したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |
レス数が900を超えています。1000を超えると投稿できなくなるよ。

RPGキャラバトルロワイアル11

763No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 21:54:52 ID:EsIb4FfY0
(僕の、したいこと……)
そうして元の場所に戻り、イスラはひたすらに銃を握って身体を動かしていた。
無論、専門の銃兵としての教育を受けていないイスラだ。今更銃撃戦をマスターしようなどとは露とも思っていない。
大ざっぱに狙って、なんとか引き金を引いて、かろうじて撃つ。その程度しかできないだろう。
だから、これはあくまでも訓練ではなく運動。気分転換に過ぎない。
強いて言うならば、馴らし。銃を握り続け、己が手――『ARM』に馴染ませる。
スレイハイムの英雄の教えを、少しでも身体に染み入らせるように。
銃口を向けた先、その先にあるものに少しでも手を伸ばすために。
一歩でも前に進めば、きっといつかにたどり着けると信じて。

――――貴方が、全てを失ってなお幾許かの想いを残すのであれば……“戦場を用意しよう”。

不意に、銃口の向く先が震える。
手を伸ばした先に見えるのは、影の如き黒外套。
己の行く先に立ち尽くすその影をみて、イスラは歯を軋らせた。
銃を下げ、続くステップを大きく踏む。前に倒れてしまいそうなほどの前傾姿勢から浮かび上がるのは、右手の剣。
自信の前方からみて己が半身にすっぽり隠れるようにしていた魔界の剣を現し、一気に踏み込む。
銃撃からの疾走でその影の懐に入り込む。後はその刃で、この手に立ちふさがるモノをこの手で。

――――違うよ、君は僕のことがきらいだろうけど。

死神の如き不吉をたたえた棍が、魔界の剣を弾き飛ばす。
見透かすように、敵足り得ぬというかのように、影はイスラの右手から刃を落とす。
そして影が煌めき、影の中から無数のツルギの影が浮かび上がる。
その全てがイスラが本来持っていたはずの、適格者であったはずの紅の暴君の形を取って。
無慈悲に、平等に――――

――――僕は君のことが嫌いじゃない、それだけだ。

顎を伝った汗が数滴、地面へ落ちる。
イスラの身体はおろか周囲含め何一つ異変など無く、変わらぬ太陽の熱光だけが降り注いでいた。
砂を削るような小さな音がして、イスラはそちらに目を向ける。
乾いた大地の上に、魔界の剣が突き刺さっていた。
じっと手をみる。確かめた右手には、びっしょりと汗が吹き出ていた。

764No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 21:55:57 ID:EsIb4FfY0
「首を取り損ねたか?」
突然の来訪者にイスラは反射的に右手をかくし、来訪者をみた。
くすんだ銀の髪を風に靡かせたのは、元魔族の王、ピサロ。
「いきなり話しかけて、その上何を言い出すんだい。
 こんな誰もいない所で、首もへちまもないだろ。ただの運動、肩慣らしさ」
首をすくめておどけ、イスラは剣を引き抜こうとする。
「想定は、ジョウイとやらか」
だが世間話のように放たれた言葉が、イスラの身体を縫い止めた。
「参考までに。どうしてそう思った?」
「歩法。左右に身体を振っていたのは、前方からの攻撃に的を絞らせぬためだ。
 銃は牽制……いや、進路の確保だろう。“遠距離射撃を切り抜けて一撃を叩き込む”。
 そんな汎用性のない攻撃を反復しているのだ。具体的な相手を想定していると考えたくもなるだろう」
余裕さえ感じ取れるほどに落ち着いた瞳に、イスラは言いようもない不快感を覚えた。
それはあの雨の中で無様に取り乱したピサロを見ていたが故か、
そこから這い上がったらしいピサロへの嫉妬か、
あるいは、こうして自分の前にのうのうと姿を晒すことへの憤りだったか。
だが、やはりなによりも、己の中の無意識を言葉にされてしまったことに不快を覚えた。
「そうかもね。ここから先、戦うとしてもジョウイかオディオのどちらかだけだ。
 戦い方の分からないオディオじゃなくて、
 戦い方の見えているジョウイに合わせた攻撃を、知らずに反復していたのかもしれないね」
とにかく会話を打ち切りたくて、イスラは形だけの同意を示す。
「どんな卑怯な手を使ってか抜剣覚醒はしたみたいだけど、
 ジョウイの攻撃の主力はやっぱりあのダークブリンガーみたいな黒い刃の召喚術だ。
 棒や剣による攻撃もしてたけど、姉さんみたいな一流にはほど遠い。
 あいつの主戦場は遠距離戦だ。懐に飛び込めさえすれば、それで行ける」
あふれ出す言葉が上滑りしていた。口が勝手に動く。ピサロを、そして自分自身を煙に巻くように言葉を綴る。
「真紅の鼓動も使ってたし、召喚獣や亡霊兵もいる。ちまちま遠距離で差し合ってたら埒があかない。
 近距離で、重い一撃を叩き込む。あいつ相手に必要なのはそれだけだよ」

そこまで喋って、ピサロが笑っていることに気づいた。
お世辞にも好意的ではない、嘲りすら混じった笑みだった。
「……何かいいたそうだね?」
「いや……なるほどな。それで、銃と足捌きであの奇怪な刃を抜けて、
 一刀両断を狙う動きだった……の、割には最後が締まらないな」
不機嫌を露わにするイスラに、ピサロは構うことなく感想を言い放つ。
やっぱり、とイスラは苦虫を噛み潰した。どうやら運動を始めて相当早い段階で見ていたらしい。
そう、イスラは最後の斬撃を失敗した。先の1回だけではない。
何度も何度も、最後の一足跳びからの攻撃だけが、必ず仕損じるのだ。
「一足一動……ってね。どんな戦いでも、相手の動きに先んじてのそれ以上の動きって、できないもんなんだよ」
戦闘とは常に流動的であり、常に一所に留まらず変化していくものであるが、
それを極限まで突き詰めると『1回の移動と1回の行動』に分解される。
全く同条件で2人が相対し戦闘した場合、一人の人間が移動と行動を1回行えば、相手とて必ず動くし、その逆もしかり。
ならばたとえどれほどの乱戦であろうとも『移動と行動』その繰り返しに分解できる、という考え方である。
「でも、ジョウイを一撃で倒そうとするなら、あの刃を抜けてもう一撃を叩き込まなきゃいけない」
そういってイスラは沈黙した。ジョウイの黒き刃を抜けるために『行動』し、
その空いた道を『移動』して近づくまではイメージできる。
だが、そこからジョウイが動く前にもう一度『攻撃』できるイメージが見えないのだ。
全力で凌いで全力で進む。その後全力で攻撃するまでにどうしても一拍が生ずる。
その一拍を見据えて、ジョウイは容赦なく狙ってくるだろう。
イスラは、血を出すほどに歯を軋らせた。
姉のような武功者であっても、足を殺して二撃。茨の君のような暗殺者であっても、手を殺して二足。
話に聞くルカのような規格外ならば話も別だろうが、イスラにはその才はない。
最後の一撃。その差が、今のイスラとジョウイを隔てる絶対的な差のように見えてならなかったのだ。

765No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 21:56:30 ID:EsIb4FfY0
「ククク……成程な」
くぐもったピサロの笑いがイスラの思考を寸断する。
そういえば、こいつは一体何のために来たのか。真逆カエルと同じように僕に何か説教でもするつもりだったのか。
「なあ、結局あんた――」
なにをしに来たんだ、と言おうとしたはずの言葉は、撃鉄の音に遮られる。
イスラが向き直った先には、バヨネットの無機質な砲口が闇を湛えていた。
「……何の真似だい?」
「興が乗った。つき合ってやろうか」
イスラに銃口を向けたまま、ピサロは余裕を崩さず答えた。
「何をしにきた、と言ったな。貴様と同じだよ。私の魔力が全快するには時間がかかりすぎる。
 ならば、この玩具を馴らしておくに越したことはないのでな」
銃身に魔力の光が満たされる。それは弱いものであったが、紛れもない実のある魔力だった。
「ふざけるなよ。あんた何を考えて――」
熱線がイスラの横を通り過ぎる。初級魔法一発分の魔力であったが、集束した魔力は地面に黒い軌跡を描く。
「その無駄な煩悶を終わらせてやろうというのだ。手を抜いた私の攻撃を抜けられないようではあの小僧に届きもせんだろう」
「手加減って……当たったら無事じゃ済まないだろ。こんなことをやっている場合じゃ――」
「“ゼーバー、ゼーバー、ゼーバー”――――早填・魔導ミサイル」
イスラの言葉を掻き消すかのように、バヨネットに込められた無属性の魔力が発射される。
砲身に充密するよりも早く引鉄を引かれた魔弾はレーザーのような密度は無いものの、
その数の暴威を以て弾幕を成し、イスラ目掛けて着弾する。

「――こんなことをやっている場合ではない、と来たか。
 まさか私を『仲間』か何かだとでも思っているのか。他ならぬお前が?」
巻き上げられた噴煙の向こうに、ピサロは呆れた調子で吐き捨てる。
そこには『仲間』を案ずるような気配は微塵もない。
「端的に言って失笑だぞ。そも私が出向いた時点で時間切れなのだ。
 その上、この“私を目の前にして『こんなことをしている場合ではない』という”――それ自体が無能の証左と知れ」
告げられる言葉は明確な侮蔑。だが、独りごとではなく、明確な受信者を想定された音調だった。
「……どういう意味だ。なんでお前が僕に用がある」
砂煙が晴れた先にあったのは、紫がかった透明の結界。
結界の中のイスラの傍らに侍った、霊界サプレスの上級天使ロティエルのスペルバリアである。
「“私がお前に用があるのではない”。“お前が私に用が無いのか”と聞いている。
 それとも分かった上で言っているのか。だとすれば無能ではなかったな――ただの糞だ」
散弾ではなく収束させたブリザービームの一閃が、魔弾で摩耗した聖盾を貫通する。
凍てつく波動を使わずに力技で破砕したあたりに、感情がにじんでいる。
「何故座っている。何もすることが無いというのか――――“この私が目の前にいるのに”?」
砕け散る障壁の中で、イスラはピサロの目と銃口を見つめた。
「ちらちらと、私を睨んでいたこと、気づかないとでも思ったのか。
 半端な敵意などちらつかせるな。うっとおしい」
その眼だと、ピサロは侮蔑する。
言いたいことがあると口ほどに言っているにも関わらず、それを形にしない。
心の中でその感情を弄び、愛撫し続けている有様を。
「待ってどうする。運命がお前のために出向いてくれるとでも?
 全てに綺麗な“かた”が付けられる奇跡的な瞬間が最後にやって来るとでも思っているのか?」
いつかを待って蹲る人間に対し、ピサロは再び魔砲を充填し始める。
ここではない、ここではない、俺が全力を出す場所はここじゃない。
いつか、いつかこの想いを解き放つに相応しいときがくるはずだから。
「“来んよ”。お膳立てなど無い。在るのは袋小路だけだ。その時お前はどうする?
 追いつめられて、どうにもならなくなって、全てを失って、そこから泣いて喚いて切り札を抜くのか?」
そんな泣き言をのたまう誰かを打ち砕くように、ピサロは黒い雷の一撃を放った。

766No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 21:58:20 ID:EsIb4FfY0
「あの哀れな男のように」

一閃は雷の速さでイスラを穿たんと迫る。
しかしその間際、寸毫の狭間でイスラは一撃を躱し、ピサロに迫りかかった。
「ヘクトルのコトかあああああああああァァァァァァァァッッッ!!!!!!!!」
一瞬で揮発した感情を爆ぜさせながらその軽足を以てイスラはピサロへ接近する。
地中深くで死骸を熟成させてできた油を、地層の中で直に点火させたような爆発だ。
限界の速度で駆動するイスラにあるのは、自分の心臓の奥底を無遠慮に弄られたような嫌悪だった。
見せないように、お前のために我慢していたものを、どうしてお前が開きに来る――!
「ああ、やはりか。どこかで見た眼だと思った――そういえば、あの男もこうやって死んだのであったな」
イスラの怒りも柳というかのように、クレストグラフを2枚重ねて、大嵐を巻き起こす。
放たれた真空の刃がイスラを、否、イスラの四方全て纏めて切り刻む。
イスラは嵐を前に、回避を選ばざるを得ない。横に飛んで避けるが、衣服と皮膚に傷が走る。
怒り狂った獣の爪の届かぬ位置から、肉を少しずつ殺ぐように刻んでいく。既に一度行った作業を反復だった。
「あれは愚かだったよ。大望を抱き、それに届き得る才気の片鱗を持ちながら二の足を踏んで機を逸した。
 守りたいと奪わせないと、失った後で泣き叫ぶ――――実に、良い道化だった」
「お前が、ヘクトルを語るなアアァァァァ!!!!」
近づけないならと、イスラは銃を構えその手<ARM>を伸ばす。
その喧しい口を閉じろと、フォースを弾丸に変えてピサロの口を狙う。
「ハッ、貶されて癇癪か。“わかるぞ”。自分のたいせつなものを馬鹿にされるのは悔しいものだ」
だが、ピサロのもう一つ“口”が返事とばかりに、砲撃でイスラの想いを呑みこんでしまう、

「お前に、お前に僕の何が分かる!」
「お前が取るに足らない人間ということくらい、分かるさ。
 “そんなお前をあの男は随分と買っていたようだ”が、愚か者の隻眼には石塊も宝石に見えるらしい」
吐き捨てられた言葉が、イスラの中で津波のような波紋を立たせる。
イスラからヘクトルを奪いながら、まだ飽き足らずにヘクトルを貶めている。
ごちゃ混ぜになる感情の奔流が、強引に銃身へと圧縮されていく。
「うるさい……うるさいよお前……!」
(お前が語るな。お前が歌うな。あの人の終わりを穢すな)
別に近づく必要などない。
ピサロのやかましい銃“口”を塞ぐには、より大きな“音”で掻き消せばいい。
この言葉にならぬ原初の感情を、一撃にたたき込む。
この矜持を、あの終わりを得た自分の感情を込めて。

「あ、あ、あああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「遠吠えなぞ煩いだけだ。仮にもヒトなら言葉を使え」

767No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 21:59:30 ID:EsIb4FfY0
だが獣の鳴き声など伝わらないとばかりに、
絶対防御<インビシブル>がバーストショットを無効化する。
不完全な勇気の紋章と石像から完成された愛の奇蹟の差故か、あるいは“もっと根源的な理由”からか、
イスラの感情はピサロに届かない。
「お前のような獣には心得があってな。自分の柔らかい所を触られると直ぐに熱くなる。
 そして、簡単に意識がそこに集まって――――他に何も見えなくなる」
何のことだ、と疑問を抱くより早くイスラの背後でイオナズンの爆発が生じ、イスラは前方に大きく吹き飛ばされる。
魔導ではない、純粋な『魔法』。
ピサロの銃口に気をとられていたイスラには、後方からも攻撃が来る可能性を抱く余地が無かった。
「受動的なのだよ。起こること、触れる全てにその時々の想いを重ねて動いてきたのだろう。
 だから状況に刺激されて反応が遅れ、掌で踊らされるのだ。どこぞの間抜けのようにな」
爆発と同時に取り落としたドーリーショットを拾いに立ち上がるより先に、ピサロの方向がイスラに向けられる。
イスラは俯せのままピサロを睨みあげる。
今のピサロには、獣狩り程度の感覚しかないのが見て取れた。
受動的。その言葉に、イスラの中で苦みが生ずる。
確かにここまでの自身の行動において、主体的に動けた事例は数少ない。
あの雨の中の戦い、ゴゴの暴走、ヘクトルの死。
起きた事態に対して、もがいてきた。胸に抱く想いに真剣に足掻いてきた。一切の疑いなくそう言い切れる。
だが、その事態の発生に関われなかったイスラは常に受け身の立場を強いられてきた。
荒れ狂う激流の中で生き足掻くこの身も、川面から見れば波打つ流れに木の葉が翻弄されているようにも見えただろう。
忘れられた島の戦いに於いて、帝国軍・無色の派閥・島の住人の三者を手玉に取ってきたイスラの現状としてはあまりに滑稽だ。
「“それがどうしたっていうんだよ”……!!」
だからどうした、とイスラは拒絶の意志を湛えてピサロを睨みかえす。
後から見返して間抜け、短慮というだけなら子供でもできる。
部外者の――否、イスラではないピサロにとってはそれはただの無様の記録でしかないかもしれないけど。
それは、イスラがありのままの自分で、ありのままの世界を見た上で歩んできた記憶だった。
たいせつな、たいせつな終わりなのだ。
「不満そうだな。言ってみろ。仇も満足に討てないのなら、せめて言葉で一矢報いればどうだ」
「……お前なんかに、僕の想いが分かるかよ」
手を払いのけるようにイスラは吐き捨てる。
やっと認められた、自分の中で受け入れられたこの想いを、ピサロになど語りたくなかった。
たった1つ残ったあの終わりだけは、誰にも穢させたくなかった。

「怖いのか。その抱いた想いを外に出すのが、怖くてたまらないのか」
「―――――――――っ!?」

だが、ピサロはイスラが庇ったその想いではなく“庇い続けるイスラを撃ち抜いた”。
イスラの目が、銃口の先、好悪綯交ぜとなったピサロの瞳を映す。
「その獣は、愚かだったよ。身体の内から何かが湧き上がっている激情。初めはその名前すら知らずに翻弄されていた」
ピサロの口から、侮蔑の呪いが吐き捨てられる。
だが、それはイスラを罵りつつも、別の何かを嘲るようだった。
「その名前を知った後は、それに酔いしれた。
 自分一人が、その奇麗なものの名前を知っていればいいと、その想いで身を鎧った」
ほんの少し前に見てきたようなかのような臨場感で、獣の痴態を歌う。
「後は、ただの無様だ。それに触れられれば噛みつき、狂奔し、盲いたまま何処とも知らず走り回り、
 流されていることと進むことの区別もつかず、自分の中に全てがあると吠えていた――滑稽にもほどがあるだろう」
“分かっているのだ”。“間違っていることも分かっててやっているのだ”。
“だから己は正しいのだ”。“これが唯一無二の正解なのだから他の意見など必要ない”。
故に獣は触れる全てに害をなす。全てに噛みつくが故に、簡単に踊らされる。
「だから口を閉じろと喚いていたよ――――笑わせる、違うと言われることを恐れていただけの癖に」
ピサロはせせら笑う。誰彼かまわず噛みついた獣は、ただ、臆病だっただけなのだと。
誰かに否定されるのが怖かったから、誰の言葉も求めなかった。
不朽不滅と誇っていたものは、ただ、誰にも触れさせてこなかっただけなのだと。

768No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 22:02:50 ID:EsIb4FfY0
過ぎ去った獣に向けるピサロの苦笑に、イスラは鏡を見るような気分を覚えた。
死にたいと願い、自分を偽って生きてきた。
そしてあの巨きな背中に憧れ、誰かのために生きたいと願えた自分の想いを素直に受け入れることができた。
二度目の生でようやく認められたこの想いを大切にしたいと、そう想えたのだ。

だがそれは、それだけでは、ピサロが嘲笑う獣と何が違うのだろうか。
誰がためと言いながらそれを誰にも言わないのなら、自己満足と何が違うのか。

違う、と思う。そんなケダモノなんかと一緒にするな、と叫ぶことはできる。
じゃあ、この感情を口に出せない僕は、なんなのか。
これほどまでにココロを満たすモノを、何故形にできないのか。

「お前に僕の気持ちは分からない、と言ったな。
 分かるわけがないだろう。内心で反芻するだけの音など、聞こえるか。
 子供でもあるまいに。他人が好き好んで貴様の妄想に寄り添ってくれると思うなよ」

――――貴方のほうがよっぽど私より子供ですっ!!
    違いますか!? どうなんですか!? はいか、いいえかちゃんと答えて!?

唾液に濡れた粘膜の先に波が伝わらない。言い返すべきなのに、言葉が出ない。
素直になれたはずなのに、感情を認められたはずなのに、外に出せない。
それは、知っているからだ。
この世はどうしようもなく損得勘定で、
馬鹿正直に心を開けばそれを逆手にとられて痛い目を見て、嘲笑されるだけで、
形にすれば砕けてしまうかもしれなくて、触れられれば壊されるかもしれなくて。

「あの男は愚かではあった。だが少なくとも最後まで願いを、守りたいモノの名を伝えていたぞ。
 だから言えるのだ。こんな臆病者を死ぬまで守ろうとしたお前は、心底愚かであったとッ!」

ピサロの撃鉄に力が籠る。
測るに値しない器ならば砕けても構わないというように。
だからとりあえず無関心を決めこめば、傷つくこともないし、他人にバカにもされないということを。
それはどう足掻いたところで不変の真実で、それが一番簡単な平穏なんだって知っている。
でも。

「ストレイボウは測った。ならば貴様はどうだイスラ。貴様は獣か、人か、勇者か、魔王か?」

769No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 22:03:30 ID:EsIb4FfY0
知らないよ、僕が誰かなんて。でも、でも。
――――なんで、黙ったままやられ放題でいるんですかっ!?
ここまで言われて、黙っていられるほど、デキちゃいないッ!!

空いた左手を背後に回し、もう一つの銃<ARM>を取り出す。
44マグナム。六連回転式弾倉に込められた火薬よりも鋭く熱い意志が、引鉄と共に放たれ、
横合いから砲口の軌道を僅かに逸らす。
その僅かな間隙を縫って、イスラはドーリーショットを回収してピサロとの距離をとった。
「隠し腕。無為無策という訳ではなかったか」
ピサロは状況を淡々と見定め、生き足掻いた目の前の存在を眇める。

「そういや、アリーゼにも言われてたよ。人にモノを聞かれた時は、とりあえず“はい”か“いいえ”だっけか」

肩で息をしながら、イスラは下を向いたまませせら笑った。
思い出す。今のように矢継早にまくしたてられて、言葉を紡げなくなってしまったことを。
僕の逃げ場を全部潰したうえで、ボロクソに叩きのめしてくれた少女を。

――――貴方がどんな理由でそんなふうな生き方を選んだかなんて私にはわかりません
    話してくれないことをわかってあげられるはずないもの…

その少女は最初、何も言えなかった。
その眼に明らかに何か言いたげな淀みを湛えながら、それを出せなかった。
変えたい何かがあるのに、それに触れることで自分が傷つくことを恐れていた。
僕のように、あの人のように。
だけど、彼女は歩き出した。世界を変えたければ、自分が変わることを恐れてはならないと知っていたから。

「ああ、そうだよ。僕は、僕は――」
唇が震える。見据えてくるピサロの眼に胸が締め付けられる。
きっと、もしかしたら、あの時僕を罵倒した彼女も、こうだったのかもしれない。
他人を傷つけるのならば、自分が傷つくことを恐れないわけがない。
ああ、だから、僕は知っている。
本音<イノリ>を言葉<カタチ>にするということは、とてつもない勇気<チカラ>が必要だということを。

770No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 22:04:18 ID:EsIb4FfY0
「僕はクズだよ。言いたいことはうまく言えないし、口に出せば大体皮肉になるし。
 泣くのは失った後で、素直になるのは、いつだって手遅れになってからだ」
自分で言って情けなくなってくる。
しかも、言葉にしてしまえばもう取り返しは効かない。
吸った息で、自分の中の何かが酸化していく。外側に触れた分、変質してしまう。
「でも、あの人たちはそんな僕に触れようとしてくれた。
 僕を肯定してはくれなかったけど、分かろうとし続けてくれた」
その不快をねじ伏せ、もう一度ドーリーショットを強く握る。
僕のしみったれたプライドなんてそれこそゴミだろう。
前を見ろ。今目の前にいる男は、一体何を踏み続けている?

「ブラッドを……ヘクトルを……こんな僕に「勇気」を教えてくれたあの人たちを……」

胸に抱く勇気の紋章が放つ燐光が、腕を伝い鉄を満たし、銃をARMへと変えていく。
口を閉じてほしいのではない。ピサロがヘクトルを愚かだと想う、それ自体が辛いのだ。
だから放つ。自分が傷つくことも厭わず、撃鉄に力を込める。
だって、僕は知っているんだ。
ユーリルが、ストレイボウが、ブラッドが、ヘクトルが――――アリーゼが教えてくれた。

「馬鹿に、するなァァァァァァッッ!!」
 
勇気<チカラ>を込めて言葉<カタチ>に変えた本音<イノリ>は、
世界さえ変えられるんだってことを。

「……アリーゼ……“アリーゼ=マルティーニ”か?」
放たれた弾丸のけた違いの威力を、ピサロは見誤らない。
反応が遅れた今、初見での撃ち落としは博打に過ぎると判断したピサロは、
インビシブルを発動し、やり過ごそうとする。
「――――ッ!? 徹甲式とはッ!!」
だが、ピサロの驚愕とともにインビシブルに亀裂が走る。
本来、インビシブルはラフティーナの加護を得た者に与えられる絶対防御だ。
揺るがぬ愛情、その意志の体現たる鎧は1000000000000℃の炎さえも凌ぐ不朽不滅であるはずなのだ。
「それと拮抗する。なるほど、あの女とは異なる意志の具現かッ!」
傷つくことへの恐怖を乗り越えてでも、その想いを形にする意志。
その勇気が籠もった弾丸は即ちジャスティーンの威吹。
同じ貴種守護獣の加護ならば、欲望を携えた聖剣同様『絶対』は破却される。
「がっ、深度が足りんなッ!!」
しかし、絶対性を無効化したとてその堅牢性は折り紙付き。
決して失われぬピサロの愛を前に、イスラの勇気はその弾速を反らされ、悠々と回避する隙を与えてしまう。
「構わないよ。お前に伝わるまで、何千何万発でもぶち込んでやるからさ」
だがイスラは一撃が反らされたことに悔しさも浮かべず、次弾を装填する。
ヘクトルも、ブラッドも、たった一度で全てを伝えようとしたわけではない。
何回も何回も、言葉を重ねて、それで少しでも伝わるかどうかなのだ。
だから、イスラも何度でも意志を放つ。不変の想いを変えるために。

771No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 22:04:54 ID:EsIb4FfY0
「……くくく、これも星の巡りというやつか。メイメイ……あの女、一体どこまで観ているのやら……」
そんなイスラを見て、ピサロは面白がるように笑った。
今こうして2人が銃を向けあうこの瞬間に、偶然以上の何かを見つけたかのように。
「メイメイ? おい、お前――――」
「ならば、そうだな。奴の言葉でいうならば“追加のBETを積んでやる”」
独白に無視できない単語を見つけたイスラの詰問を遮るように、
ピサロが銃剣を下ろしながら、懐かしむように言った。
「アリーゼとか言ったな。その娘、この島でどうなったか知っているか?」
イスラの銃口が、微かに震えたことを見て取ったピサロは、
数瞬だけ呼気を止め、そして肺に空気を貯めてから言った。
「獣に噛まれて死んだ。『先生』とやらを庇って、盲いた獣の前に飛び出てきた故に。
 まあ、端的に言って――無為だったな」

静寂が荒野を浸す。
やがて、銃の駆動音がそれを打ち破った。イスラの銃口が完全に震えを止めて、ピサロを狙う。
だが、その意志は決して先走ることなく、銃の中に押し固められていた。
「言いたいことの他に、聞きたいことが出来た」
目を見開くイスラを見て、ピサロは口元を歪めて応ずる。
「好きにするがいい。もっとも、生半な雑音など遠間から囀るだけでは聞こえんぞ」
両者の銃撃が相殺され、爆風があたりを包む。
先に土煙の中から飛び出たイスラが銃撃を放ちつつピサロへ接近しようとする。
だが、ピサロもまた機先を制した射撃と魔法でイスラを寄せ付けない。
互いが互いをしかと見据え、間合いを支配しあう。
銃弾に、言葉に乗せて、イスラは想いを放つ。
ヘクトルがどれだけに偉大であったか。自分がどれほど彼らに救われたのか。
憧れというフィルターのかかったその想いは、決して真実ではないだろう。
合間合間にブラッドのことも混じるあたり、理路整然とはほど遠い。
だがそれでも恐れずに引き金を引き続ける。
どれほどに拙くとも、自分の言葉でピサロを狙い続ける。
ピサロもまた時に嘲り、時に否定しながら、イスラの弾丸を捌いていく。
インビシブルは使っていない。
それは、絶対の楯が絶対でなくなったからではなく、楯越しでは弾がよく見えないからだった。
拙いというのならばピサロもまた拙かった。
膨大な魔力で他者を圧倒するのがピサロの主戦術であるならば、
小細工を弄し、受けとめ、捌き続けるなど明らかに王道より逸れている。
話す側も拙ければ、聞く側も拙い。
子供の放し合いであり、しかし、確かに話し合いだった。
決して獣には成し得ぬ文化だった。

772No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 22:05:28 ID:EsIb4FfY0
「ふん、お前がどれほどあの男に傾倒していたかはよく分かった。
 だがお前はあの男を、あの男が描いた理想郷を終わらせたのだろう。
 己が終の住処と定めた場所を捨てて、なぜお前はここにいるッ!!」
イスラの銃撃を頬に掠めながら、ピサロが銃剣を構える。
腰を低く落とし、足幅を広く取って重心を下げる。
「答えを教えてやろう。目の前に仇がいる。主君潰えようとも仇を為さずして死ぬわけにいかん。
 お前からヘクトルの生を奪った私を、ヘクトルの死を奪ったジョウイを、
 誅さねばならぬと、無意識が願ったのだッ!!」
常は片手で扱う銃剣を、両の手でしっかりと固定する。
強大な一撃を放つことは明白だった。
「装填、マヒャド×マヒャド×イオナズン。
 だが、生憎と私は死ぬ気がない。そしてお前の刃では私に届かない。
 つまり、お前はどう足掻こうが目的を達せられない」
銃剣の切っ先に氷の槍が生成されていく。
透き通るような煌めきは、障害を全て撃ち貫く決意に見えた。
「ならば、生を奪った者として、せめて引導を渡そう。三重装填――――スノウホワイト・verMBッ!!」

ピサロの意志が射出される。
絶対零度の意志は、決して融けぬ不変の槍。
だがその氷の中に潜むは、爆発するほどの激情。
圧縮された氷槍が内部爆発を起こし、大量の破片に分かれる。
そして、さらにその破片が爆発し、さらに膨大な破片に。
爆発し続ける氷はいつしかその数を無量の刃へと変えていた。

「終わりだ――目的もなく生き恥を晒し続けるぐらいならば、疾く飼い主の下に馳せ参じるがいい!」

迫り来る刃の群を前にして、イスラは銃身を額に添える。
なぜ自分は今生きているのか。それはピサロから問われるまでもなく問い続けてきた問いだった。
未だにその答えは出ていない。ならば敵討ちのためだというピサロの答えを否定できないのではないか。
(違う。そうじゃない。僕は――生きたいと思いたいんだ)
去来するのはカエルの背中。逃げ続けてここに残った男の背中。
生きる理由は、生きて為したいことは見つからないけど、
それでも理屈をこね回しているのは、生きたいと思いたいからだ。
(ならばどうして、死にたがりの僕がそう思う。生き恥を晒し続けて来た僕が――――)

773No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 22:06:24 ID:EsIb4FfY0
違う。そうではない。そうではないのだ。
生きる理由はないけど、したいこともないけど、誰の役にも立ててないけど、
“今生きていることを恥だと思いたくない”。

目を見開いたイスラが、銃口を正面に向ける。
目の前にはもはや数え切れぬほどの氷刃の弾幕。
その全てがイスラを狙っている訳ではないが、それ故に回避は絶対に不可能。逃げ場はない。
だが、イスラは一歩も引かず、その氷を見据えた。
逃げてもいいということは知っている。それが無駄にならないということも知っている。
だが、無駄にならないからといって最初から逃げてどうする。
まして、今狙われているもの、それだけは絶対に譲れないのだ。

「フォース・ロックオン+ブランザチップ」

前を、世界を見据える。あの時のように、勇気を抱いたあの時のように。
決して揺るがぬ鋼の英雄のチカラがARMを満たす。
逃げも防御も無理。だったら、あの人ならきっとこう言うだろう。

「ロックオン・マルチッ!!」
笑止――――全弾、撃ち祓うのみッ!!

イスラの一撃が放たれる。ブランザチップによって拡張された散撃が、
ロックオンプラスの冷徹な精度の狙撃と化し、
『拡散する精密射撃』という矛盾した一撃となる。
威力だけはただの一撃と変わらぬ故に安いが、拡散した氷刃をたたき落とすには十分過ぎる。

774No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 22:08:35 ID:EsIb4FfY0
「ハッ! まだ足掻くか。やはりあるか、生き恥を晒し続けてでも為したいことが!!」
弾幕の全てをたたき落とされる光景を見て、ピサロは苦笑した。
口ではああいえど、根には執着があったということだ。
ならば、自分もまた――
「だから、違うんだよ。お前と一緒にするな。僕はまだ何も見つけちゃいない!」
破片の破片をかき分けて、黒い影が疾駆する。
魔界の剣を携え、イスラがピサロへと切り込む。
「ならばなんだその生き汚さは。目的もなく希望もなく、何を抱いてこの瞬間を疾駆するッ!!」
ピサロは動ずることなく、銃剣を剣として構える。
こちらの攻撃が一手速い。少なくとも先んじて効果のある一撃を放つのは不可能だ。

「――――なでてくれた。その感触がまだ残ってる」

だが、イスラは止まることなく剣を走らせる。
その生に理由はなく、希望はなく、終着点も終わらせてしまったけど。
「やれば出来るって、最後に言ってくれたんだ。
 だから僕は、この生を恥だとは思わない!! あの人が肯定してくれた僕の生を、否定しない!!」
それが、全てを終わらせて抜け殻になった僕に残った最後の欠片。
自分自身さえもが見限ったこの命を、最後の最後に認めてくれた。
だから、生きたいと思いたいのだ。
どれほどそう思えなくとも、他に何も残っていなくても、
理想郷を終わらせても、それでもこうして、足掻いている。

「だから、邪魔するなら退いて貰う。アンタも、ジョウイも、オディオだってッ!!」

魔界の剣を握った右手が、光に輝く。
一回腕を振って、全力で走ったらもう動けない?
ふざけるな。そんなこといったら、あの掌ではたかれる。

「だって、僕の腕<ARM>は……まだ、二振りもついているッ!!」

775No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 22:09:51 ID:EsIb4FfY0
フォースLv3・ダブルアーム。
腕から抜けていく力に、強引にフォースを注いで体勢を維持する。
銃だからではない。剣だからではない。
この腕に握るものこそが『ARM』。手を伸ばすということ。
目を見開くピサロの攻撃が止まる。だが、イスラは止まらない。
勇猛果敢さえも越えて、あの人の、獅子のような力強さを添えて奮い迅る。
「ブランチザップ・邪剣――――ッ!!」
込められるのはイスラの持つ剣撃系最高火力。
その速度・威力に陰りはなく、放たれればピサロとてその命脈に届く。
もはや通常の方法では避けようもない体勢である以上、インビシブルだけが唯一の対処法だ。
展開が速いか、イスラの一撃が速いか、それが最後の争点となる。

「フッ」
だが、ピサロはインビシブルを展開しなかった。
その目には怯懦はなく、むしろ得心すら浮かぶ。
あるいは、こうあるべきなのだという達観のように、目を閉じる。
こいつならば、あるいはというように――


だが、一向に斬撃の痛みが来ないことに気づいたピサロがゆっくりと目を開ける。
その胸に触れていたのは刃ではなく、イスラの拳だった。
何故、というより先に、遠く離れた場所でずぼりと地面に魔界の剣が突き刺さる。
その柄には、ぐっしょりと汗がついていた。

「――あの」
「ふんっ」
イスラが何かを言うよりも早く、ピサロは蹴りを放ちイスラを吹き飛ばす。
それで興味を失ったか、ピサロはイスラに背を向け、立ち去ろうとする。
「ま、待て! 待ちなよ」
「なんだ、もう一度などと言ったら今度こそ消し炭にするぞ」
「そうじゃないよ。その」
言い淀むイスラに、ピサロは嘆息して今度こそ去ろうとする。
だが、それより先に意を決したイスラが声をかけた。
聞かなければならないことは山ほどあるが、今は、これだけ。

「あんたの言ってたその獣って、最後はどうなったんだい」

776No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 22:10:31 ID:EsIb4FfY0
ピサロの足が止まる。荒野に風が吹き、くすんだ銀髪を靡かせる。
「さあな。獣より性質の悪い畜生に追い立てられて逃げ失せた。後は知らん」
空を見上げながら、ピサロは独り言のように呟いた。
「多分、どこかで足掻いているのだろう。今更、本当に今更に、ヒトになろうと」
「……無理じゃないの?」
「だろうな。そこまでの道を進んでおきながら、逆走するようなものだ。
 戻るのにどれだけかかるか、そこから進むのにどれほどかかるか。分かったものではない」
呆れるように、ピサロは失せた獣を想った。
この空の下で、灼熱の陽光に焼かれながら這いずり回る獣を想像する。

「それでも足掻くよりないのだろうさ。所詮獣、“いつか”など待ちきれぬ。
 どれほどに遠かろうと果てが無かろうと、走らねば辿り着かないのだから」

そういって、ピサロは熱した大地に再び一歩を踏みしめた。
遥かな一歩のように。

「おい」
再度の呼びかけとともに、投擲物の風切り音が鳴る。
ピサロは振り返ることなく肩を過ぎるそれを掴む。水の入った使い捨ての水筒だった。
ピサロが僅かに振り返る。イスラは背中を向けて、水筒の水を汗に塗れた自分の頭に注いでいた。

何も言わず、ピサロはその場を去る。
水筒の蓋を開けて、喉を湿らせる。

「温い」

ぶつくさと言いながらも、その水を飲み干すまで水筒を捨てることは無かった。
獣だろうと、ヒトだろうと、喉は乾く。

777No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 22:12:28 ID:EsIb4FfY0
【C-7とD-7の境界(C-7側) 二日目 日中】

【ピサロ@ドラゴンクエストIV】
[状態]:クラス『ピュアピサロ』 ダメージ:中 ニノへの感謝 ロザリーへの純愛 精神疲労:大
[スキル]:魔封剣、デュアルショット、アルテマバスター*いずれも要バヨネット装備 ミーディアム:ラフティーナ
[装備]:バヨネット@RPGロワオリジナル
[道具]:ミーディアム『愛の奇蹟』@WA2 クレストグラフ@WA2※ヴォルテック、ゼーバー、ハイ・ヴォルテック
[思考]
基本:すべての命が、自らの意志で手を取り合える世になるよう力を尽くす
1:『その時』にむけて、したいことをしよう
[参戦時期]:5章最終決戦直後
*バヨネットはパラソル+ディフェンダーには魔導アーマーのパーツが流用されており魔導ビームを撃てます

【イスラ=レヴィノス@サモンナイト3】
[状態]:ダメージ:中、疲労:大
[スキル]:心眼 勇猛果敢 フォース・プリズナー№666(Lv1〜4)
[装備]:魔界の剣@DQ4 ドーリーショット@アーク2 44マグナム@LAL*残弾無し
[道具]:召喚石『天使ロティエル』@SN3 召喚石『勇気の紋章』@RPGロワオリジナル
[思考]
基本:今はまだ、したいことはないけれど。“いつか”を望み、したいことを探し続けよう
1:『その時』にむけて、したいことをしよう
[参戦時期]:16話死亡直後(病魔の呪いから解かれている)

778No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 22:13:03 ID:EsIb4FfY0
<リザーブ支給品(全てC-7とD-7の境界(C-7側)に集められている)>

【ドラゴンクエスト4】
・天空の剣(二段開放)@武器:剣 ※物理攻撃時クリティカル率50%アップ
・毒蛾のナイフ@武器:ナイフ
・デーモンスピア@武器:槍
・天罰の杖@武器:杖

【アークザラッドⅡ】
・ドーリーショット@武器:ショットガン
・デスイリュージョン@武器:カード
・バイオレットレーサー@アクセサリ

【WILD ARMS 2nd IGNITION】
・感応石×4@貴重品
・愛の奇蹟@アクセサリ:ミーディアム
・クレストグラフ@アクセサリ ※クイック、ハイパーウェポン
・データタブレット×2@貴重品

【ファイアーエムブレム 烈火の剣】
・フォルブレイズ@武器:魔導書

【クロノトリガー】
・“勇者”と“英雄”バッジ@アクセサリ:クリティカル率50%アップ・消費MP半減
・パワーマフラー@アクセサリ
・激怒の腕輪@アクセサリ
・ゲートホルダー@貴重品

【LIVE A LIVE】
・ブライオン@武器:剣

【ファイナルファンタジーⅥ】
・ミラクルシューズ@アクセサリ
・いかりのリング@アクセサリ

【幻想水滸伝Ⅱ】
・点名牙双@武器:トンファー

【その他支給品・現地調達品】
・海水浴セット@貴重品
・拡声器@貴重品
・日記のようなもの@貴重品
・マリアベルの手記@貴重品
・双眼鏡@貴重品
・不明支給品@魔王が初期に所持していたもの
・デイバック(基本支給品)×18*食品が現在アナスタシアが消費中

779 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 22:17:00 ID:EsIb4FfY0
投下終了です。指摘、疑問あればどうぞ。

が、一部技名にミスを見つけたので以下の通り修正します。
>>767
バーストショット→ブースとショット

>>773
ブランザチップ→ブランチザップ

wiki収録の際に修正します。申し訳ありません。

780SAVEDATA No.774:2013/07/08(月) 22:22:42 ID:SZo8EWKQ0
執筆投下お疲れ様でした

これこそRPGロワのイスラ、って感じがした
懊悩とするものがあるから体を動かすってのは、原作のイスラっぽくはない気がするんだけど、
RPGロワでのイスラの足跡を辿れば違和感はない。それだけの出会いを重ね、得てきたものがあるからこそだなーって思えた
獣を語るピサロは完全に吹っ切れた感じかな。
イスラの剣に達観を見せる様こそ、不器用に足掻いてる証なんだろうな

781SAVEDATA No.774:2013/07/08(月) 22:36:22 ID:U7q5MCLs0
投下お疲れ様でしたー!
まさかのこのタイミングでのバトルに驚くも、
何気にピサロはヘクトルだけじゃなくアリーゼ殺すはアズリア殺すわしてたもんなー
生きるのを恥だと思いたくないってのは原作のイスラを知ってるとすごく胸にくるものが
ここで得たものは終わらせた後でさえ確かに残ってるんだな……

782SAVEDATA No.774:2013/07/09(火) 00:51:28 ID:HlSTodz20
>>781
(アズリアじゃなかった、アティだった)

783SAVEDATA No.774:2013/07/09(火) 13:22:29 ID:mOLevcNMO
>>782
(アティ殺したのセッツァーだった気が…)

784SAVEDATA No.774:2013/07/09(火) 13:58:24 ID:xeLZ6nM.0
投下乙です。
ここで積み重ねてきた色んなものを抱えながらの二人のやりとり。
最初、ピサロは余裕を持ってイスラを圧倒していたようにも見えた。
だけど獣っていう喩えが何を示しているのか、どこに向かおうとしているのかが見えてきたら、
それまでの展開から見えてくるものもまた変わって見えて上手い感じに裏切られた感覚。
どいつもこいつも生き方が下手なんだけど、それでも必死に生きようとしていて、眩しく感じた。

どうでもいいところだけど最後の最後で>獣より性質の悪い畜生 扱いされてた某女の扱いに吹いたwww

785SAVEDATA No.774:2013/07/17(水) 04:40:43 ID:Bdo.MGE60
投下お疲れ様です。
己と向き合って相手と向き合って、答え無き答えを求め足掻く様は、
記号じみた役割を与えられただけではない人間味溢れる在り方だと思います。

因縁といえば、レイ・クウゴもピサロが殺してるんですよね。
全ての因縁が絡むとは限らない物語ですが、それも含めて期待しています。

786SAVEDATA No.774:2013/07/21(日) 11:18:55 ID:FmsHM.WE0
なんだか人気投票の話が出てるね

787SAVEDATA No.774:2013/07/27(土) 17:48:00 ID:dI0yJZM60
というわけで始まりました。お手隙の方はぜひにぜひに。

788SAVEDATA No.774:2013/07/28(日) 00:38:50 ID:7wUoG0bg0
お、人気投票始まってるね

789SAVEDATA No.774:2013/09/02(月) 15:25:00 ID:piaxTlX20
久々に予約来た!

790 ◆6XQgLQ9rNg:2013/09/26(木) 20:55:08 ID:PdHDn0qw0
投下いたします

791罪なる其の手に口づけを ◆6XQgLQ9rNg:2013/09/26(木) 20:56:53 ID:PdHDn0qw0
 靴裏が、硬く乾いた荒野をざりっと噛み締めた。
 声を張り上げずとも会話ができるギリギリの距離で、異形の騎士が立ち止まる。
 決して近いとは言えないその場所から、カエルは、狼に身を預けるアナスタシアの様子を伺った。
 こちらに背を向けるアナスタシアは、眠っているようにも思案しているようにも、集中して首輪解体に向き合っているようにも見える。
 なんとはなしに、視線をくゆらせる。
 剣戟を響かせ魔力を爆ぜさせる演習を、イスラとピサロが繰り広げていた。
 その余波で風が吹きつける。水分を奪い取りそうな埃っぽいその風に身を竦ませ、カエルは今一度アナスタシアへと目を向けた。
 すると、目が合った。
 アナスタシアとではなく、彼女の体重を受け止めるルシエドと、だ。
 獣とは思えないほどに理知的な瞳は鋭く、眼光には貴種守護獣斯くあるべしとでもいうような威厳に溢れている。
 人智を超えた存在であると、一目で分かる。
 にもかかわらずカエルは、口端に笑みを浮かべた。
 黙したままアナスタシアの枕となりカエルを見上げるその様は、神々しさよりも愛らしさが勝っていたからだ。
 そんな印象を抱いたのは、胸の奥で勇気の欠片が息づくが故かもしれなかった。
 勇気の鼓動に呼応してか、ルシエドが鼻をひくつかせる。 
「……目覚めの口づけをしてくれる王子様が来てくれたのかと思ったんだけど」
 欠伸交じりの声がした。
「よくよく考えたら寝てる女の子にキスする王子様って正直ドン引きよね」
 ルシエドに身体を預けたまま身じろぎをし、振り返らないままで、アナスタシアは一人続ける。 
「そもそも女の子の寝込みに近づくってのがもうね。下心見ッえ見えなのがアレよ」
 まるで。
「清純で貞淑な乙女としてはNG。そーいうのは断固としてNG。肉食系で許されるのは女子だけだって思うのよ」
 まるで、カエルに言葉一つ挟ませないかのように。
「あ、この場合のNGっていうのは『ナマ――』」
「アナスタシア」
 だからカエルは、連射されるアナスタシアの単語を、強引に断ち切ることにした。
 放っておくと、激流のようなこのペースに押し流されてしまいそうだった。
「少しでいい。話をさせてくれ」
 返答は、細く長い吐息と沈黙だった。
 それを肯定と捉え、カエルは口を開く。 
「まず、礼を言わせてほしい」
 水気が薄れ、乾いた舌を動かして言葉を紡ぐのは、存外に難しい。 
「俺が、今こうして俺として両の足で立っていられるのは、お前が奴を滅してくれたからだ」
 意識に溶け込んでいた、熱っぽく濃密な災厄の気配は欠片もない。
 アナスタシアが過去を振り切ったその瞬間に、焔の災厄は滅び去った。事象の彼方に還ることすら許されず、完膚なきまでに消え失せた。
 上手く話せているだろうかと思いながら、カエルは、乾いた風に言葉を乗せる。

「ほんとうに、感謝している」
「その気持ちは貰っておくけれど。でも、戦ったのはわたしだけじゃない。
 ロードブレイザーを破れたのはみんながいたから。
 それにあなたを助けたのは、わたしじゃない」
 
 振り返らないままの答えは素っ気ない。
 カエルに向けられるのは変わらず後頭部だけで、彼女の表情は伺えないままだ。
 だがカエルは、声が返ってきたということに、軽く胸を撫で下ろす。

「お前はストレイボウに力を貸してくれた。それは、お前自身の意志だろう?」
 そうして生まれた余裕が、記憶へと道をつけていく。
 浮かんだのは、ルシエドに跨るストレイボウだった。
 風を斬り地を疾走する欲望の獣を駆って進撃するストレイボウの姿は雄々しく勇ましく苛烈だった。 
 勇気の欠片が胎動を始めたのは、あの頃だったのだろう。
 カエルは左手を鳩尾に当てる。そこには、奇妙な心地よさを孕んだ疼痛が残っていた。
「……まあ、ね」
 アナスタシアの返答もまた、苦々しいものだった。
 ルシエドが、その鼻先を主に寄せる。
 応じるように、アナスタシアはルシエドを愛おしげに一撫でし、その身をそっと抱き寄せた。
「ストレイボウの気持ちが、分かっちゃったから」
 囁くようなか細い声だった。

792罪なる其の手に口づけを ◆6XQgLQ9rNg:2013/09/26(木) 20:57:40 ID:PdHDn0qw0
 溶ける間際の薄氷を連想させるその声は、誰かに届けるつもりなどないかのようだった。
 人ならざる身では一足、されど人の足ではすぐには踏み込めない空隙を開けたまま、カエルは、黙してその言葉を咀嚼し、
 
 ――だからこそ。だからこそ、心から感謝する。
 
 言葉にするべきではないと思い、胸中だけで、改めて謝意を表した。
 乾いた風が、粉塵を巻き上がらせる。アナスタシアとの間に空いた距離を、砂埃が舞い抜けた。
 激化するイスラとピサロの演習を尻目に、カエルは言葉を継ぐ。
 沈黙を横たわらせたままにしては、ならない。
 まだ伝えたいことが、燻っている。

「……もうひとつ、話したいことがある」

 付着する乾いた埃を払い、カエルは告げる。真正面、背を向けたままのアナスタシアへと。
 
「三度、戦った」
 
 記憶の道を辿り、想い出を拾い集め。
 砂気混じりの風に攫われないよう、唾液で口内を湿らせて、カエルは告げる。

「マリアベル・アーミティッジと、俺は、三度戦ったんだ」

 ぴくり、とアナスタシアの肩が震えた。
 ルシエドを抱くその腕に力が籠ったように見えたのは、気のせいではないだろう。

「そしてそれよりも前に、俺は、彼女にまみえた」

 隔てた距離の先へと届けるべく、カエルは、随分昔のことのように感じられる想い出を届けていく。
 
「敵としてではなく、手を取り合うべく存在として出逢っていた。すぐに別離してしまったが、な」
 
 まず語るのは、出会いと別れ。
 交わした会話は僅かで、過ごした時は半日にも満たない程度だった。
 たったそれだけの時でも、マリアベルが持つ温かさは想い出に残っていた。
 もしも、などと考えても詮無い。今この瞬間のこの場所に、時を超える術などありはしないのだ。
 それでも、仮に。
 仮にあのとき、べつの選択肢を手に取っていれば。
 あの温もりに、身を委ねていたのなら。
 善し悪しはさておき、きっと歴史は変わっていた。
 カエルは目を閉ざし、そっと首を横に振る。
 夢の海原に浮かぶ箱舟のような無意味な思惟を、意識の外に逃がすように。
 
「次に出逢った時は、もう敵だった。俺が、敵となった」

 開けた瞳に左腕を映す。
 敢えて治癒を施していない傷跡は、ボロボロになった今でもよく目立っていた。
 その痕を眺めながら、城下町での交錯について語る。
 最初の相手は、素人の混じった女三人。回復手段を考慮したとしても、獲れると思っていた。
 事実、マリアベルに重傷を負わせロザリーを瀕死にまで追い込んだ。
 追い込むまでしか、できなかった。
 サンダウン・キッドを始めとした新手が来るまでに決しておけなかったのは、マリアベルの実力と聡明さがあったからに他ならない。
 サンダウンにも手傷を与えたこともあるのだ。シュウに宣言したように、戦略レベルでの勝利は収めたと言っていい。
 ただし戦術レベルで考えた場合、マリアベルに対し勝利したとは、決して言い切れない。

793罪なる其の手に口づけを ◆6XQgLQ9rNg:2013/09/26(木) 20:58:25 ID:PdHDn0qw0
「…………………」

 アナスタシアは、またも黙りこくっていた。
 イスラに自分語りをしたときとは違い、相槌が返ってくるわけではなくても、カエルは話を止めなかった。

「再会は、お前も居合わせたあの夜雨の下だった」

 濡れそぼる漆黒の世界を思い出す。
 雨はカエルを祝福した。
 夜はマリアベルに隷属した。
 それを示し合わせるようにして、互いに、独りではなかった。
 死力を、尽くした。
 魔王との連携に、マリアベルとブラッド・エヴァンスは追い縋り喰らい付いてきた。
 奴らが無慈悲なでの本気さで、カエルと魔王を打倒すべく向かってきたのであれば、完膚なきまでの敗北すら考えられた。
 ここでもカエルは、敵の命を獲れなかった。
 追い詰めたブラッドが死した要因は、マリアベルの術だった。
 覚えている。
 仲間の――友の意志を尊び、命を敬い、その全てを、その力で以って燃やし尽くしたマリアベルの姿を。
 そしてその果てで、マリアベルは膝を折らなかった。
 ブラッドの遺志を受け止め握り締め抱き留めて、カエルの前に立ちはだかったのだ。
 その堂々たる態度からは、夜の王の名に恥じぬ高潔さが溢れていた。
 
「そして」

 そして三度目は、ほんの半日ほど前。
 約定を破り捨てることで成した奇襲に端を発する、戦いだった。
 そこから先は、アナスタシアも知るところでもある。
 だとしても、カエルは、敢えて口にするのだった。
 
「この手でマリアベルの命を奪ったあの戦いが、三度目の出会いだった」
 あのときマリアベルの胸を貫いた右手は落とされてしまった。
 それでも、魔剣ごしに感じた命を奪う感触を覚えている。
 これからもずっと、覚え続けていかなければならない。
 そして、それと同様に。
 カエルの意識に強く焼き付いている事柄がある。
 それというのは、

「あのとき、お前は立った。俺の刃の前に、絶望の鎌を振りかざして立ちふさがった」
 両の腕で自身を抱き締めて無様に震えているだけだったアナスタシアが、吼え、叫び、立ち上がった瞬間のことだ。
 力が及ばないとしても、止められる保証などありはしなくとも、それでも友を護ろうと地を踏みしめるアナスタシア。
 その姿は気高く尊く、そして。
 目を灼く覚悟なしでは直視できないほどに眩く鮮烈だった。
 だから思うのだ。
 アナスタシア・ルン・ヴァレリアとマリアベル・アーミティッジは、真に友と呼べる間柄だったのだろうと。
 その絆は、蒼穹を羽撃く渡り鳥を支える両翼のようにも感じられた。

「俺はその瞬間のことを忘れない。マリアベルを護るべく立ったアナスタシアのことを、必ず、忘れはしない」

 ルシエドの毛並みが、ぐっと握り締められるのが見えた。

「そして詫びさせてほしい。許さなくても構わない。許しを求める資格などない。許しを頂く権利もない。
 承知の上で、詫びさせてほしい」

 カエルは目を閉ざし地に膝をつき、頭を垂れる。
 たとえアナスタシアが見てはいないとしても。
 深く深く、頭を垂れる。

794罪なる其の手に口づけを ◆6XQgLQ9rNg:2013/09/26(木) 20:59:17 ID:PdHDn0qw0
「ほんとうに、すまなかった」

 謝罪を口にするということは、即ち。
 左腕の傷跡を、純然たる罪の証であると、認めるということだった。
 信念のためと、国のためと、そう言った信仰で覆っていた罪を曝け出し、逆に、罪によって覚悟を包むということだった。
 許しが与えられない罪をずっと、両肩に担っていくということだった。
 
 いつしか風は止んでいた。剣戟と魔力が奏でる音は止まっていた。
 けれど、開いた距離を埋める言葉はやって来ない。
 カエルはゆっくりと立ち上がる。膝に付いた土を、払いはしなかった。 

「邪魔をしたな」
 
 アナスタシアに背を向け、荒野に足跡を刻む。演習の音が消えた世界では、微かな足音さえも響く。
 同じように。

「……待って」

 声だって、届くのだ。
 距離を隔てた向こうからであっても。
 背中合わせのままであっても。
 押し殺したような声であっても。
 よく、届くのだった。
 だからカエルは足を止めて振り返る。
 開いた距離の一歩を戻りはしないままで彼女を見る。
 相変わらずアナスタシアは背を向けていた。
 けれど欲望の獣の双眸は、じっとカエルを見つめていた。
 
「何を言われても。どんなことを想われても。何度謝られても。わたしは、あなたを許さない。
 それは、ぜったいに、ぜったいよ」

 息を詰まらせたかのようなアナスタシアのその言葉に、カエルは頷きを返す。
 それでいい。
 重い咎人となったこの身が、簡単に許されてよいはずがない。
 
「だから生き抜きなさい。ずっと、ずっと。
 ずっとずっとずっと、罪を握り咎を抱いて生き延びなさい。
 そして、必ず」

 アナスタシアは続ける。
 流暢に淀みなく、有無を言わさぬような口調で。
 
「そして、罪を離すことのないまま」

 静かに刻むように呼吸をして、言い渡す。

795罪なる其の手に口づけを ◆6XQgLQ9rNg:2013/09/26(木) 20:59:47 ID:PdHDn0qw0
「必ず、幸せになりなさい。
 その目で幸せを探しなさい。
 その足で幸せへ向かいなさい。
 その手で幸せを掴みなさい。
 その身を幸せで包みなさい」

 冷酷さと残酷さと、
 
「拭えぬ罪を抱えたまま生きて、幸せになるの。いいわね」
 
 ほんの少しだけの甘美さを練り込んだような声で、言い渡した。

「言いたいことはそれだけ。それだけよ」

 告げるだけ告げると、刃を眼前に突き付けるかのようにして、アナスタシアが会話を打ち切ってくる。
 だが元はといえば、カエルが一方的に話し始めたのだ。途中で打ち切られなかっただけマシだっただろう。

「……幸せ、か」

 それは、縁遠さを感じる単語だった。
 口にしてみても、その言葉は、遥か彼方で揺らめく幻のようにしか感じられない。
 そんな幻想のようなものへ至れと、アナスタシアは言うのだ。
 マリアベルだけでなく、仲間をも手に掛けたこの手で、幸せを手にしろと言うのだ。
 覚悟の証であり、同時に罪の証である傷痕が疼く。
 幸福を望むなどおこがましいと。
 どの面を下げて幸福を求めるのだと。
 苛むように疼く。
 奪ってきた全ての命が、潰えたあらゆる未来が、刈り取られた無数の可能性が、傷跡を掻き毟ってくるようだった。
 責め立てるようなこの痛みは障害消えはしない。赦されることなどありえない。
 幸せという単語を転がすだけでも疼くのだ。
 幸せの実態に近づけば近づくほど、痛みは激しく増すに違いない。
 だからこそ。
 
「その言葉、確かに刻み込んだ」

 傷痕を晒すようにして、カエルは。
 その左腕を、掲げる。
 
「癒えぬ傷跡と共に、確かに刻み込んだ」
  
 言い残し、カエルは地を蹴る。
 話すべきは話した。
 対する答えも受け取った。
 だからカエルは地を蹴る。
 止まぬ疼きを、そのままに。

796罪なる其の手に口づけを ◆6XQgLQ9rNg:2013/09/26(木) 21:01:08 ID:PdHDn0qw0
 ◆◆
 
 カエルの気配が遠ざかっていく。
 背後の空白を感じ取り、アナスタシアは深々と息を吐き出した。
 ちょこの話に次いで、今度はマリアベルの話ときた。
 デリカシーのない奴らばかりだと思う。少しくらいはこのわたしを見習うべきだと、独り肩を竦める。
 ルシエドを抱き、その熱を感じ取りながら、アナスタシアは膝を立てる。
 物憂げな表情なのは、カエルの詫びが耳の奥で響いていたからだ。
 なにも静かになってから言わなくてもいいのにと、アナスタシアは思う。
 目を覚ましてしまうほどにうるさいドンパチに紛れて言ってくれれば、風の行くままに流してしまうことだってできたのに。
 カエルは、自身の行為を――マリアベルの命を奪ったことを、許されざる罪だと認識していたようだった。 
 罪悪感に満ちた彼の詫びを聴き、アナスタシアが真っ先に感じたのは羨望だった。
 その罪は他人に背負わせたいものではない。罪のかけらひとつすら、誰かにくれてやるのは嫌だった。
 ほんとうは。
 ほんとうは、その罪科は。
 マリアベルの親友である、アナスタシア・ルン・ヴァレリア自身が背負いたかったものなのだ。
 自分がしっかりしていなかったから。
 護られることを由とし、自分の足で立っていなかったから。
 マリアベルが好きでいてくれて、マリアベルと対等でいられる『わたし』でいなかったから。
 そういった後悔や慙愧の念に根差す罪を抱えていたかった。
 けれどアナスタシアは、その願いを叶えることはできない。罪を握って行くわけにはいかない。
 過去に囚われないと決めたから。過去に逃げないと決めたから。
 マリアベルとアナスタシアの間を繋ぐものが、罪などであってはならないから。
 罪を感じてしまっては、彼女と出逢い、彼女と過ごした全ての時が穢されてしまう。
 それでは、『わたしらしく』生きられない。
 だから、想うのだ。
 この手が握れない罪を持っていくと言うのであれば受け渡そう、と。
 抱かれてしまったその罪は決して消えはしない。アナスタシアの意志が消させはしない。
 消えない罪は、死を得たイモータルの元へと至る。罪の担い手は、マリアベル・アーミティッジのことを忘れずにいられる。
 たった独り取り残され続けたノーブルレッドを覚えてくれる人がいるのであれば、それは、アナスタシアにとっての幸いだった。
 血塗られた手だとしても、マリアベルへと繋がるのならば口づけを捧げよう。
 カエルに伝えたのは祈りの祝詞でしかなかった。
 我儘で独善的で一方的な、それでいて心からの祝福だった。
 アナスタシアは幸せを願う。
 そこに至るまでに、如何なる辛苦があったとしても。 
 マリアベルに至る全ての道には、幸せが咲き誇っていて欲しいと願う。
 
 ――そう、だから。
 
 寂しがりなノーブルレッドを、泣かせたりしたくはないから。
 
 ――わたしは、幸せになるの。
 
 やさしい夜の王の親友である自分を誇りたいから。
 
 ――誰でもない、わたしのために。
 
 くすんだ空の下であっても。
 刺のようなしんどさが抜けなくても。
 
 ――わたしは、幸せになるのッ!
 
 幸せに近づけば近づくほど、決して埋めることのできない空虚さが浮き彫りになっていくとしても。
 逢いたくて逢いたくてたまらない人たちにもう逢えないと、痛感するとしても。
 
 ――わたしはずっと、幸せを求め続けて生きるのッ!!

797罪なる其の手に口づけを ◆6XQgLQ9rNg:2013/09/26(木) 21:02:12 ID:PdHDn0qw0
 それでもアナスタシアは、水の入ったボトルを手に取るのだ。
 乱暴に蓋を開け、一気に煽る。
 ほぼ垂直となったボトルから、生ぬるい水が勢いよく零れ落ちる。
 唇を濡らし舌を滑った水は、滝のような勢いで喉を駆け落ちていき、
 
「――ッ!? ――ッッッ!!」

 盛大に、咽返る。
 声にならないえづきと共に、涎混じりの水が口端から垂れ落ちる。
 喘ぐような呼吸を繰り返すうちに、瞳にはうっすらと涙が浮かび上がった。
 水も涎も涙もぜんぶ、強引に手の甲で拭い取る。グローブのごわついた触感が肌を擦る。
 ひりつく痛みも構わずに、跡が残ることも厭わずに拭い取る。
 そうして。
 空になったボトルを思い切り投げ捨てて、アナスタシアは。
 ラストリゾートを御守りに、改めて首輪と工具を引っつかむのだった。

【C-7とD-7の境界(C-7側) 二日目 日中】

【カエル@クロノ・トリガー】
[状態]:瀕死:最大HP90%消失 精神ダメージ:小 覆面 右手欠損 左腕に『罪の証』の刺傷
    疲労:中 胸に小穴 勇気:真
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]
基本:幸せになれと、その言葉は刻み込んだ。ならば痛みにこの身を晒し、幸せを探して生きるのもひとつの道かもしれんな。
1:『その時』にむけて、したいことをしよう
[参戦時期]:クロノ復活直後(グランドリオン未解放)

【アナスタシア・ルン・ヴァレリア@WILD ARMS 2nd IGNITION】
[状態]:首輪解除作業中 ダメージ:中 胸部に裂傷 重度失血(補給中) 左肩に銃創 精神疲労:中
[スキル]:せいけんルシエド 
[装備]:アガートラーム@WA2
[道具]:ラストリゾート@FF6
[思考]
基本:生きて幸せになるの。ぜったいよ。それは、ぜったいに、ぜったいなのよ。
1:『その時』にむけて、したいことをしよう
[参戦時期]:ED後

<リザーブ支給品(全てC-7とD-7の境界(C-7側)に集められている)>

【ドラゴンクエスト4】
 天空の剣(二段開放)@武器:剣 ※物理攻撃時クリティカル率50%アップ
 毒蛾のナイフ@武器:ナイフ
 デーモンスピア@武器:槍
 天罰の杖@武器:杖

【アークザラッドⅡ】
 ドーリーショット@武器:ショットガン
 デスイリュージョン@武器:カード
 バイオレットレーサー@アクセサリ

【WILD ARMS 2nd IGNITION】
 感応石×4@貴重品
 クレストグラフ@アクセサリ ※クイック、ハイパーウェポン
 データタブレット×2@貴重品

【ファイアーエムブレム 烈火の剣】
 フォルブレイズ@武器:魔導書

【クロノトリガー】
 “勇者”と“英雄”バッジ@アクセサリ:クリティカル率50%アップ・消費MP半減
 パワーマフラー@アクセサリ
 激怒の腕輪@アクセサリ
 ゲートホルダー@貴重品

【LIVE A LIVE】
 ブライオン@武器:剣

【ファイナルファンタジーⅥ】
 ミラクルシューズ@アクセサリ
 いかりのリング@アクセサリ

【幻想水滸伝Ⅱ】
 点名牙双@武器:トンファー

【その他支給品・現地調達品】
 海水浴セット@貴重品
 拡声器@貴重品
 日記のようなもの@貴重品
 マリアベルの手記@貴重品
 双眼鏡@貴重品
 不明支給品@魔王が初期に所持していたもの
 デイバック(基本支給品)×18*食品が現在アナスタシアが消費中

798 ◆6XQgLQ9rNg:2013/09/26(木) 21:02:47 ID:PdHDn0qw0
以上、投下終了です

799SAVEDATA No.774:2013/09/26(木) 21:13:51 ID:tfdYJrXk0
投下乙です。
最後まで涙腺耐えてたのに、状態表の思考で耐えられんくなった。
あえてそこをひらがなで表記された辺り、どっかちょこのことを思わせて不意打ちだった。

800SAVEDATA No.774:2013/09/26(木) 21:18:31 ID:0ap1TOZ20
投下乙です!
やばい、そういう考え方すんげえ好きだ
マリアベルとの思い出を悲しいだけのものにしたくない、単なる罪にしたくない
それは自分自身のものだけじゃなくて、大切な親友にいたる全ての人の道が幸せなものであって欲しい
刻んだ、俺も確かに刻んだ!
アナスタシアが言うと一層胸に響くわ、幸せも、生きるも

801SAVEDATA No.774:2013/09/26(木) 21:42:10 ID:9d/6NX5Q0
投下お疲れ様でした!
>>799さんので気づいて見返してやられた…!
本当に、本当に祝福の話だこれ。罪を裁くでも雪ぐでも禊でもなく抱いたまま幸せになってくれとは。
カエルが回想したとおり、こいつは早々に覚悟を決めてしまって、いろいろやらかしてる。
正直こいつは罪を雪ぐことはできても救われることはないだろうと思ってたけど、
それでも今この瞬間は、理屈抜きに幸せになってほしいと思った。

それはきっと、聖女と呼ばれる行いだろうよ。

>信仰で覆っていた罪を曝け出し、逆に、罪によって覚悟を包む
こういう文章…っていうか着眼点ってどうやったらでるんですかね、パネェ。

802 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 18:49:59 ID:8eyvrRuY0
ストレイボウ、カエル、ジョウイ、(メイメイさん)投下します。

803さよならの行方−trinity in the past− 1 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 18:50:57 ID:8eyvrRuY0
手頃な岩に腰掛けながら、空を見上げる。
疎らな雲は数え始めたらすぐに終わってしまいそうなほどに少なく、
陽光は汗ばんだ額を照りつけていた。
光は誰の下にも等しく降り注ぐ。ただ2人の魔王を除いて。
俺<私>は、今此処に生きている誰よりもその2人をよく知っていた。

ストレイボウは、空を見上げながらぼうっとしていた。
先ほど遠間から遠雷のような戦音が聞こえたが、心にさざ波は立たない。
誰かが鍛錬でもしているのだろう、と断じていた。
読みかけのフォルブレイズの頁が風でパラパラとめくれる。
彼ら戦士の鍛錬と違い、魔術師の準備とはかくも地味なものだ。
奇跡か神の御業と錯覚するほどの絢爛豪華な術法を支えるのは、気が遠くなるほどの下準備。
故に、異界の魔術の最高峰『業火の理』を修める術もまた、その魔導書の読解以外にはない。
火属性魔術の強化触媒にするだけならばともかく、その書を行使するにはその理を解するしかないのだ。
水筒の水で唇を少し湿らせる。腹三分目に留めた空腹感は心地よく、脳漿は澄み渡っていた。

ピサロと分かれたストレイボウもまた、己ができることを模索し始めていた。
既に辿り着く場所を定めた彼は他者に比べその道程も明確で、為すべきこともより具体的となる。
己が立つべきその場所にたどり着くまで、彼らの為したいとする願いを、願えるようにすること――――彼らの力となることである。
己が目指す其処は全ての屍に立って到達するべき場所であってはならない。

その準備として、彼は既にアナスタシアの下に赴き、集められたアイテムの中から必要なものを見繕っていた。
神将器フォルブレイズを筆頭に、天罰の杖とクレストグラフを装備する。
生き残りの中で純正の魔術師はストレイボウしかいないので、
魔術師向けの装備を回収するのに他の者に気兼ねをする必要が無かったのはありがたかった。
攻撃用のクレストグラフが無いことは気づいたが、
ほぼ全ての属性に心得を持つストレイボウには不要であったため、さほど気にはしていない。
むしろ、補助魔法の手管が増えることが、彼にとっては好ましく思えた。
たった一人に勝つ為だけに磨き抜いたこの術理が、誰かの力になれるということが嬉しかった。

装備を改めるに当たり、ストレイボウはアナスタシアへの了解を取らなかった。
正確には、了解を得ることが出来なかった。
工具を手に首輪の向かい合いながら佇むアナスタシアを目の当たりにして、声をかけることなど出来なかったのだ。
ルシエドに背中を預け、邪魔にならぬよう髪をまとめ、顎の縁から”つう”と汗を滴らせる彼女に、常の道化めいた気配は微塵もなかった。
視線で首輪に穴をあけてしまいかねないほどの集中を以て、彼女は首輪に相対している。
アナスタシアは首輪に触れることもなくただ首輪を見つめていた。
その様だけを見れば、時間もないのに何を悠長にと思う者もいたかもしれないが、ことストレイボウに限っては違った。
彼<私>には理解できる。彼女は取り戻そうとしていたのだ。
遙か昔に置いてきた指の記憶を、技術者<アーティスト>としてのアナスタシアを。

804さよならの行方−trinity in the past− 2 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 18:51:45 ID:8eyvrRuY0
寝そべったまま、ストレイボウはフォルブレイズの横に置いたもう一つの書をみる。
そこにあった手帳のような1冊の書。それこそはマリアベルの遺した土産に他ならない。
気づいていなかったのか、気づいて捨て置いたのか、なんにせよストレイボウはアナスタシアに咎められることなくそれを手にした。
その内容は絶句としかいいようもないものだった。
(無論、序文の傾いたケレン味あふれる文章に、ではない)
真の賢者というものがいるのならば、それあマリアベル=アーミティッジをおいて他にはいないだろう。

その真なる序文をざっと読むだけで、アナスタシアの放送後の行動は納得できる。
彼女の周りには、無数のメモの切れ端があった。
マリアベルが遺した首輪の解除方法の記されたメモだった。
イスラやアキラ、果てはニノやヘクトルのサックにも分散して入っていた様子。
アナスタシアがサックや支給品を一カ所に集めさせたのもこれが理由なのだろう。

そして、そのメモを横目に見た彼<私>は確信する。これでほぼ正解だ。
この通りに分解できれば、少なくとも首輪は無力化できると“今の”ストレイボウは理解できる。
故に、アナスタシアに求められているのはそれを寸分違わず実行できる精度。
だから彼女は取り戻そうとしている。未来に向かうために、記憶の遺跡に預けた過去を。
それはさながら、小さな鑿一つでただの石材から精細な石像を作り上げるようなものだ。
図面も手本もない。あるのは忘却にまみれ、錆びついた指の記憶のみ。
それを以て、錆を少しずつ払い、恐る恐る削りながら、
かつての、聖女になる前のアナスタシア=ルン=ヴァレリアを形成していく。
やり直しなど出来ない。作りだそうとしているのが自分自身の過去である以上、
誤謬があったとしてもその真贋を裁定することはできない。
脳は、平気で嘘をつく。記憶に曖昧なところがあれば、一時の納得のために簡単に適当な想像で欠落を埋めようとする。
だからアナスタシアは、慎重に慎重に、薄氷を踏むように遺跡に潜っている。
嘘などつかぬように、真実だけを求めて、記憶に向かい合っている。

だから、ストレイボウ<私>は何も言わずその場を去った。
理解できるから、何も言わない。これは彼女にしか出来ない戦なのだ。
指の精度は技術者にとって命運を分かつものなのだと知っているが故に。

ストレイボウは、空に翳した自分の指を見つめてため息をついた。
オルステッドや、ヘクトル達ほど太くはない指は、それでもアナスタシアに比べれば大きい。性別の差だった。

(悪いな。俺じゃ、首輪の解体はできない。歯痒いだろうが、許してくれ)

指を見つめながら、此処にはいない誰かに、記憶<ココ>にいる彼女に、謝罪した。
ストレイボウがいずれ来る時に向けて備えていたのは、3つの書物を読み明かすこと。
業火の理、マリアベルの遺言、そして――“彼女の記憶”を。

805さよならの行方−trinity in the past− 3 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 18:53:35 ID:8eyvrRuY0
瞼を閉じて、己の内側へと深く深く沈んでいく。肺から空気が抜けきったあたりで、瞼の内側の色が変わる。
自分の知らない風景の光、自分の出会ったことのない人の音、自分が触れることのなかった命。
やがて、その色彩は収束し、自分の知る世界へとたどり着く。
ストレイボウが看取ったその残響を名を、ルッカ=アシュティアと言った。

戦いの中では生き延びることに無我夢中で、その事実の意味に気づく暇もなかったが、
この凪いだ空の下で一呼吸を置けば、改めて自分の中にルッカ=アシュティアの記憶があることを認識できる。

原理は理解できないが、その事実を認められないほどストレイボウは青くはない。
おそらくはあの石――考え得るルッカとの唯一の接点――が、もたらしたものなのだろう、と予測していた。
未経験の記憶が自身に混入するという異常事態を前にしても、ストレイボウは平然――とまではいかなくとも受け入れている。
“封印した記憶を統合する”ならばともかく“まったく新しい記憶を入れる”のならば、その負荷は尋常ではない。
二十年しか生きていない精神<コップ>には、二十年分の記憶<水>しか注げないのだ。
無理に注げば、本来入っていたはずの水が零れてしまう。
だが彼の魂魄は、死してなお心の迷宮で滅んだルクレチアを眺め続けてきた。
気が遠くなるほどに、永遠とすら錯覚するほどに。罪の意識に狂いかけながら。
彼の心は確かに弱かったが、逆に言えばその弱い心は永遠の時間に晒されながらも壊れなかった。
皮肉にも彼は常命の人間では得られない強靱な精神性を有していた。
その広がったココロ全てを飽和させていた罪の意識が僅かでも改まった今ならば、
二十年にも満たない少女の記憶は広大な図書館の書架に納められた一冊の新しい古書にすぎない。
ストレイボウは見るものから見れば異常とも言える自心の剛性を自覚することなく、ルッカという名の古い本を読んでいく。
虫食いもあり、水に濡れて頁が合わさってしまっている場所もある。下手な観測は対象を歪めてしまう。
それでもアナスタシアのように慎重に慎重を重ね、ストレイボウはこの島でのルッカ=アシュティアの記憶までは読み終わっていた。

ルッカ=アシュティアがどのような人物だったかは、カエルに聞いてその触りは掴んでいる。
その際、ストレイボウは彼女の記憶についてカエルに伝えなかった。
聞かれたカエルは多少訝しんでいたが、どうやらアナスタシアとのけじめをつける覚悟を決めたあとだったらしく、深く追求はされなかった。
もっとも、その事実を告げたとしても、ストレイボウはルッカ=アシュティアではない。
魂の欠片があるわけでもない、記憶に付随する生の感情があるわけでもない、
纏う骨と肉の大きさも違うから工具を扱う経験も再現できない。
本当にただの記録。ストレイボウが持っているのはそれだけでしかないのだ。
マリアベルを殺めた罪をアナスタシアが許すことができたとしても、
ルッカを殺めたカエルの罪を赦す資格は己にはないのだ。

(だからこそ、彼女の記憶を無駄にするわけにはいかない)
ストレイボウは背を起こし、対面の岩に壁掛けた2つのアイテムをみる。
ゲートホルダーと、ドッペル君。この島に喚ばれる前の彼女の記憶を喚起する触媒として持ってきたものだった。
それを見つめれば、完璧にとは言わないまでも、朧気に彼女の歩んだ冒険の軌跡が浮かぶ。
このゲートホルダーは、きっと彼女の冒険の中心にあったのだろう。
そして、この人間そのものとしか思えない人形に、ストレイボウは思う。
クロノ。彼女の冒険の記憶には、常にこの少年がいた。どの時代にも彼がいた。
きっと、彼は、彼女の中心に限りなく近い場所にあったのだろう。
三人の誰が欠けても始まらなかった。彼と、もう一人の王女と、彼女がこそが……きっと時を越えて星を救う冒険の核だったのだ。

806さよならの行方−trinity in the past− 4 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 18:54:28 ID:8eyvrRuY0

(まるで、俺たちと同じ…………いや、邪推か)
彼女の立ち位置に自分を観るなど、彼女に失礼だ。
不意に生じた妄想を振り払い、クロノとゲートホルダーを符丁として彼女の冒険を読み進める。
海底神殿、死の山、太陽石に虹色の貝殻、そして黒の夢。
冒険の終わり、その果てに――『大いなる火<ラヴォス>』はいた。
(ラヴォス……星を喰らうもの……そんな化け物までも、お前は敗者として喚んだというのか、オルステッド)
国一つを滅ぼしたストレイボウとは言え、星というスケールには流石に面を食らう。
だが、いつまでも惚けている暇はなかった。
マリアベルの警告に拠れば、ラヴォスがこの島の中枢に組み込まれている可能性が高いのだ。
カエルがあの雷の刹那に識った事実も、それを補強している。

(戦力として使う……違うな、そんなモノ使わなきゃいけないほど、お前は弱くない。やっぱり、省みさせる為か)
オディオはーー否、オルステッドは完璧だ。力が足りないだとか、
力を欲するという発想から一番遠い場所にいる彼が戦力を喚ぶとは考えられない。
全ては、墓碑に銘を刻むために。
誰もが自分が立つ場所を省みるようにと、祈りを込めて地下墓地を創ったのだ。

(今、それを考えても仕方ない。全てはあいつの前に立ってからだ。だが――)

オルステッドの行為の是非について巡り掛けた想いを、ストレイボウは頭を振って押さえ込む。
それ、に関して論じてはならない。その始まりを作ったのは、他ならぬ自分自身なのだから。
だからこそ、ストレイボウは考えるべきことを考える。
オルステッドにラヴォスの力を得ようとする思惑はないだろう。
だが、彼はどうだろうか。

「…………分かっているのか、ジョウイ。お前が何を手にしようとしているのか」

ジョウイ=ブライト。あの混戦の中で、カエルの持つ紅の暴君を奪い去った少年。
彼はカエルと魔王が潜伏していた遺跡にいるのだろう。
あの遺跡に巨大な力が眠っていることは、雨夜の時点でカエルが告げていた。
恐らくは、そこに行くまで含めて彼の絵図だったのだ。そう思わずには居られないほど、あの逃散は鮮やかすぎた。
10人近い戦力を前に敵対し生きて逃亡できるほどの魔剣の力では飽きたらず、遺跡に眠る力を手に入れようとしているのだろう。
だが、恐らくはジョウイはその力が何であるかを知らないはずだ。
ルッカがジョウイにラヴォスの情報を伝えていない以上、彼がラヴォスについて知る手段はほぼないのだから。
星に寄生し、根を張り、あらゆる生命・技術を吸収し、進化する鉱物生命体。
確かにその力は絶大だ。だが、赤い石に魅せられたものがどうなるかを、ストレイボウ<ルッカ>は古代で知っている。
アレは与えるものではない。奪うものだ。一度魅せられれば、何もかもを奪い尽くされ、下僕とされてしまうだろう。

「そんな力で、理想を形にするというのか」
対峙した時、魔剣で変貌したジョウイは己が目的を告げた。
ストレイボウの憎悪で揺るがない理想の国を、憎しみのない楽園を創るため、オディオを継承する。
そこに一切の虚言は無い。本当に、本気で、それを創るために、彼は力を求めている。
そしてその赤い石と紅い剣の力で、俺たちを討つ心算だ。
人の身に過ぎた力を得たジョウイには時間がない。
ピサロの見立てでは、日没まで。必ず、それまでに彼は動かざるを得ないのだ。

(ならば、俺たちがするべきは……)
1.首輪を外し、日没まで耐え切る。
2.首輪を外し、遺跡に向かいジョウイを倒す。
3.首輪を外し、ジョウイを無視してオディオを探す。

ストレイボウは持ち前の論理性で、自分達が取り得る行動を3つにまで絞り込む。
枝葉末節はさらに分派するだろうが、大凡この3つだ。

807さよならの行方−trinity in the past− 5 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 18:55:07 ID:8eyvrRuY0
1は文字通りジョウイの自滅を待つというもの。
現在ストレイボウたちは禁止エリアによって包囲されているが、アナスタシアが首輪を解除出来ればその囲みはなくなる。
いくらジョウイが正体不明な力を持とうが、6人が連動的に動ければ逃げ切りは不可能でもないはずだ。
ジョウイが持て余した力に潰されてから、ゆっくりオディオの居場所を探せばいい。
それに、ジョウイも決して殺人快楽者ではない。殺しきれないと悟れば、無駄を避けて協力する目もあるはずだ。
懸念があるとすれば、ジョウイが復活させる力が自律型――たとえばモンスターのような――であった場合、
ジョウイが死しても動き続ける可能性くらいか。それでも、ジョウイがいなくなれば対処の仕様もあるだろう。

2は先手を取ってジョウイを討つというもの。
ジョウイの懐に飛び込む格好になるが、引き替えにラヴォスの復活を阻止できる可能性がある。
魔王をしてオディオ以上やもと警戒するほどの力、それを復活させることは愉快な状況ではない。
万に一つ――ラヴォスをオルステッドが“終わった後に使う”可能性を考えれば、
ジョウイが罠を張って迎え撃ってくる危険性を差し引いても釣りがくる。

3は、完全な電撃戦。ジョウイもラヴォスも無視してオディオに対面し、この催しそのものを終わらせてしまうこと。
最悪、ジョウイとオディオを二正面で相手にすることになりかねないが――決着は最も早いはずだ。

「尤も、肝心要のアイツの居場所が分からんことには、画餅に過ぎないか」
苦笑を浮かべながらストレイボウは仰向けになった。
詰まるところ、気が急いているのはイスラ達だけではなかったということだろう。
何を話せばいいのかも定まっていない癖に、向かい合いたいという気持ちだけが鞘走っている。

無理もない、と溜息を吐く。
友として、恋敵として、仲間として、宿敵として、罪人として、
生まれ、死に、そして今に至るまでの道の向こうには常にオルステッドがいた。
どれだけ近づいても届かないと思ったその背中。
その背中に、今までにないほど近づいているという確信がある。

俺は、どうすればいいのだろうか。
アイツと向かい合い、その先にあるものをどうしたいのだろうか。
近づく約束の時に向けて、俺は目を閉じ、話したいと思う相手を思い浮かべた。

808さよならの行方−trinity in the past− 5 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 18:57:10 ID:8eyvrRuY0
1は文字通りジョウイの自滅を待つというもの。
現在ストレイボウたちは禁止エリアによって包囲されているが、アナスタシアが首輪を解除出来ればその囲みはなくなる。
いくらジョウイが正体不明な力を持とうが、6人が連動的に動ければ逃げ切りは不可能でもないはずだ。
ジョウイが持て余した力に潰されてから、ゆっくりオディオの居場所を探せばいい。
それに、ジョウイも決して殺人快楽者ではない。殺しきれないと悟れば、無駄を避けて協力する目もあるはずだ。
懸念があるとすれば、ジョウイが復活させる力が自律型――たとえばモンスターのような――であった場合、
ジョウイが死しても動き続ける可能性くらいか。それでも、ジョウイがいなくなれば対処の仕様もあるだろう。

2は先手を取ってジョウイを討つというもの。
ジョウイの懐に飛び込む格好になるが、引き替えにラヴォスの復活を阻止できる可能性がある。
魔王をしてオディオ以上やもと警戒するほどの力、それを復活させることは愉快な状況ではない。
万に一つ――ラヴォスをオルステッドが“終わった後に使う”可能性を考えれば、
ジョウイが罠を張って迎え撃ってくる危険性を差し引いても釣りがくる。

3は、完全な電撃戦。ジョウイもラヴォスも無視してオディオに対面し、この催しそのものを終わらせてしまうこと。
最悪、ジョウイとオディオを二正面で相手にすることになりかねないが――決着は最も早いはずだ。

「尤も、肝心要のアイツの居場所が分からんことには、画餅に過ぎないか」
苦笑を浮かべながらストレイボウは仰向けになった。
詰まるところ、気が急いているのはイスラ達だけではなかったということだろう。
何を話せばいいのかも定まっていない癖に、向かい合いたいという気持ちだけが鞘走っている。

無理もない、と溜息を吐く。
友として、恋敵として、仲間として、宿敵として、罪人として、
生まれ、死に、そして今に至るまでの道の向こうには常にオルステッドがいた。
どれだけ近づいても届かないと思ったその背中。
その背中に、今までにないほど近づいているという確信がある。

俺は、どうすればいいのだろうか。
アイツと向かい合い、その先にあるものをどうしたいのだろうか。
近づく約束の時に向けて、俺は目を閉じ、話したいと思う相手を思い浮かべた。

809さよならの行方−trinity in the past− 6 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 18:58:01 ID:8eyvrRuY0

 ――――・――――・――――・――――・――――・――――


                      [アナスタシア]


    ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆       『カエル』 《グレン》
    話し相手を              △
     選んでください     「???」
    ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆            ▽
                   [アキラ]

                               「ピサロ」
                      [ストレイボウ]



 ――――・――――・――――・――――・――――・――――

810さよならの行方−trinity in the past− 7 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 18:58:37 ID:8eyvrRuY0
「――――そうだな。まだ、お前の話を聞いちゃいない」

自分自身を省みるようにして、ストレイボウが思い浮かべたのは、一人の少年だった。

ジョウイ。
何が彼を其処まで駆り立てているのか、ストレイボウには見当がつかない。
ただ、皮肉にもルッカの記憶には、ジョウイを知るものが多くいた。
リオウ、ナナミ、ビッキー、そして最後に魔王との闘いに闖入してきたビクトール。
純粋に出会ったと言うだけならばルカ=ブライトも。
話をする時間などほとんどなく擦れ違いのようなものばかりだったが、ルッカはジョウイに所縁ある全ての人物に出会っていた。
誰一人として、ジョウイを警戒していたものはいなかった。
ルカ=ブライトを警戒こそすれ、ジョウイを敵だと思っていた者はいなかったはずだ。
一体、ジョウイ=ブライトというのは“何”なのか。
ビクトールという男がジョウイとルッカを逃がしたということは、少なくとも信ずるべき何かはあったということか。
(そういえば辛うじてルッカとまともに会話できたビッキーだけは、言葉を濁していたな)
ふと、ルッカの記憶を眺めながらストレイボウは思った。
ルッカに自身の知る者を説明するとき、リオウとナナミとビクトールの情報量は多いのに、ルカとジョウイの情報量が極端に少なかった。
知らなかったのか、あるいは“語りたくなかった”のか。

何にせよ、はっきりしていることが1つ。
ルッカの記憶を継承したストレイボウは、この場の誰よりも残る2人の敵対者に縁深い者になっていた。

なにより、あのカエルとの決着の時、怯んだ自分の背中を押しとどめてくれたのは、他でもないジョウイだった。
たとえそれが紅の暴君を手に入れるための演技だったとしても、あの血塗れの叫びが嘘だとはストレイボウには想えない。
「一方的に吐かれた言葉で、何が分かる。一方的に聞いた言葉で、何が伝わる。
 俺はまだ、オルステッドとも、お前とも会話しちゃいない」
ストレイボウの望みは、彼らにしたいようにあってほしいということ。
そしてそれは、ジョウイさえも例外ではない。

一方の視点にだけ立って全てを断じてはならない。
真の決断とはそんな安易なものではない。
ジョウイの願い。それを理解せずして、決断も何もない。

だから、願った。距離も、禁止エリアも、己を取り巻く状況全てを省みずただ純粋に想った。

――――果たして、それは奇跡だったのか。

ヴン、と僅かなノイズが耳を穿ち、ストレイボウは背を起こして目を開く。
其処には、ほんの小さな、本当に小さな『穴』があった。
蒼くどこまでも蒼く渦巻く穴は、次元の底まで届くかと錯覚するほどに深い。
そして、その穴を、ストレイボウ<私>は知っていた。

「ゲート……?」

811さよならの行方−trinity in the past− 8 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:00:06 ID:8eyvrRuY0
ゲート、時間と空間を越えて通じる世界の穴。ルッカ達の運命を大きく変えた扉が、そこにあった。
「なんで、いきなりここに……」
目の前の光景に、ストレイボウは驚きを隠せなかった。
ついさっきまで無かったものが、いきなり目の前に現れたのだ。
まるでストレイボウの話を聞いていたかのように。
だが、驚嘆の時間などないとばかりに、ゲートはその形を歪め始めた。
傷口をふさぐようにして、ゲートが収縮していく。
「くっ」
ストレイボウはとっさにゲートホルダーを起動させ、ゲートを励起状態へ引き戻す。
だが、イレギュラーなゲートであるが故か、保持力を越えて収縮をしようとしている。
「くそッ、出力限界解除! おい、皆――――うおぁああああ!!!」
ストレイボウは手慣れた所作でゲートホルダーの力を限界以上に引き出し、ゲートを固定させようとした。
だが、それが逆にゲートを過剰励起……暴走させ、ストレイボウを飲み込もうとする。
「なんで暴走――ん、首輪が3つ光って――4つ……?――ああッ!!」
参考までにと拝領した、アナスタシアが分解し終えた首輪の中の感応石を見て、ストレイボウは気づく。
ゲートを安定させるゲートホルダーではあるが、それには条件がある。
それはゲートに入れるのは『3人』までということ。4人以上で入ればゲートは安定を失いまったく別の場所へ飛ばされてしまう。
感応石、人の意志を伝える石を持っていたストレイボウは、図らずも1人であり4人だった。

「くそ、俺は、こんなところで死ぬわけには……ッ!!」

叫ぶこともままならず、がむしゃらに装備をかき集めながら、ストレイボウはゲートに吸い込まれていく。
行く先は時の最果てか。そうであろうがそうでなかろうが、今はまだ死ねないのだ。

今は、まだ。

812さよならの行方−trinity in the past− 9 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:00:44 ID:8eyvrRuY0
長い長い時流に曝されて散り散りになった精神が浮上する。
一瞬とも永遠とも思える時の狭間を抜けたストレイボウの視覚に映ったのは、町だった。
「ここは…………」
整備された石造りの街路、整然と並んだ民家。
「こ、こは…………」
ストレイボウの両脇には、鳥の形をした噴水が水を湛えている。
「こ、こ、は…………ッ!?」
落ち着いたはずの呼吸を再び乱れさせながら、ストレイボウは目を泳がせて正面を向く。
そこに聳えるは、白亜の城。城と呼ぶにふさわしい荘厳な意匠をストレイボウは知っている。
忘れるわけがない。忘れていいはずがない。この手で終わらせた王国の名前を。

「―――――――ルクレチアだとォッ!!」

ルクレチア王国。魂の牢で永劫見続けたあの地獄が、寸分違わぬ姿でそこにあった。
ストレイボウは唾を飲み込み、目を見開く。
錯覚ではない。これは、紛う事なきルクレチアだ。
膝が笑い、歯の鳴る音が止まらない。立つことすらままならず、
ストレイボウは広場の中央で――あの武闘大会の会場だった――尻餅をついてしまう。
無理だった。頭がいくら否定しようとしても、全神経が屈服している。

「な、なんで、あそこに、戻ってきたって」

己の罪そのものを前に、正常な判断など叶うべくはずもなかった。
だが、ほんの僅か、あの島で経たほんの僅かの何かが、ストレイボウに気づかせる。
空がどこまでも黒く、噴水はどこまでも濁り、城壁は骨のように白い。
余韻すらない。ここは、どうしようもなく『死んでいる』のだと。
「いったい、此処は――」
そう言い掛けたストレイボウの口を止めたのは背中を引く妙な感触だった。
マントの裾を引かれたような感触に、ストレイボウが背中を向く。

手だった。小さな、小さな子供の手が、街路から生えていた。
生えた手が、無邪気に、母のスカートを引くようにしてストレイボウを引いている。
「あ、あ――あああああ”あ”ッ!!!」
それにあわてて多々良を踏みながら飛び退き、家の壁にぶつかる。
だが、そこには石の堅さは無かった。抱き留めた腕の柔らかさだけがあった。
「うあ、く、来るな、来るんじゃないッ!!」
理解も納得も超越して、ストレイボウは子供のように腕を振って飛び跳ねる。
鳴り叫ぶ心臓と呼吸にかき乱されながら、ストレイボウは広場の中央に立って周囲を見渡す。
何が家だ、何が町だ、何が城だ。これは肉だ、これは血だ、これは骨だ。
城壁が変化し、身を鎧った兵士になる。町が変生し、人間になる。
ストレイボウは知っていた。覚えてしまっていた。
オルステッドを勇者と讃えた兵士達、オルステッドの出陣を見送った国民達。
オルステッドを捕らえようとした兵士達、ストレイボウに扇動されてオルステッドを魔王と蔑んだ国民達。

彼の憎悪が生み出した全ての結果が此処にあった。

813さよならの行方−trinity in the past− 10 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:01:27 ID:8eyvrRuY0
ストレイボウは確信する。
ここはルクレチアですらない。ルクレチアという形に鋳造された死そのものだ。
彼らはストレイボウをじっと見つめ、ゆっくりと歩いてくる。抱き留めるように手を広げながら、何の敵愾心もなく。
当然だ。彼らは真実を知らない。否、真実は死したときに決している。
彼らにとって、彼らを殺したのは魔王オルステッドで、
ストレイボウは魔王に殺された哀れな“同胞”――――共にこの宇宙を構成する細胞なのだ。
だから、何の敵意もなく、何の恨みもなく、ただ同じものであるが故に、ストレイボウを迎え入れる。
あるべき場所へ、我らと同じ場所へ、帰るべき場所へと。

「すまん……すまない……ごめんなさい……ッ!!」

もはや立つこともままならない有様で、ストレイボウは尻餅をついたまま後ずさる。
アレに抱かれたら、取り込まれる。そう分かっていても、ストレイボウは何も出来なかった。
彼らに何が出来る。何も出来はしない。何も出来はしまい。
心をどれだけ改めようが、自分を改めようが、彼らは変わらない。
今ここで全ての真実を暴露しても、彼らに何の意味も付加できない。
自分を変えることはできても、彼らを変えることは出来ない。
自分は今“生きていて”彼らは“死んでいる”からだ。自分は勝者で、彼らは敗者だからだ。
死せるものに、終わってしまったものに、生あるものの手は届かない。故に報いることはできない。

――――強奪者どもよ。
    ――――屍の頂点で命の尊さを謳う滑稽さを自覚せよ
        ――――なれの果てとなった“想い”を足蹴にして、自身の“想い”を主張するがいい

震え砕けかけた頭で、ストレイボウはオディオの、オルステッドの言葉の真を理解した気がした。
勝者が敗者に出来ることはただ一つ。共に敗者として墓碑に名を刻むこと。
死して共にあることだけだ。

「でも、でも…………た、頼む……」
だが、ストレイボウは震える唇を動かし、辛うじてつぶやく。
「もう少し、待ってくれ…………俺は、俺は…………まだ、まだなんだ……」
死に包囲された中で、このまま墓碑に沈む訳には行かないと、哀願する。
自分はまだ何にも成れていないのだと。このまま其処に戻るわけには行かないのだと。
身の程を知り尽くしてなお、そう懇願した。
死都はその願いなど無視してストレイボウを取り込もうとする。
それはもう本能――否、ただの機構なのだ。生あるものの声で死は変化しない。
それでもストレイボウは叫びながら、死に沈みゆく中で手を伸ばす。

「俺は、まだ、オルステッドに何一つ応えていないんだ……ッ!!」

814さよならの行方−trinity in the past− 11 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:02:44 ID:8eyvrRuY0
その時、その手を掴むものがいた。ストレイボウの片手を握る小さな両手の感触を、ストレイボウは感じていた。
「!?」
驚愕と共に、ぐい、と引っ張られ、ストレイボウはルクレチアへと浮上する。
「い、いったい、って、うああ!」
何事かと口にするよりも早く、再び腕を引かれ、ストレイボウの体は南に送られる。
よろよろと足をもつれさせながら、手を引かれたストレイボウは無数の住人が遠くなっていくのを見ていた。
彼らはストレイボウを追おうとはしていない。“してはならないと命令されたように”。
だが、そんなことよりもストレイボウは、手を握った誰かを確認しようと前を向こうとする。
「き、あなたは――」
【サルベージポイント1500mpz――――繋がったッ! 正門から出て下さいッ!!】
そう声をかけようとすると脳裏に直接声が響き、前方の正門が、オルステッドと共に旅立った始まりの門が眩い光を放った。
掴む誰かの姿は影すら映さず、ストレイボウの意識は門の向こう側へと送還される。
残ったのは、その手に伝わった冷たい柔らかさだけだった。


「ぶはぁ!!」

ストレイボウが泥の中から顔を出す。
息も絶え絶えに周囲を見渡せば、そこはルクレチアなどではなく、無限に広がる碧き泥の海だった。
「い、今のは幻か?」
夢でも見ていたのかと一瞬頭をよぎるが、すぐに首を振って否定する。
あの否応のない死の感覚と、手の感触が残っていた。

「K――QPpZQKKQuuuuqZiziGxuZoooppZqqqxuiii!!!!」

それ以上の思考を遮るように、鳴き声のような流動音と共に泥が戦慄く。
異物を検知した、あるいは同胞を捕捉したのか。
どちらにしてもやるべきことは同じと、本能に従って泥に飲み込もうとする。
「ラ、ラヴォス!?」
その形態の多様性に、ストレイボウは無意識にそう叫んでいた。
ラヴォスはその鈍重な外見に反し、あらゆる進化の方向性に適応できるようになっている。
ならば、この無形の泥は、ラヴォスの肉としてこれほどふさわしいものは他にない。
だが、そんな思考はストレイボウの命を長らえさせるのに少なくとも今は何の役に立たない。
触手と化した泥が、ストレイボウめがけて疾走する。
が、突如ストレイボウの眼前を横切った黒い何かが、その泥を阻害する。

「た、盾ッ!?」
「外套<マント>――輝きませんが」

ストレイボウと泥の間に立つはジョウイ=ブライト。
白貌と片目を覆う銀髪――抜剣の証を携えながら、かの男を守るようにして黒き外套を靡かせている。
「呼ばれて刃を押し取り来てみれば……何をしているんですか」
否、比喩ではない。武器も紋章も携えず困り顔をしてみせるジョウイの代わりとばかりに、
その身を鎧った魔王ジャキの外套が泥を弾いているのだ。
「その魔力――魔剣の力を、徹しているのかッ!?」
「抜剣覚醒の余録です。児戯のようなものですが、生まれてすらない子供にはこれで十分」
ただの布であるはずの外套を満たす異常の魔力を感じ取ったストレイボウに応えるように、
外套がストレイボウとジョウイを中心とした周囲を一気に薙払う。
血染めのような外套が、その白き内側へと踏み入らせぬとするように。
泥が形状を喪った瞬間を見抜き、彼の外套はその裾を泥に突き立てる。
そして、その接触を介してジョウイは泥と共界線を接続した。
「――――ッ! ……餓えているんだろう……僕、モ、同ジだ……ッ……
 もう少し、もう少し待ってくれ……もうすぐ、“揃う”かラ……」
喉を裂いた穴から漏れるような声で、ジョウイは泥の想いを汲み取る。
脂汗を流し血管を浮き立たせながら、その飢えを、その渇きを、抱きしめるように共有する。

「必ず、あなたを、連れて行く、から……ッッ!!」

815さよならの行方−trinity in the past− 12 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:03:17 ID:8eyvrRuY0
その宣誓と共に、泥は力を失ったように海へと形を変えていく。
泥の意志など、想いなど最初から無かったかのように。
想いの果てに凪いだ海で佇む外套の少年のその有様に、ストレイボウは、言いようもない悪寒を覚えた。

「……何故、いや、そもそもどうやってここに?」
呆然とするストレイボウの前で魔力が霧散し、抜剣覚醒が解除される。
息を荒げながら、ジョウイは横目でストレイボウを睨んだ。ストレイボウはたまらず息をのむ。
抜剣の変身を差し引いても、あの乱戦の中で別れてからジョウイの姿は一変していた。
魔王の外套こそ変わらないものの、その中の装束は青年のそれから明らかな軍服――士官級のそれへー―と変わっていた。
そしてもう一つ、布で縛られた右眼が視線を引く。まるで、何かを封じているかのように。
「あ、いや、いきなり俺の目の前にゲートが開いて、ああ、ゲートと言うのは……」
突然の質問に、ストレイボウは半ば反射的に答える。
杖を握らなかったのが自分でも不思議だった。状況に比べて、ジョウイの殺気がそれほど感じられなかったからか、あるいは。
「……真逆、な」
突然のゲート発生と暴走による転移について聞いたジョウイは目を細める。
だが、思考を切り替えるようにして再び凍った視線でストレイボウを射抜いた。
「いずれにせよ、丁重に帰す理由はないのですが」
ジョウイの一言で、外套が再びざわめく。
彼がここにいるということは、ここは遺跡の中、ジョウイの陣地ということか。
ならば、敵陣にノコノコと一人現れた間抜けを見逃す必要など無い。
じわりと香る戦闘の空気を前に、ストレイボウは言った。

 ・戦いになると言うなら容赦はしないッ!
 ・あのルクレチアはいったい何だ?
 ・そんなことより焼きそば食べたい。

→・あのルクレチアはいったい何だ?

その言葉に、ジョウイの目が見開かれる。
それは確かな動揺であったのか、今にも刃と化さんとしていた外套がジョウイへと収束する。
「一体、何の話を……」
「とぼけるな! あの町並み、城壁! 何もかもがあの時のままある癖に、何一つ残ってないあの死んだ町は、なんなんだ!!」
一瞬しらを切ろうとしたジョウイに食い下がり、ストレイボウが先ほどまでの動揺を塗りつぶすような剣幕で問いつめる。
明確な死の具現。何処までも熱のないあの地獄が、錯覚であるはずがない。
あれを問わずにいることは、ジョウイと戦うよりも恐ろしかった。
「……やはり、見たんですか。そうか、泥に沈めた僕の感応石と通じたのか……」
忘れてくれていれば良かったのに、そう顔に滲ませながらジョウイは唇を噛む。
「貴方が知る必要は、ありません」
だが、ジョウイは何も言わない。口を噤むジョウイに、ストレイボウは言った。

 ・……ラヴォス、なんだろう?
 ・答えろ、ジョウイ!
 ・下の口に聞いてやろうか?

→・……ラヴォス、なんだろう?

ジョウイの肩がびくりと震える。それはほんの一瞬であったが、ストレイボウに確信めいたものを抱かせるには十分だった。
「マリアベルは、この島の中心にラヴォスがいると考えていた。
ラヴォスは人を自然を喰らい、その情報を蓄積する。あのルクレチアは、蓄積されたモノそのものじゃないのか?」
思考を纏めながら、ストレイボウはその仮説をジョウイに提示する。
ルッカの記憶にあった、ラヴォスとの最終決戦。原始から未来に至る全てが集積したような空間の感覚を、あのルクレチアに覚えたのだ。
「ラヴォスについて……知っているのですか?」
ストレイボウの問いに、初めてジョウイは意外そうな表情を浮かべる。
ラヴォスについて知っているのは当然としても、ラヴォスそのものについてストレイボウが知っているはずが無いはずだからだ。
「お前は知らないんだろう、ラヴォスを。アレは、人の手で制御できるようなものじゃない。あれは……」
ジョウイがラヴォスに対する知識がないことを見て取ったストレイボウは、
自分が読み解けた限りのラヴォスの生態・性質をジョウイに伝える。
自分が如何に不味いモノを蘇らせようとしているのかを伝えるために。

816さよならの行方−trinity in the past− 13 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:04:15 ID:8eyvrRuY0
「……そういうことですか。星を喰らうもの……やはり獣の紋章以上か」
説明を聞いたジョウイは漸く得心いったという様子を見せる。
唯一欠けていたピースをパズルにはめ込んだような様子だった。
ジョウイはしばし考え、やがて意を決したようにストレイボウへと向き直ると、その右手の紋章が輝き出す。
『マリアベルさんの仮説は概ね当たっています』
ストレイボウの脳裏に声ならぬ聲が伝わる。ストレイボウが握った首輪の感応石を経由して接続された思念が、ストレイボウに伝わる。
『ラヴォスの幼体――プチラヴォスの亡霊を憑依させたグラブ・ル・ガブルによる新生ラヴォス……
 それが、死を喰らうもの。死せるルクレチアの夢を見るモノであり、僕が蘇らせようと、否、誕生させようとするモノです』
そうして、ジョウイは感応石を用いたオディオに届かぬ思念話にて死喰いについて語り出す。
ラヴォスについての情報の対価か、あるいは……目の前の人物ならば、仕方がないというかのように。

『そんなものが、この島に……そうか、だから墓標<エピタフ>……』
ジョウイの説明を聞いて、ストレイボウは理解と共に立ちくらみを覚えた。
首輪などを通じてこの島で生じた怒り、嘆き、憎しみ――想いを喰らったラヴォスの亡霊が、
星の命そのものであるグラブ・ル・ガブルを肉として再び誕生する。
正負問わず、どのような想いも生と死の刹那に最大の輝きを見せる。
この島で戦い、惑い、そして死んだ者たちは、並々ならぬ想いを抱いて死んだだろう。
その輝く想いを喰らいて生まれるが故に――――『死を喰らうもの』。
敗者の存在を世界に刻みつけるそのモニュメントの存在に、ストレイボウは改めてオルステッドの憎悪の深さに気が遠くなる。
その慟哭に比べれば、生前にストレイボウが抱いた憎悪など無に等しいではないか。

『その想いをこの泥の中に留めたのが、あのルクレチア……はは、意趣返しにしちゃ上出来すぎる』

泥が静かに流れる海に、笑いが漏れた。
そうとしか言いようが無く、そう振る舞うより無かった。
オディオが――オルステッドがやろうとしていることは、そう難しいことではない。
つまるところ、ストレイボウが閉じこめられたあの牢獄を8つの世界にまで拡張したということだ。
それを、勝者に見せつける。勝者に敗者の存在を刻みつける。
「変わらないな、俺も、お前も……」
その笑いは、果たして何が生じさせたものだったか。ストレイボウには理解できなかった。

『で、お前はそれを誕生させようとしているわけか』
『……ええ。僕の目的を達するために』

ひとしきり体内の不明確な感情が吐き出された後、ストレイボウは改めてジョウイに向かい合う。
乾いた血のように赤黒い外套と、真白い軍服。相反しながらも相似する衣を纏う少年の返事に、ストレイボウは意を決し、手の中の感応石を握りしめた。

817さよならの行方−trinity in the past− 14 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:04:51 ID:8eyvrRuY0
『ここに――ここが分かっていた訳じゃないが――来たのは、お前とも話をしたかったからだ』
ジョウイは無言のまま、ストレイボウを見据える。
『ラヴォスがどんなものかはこれで分かったはずだ。お前の――いいや、誰の手にも収まるものじゃない。
 だが、それでも死喰いを力にしようとするんだろう。そこまでして願うお前の意志を、改めて聞かせてほしい』
『……言ったはずです。理想の実現。そのために、オディオの力――憎悪を継承する。それが僕の願いです』
ストレイボウの問いに、ジョウイが答える。その眼には険こそ無いものの、目を逸らすことはなかった。
『そのために、勝者となるつもりだった、ってことか。いつからだ?』
『……いつからと言われれば、最初から。それこそ、この島に呼ばれる前から。
 改めて名乗りましょう。僕の名はジョウイ=ブライト。ルカ=ブライトの義弟であり、ビクトールさん達の敵です』
揺らめく泥の輝きの中で淡々と告げられたその真実に、ストレイボウは、ああと納得した。
ビッキーの違和感、ビクトールとジョウイのやりとりの真意。
ジョウイは、ジョウイ=ブライトはルカ側の人間――ビッキーやナナミ達の敵陣営だったのだ。
『なのに、義兄を、ルカを殺そうとしていたのか』
『彼女の記憶があるのなら分かるでしょう。アレは殺しすぎますから』
なるほど、とルッカ越しにルカの姿を垣間見たストレイボウは唸った。
この世全ての人類を鏖殺しても飽き足らないルカの殺意は、道具として用いるには劇薬過ぎる。
だからお前達の中に隠れていたのだと、ジョウイは言外にそう含めた。
ルカや魔王のような強大な殺戮者と相喰らわせて数を減らし、最後に勝つためにいたのだと。

『……その最後に勝つための力が、あの魔剣であり、死喰いか』
『ええ。その力を以て貴方たちを倒し、オディオの力を手に入れる。
 世界を越えて通じるあの力、こんな無駄な催しなんかに使うのは宝の持ち腐れです。
 アレに使わせる位なら、僕が貰う。あの力を以て、僕達の理想の楽園を創る』

そう言ってジョウイは右手の紋章を翳してその野望を示す。
それはジョウイ=ブライトがこの島に呼び出された時から抱いた祈り。
ルカ=ブライトよりブライト王家を簒奪し、ビッキー達のいた都市同盟に破れた国王が、
オディオの力に魅せられ、今一度理想を再興するべく暗躍していたのだと。
間違ってはいない、とストレイボウは思う。
ピサロの話に拠れば、ジョウイはセッツァー達と接触していたらしい。
形の上ではセッツァーに出し抜かれた格好であるが、ことが全て明るみになった今では、自身が裏舞台に潜み続けるために立てた役者に過ぎないのは明らかだ。
間違ってはいない。嘘はついてはいない。理解は出来る。
そんなジョウイの回答に、ストレイボウは再び口を開いた。

 ・そこまでして優勝したいのか?
 ・……何故死喰いを動かさない?
 ・ああ、うん。お前疲れてるんだよ。お薬飲もっか。黄色いの。

→・……何故死喰いを動かさない?

『……どういう、意味ですか?』
ストレイボウの再度の問いに、ジョウイは眉をひそめた。表情には明らかな警戒が浮かぶ。
『言葉通りの意味だ。此処までの話を考えると、お前は今にも死喰いを誕生させられるはずだ。何故しない?』
ジョウイが語ったその目的と行動。ストレイボウがいぶかしんだのは動機ではなく、その行動だった。
今までのストレイボウならば、その動機についてさらに尋ねていただろうが、脳裏の歯車を刻む砂粒の違和感が、それを翻した。
『簡単ですよ。言ったとおり、死喰いは死を喰らってより完全なものとなる。
 ならば、より死を喰わせれば誕生したときにより強い力となる。
 なら、先に僕が貴方たちをある程度殺した上で誕生させれば、より確実に優勝できるじゃないですか』
何のことはない、とジョウイは理由を語る。死喰いを完全なものに近づけて、より強大な力を得る為なのだと。
『……ああ、そういうことか』
ストレイボウは改めて納得したように頷き、そして理解した。


『――――完成させた死喰いで、オディオを殺すつもりか』
ジョウイの答えの、裏側の真実を。

818さよならの行方−trinity in the past− 15 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:05:28 ID:8eyvrRuY0
『……なに、を』
『お前がただ力を盲信している奴なら、それでも納得できたさ。
 だが、そう考えるには頭の回転を見せすぎた。なんというか、科学的じゃないんだよ』
そう、ストレイボウが感じたのは違和感――ジョウイの行動の整合性のなさだ。
『もうセッツァーも魔王もいない今、待っていてもお前より先に俺たちが死ぬ可能性は限りなく低い。
 死喰いを成長させるには、お前が殺しに動くしかない。
 だけど、俺たちを殺すための武器を鍛えるために、俺たちを殺しに来るってのは明らかにおかしい。目的と手段の順番が違う』
そう、この順番こそが違和感の正体。ジョウイが優勝を狙うのであれば、
とにかく自分以外の誰かを生き残りにけしかけ、自分が動くのは最後でなければおかしい。
ならばとにかく不完全だろうが、死喰いを誕生させてストレイボウ達にけしかけ、弱らせたところを襲えばいいのだ。
先に生き残りを殺せば、より死喰いは強くなるかもしれないが、
生き残りを殺せば殺すだけジョウイが有利になり、死喰いそのものが不要になる。
あの立ち回りを見せたジョウイならばその程度の計算が出来ないわけがない。
その計算を破棄してまで完成を優先させ、待ちかまえている理由。

それがあるとするならば、ストレイボウ達全員を殺してなお、
完全なる死喰いの力を使うべき相手が残っているということに他なら無い。

『お前が死喰いを誕生させようとしてるのは、俺たちに向けてじゃない。オディオとの戦いを見据えてだ』

順番が逆なのではなく、順番に続きがあった。
優勝した後のことまで含めてジョウイは状況を見据えている。
それこそが、矛盾しかけたように見えるジョウイのロジックの正体だ。
『……本当に、混じってるんですね。手厳しさが違う』
そこで観念したようにジョウイは額に頭を中てた。
『ここに来るまでは、最初の予定通り、すぐに起動させてけしかけるつもりでしたよ。
 ですが、オディオと会話してこの墓標を知り、確信しました』
やはり当初の予定ではストレイボウの看破した通り、乱戦収束後に速やかに死喰いによる攻撃を仕掛ける腹積もりだったのだろう。
ジョウイ自身にも時間は無く、なにより彼の偉大なるオスティア候の死を奪ってまで得たものに報いることが出来ない故に。
だが、死喰いを知り、その本質を知り、ジョウイは方針を変えざるを得なかった。

『オディオは絶対に願いを叶えません。ことに、僕の願いだけは』

オディオが、ジョウイの願いだけは叶えないと知ってしまったが故に。

『どういうことだ?』
『僕の願いとオディオの願いは、本質的に相容れない。
 今、優勝すれば願いを叶えると口では言えても、必ず最後には否定する。否、そうせざるを得ない。
 それは絶対に絶対――“ユーリルが、救われぬものを救わないようなもの”なんですよ』
自嘲するように、ジョウイは細めて空洞の天井を見つめる。
それが、オディオを見つめていることはストレイボウにも理解できた。
『素直に渡して貰えるならば構わない。ですが、その備えを怠るほど莫迦にもなれない。
 そう思わせるほど、僕の願いは奴と致命的に相容れない』
ストレイボウが知らない何かを知ったその瞳が、明らかな敵意を湛えていることも。

819さよならの行方−trinity in the past− 16 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:06:08 ID:8eyvrRuY0
「……止めろ」
ストレイボウの言葉に、ジョウイはぴくりと眉を動かす。
「優勝したいというだけなら止めやしない。だけど、無駄死なら話は別だ。
 オディオには、アイツには勝てない。お前がどれほど策を練り、力を得ても、ダメだ。
 戦った俺だからわかる。アイツはそういうものじゃないんだよ」
自分が何を言っているのか、ストレイボウは言いながら気づいたが、言葉は止められなかった。
策を弄し、力を集め、どれほど絶望にたたき落としてもアイツは――オルステッドは立ち上がった。
その眩いばかりの光をどれだけ呪い、どれだけ疎んだか、ストレイボウは誰よりも知っている。
だからこそ、先駆者としてジョウイに諭す。
お前が今歩んでいる道は、紛れもなくかつて自分が歩んだ道なのだと。
だから往くな、その先には断崖しかないのだと。

「……なぜ分からないんだ……だからじゃないか……」
ぼそりと呟かれた言葉を最後に、会話が途切れる。
しばし、否、それなりの静寂の後、ジョウイがゆっくりと念を伝えた。
たっぷりの逡巡の後に、覚悟を決めたように“諸刃の剣を差し出す”。


『……貴方たちのいるC7の遙か上空。そこに隠れた八面体のモニュメントに、オディオは居ます』
「!?」


ストレイボウが驚くよりも早く、ジョウイは告げる。
『文化体系から見て恐らくは、ちょこちゃんの世界の構造物――奇怪な作りではありますが、城でしょう。
 ウィザードリィステルスか何かで位相をズラしてはいますが』
告げられたのは、オディオの居場所。ストレイボウが喉から手が出るほど知りたい情報だ。
そして、情報はそれだけではない。
『その空中の城には――最初から傷がありました。そして、其処に船があります。
 銀色の翼を持った船が2つ……彼女は、この名を知っているんじゃないんですか?』
ジョウイが、核識を通じて観た映像をストレイボウの脳裏に送る。
「し……ッ!」
突然浮かんだ光景は、あまりに不鮮明。周囲は暗がりに包まれ、整った石畳と怪しげな赤い文様。
そしてその一部に腫瘍のように白い船がめり込んでいる。
このモニュメントに突撃したのだろう。飛行船として要となる骨が幾つも破砕しており
一目見ただけでこれが使用不可能であることは想像に難くない。
だが、そんなものなどたちまち脳裏からはじき出される。目の前に見えたそれに比べれば。
叫んでしまいそうな言葉を慌てて口元を塞いで止める。
問題は壊れた船ではない。その格納庫に収められた翼だ。
そこに映ったのは、白銀の鳥のような機械――それをストレイボウ<私>は知っていたのだから。

『シルバード、だとぉ……ッ!?』

820さよならの行方−trinity in the past− 17 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:07:34 ID:8eyvrRuY0
操縦席も、装甲も、ジェット装置も、何一つ疑う余地もなく、彼女の知識がその存在を肯定する。
まるで方舟の代わりとばかりに置かれたのは、時を越える翼に他なら無かった。

『やはりですか。ですが、座標データがなければ航行もままなりません。それらはデータタブレットによって――』
『ちょ、ちょっと待て!』
続けて説明しようとするジョウイを、ストレイボウは手で制する。
『なんでそんなことを知っているか……はこの際置いておく。
 この局面でそんな嘘をついてもお前にメリットがないのも分かる……何故そんな話をする?』
沈黙するジョウイに、ストレイボウは言葉を続けた。
『お前は、俺たちを殺すつもりじゃないのか?』
『……したいように、あってほしい。それが貴方の願いでしたね』
ストレイボウの問いに、ジョウイは顔を歪めてそう応じた。
『貴方たちを皆殺して死喰いを真に完成させてれば、五分の勝負に持ち込める……僕はそう観ています。
 逆に言えば、そこまでいって漸く五分。今の不完全な状態で誕生させても、
 そこに“僕がかき集めたもの”を足しても……ゼロが幾つ付くか分かったものじゃない』
死喰い、始まりの紋章、魔剣、蒼き門、核識、亡霊、そして魔法。全てを擲ってジョウイが背負う力は絶大だ。
それでもなお、ジョウイとオディオの差は開いている。残る6人の屍を積み上げて、漸く剣が届くかどうかの距離だ。
『――――ですが、ゼロではない。それは努力次第で無限に広がるということ』
そのジョウイの言葉に、ストレイボウは黒鉄の英雄の背中を錯覚した。
彼ならば言いそうな言葉で、彼のような無表情で淡々と告げた。

『貴方たちを殺さずに済むのなら、奇跡に賭けてもいい』

本当に、阿呆のような素直さで、ハッピーエンドを目指してもいいと告げた。
唖然とするストレイボウの無言を肯定と受け取ったか。ジョウイは話を続ける。
『貴方たちにとっても、決して悪い条件ではないはずだ。
 ……というよりも、そも前提として貴方たちがオディオと戦う意味がない』
二の句を継ぐことすらできず押し黙るストレイボウに、ジョウイは言葉を続ける。
『アキラはヒーローになりたい。ピサロはロザリーの意志を継ぎたい。
 アナスタシアさんは生きたい。カエルは闇の勇者として闇の中の者の標になりたい。
 ……これらの願いは、オディオの有無に関係がない。
 オディオが王座にある時――日常<きのう>に帰れば出来ることです』
ジョウイは生き残った者達の願いを告げ、その共通性を語る。
これらは彼らの内側よりわき出た尊き祈り。オディオによって押しつけられたものではない、オディオと関係のない純粋な祈り。
故に“それは、オディオの統べる世界でも叶う祈りだ”。

『オディオに言わせれば、屍を積み上げた醜い祈りだというのでしょうが……そんなの言わせておけばいい。
 オディオにとって醜かろうが、貴方たちが光と信じるならばそれで十分じゃないですか。
 アシュレー=ウィンチェスターならば、恥じることなく言うでしょう。それこそが、自分が帰るべき場所なのだと』

821さよならの行方−trinity in the past− 18 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:08:06 ID:8eyvrRuY0
そう、たとえこの世界がオディオの言うおぞましき争いの世界だとしても、
それが今まで彼らが生きてきた荒野であるならば、そこで咲き誇ることになんの咎があろうか。
オディオが闇と言うもの、彼らが光と仰ぐものは“同じ”なのだから。
『故に、オディオと彼らが相対することに意味はない。
 彼らが言祝ぐモノも、オディオが呪うモノも同じなのだから』
故に無意味。道が同じで、進む方向も同じなのだ。
ただ、道が青く見えるか赤く見えるかという認識の違いだけでしかないのなら、衝突する道理がない。

「ならば、貴方たちがこれ以上戦う理由もないはずだ」

ジョウイは書物をそらんじるような平坦さで事実を告げる。
オルステッドが勝ってオディオを続けようが、ジョウイが勝ってオディオになろうが、世界は残る。
ジョウイの楽園か、オディオの地獄か――残った方の世界で生きていけと、ジョウイはにべもなく言っていた。

『ただ、シルバードで脱出するには、この世界の座標データが必要です。
 そしてそのデータは、データタブレットを3つ揃える必要がある。
 オディオなりの様式美でしょう。そしてそのうちの1つは――』

(何を、何を考えていやがる)

続くジョウイの言葉が、遠くなっていく。
もはや、ジョウイの言葉の整合性・信憑性を疑う気にすら起きない。
“なぜそこまで複数の世界の知識を掌握できているのか”
“なぜこの場にいながらそれを把握できるのか”
――そんな、本来ならば気にかけるべきことさえも、気にならなかった。
多分、ジョウイは本当のことを言っている。自分で調べ上げた情報を提供している。
だからこそ理解できない。それほどまでに、目の前の存在は真っ直ぐに歪んでいた。
ふつうに考えれば当然だろう。
ここまでの事をしておいて、戦うのを止めてもいい、などと言った人間を誰が信じられるか。
まだ、嘘をついてくれていた方がマシだ。
(なんでそんなに、甘くいられる)
だが、ストレイボウは分かってしまっていた。
こいつはは嘘をつけない。自分を偽れないから、こうなってしまっているのだから。
なにより、ジョウイが、本気でこちらの身を案じていることが否応にも分かってしまったから。
ジョウイは本気だ。本気で“妥協してもいい”と言っているのだ。
ストレイボウ達を逃がせばオディオ殺しが難しくなると承知して、現時点で最高のハッピーエンドを狙ってもいいと言っているのだ。

『貴方たちがオディオに向かわず、まっすぐシルバードに向かってくれるなら、僕はそちらにタブレットを転送しましょう』
(もし、もしもそれが出来るのなら……)

ジョウイから差し出された提案を、知らず脳内で弄んでいる自分がいたことに気づいた。
もし、ジョウイの提案を受け入れられるなら、話は早い。
ジョウイから送られた空中城の座標は脳内にある。アキラを介せばピサロに座標を送れるだろう。
つまり、ルーラかテレポートが使える。
次元をズラされているらしいが、聞くところによればアナスタシアのアガートラームは次元に干渉できる。

この2つを重ねれば空中城に行けるだろう。
後は真っ直ぐシルバードに逃げ込めば、ジョウイが最後のデータタブレットを渡してくれる。
それが手に入れば、後は俺<私>がシルバードを動かせる。脱出できるのだ。

822さよならの行方−trinity in the past− 19 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:08:39 ID:8eyvrRuY0
脱出。生還。生きて、帰る。
言葉にすればこれほど容易いはずの言葉は、ここまでの死線を潜り抜けたものにとって甘美なる至上の福音にすら聞こえる。

その差し出された掌を拒む道理など、あるわけがない。
ピサロは生きなければならない。ロザリーより受けた心を、生きて謳うために。
アナスタシアは生きなければならない。ユーリルに、ちょこに、そしてマリアベルに、生きて欲しいと願われたのだから。
イスラは生きなければならない。その英雄達より受け継いだ明日の為に。
カエルは生きなければならない。死を罰とするのではなく、闇の勇者として生きることこそが償いであるが故に。
アキラは生きなければならない。伝わった心を取りこぼさぬ、真のヒーローになるために。

そうだ。死んでしまえば、やり直すことすら出来ないのだ。
もう帰れない奴らだってたくさんいる。その事実は否定できない。
だが、否、だからこそ、生きなければならないのだ。

だから――

 ・提案を受けて脱出を目指す
 ・みんなで、生きて帰ろう!
 ・――――――――どこに?

→・――――――――どこに?

生きねば。生きて、帰らなければ―――――――どこに?

(あ……)

気づいた。“気づいてしまった”。
ジョウイの祈りが、あまりに真っ直ぐ過ぎて、その裏側に気づいてしまった。
「オルステッドは、どうなる?」
生きてほしいと願うジョウイの祈りには、1人、含まれていないと言うことを。
俺が帰るべき場所――が、ジョウイの楽園にはないということを。
ジョウイは無言のまま、眼を細める。
つくづく隠すことも嘘も下手なのだと、常ならばストレイボウも苦笑の一つでも見せただろう。

だが、その無言の肯定に、ストレイボウの血の気が喪失した。
これだけ人の死を忌む奴が“そいつだけは必ず殺す”と言っていたのだから。

「……もし、ここに来たのが貴方じゃなければ、こんな話はしませんでした。
 貴方が、ただ自分のことを願ってくれたなら、僕は迷わず踏みつぶせたのに」

823さよならの行方−trinity in the past− 20 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:09:10 ID:8eyvrRuY0
ジョウイは、観念したように溜息をつき、膝を地面に下ろした。
念話ではなく、言葉で告げられたのは、紛れもない謝意。
ハイランドの白装束が蒼き泥に汚れる。死喰いは今は鳴りを収めているらしく、
グラブ=ル=ガブルの美しい輝きの泥だった。

『シルターンという場所では、これが最上級の請願法と聞きました。
 細部は正式なものではないでしょうが、不作法は許してほしい』
何かの攻撃動作かとストレイボウはいぶかしんだが、殺意は感じられなかった。
そのままジョウイはそのまま尻を踵に下ろし、指を地面につけた。
『貴方の想像通りです。僕はオディオを、その玉座を奪う。
 それ以外は譲っても良い。戦略的優位も、この後の筋書きも。
 幸せも、勇気も、希望も、愛も、欲望も、未来だって投げ捨てても構わない。だから』
たゆたう泥が、鼻先にふれるかどうかというところまで頭が下げられた。
マント越しにも、その背中からわき上がるものが否応無く伝わる。
すまない。すまない。すまない。

『――――オディオを、譲って貰えませんか。貴方が傍らに立たんとするその場所は、僕が戴く』

貴方の願いだけは、僕の楽園では満たされない。

「なんだよ……なんだそれ……」
三つ指をつき額を泥にこすりつけて懇願するジョウイを見て、ストレイボウの唇がわなわなと震えた。
今から雌雄を決そう、あるいは殺そうとしている相手に頭を垂れられる性根に対する恐怖か、
オディオを――オルステッドを殺せると確信しているジョウイに対する怒りか、
あるいはその両方が彼を震わせていた。
胸から湧き出た衝動が言葉となって喉を逆流する。
許せなかった。許容ができなかった。こいつの願いにではない、その願いに対する姿勢にだ。
欲しい場所があって、どうしようもなく欲しくて、奪ってでも欲しい。
そんなジョウイの、持たざる者の渇きを、ストレイボウは理解できる。
だが、ストレイボウが最後まで言えなかった一言を、目の前の鏡は言い切ったのだ。

「……なあ、もうやめろ。お前1人でそこまでする必要なんて、どこにもない。
 お前の狙いがオディオだというなら、なおのこと俺たちと戦う必要なんてない。一緒に、アイツを止めよう」

座礼を崩さないジョウイに、ストレイボウは利かん坊をあやすように手を差し伸べた。
だが、それは同時に親に駄々をこねるかのような児気に溢れていた。
「そりゃあ、あいつが悪くないなんて言わない。この墓場を作るのに、あいつは殺し過ぎた。
 その中にはジョウイ、お前の大切な人がいたんだろう。それくらいは分かる。
 でも、でも! お前は生きている。楽園じゃなくても生きていけるんだ!!」
死にに行くなと、ストレイボウはジョウイの裾を引いた。
ジョウイが往けば十中八九、ジョウイが死ぬからであった。
ストレイボウは自身を真に恐れさせているのが十中八九がはずれてしまった場合であることに気づいていない。
気づかぬまま、生を尊び生を勧める。ほかの皆がそうしたように。
それこそが光だと信じて。憎しみこそが人を魔王にすると信じて。

「生きているなら、何度だってやり直せるんだッ!!」
「だったら、豚と蔑まれて死んだ者にはその機会すらないということだッ!!」

824さよならの行方−trinity in the past− 21 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:09:51 ID:8eyvrRuY0
だから、此処に来て初めての怒声に面食らう。

「貴方は間違っていない…………だけど、それでは足りないんだ」
ぞくり、と泥の海全てが震え上がる。死喰いが再び動いたのかと一瞬思いかけたが、直ぐに破却される。
この島が、震えているのだ。たった一人の想いによって。
「止めるだけでは、いずれ始まる。いずれオディオは蘇える。争いは再び始まる。
 そしてまた死ぬ。大切なものが、守りたいものが、温かったものが、消えて果てる」
背中を覆い隠す魔王の外套が黒く戦慄く。ぎちぎちと蠅声のように立ち上がるのは、彼が背負った声なき声か。
そんな凶音と共に、ゆっくりと、ジョウイが立ち上がろうとする。

「止めるだけじゃ足らない。終わらせる。勇者も英雄も、番人なんて残さない。
 全部終わらせて、暖かな平穏を、楽園を創る」

血と闇に満ちた外套の裏側で、闇が渦を巻く。
「欺瞞です。身勝手な理想だなんて、百も承知している!
 悲劇を生まない理想の前提として、僕は無数の悲劇と犠牲を強いてきた!」
ジョウイが奪って来たもの、魔王が奪って来たものが形を作って狂っている。
「未来を夢見て、今を壊して、そうして実現した理想が賞賛される訳がないッ!
 怨恨、憎悪、嫌悪、怨嗟、遺恨――あらゆる負の感情と悪意に満ちた視線に晒されるッ!」
この祈りのために、どれだけの血肉と怨嗟を捧げてしまったか。
憎悪と繋がってしまったジョウイはそれをハッキリと知ってしまった。
魔剣に集う想い出はイミテーションオディオと結びつき、若き魔王を責め苛む。
「当然だ。それだけ多くのものを、多くの人から奪ってきたんだから、当然だ」
その重みを耐えて背負い、その上体をゆっくりと押し上げていく。
押し潰されそうになりながら、泥に塗れながらそれでもギリギリのところで踏みとどまっている。
 
「だけど、この痛みの代わりに、理想が叶えられるのなら。
 戦争による悲劇が、二度と生まれないのなら。
 自分だけが傷つき怨まれ憎まれることで、他の誰も傷つかない世界が作れるのなら。
 温かな平穏の中で―――――――“あの子が、泣かずに済むのなら”」

立ち上がったジョウイの端正に整った相貌は泥に塗れていた。
だが穢れなど構わず泥の隙間から見つめる左眼は強い意志を湛えてストレイボウを射抜く。
その視線を前に、ストレイボウは一歩下がる欲求に耐えた。
脳裏をよぎるのは亡候の闘気。あの亡骸を満たしていたものに近い『何か』。
ストレイボウたちと共にいた時には無かった『何か』が、
どれだけ穢れても輝く『何か』が今のジョウイを満たしている。

「この道を往くことを惧れはしない。どんな汚名も恥辱も背負う。
 たとえもう一度敗北したとしても、後悔はしない。
 たとえこの身を焼き尽くそうと、自分出した答えを信じて進む道の為なら、天になっても構わない」

ジョウイが、眼帯代わりに巻いていた布を解き顔を拭う。
そして泥に崩れた布を捨て、その右眼を見たストレイボウは、嗚呼と嘆息して理解した。
きっと、ジョウイはこの泥の底で『答え』を得たのだ。
二度と揺るがぬ『答え』を。ユーリルが『答え』を得たように。

「覚悟はできている。 アナベルさんを手にかけたときから。
 自分が汚れ罵られる覚悟も、全てを背負う覚悟も、
 そして――貴方たちを、貴方の親友を殺す以上のことをする覚悟も」

瞼を削り取ってしまったかのように、その眼は真円を描く。
その周囲は頬から額にかけて、ひび割れたように亀裂を生んでいた。
その、人間以外の何かに変貌してしまった黄金の瞳で、ジョウイ=ブライトは誓いを謳う。
絶望の黄金に呑み込まれながら、それでも忘れえぬ誓いをストレイボウに突きつける。
槍の向かう先は示した。それでもこの道の前に立ち塞がるのなら、容赦はしない、と。

825さよならの行方−trinity in the past− 22 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:10:29 ID:8eyvrRuY0
「貴方たちを否定はしない。ただ進む道が違うだけだ。
 それに、貴方たちではオディオを終わらせることはできない。
 “まだオディオを魔王だと思っている”貴方たちでは。あの雷光に盲いた貴方たちでは」
「おい、それはどういう――――!?」

独り言のように呟かれたジョウイの言葉に、ストレイボウが聞き返そうとするが、
ストレイボウの上空に蒼き門の紋章が刻まれ、彼の身体を吸い込み始める。

「く、ジョウイ、お前……ッ!」
「じきに“始めます”。その時には、賢明な判断を望みます」

言葉を遮るようにジョウイが右手をかざすと、蒼き門は更なる輝きを放つ。
吸引力を強めたその送還に、ストレイボウもまた踏ん張ることもままならず、
持っていたデイバックすら手放し手近な岩を手でつかんだ。
だが、魔術師であるストレイボウの細腕ではそれも時間の問題だった。


 ・もう止められないのか……
 ・待ってくれ!

→・待ってくれ!


既に体を浮かせたストレイボウの両腕が、岩を握りしめる。
爪はひび割れ、唇を切るほどに歯を食いしばり、それでもその手を離さない。
ここまま去るわけにはいかない。絶対にそれだけは許されない。

「なんでだ、なんでそこまでアイツを、オルステッドを憎むんだッ!?」
喉を裂くほどの絶叫が、門の吸引を破ってジョウイを打つ。
ジョウイの殺意をそのままにはしておけなかった。何故オディオが、否、オルステッドが討たれなければならない。
「リオウが死んだからか? ナナミが殺されたからかッ!?
 言っただろう、全ては俺が始まりだ! 俺のせいでこうなったんだ。憎まれるべきは俺なんだッ!!」
ああ、今ならば彼<彼女>は理解できる。
きっと、彼らがジョウイを愛していたように、ジョウイも彼らを愛していたのだろう。
それを引き裂いたのは、この墓場を作り上げたオディオ、オルステッドかもしれない。
だけど、それを言うならば、そもそもの始まりはこの自分のはずだ。
だから、償うべきは俺だ。悪いのは俺だ。死ぬべきは俺だ。
「なのに、なんで俺を助ける! さっきルクレチアから逃がしてくれたのはお前だろう!?
 救われるべきは俺じゃない、あいつだ。あいつなんだッ!!」
だからどうか、どうか“オルステッドを”。


「――――友に自分を殺させることが罪ならば、僕たちは最初から咎人だ」

826さよならの行方−trinity in the past− 23 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:11:00 ID:8eyvrRuY0
それでも、どれほどに懇願しても、目の前の魔王はただ一欠けらの憎悪も恵んでくれなかった。
代わりに与えられたのは、崩れ落ちてしまいそうなに柔い懐旧。
「ストレイボウさん。僕が貴方を本当に許せたのはね、貴方が羨ましかったからです」
ストレイボウを繋ぎとめていた最後の一欠けらが砕け、虚空へと再び吸い込まれる。
渦に呑まれながらストレイボウは、粒子と消えていくジョウイの左眼と視線を交えた。
「“僕達は、あの丘で殺し合うことしか選べなかった”。
 でも貴方は、僕が本当に欲しかったものの名前を失う前に言えたんだから」
その虹彩に映ったのは、遥かなる過去。
憎悪に満たされた右眼の黄金よりも輝く、小さく、儚く、しかし確かに暖かな何か。
ついに宙に浮き、ゲートに吸い込まれるストレイボウは諦めずジョウイに手を伸ばす。


「貴方は楽園で生きて下さい、ストレイボウ。“たとえ『全て』を失っても”、そこでなら、もう何も失わない」


しかし、その手が何かと繋がることは無かった。

827さよならの行方−trinity in the past− 24 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:11:39 ID:8eyvrRuY0
煌々と輝き続ける虹色の感応石の前で、ジョウイの意識がグラブ・ル・ガブルより浮上する。
ストレイボウと出会ったジョウイは、ジョウイが死喰いに干渉した時同様、感応石を介して送った精神体であった。
だが、ジョウイの肉体に全くの変化が無いわけではない。
体内ではちきれんばかりの憎悪はついにその右眼は黄金に染め上げ、先ほどストレイボウが見たそれと同じになっている。
形状も人間というよりは獣のそれに近い。ストレイボウを拾い上げて送還するのに、力を酷使した代償であった。

「づづづ〜〜〜〜〜〜っ。おっかえりー」

右眼を押さえながら声の方に振り向くと、其処にはいつもと変わらぬ占い師がいた。
いや、少しばかり様子が変わっている。顔の前に湯気が立ちこめ、眼鏡は真白に曇ってい。
手に持っていたのが杯ではなく椀であり、その中に入っているのは酒ではなく蕎麦であったか。
「……なにをしてるんですか?」
「見りゃわかんでしょーよ。八つ時よ八つ時。おやつの時間」
そう言いながらメイメイは目の前でぐつぐつ沸く鍋から箸で高く蕎麦を持ち上げ、
一度椀かけ汁にくぐらせてから喉で味わうようにずずいとすすり上げる。
蕎麦と唇の間をすり抜けられなかったかけ汁が飛沫とはねる。
「みんな休んでるし、私だけ水晶玉にらめっこしてるのも寂しいし。
 幕間の内に食べておかないとねぇ。……別に上に対抗した訳じゃないからね。
 地上も莫迦よねえ。米が余るならお酒つくればいいし、麺麭<パン>が余るなら麦酒<ビール>つくればいいのよ」
そう言いながら、眼鏡を曇らせたまま椀をおいてメイメイは酒を再び煽る。

「……」
「なに、欲しいの?。どぉーっしようかにゃー。支給品以外で食事させるのもルール違反っぽいしー。
でもまあ現地調達扱いだったらいいのっかなー。どーしても欲しいっていうなら〜」
「いえ、いらないです」
「即答、ですって……!?」

まったく興味を示すことなく傍を通り過ぎたジョウイに、メイメイは唖然とする。
「あかなべ印の蕎麦断る人初めて見たわ……あ、らーめんもあるわよ」
このままでは出落ちになると焦ったか、メイメイは指で鍋を指す。
よく見れば円形の鍋は上下を波打つ金属板で仕切られており、
蕎麦を茹でていたのはその半分で、残りの半分は醤油の芳しい香りとともに黄色い麺が茹で上げられていた。
「リィンバウムじゃ最新の料理なんだけど。名も無き世界じゃ298何某でこれが食べられるらしいけど、すごいわよねえ」
「それは――――」
どこの世界のごちそうデスか、と言おうとしたジョウイの言葉が内側からせき止められる。
突然で強烈な嘔吐感がせり上がってくる。だが、碌に何も食していないジョウイの体内からは吐き出るものはなく、
血混じりの胃液が口の中を濯ぐだけだった。

「っ、っは、がぁ、はぁ…………」
「――――もうそこまで感じるようになってる、か。
 せめて水だけでも飲んでおきなさい。そのうち、水のコトまで分かるようになったら、それもできなくなるわよ」

あきれたような表情で、メイメイは麺をもぐもぐと噛んで味わう。
蕎麦にしろらーめんにしろ、いや、干し肉にしろパンにしろ、
全ては加工されたものだ。茎を切り刻まれ種を鋤かれ、石臼ですり潰され、釜の湯で熱されるか猛熱で焼かれるか。
もしもそれが、自分の立場だったらどう思うか……それを人が理解することはできないし、してはならない。
だが、ジョウイはそれを識ることができてしまう。そういうものになってしまった。
犠牲とすら思われないもの達を、敗者にすらなれないもの達の想いまで、認識してしまう存在となった。
知ってしまえば、人間のままではいられないものを知ってしまったのだ。

「いえ、結構です。あの味を、忘れたくないんですよ……」

828さよならの行方−trinity in the past− 25 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:12:33 ID:8eyvrRuY0
両手を押さえ、胃からわき出たものを無理矢理戻す。
何一つ吐き出したくなかった。僅かでも外に漏らしてしまえば、あの焼きそばパンすら、消え失せてしまいそうだったから。

「それで、メイメイさん、さっきのこと……」
「にゃは? なんのこっとかしら?」

メイメイはとぼけたようにジョウイに聞き返す。
ジョウイが言い掛けたのは、当然ストレイボウとの邂逅だ。
万一を考えて感応石を介してストレイボウと会話したから会話内容までは分からないだろうが、
彼処での邂逅はそうはいかないだろう。特に、この傍観者の千眼からは誰も逃れられない。
だからこそ、どこまで見たのかと確認しておきたかったのだが……

「今、地上が熱いのよ。もう青春ドラマもびっくりの青臭いのが乱れ飛んでるのよ。
 そのくせ貴方、ずーっとそこに座って何もしてないじゃない。
 そんな放送事故みたいなの観てるくらいならおもしろい方を観るに決まってるじゃない。
 新米魔王なんて後回しよ後回し。にゃは、にゃははは」

らーめんをすすり終えたメイメイは再びぐいと酒を煽った。
そのわざとらしさにジョウイは少しだけ緊張を緩めた。
つまるところ、メイメイなりの気休めということだ。
オディオのこと、メイメイの眼に頼り切っている訳もないだろうが、多少の時間稼ぎにはなるかもしれない。

「ありがとうございます」
「……勘違いしないでよね。食べにくいものを後回しにしているだけよ。
 英雄の故事に曰く『十割より二八の方が喉越しがいい』ってね」

ぷい、と顔を背けるメイメイに、ジョウイは苦笑する。
なるほど、ならばジョウイの理想はさぞ喉越しが悪そうだ。
ならばそれを食わせるのは、料理人の手腕ということだろう。

ずん、と空が揺れ、メイメイが上を仰ぐ。
当然、この地下71階で空の揺れが分かるはずもなく、それはつまり上の階層の振動ということだった。
「……もう少し調練を続けたかったけど、潮時だな。なら……」
当然のこととばかりに呟くと、ジョウイは蒼き門を開く。
そこから出てきたのは、騎兵に跨がったクルガンだった。
金眼白貌、モルフそのものの姿であったが、ジョウイは彼が役目を果たしていたことを識っている。
クルガンが持った布袋をみる。人一人収まりそうな大きさだった。
ジョウイはそれを名状しがたい表情で見つめた後、微かに頷いた。
クルガンは何もいわずにそれをしかるべき場所へ安置しに向かった。
彼が生命の泥と模倣の未練で創られた人形<モルフ>であることをジョウイは忘れてはいない。

「国交は上手くいった。徴発も、この短い時間を考えれば十分だろう。
 この後の配備に時間を食うとしても……うん、ぎりぎり3時か。悪くない」

829さよならの行方−trinity in the past− 26 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:13:10 ID:8eyvrRuY0
ジョウイは算盤を弾くような明瞭さで、己の状況をまとめ上げていく。
まるで牢屋から抜け出す悪戯を考えつくかのように、その計算機は駆動していた。
あれだけの葛藤が、嘘であるかのように。

「…………実際、なにやってたのよ、本当」
「いろいろしながら、いろいろ考えていました。
 イスラ、カエル、アナスタシアさん、ピサロ、アキラ、そしてストレイボウさん。
 誰一人として弱い人なんていない。僕がまともに勝つ絵がまるで浮かばない。
 まともにぶつかったら、それこそ10分保たずに消し炭になるような気がします」

相手はこの死線を潜り抜けてきた強者6人、それぞれが一騎当千の英雄だ。
対してこちらはオディオより何枚も格落ちの新米魔王。勇者に討たれる存在だ。
しっぽも取れない赤子の蛙が、蛇を前に慢心などできるはずもない。

「だから、こっちのできることをします。
 僕が一番したくないことだけど、僕ができることはこれしかないから」

憎悪に染まった右目が蠢き、ジョウイの唇が吊り上がる。
ストレイボウに逃げて欲しいと言っておきながら、こんな準備をできる自分の人間性を笑いたくなったのだ。
あの土下座に、彼らに逃げて欲しいと思ったことに偽りはない。
だが、それと同時に、彼らを殺す算段を冷徹に編み上げてしまっている自分がいる。
本当に彼らが逃げると信じられるならば、こんなことをする意味はない。

死んでほしくないと想いながら、凶器を手放せない。
殺さなければいけないと分かっていながら、その手を振り下ろせない。
この中途半端、この不完全。反吐が出るほど最低だ。

「それでも、歩みだけは止めはしない」

だが、その顔は自分をあざ笑う諧謔の笑みすら浮かべることを許さなかった。
その全てを傷つける甘さすら背負って進む以外に、ジョウイは術を知らないのだ。
究極的には、力で他人を傷つけることしかできないと知りてなお、
そんな自分だからできることがあると信じて進む以外に。

蕎麦とらーめんの太極鍋からわき上がる湯気で眼鏡を曇らせたまま、
傍観者は目の前の役者を見つめて、その一言だけ告げた。

「貴方って、最低のクズだわ」

その言葉に、遺跡の震えが止まる。
そして、三人でいられなかった少年は感謝するように応じた。

「もっと早くそう言ってくれる人がいたら、きっと救われたいと願えたよ」

830さよならの行方−trinity in the past− 27 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:13:41 ID:8eyvrRuY0
【F7 アララトス遺跡ダンジョン地下71階 二日目 午後】

【ジョウイ=ブライト@幻想水滸伝Ⅱ】
[状態]:クラス『伐剣王』 ダメージ:小 疲労:極 金色の獣眼(右眼)
    首輪解除済み 腹部に傷跡 『魔王』としての覚悟
    紋章部位 頭:蒼き門の紋章 右:不滅なる始まりの紋章
[スキル]:紋章術・蒼き門(Lv1〜4)、不滅なる始まり(Lv1〜3)
     フォース・クレストソーサー(Lv1〜4)
     アビリティドレイン、亡霊召喚、モルフ召喚
     返し刃のダブルアタック 盾の鼓動は紅く輝く 
[装備]:キラーピアス@DQ4 絶望の棍 天命牙双:左 ハイランド士官服 魔王のマント
[道具]:賢者の石@DQ4 不明支給品×1 基本支給品
[思考]
基本:優勝してオディオを継承し、オディオと核識の力で理想の楽園を創り、オディオを終わらせる。
1:地下71階で準備を完了させる
2:参加者を可能な限り殲滅し、その後死喰いを完全な形で誕生させる
3:ストレイボウたちが脱出を優先するなら見逃す
4:優勝しても願いを叶えない場合、死喰いと共にオディオと一戦行う
5:メイメイに関してはしばらく様子見
[参戦時期]:獣の紋章戦後、始まりの場所で2主人公を待っているとき


[備考]
※ルッカ、リルカと参加している同作品メンバーの情報を得ました。WA2側のことは詳しく聞きました。

※無色の憎悪の『始まり』を継承し、憎悪を限定的に制御できるようになりました。
 ただし、毒性はそのままのため、日没までには憎悪に喰われます。

※マリアベルの欲望の残滓を魔剣に取り込んだことで、アビリティドレインが使用可能。
 無色の憎悪を介して伐剣王が背負った(魔剣に想いを取り込んだ者)の能力を限定的に使用できます。
 ただし、その為には死の痛みも含めた全てを背負う必要があります。
 また、ロードブレイザーのようなジョウイの理想に全く繋がらない想いは背負えません。

※アビリティドレインにより『災いを招く者』の力と誓約しました。
 その力とグラブ・ル・ガブルにより、亡霊騎士をモルフ化しました。
 この2体のみ維持のための魔力コストがなくなりましたが、破壊されれば再召喚はできません。

※放送時の感応石の反応から、空中城の存在と位置を把握しました

※ロザリーが見たのは、死喰いに喰われたルクレチア@LALでした。
ルクレチア以外の場所(魔王山等)が死喰いの中にあるかは不明。
※召喚獣を使い、遺跡ダンジョンの地下1階〜地下70階までを把握しました。
※メイメイが地下71階に待機し、オディオにも通じる状態でジョウイを観察しています
※死喰いの誕生とは、憎悪によって『災いを招く者の闇魔道』を起動させることで、
グラブ・ル・ガブルとプチラヴォスの亡霊をモルフとして再誕させることです。
ただし、現在は闇魔道の半分がジョウイの魔剣に封じられたため、
現時点ではジョウイにもオディオにも不完全な形でしか誕生できません。

831さよならの行方−trinity in the past− 28 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:14:20 ID:8eyvrRuY0
「おい、大丈夫かストレイボウッ!!」
必死な叫び声に、ストレイボウは目を覚ました。
開いた瞼の向こうには、覆面越しに安堵の溜息をつくカエルがいた。
「叫び声がしたと思って来てみれば、寝こけやがって。悪いユメでも見ていたのか?」
こめかみを押さえながら上体を起こすストレイボウに、カエルは水筒を差し出す。
それを反射的に受け取りながら、ストレイボウは周囲を見渡した。
澄み渡った青空に乾いた大地。何一つ転移する前と変わらない光景があった。
「なあ、ストレイボウ。アナスタシアのところに言ったついでに装備を見繕っていたのだが、
 俺の得物――天空の剣とブライオンがダブってしまった。
 どちらも馴染むからいいのだが、ガルディア騎士団は盾を商うから二刀流はあまり経験がない。
 お前はどっちが――おい、ストレイボウ?」
服の着こなしを確認するかのようなカエルの言葉もストレイボウには上の空だった。
空を見上げる。澄み渡ったはずの青空の上に、不可視の空中城が存在する。
大地に触れる。乾いた荒野の最下層に、死を喰らうものが存在する。
空から伝わる光は全てオディオの視線で、地面に感じる拍動はジョウイの心音。

「なあ、カエル。クロノとマールとルッカって、仲が良かったのか?」
その天地の狭間に立ちながら、ストレイボウはカエルにぼそりと尋ねた。
カエルはその質問の意味を推し量ろうとしたが、すぐに無意味と判断したのか、数秒間考えて答えた。
「……そうだな。時代の違う俺にはあいつ等の関係はよくわからん。
 だが、どれだけの時代を経ても、あいつ等が決別する光景は思い浮かばん」
たとえ、死でさえも、本当の意味であの『三人』を断ち切ることはできないのだろうと。

その答えにありがとうと言いながら、ストレイボウは右手を見つめた。
握り締めたゲートホルダーはひび割れて煙を吐いており、もはや修理の処方もないほどに機械としての命を終えていた。
壊れたそれを見て、あの世界での出来事が理想<ユメ>ではないということを思い知らされる。

散乱したバックから時計を取り出し、針をみる。
すでに、放送から2時間が経過していた。約束の時は確実に近づいている。
オディオの所在、脱出方法、死喰い、ジョウイの狙い、方針。
考えるべき、伝えるべきは山ほどある。だが、この瞬間何よりもストレイボウの頭を占めたのは。

(俺は、俺はどうする……?)

あのルクレチアで握られた両手の感触を思い出しながら、ストレイボウは手を摩る。
リオウとジョウイ。オルステッドとストレイボウ。
『三人』でいられなかった対極の2人を前に、己が為すべきコト。
定まったはずのストレイボウの『答え』は、未だ天地の間を揺蕩っていた。

832さよならの行方−trinity in the past− 29 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:15:10 ID:8eyvrRuY0
【C-7とD-7の境界(C-7側) 二日目 午後】

【ストレイボウ@LIVE A LIVE】
[状態]:ダメージ:中、疲労:中、心労:中 勇気:大
[スキル] ルッカの知識(ファイア、ファイガ、フレア、プロテクト)*完全復元は至難
[装備]:フォルブレイズ@FE烈火 天罰の杖@DQ4 マリアベルの手記@貴重品
[道具]:クレストグラフ@WA2(クイック、ハイパーウェポン)
[思考]
基本:“オルステッド”と向き合い、対等になる
1:『その時』にむけて、したいことをしよう
2:とりあえずジョウイから得た情報を皆に伝える
3:俺はオルステッドを、どうすれば……

[参戦時期]:最終編
※アキラ以外の最終編参加キャラも顔は知っています(名前は知りません)
※ルッカの記憶を分析し
【バトルロワイアル開催以降の記憶】と【千年祭(ゲーム本編開始)以降の記憶】を復元しました。
※ゲートホルダー及び感応石×4は過剰起動により破損しました
※ジョウイより空中城の位置情報と、シルバードの情報を得ました。


【カエル@クロノ・トリガー】
[状態]:瀕死:最大HP90%消失 精神ダメージ:小 覆面 右手欠損 左腕に『罪の証』の刺傷
    疲労:中 胸に小穴 勇気:真
[装備]:天空の剣(二段開放)@DQ4 パワーマフラー@クロノトリガー バイオレットレーサー@アーク2
[道具]:ブライオン@武器:剣 
[思考]
基本:幸せになれと、その言葉は刻み込んだ。ならば痛みにこの身を晒し、幸せを探して生きるのもひとつの道かもしれんな。
1:『その時』にむけて、したいことをしよう
[参戦時期]:クロノ復活直後(グランドリオン未解放)


<リザーブ支給品(全てC-7とD-7の境界(C-7側)に集められている)>


【ドラゴンクエスト4】
 毒蛾のナイフ@武器:ナイフ
 デーモンスピア@武器:槍

【アークザラッドⅡ】
 デスイリュージョン@武器:カード

【WILD ARMS 2nd IGNITION】
 データタブレット×2@貴重品

【クロノトリガー】
 “勇者”と“英雄”バッジ@アクセサリ:クリティカル率50%アップ・消費MP半減
 アクセサリ
 激怒の腕輪@アクセサリ

【ファイナルファンタジーⅥ】
 ミラクルシューズ@アクセサリ
 いかりのリング@アクセサリ

【幻想水滸伝Ⅱ】
 点名牙双@武器:トンファー

【その他支給品・現地調達品】
 海水浴セット@貴重品
 拡声器@貴重品
 日記のようなもの@貴重品
 
 双眼鏡@貴重品
 不明支給品@魔王が初期に所持していたもの
 デイバック(基本支給品)×18*食品が現在アナスタシアが消費中

833さよならの行方−trinity in the past− 30 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:15:42 ID:8eyvrRuY0
【用語解説:空中城と白銀の方舟】

空中城――技術大国ロマリアの技術の粋を結集して作り上げられた浮遊する城塞。
ロマリア国王ガイデルが世界征服のために建造した文字通りの切り札。
この世界において飛行技術は最先端の技術であり、そのほぼ全てはロマリアの掌中である。
その状況下で空対地攻撃が出来る機動城塞は、文字通り世界を一変させる兵器であった。
相手からの攻撃は届かず、こちらは一方的に攻撃可能という特性も、
ガイデル王の気質に見事合致した、まさにロマリアのための最終兵器と言えるだろう。
だが、その本質はロマリアを新世界に導く希望ではなく、
ガイデル王を通じてロマリアを操っていた闇黒の支配者が、文字通り世界を破滅に導くための絶望であった。
空中にそびえ立つ殺戮兵器は全世界の人間を絶望を一身に浴び、闇黒の支配者を封印から解き放ついわば負の象徴になる存在だったのだ。

だが、その奸計は新たなる七勇者達とその仲間達の手により打ち砕かれることとなる。
遙か上空に行かれてしまっては打つ手なしと判断した彼らは、彼らの母船【シルバーノア】による突撃を敢行。
多数のロマリア空軍の火砲をかいくぐりながら見事その城壁を貫き場内に進入。
場内のあらゆる罠や最後の将軍ザルバドを打ち破り、見事闇黒の支配者を封印した。

しかし、その結果として2人の勇者と聖母は命を落とし、墜落した空中城の二次災害によって大災害が引き起こされ、
さらに湖底に眠った空中城は異世界の魔王オディオの手によって再び殺戮の玉座として浮上したのだ。

“空中城に突撃したシルバーノア”とともに。

無論、勇者達を王城に送り届けた方舟は飛行船としての寿命を終えている。
だが、方舟の本質は絶望的な災害から、その船の中の希望を守ること。
船長以下乗組員を含め、人員に死傷者が確認されなかったことが、
シルバーノアが如何に堅牢であったかを物語っている。

そしてそれは人命に限らず、船内に格納された小型艇も同様である。

ゴッドハンター・エルクの所持するヒエンは空中城崩壊の際にシルバーノアから落ちてしまったが、
墜落後も修理すれば運用可能な程度の被害に留まっている。
ウェルマー博士の改修効果もさることながら、
それほどまでにシルバーノアの内部耐久性は高く、小型艇ドックは形状を維持しているのだ。

そしてオディオの手によって浮上した今、そこにはもう一つの翼が存在する。
ジール王国三賢者ガッシュの手によって作り上げられた、時を渡る翼【シルバード】である。
なぜそこにそれがあるのか、矮小なる人の身では魔王の思惑など推し量れないが、
朽ちた方舟に守られた銀の翼が、性能を維持しながら存在していることは確かである。

ただし、優れた船と操舵手がいたとしても海図とコンパスがなければ航海が出来ないように、
この催しが行われている場所の絶対次元座標<ディメンジョン・ポイント>が判別しなければ、航行は難しい。
そのデータは断章<フラグメント>として3つのデータタブレットに収められている。

現在所在が確定しているのは、元魔族の王ピサロの持つ2つだけである。
ジョウイ=ブライトは最後の1つを所持しているというが、それは所持している可能性を含め未だ確認されておらず、
それが某かの謀略に基づく詐称である可能性も否定できないのだ。
参加者所持の支給品の中にあったのか、あるいはどこかの施設に残されているのか。
最後の鍵は未だ闇黒の中にあると言って過言ではないだろう。

しかし、たとえどこにあろうともそれは確かに光への鍵だ。
その全てを揃えてシルバードに組み込むことで、銀の翼は真の方舟として帰りたいと願う者達を帰るべき場所へ送り届けるであろう。

異なる世界の二つの白銀は、王城の玉座よりもっとも遠い場所で、家に帰るべき命を待っているのだ。

834 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:16:28 ID:8eyvrRuY0
投下終了です。いろいろ食い込んでいるので、質問、指摘有ればぜひ。

835SAVEDATA No.774:2013/10/31(木) 18:02:40 ID:4./e3A2M0
投下お疲れ様でした!
まさかの邂逅が納得のルートで行われた!?
逃げてしまえはナナミルート思わせる幻水らしさ
でもストレイボウだけはそれじゃしたいことをできないんだよなー、ほんと

そしてちょいちょい混ざってるシンフォギアネタに吹いたw

836SAVEDATA No.774:2013/11/25(月) 08:25:18 ID:TPT.Xp/Q0
遅くなりましたが、執筆と投下、お疲れ様でした。
なんかもう、何度も読み返してて我慢出来なくなったんで、直近の話も絡めて感想いきます。

アナスタシアとアキラ・ピサロとイスラ、そして今回のストレイボウとジョウイ。
どの話もディスコミュニケーションというか「ケンカ」したり「相手のことが理解できない」という
気持ち(これは、瓦礫の死闘でのセッツァーとかもだったなと)が目立つなあ、と思いながら読んでいました。
そして、各々の話で出てきたこの要素に、少なくとも自分は強く惹きつけられた。
いくら絆をつくろうとしても、過去の想い出にすがろうとも、理解し合えないものはある。
そして、当たり前だけどちょっとしんどいだろう事実を前にしたって、全員が行動を諦めないところがたまらない。
序盤、ストレイボウが自分の指は女性のそれでない(だからルッカの記憶を活かして、首輪を解除することを
助けることは出来ない)と思う場面でも「男女」という境界が提示されて、けれどもルッカの記憶からサイエンスを知った
「今のストレイボウだからこそ」ジョウイの答えを引き出す理合いの流れ方が脳みそに嬉しくてたまらなかった。
ストレイボウとルッカのラインは、これまでにもカエルとの繋がりで活かされたりしてきたし、ジョウイのところに行くなら
ストレイボウだろうなとは「親友と対決した」繋がりで思っていたけれど、このタイミングで『クロノ・トリガー』の「三人」に触れられた点には
思考の死角をつかれた。それを想起させた根が、三人のうち、他の二人から離れた場にいたルッカなのが絶妙すぎてどうしよう、と。

>「もっと早くそう言ってくれる人がいたら、きっと救われたいと願えたよ」

で……だけどそういう言葉を、誰にも言わせなかったのがお前だろうが……!
ある意味では誰よりも他者のもつ<他者性>を考慮しながら、つらぬくと誓った理想の「そのまま」に進めるようになれたから
他者をダメにしてしまいかねないジョウイはたしかにクズで、だからこそいとおしいキャラクターだと思っています。
世界のあり方を憎みながらも、それでも世界には変革する価値があると思えるから、ここまでやれる。
掲げた「理想」自体が半端といえば半端で、だからダメな部分も出まくるのに惹かれたのだろうと……このジョウイにかぎらず、
原作ゲームをやっていた頃に覚えたモヤモヤする感じと再び向き合うように文章をなぞる時間が楽しいです。

そして、こういう面倒そうな側面をもつキャラクターたちを、面倒さを残したまま書いていく。
自分と相手の間には違いがあるのだ、という当たり前のことを、当たり前のように書いていく。
基本的に後戻りがきかない(リレー)SSだからこそ、今回の話で描写されたアナスタシアの姿勢のように、派手で
面白いことを魅せていきつつも「当然」を慎重に描き出していく筆の強靭に、胸が熱くなりました。
もう言いたいことがバラバラですが、端的に言って、自分は、氏の話やRPGロワのSSが好きなのです。
この感想がいいものか、悪いものか、喜んでもらえるものなのかは分からない。
ただ、これだけは伝えさせてください。いつも、「この話」を読ませてくださって、ありがとうございます。とても面白かったです。

837SAVEDATA No.774:2013/12/08(日) 22:31:37 ID:4KOmgTkM0
新予約きてたー!

838 ◆wqJoVoH16Y:2013/12/09(月) 01:06:11 ID:k26VvPGg0
アナスタシア、イスラ投下します

839イスラが泉にいた頃… 1 ◆wqJoVoH16Y:2013/12/09(月) 01:07:06 ID:k26VvPGg0
「あんたも水浴びかい?」

目の前に差し出された右手(の手拭い)は―――

(いやなにこの黒髪むっちゃ綺麗なんですけどっていうかえ?これナニ男性女
 性男女女ぽいってでも胸ゼロ?ステータスなのかしらてってか待ってまって
 OKOKBeCoolCoolCoolッ!ラジカセ片手に氷の計算機めいて整理しよわたしッ
 ようやく余りの首輪完全に改造できるようになって息ついたら背中も頭も髪も汗塗れのぐっちゃぐちゃであー黒髪きれーだなーって
 集中切れたら気持ち悪い汗がへばりついてて動きにくいし砂むっちゃ額にべたりんぐるんだもん
 そりゃ洗いたくなるっつーか顔の一つでも濯ぎたくなるでしょ空気読め?うっさいンなもん読めてたらこんなルートつっこんでないっつーの
 バカですかバーカバーカルシエドのオタンコナースアンタが先に周辺見てくれてたら
 こんなショボローグしなくてすんだよの気づいたら勝手に散歩なのかいないしどんだけ我が儘なのよ誰に似たのかしら
 飼い主見たら右ストレートでぶっ飛ばすと思わせて左ストレートでぶっ飛ばすから世界取れるからねわたしの左)

正確にアナスタシアの意識を捕らえ思考を揺さぶり典型的なテンパり状態を作り出した――――

(さすがにありったけボトルぶちまけてその場で洗うのもボトラーみたいで負けっぽいし
 ニートじゃないから、なんか誤解されてるみたいだけど生きたがりだけどニートじゃないからただいい男
 欲しいなあって思うだけで1000ギャラ貰える法律出来ないかなってちょっと思ってるだけだし
 肌白いなあマジ女の子みたいで地図見てたらここから北に泉があってしかも
 ギリ端っこが禁止エリアから抜けてるしこれは洗うしかないでしょマイハートッ!ってそりゃ
 行くわよあくまでも髪を洗いにあったりまえでしょいくら何でも野獣のような野獣が
 あと6匹もいるのよそりゃさすがの私だって自制無理でしたドッボーンッ!!)

「見栄切って時が来たらまた会おうって言っておきながら……? あれ……?」
そうだと予測した人物ではなさそうと気づいたイスラは
水に濡れて顔に張り付いた髪をかき分け――――

(ンギッモチイイイイイイイイッ!!!ってヌるってた汗が溶けてヘバりついてた砂が散って
 いいぞ私が純化されていくってくらい悦ってたこの身体がぁ!トロ顔でぇ!
 しかたないじゃん、女の子よ私!そりゃ男子は一週間くらい服も変えず垢まみれ汗塗れで
 ちょっとちびっても凍傷にならなければそれでいいんだろうけど無理、生理的に無理!
 半径20m以内に近づかないで!その臭気が肺胞<なか>に着床するとか耐えられないからッ!!
 でもまあかわいい女の子ならそれはそれでって、横向いたら柳のやうにひつそりと起つて居たのだ)

「あんた、カエルじゃない……?」
眼と眼が出会う瞬間、身体を濯いでいたイスラの怪訝な視線はアナスタシアをさらなる遠い世界に連れ去り――――

(濡れそぼつた髪は黒〃としながらも太陽に燦々輝き、肌は白磁のやうに艶やかなりけり
 数多の傷も霞けるいいぞ私はお前がうらやましいって女? 女の子? この島で?
 残り7人の中に女は私だけなのに? 未知の8人目だったら最高なんだけどそういうことにしたいんだけど、
 これ、やっぱ、つまり男でわたし今装備品フルリセットしちゃったんだけどえーあーうー、
 所謂一つのサムプライム演歌吽斗? ファイナル末法ワールド? サツバツ? っていうかやっぱモ)

「いやあああああああああああああああ!!!!!!!!!
 痴漢よぉぉぉぉおおおぉぉぉぉあおをぉおおぉおあおおそおおっっ!!!!」
「なんでだおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

(イスラの社会的人生の)全てを終わらせたッ!! その間実に2秒ッッ!!
乳房を腕で覆い、湖に勢いよく水没するアナスタシア。
異端技術を取り戻したベストコンディションの姿である。

840イスラが泉にいた頃… 2 ◆wqJoVoH16Y:2013/12/09(月) 01:08:18 ID:k26VvPGg0
「もぅマヂ無理……どぉせゥチゎ覗かれてたってコト……お嫁ィけなひ……入水しョ……」
「間違っても僕に責任はないし謝らないからな!」
湖の縁で湖面から赤らめた顔の上半分だけを出してうなっているアナスタシアは、
すでに水着に着替えていた。
心底面倒くさそうに応ずるイスラはすでに体を拭き、シャツを着ていた。
ただし、まだ熱が抜けていないのか、膝から下はズボンを捲り、湖に浸らせている。
「っていうか、なんで湖が元に戻ってるのよ……確かピザが枯らしてたでしょうが」
「略し方に悪意が籠もってない? ここはどうやら集いの泉らしいからね。
 4つの水源から集う泉だから。干上がっても、時間さえあれば集うさ」
そう説明するイスラもまた、それを見越してやってきたのだ。
ピサロとの訓練(?)の後、某かの踏ん切りをつけたイスラもまた、己に纏う汗の不快を感じ、この泉を求めたのだった。
カヴァーとはいえ帝国軍に属していた以上、我慢が出来ないほどではなかったが、
そのままでいることを良しと出来ぬほどに、雨上がりの真昼の太陽は彼らを照りつけていた。
(といっても、こんな早く溜まるものとは思ってなかったんだけど。
 せいぜい、その近くにある伏流が残ってるくらいしか期待してなかったのに)
何にせよ、大量の水があるのならばわざわざケチくさい真似をする理由はないとイスラは行水を選択した。
かつて心を閉ざしていたころならば、無意識にも出なかった選択肢を選んだのは、
ともすれば、ここに残る5人に対して知らず警戒心を薄めていたのかもしれない。
緩やかなる、しかして温かい変遷。

「へーん、やっぱデブピザロも大したことないのね」
(やっぱり警戒しておけよ僕ッ!)

それがこのざまである。
掌で鼻をかみながら臆面もなくこの場にいない者をけなす、この精神性。
イスラもまたカエル、そしてピサロと言葉を、刃を交え、少なくと分からない何かがあることを理解できたというのに。
やはりこいつだけは理解できないと思うには十分だった。

841イスラが泉にいた頃… 3 ◆wqJoVoH16Y:2013/12/09(月) 01:08:56 ID:k26VvPGg0
「そういえば、首輪はどうしたのさ。まさかあれだけ大見得切っておいて、できませんでしたとかいうんじゃないだろうね」
「わー、信じてないんだぁ。イスラ君に信じてもらえなくてしょっくだわぁ。しょっくすぎて手元が狂ってしまいそうだわぁ」
これ以上ないほどの棒読みで泣き言を言いながら、アナスタシアは首をすくめて湖面から手を出してやれやれと手を振る。
その小さな無数の傷を見てもなお悪態を言い返すほど、イスラはかつてと同じではない。
「……不思議なものね。貴方とまた話をするなんて思ってなかったわ」
イスラの微妙な変遷に気づいたか、皮肉げな瞳はそのままで、アナスタシアは指を絡めて腕を伸ばす。
「話が出来ると思わなかった、かな。早々死んじゃうと思ってたから」
「……ああ、そう思ってたよ僕も」
「そっか。今は違うか……うーん、そっちの予言は当たっちゃったわね」
青空に伸ばされた掌から零れた滴が、うなじを通り脇を伝い泉へと還っていく。
「“生き残るために足掻いて周りの人を苦しめて――殺してしまって本当に一人ぼっち”……どう、このペルフェクティっぷり」
「嘲笑ってほしいだけなら余所でやってくれよ」
「あら、それが君の生計(たっき)でしょう?」
コロコロと笑いながらアナスタシアは空を見上げていた。目を刺す陽光に瞼を絞りながら。
イスラはその様に言いようもない不快感を覚えながら、知らず言葉を紡ぐ。
「あんまり棘は見せないほうがいいんじゃない? もうちょこ…だっけ? も、マリアベルもいないんだ。誰も庇っちゃくれないよ」
「そうね。あの時は、ちょこちゃんがいたから」
どぷりと頭まで水につけた後、アナスタシアはゆっくりと浮かび、水の上で仰向けになる。
「もう、誰もいない。新しく手を伸ばしてくれた子も、まだ伸ばし続けてくれていた友達もいなくなって。
 それでも、私はこうして生きている。濁った未来、欠けた明日しか待ってなくても、私はこうして生きていく……君と同じね」
その結びに、今までのような険は無かった。どちらかと言えば、そうするのも億劫なほどに衰えていたと、イスラは感じた。
思考は、思想は、これほどに隔絶しているのに、境遇だけがやけに似通ってくる。
「そうでもないさ。僕には、今のアンタはくすんで見える」
「意外ね。私の値打ちなんて、君の中じゃ最安値だと思ってたわ」
「だって、アンタは言ってたじゃないか」
「何を?」
「かっこいいお姉さんになりたいって」

ちゃぷり、と波紋が揺蕩う。心臓の音まで波に変わってしまいそうな静寂だった。
「そういって、カエルに向かっていったときは、その、なんだろう。少しはマシに見えたよ。
 少なくともあの時アンタは、生きることに“上等さ”を求めていたように思った。僕が死に貴賤を求めたように。
「でも今のアンタは、ただ生きてる。前より酷い。“自棄になって生きている”違う?」
「……イスラ君、あなた一生に一度くらいはいいこと言うのね。死ぬの?」
「生憎と、今ここに生きているの意味を越えるくらいの死ぬ意味を探してるところさ」

ちゃぷちゃぷと足で水面を荒立たせながら、イスラもまた空を見る。
汗を落し小ざっぱりした形で見る空は、少し高いようにも思える。

「あぶ、足攣った!! アブアブアブアブアブアブゥゥゥゥゥ!!!!」
「アンタは空気読めよ本当にッ!!」

842イスラが泉にいた頃… 4 ◆wqJoVoH16Y:2013/12/09(月) 01:09:46 ID:k26VvPGg0
センチメンタルを弄んでいるうちに気づけば腕だけになっていたアナスタシアに、イスラは半ば反射的に手を差し伸べる。
だが、触れようとしたその瞬間、湖の中で頬が裂けそうなほどに笑っていたアナスタシアを見た。
まるで『待っていたわ……この瞬間<とき>をッ!!』と言わんばかりの悪魔もびっくりの笑顔だった。
気づいた時にはぐいと引っ張られ、全身が水の中に叩き落とされる。
如何な手際か、浮上したときには水着を脱ぎ捨ていつもの装束を纏ったアナスタシアが泉の淵で見下ろしていた。

「なーに偉そうなこと言ってんのよバーカバーカ水でもかぶって反省しなさい反省」
「こいつ本当に……ッ!」
「あ、そうだ。あの時の私がマシって言ったたけど、どこら辺がよ」
「……それは」

言いかけたイスラの言葉を、第三者の声が遮った。ストレイボウとカエルの声だ。
その息には感情が込められており、どうにも聞き流せるものではないらしい。
「ん、続きはまた後で聞かせて頂戴な。まあ、何よ。死にたがりよりはマシだと思うわよ、私も」
梳いた髪をまとめ上げたアナスタシアは聖剣を背中に、先に進む。昨日よりもほんの少しだけ歩調を速めながら。
その背中を、聖なる剣をイスラは見つめ続けていた。

死に価値を見出したイスラと生を渇望し続けるアナスタシアはどれだけ近づけど永遠の平行線だ。
なぜマシだと思ったのかは、自分でもよく分からない。
そう思ったのは後にも先にもあの一瞬だけだ。ただ。

生と死の境目に独り立ち、全ての災禍をそこより徹さぬと構えた女傑の姿は、
どこか、どこかあの紫を思わせたから。それはきっと、病床の小さな世界でも知っていた一番かっこいいものだったから。

交わらない平行線を貫くか細い共界線が、観えたような気がした。
例え交わらなくても、生きているのならば、いつか繋がるときがあるのかもしれない。
この空は2人だけでは広すぎるから。

843イスラが泉にいた頃… 5 ◆wqJoVoH16Y:2013/12/09(月) 01:10:38 ID:k26VvPGg0
【C-7 集いの泉湖畔 二日目 午後】

【イスラ=レヴィノス@サモンナイト3】
[状態]:びっしょり ダメージ:小、疲労:小
[スキル]:心眼 勇猛果敢 フォース・プリズナー№666(Lv1〜4)
[装備]:魔界の剣@DQ4 ドーリーショット@アーク2 44マグナム@LAL*残弾無し
[道具]:召喚石『天使ロティエル』@SN3 召喚石『勇気の紋章』@RPGロワオリジナル
[思考]
基本:今はまだ、したいことはないけれど。“いつか”を望み、したいことを探し続けよう
1:『その時』は近い
[参戦時期]:16話死亡直後(病魔の呪いから解かれている)


【アナスタシア・ルン・ヴァレリア@WILD ARMS 2nd IGNITION】
[状態]:こざっぱり ダメージ:中  胸部に裂傷 左肩に銃創(いずれも処置済み) 精神疲労:小
[スキル]:せいけんルシエド 
[装備]:アガートラーム@WA2
[道具]:ラストリゾート@FF6
[思考]
基本:生きて幸せになるの。ぜったいよ。それは、ぜったいに、ぜったいなのよ。そして。
1:『その時』は近い
[参戦時期]:ED後

*海水浴セットはそのまま湖の淵に置き捨てました


<リザーブ支給品(全てC-7とD-7の境界(C-7側)に集められている)>

【ドラゴンクエスト4】
 毒蛾のナイフ@武器:ナイフ
 デーモンスピア@武器:槍

【アークザラッドⅡ】
 デスイリュージョン@武器:カード

【WILD ARMS 2nd IGNITION】
 データタブレット×2@貴重品

【クロノトリガー】
 “勇者”と“英雄”バッジ@アクセサリ:クリティカル率50%アップ・消費MP半減
 激怒の腕輪@アクセサリ

【ファイナルファンタジーⅥ】
 ミラクルシューズ@アクセサリ
 いかりのリング@アクセサリ

【幻想水滸伝Ⅱ】
 点名牙双@武器:トンファー


【その他支給品・現地調達品】
 拡声器@貴重品
 日記のようなもの@貴重品
 双眼鏡@貴重品
 不明支給品@魔王が初期に所持していたもの
 デイバック(基本支給品)×18*食品が現在アナスタシアが消費中

844SAVEDATA No.774:2013/12/09(月) 01:11:40 ID:k26VvPGg0
投下終了です。

845SAVEDATA No.774:2013/12/09(月) 07:56:35 ID:kES8jEgs0
執筆お疲れ様でした。
ああ……これはもう、『“イスラ=レヴィノス”と生きたがりの道化』だなあ……。
誰もが、たとえ穏やかな話であってもシリアスになりがちな局面において、
笑いの種を提供してくれるアナスタシアの、その立ち位置こそが見ていてつらい。
もちろん、そうした位置に立つ経過も納得がいくし……原作的にも、記憶の遺跡っていう
「外側」から他の人物の行動を見て、茶々入れしながら引っ張っていく役は適任ではある。
この状態で、しんどいと言えば「生きたさ」がさらに濁るだろうってのも分かるんだよなぁ。
だけど、そうした「外側」から見た情報を持っていてさえモヤモヤする今の彼女に、
イスラはよく言葉をかけてくれたものだと思う。
内容がどうであれ、誰かと繋がれるかもしれない自分を想像出来ていたり、空に広さを覚えたりして、
だけどそれを嘆くだけにとどまらなくなったコイツは、たしかにマシになった……というか、
フォースを受け継いだOTONA(ブラッド)とも近くて遠い道を歩けそうだと思える。
それが、RPGロワの足跡のひとつだと思えるのがまた感慨深いなと。
……そして、そういうイスラがアナスタシアに目を向けたからこそ、地味に書き足されてる
アナスタシアの思考欄に気付いたときのため息は深かった。
首輪に向かっていてさえ空虚の輪郭が浮き彫りにされるってのも皮肉だけど、しんどいとさえ
言われなけりゃ頑張れとも言ってやれない。すくえないなあ、と思えばジョウイのことが思い出される。
怒涛のパロディから始まって、想い出と記憶に絡め取られる過程で覚えた感覚がたまりませんでした。

846SAVEDATA No.774:2013/12/11(水) 23:21:43 ID:at./ZTug0
投下乙です!
イスラがすっかりノリツッコミをマスターした!
アシュトカ時空を思わせるこのノリはWA2に関わったものの必然か……
でもあのイスラがアナスタシアとこんな会話できるというのも彼が生きようとする余裕みたいなものを得たからこそなんだよなー

847SAVEDATA No.774:2013/12/25(水) 17:10:26 ID:3NfFHQkI0
しかし今の予約、オディオ“など”なんだな
フォビアたちが書かれるのだろうか

848SAVEDATA No.774:2014/01/02(木) 11:09:58 ID:74XnPy1.0
RPGロワ本スレ初書き込み一番乗りは貰ったァーッ!

はい、年を越してしまい、クソ遅くなって申し訳なく思いながらの感想でございます

>さよならの行方−trinity in the past−

コレ、ジョウイの狂いっぷりがすごいわ
理性的で賢しくて冷静なのに、行動と思考のネジの外れっぷりが尋常じゃなくてゾクリとした
こいつが見てる理想の楽園に導けるのは、他の誰にもできやしねーって実感するね
こんな、突き抜けるほどの優しさを下地にした歪みを抱けるのって、弱さを抱えたジョウイくらいだろ
なにやってんだよ。もっと手はあるだろうに、なんでこんなことやってんの
そんなことも思うんだけど、それでもジョウイはひたむき過ぎる
ほんと、頭回る癖にバカで、夢見がちで人間臭いから、こいつは魅力的なんだよな

しかしこれ、ストレイボウはどうするのかな
死のルクレチアへと迷い込み、選択肢をつきつけられ、ジョウイの抱える深淵に触れてしまって
一度道を定めても、こんなものを見て、知ってしまったら惑って当然だよな
この話で得た知識と感情が、どこに辿り着くのか楽しみだわ


>イスラが泉にいた頃…

ここにきてサービスシーンきた!
イスラが羨ましいと思わないのは、アナスタシアの自重しない思考のせいだろうかw
アナスタシアとイスラ、交わらない位置にいる二人の、確かな変化を感じられて心地よかった

>生憎と、今ここに生きているの意味を越えるくらいの死ぬ意味を探してるところさ

このセリフと、、イスラが空を見上げるところが特に好き
歩いてるんだなって、生きてるんだなって感じられた
ただ生きたいと思うコトも、死に価値を見出そうとするコトも、きっと尊いんだろう
たとえ交わらなくても、そういうのを互いに感じ取ってるような気がしたわ
『剣の聖女と死にたがりの道化』を読み直したくなりました

849SAVEDATA No.774:2014/01/05(日) 00:12:10 ID:D7ww6E6w0
そういえばまだ言ってなかったかw>本スレ

あけましておめでとうございます
今年もよろしくお願いします!

850魔王への序曲 1 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:21:25 ID:9qS70r1M0
――――はじまりは、何だったのでしょう?
――――運命の歯車は、いつまわりだしたのでしょうか?

夕暮れも深まった森道は朱く染まっていた。
風はなく、夕日に照らされた緑は暖かさだけを湛えている。
整備されているとは世辞にも言えないが、荒れ道というほどでもないその道を、一人の少年が歩いていた。
その衣類はすり切れており、本来は輝いていたであろう金の髪はくすんでいる。
だが、その足取りと表情には明確な精気が満ちていた。彼は――ジョウイは帰途にあったのだ。

犠牲にしたものの為、失われてしまったものの為、彼は魔王となる道を選んだ。
ありとあらゆる備えをし、勇者達を撃滅するつもりだった。

だが、ジョウイは、それを全て捨てた。
イスラの、アナスタシアの、アキラの、カエルの、ピサロの――――そして、ストレイボウの懸命な説得を受けて、目を覚ましたのだ。
亡くしたものは帰らない。だから私たちは生きなければならないのだと。

すでにねじ伏せたはずの言葉は、十重二十重と編まれより強靱な想いとなり、
ジョウイの魔剣を――“理想”を貫いたのだ。
当然、そこに何の感情もなかった訳ではない。
この島に来るまでに犠牲にしてきた人達。この島で彼を生かした者達。
己が魔法にて死を奪った英雄達。背負うと決めたそれら全てを擲つことがどれほどに恐ろしいことか。
だがその恐怖をジョウイは乗り越えた。否、ジョウイ達は受け止めると決めたのだ。
一人で背負うのではなく、ともに分かち合うのだと。彼らと繋いだ手が救ってくれたのだ。

争いを回避した彼らにもはや障害はなかった。
イミテーション・オディオを内包した魔剣は首輪の中にあった魔剣の欠片と共鳴し、
オディオの支配を遮断、首輪の効力は悉く無効化されて解除された。
そして、理想から解放されたことで黒き刃と輝く盾を失い戻った紅の暴君を手にしたイスラは、
それをグランドリオンの代替としてプチラヴォスを核とした死喰いの封印を行う。
後顧の憂いを絶った彼らは、すでに空中城への座標を突き止めていたこともあり、
聖剣にて貴種守護獣の力を束ね、参重層術式防護<ヘルメス・トリス・メスギトス>を突破。
ルーラとテレポートでオディオの元へたどり着いた。

死闘だった。
一歩手順を誤れば全滅、差配が滞れば誰かが死んでいただろう戦いだった。
なによりもオディオ――勇者オルステッドの憎悪こそが、どんな力よりも恐ろしかった。
だが、彼らは勝利した。今こうして歩く中でその戦いを追想しようとしても、
無我夢中で戦っていたジョウイには抜け落ちたように思い出せない。
だが、懸命だった。魔剣を喪い、ただの紋章使いになってしまったとしても、
自分に出来ることをしようと決意し、楯と刃を以て彼らのサポートに徹し、
オディオの最後の言葉とともに光に包まれ、気づけば終わっていたのだ。

851魔王への序曲 2 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:22:07 ID:9qS70r1M0
夕日が落ち掛け、暗くなりそうになったころ、
森が開かれ、仄かな明かりが目に映る。漂う夕餉の臭いが、目的地の到達を教えていた。
ハルモニアの辺境、誰の手も届かぬ辺鄙な場所に建つ家屋。
ジョウイはその扉の前でわずかに逡巡した後、扉をノックした。
木の床を叩く音が近づいて止まり、ゆっくりと玄関が開かれる。
その前にいたのはジョウイに残されたすべて、落日の王国で皇王が最後に残した愛と希望だった。

小さな希望が、目を大きく見開き、そして花のように顔をほころばせ、ジョウイの胸に飛び込んでくる。
その背中を抱き留め、その温もりを優しく撫ぜる。その小さな肩の先には、確かにこんな自分を愛してくれた妻がいた。
そう、たとえ経過が曖昧であろうとも、決め手に関われなかろうと、彼は生きてここにいる。
二度と帰るまいと思った世界へ、それでも帰るべき場所へ、帰ってきたのだ。

「ねえ、おとうさん」

ようやく収まりつつあった嗚咽の代わりに、子供が訪ねてくる。
あやしながら、ジョウイは先を促した。

「ナナミお姉ちゃんは……リオウお兄ちゃんは一緒じゃないの?」

日が落ちて、あたりは夜に包まれた。
もうなにも見えはしない。何も映ることはない。
そう問いかけた花の色も、そう問われた愚者の顔も。


――――時の流れのはるかな底からその答えをひろいあげるのは、
――――今となっては不可能にちかい……

852魔王への序曲 3 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:23:02 ID:9qS70r1M0
「お目覚め?」
瞼をあけて見上げた世界には、真っ赤に染まった酔っぱらいがいた。
まだ人間の形を保っている左眼で眼鏡の奥の瞳を見つめながら、ジョウイは仰向けになったまま尋ねる。
「どのくらいここにいました?」
「上階に上がったきり戻ってこないから見に来たのよ。15分くらいってとこかしらねぇ」
ジョウイはこめかみを押さえながら状態を起こす。
眠っていた、という実感はない。頭の中の回路がブツリと切れてしまっていた感覚だった。
その顔は精気が抜け落ち、白蝋のように窶れている。墜ちてしまったゴゴと同じ黄金の右眼だけが、爛々と輝いている。
「ずいぶん無茶をしたみたいね」
杯の酒を飲み干したメイメイは眼鏡を外し、玉座から正面を一望する。
血のように紅い絨毯は黒と白に染まっていた。
虻もわかぬほどに栄養を失った腐肉や、水気も残らぬ白骨が海のように敷き詰められている。
魔族が夢見た楽園としらず、ただ宝の山と勘違いした野盗ども。
わずかな楽園を侵させまいと王墓を守り続けた墓守の残骸。
遺跡ダンジョンに偏在する兵どもの夢の址。
なぜここにそれが集められているのか、どうやって集められたのか。
メイメイは敢えて観ていない。観る必要もなかったからだ。
「で、なにしてたのよ」
だが、それはジョウイが50階に上がる理由とは全く関係がない。
抜剣していない状態では歩くことも不自由するだろう消耗だろうに、なぜ本人が上がったのか、メイメイは尋ねた。
ジョウイはそれに答えるようにして、二枚の封筒を渡す。
丁寧に封蝋されたそれは上質な紙に華美な装飾が施されていた。まるでどこかの国書のごとき装丁の封書だった。

853魔王への序曲 4 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:23:49 ID:9qS70r1M0
「……なにこれ?」
「いろいろ考えたのですが、2つと思いました。1つは、彼らに。もう1つは」
「あなたは特殊なアホなの? アタシをポストか何かだと勘違いしてない?」
メイメイは叱るような目つきでジョウイを睨む。
「貴方は自分が何をしたのかを分かっている。あのギャンブラーの言葉を借りれば、
 貴方は“他人の金も場に乗せた”のよ。もう貴方は負けられない。
 いいえ、負けるという発想さえ烏滸がましい。その上で、保険でもかけようっての?」
遙かな空より見下ろす龍の如き天眼でメイメイはジョウイを見据える。
だが、ジョウイは困ったように頭を下げるだけだった。
誰よりも恥じているのだろう。
何もかもを使い潰そうとしながら、それを遺さずにいられなかった自分自身に。
あのときから何も変わっていない自分自身に。
「ねえ、一つ最後に聞かせて」
眼鏡を外して眉間を揉みながら、メイメイはジョウイに問いかける。
詰問する調子はもうない。女性のやわらかさと神の厳かさを併せ持った、静かな問いだった。
「そこまで悩むくらいなら諦めちゃえば? あるいはいっそ、あたしに手伝ってほしいっていえば?」
静寂の遺跡の中で、ジョウイは黙ってメイメイを見つめていた。
「負けが怖いんだったら、ズルしちゃえばいいのよ。
 あたしが手を貸せばオル様を倒すにせよ、彼等を殺すにせよ、1時間もあれば片づくわよ。
 ヒトカタでよければ人手の補充だってできる。あたしが本気を出せば、それくらいは朝飯前ってね」
にゃはは、と乾いた笑いがひとりきり木霊する。その音が止むころに、メイメイは一つ小さなため息をついて、杯に酒を注いだ。
「信じられない、か」
「いいえ、信じますよ。貴女の力を今更疑いはしません」
なみなみと注がれた杯から滴がこぼれる。ジョウイはゆっくりと首を横に振った。
「この魔剣を得たからでしょうか。貴女がどれほどの力を持っているのかは分かります。
 おそらく、やろうと思えばできるのでしょう。ですが、それはダメだと思うんですよ」
「どうして?」
「僕たちの戦いを、苦しみを、願いを――神や運命なんて言葉で片づけたくないから」
この剣を手にしたのは、紋章の呪いなどではない。抱いた魔法はジョウイ自身の祈りだ。
故に部外者に邪魔はさせない。
たとえレックナートであろうが守護獣であろうが幻獣であろうがエルゴであろうが精霊であろうが竜であろうが星であろうが。
この戦いは人間の、誰しもが持つ感情から始まった。
ならばその終わりまで、人間の手に委ねられるべきなのだ。たとえ、どのような結果になろうとも。
(だからこそ、私、か。観測者としてではなく、手出し無用の立会人として)
メイメイはジョウイの答えを含めるように酒をあおり、しばし虚空を見上げる。
実際は、運命を変えるほどの力が自分にあるとは思わない。
それほどまでに魔王オディオは、世界の憎悪は強大なのだ。
好き勝手に振る舞っているように見えるのは、その実なにもしていないから。
観る以上に直接的に干渉すれば、簡単に支配されてしまうだろう。
やはりメイメイには、何もできない。それはとっくの昔に分かっていたことだ。
ならば、なぜこうも苛立つのか。分からないまま、酒を再び煽る。
一人で全てを背負う、その在り方が、心の内側をかきむしる。

「それに、信じたいんですよ」


――――ですが、たしかにあの頃わたしたちは――――

854魔王への序曲 5 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:24:28 ID:9qS70r1M0
それに口を付けたとき、ジョウイが小さく呟いた。
「僕の魔法<りそう>は、がんばればヒトの手でちゃんと叶えられるものだって」

蒼白になった顔に、ほんの僅かな笑みが浮かんだような気がした。
だが、メイメイが瞼をしばたいた時にはすでに、乾ききった無表情で、そうであったという証すら残らない。
「……真なる理想郷、か」
ふいに口ずさんだ言葉と納得を、そのまま酒で流してしまう。
全てを一人で背負い、理想の楽園を祈る王。
やり方は異なれど、それは確かにあの日見送った背中だった。
ならば此度の自分の在り方も変わらない。ただ信じ、見届けるだけだ。

――――おおくのものを愛し、おおくのものを憎み……
――――何かを傷つけ、何かに傷つけられ……

「とりあえず、預かるだけ預かっておくわ。渡すかどうかは……この後の見物料にしておきましょう?
 ……そういえば貴方の“それ”、名前は決めたの?」
封書を胸の谷間にしまい込みながら、メイメイは玉座から下手を見つめて尋ねた。
ジョウイは何のことかとしばし首を傾げ、ややあってああ、と気づいた。
「必要もないと、考えていませんでした。そうですね……だったらオレンジ「ヴァカなの?」

ジョウイが言おうとした名前を、メイメイはばっさりと切り捨てる。
「名前っていうのはね、物事の本質を決定する重要なファクターなの。
 真名、魔名。言祝にして呪詛。名前一つでその人の運命が決まっちゃうことだってある。
 召喚獣にしたって概念にしたって、それは同じ。
 もし勇者が“ああああ”とかそういう名前だったらどうなると思うの?
 命名神もムカ着火ファイアーでへそ曲げるってもんよ」
「僕のセンスはああああ以下なんですか……」
熱っぽく語るメイメイに、ジョウイは無表情のまま答える。
だが、そのトーンはガクリと落ちて、明らかに気分が落ち込んでいた。
「そうねえ……じゃあメイメイさんがサービスで改名相談に乗ってあげる」
とん、と柏手を打ちながらメイメイは朗らかに歌った。
一瞬、いやオレンジとジョウイが言い掛けたのを敢えて右から左に流しながら、腕を組むことしばし。

「――――ってのはどう? 名も無き世界にて“旧き輪廻を断つ剣”っていう意味。
 少し歪つだけど、その方が貴方らしいでしょう」
「……なるほど、確かに“僕たちに相応しい”。ありがたく頂戴しますよ」

855魔王への序曲 6 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:25:04 ID:9qS70r1M0
ジョウイはメイメイから授けられたその真名の意味を噛みしめた。
それだけで、魔剣の中の力が活性化したような気がする。
召喚獣に名をつける際に、相性のよい名をつけることで召喚獣の力を引き上げるように、
名前もまたその力を決定づける要素なのだ。“どんな召喚獣であろうとも”。

「どったの?」
「……いえ、少し」
思案に耽るジョウイにメイメイが声をかけたとき、カンと靴音が響きわたる。
シードとクルガン、ものまねによって追想された未練。
モルフと化してなおジョウイに従う懐刀達だ。
その来訪に全ての準備が終わったとしり、ジョウイは二人から装具を戴く。
一つは紅黒き外套、一つは絶望の鎌より刃を落とした棍。
いずれも彼が奪い取り、同時に受け継がれた魔王たる証。
それらを背負い、彼は再び楽園へと降りた。

「それじゃあ、始め<おわらせ>にいこうか」

もう二度と魔王<これ>を脱ぐことはないと知りながら。


――――それでも風のように駆けていたのです……青空に、笑い声を響かせながら……

856英雄への諧謔 1 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:25:59 ID:9qS70r1M0
「……と、言うわけだ」

乾ききった荒野。太陽だけが降り注ぐその大地の上に沈黙が訪れる。
それはアナスタシアが定めた午後3時よりも僅かに早かった。
招集をかけたストレイボウが語った内容は、彼等を召集させ、また沈黙させるのに十分だった。
「死喰い、か。俺が識ったのは、そんなデタラメな存在だったとはな……」
「グラブ・ル・ガブルの墓碑か……因果かしらね、本当」
カエルが覆面ごしにぐぐもった笑いを漏らす。
工具の最終確認をしながら、アナスタシアが表情を陰らせた。
島の遙か下、星の中心で参加者の死を喰らい目覚めの時を待つ『死喰い』。
この島での殺戮が意味するところは、その墓碑の完成だったのだ。
「ンで、死んだ奴らが液体人間みたくモグモグ混ぜられてるのを、お空から見物してやがるってのか……オディオ……ッ!」
そのおぞましさに自分が戦った隠呼大仏を想起し、そのおぞましさを怒りに変えてアキラは空を見つめる。
たとえ見えずとも触れられずとも、オディオがこの殺し合いを天覧している『空中城』がそこにある。
「ご丁寧にそこに帰還の術を用意してあるとはな。嘗めているというべきか、あるいは……」
手に持った2種のデータタブレットを弄びながら、ピサロはその存在を反芻する。
空中城の中に存在する脱出のための乗り物、『シルバード』の存在を。
バトルロワイアル開催の意味、オディオの居場所、脱出の方法。
彼等が知ること叶わなかったほぼ全てが、齎されたのだ。
だが、その表情に憂いはあっても喜びは微塵もない。

ガン、と岩に拳が打ち付けられる音が響く。
その場の全員の茫洋とした感情を束ねるようにめいっぱいに叩きつけられた左腕の先には、
歯も折らんとばかりに食いしばるイスラの鬼気めいた表情があった。

「何が、妥協してやってもいいだ……ジョウイッッッ!!!」

目尻も裂けんとばかりに見開かれたイスラの瞳が見据えるのはジョウイ=ブライトの姿だった。
そう、これらの重要な情報をもたらした最後の敵であるはずのジョウイに他ならない。
そしてこともあろうに、オディオに手を出さず脱出するならば支援するとまで提案してきたのだ。
紅の暴君に適格したのであれば、おそらく情報自体に誤りはない。
そしていくら考えてもそれらの情報を伝えること自体に、ジョウイ側にメリットが感じられない。
つまり、本気でこちらのことを慮って停戦勧告をしているのだ。
あとはこっちでうまくやるから、君たちは逃げなさいと。
(ふざけるなよ、ふざけるなよジョウイッ! ここまでのことをしておいて、今更どんな面をするっていうんだッ!?)
ヘクトルの死を奪ったこと自体を責めはすまい。
だが、そこまでのことをしてしまった以上、あいつには今更聖人ぶっていいはずもない。
それはイスラがもっとも唾棄する偽善そのものだ。
(立ち位置を壊して、ふらふらして、みんなに害を振りまいて、まるで、まるで……ッ!!)
なにより、その在り方が否応無く思い出させるのだ。
築いたものを自分で壊し、避けられぬと分かっていながら甘い道を求め、
それでも願ったものを止められない――――まるで、どこかの誰かのように。
しかし、それだけならばここまで胸を締め付けられることはなかっただろう。
想起されるのが魔剣使いの背中なのは、先を行かれたという思い。
嘘と笑顔で自分自身を含めてごまかした自分とは違い、どれほど苦しもうが嘘だけは吐かぬと律した伐剣者。
先を行くものに、空を見上げる余裕を得た今でさえも、イスラは苛立ちを覚えずにはいられなかった。

857英雄への諧謔 2 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:26:44 ID:9qS70r1M0
「で、どうするんだ、ストレイボウ。正直切って捨てるには大きすぎる弾だぞ、これは」
「……本気で言っているのか、カエル」
イスラの葛藤に気づいてか気づかぬか、カエルはその情報を持ち帰ったストレイボウに尋ねた。
ストレイボウはその真意を読み切れず、思わずそう口をついてしまう。
死喰いの存在が事実であるのならば、彼の仲間ーー魔王やルッカたちの死も喰われてしまったということだ。
それを放置したまま逃げ出すことなどできるのかと。
「逸るなよ。確かに業腹ではあるが、ここであいつらの死を解放するために死喰いに挑めば死ぬかもしれん。
 それをあいつらが望むと思うか?」
「それは……」
「話を聞く限り、ジョウイもオディオも死喰いを消そうとはしていないのだろう。
 ならば一度元の世界に戻り、準備を整えて死喰いに――ラヴォスに挑めばいいだろう。
 それに、死喰いが完全な形で目覚めなければジョウイが負ける公算が高いのだろう?
 ならば時間をおけば、どう転んでもジョウイは自滅だ。おまえの望みにも叶うんじゃないか?」
 最後の言葉尻に、蛙特有の嫌らしさをたっぷり乗せながら、カエルはストレイボウに問いかける。
 その皮肉に、ストレイボウは顔をしかめる。否定する要素が見つからないからだ。
 目先の状況だけを考えれば死喰いを倒したくもなるが、正確に言えば死喰いは死せる者達の想いを喰っているのだ。
 死喰いを倒せば死者が蘇るというような話ではない。
 ならば危険を冒して死に、あのルクレチアで再会するほうが死者に無礼というものだろうと。
 撤退が最善と理性で分かっていながら、それを認めることができないのは、一抹の不安。
 オディオ――オルステッドとジョウイがぶつかるということについて。
別れ際にジョウイは言った。自分は友に殺されたかったのだと。
親友と殺し合う、その意味を知るジョウイがオディオを終わらせると宣言した。
そんなジョウイがオルステッドが交差したとき、何が起こるのか。
(何か、見逃している気がする……)
僅かに残った引っかかり。ルッカのサイエンスを会得した今でも、それは読めなかった。
逃げることが皆にとって最善であろうとも、
ストレイボウにとって致命的な何がが起きてしまうのでは……そう考えてしまうのだ。
(あ、そういうことか……)
そこまで思い至って、ストレイボウはようやくカエルの言いたいことを理解した。
皆の最善と自分自身の最善は異なる。その事実を敢えて指摘した理由はただ一つ。
“だから、お前はお前の望むように考えろ”と、不器用に教えてくれたのだ。
「……すまない、カエル」
「なんのことか分からんな」
ストレイボウの謝辞に、カエルは知らぬ顔で向こうを向き、覆面ごと頭からボトルの水をかける。
火傷まみれとはいえこの酷暑は両生類には厳しい。

858英雄への諧謔 3 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:27:14 ID:9qS70r1M0
「……正直、俺には理解できねえよ」
「それでいいと思うわよ。ジョウイ君は、私や貴方じゃ多分一生理解できないもので動いてるから。
 私が貴方を理解できないように、貴方が私を理解できないようにね」
アキラのつぶやきに、アナスタシアは嘲るようにして言った。
はっきり言えば、わざわざ死ぬ可能性の高い方向に進もうというだけで彼等にとってはナンセンスなのだ。
ジョウイを突き動かすものは磔の聖人――――殉死、犠牲のそれに近い。
ならばそれはユーリルが囚われた勇者像であり、アナスタシアが呪った英雄観であり、
アキラが吐き捨てた間違ったヒーロー像であるからだ。
それに対してアナスタシアが皮肉を発しないのは、魔王ジャキを討つために一時はともに戦ったからか。
あるいは、たとえ異なる価値観であろうとも、否定するだけが答えではないと知ったからか。
背中から走る暖かみを覚えなから、アナスタシアは背伸びをした。

「まー何にしても首輪解除しなきゃどうにもならないでしょ。
 準備できたし、そろそろ始めましょうか……どうしたの、デブ?」
「……次にその名で呼べば首を落とすぞ。おい、ストレイボウ」
ついに生者の首輪解除に取りかかろうとしたアナスタシアが、怪訝な表情を浮かべたピサロに気づく。
ピサロはそれをあしらい、ストレイボウに尋ねた。
「あの小僧は“始める”といったのか? “仕掛ける”でも“迎え撃つ”でもなく」
「あ、ああ。そうだ、確かに始めるといっていた」
その返事に、ピサロは眉間の皺をより一層に深めた。
ここまでジョウイが攻撃を仕掛けてくる兆候はいっさい無かった。
だから遺跡ダンジョンという中枢を押さえた以上、その地の利を生かした籠城を狙うものだと考えていたのだ。
(あの小僧が、あの乱戦の絵図を描いたのだとしたら――そこまで気長に待つか?
 あれの性根は、おそらく守勢よりも攻勢。ならば、奴はこの3時間何をしていたのだ?)

ジョウイの策略の一端を知るピサロは訝しむ。
悠長にこちらを待ちかまえるような可愛げのあるものが、あそこまでの大仕掛けを打てるはずがない。

――――出すのは早ぇし将来の後先は考えねぇ。とにかく当てることしか考えねぇ。
――――だから普通は早々潰れるが、女神はチェリーも嫌いじゃあない。
――――ビギナーズラックが回ったら…………一荒れくるぜ。

だから活きのいい新人<ルーキー>は性質が悪いのだと。
そのギャンブル評を思い出したとき、じゃり、と荒野を踏む音がした。
陽光燦々と輝く中、一つの陰と共に――――始まりが来訪した。

859英雄への諧謔 4 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:28:19 ID:9qS70r1M0
それは、まるで砂漠に立つ一本の枯れ木だった。
全身を襤褸布で覆い尽くした人間大の影。
他には何もない、ただ残ってしまったから立っていただけ。
生気は欠片もなく風さえ吹けばたちまち折れてしまいそうな、朽ちるのを待つだけの影だった。

この距離に至るまで全員がその存在に気づけなかったのも無理はなかったかもしれない。
形式的に各々戦闘の構えこそとれど、意識のギアを上げることもできなかった。
それほどまでに、目の前の存在は稀薄でこの世の存在として頼りない。

「……あの2人か? ジョウイに従った、あの」
「ヘクトルの骸を思い出せ。死せるとて存在の密度は変わらん。
 あの2人も、ここまで薄くはなかった……はっきり言って、弱いぞコイツ」
怪訝に思うストレイボウに、カエルは目を細めて否定した。
亡将も、あの双将も戦士として忘れがたいほどの重みを持っていた。
だが、目の前の存在はそれに比べ何枚も格が落ちている。しかもそれがたった1人。
いったい何なのか――――

【……ジョウイ様からの……】

そう疑問に思ったタイミングを見計らったかのように。襤褸布なかから音がする。
壊れかけた蓄音機が無理をして回転するように、ひび割れた音がボロボロこぼれる。

【ジョウイ様からの伝言を……お伝えします…………僕は、遺跡の下で待っている……】

機械じみた音律で告げられたのは、彼等の煩悶の中心に立つ人物からの伝言だった。
ジョウイ=ブライトはここにいると、高らかに宣言するためか?
否、ジョウイという男がそのためだけにメッセンジャーを用意するか?
【ジョウイ様からの伝言をお伝えします…………】
その襤褸布から手だけが現れる。誰もが息を呑んだ。
蝋のように真白い、人形の手に握られたのは魔力で形成されたであろう黒き刃。
共に戦う中で何度も見た、ジョウイ=ブライトの紋章の刃。
それが意味することは――――

【――――始めます。賢明な判断を望みます】
「ッ!?」

860英雄への諧謔 5 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:29:02 ID:9qS70r1M0
その時が来たということだ。
影が、ぬるりと前進し切り込んでくる。速い。だが、神速とまではいかない。
振り抜かれた剣を受け止めたのはカエル。たとえ燃え滓の身であろうともこの程度の剣戟捌けぬほどではない。
「この振るい……剣者ではないな。
 あの亡候を失って急拵えで用意したのかは知らんが、役者不足だ。
 伝言が済んだのならあの双将でも呼んで――――ぬぅッ!!」
本命を喚べと言おうとしたカエルの言葉が止まる。
ぶつけ合った刀身から、毒のような痺れが走る。
迎え撃った黒い刃から、紫の雷が蛇のようにカエルにまとわりつく。
「何処の誰か知らんが……貴様如きが、クロノの真似事とは烏滸がましいッ!!」
覆面の下で憤怒の形相を浮かべたであろうカエルは、痺れが全身に達しきる前に強引に剣で弾き飛ばす。
胴を薙いだその一閃が、襤褸布の下半分を切り裂く。細い足と軍靴が露わになった。
「……ッ!?」
その一瞬“彼”は固唾を呑んだ。その動揺を表に出さぬようにするので精一杯だった。
「大丈夫かカエルッ!」
「問題ない、が。気をつけろ。あいつ雷を使うぞ。威力は大したこともないが、麻痺させてくる」
駆け寄るストレイボウを心配させまいと声を張るが、カエルの膝は筋肉を失ったかのように痺れが這いずり回る。
雷撃を刀身に纏わせる攻撃法にクロノを思い出すが、カエルは首を振って雑念を払った。
威力が頼りない分、敵の雷は麻痺性に重きを置いている。
非道に手を染めた自分ならばともかく、そのような卑近な技にクロノを想起するなどあってはならない。
「とにかく、アナスタシア、この麻痺を回復して――」

命には問題ないと、判断したストレイボウがステータス異常治癒をアナスタシアに請おうとした瞬間だった。
影は吹き飛ばされた際の土煙の中から立ち上がる。それと同時に、影の周囲に浮かんだ雷球がいくつかの蛇となって彼等に襲いかかった。
これらも威力は見た目からしてなさそうに見えるが、ユーリルの雷に比べ禍々しい――というより薄汚い毒彩は、
見るからに触れれば麻痺を付与してくると伝えている。
体力の回復はともかく、状態異常回復の術が限られる現状では食らうことは好ましくない。

「小賢しいな、その程度の雷で怯むと思ったか。害したくば地獄より持ってくるか――その薄汚い魂の全てでも懸けてみろ」
接近戦は面倒。そう判断したピサロは引き金を引いた。
込めたのは小規模のゼーハー。当然のように全力ではないが、手加減と言うよりはこの程度でも十分破壊できるという目算である。
爆ぜた魔力が弾丸となって影――影であるべき何かの頭部へと迫る。
【ジョウイ様からの伝言をお伝えします……始めます……賢明な判断を望みます……】
しかし、影はするりと回避した。そのフードの闇の向こうから、しかと弾丸の流れ・速度を『見切』って。
余った襤褸布の一部が破れ、胴が晒される。その陣羽織はボロボロであったが明らかな軍装だった。

861英雄への諧謔 6 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:30:05 ID:9qS70r1M0
「嘘だろ……」
彼の中にこみ上げた不安を見透かすように、その装束に刻まれた瞳が見つめてくる。
その軍装を“彼”はよく知っていた。この島でそれをつけている可能性があるのは2人だけだった。

「……あの服、どーっかで見たような……」
不思議そうに目の前の影を見つめるアナスタシア。
その視線を感じたか、どこかの軍隊に所属していたであろう影は、
黒刃を握らぬ方の手で懐をまさぐり、神速の所作で抜き放つ。
放たれるは投げ刃。黒き刃ではない、しっかりとした実体を持つ忍びの投具。
それらが意志を持ったように彼女に向かって襲いかかる。
「危ないッ!」
寸でのところで形成されたストレイボウの嵐が、壁となって刃を弾き飛ばす。
あまりに慣れた手つきに、その影が投具使いであることは疑いようもなかった。

「チマチマチマチマ……うっとおしいぜッ!!」
投具を投げた瞬間を見計らい、アキラが突貫する。その表情には明確な苛立ちがあった。
雷、麻痺、投げナイフ、ひょろい外見。何もかもがアキラの疳に障った。
とりわけ最悪なのが戦い方だ。最初に麻痺を大袈裟に見せておいて、自分の雷に触れると不味いと刷り込む。
直撃しても致命傷にはならないものを、大きく見せたのだ。
そして、遠間から雷撃と投げナイフ。自分は傷つかない位置からちまちまといたぶっていくやり口。
どんな奴かは知らないが、心を読むまでもない。アキラの世界で吐き捨てるほどいたような輩だ。
暴力を無意味にちらつかせ、有りもしない器を大きく見せ、誰かを見下さなければ自分の立ち位置も定まらない屑野郎。
ジョウイのような理解不能な存在とは違う。この拳をぶつけるのに何の衒いもない。
怒りの正拳が布の向こうの顔面に直撃する。完全なクリーンヒット。これが人間であれば鼻骨は完全に砕けていただろう。
(なんだ、これ……“気持ち悪ぃ”!!)
だが、アキラの拳に伝わったのは骨の砕ける小気味良さではなかった。
まず粘性。ぶちゃぁ、とかぐちょ、とか。プリンを全力で殴ったような感覚だった。
そして、この気色悪さ。耳に舌をつっこまれたような、内股を頬ずりされたような……
とにもかくにも名状し難い不快感が蟻のように這いずり回り、殴るために込めた力が霧散していく。

――――イヒ、イヒヒヒヒヒッッ、ゲ、レレッ、ゲレレレレッッッ!!

弛緩してしまったアキラをあざ笑うように、影は黒き刃を構えた。
自然と読心してしまった、夏場の蠅の羽音ような下卑た笑い声が脳内を満たす。
脳の皺に植えられた白い卵が、孵化する。そして眼から口から――――

「気持ち、悪いんだよクソがァァッ!!!」
「アキラ、そいつに触れるな」

862英雄への諧謔 7 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:31:16 ID:9qS70r1M0
一発の銃弾が、アキラを斬らんとした黒き刃をそらした。
その瞬間を見逃さずになんとか影との『憑依』を切り離したアキラはたたらを踏んで後退する。
その手に影の襤褸布をほとんどつかんで。

「……なんでだ。なんでよりにもよってそいつなんだ……」

向けたドーリーショットの銃口からフォースの光が拡散していく。
銃を向けたまま、イスラはその影から目をそらす。
だが、もはや偽る余地はなかった。その軍服は、帝国軍海戦隊のもの。
そして、それをこの島で纏う可能性があるものは2人しかいない。
一人は、アズリア=レヴィノス。第六部隊長にして我が姉。
もしも、彼女がジョウイの外法にて蘇ったのであらば。怒りこそすれ――――“まだ救いがあっただろう”。
それならば心おきなくジョウイを憎める。
よくも、よくもと、これまでの全てを擲ってあの外道を殺戮する機械になれただろう。

「他にいただろ、もっと使える奴がさぁ……」

もはや影を纏っていた布は、頭部くらいしかなかった。
だから分かってしまう。あの装束は隊長のそれではない。というより、女性のそれではない。
一般的な、男性の軍装。そして、それを纏うものは一人しかいない。

【ひ、いひひひひッ、ギヒヒヒヒヒヒヒッ……】
「あの笑い声、あれもしかして……」

蓄音機から壊れた言葉が響く。ジョウイからの伝言ではない。
もはや言葉も紡げぬほどに奪い尽くされた死の残響。
亀裂から漏れ出すはどうしようもないほどの妄念。
そこまで来て、ようやくアナスタシアが気づく。
あの服装を知っている。なぜなら、彼女たちを一番最初に襲った奴の装束だったのだから。
その名前も知っている。確か――――

「ビジュ、君……?」
「なァんでそいつを喚びだした、ジョウイ――――ッッッッッ!!!!」
【イヒ、イヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッッッ!!!!!】

薄汚い嘲笑と、張り裂けそうなほどのイスラの叫びが真夏のような空に響く。
それは、未来を向こうとするイスラの最大の汚点。
決して拭い落とせぬ両手の色彩だった。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板