自身のみならず他者をも殺しうる。
(こりゃまた…厄介そうな連中だな…)
目の前に現れたのは、ハインリヒより少し年上ぐらいの男性。
それだけならまだいい。その男はなんと、クマを連れていた。
ハインリヒはクマのことはよく知らないが、それだけで男が只者ではないことが伝わった。
-
★
場所は変わって、警察署の入り口。
「俺もコイツ(テンシ)のことはよく分からん。どんな力を持ってるかはさっき戦ったから知ってるはずだし…
むしろ変な術とか使っていたお前の方が知ってるんじゃないか?」
「変な術ってひっどい言い草。ああ、地球出身だったら、変な術になるよね。」
エイドリアンは遊園地での戦いで、珠李の戦闘スタイルを見ていた。
詠唱と共に何かを爆発させたり、炎を飛ばしたりと、彼の世界ではあり得ない。
あるとすれば、ゲームの中だけの話だ。
一瞬彼女を人造人間、あるいはゲームのアバターかと思ったが、こうして話をしている限り、そのような様子もない。
「まさかお前、なろうの主人公よろしく、トラックに撥ねられて神様からスキル貰って異世界転生…とか、そんなんじゃないだろうな?」
「…半分だけ違ってるね。転生じゃなくて転移。でも、あの世界にもこんなものは無かったな。」
「異世界行ってスキル貰ったってことは否定しねえんだな。」
エイドリアンは、パラレルワールドとはフィクションの中だけではないこと、理では説明出来ない力があることはよく知っている。
異常殲滅機関とは、そのような力を持つ者の討伐を行う職業だからだ。
そして、彼より手練れの戦闘員となると、理屈は不明だが別世界に赴き、怪物退治に乗り出すらしい。
だがこうして、面と向かって異能を持つ者と話してみると、奇妙な感覚を覚えた。
何しろ異界の生物や異能を持った存在とは、対話などする暇なく躊躇なく殺してきたからだ。
勿論、その中には人のような姿をした者もいた。実際に人だったのかもしれないが、そうだと考えないことにした。
「…久々に地球出身の人間に会ってどう思った?懐かしいとか思わなかったか?」
「記者みたいなこと言うんだね。私としては全然。異世界の方が地球より楽しいし、未練のある奴なんてもう生きてなかったしね。」
珠李はエイドリアンの話を適当に流しながら、彼を横切り、あろうことかテンシに近づいて行く。
未知の力を目の前にしても物怖じしない態度は立派だが、エイドリアンとしては恐ろしいばかりだ。
-
「おい、あんまりそいつに近づくな。いつ攻撃されんのか分からんぞ。」
珠李は興味深げにテンシをまじまじと見つめ、ぱんぱん叩いたりしている。
どちらかと言うと他者に関して興味を持たないエイドリアンであるが、それでも心配になって来た。
テンシが自分の予想していないことをしでかし、彼女が盛明の後を追ってしまうのはさすがに忍びない。
「いーの。攻撃して来たら今度こそぶっ壊すから。」
どうやら、その心配は杞憂になりそうだが。
テンシの方も今の所は借りてきた猫のように大人しく、珠李を敵ではないとみなした様子だった。
「え!!?」
「うわあ!いきなり大声出すな!!」
珠李がテンシの背中の部分を見て、何かに気付いた。
あまりに小さい文字だったため、エイドリアンも知らなかったことだ。
「テンシに彫りこまれているこの名前……」
「知っているのか?」
「うん、私の転移した異世界で……」
その瞬間、遠くに雷が落ちた。
紫の光が目に入った瞬間、彼女は子供のように目を輝かせる。
「ハインリヒだ!!」
突然、珠李は頬を紅潮させ、笑顔が花開く。
「え?」
「さっきの雷見たでしょ?アレはハインリヒの魔法なんだ!!」
彼女は何があったのか、鼻息を荒くしてエイドリアンに力説する。
口調と表情だけで、彼女がハインリヒと言う男にどのような想いを抱いていたかは、すぐに伝わった。
「おい!ちょっと待て……」
「ごめん!追い付けなかったら置いて行く!!」
それまでの話をほっぽり出して、イノシシのごとき勢いで雷が落ちた方向へ走る。
エイドリアンはやむを得ず、彼女の背中を追いかけるのであった。
-
★
「今の雷、落としたのは君か?」
男はにこやかな笑みをうかべながら、ハインリヒに近づいて来た。
その笑みから、彼は何か嫌な物を覚えた。
第一、あの笑い方をする奴はろくな奴がいないと、彼の26年の人生経験がモノを言っていた。
「ああ…僕の雷魔法でやった。」
とは言え、目の前の男の正体が分からない以上は、嘘をついても仕方がない。
それが間違いだった。
「この不心得者があああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」
男、笑止千万は笑顔を解き、両目をかっと見開くと、とてつもない大声で怒り狂った。
空気がビリビリと振動する。両耳がおかしくなる。
間髪入れずに、男はハインリヒ目掛けて突進してきた。
大きく振りかぶり、彼の顔面を助走を付けて打ち抜こうとする。
「何やってんだ!オッサン!!」
ハインリヒはその殴打を横っ飛びに回避。
拳は空を切ったが、街灯に命中し、いとも簡単にへし折れた。
男の拳と街灯がぶつかった際に響いた高音から、人の手では無いことが伝わった。
「人の力を棄て、あまつさえ人ならざる力に依存するなど、人を騙った不埒物め!!!!!」
「頭おかしいのかよ!?」
男はへし折った街灯を槍のように持ち、やり投げのように投擲した。
赤々と灯る街灯が、スティンガーミサイルごとく飛んでくるのは、中々恐ろしい光景だ。
幸いなことに凶器と化した街灯はハインリヒには当たらず、代わりに人家を串刺しにした。
(力やスピードは凄いが、身体能力はそれほどでも無いみたいだな。)
しかし、ハインリヒも伊達に死地を潜って来た訳では無い。
男の二度の攻撃で、弱点をすぐに見抜いた。
相手は腕力こそ街灯を破壊するほどだが、運動神経自体が良い物ではない。
野球で例えれば、剛速球こそ投げられるが、コントロールはてんで素人と言った所だ。
「まだ避けるか!与太者は大人しく死んで、私の実験材料になれ!!」
男は突然お辞儀でもするかのように頭を下げ、背中を丸めた。
どう見ても攻撃の姿勢とは思えないポーズにハインリヒは戸惑うも、戸惑う暇は一瞬しか無かった。
背中から大量に、五寸釘ほどの大きさの針が飛ばされる。
「オッサン、ロボットだったのか!?」
ドンナー・シュヴェルトで針を弾き飛ばしながら、疑問に思ったことを口にする。
剛力はともかく、今のは明らかに人の身体では出来ない芸当だ。
しかしその言葉が、火に油を注ぐことになった。
「ロボットだと!?ふざけるなああ!!」
彼にとって、人こそが最も素晴らしい至高の存在であり、ロボットであれ動物であれ怪物であれ、人類の踏み台でしかない。
人類たる自分を、よりによってその踏み台たるロボットと一緒にするとは。
その怒りを体現するかのように、腹から火炎弾が放たれた。
真っ赤な炎の塊が、ハインリヒを飲み込もうとする。
今度は剣では弾けない上に、躱そうにも大きすぎて躱しきれない。
「これでも力に依存してると言えるか!?」
その言葉が聞こえた瞬間、ハインリヒの姿は消えた。
火炎弾が壁にぶつかり、爆発した後、そこにあるのは焼け落ちた建物のみ。
男は目標を見失い、キョロキョロと辺りを見回す。すぐ近くにいる熊も同様だ。
彼の首の上は、人間のそれだ。超高速で動いたり、透明になった対象をすぐに捉えることは出来ない。
「こっちだロボット野郎!!雷撃銃を食らってシャットダウンしろ!!」
ハインリヒはレンガの屋根の上に陣取っていた。
先程使ったのは、自分のスキルの応用技。自身に雷を纏わせ、光のごとき早さで火炎弾を躱したのだ。
修行の果てに編み出した高速移動は、決してスキルが恵まれていただけの者に出来る芸当ではない。
すぐさまドンナー・ゲヴェーアを構え、男に向ける。
雷の塊が、男へと放たれた。機械の弱点の一つは電気。受ければ彼でさえタダでは済まない。
-
「だからロボットではないと言ってるだろうがああああああああああ!!!!」
両手からバチバチという音を立て、男の両手から、電磁砲が発射された。
けたたましい爆音とともに、紫色エネルギーの塊と、黄色いエネルギーの塊がぶつかり合う。
眩しい光が拡散して行く。目が開けていられなくなるほど眩しい光が、町の広場を飲み込んだ。
熊は真っ先に逃げる。元々獣とは強い光を嫌う習性がある。
「それも人の力じゃないだろ!」
「このたわけがあ!!人類の技術の結晶を侮辱するかあ!!!」
せめぎ合いに勝ったのは、笑止千万の方だった。
テンシの力を使って撃った電磁砲は、ハインリヒのスキルさえも上回った。
「ハハハハハ!!やった!!やったぞ!!」
ハインリヒが立っていた家は、一瞬にして更地になっている。
だが、電力勝負で勝ったとしても、勝負そのものに勝てるかは別だ。
笑止千万の超電磁砲(レールガン)が家屋を吹き飛ばした瞬間、ハインリヒは彼の頭上へと跳躍していた。
しかもその手には、光り輝く剣が握られている。
上空で大きく振りかぶった後、宙返りして一気に急降下する。
その瞬間、ハインリヒは雷となった。
「裁きの鉄槌を食らえ!!雷帝奥義、ダス・ラインゴルド!!!」
雷神の鉄槌(トールハンマー)と見紛う程の、激しい一撃が振り下ろされる。
これには笑止千万も耐えきれない。肋骨を体内から出して相手を斬り刻む隠し玉も、感電してしまう以上は無意味だ。
だが、真っすぐに急降下したハインリヒは、笑止千万を貫く瞬間、急に方向転換した。
(馬鹿な…外した!?)
破壊したのは、金属の胴体ではなく、石畳の地面。
地面に大きなクレーターが出来るが、敵には傷一つ付いてない。
この失敗は、ハインリヒとしても予想外だった。
今の一撃は完璧に決まっていたはず。
彼の失敗の原因は、笑止千万が吐き出した空気の塊。
直接彼にダメージを与えることこそ能わなかったが、攻撃のベクトルを風圧で僅かながらずらしたのだ。
「まだだ!!」
雷を剣だけに纏わせ、再び斬りかかる。彼としては、短期決戦での勝利が望ましい。
元々ハインリヒの雷魔法を使った高速移動は、緊急回避に重宝するが、欠点も少なくない。
真っ直ぐにしか動けない上に、周囲に人がいれば感電させてしまう。
加えて、体力の消費もバカにならない。
それを敵の火炎弾を躱すのに一度、攻撃にもう一度使ってしまった。
ハインリヒの疲労はかなりのものになっている。
その一方で、笑止千万の義体は電力の消耗こそあるが、疲労はない。バッテリーが切れるまで、フルパワーで戦える。
「ラングシュヴェルト!!」
-
その位置からでは、リーチの都合上、笑止千万を斬り裂くことは出来ない。
彼は余裕を以て、次の電磁砲を撃つ態勢に入っていた。
「何い!?」
しかし、彼の全身に痺れが走った。
雷剣の切っ先に雷を多く集中させ、一瞬だけリーチを伸ばした。勿論体力の消費は激しい。
既に大技を連発した中で考えると、愚かしい振る舞いに見えるが、チマチマ攻めて勝てる相手でもない。
「もらった!!」
相手を痺れさせたことは、この上ないチャンス。
すかさずドンナー・ゲヴェーアにエネルギーをリロードし、トドメの一発を放とうとする。
「ガアアアアアアアアアアア!!!!!!(殺しちゃだめ!!!!)」
「な!?」
ハインリヒの鼓膜を破るほどの雄たけびと共に、ツキノワグマが突進してきた。
完全に予想外な横槍だ。ハインリヒも対抗しきれない。
ツキノワグマの速さは時速40キロ。ぶつかればただでは済まないし、避けきることも出来ない。
(仕方ねえ!!しばらく眠っていてくれ!!)
「ガアアア!!」
ドンナー・ゲヴェーアにリロードした電気を、ツキノワグマに向ける。
クマを殺すのは忍びないので、スタンガンのような形で気絶させようとする。
だが、それが間違いだった。
「がっ!!」
何かがハインリヒを突き飛ばした。
がら空きだった腹に、ボクサーのボディブローのような物が入り、胃の中が逆流する感覚に襲われながら、ゴロゴロと石畳の床を転がる。
それは、笑止千万が口から吐きだした、空気の塊だった。首より上は人の物だが、肺も特別製なので、人間を飛ばすほどの強風を口から吐き出せる。
「この子は“先駆け”なんだ!!それを!それを!!貴様ごとき簒奪者が傷付けようとしたな!!傷付けようとしたなあアアアアアアアア!!!!!」
笑止千万はまだ身体は痺れている。
だが、彼のフキを利用し、人類の未来の為に使い倒すという熱い想いが、そしてその未来を打ち砕こうとするハインリヒへの怒りが、彼を動かしたのだ。
倒れたハインリヒ相手に、思うように動かない身体を動かし、ゆっくりと近づいて来る。
(くそ…マズった……)
腹を打たれ、呼吸が覚束ない。おまけに技を連発した反動で、身体が鉛のように思い。
異世界に転移してから、笑止千万のような訳の分からない人間や、怪物と戦うこともあった。
だが、そう言った相手と戦う時は、大体珠李を始めとした仲間がいた。
城での戦いも、そういった仲間より頼りないにせよ、アンゴルモアがいた。
今の戦いでは、ハインリヒは1人だ。
1人だけでテンシの力を手にした男と、異界の魚を食らい、力を手にした熊を戦うには分が悪すぎた。
-
「人の素晴らしさを唾棄しただけではなく、私のサンプルを傷付けようとするなど、腹の虫が収まらん。
せめてこの技の実験台となり、人類のためになって死ねぇい!!」
笑止千万の右肩から爆発音が響いたと思いきや、彼の右腕が、ハインリヒ目掛けて飛んでくる。
拳の威力は街灯をへし折るほどだ。食らえばどうなるか、想像に難くない。
「ロケットパンチって、やっぱりロボットじゃないか!!」
腹は痛むが、それどころではない。
ドンナー・シュヴェルトをバットのようにして、機械の腕をかっ飛ばそうとする。
だが、それは雷剣が当たる瞬間、上へと逃れた。
「避けた!?」
「素晴らしい精度だ。たとえ離れていても私の脳が下したコマンドに応えられるとはな。」
機械の右腕は頭上に飛ぶと、方向転換して、上から串刺しにしようとしてくる。
ドンナー・ゲヴェーアで撃ち落とそうにも、もう間に合わない。
(くそっ…珠李も止められず…こんな所でこんなよく分からない奴等にやられるのか!?)
ハインリヒは、死に対して無頓着だったわけではない。
一緒に異世界に転移したクラスメイトを始め、何人もの死を目の当たりにしてきたし、英雄になるまでに何人もの命がその手から零れ落ちた。
だが、こんな得体のしれない奴に殺されるとまでは思ってなかった。
「らしくないね。ハインリヒ。こんなヤツに苦戦するなんてさ。」
その瞬間、爆音が町に響いた。
明らかに音がデカすぎんだろ…という爆発に、彼は聞き覚えがあった。
妙に派手な赤い服と金髪。
人ごみに紛れていても、一瞬でどこにいるか分かってしまう格好。
間違いない。彼女は彼の異世界でのパートナーだ。
-
おじいちゃんと子供が仲良くなってから、いくつもの季節が過ぎました。
いくつもの発明品を見て、子供は大きくなっていきました。
ある時はおじいちゃんの発明で、色んな形や色をした火を一緒に見て楽しみました。
ある時はおじいちゃんの発明で、不思議なゲームをして楽しみました。
そんなある年のこと、おじいちゃんは足が悪くなって、花火を見に行けなくなりました。
子供とお祭りに行くことを楽しみにしていたおじいちゃんは、ひどく悲しみました。
けれど、子供がおじいちゃんの発明をまねて、花火を作ってくれました。
あぶないからそんなことしちゃダメだよ。
そう言ったおじいちゃんは、とてもとてもうれしそうでした。
目になみだを浮かべて、ありがとうと言いました。
その日から子供は思うようになりました。
いつか、おじいちゃんがびっくりするような物を作ってみたい。
★
「珠李…僕を探していたのか?」
「もっちろん!!ハインリヒがいない世界なんて、味のしないガムみたいなもんだし!!」
「じゃあ僕はガムの味ってことなのか?」
「そーゆーことを言いたいんじゃないの!!」
一見、ただの痴話喧嘩のように聞こえる。
いや、一見と言うのは語弊があり、実際珠李はこれを痴話喧嘩だと考えている。
あと、ハインリヒとすることで彼との親睦も深まると思っている。
「話が長いんだよ!!人の姿を騙った異常者共が!!まとめて消し飛べえええ!!」
笑止千万が両手から、電磁砲を発射する。
青白い光の塊が、2人を飲み込もうとする。
「赤い三日月(ロート・モントズィッヒェル)!!」
珠李はエネルギー波の塊にも臆さず、豪炎剣を振るう。
深紅の刃は真珠色のエネルギーとぶつかり、大爆発を起こした。
彼女の攻撃力だけ見れば、ハインリヒを凌ぐ。テンシの力を使った電磁砲でさえ、彼女を御すことは出来ない。
辺りを眩しい光が覆い尽くし、3人もそれを離れてみていたフキも、その目を細める。
だがそんな中でも珠李のイエイッ、という言葉から、ピースサインをハインリヒに送っているのだと分かった。
「我こそは! 世界を救いし"雷霆の勇者"ハインリヒが盟友!
豪炎剣"爆炎"の担い手にして"爆炎の救世主"――舛谷珠李!!」
それは、彼女が強敵を前にして、必ずと言っていい程叫ぶ言葉だ。
「ほら!ハインリヒもさっさと決め台詞言う!!」
「え。えーと、我こそは!!“雷霆の勇者”、ハインリヒ・フォン・ハッペ!!
我が愛刀、ドンナー・ゲヴェーアの下に、貴様の不浄の魂を斬り裂いてくれる!!」
さすがに異世界に来て5年もすれば、決め台詞と言うのは恥ずかしい気がしてきた。
けれど、自分を助けてくれた仲間が言ってくれと言うのだ。やってやっても良いだろう。
それに、実は自分でもいまだに気に入ってるんじゃないかとも思っている。
「おい!ちょっとは同盟相手のことも考えろ……。」
戦いに遅れてエイドリアンがやって来る。
勿論テンシを連れて。
-
2人組を見た瞬間、笑止千万は目を子供のように輝かせた。
「それは!!それは!!もしやテンシ・プロトタイプではないか!?私が見た物と少し違うが、テンシなんだろう!!!?」
彼は鼻息を荒くして、エイドリアンに問いかける。
この男の恐ろしい所は、テンシの力を使いこなすことだけではなく、場の空気を瞬時に牛耳ってしまう所ではないだろうか。
「探していたが、まさかそちらの方から来てくれるとは!!何という幸運!!何という僥倖!!さあ、私達異常活用機関が、更なる未来の為に役立ててやろう!!」
笑止千万は両手を広げ狂喜する。
その異常な喜び方に、ハインリヒも珠李も、ついでにフキでさえ驚くばかりだ。
誰もが動けない状況で、彼以外に声を出した者がいた。
「…お前、まさか笑止千万か?」
少しどころかかなりドン引きした視線を、勝手に興奮している男に送る。
異常活用機関と聞いて、エイドリアンが連想する名前があった。
その機関の中でも一際危険とされている人物。
顔や姿こそは知らなかったが、自分の所属を名乗られると彼ではないかと聞いてしまう。
「…なるほど。私の名前を知っているということは、あの胸糞悪い機関の手先か。」
「分かって下さり光栄で。」
「3人。おまけにテンシまでいる。全員殺して、獲物の総取りが出来るな!!」
しかし、お互いの素性が知れてしまうと、争いは避けられないことは、エイドリアンにも分かっていた。
何しろ、2つの機関は思想信条の観点から、極めて仲が悪い。
現に異常殲滅機関の教えにも『暴力を振るっていいのは化け物共と異常活用機関の隊員共だけ』と言うのがあるぐらいだ。
彼としてはそんな機関の教えなどどうでも良く、平和に生還したいものだが、目の前の男にそんな話が通じるとは思えない。
「下がって!コイツは僕と珠李がやる!!」
「ガアアア!!!!」
笑止千万がまたしても電磁砲を放とうとした時、ハインリヒが雷銃を撃とうとした時、蕗田芽映が前に出た。
ハインリヒ達も、迂闊に踏み出せなくなる。笑止千万としても、貴重な可能性を巻き添えにするのは忍びない。
彼女は、フキはどこまでも純粋な性格の持ち主だ。争いの理由は分からなくても、ケンカなんてして欲しくない。そう思っていた。
先程ハインリヒの銃撃を止めようとしたのも、恐ろしい光相手に勇気を振り絞って挑んだのも、そんな想いがあってのものだ。
しかし、ツキノワグマはあろうことか、一番敵意の無いエイドリアン目掛けて走った。
「くそ…!!フォンケ!!」
彼女の右手に赤い光が灯り、火の玉を熊めがけて投げようとする。
ケダモノには火、地球であれ異世界であれ、その常識は共通しているはずだ。
「人類の未来に手を出すなあ!!!」
「!?」
-
しかし、その炎は笑止千万の大声と共に、吹き消された。
彼女の炎は魔法の炎だ。並みの水や風では消すことは出来ない。
だが、彼はテンシの機体によって強化された肺を使っている。
そこから噴出される吐息は、魔法の炎さえバースデーケーキの蝋燭のように吹き消してしまう。
「まずい……!!」
熊はもうエイドリアンの目と鼻の先に来ている。
ハインリヒの詠唱ももう間に合わない。
『敵対勢力と接敵。排除します。』
エイドリアンの後ろにいたテンシ・プロトタイプが声を出し、フキ目掛けてレーザーを放つ。
だが、その一撃を笑止千万の電磁砲が止めた。
爆風の余波で熊の毛皮が焼ける。彼女は地面に転がり、火を消そうとする。
「異常者共に未来は渡さぬよ。」
「珠李!僕達で行くぞ!!」
「合点!!」
ハインリヒと珠李、異世界の救世主2人が笑止千万へと向かっていく。
あのクマが何者なのか分からないが、この騒動の原因となったのは、笑止千万だ。
ひとまず彼を倒せば、どうにかなるという期待を込め、斬りかかろうとする。
だが、2人の足は急に止められた。
笑止千万が唐突に頬を膨らましたかと思いきや、鉄砲魚のように液体を吐き出した。
ただの唾液とは到底思えない。何しろ液体が落ちた場所で、石畳が音を立てて融解したからだ。
「お前本当に人間かよ!?」
「ああそうだ。少なくとも異能を使う君たちよりかはな。」
「ハインリヒ、コイツには何言っても通じないよ。」
態勢と立て直し、再度臨戦態勢に入る。
強酸の液体ならば、珠李の炎魔法で蒸発させてしまえば良い。
そして、エイドリアンもテンシに攻撃を呼びかける。
笑止千万にせよ熊にせよ、殺すつもりは無いが穏便に解決するのは不可能に近い。
「俺達もアイツを攻撃するぞ」
『エネルギー不足を確認。30分は攻撃には参加出来ません。』
「はああ!?ふざけんなああああ!!!?」
テンシは決してふざけている訳では無い。
珠李と儀一の戦いに大量のエネルギーを消費し、その後も僅かな間だが珠李と技の打ち合いを行い。
そして、先程エイドリアンを守るためにレーザーを撃ってしまった。
彼が見せた隙は、この上なく大きい。
身体に付いた火を消したフキが、エイドリアンを執拗に狙ってくる。
ハインリヒ達は戦おうとするが、笑止千万は安易に許してくれはしないだろう。
-
「こっちだ!!クマ公!!」
エイドリアンは空へと銃を撃ち、彼女を挑発する。自分から囮になった。
彼も異常殲滅機関の端くれ。ツキノワグマごときの対処も出来ずして、異能の怪物とは渡り合えない。
脱兎のごとく広場から抜け出す。テンシは彼の後を追い、フキもそこに付いて来る。
広場にいるのは、ハインリヒと珠李、そして笑止千万の3人だけになった。
「君たちはどうあっても人類の未来を潰したいようだな…」
機械の両手を握り締め、笑止千万は2人を睨みつける。
そんな狂気の人類愛者を、2本の剣先が睨み返す。
「全員纏めて、ハチの巣になれええええええええ!!!!」
笑止千万の背中から、大量の針が放出される。
正面と頭上から、銀色の針が雨のように降り注ぐ。
「行っくぞおおおおおおおおおお!!!!」
珠李は大声と共に、豪炎剣“爆炎”を振り下ろす。
うるさすぎるほどの大爆発が、針を全て吹き飛ばした。
豪炎剣は、彼女のテンションに合わせて威力が変わるという、摩訶不思議な能力がある。
そして今の珠李は、想い人に会えたことで、滅茶苦茶にモチベーションが上がっている。
「次は僕だ!!」
煙も晴れないうちに、ドンナー・ゲヴェーアを笑止千万目掛けて撃つ。
銃に纏っていた紫電は、先程よりも大きな物になっていた。
「ドンナー・シュトローム!!」
海水ではなく、電気の大津波が笑止千万へと押し寄せる。
テンションが上がっているのは、ハインリヒも同じ。窮地での仲間の助けと言うのは、ありがたいものだと心から思う。
この超広範囲の攻撃に、笑止千万は躱すことは出来ない。後ろへ逃げても左右に逃げても、雷の波に飲み込まれることは避けられないだろう。
「お見事!ハインリヒ!!」
サムズアップを見せ、満面の笑みでハインリヒを褒めたたえる珠李。
だが、彼の表情は緊張に満ちたままだ。彼の眼は珠李の笑顔ではなく、ドンナー・シュトロームの先、笑止千万がいるであろう場所を見据えている。
-
「珠李!上だ!!」
ハインリヒの言った通りだった。笑止千万は先程のハインリヒの意趣返しであるかのように、高く跳躍して彼の攻撃を躱した。
笑止千万は身体の大部分をテンシの機体で改造しているが、その中には両脚も含まれる。
人間をはるかに凌駕した柔軟性のあるバネと、頑丈さを持つ骨による跳躍は、オリンピックの高跳び選手やバレー選手以上のものだ。
「異能使いに出来て、私に、我々に出来ぬことがあるとでも思ったか?」
サーファーか何かのように、雷の大波を飛び越えられたのは予想外だった。
だが、ハインリヒ、珠李双方が空を飛ぶ敵を撃ち落とす技術を持ち得ている。
「金属まみれの身体で、空にいたら感電するよ!!」
「焼き尽くしちゃえ!!流星(メテオア)!!」
蒼天から雷と火炎弾が、天へと逃げた笑止千万を追撃する。
空中では、地上に比べて回避手段が著しく制限される。
片方を撃ち落とせても、もう片方に対処できない。
だが、笑止千万と言う男は、この程度の攻撃で膝を屈するような男ではない。
「テンシの力は、こういう使い方もあるのだよ!!」
両手で電磁砲を撃つ。
どちらかを撃ち落とすつもりの一撃と考えるのが妥当だ。
しかし、その方向にはハインリヒの雷撃も、珠李の炎も無かった。
「はあああああああーーーーーっ!!!!」
「躱した!?」
炎も雷も、敵を捕らえることが出来ず、明後日の方向に飛んで行く。
笑止千万は誰もいない所に電磁砲を撃ち、その反動でジェット機のように飛んで行った。
高速で着陸することは無く、広場から人家を隔てた場所へと姿を消した。
「卑怯な!逃げる気か!!」
「慌てるな!まだ追いかけられるはずだ!!」
その瞬間、彼らの目の前の家が崩壊した。
壁に穴が開いたとか、柱が倒れたとかチャチなものではない。
一瞬でレンガの塊になってしまったのだ。
「逃げるワケないだろう。私はまだ、異能のデータを全て取ってないのだぞ?」
-
「逃げるワケないだろう。私はまだ、異能のデータを全て取ってないのだぞ?」
明らかにそれまでの笑止千万とは違うのは、2人にはよく分かった。
何しろ、全身が銀色の光に包まれているのだ。明らかに人間のそれではない。
それぞれの心臓の音が妙にうるさく聞こえた。汗をかいているのに口の中は気持ち悪いぐらいカラカラだ。
「何を怯えている?データ採取は終わってないと言うのに?」
人の力では説明できない力を、全て使ってから殺す。
狂気の科学者の本領発揮は、まだこれからだ。
-
★
その日も、子供がおじいちゃんの家に遊びに行きました。
子供はずっと大きくなり、昨日は小学校の卒業式が終わりました。
先生たちや同級生は涙を流していましたが、子供は悲しくなかったです。
それよりも、自分もおじいちゃんみたいに、凄い物が作れるようになったことが楽しみでした。
子供がただいまと言うと、いつもはおかえりと言ってくれる声が、聞こえません。
おかしいと思いました。もう一度ただいまと言いました。おかえりという声は聞こえません。
すぐにどうしてか分かりました。
おじいちゃんは、階段から落ちて、動かなくなっていました。
声をいくらかけても、返って来る言葉はありません。
お医者さんを呼んでも、もう手遅れでした。
子供は、もうおじいちゃんがいないと分かって、大声で泣きました。
悲しみの中で、一つだけ思いました。
どうして凄い人なのに、すぐに死んでしまうんだろう。
★
「テンシ機体・ハイパードライブモード。」
「速い!!!」
何かが動いたと思ったら、もう2人の目の前まで怪物はやってきた。
ドンナー・ゲヴェーアやシュヴェルトでは対処しきれないと、即座に判断したハインリヒは、自分と珠李の周りに電気の壁を作る。
いくらバージョンアップがあったとしても、機械は機械。感電は免れぬはずだ。
「それでは駄目だ。もっと新しい力を見せて見ろ。どうせ死ぬのなら、役に立ってから死ね。」
だが、その直前で笑止千万は攻撃を止める。
石畳の地面を思いっ切り叩いた。
元々地面に穴ぐらいは開けられる力を持っていたが、今度は広場に地割れが起こった。
「離れるよ!!」
「分かってる!!」
いくら守りを固めたとしても、地割れに飲み込まれれば意味が無い。
珠李の言葉に従って、地面の亀裂からダッシュで離れる。
「流星(メテオア)!!!」
敵に背を向けたまま、珠李は魔法を唱える。
炎を纏った流星が笑止千万に降り注ぐ。
だが、彼女らを見据えたまま、拳を軽く振っただけで、炎は吹き飛ばされてしまった。
「まさか、異能に頼り切っているのに、私を驚かせることさえ出来ぬ訳では無いよな?無いよなあア!!!」
腹から火炎弾を発射する。
その炎は2人を狙うことは無く、広場の石像を狙った。
岩が炎に強いというのはどこの世界の話やら、石像は一瞬で融解する。
勿論外したわけではない。2人に自身の力を見せつけるためのパフォーマンスだ。
-
これは笑止千万の慢心ではない。異能に依存した愚か者共に、自分の技術の方がいかに優れているか見せつけるためだ。
同時に、実験サンプルが残された命でどれほど足掻いてくれるか、知り尽くすためだ。
「やられてばっかりでいるかよ!!」
ハインリヒが、ドンナー・シュトロームを撃つ。
再び雷の津波が、笑止千万を飲み込もうとする。
「珠李!!アイツが空へ逃げたら、全力でメテオアを撃って!!」
「分かってるよ!!」
「弱い!弱いぞ!!人類の叡智と技術の結晶には、遠く及ばぬわ!!」
左手を目の前に出す。
またも打ち合いになるかと思いきや、その右手でハインリヒの技を吸収した。
紫電はテンシの掌に吸収され、瞬く間に収束する。
「ウソ……だろ!?」
それで倒せるとは思ってなかった。
だが、吸収されるどころか吸収されてしまうとは。
「良い!素晴らしい!最高だ!!流石は私の技術!!流石はテンシ!!人類は素晴らしいィーーーーーーッッ!!!!」
ハインリヒのドンナー・ゲヴェーアと、テンシの電磁砲が合わさった一発だ。
太陽とも錯覚するほどすさまじい光が、近づいただけで両目を焼かれそうになるほどの破壊の塊が、2人に迫り来る。
雷切伝説の偉業を成し遂げた珠李であっても、これを切断するのは土台無理な話だ。
逃げようにも範囲が広すぎて逃げることも出来ない。人がその足だけで台風から逃げられないのと同じだ。
雷の技で超高速になることも、先程雷銃を一発撃ってしまったため、珠李と2人で逃げるのは難しい。
「ハインリヒ!!」
テンシの腕から放たれた悪魔のごとき破壊の光球は、生命を産まず、死を齎すのみだ。
「ハーッハッハアアアアア!!クアハハハハハハハ!!!」
光球が消えると、そこには家も石畳も人も“消えていた”。
焼け跡さえ残さず、まるで最初からなかったかのように、空き地だけが残っていた。
ハイパードライブモードは、笑止千万がテンシの機体にさらなる改造を施し、人間の義体として使うのに最適なプログラミングを施した、狂気の産物だ。
当然、消費するエネルギーはノーマルモードの比ではない。
全力で稼働させた場合、5度目の戦闘でバッテリーが無くなるはずだが、ハイパードライブモードでは2度でガス欠を起こしてしまうだろう。
-
だが、元気な獲物が何匹もいるのだ。
窮鼠猫を噛むと言うが、それこそが彼の狙い目。
人の技術とテンシの力が、どこまで限界を超えられるかを試すのに打ってつけの状況。使わない手はない。
「ハ………」
石畳の下から深紅の光が、火山の噴火のように現れる。
せり上がって来るエネルギーの流動は、笑止千万を吹き飛ばした。
「名付けるなら、ロート・バルカンって所かしらね。」
「危なかった。命拾いしたよ。」
「とーぜん!まさかあんなので終わったと思って無いでしょ?」
笑止千万の破壊の光弾が彼らを飲み込もうとする寸前のことだった。
珠李はハインリヒの腕を掴み、強引に地割れに飛び込んだのだ。
賭けではあったが、この辺りは地下にも町が広がっていたため、彼女らは地下に隠れることで、事なきを得た。
ハインリヒ・フォン・ハッペと舛谷珠李は、異世界の救世主だ。
スキルこそはチートと言う程の物でも無いが、時に修行で、時に協力で、時に不屈の精神で関門を乗り越え続けて来た。
珠李が豪胆さで、ハインリヒが冷静さであらゆる敵を、あらゆる困難を捌く。
街一つ半壊させられる超高エネルギー電磁砲程度で、殺すことなど出来やしない。
さらに、珠李の攻撃は終わらない。
ロート・バルカンで地下から天へと昇った炎は、一定の高さになると爆発し、火花となって敵に降り注ぐ。
火山の噴火の後は、辺りに火山弾と火山灰が降り注ぐが、珠李の火山を模した魔法は炎の雨を降らせる。
「ネズミのように逃げ隠れしているだけなのに?勝ったような顔を浮かべるとは、何とも滑稽だ!!」
だが、笑止千万の攻撃はそれで終わらない。
口から空気の塊を吐き出し、自分に当たりそうな炎を吹き消す。
首より下が暇をしている訳では無い。
下半身は地面をドンドンと踏み鳴らす。広場の石畳が崩れ落ちて、地下にいる2人に落ちてくる。
生き埋めにする気だ。たとえ異能が使えたとしても、酸素が無ければ生きることは出来ない。
「安心しろ。死んだら死体は掘り出して、実験台にしてや……?」
セリフを全て言い終わる前に、彼の全身を麻痺が襲った。
「珠李、捕まってろ!!」
「オフコース!!」
地下にいながら、雷を自分と珠李に纏わた。
文字通り電光石火の速さで、まだ足場の壊れていない地上へと昇る。
笑止千万とはすれ違いざまに、ドンナー・シュヴェルトで斬り付けた。
生き埋めになることを避け、同時に笑止千万にもダメージを与えた。
-
「これで僕も助けたから、貸し借りは無しだね。」
「ええ?今のは私一人でもどうにかなったんだけどお!?
もしそうだったとしても、木の実の分はどうなってたの?」
ハインリヒの魔力は、珠李が参戦した時点で、既に8割以上消費していた。
だが、この時点でも雷魔法を連発することが出来たのは、仲間に会えてモチベーションが上がったから、それだけではない。
珠李がエイドリアンから、『魔法樹の実』を渡されており、それを食べたからだ。
魔法を使えない彼としては、役立てられる者に渡しておこうと考えたのだ。
激戦のために食べる時間は中々取れなかったが、先程地下に逃げた際に、珠李がこっそり渡し、自分も食べた。
味はお世辞にも良いとは言えないが、彼女らの異世界で食べた経験から、その効力はお墨付きなのはよく知っている。
「まだだ!!」
笑止千万は、地下から戻って来た2人目掛けて突進。
それに対して、珠李は右手に赤い光を纏わせる。
一見腹を突き出したボディーアタックのように見えるが、そんな安直な攻撃ではない。
改造した肋骨や胸骨を体内から突き出し、2人を斬り刻もうとする。
遠距離で攻撃するのではなく、今度は接近戦に切り替えて来た。
刃と化した肋骨(リブス・ブレードと言うべきか)が珠李の左手に触れた瞬間。
小さな爆発が発生し、笑止千万は2人を傷付けることなく逆に吹き飛ばされた。
既に彼女は、遊園地でテンシと戦った経験があるため、テンシを戦術に組み込んだ笑止千万の手の内も、ある程度読むことが出来る。
「人を騙る弱くて愚かな簒奪者の分際で…なぜここまで粘る?」
いつまで経っても二人を仕留めることが出来ない事実に、笑止千万は苛立ち始めた。
違う。たとえ『二匹』を殺せなくとも、実験を愉しむ時間が増えて悪い話ではない。
(これでは…こいつらが……)
目の前の二匹は、圧倒的な力を目の当たりにしても、協力と工夫で、悉く乗り越えてくる。
笑止千万が小さい頃からその偉業を知り、深い憧れと尊敬の念を抱き、自分もその一人として進歩に貢献したいと思っていた存在。
姿だけではなく、中身まで人間のように思えた。
-
「アンタがどうして頑なに私達を人間だと認めないのか知らないけどさ。こっちはそんなことどうでもいいの!
だって私、ハインリヒがたとえ人じゃ無くたって、好きだからさ!!」
「やれやれ…でも、助かってるのは事実だよ…その、ありがとね。」
「ふざけるなァ!!」
人では無い異常者のくせに、人にありそうな態度を見せつけられたのが、どうにも勘弁ならなかった。
愛の言葉を投げかける、感謝の言葉を交わす。そんなことが出来るのは、していいのは誇り高き人間だけだ。
怒り狂う笑止千万が、猛然と突進して来る。
「珠李!アイツの光が消えてる!!どうしてか分からないけど、今がチャンスだ!!」
「良い所に気付いてんじゃん!!」
笑止千万のハイパードライブモードが消えた理由は非常に簡単。オーバーヒート防止装置の発動だ。
確かにテンシの機体は、ありふれた機械より遥かに熱への耐性はある。
だが、その事実を加味しても、短期間にエネルギーを使い過ぎた。
加えてこの辺りは、珠李と自身が放った技が原因で、熱が充満している。
既に半壊している市街地は、夏真っ盛りの気温となっていた。
「行くよ!」
「勿論だ!!」
ハインリヒ・フォン・ハッペは異世界に来るまで一人だった。
元々内気で、争いごとを嫌う性格だったので、友達を作るのも一苦労だった。
せめて何か得意なことがあれば、上手くやって行けたかもしれないが、成績は中の上と言った所。運動は平均以下。絵や音楽などの芸術センスも無い。
ゲームこそは得意だったが、それも人目を引くほど巧いわけでも無かった。
それ故にいつも貧乏くじを引いていた。
「珠李!!針を吹き飛ばして!!」
異世界に来て、ハッペ家の長女に助けられ、修行の果てに仲間が出来て行った。
多くの敵を倒し、仲間はどんどん増えていった。
けれど、仲間が増えれば増えるほど、称賛を浴びれば浴びるほど彼は疑問を持つようになって行った。
自分の力が無くなってしまえば、この人たちは仲間でいてくれるのかと。
だからこそ、救世主になった後は別れの言葉も告げず、一人でスローライフを過ごそうと思っていた。
自分に惚れた者達が自分を巡って争って欲しくも無かったし、ましてや権力争いなど真っ平御免だったのもあったが、結局はそんなことへの恐怖感だ。
-
「ハインリヒ!右から来てる!!」
舛谷珠李もまた、異世界に来るまで一人だった。
ハインリヒとは違って勉強も運動もそれなりに出来たが、だからと言って友達を作れた訳では無かった。
元々勝ち気で、ムキになりやすい性格の持ち主だったため、学校では嫌われていた。
彼女はそんな周りを嫌っていた。特にルールを守らないから、校則を守らないから悪いとバカの一つ覚えの言う者達も嫌いだった。
唯一彼女の好奇心に、向上心に応えてくれた祖父も、彼女が小さい時に死んでしまった。
転移した頃は、人と足並み揃えることが苦手な性格が、特に災いとなった時だった。
異世界で重宝されていた魔法は、バリアや回復、ワープなど便利な魔法だったこともあり、それらが使えない彼女の扱いはひどいものだった。
中には今からでも回復や転移の魔法を使おうと提案する者もいたが、彼女は人より出来ない自分を認めなかった。
代わりに、己が得意とした魔法を、祖父が見せてくれた発明品の光に似た魔法を磨き抜くことに決めた。
やがては爆炎の魔法使いとしては大成したが、周囲の人はその魔法を恐れ、より距離を取るようになった。
彼女は頭が悪い訳では無い。自分がどのように思われていたかも分かっていた。
だからと言って、自分より弱い癖に、法律だの決まりだのを盾にして自分を悪く言う奴等に従いたくない。
それでも彼女は1人で生涯を全うできるほど完成された人間でもない。
だから、自分が心から好きになれると思った相手、自分を完全に負かしてくれる相手を探していた。
その果てに、ハインリヒを見つけた。
彼は、異世界に来て初めて、自分を受け入れてくれる人間だった。
でも、本気で魂をぶつけあったことは、彼が自分が求めていた物に応えてくれたことは一度たりとも無かった。
「珠李!!前にあの真っ赤な鳥と戦った時に考えた技を使うぞ!!」
「え?」
「良いから!!メテオアを僕に撃ってくれ!!僕が自傷癖がある人間じゃないってことぐらい分かってるだろ!!」
笑止千万の異様なまでの魔法の通らなさは、どうにも厄介だった。
首より下が人間のそれでは無いことは分かっていたが、一体どんな金属を使っているのか疑問に思う程だ。
そこで、彼は思い付いた。
同じように魔法を軒並み無効化してしまうマガツ鳥、ドグラマグラと戦ってる最中に、ハインリヒが思いついた技だ。
「行っくよー!!メテオアアアアアアア!!!!!」
珠李がなおも元気な口調で魔法を唱えると、流星のような炎が、ハインリヒへと落ちる。
-
「この力!!受け取ったぞ!!!!!」
腰を落とし、ドンナー・ゲヴェーアを両手で持ち、炎の塊を受ける。
前もって雷のバリアを張っているから魔法の炎で焼け死ぬことは無いが、それでもサウナのように暑い。
歯を食いしばったハインリヒの顔から、滝のような汗が流れ落ちる。
「なんて威力だ……けれど……。」
魔力が止め処なく溢れていく。
魔法の圧力によって、両手に焼き切れそうな痛みが走った。
異世界の英雄であろうと、爆炎の救世主の流星(メテオア)だ。容易に受けきれる訳がない。
「僕は、雷霆の勇者、ハインリヒ・フォン・ハッペだ!!!!!!!」
その瞬間、炎と雷が。
ハインリヒと珠李が。
一人だった青年と女性が、一つになった瞬間だった。
「くたばれええええええええ!!!!」
笑止千万の両手から、電磁砲が放たれる。
2人への苛立ちが治まらない。
自分は一体いつまで、異能者共の人間しぐさを見なければならないのだ。
テンシの力を全て使った訳では無いにせよ、それでも家ぐらいなら消し飛ばせる威力だ。
「「ツヴァイ・シュヴェルト!!」」
次の瞬間、人の理を越えたエネルギーの剣が完成していた。
2つの世界を股に掛けた、2人の英雄のマスターピースが、ここに誕生した。
雷霆と爆炎。2人の英雄の力を纏った剣は、まずは笑止千万の電磁砲を一刀の下に斬り裂いた。
雷を使い尽くした男と、雷を斬り裂いた女の合体技だ、テンシの力を両断する程度、出来ぬ訳がない。
「でええええりゃあああああああああああ!!!!!」
これならば、魔法だけでは倒せぬテンシの装甲も打ち破れる。
ハインリヒの一撃は、笑止千万の胴体をたった一撃で打ち砕いた。
「そんな……私が……私が………!!」
笑止千万の上半身は、エネルギーの波動に吹き飛ばされ、市街地の果てへ飛んで行く。
そこに残ったのは、ハインリヒと、珠李。そして彼の下半身と片腕だけだ。
-
(一体何をやっているんだアイツら……)
時は少し遡る。
エイドリアンとテンシ・プロトタイプは、彼らと離れた場所に移動しながらも、その戦禍のすさまじさを感じていた。
場所は市街地の地下。
蕗田芽映を誘導する中、偶々入った建物が、地下へとつながっていた。
(ここ…崩れ落ちてきたりしないよな……)
あの戦いから逃げつつ、熊からも隠れるのは最適だと考え、潜り込んだ。
だが、問題はその地下が異様なほど広かったことだ。
途中でたまたま目にした看板によると、ここは『レガリア』という町を模したもので、地下があるのもその名残だそうだ。
(レガリアって何だよ……なんちゃら語で新宿とか梅田とか地下ダンジョンがある町…とかじゃないよな?)
何度角を曲がったか分からない。
殺し合いの最中に、死ぬのではなく、どことも分からない地下で1人死ぬのではないか、という不安が襲う。
しかもまずいのはこれだけではない。
先程まで聞こえていた熊の足音と息づかいが、急に聞こえなくなった。
離れたからではない。そうだったら徐々に聞こえなくなるはずだ。
しかし、突然熊を熊づける音が、一切聞こえなくなった。
(どうなってるんだ?)
あのクマがどうして自分を追いかけて来たのか分からない。
だが、何らかの気まぐれで向こうの戦線に復帰してしまえば最悪だ。
笑止千万と言うただでさえ何をしでかすか分からない男がいる場所だ。
どうなるか分からないにせよ、ろくなことにならないのは分かる。
テンシに相談を持ち掛けてみようとも思ったが、バッテリー切れが原因か、うんともすんとも話さない。
「ちょうだい。」
不意に人間の声が聞こえた。
彼に聞き覚えの無い、少女の声がした。
「おい!聞こえるか?大丈夫か?」
エイドリアン自身が鼻持ちならない状況下にいるが、こんな所で異性の声がすれば、気にかけてしまう。
(いや…待て待て。声だけ女で、その実人を誘って頭から食うバケモノって可能性も…)
異常殲滅機関に所属している彼だからこそ分かることだ。
人の言葉を話せるからと言って、それが安全という証拠はどこにもない。
「お兄さん、気持ちよくなるおくすり持ってたでしょ。ちょうだい。」
-
声が大きくなってくる。
それより気になったのは、『気持ちよくなる薬』といったことだ。
(まさか、俺が持ってる支給品じゃ無いだろうな?)
彼には心当たりがあった。
支給品を確認した時、テンシ兵装以外に、目を引く物がもう1つあった。
ただし、それは役に立つのではなく『なぜこれを支給したんだ』という意味で目を引いたものだ。
それは、ただの何の変哲もない白いペンキ缶。しかも絵筆も無い。いやあっても困るが。
精々相手に投げつけて、嫌がらせをするのが精々の使い道だろう。
だが、もう一つ覚えていることがある。
ペンキの中にはシンナーが混ざっており、長時間その臭いに晒され続けると、それと同じ効用をもたらす。
実際に工事現場で置いてあったペンキ缶が、中毒者に盗まれたというケースもある。
(そういうことなのか?)
だが、ザックに入っていれば、ペンキの臭いなどしてこない。
感じ取れるなら、犬並みかそれ以上の嗅覚が必要なはずだ。
「ねえ、お兄さん。気持ちよくなれるお薬、ちょうだい?」
「お前…さっきの熊なのか?」
上目遣いで見てくる彼女は、ある意味でツキノワグマ以上に恐ろしい存在だった。
【E-6 市街地 地下2階 午後】
【エイドリアン・ブランドン】
[状態]:疲労(大)、 精神的疲労(大)、頭痛
[装備]:テンシ兵装トリスタン 暗殺用ナイフ “テンシ”プロトタイプ(エネルギーほぼゼロ))
[道具]:基本支給品一式×2 ペンキ(白)の缶、ランダムアイテム×0〜2(盛明の分) “テンシ”との連絡用インカム
[思考・行動]
基本方針:とりあえず生き残ってデスノを始末する
1:どうしてクマが人間の女の子に?
2:笑止千万…予想以上にヤバい奴じゃん
3:殲滅兵器とか、制御できる気がしねぇ
4:得体のしれない女に竜、もう嫌んなっちまうな
5:ノエルのような類とは戦闘を避ける。
6:盛明……成仏しろよ
7:こいつ(舛谷)にテンシに……制御できるのか? 俺に。
8:珠李が言っていたテンシに書いてあった名前…知ってるのか?
【備考】
※名前だけなら噂で笑止千万、ノエル、四苦八苦(の本名)、双葉玲央を知ってます。
他にも知ってる人はいるかもしれません。
暦は書類上のデータで細かく知ってます。
【蕗田芽映】
[状態]:興奮
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0〜3(パッと見で武器になるものは入っていない)
[思考・行動]
基本方針:生きて帰り、同胞がいるはずの山へ行く
1,笑止千万と一緒に生還し、棲んでいた山へと帰る。
2.自分をシッパイ扱いする人間達を……?
3.お兄さん(エイドリアン)が持っている、気持ちよくなれるおくすりがほしい
4.トレイシーの言葉は意味不明だが、感謝はしている。
5.おじさん(笑止千万)、泣いていたけど元気になって良かった!!
6.あの棒きれ(アクマ兵装)、キラキラしてて綺麗
【備考】
トレイシーが召喚した魔物を食したことで、何らかの変化があるかもしれません
-
「さて……と。」
笑止千万という強敵を倒した後、珠李は満面の笑みをうかべて伸びをする。
ハインリヒと共闘できたのもあり、なんとも楽しい戦いだった。
前座試合にしては、100点満点の終わり方だろう。
そう。前座試合にしては。
支給品袋からまたも魔法樹の実を出して口にし、そしてハインリヒにも渡す。
それを彼は、受け取ろうとしなかった。
「なあ、珠李。」
それを食べることは
「ん〜?どうしたの?」
彼女の叶えさせてはならない望みを、叶えることになってしまうから。
「君、殺し合いに乗ってただろ?あのナオビ獣が言ってた。」
「そうだよ。だってこんな場所じゃ無けりゃ、ハインリヒと戦うことも、他の強い人たちと戦うことも出来なかったからね。」
舛谷珠李はこの時間を待っていた。
ハインリヒ・フォン・ハッペと命を懸けた戦いが出来る、この瞬間を。
「さ、さ。早く食べて。回復して、決着を付けようよ!!」
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ハインリヒは、その手に青緑の木の実を握り締めながら、どうすべきか悩んだ。
その実を食べれば、戦うことを承諾したことになる。
彼女の願いを叶えるべきか、彼女を止めるべきか。
彼女を止めようと走っていたのに、いざこうして対面すると、怖気づいてしまう。
せっかく心が通った相手と、こんな風に殺し合いをしたくない自分がここにいる。
「危ない!!ハインリヒ!!」
木の実に意識をやったのが、最悪の結果につながった。
珠李がハインリヒを突き飛ばす。
意識を彼女に戻した時、“終わり”がそこに映っていた。
「珠李………!?」
笑止千万の右手が、珠李の下腹部を貫いていた。
「うわあああああああ!!!!」
綯い交ぜになった感情のまま、彼にも襲い掛かって来る右手を、完全に粉砕する。
だが、彼女の傷はもう癒せない。
“ひとつ”になった“ひとりたち”は、やがてまた“ひとり”になる。
【E-6 市街地/午後】
【ハインリヒ・フォン・ハッペ】
[状態]:ダメージ(大) パニック
[装備]:ドンナー・ゲヴェーア ドンナー・シュヴェルト
[道具]:基本支給品一式
[思考・行動]
基本方針:珠李……!?
1:僕は…
2:あの映像は何を伝えたかったんだ?
3:アイツ(双葉玲央)の顔、何処かで見た覚えが
4:僕がいなくなった後の異世界…どうなっているんだ?
5:雪見儀一の言った言葉とは!?
【舛谷珠李】
[状態]:ダメージ(少なくとも特大) 魔力消費(小) 出血(大)
[装備]:豪炎剣"爆炎"
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム×0〜2(確認済み) 魔法樹の実×1
[思考・行動]
基本方針:それでも戦いたい
【備考】
※魔力感知はザルです。
※マガツ鳥のネームドモンスター『ドグラ・マグラ』を倒した張本人です。
※第一段階強化は六時間使用不能です
※第二段階強化は十二時間使用不能です
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「くそ…まさか異能者共が、これほど力を見せてくるとは……」
笑止千万の背中からは、翼が生えていた。
上半身だけ、胸より上だけで空を浮いているのは、何とも不気味だ。
それはテンシの力を持った、反重力装置。
普段は彼はその翼を機体の中に隠し、使わないようにしている。
その足で歩いて調べなければ、人類の未来は掴めないと思っているからだ。
「良いだろう。そこまで人らしくあろうとするならば。」
彼の口元が、邪悪に歪む。
ロケットパンチで見せたように、彼の四肢はたとえ切り離されていても、僅かな間なら脳から出る指令で動かせる。
コントロールできる感覚が無くなった今、獲物のどちらかを攻撃し、もう片方に壊されたのだと考えた。
「今度は大切なものが無くなった時の怒りを見せて見ろ。」
彼もまた、喪失の怒りは、悲しみはよく分かっている。
それが、可能性の塊ならばなおのことだ。
だが、さらなる可能性は、未来は、そういった感情の先にある。
(しかし…どうにかしてこの身体を修理せねばな……フキ、そしてテンシよ。無事でいてくれよ。)
デュアル・シュヴェルトを受けたダメージは相当のものだった。
電力も半分を切っているし、これでは移動は出来ても戦うのは難しい。
機体を自分の身体に組み込んだ時の方法は覚えているが、どうにかして修理をしたい。
一先ずは隠れる場所を探し、空を移動する。
【D-6 市街地 上空 午後】
【笑止千万】
[状態]:高揚 下半身喪失 電力(2/5)
[装備]:超高性能義体
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0〜2(確認済み) 充電器 フキが吐いた魚の肉片
[思考・行動]
基本方針:勝ち残り、デスノを機関へと連れ帰る
1、ひとまず機体を修理できる場所を探したい。あとバッテリーの充電もしたい。
2、ハインリヒと舛谷珠李に興味
3、出逢ったものは殺す
4.三人殺せば手に入るというアクマ兵装も、ぜひ手に入れておきたい。
5.フキ、どうか無事でいてくれよ。
【備考】
※この義体の性能込みでも殺し合いが成立するものが、参加者にいるだろうと推察しています。
※超高性能義体が武器扱いの為、ランダム支給品の数が一つ少なくなっています。
【支給品紹介】
【ペンキ缶(白)】
エイドリアンに支給された。色んな物を白く塗ることが出来る。
なお、ハケは付いていない。使えるとしたら、せいぜい敵にぶつけて視界を奪うぐらいか
【魔法樹の実】
エイドリアンに支給された。
異世界に生えている樹木になっている青緑の木の実。異世界ではありふれた植物で、この実やその加工品を売っている店も少なくない。
食べれば魔力が大きく回復し、キズは治せなくても疲労回復の効果もある。
味の方は保証できないが。
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投下終了です
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こ…このマッド強え。カラテの無さを義体の多機能さと頭で補ってやがる。
また妙なのが寄って来るエイドリアン哀れ
珠李、此処で終いなんか……。
>>673
大変申し訳ぎざいません。
wiki収録時に修正しておきます
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播岡くるる
本汀子
新田目修武
予約します
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投下します
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「向かうとしたら、東だと思う」
『西へは行かないのか?折角動いているんだから、どんなのか見てみたいんだが』
最初に言い出したくるるに、ドロシーが返す。
「…西の“テンシ”を動かしたのがどんな奴か分からない以上、未だ動いていない東の“テンシ”を味方に付けるべきよ」
『あ〜〜。そういう事。あんなのが動かしてたら、物騒極まりないもんな』
「そういう事」
「あんなの?」
くるるの要点をぼかした説明に、あっさりドロシーが賛成したので、新田目が疑問を口にする。
そう言えば、くるるの顔には鼻血の痕があるし、服の背中側には切られた跡がある。レイチェルにやられた傷にしては、包帯も巻いてあるし鼻血も止まっている。
レイチェルと交戦する前に、他の誰かと戦ったのは明らかだった。
「レイチェル以外にも、誰かに襲われたのかい」
新田目は、医者としての知見で、くるるの傷から大体の事情を察した。くるるは誰かに襲われて、病院へ逃げてきたのだろう。
そして、くるるを襲ったマーダーは、未だに生きている。
ミカを殺したレイチェルが、放送で名前を呼ばれなかった事からして、襲撃者をミカが仕留めて、その後に死んだから名前を呼ばれなかった。という事は無い。
この病院で三人死んでいて、名前を読み上げられた殺人者が三人という時点で、くるるを襲ったマーダーを、ミカが殺していた場合、数が合わなくなるのだ。
くるるの能力と、ミカの戦力。この二つを同時に相手にして、少なくとも生き残れるというのは、相当な強さを誇るという事だ。
くるるを襲ったマーダーは、レイチェルに匹敵する脅威と言えるかも知れなかった。
『ああ、綺麗な声で狂った事を言っていた女だったぜ』
「……え、ちょっと待って」
ドロシーが語った、くるるを襲った者の特徴に、汀子が待ったを掛けた。
「くるるさん…。貴女を襲った人の特徴を話して頂けますか」
「気味の悪い弓を持った、長い金髪の、狂ってる癖に頭が妙に回って、顔と声は矢鱈と綺麗な女」
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「新田目さんっ!」
「ああ、多分。彼女だ」
汀子と新田目の様子に、くるるは大体の事情を察した。察してしまった。
「貴方たちも、アイツに襲われたんだ」
つまり、あの自称“オリヴィア”は、病院へくるるとミカを追ってきて、そして新田目と汀子の二人を相手に戦ったのだ。
そして二人に追い払われ、レイチェルの呼び出した“竜”を見て、不利を悟って退いたのだろう。
あの狡猾で、妙な武器と能力を持つ女ならば、新田目と汀子の二人を同時に相手にしても生き残れるだろう。
寧ろ、あの狂人とレイチェルとの連戦で死ななかった、新田目と汀子を讃えるべきか。
「アイツ。無駄に顔と声が良いから、騙し打ちにはもってこいよね。
それにあの変な体質と武器。私もミカが居なかったら、嬲り殺しにされていたでしょうね」
くるるはモールでの一戦を思い出す。警戒していても知らなければ罠に嵌められる特異体質。加えてあの武器。よく生き延びることができたものだと。
「私達は、病院の入り口で、女性を襲っていたところに遭遇したんです」
「あの女性には気の毒だったが、彼女が居なければ、騙されて不意を衝かれていただろうね」
新田目と汀子にしてもそれは同じ。二人掛かりでも結局は逃げるしか無いところまで追い詰められたのだ。
もし仮に、あの腰斬された女性が居らず、あの少女がこちらを騙して不意打ちを掛けて来たならば、少なくとも両者の内、何方かは死んでいただろう。
「………あ〜。その襲われていた女性って、矢鱈と髪が長くって、肌が青白い女だった?オリヴィアが言っていたんだけど、サダコがどうとか」
ふと思い出した、オリヴィアが遭ったらしい人物のことを訊いてみる。あの後、狂人女(ノエル)がオリヴィアの名を騙っていた事でオリヴィアが錯乱。
“テンシ“プロトタイプの事やレイチェルの襲撃もあって、完全に忘れていたのだ。
『サダコ………』
ドロシーが汀子の方を見た。様な気がした。巫女なら何とか出来るだろ?みたいな感じで。
次いで新田目とくるるも汀子へと目線を向ける。何とか出来るだろ?みたいな感じで。
「出来ませんっ!無理ですっ!」
そんなビッグネームは流石に手に余る。本物なら退魔巫女を結集して当たるべき大敵だ。単騎でどうにかしろと言うのは、素手で恐竜を屠れと言うに等しい。
『白亜紀の原人は素手でティラノ仕留めて喰ってたぞ。人間頑張りさえすれば出来るのだ。全ては心一つなりッッッ!』
「くるるさんちょっとそれ貸して下さい電撃食らわしますので」
『やめてとめてやめてとめてやめてとめて』
後ろでAUがブチ切れてそうな戯言を宣いだしたAIに、汀子が笑顔になった。
とても良い笑顔だった。
額に青筋浮いてるけど。
「いや無駄に消耗するのは良く無いと思うけど」
新田目が投げやりな声で制止した。
◆
-
数分後。
東に向かって、未だ起動していない“テンシ”プロトタイプを確保する事を決めた一行は、出立する前に、休息を兼ねて情報交換を行う事にした。
西で“テンシ”プロトタイプを起動させたものが、殺し合いの道具として“テンシ”を用いていた場合、その脅威はレイチェルが召喚した“竜”に少なくとも匹敵する。
新田目が熟知し、くるると汀子も見たミカの戦闘能力。それを隔日に上回るのだ。先ずは拮抗できる様にしなければ、西へ向かうのは危険極まりなかった。
なおドロシーは汀子の足元で地面に埋没していた。
「新田目さんはアイツの持っていた武器に心当たりは無い?ミカは“アクマ兵装”とか呼んでたけれど」
取り敢えず三人が共通して知っている狂人女きと自称オリヴィアの話をする。
脅威度では同等以上のトレイシーは、未だに以て詳細不明の相手だ。
見つけ次第、殺害も込みで制圧する。位しか対処の方策が無い。
何が出来て何が出来ないのか。何が目的なのか。それすら満足に判らないのでは、具体的な対策など立てようが無い。
よって、先ずは目的も能力も分かっている自称オリヴィアについて、知っている事を共有して、対策を立てることとした。
くるるの質問に、「ちょっと待って」と、眼を閉じて考え込んだ新田目は、数分経って瞼を開いた。
「“アクマ”が斃した“テンシ”の軀を材料に造った武器だけれど……。弓…アレは人間が扱うには……いや、あの体質なら……」
ブツブツと独り言を言い出した新田目を、二人は黙って見る。
「彼女が持っているのは“ブラック・プリンス”。弓の形状をしているけれど、それは刃を設置する為に使うもの。
本来の使い方は、任意の位置で予め定めた状態で静止させられる透明な刃の射出装置なんだ。
設置した刃の位置を覚えていないと、自分で設置した刃に斬り裂かれるから、強力な再生能力や、特殊な体液で刃を防げる“アクマ”でないと扱えないんだけれど。
彼女の特異体質なら、刃を滑らせて防げる。“テンシ”が素材なだけに、強度も一級さ、僕の持っている銃じゃ百発撃ってもかすり傷もつけられない」
「ミカも同じ事を言ってたわね」
「高速機動戦闘を得意とするミカには、天敵とも言える武器だからね。同型の“テンシ”が散々やられたよ」
改めて、人を騙すのに最適の容姿と声を持ち、騙し打ちに最適の武器を与えられている、あの狂人の危険度を認識する。
何も知らない者が出会えば、あっさりとあの狂人の事を信じた挙句に、殺されてしまうだろう。
汀子は無言のまま、何事かを考えていた。おそらくは、自称オリヴィアと再戦した時の対処法だろう。
『あー。一つ良いか』
「何よ」
汀子の足元でドロシーが発言を求めてくる。極短時間の付き合いだが、異様に真面目になっていると判る声だった。
『その“ブラック・プリンス”ってのは、決めた場所に透明な刃を飛ばして設置できるんだろ?という事はだな、つまりは狙った場所に刃が確実に飛んでいくって事だよな」
「あ……」
ドロシーの言葉に、新田目が絶句し。
「そうですね。私も対処法を考えてはいたんですが。今のところは何も」
汀子が同意する。
『ミカってのが、どれくらい速いのかは知らないが、高速機動が得意だってんなら、多分狙いを付ける事自体ができなかったんじゃないか」
「だから予測した軌道上、或いは予め周囲の空間に置いておく事で罠にする……」
「……どういう事?説明して」
深刻な表情で考えて出した新田目と汀子に、一人置いてきぼりを食ったくるるが、説明を求める。
あの狂人女の事だったら、二人に任せて頬被りという訳にはいかないのだ。
『狙った場所に100%精確に飛ばせるんなら、刃の設置道具なんて使い方をせずに、直に狙えば良い。
それをしなかったのは、“テンシ”が速過ぎて、刃が到達する前に移動してしまうからだ。
此処までは判るな」
「それ位判るわよ。ミカは撃たれても避けてたし」
『あ〜。“テンシ”にはマジで当たらねぇのか。けどそれは“テンシ”だからだろ。刃の飛ぶ速度が不明ではあるが、人間相手に使った場合。どうなると思う』
「あっ……」
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くるるもまた察した。“テンシ”の飛翔速度に比べれば、人間の走行速度など高が知れている。狙った場所に精確に刃を飛ばせるのならば、当て放題だろう。
ミカはくるるに対して、弓は刃の設置道具と説明したが、元より高速機動を得手とするミカだ。
狙った場所に精確に刃を飛ばす弓の機能は、ミカにとっては脅威では無く、設置された刃の方を脅威と認識していた為に、ああいう説明になったのだ。
「彼女は足音を立てずにかなりの速さで移動していた。そこに“ブラック・プリンス”が加わるとなると」
新田目の危惧は尤もだ。あの狂人女に気付く事が出来ず、狂人女に捕捉されてしまった場合、皆殺しにされる可能性が高いのだから。
「それは、大丈夫だと思う。………アイツがそんな簡単に殺すとは思えない。きっと、嬲り殺しにしようとする。
そうじゃ無かったら、ミカが居ても、私は殺されていた」
少なくとも、くるるを行動不能にしたにも関わらず、さっさと殺す事をせずに、水を使ってくるるを苦しめた事。
ミカと交戦している間でも、くるるを殺す機会は幾らでも有ったにも関わらず、くるるを痛めつけるだけに留めた事。
この事実からするに、あの狂人女は殺しを────それも凄惨な嬲り殺しを愉しみ愉しもうとする精神を持っている。
そんな狂人が、離れた場所から撃ち殺すなんて真似をするとは思えなかった。
「もう一つ聞くけれど、アイツの名前、聞いていない?私とミカには“オリヴィア”と名乗ったんだけれど。本物のオリヴィアとは此処で逢ったから、本名じゃないの」
「オリヴィア……何処かで聞いたような」
「“彼女”が言っていましたね。知り合いだった様ですが」
くるるの質問に新田目が首を傾げ、忌々しげに汀子が答えた。
「ああ…。大体分かった」
汀子の様子から、くるるは大方の流れを察した。あの嗜虐趣味の女が、オリヴィアと知り合いだったなら、必ず碌な事を考えない。
上辺は取り繕って親しげに接しながら、どう苦しめるか、どう苛むかを考えていたのだろう。そして汀子と新田目に、そのドス黒い内面を吐露したのだろう。
汀子と新田目が、激怒しただろう事は想像に難くなかった。
「…オリヴィアと名乗っていたとして、本物はレイチェルに殺されている。今後は別の名前か、本名を名乗るとして」
疑わしいのは、アレクサンドラ・ヴォロンツォヴァとノエル・ドゥ・ジュベールのどちらか。
と言ってもくるるの様に、明らかに日本人の名前なのに金髪碧眼の者も居るので、断言は出来ないが。あの容姿ならば、この何方かの名を名乗るだろう。
「この名前の女性と接触したという参加者が居たら、気を付けないとな」
「どっちにしても、あんな気狂いに名前を騙られるなんて、良い迷惑よね」
くるるの呟きに、新田目と汀子も思わず同意する。あんな残虐悪辣な女に名前を騙られたなら、それだけで被る不利益は甚大なものになるだろう。
「それと、名簿に有る双葉玲央って識ってる?モールで逢った連続殺人犯って、アイツは言っていたけど」
モールで自称オリヴィアが語った、連続殺人犯である双葉玲央の存在。くるるは最初は信じていたが、本物のオリヴィアと出会った事で、大分疑っている。
本当に双葉玲央は連続殺人犯なのか?単に適当に出まかせを言っただけでは無いのか?
殺し合いに乗っているということを差し引いても、その考えも行動原理も理解できない自称オリヴィアは、皆殺しの為に行動しているという一点以外は、全てが疑いの対象となり得る。
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「名簿を見た時に気づいてはいたけど。本当に”あの”双葉玲央だったとはね」
「いえ、彼女は他人の名前を平然と騙ります、偶然同じ名前を見つけて、連続殺人犯の濡れ衣を被せたのでは」
新田目がくるるの問い掛けを肯定し、汀子が疑問を投げ掛ける。
「いや、流石に彼女が、くるるさんの来歴を知っている訳が無いし、双葉玲央が凶悪犯罪者で有る事は知られている。嘘をついてもすぐにバレる以上、本物だと思うよ」
10年間幽霊列車の乗客だったくるると、所謂異世界転移者のミカは確かに世事に疎いが、自称オリヴィアがその事を知っている訳が無い。
二人の来歴を知悉していれば、無実の人間を連続殺人犯という嘘も効果が有るが、そもそもが前提として有り得ない。
つまり此処には危険人物が未だ2人残っていると言う事だ。
「厄介な気狂いに、連続殺人犯に、トレイシーに、“テンシ”……」
三人が此処で遭遇し、或いは知り得た危険人物達。全てが厄介で、放置しておけば災いと厄を齎す存在だ。
『やる事が…やる事が多い…』
「噴ッッ!!!」
汀子が脚を振り上げて、落とす。力強い踏み込みは、足首までが地面に埋まる程だった。
足元から豚が絞め殺される時の様な悲鳴が聞こえたが、三人はガン無視した。
◆
-
いざ出立となると、ミカの骸を放置していく訳にも行かなかった。
ミカと、レイチェルの亡骸を埋葬しようと、新田目が言い。二人も賛成して、埋葬する為に穴を掘る事にした。
オリヴィア及び、サダコ(仮)は瓦礫の下に埋もれてどうしようも無い。2人には可哀想だが、放置するしか無かった。
先ずレイチェルの亡骸を埋めて、折れたレイチェルの軍刀を墓標として突き立てる。
続いてミカの骸を埋める。此方はレイチェルの時よりも、深く深く穴を掘った。
万が一にも自称オリヴィアが戻ってきて、ミカの骸を発見した場合、三人を傷つけ、怒らせる為だけに、亡骸を辱めかねないから。
2人を埋葬し、短く祈りを捧げる。
レイチェルにせよ、ミカにせよ、オリヴィアにせよ、サダコ(仮)にせよ、こんな所で死にたくはなかったろうし、死んで良い訳も無かった。
「デスノは殴るだけじゃ済まさない」
「わたしも同感です」
祈りを終えて、くるるが改めてデスノへの怒りを表明し、汀子もそれに同意する。
「サダコ(仮)を殺した気狂い女もね」
いきなり襲われて嬲り殺されそうになった事といい。極々短時間の関わりしか無いが、悪い印象は無かったオリヴィアに対して向けていた害意といい。
更に言えば、あの狂人が態々病院に来なければ、汀子も消耗せず、合流してレイチェルに当たる時間が早くなった筈なのだ。
ミカの死にも間接的に関わっていると合っては、自称オリヴィアへの怒りはより一層募る。
「両親から大切にされ、両親の事を大切に想う心は有るのに、何故あんな凶行に及べるのか」
先だっての一戦で、汀子の術で服を焦がされ、激昂した姿を思い出す。アレは愛される事を知っていて、愛する事を知っているからこその激情だ。
なのに何故、あの様な狂った思考に基づく凶行に及び、しかも嬉々として実行に移せるのか。
こんな事態に巻き込まれて、追い詰められた果てに、これ以外に無いと思い込んだのならば兎も角。喜悦を浮かべて嬲り殺しにするのは、全く理解出来なかった。
汀子の言葉に、くるるの表情が歪んだ。良く良く思い出せば、あの気狂いは、高そうな服を着てたし、髪や肌だって、手間と金を掛けて手入れしているのが窺えた。
元々優れていた容姿を、努力して磨き上げたのだろう、言うのは簡単だが、掛けられる金と時間が無ければ出来ない事だ。
少なくとも、親から虐待されていたくるるには、そんなものは存在しなかった。
親から虐待され、売り飛ばされ、最後は惨殺されたくるるとは何もかもが正反対で。
あの狂人女と同じ様な環境で育っただろう、オリヴィアが善性と純真さで出来ていた為に、より一層際立つ悪虐の在り方。
到底許せるものでは無く。デスノの前にあの気狂いを思い切り殴ろうと固く誓った。
「………?」
新田目はくるると汀子の会話に、引っかかるものを覚えた。何かを忘れている。或いは見落としている。そんな感覚。
二人の会話を思い出し、更には現状を脳内で整理して、『何が』引っ掛かったのかを思い出してみる。
その結果。
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「あ………」
二人の会話と、デスノの通達。その二つが思考の内で結び付く。
あの時は殺人者として名を呼ばれた事に気を取られていたが、あの時に呼ばれた殺人者の名は、全て男のものだった。
あの腰斬されていた女性の名が、ルイーゼ・フォン・エスターライヒだったとしても、殺人者の中が男ばかりというのはおかしいのだ。
「二人とも聞いてくれ、僕達が見た、彼女に襲われていた女性は、生きているかもしれない」
「はぁ?」「はい?」
二人揃って間抜けな声が返ってくる。特に実際に目撃した汀子は、新田目の正気を半分くらいは疑っている様だった。
ミカに死なれておかしくなったのか?とか思っている様子だった。
「デスノに名前を呼ばれた殺人者は三人だ。けれども全員男の名前だったんだ。僕と汀子さんが見た女性を殺している筈の、“彼女”の名前が呼ばれていない」
『それってやっぱり───UGYAAAAAAAAAAA!!!!』
汀子の足が、ドロシーの断末魔をBGMに地面へと沈んでいく。新田目とくるるは見ないふりをする事に決め込んだ。
「……私は実際に見ていないけれど、あの気狂いに襲われていたのか、それともあの気狂い自身が男って事もあるけれど」
くるるが新田目に対して、被害者か加害者、或いはその両方かが、女装していたと言う可能性を提示した。
「……昔居た所でね、見た事が何度かあるの…。下手な女の子よりも綺麗だったり、可愛らしかったりしたわ」
売り飛ばされた所で見た、所謂女装男子や男の娘といった娼年を思い出す。
彼処では、男も女も売られていたし、男も女も買いに来た。
そんな場所で、男として売られるのではなく、女装男子や男の娘として売られていただけあって、彼等は下手な女性よりも見た目が良かった。
モールでくるるを襲ったあの気狂いの事を、くるるは便宜上“女”として扱っているが、アレが男だったとしても、大して驚きはしない。
「“彼女”が実は男だった場合。あと二人殺せば、デスノの言っていた剣を手にする事になるのか」
タダでさえ厄介なのに、これ以上の力を手にされてはたまったものではなかった。
「早く東の“テンシ”を確保し無いといけませんね」
『その為にも俺様が必要なんだから、もうちっと敬っても────」
ゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシ。
無言でストンピング連打する汀子の姿に、くるるは『ストレス溜まってるんだなー』と思い。
新田目は掘り返す手間を考えて、溜息を吐いた。
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【E-5 病院跡 午後】
【播岡くるる】
[状態]:背中に切り傷(小・包帯で処置済み)、悲しみ(中)、心労(中)
[装備]:無し
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0〜2、AI搭載バッチドロちゃん
[思考・行動]
基本方針:殺し合いを打破してデスノを殴る
1:新田目や汀子と共に生きる。
2:連続殺人鬼の双葉玲央を警戒
3:オリヴィアの名を騙る暫定女の狂人(ノエル)に警戒と怒り
4:AIドロシーに従い、ミカが恐れていた、テンシ・プロトタイプNO.000を探しに東へ向かう。
5:………ミカ。あなたのマスターは、ちゃんと守ってあげる
6:このAI(ドロちゃん)、性格は難儀だけど頼るしかないみたいね…
※狂人女(ノエル)が女装した男であるかもしれないという仮説を立てました
【本汀子】
[状態]:ダメージ(中) 精神的疲労(大)、心労(大)
[装備]:"電磁兵装"ケラウノス
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム×1〜2(未確認)
[思考・行動]
基本方針:不平等に人を助ける。それは揺らがない。
1:トレイシーを追う。人の集まりそうな場所を目指す
2:病院で戦った女(ノエル)への対処法を考える
3:AIドロシーに従い、テンシ・プロトタイプを悪人に利用される前に止める。
4:なんでこいつが……このキチガイの写し身(ドロちゃん)がいるの……!!!!?
5:でも人格は問題有りすぎだけどこのAIは頼れるから……今は我慢……!!!!
6:知らない人に会ったら、新田目さんが殺し合いに乗っていないことを話さないと。
【備考】
※ケラウノスの電量は自信の力で賄えます
【新田目修武】
[状態]:ダメージ(中) 右腕に火傷(小) 悲しみ(大)、心労(小)
[装備]:拳銃(残弾数15) 兵装“ジャンヌダルク”
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム×0〜1(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:家族の下に帰る
1:それでも生き続ける
2:このバッチの人格の人物どういう技術力しているんだ……
3:東に向かい、テンシ・プロトタイプを探す。最悪の場合は破壊も辞さない。
4:テンシに似たエネルギーを持つ者?一体どんな奴なんだ?
5:殺人者扱いか。デスノ、面倒なことをしてくれるな。
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投下を終了します
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投下お疲れ様です。
感想が遅れて非常に申し訳ありません
良いですねこのメンバー。約一台面倒なのが混ざってますが、何だかんだでバランスが取れてると思います。
マーダーの情報を持っているのも強いですし、アクマ兵装などこの物語でカギを握りそうな要素を知っているのも、何かのフラグになりそうですね
東というともしかするとトレイシー達と再会する可能性が高いですが、次は誰と出会うのか気になるばかりですね
最後に二点だけ気になった点があります。
まずは時間帯が午後 E-5となっていますが、ここは2時間後、すなわち午後の時点で禁止エリアとなります
時間帯を日中にするか、あるいはF-5などの別のエリアにするかの変更をお願いします。
>所謂異世界転移者のミカは確かに世事に疎いが
もう1つ、4話の紹介から、ミカは新田目やくるるとは違う世界で造られただけなので、転移者では無いと思います
これまでのミカやテンシに関する話で、私の見落としがあった、あるいはこの先氏が書きたい話に関わる設定だとしたら申し訳ありません
折角書いてくださってのに、重箱の隅を突くようなことを言って非常に申し訳ありませんが
そこについての考えを教えてくだされば幸いです。
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>>714
ご指摘ありがとうございます
wikiの方で修正しておきます
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壥挧 彁暃(でんく かひ)
アレクサンドラ・ヴォロンツォヴァ
神
予約します
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投下します。
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殺し合いの世界にも、昼夜はある。
そして人間にも、人のような姿をした何かにも、怪物にも、昼夜は平等に訪れる。
一番高く上った太陽が、摩訶不思議な乗り物に乗った、伝説の殺し屋の顔を金色に染めた。
だがその瞬間、太陽の光と対を為すような、泥を闇で煮詰めたような声が響く。
その声は、照らされた世界中を走り、負の情報を広めていく。
勿論、聞かなくて済む場所など存在しない。
建物の中にいても、地面の中にいても、そして幽霊列車の中にいても、平等に聞こえてくる。
殺し屋の男はテンシ兵装を、幽霊列車の車掌は列車を止め、放送を聞くことにした。
「……そうですか、5人も……。」
犠牲者の中に、壥挧彁暃の知り合いはいない。
そもそも、人間の訃報を告げられて、悲しむのは人間の役割だ。幽霊の役割ではない。
ただ、気になったことが1つ。
この世界で死んだ者は、幽霊列車に乗るのかということだ。
幽霊列車は、救いのない終わりを迎えた魂を乗せて走る、鎮魂の揺りかご。
だが、受け入れることが出来ぬ魂もある。
例を挙げるとするなら、彼とは別世界にある魂だ。
この殺し合いの世界は、1つだけではなく、様々な時間と空間から、参加者を集めている。
異世界に転移した者、転生した者、2つの世界を行き来する者、別世界から連れて来られた者と様々だ。
そしてこの世界も、彼が属していた世界の何処にもない、パラレルワールドに該当する。
あらゆる選択肢の果てに生まれた、全ての世界の浮かばれぬ魂を乗せることは、幽霊列車と言えども無理がある。
「どうしたの?車掌さん。何か考え事かしら?」
それを尋ねたのは、幽霊列車の1人だけの乗客である吸血鬼、アレクサンドラだ。
車掌は何も答えず、彼女をまじまじと見つめる。
幽霊列車に乗った生者は、例外なくその生命を削られる。
それは魂のみに顕れず、顔色、呼吸などにも顕れるはずだ。
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「女性をジロジロ見るのはマナーがなって無いわよ?」
そう言いながらも、唯一の乗客は、不快そうな顔をしていない。
ただ、この言葉を吐けば相手はどう反応するのか、それを楽しんでいるかのようだ。
「失礼しました、少し考え事をしていたので。」
幽霊列車に乗っても、アレクサンドラの様子は特に変わらない。
彼女は、寿命を超越した存在なのだと、改めて彼は考えた。
「私も、一つ考え事をしてたのよ。さっきの放送で、あなたも赤い剣を見たわよね?」
「ええ、勿論。」
「あの剣に付いてある宝石、私に思い当たりがあるのよ。」
一般人ならば剣を見せられた際に、その刃渡りや鋭さ、あるいは柄に注目するだろう。
だがアレクサンドラ・ヴォロンツァは名うての宝石商だ。
当然、宝石に対する知識も、全ての参加者の中で一番豊富である。
そのため、剣を見て真っ先に、その装飾品となっている宝石が目に付いたのだ。
「宝石…ですか。あなたほどの方が仰るのなら、ただの宝石と言う訳ではないのでしょう。あちらの方にもお伝えしたい所ですね。」
一度幽霊列車から降りて、市街地の空き家に入り、彼女の話を聞くことにする。
本来なら街の真ん中で井戸端会議さながらに話をしてもいいのだが、彼女が吸血鬼であることを鑑みて、空き家に入ることにした。
隣をゲオルギウスで走っていた殺し屋の男も、一旦降りて、彼女の後を歩く。
「で、何なんだ?気になる宝石ってのは」
先程の放送で、自分が殺人者として呼ばれた男だが、別にどうでもよかった。
そもそも呼ばれたのは自分のコードネームだ。
気にするほどのことでもないし、仮に自分が人を殺したのだと分かったとしても、隣の2人が適当に対処してくれるという期待もあった。
「殺し屋さんもさっきの放送で、気持ちの悪い赤い剣を見たでしょ?」
「ああ。目を瞑ってないと見えないなんて、乗り物を運転してる奴のことをもう少し考えて欲しいものだね。」
「それで何なのですか?剣に付いてある宝石と言うのは?」
室内の緊張感が高まって行くのを、3人全員が感じていた。
アクマ兵装というのが大概ろくでもなさそうな響きだし、流れからしてあまり良い話が出るとは思えない。
一拍間を置いて、アレクサンドラが口を開いた。
「あまり話したいことじゃないけど……今から120年前、同じ物を見たことがあるのよ。」
-
★
アレクサンドラが、アクマ兵装の装飾と同じ宝石、正確にはその原石を見たのは、19世紀後半の頃だった。
当時のヨーロッパでは、鉄鋼、鉄道、蒸気船、電話、電気の開発など、技術的な進歩があった。
これらの急進的な発明は、生活のスタイルと質を大きく変えた。
勿論、そのスタイルには宝石も大きく影響して来る。
当時は王族や貴族御用達だった宝石を、成金(ブルジョワジー)も嗜むようになり、その需要は一気に増加した。
1880年になると、南アフリカ産のダイヤモンドが市場になだれ込み、一躍人気の商品となった。
ダイヤモンドだけではない。ペルシャ湾産のパール、ウラル山脈産のガーネット、ビルマ産のルビー。
ヨーロッパ外のあらゆる地域から、宝石が輸入された。
当然、宝石商の数もヨーロッパ中に溢れ、超一級と呼んで差し支えない品から二束三文の粗品まで幅広く市場に出回った。
アレクサンドラ・ヴォロンツァもその宝石商の1人として、最も慌ただしく動いていた時期である。
あくせく働かずとも食うには困らない、正確には人のように食う必要のない彼女だが、宝石商として生きる以上は、中途半端な働き方をすることは望まなかった。
アジアやアフリカ、時には南北アメリカのあらゆる地域を旅して商品の原石を仕入れ、売るに値する物を見つければヨーロッパに帰り、顧客に提供していた。
そんなある日のことだった。
彼女が『それ』を見つけたのは、ダイヤモンド・ラッシュの始まりの地でもある、南アフリカの奥地の村。
そこで彼女は、明らかにダイヤモンドとは異なる輝きを放つ原石を見つけた。
ダイヤモンドではない。だが、彼女が知っているどの宝石とも異なる。
色や輝きだけではない。長年宝石商を務めていた彼女は、言葉では言い表せぬ異様な物をその宝石から感じ取った。
彼女はそれを二束三文で買い取った。
現地の人々は、それでも良い価格で喜んでいたが、値段のことは問題では無い。
商売敵となる商人たちは、誰もその原石を気に留めていなかった。
唯一彼女のみがその原石の異様さに気付いたのは、彼女が人とは異なる吸血鬼だからか、それとも宝石商としての長い経験があったからか。
理由こそは不明だが、とにかく彼女はそれを持ち帰った。
ケープタウンの南から船でヨーロッパへと戻り、お得意様に売りつけようと皮算用をはじいていた所、ふと感じた。
この原石は、他人に売って良い物かと。
もしこれを他人に渡せば、他人がこの原石で何かを作れば、良くないことが起こるのではないか。
宝石商としての勘が、それを告げた。
結局誰にも渡さず、誰にもその原石のことを知らせず、北欧にある自宅に保管したままにした。
「悪運ダイヤって話があったな。そんなもんを家に入れておいて、事故にでも遭わなかったのか?」
「遭っていたらこの場にいないわ。大体この私が、悪運ごときで死ぬはずがないわよ。」
それから1年が経った。とは言っても、その時点で人間の老人以上の時を生きたアレクサンドラにとっては、ほんの数日前のようなものだ。
もしかすればあの原石に、ありとあらゆる不幸を呼び寄せる力があるのではないか。そんな心配が杞憂に終わるほど、何の代わり映えもない日常だった。
そろそろまた仕入れに出かけようか、そう思った矢先に、事件は起こった。
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彼女が保管してあった、宝石の原石が、綺麗さっぱり無くなっていた。
泥棒でも入ったのかと考えたが、それらしき跡は見当たらない。
そもそも、彼女の家には納品予定の原石はいくつもある。それらは1つも無くなっていないのに、その原石だけ無くなるのは、珍妙極まりない。
数十年生きて来て、焦りを覚えたのは久しぶりのことだった。
たとえ売るつもりで無かったにせよ、無くしてしまうなど宝石商としてあってはならないことだ。
だが、その原石を見つけることは、終ぞ無かった。かつて訪れたアフリカの奥地の村にも行ってみた。
しかしそこには宝石の源どころか、村の姿さえ無かった。
時は経てど、手掛かりすら得ることは出来ず。
それらしき物が原因で、悪事を為した者が現れなかったのが、彼女にとってのせめてもの救いだった。
「そいつがどういうわけか宝石になってて、オマケにこの殺し合いにあるって訳か。」
「最近になってようやく諦めがついたのに、それがここへ来て出て来たなんて、皮肉な話ね。」
何故そんな物が殺し合いの景品になっているかは分からない。
もしかするとあの時アレクサンドラの家から消えた理由は、この殺し合いの関係者が奪い去ったのかもしれない。
まだあれこれと分からない理由はあるが、当時の彼女の予想していた通り、宝石も剣も良からぬ力を持っていると考えるのが妥当だ。
「御二方にお伺いしたいことがあります。」
しばらく黙っていたままだった車掌が、久し振りに口を開いた。
「亡国レガリアというお言葉を、聞いたことはありませんか?」
殺し屋と吸血鬼は、互いに顔を見合わせた後、どちらも怪訝な表情を浮かべた。
何しろ、世界中を旅して来た2人をして、知らない名前の国だ。
それに、亡国というのが何とも気になる言葉だ。
「その様子だと、聞いたことが無いようですね。」
先程までの宝石の話と、その亡国に何の関係があるのか。
疑問に思う暇も無く、車掌は話を続けた。
「無理もありません。レガリアというのは生者の世界にはなく、あの世とこの世の境にある王国ですから。」
「だから俺達には知らなくて、幽霊列車の車掌さんであるあんたが知ってるワケだ。そういう解釈で良いんだな?」
今更あの世とこの世の境にある王国などでは、もうこの男は驚かなくなった。
幽霊列車があるのなら、幽霊王国があってもおかしくはないという考えだ。
「レガリアは元々は生者の国でした。王国の者達は平和に暮らし、豊かな文明を享受していました。
王国の要となったのが、摩訶不思議なエネルギーを生み出す鉱石だったそうです。」
だが、2人としても疑問になる話だった。
それほど素晴らしい力を秘めた資源があるというのなら、滅ぶことは無いのではないか。
仮に滅んだとしても、遺物の1つぐらいは残っているかもしれない。
「その鉱石は精製すれば非常に美しい輝きを放ちますが、それを素材とした道具は人智を超えた力を秘めていました。
荒れ狂う海を鎮める槍、炎や雷を操り、地震さえも止める杖、建物より大きな生物を収納できる容器。」
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「じゃあ、私があの時手にしたのは」
「俺があの時へし折った剣は」
車掌の言葉により、2人は異口同音に言葉を述べた。
男は車掌やアレクサンドラと会う前に、超越的な力を目の当たりにした。
雛野莉世の持っていた剣を媒介とした、空間転移能力。
そして、持ち主の命が危うくなると、暴走させる危険性
危ないからと壊したあの剣は、車掌や吸血鬼が言っている鉱石と同じものではないかと考えた。
「もしかすれば、関係しているかもしれません。」
それを聞いて、男はもったいないことをしたと思った。
だが、今さら北西に戻って、自分でへし折った剣を回収するのも、どうにも億劫な話だ。
いちいちそんなことをするぐらいなら、別のレガリア製とおぼしき道具を回収した方が楽だろう。
「でもおかしいだろ?そこまで栄えたって国が、どうして遺物一つ残さず消えたんだよ?」
「レガリアはこの世とあの世の間を彷徨い続けているからです。超越した力を使ったことにより神罰を受けた末路と言えばよいでしょうか。」
「滅んだとしても、歴史の1つぐらいは残るんじゃねえのか?」
男はなおも納得の行かぬ表情を浮かべる。
彼は、凄腕の殺し屋として、いくつもの死を目の当たりにしてきた。
だからこそ、死しても名を残す人間も、そうでない人間も知っている。
「『あの世とこの世の境にある』というのは、ただ滅んだり死んだりしたという意味ではありません。
生者がその存在を、一切認知出来なくなるということになります。
たとえ何らかの偶然で、その名を冠した王国を模倣したとしても、何らかの原因ですぐに滅ぶことになるでしょう。」
言ってしまえば死と消滅の違いのようなものだ。
消滅はその存在の命だけではなく、存在があったという事実や歴史そのものが消えて無くなるということだ。
「しかし神罰を受けてこの世にいられなくなるなんて、『さまよえるオランダ人』みてえな話だな。」
「あら。あなたもあのオペラを聞いたことがあるのね。全然知らないんだと思ってたわ。」
神罰によって、この世と煉獄の間を彷徨い続けているオランダ人の幽霊船のことを、2人は思い出した。
それはあくまで作り話だが、このような不条理が平気で起こる世界なら、そんな王国も実在するかもしれない。
「で、この世にない王国や、その王国を支えた宝石とやらが、どういう訳かこの世界にあるってことか。」
もしかすれば、自分は気づかぬうちに死の世界に迷い込んでしまったか?
そんな錯覚を覚え、自分の右手首を握ってみる。
きちんと脈は動いていたので、若干の安堵を覚えた。
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「ええ。定かではありませんが、あの剣の正体を探ってみるのは間違った話では無いでしょう。
なぜ存在されない亡国の宝石がここにあるのか、この殺し合いのことを知ることが出来るかもしれません」
「私からも頼むわ。あの時の失敗を清算するチャンスが巡ってきたかもしれないもの。」
「俺の出番…って訳ね。」
既に彼は、1人殺している。
すなわち他の参加者より、景品入手まで一歩リード出来ていることだ。
「勿論、貴方様が殺して然るべきだと思った人物だけで構いません。」
「言われなくてもそうするつもりだぜ。と言うか、誰彼構わず殺すなんてお前さん自身が望んじゃいねえだろ?」
生と死の境目で良からぬことが起こっているというのなら
殺し屋たる自分がその厄災を断ち切ってやろう。
男はそう決意した。
【C-2 洋風の市街地/日中】
【神】
[状態]:疲労(大) 腹部、背中に打撲(大)
[装備]:ハンドガン(残弾3) 替えの弾丸10 ドグラ・マグラ・スカーレット・コート 兵装ゲオルギウス
[道具]:基本支給品一式 ランダム支給品0〜1 ルイーゼのランダム支給品0〜1 ブーケ 護符×4
[思考・行動]
基本方針:殺し合いの打破。ただし危険人物は殺す
1.帰還し、一服する
2.不思議な力ばっかりだなこの世界は
3.おかしな乗り心地だな、これ(ゲオルギウス)は
4.あと2人(ただし殺して然るべき存在)を殺し、アクマ兵装を手に入れる
【壥挧 彁暃】
[状態]:健康
[装備]:無し
[道具]:ランダム支給品0〜2
[思考・行動]
基本方針:殺し合いを打破する。
1:アレクサンドラ、神とともに行動する。
2:播岡くるるを探す。
3:この世界が亡国レガリアと関わって来るのなら、是非とも関係を突き止めたい
【アレクサンドラ・ヴォロンツォヴァ】
[状態]:健康
[装備]:無し
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0〜3
[思考・行動]
基本方針:殺し合いから生還する。
1:車掌、神と共に行動する。
2:幽霊列車……不思議な乗り心地ね。
3:あの時無くした鉱石は、この世界には無いものなのかしら?
4:アクマ兵装を手に入れ、装飾となっている宝石を調べたい
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投下終了です。
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ハインリヒ、珠李予約します。
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投下します
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本当の 最期なのに
彼女はずっと笑っていた
部屋で見えた花火が 消え始めていた
★
「珠李……珠李………僕がどうにかするから!!死なないでくれ!!」
ハインリヒが叫んだ、爆炎の英雄の状況は、最悪の一言だった。
彼女のトレードマークだった赤い服を、別の紅が汚し、おまけにそこからは子宮と腸がこぼれている。
応急処置などでは、焼け石に水もいいところ。
包帯など、いくらあっても役に立たない。
今から彼女を助けるなど、名医でもない限り、いや、名医であっても無理な話だろう。
「病院……駄目だ!!」
一縷の望みに賭けて、すぐ近くのエリアにある病院に行くことも考えた。
だが、その場所は既に禁止エリアに指定されている。
行った所で、彼女どころか、ハインリヒでさえも死んでしまうのがオチだ。
「アラタメ!!リック!!来てくれよ!!珠李が大変なんだ!!」
異世界で行動を共にした、同じ世界出身の医者の息子と、治癒魔法に長けた仲間の名前を叫ぶ。
勿論、来るはずがない。彼らは今ハインリヒと珠李が、何をしているかも分からないだろう。
そんなことは無意味だと分かっていた。分かっていても、してしまった。
目の前で仲間を失うなんて、救世主にあるまじきことだから。
最初の放送が流れた時、恐れていたことが、現実になってしまうから。
ハインリヒは雷の魔法が使えるが、それで傷を治すことは出来ない。それらしい支給品も与えられていない。
絶望的な状況だ。ハインリヒはその場に立ち尽くし、ただ血みどろの彼女を見据えていた。
「ハインリヒ……」
珠李がハインリヒの名前を言おうとした。
だが、その言葉を発した直後、口から鮮血を吐き出した。
「やめろ!喋るな!!」
強い剣幕で彼女に怒鳴りつけるかのような勢いで言う。
少しでも、死に近づくようなことをして欲しくない。
そんなことは、彼の自己満足に過ぎないのに。
ハインリヒ・フォン・ハッペという男は、救世主の称号を得ても、その実は只の人間だ。
完成された英雄であっても、人間として完璧ではない。
恐れていることだってあるし、予期せぬことがあれば取り乱すこともある。
「まだ……だよ……」
その時、液体が蒸発する音が聞こえて来た。
すぐに、血と肉が焦げる嫌な臭いが辺りに漂う。
珠李が自分の炎魔法で、傷口を無理矢理焼いているのだとすぐに分かった。
想像を絶する痛みのはず。だが、そんな中でも彼女は歯を食いしばりながら、ずっとハインリヒ見つめていた。
例え死に瀕していても、彼女はハインリヒと戦おうとしていた。そんな固い決意の表れがあった。
「何を…しているんだ?」
答えは分かっていた。
けれど、その答えを聞きたくなかった。
悪い点だと分かっているテストを受け取る時のように、良くない未来しか予測出来なかったから。
「決まってるでしょ…ハインリヒと決着つけないと!!」
-
珠李は立ち上がった。
あれほどのダメージを受ければ、とても立ち上がれることなど出来ぬはずだ。
それでも、ハインリヒと戦いたい。この殺し合いが始まってから、いや、それよりずっと前から楽しみにしていたことだ。
致命傷程度で諦めるつもりは無い。
爆炎剣をしっかりと両手に握り締め、その剣を向ける。
いかなる水にも嵐にも消えぬ炎が、彼女の心の奥で燃え盛っていた。
「……嫌だ。珠李とは戦いたくない!!」
このままでは、彼女を死なせてしまう。
彼女の言うことを聞いても、死期を早めてしまうだけだ。
どうにかして戦いをやめさせる方法は無いか、それだけを模索する。
「行くよ…火花(フォンケ)!!!」
魔法を発動。同時に轟く爆発音。
慌ててハインリヒは飛び退き、爆心地から離れる。
「さすがだね。流星(メテオア)!!」
だが、間髪入れずに彼女は魔法を唱える。
炎を纏った流星が、ハインリヒ目掛けて落ちてくる。
「この…わからずや!!」
ドンナー・ゲヴェーアを出し、空に向かって発砲する。
雷と炎、二つのエネルギーは空中でぶつかり合い、爆散した。
だが、安心するのはまだ早い。
死に体のはずの珠李は、地面をしっかりと蹴り付け、猛然と疾走する。
素手で受けることは出来ない。それは彼女と旅をしてきたハインリヒはよく分かっている。
ドンナー・シュヴェルトを左手に出し、彼女の袈裟斬りを受ける。
「そんなことして何になるってんだよ!死んだら意味がないだろ!!」
剣一本ではとても受けきれない。
ドンナー・ゲヴェーアも剣のように使い、彼女の剣をXの字にした2つの武器で受ける。
雷剣は既に電気を流している。だが、珠李に効いている様子はない。
とても死に体の一撃とは思えない。彼女の口から零れている血か、下腹部の傷が無ければ、健康だと勘違いしてしまうだろう。
「何言ってるの?あんな奴にやられたぐらいで、楽しみにしてたことをやめる訳ないじゃん。」
彼女の力が、さらに強くなる。
均衡はあっさり崩壊した。
爆炎剣を振るったことによって起こった激しい爆発が、ハインリヒを吹き飛ばした。
「がっ……」
-
正面からの勝負で彼女に敵う訳がない。
それはハインリヒ自身も知っている。
加えて、彼女は本気だというのに、ハインリヒは戦うことを拒んでいる。
そんな状態なら、たとえ珠李のコンディションに問題があろうと、ハインリヒには一分の勝機も無い。
「赤い稲妻(ロート・ドンナー)!!!」
珠李の剣が輝くと、空から赤い稲妻がハインリヒへと落ちる。
その技は、ハインリヒに憧れた故に、珠李が独学で思い付いた技。
皮肉にも、雷霆の救世主の名が、技術が、ハインリヒを追い詰めようとしていた。
あまりの速さに、防御が間に合わない。
まさに、雷光一閃。赤い雷がハインリヒを貫こうとした。
「分かっていなかったのは…僕かもしれないね。」
だが、ハインリヒは彼女の力に討たれることなく立っていた。
その手には、雷の剣が掲げられている。自分の雷で、相手の雷を吸収させたのだ。
ハインリヒの言う通り、分かっていなかったのは彼自身だ。
彼女は呆れるほど向こう見ずで、どうしようもないほど身勝手で
だからこそ、桝谷珠李は爆炎の救世主であり、ハインリヒの掛け替えのない仲間だったのだと。
「あは!その顔だよその顔!!初めて私に勝った時の顔だ!!」
珠李の笑顔が、太陽のように眩しかった。
実はいつの間にか傷も治ってないか、そんな期待さえしてしまうほどだ。
彼女の笑顔に同調するかのように、爆炎剣が赤い光を帯びる。
「赤い三日月(ロート・モントズィッヒェル)!!」
珠李が剣を大きく縦に振るう。
赤い光を帯びた衝撃波が、ハインリヒに迫り来る。
だが彼は慌てず騒がず、ドンナー・シュヴェルトを一閃。赤い三日月を打ち砕く。
散った火の粉が彼の顔に降りかかるが、彼は気にすることなく、雷光のごとき勢いで珠李へと迫る。
甲高い金属音が鳴り響いた。
お互いに地面を強く踏みしめ、その先に踏み込もうとする。
雷鳴と爆炎、2つの異なるエネルギーが、互いを飲み込もうとする。
先程の鍔迫り合いとは異なり、ハインリヒが加速している以上、勝負は互角。
いや、深手を負っている珠李の方が、不利な勝負を強いられている。
だが、彼女が不利なのは、ほんの一瞬だけだった。
彼女の周りを、赤い光が包み込む。途端にハインリヒの両手に、比べ物にならないほど強い力が襲った。
腕が、骨がきしむような痛みが、彼を襲う。
激しい力で押され、またも大きく吹き飛ばされる。
-
「私だって、強化魔法ぐらいは使えるんだよ。」
その力は、簡易的な強化魔法。珠李が得意としていた魔力強化に比べると、筋力を底上げするぐらいで、しかも効果もそこまで長くない。
だが、短い詠唱で、かつ少ない消費魔力で使える。
基本的に彼女は、異世界での戦いでは、仲間に強化魔法をかけてもらっていた。
ハインリヒは勝手に、自分の魔力強化以外の補助魔法は使えないとばかり思っていた。
ただでさえ接近戦では珠李の方に分がある。同じ攻撃をするわけにもいかないが、強化魔法が切れるまで時間を稼ぐのも難しい。
ならば、やることは一つだけ。
「そんな便利な技があるなら、僕にも使ってくれよな!!」
軽口をたたきながら、次の技の詠唱に入る。
ドンナー・ゲヴェーアにエネルギーをフル装填し、ドンナー・シュトロームを彼女目掛けて放つ。
大技を使い、一瞬でも彼女を足止めする。
「いいよ!やっぱり私はハインリヒを求めていたんだ!!ハインリヒと戦うために、生まれて来たんだ!!」
雷の津波を目にしても、彼女の興奮は収まらない。
同じように爆炎剣に炎の力を溜め込み、唐竹割りの一刀の下、大魔法を切り捨てる。
雷切伝説。この伝説を再現する絶技を秘めている。彼女がハインリヒの為だけに、彼の技を破るためだけに編み出した技だ。
失敗すれば感電死も十分あり得るが、彼女の狂気にも等しい想いは、それすらもやってのける。
だが、彼女の実力を知ってるハインリヒが、わざわざ無効化されるだけの技を彼女に撃つだろうか?
答えは否だ。ドンナー・シュトロームは只の目隠し。
本命は別の技にある。
「ショックウェル!!!」
左の掌を、珠李の目の前に突き出す。
その雷撃は、ドンナー・シュトロームに比べると、酷く微弱だった。
ダメージどころか、目くらましにさえならない。だが珠李は、自身の異変に気付いた。
彼女を包んでいた赤光が、いつの間にか消えていた。
これはハインリヒの隠し玉の一つ。プラスの強化魔法に対し、マイナスの魔法を纏わせることで、強化を打ち消す技だ。
電気にはプラスとマイナスがある。元の世界で学んだうろ覚えの知識だが、どうにかこれを魔法にも応用できないかと思って試していた。
黄金色の波動が、炎の衣をはぎ取ることに成功する。
「やるね…でもまだ終わらないよ!」
「分かっているさ。君が決してあきらめないヤツだってな!!」
勝負は、振出しに戻ったに過ぎない。
彼女が強化魔法を使えば、またもハインリヒが不利になる。
だからこそ、速攻で勝負を付ける。
彼女が詠唱を使う前に、ドンナー・シュヴェルトで勝利を捥ぎ取る。
勢いよくハインリヒが、珠李の下へと疾走する。
それを笑顔で迎え撃つ、爆炎の救世主。
2つの名刀が、雷霆と爆炎が、かつて1つになった2つの力が、激しくぶつかり合う。
1合、2合、3合、そして4合目の刃の衝突が起こった時、ハインリヒの下腹部に鈍痛が走った。
-
「痛う!!」
顔を顰め、歯を食いしばる。
胃液が逆流して来るような感覚に陥った。
「まさか剣と魔法だけで攻撃すると思ってないよね?」
魔法ではない。魔法よりずっとシンプルで、原始的な技。即ち、肘鉄だ。
珠李はハインリヒとは異なり、負けず嫌いな性格の持ち主だ。
元の世界ではスクールカースト底辺だったハインリヒと違って、彼女は喧嘩でも強かった。
だからこそそれを由としなかったルールを憎み、それを傘にきて悪く言う弱者をより憎んだ。
続けざまに彼女がハイキックをハインリヒの腹にお見舞いする。
魔法の加護を得ていないというのに、それは十分な威力を発揮した。
(本当に怪我したのかよ……)
腹の痛みを堪えながら、剣を振るう。
これだけでも痛いのに、コイツ腹を刺されてよく戦えるな、なんて思いながら。
珠李は怪我をしていると思えない速さで剣を振るい、ハインリヒの斬撃を弾き飛ばす。
爆炎剣の恐ろしさは、刃だけに非ず。剣と物が触れた瞬間、爆発を起こす。
ただの斬撃であれば良かったが、迫り来る熱風が、爆発が、ハインリヒの体力を削っていく。
そのままじり貧になるかと思いきや、急に爆風が止んだ。
彼女が爆炎剣を、地面に落とした。
「がはっ!!」
内臓が傷付けられて、焼かれたのにも関わらず、無理に動いたため、口から血が出た。
もう、生きているのが奇跡という状態だ。
それでもハインリヒは、剣を降ろすことは無い。ただじっと、彼女を見据えていた。
ほんの僅かに残った命を、閃光のように輝かせようとする珠李の想いに、ただ応えようとしていた。
「我が名はハインリヒ・フォン・ハッペ!!雷神トールの眷属にして、世界を救い雷霆の勇者なり!!」
ハインリヒは剣を構え、大声でその言葉を叫ぶ。
珠李にとっては、久し振りに聞いたフレーズだった。
異世界に来てから何年か経ち、もう名乗るのも好きではない歳になっても、ずっと言って欲しいと珠李に言われた言葉だ。
彼女はその言葉を、初めて会った時にも目の前で聞いたそれを聞くと、ニッと笑った。
「我こそは! 世界を救いし"雷霆の勇者"ハインリヒが盟友!
豪炎剣"爆炎"の担い手にして"爆炎の救世主"――舛谷珠李!!」
彼の言葉に返すかのように、爆炎剣を掲げ、大声でその言葉を叫ぶ。
たとえぶつかり合っていても、死に瀕していても、心は繋がっていた。
相手に応えるために、自分の全てをぶつける。二人の気持ちはこれだけだった。
「火花(フォンケ)」
互いに自分の名を叫んでから、最初に行動したのは珠李だった。
ライターの火ぐらいの大きさのものが、複数ハインリヒ目掛けて飛んでくる。
剣の一振りの風圧で、全て消し飛んだ。
邪魔な火の粉を消すと、すぐに珠李の下へ走る。
「流星(メテオア)」
珠李は後退しつつ、魔法の詠唱を続ける。
先程より大きい火の玉が複数、ハインリヒに降り注ぐ。
『まだ』問題ない。
ハインリヒはそう判断し、彼女目掛けて剣を振ろうとする。
「かかったね!!」
これまで距離を取ろうとして、魔法だけのヒットアンドアウェイの戦法を取っていた彼女が、ここへ来て一気に距離を詰めて来た。
爆炎剣を大きく構え、横薙ぎの一撃に入ろうとする。
(そうだろうな!そうだよな!!)
だが、ハインリヒはその動きも読んでいた。
彼女が遠距離からの魔法でチマチマ攻めるのは、いくらなんでも彼女らしくない。
姿勢を限界ギリギリまで低くし、剣を持ってない拳を彼女にお見舞いしようとする。
先程の肘鉄の意趣返し、いや、雷を纏った拳による、右ストレート。
-
「今だッ!!」
地面から火山の噴火のように、炎が噴き出る。
剣での斬撃まで、珠李が蒔いていたブラフ。
これはハインリヒにとってのミス、いや、先程彼女がこの技で、笑止千万を攻撃した所を思い出せば、躱せたかもしれない。
「そこまで…考えていたのか……」
咄嗟に身を引いて、後方に飛び退く。
革靴のつま先が焼け、ズボンと服の裾は少し焦げたが、その程度の被害なら儲けものだ。
舛谷珠李という女は、対等の戦いを望むが、正面からぶつかり合う戦いだけを望むわけではない。
使えるものなら何でも使うし、覚えた技をあり得ないような使い方で使う。
己の力を研磨するのに全てを費やしただけではなく、己の一番得意な技を見せつけるためにも、あらゆる手段を用いるのが彼女だ。
「―――硝子は煙り、石は燃え、炭は砕ける。
―――灯るな爆ぜよ。照らさず焦がせ」
そして、先程の魔法さえも、フィナーレの為の布石に過ぎない。
彼女が雪見儀一との戦いで、魔力強化術を使ってから、たった今6時間が経過した。
今こそ、第一段階の強化に入る時だ。
「これは…まずいな……。」
この魔法では、先程のショックウェルで剥がすことは出来ない。
あの技で無効化できる強化魔法は、ありふれた物だけだ。
例え彼女の奥義を阻害させられたとしても、彼女の想いに応えることは出来ない。
「いいよ。僕は逃げも隠れもしない。来い!!珠李!!!!」
ハインリヒは、膝を曲げてどっしりと踏み込み、剣を天に構えた。
さらに雷銃を自分の剣に発砲。ドンナー・シュヴェルトが、更なる雷電を纏う。
剣は過剰なまでの魔法を浴び、倍近くのリーチを持つようになった。
その剣の姿は、まさに弱きを照らし、悪しきを浄化する聖剣。
掲げることが出来るハインリヒを、救世主なのだと改めて実感できる。
「いいね。でも、まだだよ。まだ終わってない。知ってるよね?ハインリヒ。」
さらに魔力が増して行く。
彼女の周囲を熱風が吹き荒れ、瓦礫が吹き飛んで行く。
これでは最早、災害か何かだ。彼女が爆炎の通り魔と言われていたのも、頷ける話だ。
『ルールに違反しています。以下の力を既定された時間を超えて使った場合、首輪を爆破します』
熱風が吹き荒れる音に混ざって、首輪のアラームが聞こえてくる。
この世界での制限だ。第二段階強化は、一度使ってから12時間の間禁止されている。
だが彼女の魔力は、留まることを知らない。
「ばぁか。最初に言ったでしょ。こんなチンケな首輪如きで私やハインリヒの魂を縛れると思ってるなら、甘いよって。」
ハインリヒは、もうやめろとは言わない。全身全霊、彼女の一撃を打ち返すことだけに力を注ぐ。
彼女が命をかけるというのなら、その盟友である自分も命を賭さなければならない。
-
首輪の爆発ごときで止められないと言う、彼女の言葉を信じるまでだ。
彼もまた、己の魔力を最大まで高める。雷鳴と炎の高まりに伴い、空気が揺れる。
「ねえ。ハインリヒ、あの時に異世界で見た花火、覚えてる?」
それは、異世界を救った後のパーティーで、珠李が上げたもの。
元の世界で彼女の祖父が、よく見せてくれた花火を、彼女も真似たものだった。
「覚えてるよ。凄い綺麗だった。」
「嘘ばっかり。食べるだけ食べて、パーティーって退屈って言ってすぐに寝ちゃったくせに。」
「覚えてるって。珠李の魔法の音っていつも大きいから、目が覚めちゃったんだよ。」
本当の最期なのに、彼女はずっと笑っていた。
ハインリヒは、そんな彼女をずっと見据えていた。
『5』
警告さえも無視する彼女に痺れを切らしたか、首輪がカウントダウンを告げる。
だが、彼女は恐れることは無かった。ただ、最終奥義を使うことだけを考えていた。
ただ、閃光のように。あの時異世界の住人の多くを魅了させた花火のように、その一瞬を生きようとする。
『4』
彼女の全身を、深紅の光が包み込む。
聖火の如く、掲げた剣が天まで焦がすかのように炎を上げる。
それは、彼女の覚悟の顕れにして、彼女の積み上げて来た全てを体現した物だった。
『3』
「ハインリヒ!!大好きだよ!!!」
満を持して珠李は、地面を疾走した。
それは炎と言うより、赤い雷のような速さだった。
珠李の最終奥義、災禍齎す業火の魔杖(レーヴァテイン)が、ハインリヒ目掛けて放たれる。
黄金の巨竜とも見紛う爆炎と炎の竜巻が、ハインリヒを飲み込もうとする。
人は愚か、怪物でさえも、それを見たら恐れ慄いてしまうだろう。
『2』
炎の竜の咢が、雷霆の勇者の首に突き刺さろうとした瞬間。
剣をずっと構えていたハインリヒが、初めて横薙ぎに剣を振った。
彼女の究極奥義を、雷霆の救世主は受け止める。
受け止めただけだ。凄まじいエネルギーの余波が、ハインリヒに襲い掛かる。
ともすれば、剣を落としてしまいそうだ。剣が折れるか、彼の腕が折れるか。
「僕だってこの力で!!世界を救ったんだ!!!!」
-
だが、彼は雷霆の救世主だ。珠李が雷切の伝説を残したと同時に、彼もまた炎切の伝説を残している。
炎の竜を討とうとする彼の力が、さらに増して行く。
黄金の龍と、深紅の竜が命を懸けて鎬を削るその瞬間は。
聖戦と見紛うのもおかしくない光景だった。
「奥義 厄災齎す雷霆の嵐魔(テンペスト)!!!!」
『1』
その瞬間、奇跡は起こった。
アラームを鳴らし続けていた彼女の首輪が、ひび割れたと思いきや、砕けて地面に転がった。
これで、彼女がルール違反で死ぬことは無くなった。
彼女はデスノに支配された世界で、デスノの枷を壊し、デスノの力無しに願いを叶えた。
残された命が尽きて死ぬか、ハインリヒとの戦いの果てに死ぬかのどちらかだ。
「「うああああああぁぁぁぁぁあああああ!!!」」
2つの力がぶつかり合う。
かつて笑止千万と言う敵を倒すのに1つになった、2本の英雄の剣(ツヴァイ・シュヴェルト)が、今度は互いに激突する。
仲間のためではない。己の命の輝きを見せるための、たった1人のためだけの一撃だ。
食いしばった歯から、笑止千万に刺された下腹部から、力を込め過ぎた両手から。
他にも数え切れぬほどの箇所から血を流しても、珠李は剣を握り締め、ハインリヒの最終奥義を斬り裂こうとする。
28年の全てを乗せた彼女の一撃は、彼女の人生の終わりを告げるその一撃は、想い人の心に刻み込まれた。
凄まじい閃光が、辺りを照らした。目を焼かれるのではないかと錯覚を覚えるほどだ。
2人の脳裏を、2人の思い出が走馬灯のように駆け巡る。
街角で初めて出会った時
合宿と称してよく分からない山奥で特訓した時
異世界ファッションショーに出て、ハインリヒが女装してウケが良かった時
2人で怪物を倒した時
そして、世界を救った時
「正直、さっきの戦いより死んだかと思ったよ。」
真っ白に染まった世界。先ほどの轟音とは打って変わって、静寂に包まれた中で、一人の人間の声がした。
世界が段々と色を取り戻していく。
そこにいたのは、全てを使い果たし、倒れている男と女。
辺りは石畳が壊れており、地下街がむき出しになっている。
「へへ…お姫様抱っこされて嬉しいな。」
ハインリヒとしては、そのままずっと寝転っていたかったが、このままでは地下に落ちそうだったので、彼女を抱えて移動することにした。
何だかここへ来てから、やたらと誰かを抱えてないか?とどうでもいいことを思ったりする。
「ありがと、ハインリヒ。私のわがままに付き合ってくれて。」
「軽いものさ。盟友の想いに応えられない英雄がどこにいるんだよ。」
「でもさ、最後の最後、手加減したでしょ。」
テンペストを受けたというのに、舛谷珠李の体には、傷一つ付いていなかった。
ただ、折れた爆炎剣が、最終奥義の強さを物語っていた。
-
「最後の最後で魔力が切れただけだよ。僕にもヤキが回ったな。」
「嘘が下手だね。それがハインリヒのいい所なんだけど。」
酷く静かな空間だった。
死んではいない。現に自分はこうして珠李を抱えて歩いている。体力が回復さえすれば、また立ち上がって戦うことも出来るはずだ。
けれど、全てが億劫だ。このまま一緒に向こうへ行くのもいいか、ハインリヒはそんなことを思ったりした。
「あとさ……珠李。助けられなくて…ごめん。」
「いいよ。そんなことより、庇ってあげたことを感謝してよね。」
「…ありがとう。珠李。」
彼女の頬を、ハインリヒの熱い雫が濡らした。
炎の世界にいたのが嘘であったかのように、彼女の熱は無くなっていった。
いよいよ、彼女に終わりの時が来る。
「あーあ。」
残念そうな表情で、手を動かそうとするが、もう動かなかった。
これが死か、と彼女は納得する。
元々笑止千万の攻撃を受けた際に、死んでいたはずだった。
けれどもハインリヒと戦いたい、繋がりたいという強い意志が、ここまで彼女を動かした。
願いを叶えた今、もう舛谷珠李は動けない。
全てを使い果たした彼女は、ただ死んでいくだけだ。
「あ、思い出した、ハインリヒ。あの人…エイドリアンさんが持ってたロボット……名前……彫り込み……見て………。」
元々エイドリアンが持っていたテンシに彫られた名前は、彼女が知っているものだった。
そして、ハインリヒにも伝えたいと思っていた。
その後すぐに、ハインリヒが落とした雷を見て、それ所じゃなくなったのだが。
「分かった。」
-
ハインリヒは彼女を地面に降ろし、寝かせた。
全てを賭けた一撃は、偶然とはいえ首輪を解除し、この殺し合いを打破する未来に繋いだ。
舛谷珠李という少女は、そんなことはどうでも良かった。
別の想い人が、彼を助けてくれたハッペ家の長女という、別の想い人がいる男と、ただ心行くまで戦えたことへの満足があった。
「けれど……これだけはやっておかないとね。」
本当はハインリヒに殺してもらうはずだった。
けれど、彼はそんなことをしたがらない。彼のわがままを否定するつもりはない。バカみたいなお人好しさも、彼に惚れた原因だからだ。
だから、自分のケジメは自分で付けることにした。
もう魔力は残ってないが、最後に残った命を、魔法に替えていく。
ゆっくり、ゆっくりと綺麗な目を閉じた。
(ずっと好きだなあ………。)
壊れかけた町に、一つの花火が上がった。
それは唯一の目撃者にとって、何よりも綺麗に映った。
【舛谷珠李 死亡】
【残り 24名】
【E-6 市街地/午後】
【ハインリヒ・フォン・ハッペ】
[状態]:ダメージ(特大) 所々に火傷 疲労(大) 悲しみ(大)
[装備]:ドンナー・ゲヴェーア ドンナー・シュヴェルト
[道具]:基本支給品一式×2(自分、珠李) 桝谷珠李の首輪 折れた豪炎剣“爆炎” 魔法樹の実×1
[思考・行動]
基本方針:珠李の想いを継いで生きる
1:エイドリアンと合流したい。そしてテンシに彫り込まれた名前を見る
2:城で見たあの映像は何を伝えたかったんだ?
3:アイツ(双葉玲央)の顔、何処かで見た覚えが
4:僕がいなくなった後の異世界…どうなっているんだ?
5:雪見儀一の言った言葉とは!?
6:彼女が首輪を解除した方法を、どうにかして応用できないだろうか。
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投下終了です
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アンゴルモア、雪見儀一予約します
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投下します
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ハインリヒが去ると、アンゴルモアと雪見儀一も移動を開始した。
特に目的地は無い2人だが、ぼーっと突っ立っているほど暇という訳ではない。
雪見儀一に至っては、テンシか舛谷珠李、どちらかでも見つけたいという希望があった。
どちらも再会すれば、再戦も十分あり得るが、それでも見つからないよりかはマシだ。
そんな時、アンゴルモアがおもむろに口を開いた。
「あの…ドラゴンさんの名前って、ちょっとドラゴンっぽくなくないですか?」
アンゴルモアという少年は、決して悪口のつもりで言ったのではない。
ただ彼は元々コミュ障なのに加え、不登校生活が長かった。
故に他人とのコミュニケーションに慣れてないのだ(こらそこお前もだろとか言うな)
竜は背中に乗っている少年にそう言われて、首を後ろに向ける。
「貴様も人のことを言えた口では無かろう?」
「いやあの…僕の名前は、ネットゲームの名前でして…本当の名前じゃ……」
「貴様の言うことはよく分からん。まあ儂の名は、人から貰ったものだからな。貴様がそう思うのも無理はないだろう。」
雪見儀一と、アンゴルモア・デズデモン。
どちらが日本の少年の名前で、どちらが白竜の名前かと聞かれれば、初見で正解できる者は少ないだろう。
事実、雪見儀一本人が、その名前は自分らしくないことは知っている。
それでも、別の名前を名乗るつもりは無い。人間の“雪見儀一”の名前を承り、彼に恥じぬ生き方をする。それだけのことだ。
「人から貰った?ペット…いや、飼いドラゴン……とかだったんですか?」
「やはり貴様が言ってることはよく分からん。まあいい、行くぞ。」
早速アンゴルモアをその背に乗せ、市街地をのっしのっしと歩き始めた。
背に乗った少年は、立って歩いている時とは全く異なる風景を、キョロキョロしながら見まわしている。
「何か見つかれば、儂にも伝えろ。」
「分かってますよ…ところで雪見さん、どこへ行くつもりなんですか?」
「まずは貴様が休めそうな場所を探す。怪我人を背中に乗せたままでは、出来ることも出来ぬからな。」
雪見儀一は、痩せても枯れても戦争を経験している。
故に、戦場では負傷者や戦力に難のある者が、優先的に狙われることも知っている。
舛谷珠李とも、テンシとも、他に殺し合いに乗った参加者とも戦う可能性がある以上は、ずっとアンゴルモアと一緒にいるわけにはいかない。
「え?一緒にいてくれるんじゃないんですか?」
「儂がいれば、標的になるかもしれんぞ?その時貴様は戦えるのか?」
「………。」
返答出来ず、黙るアンゴルモア。
事実、城での戦いでは足手まといになった自覚がある以上は、何も返せなかった。
-
「案ずるな。ハインリヒの小僧が来るまでの辛抱であろう。」
流石にこの場に置き去りにするのは、ハインリヒに対しても、自分の名をくれた老人に対しても、顔向けで出来ぬ行為だ。
それはさておき、アンゴルモアを隠れさせる拠点は探しておきたい。
暫くの間、アンゴルモアは背中の上でずっと黙っていた。
だが、竜が何度か街角を曲がり、A-5にたどり着いた辺りで、突然彼が声を出した。
「どうして……あの図書館があるんですか!?」
「なんだ。知っている場所だったのか?」
雪見儀一からすれば、見えたのは何の変哲もないコンクリ造りの建物だ。
かつて人間界にアクマの走狗として侵略した際、あのような建物をいくつも破壊した経験がある。
「はい。僕が小さい時、行っていた図書館とそっくりなんです。」
「この場に飛ばされたということか?はたまた巧妙に作られた偽物か?」
雪見儀一は生まれてから数十年は、同胞と共に一つの高山を根城にしていた。
アクマによって別世界から連れて来られた後は、同じナオビ獣が収監されている牧舎が寝床となっていた。
自分を手なづけているアクマが全て死んだ後は、建物も何もない次元の狭間で150年以上の時を過ごした。
故に彼にとって人間の建物とは、全く馴染みや思い入れの無い物だ。
「分かりません…でも、違うんです。」
「違うとはどういうことだ?」
「あの図書館は、僕が中学に入る前に、壊されたんです。」
近付いてみると、それがそっくりな建物では無いことが分かった。
隣の自転車置き場や駐車場までは再現されてないが、どこからどう見ても、幼少期の彼にとっての馴染みの場所だった。
このような建物が本物かそっくりな偽物かは、馴染みのある者にとって、理屈ではなく感覚で分かってしまうものだ。
アンゴルモアが図書館を見て感じたのは、驚きが大半、懐かしさが少し。
3年前に経営難と言う理由で、取り壊されてマンションになったそれと、このような形で再会するとは予想だにしていなかった。
「貴様の世界にはもう存在しない建物とな?だがこの世界は過去も未来も、ともすれば原因も結果も滅茶苦茶に混濁している。
そのような建物があるかもしれぬな。」
雪見儀一は物怖じせず、建物へと近づいて行く。
アンゴルモアにとっては、懐かしさを感じていた建物が、すぐ近くまで来ると、何だか違う怪物のように見えて来た。
以前本で読んだ、人が懐かしく感じる存在に変身して、おびき寄せられた生き物を食い殺す怪物のことを思い出した。
「あの…ドラゴンさん……じゃなくて雪見さん。誰かいるかもしれませんよ?」
「貴様は心配性だな。魔力の持ち主はあの建物にはおらぬ。」
「いや、魔法使いじゃなくても、殺し合いに乗った人がいるかもしれません!」
「その時は儂が戦えば良い。見縊るな。」
図書館の入り口までたどり着くと、雪見儀一はその足を止めた。
どこか駐車場の前に停止したバスを彷彿とさせる動きだ。
-
「うむ…儂はここまでのようだ。奴等も不親切だ。儂でも入れる建物を用意してくれれば良い物を。」
「え? 一緒に来てくれないんですか?」
「儂が壁の一つでも壊して良いのなら、共に行くのも悪くないが。」
「いえ、良いです!!でも、誰かが隠れて襲って来るんじゃ…」
「仕方のない奴だ。」
雪見儀一が、彼の体格にしては聊か小さいザックに手を入れ、さらに小さい何かを器用に取り出した。
腕時計のように見える何かを、アンゴルモアに渡す。
画面の中心に、点が2つ映っていた。
「首輪探知レーダーというものらしい。これを見ろ。 近くには儂と貴様以外の参加者はおらぬようだ。
儂には魔力感知能力があるから使う必要が無かったのだがな。」
「あ、ありがとうございます。」
図書館のボロさは、アンゴルモア自身が良く知っている。
巨体の雪見儀一が無理矢理押押し入ったら、それだけでたちどころに崩壊しかねない。
少し足の痛みも軽くなったので、彼の背から降り、一人で図書館に入ることにする。
「待て。一つ聞きたいことがある。この建物は、書物が貯蔵されているのだろう?」
「え?そうですが…。」
「ならば、楽器に関する本を取って来てくれぬか?」
「え?」
雪見儀一は、200年以上生きて来て、何かに興味を持ったことなど無かった。
だが、戦う以外の目的で人間と出会い、舞いと音楽を教えて貰った。
あの時人間の“雪見儀一”が見せた鼓以外に、どんな楽器があるのか、どんな音楽があるのか、それが気がかりだった。
「なんだ。儂が楽器に興味を持ってるのが、そこまで滑稽か?」
「いえ、そんなことはありません…」
見た目に似合わぬ物を欲しがるのだなと思いつつ、アンゴルモアは返事一つで図書館に足を踏み入れる。
彼の姿が見えなくなると、雪見儀一もその場を離れた。
★
中は、アンゴルモアが昔通っていた時そのままだった。
フリーの勉強スペース、本を借りるカウンター、いつ来ても誰かが寝ているソファー。そして、沢山の本棚。
だが、一つ違和感があった。
図書館の匂いがしないのだ。
紙の匂い、表紙の匂い、インクの匂い。
そのような嗅覚において、図書館を図書館たらしめる要素が、全く感じられない。
いや、意識して匂いを嗅ごうとすれば、辛うじてそれらの匂いが鼻に入って来る。
まるでこの殺し合いが始まってから、この世界に現れたかのようだった。
最初に彼が向かったのは、ファッションに関する本が置いてあるコーナーだった。
明らかにこの殺し合いにおいて、役に立つ本ではない。
それでも、彼の世界で図書館が壊されるまで、よく読んでいた本だ。
せっかく復活しているというのなら、読んでみるのもアリではないか。
-
(やっぱり…あるんだな……)
図書館が壊される前、特に気に入っていた一冊を手に取る。
様々な種類のドレスが載っているページをめくると、懐かしい気持ちが湧き出て来た。
彼が心からの挫折を知らず、かといって挑戦することも知らず、楽しく生きていた時のことを。
アンゴルモア・デズデモンには、2つ上の姉がいた。
内向的な性格の持ち主だったアンゴルモアとは異なり、明るい性格で、彼の家を照らす存在だった。
勉強もそれなりに出来たが、それ以上にバレエにおいて、卓越した才能を持っていた。
母親と何度か、彼女の舞台を観に行ったこともある。
舞台の上で白いフリルの付いたレオタードを纏い、白鳥のように舞う姉は、とても美しく映った。
彼女が通っていたバレエ教室は、男子生徒は募集していなかったし、第一彼はバレエなど出来ないとは思っていた。
だが、図書館ではよく女の子が着る服や、メイクの本を読みふけっていた。
(あの時は楽しかったな……。)
両親もそんな彼女を心から愛し、アンゴルモアはそんな姉に憧れていた。
内気で人付き合いは苦手な彼だが、それでもかっこよくなりたいと思っていた。
そんな彼とその家族の日常は、彼が小学校5年生の時にあっさりと崩壊した。
事の発端は彼の姉が、バレエの大型コンクールで、他所の教室の生徒に会ってからだ。
教室で一番バレエの上手かった彼女は、初めて敗北を喫した。
輝くような金髪と、透き通るような白い肌を持つ同じ中学1年生の少女に、完膚なきまでに敗れた。
手足の動かし方1つ取っても、彼女の方が完璧なまでに美しく、そして上手だった。
そのことが余程悔しかったのだろう。コンクールが終わってから、これまでにも増して熱心に練習を繰り返した。
先生に練習のしすぎだと言われても無視して、レッスンが終わっても1人残って練習を続けていた。
あまりに遅くなるから、母が車でよく迎えに行っていた。
それがまずかったのだろう。
姉は練習のし過ぎで、足を壊した。
あろうことか、再びその金髪の少女と出会った冬合宿の時だった。
日常生活には差し支えないが、二度とバレエを踊ることは出来ないと医者に言われた。
-
(姉ちゃんがああならなかったら、僕も不登校にならなかったんじゃないか……?)
本のページを、雫が濡らした。
そんな中でもアンゴルモアは1ページ1ページ、思い出をなぞるかのように読んでいく。
1冊読み終えると、今度は化粧の本を読んでいく。
あの日々を取り戻そうとしているかのように、ページをめくって行った。
彼が小学6年生の時、そして姉がバレエを辞めた時、彼の家は火が消えたように静かになってしまった。
悪いのはこれで終わりでは無かった。
バレエの出来なくなった姉は、バレリーナになることを夢見ていた姉は、無気力な生活を送るようになった。
これまでの反動か、甘いお菓子など制限されていた食べ物を、ひっきりなしにがつがつ食べるようになり始めた。
バレエをしなくなったのも相まって、綺麗だった姉は見る影も無く、どんどん太り始めた。
ただ学校に行き、帰り、後は食べるかテレビを見るか寝るだけの生活。
かつて憧れていた姉は、もうそこにはいなかった。母親も変わっていく彼女に対して何も言わなかった。
だからこそ、自分だけでも姉の分までかっこよく生きよう。小学校ではいわゆる陰キャとして生きていた自分だが、中学校では目立つような存在であろう。
そう思ったのが間違いだった。
目を怪我してもないのに眼帯を付けて、マニキュアも入れて、そんでもって制服のボタンを外して死神をプリントしたTシャツを見せながら登校した。
最初の教室で自己紹介の時から悪目立ちしてしまい、たちまちクラスで目を付けられてしまった。
それからは授業時間よりも、休み時間の方が苦痛だった。
1年のゴールデンウィークが終わってから、学校に行くのがしんどくなり、それからすぐに不登校になった。
(もしあの時学校に行っていたら、何か変わっていたのか?)
学校に行かないとなると、途端にヒマになった。デスゲーム小説を読んだり、ゲームをしたりして時間を潰したが、一番ハマったのは女装だった。
もう姉が着ない、着ることが出来ないワンピースやドレス、他の女物の服をこっそり着て、鏡に映る自分の姿をぼんやりと眺めているのが好きだった。
その頃には図書館はもう無かったが、気に入っていた本の中身は読まずとも全て覚えていた
(このページ、折り目付けちゃダメだろ。いくら重要な所だからって、もう少し本を大切にしろよ昔のボク。)
-
それは、かつての姉に自分を重ねていたのだろうか。それとも小学生の時に、男子に告白されて、断ったら無理矢理キスをして来たことを思い出しての行いか。
やがて、その姿を写真に写し、ネットに上げてみたら予想以上に人気が出た。
姉の影でしか生きられなかったアンゴルモアが、初めて日の目を見た瞬間だった。
オンラインゲームは、その時に自分の衣装を褒めてくれた人に紹介され、やり始めた。
自分一人のファッションショーと、自撮りの編集。どちらもやってない時はオンラインゲーム。
彼の人生は、ネットに完全なまでに浸食されていった。
「ん?」
その本も終わりに近づいた辺り、四つ折りになった古い紙のようなものが、そこに挟まっていた。
何の皮肉か、過去に浸っていたアンゴルモアの意識を、現在に戻した。
紙を開いて、その中身を覗く。それは、彼の思い出の地にあるものではなく、殺し合いならではの品物だった。
『失われし書院に訪れし者よ。知への好奇心に旺盛な者に宝の地図を授けよう』
C-4 城 最奥 王杓
E-6 地下 魔槍
A-7 遊園地広場 召喚石
そこに書いてあったのは、宝の在りかのような物
この中で書いてある、『C-4 城 最奥 王杓』とは、かつて自分とハインリヒが入った城にあった物だと、すぐに察しがついた。
従って、この宝の地図は、誰かが面白半分で適当に書いたのではなく、本物であると考えても問題は無いだろう。
(でも、あんまり役に立ちそうにないなあ。)
在り処が分かっても、そこまで行くのには時間も労力もかかる。
ハインリヒとも合流したいため、あまり広範囲をウロウロしたくない。
さらに3つ書いてある宝の内、既に1つは他者の手に渡っていることを知っている。
殺し合いが始まってから9時間以上経過した今、他の2つも誰かの手に渡っている可能性が高い。
とりあえず、宝の地図があったと、雪見儀一に報告することにする。
歩き始めたら、双葉玲央との戦いで傷ついた片足がズキリと痛んだ。
-
(姉ちゃんも、こんな気持ちだったのかな…)
思い出の本を読んだからか、バレエの練習で、片足を怪我した姉のことを思い出した。
前の戦いでは、自分は明らかに足手まといだった。
脂肪の塊のようになってしまった姉のことは、頭に入れないことにしていた。自分が憧れていた姉は、もういなくなったことにしていた。
でも、一度思い出すと、際限なく姉のことを思い出してしまう。
自分の姉なら、あの時熱心にバレエに打ち込んでいた姉なら、どうなっていただろうか。
ハインリヒにとっても頼りになる仲間になり、彼を助けることも出来たのだろうか。
意味の無いことを考えてしまう。
図書館から出ると、外の澄んだ空気が、彼を現実に戻した。
雪見儀一は何処に行ったのかと思ったが、すぐに彼の下にやってきた。
「儂の探していた本はあったのか?」
「あ!いえ…それは忘れてましたが……。こんな物があったんです。」
今になって、雪見儀一から本を持ってくることを頼まれていたのだが、忘れていたことに気付いた。
雪見儀一はそれに関して気にするような素振りも見せず、アンゴルモアから地図を受け取る。
大きな片手でそれを掴み取ると、突然それに目掛けて火を吐いた。
「ちょっと!?燃やすことは無いんじゃないですか!?」
「この紙からは、魔法の匂いがする。」
よく分からないことを言う雪見儀一に対し、アンゴルモアはただ戸惑っていた。
だが、宝の地図からは、文字が浮き出ていた。
「魔法の炎による炙り出しだ。儂が生まれた世界でも、アクマ共も似たようなことをやっておったわ。」
C-4 城 最奥 王杓
E-6 地下 魔槍
E-2 大聖堂地下 世界からの脱出のカギ
A-7 遊園地広場 召喚石
「これは!?」
先程まで不自然な余白だった場所に、文字が現れた。
しかも、中身はこの殺し合いからの脱出方法らしき道具のことが書いてあった。
「これって…ここから出られる……「待て!!!」」
アンゴルモアが言葉を話した瞬間、雪見儀一が一喝した。
その意図が読めず、ただ驚いたまま口を紡ぐ。
2人共それからしばらく何もせず、何も話さず。
ただ心臓の音だけが、妙にうるさく聞こえた。
しばらくすると、竜の方が安心したように息を吐いた。
「首輪の爆発は無いようだな。何よりだ。」
-
先程ハインリヒに、ある言葉を話そうとした時、首輪からの警告が鳴ったのをよく覚えている。
この殺し合いから脱出するアイテムの手がかりなど見つかれば、即座に見つけた者の首輪を爆破されかねない。
「そ、そういうことを気にしてたんですか……あー驚きました。大声出さないでくださいよ。」
「問題はこれからだ。まずはハインリヒと合流し、大聖堂へ向かわねばならぬ。早く背に乗れ」
あまりにも予想外な所で、予想外な道具が手に入り、困惑を隠しきれない2人。
もう一つ、気になることがある。
本物か偽物か分からないにせよ、宝の地図はアンゴルモアが読んでいた本に挟まっていた。
この宝の地図を殺し合いの会場に仕込んだ者は、その本が、その図書館がアンゴルモアにとって馴染みのものであることを、知っていたのだろうか?
【A-5 図書館付近/午後】
【アンゴルモア・デズデモン】
[状態]:左脚に怪我(少しだけ自力で歩けるようになった) 横隔膜へにダメージ(少し回復してきた) 腹部に痛み(小) 武器を取られたことによる怒り
[装備]:妄想ロッド
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム×0〜2(確認済み) 宝の地図
[思考・行動]
基本方針:とりあえずまともに歩けるようになるまで、雪見儀一の下にいる。殺し合いには乗る気は無い。
1:宝の地図の示す場所に従って、同志(ハインリヒ)と合流次第、E-2へ向かう
2:同志と離れ離れになるのは寂しいが仕方ない。
3:少し痛みが治まって来た。けどまだ痛いので早く痛みが引いて欲しい。
4:アイツ(双葉玲央)から、どうにかして杖を取り返したい。
5:このドラゴン(雪見儀一)は何を知っているんだ?
6:まさか本物のドラゴンに会えるとは。怖いけど少し楽しい。
【雪見儀一】
[状態]:角破断(ほぼ完治)全身にダメージ(小) 魔力消費(小)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム×0〜2(確認済み) 首輪探知レーダー
[思考・行動]
基本方針:この名に恥じない在り方を
1:宝の地図は、本当に役に立つ物なのか?
2:それよりも“テンシ”を早く対処したい
3:極力殺したくはないが、必要なら躊躇わない。
4:展望台にいた者たちは、どうなったのだろうか……
5:珠李の盟友とかいうハインリヒは、意外に話の分かる男だな。
6:あの時、なぜ儂の話が遮られた!?
7:まさか人間の子供のお守りをさせられるとはな。
8:音楽に関する書物があれば欲しかったが、まあそこまで重要なことでもない。
-
投下終了です。
-
フレデリック、魔子、祥真、四苦八苦 予約します
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投下します
-
無人の建物に入った瞬間、フレデリック達4人はほっと溜息をついた。
何しろマーダーの巣窟と化したショッピングモールから逃げ、隠れることが出来たのだから。
中は如何にも人が住んでいそうな人家だった。
白を基調とした1LDKで、ベッドやクローゼットといった家具も揃っている。
フレデリックはすぐにベッドを抱え、ドアの前に置いてバリケード代わりにした。
そこまで警戒を続けるのも当然の話だ。
相手は自分の攻撃が通じない女と、爆発を受けても死なない怪物。
しかも魔子や祥真曰く、あのモールには別のマーダーもいたそうだ。
そんな恐ろしい場所から逃げられたことについては、祝杯の1つも上げたいところだが、それ所ではない。
あのまま引き下がるような者達ではないし、隠れる場所を見つけて態勢を整えるべきだと、フレデリックは考えた。
「窓は閉鎖しなくていい。放火でもされた時に困る。」
「はい。すいません。」
フレデリックの真似をして、祥真は窓も閉鎖しようとしたが、彼は止めた。
襲撃者の一人は、攻守両面で体内から流れ出る脂を使っていた。
その脂にどれほど可燃性があるかは不明だが、火責めにしてくる可能性も考えられる。
外敵の侵入を恐れて、逃げ道まで塞いでしまうのは、ひたすらに愚かな行為だ。
四苦八苦はクローゼットを開けて衣服を物色している。
どちらかというとこの場の守りを固めている行為には見えないが、彼女にとってはようやく待望の衣服だ。
豪華ブランドと言う訳でもない、ありふれたTシャツとジーンズだが、血が付いている訳でもなく、誰かに狙われている服でもない。
「ここの冷蔵庫、色々食べる物があります。毒も入ってないみたいですよ。」
窓から離れた梓真は、冷蔵庫を開けて、すぐに食べられそうなものだけを出して行った。
中には意外なほど多く食べ物があり、1日ぐらいは籠城しても飢えることは無さそうだ。
-
「わ、私もバリケード作りを手伝うぞ…下僕2号!!力仕事は苦手だが致し方ない!!」
「助かる。だが、休まなくてよいのか?」
「私の心配など無用だ!!」
魔子もまた、バリケード作りに励むフレデリックの手伝いをしようとした。
全員が全員、何かをしようとしていた。
だがそれは、全員が勤勉だからと言う訳では無かった。
何か意義がありそうなことをして、少しでも迫り来る恐怖を振り払いたかった。
「壁作りはもういい。集まってくれ。」
彼らが戦った敵は、こんなものでどうにかなるような相手ではない。
即席のバリケードなど、壊されるか燃やされるかして、すぐに決壊するのがオチだ。
フレデリック達は応接間に車座になった。
四苦八苦を除いて、食事の前に傷の手当てをしたかったが、残念ながら救急箱の類は見つからなかった。
真ん中には祥真が並べた食べ物がある。
クラッカー、サラダチキン、ミカン2つ、ハム、ハッカ入りキャンディー、そしてクッキー缶が2つ。
栄養バランスはともかくとして、思ったより多くの食べ物が並んでいた。
ついでに500mlのミネラルウォーターとオレンジジュース、さらには瓶に入った牛乳まであった。
「ショッピングモールで何があったか、教えて欲しい。」
フレデリックはクラッカーを頬張りながら、他の3人に話を聞く。
食欲なんてとても無いが、食べられる時に食べておかないと、この先保たないのは分かっていた。
他の3人も、フレデリックに同調するかのように、それぞれ飲み食いをしていた。
「まず、我と下僕一号に降りかかった厄災から説明しよう。」
-
早速、魔子はその舌を動かし始めた。
彼女と祥真はフレデリックと別れ、モールの外周を探索していた際に襲撃を受けた。
そこで、杖を持った冷たい目をした少年に襲われた。
相手は躊躇いが無く、あまりにも恐ろしい速さの攻撃で、2人共殺されかけた。
だが済んでの所で、よく分からないことをぼやく金髪の少女の乱入により、逃走に成功した。
「金髪の少女?その女は弓を持っていなかったか?」
「いや、彼女はそんな物は持ってなかったな。」
金髪の少女と聞いて、フレデリックはノエルのことかと思ったが、魔子が話していたのはグレイシーのことだ。
「彼女がいなければ、僕達2人は間違いなく殺されていました。」
「何を言うか!あの時は追い詰められていただけだが…「強がるのはやめましょう」」
祥真は話を遮ったことで魔子からまた殴られるかと思ったが、彼女の手は伸びてこなかった。
殴られなくて安心した、ということはない。彼女が、誰かを殴る余裕すらないことが伝わって来るからだ。
「だが、1つ分からないことがある。あなた達2人が追い詰められる程の相手を、1人だけでどうにか出来るものなのか?」
フレデリックの言うことは尤もだ。魔子の実力は、最初のスヒョンとの戦いで評価している。
その魔子をして、一瞬で追いつめられる相手なら、1人で戦う事さえ難しいだろう。
「……そっちの人の不死身の能力みたいに、何か不思議な力があるのかもしれません。」
祥真が今も震えている四苦八苦をちらりと見ながら答える。
じゃあなんで何の力も持たない自分がこの殺し合いにいるんだよと思いながら。
「そういや、あの少女、よく分からないことを言っていたな…『タフって言葉はスヒョン先生のためにある』だっけか?」
「多分違うと思いますが、スヒョンがどうのこうのとは言ってましたね。」
「あの怪物の手下…ということか?」
血も涙もない怪物だと思っていたが、まさか同行者を作っていたとは。
モール内でスヒョンと鉢合わせをしたフレデリックは、魔子たち2人以上に驚いた。
-
「手下なのか弟子なのか、はたまた騙されているだけかもしれませんが、そうなんでしょうね。」
「アイツ一人だけでも厄介なのに……手下がいるのか?嫌だ…もう痛いのは……。」
2人がかりでぐちゃぐちゃに弄ばれることを妄想し、四苦八苦の震えはさらに大きくなる。
突然立ち上がったかと思いきや、窓から出ようとした。
「待て! 何をしようとしている!!」
フレデリックが彼女を羽交い絞めにし、無理矢理止めようとした。
四苦八苦はそれに対し、バタバタと暴れる。
「こんな所に居たくない!少しでも遠くに逃げなきゃいけないだろ!!」
「ちょ…それこういう状況で一番言っちゃいけないセリフですよ!!」
祥真もミステリー物のワンシーンを思い出し、四苦八苦を止めようとする。
ところが、魔子だけは彼女を止めようとしなかった。
立ちあがったと思ったら、ぼーっとフレデリックと四苦八苦のやり取りだけを眺めていた。
「え?魔子さん、どうしたんですか?」
四苦八苦を止めるのはフレデリックに任せ、魔子の心配をし始める。
「いや、下僕三号のやってることは間違ってないかもしれない。」
そろそろ自分のことをマギストス・マコと呼べと言うはずなのに、いつになく冷静な物言い。
彼女の豹変ぶりに、祥真は一抹の不安を覚える。
-
「今どういう状況なのか分かって言ってるのか?」
フレデリックもショッピングモールで起こったことを説明しようと思っていたのだが、そんなことはどうでもよくなってしまった。
この状況で外に出ようとするなど、自ら殺されに行くようなものだ。
まさかこの場でそんな選択する者が2人もいようとは。しかもそのうち1人は、リーダーを名乗っている者である。
「それはわt…我が友だって同じだ!!早く城へ向かい、暴漢共から護らねばならん!!」
「…そのことなんだが、仮にあなたが言ったことが正しかったとしても、時間が経った今、彼も移動しているんじゃないか?」
こんな時でも友のことを心配するのは、素晴らしい心の持ち主だと感心した。
だが、それが自分の破滅を招きかねないとも危惧した。
渡りの民にいた時でも、軍に所属していた時も、仲間を庇って死んだ者は見て来たからだ。
「な……何を言っているんだ!いくら我を外に出したくないからと言って、そんなよく分からない言い訳を…」
「そんなつもりなどない!!」
魔子の顔色が急に悪くなり、肩をビクッと震わせた。
その時、フレデリックは間違ったことを言ってしまったと、初めて気が付いた。
「すまない……だが、どこにいるかも分からない仲間を探して、奴等に襲われでもすれば……。」
「いや、いいんだ。フレデリ……下僕2号が言ってることは間違ってない。ただ、少しだけ花を摘む時間をくれないか?」
魔子はフレデリックの返事も待たず、トイレに向かう。
バン、と勢いよくトイレのドアを開け、そのドアが古くて空きにくくなっているかのように、力いっぱい閉めた。
明らかにただ事じゃないと、他の3人は分かっていたが、分かっているだけで何も出来なかった。
-
★
「うえええぇぇええええっ!!げほっ……げぼっ……げえ“ええ”え“ぇぇ”!!!」
カギを閉めると、トイレの中で崩れ落ち、思いっきり嘔吐した。
便器の中に胃液と、消化出来なかった食べ物の欠片が浮かぶ。
全て吐き終わると、急に脱力感が襲ってきて、便器の淵に額をぶつけてしまった。
視界が歪む。頭がグラグラする。息がロクに出来なくて、バクバクと心臓の音が聞こえる。
「ひいっ!!」
不意に背中に虫でも落ちて来たかのように、ゾワっとした感触がした。
慌てて背中を擦るも、それらしき虫はいなかった。
不意に、全身に鳥肌が立つ。寒くはないはずなのに、悪寒が走る。
(やっぱり……来たか……これはちょっと…キツイな……)
魔子がかつて、薬物を打たれたことがある。その後遺症と、トラウマによる症状だ。
ショッピングモールへ行きつく前に一度、躁の状態になって快楽を求めたが、現在はその逆、バッドトリップに陥ってしまった。
彼女はかの事件の後も、強制的に摂取された依存性の高い薬物を抜くために、通院を繰り返していた。
病院にいない間も、フラッシュバックを抑えるために、精神安定剤を定期的に服用していた。
そんな中、医療も薬も無い世界に連れて来られてしまった。
薬の禁断症状と、殺し合いの恐怖、疲労。常時服用していた精神安定剤のリバウンド。
そしてフレデリックに怒鳴られたことが、過去に男達に壊された時のトラウマを呼び覚ました。
幾重にも重なった悪い要素が、彼女の精神を、神経を、恐ろしい程に蝕んでいった。
「はーーーっ……はーーーーーーーーーーっ……はっ…はーーーーーーーーーー…………」
トイレの壁に背中を付け、ただぼんやりと虚空を眺めながら、不規則な呼吸を繰り返す。
汗がだらだらと流れているのに、寒気は増す一方だ。
辺りを照らしている蛍光灯が、極彩色の光を出す気持ちの悪い光源に見える。
あちらこちらから、正体不明の目玉が自分を監視しているかのような感覚に陥る。
直ぐに術式を整え、体調を戻したいのだが、手に力が入らなくて、動かすのすら億劫だ。
力の入らない腕を、ぞわぞわぞわぞわと、何匹もの蟲が這う様な感触を覚える。
ただ荒い呼吸と、ガチガチと歯の根の合わない音だけが聞こえる。
いや、聞こえるのはそれだけではない。呼吸や歯の音に混ざって、男の声が、幻聴が聞こえてくる。
耳を塞いで、不快な音を、声を全部聞こえないようにしたいが、手を耳まで持っていくことさえ出来ない。
このまま蟲の大群に全身を犯され、食い殺されるのではないか、そんな恐怖が彼女を襲った。
-
★
「無事か!?カギを開けられるか?返事してくれ!!」
フレデリックはトイレの扉を何度も叩いて、彼女の安否を確認しようとする。
明らかにただ事ではない。下手をすれば、彼女は以前より悪いことになっていることが、嫌でも伝わって来る。
先程はそっとしておいたが、流石にこの場では見過ごすわけにはいかない。
彼女の痴態を目撃することになったとしても、何とかせねば。
「ちょっと、フレデリックさん!!」
祥真は今にも扉を蹴破ろうとするフレデリックを、止めようとする。
そんな強引な手段に打って出れば、彼女の精神はもっと追いつめられるんじゃないかという不安だ。
長身である彼を止めるのは難しかったが、その手を伸ばして右肩を掴んだ
「止めるな……!!ぐっ!!!!」
フレデリックは急に右肩を押さえた。
祥真が触れた所だが、彼はまだ触れただけだ。
鍛え抜かれたフレデリックが、ただの高校生でしかない祥真に掴まれたぐらいで、痛みを感じるはずがない。
「え? もしかして、さっきの戦いで怪我したんですか?」
「…そんなことはどうでもいい!!中の彼女が先だ!!」
トイレの扉を、再び叩こうとする。
事実、彼はショッピングモールでの戦いで、ノエルにナイフで肩を切られていた。
だが、そんな痛みも気にしている様子はない。
フレデリックのその態度は、彼女を慮っている以上に、自分の問題から目を背けているようにも見えた。
-
「あの…フレデリックさんは休んで…「黙っててくれ。」」
「え?」
「それをしてしまえば私は、彼女の下僕でも君の友人でも無くなってしまう。」
「……。」
フレデリックは、祥真を邪魔に思ってこのような言葉を吐いたのではない。
ただ、恐れているのだ。
10年近く練り上げて来た技が通用しなかった敵のことだけではない。
軍から逃げ出したあの時のように、自分が恐ろしさに耐えかねて逃げ出してしまうことを。
彼女を、他の者達を気遣うことで、自分を恐怖から守ろうとしていた。何かをすることで、恐怖心を紛らわそうとしていた。
「下僕たち…うるさいぞ。トイレぐらい静かにさせろ。」
急にトイレのドアが開き、何食わぬ顔して魔子が出て来た。
ただ、その顔色がとても悪い。
「いや、あの!!トイレで思いっ切り吐いてたじゃないですか!!」
「何だ。そんなことか。急にドカ食いしたから少し気持ち悪くなっただけ……」
全て台詞を言い終える前に、魔子はフラっとした。
彼女の両肩を、祥真が掴んだ。
「ヘンタイ…われのからだにふれるな……」
「フレデリックさんが言ってましたよね。己の心が悲鳴を上げた時ぐらいは素直に助けを求めても良いって。
肩…掴まれますか?」
「げぼくのぶんざいで……でも、ちょっとつかれた。やすませてくれ。我が友は起きたら……」
祥真はゆっくりと魔子を連れていき、部屋にあったソファーに寝かせた。
四苦八苦は、この状況に乗じて空き家から逃げ出すかと思っていたが、普通に部屋の隅で座っていた。
逃げようとも考えたが、逃げた所で行く当てもないし、最悪ここにいれば3人を犠牲にして逃げることも可能じゃないかと思ったからだ。
「こんな時にこんなことを言うのもなんだが、君たちに話さなければならないことがある。」
-
暫くは静かになっていたが、突然フレデリックが小さい声で話を始めた。
彼女を起こさないようにしていたので、祥真達はどんな言葉を聞いても良いように心の準備をする。
だが、フレデリックの口から出た言葉は、彼らの予想を上回った。
「この殺し合いに、私のような『渡りの民』の者が関わっているかもしれないんだ。」
「「え?」」
祥真と四苦八苦は、異口同音に言葉を発した。
何しろ、仲間の一人と同郷の者が、殺し合いに関わっていると言うのだから。
「ど…どうしてそう思ったのですか?」
「何で…何でそんな大事なことを黙ってたんだ!!」
「う………ん……?」
四苦八苦の大声を聞いたからか、魔子が目を覚ました。
フレデリック達は慌てて彼女を寝かせようとする。
「だ、大丈夫ですか?あのスイマセン!静かにしますんで!!」
「いや……問題ない。頭痛も少しだけ引いた。我も話に混ぜてくれ。」
祥真は水を用意する。魔子は感謝の言葉を呟き、少しずつ飲んでいった。
魔子だけソファーに座り、後は床に座るという形で、話は進んでいく。
「ショウマ君、君は以前、私が恐怖の大王の名前を知っていることに驚いたと言っていたな?」
「いや、別にそう言うモンかと…ほかに大変なこと、いっぱいありましたから……」
「『渡りの民』は、君たちの世界に行ったこともあるからだ。」
アンゴルモアの話は続いた。
渡りの民は、山から山へ、国から国へ、大陸から大陸へと移るだけではない。
世界から別世界へと旅をすることもある。
そのカギになるのが、400年以上渡りの民のメンバーである、ファルマン家と、ファルマン家が管理するアルム石だ。
-
「皆既月食の日、海の上でアルム石(せき)を掲げると、空間に穴が開き、私達は別の世界へ行くことが出来る。
渡りの民がアンゴルモアの話を聞いたのも、恐らく私達が君たちの世界に行ったからだろう。」
1555年にリヨンでノストラダムスの予言が出版されてから、様々な形でアンゴルモアの話は語り継がれてきた。
中にはモンゴル帝国の残党だったり、ローマ帝国を恐怖のどん底に陥れたアッティラの亡霊、はたまた宇宙人だという説もある。
当然、渡りの民が祥真や魔子の世界を訪れるついでに、その伝説を聞き入れたのもおかしくない。
「そのなんとか石が、この殺し合いが始まったきっかけになっていると?」
「ああ。アルム石の力を使えば、私と、君達のような別世界の者を1つの場所に集めることも可能だろう。
だからこそ、アルム石の管理は歴代のファルマン家に委ねられており、渡りの民でも知っている者は少ない。」
フレデリック・ファルマンは故郷の軍から逃げ出し、崖から落ちた所を渡りの民の者達に救ってもらった。
その恩を返そうと、軍で鍛えた肉体を活かし、渡りの民の守り人の1人になった。
5年後その実力が認められ、ファルマン家の者からその家名を承り、同時にその家の歴史、ファルム石のことも知った。
「どうしてそんなことを言わなかったんだ!?」
四苦八苦がありきたりな疑問を投げかける。知った所でどうにかなるものではないのは、彼女でも分かっている。
だが、それでも知っておきたくなるのが人と言うものだ。
「このことはファルマン家以外の者には言ってはならない掟があった。
それに私は、折角助けてくれた者達が、こんな恐ろしい儀式に関わっていると信じたくない。」
この殺し合いが始まって、キム・スヒョンという異形に襲われた時、
そして滝脇祥真という、全く文化的背景が異なる少年に会った時、段々と疑いが生まれていった。
渡りの民の力を、正確にはアルム石を使えば、一見作ることが不可能な殺し合いでさえ、出来るのではないかと。
さらに、ショッピングモールでのノエルとの戦いで、一方的に殺されかけた。
あの時は難を逃れたが、自分もいつ死ぬか分からなくなってきた以上は、少しでもこの話を仲間に伝えなければならない。
-
「でも……!それを知れば、この恐ろしい世界から脱出できるかもしれないんだぞ?」
四苦八苦としては、この会場から逃げられる、別の場所へ行けるという物の話は、この上なくありがたい。
何しろ、自分を死よりも恐ろしい目に遭わせようとしてくる参加者が、2人もいるのだ。一刻も早く逃げ出したい。
「やめておけ…下僕3号。2号が話をしている最中だ。」
魔子は少し落ち着いたが、今も苦しそうにしている。
ソファーにだらりと座り、まともに動けそうではない。
それでも、紫の瞳に見据えられ、四苦八苦は黙ってしまった。
「でも、おかしくないですか?フレデリックさんの家系にしか伝わってない石を、どうしてデスノ達が使えるんですか?」
「これは私は酋長から聞いただけのことだが、35年前、ファルマン家から、石の欠片を持って脱走した者がいるらしい。」
渡りの民は、仲間に加わった直後ならば、抜けるのは自由だ。
だが、ファルマン家の者は別だ。
アルム石のみならず、渡りの民の中で、食事や薬、他の道具の使用を優先される。
その反面、渡りの民から出ることを許されなくなる。
守り人や職人、あるいは薬師として活躍し、その果てにファルマンの名を承ることは、その生を渡りの民に捧げることを意味するのだ。
だが、彼が渡りの民に加わる30年前のこと
野盗の襲撃に乗じて、1人ファルマン家から脱走者が現れたのだ。
-
「その人が、この殺し合いに関わっていると?」
「はたまた、アルム石の欠片を奪った者か。いずれにせよ、アルム石がこの殺し合いのカギになっているかもしれない。」
フレデリックの話が終わり、さらに重い空気が辺りを覆った。
何しろ、この殺し合いのタネと予想される物が、予想以上に恐ろしい物だからだ。
どうにかしようにも、殺し合いに乗っている者がうろついている。
迂闊に出歩けば、どうなるかは想像に難くない。実際にフレデリックとて、スヒョンとノエルが悪い具合にかみ合ってくれたから助かった様なものだ。
おまけに、怪我をしたフレデリック、精神的に不安な魔子、一般人の祥真だ。
無傷での生還は極めて難しい。口にしなくても、その事実をそれぞれが理解していた。
「大丈夫だ。私はファルマン家から、アルム石の使い方を教えて貰っている。どうにかして手に入れば、君達を元の世界に戻すことは可能だ。」
「ほ、本当なのか?」
魔子の瞳が輝く。
それはアメジストを彷彿とさせた。
「ああ。勿論だ。だからこそみんな、頼みがある。死なないでくれ。」
-
フレデリックは深く頭を下げ、3人に懇願した。
「私達は今、少しばかりひっ迫した状況だが……ここさえ4人で乗り越えれば、きっとアルム石探しも上手く行く。」
「勿論です。僕だってそれなりに生き延びて見せますよ。」
「……信じていいんだな。私を、あの金髪の怪物から守ってくれるんだな?」
「ふふ。下僕2号。良いスピーチを我に代わってしてくれてありがとう。」
「褒めることはない。ただ、生きていてほしい。」
(嘘だ)
フレデリック・ファルマンは、ここで初めて嘘をついた。
渡りの民の話は本当だ。だが自分は、アルム石の使い方を知らない。
海の上で皆既月食の日に使うことは教えて貰ったが、なぜその時間、その場所で使えば、別世界が開くのか知る由もない。
そもそもアルム石がこの場にあるか不確定であるし、万が一あったとしても、魔子や祥真を元の世界に返せる保証も無い。
ただ、この場の下がり切った士気を上げるために、絶望しないためについた嘘だ。
-
フレデリックにせよ、魔子にせよ、メンバーのことを考えていた。
だが、それは本当は他人の為ではなく、自分が傷つくことを、恐怖に負けることを恐れていたに過ぎなかった。
【D–4 空き家内/午後】
【フレデリック・ファルマン】
[状態]:全身に打撃による痛み 疲労(小) 無力感
[装備]:無し
[道具]:基本支給品一式 ランダム支給品0〜1 対人手榴弾×1 折れた槍
[思考・行動]
基本方針:殺し合いの打破。出来うる限り多くの命を救う
1:魔子を休ませて、回復してから城へと向かう
2:脱出の手段を講じる。渡りの民のアルム石があればそれを使ってみる。
3:キム・スヒョンを止める。殺す事も選択肢に入れる
4:魔子には無茶をしないでほしいし、助けてほしいのなら素直に助けを求めてもらっても構わない
5:四苦八苦はすまなかった。是非許して欲しい。
6:あの“ミカ”と名乗った少女(ノエル)は何なんだ?
7:嘘をついてすまない…でも、ここで絶望して欲しくないんだ…
【四苦八苦】
[状態]:血塗れ、憂鬱 ノエルへの恐怖恐怖(特大)
[装備]:無し
[道具]:無し
[思考・行動]
基本方針:生存第一、辛いのもしんどいのも嫌
1:これ生存するだけでどうにかなる問題じゃなくなった、面倒くさい……
2:あの金髪(ノエル)怖い。誰か代わりにやっつけて。
3:私が一体何をしたって……
4:この場にいても死にそうだし、逃げたい。けれど何処へ逃げれば…
【備考】
※「笑止千万」の名前を名簿に確認しました。
【滝脇梓真】
[状態]:背中に切り傷(小)
[装備]:玲央のナイフ
[道具]:基本支給品×2 ランダム支給品0〜4(服のようなものはありません)
[思考・行動]
基本方針:生還する
1:魔子、フレデリック、四苦八苦と一緒に城へ向かう
2:成り行きとはいえまあ魔子の事は支える。何というか難儀な人と出会ったしまったものです
3:あの貞子(四苦八苦)は別にいいですが……
4:あの襲撃者(双葉玲央)の顔…何処かで見た記憶が
5:とりあえず魔子の体調が回復するまで、この空き家に留まる
【加崎魔子】
[状態]:薬物の後遺症による脱力感、幻聴、幻覚、男の大声によるトラウマ、嘔吐感(小)、疲労(大)感度抑制及び軽度の感覚遮断(快楽)の術式発動中(一定時間後自動解除) 襲撃者(双葉玲央)に対する恐怖(中) 魔力消費(大)
[装備]:無し
[道具]:基本支給品一式 ランダム支給品0〜3
[思考・行動]
基本方針:殺し合いを打破し、デスノを倒す
1:アンゴルモアを探して城へ向かう…けど、少しだけ休ませてほしい
2:気持ち悪い…精神安定剤が欲しいな…
3:アルム石を見つければ解決か…でも、わたしは、それまでだいじょうぶなのか?
4:こんなところで、へばってるわけに、いかないのに……
5:下僕1号、2号、3号、こんな私ですまない…
【備考】
※名簿を確認済みです
※薬物の後遺症が顕れている状態です。また、再発するかもしれません。
-
投下終了です
-
キム・スヒョンとグレイシー予約します
-
月報です
2024/3/16-2024/5/15
話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
65話(+8) 24/30(-1) 80.0(-3.3)
-
◆FhRlC.Gn2g様の予約が昨日の時点で超過していますが、現在どうなっていますか?
-
期限を過ぎてしまいましたが投下します
-
住宅街の一角にある、公園のベンチに座り込んで、キム・スヒョンはお空をボケーッと眺めていた。
アレから…何かこう色々と有った。色々と。
フレデリックから地図を首尾良くGETした血液生命体は、まず東へと向かう事とした。
南は病院。立ち入り禁止エリアに指定された上に、病院へ行く事を検討した瞬間に、脳裏を妙な映像が練り歩いたので除外。
残る三方の内、東を選んだ理由は、単純に服をもう一度調達したかったからだ。
フレデリックにより、最初に服を失った時は、寄って来るマヌケを殺す為に全裸でいたが、今現在は同行する得体の知れない厄介ファンに対して、無力な一般人の女を演じなければならない。
全裸の女が二人して殺し合いの場を練り歩いている。などという珍妙な事態を気にしないのは、いくら何でも異常と思われるだろう。
という訳で服を調達した場所へと再度戻り、二人して衣服を手に入れる事となったのだが、適当に下着を身につけ、身体に合うスーツを物色している所へ、微妙なデザインのジーンズと、先刻見つけたダサTを着たグレイシーがやって来た。
「先生!服は有りましたかっ!?無ければ……」
その手には着ているものと同じダサT。アレ着て街中練り歩くのはイヤだなぁと、血液生命体は思いました。
「どうしたんだい?」
勢いよくやって来た割には、不意に口を閉ざしてやり辛そうにしているグレイシーに、優しく訊いてみる。
「私の姿に欲情でもしたのかい?」と、フレデリックや魔子相手なら言うのだが、グレイシーが相手なんでそういう事は言わなかった。
「あの…先生。そのシャツ」
オズオズと指差してくる。
なんだか嫌な予感がした。とても、凄く。
「シャツ?」
内心しかめっ面をしているが、表に出さずに目線を向けると。
「なにっ」
『頑丈』とか『強靭』を意味する英単語がデカデカとプリントされた、ダサTを着ている事に気が付いた。
「う あ あ あ あ あ あ あ あ 」
光の速さで脱ぎ捨てて、代わりのシャツを着込む。
今度は問題無いだろうなと思い、念の為に眼を向けると。
『OGRE(実際には漢字表記)」『DRAGON(実際には漢字表記)』とプリントされたダサTがッッ!!!
「う あ あ あ あ あ あ あ あ 」
再度絶叫しながら超光速粒子(タキオン)の速度で脱ぎ捨てて、慎重に無地のTシャツを選んで着込む。
【う…嘘だろ。こ…こんな事が、こ…こんな事が許されていいのか】
いつもの自分なら絶対選ばない選択をした事に、血液生命体は激しく動揺した。
【此奴(本物スヒョン)の所為かッッ!!!】
元はと言えば、半年も掛けて嬲り殺しにして入れ替わった血液生命体が悪いのだが、そんな殊勝な考えは全く浮かびもしない。
生殺与奪の権を握られた時点で、本物スヒョンが悪いというのが、血液生命体の考えである。
【此奴とっ!…此奴とは、さっさと縁を切らないとッ!】
幽霊列車の車掌ならば、本物スヒョンが『イエイッ』とガッツポーズ決めている姿が見えたかも知れないが、生憎この場には粘菌型宇宙人しか居ないので、この話はここでお終いなんだ。
【少年と出逢った辺りまでは調子良かったんだが…。この厄介ファンめっ!!】
自分が悪いという発想は終ぞ出て来ないのが、四百年以上の時を生きた血液生命体クオリティ。とはいうものの、愉しむ為に殺したのではなく、生きる為に殺しているのだから、当然と言えば当然んである。
愉しんでいなかったかといえば、バッチリ愉しんでいたが。
【ああクソ…。ファルマンの奴等は相も変わらず愉しませてくれるというのにッ!】
本物スヒョンと厄介ファンに悩まされる血液生命体に哀しき現在…。
-
「あ…あの、先生?」
オモチャで愉しく遊ぶゴリラの様に、ダサTを振り回すという、不意にトチ狂った挙動をしだしたスヒョンに、グレイシーが心底不安そうに訊いてくる。
その姿を見て一体誰が、地球人に擬態している粘菌型宇宙人だと信じられようか。
「………ああ、イヤ、済まない。野蛮人に襲われた事を思い出してね」
陰鬱な表情を作り────実際陰鬱な気分なのだが────暗い声で言うと、グレイシーは何かを察した様に口を閉ざした。
「何、気にする事は何も無いさ。君は何も悪く無い。悪く無いんだ。それよりも行動しよう」
ポンポンとグレイシーの肩を叩き、下着姿のまままま外へと練り歩いて行って、血相変えたグレイシーに止められたのはどうでも良い話。
◆◆◆
その後、途中で発見したコンビニで食料と水を調達し、地図を見ながら行き先を検討する。
グレイシーは三日くらいなら何も口にする必要が無く、スヒョンに至っては飲食が必要無いのだが、人間のフリをする為には必要なものだった。
なお荷物はグレイシー持ちである。
「先生。何方へ向かいますか?」
両手にコンビニ袋を下げて、グレイシーが訊いてくる。ショッピングモールでの一戦で、玲央の動きやノエルの体質を一見で理解し、相応の対策を瞬時に実行した様に、この粘菌型宇宙人の知能は、決して低くは無い。
だが、宇宙を燦然と照らす恒星であるキム・スヒョンが絡んだ瞬間に、その思考と知能が“猿”と化す。現状のグレイシーは、その高い知能を活かせる状況では到底無かったのだ。
「う〜〜〜〜ん」
コンビニで手に入れた、Xの公式垢を野蛮人たちが練り歩いている事で有名なグミを口に放り込んで考える。
強靭な歯応えを堪能しながら、何処へと向かうか思考を巡らせる。
立ち入り禁止エリアが三つできたと言っても、舞台は広い。五人減ったのもあって、闇雲に歩き回っても、他の参加者と会えるかどうかは全く不明。
血液生命体的には、適当な人間を嬲り殺して調子を取り戻したい所ではある。
【西へ行ってもモールに戻るだけ、となると、北か南かそれとも東か】
施設が多い西へ行くというのもアリだろうが。
「東へ行こう」
「東ですか」
最初の六時間で、多くの者が施設が多い西へと行っただろう、その者達が、次に目指すとすれば多分東側。東側で、やって来るマヌケを待ち受ける。
適当なマヌケを甚振り殺して気分転換したいスヒョンだった。
グレイシーとしても、体力回復するまでさっきの野蛮人共の様な相手に遭遇したくは無いので、拒む理由も無く。二人は東へと練り歩いて行ったのだった。
◆◆◆
グミを摘みつつ、適当に東へと歩きながら、この邪悪な血液生命体は、今日の出来事を振り返っていた。
病院で一人殺して、フレデリックと魔子を虐めていた辺りは愉しかったなぁと。
其処でふと気付く。
【さっきの放送で私の名前呼ばれてないぞ】
死亡者として呼ばれないのは当然として、マーダーとして呼ばれていないのは何故なのか。
【病院のメスブタ死んでなかったのか!?アレだけやったら不死身が売りの吸血鬼でも御陀仏だぞ!!】
アレクサンドラにしこたまやられた後、彼女の知り合いの吸血鬼を二匹、攫って嬲り殺した経験からして、病院で殺したメスブタが生きている筈が無いのだ。
だが、スヒョンの名が呼ばれなかった以上。あのメスブタはどうやってか生きているという事だ。
【制限時間は解除してやった。とか少年に言った私が馬鹿みたいじゃないか】
決めた。今度あのメスブタに出逢ったら、必ず殺そう。顔も覚えていないけれど。
【死なないのは支給品か自前の能力かは知らないが、首輪を引き抜いてやったら死ぬ様になってるだろ。多分】
首輪を無理やり首から引き抜けば、『はいっ レギュレーション違反確定。ぶっ爆破します』。と言った感じに、デスノが始末を着けてくれるだろう。
【そういえば私の首輪はどうなっているのだろうか】
病院メスブタの殺し方の算段が付くと、今度は自分の首輪が気になりだす。血液生命体という特徴を活かせば、首輪を引き抜けるのでは無いか?
慎重に、そっと指を伸ばしてみると。
“ぶっ爆破しますよ”
突如、スヒョンの脳内に溢れ出した。デスノの声。
-
「………………………」
無言で指を下ろす。
何だか愚弄されている気がした。
いや普通に考えて“ぶっ爆破しますよ”は有り得んだろうと。
おそらくデスノは、スヒョンの現状を把握した上で、愚弄していると考えられる。
【やっぱアイツ殺すか】
グミを口に放り込んで、スヒョンはシミジミと思いました。
【それもこれもこの厄介ファンに出会った所為だ】
“この初期配置も、この厄介ファンとの出逢いも、全ては私の策略”。なんてデスノが吐かしたら、スヒョンはいつでもデスノを殺す準備が出来ている。
【チッ…!矢張り渡りの民は、愉しませてくれるよなぁ……】
今日一日で受けた愚弄の数々。それらが一通り脳裏を過ぎゆくと、浮かぶのはフレデリックの事だ。
あの少年は愉しかったし、今度会っても愉しませてくれるだろう。フレデリックからしてみれば、顔も見たく無いだろう事は意識もしていない。
【生殺与奪の権を握られるのが悪いのさ。アイツだってそうだった】
また再会したいものだとスヒョンは邪悪に笑った。
「ンン……?】
何だか引っかかるモノがある。
確かにフレデリックとは初対面なのだが、どうも初めて会った気がしない。
スヒョンは額に指を当てて考え込んだ。何しろ四百年以上も生きているのだ。昔のことを思い出すだけでも一苦労だ。しかも今は良く分からない記憶と知識が入り乱れている。
変なミーム・汚染が発症しない様に、慎重に慎重に記憶を掘り起こしていく。
【フレデリック・ファルマン……。渡りの民………】
グミを噛みながら、ゆっくりのったりと記憶を掘り起こしていく。
ロリババアのクソ犬に身体の過半を喰われて死にかかった事。
第二次大戦時にポーランドやウクライナやドイツの各地で、人間を喰いまくり嬲り殺しにしまくった事。
欧州や北米で、適当に悪魔憑きだの魔女だのの濡れ衣を着せて、リンチに遭って死ぬのを見物した事。
北米大陸やオーストラリアで、先住民をマンハントしまくったこと。
魔術師の集団に追われて、必死こいて逃げた事。
血と屍に塗れた記憶の果てに、その記憶は確かにあった。
【アレは確か三百年以上も前……】
当時の血液生命体は、ある街の領主だった。
ある娼婦を殺して入れ替わったら、とある街の領主に気に入られ、面白そうだったので領主と入れ替り、さてどう手中に収めた街を遊び尽くそうかと考えていた時だった。
突如として渡りの民が来訪したのは。
未知の知識や技術。街の近辺では手に入らない品を携えて訪れた来訪者たちを、血液生命体は快く歓迎した。
数日間は、何事も起きなかった。渡りの民が齎した品々は、街の住民が先を争って購入し、彼等の話す異郷の話は、住民を大いに喜ばせた。
街の広場に逗留した渡りの民に、血液生命体は積極的に交流し、彼等の信頼を得ることに成功した。
数日後。街の住民が、全身を滅多打ちにされて殴り殺された。
被害者が、一日中酒を飲み、見境なくゆすりやタカリを行う、街でも嫌われていた男だった為に、誰も気にしなかった。
その二日後。産まれた子供の為に熱心に働いていた男が、全身の関節を逆方向にへし折られて死んでいた。街では領主直々に檄を飛ばし、犯人の捜索に当たった。
その翌日。街一番の美人と評判の娘が、陵辱の後も痛々しい姿で、協会の尖塔から首に縄をかけられてぶら下がっていた。
ここにきて街の住民は、過去に無かった犯罪に激昂し、過去に街に居なかった疑わしき存在を疑った。
-
自警団が結成され、衛兵と共に街の見回りと、渡りの民の監視を始めた。
その翌日。街の住民を嘲笑うかの様に、また死人が出た。街でも確かな技量と人格を慕われている医者が、股間から口まで杭で貫かれて死んでいた。
街の住民たちが、渡りの民を犯人と決めつけ、即時の制裁を絶叫し、極小数の良識派が何とか押し留めているのを、血液生命体はせせら笑いながら見ていた。
何故こんな事をしたのか?単純に信じた相手に陥れられ、冤罪で殺される人間を見たくなったからであり、冤罪に陥れられた相手を証拠も無くリンチにかける人間を見たかったからだ。
街を立ち去ろうとする渡りの民を、血液生命体は止めていた。
曰く。『貴方達が無実なのは分かっている。だからこそ留まるべきだ。ここで街を去ったら、自ら犯人だと認める様なものでは無いか』
そう言って、渡りの民を引き留めた血液生命体は、そろそろ仕上げの頃だと判断した。
渡りの民は説得に応じたのは確かだったが、街の住民たちが早晩にも激発するのは理解していた。リンチを避ける為にも、彼等は早々に街を出ていくだろうと。
そこで目を付けたのが、自警団のリーダーだ。
街を愛する気持ちが誰よりも強く。周囲からの人望も厚い。渡りの民の排斥を声高に訴える強硬な連中を抑える良識派の一人でもある。
衆目の中、渡りの民の族長を難詰し、護衛の女と揉めた連中を宥めてもいる。
こいつが死ねば、良識派も力を失い、虐殺が始まるはずだ。
そうして血液生命体は自警団のリーダーを襲い。信じていた領主が犯人だった事に動揺するリーダーを、嘲り愚弄しながら嬲っているところへ、渡りの民の守り人が乱入したのだ。
何故このタイミングでやって来たのか?独自に犯人を突き止めるべく調査をしていたのか、それとも領主を疑っていたのは定かではないが、ともアレこの乱入で自警団のリーダーは逃げる事ができた。
残ったのはバケモノと異郷の戦士。
たった一人でバケモノと戦う事を決断したのは、自分がここで殺されても、リーダーが生き延びれば無実が証明できると考えての事だろう。
翌日。自警団のリーダーは惨殺死体となって発見され、渡りの民に対する凄惨な虐殺が起き、脱出に成功した少数の生き残り以外は郊外で獣の餌となった。
その半年後に街の広場で、誇りも尊厳も記憶も自我も喪った哀れなメスブタが屠殺された。
その一年後に領主が死亡し、直後に街に極めて感染力と致死率の高い疫病が発生。近隣の街の住民により封鎖された街は、一人残らず住民が死に絶える事となった。
【アレは中々愉しい見世物だった。あの護衛も美味かったし愉しめたんだよなぁ】
「あの、先生。何かお考えで?」
どうも嗤っていたらしく、グレイシーが此方を窺いながら訊いてくる。
【コイツと遭わなければ、もっと早く思い出せたと思うんだよなぁ】
ミーム・汚染さえ無ければ、とっくにモールでフレデリックと再会した時に思い出せていたと考えられる。
その辺は置いといて、誤魔化す為に考えていた事を語りだす。
「ああ…。それはだね。此処からの脱出方法だよ」
実際には愚弄しまくってくれたデスノを殺す算段なのだが。
-
「先ずだね。私達は別々の場所に居たのが、デスノにルールを説明された場所に集められて、其処からこの殺し合いの舞台へとバラバラに飛ばされた」
その先で少年やこの厄介ファンに逢ったんだよなぁ…。
そこまで考えて、ふと引っ掛かるものを感じた。
「………つまりはだ。最初に集められた場所だね。彼処へ行ければ、私達をここに引き摺り込んだ装置なり何なりが有るだろう?其れを使えば脱出出来るんじゃないかと」
「流石はスヒョン先生!!その知性には感服するしか有りません!!」
【有難う本物】
扱い易くて良いよなこの馬鹿。とか思いながら、本物スヒョンへと謝意を述べておく。
[……私。私と縁がある渡りの民の少年。本物スヒョンの厄介ファンであるこの馬鹿】
どうにも因縁の在る者同士が出会い過ぎていないだろうか。
【無作為抽出じゃなくて、作為的な抽出だとしたら……】
自分が此処に連れてこられた…というよりも、この殺し合いに巻き込まれたのは、何らかの意図が有っての事なのだろうか。
【だとしたら面倒な事だ。皆殺しにするだけでは済まないかもしれない】
奇しくも、病院メスブタこと四苦八苦が辿り着いたのと同じ推論に、血液生命体も行きついたのだった。
最後に残ったグミを口に放り込んだ後、ロゴに気づいて「う あ あ あ あ あ あ あ あ 」した挙句。公園のベンチに座り込んで休む事になったのはどうでも良い話。
【G–4住宅街にある公園/午後】
【キム・スヒョン】
[状態]:ダメージ(中) 困惑(大) ミーム・汚染(大)
[装備]:無し
[道具]:フレデリックの支給品の地図
[思考・行動]
基本方針:死ぬのは嫌なので優勝する…が、大分面倒になってきてないかこれ。優勝するだけで済むのか!
1:なるべく愉しんで殺す
2:面倒な奴は避ける、と言いたかったが、この面倒さは予想してたのと違う!!
3:少年(フレデリック)と組みたい。(罪悪感に苛まれるところを見たいだけとも言う)
4:あの嬢ちゃん(加崎魔子)は嬲り殺して血を貰う
5:何か最後の奴(滝脇梓真)は適当に殺して血を貰う
6:コイツ(グレイシー・ラ・プラット)を利用してロリBBA(アレクサンドラ・ヴォロンツォヴァ)を始末しよう
7:“ミカ”ちゃん(ノエル)は今は殺せそうにないなぁ
8:誰か殺して調子を取り戻さねば
9:此奴(本物スヒョン)とは早く縁切りしたい
10:双葉真央と男(黄昏 暦)とは一体…!?
※男物のスーツを着用しました。
※キム・スヒョン(本物)の記憶と知識を掘り返したせいで、記憶と知識に本物スヒョンのものが混じりました。
思考や人格や精神には影響ありませんが、身に覚えのない変な言葉が出てきます。ミーム・汚染が近いです。
【グレイシー・ラ・プラット】
[状態]:ダメージ(中)、興奮 激おこ
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・行動]
基本方針:デスゲームからの脱出、及び全情報の完全抹消
1:目撃者(双葉 真央)、七三の男(黄昏 暦)は必ず抹殺する。
2.記憶消去装置も平行して探す。
3.下等生物に不覚をとるとは、それも2回も、ドルーモの大恥っ!
4.まさかこんな所で、憧れの地球人に逢えるとは!!
5.でも殺さなきゃ帰れないんだよな。どうしようか。
6.先生を襲った野蛮人どもは許さない
7.先生に犬をけしかけたアレクサンドラは許さない。ぶっ殺します
8‥スヒョン先生の安全確保の為にも、あの野蛮人共(双葉玲央&ノエル)はぶっ殺します
9.流石は偉大なるスヒョン先生だ。脱出への目処が出来たっ!
-
投下を終了します。期限を過ぎてしまったことを重ね重ねお詫びします
-
ノエルと玲央を予約します
-
投下します
-
「酷いと思うんですけど〜」
長い金髪を鷲掴みにされ、地面を引き摺られながら、ノエル・ドゥ・ジュベールは不満たらたらと言った風情で抗議する。
「………………」
抗議の対象である玲央は無言。表情も変える事なく、ノエルを引き摺って歩く。
さながら女を拉致する蛮族の如き風情だが、玲央は何も思うところは無いらしい。妹が見たら多分泣く。
当然の事だが、ノエルは引き摺られたくて引き摺られている訳では無い。
玲央もまた、引き摺りたくて引き摺っている訳では無い。
二人がこんな事をしているのは、当然のように此処までに至る経緯があった。
◆◆◆
「見当たりませんね」
別れてから出逢った者達の情報を交換しながら、フレデリック達を追った玲央とノエルは、瓦礫の山と化した病院跡に居た。
南へと逃げた獲物は見つからず、二人はじきに禁止エリアとなる病院にまで来てしまっていた。
脚を折られた四苦八苦が、その不死性を発揮して骨折から回復した事と、背中を浅く切られた梓真の傷が、歩行に困難を来すほどでもなかった事。
フレデリックが渡りの民として習得した、襲撃者をを撒くための痕跡消しの技術が、追跡する二人を見事に幻惑したのが大きかった。
如何に秀でた頭脳を持つ二人であっても、高々二十年にも満たない時間しか生きていない。
四百年を超えて蓄積・継承されてきた渡りの民の技術と知識を上回るのは困難というものだったのだ。
まず禁止エリアとなる南へと移動して追跡者を誘引し、その後本来目指す西へと向かうという、フレデリックの方針は、見事に成功し、玲央とノエルに空振りをさせる事に成功した。
無言のまま玲央は周囲を見回す。瓦礫の山と、焼け焦げたコンクリート片、大質量の生物が踏み荒らしたような跡。ノエルの語った様に、ここで怪物が暴れたというのは事実なのだろう。
「この病院で何か見なかったか?」
城で見た映像と、この病院には何か関連があったかも知れない。今となっては確かめる手段は無いが、一応訊いておく。
「……見ましたよ」
ほんの僅かな間、ノエルは考え込んだ。あの地下室の存在を話すかどうか。
話してあの謎の部屋の解明を、この異能とも言うべき才の持ち主に協力してもらうか。
しかし、彼処にはノエルに纏わる重要な秘密が在る。それを玲央に知られるのは、後々の不利にならないか。
そこまで瞬時に考えて、ノエルは話す事にした。嘘を吐く事は出来る。だが、思考を巡らせた僅かな間がいけなかった。あれでは何かしら思考をした事がバレてしまう。
玲央の洞察力ならば、そこからノエルが嘘を言った事を見抜くだろう。正直に、言うしかなかった。
「地下に通じる階段が有りました。その先には立ち入りを禁じられた地下室の扉が」
ノエルの言葉に、玲央は城で見た映像を思い出す。あの時、医者が死に瀕した赤ん坊を抱いて何処かに立ち去った。次に健康になった赤ん坊を抱いた両親が映し出された。
あの赤ん坊は、ノエルの見た地下室で何らかの処置を施されたのではないだろうか。
だとすれば、ますますこの病院を調べる必要が有る。
病院そのものは立ち入り禁止エリアでは無かったというのに、地下室への侵入を禁止するというのも妙な話だ。
病気が立ち入り禁止エリアに指定されたのも、地下室へと近寄らせない為だとすれば。
【何か在る。必ず】
玲央やノエルがここに拉致され、殺し合いを強要された理由が解るかもしれない。
そうだとすれば、デスノの正体や思惑も理解できるかもしれなかった。
だが、その為には地下室に侵入する必要が有る。ノエルが言うには地下室は立ち入り禁止エリアだそうだ。この病院もその内そうなる。
【首輪を外す必要が有るな】
この先の事を考えれば、首輪の解除は必須事項だった。
玲央の視線が、墓標の様に地面に突き立った軍刀に向けられた。
-
◆◆◆
「オリヴィアさんの死体は……やはり見つかりませんね」
玲央が思索に耽るその横で、ノエルはオリヴィアの骸を探していた、
別段オリヴィアの死体に用があるわけでは無い。生きているならば、心ゆくまで責め苛み苦しめ抜いて惨殺したいところだが、死体をpでは壊しても面白味など存在し無い。
此処に新田目やくるるでも居ればまだしも、観客が無情の極みとも言うべき玲央では、全く愉しくない。
ならば何故探しているのかというと、オリヴィアの支給品を手に入れる為だ。
オリヴィアが死んだ時、くるるやミカがその場に居合わせたかは不明だが、襲撃者が既にいる以上、支給品の回収などやっている暇は無い。新田目と汀子にしても同じだろう。
オリヴィアが病院内で死んで、その後病院が崩壊してしまった以上、オリヴィアの支給品も共に瓦礫に埋まっていると考えられる。
とはいえ、辺り一面瓦礫の山では、見つけるのは不可能だった。
【全く…。勝手に死んでしまう上に瓦礫に埋もれてしまうなんて】
結局オリヴィアからは、何も得る事が出来なかった。その事に内心不満を漏らしていると、地面が揺れた。
またさっきの怪人の様な存在か、この病院を破壊した怪物の様なモノでも現れたのかと思って周囲を見回すと。
「……何をしておいでなのでしょうか」
地面から突き立つ土の柱。その柱に打ち上げられ、地面へと叩き付けられた金髪の成人女性の骸。
玲央がレガリアを行使して、墓穴から引き摺り出したレイチェルの死体だった。
「心臓を一突き。その割にはあまり血が出ていませんね。服も焦げています。となれば……これはミカさんの武器でしょうね」
近寄ってレイチェルの骸を観察し、脳内でデスノが読み上げた名前と照らし合わせる。
【この人を殺したのは、壊れた人形(ミカさん)の武器ですね。今は新田目さんが持っている様ですが】
ミカが振るっていた光刃は、今は新田目が持っている。今現在行動を共にしている新田目、汀子、くるるの三人は、三人ともがノエルを殺し得るという事だ。
どう殺したものかと思案するノエルを、玲央が指でつついた。
「何でしょうか?」
「首輪を手に入れたい」
「あの刀でやれば良いのでは?」
レイチェルが掘り返された時に、地面に転がった軍刀を指差す。
「人間の首はそう簡単に切り離せ無いのは、知っているだろう」
人間の頸部は、重い頭部を支える為に、人体で最も太く頑丈な脛骨により支えられ、その周囲を分厚い筋肉が覆っている。
刃物で切り離すのは容易では無く。それは玲央にしても同じ事。だが、ノエルならば別だ。
「………デリカシーに欠けると言われた事は有りませんか」
「いきなり俺を嬲り殺そうとしておいて、良く言う」
ノエルは溜息を吐いた。どうにもこの少年には敵わない。
手刀を振り上げ、振り下ろす。肉を裂く音も、骨を断つ音も何も無く、無音のままにレイチェルの頭部が胴から離れて転がった。
「……………」
レイチェルの頭部を足で転がし、玲央は切断面を観察する。
見事なものだった。最初から首と胴が別々だったと言われても納得いく程に、滑らかな断面が見えた。
この妖刀魔刃を用いたかの様な切断面が、只の手刀を振るった結果と、一体誰が分かるだろうか。
観察を終え、身を屈めてレイチェルの頭部から首輪を回収した玲央を、ノエルが指で突いた。
無言でノエルの方を向いた玲央へと、ノエルは地面が掘り返された跡がある場所を指差す。
「彼処にも、首輪が有る筈なんですよね」
-
ノエルが指差したのは、ミカが埋葬された場所。墓標も何も無いが、土を掘って埋めた跡がそのままな埋葬地点は、良く見ればそれと解る。
無言で手で顔を覆った玲央がレガリアを振り上げる。土の柱が生成され、地中深く埋葬された“テンシ”の骸が打ち上げられる。
凄まじい勢いで土煙と土砂が散らばり、二人は急いで距離を取る。
「ケホッ。かなり深く埋めてあったみたいですね」
土煙が目に入ったノエルが、涙を滲ませて玲央を見る。
こうなる事を知っていながら、何も言わなかった玲央に対し、色々と思うところが有るらしい。
「お前が掘り返すと思ったんだろう」
玲央はノエルの視線に気づいたのか気付かなかったのか。ミカの骸が地中深く埋められていた事についての考察を述べた。
「はあ…。くるるさんといい、貴方といい、私を何だと思っておいでなのでしょうか」
不満を零しながら、ノエルはミカの残骸に近づいた。
竜に貫かれて大きく損傷した腹部が、地面から引き摺り出された際に完全に損壊し、二つになってしまったが、一切気にする様子はない。
再度手刀を振り下ろし、ミカの頭部を切り離すと、ミカの首輪を玲央に渡して、ミカの頭部をデイバッグに仕舞い込む。
「ええ、まぁ、ミカさんで遊ぶ事は出来なくなりましたので、ミカさんには償いとして、くるるさんとの遊びに役立って貰いましょう」
欲しいものは手に入れた。後は、どちらに向かうか。そろそろ刻限である。悠長に考えている時間は無かった。
「何処へ行きましょうか?」
玲央と別れて真央探すという選択は、今のところ二人には取ることができないものだ。此処で出会った者達は、その殆どが二人を殺し得る。
モールで戦った怪人に至っては、一人では殺されていたところだ。
当面は行動を共にした方が、二人の目的を達成する上では都合が良かった。
「警察署へ行こう」
「どうしてか、聞いても良いでしょうか」
「わざわざ警察署を設置する辺り、何かの意図が有る筈だ」
城で見た意味深な映像と、ノエルが病院で見た地下室。この二つの存在が、玲央に警察署の探索を決定させた。
「この病院の地下室の様に…ですか」
無言で玲央は頷き、さっさと移動を開始する。
もうそろそろ放送から二時間が経つ。サッサとこのエリアを出ないと、首輪が爆破されてしまう。
凄まじい快速で走り出した玲央を追い、ノエルも移動を開始した。
-
◆◆◆
10分後。E–6の市街地に着いた直後、ノエルが地面に座り込んでしまった。
無理もない事ではある。モールで玲央を襲い、次いでくるるとミカを襲撃し、病院で新田目と汀子を相手に戦い、更にモールに戻ってきて、スヒョン及びグレイシーと交戦し。
休む間もろくに無く戦い続けたのだ。その全てが自業自得とはいえ、疲労困憊するのも無理はなかった。
「………疲れました」
座り込んで張りのない声で呟いたノエルを、玲央は無言で見下ろす。
選べる選択肢は三つ有った。
答え①ハンサムの玲央くんはノエルを置いて一人で行く
答え②見捨てないで助けてあげる
答え③此処で殺す、現実は非情である
①は論外である。玲央が得られるものが何一つとしてない。
③ならば、ノエルの首輪と支給品を獲得出来るが、玲央は単独行動をする事になる。
「………そうするか」
結局、玲央はノエルの髪を掴むと、そのままノエルを引き摺って歩き出した。
そして今に至る。
「人の心……は有りませんでしたね。それでもこれは酷いとは思わないんですか」
体脂肪により、路面との摩擦は存在しない為に、ノエルは順調に引き摺られていた。
身体はもとより、衣服すら傷つく事は無いとはいえ、野蛮人に連れ去られているかの様な状況には、大いに不満が有るようだった。
「じゃあどういう運び方なら文句は無いんだ」
玲央が訊いた理由はノエルへの配慮などでは無く、単純に鬱陶しくなっただけだろう。
「………お姫様抱っこ?」
「巫山戯ているのか」
それだけを言うと、再度ノエルを引き摺って歩き出す。
ノエルの体重は体格から大雑把に計算して、60kgは優に超える。抱えて歩くには重過ぎた。
-
◆◆◆
何も言わなくなったノエルを引き摺って歩き続け、玲央は目的地に着いた事を確信した。
行動不能になったノエルを引き摺っていく事にした時点で、変更していた目的地。モールで見た地図に記されていた場所の一つ。Dー7の森林地帯に玲央は居た。
警察署ではなく、こんな所へとやって来たのは、モールで見た地図に記されていた地点だからだ。
城ではレガリアを手に入れる事が出来た。ならば此処でも何かしらの道具が有る筈だ。
病院跡では、ノエルとの奪い合いになる事を避ける為に、警察署を目指す事にしたが、今のノエルならば奪い合いになっても勝てると踏んで、Dー7へとやって来たのだ。
「………………」
玲央の目の前には、周囲から浮きまくっている、『デスノ座』なる看板が掲げられた、何やらいかがわしい雰囲気の薄汚れたコンクリート製の建物。
昭和の時代にはさほど珍しくもなかった、ストリップ劇場を模したものだとは、流石に玲央にも分からない。
「……………」
警察署どころか、市街地からも外れたにも関わらず、ノエルが全く何も言わないので、根線を向けると。
「すぅ…すぅ……」
眠っていました。
玲央がノエルを引き摺って歩き出した時に、『現時点では』玲央がノエルを殺さないだろうと確信したのだろうが、それでも恐ろしいまでの豪胆さと言うしか無い。
「…………起きろ」
何が起きるか不明の為に、建物内に入る前に、ノエルを起こしておく事にする。
呼びかけても返事が無いので、こめかみに爪先蹴りを入れる。
アッサリと滑りました
「……………チッ」
余計な手間だと思いながら、ノエルのデイバッグからペットボトルを取り出して、中の水を鼻と口の辺りへと注いだ。
「ブハッ!!」
気道に水が入り、咽せたノエルが跳ね起きる。くるるが見たら指差して笑いそうな光景だった。
「殺しますよ」
髪引っ張られて引き摺られ、酷い起こし方をされて、流石にノエルも怒りを覚えたらしい。両手で手刀を作り、胸元へと上げて構える。
「起きなかったお前が悪い」
頭に蹴り入れたと言わないのは、配慮では無く面倒事を避ける為。
「もう少し起こし方を考えて欲しいものですが」
「行くぞ」
ノエルとの会話を一方的に打ち切ると、玲央はストリップ劇場へと入っていった。
-
◆◆◆
扉を開けると、右手に受付口がある以外は、暗青の照明に照らされた薄暗い廊下が延々と続いていた。
左右の壁は扉も窓も無く、剥き出しのコンクリートに、デスノがデカデカと印刷された、共産圏のポスターを思わせる、クソみてェな貼り紙がいくつも貼られている。
「何が有るんでしょうね。ここ」
興味深げに周囲にを眺めながら、ポスターの文字を読んでみようとするが、未知の文字で全く読めなかった。
静寂に包まれた廊下に、二人の足音だけだ延々と響き、やがて乾いた血液を思わせる、赤黒い観音開きの扉に行き着いた。
「悪趣味ですね」
「お前の持っている弓も大概だろう」
ノエルが向けてくる不機嫌そうな視線をガン無視して、玲央は扉を押し開けようとして────微動だにしなかった。
無表情を崩さない玲央へ、何処か得意気な視線を向けて、ノエルは把手に手を掛けて引く────微動だにしなかった。
押し黙ったノエルを横目に、玲央は把手に手をかけて今度は横へと引く。滑らかに扉がスライドして開いた。
「……意味がわかりませんね」
このふざけた扉はデスノの仕業だろう。開かれた扉の向こうは真っ暗で何も見えなかった。
玲央が青白いスパークをレガリアに纏わせるも、内部の様子は一切不明。
不気味なことこの上ないが、二人は特に気にせず前進する。
この扉も、視界を覆う闇も、共にデスノの仕込みならば、此方を害する性質のものでは無いと考えた為だ。
デスノが欲するものは『殺し合い』であって、自分の仕掛けた罠で死ぬ事は望んではいないだろうという判断だ。
果たして二人が3歩進むと、眩い照明が照らす広い部屋へと出た。
白いエナメル製のタイルの床と、白く塗装されたコンクリート製の壁は、清潔に清掃されたトイレを思わせる。
二人の前方には壁を丸ごと使ったモニター。モニターを使用するのに丁度良さそうな位置に、何故かキングサイズのベッドが設置されている。
他にはテーブルが一つ有り。『カレーライス』と書かれた紙が貼ってる箱と、『お菓子』と書かれた紙が貼ってる箱。そしてメモ紙が置いてあった。
【好きな方を取ってお掛けください。参加者に関する映像の上映会が始まります。全部見終わったらこの動画をいつでも見れるタブレットを進呈します。受付でお受け取りください】
参加者に関する映像とあっては、見ないという選択肢は二人には存在しなかった。
玲央はカレーライスの、ノエルはお菓子の箱を開けて、中身を取り出して、モニター側のベッドの端に腰掛ける。
【こういう時に真ん中に座りますか】
ノエルは、さも当然の様に真ん中に腰を下ろした玲央へと、内心で呆れ返りながら、隅っこに腰を下ろす。
【あの箱の中身、チョコレートのケーキやシュークリームしか入っていませんでしたが…何かしらの意図でも有るのでしょうか】
怪訝に思いながら、取ってきたチョコケーキを口にする。
【美味しいですね。とても】
呑気ともいえる事を思っていると、モニターに光が点り、上映が始まった。
-
◆◆◆
【真央が好きそうだな】
モニターの中で、眩い証明を浴びながら歌い踊る少女を見て、ほんの二時間と少し前に、モールで殺そうとした相手であるにも関わらず、双葉玲央の抱いた感想がこれだった。
モニターに映る少女、加崎魔子は、立っているステージに相応しい歌唱と踊りで、観客達を魅了している。
【モール内で少しだけお見かけしましたが、アイドルだったんですね。これは、ファンの皆様の為にも、必ずお助け(殺さないと)しなければいけませんね】
アイドルというものに興味を持たないノエルをして、思わず引き込まれる魔子のライブ映像。
しかし、鑑賞する二人は、魔子の様子に違和感も抱いていた。
【怪我でもしているのか?】
【具合でも悪いのでしょうか?】
傍目には、それとは気付かれない魔子の不調。
玲央はサッカー部で、怪我や病気を押して無理をした者達を見てきた経験から。
ノエルは、脚の不調を隠して無理をした挙句、己の夢を己で壊した少女の姿に、昏く深い充足感と快感を覚えた中学一年生の冬の記憶から。
魔子が本調子では無く。不調、それもかなりの不調に有る事を察したのだ。
玲央がカレーライスを粗方食べ終え、ノエルがチョコシューを口にした時に、“ソレ”は起きた。
突如として生じた異音。何の音か理解できないわけでは無く。進んで聞きたいとは決して思わない音。
モニターの中央で、音の発生源である魔子が、虚無そのものの表情で固まっていた。
ノエルの脳裏に、13歳の冬に見た少女の絶望が想起され、思わず口元が綻んだ。
【あの方を思い出しますね】
今頃どうなさっているのでしょう。などとノエルが考えている間にも、惨劇は進行していく。
再度の異音。今度は途切れる事なく音が続き。魔子に浴びせられていた歓声は、怒号と悲鳴へと急変する。
音と共に、ステージの上に、汚物が垂れ流され続ける。
【ああ…。成る程】
用意されていた食べ物についてのデスノの意図を、ノエルは正確に理解した。玲央も同じく。
【カレーライスを食べさせておいて、こんな映像を見せる。デスノさんらしいですね】
【チョコ菓子を食べている最中に、この映像を見せる。アイツらしい悪意だ】
2人は至極当然の様にデスノの悪意について看破し、非友好的な視線を横へと向ける。
ノエルの視界の中で、玲央は平然と最後の一口を口へ運び、よく噛んでから嚥下する。
玲央の視線を平然と受け流し、ノエルはチョコシューをよく味わってから呑み込んだ。
【コイツ……】
【この方……】
二人は同時に同じ結論に到達する。
【普通じゃ無いな】
【普通じゃ無いですね】
二人は無言で同時に立ち上がり、お替わりを取りに行く。
室内に魔子の虚な笑い声だけが響いていた。
-
【Dー7 “デスノ座”上映室/午後】
【双葉玲央】
[状態]:全身の複数箇所に浅い傷 服が焦げている。
[装備]:王杓レガリア グルカナイフ
[道具]:基本支給品一式、宝の地図 ランダムアイテム×0〜2(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:知り尽くし、壊し尽くし、優勝する
1:警察署へ行って内部を調査する
2:妹を探して殺し、その死に顔を拝む
3:妙な女ばかりと出逢うな
4:どうにかしてモールの電力源を知りたい
5:一応脱出ルートも可能であれば探しておく
6:あの映像に映っていた病院。この地図に載っているのと同じかも知れない
7:取り敢えず三人殺して、特典を貰う
【備考】
加崎魔子のライブ映像を観ました
【ノエル・ドゥ・ジュベール】
[状態]:ダメージ(小)疲労(小) 怒り(中) 高揚 『病院で出逢った男(新田目)に対しては極大』服や靴がボロボロ
[装備]:グルカナイフ “ブラック・プリンス”
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0〜3(四苦八苦の分を含む) ノエルの制服(血塗れ)
[思考・行動]
基本方針:『遊んで』殺す
1:三人殺して特典を貰う
2:双葉真央を探してショッピングモールに連れてくる
3:双葉玲央が双葉真央を殺すのを観る
4:自分の服や靴を汚した新田目、汀子は絶対に許さない
5:両親への愛を侮辱した男(新田目)は念入りに念入りに苦しめて殺す
6:ミカさんとオリヴィアで遊びたかった……。
7:この泥棒(四苦八苦)不死身とは好都合です
8:これは…愉しめそうですね
【備考】
ブラック・プリンスの使い勝手を把握しました
死亡したオリヴィアの名では無く、“ミカ”と名乗っています
NO.013が致命傷を負ったのを目撃しました
加崎魔子のライブ映像を観ました
◆
解説:
デスノ座:
Dー7の森の中にある薄汚れたコンクリート製の建物。現在ではレアなストリップ劇場を模した外見をしている
内部に入った人数により、上映室の調度品が変わる。具体的には人数分のソファとテーブルが用意される。なお、男女二人で入った場合は、キングサイズベッドが設置される。
カレーライスとチョコ菓子が用意されていて、取ると加崎魔子の最後のライブ映像が流れる。
専用タブレット:
加崎魔子の最後のライブ映像が観れるタブレット。というより他に使う事が出来ない。
上映される映像を観終えると、受付口に人数分出現する。
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投下を終了します
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投下乙です。
>奇縁悪縁
キム・スヒョン、前々回あたりからどことなく間抜けさが漂ってきてるが、やはりこいつはガチモンの悪なんだなということが分かる一作。
長生きしつつ色んな所に迷惑かけてる時点で、鬼滅の無惨を思い出しますが、コイツは色んな世界や国を回っている以上、迷惑の度合いはそれ以上ですね。
前半の語録・ラッシュからの他の参加者との因縁の掘り下げ、後半のスタート地点考察と、リレーしがいのある内容がいっぱいの話で面白かったです。
スタート地点には何があるんでしょうね。
後着ていたTシャツは猛人注意じゃ無いのか…
>ひび割れたノイローゼ愛す同罪の傍観者達
いや冒頭からめっちゃシュール!!
引き摺られながらガッツリ寝るなw
玲央、妹よりコイツの方が話通じるんじゃないか?嫌な話だが
しかし病院の地下だったり、映画館の読めない文字だったりと、そこかしこに謎がありますね。
デスノが態々参加者1人の痴態をよりによって映画でアップするという点も気になります。魔子かその関係者とデスノには何か因縁があるのでしょうか
これから向かおうとする警察署といい、色々と続きが気になる話でした。
壥挧 彁暃(でんく かひ)
アレクサンドラ・ヴォロンツォヴァ
神
予約します
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投下します
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「奇妙ね…」
「如何なさいましたか?サンドラ様」
建物を出て、再び幽霊列車を発車させてからすぐのこと。
5分もせぬうちに、アレクサンドラが口を開いた。
「私たちが目指していた城が、いつの間にか消えていたのよ。」
「壊れていた…のではなくて?」
アレクサンドラはありきたりな疑問を口にする。
ここは殺し合いの世界だ。
気が付けば建物が倒壊していた、なんてこともあり得るだろう。
しかし、瓦礫一つ残さず消えるとなると、また話は別だ。
爆弾や戦車さえ凌駕する、何らかの超越的な力があると考えても仕方がない。
「ええ。何故かは分からないけど、ここから出た時に綺麗さっぱり無くなっていたわ。」
「とすると…どこへ向かいましょうか。ワタクシとしては、南東のショッピングモールなどが良いと思いますが。」
車掌にとっては、ショッピングモールと言うのは馴染み深い場所である。
直接赴いたことは無いが、車窓からよく眺めたことのある建物だ。
駅の構内と、入り口が直接つながっている物もある。
電車から降りた客が足繫く通う場所、そんなイメージを、車掌は抱いていた。
一体この世界のショッピングモールがどのような建物なのかは分からないが、人が集まっている可能性も高い。
幽霊列車は進路を変え、東のモールへと向かう。
それに合わせて、付近を走っていたテンシ兵装ゲオルギウスも、進行方向を変える。
しかし、市街地を進んでいくと、黒い煙が3人の目に入った。
距離からして、ショッピングモールの辺りだとすぐに察しが付く。
それはこの殺し合いで、双葉玲央が魔法の杖で放った炎であることは、彼らは知る由もない。
だが、何が起こったのか一刻も早く確かめるべく、ゲオルギウスと幽霊列車のスピードが上がる。
-
★
「こりゃあ明らかに争い…しかも規模がデカいやつがあったな。」
殺し屋の男が驚いたのは、戦いが終わった後でも燃え盛っている炎のことではなかった。
炎が燃えている場所の後ろ、ショッピングモールの壁のことだ。
コンクリートの壁に、大人でも十分通り抜けられる程の大穴がぽっかり空いており、そこから中が見渡せるようになっている。
彼は殺し屋として、銃や刃物の扱い方のみならず、格闘技もいくつか学んでいる。
その分野のオリンピック選手にまでは及ばないにしても、並みの格闘家ぐらいなら、武器を使わずとも容易に制圧出来る。
だが、そんな彼であっても、コンクリートの壁に大穴を開けることなど不可能だ。
(ダイナマイトでも使ったか?それだったらまだ良いが…)
使い捨ての支給品で壁を壊したならまだいい。
彼が恐れるのは、最初に戦ったルイーゼのような、超常的な力のことだ。
事実その壁は、ノエル・ドゥ・ジュヴェールという未知の力を使う少女によって破壊されていた。
「心配する必要はありません。」
「うわっ!いたのか!!」
壊れた壁にばかり意識を集中させ、後ろにいた車掌に気付いていなかった。
我ながら、殺し屋らしからぬことだと考えた。
近くにいるのが味方だったから良かったが、そうでなければ死んでてもおかしくない。
車掌は殺し屋である男を驚かせてしまったことで、申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「失礼いたしました。決して驚かせるつもりではありません。」
「いや、勝手に驚いた俺が悪い。それで、何が心配いらねえってことなんだ?」
「この辺りには死者はいないということです。ここで争いがあったのは確かですが、全員どこかへ避難された様です。」
-
どこかに避難した、というのは殺し屋の男にとって、あまり嬉しい話ではない。
襲われた者は逃げられたのかもしれないが、その先で死んでいる可能性も十分あり得る。
また、殺し合いに乗った者はどこかへ移動し、別の場所で暴れていると考えられるからだ。
止めようにも、助けようにもその場所を突き止めねばどうしようもない。
いっそどちらかが籠城でもしてくれた方が良かった。
「そいつが分かるのは、幽霊列車の車掌さんとしての力って奴か?」
「ハイ。ここに死者がいれば、彷徨える魂が見えるはずです。」
死者の魂など、殺し屋として場数を踏んできた男は考えたことも無かったが、ここまではっきり言われると信じざるを得なくなる。
だが、ここで無駄足踏まされたのも癪なので、せめて何か使える物が置かれてないか、モール内に足を踏み入れる。
ご丁寧にバイクの駐輪場があったため、そこにゲオルギウスを留めようとするが、それをする前に支給品袋に入った。
だが男の期待に反し、モールの陳列棚からは、綺麗さっぱり商品が無くなっていた。
明らかに誰かが持ち去ったのではなく、最初から置かれていなかったと考えるのが妥当だ。
仮に誰かが取って行ったのだとすると、殺し合いに役に立ちそうに無い物は放っておかれるはずだからだ。
(こんな建物作って…デスノの奴は何がしたいんだ?)
彼が怪訝な表情を浮かべ、辺りを見回していたその時。
アレクサンドラは老婆の見た目に反した機敏さで、どこかに向かって走り始めた。
このショッピングモールには、商品は置かれていない。
だが、同行者の1人、アレクサンドラ・ヴォロンツォヴァは、『あるもの』を見つけた。
それは視覚では捉えられないもの。吸血鬼でなければ捉えられないもの。
そう、血の臭いだ。
吸血鬼である彼女は、血の臭いだけでその血が誰のものなのか分かった。
ショッピングモール内では、複数人の血が混ざっていたが、その中から知っている者の血の臭いを嗅ぎ分けた。
その瞬間、男の背筋を、冷たい何かが走った。
腕の毛が逆立ち、鼓動が急に早くなる。
アウトローの世界を歩んできた彼は、それが殺意だとはっきり分かった。
純粋な殺意の塊が、彼の横を風のように過ぎ去っていった。
-
「……おい、ちょっと待てよ!!」
彼がその言葉を吐いたのは、彼女が男より大分離れてからだった。
殺意の鋭さは、一瞬とはいえ彼でさえも気圧されるほどだ。
それからすぐに男も追いかけるが、手加減している訳でもないのに追い付けないため、彼女が吸血鬼なのだと改めて思う。
彼女が止まった先にあったのは、血溜まりだった。
ほんの少し前、キム・スヒョンがノエル・ドゥ・ジュヴェールと戦った際に、分離した体の一部である。
その血と同じぐらい赤い瞳で、じっとそれを見つめていた。
無表情で、静かにそれを見つめる彼女は、美しくもあり、それ以上に恐ろしくもあった。
「それは、一体な……」
「あの乗り物を貸して下さらない?」
男の言葉さえも遮り、ゲオルギウスの拝借を頼むアレクサンドラ。
彼女の態度からして、余程の事情があるのだろう。
「待てよ。どうしてそんなに急いでるのか教えてくれねえか?それにその血は誰のモノなんだ?」
恐らくさしたる事情があるのは分かった。
だが何も理由を話さずに、勝手に話を進められるのも、納得の行かない話だ。
「この血は、私の同胞を殺した屑の臭いなのよ。」
その言葉は静かで、けれどはっきりと怒りと殺意を孕んでいた。
隣にいたのが殺し屋と、幽霊列車の車掌でなければ、失禁の一つでもしかねないほど、純粋な殺意だった。
「同胞って…ヴァンパイアハンターがいたのか?」
男が吸血鬼と言うものをつい数時間前まで信じてなかったのは、彼の知り合いに吸血鬼狩りがいなかったからだ。
仮に人の生き血を啜る怪物などがいるのなら、それの犠牲になった人間や、その吸血鬼を狩ろうとするハンターが周りにいてもいいはずだ。
「人なんて甘い物じゃないわ。血液の怪物よ。まさかこんな所にいたなんて……」
-
★
アレクサンドラは血液生命体と会ったのは、30年前のこと。
彼女はスウェーデンの郊外に住居を構えて、静かに暮らしていた。
その場所は吸血鬼の集落となっており、彼女以外にも10人ほどの吸血鬼が人のふりをしながら、生活を営んでいた。
そろそろ宝石商を引退し、別の職業に就くか、はたまた働かずに、本だけを読んで過ごすか考えていた頃だ。
ある日のこと、彼女の家の近くに、人間の少年が迷い込んできた。
態々食い殺すのも面倒だ。その日の晩だけ泊めた後、すぐに人里に返すつもりだった。
勿論、吸血鬼であることは明かさずに。
だが、それから1か月後のことだった。
その少年はまた、吸血鬼の集落にやってきた。
吸血鬼と人間は決して交わることが許されぬ。長年生きた彼女は、そう思っていた。
だから、年甲斐もなく思いっ切り怒鳴った。
何をしに来た、こんな所に来るな、と。
少年は怯えながらも、こう答えた。おばあちゃんが、寂しそうだったからだと。
その言葉がどうにも引っかかった。
寂しいなんて気持ちは、100年ほど考えたことも感じたことも無かった。
いや、考えないようにしていただけかもしれない。
結局次の日の朝、少年を街に返した。そのつもりだった。けれど、実際に返したのは3日後。
その間だけ、彼女の宝石商としての話を少年にしてあげた。
少年は目を輝かせて、その時に話を食い入るように聞いていた。
ついでに料理も作ってあげたが、人間の料理なんて長らく作っていなかったため、半分くらい少年の方が作ってくれた。
何か月か経ち、たまたま都市部の方に買い足しに出かけた。
そう言えば、ここは以前少年を送って行った場所だと思い出した。
あの子は元気にしているだろうか。そう思った時だった。
恐ろしい程濃い血の臭いが、どこからか漂って来た。
戦場に近づいたことがここ数十年ほど無かったため、久々に感じた臭いだった。
何かがおかしい。何か恐ろしいことが起こっている。この街の人間はこの異変に気付いていないのか。
そんなことを考えながら、臭いの出所を突き止めた。
玄関でお引き取り願いますと言って来た男を押しのけ、街外れの屋敷に押し入った。
中は特に怪しい様子は無かったが、絨毯で覆われている床を、銃弾ごと蹴り破った。
久々だった。吸血鬼の剛力を使ったのは。
隠された地下には、恐ろしい光景が広がっていた。
使い込まれたおどろおどろしい拷問具。
手足を捥がれ、歯を抜かれたまま、小さな箱に入れられ、血液サーバーと化した人間達。
そしてその奥には、全裸で、傷だらけで拘束されていた少年がいた。
-
見られたからには死んでもらうと、血液生命体は襲い掛かって来た。よく分からない挑発も付けて。
だがアレクサンドラは、数十年ほど宿らなかった激しい怒りと共に、何度も生命体を殴り抜いた。
ここまで激しい怒りを覚えたことに、驚いたのは彼女の方だった。
いくら殴っても血が飛び散るだけで死なない。なので、食べた物を消してしまう影犬を召喚し、食い殺そうとした。
だがあと一歩の所で、怪物は血液であることを活かして下水道に流れ込み、逃げられてしまった。
少年だけは助けることが出来たが、自分の正体を知ってしまった以上は、もう彼に会うことは出来ないと分かってしまった。
その後警察から取り調べを受け、集落に帰還すると、2人ほど同胞の死者が出たとの話を聞いた。
自分の家の壁に血文字で落書きがされていたこともあり、誰がやったのかはすぐに分かった。
これ以上同胞を巻き込みたくないこと、あの少年に惨劇を思い出させたくないことから、彼女は血液生命体を殺す旅に出た。
だが、それから10年かけても、怪物を見つけることは出来なかった。
ストックホルムの旅行者を殺害し、その旅行者に成り代わって、飛行機経由でロシアに移動したことまでは分かったが、そこから先は手掛かりさえ掴めなかった。
自分一人では捕まえられる可能性は限りなく低いと分かると、諦めてスウェーデンに帰った。
勿論、新しい住居は集落とは別の場所だ。
-
★
「待てよ。俺を誰だか忘れたんじゃないだろうな?」
彼は自分の職業を教えるかのように、銃を抜いた。
自分は殺し屋だ。殺し屋としての役割など、こういう時ぐらいにしか無いだろう。
「それに、見たことも聞いたこともねえ怪物を殺すってのも、悪い話じゃねえ。」
「やっぱり貴方、デリカシーが無いわね。奴は私が殺したいのよ。」
感情に従って動くというのは、何かと愚かな行為と捉えられがちだ。
だがそれは、感情豊かな者が多い人間達だからこそ言えることではないか。
200年以上生きていると、喜怒哀楽も薄くなってくる。めったなことで心が動くことも無くなる。
現に血液生命体との因縁も、手掛かりが無かったという理由があったとはいえ、諦めてしまった。
だからこそ、あの時に感じた激しい怒りや、少年への愛情を大事にしたいと思っていた。
それからのアレクサンドラの行動は早かった。
気が付けばすぐに彼女の姿は消えていた。外のゲオルギウスは無くなっていると考えるのが妥当だ。
瞬く間にその場にいるのは、殺し屋と車掌のみになった。
「行っちまったか…まだあのバイク貸すって言ってねえのに……車掌さん?」
しばらく話に入っていないと思ったら、そこに何かがいるかのように、吹き抜けの上を見つめていた。
その瞬間、不意に何かが上から飛んで来た。いや、それは何かと表現するには、聊か大きすぎる物だ。
何しろ、降って来たのは商品棚だ。
「危ない!!」
車掌が念力で、巨大なそれを明後日の方向に飛ばす。
-
「助かったぜ。しかし、魂は見えなかったんじゃねえのか?」
「…先程突然現れた魂です。ワタクシとしたことが…」
最早未知の力に戸惑っている場合ではない。
拳銃を抜き、商品棚が飛んで来た方に向ける。
そんな物でどうにかなる相手かは不明だが、四の五の言っていられない。
殺意の方向に目掛けて、銃を発砲する。
「残念だけど、それじゃ僕は倒せないよ。」
3階にいたのは、黒い鎧を身に纏った男。いや、パワードスーツと言った方が近いか。
明らかに銃弾程度では倒せないぞという見た目だ。右手には白い槍のような物を握っている。
襲撃者、宮廻不二がショッピングモールにやって来たのは、ほんのついさっきの話。
やって来た、と言うと、入口かサンドラ達が入った壁の穴から来たように思われる。
なので、飛ばされて来た、あるいは転移して来た、が正しいだろうか。
いきなりショッピングモールの上に来たからこそ、幽霊列車の車掌の力で、魂を感知することが出来なかったのだ。
「高みの見物決めやがって、今からそっちに落としてやるよ!」
不死身の男と、凄腕の殺し屋。
肩書を壊すことが出来るのは、どちらだろうか。
【E-4 ショッピングモール1階/午後】
【神】
[状態]:疲労(中) 腹部、背中に打撲(中)
[装備]:ハンドガン(残弾2) 替えの弾丸10 ドグラ・マグラ・スカーレット・コート
[道具]:基本支給品一式 ランダム支給品0〜1 ルイーゼのランダム支給品0〜1 ブーケ 護符×4
[思考・行動]
基本方針:殺し合いの打破。ただし危険人物は殺す
1.帰還し、一服する
2.上からの襲撃者を殺す
【壥挧 彁暃】
[状態]:健康
[装備]:無し
[道具]:ランダム支給品0〜2
[思考・行動]
基本方針:殺し合いを打破する。
1:神と共に、襲撃者(宮廻不二)を撃退する。
2:播岡くるるを探す。
3:この世界が亡国レガリアと関わって来るのなら、是非とも関係を突き止めたい
【E-4 ショッピングモール3階/午後】
【宮廻不二】
[状態]:疲労(小)
[装備]:魔鳥の骨で作られた槍 アクマ兵装『グレー・ジャック』
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム×1
[思考・行動]
基本方針:裏が出たので優勝を目指す。
1:僕が不老不死の理由…
2:もう少し戦い慣れしたい
3:願い、叶うといいなぁ。
4:名簿は…まあ見なくてもいいや。
【備考】
※精神や魂など肉体を殺さずとも殺せる支給品があると考えてます。
※グレー・ジャックによって攻撃や脚力が常人を越えてます。
※名簿はまだ見てないのでもしかしたら知り合いがいるかもしれません
【E-4 ショッピングモール外/午後】
【アレクサンドラ・ヴォロンツォヴァ】
[状態]:健康
[装備]:兵装ゲオルギウス 日傘
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0〜3
[思考・行動]
基本方針:殺し合いから生還する。
1:モールの血だまりにあった臭いをもとに、血液生命体(キム・スヒョン)を殺す
2:車掌さん達には申し訳ないけれど、これ(ゲオルギウス)は借りていくわ
3:あの時無くした鉱石は、この世界には無いものなのかしら?
4:アクマ兵装を手に入れ、装飾となっている宝石を調べたい
-
投下終了です。
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ノエル、双葉玲央予約します
-
投下します
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双葉玲央は、ゆっくりとカレーライスを咀嚼していた。
彼は食べるのが遅い人間と言う訳では無い。とりわけカレーが味わっていたくなるほど美味と言う訳でもない。
ただ、考え事をしていた。
このデスノ座という、やけに古臭い劇場に関してだ。
(遥々ここまで足を運ばせておいて、本当にこれだけなのか?)
自分は宝の地図がこの場所を示していたからこそ、ここにやって来た。
だと言うのに、手に入ったのは食料と、1人の参加者の後ろ暗い過去。
城で手に入った王杓と比べ、どうにもお粗末としか思えない。
せめてあの過去を映したのが、ショッピングモールで戦ったあの怪物ぐらい、あるいはそれさえ凌駕する強者なら、なるほどこういう宝もあるのかと納得が行く。
一見ワンサイドゲームにしかならないと見せかけ、会場の何処かに弱点となる情報があり、それを使って倒せばいい。
なかなかどうして、面白いシステムだ。
だが実際には、そんな物が無くとも、玲央一人で制圧出来る程度の相手。
たとえレガリアが無かったとしても、魔法を使って来る前に近付き、ナイフで頸動脈を一突きしてやれば良い。
別に宝の地図に全幅の信頼を寄せている訳では無い。
そこに何もなければ、何もないで済む話だ。
だが、どこか引っかかる点がある。
敢えて大袈裟な張りぼてを目の前に置くことで、その後ろにある本質を隠すのはよくある手法だ。
隣を横目で見ると、ノエルが恍惚とした表情で、映像を食い入るように見つめていた。
邪に歪む口元からは、深い吐息が漏れている。
加崎魔子という少女が苦しんだ挙句に汚物を垂れ流し、罵声を一身に浴び、紫の瞳から光が消える一連の流れを、楽しく愉しく鑑賞している。
人が苦しみ抜いて破滅する瞬間が、彼女にとって至高の御馳走なのだと伝わって来る。
-
(コイツにとって、この映画はどんな風に映るんだろうな。)
どうしても玲央にとってこの映画は、『参加者の弱点の開示』にしか見えない。
玲央じゃなくとも、これを見て興奮するなんてどういう神経をしてるんだと思う者はいるはずだ。
だがそう思う者の大半は、他に興奮するきっかけはあるはず。
彼は興奮と言う言葉を、頭で理解することは出来ても、心で理解することは出来ない。
(いや、今考えるのはそこじゃない。この劇場のことだ。)
1度見ただけでは何も感じなかった映像も、2度見たら色々と辻褄の合わない所が出てくる。
例えば、カメラワーク。
曲がりなりにもアイドルのライブだと言うなら、基本は加崎魔子のみを移すはずだ。
だというのに、定期的におかしな場所を映している。電子時計や、会場の非常口。
ときおり、そのようなズームしなくてもいいはずの所が、フォーカスを合わせられる。
ノエルと玲央、どちらも頭脳面において優れていることは間違いない。
だが、優れていればいるほど、情報1つの有無で見つけられる物が変わって来る。
彼は宝の地図を持っており、彼女は持っていない。
少なくとも地図のことを知られぬうちに、何かあるのならば見つけ出したかった。
「ところで、ここは何処ですか?」
そう考えていると、ノエルがおもむろに質問を投げかけて来た。
■
ノエルがした質問を、玲央は素直に答えた。
「見れば分かるだろ。映画館だ。」
「いえ、そうではなくて、ここが地図で言うどの辺りなのかということです。」
「D-7だ。お前が爆睡した辺りから、南西の方角だな」
(彼は一体何の目的があって、ここに連れて来たのでしょうか……。)
しばらく眠っていたので分からなかったが、当初の目的地とは離れた場所にいることが分かった。
一緒にいた時間は僅かだが、双葉玲央と言う人間は、全てにおいて効率と正確さに基づいて行動する人間だと分かっている。
間違っても、道草を食うことを楽しむような人間ではない。
休憩する場所を探すにしても、もう少し近くにマシな場所があっただろう。
おまけにこの映画館は、病院やショッピングモールと違って地図に載っていない。
-
ここに来る明確な意図があった、あるいは、ここに映画館があることを知るきっかけがあった。
そう考えなければ、彼の合理性からして不自然だ。
「警察署ではなく、ここに来る理由があったんですか?」
あえて素直に質問することにする。
下手に揺さぶりをかけたり、探りを入れたりしても、この男には通用しない。
そんなことはよく分かっている。
「お前が疲れたとか言って、勝手に寝たからだろうが。休憩する場所を探すのに苦労したんだぞ?」
「嘘ですね。貴方がそこまでする道理が見当たりません。」
ノエルはにべもなく、玲央の返答を切り捨てる。
言葉の後ろにそれに、と付け足して。
玲央はさして動じることもなく、次の言葉を待っている様子だ。
「休む場所を調達するのなら、こんな森の奥の『地図で見ることのできない建物』なんかじゃなく、もっと手ごろな空き家なんかにすれば良かったんじゃないですか?」
そう言いながら、シュークリームの残り一かけらを口に放り込む。
言ってしまって少しばかり後悔した。
あまり出過ぎた詮索をしたあまり、玲央との同盟が決裂するのは聊か面倒だからだ。
能力を使えばこの場で死ぬとは考えにくい。だが、玲央以外の強敵を排除するため、そして自分の願いを叶えるためにも、この男はまだいて欲しい。
「…そこまで分かってるなら仕方がない。まずはこれを見てくれないか。
下らない騙し討ちは意味が無いのは分かっている。」
■
やっぱりコイツは面倒だ。
手で口を押さえながら、シュークリームを咀嚼している彼女の顔を見てそう思った。
だが、自分の意図がそこまで見えている以上は、地図を見せるしかない。
下手な誤魔化しが通用する相手ではないのは、招致済みだ。
「これは…宝の地図ですか?なるほど…」
洋菓子を飲み込んだ後、地図をまじまじと見つめる。
どこか疑り深げな表情で。苦虫を嚙み潰したような表情で。
「俺が持ってる杖も、宝の地図のおかげで手に入った。だからこの合間に乗じて、新しい道具を手に入れようと思っていた。」
「もしや、それで私を殺そうと?」
「チャンスがあれば。」
「気遣いが出来ないタイプと言われたことがありません?」
-
別に宝の地図ぐらいは、知られた所で別にどうということはない。
一歩分のリードが無くなったが、逆にリードされたという訳でもないからだ。
相手もそれは分かっている。分かっているから、話を切って攻撃することはなく、対話をそのまま続けようとしている。
「分かりました。そういう訳でここに来たのだと。そしてここにあるお宝が、あの映像だと。」
「それに関して、一つお前の意見を聞きたい。」
「何ですの?」
「この映像を見つけることが、この殺し合いを覆せるほど重要だと思うか?」
確かに、彼女の欲望を満たすためには、この上ない至高の宝とも言えなくもないが。
残念ながらこの映像の有無で何かが変わるほど、重要とは思えない。
「思いませんね。エネルギーになるという点で、あのシュークリームやカレーの方がまだ優勝に貢献できそうです。」
なるほど彼女らしい回答だ。玲央とは異なり自分の喜怒哀楽を持ちながらも、それを基盤とせず、ロジカルな物の見方も出来ている。
だが、彼女の言葉を聞きながら、玲央は違和感を覚えた。
何か彼女は奥歯に物が挟まった様な言い方、言葉の綾では無く、本当に口の中に小さな何かが入っているような口の動かし方をしていた。
(もしや……)
玲央はちらりとカレーの無くなった皿に目をやった。
『M.06』という文字が書いてあった。
「今の質問で分かりました。ここにあるお宝とはあの映像ではなく、他に何かがあると、そう思っているのですね?」
「勘が良いのも困りものだ。」
コイツは一体どうしてこれだけの情報でここまでに辿り着けるのか。
しかも自分と同じで、数字の書いてある皿に視線を送っている。
探偵になったら大儲け出来るんじゃないかと思ってしまった。
(日本の警察にコイツみたいなのが一人いれば、俺は捕まっていたんじゃないか?
いや、あの時ならまだ年齢からして逮捕できないか?)
双葉玲央は、件の通り魔事件の前にも、1度人を殺している。
もしかすれば人を殺してみれば、自分が何か変わるのではないか、感じるのではないかと思っていたからだ。
だから小学校の時にクラスの目に余る暴れ者を、人知れず池に突き落として溺死させた。
当然警察や自治体の間で問題になったが、被害者の少年が普段から一人でいることが多かったため、捜査の手が玲央に掠ることもなかった。
人を殺しても自分は何も感じることがないと分かっていたため、通り魔事件は自分のためではなく、妹を絶望させるためにした行いだった。
-
「あと、口に物を入れて話すのはマナーがなってないって、お前の家族は教えてくれなかったのか?」
ノエルはその言葉を聞くと、綺麗な顔を歪ませ、口から何かを吐き出した。
最悪の場合、シュークリームの中にあった『何か』を飲み込んでしまうことも危惧したが、彼女はそれを選ばなかった様だ。
そこにあったのは、紙のような何かだ。唾液とクリームにまみれたそれを触るのはあまり好きでは無かったようだが、嫌な顔をしながら開く。
「流血沙汰は好きなのに、それに触るのは嫌なのか。」
彼女は黙って、眉間の皴を深くさせただけだった。
皿と同様、数字が書かれていた。
その数字を見ると、いち早く玲央はシアタールームの外へと出ていく。
向かう先は、映画館の入り口。
入口の上にある非常口の誘導灯は、中身が空洞になっていた。
それを手に取ると、底面にダイヤルのようなものが付いているのが分かる。
ノエルの能力で壊しても良いが、中にある物まで壊してしまえば元も子もない。
それに中身が爆弾だったりすれば一大事になる。
「なるほど。あの映像で最初にアップされてた数字は、電子時計の20時55分、皿に書いてあった数字が06、Mはmonthで月と言う事か。」
「あの紙に書いてあったのが、D.30 これもDateで日にちと言うことですね。」
「じゃあ3つの数字は、年、月、日の順番で並べれば良いという事か。」
玲央は無言で数字を回して行く。
8桁のダイヤルに、20550630とダイヤルを回すと、鍵が開いた音がした。
(2055年6月30日…?俺がこの世界に呼ばれてから丁度30年後だ。一体何なんだこれは?)
一見何かが起こった年月のように見えるが、それを考えても仕方がない。
二人は予言者でも占い師でも無いので、未来のことなど分かるはずがない。
それより誘導灯を模した金庫の中には、一体何があるのか知るのが肝心だ。
-
中にあったのは、苦労して探したとは思えないほど小さな箱。
そして箱にはバイオハザードマークが付いてあった。そして箱の蓋には『軍用兵器』と書いてある。
明らかに小さいが強力な何かが入っていることが考えられる。
エネルギー密度の高い爆弾か、あるいは毒性の強いウイルスか。ここまで探したのなら強力な道具に違いない。
だが、開けるには鍵穴のような物がある。カギが無ければ中身を使うことは出来なさそうだ。
(ここへ来てまたカギだと?もう一度この映画館を探し回れというのか?)
流石の玲央も、これには辟易させられた。
ノエルが言った通り、もう少し手ごろな場所で休憩し、さっさと警察署に向かえば良かったとも考えた。
「わざわざ探す必要はありませんよ。」
「な……」
ノエルの右手には、カギのようなものが握られていた。
何処で見落とした?いつ見つけた?そんな彼の疑問を見透かすように彼女はこう話す。
「箱が置いてあった場所の奥にあったんですよ。箱以外にも何かあると考えてなかったんですか?」
しまった、やられた、と彼は思った。
そこに悔しい気持ちやしてやられたことへの怒りはない。
だが、どうにかして奪い取りたいとは思った。
デスノというのは、何処までも根性が歪んでいるようだ。
ここまで宝を大袈裟に隠しておいて、最後の最後で1つしかない道具を2人で取らせようとして来るとは。
「寄越せ。」
「迂闊なことはしない方が良いですよ。私がその気になれば、こんなカギくらい壊せるのを知らない訳じゃないですよね?」
「カギだけ持ってても意味が無いだろ。無意味な真似をするな。」
「それは貴方にも言えることじゃなくて?」
「「………」」
酷くその空気は静かだった。
空気は乾いているが、怒りや憎しみと言った刺々しい感情は伝わってこない。
あくまで彼らは、軍用兵器を切り札ではなく、手札の1枚程度にしか思ってないのだ。
-
暫く互いに睨み合ったままの沈黙が続いた後、ノエルが深いため息をついた。
「どうかしたのか?俺から箱を奪い取る算段が付いたようには見えないが?」
「ため息もつきたくなるでしょう。ここまで不躾な方が、これほど長くいらっしゃったのは初めてですから。
もしかして、貴方もそうじゃないのですか?」
「残念ながら、その通りだ。」
双葉玲央という人間の周りには、妹をはじめ、彼に追従する者ばかりがいた。
頭がよく、合理的な判断が出来、体力も滅多なことで切れない彼ならば、当然のことだ。
仮に彼に対して意見を出そうにも、その人物より優れた考えを持つ以上は、その意見も無意味なものになってしまう。
彼の周囲には、必然的にイエスマンしかいなくなってしまったのだ。
勿論妬みなどで無礼を働く輩はいたが、そのような相手は無視したか、視界から消えるまで制裁を加えたかのどちらかだった。
それなのに、ノエルという少女は、隙あらば自分を出し抜こうとし、それでいて殺されることも逃げることも無く彼の近くにいる。
ノエル・ドゥ・ジュヴェールもまた同じことだ。
嫉妬以外の理由で彼女を否定することなど、誰にも出来やしなかった。
クラスでは困りごとがあれば誰もが彼女に相談し、休み時間にはいつも彼女の周りに人だかりが出来ていた。
そして彼女を妬み、愚かにも敵意を見せた者は、得てして彼女の力の餌食になってきた。
だというのに、玲央という少年は、自分に対し鼻持ちならない所作を見せている。
そしていまだに彼女に殺されることはなく、隣で平然としている。
だが、お互いに優秀であり、強いから仕方がない。
事実、2人はレガリアの力を借りつつも、人間の力を凌駕するグレイシーを相手にしても引けを取らなかった。
利害の一致、彼らが2人で行動している理由はただそれだけだが、個々人の強さがそれを補って余りあるのだ。
むしろ友情だの愛だの、時として余計になりがちな物が無いから、関係性をより強固にしている。
「一度その箱の話は無しにしておきましょう。それは勝利のために使うのではなく、勝利の報酬とすれば良いだけです。」
「そう言うのならそれで良い事にしよう。幾らか参加者を減らしてから、残りを纏めて殺すのも悪くない。」
-
一先ず、どちらが軍用兵器を使うかの話は流れた。
箱は玲央が、カギはノエルが持ったままである。
実際に軍用兵器がどれほど凄い物かは不明だが、ノエルはブラック・プリンスが、玲央は王杓レガリアがある。
あの怪物以上の敵が出てくるかは分からないが、映画館で休憩と食事が出来た以上は体力も回復したし、戦うことは可能だ。
(さしずめ、殺し合いを有利に進めるための宝と、主催者側との戦いを有利に進められる宝と言った所か…)
映画館を後にし、次は警察署に向かおうとする。
彼女に宝の地図がバレた以上は、他にも宝がある場所へ向かうのも良いが、既に殺し合いも始まって9時間が過ぎた。
自分達と同じように宝を手にした者が現れ始め、そこに向かっても得られないかもしれない。
それよりも、警察署に隠された場所があるのかが気になった。
罪を犯した者達は、罪を犯した者が呼ばれる場所へと向かう。
【C-6 警察署入口 午後】
【双葉玲央】
[状態]:全身の複数箇所に浅い傷 服が焦げている。
[装備]:王杓レガリア グルカナイフ
[道具]:基本支給品一式、宝の地図 ランダムアイテム×0〜2(確認済み)首輪×2 軍用兵器の箱
[思考・行動]
基本方針:知り尽くし、壊し尽くし、優勝する
1:警察署へ行って内部を調査する
2:妹を探して殺し、その死に顔を拝む
3:妙な女ばかりと出逢うな
4:どうにかしてモールの電力源を知りたい
5:一応脱出ルートも可能であれば探しておく
6:あの映像に映っていた病院。この地図に載っているのと同じかも知れない
7:取り敢えず三人殺して、特典を貰う
8:どうにかして、彼女から箱のカギを奪えないものか
9:20550630?何かが起こった年代か?
【備考】
※加崎魔子のライブ映像を観ました
※彼が殺し合いに呼ばれた時期は、2025年6月30日だと確定しました。
どの暦なのかは不明です。
【ノエル・ドゥ・ジュベール】
[状態]:ダメージ(小)疲労(小) 怒り(中) 高揚 『病院で出逢った男(新田目)に対しては極大』服や靴がボロボロ
[装備]:グルカナイフ “ブラック・プリンス”
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0〜3(四苦八苦の分を含む) ノエルの制服(血塗れ) No.13の頭部 軍用兵器のカギ
[思考・行動]
基本方針:『遊んで』殺す
1:三人殺して特典を貰う
2:双葉真央を探してショッピングモールに連れてくる
3:双葉玲央が双葉真央を殺すのを観る
4:自分の服や靴を汚した新田目、汀子は絶対に許さない
5:両親への愛を侮辱した男(新田目)は念入りに念入りに苦しめて殺す
6:ミカさんとオリヴィアで遊びたかった……。
7:この泥棒(四苦八苦)不死身とは好都合です
8:あの映画だけではなく、もう一つ愉しめそうなものがあったとは…
9:軍用兵器を使って、苦しむ者達を見たい
【軍用兵器とカギ】
デスノ座の、非常口の看板を模した箱にあったアイテム。
箱の中にそのまた、カギのかかった白い小さな箱に入っている。ポケットサイズの大きさだがその破壊力は…?
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投下終了です
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新田目修武、本汀子、播岡くるる、黄昏暦、双葉真央、トレイシー・J・コンウェイ予約します
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「黄昏さん、私と協力してあの男を殺しませんか?」
「え?」
何でも人と言うのは、予想の範疇の外にある存在を無視してしまう傾向があるらしい。
それは見た物だけでなく、聞いたことも同じであるとか。
黄昏暦と言う男は、たった今その話を思い出した。
「あの人は何か悪いことを企んでいます。このままだときっと、良い様に利用されて捨てられると思います。」
彼女がはったりを言ったりしているのではないと、神社での戦いからはよく分かる。
自分と同じ国に生きていた女子高生とは思えないほど、正確で思い切りのある戦い方だった。
だが、今回の場合は相手が悪すぎる。
相手がどんな手札を何枚持っているか分からずじまいだし、虎の子の未来予知能力まで見破られている可能性が高い。
だが、先程の未来予知で見た内容が正しければ、トレイシーは襲撃者と手を組んで、自分達二人を襲おうとしている。
一体2人が何を話していたのかまでは分からないが、良からぬことだという前提の上で考えた方がよさそうだ。
(今の内から二人で結託して、アイツらを倒す準備をするべきか?いや、どう考えても返り討ちに遭うぞ?)
「しっかりしてください!!」
双葉真央が、煮え切らない態度を取っていた黄昏を一喝した。
その手には、ギラリと光るナイフが握られている。
「私達、殺されるかもしれないんですよ!?」
彼女の眼光は、そのナイフと同じくらい鋭かった。
女子高生相手に睨まれて萎縮する成人男性、と言うとダサさしか感じられないが、彼女からは強い意志を感じた。
「ま、待ってくれ!でも、策はあるのか?俺達2人が挑んでも、すぐに死ぬんじゃないか?」
策はあるのか?なんてひどくブーメランな発言だ。
じゃあ黄昏さんには何か考えがあるのですかと言われても、何も答えられない。
戦うのは嫌だが、この場から逃げ出そうにも、すぐに追いつかれそうな気がしてならない。
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すいません。投下宣言忘れてました
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「まずは私がライターで辺りの葉に火を付けて、煙であの人をおびき寄せます。
黄昏さんはそのマシンガンであの人を狙ってください。
それから私は隠れてあの人の首を斬ります。」
彼女はその時が来れば絶対にやるだろう。
机上の空論だけを語って、肝心な時に怖気づく訳では無い。
問題は、勝ち目がそれだけでは極めて薄いということだ。
「そんなやり方で勝てる訳が無いだろ?」
「静かにしてください。あの人に聞かれてるかもしれません。」
「すまない。そうだよな…でも、勝てると思うのか?」
彼女は思い切りこそ良いが、残念ながら人間の域を超えることは出来ない。
それに対して相手は剛力の不死者と、異形の怪物を操る謎の男。
どちらも人間が不可能なことを平然とやってのける。
一応黄昏の未来予知も人間離れした能力だが、あまりに心許ない。
「その可能性は低いと思います。ですがやらなければ生き残れません。」
「あの人が危険じゃない可能性もあるだろ?」
自分が誰よりもトレイシーを危険視しておいて、その発言はただのダブルスタンダードである。
今さえ良ければ、事を荒立てなければ問題ないのだと、嫌悪してしまった。
しかし、2人の会話は大した進展がない内に、問題のトレイシーは戻って来た。
「君達ごめんね。少しだけ用事が長引いちゃって。」
黄昏はトレイシーよりも、彼の周囲を窺っていた。
どこからかあの不死身男が身を潜めて、襲ってくるか警戒する。
勿論、懐に忍ばせている冷凍銃を、いつでも使えるように準備しておく。
「遅かったなオッサン。それでこれからどっちへ行くんだ?」
結局真央との共謀の下、トレイシーを殺害する話は有耶無耶になった。
トレイシーを警戒しつつも、それを安堵している自分がいる。
「ここから南へ向かうつもりだ。」
「今度こそ、レガリウムなんだよな?」
「…本当のことを言うと、次もまた違う。」
-
先程までの事なかれ主義の姿勢が嘘であるかのように、黄昏はトレイシーに殴りかかりそうになった。
コイツまだ俺達を振り回すつもりか、と流石の彼も我慢が限界に達していた。
それを見透かしたかのように、トレイシーはだが、と付け足した。
「レガリウムに等しい力。いや、ともすればそれ以上の力を持つ存在だ。」
「そいつは、俺達に使える物なのか?」
「当たり前じゃないか。実際にそのマシンガンだって、使えてるだろ?」
そもそもレガリウム自体が眉唾な道具なのに、それを上回る程の力など、疑わしいことこの上ない。
第一そんな大それた物がこの会場に転がっていれば、偶々見つけた者のワンサイドゲームになりかねない。
だからと言って他に行く当てがない以上、トレイシーに付いて行くしか無いのだが。
「お嬢ちゃん、そんなに辺りをキョロキョロして、どうしたんだい?一緒に君の兄探しを続けようじゃないか。」
「さっきの人は、どこにいるんですか?」
「え!?」
驚いたのは黄昏の方だった。
彼女もまた予知能力の持ち主だったんじゃないかと、慌てふためく。
逆にトレイシーは動じず、無表情に彼女を見つめていた。
「さっきの人とは誰のことだい?」
「神社で襲って来た黒い人ですよ。トレイシーさんはあの人と一緒に、私達を殺そうと思ってるんじゃないんですか?」
この時黄昏は、やめろ、と思っていた。
君のような勘のいいガキはなんとやらではないが、迂闊な詮索が首を絞めることだってある。
これまで以上に固唾を飲んで、彼がどう出るか伺った。
先程まではトレイシーより彼の周囲を警戒していたが、彼の方にシフトせざるを得なかった。
「はははははははははははははははははははは!!!!!」
タガが外れたかのように、トレイシーは爆笑し始めた。
他の2人は、予想の斜め上の反応に、呆気に取られるばかりだ。
-
「気でも触れたのかよ?オッサン!」
笑いの意図がさっぱり分からないが、警戒をさらに強めることに越したことはない。真央はナイフを握る手が強くなった。
暫く彼は黄昏の言葉も無視して、馬鹿笑いを続けていたが、やがて笑い声は止まった。
「はははは……失礼。君達がもしや私に対してそんな疑いをかけているとは。いやはや少しばかり、少しばかりを通り越してそこそこ、そこそこを通り越してかなり驚いてるよ。」
「何が言いたいんだ?」
「私があの不死身男と共謀して君たちを殺そうなんて、そんなことを考えちゃいない。
考えてみたまえ。先ほど私があの男の所へ単身乗り込んだとして、もし交渉が決裂すれば、危ない目に遭うのは私なんだぞ?」
異様なほどの馬鹿笑いの後、ごもっともな発言を聞かされ、2人は黙ってしまった。
確かに灯篭を千切って投げてくるような相手に、一人で会いに行くなど、無謀にも等しい行いだ。
そう言われてしまえば、そう信じるしかない。
「いや、だが……」
危うく『俺はお前とあの男が話をしているのを見た』と言いそうになった。
しかしそれを話すこと自体、相手の想定範囲内なのかもしれないと考え、思わず口をつぐんだ。
「そこまで気になるというのなら、辺りを見回してみると良い。まあいない相手を探している間に、彼がここに来てしまうかもしれないがね。
本末転倒な事態を招かないためにも、早く宝の下へ行かないといけないと思うよ。」
ようやく、三人は目的地へと足を進めた。
しばらく歩くと、森から石畳のある市街地へ風景が変わった。
黄昏は石畳の場所で死ぬ予言を思い出し、一層気を引き締める。
★
「なあ、テンシの場所はまだなのか?」
『まだに決まってるだろ。飯屋で店員を急かす奴は地雷系彼氏として有名なんだぞ!?
あーっ、そっちじゃない!行き過ぎだ!!』
(地雷系って何だよ……。)
その頃新田目達3人は、テンシ・プロトタイプの場所を目指していた。
案内してくれるAIドロシーが、胡散臭いことこの上ないのだが、テンシの場所が分かるのは彼?しかいない以上、頼るしかない。
もしも凄まじい力を持つ兵器が、殺し合いに乗った者の手に渡れば、どのような悲劇が起こるか、火を見るよりも明らかだ。
-
「汀子。一つ聞きたいことがあるんだ。君は一体いつこの世界に来たんだ?」
新田目は突然、汀子に質問した。
彼女は質問の意図が読めなかったようで、きょとんとした顔を浮かべた後、少し間を置いて答えを出す。
「私ですか?あの日はいつものように妖魔を退治して、夜遅くに帰ってそれから寝たら…」
『ご主人様の夜電話を無視するな…「あ、ごめん。間違った方向に石をぶつけちゃった。」』
AIドロシーが話を遮ろうとするが、どこからともなく道端の石が飛んで来た。
「そうじゃない。何年にここへ来たんだ?僕より先の未来なのか、それとも過去なのか気になったんだ。」
新田目修武は、2つの世界を知っている。
1つは、前世の自分がいた、人間とアクマの戦争の真っただ中にある世界。
もう1つは、今の自分が生まれた、アクマもテンシもない世界。
彼は前世の記憶を取り戻してから、暇な時間が出来る度に、図書館やインターネットでテンシやアクマのことを調べようとした。
たとえミカが今の自分を分かってくれなくても、あの戦争の果てに残骸になった形でも、もう一度会いたかった。
しかしそのような記録や、あの戦争を裏付ける証拠は一つも見つからなかった。
前世とは違う世界なのか、はたまた遠い未来、あるいは過去なのかは分からないが、ミカの手がかりさえ見つかることはなかった。
彼女に会うことはもう出来ないと分かった悲しみは、今でも覚えている。
だからこそ医者として、一人でも別れの悲しみを味わう者を減らすために、出来るだけ多くの患者を救おうとした。
だが、こうしてミカと再会を遂げ、さらに汀子の友人?がテンシとつながる何かを持っており。
実は自分が生まれ変わった世界は、意外と前の世界と関わっているのではないか。
そのようなことを感じるようになった。
もう一つ疑問に思ったのが、本汀子という巫女のこと。
彼女は自分と同じで、未成年の殺人犯である、双葉玲央のことを知っていた。
なので、同じ世界の出身だと考えるのが妥当だ。
だが、新田目は汀子が持っているAIのことを知らない。
少なくとも、日本の市場に出回ってはいない。
さらに、彼女がノエルやレイチェルとの戦いで使った未知の術。
五芒星の加護くらいは聞いたことがあるが、実践に移しているのは見たことが無い。
物理的にも科学的にも、超常的過ぎる。
そこだけ見れば、人と言うよりテンシか何かのように感じてしまう。
本汀子という少女は、新田目と近い世界の生まれでありながら、全く違う世界を生きている。
「西暦の2053年です。」
-
たった28年で随分違う世界が出来たものだ、と感心してしまう。
「やはり時代にずれがあったか。僕は西暦2025年の6月30日だ。双葉玲央の事件はどうやって知った?」
28年もの時間を超えて出会っているのだということに、汀子は今更驚いたりはしない。
「彼の事件で犠牲になった人の、慰霊碑を見たことがあるからです。」
彼女の時代では、双葉玲央は日本の切り裂きジャックと言われ、20年後もその名を残していた。
東京の街角で3人を刺殺。2人が刺傷の後遺症で死亡。その他12人が怪我をした。
だがその事件の後に発覚した、彼が殺害したらしき人間の数は、5人どころでは済まなかった。
犠牲者の中には、彼の両親も含まれていた。
だが一番の問題は、いつからか彼の存在が手掛かり一つ掴めなくなったことだ。
ついでとばかりに、同時期に彼の双子の妹も姿を消した。
最初はよくある未成年の事件と思われていたが、瞬く間に消えた殺人犯として有名になった。
彼は事件の前から、成績の面でも名を上げていた。そのため綿密な計画の下、海の向こうへと姿を消したと言う者もいた。
だが、国の外にも、渡航歴にもそれらしき証拠はない。
結局被害者の悲しみだけが残されたまま、彼の捜査は打ち切られた。
神隠しに遭ったとか、殺しの腕を見込まれて他国のスパイに拉致されたとか、様々な説があったが、この殺し合いに招かれたからだと考えれば合点が行く。
「くるるさんはいつの生まれなんですか?」
「ごめん。いつ生まれたのか、全然知らないわ。」
播岡くるるは、生まれた時からその日を生きること、その日の食べ物を口にすることが精一杯の人生を歩んでいた。
彼女の時代でも暦の概念はあったのかもしれないが、彼女が手を触れる機会はなかったし、そもそも今がいつなのかと考える余裕も無かった。
だが、2人とはまた別の世界、あるいは時代から来たと考えた方が良さそうだ。
「でも一体デスノの奴はどうして、色んな時代の人間を集めたのよ。殺し合いが見たいなら、1ヶ所からの方が楽じゃない?」
「もしかすると、色んな時代に起こった色んな出来事が、この殺し合いに起因しているのかもしれない。」
『風が吹けば桶屋が儲かる的な?まあ殺し合いなら、儲かるのは桶屋じゃなくて棺桶屋だけどな!』
-
また殴打か雷撃か、それとも礫が飛ぶかと思いきや、3人はドロシーの発言には納得が行く表情を浮かべていた。
もしかすれば、自分を取り巻く予想もついてないような何かが、この殺し合いの発端になったのではないかと思ったからだ。
『……え、ちょ、何変な顔してんの?ようやく俺様が大天才って分かったとか……ああ分かったから握り潰そうとするな…』
そんな会話が続いた矢先に、彼らが着いた場所は、【H-5】の市街地。
石畳の路地に、木造建築の建物が並ぶ、宿場街、あるいは温泉街と言った風景だ。
温泉旅行に行ったことがある者、あるいは授業中に日本史の資料集を読み耽っていた者なら、どんな風景か察しがつくのではないか。
そして、やけに路地や身を潜める場所が多い所が気になった。
こんな場所から襲撃を受ければ、ひとたまりもないのではないか。
のどかな風景に反して、長居したくはない場所。3人にはそう感じた。
『感じるぜ。すげえエネルギーだ。』
「こんな所に、テンシがいるのか?」
新田目としては、テンシがいた前世よりも、彼が生まれ変わった世界の方に酷似している場所だ。
AIドロシーが嘘をついたのではないかと疑ってしまう。
『だーーーっ!俺様の言うことが信じられ………』
AIドロシーが全ての言葉を発し終わる前に、汀子は颯爽と駆け出した。
一体何が彼女を駆り立てたのか、2人が疑問に思い始めた瞬間、遠くから3人の人影が現れた。
★
黄昏達が向かっている方向から、雷が落ちた。
突然の強い光に目を眩ませる真央と黄昏。
その瞬間、光を纏った何かが、風のごとき速さで来るのが見えた。
「やあ!久しぶりだね!!無事でよかっ……」
「はぁっ!」
-
トレイシーは気さくに挨拶しようとするが、光を纏った何か――巫女の姿をした彼女は無視して、大きく跳躍した。
あの格好、動きにくそうなのによく軽やかに動けるな、そんなことを思いながらも、いち早く建物の裏に隠れようとした。
真央もよく見れば、異なる建物の裏に避難しようとしていた。
だが2人とは異なり、トレイシーは慌てることはなく、その場から微動だにしない。
そんなものは怖くないとばかりに杖を構えて、真っすぐに立っていた。
「―――電磁抜刀・武御雷!」
巫女は上空で大剣を抜き、トレイシー目掛けて力いっぱい振り下ろす。
彼女の寸分のぶれも無い太刀筋は、雷の加護の力も相まって、本物の雷のように映った。
それでも、トレイシーは顔色一つ変えることはない。
不意に、彼が持っている杖が、怪しく光った。
「※※※※※※※※※※!!!!」
突然、石畳の地面から、巨大な食虫植物のような何かが顔を出す。
肉食恐竜のような牙と、蛇のような長い舌を持ったそれは、トレイシーを丸呑みした。
一見自分が召喚した怪物に食われた、間抜けの所業。だが、巫女は攻撃の手を止めない。
異形ごと斬り殺す勢いで、剣を振り下ろす。
刹那の雷鳴の一撃が、異形の人食い植物を破壊した。
最初にトレイシーが召喚した地蟲同様、奇妙な悲鳴と共に黒い塵に帰す。
僅かに残った鋭利な牙のみが、そこに残っていた。
それは生き物の姿でありながら、神の理とは違う生まれ方をした者の末路なのだろうか。
「ちょ、オッサン!?」
黄昏としては、トレイシーが心配な訳では無い。
むしろ、いなくなってくれれば良いぐらいの相手だ。
それはそうとして、雷の力を纏った相手からいきなり襲撃を受け、地面から現れた巨大植物に食われ。
しかも食ったそいつが雷で黒焦げにされれば驚くだろう。
「相変わらず見事な一撃だ。だが、今の食肉植物の牙には猛毒がある。気を付けたまえ。」
聞こえたのは、トレイシーの声だけ。
彼が汀子の一撃で死んでないことは分かったが、彼が何処にいるかは誰にも分からなかった。
崩れた怪物の中にトレイシーはおらず、そこにいるのは汀子、黄昏、そして真央の3人だけだった。
-
「汀子!大丈夫か!?」
「一体どうしたのよ?」
「私は大丈夫です。でも奴をまた逃がしました……。」
遅れてやって来た新田目達も、そして黄昏も、辺りをキョロキョロと見渡すしか出来なかった。
しかし、トレイシーの姿は一向に見えず、声さえ聞こえない。
雷鳴と慟哭が轟いた先程とは対照的に、沈黙が場を支配していた。
「………君たちは、殺し合いに乗ってないんだな?」
意外なことに、その沈黙を破ったのは黄昏だった。
彼の言葉は、疑問符が付いているが、質問と言うよりダメ押しのつもりだ。
いきなり雷を纏った巫女が襲い掛かって来た時は、流石に驚いた。
だが最初の攻撃以降、巫女が自分達に危害を加える素振りを見せない以上、安全な相手だと判断した。
「はい。あのトレイシーと言う男だけは許せませんが。」
「何があったんですか?」
黄昏にしろ真央にしろ、ついでに新田目やくるるもトレイシーのことはよく知らない。
情報交換がてら、何をした人物なのかは聞いておきたかった。
「あの男は、この殺し合いが始まってすぐに、奇妙な怪物をけしかけてきました。
その時に自分で『この殺し合いを楽しまなければ』と言っていました。」
汀子の額からは汗が零れた。
彼のことを思い出して話すということは、友人を殺したトラウマも思い出すことにもなるからだ。
「怪物ってのはさっき出て来た、あの牙の生えた馬鹿でかいウツボカズラみたいな奴か。」
「私が最初に会ったのは蟲の怪物でしたが…恐らく同じ手段で怪物なのでしょう。」
その話を聞くと、汀子以外の4人は反射的に地面に目をやった。
先程の話からして、また似たような怪物が地面から襲ってこないとも限らないからだ。
「何とか怪物の方は倒せましたが、どこかへ消えてそれきりでした。」
「それから、奴は俺達の所に来たわけだ。」
これまでの黄昏としては、トレイシーはまだ完全な悪だとは言い切れなかった。
人を殺すところも見ていないし、不死身男に攻撃した理由は、正当防衛と言えば納得が出来る。
だが、汀子の話を聞き、彼が完全にクロだとはっきりした。
-
「申し訳ありません。あの男を倒せていれば、お二方にも被害は……。」
『オイオイオイオイオイ!!ナアナアナアナアナア!!!さっきから何の話してんだよ!俺様、話に入れなくて退屈しちゃったんだけどお!?』
急にAIドロシーが声を出した。
くるるの懐から、聞いたことのない電子音声が聞こえ、誰もが驚く。
「今忙しいんだ・か・ら!!アンタは一回黙って…『違うんだよ!!』」
コイツ、こんな時に。
もういい加減にしろと、くるるは割と本気でAIバッジを潰そうとしたが、鬱陶しさしかない電子頭脳はさらに話を続ける。
『お前ら一体誰の話してんだ?トレイシーとかアレッシーとか言ってるけど、ここにはさっきから4人しかいないぞ!?』
「え?」
汀子の腐れ縁だからこそ分かる。
多摩ヶ崎度呂子は、大ホラ吹きではあるが、こういう所で嘘を言う人間ではない。
今話しているのは彼女ではなく、彼女の頭脳を模したAIであるが、同じことだろう。
『なあ巫女よ。お前は俺やご主人様が嘘つきじゃないのは知ってるだろ?』
「ええ…こういう時“だけ”は嘘付きではありませんね。」
『変な所にアクセントが入っていたことは気になるが……
そっちのオカッパ頭の嬢ちゃんと、そっちの辛気臭い七三の兄ちゃん以外、俺様の生体反応には引っかからなかったぞ!?』
AIドロシーとは初対面の真央や黄昏でさえ、彼?の言うことを聞いて、背筋に寒気が走った。
自分達が関わった相手が、想像以上に超越的な何かだという可能性もあるからだ。
「じゃあトレイシーが、幽霊だとでも言うのか?」
「いや、それじゃおかしいわよ。幽霊の私だってこの世界では実体化して、そっちのエーアイ?のセータイハンノー?には引っかかってるみたいだし。」
幽霊だとか実体化とか、くるるの懐にある機械は何なのかとか、黄昏には聞きたいことが沢山あった。
だが、一番気にするべきはトレイシーのことだ。
テンシ・プロトタイプを求めてここへ来た新田目たちだが、そんなことはどうでもよくなってしまった。
-
(この2人にテンシ・プロトタイプのことについて聞きたいが、今はそれ所じゃないな……。)
今も会話がトレイシーに聞かれているかもしれない。
新田目はまだ彼のことはよく知らないが、彼にテンシ・プロトタイプが渡ってしまえば最悪だ。
せめてこの辺りにあるという情報だけでも、知られてはならない。
新田目だけではなく、汀子やくるるも、同じことを考えていた。
その後、改めて短い自己紹介をし、全員が殺し合いに乗っていないことを話した。
勿論、聞きたいことは誰もがそれなりにあったが、話の最中にトレイシーが何をしてくるか分かったものじゃないし、話したのは互いの名前と職業ぐらいだが。
AIドロシーも含めて、目の前にいる者達は信用できる相手だと分かった。だが空気はずっと張り詰めたままだった。
(あのオッサン…いなくなってそれきりってことはないよな?神社の時みたく、また戻って来るよな?)
怪我の功名のというべきか、黄昏達はトレイシーに振り回されたおかげで、殺し合いに乗ってない味方を3人も手に入れた。
加えて少なくともその内1人は、怪物相手にも引けを取らない特殊な力を使うことが出来る。
5人もいれば、たとえこの状況でトレイシーや不死身男、最初に凍らせた怪物が襲い掛かって来ても、対応出来るのではないか。
だと言うのに、黄昏の不安を、何とも言えない不安が過った。
何か肝心なことを忘れている、そのような感覚がずっと胸の内に残っていた。
「あの、皆さんは『レガリウム』って何か知りませんか?」
次に質問をしたのは、双葉真央だった。
この3人(+1機?)が知っているのかどうかは分からないが、トレイシーよりかは信用できると思って聞いてみた。
トレイシーは何を求めているのかは不明だ。だが、3人の解答次第で、彼の計画が分かるかもしれない。
『………俺様の検索エンジンにも引っかからずだ』
「ちょっと待って?幽霊列車に乗っていた時に、そんな言葉を聞いたこと………」
「伏せろ!!」
くるるの言葉を遮る形で、黄昏が叫ぶ。
4人は彼の言葉の意図も分からないまま反射的に、姿勢を低くした。
不意に地面が揺れたと思ったら、石畳のレンガが集まって行き、巨大な人形を結成した。
ゴーレムのようなそれは、瓦礫を掴んで、黄昏達目掛けて投擲した。
黄昏の未来予知のおかげで、全員がいち早く飛んでくる瓦礫の軌道から離れることが出来た。
だが、3mはある石畳の塊は、放っておけばロクなことにならなそうだ。
新田目が頭部目掛けて発砲し、黄昏が冷凍銃を撃つが、大した効き目があるようには見えない。
-
「私が倒します!」
汀子が地面を蹴り、ゴーレムへと向かっていく。
一体どうしてこのタイミングで現れたのか不明だが、トレイシーによって現れたと考えるのが妥当だ。
岩であれ蟲であれ、怪物退治は自分の仕事。
「君達は逃げてくれ。僕も行く!」
「ちょっと!待ちなさいよ!!」
置いて行かれたくるるを他所に、新田目も石畳の上を駆ける。
拳銃こそはあまり効かなかったが、ミカの形見であるテンシ兵装なら、あのゴーレムにも効くはずだ。
なぜ自分が使えるのかは分からないが、岩より硬いアクマの身体を何体も斬ったレーザーブレードなら問題ない。
★
「君達は逃げるぞ!!」
黄昏は真央とくるるの手を引っ張り、そのまま市街地を疾走する。
本当のことを言うと、一番戦いに巻き込まれたくないのは彼自身なのだが、1人で勝手に逃げたらなんだか申し訳ないと思っていた。
「私も戦えるわ!邪魔しないで!!」
くるるは黄昏の手を振り払い、汀子達に加勢しようとする。
自分は戦える自信はあるし、何よりミカとの約束で、新田目を守ると誓っていた。
幽霊の能力で、あの瓦礫の怪物の身体を剥ぎ取ってやろうと意気込んでいた。
だが、彼女らの敵はゴーレムだけでは無かった。
妙にゲロゲロうるさいと思ったら、建物のあちらこちらから、緑や青や紫の小さなカエルが降って来る。
一匹ならゴーレムほどではないが、毒を持っている個体かもしれないし、何より気持ち悪いことこの上ない。
「きゃ!? カエル!!?」
「くそ!」
黄昏はマシンガンをザックから出し、発砲する。
カエル達は不気味な悲鳴を上げながら、青い血を出して絶命する。
下手な鉄砲も数撃ちゃ当たると言うべきか。全てではないにしろ、何十匹かは殺すことが出来た。
-
「黄昏さん!そっちの銃を貸してください!!」
真央は黄昏から有無を言わさず冷凍銃を引っ手繰り、カエルが集まっている箇所目掛けて、冷凍銃を撃つ。
召喚されたとしても、変温動物ということか。カエル達は活動を停止し、やがて超低温で砕けて行った。
くるるもポルターガイストで、カエルが乗っている地面をひっくり返し、何匹か潰す。
だが、カエルはまだまだ残っていた。
新田目たちの加勢に入りたいが、それ所ではなくなってしまった。
カエルたちも、トレイシーが召喚したのだとしか思えない。
こういう時は本体を叩くべきだが、肝心のトレイシーはどこにいるか、手掛かりさえ掴めない。
「な?」
生き残ったカエル達が、頬を膨らませたかと思ったら、一斉に煙を吐きかけて来た。
カエルの出所や種類が何なのか分からないが、煙を吸えば身体によくない症状が現れる可能性が高い。
「黄昏さん!マシンガンを使わないで!!爆発するかもしれません!!」
真央は引火性のガスであることを危惧し、口を手で塞ぎながら警告する。
そうこうしているうちに、煙が辺りを覆い尽くして、視界が一気に悪くなってくる。
幸いなことにカエルが吐き出した煙は、生臭いだけで、少なくとも即効性の毒は無い。
だがこのような状況で、視界を奪われることは、下手な毒よりもやっかいだ。
「2人共伏せろ!!」
煙が濃くなり始め、向こうで戦っている新田目たちの姿が見えなくなってきた。
辛うじて真央とくるるだけが見えている中、黄昏は彼女らに叫ぶ。
向こうで戦っているゴーレムが投げた家屋の破片が、彼女らのすぐ頭上を通って行った。
「もっと離れるぞ!進行方向にいるカエルだけ攻撃してくれ!!」
黄昏の予知能力のおかげで、辛うじて難を逃れた。
だが、次上手く行くかは分からない。
それにここは、自分が死ぬと最初の予言で出ていた石畳の上。
とにかく、自分の安全を優先すべきだと判断した。
-
煙の中、黄昏はとにかく走った。
途中で何度か、カエルに張り付かれたが、その度にふるい落とした。
前線で新田目達が戦っている音が、次第に小さくなってきた。
だが、走ることに夢中で気付かなかったのか。
さっきまで隣にいたはずの真央とくるるの姿が、何処にもなかった。
さらに逃げるか、引き返して彼女らを探すか悩んでいた所、突然未来の光景が飛び込んできた。
(………ウソだろ!?)
★
「でぇやああああああっ!!」
新田目が振るったレーザーブレードが、ゴーレムの片足を斬り裂いた。
瓦礫の怪物をそれだけで倒すことは出来ないが、人であるかのように片膝をついた。
身体が大きくて重い分、立ち上がるのにはそれだけ難を要する。
「はあっ!!」
すかさず汀子の刺突が、土で作られた腹を穿った
人の身で食らえば、致死の一撃になるはず。事実、彼方の景色が見えるほどの穴が、怪物に出来ていた。
そこにあるのは、何百何千のアクマを討ったテンシ兵装2つ。
持ち主が生身の人間なれど、倍近い体格の怪物にも引けを取らない。
「やったか?」
だがゴーレムはまだ無事な左手で、家屋の屋根を引きちぎったと思いきや、それをあろうことか、口の中に入れた。
瓦をボリボリと、煎餅でも食べるかのように咀嚼する。
瞬く間に、腹に開いた穴が元通りになる。
「無機物のクセに、人のように食べたり治ったりするのか…」
「まだまだ行きますよ!」
まずいのはこれだけではない。
後ろの離れた場所から、マシンガンを発砲する音が聞こえて来た。
逃げたはずのくるる達も、何らかの戦いに巻き込まれていると考えるのが妥当だ。
一体何と戦っているのか不明である以上、すぐに助けに行きたいところだが、まずはこの怪物を倒さなければならない。
-
再び新田目が、“ジャンヌダルク”でゴーレムの軸足を崩そうとする。
だが、巨体に似合わず、ゴーレムは斬られる前に跳躍した。
「飛んだ?」
「危ない!!」
巨体が飛んだということは、超重量のプレスを仕掛けてくるということだ。
何百キロ、はたまた何トンあるのかは分からないが、食らえば当然、圧死は免れない。
「くっ!!」
2人共直接潰されることはなかったが、巨体が跳ねたことで、辺りに激しい地震が起こる。
瓦礫が巻き上がり、辺りの家屋が倒壊する。
立っていることは出来ず、新田目は穴だらけの地面に尻もちを付いた。
ゴーレムはその隙を逃さず、彼に近付いて来た。
「歳星の加護よ!!!」
だがもう一人、汀子の方はいち早く跳躍したことで上空に逃れ、地震攻撃のあおりを受けずに済んだ。
すかさず上空で印を結び、木の力を剣に加える。かつてはトレイシーが召喚した地蟲を倒した歳星の力だが、雷や風だけではなく木の力も持っている。
敵が新田目の方を標的にしたため、攻撃のチャンスが生まれた。
「青竜の憤怒!!」
ゴーレムの背中を串刺しにする。
先程と同じように、怪物の背に穴が出来る。
これでは回復されて同じことの繰り返しになる。はずだった。
だが、突然ゴーレムの身体が崩れ始めた。
先程刺された部分を中心に、木の芽が生え、やがてそれが全身を縛るかのように伸びていく。
怪物はそれを引きちぎろうとするが、時すでに遅し。両ひざをガクリと付いて、地面に崩れ落ちた。
満を持したかのように、一際太い根が、ゴーレムの身体を砕く形で顔を出した。
-
「木の力を大量に注ぎ込んでやりました!」
「なるほど。石や地面の養分を吸い取ってしまえと言う事か。」
木克土とは、まさにこのことか。
大量の根が消えた後、そこに残ったのは石畳と土塊だけ。
もう動くことも、戦うことも無かった。
「何とかなったな。」
その瞬間、新田目が持っていたジャンヌダルクの光が消えた。
彼の心臓が止まりそうになる。ミカが遺してくれた形見を、あんな怪物を倒す為だけに使い切ってしまったと思ったからだ。
「大丈夫ですよ。その剣って、同じテンシ兵装って武器ですよね?」
陣を描き、その中心に光の消えたジャンヌダルクを置き、汀子は印を結ぶ。
やがて剣に光が宿った。
彼女の持っているケラウノスと同じ要領で、エネルギーを追加したのだ。
「ありがとう。でもそんな術を何度も使って、疲れないか?」
医者である職業柄か。ついつい他人の不調を心配してしまう。
まだ倒さねばならない敵はいるし、他の3人とも合流したい。
だが、目の前にいる相手が心配だった。
「本当のことを言うと、結構疲れてます。でもまだ戦えるので大丈夫………」
汀子の表情から、作り笑顔が消えた。
不意に思い出したことがあったからだ。
それは、黄昏暦があと一歩で掴めそうで、見逃していたこと。
「どうした?」
新田目は、彼女が疲労のせいで今のような表情になったのかと思った。
だが、全く違う。新田目は、汀子がトレイシーに切りかかった場面を遠方からしか目撃していない。
当然、トレイシーのあの言葉を聞き流していた。
その一方で、汀子はあの狂人の言葉を思い出した。
「トレイシーは、なぜあんなことを言ったんでしょうか…」
「あんなこととは!?」
――相変わらず見事な一撃だ。だが、今の食肉植物の牙には猛毒がある。気を付けたまえ。
食肉動物の牙には猛毒がある。確かに危険な話だが、まあそれはいい。
汀子が自分で倒した以上、その怪物に噛み付かれることはまずない。
復活してくる様子も見られない。
問題は、なぜ『怪物を倒した後』にその言葉を吐いたのか、だ。
この時、1人を除いて誰もが誤解していた。
彼女らは、敵はトレイシーと、彼が召喚した怪物だけだと。
「くるるさんが危ないです!!」
先程以上に汗を額から流しながら、すぐに走り出した。
新田目はまだ、状況が理解し切れていなかったが、まずいことは分かった。
-
その頃、双葉真央と播岡くるるは、市街地の路地裏を歩いていた。
あれから黄昏達ともはぐれてしまい、戻ろうにもまた敵に襲われる危険性がある以上、迂闊に戻れない。
そう考えているかのように、真央はどんどん足を速めた。
「ちょっと待ってよ!」
くるるは必死で走って、彼女に追いつこうとする。
運動も兄ほどではないがそれなりに出来た彼女と、長らくほとんど歩いたことのなかったくるるでは、体力も足の速さも違っていた。
「ごめんなさい。少し焦り過ぎました。」
そんなくるるのことを慮ったか、真央は走るのをやめる。
敵は今の所は襲ってこない。だが、いつトレイシーや怪物が襲ってくるか分からない以上、警戒を怠ってはならない。
「播岡さん?一つお尋ねしたいことがあるんですが…」
「どうしたの?あと私の呼び方はくるるでいいよ?」
「結局、レガリウムって何なんですか?」
真央としては、こんな時ではあるが、知っているなら聞いておきたかった。
もしかすれば、トレイシーの目論見を看破できるのはないか、この殺し合いでも有利になるのではないかと思ったからだ。
「私も聞いただけよ。何だか凄い力を持ってる石だって。」
「そうですか…ならもう一つお尋ねします。くるるさんは、家族ってどう思いますか?」
そう言われて、彼女は黙ってしまった。
播岡くるるは、家族のことなど信じていない。
何しろ父親は彼女が産まれてから、すぐに他の女と失踪。
母親は貧困から彼女にロクに食事さえ与えず、挙句の果てに男を相手できるようになったら娼館に売り飛ばしたからだ。
「………どうだろうね………」
けれど、この世界でミカや新田目に出会い、家族愛というものを知って。
どう思うべきか、兄が殺人を犯したらしいこの少女に対し、どう答えるべきか悩んでいた。
そこで悩んでしまったことが、最大の失態だとも知らずに。
-
「私の家族はバラバラになってしまいましたが、今も私は兄が、家族が大切なんです。だから……」
(!!)
ここへ来て、くるるは漸く気付いた。家族を求める彼女の殺意を。
トレイシーや怪物のことばかり考えており、彼女が殺し合いに乗っていることなど、考えてすらいなかった。
「そうは問屋が卸さないわよ。」
だがくるるも油断していたとはいえ、ノエルやレイチェルとの戦いで生き残った。
彼女が持っている包丁を超能力で、明後日の方向に飛ばす。
いくら真央が家族を想って殺し合いに乗ったからと言って、負けるわけにはいかない。
こんな所で死ねば、守ると誓ったミカのマスターにも、あの時自分が助けた少女にも顔向けできない。
さあ次はもう一つ持っている冷凍銃だ、そう思ったのが間違いだった。
腹に、鋭い痛みが走る。それは、牙だった。
最初に汀子が雷の斬撃で殺した植物の怪物の牙だ。
トレイシーが消え、あの場にいた誰もが彼の行方を捜している中、彼女だけは地面に落ちたそれを拾って、懐にしまっていた。
『お前……何で……』
「黙って。」
すかさずAIバッジを奪い取り、地面に踏みつける。
しばらくそれはピーピーとノイズを立てていたが、次第に音を出さなくなった。
修理可能なのかは分からないが、これで誰が殺したのか言える者はいなくなった。
「………」
身体を虚脱感と、激しい痛みが襲う。
それが毒なのだとよく分かった。彼女は生前、娼館のマスターに様々な毒を盛られ、苦しむ様子を見せ物にされた経験があったからだ。
自分はもう助からない。医者である新田目が今から助けに来ても手遅れだ。
-
「おい!大丈夫か!!」
遅れて黄昏が、真央の所へやって来た。
見れば新田目と汀子もその後を追って来ている。
「……また怪物がやって来て……、私を庇って、くるるさんが………!!」
彼女の涙は、播岡くるるの死を嘆いたものではないが、嘘泣きでもない。
それが恐怖なのか、嘆きなのか、彼女は自分でも分からなかった。
「ごめんなさい……。」
「謝るだけでもいい…君だけでも、無事でよかった。」
黄昏は彼女を慰める。先ほど彼は、播岡くるるが双葉真央の隣で死んでいる未来を見た。
だからこそ、必死で彼女らを探していたのに。やはり未来は、変えられないのだろうか。
★
(くるるさんを殺したのは、本当にアイツが呼び出した怪物なの?)
汀子は仲間を失った悲しみを胸に残しつつも、考え続けていた。
疑問はいくつかある。
これまでトレイシーが呼び出した怪物は、何匹かいたが、揃いも揃ってうるさい音を立てていた。
なのに、真央やくるるがいた方向からは、物音が殆んど聞こえなかった。
そして、トレイシーは双葉真央に死んだ怪物の牙を拾わせ、それを武器に真央を殺した。
トレイシーの意図が見えぬ言葉は、『牙は武器になるからそれを使って誰か殺せ』という意味だったとすれば、合点が行く。
死因のことは真央は語っていなかったが、毒の牙や爪で殺されたのなら、患部が刺傷1つなのはおかしい。歯形が残っていたり、他にも跡が残っているはずだ。
妖魔を幾つも祓って来た彼女なら分かる。
99%、双葉真央のついた嘘だ。
だが、残りの1%を解明しようとする気はどうしても起きなかった。
万に一つ違っていれば、自分はまた罪もない人間を殺すことになりかねない。
それに汀子は、双葉真央と言う少女に、自分を重ねてしまった。
彼女は兄によって、大切な物を失った。
もしも自分が、あの時親友を殺した直後に殺し合いに呼ばれれば、親友を取り戻すために殺し合いに乗っていたかもしれない。
掛け替えのない物を失った真央が、あの時の自分に見えて仕方が無かった。
【播岡くるる 死亡】
【残り 23名】
【H-5 市街地 午後】
【本汀子】
[状態]:ダメージ(中) 精神的疲労(特大)、心労(特大)
[装備]:"電磁兵装"ケラウノス
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム×1〜2(未確認)
[思考・行動]
基本方針:不平等に人を助ける。それは揺らがない。
0:くるるさん……
1:トレイシーは何処へ行った!?
2:人の集まりそうな場所を目指す
3:病院で戦った女(ノエル)への対処法を考える
4:テンシ・プロトタイプどころでは無くなってしまった……
5:双葉真央が、くるるさんを殺したの?でも断罪する気にはならない…
6:AIドロシーはどこ行ったの?
7:知らない人に会ったら、新田目さんが殺し合いに乗っていないことを話さないと。
【備考】
※ケラウノスの電量は自信の力で賄えます
※参戦時期は、2053年です。
-
【新田目修武】
[状態]:ダメージ(中) 右腕に火傷(小) 悲しみ(大)、心労(大)
[装備]:拳銃(残弾数13) 兵装“ジャンヌダルク”
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム×0〜1(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:家族の下に帰る
1:それでも生き続ける
2:トレイシーを許さない。
3:テンシ・プロトタイプを探す。最悪の場合は破壊も辞さない。
4:テンシに似たエネルギーを持つ者?一体どんな奴なんだ?
5:殺人者扱いか。デスノ、面倒なことをしてくれるな。
6:どうにかして播岡くるるの仇を取りたい。
※参戦した時間は、2025年の6月30日だと判明しました。
【双葉真央】
[状態]:疲労(特大)、全身に擦り傷、ダメージ(小)、血で汚れている
[装備]:万能包丁、ライター
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム1(確認済み) 播岡くるるの支給品1〜2、壊れたAIバッジドロシー
[思考・行動]
基本方針:優勝を目指す。
1:私は……
2:優勝するためにおじさん(黄昏 暦)や他の対主催勢力を利用する
3:殺せる相手をあと2人殺して、景品を受け取る
4:AIドロシーは面倒だけど、もし見つかって修理されたら面倒なことになるから取っておこう
5:トレイシーの生体反応が無いってどういうこと?
【備考】
※グレイシー・ラ・プラットと不二を怪物と認識しました。
※回収したグレイシーのデイパックはその場に置いてきてしまいました。
【黄昏 暦】
[状態]:健康、精神的疲労(特大) 冷や汗
[装備]:凍結銃(残数1発)
[道具]:基本支給品一式、サブマシンガン、ランダムアイテム1〜2(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:死にたくない。殺し合いも嫌
1:真央や新田目たちと共に行動する。
2:大人として、子供を見捨てるのは間違ってるよなぁ…
3:少女(真央)の安全は確保したい。でも彼女、何考えてるかイマイチ分からないんだよな
4:トレイシーは何処に行った?
5:この世は化物だらけかよ……生き残れる自信がねえ。
6:真央、お前何を考えて?
7:結局俺の能力ではどうにもならないのか?
【備考】
※触手の化け物(グレイシー・ラ・プラット)と不死身の青年(不二)怪物と認識しました。
※双葉真央をできる限り保護したいと思っています。
※予知した死の光景を警戒しています。
「いやあ。いい物を見せて貰った。」
場所が変わって…とは言っても、そこが何処なのかは分からない。
【H-5】にある建物の中であることだけは分かるが、そこが地下なのか、地上なのかは不明だ。
薄明りに照らされたホールのような場所で、その中心に彼らが求めたものがあった。
アンドロイド、いや天使(エンジェル)を模したのだからエンジェロイドか。
遊園地に遭ったそれと同様に、それが天井から複数の鎖で吊り下げられている。
「もしや彼らは、私がこれを使うのを恐れていたのか?だとすれば、見当外れも良い所だ。」
一人と一台しかいない部屋で、トレイシーはそう言った。
「私自身が誰かを殺すなど、あってはならない。それは可能性の喪失にしか繋がらないからね。」
確かにテンシ・プロトタイプを使役し、ここに集まった者達を皆殺しにするのは可能だ。
だが、それを彼は望んではいない。
何時だって彼は、他者が創り出す未知の何かを望んでいる。
可能性の種が芽を出すために、水をまき、肥料を与え、その芽が何を齎すかを見て楽しむ。
神社での戦いの時トレイシーは、既に双葉真央に可能性を見出していた。
戦争や紛争に巻き込まれた訳でもないのに、いざ戦いになれば躊躇わずに臨戦態勢に入れる対応力。
自分が宮廻不二と共謀しているのではないかと考えられる危険察知能力。
平和な日常で生まれ育った彼女だが、然るべき状況になれば結果を出すと見込んでいた。
予想通りと言うべきか、ただ兄の影で生きることしか出来なかった少女は、人殺しへと開花した。
かなり魔物を出してしまったために、一時的に魔物の杖が使えなくなってしまったが、経費以上の物を見ることが出来た。
-
場所が変わり、同じくH-5にある見張り台。
新田目たちも居場所を変えれば、彼がそこにいることは分かるかもしれないが、残念ながら彼らはそこに目を送る余裕は無かった。
トレイシーは市街地の中にいる4人を見てはいない。
西からやって来た、人ならざる2人組に目を送る。
(これは目出度い。まさかこんな所で、『彼』に出くわすとはね。)
見張り台の上に腰かけ、更なる混沌を期待する。
会いに行くべきか、それとも巫女の少女達に会わせるべきか
誰かが何かを失い、失っていく中、彼だけが嗤っていた。
【H-5 市街地 午後】
【トレイシー・J・コンウェイ】
[状態]:愉悦(大)
[装備]:魔物の杖(かなり多くの魔物を出したため、一時的に魔物を出せません) 双眼鏡
[道具]:基本支給品 同人誌『空の巨人より愛を込めて』 、宝の地図
[思考・行動]
基本方針:遊ぶ、楽しむ
1.自分の力のいくつかは制限されてるが…これはこれでいい。
2.やはり他人の可能性は最高だ。素晴らしい
3.とりあえず宝の地図に従い、レガリアの名を冠する道具を取りに行こうと思ったが、もう少しこのままでいようか。
4.彼等(キム・スヒョンとグレイシー)は一体何を齎すのかなあ!?
5.殺すつもりはないよ。それは可能性を溝に捨てる行為じゃないか。
【備考】
※レガリウムの件、および宮廻不二が不老不死である理由の真偽は不明です。
※H-5のどこかに、テンシ・プロトタイプがあります。しかし、何処の建物の中かは不明です。
【支給品紹介】
【双眼鏡】
トレイシー・J・コンウェイに支給された支給品
市販の双眼鏡と何ら変わりはなく、遠くを見ることが出来る。
-
投下終了です。
レス番号>>819 までが前編になっていますが、>>818 までが前編です。
-
乙です!
真央の進撃を止められるかどうかは黄昏次第?
トレイシーさん良きも悪きももっと引っ掻き回して
-
感想ありです!
今回の話ではずっとどっちつかずのままでした黄昏なので、こっから巻き返して欲しいですね
>トレイシーさん良きも悪きももっと引っ掻き回して
それと今回の話はトレイシーに振り回される4人を書いてる時が楽しかったので、そう書いてくださって嬉しいです。
-
申し訳ありません。
>>828と>>829の間の文章に以下の抜けがありました。
編集の方も行っておきます
「ごめんなさい。私が、また家族と一緒になるためだから…。」
双葉真央は、既に4人のうち誰かを殺害する計画を、ひっそりと練っていた。
トレイシーがあのような攻撃を受けて無事で、しかも生体反応に引っかかってないと聞いて、自分ではどうしても倒せないと考えた。
倒せる可能性があるとするなら、3人を殺したことで譲渡されるという、得体のしれない剣。
あれを使えば、不死の存在や怪物でも殺せるのではないか。
なので、折角参加者が集まった今、殺せる参加者を殺すことにした。
その上で怪物の襲来や、トレイシーと言う未知の存在は、彼女にとってはありがたい存在になった。
自分への警戒を弱めるきっかけになるし、多少無理な状況でも、殺人の罪をトレイシーと言う不可解な存在に擦り付けられる。
「まだ……終わって……ないわよ……。」
口から血を零しながら、くるるは地に足を付けて立つ。
傷が浅かったか、でももう長くはない。そう思った真央は、再び彼女を串刺しにしようとする。
だが、怪物の毒牙は、彼女の超能力で向こうに飛ばされた。
もう力が入らないはずの両手で、真央の両手をガッチリと握る。
「離しなさいっ!!」
彼女はもう長くはないはずだ。この状況が続けば、他の誰かがやってきた時、まずいことになる。
くるるの身体を何度も蹴り、自分の身体を捩り、無理矢理拘束を外そうとした。
「アンタは、家族だけしか……拠り所が無いと思って…ゲホッ!!
でも、周りを……見なさいよ!!」
トレイシーが言った通り、牙には猛毒があったのだろう。
口からだけではなく、鼻や目からも血が流れて来た。
それでも、充血した目で、真央をずっと見つめていた。
「真央、きっと味方はいるはずよ。」
その言葉を最期に、播岡くるるに二度目の死が訪れた。
双葉真央の両腕を掴んでいた最後の力も無くなり、地面に崩れ落ちる。
「終わった……。」
やっと1人殺した。それだけなのに。家族との日常を取り戻すために、もっと殺さないといけないのに。
最期にくるるが言った言葉は、真央にとっては全く意味のない言葉だ。
兄が殺人を犯した時、家族が壊れただけじゃなく、友人からも周りからも、殺人犯の妹として後ろ指をさされ続けたからだ。
彼女は味方がいる未来ではなく、兄や家族と共に過ごした過去を求めているからだ。
それなのに、両目からは涙がずっと流れていた。
-
ハインリヒ、エイドリアン、蕗田芽映予約します
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投下します
-
「ねえ、お兄さん。気持ちよくなれるお薬、ちょうだい?」
「お前…さっきの熊なのか?」
今更なんだが、この世界はどうかしている。
少なくとも俺は、そう主張しても良いと思うぜ。
だって考えて見ろよ。クマに追いかけられたんだぜ?
それだけなら災難だが、どうかしているほどでもない。
けれど、追いかけて来たクマが、突如女の子になってるんだぜ?
挙句の果てに、その女の子がヤク中(推定)だったなんて、おかしいだろ?
「気持ちよくなれるお薬のニオイがするよ。隠してないでちょうだい?」
落ち着け、この状況はクールになったり、素数を数えたりしたぐらいで、どうにかなるとは到底思えないが落ち着くんだ。
まずは相手の話を聞いて、相手が何をして欲しいのか考えるんだと自分に言い聞かせる。
「いや、俺は持ってない。同じニオイがする違う……」
「ちょうだい!!」
熊だった女の子は、子供のようにたどたどしい口調で、俺の鞄を勝手に開けようとした。
いや、話し方は生後間もない幼児と言うより、後天的に日本語を身に付けた外国人のように聞こえる。
ただ、それより重要なのは、彼女の両目だ。
その瞳孔は開いており、必死の態度は薬物中毒者を彷彿とさせた。
マズイ。たとえ中身を渡しても渡さなくてもマズイ。
「やめろ!それは有害だぞ!」
俺の地元は、あまり治安がいい所では無かった。
そんなことが分かったのは上京してからだが、中学生の時点でシンナーを吸ってる同級生がいた。
ペンキ缶を野ざらしで置いておくな、シンナー中毒のガキ共が盗んで来る。
工事のおじさん達がそんなことを言っていたのを小耳に挟んだ覚えがある。
柄でもなく必死に止めようとしたのは、薬物中毒ってのがヤバイって印象を早いうちから植え付けられていたからだろうか。
-
その言葉を聞いたら、少女が俺のカバンから手を離した。
話が通じそうな相手じゃなかったが、俺の説得が通じたと、一瞬だけ安堵してしまった。
途端に少女は服を脱ぎ始めた。
「おい! 何やってんだ!!」
「おじさん、“これ”が欲しいんでしょ?気持ちよくしてあげるから、気持ちよくなれるお薬ちょうだい?」
すぐに少女はシャツとスカートを脱いで、下着姿になる。
俺があたふたしていると、上目遣いで彼女は、俺の服を脱がそうとした。
「待て待て待て待て待て!!!」
必死で彼女の両手を掴み、明らかに不純な行いを止めようとする。
彼女が心配なのではない。俺がこんな場所でまで少女を買春しようとするクソエロ野郎だと思われたくないからだ。
特に俺と一緒にいたあの金髪の少女に見られたら、即座に消し炭にされていてもおかしくないだろう。
「大丈夫だよ。フキちゃん、上手いって言われたから。シッパイにさせないから。」
「そういうことじゃねえよ!!」
まるで話が通じない。
今分かったことだが、コイツは熊だからという理由でコミュニケーションが成り立たない訳では無い。
恐らくだが、熊ではなく人としてまともな教育を受けていない。
俺や他の奴に比べて、根本的な価値観が違っている。
「ねえ、おじさん。フキちゃん、シッパイだったの?」
少女が突然、何かに怯えているかのような表情を見せた。
何か俺が間違ったことを言ってしまったのか、そんな気分にさせられた。
不純異性行為をしたと勘違いされる程ではないが、子供を泣かせたと勘違いされるのもまた問題だ。
「落ち着いて聞いてくれ。君は失敗じゃない。君とやりたくもない。
けどな、これは危ない物なんだ。気持ちよくなるかも……」
「やだ!フキ、これ欲しい!!」
「どうすりゃいいんだよちくしょう!!」
半裸の少女は、俺のカバンをずっと探っている。
元々俺は保育士じゃあるまいし、子供と会話などほとんどしたことがない限りだ。
ましてや明らかに価値観が違う子供の相手なんて、無理難題も良い所だ。
いっそ、このガキを殺してしまうか?
それが俺達、異常殲滅機関の役割のようなものだし、こんな状況なら殺しても致し方無いと思う。
-
「おい!大丈夫か?一体どうなってんだ!?」
俺の同盟相手が好きって言ってた、あの黒服黒髪の声だ。確か名前はハインリヒなんとかって言ったっけ?
正直、今のシチュエーションは傍目で見れば、良い年した男が、半裸の少女によろしくないことをしているようで、来て欲しくはない。
けれど、コイツを手懐けるのは俺じゃ無理だ。
「助けてくれ!」
女性に迫られて助けを求めるなんて、情けないのは承知の上だ。
俺ではどうにも出来ない以上、コイツに頼るしかない。
だが、隣にいた女が下着姿なのを見て、視線が異様なほど冷たくなった。
(誤解だ――――――っっっ!!!!!)
「このおじさんがね、気持ちよくなるお薬くれないの。いじわるするの。」
「違う!この子は薬物中毒なんだ!……あと、さっき熊がいただろ?コイツがそれなんだよ!!えっと……どうにか出来るか?その……さっき見せた変な術で…
えーと、ほら、薬物を抜くこととか出来ないのか?」
「悪いが、出来ない。」
正直色々ありすぎて、自分でも何言ってるのかはっきりしないが、ハインリヒは言葉の最後だけを捉えて短く返事した。
軽く返事をしたあと、ハインリヒは真っすぐ俺達の所に近付いて来る。
そして右手を伸ばして、少女の頭を優しく撫でた。
ずっと俺のカバンばかり見ていた少女は、視線をハインリヒの方に向けた。
「君、名前は?」
「そんなのいい!気持ちよくなるお薬ちょうだい!!お兄さんでもいい!気持ちいい事してあげるから!」
フキはキャミソールの肩紐に手をかける。
やっぱりコイツでも駄目か、って思ったが、そうでも無かった。
右手でその子の手を優しく握って、説得を続けた。
「僕は持ってないよ。だからさ、一緒に探そうか。」
「え?」
「そっちのおじさんは持ってないみたいだし、同じニオイがする違う何かかもしれないよ。」
(おじさん…)
「じゃあ、行こうか。宝探ししゅっぱーつ!あ、その前にちゃんと服を着てね。」
-
少女からおじさん呼ばわりされても特に何とも思わなかったが、俺より少し若いぐらいの奴におじさん呼ばわりされると何かくるものがある。
少女が服を着ると、ハインリヒは優しく手を繋いで、地下街を歩いた。
とりあえずぼんやり突っ立ってるのもなんだし、俺も2人の後に付いて行くことにする。
テンシ・プロトタイプも借りてきた猫のように大人しくなったが、まだ動くことは出来る様だ。
(何だか、よく分からないことになったな。)
地下街を目的地もなく歩いて行く。呆れるほど広い地下だ。
上京して間もなく、新宿地下で迷ったことを思い出す。
「さっき、どうして服を脱ごうとしたんだ?」
子供でも諭すかのように、ゆっくりとハインリヒは話をした。
実際相手は子供なんだが。
「おじさんに気持ちいい事してあげるためだよ。そうすればフキに気持ちよくなるお薬くれたの。」
明らかにハインリヒの表情が変わった。
そりゃそうだ。今の話を聞きゃ、余程の馬鹿でもない限り、コイツがヤバイ環境にいたってのが伝わって来るだろう。
「あのおじさんがくれるって言ったのか?」
「…言ってないよ。でも、くれたんだ。フキが気持ちいいことしてあげると、お薬くれたんだよ。」
「それは別のおじさんなんじゃないか?」
おじさん、おじさんって言われるとなんとなくだが傷がつく。
俺は22歳だぞ?苦労が多いと見た目が老けるんだよ。悪かったな。
とは言っても、フキの相手は出来そうにないし、アイツがどうにか説得してくれるのを願うしか無いのだが。
「……もういい。お薬が欲しいの。早く頂戴!早く!!」
そうこうしている内に、少女の呼吸が獣のように荒くなってきた。
彼女の顔を流れている汗が、ライトの光を反射した。
今にもハインリヒに噛み付きそうな勢いで迫る。
明らかに薬物中毒だ。この殺し合いに薬物が支給されているのかは不明だが、ここへ来てから摂取することも出来なかっただろう。
「苦しい…早く出して!!早く!!!」
目をぎらつかせ、前歯をむき出しにした様子は、人の姿をしているのに獣に見えた。
俺は反射的にトリスタンを抜き、フキを撃とうとする。
撃たなくて後悔するぐらいなら、撃って後悔しろというのは、異常殲滅機関の教えの1つだ。
俺はここで組織の教えを全うする気はないが、明らかに話が通じそうにない相手に手加減するつもりもない。
放っておけばまた害を為す可能性がある以上、ここで殺処分しておくべきだ。
-
「やめろ!!!」
これまで優しい声を出していたハインリヒが、急に俺に向かって大声を出した。
正直、俺は気圧されたことに驚いている。
痩せても枯れても殲滅機関の一員で、怪物だって殺して来た俺が、どう見てもケンカが不得意そうな奴に竦んでしまったんだからな。
しかし、フキはハインリヒの腕に噛み付いて、そのまま両手で彼のカバンを探っている。
甘噛みではなく、明らかに本気だった。
それでも、ハインリヒは彼女を攻撃しようとはしなかった。
先に自分のカバンに手を突っ込み、支給品のパンを取り出した。
「やれやれ…俺の腕じゃなくて、これ食べろよ。」
腕を振るってどうにか噛み付きを外し、彼女の開いた口にパンをねじ込む。
フキは驚いた様子だったが、それでもパンは食べていた。
腹が減っていたのか、慌てて食べたため、噎せてしまったが。
「ほら、水も飲みなよ。」
少し落ち着いたのか、大人しく受け取り、水を飲み始めた。
案の定少し零してしまったが、ハインリヒは特に気にしている様子も無かった。
「オッサン! 何か拭く物持ってないか?」
「…悪かったな、持ってないよ。」
コイツ、もしかして男か女かで態度を露骨に変えるタイプか?
何かムカつくな。これだからイケメンとプレイボーイと容量を食うソシャゲは嫌なんだよ。
けれど殺人を犯したって知られている以上、1人ってのはそれはそれで困るんだよな。
「落ち着いたか?」
「うん。でも…欲しい。おくすり欲しい。」
「仕方がないな。これでも食べな。」
ハインリヒは小瓶を取り出し、中身をフキに食べさせた。
それは確かに俺にも見覚えがあった。確か異世界に赴いた隊員が、持ち帰ったという木の実に似ていた。
ナントカの実って言われていて、食べると精神的な疲れが吹き飛ぶらしい。
こんな状況だから、俺もちょっと食べたいと思ってるのは内緒だ。
「まあ、あんまりうまいものじゃ無いけど、口がスッとするぞ?」
あまり口に合わなかったみたいで、少し顔を顰めながらモグモグしている。
それでも、異世界の実が効いたのか、少しだけ落ち着いたようだ。
-
それを黙って見ていたハインリヒだったが、突然彼の右手が光った。
まさか、落ち着いたというのにここで殺すのか?そう思ったのも束の間だ。
青い光の塊は虚空へと飛び、優しい音とともに弾けた。
光の粒は天井を舞う。それはまるで、天を舞う星のように見えた。地下街が一瞬にして、プラネタリウムになる。
「きれい……」
物を綺麗と思う気持ちに、人や動物の境目は無いようだ。
そういや動物はみんな火や光を怖がるってのに、フキは全くそんな様子がないな。
光は集まっては弾けて、花火みたいだ。フキは黙って、それを眺めている。
しばらくすると、一筋の光がフキの近くに飛んで来た。
両手で捕まえようとするが出来なくて、不思議そうにしている。
「楽しいか?」
「うん、楽しい。」
「なあ、フキ。薬以外にも、もっと楽しくなれる物があるんだよ。」
「どんなもの?」
いつの間にか、フキの興味はハインリヒの方に向いた様だ。
さっきまで俺達ではなく、ヤクのことばかり考えていたはずだったが。
「それは俺には分からない。自分で考えて探さないと、見つけても楽しくないからね。」
「楽しくなれるのに、楽しくないの?」
「ああ。自分で考えて探してる間が、一番楽しいからね。」
今更ながら、フキやあの爆発女がどうしてハインリヒを気に入ったのか分かった気がした。
コイツは相手が人じゃないからって、相いれない存在だからって、決して見捨てたりしないからだ。
「フキ、友達のクマが欲しい。番も欲しい。」
「じゃあここを出て、仲間がいる山を探さないとな。」
「でも…フキ、ちょっと眠い……。」
「そっか。俺とそっちのオッサンがいるから、寝ても良いぞ。」
安心したのか、暴れまわったりして疲れたのか、フキは眠ってしまった。
ハインリヒはすぐにコートを毛布代わりに、彼女にかける。
フキが眠ると、すぐに暗闇を静寂が支配するようになった。
色々とハインリヒとは話したいことや話すべきことがあるはずだが、イマイチ話を切り出すことが出来ない。
「なあ、おっさん。」
「オッサン呼ばわりはやめてくれないか?ひらがな表記も同じだから。俺はエイドリアンって名前があるんだよ。」
「ああ、ゴメン。聞きたいことがあるんだけどさ、珠李が言ってたロボットって、後ろにあるそれのことだよな?」
「そうなんじゃないか?」
――テンシに彫りこまれているこの名前……
――知っているのか?
――うん、私の転移した異世界で……
-
警察署で珠李と交わした会話を、今さらながら思い出した。
それからアイツがハインリヒの撃った雷を見て、急に走り出したから、有耶無耶になっちまったんだが。
ハインリヒも彼女から聞いていたみたいで、早速テンシの装甲を灯りで照らし、眺めていく。
「………何でアイツの名前が、こんな所にあるんだよ?」
最初は大声を出したが、途中でフキを起こさないように声を抑えた。
それでも、彼にとって知っている名前であったことはすぐに分かった。
「教えてくれ。ここに書いてあるリック・ラウルって誰なんだ?」
「俺が異世界にいた時の仲間だ。」
「どんな奴なんだ?」
それからハインリヒは、すぐにリックの話を始めた。
何でも彼の旅先で仲間になった僧侶で、回復魔術に長けていたらしい。
だが最も頼りになったのは、元職人の経歴を活かした発明だったとか。
何でも彼が作ったよく分からない武器や道具は、彼らの旅に役立ったという。
「で、このテンシ・プロトタイプも、その世界でお前の仲間に造られたのだと?」
「いや違う。アイツがこんなのを作ってる所を見たことないし、明らかにアイツの発明って雰囲気じゃない。何というか、こう、作風が違うんだ。」
「同姓同名ってことか?」
「その可能性が高い……待てよ?ちょっと聞きたいことがあるんだが、エイドリアンさんはここに来るまで雪見儀一ってナオビ獣…ドラゴンに会わなかったか?」
遊園地で見たあのドラゴン、そんな名前だったのか?えらく日本人臭い名前だな。
こっちはエイドリアン・ブランドンって名前で参加させられているのに。
とりあえず嘘をつく意味など無いので、会ったと答えた。
それからハインリヒはさらに話を続けた。
何でもあの竜は、ハインリヒがいた世界の、ずっと未来から来たらしい。
リックがテンシ・プロトタイプを作ったのも、ハインリヒがこの殺し合いに呼ばれてからさらに先の時代だと考えれば、納得が行く。
「それであのナオビ獣が未来の、僕がいなくなってからの異世界のことを話そうとしたんだ。」
「恐らくテンシ・プロトタイプってのはその時期に造られたんだろうな。それで何が分かった?」
「何も分からなかった。首輪から警告が鳴って、話が遮られた。」
「ますます怪しいな。知られたらまずいことがあるのか?」
このよく分からない機械を作ったのは、ハインリヒの仲間なのは分かった。
だが、それはそれで気になることがある。
なぜこの殺し合いを開いた奴は、ハインリヒや珠李を呼んで、そのリックって奴を呼ばなかったのか。
どうして雪見儀一とハインリヒは違う時代から殺し合いに参加することになったのか。
-
「いくつか思い当たる節はあるが、恐らく僕がそれを話しても、また首輪に止められるはずだ。」
「首輪をどうにかしなきゃいけないという事か。」
「それに関しても僕に考えがある。」
ハインリヒがザックから出したのは、裂けた首輪だった。
誰のもので、どんな形で解除されたのかは分からないが、確かに俺達の首にも付いているそれだった。
だが、それを目の前に突き付けられた瞬間、ある最悪の展開を予想してしまい、俺の背筋が冷えた。
「これは珠李の首輪だ。」
「待て待て待て待て待て!そんな物を見せたら俺達の首輪も爆発する……。」
「大声出すなよ。フキが目を覚ますだろ…もしそうなら、あの首輪が壊れる所を見た僕が死んでないのもおかしな話だ。」
そしてハインリヒは話を続けた。
あれから彼と珠李は、あのサイボーグ男を倒したのだが、予期せぬ一撃を食らい珠李が負傷し、彼を逃がしてしまった。
もう助からないと分かった珠李は、最期にハインリヒと戦うことを選んだ。
そして彼女の最強の技を見せようとした時、首輪からアラームが鳴るが、珠李はそれも無視した。
「分かってはいたけど、滅茶苦茶な奴だな。」
「それが彼女の良い所でもあるんだけどね。」
だが、珠李が技を撃つためのエネルギーを溜めて行った瞬間、首輪が壊れたという。
その後ハインリヒと技をぶつけ合い、珠李は死亡。彼女がテンシ・プロトタイプに付いてあった名前のことを聞き、今に至るという。
しかし、仲間が死んだというのに、よく取り乱さないな。
フキみたいなワケの分からない奴の世話まで出来るなんて、伊達に救世主って名乗ってないってことか。
-
「僕としては首輪解除のトリガーは、許容量を超えた技を使うことだと思ってる。」
「そんな単純なことでいいのか?」
「単純って言っても、エイドリアンさんは出来るのか?」
「ああいや…そうか、出来ないよな。」
最初にハインリヒが、あんまりさらっと首輪解除のトリガーのことを話したもんだから、ついつい勘違いしてしまった。
そりゃテンシ・プロトタイプやドラゴンと互角に戦える女の真似事なんて、土台無茶な話だ。
むしろ戦闘力たったの5の農民側の俺でも、首輪を解除できない物だろうか。
「それと珠李の首輪を見てみたが、イマイチ仕組みは分からない。
エイドリアンさんには思い当たりはあるか?」
「うーん、ただの鉄の首輪にしか見えないな。この殺し合いの会場に、詳しい奴はいるのか?」
ハインリヒの仲間の、リックって奴が参加していない以上、俺としては期待薄だ。
第一首輪のことをあっさり知られてしまえば、いちいち首輪を調達する必要もなくなるしな。
「………あのロボット野郎はどうだろうか?」
ハインリヒの口から出たのは、意外な人物だった。
確かに笑止千万は、異常殲滅機関でもその名を知られているほど優秀な頭脳と、旺盛すぎる好奇心、それに狂気的な残虐さを持つ男だ。
もしかすれば首輪解除に貢献できるかもしれない。
けれど、奴がそれを承諾してくれる保証はどこにもない。
俺がこう考えたのは、異常殲滅機関の隊員特有の、異常活用機関の隊員への偏見と言う訳では無いだろう。
「正気か?奴はお前の仲間を殺したんだろ?」
「分かっているさ。憎くないわけじゃない。ただ使える物なら使ってやらなきゃいけないだけだよ。」
コイツ、軟派な兄ちゃんに見える癖に、言ってることは時々ヤバイから困る。
珠李を失った直後にイカれたって訳でもないくせにこれだからな。
「お前の話を聞いてくれる奴とも思えない。」
「大丈夫だ。こっちにはフキがいる。奴はフキを実験材料って形で大事にしているはずだ。」
「まさか、フキを人質にして、いやクマ質か?とにかく、交渉の道具にするってことか?」
「その通りだ。勿論、フキには事情を話すつもりだけどね。」
思わず、デカいため息が零れてしまった。
コイツもコイツで、大概な異常者ってことかよと思ってしまう。
「でも、あのロボット野郎より、アンゴルモア達と合流したい。
首輪を解除しても、肝心の情報を知ってる奴がいなければ話を聞けないしな。」
「確かに。俺としても、アイツより敵意の無い連中に会いたいね。」
珠李は以前、ハインリヒはスローライフにかまけて、自分のことを置いてきぼりにしたみたいなことを言っていた。
しかし俺としては、そんならスローライフを楽しんでおけって思ってしまう。
「じゃあ、フキが起きたら出発するか。」
-
いや、違う。
ただ単に俺がまだ、どこにも踏み出してないだけだろう。
笑止千万も、珠李も、ハインリヒも、何かのために踏み出している。
そしてフキは、踏み出そうとしている。
さらにその足を進めるためには、時として普通じゃない考えも持たなきゃならないのかもしれない。
異常殲滅機関で、異能を使う奴等を何人か殺して来た俺だが、それはあくまで周りの人がやっていたと言い訳したからだ。
自分の意志で殺した生き物なんてのは、夏場の蚊ぐらいのものだ。
(どうしてデスノの奴は俺を呼んだんだ?)
ハインリヒや珠李の話、他の世界との繋がりを聞くと、彼らがこの殺し合いに呼ばれた理由が分かって来る。
異常殲滅機関の隊員にも、入隊した理由は様々だ。
中には銃やそれ以上に強力な武器を、躊躇なくぶっ放せるという理由で入った者もいた。
将来の進路が、機関か刑務所かって奴もいなくはない。
現に活用機関から呼ばれた笑止千万は、この世界でも暴れ回っている。
だが、俺はこの世界で、大した役目も果たさず、本来なら討伐対象のはずの誰かと一緒にいる。
分かりそうで分からないこと、繋がりそうで繋がらない世界。
意味の無いことを考えながら、しばらく無為な時間を過ごしていた。
【E-6 市街地 地下2階 夕方】
【ハインリヒ・フォン・ハッペ】
[状態]:ダメージ(大) 所々に火傷 疲労(中) 悲しみ(中)
[装備]:ドンナー・ゲヴェーア ドンナー・シュヴェルト
[道具]:基本支給品一式×2(自分、珠李) 桝谷珠李の首輪 折れた豪炎剣“爆炎”
[思考・行動]
基本方針:珠李の想いを継いで生きる
1:アンゴルモアや雪見儀一と合流したい
2:城で見たあの映像は何を伝えたかったんだ?
3:アイツ(双葉玲央)の顔、何処かで見た覚えが
4:僕がいなくなった後の異世界…どうなっているんだ?リックはどうしてこんな物を作った?
5:雪見儀一の言った言葉とは!?
6:彼女が首輪を解除した方法を、どうにかして応用できないだろうか。
7:テンシにどうして、俺の旅仲間の名前が彫られているんだ?
8:笑止千万に会えば、フキを交渉道具にし、首輪解除を持ちかける。言うことを聞かなければ今度こそ殺す
【エイドリアン・ブランドン】
[状態]:疲労(中)、 精神的疲労(大)、頭痛
[装備]:テンシ兵装トリスタン 暗殺用ナイフ “テンシ”プロトタイプ(エネルギーほぼゼロ))
[道具]:基本支給品一式×2 ペンキ(白)の缶、ランダムアイテム×0〜2(盛明の分) “テンシ”との連絡用インカム
[思考・行動]
基本方針:とりあえず生き残ってデスノを始末する
1:どうしてクマが人間の女の子に?
2:笑止千万…予想以上にヤバい奴じゃん
3:テンシとハインリヒのいた世界にはどういう関係があるんだ?
4:ハインリヒも大人しそうな顔して、大概ヤバい奴かよ。
5:ノエルのような類とは戦闘を避ける。
6:盛明……珠李……成仏しろよ
7:どうにかテンシをまた動かせるのか?いや、動いたら動いたでめんどくさそうだけどさ
8:珠李が言っていたテンシに書いてあった名前…知ってるのか?
【備考】
※名前だけなら噂で笑止千万、ノエル、四苦八苦(の本名)、双葉玲央を知ってます。
他にも知ってる人はいるかもしれません。
暦は書類上のデータで細かく知ってます。
【蕗田芽映】
[状態]:睡眠中 薬物依存症(中)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0〜3(パッと見で武器になるものは入っていない)
[思考・行動]
基本方針:生きて帰り、同胞がいるはずの山へ行く
0.zzZ……
1,笑止千万と一緒に生還し、棲んでいた山へと帰る。
2.お兄さん(ハインリヒ)はどうして構ってくれるの?
3.楽しくなれるもの…フキやクスリ以外にもあるのかな?
4.おじさん(笑止千万)何処に行ったんだろ
【備考】
トレイシーが召喚した魔物を食したことで、何らかの変化があるかもしれません
-
投下終了です
-
乙です
半名状し難き獣のフキをスムーズに手懐けるハインリヒさすが
彼を危険な側面がある異常者と位置付けながらも笑止千万を含めた彼らの美点を認めつつ
それにより自分の生き様に疑問を持つエイドリアンにも惹きつけられました
外道科学者笑止千万との対峙までにサポートできるだけの生長ができるのか期待です
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感想ありがとうございます
今回地味に投下に苦労したので、良い感想書いてくださって嬉しいです
笑止千万とのリターンマッチはどうなるのか気になりますね
-
月報です
2024/5/16-2024/7/15
話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
71話(+6) 23/30(-1) 76.6(-3.4)
-
神、壥挧 彁暃、宮廻不二予約します
-
投下します。
-
古からの原則として、高所に陣取った勢力は、そうでない勢力に対して優位を取れることが多い。
集団戦でも個人戦でも同じことだ。上からならば敵の動きが見えやすくなり、逆に下から伝わる情報は相対的に少ない。
高所からならば物を落とすといった、ごく原始的なアクションでさえ攻撃になり、低所からならば出来る攻撃は限られる。
居場所の高低差に加えて、相手はアクマ兵装という、未知の兵器の持ち主。
一方で男が持っているのは、ただの小銃一つ。
味方が一人いるとは言え、あまりに心許ない状況だ。
男が名うての殺し屋でなければ、だが。
吹き抜けとなっている場所の上階から、商品棚が降って来る。
異様な光景だが、殺し屋と幽霊列車の車掌はそんな物など恐れない。
片や相手の動きから飛んでくる方向を推定し、片や超能力で飛んでくる物体を明後日の方向に飛ばす。
(おかしいな…どうして当たらない?)
これには数百年の時を生きて来た不二も、少しばかり不自然に感じた。
適当に投げている訳では無い。アクマ兵装に慣れていないという訳でもない。
車掌の格好をしている男は、不思議な力を使えるからまだいいが、サングラスの男はそれらしきものを使ってる様子さえない。
(なんであいつら、隠れようとしないんだ?)
もう一つ、宮廻不二には気がかりに思うことがあった。
あの2人はなぜ、自分の攻撃から身を隠さないのかということだ。
安全に攻撃を凌ぎたいなら、わざわざ躱すよりも、吹き抜けになっている場所から離れた方が良いはず。
だと言うのに、自分が攻撃を当てやすい場所から離れていく様子はない。
相手方も攻撃しやすいからと言う訳でもなく、反撃の予兆も無い。
「オイオイ、取柄は馬鹿力ってだけで、コントロールは大したことねえのかあ?」
男は攻撃を躱しながらも、相手に挑発の言葉を送る。
不二から逃げも隠れもしないのは、殺し屋の男の策だ。
相手が未知の力を持っている以上、一時たりとも視界から外してしまえば、それが死に直結する可能性もある。
敵の目に付くリスクを負ってでも、相手が何をしてくるか、何をしているか見続けなければならない。
やがて不二の周囲には投げる物が無くなった。
いや、投げる物というのは語弊があり、正確には『投げられそうな物』だ。
商品棚や植木鉢といった物を全て投げ終えると、不二は転落防止の強化ガラスのフェンスを引っこ抜き、円盤投げのように投擲する。
人を事故から守るそれは、人の命を刈り取る凶器に姿を変えた。
風を切る音を立てながら飛んでくるそれは、当たれば人間さえも斬り裂くだろう。
-
「投げるモノ変えたって同じことだぜ。」
だが、何を投げてこようと当たらなければ意味が無い。
いくら力が強かろうと、顔の角度や投擲の事前動作で、着弾地点がどの辺りかは一瞬で逆算出来る。
これが神を、凄腕の殺し屋たらしめる所以の一つ。
身じろぎ一つで相手の攻防を先読みする洞察力は、任務達成と自身の命の両方を、幾度となく助けてきた。
一撃を躱すと、次の攻撃が来る前に、1階に落ちた商品棚の上に乗った。
その姿は一見、棚に登ってふざけている子供のように見える。
「車掌さん、コイツを俺ごと!!」
「承知しました!!」
彼の能力で動かせるのは、非生物のみ。
だったら物体の上に乗った状態で、その物体を動かして貰えばいい。
グレー・ジャックの力を以てようやく投げ飛ばせる商品棚は、騒霊(ポルターガイスト)の力でも動かすのは一苦労だ。
車掌は長らく騒霊の力を使っていたので猶更である。
「お、おい!!」
ぐらぐらと揺れる棚から、男は振り落とされそうになる。
まるで安い遊園地の乗り物に、安全ベルト無しで乗っているような気分だ。
尤も、彼は遊園地に長らく行ったことが無いのだが。
「申し訳ありません!」
ようやくコツを掴み始めたのか、彼を乗せた商品棚は、3階へと飛んで行く。
殺し屋としてジェット機からエレベーターまで、様々な乗り物を利用した彼だが、まさかこんな物に乗るとは予想だにしていなかった。
その途中で回転するフェンスが襲ってくるが、商品棚の端を切り裂くだけに終わる。
「へえ、そんな風に来るとはね。」
「余裕かましてる場合か?」
ここへ来て、2人の目線はようやく同じに。
いや、棚の分だけ、殺し屋の方が少し上か。
-
男は机から降りる前に、不安定な姿勢から銃を撃つ。
降りてからすぐにもう一発。
二発の鉛の弾は不二の、鎧で覆われていない部分に真っすぐ飛んで行く。
グレー・ジャックが銃弾を弾くかどうか彼は知らないが、鎧に包まれていない場所なら通用するはずだ。
額から鮮血が迸る。殺し屋の男にとって、幾度となく見た光景だ。
獲物の剛力が既存の能力なのか、はたまた灰色の鎧と関係するのか男は分からない。
ともあれ、額に弾丸を撃ち込まれれば死なないことは無いだろう。
そう思っても仕方がない。彼の元いた世界ならば。
銃創は瞬く間に完治し、銃弾は肉体からはじき出される。
「ああ、ごめんね。僕、死なないんだ。」
「またインチキ能力者かよ…ふざけやがって……。」
あろうことか、不死者までいるとは。
散々超常的な能力を見せて来たルイーゼでさえ、拳銃をその身に受ければ死んだ。
この世界へ来てから何度も摩訶不思議な能力を目の当たりにしてきた彼だが、死さえ超越する者が出ると流石に嫌になる。
そんな人間を呼べば、殺し合いはこの男のワンサイドゲームになってしまうのではないか。
鎧を纏った不二の右ストレートが、殺し屋のボディーめがけて飛ぶ。
当たれば人体どころか、コンクリートの壁さえ大穴を開ける一撃だ。
(脇がガラ空きだ!!)
だが、不二の殴打は力こそ恐ろしいが、構えはてんで素人のそれだ。
無差別級チャンピオンとまではいかないにせよ、格闘技も一通り網羅した彼の恐れるものではない。
俊敏なフットワークで躱し、脇腹に蹴りを入れる。
相手を僅かに後退させることが出来たが、ダメージを受けた様子はない。
(畜生…かすり傷さえつけられねえか……ならば…)
追い打ちとばかりに、銃弾を両目に発砲する。
しかし破裂音は鳴らなかった。
理由は単純にして明快。残弾不足だ。
普段ならそのようなミスをするはずが無いのだが、予期せぬタイミングでの襲撃。
すぐに戦うことを強制されたため、戦いの準備をする時間が無かった。
-
(ぬかったな…だが、これだ!!)
銃の先をナイフのように扱い、強引に不二の片目に突き刺す。
不慮の事態に直面しても、多少強引にでも臨機応変に対応する。これも超一流としてやっていく上で不可欠な要素だ。
殺せないのは承知の上、視界を一瞬でも奪えば、チャンスに繋がる。
大統領であろうと殺そうと思えば殺せるのは、歴史が証明している。
ただの帰納的推論でしかないが、不死の男だって何らかの手順を追えば殺せるはずだ。
視界の半分を奪われた不二は、苦し紛れに回し蹴りを放つ。
明らかに素人丸出しの動きに加え、男の場所が分からない以上、殺し屋にとっては当たれと言われる方が無理なぐらいだ。
だが、予想外の一撃が、男を吹き飛ばした。
「なっ!?」
不可視の力をモロに受け、背中から壁にぶつかる。
明らかに蹴りの射程から離れていたはず。
だが、食らった時の感触でその力のタネはすぐに分かった。
剛力でその足を振るった時に起こった風圧だ。
攻防一体がウリのグレー・ジャックは、アクマ兵装の中でも下位に位置する性能だ。
使用者はテンシの攻撃は凌げず、剛力を見せる前に殺されてしまうことがほとんど。
言ってしまうと、この兵装は大した戦果を上げられていない。
だが、それは人間を凌駕するテンシと対面した時の話。
逆に特異な能力を持たざる者相手には、十分すぎるほど脅威となる。
加えて宮廻不二の、決して死なぬ力が、馬鹿力を補佐する鉄壁の守りとなっているのだ。
「へえ…すごいな。こんな戦い方も出来るんだ。」
驚いているのは不二の方だった。
視線を蹴りを入れた自分の右足に落とす。
ダメ元で振るった一撃が、予想外の威力を発揮したので当然だが。
「自分でも使い方が分からん武器手に入れて、悦に入ってんじゃねーぞ!?」
すぐに立ち上がり、替えの銃弾を仕込むこともせず、彼に向かって突進する。
背中を聊か強くぶつけたが、受け身を取っていたのもあり、大したダメージにはなっていない。
遠距離からの攻撃は投擲やら風圧やらあるため、むしろ近接戦の方が安全だ。
-
不二のハイキックが、殺し屋に刺さりそうになる。
だが彼は寸前で躱し、逆に敵の軸足を崩そうとする。勿論、風圧のことも念頭に置いて。
「そらよ!!」
「うわ!!」
懐に潜り込み、軸足を崩しに足払いを仕掛ける。
バランス感覚を失った不二は、初めてその背中を地面に付けることになった。
鎧の重さはどれほどのものかは不明だったが、思ったより簡単に転ばせることが出来た。
「よし!」
すかさず男は拳銃を持った右手を振り上げる。
弾の補充は行わない。近接戦で戦うと決めた以上は、そんなことをするのは時間の無駄だ。
狙いは鎧の隙間から見える首輪。この首輪を強制作動させて、殺せなければ流石にお手上げだ。
(待て!!)
その瞬間、何かが男の胸を過った。
何かとは何なのかは分からない。とにかく、何かが彼に警告した。
『このまま攻撃に転じると、良くないことが起こる』と。
彼は神など信じない。だが、下手な知識よりも、そのような第六感が彼の命を救って来たのは理解している。
すぐさま全神経を攻撃から回避にシフトし、彼の手の届かぬ所まで後退しようとする。
何かが振るわれた。
何かが、男のスーツに穴を開けた。
「あれ?おかしいなあ。上手く刺せたと思ったんだけど。」
不二の右手には、白い骨のような槍が握られていた。
これこそがグレー・ジャックのもう一つの性能。
本来ならばそのような使われ方は意図していなかったが、鎧の内側に武器や道具を仕込み、瞬時に出すことが出来る。
不二はトレイシーから貰った武器を、鎧の左腕に当たる部分に隠していた。
「近距離でグルグル回って、かく乱って訳にもいかねえみたいだな!!」
接近戦の方が有利だと思っていたが、その様でも無いのが困る。
先程は首尾よく致命傷を回避できたが、あの鎧の裏には何があるのか分からない以上、迂闊に近づくのも危険だ。
不二が仕込んでいる武器はその1つだけだが、そんなことは殺し屋の男には知る由もない。
-
効果的な手段が見当たらないと、あろうことか男は敵に背を向け、走り出した。
しかもその先は、フェンスの無い吹き抜けとなっている。男は躊躇なく、そこから飛び降りた。
「え!?」
これには不二も呆気に取られるばかりだ。
彼が自殺志願者だとは思わないが、自分ならともかく、他人ならば無事で済むとも思わない。
予想通り、男は転落死することは無かった。
3階の吹き抜けから飛び降りてすぐに、2階のフェンスに掴まり、強引な階層間の移動を行う。
パルクールを彷彿とさせる離れ業だ。
「ぐ……!!」
だが、実際は水面を泳ぐ白鳥のような物で、優雅に見えても実際には綺麗な物ではない。
強引にフェンスの縁を掴んだ際に、下腹部をフェンスにぶつけた。
肋骨が折れたわけではないが、一瞬呼吸が出来なくなるほどの痛みが襲った。
だが、そんな痛みを気にしているわけにはいかない。
2階の通路に降りると、すぐさま銃弾のリロードを行う。
未知の相手と対峙する時は、原則として殺すか振り切るまでは、出来るだけ相手を視界から外したくない。
だが、一通り相手の攻撃方法が分かった以上、これからすべきは反撃の手段を1つでも見つけることだ。
そして相手は、腕力や脚力こそ物凄いが、身体能力は素人そのものだ。
自分のようなやり方で3階から2階へ降りることは出来ないはず。
飛び降りるなら、一つ飛ばしで1階まで行くことになってしまう。
向こうにあるエレベーターか、はたまたこのモールの中央にあるエスカレーター、どちらで来るか様子を窺っていた。
「どんな降り方してんだよ!?」
だが、彼は予想もつかないやり方で、2階にやってきた。
グレー・ジャックで付与された剛力でショッピングモールの床を蹴破ることで、理論上の最短ルートを作ることが出来たのだ。
殺し屋という職業柄、熊かゴリラと見紛う程の巨体を持つボディガードと対峙することはあったが、彼らでさえ床を蹴破って降りることは不可能なはずだ。
そして床を蹴破るということは原則として、瓦礫と言う名の二次災害も引き起こす。
「災害じゃねえかよ…」
頭上に降ってくるはずの瓦礫が、別の瓦礫と当たって軌道を変えた。
奇跡的に躱すことが出来たが、それは彼の支給品の、幸運の護符の力だ。
「へえ、運が良いね。」
「運も実力の内って奴だ。」
-
公共施設の床を蹴破るという、厄災のような振る舞いをした不二は、何食わぬ顔で彼を見つめている。
当然飛び降りればケガなど免れないはずだが、持ち前の再生力とグレー・ジャックの防御力でさしたるダメージもない。
「いいのかよ?殺し屋である俺に態々近づこうとするなんて、死なねえと思ったか?」
「うん。数百年生きて色んな人に会ったけど、誰も僕を殺せなかったしね。」
「数百年間お前が死ななかったとしても、今日死なねえとは限らねえぞ?」
リロードを終えた銃を、不二の首輪目掛けて二発発砲する。
マシンガンを乱射したトレイシーとは異なり、彼の銃の腕は世界でもトップクラスだ。
この距離からならば、外せと言う方が難しい。
「首輪狙ってるよね?」
しかし先程の動きで、ついでに先の戦いの経験に基づいて、彼が首輪の爆破を狙っているのはもうバレていた。
顔の角度を少し下げるだけで、首輪はグレー・ジャックの裏に隠れてしまう。
代わりに銃弾が顎に刺さるが、決定打には程遠い。
「読んでるのは分かってるんだよ!」
一発目の弾丸は大した威力を発揮せず。
されど不二を狙わなかった二発目の弾丸は、消火栓を打ち抜いた。
破裂音と共に白い煙が、通路に充満する。
先程拳銃で目を潰した際に、敵は不死身だが視界を奪うことは不可能ではないことには気づいていた。
(どうせ僕がキョロキョロしている間に、首輪を撃とうって魂胆だよな。)
視界は見えない。それは不二にとってはどうということはない。
それが敗北に直結するとは思えないからだ。
不死身で、且つ攻守に優れた装備を身に付けている彼にとって、迂闊な行動に出なければ死ぬことはない。
煙が晴れるまで相手を探さず、ただ首輪を守る。今やるべきことはそれだけだ。
-
煙が晴れた時に、殺し屋の姿は無かった。
銃口を警戒しつつ、辺りを見渡す。
彼の視界には、銃口どころか彼の姿さえ映らなかった。
向こうから彼の足音が聞こえる。その足音は、不二から聞いてもわざとらしい物だった。
彼は悠久の時を生きた故に、人がこんな時どうするかは大体理解している。
自分を誘っているつもりか、それとも挑発のつもりか。
どっちにせよ、あの殺し屋が目指しているゴールは分かる。
ただ、ゴールまでの道筋を少しひねくれたものに変えただけだ。
★
(さて、アイツは追いかけてくるかな。)
商品が一つもないモール内を疾走する。
殺し屋をやっている時からやっていたことは1つ。
逃げながら、打開策を練る。その際に重要なのは、つかず離れずと言うことだ。
相手は何も考えずに突っ込んで来るほど愚鈍ではないが、戦い慣れしている訳でもない。
従って、時間をかければかけるほどボロが出る可能性が高くなる。
後方から、何か巨大な物体が風を切る音が聞こえて来た。
(それじゃ当たらねえよ)
2階にはまだ、『投擲物』が潤沢に設置されている。
だが、ここは先程の吹き抜けの場所と違い、丸見えと言う訳では無い。
よって、不二の攻撃も当たりにくくなる。
「残念、俺はこっちだぜ!!」
定期的に相手を煽り、わざと自分の居場所を教える。
殺し屋としては、宮廻不二を最終的には殺すつもりだ。
自分が助かればそれでいいという訳ではない。
3人を殺害し、賞品をいち早く手に入れるためにも、彼はその踏み台になってもらうつもりだ。
エスカレーターが見えて来た。下へ降りるためにも早速使おうとするが、その瞬間に巨大な何かが飛んで来た。
「うわ!!」
不二の手元が狂ったのか、当たることはない。ただ、何かが彼の左耳のすぐ近くを飛んでいたt。
それは何なのか、男には分からない。
巨大な鉄のボールのような何かとしか分からなかった。
その物体は不二の怪力によって、何度も折り曲げられ、真っすぐなげやすく、飛びやすい形になっていた。
-
(考えやがったな、直接投げるよりボールみたいにした方が投げやすいって訳か。)
しかもまずいことに、妙に巨大なそれは、下りエスカレーターを塞いでしまった。
やむなく男は、上りのエスカレーターを使う。
ここに来たのは初めてだが、外観と1階の構造で、どのような形になってるかは察しが付く。
3階を通り過ぎ、4階の映画館へ。
4階の映画館をさらに進み、目指すは屋上。
彼としては、不二が投げられそうな物がなるべく少ない場所へ行きたかった。
出るとすぐに、夕焼けが殺し屋の顔を照らした。
パーキングスペースとして使われているはずだが、車は一台も無い。
「ここなら、お前が投げられそうな物はないぜ。」
「でも、逃げることも出来ないよね?」
隠す必要はもう無いという事か。懐から骨で出来た槍を取り出す。
串刺しにするのでも、殴殺するのでも、はたまたショッピングモールの屋上から投げ落とすのでも、どれでもいい。
対して殺し屋の勝ち筋は、首輪に衝撃を与え、誤作動を起こして爆死させるだけ。
一見、殺し屋の方が圧倒的に不利な状況。
しかし、あろうことか名うての殺し屋は自分の状況を、
さらに、不利にした。
「さっきまでやり合ってみて分かったが、銃弾はいらねえや。」
弾倉を外し、軽い金属音がいくつかアスファルトに響く。
彼が3階から飛び降りた時に続いて、不二はまたも呆気に取られることになる。
狭い勝ち筋を、より一層狭くさせるとは、この男は何を考えているのか。
(いや…待てよ?)
これまで自分は何度も出し抜かれて来た。
今、目の前の男の行いも、自分が想像もし得ない何かだと考えるのが妥当だ。
そもそもこの男は、自分の首輪を拳銃で作動させ、それで自分を殺すのが勝ち筋だとばかり考えていた。
だが、それはただの自分の思い込み、若しくは思い込まされているだけで
別の手段で自分の首輪を爆破させよう、あるいは別の方法で自分を殺そうとしていたのではないか。
そのような疑念が俄然強くなった。
不二の手足が止まった。自分の考えを見越したかのように、男の口元が笑った。
(そうだろうな。悩め。悩んだ末に頓珍漢な答えを出せ!!)
男が銃弾を捨てたのは、これといって素晴らしい策などではない。
ただのハッタリだ。だが、相手を悩ませるぐらいの力はある。
戦ってみた所、宮廻不二という男は、何も考えずに突っ込んで来るわけではない。
慣れぬ戦いに適応しつつ、殺し屋たる彼の出方を考察しながら戦いを進めようとする。
だからこそ、この張りぼての策略が役に立つ訳だ。
-
槍を持った右手の震えを、彼は見逃さなかった。
躊躇した瞬間を見切った彼は、すかさず地面を蹴り、相手に突進する。
超一流の殺し屋どころか、誰でもできるような安易な突撃。
それ故、敵がどう出るか考えに考えていた相手の裏をかくことが出来る。
誰が言ったか。熟慮は時に短慮以上の愚行を招くものだと。
案の定、不二は考えすぎるあまり一手遅れた。
だが、今すべきは攻めるのではなく、首輪を守ること。
それさえ出来れば、何をしてこようと自分が死ぬことはない。
首輪を両手で押さえながら、一歩後退。
その直後に、何かを踏んだ不二は、バランスを崩して地面に転がった。
ここには何もなかったはずなのに、一体どういうことか。訳が分からないまま、男に見下ろされる。
「敵を視界から外しちゃいけねえ。あの世行ったら覚えときな。
それと車掌さん。わざわざ追って来るこたあねえだろ。」
「いえ。貴方を知るために、追いかけねばなりませんでした。
それに其方の方も、奇妙な形の魂をしているため、ずっと気になってました。」
不二は車掌が運んで来た物体に躓いて転んだのだ。
皮肉なことに、彼自身が上から落として来た物体の破片に。
殺し屋は車掌が来るまでの時間稼ぎをしていたつもりはない。
最初から一人で殺すつもりだった。
結果として手間が省け、嬉しい誤算となったが。
加えて、もう一つ嬉しい誤算があった。
立ち上がろうとした不二だが、どういうわけか足が動かなかった。
両手をばたつかせた際に地面にひびが入ったが、まるで動きは赤ん坊の様だ。」
「どういうことだ?くそ…身体が動かない……。」
「俺に聞かれても分かんねえが、その灰色の鎧が悪いんじゃねえか?」
-
殺し屋の推測は当たっていた。
アクマ兵装は本来、使用者の魔力を消費するが、それが無い場合は自身の体力を消費する。
ブラック・プリンスは刃の生成に体力や魔力を使うのに対し、グレー・ジャックは着けているだけでそれらを消費する。
ノエルが使っていたそれに比べると瞬間的な消耗量はずっと少ない反面、不二は気づかず使い続けていた。
「くそ…こんなはずじゃ……」
「大体言うんだよな。こんなはずじゃなかったって。」
数百年も生きてきた割には、最期の言葉は普通だな
そんなことを思っていたのが間違えだった。
不二は両腕を動かし、自分の身体を掴んだ。
首輪を守ろうとする悪あがきか、それとも床を壊して逃げるつもりか。
そのどちらでも無かった。
「「!!?」」
グレー・ジャックの剛力を使い、自分で自分を遥か遠くに投げ飛ばした。
勿論、不二は屋上のフェンスを越えて飛んで行く。
普通の人間ならこの高さから落ちれば即死は免れないが、彼は不死身だ。
この場さえ逃げられれば、後は野となれ山となれ。
試合に負けたが勝負では負けてない。彼としては首輪さえ作動されなければ死ぬことはない。
★
「くそっ…俺もヤキが回ったな…。」
殺し屋の務めを全うするつもりは無いが、追い詰めた相手を逃がしてしまうと、プライドを傷つけられた気がした。
相手が未知の道具を使っていたのもあったが、そんなものはただの言い訳でしかない。
銃弾と体力、そして時間という資本を使っておいて、この成果は割に合わなさすぎる。
-
「自分を責めることはありません。それよりこれからどうしますか?」
「アイツか吸血鬼を追いかけてえ、と言いたいところだが少しばかり疲れた。あの乗り物も吸血鬼に貸しちまったし、歩くか?」
「恐らくもう2時間もせずに、次の放送が流れます。それまではここでご休憩になさるのが如何でしょうか。」
「…そうだな。ここにアレクサンドラの奴が戻って来るかもしれねえし、休憩にするか。」
これは車掌の推測だったが、デスノの放送は6時間ごとに始まると考えていた。
他者を探すのは、放送で起こったことを聞いてからでもいいはずだ。
車掌本人はさほど動いた訳では無いが、生者である同行者を慮っての判断だ。
2人は屋上を後にし、エレベーターに乗る。
「ところで、一つ気になったことがあるのですが。」
「どうした?」
「あの男が付けていた灰色の鎧は、どのような素材で出来たのでしょうか。」
「そういや銃弾を弾くぐらい頑丈だった割に、アイツ自体は重くは無かったな。」
彼ら二人は、不二が着ていた物が、殺し合いでの賞品とされる、アクマ兵装だということは知らない。
ただ、訳の分からない何かだということは分かった。
それについて疑問を抱くに至ったのは、車掌に支給されていたテンシ兵装、ゲオルギウスだ。
あの乗り物も燃料や素材は何なのか、分からずじまいだったからだ。
もし不二を殺し、グレー・ジャックを奪うことが出来れば、それが何なのかは分かったかもしれない。
(神様に祈るなんてガラじゃねえんだがな…)
2人は自分の判断が、これ以上悪いことにならないように祈るしかなかった。
【E-4 ショッピングモール1階/夕方】
【神】
[状態]:疲労(大) 腹部に打撲(大)
[装備]:ハンドガン(残弾8) ドグラ・マグラ・スカーレット・コート
[道具]:基本支給品一式 ランダム支給品0〜1 ルイーゼのランダム支給品0〜1 ブーケ 護符×3
[思考・行動]
基本方針:殺し合いの打破。ただし危険人物は殺す
1.帰還し、一服する
2.まずは二度目の放送を待つ
3.あの不死身野郎(宮廻不二)は次こそ会ったら殺す
【壥挧 彁暃】
[状態]:健康
[装備]:無し
[道具]:ランダム支給品0〜2
[思考・行動]
基本方針:殺し合いを打破する。
1:神と共に、襲撃者(宮廻不二)を撃退する。
2:播岡くるるを探す。
3:この世界が亡国レガリアと関わって来るのなら、是非とも関係を突き止めたい
【??? 夕方】
【宮廻不二】
[状態]:疲労(特大)
[装備]:魔鳥の骨で作られた槍 アクマ兵装『グレー・ジャック』
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム×1
[思考・行動]
基本方針:裏が出たので優勝を目指す。
1:僕が不老不死の理由…
2:あの人(神)のおかげで、少しこれ(グレー・ジャック)の使い方が分かってきたかな?
3:願い、叶うといいなぁ。
4:名簿は…まあ見なくてもいいや。
【備考】
※精神や魂など肉体を殺さずとも殺せる支給品があると考えてます。
※グレー・ジャックによって攻撃や脚力が常人を越えてます。ただし、体力の消耗量も増えています。
※名簿はまだ見てないのでもしかしたら知り合いがいるかもしれません
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投下終了です
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乙です
矛と盾どちらも砕けませんでしたか
殺し屋と不死者の独自の戸惑いながらの戦い、一手間違えれば終焉の緊張が伝わってきてドローで済んだ事に奇妙な安心感を持ってしまいました
キャラの愛着とは違うのに何でかな?と
即興で手札を構築できそうな神と違い、不二は手札を使い回すごとに徐々に何かを減らしていってる様な不安定さを感じさせました
残った一組とひとりが戦場をどれだけ変化させていくか楽しみな遭遇戦でした
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感想ありがとうございます
緊張や安心感と言った様々なことを感じて下さり書き手としても嬉しい限りです
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四苦八苦、フレデリック・ファルマン、加崎魔子、滝脇祥真、ノエル・ドゥ・ジュヴェール、双葉玲央予約します
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黄昏 暦 、新田目 修武、双葉 真央、本 汀子、グレイシー・ラ・プラット、アレクサンドラ・ヴォロンツォヴァ
、キム・スヒョン
予約します
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投下します
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ノエル・ドゥ・ジュベールが“それ”を知ったのは、小学3年生の時だった。
シャワーを浴びていた時に、その手に触れたぬめりのような何かを発見した。
聡明な彼女は、それがボディソープやシャンプーの類ではないとすぐに気づいた。
一体何なのか弄り回してみたが、終ぞ何なのかは不明のままだった。
気づけばそれは音もなく消えていた。
自分が何かの病気ではないかと危惧し、両親に報告しようとも考えたが、理由もなくやめた。
ただ、これは自分だけの秘密にしておいた方が良い気がする、そう感じただけだ。
それから彼女は、自分の身体から出た“それ”を、留守中や学校のトイレなど、一人になれる場所や時間帯に調べることにした。
丁度学校の理科の授業で、実験のいろはを学んだばかりだったので、小皿に垂らして、色々と観察してみた。
尤も、最初は小皿やスポイトさえも弾いてしまうので、まずはその標本を置くことが大変だったのだが。
その年の誕生日には、実験器具をプレゼントにねだった。
一瞬驚く両親だったが、近所に咲いている花の生態に興味を見出したからだと、それらしい理由をつけた。
両親は理学への道を見つけたのだと喜び、素直に買ってくれた。
やがて、それがどのような効果を発揮するか、1カ月もすれば大体分かった。
重量、密度、可燃性、粘度、酸化しやすさ、生き物に注入した場合どうなるかなど。
勿論、両親には植物の観察を続けていると誤魔化し続けた上で。
うっかり、ビーカーを粉砕してしまった時は母親も自身も焦ったが、どうにかごまかせた。
一通り調べ、少なくとも自分には害のない物だと分かると、あることを考えるようになった。
これを、何か大きいことに使うことは出来ないのかと。他者に貢献できるのではないかと。
彼女の両親は言った。良き人で在れ。恵まれた者は、常に恵まれぬ者を思いやれと。
両親に嘘をついてしまった贖罪を、自分の特別な力を通じて出来ないか。
最初に考えたのは、永久機関の作成だ。だが、それは考えてすぐにやめた。
自分一人で出せる脂の量はどれほどの物か不明だが、乗り物や機械を動かしたりするには相当な量が必要なはずだ。
今の能力がいつ使えなくなるか、いつ限度に達するか分からない。
それに、自分の身体がエネルギー源として活用されるのは、中々ぞっとしない話だ。
次に考えたのは食料。だが、これもすぐにやめた。
そもそも、誰に食べさせるというのだ。
自分の体内から流れた物を食べるなど、気持ち悪いことこの上無いし、当然彼女と友好的な人物に食べさせるのも同じだ。
それに捕まえたカエルに脂を注入した際、掃除するのが大変なほど爆発したのは覚えている。
口から摂取させても同じことにならない保証はない。
-
彼女が考えた先にあったのは、“それ”で自分の悦楽を満たせないかと言うことだ。
だが、その時の彼女は学校でも習い事でも、対立している者はいなかった。
誰かを傷付けるぐらいなら“それ”が無くても出来るし、使うのならばもっと強大な相手、例えば悪い大人を懲らしめるのに使おうと考えた。
因果な物で、そう思った瞬間に、敵と言うのは現れる。
特別な力を手に入れた者の前には、その力で倒すべきヴィランが登場するのは、偶然か必然か。
その頃彼女は小学4年生になったが、新クラスの担任が、生徒の間でも嫌われているハズレの教師だった。
事あるごとに怒鳴り散らし、誰に対しても攻撃的に振る舞う、おおよそ教育者らしからぬ中年の男性教師だった。
おまけに彼女を含めた女子生徒を、嫌らしい目で見つめていることがあった。
早速彼女は、その教師を懲らしめるために、罠を仕掛けることにした。
そのクラスの担任教師が教室を出て、階段を降りるタイミングを見計らって。
結論から言うと、その罠は成功した。成功しすぎてしまった。
階段から漫画のように転がり落ち、頭から踊り場に落下したその担任教師は、首の骨を折って即死だった。
この時ノエルを襲ったのは、快感よりも、取り返しのつかないことをしてしまったという恐怖だった。
それからすぐに、担任教師の葬式に参列することになった。
初めて行った葬式と言う場所は、まだ10歳の彼女には異様に映った。
泣き崩れる教師の妻と息子。それはノエルにとって美しく映ったが、それ以上に事の重大さを伝える瞬間だった。
だが、その後に判明したことだ。
死んだ担任教師はどうしようもないロリコンで、過去に別の学校で生徒に性的な悪戯を行っていたのに、教育委員会の叔父の権力でもみ消していたという。
彼女の初の人殺しは、巡り巡って悪を討った。少なくとも彼女の中ではそう言うことになった。
その話を聞いて、彼女は分かった。否、思い込んでしまった。
正しいことをした人間が正しいのではなく、正しい人間がしたことが正しいのだと。
そして自分はその正しい人間であり、自分の力で自分に悪意を持った人間を傷付け、殺していいのだと。
★
警察署の中は、死んだように静まり返っていた。
入口から何やら争ったような跡が見えたが、その原因は既に去った様だ。
中には誰もおらず、誰かが隠れて獲物を狙っている様子もない。
一見、何の変哲もない警察署だ。とは言っても、彼女らは警察署に入ったことは無いので、内部のことはよく知らないのだが。
入口は期待薄だ。誰かが来た跡がある以上、ここに目ぼしい物は無いはずだ。
カウンターを飛び越えて事務室に押し入り、何かないか物色する。
ここには物を漁った跡はないため、何かあってもおかしくない。
だが、予想に反して机の中には何もなかった。
何台かあったパソコンも、電源を入れても全く反応が無い。
映画館で手に入れたパスワードが、もしかすればこれにも使えると期待したが、そもそも電源が付かなければ意味が無い。
ノエルは念のため、能力でパソコンを破壊してみたが、形のある鉄くずが砕けた鉄くずに変わっただけだった。
結局目ぼしい物は何もなく、別の部屋へ行くか、と思った時だった。
事務室の端の壁にかかっているキーハンガーに、一つだけカギがあった。
しかもご丁寧に『第二会議室』という表記まで付いてある。
「ここへ行けということでしょうか。」
「ご丁寧に書いてあるんだからそうなんだろうな。」
-
これまでの経験からして、彼らにとって損になる場所である可能性は低い。
早速エレベーターで3階へ向かい、第二会議室と書かれた部屋に入る。
ノエルの力で普通に壊せそうなドアだが、そんな力を持ってない者にも入るためのカギだろう。
中に入ると、早速巨大なモニターが2人を歓迎した。
そのモニターには、この殺し合いの地図が映っていた。そして、地図上にはいくつかの点が光っていた。
その点が動いたり、動いていなかったりしている。
総数は20と少しと言った所。
数からしてすぐに、聡明な二人は現在生き残っている参加者と同じ数だと関連付けた。
「なるほど。中々良い場所を見つけたものだ。」
玲央が期待していたのは、病院の地下のような、知る由もない秘密。
目当てのものでは無かったが、これはこれで良い。
それぞれの点が誰なのかは分からないが、目当ての人を探すのにも役に立つ。
2人が食い入るように見つめていると、地図の東側で点が1つ消えた。
それが玲央の妹による殺人だったと彼らは知らないが、誰かが死んだのだとすぐに伝わった。
「何処へ向かう?」
よくよく見れば、付近にはかなり多くの点が散らばっている。
つい先ほど、自分達がいた場所を、東から来た何者かが通って行った様だ。
「実は分かっていて聞いているのではないですか?」
ノエルは人差し指を、現在地より北の、点が4つ集まっている場所を指した。
点だけでは誰なのかは分からないが、何人いるかで、どのチームなのかは察しがつく。
現在彼女が是が非でも殺したいと思っているのは、新田目たちの3人組と、キム・スヒョン、そして魔子たち4人組だ。
どれも自分の目的を邪魔したり自分の物を勝手に着ていたり両親を愚弄したりと、屑のような連中だが、まずは数が多い者から殺して行かねば。
いち早く3人を殺すことが出来れば、その賞品で残りの屑も手っ取り早く殺せるはずだからだ。
「気持ちは分かる。だがいいのか?1度に4人は少しばかり荷が重くないか?」
「映画館でご覧になったあの映像を覚えてませんか?あの4人の内の1人、紫の瞳の彼女には、薬物中毒の症状が現れてました。」
「…俺でもそこまでは分からなかったな。どうして分かった?」
「瞳孔の開き具合で。もし薬物が抜けきっていないのなら、そろそろ禁断症状が現れる頃合いかもしれません。」
「なるほど。おまけに都合よく治療薬が支給されているとも限らないしな。」
-
難儀なものだ、とさしもの玲央も同情せざるを得なかった。
薬物が抜けきっていない状態で殺し合いに参加させられ、過去の痴態を参加者に見られ、挙句その参加者に命を狙われる。
デスノ、あるいはこの殺し合いの関係者は、彼女に恨みを抱いているんじゃないか。そう思わざるを得なかった。
「ちっ、プロテクトが何重にもかかっている。流石にこれは盗み出せないか。」
話の最中に玲央は何をしているのかと思ったら、映画館で貰ったタブレットに、このモニターのデータを転送しようとしていたようだ。
確かに警察署内と言わず、どこででも参加者の現在地を見ることが出来れば、参加者の殲滅に便利になる。
だが結局上手く行かず、タブレットの画面にはERRORという文字が現れていた。
「どうやら動いていないみたいなので、狩りに…コホン。楽にしに行きましょう。
薬物の禁断症状で苦しんでいるなんて、見ていられません。」
どの口が言ってるんだ。そう思いながら、玲央はノエルの後を追い、警察署を後にした。
★
加崎魔子が“それ”を知ったのは、小学3年生の時だった。
小学2年生どころか幼稚園の頃から中二病を患っていた彼女は、既に3冊目の『悪まがふ与した力ノート』を書き始めていた。
そんなある日の寒い朝、登校中に暖を取りたいと考えて、詠唱を始めると、右手にライターほどの火が浮かび上がった。
かじかんだ手に染み入るように気持ちよかったので、それが本物の火だとすぐに分かった。
色んな魔法を試してみたが、それが具現化したのはその時が初めてだった。
嬉々として家族に報告してみたが、家族は意外なほどあっさり納得した。
何でも彼女の遠い先祖は、地球ではない別の世界から来た人間だったと言う。
そこでは誰もが魔法を使えており、彼女の紫の瞳もそれが元らしい。
だが、それと同時に彼女の両親は、それを決して人前で使ってはいけないと忠告した。
過去の世界には同じようにその世界から渡来した人はいたが、彼女の祖先以外は全て悪魔の力を借りた者として殺されてしまったこと。
特別な力を、持ってない人間に見せびらかしてはいけないこと。
魔子は魔法以外にも凄い力はあるということ。
彼女は言いつけ通りに守り、人前で魔法を使わないことにしていた。
小学6年生のある日、たまたま地方に巡業に来た有名プロダクションの社員からスカウトを受け、アイドルをやることになった。
その社員曰く、魔子の紫色の瞳と、どこか普通の女の子には持ってない独特な雰囲気に惹かれたとのことだ。
そしてアイドルとして、自分の力を遺憾なく発揮することが出来た。
勿論、それは全てタネも仕掛けもあるトリックということにした。
-
彼女のアイドルとしての人生は決して順調では無かったが、楽しかった。
だが、その果てで待っていたのは、あの惨劇だ。
魔法を使えばこんな暴漢など、人質ごと殺せたというのに、それが出来なかった。
薬物所持、そして舞台を汚したということで芸能界から干され、残ったのは後遺症とデジタルタトゥー。
自分のやったことは間違いだったのか、あの時魔法で厄介ファンなど粛清すれば良かったのか。
ずっとそれを考えるようになった。
★
空き家の中で、4人は車座になって会議を始めた。
議題は、ショッピングモールにいた4人のマーダーをどう倒すかということだ。
この話を終え次第ここを後にし、アンゴルモアを見つけ、そしてアルム石も見つけて帰還する。
そのような段取りだ。
まずは全員が、まだ出していなかった支給品を、それぞれ分け合う。
四苦八苦のものは残念ながらノエルに奪われてしまったが、祥真の支給品は、スヒョンの物も含まれていたため、プラマイゼロだ。
「武器はこれぐらいか…奴等を倒すにはあまりに心許ないな。」
まだ見ぬ支給品の中で武器になりそうだったのは、祥真の支給品にあった金属バットと、フレデリックの支給品に会った拳銃くらいだ。
他にもあったが、カプセルのようなものなど、使い道も分からないガラクタばかり。
対して彼らが出会ったのは攻撃を悉く回避する女性や、バラバラにされても死なない血液の怪物。
バットや銃で倒せるビジョンは無いし、銃に至ってはそもそも真っすぐ飛ばせる者がフレデリックしかいない。
そのフレデリックも、銃を使ったのは軍学校にいた時で、使わなくなって久しい。
何でも伝説の殺し屋が使っていた拳銃らしいが、それを他者が使えるかは話が別だ。
「頼りになりそうなのが魔子さんの力ですが、アレでもあの怪物は殺しきれません。」
「いや、策はある。我に任せろ!!それと我のことはマギストス・マコと呼べと言ったのを忘れたか!!」
「あ、すいません。」
謝罪は建前だけだが、それでも彼女が元気になって良かったと思う祥真であった。
フレデリックも同じことを思っていた。
「それで考えというのは何なのだ?マギストス・マコよ。先の商業施設では蒸発させると言っていたが。」
「聞いて驚け!燃やすのも叩くのも爆発させるのも無理ならば、我の氷魔法で凍らせば良いのだ!!」
確かにシンプルな策だが、効果的ではある。
たとえミンチになったとしても液状化し、すぐさま元通りというのなら、液体にさせなければ良いだけだ。
凍らせてしまえば動けないし、これはスヒョンだけではなく、彼女らが知らないことだが取り巻きのグレイシーにも有効と言える。
魔子は炎魔術に比べて氷魔術は得意ではないが、可能性はあるはずだ。
-
「そんなやり方で効くのか?失敗して、あの怪物の玩具にされるのがオチじゃないのか?」
ドンと構える魔子に対し、四苦八苦はなおも不安そうだ。
元々ネガティブな性格だし、殺し合いが始まって、いきなり酷い目に遭わされた相手だから当然である。
「安心しろ。仮にそれで死ななくても、動けない間に首輪を作動させればいい!!
デスノが言ってることがハッタリじゃなければ、それで倒せるはずだ!!」
デスノに反旗を翻そうとしながら、デスノの力に頼るとは何たる皮肉だろうか。
だが、この場を生き残るためだ。仕方がない。
彼女らは襲撃者の手から逃れ、アルム石を探し、全員で元いた世界に帰る。
たとえ敵の力に頼ることになっても、希望を捨てるよりかはマシなはずだ。
「あ!!」
突然大声を出したのは、滝脇祥真だった。
何があったのかと、他の3人は驚く。
「ど、どうしたのだ下僕よ!腹でも痛いのか?」
「思い出しました。ショッピングモールで襲って来たあの杖を持った奴!!」
「その男は私は見てないな。もしや、元の世界で見たことある人なのか?」
「1週間前、ネットに顔がアップされてた、通り魔事件の犯人です!!」
祥真曰く、ある休日の大通りで、ナイフ数本を持った少年が、風のような速さで通行人を次々刺した事件があったという。
犯人の成績は全国でもトップクラス、さらにサッカー部では1年の頃からホープとして、無名の高校を全国大会に導いた優秀な少年だった。
通り魔であることを除けば、ケチの付け所の無い完璧超人だったのもあり、瞬く間に噂は広まった。
双子の妹もアップされていたが、それに関しては今はどうでもいい。
犯罪者に、怪物に、異能力者。
聞くだけで頭が痛くなるような連中だ。
本当に自分たちは生きて帰れるのか、いっそう不安になる程だ。
「一つ聞いておきたい。その少年は魔法の杖を持っていたんだな?」
「はい。ですが魔法合戦なら彼女の方が上ですが、それよりも怖いのは奴の運動神経です。」
ほんの数分の内に、数人を殺して、十数人を怪我させただけはある。
あの時変な言葉を捲し立てるよく分からない奴がいなければ、2人共死んでいたはずだ。
「その話を聞くに、杖にさえ気を付ければ、奴は特別な力を使ってこないということだな?」
「そう考えるのが妥当かと。」
「なら、その少年が襲ってきた場合、私に任せてほしい。」
フレデリックは自信ありげに主張した。
確かに、4人の内少なくとも2人、スヒョンとノエルには彼の拳闘が通じないため、彼にぶつけるのが妥当だ。
「もう一つ聞くが、その少年の身長はどれぐらいだ?」
「細かくは覚えていませんが、170センチの僕より一回り低いぐらいでしたね。」
フレデリック・ファルマンの身長は190センチと少し。
体格差を考えれば、同年代にしては小柄な方である玲央に優位を取れる。
だが、本当にそうなのか?彼に圧倒された祥真と魔子は、そう思わざるを得なかった。
「杖さえ奪うか、壊しさえすれば、下僕2号の力で制圧できるという事か。」
「私は渡りの民の守り人だ。野盗や怪物との戦いも経験している。
いくら彼が人殺しだとしても、引けを取る訳にはいかん。」
「頼むぞ、下僕2号。」
続いて、脂のようなものを戦いに使う少女、ノエルをどうするかに話は移った。
その話になっただけで、四苦八苦の顔が青くなる。
-
「私が戦ってみて分かったが、殴る蹴ると言った普通の攻撃は奴には通じない。
おまけに厄介なのは、透明な刃を飛ばしてくる弓矢のような武器だ。」
「それって…」
「ああ。奴が刃を仕掛けた所に行ったら、真っ二つにされる。」
経験者である四苦八苦は語る。
しかし彼女は真っ二つにされてもすぐ治るからまだ良いが、他の3人はそれだけで一巻の終わりだ。
当の彼女が聞けば、死ねないのも痛いから問題だと激怒しそうな話だが。
「それよりもまずいことは、フレデリックさんの攻撃を食らっても全然手ごたえが無かった。そうなんですよね?」
「ああ。悔しいがその通りだ。脂を身の守りに使う生き物は知っているが、あのようなことが出来る人間など初めて見る。」
透明な刃は、玲央の杖と同様、武器を奪えばどうにでもなる。
だが、脂の方は彼女の体から分泌している以上、奪うことはほぼ不可能のはずだ。
「…でも、脂だというなら、それこそマギストス・マコさんの炎魔法でどうにか出来ませんかね?」
「私も同じことを思った。だが、奴は動きも早い。炎魔法を撃っても、逃げられてしまうのではないか?」
魔子の魔法の炎なら、引火させられる可能性もある。
他にも、空気弾や雷のような、素手で掴めない魔法なら、脂で弾かれることもないんじゃないか。
だが、それは全て当たればという前提がある。
彼女の脂は、身の守りだけではなく移動にも使われる。
床の摩擦を無くすことで、スケートのような動きを、普通の地面や建物の中でやってのけるのだ。
フレデリックの言う通り、そのような相手に炎魔法を撃っても、当たるかどうかは極めて不確定だろう。
おまけに彼女とて反撃しない訳では無い。躱された後、次の魔法を練る前に、玲央の時と同様追いつめられるのは目に見えている。
「………下僕3号。」
「え?私か!?」
今まで話を振られなかった四苦八苦が、いきなり自分の名を呼ばれたことに驚く。
だが、流れからして嫌な予感がしたため、別段嬉しいわけでも無かった。
そしてその予想は、すぐに当たっていたと分かる。
「無茶を承知で頼む。彼奴に我が炎を当てるために、囮になって欲しい。」
「嫌だいやだいやだイヤだ!!!!!」
今にも掴みかかりそうな勢いで、四苦八苦は抵抗する。
フレデリックが彼女を押さえなければ、即座に逃げ出していたはずだ。
「あのサイコに殺されたくない!嫌だ!顔を合わせるのも嫌だ!!」
「大丈夫だ!!!」
魔子は四苦八苦の目を見て、力強く叫んだ。
声は空き家の中に響いた。
彼女が魔法に頼っているから彼女ではない。それが伝わって来るほどの勢いだった。
-
「怖いのは私だって皆だって同じだ!だが約束する!奴が追って来れば、必ず我が仕留める!!」
「私は信じても良いんだな?絶対だぞ!絶対私を助けてくれよ!!」
「言われるまでもない。私…我……いや、マギストス・マコを信じろ!!」
それで大丈夫なのか?とは、祥真も思ったことだった。
だが、彼女を信じるしかない。この場を生き残るためだ。仕方がない。
自分達は襲撃者の手から逃れ、アルム石を探し、魔子の友達を見つけ、全員で元いた世界に帰る。
たとえ誰かを囮にしてでも、希望を捨てるよりかはマシなはずだ。
この場で志気を下げるようなことは言ってはならない。この場を生き残るためだ。仕方がない。
自分達は襲撃者の手から逃れ、アルム石を探し、魔子の友達を見つけ全員で元いた世界に帰る。
この場で最悪なことは、希望を捨てることだから。
たとえ不安が押し寄せてこようと、4人はそう考えるしかなかった。
たとえ今の作戦に関して疑念が押し寄せてこようと、4人はそう考えるしか無かった。
★
「あの地図だと、この辺りだな。」
あれからすぐに、ノエルと玲央の二人組は目的地にたどり着いた。
辺りは住宅街なので、どの家かは分からなかったが、どれかには確実にいると目星をつけた。
場所は、【D-4】と【D-5】の境目となっている、見晴らしの良い高台。
あと1時間もすれば、夕日が遠くに見えるショッピングモールを照らす、美しい景色が拝めたはずだ。
真央が好きそうな光景だ、と玲央は柄にもなく思う。
(いや、ちょっと待てよ…?)
玲央は急に思い出したことがあった。
ここは妹が“好きそうな”景色が拝める場所じゃない。
実際に妹が“好きだった”場所だ。
遊具として等間隔に置いてあるゴムタイヤ
ぽつんと隅の方に生えている一本杉。
その反対側に置いてある水飲み場。
全て、玲央が知っていた場所だ。
そこから景色が全く違うだけで、この高台は彼が知っている場所だった。
妹がここから見える景色が好きで、小さい頃はよく連れて行った場所。
しかし子供がここから転落する事故が起こり、やむなく取り壊しになった。
それが起きたのは中学に入ってからだったが、妹がひどく落ち込んでいたのは覚えている。
(なぜ、ここにこんなものがある?なぜ!?)
「考え事ですか?らしくもないですね。」
彼の思考は、ノエルの一言で遮られた。
この場に対する疑問を一度捨てて、今すべきことを考える。
高台からは、住宅街が広がっていた。いくつもある家のうちどれかに、4人がいると考えるのが妥当だ。
「籠城作戦でもするつもりか。どうする?」
「簡単な話ですね。この辺りを燃やしてしまえば、奴等も出てくるはずです。」
ここへ来る途中にノエルは、空き家の一つに足を踏み入れていた。
ドアにカギがかかってるのかどうかは不明だったが、能力でドアを壊す。
早速中に押し入り、クローゼットから衣服やタオルを幾つか拝借する。
「その魔法の杖、炎を出せるんですよね?」
「籠城作戦には火責めと言う訳か。なるほどな。」
ブラック・プリンスの刃に、幾つも布を巻き付け、さらに玲央が着火。
炎を纏った刃が、住宅街に降り注いだ。
-
飛来した3つの刃は、一つはある家の庭に落下し、火をまき散らした。
一つは窓ガラスを割って入り、家を中から燃やした。
最後の一つは屋根に刺さり、そこから火を放った。
幸いなことに、魔子たちが籠っていた場所はどの家でも無かった。
だが幸か不幸、近くの惨状をいち早く気づいてしまった。
「火が!!」
「落ち着け!焦れば敵の思うつぼだ!!」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ!!」
炎の塊が隣の家に飛んで来たのにすぐ気づいたのは、四苦八苦だった。
幸いなことに、自分らがいる空き家に火がつけられた訳では無い。
だが延焼や次の攻撃で、自分達のいる場所が放火されかねない。
4人はすぐに逃げ出そうとするが、入り口の玄関からはバリケードを張っていたため思うように出られない。
やむなく、窓から出ることになる。
窓を開けて、庭の塀を飛び越えて家から脱出。
フレデリック以外は簡単に飛び越えることが出来なったが、彼の手助けにより後の3人も出られた。
「お久しぶりで。」
家を出た所で、そこに立っていたのは殺人鬼、双葉玲央とノエル・ドゥ・ジュベールだった。
まさか2人が手を組んでいるとは、想像を超えた悪夢とはまさにこれだろう。
彼女らは火を放った直後に高台から降り、既に待っていた。
火を放ったのは当てずっぽうだが、火が付いていない場所に逃げてくると予想し、先回りしていた。
2人を見ると、最初に脱兎のごとく逃げ出したのは、魔子だった。
いくらチャンスを作るためとはいえ、敵と味方に背を向けて逃げることになるのは、彼女としても心苦しかった。
だが、仕方がない。勝つためだ。会議で話し合ったことをするだけだ。
そう心に言い聞かせて、全力疾走をする。
薬物の禁断症状が、また回って来た。既に汗は滝のように流れている。
走り出したばかりなのに、呼吸は既に荒い。3人は無事か、短い間に何度も何度も振り返りたくなった。
続いて、四苦八苦と滝脇祥真が逃げる。
自分達は囮なので、彼女らを振り切っても駄目だし、追い付かれても駄目だ。
「逃げられると思いまして?」
早速ノエルと玲央も、逃げ出した3人を追いかけようとする。
だが、その時こそ渡りの民の守り人も務める、フレデリック・ファルマンの出番だ。
彼だけは他の3人と違い、敵に突っ込んできた。
-
「ここは通すわけにはいかん!!」
4人の内3人が逃げ出す中、1人前線に残り、敵を迎え撃った。
狙いは玲央の方。極論、ノエルは抜かされても良い。
2人の内で、四苦八苦達に怒りの感情を抱いているのは、ノエルの方だ。
逆にこれといった感情を持っていない玲央が相手だと、罠が立ちどころに崩壊する可能性が高い。
玲央だけを止めて、ノエルは魔子たち3人で倒してもらう。
仲間達の下に凶悪な怪物を送るのは心苦しいが、自分は自分のことを為すだけだ、そう考えていた。
「その殿方はお任せしましたよ!!」
ノエルは脂を利用したスケートのような動きで、立ちはだかるフレデリックを躱す。
ここまであっさり避けられるとは。だがこれでいい。分断には成功した。
自分はこの殺人鬼を倒すだけだ。
玲央が持っている杖に、赤い光が満ちる。
火炎放射器の如く紅焔が、フレデリック目掛けて放たれた。
だが、彼はそれを恐れはしない。炎の軌道をすぐに見切り、猛然と敵に突進する。
「!?」
(言われた通りだ!魔法の力はマコほどではない!!)
魔法の炎も、既に魔子の力を見て来たフレデリックにとって、恐るに足らず。
腰を落とし、玲央目掛けてハイキックを見舞う。狙いは当然、王杓レガリア。
玲央は杖で辛くもガードするが、威力を殺すことは出来ず。
その杖は玲央の手を離れ、くるくると宙を舞う。
(武器を奪った!!これなら勝てる!!)
一番の脅威は排除した。いけるという考えが、フレデリックの気分を高揚させる。
魔子たちを助けに行くためにも、この男には負けるわけにはいかない。
渡りの民で培った技術を、容赦なく目の前の敵にぶつけるだけだ。
『虎突拳(ことつけん)』
玲央が反撃に入る前に、フレデリックの拳が玲央の下腹部に飛ぶ。
渡りの民の鍛錬で培った技の中でも、シンプルな技。それ故相手を崩すことが出来る。
当たりはした。だが、決定打にはなっていない。重心をずらし、威力をいくつか受け流された。
戦争を経験した国の生まれではないというのに、何という身体能力だ、と一瞬だけ感嘆を覚える。
「少しは出来る様だが…まだだ!!」
『リスの尾』
-
続いて玲央の周囲を、ぐるぐると回って行く。
玲央も攻撃を仕掛けるが、悉く躱されるばかりだ。
真綿で、いや、技の名の通りリスの尾で首を絞めるかのように、徐々に玲央を追い詰めていく。
一見どちらが押しているか。それは誰の目にも明らかなはずだった。
だというのに、フレデリックは目の前の恐怖を紛らわそうとするのに必死だった。
(私の全てをぶつけてでも、この男を倒す!!)
続けざまにフレデリックは、玲央の目の前でネコダマシを撃つ。
機械のように冷え切った心を持つ彼の表情は、なおも変わることはない。
だが、相手の視界を一瞬でも奪えたはずだ。
『鶏(とり)食む狐』
その動きは、夜のとばりに紛れて鶏を食らう狐のようだった。
彼の右手の手刀が、死角から玲央の首に刺さろうとする。
だが、玲央はその身の危険を察知し、いち早く後退した。
手刀は空を切り、攻撃は当たらず。だが、着実に玲央を追い詰めているという節があった。
(恨みは無いが、この男はここで倒す!!)
開いた間隔を一気に埋めるかのように、フレデリックは地面を蹴る。
姿勢を獣のように低くし、最後の龍の型の動きに入る。
静かに、それでいて激しく、敵目掛けて疾走した。その姿は、まさに天へと駆ける龍。
すかさず玲央はカウンターとばかりに蹴りを入れる。だが玲央の足に伝わったのは、人を蹴った感覚では無かった。
(それは囮だ!!)
金属棒のような何かが、先程の杖と同じように宙を舞う。
魔子の支給品にあった金属バットだ。
フレデリックは徒手空拳の方が慣れているが、武器を用いた戦い方も出来ない訳では無い。
『天龍蹴!!』
双葉玲央に、乾坤一擲のサマーソルトキックが命中した。
まるで玲央自身が天へと昇る龍のように、上空へ蹴り飛ばされる。
決まった、完全だ。これで倒せたはずだ。
だが、そう思った瞬間、彼の目の前には予想外の光景が飛び込んできた。
双葉玲央は地面に落ちる瞬間、身体をぐるんと回転させ、両脚から綺麗に着地した。
まるで豹のような身軽さに、フレデリックも呆気に取られた。
「バカな…効いていないのか?」
双葉玲央は、『身体面では』人間の域を超えることはない。
フレデリックの先の一撃は、きちんと彼の胴体に刺さったし、骨が折れた訳では無いにしろ、痛みはある。
だが、彼にとっては痛みなどどうでもいい。少々不快という程度だ。
身体の活動に支障が無ければ、どのような痛みも、彼のロボットのような心の前では何も関係ないのだ。
だが、その次に玲央の口から出た言葉は、驚くだけではすまないものだった。
-
「なるほどね。全て分かったよ。」
「……!?」
フレデリックの額を、運動や高温とは違う種類の汗が流れた。
目の前の敵が、何を言っていることが分からなかった。
いや、薄っすらとは分かっていたが、それを確認するのに難があった。
「お前の動きを、全て分かったと言ったんだ。」
「馬鹿も休み休み言え…」
そう言ったフレデリックの顔からは、冷や汗が留まることなく流れ続けていた。
自分が身に付けた技は、渡りの民で5年以上かけて身に付けたものだ。
決して一朝一夕で、しかも言葉で教えて貰った訳でもないのに会得出来るものではない。
だが彼の勘が告げたのか、どうにも目の前の少年が言っていることが嘘に見えなかった。
「お前の使ってる技は、自然の中の動物を模した動きをし、撹乱しながら相手を攻撃していく技だ。
象形拳は聞いただけで、実戦で使われているのを見たのは初めてだけどな。」
「たとえ分かったとしても、戦いに応用できるかは別だ!!」
フレデリックが言っていることはその通り。
空手の本を100冊読もうと空手が上手くなる訳では無いのと同じこと。
彼どころか、子供でも分かる常識だ。
だが、双葉玲央と言う男に、常識は通じない。
今度は先手を打って、猛然と突進して来たのは、双葉玲央の方だった。
それに対してフレデリックは、もう一度相手を崩そうと、虎の型から入ろうとする。
だが、玲央は不意にフレデリックの視界から消えた。
「がはっ…」
いつの間にか後ろに回り込まれ、玲央の肘鉄がフレデリックの背中に刺さった。
痛みが内臓にまで響く。そんな痛みも無視して、彼を捕まえようとした。
だが、敵は彼の長い手のリーチから逃れ、不規則に動きながら彼の攻撃を躱し続ける。
それはまさに、フレデリックが良く知っている渡りの民の守り人特有の動きだった。
「渡りの民の力を、邪な者が使って良いと思うな!!」
-
同じようにリスの型でかく乱させようとするが、動きに入る前に、彼の足元に足払いが入った。
予想外な形でバランスを崩され、何とか持ちこたえるも、更なる攻撃が来る。
よろめいた方向に、玲央からの蹴りが入った。
彼の下腹部に、全力の蹴りが刺さり、そのまま吹き飛んで行く。
はったりでも何でもない。双葉玲央は、フレデリックが渡りの民で積み上げて来た技を、既にマスターしていた。
いや、フレデリックの動きを読み、彼の技で脆い部分を的確に突くことが出来ていたので、彼よりもマスターしているだろう。
「おのれえ!!」
直ぐに立ち上がり、今度こそ虎突拳を玲央に当てようとするフレデリック。
その勢いは、並みの野盗や格闘家ならば、それだけで身が竦んでしまうほどだ。
だが、玲央はその気迫を受けても全く動じない。
彼の拳が刺さる寸前で、神速の速さでクロスカウンターの一撃を、フレデリックの右肩目掛けて突き出す。
拳を交わして分かったが、双葉玲央という少年は、筋肉や骨の密度が明らかに常人と違う。
一見は女子と見紛うほど華奢だが、まるで金属の塊を殴り、金属の塊に殴られているかのような感触だ。
おまけに20センチ以上背が低いことが逆に、フレデリックが自分のペースで戦いにくくさせている。
続けざまに、手刀が2発。
どちらも、同じ場所に入っている。
フレデリックでなければ、それだけで肩を外している程の威力だ。
「ぐあああああ!!!」
彼の右肩は、ショッピングモールでの戦いで、ナイフで切られていた。
そこに玲央のナイフのような一撃が入り、激痛に彼は苦しむ。
戦いの中で右肩を気遣う様な素振りを見せていたため、右肩を怪我していたのだと気付かれていた。
「負ける訳にはいかん!!」
痛みに負けず、左の手刀で玲央に反撃を加えようとする。
その瞬間、殴打とは違う鋭い痛みが、フレデリックの左腕に走った。
「…いつの間に……?」
いつの間にか、玲央のグルカナイフが彼の左腕を切り裂いていた。
それまで隠し持っていたナイフを、ここで使ったのだ。
先ほどフレデリックがザックに隠していたバットを防御に使ったが、それを真似た上で攻撃に応用した。
鮮血が左の腕から噴出し、痛みに遅れて虚脱感が彼を襲う。
傷の深さからして、放置しておけば出血多量で死に至る程の裂傷だ。
だが痛みも出血も無視し、左腕にナイフが刺さったまま、双葉玲央を捕まえようとする。
(何とか捕まえることさえ出来れば……!!)
だが、両腕が負傷している中、明らかにスピードが落ちていた。
万全の状態でさえ脅威な相手を、捕まえられるはずもない。
逆に裂傷を負った左手を掴まれ、フレデリック自身の勢いを逆に利用され、思いっきり投げ飛ばされる。
-
「…………!!!」
敵わない。敵うわけがない。
壁に背中をぶつけた中で、それがはっきりと分かった。
単純な力比べなら、あるいは自分の右肩を切られていない状態なら、変わっていたかもしれないが、そんなのはもしもの話だ。
出血のせいで目がかすむ。
視界が歪んだからか、火に包まれる市街地の中で、目の前の敵が怪物のように見えた。
巨体のフレデリックが見上げ、小柄な玲央が見下ろしている。
ここまで何もかもが狂っていることなどあるだろうか。
(どうすればいい……)
目の前の男は化け物だ。
渡りの民の力を奪い、その力で自分を圧倒するなど、悪夢としか思えない。
ここまで自分が恐怖を味わったのは、7年前に戦争に出て、敵国の夜襲を味わった時以来だ。
双葉玲央という少年は、人間と言うよりも戦争に渦巻く、恐怖そのものに感じた。
あの時はまだ逃げた所を渡りの民に助けられ、九死に一生を得たが、今度はその奇跡さえ起きそうにない。
そんな中、フレデリックはふと思ってしまった。
(今ここで逃げれば、生き残れるんじゃないか?)
もしもの話、敵の目的がキルスコアを稼ぐことなら、自分1人を追いかけて殺すより、向こうへ行って3人を殺した方が効率がいいはず。
敵は自分に恨みを持っている訳では無い。
今からでも魔子たちを見捨てて、全神経を逃げることに費やせば、もしかすれば助かるかもしれない。
既に自分は、戦い続ければ敵に殺されずとも、出血多量で死ぬことが目に見えている。
ならばここで勝てなくても、逃げた先で怪我を治療して、万全の状態で再戦すれば、まだ勝ち目はある。
希望はまだ残っているはずだ。
「……どうやら私は、あの時と同じ間違いをする所だったようだ。」
フレデリックは立ち上がり、臨戦態勢に入った。
彼女らを見捨てて何になる?
自分は知っている。仲間を見捨てた時の後ろめたさは、ずっと付き纏って来ると。
ここで生きて帰れても、ファルマン家の一員として、胸を張って生きられるはずがない。
渡りの民の酋長は、異国から逃げて来た自分を、ファルマン家の名を承るにふさわしい人物だと言った。
そして自分の娘の、夫になるべき人物だと言ってくれた。
「逃げないのか?俺のために妹を連れて来てくれると言うなら、この場は見逃してもいいぞ?」
「私は逃げん!渡りの民の守り人にして、マギストス・マコの下僕2号だ!!」
(仲間を見捨てて逃げて生き残った私は、酋長に、婚約者に笑顔を見せられるのか?)
犠牲になるつもりは無い。
ここで玲央を倒し、魔子たちを助けに行き、生きて渡りの民の仲間達の下に帰る。
-
万全の状態と変わらぬ、いや、万全の状態以上の勢いで、玲央に突進する。
当然、命を捨てた玉砕では無い。
腕は両方とも負傷しているが、まだ足だけは自由だ。
玲央に目掛けて『天龍蹴』を放つ。
当たれば必殺の一撃。されど当たらねば意味が無い。
だが、この一撃は躱されるのは分かっていた。
(読み通りだ!!!)
『天龍蹴』は当たれば威力は絶大な反面、隙を晒しやすい。
故に、相手を崩した後でしか撃たないのだが、今回はこの弱点を逆に利用した。
玲央は攻撃を躱した直後、懐に入り込むか、背後に回り込む。
どちらでもいい。その瞬間にこそ一撃を撃ち込む。
「上だ。」
「!?」
フレデリックのサマーソルトキックが外れ、着地した瞬間、玲央は高く跳び上がっていた。
彼の肩の上に膝を乗せると、そのまま長身の彼の首に腕を回し、自分の膂力を活かして一回転する。
渡りの民の勇ましき守り人は、それでも諦めず、彼の両腕を振りほどこうとするも、全てが遅かった。
鈍い音とともにフレデリックの首は、あらぬ方向に曲がった。
「みんな…逃げてくれ……。」
もう立てなくなっても、彼は敵に手を伸ばし続けた。
まだ死ぬわけにはいかない。
魔子たちについてしまった自分の嘘はどうなる。
自分の帰りを待っている婚約者を悲しませたくない。
そんな想いも空しく、フレデリック・ファルマンの命はここに尽きた。
双葉玲央はその場に散らばった武器を回収すると、すぐにその場を去った。
-
★
四苦八苦と滝脇祥真の2人は、ノエルの魔の手から必死で逃げていた。
捕まったら最後、どのような目に遭わされるか分からない。
祥真は一度そのような目に遭えば助からないから、四苦八苦は一度彼女による責め苦を味わったため、必死で逃げていた。
「しぶといですわね。いい加減諦めて捕まってくれません?」
予想していた通り、速いスピードで追いかけてくる。
祥真が見たのは初めてだったが、足を動かして無いのに追いかけてくるのは、何とも気持ちの悪いものだった。
直線ならば、間違いなくすぐに追いつかれる。
だが、この辺りは裏路地が多い住宅地エリア。
何度も曲がり角を曲がり、狭い路地から路地へと行き来すれば、彼女の動きも鈍くなる。
とは言え、あくまで少しだけ逃げやすくなったといった程度。
ノエルに追いつかれるまで、そう遠くない。
「驚け我が必殺の魔弾に!!フュンフ・トイフェル・ヴィント!!!」
何度目か、路地裏から出た時のことだった。
目の前の塀の上から大声が聞こえたと思いきや、空気の塊が雨のように降り注ぐ。
一発目はノエルから外れたが、アスファルトの地面に埃が舞う。
続いて二発目は、ノエルの身体に命中した。
「がはあっ……考えましたね…」
初めて受けた衝撃を腹に受け、彼女らしくもない、カエルが潰れたような声を上げる。
固体や液体は弾くことが出来ても、気体を弾くことは不可能だ。
あくまでとどめではなく牽制のために撃った技だが、通じるのは良い知らせだった。
「今だ!皆の衆!!散会するぞ!!」
魔子は塀の上から飛び降りる。
勿論、風の魔法を唱え、落下速度を落としてだ。
祥真と四苦八苦も、それに合わせて散会する。
「生意気な!!」
ノエルはすぐに立ち上がり、逃げる者達を追いかける。
まずは四苦八苦からだ。
まだ自分は、彼女で遊びきれていない。
もっと、もっともっともっともっと、その肉体を壊し尽くしてやらなければ、気が済まない。
-
「落ちよ!神の雷!!グングニール!!!」
「っ!!!!」
死角から魔子が、雷の魔法を唱える。
上空、とは言っても屋根ぐらいの高さに黒雲が集まり、ノエル目掛けて落ちる。
「おのれ!やりますわね!!」
気体同様、雷も体脂肪で跳ね返せない。
回避に全神経を注ぎ、何とか難を逃れる。
だが、その内に3人は姿を消す。
魔子たちが考えたのは、徹底的なヒットアンドアウェイ戦法。
四苦八苦と滝脇祥真が必死で逃げて、死角から魔子が魔法を当てる。
(これを続けられると…少々厄介ですね…薬物中毒で苦しんでいるかと思ったのですが……)
負けるビジョンは見えないが、中々どうして腹立たしいやり方だ。
しかも彼らはずっと自分が通ってない道を逃げ続けている分、脂を敷いたりブラック・プリンスで即席の罠を作ったりするのも効果が薄い。
双葉玲央はどうしているのかと考えたが、彼に頼り切るのも癪な話だ。
(なんだ。いい道具があったじゃないですか)
ふと、思い出した。
彼女相手に、ブラック・プリンスやナイフ以上に効果てきめんな道具を持っていることを。
暫く進むと、逃げている祥真を見つけた。
(四苦八苦さんじゃなくて僕から?でも、魔子さんがいてくれれば…)
祥真は加崎魔子に対して信頼を置いていた。
普段は色々思う所がある彼女だが、やはり彼女の実力は侮れない。
彼女がいれば、どんな困難でも乗り越えられる。
血液の怪物や、殺人犯からも逃げて来られた。
「ねえ。アイドルの加崎魔子さん。」
ノエルは彼女らしくもない大声を出して、言葉を紡ぎ始めた。
住宅街の何処に隠れていても良い様に。
まだ姿を見せていない加崎魔子に対し、醜悪な笑みをうかべて、タブレットを出す。
デスノ座で手に入れたタブレットだ。
明らかに戦闘中にそんなものを操作するなど、堂々と隙を見せているようなもの。
だが、そこに何があるか知っている。
-
「このタブレット、見てますか?アイドルだったんですね。さぞかし、大変な想いをしたみたいでご愁傷様としか言えません。」
(……まさか?)
ノエルは魔子の忌まわしい過去を再生しているタブレットを、盾のように目の前に出した。
既に祥真は彼女の過去を知っている。
だが、実際にある映像をその目で見たことはない。
見るなと脳が告げる。逃げろと脳が告げる。なのに、身体が動かない。
ノエルがタブレットを持ってない方の手で、祥真の左手に触れる。
彼女の隠し技で、祥真の関節を分離させてやろうという算段だ。
「がはっ!」
しかし、祥真に触れる寸前で、空気弾がノエルの下腹部に命中した。
彼女は脂の力が無ければ、身の守りそのものは普通の人間レベルだ。
たとえ掠ったとしても、ダメージは免れない。
衝撃に耐えきれず、ノエルはゴロゴロと地面を転がった。
「魔子さん!?」
「そんなに言うから出てきてやったぞ!!」
魔子は祥真の前に躍り出た。
まるでそんな過去など気にしていないという素振りで。
「大方私の後ろ暗い過去を暴いて、精神的ダメージを与えようって魂胆だろう!
だが私は、そんなものなどに屈しない!!どんな出来事であれ、過去は所詮過去だッ!!!」
(嘘だ…)
だが彼女はただの強がりを言っているだけ。
それは祥真にさえ分かった。真っ青な顔で声が震えていて。彼女の精神は今にも崩れそうになっている。
空気弾を直撃させられなかったのも、心の乱れが原因のはずだ。
「アハハハハハッ!!バレバレな嘘もそこまで行くと滑稽ですよ!!声が震えてます。
そんな強がりを言わなくても、私がすぐに楽にしてあげますよ。」
(僕は、どうすればいいんですか。)
いくらツッコミメガネと言われた祥真とて、今の状況を強がりなんて言えない。
だが、自分では彼女の傷を肩代わりすることは出来ないし、目の前の強大な敵を倒すことも出来ない。
ナイフや拳銃などでどうにか出来る相手ではない。
「下僕たち!何を突っ立っている!戦うか逃げるか早く決めろ!!」
「つまらない台詞はやめてください。いたずらに周りを巻き込むだけですよ。」
「うるさい!私…我はお前じゃなく、下僕たちに言っているんだ!!」
目の前で脱糞している自分を見せつけられながらも、加崎魔子は嘘付きで在り続けた。
少しずつ、少しずつ追い詰められている。
そんな状況でも、加崎魔子という少女は自分を貫き続けた。
-
★
(きっと、あの2人はもうダメだ…フレデリックも、もう死んでいるかもしれない…)
物陰で3人を見ながら、四苦八苦は1人で震えていた。
自分は囮になるという話だったが、作戦は既に半壊し、最後に出るはずの魔子が前線に出ている。
フレデリックは何処にいるか分からず、既に死んでいることも考えられる。
(もう、一人だけ逃げても良いよな?)
まだ殺人鬼の片割れ、双葉玲央は来ていない。
ならばノエルが2人にかかりきりになっている間、逃げても構わないはずだ。
むしろそれが最適解としか思えない。
「下僕たち!何を突っ立っている!戦うか逃げるか早く決めろ!!」
そんな中、自分を下僕3号と勝手に呼んだヤツの声が、彼女にまで届いた。
勿論、自分は逃げるに決まっている。
こんな状況で逃げても、誰も責めはしないはず。
自分はただこれ以上痛い目に遭うのが嫌なだけだ。
だと言うのに、彼女は足を敵の方に進めていた。
(……ふざけるな……ふざけるなよ……アレほどボロボロの状態で前に出られたら、私だって戦わなきゃいけないじゃないか…)
初めてだった。誰かと一緒にいた時間は。
異常活用機関から逃げるだけの生活。
不死身であることが明るみに出るのを恐れる生活。
でも、あの3人といた時だけは、それを恐れずに済んだ。
色々と恐ろしい目に遭ったが、彼女らを恐れることは無かった。
「化け物ぉ!!死ねえ!!!」
物陰から姿を出し、祥真から貰ったナイフを片手に、ノエルに切りかかる。
敵が不意を突かれている。これならいけると、四苦八苦は確信した。
そしてナイフは首輪に刺さった。
双葉玲央が投げたナイフが、四苦八苦の首輪に、だが。
「え?」
予想外な衝撃で、ナイフが飛んで来た方向を向いてしまった。
それは、決定的な終わりを物語ることになった。
-
彼が投げたナイフは、不死者の首輪に刺さった。
最大のチャンスは、最悪のピンチに変わった。
魔子たちと敵を挟み撃ちにするつもりだったが、逆に挟み撃ちにされる形になってしまった。
「お前、邪魔だよ。」
「不快ですね。もう色々と。」
彼女は脂に濡れた手で、四苦八苦の右腕を掴んだ。
彼のナイフを持った右腕が、肘の先から爆発した。
「がああああああああ!!!!!」
血と肉片が飛び散り、ノエルと四苦八苦本人を汚す。
おまけに四苦八苦がノエルの近くに来過ぎてしまったため、魔子は迂闊に魔法を撃てなくなってしまった。
いくら仲間が不死身だと分かっても、もう助からないと分かっても、魔法は撃つことは出来ない。
アイドルだった時、子供を人質に取られた時もそうだった。
それからすぐに、四苦八苦に付けられた首輪の音が鳴り始めた。
彼女はもう助からない。これははっきりと言える事実だった。それでも、魔子は魔法を撃てなかった。
「あーあ。もう少し遊びたかったのに。さようなら。不快でも貴方も生き返らせてあげますよ。」
「やっぱり…こんなこと……するんじゃ、なかった。」
爆発音とともに、不死の少女の首は、玲央のナイフごと消し飛び、二度と再生することは無かった。
それを魔子と祥真は、悲鳴すら上げることも出来ずに見つめていた。
どうすればいいのかは分からなかったが、自分のせいで人が死んだのは分かったからだ。
「また取られましたか…それより遅いですよ、あの男はきちんと殺したのですか?」
「殺したからここにいるんだろうが。それより残り2人、早く殺しに行くぞ。」
彼女が死ぬところを見届けると、2人はすぐに、残った2つの命を奪いに行く。
「フォイエル・ウェーブ!!」
壁の様な巨大な炎弾を発射し、2人を纏めて攻撃する。
彼女の魔法が巨大だったのは、相手への憎しみではない。もう制御できる余裕はないのだ。
仲間の犠牲、過去を掘り起こされたこと、それを下僕にも見られたことで、彼女の精神は限界に近付いていた。
「焼き尽くせえっっ!!」
-
彼女は獣か何かのように叫ぶ。恐怖と悲しみと終わりを振り払うかのように。
だが、タダでさえ厄介な相手が、2人になった。いくら彼女でもどうしようもない。
玲央が振りかざした杖が、水を辺り一面に放出する。
炎と水の大波は、炎の方に軍配が上がる。
だが、サイズは最初に撃たれた時の半分以下になってしまった。
これでは、2人が容易に躱すことが出来る。
「そうら、もう一発だ。」
駄目押しにと、玲央の杖の青い宝石が輝き、もう一度渦潮が巻き起こる。
魔子が放った炎は、水蒸気へと化した。
だが水蒸気が消え、視界が良くなった時に、そこにいたのは玲央とノエルの2人だけだった。
「逃げたか?」
「そう遠くには行ってないはずです。」
ノエルは玲央の言葉に耳を傾けながらも、もう動かない四苦八苦の死体を見つめて、考え事をしていた。
4人の獲物の内、2人を取られたのは彼女にとっては致命的だ。
玲央もノエルもショッピングモールにいたグレイシーを殺したと、彼女は誤解している。
その誤った前提を付け足せば、フレデリックと四苦八苦を合わせると、玲央が殺したのはこれで3人。
(彼が賞品を承った後の出方も、考えないといけませんね。)
頭の中でこれからのことを考えながら、獲物の後を追った。
-
★
玲央と魔子の力がぶつかり合った時、隣にいた祥真が彼女を引っ張り、無理矢理空き家に逃げ込んだ。
すぐにでも見つかるはずだし、家の外から火でも付けられればどうしようもない。
「はあ。結構重いんですね。声出されたら終わりなので、運ぶのに苦労しましたよ。」
いつもなら殴られる所だが、祥真は殴られる覚悟はしていた。
だが、魔子は項垂れるばかりで、祥真に対して何もしてこなかった。
「どうして、お前だけ逃げなかった。」
「どうしても何も、主人を見捨てて逃げる下僕がどこにいますか。」
考えれば一杯いそうだな、と言ってからそう思った。
でも、彼としては1人で逃げるなんて嫌だった。
この殺し合いに参加した直後は、どうやって逃げようか。そんなやり方ばかり考えていたというのに。
「もう下僕ごっこは終わりだ。私のせいで、フレデリックも四苦八苦も死んだんだ。お前だけでも逃げろ。」
「そんなの、マギストス・マコらしくないですよ。」
魔子は思いっ切り祥真の胸を殴った。
祥真は殴り飛ばされて、頭から壁にぶつかった。
「らしくないだと!?昔を掘り起こされて、下僕を2人も殺した私に、一体どうあれと言うんだ!?教えろ!教えてくれ!!」
彼はそれで逃げることも、抵抗することも無くただ立ち上がった。
まだ元気じゃないですか、と言いながら。
「そんな風に下僕を乱暴に扱うことですよ。でも、決して諦めようとしない。
僕は貴方のそう言う所に惹かれましたし、フレデリックさんも、あの長身の女の人も、同じだと思います。」
「…ありがとう。でも、私は何をすればいい。」
「アンゴルモアさんを探しに行けばいいじゃないですか。」
-
祥真の言葉に、魔子は面食らったような表情になった。
確かにこの殺し合いで祥真に会ってから、ずっと彼を探そうとしていた。
けれど、それはフレデリックもいて、四苦八苦もいた時の話だ。
お前に何が分かるというんだ、そんな言葉を投げようとしたが、投げ返せなかった。
「ずっと友を見つけるって言ってたじゃないですか。マギストス・マコさんなら、同志を見つけられるでしょう?」
「言ったさ。けれど、逃げられると思うか?」
「だから、これがあるんですよ。このスイッチを押してください。」
「これが?さっきはガラクタだと言ったのに、どういうことだ?」
祥真が出したのは、白いカプセルだった。
最初に支給品を見せ合った時は、タダのガラクタだと言って、すぐに祥真がしまった物。
一体これがどうしたのだと、意図が分からないままスイッチを押す。
たとえ祥真が命惜しさに裏切ったとしても、もうどうでもいいことだ。
唐突にそれが光を発し、魔子を包み込む。
「こ、これは…一体何をした!!」
「ごめんなさい。僕も嘘つきなんですよ。」
それの正体は、30分の間1人だけを、絶対安全な場所に収納するというカプセル。
異世界の古代の魔術師の3大発明のうちの1つらしいが、今はそんなことはどうでもいい。
滝脇祥真は、この支給品をどこで使うか、ずっと悩んでいた。
一人しか助からない支給品だが、別にそれは問題無かった。彼は自分を犠牲にするほど好きになる物など無かったから。
「やめろ!逃げろと言った私の命令を無視するのか!」
「…無視するわけじゃないんです。ただ一度だけ、ツッコミではなく、思いっきりボケさせてください。」
-
滝脇祥真の人生には、好きな物など無かった。
スポーツに、ゲームに、学問に、芸術に、娯楽に熱中している周りを見て、何が楽しいのか分からなかった。
ただ嫌いにもなれなかったし、全てを割り切って生きるほど強くもなれなかったので、適当に周りに合わせて生きていた。
そんな中、いつだったかツッコミメガネというあだ名を貰って、居場所を手に入れたが、それは特にうれしくも無かった。
「やめろ!やめろおぉぉぉ!!私一人でどうすればいいんだ……」
声はすぐに聞こえなくなった。
魔子は小さくなり、次第にカプセルの中に納まって行く。
それを持った祥真は、黙ってそれをカプセルを庭に持っていく。
(本当はあなたを好きと言いたかった。僕の初めての、好きになった人と言いたかった。
でもそれを言ったらあなたをもっと苦しめてしまうから、言えませんね。)
豆粒サイズのカプセルを、庭の隅に置く。
これで最後の別れじゃないと、自分に言い聞かせながら。
家から出ようとした時、怪物の片割れ、ノエルが家に入って来た。
だが幸いなことに、彼女の隠し場所は探られてない。
「ああ、そんな所に隠れていたのですか。もっと離れた場所に逃げていたのだと思いましたよ。もう一人の方は?」
危ない所だった。いくら絶対安全なカプセルと言えど、それに彼女が隠れる所を見られれば、
出た瞬間に殺されてしまうからだ。
「魔子さんならこの家の庭から逃げましたよ。その先は僕を殺して、聞きだしてみればいいじゃないですか。」
祥真は拳銃を出し、ノエルに向ける。
そんな物は脅しにすらならないのは分かっている。
「アハハハハハハッ!!それで本気でやれると思ったのですか?」
祥真の決死の一撃を嗤い飛ばすノエル。
拳銃が発砲されるが、銃弾は悉く明後日の方へ飛んで行く。
超至近距離なら、銃なんてシューティングゲームぐらいしかやったことのない自分でも当てられると思ったが、当てても意味が無い。
「魔子さんは何処に行ったのですか?教えてくれれば、命を助けてあげても良いですよ?」
彼女の言葉をかき消すかのように、何度も拳銃が木霊する。
やがて、痺れを切らしたノエルが、拳銃に触れた。
伝説の殺し屋が使いこなした拳銃は、あっけなく壊れた。
続けざまに、ノエルの左手が、祥真の銃を握っていた手に触れる。
-
「ぎゃああああぁああああぁああああ!!!」
四苦八苦で見た時のように、祥真の拳銃を持っていた両腕が、肘の先から破裂した。
痛いなんて物ではない。身体が熱くなったと思ったら、急激に冷えていく。
気を抜いたら、それだけで死んでしまいそうだ。
自分はもう助からないと、はっきり分かってしまった。
「右手が……」
「もう一度聞きます。魔子さんは何処に逃げました?」
本当は自分一人でも魔子を見つけられる自信はあったが、下僕と言っていた人間に売られる彼女を見たかった。
祥真は答えない。ただ言葉を零さないように歯を食いしばって、目線で彼女の隠し場所が分からないように、ノエルを見据えていた。
応えないと分かると、ノエルは彼の片足に手をかけた。腿の肉が破裂し、祥真は空き家の床に転がる。
「魔子さんは何処へ逃げました?」
残った左腕の肉が破裂する。
肩の骨がそこから覗いていた。
「魔子さんは何処に逃げました?」
ノエルはナイフを取り出し、脇腹の肉を何度も斬り裂く。
肋骨が見える所までやると、ノエルはまた聞き出した。
「魔子さんは何処へ逃げました?」
肉が破裂する。最早祥真の周りには、赤くない部分は残っていない。
ノエルがしたのは、ただの八つ当たりだ。
玲央に先を越された怒りと、四苦八苦を痛めつけずに殺した虚しさ。
それらを全て、彼にぶつけた。
「まこ……さん……だけ……は………。」
□
-
「出してくれ!出してくれ!!出してくれ!!」
カプセルの中は、真っ白な空間が広がっていた。
ひたすら魔子は、ありとあらゆる手を尽くして、カプセルの中から出る方法を探った。
30分間叫び、暴れ、魔法を放ち、それでも何の効果も無かった。
何の意味も無いと分かると、地平線の先まで走ろうとした。
だが、それすらも意味が無かった。
時間が経つと、何事も無かったかのように元の景色が広がり、カプセルは本当にただの透明な入れ物に変わっていた。
「魔子さん?無事でしたか?」
何処からか祥真の声が聞こえた。
砂漠で水を見つけた旅人のように、声のする方向へ走る。
何事も無かったかのように、滝脇祥真が彼女の目の前にいた。
普段は目立つことも無い彼が、ここでは光のように見えた。
「下僕一号!心配したぞ!!無茶するなと言ったはずだ!!」
いつの間にか、フレデリックと四苦八苦も隣にいた。
良かった、助かった、無事だったんだ。双葉玲央が言ってたことは、嘘だったんだ。
心の底から安堵する。
涙を流しながら、祥真達に抱き付いて行った。
もうこれでいい。自分たちは生き残った。これからのことをすればいい。
「え?」
しかし、そこには誰もいなかった。彼女は虚空を抱きしめていた。
薬物の影響か、それとも彼女が下僕たちを求めていたのか。
理由こそは分からないが、それがただの幻覚だったのは確かだ。
当てもなく、夢遊病者になったかのように、フラフラと家を出る。
外に出ると、最後に残った下僕がどうなったのかはすぐに分かった。
「…………!!」
魔子は言葉を失った。
彼女の友は、人の姿を失い、死肉の塊となり、それでも壊れた武器を握ったままだった。
それを見た彼女は、決して気持ち悪いと思わなかった。
-
「…………。」
ただ、形見代わりにするつもりか、祥真の眼鏡だけを取り、またフラフラと歩き始めた。
日が沈む市街地の中を、それからどこをどのように歩いたかは分からなかった。
祥真の言う通り、アンゴルモアを探さなければならない。
分かってはいるが、身体が言うことを聞かなかった。
身体中から、大切な何かが、取り返しがつかない何かが抜けていく気がした。
それから、どれぐらい歩いたか、彼女には分からない。
「おい!嬢ちゃん!!無事か?」
今度は幻聴ではなく、本物の男の声が聞こえた。
サングラスとスーツ姿の、どうみても堅気ではなさそうな男だ
けれど、彼女はそんなことは関係なしに叫んだ。
既にカプセルの中で、喉が枯れるほど叫んだのに、それでもまだ大声を出した。
「殺した……わたしのせいで……みんなしんだ!!!」
「大丈夫か?水、飲めるか?おい、嬢ちゃん?」
「わたしが…みんなをころした!!わたしについてきたせいで……みんな……なのに……。」
それは殺し屋の男が、過去に見たことのある光景だった。
借金でどうにもならないから
子供が妻と一緒に事故に遭ったから
事業に失敗したから
もうどうにもならないから殺してくれという人たちに似ていた。
到底説得できるような相手ではない。
それが分かると彼は、銃を抜いた。
でも、彼が引き金を引く瞬間、呟いた言葉は聞き逃さなかった。
「しにたくないんだ……私は……。」
「そうかよ…。じゃあ生きやがれ。」
拳銃を懐に仕舞い、代わりに彼女の手を握る。
その男の手は、殺し屋とは思えないほど暖かかった。
【フレデリック・ファルマン 死亡】
【四苦八苦 死亡】
【滝脇祥真 死亡】
【残り 20名】
【E–4 ショッピングモール付近/夕方】
【加崎魔子】
[状態]:精神的疲労(極大)幻覚・幻聴(中)魔力消費(特大)
[装備]:無し
[道具]:基本支給品一式 ランダム支給品0〜2(武器関係は無し)
[思考・行動]
基本方針:殺し合いを打破し、デスノを倒す
1:しにたくない
【備考】
※名簿を確認済みです
※薬物の後遺症が顕れている状態です。また、再発するかもしれません。
【神】
[状態]:疲労(大) 腹部に打撲(大)
[装備]:ハンドガン(残弾8) ドグラ・マグラ・スカーレット・コート
[道具]:基本支給品一式 ランダム支給品0〜1 ルイーゼのランダム支給品0〜1 ブーケ 護符×3
[思考・行動]
基本方針:殺し合いの打破。ただし危険人物は殺す
1.帰還し、一服する
2.まずは二度目の放送を待つ
3.あの不死身野郎(宮廻不二)は次こそ会ったら殺す
4.嬢ちゃん(加崎魔子)、どうなってやがる?
【壥挧 彁暃】
[状態]:健康
[装備]:無し
[道具]:ランダム支給品0〜2
[思考・行動]
基本方針:殺し合いを打破する。
1:神と共に、襲撃者(宮廻不二)を撃退する。
2:播岡くるるを探す。
3:この世界が亡国レガリアと関わって来るのなら、是非とも関係を突き止めたい
4:この子の魂…一体何があったのでしょうか……
-
時は少し遡る。
ノエルと玲央の二人は、結局加崎魔子を見つけることは出来ず、移動することに決めた。
目的地は北上した上で東へ向かうことにした。
一度警察署に戻ろうとも考えたが、玲央としては地図に書いてあった宝も欲しかった。
彼女は胸の内にわだかまりを残したまま動くことになったが、いずれ殺すと言うことで、今は見逃すことに決めた。
「そう言えばデスノが言っていた景品のことですが、3人殺したのに何故出てこないのでしょうか。」
「次の放送で渡されるかもしれないし、奴がついたウソとも、先に3人殺した番るとも考えられる。」
それに関して、玲央は特に考えている様子は無かった。
あればそれでよし、貰えなければ先に手に入れた奴を殺せばいいと思っているからだ。
それよりも気になったことは、すぐ近くにあった。
「ところで、例の映画館で頂いたタブレット、まだ持ってますか?私の方は壊れてしまったので、譲っていただけると助かるのですが。」
「渡すわけないだろ。一体何の目的で欲しいのかって話だ。」
「勿論、人が絶望する瞬間は、何度でも見たいからですよ。」
あれほど敵を苦しめて、まだ見足りないのか。
これには玲央もあきれ果てるばかりだった。
-
「お前……本当に人間か?」
「神に誓って、はいと言えますよ。少なくとも何も感じない貴方よりかは人間ですね。」
「それもそうか。」
人から産まれた厄災は街を行く。
次に厄災が目を付けるのは誰だろうか。
【D-3 市街地 夕方】
【双葉玲央】
[状態]:全身の複数箇所に浅い傷 下腹部に打撲(中) 服が焦げている。
[装備]:王杓レガリア 通り魔事件で使ったナイフ
[道具]:基本支給品一式、宝の地図 タブレット ランダムアイテム×0〜2(確認済み)首輪×2 軍用兵器の箱 金属バット フレデリック・ファルマンの支給品×0〜1(武器ではない) グルカナイフ
[思考・行動]
基本方針:知り尽くし、壊し尽くし、優勝する
1:3人殺したので、早くその景品を手にしたい。
2:妹を探して殺し、その死に顔を拝む
3:妙な女ばかりと出逢うな
4:どうにかしてモールの電力源を知りたい
5:一応脱出ルートも可能であれば探しておく
6:あの映像に映っていた病院。この地図に載っているのと同じかも知れない
7:取り敢えず三人殺して、特典を貰う
8:どうにかして、彼女から箱のカギを奪えないものか
9:20550630?何かが起こった年代か?
【備考】
※加崎魔子のライブ映像を観ました
※彼が殺し合いに呼ばれた時期は、2025年6月30日だと確定しました。
どの暦なのかは不明です。
【ノエル・ドゥ・ジュベール】
[状態]:ダメージ(小)疲労(大) 高揚(中) 怒り(中)『病院で出逢った男(新田目)に対しては極大』服や靴がボロボロ 血まみれ
[装備]:グルカナイフ “ブラック・プリンス”
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0〜3(四苦八苦の分を含む) ノエルの制服(血塗れ) No.13の頭部 軍用兵器のカギ 滝脇祥真とスヒョンの支給品×0〜2
[思考・行動]
基本方針:『遊んで』殺す
1:三人殺して特典を貰う
2:血で汚れてしまったので着替えたい。
3:双葉真央を探してショッピングモールに連れてくる
4:双葉玲央が双葉真央を殺すのを観る
5:自分の服や靴を汚した新田目、汀子は絶対に許さない
6:両親への愛を侮辱した男(新田目)は念入りに念入りに苦しめて殺す
7:ミカさんとオリヴィアで遊びたかった……。
8:加崎魔子はいずれ『救ってあげる』
9:軍用兵器を使って、苦しむ者達を見たい
【支給品紹介】
【絶対安全シェルター】
滝脇祥真に支給された道具。
400年以上前にとある魔術師の手により作られた発明品の一つ。
スイッチを押した者は小さくなった上でこのカプセル状のシェルターの中に入り、1日の間は何が起ころうと無事である。
また、シェルターそのものは透明で極めて小さいため、一度隠されると場所が分かることはほぼない。
本来なら1日以上入ることが出来るが、この殺し合いでは30分になっている。
時間が過ぎると中にいる人は元の大きさに戻り、シェルターは二度と使われない。
【神の拳銃】
加崎魔子に支給された武器
神の拳銃と言っても、これそのものに素晴らしい力があるのではなく、持ち主が凄腕だっただけで、これはただのハンドガン。
魔子としては魔法の方に自信があったため、彼女自身が使うことは無かった。
【金属バット】
滝脇祥真に支給された支給品。
スポーツ用品店や学校の野球部の部室に行けばありそうな金属バット。
フルスイングすればそれなりな威力はあるはずだが、それだけではあまりに心許ないことが多い。
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投下終了です
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投下お疲れさまです。
下僕の皆さんの最期焼きつく様に心に残りました。
理不尽なハンデを背負わされながらも、彼らをここまで高め最後まで主であろうとする魔子も大したもの。
喪った後の神との邂逅による魔子の生死の分水嶺、自棄から生に寄った一言に揺さぶられたました。
あと下手人のノエルは確かに行動からして鬼畜なのですが、冒頭の歪みを決定つけさせられた過去や気持ちのいい勝ちを拾えない焦燥感が伝わり、玲央共々悪役ながら無機質な鬼畜な印象があり憎みきれない絶妙な厄災ぶりを印象付けられました。
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予約を延長します
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>>902
感想ありがとうございます
励みになります
笑止千万、アンゴルモア、雪見儀一予約します
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投下します
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図書館で脱出の手がかりを手に入れた2人は、すぐに東を目指した。
彼等が手にした情報は、少なくとも生還と言う面で、板金にも値する価値を持つ。
それ故、一刻も早くその情報を活かすべきだ。
モタモタしていれば情報を奪われたり、情報のアップデートが行われて無価値になってしまう危険性もある。
アンゴルモアの仲間であるハインリヒはどこへいるのか分からないが、とりあえず東へ向かった所までは見た。
「雪見さん、魔力探知?でハインリヒの場所は分からないんですか?」
「貴様に言われるまでもなく使っているが、彼奴はまだ近くにはおらぬようだ。
しかしユキミサンという呼び方もあまり響きが良くないな。」
「え?じゃ、じゃあどう呼べばいいですか?」
「……うむ……儂にもよく分からん。そもそも呼び方に拘るのは、人間だけだろう。」
こう言っているが、実のところ竜は会話を楽しんでいる。
長らく人と会話していなかった彼にとって、アンゴルモアという少年とのやり取りは、ただただ新鮮だった。
異なる時代の生まれか、はたまた話し相手の性格か、会話に詰まることもあるが、それでも楽しい気分になった。
一方でアンゴルモアは、雪見儀一との会話はあまり楽しんでいなかった。
過去にはよく分からない理由で他人を怒らせてしまった経験がある彼だ。
あの時は人だったから良かったが、竜を怒らせてしまえば、一瞬で消し炭にされてもおかしくない。
やっぱり同志であるハインリヒに早く会いたいなと思ってしまった。
ただ、もう一つ懸念していることが、ハインリヒの仲間の舛谷珠李という女だ。
何でも竜である彼に喧嘩を売って、その後も無事でいるそうだ。
もしハインリヒと再会したのなら、彼女もセットで付いてくる可能性がある。
ハインリヒのかつての仲間とはいえ、彼としては、あまりお付き合いしたい相手ではない。
彼女がぶっ放した魔法に巻き込まれて死ぬなんて、笑うに笑えない死に方だ。
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「ム?」
だが楽しい会話は、雪見儀一が見た物によって、唐突に遮られる。
鳥一羽いないこの世界で、空を飛ぶ物が格別珍しいからではない。
視界に飛び込んできたものを、彼はよく知っているからだ。
かつての戦争で、そしてこの殺し合いで、自分の身体に傷を刻み込んだそれをよく覚えている。
「あれは…」
竜の異変に気付き、アンゴルモアも彼の視線の方を見る。
それは遠くから見てもはっきり捉えられる程、大きな翼を広げ、どこかを目指していた。
飛行機やヘリと異なり、音は出していないが、それは異様な存在感を放っている。
どちらかと言うと危機に対して鈍感なアンゴルモアでも、竜が何を見ていたのか分かった。
「“テンシ”か?というと、“奴”も近くにいるという事か?」
雪見儀一はかつての戦争で、“テンシ”のことをよく知っている。
“テンシ”の離れた場所にはオペレーターがおり、インカムで命令を下している。
遊園地で戦った時は終ぞその姿を見たことは無かったが、どこかにその人物がいたと考えるのが妥当だ。
“テンシ”の使い手が殺し合いに乗っているか否かは不明だが、会っておいて損をすることは無いだろう。
「あの、テンシって何ですか……」
「行くぞ。振り落とされるな。」
「え?ちょ……」
急に足を速めた雪見儀一に対し、アンゴルモアは振り落とされないように背中に掴まる。
遊園地の乗り物で酔った彼にとって、早く着いてくれと思うばかりだった。
ちなみに、アンゴルモアは乗り物と異様に相性が良くない。
遠足でバスや電車に乗る時は、酔い止めの薬はマストアイテムだった。
小学4年生の遠足ではそれを忘れて、バスの中で盛大に朝食をリバースしてしまった。
翌年の遠足は電車移動だったが、そこでは女と間違われて乗客に痴漢された。
さらに翌年の修学旅行では、新幹線の自分の席を、いつのまにか他クラスの女子の一団が占拠しており、ずっと通路に立ちっぱなしだった。
しばらく追うと、“テンシ”は1つの建物の中に入って行った。
建物はよほどの金持ちが持っていたのか、雪見儀一でも労せず入れるほどの屋敷だった。
3階建てのうち、2階の窓から、さながら盗みでも働くかのように、音もなく入った。
雪見儀一達は“テンシ”が入った家のすぐ隣で足を止める。
「そこに隠れていろ。」
「え?」
「分からんのか?奴は大量破壊兵器だ。貴様は邪魔でしかない。」
過去の戦争を経験した雪見儀一だからこそ言えることだ。
“テンシ”を稼働する際には、一部の軍人を除き、人間の全員がその場から避難していた。
勿論“テンシ”が強すぎるあまり、戦場に民間人がいればどうしても巻き添えを食う者がいるからだ。
-
アンゴルモアは何か言いたそうにしていたが、彼は無視して、屋敷に押し入る。
中は豪華絢爛という四字熟語をそのまま体現したかのような構造で、正面に金ぴかの女神像が目を引く。
床は大理石で造られているのか、高貴な白さを持っており、その中心を金の刺繡で彩られた赤絨毯が走っていた。
部屋の奥には階段があり、2階や3階に続いているように見える。
階段をうっかり踏み壊してしまいそうになりながら、どうにか2階に辿り着いた。
扉を開けると、これまた異様な光景が飛び込んできた。
「君は!!?」
人ならざる来訪者に、目の前にいた男は驚いた。
だが、驚きたかったのは雪見儀一の方だ。
何しろ、“テンシ”が自分で自分を充電していたのだ。
自家発電という言葉はあるが、これは『自家充電』とでも言うのだろうか。
とにかく、首より下が機械の男が、胴体を充電コードで繋いでいた。
「儂は雪見儀一という。殺し合いには乗っておらん。」
「笑止千万だ。訳あってここでボディの充電をさせてもらっている。」
極めて簡易的な自己紹介をしながらも、竜は目の前の男の身体をまじまじと観察していた。
勿論目の前の男が、胴体が“テンシ”なのは言うまでもなく驚くことだ。
背中を見れば、先程出していた翼が収納されている。
遊園地で戦ったテンシ・プロトタイプとは異なるが、少なくとも首より下は彼が良く知る“テンシ”だ。
「先程申した通り、儂は貴様と殺し合うつもりはない。だが、一つ尋ねたいことがある。
貴様と“テンシ”はどういう関係だ?」
目の前の男は、遊園地で戦ったテンシ・プロトタイプとは異なる存在なのは分かった。
当然、オペレーターも違う、あるいはそもそもいないと判断するのが良いだろう。
だが、それならそれで疑問に思うことがいくつもある。
何故、目の前の男はボディが“テンシ”なのかということだ。
戦争を経験した故、雪見儀一も身体を義手や義足で改造した兵士は見たことある。
だが、“テンシ”をそのように使った兵士など、一度たりとも対面したことは無い。
(…………。)
-
雪見儀一の質問が終わると、沈黙が屋敷を支配した。
間違った質問をしてしまったか?と疑問に思う。思うだけだ。謝罪することも、話を続けることも、その場から離れることもしない。
彼が黙っている間に、新たに気になったことがあった。それは笑止千万と名乗った男の視線だ。
まるで品定めしているような視線で、己を見つめている。
だがそれが、敵意なのか好奇心なのか、全く判別がつかない。
自分はもしかして、間違った相手を追いかけてしまったのではないか。そんな疑問が竜の頭をかすめた瞬間、
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
唐突に、男は屋敷全体に響くほどの大声を上げた。
★
「儂は雪見儀一という。殺し合いには乗っておらん。」
「笑止千万だ。訳あってここでボディの充電をさせてもらっている。」
笑止千万としては、この状況は棚から牡丹餅、いや、棚からダイヤモンドと言っても良い程の幸運だった。
既に彼は、竜とは架空の生き物ではないことを知っている。
異常活用機関に所属していた際に、竜が実在することは耳にしていた。
だが、彼がその御尊顔を目の当たりにする前に、異常殲滅機関に殺されてしまったと報告があった。
竜を見つけた隊員も、殲滅機関によって同じ道を辿った。
あの時逃した貴重な存在が、あろうことか向こうの方からやってきたなど、僥倖としか言いようがない。
フキを手放すことになったのは残念極まりないが、自分は運に見放されてないなと思ってしまう。
自分が万全な状態ならば。
“テンシ”の義体が素晴らしく強いのは、先の戦いで存分に分かったことだ。
たとえ竜が相手でも引けを取るつもりはない。
だが、下半身と左手を喪失しているならば、話は別だ。
相手方は自分と戦うつもりは無さそうだが、どうすべきか。
「先程申した通り、儂は貴様と殺し合うつもりはない。だが、一つ尋ねたいことがある。
貴様と“テンシ”はどういう関係だ?」
この時に、笑止千万ははっきりと分かった。
目の前の相手は、人ならざる畜生の分際で、一丁前に自分を疑っていると。
そして自分さえも知らぬ何かを知っているのだと。
もしもの話、何も知らない一般人が、今の笑止千万の姿を見れば。
『何があったのか』、『だれにやられたのだ』と言った質問を投げかけるだろう。
ところが雪見儀一と名乗った竜は、一段も二段も飛ばして、自分がなぜ“テンシ”の身体を持っているかを聞いて来た。
他者を慮れないのは、相手が竜だからだということにして、相手が何故“テンシ”を知っているのかが気になった。
言葉が通じるなら徹底的に拷問して、情報を一切合切聞き出した後、実験体として使えば良い。
だが、今のコンディションに加え、実験器具一つないこの場所では、さすがにそれは難しい。
-
なぜこのタイミングなんだ。
なぜ異常活用機関の任務中に、竜に会えなかったんだ。
そもそも、あの時のチャンスを潰した異常殲滅機関が悪いんじゃないか。
突然竜に出会えたことによる喜び。
折角出会えたというのに、やりたいことが出来ない苛立ち。
ケダモノの分際で、言葉が話せるというだけで、自分と同じ目線で話が出来るという舐め腐った態度。
そして、異常殲滅機関への八つ当たりにも近い怒り。
そのような感情を振り払うかのように、彼は大声で叫んだ。
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
★
「ど、どうした!?」
その大声は、雪見儀一でさえも驚くほどの声量だった。
屋敷全体が揺れているかのような錯覚を覚える。
ともすれば戦いが始まるのではないとも考え、いつ相手が襲ってきても良い様に身構える。
「いや失礼。こっちの話だ。」
「貴様だけで完結させたい話ならば、大声にすることはなかろう。
それで、貴様と“テンシ”はどういう関係だ?」
この男は“少なくとも今は”敵意を持っているとは思えない。
だが、信用したくなる相手でもない。
自分が聞いても、自分が聞きたいことを返してくれるかは不明だが、とにかく話を聞いてみることにした。
「“テンシ”について聞きたいのは私の方だ。これは10年前私の世界に唐突に現れ、回収された。
その後私達が解体し、調べ尽くしたが、終ぞ全てを解明することは出来なかった。」
「解明できなかった物を自分の義体にしたのか…?」
「答え合わせを恐れていれば、謎は解けぬからな。
どうやら君も“テンシ”を見たことがある様だが、知っていることを教えてくれないか?」
このような状態になっても、自分の知らぬことを知ろうとするとは、見上げた精神だと感心する。
だが同時に、この男に全てを教えていいのか?という疑問は、頭から離れなかった。
「まず、何から話そうか?儂と“テンシ”の関係か?」
一先ずは相手の出方を伺うことにする。
目の前の相手が胡散臭いのは、ナオビ獣の目から見ても明らかだ。
それはそうとして折角相手から話を聞きだしたのに、自分だけ話をしないのも行儀のよいことでは無い。
-
「君の世界で、“テンシ”はどのように人の役に立っていたか知りたい。」
いきなり踏み入った質問をしてくるヤツだ。
彼の質問を聞き、雪見儀一の思ったことはそれだった。
「察しは付くと思うが、有り体に言えば軍用兵器だ。人の敵である“アクマ”を殺すのに使われていた。」
その話をすると、雪見儀一は自分の古傷が痛むような錯覚を覚えた。
“テンシ”の強さは、敵として戦った彼が良く知っている。
同胞も飼い主たる“アクマ”も、何体も“テンシ”に屠られた。彼が生き残ったのは運が良かったからでしかない。
「“アクマ”?そういや私の世界に来た“テンシ”も、アクマがどうのと言っていたな…そこまで教えてくれたついでに、“アクマ”のことも教えてくれないか?」
「……では儂が“アクマ”に捕まってからのことから……」
「雪見さん!え?」
雪見儀一はどこまで説明するべきか悩んでいた所、突然の来訪者によって、会話は遮られた。
アンゴルモアも部屋に入るとすぐに、その異様な光景に驚いている。
「なぜ来た。」
「いやあの…やっぱり一人だと心細いし…あとそれから、この家の外から凄い大きい声が聞こえたので…」
アンゴルモアはチラチラと隣の笑止千万を見る。
別にそれは悪い事ではない。何しろ首より下が機械で、それでいて片手と下半身が無いのだ。
人ではなくて腕相撲ロボだと言われても、ギリギリ認めてしまう姿をしている。
ただ、彼の乱入が面倒ごとを生まなければ良いが、と雪見儀一は思った。
「あの、誰にやられたんですか?」
「爆発魔法を使う異常者にだ。」
「…それって!!あの、雪見さんが戦ったって言ってた、あの、ハインリヒの仲間って人じゃないんですか!?」
「………」
「赤い服を着た金髪の女にやられて、このザマだ。」
-
笑止千万が『ハインリヒと舛谷珠李にやられた』と言わなかった理由は極めて簡単。死人に口なしという理由だからだ。
そして、犯人扱いした人間が増えれば増えるほど、ボロが出る可能性が高くなる。
不心得者どもを攻撃したことを間違っているとは思わないが、正直に話せば敵を作るとも認識している。
怪物如きに嘘までつかなければならないのは、屈辱なことこの上ないが、このような状況で悪人認定されて殺されるのはもっと屈辱だ。
彼は悪人だという自覚はある
厄介なのは、それを問題と思っていないことだ。
「や、やっぱり、ハインリヒさんの友達にやられたみたいです。」
「………。」
手をばたつかせ、オーバーリアクションをとるアンゴルモアに対し、雪見儀一は黙って彼の言葉を聞いていた。
勿論、上の空という訳では無い。ただ何も言わずに、笑止千万の一挙手一投足を見つめていた。
虎視眈々という四字熟語が、まさしく今の彼の姿だ。彼の場合は竜視眈々と言った方が正しいかもしれないが。
(確かにあの女ならば、戦いを挑んでもおかしくないな。)
この男の強さはどれほどの物か、戦ったことがない雪見儀一には知る由もない。
だが、あの“テンシ”を義体にしているというのなら、強さもそれなりのはずだ。
当然彼女が戦いを挑みたくなっても、なんらおかしい話では無い。
少なくとも人面獣心もとい、人面機体のこの男が嘘を言っているようには思えない。
自分が人ではなく竜だから、彼の付いた嘘が見抜けないわけではない。彼はそう思っていた。
(だと言うのに、この違和感は何だ……?)
自分は笑止千万の肝心な所を見落としている。
理由さえ無いのに、そのような気がしてならなかった。
事実、彼の違和感というのは間違っていない。
噓つきは泥棒の始まりと言うが、泥棒が必ずしも嘘ばかり付かないように、相手が正直なことが、相手が善人だという保証にはならない。
「そこで君たちに折り入って頼みがある。私の身体を修理するための機材を持っていないか?」
「………儂にはそんなものは支給されてないな。」
「僕も同じ……あ! 待って下さい!!これ、使えるかもしれません!」
アンゴルモアは懐から妄想ロッドを取り出した。
それは何だと、2人の視線が彼に集まる。
傍から見れば木の枝にしか見えないそれは、とてもじゃないが“テンシ”のボディの代替品にはなりそうにない。
-
「さあ鋼の芯を持つ腕よ、我の下に顕れよ!!」
妄想ロッドを振った先に現れたのは、いかにも海賊の親分が持ってそうな義手だった。
ご丁寧に、先端がフックになっている。
本来なら攻撃魔法しか出せないそれだが、『金属を上から落として敵を攻撃する魔法』という判定を受けて、義手を出せたようだ。
アンゴルモアの性格上、こういう道具は好きだったりするので、すぐに再現することが出来た。
「悪いが、駄目だな。」
しかし、笑止千万はそれを一蹴した。
残された片手で、それを掴むと、いとも簡単に握り潰してしまう。
砕かれたそれを、下らない物のようにポイと捨てた。
「ちょ、何をするんですか?」
「今君が出した物は、鋼どころか鉄でさえない。それを見て見ろ。」
砕かれた義手を見れば良く分かったが、中がスカスカの空洞だった。
おまけに砕けた音から察するに、ガラス細工で出来ているかのように脆い。
一時しのぎにはなるかもしれないが、殺し合いを生き残るにはあまりにも心許ない代物だ。
しばらくすると、砕かれた義手もどきはすぐに消えてしまった。
もう一度アンゴルモアは妄想ロッドで、義手を出してみる。
「そもそも大きければ良いというものではないぞ。」
今度は手に取ることさえしなかった。
妄想ロッドは、事実上何でも作ることは可能だ。だが、それに関する知識が無いと、見た目通りの性能を発揮することはない。
例えば拳銃を出したとしても、モデルガンと何ら変わりない物しか作れず、日本刀も、薄いガラス棒に等しい物が出来る。
双葉玲央と戦った時は風や水など、シンプルな物ばかり作っていたから良かったが、義手のような複雑な作りだと話は別だ。
アンゴルモアはコスプレの知識はあるが、機械の知識は乏しい。
不登校になってから、一度マイPCを作ろうと考えたこともあるが、予算も技術も足りないと分かり、すぐに断念した。
「一つ聞きたいが、それは思い浮かんだ物を出せる杖なのか?」
「はい。」
「だが恐らく、君は機械の知識が足りなくて、こんな物しか作れない。そうでなかろうか?」
「……そうだと思います。」
「その杖、私に貸してくれないかね?私ならば自分の体のサイズに合わせた物を作れると思うが。」
アンゴルモアは、素直に笑止千万に近づき、無機質な片手に妄想ロッドを置こうとする。
確かに、機械の知識が潤沢ならば、妄想だとしてもより精密な物が作れるはずだ。
「待て!!!」
不用意に自分の虎の子の道具を渡そうとするアンゴルモアを、雪見儀一が一喝した。
図書館でも似たようなやり取りがあったが、慣れる物ではない。
肩をビクっとさせ、妄想ロッドを落としてしまう。
-
「ど、どうしたんですか?だからいきなり大声を出さないでくださいよ!」
「迂闊に大事な武器を、信用できぬ相手に渡すものではない。」
雪見儀一の言ったことは、完全に正しい。
殺し合いの場で出会ったばかりの相手に武器を渡すなど、どうぞ殺してくれと言っているようなものだ。
五体不満足な他人の為だからなど、言い訳にすらならない。
「え?では私は、それを使ってはならないと?」
「その通りだ。貴様がそれを手にした瞬間、“テンシ”の大軍を呼び出し、儂らや他の参加者を皆殺しにすることも考えなくてはならぬ!!」
それは被害妄想ではない。雪見儀一の300年を越えた生の中でも、特に記憶に残っている経験に基づいた危険察知だ。
事実“テンシ”の大軍に圧倒され、幾度となく死に瀕した彼だからこそ恐れることだ。
笑止千万が妄想ロッドをどこまで活用できるか、そもそも妄想ロッドがどこまで考えた物を出せるかは不明だ。
だが“テンシ”のことをより知っている彼ならば、悪用することも危惧せねばならない。
「警戒し過ぎと言ってくれるな。このような場なら、臆病なぐらいが適しているのは分からぬことでは無かろう?」
「私はこのままでいろと?片手だけで、ろくに歩くことも出来ない身体のままでいろと言うのか?」
「案ずるな。儂が近くにいれば問題無かろう?それにいざとなれば空を飛んで逃げれば良くないか?」
雪見儀一と笑止千万のやり取りに、アンゴルモアはオロオロするばかりだ。
彼としては妄想ロッドが役立つならば使いたい。だが、雪見儀一の言っていることも分からなくはない。
既に一度殺し合いに乗った者と戦った彼なら分かる。
-
(くそ…何でもいい。早く渡せ!!人の身でそんな実験サンプルの言葉など真に受けてるんじゃないッッ!!)
笑止千万は必死で感情を抑えながら、アンゴルモアが妄想ロッドを渡すのを待っていた。
目の前にある道具にどれほどの強さがあるのか分からないが、自分の身体を再生させられるチャンスだ。
解体し、“テンシ”の内部までよく覚えている彼ならば、知識が無いから張りぼてしか出来ないということもない。
(まだ片腕だけは自由に動かせる…どうにかしてあのガキから奪い取れば良いが…)
片腕を飛ばして、奇妙な杖を奪い取った後、即座に逃げると言うことも考えた。
だが、一歩間違えれば、即座に竜に殺される可能性が高い。
異種族同士、話に慣れぬ者同士のディスコミュニケーションは、奇妙な方向へと転がって行った。
【B-5 屋敷内/夕方】
【アンゴルモア・デズデモン】
[状態]:左脚に怪我(少しだけ自力で歩けるようになった) 横隔膜へにダメージ(少し回復してきた) 腹部に痛み(小) 武器を取られたことによる怒り
[装備]:妄想ロッド
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム×0〜2(確認済み) 宝の地図
[思考・行動]
基本方針:とりあえずまともに歩けるようになるまで、雪見儀一の下にいる。殺し合いには乗る気は無い。
1:宝の地図の示す場所に従って、同志(ハインリヒ)と合流次第、E-2へ向かう
2:同志と離れ離れになるのは寂しいが仕方ない。
3:少し痛みが治まって来た。けどまだ痛いので早く痛みが引いて欲しい。
4:この人(笑止千万)、一体何者!?何か身体が壊れてるし、出来るのなら治してあげたいけど…
5:妄想ロッドを渡すべきか?渡さないべきか?
6:アイツ(双葉玲央)から、どうにかして杖を取り返したい。
7:このドラゴン(雪見儀一)は何を知っているんだ?
8:まさか本物のドラゴンに会えるとは。怖いけど少し楽しい。
【雪見儀一】
[状態]:角破断(ほぼ完治)全身にダメージ(小) 魔力消費(小)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム×0〜2(確認済み) 首輪探知レーダー
[思考・行動]
基本方針:この名に恥じない在り方を
1:宝の地図は、本当に役に立つ物なのか?
2:それよりも“テンシ”を早く対処したい
3:極力殺したくはないが、必要なら躊躇わない。
4:展望台にいた者たちは、どうなったのだろうか……
5:珠李の盟友とかいうハインリヒは、意外に話の分かる男だな。
6:あの時、なぜ儂の話が遮られた!?
7:この男は一体何を企んでいる?儂らが助けて良い者なのか?
【笑止千万】
[状態]:苛立ち(大) 下半身喪失、片手喪失 電力(4/5)
[装備]:超高性能義体
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0〜2(確認済み) 充電器 フキが吐いた魚の肉片
[思考・行動]
基本方針:勝ち残り、デスノを機関へと連れ帰る
1、 ひとまず機体を修理したい。
2、 何でこんな時に竜が出てくるんだ!こんな時でなければ色々したいことがあったというのに!!
3、ハインリヒと舛谷珠李に興味。
4、いいからさっさと杖をよこせ!!
5、身体を再生できれば、出逢ったものは殺す。
6、三人殺せば手に入るというアクマ兵装も、ぜひ手に入れておきたい。
7、フキ、どうか無事でいてくれよ。
【備考】
※この義体の性能込みでも殺し合いが成立するものが、参加者にいるだろうと推察しています。
※超高性能義体が武器扱いの為、ランダム支給品の数が一つ少なくなっています。
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投下終了です
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ハインリヒとエイドリアンで予約します
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投下します
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場所でいうならばH–5に属する住宅街を、二体の人外が練り歩いている。
何方かの正体を知っていれば、「うあああああ」とでも叫びどうなものだが、生憎とそんな者など今の所は存在しない。
グレイシーとスヒョンの、二人というか二体というかは、真っ直ぐ東へと歩いていた。具体的には汀子が稲妻を生じさせた場所を目指している。
本物スヒョンによるミーム・汚染により、精神的なショックを多分に受けた血液生命体が、公園のベンチでぼけ〜っとお空を眺めていたところへ、突如とした生じた稲妻。
晴れているにも関わらず、発生する稲妻を晴天の霹靂と言うが、二人が見たものがまさしくその“晴天の霹靂”だった。
モールで戦った双葉玲央を想起したグレイシーは離れる事を提案したが、スヒョンにしてみればグレイシーの実力を見る良い機会である。
取り敢えず見に行く事にし、稲妻が落ちた場所へ向かって移動する事にした。
三人殺して賞品を手に入れたいグレイシーもまた、玲央が襲っている相手を殺せるかもしれないと考えて了承。
二人して歩いて行ると、今度は巨大なゴーレムが出現した、何者かと戦い出した。
流石に面食らった二体が様子を伺っていると、ゴーレムは膝をついたり跳躍して暴れた後、全身から木の根を生やして砕け散った。
「収まったねぇ」
「収まりましたね」
振動と音が収まってから暫くして、辺りが静まり返った事を確認し、二体は再度歩き出す。
あのゴーレムが何なのかは判らないが、アレと戦っていた者が居る事は確実だ。
無力な一般人を装う為に戦闘能力が高い同行者を求める血液生命体も、利用できる協力者が欲しいグレイシーも、向かう事に共に否は無い。
そして歩いて行った先で、二体は四人の生存者と一つの死体に遭遇したのだった。
「貴様等ーーーーッッ!!!私を襲った野蛮人どもーーーーーーーッッ!!!!!!」
因縁の2人を見たグレイシーが瞬間湯沸かし器と化す。自分1人だけなら冷静に振る舞う事もできるが、偉大なるスヒョンもいるとあっては冷静になど振る舞えない。
【…ったく。これだからバカは疲れる】
ミーム・汚染の進行に気付くことなく、イノシシの様に駆け出したグレイシーを見送った血液生命体は、妙なモノを見つけて屈み込んだ。
「何だ?コレは」
◆◆◆
-
「貴様等ーーーーッッ!!!私を襲った野蛮人どもーーーーーーーッッ!!!!!!」
四人と二体が目線を交わした一瞬後、グレイシーが瞬間湯沸かし器のように沸騰する。
至尊至高至上の存在であるキム・スヒョンに害を加える可能性がある者達として、殺すリストに入れていた双葉真央と七三男。
くるるの死に動揺する暦と、殺人の重みに打ち震える真央と異なり、グレイシーの反応は迅速だった。
認識した瞬間に、思考は二人の排除へと切り替わる。
「あの時のバケモノ!!」
グレイシーに反応したのは暦だ。真央は未だに何の反応も見せない。
「此奴は人間に化けたバケモノだ!!」
血相変えて凍結銃をグレイシーへと向ける暦。応じて武器を構える新田目と汀子に対し、グレイシーは身構えこどすれど、肉体を変異させる事はしなかった。
【此処で変異すれば……スヒョン先生にっ!】
肉体を変異させ、戦闘形態に移行すれば、四人を相手にしてもそうは引けを取らないだろうが、グレイシーにその選択は出来ない。
興奮の極みにあるが、それでも思考が働くのはグレイシーの高い知能を示している。
此処で変異すれば、偉大なる宇宙に輝く至高の星であるスヒョン先生に、正体がバレる事になってしまうからだ。
張り詰めた空気の中、四人と一体が睨み合う中。
「ああ、先ずは話し合いと行こうじゃあないか。
残る一体、スヒョンの態度は平然たるものだ。
「私は彼女……。グレイシーくんに随分と世話になったんだ。彼女をバケモノ呼びされるのは気に食わない」
「スヒョン先生……」
キム・スヒョンの事を神と崇めるグレイシーは当然受け入れる。
暦にしてみても、正面からグレイシーと戦うのは気が引ける。新田目と汀子は状況が良く分からない。真央は気を取り直す時間が欲しい。
其々の思惑が、スヒョンの提案を受け入れさせた。
【病院メスブタよはこの中には居ないか】
血液生命体は、病院メスブタこと四苦八苦の事は顔すら覚えていない。見かけて即座に殺しにかかったので、名前も知らない。
病院メスブタを探す材料といえば、異常に不味かった血の味と、容姿が全く好みじゃ無かったという事だけだ。
汀子も真央も、血液生命体の好みの顔だ。病院メスブタでは無いと確信できる。
「……では先ずは自己紹介から始めよう。互いの名前も知らないでは、不便な事この上ないからね」
流れとはいえ、完全に場を仕切りだした血液生命体に、グレイシーを除く全員が不満を抱いたものの、拒絶する理由もないので従った。
◆◆◆
-
全員が名乗り合ってから、スヒョンに促された暦が、グレイシーとの間に何が合ったのかを話し始めた。
真央がグレイシーに襲われている現場に出会した事。支給品を使って真央を助けた事。
「ふむ…。つまりグレイシーくんがそこの真央くんを襲い、そこへ貴方が助けに入ったと」
腕を組んで、暦から話を聞いたスヒョンは、念を押すように確認する。
「あ、ああ…、そうだ」
此処まで説明したのも、スヒョンの質問に答えているのも暦だった。真央は一言も話さない。
傍目にはグレイシーに怯えている様に見えるが、実際にはどう切り抜けるかを考えているのだ。
何しろグレイシーを襲い、手痛い反撃を受けて殺されかかったというのが事実なのだから。
いくらグレイシーが人に擬態したバケモノだとしても、真央が殺し合いに乗っていて、先に襲ったと言う事実は不動なのだ。
その事実が明るみになれば、真央がくるるを殺した事も、連鎖して明らかになるだろう。
「私がグレイシーくんから聞いた話では、友好的に接してきた真央くんにいきなり襲われ、何とか返り討ちにしたら、君が襲って来て二人とも逃してしまったという事だったが」
スヒョンの目線を受けて、真央が僅かに震える。
「何方かが嘘をついている。という事になるが、私にはグレイシーくんが殺し合いに乗っているとは到底思えないんだよ。
なぜなら、彼女はモールで真央くんにそっくりの男に襲われていた少年少女を救っているからね」
「お兄ちゃんと逢ったんですか!?」
何よりも欲する兄の情報に、無言だった真央が激しく反応した。
「らしいね。私は見ていないがね。私とフレデリック・ファルマンという男性を襲った少女と共に行動している様だ」
もう一人、病院メスブタこと四苦八苦が居たのだが、生憎と四苦八苦がスヒョンの視界に入らない様にしていた上に、スヒョンも興味が無かったので、ロクに認識すらしていないのだった。
「女の人と……!?」
「ああ、私達を救う為に皆殺しにするつもりらしい。言動こそ狂っていたが、『とても綺麗な』お嬢さんだったよ」
兄が女と一緒に行動していると聞いた真央の動揺を見逃さず、真央の心を抉る情報を強調して説明する血液生命体。
表情が歪んだ真央を見て、唇の端を吊り上げた。
「……一つ効きたいんだが、その女性は弓を持っていなかったか?」
此処で新田目が口を挟む。双葉玲央の行状は知れば知る程に、この殺し合いの場に於いて脅威だと認識できるものだ。
その双葉玲央が、自称オリヴィアと行動を共にしているかも知れないとなれば、新田目も平静では居られない。
「ああ、持っていたよ。妙な体脂肪を攻防に用いる、長い金の髪のお嬢さんだった。“ミカ”と名乗っていたが、君も襲われたのかい?」
「……………“ミカ”…だって?」
オリヴィアの名が使えなくなったので、今度は“ミカ”の名を使っているという事に気付き、新田目の顔色が変わる。
【この反応。此奴の知り合いか何かの名前か。どうやら“ミカ”ちゃんのおかげで、この場は上手くやり過ごせそうだ】
表情を怒りで強張らせる新田目そ他所に、真央と汀子を交互に見やる。
【男二人はどうでも良いが、嬢ちゃん達は好みだなぁ。退魔巫女の方は厄介だが】
真央も汀子も、殺して血を貰うには良い相手ではあるが、汀子の方は襲っても楽に殺せそうには無い。グレイシーの件もある。今の所は、様子見とするべきだった。
-
「………何か?」
スヒョンと目線が合った汀子が聞いてくる。
汀子にしてみれば、スヒョンもグレイシーも人の気配がしないという点で同類だ。
強いて言うなら、スヒョンの方はまだ妖魔に近い気配だが、グレイシーの方はさっぱり判らない。
スヒョンと暦が話している間に、新田目と意見を交わしたが、新田目はスヒョンからは、“アクマ”に似た雰囲気がすると言った。
汀子は“アクマ”を知らないが、新田目の話からすると、邪悪かつ奸智に長けた存在だと分かる。
フレデリックと2人掛とはいえ、ショッピングモールで自称オリヴィアと交戦して生き残った辺り、それなりの実力もある。
相応の戦闘能力と、“アクマ”に似た雰囲気を持つというキム・スヒョンに対し、汀子が警戒するのは当然の事だった。
「ああ、私はバイセクシャルでね。女もいけるのさ(ヌッ)。君の格好が、少々刺激的でね、つい目がいってしまう。許して欲しい」
深々と頭を下げるスヒョンへと、ケラウノスを叩き込みたい衝動を、汀子は堪えていた。
ケラウノスを叩き込んだ場合、ミーム・汚染によるケッタイな発言に悶絶しているのを、頭を下げる事により隠した血液生命体が愉快な事になったのだが、それは汀子の預かり知らぬところである
「話が逸れてしまったね。グレイシーくんと真央くんと、何方が殺し合いに乗っているかという事だが、私はグレイシーくんを信じるよ。
何故なら、グレイシーくんが殺し合いに乗っていた場合。私を殺しに掛かっているだろう?ならば只人の私がこうして生きていられる訳がない」
汀子と新田目は揃って嘘だと思ったが、指摘した場合スヒョンとグレイシーの正体不明の人外と敵対することになる。
少なくとも今のところは大人しく友好的な以上、此処は事を荒立てるべきでは無いだろう。
「じゃあ、わたしが殺し合いに乗っていると言いたいんですね。人間じゃ無い怪物の肩を持つんですね」
「それ以外にあるかね?其方の男性は、途中から見たので勘違いした様だが…。グレイシーくんが私に対して危害を加えず、君のお兄さんに襲われていた二人組を救出したのは事実なのだよ」
スヒョンは真央が殺し合いに乗っている事を確信しているが、その辺はどうでも良い。真央は能力的にはどうとでもなる手合いでしか無い。生殺与奪の権はスヒョンの手中にある。
スヒョンの思惑としては、此処で汀子や新田目と揉めるのも、グレイシーと別れるのも避けたい。ロリババアことアレクサンドラを始末する為に、必要な戦力なのだから。
扱い易く強い馬鹿と、殺し合いに乗っている一般人。何方を取るかの話でしか無い。
更にもう一つ思惑が有り、その為の仕込みを行なっている。後はタイミングを見計らって、真央を此処から立ち去らせれば仕上げとなる。
【ロリババアを始末するまでは、はいごくろうさん。もうお前には用はない。する訳にはいかないんだよ】
『ロリババアの息の根を止めろ。私に忠誠を示せっ』と言えば二つ返事でアレクサンドラに突っ込んでいくだろうグレイシーを手放すという選択肢は、アレクサンドラが生きている限り、血液生命体には存在しない。
「デスノが言っていた剣を手に入れたかったからじゃないんですか?お兄ちゃんを殺した後、襲われていた二人を殺せば、三人殺した事になりますよね」
【そうだねぇ】
横目に見たグレイシーの表情から、事実だろうと確信して。胸中に、真央の言葉を認めつつ、スヒョンはグレイシーの弁護を続ける。
「黄昏さんの話からすると、君はグレイシーくんに襲われたが、殺されなかったじゃあないか。お兄さんは君より強いんだろう?なら、君の言ったプランは成り立たない。
先ず最初に殺さなければならない、君のお兄さんを殺す事が出来ないんだから」
スヒョンは話しながら、足元の路面を砕き、血を地面に浸透させている。
道路に散らばる血の染みと化しても、血液が蠢き再結合するの血液生命体は、逆に予め切り離した血液を、独立行動させる事も出来る。
もっとも、距離が離れ過ぎては、只の血になってしまう為に注意が必要だが。
-
「わたしは嘘をついていないよ。君のお兄さんにはグレイシーくんしか逢っていないが、“ミカ”には新田目さん達も会っている。
そして二人と私たちは初対面だ。口裏を合わせることなんて、不可能なのさ」
「……………ッ!」
“ミカ”と口にする度に、新田目の表情が歪むのを愉しみながら、血液生命体は言い淀んだ真央へと追い討ちを掛ける。
「キミの証言とグレイシーくんの証言と。双方を相殺するとしても、其処の彼女はどうする?疑わしいのはキミだよ。真央くん」
くるるの死体を指差して、『お前がやったんだろう』と指摘する。
一瞬だけ、真央の表情が歪んだのを、見逃す血液生命体では無い。
「トレイシーという男が出現させた怪物に君が襲われ、彼女が庇った。裏付けるものは何も無い。君が殺してトレイシーに罪を被せたとも考えられる」
失礼するよ。といって、くるるの死体を改める血液生命体を、真央は凄まじい目付きで睨んでいた。
此処で隙だらけのスヒョンの頸動脈を掻っ切ることは可能だが、その前にバケモノ(グレイシー)に殺される。
グレイシーをなんとかしたとしても、その後で汀子と新田目を纏めて相手にしなければならず、どうしても真央は詰む。
「傷口は一つ。牙や爪にしては妙ではあるが、蠍やイモガイの様な毒針を用いたとすれば説明はつく。だけれど」
真央は無言。もう少しこの2人が早くやって来れば、グレイシーにくるる殺害の容疑を被せられたと悔やむが、後悔先に立たず。
どドロシーを壊していなければ、キム・スヒョンを人外だと告発も出来たのだがそれも叶わず。
自らの行為により俎上の鯉と化していた真央は、もはや活け造りにされる未来しか無い。
「傷口からしてかなりの大きさなんだが、そんな大きさの怪物を、君とくるるさん以外が見ていない……。妙だなぁ」
薄っぺらな嘘が剥がれていく真央の様子を観察し、嗜虐心が満たされていく感覚に、血液生命体は深い充足を覚える。
【ああ…良いねぇ、この感覚。アメリカのマサチューセッツで魔女裁判やって吊るしまくった時のこと思い出すなぁ……。あの時の名前は、確かアビ」
回想を真央の叫びが遮った。
「大きなワニみたいな化け物が、いきなり襲ってきたの!!」
「……ああ、なら見えないかもね。地べたを這いずり回っているんじゃあね。一つ訊くけれど、その化け物は、くるるさんを殺した後、君を放置して去ったんだよね」
真央は無言で頷き、肯定の意を示す。この後に続く質問を察したのだ。それに応えるために頭をフル回転させているのだ。会話をする余裕など無いのだろう。
「何故そんな事をしたんだろうね。くるるさんを喰うわけでも無く、ただ殺す為に君達を襲ったとでも?」
「……くるるさんが超能力で、持っていた刃物を顔面に刺したのよ」
「超能力?」
新田目と汀子の方を見ると、確かにくるるが瓦礫を飛ばせる程の超能力を使用していた事を説明した。
「ククク…。それだとしても怒りに任せて襲い掛かって来そうだが」
「言い掛かりを……!」
【そろそろだな】
汀子に気付かれないように、実に時間を掛けてしまったが、準備は終わった。余興を終わらせて、本来の目的に移るとしよう。
「時にさっき拾ったんだが。コレに見覚えは無いかね」
腕組みする事で隠していた“モノ”を取り出す。
赤黒く変色した液体が付着した白いモノは、動物の牙に見えた。
「さっき拾ったんだが。コレは何だろうねぇ。くるるさんの命を奪った折れた怪物の牙……。あれれ、君は怪物の牙が折れたとはいっていなかったよね」
真央の目線が上下左右に忙しなく動き出す。小刻みに全身が震え出す。
状況証拠が自身に限りなく不利だった上に、スヒョンが最初から凶器まで持っていたとなれば、最初から決着していたも同じ。
-
「くるるさんに襲われた…。というのは無いねぇ。彼女は超能力を使うんだ、君に刺される位置から攻撃する理由がない」
【逃げ道は開けてある。サッサと逃げたまえよ。死体はあまり美味くないんだから】
スヒョンはグレイシーの隣に立ち、新田目と汀子が離れた場所に立っている。残った黄昏が離れた場所に1人で立っていた。
薄ら笑いを浮かべるスヒョンの前で、真央の震えが止まった。
「う…うわあああああああ!!!」
絶叫した真央が走り出す。向かう先は、黄昏暦。
絶叫しながら向かってきた真央に面食らった黄昏に、真央の強烈なショルダータックルが決まる。
もつれあって2人は倒れ、即座に1人が立ち上がって走り去った。
「生きているかね」
倒れた自分を見下ろして、妙に愉しげに訊いてくるスヒョンの顔に、底知れないドス黒い悪意を見た様な気がして、黄昏は震え上がった。
「あ、ああ…」
トレイシーの得体の知れなさとは異なり、理解の範疇には有るが、その質と量の桁が違う悪意に、心底怯えた暦は、人生最速と断言できる速度で起き上がる。
そそくさと距離を取る黄昏に、スヒョンは無感情な視線を向けた。
【真央ちゃんが殺しておいてくれれば、手間が省けて良かったんだが】
フレデリックの様に好みでは無い黄昏は、殺してもあまり愉しくは無く。言われて殺しをやらされている身としては、死んでおいてくれた方が良い存在でしか無い。
真央がキルスコアを稼ぐことになるが問題は無い。放送が終われば真央は死ぬ身なのだから。
砕いた足元に浸透させておいた血液を、真央が逃げた方へと移動させる。
離れた血塊は、スヒョンと思考も性格もそっくり同じ分身を作成して、スヒョンのアリバイを堅持したまま不可能犯罪を可能とする。
回収しなければ、分身の記憶や経験はフィードバックされないし、あまり離れ過ぎると制御を失って唯の血になってしまうが、便利な機能として血液生命体は愛用していた。
【逃げられたと思うかい?行き着く先はサンドバッグだよ】
◆◆◆
-
「さて…。真央くんを追う事も重要だが、その前に情報の共有をしておきたいんだが」
逃げた真央を捕食する時間を作る為に、情報交換を持ちかける血液生命体に、僅かな逡巡の後に新田目と汀子は承諾した。
真央が殺し合いに乗っているとしても、戦力としては一般人の枠を出ない。異能者だの人外だのが練り歩くこの舞台では、“狩る側”になる事など有り得ない。
真央が直近の脅威ではない以上、脅威となるだろう存在について知る事が、生き残る為には必要なのだった。
「私達が出逢った危険人物については話したね。更に追加で、もう一人、危険人物かも知れないのがいる。
アレクサンドラ・ヴォロンツォヴァという名前が名簿に乗っているだろう。私が知っている人物────存在だとしたら、気をつけたまえ。
グレイシーくんには信じて貰えないだろうと思って言わなかったが、私が知っているアレクサンドラ・ヴォロンツォヴァだとしたら、二百年以上生きた吸血鬼だ」
異能者だの“テンシ”だの魔物だのサダコだのに加えて、吸血鬼まで追加されて、新田目と汀子が揃って頭を抱えた。
どれもこれも単体では手に余る怪物だ。それを複数相手にするかも知れないのは流石に御免被りたかった。
対策を考える二人をよそに、血液生命体による誹謗中傷は止むことなく続く。
曰く、上品な老婦人の姿をしているが、性格は凶暴残忍極まりなく。喰らった存在を三次元空間から消し去る影で出来た、ウィルスのスピードで大量殺人する犬を使役する。
曰く、人間の中でも子供を好み、気に入った少年少女を拉致監禁して、最低でも数週間掛けて嬲り殺しにする事を好む人面獣心の異常性愛者である。
曰く、人間の両手と全ての歯を引き抜いて箱詰めにしたものを、“血液サーバー”と呼んでいる。
曰く、人間をサンドバッグにINして殴る蹴るする。
曰く、“猛婆注意”。悪魔の様な“あの女”。
およそ生かしておいて世の為になる存在では無く、言葉を交わそうとするのは此方を欺く為であり、聞く耳を持たず速やかに抹殺するべきであると。
【これだけ言っとけば、ロリババアと会ったら即殺しにかかるだろうよ。奴が私の過去をバラしても、自分の所業を私になすりつけようとしていると思われるだろうな】
アレクサンドラの名誉を徹頭徹尾貶めてほくそ笑むクズを超えたクズ。まるで蛆虫だ。
「私達が出逢った危険人物で、貴方達が知らないのは、トレイシー・J・コンウェイです。デスノと違って何を目的としているのか不明で、混沌と災厄を齎すとしか」
“テンシ”の事を秘して、汀子がトレイシーについて語る。この人外達に“テンシ”が扱えるなどとは思っていないが、それでも知らせる事は出来なかった。
【只の愉快犯か。それとも暇なんだろうな】
暇だから、面白いから、そういった理由で人類史で起きた虐殺の中に混じり、積み上げられた屍の山の高さを増し、流れた血の大河の量を増やした血液生命体の感想はこの程度だった。
「ふむ、覚えておこう。出逢っても話に耳を貸してはいけないという事だね。それで、黄昏さん、貴方は誰と会ったんだい」
残る一人。七三分けに話を振る。
正直なところ、此奴程度の実力で生きていられる時点で、大した脅威には接触していないのだろうとは考えられるが。
「全身を鎧で覆った、不死身の男だ。鎧の所為か、当人の力かは知らないが、とんでもない怪力だった。マシンガンで蜂の巣にしても死ななかった」
【死なないのと馬鹿力がウリか。大した奴じゃないな。マシンガンで傷つくなら首輪抜くのも楽だ】
【先生を脅かす野蛮人が……。後から後から】
一般人には手に負えない存在である宮廻不二も、血液生命体にとっては大した脅威になりはしない。首輪を引き抜くのが病院メスブタよりも面倒そうだと思っただけだ。
一方にグレイシーは、高砂の浜の真砂の様に尽きぬ野蛮人に切れていた。
偉大なるキム・スヒョンの身の安全を盤石とする為に、始末しなければならない野蛮人が多過ぎる。
◆◆◆
-
「さて…、情報の交換が終わったのならば、今後はどうしようか」
情報交換を終えて、今後の行動を決める。
双葉真央を追うか、トレイシーを探すか、それともこの二つ以外の行動をするか、
血液生命体にはどれでも良かったが、どれでも良い為に、時間稼ぎも兼ねて訊いてみる。
「一つ良いかな」
「……どうぞ」
「貴方は、アレクサンドラ・ヴォロンツォヴァが吸血鬼だといった。その所業も知っていた。何処でどうやって知ったんだい」
「ゆ”っ……」
当然といえば当然の疑問である。汀子の様な者ならばいざ知らず、只の一般人であるスヒョンがそんな事を知っていれば、当然疑われる。
言葉に詰まり、コッソリと背中側に“眼”を形成して汀子の様子を伺うと、ケラウノスをいつでも抜ける姿勢になっていた。
「………私が嘘をついているとでも言いたいのかね。そのエビデンスは?」
汀子が襲いかかってきたら即回避できるようにしながら、新田目に訊き返す。
「無い。けれども、疑問があるのは確かだ。今後の事も考えて、晴らして起きたい」
「……ふむ。では話そう」
時間稼ぎにもなるし丁度良い。そんな事を思いながら、血液生命体は昔話という名の作り話を始めた。
子供の頃、よく遊んで貰った老婦人が居たこと。その老婦人の名をアレクサンドラ・ヴォロンツォヴァといったこと。
ある日を境に、アレクサンドラが姿を見せなくなり、心配していた所へひょっこり現れた事。
その時には、『優しかったお婆ちゃん』は、吸血鬼に殺されて入れ替わられていた事。
吸血鬼の異常性愛の犠牲になりかかった所を、ヴァチカンのエクソシスト達に救われた事。
血液サーバーにされた人間や、惨殺された少年少女の惨たらしい骸をその眼で見させられた事。
「あまり思い出したくは無いんだよ。けれども、此処に居るのが、悪魔のような“あの女”なら、お婆ちゃんの仇だ。是非ともこの手で殺してやりたいんだ」
「………辛い事を聞いて済まなかった。許してくれ」
沈痛な表情で頭を下げた新田目を。
【まぁ嘘なんだけどな】
血液生命体は胸中で嘲った。
-
【H-5 市街地 夕方】
【本汀子】
[状態]:ダメージ(中) 精神的疲労(特大)、心労(特大)
[装備]:"電磁兵装"ケラウノス
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム×1〜2(未確認)
[思考・行動]
基本方針:不平等に人を助ける。それは揺らがない。
0:くるるさん……
1:トレイシーは何処へ行った!?
2:人の集まりそうな場所を目指す
3:病院で戦った女(ノエル)への対処法を考える
4:テンシ・プロトタイプどころでは無くなってしまった……
5:双葉真央が、くるるさんを殺したの?でも断罪する気にはならない…
6:AIドロシーはどこ行ったの?
7:知らない人に会ったら、新田目さんが殺し合いに乗っていないことを話さないと。
8:この2人(キム・スヒョン&グレイシー)人間じゃない。
9:真央さん……。
【備考】
※ケラウノスの電量は自信の力で賄えます
※参戦時期は、2053年です。
【新田目修武】
[状態]:ダメージ(中) 右腕に火傷(小) 悲しみ(大)、心労(大)
[装備]:拳銃(残弾数13) 兵装“ジャンヌダルク”
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム×0〜1(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:家族の下に帰る
1:それでも生き続ける
2:トレイシーを許さない。
3:テンシ・プロトタイプを探す。最悪の場合は破壊も辞さない。
4:テンシに似たエネルギーを持つ者?一体どんな奴なんだ?
5:殺人者扱いか。デスノ、面倒なことをしてくれるな。
6:どうにかして播岡くるるの仇を取りたい。
7:キム・スヒョン…。アクマの様な雰囲気がするなんて
※参戦した時間は、2025年の6月30日だと判明しました。
【黄昏 暦】
[状態]:健康、精神的疲労(特大) 冷や汗
[装備]:凍結銃(残数1発)
[道具]:基本支給品一式、サブマシンガン、ランダムアイテム1〜2(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:死にたくない。殺し合いも嫌
1:真央や新田目たちと共に行動する。
2:大人として、子供を見捨てるのは間違ってるよなぁ…
3:少女(真央)の安全は確保したい。でも彼女、何考えてるかイマイチ分からないんだよな。人も殺してるんだよな
4:トレイシーは何処に行った?
5:この世は化物だらけかよ……生き残れる自信がねえ。
6:真央、お前何を考えて?
7:結局俺の能力ではどうにもならないのか?
【備考】
※触手の化け物(グレイシー・ラ・プラット)と不死身の青年(不二)怪物と認識しました。
※双葉真央をできる限り保護したいと思っています。
※予知した死の光景を警戒しています。
-
【キム・スヒョン】
[状態]:ダメージ(大よりの中) 困惑(大) ミーム・汚染(大)
[装備]:無し
[道具]:フレデリックの支給品の地図
[思考・行動]
基本方針:死ぬのは嫌なので優勝する…が、大分面倒になってきてないかこれ。優勝するだけで済むのか!
1:なるべく愉しんで殺す
2:面倒な奴は避ける、と言いたかったが、この面倒さは予想してたのと違う!!
3:少年(フレデリック)と組みたい。(罪悪感に苛まれるところを見たいだけとも言う)
4:あの嬢ちゃん(加崎魔子)は嬲り殺して血を貰う
5:何か最後の奴(滝脇梓真)は適当に殺して血を貰う
6:コイツ(グレイシー・ラ・プラット)や汀子ちゃんを利用してロリBBA(アレクサンドラ・ヴォロンツォヴァ)を始末しよう
7:“ミカ”ちゃん(ノエル)は今は殺せそうにないなぁ
8:誰か殺して調子を取り戻さねば
9:此奴(本物スヒョン)とは早く縁切りしたい
10:真央ちゃんはいい感じに甚振り殺して血を貰う
※男物のスーツを着用しました。
※キム・スヒョン(本物)の記憶と知識を掘り返したせいで、記憶と知識に本物スヒョンのものが混じりました。
思考や人格や精神には影響ありませんが、身に覚えのない変な言葉が出てきます。ミーム・汚染が近いです。
※身体を構成する血液の一部を切り離して、分体を作成しました。同一エリア外に出ると制御を失います。
【グレイシー・ラ・プラット】
[状態]:ダメージ(中)、興奮 激おこ
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・行動]
基本方針:デスゲームからの脱出、及び全情報の完全抹消
1:目撃者(双葉 真央)、七三の男(黄昏 暦)は必ず抹殺する。
2.記憶消去装置も平行して探す。
3.下等生物に不覚をとるとは、それも2回も、ドルーモの大恥っ!
4.まさかこんな所で、憧れの地球人に逢えるとは!!
5.でも殺さなきゃ帰れないんだよな。どうしようか。
6.先生を襲った野蛮人どもは許さない
7.先生に犬をけしかけたアレクサンドラは許さない。ぶっ殺します
8‥スヒョン先生の安全確保の為にも、全ての野蛮人共をぶっ殺します
9.流石は偉大なるスヒョン先生だ。脱出への目処が出来たっ!
◆◆◆
-
「はぁ…はぁ……は…あ……」
双葉真央は必死に走っていた。グレイシーはもとより、新田目も汀子も真央の手には負えない強さ誇る。追いつかれては、真央願いは永遠に叶わない。
黄昏に体当たりを仕掛け、武器を奪い取って逃げようとしたものの、咄嗟のことだったので上手くいかず、時間を掛けて捕まる事を避ける為に得るものも無く逃げるしかなかった。
くるるを殺した事が、こうもあっさりとバレるとは思っていなかった。とはいえ放送で殺人者の名が読み上げられる事を思えば、どの道バレるのは時間の問題だったが。
「はあ…はあ……はあ……あ」
物陰にへたり込み、これからどうするか。どうやって勝ち残るか。そんな事を考えながら、息を整える。脈動と呼吸とがようやく落ち着いた時、傍にに誰かが立っていることに気がついた。
愕然と顔を上げると、そこに在ったのは、厭な笑みを浮かべて見下ろすキム・スヒョンの姿。
分離した血塊は、離れた場所で身体を形成。適当に服を調達して、真央を追ってきたのだ。
「…………!?ッッ」
「やあ、また会った………」
キム・スヒョンは、喉に刺さった刃物を面白そうに見つめた。
「いきなり刺してくるとは、肝の座ったお嬢さんだ。殺す愉しみが増す。さて、どう殺そうか?窒息させようか?シンプルに殴り殺そうか」
喋くっている間にも、首を刃物が走り、心臓のある部分に突き刺さり、眉間に突き立てられるが、血の化け物は平然として語る。
「あのバケモノだって、刺したら血が……!」
「何だ、あの馬鹿は刺したら血が流れるのか。なら、殺せるな」
はいごくろうさん。もうお前には用はない。と言わんばかりに、血液生命体のビンタが決まり、真央は風車の様に回転しながら飛んでいった。
「何度も酷い目に遭ってね。誰かを殺して血を頂きたいのさ。君は好みだ、丁度良い」
苦痛に呻く真央の腹に蹴りを入れて、仰向けにすると、腹に足を乗せて体重を掛けていく。
「君のドテッ腹に風穴を開けることだって出来るんだがね。加減してあげよう。今殺したら放送で呼ばれるからね。放送が終わるまでは、生きていられるよ」
肝臓に蹴りを入れて横を向かせると、鳩尾へと爪先蹴りを見舞う。
正確に横隔膜に靴の爪先がめり込んで、横隔膜が機能不全を起こし、のたうち回る真央を、愉悦そのもの表情で見下ろすキム・スヒョン。
ミーム・汚染で悶絶していた面白生命体の面影など何処にも無い。
髪を掴んで引きずり起こすと、精確に内臓の位置へと打撃を打ち込み、真央を死なない様に痛めつけていく。
「サンドバッグでも有れば、入れて吊るしておけるんだがね。残念ながら無いんだ。髪が千切れたら済まないねぇ」
さっきの言葉通り、死なない様に加減している。このまま放送が終わるまで嬲り続けて、終わったら惨殺して血を貰う。
「ゴフッ!グハっ!」
「殴られるのは飽きたかね?では趣向を変えよう」
反応が鈍くなった真央を見て、拷問の方法を変える血液生命体。
顔を鷲掴みにすると、腕を一振り。真央を2mの高さへと放り上げる。
「ガッ!?」
何とか顔は庇ったものの、強かに全身を打って呻いた所へ、肛門に爪先蹴りを入れる。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ!!!」
金的と並ぶ急所に被弾した真央は。獣じみた絶叫を上げてのたうち回った。
真央の顔を腹に押し当てると、真央の頭部がズッポリと腹の中に収まった。身体が血の塊である事を活かした拷問法だ。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!」
奇怪極まる溺れ方に、真央が必死に暴れ続け、やがて動かなくなるのを愉しく見物してから、腹から出してやると、思い切り腹を抉る様に殴る。
「ゴォおええええええええ!!!!」
スヒョンの血と、自身の胃液を盛大に吐き出す真央を見て、血液生命体は呵々大笑した。
「HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!!!ああ、やっぱり人間の苦鳴は良い。ようやっと本調子に………】
-
瞬間…。血液生命体の脳内に溢れ出した
存在しない記憶。
車奪って逃走→サンドバッグにIN!!
「う あ あ あ あ あ あ あ あ」
逃げ出したと思った矢先に、捕獲されて殴打される真央に、本物スヒョンの記憶が呼び起こされ、新たなるミームが脳裏を走るっ。
頭を抱えて絶叫する血液生命体を後に、真央は傷んだ体に鞭を打って走り出した。
「グっ……。本物めっ、何処までも私を愚弄する気かっ」
因果応報だと考えられる。
真央の姿が見えなくなっていることに気付き、後を追おうとした血液生命体を、突然背後から衝撃が襲い、身体が宙へと舞う。
クルクル回転しながら飛んでいった血液生命体の身体は、建物にぶつかって跳ね返り、路面へと頭から落ちた。常人なら即死である。
「久しぶりね」
血液生命体に痛打を見舞ったのは、アレクサンドラ・ヴォロンツォヴァに他ならない。
血の臭いを辿って来たアレクサンドラは、突如として臭いが二つに分かれた事に眉を顰めるも、二つとも消せば良いとばかりに、近くの方へと突撃したのだ。
「…………………」
血液生命体は答えない。アレクサンドラが自分を狙って来た事に疑問を覚えるが、取り敢えずやり過ごす為に死んだふりをする事にする。
「行きなさい」
短く告げられた血液生命体の処刑に応じて、影かr飛び出した犬が牙を剥き、地面に伏せる血液生命体へと時速100kmを超える速度で駆け出す。
牙が血液生命体へと食い込む直前。地面が爆ぜた。
「いきなり人を轢いて、犬をけしかけるとは野蛮人が過ぎやしないかね」
腕の力だけで10m以上の距離を跳んで、アレクサンドラを非難する血液生命体は、表面ほどに余裕は無い。
【いつもの状態を100とすれば、此処にいる私は20を切る。ロリババアの相手なんて出来るわけが無い】
兎に角何とかやり過ごそう。そう考えた血液生命体は、取り敢えず会話を試みる事にする。
「貴様と話すことなど何も無い」
ゲオルギウスから降りて路面に立ち、血液生命体へ台所でGを見た時の様な眼差しを向けるアレクサンドラは、話すことなど何も無いと、態度と言葉で示していた。
「ロリバ……、貴女とは初対面だと思うのだが、随分と殺気立っているね。ボ……コホン。誰かと勘違いしていないかい?」
「惚けるな血塊。いくら姿を変えても、お前のその腐り切ったドブ泥より酷い臭いは変わりはしない」
【しまったああああ!此奴吸血鬼だから、血臭で判別出来るのかっ】
「……我々には言葉がある。話し合いの機会を」
激しく動揺しながらも、その場凌ぎを試みる血液生命体への返答は影犬の牙だった。
右脚へと飛び掛かってきた影犬を、血液生命体は大きく跳躍して回避。空中で身を捻って下を見ると。
「上よ」
頭上から声が聞こえた直後、血液生命体の右肩が爆発した。
身体から離れて地へと落ちる右肩を意に介することもなく、血液生命体は身体を縦に回転させてサマーソルトキックを繰り出す。
脛を硬化させて繰り出す蹴撃は、蹴るというよりも斬ると呼ぶ方が相応しい。
当たれば斬れる。戦斧の如き蹴りは、迎え撃ったアレクサンドラの拳により脆くも砕け散った。
右腕右脚を失って地へと落ちる血液生命体へと、再度影犬が襲い掛かるも、血液生命体は胸部から無数の固まった血液で出来た杭を形成して迎撃。
杭に穿たれた影犬が四散し、即座に元の形を取り戻すのに、血液生命体は舌打ちした。
【逃げたいいいいい!!!相手したくねええええ!!!】
飛び散った血を回収し、身体を再構築する。手を硬化、両腕を伸ばし、音を超えた速度で振るい、猛速で向かってくるアレクサンドラと影犬を迎撃する。
アレクサンドラは振われた腕へと手刀を見舞う。手首に手刀が当たった瞬間、スヒョンの手首が爆ぜて、鮮血が飛び散った。
フレデリックの武練や、ノエルの“ブラック・プリンス”を用いた打撃では、体表が変化し波立つだけでしか無かったのが、この有様。
手刀を振るった吸血鬼。夜の覇種の剛力の凄まじさよ。
影犬に至っては、本来の姿である二次元存在へと回帰する事で、血液生命体攻撃を無傷でやり過ごしてしまった。
地面に浸透して逃げるのは時間が掛かる。ましてや舗装された路面では、先ずは砕くなり剥がすなりして地面を露出させる必要が有る。
そんな悠長な事をしている暇を、アレクサンドラが与えるはずも無い。
血液生命体を間合いに捉えたアレクサンドラが、無言で拳を振るう。
空気を引き裂き唸りを上げる剛拳は、しかし被弾しても血液生命体には何らの痛痒も与えない。
血が爆ぜて動きが瞬間的に止まるだけだ。そして、一瞬有れば、喰らったものを三次元空間から消し去る影犬が、血液生命体存在を削り取る。
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「まぁ頭の方は耄────」
血液生命体の愚弄が中途で途切れる。アレクサンドラの回し蹴りが入った血液生命体は、地面と水平にすっ飛んでいき、ビルの壁に激突して爆ぜ、汚い染みとなった。
「貴様の全てが不快に過ぎる」
アレクサンドラの影が伸びる。10mを超える長さへと変じた影は、そのまま巨大な獣の上半身へと変わり、ビルの壁ごと汚いシミを噛み砕く────直前。
シミが人型を形成し、壁を蹴って跳躍。影の巨獣の顎を回避して、アレクサンドラへと無数の赤黒い弾丸を射出する。
この掃射を、アレクサンドラは影から無数の蝙蝠を生成し、打ち出す事で対処。空中で血弾と蝙蝠が激突し、かろうじて残った一部が双方へと飛来する。
血液生命体は腕を伸ばしてビルの壁面へと突き刺し、伸ばした腕を縮める事で高速でで移動して蝙蝠を回避。
アレクサンドラは鬱陶し気に腕を振るい、飛来した血弾の悉くを粉砕した。
「そんなにもあのガキが好きになったのか。ロリババア」
ビルの壁面にぶら下がった血液生命体の愚弄に対し、アレクサンドラは凍てついた眼差しを向けた。
会話をする意図など微塵も無いと、その目だけで告げている。
「大方、正体知られたからにはもう会えないってところか。気にするなよロリババア。直ぐに合わせてやるから」
「何?」
「ああ!?気づいて無いのかなぁ。それとも惚けたオツムじゃ気付け無い?考えても見ろよ。どうして私が、お前の住処を識っていたのか」
「……まさか」
それは、アレクサンドラも疑問に思っていたことだ。そして、分かりきっている答えを見ない様にして来た疑問だ。
「あのガキは中々に口が固かったよ。両手の指全部潰しても口を割らなかったんだからな」
アレクサンドラが警察の取り調べを受けている間に。
「まぁ目の前で親父の皮を綺麗に剥いでやったらゲロったけど」
このクズはあの少年を再度襲ったのだ。
「何だか勘違いしていたみたいでさぁ。喋ったら助けて貰えるって思ってたらしいんだよあのガキは。私はそんな約束していないんだけどな」
この汚物を超えた汚物を殺し損ねたばかりに。
「母親の皮も剥いだら発狂してな。お前に見せてやろうと思って飼ってたんだが、三年待っても現れ無いんで、殺しちまった」
目の前で両親を惨殺され。三年もの間虐げられ。
「お前の仲間も同じところに居るかもな。ヴァチカンのエクソシスト共や世界中のヴァンパイアハンターや、人外専門の奴隷商に金と暇を持て余した異常性愛者共。
色々と人脈を駆使してタレ込んで置いたんだ、多分もう更地になってるよ。あの集落」
あの子のみならず、仲間たちまでも。
「まぁ、お前の仲間は、運が良ければ生きてるかもな。まだ。
サンドバッグか実験動物(モルモット)かオナホかは知らんが」
塵一つ残さない。
アレクサンドラの立っていた場所が爆発したと同時に、血液生命体の眼前に、アレクサンドラの姿があった。
「はぁ!?」
血液生命体が何の動きもせず、間の抜けた声を出したのは、アレクサンドラの姿が変わっていたから。
純銀で編み上げた織物の様な銀髪。深い知性と年輪とを輝きとして放つ鮮血色の瞳は、憤怒の色に染め上げられていても尚美しく。
神工により定められたとしか思えぬ鼻梁の位置と高さは、面貌の気品と美を決定づけ。
女として生まれたならば誰もが欲しいと思い、男ならば誰もが吸い付きたいと願う唇は、アレクサンドラの美貌を優雅と可憐さで彩っていた。
【“ミカ”ちゃんよりも面が────】
地面が爆ぜる程の跳躍で、一気に距離を詰めたアレクサンドラに対し、全く関係の無い事を考えて隙を晒した血液生命体へと、アレクサンドラの拳が炸裂した。
ビルの壁に巨大な陥没が生じ、頭部が四散した血液生命体の身体が重力に従い落下していく。
その途中で、影犬が現れ、血液生命体の身体を喰い尽くした。
「腐った臭いはもう一つ」
感情の無い声でアレクサンドラは呟くと、ゲオルギウスを駆って異動を開始する、
もうじき夜。夜の覇種たる吸血鬼の時間だ。
【H-5 市街地 夕方】
【アレクサンドラ・ヴォロンツォヴァ】
[状態]:健康 血液生命体にたいする殺意を超えた殺意(極大)
[装備]:兵装ゲオルギウス 日傘
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0〜3
[思考・行動]
基本方針:殺し合いから生還する。
1:この蛆虫は必ず殺す
2:車掌さん達には申し訳ないけれど、これ(ゲオルギウス)は借りていくわ
3:あの時無くした鉱石は、この世界には無いものなのかしら?
4:アクマ兵装を手に入れ、装飾となっている宝石を調べたい
◆◆◆
-
双葉真央は、息も絶え絶えといった態で、目に付いた公民館へと逃げ込んだ。
公民館ならば、部屋が複数あって隠れることも比較的容易。尚且つ出入り口も複数ある。
身体中の痛みを堪えて、安全ば場所を探す真央の表情は、恐怖だけで出来ていた。
理不尽過ぎる化け物だった。刃物が通じたグレイシーの方が、まだマシな程だ。
スヒョンが真央をいたぶらなければ、とうに真央はスヒョンのキル・スコアとなっていただろう。
休める場所を求めて公民館の中を移動する真央は、やがて一つの部屋に辿り着き、体力の限界で倒れ込んだ。
「はあ…はあ…はあ………」
薄れゆく意識の中で、何とか仰向けになった真央の眼に、天井に書かれた文字が見えた。
【『テンシ・プロトタイプ』地下室に保管】
「テン………シ」
気になったものの、何かしらの行動を起こすことも出来ず、真央は意識を失った。
【H-5 市街地(公民館内部) 夕方】
【双葉真央】
[状態]:疲労(極大)、全身に打撲傷、ダメージ(大)、キム・スヒョンへの恐怖(大) 血で汚れている
[装備]:万能包丁、ライター
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム1(確認済み) 播岡くるるの支給品1〜2、壊れたAIバッジドロシー
[思考・行動]
基本方針:優勝を目指す。
1:私は……
2:優勝するためにおじさん(黄昏 暦)や他の対主催勢力を利用する…事はもう無理かも
3:殺せる相手をあと2人殺して、景品を受け取る
4:AIドロシーは面倒だけど、もし見つかって修理されたら面倒なことになるから取っておこう
5:トレイシーの生体反応が無いってどういうこと?
6:あの怪物(キム・スヒョン)……!
【備考】
※グレイシー・ラ・プラットと不二とキム・スヒョンを怪物と認識しました。
※回収したグレイシーのデイパックはその場に置いてきてしまいました。
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投下を終了します
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投下お疲れ様です。
最後まで誰がどうなるか分からず、ミーム・汚染パートを除いてずっと緊張感のある話でした。
スヒョンは単純な強さだけではなく、汀子を自分の天敵だといち早く察したり、身体を分裂させたりと、策略に長けていてただの怪物で終わらないという所が厄介ですね。
そしてついに因縁の対決が近づくか。30年越しの因縁はどうなるか、話が終わったばかりなのに続きが気になります。
しかし真央を逃がしたのはアレクサンドラとしてはただ敵が人を襲ったのを助けただけでしょうが、後々面倒なことになりそうですね。
逃走に成功は出来て、一人だけ最強の兵器の場所に辿り着いたが、同行者と敵全員からマーダーだとバレてしまった彼女の行く末も気になります。
では、私も投下します
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永遠に消えぬと思われた戦火。
倒しても倒しても湧いて出てくる死者の兵士。
敵味方共に多くの犠牲を払って、ついに僕は勝利を収めた。
自分の力には自信があったけど、それでも負けるのではないかと思ったことは何度もあった。
前の戦いは勝てたけど、次の戦いは負けるのではないか。何度も逃げだしそうになった。
でもその度に、珠李や同じように転移したクラスメイト、異世界で出会った仲間が僕を励ましてくれた。
ついには戦争の引き金となった、敵国の王を倒し、世界が戦火の渦に飲み込まれることを阻止した。
自分が転移した場所であったショイサ領に凱旋し、ハッペ家の家族から浴びるほどの賞賛を受け、僕は思った。
僕は救世主になり、同時に救世主としての役目を終えたのだと。
これからはきっと、狩りやハッペ家の職務をこなしながら、静かに生きていくのだと。
少なくともその日だけは、そう考えていた。
■
「なあ。」
僕がこれからのことを考えていると、エイドリアンさんがおもむろに話しかけて来た。
フキはまだスヤスヤ眠っている。
とりあえず僕は話を聞くことにした。
「聞きたいことがあるんだ。君は異世界の救世主なんだろ?」
「ああ。」
「じゃあ教えてくれないか?一体何をして世界を救ったんだ?
伝染病の感染を防いだとか?とんでもない災害を止めた?やっぱり異世界転移らしく、魔王を倒したとかか?」
「一番近いのは、最後かな。どうしてそれを今聞くんだ?」
「いや、ちょっと考えたんだが、君の世界の方がデスノ達と関わっているかもしれない、と思ってさ。」
「思い当たる節は…なくはない。もしかすれば首輪から警告されるかもしれないが、話すことにするよ。」
-
■
僕がハッペ家で修業を積み、一番強い力を持っていたクラスメイトを倒してから半年。
きっかけは、突然訪れた。
ショイサ領から遥か遥か北にある、ノーゴルド国が戦争を仕掛けて来た。
既にいくつかの近隣国が傘下に置かれ、なおも留まることなく進行中だという。
目的は不明だ。僕等がいたラインランド国の温暖で肥沃な土地かもしれないし、別の理由かもしれない。
とにかく徴兵令が敷かれ、ラインランド中の強者や若者が集められ、その中には僕や他のクラスメイトも含まれていた。
3種類の兵団が結成され、全員がどれかに入ることになった。
1つはラインランドの主要都市や、首脳陣を守るために結成された兵団。これは主に異世界現地人が多かった。
1つは、ラインランド国の国境を守る勢力。これはクラスメイトの大半がそれだったし、一番数が多かった。
最後の1つは、ノーゴルド国に攻め入り、敵軍の心臓部を叩く、あるいは敵国の目的を発見する一団。少数精鋭のチームで僕はこれに入ることになった。
訪れた同盟国で同じ志を持つ者を一団に加え、旅は進んでいった。
海を渡り、鬱蒼とした密林や野獣が蠢く山脈を抜け、ついにノーゴルド領に辿り着いた。
それまでも多種多様な怪物たちの襲撃を受けたが、それからは打って変わって兵士が襲ってくるようになった。
中でも恐ろしかったのは、死んでいるのに襲い掛かって来る兵士だ。
意志も持たず、ロボットのように襲って来る。生き返った訳では無いので、殺すことは出来ない。
燃やすかバラバラにしてようやく倒せる。珠李の力が大いに役に立ったのは、言うまでもない。
ノーゴルドの王都は、転移する前に見たゾンビ映画のワンシーンのような、ひどい有様になっていた。
首謀者は一体何を企んでいる。国中の人間を全てアンデッドに変えてしまうなど、狂っているようにしか思えない。
僕だけでなく、一団の誰もがそう思っていたはずだ。
数多の敵を倒し、ついには自身すら怪物に変えてしまったノーゴルド13世を倒した。
だが、ノーゴルド王国を倒した直後に僕が覚えた感情は、喜びではなく困惑だった。
『これより真の恐怖が始まる。死と生の境の崩壊だ。』
そう僕達に告げると、王は姿すら残さず、灰になって消えた。
一体王は何の目的で戦争を始めたのか、そもそも死者を操る研究はどこから来たのか。それらを知ることはできなかった。
敵味方問わず激しい魔法を連発したからか、ノーゴルド城の崩壊がすぐに始まった。
留まれば間違いなく崩落に巻き込まれて死ぬと判断した僕らは、急いで城を脱出した。
ノーゴルド王の計画は阻止された。
彼の死と共に、ゾンビたちも全て浄化されたからだ。
少なくとも、彼によってこれ以上犠牲者が出ることはない。それだけは事実だ。
ノーゴルド王の忌まわしい研究を突き止めることは、ラインランドからの調査団に任せた。
今わの際に王が口にした言葉は何を意味するのだろうか。帰路につく中、僕はずっと疑問に思っていた。
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ラインランドに凱旋すると、国中から救世主万歳という声を聞いた。
三日三晩、国を挙げてのパーティーが行われ、珠李や他の地球出身の仲間が、故郷の文化だと言うことで花火やマジックを披露した。
僕は珠李に勧められ、女装コンテストに参加することになった。結果は銅賞だった。
実を言うと二日目の後半から退屈になってしまい、コンテスト以降はずっとゴロ寝していたんだけど。
とにかく、その三日間だけは何も考えずに、のんびり過ごしていた。
だが、それからは胸の内にわだかまりが残るような日々が続いた。
1カ月経ったが、これといった変化は見られない。
ノーゴルドの傘下に置かれていた国々が、領地の再配分に日々苦心している様だが、それはそれぞれの首脳陣に任せれば良いだけだ。
あの王が言ったことは只のハッタリだ。どうしてもそう断定することは出来なかった。
王国からは一生遊んで暮らせる程の褒章を得たが、他の旅仲間達も、不安な気持ちを振り払うかのように、それぞれ出来ることをやり始めた。
戦士として活躍したレイはクラスメイトのワタナベと共に、国中の若者を鍛える戦士育成プログラムを打ち立て、兵力の強化に努めた。
クラスメイトで医者の息子だったアラタメは、医者として国の内外を駆けめぐり、自棄になったかのように人を救い続けた。
リックは一人になり、王都の工房に籠って何やら訳の分からない発明を始めた。
僕も王都で賞金にかけられている強い怪物を珠李と共に退治したり、トレーニングをしたりした。
外を出ると、少女から老婆までが、結婚してくださいとせがんできたので、覚えたばかりの女装が役に立ったのが少しばかり笑える話だが。
一方、ラインランドはラインランドで、いわゆる救世主誕生後の世界の、対応に追われていた。
ノーゴルドによって甚大な被害を齎された国への援助、およびそれらの国との国交の再樹立がその例だ。
これ以上ノーゴルドによる犠牲者は現れない。だが、中には被害が大きく、まともな人的資源や食料すら確保できない国もあったという。
かの国が遺した爪痕は深く、いずれは全て回復する見込みだが、そのいずれがいつなのかが見当もつかない。
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加えて、旧ノーゴルド国に派遣された調査団からの報告も、不穏なものだった。
あれだけ大それた魔法を使い、万を超える人間をゾンビにしたのだから、さぞかし巨大な魔法研究施設があってもおかしくないはずだ。
だが、いくら探しても、それらしき物は一つも見つからないと報告が入った。
ラインランド側はもっと念入りに探せと返事を送ったそうだが、収穫の期待は極めて薄いと言う。
勿論、死者を操る術の出所も、手掛かりすら掴めなかった。
更に、ノーゴルド崩壊後も、ラインランドと国交を結んでいない東国、ジャマット国の不穏なうわさを聞いた。
何でもハインリヒに似た顔立ちの者を、その国の付近で見かけたという。
別に僕のそっくりさんがいたことが問題な訳では無い。
問題は、その国にも僕の故郷からの転移者が現れ、しかも国全体がその事実を秘匿しようとしている。
そもそも、僕らがクラス単位でラインランド国に転移したのは、召喚魔法の実験に失敗したからだ。
なぜ特殊な能力がそれぞれ付与されたのかは、知る由もない。
とにかく、地球からの転移実験を、その国の誰かが意図的に行っている可能性が高いということだ。
調査に向かおうにも、ジャマット国は200年以上鎖国体制を築いており、迂闊に船を近づけることさえ出来ない。
ノーゴルドの時と違い、露骨な臨戦態勢に入っていないため、他国からの協力を求めることも不可能だ。
そもそも先の戦争で、自国の軍も大概疲弊しているため、調査隊を遠方へ派遣することさえ難しい。
■
「なあ、その話聞いて思ったけどさ」
そこまで話をして、エイドリアンが口を開いた。
「その新しく現れた転移者ってヤツ、もしかすると俺達じゃないのか?」
「こ、心当たりはあるのか?」
エイドリアンは説明を始めた。
何でも彼は4年前から異常殲滅機関という所に所属しているらしい。
そこは人類に仇名す異形、あるいは超常的な力を使う者を見つけ、討伐する機関だという。
「え?なんだよそれ?一応聞くけど、エイドリアンさんって地球の日本出身なんだよな?
名前変だけど?」
「紛れもなく地球生まれ日本育ちだ。そもそも機関の存在自体が秘匿されてるからな。
それからエイドリアンってのは、機関でのコードネームみたいなもんだよ。
あと、ここから出ても俺が機関のことを話したってくれぐれも他言するなよ?そうでなきゃ俺が機関に殺される。」
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エイドリアンさんの顔は、真剣なものだった。
決してごっこ遊びに興じているなんちゃってチームのような存在じゃ無いのだろう。
実は地球にいた時でも、意外とヤバイ存在と隣り合わせだったんじゃないか?そんなことを思ってしまった。
そもそも異形って何だよ。警察や保健所仕事しろ。
尤も、異業と言っても見た目は普通の人間って奴もいるみたいだし、実は会っていたかもしれないんだけどな。
「で、俺が所属していた機関なんだが、地球に潜んでいる異形の討伐ばかりじゃないんだ。
俺自身は行ったこと無いんだが、上級隊員ともなると別世界に出向いて、怪物やその世界の異能力のハンティングを行ったりするんだ。」
「僕達もターゲットという事か?」
「…まあ、そう言うことになるな……。」
正直言って、あまり気持ちのいい話では無かった。
もしもエイドリアンさんが僕たちの転移した世界に来れば、恐らく僕や仲間を殺そうとするはずだからだ。
極端な話、僕をのけ者にしたクラスメイトでさえ、そんな奴等には殺されて欲しくない。
「まあ、お前が言う異世界と、俺の上司が行った世界が同じ所なのかは不明だ。ラインランドやノーゴルドなんて国も、聞いたことないしな。」
「待って欲しい。そのなんとか機関って、どうやって別世界に行ってるんだ?
話を聞くに、車や飛行機で言ってるわけじゃないんだろ?」
「それは俺みたいな下級隊員に聞いても意味ねえよ。そのタネを知ってるのは上層部だけだ。」
-
■
僕が救世主になってから、2カ月が過ぎた。
結局、何も起こらなかった。ジャマットも、ノーゴルド跡も、真新しい情報を得ることは出来なかった。
それでも、胸騒ぎが治まることは無かった。
やがて、僕は一つの決断を下した。
ラインランドからも、仲間達からも離れて、一人でスローライフを送ろうと。
狩りや畑仕事をして、夜になったら、昔書きかけのままだったファンタジー小説を書く生活がいい。
場所はある程度目星をつけていた。
ラインランド領の隣国の境になっている山奥の村。
あるいは、ラインランドから少し離れた離島。
本来僕は、争いごとを好まない性格だ。
トレーニングは好きだが、命を懸けた殺し合いなど真っ平だ。
ノーゴルド国の侵略を止めれば、何も考えずに理想の生活を送れると思っていた。
だが、それが終わっても、新たな脅威のことを考えなければならないのなら。
いっそのこと、外からの情報が全て断たれた場所に行くのが良い。
本当の本当に僕が必要な時が来れば、離れた場所にいても分かることが出来るはずだ。
けれど、その先に起こったのは殺し合いだ。
幸いなことに巻き込まれたのは、僕が知っている中で珠李だけ。
他の仲間は今でもあの世界で元気で過ごしているはず。
だが、雪見儀一の話も照らし合わせると、あれからあの世界で、何かとんでもないことが起こったのは間違いない。
10年間異世界暮らしをした僕と、アンゴルモアが共通して知っている顔の人間を見たのも、異なる時間から殺し合いに参加させられたからだろう。
あの時スローライフを送ることにした僕の判断は、間違っていたのだろうか。
そんなことを考えても何の意味が無いのは分かっているが、今の僕はそれが気になって仕方がない。
【E-6 市街地 地下2階 夕方】
【ハインリヒ・フォン・ハッペ】
[状態]:ダメージ(大) 所々に火傷 疲労(中) 悲しみ(中)
[装備]:ドンナー・ゲヴェーア ドンナー・シュヴェルト
[道具]:基本支給品一式×2(自分、珠李) 桝谷珠李の首輪 折れた豪炎剣“爆炎”
[思考・行動]
基本方針:珠李の想いを継いで生きる
1:アンゴルモアや雪見儀一と合流したい
2:城で見たあの映像は何を伝えたかったんだ?
3:アイツ(双葉玲央)の顔、何処かで見た覚えが
4:僕がいなくなった後の異世界…どうなっているんだ?リックはどうしてこんな物を作った?
5:雪見儀一の言った言葉とは!?
6:彼女が首輪を解除した方法を、どうにかして応用できないだろうか。
7:テンシにどうして、俺の旅仲間の名前が彫られているんだ?
8:笑止千万に会えば、フキを交渉道具にし、首輪解除を持ちかける。言うことを聞かなければ今度こそ殺す
9:エイドリアンさんがいた機関、一体何なんだ?
【エイドリアン・ブランドン】
[状態]:疲労(中)、 精神的疲労(大)、頭痛
[装備]:テンシ兵装トリスタン 暗殺用ナイフ “テンシ”プロトタイプ(エネルギーほぼゼロ))
[道具]:基本支給品一式×2 ペンキ(白)の缶、ランダムアイテム×0〜2(盛明の分) “テンシ”との連絡用インカム
[思考・行動]
基本方針:とりあえず生き残ってデスノを始末する
1:どうしてクマが人間の女の子に?
2:笑止千万…予想以上にヤバい奴じゃん
3:テンシとハインリヒのいた世界にはどういう関係があるんだ?
4:ハインリヒも大人しそうな顔して、大概ヤバい奴かよ。
5:ノエルのような類とは戦闘を避ける。
6:盛明……珠李……成仏しろよ
7:どうにかテンシをまた動かせるのか?いや、動いたら動いたでめんどくさそうだけどさ
8:異常殲滅機関が移動した世界は、ハインリヒが転移したって世界なのか?
【備考】
※名前だけなら噂で笑止千万、ノエル、四苦八苦(の本名)、双葉玲央を知ってます。
他にも知ってる人はいるかもしれません。
暦は書類上のデータで細かく知ってます。
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投下終了です。
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もう一つ、◆FhRlC.Gn2g氏の先日の投下で、ほぼ全ての生存者の時間帯が夕方まで行きました。
そろそろ第二放送に移ってもいいと思います。どなたかまだ書きたい方いませんか?
その他に自分が放送書きたいという方はいませんか?いなければ次の放送も自分が予約して書こうと思います。
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お任せします
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では、第二回放送予約します。
次の放送後の予約解禁まで、一時的に他書き手の予約を打ち切ります。
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投下します
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そこは、あらゆる闇が凝縮されたかと覚えるような、真の暗黒に満ちていた。
地獄の深淵とも見紛う場所だが、そこには“何か”があった。
まともな人間ならばそれが何なのか、漫然とさえも分からないが、静かな息づかいが聞こえて来た。
「あと少し……あと少しで……始まる……
…………の……再来……。」
くぐもった声が、その部屋に響いた。
“何か”が手を開いたのか。手の辺りから、不可思議に光る石が現れる。
それが何なのかは、今は誰も知らない。
16:45
円卓の会議室に、4人の道化師が集まる。
本来は17時に会議が始まるはずだったが、既に主催者陣営は一堂に会していた。
彼等が5分前集合は当たり前、という日本人のテンプレのような心構えの持ち主だからではない。
そもそも彼らは日本人どころか人間なのかさえ定かではない以上、そんな暗黙の了解を順守することはない。
「集まってもらった皆さん、ワタクシが何を話したいのかお分かりですね?」
デスノは勿体付けたかのような口調で話す。
だが、その実は彼としても焦っていた。敏い者ならば、僅かな声の震えからそれが分かるだろう。
「さ、参加者の1人、桝谷珠李の首輪が解除されたことですよね?」
それ以上に焦りを見せていたのは、アイテム・ギフトだ。
当然と言えば当然だ。何しろ首輪の管理は彼の管轄下にあるもので、それに不備が出てしまえば、責任を問われるのは彼だ。
この殺し合いにおいて、破綻は許されないと、4人は告げられている。
「その通り。今のところは首輪解除のタネまで明かされている訳ではありませんが、このままだとじきに別の首輪も解除されるでしょう。」
「あ、あの……今ならまだ、近くにいる3名の首輪を爆破すれば問題無さそうですが……」
「それ以上は言ってはダメですよ。そんな死に方では、あの方の願いは叶わない。」
「あの方の願い!?あ、あなたは何を知っているのですか?」
-
実はアイテム・ギフトが焦っているのは、首輪解除が明るみに出たことでは無かった。
彼がある参加者と、もっと言えば血縁者と繋がっていたことを知られていないか、それが気がかりだった。
その人物に渡したかった道具を渡せたのは幸運だが、それがバレてしまわないかという不安も新たに生まれた。
「知っていればマズイことでもあると?」
「いえ!そう言う訳では無いのですが……。」
「それに関してだが、主からの伝言です。」
デスノとギフトの間に口を挟んだのは、セブ・アルムことセェブ・ゲエムだった。
またよく分からない命令か、と思い、彼の表情は曇った。
「それで、どういう内容ですか?」
「今はこのままで良いと。」
「はあ?」
デスノも素っ頓狂な声を上げた。
この殺し合いをするに至って、首輪を中心とした監視システムを作れと指示したのは、他でもない彼らの主だ。
部分的にとはいえ、そのシステムが壊れた今、即座にその対処法を考案し、問題解決に取り組むべきだ。
だと言うのに、何もするなと言われれば逆に困ってしまう。
「その意図は何故なのかは、聞いていないのですか?」
「なぜなぜと、参加者みたいなことを言うのですね。」
「参加者みたい…とは?」
質問の意図が読めぬデスノは、セェブに質問をし返す。
同時に、なぜ主はこの男ばかり贔屓するのだと苛立ちを覚える。
「簡単な話ですよ。我々は超越者だ。そうで無い者との間には、決定的な隔たりがある。
如何に彼らが悩もうと、足掻こうと、超越者に辿り着くことは出来ません。」
「能書きは良いので、言うべきことを話してくれませんか?」
-
「疑問を覚えることなど、下々の者に任せれば良いという訳です。
我々はそんなことを考えず、やりたいことを有るが儘に成せばいい。
後、次の放送の禁止エリアのことですが、2倍にしろとのことです。」
「………皆の者、あの方の言う通り、この話はナシです。他に意見のある方はいませんか?
無ければ、以上で解散。次は1時間後に集まって下さい。」
さぞや沢山の意見が飛び交うことを見越して、15分前に始まった会議は、あろうことか当初の開始予定より早く終わってしまった。
セェブを除いて、何とも煮え切らない気分を味わうことになる。
「……あの方は何故、セェブの奴ばかり贔屓するんですかね…」
苛立ちを露わにするかのように、廊下を踏み鳴らしながら歩くデスノ。
その姿は衣装さえ除けば、タダのありふれた中間管理職のように感じる。
セェブは自分や彼らのことを超越者と言ったが、そのような面はとても見えない態度だ。
「それは、彼が重要な人物だからでしょう。あの方があの方であるために。」
「……何を知っているんですか?」
隣を歩いていたミス・エリアの回答は、知っているとも、全く知らなくて誤魔化しているとも取れる回答だった。
いずれにせよ、デスノ本人にとって聞いてて気持ちよくなる回答ではない。
「きっとその時が来れば、分かると思いますよ。」
これまた煮え切らない回答をして、空間の歪みと共に消えた。
一人残されたデスノは、行き場のない怒りを放送でぶつけよう、それだけを考えていた。
18:00
太陽は沈み、月が昇る。死人の顔のような色をした満月は、不吉の前触れのように見えた。
殺し合いの会場全土に、マーチが流れ始める。
生き残った20人の参加者全員は、それが放送という名の曲のイントロなのだと、すぐに気づいた。
『グッドイブニーーーーーング!!皆さん!まずはこの殺し合いで夜を迎えられたことを、ワタクシ、デスノが祝福します!!』
その挨拶は、6時間前と何ら変わりはない。
強いて違う所を上げるとするなら、彼の溜まったストレスを晴らすかのような勢いで捲し立てていることだが。
『日も沈みましたし、これよりまた、殺し合いの進行状況を発表していこうと思います!!
ワタクシ、これを話したくて話したくてウズウズしていました!!では聞いてくださいね!!
舛谷珠李!
播岡くるる!
フレデリック・ファルマン!
四苦八苦!
滝脇祥真!
『もう一度言いますよ!!聞き逃してしまった参加者の皆様も、よく聞いてくださいね!!
舛谷珠李!
播岡くるる!
フレデリック・ファルマン!
四苦八苦!
滝脇祥真!
以上、5名!!』
-
『ん〜、ペースとしてはまだスローですが、順調に死んできている!素晴らしい!本ッ当に素晴らしい!!
残った20人の皆様、もっと頑張って殺してくださいね!!
……と、言い忘れそうになりましたが、まだ3人殺した方はいないので、賞品はまだお預けです。
しかし、安心してはいけませんよ!!既に2人を殺した、素晴らしき参加者は出ています!!
リーチはかかっているので、他の皆様は油断せぬよう!特に殺したと思って、実は生きていた、なんてことにならないように!!
どうしても不安な場合は、首輪を攻撃してみましょう!強い衝撃を与えれば、たとえ不死身の参加者でも殺すことが出来ます!!』
『では続きまして、禁止エリアの発表と行きましょう!今度は倍に増えて6つです!
皆さんも一層気を付けてくださいよ!半日生きたのに間違った場所に入ってドーン!!なんて成仏しきれませんからねえ。
二時間後 B-5 F-7
四時間後 C-2 I-3
六時間後 A-4 G-1
それともう一つ、ワタクシの実験に付き合って下さる方を募ります!
この放送が終わってから全三箇所に、転送装置を導入します!!
入れば別の転送装置がある場所に移動出来ます!
ただし、一度に使えるのは2人まで!そして、一度使ってしまうと、その転送装置は次の放送まで使えません!よく考えて使うように!!
興味がある方はもう一度地図を出して、転送装置の場所をしっかりメモしてください!
C-4 城跡
H-3 大樹の根元
G-5 廃校
離れた場所に行けるスグレモノなので、殺しに役立ててくださいね!
それとそろそろ話そうか悩みましたが、この殺し合いの会場には宝が隠されてます!
中には無力でも、強い参加者を殺せる代物だってありますよ!!
殺しだけではなく、宝探しに役立てるのも良し!
それでは、今回はこの辺りで!夜遅くになったので、闇討ちにはくれぐれも気を付けてくださいね!』
-
デスノの放送が主催者たちがいる場所にも響いている中、アイテム・ギフトは一人頭を抱えていた。
自分がやったことが、あと少しでバレたのではないかと思ったからだ。
アイテム・ギフトは異常殲滅部隊『ノストラダムス』所属の実行部隊『アンゴルモア』の部隊長。
そしてこの殺し合いの参加者、アンゴルモア・デズデモンの父親だ。
ちなみに、アンゴルモア本人は父親がそのような職業に就いていることは愚か、何をしているのかさえ知らない。
定期的に家にお金は振り込まれているので死んではいないと思ってるが、長い事母と姉の3人で暮らしていると思っている。
まさか、自分の息子が殺し合いに放り込まれているとは、彼でさえ分からなかった。
支給品担当として彼に最低限その身を守れる道具を渡し、そしてアンゴルモアに馴染みの場所で、彼が好きだと知っていた本に、脱出のカギを仕込んだ。
肝心の宝の場所と、その宝の詳細に関してはミス・エリアが知っているため、彼自身にはどうにも出来なかったが、何とか息子が生還して欲しいと考えていた。
不意に彼のスマホが鳴った。
この世界に来てからそれが鳴るのは随分久しぶりに感じた。
誰かに見られていないか伺いながら、メールボックスを開ける。
『異常殲滅機関部隊長でいいな?』
件名に、そんなことが書いてあった。
物語は、外部からの闖入者により、新たな方向へ進んでいく
残り 20人
【??? 夜】
【デスノ・ゲエム】
[状態]:健康 焦り(小)
[装備]:???
[道具]:アクマ兵装"クリムゾンクイーン"
[思考・行動]
基本方針:殺し合いを愉しんで監視する。
【セェブ・ゲエム】
[状態]:健康
[装備]:???
[道具]:???
[思考・行動]
基本方針:『主』からの伝言があれば、それをデスノに話す
※笑止千万が所属している『異常活用機関』の初代総帥だということが発覚しました。
【ミス・エリア】
[状態]:健康
[装備]:???
[道具]:???
[思考・行動]
基本方針:???
【アイテム・ギフト】
[状態]:精神的疲労(大)
[装備]:???
[道具]:スマートフォン
[思考・行動]
基本方針:どうにかして息子(アンゴルモア・デズデモン)を生還させる
隊員(エイドリアン・ブランドン)は割とどうでもいい
1.このメールの送り主は?
※エイドリアン・ブランドンが所属している『異常殲滅機関』の初代総帥、アンゴルモア・デズデモンの父親だということが発覚しました。
-
場所は大きく変わり、埼玉県の一室。
ゴミ屋敷と言うにふさわしいほど散らかっているその家に、チャイムが鳴り響く。
「はぁ〜い、どちら様ぁ?」
空のペットボトルの山の中から声が聞こえる。
その山がもぞもぞと動くと、中からノートパソコンを弄っている、ダボシャツ姿の女性が出て来た。
芋虫のように動きながら、何とか立ち上がり、玄関に向かう。
「初めまして。多摩ヶ崎度呂子さん。」
そこにいたのは、銀髪と赤い目、さらに髪の毛に負けず劣らず色素の薄い肌が印象的な若者だった。
顔立ちは整っており、涼しげな目元は、面食いの女性ならば、誰もが一目でハートを射貫かれてしまう見た目をしている。
「え?え?ちょ、ちょ、ナンパはお断りだけど?え?どういうこと?何があったの?デートの予定は開いてるけどさ、ちょっと立て込んでて……」
「一応言っておきますが、私は150歳ですよ。」
滅茶苦茶に動揺する度呂子に対し、静かに男は答える。
彼の返答からして、人の姿をしている何か別の存在だと考えるのが妥当だ。
「まず最初に言っておきます。私は吸血鬼の生き残りです。ミス・タマガサキ。私に協力してください。」
そう言った彼の口からは、犬歯にしては長すぎる牙が見えていた。
「いやあの、私としては引き受けたいのはやまやま何だが、ちょっと立て込んでてな、使っている機械が故障してしまっていて……。」
「構いません。貴方がやることが、巡り巡って私のためにもなるはずです。」
【多摩ヶ崎度呂子】
[状態]:疲労(大)
[装備]:ノートパソコン
[道具]:?
[思考・行動]
基本方針:汀子はどうなったのか?奴を倒すのは私であり我であり吾輩だ!決して他の奴には倒させるものか!!折角奴等の手元に吾輩の分身を仕込んだというのに、なぜ動かなくなった!何故だ!誰か壊したな!絶対に弁償させなければ!!で、この人?誰なの!?
【???】
[状態]:健康
[装備]:???
[道具]:???
[思考・行動]
基本方針:多摩ヶ崎度呂子に協力を募る
※少なくとも人間ではありません
・追加ルール
入った直後に警告が鳴り、30秒以内に脱出できなければ首輪が爆破される禁止エリアの追加
20:00 B-5 F-7
22:00 C-2 I-3
24:00 A-4 G-1
・転送装置の追加
好きな別の転送装置がある場所に、移動することが出来ます。
1度に移動できるのは2名まで。1度使うと次の放送までにその転送装置は使えません。
場所は以下の通り
C-4 城跡
H-3 大樹の根元
G-5 廃校
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投下終了です
予約解禁は8月15日の18:00からを予定しています
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宮廻不二予約します
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投下します
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死地を脱した宮廻不二は、その先でずっと蹲っていた。
地面に叩きつけられた時に受けた、常人ならば致命傷なダメージは、とっくに回復した。
だが、それでもずっと地面に顔を近づけてそうしていた。
場所は、ショッピングモールから離れた【F-3】の公園
そこで彼は何をしているのかと思いきや、砂粒を数えていた。
なぜそんなことをしていたのかは分からない。ただ、昔からそれをするのが好きだった。
特に疲れた時は、落ち着くのにちょうどいいやり方だった。
いくら不死身であれど、いや、不死身だからこそ、命を懸けた戦いは、精神的な疲労が伴う。
神社での3人組との戦いとはまるで違う、常に死が迫って来た戦いだったので無理はない。
(1,2,3,4,5,6………)
元の世界では36万6578回までカウント済みだったが、それは元の世界で数えた数だ。
砂粒も全く異なるこの世界で、新たに0から数えてみようと考えた。
これは彼自身が身に付けたものだが、砂粒を数えるコツは、数えるという意志を持たないことだ。
ただ漠然と、目の前に広がる黄土色の世界を見つめていると、不意に意味のない数字が頭に入って来る。
100まで数えた。
1秒に1粒数える訳では無い。ただ彼は数え慣れているので、ハイペースで数えられる。
目がしぱしぱして来る。何回か瞬きをした。
彼は不死身だが、疲労や痛みまで全く感じないわけでは無い。
永い時を過ごすうちに大半の痛みは無視できるようになってしまったが、体内の不調を訴える痛みは残っている。
300まで数えた。
頭の中に無機質な数字が満ちてくる。
彼の山より高く積み上げられた記憶に、数字という名の蓋がされる。
■
宮廻不二は、出雲、今で言う島根県で、小さな寺の息子として育った。
生まれ育った、という訳では無い。ある豪雨の夜、子供がその寺の前に捨てられていた。
その寺は洪水や飢饉でひもじい思いをした親が、よく子供を捨てに来る場所だった。
親切なその寺の和尚はいつものことだと思い、彼に粥を飲ませ、自分の家族とした。
やがて不二は(その時はその名前では無かったのだが)、他の捨て子と共に、その寺で坊主として育った。
何処から来たのか聞かれたことはあったが、どうしても答えられなかった。
その時はまだ、自分は他の子どもと違うなど、全く思ってなかった。
両親がいなかったとはいえ、周りの子供も同じようなものだ。
あえておかしな所を挙げるとするなら、怪我をした後の治りが異常に速いと言うことだ。
とは言え、誰もそこまで気にすることは無かった。彼は真面目な働き者だから、仏様の加護が降りているということにされていた。
-
■
数えた砂粒の数は、700を越えた。
昔からしていたことだが、数字は良い。不思議と心が落ち着いて来る。
ずっと同じ姿勢を維持していたため、脚が痺れて来た。
数百年の時を生きる中で、痛みというのはほとんど無視できるようになったが、不思議と痺れには慣れない。
それと眠り過ぎた時の、鈍い頭痛も。
人が食べれば激痛で自殺を選ぶような毒キノコを食べても、痛みさえ感じなくなってしまったが、よく分からない痛みや感覚だけが、今もなお鮮明に感じる。
■
彼が他者と異なることに気付いたのは、その寺に引き取られてから7年が過ぎてからだ。
ある流行り病が流行し、ろくな医療技術もない時代だったので、近辺の村で病人がばたばたと倒れた。
和尚は一人でも多く助けようと、村から村へと奔走したが、それがまずかった。
彼もまた病に罹り、倒れてしまった。残酷なことに致死の病は、和尚から引き取った子供へと罹患していく。
一人また一人と、寝食を共にした者達が倒れていく中、不二は死にたくないと日々祈っていた。
祈りが天に届いたか、彼だけはいつまで経っても死ぬどころか、病に罹ることさえ無かった。
和尚は今わの際に、自分が助けた子供が一人でも生きてくれてよかったと呟き、息を引き取った。
それから間もなく、武士の一団がその寺に現れた。
病の感染拡大を阻止するために、寺や近辺の村を焼き払いに来た。
不二はやめてくれと懇願した。まだ生きている病人がいると泣き叫んだ。
だが彼の望みは聞き入れられず、それどころか邪魔だと一刀の下に切り伏せられた。
彼が8年間育った寺は、瞬く間に灰燼に帰した。
もうこれでいい、自分も和尚や他の子供たちと同じ所へ行く、そう思っていた。
だが武士の一団が去り、炎がすべて消えた中、彼は生きていた。
■
1250を越えた所で、ずっと同じ場所を目を凝らしてみていたため、目が痛くなってきた。
それでもまだ彼は、砂粒を数え続けた。
日は沈む中、ずっとそれは続いた。そもそも砂場とは、子供が集団で集まることが多い場所だ。
だと言うのに成人男性の姿をしている彼が、一人でそれをやっているのは、何とも不気味に見えた。
-
■
流行り病に罹らないのは、まだ仏様の加護があったからだと言い聞かせることも出来る。
だが、刀で斬られた挙句、寺一つ焼く炎に飲み込まれれば、生きているはずがない。
育ての親の教えを無下にするつもりは無いが、彼でもそれぐらいは理解できる。
それからすぐに彼を襲ったのは、どうしようか?という気分だった。
命こそは助かったが、ずっと寺で生活して来た自分は、全てを失ってしまった。
自分の家と家族を焼いた武士に対して敵討ちをしようという気は、不思議なほど起きなかった。
起こったことが今一つ現実味がなく、誰かに対しての怒りや、失った者への悲しみがどうしても湧いてこない。
まず、何処へ向かおうか。自分は全裸だし、餓死はするのかしないのかは不明だが、どうにかして夕食にはあり付きたい。
そう思った矢先に、焼け跡から1枚の富本銭が見つかった。
特に理由もなく、表が出れば北へ、裏が出れば南へ向かおうと決めた。
表が出て、北へ向かうことにした。
行く途中に寺と同じように焼き払われた村があり、何か拝借出来ないかと思ったが、目ぼしい物は一つも無かった。
比較的無事な布地を身体に巻き付け、山を下りて行った。
山を下りた所で、全国を巡業していた旅の一座に出会った。
彼らは一瞬不二を、山男か何かと勘違いしてしまったが、そのまま一座に入れてもらった。
■
1700を越えた所で、姿勢を崩した。
痺れが限界まで来た。
その痺れは、ふくらはぎや太ももにまで伝わっていた。
そのまま黙って地面に寝っ転がり、砂粒ではなく空を眺めていた。
暫くすると、この世界で二度目の放送が流れた。
■
旅の一座に加わり、そのまま国中を巡業した。
勿論、21世紀に見ることが出来るサーカスや曲芸に比べると、全然劣るものだ。
むしろ現代の基準で言えば、アマチュアが自作の動画で挙げている物の方がマシなぐらいだろう。
よく分からない物を鳴らして音を立てたり、布や木の皮で作った道具で動物の格好をしたりするぐらいだ。
だからこそ、彼でも第一線で活躍することが出来た。
たまに客が金や野菜を投げてくれるが、自分が芸をやった時に大根を投げられた時は嬉しかった。
真面目な性格を買われて座長に気に入られ、座長の娘との結婚まで認められた。
元々座長の娘は、どこかミステリアスな不二に恋心を抱いていたらしく、恋愛はすぐに成就した。
すぐに子供が生まれ、壊れたと思った幸せは、舞い戻って来た。ある時まではそう思っていた。
それは、不二と座長の娘の間で生まれた子供が5歳を過ぎ、彼もまた一座で芸を覚え始めた頃。
ある夜、他の者達が寝静まった頃、不二の妻が言った。
不二のことが怖いと。父も子も他の団員も、そして自分自身も年を取り、姿が変わっていくというのに、お前は変わらないままだと。
好きなのは変わらないが、本当に人間なのか。あやかしの類では無いのかと尋ねて来た。
その後すぐに、悪いことを聞いた、聞かなかったことにしてくれと妻は謝罪した。だが、彼に生まれたわだかまりは消えなかった。
-
この時に不二は思った。
自分は、妻や子と生きていてはいけない存在なのではないかと。
妻や子を愛しているのは確かだ。だがこの先、家族とは心が繋がらないまま、看取ることになるのではないか。
そんな恐ろしいことを思った。
自分が化け物だと分かっても、妻や子や義父は、自分を受け入れてくれるのだろうか。
妻と子供が眠っている横で、一つ浮かんだ案があった。
ここにある銭を飛ばして、表が出れば、妻に寺であったことを話す。
裏が出れば、自分はこの場にいてはいけない者だと認め、全てを捨てる。
出たのは裏だった。
次の日の夜、不二は最低限の荷物だけ持って、家族も仲間も捨てて消えた。
それからずっと、その旅の一座と会うことは無かった。息子や妻、義父はどうなったのか、気になったことは無いわけでは無い。
今も芸を続けているのか、それとも解散してしまったか。
妻や子は自分を怨んでいるのか、それとも居なくなってくれてほっとしているのか。
結局それを知ることは無かった。
■
放送が流れた。
死者は5人。前の放送と合わせれば10人。
前と同じ、死んだ個々人に思い入れはない。
あるとするなら自分の出生を教えてくれるというあの男だが、心配せずとも生き残ってそうな奴だ。
もしかすると付き合いのある人間、もしくはその知り合いが呼ばれたかもしれないが、考えるだけ無駄なのは分かっている。
けれど、こうして人が死んだということを知らされると、思ってしまう。
何故自分は生きたのか。
自分が死ねば、もしかすれば代わりに生きられた者がいたのではないか。
自分が不必要に長く生きなければ、“あの男”は死ななかったのではないか。
-
■
旅の一座を抜けた不二は、それから行く当ても無く国中を彷徨った。
野良仕事の手伝いぐらいはしたが、誰とも深い関係を築こうとは思わなかった。
たとえ築いても、短命の者とは心の底でつながることは出来ないと、既に分かったからだ。
どれぐらいそうしていたのかは分からない。何十年か、何百年か、途中から数えるのも忘れてしまった。
藤原、という苗字の貴族の噂が、多く耳に入り始めた頃。
京の街を歩いていた不二は、突然占い師に声をかけられた。
貴方からは何か違うものを感じる、と。
これより北にある、星神神社という所へ向かえと言われた。
久し振りのことだった。銭の裏表以外に従ったのは。
星神神社というのは、当時の不二でさえも知っていた。
神社や寺院が雨後の筍のように作られた時代の中でも、とりわけ優秀な神主がいるとのことだ。
もしかすれば、自分が生まれた理由、自分が死なない理由も分かるのではないか。
元々育ての親が善良な和尚だったこともあり、寺社に仕える者に対して、信頼を置いていた。
一縷の望みを胸に、その場所へ向かった。
だが、そこの神主と思しき男から言われたことは、衝撃的な言葉だった。
――恐ろしき不浄の妖め。人の世に何用だ。
瞬く間に多くの人に取り押さえられ、刃物で自分の首を刺された。
傷の治りの速さを見せられ、この者は人の世の生き物ではないと言われた。
それからすぐに、神社の本殿の地下の、座敷牢に監禁された。
如何なる言葉を話しても、取り合って貰えなかった。
同情を誘って逃げようと、病に苦しむふりをしたが、騙されなかった。
食事は日に二度、定期的に与えられた。だが、それっきりだ。
それからさらに長く、旅の一座を抜けてからその時までよりも長く、座敷牢で過ごすことになった。
ただ配膳係が年を取ったり、別の者になったことだけが、数少ない変化だった。
何年も暗く狭いそこで暮らすことになり、ずっと考えることになった。
自分は死ぬまでこのままなのかと、いや、死ねないから、生きたままいつまでもこのままなのかと。
眠ることも出来ず、食事が出ない時は、畳の目を数えていた。
それを数えることに何ら意味は無かった。
だが頭の中を決して解決できない疑問の代わりに、数字で埋めることで、精神の安定を保てた。
永い時を過ごす間に、一つだけ思い付いた。
食事を差し入れられる時に付いている箸を使って、牢の扉を開けられないかと。
思い立ったが吉日という訳か、箸をヤスリのように擦り付けて、格子を少しずつ削って行った。
出来るのは1日にほんのわずかな時間だけだ。あまり力強く擦れば、箸が折れてしまい、バレてしまう。
-
五劫の擦り切れ、という言葉がある。
数年に一度だけ空から舞い降りる天女の羽衣が、とてつもなく巨大な岩を一撫でし、岩が完全に摩耗して無くなるまでの時間が一劫だ。
すなわちその岩が五つ擦り切れるまでの、果てしなく長い時間を表現している。
その表現が生まれるのはまだ先の時代だったが、彼はそれに似たことを実践して見せた。
だが、あと少しで格子を開けられそうになったその時、夕餉の食器を取りに来た男に、ついにバレた。
折角の苦労が無駄になってしまうことを恐れた不二は、格子越しに鋭利になっていた箸を、男の首に突き刺した。
哀れな男は悲鳴も上げずに、血を流して倒れた。
まずいのはこれだけではない。男は夜だったため、火のついた蝋燭を持っていた。
持ったまま倒れたことが原因で、火が燃え広がって行った。
それからは矢も楯もたまらず、我武者羅に残った方の端で格子を削った。
夜だったのもあり、辺りは火事に躍起になっていたため、地下から出るのに苦労はしなかった。
またも彼は、火事によって人生が変わったのだ。
外に出ると、長年見ることのなかった月光が、彼を迎え入れた。
人を殺した恐怖は、数百年ぶりに見た月の美しさ、風の心地よさに、すっかりかき消されていた。
長らく走っていなかったが、自分の不死身はこういう所にも影響するのか、夜の街道を疾走していた。
懐を探ると、ボロボロになった箸が一本だけ見つかった。
誰かと一緒にいたはずなのに、ボロボロになって、一人になって、まるで自分みたいだな、と思った。
そのようにしたのは自分なのだが。
寺の生まれでありながら人を殺してしまった。もう育ての親から承った名前を名乗りたくはなかった。
だから、これを機に新しい名前を作ろうと決めた。
自分と同じ経験をした者は二人といない。だから、自分の名は不二という名前に決めた。
■
必要なのは差し当たって禁止エリアの情報だ。
筆記具を取り出し、地図に無機質に記録していく。
使う予定は無いが、転送装置の場所も書いておく。
けれどそんな中、決して答えの見つからなかった疑問が次々と頭に浮かぶ。
-
なぜだろうか。
なぜ死ねなかった。
なぜ生きなければいけない。
なぜ幸せにならなければならない?
そんなことを不二は考える。
――だから協定期間が終わって次に会えた時、教えてあげるつもりだ。
――君がどうして他の人と違って、老いることも死ぬことも無いのかをね。
だからこそ、トレイシーの言葉は魅力的に聞こえた。
悠久の時を生きると、どのような言葉も右の耳から左の耳へと抜けてしまうが、彼の言葉はずっと頭に残っている。
自分が生まれた理由、生まれた場所、そしてなぜ不死身なのか。
――なななななななぁーーーーんと!!!優勝者の御二人には『何でも願いを叶える権利』を差し上げます!
だからこそ、デスノの言葉が魅力的に聞こえた。
産まれ、精一杯生き、親しい誰かと老い、そして死ぬ生き方が出来る未来が。
自分はコイントスで、殺し合いに乗るか乗らないかを決めた。
そう思っているのは彼だけで、実はあのコインは、どっちに出ようと殺し合いに乗っていたのかもしれない。
(行くか。)
昔のことを思い出したからか、随分と気持ちは落ち着いた。心なしか、
ずっと蹲っていた彼は立ち上がり、公園を後にした。
彼が納得する形なのか、そうで無いかは別として、彼の答えはもうじき見つかる。
理由は無いが、何故かそんな気がした。
(その前に……)
トレイシーから貰った槍を真っすぐに立てる。
最初に貰ったコインは神社に納めてしまったが、これが倒れた方向に進んでも良いだろう。
あの監禁の日々以来、彼は誰かに道筋を聞くのをやめた。
その人にとって正しい答えであっても、人とは違う自分にとっては間違った答えにもなり得るからだ。
悠久の時を生きる不死に、運命が示した道標はーーー
【F-3 公園】
【宮廻不二】
[状態]:疲労(中)
[装備]:魔鳥の骨で作られた槍 アクマ兵装『グレー・ジャック』
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム×1
[思考・行動]
基本方針:裏が出たので優勝を目指す。
1:僕が不老不死の理由…
2:あの人(神)のおかげで、少しこれ(グレー・ジャック)の使い方が分かってきたかな?
3:願い、叶うといいなぁ。
4:名簿は…まあ見なくてもいいや。
5:放送か…とは言っても、やることは変わらないけどな
【備考】
※精神や魂など肉体を殺さずとも殺せる支給品があると考えてます。
※グレー・ジャックによって攻撃や脚力が常人を越えてます。ただし、体力の消耗量も増えています。
※名簿はまだ見てないのでもしかしたら知り合いがいるかもしれません
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投下終了です
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スヒョン、グレイシー、新田目、汀子、真央、黄昏、アレクサンドラ、トレイシー
予約します
延長もしておきます
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トリップ間違えました
改めて
スヒョン、グレイシー、新田目、汀子、真央、黄昏、アレクサンドラ、トレイシー
予約します
延長もしておきます
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笑止千万、アンゴルモア、雪見儀一予約します
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投下します
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アンゴルモア・デズデモンという少年は、今の今まであらゆる責任から逃れて来た。
勿論、まだ年端も行かない中学生故に、責任を問われる機会が少なかったのもある。
だがそれを加味しても、己の意志で判断し、過ちを犯した場合にその代償を払ったという経験は極めて少ない。
敢えて言うならば、自分が格好良いと思っている姿で、中学の入学式に出向いたぐらいだが、その結果を受け入れることは無かった。
ただ楽な方に楽な方にと、人生の分かれ道を歩いて来た。
殺し合いに巻き込まれた後でさえ、ハインリヒや雪見儀一に従って動いてばかりだった。
その果てに回って来たツケが、今の状況なのだろうか。
「君は人間なんだろう?同胞である私より、竜の方が信用できると?」
「この際だ。人やらリュウやらと言うのは関係無かろう?それに会ったばかりの貴様に信用しろと言われても無茶な話だ。」
雪見儀一と笑止千万の両者から判断を迫られ、彼はただ突っ立っているだけだった。
自分の判断が状況を左右する。そんな状況がやって来るなど、想像してすらいなかった。
「良いか。奴にその杖を渡してはならぬ。貴重な武器は片時も離さず持っておくべきだ。」
「言い分はごもっともだが、今この場では私に対する嫌がらせにしか聞こえんぞ?」
アンゴルモアとしては、明らかに致命傷を負っている笑止千万を助けたいという気持ちはあった。
だが、雪見儀一の言い分は間違ってない。むしろこの殺し合いを生き延びる上で大事なものだ。
それに笑止千万が負傷しているが、まだ善人だという保証はない。
-
(こんな時にハインリヒならどうするんだ……)
彼が思考を巡らせた先にあったのは、今は隣にいない同志のことだ。
異世界の救世主であり、双葉玲央との戦いでも自分の失敗をカバーしてくれた、ハインリヒ・フォン・ハッペならどうすべきか。
彼と会ってから別れるまでのことを、思い出していた。そんな中、一つ彼の胸に引っかかるものがあった。
「あの…一つ聞きたいことがあるんですが、あなたは、どこで研究していたのですか?」
突然アンゴルモアが話し出したこともあり、どちらも怪訝な表情で彼を見つめていた。
彼が思い出したのは、最初の放送前、城であったことだ。
よく分からない映像を見せられ、そこには色々な世界が映っていた。
その映像の一つに、研究所のような場所があった。
マスク越しだったので正確には分からないが、その映像でアップされていた研究員と、目つきが似ていた。
「…………。」
その瞬間、明らかに空気が変わった。
笑止千万は特に表情を変えたりすることは無かった。一瞬、眉毛と視線を動かしたぐらいだ。
あまり空気を読んだ発言をしたことのないアンゴルモアや雪見儀一でさえ分かる程、はっきりと変わった。
「あ、あの、ごめんなさい!勘違いだったかもしれません!!」
すぐに間違った発言をしてしまったと考え、慌てて謝罪する。
どうしても判断が出来ず、お茶を濁そうと、別の方向から話題を振った結果がこれだ。
彼はどうしても、自分の判断で事を進めるのに向いていない。
「……謝罪は必要ない。だが昔のことはどうでもいいだろう。私が欲しいのは君が持ってる杖だ。ほんの一瞬、貸してくれればよい。」
「貴様がどういう人間か信用を買うためにも、どこで何の研究をしていたか話すべきではないか?」
「いちいち私の言うことに突っかかって来るな!!君も君でこんな畜生の言いなりになってるんじゃないッ!!」
はっきり言うが、交渉もへったくれもあった物じゃない。
どちらも頭脳こそは優れているが、それがロッドを渡すか渡さないかの、交渉の上手さに直結するかはまた別の話だ。
雪見儀一は人との駆け引きなど、軒並み飼い主たるアクマに頼って来たし、笑止千万は活用機関の人間以外と、長らくコミュニケーションなど取っていない。
いや、活用機関のメンバーでさえ、とりわけ異常な性格の持ち主だった彼と、上手くやっていくのは至難の業だ。
活用機関が捕らえた異形とのやり取りは、交渉ではなく実質的な命令が殆んどだった。
結局何も進展が無いまま、二度目の放送が訪れた。
-
■
――それでは、今日はこの辺りで!夜になりましたので、闇討ちには気を付けてくださいね!!
名を呼ばれたのは前の放送と同じ5名。
そのうち一人は、雪見儀一と、ついでにアンゴルモアが探していた女だった。
彼らとしては、問題ある人物が一人いなくなった程度のことだ。
だが、ハインリヒはそれで済む話では無いだろう。
ハインリヒと戦って死んだか、それとも第三者によって殺されたか。
彼らとしては、何とも言えず複雑な気分だった。
いずれにせよ、彼女ほどの強者さえ死んでしまう場所である以上、これまでにも増して警戒せねばならないと言うことだ。
「あの、雪見さん……。」
だが、問題はそれ以上にある。
彼等が今いるこの場所が、2時間後に禁止エリアになってしまうことだ。
こんな所で交渉という名の口喧嘩に夢中になって、全員纏めてお陀仏なんて話にならない。
すぐにでも脱出しようと、アンゴルモアは雪見儀一に話しかけようとした。
だが、少年が声を出すより先に、雪見儀一が叫んだ。
「小僧!!」
「ぎゃっ!!」
何かが、アンゴルモアの後頭部に当たった。
雪見儀一の警告も間に合わなかった。
何の予兆も無く、予期せぬ方向から予期せぬ一撃を受けた少年は、地面に倒れ込む。
笑止千万が投げたのは、自分の身体を繋いでいた小型の充電器だった。
2人が放送に気を取られている間、彼はこっそりと充電口からそれを引き抜いており、小型の投擲武器へと変えていた。
「やはり……!!」
「ああ安心していいぞ。コイツは死んではいない。手加減したからな。」
雪見儀一は憤怒の形相で、狂気の男を睨みつける。
普通の人間ならば、それだけで気絶してしまいそうなほどの迫力だ。
だが、狂気の人類愛者は、動じることなく薄笑いを浮かべていた。
すぐにでも目の前の男に炎の息を吐きかけて、不愉快な笑みごと消し炭にしてやろうとした。
だが、炎を吐こうと開いた口は、すぐに閉じられた。
「ほう。畜生の分際で物分かりが良いな。」
-
いつの間にか、笑止千万の残った腕は切り離されて、倒れたアンゴルモアの喉元のすぐ近くを飛んでいた。
笑止千万を睨む雪見儀一の表情が、さらに険しくなる。
鼻息は荒く、少し離れている笑止千万にも当たるぐらいだ。
噴火する寸前の火山と表現しても、大げさでは無いだろう。
「ああ。やりたければやるが良い。見ての通り、私は四肢が一つも無い状態だ。
そっちにある杖を壊してもいいぞ?どうせ畜生だ。同胞でもない生き物のガキなど、死んだところで気にする必要無いだろう?」
「貴様……!!」
笑止千万からその言葉を聞くと、猶更敵を攻撃できなくなってしまった。
雪見儀一は、人間の老人から名を受け、その名に恥じぬ、彼らしく人らしく生きようと決意した。
アンゴルモアの命を無視して、彼を攻撃するなど、その生き方に最も反する行為だ。
笑止千万は背中から翼を出し、自らの身体を浮かせ、地面に転がった妄想ロッドの場所へ行った。
四肢が無くなった身体を、羽だけで動かしている。何とも滑稽な姿だ。
だが、片時も雪見儀一から目を離すことは無い。いつでも小僧を殺せるぞというメッセージを、視線だけで送っていた。
妄想ロッドを口で咥える。杖が光ったと思ったら、虚空から機械の腕が現れた。
現れた場所からして、新たに腕が生えたようにも見える。
続いて、機械で造られた下半身。
妄想ロッドは攻撃魔法しか使えない。だが、『攻撃』の定義を何とするかによって、何が出来るかの幅が広がる。
攻撃に特化した機械の腕や脚を出すことも、彼にとってはまた『攻撃』だ。
先程までは片腕だけだったのが、今度は片腕だけがない状態になっている。
(………!!)
雪見儀一は、新しく現れたそれらが、何のパーツなのか分かっていた。
あの時自分の同胞を殺した、人造人間のそれだ。
「素晴らしい!!最高だ!!徹夜明けの研究の朝に風呂から上がった時の気分だ!!元の“テンシ”とは劣るが、満足だ!!」
狂喜乱舞という四字熟語を表現するのに、これほど適している状況があるだろうか。
まるでダンスでも踊るかのように、片腕や両足を動かしている。
雪見儀一はこの隙を突いて、どうにかこの男を始末できない者かと思考を巡らせる。
だが、機械の片腕は未だアンゴルモアの首のすぐ近くだ。警戒を解いている様子はない。
「……用は済んだだろう。その小僧を離せ!!」
雪見儀一としては、まずはアンゴルモアを助けることが先決だ。
笑止千万に“テンシ”の身体が戻ってしまったのは最悪だが、まずは彼を守るべきだ。
きっと、彼ならば、腑抜けた人ならざる自分にも手を差し伸べてくれたあの老人ならば、そうしていたはずだから。
「離せだと………!!?」
だが、笑止千万がそのようなことを気軽に承諾してくれるわけがない。
狂気の男が見せたのは、今度は激しい怒りだった。
「ふざけるなあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアあああああああぁぁぁっっっっっっ!!!!!!」
「!!!??」
-
だが、そんな竜に目掛けてすさまじい怒声が飛ぶ。。
唐突な怒声に、彼は困惑するばかりだった。
「お前が杖を渡すなと下らないことを言い続けるせいで時間が無駄になり、その結果私の貴重な実験材料が殺されてしまったんだぞ!?君はそれを知った上で言っているのか?少しでも私を慮ったことがあったのか!!?だというのに権利ばかり主張して、都合が悪くなればああしろこうしろと私やこのガキのような人間に命令して、何様のつもりだ?分からないのなら私が教えてやるよ!君はただ人類の未来のためになる実験動物でしかないんだ!!そして君は実験動物の分際で、人類の未来の可能性を一つである、不死身の少女を台無しにしてしまったんだぞ?責任は取れるのか?それとも責任も取れないくせに私に対して命令したのか?そんな!そんな人の言葉を話せるから、ただその一点だけで、よくもおなじ人間気取りで私と話し合っているつもりになったな!!私が下手くそな人真似をしているケダモノの言うことなど、まともに聞くと思っているのかあああああああああああっ!!!!」
マシンガンのように、笑止千万の怒声が乱射される。
言葉という名の銃弾の雨に、雪見儀一は困惑するばかりだった。断られる覚悟はあったが、そのような怒り方をするとは思ってなかったからだ。
彼の言い分は雪見儀一からでも暴論と極論だけで構成された、てんで聞く価値もない言葉の集合体だ。
だが残念なことに、話の整合性やロジスティクスはこの場で求められていない。
目の前で人質を取られている。ただそれだけで、笑止千万が優位性を保てているということになる。
「一つ聞きたい。貴様は儂を人とは相容れぬ生き物だと見なしておきながら、何故人質を取ろうと考え……ガッ!!」
言葉を話そうとする雪見儀一の顔面に、義足の蹴りが入った。
鉄仮面とも相違ない程頑丈な竜だが、それでもダメージは免れなかった。
「今度は質問と来たか!!質問だの命令だの、賢しらに人間と同じ土台に立って話そうと考えるな!!君たち人ならざる者は、大人しく実験サンプルとしてその命を人類の未来のために使い果たしてくれれば良いんだよ!!」
怒りの赴くまま、笑止千万は何度も竜を殴り、足で蹴った。
まともに戦えば、結果はどうなるか分からない。
だが、度重なる殴打を受けながらも、雪見儀一は黙って耐えていた。
なぜ耐えていたのか。アンゴルモアなど、成り行きで預かることになってしまった見ず知らずの少年でしか無いというのに。
それでも、彼は人質にされた少年を、見捨てることは無かった。
「……儂に何をして欲しい。少なくともこの場から出ることが先決であろう?」
如何に笑止千万の言っていることが破綻していようと、彼の優位は揺るがない。
牙を何本か折られ、顔のあちこちから血を流しながらも、雪見儀一は従うしか無かった。
ともかく、最優先すべき事項はこのエリアからの脱出だ。
たとえ笑止千万に命令されている状況であっても、それは変わらないはずだ。
-
「この地に現れたという、転送装置の実験だ。勿論、君も付き合ってもらう。」
手足を取り戻した笑止千万は、意気揚々と屋敷を出た。
勿論、まだ気絶しているアンゴルモアを小脇に抱えたまま。
雪見儀一は、黙ってそれについて行った。
(すまない…儂がこの男の正体を見抜いていれば……)
折角の脱出の手がかりを見つけてしまったというのに、それ所では無くなってしまった。
目の前の男は、はっきりとした悪だ。人や“アクマ”、ナオビ獣と言った種族の境目など関係のない、ただ狂気的にエゴイスティックな悪だ。
だが、今分かってももう手遅れだ。今はただ、その悪について行くしかない。
このまま笑止千万に付いて行っても、状況は悪化の一途を辿るのは目に見えている。
だが、それ以外の方法は、雪見儀一には思い浮かばなかった。
【B-5 屋敷内/夜】
【アンゴルモア・デズデモン】
[状態]:気絶(後頭部に打撲)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム×0〜2(確認済み) 宝の地図
[思考・行動]
基本方針:とりあえずまともに歩けるようになるまで、雪見儀一の下にいる。殺し合いには乗る気は無い。
0:………
1:宝の地図の示す場所に従って、同志(ハインリヒ)と合流次第、E-2へ向かう
2:同志と離れ離れになるのは寂しいが仕方ない。
3:なんで城で見た映像に、笑止千万がいるんだ?
4:アイツ(双葉玲央)から、どうにかして杖を取り返したい。
5:このドラゴン(雪見儀一)は何を知っているんだ?
6:まさか本物のドラゴンに会えるとは。怖いけど少し楽しい。
【雪見儀一】
[状態]:角破断(ほぼ完治)胴体にダメージ(小) 、顔面にダメージ(中)魔力消費(小)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム×0〜2(確認済み) 首輪探知レーダー
[思考・行動]
基本方針:この名に恥じない在り方を
1:どうにかして笑止千万からアンゴルモアを取り返す
2:笑止千万に従って転送装置のある場所へ、今はこれしかない。
3:宝の地図は、本当に役に立つ物なのか?
4:それよりも“テンシ”を早く対処したい
5:極力殺したくはないが、必要なら躊躇わない。
6:アンゴルモア…すまない……
【笑止千万】
[状態]:苛立ち(中) 高揚感(大) 電力(3/5)
[装備]:超高性能義体
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0〜2(確認済み) 充電器 フキが吐いた魚の肉片 妄想ロッド
[思考・行動]
基本方針:勝ち残り、デスノを機関へと連れ帰る
1、機体も治ったし、転送装置のある場所へ向かう
2、人間の子供(アンゴルモア)は転送装置の実験台にする。竜(雪見儀一)はその後好きなように使う
3、ハインリヒと舛谷珠李に興味。
4、貴重な実験材料(四苦八苦)が……しかしどのように殺したのかも興味深い
5、邪魔するものは殺す。
6、三人殺せば手に入るというアクマ兵装も、ぜひ手に入れておきたい。
7、フキ、どうか無事でいてくれよ。
【備考】
※この義体の性能込みでも殺し合いが成立するものが、参加者にいるだろうと推察しています。
※超高性能義体が武器扱いの為、ランダム支給品の数が一つ少なくなっています。
※笑止千万が妄想ロッドを使った場合、機体の電力を消費することになります。
※片腕以外は妄想ロッドで具現化した物であるため、これまでとは違う欠陥があるかもしれません。
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投下終了です
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乙です。
笑止千万、正しくマッドサイエンティスト……!
雪見の善性からの弱みを突く様は悪党ならではの嫌らしさが感じられました。
上手がゆえに隙を突いて復活するとは……これは予想がつきませんでした。
サブタイが今話の引きにもなっていてそこも惹きつけられました。
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感想ありがとうございます。
非常に嬉しいです。励みになります。
>隙を突いて復活するとは…
雪見儀一の警戒心が強く、どうすれば笑止千万が動くか考えるのに苦労したので、そこを書いてくださって感謝です。
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それともうすぐこのスレが1000レスになりそうなので、新規スレを立てました。
このスレが1000レスに達し次第、ssの投下、およびその他の連絡事項はそちらにお願いします。
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