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ゲームキャラバトル・ロワイアル【第二章】

1 ◆NYzTZnBoCI:2019/11/07(木) 15:20:03 ID:SrO2rlvw0
【ドラゴンクエストⅪ 過ぎ去りし時を求めて】7/8
○イレブン(主人公)/○カミュ/○シルビア/○セーニャ/○ベロニカ/○マルティナ/○ホメロス/●グレイグ

【ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド】6/7
○リンク/○ゼルダ/○ミファー/○ダルケル/○リーバル/●ウルボザ/○サクラダ

【FINAL FANTASY Ⅶ】6/6
○クラウド・ストライフ/○ティファ・ロックハート/○エアリス・ゲインズブール/○バレット・ウォーレス/○ザックス・フェア/○セフィロス

【クロノ・トリガー】4/6
○クロノ/●マールディア/○ルッカ/○ロボ/●カエル/○魔王

【ポケットモンスター ブラック・ホワイト】4/5
○トウヤ(主人公)/○N/●チェレン/○ベル/○ゲーチス

【ペルソナ4】4/5
○鳴上悠(主人公)/○花村陽介/●天城雪子/○里中千枝/○久保美津雄

【METAL GEAR SOLID 2】4/5
○ソリッド・スネーク/●ジャック/○ハル・エメリッヒ/○リボルバー・オセロット/○ソリダス・スネーク

【THE IDOLM@STER】4/5
●天海春香/○如月千早/○星井美希/○萩原雪歩/○四条貴音

【BIOHAZARD 2】3/4
●レオン・S・ケネディ/○クレア・レッドフィールド/○シェリー・バーキン/○ウィリアム・バーキン

【ドラッグ・オン・ドラグーン】2/4
○カイム/○イウヴァルト/●レオナール/●アリオーシュ

【龍が如く 極】3/4
●桐生一馬/○錦山彰/○真島吾朗/○澤村遥

【NieR:Automata】2/3
○ヨルハ二号B型/○ヨルハ九号S型/●ヨルハA型二号

【MONSTER HUNTER X】2/2
○男ハンター/○オトモ(オトモアイルー)

【名探偵ピカチュウ】1/1
○ピカチュウ

【Grand Theft Auto V】1/1
○トレバー・フィリップス

【BIOHAZARD 3】1/1
○ネメシス-T型

【テイルズ オブ ザ レイズ】1/1
○ミリーナ・ヴァイス

【大乱闘スマッシュブラザーズSP】1/1
○ソニック・ザ・ヘッジホッグ

【ポケットモンスター ハートゴールド・ソウルシルバー】1/1
○レッド

58/70

【主催側】
マナ@ドラッグ・オン・ドラグーン
ウルノーガ@ドラゴンクエストⅪ 過ぎ去りし時を求めて
宝条@FINAL FANTASY Ⅶ
ガッシュ@クロノ・トリガー
足立透@ペルソナ4
エイダ・ウォン@BIOHAZARD 2

151 ◆vV5.jnbCYw:2020/02/13(木) 00:49:35 ID:DQz/Kptc0
投下します。

152Dance on the edge ◆vV5.jnbCYw:2020/02/13(木) 00:50:28 ID:DQz/Kptc0
「うわあっ!!」
「ぬおおっ!!」


研究室の特に広い場所に、金属と爪がぶつかり合う高音が、さらに一拍遅れて二人男の悲鳴が木霊する。

数秒前、更なる怪物と化したウィリアム・バーキンの爪、カミュの扇、そしてハンターの太刀がぶつかり合った。
しかし、二人をいとも簡単に、肥大化した爪が吹き飛ばした。

「カミュ殿!!くそっ!!」
二人の内、大柄ゆえに吹き飛ばされた距離が短かったハンターは、横目でカミュの無事を確認したのち、怪物を毒づく。

吹き飛ばしてすぐに、人の背丈ほどもある爪を振り回し、二人に迫り来る。

斬り裂かれる寸前で、太刀を器用に使い、巨大な爪をいなす。

「こいつ……早い!!」
どうにかハンターは反撃に出ようと画策する。
狙うは進化する前、リーバルが刺した時と同じ右肩の巨大な目玉。


いくら進化しようと、生物の弱点は1日2日で変えられるものではない。
だが、弱点を知っても、突くことが出来なければ意味がない。

早くなった攻撃は、躱すので精一杯だった。
攻撃できるチャンスも、逃げるチャンスもありそうになかった。


ぎいぎいと、爪と床がこすれ合う嫌な音が響くが、気にせずカミュは奥義を天井に向けて投げる。


「シャインスコール!!」
回転しながら飛んで行った扇子が、光を怪物の頭上に撒き散らす。

「ウオオオ!!」

しかし、なおも爪を振り回すことを止めない。
輝く雨が、怪物に降り注ぐも、動きを鈍らせただけだった。


「ハンターのおっさん!!バラけるぞ!!」
「うむ!!」


伊達に二人も死線を潜り抜けてきたわけではない。
シャインスコールが作り出したほんのわずかな時間を利用し、ハンターはウィリアムの右に、カミュは左へと走る。


ウィリアムはハンターの方に迫る。
しかし、カミュがその隙を狙ってジャンプして、頭部めがけてナイフを向けた。
一撃必殺の場合は、扇よりナイフの方が成功する可能性が高い。

そして、アサシンアタックならば、必要最低限の威力さえあれば、一撃で相手を殺せるチャンスがある。


しかし、怪物は自らをコマのように回転させた。
そして、回転の先には、例の巨大な爪。

回転斬り。
このバトルロワイヤルの参加者の、リンクやクロノが得意とする技そっくりの軌道を描いた。


ただし、それを実行したのは人間ではなく、Gウイルスによって筋肉が異常発達した怪物なのだから、単純ながらも威力は桁違い。
加えて、巨大な体躯で行われるから、攻撃範囲も相応に広い。


「しまっ……!!」
隙が多くなる空中で、カミュは後悔した。


右腕のみ巨大な反面、リーチは長くとも、体全体を動かした広範囲の攻撃は出来ないだろうという判断が失敗を招いた。

153Dance on the edge ◆vV5.jnbCYw:2020/02/13(木) 00:50:49 ID:DQz/Kptc0


受け止める範囲が狭いコンバットナイフで、器用に受け止める。
(ちくしょ……ナイフで受け止めたのに、威力を殺しきれねえ!!)
しかし、ナイフは天井に飛ばされ、カミュも吹き飛ぶ。
同様にハンターも、攻撃を剣で受け止めることは成功するが、研究室の壁際まで押される。


しかも、この状況は、マールのヘイストと、ベロニカのバイキルトが二人にかかっているからこそ、辛うじて維持されている。
従って、それらが切れる瞬間が、タイムリミットに等しい。

「「まだだぁ!!」」
圧倒的な力を目にしながらも、二人の声からは闘志は消えていない。


「ジバリーナ!!」
カミュの叫びと共に、ウィリアムの足元に魔方陣が広がる。

そんなものは無視してハンターに攻撃を仕掛けようとする。
しかし、地面の隆起が、怪物のボディーバランスを崩す。


(時間稼ぎ程度にしかならねえか……けどな!!)


攻撃の向きが逸れた瞬間、ハンターは突進した。
狙いはがら空きになったウィリアムの両足。

今の姿になる前に、脚は一度斬り落としたが、どうやら復活したようだ。


だが、すぐには再生されないから、脚を切り落としておけば少なくともその間だけは自由が奪える。

立ち位置を不安定にされながらも、ウィリアムは爪でハンターを引き裂こうとする。


ハンターは斬りかかる前にカバンから盾を取り出す。
彼自身、盾の使い方を熟知していない。
しかし、その丈夫さを活かして、本来とは別の使い方をする。


G生物の顔に向けて、円盤投げのように盾を飛ばす。
ハンターの投擲力に加えて、その盾がかつて英傑が使っていたほどの丈夫さを持つことから、目隠しには十分活躍した。


道具を想定された使い方をするのではなく、自らに合った使い方をする。
これも戦い方の一つだ。


懐に潜り込むことに成功したハンターは、姿勢を低くし、抜刀。
横一文字に怪物の両足を切断しようとする。

(!?)

しかし、予想外なことに、巨体のG生物は跳躍した。
その高さは人間より下回るが、床すれすれを狙っていたハンターの斬撃を躱すには十分だった。

(デカい図体でジャンプなどするな!!)
ハンターは強靭な上半身に比べて、あまり変化のない下半身を持つ怪物に対して心の中で悪態をつく。

「早く!!その派手な色した盾の上に乗れ!!」

しかし、すぐに作戦を組み立て、ハンターに指示を出す。

「ウウウオオオオ!!」

ジャンプしたのちに、その巨大な腕でハンターを潰そうとする。
ハンターはそれを横っ飛びに躱し、すぐ近くにあった、先程投げた盾の上に立つ。


二発目のジバリーナがここへきて発動。
既に証明されたように、巨体と並外れた生命力を持ったG生物にはほとんど効果がない。


地面からの爆発は、七宝の盾を弾き飛ばす。
上にいたハンターもろとも。

「カミュ殿、そういうことでござったか!!」
「おっさん!!頼んだぜ!!」


人間を乗せた盾は、ロケットのように上空へ飛んでいく。
天井スレスレまで飛んでいき、G生物と人間の身長差は、この瞬間だけ克服された。


いける。
この距離、この間合い、この高低差なら、いける。
チャンスは今しかない。

カミュもハンターも、同じことを考えていた。

154Dance on the edge ◆vV5.jnbCYw:2020/02/13(木) 00:51:09 ID:DQz/Kptc0

「マール殿の、仇!!」
盾を蹴飛ばし、上空から斬りかかる。

首から、右肩の巨大な目にかけて、渾身の袈裟斬り。
真っ白い床や天井の研究室を、飛び散る汚液が汚す。

「よぉし!!」
カミュがガッツポーズをする。
斬った感触から、深手を負わせたとハンターも実感した。

「グウウアアア!!」
「なっ!?」

しかし、首を失ってなお、G生物の腕は動く。
いや、斬り落としたかに見えた首は、予想外な方法で守られた。

「おっさん!!」
カミュの声も空しく、ハンターはクレーンゲームの人形のように、爪で握りしめられる。


「バ……バカな……。」
ハンターがそう言うのも無理はなかった。
何しろ、斬られた首が落ちるのを、片手で無理矢理押さえて、鋭い爪が露出した方の手で自分を捕まえているのだから。

殺した直後が最大の反撃を食らう危機。
それはマールが示したはずだった。


空中での攻撃は、従来の力や武器の強さに加えて、重力も威力に伴う反面、空を飛ぶ技術でもない限り、安定性に欠ける。
先程カミュが示したばかりだったのに。

ミスを犯した自分を呪いたくなった。


「クソ……間に合え!!会心必中!!」
背後からエネルギーを纏った、カミュの一撃が片腕に命中。

最初に展望台で共闘した金髪の青年、それにマールディア。
これ以上、仲間を死なせてたまるかと、魔力が残り少ないのにも関わらず、力の限り怪物の右手に攻撃を加えた。
締め付ける力は弱まるも、そのまま研究室の壁めがけてハンターを投げ飛ばした。


「ぐああっ!!」
「おっさん!?」



ぐしゃ、という、明らかに人で立ててはいけない音が響く。
カミュが怪物の隙間から見ると、血まみれのハンターが倒れていた。

(ウソ……だろ?)
当たり所が悪かったのだろうか。
明らかに出血量や、地面に叩きつけられた音から、無事な気がしない。


『ごきげんよう、みんな。殺し合い楽しんでる?』


こんなタイミングで、放送が響き渡る。
しかし、カミュにとっては周りの状況どころではなかった。


丁度バイキルトとヘイストの力が無くなり、魔力も会心必中でほとんど無くなっている。
この状況を打開できる道具もない。


逃げ道も巨大な怪物に封鎖されている。

(なんだよこれ……。)
展望台付近で会ったあの銀髪の男もそうだ。
この世界には、どれだけ圧倒的な力を持った怪物がいるのか、想像しただけで震えが止まらなくなった。


(ニズゼルファを倒して浮かれていたオレが、バカみたいじゃねえか……。)
怪物が迫る。
凄まじい力に、全てを斬り裂く強靭な爪、巨体に似合わぬ身のこなし。
そして、不死身の生命力。

ニズゼルファが復活した時や、ネルセンの迷宮にいた魔物でさえ、ここまで異常な力を持った者はいなかった。
自慢の足を使う気も起きず、恐怖を目の当たりにしたカミュは、ただ後ずさるだけだった。

155Dance on the edge ◆vV5.jnbCYw:2020/02/13(木) 00:51:28 ID:DQz/Kptc0

怪物がトドメにと片腕を上げる。
「くっそおおおおおおおおおおおお!!!」



その叫びがカミュの最後に発した言葉になるはずだった。

「何!?」
しかし、串刺しにしようとした腕に、いつの間にかナイフが刺さっていた。
G生物の後ろには、ハンターが血に汚れながらも立っていた。

「おっさん!!無事だったのかよ!!」
「カミュ殿、良い物を頂いた。」


それは天井に引っかかっていた、カミュが持っていたコンバットナイフ。
先程ハンターが盾に乗って飛んで行った際に、回収していたのだ。


トドメを刺すのを邪魔された怪物は、攻撃の矛先をハンターに変える。


「グウアアア!!」
しかし、どうしたことか、斬り裂かれたのは、ハンターではなく、ウィリアムの巨大な爪だった。

――鏡花の構え。
敵の攻撃をいなす独特の構えから、カウンターを狙うのに特化した狩技だ。
会心必中のダメージも回復し終わっていなかった極太の腕が、ボトリと落ちる。

「貴殿の攻撃、見切らせてもらったぞ。」
そして、忘れてはならない。
ハンターの生まれつき持った嗅覚は、敵の攻撃や接近のレーダーにもなる。


G生物の放つ異臭のせいで、思うようにそれが機能しなかった。
しかし、一たび相手が自分から離れ、カミュに係りきりになったことで、臭いのわずかな違いを感知できるようになった。


相手の吐く息の臭い、感情の変化で変わる僅かな臭い。
敵が持つそれぞれの臭いを感知することで、相手の攻撃を見切ることに成功した。


「おっさん!!行くぜ!!」
「うむ!!」


敵の爪が一時的にだが折れた。
これで、最も殺傷力ある攻撃を受ける可能性が無くなる。


まずはハンターがウィリアムの胴体に袈裟斬りを入れる。
そこから、別方向から閉じた扇を構えたカミュが、持ち前の速さを活かしてその裂傷を深くする。

「シャドウアタック!!」
本来カミュと、その仲間のイレブンが初めて覚えた連携技だが、ハンターの並外れた戦闘センスが成功した。
元々敵の守りを二人の攻撃の素早さで貫通する技だったので、分厚い肉の鎧を持つ怪物にも威力を存分に発揮した。

「まだだ!!」
カミュが斬りつけた裂傷から、ハンターが怪物の肉体を串刺しにする。

「マール殿の痛み、思い知ってもらう。」
「グゴ……オ……オ………。」

暫くG生物は暴れるも、ハンターが太刀を抜くと、動かなくなった。


「やったな。つーかおっさん!!生きていたのかよ!!」
カミュは敵を倒した喜びと、ハンターが生きていた疑問を口にする。

「拙者はおっさんではない。生きていたのは、あの少女が拙者を守ってくれたからだ。」


幸運なことに、ハンターが投げ飛ばされた先で、マールディアの死体がクッションになってくれたようだ。

一時的に動けなくなっていたが、肉が潰れた音も、大量の血もマールのものだったらしい。

156Dance on the edge ◆vV5.jnbCYw:2020/02/13(木) 00:51:51 ID:DQz/Kptc0
「一先ず、助かったみたいだ……うわっ!!」
カミュとハンターの間に、蛍光灯が落ちてきた。

研究室の天井を構成していたブロックが、続けざまに落ちてくる。
怪物化したウィリアム・バーキンが、柱や天井まで斬り裂いたため、研究室そのものが限界を迎えたのだ。



「おい!!逃げないとやべえぞ!!」
カミュは散らばっていた七宝の盾を回収し、すぐに研究室を出ようとする。
リーバル達が脱出に使った天井付近の窓は、人力で届く高さではない。
早く入り口から脱出しないと、この怪物もろとも下敷きになってしまうだろう。

「言われるまでもない。カミュ殿、さっきの爆発の魔法で、あの窓へ飛べないか?」
「もう魔力はない!!つーか何してんだ!!おっさん!!」


ハンターははみ出ていた内臓を戻し、ボロ雑巾のようになった少女を抱えていた。

「死してなお、この少女が守ってくれたのだ。死体だからといって棄て置くわけにはいかん。」
「確かにそうだけど……待てよ!?」


カミュはふと閃いて、マールがまだ付けているザックを開ける。
自分の支給品こそ、脱出出来そうな道具はなかったが、もしかしたら、何かリーバルのように空を飛べる道具が出るかもしれない。
しかし、カミュの期待には彼女の支給品は答えられなかった。

「ああくそ!!何でハリセンとリンゴしかねえんだよ……つーかおっさん!!食ってんじゃねえ!!」

「食べられる時に食べるのも、生きる上で必要だぞ、それとおっさんと呼ぶなと言ってるだろう。」

イマイチずれている回答を無視して、カミュはいち早く研究室から出る。
ハンターもリンゴを頬張りながらも、その後を追う。
既にベロニカやハンターと共に入った際に、入り口までの経路は完璧に覚えている。


「畜生!!廊下が塞がれてやがる!!」
ウィリアム・バーキンが残した文字通りの爪痕は、廊下にも及んでいた。


その中で最短距離になる道が、倒れた柱によって完全に通れなくなっている。

「この程度の柱なら、拙者の太刀で……。」
「やめろ!!壊したら余計崩れてくる!!」


通り道を無理やり作ろうとするハンターを諫め、通れる廊下を走り続ける。
その先にあった場所は、第四研究室。

一番最初にウィリアム・バーキンと錦山彰、それにマールとリーバルが対面した場所だ。
そこは特に酷い有様だった。
リーバルが炎の矢を撃ったことも相まって、部屋の奥は火の海になっている。

まず扉が壊れていた時点で、怪物の被害が直接及んだ場所だと認識する。


幸いなことに、窓はある。
第一研究室とは異なり、壁に掛けられている高さからして、普通に脱出用に使えそうだ。
だが、炎に包まれているから窓の所まで行くのは難しそうだ。
どうしたものかと、カミュは辺りを物色すると、机の横にある袋を見つけた。


「これは……。」
「カミュ殿!?どうした!?」
ハンターが建物の崩れる音に負けじと大声を出す。
彼が持っていたのは、ウィリアム・バーキンの支給品袋。


元々Gウイルス以外に興味を持たなかった彼は、この場所に捨てていたのだ。
その中から、水色の杖が出てきた。
先端には雪の結晶が象ってある。

カミュはそれを手に取り、見つめる。
「なんだ?これは……?」
ハンターも疑わし気にその杖を見つめた。

「もしかして……頼む!!」


一縷の望みをその杖に託し、振り回す。

157Dance on the edge ◆vV5.jnbCYw:2020/02/13(木) 00:52:17 ID:DQz/Kptc0

その瞬間、フリーズロッドから吹雪が迸り、研究室内の炎を瞬く間に消した。

「おお!!道具を使った魔法もあるのか!!」
「オレの世界にあった、氷の杖に似てるけど、威力は段違いだな。」
ベロニカやマール、カミュが使っていた魔法とは異なる出方をした魔法に、ハンターは驚くが、急いで窓を破って脱出する。


後ろから炎の燃え盛る音と、建物の崩れる音をバックに、二人は駆け抜ける。
気が付くと、森を抜けていた。



「どうやら逃げられたようだな……。」
「まだ……終わってないぞ………。」
「そうだな……これは……?」


今になって支給された名簿を、ハンターが読む。
その中にあったのは、『オトモ』という名前。
もしかすると、幾度となく助け合ってきた、アイルーの可能性が極めて高い。


自分の名称は『男ハンター』と書いてあったから、女性や子供のハンターもいるのではないかと思ったが、本当に知り合いはオトモだけのようだ。

「オレは……まあ、予想通りだな。悪い予想だが……。」
カミュが共に旅をした仲間の内、ロウを除いた全員が参加させられていた。
そして、グレイグの旧友であり、ウルノーガの手下として暗躍したホメロスの名前もあった。

「休憩したい所だが……こうしてはおれん。一刻も早く拙者らの仲間を見つけねば。」
「そうするしかねえな。そいつを背負うの、オレも手伝うぜ。」

そうでなくても研究室の崩落を聞きつけ、危険人物がやってくる可能性があるから、ここは危険だ。

(近くで見ると、本当に綺麗な顔してるな……。)

もう動かないマールの顔を見て、カミュはそう思う。
出来ればもう少し広い場所で埋葬してあげたいし、出来るなら仲間にも合わせてあげたい。

「一先ず西の方へ移動しよう。城やら美術館やら、建物もあるし、休憩できるかもしれぬ。」



太陽は完全に登り、参加者を狩ろうと力を出す者も現れ始めるだろう。
ベロニカとリーバルの安否も分からない。
不安を胸に抱えて、二人は歩き出す。
一人の死した少女を背負って。

158Dance on the edge ◆vV5.jnbCYw:2020/02/13(木) 00:52:48 ID:DQz/Kptc0


【ウィリアム・バーキン 第二形態@BIOHAZARD2 死亡確認】
【残り54名】


【支給品紹介】
【七宝の盾@ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド】
ハンターに支給された盾。英傑ウルボザが使用した盾で厳選された金属が使われ 軽さと強靭さを兼ね備えた逸品強烈な攻撃も易々と 受け止められる性能を持つ(後半原作の説明より抜粋)


【フリーズロッド@ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド】
ウィリアム・バーキンに支給された杖。一振りするだけで誰でも吹雪を出せる。
原作では使い続けると魔力を使い果たしてしまうが、本ロワでは魔力の供給を行うことで、使用回数を増やせる。






【A-5/橋/一日目 朝】
【男ハンター@MONSTER HUNTER X】
[状態]:疲労(大) ダメージ(中) 全身打撲 血で汚れている
[装備]:斬夜の太刀@ドラゴンクエストⅪ 過ぎ去りし時を求めて
[道具]:基本支給品、ランダム支給品(0〜1) リンゴ×2@ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド ハリセン@現実
[思考・状況]
基本行動方針:主催者の討伐、または捕獲。
1.西へ移動し、その先でマールディアを埋葬できる場所、休憩できる場所を探す。
2.ベロニカ達とイシの村で落ち合う。
3.オトモ、カミュの仲間を探す。

※第一回放送を聞き逃しています

【カミュ@ドラゴンクエストⅪ 過ぎ去りし時を求めて】
[状態]:ダメージ(中)、背中に打撲、疲労(大)、MPほぼ0 ベロニカとの会話のずれへの疑問
[装備]:必勝扇子@ペルソナ4
[道具]:基本支給品、フリーズロッド@ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド カミュのランダム支給品(1〜2個、武器の類ではない) ウィリアム・バーキンの支給品(0〜2)(確認済み) 七宝の盾@ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド
[思考・状況]
基本行動方針:仲間達と共にウルノーガをぶちのめす。
1.西へ移動し、その先でマールディアを埋葬できる場所、休憩できる場所を探す。
2.ベロニカ達とイシの村で落ち合う。
3.仲間や武器を集め、戦力が整ったらセフィロスを倒す。
4.これ以上人は死なせない。

※第一回放送を聞き逃しています
※邪神ニズゼルファ打倒後からの参戦です。
※二刀の心得、二刀の極意を習得しています。


※【A-5】研究室は倒壊しました。



たとえ支給品の名簿が理由とは言え、二人がその場から立ち去ったのは、幸運だった。
瓦礫の山と化した研究室の一部が吹き飛ぶ。


「グウオオオオ……。」

一度目の復活よりさらに巨大化した、ウィリアム・バーキンが、そこから顔を出す。
顔を出す、と言ってもウィリアムの面影はほとんど残っていない顔なのだが。


G細胞がほとんど人間の細胞を侵食し、最早人間の姿をとどめていない怪物は、そこから歩き出した。
その姿は、墓場から出たゾンビとすら形容しがたいような、醜悪な怪物。


獲物を求めて、さらなる進化を遂げたG生物は、ノソリノソリと歩き出した。

もう一度言おう、カミュとハンターは、どんな動機であれ、その場から離れたのは幸運だった。
何故なら、消耗した二人では、どのような幸運があっても、この怪物まで倒すのは不可能だから。


【A-5/研究室跡 /一日目 朝】

【ウィリアム・バーキン@BIOHAZARD 2】
[状態]:G生物第三形態、下腹部に刺し傷(再生中)
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:本能に従い生きる。
1.獲物を見つけ、殺す
2.シェエエェェリィィ……。

159Dance on the edge ◆vV5.jnbCYw:2020/02/13(木) 00:53:03 ID:DQz/Kptc0
投下終了です。

160 ◆RTn9vPakQY:2020/02/13(木) 16:20:50 ID:O2ibmHAU0
・両雄倶には立たず
雷電の死体を見ても、ファイガで攻撃されても、冷静さを保つスネークは渋い。
そんなスネークのことを、カエルやカミュ、雷電とは異なると直感するセフィロスもまた、観察眼に優れていますね。
主催者に動けと言われても余裕綽々なセフィロス、今後も敵を増やしまくりそう。


・そでをぬらして
海中ではミファーの絶対的優位かと思いきや、千枝のペルソナが大暴れ。結果は痛み分けとでも言えましょうか。
あり得ない光景ばかり見せられる錦山の胃がストレスでマッハ。
千枝は精神的に衰弱して、ミファーも悲痛な覚悟を強めて。
読み終えてからタイトルを見直すと、なんともいえない気持ちになります。


・たたかう者達&さらにたたかう者達
冒頭のホメロスの独白が、グレイグとの関係を思うと切ないです。

>この世界にいる者は皆、闘う者達であると。命の数だけでなく、それぞれの本質を見据えた上で向き合っていかなくてはならない者達であると。
クラウドが、殺し合いが開始してから出会ってきた参加者を思い返して、このような思考に到達したのですね。
クラウドとホメロスの拮抗した勝負に、この意識の変化が僅かな差をつけた、というのも構成として面白いです。

元ソルジャーという幻想に囚われ続け、今も過去をやり直すという幻想に囚われているクラウドにとって、
真実を追い求め続けた陽介(自称特別捜査隊)の言葉が強く響くのも、とても納得できます。
しかし、陽介はペルソナひとつでクラウドにどこまで対抗できるでしょうか…。


・不思議の国の遊園地跡
>「キミは聞こえないの?この島全体に、トモダチの恐怖や痛みの籠った叫びが、流れている。彼らを助けてあげなきゃ。」
どこか特殊な精神性のNも、Nのこの発言を聞いて引かないルッカもさすが。
そして遊園地に設置された首輪とアイテムの交換機…これを誰がどう活かすか、気になりますね。


・君の分まで背負うから
>どうすれば、彼女の涙を止めてあげられる?
>どうすれば、彼女が悲しまなくていい?
>どうすれば────
考え抜いて、ベルを眠らせたイレブン。この優しい選択は、しかし一時しのぎでしかないのが辛いですね。

>不安定な時くらい誰かに任せて眠っていたっていい。今はベルの分まで、僕が現実を背負うから。
これまで仲間たちに支えられてきたイレブンが、ベルを支えようとする。その強さがカッコいいです。
でも最後は、はずかしくなっちゃうのね!


・そして、戦いは続く(前編)(後編)
魔王が放送や名簿から情報を得て、柔軟な考察をしているのは意外な印象ですね。
そしてネメシスとの再戦。多数の触手でファンタジー世界の住人とも渡り合う怪物はやはり恐ろしい。
>「鎌と言うのは、こう使うのだ。」
イレブンの手から鎌を奪って使う魔王、カッコいい。
共闘により修羅場を越えたかと思いきや、シルビア…誰かを庇い倒れるのはらしいといえばらしい、けどあっけない…。
ネメシスT型はバイオ勢として充分な恐怖を振りまいてくれましたね。

161 ◆RTn9vPakQY:2020/02/13(木) 16:22:51 ID:O2ibmHAU0
・選ぶんじゃねえ、もう選んだんだよ
仲間を殺す発想ができないマルティナの甘い考えを見抜いて、誘導しようとするミリーナは地味にこわい。
改めて、二人の覚悟の差を感じました。
>(とりあえず、そのイレブンって人以外の仲間とは、遭遇したいとこね。その人たちを…マルティナに殺させる)
そしてエグいことを考えているミリーナ。現状はドラクエ勢は位置が遠いものの、実現したら面白くなりそうです。


・チョッカクスイチョク
>美味しいか不味いかで聞かれたら、あのカレーはどう考えても不味かった。
>でも、今自分はその不味いカレーを求めているのも分かっていた。
まず正気か???と言いたくなりましたが、考えてみれば殺伐とした状況で日常を思い出したくなるのは自然なことですね。

>二度と食べたくなかったカレーを、二度と食べることは出来なくなってしまったことを。
そしてこの表現が切ない。

>ピカチュウは少しシワっとした、落ち込んだ顔を見せた。
ここ笑いました。


・見上げた空は遠くて
同じ英傑の死に対しては悲しまず、けれどマールディアの死に対しては心を見出されるリーバル、好き。
>あたしが死んだ時、皆もこんな気持ちだったっていうの?
>死んだのはあたし?皆が助かったのならそれで良かった?冗談じゃない、そんなのはただの自己満足だ。残された側の気持ちってものを全く考えていない。
本編では思うことのなかったであろうベロニカの述懐も切ないです。

>「……まだ、信じていてもいいのかしら。あたしの死は無駄じゃなかったんだって……あたしは未来を守ったんだって……。」
>「ああ、勝手に信じていなよ。真実は、僕が明らかにしてやるから。」
リーバル△ 彼はプライドを守れるのか、とても楽しみです。


・未知への羨望
セフィロス、登場話では圧倒的な戦闘能力を見せつけられましたが、今回は別ベクトルの恐ろしさを感じました。
セーニャに対してジェノバ細胞を植え付けるとか、発想がすごいですよセフィロス様!
セーニャの得た情報がセフィロスに送られるというのも、地味に脅威ですよね。ますます余裕になるかも。


・Dance on the edge
出会ったばかりの男二人が、協力してマールディアの仇を倒そうとする展開、熱い。
二人の連携がうまい具合にできていて、ウィリアムとの戦闘は手に汗握りました。
>「食べられる時に食べるのも、生きる上で必要だぞ、それとおっさんと呼ぶなと言ってるだろう。」
モンハンでは回復できるときにすることが必要ですからね。当然の行為ですよね。
しかし、G生物も第三形態へ。研究所が破壊されて、野に放たれた状態なのが不安ですね。

先のレスに書き忘れましたが、皆様投下乙です。感想でした。

162 ◆2zEnKfaCDc:2020/03/12(木) 01:16:27 ID:1F0mLpc.0
ベロニカ、ゼルダ、リーバルで予約します。

163 ◆2zEnKfaCDc:2020/03/12(木) 17:28:31 ID:1F0mLpc.0
忘れてました。>>162に加えてレッドも予約します。

164 ◆2zEnKfaCDc:2020/03/19(木) 01:11:56 ID:Oxg5bfcs0
すみません。2時まで予約延長をお願いします。

165 ◆2zEnKfaCDc:2020/03/19(木) 01:57:46 ID:Oxg5bfcs0
遅くなりましたが、投下します。

166虚空に描いた百年の恋 ◆2zEnKfaCDc:2020/03/19(木) 02:00:19 ID:Oxg5bfcs0
主催者であるマナとウルノーガは時を超えることができる。今しがたリーバルはその予測を立てたばかりだ。
主催者であるマナとウルノーガは死者を甦らせることができる。これは元より分かっていたことだ。

どちらの力がより恐ろしいかは 考えるだけ無駄だが、どちらも理に反している。時間は止めることはできても、逆行することはできない。傷を癒すことはできても、死を覆すことはできない。それなのにまだ生きていたかったマールディアが死んで、もう死んでいたはずの僕らが生き残っている。こんなの、不条理だ。
生と死の線引きとは、世界の理とは、こんなにも容易く覆るものであったか。僕らの直面している現実は、ともすれば厄災ガノンなんかよりもよっぽどタチの悪い何かなのかもしれない。

「まったく、シケたツラしてるわね。」

手元から、声が聴こえてきた。
何故手元なのか。それは今現在、ベロニカを腹の下に抱えて飛行中であるからだ。
よって、向こうから一方的にこちらの表情が見えている状態だ。

「……君ほどじゃないよ。さっきまで半ベソかいてた君ほどじゃ、ね。……ああ、見えないけど、もしかして今もかい?」

「ふん、何よ。心配してやってるのに。……ま、そんな軽口聞けるなら大丈夫そうね。」

死後に神獣ヴァ・メドーの体内で亡霊として囚われ続けた僕は、最低限ハイラルの実情は知っている。
ギリギリで力に目覚めたゼルダ姫がガノンを百年に渡って封じ込めていること。
リンクの奴が百年の眠りから目覚めて神獣の解放に奔走していること。

自分の死後の仲間の行方も分からず、不安なのはベロニカの方だろうに。
自分のことで手一杯な時にも他者を気遣うベロニカが、一人の少女と重なった気がした。

(だから……かな。この僕が柄にもなく他人のために、ベロニカの仲間の行方を明らかにしようとしているのは。)

とはいえ状況は絶望的。
何しろこの殺し合いを開いているのが、他でもない、ベロニカとその仲間が立ち向かってきたウルノーガなのだ。ベロニカが死んだ後に、仲間たちもウルノーガの支配を受けて殺し合わされている。答えなど分かっているようなものだけれど。それでも、真実を明らかにすると約束した。

167虚空に描いた百年の恋(前編) ◆2zEnKfaCDc:2020/03/19(木) 02:01:17 ID:Oxg5bfcs0
「ほら、シャキッとしなさいよ、リーバル!前方、誰かいるわよ。」

と、考え事をしていると不意にベロニカの怒号によって現実に引き戻されるリーバル。

「うるさいな、いちいち言われなくても分かってるさ。……と、あれは……!」

その人影の片方、それは――リーバルもよく知る者であった。

ここで会ったが百年目とはよく言ったものだけれども、まさか文字通りの意味で使う日が来るとはね?

こんな殺し合いが開かれていなければ、その相手は神獣ヴァ・メドーを解放しに来るリンクだったのだろうか。ホント、待たせすぎだよね。
まあいい、そんなことよりも。
今はこの再会を喜ぼうじゃないか。

「やあ……姫。」

「ひゃあっ!?」

姫――ゼルダの前にスーッと降り立つリーバル。地上の敵ばかりを警戒していたゼルダは、唐突に目の前に現れた影に驚き飛び退く。

「なっ……カモネギがじゅくがえりしょってやって来たぁ!?!?」

「ちょっと!誰がじゅくがえりよ、誰が!!」

ついでに、ゼルダと行動を共にしていた少年――レッドの方も驚きつつ、キラキラした目をリーバルに向けていた。

「って貴方……リーバル!?」

「久しぶりだね。元気そうで何よりだ。」

百年ぶりの邂逅は、お互いにとってこの上なく望ましい形で行われた。

お互いが同行者を連れていること、それは殺し合いに乗っていないという証明といえる。――真偽のほどは別にして、ではあるが。

また、両者とも大きな怪我は負っていないこと、これも安心材料のひとつ。
ゼルダの格好はボロボロで、何か戦闘があったのだと見受けられるが、応急措置の跡も見られ、目前の命の危険などは無さそうだ。

「なあ、姫さん。こいつも姫さんの仲間なのか?」

たった今がカモネギの進化系が見つかった歴史的瞬間なのかもしれないとどこかワクワクしながら、レッドがリーバルを指さして言う。
その無礼な態度に腹を立てるも、気になるポイントは他にあったためスルーする。

「こいつ『も』とはどういうことだい?」

僕以外に姫の知り合いはこの場に居ないはずだけれども……

そこまで考えて、以前出会ってもここまで着いてきていないゼルダの知り合いの正体についてふと考えが至る。

「もしかして、ウルボザ……」

「い、いえ!違います!ダルケルですよ!」

少し気まずそうな顔をリーバルは浮かべたため、慌ててゼルダは訂正する。

「ダルケル?ここにはいないようだけど、何かあったのかい?」

不思議そうに、リーバルは尋ねる。

そんなリーバルを前に内心、ゼルダは微笑んだ。
こうも自然に、話を切り出せるタイミングが訪れてくれるとは。
ゼルダはグレイグを殺した。
それをクロノに擦り付け、さらに自分を護ってもらわなくてはならないのだ。

だが、脈絡もなく話し始めるとどうしても、その結末に持っていきたいような雰囲気が生まれる懸念がある。
ここでリーバル達に与える印象ひとつひとつが自分の生存に直結するため、ゼルダは慎重に機を伺っていたのだった。

「そうですね……それを語るにはお話しなくてはならないでしょう……。私の、ここまでの道のりについて。」

168虚空に描いた百年の恋(前編) ◆2zEnKfaCDc:2020/03/19(木) 02:02:20 ID:Oxg5bfcs0




そして、ゼルダは話し始めた。
茶髪の少女(里中千枝)に襲われたところをグレイグという青年に助けられたこと。

しかしそのグレイグも他の人物に殺され、逃げている途中にダルケル、レッドの二人と合流したということ。
ダルケルはその人物と戦いに向かっているため、ここにはいないということ。

「グレイグが……ソイツ、相当な実力者ね……。一体、誰に……?」

『敵でも味方でも無い』程度の知り合いの死を突き付けられ、複雑な表情のままベロニカが問う。ここが正念場、声のトーンを落とし、ゼルダは語った。

「――クロノという、少年でした。」

ピクリと、リーバルの眉が揺れる。

――この時。そうか、と素直に頷いていればどれほど楽だっただろうか。

「……もういいよ、姫。」

「ちょっとリーバル!もういいってどういう事?まだ向こうが話してる途中でしょうが!」

君は、踏んじゃいけない地雷を踏んだんだ。でも君が悪いんじゃない。悪いのは、僕の往生際かもしれないね。

「うるさいね。茶番はもう沢山だ――そう言ったんだよ。」

「……どういう事ですか?」

「どうもこうもない。クロノに襲われた?有り得ないんだよ。」

クロノ?そんな奴会ったことないさ。僕が知っているのはそいつの名前だけ。

「クロノってのは、マールディアが生涯を賭けて信じると誓った男の名だ。だから僕も信じる。」

でも――許せないんだ。彼の名を貶めることだけは。
その名を汚すということは、『彼女』の生涯を汚すことと同義だから。

本当に僕は、往生際が悪いものだよ。こんなことしたって彼女が生き返るわけでも救われるわけでもないのにね。
クロノの無罪を信じる根拠は薄っぺらいったらありゃしない。

でもね、必要なんだよ。
信じるに値する人物が、信じたいと我が心が願う人物が、どれだけ他人を有罪と叫ぼうとも、最後まで無罪だと信じて抗える存在は。
さもないと、善人の顔をした魔物に騙されてしまうだろう?

「……貴方は長く共に過ごしてきたこの私よりも、この殺し合いで初めて出会った付き合いの浅い人物の方を信じると言うのですか?」

焦りながら、ゼルダは引き下がらない。ここでクロノが白だと断じられては、リーバルの飛行速度ですぐにでもハイラル城に向かわれ、クロノ、ダルケルと合わせた3人を敵に回すこととなる。
敵と仕立て上げるのが知らない相手だったからこそダルケルを丸め込むことができたが、相手がよく知る英傑であればミファーやリンクの説得とて難しいだろう。

だからこそ、口調が喧嘩腰になりつつもゼルダは応戦する。

「フッ……笑っちゃうね。共に過ごしてきた、だって?こりゃ傑作だ。百年前の話だろ?」

だが、口先で戦うのであれば――それは元よりリーバルの独壇場であった。

「百年も経てば人は変わるさ!僕と君に、かつての信頼関係なんて完全には残ってはいない。」

根拠は薄くともクロノは無罪でなくてはならない。マールディアの尊厳をも貶めるのは――リーバルのプライドが許さない。

マールディアというリーバルの地雷を、ゼルダは無自覚に踏み抜いたのだ。

169虚空に描いた百年の恋(前編) ◆2zEnKfaCDc:2020/03/19(木) 02:03:14 ID:Oxg5bfcs0
「ほんっと、愚の骨頂だよね――」

しかし、忘れてはならない。
地雷を持つのはリーバルだけではないということを。

ゼルダもまた、特大級の地雷を抱えていた。

「――君はいつまで百年前に囚われているんだい?」

そして同じく無自覚に――リーバルはそれを踏み抜いた。

「ッ……!うるさい!!」

刹那、銀色の閃光が走る。
瞬時に、蒼い影が後方へ跳ぶ。
同時に、紅い鮮血が舞い散る。

「あれ?怒ったのかい?本性、現したね。」

「……。」

次に聴こえたのは、胴から血を流しつつ嗤うリーバルの声。相対するは、血に塗れた短刀をいつの間にか逆手に構えていたゼルダ。

「リーバル!大丈夫!?」

「勿論さ。あんなのに殺される僕じゃない。でも――」

何が起こっているのかをいち早く察知したベロニカは、リーバルの隣に付いてゼルダ達と対峙する。リーバルが反射的に下がったことで、心臓に刃を突き立てられる事態は避けられたらしい。

「――刃を向けられたからには僕も看過できない。」

リーバルは真っ直ぐにゼルダを睨み付け、アイアンボウガンを手に取って木の矢を装填する。それは『殺し合い』の開始を告げる合図であった。


(私としたことが、頭に血が上りすぎましたね……。でも……!)

『――君はいつまで百年前に囚われているんだい?』

でも、許せないんだ。私の願いを、私の生きる糧を、真っ向から否定するその一言だけは。


ゼルダの本性をいち早く察知できたリーバル。
怒りに任せた無謀な奇襲には失敗したが、元より殺し合いを勝ち抜くために様々な状況を想定していたゼルダ。
リーバルに一歩遅れを取ったが、こちらが身構える前に襲いかかって来る敵との実戦経験は多々あるベロニカ。

この時、三者はそれぞれが自分なりの現状の把握を終えた。

しかしたった一名。この場には状況を即座に理解できなかった者が存在していた。

「なあ……!一体どうしちまったんだよ!」

言うまでもなくそれはレッドである。
シロガネ山に籠る前から、悪の組織ロケット団と戦いを繰り広げてきた彼は、人の悪意というものに鈍感なわけではない。
ただし、彼の経験してきた戦いはすべて『ポケモンバトル』であった。そんな彼にとって、人が武器を用いてポケモン(リーバル)を襲う光景、それは常識を優に逸脱したものであったのである。

また、リーバルもベロニカも状況を把握し損ねていたひとつの要因があった。二人にとっては未だ、ゼルダと行動を共にしていたレッドも警戒対象であったということ。

これらの要因により、全員が全員、次のゼルダの行動に遅れを取ってしまうこととなる。

170虚空に描いた百年の恋(前編) ◆2zEnKfaCDc:2020/03/19(木) 02:04:36 ID:Oxg5bfcs0
リーバルがボウガンに矢を装填する僅かな間を狙って、ゼルダは即座に走り出す。

「っ……!しまっ……」

逃げ出すにしては方向が見当違い。一瞬の思考の後、その意図にいち早くベロニカは気付く。しかしそれを阻止する手段は詠唱を必要とする呪文のみ。

「――動かないでください。」

結果、ベロニカも間に合わない。
レッドの首元に、アンティークダガーが突き付けられるという状況が作り出されてしまった。

「この、卑怯者……!」

「ええ、お察しの通りです。レッドは味方ではありません。騙して利用していただけですわ。」

ベロニカは唇を噛む。
悪でない者を悪と騙り、第三者と敵対させる手口。悪魔の子と見なされて苦しんできたのは他でもない、自分たちなのに。
同時に、思い出した 。ゼルダに関わって死んだ男グレイグの行いが、マナの放送で『空回り』と称されていたことを。
彼もまた、ウルノーガにそうされていたようにゼルダに騙されてクロノと戦わされたのかもしれない。

だとしたら、許してはいけない。
人の正義感につけ込むやり口を。人を殺し合わせ、その影で嘲笑う卑怯者の存在を。

「くっ……!離してくれ!姫さん!!」

「おっと。」

「っ……!」

この状況下で暴れる勇気は無くとも、せめて対話を――そんなレッドの思惑を真っ向から否定するかの如く、アンティークダガーを握った手に少し力を込める。レッドの首に刃が食い込み、ぽたり、と血が流れると同時にレッドは口を閉じた。

「貴方は黙っていてください。次はありませんよ。」

リーバルとベロニカの動向に意識を向けなくてはならない今、レッドの言葉にまで注意する余力は無い。支給モンスター、ピカへの指令を封じるのは必要な今、発言そのものを封じるのが最も効率的だった。

「姫……君は自分のやっていること、分かってるのかい?」

リーバルが問い掛ける。
それしか方法は無かったとはいえ、特に彼らと親交の深いわけでもないレッドを人質とするのは少し不安だった。しかし、やはり英傑かくあるべしということか。善意の少年を見殺しにできる性根は持っていなかったようだ。

「ええ、分かっています。貴方と交渉をする、最も手っ取り早い方法ですわ。」

――それならば。貴方の英傑としての資質、存分に利用させていただきましょう。

171 ◆2zEnKfaCDc:2020/03/19(木) 02:05:25 ID:Oxg5bfcs0
以下、後編になります。

172虚空に描いた百年の恋(後編) ◆2zEnKfaCDc:2020/03/19(木) 02:06:43 ID:Oxg5bfcs0
「……要求を言いなよ。」

「そうですね……ひとまずはそのボウガンを私の前に投げ捨てなさい。」

「……分かった、従うよ。」

歯を食いしばって、ゼルダの要求に従うリーバル。その様子を見ていられなくなったベロニカが口を開く。

「ひとつ、警告しておくわ。」

リーバルの投げ捨てたアイアンボウガンを拾おうとしたゼルダの動きがピタリと止まる。所詮負け犬の遠吠えであろうと半ば侮りつつも、注意を向ける。

「その子は確かに人質だけど、アンタにとっては唯一の命綱でもある。アンタがその子を殺した時は、あたしは即座にありったけの呪文をぶつけてやるわ。」

「……!」

一見挑発とも受け取れる警告――もとい脅迫。しかしこの言葉ひとつでゼルダの行動はかなり限られる。
人質とは、一人を不自由無く殺せる状態にある場合にのみ機能する。しかしこの状況下。レッドを殺した場合、リーバルとベロニカの武力制裁から逃れる手段がゼルダには残らず、さらに無力な少年を殺した手前、二人の手心すら期待できない。

また、所謂奉仕マーダーであるミファーなどとは異なり、ゼルダの目的は願いの成就である。
つまり優勝できない――つまり自分が死ぬのであれば、他者を殺すことは根本的に無意味である。元々ゼルダは正義の側に立つ人物。『自分の願いが叶わないのであれば誰も殺したくない』と思うのは当たり前の思考。

筋道だてて考えれば、ゼルダにレッドを殺す理由は無い。それはリーバルもベロニカも理解している。

それでもレッドがギリギリ人質として機能しているのは、単にリーバルとベロニカがレッドを見捨てる選択肢を取れないタチであるからに他ならない。ゼルダがレッドを殺せないと分かっていても、万が一を考えゼルダに従う。それで自分たちの身が危険に晒されることとなっても、だ。これは両者がすでに死んだ身であり、レッドに比べて自分たちの命の優先度なるものを下げて考えてしまう、ネガティブな思考形態にも由来していた。

そして、レッドの人質としての価値がそれだけ不安定な状態である今、ゼルダにとって最優先すべきはレッドをいつでも殺せる状況の確保である。レッドを殺してもリーバルとベロニカからの武力制裁を受けない状態――すなわちリーバルとベロニカを武力で上回る状態。そのため、手始めにリーバルのアイアンボウガンを捨てさせた。

そしてここで、ベロニカの警告に意味が生まれるのだ。

リーバルのアイアンボウガンと違い、ベロニカの呪文は『武装解除』が不可能である。仮に『魔力を使い切るまで呪文を空撃ちしろ』と要求しようとも、ゼルダにはベロニカの魔力が空であることの確認ができない。それは悪魔の証明に他ならない。

173虚空に描いた百年の恋(後編) ◆2zEnKfaCDc:2020/03/19(木) 02:10:00 ID:Oxg5bfcs0
つまりベロニカの警告は、ゼルダの想定していた次の一手を明確に潰すものであった。
かといってレッドを殺すこともできないゼルダはいかにベロニカの呪文を封じるかに思考をシフトする。

目の前に落ちているアイアンボウガンでベロニカを撃つか?否、ボウガンを撃つには両手を用いなくてはならない。アンティークダガーを手放した瞬間レッドは自分の元を離れるだろう。そうすればボウガン1本でリーバルと、呪文を扱うベロニカ。さらにはレッドが操るピカをも相手にしなくてはならなくなる。

では、リーバルに一旦アイアンボウガンを返却して、ベロニカを殺させるか?否、殺せないレッドを人質に取っている地点でこちらは不利を負っている。武装解除ならば従わせることも可能かもしれないが、ベロニカの命を差し出させるほどの手札を自分は持っていない。

(――仕方ない、ですね。)

自分が手にするか、リーバルに使わせるか。用途が上手く定まらないアイアンボウガンを拾うことを一旦保留する。

レッドを殺せず強気な交渉がしにくい今、ベロニカの呪文を封じるのは現実的ではない。

が、目的達成の手段は敵の戦力を削ぐことだけではない。
自分の持つ戦力を増やすこと、それもまた必要だ。特に、この場を乗り切ってもここにいる三人と、そこから情報が波及した人物の協力は望めそうにない。

(とりあえず……あれを返してもらいましょうか。)

そこで戦力の補給のため、ゼルダはアンティークダガーを突きつけたまま、片手でレッドのポケットを漁る。

現在レッドは2個モンスターボールを持っているはず。
ひとつは今もボールから出ているピカチュウの『ピカ』のもの。
もうひとつは私が預けている、瀕死のキリキザンの『ナイト』の入ったものだ。

これらふたつのボールを回収できれば、この場を切り抜けた後も最悪ひとりでも戦えるだろう。

片手しか使えない都合上作業が滞ったものの、ナイトの入ったボールは回収できた。

ピカはモンスターボールに入れる習慣が無いのか、デイパックにしまい込んでいるらしく見つからない。片手だと面倒だが、レッドのデイパックを漁る必要があるようだ。


「――!?」


様々に思考を張り巡らせるこの時、唐突にゼルダの背筋に悪寒が走る。自己に迫る危機を、本能的に察知したのかもしれない。

その本能の示す先に目を向ける。そこには、完全に想定外の存在――ピカが全身に電撃を纏ってゼルダに全力の殺気を向けている光景だった。

支給されたポケモンは所有主の指示無しには動かない。レッドの発言を封じているからと、レッドの支給品に過ぎないピカはゼルダの注意対象から外れていた。それは油断でも気の緩みでもなく、自身の情報認識の限界を考慮した上での的確な情報の取捨選択であるはずだった。

ゼルダの誤算は、たったひとつ――されどそれは致命的な失敗。
それはピカとレッドの間の『絆』を知らなかったということ。
ピカを奪おうとすることはレッドにとって、これまた地雷であった――それを踏んだ組織ひとつが壊滅に追い込まれたほど、強力な。

174虚空に描いた百年の恋(後編) ◆2zEnKfaCDc:2020/03/19(木) 02:13:05 ID:Oxg5bfcs0
(ピカ……!)


モンスターボールの制約によりレッドの指示がないと動けないため――また、動けたとしてもレッドが人質に取られているため――やむを得ず待機せざるを得なかったピカに対し、レッドは目配せした。
ゼルダがデイパックに気を取られている今、レッドの目線などに注意を向ける余力は無い。

とはいえ、いくら長く連れ添ってきたパートナーであってもアイコンタクトのみで100%意思疎通をすることは不可能。

それでも――


(俺ごと撃て……!!)


――覚悟を決めたその眼から、最低限の『命令』を、ピカは読み取ったのである。


「――!?」


レッドと、レッドを捕らえたゼルダに向けて。世界最強のピカチュウによる10まんボルトが襲い掛かる。

指示をした形跡すらもゼルダに見せない一撃に最適な反応などできるはずもなく。ゼルダはレッドの首からアンティークダガーを離し、大胆なバックステップでそれを回避する。
対象を失った電撃はされど止まらず――やむ無く矛先とされたレッドの身、ただひとつに降り注ぐ。もちろん実際に10万Vもの電圧が流れるわけではない。しかしそれでもそう喩えられるに相応しいだけの威力の電撃。それが一人の人間でしかないレッドの全身を駆け巡る。

「よく……やった……ピカ……!さすが、俺の……」

パタリと糸が切れたかのように、未だ幼い少年はその場に崩れ落ちる。


さて。10まんボルトを逃れたゼルダだが、それは同時に唯一の命綱を手放したということに他ならない。リーバルもベロニカも、ここが好機と――そして何より我が身を犠牲にしてまでゼルダの隙を作り出したレッドの想いを無駄にしてはいけないと、それぞれ動き出す。
リーバルはゼルダの足元のアイアンボウガンに向け、大地を蹴って低空飛行で加速する。
ベロニカは魔力を練って攻撃呪文を準備する。
レッドを殺した手前、手心は期待できない。先の予測は実際にゼルダに牙を剥いた。

対するゼルダ。レッドが人質として機能しなかった場合とて、最悪のパターンとして想定済み。最後の一手を使う準備は元より怠っていなかった。

バックステップで下がりつつ、グレイグから奪った『支給品』を、この後に及んでは惜しむことなく大地に叩きつける。

アイアンボウガンとほぼ同じ位置に叩きつけられたその支給品の正体は、『ケムリ玉』。
着弾と同時に発せられた白い煙が、リーバルとベロニカの視界からゼルダを消失させる。

175虚空に描いた百年の恋(後編) ◆2zEnKfaCDc:2020/03/19(木) 02:13:58 ID:Oxg5bfcs0
「そんなので……逃げられると思っているのかい?」

ケムリ玉を視認すると同時、リーバルは右腕を天空に掲げ、勢いよく振り下ろす。
その所作ひとつで、その場に強力な上昇気流が巻き起こった。
リーバルの猛り(リーバル・トルネード)。弛まぬ努力の果てに身に付けた、英傑リーバルの奥義である。視界をケムリ玉の放出する煙が塞ぐと言うのなら、ケムリ玉ごと上空に吹き飛ばせばいい。
同時にアイアンボウガンまでもが天空に打ち上がり、装填していた木の矢も外れてしまうが、それによるタイムロスはせいぜい数秒だ。ゼルダを見失うリスクに比べれば甘んじて受けよう。

単純にして明快な理屈で放たれた『リーバルの猛り』によって、ゼルダの居場所は次第に顕わになる。


「絶対、逃がさないわよーッ!!メラミーーーッ!!」

ゼルダの姿を確認したベロニカは、殺さない程度の『手心』は見せつつも、相応の怒りを込めて火球を撃ち出す。

火球が着弾する直前。ゼルダの周りに微かに残っていたケムリ玉の煙が完全に消え、ゼルダの現状がハッキリ視認できるようになる。そしてゼルダの現状の全貌が明らかになった瞬間、ベロニカは絶句した。

「キ……キリィ…………」

「え、なに……あれ……!? 」

火球は、ゼルダを庇うようにして立っていた――否、『立てられていた』と言うべきか――ひとつの影に着弾していた。

「やっぱり、私の騎士は貴方だけです……ナイト。」

それはレッドが持っていた、瀕死のキリキザン。ケムリ玉で視界が塞がれている間に盾として配置していたのだ。
ただでさえ瀕死の大怪我をしているナイトに、さらに上乗せされた『こうかばつぐん』の火球。風前の灯火だった最後の命が焼き尽くされつつも――古の大賢者の直系の子孫にしてラムダの大魔導師、ベロニカの攻撃呪文からゼルダを守り抜いた。


【キリキザン@ポケットモンスターブラック・ホワイト 死亡確認】

176虚空に描いた百年の恋(後編) ◆2zEnKfaCDc:2020/03/19(木) 02:16:28 ID:Oxg5bfcs0



(不覚……!あたしとしたことが、罪もない子を巻き込んでしまうなんて……!)

ベロニカは拳をわなわなと震わせる。

自分は一度死んだ身。マールディアのような、生きていたい誰かの生をこの手で奪うなどあってはならないのに。

考慮に入れておくべきだった。
瀕死のモンスターを盾にしてでも、逃げようとすることを……

(――いや、違う。)

この時、ベロニカは気付く。
キリキザンの後ろで、ゼルダは逃げる姿勢を見せていないことに。
そう、ゼルダがケムリ玉を使った意図は煙に乗じて逃げるためでも、ナイトという盾を隠すためでもなかったのだ。

「リーバル、危ないッ!」

本当の狙いは、ケムリ玉を吹き飛ばすためにリーバルの猛りを使わせ、上空に飛んだアイアンボウガンを手にするまでの数秒間を稼ぐため。そして、その間にナイトを配置するのに加えた、もうひとつの動向を探られないようにするためである。

キラリ、と。死んだナイトの身体の隙間から不穏に煌めく光に、アイアンボウガンを手にした瞬間にリーバルは気付く。

(あれは――雷の矢……!そして……オオワシの弓……!?)

やはり弓矢に最も精通したリト族の英傑、リーバル。その光の正体をすぐに見破った。しかし、だからといって時すでに遅し。何らかの対処法があるわけではない。

「最初から狙いは貴方だけですよ、リーバル。」

倒れているレッドはもちろん、ベロニカ相手であっても最初の呪文さえ防げば詠唱の隙をつけば体格差に任せ、走って逃げることは可能。ただこの場からの離脱において最大の障害となるのは空を最速で翔けるリーバルである。

既にゼルダは矢を引いている。
木の矢の装填から始めなくてはならないリーバルには止められない。

勝負を決したのは目的の違いだった。いかにベロニカとレッドが死なないよう護りながらゼルダを止めるを考えていたリーバルと、いかにリーバルのみを排除するかばかりを考えていたゼルダ。
両者の思惑は決定的に、ゼルダにとって都合よく噛み合っていたのである。

そしてゼルダが雷の矢から手を離すその直前。


「――ピィ……カァ……」


ゼルダに向かって一直線に飛んでくる影がひとつ。

「ヂュウウウ!!」

突撃してきたピカの尾から伝わる『でんじは』が、ゼルダの全身を包み込む。

(またこのポケモン……!?どうして……所有者であるレッドは先ほど倒れたはず……。命令など下せるはずもないのに……!)

ゼルダは考えるも、すぐにその無意味さに気付き思考を放棄する。何が原因であろうとも、ピカがレッドが倒れてもなお動く現実は変わらない。

しかし理由は単純明快。
10まんボルトを受けてもなお、レッドは意識を失うことなくピカに命令を下した、ただそれだけである。

レッドの身体は確かにいち人間の域を出ない。しかし、一般的な人間の域は優に超越している。
レッドはその身ひとつで全国を旅して回り、悪の組織を壊滅にまで追い込んだ――さらにはチャンピオンですら手を焼くほどの野生のポケモンがゴロゴロいる禁足地、シロガネ山をも踏破するに至った人間である。
その肉体たるや、相棒の電撃ひとつで意識を失うほどヤワでは無い。

177虚空に描いた百年の恋(後編) ◆2zEnKfaCDc:2020/03/19(木) 02:17:09 ID:Oxg5bfcs0
不意のでんじは混じりのタックルに姿勢を崩したゼルダは懐からアンティークダガーを取り出し、握る。
そしてなお我が身に張り付くピカに向けて――真っ直ぐに振り下ろした。突き立てられた鋭利な刃先がピカの身体から鮮血を散らす。

「ああっ……!ピカァーー!!」

レッドの叫び声も虚しく、ピカはその場に倒れ込んでゼルダはピカの阻害から解放される。
そしてでんじはとピカの特性『せいでんき』によって麻痺して上手く動かない手先で、再びオオワシの弓を引こうとするも――貴重な時間の大部分をピカへの対処に費やしてしまったゼルダは、すでに手遅れであった。

「悪いね、姫。」

狙いを定めようと、何とか前を向いたゼルダを待っていた光景は、すでにボウガンを此方に向け、複雑な感情の入り交じった形相を見せるリーバルの姿。

「君は道を間違えたんだ。」

彼の自尊心を散々に凌辱し、無力な少年を人質に取るという卑劣な策を弄し、挙句の果てに少年の持つポケモンに刃を突き立て……そして現在進行形で雷の矢を放たんとしているこの状況。ここでリーバルがゼルダに気心を加える余地など有りはしない。
また、ナイトを盾として消費した。リーバルに攻撃できる唯一の瞬間をピカへの攻撃に使った。そんなゼルダに、もう残機は残っていない。

アイアンボウガンから発射された、1本の木の矢。
それは真っ直ぐにゼルダへと飛んで行き、オオワシの弓を引く暇すら与えずに額を撃ち抜く。

178虚空に描いた百年の恋(後編) ◆2zEnKfaCDc:2020/03/19(木) 02:18:29 ID:Oxg5bfcs0








――そうなるはずだった。


弓矢の名手にしてリト族の英傑、リーバルが確かな殺意を込めて放った矢は。


狙いを定め、真っ直ぐ、ただ真っ直ぐに放った矢は。


――本来の狙いである額を大きく逸れて、ゼルダの『右肩』に命中した。

「……!?」

リーバルが矢を放ったことを認識した瞬間に自分の死を確信するも、自分が生きていることに疑問を覚えるゼルダ。
しかし考える暇は無い。顔を上げたゼルダを待っていたのは、リーバルが再び木の矢を装填している光景。

与えられた、時間にして数秒にも満たないほんの僅かな時間。

迫るタイムリミットへの焦りが早く撃てとゼルダを急かす。
しかし撃たれた肩は上がらず、でんじはの麻痺も残っている。
ふらふらと、狙いもロクに定まらないその手で、もはや本能的に弓矢を引いた。

そんな状態で放った矢がリーバルに届くはずもなく。文字通り的外れの方向に放たれた、たった一発の射撃。本来、当たる確率はほぼ皆無の一撃。しかし弓の魔力がその矢を三本に分かつ。僅かでしかない確率を三倍にまで引き上げる。 その内の、右端の一本。運命に導かれたかの如き射線を描いたその一本が。


「――えっ…………!」


後方に位置していた、一人の少女の心臓を貫いた。矢に込められた電気の魔力が、穴の空いた心臓の機能を一瞬で停止させ――言葉を言い残す余裕すら与えず、その命を奪った。


「……!!ベロニカ……!!」


力無く倒れゆく、一人の少女。
その姿が、厄災ガノンに奪われたガーディアンによって撃ち抜かれた罪なき人々の姿と重なる。

「くっ…………クソォォォォ……!!」

自分の無力を、戦いの敗北を、この上なく悟ってしまったあの日の光景――今とめどなく溢れる感情も、あの時と同じだ。


怒りのままに矢を引く。
悲しみのままに手を離す。

二度目は無かった。
一本の矢は皮肉なほどに綺麗な直線を描き、今度こそゼルダの額を貫く。

(ああ、終わりですのね。)

最初は血の色に変わったはずの世界から、次第に色まで抜け落ちて消えていく。その中に貴方の色が入り込む余地なんて無いと、思い知らされたようで。

……いいえ、違いましたね。
私を救ってくれた貴方の手を取らなかったのは、私の方。

だから消えるのは私。
それはきっと、当然の帰結。

それが在るべき結末だと、頭では納得しながらも。

(でも……それでも……もう一度、貴方に……逢いたい……)

願い虚しく現実は終わって。百年に渡り厄災を封じ込め続けたハイラルの王女はそっと、目を閉じた。


【ベロニカ@ドラゴンクエストXI 過ぎ去りし時を求めて 死亡確認】

【ゼルダ@ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド 死亡確認】

179虚空に描いた百年の恋(後編) ◆2zEnKfaCDc:2020/03/19(木) 02:20:56 ID:Oxg5bfcs0




冷たい風が吹き抜ける中、僕は死んだベロニカに駆け寄るわけでも、死んだゼルダに駆け寄るわけでもなく、ただただ虚空を見つめていた。

あの一瞬。
ベロニカが、レッドが、ピカが、繋いだバトンの先。ゼルダを止められるのは僕だけだった。

それを僕は、外した。
弓矢の威力では限界があるウィリアム・バーキンのような敵であれば、僕が引けを取るのもまだ分かる。

でも今回僕が失敗したのは、よりにもよって射撃の精度を要求される場面。

そして、その結果がこの喪失さ。
ベロニカの命――マールディアが命を賭して護った命が――無意味に散ったんだ。ベロニカの仲間の行方を明らかにするとの約束も守れなかった。

蔑むといいさ。
ハンター。ベロニカをイシの村まで送るという君に与えられたクエストを僕は果たせなかったんだから。

怒るといいさ。
カミュ。君の大切な仲間を僕は護れなかったんだから。

怨むといいさ。
マールディア。ベロニカだけでなく君の死まで、無意味なものに貶めてしまったんだから。


背後で、のっそりと起き上がる影が在った。
それがベロニカであったなら、どれだけ報われるだろうか。
ギリギリで急所を外してたとか、肉体が完全に死亡する前であれば生命活動を維持できるミファーの癒しの力のような何かで蘇ったとか。そんな奇跡が起こっていたなら、どれほど――


――まあ、分かってたよ。

リーバルの期待も虚しく、起き上がったのは当然、レッドであった。全身を電撃に焼かれたことなど意にも介していないような顔をして、ぐったりと倒れたピカへと近付き、抱き上げる。

「……ピカ。ごめんよ……俺が……俺が未熟なせいで……!君を傷付けてしまった……!」

「ピィ……カ……。」

「待っててくれ……すぐに治療できるところに連れていくから……!」

アンティークダガーに貫かれたその小さな身体は見た目以上に鍛え抜かれているらしく、レッドに心配をかけまいと懸命に声を絞り出し返事を返していた。レッドは避難のため、ピカをモンスターボールに入れる。

「……キリキザン。埋葬もできなくてごめん……。」

そしてレッドが次に向かったのは、キリキザンの遺体の下であった。
ポケモンの死――レッドにとってそれは、直接立ち会うのも初めてではない。
元の世界にはポケモンタワーという死んだポケモンを埋葬する施設があった。だけど、ここにはそんな施設は無い。この世界では死者を弔うこともできないのに、次々と人が、ポケモンが、死んでいく。

「全部終わったらきっと、ポケモンタワーに連れていくよ……。」

足元の、キリキザンが入っていたモンスターボールを拾い上げる。野生のポケモンを捕まえられる空のボールを探していたが、こんな形での入手など望んでいなかった。


「――嗤えよ。」

一人、前を向けているレッドの様相が気に食わなくて、気が付けば僕は、ただの自嘲に彼を巻き込んでいた。はは、我ながら本当に格好悪いね。

「わざわざ姫を焚き付けておいて、結局何もできなかった僕を嗤えばいい。」

責められたら満足かい?
それとも、優しい言葉を掛けられたら救われるのかい?


「――笑わない。」


違う。違うね。
どっちも僕を満たすには程遠い。
今の僕を満たす言葉なんて、過去と未来、ありとあらゆる言葉の海を探し求めても存在しないだろうさ。
ただ、これだけは言える。


「俺は絶対に、アンタを笑わない……!」


レッドの返答は、そんなありとあらゆる言葉の海の中でも最も、僕の気に触る一言だろうと。

180虚空に描いた百年の恋(後編) ◆2zEnKfaCDc:2020/03/19(木) 02:23:57 ID:Oxg5bfcs0
レッドは西へ向けて歩き出した。
一緒に来ないかと誘われたが、そんな気分になど到底なれず、無視で返す。僕はまだ前には進めない。ひたすらに何も無い空を見上げ続けている。


――あの一撃を外した理由なら、幾つか考えられる。

例えば、アイアンボウガンが使い慣れていない武器だったということ。
例えば、アイアンボウガンと一緒に空中に飛ばしたケムリ玉の煙が空中の視界を一部とはいえ塞いでいたということ。
例えば、主催者によって蘇らせられた際に百年前の全盛期の動きが失われていたかもしれないということ。


――はっ、馬鹿馬鹿しい。

思い浮かんだ様々な言い訳の全てを一笑に付した。
どれもこれも、僕の射撃の精度を鈍らせるには足りない。全ッ然足りないさ。

あの瞬間、僕を妨げたのは――



(――この大地に棲む生きとし生けるもの全てを厄災の魔の手から護らなければなりません……。)

百年前、英傑にスカウトされた時の姫の言葉が反芻される。
そしてそれは今だけではなく。
この百年の間にも、何度も、何度も――


(――君はいつまで百年前に囚われているんだい?)


ああ……本当にね、と。先の自分の一言を思い返し、小さく呟いた。

君は知らなかっただろうね。
僕はさ――好きだったんだよ、君のこと。


【B-3/平原/一日目 午前】

【リーバル@ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド】
[状態]:健康、様々な感情
[装備]:アイアンボウガン@クロノ・トリガー
[道具]:基本支給品、召喚マテリア・イフリート@FINAL FANTASY Ⅶ、木の矢×2、炎の矢×7@ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド
[思考・状況]
基本行動方針:……。


※リンクが神獣ヴァ・メドーに挑む前の参戦です。

【レッド@ポケットモンスター ハートゴールド・ソウルシルバー】
[状態]:全身に火傷 疲労(大)、無数の切り傷 (応急処置済み)  
[装備]:モンスターボール(ピカチュウ)@ポケットモンスター ハートゴールド・ソウルシルバー、ランニングシューズ@ポケットモンスター ハートゴールド・ソウルシルバー、モンスターボール(空)@ポケットモンスター ブラック・ホワイト
[道具]:基本支給品
[思考・状況]  
基本行動方針:こんな殺し合い止める。
1.ピカを治すために、Nの城へ向かう。
2.野生のポケモンを捕まえる。
[備考] 支給品以外のモンスターボールは没収されてますが、ポケモン図鑑は没収されてません。

※シロガネやまで待ち受けている時期からの参戦です。


【備考】
オオワシの弓@ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド がゼルダの遺体の隣に落ちています。
グレートアックス@ドラゴンクエストXI 過ぎ去りし時を求めて がゼルダのデイパックに入っています。

ベロニカのランダム支給品(1〜2個)がベロニカのデイパックに入っています。


【モンスター状態表】

【ピカ(ピカチュウ)@ポケットモンスター ハートゴールド・ソウルシルバー】
[状態]:HP 1/3 背中に刺し傷
[特性]:せいでんき
[持ち物]:アンティークダガー@Grand Theft Auto V(背中に刺さっています。モンスターボールに入った際に抜けたことにしても構いません。)
[わざ]:ボルテッカー、10まんボルト、でんじは、かげぶんしん。
[思考・状況]
基本行動方針:レッドと共に殺し合いの打破

181虚空に描いた百年の恋(後編) ◆2zEnKfaCDc:2020/03/19(木) 02:24:47 ID:Oxg5bfcs0


これは、この殺し合いが開かれなかった場合のもしもの話。
或いは、死の間際にゼルダの見た最期の、幸せな夢。


「私のこと・・・覚えていますか?」


ええ、答えなんて分かっていました。回生の祠で眠る百年で貴方は記憶を亡くしたのだから。

貴方は何も答えない。
ただ無言で俯いて、気まずそうな表情をこちらに見せまいと振る舞うだけ。

……でも、それなら貴方はどうして助けに来てくれたのですか。

そう問い掛けたくて……しかし口にはしなかった。

答えなんて決まっていたから。
貴方がそう役割付けられていたからでしょう。厄災ガノンを倒すことができるのはシーカーストーンを操れる貴方だけだったから。

力に目覚めた私は厄災ガノンを封じ込めていたから、厄災ガノンを倒すついでに助かっただけ。私が『役立たずの姫』のままであったなら、きっと貴方は来ていない。

――それなら、貴方はお父様と。私を役立たずと罵る国民の皆様と、同じじゃないか。

『貴方』はそうではなかった。
『貴方』は私が力に目覚めなくても、最後の最後まで襲い来るイーガ団から、魔物たちから、ガーディアンから、私を護ってくれた。

「――貴方は私が恋したリンクじゃない。」

だから私は、貴方を拒んだ。
だから私は、『貴方』を取り戻す道を選んだ。

私は貴方の下から去った。
もう二度と、『貴方』が帰って来ないのだと分かってしまったから。

そしてたった一人、道を歩く。
百年ぶりに見た世界とはいえ、地形などが大きく変わっているわけでもなく、大まかには百年前とまったく同じ景色。

街と街を繋ぐ整備された道、これも百年前と同じだ。
どうせ今日も無駄なのだと半ば不貞腐れながらも真っ直ぐに知恵の泉に向かって、終われば真っ直ぐハイラル城へと帰る、そんな繰り返しの毎日は今でも思い出される。

だけどその時、不意に気付いた。
百年前とは何かが違うと。

ああ。
もう城への最短ルートであるこの道じゃなくても良いん だ。
森に寄り道してリンゴ狩りに勤しむも、海で魚取りに勤しむも、とにかく、自由なんだ。

ふと、道を外れて小さな丘へと足を運んだ。
それは些細な――されど使命に追われていた百年前には決して許されなかったであろう寄り道。

ハイラルの王女として厄災封印の力に目覚めるための修行。
厄災ガノンに抵抗するための遺物研究。
自身を縛っていたそんな使命から解放された私は――


(ああ、そうか。)


丘から見えたのは、限りなく広がる世界。
二度とブラッディムーンの登らない空は、海のように蒼く冴え渡り。魔物の消えた平原は、目を凝らしても果てが見えない。
道行く人々は、誰も武器すら持たずに屈託の無い笑顔を見せる。


――この時初めて、世界の広さを知った。


全てが終わって改めて見たハイラルは、一人で歩むにはあまりにも広大すぎた。

(これが、貴方の冒険してきた世界なのですね。)

きっと、貴方にとってもそうだったのでしょう。この見渡す限りの世界の命運を一人で抱え込むなんて荷が重すぎる。

百年前の私は、この世界の広大さを知らなくても使命に押し潰されそうになっていたというのに。記憶も無いのに唐突に使命だけ告げられて、どうしてここまで戦うことができたのですか。


……信じてもいいですか。

例え冒険の始まりに私の記憶は無かったのだとしても、どこまでも広がる世界を共に担う私が、貴方の中のどこかに居たのだと。『ハイラルの王女』でも『厄災を封じる姫』でもない私が、途方もない世界を旅する貴方を支える糧となってくれていたのだと。



「――ゼルダ……!」

その時、生命の息吹く声に混じって聞こえた。
『姫』ではなく、私の名前を呼ぶ声が。
高鳴る鼓動を抑えつつ、私は振り返る。

『貴方』はもういない。
貴方の中に百年前の私はもういない。

けれど貴方の中に、他でもない、今の私がいるのならば。

「リンク……!」

私たちはきっと一からやり直せる。

新たに紡ごう。百年前には紡げなかった、私たちと、私たちを取り巻く生命の息吹が織り成す伝説を――――

182 ◆2zEnKfaCDc:2020/03/19(木) 02:25:18 ID:Oxg5bfcs0
以上で投下を終了します。

183名無しさん:2020/03/19(木) 20:32:59 ID:nEfyZ0fQ0
投下乙です
ゼルダとリーバルの百年前に囚われていた故の悲劇がただ悲しい

184 ◆2zEnKfaCDc:2020/04/14(火) 01:39:06 ID:U1nSNNg60
ゲリラ投下します。

185嘗テ思イ描イタ夢ノ誓イ ◆2zEnKfaCDc:2020/04/14(火) 01:41:21 ID:U1nSNNg60
「すみません。そのボール、貸していただけませんか?」

放送を間近に控えて歌うのを中断した星井美希に対し、モンスターボールを指差して要請する9S。周りにあるものの中で唯一、ハッキングできそうだと感じたのである。

「ん、いいよ。はい。」

承諾した美希は9Sにボールを手渡す。ハッキングする際にそれを手に取る必要性は無いが、他者の持ち物に勝手に触れることに抵抗を覚えたために許諾を得るというプロセスを踏む9S。そしてそういったやり取りの中で9Sはやっぱり人間のようだと感じる美希。

(かつては僕も、こんな風に誰かと……?)

相手のことを想い、歩み寄ろうとする現状にどことなく既視感を覚えつつも、9Sはモンスターボールを握り、念じる。そして次第に、意識が仮想空間へと吸い込まれていく。そんな9Sを待っていたのは──



『──ッ!?何だ、これは…………!』



四方八方をセキュリティシステムの役割を果たす『敵』に囲まれた光景であった。

(これは……何て険しいセキュリティなんだ……)

9Sのアクセスを検知するや否や、迎撃にかかるセキュリティシステム。突破が一筋縄ではいかないのは明白だった。

しかし、だからといって諦めるわけにはいかない。
これは殺し合いのために配られた支給品。つまり扱い方によっては人を殺せる道具であると考えられる。
そんな道具を、美希が使い方も分からないまま扱っていれば命にも関わる事故に繋がる可能性も否定できない。

(今度は……必ずハッキングを成功させてみせるッ!)

186嘗テ思イ描イタ夢ノ誓イ ◆2zEnKfaCDc:2020/04/14(火) 01:43:18 ID:U1nSNNg60






「なるほど、この生き物に司令を与える媒体ですか。」

モンスターボールのハッキングを終え、9Sはその機能を覗く。
本調子であればこのレベルのハッキングであっても、現実世界と電子世界の同時進行で戦うことができたのかもしれないが、今の9Sにはそこまで精密なハッキングはできそうにない。少なくともハッキングして電子世界で戦っている間の10秒ほどは無防備になるため、戦っている敵のモンスターボールをハッキングするのは現実的ではなさそうだ。

(さて。僕が操作するか、爆破するかの二通りを選べそうですね。爆破したらこの子は所有者無しの状態にでもなるのでしょうか……。)

9Sから見てもモンスターボールに用いられる技術力に多少は驚くものがあった。が、それよりも驚くべきことは、仕組みを解明しようとすれば9Sをも唸らせる小型装置を、専門知識など全く無い美希が正しく扱えている点であった。
高度な仕組みを作ることが難しいのは当然の摂理。しかし使用者が仕組みを知らずとも扱えるモノを作り出すとなるとその難しさは格段に跳ね上がる。

(――サイケこうせんを撃て。)

「……!むううん!!」

試しに外部の音声を認識する装置に情報を送り込む。
するとムンナことおはなちゃんは何も無い場に向けてその通りに攻撃する。

「面白い装置ですね。これ、僕がハッキングして扱えば僕の命令を聞かせることもできるようです。」

モンスターボールの仕組みに高揚感を覚える9S。しかし美希は少し悲しそうな顔で返す。

「でも、無理やり戦わせるのは可哀想だと思うな。」

「……確かに、そうですね。ごめんなさい、僕の配慮が足りなかったみたいです。」

己を咎める美希に、素直に謝罪する9S。
美希はこんな殺し合いに巻き込まれていいはずがない、優しい子なのだと実感する。

187嘗テ思イ描イタ夢ノ誓イ ◆2zEnKfaCDc:2020/04/14(火) 01:43:58 ID:U1nSNNg60


──そんなはずないだろ。


そして同時に。
そんな9Sの脳裏に、ふと何かが込み上げてきた。


──機--命体のくせに、悲しいはずが……


「──ぐっ!!」

突然、9Sは頭を抑えてうずくまり、美希が心配そうに駆け寄る。

「どうしたの?ナインズくん、すごく怖い顔してるよ?」

「申し訳ありません。何かを思い出しそうに……」

今、思い出しかけたものは何だ?断じて美希に対してのものでは無いが、それは憎悪と呼ばれる感情の類であったことは分かる。

だが、アンドロイドに感情などあるはずが無い。確かに、人類とのコミュニケーションに支障が出ないよう、人類が様々な状況で感じる感情に即した行動をプログラムしているのは確かだ。だがそれは、アンドロイドの感情とは呼べないはず。

『──感情を持つことは禁止されている。』

"感情"というキーワードからか、再びノイズ混じりの記憶がフラッシュバックする。

これは誰の言葉なんだ。
禁止されている?
それならばアンドロイドは感情が無いのではなく、規則によって無いように振る舞わされているだけなのか?

だったら一体、何のため?

……それを突き詰めていくと、何かを思い出せそうな気がする。



『ごきげんよう、みんな。殺し合い楽しんでる?』

9Sの欠けたピースの模索は、マナの放送の声に阻害された。
一旦記憶を掘り起こすのを中断し、放送に耳を傾ける。
いつの間にか、隣にいる美希が9Sの裾を掴んでいたことに気付く。

188嘗テ思イ描イタ夢ノ誓イ ◆2zEnKfaCDc:2020/04/14(火) 01:44:58 ID:U1nSNNg60

その名は、唐突に告げられた。


『天海春香』


「っ……!」

「……美希?」

一番初めの死者の名前が呼ばれた瞬間、美希の瞳からぼろぼろと涙が零れ落ち始めた。
それは掴みどころの無いマイペースな彼女と、歌っている時の可憐な彼女しか知らない9Sには想像もつかない一面であった。
そこにいたのは先ほどまで希望とやらに満ち溢れた歌を歌っていた彼女とは違う、一人のか弱い少女だったのだ。

「……大切な友達。呼ばれちゃったの。」

美術館という人工施設の中で、最初の一時間強は眠って過ごし、さらにその後もずっと歌っていた美希。殺し合いの世界に来てからの美希はずっと日常の延長上にいた。
しかし、だからといって心の準備ができていないわけではなかった。
春香が夢に出てきた時から、生物学では凡そ解析できそうにもない虫の知らせめいた何かがずっと胸の中にあった。

(ミキ、こういうの外したことないもんね……。)

だけど、それでも。予感があったことと悲しみに耐えられることはまた別である。
良き友人であり、共に高め合うライバルでもある春香の喪失を実際に突きつけられたことは、その予兆とは比べ物にならないくらい悲しかった。

「大丈夫。」

そんな美希の頭に、9Sはそっと手を乗せる。
もっと強いと思っていた女性が、思いがけずふと見せたか弱い一面──何て愛おしいのだろう、と。9Sは不謹慎ながらにそう思った。

「僕が、美希を独りにはしませんから。」

「ん……ありがと、ね。」

美希と9Sでは美希の方が少しだけ背が高く、頭を撫でるには少しぎこちなさが生まれる身長差である。そういった所作のところどころが、やっぱり人間らしく見える。

(どこかプロデューサーみたい……安心、するの……。)

美希にはその手が、きっと人間よりも暖かく、心地良いものなのだと思えた。

189嘗テ思イ描イタ夢ノ誓イ ◆2zEnKfaCDc:2020/04/14(火) 01:47:54 ID:U1nSNNg60
少なくとも、もうひとつの名が呼ばれ、その手の温もりが離れていったその時までは。


『ヨルハA型二号』


「ヨル……ハ……?」

自分と同じ「ヨルハ」の名を冠し、アルファベットと数字で構成された名前の人物。記憶の無い自分と関係のあるアンドロイドであるのは明らかだった。

「うっ……!」

「わっ……ナインズくん!?」

そしてその名を認めた瞬間、9Sは視覚システムにまでノイズを及ぼすほどの頭痛に見舞われる。
まるでハッキングされたかのように、意識が保てなくなり、次第に闇へと沈んでいく。
そして僅か数秒。9Sの意識が戻った時、美希の頭を撫でていたはずの手は美希の両手に包まれていた。

「良かった……気がついたみたい。」

美希と目が合う。
ありがとうございます。そんな言葉を発するつもりだった。しかし、9Sの口から零れたのは別の音声。

「彼女はどうして裏切ったのだろう──」

「え?」

「最初に在ったのは、そんな疑問。」

「ナインズ……くん?一体どうしたの?」

「裏切ったのは、---だろう?──疑問の答えとなる彼女の言葉は、思考回路に一抹の不安を残した。」

ふらふらと、美希へと歩み寄る9S。

「だから僕は無断でバンカーの中枢をハッキングして……そう、知ってしまったんだ。」

そして9Sはその肩を掴む。
困惑と、多少の赤面を見せる美希を真っ直ぐ見つめる。

「そう、僕は……人類(あなた)に会いたかった……人類(あなた)に、触れたかったんだ……!!」

先ほどの美希以上に涙を流し、その場に崩れ落ちる9S。それはこの世界で志半ばで倒れた、殺し合うはずだった敵に向けて語った夢。本来は叶うことのなかった、露よりも儚い夢。

190嘗テ思イ描イタ夢ノ誓イ ◆2zEnKfaCDc:2020/04/14(火) 01:48:51 ID:U1nSNNg60
「僕は、貴方を護ります。それがヨルハ(ぼく)の生きる証だから。」

9Sは誓いを立てる。
その様子を見て、美希は思う。
きっとその瞳の先に映っているのは自分ではないのだと。

(やっぱり……ナインズくんの過去は……)

天性の直感力など無くても分かる。ナインズくんが何か闇を抱えていたこと。記憶を取り戻すことが、必ずしも幸福な結末に繋がるとは限らないということ。

「安心して。」

分からない。
ナインズくんの記憶を取り戻すのが本当にナインズくんにとって幸せなことなのか。
過去を乗り越えることは必要なことかもしれないけれど、時にそれは前に進む気力すら奪ってしまう──ちょうど、千早さんがそうだったように。

「ミキも……ナインズくんを独りにはしないよ。」

すぐに出すことの出来ない結論を頭から遠ざけるように、美希はそう語りかけた。

【B-4/美術館の廊下/一日目 朝(放送直後)】
【星井美希@THE IDOLM@STER】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:基本支給品、ランダム支給品(0〜2個)
[思考・状況]
基本行動方針:自分にできることをする。
1.ナインズくんが記憶を取り戻す手伝いを……?


【ヨルハ九号S型@NieR:Automata】
[状態]:記憶データ欠如
[装備]:マスターソード@ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド
[道具]:基本支給品、ランダム支給品(確認済み、0〜2個)、モンスターボール(ムンナ)@ポケットモンスター ブラック・ホワイト
[思考・状況]
基本行動方針:記憶を取り戻す。
1.僕は一体何者なんだろう。


※Dエンド後、「一緒に行くよ」を選んだ直後からの参戦です。
※ゴーグルは外れています。
※記憶データの大部分を喪失しており、2BやA2との記憶も失っていますが、なにかきっかけがあれば復活する可能性はあります。
※元の世界で人類が絶滅していたことを思い出しました。
※まだ名簿は見ていません。


【ムンナ ♀】
[状態]:健康、ピンク色の煙を出している
[特性]:よちむ
[持ち物]:なし
[わざ]:あくび、サイケこうせん、ふういん、つきのひかり
[思考・状況]
基本行動方針:美希についていく。

※所有者は星井美希のままですが、モンスターボールをハッキング済みのため9Sがモンスターボールに情報を送ることで遠隔操作に近い指令ができます。

191 ◆2zEnKfaCDc:2020/04/14(火) 01:49:09 ID:U1nSNNg60
投下終了します。

192 ◆vV5.jnbCYw:2020/04/15(水) 01:09:19 ID:pf.gqiys0
投下乙です。
>虚空に描いた百年の恋
リーバルに君を守るって言わせておいて次の回でベロニカを殺すなんてあんたサイコパスだよ!
ゼルダも原作ではほとんど戦闘描写が無いキャラクターながら、千枝、グレイグ、リーバル、レッド、ベロニカとよく戦った。
生きているうちは救われなかったと思い込んでいたゼルダだけど、最後は救われたのかな。

> 嘗テ思イ描イタ夢ノ誓イ
この二人、今の所あんまり活躍してないけど、どっちもよい子でほっこりする。
ただ事じゃない状況に置かれながら、自分を保っている感じがしてスゴイ好き。
ムンナを原作にない方法で使役し、美術館から出た先で、何が起こるのか気になります。

では私も自己リレーになりますが、カイム、エアリス、ゲーチス予約しますね。

193 ◆vV5.jnbCYw:2020/04/16(木) 14:25:59 ID:4AEbHrYA0
投下します。

194拘束が緩むときは ◆vV5.jnbCYw:2020/04/16(木) 14:26:29 ID:4AEbHrYA0
長い、長い時間が流れた。
それはこのバトルロワイヤル全体から見ればほんの数分だが、その場にいる男にとっては何時間にも感じた。
男の名はゲーチス。
元プラズマ団の総帥にして、全てのポケモンの力を手中に収めようとした。
その長い時間、みじめさを噛みしめていた。
かつての身分が高ければ高いほど、堕ちた時の惨めさも増す。
そしてそれは、動けないときに、一層強くなる。
壁の穴から流れ込む太陽が、屋内にいる男の顔を照らす。
しかし、その顔がじっとりと汗で濡れている理由は、太陽の熱ではなさそうだ。
その理由は、恐らく目の前の相手にある。


一人の女性が、ゆっくり、ゆっくりと硬直した男の腕を拘束する。
つい先ほどまでは、男の両足を縛っていた。
相手は硬直効果の力を受けた状態なので、動かすのに苦労しているのが傍から見ても分かる。
彼女はかつてのミッドガルのスラムの花売りにして、白マテリアの使用を許された少女、エアリス。
見た目は可憐な女性であるが、つい最近まではスラムで生活していたこともあって、戦闘能力、防衛術は身に着けている。
しかし、その彼女をもってしても、目の前の男は脅威であった。


二人の目の前で、硬直している男。
亡国カールレオンの王子にして、赤き竜との契約者カイム。
最愛の女性にして、妹のフリアエの自決を唆した宿敵にして、この戦いの主催者であるマナを殺すことを目指す。
そのために、この戦いの参加者のせん滅を望む。
目の前の二人の顔を強張らせている原因も、この男が一因である。
先刻前、エアリス達を襲撃し、反撃を受け身体と魔法の自由を奪われた。
だが、拘束されたところで、脅威は消えない。
エアリスが放った邪気封印によって身動きこそ封じられているが、残された意識で反撃のチャンスを伺い続けている。
そのような男が目の前にいれば、相当の強者でない限り穏やかな心を保つことは難しいだろう。


太陽の顔は、エアリスとゲーチスのみならず、部屋の端に座っているカイムの顔も照らした。
それは、長い間太陽刺すことなき赤い空の下で戦い続けたカイムにとって、久しぶりに見た太陽だった。
だからといって、久しぶりに見た、という感情しか思わなかった。
彼の心にあるのは、マナへの怒りと、殺戮への喜びのみ。


袖越しとはいえ、カイムの腕にひんやりとした女性の手の感触が伝わる。
人の手が触れるのは、また久方ぶりの感触だった。
とはいえ、カイムの腕にエアリスが触れた理由は、拘束の為だったが。

195拘束が緩むときは ◆vV5.jnbCYw:2020/04/16(木) 14:26:49 ID:4AEbHrYA0

カイムはカーテンの紐らしきもので、動きを止めてくる光を放った少女に、後ろ手を縛られる。
身体は全く動かないのに、こうして動かされたり、人の手の感触を汲み取ったりできることに奇妙なものを感じた。
しかし抵抗はあるものの、次第に硬直していた筋肉の動きが戻ってくる。


彼は体の動きを確認しようと、指をもぞもぞと動かす。
その時、硬直状態が切れたことにエアリスも気付いた。


「気が付いたのね。」

徐々に自由になり始めた男は、体を芋虫のようにもぞもぞさせる。
ただし、返事はない。
彼は紅き竜との契約による生命力と引き換えに、言葉を失っているのだ。


「動かないで。怪我しているわ。」
そう言いながらエアリスは室内の引き出しに合った布を千切り、支給された水に浸して手や顔の汚れを拭う。

顔を歪めはするも、カイムは言葉を発さない。

「ねえ……あの町で何があったの?」
それでも、返事はない。
(おかしいわね。ストップ状態が解除されつつあることは、沈黙も解けているはずだけど。)


「あれほど大それた行為をやっておいて、ワタクシ達に言葉の一つも出せないのですか!!」

後ろにいたゲーチスが声を荒げる。
しかしそれは、未知の力に対する恐怖を紛らわそうと叫んでいるに過ぎなかった。
怖いものを寄せ付けまいと周りの物を振り回している子供に過ぎなかった。

「ゲーチス、この人は私が話を付けるわ。それよりカーテンの紐とか、他に拘束できそうな物はない?」
「……。」
その男を宥め、エアリスは再度カイムと話をし始める。


「あなたは、どうして私達を襲ったの?」
当然のことながら、返事はない。
しかし、ただ自分を無視しているようには思えなかったエアリスは、話の趣旨を変える。

「もしかしたら、何かの理由で言葉が話せないの?」
エアリスが花売りをやっていた、スラムでも似たような人がいた。
目の前にいるカイムのように、言葉を紡げないわけではないが、呻き声しか上げられない男のことを思い出した。

コクリと、カイムは頷いた。

196拘束が緩むときは ◆vV5.jnbCYw:2020/04/16(木) 14:27:16 ID:4AEbHrYA0
しかし、何が原因で言葉を話せないのかは分からないが、意思疎通が厄介な相手だと改めて感じた。

伍番街スラムの土管にいた男のように、精神そのものに異常をきたしているかもしれないし、解決方法も分からない。
筆談ならやりとりが出来るかもしれないが、そのためには両手の拘束を解かないといけない。

「水、飲める?」
エアリスが支給された水差しを出すと、普通に口を付けて飲み始めた。
食事や自分の意思の受諾は可能なようだが、やはり殺し合いに乗った相手なら説得を彼女は求める。

「エアリスさん!!そんな薄気味悪い男は放っておいて、早く先へ進みましょう!」
何度目か、ゲーチスが先を急ぐ言葉を発する。
「ごめん……もう少しだけ……。」

ゲーチスの言葉は、エアリスにとってもその通りだと感じた。
マーダーはこの男だけではないし、説得できるかも不明だ。
そして何より、その言葉を発したゲーチス本人も、安全な人物かどうか保証がない。
どちらかと言うと、ブラック寄りのグレーな人物だ。
最初に出会ったポケモン使いの少年や目の前の男に怯えているが、脅威がなくなれば何をやり始めるか分からない。


更に、エアリスにとってはカームの街の中も見てみたいという願望があった。
カイムと戦っていた相手が、ティファや、他のマナに立ち向かった蒼髪や白スーツの男の可能性もあった。
そして、誰かがカイムから隠れて、街の中に身を隠しているという可能性もある。


その時、部屋の時計が6時を指した。

『ごきげんよう、みんな。殺し合い楽しんでる?』

音源はどこからか不明だが、放送で少女特有の甲高い声が響き渡る。
エアリスとゲーチスは静かな場所からの大音量に驚き、カイムは声が聞こえる方を忌々し気に睨みつけていた。


「エアリスさん……少し、席を外して良いですか?」
上ずった声で、ゲーチスはエアリスの承諾を得ないまま空き家の外へ出て行った。


ゲーチスは恐らく、死んだ知り合いに想いを馳せたいのだろう、少なくとも彼女はそう思った。
放送で呼ばれた知り合いの名がなかったこと、そして、ゲーチスはそっとしておこうという気持ちから、転送されたという名簿を読む。

197拘束が緩むときは ◆vV5.jnbCYw:2020/04/16(木) 14:27:33 ID:4AEbHrYA0

(そんな……!!)
最初のページで目に留まったのは自分の名。
それからすぐに、クラウドの名前。そして、かつて彼女が好きだった青年、ザックスの名前。
それから名簿を読み進めるうちに、彼女が一番恐れていた名前を見つけた。

(セフィロスまで……?)

禁断の黒魔法、メテオを司る黒マテリアを手中にし、星と一つになろうとしている男。
彼までも自分達の手中に収めたこの戦いの主催者を、改めて脅威に感じた。


そして、脅威を感じたのは主催者のみではない。
カイムに出会う少し前に、街に降り注いだ隕石を思い出した。
元々あの隕石を見て、黒マテリアの存在を危惧したからこそ、ゲーチスの提案を無視してカームへ行こうとしたのだった。
当初警戒した黒マテリアこそ見つからないが、カイムの武器は、エアリスも知っている逸品だった。


(この武器……やはり、間違いないわ。)
正宗。セフィロスが持っていた、並の長剣を遥かに超す長さと強さを持った名刀。
実際に彼女らがいた世界でも伝説のソルジャー、セフィロスに肖った正宗の贋作が多くあったし、そっくりな武器だという可能性も考慮した。
しかし、いざ持ち主から取り上げて、近くで見るとやはり本物だと分かる。
その剣がこんな所にあるということは、持ち主であるセフィロスが呼ばれてもおかしくはないということだ。


恐らく、写真付きの名簿ではないので、確定事項ではないが、残念ながら同姓同名の人物ではないのだろう。
セフィロスがいるというのなら、一刻も早く彼の居場所を突き止め、刺し違えても止めなければならない。

エアリスの顔には先程までとは比べ物にならない程、焦燥の念が現れていた。


最初はゲーチスの言う通りNの城へ向かい、その途中でカームの街へ行き、知っている仲間を探そうと思っていた。
しかし、状況は彼女の思った以上にひっ迫していた。


すぐにでも仲間、クラウド達を集めて、セフィロスを倒さねばならない。
だが、カイムとゲーチスの存在も同様に気になった。
仲間集めをするなら、カームの街が近くにあるし、同様にカイムの見張りも出来る。
ゲーチスを見張るなら、本人の希望に沿ってNの城へ向かうべきだ。


ここでエアリスは、一度ゲーチスと共にカームの街へ行くことにした。
街を見回して隠れている者を探し、協力を求める。
信頼できる協力者を近くで集まることが先決だと感じていた。


しかし、セフィロスという新たな存在を知ることで、僅かながら既存の脅威の警戒をないがしろにしていた。
少しずつだが、カイム両手両足の拘束が、千切れてきていた。

198拘束が緩むときは ◆vV5.jnbCYw:2020/04/16(木) 14:27:58 ID:4AEbHrYA0
そんなことも気付かず、エアリスは外にいるはずのゲーチスを呼びに行く。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★



半分だけだが、口をがちがちと震わせる。
変えたくなる表情を、じっと抑えている。
その様子は、にらめっこに負けじと顔を震わせている子供の様だった。
しかし、それは幼い子供がやってこそ愛苦しいものになるのだが、大の大人が見せる表情としては、ただただ不気味だった。
そして、その表情は従来人が「顔」と認める部分の丁度半分で作られているから、一層薄気味悪さを醸し出していた。


エアリスはゲーチスの声が上ずっていたのを、知り合いが呼ばれた悲しみだと解釈したが、実際はその逆だった。

「クククク……ハハハハハハハハ!!!」
たまらず、声を漏らしてしまう。
こんな状況で高笑いするなど、殺し合いに乗った者を呼びかけたり、対主催からの危険人物への認定とされがちなので、口を両手で押さえるが。


ゲーチスが笑った理由は二つ。
一つは、チェレンという自分を連行した忌々しい眼鏡のガキが死んだこと。


(いいザマですね。おおかた自分の力を過信していたんでしょうが。)
自分をアデクと共に連行した時の、忌々しい顔を彼は今でも覚えていた。
あの時の、「正しいこと」をしていると思い込んでいた顔を。


そして、もう一つは13人という死者の多さ。
今自分が生殺与奪の権を握っている人を合わせると、14人。
既に5分の1がこの殺し合いから脱落しているようなものだ。
自らの手でたいした成果は上げられなくとも、自分がステルスマーダーのスタンスを貫く考えは正しかったようだ。


暫く経って気持ちを落ち着かせ、口への拘束を緩めエアリス達の元へ戻ろうとする。
その瞬間、空から煌めく何かが落ちてきた。


(ん?これは一体……。)
その装飾豊かなデザインはすぐにエアリスが持っていた弓だと気づく。
だとしたら、なぜそれが空から降ってくるかが疑問になった。

199拘束が緩むときは ◆vV5.jnbCYw:2020/04/16(木) 14:28:23 ID:4AEbHrYA0

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

(アリオーシュ……レオナール………。)
マナの不愉快な哂いと共に呼ばれた旅の仲間。
自分が呼ばれていることは、彼らも呼ばれているとは思っていた。


(どちらでもいい。奴等の分まで、マナに返すのみだ。)
カイムの心の中で燃え盛っていた炎が、さらに勢いを増す。
ゆっくり、ゆっくりと縛られた後ろ手が、拘束を引きちぎっていく。


エアリスはただ何も考えずにカイムの手足を縛ったわけではない。
彼女もまた、神羅兵やスラムのごろつきに襲われた経験があり、クラウドやバレットに比べたら非力なものの、それなりな護身術には長けている。
ゆえに、彼女の施した拘束は簡単には解けない作りになっている。

だが問題は、相手が神羅兵やごろつきとは比べ物にならない程の力を持っていたことだ。


目の前の女が名簿を読んでから、焦燥に駆られた表情を伺えた。
今がチャンスだと思い、すぐに腕の拘束を引き千切り、自由になって腕で手刀をつくり、脚の拘束も引き裂く。


エアリスはまだそれに気づかず、ゲーチスを呼びに部屋から出る。
それをチャンスとばかりに、カイムもエアリスを追いかける。
魔法使いタイプの相手の攻略は極めてシンプル。
厄介な魔法を食らう前に懐に飛び込み、力でねじ伏せる。


この戦いに呼ばれる前から帝国軍の魔術師と戦っていたカイムは、颯爽と走り出した。
一度目の戦いは長剣の正宗に頼り過ぎた戦い方をしたため、魔法を食らってしまった。
だが、今度はそれを食らう前に始末すると決めた。


(!!)
家を出てすぐに、エアリスはカイムが拘束を解いたことに気付く。
エアリスはカイムを黙視するや否や、王家の弓を引く。
だが、弓が引き終わる前に、カイムは距離を詰める。


姿勢を低くして突進する様は、さながら獣のよう。

(!!!)

そのまま足を高く上げて、王家の弓を天高くまで蹴り飛ばした。
蹴飛ばされた弓は、エアリスの背後、市街地の建物を隔ててかなり遠くに落ちた。
弓の脅威を排除すると、今度は地面に押さえ込み、首に手を掛けようとする。

魔法の出し方とは、カイムが知る限り3つあった。

1つ目は、自分がやるように、媒体となる武器に魔力を注ぎ込み、放出するやり方。
2つ目は、王国軍の神官ヴェルドレがやったように、言霊を利用して魔力を紡ぐやり方
3つ目は、帝国軍の魔法使いや怪物がやったように、念動力を基に魔法を放つやり方。


それぞれ、武器、言葉を発する器官、動きを封じてしまえば、魔封じの術などを用いなくても魔法を封じられる。

200拘束が緩むときは ◆vV5.jnbCYw:2020/04/16(木) 14:28:42 ID:4AEbHrYA0

彼女がカイムの動きを封じたリミット技は、魔法とは僅かに異なるものだったが、同様に致命的な弱点があった。
それは、発動条件が受けたダメージに起因する。
逆に、体力が全快のまま、一撃で、あるいは反撃の暇なく即死級の攻撃を受ければ、使うことは出来ない。


「―――――ッ!!!」
首を掴まれ、声にならない叫びを上げるエアリス。

しかし、言葉を紡がなくともその目は訴えている。

(やめろ……そんな目で見るな………!!)
急に手の力が弱まる。
女がまた何か違う魔法をかけてきたのかと思ったが、そうでもないようだ。


今こうして見つめられている相手は、最初に出会った少女のような無力な存在ではない。
自分の知らない力を持っている相手だ。
なのに、なぜ殺せない。
今殺さなければ、また見知らぬ魔法で動きを止められるかもしれない。



力がどうにも入らないが、歯を食いしばって指を動かす。
ぶちりと引き千切れる音が聞こえる。





もし彼が赤き竜と契約しておらず、声を失ってなければ、うめき声を上げていただろう。



カイムは市街地をすぐに抜け出し、山岳地帯へ入った。
どうにも、あの女性のことが分からなかった。
自分を殺せる千載一遇のチャンスだったのに、殺さなかった。


あの女性のヒスイ色の瞳を見ると、どうにも人殺しのための力が入らなくなってしまう。
そして殺せるチャンスだったのに殺せなかったのは、自分も同じだ。

もし、言葉が話せたら、なんて考えが一瞬頭をよぎったが、すぐに消えた。
たとえ言葉を話せても、それを上手く使えなければ意味がない。

殺人鬼を捕まえておきながらみすみす逃がしてしまう人間など、いつかは死ぬ。
隣にいた男もヴェルドレと同じ、周りの状況に右往左往するだけで生かしておいても問題ないだろう。


いつだったか、この戦いが始まって最初に少女を逃がした時と似たようなことを思いながら、奪ったカバンから正宗を取り出し、そのままさらに走った。

自らの心への拘束を憎みながら。


【D-3市街地→D-3北 山岳地帯/一日目 朝】

【カイム@ドラッグ・オン・ドラグーン】
[状態]:ダメージ(中)魔力消費(中)
[装備]:正宗@FINAL FANTASY Ⅶ
[道具]:基本支給品 エアリスの基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:優勝し、マナを殺す。
1.自分よりも弱い存在を狙い、殲滅する……つもりだったが?
2.雷を操る者(ウルボザ)のような強者に注意する。
3.子供は殺したくない。


※フリアエがマナに心の中を暴かれ、自殺した直後からの参戦です。
※契約により声を失っています。
※正宗に自分の魔力を纏わせることで、魔法「コメテオ」が使用できます。

201拘束が緩むときは ◆vV5.jnbCYw:2020/04/16(木) 14:29:00 ID:4AEbHrYA0

★★★★★★★★★★★★★★★★


「私のバッグが……!」
結局彼が出来たのは、奪われた武器を奪い返すことだけだった。
幸いなことに、支給品は食料や水以外は、全て外に出していた。名簿も大体目を通しての出、彼女には問題ない。


しかし、カイムはエアリスに傷を負わせることなく、逃走した。

「これは……どういうことですか……?」
ゲーチスの高揚した気分は、目の前に飛び込んできた風景によって、瞬く間に冷めた。
力無くエアリスに弓を返す。
ハイラルの頑丈な鉄と宝石を混ぜ合わせて作った王家の弓は、壊れてはなかった。


「どうやら拘束が甘かったようね……。仕方がないわ。もう一度追いかけるわよ。」


「いえ、もう止めましょう。ヤツは放っておくべきです。」
どちらにせよ、ゲーチスが目的としているNの城は、ここから北西にあるため、カイムと同じ方向に行かねばならないのだが。

「そんなこと言っている場合じゃないわ、それにゲーチスさんが目指していたNの城も、あの方向じゃない?」

そう言われて、追いつけそうにないのだが、カイムを追いかける。
あの時、確かに自分を殺そうと思えば殺せたはず。
きっと彼が心のどこかで殺戮を拒んでいる気持ちがあるのではないかという彼女の推測は、確信に変わった。
だからこそ、殺しをさせてはいけないと感じた。



しかし一つゲーチスにも、疑問に思う所があった。

Nの城へ向かうと、持っているポケモンの体力を回復できるらしい。
そして、最初に出会ったトウヤは、傷ついたバイバニラを自分から奪った。


ひょっとすると、その先でバイバニラを回復させに来たトウヤと、再会するのではないかと思い始めた。
最も、今はNの城にしか向かう場所が無いので、北へ向かうしか方法が無いのだが。


【D-3市街地 /一日目 朝】

【ゲーチス@ポケットモンスター ブラック・ホワイト】
[状態]:ダメージ小、無力感、苛立ち
[装備]:雪歩のスコップ@THE IDOLM@STER
[道具]:基本支給品、スタミナンX@龍が如く 極
[思考・状況]
基本行動方針:優勝し、野望を実現させる。
1.エアリスを利用し対主催を演じる。
2.早くNの城へ行きたい
3.カイムを追いかける


※本編終了後からの参戦です。
※エアリスからFF7の世界の情報を聞きましたが、信じていません。


【エアリス・ゲインズブール@FINAL FANTASY Ⅶ】
[状態]:ダメージ小 MP消費(小)
[装備]:王家の弓@ゼルダの伝説+マテリア ふうじる@FINAL FANTASY Ⅶ ブレス オブ ザ ワイルド、木の矢(残り二十本)@ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド
[道具]:なし(装備品 除く) 
[思考・状況]
基本行動方針:仲間(クラウド、バレット、ティファ、ザックス)を探し、脱出の糸口を見つける。
1.カイムをどうにかして止める。
2.今はゲーチスに付いて行き仲間を探す。もし危なくなったら……。
3.カームの街で、人探し、および黒マテリアの捜索をしたい。
4.ゲーチスの態度に不信感。
5.セフィロス、および会場にあるかもしれない黒マテリアに警戒


※参戦時期は古代種の神殿でセフィロスに黒マテリアを奪われた〜死亡前までの間です。
※ゲーチスからポケモンの世界の情報を聞きました。

202拘束が緩むときは ◆vV5.jnbCYw:2020/04/16(木) 14:29:14 ID:4AEbHrYA0
投下終了です

203 ◆2zEnKfaCDc:2020/04/17(金) 00:39:06 ID:WCGq8IDU0
投下お疲れ様です。
カイム、仮にもFF勢であるエアリスを一瞬でなぎ倒すの恐ろしすぎる
でもDQ11表クリア後のマルティナが適わなかった辺り、FF7途中退場のエアリスが手も足も出ないのも納得なんだよな……

>>「どうやら拘束が甘かったようね……。仕方がないわ。もう一度追いかけるわよ。」
やっぱりエアリスは雰囲気に似合わずたくましい。こういうとこがエアリスの魅力だよなあ。
反面、ゲーチスのスネ夫ポジが板についてきた気もする。

ところでDoD勢はFF7の仲間メンバーと戦う宿命でもあるのだろうか?
イウヴァルトも南下していけばティファと戦うことになりそうだし

204<削除>:<削除>
<削除>

205 ◆2zEnKfaCDc:2020/07/15(水) 01:45:50 ID:O1HsMvY60
ホメロス、クラウド・ストライフ、トウヤ、花村陽介で予約します

一見おかしな組み合わせに見えますが、トウヤがNの城方面に向かってることは把握してます

206 ◆vV5.jnbCYw:2020/07/21(火) 19:10:10 ID:9CUhbyZk0
リンク、2B、雪歩、美津雄、ザックス、カイム予約します。

207 ◆2zEnKfaCDc:2020/07/21(火) 21:01:26 ID:HVFgJ93o0
前半のみになりますが、投下します。
後半部分については予約を延長させてください。

208……and REMAKE(前半) ◆2zEnKfaCDc:2020/07/21(火) 21:02:44 ID:HVFgJ93o0
 たくさんのものを手に入れた。
仲間との絆。宿命の終焉。そして、新羅カンパニーやメテオの脅威の去った、平和な星。

 しかしその結末を迎えるために、零れ落ちたものがあった。その時に生まれた哀しみも怒りも、前に進むためには必要なものだった。星の命に比べれば、きっと誰もが多少の犠牲は仕方ないと言って吐き捨てるのだろう。

 だけど俺には、その零れ落ちたものが何よりも大切だったんだ。
誰かにとっての多少の犠牲は、俺にとっては星よりも重かったんだ。

 闘いの中で、答えを見つけた。
人はそれぞれ現実を持っていて、それぞれが己の現実を守るために闘っている。アバランチも新羅もその芯は正義でも悪でもなく、己の望む現実を通そうとしていただけに過ぎない。

 でもそれでいい。正義も悪も自分の現実を邪魔しない。するべきじゃないんだ。邪魔をしていいのは自分の現実を妨げる敵だけ。

「俺は俺の……現実を生きるッ!」

 それならばこれは、現実の奪い合いだ。自分の望む現実を生きるために、相手の望む現実を奪う。殺し合いを命じられたというのは、そういうことなんだろう?

 ザックスの人格ではなく自分自身の人格で、エアリスとの物語をやり直すんだ。それが誰にとっての正義でなくても構わない。自分にとって、それが正義であるならば。それが俺の願う現実だ。

 変わらぬ信念を胸に、クラウドは闇を纏った聖剣―――もはや魔剣と化したグランドリオンを振るう。

「それこそが幻想だって……言ってんだろうがッ!」

 その信念を、花村陽介はたった一言吐き捨てた。

 闘いの中で、答えを見つけた。

 現実は辛い。理不尽な暴力によって失われるものは数知れずあるし、自分は自分のなりたい理想像にまったく届いちゃいねえ。届くビジョンも見えやしねえ。

 だけど、それでいいんだ。目を背けてさえいなければ、いくらでも前には進める。虚飾を拒み、真実を追究する意志。それさえあれば自分を見失うことだけは絶対に無い。自分の生きる在り方、その全てが現実なのだから。

 陽介もまた、その信念は変わらない。変わらないからこそ、陽介のシャドウ『ジライヤ』は陽介と同じように前を向き、クラウドに真っ向から立ち向かう。

 クラウドの今は他人の犠牲の上に成り立っている。目的のための犠牲は必要なものだと割り切っていながらも、だけどたった一つ、そう割り切りたくない犠牲があった。クラウドは今、その自己矛盾から目を逸らして闘っている。目を逸らさねば、多くの犠牲を正当化できないから。

 一方で、陽介が今ここにいるのは自分と向き合い、真実から目を逸らさなかったからだ。久保のように己のシャドウを否定し続けていれば。あるいは真実を見極めようとせずにあの時に生田目を殺してしまっていれば。人々は霧の中でシャドウへと化していたはずだ。

209……and REMAKE(前半) ◆2zEnKfaCDc:2020/07/21(火) 21:03:33 ID:HVFgJ93o0
 両者ともに、相手の主張は己の旅路で得た答えを否定するものだった。棄却し、ねじ伏せなくてはならないものだった。

ㅤそれならば当然、その主張の行先は衝突する未来のみである。そして此処が殺し合いを生業とする世界なればこそ、そこに武力衝突をも伴うもまた摂理。

ㅤ心の準備はできている。ホメロスが闘っているのを観ている間、ホメロスが死ぬという最悪の事態の想像は常に胸に付きまとっていた。現状、ホメロスが気絶しているだけで生きていることがその想像との唯一の差異であり、しかしその差異こそが陽介から逃走の選択肢を奪っていた。

ㅤクラウドが先に動いても、陽介は落ち着いてその動きを見据え、いつものようにジライヤを顕現させる。

ㅤ拳と刀の鈍い衝突音が響き渡る。二度、三度、その数が増していくにつれてジライヤへの負荷が増していく。

ㅤ堪らずジライヤを下がらせると、クラウドの視線はジライヤから陽介へと移った。当然、それはターゲットの変更を意味する。

「俺の願いの邪魔となるのなら、俺はお前を斬るだけだ。」

ㅤクラウドは明確な、殺害の意思を示す。そしてそれは同時に、動機の提示でもあった。

ㅤクラウドが言った、願いという単語。おそらくは優勝者への何でも願いを叶える権利とやらだろう。あんなの、基本的に楽観主義的な思考の陽介から見ても眉唾ものだ。それならば当然、クラウドから見ても100%信頼出来るものなどではないはず。クラウドの願いとは、それでも縋ってしまうようなものなのだろう。そんな願いの内容なんて分からない。だけどただ一つだけ、言えることがある。

「あんな奴らの手を借りなきゃ叶わない願いなんて、間違ってる!」

ㅤそれがどれだけ至高な願いであろうとも、自分の手で掴み取れず、マナやウルノーガのような悪しき存在無しには叶わない願いであれば、叶うべきでは無い。悪魔のような催しで叶えた願いに、価値など見出してはならないのだ。

 しかしその言葉は伝わらず、真っ直ぐに斬り込むクラウドとジライヤが再び衝突する。ジライヤの『突撃』に対し、魔剣グランドリオンの一閃。先ほどまでの応戦よりも一際大きな衝撃を受けたクラウドは陽介へと到達することが出来ずに下がらされる。

「俺の世界は、あの時から止まったままなんだ。」

「それでも! 俺たちは前を向いて生きていくしかねえんだよ!」

ㅤ次に先手を打ったのは陽介だった。クラウドが距離を置くのを許さず、威力よりも速度に重きを置いたソニックパンチによる追撃でクラウドの防御の手を休ませない。先ほど、クラウドに唯一まともにダメージを通した技でもある。

「詭弁だな。」

ㅤそして今度も、ジライヤによる攻撃は確かにクラウドの元に届いた。しかし手応えがほとんど感じられない。

ㅤクラウドからすればそれは一度見た技。『てきのわざ』マテリアが無いためラーニングまでは出来ないが、その軌道をハッキリ見切るには充分であった。グランドリオンを縦に構えて最低限の負荷で受け流す。

「お前に俺の願いの何が分かる?」

ㅤジライヤをやり過ごし、陽介に斬り掛かるクラウド。

ㅤ対する陽介が図るのはペルソナを戻すまでの時間稼ぎだ。しかし、下がって距離を取る選択肢は無い。後方数メートルの地点でホメロスが気絶しているため、下がりすぎると巻き添えにしてしまう。

210……and REMAKE(前半) ◆2zEnKfaCDc:2020/07/21(火) 21:04:07 ID:HVFgJ93o0
「分からねえよ。」

ㅤ斬撃を回避しながら、陽介は反論する。

ㅤ陽介が選んだのは、その場から大きく動かないままの回避。ホメロスが闘っていた時に使ったマハスクカジャの効力がまだ残っていたことが幸いし、クラウドの斬撃は空を切った。陽介の右手に握られた龍神丸の刺突を警戒し、追撃せずに一歩引き下がった。

「話し合って分かり合えるんならいつでも大歓迎なんだがな。」

「興味ないね。」

 停戦の申し入れを突っぱね、地を蹴って再び斬り掛かる。しかし戻ってきたジライヤが邪魔をし、グランドリオンの射程内には陽介を捉えられない。

「そこだっ!」

「甘いっ!」

 クラウドの上空から放ったパワースラッシュはブレイバーで相殺される。クラウドは深く斬り込めず、陽介もまたクラウドに決定打を決められない闘いが続いていた。

ㅤしかしこの状況、不利な状態であることに陽介は気付いている。

 業物のリーチの差であれば長剣と短刀、クラウドに分がある。だが陽介のペルソナが、そのリーチ差を逆転させる。これだけならば陽介が有利だ。

 しかしペルソナの顕現は体力の消耗を伴う。リーチの有利な局面を維持している限り陽介の方が消耗が激しいということだ。

 ただでさえホメロスとの闘いで傷を負っているにもかかわらずほぼ無傷の陽介と互角に渡り合っているクラウド。もし、長期戦になってペルソナを多用することで互いのコンディションの差が埋まっていけば、陽介に待つのは死だ。

(いや……それでも、闘うしかねえんだ。)

 首を振って浮かんでくる不安を押し殺す。結局、逃げるという選択肢は無いのだ。逃げれば少し離れて気絶しているホメロスが今度こそ殺されてしまう。

「ペルソナッ!」

 考えるのを辞め、半ば自暴自棄的にアルカナを砕く。質より数と言わんばかりに、クラウドの上方に顕現させたジライヤがガルを連射する。結局のところ、逃げないのなら突撃あるのみだ。ごちゃごちゃ考える方が面倒臭い。

 そしてそれは、意外にも有効に働いた。陽介の見据える敵はクラウドのみであるのに対して、クラウドは陽介を殺した後も他の参加者と衝突し続けるのだ。小さいダメージであっても可能な限り避けたいと考え、ガルのひとつひとつをグランドリオンで弾く。

「今だッ!」

 ガルへの対処にクラウドが気を取られているその間は、龍神丸のリーチまで接近する絶好のチャンス。陽介はここぞとばかりに飛びかかろうとする。

「お前も、ペルソナとやらの使い手なのか。」

 しかし次の瞬間、陽介は凍りつくような殺気を感じ取った。咄嗟に攻撃を中断し後ずさる。そしてその直後、自身の感覚に誤りが無かったことを認識した。陽介の飛び込もうとしていた先の地点ではガルを弾き飛ばしながら形成された"凶"の字の斬撃が陽介を待ち構えていた。もし、あのまま攻撃していれば今ごろの陽介は細切れになっていただろう。想像し、悪寒が走ると同時に冷えた頭にクラウドの言葉への疑問も湧いてきた。

211……and REMAKE(前半) ◆2zEnKfaCDc:2020/07/21(火) 21:05:08 ID:HVFgJ93o0
「どういう意味だよ。ペルソナを知ってんのか?」

「……ああ。お前もペルソナとやらで俺の道を阻むのなら……」

 クラウドの頭に浮かぶのは、命を賭けた決意を見せた少女、天城雪子。

 いのちのたまを用いてでも他人を守ろうとした彼女を、羨ましいと思った。その命と引き換えに星に希望を残したエアリスと彼女を、重ねずにはいられなかった。

「俺はただ、お前を払い除けるだけだ。」

「そうかよ……」

 クラウドはその言葉の意味をハッキリとは語らなかった。しかし、暗示されたことを陽介は理解できた。放送で呼ばれた天城は、コイツに殺されたのだと。

 そう認識した次の瞬間、目の前の景色が歪んで見えるほどの激しい怒りが陽介の脳内を支配していた。

 完二に続いて天城まで。自称特別捜査隊から大切なピースがひとつひとつ零れ落ちていく。灰色の日々に彩りをくれた奴らが、こんな馬鹿げた企画のために殺されていく。

 どうすれば、大切な人が殺されるのが終わるんだ?どうすれば、大切な居場所を守ることができる?そんなの決まってる。

――コイツを、殺すんだ。

「ああああああああ!!!!」

 陽介の脳がその答えに至った瞬間、雄叫びを上げる。

 それに対し、次に来るであろう攻撃にカウンターを仕掛けるべくクラウドは構える。『怒り』に任せた攻撃は、その精度を鈍らせる。同じペルソナの能力を持っているため、知り合いであると考えた天城雪子の殺害を陽介に伝えたのは、スクカジャにより一撃一撃が正確にクラウドを捉える陽介の攻撃の精度を落とすための、クラウドの挑発だった。

「もう、うんざりなんだよ!」

 しかし、陽介から怒りに任せた特攻が来ることはなかった。その代わり、その目は『悲しみ』に満ちているように見えた。

「誰が殺しただとか、何を願うかだとか、何でそんなことを考えなくちゃいけねえんだよ!」

 陽介を止めたのは、ホメロスに対する怒りをも抑え込んだ鳴上悠の声だった。

ㅤ感情は本質を見失わせる。あの波乱の一年間を超えてなお感情で動くのならば、自称特別捜査隊で学んできたことがすべて無に帰してしまう。それを、完二や天城が望んでいるわけがない。チリチリする指先も、口の中がカラカラに乾いた感覚も、目の奥から込み上げてくる熱も、そのすべてを強さへと昇華する強さを、陽介は持っている。それは、クラウドの現状の否定だった。

「お前もそんなに強いのなら、この状況打ち破って脱出できる可能性だって考えただろ!ㅤ皆で協力すれば誰も殺さなくていいとは思わなかったのかよ!」

ㅤクラウドも、陽介の語る可能性を考えなかったわけではない。少なくともいま、エアリスは生きている。それならばエアリスと、そしてティファ、バレット、ザックス等の有志と、再び手を取ってこの殺し合いからの脱出に向けて闘えたのなら、全員が生き残れる世界も有り得るのではないか、と。

ㅤ考えて、それでもなお否定した。人と人は立場が変われば闘うしかないものだと知っているから。

「そんなの……綺麗事だ!」

ㅤクラウドは一言吐き捨てる。

ㅤ雪子の殺害を告げることは、陽介の信念を挫く一手であるはずだった。一度、たった一度だけでも、陽介が明確な殺意を以て感情的に自分を殺そうとしたならば、陽介の語る正義は完全に説得力を失う。

ㅤクラウドは陽介を否定しなくてはならない。しかし、それを否定する言葉をクラウドは持たない。

ㅤだからこそ、斬り掛かる。しかし半ば感情的に振るわれた刀に殺意は篭れど精度は伴わず。

212……and REMAKE(前半) ◆2zEnKfaCDc:2020/07/21(火) 21:05:51 ID:HVFgJ93o0
「綺麗事で何が悪い!」

ㅤ冷静にグランドリオンの到達点を分析したジライヤの拳はそれを真っ向から弾き返し、更に追撃の蹴りが受け身も許さずクラウドを平らな大地に叩き付けた。

(ダウンを取った……。今ならッ!)

ㅤそれを隙と見た陽介は飛びかかる。地上に全身を打ち付け、揺れた視界が明瞭さ取り戻した時にクラウドが見たのは、龍神丸を掲げた陽介の姿。

ㅤしかしペルソナを除いた単純な身体能力で競えば、そこはクラウドの独壇場だった。咄嗟に突き出した脚が陽介の腹を打ち、蹴飛ばす。

「がはっ……」

ㅤ飛ばされた陽介は今度は逆に背を打ち付けられる。腹部に受けた強烈な蹴りも含め、平和な現代日本ではそうそう味わうことのない痛みだ。悶絶してもし足りない、闘いの痛み。

「綺麗事を並べても、俺には響かない。」

「だったら響かせてみせるさ。言霊使いも黙りこくる俺の伝達力を舐めんなよ?」

ㅤそれでも、立ち上がる。陽介もまた、クラウドを否定しなくてはならないのだから。

 両者が主張だけでなく、根本的な倫理観から噛み合わないのも当然の帰結だった。何せ、互いに互いを知らないのだから。

 陽介やその仲間たちが、命を尊ぶ日本という平和な世界を生きてきたことも。クラウドやその仲間たちが、人の命の価値が霞むほどに理不尽な死と身近すぎる世界を生きてきたことも。どちらも相手には伝達されない。陽介にとってのクラウドは人を殺すというその一点のみを見ても悪であり、テロリズムが横行する世界を生きてきたクラウドにとっての陽介はただの偽善である。

 だからこそ精神力の面でクラウドに軍配が上がるのも明白だった。いつも戦っていたシャドウという異形の怪物とは違い、生身の人間を相手にしている陽介。それに対し、元々多くの人間と衝突してきたクラウドの闘いは普段と何も変わらない。

 さらに陽介は先ほど、ミファーとの闘いで死というものを目前にしたばかりである。冷たい海の中で、仲間も誰もいない、絶対的な孤独。瞳を一度閉じてしまえばもう二度と光を取り込むことはないように思えてしまい、刃が迫る光景をじっと見つめていた。

 あの時の感覚は今でもハッキリ思い出せる。きっと生きている限り、それが消えてくれることはないのだろう。そんなトラウマを植え付けるほどの『死』が、一瞬の攻防の中でも何度も陽介の脳裏を掠めるのだ。逃げれば気絶しているホメロスが殺されると分かっていても。それを受け入れてでも逃げたいと、塵ほども思わずにいられようか。去年までは命懸けの闘いというものと完全に無縁だった陽介は、決して強い人間ではない。

「俺は絶対、お前を認めない! ペルソナァッ!」

 それでも。強くなかったとしても。強くありたい人間。それが、花村陽介である。

――『ガルダイン』

 素早く体制を持ち直し、クラウドが次の動作を開始するよりも速くアルカナを砕いた。それに伴って顕現したジライヤの両の腕から二重のブースタがかかった風の刃が放たれる。

「……俺は、負けない。」

 持ち前の速さと『素早さの心得』に凝縮された命中精度から繰り出される、最速の風の刃。元より浅くない傷を負ったクラウドを追い詰めるには充分すぎる威力。

「負けられないんだ!」

 だが、クラウドは天城雪子を殺してここに立っている。いのちのたまを用いた彼女の魔法は更に強力なものだった。それならば、彼女の決意を叩き潰した自分はそれに劣るもので死ぬわけにはいかない。その決意が、持ち主の心を映し出す剣に纏われる闇をいっそう重く、そして深くした。魔剣グランドリオンのひと薙ぎ。たったそれだけの所作で迫るガルダインを消滅させるほどに。

 障害となる風の刃が消えたことで、クラウドは陽介に向かって駆ける。一方の陽介、ガル系のスキルが時間稼ぎにもならないことは証明済み。ホメロスが倒れているため大掛かりな回避も選択肢の外。すなわち取れる行動は、たったひとつ。

213……and REMAKE(前半) ◆2zEnKfaCDc:2020/07/21(火) 21:06:26 ID:HVFgJ93o0
「迎え撃て、ジライヤ!」

 迫りくる死を回避するための半ば反射的な攻撃だった。しかしそれは決定的な悪手となってしまう。

 クラウドは雪子との闘いで理解していた。陽介も用いている『ペルソナ』という能力によって顕現した影は、その存在自体が操り手の死角を作り出してしまうことを。

 クラウドの前進はフェイント。ジライヤが陽介の前に出た瞬間、クラウドは大地にグランドリオンを突き刺して強引にその歩みを一瞬止める。ジライヤ自体が死角となり 、直前までクラウドを捉えていたはずの拳は空を切った。その横を、グランドリオンを引き抜き、その勢いでクラウドは通り抜けて行く。

 ジライヤをやり過ごしたクラウドは狙いを陽介に絞る。すでにクラウドはLIMITBREAK状態。クラウドの中でも最速の斬撃、破晄撃を陽介に向けて放つ。

 ジライヤの速度であれば対処できても、陽介本人はそうはいかない。

(くっ……避けられねえ……!)

 陽介の心臓に向けて一直線に斬撃が迫る。

 驚く暇も与えられずに迫ってきた、ミファーの振りかざした刃よりも。クラウドとの闘いの最中、何度も潜り抜けてきた多くの死線の中のどれよりも。

 それは、明確な『死』の確信だった。

(すまねえ、天城。仇……とれなかった……!)

 悔しさに打ち震えながら、陽介は迫る死を静かに待つことしかできなかった。

(……?)

 だが、待てど暮らせど死は訪れない。

「ボーッとするな、陽介!」

 背後から聴こえた声が、夢現だった陽介の意識を半強制的に覚醒させた。

「うおっ!ㅤ何だこれ!?」

 目の前に見えたのは、空中で静止した破晄撃。そして背後には、シーカーストーンを構えるホメロスの姿。

「お前の綺麗事は、絵空事のままでいいのか?」

 シーカーストーンの数ある機能のひとつ、ビタロックによって陽介への斬撃は止められた。それが再び動き出す前に陽介は慌てて射線上から離れ、そして敵を見据える。

 クラウドは、陽介の綺麗事を否定した。だがかつて闇を生きたホメロスには分かる。綺麗事とは、その名の通り綺麗なものなのだと。濁った者にとって、羨望の目でしか見られないものなのだと。クラウドの否定の言葉は、己の濁りから目を背けているに過ぎない。その心の隙間から生まれる自己嫌悪は、この上ない隙となる。

「綺麗事ならば、濁った言葉など跳ね返せ!ㅤお前にはその力があるだろう!」

「ああ……やってやらあァ!」

 そうだよな。闘ってるのは俺一人じゃねえ。

 人ってのは弱い。簡単に迷うし、簡単にくじけたくなる。一人でできることなんて、たかが知れてるんだ。

 そしてだからこそ、人は手を取り合うこともできる。

 それは簡単なことのようで、だけど見栄とか、感情とかが邪魔をする。俺だって最初、ホメロスを殺そうとした。完二を殺したウルノーガの配下なんて、許したくなかった。手を取り合う、たったそれだけのことなのに、この世界では特にそれが難しいんだ。

 俺一人じゃこんな化け物、勝てる気がしねえよ。ちょっとの攻防の間に何度死にかけたか分からねえ。

 だけど、俺には仲間がいる。同じ敵を見据えて共に闘う仲間が。

214……and REMAKE(前半) ◆2zEnKfaCDc:2020/07/21(火) 21:07:03 ID:HVFgJ93o0
「俺たちの決意を、この一撃に込めて!」

 カッと見開かれた瞳の捉える先に、一枚のアルカナが浮き上がる。その先にある倒すべき敵、クラウドの姿を見据えたまま拳を握り込み、砕く。

(この気迫……相殺は困難か……?)

 対して、クラウドは剣を斜めに構えて攻撃を逸らした上での返しの一撃を狙う。陽介の全身全霊の一撃、ただこの局面だけを耐え抜けば、陽介にクラウドの反撃を躱す余裕は生まれない。

 アルカナの破砕音が響くと同時、ジライヤが姿を現す。そのタイミングも位置も何もかも、クラウドの予測の範囲内。意識を集中し、グランドリオンを握る手に力が籠ったその時。

――『リーフストーム』

 側面より撃ち出された高速の草葉の刃がグランドリオンに向けて真っ直ぐに注ぎ込まれた。

「しまっ……!」

 ホメロスと同時に意識を取り戻したジャローダによる援護射撃。二度目であったためにその威力はがくっと落ちている。しかし、それを受けたグランドリオンは勢いのままにクラウドの手を離れ、地に落ちる。

「届け! ブレイブ…………ザッパァーーーーッ!」

 様々な想いが込められたその右腕を、妨げるものは何も無い。

「エアリス……俺は……まだ……」

 ここで、終わるのか?

 そう感じた瞬間、己の願いのために切り捨ててきた数多くの命が脳裏に過ぎった。

 明日が来ることを疑わずに眠っていただけのミッドガルの人々。

 新羅に立ち向かったアバランチの同胞たち。

 チェレンを護るために闘ったレオナール。

 志を同じくして共闘したチェレン。

 居場所を守りたかった天城雪子。

――そして、目の前でその背を貫かれたエアリス。

 その誰もが願いを持っていた。そしてその誰もが、犠牲となった。

 ここで負けるのならば、彼らの願いを、彼らの死を、ただただ無意味なものだったと貶めることに他ならない。

 それならば、答えはひとつ。

「……終わりたく……ない……!」

 クラウドの叫びに呼応するように、ザックの中の何かがキラリと光り輝いた。

「っ……!ㅤこの、光は……!!」

 ホメロスはその光の正体を知っていた。だが、それを防ぐ一切の手段は無かった。

「嘘……だろ……」

 ホメロス、ジャローダ、そして花村陽介。その場にいるクラウド以外の全員を包み込むように、銀色に輝く稲妻が辺り一面に降り注いだ。

 弱点である雷属性の特技を受けてアルカナへと還っていくジライヤ。その衝撃により陽介は地に倒れ込み、元から意識を消失するだけの傷を負っていたホメロスとジャローダは再び意識を落としていった。

――『シルバースパーク』

ㅤその雷撃は、そう呼ばれていた。ザックの中に眠っていた、シルバーオーブに封じられし特技の名。

 願いへのクラウドの執念。それはかつての持ち主、ホメロスの持っていたそれに決して劣らず、ザックの中に眠っていたシルバーオーブの魔力を解き放つトリガーとなったのである。

ㅤ間もなくして稲妻は消えていく。気がつけば、その場に立っているのはクラウドのみであった。

215 ◆2zEnKfaCDc:2020/07/21(火) 21:08:10 ID:HVFgJ93o0
前半の投下を終了します。

216 ◆2zEnKfaCDc:2020/07/25(土) 14:20:59 ID:Yt9Epgks0
申し訳ありません。タイトル訂正します。上記の投下のタイトルの括弧内、正しくは(前編)でした。

そして中編投下します。

217……and REMAKE(中編) ◆2zEnKfaCDc:2020/07/25(土) 14:22:32 ID:Yt9Epgks0
(勝った……のか……?)

 思いもよらぬシルバーオーブの効力に惚けていたクラウドは次の瞬間には正気に戻る。

 見下ろせば、敵が倒れていた。
否定しなくてはならない、自分の敵。その生殺与奪を、たった今クラウドは握っている。

 如月千早とは違う、明確に実力を持つ者。必ずや自分の優勝を阻む敵として立ち塞がる陽介を、生かしておける理由など存在しない。それなのに、何かが心の中に引っかかっていた。

(……コイツは敵だ。自分の願いのため、そして信念のため、排除しなくてはならない。)

 殺すのならば、勝たなくてはならない。さもなくばこれまで殺してきたことの意味が失われてしまうから。

 だが、たった今自分は負けかけていた。シルバーオーブという、最初から支給されていたものではない、運良く拾えたに過ぎない要素がなければ完全に敗北していた。そんな俺が本当に、これからも勝ち続けられるのか?

 首を横に振って、己のネガティブ感情を抑え込む。どの道レオナールと天城雪子を殺した自分には、もう後戻りの余地など残っていないのだ。黒い感情を可視的に映し出していたグランドリオンが手元に無いというだけで、これほどまでに迷いが生まれるものなのか。

 見回せば、落としたグランドリオンは探すまでもなく見つかった。陽介にトドメをさすための武器として回収に向かう。

「俺……だってなぁ……」

 クラウドが魔剣を拾い上げる、ほんの一瞬。クラウドの注意はそちらに逸れた。

「負ける……わけには……いかねえんだよ……!」

 声と物音に、反射的に振り返る。しかし、遅い。すでにクラウドの視界いっぱいに陽介の拳が主張していた。

 顔面に、精一杯の拳が突き刺さる。いかなる武具であろうとも、いかなる能力であろうとも、シンプルさという土俵で右に出るものはない、単純明快な暴力。それ故に、クラウドは最も警戒が遅れてしまった。

 アルカナを顕現させて割るという、ペルソナを発動する一連の流れを取らせる隙までもを陽介に与えたわけではない。ホメロスやジャローダが動き出す可能性も考えれば、陽介といういちペルソナ使いに割く注意力のリソースとしては合理的で、かつ充分だったはずだ。けれども、その合理性のみでは説明できないほどに、陽介自らが殴りに来るという可能性が完全に抜け落ちていた。

 天城雪子の強さを目の当たりにしたクラウドは、無意識にペルソナという能力に対する恐れ――あるいは畏れを、抱いていた。花村陽介よりも、ペルソナであるジライヤへの警戒が先行していた。敢えて名前をつけるのなら、それは死してなお己の居場所だった者たちを守り続けようとする、天城雪子の亡霊。

218……and REMAKE(中編) ◆2zEnKfaCDc:2020/07/25(土) 14:23:32 ID:Yt9Epgks0
 唐突に振るわれた拳に、グランドリオンを拾い切ることが出来ない。カランと音を立てて地に落ちた剣の行方を気にする暇もなく、第二撃がクラウドの顔面を打ち据える。二度では終わらず、三度、四度。

「ぐっ……!ㅤいい加減に……」

 陽介の殴打は止まず、クラウドは一旦グランドリオンの回収を諦める。シルバースパークの際に龍神丸を落としており、陽介も素手。それならば条件は同じだ。

「……しろッ!」

 まるでバーサク状態のようにただ無心でクラウドを殴り付ける陽介。そのような相手と1VS1で闘う場合、防御は無意味だ。クラウドが打てる手はひとつだった。同じく本能のままに、反撃の拳を突き出すことのみ。

――ガッ!

 陽介の顔面にも、クラウドの拳が突き刺さる。それでも一歩も引くことなく、更に拳を突き出し、応戦を選んだ以上はもう引く選択肢の無いクラウドも後に続く。互いに互いの拳を防ぐ術は無く、いつの間にか殺し合いは、殴り合いへと形を変えていた。

 業物は用いられておらずとも、一切の躊躇無く振り抜かれる拳は、互いの意識を――そして命を、着実に削り取っていく。両者ともにすでに気を失っていてもおかしくないほどのダメージを負って、それでもなお、もはや無意識で相手に殴りかかっていた。それはまるで、殴るのを辞めてしまえばもう二度と立ち上がれなくなるかのように。

 殴り、殴られ。それを繰り返している中で、次第に痛みというものが消えていく。目に映る景色も、現実のものではなくなっていく。





――もし、走馬灯とやらを見るのなら。そこに在るのは大好きな人の姿であって欲しかった。

 いや、そんな資格もないか。俺は小西先輩の本心、聞いちまったんだから。

 それでも、出来れば良い思い出を見たかった。百歩譲って、悪い思い出だったとしても最期に見れれば良い思い出に変わるかもしれない。

 何にせよ、最期に見るのが全く覚えのない景色であるとは、まったく思わなかったものだ。

 まるで海底のように蒼く澄み渡った空間の中、ただ静かに時間だけが流れていく。辺りを照らし出す光は、太陽よりも暖かく自分を包み込んでくれているように思えた。この風景を敢えて言い表すのならば、幻想的とでも言ったところか。天上楽土にも似たその雰囲気からは、すでに俺が天国にいるのかとすら思ってしまう――ただ一つ、天国に似つかわしくない光景を除いて。

 それは、終わりの光景だった。天から降り立った男に、ひとりの少女が背後から胸を貫かれ、その命を散らす瞬間だった。胸から咲いた刀は流れるようにスルスルと抜けていき、飛び散った紅い鮮血が景色を上塗りしていく。

 気が付くと周りの風景は変わり、物語が進行していく。程なくして、これはクラウドの見てきた世界なのだと気付いた。ホメロスの過去にも勇者だとか魔王だとか、半信半疑なワードがいっぱい出てきたが、それにも負けず劣らずのファンタジーの世界を、陽介は見た。
殺し合いの世界にいる奴らは本当に、自分とは異なる世界を生きてきたのだと実感せずには居られなかった。

 しかし物語が幾ら進行していっても、まるで瞼の裏に貼り付けられているかのように、あの瞬間が離れない。仲間と共に星を救っても、ずっとあの光景に苦しめられ続けている。

(アンタも、こういうタチなのかよ……。)

 思い出したのは、『彼』のためと称して自分に刃を向けたミファー。想い人のために、何ができるか。その結果が殺人に向いてしまうのは、許してはいけないことなんだと思う。

 だけど、この気持ちだけは尊重しなくてはならないものなのだと、ふと俺はそう思った。

(まだ、終わっていられない……。そうだよな。)

219……and REMAKE(中編) ◆2zEnKfaCDc:2020/07/25(土) 14:24:38 ID:Yt9Epgks0




 陽介とクラウド。
二人の意識が現実へと引き戻された。

 クラウドの体内に残るジェノバ細胞の見せた、幻想のように淡い夢。陽介にはクラウドの記憶が、そしてクラウドには陽介の記憶が見えていた。それは幻想でありながら、しかし相手にとっては紛れもない真実でもあった。

 殴り合い、そして殺し合う現実もまだ終わっていない。目が醒めたのなら、次の行動は決まっていた。

 崩れ落ちた身体を持ち上げ、よろよろと敵を見据える。ペルソナを顕現させる体力も、ザックの中から道具を取り出す労力も惜しい。あと一発、ただ相手の顔面にぶちかましてやれればいい。両者ともに、それを本能が理解していた。この結末に、小細工は要らぬと。

「……お前は、俺の理想だった。」

 想起する。何も無い田舎町。大型スーパーの店長の息子として商店街の人たちから疎まれながら生きる、灰色の日々。特別な何かになることはできず、世界は自分以外の何かを中心に回っている。

「好きな人のために闘うヒーロー、そういうのにずっと憧れてたよ。」

 何かになりたかった。
自己の存在に意味を与えられる、何かに。

「いや、それだけじゃねえ。」

 追体験したクラウドの記憶。悲しみも苦しみも、数えきれないほど流れ込んできて、決して幸福な物語とは言えないものだったけれど。

 だけど、それでもクラウドは主人公だった。

 誰かの物語の脇役ではなく、紛れもなく自分の物語の中を生きていた。そう感じた時に芽生えたこの気持ちは、言うなれば鳴上悠に向けるものと同じものだ。劣等感、或いは羨望。

「お前は星を救った英雄で、皆の中心で……"特別"だった。」

 ここまでぶつかってきた相手の過去を知り、憧憬を覚えた。たったそれだけの話だ。クラウドが敵であることも、和解の道などとうに絶たれていることも、何も変わっていない。

「俺はお前が、羨ましいと思ったんだ。」

 だけど、たったそれだけが陽介を立ち上がらせる。

 悠と同じものをクラウドに感じ取った。その上で負けて、一矢報いることもできずに死んだのなら。俺はきっと、二度と悠を相棒とは呼べない。もう、アイツの背中を追いかけるだけの、アイツを見上げているだけの俺でいたくないんだ。

 立ち上がれ。クラウドが立ち上がる限り、何度でも。アイツと対等な俺であるために、こんな感情なんかに負けるな。

 ただその一心で、陽介は前に進む。

「違うッ!」

 そんな陽介の叫びを、クラウドは真っ向から否定した。陽介の言葉への苛立ちを隠せないほど、感情的な一言だった。その裏にある想いは、ただ一つ。

「俺の在りたい姿こそ、お前だったんだ……!」

 大切な人の喪失。その事象のみを語れば、エアリスを失ったクラウドと小西早紀を失った陽介の間に大きな差はありはしない。

 だけど、陽介はその喪失を糧に前を向いていた。己の弱さを受け入れ、灰色の世界を脱却した。それは、クラウドには成せなかった境地。仮にエアリスの死を前に進む契機とすることが出来たなら、目の前に広がる景色は何色だっただろう。

 だからこそ、陽介が羨ましく思えて――だからこそ負けられないとも思った。仲間を殺してでも望む世界を掴み取る己の選択を、幻想と吐き捨てた陽介。お前ごときに俺が分かるものかと否定しなくてはならないのに、彼もまた同じ境遇に立っているのだと知ってしまった。もはや陽介を棄却するには、殺すしか残っていないのだ。それほどまでに、陽介の生き方は正しいのだ。それなのに、何故お前は羨望の眼を向ける。灰色の世界を生きることしかできない俺を、何故お前が見上げているんだ。

220……and REMAKE(中編) ◆2zEnKfaCDc:2020/07/25(土) 14:25:19 ID:Yt9Epgks0




 陽介とクラウド。
二人の意識が現実へと引き戻された。

 クラウドの体内に残るジェノバ細胞の見せた、幻想のように淡い夢。陽介にはクラウドの記憶が、そしてクラウドには陽介の記憶が見えていた。それは幻想でありながら、しかし相手にとっては紛れもない真実でもあった。

 殴り合い、そして殺し合う現実もまだ終わっていない。目が醒めたのなら、次の行動は決まっていた。

 崩れ落ちた身体を持ち上げ、よろよろと敵を見据える。ペルソナを顕現させる体力も、ザックの中から道具を取り出す労力も惜しい。あと一発、ただ相手の顔面にぶちかましてやれればいい。両者ともに、それを本能が理解していた。この結末に、小細工は要らぬと。

「……お前は、俺の理想だった。」

 想起する。何も無い田舎町。大型スーパーの店長の息子として商店街の人たちから疎まれながら生きる、灰色の日々。特別な何かになることはできず、世界は自分以外の何かを中心に回っている。

「好きな人のために闘うヒーロー、そういうのにずっと憧れてたよ。」

 何かになりたかった。
自己の存在に意味を与えられる、何かに。

「いや、それだけじゃねえ。」

 追体験したクラウドの記憶。悲しみも苦しみも、数えきれないほど流れ込んできて、決して幸福な物語とは言えないものだったけれど。

 だけど、それでもクラウドは主人公だった。

 誰かの物語の脇役ではなく、紛れもなく自分の物語の中を生きていた。そう感じた時に芽生えたこの気持ちは、言うなれば鳴上悠に向けるものと同じものだ。劣等感、或いは羨望。

「お前は星を救った英雄で、皆の中心で……"特別"だった。」

 ここまでぶつかってきた相手の過去を知り、憧憬を覚えた。たったそれだけの話だ。クラウドが敵であることも、和解の道などとうに絶たれていることも、何も変わっていない。

「俺はお前が、羨ましいと思ったんだ。」

 だけど、たったそれだけが陽介を立ち上がらせる。

 悠と同じものをクラウドに感じ取った。その上で負けて、一矢報いることもできずに死んだのなら。俺はきっと、二度と悠を相棒とは呼べない。もう、アイツの背中を追いかけるだけの、アイツを見上げているだけの俺でいたくないんだ。

 立ち上がれ。クラウドが立ち上がる限り、何度でも。アイツと対等な俺であるために、こんな感情なんかに負けるな。

 ただその一心で、陽介は前に進む。

「違うッ!」

 そんな陽介の叫びを、クラウドは真っ向から否定した。陽介の言葉への苛立ちを隠せないほど、感情的な一言だった。その裏にある想いは、ただ一つ。

「俺の在りたい姿こそ、お前だったんだ……!」

 大切な人の喪失。その事象のみを語れば、エアリスを失ったクラウドと小西早紀を失った陽介の間に大きな差はありはしない。

 だけど、陽介はその喪失を糧に前を向いていた。己の弱さを受け入れ、灰色の世界を脱却した。それは、クラウドには成せなかった境地。仮にエアリスの死を前に進む契機とすることが出来たなら、目の前に広がる景色は何色だっただろう。

 だからこそ、陽介が羨ましく思えて――だからこそ負けられないとも思った。仲間を殺してでも望む世界を掴み取る己の選択を、幻想と吐き捨てた陽介。お前ごときに俺が分かるものかと否定しなくてはならないのに、彼もまた同じ境遇に立っているのだと知ってしまった。もはや陽介を棄却するには、殺すしか残っていないのだ。それほどまでに、陽介の生き方は正しいのだ。それなのに、何故お前は羨望の眼を向ける。灰色の世界を生きることしかできない俺を、何故お前が見上げているんだ。

221……and REMAKE(中編) ◆2zEnKfaCDc:2020/07/25(土) 14:26:00 ID:Yt9Epgks0




 気がつくと、真っ暗な世界の中にいた。
前はまったく見えず、無限に広がっているようにすら思えてしまうほどの、果てしない世界。
一つだけ分かることは、その世界には血の匂いばかりが充満しているということ。鼻の奥に直接響いてくるような刺激が喉まで焼き尽くしてしまいそうなほどに熱く、きっとこの延長上に地獄の苦しみとやらがあるのだろうとすら思えた。

 何故か、理解していた。これは俺の殺してきた者たちの全員分の血なのだと。

 これは呪いか、それとも罰か。どちらにしても、この血は一生俺を捉えて離さないのだろう。万単位の人々を殺してきた俺にはお似合いの末路というもの。死後の安寧への期待など、とうに捨て去っていた。このままこの世界で終わりも見えないまま苦しみ続けるのなら、それでも構わない。それが、自分の罪の代償であるのなら。

『ようやく自覚したのか?』

 暗闇の先に、一人の人影が照らし出される。
金色の髪、そして特徴的な黒の戦闘服。ぼんやりとしたその影は、俺と完全に瓜二つの姿をしていた。

『それはお前が今まで、ずっと目を逸らし続けてきた血だ。』

「……お前は、誰なんだ。」

 鏡を見ているような気分に陥りながら、問い掛ける。

『俺か?ㅤ俺はお前だ。そして、お前は俺でもある。』

 "クラウド"はそっと、クラウドに手を伸ばす。次の瞬間には、真っ暗だった背景が血の海へと変わる。ドス黒い紅色の中で、前方を見通すことすらできない。肺に流入してくるその血液はクラウドの呼吸を阻害し、その中で溺れかける。

 "クラウド"が手を離すと、そんな景色が元に戻った。そしてニヤリと口角を上げながら言葉を紡ぐ。

『見ただろう。お前の心の底には、常にこの世界が広がっていた。切り捨ててきた他者の血で溢れたこの世界。これらは全て、お前の罪の意識の現れなのさ。』

「俺が……罪の意識を?」

『そう。お前は、本当は誰も殺したくなんてなかった。』

「それがどうした。」

 くだらないと、クラウドは吐き捨てた。

「猟奇趣味は無い。それでも、星のためにはやむを得ない犠牲だった。」

 新羅カンパニーという、最高峰の権力を握っている者たちが相手であったのだ。暴力を伴わない主張など、殊更聞き遂げられることは無かった。それを特に好まずとも、それでも殺さなくてはいけない局面は数多くあったのだ。

『ああ、そうだ。』

 対する"クラウド"は静かに、されど荘厳に、口を開いた。

『その理論でお前は多くの犠牲を正当化してきた。』

『全部許された気持ちになってたよなァ?ㅤ一方的に"全部"を奪われた者たちの悲鳴は聞こえないフリ。それを咎める声にも臭いものとして蓋をする。』

『星の危機だからやむを得ない、誰も反対しない、俺は悪くない、と。』

『でも、殺し合いの世界でその"大義名分"は使えなかった。』

『エアリスを生き還らせ、思い出をやり直す。そのために、参加者を皆殺しにする。やむを得ない事情でもなく、誰にも受け入れられず、ただただお前が悪者なだけの願いだ。何なら、蘇らせたい彼女自身までもがそれを望まない性格なのも分かっている。』

「……やめろ。」

『真実を、教えよう。』

「やめろッ!!」

ㅤその言葉に対してピタリ、と"クラウド"は口を止める。そして一呼吸を置いた後、ニヤリと揶揄うような笑みを見せ、再び口を開いた。

222……and REMAKE(中編) ◆2zEnKfaCDc:2020/07/25(土) 14:26:43 ID:Yt9Epgks0
『お前は、止めてほしかったんだ。願いを叶える、エアリスとの思い出をやり直すなどと豪語しながら、心の底では自分を負かしてくれる相手を探していたんだ。』

「――違うッ!!」

 それは、認めてはいけない事実だった。罪悪感から途中で殺戮を思い留まり、立ち止まること。それ自体は何ら悪性のものではない。しかし、クラウドはすでにレオナールを、天城雪子を。殺していた。その上で願いを諦めるなど、寧ろ彼らへの冒涜だ。なればこそ、立ち止まるのは許されなかった。

 しかしながら罪悪感は次第に増していって――逃げ場を失ったクラウドは、無意識的に敗北を求めた。この上なく非合理的でありながら、この上なく人間的な心の動きだ。

「アンタなんか……」

 そして――突きつけられた己の本性を認めぬもまた、人間である。

「――アンタなんか、俺じゃないッ!!」

 それは、禁句であった。

『クク……ククク……クックック……』

 その言葉を受けた"クラウド"から感じる力が、一気に大きくなっていく。グランドリオンに纏われた闇など比較にならない大きさの、負のオーラがクラウドにも伝わってきた。

 そして。





















「――なぁーんちゃって。」









 そのオーラは消滅した。

223……and REMAKE(中編) ◆2zEnKfaCDc:2020/07/25(土) 14:27:23 ID:Yt9Epgks0
ㅤ何が起こったか理解する暇もなく。金髪の青年の姿だった"クラウド"は、殺し合いの主催者である金髪の少女、マナへと姿を変えた。

「ペルソナごっこ、似てた?ㅤ似てたよね?ㅤあ、あなたはペルソナとかシャドウとか知らないんだっけ?」

 驚愕に目を見開くクラウドに顔を近付け、挑発するような目を向けるマナ。抵抗の意思を見せるも、身体が思うように動かない。

「ああ、無駄よ、無駄無駄。私、実態じゃないもん。あなたがさっき映画館で見た映像にちょっと精神魔法を、ね。」

 紅く輝くその瞳が、クラウドの目に映る。クラウドが口を開こうとしても声は出ない。

「それにしても、おっかしい!ㅤあんなにムキになっちゃって。あなたの心の中なんて、ぜーんぶ、お見通しなのにね。」

ㅤクスクスとマナは笑う。不快な笑い声を撒き散らしながら、ゆっくりとクラウドに近付いていく。

「死にたかったんでしょ?ㅤあなたの心、叫んでたもの。殺して!ㅤ私を殺して!ㅤ殺せー!ㅤって。」

 声の出ないクラウドは反論も許されず、対するマナの声は野太いものへと次第に変わっていく。

「でもあなたはそれを否定した。じゃあまだまだ止まりたくないってことでいいのよね?」

 そして、クラウドの正気すら、次第に失われていった。

「いいわ。物語の続きを見せてあげる。あはっ……あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!」

 いつの間にか、マナの笑い声だけが脳内にこだましていた。




224……and REMAKE(中編) ◆2zEnKfaCDc:2020/07/25(土) 14:31:23 ID:Yt9Epgks0

「ホメロス!」

 クラウドが倒れて動かなくなったのを確認すると、陽介は大急ぎでホメロスの介抱に向かう。
 元々大怪我を負っていたのに加え、さらにあのシルバースパークを受けたのだ。もしかしなくてもすでに死んでいるのでは――戦闘中は意識の外に無理やり追いやっていた考えがどっと押し寄せ、取り留めのない不安へと変わっていた。

 (良かった、呼吸はしている……。)

 まだ予断を許さない状況ではあるものの、現状死んでいないことに気付いた陽介は一安心する。

 陽介には知り得ないことであるが、かつてシルバーオーブの力をその身に宿していたホメロスは、雷属性に多少の耐性を持っている。ギリギリでホメロスの命を繋いだのは、たったそれだけの要因だった。

『ディアラマ』

 ジライヤが覚える範囲の、なけなしの回復スキルは普段よりも効きが悪い。一刻を争う状況なのは医療に対して素人の陽介にも分かるほどの傷なのに、なかなか治る様子がない。
 こんな時に天城がいてくれたら、と、もう叶わない願望が頭の中にチラつく。

「……くそっ。」

 やれる限りの回復はやったはずだ。言わずもがな、陽介自身の傷も治療がすぐにでも必要なレベルで深い。ペルソナの酷使による精神力の負担で倒れてしまってもおかしくない。治療に裂けるリソースとしては、すでに潮時であった。

 だけど心無しか、ホメロスの呼吸は安定してきたような気がする。生田目に誘拐された菜々子ちゃんのように、意識の回復に時間がかかるのかもしれない。あとは天命を待つばかり、か。

 とりあえずは地面に落ちていたグランドリオンを回収し、次にクラウドの死体からザックを回収した。

 ザックを開くと、そこには白桃の実、ただひとつのみが入っていた。こんな大物を倒した報酬としてはあまりにも小さいものだ、と肩を竦めながらそれを口に入れる。

「はぁ、疲れた……。」

 どさり、と倒れ込む。まだ殺し合いは終わっていない。他の奴らと協力し、マナとウルノーガを倒すという目的には、まだほとんど近付けていない。だけど、天城の仇を討ったこと、それだけは自称特別捜査隊の前進だと思う。だから今は、少し休息を求めても、我儘とは言われない、よな?



「――俺の幻想は、終わった。」

 そんな陽介の願望を嘲笑うかのように、死んだはずのクラウドが、スっと立ち上がった。

「なっ……!」

 それに気付いた陽介は、ここまでの経緯と、現実として目の前に在る光景のギャップに順応できず、咄嗟の反応が出来なかった。

「――それなら、物語を創り替えてしまえばいい。」

 クラウドの肌は生気を感じないほど薄紫色に染まり、腕は獣の如き剛腕へと変わっている。それが人間に起こる現象ではないとさらに明確に示すかの如く、その背に宿した翼によって、クラウドの両の足は宙に浮いている。そして胸には――存在を主張するかのように、シルバーオーブが光り輝いていた。

ㅤクラウドの様子、それひとつをとっても初めてペルソナ能力に覚醒した時に劣らない驚愕ぶりだ。しかしこの時、陽介を驚かせたのはクラウドのみに留まらなかった。
「お前は……!」

「私のジョーカーは、とんだ期待外れだったものでな……。」

ㅤクラウドの背後に、ひとつの影があった。その姿は忘れもしない。この殺し合いの主催者にして現状を招いた元凶の一人。

「ウルノーガ!」

紛れもなく、本物の。魔道士ウルノーガの姿だった。

225 ◆2zEnKfaCDc:2020/07/25(土) 14:32:19 ID:Yt9Epgks0
中編投下終了です。

226 ◆2zEnKfaCDc:2020/07/25(土) 15:04:06 ID:Yt9Epgks0
あああ>>220>>219と同じのを投下してました……。>>220を以下のものに差し替えます……。




「俺とお前の、何が違った!ㅤ何故、お前は前に進めるんだ!」

 互いが互いへ向けた感情と共に、両者の拳が振り抜かれる。直後に響くは、これまでのどの闘いよりも鋭い打撃音。一瞬の交錯の中で僅かに早く、クラウドの右ストレートが陽介の顔面へと炸裂した。

 相手に向けた感情が、羨望という属性を同じくするものであるならば、この勝負を決定する要因はたった一つ、積み上げてきた経験値のみである。

 今年度に入り、初めて闘いというものを意識した陽介。それに対し、数年前から新羅兵として実戦経験を少なからず積み、不意打ちであったとはいえ伝説のソルジャー、セフィロスと刺し違えるだけの才能も見せたクラウド。雪子がいのちのたまを用いなくては上回ることが出来なかったように、基礎能力が根本的に違うのだ。


――それでもただ一つ、その差を埋めるものがあるならば。


(まだ……倒れるもんか……!)


――それは或いは、"特別"な繋がり。


 渾身の一撃が入っても、まだ陽介は倒れない。意識が消え去るギリギリで"食いしばる"。

「――教えてやるよ。俺と、お前の違いってやつ。」

 大地を強く踏みしめてクラウドと目の高さを同じくし、そして返しの一撃を見舞う。全身全霊を込めたその一撃は外れるはずもなく、その衝撃にクラウドはゆっくりと倒れ込んでいく。

 とっくに答えには辿り着いていた。俺だって、すでに誰かの"特別"なんだと。

「お前は、たった一人の特別にしか目を向けて来なかった。お前の周りには、たくさん人がいたはずなのに。」

 里中も、天城も、クマも、完二も、りせも、直斗も、そして――相棒も。俺にとっては皆が特別で、その代わりなんざ誰にも務まらない。だったらその逆もまた然り、俺の立ち位置だって誰にも譲ってはやれねえ。

「お前にはできたはずなんだ。仲間にとってのお前は特別だったんだから。」

 記憶の中のクラウドだって、周りにはエアリスだけじゃない。たくさん、人が集まっていたはずなのに。クラウドは気付けなかった。周りを"特別"だと、思っていなかった。それがただひとつ、クラウドの敗因だった。

(そう、か。)

 ジェノバ細胞が読み取った陽介の記憶が蘇ってくる。元々灰色だった日常を僅かに彩っていた想い人を亡くした陽介の世界を、明るいものにしたのは何だったのか。陽介は、常にある男の背中を見ていた。その背に、手は届かない。だけどその背が、陽介を前へ前へと導いてくれていたのなら。

(――俺、ソルジャーになりたいんだ。セフィロスみたいな最高のソルジャーに。)

 すべての始まりとなった、七年前の約束。前を向ける気持ちは、間違いなく俺の中にあったのだ。

 それを思い出したクラウドは、霞む意識の中、そっと笑ったような気がした。

227 ◆vV5.jnbCYw:2020/07/28(火) 16:12:46 ID:FrjyBy.Y0
予約延長します。

228 ◆vV5.jnbCYw:2020/07/30(木) 21:30:25 ID:rgxnUANc0
すいません。間に合いそうにないので破棄します。

229 ◆2zEnKfaCDc:2020/08/01(土) 12:25:52 ID:4Fg9ySn60
予約延長します。

230 ◆2zEnKfaCDc:2020/08/07(金) 01:19:43 ID:Z3P5g7Ns0
後編投下します。

231……and REMAKE(後編) ◆2zEnKfaCDc:2020/08/07(金) 01:20:30 ID:Z3P5g7Ns0
 かつて、命の大樹から命のエネルギーを奪ったことで絶大な魔力を手に入れた魔王ウルノーガは、そのエネルギーを6つのオーブに注ぎ、『六軍王』と呼ばれる精鋭部隊に分配した。この殺し合いの各地に配置してあるオーブも、それと同じものである。

 しかしかつてシルバーオーブを与えられた男ホメロスは異形へと変わったのに対し、クラウドをはじめとするこの世界でオーブを手にした者たちはそうならなかった。両者の差は、たったのふたつだ。

 一つは、オーブとの融合を受け入れるかどうか。そしてもう一つは、体内に宿す命のエネルギーの量である。

 ホメロスはウルノーガに与えられたオーブの力を受け入れ、自らの力とする意思があった。また、命の大樹崩壊時にウルノーガに同行し、闇のオーブを介して命のエネルギーを相応量吸収していた。この二つの要素を持っていたからこそ、ホメロスは魔物として勇者の前に立ち塞がった。

 そして今、クラウドにもその両要素が与えられていた。

 自らの死を望むシャドウを模した精神体のマナを拒絶し、クラウドはまだ終わらずに闘う道を選んだ。また、シルバーオーブ自体が共にザックに入れられていたもう一つの宝珠、『いのちのたま』と融合することで大量の命のエネルギーを吸収していた。

 その結果生まれたのが――陽介の眼前に立ち塞がる、一体の魔物であった。全身に纏った禍々しいオーラが、先ほどまでのクラウドとは全く性質を異とするものであると、理解させられざるを得なかった。それに加えて、殺し合いの主催者ウルノーガまでもがこの場に存在している。今のクラウドと同じく、絶対的な敵対者。見ようによっては最終目標である主催者の一人を討つこの上ないチャンスなのかもしれないが、クラウドまでもを前にしてもそう言えるほど楽観的ではなかった。

232……and REMAKE(後編) ◆2zEnKfaCDc:2020/08/07(金) 01:21:00 ID:Z3P5g7Ns0
「さあ、クラウド……否、『魔軍兵士クラウド』とでも呼ぶとしようか。どこぞの出来損ないに代わり、今からお前が我のジョーカーだ。さて、まずは手始めに……」

 ジョーカー。この殺し合いにおけるその単語の意味は、すでにホメロスから聞いている。主催者の息がかかった刺客であり、殺し合いを円滑に進める役割を背負った参加者だ。つまり、ホメロスは切り捨てられたということ。ドラマとかだったら、そんな奴と、そしてそんな奴に手を貸していた奴の末路はもう分かっている。

「……奴らを殺せ。」

 ウルノーガがたった一言、命ずる。そりゃそうなるか、と確定的な未来に納得すると共に、それに伴う死への絶望が襲ってきた。アメノサギリに身体を乗っ取られた足立とて、魔物そのものになったわけではなかった。クラウドはそれほどまでに陽介の常識を超えた存在であり、そんな存在を前にした陽介はもはやペルソナも出せないほど体力も精神力も消耗している。勝ち目なんてゼロに等しかった。

 鋭い爪を備えたクラウドの腕が、陽介へと伸びる。



「――ペルソナッ!」



 次の瞬間、掛け声と共にアルカナを割る音が響き渡った。

 陽介の前に躍り出た黒い影が、クラウドの剛腕とぶつかり合い、そして弾き合う。黒い影は消滅して持ち主のアルカナへと帰り、クラウドはその身に生えた翼をはためかせて空中に留まった。

「何で……アンタが……」

 それは、陽介が顕現させたペルソナではない。矢継ぎ早に起こり続けるハプニングに、もはや驚くことしかできなかった。

 そしてそれは、見物していたウルノーガにとっても意外な出来事だったようで、珍しく不快感を顕にしながら口を開いた。

「何のつもりだ?ㅤ……足立。」

 足立透。八十稲羽市で起きた連続殺人事件の真犯人であり、陽介にとってはかつての想い人の仇でもある人物。そんな奴があろうことか自分を庇うようにしてそこに立っていたのだ。

233……and REMAKE(後編) ◆2zEnKfaCDc:2020/08/07(金) 01:22:27 ID:Z3P5g7Ns0
「あのさぁ、何のつもりってそれこっちの台詞。なに勝手に参加者の魔改造してくれちゃってるワケ?」

 ウルノーガよりもさらにいっそう不機嫌そうに足立は返す。

「僕ね、フェアじゃないゲームが嫌いなんだよ。」

「フェアだとも。ジョーカーは参加者を殺さねばならぬ。代わりを任命し、この役立たずを退場させることこそが本来の形だ。」

 両者の主張を、ただ眺めていることしかできなかった陽介。聞きたいことは幾つもある。しかし、そもそも参加者名簿に足立の名前は載っていなかった上、足立の首には参加者の証である首輪もない。そして現在交わされている、ウルノーガと付き合いがあるかのようなやり取り。導き出される答えはもはやひとつしかなかった。足立は、この殺し合いの主催者側にいるのだ。

 ぽつぽつと怒りが湧き上がってくる。コイツらのせいで、完二も天城も死んだのだ。しかし満身創痍の陽介には怒りをぶつける手段はなく、そもそも足立に助けられたという事実もある。結果的に冷静にならざるを得なかった。

「クラウド!ㅤ元凶はウルノーガじゃねえか!ㅤまんまと言いなりになって、お前はそれでいいのか!?」

 よって会話の対象は変わる。互いの過去を見たクラウドは、陽介にとっては足立よりも相互理解が望める人間だからだ。

「どっちだっていい。」

 しかし、少なからず、クラウドのことを理解しているからこそ。

「俺の願いを叶えてくれるのなら、俺は悪魔にさえ祈ってみせる。」

 それが確かにクラウドの言葉であることに、納得できてしまう。姿かたちが変わったからといって、人格そのものが大きく変わったわけではないのだと理解する。

234……and REMAKE(後編) ◆2zEnKfaCDc:2020/08/07(金) 01:23:11 ID:Z3P5g7Ns0
「……まあ良いだろう。本来なら整合のため首輪を爆破してやるところだが……今回は貴様がそれを助けたことは不問にしてやろう。」

 そして、ウルノーガは妥協を見せる。マナにも底が読めない足立と敵対するのは後々面倒だと感じたか。

「しかし、だ。ホメロスは助からぬ。手駒の分際で我に逆らった愚か者はこのゲームから排除するのみだ。」

――或いは、折衷案として譲れぬ主張を通すためか。

 陽介はウルノーガの初めて見せた殺意に凍りつくような恐怖を覚え、恫喝など慣れたものとばかりに足立は深い溜め息で返した。

「……そもそもが君の人選ミスだろ。典型的なクソだな。」

「黙れ。貴様の"お気に入り"もこうなりたいか?」

 強行とばかりにウルノーガが杖を掲げると、地に伏していたホメロスの身体がふわりと浮き上がり、ウルノーガの眼前へと移動していく。陽介は動けず、足立も動こうとしない。当然、クラウドも黙って見ているのみ。ホメロスに明確に死が迫っているというのに、何も出来ない。

(ちくしょう……)

「死ぬがいい。」

 ウルノーガはゆっくりと、手にした杖を振り上げた。

235……and REMAKE(後編) ◆2zEnKfaCDc:2020/08/07(金) 01:24:10 ID:Z3P5g7Ns0




(俺は……死んだのか……?)

 気が付けばホメロスは、不思議な空間にいた。しかし当人の予測に反し、死んではいない。陽介のディアラマで死を回避して、現実の意識は戻らずとも夢の中で思考している状態。強いて名付けるのなら、精神世界とでも言うべきか。そしてそこには、あの男の姿があった。薄紫の長髪をなびかせ、黒色の鎧をその身に纏った男、グレイグ。ずっとホメロスが劣等感を覚え続けて止まなかった彼との関係は、死の間際にして遂に、ひとつの決着を迎えたはずだった。グレイグはずっと自分を認めていたのだと実感し、心の闇は晴れたはずだった。

 それなのに精神世界のグレイグはこちらを見ようともせず、ホメロスの眼には背格好しか映らない。まるで、ホメロスのことは眼中に無いと言わんばかりに。

「グレイグッ!」

 声を荒らげて叫ぶ。何度も、何度も。それでもグレイグは振り返らず、ホメロスの声にならない声が精神世界に木霊するばかりだった。

 そして同時、理解する。結局、何年もかけて蓄積した鬱屈は、死ぬ直前にグレイグにかけられたたった一つの言葉だけでは完全には晴れなかったのだと。グレイグが前を行き、自分はその背中に羨望の眼差しを向け続ける、その関係に終わりはないのだと。

 何故こうなったのか、答えはもう出ている。デルカダール王の立場を利用したウルノーガの手駒を得るための策によって劣等感を植え付けられたからだ。もしも運命の乱数が僅かにズレていたならば、コインの裏と表のように、始まりが違えばグレイグがウルノーガの配下に成り下がる未来だってあったかもしれない。この雪辱は、在るべくしてあったものでは無い。ただ理不尽に与えられ、押し付けられたものなのだ。

 そして、だからこそ自分は復讐の道を選んだのだ。グレイグへの消えない劣等感の行き場を、全ての始まりである奴にぶつけることにしか生きがいを見出せなかったのだ。

 憎い。ウルノーガが、憎い。

 その感情を認めたその時、ホメロスは直感する。現実の、まさに眼前に、復讐の対象であるウルノーガがいることに。

 憎しみに焦がれたホメロスの意識が、現実へと戻っていく。





「ウルノーガアアアッ!!」

 鬼気迫る叫びと共に、ホメロスは意識を取り戻した。
真っ先に視界に飛び込んできたのは、杖を振り上げたウルノーガが驚き戸惑っている姿。ホメロスの一手分、隙が生まれていた。

 ホメロスの腰には『虹』が納まっている。それはかの勇者の剣にも劣らぬであろう名刀だ。

 仮にも相手は魔王。その一閃のみで殺すことは出来ないだろう。しかし、されど一太刀。無傷でいられるはずはなく、最期に大きい傷跡を残してやることくらいは出来る。元より無謀な復讐劇には充分過ぎる結果だろう。

 居合い抜きの一撃に己の力の全てを込めるため、虹の柄を握り込む。

 そしてウルノーガの身体に狙いを澄まし――

236……and REMAKE(後編) ◆2zEnKfaCDc:2020/08/07(金) 01:24:43 ID:Z3P5g7Ns0

「…………ッ!」

――ホメロスはその手を止めた。

 実際に復讐の対象であるウルノーガを前にして気付いた。自分の中の憎しみは、ウルノーガに対してさほど向いていないと。

 湧かない。湧かないのだ。
仮にウルノーガが配下に選んでいたのがグレイグであったとしても。アイツが自分を超えるために追いかけて来るイメージが全く湧かない。

 グレイグの目は常に民の方を向いていた。彼らを守るべく戦っていた。仮にどのような環境に置かれたとしても、それが民のためであるならば道を外すことはなかっただろう。自分が選ばれ、グレイグが選ばれなかったのはただそれだけのことだったのだ。

 本当は分かっていた。本当に憎いのが誰なのか。どれほどウルノーガの策略が進行していようと。それがウルノーガに植え付けられた劣等感であろうと。最終的にウルノーガの囁きに耳を貸し、その身体を闇に堕としたのはホメロス自身なのだ。

 その責任を、原因に過ぎないウルノーガに擦り付け、復讐に走る。それは何て滑稽なのだろう。グレイグを見る目も変わるわけがない。自己嫌悪に陥る自分の本心からも目を逸らしていたのだから。ああ、それならばまさに道化だ。本当に殺したかった相手は最初からここに居たというのに。

 ウルノーガへの復讐という目的が失われ、この世への未練なるものが完全に無くなったと思えたその時。しかしホメロスは、気が付いた。もう一つ、たった一つだけ、守りたいものはあったのだと。

 一度闇に堕ちた自分が、光の道を進めたのは何故だったか。考えるまでもなく、その闇を受け入れてくれた者がいたからだ。自分の築き上げてきた屍ではなく、自分という人間を、真っ直ぐに見てくれた者がいたからだ。何もかもを失い、遂に自尊心までもを失ったホメロスに、唯一残っていたのがその心。そしてそれこそが、グレイグにあって、自分になかったものだというのか。

(まさかこの俺に……)

 もはや必要の無い虹から手を離す。その重みから解放されたホメロスはもう一度、ウルノーガの眼を真っ直ぐに見据えた。許された行動は一手のみ。その一手の猶予を利用し、或る"呪文"の術式を組み立てる。

("これ"を使う日が来ようとはな。)

 ホメロスの身体に激しく輝く光が現れる。それは怒りや憎しみとはほど遠く、優しく温かい光だった。



『――メガザル』



 ホメロスが身に纏った光がバラバラに砕け散る。光の粒子が満身創痍の陽介と、瀕死のジャローダを包み込み、そして消えていく。何事か不思議に思う暇もなく、両者の負っていた傷は消え去っていた。

 しかしその代償として、ウルノーガが手を下すまでもなくホメロスの命は失われた。結果だけを見れば、まさしくウルノーガの選定通りのホメロスの死。そしてウルノーガに見下されながら崩れ落ちていくその様は、まるで過ぎ去りし時を求めた後の彼の末路のようで――しかし一つだけ、決定的に異なる箇所があった。

 ウルノーガの配下ではなく、一人の聖騎士として散れたこと。それはホメロスの本望であり、同時に自己嫌悪を晴らせる唯一の終わり方だった。なればこそ、最後を飾る言葉は憎しみなどではなく、守りたい誰かの盾となる聖騎士の心を思い出させてくれたことへの、率直な想いを込めた一言で締めよう。消えゆく意識の中、ホメロスは誰にも聴こえないほど小さく、呟いた。

(……■■■■■。)

 それを口にした瞬間、ずっと背中しか見えなかったはずの男が、心なしか振り返ったような気がした。


【ホメロス@ドラゴンクエストXI 過ぎ去りし時を求めてㅤ死亡確認】

237……and REMAKE(後編) ◆2zEnKfaCDc:2020/08/07(金) 01:27:32 ID:Z3P5g7Ns0



「……つまらぬ。」

 ウルノーガが吐き捨てる。自身の手で刑を執行することも叶わず、己の手駒であったことをも否定するような大往生に、ウルノーガの鬱憤が晴れるはずもなかった。

「もうよい。行くぞ、足立。」

「……はいはい。ってことだからさ、陽介くん。せいぜい頑張ってよ。」

「待てッ!ㅤまだ話は――」

 まだ聞きたいことはたくさんある。ここで帰してはならないと、陽介は手を伸ばす。しかし足立が掲げたカエレールは陽介も知る通りに効果を発揮する。

「……真実を知りたければ、生き残ってみせなよ。」

 最後にそう言い残して、足立はここではない何処かへ行ってしまった。ウルノーガの方も、陽介の知らない呪文で飛んで行ったようだ。

「くっそ……。」

 足立を捕まえられなかったことに悔しがり地団駄を踏むも、その暇も無いことを思い出す。まだ何も終わっていない。それどころか、これまでに無い強敵が、まさに目の前に迫っている。

「クラウド……お前……心まで魔物になったわけじゃないんだよな……?」

 見るに堪えない異形と化してもなお理性があるように見える目の前の敵に、対話を試みる。

「そうかもしれないし、違うかもしれない。」

 クラウドは返す。

「俺は元々、心に魔物を買っていた。それだけはハッキリしている。」

 クラウドの意識からは、深層心理で否定したそとによって殺しへの罪悪感というものが消えていた。そしてその罪悪感を担っていたのは、かつて取り戻した本来のクラウドとしての心だった。

「言ったよな。俺、お前が羨ましかったんだって。」

 そして本来のクラウドというものを、陽介は知っている。星を救ったクラウドの周りには、たくさんの人がいて、その中心でクラウドは笑っていて。夢の中。そんなクラウドを陽介は、羨ましく思っていた。

「今のお前を、俺は羨ましいとは思わねえ。」

 そして今。その感情は"リバース"した。ただただ冷淡に、先ほどにも増して人間味の欠片も見えなくなったクラウド。あの本来のクラウドの人格を失っていることは、本来の自分というものにずっと向き合ってきた陽介だからこそ分かった。

「俺は本当のお前に会ってきたんだ。今のお前は本当のお前じゃない。」

「……だったら全てを終わらせた後でもう一度俺を取り戻せばいい。」

 クラウドはその場に落ちている『虹』を拾い上げる。リカームドラのような呪文を使って死んだホメロスが遺した武器。まさかクラウドに使われることになるとは思っていなかった。

238……and REMAKE(後編) ◆2zEnKfaCDc:2020/08/07(金) 01:28:28 ID:Z3P5g7Ns0

「今の俺には、その力があるんだ。」

 何度も命を救ってくれたホメロスの支給品、シーカーストーンの入ったザックもホメロスの遺体と一緒にクラウドの傍に置いてある。でもジャローダはモンスターボールから出てこっち側にいる。それならば、一緒に戦ってくれるはず――



――などということはなく。

 ジャローダはその場から、トラフーリばりのスピードで一目散に逃走を始めた。

「えっ……えええええっ!?」

 その変わり身の早さに唖然とする陽介。ホメロスと共に行動していたことで自分にも何かしらの協調が生まれたような気がしており、肩透かしをくらったような気分だった。

 しかしジャローダが逃げたのには、明確な理由があった。ジャローダの所有者であったホメロスが死んだ今、ジャローダの所有者は居ない状態――つまり、野生のポケモンである。しかしホメロスの身体が先ほどまでウルノーガの居た場所に引き寄せられたことで、ホメロスの支給品もクラウドのすぐ近くに落ちている。クラウドがそれを手にした瞬間に自分を捕まえていたモンスターボールは持ち主の譲渡が成立し、クラウドが所有者となってしまう。

 先ほどの闘いで自分の奇襲を読んでいたクラウドは、少なくともモンスターボールの仕組みを最低限以上理解しているようだった。それがどこまでかは分からないが、もしホメロスのザックの中のモンスターボールをその手に取られれば、今度は自分が陽介に牙をむくこととなる。クラウドのような強者に着いていく方がトウヤへの復讐は果たしやすいのかもしれないけれど、それでもホメロスの仲間だった陽介だけは傷付けたくないから。

 だからこそ、逃げ出した。所有者が変わる前に、モンスターボールの効力のある範囲から離れられるように。頑張って、と。ジャローダは陽介に伝わらない言葉を発した。

 ジャローダが離脱した今、今度こそ陽介とクラウドは一騎打ちだ。クラウドの能力が強化されていることも、ホメロスやジャローダの支援が期待できないことも、先ほどまでと比べて大きく不利になっているはず。

「……何でだろうな。今のお前には、負ける気がしねえ。」

 だけど、人間だった頃のクラウドの方が怖いと思った。今のクラウドは、独りだ。

(なあ、みんな。)

 陽介は独りではない。たくさんの別れと共に、幾つもの想いを背負っている。

(俺、戦うよ。)

 その言葉の先は、完二であり、天城であり、ホメロスであり、そして、先輩でもあった。

 望まずして命を絶たれ、その先の物語を紡げなくなってしまった者たち。

(だから……応援しててくれ。)

 俺が今立っているこの地は、彼らの立てなかった場所だから。俺が生きる今日は、彼らが迎えられなかった一日だから。負けられない理由としては、充分すぎるものだよな。

 その答えを見出した次の瞬間、身体中から力が湧き出てくるのに気付いた。

――弱さを受け入れ、乗り越えた強い意志が、新たな力を呼び覚ます……

「ペルソナァッ!!」

 そして顕現したアルカナを力いっぱい、叩き付ける。同時に生じた破砕音は、この闘いの開戦の合図となった。

239……and REMAKE(後編) ◆2zEnKfaCDc:2020/08/07(金) 01:29:18 ID:Z3P5g7Ns0






 Nの城を目指すトウヤは、特に急いではいなかった。ランニングシューズも無しに無闇に走ると足への負担が大きい。先のアンドロイドとの戦いのように、相手がポケモンではなくトレーナーである自分を直接狙ってくることもあるこの世界。体力を温存しておくに越したことはない。

 確かに、この世界にはレッドやN、更にはレッドの手持ちかもしれないピカチュウなど、心躍るかもしれない相手が数多く存在する。もちろん、仮に彼らが死に瀕する事態が発生するとして、自分が急ぐことでそれに先立って彼らと戦える可能性はあるにはある。しかしその場合も、彼らを殺すに足る実力の持ち主と出会えることにはなり、それはそれで本望である。

 そもそも、殺し合いというシステム上後になればなるほど強い相手ばかりが残ることになるのだ。それならばわざわざ急ぐこともあるまい。と、トウヤの思考はスタンスに照らせば合理的で、そして、或いは冷淡とも称されるものであった。

(後になればなるほど強い相手ばかりが残る……。つまり、弱いものほど先に死ぬということ。)

 強い弱いというのも、実力の有無のみで語れるものではない。例えば先ほど殺したアンドロイドは、実力でいえば相当な強者だったが第一回放送を待たずして死んでしまった。生死を分けたのは、自分の勧誘への返答だった。あの時の選択次第では、まだ生き延びており共に戦いに身を投じていたはず。つまり、局面ごとに妥当な選択ができるかどうか、それもまた強さのひとつなのだ。

(そういう意味で言うなら、ベルなんかは真っ先に死にそうなものですが……)

 かつての旅で、ベルは実力もないのにプラズマ団の悪行を止めにかかったことは何度もあった。悪を許せない彼女のタチは嫌いではなかったが、少なくともこの殺し合いにおいては賢いとは言えないものなのだろう。ここでは実力がないまま他者と対立した者に待つのは死だ。

(まあ、どうでもいいですね。)

 と、考えをやめたその時。

――もし、もう少し速く目的地を目指していたならば、出会えなかったかもしれない。

 背後より、ひとつの影がトウヤに高速接近しているのを感じ取った。

「――!!」

 参加者の襲撃か、それとも野生のポケモンか。トウヤにとってはどちらでもよかった。前者ならば楽しみであるし、後者であれば新戦力として期待できる。ダイケンキが死んだために空のモンスターボールがひとつ余っており、現在トウヤはポケモンの捕獲に挑める状態である。

 答え合わせと、背後の影に向き直る。同時に、それはトウヤに攻撃を加えてきた。

(速い……!ㅤだが……)

 トウヤは率直な感想を抱くが、決して見切れない速度ではない。

「オノノクス!」

 ドラゴンテールで応戦。敵の放ったリーフブレードと真っ向から衝突し、弾き合う。オノノクスの巨体が、こうかはいまひとつの技で押し勝てない点のみを見ても、敵がかなり強いのは明らかだ。

「……!ㅤまさか……。」

 トウヤは敵の姿を確認し――そしてこの殺し合いの世界に来てからいちばんの驚愕の表情を見せた。そして次の瞬間には迷いなく、モンスターボールを足元に投げて瀕死のバイバニラを前に出す。そして一言、指示を出す。

「オノノクス。バイバニラに"きりさく"だ。」

 その突拍子もない指示に、オノノクスは驚く。瀕死のポケモン――それも敵ではなく味方に牙を剥く行為など、かつての主であったアイリスの下でも行ったことがない。しかしモンスターボールの効力には逆らえず、その指示は一切の躊躇なく遂行される。瞬きするほどの間に両断されたバイバニラは無色透明が血液をその場に撒き散らすも、トウヤはそれを意にも介さず、空となったモンスターボールを手に目の前のポケモンと視線を合わせる。そして、かつて長く連れ添ったパートナーに告げる第一声としてはとても希薄かつ空虚な、"捕獲対象"への一言を投げかけた。

「あなた相手にボールひとつでは心許ないですからね。」


【バイバニラ@ポケットモンスター ブラック・ホワイトㅤ死亡確認】

240……and REMAKE(後編) ◆2zEnKfaCDc:2020/08/07(金) 01:29:53 ID:Z3P5g7Ns0



 全ての存在は、滅びるようにデザインされている。誰もがいずれ訪れる終わりに向けて歩み始め、その物語を遂げていく。

(――ありがとう。)

 それらは全て、かつて一度は終わった物語。

「吼えろ――スサノオ!」

 しかし、終わりに続きを求める者がいる限り。

「さて。久しぶりですね――ジャローダ。」

 彼らの物語はやり直され、生まれ変わって。

「もしこれが幻想だとしても、俺は俺の現実を創ってみせる。」

……そして、リメイクされていく。

【E-4/一日目 午前】

【花村陽介@ペルソナ4】
[状態]:健康
[装備]:龍神丸@龍が如く 極
[道具]:基本支給品2人分、不明支給品1〜3個、グランドリオン@クロノ・トリガー
[思考・状況]
基本行動方針:仲間と共に完二の仇をとる
1.魔軍兵士クラウドを倒す
2.死ぬの、怖いな……
3.足立、お前の目的は……?
※参戦時期は足立との決着以降です。主催者陣営に足立がいることを知りました。
※鳴上悠との魔術師コミュは9です(殴り合い前)
※クラウドの過去を知りました。
※ペルソナ『スサノオ』を覚醒しました。


【魔軍兵士クラウド(クラウド・ストライフ@FINAL FANTASY Ⅶ)】
[状態]:HP1/2
[装備]:虹@クロノトリガー シルバーオーブ・LIFE@ゲームキャラ・バトルロワイアル
[道具]:無し
[思考・状況]
基本行動方針:優勝してエアリスを蘇生する。
1.「……。」

※参戦時期はエンディング後です。
※花村陽介の過去を知りました。
※シルバーオーブ・LIFEと融合しています。


※クラウドの近くに、基本支給品、シーカーストーン@ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド、空のモンスターボール@ポケットモンスター ブラック・ホワイトが入ったザックがホメロスの遺体と共に放置されています。



【E-3/草原/一日目 午前】

【トウヤ@ポケットモンスター ブラック・ホワイト】
[状態]:虚無感(僅かに回復) 疲労(小) 帽子に穴
[装備]:モンスターボール(オノノクス)@ポケットモンスター ブラック・ホワイト、チタン製レンチ@ペルソナ4  
[道具]:基本支給品、モンスターボール(空)@ポケットモンスター ブラック・ホワイト×2、カイムの剣@ドラッグ・オン・ドラグーン、煙草@METAL GEAR SOLID 2、スーパーリング@ドラゴンクエストⅪ 過ぎ去りし時を求めて
[思考・状況]
基本行動方針:満足できるまで楽しむ。
1.ジャローダを捕獲する。
2.Nの城でポケモンを回復させる。
3.自分を満たしてくれる存在を探す。
4.ポケモンを手に入れたい。強奪も視野に。

※チャンピオン撃破後からの参戦です。
※全てのポケモンの急所、弱点、癖、技を熟知しています。
※名簿のピカチュウがレッドのピカチュウかもしれないと考えています。


【ポケモン状態表】
【オノノクス ♀】
[状態]:HP1/2
[特性]:かたやぶり
[持ち物]:なし
[わざ]:りゅうのまい、きりさく、ダメおし、ドラゴンテール
[思考・状況]
基本行動方針:トウヤに従う。
1.トウヤに従い、バトルをする。

【ジャローダ@ポケットモンスター ブラック・ホワイト】
[状態]:健康
[特性]:しんりょく
[持ち物]:なし
[わざ]:リーフストーム、リーフブレード、アクアテール、つるぎのまい
[思考・状況]
基本行動方針:トウヤを殺す。

※現在は野生のポケモンの扱いです

【支給品紹介】
【シルバーオーブ・LIFE@ゲームキャラ・バトルロワイアル】
シルバーオーブがいのちのたまと融合し、魔軍司令ホメロスがその身に宿していた時のオーブの状態が擬似的に再現されたもの。現在はクラウドの身体と融合している。原作のシルバーオーブ同様、クラウドを倒した時にドロップする。

241 ◆2zEnKfaCDc:2020/08/07(金) 01:34:35 ID:Z3P5g7Ns0
投下完了しました。

足立の存在を参加者側に通達したかったので主催者側も結構動かしましたが、もし>>1氏の構想とズレてしまうという申し立てが、この話のリレー先が予約される前に出てくるようでしたら、大筋は変えずウルノーガと足立が出てこないように調整して投下し直そうと思います。

242 ◆vV5.jnbCYw:2020/08/09(日) 23:02:17 ID:GLuPxMxc0
予約破棄した分を投下します。

243一難去って…… ◆vV5.jnbCYw:2020/08/09(日) 23:03:19 ID:GLuPxMxc0
リンクと雪歩の二人を乗せたチョコボが、丁度【D-2】に入ったあたりで、マナの放送が流れた。

その瞬間、それぞれの何かが壊れた。
決して壊れてはいけないはずの何かが。

一番最初に呼ばれたのは、雪歩の大切な仲間。
それからすぐに、リンクのかつての仲間。


リンクの背中を握る力が急に強くなったことで。
そして、背中が急に濡れていたことで、後ろに座っていた雪歩に何があったかは彼にも判断出来た。

「雪歩。」
リンクが言葉を発するより先に、2Bが彼女に声をかける。
しかし、彼女もその先にどう言葉をかけていいか分からなかった。

彼女自身は、この世界に来る前に何度も仲間の死を目の当たりにし、訃報を耳にした。
だが、それはあくまで捨て石のように扱われていたアンドロイドのみ。
こうして人間の死を心から涙する人間に、どうやって言葉が正しいのか分からなかった。


「……はるか………。」
涙と共に、雪歩は死んだ仲間の言葉を発す。
765プロにいたとき、前のめりながらもアイドルへと進もうとしていた、大切な仲間。
でも、それが嘘じゃないことは、自ずと認めなければならなかった。
彼女も銃口を突き付けられ、一度死を目の前にしたからだ。

「……すまない。」
リンクは一言こぼす。
雪歩という今の仲間に、そして、ウルボザというかつての仲間に謝罪の言葉を。



雪歩の親友、天海春香の死は、リンクに非があるわけではない。
だが、もしも自分達がNの城を素通りしていれば。
Nの城で眼帯男たちを相手にするのに苦労してなければ。


両方は無理でも、春香かウルボザ、どちらかでも救えたんじゃないか。
そんな後悔の念が、渦となってやってくる。

(まだ修業が足りないのか……。)

悲しさからか、自分への怒りからか知らないが、チョコボの手綱を握る力が強くなっていた。

244一難去って…… ◆vV5.jnbCYw:2020/08/09(日) 23:03:48 ID:GLuPxMxc0

(A2……なぜ……!?。)
雪歩の仲間、そしてすぐにリンクの仲間が呼ばれた後、間の抜けたようなタイミングで、2Bの知り合いが呼ばれた。


――裏切ったのは、司令部だろう?


ヨルハ部隊を裏切り、一人で機械生命体を狩り続けていたA2。

2Bにとって彼女は、間違いなく敵であった。
しかし、どこかで自分にとって大切な役割を果たしてくれる。
そんな存在であった。
もし自分が役目を果たせなくなれば、
もし自分が志半ばで動かなくなれば、その時は彼女が役目を担ってくれる。そう思っていた。



(何だろうな。この気持ち。ソウシツカン……とかいう物なのか?)
アンドロイドは感情を持つことは禁止されている。
だが、言葉で表せない、胸に穴が出来たような気持ちは何なのだろうか疑問に思った。
結局、考えても分からないことを考えるのは止めた。

何にせよ、彼女が死んだということは、自分もいつ死ぬか分からない。
実際に、Nの城での戦いで眼帯男が禿げ頭の男を止めてくれなければ、雪歩が死んでいたかもしれない。
今度こそ雪歩を守ろうと改めて誓う彼女だった。



しかし、すぐに二人は守るべき相手が、雪歩だけでないことに気づく。





「動くな!!」

放送が終わってすぐに、木の影から三人の知らない声が響いた。
リンクはチョコボを止め、2Bもその足を止めて、声の場所を観察する。

「それ以上近づくと……撃つぞ!!」
よく見ると、高校生くらいの少年が銃を構えていた。
しかし、その手は震えており、声は上ずっていた。
まるで無力な子供が怖いものを遠ざけようとするあまりに、玩具を振り回しているような様子だった。
少年との距離はそこまで近づいてなかったが、リンクにも2Bにも共通してその様子は伝わってきた。

「リンクさん……2Bさん……。」
またも銃を突きつけられて、雪歩は不安そうに二人の様子を見る。
リンクはただ、「大丈夫だ」という言葉をその眼だけで送る。


「私たちはゲームに乗っていない。ましてやキミを殺すつもりなんてさらさらない。」
2Bは地面に剣を突き刺し、敵意がないことを示す。
自分があの小さな銃程度で死ぬとは思わないが、リンクと雪歩はそうでない可能性が高いことを考えると、迂闊に刺激しない方が良いと判断した。


「その通りだ。だから君も銃を捨ててくれ。」
リンクはチョコボから降り、同じように真島からもらった刀を地面に刺す。



「ほ、本当なんだな!?お、オレ、お前たちを信用していいんだな!?」
二人の言葉に、幾ばくかの安堵を覚えた。
少年、久保美津雄はウェイブショックをホルダーに収め、足を震わせながらリンク達に近づく。
彼の本心としては、銃を撃たずに済んだ安心感の方が強かった。
最初の頃に考えていた、この時点で戦いに優勝しようという気持ちは、完全に消えてしまっていた。

245一難去って…… ◆vV5.jnbCYw:2020/08/09(日) 23:04:28 ID:GLuPxMxc0

銃を持った自分を何の苦労もなくねじ伏せたザックスが致命傷を負い、何の悩みも持ってなさそうな片思いの相手の訃報を簡単に聞く。
襲い始めた現実の恐怖に、彼は動けなくなっていた。


「頼む、オレの仲間を助けてくれ!!」
美津雄は思い切って、3人にザックスを助けてくれるように懇願する。
銃を突き付けておいて、勝手極まりないのは重々承知の上だ。
でも、自分は恐怖で身がすくんで、薬の素材を探すことさえできない。


「何があった?」
リンクが一番最初に問う。
「オレをかばった仲間が死にそうで……知らない女からかばって刺されて、
……あと、殺されて……いや、その仲間じゃなくて俺の知り合いが、いや、あとそれと、薬のキノコを………。」


最早恐怖と、言いたいことが多すぎるあまり、言葉が文章を作っていなかった。


「落ち着いて話してほしい。私達も君や君の仲間を助けたいと思っている。」
今度は2Bが質問する番だった。

美津雄は言われた通り一つずつ説明した。
ザックスという人物と行動していたが、知らない女性に突然襲われたこと。
彼が自分をかばい、女性は逃げ出したが、ザックスはケガで動けないこと。
自分は彼を助けるために、傷薬の材料を探していること。
そして、つい先ほどの放送で片想いの相手が呼ばれて、恐怖で動けなくなっていたこと。

大切な人がこの戦いで死んでしまって、恐怖で動けなくなっている様子は、二人にとっては雪歩も美津雄も同じだった。
「私達も手伝おう。何が必要なんだ?」

「じゃ、じゃあ、このキノコを知っているか?無いなら探して欲しいんだ。」
美津雄は鞄から分厚い図鑑を出し、回復薬を作るためのレシピが載っているページを見せた。
(こんな図鑑、9Sが読んだら大喜びするだろうな……)
かつての仕事仲間を思い出しながら、2Bはそのページの詳細を眺める。


「どうにか薬草は見つけたんだ。あとはそのアオキノコさえあれば……。」
2Bは美津雄が持っていた薬草を見て、その話を聞くや否や、すぐに走り出した。
「私が探しに行く。」
「マ、マジで助けてくれるのか?」

「リンク、雪歩とその子を頼む。」


リンクに二人の護衛を任せ、いち早く素材を見つけに行く。
ヨルハ舞台で活動していた時から、依頼されていた素材の採取をしていた彼女にとって、キノコ探しなど容易だった。

246一難去って…… ◆vV5.jnbCYw:2020/08/09(日) 23:04:59 ID:GLuPxMxc0

2Bこそは人類のために作られたはずのアンドロイドだったが、直接人間が見える場所で戦ったことはなかった。
勿論Nの城で雪歩のために守って戦ったが、彼女は狩猟や採取能力にも長けていた。


(キノコ狩りくらい、俺も出来るのにな……。)
半ば強制的に二人の護衛をすることになったリンクは、そう思いながら美津雄に声をかける。

「なあ、あの女の人、大丈夫なのかよ?」
「分からない。」

ウソでも大丈夫だと言ってほしかった美津雄にとって、その返答は驚きだった。

「なんだよそれ!!」
安心できるとはいいがたいリンクの言葉を聞いて、美津雄は不安から来る怒りをリンクにぶつける。

「絶対に無事だって保証はない。」
リンクとしては、城での戦いで警戒心を強めていた。
城での奇妙な鎧をまとった禿げ頭の男や、美津雄の仲間を刺した女性、はたまた別の敵が襲いに来る可能性も否定できない。

雪歩こそ、今は落ち着いているが、まだ気持ちは不安定なままだろう。


「けど、君の望みをかなえてくれる力を持っているのは事実。」
それから一拍置いて、こう答えた。
自分が眼帯男と戦っている間にも、雪歩を守ってくれる力はあった。
それは彼にも知っていたことだった。

そう言われると美津雄は、わずかながら表情を緩めた。
リンクは美津雄と、チョコボの上に座っている雪歩、不安定な二人を繰り返し見る。


「一つ聞くが、その仲間って何て名前なんだ?」

リンクとしては、美津雄の知り合いが、自分と同じハイラルの英傑ではないかという疑問があった。
ウルボザが放送で呼ばれたことから、ほかの英傑も参加していると思った。
その仲間は彼をかばって刺されたとのことだが、かつてのハイラルの英傑も、誰もが自分より他者の命を優先するような所がある。
彼らと共に戦った記憶は朧気だが、きっと頼りになる仲間になれるし、瀕死ならば助けねばならない。

美津雄は今度は鞄から名簿を取り出し、名前欄を指でなぞる。
「このザックスって奴だ。知ってるのか!?」
「ごめん……俺の、知り合いじゃない。」
「でも、知り合いじゃないからって、オレのこと見捨てたりしないよな?」
「知り合いとか、そうじゃないとか、関係ない。」

その言葉で、美津雄の不安をわずかだけ取り除く。
しかし、リンクにとっては気がかりになる名前が、『ザックス・フェア』の少し下にあった。

247一難去って…… ◆vV5.jnbCYw:2020/08/09(日) 23:05:22 ID:GLuPxMxc0

(ゼルダ姫まで……!?)
薄々嫌な予感はしていたが、ゼルダまでがこの戦いに呼ばれていたとは。
ハイラル城で厄災ガノンを封印しているはずのゼルダが、どうしてこの場所にいるのかわからない。
だが、一つリンクが分かることは、ゼルダの死、それがハイラルの滅亡にもつながるということだ。
たとえ自分だけが生きて帰っても、厄災を封印する姫がいなければ、ガノンは復活し、ハイラルは闇に飲み込まれてしまう。


そして、リンクに思っていたことがもう一つあった。
今、彼女、ゼルダ姫はどうしているのだろう。
やはり彼女はハイラル城にいるんじゃないか。

こんなところでこうしているうちに、彼女もまたウルボザと同じようなことになるんじゃないか。


本当に、今自分はこうしているべきなのか?




リンクが気づくと、雪歩も自分に支給された名簿を覗いている。


一番最初に、既に死んだ天海春香の名前を見た。
そして、彼女が改めて死んでしまったことを実感する。
次に見つけた名前は、「如月千早」。そして、「四条貴音」、「星井美希」
「誰か、知り合いはいたか?」
雪歩の手の震えから、リンクと美津雄にも、幾分かは察することが出来たが。


「ええ。この如月………。」
雪歩が言葉をすべて話し終える前に、美津雄が大声を上げた。

「オマエ、あの女と知り合いなのか!!?」
「え………!?」
突然の大声で、元々気弱な雪歩は言わずもがな、リンクでさえも驚く。
「雪歩の友達と、何かあったのか?」


リンクは美津雄をなだめようとする。
「アイツが、ザックスを刺しやがったんだ!!」


(どうして……!?)
その言葉は、雪歩の心を折る、最後の藁だった。



銃を突き付けられたことより、春香の死を知らされたことより、その事実は雪歩の心を大きく傷つけた。
雪歩にとっては、仲間が人殺しをしようとするなんて、殺される以上にありえないことだった。

248一難去って…… ◆vV5.jnbCYw:2020/08/09(日) 23:05:49 ID:GLuPxMxc0

どうしてザックスを刺したのか、本当に刺したのは千早なのか。
細かいことを考える間もなく、折れた心の隙間から何かが零れていく。


それは決して零れてはいけないものだった。
でも、掬う暇もなく、零れていく。
やがて、掬うこともできないほど、下へ下へと零れていく。





「なあ!!あの人殺しと知り合いって、どういうことだよ!?」
「落ち着け!!雪歩の友達が人殺しなわけないだろ!!」
リンクが大声で美津雄を咎める。

「オレが聞いた幻聴を聞いたとでもいうのかよ!アイツは「如月千早」って名乗ってたんだぞ!!」
「……!!」

そう言われると、事情を見ていないリンクは黙ってしまった。


雪歩は答えに詰まった。
答えられない。
元の世界で知っている千早が、人殺しをするような人ではないから……というわけではない。
最早思考する余裕がないからだ。
言葉は出ず、口からは荒い呼吸しか出ない。

その時に取れた行動はただ一つ。


「私をここから逃がして!!!!!!」
ただ力いっぱいチョコボの手綱を引っ張った。


「クエエッ!?」
急な命令にいささか驚きつつも、言われた通り全力で南へ向かって走る。
勿論、二人の足ではとてもじゃないが追いつけない。
2Bの全速力なら、まだ追いつけるかもしれないが、彼女は今いない。


「雪歩!!待ってくれ!!」
「おい!待てよ!!」
リンクと美津雄がそれぞれ叫ぶも、瞬く間にチョコボの黄色い尾羽は小さくなってしまった。

「な、なあ、オレ、悪くないからな?それとも、オレが見たものを疑っているのかよ!?」
「誰もそんなことは言っていない。」
美津雄はリンクの顔色をうかがいながら、自分の無実を主張する。
しかし、リンクとしても問題があった。
2Bならともかく、自分はとてもじゃないが全力疾走のチョコボには追い付けない。


「リンク、一体これは!?」
ちょうどその時、2Bが戻ってきた。

「2B、雪歩が南へ逃げて……」
「分かった。リンクはその子を頼む。」
リンクの話をすべて聞く前に、2Bは全速力で雪歩を乗せたチョコボを追いかける。
残された二人の手には、アオキノコが5個ほど渡された。


「ザックスがどこにいるか案内してくれ。」
「……分かった。」

249一難去って…… ◆vV5.jnbCYw:2020/08/09(日) 23:06:42 ID:GLuPxMxc0
リンクと美津雄は、山を下り、ザックスがいた場所へと向かい始めた。










(無事でいろよ…ザックス……!!)
ザックスが治る可能性こそはつかめたが、心拍数はより一層増している。
自分がいない間に、誰かに殺されていないか、不安を胸に走る。
たとえザックスが殺されていなくても、薬で治るか分からない。
彼としては雪歩のことも気にならないわけではないが、ザックスの方が遥かに心配していた。


場所は市街地に移り、美津雄がリンクを、ザックスがいる場所へと案内する。
放送までは付いていた街灯が、辺り一面消えていたことに、一瞬だけ美津雄は奇妙な感覚を覚えた。
朝になって多少様子が変わりながらも、急いで街を走る。

「ザックス!いるか!?今から薬、作るぞ!!」
特徴的なデザインの黒髪と、特徴的な大きさの武器が見える前に、美津雄は大声を出す。


「よお、美津雄じゃねえか……。どこ行ったのかと思ったぞ。」
すぐに見えたザックスの顔は、放送前に美津雄が見た時よりも青白かった。
それでもは生きていたことに安堵する美津雄。
だが、喋りながらも口から血が零れていることから、治療をしないと長くはないことが、二人に伝わってきた。

「そんなこと言っている場合じゃねえよ!!薬の材料探してたんだ!!」
「マジかよ……嬉しいぜ。その青い服の兄ちゃんが、薬の材料なのか?」
「なわけないだろ!ったく、心配かけさせんなよな。」


冗談を飛ばしながらも彼が刺された短剣オオナズチの猛毒が、今もなお彼を蝕んでいることは、彼らは知らない。
彼がまだ生き延びていたのは、ただソルジャーゆえの生命力があったからである。


「リンク……早速……え!?」
イシの村から拝借した鍋に、支給品の水と、ランタンの火で湯を沸かす。
「美津雄、薬草。」
「お、おう。」
そう言いながら共和刀で瞬時にみじん切りにしたキノコを熱湯に入れ、さらに美津雄が取った薬草を千切って混ぜる。

250一難去って…… ◆vV5.jnbCYw:2020/08/09(日) 23:07:10 ID:GLuPxMxc0

リンクは料理の腕のみならず、薬の調合の腕も長けていたことは、この場では誰も知らない。
グロテスクなトカゲや虫、果てには怪物の骨や肝などでも、彼にかかれば瞬く間に有益な薬になってしまう。


「え!?スゴイな……医者とか……薬剤師だったのか?」
驚くほどの手際の良さに、美津雄は驚く。
「どれもちがう。」
「じゃあ、モグリってことか?」
「……どういうことだ?」

薬を作るのに免許がいる世界と、そうじゃない世界で違和感を覚えつつも、リンクの作業は続く。

すぐにかきまぜる鍋からどろりとした手ごたえが現れ、表面に青緑の膜が張ってきた。
鼻歌交じりで作れる状況じゃないが、キノコも薬草も素材が柔らかいため、薬を作るのは簡単だった。


その薬がザックスを助けてくれることを信じて、祈ることしか美津雄は出来なかった。


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