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【習作】1レスSS集積所【超短編】

306名無しさん:2017/03/20(月) 21:29:38 ID:cANCRDhgO
「おはよう」

病院の一室、毎日僕は彼女に語りかける。
冷たい肌の、ゾンビである少女に。

「おは、よ」

返ってきたのは、ぎこちない、引っかかったような声。
生き返ったばかりの、彼女の表情筋は固く、喋るだけでもかなりの労力を必要とする。
それでもなお、彼女は微笑もうと顔を歪ませてくれた。

「今日は、何をしようか」
「本、よみたい」
「わかった。この中から選んでね」
「うん」

彼女の隣に座って、お気に入りの絵本を広げる。
記憶と一緒に文字を忘れてしまった彼女のために、朗読をするのだ。
それは、幼なじみの女の子が、勇者になった男の子を追いかける話だった。
誰かの幸せの為に頑張りすぎて自らの幸せを忘れた勇者に、女の子は幸せを教えていく。
手をつないで、笑いあって、分かち合う。
そんな、当たり前の幸せを。
しかし、ある日。
女の子は死んでしまう。
勇者を心配させない為に、病気を隠していたから。
そうして勇者は遠くに旅に出るのだ。
女の子に、再び会うために。
最後のページには、手をつなぐ、二人が色鉛筆で描かれていた。

「そうして、二人は結ばれました。魔物であっても関係なんてありません--二人で幸せをかみしめて、生きていくのです」
「うん」

こくりと頷く彼女の前で、パタリと本を閉じる。
風圧で彼女のさらりとした黒髪がなびいた。

「ねえ。わたしは、こんなふうに、なれるかな」

表紙に描かれた女の子を指差す彼女。
その瞳には、確かな憧れがこもっていた。

「大丈夫。君なら大丈夫」

ゆっくりと語りかけながら、彼女の頭をなでる。
心臓のない、彼女の事を。

「あれ?おにいさん、ないてるの?」
「いや、気のせいだよ」

その心臓は、僕の胸の中で鳴っている。
かつて生きていた、彼女から移植したものだ。
心臓の病気で死ぬところだった僕を、その命を投げ捨てて救った。
彼女はそれを、忘れてしまっているけれど。

「もし、君が女の子なら、僕は勇者かい?」
「はは、きっと、なれるよ」

笑おうと、顔を歪ませる少女。
その姿は、絵本の女の子そのものに見えた。

「ありがとう」

僕は、彼女の勇者になれるだろうか。
二人で、幸せになれるだろうか。

いつか、彼女の記憶が戻った時。
幸せだと、言う彼女の姿が見たい。
そう、思えた。


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