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☆魔法少女リリカルなのは総合エロ小説第100話

1名無しさん@魔法少女:2009/08/05(水) 20:14:08 ID:7A.0xa9.
魔法少女、続いてます。

 ここは、 魔法少女リリカルなのはシリーズ のエロパロスレ避難所の2スレ目です。


『ローカル ルール』
1.リリカルあぷろだ等、他所でのネタを持ち込まないようにしましょう。
2.エロは無くても大丈夫です。
3.特殊な嗜好の作品(18禁を含む)は投稿前に必ず確認又は注意書きをお願いします。
  あと可能な限り、カップリングについても投稿前に注意書きをお願いします。
【補記】
1.また、以下の事柄を含む作品の場合も、注意書きまたは事前の相談をした方が無難です。
  ・オリキャラ
  ・原作の設定の改変
2.以下の事柄を含む作品の場合は、特に注意書きを絶対忘れないようにお願いします。
  ・凌辱あるいは鬱エンド(過去に殺人予告があったそうです)

『マナー』
【書き手】
1.割込み等を予防するためにも投稿前のリロードをオススメします。
  投稿前に注意書きも兼ねて、これから投下する旨を予告すると安全です。
2.スレッドに書き込みを行いながらSSを執筆するのはやめましょう。
  SSはワードやメモ帳などできちんと書きあげてから投下してください。
3.名前欄にタイトルまたはハンドルネームを入れましょう。
4.投下終了時に「続く」「ここまでです」などの一言を入れたり、あとがきを入れるか、
   「1/10」「2/10」……「10/10」といった風に全体の投下レス数がわかるような配慮をお願いします。

【読み手 & 全員】
1.書き手側には創作する自由・書きこむ自由があるのと同様に、
  読み手側には読む自由・読まない自由があります。
  読みたくないと感じた場合は、迷わず「読まない自由」を選ぶ事が出来ます。
  書き手側・読み手側は双方の意思を尊重するよう心がけて下さい。
2.粗暴あるいは慇懃無礼な文体のレス、感情的・挑発的なレスは慎みましょう。
3.カプ・シチュ等の希望を出すのは構いませんが、度をわきまえましょう。
  頻度や書き方によっては「乞食」として嫌われます。
4.書き手が作品投下途中に、読み手が割り込んでコメントする事が多発しています。
  読み手もコメントする前に必ずリロードして確認しましょう。

『注意情報・臨時』(暫定)
 書き込みが反映されないトラブルが発生しています。
 特に、1行目改行、且つ22行以上の長文は、エラー表示無しで異次元に消えることがあるそうです。
 投下時はなるべく1レスごとにリロードし、ちゃんと書き込めているかどうか確認をしましょう。

前スレ
☆魔法少女リリカルなのは総合エロ小説第99話
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/12448/1243670352/

617駐機場2 ◆XSaYC6Ux.U:2009/10/11(日) 07:29:12 ID:V5Iz/4Hc
「ルネッサのこと?」
 アルトの質問に、空を眺めていたオレンジ色の頭が小さく肯く。
「あのね、私はティアナには責任はないと思うよ。ティアナが推薦したといっても正当な手続きを踏んで執務官補佐になった訳だし、あの時点で事件の黒幕だなんて誰も予測できなかったんだから」
 努めて明るい声で慰めてみる。そんなアルトの言葉に少女は頭を振る。
「そうじゃなくて……、いや、もちろん、それもあるのだけれど、そう、ルネのしたことは間違ってる。それは確か。多くの人命を奪い、マリアージュを使い破壊活動を行ったわ。でも、ルネの目指したことを、オルセアの内戦に世界の関心を向けさせ停戦させるということを、あたしは完全に否定はできないの。こんなことを感じている時点で執務官失格ね、あたし」
 ティアナのどこか自嘲気味な話し方がアルトは気になった。でも、どのように言葉を掛けていいかがわからない。
 そんなことはない、と口に出すことは簡単だが、そんな言葉でこの生真面目で考えすぎる傾向のある友人は納得してくれるだろうか? 

 ただ、このまま沈黙が続けば、透明な夕焼けの空に少女の姿が溶けていってしまう気がした。
 そんな不安を払うように、アルトは頭の中に浮かんできた言葉を口に出した。
「ティアナはよくやっているよ。私も、スバルも、そして六課で一緒にやって来た連中はみんな知っているよ。血も通わない涙の重さも知らない、そんな冷酷な執務官の方が問題ある。私はそう思うよ」
「ありがとう。でもね、うーん、うまく言えないんだけれど、あの子、そう、ルネとあたしはよく似ているの。
どちらも孤児で、そして、育ててくれた大切な人を奪われて、……。その人の見ていた夢を引き継ごうと努力して、努力しているうちに周りが見えなくなって」
「考えすぎよ」
「あの子は頭も良くて、仕事も良くできて……。もしあの子が、ルネがミッドチルダに生まれていたなら……、考えても仕方のないことなんだけど、どうしても、そう考えてしまうの。そして、友達に囲まれて、きちんとした教育を受けていたなら、あるいは逆に私がオルティアに生まれていたなら……」
 ぽつりぽつり、ティアナが語り出す。ゆっくりと、言葉を探しながら。
 まるで見つからない答えを探しているかのように。
「……そんなことを考えてたら、どうして、あたしが執務官をやっているのかなって。あたしなんかが執務官なんかやってていいのかなって不安に思うの」
「何を言ってるの、今回だってティアナがいなかったらどれだけの人がマリアージュの犠牲になっていたか? わかる? スバルも危なかったのよ」
 そんなアルトの慰めの言葉にも、少女は小さく頭を振るだけ。
 再び沈黙が続く。
 少女は夕陽がゆっくりと沈んでいくのを見ている。
 アルトは少女の苦悩が思った以上に深いことに心を痛めた。だから、少女と真剣に向き合うことに決めた。

「座って。そして、もし良かったら、私の話を聞いて」
 少女はこくんと肯くと、アルトの言葉に素直に従い段の上に腰を下ろす。それを見届けてからアルトはゆっくりと話し始めた。

618駐機場3 ◆XSaYC6Ux.U:2009/10/11(日) 07:33:35 ID:V5Iz/4Hc
「あのね、私、7歳まで自分のこと男の子だと思って育ってきたの。その話しはティアナも知っているでしょ。初めて自分が女の子だって知った時、やっぱりショックだった。だって、その頃はやっぱり女の子って、いろいろできないことが多いと思っていたし。まあ、六課のフォワード陣見ているとそんなこと全然ないんだなって思うけど、その時は何で自分が男の子に生まれなかったのかなって悩んだんだよ、本当」

残っていたジュースを一気に飲み干すとアルトは話を続ける。

「それから、六課に入る時、シグナム副隊長に誘われた時はただ嬉しいだけだったけれど、決まってからやっぱり不安になって。昇進と魔力資質は表向き関係ないけれど、それでもやっぱり、前線に出て大きな功績を挙げるのは魔力資質のある人なんだよね。特にレアスキルを持っている人たち、スタンドアロンタイプの。
そんなわけで入隊するまでの間、本当に一生懸命に資格をかき集めたんだ。魔力ゼロでも取れる資格はできるだけ取るように頑張った。やっぱり後輩の魔導士チームには負けたくないって言う気持ちがどこかにあったんだと思う。今考えるとおかしいんだけどね」

「でも、……」
 口を挟もうとする少女の機先を制するようにアルトは話を続ける。
「航空隊ではほとんどの人が魔導士だったし、それも空戦関係の。
同期に入った人や、後輩たちがどんどん先に進んでいく、階級も上がっていくのに私だけが取り残されていくような気がしていたのね。その頃は、私もね、整備員をやりながら、魔法の方も努力すればきっと強くなるって思ってたの。でも、あれってやっぱり天性の部分が大きくてね。正直、航空隊だけじゃなくて、管理局自体やめちゃおうかなって思ったこともあったんだ」

 アルトは軽く目を閉じて昔のことを思い出す。きっと、シグナム副隊長に出会って声をかけてもらっていなかったら、たぶん管理局を辞めてヴァイゼンに帰っていたはず。

 だから、今、一〇八隊の屋上でこうして、少女と出逢ったことにも何かの意味がある。アルトは、そう思った。
「そんな、だってアルトさんはいつも明るくて、スバルと一緒に六課を盛り上げて。それに、私が落ち込んでいる時は、いつも明るい笑顔で慰めてくれたじゃないですか。隊舎の給湯室で、寮の休憩室で。本当に、本当に感謝しているんですよ」
 むきになって話す生真面目なところは昔と少しも変わらないな、とアルトは懐かしく感じる。
 同時に、この自分と同じ歳の少女は出会ってから、ずっと「アルトさん」という呼称を変えてはいなかったことに改めて気が付いた。

 入局はアルトの方が先だが、今ではティアナは本局執務官、三尉扱いになる。対するアルトは一〇八隊のヘリパイロット、階級は三つ下の陸曹である。
 逆に、自分も出会った時のまま、「ティアナ」という呼び方を変えていない。階級が三つも上の上官に向かって呼び捨てもどうかと思うが、呼称を変える機会を逃してしまったと言うのが正直なところだった。

619駐機場4 ◆XSaYC6Ux.U:2009/10/11(日) 07:40:34 ID:V5Iz/4Hc
「だから、それは六課に入ってからのことなんだ。六課では、何て言うか、みんな本当に家族みたいだったからね。
それにね、やっぱりフォワード陣が、端で見てても辛そうな訓練とかも本当に頑張っていたから。
私も、ただ張り合うんじゃなくて、何が自分にできるのか、もう一度原点に帰って考えてみたの。
だから、ティアナ達のお陰よ。本当に真っ直ぐに目標に向かうあなたたちが可愛かったんだから」
 驚いたように大きく目を見開き、少女はアルトを見つめる。

「あの頃のあたし、可愛かった? 生意気で周りが見えず意固地で、スバルを巻き込んで迷惑を掛けて、
シグナム副隊長やヴィータ副隊長に怒られて。今、思い出すと、顔から火が出るほど恥ずかしいわ」
 言葉に嘘はないのだろう。頬が赤いのは夕焼け空に染まっただけではなさそうだ。
 そんなティアナはやっぱり可愛いなとアルトは思ってしまう。

「まあ私とティアナとは同じ歳だから可愛いというのはおかしいのかも。だけどね、それでも私の方が少しだけ先輩だったから」
 でも、やはり、執務官になったティアナに可愛いというのは少し問題がある気がして、話しの方向を修正する。

「私は六課解散後、地上本部にヘリパイとして採用されて、その後、ちょっといろいろあって、ここ一〇八隊に移ったんだけど、
父さん、あ、これはゲンヤ・ナカジマ三佐のことね。一〇八隊では部隊長のことを親しみを込めて『父さん』て言うの、あるいはちょっとふざけて『パパリン』とか。
でも、そう、今の私の憧れかな? 父さんも魔力資質が全くないの。
えーと何だけ、そう、他の部隊にはハラオウン派、本局のコネとか、レジアスの弱みを握って出世したんだとか、陰口をたたく連中も確かにいるよ。でもね、一〇八隊にいれば、そんなのまるっきりデタラメってすぐわかる。
父さんは魔力ゼロだけど、適確な状況判断と明確な指示、そして人間としての温かさで、部隊長として一〇八隊を引っ張っていってるんだから」
 
 ティアナがアルトを真剣な眼で見つめているのに気が付き、熱くなっていたアルトはふと我に返る。

「えっと、何の話ししてたんだっけ。そう、人間は生まれた環境や天性の資質の部分で一見不公平に思えるかもしれない。でもね、きちんと生きることの意味を考えることによって、それぞれ長所を伸ばすこともできるし、例え間違っても正すことができると思うんだ。何か、私ばかり喋っているみたいだし、身内びいきみたいなんだけどね」
 何かを考えるようにオレンジ色の頭がうつむく。長くなった髪がさらさらと胸に流れ落ちる。そんなティアナを眺めながらアルトは話を続けた。

620駐機場5 ◆XSaYC6Ux.U:2009/10/11(日) 07:48:44 ID:V5Iz/4Hc
「今ね、私、デバイスマイスターの資格も取ったんだ。まだB級だけど。ストームレイダーも私がメンテナンスや調整をしているの。シャーリーさんが言うにはデバイスの調整者は、使用者の魔法に余計な干渉をしない分、魔力が無い方が、いいんだって。
時間があったら、ティアナのクロスミラージュも見てあげられるんだけどな」
 アルトがティアナを見上げる。沈黙が続くことに耐えきれずアルトが何か言おうと口を開けた途端、叫ぶようにティアナが声を出した。

「どうして? どうして、アルトさんは、そんなに、そんなにあたしのこと気に掛けてくれるんですか?」
「友達だからってだけじゃ、駄目かな?」
 アルトの言葉にティアナは顔を上げる。

 逆にしばらくアルトは考え込む。実はティアナに秘密にしていたことがあったからだ。
 この場で言ってしまっていいものか、ほんの少し躊躇する。
 でも、この機会を逃したら、たぶん一生言えなくなってしまうだろう。それはそれで何か心苦しい。
 少しの間逡巡した後、切り出すことに決めた。
「ティアナは縁って信じる? これ、ヴァイス先輩からもシグナム副隊長からも口止めされていたんだけどね。
まあ、いっか、もう六課じゃないし。
実はね、私の一番上の兄とね、ヴァイス先輩とそれから、ティーダ・ランスター一等空尉、あなたのお兄さんね、空隊訓練校で同期だったの。
ヴァイゼンまで遊びに来たこともあったんだ。首都航空隊の中で、あなたのお兄さんは誇りだったからね。
そんなこともあって、私もヴァイス先輩もあなたのことを386隊にいた頃から知っていたの。」
 アルトが話を始めた途端、時が止まったようにティアナの動きが全て止まった。

 陽の沈んだ空の下、身動ぎ一つせず、大きな空色に瞳でアルトを見つめている。
ほんのわずかな間、アルトは、まだ話すべきではなかったかと思い巡らしたが、ここまで言ったのだから最後まで言わないと気を取り直す。
「それにね、あなたのお兄さんを墜とした魔法犯罪者を捕縛したのはシグナム副隊長だったのよ。だから、だからね、シグナム副隊長とヴァイス先輩、それにその話しを兄から聞いていた私にとって、あなたは本当の妹のように感じてた。本気でね」
 ティアナの肩が小さく震える。静かな一〇八隊の屋上で小さな嗚咽がだんだんと大きくなる。

 やはり、まずかっただろうか。アルトは少し考えてしまう。
 ティアナは激しく肩を振るわせながら両手で顔を隠している。指の間から涙が溢れ、少女の頬を伝い雫となって落ちる。
「アルトさん」
 嗚咽が泣き声に変わり、一気に膨らんだ。

621駐機場6 ◆XSaYC6Ux.U:2009/10/11(日) 07:55:42 ID:V5Iz/4Hc
 アルトがティアナの執務官試験合格の知らせを聞いたのは六課時代の直属上司シャーリーからだった。

 映像通信に映るシャーリーは、トップの成績で合格という後輩の快挙に対しても、どこか手放しで喜べない、そんな浮かない顔をしていた。

「どうしたんですか? 主任。後輩の執務官試験の合格なんですから、もっと明るい顔しなきゃ。さては後輩に先を越されて落ち込んでるんですか?」
「主任はやめてよ。もう六課じゃないんだし。シャーリーでいいよ。それからね、私はもともと試験を受けなかったの」
「そりゃまあ、どうして?」
「あのね、執務官になったら、時には武装した魔法犯罪者と一対一で向き合わなきゃならないこともあるのよ。もちろん戦闘になることも。通信科卒業の私にそんなスキルあると思う?」
「それは、どうもすいません」
 お湯を掛けられた菜っ葉のようにしゅんとなってしまう。そんなアルトに対し、シャーリーがわずかに微笑む。

「私はね、エイミィさんみたいな執務官補佐を目指しているの。それにね、フェイトさんを見たら分かると思うけど、執務官の仕事は激務よ。デバイスいじる時間もとれなくなっちゃうわ。一度なってしまうと退職まで降りることも難しいし」
「そうですか」
「執務官は権限も広がるけど、責任の方が洒落にならないぐらい重くなるのよ」
「じゃあ、ティアナは責任感の強い子だし、執務官に向いているんですね」
 明るい声で言うアルトと対照的にシャーリーは再び厳しい顔をした。

「だから心配なのよ」
「えっ?」
「あの子は責任感が強くて、むしろ強すぎて、今までも何かにとりつかれたように仕事をしてきたの」
「シャーリーさんも大変ですね、フェイトさんとティアナの両方、似たようなタイプで」
「どっちかというとティアナは、フェイトさんと言うより、なのはさんに似ていると思う。心に決めたら絶対に曲げない、どこまでもまっすぐに突き進んでいく。どこまでも、私たちの手の届かないところまで」
 そう言うと、シャーリーは軽く溜息をついた。

 アルトも、シャーリーが不安に思っている理由が理解できる。でも、一〇八隊でヘリパイをしている自分には手が届かない世界。だから、シャーリーに頼むしかない。
 以前の、頼れる直属上司に。

「そう言われればそうですね。きっとそうだ。……だから、お願い、大変だと思うけれど、何かの時は、ティアナのことよろしくお願いします」 
「わかってますって」
軽く自分の胸をたたき、やっと微笑みを見せてシャーリーがうなずく。
 シャーリーも、アルトがティアナのことをどれだけ心配しているのか知っている一人だった。

622駐機場7 ◆XSaYC6Ux.U:2009/10/11(日) 08:03:01 ID:V5Iz/4Hc
「大丈夫だよ。ティアナは、強い子だから。それに、いつかきっとルネッサもわかってくれる時が来るよ。そしてそういう不幸な子供たちを作らないようにするのがあなたの仕事でしょ。違う?」
 そうアルトが言った瞬間、いきなり抱きしめられた。強い力で。

「だめだよ、私の服、グリスやオイルで汚れているから、ティアナの制服、染みになっちゃうよ」
 反射的にアルトは身を捩って抵抗した。自分の整備用の服は先程のヘリの作業で汚れている。
 ティアナの執務官制服にシミを作ったらまずいなと思うが、ますます強い力で抱きしめられる。
 そうされると背の低いアルトはどうすることもできない。

「アルトさん、あたしは、あたしは、あたしは、やっぱり、……」
 ティアナは何かを言葉にしようとするが全てが泣き声になってしまう。アルトの胸にも熱いものが溢れてくる。
 いつまでも泣き止まない少女の背中にアルトは手をまわして優しく撫でた。

 明日から、自分を抱きしめ泣きじゃくっている少女には、また過酷な仕事が始まるのだろう。
 ティアナは自分の副官だったルネッサに向き合って取り調べを行い、全ての感情を取り払い公平な調書を作るために努力するに違いない。

 この少女の肩に掛かっている責任の重さを想像し、アルトは一つ溜息をついた。
 同時に少女を切なくなるぐらいに愛おしくも思った。
 アルトは、想像する。

 きっと自分が知らないような悲惨な事件現場で、このどこか不器用な少女は、「死者の思い」や「生者の思い」に向き合い、その度に傷ついて来たのだろう。
 もちろん、アルトも地上本部や一〇八隊のヘリパイとして、幾たびか大きな事故現場から、苦痛にうめく重傷者を病院へ搬送したことはある。
 それでも、それは感謝されることはあれ、何らかの感情に巻き込まれることは少ない。

 そんなことを思い、自分よりも遙かに高い位置にあるティアナの頭を優しく撫でているうちに、アルトは、ティアナが執務官試験に合格した時のことを思い出していた。

623駐機場8 ◆XSaYC6Ux.U:2009/10/11(日) 08:08:38 ID:V5Iz/4Hc
 どれくらいの時間が経ったのだろう。気が付くと、当たりはすっかり夕闇に包まれていた。
 すでに遠くに見えるエルセアの中心市街地には光が灯り始めている。
 見上げると、いつの間にかティアナの嗚咽も止まっている。アルトは少し身を離し、改めてティアナを見上げた。

「どう、落ち着いた?」
 オレンジ色の頭が今度はこくりと静かにうなずく。 

「そう言えばシャーリーさんからのメール、ティアナのことが六割以上なんだよ。あとの三割がフェイトさんのこと。変だよね、私たち、それなりに年頃なんだけどなー」
 その言葉に、やっと、アルトを見下ろすティアナの顔に微笑みが戻った。
 だから、アルトは言うことができたのだと思う。

「フェイトさんにもシャーリーさんにも相談できないこと、スバルにも言えないことがあったら、私にも相談して欲しいな、とずっと思っていたんだよ。いい? ティアナ、約束だよ」
 そうしてアルトが小指を差し出すと、ティアナもおずおずと小指を絡ませる。

「懐かしいね。なのはさんやフェイトさんがよくやっていた管理外97世界の誓いの儀式。それじゃ、ティアナ、ゆびきりげんまん、ゆーびきった」
 アルトは妙な節をつけて、誓いの儀式をする。ティアナも涙を袖でぬぐいて笑いかけてくる。辺りはすっかり闇に包まれている。

「さて、今夜はどうするの? グラナガンに戻るの? もう、遅いし、急ぎのことが無いんなら私の家に来ない? ティアナの明日の予定は?」
「明日は10時30分に一〇八隊でギンガさんと打ち合わせ」
「じゃ、なおさら私の部屋に来なさいよ。グラナガンに帰るだけ時間の無駄よ。そうだ、明日の朝、少し早く起きてポートフォール寄って……。私も明日のシフト、遅番で午後からだし。どうせ、ティアナ、まだ行ってないんでしょ」

「でも、そんな突然、悪いわ。これ以上アルトさんに迷惑を掛けるわけには……」
「水くさい。大丈夫よ。少し散らかっているけど。それに、そんな顔してこのままスバルに会うと、余計な心配するよ。あの子、意外とそういうところ敏感だから。私から連絡するわ。大切なティアを一晩借りるって」
 ティアナは少しだけ迷ったような顔をする。

「じゃ、決定ね」
「うーん、じゃあ、今夜は甘えさせてもらおうかな。でも、本当にいいの?」
「じゃ、ちょっと待ってて、ていうか、エレベーターで先に下に行ってて。整備記録と部品発注書を出したら私もあがるから」
 そう言うとアルトは慌てて書類を手にして階段を駆け下りた。
 自分がこの少女のために少しでもできることをするために。

(おわり)

624M2R ◆XSaYC6Ux.U:2009/10/11(日) 08:16:47 ID:V5Iz/4Hc
投下を終わります。

625M2R ◆XSaYC6Ux.U:2009/10/11(日) 08:45:14 ID:V5Iz/4Hc
ごめんなさい。6と7が逆になっています。
7を読んでから6を読んでくれればいいのですが
初めての投下で大失敗です。

626名無しさん@魔法少女:2009/10/11(日) 13:08:03 ID:7c7UMYBA

ところでアルトとティアナってどっちが年上だっけ?

627名無しさん@魔法少女:2009/10/11(日) 13:34:53 ID:9FAW6jNw
>>626
正確にはわからない。
入局はティアナより先で、本編の3年前の時点でシグナムやヴァイスと同じ部隊。
その時点で入局最低5年以上のヴァイスよりは後輩で新米の整備員だったらしい。
でもってスバルとはよく行動する仲。友人のルキノは4年前には既にアースラの乗組員だった。

年齢を連想させるキーワードはこれくらいかな。
後は見た目と口調で想像するしかないけど、そんなに離れていないと思う。
ちなみにティアナはstsの時点で16歳。

628ザ・シガー:2009/10/11(日) 21:50:56 ID:oS4Am6K2
>M2R氏

GJ!
SSX時間軸でのSSとはなんと希少な。
そしてアルトメインというだけでご飯三杯はいけます。
ただ、作中で呼称してたかどうかは分かりませんが、ティアナはアルトにさん付けはしないかとw

ともあれ、ご新規の職人さんに投下していただけて嬉しいかぎりです。
これからもパロを存分に盛り上げていきましょう。


>>600
そう言っていただけると嬉しいですw
ヴァイシグは大好きなカプなんでこれからもちょくちょく書きたいと思っております。



で、そろそろオレも投下しましょう。
鉄拳の最新話いきます。

非エロ、長編、鉄拳の老拳士・拳の系譜最新十話。
いきます。

629鉄拳の老拳士 拳の系譜:2009/10/11(日) 21:52:48 ID:oS4Am6K2
鉄拳の老拳士 拳の系譜 10



「ねえおかあさん」


 ベランダで洗濯物を干していたクイントに投げ掛けられたのは、足元から響いた少女の声だった。
 聞き慣れた声に視線を向ければ、そこには案の定、娘らがいた。
 自分と良く似た顔立ちと髪の色をした少女が二人立っている。
 彼女の愛する娘である、ギンガとスバルだ。
 二人はクイントが腹を痛めて産んだ子ではない。
 戦闘機人を開発する違法な技術者が、どこから手に入れたのか彼女の細胞をベースに作り上げたクローン。
 夫との間に子を設けていなかったクイントは、捜査の過程で救助したこの二人の少女を養子として引き取り、存分に愛した。
 手に持った洗濯物を手早く干し終えると、彼女は腰をかがめて目線を下げ、首を傾げる。


「どうしたの二人とも?」


 ふわりと優しげな笑みを以って問う。
 母の問い掛けに、ギンガとスバルはチラと視線を合わせる。
 そして、二人一緒に口を開いた。


「あ、えっとね」

「ちょっと聞きたいことがあるの」

「なぁに?」

「私たちのおじいちゃんのこと」

「へ? お爺ちゃん?」


 唐突な質問だった。
 今まで娘らの前で彼女らの祖父母、つまり自分の父母の話をした事はほとんどない。
 夫のゲンヤの両親は既に他界しており、自分の母もこの世にはいない。
 必然的に残るのはクイントの父、アルベルト・ゴードンただ一人である。
 クイントと父ゴードンとの仲は、正直に言ってあまり良くはない。
 ゲンヤとの結婚を反対された事があり、ここ数年はろくに顔も合わせていなかった。
 クイントは困ったように苦笑を浮かべ、娘らに質問の訳を問う。


「い、いきなりどうしたの?」

「あのね、きょうスバルが学校でおともだちに聞かれたんだって」

「うん、“スバルちゃんのおじいちゃんとおばあちゃんってどんな人?”って。ねえおかあさん、わたしのおじいちゃんってどんな人?」


 屈託のない澄んだ碧眼で、娘がそう言った。
 これに、クイントは心底困る。
 父の事を話して、二人が会いたいと言ったらどうしようか、と。
 だがいつかは話さなければいけない事だとも思う。
 逡巡は一瞬だった。


「よし、じゃあちょっとおいで」


 言うや、クイントはベランダから家に上がる。
 目指すのは居間で、そこにある大きな本棚だった。
 上から三段目の左から四冊目の本、大きなアルバムを手に取る。
 そしてソファに腰掛けると、娘二人を隣りに座るように言い、アルバムを開いた。


「ほら、これを見て」


 開いたページに載っていたのは、幾つかの写真。
 どれも経年劣化でやや色褪せている。
 クイントが指差したのは、そんな中の一枚だった。
 写真に映るのは三人の人間。
 中央に青い長髪の女性、若き日のクイント。
 その両隣に二人の男性がいる。

630鉄拳の老拳士 拳の系譜:2009/10/11(日) 21:54:39 ID:oS4Am6K2
 右には黒髪の偉丈夫、左には老人。クイントは、左の老人を指す。


「この人が私のお父さん、つまり二人のお爺ちゃんね」


 クイントの言葉に、二人の少女は、へぇー、と眼をぱちくり開いて写真に見入る。
 隣りに立つ母と比べるとよく分かる長身と逞しい体躯、そして鋭く力強い眼差し。
 幼い子供には、少し迫力が過ぎる。


「ちょっとこわいかも……」


 と、スバルが母に身を寄せて言う。
 ギンガは黙っているが、妹と同じ心境なのか、小さく首を縦に振った。
 二人の様に、クイントは思わず苦笑を零す。


「まあ、お父さんは確かにちょっと迫力あるかもね。でもすっごく優しい人なんだよ?」

「ほんとう?」

「もちろん。だってお母さんのお父さんなんだから」


 自信満々と、クイントは自分の豊かな胸を叩いて言った。
 確かに頑固なところがあるが、父の優しさは知っている。
 母を亡くしてから男手一つで自分たちを育ててくれた父を、心から愛しているし尊敬しているから。
 彼女は二人の娘に、お母さんの言葉は信じれない? と念を押す。
 ギンガとスバルは首を横に振り、肯定の意を伝える。
 二人の反応に、クイントの顔には満足げな笑みが浮かんだ。
 と、そこでスバルが一つの問いを漏らす。


「おかあさん、もういっこ聞いて良い?」

「なにスバル?」

「こっちの人がおじいちゃんなのは分かったけど、こっちの人は?」


 問い掛けと共に少女の小さな手が指差すのは、写真のクイントの右に立つ男性だ。
 短い黒髪をした、服越しにも屈強な五体が伺える偉丈夫。
 そして、クイントの父ゴードンと同じく、鋭い眼差しをした男だった。


「ああ、この人は、ね……」


 クイントの表情に、どこか悲壮な色が浮かんだ。
 思い起こされるのは彼との最後の記憶、別れの思い出。
 自然と悲しみが小さな針を胸に穿つ。
 一拍の間をおいて、クイントは告げた。


「二人の伯父さん、になるのかな」


 かつていわれなき罪で日の光の当たる場所から消えた、兄であるギルバートの事を彼女はそう言った。
 スバルとギンガは、叔父という聞き慣れない言葉にきょとんと首を傾げる。
 

「オジさん?」

「そう、伯父さん。私のお兄さんなの」

「へ〜、お母さんにお兄ちゃんいたんだ」

「そうよ。兄さんもちょっと恐そうだけど、凄く優しい人なの」


 クイントの言葉に娘二人は、へぇ、と言いながら写真に見入る。

631鉄拳の老拳士 拳の系譜:2009/10/11(日) 21:55:54 ID:oS4Am6K2
 ふと、スバルが小さな言葉を告げた。


「おじいちゃんとおじさん、かぁ……あってみたいなぁ」


 無垢な少女の望みが吐露される。
 それは難しい話だった。
 父ゴードンとの間に生まれた亀裂なら、まだ修復の余地はあるだろう。
 だが兄ギルバートは管理局に追われる犯罪者だ。
 例えそれが冤罪だとしても、法廷から逃げた者には相応のペナルティが課せられる。
 スバルの望みは、あまりに儚いものだった。
 だがそれをクイントは否定する。


「大丈夫よスバル、いつかきっと会えるわ」

「ほんとう?」

「ええ、お母さんが嘘ついたことある?」


 母の柔らかな微笑に、スバルは首をフルフルと横に振る。
 娘の反応に、クイントは、良し、と頷き言葉を続ける。


「いつか、お爺ちゃんや伯父さんにちゃんと会えるわ。だからその時は皆一緒にご飯食べたり、お話したりしよ」


 母の言葉にスバルとギンガは目を見合わせる。
 そして、元気一杯に答えた。


「「うん!」」


 愛らしい娘の答えに、自然とクイントの顔は笑みに綻ぶ。
 幸せだった。
 例え全てが満たされずとも、家族が心をすれ違わせて、不条理な咎に追われていようとも。


「それじゃあ、二人にお爺ちゃんと伯父さんの事を色々教えてあげるね」

「ほんとう?」

「ききたい、ききたーい!」


 抱きつく娘二人の頭をそっと撫でながら、クイントは優しく語りだした。
 父や兄、そして今は亡き母との過去の話を。
 いつしか彼らと過ごせる未来があると信じて。


 だがそれは永遠に叶わない夢だった。
 娘らに優しく語った三日後、ゼスト隊の全滅という悲劇によって彼女は死ぬのだから。





 襲撃により破壊と殺戮の宴に燃えるフランク・モリス収容所で、一つの出会いがあった。
 それは血縁者同士の初対面だった。
 実の、ではないが、少なくとも血を分けた伯父と姪の産まれて初めての対面。
 ただしそこにあるのは、決して好意ではない。


「早く武装を解除して投降してください」


 青い髪を揺らした美少女が、ギンガ・ナカジマが明確な戦意と敵意を以って告げる。
 鋭い言の葉を投げ掛けた相手が自分の伯父だと知らずに。
 ただ目の前に相手が、父であるゲンヤを傷つけているという怒りのみに満ち。
 少女の吐いた残響に、対面の男、ギルバートの眉根が僅かに歪んだ。
 妹の為に訪れた殺戮の場において妹の残滓とも言うべきギンガから突きつけられる敵意は、心に冷たく鋭い痛みを生む。
 だがその痛みを捻じ伏せる。
 例え誰に憎まれようと、この道は譲れない、譲るわけにはいかない。
 無残に殺されたクイントへの、自分にできるたった一つの弔いを譲る道理など、この世のどこにもありはしない。
 故に、愛しい筈の家族へ、彼は悪意を向けた。


「嫌だ、と言ったらどうする?」


 言葉と共に、ギンガが向ける眼差しが一層鋭さを増した。

632鉄拳の老拳士 拳の系譜:2009/10/11(日) 21:57:10 ID:oS4Am6K2
 クイントの血を引く少女から投げ掛けられる敵意の込められた視線がギルバートの心を刻む。
 本当にクイントにそっくりだと、彼は思う。
 澄んだ碧眼の瞳、青く艶やかな髪、さらには体型や顔立ちに至るまで。
 クイントの遺伝子を用いて作られたのだから当たり前と言えば当たり前だろう。
 その少女から浴びせかけられる敵意は、まるで死んだ妹から向けられるような錯覚すら感じる。


「……なら、無理にでもしてもらいます」


 少女が構えた。
 半身を引き、左腕に装着した鉄の拳、アームドデバイスをギルバートへと向ける。
 廊下の蛍光灯を受けて鈍く輝く鋼の拳、それはかつて彼が愛する妹の誕生日に贈ったものだった。
 自身に突きつけられる鉄拳に、胸の内が軋むような痛みに襲われた。
 あの日クイントへ祝福と共に授けたデバイスが自分に向けられるのは、まるで酷いジョークだ。
 運命の残酷さに口元に苦笑が浮かぶ。
 別に心から面白いなんて思ってはいない。陳腐で残酷すぎて、笑うしかないのだ。
 だが正面で構えるギンガからすればこちらを見下した余裕の笑みにしか見えない。
 少女の顔がより険しく歪み、敵意が大気を焦がす。
 構えるギンガ、手を下げたまま構えず悠然と少女を見据えるギルバート。
 しばしの時、両者は不動で睨み合う。
 戦闘開始のゴングは、先ほどギルバートに倒され床の上に倒れたゲンヤだった。
 鉄拳による打撃を受けた腹部を押さえ、半身を起こした彼は娘の姿に思わず声を漏らした。


「……ギ、ギンガ」


 呻きを交えた父の声に、少女の視線が向けられる。
 数瞬の時、その隙を黒い狂犬は逃さない。
 瞬間的に生じる魔力の流れが脚力を強化し、踏み込む。
 次いで脚部に装着したローラーブーツが唸りを上げ、廊下の塗装を焼き焦がす程の強烈な回転で前進を成す。
 空気抵抗を殺す前面の障壁が反射的に構築され、直進の動きが最高速度に達するのは一瞬。
 もはや気付いた時には、距離というものは詰まっていた。
 それこそ、ほんの少し顔を動かせば唇が触れ合いそうな距離でギルバートとギンガは対峙する。
 驚愕に見開かれた少女の碧眼と、淀んだ彼のブラウンの瞳が交錯。
 魔法で高速化された思考の中、世界はスローモーションに映る。
 普段の何倍にも引き伸ばされた世界の中、ギルバートの腕が大気を引き裂く。
 繰り出すのは左のフック。
 狙うのは顎先だけをかすめ、意識を刈り取る打撃だ。
 傷を負わす事無く気絶させる事を狙って、黒衣の拳士は神速の拳を振り抜く。
 が、鉄拳が捉えたのは虚空のみ。


「くッ!」


 唇から声を漏らしながら、青い髪を宙に舞わせてギンガの肢体が踊る。
 それはほとんど本能的というレベルの回避だった。
 10年以上の月日をシューティングアーツを磨く事に費やした少女の肉体は反射的に神速の打撃に反応せしめたのだ。
 身体を大きくのけぞらせて初撃を避けるや、ローラーブーツ、愛機ブリッツキャリバーを軋ませて後退。
 距離を取ろうと動く少女、当然ギルバートはそんな彼女を追う。
 追撃は足を掬う蹴りの一打。
 右の脚が下段回し蹴りの軌道を描き、ギンガの左膝を狙う。
 先ほどの左拳に比べれば遥かに遅い一撃を少女は後退の動きと共に軽く跳躍して回避した。
 されど、これは狂犬の策の内。
 回し蹴りの脚を魔力によるベクトル・筋力の操作により急加速、同時に左の脚で大きく跳ねた。
 さながら旋風の如く唸りを上げてギルバートの屈強な五体が踊る。
 空中へと逃れて無防備になったギンガを撃ち落すべく、強烈な飛び回し蹴りが繰り出された。
 初撃との速度差と上下軌道の差を用いた二連の蹴り技。
 大気を引き裂く鋭い音がまず響き――次いで硬質な金属音が響き渡る。
 狂犬の巨躯が繰り出した鉄脚が、少女の左の鉄拳に止められていた。
 ギンガは繰り出された高速の連蹴りを見事に防御せしめたのだ。
 ギルバートの顔が僅かに驚愕の色を見せる。
 この年でもうここまでの技術を見につけた姪に、胸の内が熱くなる。
 自分や父がクイントに教えた技術が、こうして今目の前の少女に引き継がれているのだ。
 もしあの悲劇がなかったのならば、自分はこの娘の成長を褒めて上げられたのだろうか。
 高速化された思考能力が愚にも付かない事を思う。
 そんな自分を胸中で苦笑。
 馬鹿め、感傷に浸るな。
 内心そう言い聞かせて戦闘思考を巡らせる。
 もう少しだけ手荒に、だがなるべく傷を負わせる事無く倒さねば。
 脳裏で戦略のパターンが導き出された刹那、彼の肉体は即座にそれを成す。
 ギルバートは己の右脚を受け止めたギンガのリボルバーナックルを足場にし、跳んだ。

633鉄拳の老拳士 拳の系譜:2009/10/11(日) 21:58:27 ID:oS4Am6K2
 190センチを超える彼の巨躯が軽やかに空中へ舞い、そして反転する。
 見ればギルバートのローラーブーツ先端にはウイングロードが構築され、彼の空中での動きを制御している。
 バリアジャケット、黒のコートを翻し、狂犬が踊った。
 繰り出したのは右の腕。
 だがその手の形は拳ではなかった。
 それは貫手と呼ばれる貫通に特化した形だ。
 まともに受ければギンガの柔い女体など容易く貫くだろう。
 ギルバートの鋼の貫手が狙うのは少女の顔面。
 死をもたらす魔の刺突に、少女は咄嗟に障壁を展開する。
 トライシールド、攻撃を受け流す硬質な魔力の楯。
 まずは一度凌いで反撃を行おうという魂胆だ。
 されどそれは叶わず。
 接触した瞬間、高度なバリア破壊術式を持つ貫手は一瞬でギンガの障壁を蹂躙、破壊した。
 防御障壁とそれを破壊する術式の構築錬度。こればかりは、ギンガの歩んだ年月とギルバートの歩んだ年月との差であった。
 眼前に迫る鋼の貫手に少女は己の死を思う。
 もはや回避のできぬ軌跡、次の瞬間には自分の頭はトマトのようの潰れるのか、と。
 だが、その想像すらも裏切られた。
 貫手の形が今度は開かれ、完全な掌と化す。
 そして速度も高速から一気に制動がかけられ、ギンガに接触した時には少しの衝撃すら生まなかった。


「あッ……」


 鋼のナックル型デバイスに覆われた彼の手が、ギンガの頭を軽く押さえるように添えられた。
 それはまるで、幼子の頭を撫でるような所作だった。
 ギルバートの表情が苦く歪む。
 そして思う。
 もし世界がこんなでなかったら、自分はこの娘にこうしてやれたのだろうか、と。
 胸中に湧き上がる感傷と共に、彼は小さく呟いた。


「――ごめんな」


 聞こえるかどうかといった謝罪の響きと同時、ギルバートの掌から魔力が放たれた。
 密接した状態で頭部に衝撃を加え、意識のみを刈り取る非殺傷の一撃が少女を気絶させる。
 薄れゆく意識の中、ギンガはある事に気付いた。
 目の前の男性は、昔母に見せてもらった写真の人にそっくりだと。
 そうだ、この人の事を、母はこう呼んでいた、


「……おじ……さん?」


 言葉を漏らした瞬間、彼女の意識は途切れた。
 倒れるその身体をギルバートはそっと抱きとめる。
 バリアジャケット越しにも分かる、凹凸に満ちたふくよかな女の肢体、母や妹に似た青の長髪から漂う甘い芳香。
 愛おしかった。
 亡き母と妹の面影を残す少女を、初対面であってもそう思った。
 抱き寄せる手に僅かに力を込め、そして唇を噛み締める。
 何故、自分は傷つけたくない者にさえ牙剥かねばならぬのかと思いながら。
 腕の中で意識を失い眠る少女を、彼はしばし抱いた。
 その温もりを永遠に忘れないように。
 数秒か、それ以下か、ギンガの柔い肢体を手繰り寄せたギルバートはやがて少女をその場に下ろした。
 ゆっくりと床の上に寝かせ、名残惜しげにその美貌を見下ろす。
 だがそれも数瞬の事で、彼は即座に踵を返した。
 感傷に浸る暇はない。
 今成すべきは復讐という名の暴虐。
 痛む心など、憂う心など、この場に捨て置く。
 鋼の拳を握り締め、復讐鬼はその形相に憤怒を刻み付けた。


「お前……良いのかよ、それで」


 打たれ、痛む腹部を押さえながら、ゲンヤが問うた。

634鉄拳の老拳士 拳の系譜:2009/10/11(日) 21:59:52 ID:oS4Am6K2
 怒りに歪むギルバートの顔は同時に悲しみに暮れているようで、問わずにはいられなかった。
 愛する妹の残滓を打たねばならなかった彼の心がどれだけの痛みを感じているのか。
 だが彼はその問い掛けに答える事無く、代わりに拳の一撃を見舞う。
 高速の拳打の一撃がゲンヤの顔面を捉え、打ち据えた。
 重さでなく速さを求めた打撃が脳を揺さぶり、ゲンヤは再び膝を屈する。


「がッ……ギル……お前」


 三半規管への衝撃に立つこともままならず、ゲンヤは眼前の復讐鬼を見上げる。
 こちらを見下ろす彼の表情は照明の影となって上手く見えない。
 影で顔を隠し、黒衣の羅刹は告げる。


「ギンガを連れて早く消えろ。俺が理性を保っていられる内にな」


 ただ一言そう残し、彼はその場を後にした。
 向かうのは獲物、憎き仇。
 この施設に収監されたナンバーズと呼ばれる少女達――戦闘機人の元へ。





 フランク・モリス収容所。
 かつては脱獄不可能の監獄と呼ばれた犯罪者収容施設である。
 三重構造の高い塀を設けられ、各種センサーと常時詰めている精鋭揃いの看守で守られたそこは要塞と呼ぶのが相応しかった。
 周辺は工場で囲まれて人家はほとんどなく、まるで巨大な工業機械の中に施設を押し込めるような形になっている。
 その周囲の工場の合間を、夜の闇に溶けるように幾つもの影が動いてた。
 訳あって本局へ出向中のなのはとヴィータを除いた、機動六課の前線メンバー。
 収容所への救援に向かった前線メンバーは、収容所を襲撃した犯罪者の一人テッド・バンディの放つ超遠距離砲撃を掻い潜り接近する為にこうして工場施設の闇の中を移動している。
 ヘリでこれ以上接近するのは危険と判断し、ヘリは一時着陸させてヴァイスは狙撃位置を探して待機するように指示が出された為に前線メンバーとは別に単独行動をしていた。
 先頭にシグナムとフェイトを置き、その背後では召喚竜フリードリヒに乗ったキャロとエリオが飛び、ウイングロードを展開したスバルとバイクに乗ったティアナが続く。
 速度は可能な限り出すが、敵の遠距離砲撃を警戒して魔力リソースの多くを索敵・サーチに振り分けての移動だ。
 通信による本部からの管制は正確で、上手く行けば収容所の外壁部近く、敵の射程の内側に回り込める。
 一行は順調に距離を詰めており、この調子ならばあと数分もしない内に収容所の外壁へと辿り着くだろう。
 張り詰めた冷たい夜気の中で静かに、だが迅速に接近が成される。
 そしてそんな中で、一人表情を緊張ではなく案じの不安で染めた少女がいた。
 魔力で作り出した空を駆ける道、ウイングロードの上を疾走する鉄拳の乙女、スバル・ナカジマである。
 スバルの視線は傍らで大型二輪を駆る親友、ティアナ・ランスターに何度も向けられていた。
 先ほどの大威力砲撃とそれを放った敵の名を聞いてから、ティアナの顔は豹変した。
 表面上はいつもの冷静さを湛えたものである。
 が、長年彼女と共にいたスバルには瞭然だった。
 どろどろとした憎悪が透けて見えるような濁った瞳、僅かにシワを刻んだ眉、時折唇の隙間から覗く噛み締められた白い歯。
 ティアナが隠しているその感情、それは強烈な怒りだった。
 彼女が何に対して怒りを感じているのか、頬を撫ぜる冷たい夜風を感じながらスバルは考える。


(テッド・バンディって人……ティアナと何か関係があるのかな)


 相手は脱獄したばかりの凶悪犯だと聞いた、もし関係があるならそれは決して良いものではないだろう。
 ティアナの大事な人が被害者であったのか、ならばそれはもしかして亡くなった彼女の兄の……
 と、そこまで考えた時だった。

 彼女の思慮を阻むものが現れた。闇夜にあるまじき、美しき光だ。

 夜闇に染まる空から、眩く輝く光が舞い落ちる。
 赤い赤い、血のように赤い光だった。

635鉄拳の老拳士 拳の系譜:2009/10/11(日) 22:00:55 ID:oS4Am6K2
 それは魔力によって形成された誘導弾であり、高速度で空中より飛来する攻撃の軌道である。
 その数、都合45。
 全ての狙いが正確に六課前線メンバーの一人一人に付けられている、超が付く程の高性能誘導弾射撃。
 突如として飛来した魔力弾の来襲に一番最初に反応したのはシグナムだった。
 周辺索敵の術式、そして騎士として永い年月を闘争の場に生きた鋭敏な感覚が彼女を動かす。
 たおやかに実った肢体を躍らせた美しい騎士が剣を振るう。
 シグナムは上空へ舞い上がりつつ飛び交う魔力の弾頭を斬り裂き、あるいは障壁を展開して防いだ。
 彼女の後にフェイトも続き、金色の刃を持つ鎌を翻して迎撃を成す。
 二人は高出力の誘導弾の半数を斬り伏せ、受け止める事に成功する。
 が、二人の美女の手を逃れた残りの半数は眼下に落ちた。
 それぞれが独自の軌道で、敵意と殺意を体現するかのように襲い掛かる誘導弾の雨。
 降り注ぐ弾雨に対してフォワードの四人は瞬間的に防戦を選んだ。
 四人で一つの大きく高硬度の防御障壁を形成し、迫る無数の魔力弾を防御。
 接触と同時に散華した誘導弾の破壊力は凄まじく、四人で作った強固な障壁が今にも割れそうな程に軋みを上げた。
 爆炎と共に立ち昇る濃密な赤い魔力残滓はさながら血煙のように周囲に漂う。
 敵の猛攻を凌いだ、そう六課の前線メンバーは思った。
 あれだけの数と威力、そして誘導性を持つ魔力弾の発射直後である。
 反撃を成すならば絶好の機会であり、逃すべからざる一瞬。
 冷えた夜気に溶け行く魔力煙の中、六課前線メンバーは見上げた上空に敵影を確認する。
 月光を背負った金髪の、赤い服の男がいた。
 射撃手へ攻勢を仕掛けようとシグナムとフェイトが手にした刃を翻す。
 これ以上撃たせる前に仕留めようと、二人は高速で空を駆ける。
 されど、その行く手を銀色の閃きが遮った。
 冷たく暗い夜気を空間ごと断ち斬るような、圧倒的な速度を、絶望的な鋭さを孕んだ――芸術的な軌跡の刃。
 魔力による強固極まる物理保護で覆われた一刀を、先頭を飛ぶシグナムは反射的に防いだ。
 知覚したというよりも本能的に刻み込まれた反射的な挙動で、彼女は三角形のベルカ式独特の障壁と愛剣レヴァンティンを防ぎの形に構える。
 そして生まれる衝撃。
 障壁は一瞬で断ち砕かれ、レヴァンティンの刀身が爆ぜたかのように強烈な剣戟に火花を散らす。
 シグナムの熟れた女体が、上空への飛行で付いた慣性ごと捻じ伏せられて墜落する。
 大地へと落ち往く彼女を受け止めたのは、工場地帯のアスファルトではなく柔らかな黄金の魔力。
 咄嗟にフェイトが構築した衝撃緩和魔法、フローターフィールドである。


「大丈夫ですか?」

「大事ない。それよりも……」


 言葉と共に、シグナムの視線が天を仰ぐ。
 そこには二つの影がある。
 黄金の髪を揺らし、手に二丁の拳銃型デバイスを持つ真っ赤なレザー調ジャケットの美青年、魔銃の名を持つ男。
 黒いざんばらの長髪を無造作に束ねた髪に、白い法衣のような詰襟の服を纏う隻腕の剣士、魔剣の名を持つ男。
 最強最悪の悪鬼共がそこにいた。
 眼下の六課メンバーを見て、金髪の男が憎々しげに傍らの男に告げる。


「おいおい、殺せてねえじゃんか。今までの戦いで消耗してんのかよてめえ」


 先ほどの一撃でシグナムと殺せなかった仲間に、嘲笑と侮蔑を込めての一言だ。
 そんな皮肉を受けても、隻腕の男は微笑を浮かべて嬉しげに答える。


「いえいえ、あの程度の人数では少しも疲れていませんよ。どうやら当たりを引いたようです……ふふ、強い方だ、久しぶりに楽しい相手に巡り会えたようですよバンディさん」


 自分の一撃を受け止めたシグナムに、隻腕の剣鬼は心底嬉しげに笑う。

636鉄拳の老拳士 拳の系譜:2009/10/11(日) 22:02:04 ID:oS4Am6K2
 それは異常な笑み。
 一見すると柔らかな微笑に見えるが、どこか正常性が欠落した表情。
 狂人だけが浮かべる種類の貌だった。
 こちらを見下ろす妖しき眼光に、見つめられる六課の隊員は一様に怖気を感じる。
 が、その中に一人爛々と眼を輝かせる少女がいた。


「テッド……バンディ!」


 上空の男に愛機、クロスミラージュを向けて、ティアナ・ランスターが吼えた。
 テッド・バンディ、かつて愛する家族を無残に屠った犯罪者に少女は剥き出しの憎悪と殺意を吐露する。
 向けられる銃口と憎しみで燃える視線、そしてティアナの吐いた名に、隻腕の剣士が楽しそうに傍らの男へと言う。


「呼ばれてますよ、バンディさん。お知り合いですか?」

「あ? 知らねえよ。どうせ俺に怨みでもあんじゃねえか? なにせ、まあ今まで随分と大量に殺してきたからな」


 酷くつまらなさそうに、バンディは手の銃をくるくると回して弄びながらそう漏らした。
 今までの人生で山ほど人を殺してきたこの男にとって、自身に怨み持つ者との対峙はそう珍しくないのだろう。
 まるで家に湧く害虫でも見るように、外道なる悪鬼は眼下の美少女を見下ろす。
 仲間の見せる冷酷非道を孕んだ視線をよそに、隻腕の剣鬼は自分達を見上げるうら若き乙女達に微笑んだ。


「ああ、私はジャック・スパーダと申します皆さん」


 隻腕の剣士は手にした愛剣を背に隠し、うやうやしく頭を下げて礼をする。
 そしてスパーダは、では、と言葉を続けた。


「――雇い主より受けた命、そして私の悦びの為に……これより殺し合いを致しましょう♪」


 心の底からの喜悦を孕んだ声が響くや、隻腕の剣鬼は手の刃を翻して舞った。
 超高速の飛行を以って成す斬撃乱舞。
 さらにはバンディの放つ赤い射撃魔法の軌跡が加わり、場の空気が滾る程に熱くなる。
 それは冷たい夜気にぬるりと生まれる、熱く血生臭い戦場の空気だった。



続く。

637ザ・シガー:2009/10/11(日) 22:04:19 ID:oS4Am6K2
投下終了。

やっと投下できたw
いやはや、お待たせして申し訳ないです。
なるべく早く書こう書こうとは思ってるのですが、他にも色々と書きたいもんがありまして。
ヴィータのエロとか、ギンガのエロとか、陵辱とか陵辱とか陵辱とか、ヴァイシグとか。
その他諸々アイディアを書き連ねてたり。

とりあえず二十話以内で纏めて、年内完結目指してます。

ではまた次回。

638名無しさん@魔法少女:2009/10/12(月) 08:54:10 ID:BK2tkR5s
>>637
鉄拳キター!
ギルバートの葛藤が良い味出しててGJ!
続きが気になる引きですが…

>ヴィータのエロとか、ギンガのエロとか、陵辱とか陵辱とか陵辱とか、ヴァイシグとか

だと…?

どれも全部読みた過ぎるw
これから寒くなっていきますが全裸ネクタイで待機しようかと思います。

639名無しさん@魔法少女:2009/10/13(火) 00:24:38 ID:pBe7RANs
>>637
GJ
こんなときこそ盛り上げないとですね
一端を担えるようがんばってみるか・・・

640ザ・シガー:2009/10/13(火) 18:55:26 ID:d97H8DSY
俺の投下が連続しちゃうが、しかし完成したら落すのが職人。

という訳でちょっと投下します。
非エロ、バカギャグ、タイトルは『キャロ、チンチンに興味を持つ』

641ザ・シガー:2009/10/13(火) 18:57:31 ID:d97H8DSY
キャロ、チンチンに興味を持つ



 それはある日の事だった。
 空は青く、そよぐ風は涼やかな、何事もない平和な秋の一日。
 時刻は昼時、機動六課隊舎の食堂で六課隊員は皆一様に昼食を楽しんでいた。
 そして事態は、その中に一人の少女の言葉により驚天動地と成る。


「チンチン見たいなぁ」


 と。
 桃色の髪を肩口まで伸ばした幼い少女、機動六課ライトニング分隊の竜召喚師キャロ・ル・ルシエは言った。
 それはあまりにも唐突で、あまりにも突拍子もない言の葉。
 周囲の人間は突然場に巻き起こった残響に、呆然となる。
 時が止まったような空気。
 一人として微動だにできず、少女の発した言葉に固まる各々。
 その中で最初に口を開いたのは、オッドアイの幼女である。


「なのはママー、チンチンってなぁに?」


 なのはママこと高町なのは、入局十年の歴戦エースオブエースの顔が苦く歪んだ。
 敢えて告げよう、彼女は処女であると。
 チンチン、つまりは恐らく男性器の事を指す。
 残念ながら高町なのはという女性は生まれてこの方チンチンを見た事がない。
 もう少し詳しく記述するなれば、記憶にない。
 小さい頃お父さんとお風呂に入ったような気もするが、それは遠い過去の話だ。
 形状・色彩・特性・用途・概念、なのはには圧倒的なまでにチンチンに対する知識が欠けている。
 説明するにしても、チンチンはチンチンだよ、としか言い様がなかった。
 故に彼女は幾許の間を以ってこう答えた。


「そ、そういう事は……その……フェイトママに聞いたらどうかな?」


 教導官、逃げやがりました。
 話を振られた執務官はもちろん大慌てとなり、反論。


「ちょ! な、なんで私に振るの!?」

「……と、友達なら苦しい事も辛い事も半分こするべきなの」

「違うよ!? 半分どころじゃなく今の私に全部丸投げだよ!?」


 と、愉快な会話を繰り広げる二人。
 オッドアイの幼女ことヴィヴィオは、そんな彼女らをポカンと首を傾げて見つめる。
 なのはとフェイトのあーだこーだというお話、チンチンを教える教えないと喚く。
 そんな彼女らを捨て置き、今度はまた別の者が言葉を発した。


「キャ、キャロ! どど、どうしてそんなモノを見たがる!?」


 顔を赤くしてポニーテールの女騎士、シグナムが羞恥心を承知で質問を投げ掛けた。
 こんな事でもいの一番に斬り込む、流石生粋のベルカ騎士である。
 されどそんな彼女の羞恥心を、相手の少女は爆砕した。


「え? シグナム隊長は興味ないんですか? 凄く可愛いと思うんですけど」


 可愛いと言ったのだ、この少女は。
 前代未聞である。シグナムは耳を疑った。
 あんなモノを可愛いと言う人間の気が知れなかった。
 少なくともシグナムの人生経験上、アレは限りなく凶悪である。
 肉の凶器と呼んで差し支えない。
 雄雄しく、禍々しい外観。凄まじい臭気と形容しきれぬ味。そして体内を掻き回す際の強烈さ。
 はっきり言って下手なロストロギアより恐ろしい。
 それがシグナムのチンチン観である。
 もはや発する言葉もなく、烈火の将はただ唖然と成った。
 そんな彼女を当のキャロは、不思議そうに小首を傾げて見つめるばかり。
 そしてあろう事か、少女の次なる言葉の矛先は近くにいた少年へと向いた。


「エリオくんは興味ないの?」

「ええ!? ぼ、僕ッ!?」


 少年の漏らした残響は、困惑と驚愕が混じった大きなものだった。
 そもそもチンチンのある人間に対し、チンチンに興味があるかどうか、とは如何な意なのだろうか。
 もしやキャロの問う言葉、興味とは、つまり少しませた意味なのだろうか。
 要するに――性的な。
 エリオは自分の顔が赤くなるのを感じた。
 そりゃ確かに、自分だって男だ、エッチな事の一つや二つに興味はある。
 何しろ上司であり母親代わりであるフェイトからして性的の塊みたいな存在なのだ。
 訓練中も彼女の豊満な乳房や、熟れた尻や、引き締まった太股をこっそり目に焼き付けている。
 しかし、まだ少年は致した事がない。自分で自分を慰めた事がないのだ。
 あくまで何となく見て、ムラムラするだけ。
 キャロが問うているのは、つまりその先の事なのだろうか。
 ならばエリオも未知の領域であり、確かに興味はあった。
 が、それを人前で言うとなれば話は別だ。
 エリオだってそんな羞恥プレイには流石にまだ興味はない。

642ザ・シガー:2009/10/13(火) 18:58:36 ID:d97H8DSY
 故に彼は、赤く染まった顔を俯き、力なく答えた。


「べ、別に僕は……きょ、興味なんてないよ……」

「えー、本当? 本当に興味ないの?」


 食い下がるようにキャロはエリオの赤く染まった顔を覗き込み、何度もそう問うた。
 少年は無垢な眼差しを向けられ、余計に顔を赤くする。
 そんな彼の反応にキャロは不満げに頬を膨らませ、言った。


「私は見たいけどなぁ――ザフィーラのチンチン」


 場の空気がさらなる強烈な圧力に包まれた。
 名指しである、狼チンポ名指しである。
 言わずもがな、全員の視線が床に寝そべる蒼き狼に注がれた。
 何故に少女は狼の陰茎に興味があるのか。
 もしや、普段から竜という規格外の生命体に触れている彼女は人間如きのイチモツには興味がないのか。
 恐るべしアルザスの竜召喚師。
 全員の思慮には、そんな考えが過ぎった。

 がしかし、そこでキャロはもう一言言葉を加える。




「犬の芸、お手は見た事あるんですけど、チンチンは見た事ないんです」


 と。
 告げた刹那、その場にいた者は、ギャフン、とずっこけた。

 一人ヴィヴィオだけは、キョトンと首をかしげていた。



終幕。

643ザ・シガー:2009/10/13(火) 19:01:21 ID:d97H8DSY
投下終了。

いや、『妹は思春期』って漫画がありまして。
それにあったネタにピンと来て、思わず流用して書きなぐりました。
ええ、酷いネタです。
シグナム姐さんをこんな所でもエロ担当にしてしまったw

いや、しかし、ライトニングの隊長二人が性的過ぎるのがいけないのです!


しかし、もう一度言うが、酷いネタだww

644名無しさん@魔法少女:2009/10/13(火) 20:00:37 ID:XP/V7RzI
GJ!
チンチンってやっぱお子様に言わせるのが興奮するよね。

645名無しさん@魔法少女:2009/10/13(火) 20:08:47 ID:RwfCR6Cw
GJ
次は狼ザフィ×キャロですね (違)

646名無しさん@魔法少女:2009/10/13(火) 21:07:54 ID:6rHodbsA
GJ!
さりげなくシグナムの姐さんw
しかしだ。フェイトとなのはさんがちんちんを想像しながら侃々諤々してると思うとニヤニヤしますな。

647名無しさん@魔法少女:2009/10/13(火) 22:09:15 ID:K0mTvEWk
GJ!
こういうのも楽しいですねw
笑わせてもらいました

648名無しさん@魔法少女:2009/10/13(火) 23:55:46 ID:ctYN3wPY
GJ!!です。
なのはたちは保険の授業の時に任務だったのですね!w

649名無しさん@魔法少女:2009/10/13(火) 23:56:43 ID:bEhBOa1g
キャロはエリオと一緒に風呂入ったときに見なかったのだろうか

650名無しさん@魔法少女:2009/10/14(水) 00:47:51 ID:LW8EdFk2
シガー氏、投下乙

>>「なのはママー、チンチンってなぁに?」

これでパロを一つ考えた

なのは「それはね、小さいクロダイさんだよ」
モブ「(うまい、なのはさん)」
しかしヴィヴィオは遠足で行った沿岸の町で「うわぁ、チンチンがいっぱいだぁ」
とのたまい、思いっきり引かれるのであった。チャンチャン♪

651名無しさん@魔法少女:2009/10/14(水) 21:22:35 ID:tGjjknfs
シガー氏GJ!!
隊長陣バロスwww

652名無しさん@魔法少女:2009/10/15(木) 06:52:11 ID:3/7mImKw
長いこと攻めエリオを見てない気がする。
ヒロイン化して総受けだったり掘られたりしてる時代がずいぶんと長い。

653名無しさん@魔法少女:2009/10/15(木) 14:13:40 ID:kOXzCPOE
鬼畜王エリオ、みたいなのか
確かにエロでがんがん攻めるエリオは見なくなって久しいよな
 
寂しいと思う反面、他の棒役(狙撃手や鬼畜眼鏡)にも出番が増えて嬉しかったりで複雑な気分

654ザ・シガー:2009/10/15(木) 22:25:49 ID:WEUH0.4g
個人的にエリオはガチエロよりは微エロくらいでキャロとチュッチュしたりイチャつくのが一番良いなぁ、と思う。
こう、微笑ましくて。
いや、もちろんエロい話も好きなのだけれど。


まあそれはさておき、もう一度投下いきます。
先のチンチン話の続きを勢いで書いちゃいました。
非エロ、ギャグ、タイトルは『ヴィヴィオ、チンチンに興味を持つ』です。

655ヴィヴィオ、チンチンに興味を持つ:2009/10/15(木) 22:27:40 ID:WEUH0.4g
ヴィヴィオ、チンチンに興味を持つ


 高町ヴィヴィオは悩んでいた。
 それはチンチンについてだ。
 チンチン、それは先日ふと知った言葉である。
 なのはとフェイトに聞いてみたが、これといった明確な回答は得られていない。
 一体チンチンとは何なのか。少女の疑問は募る。
 ただ、先日機動六課食堂で見た会話から察するに、どうやら男の人の股の間にあるものらしい。
 女の子の自分の股にそんなものはないので、やはり男性特有なのだろうと思われる。
 気になる、チンチンとはどんなものなのか。
 そこでヴィヴィオは一つの解決策を講じた。
 物知りっぽい人に聞けば良いのだ、と。
 故に彼女は今日ここに来た。


「あ、ヴィヴィオどうしたの?」


 眼鏡を掛けた金髪の青年はそう問うた。
 彼の名はユーノ・スクライア、ここ無限書庫の司書長である。
 親友であるなのはの養女の訪問に、彼は首を傾げて優しげに問いの言葉を向けた。
 対する少女は、はい、と一度呟き、そして言う。
 驚愕の申し出を。


「あの……チンチン見せてもらって良いですか?」


 と。
 瞬間、ユーノは凍りついた。
 まるで空気どころかその場の空間全てが絶対零度になったような錯覚。
 思考は真っ白、空白となり何も考えられなくなる。
 彼女は、ヴィヴィオは何を求めたのか?
 呆然となる思考で少しずつ理解する。
 彼女は言った、自分のチンチンが、見たいと。
 瞬間、ユーノの頭は混乱の極みとなる。


「ななな、なんでそんな事言うのッ!?」


 普段なら決して漏らす事のない大きな声を、彼は張り上げた。
 無理もない。
 今まで女性から、チンチン見せろ、等という要請を受けたことは一度もないのだ。
 いきなり突きつけられた要求に戸惑い、彼は思わず頬を赤く染めて少女に問う。
 対するヴィヴィオは、どこか残念そうに問い返した。


「えっと……ダメ?」


 まるで飼い主に捨てられた子犬の、縋るような上目遣いの瞳で彼を見る。
 この童女の眼差しに、ユーノは思わず言葉に詰まった。
 そして思う。
 ヴィヴィオのような聡明な少女がこのような問い掛けをするのには、何か理由があるのではないか。
 と。
 思い起こせば、ヴィヴィオは生まれも育ちも普通の人間とは違う。
 聖王の器という、古代ベルカ王を模して作られた生体兵器。
 そして今はなのはとフェイトを母と慕って、機動六課の寮で生活をしている。
 チンチンが見たいという彼女の請いは、もしや普段あまり触れる事のない男性性への興味なのではないか。
 理知的なユーノの思慮はそう思い至る。
 では自分は、ここで無下に彼女の要求を足蹴にすべきではないのではないか。
 苦悩があり、熟慮があった。
 そして導き出された答えは、


「わ、分かったよヴィヴィオ……」


 了承の二文字である。

656ヴィヴィオ、チンチンに興味を持つ:2009/10/15(木) 22:28:54 ID:WEUH0.4g
 彼の言葉に、わーい、と喜ぶヴィヴィオ。
 だが流石に書庫で堂々と股間を曝け出す訳にも行かず、ユーノはとりあえず少女を司書長室に案内した。
 書庫と違い有重量となっている一室、そこに鎮座するデスクの前で彼は少女と向き合う。
 産まれて初めて……女性に男性器を見せ付ける為に。
 ゴクリと息を飲み、青年は告げた。


「あ、あのねヴィヴィオ……その、想像してるよりきっと酷い形だと思うから覚悟してね?
 毛むくじゃらだし、剥けてるし……昨日は忙しくてシャワーも浴びてなかったし、寝る前に……ゴニョゴニョしたから、匂うと思うけど」


 自己申告で自身の股間のデバイスの状態を言いながら、彼は手をベルトに掛けた。
 そしてゆっくりとバックルを外し、ファスナーを下ろしてゆく。
 ヴィヴィオはその様子をマジマジと注視する。
 実に恥ずかしい。
 そして、彼のストリップが遂に佳境に入った時だった。
 司書長室の入り口から音がした。
 そこに立っていたのは、本を取り落とした一人の女性司書で、


「へ、変態……!?」


 と、彼女は言った。
 嗚呼、そうだとも、変態だ。
 ズボンのファスナーを下ろして美少女と二人きりの青年。
 実に疑う余地もなく性犯罪者である。
 瞬間、この事を理解したユーノは叫んだ。


「ちょ! ち、違うんだ! これには深い訳が……」


 と、彼は女性司書に近寄った。
 だが彼は気付くべきであった、自身の股間が今正に解き放たれているのを。
 ブラブラと、それはもう立派な股間のリリカル的な棒が揺れる。
 本SSは非エロ指定なので、あえて詳しい形状説明は言わないが……彼のそれは見事であった。
 女性司書はその立派な棒に、当然だが絹を裂くような悲鳴を上げた。


「だ、誰かー!! 警備、警備の人ー!! 司書長がご乱心です、助けてくださーいッッ!!」


 と。
 数分後、書庫の警備に拘束されて、自分は無実だ、と訴える司書長の姿があった。
 警備の者達は勤めて優しく、大丈夫です司書長、弁護士を雇う権利はありますから、と告げていた。
 そんな様を一人、ヴィヴィオだけはポツンと眺めていた。


「チンチン……見れなかった」


 と、呟きながら。



終幕。

657ザ・シガー:2009/10/15(木) 22:31:44 ID:WEUH0.4g
投下終了。

いや、ユーノ好きの人ごめん。
何度も言うが決して彼が嫌いな訳じゃないんだが……

こう、ついオチ担当に使ってしまったんだよww

658名無しさん@魔法少女:2009/10/15(木) 22:35:18 ID:cJKxrURc
不覚にもおっきした

659名無しさん@魔法少女:2009/10/15(木) 22:48:52 ID:IFL2kAYY
シガー氏の臨界寸前の核融合炉のような創作意欲の源を覗いてみたい。

660名無しさん@魔法少女:2009/10/15(木) 22:50:12 ID:XOdxc3mQ

ユーノよ。お前は悪くない。悪くないんだ(ノ∀;)
とりあえず六課のみんなはわかってくれるさぁ。

661名無しさん@魔法少女:2009/10/16(金) 00:44:15 ID:PX/z8X1g
GJ!!です。
何でいきなり、ここで見せようとするのだw
お風呂一緒に入るとかじゃ駄目なのかwww

662名無しさん@魔法少女:2009/10/16(金) 04:38:54 ID:Ed47PpdM
この後なのフェイはどんな反応をしたのだろうか……

663名無しさん@魔法少女:2009/10/16(金) 08:27:08 ID:mDfb9PV6
ユーノwww
シガー氏GJです!!

664名無しさん@魔法少女:2009/10/16(金) 13:27:52 ID:8/lJnY3Q
このまま残りの男性陣も全て犠牲になるんですね

665名無しさん@魔法少女:2009/10/16(金) 16:58:15 ID:xTbrz9yU
順当にいくとハラオウン家、家庭崩壊の危機か……?

666名無しさん@魔法少女:2009/10/16(金) 19:34:27 ID:aiI23BuY
大丈夫、ぼくらのグリフィスさんが手取り足取りその他色々取りで
チンチンについてヴィヴィオにじっくり教えてくれるはず

667名無しさん@魔法少女:2009/10/16(金) 22:46:53 ID:1Dk90DF6
投下します。
注意
・ショタ
・陵辱

668eraユーノ:2009/10/16(金) 22:48:06 ID:1Dk90DF6
目覚めると共に感じたのは妙な体の熱さだった。全身がうずくみたいに熱い。
いっそ、病的であると言えるそれの辛さは尋常のものじゃない。
身を捩ると触れる空気が肌を刺す様だ。異常なまでに敏感になった肌は、
なんでもない物にさえ過剰に反応する。

熱に浮かされ胡乱な頭のまま、周囲を見回す。
無限書庫に勤務する事になってからというもの、
自分の部屋を牢獄の様だと思った事もあったが、石畳に囲まれた薄暗いここは、
正真正銘の牢獄だった。鉄格子を挟んで通路、さらに奥にはまた鉄格子があり、
その先には部屋があった。そこには、裸の少年が鎖に繋がれ、壁に磔られていた。

反射的に手を伸ばそうとすると、
引っかかった様な手応えがするだけで腕を動かす事が出来ない。
薄々わかっていた事だが、彼自身もまた鎖に手足を繋がれた状態だった。
そして、今さら気づいた事だが、向かいの少年と同じく、彼もまた一糸纏わぬ姿だった。
同年代の少年達と比べてもいくらか小柄な少年の体が、
ぶら下げられる様にして壁に磔にされている。

とりあえず状況は理解した。しかし、何故こんな場所に自分がいるのか、
それが思い出せない。確か、昨日は普通に勤務に出て、
いつも通り仕事は定時に終わらなかったが、それでも久しぶりに家で眠れるはずだった。
だが、無限書庫を出たところからの記憶がない。苛酷な労働環境もあり、
いつの間にか寝ている、という事は今までも少なくなかったが、
とにかく記憶のないその間に何かがあったのだろう。

どうあれ、まずは脱出する事だ。そう思い至り、魔法を使おうとするが、
すぐに魔力が霧散してしまう。魔法を形成しようとすると、
その側から紐が解ける様に崩れてしまうのだ。聞いた事があった。
AMF(Anti Magilink Field)と呼ばれる空間では魔力の結合、
魔法の形成が疎外されるのだという。体感ではさほどAMFの濃度は高くない。
ありったけの魔力を込めれば、魔法を発動する事も可能だろう。

だが、問題はこの体の熱さだった。魔法能力を抑える薬か何かを盛られたのかもしれない。
AMFがなくとも魔法が発動できるか怪しいコンディション。
ごく簡単な筋力強化の魔法を使おうとしただけで、息が上がり、荒い呼吸が繰り返される。
少なくとも、体調が回復するまでは脱出は難しそうだった。

669eraユーノ:2009/10/16(金) 22:48:54 ID:1Dk90DF6
一体誰がこんな事をしたというのだろうか。
AMFは魔導師が扱う魔法としてはAAAランクの高等魔法だ。
機械的に発生させる場合は、とんでもない費用がかかるはずだ。ユーノの知る限り、
例え低濃度といえど民間の企業くらいでは建物を覆う様な大きなものは常時発生させられない。
それこそ、管理局クラスの権力と財力がなければそんな事は出来ないはずなのだ。

そこまで思い至り、いやな想像をした。もしかしたら、その管理局こそが――

「おや、目を覚ましたのか、ユーノ・スクライア君」

野太い男性の声。鉄格子の外に目をやると、小太りの中年の男性が立っていた。

「あ、貴方は……」

熱のせいか、からからになった喉で搾り出す様に声を出した。

「ヒヒッ。しがない調教師さ。ユーノ・スクライア君」

下品な笑いを浮かべ、男は舐める様にユーノを見る。生理的な嫌悪を感じ、
ユーノは身を捩る。

「――っん」

ただそれだけで、全身を舐りまわされたかの様だ。思わず声が漏れる。

「薬は効いている様だねえ。いや、結構結構。
 やっぱり、初めては気持ちいい方がいいからね」

「何を……?」

男が鉄格子の扉を開け、牢獄に入ってくる。舌なめずりしながら近づいてくる男は、
さも楽しげだ。男はユーノの手足のを拘束具に鍵を刺し、錠を外していく。
全ての拘束具が外されると共に、ユーノはその場に座り込んでしまった。
拘束具で吊られる様にして立っていた為に気づかなかったが、体が異様に重かった。
全く体に力が入らない。

「僕に、何をした……!」

「ちょっと薬をね。投与したのは少量の筋弛緩剤と、媚薬さね」

そう言って、男はユーノの腕を取る。そのおぞましい感触は、媚薬の効果で更に強められ、
ユーノの表情を歪めさせる。

「素晴らしい。まるで女の子の肌だ」

手の平を滑らせるようにして、肌に触れられていく。

「んっ、くぅ、止め、ろ……」

抵抗しようにも体に力が入らず、いい様にされるばかり。ユーノに出来た抵抗は、
精々睨む様にして男を見上げるだけだった。

「いい顔だ。そういう顔は調教師としちゃそそられるねぇ」

いやらしい表情を浮かべた男は、またも舌なめずりする。
スクライア一族として活動してきた中で、色々な大人を見てきたユーノだったが、
その中でも最低だと思える男だった。

670eraユーノ:2009/10/16(金) 22:49:24 ID:1Dk90DF6
男はユーノの両足首を掴み、股を開かせる。ユーノは羞恥に頬を赤く染める。
まるで男に下半身を差し出す様な格好になっていた。男は手を伸ばし、
ユーノのペニスに触れる。

「あんぅ…」

まるで、電気が走るみたいだと思った。こそばゆいという感覚を通り越して、気持ち悪い。
そのはずなのに、ひくり、と皮を被った少年らしく奥ゆかしいサイズのペニスが反応している。

「おやぁ、もしかして、気持ちいいのかな?」

「そんな訳……っ」

惚けた顔の男は、ユーノのペニスを刺激し続ける。指先で撫ぜ、擦りあげる。
その度、ユーノは自分で出したとは思えないような裏返った甘ったるい声を上げてしまう。

「こ、こんなっ……のぉ……おか、しいっ……っん、よぉ」

「ぐふふ。なら、抵抗してもいいんだよ、ユーノ君」

脂ぎった顔に醜悪な笑みを浮かべる男に、ユーノは苛立ちを覚える。
筋弛緩剤のせいで抵抗できない事を知った上で、男はそう言っているのだ。
目尻に微かな雫を浮かべたまま、ユーノは男を睨みつける。
だが、それすら男を更なる興奮に誘うだけだった。弱弱しく潤んだ玉緑の瞳は、
男からすれば誘っている様にしか見えない。

玉の様な汗がユーノの白い肌の上に浮かび、
上気した頬はそこいらの女にはない背徳的な淫靡さを引き立てていた。
しかも、力なく男の袖を握り締め、押し返そうとするその姿は、
未だ抵抗の意志を失っていない。そんな健気さを見せられてしまえば、
男の中にある、汚してしまいたいという黒く濁った欲が抑えられなかった。
まるで、降り積もった新雪を踏み荒らす様な下卑た欲求。

「ひっ……!」

男の下半身の変化に気づいたユーノは慄いてみせる。
男の怒張がズボンの上からでもはっきりわかるほど、腫れ上がってしまっている。
ユーノの表情を見た男は、満足そうに口元を歪めた。

「もう少し遊ぶつもりだったけど、俺自身が我慢できそうにないねぇ。ヒヒッ。
 でも、初めてはまだお預けにしないとねぇ。悦び方も教えなくっちゃあ、
 一流とは言えないからねぇ。ヒヒヒッ」

男はユーノのペニスを指で擦りながら、空いたもう一方の手の指を舐め始めた。
汚らしい舌が、ゴツゴツとした男の太い指の上を這いずっている。
ユーノは蛞蝓の様だと思った。そうしてべたべたになった指を、
ユーノの尻にある窄まりに触れさせた。

「止めっ……っんぅ」

ぬめった感触が気持ち悪い。男の唾液塗れの指で触られている事が汚らわしい。
しかし、男が窄まりを指で撫ぜていくうち、
ぞくりとする様なこそばゆさがユーノの背筋を走る。

「ひぅ…あぁっ、ん……」

671eraユーノ:2009/10/16(金) 22:50:02 ID:1Dk90DF6
呼吸する暇さえない責めに、ユーノの頭は朦朧としてきていた。靄のかかった思考は、
男が一方的に与えてくる刺激を、快楽だと理解しそうになる。その度、ユーノは頭を振り、
これは不快なのだと必死に自分に暗示をかける。

「絶対、許さないっ……ぞ……」

「初めは皆そう言うんだよねぇ。ヒヒッ」

男の嘲る様な笑み。

「絶対、お前の、思い通りになんかっ……ひぎぅ!」

男の指先が、僅かにユーノの菊座の中に埋め込まれる。

「っは……ぐ、ぅ…」

広げようとするみたいに、男の指はユーノの尻の出口を這いずり回っている。
ゆっくりと、しかし、少しずつ出し入れされる。指を差し入れられる苦しい感覚と、
抜き出される時の開放感が綯い交ぜになって、ユーノの頭の中をぐちゃぐちゃにしていく。

長く続く責めは、少しずつユーノの心を磨耗させていく。
いっその事一気に止めを刺してくれればいいものを、
男はゆっくりと時間をかけて馴染ませる様にユーノを刺激する。
まだ少年であるユーノが知らずとも、体は本能として快楽を知る。
自己保存に長けた肉体は、そう長くないうち苦しみから逃げる為、
それを快楽と認識するだろう。だが、ユーノは認める訳にはいかない。
唇を噛んで必死に抵抗する。
もはや、ユーノにとっては男どころか自身の肉体すらも敵と化していた。

男は、ユーノのそんな姿を眺めながらほくそ笑む。ユーノが抵抗すればする程、
苦しめば苦しむほど、後にやってくる快楽に抗えなくなる。
調教師として生きてきた男の経験はそれを知る。確かに魔導師であるユーノの精神は強い。
容易くは落ちない。だからこそ急がない。ユーノの窄まりに埋め込まれた指も、
未だ指先が入っただけの状態。まだ出口付近の腸壁を撫でているだけである。

「あ、はあ……あっ、はっ、は……」

ユーノの呼吸が整い始める。男の責めに慣れ始めているのだ。
微かにユーノの瞳に力が戻る。
だが、見計らった様に男はユーノのより奥に指を差し入れる。

「はくっ……深、いっ…駄目ぇ……」

痛いはずなのに、苦しいはずなのに、ユーノの口からは甘い声が漏れてしまう。
その事にユーノは気づけない。気づけるだけの余裕を少しずつ、男に奪われていた。
男の着ている上着を無意識に握ったままになっているが、
押し返すだけの力さえもはやない。本人は抵抗しているつもりだろうが、
弛緩してだらしなく開かれた体は、次に来る快楽を待っているかの様だ。

下卑た笑みを浮かべながら、男はユーノの耳元に囁く。

「苦しいなら、抵抗してもいいんだよ」

思い出した様に、ユーノは男を睨み返し、開きっぱなしになっていた股を弱弱しく閉じる。
だが、閉じたところで既に菊座に入ってしまっている男の指はどうしようもない。
男が中で僅かに指を曲げるだけで、

「あぐぅ! や、めっ……」

ユーノの全身から力が奪われてしまう。そうして、開かれた股の間には、
すっかり腫れ上がってしまったユーノ自身がある。

672eraユーノ:2009/10/16(金) 22:50:43 ID:1Dk90DF6
「ち、ちがっ、これは……」

男は、楽しげに歯を剥いてみせる。そして、ユーノのペニスを指で擦りあげる。
忘れていた感覚に、体が打ち震えるように応えてしまう。

「ひゃぅ、んっ……あ、んっ……」

「何が違うって、ユーノ君?」

差し入れられたままの指の動きを止め、今度は徹底的にペニスを責め立てる。
今までにない激しいそれは、ある感覚をユーノに齎していた。
それを、ユーノは必死に否定する。

「ちがうっ、んっ、ち、あっ、うぅんっ……」

だが、少しずつ白んでいく意識では、抵抗しきれない。
ペニスの先に熱いものがにじり出てき始めていた。それを察したかの様に、
男の指先はペニスをつまんだまま更に激しく上下される。

「いや、駄目、だめっ、……うぁん、らめぇ…っ」

そうして、ユーノの反り返ったペニスの先から、白い液がほどばしり、
ユーノ自身の胸元を汚していく。噎せ返る様な生臭い臭いの中、
ユーノは意識を失った。

673eraユーノ:2009/10/16(金) 22:51:22 ID:1Dk90DF6
もともと引きこもりに近い形で仕事をしてきたせいで、
日付と時間の感覚が薄いユーノである。ここに拉致されて何日が経過しているかなど、
体感ではわかったものではなかったが、少なくとも、
男の責めによって気絶した回数は10回はとうに越している。
最低でも数日は経過しているはずである。しかし、未だ助けはない。
尤も、助けに来るべき管理局自体がこの件に関わっている可能性がある以上、
隠蔽もされていると見るべきだろう。となれば、やはり自力で脱出するしかない訳である。

だが、AMFの効果もあるが、男の生かさず殺さずの体調管理は極めて巧妙で、
調教に耐える最小限の体力を残しつつ、
魔法は使えないという体調をここへ来てからずっとキープさせられていた。
あの男は見た目に寄らず隙がない。あの手の相手に限って、ユーノが子供で、
しかも補助系の魔導師である事から油断してくれるものだが、
男には一切そういったものがなかった。醜悪な表情や、
下品な言動はひたすらに不快でしかないが、思えばそれも奴の技術の一つなのだろう。
相手の油断を期待させるのが狙いだ。油断を待っていれば、
その時間分だけ奴の言うところの調教は進む。現にユーノは隙を窺っている間に、
何度となく男の責めを甘んじて受ける破目になった。

何もかも男の思い通りになってしまっている気がして、苛立ちを隠せないユーノ。
無駄とわかって尚、鎖につながれた両手足に力を入れるが、
素の腕力で鎖をどうこうできる筈もない。男もまだ来ない様子だし、
不貞寝に入ろうとしたその時、

「お待たせぇー。待った、ユーノ君? ヒヒ、ヒ」

男が牢屋に入ってくる。見慣れた気色悪い笑み。
だが、脂ぎった表情はいつもより上機嫌に見えた。
しかも、下半身は既にテントを張っている。ユーノが記憶する限り、
調教の最中に興奮してああなる事はあったが、いきなりというのは初めてだった。

674eraユーノ:2009/10/16(金) 22:51:52 ID:1Dk90DF6
「今日はねぇ、記念すべきユーノ君のアナルヴァージンを頂く日なんだよねぇ、ヒヒヒ」

「ああ、そうですか。じゃあ、お好きにどうぞ」

にべもない。最近は調教に慣れてきたのか、
ユーノは動揺する様子すら見せなくなっていた。
肛門を弄られるのにも痛みを感じなくなってきている。
ユーノ自身、それを慣れたとは思いたくなかったが、
それでも、苦しくないというのはそれだけで幾分楽に思えた。

「ヒヒ、そうさせてもらうよ、ユーノ君」

どたどたと近寄り、男はユーノの手かせ足かせを外した。
途端に重力に負けて崩れ落ちるユーノの体。やはりというべきか、
体には力が入らない。精神的に余裕が出てきたので、
何となく体も大丈夫な様な気がしたが、そんな甘い事はなかった。

ユーノを床に転がした男は、いつもより少し乱暴にユーノの窄まりに指を突っ込む。

「ひぎ、痛っ……」

「ヒ、ヒ、ごめんねぇ、ユーノ君。年甲斐もなく待ちきれなくてねぇ。
 でも大丈夫。ユーノ君ならすぐ慣れるよ」

痛がるユーノを見て尚、楽しげに笑って見せる男。
ユーノは苛立ちのまま睨みつけようとするが、男の指は更に奥へと進む。

「おうっ、んぅ……」

いつもだったらローションや唾液で濡らしてから弄るというのに、
今日に限ってそれがない。たったそれだけで、
ユーノは初めての時の様な苦しみを味わっていた。そう、苦しいのだ。
まるで排泄物が逆流する様な、出したくても出せない腹の痛みが何度も繰り返される。
なのに、ユーノ自身が少しずつ反応し始めている。

「何、で……こんな……?」

「ウヒ、ヒヒ、やっぱり! ユーノ君はMだったんだ! ウヒヒヒ」

隠し切れないほど嬉しそうな笑みの男。だが、嫌悪感も、怒りも、
今のユーノは苦しさと痛みに流されてしまう。さながら、小波が大波に飲み込まれる様に。
ユーノの意識は体を内側から犯してくる男の指にだけ集中していた。
男の指が奥に押し込まれるだけで苦しさに意識が狭まり、
指が引き抜かれる時には意識が真っ白く広がるかの様な開放感。
苦しいのだか、痛いのだか、気持ち良いのだか良くわからない。

675eraユーノ:2009/10/16(金) 22:52:30 ID:1Dk90DF6
そんな中で、ユーノは漠然と違和感、
いや、満たされないという妙な感覚を持て余していた。
既にユーノのペニスは反り上がってしまっている。
なのに、男は一度もユーノ自身に触れていない。
何故、と苦しさで潤んだ瞳を男に向けるユーノ。
すると、まるで心を読んだかの様に男はぺらぺらと喋り始めた。

「きょ、今日はユーノ君がお尻だけでイケるか、実験したいんだよ――ねぇ!」

男は一気にユーノの中から指を引き抜く。
引き抜かれた男の指からユーノの腸液が跳ね、きらりと光る。

「――ひぎゅぅっ!」

今までに出した事のない様な声と共に、
何時間も溜めた物を排出した時の様な感覚がユーノの下半身に巡る。
なのに、まだ何か入っているみたいだった。
ひくり、ひくり、と別の生き物みたいにユーノの窄まりが蠢いている。

上気させた頬と体を冷たい石床で冷やしながら、息を整えるユーノを尻目に、
いそいそとズボンを脱いで一物を外気に晒す男。ユーノはぼんやりとした視界に、
初めてそれを捉える。どうでもいい事だったが、男のそれを生で見たのは初めてだった。
自分のと比べると、あまりにも大きく、太く、黒光りしているそれは、
いずれ自分もああなるのだろうかと思うと、気味の悪さすら覚える形だった。
それが、このまま自分の中に押し込まれる。そこまで思い立って、総毛だった。

「ダ、ダメ、ダメェ、そんなの、絶対入らないよぉ!」

「男は度胸、何でもやってみるもんなんだよねぇ」

首を振って、子供の様に――実際ユーノは子供だが――
駄々をこねるユーノを宥めるようにしながら、男は彼の股を開く。
そして、男はすっかりほぐされ、腸液で滑っていて、
今尚ひくついて見せてもいるユーノの窄まりに、男は自身のペニスを宛がう。

「やだ、やだやだ、やだよぉ!」

目尻を涙で濡らしているユーノに慈悲もなく、男はペニスを押し入れる。

「――っく、ふっ……ぁ」

まだ、男はペニスの先端を入れただけ。にもかかわらず、息が出来ない。
苦しい。魔導師との戦闘だって経験した事のあるユーノさえ、
全く未知の領域と言って良い苦しみ。
酸素を取り込もうと開けはしても空気を取り込めなかった口からは、
唾液だけが漏れている。

そんなユーノの様子を見て尚、男は歯を剥いて見せた。そして、更に腰を前へと進める。

「――ぉっ、ほぉぅ……」

その度、ユーノの口から漏れるのは、嬌声とも悲鳴ともつかない音だった。
狭苦しい洞窟を、無理矢理削岩機で削られている。出来るだけ楽な態勢をとろうと、
無意識に体が反り、男に腰を掴まれて浮かされているので、
首でブリッジしている様な体制になってしまう。

676eraユーノ:2009/10/16(金) 22:53:09 ID:1Dk90DF6
ここで、男は少しだけ腰を引く。その瞬間、ユーノの中に僅かに余裕が生まれ、
一気に空気を吸い込む。霞がかった意識が僅かにクリアになり、
次に見えたのは男に肛門を貫かれ、あまつさえ自身のペニスを反り返らせている光景だった。

「っひ、やだぁ……」

思わず、ユーノは両手で顔を覆う。視界を遮る為か、それとも、
目から零れ落ちるものを見られない為か、どちらにしろ、男は楽しげに笑い、
腰を一気に打ちつけた。

「――!」

もはや声すら出ない。パクパクと口を動かすだけだ。
明らかに届いてはいけないところにまで入ってきている。
少なくともユーノはそう思う。大腸が内側から広げられ、周囲の臓器を圧迫し、
中には前立腺が含まれた。その感覚は一瞬の鋭さと、永劫にも思える鈍重な、
我慢しながら解放する様な痛みとも違う感覚。ペニスはこれ以上反れないというのに、
ひたひたとユーノの腹を叩いている。

また少しだけ男は腰を引き、ユーノの体内に余裕を作ると、
思い出した様にユーノは呼吸を取り戻す。

「かはっ、――っは、はぁっ、――ぁっ」

ユーノは朦朧とした意識で、男の上着の袖に手を伸ばし、掴んだ。懇願、なのだろうか。
ユーノにはもう、プライドも何もなかった。ただ、この苦しみから解放して欲しかった。
だが、潤んだ瞳、上気した頬、口元からはだらしなく涎を垂れ流し、
喜怒哀楽どれとも違うその表情が、男には誘っている様にしか見えなかったとは、
何の冗談だろう。

今までゆっくり削岩を進めてきた男が、唐突に乱暴に腰を打ちつけ、前後させる。
肌と肌のぶつかる乾いた音が牢屋に響き、その都度、ユーノの内側が削られる。
男の表情はとても人間のするものではない。さながら、餓鬼道に落ちた亡者の様だ。
自身の飢えを満たす為だけにひたすら腰を振る。

「――っ! ――っ! ――っ!」

ならば、ユーノの体内を支配する灼熱は餓鬼に触れられたが故か。
声なき声しか出せない彼の全身は、まるで火に変えられたかの様に体が熱い。
彼の白んだ意識はそれくらいしか理解できない。それが、快楽であるなどとはとても。
それは、貪られる快楽。それは、人が人として享受する快楽ではない。
だから、今のユーノは人ではないのだろう。餓鬼に貪られるその一時だけ、
ユーノは人でも魔導師でもなくなった。あらゆるしがらみから解放され、
ただのユーノになる。それが、何よりの悦びであったなどと、
人間であるユーノは気づきもしなかった。

677eraユーノ:2009/10/16(金) 22:53:46 ID:1Dk90DF6
目覚める共に気づくのは、体の重さだった。いや、自分の体が重いというより、
体に重い物が乗っているというか。ユーノはその饐えた臭いで、圧し掛かっているのが、
あの男である事に気づく。何とか男を押しのけ、上体を起こすと、体が軽い。
珍しく薬も何も使われずに眠らされたらしい。決して体調が良い訳じゃないが、
今までに比べれば絶好である。というか、牢屋に横たわったままの男を見る限り、
昨日――時間の間隔がないので本当に昨日かはわからないが――
の行為からそのまま寝落ちしたのだろう。

現に今は手枷も足枷もない。しかも、牢屋の扉は空いている。
今の体調なら何とか魔法だって使えるだろう。脱出できるのだ。
そう思い至り、ユーノは立ち上がった。と、共に自身の尻から白濁した液が垂れ、
顔を顰める。しかも、腹は自分で放出したと思われるもので滑っている。
まずは風呂に入りたい、と思う。じろりとうつ伏せの男を見下ろす。
今までだったら、事が済めば、この男が丁寧に体を洗ってくれていたのだが、
何故昨日に限ってこの体たらくだというのだろう。

そう、いつもなら、もっと丁寧に扱われるのだ。まるで、宝物を扱う様に大切に、大切に。
食事だって、生かさず殺さずの関係上、量こそ少ないが、栄養バランスの考えられた、
評価するのは憚られるが、おいしい物だった。調教される事を除いたら、下手をすれば、
無限書庫なぞよりよっぽど待遇は良い。なにより、昨日の事を思い出す。
まだ、下半身にじっとりとした熱さが残っている。それを思うと、背筋がぞくりとした。

そういえば、この施設の事をまだ良く知らなかった事をユーノは思い出す。
構成員は彼だけとは思えない。何せ、管理局にいたユーノを拉致し、
常時AMFがかかった施設を用意して隔離出来る様な相手だ。
もう少し慎重になった方がいいのかもしれない。今みたいに隙を見せる事だってある。
脱出はまたいつか出来るチャンスがあるのだ。だから、今は待つべきだ。
そう思い、ユーノは男の隣で眠りについた。

678名無しさん@魔法少女:2009/10/16(金) 22:54:21 ID:1Dk90DF6
終わりです。

679名無しさん@魔法少女:2009/10/16(金) 23:07:06 ID:gRban6lY
…色々な意味で強烈過ぎる

680名無しさん@魔法少女:2009/10/17(土) 00:37:20 ID:yPE.GouY
…驚愕した…濃いぃw

GJ!

681名無しさん@魔法少女:2009/10/17(土) 00:57:02 ID:kDk4jlI2
単発モノ?
続くんなら次はユーノの反撃か。
大抵の陵辱モノは最後には堕ちるものだけど、このssではまだ諦めてはいないみたいだし、今後どうなるかが気になる。
復讐を考えているなら、相手が感情を持って生まれたことを後悔するくらいドきついのを。

682名無しさん@魔法少女:2009/10/17(土) 03:35:23 ID:7TYcRRK.
アッー

683名無しさん@魔法少女:2009/10/17(土) 09:51:05 ID:DdbsE2Ws
既に墜ちかけてねーか?w

684名無しさん@魔法少女:2009/10/17(土) 16:41:30 ID:Gyj9Gd6w
これはスゴイものを読んだw

685名無しさん@魔法少女:2009/10/17(土) 19:49:45 ID:UVAYNcN.
なんと素晴らしいショタユーノ!
ガチネタを書いて下さる方は少ないので貴重な作品でした〜

686名無しさん@魔法少女:2009/10/17(土) 21:43:25 ID:7Lio/2z2
素敵だ
やはり凌辱はすばらしい
ショタというのがまたすばらしい

ぜひとも続いて欲しい
堕ちきってイくところまでいって欲しい

687野狗 ◆NOC.S1z/i2:2009/10/17(土) 22:07:29 ID:ecmcnQqY
最近書いてないのでヤバい、と思いつつ、はやて18禁を書いていたはずなんですがね。
筆休めにうだうだやっていると妙なものが一本出来ました。
というわけで、山の賑わいに来た枯れ木ですよ。
総レス数4
あぼんはコテか鳥で。

タイトル「ガリュー様がみてる」

688野狗 ◆NOC.S1z/i2:2009/10/17(土) 22:08:36 ID:ecmcnQqY
 註・非エロ

      1

 とっとこ歩くよユーノスクライア。
 というわけでユーノは今、ナンバーズ更正施設近くの森の深奥へととことこ進んでいる。この森は自然のままが手つかずで残された地域で、癒しスポットとしての人気も高い。
 浅い辺りには割と一般の人たちも出入りしているのだが、ユーノがいるのは森のさらに奥。普通ならまず入ってこない位置である。
 そこには、ユーノを含めてごく少数の人間しか知らない穴場があるのだ。
 うっそうとした森を抜けると、突然ぽっかりと木のない場所が。まるで吹き抜けのホールのような場所がある。
 ちょうど昼頃には太陽の光が真上から差し込み、柔らかい草に寝ころぶと本当に心地の良い眠りに誘われる。そう、絶好の日当たりお昼寝隠れ家なのだ。
 ちなみに、ユーノはフェレット形態で侵入している。
 空間が広々と使える上、この形態はユーノ自身にとっても非常に心が安らぐのだ。さらに、適当に寝転がっても衣服の汚れる心配がない。

 勝手知ったる獣道を進んで行くと、見知った姿が一頭。
 
(こんにちは、ザフィーラさん)
(ああ、スクライアか)

 フェレット形態と狼形態なので念話で会話する。
 二人(一匹と一頭?)は、この場の常連であった。

(ここは落ち着くな)
(うん。無限書庫の激務も忘れられるよ)
(ナンバーズとの激戦も、ここにいると幻だったのではと思えてくる。本当に心安らぐ場所だ)

 二人は心ゆくまで身体を弛緩させている。
 時間はある。一眠りしたところでどうと言うことはない。

(寝ようかな)
(ああ、構うまい。私も……)

 茂みを踏み分ける音がした。
 二人は人の気配に気付くが、殺気の類を感じないのでスルーする。ひなたぼっこを楽しむ同好の士ならば、排除するつもりなど全くないのだ。
 
「あ……」
(あ、あの子は)
(どうした、スクライア。……む。彼女は……)

 突然抱き上げられるユーノ。
 キューキュー鳴いても放してはもらえない。一言「放して」と言えばいいのだろうが、果たしてこの子に正体を明かしていいものなのか。

「……可愛い……」

 ルーテシアは、フェレットユーノに頬ずり。

689野狗 ◆NOC.S1z/i2:2009/10/17(土) 22:09:19 ID:ecmcnQqY
     2

(どうしてこの子がここに?)

 直接の面識はないが、顔は知っている相手だ。勿論、ルーテシアはこのフェレットがユーノであることなど知らない。
 ザフィーラは、立ち上がってルーテシアを見上げる。ルーテシアとザフィーラには面識がある。六課襲撃の際に一応は顔を合わしているはずだ。

「……狼さん?」

 どうやらルーテシアは覚えていないらしい。
 ユーノを片手に抱いたまま、ルーテシアはザフィーラの背を撫でる。

「いい子……」

 どうするべきかと悩んで動けないザフィーラを尻目に、ルーテシアはそのまま座り込んだ。片手はザフィーラを抱きかかえている。
 左手にユーノ、右手にザフィーラである。

(スクライア、これは一体……)
(そういえば、この近くに更正施設があったんだ。もしかすると、ぬけてきたのかも知れない)
(脱走か? それにしては様子が)
(少しくらいは見て見ぬふりってやつかな)
(更正担当者はギンガ・ナカジマだったか。ありえん話ではないな)
(うーん。どうやら、僕たちの正体には気付いてないみたいだけど)
(しかし……)
(フェイトとキャロに聞いたことがあるんだけど、召喚士はこうやって動物と親しくなる子が多いらしい)
(……ふむ。確か、キャロもそうだったか……。つまり、ルーテシアもそうだと?)
(うん。特にルーテシアは人間相手のコミュニケートに慣れてないらしいから、動物相手の方が心を開きやすいんだと思う)
(我々はどうすればよいのだ)
(そうだね……)

 ユーノは少し考え、言った。

(もし良ければ、だけど。このまま動物のように振る舞うべきかな。ちなみに、普通の動物は召喚士には懐きやすいんだよ)
(しかし……)
(なのはが言ってた。ルーテシアは、寂しがってるって)

 ユーノの言葉にザフィーラは絶句する。そう言われてしまえば、このままルーテシアを拒否することができないではないか。

(恨むぞ、スクライア)
(ヴォルケンリッターに恨まれるなんて、怖すぎるよ)
(ヴィータや将ですら単独で抜くには苦労するシールドを張る、その魔道師の言葉とも思えんな)
(護りに特化した守護獣の言葉とは思えないなぁ)

 などと言っているうちに、ルーテシアは本格的にひなたぼっこの体勢になっている。その両手はしっかりとユーノとザフィーラを抱えたままに。

690野狗 ◆NOC.S1z/i2:2009/10/17(土) 22:09:51 ID:ecmcnQqY
    3

(仕方ない。つきあうぞ、スクライア)
(うん。女の子には親切にしなきゃあね)
(……テスタロッサと高町が嘆くわけだ)
(なにか?)
(いや、気にするな)
(はあ…………あれ?)
(どうした……む?)

 二人は殆ど同時に別の気配に気付く。先ほどのルーテシアとは違う。今度は確実に敵意が混ざっている。殺意とまではいかないが、明確な敵意だ。

(お前も気付いたか)
(これは……)

 辺りを見回そうとするユーノだが、ルーテシアに抱きしめられたままではうまくいかない。

(ザフィーラさん、何か見えますか?)

 なにしろここにいるのは、ゆりかご事件でスカリエッティに与したと言われている一人だ。何処で敵を作っているか知れた者ではない。全くの見知らぬ他人に恨まれていたとしてもおかしくはないのだ。

(なにも……。いや、待て、アレは……)

 ザフィーラの視線を追うユーノ。
 そこには……

 木の陰に隠れたガリューがいた。

(ガリュー……だったっかな?)
(うむ、ルーテシアの召喚蟲だ。主に忠義を尽くすあっぱれな騎士だとエリオに聞いたことがある)
(何してるんだろう)
(主を隠れて護衛している……訳ではないようだが)
(なんか、怒っているような雰囲気が)
(ものすごい握力で木を握っているな)
(あ、今、バキバキって、木が削れたような)
(視線はこちらを見ているが)

 ルーテシアがユーノに頬ずり。すると、ガリューの視線がユーノを捕らえる。
 ルーテシアがザフィーラを撫でる。すると、ガリューの視線がザフィーラに向けられる。

(……嫉妬?)
(召喚蟲ともあろうものが嫉妬などと……)
(視線が凄く怖いんですけど)
(いや、しかし……)

691野狗 ◆NOC.S1z/i2:2009/10/17(土) 22:10:33 ID:ecmcnQqY
     4

 ガリューが背後に隠していた何かを取り出す。

(わら人形!?)
(……主はやての故郷の言葉で何か書いてあるな……)

「ゆうの」「さ゛ふら」

(「ざふら」ってなに?)
(うむ。おそらく濁点を含めてひらがなで四文字までなのだろう)
(最初のドラクエ!?)

 かつーん かつーん

(五寸釘打ち始めたーーーーー)
(まさか、古代ベルカのレアスキルを奴が持ってるのか!?)
(古代ベルカに「丑の刻参り」あったんかぁぁああーーー!!??)
(確か、次元跳躍攻撃の一種)
(いや、あれ、呪いだから、純然たる民間信仰の呪いだから! しかもなのはの故郷の!)

 ルーテシアから離れようとするユーノだが、ルーテシアはしっかりとユーノを抱きしめ放さない。そして何故かガリューに気付いた様子もない。
 そしてガリューは一心不乱に五寸釘を叩く。時々ユーノの方を見ながら。

(めっちゃ見てる! こっちめっちゃ見てる!! ていうか、睨んでるっ!!)
(さすがに一言言わねばならんか、この状況は)
(お願いします、ザフィーラさん!)
(丑の刻参りは当人に目撃されては効果がないのだぞ!)
(突っ込むところはそこじゃねぇええええ!!! つか、間違ってるし!)

 しかし、二人はまだ気付かない。
 二人、いや、ルーテシアを含めて三人の死角にいる、某教導官とその親友の使い魔に。
 

 その手には、「るてしあ」と書かれたわら人形が。



 かつーん かつーん

692野狗 ◆NOC.S1z/i2:2009/10/17(土) 22:11:23 ID:ecmcnQqY
以上お粗末様でした。

次こそ、次こそ、はやてをおおお!!!

693名無しさん@魔法少女:2009/10/17(土) 23:59:31 ID:62zWBLw.
ガリューはともかく、教導官と使い魔さんの呪いが効きそうでこわっw
乙!

694名無しさん@魔法少女:2009/10/18(日) 00:22:29 ID:Or.QZTog
凄い投下ラッシュwww

>>678
凄いSSだぁww
ここまでガチにショタ攻めなSSはパロでもそうないでしょう。
次回に続くのか、それとも短編なのか気になります。


>>野狗氏
なのはとアルフなにやってんのww
ああもう、良いなぁ、こういうのww
GJです

695ひら:2009/10/18(日) 04:44:50 ID:II6bbsE.
このラッシュに紛れてバカップル、バカップルが通りまーす!
白線の内側までお下がり下さーい

・原作のクロくん×なのちゃん
・エロはないよ
・捏造多いけど気ニシナイ

696クロくんの半分はやらしさで出来ています:2009/10/18(日) 04:47:47 ID:II6bbsE.
昼下がりのマンションの一室は、クッションに座ってローテーブルを囲む制服の少年少女の姿を置いている。
「そういえば……クロノくんの誕生日っていつ?」
なのはが唐突にそんなことを言い出したのは、フォークでつついているケーキにトッピングされたチョコプレートからの発想だろう。
「タンジョウビ……? ああ、生まれた日ってこと?」
クロノはそれまで飲んでいたコーヒーのカップをテーブルに置くと、ちょいと奇妙な発音でなのはの言葉を反芻した。
「う、うん……そうだけど。もしかして、ミッドではお祝いとかしないものなの?」
濃紺の髪にライトブルーの瞳、欧系の顔立ちと白い肌。そんなエキゾチックな容姿でご近所からは、ちょっと変わった……外人さん? という評価をいただいているクロノは、外人どころか実は異世界ミッドチルダからの移住者である。地球生まれ地球育ち、どころか国内も出たことのないなのはとの間にデカいカルチャーショックが生じることもままある。
どうやら今回もその一例のようだ。
「あー、その日は別に何も……年が明けるときに皆まとめて盛大にお祝いするのが、そうなのかな?」
「ご、豪快だね」
「……繊細だね」
ひきつった笑みを浮かべるなのはに、クロノは柔らかい笑みで応じた。
次元を渡る技術を擁する世界ともなれば、各世界間の時差、みたいなもんも半端ないに違いなく、それがある意味おおざっぱとも言える文化を産み出したのだろう。
繊細だね、というクロノの言葉には弱冠羨むような響きがあった。
「一応、こっちの暦に合わせた日付の設定ならあったはずだけど……」
クロノはゴソゴソと制服の上着を漁って生徒手帳を取り出す。
本来はこの世界とは縁もゆかりもない異世界人のクロノは、多少犯罪めいたゴニョゴニョで偽造された身分証明で暮らしてるんだが、これもそのうちのひとつだろう。
とまれ、生徒手帳にはバストアップの写真とともに、住所や血液型など一通りのプロフィールが載っている。

697クロくんの半分はやらしさで出来ています:2009/10/18(日) 04:52:08 ID:II6bbsE.
「あ……今日だ」
「え?」
「だから、僕の生まれた日」
クロノがなのはの前に開いた身分証には、確かに生年月日に今日の日付がある。
「き、今日? なの?」
「うん、今日」
腰を浮かせた姿勢で慌てぎみのなのはに対し、クロノは頷いた。それだけでもう自分の誕生日からは関心を失ったようで、なのはが持参した翠屋のケーキにフォークを差している。だいたい生徒手帳を確認しなきゃ分からなかったくらいだし、これまでは一年一回まとめて祝うのが慣わしだったのなら、そんな態度も当然といえば当然だ。
しかしそうはいかないのがなのはって女の子である。
「大変! お祝いしなくちゃ! え、えとケーキ……はもう食べてるし……えーとえーと……にゃ〜」
擬音をつけるなら『わたわた』と手足を動かすなのは。
ふって湧いた『恋人の誕生日』というビッグイベントに、ものすごい勢いで混乱し、空回っているのが傍目にもよく分かる。
「いいから、なのは」
「で、でもでもでも! プレゼントとかしたいよ」
勢いよく身を乗り出したなのはの、その手をクロノが取った。
「何もいらないよ。僕にはなのはがいるし」
静かに微笑むクロノは、その言葉が嘘ではないと示すように、満たされた表情をしている。
「あ……ぅ……クロノくん……ズルイ」
なのはは真っ赤になって、沈没するように席に落ち着いた。
なのは専用のドンファンよねーと彼女の母や姉から揶揄されるように、クロノはこの手の歯の浮くような台詞をさらっと言ってしまう。ドンファンと違って上っ面だけではないのは普段の生真面目さが証明しているから、言われた方にとってはたまらない破壊力だ。

698クロくんの半分はやらしさで出来ています:2009/10/18(日) 04:55:23 ID:II6bbsE.
時計の秒針が二週するくらいの間、照れの余韻を冷ましていたなのはは、クロノの気持ちを嬉しく思いつつもそれでもやっぱりお祝いしたい! という自分の願望が勝ったのか、決心したように顔を上げた。
「でも! クロノくんなら私のお誕生日絶対何かしてくれるよね?」
「そうだね。なのはが生まれた日なら、僕にとっても大切な日だよ」
「だから! 私もクロノくんのお誕生日お祝いしたいの! 何かないの? 欲しいもの!」
言い回しを変えれば、お祝いさせろ!と言ってるようなもんだ。もう脅迫である。
「そんなこと言われても……困ったな……あ」
「なに?」
「いや、ものっていうか……なのはにして欲しいことなら。でも……」
いいよどむクロノを急き立てるように、なのははテーブル越しにグッと身を乗り出した。
「なに? 私に出来ることなら何でもするよ?」
「…………………」
身を乗り出したなのはの耳元で囁かれたクロノの「して欲しいこと」に、なのはの頬ばかりか耳まで瞬時に染まる。
赤くなって固まり続ける恋人の様子に、クロノは要望を取り下げようと口を開いた。元々思いつきみたいなもんだし、何でもっていうから言ってみただけなんだろう。
「急だし、やっぱりいいよ。また」
ギュッと、制服の腕が掴まれて、クロノの台詞が遮られた。
「やる。……良いよ。私が言ったんだもん、何でもするって」
ああ、そうだった。
久しくクロノは忘れていたが、なのははヒドく負けず嫌いな性分なのだった。

699クロくんの半分はやらしさで出来ています:2009/10/18(日) 04:58:01 ID:II6bbsE.
二の腕まで泡が覆ったところでなのはの手が止まった。
「なのは、それ、取らないと洗えないんじゃないかな?」
それ、とはなのはの身体を覆うバスタオルのことだ。
「わ、分かってますー!」
「うん、それなら良いけど」
「な、なんでこっち見てるのかな……?」
なのはより先にとっとと身体を洗って浴槽に身を沈めたクロノは、縁に腕を乗せてなのはを見上げている。
「? 他にすることないし。なのは見てると面白いから」
「お、面白い!? もーっ、クロノくん!」
なのははクロノと向き合う形で身を屈め、猛然と抗議にかかった。かかろうとした。
「あ」
「え?」
ひらり。
なのはの急な動きについてこれなかったバスタオルの会わせ目が開いて、クロノの目の前でその裸身が露になった。
ひゃんっ!と可愛らしい声を上げて、なのはは慌てた動きでバスタオルをかきあわせる。
「そんなに恥ずかしがること……」
クロノにとっては今更感が強いが
「だ、だって明るいし……」
今以上の痴態をクロノに晒したことだってあるくせに、明るいってだけで駄目らしい。乙女心は複雑怪奇に出来ている。
「分かった。じゃあ、こうしてるから終わったら言って?」
クロノはタオルを畳むと額に乗せて目を閉じ、頭を縁にもたれかけさせた。
あー……結構拷問かもしれないな、これ
視覚からの情報がないぶん、どうしても音に集中してしまう。
バスタオルが外される際の衣擦れや、泡を立てたスポンジがなのはの肌を滑るクシュクシュという音も、どうかすればなのはの呼吸や僅かな吐息さえも聞こえかねない。
限界に達する前に、シャワーの音がしたのは幸いだった。
「も、もう良いよ」
ちゃぷ、という水音となのはの了解の声にようやくクロノは瞳を開いた。
「なのは……いいの?」
風呂場なんだから当たり前っちゃ当たり前なんだが、なのはは本来そうあるべき、生まれたままの姿をさらしていた。
「だ、だってクロノくんの誕生日だもん……私が恥ずかしいのくらいガマンする」
浴槽にタオルを入れない、という常識も手助けしたようだ。
「そう……ならもう少しワガママ言ってもいいかな?」
「な、なに?」
「なんでそんなに端に寄ってるの?」
なのははクロノの反対側に目一杯寄って、そのうえ丁度体育座りをさらに縮めたみたいな窮屈な格好をしていた。クロノにはなのはの顔と素肌の二の腕と膝から下の脚くらいしか見えない。

700クロくんの半分はやらしさで出来ています:2009/10/18(日) 05:05:45 ID:II6bbsE.
「ふ、ふぇ」
「こっちに来てくれたら嬉しいんだけど」
ここで、命令やお願いに訴えないあたり、クロノはなのはをよく理解していると言えるだろう。恋人に、〜してくれたら嬉しい、何て言われてなのはがそれを拒める筈もないのだ。
「せ、狭くない?」
「大丈夫だから」
手招きに、なのはは恐々、クロノに背を向けて浴槽に入りなおした。
「もっと寄っ掛かっても良いよ?」
という声が背中側からなのはの肩に降る。クロノの懐になのはが収まる形だ。
クロノは何気なく、膝を立てて緊張した様子で座るなのはの手を取った。
「なのはの手、可愛いね……あ、ささくれ。洗剤使うときちゃんと手袋してる?」
「し、してるよっ。もうっお母さんみたいなこと言わないでっ」
同じことを恐らく母の桃子にも言われたのだろう。むくれたなのはをまあまあとなだめたクロノは、予防にはマッサージが良いらしいよ?、となのはの指を一本、根本から擦った。
「んんっ」
しごきあげるようなその動きがもたらすものが、なのはの喉を震わせ、声を出させる。
「ごめんなのは、痛かった?」
「う、ううん……逆」
気持ち良かったとは言えず、なのははふるふると首を振った。
「じゃあ、続けても良い?」
なのははこくりと頷き、クロノにその手を委ねた。

701クロくんの半分はやらしさで出来ています:2009/10/18(日) 05:08:33 ID:II6bbsE.
両手の指を一巡した後も、ふにゅふにゅふにふにと、クロノは飽きることなくなのはの手に触れていた。
「クロノくん、私の手なんか触って面白い?」
与えられる刺激とお湯の温もりで、すっかり骨抜きにされたなのはは、最初の恥じらいなどなかったかのようにクロノの胸元に顔を預けている。ごろごろとなつく猫みたいだ。
クロノはお湯に沈んでいたなのはの手を、本人に見えるように持ち上げた。
「うん……ほら、爪とか小さいし、柔らかいし、僕とは全然違うから」
長髪も相まってクロノはちょいと着飾って黙って座ってれば――あるいは口を開いたとしても「女の子みたーい!」と騒がれるような容姿をしているが、それでもこうしてなのはと比べれば性別の違いは一目瞭然だった。
クロノの筋張った指や手の甲と比べれば、なのはのそれはピンクに色づいた小さな爪が桜貝、ミルク色の肌は白い珊瑚か星の白浜かってところか。
「ホントだ。前はそんなに変わらなかったのにね」
肩を並べて歩いた夕焼けの道。あの頃、繋がれた手は双子みたいにお揃いだった。今はこんなにも違う。
「不思議だね。当たり前のことだけど」
ああ、でも、けれど、違うから愛し合えるのだ。
再びお湯に沈んだ手は、指先が絡み合うようにして繋がれた。

702クロくんの半分はやらしさで出来ています:2009/10/18(日) 05:10:46 ID:II6bbsE.
夕暮れのマンションの一室は、制服の少女と私服の少年を置いている。
 
制服のなのははなんだか釈然としない顔つきで、濡れた髪をタオルで拭っていた。
そんな様子を知ってか知らずかラフな私服に着替えたクロノは、水気を含んだ髪をタオルでかき混ぜながら、なのはにドライヤーを差し出した。
「なのはは髪ちゃんと乾かさないと。いくらすぐ近くでも風邪引くよ?」
マンションの外階段の踊り場に立てば、なのはの家が通りの向こうに見える。それくらいの距離だ。直線を辿れば秒で着けるだろうが、当然普通は迂回の必要があるので歩いて4、5分くらいだろうか。
濡れた髪は季節によっては、酷く冷えてしまうだろう。
しかしそんなクロノの心配も分かっているはずのなのはは、差し出されたドライヤーも無視で、キュッとクロノのシャツの裾を掴んだ。
「なのは?」
「し、しないの……?」
何を? とはこの場合不粋な質問であろう。
クロノは微笑み、湯上がりの余韻で火照った恋人の頬を両手で挟んだ。
「最初に言ったよね。一緒にお風呂に入りたい、って。僕はそれで良かったんだけど……したいの?」
なのはがしたいならしようか? と耳元で囁やかれた言葉は、言外に自分が助平だと言われているようだ。
「〜〜〜っ!」
たまらない羞恥心に襲われたなのははクロノの手を振り切ると、こけつまろびつしながら、全力全開で部屋を出ていく。
「あっ、ちょっと、なのは!」
一人部屋に取り残されたクロノは途方にくれた。
「……参ったな……」
ローテーブルの横にはなのはの通学用の鞄が置き去りにされているし、あんな状態のなのはを帰してしまった。
火照った頬に、湿った髪、石鹸の香りを纏わせて帰ってきたなのはを彼女の家族はどう受け止めるのだろうか?
「鞄も返さないといけないし、今日は桃子さんに晩御飯誘われてるんだよね……」
明日は休日だが、中には携帯電話など入っているだろうし鞄がなければなのはも困るだろう。夕食の誘いを断るのも角がたつ。
波乱の予感しかしなかった。

703ひら:2009/10/18(日) 05:13:48 ID:II6bbsE.
第二部「せっかくだから今夜は泊まっていけばクロノくん」「積もる話も……ある」高町家クロなの包囲網クロノ絶体絶命編に続……かない!
バカップルこれにて-----終了-----でございます
お付き合いありがとうございましたー
お足下ご注意の上御降車くださーい

704名無しさん@魔法少女:2009/10/18(日) 10:08:06 ID:hpZw3uIA
メーデー、メーデー! 被弾した、くそ……やはり、クロなのの威力は高い。しかもリリちゃ箱の方か、GJと言わざるを得ない。
とりあえず射出座席を――っ、作動しない!? グオオオオ……!(BAGOM!と墜落)

705名無しさん@魔法少女:2009/10/18(日) 15:04:09 ID:GGrqm6TQ
>>703
これはいいくろくんとなのちゃんw
続きはもちろんあるんですよね?

706名無しさん@魔法少女:2009/10/18(日) 15:38:33 ID:QnqOAlzc
なんという投下祭ww
希少なクロなのGJです
是非ともまた投下してください!
?
それと保管庫司書の方、会議室に連絡事項がレスされているのでチェックお願いします

707B・A:2009/10/19(月) 22:27:43 ID:9IzEuwwI
投下いきます。

注意事項
・sts再構成
・非エロ
・バトルあり
・オリ展開あり
・基本的に新人視点(例外あり)
・問題のあの回
・タイトルは「Lyrical StrikerS」

708Lyrical StrikerS 第8話①:2009/10/19(月) 22:28:38 ID:9IzEuwwI
第8話 「願い、2人で」



ティアナ・ランスターには、ティーダという名の兄が1人いた。
幼い頃に両親を亡くしたティアナにとって、男手1つで自分を育ててくれた兄は唯一の肉親であり、
自分に精密射撃を教えてくれた魔法の師に当たる。
彼もまた、今の自分と同じく管理局の局員であり、地上本部首都航空隊の空尉であった。
まだ幼かった自分を養いながら、過酷な管理局の任務を遂行することは並大抵の苦労ではなかったはずだ。
けれど、彼はそんな苦労など億尾にも出さず、孤児であるという身の上も恨まずに笑顔を常に浮かべていた。
自分のせいで諦めなければならないこと、我慢しなければならないことがたくさんあっただろう。
それでも、兄は自分を邪険に扱わず、惜しみない愛情を注いで育ててくれた。
どんなに疲れていても仕事が終われば必ず帰宅し、休日は必ず一緒に過ごしてくれた。
魔法を教えて欲しいとせがんだ時は、少しだけ困った顔を浮かべながらも丁寧に教えてくれた。
そんな兄が、幼いティアナには自慢であった。
兄は自分にとってたった1人残された家族であり、尊敬する魔法の先生であり、街の平和を守る正義の味方であった。
そして、彼はどうしても叶えたい夢を持っていた。
本局の執務官となり、次元の海の平和を守ること。
多くのものを諦めてきた兄が、その夢だけはどうしても手放そうとしなかった。
兄の当時の友人達が、幼い自分を引き合いに出して兄を説得していたことは、今でも鮮明に覚えている。
「小さな妹がいるのに、これ以上危険な仕事を選ぶな。死んだらあの娘は1人ぼっちになるんだぞ」と。
それでも兄は首を横には振ろうとしなかった。

『夢を諦めた理由を、ティアナのせいにしたくないんだ。あいつがいなかったら執務官になれた、なんて思いたくないんだ』

彼がどれだけ悩み、苦しんでその答えを出したのかはわからない。
答えを聞く前に兄は任務へ赴き、逃走する犯人を捕らえることなく殉職してしまったからだ。
家族のために夢を捨てられなかった兄は、その夢を果たすことなく死んでいった。
夢半ばで逝った自慢の兄。
彼は正義の味方などではなく、1人の人間であった。
苦悩し、迷いながらも親であることを選んだ、ティーダ・ランスターという名の魔導師であった。
では、彼は何を遺せたのだろうか?
夢を果たせず、犯人も捕まえられず、彼は何を遺してこの世を去ったのだろうか?
21年という短い生涯の中で、彼は何も残せず無意味に死んでいったのだろうか?
否、遺せたものはある。その遺志を受け継いだ者がいる。
兄の生は無意味などではなく、兄の魔法は無力ではない。
自分が証明すれば良い。
ランスターの弾丸は全てを撃ち抜けると、この手で知らしめれば良いのだ。
兄から教わった精密射撃が、第一線でも通用すると証明すれば、兄が生きた証となる。
自分が兄の代わりに執務官となれば、兄の夢が達成される。
だから、ティアナはティーダ・ランスターとなる道を選んだ。
兄の遺志を継いで、彼の夢を果たすために。







長い1日だった。
楽な任務だと思っていた訳ではない。ガジェットは一筋縄ではいかない相手であるし、
まだ新人の域を出ていない自分達では苦戦することもあると思っていた。
だが、今日の出来事は衝撃が大き過ぎて、あれから思考回路がまともに動いてくれていない。
親友が起こした誤射事件。
もしも、なのはが気づいてくれなければ、自分はあのまま背中を撃ち抜かれていたと、スバルは背筋を震わせた。
対ガジェットのために非殺傷設定を解除していた魔力弾。バリアジャケットを纏っていたとはいえ、
当たっていれば無傷では済まなかっただろう。最悪、あの場で自分の秘密を晒すことになっていたかもしれない。

(ティア、やっぱりお兄さんのこと…………………)

隊舎の寮へと戻る道すがら、スバルは隣を歩く親友の横顔を見やる。
顔色の優れない、思い詰めたような表情。ティアナはどちらかというとダウン系で卑屈っぽい面を持ち合わせている。
ここ最近ではあまり見ることはなかったが、彼女がこんな風に黙り込むのは、決まって心の中で自分を責めている時だ。
なまじ人より優秀で要領が良いため、躓いてしまうと「どうしてあんなミスをしたのか」と些細なことでも自暴自棄になったりすることが多い。
しかも、自分で火に油を注ぐ螺旋階段みたいな悩み方をするため、立ち直るのにもかなりの時間を有するのだ。

709Lyrical StrikerS 第8話②:2009/10/19(月) 22:29:22 ID:9IzEuwwI
「ねえ、ティア……………」

「………………」

「ティア」

「えっ!? あ、ごめん…………何?」

振り向いた顔に活力はなく、心ここにあらずといった感じだ。
そういえば、隊舎へ戻ってくる前になのはと何か話をしていたはず。
その時に、何か気にするようなことを言われたのだろうか?
なのはのことだから、頭ごなしに叱るようなことはまずないだろうが。

「その、なのはさんに……………怒られた?」

言ってから、自分が馬鹿なことを聞いていることに気づいた。
ティアナだって、いつまでも起きてしまったことに対して悩み続けることをよく思っていないはずだ。
なのに、自分は不謹慎にも話題を蒸し返そうとしている。自分の浅はかさがとても情けなかった。

「ごめん、ティア。その、今のは……………」

「少し、怒られた」

覇気のない空っぽな響きがする声音で、ティアナは答える。
スバルは何も言うことができなかった。
今の彼女にどんな慰めの言葉をかけたとしても、それは全て逆効果だ。
悩んでいる親友に対して、何もできない自分がとても歯痒く、情けない。

「スバル、あたしこれからちょっと1人で練習してくるから……………先に帰っていて」

「自主練? なら、あたしも付き合うよ」

「あ、じゃあ、僕も…………」

「私も………」

スバルの言葉に、今まで黙って成り行きを見守っていたエリオとキャロも倣う。
だが、ティアナは力なく微笑みながら首を振り、その申し出を断った。

「みんな、疲れているでしょ。なのはさんにもゆっくりしてねって言われたんだし、あんた達はゆっくりしてなさい。
それにスバルも、悪いけど1人でやりたいから。少しだけ、1人にさせて」

「………うん」

小さく手を振りながら、ティアナは寮とは反対の方角へ歩いて行く。
向こうにあるのはヘリポートと、普段は誰も近づかない雑木林だ。
雑木林は隊舎からは死角になっていて、周囲の目も気にせず自主練習に打ち込むことができる。
今のティアナには、1人でいさせることがベストな対応なのかもしれない。
下手に誰かが慰めれば却って傷つくかもしれないし、胸の内を吐き出すことも躊躇するかもしれない。
どこかで思いっきり泣いて気持ちを切り替えることが、今のティアナには必要なことなのだ。
けれど、その先は?
気持ちを切り替えて、それから彼女はどうするのだろう?
どうすれば、自分達は彼女の力になれるのだろう?

「…………あの、ちょっと良いですか?」

不意に隣のキャロが、真剣な眼差しをこちらに向けてきた。
いつもの可愛らしくてちょっと抜けている彼女とは違う、酷く真剣で真面目な表情だ。
どこか身構えているかのようなその固い声音に、自然とこちらも構えてしまう。

710Lyrical StrikerS 第8話③:2009/10/19(月) 22:30:31 ID:9IzEuwwI
「なに、キャロ?」

「時々、気になっていたんです、ティアさんのこと」

「ティアのこと?」

「はい。わたしはフルバックですから、集団訓練の時はいつも皆さんの動きを見ることができるんです。
それで、ティアさんの戦い方で気になったことがあって。ティアさん、何だか凄く無理をしているように思えるんです」

遂に来たかと、スバルは奥歯を噛み締めた。
キャロの言う通り、ティアナは無茶をすることが多い。
無茶自体は自分もよくする方だが、ティアナの場合は少しばかり度が過ぎることもあり、
訓練校時代にも担当教官から何度か注意されたこともある。
集団生活を送っていれば、いつかは話さねばならなくなると予感していた。
ティアナが魔導師ランクの昇進に対して躍起になっている理由。
彼女が強くなりたいと願った原点が何なのかを。
どうして彼女が、自分の力で成果を上げることに拘っているのかを。
話すべきだろうか?
理由を知っていると言っても、これはティアナの問題だ。彼女の了解なしに打ち明けるのは、何だかフェアではない気がする。
だが、事情をわかってもらえればこちらもフォローしやすくなるかもしれない。
まだ10歳の子どもにフォローしてもらうということ自体が少しばかり情けなかったが、2人は共に戦う仲間なのだ。
大まかな事情だけでも話しておいた方が良いだろう。

「このことは、ティアには内緒だよ。できる?」

「はい」

「わかりました」

力強い返事に、スバルは小さく頷いた。
そして、周囲に誰もいないことを確認し、ゆっくりと口を開く。
ティアナが戦う理由。
彼女が強さに拘る訳を。

「ティアにはね、お兄さんがいたんだ」

「聞いています。前に、お兄さんがいたって」

「うん。執務官志望の局員で、ご両親が死んでからは1人でティアを育てていたんだって。だけど、任務中に……………」

そこまで言いかけて、写真で見たティアナの兄の笑顔がフラッシュバックする。
心臓を鷲掴みにされたかのように緊張感に舌は渇き、表情に暗い影が落ちる。
こちらの動揺に気がついたのか、キャロは言いにくそうにこちらを見上げると、小さな唇を震わせながら口を開いた。

「亡くなっちゃったんですか?」

「ティアがまだ、10歳の時にね」

ティアナ本人と人づてに聞いた話しか知らないため、スバル自身は彼女の兄のことをよく知らないが、結構なエリートだったらしい。
何か非凡なものを持っていた訳でもなく、由緒ある魔導師の家系でもない。
特別なデバイスを持っていた訳でもなければ、レアスキルを保持してもいない。
能力だけを見れば平凡な、本当にどこにでもいそうな魔導師。
けれど、彼は若干21歳という若さで一等空尉にまで昇りつめ、地上本部の花形である首都航空隊へと配属された。
小さな妹を養いながら、管理局局員としての任務を全うする。それは並大抵の苦労ではなかったはずだ。
特に武装局員は帰宅時間も不定で休日に出動命令が下ることも多々あり、命の危険もあった。
その上で尚、夢を諦めずに追いかけ続けていた兄を、ティアナは心の底から尊敬していた。
彼女が使用している射撃魔法の基礎も、彼から習ったものらしい。

「ティアのお兄さん、ティーダ・ランスター一等空尉が亡くなったのって、逃走中の違法魔導師を追いかけている時だったんだ。
詳しい事情はあたしも知らないけど、ティアのお兄さんは単独で犯人を追いかけて、何とか手傷は負わせることはできたんだけど、
取り逃がしちゃって。応援の陸士隊が駆けつけた時は、もう手遅れだったって」

「犯人は、捕まったんですか?」

「うん、ケガの治療で動けなかったらしくて、その日の内に取り押さえられたって聞いた。
だけど、この件についてね、心無い上司がちょっと酷いコメントをして一時期問題になったの」

「コメントって……………」

「犯人を追い詰めながら取り逃がすなんて、首都航空隊の魔導師としてあるまじき失態である……………やったかな?」

唐突に背後から第三者の声が聞こえ、3人は声のした方へと振り返る。
そこには、見覚えのある茶髪の少女が神妙な顔つきでこちらを見つめる姿があった。

711Lyrical StrikerS 第8話④:2009/10/19(月) 22:31:10 ID:9IzEuwwI
「や、八神部隊長!?」

「楽にしててええよ。ごめんな、聞き耳立てるつもりはなかったけど、このまま隠れているのもどうかと思ってな」

「い、いえ…………あの、部隊長はティアのお兄さんのこと、知っているんですか?」

「面識はないけど、みんなをスカウトした時に一通りは調べさせてもらったんよ。
蒸し返すのも悪いと思って黙っていたけど、まさかこんなことになるまで思い詰めていたなんて思わんかったわ」

「八神部隊長、さっきのことは本当なんですか? その、僕は信じられません。だって、同じ部隊の仲間なのに……………」

「悲しいことやけど、本当なんや。恥ずかしいことやけど、現場責任者が誰か1人に責任を押し付けるなんてことは珍しくない。
けど、それで遺された家族の傷を抉るような…………そんな悪態、吐いてええ理由にはならへん。たった1人の肉親を亡くして、
しかもその最後の仕事が、無意味で役に立たなかったなんて言われて、ティアナは凄く傷ついたはずや」

はやての口調が段々と荒いものに変わっていき、握り締めた拳がふるふると震えていく。
見つめた瞳には、何とも形容し難い情念の炎が宿っていた。
覗いてはいけない深淵を見た気がして、スバルは思わず息を呑んだ。
怒っている。
この人は、ティアナの兄に悪態を吐いた人間に対して、本気で怒りを抱いている。

「ぶ、部隊長…………」

「え? あ、ああ、ごめんな。とにかくティアナは、お兄さんから学んだ魔法がどんな任務にでも通用することを証明したい。
そない思って管理局に入ったってことやね?」

「はい。お兄さんが叶えられないで終わった、執務官になるって夢を。その夢を代わりに果たせば、
お兄さんの魔法……………ランスターの魔法が有能だって、証明できるって。
だから、ティアはいつも、あんなに一生懸命で………………」

「けど、それがミスしてもええって理由にはならへん。それよりも、二度と同じミスを犯さんことに意識を向けなあかん。
ただ、あんまり面識のない私が慰めにいっても効果は薄いやろうし、下手したら逆効果や。私の方から隊長陣に言っておくから、
ティアナのことはみんなに任せてええかな?」

済まなそうに顔を俯かせながら、はやてはそっとこちらの肩に手を乗せてくる。

「情けないけど、今はスバル達に頼るしかない。チームメイトの方が話しやすいやろうし、支えてあげて欲しいんや」

「それは…………はい。わかりました」

「頼んだで。それじゃ、私はまだ仕事があるから。今日は疲れとるし、みんな早めに休むんやで」

ひらひらと手を振りながら、はやては隊舎の方へと歩いて行く。
残された3人は黙り込み、すぐには動こうとしなかった。
全員、はやての言葉を受け止めてどうすれば良いのか考えているのだ。
ティアナは大事な仲間だ。一緒に戦う戦友だ。
けれど、彼女の悩みや苦しみは彼女自身にしかわからないものだ。
安易な慰めは却って逆効果になるし、かといって何もしないのは後味が悪い。
結局、答えはその場では出ず、3人は無言のまま寮へと戻るのだった。







点滅するターゲットに銃口を向けながら、ティアナは昼間の誤射事件のことを思い返していた。
許容量を超える魔力を扱おうとして制御を失敗するなど、基本レベルの失態である。
あれは紛れもなく自分の未熟故の失敗だ。言い訳のしようがない。
だが、なのははそのことを責めようとはしなかった。
防衛戦が終わった後、人気のないところに呼び出されたティアナを待っていたのはお説教ではなくお話であった。

『ティアナは時々、少し一生懸命過ぎるんだよね。それでちょっと、やんちゃしちゃうんだ。
でもね、ティアナは1人で戦っているわけじゃないんだよ。集団戦でのわたしやティアナのポジションは
前後左右全部が味方なんだから。出来ないことは誰かに頼れば良いし、危なくなったら守ってもらえるでしょ』

自分や彼女のポジションはセンターガード。
敵陣に単身で切り込むフロントアタッカーでも前衛や後衛の支援攻撃をするガードウイングでも、
まして完全支援のフルバックでもない。チームの中央に立って、誰よりも早く中・長距離を制するセンターガード。
誰よりも視野を広く、誰よりも多くの可能性を考慮して動かねばならないポジション。
あの時、自分がするべきことは敵を倒すことではなく、防衛線を維持することだった。
ましてや、リーダーが自ら前に出る必要もなかった。
空には隊長がいて、副隊長もすぐに駆けつけてくれた。
すぐ後ろには現場指揮官もいた。
自分の周りは前後左右が味方ばかり。
その意味を痛いほど実感する。

712Lyrical StrikerS 第8話⑤:2009/10/19(月) 22:31:55 ID:9IzEuwwI
『その意味と今回のミスの理由、ちゃんと考えて同じことを2度と繰り返さないって約束できる?』

焦って仲間を頼らず、自分1人が先走った結果が今日の誤射だ。
本当に情けない。情けなくて、不甲斐ない自分に怒りすら湧いてくる。
どうして、自分はこんなにも弱いのだろう?
こんな自分を、どうしてあの人は気にかけてくれるのだろう?
彼女の優しい言葉が、今の自分には堪らなく重荷だった。
優しくされる度に、ガジェットを前にして何もできなかった自分がフラッシュバックする。
スバルやエリオのようにガジェットと戦うことができず、キャロのように敵を捜索することもできなかった自分。
強化されたAMFを前にして、手も足も出なかった自分。
今のままでは駄目だ。
今よりももっと強くならなければ、今度こそ取り返しのつかないミスをしてしまうかもしれない。
今度こそ、あの大切な親友の背中を撃ち抜いてしまうかもしれない。
そんな情景、想像したくもない。なら、もっと訓練を重ねて強くならなければならない。
死ぬ気で努力して魔法の腕を磨けば、きっと強くなれるはずだ。
エースなんかにも負けない、強い力が得られるはずだ。

「っ……」

雑念で動きが鈍っていく。
ターゲットの移動に動きが付いていけない。
どれくらいの時間、この動作を繰り返していたのだろう?
音を上げそうになる集中力を引き締め直し、崩れそうになる膝を強引に立ち上がらせる。
休んでいる暇なんてない。
もっとだ、もっと練習しないと強くなれない。
その時、小さな足音が背後から聞こえた。

「もう4時間も続けているぜ。いい加減倒れるぞ」

輸送隊の制服ではなく、整備員用のツナギを身に付けた青年が、心配そうにこちらを見つめていた。
ヴァイス・グランセニック。
いつからそこにいたのか、彼は大木に背中を預けながら腕を組んでいた。
ふと周りを見れば、傾き始めていた夕日がいつの間にか沈んでいて、夜の帳が落ちていた。
集中が途切れれたせいか、周囲に浮かんでいるターゲットが放つ光がとても眩しく感じる。

「ヴァイス陸曹、見てたんですか?」

「ヘリの整備中にスコープでちらちらとな。ミスショットが悔しいのはわかるけどよ。
精密射撃なんざ、そうほいほい上手くなるもんじゃねぇし。無理な詰め込みで変な癖つけるのも悪いぞ」

意図的にそうしたのか、ヴァイスはティアナと目を合わせようとしなかった。
普段の彼女ならば、その違和感に気づいていただろう。だが、今のティアナは心身ともに余裕がなく、
いつもの冷静な観察眼も幾分、曇りがちであった。彼女の思考を埋め尽くしているのは、
もっと強くなりたいという願望と、訓練で1秒も無駄にしたくないという焦りであった。
ヴァイスの気遣いも今のティアナからすれば些か鬱陶しいものであり、その嫌悪感が知らず知らずの内に表情へと出て、
大木に寄りかかるヴァイスへと非難がましい視線を送る。

「………って、昔なのはさんが言ってんだよ。俺は、なのはさんやシグナム姐さん達とは割と長い付き合いでな」

こちらの視線が気になったのか、ヴァイスは先ほどのアドバイスがなのはから聞いたものだと付け加える。
だが、今のティアナは彼女の名前を聞くと、酷く焦燥感に駆り立てられていた。
高町なのは。
若干19歳で一等空尉まで昇りつめ、強者揃いの教導隊で手腕を振るう若きエース。
誰が呼び始めたのかは知らないが、彼女は不屈のエース・オブ・エースという通り名を持っている。
決して諦めない心と、不可能を可能にする天性の魔力資質。
凡人の自分が喉から手が出るほど羨んでも、決して手にすることができない類希なる才能。
彼女から教導を受けられると聞いた時、最初はその技術の全てを盗んでやろうという意気込みがあった。
けれど、訓練を通じて思い知らされるのは、圧倒的な実力差と埋めようのない才能の差であった。
雨のように降り注ぐ魔力弾、抜群の魔力コントロール、冗談みたいな魔力の砲撃、鉄壁の防御。
撃ち合う度に、並び立つ度に、自分が酷くちっぽけで矮小な存在なのだと思い知らされる屈辱。
あの人のようになりたいと思いながらも、受ける訓練は訓練校で何度もこなした基礎訓練ばかり。
新しい魔法も体術も、彼女は何一つ教えてくれない。
才能だ。
自分には彼女のような才能がないから、こんなところで足踏みしているのだ。
なら、今まで以上に努力するしかない。
進む距離が何万分の一なのだというのなら、何万倍も努力すれば必ず彼女に追いつけるはずだ。
それが凡人の自分にできる、唯一の近道なのだから。

713Lyrical StrikerS 第8話⑥:2009/10/19(月) 22:32:33 ID:9IzEuwwI
「詰め込んで練習しないと上手くなんないんです、凡人なもので」

「凡人か。俺からすりゃあ、お前は十分に優秀で恵まれているように見えるけどな。俺なんかよりも、ずっとさ」

「えっ……………」

それはどういう意味なのかと聞くよりも早く、ヴァイスはこちらに背を向けてしまう。

「邪魔する気は無ぇけどよ、お前らは身体が資本なんだ。体調には気ぃつかえよ」

どこか憂いを帯びた声音が、不思議と耳にこびり付いた。
手を振りながら去っていくヴァイスの背中は、心なしかいつもより小さく見える。
そこで初めて、ティアナは彼が自分に何かを伝えようとしてできなかったのだと気づいた。
だが、今の彼を見ているととても問い返せるような気持ちにはなれず、ティアナは無言で彼に背を向けて、中断していた訓練を再開した。
それは日付が変わるまで続けられ、寮へと戻る頃にはティアナの脳裏からヴァイスと交わした会話は全て、忘却の彼方へ押しやられていた。

(ダメだ、まだ全然足りない)

必死になって訓練に打ち込んだが、今までよりも上達できたという実感が持てない。
それどころか、訓練に集中すれば集中するほど、小さなミスが気になるようになった。
ティアナはそれを、練習量が足りないからだと思っていた。自分は凡人なのだから、
人の何万倍も練習しなければ上達できないと、ティアナは考えていた。
だから、今は練習あるのみだ。明日も早朝訓練の前に自主練習をしよう。
そんなことを考えながら寮の自室へと戻ったティアナを待っていたのは、いつも以上に念入りにデバイスの手入れをしている親友の姿だった。

「なんだ。まだ起きてたんだ?」

「うん、何だか眠れなくて」

「そう…………あたし、明日は朝4時起きだから。目覚まし五月蝿かったらごめんね」

「うん、あたしもそうする」

「ありがと……………え?」

倦怠感からベッドへと飛び込んだティアナの思考は、スバルの何気ない一言で覚醒へと導かれた。
この娘は今、何と言った? 付き合う必要もな早起きを、自分もすると言ったのだろうか?

「ちょっと、あんたは別に早起きする必要なんて……………」

「練習するんでしょ? 1人より2人のほうがいろんな練習できるしね、あたしも付き合う」

どこか茶目っ気を含んだ笑みを浮かべながら、スバルは言う。
それが同情や哀れみから出た言葉でないことは、親友であるティアナが誰よりも理解していた。
スバルは優しい少女だ。誰かのために涙を流し、人一倍痛みや死を悼むことができる人間だ。
きっと彼女は、本心から自分の訓練に付き合いたいと思っているのだろう。
けれど、自分の訓練に付き合えば、まず間違いなく休息を取る時間がなくなってしまう。
いくら彼女が人よりも数倍丈夫な体をしているといっても、要らぬ苦労はしない方が良い。

「いいわよ、平気だから。あたしに付き合ってたらまともに休めないわよ」

「知ってるでしょ。あたし、日常行動だけなら4、5日寝ないでも平気だって」

「日常じゃないでしょ。あんたの訓練は特にきついんだから、ちゃんと寝なさい」

「やーだよ。あたしとティアはコンビなんだから、一緒にがんばるの」

何を言われても主張は曲げないぞと言わんばかりの笑顔を浮かべる親友を前にして、ティアナは思わず口ごもった。
もう何度も経験してきたことだが、こんな風にスバルが自分の主張を述べている時は、何を言っても自分を曲げようとしない。
早い段階でこちらが折れなければ、勝手に暴走して周囲に多大な迷惑をまき散らすことだってある。
それは彼女の美徳であると同時に欠点でもあったが、不思議と今は不快な感じがしなかった。
寧ろ、彼女と一緒ならばどんな困難にも打ち勝てるという安心感が生まれている。
1人でできることには限界がある。
昼間の誤射にしても、1人で全ての敵を倒そうとしたから起きたことなのだ。
ならば、誰かと協力すれば。
2つ以上の力を合わせれば、エースと呼ばれる魔導師にも負けない力を生み出せるのではなかろうか?
なのはだって言っていた。自分達センターガードの周りは味方ばかり。
きっと、なのははチームワークを活かした戦い方をしろと言いたかったのだ。

714Lyrical StrikerS 第8話⑦:2009/10/19(月) 22:33:06 ID:9IzEuwwI
「ねえ、やろうよティア。2人でさ」

「…………勝手にすれば!!」

笑顔で差し出された手の平を、ティアナは照れ隠しで叩くことしかできなかった。
けれど、気分は先程までよりずっと軽くなっていた。
それに、まだ見ぬ新コンビネーションの構図が浮かび始めていて、心臓が自然と高鳴っていく。
今までのクロスシフトとは違う、立体的で切り札足りえるコンビネーション。
習得できれば、近接に弱いという自分の弱点も克服できるし、エリオやキャロのフォローももっとできるようになる。
それを思うと、自主練習で疲れているはずの体に不思議と活力が漲り、ティアナの唇が小さく釣り上がる。
その笑みは、ティアナが眠りに着くまで消えることはなかった。







日付も変わった深夜、一日の業務を終えたシグナムとフェイトは、寮への道すがら今日の出来事を振り返っていた。
2人が議題に上げているのは、謎の召喚師が強奪していった物品についてである。
主催者の話では、オークションの出品リストに記載されていた物は全て無事であり、盗まれたものは何一つないらしい。
だが、実際にはホテルの地下駐車場に停車していたトラックの荷台が無残にも破壊されており、
何かを盗まれたと思われる痕跡が残っていた。謎の槍騎士と対峙したシグナムも、漆黒の召喚蟲が一抱えほどのケースを所持していたのを目撃している。
ならば、敵は何を盗んでいったのだろうか? そして、それはどれほどの価値を秘めたもので危険な代物なのだろうか?
わからないことが多すぎて、今後の捜査方針がまとめられないのが現状であった。

「レリックと考えるのが妥当だが、ガジェットを裏で操っているのがスカリエッティなのだとしたら、
今回の事件は色々と腑に落ちない点が多い。今まで、奴はレリックの探索をガジェットに任せきりだった。
なのに、今回はあのような連中を使役し、陽動作戦を使ってまで確実に奪いに来ている」

「レリック以上の何か、ということでしょうか? 過去に幾つかのロストロギア強奪事件も起こしていますし、
盗まれたモノが貴重なロストロギアなのだとしたら、スカリエッティが盗み出そうとするのも頷けます」

「恐らくは密輸品だったのだろう。オークションの主催者がグルなのかはわからないが、
そちらから捜査を進めるしかないのではないか? 槍騎士に邪魔をされたせいで、召喚師の人相をよく見れなかったのが悔やまれるな」

そこまで言って、シグナムは自分が対峙した槍騎士が古代ベルカ式の使い手であることを思い出した。
古代ベルカ式は稀少技能扱いを受けており、使い手はそう多くない。そして、正規の魔導師ならば自身が保有している技術、
資格を管理局へ届け出る義務がある為、管理局のデータベースに何か情報があるかもしれない。

「ベルカの騎士なら、聖王教会にも応援を要請しましょう。エンシェント型なら、あちらの方が詳しいはずです」

「そちらは私が当たろう。教会ならば伝手がある。私は捜査に関してはお荷物だからな、頭脳労働はお前に任せる」

「シグナム、あなたは一応、私の副官なんですから…………………」

物ぐさな態度を取る副官を窘めようと頬を膨らませたフェイトが、何かの気配を感じ取って口をつぐむ。
程なくして、廊下の角から見知った赤い髪の少年が姿を現した。

「エリオ? どうしたの、こんな遅くに? 怖い夢を見て眠れないの?」

「夜更かしは感心しないな。今日は出動があって疲れているはずだ、休息も仕事の内だぞ」 

いつもの過保護な一面を垣間見せるフェイトと、あくまで上司としての意見を述べるシグナム。
エリオはそんな2人の言葉を敢えて無視するように頷き、決意のこもった瞳でこちらを見つめてくる。
視線は保護者であるフェイトにではなく、こちらに向けられていた。
毅然とした眼差しと小さな体から溢れ出んとする若きエネルギー。
今にも爆発しそうなその気配は、まだ危うさのあった幼少時のフェイトを見ているかのようだった。

715Lyrical StrikerS 第8話⑧:2009/10/19(月) 22:34:00 ID:9IzEuwwI
「私に用か?」

「はい。シグナム副隊長、折り入ってお願いがあります。僕を……………僕を、あなたの弟子にしてください」

弟子にして欲しい。
突然の申し出に、隣で成り行きを見守っていたフェイトが目を白黒させる。
この驚きようを見るに、エリオの発言は彼女の与り知らぬことなのだろう。
弟子になりたいというエリオの思いは、何となくではあるが理解できる。
恐らく、昼間に起きた誤射事件のことを気にしているのだろう。
エリオは聡明ではあるが、年相応に素直で無知な面と頭でっかちなところがある。
どんな経緯があったのかは知らないが、エリオは自分がもっと強ければあんな事故は起きなかったと思っているのかもしれない。

「昼間の出動で、副隊長の戦いを拝見させて頂きました。正直、今でも体が震えています。
風のような身のこなし、炎のような剣戟。副隊長の剣術を見ていると、胸がとても熱くなりました。
お願いします、副隊長。僕、副隊長のような立派なベルカの騎士になりたいんです。
もっと強くなって、みんなを守れるようになりたいんです」

「エ、エリオ!? 強くなりたいって、訓練内容のこと? シグナムの教導が受けたいのなら、明日なのはに相談………………」

「いいや、そういう話ではないぞ、テスタロッサ」

エリオが口にした強さとは、ただ単純に力や技量だけを指すのではないはずだ。
そのようなものが欲しいのなら、この少年は自力で努力するかもっと他の誰かに相談するはずだ。
教導官であるなのは、魔法の師であるフェイト、戦闘スタイルを継承しているヴィータ、教えを乞える相手は他にも大勢いる。
なのに、エリオは敢えて接点の少ない自分に弟子入りを希望してきた。
その意味を問うほど、自分は野暮ではない。
それに、言葉はなくともその瞳が雄弁に彼の気持ちを語っていた。
強くなりたい。
ただ純粋に、何の他意もなく、彼は自分の理想を体現できる“強さ”を欲している。
毅然としていながらもどこか年相応の少年染みた願いを、シグナムはその眩しい瞳の輝きから読み取っていた。

(この純粋さは、まるでヴィータを見ているようだな。守りたいものがあるのか、こいつにも)

主君のことに関しては見境がなくなる鉄槌の騎士を思い出し、シグナムは内心で笑みを零す。
そのような輩の志の高さとひたむきさは、シグナムも重々に承知している。
ならば、その無垢な思いを無下にするのは気が引けるというもの。
不器用な自分に教えられることなどほとんどないかもしれないが、そんなことは彼にとって二の次だろう。

「今日はもう寝ろ。稽古は明日から、空いた時間に付けてやる」

「シグナム!?」

「副隊長………ありがとうございます!」

「ただし、これは正規の訓練ではない。お前が音を上げればそれまでだし、なのはの訓練に支障が出るようならばすぐに中止する」

「はい、ありがとうございます! フェイトさん、副隊長、お休みなさい!」

深々と頭を下げ、エリオは満面の笑みを浮かべながら走り去っていく。
2人のやり取りに驚愕して呆けていたフェイトは、走り去っていく自分の保護児童の後ろ姿を見て我に返り、
とんでもないことを承諾した隣の好敵手へと詰め寄った。据わった目つきはまるで羅刹のようで、
形容し難い禍々しいオーラが全身から滲み出ている。

「シグナム、あなたは何てことを………………」

ただでさえなのはの教導はハードだというのに、その上で稽古など受けていては、ロクに休める時間もないとフェイトは言いたいようだ。
その辺に関してはシグナムも承知しているので、エリオに合わせて匙加減するつもりである。
それに、勤務時間が異なる自分とエリオでは稽古をつけられる時間もそう多くない。
普段の任務に支障はないはずだ。

716Lyrical StrikerS 第8話⑨:2009/10/19(月) 22:34:39 ID:9IzEuwwI
「潰さない程度の手加減はするさ。何、心配ならお前も付き合うと良い。あいつはあいつなりに、考えて行動しているようだ」

「だからと言って、どうしてあなたに………………私でも………」

「なるほど、いつまでも子離れできない子煩悩め」

「なっ、シグナム!」

「明日も早い、私はもう寝るぞ」

「話を聞いてください、命令です!」

「断固、拒否させて頂く」

いつものように好敵手をからかいながら、シグナムは寮へと戻っていく。
この時、シグナムがもう少し突っ込んだ質問をしていれば、数日後のある事件は未然に防げたかもしれない。
柄にもなく物分かりが良すぎてしまったことが、結果的にフェイトの抗議を黙殺してしまい、
それがあの事件に繋がったのだと、剣の騎士は後に語るのだった。







ホテル・アグスタの一件から数日が経ち、新人達は各々が決めたやり方で強くなろうと訓練に励んでいた。
そんな中、キャロだけが他の3人と違って今まで通りの生活を繰り返し、必要以上の自主練習をしようとしなかった。
無論、自室でこっそりと召喚制御の訓練などは行っているが、他の3人の練習量に比べれば微々たるものである。
それよりも、キャロは過酷な訓練を繰り返すスバル達を陰からサポートしようと考えたのだ。
特にスバルとティアナはなのは達に内緒で訓練を行っているため、誰かに居所を聞かれた際の辻褄合わせや練習後の差し入れなど、
フォローしなければならないことは非常に多い。エリオにしたって、実戦形式のシグナムの稽古は生傷が絶えないため、
稽古帰りの彼の看病をするのがキャロの日課であり、ささやかな楽しみとなっていた。
そして、そんな四者四様の数日が過ぎ去ったある日のこと。
いつものように行われていた模擬戦で、事件は起きた。

「あ、もう模擬戦始まっちゃってる?」

別の仕事があって遅れてきたフェイトが、急ぎ足で駆け寄って来る。
ここは空間シュミレーターが作り出した建物の屋上。なのはが安全地帯と設定した場所で、
流れ弾が飛んできても自動でバリアが張られるようになっている。
今はスバルとティアナが2on1でなのはと模擬戦を行っており、自分達はヴィータと共にここで3人の戦いを観戦していたのだ。

「今はスターズの番? 本当はスターズの模擬戦も私が引き受けようと思ったんだけど……………」

「ああ、なのはもここんところ訓練密度濃いーからな。少し休ませねぇと」

ヴィータの言葉に無言で頷きながら、フェイトはそっとキャロの手を取って眼下の模擬戦へと視線を下ろす。
唐突に手を握られたキャロは一瞬、驚きから背筋を震わせたが、すぐに安堵の笑みを浮かべ、
飼い主に懐く小猫のように養母の腕へともたれかかった。

「なのは、部屋に戻ってからもずっとモニターに向いっ放しなんだよ。訓練メニュー作ったり、ビデオでみんなの陣形チェックしたり」

「ずっと、ですか?」

「うん、休んでいる時間なんて、ほとんどないんじゃないかな。訓練中もみんなのこと、ずっと見ているって言っていたし」

「気づかなかった……………」

「わたしも…………」

眼下で華麗に飛翔する教導官を見下ろし、キャロとエリオは感慨深げに呟いた。
目まぐるしく変化する戦場で無数の魔力弾を制御するなのはは、疲れの色など微塵も感じさせない。
彼女はいつだってそうだ。
ただ優雅に、当り前のようにそこにいる。
言葉で多くを語らず、行動や結果で本心を示そうとする。
だから、知らず知らずの内に自分達が彼女に守られているということをつい忘れそうになってしまう。
初出動の時も、ホテル・アグスタの時も、彼女は自分達を常に気にかけてくれていたというのに。




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