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【習作】1レスSS集積所【超短編】

275名無しさん:2017/03/14(火) 20:41:08 ID:g1dLT60IO
「今日が何の日か、覚えて居るかい?」
「円周率の日ですよね。πの日」
「ああ。微分積分が出来た時の感動は忘れんな。異世界の数学の魅力だ……と、答えて欲しいと思ったか?」
「冗談ですよ」

時は3月14日。
先輩であるリッチの言葉に僕は肩をすくめる。
その反応が気に喰わなかったのか、彼女の後ろにあった経箱がガタンと音を立てて研究室の床に落ちた。

「私を怒らせたいのか?」
「まさか。用意していますよ」

白衣の袖から出したのは、紫色の小さな結晶だった。
受け取りながら、訝しげに首を捻る先輩に微笑んでみせる。

「先輩のチョコレートの三倍の価値が思いつかなくって」

脳裏に浮かぶのは二月の事。
溶かして固めただけは邪道と叫ぶような、カカオの発酵から行ったチョコレートの甘く、ほろ苦い味を、思い出す。
目の前で結晶を弄んでいた先輩の顔が歪むのが見える。
きっとこれの正体に気づいたのだろう。

「馬鹿だな、君は」
「あげられる物が、このくらいしか、思いつか無かったんですよ」
「はは、本当に大馬鹿だ。自らの魂の欠片を精製して渡すなんてな」
「異世界の科学に感謝、ですよ」

彼女の冷たい指が、僕の欠片を撫でると、頬を撫でられたような感覚が、伝わってくる。
先輩もやっていた、魂を分ける術の力だ。
今、僕の心は文字通り彼女の手の中にある。

「全く、対処に困る物を渡すなど。贈り物失格だな」
「嫌でしたか?」
「まさか、こうして大切にするさ」

先輩は囁くと、彼女の経箱を拾い上げて、僕の魂をその中へと封じた。
心の中に、暖かい何かが流れるのを感じる。
きっと、これが先輩の心。無表情の下の優しさや愛なのだろう。

「さて、と」

経箱を机に載せながら、彼女はほんの少しだけ口角を上げて笑う。

「これは、少しばかり高すぎる贈り物だ--だから」

ふわり、と。
先輩の身体が近づく。
花に似た、甘い香り。
唇に感じる、冷たくて柔らかな感触。

「余剰分。返したぞ」

魂に通じる、甘くて暖かい気持ち。
僕は、何となく笑う。

今日も、良い天気だった。


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