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【習作】1レスSS集積所【超短編】

255名無しさん:2017/03/12(日) 12:55:45 ID:nEYAXpqsO
かりかり、かりかり。
古びた銀色の懐中時計のゼンマイを回す。
数ヶ月前にはじめた、私の日課である。
寂れた静かな屋敷の中、小さな機械の音が響く。
私の手の中で、巻かれた時計はやや正確な時を刻んでいた。

「ご主人様、その機械は?」
「ああ、懐中時計だ。こうして毎日巻くのが日課でな」
「時計、ですか。ご主人様なら、時間を正確に知る魔法位、出来そうですけど」
「はは、確かに」

唯一の従者の言葉に、苦笑で返す。
ヴァンパイアである私にとって、時を知るのは簡単なことだ。
こんな道具に頼る必要などない。
けれど、私にはこの時計を持つ、理由があった。

「従者よ。記憶はまだ戻らんか?」
「いえ、全く思い出せないです」
「そうか」

ごまかすような質問に律儀に答える従者。
一生懸命に思い出そうとする彼の額には、深い皺が浮かんでいた。

「従者よ。お前は記憶を戻したいか?」
「はい。自分が何者か分からなければ、胸を張って仕える事も出来ませんから」
「……そうか。ならば」

椅子から立ち上がった私は、彼に時計を握らせる。

「この時計は、お前の物だ」

困惑する彼に、ほんの少しの笑みを見せて、私は奥の間へと歩いて行った。



「時計、か」

従者を入れたことの無い奥の間で、呟く。
部屋の隅に置かれているのは、美しくも使い込まれた剣と盾。
そして、教団の印が刻まれた鎧だった。

「お前が悪い奴じゃないのは分かる」

これを着ていた勇者の言葉を思い出す。
旧時代に人を殺した私にかけた言葉を

「けど。俺は勇者だ。お前を倒さないといけない」

剣を構えながら、そんな事を言って。

「この時計が12時をさした時、お前を倒しに行く」

言外に「逃げろ」と言いながら。時計を渡してきた男だった。
それが、私の初めてふれた優しさで。
その手にかかって、終わるのも悪く無いと思えた。

その日結局、12時の針がさした時、勇者は現れなかった。
代わりに崖下で拾ったのが、今の記憶喪失の従者。
土砂崩れから。みなをまもって頭を強打した阿呆だった。

「確かに、返したぞ」

装備の手入れを、丁寧に行っていく。
いつか、彼がこれを着る日が来るのだろうか。
私の身体を、この剣が貫く日が来るのだろうか。

ただ一つ言えるのは。

記憶が戻ったら、笑って見せてやるという決意だ。
彼のおかげで、私が出来るようになった表情なのだから。


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