[
板情報
|
R18ランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
1-
101-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
お気に入り作品バトルロワイアル
1
:
◆YJZKlXxwjg
:2022/06/26(日) 18:21:19 ID:K05fUNpw0
参加者名簿
【金色のガッシュ!!】4/4
〇ガッシュ・ベル/〇高嶺清麿/〇ゼオン・ベル/〇デュフォー
【トライガンマキシマム】4/4
〇ヴァッシュ・ザ・スタンピード/〇ミリオンズ・ナイブズ/〇ニコラス・D・ウルフウッド/〇レガート・ブルーサマーズ
【ラブライブ!】4/4
〇高坂穂乃果/〇園田海未/〇南ことり/〇綺羅ツバサ
【ONE PIECE】4/4
〇モンキー・D・ルフィ/〇ロロノア・ゾロ/〇ヴィンスモーク・サンジ/〇ポートガス・D・エース
【ゴールデンカムイ】3/3
〇杉元佐一/〇アシリパ/〇白石由竹
【SPY×FAMILY】3/3
〇ロイド・フォージャー/〇ヨル・フォージャー/〇アーニャ・フォージャー
【鋼の錬金術師】3/3
〇エドワード・エルリック/〇アルフォンス・エルリック/〇ロイ・マスタング
【Fate stay/night】3/3
〇衛宮士郎/〇セイバー(アルトリア・ペンドラゴン)/〇バーサーカー(ヘラクレス)
【ジョジョの奇妙な冒険】2/2
〇空条承太郎/〇DIO
【ヘルシング】2/2
〇アーカード/〇セラス・ヴィクトリア
【魔法少女まどか☆マギカ】2/2
〇鹿目まどか/〇暁美ほむら
【魔法少女リリカルなのは】1/1
〇高町なのは
35/35
※当ロワは非リレーとなります。
135
:
◆YJZKlXxwjg
:2022/11/08(火) 20:35:17 ID:s8tedoxQ0
星空凛、レゼ、空閑遊真で投下します
136
:
猜疑心は猫を壊す
◆YJZKlXxwjg
:2022/11/08(火) 20:36:23 ID:s8tedoxQ0
星空凛は周囲の暗闇に怯えながら市街地を歩いていた。
突然始まった『実験』……殺し合い。
平穏な日々を送っていた凛にとっては考えてもいなかった出来事に、普段の快活とした様子は鳴りを潜め、今はただ衣擦れの音も、足音も立てぬように歩いているだけであった。
(皆……真姫ちゃん……かよちん……)
本心を言うならば、何もしたくなどなかった。
どこかの建物に隠れて、息を潜めて、誰か助けが来るのを待っていたかった。
だが、凛はプレシアの支給品、その中の参加者名簿を見て、知ってしまった。
この殺し合いに彼女の仲間達が、そして、親友の二人が参加させられている事。
それを知った凛に、ただ隠れて待つという事は出来なかった。
仲間達が、親友達が、危険な目にあっていると想像しただけで、居ても立っても居られない。
なけなしの勇気を奮い、暗闇の住宅街へ足を踏み入れる凛。
彼女は暗闇と静寂の住宅街をあても無く彷徨っていた。
「ここは……」
歩き続けて十数分、偶然にも誰とも遭遇する事なく、凛はそこに辿り着いた。
物音も、生活音すらもない真の静寂の中、彼女が辿り着いたのは学校であった。
長い長い坂道を登った先にあった学校の名は『穂群原学園』。
凛には聞いた事もない学校であった。
もしかしたらμ'sの誰かがいるかもしれないと、恐る恐る校門をくぐり、『穂群原学園』へと入っていく凛。
やはり先程までいた住宅街と同様に、人の気配は無い。
夜の学校……しかも、殺し合いという異常な状況では、恐怖を駆り立てるには充分すぎた。
自分の呼吸の音すら大きく聞こえる中で、凛はゆっくりとゆっくりと歩いていく。
校舎の前には広い校庭があるが、遮蔽物もないそこを真ん中から突っ切って行く勇気はどうしても出ない。
校庭の端を迂回しながら、校庭へと近付いていく。
そして、あともう少しで校舎の玄関へ辿り着こうかというその時だった。
「い、いやあああああああああああああああああ!!!」
悲鳴が、耳をつんざいた。
ひっと息が漏れると同時に、凛は腰を抜かし、座り込む。
ドラマや映画で観るような演技ではなく、心の底から恐怖した者が出す声に、凛の全身が総毛立った。
何かが起きている。
この学校の中で、何かが。
「うあ、あああ……」
それを理解した凛は身を隠そうと、側に植えてある茂みに近付こうとする。
だが、身体が恐怖で強張りまるでいう事を聞かない。
そうこうしている内に、足音が近づいて来る。
ーーードタドタドタ!
何かを踏み殺そうとでもしているかのような、足音。
常軌を逸している、狂ったような、足音。
凛は歯を食い縛り、呼吸すら止めて、足音が過ぎるのを待った。
気付かないで、気付かないで、とひたすらに祈りながら、それが通過するのを待つ。
ーーードタドタドタドタ!
足音が、近づいてくる。
狂っている。まともじゃない。狂っている。まともじゃない。
通り過ぎて、通り過ぎて、通り過ぎて。
どうか、私に、気がつかないで。
ーーードタドタドタドタドタ
ーーードダン!!!
そして、一際大きな足音が響き……それきり足音は遠ざかっていった。
思わず足音が去っていった方へ視線を送ると、校庭を走る、誰かの後ろ姿があった。
暗闇で良く見えないが、それはどこか見覚えのある後ろ姿に思えた。
「の、希、ちゃん……?」
大きく二つに結った髪型。ふくよかな、丸みを帯びた体型。
その後ろ姿は、何度も見てきた。
けど、狂ったように頭を振り、長い髪を振り乱して、走るその様子は、いつも落ち着いていて、大人びた雰囲気の希とは、とても結び付かない。
凛は、声を掛ける事もできずに、呆然とその後ろ姿を見送る。
そして、世界はまた凛だけとなり、痛い程の静寂が包み込んでいく。
彼女が希らしき人物を追わず校舎へ入っていったのは、端的に言い表すならば興味本位からだった。
恐怖はある。だが、何があったのかという興味……疑問の方が強く湧き上がっていた。
息を殺しながら、凛は校舎を進んでいく。
無人の廊下、沢山の教室、階段、踊り場……そして凛は、見た。
踊り場に、誰かが倒れている。
近付くと、暗闇に慣れた瞳がその姿を捉える。
見覚えのある、髪型だった。
ショートヘアのツインテール。小さな顔に、くりくりとした大きな瞳。
「にこ、ちゃん……?」
気づけば、凛の口からその名前が漏れていた。
137
:
猜疑心は猫を壊す
◆YJZKlXxwjg
:2022/11/08(火) 20:37:06 ID:s8tedoxQ0
凛の仲間である少女の名前。
スクールアイドルが大好きで、スクールアイドルに憧れていて。
いつもは友達みたいに接する事ができる賑やかな先輩で、いざという時は頼りになって。
凛にとっては、大切な先輩であり、大切な仲間であり、大切な友人。
そんなにこが倒れている。
明らかに曲がってはいけない方向に首を曲げながら、いつも溌剌な赤色の瞳を暗く澱ませて。
……まるで、死んでいるかのように、矢澤にこが倒れている。
「に、にこちゃん、こんな所で寝てたら風邪ひいちゃうよ」
恐る恐る声を掛けるが、反応はない。
起こすように、身体を揺らす。
おかしな角度の首が、更におかしな方向に曲がった。
ひ、と凛の口から、音が漏れる。
「に、にこちゃ……」
その尋常じゃないにこの様子を観て、考えないようにしていた答えに、凛は至ってしまう。
にこは、矢澤にこは、死ーーー、
「ひ、ひゃあ、ひああああああああああああああああああ!!」
声が、漏れる。
声が、止まらない。
叫んでいなくては、全てを吐き出さなければ、おかしくなってしまいそうだから。
凛は、狂ったように声を嘔吐し続ける。
「うああ、うあああああ、あああああああ!」
見たくないのに、目を逸らしたいのに、視界は動かない。
にこの死体から、視線を外せない。
いやだ。いやだいやだいやだいやだいやだ!
これ以上見たくない。にこのあんな姿なんて、見たくない見たくない見たくない見たくない。
狂う。狂ってしまう。
「ぐぅぅううううううううううううう……」
頭を掻きむしりながら、凛はその場に座り込み、言葉だけでなく、腹の中身のものも嘔吐を始めた。
涙と鼻水と涎で顔をぐしゃぐしゃにしながら、全てを吐き出す。
吐き出すものがなくなっても、嘔吐は止まらない。
胃も、食道も、腸も、いっそ内臓すら吐き出せれば楽になれるのにと、頭の片隅で、どこか冷静にそう思いながら、吐き続ける。
止まらない気持ち悪さの中で、凛はふと考えてしまう。
希は、あの時何をしていたのだろうか、と。
希が走ってきた方向で、にこは死んでいた。
学校の中は無人で、人の気配は無い。
争ったような物音も、希以外の悲鳴も聞こえなかった。
希も自分と同じようににこの死体を見つけたのか? でも、にこの身体は暖かい。まるでついさっきまで生きていたかのように。
なんで、ついさっきまで生きていたにこが死んでいるのか。
なんで、にこが死んだ場所から希は走り去ってきたのか。
(希ちゃんが、にこちゃんを殺ーーー)
瞬間、そんな有り得ない状況が頭に浮かんだ。
「ち、違う。違う違う違う違う違う!!! 希ちゃんがそんなことする訳ない!!! そんなことありえない、ありえないありえないありえない!!! ありえない!!!」
希とにこは親友だ。
μ'sになる前から希はにこに気をかけていて、にこもその事に気づいていた。
μ'sに加入した後も、希とにこは気が置けない仲であった。
そんな希がにこを殺すなんて有り得ない。
(でも、有り得ないのは、この状況だって同じだよ?)
頭の中で、悪魔が囁く。
殺し合い。『実験』。最後まで生き残った一人しか生還ができない状況。
その恐怖は、凛自身が今まさに経験している最中だ。
もし、その恐怖に負けてしまったら?
どうしても生き残りたいと考えてしまったら?
そうしたら、親友すらも、手に掛けーーー、
138
:
猜疑心は猫を壊す
◆YJZKlXxwjg
:2022/11/08(火) 20:37:39 ID:s8tedoxQ0
「あああああああ!!! ちがうちがうちがう!!! そんなこと希ちゃんがするもんか!!! 希ちゃんはそんな人じゃない!!!」
頭を吐瀉物まみれの床に打ち付ける。
何度も何度も、頭の中の間違った考えを追い出すように、打ち付ける。
その時だった。
かつん、と足音が聞こえた。
視線を向けると、そこには見知らぬ女性が立っていた。
「お前だ! お前がにこちゃんを殺したんだ! そうだ、そうに決まってる! お前が殺した! 殺した殺した殺した!!」
目を血走らせ、泡を飛ばしながら、叫ぶ凛。
理屈も何もない。ただ己の内に湧き出た考えを否定するために、その咎を目の前に現れた人物になすり付けているだけ。
その様子は側からみれば狂気のそれだった。
「え〜、何のこと? 私は今ここに来たばかりだよ?」
女は、凛の言葉をそよ風のように受け流し、微笑みを浮かべた。
にこの死体を見て、様子のおかしい凛を見て、それでも何でもないように女は佇んでいる。
「嘘だ! そうやって嘘を言ってにこちゃんと希ちゃんを騙したんだ! 騙して殺したんだ!」
「会話にならないなあ。私は君の叫び声を聞いて、ここに来たの。その死体の事なんて何も知らないよ」
困ったように頭を掻きながら、女は凛をみる。
平常心を失っている凛は気付けないが、その視線は氷のように冷たい。
「ま、いっか」
なおも喚き続ける凛を見下ろしながら、女は一歩、また一歩と歩みを始める。
狂気に囚われる凛はやはり気付けない。
女の右手に、一本のナイフが握られていることに。
「じゃあね、バイバイ」
告げて、瞬間女の姿が、凛の視界から消えた。
女は流れるのような足捌きで、凛の後ろに回り込んでいた。
手中のナイフが闇の中で奔り、吸い込まれるように凛の喉元へ近付いていく。
凛は、最後の時まで気付けない。
女と出会ったその瞬間から、自分が死の淵に立っていた事に。
女が本当に殺し合いに乗っていて、始めから凛を殺そうとしていた事に。
キィンと、金属を叩く様な音が鳴り響いた。
「……君、だれ?」
女の声色に当惑が混じった。
視線は凛から既に外れている。
女が見ているものは、一人。
凛の頸動脈を斬り裂く刹那、横合いから飛び込んできた一人の小柄な少年。
少年は手に握った光る武器で、女のナイフを受け止めていた。
ナイフは、その刃の真ん中から斬り落とされている。
女の問いかけに、少年は沈黙で答える。
その視線は、数瞬前に女が見せたものと同様に冷たいものであった。
「う〜ん、面倒だなあ。君、何だか強そうだし、ちょっと苦戦しそうだなあ」
女の言葉に、少年の眉がぴくりと動く。
「……おまえ、つまんないウソつくね」
「え〜、そんな事ないよ〜」
女は既に平常心に戻っていた。
表情に笑みを浮かべて、少年を見つめる。
「ま、時間も無駄にはできないしね」
女が言いながら、首元に手をやる。
首に巻いたチョーカー。そこに付いた丸いピンを引き抜く。
同時に、ボンと、女の頭部が爆ぜた。
吹き飛ぶ肉片。女の頭部は消し飛んでいた。
突然の出来事に、少年の目が見開かれる。
自殺、だがなぜーーーと考えた所で、少年は異変に気づいた。
女の姿が、変わっていく。
消し飛んだ頭部に、何本もの紐状の何かが集まり、互いに絡め合う事で形を成していく。
義務教育で歴史を学んだことがあるものならば、見覚えくらいはあるだろう
白黒の映像の中、空を飛ぶ爆撃機から投下される自由落下爆弾。
女の頭部が、それに置き換わっていた。
手足には先ほど頭を形作ったものと同様の紐が何重にも巻き付いていて、服装も黒色のドレスに変わっている。
139
:
猜疑心は猫を壊す
◆YJZKlXxwjg
:2022/11/08(火) 20:38:03 ID:s8tedoxQ0
「じゃ、やろっか」
両手を上げてファイティングポーズを取る女だったもの。
少年もまた凛を抱えて距離をとり、空いた手にもう一本の光る刃を発現させて、身構える。
「離れてろ。巻き込まれる」
変わり続ける事態に、さすがの凛も口を紡ぎ、少年の言葉に従ってゆっくりと離れていく。
だが、その激情の瞳は変わらず女へと……女が変態した怪物へと向けられている。
少年は凛の危うさを感じながらも、対面する怪物へと意識を向ける。
少年の名は、空閑遊真。
とある世界で民間軍事組織に所属する少年だ。
(オサムは色んな事に首を突っ込むだろうからな。厄介そうな奴は、おれが早目に潰しておく)
空閑は、脳裏に彼の相棒たる三雲修の姿を思い浮かべる。
お人好しを極めたような男。
この殺し合いの場で、修がどう動くかは空閑には簡単に想像ができた。
それが顔も知らぬ他人であろうと、その誰かを助けるために動く筈だ。
しかも、ただ助けるのではなく、己の命を賭してまで、修は戦う。
その実例を、空閑は既に知っている。
だからこそ、自分が動く。
修と敵対しそうで、修よりも高い実力を持ち、かつ他人の命を奪う事に躊躇いを覚えない者。
眼前の怪物が、まさにそれであった。
光る刃ーーー彼のトリオンで作られたブレード・スコーピオンを掲げながら、空閑は怪物と相対する。
凛が放つ狂気の視線を感じながら、空閑の戦いが始まった。
【星空凛@ラブライブ!】
状態:精神的負担(大)
装備:基本支給品、ランダム支給品×1〜3
思考:にこちゃんを殺したのは希ちゃんじゃない……!
【レゼ@チェンソーマン】
状態:健康、ボムの悪魔状態
装備:基本支給品、ランダム支給品×1〜3
思考:目の前の男を殺す
【空閑遊真@ワールドトリガー】
状態:健康
装備:基本支給品、空閑のトリガー@ワールドトリガー
思考:凛を助ける。目の前の化け物を殺す。修達と合流する
140
:
◆YJZKlXxwjg
:2022/11/08(火) 20:39:28 ID:s8tedoxQ0
投下終了です。
初代ラブライブ!2期5話は神
141
:
名無しさん
:2023/01/14(土) 14:18:05 ID:FVqPyxAM0
いつも投下乙です。
最初から読ませてもらいました。
簡単にではありますが、感想を述べていきます。
>ゴム人間ってリアルにいたら絶対怖いよね
銃は効かねえ!ゴムだから。ほむらは運が悪かった。
ルフィの性質を活き活きとあらわした、初期の雰囲気を思い起こさせる話でした。
>綺羅ツバサの選択
日常アニメのキャラクターが非日常に巻き込まれたときの思考の推移、大好物です。
一方の承太郎はハードボイルド。優しく手を差し伸べるわけではないけど、とても頼もしい。
>猛獣警戒区域
相変わらずこのバーサーカーは強い。圧倒的な暴力には恐ろしくなります。
錬金術師と魔術師の組み合わせは良いですね。この先が気になる。
>大きいは正義
デンジは欲望に忠実ですばらしい。
花陽とセイバー、それぞれへのリアクションで草。
>バナナの中身はスタッフが美味しくいただきました
「同作品キャラの遭遇は…」というジンクスを思い出す作品。
希望を抱いて食べた実によって絶望の淵に叩き込まれるとは、なんという皮肉。
>聖者の行進
ワールドトリガーは未把握ですが、この迅悠一はかなり魅力的に映ります。
未来視という、強力ながら使いどころの難しい能力。どう活かしていくのか、とても気になります。
>女子高生と変態と、獅子の王
これ乳首が光るのが悪いんじゃないか(呆れ)
容赦なく攻撃をしかけた変態…もとい、鉄人フランキーを一蹴する獅子王は流石の冷徹さ。
>勇気のReason
リーダーだから。彼女が勇気をもって立ち上がる理由は、それで充分ということ。
高坂穂乃果の強さをあらためて認識できました。
>美味しいご飯の後で
和やかな食卓から急転直下で惨劇になるの、とても好き。
サンジに女性を蹴らせるの、尊厳凌辱もいいところでテンション上がります。
>二人の『世界』
このDIOは、かなり余裕のある雰囲気を醸し出してますね…。
「これは、私たちの、『世界』だ」という台詞は感慨深くなります。
142
:
名無しさん
:2023/01/14(土) 14:20:07 ID:FVqPyxAM0
>パンツが繋ぐ出会い
忘れそうになることもありますが、エドは優秀な錬金術師。考察もお手の物ですね。
そしてブルック。その見た目と軽薄な態度は混乱しか生まないものですが、さて交渉はどうなるか。
>孤独なsword
パロロワで大人気のアヌビス神。水中での孤独を体験した後の参戦とは意外。
このしおらしい態度は本心なのかどうか、どうしても疑ってしまいますが…本心から言っているなら、わりといい組み合わせになりそう。
>それは不思議な出会いなの?
「……離してくれないか」「やだ」のやり取りとても好き。
レガートの暗い殺意とルフィの純粋な感情は対比的で、戦闘が楽しみです。
>剣士と騎士、激突す
ゾロは安心と信頼の方向音痴。誤解だけ生んですぐ壊れる田中脊髄剣は草。
海賊狩りと剣の英雄のぶつかり合い、これもまたドリームマッチ。相対する画が浮かびます。
>『悪魔』
窮地に陥ったロビンを助けにくるヴァッシュ△
ロビンが“これまでなら取らなかったはずの選択肢を取った”という展開もアツい。
>黒き者たち
たきなのあまりにも冷静な対応には、惚れ惚れしてしまいます。
ウルフウッドの懊悩。溢れだす感情は純粋で、しかしそのための手段は取りたくない。やるせない気持ちになりました。
>剣・銃・チェンソー
セイバー鬼つええ!外道に堕ちた騎士王の、容赦なく命を取りに行くさまはやはりおそろしい。
それに執念で喰らいつくデンジは流石。チェンソーマンは伊達ではない。
セイバーがカズマのことを思い出すのは、アニロワ出典だからこそという感じで面白いですね。
千束と花陽もそれぞれの個性を出していて、見ごたえのある話でした。
>猜疑心は猫を壊す
絶望は新たな絶望を生む。かなしいにゃあ…。
レゼと空閑のバトルは予想もできないので楽しみです。
以上です。
また、事後報告となり恐縮ですが、
>>119
にURLのあったまとめwikiに、現在投下されている話を収録させてもらいました。
原文そのままで載せたつもりで、とくに本文の編集などはしていません。過不足あったらすみません。
今後も応援しています。
143
:
◆YJZKlXxwjg
:2023/01/21(土) 23:34:45 ID:BnQwn7E60
お久しぶりです。更新が遅くなり、申し訳ございません。
ナミ、アーニャ・フォージャー、バーサーカーで投下します
144
:
◆YJZKlXxwjg
:2023/01/21(土) 23:36:21 ID:BnQwn7E60
仲間との合流を目指して、恐る恐る夜の住宅街を歩いていたナミが、その少女と出会ったのは殆ど偶然だった。
どこからともなく聞こえて来た子どもの泣き声。子どもをどうしても放って置けないナミだからこそ、その遠くから聞こえるか細い声に気付けたのだろう。
ナミは声のする方へと歩いて行き、そして物陰に隠れるピンク髪の少女を見つけた。
「……あなた名前は?」
「び、びゃあああああああああああ!」
優しく声を掛けたつもりだったが、帰ってきたのは大きな泣き声。
ナミの半分程しかない小さな体躯。涙に滲んだ、くりくりとした大きな瞳。
まるで小さな子どもだった。
ナミは無意識の内に、過去の自分を重ねてしまう。
魚人の海賊に占領された故郷。親は殺され、自分は測量の腕を買われて、海賊団の仲間とされた。一億を差し出せば故郷を解放するという約束。海賊相手に泥棒を繰り返し、金を貯め続けた日々。
味方はいない。頼れるものもいない。ただ故郷の無事だけを望んで戦い続けた日々。
あの地獄の日々が、地獄の日々に泣きじゃくる自分の姿が、目の前の少女と被る。
ナミは口を結び、少女を見据える。
「聞きなさい!」
一喝。
恐怖でパニック状態にある少女であったが、その鋭い声に驚愕し、初めてしっかりとナミの方を見る。
膝を折り、視線を合わせて、ナミは優しく語りかける。
「今はとっても危険な状況なの。この場から無事に生き延びるには、私の力だけじゃなくて、貴方の協力も必要よ。だから、教えて。貴方の名前を」
真っ直ぐに想いを口にする。
少女は、ナミの言葉を黙って聞いていた。
そして、数秒後、
「……アーニャ。アーニャ・フォージャー、です」
名を答える。
震えながら紡がれた名前。
ナミはその名を胸に刻む。
「私はナミ。大丈夫よ、アーニャ。貴方を絶対に帰してあげる」
ナミが口にした絶対に、根拠なんてある訳がない。
ただそうしなくてはいけないという使命感から出た、アーニャに対する、そして己にも対する誓い。
ナミの真っ直ぐな瞳に、真っ直ぐな言葉に、真っ直ぐな心に、アーニャは一瞬涙を止めた。
「……アーニャ、お母さんとお父さんはいる?」
「……いる。ちち、はは……」
伏し目がちに告げられた言葉を、ナミは笑顔で受け止めた。
安心させるようにアーニャへ笑いかけながら、ナミは口を開く。
「そう、じゃあ約束。あなたを絶対に両親の元に送り届けるわ」
「ちち……はは……うわぁぁぁああああん!!」
再び零れる涙。
だが涙の理由は恐怖だけではなくなっていた。
泣きじゃくる少女を優しく抱き止めながら、ナミは決意を固くした。
そして、数分後。
ナミはアーニャと手を繋ぎながら、暗闇の住宅街を歩いていく。
天候は晴れ。雲ひとつなく満月が街を照らしている。
空は、異質だった。
航行の標となる筈の星々はなく、ただ満月だけがそこに在る。
空だけ見ていると、まるで自分が異世界に紛れ込んだみたいであった。
(訳分かんないわね……)
新世界を渡る実力を持つ航海士であるナミからすれば、気温や湿度も異常だ。
気温は適温、湿度も不快感のない最適なもの。だが、変化の兆しが見えない。まるで管理された室内のようだった。
それが、異質であった。自然界ではありえぬ環境。
実験室。思わずそんな言葉がナミの脳裏に浮かぶ。
プレシアはこの行為を『実験』と称した。ならば、今自分達がいるこの空間は、まさに実験室だ
気温や湿度も最適に管理され、『実験』を行うに最適な環境が提供されている。
『実験』にーーーつまりは、殺し合いをする為にーーー最適な環境。
人間たちを殺し合わせる為に、何らかの労力を費やしてまで環境を整えるという、狂気じみた行為に、ナミは怖気が走るのを感じた。
145
:
『器』、もしくは眠り姫
◆YJZKlXxwjg
:2023/01/21(土) 23:38:29 ID:BnQwn7E60
(……大丈夫よ。この場にはルフィがいる。あいつまで巻き込んだのが運のツキよ。あいつならこんな『実験』なんて、めちゃくちゃにしちゃうんだから!)
アーニャには強がったナミであるが、当然恐怖はある。
だが、それ以上に信頼があった。
自身の船長であるモンキー・D・ルフィに対する信頼が。
海賊王を目指して旅を続け、大きな挫折を経て成長し、遂には四皇の一角すら撃破し、その席に至った男。
どんな絶望的な状況でもルフィがいると思うだけで、気力が湧いてくる。
ルフィなら何とかしてくれる。
強く、純粋な信頼が、そこにはある。
(やっちゃいなさいよ、ルフィ! 今日ばかりは止めないわ! 全部ぶっ飛ばしちゃいなさい!!)
心の中で握り拳を掲げるナミ。
「……なみ、ばいおれんす」
いつの間にか泣き止んでいたアーニャが、隣人を見上げながら小さく呟くが、その声が届く事はない。
怒りと気合が満タンのナミと、そんなナミに手を引かれるアーニャ。
二人は並んで歩きながら、夜の住宅街を進んでいく。
(……!)
そんな最中、アーニャの様子に変化が観られた。
突然顔を上げ、遠くの方角を見つめ出したのだ。
視線の方角は南東。小山があるエリアだ。
「どうしたの? アーニャ」
ナミの問い掛けに、アーニャは答えない。
まるで何かに取り憑かれたようにその方角を見つめていた。
「だれか、よんでる」
ポツリと溢すと同時に、アーニャが走り出した。
「ちょ、ちょっと! 待ちなさい!」
ナミも慌てて、後を追う。
どこに誰が潜んでいるかも分からない現状だ。下手な行動は最悪の事態に繋がりかねない。
追いついたナミはアーニャの襟首を掴んで、引き留める。
「待ちなさいって。一体どうしたのよ、いきなり」
「おんなのこがよんでる。あのやまのほう」
そう言いアーニャが指差す方角は、やはり南東。
小山がある方角。光る謎の地図が確かであれば『柳洞寺』という施設があるらしい。
「呼んでるったって……何も聞こえないわよ?」
「あ、アーニャは、みみがいい……。ちっちゃなこえでも聞こえる。たしかに『たすけて』って言ってる」
ナミも耳を澄ましてみるが、やはり声は聞こえない。
だが、アーニャが嘘を吐いているようには見えなかった。……不自然に何かを誤魔化してる気はするが。
(まさか……)
気まずそうな表情で視線を逸らすアーニャに、ナミは過去の冒険の経験から、ある可能性を思いつく。
似たような光景をナミは何度か目にした事があった。
例えば空島で。
他者には知覚できない『声』を聞き、人々の無事を判別できた少女がいた。
例えばゾウで。
他者には知覚できない『声』を聞き、誰もが意思疎通を計れないとしていた巨像と意志疎通をした子どもがいた。
(……この子、見聞色の覇気が使える?)
見聞色の覇気。
ナミの仲間にも使える者がいる。
だが、その効力は各個人によって異なる。
先のように、特定範囲の人物の無事を知る事ができるもの。
遥か遠方にいる人の姿を見透かすもの。
戦闘時に於いて、極短時間の未来を見通すもの。
少女がどの見聞色にあたるかは分からない。
だが、他者……少なくともナミには知覚できない『声』を聞くことができる。
そう考えると、アーニャの行動に筋が通る。
「アーニャ、確かにその『声』は助けを呼んでるのね」
「う、うん。おんなのこのこえ」
誰かが助けを求めている。
しかも、アーニャの言葉を信じるのならば、またもや女の子が。
ナミは小さく息を吸い、決意を固める。
「……行きましょう。アーニャの言う女の子を助けるの」
ナミの言葉にアーニャの表情が明るく染まる。
助けを求めている声、しかもアーニャが言うにはまた少女の声との事だ。
見聞色で聞いた声である以上、虚偽の情報という事もないだろう。
ナミにそれを無視する事は出来なかった。
「なみ、やさしい」
「ありがと。……これでも海賊なんだけどなあ」
苦笑するナミを頼もしげに見上げるアーニャ。
二人は手を繋ぎながら、『柳洞寺』に向けて歩いていく。
146
:
『器』、もしくは眠り姫
◆YJZKlXxwjg
:2023/01/21(土) 23:39:21 ID:BnQwn7E60
◇
「このやまから、こえ、きこえる」
そして、『柳洞寺』が鎮座する小山の麓に二人は辿り着いた。
麓からはまっすぐに階段が伸びていて、山頂……おそらくは『柳洞寺』まで続いているのだろう。
(着いた……けど)
ナミは、その小山にどこかおどろおどろしい雰囲気を感じずにはいられなかった。
まるでここだけ気温が数度下がったような感覚。
上にビキニ、下にデニムと比較的薄着なのもあるが、気味の悪い肌寒さを感じる。
加えて、石段の始まり。
その周囲の地面が抉れ、割れている。中には壁のように不自然に盛り上がっている地面もあれば、それも粉々に砕けている。
既に何者かが戦闘をした痕。
隆起した地面からして、少なくとも一人は、悪魔の実の能力者がいた可能性がある。
「……ゼウス、警戒して」
ナミは険しく表情を固めながら、自身の切り札を豊満な胸の間から取り出す。
取り出すは、『魔法の天候棒(ソーサリー・クリマ・タクト)』。
ナミの声掛けに反応して、『魔法の天候棒』から白い煙が噴き出てくる。それは、小さな白雲となってナミの傍に留まった。
『OKだよ。ナミ』
そして、突如白雲に目と口が現れたかと思えば、言葉を話した。
一部始終を見ていたアーニャの目が、驚愕に見開かれる。
「くもが、しゃべってる」
『おいらはゼウス。よろしくな、アーニャ』
「よろしく、おねがいします。………なみ、まほうつかい?」
「あはは、魔法みたいな技術だけど、魔法じゃないの」
「じゃあ、かいぞくのひみつどうぐ……?」
「うーん。まぁ、そんなものかしら」
「かいぞく、すごい……!」
らんらんと瞳を輝かせるアーニャ。
子どもだからこその純粋な反応に、ナミも思わず笑ってしまう。
異様な雰囲気に気後れしていたナミだが、天真爛漫なアーニャに活力を貰った。
よしと気合を入れ直したナミが、石段へ足を掛ける。
その、瞬間であった。
「■■■■■■■■―――――――――!!!!!」
山が、吼えた。
いや、山が吼えたかのような咆哮が、轟いた。
ただの音ひとつで世界が揺れ、まるで身体が芯から揺さぶられるかのようだった。
何が、と疑問に思う暇もない。
咆哮と共に山の中腹から飛び出したそれが、放物線を描いて宙を舞い、凄まじい勢いでナミの眼前に降り立つ。
着地と共に、抉れる地面。
飛び散る礫はそれだけで人を傷付ける凶器であったが、ナミはそれらに構う事ができなかった。
宙から現れたそれに、意識の全てが囚われていたからだ。
ざっくばらんに伸びた髪。浅黒い肌。
はち切れんばかりの筋肉に覆われた肉体。
瞳は朱に染まり、理性を感じ取る事はできない。
「■■■―――――――――!!!」
それが、咆える。
音はもはや衝撃となってナミの全身を叩いた。
許容を越える声量に思わず耳を塞ぐが、それでも尚、脳髄を突き刺すような鋭い感覚があった。
『ナミ!』
危険をいち早く察知したのは、ゼウスだった。
四皇が力の片鱗として、『偉大なる航路』に君臨してきた経験が、ゼウスを突き動かしていた。
主の命を待たずに、漆黒の雷雲となり、それに踊りかかるゼウス。
ゼウスがそれに触れると同時に、極大の雷撃が発生する。
余波だけで、直径十数メートルからなる空間を蹂躙する。全てが炭化し、破壊される。
中心にいるそれには、どれだけの電力が流れているのか想像もできない。
人一人を殺すには余りある程の電撃が炸裂しーーーだがしかし、それは倒れない。
皮膚が炭化し、肉が燃え尽き、骨身が見える。ゼウスの雷撃は確かに、その肉体を破壊せしめた筈だった。
なのに、それは倒れない。
それどころか、雷撃が止むと同時に、まるで映像の巻き戻しを見るように肉体が元に戻っていく。
数秒後にあったのは、変わらぬ狂気の瞳だった。
その視線が、真っすぐにナミを射竦めた。
「うそ……」
無意識に、口から溢れた絶望。
怪物。
その二文字が脳裏を過ぎる。
頼みのゼウスも、自身の渾身が通用しなかった事実に、唖然と表情を固めていた。
それは、ゆっくりと此方へ手を伸ばしてくる。
近づく大きな手は、まるで死神の鎌のように、ナミには見えた。
そして、
「アーニャたち、わるものじゃない。おんなのこ、たすけにきた」
気付いた時には、アーニャが一歩前に出ていた。
両の手を大きく広げて、まっすぐに怪物の瞳を見つめて、少女が語りかける。
147
:
『器』、もしくは眠り姫
◆YJZKlXxwjg
:2023/01/21(土) 23:39:54 ID:BnQwn7E60
余りに予想外のアーニャがとった行動に、息を呑むナミ。
その手を引き、自身の元に引き寄せようとする。
だが、アーニャはその場から動こうとしない。
怪物の狂気が見えていなかったのか、その表情に恐怖はない。
ただ、語りかける。
穏やかな声で、そうするのが当たり前のように語りかけている。
「アーニャ、もどって!」
縋るように叫ぶナミであったが、やはり、その言葉は届かない。
アーニャは、じっと怪物の紅い瞳を見つめていた。
そして、数秒。
ナミからすれば永劫に長く感じた静寂の後に、巨人が動いた。
アーニャの小さな胴体を掴みーーーその肩に乗せる。
「おおお〜〜〜〜たか〜〜〜〜い!」
目を輝かせながらアーニャは、声をわかせた。
怪物は危害を加えるでもなく、雄叫びを上げるでもなかった。
慈しむような、優しさを感じさせるような所作でアーニャを肩に乗せたのだ。
「は……?」
ナミは困惑に眉を寄せながら、その様子を見ていた。
怪物は、先刻まで確かに殺気を撒き散らしていた。
洞窟の奥底に潜む化け物のように咆哮をあげ、破壊を振り撒きながらナミの眼前に降り立った。
だというのに、この変わりようは何なのか。
アーニャの一言が、そこまで眼前の存在に影響を与えたのだろうか。
だとしても、何故ーーー。
「きょじんさん、ナミものっけてあげて」
「え」
直後聞こえてきたアーニャの一言に、ナミの思考が止まる。
ふと顔を上げると、そこには鋼鉄のような胸板が目の前にある。
更に視線を上に向けると、無言で此方を見下ろす赤色の瞳が。
「…………」
「あ、あはは……」
苦笑いと愛想笑いをぐちゃぐちゃにかき混ぜたような笑みを浮かべるナミを、怪物は無表情に見やる。
「わ、私は遠慮しとこうかしら。巨人の肩に乗ったら死ぬ病を患っててーーーって、ちょ、ちょっと!」
やんわり拒否するナミを無視して、沈黙のまま担ぎ上げ、アーニャがいる側と反対の肩に乗せる。
そうすると、怪物は歩き始めた。
肩に乗る二人を気遣うようにゆっくりと、石段の一つ一つを登っていく。
「あわわ……」
「ナミ、だいじょうぶ。きょじんさんはあぶなくない」
焦るナミとは対照的にどこまでも平然とした……楽し気ですらある様子のアーニャ。
ナミからすれば、最初のあの怪物の行動を見ていて何がどう危なくないのか理解不能であるが、もはやどうしようもない。
落ちないよう、必死に怪物の髪を掴み、行く末を見守るしかなかった。
怪物が進んでいく。
石段の半ばで横道に逸れ、鬱蒼とした森林の中へと入っていく。
湿気を帯びた空気が肌に纏わりつき、不快感を脳に伝達する。
殺し合いに最適な環境下にある中で、この森林はやはり異質な雰囲気であった。
歩き続けて更に数分、洞窟の入り口へと怪物は辿り着いた。
洞窟とは言ったが、その入り口は狭く、高さも低い。
どう見てもその巨軀が通れる様な広さではないが、それでも怪物は構う事なく進んでいく。
ぶつかる、と目を閉じるナミであったが、次の瞬間には壁を通り抜けていた。
どうやら一部の岩壁は本物ではなく、そう見せるように擬態させていたようだった。
「なに、ここ……」
「おお〜きれい……」
思わず感嘆がナミとアーニャの口から漏れる。
月光も届かない筈の洞穴は、岩壁のそれ自体が緑色に淡く発光し、僅かながら視界を確保していた。
とても自然現象のそれとは思えないが、ナミの知識にその現象に答えられるものはない。
怪物だけが特に感慨も持たず、足を先へと進める事に専念していた。
洞穴は底を見せず、どこまでもどこまでも、奥へ奥へと続いていく。
山に辿り着いた時からあった不快感が増しているように、ナミには感じた。
怪物に揺られて、進んでいく。
148
:
『器』、もしくは眠り姫
◆YJZKlXxwjg
:2023/01/21(土) 23:40:39 ID:BnQwn7E60
洞穴を進み、崖を下り、不自然なまでに開けた広場を抜けると、そこに(底に?)到達した。
広大な空間。
天井は闇に沈み、どれほどの高さがあるか最早分からない。
巨大な鍾乳石が何十と地面から生え、その歴史の深さを物語っている。
中心には、そこだけがまるで整備されたかのように、最奥はと続く石の道がある。
そして、道の終着には、紅く光る『何か』があった。
「すごい……」
二人がそう漏らしたのは、恐怖や畏怖からではなかった。
ただ単純に、そのスケールに、余りに幻想的な光景に、息を漏らした。
長い航海の中で、数多の信じられない現象を見てきたナミであっても、この光景は心を揺さぶるに値した。
「おおー……」
隣にいるアーニャも同様だ。
驚愕と感動に言葉を無くして、暗闇の奥深くで輝くルビーのような光を見つめていた。
そして、同時に気付く。
洞窟の終着点。そこに、彼女を呼んだ者がいることに。
「ナミ、あそこ」
道の終着、紅き光の麓に、その少女はいた。
岩の塊を切り出してできた寝台に横たわる、白銀の衣装に身を包んだ銀髪の少女。
両眼を瞑り、眠っている。
いや、余りに微動だにしないその様子に、最早眠っているというよりも、死んでいるようにナミには見えた。
だけど、徐々に接近するにつれて、僅かに胸が上下に動いている事が分かる。
怪物は少女の近くまで辿り着くと、腰を落とした。
どうやら、ここが終着点であるらしい。
二人は十数分振りの地面に降り立ち、視線の先で眠る少女を見つめる。
「……この子がアーニャを呼んだの?」
「たぶん……」
怪物は、やはり何も語らない。
ただし、眠る少女を見つめる瞳には、何か想いが込められているように、ナミには感じた。
「しんぱいするな。アーニャにまかせとけ」
ぽんと、怪物の足に手をやり、まるで励ます様にアーニャが言う。
気のせいだろうか、怪物はこくりとうなづいた様に見えた。
ふふんと、鼻をならしながら、アーニャは少女の元へと駆け寄っていく。
そして、何かに集中するように瞳を閉じて、立ち尽くす。
洞窟の奥の奥に秘匿された少女と、少女の存在を知り、その元へと導いた怪物。
広大な謎の洞窟に、深淵で輝く紅き灯火。
「……どうなってるのよ、一体」
何もかもに理解が及ばぬ中で、ナミは小さく息を吐く。
彼女が辿り着いた此処に何が秘められているのか、今はまだ誰にも分からなかった。
【ナミ@ONE PIECE】
状態:健康、困惑
装備:魔法の天候棒@ONE PIECE、基本支給品、ランダム支給品×0〜2
思考:アーニャを守り、仲間と合流する。あの少女は……
【アーニャ・フォージャー@SPY×FAMILY】
状態:健康
装備:基本支給品、ランダム支給品×1〜3
思考:おんなのこのはなしをきく。きょじんさんはやさしい。なみもやさしい。ちちとははとあいたい
【バーサーカー@Fate/stay night】
状態:健康
装備:基本支給品、ランダム支給品×1〜3
思考:???
149
:
◆YJZKlXxwjg
:2023/01/21(土) 23:45:39 ID:BnQwn7E60
投下終了です。
更新が遅くなり、申し訳ありません。
リアルが忙しくて、此方に手を回せないのが現状ですが、細々と書いていこうとは思いますので、よろしくお願いします。
>>141-142
感想ありがとうございます。
まさか全話の感想を書いていただけるとは…。書いてる側としても非常に励みとなります。
150
:
◆YJZKlXxwjg
:2023/06/30(金) 22:24:49 ID:j2ODqEzw0
久しぶりに投下させていただきます
151
:
嫉妬心は全てを壊す
◆YJZKlXxwjg
:2023/06/30(金) 22:25:59 ID:j2ODqEzw0
ヨル・フォージャーが目を覚ました時、既に事態は変化していた。
彼女が仮初の家族と暮らしていた住居は其処にはなく、薄暗く、無機質な部屋に彼女は座らされていた。
四肢は光る輪によって椅子に縛り付けられ、ヨルの常人離れした馬鹿力であっても外す事はできない。
一言で表すならば、彼女は拉致され、拘束されていた。
(ど、どどどど、どういう事でしょうか、これは……!?)
冷や汗を吹き出しながら、ヨルは何故自分がこのような状況に置かれているのかを思考する。
彼女は、役所で事務仕事をする傍らで、裏の顔として殺し屋を営んでいる。
それも、そんじょそこらの殺し屋ではなく、『いばら姫』の異名を持つ超凄腕の殺し屋だ。
要人を殺した数は両手を使っても数え切れず、あらゆる勢力から恨みを買っているのも事実だ。
(敵対勢力による工作? い、いえ、でも、拉致される事に、全然気付かないなんて……!?)
ヨルは、焦りやすく、天然が入った性格であるが、前述の通り超人的な殺し屋の才覚を持つ。
例え、就寝中であろうと、異常な気配を感じればすぐさま察知している筈だ。
だが、今回は目が覚めるまで状況の変化に一切と気づく事が出来なかった。
拉致を実行した者が、ヨルをも上回る力を有するのか。
背筋に冷たいものが走るのを、ヨルは感じずにはいられなかった。
(と、ともかく、状況を把握です! 何がどうなってるのか確認して、逃げ出さないと……!)
と、意気込みながら、ヨルが周囲を見渡したその時だった。
『ヨル・フォージャー。貴方に一つ依頼をさせてもらうわ』
ヨルの真正面にあるモニターが光を灯し、一人の女性を映し出した。
見覚えのない女性。年齢は三十代ほど。顔も整い、美人に分類されるだろうが、それを覆い隠す程の疲労感が見て取れる。
緊張に表情を固めるヨルを置いて、女性は言葉を続けた。
依頼。
不穏な雰囲気を孕んだ言葉に、ヨルは口を閉ざす。
『これから50人からなる殺し合いが開かれるわ。生き残れるのは1人だけ。勝者だけが生還できる。その殺し合いで、貴方にはジョーカーになって欲しいの』
殺し合い。ジョーカー。
女性の真意が読めずに、ヨルは眉を寄せる。
『難しい事は何も無いわ。ただ、貴方以外の参加者を殺害して回ってちょうだい。この殺し合いを円滑に進める為にね』
端的に言えば、殺しの依頼だ。
それも、ヨルが普段受け持つような単独ターゲットではなく、数十人からなる複数人の暗殺。
異常な依頼に、ヨルは冷たい汗を薄くかきながら、おずおずと口を開く。
「そ、その参加者さん達は、何か罪を犯した人達なのでしょうか? 国に仇なす売国奴だったり、私みたいな殺し屋だったり……」
『中にはそういう人間もいるわ』
何でもないように、眉の一つも動かさずに女性は言い切った。
つまり、『そういう人間』以外は、ただ平穏な生活を送っていただけの人間という事だ。
悪人だけでなく、一般人をも集めて殺し合いは行われようとしている。
その事実に、ヨルは口を閉ざし、眉根を寄せて考え込む。
数瞬の思考の後に、意を決したように言葉を返した。
「で、できません……。売国奴さんならまだしも、何も悪さをしていない人々を殺すなんて、それはとてもいけない事です」
返答いかんで、自身の身が危険に晒される事は、ヨルにも分かっていた。
それでもヨルには、無辜たる人々を殺害して回るなど出来ない。
彼女が暗殺の対象とするのは、私利私欲に塗れて国を動かす腐敗した者たちや、犯罪者だけだ。
彼女の根幹にある信念は変わらない。
彼女が大切に想う人達の、他愛のない生活を守りたい。
その為に、ヨルは『いばら姫』となり、血濡れたドレスを纏うのだ。
逆を言えば、それ以外の為の、無闇な命の奪取をヨルは認めない。
ヨルの返答に、モニターの中の女性は僅かに目を細める。
その表情に、初めて感情が浮かぶ。
呆れと、僅かばかりの苛立ち。
女性は小さく溜息を吐いた。
『どうやら貴方、勘違いをしているようね。貴方は私の依頼を拒否できる立場にないの』
「こ、殺すなら殺しなさい。こんな稼業続けていたのです。か、覚悟は、とうの昔に出来てます」
震えた声で、だが視線は一寸と逸らさずに、ヨルは告げた。
くっと、女性の喉元からしゃくり上げるような音が鳴った。
口元は角度の浅い三日月を描く。
女性は、笑っていた。
152
:
嫉妬心は全てを壊す
◆YJZKlXxwjg
:2023/06/30(金) 22:26:41 ID:j2ODqEzw0
『貴方には家族がいるようね。アーニャ・フォージャーとロイド・フォージャー、仮初だけれど、中々に仲睦まじいようね』
そして、愉悦の満ちた笑みのままに、女性が続けた。
ヨルの表情から色が消える。
『これから開催する殺し合いの名簿を見せてあげましょうか? 貴方の愛する家族の名前が、そこにあるわ』
女性が告げると同時に、ギシリと鈍い音が鳴った。
渾身の力を込めたヨルの手首に拘束具がめり込み、肉と血管が潰れた音であった。
魔力という、物理法則から外れた技術を使われている筈の拘束具が、僅かに軋む。
「アーニャさんとロイドさんに、手を出すな……!」
純然たる殺気と憤怒に染まった瞳をモニターの女性へ向けるヨル。
死を運ぶいばらの姫の姿が、まさにそこにあった。
常人であれば視線だけで腰を抜かす程の殺気を、だがしかし、女性は笑顔で流す。
『依頼は一つ。貴方と、貴方の家族以外の人物を全て殺害する事。勿論、ターゲットである参加者達の情報は提供するわ。ーーー受けて貰えるわね?』
天秤に乗せられた家族の命。
ヨル自身がこうして拉致され、拘束されている現状からして、アーニャとロイドの身にも、既に魔の手は伸びている筈だ。
二人の生殺与奪の権利は、目の前の女性が握っている。
「分かり……ました。その依頼、受けます」
食いしばった歯から血が流しながら、ヨルはそれだけを絞り出す。
視線には変わらずの殺気が。
身体にも拘束を外さんと満身の力が込められ続ける。
だがしかし、現実は変わらない。
モニターの中の女性は、ヨルの言葉に首を縦に振り、続ける。
『交渉は成立ね。早速依頼に取り掛かって貰うわ。あと、最後に助言をあげる。依頼は手早くこなした方が良いわよ。依頼を遂行する前に家族が死んだら元も子もないものね』
その言葉を最後にモニターが消えた。
同時にヨルの足元に幾何学模様の円陣が灯り、徐々に光量を増していく。
「アーニャさんとロイドさんを巻き込んだこと。絶対に後悔させます」
憎しみを溢すのと殆ど同時に、ヨルの姿がかき消える。
そして、目を開いたその時には、彼女は暗闇の住宅街に立っていた。
バトルロワイアルの会場に、彼女もまた降り立ったのだ。
153
:
嫉妬心は全てを壊す
◆YJZKlXxwjg
:2023/06/30(金) 22:27:07 ID:j2ODqEzw0
服装も、普段『いばら姫』としての任務をこなす際の、漆黒のドレスに変わり、手には、愛用の金色の短剣が握られていた。
周囲を見渡しながら、彼女は駆け出す。
彼女にだけ重力の影響が消え去ったかのように、一足飛びに民家の屋根へと飛び移り、屋根から屋根へと伝うように跳ねていく。
(……アーニャさん、ロイドさん、申し訳ありません。私はこれから罪を犯します。決して赦される事のない大罪を)
流れる景色の中で、彼女は想う。
仮初であったとしても、とても暖かく、確かに自分の居場所となっていた家庭の姿を。
二人の笑顔が再び自分に向けられる事など最早ないと理解していて尚も、彼女は二人を想わずにいられなかった。
(私はもうフォージャー家の一員ではありません。ただの一介の暗殺者……『いばら姫』です)
ヨルが、音もなく薄暗闇の住宅街を駆ける。
その胸の奥にあるのは、静かな決意と漆黒の殺意。
(参加者の皆さんーーーどうかご容赦を)
仮初の家族を守る為に、仮初の母が行く。
全てが仮初の、だがしかし、原動力となっている家族への愛情は、決して仮初などではなく。
家族への愛情でもって、ヨルは血濡れた道を進み始めた。
◇
女性ーーープレシア・テスタロッサは駆け抜けるヨルの姿をモニター越しに見つめていた。
彼女が用意した『二人』のジョーカーの内の一人。それが、ヨル・フォージャーであった。
プレシアが、ヨルをジョーカーとしたてあげたのに、深い理由はなかった。
殺し合いを円滑に進めるという目的は確かにあるが、別段それを遂行するものがヨルである必要はない。
確かに、ヨル・フォージャーは常人離れした力を持つが、それもあの比較的平穏かつ後進的な次元世界での話だ。
魔導師であるプレシアや、今回のバトルロワイアルのために収集した一部の怪物達と比較すれば、遥かに見劣りする。
プレシアがヨルをジョーカーとした理由は、単純なものであった。
ヨルを拉致する前、フォージャー家の様子を監視していて、思い出してしまったのだ。
かつて愛娘と、アリシアと過ごした幸福な日々。
暖かな家庭があり、愛すべき家族がいて、幸せであったあの時。
そして、現在。
愛娘を失い、彼女を取り戻さんともがき続ける自分。
対して、何もかも紛い物である筈なのに、母親面して幸せそうな笑顔を浮かべる一家。
壊したいと、そう思ってしまった。
一度そう考えてしまったら、もはや感情は止められなかった。
幸せな家庭など山程存在するのに、そんなものはアリシアを失った十数年で何度と見てきた筈なのに、思考はコントロール不可となっていた。
フォージャー家の面々を殺し合いに参加させ、ヨルをジョーカーと仕立て上げた。
家族が人質に取られていると知った時のヨルのあの表情。
思い出すだけで、胸がすくようであった。
「ヨル・フォージャー。仮初だとしても、母となった者よ」
その感情が嫉妬でしかない事は、誰よりもプレシア自身理解していた。
だが、醜悪とも言えるその感情に、人の大罪とも言われるその感情に、プリシアは従った。
感情を理解する事と、それを制御する事は、決してイコールではない。
理解して尚、制御できない事も、そもそも制御しない事だって、選択できる。
それは、人間であれば誰も変わらない。
平行次元を跨ぎ、干渉する力を持つ大魔導師であろうと、感情と行動を完全に切り離す事はできないのだ。
「精々もがき、苦しみなさい」
小さく溢したプレシアの表情は満足げに、だが醜く歪んでいた。
154
:
◆YJZKlXxwjg
:2023/06/30(金) 22:27:41 ID:j2ODqEzw0
投下終了です。
登場人物はヨル・フォージャー、プレシア・テスタロッサになります。
155
:
◆YJZKlXxwjg
:2023/08/11(金) 22:13:53 ID:wNWYaP2E0
お久しぶりです。
ヒュース、迅悠一で投下します
156
:
未来への選択A
◆YJZKlXxwjg
:2023/08/11(金) 22:19:33 ID:wNWYaP2E0
ヒュースは僅かに目を細めながら、眼下に広がる市街地を見下ろしていた。
深夜の冬木市。本来であれば、深夜であろうと活動を続ける人もいただろう其処も、殺し合いの会場となった現在では人の気配も感じない。
音もなく、気配もなく、まるで死んでいるかのような街を見ながら、ヒュースは思考する。
自分が何を選択するべきか、を。
(殺し合い……実験……)
ヒュースの今の目的(これはこのバトルロワイアル内でのものではなく、彼の人生としてのものだ)は単純明快だ。
彼の故郷である国や帰還し、今窮地に立たされているであろう、大恩ある主人の元へ馳せ参じること。
その為に、彼は次元を越えた世界で、ある男の提案に乗り、とある部隊に参加した。
部隊で活躍することが、故郷への帰還に繋がる最速で最短の道であるからだ。
そうして日々を送る中で、彼はこの殺し合いに参集され、参加者の一人としてこの冬木市にいる。
瞳を閉じ、小さく、息を吐く。
持たされた『参加者名簿』には、彼の部隊のメンバーが記載されていた。
三雲修、空閑遊真、雨取千佳。
彼が目的を達成するために必要不可欠な者達。彼等を失うことは、ヒュースも避けたかった。
迅悠一。
ヒュースの未来を読み取り、まるで全てを把握しているかのように彼を現在の状況へと導いた者。
未来を読むという強力無比な『サイドエフェクト』を有する男。その実力、喰えなさは、一度煮え湯を飲まされたヒュース自身が何よりも深く知っていた。
数多の未来を見る事ができるあの男は、この殺し合いで一体何を見て、何を取捨選択するのか。
「……ちっ」
思わず舌打ちが零れる。
迅悠一は、最優とも言える力を有している。
知れば、数多の人間はその力を欲するであろう。
だがしかし、決して迅悠一は万能であれ、全能ではない。
彼の能力をもってしても、全てを救う事はできず、彼だけが知る決断を繰り返し、か細い糸を辿るように最良の未来を引き寄せる。
その果てに、どんな犠牲が生じるのかを知っていて、迅は選択を続ける。
彼しか知らない数多の未来を切り捨てながら、彼だけが救える数多の人々を切り捨てながら、迅悠一は行動する。
それは解答の無い問題の連続だ。
全人類の誰もが知ることも、共感することもできない過酷で、残酷で、だが、世界を揺るがすほどに重要な問題を、果てしなく解き続ける。
それは、おそらく、この場に於いても同様なのだろう。
「……気づいているぞ、ジン」
「ありゃ、ばれてたか」
『だから』、なのだろう。
迅悠一は、ヒュースの前に姿を現す。
いつも通りの飄々とした様子で、口元には軽薄な笑みを張り付かせて―――だが、眼光は鋭く、ヒュースを見ている。
157
:
未来への選択A
◆YJZKlXxwjg
:2023/08/11(金) 22:20:02 ID:wNWYaP2E0
「や、調子はどうかと思ってね」
迅の軽口にヒュースは答えない。
睨むように迅を見つめる。
「いやはや、大変な事になったな。お前もしんどいだろう」
ヒュースは理解する。
迅悠一は、目の前の男は、全てを分かった上でここにいる。
だからこそ、殺し合いの最序盤、もっとも大切な時間域をこの瞬間に割いていのだ。
迅もそれきり口を閉ざし、ヒュースの隣に並び立ち、静寂の市街地へ視線を向ける。
間合いは、至近。
手を伸ばせば届く距離―――刃が届く領域だ。
ヒュースの眉間に皺が寄った。
「……大丈夫だ。お前は、大丈夫だよ」
そして、ぽつりと零した一言。
その瞬間の迅に、軽薄な雰囲気も、揶揄うような様子もなかった。
心の底からそう信じていると言うような、静かで、だが心の籠った呟きであった。
ヒュースは目を見開き、横に立つ迅を見た。
迅は、遠くを見つめ続けていた。
「……ふん、当たり前だ。貴様にいわれるまでもない」
数瞬の間をおいて、ヒュースの口が開いた。
それだけを残して、ヒュースは迅へ背中を向けて、屋上の出口へと足を向ける。
迅は、その背中をやれやれとでも言うような笑みを浮かべて、見つめている。
「メガネ君達を頼むぜ、ヒュース」
返事はない。
だが、それで十分であった。
迅は信じているからだ。
ヒュースが如何な未来を選択するのかを。
「……これは俺には無用のものだ。貴様にやる」
ふと、ヒュースが立ち止まり、振り向きもせずに何かを迅へと投げた。
小さなタブレット。
全参加者に持たされた物とはまた別機種の、タブレットであった。
「これは……」
「【俺達】に支給されたものだ。全ての参加者の情報が記載されている」
中身は、ヒュースの言葉通りのものだ。
この殺し合いに参加させられた人物達の、人となりが詳細に記載されたタブレット。
性格、人格、信念、能力、環境、武具、人間関係……それら情報が、全参加者分入っている。
それは、一参加者が持つには余りに膨大な情報。
まるで、殺し合いを管理し、運営する側が有するかのような、アイテムであった。
「精々役立てろ」
それだけ残して、ヒュースは扉を閉めた。
場に残されたのは、迅悠一ただ一人であった。
「……助かるよ、ヒュース」
その場から居なくなったヒュースに対して、言葉を零す迅。
数秒ほど、彼が出ていった扉を見つめた後に、迅は地面をけって、ビルの屋上から身を翻した。
重力に引かれて加速する体と、視界を流れる景色。浮遊感を感じながら、ヒュースから託されたタブレットを操作する。
視界に飛び込む数多の情報、それらを彼の『サイドエフェクト』と掛け合わせて未来をより詳細なものへと色づけていく。
迅悠一の選択が、また一つ終わる。
次に、彼が手を下す未来は何か。
それは、神であっても知り得ぬ領域なのかもしれない。
158
:
未来への選択A
◆YJZKlXxwjg
:2023/08/11(金) 22:20:27 ID:wNWYaP2E0
◇
ヒュースは、『ジョーカー』である。
プレシア・テスタロッサが用意した二人の『ジョーカー』が内の一人が、彼であった。
彼に提示された『ジョーカー』を享受する上での恩賞は、彼の故郷への帰還だ。
そう、ヒュースが今現在最も成し得たい事を、プレシアは提示した。
彼が二つ返事で了承しなかったのは、プレシアへの不信が故。
このような殺し合いに起こし、巻き込んだ者の提案など、ヒュースは信じる事ができなかった。
とはいえ、その条件が蠱惑的である事は、否定できない。
故郷への帰還は、彼の人生において他に並ぶもののない、最優先事項だからだ。
プレシアの不信と、故郷に待つ主への忠誠心に心を揺らがせていたその時に、ヒュースの前に現れた。
おそらくは、そのサイドエフェクトで全てを理解したうえで、彼はヒュースと邂逅した。
そして、一旦の未来は確定した。
ヒュースは『ジョーカー』としてではなく、一人の参加者としてバトルロワイアルに身を投じた。
さて、果たしてヒュースは本当に『ジョーカー』としての道を捨て去ったのか。
『ジョーカー』の特典である『詳細参加者名簿』を迅へと託し、『ジョーカー』ではなくヒュース個人として戦う事を決意したのか。
だがしかし、一つ思い返して欲しい。
迅が三雲修や鹿目まどかの次にヒュースへの接触を選んだのは何故か。
その優先度の高さは、逆説的にヒュースが『ジョーカー』となる可能性が高確率であることを示しているのではないか。
それは、果たして迅悠一と接触し、声掛けをされただけで完全にゼロとなるのであろうか。
未来に絶対はない。
よく言われる言葉ではあるが、それは真理に近い。
不確定だからこそ、迅悠一も少しでもマシな未来となるべく、足掻いているのだ。
それは、ヒュースの選択にも当てはまる。
殺し合いを経て、数多の抗えぬ事実に直面して尚、ヒュースは『ジョーカー』でいずにいられるのか。
それは、誰にも、未来を見通す迅悠一にだって、分かりはしない。
ヒュースは、進んでいく。
不確かな未来を背負いながら、漆黒の世界をゆっくりと、
彼のバトルロワイアルは、こうして始まった。
159
:
◆YJZKlXxwjg
:2023/08/11(金) 22:20:54 ID:wNWYaP2E0
投下終了です
160
:
◆YJZKlXxwjg
:2023/08/14(月) 01:22:31 ID:YSIH65m.0
西木野真姫、モードレッド、トニートニー・チョッパーで投下します
161
:
交わる紅
◆YJZKlXxwjg
:2023/08/14(月) 01:23:23 ID:YSIH65m.0
西木野真姫は、歯を食いしばりながら暗闇の市街地を歩いていた。
その背中には、血まみれの少女が力なく、もたれ掛かっている。
スクールアイドルとして日頃からトレーニングを積んでいる真姫であるが、その筋量は飽くまで女子高生のそれだ。
人一人を背負って進み続けられる程の体力も筋力もない。既に全身からは汗が吹き出し、足は揺れ、息も早い。
それでも、真姫は歩みを止めずに、一歩一歩を刻むように進んでいく。
今にも止まってしまいそうな、吹けば消えるような、少女のか細い呼吸が、背中を伝わって感じる。
それを感じる度に、真姫の胸中に、一つの『命』を背負っている自覚と責任が沸き上がる。
(重い……けど……)
止まるわけには、いかなかった。
止まれるわけなど、なかった。
背中にある『命』の灯を思えば、疲労など気にもなりはしない。
汗まみれの顔を上げて、真っすぐに前を向いて、彼女は進み続ける。
そして、彼女は辿り着く。
一際大きな和風の豪邸。この殺し合いの参加者である衛宮士郎の住居、マップ上で『衛宮邸』とされる建物であった。
ようやく人目から隠れて、処置に専念できそうな建物だった。
門を潜り、周囲を警戒しながら真姫は『衛宮邸』を進んでいく。
玄関、和室、台所、そして道場まで入ったところで、背中の少女を床に寝かせた。
全身に打撲痕、出血多量、詳しくは分からないが骨折や内臓挫傷もあるだろう。
意識レベル低下、頻脈、頻呼吸あり。すぐさま処置が必要な状態だ。
(何か治療できるものを……!)
彼女に支給されたアイテムの中に、治療に使えそうな物はなかった。
ならば、この場でかき集めるしかない。
この豪邸を選んだのも、通常の民家よりはそのようなアイテムがあると考えたからだ。
真姫は心配げにモードレッドを見つめた後に、探索をすべく道場から外に出た。
勝手口、居間、台所、各所個室。それぞれをさっと迅速に見て回り、アイテムを探していく。
救急箱や包帯、湿布薬、また裁縫箱が見つかった。真姫はそれらを抱えながら急いで道場へと引き返す。
真姫の両親は医者である。父親に至っては総合病院の院長をしている。
勿論、直接医療技術の処置を教わった訳ではないが、幼少時は両親の職業に興味を持ち、医学書を絵本代わりに読んでいた事もある。
簡単な応急処置くらいなら、記憶を辿っていけば出来る。
(―――いや、やらなきゃいけないのよ!)
決意に満ちた瞳で、道場の扉を開き、少女の元へと戻る。
少女の近くに屈みこみ、持ってきた道具を横に広げて、そして―――真姫は、動きを止めた。
正直に言おう。
真姫はこの時、いや、まさにこの瞬間に、何をすれば良いか分からなくなったのだ。
これまでは、ある種の目標があった。
まずは、少女を治療に専念できそうな安全な場所へと連れていく事。
次に、少女の治療に必要な道具を探し出す事。
当然、その次に来る目標は、少女の治療を行う事だ。
だがしかし、真姫にそれをする事はできない。
何故なら、真姫の知識などは、応急処置の一つや二つでは救命できない程の傷を少女が負っているからだ。
いや、専門的な知識を持った医師であろうと、治療道具のない現状で少女の救命など不可能に近いだろう。
真姫も心の何処かでは、それを理解していたのかもしれない。
少女に対して、自分がしてやれる事などない、と。
少女を救うことなどできない、と。
分かっていた。
だが、その考えから目を逸らすようにして、気づかないようにして、目先の『自分でも実行できる目標』だけを追った。
少女を安全な場所へ連れていき、道具を探しだし―――そこで、現実と直面した。
162
:
交わる紅
◆YJZKlXxwjg
:2023/08/14(月) 01:24:10 ID:YSIH65m.0
徐々に呼吸は浅く、細いものとなっていく。
流れる血は止めどなく、既に少女の周囲に血だまりを作っている。
表情は青ざめ、土気色となっていく。
少女は、確実に『死』へと向かっていた。
手の施しようがない。
自分ではどうすることもできない。
真姫は、力なくその場に座り込む事しかできなかった。
「なんで……私は、どうすれば……」
痛いほどの静寂の中で、縋るような真姫の言葉に答えるものはいなかった。
「うっ……ううっ……うううううう……」
無力感と不甲斐なさに声を漏らすのが、涙を堪える事ができなかった。
分かっていた。
分かっていて尚も目を逸らそうとしていた現実が、ここに襲い掛かる。
真姫は、無力を噛みしめながらその場に蹲り、
そして、見た。
カタンと鳴った物音。
思わず物音がした方へ視線を向けると、そこにそれはいた。
数十センチほどの毛むくじゃらの身体。
ばってん印の帽子を被ったそれは、扉の陰から恐る恐る真姫の方を見ていた。
何故だか、本来隠すべく体の殆どをさらけだして、逆に覗き見る側の顔を隠すようにして、それは立っていた。
見るからに人間ではなく、だけれども二足で歩き、感情をもって全く普通とは逆の様相で隠れ見る、何か。
今や『四皇』となった麦わらの一味が船医にして、懸賞金驚きの1000ベリーを誇る海賊。
トニートニー・チョッパーが、そこにいた。
◇
それから数分後、チョッパーは無駄のない手つきで少女の治療を施していた。
その少し後ろでは目を赤くした真姫が、膝を抱えてチョッパーの背中を見つめている。
チョッパーが最初に気付いたのは、住宅街を点々とする血痕であった。
真姫が背負った少女から流れ落ちたそれを辿ってチョッパーは、『衛宮邸』に着き、邸内に響く嗚咽を聞いて、真姫たちの元に辿り着いた。
血痕の量を見て、元から相当な怪我人がいることは分かっていた。
例えこんな殺し合いの中であろうと、負傷者がいるならば医者として治療しなくてはいけない。
そんな医師の本分と、己の信念に従って、真姫と邂逅したチョッパー。
だが、真姫からすれば喋って歩く小動物だ。
不可思議で異質な存在であったが、自身が医師であるというチョッパーの言葉、そして強い信念の灯った瞳に押されて、真姫は少女の介抱を頼んだ。
チョッパーの手技は、何度か職場で見た両親のそれと並ぶ……いや、認めたくはないが、それよりも洗練されたものに見えた。
二股の蹄しかない小さな手で、淀みなく触診し、聴診し、優先順位を立てて傷を処置していく。
「あなた、すごいのね……」
「そうでもないよ。……やれることをしているだけだ」
手を動かしながら返すチョッパー。
毛むくじゃらの、まるでぬいぐるみのような存在が、言葉を話し、確固たる医学をもって人を治療している。
余りに非現実的な光景に、突然の殺し合いという現状も相まって、まるで夢の中にいるようであった。
163
:
交わる紅
◆YJZKlXxwjg
:2023/08/14(月) 01:24:55 ID:YSIH65m.0
「……いたい」
思わず頬を引っ張る真姫であったが、しっかりと痛覚はある。
夢か現かでいえば、やはり現なのであろう。
そうして、十数分。
チョッパーを見守ることしかできずに、時間が過ぎていく。
僅かに夜空に色が戻り始めた時に、チョッパーの手が止まった。
治療が終わったのだ、と表情に光を灯して立ち上がる真姫。
だが、振り向いたチョッパーの表情は、真姫とは対照的に暗いものであった。
そのチョッパーの様子に、真姫も何かを察する。
「……チョッパー、さん。この子は……」
祈るような真姫の言葉に―――チョッパーは首を横に振った。
「応急処置はしたよ。だけど……本当はオペや輸血も必要な状態だ。ここじゃ、それはできない」
唇を嚙みながら、絞り出すようにチョッパーは告げた。
チョッパーの手は震えていた。
医者大国で百年以上も腕を振るった師から技術と知識を学び、麦わらの一味としても船医として仲間の大怪我を治療してきたチョッパーの腕をもってすれば、少女の凄まじい生命力も鑑みて、設備と道具があれば、何とか救える命であった。
だが、ここにはそれらは揃っていない。
傷を縫う事もできた。血を止めることもできた。しかし、失った血を補充することも、臓腑や骨肉に刻まれた傷に手を加える事もできていない。
これでは、命の灯が消えるまでの時間を引き延ばしたに過ぎない。
この場で、誰よりも悔しさと不甲斐なさを感じているのは、チョッパーであった。
「何か……何か、できないの? 私の血なら幾らでも使ってもいいわ。だから……」
「無理だよ。この患者の血液型も分からないし、それにやっぱり道具がない」
最悪、血液型は種類によっては異型輸血でも何とかなるケースもあるが、管を穿刺する留置針すら、この場にはない。
それに輸血は飽くまで対症療法だ。
表層上の縫合はしたとはいえ、体の中で傷付いた動脈は未だに出血を続けているはずだ。その治療にはやはり外科的な治療が必要となる。
俯き、押し黙る二人。
命を削る時間が一刻、また一刻と過ぎていく。
「お…………お………」
その、時であった。
声がどこからか聞こえた。
それは真姫のものではなく、チョッパーのものでもない。
言葉にもならない、ただ声帯を振るわせただけの音。
それは、今まさに死へと向かっている少女が発したものであった。
少女は、震える手を上へと伸ばしている。
「大丈夫、大丈夫だから」
その手を優しく握りながら、真姫は出来る限り平常心を保つようにして、声を掛けた。
少女もまた存外に力強く真姫の手を握り返してくる。
言葉はなく、だけれども生きたいという意思をその力から感じる。
「絶対に、絶対に何とかしてみせるわ。だから……!」
痛まし気に二人を見るチョッパーであったが、ある異変に気付く。
少女の手を握っている真姫の手が、僅かに光っていた。
淡く、だが確かに。
光が、灯っている。
それは医学的には、有り得ぬ現象。
チョッパーは眉をひそめて、二人を見つめる。
「お願い、死なないで……!」
そして、その真姫の言葉と同時に、『それ』は起きた。
真姫の手の甲に出現するは、赤色に刻まれた刺青のような刻印。
三画あるそれは、出現と共に二画に減った。
同時に、横たわる少女にも異変が起きる。
光り輝く少女の身体。何が起きたのか、体中に点在した痣や打撲痕が、時間を巻き戻しているかのように消えていく。
一心に祈り続ける真姫は、少女や自身の異変に気付いていない。
ただ、チョッパーだけがその光景を見つめていた。
数秒の発光。
全てが消えた時には、殆ど怪我がなくなった少女が、そこに横たわっていた。
「え、え、え……?」
愕然とするチョッパーの言葉に、ようやく真姫が目を開け、周囲を見る。
真姫の瞳に飛び込んできたのは、数秒前とはまるで違い、安らかな表情で深く呼吸をしながら眠る少女の姿。
チョッパー同様に驚愕する真姫であったが、直ぐにその表情は安堵に変わる。
「良かった……」
そう零して、まるで糸が切れたかのように真姫も後ろへ倒れてしまった。
チョッパーにより受け止められ、少女と並ぶように優しく横にされた。
「な、何が起きたんだ、一体……」
後に残されたチョッパーの呆然とした言葉が、誰の耳にも届くことなく響き渡る。
少女の現状を把握していたからこそ、その驚きは誰よりも深く。
目の前で起きた不思議な現象に、チョッパーはただ首を捻るだけであった。
164
:
交わる紅
◆YJZKlXxwjg
:2023/08/14(月) 01:25:18 ID:YSIH65m.0
◇
それは、契約であった。
少女―――モードレッドと、真姫との間に結ばれた、サーヴァントとマスターとしての契約。
今わの際、チョッパーの処置が功を奏した事と元来の強靭な生命力が相まって、モードレッドはほんの少し意識を取り戻す事に成功した。
英霊として、カルデアのサーヴァントとして、円卓の騎士として、何より王の後ろを歩む者として、モードレッドは生に執着した。
生きるためには、魔力が必要であり、魔力を手に入れるためには、マスターが必要であった。
本来ならカルデアとパスが繋がっているが、殺し合いの開始と共にそれは切れている。
魔力を手に入れるには、新たな契約が必要であった。
だから、手を伸ばした。誰か、と、藁にも縋るような想いで虚空に手を伸ばした。
それを真姫が掴んだ。
両者の想いは同じであった。
真姫はモードレッドを生かしたいと、モードレッドは生きたいと、同じ想いと目的をもって成された接触を元に、二人の間に契約が結ばれ、魔力のパスが繋がった。
同時に、偶然にも『死なないで』という令呪の使用もなされ、モードレッドの肉体は大幅に治癒された。
更に真姫からの魔力供給により傷の治癒が進められたとが、真姫は魔術回路を持たぬ一般人。慣れぬ魔力供給に、直ぐに意識を失ってしまった。
これが、事の顛末である。
次元を越えて結ばれた契約。
本来であれば有り得ぬ邂逅を果たし、主従となった二人。
そして、取り残された船医。
彼等が何をなすかは、まだ誰にも分からない。
165
:
◆YJZKlXxwjg
:2023/08/14(月) 01:25:42 ID:YSIH65m.0
投下終了です
166
:
◆YJZKlXxwjg
:2023/08/30(水) 22:22:53 ID:rshdWups0
ロイド・フォージャー、ミリオンズ・ナイブズで投下します
167
:
◆YJZKlXxwjg
:2023/08/30(水) 22:25:45 ID:rshdWups0
深夜の市街地。ビルとビルの合間を縫うように進んだ路地裏で、月明かりからすら逃げるようにして佇む男がいた。
男は切れ長の目を虚空に向けて、静寂と一体となるように沈黙していた。
男の名は―――この殺し合いの中で使用されている名は―――ロイド・フォージャー。
3人いるファージャー姓の一人であった。
ロイドは、灰色の頭脳を音もなく回していた。
初めの場に収集されていた人々。その中には、彼にとって重要な人物が1人いた。
アーニャ・フォージャー。
彼が現在抱えている『任務』の中で、最重要かつ、最優先案件の中心核となる人物。それがアーニャであった。
(この殺し合いに参加している中で知った名前は、アーニャとヨルさんの2人……見事にオペレーション<梟>の根幹を成すメンバーが捕えられている)
プレシアに支給された電子端末に内蔵された『参加者名簿』には、アーニャだけでなくヨル・フォージャーの名もあった。
最初の場には、ヨルの姿はなかったが、わざわざ虚偽を記載する理由もないだろう。
振り返ってみれば、最初の場にいた総人数は、参加者名簿のそれと差異がある。
参加者名簿に記された人物が52名であるのに対し、あの場にいた人物は47名。凡そ5人の欠員がいた。
其の内の一人が、ヨル・フォージャーであった。
(オペレーション<梟>に対する妨害工作か? ……それにしては大袈裟だ。これ程の人数を巻き込む必要はないし、何より拉致をする人力があるのならば、暗殺してしまった方が早い)
今回の拉致軟禁に対して、ロイドは一切と察知することが出来なかった。
ロイドは、西国のスパイである。
それも、西国で随一とされる、裏稼業に携わるならば知らぬ者のいない程の、名の通ったスパイだ。
暗躍すべくスパイに於いて名が通っているというのは、下手をすれば二流の表われとも思われるだろうが、突き抜けた存在というものはどのような分野でも名声を得るものだ。
それ程までに、彼のスパイとしての能力は頭抜けていた。
コードネームは<黄昏>。
世界各国が水面下で熾烈な情報戦を繰り広げている時代で、百の顔を使い分けながらその戦場を生き抜いてきた男だった。
だが、そんな彼ですら今回の出来事に対抗することはできなかった。
目が覚めたその時には、最初の場にいてプレシアの演説を聞かされていた。
気配も、前兆もなく、拉致された事実。
プレシアの底知れなさに、ロイドの背中に汗が伝う。
(……どちらにせよ、あのプレシア・テスタロッサという女は脅威だな)
プレシアの目的は不明。
実験と称し、50名以上もの人々を殺しあわせている事実。
プレシアは、この殺し合いという行為に何らかの意味を持たせている。
人々が殺しあうことで、プレシアに如何なるメリットが生じるのか。殺し合いを実験と称する理由は何か。
ロイドは顎に手を当て、思考を続ける。
(人々が殺し合いを行うという特殊な状況に、何らかの希少価値を生み出している? 例えば、見世物とし、金銭を得るような……。いや、だが、あのプレシアの雰囲気は金銭的な有益を求めている様子ではなかった)
金銭が目的でないのであれば、何か。
プレシアの目的。この会場へ飛ばされる直前、タカマチナノハという少女に、プレシアは語った。
私の目的は変わらない、と。
(『タカマチナノハ』は、プレシアの目的を知っている様子だった。主催者の手の内を知るためにも、『タカマチナノハ』と接触することは目指した方がいいな)
敵を知れば、自身の立場を優位にすることができる。
情報とは、何よりも強力な剣であり、何よりも強固な盾となる。ロイドは、一つの情報を得る為に国家組織を総動員して諜報を行う、その最前線に立つものだ。
時に人命すら上回る程の価値が、情報には生まれる。
(小さな行動指針は決まった。さて、次は根本の行動指針だが)
今現在、ロイドには大きく分けて二つの選択肢があった。
これは、この殺し合いに参加させられた全ての人物に提示される選択だ。
殺し合いに乗るか、否か。
最後の一人となった者を生還させると、プレシアは語った。その言葉の真偽は兎も角、現状で唯一提示されている生還への道だった。
ロイドは伝説のスパイに相応しいスキルと力を持っている。
相手が素人であれば、例え50の人々がであろうと殺し切れる自負はあった。
だが、この場にはアーニャとヨルがいる。
アーニャとヨルの2名は、それぞれに自覚はなくとも、オペレーション<梟>の根幹を成す人物だ。
2名を保護して、殺し合いから脱出。それが今の自分が成さねばならぬ任務だ。
168
:
特異点
◆YJZKlXxwjg
:2023/08/30(水) 22:26:26 ID:rshdWups0
(まずは、2人との合流を急ごう。ヨルさんは人間離れした身体能力があるからまだしも、アーニャはただの子どもだ。急がないと最悪の事態もあり得る)
冬木市と記された市街地。
50人もの参加者がいるとはいえ、人数に対して与えられた土地は広大だ。
情報がなければ、そう簡単にアーニャとヨルを探し出す事は出来ないだろう。
小さく息を吐きながら、ロイドは裏路地から足を踏み出した。
周囲の人の気配を探りながら市街地を進んでいくロイド。
歩き始めて十数分ほどが経過しただろうか、街と街を繋ぐ大橋が見えてきた。
(ふむ、これが『冬木大橋』か。街と街を繋ぐ橋……移動には重要な地点だな)
例えば、狙撃銃の一つでもあれば、ビル街からこの橋を狙い撃つ事も可能だろう。
技量と武装があれば、大きく会場を制圧できる。
(いや、既に狙われている可能性も十分にあるか)
車両などの移動手段もない今、馬鹿正直に『冬木大橋』を横断するのはリスクが伴う。
とはいえ、この橋を渡らなければ隣の深山町へと移動できないのも事実。
河を泳ぐという手段もあるにはあるが、体力を大きく使う上に、隙だらけという点に変わりはない。
(今は危険を犯してまで、渡る必要はないだろう。……む?)
まずは市街地の探索を進めようと、冬木大橋に背中を向けようとしたロイドであったが、直前で何かに気付いた。
冬木大橋のちょうど中央。対岸と冬木市とを結んだ中心距離に、何かが立っているように見えたのだ。
(何かがいる……)
眼を凝らすと、それが気のせいでないことが分かる。
確かに、そこには何かがいる。
ロイドは適当なビルを登り、屋上から改めて冬木大橋を覗く。
支給された古びた望遠鏡を用いて、橋の中央を見ると、はっきりとその何かの存在が見えた。
まるで猛禽類を思わせる刺々しい造形の身体。その輪郭は、少なくとも人間のそれではない。
色は、白色。
その造形と色も伴い、まるで神話の中で語られる天使を連想させる。
ただ一つ、それと人間とを結びつける要素があるとするならば、顔だ。
不可思議な造形の身体の上部に、人の顔が乗っているのだ。
性別は男。艶やかな金髪に一筋の黒髪が混ざっている。
その両目は、まるで眠っているように閉ざされていた。
「何だ、あれは……」
思わず言葉が零れていた。
それは、スパイとして世界中の情報を扱うロイドをもって、常識の外にある存在であった。
困惑が思考を支配する中で、ロイドはそれから目を離す事ができないでいた。
自然物ではありえぬ純白の身体は、突き詰めた芸術のような魅力をも搔き立てる。
殺し合いという現状も忘れて、その常識外の存在を観察し続けるロイド。
彼が我を取り戻したのは、望遠鏡の中のそれが不意に動き出したその瞬間であった。
生命活動を停止したかのように微動だにしなかったそれが、ゆっくりと顔を上げたのだ。
顔を上げる、ただそれだけの所作すら神秘的なものに映る。
ロイドは、まだ見惚れたように、それを見ている。
ゆっくりと瞼が上がり、その奥の蒼の宝石のような瞳が露わとなる。
瞳は―――真っすぐに、ロイドを見つめていた。
望遠鏡の中で、それと視線が合う。
それは、確かにロイドを見つめていた。
169
:
特異点
◆YJZKlXxwjg
:2023/08/30(水) 22:27:28 ID:rshdWups0
「―――っ!?」
ロイドの全身が、総毛立った。
油断はなかった。ロイドは確実に気配を消して、対象の監視を行っていた。
諜報を生業として、死が常に隣り合わせの世界で伝説とまでされたスパイがロイドだ。
標的の監視に於いて、気を抜く瞬間などない。
その隠密が、<黄昏>の名を持つロイドの隠密が、凡そ数百メートル以上もの距離から、破られた。
胸裏にあったのは、驚愕。
寸前まで、常識外の神々しさに触れ洗われるようだった心中が、戦場の只中に放り込まれたように警鐘を鳴らす。
ロイドは、気づけば標的に背を向け、屋上から飛び出し、階段を全力で駆け下りていた。
その行動に、理屈があった訳ではない。
その場から離れなければいけないと、殆ど無意識に体が動いていた。
そして、数瞬後。
建物を何かが通り過ぎた。
音はなく、目に見えた何かがある訳でもないが、確かに何かが通った。
直後、ロイドは信じられない光景を目の当たりにする。
彼が寸前までいた階上のフロアが、裁断されたのだ。
そう、まるで目の細かいシュレッダーに紙を通した時のように、頑丈で数トンはくだらない質量をもった鉄筋コンクリートが砂礫と化し、消えた。
ロイドに言葉はなかった。
ただ、その場から逃げる。
一瞬でも早く、一メートルでも遠く、それから距離を離すべく、彼は己の全能力を費やした。
幸いとして、以降追撃の何かが来る事はなく、ロイドは再び冬木市のビル群に身を隠す事に成功した。
(な、何だったんだ、あれは……あの化け物は……!?)
人知を超えた存在。人の手では決してなし得ぬ所業。
世界の命運を握る任務に於いても冷静さを失う事がないロイドが、今は感情そのままに顔を青ざめ、息を荒げている。
(ありえない……ビルの半分を砂粒レベルに細断した? 馬鹿な、どんな兵器を使おうとそんなこと出来る訳がない……! それを、あれはやってのけたのか……!?
あれも参加者!? あんな存在に太刀打ちなどできるわけが……!)
思考は、まるで取り留めがない。
スパイとしていつ如何なる時でも精神を落ち着けられるように訓練を受けてきたロイドであったが、今はまるで役に立たない。
人は、本物の異形と邂逅した時、まともでいる事はできないのだ。
(ダメだ、とにかくもっと距離を離さなくては……!)
既に数キロはそれとの距離は離れている。
だがそれでも、安心など出来るはずがなかった。
脇目も降らず、周囲の警戒も、己の気配を消すことすら忘れて、ロイドは走り出す。
そこに、<黄昏>と呼ばれたスパイの姿はなく、脅威から逃げる一人の男の姿だけがあった。
170
:
特異点
◆YJZKlXxwjg
:2023/08/30(水) 22:27:49 ID:rshdWups0
◇
冬木大橋の中央にいる『それ』は、眠るように瞳を閉ざしていた。
『それ』は、殺し合いに毛程の興味も感じていなかった。
プレシアの目論見も、自分以外の数十からなる参加者も、殺し合いの行く末も、何もかもがどうでも良い。
何故なら、『それ』は知っているからだ。
己が力を振るえば、殺し合いなど瞬きの間も与えぬ程の刹那に、終了することを。
『それ』の名は、ミリオンズ・ナイブズ。
とある砂の惑星で、あらゆる生態系の中で頂点に君臨した者だ。
ナイブズは、人間ではない。
人の手によって生み出されたロスト・テクノロジーが変異体。
プラントと呼ばれる、無から有を生み出す超科学の存在から産み出された、意志を持つプラント。
プラント自立種と呼ばれる存在が、彼だ。プラント自立種として、人と画一した能力を有するナイブズであったが、今の彼は更に何万ものプラントと融合を果たした姿であった。
その力は、同類にして双子であるヴァッシュ・ザ・スタンピードをすら、歯牙にもかけぬ程。
絶対的とすら云える存在。
それが、今のナイブズであった。
プラントの力を斬撃のように飛ばし、まるで羽虫を払うようにロイドを退散させたナイブズは、それからまた目を瞑った。
ロイドの生死など、ナイブズにはどうでも良かった。
相手が<黄昏>と呼ばれる伝説のスパイであろうが、自らで寝返りを打つことすらできない赤子であろうが、ナイブズからすれば等しい存在であった。
相手にする必要すら、ない。
それは、この殺し合いの場にいるあらゆる参加者にも言えることだ。
獅子王が放つ聖槍の光も、銃の魔人が放つ砲撃の数々も、ギリシャ神話が誇る大英雄が咆哮も、気に掛けるに値しない。
数多のプラント融合を果たし、研ぎ澄まされたナイブズの知覚は、殺し合いの会場の殆どを網羅し、だがそれだけだった。
ミリオンズ・ナイブズは、動かない。動こうとしない。
ただ一つ、唯一彼の感情が僅かながらに揺れ動く瞬間があるだとすれば、彼の同胞(はらかた)であるヴァッシュの存在だ。
銃の魔人と激闘を繰り広げる彼の行動を、ナイブズはやはり愚昧極まると吐き捨てる。
(ヴァッシュ、貴様は……)
既に、決別は決定的となり、道が重なる事はない。
それでも尚、人間に侮られ、裏切られ、辱められ、追われ、傷付き、虐げられてきたヴァッシュに、ナイブズは想うものを感じずにはいられなかった。
だが、それも一瞬。
再び、暗闇の思考に身を投じた彼は、それ以降微動だとしなかった。
動かず、だが確かに。
絶対者が、そこに君臨する。
171
:
◆YJZKlXxwjg
:2023/08/30(水) 22:28:48 ID:rshdWups0
投下終了です。
172
:
◆YJZKlXxwjg
:2023/09/03(日) 22:10:37 ID:N6cQllnM0
ロイ・マスタング、東條希で投下します
173
:
『不運』の錬金術師
◆YJZKlXxwjg
:2023/09/03(日) 22:12:30 ID:N6cQllnM0
ロイ・マスタングは、暗闇の民家の片隅で思考していた。
その手には、参加者全員に支給されているタブレットが。
ロイはその中にあった『参加者名簿』を見つめながら、眉を潜めていた。
「殺し合い……『実験』、か。何ともふざけた催しだ」
記載された名前を一通り見つめた後に、マスタングの口から溜息が漏れる。
普段通りの激務をこなし、夜も更け切った中で、就寝をした。
マスタングは既に、軍部の統括責任者とされる大総統となった身だ。
明日の起床は早く、それでも足りぬ時間の中で執務をこなす必要があったのだが―――気づけば、彼は先の場に連れてこられていた。
覚醒し、寝ぼけまなこで聞いたのは、謎の女性の演説であった。
『実験』、殺し合い。
多忙だが、平穏であった日常は音もなく崩れ、マスタングの眼前には奇天烈な事件が突きつけられていた。
そして、宣言通りに彼は、謎の街へと転送され、住宅街の一室で腰を落ち着けていた。
(軍部の防衛体制が甘かったか、それともプレシアの技術が一線を画したものだったか……いや、私の政権を嫌い、彼女に内通した者がいる可能性もあるか)
先述の通り、マスタングは大総統である。
国のトップとされる人物であり、即ちその警備は国でも最上級のものが敷かれている。
加えて、マスタングがトップとなり体制が軟化したものの、アメストリス国は軍事国家であり、その軍備、兵士も他国の追随を許さぬものだ。
その最中での、拉致軟禁。
ロイ自身、戦場で名を馳せた国家錬金術師であったが、プレシアの活動に一切と気が付く事はできなかった。
例え、内通者がいたとしても、必要以上にこの殺し合いの主催者であるプレシアに対しては警戒をせねばならない。
(私を含む参加者を転送した技術も未知だ。転送に前に出現した幾何学模様も、錬成陣似たものであったが、まるで判読はできなかった。
錬金術師とは、到底思えぬ技術……プレシア・テスタロッサとは、一体に何者だ?)
妖艶さを含んだ女性。
幾重にも刻まれた疲労で目は窪み、くまが染みつき、髪も殆ど手入れがされていない様子だった。
マスタングは、その姿にどこか見覚えがあった。
錬金術師として、遥か大きい夢を掲げて研究に没頭し続け、だが成果を出せない者達。
不足しているのは知識か技術か、それとも閃きか。もしくは、そも探し当てんとする真理そのものが、現実から目を背けたような夢物語であったか。
狂おしい程の膨大な時間と労力をその研究に費やし、もはや後戻りも出来ぬところにまで突き進み、だからこそ、研究の失敗を認めようとせずに、尚も研究に没頭する者達。
そのような状態に陥った者達と同種の狂気を、マスタングはプレシアに垣間見た。
(『タカマチナノハ』と名乗った少女。彼女は、プレシアの目的を知っているようだった。それを知れば、現状の打開にも繋がるか……?)
プレシアは狂気に囚われる程に、成したい何かを有している。
そして、それは、このような狂気の殺し合いを通さなければ、達成しえないとプレシアは考えている。
そのための、殺し合い。そのための、『実験』。
鍵は、『タカマチナノハ』が握っていると、マスタングは考える。
174
:
『不運』の錬金術師
◆YJZKlXxwjg
:2023/09/03(日) 22:13:13 ID:N6cQllnM0
(この場には54名の参加者がいる。内、私が知る者は2名。鋼のと、その弟であるアルフォンス・エルリック)
参加者名簿に記された情報。
この場に連れられた、『元』鋼の錬金術師 エドワード・エルリックとアルフォンス・エルリック。
この3人を選んで参加させた事には、何らかのプレシアの意図が隠れているのではと、マスタングは考える。
(私を含めた3人の特筆すべき共通点は、錬金術師であることだろう。……まぁ、鋼のは既にその力を失ったが。
更に付け足すならば……『人柱』であったことか)
エルリック兄弟も、マスタングも(マスタングは他者に強制されてのものだったが)、禁忌とされる人体錬成を行い『真理の扉』を開いている。
死した誰かを蘇生するために、肉体・精神・魂を錬成し、世界の本来あるべき循環に逆らわんとした者達。
数ある錬金術師の中でも、その大罪を成した数少ない者達が、この殺し合いに集められている。
そこには何かプレシアの思考があるように、感じた。
(人体錬成を行わせる? だが、それならば、その錬金術師達を殺し合いに参加させるのと矛盾している。
私たちがこの『実験』とやらで死ねば、人体錬成は不可となる。仮にそうしたいのであれば、人質をとっての脅迫など、他に幾らでも手段はあったはずだ……)
思考を深めるマスタングであったが、答えはでない。
この推理は、飽くまでマスタング達の選出が何らかの意味があった時の場合だ。
そもそも、何ら意味を持たず、恣意的な選択という事も十分にある。
(やはり、プレシア・テスタロッサの目的を判明させない事には始まらないか……)
結局のところは、情報が足りていない。
考察を続けるには、さらなる情報を集めていく他ない。
そして、情報を集めるためには、考察を続けるには、この催しから生還するには、生存し続けなければいけないのだ。
思考を中断し、マスタングは立ち上がる。
少し歩けば、そこは外界へと繋がる扉が。ここを越えれば、仮初とはいえ安全地帯から出て行く事となる。
マスタングを含め、エルリック兄弟も、武闘派の国家錬金術師として名の通った面々だ。
それらを参加させての殺し合い。
プレシアは考えているのだ。
例え武闘派の国家錬金術師が揃おうと、この催しを平穏無事に鎮圧することなど出来やしない、と。
必定の生存は有り得ず、阿鼻叫喚の殺し合いとなる、と。
あの参加者名簿に記された者達は、そういう者達なのだろう。
「……さて、鬼が出るか蛇が出るか」
小さく笑い、マスタングは民家から外へ出た。
暗闇の住宅街。まばらに街灯があるだけで、音もなく、人の気配もない。
全てを吞み込むような深淵が、どこまでも広がっているように、マスタングには見えた。
焔の錬金術師が、バトルロワイアルという闇に光を灯すべく、歩き始めた。
◇
歩き始めて、十数分。
マスタングは誰とも遭遇することなく、市街地を進んでいた。
整備された路地や、建築水準の高い民家に時折舌を巻きながら、周囲に警戒を飛ばしながら、歩いていく。
そうしていると、不意にその音は聞こえてきた。
(これは……)
爆発音。続いて、何かが崩れ落ちるような音。
戦場では慣れ親しんだ、だが日常では有り得ぬ騒音に、マスタングは戦闘が始まっていることを確信する。
爆発音は断続的に続いている。
自身やキンブリーのように、火炎や爆発を齎す錬金術の使い手が戦っているのだろうか。
(音の間隔や程度からして、相当な能力を有した錬金術師だな。当然、私には遠く及ばないが)
強がりを含めた言葉を浮かべながら、ロイは立ち止まり、思考する。
(戦闘に接近するか、否か)
戦闘音のする方角へ向かえば、何らかの情報を得る事はできるだろう。
戦っている参加者、その能力や外見、思想や対抗策。
例え、直接的に介入しなくても、得られる情報は少なくない。
だが、それにはリスクが伴う。
相手が国家錬金術師級の実力を有していれば、いや、最悪の場合は人造人間(ホムンクルス)級の実力があったとしたら、マスタングといえど窮地に陥る。
幸い、彼の真髄とも云える錬成陣が描かれた発火布は装備しており、『真理の扉』を潜ったことで、手合わせ錬成も可能。
対抗することは可能であるが、この殺し合いがどれ程の長期間となるのか、どれ程の苛烈さを伴うものか、まだ判断できない状況だ。
リスクとリターンを天秤にかけながら、マスタングは思考する。
175
:
『不運』の錬金術師
◆YJZKlXxwjg
:2023/09/03(日) 22:14:46 ID:N6cQllnM0
(……逃げてばかりでは、何も始まらんか)
数秒の思案の後に、彼はリスクを選択した。
危険は分かっているが、退いては得るものがないことも事実。
マスタング自身、今は心身共に万全な状態だ。この時にこそ、強く、大きく張る必要がある。
そう、考え、マスタングは爆発音の続く方角へ足を向け―――、
「おっと……!」
同時に、唐突に暗闇から飛び出してきた少女と正面から激突した。
思考に集中し、油断してしまっていたのか。少女が近付く瞬間は、マスタングには分からなかった。
最近は執務作業ばかりとなっていたマスタングであるが、兵士として鍛錬してきた軍人である。
ぶつかってきたのは少女の方であったが、弾き飛ばされ尻餅をつくように倒れたのも、また少女の方であった。
「すまない。大丈夫かな、お嬢さん」
紳士的に手を伸ばすマスタングであったが、その手が握られることはない。
見上げる少女の瞳は血走っていて、表情は驚愕と恐怖に歪んでいる。
マスタングの顔を見ると同時に、ひっ、というしゃっくりにも似た呻き声が、少女の喉から漏れた。
「ひっ、ひぅ、ひゃ、ひやああああああああああああ!!!」
直後に迸ったのは、つんざくような悲鳴だ。
突然の絶叫と、尋常ならざる少女の様子に、思わずマスタングも息を吞んだ。
少女は踏みつぶされた昆虫のように、四肢をしっちゃかめっちゃかにばたつかせて、マスタングへ背中を向けて、走り去ろうとする。
「待て、待つんだ」
年端もいかない少女が、恐慌状態に陥っているのだ。
放っておくことはできない、と手を伸ばすマスタングであったが、
「ぬわっ!?」
少女の手に触れた瞬間、弾けるような激痛が指先に奔る。
何らかの暗器を隠し持っているのかと警戒したマスタングであったが、視認したところそのような様子はない。
指に傷もなく、激痛があった以外に変わったことはない。
程度に大きな差はあるが、この感覚にマスタングは覚えがある。
それは、
(まさか……静電気か!? こんな強烈なのは人生でも初めてだぞ!?)
そう、静電気だ。
今回のそれは、強烈すぎて、視界が白く染まる程の静電気だったが。
別段、乾燥している訳でも気温が低いわけでもないのに、何故いきなりこんな静電気が発生したのか。
それは皆目見当がつかないが、ともかく少女を制止する事には失敗をしてしまった。
痛みに窮している間に、少女との距離は離れてしまっている。
「くそっ、待て……!」
恐怖に支配された少女の走りは、中々に早いが、身体能力は軍人であるマスタングの方が上だ。
マスタングも走り出すと、その距離は見る見る内に縮まっていく。
そして、後数メートルで手が届くかと思う距離にまで近づいたその時だった。
彼の身に、再び『不運』が舞い降りる。
始めにあったのは、ぐにっと何かを踏みつける感覚だ。
柔らかく、ぬるぬるとした、何か。
直後、マスタングは―――足を滑らせて、転倒した。
「うぬわっ!?」
それも、頭から盛大に、だ。
今度こそ、瞼の裏に星が走った。
スパークした視界は白く染まり、激痛が頭の表層でダンスを踊っている。
悶え苦しみながら、少しでも痛みを抑えるべく、ぶつけた箇所を両手で抑えるマスタング。
下手すれば流血ものであったが、幸い頭は切れていないようだった。
「なっ、何が……」
何に足を滑らせたのかと視線を送ると、そこにはバナナの皮が置いてあった。
誰がどうして、どのように、何の意図をもって、置いたものかは分からないが、マスタングはそれを踏んで足を滑らせたようであった。
「バ、バナナの皮……大総統の私が……バナナの……」
この醜態を部下や、会場にいるエルリック兄弟に見られなくて良かったと、思わずマスタングは考えてしまう。
こんなところを見られた日には、下手をすれば自殺ものだ。
憎きバナナの皮を燃やし尽くしてしまおうかとも考えたマスタングであったが、ネガティブな思考を打ち切る。
今大事なのは、少女だ。
落ち着かせなければ、彼女の身が危険であった。
少女との距離はかなり離れてしまっている。
頭にできたタンコブを抑えながら、マスタングは再度走り出した。
だが、それからも不思議な事に『不運』が立て続く。
少女の距離が縮まったかと思えば、準備されていたかのように出っ張たアスファルトに躓き、再び追いついたかと思えば、どこからともなく飛んできたビニール袋がマスタングの顔を覆い隠す。
近付けば『不運』が起き、また近付いては『不運』にも距離が離れる。
その繰り返しの末に、マスタングは少女を見失ってしまった。
場所は、冬木市の郊外。
住宅街も途切れ、鬱蒼とした森林が延々と続いているように見えた。
176
:
『不運』の錬金術師
◆YJZKlXxwjg
:2023/09/03(日) 22:16:07 ID:N6cQllnM0
「……何なんだ、一体」
降りかかった『不運』の数々に、体の至る所を痛めたマスタングが、疲れたように呟く。
奇妙な出来事が重なり続けた挙句、ついには少女の姿も見失ってしまった。
何とも無益な十数分を送ったように感じるが、マスタングは気を取り直して前を向く。
(この森林の先に少女は逃げて行ったか。……正直追いかけたくはないが、放っておく訳にはいかないな)
あの『不運』の数々は、とても偶然とは思えない。
先の少女が何かをしたのだろうが、だがしかし、マスタングの知識では説明できぬ事象であった。
少なくとも、何かを錬成した気配はなく、錬金術であれらの障害物を生み出した訳ではなさそうであった。
今は小康状態にあるのか、『不運』の連鎖はない。
少女の追跡を再開すれば、同時に『不運』も再開するのだろうか。
しかしながら、あの状態の少女を放置する訳にもいかない。
再び歩みを始める、森林へと足を踏み入れるマスタング。
時折、声を掛けながら少女の姿を探していく。
「……見つからん」
探し始めて、数十分。
汗ばむ額を拭いながら、マスタングは空を見上げて、小さく零した。
呼べども、歩けども、少女の姿はどこにもなく、延々と森林が続いているだけであった。
(既に遠くへ離れてしまったのか? いや、その可能性はあるが……何かがおかしい)
マスタングはこの数十分の探索の中で、違和感を感じていた。
それは、少女が発見できない事に関してではなく、今彼がいる森林に対してだ。
顎を手に当てて、僅かに考えた後に、マスタングは一本の木を目掛けて指を鳴らした。
発火布の摩擦により発した火花が、マスタングの錬成による酸素濃度の変化により、爆炎となる。
焔は絶妙に出力がコントロールされていて、狙った木を爆発の力で倒し、だが、周囲の草木に燃え移る事はなかった。
精密無比の火力調整。まさに、『焔の錬金術師』たるロイ・マスタングの妙技であった。
一本の木を倒したマスタングは、再び歩き始める。
手にタブレットを持ち、方角や位置を地図で確認しながら慎重に。
彼は確かに、真っすぐに同じ方向へ進んでいたはずである。
だが、
「……ふむ」
数分ほど進んでマスタングが発見したのは、焼き焦げ倒れた一本の木だった。
焼け跡も、周りの様子も、彼が焼き倒したものと全く同様のもの。
彼は同じ場所に戻ってきたのだ。
(リングワンダリングではない。そう陥らないように、地図で確認をし続けていた。その可能性は除外できる)
再び、彼は歩き出す。
再び地図で位置を確認しながら、今度は違う方角へ。
数分後見えてきたのは、やはり同様の焼け焦げた木であった。
(ループしている、のか?)
今度は、住宅街があった方角へと歩く。
数分が経つが、今度は倒木に遭遇することなく、住宅街に出られた。
彼は、再び森林に向けて歩き始める。
住宅街に到達したのと殆ど同じ時間で、倒木の場所まで戻ってこれた。
(住宅街方向へは問題なく、戻れる。だが、会場の端に向かおうとすると……ループする仕様となっているのか)
眉間に皺を寄せながら、マスタングは思考を続ける。
「私達を逃がさないようにする機能か……。ふむ、プレシア女史はどうしても私たちに殺し合いをさせたいようだ」
プレシアの狂気が模写されたようなギミックだ。
歴戦のマスタングといえど、空寒さを感じる。
舌打ちを零して、マスタングはループが続く森林を見つめる。
(ループ機能は分かった。人間の転送やら化け物じみた技を使う女だ、今更驚きはしない。だが……)
プレシアの技術に関しては、その原理は分からずとも、納得はできる。
だが一つ、どうしても拭えぬ疑問が一つある。
(あの少女は、どこへ行ったのだ……?)
森林がループをしている以上、そこに逃げ込んだ少女もループして、今マスタングがいる場所に戻ってくる筈だ。
だが、待てども待てども、少女がやってくる気配はない。
静寂の森林が、ただ広がっているだけだ。
「あの少女は一体何者だ?」
異常な『不幸』を連発させ、そしてループしている筈の森林から姿を消した少女。
マスタングの疑問は誰の耳にも届くことなく、永劫に続く森林の中に消えていった。
177
:
『不運』の錬金術師
◆YJZKlXxwjg
:2023/09/03(日) 22:27:20 ID:N6cQllnM0
◇
東條希は、どこをどう走ってきたのか、もはや分かっていなかった。
突然の矢澤にこの死という絶望を目の当たりにし、彼女の理性は殆ど働いていなかった。
誰かとぶつかり、それからすら逃げるように走り続け、気づけば森林に辿り着いていた。
音ノ木坂学園の制服……ミニスカートとローファーという恰好で、獣道すらない森林を彼女は歩いていく。
普通であれば木々や葉により体中が傷だらけとなってもおかしくないが、『幸運』にも彼女の身体には傷一つとしてない。
疲労により覚束ない足で、だが『幸運』にも浮石による段差や、木々の根に足をかけて転倒することもない。
息は絶え絶えで、それでも恐怖と絶望が彼女の身体を突き動かす。
そうして森林を歩いて、どれくらいが経過しただろうか。
鬱蒼と空を覆い隠し続けていた木々の葉が、唐突になくなった。
森林を抜け出したのだ。
突然広がった空に驚き、周囲を見渡した希。
彼女は直後に、それを発見した。
厳かに直立する、石造りの巨大な古城。
森林の奥に聳え立つ、巨大な建築物は威圧感すら伴った、希を見下ろしている。
「お城……きれいだな……」
心身共に疲れ切った希は、引き寄せられるようにその古城の方へ近づいていく、足を踏み入れた。
古城に人の気配はなく、世界が自分だけとなったようで、どこか安心ができた。
巨大なバルコニーを進み、適当な部屋に入ると、彼女が見たこともないような、まるでテレビや漫画の中で貴族が使っているような、大きなベッドがある。
希はふらふらと覚束ない足取りで近づくと、意識を失うようにベッドへ倒れこんだ。
(もう……限界……)
体の疲労が、心の傷が、意識をとどめる事を許そうとしなかった。
それきり、希は現実から逃げるように、眠りにつく。
東條希は知らない。
今いる古城が、本来であれば参加者の誰もが辿り着けない場所だということを。
プレシアの設置した結界魔法に阻まれた、秘匿の場所だという事を。
自身が『幸運』にもプレシアの結界を突破し、広大な森林の中で『幸運』にも古城へ辿り着いてしまった事を。
古城には、希以外に、もう一人の人間が存在する事を。
彼女は、知らない。
知らずに、東條希は眠り続ける。
古城内の眠り姫は二人。
今はただ一時の平穏を享受し続ける。
178
:
◆YJZKlXxwjg
:2023/09/03(日) 22:27:40 ID:N6cQllnM0
投下終了です。
179
:
◆YJZKlXxwjg
:2024/02/02(金) 21:43:52 ID:4UabRXLA0
お久しぶりです。期間があき、申し訳ありません。
雨取千佳、ウソップで投下します。
180
:
怖れる狙撃手、2人
◆YJZKlXxwjg
:2024/02/02(金) 21:50:36 ID:4UabRXLA0
市街地に建ち並ぶ高階層なビルの群れ。
その中の一つ、商業ビルの屋上で、貯水槽の影に隠れるように、雨取千佳は蹲っていた。
殺し合いが始まって数分。
かつてネイバーから狙われていた時と同様に、息を潜め、気配を消す。
聞こえるのは自身の息づかいだけ。まるで自身が世界に溶け込んでしまったかのようであった。
固いアスファルトの感触が服を通して肉体に届く。そこに座す事は痛みすら伴うが、今の千佳にそれを認識する余裕はなかった。
千佳は、困惑していた。
突然始まった殺し合い。気付けば連れられていた見知らぬ街。
異界であるネイバーとの人間界を守る為の戦いとは違う、地球人と地球人との殺し合い。
彼女が体験した事のない争いが、今まさに繰り広げられている。
(オサムくん……)
心中に浮かぶ一人の人物。
三雲修。
彼女の幼馴染にして、雨取千佳が誰よりも信頼している男。
修は、飛び抜けた技術を持つ訳ではない。肉体的にも強い訳でもなく、トリオン量に長ける訳でもない。
それでも、千佳は修を信頼していた。
自身の信念に従い、行動し続けられる者。
いざという時は誰よりも強く、前に進む為の一歩を踏み出す事ができる者。
千佳には確信があった。
三雲修なら、このような状況でも進み続けるのであろうと。
(私は……)
対して、自分はどうなんだろうと、千佳は自問する。 幸いなことに千佳のトリガーは没収されることなく装備されていた。
千佳が有する尋常ならざるトリオン量であれば、戦闘や負傷さえなければ複数日のトリオン体の維持も可能だ。
この殺し合いの場にトリガー使いがいなければ、相当な有利な条件にあることを千佳は認識していた。
(皆を死なせたくない……)
タカマチナノハという少女に、プレシアと呼ばれていた女性。
彼女がこの殺し合いを始めた理由も、この殺し合いがどんな意味を有しているのかも千佳には分からない。
ただ、千佳は失いたくなかった。
彼女が大切に想う仲間達を。
(私が、戦えば……)
千佳の膨大なトリオン量は、そのまま戦力に直結する。
彼女がトリガーを行使すれば、ビル街を瓦礫の山に変える事だって可能だ。
例え、プレシアの言葉に唆され、殺し合いに乗る者がいたとしても、それが相当な手練れでない限り、千佳であれば容易に撃退が可能だろう。
だが―――、
「っ……!」
両腕で強く自分の身体を抱きしめる。
分かっている。自分が戦えば、皆が助かる可能性が高くなることも、殺し合いの被害だって少なくなるかもしれないことも。
だけれども、同時に千佳は恐怖する。恐怖してしまう。、
こんな力を振るって、誰かを傷付けたら、例え相手が殺し合いに乗った人物だとしても、万が一にもその人を殺してしまったら。
人々は、どんな目で自分を見るのだろう。
その化け物を見るような眼を想像するだけで、体の震えが止まらなくなる。
(私は、自分の事しか……)
こうして迷っている間にも、仲間達が危険な目に合っているかもしれないというのに、それでも体は動かない。
自分が弱いから。自分に勇気がないから。
こんな所に隠れて、うずくまっている。
私は、自分勝手でどうしようもなく弱い。
そう考えながら、雨取千佳は俯き続ける。
181
:
怖れる狙撃手、2人
◆YJZKlXxwjg
:2024/02/02(金) 21:51:29 ID:4UabRXLA0
◇
「おいおいおい、なんなんだよ、これはぁ〜〜〜……」
麦わら海賊団が狙撃手にして、5億ベリーの賞金がその首に賭けられし男・ウソップ。
ウソップは両の瞳に涙を浮かべながら、市街地を歩いていた。
びくびくと周囲を探り、ほんの些細な物音にも全力で驚きながら、一歩一歩進んでいく。
彼は、仲間との合流を目指していた。
プレシアが何者なのかは知らないが、彼の仲間、特に船長たる男は、今や四皇として世界に名を轟かせる男だ。
彼と合流すれば、怖いものはなし。
例え、殺し合いに乗ったやべー奴がいてもちょちょいのちょいだ。
ただし、仲間と合流するには、まずは行動をしなくてはならない。
ところどころ街灯はあるものの闇に染まった市街地を、殺し合いに乗った者が闊歩するかもしれない市街地を、己の身一つで進まなければならない。
ウソップはなけなしの勇気を振り絞りながら、その先に仲間と合流できることを信じて、進み続けていく。
「ゾロー、サンジー、いたら返事してくれぇぇぇ……ルフィーーーー、どこいるんだよぉぉぉ……」
周囲に己の存在を知らしめる行為だと分かっていながらも、恐怖を誤魔化すためには仲間の名を呼びかけるしかなかった。
おっかなびっくり市街地を進んでいくと、不意にウソップは人の気配を感じた。
(誰だ……?)
それは、少なくともウソップの知る仲間たちのそれではなかった。
現在地からだいぶ高所。おそらくはこの高層の建築物の屋上に、誰かが潜んでいる。
対象は、移動する様子がない。隠れて、この殺し合いをやり過ごそうとしているのか。
その気持ちは痛い程に分かる。ウソップだって仲間の存在がなければ、人目の付かなそうな何処に隠れ続けていただろう。
(女の子……それも、だいぶ小さいな「……)
自覚は無いが、ウソップは強力な見分色の覇気を身に着けている。
なんとなく、気配の先にいるのがどのような人物なのかが分かってしまった。
少女が一人、物かげで蹲っている。
(……無理無理無理、おれが行ってどうすんだよ! 自分自身だって守れるか怪しいんだぜ!?)
大きく首を振りながら、ウソップは沸き上がる善意を理性で抑え込む。
こんな状況で、少女が一人心細く隠れているのだ。何とかしてやりたいという気持ちはウソップにだってある。
だが、状況が状況だ。
仲間が共にいるならまだしも、自分一人で少女を守れるとはとてもじゃないが思えない。
最初の場には、相当にやばそうな雰囲気の奴だっていた。
そんな奴等を相手に、誰かを守りながら戦うなど出来るとは思えなかった。
(わりぃな! 恨むなら、こんな訳がわからねえ殺し合いを開いたプレシアって女を恨んでくれ!)
罪悪感からか、ウソップはその場からダッシュで離れていく。
強い敵からも、嫌な事からも、逃げるが勝ちだ。
そうして、ウソップは少女の気配が届かぬ所まで走り去っていった。
182
:
怖れる狙撃手、2人
◆YJZKlXxwjg
:2024/02/02(金) 21:52:18 ID:4UabRXLA0
◇
心の中で葛藤をし続けて、どれくらいの時間が経過しただろうか。
千佳は支給品の携帯端末を取り出し、時刻を確認した。
殺し合いが始まり、およそ一時間が経過している。
既に争いは始まっているのか、死者が出ているのか。被害がどれくらいの速さで進んでいるのか、千佳には分からない。
ただ、自分が弱くて動けない間にも、時間が過ぎ去っていることは、現実としてそこにあった。
(もうこんなに時間がたってる……)
どうすればいいのかも、どうしたいのかも、分かっている。
だけれども、決心をする事が、何時までもできない。
人にどう見られるのかという些細な事ばかりを考えて、動けずにいる。
(私は……)
再び、俯き、迷宮のような思考の籠に千佳が入ろうとしたその時、ふと彼女は気付いた。
唐突に影が降ってきた。
雑踏から差し込む光を遮るように、何かが立っていた。
顔をあげると、それが人影だと千佳は気付く。
「あ……」
息を呑む。
身を隠していた事に加え、思考と自己嫌悪に支配されていたことで、周囲への警戒が薄れていたのだ。
己の致命的なミスに気付いた千佳は、トリガーを起動することもできずに、思考を空白で染めてしまった。
その停止は、致命的なまでの隙で。
だけれど、目の前に立つ人影は、それを前にして何もする事はなく、
「おれの名は、キャプテン・ウソ〜〜〜〜〜〜ップ!!!」
大声が、響き渡った。
「かの『四皇』が一人、麦わらのルフィ率いる『麦わらの一味』が狙撃手・ウソップ様たぁ、おれのことだ!!」
目を見開く千佳の前に、ウソップと名乗った長鼻の男は続けていく。
「おまえは運がいい! あのプレシアとかいう女をぶっ飛ばすために、人手が欲しいと思っていたところだ! そんなところで蹲ってる暇があるなら、おれについて来やがれ!」
呆然とする千佳を見つめ返しながら、不敵な笑みを浮かべるウソップ。
気持ちを奮い立たせるような、力強い言葉。
その勢いに押されるように、千佳は気付けば首を縦に振っていた。
183
:
怖れる狙撃手、2人
◆YJZKlXxwjg
:2024/02/02(金) 21:52:47 ID:4UabRXLA0
◇
(あああああああ、おれのバカバカバカバカ! ノリでプレシア倒しに行くとか言っちまったけど、どうすんだよおおおお!!)
それから数分後、夜の市街地をウソップと千佳の2人が歩いていた。
前を歩くウソップの少し後ろに、俯きがちな千佳がいる。
後ろにいる千佳には分からないが、ウソップは数瞬前の豪快な宣言が嘘のように、冷や汗を垂らして焦りまくっていた。
(そもそも何でおれは戻ってきちまったんだ、ちくしょう! こんな子ども一人、見捨てちまえばよかったんだ! なのによぉ……)
ウソップに何か考えがあった訳ではない。
この殺し合いの中で絶望したように蹲る千佳を、放っておく事ができなかっただけだ。
結果は、この通り。
見事にウソップの目論見は成功し、だけれども、その先の事は何も考え付きやしなかった。
(とにかくルフィ達と合流するぞ! あいつらがいれば、こんな殺し合い、何てことはねえ! やるぞ、男・ウソップ!)
気合を入れて前を向くウソップ。対して、千佳はその後ろを俯きがちに歩いていた。
ウソップの言葉が無ければ、動き出すことすら出来なかった自分。未だに、自分の力を使うことを決断できない自分。
自己の弱さに対する不甲斐なさは、まだ、胸の中で燻り続けている。
千佳の両手には、トリオンで形成された狙撃銃・『ライトニング』が装備されている。
色は漆黒で、命中した相手に枷を強要できる『鉛弾(レッドバレット)』と組み合わせた……つまりは、殺傷能力を持たない状態であった。
いつ誰に襲撃されても対応できるように装備しているのだ。
だがしかし、その引き金に彼女の人差し指が近付く事はない。
決してそれは暴発予防のためだけではなく、彼女の逡巡がそこに表れているようであった。
184
:
◆YJZKlXxwjg
:2024/02/02(金) 21:56:28 ID:4UabRXLA0
投下終了です。
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板