したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

もし勇者シリーズがC.E.or00世界に来たら(避難所)

35660 ◆nZAjIeoIZw:2010/06/27(日) 09:43:54 ID:I7LYjBeI0
 外見から判断できる武装や戦闘方法よりもまず、根拠も何もない感想が頭の中に浮かび上がる。強い。間違いなく。恐ろしく、と付け加えるべきであろう。
 舞人はガインと共にこれまで両手足の指では足りぬ数だけ、犯罪者たちの繰りだしてきた巨大なロボットを相手にし、その全てに勝利を収めてきた。
 勝利の星に飾られた戦歴ではあるが、決して楽に勝てたとは言えない。旋風寺コンツェルンの最新技術と莫大な資金を惜しみなく投じたマイトガインをしても、運の善し悪しで勝敗が変わっていた様な辛勝もある。
 こちらの命を奪いにかかってくる凶悪な犯罪者達との戦いの中で培われ、ユニウス・セブンの上で我が身を省みず命を捨てて戦うテロリストたちの気迫を浴びた練磨された舞人の、戦士としての直感が告げる。

――戦うな、アレを敵にするな、背を向けて逃げ出せ。

 それを舞人の矜持が、誇りが、誓いがねじ伏せる。
 我知らず、舌で唇を舐めていた。皮膚に痛みを覚えるほどの緊張に乾いていた唇が、かすかに湿り気を取り戻し、わずかに緊張が解れる。

『舞人』
「大丈夫だ、ガイン」

 常に戦場で共にあった相棒が、名前を呼んできた。人工的に知性と人格を与えられたガインの声は、既に耳に親しんで長い時間が経っていたが、ここまで緊張に強張った響きを耳にするのは初めてであった。
 生物としての本能を有する舞人と違い、0と1の羅列から成るガインにさえ分かるほどの強敵。
 おそらくそれも、感知できるエネルギー量や過去の戦いのデータから推測できるダイノガイストの戦闘能力だけが原因ではない。
 ユニウスでわずかとはいえ対峙した時とは違い、今度ははっきりと敵と認識された上での対峙。そして、ダイノガイストに敵と認められたがゆえに全身で受け止めなばならぬ、ダイノガイストの闘争の気配。
 それのなんと強大である事よ。山を覆う木々を根こそぎ吹き飛ばす嵐のごとき激しさが、波一つない湖面のように抑え込まれている。
 今は理性の鎖に繋がれて抑えられたその力が、ダイノガイストの明確な戦闘の意思のもと振るわれたなら、それはどれほどの破壊を齎すだろうか。
 それを受け止めねばならぬのが、自分達であるのだと、舞人は静かに受け入れた。ともすれば恐怖に囚われかねぬ緊張に襲われている舞人であったが、その胸の奥には確かな高揚の灯火が煌々と燃えていた。
 旋風寺舞人。
 十五歳という若輩ながら地球圏有数の超巨大財団の総帥を務め、父祖が築いた一大帝国をさらに巨大なものにした天才というほかない経営の天才。
 容姿端麗、学問は言うに及ばず、武道も幼いころから嗜みプロの格闘家複数を相手にしても容易くいなす文武両道の逸材。
 幾百万、幾千万の社員達の頂点に君臨するにふさわしい風格を既に持ち、輝かんばかりのカリスマ性を持つ。
 おおよそほとんどの全人類がその経歴を知れば、欠点のない完璧な人間と称するだろう少年であるが、舞人とて所詮は一個の人間。恐怖を覚える事はある。足がすくむ事もある。抱えた責任に押しつぶされそうになる事もある。
 そうであるだけならば、舞人は凡百の人間よりも多く天賦の才能と環境に恵まれただけの人間であったろう。
 しかし彼は舞人がそのような一般的な富裕層の人間や天才と呼ばれる人種と一線を画すのは、心を萎縮させる負の感情すべてを乗り越える資質と心の強さを併せ持った人間であったことだ。
 生まれながらにそうだったのか、そうならなければならぬから、そうなったのかは分からぬが、いまダイノガイストの前に居る旋風寺舞人という少年は、敵がかつてないほど強大であるからという理由で背を向ける男では断じてない。
 強大であるという点において前例のない敵と戦うという現実を前に、舞人の背をひと押ししたのは、全力を尽くして戦える敵との遭遇に歓喜する戦士としての本能であった。
 巨大ロボを一機投入してまで自分をおびき寄せたダイノガイストが、この場から離脱するのをおめおめと見逃すわけもない。

36660 ◆nZAjIeoIZw:2010/06/27(日) 09:44:37 ID:I7LYjBeI0
 マイトガインよりも一回り以上巨大なダイノガイストの鋼鉄の体から、目に見えぬはずの闘気が宇宙の暗黒色に染まった炎となって噴き出しているのを、舞人は幻視する。
 はるかな太古から地球を照らしてきた太陽が、その膨大な力を破壊に使う事を決め、ダイノガイストの姿を取って降り立ったのではないかと言われれば、思わずそう信じてしまいそうなほど、眼前の巨人はそこに在るだけで途方もない存在感を放つ。
 背に交差させているダイノブレードの柄に手を伸ばす様子はない。舞人とガインはダイノガイストの一挙手一投足、バイザーの奥のカメラアイの光の明滅にさえ細心の注意を払い、動くべき時を見計らう。
 舞人は幼少のころから旋風寺コンツェルン後継者として、帝王学や経済学は言うに及ばす武術の類もおよそ考えうる最高の最新設備とコーチたちの下で学んでいる。
 十年を優に超えて武道を嗜んだものとして、舞人はダイノガイストのあまりに堂に入った立ち姿に、砂漠の悪魔に惑わされた旅人のように咽喉が渇いてゆくのを覚える。
 待つばかりでは埒が明かないが……どうするか。

『待っていても始まらないな』
「ふっ、そうみたいだ。敵は手強いが、行けるな?」
『ああ、私と舞人ならば!』
「ならっ!!!」

 切っ先を下段に流した動輪剣の構えはそのままに、マイトガインは人機一体の心持で一挙にダイノガイストへと斬りかかる。
 踏み込むマイトガインの足元が爆発が生じたように弾け飛ぶ。旋風寺コンツェルンの保有するテクノロジーの結晶体、マイトガインの既存のMSをはるかに凌駕する脚力が、時速数百キロ単位の速度を巨体の勇者に与えていた。
 漆黒の暴君へと迫る勇者の姿はまさに疾風。動輪剣が陽光を銀の雨に変えて切り裂きながら、ダイノガイストの左腰へ飛燕の軌跡を描いて襲いかかる。ひょう、と斬られた風の断末魔が笛の音の様な音を立てて尾を引いた。
 動輪剣の刃が迫る中もダイノガイストは微動だにせず、立ち尽くしたまま斬られるかと思われた。
 ぎん、と大気の軋む、あるいは切り裂かれるような甲高い音が一つ、滾る陽光降り注ぐ廃墟の世界に大きく響き渡る。

『思い切りのいいことだな』

 ついで音になったのはどこか感心した調子のダイノガイストの一声。
 コーディネイターの反応速度でも反応しきれないと見えた動輪剣の一撃は、余裕をたたえるダイノガイストの左腕によって阻まれていた。
 ダイノシールドを構えるまでもなく、翳したダイノガイストの左腕にわずかに切り込む事も出来ずに、動輪剣の刃は止められているではないか。

「真っ向から受けて、傷一つ!?」
『ふん、小手先の一撃でおれに傷一つ付けられるとでも思ったか……愚か者め!!』
「ぐ、がぁああ!?」

 動輪剣による一刀を受け止められた体勢のマイトガインの胴体へ、小型の陸戦艇ならば軽く吹き飛ばすダイノガイストの右ひざが吸い込まれるように叩きこまれた。
 ダイノガイストからすればさして技巧を駆使する事もない他愛のない一撃である。だが、受ける側からすれば、マイトガイン級の巨体でも、中世時代に閉ざされた城塞の城門を破砕する破城槌の一撃を真っ向から受けるのに等しい。
 大気を抉り抜く凶悪なまでの破壊力を秘めた膝蹴りは、PS装甲装備のMSでもパイロットがそのまま衝撃で死にかねない一撃であったが、とっさにバックステップを行ったマイトガインは、ダメージの幾分かを軽減することに成功する。
 舞人は後方に飛びのいて衝撃を散らしてダメージを軽減させたとはいえ、全身を揺らす衝撃によって、胃の腑から食道へと込み上げてくるものをかろうじて抑え込む。
 舞人は変わらず強い意志の光を輝かせる瞳の先に、ゆっくりと右膝を下ろすダイノガイストの姿を映す。マイトガインと姿を変えたガインもまた舞人と同様に機体ステータスの調整に努めながら、敵への警戒を怠らない。
 飛び退いたとはいえ殺しきれなかった分の衝撃に、そのまま百メートル近く吹き飛ばされたマイトガインが、爪先をジャンクの大地に押しつけて勢いを殺そうとするも、そのままジャンクの破片を散らしてゆく。
 マイトガインの爪先から踵と順次に着地し、動輪剣の切っ先を突き刺してようやくマイトガインの動きが止まる。再び動輪剣を引き抜き、今度は片手一刀、切っ先は右に流れる。
 右膝を受けた胴体の装甲はかろうじて無事といえた。ただしもう一撃同等以上の打撃を同ヶ所に受ければ、マイトガインの装甲といえども耐えきれずに罅が盛大に入る。

37660 ◆nZAjIeoIZw:2010/06/27(日) 09:45:10 ID:I7LYjBeI0
「ガイン、躯体に支障は有るか?」
『なにも問題はない。舞人の方こそどうだ?』
「まさか」

 涼しげかつ不敵な舞人の返事に、ガインはそれでこそ、と頼もしき相棒にほくそ笑む思いであったろう。

『待ってばかりいるのは性に合わぬのでな。次はおれ様から行くぞ!』

 耳にするものの心臓を内側から握りしめるような力強さを持つダイノガイストの一声と共に、三十メートルを超す漆黒の武巨人は膝を曲げたかと思った瞬間には、舞人とガインの視界をその巨躯で埋め尽くしていた。
 跳躍の過程がコマ送りでもされたかのように視認できない、常識外の挙動に、しかし、舞人とガインの戦闘意識は揺るがない。

「それくらいは、するだろうな、お前なら!!」

 振り抜く拳の圧力でジャンクの大地を抉りながら、ダイノガイストの左アッパーがマイトガインの首から上を吹き飛ばしにかかった。巨大合体した勇者クラスならばともかく、MSなら頭どころか上半身が粉微塵に打ち砕かれかねない。
 半身を左に一歩ずらし、ダイノガイストの左を躱すマイトガイン。至近の距離を流れてゆくダイノガイストの拳がぶつけてくる拳圧は、マイトガインの装甲を透過して頬を抉る錯覚を、舞人はこの時明確に感じた。
 背筋に冷や汗が流れ、体の奥底から体内が氷に変わってゆくようなおぞましさと恐怖。
 いますぐにでもこの場から逃げ出したくなるような感情の動きを、しかし、舞人はねじ伏せる。

「お、お、おおおおおおおーーーーー!!!!!!」

 拳を振り抜く至近距離にまで踏み込まれたものの、両者の機体サイズの差を考えれば、ダイノガイストの拳の間合いは、マイトガインにとって剣を振るう間合いに近い。
 両手で握り切っ先を右後方に流して、横に倒していた動輪剣をマイトガインは全霊を込めてダイノガイストの左腰に振り抜く。重心の移動、機体フレームを通じて動輪剣に流れ込む力の流れ、巨体を支える両足に位置取り。
 一瞬とさえいぬ短い時間の間に数十を超す舞人の神業的操作入力と、最新技術の集大成である超AIガインの補助が可能とする一刀!
 亜音速に達した動輪剣の刃なれば、いかにダイノガイストの超規格外の硬度を誇る装甲といえども耐えきることは叶うまい。

『反応するのか、この距離で!?』

 驚愕の声はガインが挙げた。ミシリ、と嫌な予感を伴う音はマイトガインの右手首から。
 マイトガインの右手首を上下に挟み込み魔物の牙のごとく噛み止めていたのは、振り抜かれたはずのダイノガイストの左肘と、振り上げられた左膝。
 空手にある挟み受けの技法だ。来るべきグレートエクスカイザーとの雪辱戦に備え、人間の培ってきた武術を貪欲に学習し、量子コンピューターをはるかに超える演算能力を持つダイノガイストの頭脳がアレンジを加えた武技であろう。

『ぬん!!』

 遠雷のごとく轟くダイノガイストの声と共にマイトガインに襲い来るのは、ダイノガイストの右拳。マイトガインの頭部めがけ、最短距離を予備動作の全くない無駄を削ぎ落とした軌道で放たれる。
 世界ランカークラスのプロボクサーが、ほう、と感嘆の声を洩らしかねない一撃を、マイトガインは咄嗟に動輪剣の柄から左手を離し、ダイノガイストの右ストレートの内側へ左腕を滑り込ませる。
 時間にすればわずかにコンマ一秒にさえ満たない刹那と刹那を積み重ねる濃縮された
攻防。
 ダイノガイストの右腕の内側をなぞるように滑りこんだマイトガインの左腕が『く』の字に曲がる。内側からの圧力によってストレートの軌道を曲げられ、ダイノガイストの右半身にわずかな隙が生まれる。
 それを逃す舞人やガインであったなら、ダイノガイストはそもそも戦いを挑む意欲をかけらも抱かなかっただろう。
 ダイノガイストの右ストレートを阻んだマイトガインの左腕はそのまま鉄槌と化してダイノガイストの右胸を叩く。大質量をもった金属質の物体同士が高速で衝突する大音量は、それに相応しい破壊の光景を聞く者に連想させる。
 ダイノガイストの胸部に叩きつけられたマイトガインの左拳。しかし打たれたダイノガイストも打ったマイトガインのどちらにも傷の跡はひとつとてない。
 両者にダメージがない事は明白であった。しかし精神的な動揺はマイトガインの方がわずかに大きい。百トンを超すマイトガインの重量を存分に乗せた一撃には、生身の手で巨木を叩いたのと同じ手応えが返ってきた。

38660 ◆nZAjIeoIZw:2010/06/27(日) 09:45:54 ID:I7LYjBeI0
 人間に換算すればヘビー級とストロー級ほどにも差が在る事を考えれば、その結果は当然であったが、そのような経験が舞人とガインには欠乏していた。これまでの戦いで圧倒的な勝利を重ねてきた弊害と言える。
 賞賛すべきはその動揺を戦闘に反映させなかった一人と一機の心構えだろう。
 一撃に効果がない、と悟った瞬間に、マイトガインは左方向に飛び去る。マイトガインが居た空間を、黒い風が鉈の様に薙いでいた。ダイノガイストの左回し蹴りである。
 マイトガインの一撃を受けて微動だにせぬと見えたダイノガイストは、その実、マイトガインの右手首を挟み止めていた左の足を解放し、マイトガインの首を刈るべく動いていたのだ。
 飛び退いた先で体勢を整え直し、舞人は額から鼻筋に沿って流れる汗の冷たさを感じていた。かろうじてダイノガイストの動きは目で追えている。加えてガインの正確精密極まる動作予測のサポートもある。
 ダイノガイストとマイトガインの両機の間に厳然と存在する根本的な性能差を、人機一体となることでかろうじて補えている。
 この三者の中で唯一疲労を覚える舞人が居るマイトガインが大きく不利である事は否めない。この均衡が崩れるとしたならば、いずれ舞人の体力と集中力が切れた瞬間であろう。

「スピードとパワー、どちらもおれ達よりも上だな。一撃で思い知らされたよ」
『ユニウス・セブンの時やそれ以外の戦闘での映像やデータも入手していたが、どうやら彼が底を見せた事はこれまでなかった、ということだな。なんとも厄介な話だが』
「だが、おれたちだってユニウスの時と同じってわけじゃない。まずはそれをあいつに教えるぞ!」
『応!!』

 マイトガインの再びの爆発的踏み込みに合わせ、ダイノガイストの両膝の砲身が起きて容赦ない砲撃を加える。ダイノキャノンの連射だ。マイトガインの装甲をもってすれば、例え全開のダイノキャノンといえど数発は耐えて見せる。
 しかし、受ければ確実に動きが鈍り生まれた隙を突かれるのは間違いない。さらに言えばユニウス・セブンを斬り砕いたあの恐るべき魔剣技が、牙を研いで待ち受けている。
 それなりにモーションの大きな技ではあるが、それに反応するだけの余裕がこちらになければ回避も防御もできまい。十分に耐えきれる攻撃ではあるが、それに続く連続攻撃を考えれば一発でも受けるのは避けなければならない。
 ずっしりとした重量感に溢れるマイトガインの機体が、軽やかなまでのステップを刻んでダイノキャノンを連続してかわしてゆく。マイトガインの一歩一歩に遅れて、ダイノキャノンの爆花が鋼の大地に咲き続ける。
 マイトガインにも多少は射撃武装があるものの、動輪剣の刃をもってしても傷を与えられなかったダイノガイスト相手には、水鉄砲に近い効果くらいしか期待できないだろう。
 牽制程度にはなると分かってはいたが、下手に撃ってこちらの機動に支障が生じればむしろこちらにとってつけ入れられる隙になってしまう目算の方が大きい。
 ダイノガイストがその戦闘能力を最大に発揮できる近接戦の距離で戦いを挑まねば、マイトガイン側にも勝ち目はないこの状況は、どう考えても舞人とガインに大きく不利なものであろう。
 虎中に入らずんば虎児を得ず、されど舞人とガインが挑まねばならぬのは虎の巣穴に入り込むよりも、はるかに恐怖に満ちたダイノガイストの武力の届く場所であった。が、行かねばならぬ時を過つ一人と一機ではない。
 刃の突き立てられた地面の上に渡された綱の上を走り抜けるような危険なマイトガインの吶喊行為は、遂に結実する。ずん、と屑鉄の大地にめり込むマイトガインの足。
 生存のために開いた距離を、今度は勝利の道を見出すために詰めたマイトガインの動輪剣が清冽な唸り声をあげてダイノガイストへ!
 弓弦を引き絞るように、地面と平行に倒された動輪剣を引き込み、十分に為を作った構えからマイトガインが放つのは、紫電の煌めきのごとき必殺の突き。
 刀身から不可視の闘気を迸らせ、ダイノガイストの鋼の臓腑を貫くために放たれる動輪剣を、左右からダイノガイストの手が挟み止める。

「白羽刃取りっ!?」
『……ほう!』

 圧倒的な左右からの圧力によって完全に動輪剣を挟み止めたかと見えたダイノガイストの白刃取り。しかし、舞人とガインの気迫がダイノガイストのそれを上回ったか、動輪剣の切っ先が、たしかにダイノガイストの腹部に浅くではあるが突き刺さっている。

39660 ◆nZAjIeoIZw:2010/06/27(日) 09:46:27 ID:I7LYjBeI0
 ヤキン・ドゥーエ戦役以降、完全に借り物の肉体の調子が完全な状態に戻ってから、損傷を負わされたのは、叢雲劾の操るアストレイブルーフレームセカンドとの戦い以来の事。
 四十五万馬力を誇るマイトガインのフルパワーを完全に受け止めるダイノガイストの力に、改めて戦慄を覚えながら力の流れをコントロールして拘束された刃を自由にしようと足掻くが、そう簡単には行かせてくれない。
 動輪剣の拘束を解いたのはマイトガインではなく、ダイノガイストであった。ふん、と短く息を吐いて挟み込んだ刃を離して、自ら後方に飛んで距離を取る。
 すかさず追撃を、と意気込もうとして、舞人達は踏み出す足を地面に縫いつけられたように止めたまま。
 打たれたのだ。
 ダイノガイストから吹き付けるそれまでの闘気よりさらに激しく、冷たく、鋭く研ぎ荒まれた武の神か鬼神を目の前にしたかと錯覚させられるほど圧倒的な闘争の風に。

『いままでの貴様らは、この世界でまみえた連中の中では確かに強敵ではあったが……』

 ダイノガイストはそれまで徒手空拳を貫き、けして背に交差させた白銀の刃には伸ばさなかった手を、悠然とした動作で伸ばし始める。それはどこか優雅とさえいえる所作であった。

『所詮、楽しめる程度の力し持ってはいなかった。その程度の、真の敵と呼ぶには物足りぬ手合いよ』

 しゃりん、と涼やかな刃鳴りの音を立ててダイノブレードが主の手に渡り、白銀の孤月を描く刃は陽光の珠を幾万粒も纏いながら死告鳥の翼のごとく左右に構えられた。

「これからが……」
『ああ、ダイノガイストの本気だな』

 マイトガイン――舞人とガインは遂に対峙した。持てる力を余すことなく振るうと決めた全力のダイノガイストと。
 ダイノガイストはようやくまみえた。敵とは到底呼べぬ無力な有象無象とは一線を画す、真の敵と。
 事前に言いかわしていたかのように、両者の始動のタイミングは千分の一秒の狂いもなく一致した。動輪剣の柄に埋め込まれている二つの車輪が高速回転を始め、生み出されたエネルギーが刀身を黄金に染め上げる。
 八の字に開いたダイノブレード二刀流で風を斬りながら、右八双の構えで突撃してくるマイトガインへと大きく踏み出してゆく。

「はああああ! 動輪剣……」
『縦一文字斬りぃっ!!』

 振り上げられ、一文字の光となって振り下ろされる動輪剣を交差したダイノブレードが受け止める。受けたダイノガイストの踏みしめる大地が一挙に陥没し、受けた一撃に込められた力の凄まじさを、足元の惨状が雄弁に語る。
 いや、完全には受けきれなかったのか、ダイノブレードの刀身を押し込んだ動輪剣の刃がダイノガイストの左鎖骨に食い込み、刃を深く斬り込ませている。

『なるほど、キングエクスカイザーにも勝るとも劣らぬ一撃だ。だがな、あやつと同等ではこのおれには到底届かぬ!』

 動輪剣を受けた体勢のダイノブレード二刀の刀身から、漆黒の雷が奔流のごとく溢れ出して、動輪剣を通じてマイトガインの総身を焦がす。

「この体勢から打てるのか!?」
『エネルギー量が、どんどん上がって……!!』
『貴様は果たして耐えきれるかな? 耐えられねば、この世から一辺残さず消滅するぞ! 受けよ、我が必殺の剣!!』

 ぐおう、と勢いを増す漆黒の雷は、X字の斬閃を描いてマイトガインを容赦なく飲み込む!

『ダークサンダーストームッ!!!』

40660 ◆nZAjIeoIZw:2010/06/27(日) 09:47:02 ID:I7LYjBeI0
 太陽が輝く事を忘れたのかと錯覚するほど、ダイノブレードから放たれた漆黒の雷を伴う破滅の嵐が世界を黒々と染め上げて、マイトガインの胸部にX時の斬痕を刻むに留まらずエネルギーの奔流がさらにその全身を破壊しにかかる。

『ぐうあああああああああ!!!!!!!』

 全身の装甲に罅が走り、砕けた装甲が剥離し、露出した内部構造にさらにダークサンダーストームのエネルギーが牙を立てて、爪で抉り、マイトガインを内外から破壊せんと荒れ狂う。
 廃墟の大地の一角を黒く染め上げて周囲の屑鉄の山を消滅させた黒雷の嵐が終息した時、そこに残っていたのは大きく抉られてすっかり変わった光景と、かつてのダイノガイストのごとく全身にダメージを負い、倒れ伏したマイトガインのみ。

『形は保てたか。なかなか頑丈なようだな』

 腹部への一刺しと人間で言うところの左鎖骨部分に刻まれた斬痕。その手傷を負った事に対する苛立ちや不快感よりも、むしろそれを喜ぶかのような雰囲気だ。
 倒れ伏し指一本動かす余力も失われたマイトガインを前に、ダイノガイストは一歩、また一歩と勝者の余裕と威厳を持って近づいてゆく。

『ふむ。人が乗るタイプのMSの亜種とは分かっていたが、さて止めと行くか』

 とは口にしたが、ダイノガイストはこの敗北を糧にマイトガインがさらに強大になる事を望んでいる。となればパイロットの方は生かしておくべきであろう。圧倒的な力の差に心折れるかもしれないが。
 機体の方を制御している超AIの方も――既にダークサンダーストームの一撃で機能停止をしている可能性もあるが――必殺剣の一撃を耐えた以上、ここでむざむざ倒してしまうのも惜しい。
 首の一つでも刎ねるか、と右のダイノブレードを振り上げるダイノガイストを、止める者は……いた。

「やめてーーーーー!!!」

 絹を裂くような少女の悲鳴が、二機と一人の戦場の時の流れを止めた。声の出所を探るダイノガイストは、必死の様相で自転車を漕ぎ、風にクリーム色の髪を乱す少女の姿をとらえていた。
 たった一人の、あまりにも脆弱でちっぽけな少女が、はたしてダイノガイストを止め、マイトガインを救う事が出来るのか?

つづく。

41660 ◆nZAjIeoIZw:2010/07/01(木) 12:19:04 ID:RreyC31s0
遅まきながら転載の確認をいたしました。まことにありがとうございます。
しかしこれほど長期間放置していたのかと、自分にあきれています。
さくっと終わらせた方がいいかもしれませんね。

42ジェイアスカの人 ◆eoXW3yzVEo:2010/11/02(火) 15:28:51 ID:YxLMh.UM0
プライベートが一段落! 続き書く時間が出来たよ!! ……しかし痛恨の規制……ッ!!
今年中には投下できると思うので気長にお待ちください。

43ジェイアスカの人 ◆eoXW3yzVEo:2010/12/14(火) 21:45:55 ID:XqVmakyI0
只今絶賛規制中。
上手くいけば明日避難所へ投下します。

44ジェイアスカの人 ◆eoXW3yzVEo:2010/12/15(水) 14:06:43 ID:baPe5crQ0
どなたか居られましたら代理投下よろしくお願いします。

 ────オーブの工業コロニー、ヘリオポリスから脱出したアークエンジェルと
合流を果たさんとした地球連合軍第八艦隊の先遣隊は、不運にも先んじてザフトに発見され、
その命を風前の灯と化していた。
 出撃したMAメビウス──連合軍もMSを保有しているが、現行の主力機である
ガンタンクは下半身がキャタピラ式のため、地上でしか使えない──は、ヘリオポリスで
ザフトに奪われたイージスガンダムによって容易く打ち砕かれ、護衛艦もジンを乗せた
SFS(サブ・フライト・システム)バルルスの機動性に対応できずにいる。
 先端に砲口を備えた細身のバイクを思わせる機体に搭載された、大型バッテリーと
後部の大推力スラスター、小型化こそ叶わなかったものの消費電力の効率化を果たした
重粒子砲により、ジンへ飛躍的な火力と機動力、継戦能力を与えるこの機体は、
ザフトに唯一対抗できたMAメビウスを、その性能でもって情け容赦なく戦場から蹴落とした
という開戦当初の活躍同様に猛威を振るい、連合の護衛艦を獰猛なシャチが
鯨へ群がるかのように次々と沈めていった。
 キラ・ヤマトのストライクは強敵であるイージスに抑えられ、ムウ・ラ・フラガ大尉の駆る
ガンバレルダガーも得意の有線砲台ガンバレルによるオールレンジ攻撃を掛けるが、
スピードに物を言わせて巧みに射線を掻い潜ろうとするジンの編隊を食い止めるので手一杯だ。
 そんな中、遂に残された最後の護衛艦モントゴメリまでもが、アークエンジェル隊の
奮戦むなしくザフトのナスカ級戦艦ヴェサリウスの主砲に貫かれ爆沈した。
 アークエンジェルのブリッジに、その光景を目撃したフレイ・アルスターの悲鳴が響く。
彼女の父である大西洋連邦の事務次官ジョージ・アルスターは、妻を亡くして以来
ひと際愛情を注いできた娘に会うために、無理を言ってモントゴメリに乗り込んできたのだった。
 フレイは父を救うために、保護されていたプラントの歌姫ラクス・クラインを人質に取り
ザフト軍を退かせようとしたが、結局その策は間に合わず、最愛の父の命は無残にも
彼女の眼前で喪われてしまう。
 蝶よ花よと何不自由なく育てられてきた、世間の苦労を知らぬ十五歳の少女にとって、
その悲しみは如何ほどのものだろうか。
「────アンタ、自分もコーディネーターだからって、本気で戦ってないんでしょ!」
 アークエンジェルそのものは遅まきながらラクスを人質にすることでその生命を永らえたものの、
フレイはその怒りと悲しみを、ストライクを操っていたキラにぶつける以外に何も出来なかった。
 そして戦闘が終わってしばらくしてから、フレイはアークエンジェルの艦内通路の影で
会話を交わすキラとトールの口から、到底許しがたい言葉を耳にしてしまう。
「あのイージスに乗ってんの、友達だったんだろ……?」
 ────やっぱりキラは本気で戦ってなんかいなかったんだ……フレイは怒りの余り
蒼白となった顔で、地獄の底から這い出してくるようなかすれた声を絞り出した。
そのときから彼女の胸の奥には、マグマより熱く煮えたぎるコーディネーターへの
果てしない憎悪が湧き上がった。
「────このままには、しないわ……」


No.08『白銀の不死鳥』

45ジェイアスカの人 ◆eoXW3yzVEo:2010/12/15(水) 14:08:32 ID:baPe5crQ0
 まだ夜も明けきらぬ頃、オーストラリア北部にあるザフトのカーペンタリア基地へ
ジェイダーはひっそりと赴いていた。降り立ったジェイダーは、浄解されたボズゴロフ級の
艦長やアスランたちを降ろすと、突然の来訪で泡を食ったように飛び出してきた
ザフト兵たちを尻目に悠々と飛び去ってゆく。
「……どうしてこうなってしまったんだろうな」

 ────DSSDの獅子王博士がアメノミハシラを訪れてからというもの、
世界は対ゾンダーという目標へ向けて水面下で激動の時を迎えていた。
 世界各国に複製されたJジュエルとジュエルジェネレーター、超AIの技術が提供され、
プラントには高効率の推進機関や食料の自給装置など、コロニーそのものを太陽系の他惑星、
ひいては外宇宙へと乗り出すための世代宇宙船へと改造する技術がもたらされた。
 事実上の地球外追放であったが、同じ地球人類であるコーディネーターとナチュラルが
いがみ合い、無益な戦争を引き起こされるよりは余程いい。
 ソルダートJはシーゲル・クライン議長を始めとするプラント評議会に、
このまま火種が燻る現状が続くことの危うさを訴え、クライン議長も彼との邂逅をこれ幸いと、
一足先に“人類と宇宙への架け橋となる”というファーストコーディネーター、
ジョージ・グレンの遺志を継ごうと賛意を示してくれた。
 連合は与えられた技術に飛びついている。プラントもじきに地球を離れて行く。
これでもう戦争は起こらない────オーブは、家族は、人類によって焼かれずに済むのだ。
 そうシンが安堵する中、宇宙船として生まれ変わりつつあるプラントへ組み込まれる
予定だった農業コロニー、ユニウスセブンが無情にも核の炎に包まれ、応酬のように
プラントの繰り出した報復攻撃、元々は暴走した原子炉の沈静化のために使われていた
核分裂阻害装置、ニュートロンジャマーの軍事転用によって、地球全土から原子力の火が消えた。
その日付は、まるで予定調和のようにグリニッジ標準時で四月一日を指していた。

 かつて自分も来たことがあるカーペンタリア基地を後にしながら、シンは起こるはずの無かった
血のバレンタイン、そして不可解なエイプリルフールクライシスへ思いを馳せる。
 プラント側がとった行動は当初、プラントコロニー群の存在するL5宙域を
効果範囲を拡大したNJで取り囲み、地球側からの核攻撃を無効化するという
消極的な防御策だったのだが、血気にはやる一部のザフト兵によって幾つかのNJが持ち出され、
プラント理事国のうち旧アメリカを中心とした大西洋連邦。旧ロシアと、一部の北欧を除いた
ヨーロッパ諸国で構成されるユーラシア連邦。中国と日本を始めとするアジア諸国で構成される
東アジア共和国の、主要三ヶ国の地下深くに埋設された。
 しかし同胞を核で焼き尽くされた憎悪のままに解き放たれたNJだったが、
どういう訳かその発信源は自在に地中を移動し、台風のようにたちまち地球全土で
荒れ狂うという常識はずれの猛威を振るったのだ。
 ソルダートJが地球へ来訪して以来、国連から発展する形で新たに設立された国際機関である
地球連合を構成する諸国は、この事態を“オーバーテクノロジー独占を狙った
プラントによる自作自演である”として徹底抗戦を主張。
 プラント側も核攻撃に関して同様の主張を譲らず、お互い提供された技術の軍事利用こそ
制限されたものの、危惧されていたとおり地球とプラントはその戦端を開いてしてしまった。
 保護されたアスランたちの証言から、ラウ・ル・クルーゼがゾンダーへの協力者となっていた
ことが明らかとなったのは記憶に新しい。
 不自然極まる核攻撃といいNJといい、これらの異常に何らかの形でゾンダー、
あるいはゾンダリアンが関わっていることはまず間違いない。それもおそらくは……
「ラウ・ル・クルーゼ……もしこの戦争がお前のせいで起こったというのなら、覚悟して置け」
 ────アンタがレイの兄貴だろうと知ったことか、俺が必ず殺してやる。

46ジェイアスカの人 ◆eoXW3yzVEo:2010/12/15(水) 14:12:28 ID:baPe5crQ0
「アスカさん、起きなさいよアスカさん!」
「むにゃむにゃもうたべられないよ……」
 ────スコーン!
 イチコの気遣いもむなしく、ベタすぎる寝言を呟きながら思う様惰眠を貪っていたマユは、
担任教師によって振り下ろされた出席簿の一撃をその脳天に受け、極めて不本意な目覚めを迎えた。
「あうう……」
「目は覚めたかしら? アスカさん」
「すいませんでした先生」
 やっちゃったー、とマユは赤面し、級友たちの笑い声が響く教室の中、自らの失敗に恥じ入った。

 ────所変わってオノゴロのメインオーダールーム。前回の戦いで判明した情報を前にして、
ギナ、ユウナ、獅子王博士の三人が額を突き合わせていた。
「まさかザフトにゾンダリアンへの協力者が居たとは……」
「司令、これは由々しき事態じゃ。先日確認された情報どおりなら、
 奴等がゾンダー胞子のストックを持っていることは明らか、
 最悪のケースを考えれば複数のゾンダーロボをいくらでも同時に生み出すことができるじゃろう」
 かつて獅子王博士も現場に居合わせ、GGGの阻止した最初のゾンダーメタルプラント
建造作戦の舞台となった、日本の北海道に建造された世界最大の出力を誇る粒子加速器
イゾルデで、人間としての意識、知能を保ったまま巧妙に正体を隠したゾンダーと
遭遇したことがあった。
 クルーゼがゾンダリアンなのか、はたまたそういった特殊なゾンダーなのかはわからないが、
早急に対策を立てなければならないことは皆の意見の一致するところだった。
「いくらゾンダーメタルが希少なものだとはいえ、それとは別に生物をゾンダーへと変異させる
 ゾンダー胞子があるのなら、いくらでも融通は利く。
 現に先日出現したのは実質四体分ものゾンダーだったじゃろう」
「でも博士、敵がプラントにまぎれているのなら、どうして始めから向こうで
 行動を起こさなかったんでしょうかね?」
「ラウ・ル・クルーゼがゾンダリアンと接触したのが本当につい最近だったのかもしれんし、
 今回の事件を起こすまでゾンダーメタル、あるいはゾンダー胞子を持っていなかったのかもしれん。
 データがあまりにも不足しすぎて現状ではなんとも言えんな」
 ユウナの疑問に、獅子王博士はお手上げのポーズをとる。
「今は上(ミハシラ)に通達して、プラントの監視を強化するしかあるまい」

□□□□

 修理を終えたアークエンジェルとそのクルーたちは、オーブへの感謝を胸にハウメア基地を出港した。
「アラスカまでもう一踏ん張りだ、一同、気を抜くなよ」
「了解!」
 思えば今までよく生き延びていられたものだ。事の発端であるヘリオポリスでは
虎の子のガンダム四機と正規の士官の大半を失い、残された戦力はコーディネーター
だったとはいえ素人の学生が操るストライクと、大尉用に突貫工事でガンバレルを組み込んだダガー。
 おまけにこれまた素人の操る、地上でしか使えない旧式のガンタンクといった有様で、
当時の光景を思い出しただけで眩暈がしそうだ。

47ジェイアスカの人 ◆eoXW3yzVEo:2010/12/15(水) 14:14:58 ID:baPe5crQ0
 低軌道会戦で払った第八艦隊の尊い犠牲もむなしく、ザフト勢力圏の北アフリカへ降下
してしまったアークエンジェルは、“砂漠の虎”と呼ばれるザフトの名将アンドリュー・
バルトフェルドを辛くも下し、どうにか連合の勢力圏である南アフリカへ落ち延びた。
 しかしそこで補給を受けることは出来たものの、ザフトのジブラルタル基地と
プラント側に付いた南アメリカ合衆国によって大西洋行きを阻まれ、アークエンジェルは
広大な太平洋を横断する破目となった。
 もしストライクに物理的ダメージを無効化するPS装甲が採用されていなければ、
アークエンジェルがビームへの耐性を持つラミネート装甲で覆われていなければ、
唯一の正規パイロットであるムウ・ラ・フラガ大尉が“エンディミオンの鷹”と称される
エースでなければ……どのピースが欠けていても、早々にこの艦は沈んでいたに違いない。
「……オーブに来て正解だったな」
 座りなれた艦長席から眼前に広がる大海原を眺めつつ、この艦の指揮を執る
ナタル・バジルール──乗艦当初は少尉だったが、現在は昇進して大尉──は誰に聞かせるでもなく呟いた。
 始めのうちこそ、一般には秘匿されているが軍部ではその問題が公然と議論されている
地球外生命体の襲来などという、子供向けのSFか出来の悪い悪夢のようなことが
確固たる日常として存在している魔境オーブへ寄港するなど、いくら背に腹は代えられない
とはいえ正気の沙汰とは思えなかったものだが、実際過ごしてみるとなかなかに良い所だ。
 それにしてもヘリオポリス以来執拗に追撃をかけ、散々自分たちを苦しめてきた
四機のガンダムが異星人の尖兵ゾンダーに乗っ取られ、噂のキングジェイダーに
撃破されたことは僥倖であった。
 もしこのまま奴等との再戦ということにでもなれば、艦の消耗は避け得ず、
折角の補給や修理が無駄になってしまったことだろう。

「これでひとまず心配なくなったよな」
「そうだな、キングジェイダー様々だよ」
 アークエンジェルの艦内通路で、ブリッジの手伝いやMSパイロットを務める
少年兵たちが談笑していた。
 ヘリオポリスで暮らしていた彼等はザフトの攻撃でコロニーが崩壊してからというもの、
両親と離れ離れとなっていたが、この艦がオーブへ寄港してようやく家族と再会を果たすことが出来た。
 だが近頃オーブにゾンダーなる怪物ロボットと、それを迎撃する巨大ロボットの一団が
出没していることを知り、本土で暮らす家族の安否を気にしていたものの、
強奪されたガンダムがキングジェイダーに撃破されたという先日のニュースは、
その不安を吹き飛ばしてしまうほどのインパクトがあった。
 中でも旧式のガンタンクを任され、これまで必死に艦の砲台として働いていた
トール・ケーニヒとサイ・アーガイルの喜びようは群を抜いており、もう勝ち目の無い
ガンダムと戦わなくて済むのだ、という嬉しさが全身から溢れているようだ。

 そのように、乗組員の大半が安堵する中、明かりも点けずに独り暗い部屋にこもるフレイは、
モニターに浮かぶ人物と言葉を交わしていた。だがその相手を見るものが見れば、
必ずやその眼を疑ったことだろう。
 何故ならばモニターの向こうに居たのは、回転する歯車で編み上げられたドレスを纏う
紺碧の少女────機界四天王ピルエッタだったのだから。

48ジェイアスカの人 ◆eoXW3yzVEo:2010/12/15(水) 14:16:25 ID:baPe5crQ0
「この艦の乗組員たちのマイナス思念は、度重なる戦いで充分すぎるほどに蓄積されております。
 必ずや貴女様のご期待に応えられることかと……」
 彼女の形のいい唇が言葉を紡ぐたびに、その瞳の奥に秘められたカメラの絞りそのものな
瞳孔が機械的に収縮する。
『心弱き者よ、その務めを果たすがいい』
 主の命に応えるように、少女の白く滑らかな柔肌から鈍く輝くゾンダーメタルが浮かび上がる。
フレイはその端正な顔に見た者を凍りつかせるような愉悦の笑みを浮かべると、
しなやかな指先から伸ばした金属糸のような触手を室内に設置されている端末へ進入させ、
艦全体のコントロールを乗っ取った。
 たちまち艦内は紫の光に包まれ、混乱の極致に見舞われる。
「一体何が起こった!?」
「操舵不能、計器類も滅茶苦茶な値を示しています! ────うわあああああ!!」
 混乱とともにアークエンジェル内部が瞬く間に生物めいた形状に変化してゆく中、
ブリッジだけでなく居住区を中心とした艦内各所にも、おびただしい触手の群れが湧きだして
悲鳴を上げるクルーたちを拘束してゆく。
 そこへ悠然と現れるのはフレイ・アルスター。彼女は目の前の少女が犯人であることにも
気付かずに、自分へ逃げることを勧める乗組員たちへと口端を吊り上げるような嘲笑で返すや、
桃色の軍服に包まれたその豊かな胸元を、一寸の躊躇いもなく引き裂いた。
「な、何を!? ────うわああああああ!!」
 だが露になったのは若さに溢れる柔らかな膨らみではなく、複雑な紋様に覆われた
血のように赤い円錐の群れだった。解き放たれたゾンダー胞子は身動きの取れない
乗組員たちへ突き刺さり、彼等を次々にゾンダーへと変えてゆく。
「坊主、早くストライクへ乗り込め! 他の皆も早いとこ脱出するんだ!!」
 そんななか、格納庫では異状を察知して駆け込んできたムウの指示で、
キラがストライクへ乗り込まされていた。辛うじて侵食は免れていたが、このままでは時間の問題だろう。
「一体どうしたんですか?」
「アークエンジェルの中に、例のゾンダーとかいう奴が侵入しやがったんだ……来たぞ!」
 だが触手の群れとともに通路から現れた人物を見て、各々の機体へと乗り込んだ二人は目を見開いた。
「そんな! フレイ!?」
「嬢ちゃんだと!?」
 しかし彼女の人間とは思えない無機質な視線が、整備班を束ねるマリュー・ラミアス技術大尉に
先導されて脱出艇へ乗り込もうとしている整備兵へ向けられるのを見たムウは、
言い知れぬ悪寒のままに自らのダガーをその間へと割り込ませた。
 刹那、放たれたゾンダー胞子が装甲を貫き、ガンバレルダガーの右脚をゾンダー特有の
有機的な金属塊へと変える。
「少佐!」「ムウさん!!」
「早くしろ! このことをオーブに知らせるんだ! ────行け、坊主!!」
 肉体がゾンダーへと変質してゆく恐怖を振り払うように吐き出された言葉に背中を押されたキラは、
逃げ遅れてゾンダー化される整備兵たちを、胸の奥から湧き上がる罪悪感共々振り切って、
手近のランチャーストライカーを引っ掴みカタパルトへ走った。

□□□□

49ジェイアスカの人 ◆eoXW3yzVEo:2010/12/15(水) 14:17:58 ID:baPe5crQ0
「────ゾンダー! ……それもたくさん!!」
 ゾンダー出現を感じ取ったマユからの連絡を受け、ジェイキャリバーとミハシラ艦隊は
速やかに発進、アークエンジェルの後を追った。
「フォグナイト、ムラサメブルー10への懸架、終了しました」
「よし、ミハシラウイングス及びフォグナイト空中装備、発進!!」
 格納庫からのナガオの報告を受け、指揮所であるメインオーダールームから放たれた
ロンド・ギナの号令一過、エリカの管制とともにシルバーウイング、ゴールドウイングの二機と、
赤青合わせて二十機のムラサメ、その翼下へ上下逆の姿勢で吊り下げられたビークルモードの
フォグナイトがタケミナカタのミラーカタパルトで加速され、大空へ舞いあがる。
『スキャンビーム、照射します!』
 通報時に添えられたマユからの忠告を基に、上空のフォグナイトがすれ違いざまに
そのヘッドライトに内蔵された高感度の複合センサーでアークエンジェルを走査し、
パピヨンがコンソールへ指を走らせて送られたデータを解析した。
 するとアークエンジェルの主推進機関である核融合パルスエンジンからのエネルギーが、
一箇所へ不自然に集中しているのが見てとれる。
「────これは! 地熱発電所の時と同じ……」
「ゾンダーメタルプラントか! だがこの素粒子Z0反応は……!!」
 だがそれ以上に博士たちを驚愕させたのは、どう少なく見積もっても二十は下らない
大量のゾンダー核の反応だった。
「これだけの数……やはり例のゾンダー胞子の仕業か!?」
「そうと見て間違いないじゃろう。奴らめ、一気に打って出てきおったか!!」
 即座にゾンダーアークエンジェルへの攻撃命令が下されようとしたとき、
放たれたフォグナイトの声がそれを押しとどめる。
『ムムッ、これは……司令、ゾンダーの体内に生存者の反応があります!』
「何だと!?」
 フォグナイトとのデータ共有でスクリーンに映し出されたのは、CGで透過処理された
アークエンジェルの艦首カタパルト内で、ゾンダーの迫る中ハッチの扉と悪戦苦闘する一体のMS
────先日モルゲンレーテで修理したことも記憶に新しい、ストライクガンダムの姿だった。

「────畜生!」
 ランチャーストライカーによる砲撃にもびくともしない内壁を前に、焦るキラの口から
悪態がほとばしる。確かにラミネート装甲はビームに対して耐性がある。
だがそうだといっても内側からの攻撃、しかも戦艦の主砲に匹敵する威力のビームで
破れないのはどう考えてもおかしい。
「こんなことなら、ソードを持ってきたほうが良かったかな……」
 連射に次ぐ連射でもはや三分の一を割り込んだバッテリー残量を見て、彼はランチャーパックの
火力に眼が眩み、実体剣としても使えるレーザー対艦刀を備えた近接戦闘用パックを
持ち出さなかった自らの行いを悔やんだ。
 しかしこれほどまでに強化された装甲強度では、もしその選択をしていたとしても
ハッチを破れたかは疑問だ。

50ジェイアスカの人 ◆eoXW3yzVEo:2010/12/15(水) 14:19:17 ID:baPe5crQ0
 そうしている間にも、背後からはゾンダー人間となった乗組員たちが続々と迫っている。
金属や機械類を粘土のようにこね合わせて、子供の落書き同然に無理やり擬人化したような
その醜悪な姿を前に、キラは咄嗟にランチャーパックの超高インパルス砲、“アグニ”の
引き金を引きそうになり、慌てて操縦桿を握る手を押さえた。
「あれはアークエンジェルの皆なんだ! 撃てるわけが無い!!」
 必死に自らへ言い聞かせるように言葉を搾り出すキラの脳裏に、苦楽をともにした
友人たちの姿が浮かぶ。お調子者だけど正義感の強いトール、しっかりした世話焼きのミリィ、
臆病だけど、それでも除隊のチャンスをふいにしてまで艦に残ってくれたカズィ。
 そして憧れだったフレイと……かつて僕の一時の気の迷いで傷つけてしまったサイ。
 眼前のゾンダーのなかにはアークエンジェルのクルーだけじゃなく、彼等も居るかもしれないのだ!
 そうこうするうちに迫り来るゾンダー人間によってじわじわと壁際へ追い詰められ、
ついに完全に逃げ場を失ったストライク。
 だがしかし、いっそ一思いに彼等の仲間になってしまおうかと諦観の念に囚われそうになる
彼のもとへ、思いもよらない救いの手が伸ばされた。

『フォグナイト! ゾンダーは我らに任せて、お前は生存者の救助を!!』
『了解しました!────システムチェーンジッ!!』
 ウイングスの面々がゾンダーアークエンジェルの注意をひきつける中、閉じ込められた
生存者を救うべく、ムラサメに懸架されたフォグナイトがそのまま黒一色のビークルモードから
紫にまとめられたロボット形態へ変形する。
 変形した彼はムラサメに両腕でぶら下がるような体勢を経て、ビークル形態時に
車体底面へ繋がっていた固定器具を自らの背部へと接続しなおした。
 この身軽さは彼の兄弟機とも言えるGGG諜報部所属のボルフォッグ同様、
獅子王博士によって諜報ロボとして可能な限り軽量になされている設計ならではのものである。
 そのままムラサメブルー10へ指示し、ゾンダーアークエンジェルの艦首へと迫るフォグナイトは、
右腕からワイヤーアンカーを射出して艦首上部にあるハッチの継ぎ目を穿った。
『スパイアンカー!』
 流し込まれた電磁パルスが一瞬遅れて機械に誤作動を引き起こし、今まで微動だにしなかった
ハッチが音を立てて開放され、絶体絶命だったストライクへ救いの手を伸ばすように
太陽の光が差し込んだ。
『さあ、この手に掴まってください!』
 青と黒に塗り分けられた戦闘機を背中に背負った出で立ちの、
ストライクの半分も無いようなサイズのロボットから差し伸べられた手を
本当にとってよいものかどうか、キラはほんの一瞬迷ったが、思い切ってカタパルトの床を蹴り、
空中へと躍り出た────しかし。
「うあっ!? ────脚が!!」
『おのれっ、ゾンダー!』
 ストライクの手がフォグナイトのそれを握り締めたのと同時に、彼を艦内へと
引き戻そうとする力が働いた。見ればストライクの左脚には、ソードストライカーに
備えられているはずのロケットアンカーが絡み付いており、カタパルトの奥からは
ガンバレルダガーと近接戦用のソード、空中用のエールといった、格納庫に残された
ストライカーパックが融合したゾンダーロボが顔を出している。

51ジェイアスカの人 ◆eoXW3yzVEo:2010/12/15(水) 14:20:50 ID:baPe5crQ0
 フェグナイトを抱えるムラサメブルーは全力でスラスターを噴かして離脱しようとするが、
戦艦の大質量に根ざしたゾンダーダガーには焼け石に水で、その推力を物ともせずに
ワイヤーを手繰り寄せ、ストライクを取り込もうとする。
『ダメだ! パワーが違いすぎる!!』
 見る見る引き寄せられてゆくムラサメブルー10から悲鳴が上がった。ワイヤーを切断しようにも、
ストライクの手を握り締めるフォグナイトの武器は届かず、ビークルモードの
ムラサメブルー10もまたしかり。他のムラサメたちも、ゾンダー特有の変幻自在さで
死角など無いと言わんばかりに縦横無尽に射掛けられるゾンダーアークエンジェルの
対空砲火に晒されて、近づくことが出来ない。
「装甲の強度もかなり増大しているな!」
 プラグアウトしたジェイダーも、スピードを活かして弾幕を掻い潜り、両腕のプラズマソードや
シューターによる攻撃を仕掛けるが、ちまちま砲台を潰してもすぐに再生され、
強化されたラミネート装甲に阻まれてビーム兵器は満足な効果を発揮できないでいる。
 かといって下手にESミサイルや反中間子砲を撃ち込めば、艦内に散らばっている
ゾンダー核を破壊してしまいかねず、ストライクの救出が済むまで有効な手が取れない。
 それでもなお抵抗をやめないブルー10を煩わしく思ったゾンダーダガーは、
巨大な左腕と化しているガンバレルユニットを彼等へと向けるや、その名の通り
樽のような指先からの銃撃で邪魔者を打ち据えた。
『くそう! ブルー10! フォグナイト!!』
「もうやめてください! このままでは助けに来てくれたアナタたちまでやられてしまう!!
 僕なんかに構わず、ゾンダーと戦ってください!!」
 目の前で味方が何も出来ずに打ち砕かれてゆくという状況に耐えられなくなったキラは、
自ら手を離そうとした。しかし、彼の手を握るフォグナイトがそれを許さない。
『いいえ、絶対に離しません! 』
「どうして!」
『貴方を救うのが……決して放棄してはならない私の任務だからです!!』
『貴様も諦めるなストライクのパイロット! 貴様も、ゾンダーにされた貴様の仲間たちも……
 我らが必ず助ける!!』
 その言葉に迷いを断ち切られたのか、キラは機体各部に設置されたサブカメラで
背後のゾンダーダガーを視界に収めると、左肩に装備されたアグニを機体を捻ることで照準をつけ、
そのまま警告音が鳴り響くのも厭わずに撃ち放つ。
「当たれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
 強引な体勢で発射された超高インパルス砲“アグニ”のビームが、
見事に機体を拘束していたワイヤーを焼き切り、三人は遂に自由の身となった。
 それと時を同じくして、ミハシラウイングスを苦しめていたアークエンジェルの各砲座が
ジェイキャリアによるおびただしいメーザーミサイルの洗礼を受けて沈黙、
すかさずウイング姉弟が体勢を立て直す。
「よし、後はゾンダーだけだ!」
「よかろう! ジェイキャリバー及びミハシラウイングス、フォーメーション開始!!」
『了解! ────シンメトリカルドッキング!!』
「Vフライヤーッ! ────フライヤーコネクト!!」
『天(アマツ)────ミナァ!!』
「武装合体! ジェイッ、ダー!!」

52ジェイアスカの人 ◆eoXW3yzVEo:2010/12/15(水) 14:21:51 ID:baPe5crQ0
 ストライクを連れてタケミナカタへ帰投するフォグナイトたちをよそに、ジェイダーたちは
ロンド・ギナの指示を受けて合体変形を完了させ、飛び出してきたゾンダーダガー、
ゾンダーアークエンジェルへと必殺の一撃を放つ。

『クロスウイングッ! ディフェンダー!!』
 先んじてゾンダーダガーから射掛けられたビームや砲弾が、アマツの主翼を重ねた
十字盾によってその悉くを防がれる。
 ならばと左手から分離した有線砲台ガンバレルが縦横無尽に宙を舞い、あらゆる方位から
アマツへ攻撃を仕掛けようとするが、すかさず高速回転するディフェンダーが振るわれ、
刃と化した十字盾がその命綱であるワイヤーを断ち切った。
『クロスウイングッ! ブーメラン!!』
 焦ったゾンダーダガーはソードパックの右腕からビームブーメラン
“マイダスメッサー”を投げつけるも、そのまま投げ放たれたアマツの巨大ブーメランが
白銀に光り輝いて、ぶつかり合ったマイダスメッサー共々ゾンダーダガーを頭から両断。
敵機の爆発を背景にして主の手元へ戻るのと同時に、見事にゾンダー核を確保した。

 一方武装ジェイダーたちも、ゾンダーアークエンジェルの正面と直上の二方向に陣取り、
大量のゾンダー核を一気に確保するために、タイミングを合わせた同時攻撃を放つ。
《ジェイクォース、発射!》
「プラズマッ! フィオキーナァァァァァァァァァ!!」
 どちらの技も、これまで数々のゾンダーロボを打ち破ってきた伝家の宝刀。
張り巡らされたゾンダーバリアなどものともしない威力を誇るその同時攻撃を受けて、
大天使の名を冠した艦は途方も無い規模の水蒸気爆発に飲み込まれた。
 だが双方から迫る火の鳥に食い破られ、大天使はあえなく地に堕ちたかと思われた次の瞬間、
オーダールームの面々は信じがたいものを目撃した。
「ゾンダーの反応……健在です」
 パピヨンの言葉とスクリーンに示されるデータに、オーダールームの面々が凍りつく。
 爆煙が晴れたそこには、全身の装甲が融け落ち沸騰したであろう見るも無残なゾンダーの姿が在った。
しかし、あろうことかその満身創痍の艦体は、武装ジェイダーの右手とジェイクォースを
すんでのところで受け止めていたのだ。
 さらに変化は艦体後部に蔓延るゾンダーメタルプラントにも及んでいた。
植物のように花開き、結実してゆくゾンダーメタルが、驚くべき速さでそのプロセスを終了させ、
まるで産声を上げるように素粒子Z0を撒き散らして完成を告げる。
「ゾンダーメタルが……」
「完成してしまった……!?」
「うわああああああっ!!」
 瞬間的に強力なゾンダーバリアを発生させて、突き刺さっていたジェイクォースと
武装ジェイダーを跳ね除けるゾンダーアークエンジェルを前にして、自身のコンソールへ
目をやった獅子王博士は素早くキーボードを叩きデータを分析する。
「こ……これは!!」
 ディスプレイに表示されたもの、それはゾンダーから発散された熱量と
メタルプラントへ流入したエネルギーの総和が、ジェイクォースとプラズマフィオキーナの
それとほぼ一致するという結果だった。

53ジェイアスカの人 ◆eoXW3yzVEo:2010/12/15(水) 14:23:24 ID:baPe5crQ0
 ────反物質であるJジュエルとゾンダーメタルのエネルギーは、ぶつかり合えば
対消滅を起こしエネルギーの大きいほうが生き残る。
 そもそも、ジェイクォースは反中間子砲や五連メーザー砲と併用すれば、
月と同程度の直径を持つ衛星すら易々と粉砕できる威力を持っており、並みのゾンダーが
いくらバリアを展開しようとも到底防ぎきれるものではないし、互いに相反する性質を持つために
そのエネルギーを逆利用することも出来ない。
 だが防ぐ側がエネルギー攻撃と相性の良い機械を取り込んでいたうえに、
並みのゾンダーでなかったとしたらどうだろう?
 アークエンジェルには、ビームのダメージを熱に変換して艦全体に拡散、排熱する
ラミネート装甲が搭載されている。かつて別の地球でゾンダー化した第二次世界大戦時の
列車砲グスタフが、倍以上の射程距離と短縮された発射準備時間を得たように、
また模型飛行機を基にしたゾンダーが実物以上の性能を得たように、
ゾンダーと融合した機械はそのスペックを大幅に引き上げられる傾向にある。
 それに加えて二十人以上の人間を素体としたゾンダーならば、その瞬間的出力は
素体のストレス如何によってはキングジェイダーすら上回るのだ。
「ジェイクォースが、効かないなんて……!!」
「獅子王博士、一体何が起こったのだ!?」
 ユウナが目の前の事態に顔色を無からしめ、ギナから博士へと説明を求める声が飛ぶ。
「おそらく奴は積層ゾンダーバリアでジェイクォースおよびプラズマフィオキーナの
 勢いを殺したうえで、そのエネルギーをゾンダー化した装甲で吸収発散。
 天敵であるはずのJパワーを熱へと変換し、
 ゾンダーメタルを製造するための糧としたのじゃ!」

「ソルダートJ、今日こそが貴様の最後の日だ!!」
 空に浮かぶ雲の間からその様子を眺めるラウ・ル・クルーゼは、そう言って高笑いとともに
ゾンダリアン・ピスタティーヴォの正体を現した。背中まで伸びたうねる金属繊維の頭髪、
普段から顔を覆う仮面を鳥の嘴のように前後へと引き伸ばしたような頭部に加え、
元の白服の面影を残しつつもメカニカルな硬質さを備えたボディからは、
後方へと十本の鉛色をした鋭い円錐が放射状に伸びている。
 彼の眼下には再生、変貌を遂げ、今まさに反撃に移ろうとするゾンダーアークエンジェルの姿があった。
 ザフトからは「足つき」と呼称される、どこか木馬の前足を思わせる特徴的な双胴艦首は
一対の剛腕へと変わり、ミサイル発射管やリニアカノン、核融合機関を備え、
内側にゾンダーメタルプラントを抱く艦尾は、健常だった頃の翼のような優雅さなど
見る影も無い太く短い脚部へ変形する。
 最後に前方へ迫り出したブリッジが頭部となり、窓だった位置にゾンダーメタル状の
エンブレムを現出させた。
『ゾォォォォンダァァァァァァァァァァァァァァァ!!』
 強大無比なゾンダーロボとなったアークエンジェルがその両腕を振り上げて咆哮し、
まるで瘴気の津波とも思えるほどの、膨大なゾンダーパワーを一帯の海域へ解き放つ。
『こ、これは!?』
『ち、力が抜けてゆく……!!』
《大規模なゾンダーパワーの放出を確認、ジュエルジェネレーター及び
 ジェネレーティング・アーマー出力低下! まずいことになったぞ、J!!》

54ジェイアスカの人 ◆eoXW3yzVEo:2010/12/15(水) 14:24:47 ID:baPe5crQ0
「いかん! ウイングスを今すぐ下がらせるんじゃ!!」
「全ムラサメのJパワー残量及びアマツミナ、ジェイダー、ジェイキャリアの
 ジェネレーター出力、急速低下! このままではムラサメがゾンダーに融合される危険があります!!」
 ゾンダーパワーに飲み込まれたミハシラウイングスたちを早急に退避させるべきとの声が上がり、
彼等の状態を確認したエリカが悲鳴のようにその危機を告げる。
 ミハシラ軍で運用される勇者ロボたちは、全身にJパワーが循環しているおかげで
ゾンダーに融合されることはないが、現状ではコストの都合からジュエルジェネレーターを
搭載していないムラサメは、その供給を充電式のJパワーパックに依存しているために
一度その加護を失えばたちまち通常のMSと変わらない状態となってしまう。
 いくら中枢が無事なら再生できるといっても、ゾンダーに融合されてしまえばまず助からない。
オーダールームの面々にとってもそれだけは避けたい事態だった。
 辛うじてムラサメ隊はゾンダーから距離をとったものの、未だ付近の海上に残された
キングジェイダーやアマツミナへ追い討ちをかけるように、ゾンダーアークエンジェルが
攻撃を開始した。
 肩から生える二連装高エネルギー収束砲ゴットフリートを始め、脚部のリニアカノン・
バリアントや各種ミサイル、全身に設けられた対空機銃イーゲルシュテルンに至るまでの
あらゆる火器が一斉に火を噴き、動きの鈍った白い巨艦と赤黒二体の巨人を打ち据える。
「うわあああああああああああ!!」
「きゃあああああああああああ!!」
 猛攻に晒されるジェイキャリアのサブブリッジに、マユの悲鳴がこだました。
 放射された高熱のせいか、はたまた戦闘の余波によるものか、青空を黒雲が覆い尽くし陽光を遮った。
それはまるで敗北へと歩を進める勇者たちの運命を暗示しているかのように不吉な有様で、
それを現実のものとするかのようにゾンダーは艦首特装砲ローエングリンを起動する。
「避けるんじゃソルダートJ! 奴はアークエンジェルの陽電子砲を使う気じゃ!!」
「だめです博士! ゾンダーの射線上には市街地が存在、完全に奴の射程内です!
 計測されたエネルギー量から計算した陽電子砲の威力は、戦略核兵器にも匹敵します!!」
「それほどの威力では……避難が済んでいてもシェルターが持たんぞ!」
 パピヨンの報告を受け、ギナを始めとするオーダールームの面々が凍りついた。
「なら……避けるわけにはいかないな」
「なんじゃと!?」
 胸の前で打ち合わせるように拳を結合させて巨大な円形加速器を形成し、
途方もない威力を秘めた陽電子を加速し始めるゾンダーアークエンジェルを前に、
シン・アスカは仮面の下の口元へ不敵な笑みを浮かべると自らの相棒へ指示を下す。
「トモロ、合体だ! 陽電子砲の一つや二つ、キングジェイダーで受け止めてやる!!」
 機体が万全な状態ならいざ知らず、対消滅によって消耗しきった今、シンの行動は
あまりに無謀であった。しかし無辜の市民の生命の危機とあらば、彼は決して迷うことは無い。
 合体を終え、荒れ狂う海原へ降り立った大巨人は、その全身を持って敵の砲口へ立ち塞がった。

55ジェイアスカの人 ◆eoXW3yzVEo:2010/12/15(水) 14:25:56 ID:baPe5crQ0
「────そうだ、手はあるよ! ムラサメ10とフォグナイトの再出撃を急いでくれ!!」
「そうか! ボシュボッシュなら!!」
 絶望的な状況の中、ユウナの閃きが一筋の光明となったように、オーダールームが
慌ただしく動き出した。シモンズ夫妻の操作で、ムラサメブルー10の装備が
武装ユニットから、流線型をしたスピーカー様の追加ブースターへと速やかに換装される。
「ムラサメブルー10、フォグナイト装備及び換装終了しました!」
「よろしい! ムラサメサウンドブースター仕様、発進!!」
 ギナの叫ぶような命令とともに、タケミナカタのリボルバーミラーカタパルトから白銀の弾丸が放たれた。
 痛んだ身体へ鞭打つようにして、命を賭して持てる力のありったけを搾り出す彼のもとへ、
勝利をもたらす軍神の名を冠した艦から救いの手が差し伸べられたのだ。
『ジュエルジェネレーター、出力全開!』
『ディスクP、ドライブ開始!』
 より効果を発揮するためにフォグナイトのエネルギーが注ぎ込まれたムラサメが、
二つのスピーカーユニットの間へ設けられたディスクドライブを起動する。
 ディスクから読み取られたプログラムに従い出力されたエネルギーは、
ジュエルジェネレーターを活性化、その一部がジェネレーターへ再入力されて出力を
際限なく増幅させてゆき、さらにエネルギーウェーブへと変換されて増幅装置でもある
スピーカーから出力された。
 どん底の状態でも耳にするだけで気力が湧いてくるような勇壮なメロディーが、
先程まで戦場を満たしていた絶望に成り代わるように満ち満ちてゆく。
「────!? この曲は!!」
《J、ジュエルジェネレーターの出力が回復してゆくぞ!》
『こちらもだ! 先程までの倦怠が嘘のように力が漲ってくるぞ!!』
 ────ディスクPによってサウンドブースターから発生するエネルギーウェーブは、
増幅された本体との共振作用を起こして周囲に居る勇者ロボたちのジェネレーター出力を
活性化させるのだ。
「……すごいや! ムラサメにこんな力があったなんて!!」
 マユが驚嘆の声を上げるなか、キングジェイダーの両肩に設けられた光子変換翼が、
周囲の赤外線を吸収し、物質へと変換することで損傷部位をたちまち修復する。
「馬鹿な、奴等の力が回復しているだと……?
 ええい、このようなもの、こけおどしだ! やれ!!」
「来るなら来てみろ、アークエンジェル!!」
 予想外の事態に狼狽るクルーゼ──ピスタティーヴォの命令とともに、ゾンダーの両腕から
解き放たれた陽電子の奔流がキングジェイダーへ迫る。だが彼は避けるそぶりも見せず、
果敢にローエングリンへ立ち向かった!
 ────再び海上で起こった大爆発と、それに伴う大量の蒸気が全てを覆い隠したせいで、
陽電子砲の直撃を受けたキングジェイダーの様子を窺うことはできない。
「やったか? ────何ッ!?」
 蒸気の中から現れたのは、満身創痍どころかまったく無傷のキングジェイダーの姿! 
その全身は、溢れんばかりの闘志に輝くフィールドジェネレーティング・アーマーによって
赤々と燃えていた。

56ジェイアスカの人 ◆eoXW3yzVEo:2010/12/15(水) 14:27:45 ID:baPe5crQ0
「今度はこっちの番だ! トモロ、全エンジン出力最大!!」
《了解、ジュエルジェネレーター及び歪曲反応炉、出力最大!》
「ジェイダーホールド!!」
 胸の鳥頭から鋭い眼光が迸り、プラズマ状の力場でもってゾンダーアークエンジェルの動きを封じた。
それは牽引ビームを応用した強力な拘束フィールドだった。
 キングジェイダーが右腕を天高く掲げると同時に、手首からジェイクォースが跳ね上がり、
その中央から柄を生やしながら回転する。落ちてきたそれを掴み取った彼は、
大風を起こす大団扇か円月殺法のような動作で勢い良く振り回すや、
その姿形をみるみるうちに変じさせる。
 真紅の剛腕が必殺の大錨を振り回すたびにその切っ先はぐんぐん伸びてゆき、
その動作が二、三度繰り返される頃には元の錨の姿は見る影もなく、
彼の手に握られていたジェイクォースは身の丈ほどもある幅広の大剣へと形を変えていた。
「なんだあの武器は!?」
「────シルバリオンカリバー! チャージアーップ!!」
 ピスタティーヴォの問いに答えるかのように名前を叫んだキングジェイダーは、
全身を眩い白銀に輝かせ、その刀身を炎に染める。
 腰を落として上体を捻り、両手で握る炎の大剣の切っ先を、前方へ向けるように構えた
キングジェイダーは、脚部のメガインパルスドライブを噴かしてゾンダーとの距離を怒涛の如く詰める。
 シルバリオンカリバーの切っ先から噴出す炎は、まるで航空機が音速を超えた際に生じる
ショックコーンのように機体を覆い隠し、キングジェイダーを燃え盛る不死鳥へと変えた!
「力が足りねば足らすまで! ────往くぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
 速度×質量×硬度=破壊力の公式が示すとおりに、音速すら超える速度と
強固な単結晶構造を持つ刃が、キングジェイダーの3万2720tに及ぶ大質量を乗せ、
身動きを封じられたゾンダーへ迫る!
 大上段から振り下ろされた剛剣が、ゾンダーアークエンジェルを斬るというより
叩き潰す勢いで両断した。
 それはまさに力技の極致ともいえる光景だったが、あれほど苦戦した敵の装甲が
一刀の下に切り捨てられるのは見ていて爽快感すら覚える。
 両断されたゾンダーにスパークが奔り、一拍遅れて天にも届こうかというほどの大爆発を起こした。
「今日のところはここまでだ!」
 練りに練った計画の下生み出したゾンダーどころか、せっかく完成したゾンダーメタルまでも失い、
憎々しげに退却するピスタティーヴォを他所にして、得物を担いだキングジェイダーは
勝利を祝福するように雲間から顔を出した太陽に照らされる。
 その白銀の体表が元の姿を取り戻し、右肩に担がれた刀身からも炎が消えるのと同時に、
回収された大量のゾンダー核がぽろぽろと余すところなく左手へと収まった。
「さあマユ、出番だぞ!」
「うん!」
 赤い光を纏う浄解モードとなった彼女は、背中から翼を生やしサブブリッジの窓から外へ出た。
『テンペルム・ムンドゥース・インフィニ・トゥーム……レディーレ!!』
 振り下ろされたマユの指先から波紋が広がり、ゾンダー核を元の人間へと戻してゆく。

57ジェイアスカの人 ◆eoXW3yzVEo:2010/12/15(水) 14:29:48 ID:baPe5crQ0
 ────諸々の処理が終わり、検査のためアークエンジェルの乗組員たちが収容されていた
オノゴロの医療施設にキラ・ヤマトとフレイ・アルスター、サイ・アーガイルの姿があった。
「キラ……私、あなたに謝らなきゃいけない! いままでずっと、パパの仇を討つために
 サイの気持ちを踏みにじってまでアナタを利用していたわ!!」
 その言葉に、キラはショックを受けながらもやはりと得心が行った。
コーディネーター嫌いの彼女が急に優しくしてくれるなんて、それも父親が死んだ後になんて
おかしいとは薄々とは感じていたのだ。
「それを言うなら僕だって! 友達と戦いたくないあまり、君の優しさに甘えてサイを傷つけた!!」
 彼の胸に、二人が関係を持ったことに激昂したサイの腕を、易々と捻りあげた時の
苦い思い出がよみがえる。
「サイ! 今ここで僕を殴ってくれ!! そうでなきゃ僕の気がすまないんだ!!」
「本当に、いいんだな? ────歯、食いしばれよ」
 サイは自らに縋り付くキラの言葉にうなずくと、渾身の一撃を彼の頬へ叩きつけた。
 ガンタンクのパイロットになって以来死に物狂いでトレーニングを積んできたおかげで、
速さも威力も昔とは比べ物にならないものとなった拳がキラを打ち据える。
 突き刺さるようなその痛みは、まるでかつて傷つけられたサイの心の痛みのように思えた。
「グゥッ!」
「……これで、あのときの借りはチャラだ」
「────サイ!」
 よろめき、膝をつきかけるキラへ差し伸ばされる手に、彼の眼から熱いものがこみ上げる。
 サイの手をとったキラは、完全に元通りとは行かないまでも、これでまた
ヘリオポリスの友達として彼等とやっていけることを確信した。

 ────次回予告
 君たちに最新情報を公開しよう。
 休日に連れ立って遊園地へと出かけたマユたち。
 だが楽しいアトラクションに迫るゾンダーの影は、
 笑顔溢れる夢の国をたちまち恐怖に染める!
 さあ会場の皆、大きな声で僕らのヒーローを呼ぼう!!
 勇者戦艦ジェイアスカNEXT『アベルの残せし禍(わざわい)』
 次回もこのスレッドにメガ・フュージョン承認!

 これが勝利の鍵だ! 『ミハシラ軍諜報部』

58ジェイアスカの人 ◆eoXW3yzVEo:2010/12/15(水) 14:33:31 ID:baPe5crQ0
 あとがき
 投下終了。
 やっと今まで一番やりたかったことが書けた。やっぱり勇者には必殺剣でしょう。
 ちなみに劇中の必殺シーンはフレイムソードのテーマ推奨。
 そしてザフト側に登場したSFSはメガライダーです。
(名前はご存知ジンのビームランチャーから)
 あとAA艦長がナタルさんなのは本作の仕様です。

────
見てみたら40kb近くあるんですが本スレは大丈夫ですかね?

59ジェイアスカの人 ◆eoXW3yzVEo:2010/12/23(木) 20:43:46 ID:XWd2tSpQ0
投下&スレ立て確認。ありがとうございました。

60ジェイアスカの人 ◆eoXW3yzVEo:2010/12/24(金) 21:04:23 ID:wk6OCqJs0
明日いっぱいまでに書き上げられたらまた番外編投下します。

61ジェイアスカの人 ◆eoXW3yzVEo:2010/12/25(土) 21:59:34 ID:fEgKe8720
番外編ふたたび。相変わらず本編とはまったくかすりもしないのでよろしく。


「ごめんねアスラン。僕今晩はフレイにエルちゃんと水入らずでクリスマスを祝うんだ」
 キリスト生誕を祝うクリスマスの当日、親友キラ・ヤマトから告げられたその言葉に、
アスラン・ザラは落胆が目に見えてわかるほどガックリと肩を落とした。
 気を取り直してほかの面子を当たってみても、婚約者のラクスはコンサート、
ザフトの友人たちも家族や恋人と過ごすなど、すでに予約が入っているものが大半で、
もはやクリスマスを一緒に過ごしてくれそうなアスランの知人は全滅状態だ。
「お待ちなさいな、そこの素敵なお兄さん」
 だが、あきらめて自宅で一人寂しくハロを相手にディナーをつつこうとする彼を、
殊勝にも呼び止めるものが居た。
 声のするほうを見やれば、そこに居たのはサンタクロースの仮装をした、
ケーキ売りの若い女が手招きしていた。
 メリハリの効いた豊満な肢体をミニスカートの衣装に詰め込んだ赤毛の美女の誘いに、
年頃の男子であるアスランはつい応じて歩み寄ってしまう。
(まあケーキ一つくらいなら買ってもいいか)
「お買い上げありがとうございまーす」
 だが、そんな軽はずみな決断が悲劇を招いた。ニマリと笑った美女、ポリトイーヌは、
不意にケーキの箱の一つを開けるや片手で持ち上げ、パイ投げのような体勢をとる。
 アスランは、ケーキの上に載っているものがおなじみの苺などではなく、
得体の知れない紅色の円錐────ゾンダー胞子であると気づく間もなく
顔面に生クリームの洗礼を受け、たちまちゾンダー化した。

『聖夜の喜劇』

「「ジングルベール、ジングルベール、す・ず・がーなるー♪」」
 街中同様にジェイキャリバーの居住ブロックでも、マユたちの楽しげな歌声をBGMにツリーが飾られ、
シンの手による暖かなご馳走を囲んでのクリスマスパーティーが開かれていた。
 シンの血を分けた実妹のマユも、アルマのマユも、その容貌は片や二つ結びの黒髪、
片や片目の隠れるどこかミステリアスなヘアスタイルの青い髪とまるで異なっているが、
うれしそうに料理をほおばる姿はどちらも同じくらい愛らしい。
 二人に分け隔てなく深い愛を注ぐシンも、彼女らを見守るレイやルナマリアも、
聖夜に舞い降りた二人の天使の姿につい頬が緩む。
 そんな中、不意におなじみの“あの気配”が彼女たちの背筋に奔った。
マユの後ろ髪が一瞬逆立ち、ルナマリアのアホ毛がそそり立つ。
「────ゾ「シン、ゾンダーよ!」……セリフとられちゃった」
 これぞアルマの感知能力すら超える、アホゲイターの本領発揮であった。
「チィっ! こんなときに!! ────仕方ない、いくぞマユ!!」
「「うん!!」」
 シンがソルダートJへ変身するとともに、実妹マユ(享年九歳)の体が薄れてアルマユへ憑依、
その青い髪の一筋を黒く染める。二人で一人のマユコンビは、そのままシンと連れ立って
ジェイキャリバーのブリッジへ急いだ。

62ジェイアスカの人 ◆eoXW3yzVEo:2010/12/25(土) 22:00:59 ID:fEgKe8720
二人を見送るルナも、戦闘準備を終えるべくレイの背中へ手を掛ける。
「さあ、私らも一丁いきますか────ちょっとくすぐったいわよ!」
《ファイナルフォームライド・トトトトモロ!》
 言うが早いか、ルナマリアに背中を開かれたレイの体は電子音声とともに変容を遂げ、
ジェイアーク級の内部で輝くおなじみの金色の目玉──生体コンピュータ・トモロとなった。
「……私が言うのもなんだけど、なんでこうなるのかいつ見ても納得がいかないわ」
『気にするな、俺は気にしない』
 レイがごろごろ転がって所定の位置へ着いたことで、ジェイキャリバーの準備はつつがなく完了し、
一行はゾンダーの暴れる現場へと急行した。

「キイイイイイイイラアアアアアアアアアア!!」
 いくつもの家族がクリスマスを祝っていた閑静な夜の住宅街は、そんな木をモチーフにした
ベーダー怪物の如き咆吼とともに阿鼻叫喚の巷と化していた。
「────キラ!」
「キラおにいちゃん!!」
 イージスガンダムに似ているようで、どことなくサンタを思わせなくもない
緋色のゾンダーに襲撃されたフレイ・アルスターの自宅は、住人こそ無事だったが無残にも倒壊し、
伸ばされた触手によって捕らわれたキラはゾンダーの目の前で宙吊りにされてしまっている。
「やめてよね! 僕は触手プレイしたり観るのはいいけど、されるのなんて論外なんだよ!!」
 そんな悲痛で切実な叫びを上げるキラへ無常にも触手の群れが迫る!
 ────キラが男として大事なものを失いそうになった刹那、降り注いだ反中間子砲の光条がその危機を救った。
「ジェイキャリバー!」
 そう、あれこそはオーブの危機を幾度となく救ってきた白亜の巨艦、ジェイキャリバーの雄姿だ。
「ジェイバード・プラグアウト!」
 少女たちの歓声が上がる中、フュージョンを終えプラグアウトしたジェイダーがキラを救い上げ、フレイたちのもとへ送り届ける。
「ありがとうジェイダー!」
 彼女たちが急いで避難する一方、ゾンダーを確認したシンたちは、その姿に見慣れたあるものを想起した。
「なあレイ、あのゾンダー……」
《ゾンダーメタル以外に核エンジンの反応がある。おそらくジャスティスが原型……
 キラ・ヤマトを襲った行動から推測して、素体はアスランだろう》
「いつも迷惑ばかり掛ける人だな……仕方ない、速攻で片付けるぞ!」
 Vフライヤーが射出され、ジェイダーにドッキング。その姿を武装ジェイダーへとフォームアップさせる。
 そのデスティニーを思わせる風貌に、顕著な反応を露にして雄叫びを上げたゾンダーアスランへ、
攻撃を認識させぬほどの超高速で放たれる武装ジェイダーの伝家の宝刀が迫る。
「シイイイイイイイン! シイイイイイイイイイン!!」
「プ・ラ・ズ・マ・フィオキィィィィィー……なぁ!?」
「コノバカヤロウ!!」
「────おぶっ!!」
 だが、その必殺の一撃はアスランによるこれまた必殺のビームキックによって打ち砕かれた。
右腕を振り上げられた足刀で切り落とされつつも、蹴り飛ばされた武装ジェイダーは
民家を潰さぬよう空中で踏みとどまる。

63ジェイアスカの人 ◆eoXW3yzVEo:2010/12/25(土) 22:03:07 ID:fEgKe8720
「シンを援護するわ!」
《よせルナマリア!!》
 手傷を負ったジェイダーが態勢を立て直す時間を稼ぐべく、あろうことかルナマリアが引き金を引いた。
 雨あられと降り注ぎ、ゾンダーを打ち据えるミサイルの嵐。
「うわあああああああああああああああああああ!!」
そしてそれは見事武装ジェイダーにも直撃し、メーザーミサイルはその背のプラズマウイングブースターを粉砕し、
ESミサイルは内部から両脚を吹き飛ばしていた。
 こうなってはもはやプラズマフィオキーナを放つことはおろかメガ・フュージョンすら不可能である。
「なにやってんのよルナおねえちゃんのばかー!!」
「あっれー? おっかしいわね……ちゃんとアスラン狙ったのに」
 非難が殺到しルナマリアが首をかしげる中、ゾンダーアスランが背中のスラスターを噴かし
上空へ飛び上がった。その行動にレイはハッとなり、みんなへ向けて叫ぶ。
《まずい、奴はファトゥムを使う気だ!》
「ミネルバを沈めたグレートブースターね!?」
 ゾンダーから計測されたエネルギー量から導き出された威力に、美貌の白皙から
無機質極まる球体へ変貌していた彼の顔から音を立てるように血の気が引いた。
この威力、ジェイダーのジェネレーター無き今のジェイキャリアでは、
アーマーを最大にしても耐えられるかどうか────
 ────Wooooooo……
 ────Woooooooooooooon!
 そのとき、彼方から狼の遠吠えのような音が響き、天に浮かぶ月に影が差した。
「……あれは?」
《────あれは!!》
 それは、夜の闇に溶け込まんばかりの深い漆黒を身に纏う、翼持つ狼を模った巨大な鋼だった。
 その頭頂には、月明かりに煌めく金糸の髪を風に流して腕を組み、
自信満々威風堂々と豊かな胸を張る、菫色の瞳を持つ少女の姿────
「ステラおねえちゃん!」
 そう、彼女こそは地球連合の誇る最強のエクステンデッド、ステラ・ルーシェその人だ!
「シンを……いじめちゃダメぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
 マユの呼びかけに答えるかのように笑みを浮かべたステラは、怯むことなく
空中へ身を躍らせて鋼の狼──ガイアガンダムのコックピットへ滑り込むと、
ゾンダーから放たれたファトゥムをすれ違いざまに翼部のビーム刃グリフォンブレイドで両断し、
すかさず機体をMS形態へ変形させる。
「ガイッ! アー!!」
 彼女は高らかに名乗るとともに見得を切り、翼を失い地上に降りたゾンダーへと
ビームライフルの連射を叩き込む。しかしその攻撃はバリアーに阻まれて
十分な効果をあげることができない。
「……ダメ、このままじゃ出力が足りない────ネオ!」
「うむ! ファイナルフュージョン承認だ!!」
 ステラからの要請を受け、オーブ沖に停泊していた連合軍の空母J.P.ジョーンズから
指揮官である仮面のムウ・ラ・フラガこと、ネオ・ロアノークの指令が飛んだ。
「了解! ファイナルフュージョン、プログラムドラ〜〜〜〜〜〜イブッ!!」
 オペレーターのミリアリア・ハウがキーボードへ流れるように指を走らせ、
勢い良く拳を振り上げてコンソールに設けられたスイッチの保護カバーを叩き割った。
 反撃とばかりに放たれたゾンダージャスティスのビームを難なく避わしたガイアは、
そのままスラスターをめいっぱい噴かして上昇する。

64ジェイアスカの人 ◆eoXW3yzVEo:2010/12/25(土) 22:04:06 ID:fEgKe8720
 ガイアの腰部から散布された電磁竜巻がゾンダーを阻む中、送信されたプログラムに従って
飛来した四機のサポートマシン、『ガオーMA』が彼女の周囲を飛び回る。
 攻撃を担当するブロウクングラスパー、防御のプロテクトグラスパーで構成される
二機のグラスパーガオーが、ガイアの腕が背部へ折りたたまれたことで顔を出した
肩部ジョイントへと、機体を下へ折り曲げてバックする形でドッキングした。
 続いて、二つのドリルも勇ましいミストラルガオーが、そのずんぐりした機体を
左右に分割する形でガイアの両脚へドッキング。
 旧時代のステルス爆撃機を思わせる漆黒の全翼機、レイダーガオーが急降下しつつ背部へ収まると、
グラスパーガオーの後部に付いていた大型のエンジンポッドから拳が回転しつつ飛び出した。
 背中にあった狼の頭が倒れこむようにして胸に移動するとともに、
ガイアの後頭部から頬までを覆う角状のヘッドギアが装着される。
 それと同時にVアンテナ中央へ地球連合のエンブレムが浮かび上がり、ガイアの瞳が輝きを増した。
 両の拳を力強く打ち合わせると、ステラは天地に轟けとばかりに自らの名を叫んだ。
 そう、もはや彼女はガイアではない。その名は────!

「ガオッ! ガイッ! ア────!!」

 ────今ここに、我らの待ち望んだ勇気ある女王が誕生した。
その姿は気高く、美しく、そしてなにより「狼の鳴き声はガオーじゃなくワオーンなんでないの?」
などという無粋な突込みなど歯牙にもかけない力強さに溢れていた。
 合体を保護していた電磁竜巻を自ら吹き飛ばし、ゾンダーに相対するガオガイアーは
先制攻撃とばかりに飛び掛るやその顔面へ膝を叩き込む。
「ドリルニー!!」
 高速回転する膝のドリルが、PS装甲をものともせずに打ち砕き、あっさりと
ゾンダージャスティスの顔面を抉った。
 そして間髪入れず胴体へ蹴りを入れ、距離をとったガオガイアーはゾンダーへトドメを刺すべく
フィニッシュホールドの体勢をとる。
「────ミョルニールハンマー!!」
 背中から飛び出した有刺鉄球のグリップを握り締め、ガオガイアーはじゃらりと
鎖の伸びるそれを、ハンマー投げの要領で力の限り振り回す。
唸りを上げて回転し、周囲を巻き込まんばかりの強い旋風を巻き起こすチェーンフレイルは、
いつしか充填されたエネルギーによって赤熱化し、その凶悪なまでの破壊力を
ゾンダーへ向けて解き放った。
 ────容易く音速の壁を突破した破砕球は、インパクトから一瞬遅れてその破砕音を響かせ、
ゾンダージャスティスをその中心核もろとも粉砕した。
 夜空に十字の爆炎が立ち上り、恐怖に晒されていた人々に戦いの終わりを告げる。

65ジェイアスカの人 ◆eoXW3yzVEo:2010/12/25(土) 22:07:40 ID:fEgKe8720
「────ぶい!」
 ステラは勝ち誇るようにVサインを決めると、地に伏した武装ジェイダーの元へ向かい、
深く傷ついたその体を優しく抱えあげた。
「シン、すぐ直してあげるからね」
 ガオガイアーは周囲に散らばるジェイダーの部品をかき集めると、
パズルでも組み立てるように傷口へあてがい、額から放つ修復光線で見事に修復してのけた。
「ありがとうステラ、助かったよ」
「ううん、いいの……でもせっかくのクリスマスがめちゃめちゃになっちゃったね」
 戦闘による街の惨状に胸を痛めていたステラは、ふと名案を思いついたと言わんばかりの
陽だまりのような笑顔に戻ると、そのアイディアをみんなに語った。
「シン、みんなでサンタさんやろう! それで家でクリスマスやりなおすの。
 大勢でやればもっと楽しいよ!!」
「それいいかもね!」
「ステラおねえちゃんナイスアイディア!」
 一同は善は急げとフォーメーションを組み、ジェイキャリバーから上半身のみを変形させた
ジェイライダーモードをとった。次いでガオガイアーの合体を解き、ビーストモードとなった
ガイアがジェイキャリバーの舳先に陣取って、ジェイダーの握る手綱でその機体を固定する。
 100m以上のジェイキャリバーを20m弱のガイアが引っ張っている様は、
大きさのバランスこそひどくちぐはぐだったが、上に載っているシンのジェイダーは赤いため、
どうにかサンタクロースに見えないことも無い。
「ジェイキャリバークリスマスフォーメーション、出発進行ー!!」
 マユの号令とともに出発した一行は、町中の人々に笑顔を振りまきながら沖合いの
J.P.ジョーンズを目指して飛んだ。

□□□□

 ────戦闘が終わった後の瓦礫の山のなか、もぞもぞと何者かが蠢いている。
「ひ、ひどい目にあった……」
砕けた建材の破片を掻き分けて顔を出したのは、なんと核ごと粉砕されたはずのアスランだった。
 しかしそのいささか生え際が後退しつつあった髪の毛は、ゾンダーから元に戻った影響か、
はたまた爆発によるものか、悩みなど無いかのようなボリュームたっぷりのアフロに変わっている。
「か、髪の毛が……!! 神様、いやサンタさんありがとう〜〜〜〜〜〜!!」
 アスランは、その身に訪れた聖夜の奇跡に滂沱の涙を流して感謝した。
 だが、そこへ吹きすさぶ一陣の風に煽られたアフロはたちまち灰となって吹き散らされ、
豊かさ溢れる彼の頭部はぺんぺん草一つ生えないつるつるの不毛地帯と化してしまった。
「か、髪の毛が……!! サンタさんのいじわるぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
 神は死んだ。そう言わんばかりに聖夜の街へ、長い友達のすべてを喪った男の絶叫と慟哭と嗚咽が響き渡る。
しかしかわいそうだが今日ばかりは諦めてもらうしかない。今夜のサンタクロースは、
嫌いな相手にはとことんドSなのだから……

 お わ り

 あとがき
 投下終了。もしよければ新スレの保守代わりにでもしてください。

66ジェイアスカの人 ◆eoXW3yzVEo:2010/12/25(土) 22:55:19 ID:fEgKe8720
規制解除されたので自分で投下してきました。

67名無しさん:2011/02/14(月) 01:47:51 ID:XTzilbWo0
あれ、本スレ落ちたw

68名無しさん:2011/03/14(月) 12:44:52 ID:/.oIJdEw0
スレ立てする?
やってみるけど。

70名無しさん:2011/07/05(火) 16:39:34 ID:a2cXCXxU0
勇者警察とガンダムって絡ませづらいな…

71名無しさん:2011/12/03(土) 23:59:14 ID:Ctcs.yRkO
>>70
駐屯軍と勇者警察を含む警察機構の軋轢、政治的な綱引きなどは…
これだとパトレイバーになるな

73名無しさん:2012/11/03(土) 23:03:33 ID:LVF3YkCI0
てst

75名無しさん:2012/11/09(金) 16:57:35 ID:j0jDfa9w0
テスト

76名無しさん:2015/09/19(土) 20:33:33 ID:uSjmKxP60
今さらながら、子連れダイノガイスト見た
元々子供向けアニメ出身だからだろうけど、こういう悪役と少女の絡みって滾るよね
ただ、ダイノ様とマユ(とシン)は、カップリングとかではなくてあくまでボス兼養父という関係が良いなあ


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板