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仮投下スレ
591
:
届け、いつか
◆iDqvc5TpTI
:2010/05/28(金) 05:33:40 ID:seA8qMPg0
夜天より声が降り注ぐ。
人の心を穿ち、地へと打ちつける言葉の弾丸。
誰かの、知己の、仲間の、友の訃報を告げる声。
ある者は嘆き、ある者は怒り、ある者は笑い、ある者は喜ぶその声が幸いとしてピサロの想い人の名前を呼ぶことはなかった。
だというのにピサロの様子は先ほどまでと何も変わらない。
凶刃を納めることなく雨に沿うかのように熱を奪われた青い顔を晒し、怒りのままにイスラ達と刃を交えていた。
ピサロは放送など聞いていなかった。
激しさを増した雨音が耳に届くことを妨げたからか。
天地を跋扈する稲妻の轟音により異界の魔王の声が打ち消されたからか。
否。
元より今のピサロにはただ一人を除いていかな声も届きようがなかった。
ああ、もしも、もしも本当に。
ロザリーが死んでいてオディオにより名前を呼ばれていたならば。
一瞬、たかが一瞬といえどもピサロは立ち止まったかもしれないのに。
どれだけ憎悪に狂おうとも、どれだけ怒りに飲み込まれようとも。
ピサロがその名前に反応しないことなどありえないのだから。
――なんという皮肉
彼を凶行に駆りたてたのが愛するものの死ならば。
僅かな時なれど止め得たのも愛するものの死のみとは。
――なんという滑稽
愛するものは存命ですぐ傍らに転がっているというのに。
ピサロは手を伸ばそうともしない。
ロザリーを愛した魔族『ピサロ』ならたとえそれが死骸でも手を伸ばそうとしたであろう。
だがここにいるのはデスピサロ。
人間を憎み、滅ぼす為に一度は愛するものの記憶すら捨て去った復讐の魔王。
雨などという生易しいものではない。
若き魔王の心の中では嵐が吹き荒び雷が荒れ狂っていた。
その雷は
「カ、カエル、まさかお前がロザリーを!?」
飛び込んできた言葉を引き金に開放されることとなる。
▼
592
:
届け、いつか
◆iDqvc5TpTI
:2010/05/28(金) 05:34:17 ID:seA8qMPg0
戦況は膠着状況に陥っていた。
無力なアナスタシアと気絶しているロザリーを護るべく円陣を組んだブラッド達の一団を攻める側は切り崩すことができなかったのだ。
初期状況で北にユーリル、西にピサロ、南に魔王とカエル、東に逃げ場の無い建物と四方を完璧に囲っていたにも関わらず、だ。
さもありなん。
攻める側の四人はカエルと魔王を除いて協力関係ではなかった。
どころか互いが互いの敵でもあった。
潰し合ったのだ、守る側に攻め込みつつもこの四人は。
「貴様か、勇者っ! 貴様が、貴様がロザリーをっ!!」
ピサロからすればユーリルは勇者――ロザリーを殺した人間どもの守護者にして象徴だ。
真っ先に始末してやらなければ気が済まなかった。
彼に殺された直後からオディオに呼び出されたこともあり、ピサロがユーリルを殺さんとする理由は一切なかった。
その勇者が他ならぬ人間を目の敵にして殺そうとしていることを疑問に思うだけの冷静さは残っていなかった。
「うるさい、うるさい、うるさい! 僕を勇者と呼ぶなっ!
消えろ、消えろ、魔王! 殺させろ、アナスタシアを殺させろおおおッ!!」
ユーリルからしてもピサロは憎むべき相手だった。
アナスタシアがユーリルの幸せな幻想を完膚なきまでに砕いた下手人なら、ピサロはユーリルの現実的な不幸の直接の元凶なのだ。
エビルプリーストに謀られたからという事実は言い訳にはならない。
人間を根絶やしにせんとした魔王にして、予言に詠われた地獄の帝王を継ぐもの。
勇者の対存在。こいつさえいなければユーリルは勇者としてではなくユーリルとして生きられたのに。
その魔王があろうことか邪魔をする。アナスタシアを、英雄を殺すことの邪魔をする。
ピサロにはそのつもりがなくともユーリルにはまるでアナスタシアが、シンシアが、世界そのものが。
勇者たれと、呪詛を吐き強いているようにしか思えなかった。
「チッ、正真正銘勇者の剣か。バリアが剥がされるとは」
冷静さを保っていたカエルと魔王は最初こそは上手く立ち回れていた。
ユーリルがアナスタシアのことしか目に入っていなかったこと。
ピサロが人間の姿ではないカエルと耳の形がエルフにも見えなくもない魔王を後回しにしたこと。
二つの幸運が重なって当初危険人物から狙われることのなかった二人は攻撃側に加勢した。
正しくは便乗した。
他の参加者を減らしてくれる殺し合いにのった人物と現時点で敵対するメリットはない。
逆に優勝への大きな壁となり得る大集団をここで潰しておくことは非情に有益なものだと踏んでのことだった。
しかしながら話はそう上手くはいってくれなかった。
豪雨を味方につけ蛙の本領発揮とばかりに獅子奮迅の活躍をするカエルに負けじと魔王もまた豪雨を利用することを考えた。
それがいけなかった。
よりにもよって魔王が選んだのはサンダガの呪文。
魔王にとっては単に雨に濡れた相手になら常日頃以上に雷呪文が効果を発揮するだろうと思っての選択で他意はなかった。
実際ピサロやユーリルの雷は上昇した通電効果もあって猛威を振るっていた。
しかし、ユーリルからすれば話は別だ。
よりにもよってよく聞けば『魔王』と呼ばれる男が『友達』が使っていたのと同系統の『雷』呪文をこともなげに扱ったのだ。
アナスタシアには遥かに劣れど、ユーリルの殺意を買うには十分過ぎて、
「これが、勇者だと? こんな、こんな殺意に凝り固まったものが! 認めん、俺は認めん!」
そのユーリルの姿もまたカエルの怒りを買うには十二分だった。
593
:
届け、いつか
◆iDqvc5TpTI
:2010/05/28(金) 05:34:51 ID:seA8qMPg0
混戦だった。
守る側が防御に集中している中で殺す側は守る側と殺す側両方を敵に回して疲労していった。
それが守る側の思惑であるとも知らずに。
「すごいや。おじさんの目論見通り大分ピサロだっけ、銀髪の動きが鈍ってきたよ。
これならあいつを抜けて後ろの方で倒れているロザリーって人を起こしにいけるようになるのも時間の問題かな」
「ユーリルの方もじゃな。スリープいつでもいけるぞい?」
端からブラッド達は守り一徹の持久戦狙いであり、ユーリルとピサロを殺す気はなかった。
マリアベルの仲間の知り合いだと知ったブラッドが指示したのだ。
ピサロの誤解もいささか仕方がない状況だったことと。
アナスタシアが殺し合いに載っていたこともあり彼女を襲っていたからといってユーリルが悪だとは限らないこと。
甘いと抗議していたイスラもこの二つの理由と他大多数の賛成意見に渋々承知し作戦は決行された。
内容は以下の通りだ。
ピサロとユーリルを疲弊させきった後にマリアベルのスリープで眠らせ、残る二人を四人がかりで数の利で押し切る。
以上一文それだけだ。
いささかシンプルではあるが状況を鑑みるにベストなものではあった。
ピサロとユーリルは見るからに万全とは程遠い状態だった。
そんな身体で後先も考えずにあのペースで感情のままに暴れまわれば遠くないうちに倒れるだろう。
加えてこの豪雨。
生物が動くのに嫌でも必要な熱を奪う水に打たれっぱなしの状態では息切れするまでの時間も加速度的に早くなる。
そう推測した上でのブラッドの作戦は前述の潰しあいもあって大成功だった。
「時が来たら機を逃すな! アキラ、引き続きかく乱と回復を頼むッ!」
「任せな! あと一息ッ!」
そう、後一息。
傍目にはピサロとユーリルは限界まであと一息に思えた。
その一息が限りなく遠いものだったことを直後ブラッド達は思い知ることとなる。
「そこまでだ、魔王! リルカとルッカの仇、取らせてもら……ストレイボウさん!?」
新たに戦場へと踏み入れた二人組の人間、そのうちの一人ストレイボウをきっかけとして。
▼
594
:
届け、いつか
◆iDqvc5TpTI
:2010/05/28(金) 05:35:23 ID:seA8qMPg0
座礁船への道すがらに戦場へと辿り着いた瞬間、ストレイボウはジョウイの静止も振り切り駆け出していた。
心配していた少女たちと言葉を届けたい友。
両方が一度に見つかり、しかも交戦しているとあればいてもたってはいられなかった。
だがその速度が現場に近づくにつれみるみると落ちていく。
ストレイボウは歩くことも忘れ、その衝撃的な光景に打たれるしかなかった。
降り止まぬ雷雨の中倒れ臥す一人の少女。
忘れるはずがない、ストレイボウに道を示してくれたあの心優しき少女だった。
そのすぐそばで戦いを繰り広げるカエルとマリアベル。
姿も形もないニノに女性のものだったと思われる誰とも判別できない無残な骸。
第二回放送で告げられたシュウとサンダウンの死。
それら断片が半日前の光景と重なりストレイボウの中で最悪の想像が鎌首をもたげる。
信じると決めた。
裏切らないと決めた。
けれど一度膨れ上がった疑念を抑えることはできなかった。
「カ、カエル、まさかお前がニノとロザリーを!?」
「ストレイボウ、俺は」
「あ……。お、俺は。すまない、すまないカエル!」
どこか悲しげなカエルの声に状況が状況とはいえ友を疑ってしまったことを恥じるがもう遅い。
その一言が転機となった。
なってしまった。
ぴたり、と。
それまでカエルのことなど気にもかけていなかったピサロが動きを止める。
「人間……今、貴様、誰の名前を呼んだ? そこのカエルがロザリーを殺しただと……?」
荒れ狂っていた寸前までとはうって変わって抑揚を感じられないその声がかえって恐ろしかった。
ぎぎぎぎぎ、と首を動かしたピサロの目がストレイボウのそれとかち合う。
煮えたぎる闇が凝り固まり形をなしたかのような瞳にに射られてストレイボウは立ち竦む。
カエル以上に今の彼は蛇に睨まれた蛙だった。
▼
595
:
届け、いつか
◆iDqvc5TpTI
:2010/05/28(金) 05:35:54 ID:seA8qMPg0
一度目は偽りだった。
二度目は自身だった。
三度目は親友だった。
そして、四度。
否、五度、男は魔王と対峙する。
「答えろ、人間。そこのカエルが私のロザリーを殺したのかと聞いているッ!」
ストレイボウは押し黙るしかなかった。
自身がその答えを知らなかったからでもあるがそれ以上にピサロの表情から声に至るまで全てに表出している殺気が彼に沈黙を強いさせた。
殺される。
下手なことを言えば殺される。
カエルが、カエルがこの男に殺されてしまう!
それは正しい判断だ。
ピサロは殺す。
何よりも優先してロザリーを害したものを殺す。
今この場に限ればロザリーは死んでもおらず、彼女を傷つけたのもユーリルであったがそんなことは関係ない。
既に一度、カエルはロザリーを死の淵まで追い詰めたのだ。
それだけでピサロがカエルを殺すに理由としてはお釣りがくるほどだった。
「だんまり、か。そうか、そうか貴様だったのか。爬虫類の分際が、私のロザリーをっ!」
ストレイボウの沈黙を肯定と取ったのだろう。
ピサロの中からはもはや勇者もロザリーの周りでたむろする人間も消えていた。
有り余る憎悪の全てをカエルと、彼を庇うかのように黙り通した人間へと向けていた。
「お、落ち着いてくれ。あんたが誰かは知らないがまだそうと決まったわけじゃ」
「……」
自分の失言のせいで友が危機に陥いることを防ごうとしどろもどろになりながらも何とか声を出すストレイボウ。
無意識にピサロへの恐怖から逃れようという意図もあったのだろう、必死に舌を動かす彼とは対照的にカエルは口を閉ざしたままだ。
誤解こそ含まれてはいるがカエルがロザリーを殺そうとしたのは事実。
堕ちたとはいえど誇り高い彼には言い訳をする気などさらさらない。
「いいんだ、ストレイボウ」
「お、俺はこんなつもりじゃっ」
「分かっている。これは俺の身から出た錆だ」
ストレイボウにかけられた声からはカエルが本心からそう思っているということが伝わってくる。
それが余計に辛かった。
何を、何をやっているんだ、俺は!?
本当に何をやっているのだろう。
ストレイボウが後悔に沈む暇すらピサロは与えてはくれないというのに。
「異言はないようだな――よく、分かった。死ね」
596
:
届け、いつか
◆iDqvc5TpTI
:2010/05/28(金) 05:36:26 ID:seA8qMPg0
ピサロの足元から幾条もの黒き魔腕が這い出でる。
瘴気を纏い、腐臭を漂わせ、悪鬼亡者がおぞましい雄叫びをあげる。
違う、あれは腕なんかじゃない。
ストレイボウは脳裏を侵した妄想から我に変える。
周囲の温度が上がっていた。
地獄の釜を思わせる金属臭が鼻腔をくすぐった。
なんだ、なんだこれは!?
答えはすぐに出た。
ビリビリと微弱な電流の先駆けを感じたのだ。
帯電していた。
ストレイボウだけではない。
カエルが。
ジョウイが、魔王が。
ピサロと彼らとの間に立ち塞がる壁たるユーリルが、アナスタシアが、ブラッドが、マリアベルが、イスラが。
電荷を帯びた空気の檻に閉じ込められ、その恐るべき光景を目に焼き付けられることとなった。
「ジゴ――」
魔界の王がもたらす熱量に耐え切れず、雨がことごとく蒸発し霧と化した。
次いで、その余りに激しすぎる魔力の流動に耐え切れないのか、大地が激しく鳴動した。
今やピサロの足元から立ち昇りきり、巨大な全長を誇示している黒き雷竜に怯えるかのように。
恐慌は伝染していく。
木々が黒一色に染まり崩れ去る。
集いの泉が干上がり湖底を晒す。
大気が揺らめき炎上し燃え上がる。
……早々雷どころではない。
地獄だ。
地獄そのものが現世へと顕現していた!
その地獄とは他の誰のものでもなくピサロのものだ。
愛する人を護れなかった後悔と、愛する人を奪われた怒りと、愛する人を奪った者達への憎しみと、
愛する人のいない世界で生きていかねばならぬ辛さと、愛する人のいない現実への嘆きが幾重にも幾重にも混ざり合った若き魔王の心象風景。
「――スパークッ!!」
その世界の君臨者、漆黒の雷竜が顎門を開く。
逆鱗に触れた者達に牙を穿ち立てる、それだけを王に誓い。
竜が蛇行を開始する。
一陣の矢となってカエルを、ストレイボウを、障害たる全ての敵を貫かんと。
虚無する激情が、解き放たれた。
「う、うわああああああああああああああああああああ!?」
夜の闇を更なる黒で汚しながら雷竜が迫る。
真っ直ぐ、真っ直ぐストレイボウとカエルの元へと向かって。
道中の雑物達を尾の一振るい、胴の一轢きで粉砕し文字通り雷そのものの鋭さをもって襲い来る。
ストレイボウは悲鳴を上げた。
彼自身が一流の魔法使いであるが故に分かってしまったジゴスパークの威力に。
あますことなく浴びせられたピサロからの憎悪の念に。
死ぬ、殺される、俺は、ここで!?
597
:
届け、いつか
◆iDqvc5TpTI
:2010/05/28(金) 05:36:56 ID:seA8qMPg0
この錯乱は彼が克服しきれていない心の弱さによるものだけではない。
霊魂として過ごした時間が彼から戦士としての心の持ちようを奪い去ってしまっていた。
考えてもみて欲しい。
ストレイボウは死後気も遠くなるような時間を過ごして来た。
その間彼の心を占めていたのは友を裏切ったことへの悔いと弱き自らへの嫌悪ばかり。
戦いのことなど考えたこともなかったのだ。
再び肉体を得て友をこの手で止められる日が来ることになるなど思いもしなかったのだから。
或いは、それもまた弱さか。
霊魂の身では何もできないと自ら動くことを捨てただただ後悔の泥沼に浸かることを選んだ報いか。
数えることなど叶わぬ時の流れはストレイボウのなけなしの強さを――死と隣り合わせである戦場に立つ強ささえ磨耗させてしまった。
新兵も同然なのだ、今のストレイボウは。
そのことに、生き返って以来今に至るまで一度もまともな戦闘をこなしてこなかった為気付けなかったのは何たる不幸か。
ストレイボウは考えられる限り最悪の形で気付かされることになった。
死した身で長きを過ごすうちに忘却してしまっていた死への恐怖と対面するという形で。
「ブ、ブラ、ブラックアビスゥウウウウ!」
「駄目だ、ストレイボウさん、それじゃ打ち消せない!」
なればこそのこの愚行。
カウンター前提の魔法をあろうことか迎撃に使ってしまうとは。
傍らのジョウイや雷竜の行軍に巻き込まれたマリアベル達のように自らの身を護ることを優先に魔法を盾にしておけばよかったものを。
そうすればダメージの軽減程度にはなったし、何よりも自らのちっぽけさを目の当たりにすることもなかったろうに。
一秒もかからなかった。
深淵の名を冠したストレイボウの全長ほどある――つまるところ雷竜の爪程度の大きさしかない三つの黒塊は。
ストレイボウが言うところの究極魔法は。
たかが深淵を覗いただけの存在が地獄を見てきた魔王に勝てるはずがないと言わんばかりに、あっけなく地獄の雷の前に消し飛んだ。
「――――――あ」
魔の王が怒りのままに際限なく魔力を込めて撃ち出した魔法がいかにして常人の魔法使いの手で破れようか?
古来より、魔王を倒せるのは勇者だけだと決まっている。
ストレイボウも嫌なほどそのことは知っているではないか。
「ひ、ひいいいいいいいいいいいっ!?」
この島にもう勇者はいない。
魔王に打ち勝てるものは一人が勇者であることを捨て、一人は魔王と手を組んだ。
ならば。
他に魔王に拮抗し得るものがいるとすれば、
「余計なことをしてくれたな、そこの人間……」
それは同じく魔王を名乗る者のだけだ。
「よせ、魔王。これは俺が撒いた種だ。手なら貸す、ストレイボウを責めるな」
「貴様の知り合いか? どうりで無様な姿がいつぞやの腰抜けに重なるわけだ。
フッ、思い出話は後回しにしておくか。手助けは不要だ。この程度、私ひとりでどうとにでもなる」
着弾間近の電撃を胡乱げに見つめ赤きマントを靡かせて魔王がカエルの前に出つつみっともなく腰を抜かした魔術師を嬲る。
しかしストレイボウには魔王が投げつけてくるどんな嘲りの言葉よりも。
「……お前がそういうのならそうなのだろうな」
カエルのその言葉が痛かった。
魔王のことを信用してはいなくとも信頼していることがありありと分かってしまったから。
「カエル……」
598
:
届け、いつか
◆iDqvc5TpTI
:2010/05/28(金) 05:38:19 ID:seA8qMPg0
縋るように発した声はカエルに届くことはなかった。
より強き力を持つ言葉に打ち消されて。
「地獄の雷よ。貴様も聞け、黒い風の泣く声を」
風が、吹いた。
魔王に向かって風が吹いた。
魔王の前後左右を護るように現れ回転し出した四つの魔力スフィア。
それらは万物を吹き飛ばすのではなく、巻き込むことで風を発生させていた。
ごうごう、豪豪、業業。
風は渦巻くたびに本来透明のはずのそれが黒と白に染められていく。
この地に漂う無念や絶望を、希望や祈りすらも次々と己が糧として飲み込んで、空間ごと大気中のマナを食らっているのだ。
世界に満ちたマナは魔王へと供物として捧げられ、大気が枯れ果て凍りつく。
絶対零度の風が吹き荒れるその世界はコキュートスのよう。
しかれば世界が凍結するのも道理。
「ダーク――」
風が、死んだ。
耳をつんざく悲痛な嘶きを最後に風が消失した。
風だけではない。色が、音が、匂いが消失した。
魔法陣が。
生命の力を奪い尽くした魔力スフィアが転じた魔方陣だけが。
地獄の浸食を妨げるかのように天と地に刻まれた白と黒の三角形の魔方陣だけが。
静止した灰色の世界を彩る結二つの色だった。
ジゴスパークがそうであったように。
全てが失われた寂しき世界こそが魔王の瞳に映る現世なのかもしれない。
「――マター」
現世を擬似的な冥界と化す禁術を完成させる呪文が響いた。
▼
そこから先はアポカリプスの再現だった。
虚空にて、地獄と冥界が衝突する。
互いが互いに法則を上塗りしあい世界を書き換えていく侵し合い。
触れ合うたびに否定しあう存在の拒絶。
雷竜がのたうつ。全身をくねらせ、尾を振るい、爪牙を突き立て冥府の檻を震撼させる。
魔法陣が重なる。欠けた半身を補い六芒星に戻らんとして天地に横たわる雷を邪魔するなと圧壊していく。
見る間に地獄が罅割れ、冥界が砕かれ、竜が解け、魔法陣が崩れゆく。
時として数えるなら一秒にも満たない時間。
咲き誇った火花の数は計測不能。
世界が崩壊しているのだと言われたのなら誰もが間違いなく信じてしまうその光景は。
完膚なきまでに相殺しあった結果、始まりとは逆に、ひどく唐突に、何の予兆もなく、おぞましいほど静かに終焉を迎えた。
「……終わった、のか?」
誰かがようやっと呟いたのは雨が転じた霧が晴れた後だった
599
:
届け、いつか
◆iDqvc5TpTI
:2010/05/28(金) 05:38:49 ID:seA8qMPg0
▼
軋む身体を起こしつつ、ブラッドは作戦の失敗を悟った。
作戦自体に穴があったわけではない。
ただ一つ、見落としていたことがあっただけだ。
「時に魂は肉体を凌駕するものだったな」
どれだけ体力が尽きようとも。
どれだけ血肉が削がれようとも。
人は意志の力一つで立ち上がり、突き進むことができる。
「今のおぬしがいい例じゃの。全く無茶をしおってからに。
ちょっとは夜のノーブルブラッドの強大さを信頼して欲しいものじゃの」
「済まなかったな。イスラ、鯛焼きセットの残りは?」
「さっきまでの持久戦で殆ど食べきってたからね。はい、ド根性焼き。これで最後だよ」
グレートブースターを自分ではなくアナスタシアに施し護ったマリアベルを、更に身を呈して庇ったブラッドは全身の火傷を一層悪化させていた。
ドラゴンクローでガードした顔を除き、皮膚もかなり深い部分まで炭化しておりド根性焼きでさえ回復が追いつかない。
直接狙われたのではなく巻き込まれただけでこの被害とは。
笑えない話だった。
が、納得できはした。
強気意志の力は破壊に転じることもできるのだ。
それがフォースとは真逆の暗き情念の力であるなら尚更に。
「アナスタシア、お主は誰よりもその恐ろしさを知っていよう」
「……炎の災厄は何度アガートラームで引き裂いても滅びなかったわ」
軽傷のマリアベルも立ち上がりながらアナスタシアへと問いかける。
「気付いておるか? 今のおぬしからは僅かにじゃがそのロードブレイザーと同じ匂いがしているということに」
「……」
ブラッドの作戦にイスラが難色を示したおりの説得でマリアベルはアナスタシアが殺し合いにのらんとしていたことを知った。
不思議と驚きはなかった。
そうと分かればアナスタシアにアーガートラームを渡すことを躊躇したことにも納得できる。
親友の生への渇望の強さは誰よりも理解しているし、生贄として捧げられた少女が今度は自分の為に生きようとしたことも想像がついた。
納得はできる。
理解もしている。
想像もつく。
よってマリアベルがアナスタシアへと抱いた感情は怒りではなく寂しさで、いやそれはやはり怒りだった。
何故自分達を信じてくれなかったのだと。
人殺しなどという普通でない道を選ばなくとも、ARMSならオディオを倒し、アナスタシアの命も救ってくれると信じて欲しかった。
600
:
届け、いつか
◆iDqvc5TpTI
:2010/05/28(金) 05:39:20 ID:seA8qMPg0
夢想だ。
現にマリアベル達は未だ魔王を倒せず、かけがえのない仲間であるリルカにカノン、この地で出会ったシュウ達や見知らぬ誰かも救えなかった。
そもそもアナスタシアは名簿を燃やしてしまっていたという。
マリアベル達の存在を知らないのなら希望を抱きようがない。
それでも。
マリアベルはアナスタシアに名前を呼んでいて欲しかった。
助けてと言って欲しかった。
その一声があろうものならゴーレムのようにどこにいようと飛んで行ったのに。
それもまた戯言だった。
結局は焔の災厄との戦いでも、彼女が『アナスタシアのいる世界』へと跳ばされた後も、マリアベルは助けることができなかった。
「……欲望は、綺麗なものも、汚いものも、ある、わ」
アナスタシアは他人を利用はしても信じることができなくなっていた。
己だけを信じて誰かに助けを求めることを忘れていた。
無駄だと、焔の七日間で諦めてしまったから。
誰もアナスタシアを助けられなかった。
星の数程人はいるのに誰ひとりとしてアナスタシアを助けられなかった。
どころか大半が弱さを理由に助けに来ようともしなかった。
少女一人に全てを背負わせ、災厄が去った後には悲しむでもなく笑っていた。
『アナスタシアのいる世界』からそんな平和になった世界を覗いた時、アナスタシアはきっと大事な何かを失ってしまったのだ。
そんな少女がただ一人心の中で助けを期待した彼女と同じ『生贄』の少年は、
「あ……ぐ、あ、アナスタシアァァァ……死ねええっ!!」
アナスタシアが原因で壊れた。
アナスタシアよりもよっぽどロードブレイザーに近いものになり果てた。
怒り、苦しみ、憎しみ、悲しみ、呪い。
それら負の念に身も心も満たし尽くした殺戮者に。
ただロードブレイザーと決定的に違う点が一点あった。
悪意が欠けていた。
「なんだよ、まるでこっちが悪いみてえじゃねえか! 戦いづれえ!」
ユーリルに拳を打ち込む度にやるせなさが積もっていく。
読むまでもなくアキラに流れ込んでくるユーリルの心は怒りや苦しみや憎しみや悲しみや敵意や殺意で溢れてはいれども。
悪意は、悪意だけはなかった。
人をして邪悪と決定づける最大の要因が。
大小の差はあれどルカ・ブライトやクルセイダーズが纏って止まなかったものが一片足りとも存在していなかったのだ。
其は正しき嘆き。
其は正しき怒り。
其は正しき憎悪。
其は正しき呪い。
負の念自体は人間ならば誰でも持っている。
むしろ人が持つ当然の感情だ。抱いてしかるべき権利がある想いだ。
自分や松、死んでしまったレイやサンダウン、日勝を動かす想いでもあった。
「うわああああああああああああああああああああっ!!」
601
:
届け、いつか
◆iDqvc5TpTI
:2010/05/28(金) 05:39:50 ID:seA8qMPg0
なればこそユーリルと剣を合わせた誰もが抱くのは悪への怒りではない。
共感だ。
マリアベルは孤独を。
ブラッドは友を護れなかった後悔を。
イスラは世界と自らへの呪詛を。
ユーリルという鏡に見た。
これもまた道理だ。
この世に負の感情を抱いたことのない人間などいはしない。
どのような聖人君子といえど誰かに、何かに怒りや憎しみを抱いたことはある。
だからこそ糾弾の矛先は迫り来る驚異にではなく護るべき者へと向けられる。
「もう一度問うぞ、アナスタシアよ。おぬしあやつに何をした?」
「僕からも聞くよ、アナスタシア。君は彼に何を言ったんだい?」
「……」
相変わらず返事はなかったがイスラには大体の予想がついていた。
大方自分の時のようにアナスタシアが目の前の少年へと言葉によって斬りつけたのだと。
イスラにとっては一種の信仰でもあり生きる意味でもありイスラそのものでもある死への願望を否定した時のように。
ユーリルの基盤となっていた何か彼にとっては命以上に大切なものへとアナスタシアは罅を入れてしまったのだと。
イスラは心を保つことができた。
不安定ながらも致命傷にならずには済んだ。
それは仲間がいたからだ。
素直には認めたくないことだが自分にはできない生き方をするヘクトルという人間に惹かれ、
アナスタシアに否定された今までの生き方以外に眼を向けるのも悪くはないと心のどこかで思うようになったからだ。
ならばユーリルは?
いなかったのだろう、きっと。
でなければ失ってしまったのだろう。
支えてくれる誰かを、導いてくれる誰かを。
それはもしかしたら彼自身が叩き殺したあの少女だったのかもしれない。
彼がその凶行に至ったのもまた……。
「僕はやっぱり君のことが大嫌いだ、アナスタシア」
「…………」
「いっそアキラに心をよんでもらおっか?」
「あんまし気はすすまねえけどな。それに今はそれどころじゃねえだろ」
痺れの残る手足でセルフヒールとヒールタッチによる自他の回復に専念していたアキラが注意を促す。
そうだ、今はそれどころではない。
驚異は何一つ去ってはおらず、持久戦を放棄しなければならない分振り出し以下だ。
「そうじゃな、まずはストレイボウ達との合流を急ぐべき……なのじゃが大人しくはさせてくれぬか」
手始めとしてカエルを殺しに行こうとするピサロをメイルシュトロームで押し流し距離を取ろうとするも、マヒャドで凍らされ失敗に終わる。
ユーリルのことも含め誰かが足止めに残らなければ南下することは叶わない。
「じゃが下手に戦力を割こうものなら……」
「けどどっちにしろこのままじゃ押し切られちまう。何でもいい、ブリキ大王みてえな一発逆転できる何かがあれば!」
無いもの強請りだとは分かっていても愚痴を零さないではいられなかった。
ピサロや魔王が見せた大火力に抗うような決定打がここにいるメンバーにはない。
持久戦中に回収したシンシアの装備やデイパックにもリニアレールカノン並の武器はなかった。
602
:
届け、いつか
◆iDqvc5TpTI
:2010/05/28(金) 05:40:23 ID:seA8qMPg0
「魔王やピサロが連発してこないのを見るにおいそれと撃てないものであるとは信じたいがな」
我ながら慰めに過ぎないとは思う。
たとえ魔王が撃てなかったとしても彼らを倒せるとされる勇者が撃てないとは限らないのだ。
そうなれば迎撃手段のないブラッド達が被る被害は計り知れない。
たまたま別の敵が相殺してくれるなんて都合のいい話は何度も起こるはずがない。
力が足りない。
誰もが胸中でそう思い、
『力が……欲しいか?』
一人だけがその声を聞いた。
「ッ!?」
「人間そこをどけえええええッ!!」
「イスラ、ぼさっとしてんな!」
突如精神に響いたもう聞くはずのなかった声に動揺し動きを止めてしまったイスラにピサロの剣が突きつけられる。
間一髪アキラがアスリートイメージでピサロの方向感覚を乱し難無きを得たが、イスラはそれどころではなかった。
「キル、スレス?」
失われたはずの魔剣が、試しに呼んでみた時にはうんともすんとも反応がなかった魔剣が今更返事を寄こすとは想定外だった。
考えられる可能性とすれば魔剣は壊れてはおらず、イスラの方が死んだことで契約が解けてしまっていたということか。
それがこうして再び声が聞こえるということは。
魔剣はすぐそばにあるのだ。
足りない足りないと嘆くだけだった火力を補えるだけの力が、すぐ側に!
イスラの決断は早かった。
『力が……欲しいか?』
「ああ、欲しいね」
『適格者よ、力が欲しいのならば我を手にして継承せよ』
魔剣の副作用は身をもって体験していたが一度死んで契約がリセットされているなら剣の浸食もまた始めからのはずだ。
恐れることはない。
それよりも問題なのは魔剣が自身を手にしろと要求したことだ。
イスラの知る剣は契約していない適格者の元へと勝手に飛んでくることもできたはずだ。
これもオディオの仕業だろうか?
呼び寄せられないのなら地道に可能性を絞るしかなかった。
「アナスタシア、助かりたいのなら答えろ! 君は紅い剣を持っているか!?」
「ないわ、そんなもの。私の武器はこの鎌一つよ」
「やっぱそう上手くはいかないか」
「紅い剣じゃと? どういうことじゃ?」
マリアベルの疑問に矢継ぎ早にが要点だけを伝える。
紅の暴君、キルスレス。
それさえあればピサロや魔王に匹敵する力を振るえるようになると。
話を聞いたブラッドはすぐに戦力の二分を提案。
ブラッド達ではないとなると魔剣を持っているのはユーリル、カエル、魔王、ピサロ、ジョウイ、ストレイボウ達の誰かだ。
誰が持っているのかは分からない以上、総当たりで回収するしかない。
「戦力分担の話だがストレイボウ達の引き込みと魔剣の回収は俺とマリアベルで受け持とう」
「そうじゃの、カエルと魔王のコンビネーションはなっていないようでいてかなりのものじゃ。
そんじょそこらの即席コンビでは太刀打ちできぬじゃろう」
その点元の世界からの仲間であるブラッドとマリアベルなら引けはとらない。
悩むまでもなく最善の一手だ。
冷静さを失っているピサロ達に対し絡め手に長けたアキラが有用なのも疑うべくはない。
問題がないわけではないが。
「その間僕達二人でアナスタシアを護りつつ、あの二人を抑えろって?」
「すまぬの。合流次第すぐにわらわ達の代わりにストレイボウ達を向かわせるので辛抱してくれい」
言うまでもなく半減した戦力でアナスタシアを護りつつ耐えられるかということだ。
この作戦が自分のためであることは重々承知ではあるが、嫌いな女を護らされることもあってイスラは苦言を零さずにはいられなかった。
「いっそ二人とも放って行ってもいいんじゃないかな?
アナスタシアは殺し合いにのっているんだし、聞いた話じゃロザリーをピサロが害するとは思えないけど」
ぎろりとマリアベルに睨まれる。
マリアベルからしても殺し合いに乗った親友と気絶したままの新たな友人から離れるのは苦渋の判断なのだろう。
603
:
届け、いつか
◆iDqvc5TpTI
:2010/05/28(金) 05:40:53 ID:seA8qMPg0
「イスラ、しのごの言ってんじゃねー!
やるっつったらやるんだよ! これしかねえだろ!」
とはいえアキラが言うようにやるしかないのだ。
敵四人はどれも群を抜いた強敵で、ヘクトル達側の様子も分からない。
このままでは良くてじり貧だ。
「わかった、分かったよ。僕一人があーだこーだ言ってても仕方がないし。
でも言ったからには成功させてよね、お・じ・さ・ん」
だったら頑張ってもらうしかない。
「無論だ。戦場で交わした約束は何よりも重い」
ブラッドが力強く頷きマリアベルと共に背を向ける。
ピサロもユーリルも二人を追うそぶりを見せなかった。
ユーリルの狙いはアナスタシアであり追う必要はなく、ピサロからするとカエルを殺すべく突破すべき人間が減った程度の認識だ。
残されたイスラとアキラの負担が二倍になるのに対し、ユーリルとピサロの負担は二分の一だ。
二倍どころか一気に四倍状況が苦しくなったが泣き言を言っている暇さえ二人にはない。
「イスラ、背中は預けるぜ」
「残念ながら間にアナスタシアがいるけどね。背中からざっくりこようものなら覚悟しておくんだね」
「ええ、分かってるわ」
かくして戦いは新たな局面を迎える。
【C-7橋の近く 一日目 夜】
【ユーリル(DQ4男勇者)@ドラゴンクエストIV】
[状態]:疲労(極)、ダメージ(中)、精神疲労(極)、アナスタシアへの強い憎悪、押し寄せる深い悲しみ
[装備]:最強バンテージ@LIVEALIVE、天使の羽@FFVI、天空の剣(開放)@DQⅣ、湿った鯛焼き@LIVEALIVE
[道具]:基本支給品一式×2(ランタンは一つ)
[思考]
基本:アナスタシアが憎い
1:アナスタシアを殺す。邪魔する人(ピサロ、魔王は優先順位上)も殺す。
[備考]:
※自分とクロノの仲間、要注意人物、世界を把握。
※参戦時期は六章終了後、エンディングでマーニャと別れ一人村に帰ろうとしていたところです。
※オディオは何らかの時を超える力を持っている。
その力と世界樹の葉を組み合わせての死者蘇生が可能。
以上二つを考えました。
※アナスタシアへの憎悪をきっかけにちょことの戦闘、会話で抑えていた感情や人間らしさが止めどなく溢れています。
制御する術を忘れて久しい感情に飲み込まれ引っ張りまわされています。
※ルーラは一度行った施設へのみ跳ぶことができます。
ただし制限で瞬間移動というわけでなくいくらか到着までに時間がかかります。
【ピサロ@ドラゴンクエストIV 】
[状態]:ダメージ(中)、激怒
疲労(極)、人間に対する憎悪、自身に対する苛立ち
[装備]:ヨシユキ@LIVE A LIVE、ヴァイオレイター@WILD ARMS 2nd IGNITION
[道具]:基本支給品一式、データタブレット@WILD ARMS 2nd IGNITION
[思考]
基本:優勝し、魔王オディオと接触する。
1:ロザリーを殺したカエルを殺す
2:目の前にいる人間を殺す。
3:皆殺し(特に人間を優先的に)
[備考]:
※参戦時期は5章最終決戦直後
※ロザリーが死んだと思ってます。
604
:
届け、いつか
◆iDqvc5TpTI
:2010/05/28(金) 05:41:26 ID:seA8qMPg0
【アナスタシア・ルン・ヴァレリア@WILD ARMS 2nd IGNITION】
[状態]:疲労(大)
[装備]:絶望の鎌@クロノ・トリガー、賢者の石@ドラゴンクエストⅣ
[道具]:不明支給品0〜1個(負けない、生き残るのに適したもの)、基本支給品一式
[思考]
基本:生きたい。そのうち殺し合いに乗るつもり。ちょこを『力』として利用する。
1:あらゆる手段を使って今の状況から生き残る。
2:施設を見て回る。
3:ちょこにまた会って守ってもらいたい。
[備考]
※参戦時期はED後です。
※名簿を未確認なまま解読不能までに燃やしました。
※ちょこの支給品と自分の支給品から、『負けない、生き残るのに適したもの』を選別しました。
例えば、防具、回復アイテム、逃走手段などです。
尚、黄色いリボンについては水着セットが一緒に入っていたため、ただのリボンだと誤解していました。
※アシュレーも参加してるのではないかと疑っています。
【アキラ@LIVE A LIVE】
[状態]:テレポートによる精神力消費、疲労(中)、ダメージ(中)。
[装備]:パワーマフラー@クロノトリガー、激怒の腕輪@クロノ・トリガー、デーモンスピア@DQ4
[道具]:清酒・龍殺し@サモンナイト3の空き瓶、ドッペル君@クロノトリガー、基本支給品一式×3
[思考]
基本:オディオを倒して殺し合いを止める。
1:ピサロとユーリルが魔剣を持っているか確認。あれば奪う、なければ援軍や魔剣が来るまで抑える
2:無法松との合流。
3:レイ・クウゴ、アイシャ・ベルナデット(カノン)、ミネアの仇を取る。
4:どうにかして首輪を解除する。
[備考]
※参戦時期は最終編(心のダンジョン攻略済み、魔王山に挑む前、オディオとの面識は無し)からです
※テレポートの使用も最後の手段として考えています
※超能力の制限に気付きました。
※ストレイボウの顔を見知っています
※カノンの名をアイシャ・ベルナデット、リンの名をリンディスだと思っています。
※名簿の内容に疑問を持っています。
【ロザリー@ドラゴンクエストⅣ 導かれし者たち】
[状態]:疲労(中)衣服に穴と血の跡アリ、気分が悪い (若干持ち直した) 、気絶
[装備]:クレストグラフ(ニノと合わせて5枚。おまかせ)@WA2
[道具]:双眼鏡@現実、基本支給品一式
[思考]
基本:殺し合いを止める。
0:気絶
1:ピサロ様を捜す。
2:ユーリルに心を何度でも伝えて真に手を取り合う。
3:サンダウンさん、ニノ、シュウ、マリアベルの仲間を捜す。
4:あれは、一体……
[備考]
※参戦時期は6章終了時(エンディング後)です。
※一度死んでいる為、本来なら感じ取れない筈の『何処か』を感知しました。
※ロザリーの声がどの辺りまで響くのかは不明。
また、イムル村のように特定の地点でないと聞こえない可能性もあります。
※冒頭は感応石やテレパスタワーとロザリーの力の混戦の結果偶然一瞬だけ起きた出来事です。
情報は何も得てません。
【イスラ・レヴィノス@サモンナイト3 】
[状態]:ダメージ(大)、疲労(中)
[装備]:魔界の剣@ドラゴンクエストⅣ 導かれし者たち、ミラクルシューズ@FFIV
[道具]:不明支給品0〜1個(本人確認済み)、基本支給品一式×2
ドーリーショット@アークザラッドⅡ、ビジュの首輪、
[思考]
基本:感情が整理できない。自分と大きく異なる存在であるヘクトルと行動し、自分の感情の正体を探る。
1:ピサロとユーリルが魔剣を持っているか確認。あれば奪う、なければ援軍や魔剣が来るまで抑える
2:次にセッツァーに出会ったときは警戒。
[備考]:
※高原、クロノ、マッシュ、ユーリル、ヘクトル、ブラッドの仲間と要注意人物を把握済み。
※参戦時期は16話死亡直後。そのため、病魔の呪いから解かれています。
605
:
届け、いつか
◆iDqvc5TpTI
:2010/05/28(金) 05:41:58 ID:seA8qMPg0
▼
敵の大魔法を防ぎきったことを確認して魔王は大きく息を吐く。
口には決して出さないが整った顔には疲労の色が濃く浮かんでいた。
「魔王、調子は?」
「問題ない。今の一合で分かった。魔力と魔法の扱い自体はかの魔王よりこの魔王の方が上だ。
先刻のは怒りのままに半ば暴発状態で撃ったからこそのあの威力。
狙ってやれるものではないだろうし何よりもうそれだけの魔力も残ってはいまい」
転じてそれは魔王の方にももう一度ダークマターを撃てるだけの魔力が残っていないということだ。
暗に示された事実をカエルは正しく受け取り北方へと向き直る。
夜はせっかく取り戻した静寂を再び剥奪され、光と喧騒に彩られていた。
「モチベーションの違いか、厄介だな」
「他人事か? 俺もお前も譲れない理由があるのは同じだ。奴らに劣りはしない」
「お前に言われるまでもないさ。俺は勝つ、勝たねばならないんだ」
「それでいい。足を引っ張ってもらっては困るからな。……さて」
カエルと対等に合わせていた視線を逸らし、魔王は尻餅をついたままのストレイボウを睥睨しつつ近づいてくる。
ストレイボウのせいで余計な魔力を使わされたことを魔王は許しはしない。
後ずさりするストレイボウは明らかに身体が震えていた。
「て、てめえか。てめ、えが、てめえがカエルを惑わしたのか」
「そう思うか? カエルが、この男が他人の意思に流されるよな男だと?
思うなら思うで構わん。どうせ貴様はここで死ぬのだ」
ストレイボウ自身も支離滅裂なことを言っていることは承知していた。
カエルが去った時も、マリアベル達を彼が襲っていた時も、そこに魔王の影はちらついてはいなかった。
ただストレイボウがいて、ただカエルがいただけだった。
カエルが殺し合いにのったのはカエルが自分で選んだ道だというのは誤解しようがない。
それを認めたがらず他人のせいにしてしまいたかったのはストレイボウの我侭だった。
或いは嫉妬だったのかもしれない。
気を許しあってるとは到底思えず、嫌悪しあっている魔王とカエルだが、互いに強く認め合っているふちがあることへの。
魔王とカエルの間にしかとある宿敵という名の繋がり。
にわかな自分との友情がその前には色あせるように感じてしまってストレイボウは口を閉ざしてしまいかける。
言葉を、言葉を届けなければいけないのに。
一段一段積み上げてカエルの、オルステッドの心へと届けようと決意したのに。
駄目だ、ここで黙っては俺は一生カエルに謝れなくなる!
「カ、カエル。お、お前は俺の友で、俺はお前に謝らなければならなくて、お前のことを止めたくて」
ガチガチと歯がかちあって想いが言葉になるのを妨げる。
一歩一歩近づいてくる魔王の恐怖に言いたいこともまとまらない。
まとまらないまでも、言葉にならないまでも、必死にストレイボウは声を出し続けた。
「ストレイボウ。俺はもう戻れない。俺はこの手でルッカを、仲間を殺した」
「だ、だがそれも、それも、元はといえば、元はと、言え、ば」
魔王がストレイボウの元に辿り着く。
「元は、元はと言えば」
606
:
届け、いつか
◆iDqvc5TpTI
:2010/05/28(金) 05:42:32 ID:seA8qMPg0
言葉は、止まった。
死ねば後はないというのに、ことここに来てさえオディオとの関係を明かすことがストレイボウにはできなかった。
息の根も、止まる。
無慈悲に振り下ろされたランドルフは貧弱な術師くらい難なく砕く。
魔鍵も、止まった。
間に割って入った回転する刃に弾かれ軌道を逸らした。
「随分と頼りになる仲間を連れてきたではないか、ジョウイ・アドレイ。
そいつにリルカ・エレニアックやルッカ・アシュティアの代わりが勤まるとは思えんがな。
あいつらなら今しがた見せたダークマターをも上回る魔法を撃てたものを」
「代わりなんかいない。人間に代わりなんかいない! ストレイボウさんは僕の仲間だ。
魔王、リルカとルッカの仇、ここで討たせてもらうぞ!」
仲間、仲間か。
どの口が言ったものかとジョウイは自嘲する。
彼は裏切る気満々なのだ。
今だって直前まで上手くことを煽り魔王とピサロの潰し合いを引き起こせるかを考察していた。
割り込んでしまったのは口にしたようにリルカやルッカの敵討ちという面もあったが、
カエルとストレイボウの様子にかっての自分とリオウを重ねてしまったからもあっただ
ろう。
やってしまったからには仕方がない。
それに何の考えもなく魔王達に敵対する道を選んだわけでもない。
「できるかな、二度も私の前から尻尾を巻いて逃げた貴様に」
「できるさ、今の僕になら、僕達になら! 紋章よ……」
「ぬうっ!?」
真の紋章の片割れが光を放つ。
輝きを得たのはジョウイの『左』手の甲。
友より託された輝く盾の紋章が空に印を結び聖光にて魔王を射抜く。
魔王は平然と光を打ち払った。
「何をするかと思えばこの程度!」
派手さの割には与えられた傷は軽微で。
それだけ見れば笑われるのも無理はない。
だというのにジョウイもまた口に笑みを浮かべていた。
「この程度だ、魔王」
「違う、魔王、後ろだ!」
カエルが一足先に意味に気づき魔王に警告を促すが僅かに遅い。
魔王が振り向いた時彼の視界を埋め尽くしたのは緑の竜の爪だった。
「ふんッ!!」
「ぐぬっ!? ブラッド・エヴァンスか。なるほど、そういうことか」
魔王が苦々しげに舌を打つ。
ブラッドに邪魔されたからではない。
その身に魔王達が刻んだ傷の数々が碧の光に触れた途端にいくらかマシになるところを目にしたからだ。
しかもよく見れば癒しがブラッドの仲間全員に及んでいた。
607
:
届け、いつか
◆iDqvc5TpTI
:2010/05/28(金) 05:43:04 ID:seA8qMPg0
「お前が魔王達の気を惹いてくれたおかげで助かった。名前を聞かせてくれないか?」
「僕はジョウイ・アドレイと言います」
「わらわはマリアベル、そっちの男はブラッドじゃ。ところでお主、リルカのことを知っておるようじゃが?」
「リルカは、僕を逃がして魔王に……」
「そうか。ジョウイ、」
責められるかとジョウイは覚悟した。
マリアベルとブラッド、どちらもジョウイを逃がすために死んだ少女のから聞いていた彼女の大切な仲間だったから。
けれど違った。ジョウイにかけられたのは予想もしていない言葉で。
「礼を言う」
「感謝する」
でも伝わった、
「仲間と共に戦ってくれたことに」
「友の死を憤ってくれたことに」
マリアベルとブラッドがどれだけリルカを想っていたのかは。
彼らの瞳には様々な感情が浮かんでいたが、ジョウイへの言葉には紛れもない感謝の気持ちが込められていた。
そして意味は違えど感謝の言葉はストレイボウにも向けられる。
「ストレイボウ、わららはおぬしにも礼を言おう」
ストレイボウは訳が分からなかった。
礼を言わなければいけないのは自分の方ではないか。
醜態を見せ殺されかけた自分をジョウイ、マリアベル、ブラッドが助けてくれた。
誰かを助けないといけない自分が、誰かを守って戦わないといけない自分が。
いざとなると助けられてばかりだった。
無力感に押しつぶされそうになるストレイボウをそれは違うとマリアベルは否定する。
「おぬしはわらわを助けてくれたわ。
実はの、わらわも今おぬしと同じで友と喧嘩……、そうじゃの、ちょうどいい表現じゃ、喧嘩してての。
ろくに口もきいておらんのだ」
ストレイボウの困惑は深まりっぱなしだった。
マリアベルも自分と似た悩みを抱えているということまではいい。
それと助けてくれたという言葉が繋がらない。
ロザリーがそうしてくれたようにアドバイスの一つ、していないではないか。
目でそう訴えるもマリアベルはよく聞けと語りかけを続けるばかり。
「せっかく数百年ぶりに再会できたのにの。親友が少し変わってしまっていたからといってわらわは拗ねておった。
口を開けば責めるようなことばかり言ってしまったのじゃ」
そこで一度言葉をきり、マリアベルはストレイボウへと笑を浮かべる。
「それがなんとも馬鹿らしく思えた。人間であるおぬしがこれだけ頑張っているのを見るとの。
わらわもおぬしのようにするべきじゃった。相手に言葉を、心を届けようとするべきじゃった」
それが、理由。
マリアベルがストレイボウに礼を言ったわけ。
何も人に道を示すのは言葉だけではない。
行動もまた人を導く。
「だ、だが、俺はそんな大層なものじゃない。まだちっとも届けられていない。隠していることだって、ある」
「それでも、じゃ。おぬしはちゃんとつたなくとも言葉を重ねていたではないか。
わらわはまだ最初の一言も踏み出しておらんのに」
まったく、目を逸らされようと、あの時、胸の熱さを言葉にしておくべきじゃった。
悔いる少女はされど後悔に囚われてはいなかった。
笑にはまじりっけの一つもなかった。
眩しかった。
608
:
届け、いつか
◆iDqvc5TpTI
:2010/05/28(金) 05:43:36 ID:seA8qMPg0
「おぬしのおかげでそのことに気付けた。わらわもおぬしをならって伝えようと思う。
アナスタシアにわらわの心を何度も何度も何度もじゃ」
この笑みは親友との仲直りが叶うことへの希望であると同時に、ストレイボウへの感謝のためだけに浮かべられたものなのだと。
ストレイボウは唐突に理解した。
『義務』でもなく『贖罪』でもなく偶然に得られた結果だけれど。
すっとストレイボウは心と背が、僅かながらも軽くなったように思えて。
「それとその言葉をそなたに教えたロザリーじゃが、無事じゃ。大した怪我もせず生きておるわ。
ピサロの奴があやつの身体に攻撃が当たらぬようしていたおかげでさっきの召雷呪文にも巻き込まれておらぬ」
「ロザリーが……? ああ……、良かった……」
また少し、何かが軽くなった気がした。
自分が助けたわけでも護ったわけでもないけれど良かったと心の底からストレイボウは安堵した。
「のう、ストレイボウ。ロザリーはこうも言ったそうじゃな。
わらわ達は仲間だと。その通りじゃ、な?」
マリアベルが尻餅をついて後ずさる態勢のままのストレイボウに手をさしのべる。
ストレイボウは逡巡することなくその手を掴んだ。
また助けられたと、自分が助けなければいけないのにという念は、一時的にかもしれないが沸き上がってくることはなかった。
ストレイボウは立ち上がる。
彼を支えてくれる仲間を受け入れることによって。
それが贖罪の先に届く第一歩になるのかは今はまだ分からない。
【マリアベル・アーミティッジ@WILD ARMS 2nd IGNITION】
[状態]:疲労(中)、ダメージ(中)、ソウルセイバー@FFIV
[装備]:44マグナム&弾薬(残段数不明)@LIVE A LIVE、アリシアのナイフ@LIVE A LIV
[道具]:ゲートホルダー@クロノトリガー、いかりのリング@FFⅥ、基本支給品一式 、マタンゴ@LAL、アガートラーム@WA2
[思考]
基本:人間の可能性を信じ、魔王を倒す。
1:魔剣の持ち主を確認。あれば手に入れる。なくともジョウイやストレイボウにはアキラたちの援軍に向かってもらいたい
2:付近の探索を行い、情報を集めつつ、 元ARMSメンバー、シュウ達の仲間達と合流。
3:首輪の解除。
4:ゲートホルダーを調べたり、アカ&アオも探したい。
5:アガートラームが本物だった場合、然るべき人物に渡す。 アナスタシアに渡したいが……?
[備考]:
※参戦時期はクリア後。
※アナスタシアのことは未だ話していません。生き返ったのではと思い至りました。
※レッドパワーはすべて習得しています。
※ゲートの行き先の法則は不明です。 完全ランダムか、ループ型なのかも不明。
原作の通り、四人以上の人間がゲートを通ろうとすると、歪みが発生します。
時の最果ての変わりに、ロザリーの感じた何処かへ飛ばされるかもしれません。
また、ゲートは何度か使いましたが、現状では問題はありません。
※『何処か』は心のダンジョンを想定しています。 現在までの死者の思念がその場所の存在しています。
(ルクレチアの民がどうなっているかは後続の書き手氏にお任せします)
609
:
届け、いつか
◆iDqvc5TpTI
:2010/05/28(金) 05:44:14 ID:seA8qMPg0
【ブラッド・エヴァンス@WILD ARMS 2nd IGNITION】
[状態]:全身黒焦げ、ダメージ(極)、疲労(大)、額と右腕から出血。
[装備]:ドラゴンクロー@ファイナルファンタジーVI 、昭和ヒヨコッコ砲@LIVEALIVEが入ってます。
[道具]:リニアレールキャノン(BLT0/1)@WILD ARMS 2nd IGNITION
不明支給品0〜1個、基本支給品一式、
[思考]
基本:オディオを倒すという目的のために人々がまとまるよう、『勇気』を引き出す為の導として戦い抜く。
1:魔剣の持ち主を確認。あれば手に入れる。なくともジョウイやストレイボウにはアキラたちの援軍に向かってもらいたい
2:自分の仲間とヘクトルの仲間をはじめとして、仲間を集める。
3:セッツァーとマッシュの情報に疑問。以後セッツァーとマッシュは警戒。
4:ちょこ(名前は知らない)は警戒。
[備考]
※参戦時期はクリア後。
【カエル@クロノ・トリガー】
[状態]:左上腕脱臼&『覚悟の証』である刺傷。 ダメージ(中)、疲労(大)
[装備]:にじ@クロノトリガー
[道具]:基本支給品一式
[思考]
基本:ガルディア王国の消滅を回避するため、優勝を狙う。
1:出来る限り殺す。
2:魔王と共に全参加者の殺害。特に仲間優先。最後に魔王と決着をつける
3:できればストレイボウには彼の友を救って欲しい。
[備考]:
※参戦時期はクロノ復活直後(グランドリオン未解放)。
【魔王@クロノ・トリガー】
[状態]:ダメージ(中)、疲労(大)
[装備]:魔鍵ランドルフ@WILD ARMS 2nd IGNITION 、サラのお守り@クロノトリガー
[道具]:不明支給品0〜1個、基本支給品一式
[思考]
基本:優勝して、姉に会う。
1:出来る限り殺す
2:カエルと組んで全参加者の殺害。最後にカエルと決着をつける
[備考]
※参戦時期はクリア後です。ラヴォスに吸収された魔力をヘルガイザーやバリアチェンジが使える位には回復しています。
※ブラックホールがオディオに封じられていること、その理由の時のたまご理論を知りました。
※遺跡の下が危険だということに気付きました。
【E-8 一日目 午後】
【ストレイボウ@LIVE A LIVE】
[状態]:健康、疲労(中)、罪の意識が大きすぎて心身に負担
[装備]:なし
[道具]:ブライオン、勇者バッジ、記憶石@アークザラッドⅡ、基本支給品一式
[思考]
基本:魔王オディオを倒す
1:カエルの説得。
2:戦力を増強しつつ、ジョウイと共に北の座礁船へ。
3:ニノたちが心配。
4:勇者バッジとブライオンが“重い”。
5:少なくとも、今はまだオディオとの関係を打ち明ける勇気はない。
参戦時期:最終編
※アキラの名前と顔を知っています。 アキラ以外の最終編参加キャラも顔は知っています(名前は知りません)
※記憶石にルッカの知識と技術が刻まれました。目を閉じて願えば願った人に知識と技術が転写されます
※記憶石の説明書の裏側にはまだ何か書かれているかもしれません
610
:
届け、いつか
◆iDqvc5TpTI
:2010/05/28(金) 05:44:45 ID:seA8qMPg0
【ジョウイ・ブライト@幻想水滸伝Ⅱ】
[状態]:輝く盾の紋章が宿ったことで傷と疲労は完治
[装備]:キラーピアス@ドラゴンクエストIV 導かれし者たち
[道具]:回転のこぎり@ファイナルファンタジーVI、ランダム支給品0〜1個(確認済み)、基本支給品一式
[思考]
基本:更なる力を得て理想の国を作るため、他者を利用し同士討ちをさせ優勝を狙う。(突出した強者の打倒優先)
1:生き延びる。
2:ストレイボウと共に座礁船に行く。
3:利用できそうな仲間を集める。
4:仲間になってもらえずとも、あるいは、利用できそうにない相手からでも、情報は得たい。
5:僕の本当の願いは……。
[備考]:
※参戦時期は獣の紋章戦後、始まりの場所で2主人公を待っているときです。
※ルッカ、リルカと参加している同作品メンバーの情報を得ました。WA2側のことは詳しく聞きました。
※紋章無しの魔法等自分の常識外のことに警戒しています
※ピエロ(ケフカ)とピサロ、ルカ、魔王を特に警戒。
※制限の為か、二人が直接戦わなかったからか、輝く盾の紋章と黒き刃の紋章は始まりの紋章に戻っていません。
それぞれの力としては使用可能。また、紋章に命を削られることはなくなりました。
紋章部位 頭:バランス 右:刃 左:盾
611
:
届け、いつか
◆iDqvc5TpTI
:2010/05/28(金) 05:45:19 ID:seA8qMPg0
投下終了
612
:
届け、いつか
◆iDqvc5TpTI
:2010/05/28(金) 07:12:54 ID:seA8qMPg0
む、流石に寝ぼけていたか
本スレ投下時は状態表のミスは直しておきます
613
:
シャドウ、『夕陽』に立ち向かう
◆Rd1trDrhhU
:2010/06/27(日) 20:35:21 ID:wXm0mWa.0
少女の首を刈り取る。
その使命を帯びて放たれたのは、暗殺者シャドウの一撃。
細く白い首筋に向けて、アサッシンズが無遠慮に振り抜かれた。
「…………ッ?!」
しかし刃は標的を切り裂くこと敵わず、『ひゅぅん』と情けない風斬り音を立てる。
命中を確信していたはずの不意打ちが外れた。
いや、外れたのではなく、回避された。親子ほども年のはなれた少女に、である。
その予想だにしない事実に、流石のシャドウも驚きを隠せない。
しかし、その動揺も一瞬のこと。
すぐに体制を立て直し、少女に追撃をお見舞いする。
左から右へと。音速をも超える横薙ぎ。
「あたらないのー!」
少女は寝ぼけて立ちくらんだかの如く、上体を僅かに逸らせた。
それが回避行動であるとシャドウが気づいたのは、短剣が空を斬ってから。
またもや、必殺の攻撃が空振りに終わったことを認識した……が、ベテランの暗殺者はそれでも動じない。
宙で身体を反転させ後方へと向き直り、相手からの反撃を警戒する。
だが、それも杞憂に終わった。
少女はまん丸いふたつの目玉を、シャドウに向けるばかり。
攻撃を加えようとする気配はない。
焼け野原と化した港町の中心で佇む彼女の姿は、一人残された戦災孤児のようでもある。
「…………スロウ」
熟練のアサシンは、たった二戟で小娘の実力が並外れていることを認めた。
彼が選択したのは、弱体化魔法。
思いのほか詠唱に時間がかかったのは、この魔法をあまり使い慣れていないからだ。
彼にとって『速さを殺すに値する敵』は殆ど存在しない。
大抵の敵は、一撃の下に切り伏せてしまうのだから。
全身を流れる魔力が僅かに消費された手ごたえを感じ、スロウがちゃんと発動したことを覚る。
大気中に渦巻いた魔力が収束し、標的の周囲で淡く光った。
自らを囲うように生まれ出た輝く粒子を、物珍しそうに見回す少女を光が包み込み……。
……霧散した。
魔法が弾かれた。
その事実が示すのは、両者の圧倒的な魔力差。
シャドウがもともと魔法を不得手としていたこともあるだろう。
が、そのことを差し引いたとしても、あの娘の魔力は相当高いものであると推測できる。
少なくとも、ティナやセリスのレベルは超えていた。
シャドウの攻撃を楽々とかわしてみせるほどの素早さを持っているにもかかわらず、だ。
(…………なるほど)
分が悪い。
歴戦の暗殺者の経験と勘が、そんな結論をはじき出した。
それでも男はナイフを構える。
まだレッドゾーンには至ってはいないと、ここは引き際ではないと、無言で宣言した。
現在相対している人物は、シャドウが今まで経験した中でもトップクラスにやっかいな相手だろう。
今のところ彼に有利な要素など、この少女が積極的に攻めてこない、という点くらいか。
だが、彼女だって人間。きっとそれ以外にも必ず何か欠点を隠しているはずだ。
(その欠点を、連続攻撃の中で燻り出す……)
右膝を折り、前傾姿勢。
スケート競技のスタートのような構えだ。
鋭い鷹の眼が、年端もいかない娘をロックオンする。
敵意なき少女を殺さんと、武器を強く握り締めた。
614
:
シャドウ、『夕陽』に立ち向かう
◆Rd1trDrhhU
:2010/06/27(日) 20:36:29 ID:wXm0mWa.0
戦友に誓いし勝利のために。
その道程で殺してしまったツワモノたちに報いるために。
バネと化した右足は、大地を蹴り上げ。
その足音は、バケモノへと駆け出す小さな鬨の声となった。
西に落ちかけていた太陽が、焦げた町を紅く照らす。
まるで町が再び燃え始めたようで、シャドウは一瞬だけ高揚して……少しだけ恐怖した。
「ハァァ……ッ!」
最初は真上から。
振り下ろしたというよりは、叩きつけた。
ジャブと呼ぶには、些か破壊力が勝ちすぎるか。
それを少女はバックステップで易々と回避。
力を込められた刃はあり余る勢いのままに地面へと……向かうことはなかった。
静止したからだ。
少女が後方へ退避したその瞬間に、待ってましたと言わんばかりにナイフはピタリと止まった。
いかにシャドウの反応速度が神がかっているとはいえ、攻撃の成否を確認してからでは流石に不可能な動き。
予め攻撃をキャンセルしておかなけば、こうはいかない。
つまり、この一連の動作は攻撃が避けられることを前提としていた、言わば牽制だ。
走るその速度は落とすことなく右肘を折り畳む。アサッシンズを胸元に構え、追撃の準備を刹那の間に完了させた。
「シュウおじさんより……はやいのー!」
後ろ向きに走りながら両手を振り回し、キャッキャと笑う。
殺気全開で迫りくる男を、笑顔で賞賛してみせた。皮肉ではなく、心からの賛辞だったのであろう。
余裕と無邪気さがなせる業か。
随分と舐めきった言動だが、シャドウはソレに不愉快な素振りなど見せることなく走り続ける。
「…………ッ!」
少女との距離を調節した暗殺者は二撃目を繰り出す。
助走の勢いを活かし、走り幅跳びのように『く』の字を描いて飛んだ。
竜騎士の靴の力を借りた跳躍は、弾丸と見紛うほどの猛スピードで空に五十メートルの黒い放物線を描く。
予想着地点には、左右に小さく括られた赤い髪。
それを確認したシャドウは目標物を定めて片足を突き出した。
足技、とび蹴りだった。
しかし、クリーンヒットを狙ったにしては軌道が低い。
実際、少女が小さくジャンプしただけで、簡単にやり過ごされてしまった。
キックの体制のまま、敵の足下を潜り抜けてしまうシャドウ。
失策だとしたら、世界一のアサシンにはあり得ないほどの初歩的なミス。
しかし、違う。これはミスではない。
この低空のとび蹴りすらも……彼のフェイントだ。
スライディングと化したそのキックは、ガリガリと地面を削りながら滑走する。
その反作用によって、助走によって生み出されたスピードも削り殺がれていった。
ものの零コンマ五秒でブレーキに成功した彼は、少女の着地に合わせて足払いを放つ。
「うわぁッ!」
さすがの怪物娘も、重力に逆らう術は持ち合わせていないらしい。
突如として現れた漆黒の右足に着地を襲われ、身軽な身体は空中で半回転。
頭を下にして落ちる少女の心臓目掛けて、短剣を全力で突き立てた。
迫りくる銀の刃を目視した幼子は、慌てて自らの胸元で短い両手を交差させる。
それは条件反射であったか、それとも冷静な判断に基づいた防御行動か……。
(……甘い)
意図して防御したかどうかは関係ないと、シャドウは考えていた。
放たれたソレは、あらん限りの力を込めた一振り。
攻撃力が低いと一般的に評されているナイフだが、それでもシャドウの全力ならば鋼鉄の鎧をも砕き貫く。
あんな細腕でどうこうできるシロモノではない。
アサッシンズは速度を落とすことなく、小さな心臓目掛けて空を走る。
勝利を確信したまま突き進むその切っ先が、少女の赤い衣服に接触しようとした……その瞬間に、それは起こった。
615
:
シャドウ、『夕陽』に立ち向かう
◆Rd1trDrhhU
:2010/06/27(日) 20:37:16 ID:wXm0mWa.0
「……グッ!?」
シャドウが仰け反りながら呻く。
攻撃は、背後から。
無防備な背中目掛けて、回し蹴りらしき衝撃が二回。
敵の気配など全く感じていなかったシャドウは、呼吸を整えることも忘れ、慌てて後方を振り返る。
(…………なにッ?)
赤い髪に赤い靴。
まさに今殺そうとしたはずの少女が、なぜか笑顔でそこに立っていた。
(なぜ、こいつが俺の後ろに……?)
両手を腰の後ろで組み、楽しそうに身体を揺らす少女を睨みつける。
鋭い目をさらに細めながら、これはどういう事だと思考を巡らせようとした。
「おじさん、ちょこと遊んでくれるの?」
彼の脳が作業を開始するよりも早く、かん高い声がそれを阻む。
それは、男の背後から発せたれたもの。
それは男が振り向く前に向いていた方向で、つまり少女が『さっきまでいた』場所だ。
シャドウはそれまで細めていた両の目を瞳孔ごと見開きながら、上半身だけを後方に向ける。
ちょこと名乗った少女が確かに立っていた。
上半身を元に戻すと、やはり前方にも彼女の姿。
(……そうか…………)
前後に感じる、全く同じ気配。
それを確認して初めて、これが分身の能力によるものだと理解するに至った。
挟撃の状況はマズいと判断すると、竜騎士の靴の力を借りた跳躍で二人の少女との距離を確保する。
それを追うこともせず、同じ顔の少女たちはくるくるとバレリーナのように踊った。
男が着地すると同時に、少女のうちの一方、おそらく分身の方がフッと跡形も残さず消失。
(やはり……)
フンと小さく鼻をならし、アサッシンズを握る指に力を込める。
たったいま煙のように消滅したのは、シャドウの目すらも欺くほどの精巧な分身だ。
そんなものを詠唱もなしに発現させるほどの魔力に、男は驚きを禁じ得ない。
セリス、ティナよりも遥かに……おそらくケフカ以上の。
(…………ふむ……)
構えを解くこともなく、殺気を鎮めることもしない。
深い呼吸を繰り返しながら娘を観察し、冷静にその能力についておもんばかる。
敵意全開のシャドウとは対照的に、少女は無邪気な笑みを浮かべて彼に手を振っていた。
そのスピードと魔力は、男の知る人物の中でもトップクラスだ。
そのことはシャドウも、ここまでのやり取りの中でハッキリと思い知らされていた。
彼が次に考えたのは、その攻撃力。
背中に残るダメージは大したことはない。そのことから、あの『ちょこ』とやらの筋力はそれほど高くないことが分かる。
あの小さな体から繰り出されたものとしては異常な破壊力であるが、それでもわざわざ回復魔法をかける程ではなかった。
おそらく、白兵戦が得意な部類ではない。
そう、結論付けた。
決定的な弱点とはいえないが、欠点らしきものは見つかったようだ。
(問題は……防御力……)
濁った黒目が見据んとするのは、未だに不確定な要素。
未だに確認しかねているソレは、暗殺においては最も重視すべきステータスだ。
相手の強力な魔法を掻い潜り、その異常なスピードを捉えて攻撃を命中させたとして、果たして『ちょこ』はその一撃で絶命するのだろうか。
もし、捨て身の一撃を放ったとして、それでも殺しきれなかったとしたら……。
ケフカ並の防御力、体力を、あの娘が持っていたら……。
616
:
シャドウ、『夕陽』に立ち向かう
◆Rd1trDrhhU
:2010/06/27(日) 20:38:19 ID:wXm0mWa.0
(だが、しかしだ)
おそらく、無敵というわけではだろうとシャドウは推測する。
その根拠として考えるは、先ほどの分身。
攻撃を回避できない状況に追い込まれた少女は、魔法を用いて反撃したのだ。
なぜか。決まっている……ダメージを受けるからだ。
心臓にナイフを突き立てられれば、あの化け物であっても無視できないほどのダメージになるはず。
だから、避けた。
尤も、それでキチンと死に至ってくれるかどうかは定かではないのだが……。
(仕方ない……)
少女から目線を逸らすことはせずに、短剣を握っていない左手で自分のデイパックを漁りだす。
暗殺者シャドウの真骨頂、投擲の準備。
相手の防御力を明らかにするための、場合によってはそれだけで死に至らしめる可能性を秘めた……奥の手だ。
彼が最初からこの技術を使わなかったのには訳があった。
エドガーたちと旅をしていたときとは違って、この殺し合いでは圧倒的にアイテムの数が足りないのだ。
彼の手持ち道具の中で、投げつけられそうなものなど片手の指で数え足るほどしかない。
昔のようにポイポイと放りまくっていては、直ぐに素寒貧になってしまう。
だから、この会場において彼が投擲を放つのは、ここぞと言う時だけ。
(ゆくぞ……マッシュ……エドガー……)
取り出したのはワイングラス。
ステムと呼ばれる部分、植物でいう茎にあたる所を、親指と中指で挟むように持つ。
そのまま軽く力を込めると、ピシリと小さな断末魔をたてて綺麗に二つに割れ折れた。
片方はテーブルに接する、平べったく円形状のプレート。もう一方は液体が注がれるボウルという部分だ。
そのどちらからも、ステムが半分ずつ槍のように付属していた。
プレートをデイパックに戻し、左手に残されたボウルを右手のアサッシンズと持ち換える。
高く掲げて振りかぶると、内部に付着していた赤茶色の洋酒が地面にポタリと落ちた。
それは戦友たちの死に涙を零しているようにも見えたが、少女の紅い血が流れる勝利の未来を予言しているかのようでもある。
そうだとしたら、透明な容器が披露したその予言は……。
「…………何だ……これは……」
その予言は、大ハズレもいいところ。
シャドウは、投擲することすら許されなかった。
辺りに散らばっていた瓦礫を次々と浮き上げる旋風。
あまりの風力に、投擲の構えが崩れる。
シャドウを驚愕させたのは、少女を中心として展開した竜巻。
突風に混じって感じ取れる魔力が知らせる。『これは、あの少女の起こした災害である』と。
たまらず両手を顔の前で交差させるが、絶え間ない風は容赦なくその隙間を潜り抜けて顔面にタックルをしかけてくる。
瞼を開けていられないほどの勢いに、仲間がかつて使っていたトルネドという魔法を思い出した。
思わず右手から力を抜いてしまう。
ワイングラスは重力など忘れてしまったかのように舞い上がり、螺旋を描いて空に旅立った。
「……これ……は……ッ!」
大気圏にまで達そうかとしているグラスから、竜巻の中心へとシャドウは視線を移した。
そこには両の掌を大地に向け、全身から魔力を噴出する少女。
完全に暴風を支配していた彼女は、風力をあげてシャドウすらも空に誘う。
竜騎士の靴の力で逃げるべきだったと後悔した時にはもう遅い。
不可避の範囲攻撃を前には、シャドウのスピードも反射神経も無用の長物だ。
ついに男の足は地面から離れる。
あとは成す術もなく、ワイングラスの後を追うだけだった。
(……打つ手……なし、か…………)
あっけない幕引きであった。
たった一発で敗北確定なのか、と自嘲する。
ここから叩き落ちればどうなるのか。シャドウはそれを考えようとして、やめた。
もうどうしようもない事だと。
そう諦めつつも、アサッシンズを握り締める左手はまだ固く、強く。
617
:
シャドウ、『夕陽』に立ち向かう
◆Rd1trDrhhU
:2010/06/27(日) 20:39:25 ID:wXm0mWa.0
彼は決して少女を侮っていたわけではない。
これほどの広範囲に、これほどの破壊力の魔法を展開できるなど、誰が予想できただろうか。
シャドウの戦闘スタイルは、牽制とスピードで撹乱しての一撃必殺狙い。
それ故に、このような無差別破壊は起きないと言う前提の下で戦わなければならなかった。
もし大規模魔法を食らってしまったら、致命傷に至らぬよう祈りながら耐え忍ぶ以外に道はない。
だからこそ、獣ヶ原の洞窟でもキングベヒーモスのメテオに倒れた。
だからこそ、アシュレーのバニシングバスターにも、惜しみなく太陽石で対応した。
(ひとりは……辛いな……)
頭から落下。もう着地は不可能と判断した。
剣に魔法を吸収してくれる仲間のことを思い出す。
彼女さえいれば、こんなことにはならなかったのだろう。
敵の魔法を同じもので相殺できるモノマネ師がいれば、トランスで敵の魔法ごと吹き飛ばせる少女さえいれば。
この空よりも遥か高きを飛び回ったギャンブラーが、引き際を見極めてくれれば……。
その拳で全てを砕く男が、自分たちを導いたその兄が、隠された道を開いてくれれば。
そして……………………。
(眩しい……空だ……)
太陽はビカビカと大地を照らし、滅んでしまった港町が紅くざわめく。
闇夜に生きる影にとっては、その光景は不愉快で仕方がなかった。
全てを照らそうとする夕陽も、それを迎合する廃墟も。
ある仲間のことがいっそう強く思い返された。
彼女なら、この光景すらも綺麗な景色として、キャンバスに描いてくれるのだろう。
脳裏に浮かぶのは、赤い絵の具を染み込ませた筆でペタペタと白地を叩く少女の姿。
思わず笑みをこぼしてしまったことに気づき、それを頭の中の幻想ごと殺した。
自分が彼女の絵を見る権利などないのだ、と。
目をつぶるその前にもう一度太陽を睨む。
真っ赤な円形は、やはり気分のよいものでなく、おびただしい赤色を従えて世界を燃やしていた。
恐ろしいほど、強く。
◆ ◆ ◆
「…………殺せ」
仰向けで倒れたシャドウが、自らを見下ろしている少女に向けて告げる。
あのまま地面に叩きつけられたはずなのだが、彼はまだ生きていた。
それどころか手足の一本すら折れていない。
何本かの肋骨が折れた程度で済んだのは、少女が手加減したからにほかならない。
それでも彼の体力は大幅に削られ、すぐには立つことすら出来ずに咳き込むばかり。
デイパックもどこかへ飛んでいってしまっては、もはや成す術もない。
「なんで?」
真ん丸い目玉をリスのようにクリクリと輝かせ、少女は首を傾げる。
赤い髪の毛がフワリと揺れた。
荒れに荒れた焼け野原と彼女のあどけない姿はなんともミスマッチだ。
「……それが……勝者の、権利だ」
少女の疑問には答えない。ただ彼は殺害を要求するのみ。
もしも、体が動くなら……彼は逃げていただろう。
誇りも何もかも投げ捨てて、生き抜くために逃げていた。
だが、それが可能な状態にまで回復するには、かなりの時間を要する。
彼女が動けない男を弄り殺すには十分すぎる程の時間だ。
618
:
シャドウ、『夕陽』に立ち向かう
◆Rd1trDrhhU
:2010/06/27(日) 20:41:12 ID:wXm0mWa.0
シャドウは命乞いはしなかった。つまり彼は諦めたということだ。
敵前で動けなくなったら死を選ぶ。
それが暗殺者のルールだった。
拷問されたうえに嬲り殺されるくらいなら、一思いに殺される方が多くの物を守って逝けるからだ。
男のかつての相棒であるビリーも、最期までそれを望んでいた。
逃げるシャドウの背中を睨めつけながら、ずっと。
「いやなのー!」
しかし少女は、暗殺者の要望を笑顔できっぱりと拒否。
なぜか楽しそうに男の周りをトテトテと走り回る。
それをシャドウは鷹の目で睨みつけた。
あらん限りの威圧感を込めて。
「……ならば……また、俺は……君を殺す……」
「んーん、ダメなの。おじさんは、今からちょこと遊ぶんだからー!」
「…………」
なんて馬鹿げた会話をしているんだろう。
その事を自覚するなり、己がやろうとしてる事がひどく無意味なものに思えてくる。
暗殺者の生き方などを、年端の行かない少女が理解できるわけがない。
『ここで死ぬんだ』と早合点をした末に、そのような愚行を演じた自分自身をシャドウは諌めた。
どこかでガラスの割れる音がする。
それは、今になってやっと落ちてきたワイングラスの断末魔だった。
「…………後悔、するぞ……」
脇腹に走る鋭い痛みに耐えながら、ため息混じりで吐き捨てた。
少女に殺意も敵意もないのであれば、わざわざここで死を選ぶ必要もないと判断。
ならば適当に彼女をあしらいながら回復するのを待って、逃げるなり、不意打ちで殺すなりするのが最良の選択肢だ。
これで、何度目になるだろうか。
また死に損なってしまった自分のしぶとさに、吐き気を催すほど感嘆した。
「後悔なんかしないもん!」
「…………そうか」
もし、もう一度チャンスがあれば、シャドウは彼女を殺害することができるだろうか。
……無理だ。そんなこと自分には不可能だ、と彼は痛感していた。
この娘の小さな身体には、シャドウにそう思わせるほどの力が秘められている。
だから、彼女はこんなにも自信満々なのだろう。胸を張る少女を見ながら、シャドウはひとり納得する。
強いから、絶対に負けない確信があるから……彼女はシャドウを殺さなくても後悔などしないのだろう。
このとき、男はそう思っていた。
「おじさん……まだ痛い?」
「……問題ない」
くだらん遊びにつきあわされるよりは、と。
シャドウは地に臥したままで会話に応じる。
それを受けて、少女はテコテコと彼の方に歩み寄り、真横に並んで腰を下ろした。
たった今、自分のことを殺そうとした男の横に。
その純真さは、暗き道を行く男には触れ得ぬもの。
「よかったのー」
投げ出した両足をバタつかせることで、犬の尾よろしく喜びを表現する少女。
実際に戦闘不能に追い込まれたシャドウですら、この子があの竜巻を起こした張本人だとは信じられない。
619
:
シャドウ、『夕陽』に立ち向かう
◆Rd1trDrhhU
:2010/06/27(日) 20:42:00 ID:wXm0mWa.0
「君は……」
「ちょこはちょこ!」
「…………ちょこは、ここで何を……」
風に混じって、パラパラと瓦礫が砕ける音がする。
港町は、無残な有様だった。
無理もない。元より激戦のせいで廃墟同然だったところに、あの竜巻が起きたのだから。
そんな中、町の外れに位置する場所に、たった一軒だけ無事なままで建っている家がある。
運よく危機を脱したその民家に、シャドウは少しだけ親近感を抱いた。
「ちょこはね、おねーさんを探してたの」
「……誰だ?」
「ちょこ、おねーさんとけっこんしたの! ムチムチプリンなんだからー!」
嬉しそうな顔で胸を張るが、シャドウには何がなんだか分からない。
詳しく聞くのも面倒だと感じた彼は、適当に「そうか」と簡単な相槌を打った。
他の参加者の情報など、敵見必殺を決め込んだ彼にしてみればそれほど有益なものではない。
「おじさんは?」
「…………?」
「おじさんは、何してたの?」
男は、少女の質問の意図を汲み取れずにいた。
幼い娘を不意打ちで仕留めようとした人間にする質問ではない。
優勝を狙って、皆殺しを決行しているに決まってるではないか。
「…………人を……殺していた」
「なんで?」
なおも傾き続ける太陽。空までもが燃える。
訝しげに少女を見やったシャドウは、彼女の向こう側で赤く染まる空にかつての終末を思い出した。
あの時の仲間達の悲しそうな顔、特にセッツァーの情けない顔は忘れたくても忘れられない。
「…………優勝して、生きるためだ」
「ゆうしょー? 競争でもしてるの?」
首をかしげた少女の尖らせた唇を見て、シャドウは初めて気づいた。
少女がこの殺し合いを理解していないことに。
だから彼女はこんなにも呑気だったのだ。
殺し合いのルールを教えるべきか、否か。
シャドウは逡巡し、押し黙った。
「ゆうしょーするために、殺すの?」
「……………………」
「殺さないと、しんじゃうの?」
「…………あぁ」
悲しそうな声で紡がれた質問に、これまた悲しそうな返答を投げ返す。
彼のその短い呟きにどれほどの重みが込められていたのか、少女には計り知れない。
シャドウ自身にも、分からないことなのだから。
「そっか」
「……理解、したのか?」
相手の顔も見ずに、男は赤い空へと吐き捨てた。
確かめると言うよりは、からかう様な口調。
「んーん。むずかしくて、ちょこ分かんない」
先ほどまでキャッキャとはしゃぎ回っていたのとは一転して、落ち着いていた雰囲気をみせる。
少女の変化に呼応したかのように、暴風の傷跡新しい港町跡もようやく落ち着きを取り戻す。
海から久しぶりに吹き込んだ潮風が、二人の頬を撫で冷やした。
620
:
シャドウ、『夕陽』に立ち向かう
◆Rd1trDrhhU
:2010/06/27(日) 20:44:00 ID:wXm0mWa.0
「だろうな」
「でも、ちょこ知ってるよ」
少女も、男に倣って天を仰ぐ。
白い頬に差した朱は、夕陽が照らしたソレだろうか。
「誰かを殺したって、さいごにはね、ひとりぼっちになるだけなんだよ」
「……………………」
シャドウに言い聞かせるために語られた言葉のはずだった。
だけど、その声はか細く、自らの頭の中で反響させるために発せられたかのよう。
「ひとりは寂しいの……」
「……………………」
シャドウは既に立ち上がれるまでに回復していた。
しかし、寝そべったままで少女の二の句を待ち続けている。
「ほんとに、つらいんだから……」
少女はもう、泣いているかのようで。
シャドウがハッと、小さく息を吸い込む。
「…………殺したのか? 人を。」
誰もが躊躇うだろうその質問。シャドウはそれを淡々と問いただした。
彼は少しだけ少女に興味を持っていた。
自分の娘ほどの年でありながら、自分と同じ咎を背負っているかもしれない少女に。
その質問を受けたちょこは、何も言わず静かに俯く。
首肯したわけではないのだが、その沈黙はもはや肯定したに等しい。
それから、二分から三分ほどの間、両者ともに黙りこくっていた。
逆に言ってしまえば、僅かそれだけの時間で静寂は打ち切られた。
意を決したように一度だけギュッと目を瞑り、ゆっくりと開いてから、少女はポツポツと語りだす。
「…………ずっとずっと、昔にね」
「…………」
「ちょこ、知らなかったの」
「………………」
「ちょこのチカラを」
「……………………」
「気づいたら、村のみんなも……父さまも…………」
「…………君は……」
「ちょこ、ずっとひとりだった。寂しくてずっと泣いていたのよ」
「……………………」
ユーリルに必死に語りかけた時とは違って、独白は淡々と。
まるで、シャドウの淡白さが伝染したかのように。
断片的とすら言えないほど、虫食いだらけの情報だった。
それでもシャドウは、彼女の過去に何があったのかをおぼろげながら理解した。
偶発的な力の暴走。
それによって少女は大切な人々を死に至らしめ……。
望まない殺戮により、幼い少女は長い孤独に苦しむこととなった。
そんなところだろう。
621
:
シャドウ、『夕陽』に立ち向かう
◆Rd1trDrhhU
:2010/06/27(日) 20:44:49 ID:wXm0mWa.0
「…………だから、おじさんも…………」
「…………」
言いかけたちょこの襟首をシャドウが掴んで、地面に押し倒す。
小さく悲鳴をあげた少女の首筋を冷やしたのは、シャドウが宛てがったアサッシンズだった。
魔法で反撃することも出来たのだろうが、彼女は男の目を見つめたまま動かないでいる。
「……だから、何だ?」
研ぎ澄まされた目であった。
その殺気は、最初に少女を奇襲したときから減衰することなく、その視線と同じくらいの鋭さを帯びている。
「…………おじさん……」
「だから、止まれと? だから今から生き方を変えろと?」
首元に押し付けられた男の腕が少女を圧迫する。
苦しそうに眉をしかめた彼女を、男は感情の篭っていない冷たい目で見下ろしていた。
「戦友への誓いを……破れと言うのか……!」
「………………………………」
ギリリと、ちょこのに届いた耳障りの悪い音。
男の口元からにじみ出た血液がマスクから滲んで少女の頬に垂れ、赤い斑点を形成する。
両腕が自由なはずの彼女だが、その血を拭うことはしない。
必死に感情を殺す男を、悲しそうな顔で見つめていた。
「俺は、生きて帰るために、皆殺しをすると誓った。
君も……貴様も例外じゃない」
その言葉に反して、一向に少女の首を引き裂こうとしないシャドウ。
短剣をスライドする簡単な作業のはずなのに、彼の右手は一向に仕事を始めようとしない。
それどころか、苦しげな少女を見て、押し付けている方の手を緩めてやる始末。
「ねぇ、おじさん……」
上手く言葉が紡げないでいる男に代わり、ちょこが口を開いた。
男も彼女の言葉を待っていたようであった。
「……寂しく、ないの?」
「……………………」
ちょこの言葉を合図として、彼女の首元で待機してたアサッシンズがついに動いた。
だがしかし、鋭い切っ先は張りのある肌を傷つけることなく、ゆっくりと少女から離れていく。
シャドウは腰元に短剣をしまい込むと、押さえつけていた手から力を抜いて彼女を解放した。
「…………君も俺を殺さなかったな。これは、その報酬だ」
「ありがとうなの」
シャドウが危害を加えないことを分かっていたかのように、ちょこは静かにだがはっきりと礼を述べる。
服についた砂をパンパンと叩き落とす彼女を黙って見つめながら、男は焦げた大地に再び腰を下ろした。
座った瞬間に、折れたあばら骨がキリキリと痛みをあげたが、眉一つ動かすことなくやり過ごす。
「…………寂しいさ」
そうボソリと嘆いて、直後に吹いたそよ風を一瞬だけ堪能して、また口を開いた。
背中の擦り傷に、潮風が沁みる。
「孤独であることを、忘れてしまいそうになる程に」
「そっか」
ちょこは服を叩くのをやめて、シャドウの隣に腰掛ける。
せっかく綺麗にしたスカートに、また大量の砂が張り付いた。
シャドウはちょこの姿を横目で追いかけていたが、彼女と目が合うと直ぐに視線を逸らしてしまう。
「……君は…………娘に、似ている」
数分間の沈黙の後であった。
ふと、語りだすはシャドウの方。
ちょこは朝一番のあくびをするように顔を上げて、彼を見る。
622
:
シャドウ、『夕陽』に立ち向かう
◆Rd1trDrhhU
:2010/06/27(日) 20:45:39 ID:wXm0mWa.0
「おじさん、お父さんなの?」
「あぁ。母親はもう死んだ」
なぜ、そんなことを彼女に伝えるのか、シャドウ自身も不思議で仕方がなかった。
一刻も早く退散して、また殺戮に戻らなくてはいけないはずなのに。
「その子のために帰るの?」
「…………いや……」
答えにつまり、何も言えないでいる彼を、ちょこは静かに待ち続ける。
男が真実を搾り出したのは、その三十秒後。
長いとも短いとも言い難い間だ。
「……いや…………彼女は、父親の顔も…………。
………………死んだものと……思っている……」
「そうなの…………」
「人殺しだからな。そのほうが幸せだ」
よくもここまでベラベラと喋るものだ。
シャドウは心中で己に毒づく。
彼は、自分自身の気持ちがどうなっているのかすら分からなくなっているのだろう。
暗殺者として正しい行動がとれなくなっているほどに。
それはおそらく、この少女のせいであり、かつての仲間たちのせいであり、彼がフィガロ城で殺した少年のせいでもあった。
「でも……それって………………」
「……待て。来るぞ」
悲しそうに俯いた少女は、これまた悲しそうな声で男に反論しようとした。
だがその言葉は、冷たく放たれたシャドウの声と、突如として辺りに広がった濁った殺気によって遮られてしまう。
シャドウは、ズシリズシリと現れた人物のことを、象のように大きな男だと錯覚した。
その男が放つ異常なプレッシャーのせいか。
狂気を伴って現れた白い騎士。
彼がニヤリと笑ったその瞬間に、焼け野原は『一触即発』の状態を経由することすらせずに、ダイレクトに戦場と化した。
「先ほどの竜巻は……お前か?」
犬歯を剥き出しにして、敵対心を隠すことなく。
尋ねられたシャドウは、それには答えず、腰元から取り出したナイフを回答とした。
それを見て、騎士は嬉しそうに再びの笑みを浮かべる。
狼は、餓えていた。
数時間という長すぎる睡眠を経て、肉体的にも精神的にもある程度は回復。
それに反比例して増幅するは、破壊欲。殺戮欲。
人を、エルフを、ノーブルレッドとやらを。生けとし生きる全てを斬りたくて仕方がなくなっていた。
そして狼は、歓喜していた。
目の前に現れたのは、忍者らしき風貌の男。
男の方から発せられるのは、修羅の道をいくものの『圧』。
殺しがいがありそうだと、生唾を飲み込む。
高揚した騎士は、デイパックを遥か遠くへ投げ捨てた。
それは剣一本で殺してやるという、余裕じみた宣言だったのだろう。
「たやすく死んで……くれるなァッ!」
小娘には目もくれず、ルカ・ブライトはアサシンに向けて走り出した。
皆殺しの剣という、まるで彼の狂気を讃えるがために生まれ出でたような業物の柄を強く握りながら。
(次から……次へと……)
一切の感情を消し、殺しのプロに一瞬で戻ったシャドウ。
強者を前にしても彼に喜びはなく、ただ無心でアサッシンズを構えた。
ただ、少しばかりの拭いきれない孤独感を抱えて。
623
:
シャドウ、『夕陽』に立ち向かう
◆Rd1trDrhhU
:2010/06/27(日) 20:47:05 ID:wXm0mWa.0
男二人は、お互い真正面から相手へと直進する。
だが、ぶつかり合いになれば、フィジカルで勝るルカに分があるのは誰が見ても明らか。
だから、黒衣の暗殺者が正面から相手に挑むわけがない。その前に必ず何かを仕掛けるはずだ。
そのことは、迎え撃つことになるルカも承知の上であった。
「そうだ、小細工を弄せッ!」
シャドウへと突進しつつも、彼の出方を楽しみに待つ。
こんなにも楽しそうなのは、戦いを楽しみたいからじゃない。
単にルカは、敵が足掻く姿が見たいのだ。
「…………」
しかし、シャドウはルカの期待に反し、全速力の直進を断行。
特に策らしい動きを見せることなく、ルカの剣が届くかどうかの範囲にまで踏み込んだ。
が、それでも彼は加速を続ける。
アメフトの試合ばりのタックルをお見舞いしようとしているかの如く。
「……ふん」
敵の無策っぷりにつまらなそうに鼻を鳴らしたルカは、シャドウへ向けて剣を横薙いだ。
筋骨隆々の男ですら両手で振るのがやっとの剣を、まるで棒切れのように軽く扱う。
ブゥゥンと大型獣のいびきの様な重低音は、運悪くその軌道上に存在してしまった空気の悲鳴か。
それほどの速度での攻撃を繰り出しているにもかかわらず、放った張本人であるルカは踏ん張る様子すら見せない。
仁王立ちのままで、一切の体軸をブラすことなく一連の動作を成功させていた。
がぁん、と。
金属同士がぶつかる衝撃音。
宙を割り裂いて迫った皆殺しの一振りを、シャドウは素直に受け止めたのだ。
シャドウという男は決して非力ではない。
マッシュほどではないが、常人と比ぶれば異常なレベルの腕力を持っている。
だとしても、彼の行動は無謀すぎた。
いくらシャドウのパワーが世界で指折りだろうが、ルカのソレは異常者の中でも飛びぬけて異常。
そして、その男の一閃のスピードもまた、同様に常識の範疇を遥かに超えていた。
その二つが加算ではなく、乗算として計算され……。
その解として得られた破壊力が、そっくりそのままシャドウが片手で握った小さなナイフにぶつけられる。
耐えられる道理がなかった。
一瞬の鍔迫り合いすら許されず、シャドウの体が容易く揺らぐ。
「吹き飛べ……蝿が……」
もはやルカの顔に愉悦は見えず、期待はずれを演じた男を憎しみとも哀れみとも言えぬ表情で見据えていた。
右腕をそのまま一気に払う。木の棒でヤキュウに興じるかのように。
その軌道はややアッパー気味で、白球に見立てられた漆黒の男を空まで掬い上げた。
もし、シャドウが体勢を崩したまま空に浮いてしまえば、ルカの追撃をかわすのは限りなく不可能に近い。
チェックメイトを確信したルカの顔に、笑みが戻る。
無様な男を、あざ笑っていた。
「ファイラ」
だが、全てはシャドウの思惑通り。
フェイントすらなしにルカに突っ込んでいったのも、彼の策のうちだ。
上、下、左、右、斜、突、どの方向から攻撃が来てもいいように、彼は状況に応じた対処法を事前に用意していた。
今回は、右下から左上への斜め一閃。
それを確認した彼は、瞬時に、条件反射のレベルでカウンターの準備に移った。
超破壊力を前に、下手に踏ん張ることはせずに、その勢いを上昇速度へと変ずる。
そして、別れ際にお見舞いしたのは炎の魔法。
もちろん、ダメージを期待してのことではない。
彼が必要としたのは、爆炎によって舞い上がった土煙。
624
:
シャドウ、『夕陽』に立ち向かう
◆Rd1trDrhhU
:2010/06/27(日) 20:48:55 ID:wXm0mWa.0
「……ほぅ」
ルカの、三度目の笑み。
今度は最初と同じ種類の、男の実力に期待してのものだ。
彼が評価したのは、敵の判断能力でも、突進の速度でも、もちろん魔法の威力でもない。
ルカ・ブライトを唸らせたのは、シャドウの『精密さ』。
敵の攻撃を受け止めて、それをそのまま移動の速度に利用すると言うのは、達人レベルのパワーコントロールを要求される荒業だ。
僅かでも受け流す方向がズレれば、斬り付けられる勢いのままに身体は回転してしまう。
寸分違わず攻撃を受け流して始めて、この一連の動きは成功する。
それほどの高等技術を、攻撃が来る方向を確認してから、しかも『吹き飛ばされたように見せかけて』行ったのだ。
ここまでのテクニックを有した戦士は、ハイランド王国にはルカも含めてただの一人も存在していなかった。
「フハハハハハハハ! そうだ! 足掻いて魅せろッ!」
土煙で何も見えず。
敵がどこから来るのかも予想がつかない。
それでもルカは狂喜の中にいた。
自分の知る中でも随一の戦闘技術を持つ男はどのように足掻くのが。
どのような断末魔をあげるのか。
それだけを考えて。自分の命の心配など一切することはなく。
三度目の笑みは長く長く、彼の顔に張り付き続けた。
そしてその表情を崩すことなく、彼は右腕を掲げる。
その手が握る一振りが、上空から繰り出されたシャドウの必殺を難なく受け止めた。
「…………ッ?!」
驚いたのは攻撃を繰り出したシャドウの方。
騎士がシャドウの攻撃に感づいた様子は、全くなかったはず。
視界は奪った。この土煙の中で相手の姿を確認するのは不可能だ。
音だってない。足音はおろか、呼吸の音すらさせなかった。
気配も殺した。そんなものはアサシンの基礎中の基礎。
殺気も消した。これに関してはシャドウにしかできない芸当だ。
一切の情報を断ち切られたにもかかわらず、瞬速の攻撃を防いだこの男。
シャドウには、この男が予知能力を持っているとしか考えられなかった。
「当たり、だな」
体勢変えずに、首だけ動かし上を向く。
ドス黒い双眼が、澄んだ黒を捉えた。
当然の話だが、ルカ・ブライトには予知能力などありはしない。
それどころか、彼はいつどこから攻撃が来るのか、特定すらしていない。
勘だった。
ただ、『上から攻撃がくるような気がした』のだ。
とはいえ、全くの当てずっぽうということでもない。
この男にとって警戒すべきは、空からの攻撃だけ。
いかに一騎当千の狂皇でも、脳天に刃物を叩き落されたらただではすまない。
それ以外の方向からならば、たとえ一撃食らったとしても死なないという絶対の自信を彼は持っていた。
だから、唯一の急所を防御したというわけだ。
もっとも、そのタイミングに関しては完全なる勘であるのだが。
「それで、終わりか?」
土煙が完全に消え去った後、空間を支配したのは黒い霧……のような悪意。
黒い光を垂れ流す太陽のように、世界を恐怖で包み込む。
目を合わせていたシャドウは、ソレを直接に浴びせられる。
汗が垂れた。
しかし水滴は地面に達することなく、ルカの『闘気』で蒸発する。
625
:
シャドウ、『夕陽』に立ち向かう
◆Rd1trDrhhU
:2010/06/27(日) 20:49:58 ID:wXm0mWa.0
「……まだ、だ……!」
シャドウが集中すれば、冷や汗は瞬間に止まった。
刃でルカに支えられ空中に静止していた状態から、バク宙で地上へと帰還する。
着地と同時に、いつものように姿を消した。
目にも留まらぬ速さで動く、シャドウの十八番だ。
「確かに、強がるだけはある」
口端を歪め、余裕綽々といった風で褒め称えた。
ルカの動体視力をもってしても、その姿をハッキリと追うことが出来ない。
ところどころ、シャドウが方向転換した瞬間だけその姿が鮮明に映し出され、少し遅れて足音が届く。
「だが」
右足を振り上げ、一歩を踏み出す形で地面に叩きつける。
全力の四股は、大地を揺らすには至らないが、轟音を響かせながら空気を震わせた。
皆殺しの剣を大地と平行に払う。
銀色の刃がルカを中心とする半円を描いたころ、ピタリと急停止。
空中で静止した剣先は、一寸の震えすら許されてはいなかった。
「俺を殺すにはまだ遅いぞ!」
怒鳴りながら睨んだ先には、眼前に剣を突きつけられたシャドウ。
たしかに彼は、ルカが相対した人物で最速には違いない。
が、それでも、神経を研ぎ澄まし、全六感を駆使すればこのとおり。
「……見せてやろう」
ひどく、楽しそうに。
買ったばかりの玩具を嬉々として破壊する子供のように。
シャドウを攻撃することなく、剣を収める。
懐から取り出したのは、淡く輝く石。
「スピードも技術も、人の思いとやらも飲み込む…………」
「……ッ!」
シャドウが目を見張り、息を呑む。
男が取り出したのは、魔石だった。
時空を超えて、幻獣を召喚する鍵となるアイテムだ。
「……悪というものをなッ!!!!」
握り締めて高く掲げる。
その美しい輝きは、しかし大規模破壊の宣告。
赤き空を引き裂いて、三本の巨大な鉄塊が大地に降臨し、ルカさえ揺らせなかった大地を大きく震わせる。
それは、剣だった。
聖剣がひとつ。名刀がひとつ。なまくらがひとつ。
「…………クッ!」
時空の割れ目から現れた巨大な武者を前にして、シャドウが思わず舌を打ち鳴らす。
一歩一歩、小規模な地震を従えて登場したそれは、彼もよく知る幻獣。
名を、ギルガメッシュと言う。
天敵である回避不可能な攻撃を前にしても、諦めることなく構え続ける暗殺者。
その男をターゲットだと見なしたギルガメッシュは、かつてを思い出したように一瞬だけ悲しそうに目を細め。
三本のうちの一本、名刀マサムネを手に取った。
(不味い……な……)
剣豪は、シャドウに手心を加える気はないようだ。
それは、強者であるアサシンへの、ギルガメッシュなりの礼儀だったのかもしれない。
大剣と呼ぶのも憚られるほどの大きさの刀を、さらに巨大な幻獣が振りかぶる。
刀身が夕陽を反射して、赤く光る。
シャドウは、その炎と見紛う程の紅刃に、何度目かの恐怖を覚えた。
626
:
シャドウ、『夕陽』に立ち向かう
◆Rd1trDrhhU
:2010/06/27(日) 20:50:50 ID:wXm0mWa.0
「ふはははははは! 燃える剣か!」
自らの扱う技とよく似た光景に、「これはいい」と高笑う。
しかし、ギルガメシュの集中が高まるとともに、その笑い声は次第に小さくなっていく。
ついに男の顔から笑顔が消え、冷たい顔から憎悪のような感情が漏れ出した。
それを合図として、召喚獣は巨剣をシャドウに叩きつける。
「…………苦しんで死ね」
シャドウのファイラとはケタ違いの土煙が舞い上がる。
茶色い粒子が視界を阻むが、ルカは知ったことかとその中へと歩みだした。
何も見えない濁った濃霧の中を、ツカツカと一直線に進む。
いつの間にか、ギルガメッシュはこの世界から消えてしまっていた。
「意外と、しぶといではないか」
土煙が晴れ、景色が開ける。
マサムネの一撃によって、完全に荒野と化した港町。
その中心には、血まみれで倒れ臥すシャドウと、彼の胸元を踏みつけるルカ・ブライト。
「苦しむ時間が増えた……だけッ! だがッ! なァッ!」
「…………ッグゥ……!」
言葉に合わせて、何度もシャドウを踏みつけるルカ。
クロノたち三人を殺して以来の、久しぶりの獲物の登場に狂乱していた。
五度目のスタンプの直後、シャドウが咳とともに口から大量の血液を吐き出した。
内臓を損傷してしまったのだろう。
「無様だな。貴様の敗因……何だと思う?」
「グゥ……ごはぁッ!」
潰された臓器が存在するであろう脇腹を、グリグリとつま先で押しつぶす。
ルカの足が左右に揺れるたびに、シャドウが何度も吐血。
崩壊した大地に、赤い血だまりを形成する。
「無差別破壊に耐える術を持たなかったことだ」
ルカが剣を掲げる。
頭か心臓か、トドメに刺し貫く部位を選別していた。
どこが一番苦しいものかと考えながら。
「そんな様で……よく一人で生きてこられたものだ」
(ひ……とり…………)
ルカが手に持つ剣をクルリと回転させ、下に向ける。
もちろん、倒れた男に突き刺すためだ。
シャドウは、自らの命に引導を渡さんとする凶刃に、目をくれようともしない。
彼を思考へと誘ったのは、ルカの言葉の中にあった『ひとり』という単語。
「ふん、誰かに頼らぬと生きていけぬ。脆弱なブタめ」
(そう、いえば……だれ、か、も……)
シャドウは必死に思い出そうとする。誰か『ひとり』を嘆いていた人物がいたことを。
それが誰なのか、おそらく大事なことであるのだろうと。
しかし、狂皇がそんな時間を与えるはずもなく。
男の心臓に照準を定め。
「もういい。死ね」
振り下ろした。一気に。
その言葉をきいて、シャドウはやっと我に返り現実を見据える。
暗殺者の両目が捉えたのは、自分に向けて突き進む剣先。
「く、そ……」
自らに残された時間の少なさに恨み節を吐きながらも、必死にその人物が誰だったのかを記憶の中から探り出そうとする。
シャドウの脳がその正体を突き止めたのは、ルカの剣が彼を絶命せしめんとするその瞬間であり…………。
627
:
シャドウ、『夕陽』に立ち向かう
◆Rd1trDrhhU
:2010/06/27(日) 20:51:56 ID:wXm0mWa.0
「だめなのーーーーッ!」
少女の放った水塊が、ルカの攻撃をキャンセルした瞬間だった。
狂騎士が、ちょこの魔法を食らって数百メートルも吹き飛ぶ。
だが、手にした剣を取り落とすことなく、それほど大きなダメージも受けていないようだ。
それは、少女の放った『パシャパシャ』が、相手を始末するためでなく弾き飛ばすことを目的としていたからだ。
(そ……う、だ。ちょ……こ……)
その姿を確認した瞬間に、急に記憶が鮮明になった。
たった今シャドウを助けたこの少女こそが、彼が求めていたその人。
ひとりであることの悲しさをシャドウに吐露した張本人だ。
「小娘ェッ! ……そんなに死にたいかァッ!!!!」
立ち上がったルカが吼える。
こんな少女に極上の瞬間を中断されたことに、彼は激しい怒りを覚えていた。
全開の殺意を彼女に浴びせる。
普通の人間なら、それだけで泡を吹いて失神してしまうだろう。
「おじさん、立てる?」
「なん、と……か……な…………」
血液交じりの堰をしながら、ゆっくりと立ち上がる。
制限によって効き目の薄いケアルガを三回ほど唱えて、やっとシャドウは歩けるまでには回復した。
「それじゃ、逃げて」
ジリジリとこちらの様子を伺いながら迫るルカ。
ちょこはそれを睨みつつ、後ろに立つ男へと提案する。
らしからぬ静かな口調が、彼女の覚悟の強さを物語っていた。
シャドウはその言葉の意図が分からず、「なに?」と一言だけ。
「おじさんは、逃げるの。あの人は、ちょこが代わりに…………殺すから」
シャドウと戦った時には見せることはなかった確かな戦意が、少女から漂っている。
会話をしながらも集中を崩さず、いつでも魔法を展開できるように。
「だが、君は……さっき……」
ちょこが殺しを嫌っていたことをシャドウは知っている。
だから今彼女がアッサリと殺人を宣言したことに、戸惑いを禁じえない。
シャドウの疑問に、ちょこは小さく笑ってから口を開く。
「ちょこね、ずっといい子になろうとしてたの。いい子になれば、死んだ父さまが救われるって信じてたから」
「ならば……!」
「おじさんには女の子がいるんだよね?」
「…………あぁ」
シャドウは訝しげに、掠れた返事を返した。
口の中には、未だ鉄の味が残っている。
男の返事を聞いた直後、ちょこの張り詰めた戦意が一瞬だけ緩んだ。
すぐに集中を取り戻すと、意を決したような、優しく説き伏せるような口調で続ける。
「その子、きっと泣いてるの」
「…………」
「会わない方が幸せだなんてちょこ信じない。ちゃんと抱きしめて欲しいに決まってるの。
その子もおじさんもまだ生きてるんだよ? 家に帰れば会えるんだよ?」
シャドウはなにも答えない。
堰を切って流れ出した少女の言葉を、ジッと黙って聞いていた。
「だからおじさんは、ゆうしょうして家に帰るの。だったら……ちょこ、悪い子でいいよ」
「…………」
「もう、あんな寂しい思いをするのは、ちょこだけで十分なの」
ちょこは『優勝』の意味も、なぜそのために人を殺すのかも知らない。
ただ、顔も名前も分からない少女のために、戦おうとしていた。
628
:
シャドウ、『夕陽』に立ち向かう
◆Rd1trDrhhU
:2010/06/27(日) 20:52:54 ID:wXm0mWa.0
「それでは、君が……」
「いいの、もう」
シャドウの言わんとしたことが分かったのだろう、その言葉を遮る。
悲しそうに一度だけ赤い空を見上げて、息を飲み込んでから力強く言葉を続けた。
「死んじゃった人より、生きてる人の方が大切なのよ。
父さまはもう死んじゃったから。生きてるあなたたちのために、ちょこは父さまを諦めなくちゃいけないの。
ちょこが我慢すれば、その子が幸せになるんだから」
それは、アークたちとの旅で学んだことだった。
アークは後ろを振り向き絶望する人々に、前を向いて明日へと進むことを教え続けた。
ちょこだって、そうだ。
勇者たちと出会わなかったら、過去の惨劇と決着することなど永久に出来なかった。
幻想の村を作って、幻想の村人と一緒に、仮初の絆を結んで満足していたことだろう。
でも彼女は勇者との旅路の末に気づいた。
死んでしまった人々は戻らない。
破壊してしまった事実は消えない。
それを知った少女は誓う。
だから、せめていい子であろうと。
胸を張って自慢できるような娘でになることで、彼女は父親に報いようとした。
ちょこは、それすらも捨てようと決意する。
人の苦しみを理解できる優しい子だからだろう。
父親に愛してもらえなかった少女の苦しみが、痛いほどに。
ちょこは、死んでしまった自分の父よりも、今生きている誰かの幸福を願える子だった。
「……ちょこ…………」
「行って。お願い」
シャドウが逃げるべきか迷いながら、ジリジリと後ずさりをする。
やがて、心を決めたかのように踵を返した。
怪我のせいだけではないだろう、彼の足取りは重い。
「おじさん、ありがとなの」
なぜ少女がお礼を言ったのか。
今のシャドウにそれを理解することはできない。
「ククク……逃げるのか? 小娘を生贄にして!」
ルカの罵倒する声。
しかし、言葉ほどの怒りを覚えている風には見えない。
彼の興味は、無様な敗北を喫した暗殺者から、異常な魔力を秘めた少女に移っていた。
「いいの。ちょこが決めたんだから! ちょこ、あなたを殺せるよ」
ちょこが、一歩を踏み出す。
ルカは、すでに彼女の魔法の射程範囲に踏み込んでいる。
キナ臭さを感じ取ったのか、海風も今はまったく吹いてはおらず。
焼け野原に遺された音は、少女と狂皇の息づかい、そして男がひとりで敗走する情けない足音だけだった。
「…………結局、ひとりになっちゃったの」
気づいときには、仲間たちからはぐれて一人でこの島にいた。
その後に出合ってからずっと一緒だったアナスタシアも、どこかへ行ってしまった。
仲良くなれたと思っていたシャドウも、彼女を置いて行ってしまう。
そして父親への報いも、棄て去ろうとしていた。
「仕方ないよね」
誰に言うでもない、ちょこの嘆き。
しかし、音のない戦場には遠くまで響いたものだ。
泣き声に近いソレは、歩み遅く逃げるシャドウの耳にも届く。
629
:
シャドウ、『夕陽』に立ち向かう
◆Rd1trDrhhU
:2010/06/27(日) 20:54:46 ID:wXm0mWa.0
「ちょこ、いっぱい殺しちゃったんだから」
シャドウは、それでも歩みを止めない。
俺だってそうじゃないか。その言葉を伝えることもしなかった。
ただ逃げる。
戦友への誓いのために。
自分の誇りも、誰かの悲しみもここに置き去りにして。
照りつける夕陽から逃れるように。
影は、東へ消えた。
◆ ◆ ◆
「どうした小娘ッ!」
叫びと共に振り下ろされた剣だが、それが命中することはない。
これで何度目になろうか。
ルカの攻撃は全て悉く回避されていた。
それでも、狂人の顔から笑みが消えないのは、余裕だからに他ならない。
彼はまったくダメージを受けていないのだから。
「…………」
一方、ちょこは攻めあぐねていた。
ルカの攻撃が巧みだからとか、隙が見当たらないとか、そういったことではない。
やはり、少女は殺せなかった。
シャドウに殺害を宣言したはずなのに、まだその踏ん切りがつかないでいる。
「よくもあんな啖呵を切ったものだ!」
捨て身の一撃は、またもや空振りに終わる。
ルカは本気で攻めていた。
にもかかわらず、その攻撃はかすりもしない。
彼もまた、少女に決定打を与えられないでいた。
「ならば……もういい、失せろ」
「え?」
先に痺れを切らしたのは、積極的に攻めていたルカの方。
剣を収めて、あさっての方向に歩き出した。
何事かと目を丸くする少女をよそに、ルカはカチャカチャと甲冑を鳴らして進む。
「俺は、あの男を殺しに行くとしよう」
首だけで振り返って、笑う。
してやったりといった顔であった。
「ダメなの!」
「そう遠くには行っていないはずだ。そうだ、森ごと焼き払うのも愉快だな!」
少女の叫びもそ知らぬ顔で、ルカは再び彼女に背を向ける。
ちょこは思わず男の後姿を全速力で追いかける。
テコテコという可愛い足音が、異常に速いテンポで刻まれた。
「まってお兄さ……」
慌てたちょこが、ルカの背中に追いすがろうとした時だった。
殺意が、再び空間に充填する。
一瞬で広がった黒く粘っこいオーラは、あらゆる生命を拒絶するかのように男の全身から這い出して。
少女の身体で弾けた。
630
:
シャドウ、『夕陽』に立ち向かう
◆Rd1trDrhhU
:2010/06/27(日) 20:56:03 ID:wXm0mWa.0
「……う、ぁ…………」
わき腹に全力の一撃を受けて、思わずうめき声がもれる。
振り返る速度そのままに放たれたルカの大振りが、少女をついに捕まえた。
男の破壊は少女の骨を砕き、内臓に損傷を与え、その体に十数センチ食い込んで止まっていた。
ちょこの小さな口の端から赤い滴りがポタポタと垂れる。
「ぁ……い、たぁ……」
「……! ふ……ふははははは! なるほど、ただの小娘ではないらしい!」
ひどく愉快そうに、もともと全開だったはずの瞳孔を限界以上に大きく剥く。
ルカの一撃は、鎧を切り裂くどころか、騎兵を馬ごと一刀両断できるほどの破壊力を持っている。
それが軽装の少女であれば、十人をまとめて一撃のもとに葬り去ることだって可能。
だのに、この小娘はどうだ。
刃が命中するなり、まずその表皮が剣の勢いの半分近くを削った。
肉が残りの大部分をそぎ落とし、そして肋骨が完全に攻撃を受け止めてしまった。
もはや、人間の防御力を遥かに超えている。
「やはり貴様を選んだのは正解だったようだ!」
「……んッ!」
グチャリと耳障りの悪い音をたてて、血に染まった剣を少女のわき腹から引き抜く。
身体に走った痛みに少女が蹲った。
この少女は異形だ。
人間ではない物の殺し心地を実感したいルカの顔が期待で歪む。
剣をあらん限りに振り上げ、未だ動けないでいる少女へと狙いを定める。
見下している男の目と、彼を見上げた少女の目が合った。
声が出せない少女の口が「なんで?」と音無き言葉を刻む。
三日月状に細められた両目が、それに対する男の回答であった。
少女が絶望する間もなく、男のフルパワーが少女に向けて振り落とされる。
「……!? 炎か!」
怯んだのはルカ・ブライト。
突如登場した巨鳥を模した火炎が、男の身体を通過。
驚きのあまり一瞬だけ動きを止めたものの、灼熱にその身を焼かれた男の表情は涼しいものだった。
隙をついて距離をとった少女の姿を確認し、ゆっくりと歩み寄る。
「あなたは、もう壊れているの」
ちょこは後ずさって、相手との間隔を一定に保つ。
未だに迷っているのだろうか、積極的に攻勢に転じようとはしない。
殺人への踏ん切りもつかないまま、男を睨みながら強がりを紡ぐ。
「ちょこは、あなたと戦うわ」
「ならば、殺しにこい! 今殺さねば……俺はもっと多くを殺すぞ!」
男はちょこを挑発する。
彼女が回避に徹すれば、ルカの攻撃があたることはほとんど無い。
だが、少女に攻撃の意思があるならば、確実に生まれるだろう隙をついてその身体を鮮血で染め上げる自身があった。
事実、戦闘のテクニックでは、ルカはちょこの遥か上をいっている。
「……分かってるの!」
小さな両手を大地にかざし、魔力を送り込む。
力を与えられたその地点の地面が急激に盛り上がり、男に向けて地盤の隆起が一直線に襲い掛かる。
一メートルもの巨大な土塊が下方から襲い掛かる、非常に破壊力のある魔法だ。
「ククク……なんだそれは」
ルカはあろうことか、その迫り来る魔法に向けて突進。
信じがたいことに、彼は下からせり上げる大地をなぎ倒しながら突き進んでいた。
高威力の魔法が、彼の肉体に少なくないダメージを与えていくが、ルカを止めるには至らない。
盛り上がった土を拳で砕き、足でへし折りし、ついに少女の目の前まで到達した。
631
:
シャドウ、『夕陽』に立ち向かう
◆Rd1trDrhhU
:2010/06/27(日) 20:56:55 ID:wXm0mWa.0
「……え?」
突如として眼前にあわられた男に、ちょこは思わず立ちすくむ。
魔法を真っ向から打ち破ってくるなど、初めてのことだった。
あのグルガでもここまではしないだろう。
「なめるな小娘ッ!」
なぎ倒してきた土塊と同じように、少女に拳を飛ばす。
彼女が数時間前に戦ったブラッド・エヴァンスよりも強力な打撃。
ちょこもすぐに防御体制をとって、その拳を受け止めた。
交差した細い腕でルカの大きな拳を耐えしのぐと、追撃がこないうちに反撃に転じる。
「……グっ! チィ……小賢しい真似をォッ!」
後方に現れた分身とともにルカを挟み込んだちょこは、二人がかりの蹴りをお見舞いする。
左右からの同時攻撃は、流石の狂皇も捌ききれない。
数発ほど命中した少女の足技が、胴体にめり込む。
だが問題は、肝心の蹴りの攻撃力が不足していたこと。
そして彼女にとって一番の不幸は、ルカの防御力が並外れていたこと。
男はダメージを恐れなかった。
蹴られながら二人の少女の足首をそれぞれの手で掴む。
「つかまえたぞ……」
「…………きゃぁ!」
悲鳴と共に、右腕に掴まれた方の少女が消える。
残された左腕の少女は逆さづりで盛り上げられてしまった。
ジタバタと暴れるちょこ。
だが、彼女の足を掴む男の握力は強く、どれだけ少女が動いても緩む気配すらみせない。
それどころか、逆に動くことで彼女の防御はおろそかになる。
そこを狙って、ルカは左の拳を叩き込んだ。
「うわ!」
「…………ッ!」
少女の固さに、ルカは拳に痺れを感じた。
やはり……、と少女の不可解なまでの防御力を改めて実感する。
このままでは、たとえ剣を突き刺してもこの娘を殺すことは不可能だろう。
彼女の異常性を前に、ルカはますます気持ちを高ぶらせた。
その思いを拳に込めて、何度も何度も少女を殴る。
少女を確実に殺すために。
「わあ! うひゃあ! うわあ!」
相変わらず、ルカは少女の人間とは思えない防御力を感じていた。
ほとんどダメージを受けていないというのが、彼女の声に現れている。
それでも拳を握り、さらに強く彼女を殴る。
回数を重ねるごとに、パンチの威力は増し、その目は興奮からか次第に血走ってゆく。
「ぅ、うぅ……うぅッ! あうッ!」
もう攻撃は二十回を超えただろうか。
同じ部分へ殴打を食らい続け、確実にダメージは蓄積していたらしい。
少女の声にも変化が生じていた。
ちょこだって無敵じゃない。
攻撃され続ければ体力は削られ、やがて人と同じように……死に至る。
「どうした? 苦しそうだ……なァッ!」
「ぉッ! ぉうっ! ぉー。ぁ……ぁ……」
少女の守りを突破した手ごたえを感じ、ルカが殴る力にいっそうの力を込める。
殴り方を微妙に変えて、楽器のようにさまざまな悲鳴を喘がせながら。
やがて少女の悲鳴にも力がなくなっていき、ついに小さなうめき声しか発さなくなった。
632
:
シャドウ、『夕陽』に立ち向かう
◆Rd1trDrhhU
:2010/06/27(日) 20:57:31 ID:wXm0mWa.0
「そろそろ、死ねるか?」
「ッ! ッ! ッ!」
殴ること六十発。
ついに声を発することなく、痙攣するだけになった少女。
その両目から涙が滴り、額を伝って髪の毛から大地へと落ちる。
ルカはつま先で少女の腹を蹴り上げた。
「げはぁッ! ……ぁあぁあああぅぅ……!」」
一瞬だけ大きく跳ね上がって、嘔吐する。
血液が混じった吐瀉物が、逆さづりの少女の顔を汚した。
これならもう殺せるだろうと、ルカは皆殺しの剣を取り出す。
「貴様を殺せば、次はあの男だ」
「お、じ……ざ…………ん……」
涙やら血液やらでグシャグシャの顔を睨んでから、その剣を彼女の心臓に向けて突き刺そうとした。
しかし、ルカの言葉に反応したちょこの魔力が渦巻く。
少女は再び闘志を燃やした。
離れ離れになった親子を助けるために。
「だ……め……な、の」
現れたのは棺桶だった。
ここまで追い込まれて、少女はやっと魔法を使うことを思いつく。
地面から突き出した四角柱の塔のような棺が、ちょこを乗せて高くそびえ立った。
思わず少女の足首を離してしまったことを、ルカは後悔する。
「けほっ……けほっ…………」
棺の上で咳き込みながら、海水浴用タオルで顔を拭う。
もう、殺す以外の選択肢はないのではないかと、少女は半ば諦めていた。
「……おじ、さん……は! ゆう、しょう、して……帰るんだからッ!」
「……! これはッ!」
ルカが始めて、うろたえたような声をあげる。
光魔法、キラキラ。
『今の』ちょこが使えるなかで、最強の魔法であった。
棺から漏れ出た浄化の閃光。
まばゆい光は絶対の殺傷力をもって、真っ赤な夕陽すらもかき消した。
空間を余すところ無く埋め尽くした、少女の金色の怒り。
「く……ぐおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉッ!!」
光はルカの全身を傷つけながらも、体内に過剰なエネルギーを与えていく。
行き場をなくすほどに膨れ上がった力は、男の身体を巡り、巡り。
男の体内を中心とした激しい爆発を引き起こした。
直後、金色の光が晴れていく。
待ってましたと言わんばかりに、夕陽の赤が大地に舞い戻った。
「ぐ……貴様ぁ……ッ!」
片膝をつき、荒い息をさせながら、ルカはちょこを睨みつける。
口から血液を吐き出した後、剣を支えにして立ち上がる。
「あなたの負けよ。……あの人に手を出すなら、ちょこが許さない」
ふらつきながらもルカを睨めつけていた。
黄色いリボンの効果で、徐々にだが彼女の体力は回復している。
一方のルカは、戦いが長くなればそれほどスタミナを消耗して不利になるはず。
それを見据えて、彼女は勝負はついたと宣告した。
しかし、ルカは彼女の警告を完全に無視。
牛のように嘶いてから、剣を構えてちょこに襲い掛かった。
633
:
シャドウ、『夕陽』に立ち向かう
◆Rd1trDrhhU
:2010/06/27(日) 20:58:47 ID:wXm0mWa.0
「…………もう、やめて!」
叫びと共に、大地が隆起。
先ほどルカにアッサリと破られた『メキメキ』である。
しかし、男が疲労した今となっては効果絶大。
狂騎士は下から突き上げられる勢いのままに、数メートル跳ね上がって地面に衝突。
「…………ふはははははは! それでいい!」
破壊力の高い魔法をその身に受けながら、またもやルカは立ち上がった。
ここに来てもまだ一向に倒れる気配を見せない。
むしろ、ルカ・ブライトにしてみれば、ここからが本番だった。
何事もなかったと言わんばかりに、剣を抱えて突進する。
「殺して見せろッ! 小娘ッ!」
ちょこがパシャパシャで迎え撃つ。
魔法で作られた水塊が、ルカに向けて発射された。
しかしルカはこれを一刀両断。
その場で弾けた水を全身に浴びながら、ちょこへと肉薄し刃を振るう。
頭部目掛けて繰り出された剣を、ちょこは避けることが出来ない。
こめかみを右腕でガードすることで、急所へのダメージを避ける。
「…………くぅ……!」
剣がぶつけられ、ちょこの腕はミシリと悲鳴を上げた。
しかし、泣き言は言ってられない。
男は本気で殺しにかかっている。
ちょこも殺すつもりでいかなければ、やられてしまうほどに。
「それがどうしたッ!!」
メラメラの炎鳥で迎撃しようとするが、ルカの進行を止めることは出来ない。
炎を全身に纏ったままで、男は走り続けた。
ルカの兜割りが振り下ろされる。
ちょこは横に飛ぶことでそれをかわし、男の顔目掛けてとび蹴りを加えた。
だが、やはり直接攻撃は期待できたものではない。
ルカがちょこの足を掴んで、そのまま地面に叩きつける。
「ふぇっ!」
地面に鼻をぶつけてしまい、鼻血がツーと垂れる。
うつ伏せで倒れるその背中目掛けて、刃が突き立てられた。
ちょこは地面を転がって凶刃の軌道から逃れると、ルカの横腹にパシャパシャを放つ。
声もあげないで吹き飛んだ狂皇だが、宙返りからの見事な着地を披露して、懲りずに少女に向き直った。
「なんでなのー……?」
ちょこが不思議そうに男を観察する。
普通の人間なら、まとも動きを出来るほどの傷ではないはずだ。
しかし、あの騎士は、以前と分からないほどの動きと、以前よりも強い気迫でもってちょこ首を狙ってきている。
装備品で体力を常時回復しているはずのちょこの方が、息が上がってしまっていた。
「どうした? もう心が折れたのか?!」
休むことなく少女を攻め立てようとするルカ。
全身には、いくつもの生々しい傷跡が付けられている。
だが、彼に疲れた様子はほとんど無い。
634
:
シャドウ、『夕陽』に立ち向かう
◆Rd1trDrhhU
:2010/06/27(日) 20:59:57 ID:wXm0mWa.0
さて、突然だが、ルカ・ブライトの剣術は凄まじいものだ。
そんなことは言うまでもないだろう。
しかも、それでいて最強の召喚獣を扱えるほどの魔力も兼ね備えている。
身体能力もこの殺し合いの参加者でトップレベルだ。
そこまでの万能戦士でありながら、そのどれもが彼の長所足りえない。
この男の真の恐ろしさは他にある。
タフネス。
持久力こそが彼の真骨頂。
二十人弱の都市同盟の精鋭たちと戦っても、まだ剣を振り続けられるしぶとさ。
戦場で何時間の激闘を演じようとも、一向にバテない体力。
そのタフネスを発揮できる局面まで追い込まれて初めて、彼の本番が始まるのだ。
ちょこのキラキラはそれを引き出した。
が、そのために終わりない持久戦が始まることになる。
ちょこは強いとはいえ少女の体。スタミナがあるとは決していえない。
体力差は歴然だった。
黄色いリボンのアドバンテージを埋めて余りあるほどに。
「まだっ!」
少女が叫べば、急に風が吹きすさぶ。
竜巻の魔法、ヒュルルーだ。
決定打を命中させられないのなら、範囲攻撃を当てればいい。
シャドウをしとめたときと同じパターンである。
しかも、今度はそのときとは違い、手加減なしの全力で魔法を放つ。
殺すことも厭わない一発だ。
竜巻はルカすらも簡単に空へと巻き上げる。
その高度は、ブラッドやシャドウのときより遥かに高く。最終的には命にかかわる高さまで。
そして、無遠慮に固い大地へと叩き落した。
ルカに遅れること数秒。
ドサリと、デイパックがひとつ落ちてきた。
シャドウとの戦いの前にルカが遠くへ投げ捨てたものだが、今の魔法でここまで飛んできたらしい。
男の落下の衝撃によって辺りに生じた土煙が、少女の視界をふさぐ。
彼女が男が倒れているだろう方向を、申し訳なさそうに見つめていた。
悪い子になってしまったかもしれない後悔と、ほんの少しの安堵を抱いて。
「ふははははははははははははは!!!!」
煙の奥から、笑い声。
少女が驚きを隠そうともせず、まん丸な目を見開いた。
男がまだ生きていたことに驚愕したわけではない。
生きていてもおかしくはない、とは思っていた。
しかし、笑う体力まで残されていたとは、さすがに予想だにしていなかった。
「残念だったなッ!」
晴れかけた土煙の中から、ルカが突如として現れる。
走るスタミナまでは残されていないだろうと思っていたちょこの反応が遅れた。
その隙を突いて、ルカは皆殺しの剣を少女の腹部へと突き立てる。
今のちょこに、この一撃を避けることは敵わない。
ルカは命中を確信していた。
635
:
シャドウ、『夕陽』に立ち向かう
◆Rd1trDrhhU
:2010/06/27(日) 21:00:35 ID:wXm0mWa.0
さて、得意の力押しで戦局を有利に進めていたルカ・ブライトだが、彼はたった一つだけミスを犯した。
彼はある見当違いを起こしていたのだ。
少女の能力について、である。
ルカにタフネスと言う長所があるように、ちょこにもズバ抜けた強みがひとつある。
スピードでも、防御力でもなく、魔力だ。
ルカも、少女の魔力が高いことは重々承知のつもりでいた。
それこそ、彼が過去に出会ったどの人物よりも高いと見込んで。
だが、それでも彼は少女を過小評価していた。
少女の魔力がもつ異常性は、ルカのタフネスがもつソレに匹敵するかそれ以上。
ルカの評価の遥か上のそのまた上である。
その見当違いが、さらなる決定的な勘違いを引き起こしてしまう。
彼は、『キラキラ』を少女の『切り札』だと思い込んでいた。
ちょうど自分の持っている魔石のような、『切り札』だと。
もちろんあの魔法は、彼女の『奥の手』ではある。
現在のちょこが使うことの出来る魔法の中で最高威力を誇っているのだから。
しかし『切り札』、つまり一度しか使えない最終手段ではなかった。
「…………なッ!」
こんどはルカが驚かされる番であった。
大地から再び現れた、光の棺に。
この魔法はかなりの魔力を消費する大技だ。
にもかかわらず、少女が繰り返し放てるのはなぜか。
簡単なことだ。少女の魔力の総量が途方も無く膨大であるからだ。
「これで、終わりなの」
世界はもう一度金色に染まる。
広範囲にわたる逃げ道の無い、超破壊魔法。
ルカがこれを切り札だと勘違いしてしまうのも、仕方ないことなのかもしれない。
そうほどまでに、少女の『キラキラ』は強力だったのだから。
彼女は、真の紋章使いをも悠々凌ぐほどの大魔法使いであった。
「…………くくく……これは、愉快だ」
ルカはやっと気づいた。
彼女こそ、自分に勝ち得る唯一の人物であると。
一対一で、ルカ・ブライトを殺すことが出来るただ一人の存在であると。
そして、それに気づいて、彼は楽しそうに笑みを浮かべる。
狂喜に顔を歪めたまま、金色の衝撃に身をゆだねていた。
「ぐ……ぐ、が…………」
光が全て退散した後。
夕陽が照らす静寂の中。
ルカはもはやボロボロで、全身から血を噴出し……それでも二本の足で立っていた。
剣を手放すことなく、戦意も途切れることもなく。
「…………流石に、効いたぞ……小娘……」
「ねぇ、お兄さん。もうやめにはできないの?」
ちょこは、敵を殺さない解決策を最後まで模索していた。
それに反応を示すことなく、ルカはゆっくりと彼女の方へ進む。
少女はもう、距離を保ったりはしない。
仁王立ちで男を迎え撃とうとしていた。
「もうお兄さんじゃ、ちょこには」
「勝てないとでも……」
男が背中から取り出したのは、彼のデイパック。
シャドウとの戦いの前に遠くへ放り投げたが、少女の竜巻で男の近くに偶然戻ってきてしまったものだ。
手を突っ込んで、取り出したのは細長い木製の棒。
取り出すなり、少女へ向けて振るう。
636
:
シャドウ、『夕陽』に立ち向かう
◆Rd1trDrhhU
:2010/06/27(日) 21:01:28 ID:wXm0mWa.0
「言いたいのか?」
「…………え?」
不思議な光が少女を包む。
直後、自らの身体に変化が起こったのをちょこは感じた。
慌てて何らかの魔法を展開しようとするが……。
だが、練り上げた魔力は奇跡を発現することなく、無情にも空気中に散っていく。
魔封じの杖。
少女の天敵ともいえるアイテムであった。
「そんな……」
「時の運、とはよくいったものだ……。だが……」
絶望する少女に、男がジリジリとにじり寄る。
少女は後ずさりをして、男から距離をとろうとしたが、どうにも力が出ない。
「それを引き寄せるのも…………君主の力……」
「……ん……ぇ…………」
ルカが追いつき、少女の胸倉を掴んで持ち上げた。
足を振り乱す少女をあざ笑いながら。
「…………」
「そして……重なるものだ。幸運も、不幸も」
男の魔力が手のひらで収束する。
それは、彼がついさっき覚えたばかりの術。
魔石ギルガメッシュを所持したまま戦ったことで会得した補助魔法だ。
「ブレイブ」
少女の『キラキラ』と同じ色。
金色の光が男の足元から全身を包むように燃え上がる。
光は男の力となり、その闘気をいっそう強くみなぎらせた。
「避けられるものなら……」
「あ…………」
少女を真上に放り投げた。
魔法を奪われた少女は、成すすべなく数メートル空を舞う。
いままで、魔法でモンスターたちを吹き飛ばしてきた、しっぺ返しを受けるかのように。
「避けてみろッ!」
「……い、いや……だ……」
ちょこが蚊の鳴くような拒絶を示したが、その声は誰にも届くことはない。
もっとも、誰かがその声を聞いたところで、この一撃を止められるものなど……どこにもいない。
悪魔の頑丈さを持つ彼女ですらも、これを食らったら一瞬で肉塊と化すことだろう。
これこそが、『ブレイブ』のアシスト効果。
攻撃力なんと三倍。
ただでさえ規格外の破壊力が、である。
それは、この男には絶対に与えてはならない魔法だった。
(………おじさん………ごめんね…………)
「豚のように鳴いて……死ねッ!!!!!」
落下したちょこの腹部に、男の全力が叩きつけられる。
反則に近い、威力。
その衝撃は大地を大きく震わせ、ギルガメッシュの一撃よりも大きなクレーターを作る。
爆音は少女の悲鳴すらかき消して。
爆風は、少女の涙すら吹き飛ばし。
最強の召喚獣をも超えるその一撃は、ただの通常攻撃であった。
◆ ◆ ◆
637
:
シャドウ、『夕陽』に立ち向かう
◆Rd1trDrhhU
:2010/06/27(日) 21:02:34 ID:wXm0mWa.0
どこまで走ったのだろうか。
背中から戦いの気配を感じなくなってからしばらくした頃、シャドウは足を止めた。
気がつけばもう森の中。
サラサラと木の葉が擦れ、風は植物特有の爽やかな匂いを運んでくる。
「ケアルガ」
逃げながらずっとかけ続けた回復魔法。
主催者が施したのだろう制限により、その回復量は著しく抑えられている。
おかげで、傷があらかた消える頃には、シャドウの魔力はほとんど空っぽ。
おまけに身体に溜まったこの疲労だけは、魔法で消えるものではない。
耐え難い虚脱感を感じ、適当な木に身体を預けて腰を下ろす。
うっかりと眠ってしまわないように気をつけながら、目を瞑って心地よいまどろみを味わった。
ふぅ……と重い息を吐くと、両の腕すら鉛のように感じられる。
「……すまんな」
彼の簡単な謝罪は、赤毛の少女に向けたものだ。
圧倒的な強さを誇る騎士を前に、男は幼き少女を置き去りにして逃走した。
優勝するための、選択だった。
戦友に誓った勝利を求めるための。
「俺は、止まるわけには……いかん……」
先ほどナイフを突きつけながら少女に吐いた言葉を、もう一度。
今度は、自分に言い聞かせるかのように。
仲間に、殺した人たちに報いるためにも、必ず優勝しなくてはならないと彼は心に刻む。
しかし、彼にはひとつの課題があった。
優勝のために、乗り越えなくてはならない障害が。
「弱点、か……」
騎士にも指摘された、シャドウの欠点だ。
高速移動からの奇襲や撹乱を主な戦法とする彼は、広範囲魔法に弱い。
数刻前に喫した二度の敗北のその両方ともが、この弱点が原因だ。
それだけではない。今までもシャドウは、同じような形で死にかけたことが何度もあった。
だから、彼もその弱点を自覚していたはず。
完璧な仕事を遂行しようとする彼が、なぜ今の今までこのような明らさまな欠点を改善しようとすらしなかったのか。
「分かっていたさ……」
暴虐の騎士の言葉に、今更ながらに答える。
なぜ、自分が致命的な弱点を放置していたのか、シャドウはその理由になんとなく気づいていた。
ちょこの竜巻で吹き飛ばされた時……。
少女の魔法を前に、成す術なく真っ赤な空へと舞い上げられ……。
その瞬間、彼は思った。
ひとりはつらいな、と。
「くだらない…………」
理由なんか簡単だ、『彼の仕事じゃない』からだ。
敵の魔法を打ち破る役目を担っていたのは、セリスの魔法剣だ。
真っ向から打ち合うならば、ティナのトランス。
ゴゴのモノマネもいいかもしれない。
とにかく、彼が『それ』を求められることはなかった。
だから対応などしなかった。
他の仲間にまかせて、自分の長所を伸ばすことだけに専念すればいい。
しかし、仲間と共にいる間はそれでよかったが、問題はその後だ。
ケフカを倒して、世界を救ったその後はどうするつもりだったのか。
仲間と別々の道を歩み、また孤独な暗殺者に戻ることを考えると、やはり目に見える欠点は克服すべきではなかったのか。
638
:
シャドウ、『夕陽』に立ち向かう
◆Rd1trDrhhU
:2010/06/27(日) 21:03:28 ID:wXm0mWa.0
「……飽いていたのだな、俺は」
観念したように、ため息を吐き出す。
取調室で刑事に追いつめられた犯人が、ついに自白を始めるがごとく。
彼はもう疲れてしまっていた。
たった一人の人生に。
シャドウの弱点を仲間が埋め、仲間に不足しているところを彼が補う。
そうやって支えあうことで生き抜いた旅路は、彼の心に変化を生じさせた。
「寂い、か……。…………この俺が」
血にまみれた孤独はもう十分。
そんな気持ちを、シャドウは心のどこかに感じていた。
だからこそ魔大陸で、命の危険も省みず仲間を救った。
生きるために、他人の命すらも奪ってきた男が、である。
しかし、彼がその気持ちを直接的に表に出すことはなかった。
彼の過去が血にまみれていたせいだ。
多くの人を殺し、連れ添った相棒をも見捨て……終いには、娘を捨てた。
それらは死神となって彼を攻め続ける。
自分だけが望みを叶える事を、死神は許しはしなかった。
罪を犯したなら、その報いを受けて永劫に孤独であるべきだと。
だから、仲間たちにその思いを隠し続けた。
戦友に黙って死ぬその時まで、ずっと胸の奥に秘め続けて。
その声に縛られるままに、瓦礫の塔で逝った。
「刃も、曇るに決まっている……」
その後、彼は魔王オディオによって生きかえされて、この殺し合いに強制参加させられることとなる。
彼は、皆殺しを即決した。
自らの心に根ざしていた希望から、目を背けるようにして。
しかし、殺戮を心に誓ったにも関わらず、彼はエドガーもゴゴも斬ることが出来なかった。
当たり前だ。
心の最奥で、シャドウは彼らと共に生きたいと願っていたのだから。
孤独な生き方しか許されないという十字架。
共に旅した仲間との深い絆。
この相反する二つを背負うことで生まれたのが、仲間を慕いながらも皆殺しを狙うという、全参加者の中でも特に歪な存在。
そんなどうしようない矛盾を抱えた男こそが、今のシャドウであった。
(まだ、俺は…………)
エドガーに誓うことで、迷いを断ち切ったつもりだった。
もう、過去の絆と決別して、仲間を含む全ての人物を殺すことを決意したはずだった。
ゴゴとの邂逅で、死神すらも乗り越えた。
そしてマッシュの亡骸の前で、もう一度誓った。決して振り向かないと。
だというのに。
「ちょこは……」
呟いた名前。
少女らしい可愛い名前なのに、何故か重々しく口内に反響する。
あの少女との出会いが、全てを揺るがせた。
(あの少女は、俺と同じだ)
シャドウが背負っている過去の罪。
そして心密かに願っていた賑やかな未来への願望。
その両方を、少女はそっくりそのまま抱えていたのだ。
一人は嫌だと、願って、叫んで、足掻いて。
でも、罪を背負った過去のせいで、結局は孤独の道しか歩むことが出来ない。
まるで、鏡に映った自分を見ているようで、ひどく痛ましかった。
639
:
シャドウ、『夕陽』に立ち向かう
◆Rd1trDrhhU
:2010/06/27(日) 21:04:23 ID:wXm0mWa.0
(いや、違う。ちょこは、俺よりもずっと苦しんで、俺よりもずっと頑張っていた)
少女は、大切な人たちを、自らの手で殺した。
あの幼い心に圧し掛かった、孤独な人生を歩む負担。シャドウには計り知れない。
少女は、誰かと手を繋ぐことを望んでいた。
その絆への渇望を隠そうとすらしない。自分を殺そうとしたシャドウとも例外なく仲良くしようとした。
そして少女は、全てが思い通りになるほどの力を持っているにもかかわらず、それに頼らず心で何とか人と通じ合おうとしている。
彼女は、いい子であり続けようとしたのだ。
それが、ちょこが幼い頭で必死に考えた、償いなのだろう。
死んでしまった人に報い、罪と向き合うための。
そして亡き父親を喜ばせるための弔いなのだろう。
「それなのに、彼女はそれすらも、捨てたのだ!」
シャドウが珍しく声を張り上げる。
治りきっていない肋骨が痛む。少女に負わせられた怪我だった。
今、ちょこは騎士と戦っている。
彼女は敵を殺すと宣言した。
(孤独な、血にまみれる生き方を選んだんだ)
もう一度、人を殺す。
そうすれば、少女は再び永い孤独を歩むことになるのだろう。
もしかしたら、一人のままでこの会場で死んでいくのかもしれない。
あの騎士に殺されてしまうのかもしれない。
(こんな、男の……ために……)
全てはシャドウと、その娘のために。
愚かにも自ら捨てた人生、未来。
それらをもう一度拾い上げるチャンスを、彼に与えるために。
少女は死者を想うことすらも諦めたのだ。
「…………マッシュ」
木を支えにして、立ち上がった。
視界がぼやけ、クラクラと立ちくらみを起こす。
血が、足りなかった。
「俺は、このまま優勝したとして、胸を張って生きられるか?」
東へ一歩、踏み出そうとする。
少女と騎士が戦っているのとは、逆の方向。
太陽がいない方向だ。
しかし、体が上手く動いてくれない。
膝から力が抜けて、地面に転がる。
頭を振って、脳に鞭を打って、無理やりに身体を起こした。
「俺は背筋を伸ばせるか?」
目の前に、死神がいた。
ゴゴとの再開のおかげで消えたはずの死神を、シャドウは再び感じてしまっていた。
そいつは、赤い絵の具を染みこませた筆を持って、男の行く手を阻み。
彼女は、赤いベレー帽の下から覗く大きな両目で、悲しそうに男を睨みつけ。
死神の指では、誰かの形見の指輪が、男を元気付けるように光り輝いて。
『どこへ行くんだよ』と攻めたてるような声が。
シャドウは「そうだな……」と一言、死神に答えた後……。
「ふっ……ははは……」
顎についた泥を拭って、大声で笑った。
狂ったように、吹っ切れたように声をあげて。
忍ぶことを忘れ、ひたすらに。
640
:
シャドウ、『夕陽』に立ち向かう
◆Rd1trDrhhU
:2010/06/27(日) 21:05:14 ID:wXm0mWa.0
「ふはははは……!」
数秒ほど、らしくない高笑いを惜しげもなく披露する。
これほど笑ったのは、『シャドウ』を名乗ってから初めてのことかもしれない。
ひどく心が軽くなった。
「そんなわけ、ないよなァ……」
このまま優勝したとしたら、とシャドウは考える。
おそらく、彼はそれすらも罪の一つにカウントするのだろう。
そして、また終わりのない孤独を自ら歩むことになる。
殺して、背負って、また殺して、それも背負って。
仲間に教えてもらった絆すらも、無駄にして。
(……貴様らのせいだぞ……マッシュ……エドガー……!)
それが馬鹿げていると、今更になってやっと気づいた。
わざと唇を噛み切って、血を流した。
そいつを洋酒に見立てて、飲み込む。
当然だが、鉄の味しかしない。
「確かに、たくさん殺した」
ゆっくりと、木を支えにして後ろを振り向いた。
眼光鋭く、笑みは絶やさず。
恐れが無いと言えば嘘だ。
だが、それを笑って受け止められるほど、彼の背中を押す力は強大だった。
「消えない罪だ」
死神の気配を背に感じる。
頼むから消えてくれるなよ。死神に願った。
沈みかけの赤い夕陽が、彼の目に刺さる。
全ての影を拒絶するような、雄々しい輝きであった。
「だから、一人にならなくちゃいけないのか?」
少女に、返せなかった言葉。
それを、馬鹿でかい紅のまん丸にぶつけた。
ありったけの荒々しさを込めて。
(ふざけろ……!)
男は怒っていた。
犯した過ちに縛られて、生きたいように生きられなかった自分にも。
男のために、犠牲となること選んだ少女にすらも。
そして、それを甘んじて受け入れてしまった自分自身が、やはり一番憎い。
(一人が辛いなら、俺がその手を握ってやる……!)
逃げないで、最初から素直に望めばよかったのだ。
共にありたいと。
仲間なら、答えてくれるに決まっていたのに。
過去も、罪も、共に分かち合ってくれると、分かっていたのに。
「エドガー、みんな。俺に力をよこせ」
仲間の一人、野生児が流した涙を思い出す。
彼は言った。「父親が生きてる、それが幸せだ」と。
そんなもんだよなとシャドウは笑う。
『絆』とは、『無条件に愛せるつながり』の事を言うのだから。
「お前たちを、裏切るための……力をッ!」
西へ一歩。確かに踏み出す。
柔らかな土の感触を、今になって初めて感じた気がした。
男は、戦友たちに約束した。必ず優勝すると。
彼は必死で進む。
641
:
シャドウ、『夕陽』に立ち向かう
◆Rd1trDrhhU
:2010/06/27(日) 21:06:36 ID:wXm0mWa.0
その誓いを破るために。
(死神……君はそこで見ていろ)
背中の少女に向けて宣言する。
死神が何も言わずに頷いたのを、シャドウはその背で感じ取っていた。
それが、シャドウにはとても頼もしいと思えた。
孤独など、屁でもないと思えるほどに。
(俺の背中から……目を離すな)
森を抜ければ、平野が開けた。
戦場は近い。
男の鼻が感じ取る。
真っ赤な光が、緑の草原を赤く照らしていた。
(全てが終わったら……必ず君を……)
臆することなく夕陽に向かう。
紅い光を浴びながら、影はそれでも消えなかった。
何かに押されるように、シャドウは歩みを速める。
西へ西へと影は進んだ。
少女の手を、握るために。
(抱きしめにいく)
死神は、静かに微笑んだ。
◆ ◆ ◆
ルカのブレイブによる超攻撃の余波が去り、何度目かの静寂に包まれる港町跡。
その爆撃にも等しい衝撃の震源地にあたる場所。
ルカが誇らしげに大地に刻まれた傷跡を眺める。
しかし、そこにあるべき少女の亡骸は見当たらなかったなかった。
少女がなぜ死んでいないのか、周囲を見渡すと。
百キロメートル以上先に、その原因を見つけた。
夕陽に浮かぶは、黒いシルエット。
「貴様か……ッ!」
ルカが忌々しげに、歯軋りをしながら男を睨みつける。
また殺し損なったことに、苛立ちと憎悪を感じながら。
「…………おじさん」
間一髪でシャドウに抱きとめられたちょこ。
彼女は、なぜ彼がここにいるのか分からないでいた。
細い指で、男の黒衣の胸の部分を引っ張ってみて、幻でないことを確認する。
「…………やはり、殺せなかったか……」
「……ごめんなさい…………ちょこ……」
「いや、それでいい」
少女が殺すのを躊躇ったのか。
それとも騎士の実力が、ちょこを追い詰める程のものだったのか。
おそらくは、その両方だろうとシャドウは予想。
謝る少女の頭を撫でてやる。
彼の手に感じられる暖かな感触は、確実に人間の熱だ。
そして男の胸元にしがみ付くその姿は、幼子そのもの。
にもかかわらず勇敢に狂騎士に立ち向かった彼女に、シャドウは無言で感心した。
642
:
シャドウ、『夕陽』に立ち向かう
◆Rd1trDrhhU
:2010/06/27(日) 21:07:43 ID:wXm0mWa.0
「後は、任せておけ……」
「……でも!」
シャドウは少女を地に下ろし、自分の力で立たせる。
ルカに向けて歩き出そうとした男の服を、ちょこが引っ張って引き止める。
シャドウを心配しての行動だ。
ルカがちょことの戦いで疲労していたこと、シャドウが少々の休憩をはさんだこと。
その二つを加味したとしても、彼はルカには勝てない。
「……俺は負けない」
「……でも、でも!」
少女の手を優しく解く。
ちょこは何か言いたげだが、上手く言葉の整理がつけられない。
シャドウは少女に背を向け、手持ちの道具を確認する。
デイパックは、少女の竜巻を食らった時にどこかへ飛んでいってしまった。
彼に残されているのは、この殺し合いの一番最初から彼を助けてきた二つのアイテム。
アサッシンズと竜騎士の靴。それだけだ。
ルカと戦うには、明らかに厳しい状況。
それでも彼は、少女に勝利を宣言した。
「全てを……賭けるから……」
数十メートル先で構えるルカへと、一歩を踏み出す。
竜騎士の靴があげた軋みは、無口な男の変わりに放たれた雄たけびだ。
少女は、男の背中を不安そうに眺めるばかり。
彼のその言葉は、強がりなのか。
それとも、本気で自分が勝つと信じているのか。
彼の背中を守る死神だけが、その真意を知っていた。
「今更ノコノコと……死にに来たかッ!」
大ジャンプで迫るシャドウを迎えるは、狂皇、ルカ・ブライト。
狼は怒っていた。
久しぶりの殺人を何度も邪魔された苛立ちも、その憤りの一端を担っている。
だがそれ以上の原因は、再び自分の前に立ちはだかったこの男にあった。
先刻の無様な敗北を繰り返さんとしているその愚かさが、ルカの血液を急沸騰させていた。
「このルカ・ブライトに……貴様ごときが……!」
皆殺しの剣が炎を纏う。
この技によって焼け野原と化した港町が、一瞬だけざわめいたような気がした。
魔力の高いちょこには使わなかったこの技だが、耐性の弱いシャドウには効果絶大だろう。
そのうえブレイブによって攻撃力そのものも超強化済だ。
命中、それ即ち即死だと言っていい。
「敵うなどと……思うなァッ!」
兵器の域にまで達したソレが、一個人に向けて放たれた。
炎の龍が、遥か空まで舞い上がる。
その熱に曝され、世界は瞬く間に燃えさかった。
いくつもの市街を焼き払ってきたルカには、見慣れたこの灼熱の光景。
いつもと違うのは、これが一対一の戦いであるということ。
国家同士の戦争とはワケが違う。
国も関係なく、軍も階級もここには存在しない。
だが、たった二人の男の戦いは、戦争並みの破壊をも引き起こす。
焼け野原で始まったシビル・ウォー。
ある男が、過去に捨てたものと向き合うための戦いだった。
643
:
シャドウ、『夕陽』に立ち向かう
◆Rd1trDrhhU
:2010/06/27(日) 21:08:14 ID:wXm0mWa.0
「…………おじさん……そんなぁ……」
見つめた先であがった爆炎。
エルクの炎ですら見劣りしてしまうほど轟々と。
その巨大な紅いドラゴンは、特攻した男の死を少女に確信させるには十分な大きさだった。
ちょこが、絶望のあまり膝から崩れ落ちる。
もし、魔法が使えたらと、自分の無力さを呪った。
「………あ………あぁッ!」
しかし、彼女は視界の隅にその姿を確認した。
流れる炎の合間を縫って跳ぶ、漆黒の影を。
呼びかけようとしたが、少女は今になって男の名前を知らないことに気づいた。
どうしようかと悩んだ挙句……。
「父さま! 頑張ってなのーーーーーッ!」
男の背中と重なった幻影へと呼びかけた。
それが彼に聞こえるのか、ちょこは少しだけ心配する。
が、叫び続けているうちに、すぐにそんなことはどうでもよくなってしまった。
この距離と炎じゃ届かないんだろうな、と薄々感じながら。
少女は甲高い声を必死に枯らした。
「これで死なないとはな……!」
ルカが周囲を走り回る男を評価し、少しだけその興味を再燃させた。
男のスピードと精密さが、以前よりも増している。
スピードは、おそらく『ブレイブ』のような補助魔法に過ぎない。
しかし精密の方は、魔法でどうにかなるステータスではない。
集中力、つまり心の持ちようだ。
男の迷いが消えたことを知り、ルカは高揚した。
敗戦から立ち上がった男を今度こそ完全に壊すべく、舌なめずりをする。
「さァッ! 今度は貴様の番だ」
男を迎え撃つべく、五感を研ぎ澄ます。
前回の戦いでは、集中したルカにシャドウのスピードは全く通用しなかった。
精神の戸惑いを断ち切ったことにより、男はどこまで変わったのか。
その男の真価を見極めるために、ルカはあえて防戦を選択。
シャドウを捉えることに、全身全霊を注ぐ。
「そこかァ!」
ルカの感覚が、敵を捕捉。
探知した場所に、絶妙のタイミングで焔の剣を振るう。
魔法で強化された剣の勢いは凄まじく、武器のリーチの約十倍に渡って炎が迸り。
その軌道上の全ての存在を灰と化した。
しかし、シャドウの消し炭はそこになく。
ルカの感覚器官は確実に遅れをとっていた。
アサッシンズはルカの頬に一筋の赤を刻む。
一瞬遅れて脳に伝わる痛みを感じるまで、攻撃を受けたことにルカは気づかなかった。
驚きと喜びにその目が大きく見開かれる。
男の刃が、ついに狂皇に届いた瞬間であった。
「……………………」
シャドウがジャンプをしてルカとの距離を確保。
着地と同時に大きく息を吐く。
顎の先から滴る玉汗が、つま先に落ちて弾けた。
644
:
シャドウ、『夕陽』に立ち向かう
◆Rd1trDrhhU
:2010/06/27(日) 21:09:09 ID:wXm0mWa.0
(……もっと……速く…………)
かすり傷だが、ルカに一撃を加えることに成功したシャドウ。
彼は自分の身体が軽くなったように感じていた。
しかし実際は違う。軽くなったのではない。
自身を縛っていた多くの枷から解き放たれたことで、彼本来のスピードに戻りつつあるのだ。
しかし、ルカを翻弄してもそれでも彼はまだ速さを渇望していた。
もっと軽く、もっと速く動くために。
(全てを……ぶつける……)
そのためには、踏み込むことだ。
敵の生み出す炎を恐れず、敵が振り回す剣を恐れず。
……死にすらも臆することなく。
ブレーキをかけずに敵の懐に踏み込まなくてはならない。
(経験も……命も……誇りすらも……)
スピードよりも、需要なのは精神力。
相手の動きの隙間を縫うことにこだわる。
投擲という選択肢がない以上、致命傷を叩き込むにはそれしかなかった。
(……なにもかも…………!)
大きく息を吸い込んで、男は再び風を超える。
背中に感じる温もりが、頼もしくて仕方ない。
「ふん。だいぶマシになったではないか!」
精神の統一は崩すことなく、ルカが心底愉快そうに笑う。
彼が口にした評価は皮肉ではない本心だ。
今まで出会った敵の中で最も速く、鋭い攻撃。
これが速さを司る真の紋章の効果だと言われたら、一瞬の疑いもなく信じてしまうほどに。
「だが、俺の首を刈れるかと言えば……ククク……」
それでもルカは余裕を見せ続けた。
この言葉もまた男の能力を正確に評したもので、決して油断などではない。
ルカが過去に首を刎ねた者の中には、慢心してこそ君主であるなどと主張する輩もいた。
彼がその言葉に感じたのは、吐き気をもよおすほどの嫌悪。
気取りたいが為だけに吐き出されたような文句だ、と当時の彼はその美学を切り捨てた。
慢心している自分に酔いたいだけならば、自室の鏡を前にポーズを決めていればよい。
戦場で命の奪い合いをしている以上、彼はいつでも本気で殺す。
犬も、老人も、稚児も。出来る限りの絶望を眺めるために。
それが、『悪』たる男の信条だった。
「……ほぅ」
シャドウのナイフが、ルカの二の腕に新たな傷を作る。
さっきよりも深い。
ルカは、焦った風もなく男の速さを称えるように唸ってみせた。
彼は、本当に余裕があるからこのような態度を見せている。
いくらシャドウが速くても、ルカの命を脅かすレベルにはまだ達していない。
たとえあと何発命中したとしても、この程度の浅い傷ではルカを殺すことは出来ない。
彼の無尽蔵とも思えるタフネスを突破するには、男のナイフは破壊力が足りなすぎたのだ。
だから、シャドウは急所への一撃必殺を狙うはず。
疲労が蓄積し、動きが精彩を欠いてしまう前に。
今の彼の攻撃は、そのための布石。
連続攻撃で隙を作り、最大限の威力の攻撃を叩き込むための。
ルカもその狙いには気づいていたし、ルカがそう感づいたことをシャドウも察していた。
645
:
シャドウ、『夕陽』に立ち向かう
◆Rd1trDrhhU
:2010/06/27(日) 21:51:01 ID:wXm0mWa.0
再び、シャドウの攻撃が。
今度は脛を切り裂いた。
徐々に威力を増す暗殺者の攻撃は既に、軽く血が噴出するまでのレベルにまで達していた。
もうすぐだ。
ルカの見立てでは、あと三回。
今から数えて三回目の攻撃で、シャドウは必殺を狙いに来るとルカは予想する。
「では、こちらも攻撃させてもらうぞ!」
防戦一方では、いずれ殺されかねないと踏んだルカ。
攻勢に転じることで、男の動きを阻害する。
繰り出すはもちろん業火の剣。
ワンパターンではあるが、それも当然のこと。
回数制限のないただの攻撃がこそ、彼の持ちうる中で最強の攻撃手段なのだから。
まずは、闇雲に剣を振り回す。
確実な攻撃が決められない以上、攻撃の範囲を広げることが得策だと考えてのことだ。
ルカを中心に、まるで竜巻のように炎が渦巻いた。
それはもう、大規模魔法と見紛うほど。
もはや通常攻撃と呼んでいい規模ではなかった。
「…………ック……」
無茶苦茶な攻撃を前に、シャドウの足が一瞬止まった。
しかしすぐに建て直して、高熱の中を走り抜ける。
リズムが崩れたこと、熱風を吸い込んでしまったことにより、シャドウの体力が削られる。
元々ギリギリの線を走っていただけに、この誤算は無視できない。
(それでも……勝つ……)
伸ばした腕が炎の壁を越える。
握ったナイフの先端が、ルカのこめかみを抉った。
ダメージと呼ぶにはあまりにも浅い。が、急所に一撃を入れることに成功した。
すぐに反転し、次の攻撃へと移行する。
(彼女に……ちょこに……)
炎の渦が消えた先で、ルカは既に剣を構えていた。
振り下ろされた灼熱を、シャドウは斜め後ろへのステップで回避。
十メートル近い炎柱が吹き上がり、大地がグラグラ揺れる。
シャドウの着地が乱れたが、すぐに修正し全速全身。
ルカの首筋へ、短剣を走らせた。
少しばかり踏み込みすぎている。
当たれば僥倖という一撃であった。
(俺のような人生を…………歩ませてたまるか!)
大振りの隙をついた攻撃。
常人であれば、攻撃を知覚することすら出来ないだろう。
しかし、ルカは一騎当千の騎士だ。
強引に上体を反らせて、ナイフから逃れる。
この一撃は、空振りに終わった。
しかし、元より『外れて当然』で放ったもの。
すぐさまルカへと向き直り、追撃を浴びせるために突進する。
無理な姿勢から戻ったばかりのルカは、碌に剣を構えることも出来ないだろうと。
そして、この攻撃こそが、『三撃目』。
ここでシャドウは必殺を狙うはずだ、とルカが予想した攻撃だ。
646
:
シャドウ、『夕陽』に立ち向かう
◆Rd1trDrhhU
:2010/06/27(日) 21:52:44 ID:wXm0mWa.0
(切り開くぞ……!)
「甘いなッ!」
信じがたいことに、ルカはなんとか迎撃体勢を整えていた。
シャドウの予想を大きく上回るほどの復帰の速さ。
しかし、シャドウは引かない。
ここが勝機であると信じて、暴虐の君主へと立ち向かう。
敵の射程範囲ギリギリまで踏み込んで、シャドウが放ったのは……。
「サンダガ」
「なにッ!」
なんと、魔法であった。
シャドウの魔力が手のひらで渦巻き、青白い雷を生み出した。
空から降り注ぐ細い雷光の狙う標的はルカではない。
稲妻が落ちたのは、彼が構えている皆殺しの剣だった。
「豚がッ! 舐めた真似をォーーーッ!」
まさか魔法など使うと思ってもいなかったルカ。
彼の視界を白い閃光が覆う。
これこそが、シャドウの目的。
攻撃を繰り返すことで、ルカに『真っ向勝負』の意識を植え付け……。
シャドウが魔法を使うという可能性を、ルカの脳から消し去った。
そして、絶好のタイミングで彼の視界を塞ぐ。
(………………ここだッ!)
背後に回ったシャドウが、ルカの背中へとナイフを走らせた。
防御もなにもかも捨てて、敵の心臓を突き刺すことに全力を注いで。
「そ……こ、かァッ!!!」
視力を取り戻したルカが、背後に顔を向ける。
シャドウの姿がどこにも見えないことから、上か後方の二択だと判断したルカ。
最終的に後方を選択した彼の勘は素晴らしかった。
しかし、反撃に転じるには少しだけ手遅れ。
ルカが身体を反転するより早く、アサッシンズが彼の心の臓を破壊するだろう。
「…………遅い……!」
顔だけだが振り返ることが出来たことに、シャドウは内心驚いていた。
流石ルカ・ブライトだと、人生最強の敵を静かに称えた。
尊敬を込めて、ナイフを突き入れる。
迷いない刃は、全ての介入をも受け付けない勢いで空気を切り裂く。
振り返ることができない以上、ルカに手はない。
シャドウの精密攻撃は、後ろ向きのままで受け止められるほど甘くはないのだから。
ルカブライトは詰んでいる。
少なくともシャドウは、そう思っていた。
「それで……俺をッ! 殺したッ!」
「………………ッ!」
「つもりかァーーーーッ!」
信じがたい光景だった。
剣が、飛んできた。
それを、シャドウは手にした短剣で弾く。
後ろ向きのままのルカが、迫り来るシャドウに対応する唯一の方法。
それは、他でもないシャドウの真骨頂である投擲であった。
647
:
シャドウ、『夕陽』に立ち向かう
◆Rd1trDrhhU
:2010/06/27(日) 21:55:44 ID:wXm0mWa.0
「…………馬鹿、な……!」
予想だにしない無茶苦茶な攻撃に、シャドウの足が止まる。
あまりの衝撃に一瞬だけ立ちすくんでしまった。
投擲のスペシャリストである彼は良く知っている。
後ろ向きで、物を正確かつ高速に投げることの難しさが。
狙った場所に投げるだけならば、シャドウの技術を持ってすれば可能なこと。
しかし、剣のような重い物体をここまでの勢いを込めて後ろに投げることは、シャドウにすら不可能だった。
全ては、ルカの剣術と胆力が成せる業。
「……ッ!」
投擲に見とれてしまっていたことに気づき、シャドウが慌てて我に返る。
ルカは既に眼前に迫っていて、彼の手にはシャドウが弾いたはずの皆殺しの剣が握られていた。
シャドウが身体を捻って、なんとか回避しようとする。
集中すれば、避けられない攻撃ではないはず。
スピードはシャドウに分があるのだから。
「……しま…………ッ!」
それは、不運だった。
しかし、気をつれば未然に防げた事故でもあった。
彼の視界を塞いだのは、水平線に落ちる直前の夕陽。
太陽が、夜に追いやられるその前に、自らに逆らいし愚かな影へと制裁を加えたのだ。
紅い光は、最後まで彼の敵だった。
そして、先刻のルカの言葉の通り、不幸は重なるものだ。
シャドウを守っていたヘイストの効果が、ついに消失した。
「…………がぁッ!!!!!」
ルカの剣が、シャドウの左腕を切り裂く。
二の腕から先が、一瞬で燃え尽きる。
彼の左腕を奪った不幸は、夕陽と、ヘイストの効果切れの二つだった。
その代わりだろうか。このとき、シャドウにとって幸運だったことがが二つある。
一つはルカの補助魔法も切れていたこと。
この攻撃が『ブレイブ』の恩恵を受けていたら、シャドウはたちまち焼死体と化していただろう。
もう一つは、切り裂かれた部分が焼け爛れていたこと。
これにより、傷口からの出血がほとんどなく、結果的にシャドウは即死を免れていた。
「…………ぅ……ぐッ……!」
傷ついた左肩を抑えて膝をつくシャドウ。
生きながらえることができたとは言え、ピンチであることには変わらない。
元々ギリギリだったシャドウの体力は、そのほとんどをさっきの一撃で奪われてしまった。
「惜しかったなァッ!」
「グガァッ!」
ルカの蹴りがシャドウの顎を蹴り上げる。
数本の歯が砕け、血液とともに飛び散った。
「ゴッ!」
宙に浮いた男の腹に、さらにルカが拳をめり込ませる。
パンチを受けて吹き飛んだシャドウ。
数十メートル空を跳んだ彼は、二、三度バウンドして、やっと停止。
うつ伏せで男が倒れたのは、ちょこが待機していた場所のすぐ近く。
「おじ……さん」
「くる、な……ッ! に……げ…………ろ……」
片腕を喪失したシャドウを心配してちょこが駆け寄る。
しかしシャドウがそれを掠れ声で制した。
フラフラと立ち上がり、真っ赤な涎を吐きながら。
648
:
シャドウ、『夕陽』に立ち向かう
◆Rd1trDrhhU
:2010/06/27(日) 21:57:01 ID:wXm0mWa.0
(彼女だけでも、なんとか…………)
土と血の混ざった味を感じながら、シャドウは悔しそうに呻く。
彼は、動けないでいた。
限界に近い体に鞭を撃って、なんとか剣を握る。
投擲での敗北は、シャドウの体だけでもなく心にすらも傷を残した。
「さらばだ、暗殺者……」
「……………………クッ…………」
ルカが剣を掲げてシャドウへの方へと進む。
彼を完全に殺害するために。
短剣を握るシャドウの右手から力が抜ける。
アサッシンズは悲しそうに、コトリと地面に寝転んだ。
それを取り上げようとして、シャドウは派手に転ぶ。
片腕を喪失したことにより、バランス感覚が崩れたからだ。
背中が、寒い、と。
そう、シャドウは感じた。
「一度でも俺の後ろを取ったことを、誇りに思って…………死ね」
もう夕陽はほとんど沈んでおり、その頂点だけが僅かに水平線から覗いていた。
現世を、名残惜しむように。
夜に、抗うように。
男をあざ笑うように、太陽は空にしがみ付き続けた。
「……………また、貴様か」
「…………」
ルカは心底不愉快そうに、シャドウを庇って前に出た少女を睨む。
ルカは憎しみを込めて舌打ちをした。
こいつらはどれだけ殺しを邪魔すれば気が済むのだ、と。
少女を殺そうとすれば、男が阻む。
男を始末しようとすると、このとおり。
「ふん。ならば、まとめて殺してやる」
怒りを込めて、魔封じの杖を再び少女に向けて振る。
これで、彼女にマトモな攻撃手段は無くなった。
だが、ちょこは驚いた風もない。
彼女は魔法を封じられる事など承知の上でシャドウを助けたのだから。
シャドウは力を振り絞ってヨロヨロと立ち上がると、残された右腕でちょこを抱える。
後方に何度か大ジャンプをしてルカから離れ、息を整えることに努めた。
「ちょこ……逃げろと……」
「やだ」
右膝をつき、肩を揺らして息をするシャドウ。
ちょこに、ここから離れるようにと促そうとした。
だが、彼の言葉を遮って、ちょこが背を向けたままで語りだす。
「ここで逃げたら……ちょこ、ずっと後悔するもん」
「…………」
「ちょこ、嬉しかったの。おじさんが来てくれて」
「…………」
シャドウが空を見上げる。
東の空はもう夜が訪れていて、綺麗な星々が瞬き始めていた。
久しぶりにまじまじと眺めた夜空を、彼はとても美しいものだと感じる。
夕陽が落ちて、本格的な夜がやってくるのを心待ちにした。
649
:
シャドウ、『夕陽』に立ち向かう
◆Rd1trDrhhU
:2010/06/27(日) 21:57:42 ID:wXm0mWa.0
「あぁ、そうか」
少女は一人だった。
シャドウもそのことは知っている。
育った村の人たちは、他でもない彼女自身がみんな殺してしまって。
村の外で出会った人間も、結局は彼女の前からいなくなっていて。
少女には誰もいなかった。
でも……シャドウだけは、彼女の元へと戻ってきた。
彼は命を賭けて、少女のために命を燃やした。
それは、ちょこにとって初めての経験。
自分のために命を捨てようとした人物など……もういるはずないと、彼女は思っていたのに。
(やっとたどり着いたよ。相棒)
随分と、遠回りをした。
最初から、答えを掴んでいたというのに。
仲間と旅している間からずっと……今もそう……。
その答えを実践しているではないか。
「なんて、簡単なことだったんだ……」
さて、ここで問題だ。
この男が、人生の大半をかけて悩み続けた問題だ。
大切な相棒が、死にかけている。
後ろからは、追っ手が沢山迫っていた。
捕まって拷問されるのを恐れた彼は、『殺してくれ』と懇願する。
その願いを聞き入れ、彼を殺すのが正解か?
それとも、彼を放置して一人で逃げるのが正しいのか?
いや、正解はそのどちらでもない。
長い人生のその先で、少女と共に男が導き出した回答は。
「死んでも、助ける…………!」
真っ向から追手に立ち向かうのでもいい。
囮になることで、相棒から敵を遠ざけるのもいい。
自分が死んで仲間が助かるなら、迷うことなく死ねばよかったのだ。
そして、生き延びることが出来たら、『殺せ』などと要求した相棒のことを思いっきり殴る。
それこそが、この問題の唯一の答えだった。
魔大陸で、仲間のために死んだこと。
ちょこのために、命がけで戦ったこと。
彼は既に、正解を二度も実演していた。
最初から、本当に最初の最初から……答えは用意されていたのだ。
「そうだよ、おじさん」
ちょこが柔らかに笑う。
男の前に立ち、ルカへと立ち向かいながら。
少女もまた、その答えを実践しようとしていた。
手を繋ぐということに。
絆を紡ぐということに。
それに条件なんか無いということを。
人殺しだって、関係ないということを。
手を伸ばし続ければ、必ず誰かが掴んでくれることを。
その全てを証明するために。
少女は、死を覚悟で狂騎士と戦おうとしていた。
650
:
シャドウ、『夕陽』に立ち向かう
◆Rd1trDrhhU
:2010/06/27(日) 21:59:15 ID:wXm0mWa.0
「おじ、さん?」
しかしシャドウは、それを許さなかった。
右手一本で少女を抱える。
全身から血を流しながら。
耐え難い苦痛と戦いながら。
「ちょこ…………聞け……君はもう一人じゃない」
「おじさん……なに……言ってるの……?」
今生の別れを告げるようなシャドウの口調。
ちょこがどういうことか問いただそうとする。
が、男はそれを無視して続けた。
ちょこは、全てを捨てて男とその娘を救おうとした。
父親を喜ばせるために『いい子』でい続けることも諦めた。
『ひとり』の辛さを知っているから。
シャドウとその娘に『ひとり』の辛さを味わって欲しくないから。
だから少女は自分が手にした全てを捨てるのだ。
「命を賭けて君を護った男が、ここにいる」
「まって……ちょこも戦うの! ちょこ頑張るから!」
ちょこが男の胸元にしがみ付いて懇願する。
少女が健気な姿を見せれば見せるほど、男は覚悟を強くする。
長い間、彼は迷っていた。
相棒を見捨てた卑しさを、自らへの刃と変えて。
その死神を、ずっと抱え続けて……悩み続けて。
仲間と共に生きていたいと、ずっと望んでいたのに……言えなかった。
でも、この少女が教えてくれた。
手を伸ばせば掴んでくれるんだということを。
「ダメだ。ここは、君の戦場じゃない」
「い……や、だ。ちょ、こ……も、たた……か、う!」
ちょこが大粒の涙を流す。
必死にもがき暴れるが、男の腕は彼女を決して放そうとはしなかった。
シャドウは少しだけかがんで、龍騎士の靴に力を込める。
今度は、シャドウが全てを捨てる番だ。
全てを捧げてくれた少女のために。
血塗られた過去のせいで全ての絆から拒絶された少女に、絶対に切れない絆を与える。
仲間たちが、シャドウにそうしてくれたように。
自分と同じ人生を、少女に歩ませないために。
シャドウはもう、長いこと生きたのだから。
「まだ……おじ、さん……の…………な、まえ、も……しら、ない」
「シャドウ」
「…………え?」
「シャドウ。それが俺の名だ」
上手く腕を回して、少女の頭をなでてやる。
その温もりが手のひらを伝わり、シャドウの心に活力を与える。
朽ちかけた体が、軋みを上げて動き出した。
「きみは、きみが命を賭けて護りたい人を見つけるんだ」
「やだ、よ……ねえ……生き、て……おう、ちに…………かえっ……て、よ……」
シャドウが力を込めると、龍騎士の靴はそれに応えた。
今日一番の大ジャンプ。
少女の竜巻よりも高く空へと飛び上がった。
綺麗な夜空の、無数の星へ向けて。
651
:
シャドウ、『夕陽』に立ち向かう
◆Rd1trDrhhU
:2010/06/27(日) 22:00:28 ID:wXm0mWa.0
「あぁ、帰る。…………必ず……!」
「まっで! おじざん! まっでよッ!」
シャドウがちょこの右足首を掴む。
少女を投擲するために。
少々荒っぽいが、これしか彼女を確実に逃がす方法が無いのだ。
「さよならだ」
「まって! おかわり! おじさん、おかわりなの!」
ちょこが叫んだ『おかわり』という台詞。
それは、彼女が消えゆく父親を呼び止めために使った言葉。
シャドウにその意味が伝わることはなかったが、彼は黒いマスクの下で優しく微笑んでから。
全力で少女を投擲した。
遥か夜空高く、離れ離れになる二人。
少女の目には、全てがスローモーションに映った。
「シャドウおじさん、絶対に生きてッ!」
必死に手を伸ばす少女。
しかし、シャドウはその手を握ることは無く。
それを理解した少女は、頭から外した黄色いリボンを男へ託す。
これは少女の専用アイテムで、他のものにとっては何の意味も持たない。
それでも、意味がないと分かっていても。
少女は男に握らせた。彼の勝利を願って。
「この手は、決して放さない」
握りこぶしを突き出し、少女へと掲げた。
少女も男に倣って、握りこぶしを突き出す。
リボンはヒラヒラと、風に靡いて。
失った彼の左手の代わりに、少女に手を振り続けているかのようだった。
二人は離れてしまったが、両者はしっかりと手を握り続ける。
死んでも、尚。
「必ず勝って! 家に帰るのッ!」
「あぁ。…………元気でな」
二つの拳の距離が広がっていく。
少女はずっとシャドウから目を放さなかった。
彼が重力に従い落下を始めて、向こう側へ振り返っても。
その背中に願いを込め続けていた。
空中で反転したシャドウ。
水平線の先、僅かに頭を覗かせた太陽を睨む。
(まだ、世界が恋しいか……!)
これまで散々彼を苦しめ、その身を滅ぼさんとした恒星。
いまだに、夜に堕ちきる意思を固めてはいないようだ。
(消えろ……お前の出番は終わったんだ……!)
影は、ついに太陽に牙を向いた。
口を使って黄色いリボンを器用に右手首に巻くと、途端に力が湧いてくる。
紅い太陽を睨み、その場を明け渡すように要求した。
「今は星が輝く時間だッ!」
男に気圧されるように、夕陽は水平線の下で眠りについた。
本格的な夜が訪れる。
美しい夜だ。
希望の闇だ。
海風は、死神と共に男の背中を押した。
652
:
シャドウ、『夕陽』に立ち向かう
◆Rd1trDrhhU
:2010/06/27(日) 22:01:10 ID:wXm0mWa.0
地上に到達するなり、ルカの刃が襲い掛かる。
シャドウは着地の反動を生かして飛び退き、それを回避。
「小娘を逃がしたか…………何を考えている」
「そうだな…………」
シャドウが腰元からアサッシンズを取り出す。
ナイフは星々輝く夜空の下で、かつてないほど美しい銀色を呈した。
まるで、男の覚悟を、生き様を称えるかのように。
「…………老いてみたく、なったのだ」
ルカに踏み込むため、両足に力を込める。
竜騎士の靴がギチギチと唸る。
今日一日ずっ酷使し続けたせいで、もうこの靴も限界を迎えていた。
いつ壊れてもおかしくないほどに。
もう少しだけ、頑張ってくれ。
シャドウはナイフと靴に、そう呼びかける。
アイテムたちは何も答えない。
ただ、彼らが僅かに熱を帯びたのを、シャドウは確かに感じていた。
「そんな体で、たった一人で……俺に勝てると思ったかッ!!」
顔中の皺で憎悪を表現する。
ルカの目に映っているのは、ボロボロの男。
立っているのすらやっとのはずの傷、そして疲労。
それでも彼は、最強の敵に単身挑むことを決意した。
まったく、不愉快だ。狂皇が吐き捨てる。
ルカは剣を壊れんばかりに強く握り締めた。
男を完膚なきまでに叩き潰し、二度と立ち上がれぬようにその身を砕き殺さんと。
(……ひとりじゃないさ)
シャドウが肺中の空気を全て吐き出した後、大地を強く蹴って疾走する。
何かに引っ張られたように、その身は軽い。
「…………なにッ?!」
もはや、ルカの目にも捉えられない。
男の動きは、先ほどよりも遥かに早く鋭かった。
重傷を負っているにもかかわらずだ。
……違う、そうではない。
重傷を負ってるのに速いのではなく、重傷を負っているから速いのだ。
普通、片腕を落とされれば大量出血はもちろんのこと、その体のバランスも崩れて歩くどころではない。
しかし、シャドウは出血はそれほどしておらず。
バランスの修正も、この男なら容易いこと。
むしろ、片腕という重りを捨てたことにより、そのスピードはよりいっそう研ぎ澄まされていた。
音を超えるほどに、速く。
(俺には仲間がいる)
シャドウのナイフがルカの肩を切り裂く。
噴き出した鮮血がルカの頬を汚す。
小細工のない、真っ向勝負であったはず。
それなのに、ルカは男の動きを目視できなかった。
その額から汗が垂れ落ちる。
653
:
シャドウ、『夕陽』に立ち向かう
◆Rd1trDrhhU
:2010/06/27(日) 22:04:30 ID:wXm0mWa.0
(死神が憑いてくれている)
「き、貴様ァッ!!!」
ルカが、シャドウを追いかけて振り返る。
その瞬間に、今度は足首に痛み。
攻撃の方向すら分からなかった。
ルカのこめかみに、青筋が浮かぶ。
(…………そして)
次は頭から血が垂れた。
ルカが最も警戒していたはずの場所へ、浅いが確実に一撃が入る。
ルカ・ブライトは、完全に翻弄されていた。
暴虐の限りを尽くした男が、狩られる側に回っているのだ。
(ちょこがこの手を握っている)
完全にルカがシャドウを見失ったあたりで。
シャドウは投擲の準備を始めた。
ルカを確実に絶命足らしめる一撃を繰り出すために。
彼の手にあるのはナイフが一本と靴が一足だけ。
おそらく、これが最後の投擲になるだろう。
右腕に力を込め、彼が投げたものは…………。
(さぁ、殺してみせろ!)
ルカは、集中していた。
シャドウを見失った瞬間、周囲に意識を集中させて次の攻撃に備えた。
どんな攻撃が来ても、すぐさま回避して反撃に移ることができるように。
シャドウが投擲のプロフェッショナルであることは、ルカは知らない。
だが、ルカはナイフが飛んでくる可能性をも考慮していた。
先刻シャドウが放った魔法のことを、覚えていたからだ。
その場合は、すぐさまナイフを叩き落してやる、と。
全身全霊をもって、シャドウの最後の攻撃を迎え撃つ。
おそらく、ナイフを投げても彼にはもう命中しないだろう。
完全に回避に徹したルカならば、百の弓矢すらも知覚してしまうのだから。
「そこかッ!」
迫り来るモノをルカの感覚が捕捉した。
それは、『攻撃』がルカに到達する数秒も先。
回避するには十分過ぎる時間。
受け止めることも、叩き落すことも可能だ。
が、ルカはそれを避けなかった。
「ふざけるなよ……!」
ルカが怒りを込めて言い放つ。
目の前にあるのはシャドウの拳。
ここに来て男が繰り出した攻撃は、ただのパンチだった。
何が来るのかと集中していたルカにとって、その攻撃は期待はずれもいいところ。
拳一つでどうこうできるほど、ルカ・ブライトは甘くない。
「そんな攻撃で、俺に傷の一つでも…………」
あえてその拳を食らう。
拳はルカの頬にめり込んだが、歯の一本すら抜き取ることはできない。
シャドウの攻撃は、全くのノーダメージに終わる。
ルカは、カウンターでシャドウへと斬撃を放とうとした。
654
:
シャドウ、『夕陽』に立ち向かう
◆Rd1trDrhhU
:2010/06/27(日) 22:06:48 ID:wXm0mWa.0
「付けられると思っ…………なにッ!」
ルカの顔が驚愕に歪む。
口をぽかぁんと開け、瞳孔を全開にして。
攻撃を加えようとしても、シャドウがそこにいないのだ。
ルカの頬を殴っているシャドウの右腕。
その腕の先に、シャドウがいない。
つまり、『腕だけが飛んできた』ということ。
いわゆる、ロケットパンチであった。
これこそがシャドウの『最後の投擲』。
まず彼は、何も持たずに投擲の構えをした。
そして、勢いよく徒手空拳の腕を素振り、その速度が最高潮に達したところで口にくわえたナイフで腕を切断。
ルカに向けて、パンチを飛ばした。
「な…………!」
(言ったはずだ、全てを賭けると)
両腕を失ったシャドウが、ルカの懐に潜り込む。
最後の仕事を終えた竜騎士の靴が、ひび割れ、鈍い音を立てて壊れた。
彼の口にはアサッシンズと黄色いリボン。
剣を振り終わったルカは、絶対の隙を晒してしまっている。
片腕を失って音速ならば、両腕を失ったシャドウは神速。
もう、ルカにシャドウの攻撃を回避できる道理はない。
「なんだとォォォォーーーッ!」
(これが、全てを捨てた俺の……一撃だ)
ルカの胸に、ナイフを突き刺した。
もう、シャドウを遮るものは何もない。
痛みも、苦しみも感じない。
刃はその皮膚を裂き、肉を切り、骨を砕いて。
そして……止まった。
臓器を破壊すること敵わず。
「おし……かった、な」
口から血を滴らせながら、ルカが笑う。
その目は血走り、顔中には汗が滲んでいる。
確実なダメージがあるのに、ルカは死んでいない。
シャドウのナイフは、ルカの胸筋によって止められていた。
心臓に到達する、あと数ミリ手前で。
「……ック!」
「貴様は、疲弊しすぎた」
もし、彼にもう少し体力が残されていれば、ルカの筋肉を突破して彼を殺していただろう。
もし、彼の左腕が残されていれば、口でくわえるよりも強くナイフを突き刺せただろう。
もし、彼がデイパックを失っていなければ。
もし、彼が少女と共に戦っていれば…………。
考えても詮無きこと。
これが、彼が望んだ戦いの、その結末なのだから。
「死ね。貴様は強かった。俺を殺し得るほどにな」
皆殺しの剣の袈裟斬りが、シャドウの胴体を肩から斜めに傷つける。
大量の生暖かい返り血が、ルカの全身に降りかかった。
しかし、狂騎士は、その剣を止めようとはしない。
致命傷を追ったシャドウに、更なる攻撃を加える。
655
:
シャドウ、『夕陽』に立ち向かう
◆Rd1trDrhhU
:2010/06/27(日) 22:08:02 ID:wXm0mWa.0
「……ガ……ぐ…………」
腹部を真横に切り裂く一撃。
傷口からだけでなく、シャドウは口からも大量の血液を吐く。
悲鳴も、言葉もない。
ただ、呻きながら紅い流体を垂れ流すのみ。
「さらばだ」
ルカが下から真上に剣を払う。
刃は、シャドウの股下から右肩を走る。
肉の朽ち果てる音が響いた。
斬りつけられる勢いのままに、シャドウは宙へと飛ばされる。
(し……ぬ、の…………か…………)
もう、男の命は尽きかけていた。
絶命寸前の体で、空を見上げる。
星空が、綺麗だった。
孤独など、ありはしなかったと信じられるほどに。
エドガーが信じたのは、夜明けだった。
だがシャドウは、煌く星を信じていた。
夜でなければ、彼は輝けないから。
(こ……れ、は……?)
口内に違和感を感じたシャドウ。
そこには、まだ、黄色いリボンがくわえられている。
彼女は言った。
『必ず勝って、家に帰って』と。
信じて、リボンを託したのだ。
大粒の涙と共に。
(……まだ………終わっていないッ!)
「バ……サ、ク…………」
傷ついた喉が、なんとか魔法を唱える。
その命を、あらん限りに燃やすために。
夕陽の落ちた空の下、男は紅く輝いた。
致命傷を負って、意識すらもう定かではない。
もしかしたら、その目には何も映っていないのかもしれない。
それでも戦おうとするシャドウを、夜天から『スタープリズム』が静かに見守っていた。
(全てを、燃やす! 命すらもッ!)
シャドウの体が急降下する。
ルカを殺すために。
唯一の武器であるアサッシンズは、ルカの胸に刺さったまま。
竜騎士の靴だって壊れてしまった。
彼には何もない。
それでも、彼はルカへと進む。
その闘志こそが、彼の唯一かつ最強の武器。
「…………なッ!」
ルカの右耳に走る鋭い痛み。
彼の耳を切り裂いたのは、幻想の刃。
シャドウの気迫が見せた、幻の牙であった。
つまり、現実には存在しない一撃。
思い込み。
シャドウのあまりの闘志が、偽りのダメージを現実のものとしてルカの脳に思い込ませたのだ。
瀕死のシャドウにしかできない、防御力をも無視した攻撃。
その名を、シャドウファングという。
656
:
シャドウ、『夕陽』に立ち向かう
◆Rd1trDrhhU
:2010/06/27(日) 22:10:23 ID:wXm0mWa.0
「…………グ……貴様……まだッ?!」
死んだと思っていた男からのまさかの反撃。
避け得ない、防御すらかなわない一撃に。
ルカの脳が、激しいサイレンを鳴らす。
大量の冷や汗をかきながら、ルカが必死に行ったこと。
(これは偽りだ! 嘘の刃だ! ニセモノだ!)
それは、思い込みを解消すること。
刃が存在しないのだと、自身の脳に言い聞かせることだ。
「こんな刃は存在せんのだァッ!!!!!」
ルカが吼えるのと同時に、シャドウの幻の刃がその胴体を真っ二つに裂く。
激しい痛みを感じながら、ルカはシャドウの体へと剣を思いっきり振りかぶる。
重い一撃はシャドウの全身の骨を砕き、臓器を破壊し、ほとんどの血液を噴出させる。
全力の剣を食らった彼の体は、町の外れまで一気に吹き飛ばされた。
大地に激しく何度もバウンドしながら。
「ぐ……ごぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
シャドウを今度こそ殺したルカ。
体に走った猛烈な痛みに、叫び声をあげる。
血を吐き、意識が落ちそうになっても、その脳に必死に命令を送る。
男の気迫に騙されるな、と。
「ぐぅ……が………………はぁ……はぁ……!」
頭を抱えて数秒悶絶した後、彼はゆっくりと立ち上がった。
その胴体には、シャドウ最期の斬撃をなぞるように真っ赤な内出血の跡がクッキリと残されている。
彼はシャドウの瀕死の一撃を乗り越えることに成功した。
喜び勇んで歩き出そうとして、ルカは一度だけ惨めに転ぶ。
立ち上がりかけて、そこで初めて気づく。
右耳が失聴していた。
シャドウファングの、一撃目のダメージが具現化したものだった。
もし、ルカが脳へ指令を送ることをせず、そのままシャドウに斬りつけられていたら。
おそらくは真っ二つにされるイメージに脳が騙され、絶命していたことだろう。
「俺、が……ここまで、追い、詰め、られ、る…………とは、な」
胸に刺さったままのアサッシンズを抜いて地面に突き刺す。
そして、使い物にならなくなった右耳を引きちぎり、そのナイフの傍へと放り投げた。
自身にここまでの傷を与えた男の偉業を知らしめるかのごとく。
深呼吸をしてから、ルカはフラフラと立ち上がる。
一度だけシャドウが吹き飛んだ方向へ目をやると、その生死も確認することもなく、また新たな獲物を狙って歩き出した。
◆ ◆ ◆
港町の郊外に位置する場所に立っている一軒の民家。
こんな場所にあったために、この家は幾多の戦禍から免れていた。
無傷で佇むその家の入り口。
両腕のない瀕死の男が、外開きのドアに寄りかかって倒れている。
(負けた……のか)
シャドウが霞んだ瞳で空を見上げる。
血液を流しすぎたのだろう、彼の意識は朦朧としていた。
生命活動を終えようとしている体から、次第に力が抜けていく。
口にくわえた黄色いリボンが、はらりと落ちた。
657
:
シャドウ、『夕陽』に立ち向かう
◆Rd1trDrhhU
:2010/06/27(日) 22:11:16 ID:wXm0mWa.0
(ちょこ、すまんな……)
リボンは男の血液で真っ赤になっていて、とてもじゃないが少女に返せる状態ではなかった。
しかし、彼が心中で謝罪したのはそれが原因ではない。
シャドウは少女に約束した。
必ず勝つと。
生きて、家に帰ると。
しかし、彼はルカ・ブライトを追い詰めつつも敗北し、その生命に幕を引こうとしていた。
この、燃え尽きた港町の外れで。
誰もいない家の前で。
(もう、家には……帰れそうにない…………)
抗いようのない虚脱感に、ついに目を閉じる。
決して安らかとはいえない死が、男を包んだ。
意識は闇に堕ちて行き、地獄に落ちる準備が始まったのだと男は悟る。
奇跡は、彼の背後で起こった。
(…………あ……)
扉が、開いた。
中から出てきた死神は、静かに微笑んで彼を後ろから抱きしめる。
暖かい感触を背中に感じて。
どうしようもないほどの幸福感を感じて。
男は逝った。
(……ただいま)
おかえり。
彼女はそう言って、男と共に夜空を見上げる。
今宵の星は、綺麗だった。
孤独など、かき消してしまうほどに。
658
:
シャドウ、『夕陽』に立ち向かう
◆Rd1trDrhhU
:2010/06/27(日) 22:12:04 ID:wXm0mWa.0
緊張と共にドアをノックする。
自分の家なのに、変な話だと彼は笑った。
ギィィ……と軋みをあげてドアが開かれる。
同時に、扉の後ろから少女が胸に飛び込んできた。
男は、太い両手で彼女を抱きしめ、その頭を撫でてやる。
少女はグズグズ泣きながら、早口で思い出話を語り始めた。
今まで失った時間を埋めるように。
家の中に入って、後ろ手でドアを閉める。
部屋の奥からは、老人が怒鳴る声。
男は笑って小さく頭を下げた。
それを確認して、老人は外へと出て行く。
すれ違い様に、男の肩をポンと優しく叩いた。
台所ではシチューがコトコトと煮えていて、おいしそうな匂いが玄関まで届いてくる。
何十年ぶりだろうか。
あとで一緒に食べようと彼は少女に言う。
少女は自信作だと、はしゃぎながら答えた。
窓の外に目をやると、もう夕暮れ時。
紅い光が名残惜しそうに世界を照らす。
そして庭に目を移せば……。
黄色い花が、背筋をしっかりと伸ばして、夕陽を睨んで咲き誇っていた。
【シャドウ@ファイナルファンタジーVI 死亡】
【残り21人】
※竜騎士の靴@FINAL FANTASY6 はシャドウの死体に装備されていますが、壊れています。
※黄色いリボン@アークザラッド2 はシャドウの死体の傍に落ちています。
※アサッシンズ@サモンナイト3はD-1 荒野(港町跡)に放置。傍にルカの右耳も落ちています。
※蒼流凶星@幻想水滸伝Ⅱ、基本支給品一式*2 洋酒、グラス(下半分) はシャドウのデイパックに入ったままで D-1のどこかに落ちています
空から叩き落されたので、壊れているものもあるかもしれません。
659
:
◆Rd1trDrhhU
:2010/06/27(日) 22:13:40 ID:wXm0mWa.0
【D-1 上空 一日目 夜】
【ちょこ@アークザラッドⅡ】
[状態]:疲労(中)
[装備]:なし
[道具]:海水浴セット、基本支給品一式
[思考]
基本:どうしよう……
0:……おじさん
1:おにーさん、助けてあげたいの
2:『しんこんりょこー』の途中なのー! 色々なところに行きたいの!
3:なんか夢を見た気がするのー
[備考]
※参戦時期は不明(少なくとも覚醒イベント途中までは進行済み)。
※殺し合いのルールを理解していません。名簿は見ないままアナスタシアに燃やされました。
※アナスタシアに道具を入れ替えられました。生き残るのに適したもの以外です。
ただ、あくまでも、『一般に役立つもの』を取られたわけでは無いので、一概にハズレばかり掴まされたとは限りません。
※放送でリーザ達の名前を聞きましたが、何の事だか分かっていません。覚えているかどうかも不明。
※意識が落ちている時にアクラの声を聞きましたが、ただの夢かも知れません。
オディオがちょこの記憶の封印に何かしたからかもしれません。アクラがこの地にいるからかもしれません。
お任せします。後々の都合に合わせてください。
※第三回放送を聞き逃しました。
【D-1 荒野(港町跡) 一日目 夜】
【ルカ・ブライト@幻想水滸伝Ⅱ】
[状態]上半身鎧全壊、精神的疲労(大)、ダメージ大(頭部出血を始め全身に重い打撲・斬傷、口内に深い切り傷)、胸部に刺し傷、右耳喪失
[装備]皆殺しの剣@DQIV、魔石ギルガメッシュ@FFVI
[道具]工具セット@現実、基本支給品一式×6、カギなわ@LIVE A LIVE、死神のカード@FFVI
魔封じの杖(2/5)@DQⅣ、モップ@クロノ・トリガー、スーパーファミコンのアダプタ@現実、
ミラクルショット@クロノトリガー、トルネコの首輪 、武器以外の不明支給品×1
[思考]基本:ゲームに乗る。殺しを楽しむ。
1:会った奴は無差別に殺す。ただし、同じ世界から来た残る2人及び、名を知らないアキラ、続いてトッシュ、ちょこ優先。
[備考]死んだ後からの参戦です 。
※皆殺しの剣の殺意をはね除けています。
※第三回放送を聞き逃しました。
※魔石ギルガメッシュより、『ブレイブ』を習得しました。
660
:
◆Rd1trDrhhU
:2010/06/27(日) 22:15:12 ID:wXm0mWa.0
以上、投下終了です。
代理投下、支援、本当にありがとうございます。
誤字や疑問点など、何かあれば言ってください。
661
:
無法松、『酒』を求める
◆Rd1trDrhhU
:2010/07/05(月) 20:26:20 ID:K.yN1AHk0
大海原をたゆたういくつもの波。
空を漂ういくつもの雲。
無法松は、無心でそれらを眺めていた。
彼の前を通り過ぎた波、雲。
彼は気づくことはなかったが、その総数はそれぞれ二十九だ。
それは、この殺し合いで今までに散っていた魂の数。
「……誰も、来ねぇな」
座礁船の甲板から海を眺める。
海面に反射した太陽の【光】が、無法松の目に【槍】のように突き刺さった。
チクリと網膜に痛みを覚えて、思わず瞳を【拳】で拭う。
数秒の後に視界を取り戻した無法松は、遥か西で紅く【燃える】太陽を改めて見る。
まるで、待ちぼうけを食らっている事をあざ笑われたような気がして、彼は【心】に苛立ちを覚えた。
【光】……この殺し合いが始まった直後、ある魔女もヘクトルという男を救うために癒しの光を放った。
その代償として彼女は死んでしまうが、その意思はヘクトルにうけ継がれる事となった。
【槍】……導かれし者たちの一人、中年の商人。彼をギャンブラーの槍が貫いた。
商人は優しい父親だったが、他でもないその優しさこそが勝負師を殺し合いへと導いてしまった。
【拳】……導かれし者たちの一人である少女が使う武器。彼女の拳はとても強かった。数々のモンスターを倒してきた。
だが、道化師の魔法の前にはそれも通用せず、彼女は巨大な氷に包まれて命を落としてしまう。
【燃える】……燃える森の中で、一人の少女が絶命した。幻獣と人間の間に生まれた美しい娘だ。
彼女は無法松に全てを託し、たったひとりで狂騎士に戦いを挑んで倒れた。
【心】……心山拳という拳法がある。その拳法の師範代である少女は、とても強い心を持っていた。
彼女は最期まで人間の心を信じて、人間への憎悪を燃やす魔王と戦い抜いたのだった。
「…………あー! なんだってんだよ一体よぉ!」
イラつくあまり、海に飛び込みたい衝動に駆られる。
だが、そのまま流されて、【禁止エリア】に進入して死亡などとなっては、冗談では済まない。
さすがの無法松も、そんな【原始人】の様な真似をするほど馬鹿ではなかった。
地団太を踏み、船に八つ当たりする。
座礁船はビクともせず、男のやり場のない怒りを全て受け止めた。
【禁止エリア】……最強を目指す格闘家も、禁止エリアには勝てなかった。
首輪が起こした爆発は小さなものではあったが、確実に彼の命を吹き飛ばした。
【原始人】……原始に生きる女性。時空を旅して、世界を救った者たちの一人だ。豪快で優しく、そして強い人であった。
彼女を殺したのは、漆黒の暗殺者が投擲した一本の槍。
662
:
無法松、『酒』を求める
◆Rd1trDrhhU
:2010/07/05(月) 20:27:11 ID:K.yN1AHk0
「トッシュ、何かあったんだな……」
太陽が沈み【夜空】が訪れると同時に、無法松も冷静さを取り戻す。
彼が待っていたのは、トッシュという侍。
座礁船への集合を呼びかけた中で、唯一生き残っている人物だ。
しかし彼は、約束の時間である【魔王】オディオによる第三回放送を過ぎても、一向に姿を見せない。
トッシュは、約束を違えたり【嘘】をつくような男には見えなかった。
ならば、彼は厄介ごとに巻き込まれてしまったのだろう。
この会場には、【平気で人を殺すような外道】が大勢いるのだから。
【夜空】……ある少女が、夜空に消えた。彼女は、魔剣に封じられし力を引き出し……我が物とした。
しかし、強大な力は少女すらも食いつくしてしまう。彼女は消えゆく身体を奮い立たせ、最期まで魔王と戦いぬいた。
【魔王】……ある魔王の剣が、少女を貫いた。彼女は幼いが芯が強く、召喚師としての多大なる才を秘めた娘であった。
落ちゆく意識の中で彼女はずっと、自分の恩師を心配していた。
【嘘】……少女の死を前に、ある物真似師が自らのポリシーに反してまで嘘をついた。その少女は姉であった。
命が燃え尽きるその瞬間まで、姉であり続けた。その死は、実に多くの参加者に影響を与えることとなる。
【平気で人を殺すような外道】……灯台で少年に殺された男も、こういう人間であった。人の命を命だとも思わず、弄んで楽しむような男。
最期は豚の真似をさせられて殺されるという、なんとも彼らしい終わり方だ。
「……仕方ねぇな」
ただ、待ち続けているだけでは、時間の無駄である。
何かすべきことはないものかと考えた無法松は、自分が船の上にいることを思い出した。
もしかしたら、【酒】でも積んでいるのではないか。
そんな【甘い】期待に背中を押されるようにして、無法松は船の内部を捜索することにした。
船内に潜んでいるかもしれない敵からの【奇襲】には、十分気をつけながら。
【酒】……超能力少年が、酒を湖に注いだ。命の歯車を止めた、機械仕掛けの女性への手向けだった。
英雄になることに、人生をかけて拘り続けた女性。彼女は最期の最期で、少年から英雄と認められたのだった。
【甘い】……天馬騎士見習いの少女が、甘い夢を見たまま逝った。彼女は自分が死んだことにも気づかなかった。
気弱な少女にとっては、むしろその方が幸せだったのかもしれない。
【奇襲】……世界を救った者たちのリーダーだった国王。彼も暗殺のプロの奇襲には太刀打ちできなかった。
しかし、彼は絶命してもなお、手にした刃を振り続けた。戦友への誓いを、心の中で叫びながら。
「……ほぅ、意外と広いもんだな」
カツカツと階段を下った先には、だだっ広い空間。
木製の床は、歩くたびにギチギチと軋みをあげた。
どこかから、隙間【風】が吹き込む。
こんな安い作りでちゃんと【嵐】の海を抜けることができるのか、と無法松は心配になった。
【風】……風を従えたハンターがいた。世界一疑り深い男。なのに彼は、起きるはずのない嵐を命がけで待ち続けた。
嵐は現実のものとなり、男はその奇跡を起こした相棒に報いるために魂を燃やした。
【嵐】……あるガンマンが起こした奇跡の銃技。男は、白い花が好きだった。そして彼は相棒と共に全てを賭けて最強の魔導師に挑む。
あと一歩と言うところまで道化師を追い詰めたが、最期は少女を見守って力尽きた。
663
:
無法松、『酒』を求める
◆Rd1trDrhhU
:2010/07/05(月) 20:27:55 ID:K.yN1AHk0
「さて、鬼が出るか、蛇が出るか……ってなぁ」
通路を【盾】のように塞いでいる蜘蛛の巣を払いのけて、無法松は幾つかある扉のうちのひとつを開ける。
部屋の中は、特に目ぼしいものはなく、布団や空瓶などが【乱暴】に投げ捨てられていた。
扉の近くに落ちていた【眼鏡】を踏み潰して、中に入る。
壁にかかっているドクロマークを発見して、無法松はこれが海賊船であることを知った。
【盾】……フィガロ城で死んだ少年。彼の腕で輝く紋章は、盾であった。誰かを守りたいという少年の思いを具現化したようでもある。
そして彼は、その願いの通りに、紅き侍を癒して空へと旅立った。
【乱暴】……無法松と、この座礁船で合流する約束をした男。彼は乱暴な性格だった。約束をよく破る男でもあった。
異形の騎士と魔王を前に、彼は倒れた。この約束を守ることも、できなくなってしまった。
【眼鏡】……眼鏡の少女。知性に溢れていたが、しかし彼女は優しさも忘れることはない。
殺し合いに乗ったかつての仲間たちを止めるために自ら戦場へと向かい、最期は心地よい緑の光の中で眠りについた。
「……海賊なんてもんまで存在してやがんのかよ…………」
無法松のいた世界で海賊行為などを行えば、たちまち【軍部】によって粛清されてしまう。
おそらく、この海賊船のいた世界は、無法松のいた日本とはまったく違う常識を持っていたのだろう。
【軍部】……無法松を守って死んだ女性は、軍人だった。男であるとか、女であるとか関係ない。
民間人を守ることに全力を注いだ。隕石に押しつぶされるその瞬間まで。
「いろんな世界があるんだな」
以前の彼ならば異世界の存在など信用できるはずがなかった。
が、【魔法】なんてものを散々この目に見せられては、もうその存在を信じざるを得ない。
ふと、金髪の男が【召喚】した隕石を思い出して、無法松は今一度悔しさを滲ませた。
彼にとって、【女に犠牲になられる】ことは、とても許せることではない。
【魔法】……炎の少年が、魔王の放った魔法を受けて消滅した。その幼い心は、やがて成長して世界を救うに至る。
しかし、運命の輪は、彼にその機会を一切与えなかった。
【召喚】……召喚師の女性。彼女は、最初からずっと逃げ続けていた。己の内にある感情と向き合うことを避け続けた。
ギャンブラーは、それを良しとはしなかった。彼女を殺したのは彼女自身の弱さだったのだろう。
【女に犠牲になられる】……メガザルという魔法を使う女性がいた。自らを犠牲にして他人を守る。彼女の優しさを体言するかのような魔法。
そして彼女は、傷ついた仲間を救うため、何のためらいもなくその魔法を唱えて……力尽きた。
「ま、今は前に進むしかねぇよな」
感傷的になった自分に気づいて、無法松は踵を返した。
他の部屋を調べるため、次なる扉へとその足を伸ばす。
彼女を犠牲にして生き延びてしまったことは、もう仕方のないこと。
ならば、今は彼女の分まで戦うべきだ。
それが、【命を託した】彼女の願いなのだろう。
【命を託した】……スパイラルソウル。メガザルよりも少し荒々しい魔法。その使い手も、これまた荒々しい男。
彼は、最強最悪の敵を前に、この技を使用。仲間に全てを預けて荒野に倒れた。
「この部屋は、酒蔵か?」
次に踏み込んだ部屋は、【馬鹿】にたくさんの樽が積まれている部屋。
辺りに漂う心地よい匂いに、無法松は【雷】に打たれたように跳ね上がって喜んだ。
この中のどれかに酒が残っているかもしれないと、ひとつひとつ中身を確認していく。
【馬鹿】……文字通り、馬鹿がいた。どうしようもないほどの馬鹿なのだ。それゆえに、全てを吸収できる男だ。
彼もまた、仲間に命を託して倒れた。相棒がやったのと同じように。
【雷】……無口な少年の得意魔法は雷。その得意技のせいで、ある勇者を絶望に追い込んでしまう。
仲間から命を預かった彼は、死にゆく身体で必死でその勇者のところまで這い進み、最期の思いを手渡そうとした。
664
:
無法松、『酒』を求める
◆Rd1trDrhhU
:2010/07/05(月) 20:29:00 ID:K.yN1AHk0
「これで、【ご馳走】でもありゃあ最高なんだがなあ」
などと、贅沢を口にしながら、樽を持ち上げていく無法松。
思わず垂れてきた涎を飲み込む。
半分ほど調べたが、今のところ全ての酒樽は空であった。
だが、もう無法松には、酒が飲めないなどとは【信じられない】。
どれかに必ず【本物の】酒が入っていると信じ、次々と酒樽をチェックしていく。
【ご馳走】……少女は、争いが嫌いだった。みんなと笑顔でご馳走を食べることを望んでいた。
その優しさは、狂人の壊れきったはずの心に孔を穿つ。その貫かれた思いは、確実に何かを変えたのだった。
【信じられない】……『シンジラレナーイ』。狂った道化師の口癖。彼の心に、ある『毒』が注入された。
その優しさは彼を蝕み……そしてついに、道化師はその感情に蝕まれて絶命するに至る。
【本物の】……モシャス。誰かのニセモノになる魔法だ。少女はソレを駆使して幼馴染の少年を助けようとした。
彼女はたった一度だけ、本物の思いを少年に伝える。しかし彼の『返答』は、彼女を粉々に砕いてしまった。
「ん? なんだこりゃ?」
部屋の隅に置いてある樽を持ち上げたときだった。
無法松は、その下の床に、何か絵のようなものが描かれていることに気がついた。
蛇の這った跡のような、筆で適当に書きなぐったかのような不思議な模様。
「落書き……か?」
無法松はよく分からないソレを無視して、アルコール探しに戻る。
もう、彼の目には酒しか映ってはいなかったのだから。
男は、目的のものを探して進む。
明日のために、座礁船で仲間を待ち続けながら。
たったいま目の前を通り過ぎた二十九には、気づくこともなく。
さて、無法松が見たこの模様。
これは落書きでもなければ、絵ですらない。
実は、紋章である。
転送の魔法が封じ込められた、紋章だ。
この船は、ファーガスという海賊が所持していた船。
ヘクトルたちが、『魔の島』へ渡るために乗った船でもある。
この船は海賊船として活動しているかたわら、武器屋や道具屋を乗せて商売もさせていた。
そして、この紋章もまた、ある店への入り口である。
ヘクトルたちが使うことのなかった、ある店への。
この紋章のことを魔王オディオが知っているかどうか。
この先に通じているのが何なのか。
それは、まだ誰にも分からない。
しかし、たった一つだけ…………。
セッツァー=ギャッビアーニが現在所持しているメンバーカードにも、全く同じ紋章が描かれている。
それだけは、確実なことであった。
665
:
無法松、『酒』を求める
◆Rd1trDrhhU
:2010/07/05(月) 20:29:39 ID:K.yN1AHk0
【A-7 座礁船内部 一日目 夜】
【無法松@LIVE A LIVE】
[状態]健康、全身に浅い切り傷
[装備]壊れた蛮勇の武具@サモンナイト3
[道具]基本支給品一式、潜水ヘルメット@ファイナルファンタジー6
[思考]
基本:打倒オディオ
1:酒を探す。
2:アキラ・ティナの仲間・ビクトールの仲間・トッシュの仲間をはじめとして、オディオを倒すための仲間を探す。 ただし、約束の時間が近いので探すのはできるだけ近辺で。
[備考]死んだ後からの参戦です
※ティナ、ビクトール、トッシュ、アズリアの仲間について把握。ルカ・ブライトを要注意人物と見なしています。
ジョウイを警戒すべきと考えています。
※A-7 座礁船の酒蔵の隅に、秘密の店への入り口があります。その先に何があるかは不明。
666
:
◆Rd1trDrhhU
:2010/07/05(月) 20:30:27 ID:K.yN1AHk0
以上、投下終了です。
代理投下してくださった方、本当にありがとうございます。
667
:
◆Rd1trDrhhU
:2010/07/05(月) 20:33:01 ID:K.yN1AHk0
支援してくださった方も、ありがとうございます。助かります。
668
:
憎悪の空より来りて
◆iDqvc5TpTI
:2010/07/09(金) 04:53:08 ID:4nGbyjws0
規制につき代理お願いします
669
:
憎悪の空より来りて
◆iDqvc5TpTI
:2010/07/09(金) 04:53:38 ID:4nGbyjws0
「これで借りは返したぞ」
「ち…っきしょう!」
地に落ちた刃をこれ見よがしに炎で熔解するルカにトッシュは舌を打つ。
まずいことになった。
感情を隠そうとしないトッシュの顔はありありとそう語っていた。
「トッシュ、俺の剣でもやはりダメか?」
「ねえよりはマシだがあのボロボロの剣じゃ同じ方法で叩き折られる」
刀で受け流す一瞬の接触だけで、ルカにはトッシュの剣を断ち切れるのだ。
これはトッシュにもできない芸当だ。
推測するに鍵は一息分の呼吸で三撃を成すあの技法。
あれを応用することで斬りかかる、受け流しに追いすがる、再度切り裂くの三手をトッシュの受け流しという一手に対して行ったのだろう。
武器破壊を防ぐには完全にかわしきるか大威力の斬撃に耐えうるほどの業物を使うしかない。
が、どちらの方法にも問題はある。
前者はルカ程の強敵を相手に大きく間を空ける避け方は隙を晒すことになりかねないし、また相手の隙を突ける機会も逃しがちになる。
後者はそもそも条件に合う業物がない。
壊れた誓いの剣もディフェンダーも天罰の杖も閃光の戦槍も。
武器の質としてはブレイブによる補正以前の素の皆殺しの剣に大なり小なり劣る。
せめて一度目の戦いの時のようにトッシュと相性がよく且つ名刀であるマーニ・カティがあれば話は別だったのだが。
ないものを強請ったところで意味はない。
――否
あるにはある。
目には目を、歯には歯を。
魔剣に抗するのに相応しい剣が一つ、トッシュ達にはあった。
「トッシュ、ゴゴッ!」
「やめろ! あいつを安々と起こすんじゃねえ!」
ルカだけではない。
ゴゴ達にとってもここは境界線なのだ。
この先にはシャドウが命を賭けて護った少女がいる。
ならば物真似という形で彼の意思を継いだゴゴは何が何でもルカを通すわけにはいかず。
今やこの地に一人となった元の世界からの仲間をトッシュも何としても死なせたくなかった。
「「この先に行かせるわけにはいかない!」」
だというのに。
670
:
憎悪の空より来りて
◆iDqvc5TpTI
:2010/07/09(金) 04:54:33 ID:4nGbyjws0
狂皇はそれを許さない。
「ほう、それはこいつを護る為か?」
嘲笑い、狂った獣はそれをデイパックから投げ捨てる。
ごろりと。
砂上を転がって、否、転がりそびれたそれがこちらを向く。
転がらなかったのも無理はない。
それは球形をしていなかった。
人間のものとは違い前方に突き出た骨格を持つ生物の――生首だった。
赤茶色く濡れ染まり、ところどころ焼け爛れていたが、それはゴゴ達三人の誰も知る生物の生首だった。
間違いない。
あの強烈なキャラクターに触れてしまえば、非常に残念ながら誰しもその顔と名前を覚えてしまう。
「ふん。せめて虫ならば殺す価値もないと見逃してやったのだがな」
ぐちゃりと。
ゴゴが、アシュレーが手を伸ばし拾い上げようとした前でルカがそれを踏み砕く。
「爬虫類ならば鬱陶しくて殺したくもなる」
赤黒い血が滲み出し、ぶよぶよとした脳症が零れ出たそれは間違いなくトカのものだった。
【トカ@WILD ARMS 2nd IGNITION 死亡】
▽
嘘のようにあっけなく殺しても死にそうにないと思われていたリザード星人は死んだ。
原因は不運だったとしかいいようがない。
或いは自業自得と言うべきか。
ちょこをフィガロ城に送り届ける最中、エンジントラブルが発生し、スカイアーマーが暴走。
それがちょことの衝突のショックがプログラムを狂わせていたからかトカにはありがちの設計ミスだったのかは分からない。
分かっていることは一つだけ。
制御を失ったスカイアーマーはあろうことか城とは逆方向、つまりルカのいた方角へと飛んでいってしまったのだ。
下手に機動性がよかったせいでアシュレー達よりも随分速く遭遇。
結果はわざわざ言い直すまでもない。
トカは殺された。
狂皇子に殺された。
671
:
憎悪の空より来りて
◆iDqvc5TpTI
:2010/07/09(金) 04:55:20 ID:4nGbyjws0
「飛んで火にいる夏の虫とはよくぞいったものだったぞ!
小娘には逃げられてしまったがな。
からくり仕掛けの女のように機械の方も壊れされていればよかったものを」
不幸中の幸い、ちょこは凶刃にかかることはなかった。
トカが殺されたことでスカイアーマーが本格的に制御を失いちょこを乗せたまま不規則な軌道で何処へと飛んでいったのだ。
そうなってしまえば飛ぶ手段のないルカには黙って見送るしかなかった。
ルカが感じた屈辱はかなりのものだっただろう。
だがそんなことはアシュレーには関係なかった。
彼が聞き逃せなかったのはただ一点。
からくり仕掛けの女というその言葉のみ。
その特徴に当てはまる人間を、既にこの世にはいない女性を、アシュレーは知っているッ!
「カノンも……。カノンもお前が殺したのかッ!」
邪悪そのものであるこの男と遭遇したのならカノンが戦いを挑まないはずがない。
自分の居場所を、仲間達を護る為に戦って戦って戦い抜いて、そして死んだのだ。
アシュレーはカノンが英雄の呪縛から逃れられていない時から連れて来られた事を知らない。
けれどもカノンという人間のことは確かによく知っていた。
だって彼女はアシュレーの思ったとおりに一人の少年を護って死んだのだから。
そしてアシュレーはそんな彼女の仲間なのだ。
誰かを護る為に、大切な人と居続ける為に戦う戦士なのだ。
ならばッ!
「知らんな、殺した奴が誰かなどと!
豚に名前は過ぎたものだからな……!!」
「お前は、お前はそうやってこれまでも多くの人々を殺してきたのかッ!」
「ふははははははははは、分かっているではないか――ッ!!
見たところ貴様達も少なくない人数を殺してきたようだが、俺は一人でその何百倍も殺したぞ!!!!」
もしとかたらとかればとかの考えは捨てろ。
先に待つ災厄に恐れ眼前の邪悪を滅ぼせないのは愚の骨頂。
ルカ・ブライトはロードブレイザーにも勝るとも劣らない脅威だ。
人を人として憎み、その上で豚を屠殺するかのように殺し続ける悪魔だ。
見たことのない明日を一つ、また一つと奪っていく絶望だッ!
一秒でも速くここで倒さなければならないッ!
アシュレーは剣をとる。
心の中で、蒼き魔剣の柄に右手を、そしてもう一本の魔剣に左手を添える。
672
:
憎悪の空より来りて
◆iDqvc5TpTI
:2010/07/09(金) 04:56:00 ID:4nGbyjws0
「――来てくれ、ルシエドッ!」
アシュレーの手に一振りの剣が現れる。
欲望のガーディアンルシエド。
アシュレーの心の内に潜むロードブレイザーでもアティでもない三つ目の精神体。
血肉を持つ最後のガーディアン。
あまねく欲望を力とし剣の聖女と剣の英雄の二代に渡り共に戦ってくれた心強い戦友。
未来を切り裂くという意思に沿って剣へと化身している友を、アシュレーはトッシュへと託す。
「トッシュ、預かっていてくれ。同じ概念存在でもあるこの剣ならロードブレイザーが相手でも戦える」
「暴走したら俺にてめえを討てっつうのか? 負担を減らすこともできず、てめえの力になるにはてめえを殺すしかねえっつのか!」
「違うさ。言っただろ、預かってくれって。ちゃんと後で返してもらう為に君に預けるんだ。
僕は諦めなんかしない。だからトッシュとゴゴも諦めないでくれッ」
「「約束だぞ!」」
力強い二重奏に背を押され、アシュレーは一歩を踏み出す。
――行くのか? 我が主、アシュレーよ
ああ、行くさ。
帰ってくるために、マリナにただいまを言いたいから。
――ではまた待つとしよう。かつてアナスタシアに頼まれお前を待っていた時のように
心の中でルシエドへ誓い、今度こそ蒼き魔剣を手にする。
「うおおおおおおおおおおおおおおッ!! アクセスッ!!!」
アシュレーは果たす。
変身を。
最後のアクセスを。
蒼炎のナイトブレイザーの更に先。
より禍々しい鎧と白銀の炎を纏った蒼炎のオーバーナイトブレイザーへとッ!
▽
673
:
正しき怒りを胸に
◆iDqvc5TpTI
:2010/07/09(金) 04:56:35 ID:4nGbyjws0
魔人と狂人は交差する。
死の刃は接吻を交わす。
焔と炎は喰らい合う。
片や度重なる厄災を退け星一つを救った英雄。
片や人命をあますことなく奪わんとした邪悪。
相反する存在でありながらも、絶大な力を持つという一点でのみこれ以上になく近しい二人。
どのような力であろうと『力』そのものに善悪はない。
それを振るいし者によって善き力にも、悪しき力にもなる。
ルシエドがアシュレーと契約した日の言葉通りだった。
人の身一つで屍山血河を築いてきた狂った皇は天が味方すれば世界をも平定できた。
さすれば彼の人となりを知らぬ後世では英雄として讃えられたかもしれない。
魔神の力を限界まで開放した灼熱騎士は焔の厄災の分身となり得た。
人々を虐殺しつくし、果てに邪悪として倒滅される未来もあったのだ。
表裏一体。
世界を救う力も滅ぼす力も力の絶対値で見れば等価値だ。
今戦場で振るわれているのはそういった力なのだ。
一振りごとに歴史が揺らぎ、一薙ぎごとに世界が変わらざるをえない力なのだッ!
「ちきしょお、俺達は見ているだけしかできねえのか!?」
故に戦いに介入する術なく突っ立っているしかない男を誰が責めることができようか。
いつもいつでも英雄達の物語は万人の手の届かぬところで進んでいく。
だかこそ伝説はいつまでたっても伝説であり、物語の域を出ることはない。
「なんて、戦いだ……」
そしてそんな手の届くことのない物語だからこそ人の心を捉えて止まないのだ。
物真似師ならぬ凡百の人間であっても目を凝らして正邪の英雄の戦いを心に焼き付けようとしたであろう。
数秒も経たないうちに戦いの真実を、殺し合いの凄惨さを目の当たりにし目を背けることとなろうとも。
――砂漠を背負い英雄が行く
――森を焼き払い英雄が迎え撃つ
674
:
正しき怒りを胸に
◆iDqvc5TpTI
:2010/07/09(金) 04:57:21 ID:4nGbyjws0
同時に繰り出すは一撃必殺。
微塵でも触れようものなら身命を根こそぎ吹き飛ばす必滅の刃。
双方共に頭部を狙った一撃を紙一重で首を捻りかわす。
唸りを上げて空を切る二発の剛剣。
ただしオーバーナイトブレイザーの得物は二刀。
間髪入れず残った剣をルカの心臓へと突き立てる。
それをルカは振り切ったはずの剣で迎撃。
どころかナイトフェンサーを弾いた剣が再び刃を返しアシュレーの胴を狙う。
一つの踏み込み、一つの呼吸の間にて振るわれる三度に及ぶ必殺の斬撃。
神速をも凌駕して魔速をも地獄に落とす真速の剣。
その常軌を逸した速度に、常軌を逸した存在であるナイトブレイザーは即応するッ!
かわす動作はしない。しても無駄だ。逃げに回るのはいつだって人間だ。
簒奪者たる魔人が人の真似をしようものなら真実人へと成り下がる。
選んだのは装甲の展開。今しも突き刺さろうとしていた刃は、自ら開放された装甲分空をかすめる。
僅か一拍分の時間稼ぎ。光速の砲撃を撃ち込む絶好の機会。
一秒とももたなかったクソッタレなチャンス。
ルカが消える。
時間を捻じ曲げ好機を奪い去る。
がら空きの背に叩き込まれる処刑の刃。
ナイトブレイザーすんでの所では装甲一枚を犠牲に躱す。
回避しざまに敵手の首へと貫き手を放つ。
肉一片を持っていく。
「ルカ・ブライトオオオオオオオオッ!!」
「この感覚……。そうか、俺としたことが忘れていた。
クク、ハハハハハっ!! ちょうどいい、貴様を殺し貴様が宿しているそれを使わせてもらうぞ!!!」
幾度も、幾度も、幾度も。
人を終らせる一撃が、命を奪う人殺しの技が鬩ぎあう。
一度で終るはずの時間が延々と地獄のように続いていく。
殺し合い。
正しく、殺し合い。
殺すか殺されるかではなく互いに殺して殺して殺す。
一合ごとにルカ・ブライトは殺す。
一合ごとにアシュレー・ウィンチェスターは殺す。
肉片が飛ぶ。
装甲が舞う。
刃が零れる。
血を、汗を、鉄粉を撒き散らして。
幾条もの赤い線を走らせた戦士達が刃こぼれした剣を酷使する。
地が裂ける。
砂が吹き飛ぶ。
木々が消し飛ぶ。
英雄達の一秒一分の生存の代償に自然の命が削られていく。
生い茂っていた木々も。
寝そべっていた砂漠も。
聳えていた山々も。
今や等しく月面世界。
自然界に宿るという妖精の涙もとうに枯れ果てていることだろう。
たとえ枯れていなかったとしても。
鋼と鋼が衝突し響き渡らせる耳障りな音の前に、彼ら彼女らの泣く声は余すことなく飲み込まれていく。
675
:
正しき怒りを胸に
◆iDqvc5TpTI
:2010/07/09(金) 04:57:55 ID:4nGbyjws0
「蹂躙しろっ、剣者よッ!!」
「ハイ・コンバイン、マディンッ!!」
聖剣を携えた伝説の剣豪が大地を抉る。
娘を守り続けた守護者の魔力が空を覆う。
二体の幻獣が相殺しい光に還っても二人はかまわず戦い続ける。
「オオオオオオオオオオオオッ!」
「死ねえいっ!!!!」
ありとあらゆる攻撃を意に介さず。
ありとあらゆる速度の追随を許さず。
ありとあらゆる防御を無に帰して。
強いとはこういうものだと言わんばかりに。
魔法がどうとか、剣技がどうとか、そういったものをどうでも良いと感じさせてしまうほど圧倒的な力をもって。
ただただ殺す、ただ殺す。
ルカ・ブライトは嗤っていた。
アシュレー・ウィンチェスターは笑っていなかった。
狂皇の炎は赤かった。
騎士の焔は蒼かった。
剣が炎を纏う。
剣より焔が撃ち出される。
相殺。
打消しでも相打ちでもなく拮抗でもなく相殺。
赤も蒼も等しく殺されて死ぬ。
死ぬ。
死ぬッ!!
死ぬッ、死ぬッ、死ぬッ、死ぬッ、死ぬッ、死ぬッ、死ねッ!!!!
護る為の力。どれだけ取り繕ってもやっていることは人殺し。
だからアシュレーは世界を護るとは言わない。
ただ彼の護りたい日常の為にだけ戦う。
奪うための力。奪うだけで得ることをしなければ飢えは永遠に癒されない。
だからルカは人殺しを好みはすれど、人殺しを楽しまない。
ただ自身が邪悪であり続ける為だけに戦う。
正と邪。
魔と人。
赤と蒼。
奪うと護る。
延々と、延々と続いていく螺旋。
交差しては弾き合うメビウスの輪。
されど。
∞の形に捻じれ続けた輪はいつしかもろくなり崩れ去る。
徐々に徐々にアシュレーが押し出したのだ。
676
:
正しき怒りを胸に
◆iDqvc5TpTI
:2010/07/09(金) 05:02:10 ID:4nGbyjws0
「チィ……ッ!!」
ここに来て勝敗を分けたのは残存体力の差だった。
ルカがどれだけ非人間じみたタフネスさを誇ろうとも相手は言葉通りの人外の力を手にしたアシュレーだ。
人の負の念を食い物とし再生し続ける怪物と戦うには負の念の塊であるルカは相性が悪すぎた。
ただしそれはフィジカル面に限った話。
メンタル面ではむしろ逆。
ナイトブレイザーが回復するということは即ちロードブレイザーがルカから負の念を掬い上げ続けているということ。
ルカの身体がボロボロのように、アシュレーの心も穴だらけだった。
これ以上時間はかけられない。
共通の結論に辿り着き、アシュレーとルカが一度大きく距離をとる。
持久戦では都合が悪いというのなら。
選ぶべき手は一つしかない。
起こるべきだった永劫を。
叩き込むはずだった数多の刃を。
ただの一撃、ただの刹那に凝縮するッ!
「いくぞ……アシュレー!!!!!!!!!!」
金色の光が男の足元から、漆黒の闇が皆殺しの剣から、透明なる無が空間より溢れ出る。
光と闇と無は混じり合い、ルカの闘気と一体となる。
これより放つはブレイブ、ルカナン、クイックの三重奏からなる最強の一撃。
防ごうものなら護りを剥ぎ取る。
耐えようものなら押し斬り尽くす。
避けようものなら時すらねじ曲げ追いすがる。
防ぐことも叶わず、耐えることも許されず、避けるも不可能な必中必殺必滅の炎剣。
ばらばらになぞるだけなら誰にでもできて、一息で一つの技としてなすことはルカにしかできない、
ルカだけが使う事を許されたルカのみの絶技。
――剣が迫る
「ファイナル……」
ファイナルバーストでは間に合わない。
力で勝ろうとも先に殺されてしまえば意味がない。
時をも殺し、一足で三歩を刻む真速を前には魔神の腕はなんととろいことか。
――剣が迫る
「バニシング……ッ」
バニシングバスターでは押し切られる。
速度はあっても威力が足りない。
幻獣どころではない。魔神の息吹すら炎剣相手には火の子も同じだ。
――剣が迫る
677
:
正しき怒りを胸に
◆iDqvc5TpTI
:2010/07/09(金) 05:02:43 ID:4nGbyjws0
故に。
それが唯一無二の正解だった。
ファイナルバーストでもバニシングバスターでも勝てないのなら。
速度か力かどちらかが欠けているというのなら。
二つの技を掛け合わせればいいッ!!
「バアーストォォォォォォオオオオオオオオオッ!!!!!!」
ナイトブレイザー“が”撃ち出される。
粒子加速砲の光に乗ってナイトブレイザー自身が弾丸の如く射出されるッ!
漆黒の闇を赤く、赤く駆逐しながら、騎士が羽ばたく。
開放された焔の力は翼持つ魔神の形をとってルカを纏う炎ごと天へと突き上げる。
地上で開放するには過ぎた力なれど遮る物も、巻き込む者もいない天ならばありったけを放出できる。
思うがまま力を振るうことを許された魔神はここぞとばかりに火力を増していく。
熱量の上昇は留まることを知らず。
同じ焔の身でありながらルカの炎さえ焼失させてゆく。
その現実離れした光景にもルカは興味も恐怖も感じなかった。
「所詮は一度殺された身。この程度か」
アシュレーの飛翔に突き上げられるがままただ空を見上げる。
夜天には人を冷たく見下ろす月の姿。
誕生以来人々の営みをずっと見てきたあの月は人間をくだらないものだと思っているのだろうか。
「ふん、この思考こそくだらんか」
焼きが回ったものだと炎に消え逝く中自嘲する。
一度目の死がそうだったように今のルカからは身を焦がし続けていた疼きが消えていた。
だからだろう。
これまでゆっくりと見上げることのなかった月夜などに現を抜かし馬鹿げたことを考えてしまったのは。
月、か。
夜、城攻め、瀕死、一対多、果ての決闘での敗北。
ここまで状況が重なっているのだ。
もしかすればかって死した日も月は輝いていたのかもしれない。
くだらぬ感傷だな。
ルカは吐き捨てるも月から目を離すことはない。
両足の感覚が消え、焔が身体を駆け上がってくることすらものともしない。
だったら、せいぜい見ていろ。
一度目の生で手をつけておきながら最後まで己が手ではやり遂げ切れなかったこと。
それがなされる瞬間を。
ルカ・ブライトという邪悪が境界線を一つ越えるその時を。
邪笑を浮かべる。
つられるかのように炎が嗤う。
678
:
正しき怒りを胸に
◆iDqvc5TpTI
:2010/07/09(金) 05:03:19 ID:4nGbyjws0
「まだこんな力がッ!?」
ファイナルバーストの光に飲み込まれていたはずの紅蓮の炎が息を吹き返す。
今やルカ自身が炎だった。
自らが生む炎と自らを焼く焔の両方を取り込んだ一つの巨大な炎だった。
焔で象られた魔神より尚大きい炎の悪魔が両手を広げる。
己が力と速度を凌駕して心の臓に剣の杭を穿ったアシュレーを受け入れ祝福する。
「ぐあああああああああああッ!」
憎悪も、魔力も、身体も、命さえ炎にくべた男がアシュレーの身を焼く。
オーバーナイトブレイザーの装甲の隙間から進入した人の形を失った悪魔が笑う。
俺は! 俺が思うまま!
俺が望むまま!邪悪であったぞ!!
魂に響いた身の毛もよだつ宣言にアシュレーはようやく気付く。
焼かれているのは身体ではない。
破られたのは鎧ではない。
心だ。
ルカ・ブライトという邪悪が肉の壁も魔剣の護りも突破してアシュレー・ウィンチェスターの魂を喰らっているのだ。
人の形を失った邪悪が問う。
二度の生を最後まで思うがままに邪悪として生きた男が、自身の心の内に巣食う邪悪を抑え付けて生きてきた男に問う。
――貴様は、どうだ?
アシュレーは答えられない。
現在進行形で魔神が吸収しているルカの圧倒的な我に心を押しつぶされないようにするのだけで精一杯だった。
況やルカには幾つもの幾つもの負の怨念が纏わりついていた。
それは憎悪の獣がこれまでに殺してきた人間達のものだ。
この殺し合いでルカが殺してきた人数など可愛く思えるほどの、生涯を通して殺してきた人間達の嘆きだ。
一度の死などでは別たれないルカの魂に刻まれた怨嗟の声だッ!
「う、ぐ、あ、あ……」
ウィスタリアスが罅割れていく。
適格者なき魔剣単体ではロードブレイザーに加え、数千もの悪霊を封じ込む力は無かった。
魔剣が悪しき念に汚染されていく。
数百年前のシャルトスとキルスレスをなぞるかのように。
魔剣と仕手の魂が憎悪の波に壊されていく。
――アシュレーさん、気を確かにっ!?
679
:
正しき怒りを胸に
◆iDqvc5TpTI
:2010/07/09(金) 05:03:50 ID:4nGbyjws0
アティの思念体が両断される。
敗因は彼女の心の中にほんの少しだけあったアリーゼを殺したルカへの怒りという負の感情。
仇敵の魂が魔剣に混在したことで活性化してしまったその一念がロードブレイザーにつけいれられる隙となった。
魔剣が、砕ける。
果てしなき蒼が、遂に果てるッ!
――ハイランド皇王ルカ・ブライトが命じる。さあ、目を覚ませ、異なる獣の紋章よっ!!!!
「あ、がっああああああああああAAAAAAAAAAAAAAAAッ!!」
炎が消える。
ルカ・ブライトが燃え尽きる。
焔が灯る。
ロードブレイザーが目を覚ます。
さあ、プロローグはここで終わりだ。
物語を始めよう。
邪悪を滅ぼした英雄が次なる邪悪となる。
そんなよくある物語を。
悲しみしか産まない物語を。
【ルカ・ブライト@幻想水滸伝Ⅱ 死亡】
680
:
我ら魔を断つ剣をとる
◆iDqvc5TpTI
:2010/07/09(金) 05:04:35 ID:4nGbyjws0
▽
暴走したスカイアーマーに投げ出されたちょこは一人砂漠をさ迷っていた。
砂漠の夜は一人で歩くには堪らなく寒かった。
『はーなーしーてー! ちょこも行くの! シャドウおじさんを助けにいくのー!』
『早まっては行けないトカ! 君みたいな若い子が命を粗末にしてはいけないッ!
ミミズだって、オケラだって生きているから超カッコいいんだトカ。
生きてるって信じられないくらい素晴らしい(ハートマーク)』
少し前までは一人じゃなかった。
騒がしい位によくしゃべる不思議生物が目を覚ましたちょこと一緒にいてくれた。
『わ、我輩は別にあんたのことなんか心配していないんだからねッ!』
なんだかんだ言いいつつもシャドウを助けようと自殺行為に走りがちなちょこを引き止めてくれた。
『おじさんは帰らなくちゃだめなの! 子どもが待ってるの!』
『帰りたいのは我輩も同じなのであるッ!
その夢さえかなえられれば、人畜無害にして無病息災、子守りだってお手の物ッ!!
ほ〜ら、いないいないばーッ!
む? いないいないしているうちにはて、ここはいったいどこなんでしょう?
両手で顔を覆っていては進路もわからねえし操縦もできねえじゃねえかッ!!」
トカも一緒だった。
シャドウと同じで帰るべき場所が、帰りたい世界があった。
『ゲーくんも今頃首を長くして待っているはず!
何言ってんだ、あんた、登場話で見捨てたのにですと?
それはそれ、これはこれ。メタなセリフ共々気にしちゃいけないトカ。
ちょろくせぇ説教かまされるくらいなら、出直してくるトカッ!』
待っていてくれる不思議生物その2もいた。
なのに。
シャドウは死んだ、トカも死んだ。
ルカ・ブライトに殺された。
帰る場所のない少女一人を置いて死んでしまった。
帰る場所になってくれたかもしれない少女の心を強くしてくれた人達も死んでしまっていた。
「父さま。どうしてちょこはいつもおいてかれちゃうの?」
トッシュと再会した時からちょこはずっと嫌な予感を抱いていた。
彼がいたのだから他にも知り合いがいるかもしれないと。
リーザの名前を誰かが呼んでいた記憶もあってちょこはずっと気が気じゃなかった。
そんな少女にトカは教えてくれた。
彼らしくない比較的常識的な説明で。
この殺し合いのルールや死者の名前を。
「エルクおにーさん……。リーザおねーさん……。シュウおじさん……」
681
:
我ら魔を断つ剣をとる
◆iDqvc5TpTI
:2010/07/09(金) 05:06:03 ID:4nGbyjws0
ちょこは覚えている。
ぶっきらぼうなようでいて温かかった炎の少年を。
モンスターとも心を通わせられる心優しい少女を。
無口で、けれどいつも側にいてくれた黒尽くめの男を。
みんな、みんな、みんな、ちょこと手を繋いでくれた人達。
伸ばした手を掴んでくれた大好きだった、ううん、今でも大好きな人達。
大好きなのに、アークやククルのように二度と手を繋げられなくなってしまった。
「寂しいよぉ」
どうして。
どうしてみんないなくなっちゃったの?
どうしてみんな殺し合ってしまったの?
帰りたかったから?
悪い子になってでも大切な人の所に帰りたかったから?
もし……、もしもそうならちょこはどうすればいいの?
「むずかしいこと、わかんないよ。わかりたく、ないよ……」
少女は一人の暗殺者をおうちに帰してあげたかった。
父を待つ娘に、自分のような寂しい想いをして欲しくなかった。
だから、シャドウが帰れるためならちょこは悪い子にだってなってみせると頑張った。
頑張って、頑張って。
でもやっぱり少女は人を殺すことができなかった。
誰かが悲しむから。
大切な人を奪われた今の少女のように誰かが悲しむと思ったから。
トッシュがこの地にいるとなれば尚更だ。
ちょこには選べない。
一人とその誰かを待つ家族の為に他の誰か全員と彼らを待つ家族を泣かせてしまう道を選べない。
帰るべきたった一人なんて選べない。
「一緒がいい。みんながいい。みんな、みんな、おうちにただいまってできるのが一番じゃないの?」
答えてくれる人はもういない。
問いかけは夜闇に消え、とぼとぼと歩き続ける少女だけが残された。
▽
海が燃えていた。
火の海が広がっていたのではない。
文字通り、海が真紅に染まり燃え続けていた。
そもそもどうして海が目の前にあるのだろうか。
ゴゴは首を傾げる。
確かにゴゴと仲間達は海岸の近くで戦ってはいたがあくまでも海は遠方に見える程度だったはずだ。
手を伸ばせば触れられる位置に浜辺はなかったはずだ。
それがどうしたことか。
海はすぐそこまで押し寄せてきていた。
唸り、くねり、ゴゴを飲み込まんとしていた。
ゴゴは思わず一歩後ずさり、
682
:
我ら魔を断つ剣をとる
◆iDqvc5TpTI
:2010/07/09(金) 05:06:35 ID:4nGbyjws0
「あ……」
ようやく、気付く。
真紅の海に奪われていた目を取り戻し、周囲を見回し、真相を理解する。
海が近づいてきていたのではなかった。
大地が焼失していたのだ。
ごっそりと。
綺麗さっぱりに。
溶けてなくなってしまっていたのだ。
ルカとの死力を尽くした戦いの末、アシュレーが墜落した地点を境として。
「そうだ、アシュレーは……?」
見事ルカを討ち果たした直後、力を使い果たしたのかアシュレーは墜落した。
かなりの高度からの落下だったはずだ。
無傷だとは思えない。
呆けている場合ではなかった。
早く、早く、アシュレーを見つけて治療しなければ!
不安と心配に駆られアシュレーの落下地点、炎の海の中心へと目を凝らす。
予想通り、そこに探し人はいた。
予想外の姿で炎の海の上に立っていた。
「アシュ、レー?」
ゴゴが困惑した声で名前を呼ぶ。
本当に目の前の人物はアシュレーなのだろうかと。
見た目からしてさっきまでの蒼炎のオーバーナイトブレイザーではなかった。
翼が生えていたのだ。
青白い全身とはてんでミスマッチな黒く巨大な翼が。
本来翼が生えうる背中からではなく、頭頂部から生えていることが余計に違和感を禁じえない。
変化があったのは外見だけではない。
仮面で覆われていようともナイトブレイザーの顔には常にアシュレーの感情が表出していた。
今は感じられない。
アシュレーの強さも、優しさも、温かさも。
その感想は間違いではなかった。
「ルウウウオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!」
焔の朱に照らされて白銀の悪魔が咆哮する。
そこに込められている感情は一言では形容し尽くせなかった。
敵意、殺意、害意……ありとあらゆる攻撃的な衝動が交じり合っている。
ただ一つだけ確かな事はそれが敵に向ける声であるということ。
アシュレーは、アシュレーだったものは。
ゴゴを殺すべき敵だと認知しているッ!
「伏せろ、ゴゴ! そいつは、そいつはもうアシュレーじゃねええ!」
ゴゴより数瞬早く現実を受け入れたトッシュが未だつったったままのゴゴへと駆け寄り頭を押さえて無理やり伏せさす。
邪気で目が腐りそうだった。
蒼き光に護られていた時の面影は既にない。
一面の紅蓮。
オーバーナイトブレイザーからはそれ以外の色が感じられなかった。
そして禍々しいまでの紅蓮の気は徐々に漆黒を帯びながらも増大し、
「――ネガティブ、フレアッ!!!!!!」
解き放たれるッ!
赤い、朱い、紅蓮の焔が。
直線状の全てを薙ぎ払うッ!
683
:
我ら魔を断つ剣をとる
◆iDqvc5TpTI
:2010/07/09(金) 05:07:39 ID:4nGbyjws0
否。
果たしてそれは焔と称せるものだっただろうか。
生易しい、あまりにも生易しすぎる。
焔などという言葉ではそれの脅威を現しきれない。
宇宙の法則すら軋ませるほどの膨大な負の念が凝り固められたネガティブフレアは最早質量さえ感じられた。
自然現象よりも物理現象、それも山レベルの大きさを誇る巨人が全力で殴ってきたと表す方がまだ想像しやすい。
だが違う。
島の南東部分をただの“試し撃ち”で吹き飛ばしたそれを正しく言い表す言葉は世界広といえど唯一つ。
――災厄
人は抗うこと叶わず、天も絶叫し、地も震撼させる彼の者の名は
&color(red){ 焔の災厄}
*&color(red){ロードブレイザー}
「……心地よい……。
全盛期からすればたかが二割ほどの力の行使がこうも気持ちいいものだとはなッ!
矮小な人間がちっぽけな兵器を作りたがる気持ちが少しだけ分かったよ」
ロードブレイザーは歓喜していた。
狂喜していたとも言っていい。
前回剣の聖女にやられた身体を修復するのにはアシュレーの内に身を潜めてから長い月日を要した。
それが此度はどうしたことか。
聖剣の邪魔が入らなかったとはいえ一日もかけずに本体である元ムア・ガルトの翼を完全に取り戻せようとは!
この調子なら本来の身体の実体化もそう遠くはないのかもしれない。
「クックックック。そういえばこの殺し合いで勝ち抜いたのなら何でも願いを叶えてもらえるのだったか?
ならばオディオに私が完全復活するまで今回同様の殺し合いを何度でも開かせるのも一興かッ!
あ奴なら悪い顔もしないだろう、フハハハハハハハハッ!」
「「く、勝手なこと、言ってんじゃねえ……」」
「ほう?」
ロードブレイザーは下界を見下ろす。
声がしてきたこと自体に驚きはしまい。
小ざかしくもトッシュ達がネガティブフレアを砂漠方面に逃げ込むことで避けたことくらい察知済みだ。
分からないことがあるとするならば一つ。
これだけの圧倒的な力を前にして人間はどうしてもうも足掻くのかということくらいだ。
「異世界といえども人間は変わらぬか。貴様らも私に抗い、未来を受け入れることを拒むというのか?」
「「拒むに決まってんだろが! こちとら暗黒の未来が嫌だから今まで戦ってきたんだ!
異世界だとかどうとか関係あるか!」」
「そうだな、失言であった。私がこうして蘇ったのもお前達人間が三千世界何処においても愚かしかったおかげだ」
「「勝手にきめつけんじゃねえ!」」
全く人間とはつくづく度し難い。
ロードブレイザーは翼を大きく羽ばたかせ、地に這う人間達を吹き飛ばす。
悪態をつきながらゴミのように転がるトッシュ達を心底侮蔑し、天に座したまま笑い飛ばす。
「そうかな? 人間のうちにこそもっとも強く、そして醜いエネルギーが渦巻いている……
お前達自身、自らの世界での戦いの中で見てきたのではないか?
それとも、異世界では邪悪なるものとは全て私のような人外だったとでも?
ハッハッハ、それはそれはめでたい世界もあったものだッ!」
684
:
我ら魔を断つ剣をとる
◆iDqvc5TpTI
:2010/07/09(金) 05:08:20 ID:4nGbyjws0
ぐっとトッシュとゴゴの言葉が詰まる。
言い返せなかった。
トッシュが戦っているロマリア帝国もゴゴ達が戦ったガストラ帝国もどちらも人間の王が率いているものだった。
神を吸収したケフカや、聖櫃に封印されている暗黒の支配者すらももとをただせば人間だ。
何よりも、何よりもだ。
もう一人いるではないか。
人間より転じた魔なるものが。
悪たる人間が魔になったのではなく、元は善なれども人間の悪に絶望し魔となった存在がッ!
ロードブレイザーは優越感に浸って言い放つ。
この島において当事者を除いては未だ彼しか知り得ない真相の一端をッ!
「この殺し合いなど最たるものではないかッ!
開催したのも人間、殺したのも人間、我を蘇らせたのもまた人間ッ!
いい加減に気付け。お前達人間が焔の未来を望んでいるということにッ!」
「「開催したのも人間、だと!?」」
「それも勇者と呼ばれた程のなッ!」
ロードブレイザーもそのことに気付いた時は驚いたものだ。
オディオがロードブレイザーの再生の足しにと寄越した負の想念。
それは紛れもなくオディオが人間の時の記憶の断片だった。
残念ながら断片なため手に入れられた情報は少なかったが、その中でもいくつか強い想いの込められた言葉は読み取れた。
『勇者』『アリシア』『オルステッド』『魔王』。
どれもこれもがロードブレイザーには馴染みのない言葉だ。
かろうじてアシュレーを通して見た名簿にオルステッドの名前があったのを覚えていた程度。
『勇者』という言葉を使ったのも『英雄』みたいなものだろうと解釈してのことだ。
特別な意味なんてない。
「……今、なんつった?」
しかし誰かにとって何ともない言葉が他の誰かには特別なこともあるのだ。
天空の勇者しかり。
異形の蛙騎士しかり。
焔の剣客またしかり。
「オディオが勇者だった? はっ、笑えねえ冗談だ」
トッシュにとって勇者とは即ちアークのことだった。
全てを愛し慈しむ心と全てを守る力を兼ね備えた青年。
人間と人間の明日を誰よりも強く信じ続けている人間ッ!
それが勇者だった。
トッシュにとっての勇者だった。
だから否定する。
「そいつは信じ続けられなかったんだろ。魔王になっちまったんだろ。
なら、オディオは元から勇者なんかじゃなかったんだよ。
ただの弱っちい人間だ。道を間違えちまった人間だ……」
オディオが勇者だったことを否定する。
この剣に賭けて。
アーク達と過ごした日々に賭けてッ!
「随分と勝手な言い草だな、人間。
ストレイボウとやらにオディオの過去を聞いてもそう言い切れるのか?」
「言い切れるね。ついでにオディオにも教えてやるさ」
「人間の自らの過ちを正す勇気って奴をな!」
▽
685
:
我ら魔を断つ剣をとる
◆iDqvc5TpTI
:2010/07/09(金) 05:08:52 ID:4nGbyjws0
「いいだろう、正せるものならまずは私を正してみよッ!
人間の過ちの集合体であるこの私をッ!」
トッシュの売り言葉に気分を害し、ロードブレイザーが飛翔する。
翼を広げ、万一にもトッシュ達の攻撃が届かない高度まで空をぐんぐんと昇っていく。
狙うは高高度からの爆撃といったところか。
あの火力ならちょっとやそっと距離をとったところで威力の減衰はしまい。
つまりは自分は安全な場所から一方的に嬲り殺せるということだ。
実に理に叶いつつも嫌らしい戦法だった。
或いは。
それは二度も敗北をきしたが故にロードブレイザーが心の底では人間を恐れていたからか。
だとしたらまだまだ甘い。
小細工をいくら弄しようとも世の中には力尽くでぶち破ってくる者もいるのだ。
「ゴゴっ、一発分でいい、俺をあいつのところまで運んでくれ!」
アークのことをよく知らず、途中から物真似のしようがなくなっていたゴゴへとトッシュはとんでもないことを言い出した。
普通はできるかどうかを先に聞くもんじゃないのかと問うてみれば、
「てめえならやってくれるだろ?」
と来たもんだ。
それに是と答える自分も自分かと思ったが、この男に信頼されるのは中々にいい気分なのでよしとした。
「ただ飛ばした後のことは保証しないぞ」
「そこまで面倒はかけねえさ」
「そうか。なら遠慮無く行かせてもらう!」
ゴゴがトッシュの右足首を掴む。
シャドウがちょこにそうしたように、ゴゴもまたトッシュを投げる気なのだ。
何のために?
飛ばすためだ、トッシュをロードブレイザーのもとへ送り届けるためだ。
少々荒っぽいが、これ以上の方法は思いつかなかった。
何故ならこれはゴゴなりの縁担ぎ。
シャドウは見事投擲にてちょこを救った。
それを真似すれば魔神に身体を支配されているアシュレーも助けられるかもしれない。
そんな想いを物真似に込めてゴゴはトッシュから受け取ったジャンプシューズで大きく跳躍。
「これ以上高度を上げられると届かない。
ぶっつけ本番だがいくぞ」
「おうッ!」
そのまま空中にてトッシュを打ち上げる。
もちろんこんな馬鹿な目論見、トッシュとゴゴより高い位置にいるロードブレイザーが気付かぬはずがない。
夜闇がどれだけ濃くとも魔神の目を阻害するには至らない。
「馬鹿めッ!」
回避しようがない空中へとわざわざ翼を持たぬ身でしゃしゃり出てきた獲物に魔神は炎弾の洗礼を浴びさせる。
ガンブレイズの弾幕はトッシュへと殺到。
全弾命中し、見事トッシュを
686
:
我ら魔を断つ剣をとる
◆iDqvc5TpTI
:2010/07/09(金) 05:09:24 ID:4nGbyjws0
「――鬼心法……」
撃墜できないッ!
魔導アーマーやルカとの戦いに続き、精霊の加護が焔のダメージを軽減したのだ。
「ムア・ガルドのミーディアムか!?」
悪手を打ってしまったことを自覚し、焔による攻撃を止め双剣で迎え撃つロードブレイザー。
虚は突かれはしたが依然、空中における優位は魔神が保っている。
慌てることはない。
「エルク、力を貸しやがれ――炎の光よ。道を、照らせ!」
その優位は一瞬にして砕け散る。
ホルンの魔女直伝、エルク譲りの補助魔法による加速がロードブレイザーの思惑を外し、双剣を空振らせる。
懐にまんまと入り込んだトッシュはここぞとばかりに魔剣を翻す。
狙いは一つ、オーバーナイトブレイザーの頭頂部に生えた黒翼のみッ!
「竜牙剣ッ!」
刃が右翼を斬り裂く。
堅牢を誇るナイトブレイザーの装甲を足場もなく力も入らない空中抜刀で切り裂けたのは竜牙剣の特性によるものだった。
因果応報天罰覿面。
自他の状態に左右されずそっくりそのまま受けたダメージをそっくりそのまま相手にも押し付けるッ!
「くっ、うおおおおおおおおおおおおおおッ!?」
矛盾の言葉そのままに自身が放った炎弾数発分の威力に翼を討たれ、ロードブレイザーが堕ちていく。
トッシュの目論見とは違い完全には翼を切り離すことはできなかったがあのダメージではしばらくは飛べまい。
地上戦ならまだ相手のしようがある。
何よりも空を飛ばれていてはどれだけ張り上げても声を届けようがないではないか。
「アシュレーッ!」
ロードブレイザーに剣を突き刺し喰らいついたままトッシュが言葉を紡ぐ。
トッシュを振り払おうとしたロードブレイザーの動きを突き刺したままの剣に気を流すことで抑える。
呪縛剣の派生型だ。
ロードブレイザーといえど完全体ではない身に直接体内に気を流されるのは堪えたのか、僅かに動きを鈍らせる。
「約束、果たしにきたぜ!
これはてめえの剣だろ、返してやるから受け取りな!」
ロードブレイザーが再動する。
その度にトッシュは気を流しこみ続けた。
魔神の動きを止めるほどの膨大な気の放出がそう長く続くはずもない。
体内の気が枯れ果て、今度こそ魔神は自由を取り戻す。
「アシュレー、その力は護るための力じゃなかったのかよっ!」
幸いだったのは既に砂漠の大地がすれすれまでに迫っていたことか。
ナイトフェンサーがトッシュを捉える寸前で、トッシュは身を投げ出し砂漠をクッションに着地する。
ゴゴとは随分離れてしまったが仕方がない。
トッシュは一人でロードブレイザーを抑えこみ続ける覚悟を決める。
「人間がああああッ!!」
687
:
SAVEDATA No.774
:2010/07/09(金) 05:10:03 ID:4nGbyjws0
ロードブレイザーがナイトフェンサーを手に斬りかかってくる。
ロードブレイザーは強い。
力も、速度も、耐久力も。
ありとあらゆる面でトッシュを上回っている。
だが剣士としては下の下だ。
これまで圧倒的な破壊力にかまけて他者を葬ってきた魔神は技を磨く必要がなかった。
剣を使ったことさえなかった。
トッシュにとっては唯一の突破口だ。
「てめえといいオヤジといい何こんな奴にいいようにされてんだっ!」
舌を奮う、剣を振るう。
速さで勝るはずのロードブレイザーより尚速く剣を相手に届かせる。
ロードブレイザーの剣筋は恐ろしいほどに読みやすい。
生きる殺気ともいえる魔神は一挙一動ごとに殺気を先行させてしまうのだ。
次に脚で踏もうとする地面に、次に手を届かせようとする位置に、次に剣で薙ぎ払おうとする空間に。
トッシュはそこに先んじて割り込む。
ロードブレイザーの動きの起点を悉く潰していく。
「ぬうっ!」
左三間。
低背状態へ移行しての切り抜け。
――読めている
上方に抜けての肩口狙い。
反転後、首元を狙った二の太刀での剣撃。
――読めている
重心の片寄りからして踏み込んでからの右横凪。
――刀破斬
ルシエドがナイトフェンサーを叩き割る。
ロードブレイザーのがら空きの胴が晒された。
千載一遇のチャンス。
今なら斬れる。
聖櫃に封じられた邪悪にも匹敵する焔の災厄を。
斬れば死ぬ。
概念的存在とはいえ受肉している今なら斬って殺せるとアシュレーは言っていた。
「待て、私を殺せばアシュレーも死ぬぞッ!」
それは即ちアシュレー・ウィンチェスターを殺すということ。
「んなことするわけねえだろが。言っただろ、約束を果たしに来たと!」
688
:
我ら魔を断つ剣をとる
◆iDqvc5TpTI
:2010/07/09(金) 05:10:55 ID:4nGbyjws0
アシュレーはまだ生きている。
まだ救える。
モンジとは違う。
ちょこの泣きそうな声が蘇る。
ちょこはシャドウを父と呼び家に帰らせたがっていた。
アシュレーが双子の父だと知ったなら、同じように帰らせようとしただろう。
ここでアシュレーを断てば魔神による悲しみから多くの人が救われる。
しかしそれは全てを救う道には繋がらない。
アシュレーを待つ妻や子に、ちょこが味わった寂しさを、自分が味わった怒りを押し付けてしまうことになる。
死んでも御免だ。
トッシュは振りぬく。
剣を握り締めたままの拳を。
アシュレーを覆う呪われた仮面を砕く為にッ!
「目ぇ、覚ましやがれってんだ!」
拳が炸裂する。
口下手なトッシュが言葉だけで届かないのなら衝撃ごと伝えやがれと全ての力と想いを込めて放った一打は。
されどトッシュに手応えを返すことはなかった。
「アシュレーへの遺言は終わったか?」
飛ぶことを封じられていたはずの魔神は悠然と羽ばたき、激突寸前だった拳を回避。
気がつけば竜牙剣が付けたはずの傷は跡形もなく塞がっていた。
負の念が渦巻く島の中においてロードブレイザーが自らの傷を癒すことなど一瞬で済むのだ。
それをこれまでしなかったのは魔神が体慣らしに戯れていただけに過ぎない。
ロードブレイザーの胸部装甲が展開される。
トッシュは咄嗟に斜線軸上から身を逸らそうとするも、遅い。
光速を誇る荷電粒子砲の前には余りにも遅すぎる。
「バニシングバスターッッッ!!」
三度、極光が夜天を吹き飛ばす。
夜が闇を取り戻した時、破滅の光が突き進んだ道には崩れ去った山脈と一人の男の身体が転がっていた。
▽
689
:
我ら魔を断つ剣をとる
◆iDqvc5TpTI
:2010/07/09(金) 05:11:27 ID:4nGbyjws0
ロードブレイザーは呆れ果てていた。
何とも人間はしぶといものだと。
バニシングバスターが直撃していたのなら北にそびえていた山脈のように塵一つ残さず消滅していたはずだ。
それが人間としての原型を留めているということは大方ルシエドの力でバニシングバスターを逸らそうとしたのだろう。
全く、無駄な努力をするものだ。
なるほど、即死こそ免れはした。
が、代償として腹部はその殆どを失っていた。
上半身と下半身が繋がっているのが奇跡なくらいだ。
放っておいてもまず助かるまい。
魔神は念のために止めをさしておこうと大地に降り立つ。
アシュレーの肉体での彼の仲間を殺せたことは大きな収穫だった。
これでアシュレーは新たな罪を背負った。
罪悪感もまたロードブレイザーの力となる負の感情だ。
万一レベルだった身体のコントロールを取り戻される可能性は億が一レベルへと激減した。
倒れ伏したトッシュへと近づいて行けば行くほどロードブレイザーは上機嫌になっていた。
だからだろう。
ようやく追いついき状況を把握し、トッシュを護らんとして立ち塞がったゴゴにロードブレイザーが取引を持ちかけたのは。
「私は今気分がいい。お前には私が世界を焼き尽くす物真似をする栄誉を与えよう。
承諾するのならお前だけは生かしておいてやる。悪い話ではなかろう?」
オディオじきじきに呼ばれたとはいえロードブレイザーは厳密には参加者ではない。
一人勝ち残ったところで優勝者としては扱われないかもしれない。
だったら一人くらい正規の参加者を残しておいてやるのも悪くはない。
自身が殺そうが、他人が殺そうが、誰かの死はロードブレイザーの力となるのだから。
「……アシュレーは、アシュレー・ウィンチェスターは」
他人を切り捨てれば自分だけは生き残れる。
そのことに無様に心かき乱されることを期待していたロードブレイザーの耳をゴゴの静かな声がうつ。
予想外なことだったが、その声に含まれていた感情は困惑でも自己愛でもなく
「俺には真似しきれない人間だろう」
苦渋と羨望だった。
それもロードブレイザーの力となる感情の内の二つだ。
魔神は特に気分を害することなく先を促す。
「俺には帰りを待っていてくれる人がいない。
大切な人のもとに帰るという物真似もできなければ、傍らにい続けるという物真似も護るという物真似もできない。
どころかその感情を心の基盤にしているアシュレーの物真似のことごとくが不完全なものとなってしまう」
ぎりりと歯を食いしばる音がした。
災厄にとっては心地よい人が自らの限界に屈する音だ。
ここぞとばかりに魔神は囁きかける。
「くくく……。ならばやはり私の真似をすべきだ。
アシュレーを救う理由などお前にはなかろう?
むしろ好都合ではないか。 アシュレーが我に飲まれこの世からいなくなってしまえばお前が苦しむこともなくなるのだか「だが」!?」
690
:
我ら魔を断つ剣をとる
◆iDqvc5TpTI
:2010/07/09(金) 05:12:10 ID:4nGbyjws0
有無を言わせずゴゴが割り込む。
己が命を握っている魔神に対し臆しもせず自分の矜持を叩きつける。
ロードブレイザーはいつの間にか会話の主導権を奪われていた。
「だからこそアシュレーの物真似は面白い。
俺という個人のままでは持ちえぬものを持っているからこそあいつの物真似は面白い。お前と違ってな」
「なんだ、何を言っている」
「分かりやすく言ってやろうか」
覆面で顔が見えていないはずなのにロードブレイザーにはゴゴが浮かべているであろう表情がありありと伝わってきていた。
笑っている。
こいつは焔の厄災を前にしてあろうことか笑顔を浮かべていた。
それも親愛の情が籠ったものでも、作り笑顔でもなく、
「ロードブレイザー、お前はつまらない。
世界の破滅だと? そんなことを考える奴はケフカで既に足りている」
ニヤリと唇を釣り上げて物真似師はロードブレイザーを嘲笑っているッ!
「我が提案を受け入れぬと。生き延びれる唯一のチャンスを逃がすというのかッ!?」
「くどいッ! 俺が誰の物真似をするかは俺自身が決めるッ!」
未だかってこのような人物がいただろうか?
ロードブレイザーを恐れるでもなく、否定するでもなく、見下し、哀れむ人物が。
身の程知らずにも程がある。
ロードブレイザーは悔いた。
気まぐれとはいえこのような下等生物に生き残る機会を与えようとした己を恥じた。
「ほざいたな、矮小な生命風情がッ! ならば貴様の言うつまらない存在の手で無様に死ねえいッ!」
両翼より生じさせた焔の中に愚かしい物真似師が消える。
最初からこうしていればよかったのだ。
ロードブレイザーは八つ当たり気味に焔をもう二発撃ち込む。
ただでさえ大きかった火の勢いは増し、森や教会も熔解させていく。
ここまでやればトッシュのように火に強くとも死んでいるだろう。
そう高を括っていたロードブレイザーの耳に、
「幻獣召喚《ハイコンバイン》――ティナ・ブランフォード」
自身が真似したい人物を自らの手で選び取った物真似師の声が響いた。
▽
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