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1NAME:2013/02/08(金) 23:45:51
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366NAME:2017/02/25(土) 23:04:49
小金井ストーカー 「私をめちゃくちゃに」被害者意見陳述
毎日新聞2017年2月23日 19時23分(最終更新 2月23日 19時54分)
http://mainichi.jp/articles/20170224/k00/00m/040/048000c

東京地裁立川支部の裁判員裁判 「悔しい」と心境語る

 「私の身体をこんなにめちゃくちゃにした。頭がおかしくなるんじゃないかと思うくらい悔しい」。東京都小金井市で昨年5月、岩埼友宏被告(28)=殺人未遂罪などで公判中=に刃物で刺された大学生の冨田真由さん(21)は、23日に東京地裁立川支部であった岩埼被告の裁判員裁判で意見陳述し、事件後初めて心境などを語った。

<“じゃあ殺せよ”>陳述の後半、声を上げる被告 冨田さんの陳述は次の通り。

 犯人からのSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)への書き込みは3年前の6月に始まりました。犯人がライブ会場に来て、「結婚してください」「じゃあ、友達になってください」としつこく言ってきたあたりから、犯人の書き込みも意識するようになり、それからは、去年の5月21日に事件が起こるまで、不安や恐怖が無くなることは一度もありませんでした。特に、生き死にに関する書き込みが1日に何件もくるようになったことや、1月17日のライブ終了後にしつこく付きまとわれたことなどがきっかけで、さらに不安や恐怖を大きく感じるようになっていました。こういった犯人の姿は、ファンではなく完全にストーカーそのものでした。

 5月21日、犯人に待ち伏せをされ、後を追いかけられて、最後には殺されそうになりました。犯人は、私に無視されたから刺したと言っているようですが、追いかけられている間、私は、「急いでいる」「リハーサルがある」と言って、何度も断りました。しかし、犯人は、私のそういった言葉には全く耳をかさず、後をついてきました。私の事情は、犯人にとって、どうでもいいという感じでした。

 意識を失って、次に病院で目が覚めたとき、すぐに何があったのかは理解できました。そして、それと同時に、事件の記憶がひとつひとつよみがえってきました。刺されたところが一気に熱くなったこと、首を思いっきり刺されて口の中にも血の味が広がったこと、犯人が恐ろしい形相で私を刺してきたこと、刃物の形、床が血の海に見えたほど自分の身体からたくさんの血が流れ出ていたこと、そこに倒れたこと、犯人に対して足で抵抗しようともがいたことを、はっきりと覚えています。その恐怖は、今でも忘れることができません。事件の後からは、今まで感じていたものよりも、はるかに大きい不安や恐怖を感じています。

 入院中は、他の患者さんとすれ違うことも、病室にお医者さんや看護師さんが入ってくることも怖かったです。傷の処置のために使われているハサミは、見るたびに刺されるかもしれないとビクビクしていました。お見舞いに来てくれる人に対しても、私を殺しに来たんじゃないかと思い、その不安から気が休まることはありませんでした。退院した後も、そういった気持ちが変わることはありません。

 事件の日から、本当に全てが変わってしまいました。家族と過ごしていた時間、友人とたわいもない話をして笑っていた時間、大学で大好きな勉強をすること、大好きな音楽やお芝居をすること。今まで大切に積み重ねてきたものや時間の全てが、一瞬で奪われてしまいました。普通に過ごしていたはずだった毎日を返してほしい。犯人の身勝手な行動のせいで失ったものは数えきれません。

367NAME:2017/02/25(土) 23:05:21
 傷のない身体も失ったものの一つです。傷のない、元の身体を返してほしい。犯人は何ひとつ傷ついていないのに、私だけが身体にも心にもこんなに多くの傷を負って、これから先も痛みに耐えて生きていかなければならないと思うと、悔しいし、許せません。傷を保護するテープを毎日張り替えているため、毎日傷つけられた身体を見なければなりません。その度に、SNSで執拗(しつよう)な嫌がらせをされたことや事件の日のことが思い出されてしまい、何でこんなことになってしまったのかと何度も何度も苦しくなります。

 外出したくても、事件で刺されて殺されそうになったときの光景を思い出してしまい、ほとんど外出することができません。 眠ろうとしているときも、事件の日のことが頭の中で何度もリピートされたり、眠れたとしても、犯人が夢に出てきて、また私を殺そうとしてくるので、すぐに目が覚めてしまい、ほとんど眠ることもできません。

 今でも、毎日リハビリを続けていますが、思うように身体が動きません。大好きだった歌うことも、食べることも、口にまひが残っていて苦痛になっています。大好きだったギターも、ほとんど弾くことができません。視力が低下していたり、視野が狭くなっていたり、常に行動に制限が出ています。そのため、少し歩いたら物や人にぶつかりそうになります。右足の親指にもまひが残っていて、家の中でさえすぐにつまずいてしまいます。「どうして当たり前にできていたことができないの」と悔しくてたまりません。 私の身体をこんなにめちゃくちゃにした犯人に腹立たしさを感じて、頭がおかしくなるんじゃないかと思うくらい悔しくて、毎日気がつけば泣いています。

 犯人や犯人の家族からも、裁判の日まで謝罪の言葉は一切ありませんでした。裁判で、「申し訳ないとは思っています」という言葉は口にしたようですが、自分の罪を軽くするために言っているようにしか聞こえず、全く心に響きませんでした。私や私の家族が今日までどんなに苦しい気持ちで過ごしてきたのか、わかりますか。犯人も犯人を育てた両親も、犯人に関わるもの全てを許すことができません。

 犯人は、私の調書を法廷で読み上げてもらっている間、笑っていたようですが、こんな事件を起こしておいて、どうして笑うことができるのか、理解できません。全く反省していないんだと思いました。今、私が意見陳述をしている間も、きっと心の中では笑っていて、反省はひとつもしていないと思います。犯人はまた絶対に同じことをする。また犠牲になる人が絶対にいる。こんな人を野放しにしてはいけない。絶対に許してはいけない。一方的に感情を抱き、思い通りにならなければ、人を殺そうとする人です。私を恨んで、今度こそ私を殺しに来るかもしれないし、私の家族や友人にも危害が加えられるかもしれません。

 もうこの世の中に出てきてほしくない。今すぐに消えてほしいです。それがかなわないならば、一生刑務所にいてほしい。そうでないと、安心して生活できません。 いろいろな方に助けていただいた命なので、しっかりと生きていかなければいけないと思っています。しかし、生きていてよかったと思う気持ちと、傷だらけの自分の姿やまひの残った口を見て苦しくなる気持ちが毎日繰り返されます。

 傷ついているのは私だけではありません。家族も同じです。事件以降は、もう一生分くらい苦しんでいますが、その苦しみは今も続いています。犯人の身勝手な言葉や行動に、私も家族も毎日のように悩まされてきました。裁判官や裁判員の方々には、私や家族がどんな思いで過ごしてきたのか、私が今後、後遺症を抱えてどんな生活をしていかなければならないのか、ということも理解してもらいたいです。

 今までの判決がこうだから、前例がないから、という理由では判断しないでください。 今後同じような事件が二度と起きないように、私みたいに苦しむ人がいなくなるように、この事件で厳しい判決を出していただきたいです。

ニュースサイトで読む: http://mainichi.jp/articles/20170224/k00/00m/040/048000c#csidx10f81880b67ce28be7c9d53478ca407
Copyright 毎日新聞

368NAME:2017/02/25(土) 23:48:12
冨田真由さんの意識回復は、2016年6月3日
http://newsmatomedia.com/tomita-mayu-2

冨田さんは2016年5月21日に刺傷事件が起きてから意識不明の状態が続いていましたが、約2週間後となる2016年6月3日に意識が回復しました。

日本医科大学付属病院高度救命救急センター部長の横田裕行教授によれば、冨田さんの回復は「奇跡的」だという。「病気での心肺停止の場合はAED(自動体外式除細動器)などで蘇生することも珍しくなくなりました。しかし、今回のような外傷による心肺停止のケースでこうして回復するのは非常に珍しい。それだけ救急隊の搬送から救命チームへの連絡がうまくいき、高度で適切な措置が行なわれた結果だと思います」

証人尋問で目撃者の1人は「(犯人は)首回りを狙って、考えながら刺しているようにしか見えなかった。やみくもではなく、考えながら刺していた」と、犯行の様子を語った。現場から数メートル離れた位置にいた証人は、「男性が女性を殴っているように見えた」が、近づくと岩埼被告の手に刃物が見えたという。「常軌を逸しているようで、野生の動物が獲物を仕留めているようだった」と話した。また、冨田さんが「なんで、なんで」と声を上げていたとも証言した。血だまりを見た証人は警察に通報。岩埼被告が刺すのをやめた様子に「もう刺すところがないのかなと思った」と説明した。一緒に目撃した知人が、ショックから自殺を図ろうとしたことも明かし「私たちも二次被害を受けている。残酷な事件だと思う」と話した。

岩崎のような異常者を即刻極刑に処すことの出来る社会に。

369NAME:2017/03/06(月) 13:46:23
M-1ファイナリストの妻が変えた夫の逃げ癖 スーパーマラドーナ田中の知られざる失踪劇
http://www.msn.com/ja-jp/news/opinion/m-1%e3%83%95%e3%82%a1%e3%82%a4%e3%83%8a%e3%83%aa%e3%82%b9%e3%83%88%e3%81%ae%e5%a6%bb%e3%81%8c%e5%a4%89%e3%81%88%e3%81%9f%e5%a4%ab%e3%81%ae%e9%80%83%e3%81%92%e7%99%96-%e3%82%b9%e3%83%bc%e3%83%91%e3%83%bc%e3%83%9e%e3%83%a9%e3%83%89%e3%83%bc%e3%83%8a%e7%94%b0%e4%b8%ad%e3%81%ae%e7%9f%a5%e3%82%89%e3%82%8c%e3%81%96%e3%82%8b%e5%a4%b1%e8%b8%aa%e5%8a%87/ar-AAnPUHY?ocid=iehp#page=1

毎週月曜夜7時から放送中の「結婚したら人生劇変!〇〇の妻たち」(TBSテレビ系)。人気番組「プロ野球戦力外通告」「プロ野球選手の妻たち」を手掛けるスタッフが、夫を支える妻の姿をとおして、夫婦の愛と葛藤に迫るドキュメンタリーだ。 今回の主役妻は、田中ヒカリさん、32歳。夫は、お笑いコンビ「スーパーマラドーナ」の田中一彦(以下、敬称略)。スーパーマラドーナといえば、昨年末、漫才の頂上決定戦「M-1グランプリ」で優勝を争う9組に勝ち残った実力派漫才で、コワモテのツッコミ役・武智と、ひ弱なボケ役・田中という対照的なキャラクターが売りのコンビだ。

 そんな田中のプライベートはというと、7歳年下の妻・ヒカリさんに、歯ブラシを口の中に入れてもらったり、服を着せてもらったり。まるで子供のようなダメダメ夫。一流芸人になってもらうことが妻・ヒカリさんの願いなのだが、田中には致命的な欠点があった。 それは逃げ癖だ。これは、嫌なことがあると、とにかく後先考えず逃げ出す癖があるという夫を持った妻の奮闘記である。

逃げ癖のあるダメダメ芸人!?

 田中は26歳のとき、吉本の養成所で相方の武智と出会い、マラドーナの名でお笑いコンビを結成。しかし、4年目の2007年、ネタ合わせで相方・武智にダメ出しをされ、仕事をすべて放り出し逃亡した。 当時はコンビを解散する事態となったが、相方・武智の説得もあり、4カ月後に再結成。コンビ名をスーパーマラドーナに変えての再出発をした。と、ここまでは有名な話なのだが、実は田中の逃げ癖はそれだけではなかった。

 妻・ヒカリさんが逃げ癖夫・田中と出会ったのは、今から4年前。当時、大阪の飲食店で働いていたヒカリさんが、ふと店のテレビに目を向けると、ある1人の男が目に留まった。それがスーパーマラドーナの田中。といっても当時のスーパーマラドーナは決して売れっ子芸人ではない。 長い下積み生活の中、テレビのレギュラーは関西で1本のみ。1人で家賃も払えないので、後輩芸人と同居しているような状態だった。そんな売れない芸人に、ヒカリさんはくぎ付けに。なぜなら、ヒカリさんは子供のころから、根っからの世話好き。見るからに弱々しく頼りない田中に心を引き付けられたのだ。

 そこからヒカリさんは田中のライブに足を運ぶようになり、徐々に恋心が芽生えていった。そしてついに、知り合いのつてをたどって、田中を紹介してもらえることに。ヒカリさんにとっては、ひそかに恋する人と会えるチャンス。そこで、思い切った行動に出る。 「私、めっちゃファンなんです! めっちゃタイプなんです! 彼女にしてほしい! いや、結婚してください!」 なんと初対面でプロポーズ。あまりに積極的な態度に、冷めていた田中ではあったが、それでもこれをキッカケに2人は頻繁に会うようになる。猛アタックする女と、拒む男。そんな関係が1年ほど続いたある日、田中はとんでもない事件を引き起こした。

370NAME:2017/03/06(月) 13:47:44
嫌なことからは逃げまくる人生を歩んできた

 2014年4月24日。田中は相方の武智とネタ合わせをしていた。しかし、この日は中々うまくいかず、イライラする武智は「また間違えてるやん! 辞めてまえ! ボケ!」と田中をしかり続けていた。すると田中の逃げ癖が爆発する。実は田中は嫌なことからは逃げまくる人生を歩んできた。 中学時代は、野球部に所属したが、上級生になると先生からいちばん怒られるという理由で2年の終わりに退部。大学に進んでもクラスにヤンキーがいるから怖いと1年で中退。ファミレスのアルバイトを始めたら、覚えが悪いと店長に怒られて初日に辞めた。芸人になっても、コンビ結成4年目のときに、相方にしかられて失踪。そんな逃げ癖が、再び顔を出した。

 田中が相方の武智にしかられた翌日。ヒカリさんのもとに、当時田中と同居していた後輩芸人から「田中さんの居場所、知りませんか? 田中さんがいなくなったんです」という連絡が……。聞けば、家に携帯と書き置きを残していなくなったという。 「血の気がサーッと引いて……。いや、飛んだんやって思って……」 すぐさま、ヒカリさんは田中の家へ。するとテーブルの上には田中の携帯電話と「ごめん、ありがとう」という意味深な言葉が書かれた置き手紙が。普通ではない空気を察したヒカリさんは居場所を探るため、田中の携帯電話に手掛かりを求めた。するとそこには、自殺サイトを調べた検索履歴があった。ヒカリさんはすぐさま警察に連絡した。

愛する男性の命を救いたい! 執念の大捜査!

 ヒカリさんの捜査が始まった。田中が漫画好きなことから、心当たりを得た。それは、漫画喫茶。大阪のミナミと新大阪周辺には漫画喫茶が30軒。ヒカリさんはそこを手当たり次第に訪れた。しかし、どこにも田中の姿はない。 「ほとんど寝ずに探して調べて。帰り道に歯を食いしばって泣きながら帰ったのを、よーく覚えています」 失踪から10日が経過。絶望的な気持ちになっていたその時、警察から思いがけない電話がかかってきた。なんと大阪の隣、兵庫県神戸市の中心街である三宮で、田中が現金を下ろしていたことが確認できたという。ヒカリさんは、田中が生きていたことにまずは胸をなで下ろした、そして、すぐさま、三宮へ向かった。

 三宮に着くと、すぐさま繁華街や漫画喫茶をしらみつぶしに探した。田中の失踪から15日後。ついに、1軒の漫画喫茶で、個室の入り口に田中の靴を発見。田中の居場所をつかんだのだ。 ヒカリさんはすぐさま、相方の武智に報告。武智の到着を待ってから、個室の扉を開くとそこには確かに田中の姿があった。ヒカリさんが「ターくん」と声をかけると、「あっ」と驚いた様子の田中。そして、 「帰ろう」 ヒカリさんの言葉に田中はそっとうなずいて、そのまま出てきたのだった。相方にしかられて自信を失い逃げ出した田中は、帰るに帰れず、漫画喫茶を転々としていたのだという。警察をも巻き込んだ田中の大逃亡劇は、結婚したいほど田中にほれ込んでいたヒカリさんの執念により終止符が打たれた。当時、田中は事務所から体調不良による休養と発表されていた。

371NAME:2017/03/06(月) 13:48:46
そしてこの時、逃げ癖田中のヒカリさんへの思いに変化が生まれた。 「そんなに好きでいてくれるって、ありがたい。そんな人、これから先、現れへんやろなと思って」 この事件をきっかけに、2人は交際をスタート。そして2年後の昨年3月。逃げ癖田中とヒカリさんは夫婦となった。 結婚をして1年にも満たない2人。ヒカリさんは夫の逃げ癖が出ないよう、落ち込んでいる日はなんでも賛同する、落ち着いたころにアドバイスするなどまるで子供を育てるように世話をやいていた。それもこれも、夫への愛、そして何より夫の芸人としての才能を信じているからこそ。

妻との出会いで変わった逃げ癖夫! いざ、大舞台へ!

 そんな結婚は、確実に田中を変えていた。実際、かつてネタのすべてを相方の武智に任せていた田中が、「あと1個だけボケを変えたいんです」と夜中まで粘ってネタ作りをする姿が見られるように。そしてこの変化が結果に現れた。スーパーマラドーナは昨年末の「M-1グランプリ」で優勝を争う9組に勝ち残ったのだ。 それは、逃げ癖夫とヒカリさんが夫婦になって初めて迎える大舞台。そんな「M-1グランプリ」を直前に妻の思いはただ1つ。「大舞台から逃げ出さないでほしい」。それだけだった。

 大会当日。本来ならば、ゲンを担いだ食事や豪勢なメニューで夫を送り出したいところだが、ヒカリさんは下手にプレッシャーがかからないようにと、特別感のない夫の好物「にゅうめん」を選んだ。いつもどおりに服を着替えさせた。 出発のとき。そのまま送り出すかと思いきや、夫の逃げ癖が心配な妻は、最後の最後に逃げ出さないよう新大阪駅まで送り届けた。その後、逃げ癖夫・田中は東京で相方・武智と合流し、無事に会場入り、本番を待っていた。 一方、妻のヒカリさんは、本番直前に夫の事務所の先輩、ザ・ぼんちのおさむ師匠の自宅を訪ね、本番まで待機。夫の大舞台を1人で見る勇気が出なかった。

 午後6時半。ついにM-1グランプリがスタート。妻にとって心配なのが、逃げずに舞台に現れてくれるかどうか。かじりつくように見る画面に、夫の姿を発見し、まずは一安心した。 3503組が参加した昨年のM-1グランプリ、この日決勝に進出できたのは、9組。この9組の中で獲得点数上位3組が次の最終決戦に進むことができる。スーパーマラドーナは、なんとこの上位3組に残り、最終決戦に進出した。 グランプリは、同じ事務所の3期後輩、銀シャリ。その時妻は、テレビに向かってつぶやいた。「よう、頑張ったね」。

 「ほんまによく頑張ってくれたなっていうだけです。悔しい気持ちもあるんですけど」

 そう言って流す涙は、逃げ癖夫を大舞台で優勝を争うまでに育て上げた、喜びの涙なのかもしれない。最後にヒカリさんに質問をしてみた。「田中さんのどこを好きになったんですか?」。ヒカリさんはこう答えた。 「いちばん面白くて、いちばんカッコイイ! 今から田中好きやって言っても、もう遅い。もう私います!」 逃げ癖のあるダメダメ夫。しかし、ヒカリさんにとっては誰よりもカッコよく見える男だ。

372NAME:2017/04/06(木) 22:47:08
ドロ沼?松本人志と確執の角田信朗が公式ブログ削除
日刊スポーツ 4/6(木) 17:58配信
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170406-01803518-nksports-ent

ダウンタウン松本人志(53)との確執を告白したことで話題となったK-1競技統括プロデューサーでタレントの角田信朗(55)の公式ブログが、6日までに削除されたようだ。 最後に更新されたのは1月23日で、「謝罪」と題されたエントリーだった。角田は「私自身の思慮に欠ける突然の発信で、松本人志氏、そして関係各位の皆様に、大変不愉快な思いをさせてしまった事を、心よりお詫び申し上げます」と謝罪していた。

 騒動の発端となったのは角田が1月16日のブログで、8年前にダウンタウンの番組からの出演オファーを断ったことから“誤解”が生じて松本を怒らせてしまい、以降は出演NGの状態が続いていると告白したもの。  誤解を解くために、その後もブログで松本サイドへ理解を求めてきたが、松本は同月22日のフジテレビ系「ワイドナショー」で、当時角田が“ドタキャン”したことで収録自体がなくなってしまっていたことを明かし「これは正直大問題というか。僕が怒っているとかそういうことじゃなくて、番組とか吉本とか、もっといえば日本テレビとの問題なので、僕が共演NGとかいう小さい話じゃないんですよ」と真相を明かしていた。

373NAME:2017/04/10(月) 01:24:08
慶応大病院手術で女児脳障害 「病院の肩書に圧倒されて…」悔しさにじませる両親
2016.7.21 07:18更新
http://www.sankei.com/affairs/news/160721/afr1607210006-n1.html

「きょうだいゲンカしたかった」

 慶応義塾大学病院(東京都新宿区)で心臓手術を受けた高橋心音(ここね)ちゃん(5)の脳に重度の障害が残った問題。心音ちゃんの父、歩(あゆみ)さん(43)と母、亜希子さん(39)は「病院の肩書に圧倒されて、何も言えないままだった」と悔しさをにじませる。 両親や代理人弁護士によると、心音ちゃんの心臓にあいていた2つの穴は、成長するにつれてふさがる可能性もある程度の大きさだった。だが、「うちにはトップクラスの技術がある。成功率97%の手術だ」などと勧められ、平成22年12月24日のクリスマスイブに手術に臨んだ。

 術後、担当医から「穴はふさがった。手術は成功です」と伝えられ、安心したのもつかの間、わが子は目の前で手を振っても反応しなくなっていた。年が明け、手術から2週間ほどが過ぎても状況は変わらなかったが、担当医は「麻酔の影響でぼんやりしているだけ」と繰り返した。 脳に障害が残ると伝えられたのは、手術から約1カ月後の23年1月。病院の会議室に出向くと、担当医や小児科医らがそろい、「手術中に脳に酸素が行きわたらず、低酸素性虚血性脳症になった」と言われた。「なぜ心臓の手術で脳に障害が残るのか」。納得のいく答えは得られないまま、翌日には一般病棟に移され、退院をせかされるようになった。

心音ちゃんの姉で小学4年の璃音(りおん)ちゃん(9)は、自分の誕生日などのたびに「心音ちゃんが治る薬がほしい」とねだった。だが、小学校に上がるころには妹の回復が見込めないことに気付きはじめたのか、今では「一緒に登校したかった」「きょうだいゲンカがしたかった」と話すようになったという。 心音ちゃんは自宅の布団で寝たきりの状態でいる。食べ物を飲み込むこともできない。病院側は当初、「子供の脳には無限の可能性がある」と機能回復を見込む説明をしていたが、別の病院では「難しい」と言われた。

 手術中に何があったのか。専門医や医療過誤の被害者家族から意見を聞いた。慶大病院からも治療経過の資料を取り寄せた。「3つ目の穴をふさぐために入れた送血用の管が、脳への血流を阻んだに違いない」。気付いたときには手術から5年が過ぎていた。 歩さんは言う。「訴訟提起は親としての義務を果たすため。同時に、同じことを決して繰り返してはいけないという思いだ」

374NAME:2017/04/17(月) 22:37:47
※週刊ポスト2016年2月26日号
http://www.news-postseven.com/archives/20160215_385264.html?PAGE=2

それで清原さんに「シャブがありますよ」と勧めました。外国人選手がコーヒーに入れて飲んでいることを話し、「やってみます?」と飲ませてあげました。耳かき3杯分くらいを入れたと思います。すると広島市民球場でしたが、清原さんは3試合連続でホームランを打ったんです。 「こりゃエエな。最高や。ハイになってしもたわ」と上機嫌だったのを覚えています。

──1998年5月29日〜31日、巨人は広島で3連戦を戦っている。当時のスコアを確認すると、確かに清原は3試合連続でホームランを放っている。

375NAME:2017/04/17(月) 22:51:40
【川崎踏切事故】
高齢男性は自殺図ったか 家族に「死にたい」
2017.4.17 21:53更新
http://www.sankei.com/affairs/news/170417/afr1704170021-n1.html

川崎市川崎区の京急電鉄八丁畷駅前の踏切で、横浜銀行に勤務する児玉征史(まさし)さん(52)=横浜市鶴見区尻手=が踏切内にいた高齢男性を救助しようとして2人とも電車にはねられ死亡した事故で、高齢男性が自殺をしようとしていたとみられることが17日、神奈川県警川崎署への取材で分かった。同署は、高齢男性について、身体的特徴や所持品などから現場近くに住む無職の77歳と特定。引き続き当時の詳しい状況などを調べている。

 同署によると、男性は以前から、同居する家族に「死にたい」などと話していた。事故当日の15日は、家族が外出中にひとりで家を出たとみられるという。

 事故は同日午前9時10分ごろに発生。男性は警報灯が光り始めてから踏切内に立ち入り、中で立ち止まっている様子が付近の防犯カメラに写っていた。その後、児玉さんがすでに完全に下りていた遮断機を持ち上げて踏切内に入り、男性を救助しようとしたとみられる。

376NAME:2017/04/24(月) 20:32:31
「学校に言わないでって言ったでしょ」 命絶った息子
2017年4月23日07時07分
http://digital.asahi.com/articles/ASK4N4T86K4NUUPI00D.html?rm=594

 「同級生にからかわれ、先生に言っても直らない。学校に行きたくない」。2014年9月。仙台市内の中学1年の息子(当時12)が単身赴任中の父親(49)に泣きながら電話をかけてきた。「俺が学校に行って話すから」。父親は語りかけた。でも、最後の会話になってしまった。翌日、息子は自殺を図り、意識が戻らないまま1週間後に亡くなった。

入学して間もない5月ごろから、息子は同級生らの悪口やからかいを苦に、登校や部活を嫌がるようになった。7月には「学校に行きたくない」と自室のドアを家具でふさぎ、学校を1週間ほど休んだ。母親(44)は学校に相談。生徒指導のための臨時学年集会が開かれた。登校を再開した息子は、同級生から「チクった」と言われた。合唱の練習では、歌に息子の名前と同じ歌詞が出てくるたびに笑われた。

 夏休み明けに母親が再び学校に相談すると、息子は怒った。「言わないでって言ったでしょ。言ったって何も変わらない」。その約2週間後に亡くなった。

 仙台市は有識者による専門委員会に調査を諮問。15年と16年の2度の答申では、いじめがあったことや自殺との関連を認めた。だが父親は、答申の中身を読んで驚いた。当時の認識を問われた担任は「いじめとは捉えていなかった。今でもそう思っている」と答えていた。「こんなに理解のない境遇にいたとは」。後悔がこみ上げ、夫婦で泣いた。

 ログイン前の続き「学校や部活が嫌なら行かなくていい。親御さんも子どもが嫌がったら行かせないで。10代はまだ人生のスタート地点。命だけは大切にして欲しい」。父親は再発防止を強く願う。 同じ仙台市内で16年2月、中学2年の男子生徒(当時14)が自宅で自ら命を絶った。半年以上前から部活の後輩らにいじめられ、学校のアンケートに「キモイと言われる」などと訴え、友人関係を「最悪」と答えていた。担任が尋ねると生徒は「大丈夫」と答え、対応はとられなかった。

 母親(50)には時折、悩みを話していたが、「先生には言わないで」と言った。母親は担任に伝えつつも、「見守ってもらいたい」と要望したという。 15年12月15日の夜。生徒は母親に切々と悩みを打ち明けた。「死ね」「整形しろ」などと言われてつらい、学校に行きたくない……。母親はじっと聞き、「あと少しで冬休みだから」と声をかけた。年が明け、生徒は普段通り登校を続けた。でも、親しい友人にはSNSでメッセージを送っていた。「この世を去る事にしたよ」

 今年3月末、専門委はいじめが理由の一つだったとする答申を出した。石井慎也副委員長(弁護士)は会見で、いじめられている生徒がエスカレートすることを恐れ、いじめる側への指導を嫌がることは今後もあり得ると指摘。「子どもが『大丈夫』と言っても、周りの生徒にそれとなく話を聴くなどの対応をとる必要がある」と語った。 両親は「息子に乗り越えて成長してもらいたいという期待もあったが、息子は守られず、いじめの詳細は分からない。いじめた生徒を指導してもらえばよかった」と悔やむ。

377NAME:2017/04/24(月) 20:33:44
■いじめの早期発見模索

 文部科学省によると2015年度、いじめによる重大な事態は314件、9人が自殺で亡くなった。報復を恐れて黙っていたり、「いじめた本人には言わないで」と懇願したりする子どもたちがいる。大人に何ができるのだろうか。 大津市が昨年行った、小中学生約5千人への調査では、いじめを受けた子どもの3割近くが「誰にも相談しなかった」と答えた。相談した子どもの73%は、相談後にいじめがなくなったり少なくなったりしたと回答。ただ、5%はいじめが悪化したと答えた。

 国立教育政策研究所の滝充・客員研究員は、いじめを悪化させない学校での工夫を提案する。たとえば、いじめの訴えの後、いじめた側をすぐに指導せず、教師が情報を共有しながら見守る期間を設ける方法だ。からかいなどの現場を教師が見て、そこで止めに入れば「チクった」とはならない。「助けを求めてきた子を、教師たちは守り通してほしい」と滝さんは言う。

 東北地方のある公立中では、教師がいじめた生徒になぜしたのか、いじめられた生徒にやられてどう思ったのかを聞き、互いの気持ちを理解するまで3人で話す。「教師が信頼されていないと指導は伝わらない」(生徒指導担当)と、生徒との信頼関係をみて指導する教師を決める。 子どもがSOSを出しやすくするための模索も各地で続いている=表。NPO「ストップいじめ!ナビ」(事務局・東京都)の小島秀一弁護士は「いじめをゼロにするのは難しいが、大切なのは早期発見と早期対応。相談しやすい環境、雰囲気づくりが欠かせない」と話す。

 北海道旭川工業高では「絆ネット」というメールの相談窓口を設け、担任ではなく生徒指導の教師に直接相談が届くようにしている。静岡県の掛川市立西中学校では、PTA役員OBの有志が携帯電話で相談に乗る。「あだ名がつらい」という相談に教師と協力して対応し、深刻になる前に解決したこともあった。 京都府は、府内の小中高生向けのアンケートの「聞き方」を工夫している。いじめの有無を直接聞くのではなく、「いやな思いをしたことはないですか?」と尋ねる。「ある」と答えたケースはすべて「いじめ」とみなし、教師が面談などで子どもの悩みを聞く。

 教師らがいじめを「からかい」などと軽く判断し、対応が不十分になることを防ぐねらいがある。府教育委員会は「アンケートはいじめ把握だけでなく、小さいうちに見つけて対応するという教師の意識を徹底させるのにも役立っている」と分析する。 子どもの心の問題に詳しい、つつじが岡メンタルクリニック(仙台市)の望月美知子院長は「成績や内申書などで自分を評価する立場の教師に悩みや弱みを相談するのはハードルが高い。評価する立場にない大人に相談できる場を増やすべきだ」と指摘する。

 このシリーズでは、子どもが自ら命を絶つことのない社会を願って取材に応じてくれた自殺未遂の経験者や遺族、教師、医師らの証言に基づき、私たちにできることを考えます。「手段を詳しく伝えない」「どこに支援を求めることができるのかについて情報を提供する」など、世界保健機関(WHO)が出した自殺報道に関する手引を念頭に伝えていきます。 ご意見はasahi_forum@asahi.comメールするか、ファクス03・5541・8259、〒104・8011(所在地不要)朝日新聞オピニオン編集部「小さないのち」係へ。自殺を防ぐための取り組みや体験談などもお寄せください。(大岩ゆり、片山健志)

378NAME:2017/06/09(金) 23:07:42
【福岡・母子3人殺害】
夫の巡査部長を逮捕 「仕事熱心」「子煩悩」「寡黙で礼儀正しい人」…
2017.6.8 19:40更新
http://www.sankei.com/west/news/170608/wst1706080085-n2.html

福岡県小郡市の住宅で中田由紀子さん(38)と子供2人が殺害された事件で、県警は8日、由紀子さんに対する殺人容疑で、夫で県警通信指令課に所属する巡査部長の充容疑者(38)を逮捕した。 長男で小学4年の涼介君(9)と、長女で小学1年の実優さん(6)は首を絞められて窒息死しており、県警は、充容疑者が2人の死亡に関し、何らかの事情を知っているとみて調べる。

■子供2人に「あいさつしなさい」…自転車を教える姿も

 逮捕された巡査部長の中田充容疑者は、所属する通信指令課で、まじめで堅実に仕事をこなすと評価されていた。地域では「警察官らしいまじめな人」(近隣住人)。子煩悩な一面もあった。

▼【写真】逮捕された夫の巡査部長

 関係者によると、中田容疑者は前任の筑後署自動車警ら隊を含め、勤務評価は良好だった。 地域での人付き合いは限られていたようで、自宅周辺の住民は中田容疑者について、礼儀正しく「寡黙な人だった」と話す。

▼【写真】夫の巡査部長を逮捕…記者会見で長々と頭を下げる県警幹部

 家族を知る人の話では、殺害された妻の由紀子さんが主に対外的な用事もこなしていた。中田容疑者は、亡くなった子供2人に「あいさつしなさい」としつけをしていたという一方、かわいがっていた様子もうかがえる。近くに住む男性(79)は「1〜2週間前、長女の実優さんに自転車を倒れないように支えながら優しく声を掛け、乗り方を教えているのを見かけた。実優さんは楽しそうに真剣に練習していた。近くには自転車に乗る涼介君の姿もあった」と話していた。

379NAME:2017/06/10(土) 00:36:25
川越美和さんの孤独死、元恋人と桃井かおり兄が語った借金・酒浸り・摂食障害
週刊女性2017年6月20日号
2017/6/6
http://www.jprime.jp/articles/-/9834

「別れてから連絡してなかったので、結婚して幸せになっていると思ってたのに……」 レコード大賞新人賞にも輝いた女優の川越美和さんが、'08年4月に都内のアパートで孤独死していたことを先週、『週刊女性』は報じた。すると、各方面から大きな反響が寄せられ特に、生前に彼女と交流のあった人々からは、驚きと悲しみの声が上がった。

「'04年から'05年の1年ほど交際していたんです」 そう話すのは、現在50代になるカメラマンのA氏。川越さんとは、'02年ごろに仕事関係のパーティーで初めて会ったという。「出会ったころから、彼女は酒浸りの生活を送っていたんです。お酒はそれほど強くないのですが、とにかく飲まないと寝られない。弱いのに飲んでいる姿が、よけいに痛々しかったんです」 友人だった川越さんの恋愛相談に乗っているうちに、彼女から“じゃあ、付き合ってよ”と告白されたというA氏。付き合い始めてからも、彼女の泥酔はやまなかった。

「当時、彼女はそんなに仕事がなかったので、部屋にいることが多かったんです。毎日、僕が仕事を終えて帰ってくるころには、すでに酔っぱらっていて、将来のことや仕事の話など、まったくといっていいほどまともな話ができない。なので、なんとしてもお酒を断たせようと、一緒に病院に行くことにしたんです」 彼が調べて、杉並区内にあるアルコール治療に詳しい病院へ。お酒を飲むと不快感が出る抗酒薬を処方してもらったのだが……。「彼女はそれがほとんど効かなかった。薬を飲んでも、お酒を普段どおり飲んでしまうんです。最終的には先生に“本人の意思でやめるしかない”って言われてしまいました」

 先週号で、川越さんが芸能界引退後に勤めた不動産会社の同僚は、鹿児島に住む両親や姉妹とは断絶関係にあったと証言している。だが、A氏と交際していたころは、家族関係は良好だったという。「月に1度、多いときは2度も、お父さんから4リットルの芋焼酎ボトルを何本かまとめて送ってきたりしていたんですよ。あと、食材とかも送ってもらっていましたね。やはり、生活が苦しいのがわかっていたので、お父さんが心配していろいろ送っていたんだと思いますよ」 交際時には渋谷区内のマンションに住んでいたというが、家賃が負担になり下町である墨田区に引っ越したという。

380NAME:2017/08/15(火) 23:19:50
上原多香子の衝撃不倫を亡夫の弟が告発!! 裏切りの熱愛LINE「会いたいよ。絶対に旦那さんに戻れない」
http://www.msn.com/ja-jp/entertainment/celebrity/%e4%b8%8a%e5%8e%9f%e5%a4%9a%e9%a6%99%e5%ad%90%e3%81%ae%e8%a1%9d%e6%92%83%e4%b8%8d%e5%80%ab%e3%82%92%e4%ba%a1%e5%a4%ab%e3%81%ae%e5%bc%9f%e3%81%8c%e5%91%8a%e7%99%ba-%e8%a3%8f%e5%88%87%e3%82%8a%e3%81%ae%e7%86%b1%e6%84%9bline%e3%80%8c%e4%bc%9a%e3%81%84%e3%81%9f%e3%81%84%e3%82%88%e3%80%82%e7%b5%b6%e5%af%be%e3%81%ab%e6%97%a6%e9%82%a3%e3%81%95%e3%82%93%e3%81%ab%e6%88%bb%e3%82%8c%e3%81%aa%e3%81%84%e3%80%8d/ar-AApNxFs

3年前、自死といういかたちで夫を亡くした上原多香子(34)。上原は2012年8月に、「ET-KING」メンバーでラッパーのTENN(森脇隆宏さん、享年35)と結婚して大阪で新婚生活をスタートしたが、それからわずか2年後の2014年9月25日、TENNさんは自宅マンション駐車場に停めた車の後部座席で首をつって自殺を図り、亡くなった。 遺書は3枚あり、妻である上原、「ET-KING」メンバー、自身のファンにそれぞれ宛てられていたという。当時の報道では、どの遺書にも自殺の理由については記されていなかったとされていた。しかし、8月10日発売の「女性セブン」(小学館)で、TENNさんの実弟が衝撃の告発をしている。兄の自死の理由が、妻の不倫を知ったことだったというのだ。

 上原多香子は、14年7〜9月に出演した舞台で共演していた俳優・阿部力(35)と不倫恋愛の関係にあった。証拠とされているのは、上原と阿部がかわしたLINE文面と、上原のスマートフォンに保存されていたツーショット写真やキス写真。すべて、TENNさんが上原のスマホを見て、自らのスマホカメラで撮影・保存したものだったという。それを、葬儀からおよそ一カ月後の月命日に、TENNさんの実母が発見した。

 当初は家族だけで秘し、誰にも明かさないつもりだったようだが、三回忌を終えた今もなお家族の悲しみは癒えず、TENNさんの実弟は「これ以上、家族だけでは抱えきれない」として告発に踏み切った。また、上原が今年5月に新恋人と「フライデー」され「夫の死を乗り越えようやく立ち直った」等と書かれたことに脱力し、「多香子さんのこういうニュースが出るたびに、天国の兄は毎回ひどい言われようをしてしまうんやとしたら、どうにもいたたまれなくなって」と苦しい胸のうちを明かしている。 同誌に掲載された、上原と阿部のLINEのやりとりは、赤面するほどに相思相愛。阿部は上原を「たかちゃん/たー」と呼び、上原は阿部を「トントン(※中国で活躍する阿部の愛称)」と呼ぶ。

 上原は、<止められなくなるくらい想えるって素敵なことだね。トントンに出会えて、本当によかった><トントンに会いたいよ。旦那さん、大事だけどそれ飛び越えてる><(離婚や浮気はありえないと思っていたけれど、でも)私の一方的やけど肌を合わせて感じるフィット間が今までとはまったく違うの>と、とめどなく愛を伝え、<トントンに想いがすべて行ってる中、騙し騙し旦那さんと居ることが、やっぱり出来ないです(中略)こんな気持ちでは絶対に旦那さんに戻れない>と離婚をほのめかす。浮気ではなくて本気、だったようだ。2017年現在すでに上原は別の恋人がおり、阿部との愛は永遠ではなかったわけだが。

 また、TENNさんは不妊症で子供を望めない体だったという。しかし上原と阿部は<子供欲しい><2人の子供作ろうね><早く(子供に)会いたいね>という会話もしており、恋愛絶頂期特有の高揚感が溢れている。TENNさんから妻・上原へ宛てた遺書には、<子供が出来ない体でごめんね/本当に本当にごめんなさい>とある。自分が死んでも<きっと阿部力となら乗りこえられると思います>、そして<がんばって トントンとお幸せに>と綴られた最後の手紙を、上原はどう受け止めていたのだろうか。

 そして、「女性セブン」では触れられていないのだが、阿部力もまた、既婚者のはずである。阿部は中国人の父と中日ハーフの母とのクォーターで中国芸能界でも活動しており、2009年に年上の中国人女優との結婚を発表。遠距離恋愛を経ての入籍だったことや、妻が中国での女優業を休み日本で阿部の両親と同居生活を送ることなどを明かしていた。公表していないだけですでにこちらの夫婦は破局していたのか、はたまたダブル不倫で燃え上がっていたのか。 いずれにしろ、この告発で“悲劇の未亡人”だった上原のタレントイメージは一変しそうだ。

381NAME:2017/08/15(火) 23:20:47
上原多香子、新魔性の女か!? 関係者「あの目で男を落とす」
http://www.msn.com/ja-jp/news/entertainment/%e4%b8%8a%e5%8e%9f%e5%a4%9a%e9%a6%99%e5%ad%90%e3%80%81%e6%96%b0%e9%ad%94%e6%80%a7%e3%81%ae%e5%a5%b3%e3%81%8b%ef%bc%81%ef%bc%9f-%e9%96%a2%e4%bf%82%e8%80%85%e3%80%8c%e3%81%82%e3%81%ae%e7%9b%ae%e3%81%a7%e7%94%b7%e3%82%92%e8%90%bd%e3%81%a8%e3%81%99%e3%80%8d/ar-AAq8sze

女性誌で自身の不倫が夫でET-KINGのTENNさん(享年35)の自殺の一因だったと報じられた女性グループ、SPEEDの上原多香子(34)。現在、名古屋市内で舞台「のど自慢〜上を向いて歩こう〜」(18日まで)に出演中だが、疑惑については口を開いていない。舞台後は無期限の謹慎に入るという。

初日の12日も終演後、報道陣に囲まれたが、神妙な表情で深々と3秒間頭を下げて謝罪の意をみせたが、釈明の発言などはなし。飛び交う質問におじぎを繰り返すだけだった。 不倫相手とされた俳優、阿部力(35)とはTENNさんの死後すぐに関係を解消。現在は演出家のコウカズヤ氏(40)との交際が伝えられている。「もともと彼女自身が奔放なうえ、恋愛体質で、共演者と近い関係になることも少なくなかった。あの目で男を落とすそうです」と芸能関係者。まさに“魔性の女”だ。

382NAME:2017/08/27(日) 19:40:51
アリさん引越社、懲戒解雇は「不当労働行為」 都労働委認定
2017.8.23 17:59更新
http://www.sankei.com/life/news/170823/lif1708230046-n1.html

アリさんマークで知られる「引越社」のグループ会社「引越社関東」で、セールスドライバーだった男性社員(36)が、運転中に事故を起こして弁償のため労働組合に加入したことをきっかけに懲戒解雇やシュレッダー係への配転を命じられたことについて、東京都労働委員会は23日、不当労働行為であると認定した救済命令を交付した。

 命令書などによると、男性は平成27年1月、営業車を運転中に事故を起こし、会社から弁償金を求められたことから、社外の労働組合に加入し、団体交渉を開始。同社は男性を同年8月に懲戒解雇するとともに、顔写真入りで「罪状」と題した解雇文を全店に貼り出した。2カ月後に解雇は撤回されたものの、一日中書類を廃棄するシュレッダー係に配転された。 引越社関東は「担当者が不在」としている。

383NAME:2017/09/04(月) 21:11:17
プロポーズ成功直後に男性転落死 沖縄・伊良部大橋、ふざけて欄干乗り越える
2017.9.4 20:21更新
http://www.sankei.com/affairs/news/170904/afr1709040019-n1.html

4日午前0時ごろ、沖縄県の宮古島と伊良部島を結ぶ伊良部大橋(宮古島市)から男性が誤って海に転落し、死亡した。男性は橋の上で交際中の女性にプロポーズした直後だった。

 宮古島署によると、死亡したのは、同市平良下里の介護士、石垣有一さん(32)。3日夜、橋の上に車を止め、交際中の同僚女性にプロポーズし、承諾の返事をもらった後、ふざけて橋の欄干を乗り越えて外側の縁に立ち、足を滑らせたという。 海上保安庁のダイバーらが海底に沈んでいた石垣さんを見つけ、引き上げたが死亡が確認された。石垣さんは飲酒した後だったという。

384NAME:2018/01/21(日) 00:07:18
上智大卒、新人賞受賞作家なのに、あらゆる場面で「戦力外通告」、大人の発達障害のリアルを本人が綴る
http://www.msn.com/ja-jp/news/opinion/%e4%b8%8a%e6%99%ba%e5%a4%a7%e5%8d%92%e3%80%81%e6%96%b0%e4%ba%ba%e8%b3%9e%e5%8f%97%e8%b3%9e%e4%bd%9c%e5%ae%b6%e3%81%aa%e3%81%ae%e3%81%ab%e3%80%81%e3%81%82%e3%82%89%e3%82%86%e3%82%8b%e5%a0%b4%e9%9d%a2%e3%81%a7%e3%80%8c%e6%88%a6%e5%8a%9b%e5%a4%96%e9%80%9a%e5%91%8a%e3%80%8d%e3%80%81%e5%a4%a7%e4%ba%ba%e3%81%ae%e7%99%ba%e9%81%94%e9%9a%9c%e5%ae%b3%e3%81%ae%e3%83%aa%e3%82%a2%e3%83%ab%e3%82%92%e6%9c%ac%e4%ba%ba%e3%81%8c%e7%b6%b4%e3%82%8b/ar-AAuVq7u?ocid=iehp#page=2

1997年に新潮新人賞を受賞、著作の『ダンボールハウスガール』が米倉涼子主演で映画化もされた小説家・萱野葵氏を襲った危機。生活のために始めたアルバイトは失敗ばかりで、どれも長続きしない。「言語性知能」と「動作性知能」のギャップに、その謎を解く鍵があった。萱野氏が自らの体験を綴った手記を寄稿した。

 小説を書けないという困惑から、すべてのことが始まった。 1997年に小説家としてデビューしたが、2001年にはすでにピークが来ているのを感じていた。正確には、書けないというのではない。書いても「これは行ける!」という感覚がなくなってしまったのだ。完全なスランプだった。 しかし、一生、小説だけで生きていける人間など一握りだ。私は小説を書くのをやめ、世間の人と同じように働くことにした。医療事務、警備員、牛丼屋店員、スーパー、受付、その他いろんなジャンルの仕事をしてみた。 もちろん、働くのはこれが初めてではない。しかし、働こうと決心はしたものの、本当は働くのが恐ろしかった。

 初めて働いたのは成人を迎えた後、大学2年生でアルバイトをした時だ。ビアホールだった。私は仕事ののみ込みが異常に遅く、もっと速く動いてくれと言われた。飲食店ではテーブルにA1、B2のように店員だけがわかる番号をつける。これを卓番といい、夕方になると「ワンビアA2!」「ツービアC3!」などの怒号が激しく飛び交う。私は最後まで、この卓番が覚えられなかった。おどおどとしながら必死で席を探すが分からずパニックになる。大学のサークルには何とか馴染めたのだが、バイト先では常に浮いている自分がいた。私はたった3カ月でビアホールを辞めた。

 その後、居酒屋のバイトに入った。ビアホールではうまくできなくても、環境が変われば仕事のできる人間になれる、そう信じたかった。しかし、ここでも評価は最悪だった。まず揚げ物と焼き物の区別がつかない。焼き鳥を注文されて、調理場の揚げ物担当の人にオーダーを持って行ってしまう。そして「焼き鳥は焼き物だよ! 分かんないの!?」と怒られる。あるいはコロッケを注文されて、焼き物担当に持って行ってしまい、「コロッケは揚げ物でしょ!?」と怒られる。夜の居酒屋はラッシュだったから、私のトロさは際立って見えた。男性店員にいじめられ、1カ月で辞めた。

385NAME:2018/01/21(日) 00:26:18
●「一流大学なのにできない」同僚に陰口を言われた

 それでも懲りずに、小料理屋でバイトしたが、メニューを覚えられず、中国人や韓国人の店員にフォローしてもらう有様だった。パート従業員の中年女性が、「大学は一流でも仕事のできない人っているものなんだね」と聞こえよがしに私のことを他の店員に話すのが耳に入り、いたたまれなくなって辞めた。 コンビニの店員をしても、同じように店長に叱られてばかりで勤まらなかった。

 大学を出てからOLになったが、ここでもひどい評価を受けた。とにかく仕事ができないから、会社に対して申し訳なかった。コンピュータールームでひたすらデータを打ち込む仕事は退屈でならなかった。しかし、誰も私に難しい作業はさせなかった。クビになってもいいと思ったが、不思議とリストラも肩たたきもなかった。

 後で聞くと、この会社は今まで一度もリストラをしたことがないという。温情豊かな会社に就職したものだ、と思ったが、それでも仕事ができないことと、仕事に楽しさを感じられないことは致命的だった。可愛がってくれた女性社員が、「もう辞めたほうがいいよ。向いてないよ。小説に専念しなよ」 と助言してくれたのをきっかけにして、私はOLを辞めた。

その後、安アパートで一人黙々と小説を書いていたが、それだけでは食えず、スーパーでレジのバイトをした。 自分は仕事ができない、と思いたくなかった。普通の人ができることをできる人間だと思いたかった。 ところが、レジ打ち以外の、途中で売上金を数えたり、閉店後にレジを締めたりという仕事が、やはりうまく理解できず、混乱し、いづらくなって、これもふいっと辞めた。

●何度説明を聞いても仕組みを覚えられない

 そのすぐ後に小説の新人賞を獲り、何冊か本も出し、雑誌でこまごまとした記事を書きながら、何とか生きてきた。しかし、小説が書けなくなってしまった。それで冒頭に書いたように、働くしかなかったのだ。 その後もありとあらゆる場面で、「戦力外通告」を受けた。牛丼屋では昼間の注文の激しい時間帯を避け、夜の掃除専門で入った。そこで年上の女性から「掃除がのろい」と怒られた。私は怖くなって、懸命に早く掃除を終えるようにした。すると今度は「掃除した後がひどく汚い」と言われた。彼女は人をいじめるタイプではない。ただ、私のあまりにひどい働きぶりに業を煮やしているのだ。

「どうしてそんなに仕事ができないの? あなた本当に大卒なの? 私は高卒だけど、あなたよりずっと仕事できるわよ」 と言われ、私は俯くしかなかった。 こうした状態を、小説が書けなくなってから10年以上も繰り返した。最後に勤めたのは高級スーパーのレジ打ちだ。品物をバーコードに通し、袋詰めにする。それが「ひどくのろい」と怒られた。スーパーにはコーヒーメーカーがあり、夜勤帯のバイトが掃除を命じられた。しかし、私は、コーヒーメーカーの内部の仕組みが、何度説明を受けても全く理解できなかった。

「あなたにはもう教えない。普通なら2回で覚えるよ」 と先輩女性従業員は声を荒らげた。 私は必死で仕組みを覚え、できるだけ早くコーヒーメーカーを洗浄しようと努力した。すると、家に帰ってから、店長から怒りの電話があった。「コーヒーメーカーの掃除がひどく汚い。別のバイトが一からやり直した」 この一件で、私は「もう無理だ」と悟った。誰にでもできることが自分にはできない。もう何かがおかしいとしか思えなかった。 私はとうとう、病院の門をくぐった。 医師に今までの人生をざっくりと話した。自分には精神疾患がある、と私は疑っていた。ところが、医師は臨床心理士に知能テストをするよう命じた。私は言われるままにテストを受けた。WAIS=III式という日本ではごく一般的なバージョンのテストだ。

 数週間後にテストの結果が出た。驚くべき事実が待っていた。 知能テストは言語性知能テストと動作性知能テストに分類される。言語性知能とは、通常、「偏差値」と関係していて、意識的な学習の成果とされる。これは、いわば思考力の高さを測る物差しである。動作性知能とは、社会で必要とされる様々な「作業」を司る知能である。こちらは、その場その場の環境変化や問題発生に臨機応変に対応できる能力のことである。言語性知能の検査項目は「言語理解」と「作動記憶」であり、動作性知能の検査は「知覚統合」と「処理速度」からなる。言語性知能と動作性知能を合わせた全体的知能の、平均的な知能指数は90〜109の間。70〜89が「境界例」、50〜69が「軽度知的障害」とされる。

386NAME:2018/01/21(日) 21:57:23
●抜きん出た言語性知能 平均下回る動作性知能

 私は言語性知能が114と、平均より高かった。ところが、動作性知能は平均をはるかに下回り、「境界例」である74。動作性知能のうちの「処理速度」に至っては66で、「軽度知的障害」のレベルであった。 両方を合わせた全体的な数値は96と「平均値」に収まっていたが、あまり意味はない。大事なのは、言語性知能と動作性知能の差が40もあるということだ。医師は差が40もあるのは極めて稀としながらも、「あなたは視覚的で単純な素早い作業が苦手だね。言葉の能力が高いんだから、言葉を使う仕事をすればいいよ」 と気安く言った。しかし、言葉を使う仕事ができれば世の中を渡れるわけではない。 私はコーヒーメーカーの掃除であれレジ打ちであれ、仕事ができるようになりたかった。一方で、動作性知能が境界例と診断されたことで、安堵もしていた。自分が仕事のできない理由が分かったからだ。自分はさぼっているのではないか、と思う時ほど罪悪感にさいなまれる瞬間はなかった。でも、それは違った。私の知的水準が低すぎたのだ。

 大学時代から続く「戦力外」体験に私は自信を失い、引きこもりのようになってしまっていた。逆に言えば、全国で54.1万人(内閣府推計)、予備軍は110万人とも推定される引きこもりの中にも、私のような人々がいる可能性がある(ちなみにこの数字は15〜39歳だけを対象にしたものだが、40代以上を含めると、ぐっと増えて、300万〜500万人もの引きこもりがいるのではないかと推定されている)。

 東京都にある発達障害者のための支援センターで自分の状態を話し、相談に乗ってもらった。知能テストだけで診断名がつくことはなく、様々な検査をして総合的な判断をするのが普通とのことだった。ただ、簡単に言えば、言語性知能が動作性知能を上回るケースを、非言語性学習障害という(しかし、この呼び方は現在あまり使われていない)。融通が利かず、環境の変化や対人関係に柔軟に対応できず、刺激に直面するとショック状態になったりし、空間認知能力や運動神経に問題があるという症状である。そして、非言語性学習障害は、アスペルガー症候群と同義ではないが、アスペルガー症候群との共通点が極めて多く見られる。

●「それはしんどかったね」相談員は驚いて言った

 アスペルガーは生まれつきの性質であり、基本的に「治癒」することはない。対症療法としては、パニックが起きないように環境調整をしたり、苦手な状況を回避したりする、人から誤解されたら、自分の話し方のチェックを心がける、など、素人でも分かりそうなことしかない。治療はできないが、パニックなどの症状回避のためには向精神薬の服薬は有効性がある。またアスペルガーはそれによる鬱、神経症、適応障害などの「二次障害」も生むので、服薬はその場合にも必要となる。

「言語性知能と動作性知能の差が40もあったの! それは生きるのがしんどかったね」 私の話を聞いた相談員は、驚いてそう言った。 それでも私は患者の中では、少しは幸福だったと言えるのだろう。少なくとも生まれつき障害があったのを、今まで感じることなく生きてこられたのだから。そして、昔だったら「異端者」と片づけられたかもしれないものが、実は「発達障害」なのだ、と認識される時代を生きることを許されているのだから。 生きづらさを抱え、対人関係に苦慮しながらも、自分は非言語性学習障害やアスペルガーではないかと疑ったことのある人は、それほど多くないだろう。そういう人には、この発見されにくい、そして自覚されにくい障害があるかどうかをチェックするために、専門機関を訪れてみてほしい。私も自分の障害と向き合い、見たことや感じたことを書いて伝えることで、少しでもそうした人の力になれたらと思う。 ※AERA 2018年1月22日号

387NAME:2018/01/23(火) 22:52:27
評論家・西部邁さん死去 多摩川で自殺か 78歳、正論執筆メンバー
2018.1.21 16:26更新
http://www.sankei.com/life/news/180121/lif1801210033-n2.html

保守派の論客として知られる評論家の西部邁(すすむ)さん(78)=東京都世田谷区=が21日、死去した。 警視庁田園調布署によると、同日午前6時40分ごろ、東京都大田区田園調布の多摩川河川敷から「川に飛び込んだ人がいる」と110番があった。飛び込んだのは西部さんで、署員らが現場に駆け付け病院に搬送されたが、死亡が確認された。 同署によると、目立った外傷はなく、付近で遺書のような文書が見つかった。自殺を図り、溺死したとみられる。

 西部さんは21日未明から行方不明になっていた。同居する家族が探していたところ、多摩川で流されている西部さんを発見し、通報したという。 西部さんは北海道出身。東大経済学部に在学中、全学連中央執行委員として安保闘争に参加し、学生運動の指揮を執った。大学院では経済学を専攻し、横浜国立大や東大などで教鞭(きょうべん)をとる傍ら大衆社会論を軸とした評論活動を開始。「経済倫理学序説」で吉野作造賞、「生まじめな戯れ」でサントリー学芸賞を受賞した。

東大教授時代の昭和63年、助教授の推薦をめぐって教授会で否決されたことに抗議して辞任。以降、テレビの討論番組などに定期的に出演し、晩年は自ら発刊した雑誌を舞台に言論活動を展開した。 正論執筆メンバーで、平成4年には戦後日本でタブー視された改憲論を正面から取り上げるなどの精力的な評論活動により、第8回正論大賞を受賞した。

【西部邁さん死去】
「俺は本当に死ぬつもりなんだぞ」 妻の死から思索深め…
2018.1.21 20:19更新
http://www.sankei.com/life/news/180121/lif1801210036-n1.html

「ウソじゃないぞ。俺は本当に死ぬつもりなんだぞ」-。21日に死去した西部邁さん(78)はここ数年、周囲にそう語っていた。平成26年の妻の死などによって自身の死への思索を深め、著作などでもしばしば言及していた。 昨年12月に刊行された最後の著書「保守の真髄(しんずい)」の中で、西部さんは「自然死と呼ばれているもののほとんどは、実は偽装」だとし、その実態は「病院死」だと指摘。自身は「生の最期を他人に命令されたり弄(いじ)り回されたくない」とし「自裁死」を選択する可能性を示唆していた。

 言論人として人気を集めたきっかけは、テレビ朝日の討論番組「朝まで生テレビ!」。「保守」を思想レベルまで引き上げた知性は、左右を問わず多くの知識人の尊敬を集めた。 知人らによると、東京・新宿で、酒を飲みながら知識人らと語り合うのが大好きだった。ケンカや後輩への説教もしばしばだったが、相手を後からなだめたり、後日、電話で酒場に誘ったり。優しさと人なつっこさもあった。たばこもこよなく愛し、「思考の道具」と言ってはばからなかった。 親米の論客からは「反米」と批判されたが、最大の問題意識は独立の精神を失い、米国頼みになった日本人に向いていた。いつも「今の日本人は…」と憤りを語っていた。

388NAME:2018/01/23(火) 23:07:43
【西部邁さん死去】
小林よしのりさん「自分で自分の人生に決着をつけるとは立派だ」
2018.1.22 11:24更新
http://www.sankei.com/life/news/180122/lif1801220031-n1.html

評論家の西部邁氏の死去について、親交があった漫画家の小林よしのり氏は22日、「西部邁氏は立派である」と題した文章を自身のホームページに掲載した。文章は「自分で自分の人生に決着をつけるとは立派だ」などとつづられ、「謹んで哀悼の意を表します」と結ばれている。

【西部邁さん死去】
田原総一朗さん「曖昧なことが大嫌いな人。近く会いたいと思っていた」
2018.1.21 18:38更新
http://www.sankei.com/life/news/180121/lif1801210035-n1.html

ジャーナリストの田原総一朗さんの話「大ショックだ。去年会った時、体調が悪いと言っていたので気にしていた。近く会いたいなと思っていた。彼は非常にラジカルで、物事を非常にちゃんと考える人。曖昧なことが大嫌いだ。日本は、安全保障も経済も、大事な部分を隠して曖昧。そういうことが彼には我慢できなかったのではないか」

【西部邁さん死去】
「発言者」編集長・東谷暁さん「自分の言葉に殉じたと思った」
2018.1.22 00:55更新
http://www.sankei.com/life/news/180122/lif1801220003-n1.html

西部さんが主宰した雑誌「発言者」編集長だったジャーナリスト、東谷暁さんの話「驚いたが、西部先生は前から『自決する』とおっしゃっていたので、自分の言葉に殉じたと思った。先生の助っ人として雑誌『発言者』創刊に携わったが、『思想は言葉だ。言葉は思想なんだ』と随分聞かされた。一言一言が本気で、自分の思想と行動をつなげることに情熱を持っておられた。これまで何度も自殺すると書いていたし、最近も周囲にそう話していたので、自身の思想を忠実に実行し、完結したという気持ちすらする」

389NAME:2018/01/23(火) 23:08:14
【西部邁さん死去】
能動的、命かけ「保守のための改革」思想継承 左右問わず言論界に厳しい目
2018.1.21 23:39更新
http://www.sankei.com/life/news/180121/lif1801210039-n1.html

21日に死去した評論家の西部邁さん(78)は「保守主義」を掲げ、一貫して国家と個人の自立を問い続けた。 ドイツの実存主義哲学者、カール・ヤスパースが言った「人間は屋根の上に立つ存在」という認識に立ち、人間は綱渡りのように緊張感と平衡感覚を持って生きてゆかなければならないと主張。大切な平衡感覚は歴史と伝統を学ぶことでしか得られないと考えた。

 保守というと、維持するものと考える人は多いが、西部さんの保守思想は、いわば能動的で命がけのもので、「保守するためには改革も必要」と述べた英国の政治思想家、エドマンド・バークの思想の真の継承者であった。 東大在学中は、全日本学生自治会総連合(全学連)の幹部として活動し、逮捕・起訴されたこともある。経済思想史に進み、「ソシオ・エコノミックス」「経済倫理学序説」などを刊行。京大名誉教授の佐伯啓思さんら現在、論壇で活動する多くの論客に影響を与えた。

平成に入ってからは、テレビ出演や「新しい歴史教科書をつくる会」への参加など、保守派の代表的な存在として知られるようになった。 だが、言論界には左右を問わず、厳しい目を向けた。安全保障を米国に依存し、経済大国への道を突き進んだ日本のあり方を痛烈に批判。親米の現実路線を取る保守論壇の中心からは離れた存在だった。 自らの言葉に厳しく、論の人である以前に義と侠(きょう)の人だった。(桑原聡)

【西部邁さん死去】
文芸評論家・富岡幸一郎さん「専門超えた『思想家』だった」
2018.1.21 23:59更新
http://www.sankei.com/life/news/180121/lif1801210041-n1.html

西部さんが主宰する雑誌「表現者」の編集長で文芸評論家の富岡幸一郎さんの話 「西部さんは雑誌『発言者』、続いて『表現者』を四半世紀にわたり出版し、保守思想という観点から今、起きていることを歴史的に考えようというスタンスでやってこられたと思う。古代ギリシャから近代まで西欧思想を吸収し、それを日本の思想や状況にぶつけ、全体像をみようとした。経済学から出発したが、“○○学者”というスペシャリストを超え、文化や歴史など、日本の近代の土壌で考察した稀有(けう)な“思想家”だったと思う」

390NAME:2018/01/24(水) 13:44:50
西部邁さん:最後の「保守と死」論 自裁の10日前に言及
http://www.msn.com/ja-jp/news/national/%e8%a5%bf%e9%83%a8%e9%82%81%e3%81%95%e3%82%93%e6%9c%80%e5%be%8c%e3%81%ae%e3%80%8c%e4%bf%9d%e5%ae%88%e3%81%a8%e6%ad%bb%e3%80%8d%e8%ab%96-%e8%87%aa%e8%a3%81%e3%81%ae%ef%bc%91%ef%bc%90%e6%97%a5%e5%89%8d%e3%81%ab%e8%a8%80%e5%8f%8a/ar-AAv2JZY?ocid=iehp#page=2

保守派の評論家で社会経済学者、西部邁さん(78)が21日、東京都大田区の多摩川で入水し亡くなった。その10日前、毎日新聞の取材を受けた際に「数週間後には(自分は)生きていない」。神経痛で痛む腕をかばいながら、近年繰り返していた自らの自殺の話をした。しかし語りはあくまでも冷静。取材後は午前4時過ぎまでバーをはしごする元気さをみせていた。【鈴木英生】

 西部さんは、知的、道徳的な人間の不完全さを強調し、歴史的な慣習とそこから導かれる伝統の意義を説いてきた。 今回の取材は新刊「保守の真髄(しんずい)」(講談社現代新書)についてのインタビュー。11日夜、東京都内のホテルのバーで1時間半、同書で展開した保守論と死について持論を語った。

 西部さんにとっての保守は、保守政治や「伝統文化」の擁護を直接は意味しない。「慣習の奥底に示唆されている歴史の知恵を自分の力で発見し、自分が納得できる間はそれを仮に伝統とみなす。そうした論陣を張るのが保守というもの」だという。 そこから、新しいものにばかり飛びつきたがる戦後日本への懐疑、米国的なものの否定などが紡ぎ出されてきた。 伝統を「危機においてバランスを取るための知恵」とも。大学では学生運動で逮捕起訴され、仲間の死にも遭遇している。人生における危機に直面してきたからこそ、保守思想を唱えだしたことをうかがわせた。

 他方、「(自分の)死は、急に考えると怖い。『死生論』を書いた二十数年前から、繰り返し考えるうちに、段々と平気になった」。2000年の「私の死亡記事」(文芸春秋編)にも、精神的な衰えが見通されたら自殺すると予期した文章を寄せている。 新刊では、病院で死に行く際の心身の苦しみを身近な人に見せるよりも、「自裁死」を選ぶことを示唆した。「連れ合いがいる間はなかなか死ねないものだ」とも。8年間看病した妻の満智子さんは14年に死去している。 一般論として「今の病院がイノベーションのおかげで痛みをとれるようになったのは確か」と病院での死を否定せず、「やりたいことをやり尽くしたら死ねばいいと簡単には言えない」と断りを入れたうえで、自らは「自裁死がいい」と話していた。

 憲法改正への動きなど、表面は「保守派」に勢いがある昨今。だが、西部さんの絶望してきた日本の対米追従や大衆社会状況は変わらない。「絶望に立つ希望」を唱え、約200冊の本を出し続けた西部さんは、自らの体調や年齢を考え、長年検討してきた死を選んだのだと思う。 取材中、ポケットからものを取り出すのに苦労し、グラスは両手で持ち上げた。とはいえ、早朝まで弁舌はよどみなく、学生時代やテレビ出演での思い出などを話し続けた。そのさまに、当面は本当に自殺することはないと記者は思った。 自らの主張とかけ離れた現代の言論、社会状況に絶望しながらも、数十年の間、絶えず発言を続けてきた西部さん。バーからバーへと夜道を歩きながら、「俺の絶望の深さが分かったでしょ」とつぶやいていたのが印象的だった。

391NAME:2018/01/25(木) 22:50:52
デューク更家氏、モナコの自宅は30億円!…F1グランプリが真下を通る
http://www.msn.com/ja-jp/news/entertainment/%e3%83%87%e3%83%a5%e3%83%bc%e3%82%af%e6%9b%b4%e5%ae%b6%e6%b0%8f%e3%80%81%e3%83%a2%e3%83%8a%e3%82%b3%e3%81%ae%e8%87%aa%e5%ae%85%e3%81%af%ef%bc%93%ef%bc%90%e5%84%84%e5%86%86%ef%bc%81%e2%80%a6%ef%bd%86%ef%bc%91%e3%82%b0%e3%83%a9%e3%83%b3%e3%83%97%e3%83%aa%e3%81%8c%e7%9c%9f%e4%b8%8b%e3%82%92%e9%80%9a%e3%82%8b/ar-AAv8G4T?ocid=iehp#page=2

ウォーキングトレーナーのデューク更家氏(65)が24日放送の日本テレビ系「ナカイの窓 海外生活は楽しいよSP」(水曜・後11時59分)に出演。モナコ公国に移住し16年目のセレブ生活を紹介した。 更家氏は、2001年頃に独自の健康法「デュークウォーク」で大ブレイク。現在は世界中にスタジオ300か所以上、弟子30人以上、生徒数4万人以上を抱えており、プライベートレッスン料は1時間で20万〜30万円だという。 ブレイク後に、以前からあこがれていたモナコ公国に移住。当時3億円で買ったものが現在は30億円という高級マンションで、F1・モナコGPコース上のトンネル出口の上、F1を真下に望める超一等地に住んでいる。

 そんな更家氏だが、モナコ移住当初は見えない壁に苦労したという。限られた人物しか入れない、ノートブルービーチのレストランに認められるようになるまで約3年。ほかの店でも、入れたのはいいがドアから近くの場所やはじの方に追いやられたこともあった。 そこで更家氏はどうやったら認められるようになるのかと観察したところ、お金の使い方がキレイなこと、スタッフ、そのお店の客に認められること、立ち居振る舞いが大事なことに気づかされた。

 更家氏は「お店に行くときは、それぞれのスタッフへ払うため1回1万円のチップを渡した。20万〜30万円のチップを用意していった」と話し、「旅行者はウェルカムだけど、住民権をとって住まわれるのは嫌がられる。認めてもらうためにチップは払い放題だった」と当時を振り返った。

392NAME:2018/02/01(木) 00:42:34
【座間9遺体】
群馬の女子高生殺害容疑などで白石隆浩容疑者を再逮捕
2018.1.31 11:08更新
http://www.sankei.com/affairs/news/180131/afr1801310017-n1.html

神奈川県座間市のアパートで9人の切断遺体が見つかった事件で、警視庁高尾署捜査本部は31日、9人のうち最年少だった群馬県邑楽町の県立高1年、石原紅(くれ)葉(は)さん=当時(15)=に対する殺人と死体損壊・遺棄容疑で、白石隆浩容疑者(27)を再逮捕した。一連の事件で立件対象となるのは5人目。白石容疑者は「所持金を奪う目的だった」などと話し、容疑を認めている。

 再逮捕容疑は昨年8月28日ごろ、座間市の自宅アパートで、石原さんの首を絞めるなどして気絶させた上、ロフトのはしごに結びつけたロープに石原さんの首をかけ、窒息させて殺害。遺体を切断して室内の箱などに遺棄したとしている。

 石原さんは同日、神奈川県藤沢市の小田急線片瀬江ノ島駅で足取りが途絶え、同駅構内のトイレで携帯電話が見つかっていた。白石容疑者は「(携帯電話を)置いてくるよう指示したかもしれない」などと供述しており、発覚を防ぐ目的だったとみられる。 白石容疑者は昨年8月以降、ツイッターで知り合った男女9人を殺害し、遺体を切断して遺棄したと供述。これまでに、男女4人に対する殺人や死体遺棄容疑などで逮捕されている。

393NAME:2018/02/01(木) 01:26:09
【座間9遺体】
群馬の女子高生殺害容疑などで白石隆浩容疑者を再逮捕
2018.1.31 11:08更新
http://www.sankei.com/affairs/news/180131/afr1801310017-n1.html

神奈川県座間市のアパートで9人の切断遺体が見つかった事件で、警視庁高尾署捜査本部は31日、9人のうち最年少だった群馬県邑楽町の県立高1年、石原紅(くれ)葉(は)さん=当時(15)=に対する殺人と死体損壊・遺棄容疑で、白石隆浩容疑者(27)を再逮捕した。一連の事件で立件対象となるのは5人目。白石容疑者は「所持金を奪う目的だった」などと話し、容疑を認めている。

 再逮捕容疑は昨年8月28日ごろ、座間市の自宅アパートで、石原さんの首を絞めるなどして気絶させた上、ロフトのはしごに結びつけたロープに石原さんの首をかけ、窒息させて殺害。遺体を切断して室内の箱などに遺棄したとしている。

 石原さんは同日、神奈川県藤沢市の小田急線片瀬江ノ島駅で足取りが途絶え、同駅構内のトイレで携帯電話が見つかっていた。白石容疑者は「(携帯電話を)置いてくるよう指示したかもしれない」などと供述しており、発覚を防ぐ目的だったとみられる。 白石容疑者は昨年8月以降、ツイッターで知り合った男女9人を殺害し、遺体を切断して遺棄したと供述。これまでに、男女4人に対する殺人や死体遺棄容疑などで逮捕されている。

394NAME:2018/02/13(火) 14:56:01
妻が女の子に…小室哲哉さんが明かした家族追い詰める「高次脳機能障害」つらさと苦労
2018.2.12 12:00更新
http://www.sankei.com/premium/news/180212/prm1802120006-n1.html

「大人としての会話ができない」 小室さんがKEIKOさんと結婚したのは2002年。11年にKEIKOさんがくも膜下出血で倒れた後は、小室さんが献身的に介護する様子がたびたび報道された。 引退会見のなかで小室さんは、KEIKOさんの病状について次のように明かした。 「高次脳機能障害とか、脳のちょっとした障害ということで、少し欲がなくなってしまったりとか、女の子みたいな優しげな性格になりました」

原因で最も多いのは、脳卒中だ。なかでも、脳の血管が詰まる「脳梗塞」が多く、「脳出血」や「くも膜下出血」でも起こる。また、交通事故などによる「脳外傷」のほか、「低酸素脳症」「脳腫瘍」も原因となるという。 08年に東京都が発表した実態調査によると、都内の高次脳機能障害者数は推計約5万人にのぼった。60歳以上が67・4%と推計されている。「日本全体では、50万人以上存在するとみられています」(渡辺教授)。

小室さんによるとKEIKOさんは「非常に正常になるときが年に数回あります。そのときに『私、普通じゃないよね』ということを言ってくれることもあります」という。 小室さんは、会見を次のような言葉で結んだ。 「この10年で介護の大変さなどに触れてきました。僕1人の言動で社会が動くとは思っていませんが、こういったことを発信することで、何かが響けばいいなと思っています」

395NAME:2018/02/15(木) 00:26:49
【平昌五輪】
「笑わなかった小さい頃…」 平野歩夢、クールの秘密 恐怖心と重圧乗り越え懸命に
2018.2.14 19:34更新
http://www.sankei.com/pyeongchang2018/news/180214/pye1802140066-n1.html

けがによる恐怖心やメダルの重圧を乗り越え、貪欲に競技と向き合い最高の技を追及した平野歩夢。メダル確定後も悔しさをにじませ、涼しげな目つきのまま、わずかに口角を上げただけ。しかし平昌の空を華麗に舞った日本のエースに対し、関係者は「よくやった」とねぎらった。 「あまりうれしそうな顔をしていないけど、歩夢は昔からそんな感じ。初めて抱っこして笑わそうとしてが、笑わなかった小さい頃を思い出した」と感慨深げに語るのは母方の伯父、田中幸一さん(50)。 日大に所属する平野は、新潟県村上市の実家に帰省してもスノーボードが頭を離れない。「『ゆっくりしていけよ』と声をかけても、『練習があるから』と数時間しか滞在しなかった」と田中さんは語る。

 平野の原点は、父の英功(ひでのり)さん(46)が作ったスケートパークで遊んだ経験にある。兄の影響で4歳からスノボを始めると、充実した施設を求め、英功さんが運転するワンボックスカーで福島県や山形県の雪山を回った。 小学4年でメーカーと契約し、プロの道へと歩み出す。積極的に海外へ出ていくことで経験を積んだ。前回ソチ五輪で一躍知名度が上がると、競技と向き合う姿勢は一層、貪欲になっていく。

無理をしてでも高難度の技に取り組まなければ勝てない時流に、葛藤する。成長を見守ってきた後援会の副会長、山田俊治郎さん(73)は「幼いころは純粋に楽しんで滑っている姿が印象的だったが、競技として取り組むようになるにつれて抑制した表情が増えた」と振り返る。 あるとき、後援会の集まりで顔を合わせた平野に、山田さんは大技に挑む心境を尋ねた。「常に恐怖心との戦いです。でも、がんばって勝ちます」。厳しい世界に生きていることをまざまざと見せつけられた。

 「こっちが命を懸けていることを、批判する人は分かっていない」。高校時代の同級生、大山昌斗(まさと)さん(19)は、平野が悔しそうに漏らしたのを聞いたことがある。過去の五輪代表選手が服装や記者会見の態度についてバッシングを受けていたことに話題が及んだときだ。 たゆまぬ努力で限りなく頂点に近づいた平野の姿に、山田さんは思う。「世界に誇れる。ぜひ胸を張ってほしい。夢を見させてくれてありがとう」(石井那納子)

396NAME:2018/02/17(土) 21:32:32
59歳「派遣に堕ちた」困窮男性が見続ける夢 勤続10年、時給は「40円」上がっただけ
http://www.msn.com/ja-jp/money/other/59%E6%AD%B3%EF%BD%A2%E6%B4%BE%E9%81%A3%E3%81%AB%E5%A0%95%E3%81%A1%E3%81%9F%EF%BD%A3%E5%9B%B0%E7%AA%AE%E7%94%B7%E6%80%A7%E3%81%8C%E8%A6%8B%E7%B6%9A%E3%81%91%E3%82%8B%E5%A4%A2-%E5%8B%A4%E7%B6%9A10%E5%B9%B4%EF%BD%A4%E6%99%82%E7%B5%A6%E3%81%AF%EF%BD%A240%E5%86%86%EF%BD%A3%E4%B8%8A%E3%81%8C%E3%81%A3%E3%81%9F%E3%81%A0%E3%81%91/ar-BBJ964V?ocid=iehp#page=2

現代の日本は、非正規雇用の拡大により、所得格差が急速に広がっている。そこにあるのは、いったん貧困のワナに陥ると抜け出すことが困難な「貧困強制社会」である。本連載では「ボクらの貧困」、つまり男性の貧困の個別ケースにフォーカスしてリポートしていく。

職場でモノを言うのはやめた

 大みそか、街はどこも浮かれていた。札幌市内のある商業施設の駐車場入り口。家族連れなどを乗せた車両がにぎやかに行き交うそばで、案内板を掲げた誘導員のヨウジさん(59歳、仮名)は黙々と立ち続ける。気温は昼すぎには氷点下に。黒っぽいコートを重ね着し、分厚い手袋と耳あてで防寒しても、顔の筋肉はこわばり、足先の感覚はない。

 「人手が足りないので、年末は31日まで出勤でした。年始の休みも元日と2日だけ。帰省ラッシュがピークだとか、有休を組み合わせれば9連休になるとか――。シフト制の、時給制で働く契約社員にとっては、どれも無縁のニュースです。休日が少ないと収入は増えますが、体がつらい。かといって、休日が取れると体は楽になりますが、収入が減る。これも非正規労働者の“あるある話”です」

 駐車場管理員として勤続10年。この間、時給は840円から880円に、40円上がっただけだ。年収は200万円に届かない。寒冷地手当もボーナスも住宅手当も家族手当もゼロ。あまりの待遇の悪さに、特に若者が定着しないという。1年間で職場の顔ぶれの半数が入れ替わることも珍しくない。

 最近は募集をしても人が集まらないと言い、人員が足りないため、本来1時間の昼休が30分しか取れない。会社は商業施設を中心に複数の駐車場管理を請け負っており、ある現場では、10日連続の勤務を強いられた同僚もいるという。会社の方針が変わり、ここ数年は有給休暇も取れなくなった。

 いずれも法律や就業規則に違反している可能性が高いが、職場で声を上げる人は誰もいない。かつてヨウジさんは職場環境について愚痴をこぼしたとき、そばで聞いていた年下の正社員から「契約社員が何言ってるんだ。二度とそういうことは許さない」と語気荒く、一蹴されたことがある。以来、職場でモノを言うのはやめた。不満のある者は黙って辞めていき、彼のように再就職口を見つけるのが難しい中高年以上の働き手はとどまる代わりに口をつぐむ――。いつのまにか、そんな「ルール」が出来上がってしまったのだという。

397NAME:2018/02/17(土) 21:33:08
 北海道内の産炭地で生まれた。兄弟が多く、経済的な理由から大学進学を断念。高校卒業後、札幌にある資材製造会社に就職した。技術系の正社員として、勤続20年を超える頃には年収は400万円を超えていた。帰宅は毎晩のように深夜近くで、結婚のタイミングは逃しつつあったが、暮らしぶりはおおむね順調だった。

 安定した生活が一転したきっかけは、借金の連帯保証人になっていた友人と連絡が取れなくなったことだった。ヨウジさんは多くを語らないが、金額は自身の年収を軽く超えていたという。会社を辞めた退職金で穴を埋め、自己破産をして片をつけた。 このとき、すでに40代半ばすぎ。正社員の働き口はなかなか見つからなかった。折しも労働者派遣法が改正され、製造業への派遣が解禁。「やむをえず派遣会社を渡り歩くことになった」。

派遣に対する「差別と偏見」

 「派遣に堕ちた」。正社員時代、短期間ながら役職者として派遣労働者を使う側にいたというヨウジさんは、自らが使われる側に転じたことをそう表現した。たぶん、彼に派遣労働者を見下す意図はない。確かに派遣労働者の中には、専門性の高い技術を武器に労働市場を生き抜くことができる人もいれば、それぞれの事情から短期雇用を望む働き手もいる。一方で規制緩和が進む中、彼のように安く買いたたかれ、理不尽な雇い止めに遭う「不本意派遣」が大量に生み出されたのも事実だ。これにより、多くの職場にいらぬヒエラルキーがもたらされたこともまた否定できない。

 実際に多くの派遣先は差別と偏見にまみれていた。ヨウジさんが派遣されたある職場の仕事は、重さ20キログラム近い荷物をトラックから所定の場所まで移し変えることだった。期限は午前中いっぱい。多い日は1人で500個近くを運ばなければならないこともあった。

 ヨウジさんは、正社員なら、荷物が多ければ人員を増やしたり、作業を午後に延ばしたりするなど臨機応変な対応がなされたはずだと言う。しかし、派遣労働者は代わりが利くとでも思っているのか、そうした配慮はない。昼前になって正社員が手伝いに入ることもあったが、それは同時に「時間内に仕事ができない使えない派遣」とみなされることでもあった。実際に仕事を失う仲間もいた。切られたくなければ、死に物狂いで終わらせるしかない。そんなとき、つくづく自分は「労働者」ではなく、「労働力」なのだと痛感したという。

 ミスをしたときの風当たりも強かったという。工場内でフォークリフトの運転中、通路に放置された製品にぶつかってしまったときなどは、正社員から「これだから派遣は……」と言われた。ヨウジさんに言わせると、運転の不注意もあるが、荷物を放置しておくほうも悪い。派遣労働者を格下とみなすような物言いに、「ほとんどの職場で、正社員との間に会話がなくなっていきました」という。

 正社員には正社員の言い分があるだろう。ただ、ヨウジさんがその後、駐車場管理の仕事に就いたのは、「派遣を渡り歩く」ことに心身ともに疲れ果てたからでもあった。 非正規労働者となってから十数年。60歳を前にして、健康格差も顕在化しつつある。

 逆流性食道炎の持病があり、医師からは年1回の胃カメラ検査を指示されているが、実際に検査を受けるのは経済的な事情から2、3年に1度が限界。胸やけがひどくなるなど「本当に調子が悪くなってから」だ。歯科医師からは歯槽膿漏と言われたが、放置。健康診断で要再検査とされた項目についても「病院に行くと、(おカネがなくなり)生きていけなくなっちゃう」と、こちらも捨て置いたままである。

398NAME:2018/03/05(月) 23:32:23
マラソン原裕美子容疑者、執行猶予中に群馬で逮捕 キャンディーなど万引で再び起訴
2018.3.5 12:36更新
http://www.sankei.com/affairs/news/180305/afr1803050023-n1.html

栃木県足利市のコンビニエンスストアで万引したとしたとして執行猶予判決を受けたマラソンの元世界選手権代表選手で飲食店店員の原裕美子容疑者(36)=栃木県足利市=が判決後に群馬県内で万引した疑いで逮捕されていたことが分かった。前橋地検太田支部は窃盗罪で原容疑者を起訴した。

 起訴は2日付。起訴状によると、原被告は2月9日午後8時45分ごろ、群馬県太田市のスーパーでキャンディー1袋など3点(販売価格計382円)を盗んだとしている。 群馬県警によると、店側が取り押さえ、太田署に現行犯逮捕された。「店を出る前に商品を戻すつもりだった」と容疑を否認している。

 原被告は栃木県足利市のコンビニで化粧品や食料品を万引したとして、昨年11月に宇都宮地裁足利支部で懲役1年、執行猶予3年(求刑懲役1年)の有罪判決を受けていた。 公判で原被告は「しっかりと治療を続け、今後このようなことがないよう、事件のことを忘れることなく日々を過ごしていきたい」と述べていた。 原被告は平成17年、名古屋国際女子マラソンで初優勝し、同年のヘルシンキ大会では6位に入賞するなど世界陸上に2度出場した。

399NAME:2018/03/15(木) 15:50:09
西部邁さん遺体、両手緊縛 自殺手助けか、警視庁捜査
http://www.msn.com/ja-jp/news/national/%e8%a5%bf%e9%83%a8%e9%82%81%e3%81%95%e3%82%93%e9%81%ba%e4%bd%93%e3%80%81%e4%b8%a1%e6%89%8b%e7%b7%8a%e7%b8%9b-%e8%87%aa%e6%ae%ba%e6%89%8b%e5%8a%a9%e3%81%91%e3%81%8b%e3%80%81%e8%ad%a6%e8%a6%96%e5%ba%81%e6%8d%9c%e6%9f%bb/ar-BBKd8S5?ocid=iehp

1月に自殺したとされる評論家西部邁さん=当時(78)=の遺体の両手が縛られていたことが14日、捜査関係者への取材で分かった。警視庁捜査1課は、何者かが自殺を手助けした自殺ほう助事件などの疑いもあるとみて捜査している。 西部さんは1月21日未明、行方不明になり、長男が捜索願を出した。同日朝、東京都大田区田園調布5丁目の多摩川の水中で見つかり、病院で死亡した。目立った外傷はなく溺死とみられる。河川敷には遺書があった。 捜査関係者によると、遺体は両手が縛られ、川まで届くロープで近くの木と結び付けられていた。

400NAME:2018/03/29(木) 13:37:23
【17歳女子高生強殺】
女子高生強殺で無期懲役確定へ 最高裁が上告棄却
2018.3.28 22:35更新
https://www.sankei.com/affairs/news/180328/afr1803280011-n1.html

東京都江戸川区の自宅アパートで高校3年だった岩瀬加奈さん=当時(17)=を殺害し現金を奪ったなどとして、強盗殺人と強盗強姦(ごうかん)未遂の罪に問われた無職、青木正裕被告(31)について、最高裁第2小法廷(菅野博之裁判長)は、青木被告の上告を棄却する決定をした。無期懲役とした1、2審判決が確定する。27日付。3裁判官全員一致の結論。

 平成29年5月の1審東京地裁判決は「犯行動機は身勝手極まりなく、有期懲役が相当な事案とはいえない」として、求刑通り無期懲役を言い渡した。2審東京高裁も12月、「犯行に計画性を認めた1審の判断に誤りはなく、無期懲役が重すぎるとはいえない」として被告の控訴を棄却した。

 判決によると、青木被告は27年11月12日、アルバイト先の元同僚の岩瀬さんを自宅に連れ込んで首を絞めて殺害し、乱暴しようとした上、現金約7500円などを奪った。

401NAME:2018/03/30(金) 13:44:11
お金持ちになれる人が誰にでも親切な理由とは
http://www.msn.com/ja-jp/money/personalfinance/%e3%81%8a%e9%87%91%e6%8c%81%e3%81%a1%e3%81%ab%e3%81%aa%e3%82%8c%e3%82%8b%e4%ba%ba%e3%81%8c%e8%aa%b0%e3%81%ab%e3%81%a7%e3%82%82%e8%a6%aa%e5%88%87%e3%81%aa%e7%90%86%e7%94%b1%e3%81%a8%e3%81%af/ar-BBKNr88?ocid=iehp

金持ちになれない人ほど目下の人に傲慢
貧乏になる人は、自分より格下の相手には横柄になります。たとえば、仕事上でかかわる下請けのスタッフには、自分から挨拶をしないとか。自分のほうが上だから「相手から挨拶すべきだ」という傲慢さがあります。

しかし、稼ぐ人はそんな傲慢さはありません。それに相手を大事にすることは、いずれ自分に役に立ってくれる可能性があります。仲良くしておけば、たとえば入退館時間が過ぎていても、「ちょっとだけですよ」とカギを空けてくれるなど、融通をきかせてもらえるかもしれません。

これは小さな話ですが、私の知人で不動産会社を経営する社長は、4年ごとに取引先を招いて、パーティーを開催しています。対象は、物件の仕入先、販売先、提携代理店、金融機関、賃貸仲介会社、リフォーム会社など、関係するすべての業者です。毎年ではなく4年ごとというのが絶妙で、毎年だと飽きられて面倒くさくなりますが、これだけ期間が開けば新鮮さがあり、出席しようと感じます。

毎年だと新しいネタがないが、4年経てばどこも新事業や取扱商品変更などの動きがあるから、お互いに情報交換になります。取引先も入れ替わり、新しい取引先の人に喜んでもらえる。疎遠になっていたスタッフも思い出し、また仕事を発注しようかという気になる。また顧客を紹介しようかという気になる。こうして彼のビジネスはどんどん大きくなり、今は東京でも有数の不動産管理会社へと成長しています。

402NAME:2018/03/30(金) 13:57:22
女子高生に無給で畑作業 口止めも、実習教諭を処分
http://www.msn.com/ja-jp/news/national/%e5%a5%b3%e5%ad%90%e9%ab%98%e7%94%9f%e3%81%ab%e7%84%a1%e7%b5%a6%e3%81%a7%e7%95%91%e4%bd%9c%e6%a5%ad-%e5%8f%a3%e6%ad%a2%e3%82%81%e3%82%82%e3%80%81%e5%ae%9f%e7%bf%92%e6%95%99%e8%ab%ad%e3%82%92%e5%87%a6%e5%88%86/ar-AAveI6Q?ocid=iehp

岩手県教育委員会は29日、学校に無断で農業を営み、畑で教え子の女子生徒3人を約3カ月間、無給で働かせたとして、県立高校に勤める40代の男性実習教諭を減給10分の1(3カ月)の懲戒処分とした。「農業実習に役立つと思った。考えが甘かった」と話しているという。

 県教委によると、教諭は兼職の許可を取らず、販売用にピーマンの苗約1900本を栽培。昨年6〜8月に最大24日間、3年の生徒3人を働かせ、学校に知られないよう口止めした。 他のアルバイトも含む16人と雇用契約を交わさず「収穫に応じてバイト代を払う」と口約束し、賃金を支払わなかった。

403NAME:2018/04/02(月) 21:15:16
初出社して、就職先が「ブラック企業」だと気付いたあなたへ
http://www.msn.com/ja-jp/news/money/%e5%88%9d%e5%87%ba%e7%a4%be%e3%81%97%e3%81%a6%e3%80%81%e5%b0%b1%e8%81%b7%e5%85%88%e3%81%8c%e3%80%8c%e3%83%96%e3%83%a9%e3%83%83%e3%82%af%e4%bc%81%e6%a5%ad%e3%80%8d%e3%81%a0%e3%81%a8%e6%b0%97%e4%bb%98%e3%81%84%e3%81%9f%e3%81%82%e3%81%aa%e3%81%9f%e3%81%b8/ar-AAvmoA4?ocid=iehp#page=2

「最低でも3年は働き続けないと、どこにも転職できない」

 ブラック企業に入社してしまった人間を苦しめる、呪いの言葉です。この言葉を信じて、劣悪な環境で働き続ける若者が今も少なくありません。しかし、よくよく考えてみると一体どこの誰が「3年は辞めるな」という風習を作り出したのか、誰も知らないのです。

違和感に気が付いた入社式の言葉

 私は5年ほど前に就職活動を経験し、大学を卒業したのちに、とある商社に入社しました。リーマンショック後の「氷河期」だったこともあり、就職活動は非常に厳しく、面接を何十社も受けてようやく手にした内定でした。しかし入社してみると、その会社はいわゆる「ブラック企業」と呼ばれるものだったのです。

労働時間は長時間に及び、休日も関係なく出社することを強要されたにもかかわらず、残業代も手当も出ませんでした。もちろん、「有給」取得も許されません。どうしても有給を消化するのであれば、給与から1日あたり5000円を差し引かれます。「あれ、有給ってなんだろう」って感じじゃないですか。「これは何の5000円ですか」と経理の人間に尋ねても、明確な答えは返ってきませんでした。

「ブラック企業に入社してしまった」。入社して1週間も経つ頃には、先輩社員との会話や社内に漂う空気感から、そう確信しました。今思えば、入社式の日に初めて会長と顔を合わせた時には、すでに違和感に気が付いていたかもしれません。 「今の社長が辞めることが決まって、退職金を払わないといけなくなった。だから、お前らのためにお金を使うわけに行かねえんだよ」 入社初日に会長が発した衝撃的な言葉によって、「ここは普通の会社ではない」と凍りついたのです。

404NAME:2018/04/02(月) 21:16:56
会長の息子が「会社に内緒で、旅行に行こう」

 とはいえ、新入社員の自分には、どうすればいいのか分かりません。右も左も分からないけれど、「3年はこの職場で働き続けないといけない」ことだけは知っていました。「3年は続けないと、どこにも転職できないぞ」と、周りから耳にタコができるほど聞かされてきたからです。 しかし結論から言うと、私はその会社を5ヶ月で辞めました。直接の原因は、役員からの度重なるセクハラ・パワハラに耐えられなくなったためです。

入社して1ヶ月経った頃、役員のAから「会社に内緒で、旅行に行こう」と誘われました。Aは既婚者で、会長の息子。「さすがにそれは……」と断ろうとした私に、Aは「行きたいの? 行きたくないの? どっち?」と大声でまくしたてました。助けが求められない状況だったので、その場しのぎで「行きます」と言い、その日はなんとか逃げることができました。後日改めて「やはり、旅行には一緒に行くことができません」と断りを入れたのですが、これがきっかけでAの怒りを買ってしまいました。

「吉川には徹底して負荷をかけるように」

「Aさんの言いつけだから、ごめんね」 私を呼び出した所属部の部署長から、こう切り出されました。Aからの指示で、今後、私の業務量を他の社員よりも大幅に増やすこと。定時の退社を絶対に許さないこと。とにかく、「吉川には徹底して負荷をかけるように」と言われたことを伝えられたのです。

 この扱いには怒りを覚えましたが、勝気だった私は、同時に「なんとかこなしてやろう」と思いました。ここで弱音を吐くのは、パワハラに屈したようで嫌だったためです。朝、部署の誰よりも早く出社して仕事に取り掛かり、お昼休憩も取らず、夜遅くまで働く毎日が続きました。そこまでやってようやく、なんとか与えられた仕事をこなしていたのです。しかし、それを面白く思わなかったAは、さらに業務量を上乗せすることを部署長に命じました。この瞬間、私の心は折れてしまいました。

 今振り返れば、「もっと早く辞めていればよかった」と思うこともあります。5ヶ月間しかいなかった会社ですが、「なんて変な会社だ」という体験が書ききれないほどにあるのです。勇気ある新入社員が「どうしてこの会社は残業代が出ないのですか」と会長に直接質問をしたことがありました。これすごくないですか。新入社員の勇気ある行動に、その場にいた誰もが息を呑みました。そして恐る恐る様子を見守っていると、会長はおもむろに財布から1万円札を1枚取り出し、「今までの分だよ!!!」と怒鳴りながら、新入社員の頬に叩きつけました。いや、絶対足りねえからな、1万円じゃ。どうして1万円で済むと思ったんだよ。1万円札ビンタを食らった新入社員は当然、間も無く会社を退職しました。彼は賢明な判断をしたと思います。

そんなこんなで私が退職届を出す際、上司からはしつこく「会社に残ってほしい」、「せっかく新卒で入社した会社を退職するなんてもったいない」と言われました。しかし、「この会社に長くいてはいけない」と強く確信していたため、私の決心は揺るぎませんでした。退社することが決まってからは、他の社員から「裏切り者」扱いされましたが、もうすぐ苦痛から解放されることを考えれば、そんなことはどうでも良く思えました。

405NAME:2018/04/02(月) 21:17:29
面接官も「辞めて良かったね」

 さて、新卒で入った会社をすぐに辞めた私はどうなったでしょうか。 働きながら転職活動をするなんて器用なことができなかった私は、ブラック企業を辞めてから新しい会社を探し始めました。「きっと厳しい転職活動になるだろう」と社会の洗礼に身構えていましたし、新卒で入った会社よりも待遇が悪くなる可能性もあると思っていました。

 しかし、そんな覚悟をよそに、私はあっさり転職に成功しました。転職活動を始めてから1ヶ月ほど、2社目に面接を受けた会社でした。面接で「前の会社、どうして辞めたの?」と聞かれましたが、事情を話すと「それは辞めて良かったね」と面接官から言ってくれました。

転職先の職場では、よほどのことがなければ定時で上がることができましたし、残業があれば、その対価もしっかり支払われました。休日出勤を頼まれることはありましたが、きちんと休日出勤手当も出ましたし、代休を取ることも可能でした。さらに、社員に有給を消化させるための「長期休暇制度」が設けられており、全員が好きな時期に有給を取得できたのです。 それだけでも満足だったのですが、月給が転職前より5万円以上も上がりました。セクハラ・パワハラもない。どこからどう見ても「転職大成功」だと言えたのです。

先輩たちは、みんな「あの説」を口にしていた

 では、「あの説」は一体何だったのでしょうか。私以外にも、新卒で入った会社を1年以内に辞めた同世代の友人を多数見てきました。しかし、転職ができなかった友人、前職よりも待遇が悪い会社にしか就職できなかった友人は1人もいませんでした。

「最低でも3年は働き続けないと、どこにも転職できない」と言い出したのは誰でしょうか。誰が言い出し、誰が広めた噂なのでしょうか。答えは、「ブラック企業」だと思っています。 若手社員を囲い込んで、3年の間に「責任」を負わせ、会社を辞めづらくする。「違う業界への興味」を奪って、転職されるリスクをできるだけ下げる。「3年間は辞めるな」は、人員不足に陥っているブラック企業が新卒の社員を逃さないようにするための、常套句なのではないでしょうか。

 ブラック企業の先輩たちは、みんな「3年間は……」という言葉を口にしていました。先輩社員に「仕事が辛くてしょうがない」という相談をすると、決まって「新卒ですぐに辞めてしまった奴らは、今の会社よりも悪い待遇の会社にしか転職できなかったから、辞めないほうがいい」という答えが返ってきました。今の会社より悪い待遇の会社なんてそうそうないはずなのに、世間をよく知らない若者はそれを真に受けてしまう。そしてそれを聞かされてきた後輩たちが、今度は自分たちより年下の後輩に、また同じことを伝えていく。「会社をすぐに辞めると、必ず痛い目を見る」と、何の根拠もないアドバイスをすることが常態化する。こうやって、ブラック企業の中で悪循環が完成していたのです。

406NAME:2018/04/02(月) 21:18:43
ブラック企業で過ごす3年間は未来への糧になるか

 そもそも、大学卒業後の、23〜25歳の若くて貴重な時間をブラック企業のために費やすなんて意味がないと思いませんか。今思えば「忍耐力」がどうの、「適応力」がどうのだなんて、思考停止しているとしか思えません。過酷な環境で3年間も搾取されることを「経験」として評価するような会社なら、そこに転職してもきっと幸せにはなれないでしょう。

 しかし、今だからこのように考えるようになったものの、まだ若くて、ブラック企業で疲弊していた自分はこんな風に思えませんでした。誰かが言っていた「絶対に辞めるな」という言葉にとらわれて、「何とか1日でも長く会社にいなければならない」と思っていたのです。

もしブラック企業に入社してしまって苦しんでいる人がいれば、一度考えてみてほしいと思います。その会社は、人生の貴重な3年間を賭けてまで働き続けるべき会社ですか。自分がその会社で働き続ける理由が、しっかり見えていますか。 ブラック企業で過ごす3年間を、未来への糧にできるでしょうか。もちろん個人差はあると思いますが、「最低でも3年は働き続けないと、どこにも転職できない」だなんて悲観しないで、自分にとっての最適解を導き出してほしいです。 ブラック企業が、あなたの幸せを保証してくれることはありません。彼らは、労働力を搾取することしか考えていないのです。あなたの未来のことなんて、どうでもいいと思っているのです。それでも、その会社で働き続ける理由がありますか。

407NAME:2018/04/07(土) 22:16:24
25年太陽見せず「悪いことした」 息子監禁の父親、逮捕前取材で虐待否定
http://www.msn.com/ja-jp/news/national/%ef%bc%92%ef%bc%95%e5%b9%b4%e5%a4%aa%e9%99%bd%e8%a6%8b%e3%81%9b%e3%81%9a%e3%80%8c%e6%82%aa%e3%81%84%e3%81%93%e3%81%a8%e3%81%97%e3%81%9f%e3%80%8d-%e6%81%af%e5%ad%90%e7%9b%a3%e7%a6%81%e3%81%ae%e7%88%b6%e8%a6%aa%e3%80%81%e9%80%ae%e6%8d%95%e5%89%8d%e5%8f%96%e6%9d%90%e3%81%a7%e8%99%90%e5%be%85%e5%90%a6%e5%ae%9a/ar-AAvzPeP?ocid=iehp#page=2

40代の息子に20年以上、兵庫県三田市の自宅に隣接するプレハブ内の檻での生活を強いていたとして、監禁容疑で逮捕された70代の父親は、県警に任意同行される直前の7日午後、神戸新聞社の取材に応じていた。家の中で暴れる長男に耐えられなかったとする一方、「外に出て誰かを傷つけてはいけないとも思い、檻(おり)の中に入れた。仕方なかった」などと淡々と語った。 主なやり取りは次の通り。

 -長男を監禁したのはいつごろからか。 「1991年6月に大阪から今の家に転居してきた。その1年後ぐらい」 -監禁した理由は。 「当時は家の2階を長男の部屋とし、窓の内側に柵を取り付けて窓ガラスを割ったりしないようにしていた。でも、暴れて、壁や食器棚、窓を壊すなどして耐えられなかった。近所から迷惑だと怒られたこともあったし、もしも長男が外に出て誰かを傷つけてもいけないと考え、プレハブの中に檻を作って入れた。仕方がなかった」

 -福祉施設への入所は考えなかったのか。 「当初は施設に入れたいと思っていたが、今年1月に亡くなった妻が同意しなかった。引っ越してきてから約2年後には市の担当者と電話でやり取りもしたし、自宅にも来た。その時、もしかしたら何か指導を受けるのではないかと思ったが、施設の紹介などの対応は全くなかった。長男は1月に施設に入所した」 -檻の中でどのように生活を。 「2日間のうち半日、時間にすると約12時間は檻から出して食事を与え、風呂も入れていた。それ以外の36時間は檻の中にいた」

 -トイレはどのように。 「簡易トイレを部屋に置いていたが、なかなか使わなかった。部屋の中が汚物で汚れるので、毎回、妻が檻の下から手を伸ばして掃除していた。その光景が大変そうだったので、ふん尿を吸収するペット用のシートを敷いていた」 -部屋の温度管理は。 「当初はエアコンを設置していたが、ふん尿の臭いでエアコンが壊れ、3回も買い換えた。その後、夏場は扇風機のみ使用し、脱水症状を起こさないように冷えたペットボトルの水を渡していた。冬場はストーブで暖めていた」

-監禁や虐待の認識はなかったのか。 「虐待はしていない。食事も与え、風呂にも入れていた。確かに檻に入れたが、監禁しているとは思っていない」 -大阪府寝屋川市で昨年12月、プレハブに監禁されていた女性が死亡し、両親が逮捕された事件を知っているか。 「あの悲惨な事件とは全く違う。食事も与えて、風呂にも入れていたし、監視カメラで行動を確認するようなこともしていない」 -長男に対してどう思っているのか。 「檻に入れ始めたころは家族旅行に連れていくこともあった。檻の中に入れるのは仕方なかった。今となってみれば25年ぐらいの間、太陽の下に出してあげられず、少し悪いことをしたと思っている」

408NAME:2018/04/10(火) 14:26:14
暴言・マジギレ上等、高学歴モンスターの正体 豊田真由子元議員を例に、精神構造を分析
http://www.msn.com/ja-jp/news/opinion/%e6%9a%b4%e8%a8%80%ef%bd%a5%e3%83%9e%e3%82%b8%e3%82%ae%e3%83%ac%e4%b8%8a%e7%ad%89%ef%bd%a4%e9%ab%98%e5%ad%a6%e6%ad%b4%e3%83%a2%e3%83%b3%e3%82%b9%e3%82%bf%e3%83%bc%e3%81%ae%e6%ad%a3%e4%bd%93-%e8%b1%8a%e7%94%b0%e7%9c%9f%e7%94%b1%e5%ad%90%e5%85%83%e8%ad%b0%e5%93%a1%e3%82%92%e4%be%8b%e3%81%ab%ef%bd%a4%e7%b2%be%e7%a5%9e%e6%a7%8b%e9%80%a0%e3%82%92%e5%88%86%e6%9e%90/ar-AAvHgFq#page=2


昨今、一流大学を卒業しながら、問題を起こす人が後を絶ちません。秘書を罵倒した音声が流出し、選挙で落ちた豊田真由子元代議士。東北の台風被災地に長靴を忘れて現れ、職員におんぶされて視察し批判されるも、「長靴業界が儲かったのではないか」と発言した務台俊介元政務官。

 どうして彼らはこのような行動を起こしてしまうのでしょうか。本稿では『高学歴モンスター: 一流大学卒の迷惑な人たち』を刊行した精神科医の片田珠美氏が、高学歴で迷惑な人たちの精神構造や彼らからの攻撃を防ぐ方法を紹介します。

「この、ハゲーッ!!」という暴言で一躍有名になった豊田真由子前衆院議員。豊田氏は、中高は女子御三家の一角を占める桜蔭(おういん)を卒業し、東大法学部を経て旧・厚生省(現・厚生労働省)の官僚になり、自民党公認で衆院選に出馬して当選と輝かしい経歴だが、政策秘書を務めていた男性への暴言と暴行が報じられ、2017年6月に自民党を離党した。

 豊田氏は、高学歴なのにつまずく典型例のように見えるので、まず彼女の分析から始めたい。

強い特権意識

 豊田氏が激怒したきっかけは、彼女が支持者に送るよう事務所スタッフに指示していたバースデーカードにミスがあった事実が2017年5月18日に発覚したことである。豊田氏は翌19日、政策秘書の男性に「鉄パイプでお前の頭を砕いてやろうか!」「お前の娘にも危害が及ぶ」と罵(ののし)り、暴力を振るった。もっとも、バースデーカードの件は、この政策秘書自身のミスではなかったようだ。

 言い知れぬ恐怖を覚えた政策秘書は、その翌日から万が一に備えて豊田氏との車内の様子をICレコーダーで録音することにした。ICレコーダーに残されていた「この、ハゲーッ!」「違うだろーっ!」といった暴言は、インターネット上で公開されたうえ、テレビでも繰り返し流されて、すっかり有名になった。

 政策秘書への暴言と暴行が『週刊新潮』(2017年6月29日号)で報じられると、豊田氏は入院した。スキャンダルが報じられたとたん入院するのは、政治家の常套(じょうとう)手段のように見えなくもない。少なくとも、説明責任を放棄したという印象を私は受けた。

 一方、政策秘書には「顔面打撲(だぼく)傷」「左上腕挫傷(ざしょう)」などの診断書が出されており、豊田氏から暴行を受けたとして埼玉県警に被害届を提出した。それを受理した県警は、豊田氏から事情聴取し、その後傷害と暴行の疑いで書類送検した(結局、豊田氏は不起訴処分となった)。

 この一連の騒動を振り返って感じるのは、「自分は特別な人間だから、少々のことは許される」と思い込んで暴走する面が豊田氏にあることだ。こうした傾向は、秘書への暴言と暴行だけでなく、2014年4月に園遊会に出席した際に起こしたトラブルにも如実に表れている。

 園遊会に招待されるのは現職の国会議員と配偶者で、他の家族の同伴は認められていない。にもかかわらず、豊田氏は本来招待されていた配偶者ではなく、母親を入場させようとしたらしい。そのため、受付の職員が豊田氏に「招待者でない方は入場できない」と説明すると、豊田氏は大声を上げて抗議し、皇宮警察が出動する騒ぎになったという。

 これは、強い特権意識ゆえに「自分は特別有利な取り計らいをしてもらって当然の人間」だから、「普通の人に適用される規則は、自分には適用されない」と思い込んでいたからではないか。

 そう思い込んでも不思議ではないほど豊田氏の経歴は立派で、まさに「ピカピカの履歴書」をひっさげて衆院選に立候補し、当選したわけだが、それがかえってつまずきの石になったように見える。自分自身の経歴や肩書を過大評価し、特権意識の塊のようになって暴走した挙げ句つまずくのは、高学歴エリートにありがちな話である。

409NAME:2018/04/10(火) 14:27:21
想像力と共感の欠如

 豊田氏が政策秘書に暴言を吐いたり、暴力を振るったりしたのは、自分自身の言動が相手にどんな影響を与え、どんな反応を引き起こすのか、想像できないからではないか。また、相手の気持ちを認識しようとせず、痛みに共感できないことが、人を人とも思わない暴言を吐く一因のようにも見える。

 豊田氏は、気性の激しさから、永田町では「第二の田中真紀子」と呼ばれていたらしい。「人間には3種類しかいない。家族、使用人、敵」(「朝日新聞」2001年6月7日付)という名言を吐いた田中氏と同様に、人間を3種類に分類していたのかもしれない。だとすれば、豊田氏にとって、秘書は使用人のカテゴリーに入っていたはずで、使用人には何を言っても、何をやっても許されるという驕(おご)りが暴言や暴行を生み出した可能性もある。

 このように周囲の人間を3種類に分けて対応すると、上にへつらい、下に厳しくなる。言い換えれば、外面(そとづら)が良く、内面(うちづら)が悪いわけだが、それを示す音声データを『週刊新潮』が公開している。
「役立たず、この!」「何時から回ってるのかも知らないんですか!」などとドスのきいたガナリ声で政策秘書に対してわめいた直後、第三者との電話では乙女のような猫撫(ねこな)で声に豹変(ひょうへん)する。そして、「会長おはようございます〜。どうも〜、昨日はありがとうございました〜。うん、留守電聞きました〜。ありがとうございました〜。えっと、14時からスタートですよね? いたほうがよいですかしら?」と丁寧に話す。

 ところが、「猫撫で電話」を終えると再び豹変し、政策秘書に対して「(豊田氏の訊(き)いたことに対して)イエスかノーだよ!」と絶叫する。

 この豹変から浮かび上がるのは、使用人にすぎない秘書の心情など想像するには及ばないし、その痛みに共感する必要もないという傲慢(ごうまん)さである。こうした傲慢さは、豊田氏に限らず、高学歴エリートにしばしば認められる。それが、ちょっとした言動に表れて、反感を買うことも少なくない。

410NAME:2018/04/10(火) 14:27:55
現実否認

 豊田氏は、報じられた暴言や暴行について、否認することで切り抜けようとしたように見える。

 まず、政策秘書に「お前の娘がさ、通り魔に強姦されてさ、死んだと。いや犯すつもりはなかったんです、合意の上です、殺すつもりはなかったんですと。腹立たない?」と発言したことについて、『週刊新潮』の取材に対し、「『お前の娘が通り魔に強姦されて死んだらどうする』といったような発言はしておりません」と、文書で明確に否定した(『週刊新潮』2017年6月29日号)。録音データはないと高を括(くく)っていたのかもしれないが、録音された音声がしっかり残っている。

 また、『文藝春秋』(2017年10月号)に掲載された独占告白を読んで、現実否認と自己正当化に終始している印象を私は受けた。

 たとえば、政策秘書への暴言と暴行は、〈私が積み重ねてきた地元の方々との信頼関係が次々と崩されていってしまう〉ことへの〈恐怖〉で、〈パニック状態に陥ってしまった〉せいだという。そして、その様子が収められた〈録音を聞くと、自分でも茫然としてしまいます〉と弁明している。
さらに、〈Aさん(政策秘書を務めていた男性)は幾度となく、『わざとではないか』と思えるほど失敗を繰り返していました〉〈追い討ちをかけるようなAさんの失敗が続いた〉などと述べている。

 したがって、告白記事で豊田氏は、「政策秘書はミスを繰り返していた。そのため、堪(こら)えきれず、〈パニック状態〉になって、つい暴言を吐き、暴力を振るってしまった。だから、私は悪くない」のであり、自分のほうこそ“被害者”だと主張しようとしたように私の目には映った。もっとも、このような主張が果たして受け入れられるのか、はなはだ疑問である。

 というのも、豊田氏の事務所を辞めた元秘書たちが反論しているからだ。以下『週刊新潮』2017年9月21日号から引用する。まず、豊田氏が 〈私は、今回のような形で叱責をすることはこれまで決してありませんでした〉と告白したことに対して、被害に遭った政策秘書とは別の元秘書が、
「私も『なんで、裏道を調べておかないんだっ!』と詰(なじ)られ、『あなたの人生、勘違いばっかりじゃない!』とバカにされたことがある。何人もの元秘書が、豊田による罵倒(ばとう)を経験しています」
と証言している。

 また、豊田氏が告白記事で〈(『週刊新潮』に)「秘書が100人辞めた」と書かれていますが、お辞めになられたのは公設・私設あわせて15名程度です〉と述べたことについても、元秘書の1人が、「私が秘書をしていたのは2カ月ほどですが、その間にいた、私を含めた5人の秘書全員が今はいません」と証言している。別の元秘書も、「私が見た範囲では、半年で20人は事務所を辞めています」と証言している。

 こうした証言が事実とすれば、豊田氏は5年近く衆院議員を務めていたのだから、「秘書が100人辞めた」というのは決して誇張ではないと思われる。それでも、豊田氏は、あくまでも週刊誌報道を否認し続けることによって、難局を乗り切ろうとしたわけである。

 自分の主張に対して元秘書をはじめとする周囲の人々が反論するかもしれないとか、“嘘(うそ)つき”と非難されるかもしれないとは考えなかったのかと、首をかしげざるをえない。もっとも、自分にとって都合の悪い事実を突きつけられると、とりあえず否認するのが人間という生き物である。

 というのも、否認は、アメリカの精神科医、エリザベス・キューブラー・ロスが見抜いているように、「不快で苦痛に満ちた状況に対する健康的な対処法」にほかならないからだ。否認には、「予期しないショッキングな知らせを受けたときにその衝撃をやわらげる」機能がある。したがって、困難な現実に直面すると、最初は誰でも多かれ少なかれ「否認によって自分を落ち着かせ、時間が経(た)つにつれ、別のもっと穏やかな自己防衛法を使うようになる」(『死ぬ瞬間―死とその過程について』)。

411NAME:2018/04/10(火) 14:29:42
否認は一時的な自己防衛にすぎない

 重要なのは、否認はあくまでも一時的な自己防衛にすぎないということだ。時間稼ぎと言ってもいいかもしれない。ところが、中には、ある程度時間が経っても、否認し続けようとする人がいる。こういうタイプは、豊田氏のような高学歴エリートに比較的多いように見受けられる。

 これは、3つの理由による。まず、高学歴エリートほど失うものが大きく、喪失不安が強い。それゆえ、自己保身のために否認し続けようとする。豊田氏も、暴言や暴行の事実を認めてしまうと、議員辞職に追い込まれ、自分自身のプライドを支えていた衆院議員の肩書を失うのではないかと危惧(きぐ)した可能性が高い。

 また、自己愛の傷つきを恐れるあまり、目の前の現実をどうしても受け入れられず、錯誤に陥りやすい。ときには、「〜だったらいいのに」という願望をあたかも現実のように思い込む「幻想的願望充足」の状態になることもある。そのため、否認し続けると、かえって状況が悪化しかねないのに、それを認識できず、合理的な判断ができなくなる。

 さらに、なまじ頭が良く、弁も立つだけに、否認し続けていれば周囲も信じてくれるはずと思い込みやすいことも重要な要因だろう。つまり、自分自身の能力を過信しているからこそ、否認し続けるのだ。もっとも、それがかえって怒りや反感を買うことは、豊田氏を見れば一目瞭然である。

 豊田氏は、約3カ月の入院を経て、9月18日に謝罪会見を開いた。その後、衆議院が解散され、10月6日に「志を断ち切りがたく、もしチャンスをいただけるなら、地域、国のために働きたい」と衆院選への出馬を正式に表明した。

 地元の支援者から「もう一回頑張れと励ましの声をいただいた」ということだが、自民党を離党していたので、無所属での出馬になった。しかも、自民党が公認候補を擁立したため、厳しい選挙戦になり、落選した。

 これは、予想どおりの結果である。秘書への暴言と暴行だけでなく、園遊会での騒動や数多くの秘書の退職なども報道されて、豊田氏の評判は地に落ちたと言っても過言ではない。たとえ優秀でも、こういう人物が国会議員を続けるのはいかがなものかという声も少なくなかった。したがって、解散総選挙での当選の可能性は限りなくゼロに近いというのが大方の見方だったのではないか。

 それでも豊田氏が立候補したのは、良く言えば、どんなに厳しい状況でも、くじけず、へこたれず、挑戦して戦うという姿勢の表れだろう。だが、悪く言えば、状況判断が甘いということになる。

 このような状況判断の甘さも、高学歴エリートにときどき認められる。「あんなに優秀で、経歴も立派なのに、なぜ状況判断が甘いのか」と驚くことも少なくない。これは、2つの理由によると考えられる。

 まず、過去の成功体験があるだけに、「今度もうまくいくはず」と楽観的に考えてしまうことが大きい。また、しばしば自分自身の能力を過大評価しており、「自分は何でもできるはず」と万能感を抱いていることにもよるだろう。

 いずれにせよ、自分で自分が見えなくなる。その結果、過酷な現実に直面して、自己愛の深刻な傷つきに見舞われることも少なくない。それでも、現実否認と自己正当化を続け、周囲の失笑を買うことさえある。

412NAME:2018/04/10(火) 14:30:56
自覚の欠如

 『文藝春秋』に掲載された豊田氏の告白を読むと、徹頭徹尾「政策秘書にとんでもないミスを連発されて、こんな結果になってしまった。私は悪くない」と自己正当化している印象を受ける。

 これは、自分自身の言動が相手を激しく傷つけたという自覚がないからではないか。豊田氏は、自分のほうこそ“被害者”だと主張したいのではないかと勘繰らずにはいられない。

 こうした自覚の欠如は、少なくとも2つの面で認められる。「衝動コントロールの未熟さ」と「精神的な幼児性」である。

 まず、衝動コントロールの未熟さは、豊田氏が怒りと攻撃衝動をコントロールできず、暴言を吐いた相手がこの政策秘書だけではないという事実に端的に表れている。2012年12月に初当選した衆院選の期間中から暴言がひどく、何度も「ぶち切れていた」らしい。

 このように衝動のコントロールができず感情的になる一因に、先述の強い特権意識がある。自分は少々感情的になっても許されると思い込んでいると、歯止めがきかず、暴走しやすいからだ。また、先述の想像力と共感の欠如のせいで、自分が感情的になって吐く言葉が相手をどれだけ傷つけるかに思いが及ばないこともあると考えられる。

衝動コントロールができない代議士は少なくない

 こうした傾向は、豊田氏に限らず、特権的な立場にいるエリートにしばしば認められる。豊田氏のふるまいについて、自民党の河村建夫元官房長官は、「あれはたまたま彼女が女性だから、あんな男の代議士なんかいっぱいいる。あんなもんじゃすまない」と発言して、物議を醸したが、さもありなんという感じである。特権意識が強く、想像力と共感が欠如しているせいで、衝動コントロールができない代議士は少なくないと推測される。
ただ、豊田氏の場合、すさまじい暴言で政策秘書を罵倒し、暴力まで振るっているので、精神科医としては「間欠爆発症」の可能性も疑わざるをえない。

 「間欠爆発症」は、攻撃衝動を制御できない衝動制御障害の一種であり、激しい口論や喧嘩、他人への暴力や器物の破壊などを繰り返す。しかも、攻撃性の爆発は、きっかけとなるストレスや心理社会的誘因と釣り合わないほど激しい。おまけに衝動的で計画性がない。

 「これくらいのことであんなに怒るなんて信じられない」と周囲から言われる人はどこにでもいて、「かんしゃく持ち」などと陰口を叩(たた)かれる。おそらく、豊田氏もそう言われてきたのではないか。

 それでも、これまで許容されてきたのは、豊田氏がきわめて優秀で、エリートコースまっしぐらだったので、周囲が大目に見た、もしくは注意するのをためらったからだろう。 あるいは、周囲から注意されても、豊田氏が「優秀なこの私に向かって…」などと反発したとか、聞く耳を持たなかった可能性も考えられる。いずれにせよ、衝動コントロールができないまま年齢を重ねたという印象を受ける。

 その自覚が豊田氏にまったくなさそうに見えることが、何よりも問題だと私は思う。これだけ秘書に暴言を繰り返し、暴力まで振るったのが事実とすれば、「間欠爆発症」の可能性がかなり高いが、その自覚があるとは到底思えない。

 さらに、豊田氏は、自らの精神的な幼児性についても自覚していないように私の目には映る。というのも、政策秘書への暴言と暴行が白日の下にさらされようとしていた2017年6月、豊田氏が脈絡なく突然、幼い頃に戻ったかのような幼児言葉で、嗚咽(おえつ)を交えながらわめき始めたと報じられたからである。

 「怖いよおー」「ママー、ママー」「ママごめんなさい、ごめんなさいママ。ううう、ママーっ!」「まゆ(豊田氏自身)が悪いの、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、うううー」

 その場に豊田氏の母親はいなかったにもかかわらず、40歳を過ぎた大人が突然「ママー」などと言い出したわけで、これを精神医学では「退行」と呼ぶ。退行とは、平たく言えば赤ちゃん返りである。自らに降りかかった事態が自分では手に負えず、対処しきれないと、子どもに戻って大目に見てもらおうという心理メカニズムが無意識のうちに働いて、こういう反応を起こす。

413NAME:2018/04/10(火) 14:35:55
退行を起こしやすい人の特徴

 退行を起こしやすい人は、一般に多くの人々が認める現実、すなわち「客観的現実」よりも、本人が心の中でそう思い込んでいる「心的現実」を重視する傾向が強い。つまり、自分にとって都合が悪く、耐え難い客観的現実を認めたくないので、「自分は悪くない」「自分のほうこそ被害者だ」という心的現実に逃げ込もうとする。

 豊田氏も、政策秘書への暴言と暴行が報じられそうになり、政治生命の危機に直面したため、耐え難い客観的現実から心的現実に逃げ込もうとしたのではないか。

 このように豊田氏には衝動コントロールの未熟さと精神的な幼児性が認められるが、いずれについても自覚していないように見える。これは、2つの理由によると考えられる。まず、自己愛が強いため、自分自身に未熟で幼児的な部分があることを受け入れられない。また、輝かしい学歴と経歴の持ち主なので、周囲がなかなか注意できず、結果的に許容してきたことにもよるだろう。

 いずれにせよ、豊田氏の自覚の欠如が、暴言と暴行に歯止めをかけられなかった重要な要因であることは疑いない。

414NAME:2018/04/10(火) 14:52:35
真面目な組織人ほど「うそ」や「不正」に走りやすい理由
http://www.msn.com/ja-jp/news/opinion/%e7%9c%9f%e9%9d%a2%e7%9b%ae%e3%81%aa%e7%b5%84%e7%b9%94%e4%ba%ba%e3%81%bb%e3%81%a9%e3%80%8c%e3%81%86%e3%81%9d%e3%80%8d%e3%82%84%e3%80%8c%e4%b8%8d%e6%ad%a3%e3%80%8d%e3%81%ab%e8%b5%b0%e3%82%8a%e3%82%84%e3%81%99%e3%81%84%e7%90%86%e7%94%b1/ar-AAvH9Pp#page=2

4月8日、『ワイドナショー』(フジテレビ)を見ていたら、ダウンタウンの松本人志さんが、大相撲春巡業中に土俵内で救命措置を行っている女性に対して、「女性の方は土俵から降りてください」とアナウンスした行司について、こんなことを言っていた。 「彼もかわいそうやなと思う。日本国中に叩かれちゃってて。ちょっと真面目すぎたんですよ。真面目がゆえに、こうなっちゃってるんですよ」

 ネットではいろいろな意見があるようだが、この言葉は今回の問題だけにとどまらず、相撲協会の一連のゴタゴタにもあてはまる「本質」を突いている。あの組織は真面目がゆえ暴行事件にフタをして、真面目がゆえ協会の秩序を乱した貴乃花親方を袋叩きにしたのだ。

 ワケわからんことを言うなと思うかもしれないが、実はこの「真面目」というのは今、日本で起きている組織の腐敗、不正行為などのすべてに相通じる「病」である。最近の官僚の不正行為、少し前に続発したデータ改ざん問題などすべて組織にいる人々が「真面目がゆえ」に起きたという側面もあるのだ。

 神戸製鋼でも、日産でも、三菱自動車でも、データ改ざんなどに関わったのはみな真面目な現場の技術者だ。不正会計を行って大きな批判にさらされた経営陣も、部署の数値をかさ上げした中間管理職も、みな会社の未来を真剣に憂いていた真面目な東芝マンたちだった。

 マスコミや野党が「史上最大の犯罪」だと大騒ぎしている森友問題でも、佐川・元財務省理財局長も真面目だからこそエリートコースを進むことができたわけだし、その周りで改ざんや口裏合わせに奔走した職員たちも、みな真面目な公僕だ。

 つまり、周囲からも犯罪者扱いされ、三度のメシより不正が好きみたいな人が組織の不正や不祥事をひき起こすケースというのはかなりまれで、ほとんどはその組織内で与えられた仕事を、愚痴をこぼすことなく黙々と取り組むような「真面目な組織人」たちが、不正に手を染めたり、社会から大ヒンシュクを買うような不祥事を起こしたりというパターンが圧倒的に多いのである。

415NAME:2018/04/10(火) 14:54:01
●「思考停止」のワナに陥りやすい

 筆者もこれまで報道対策アドバイザーとして、さまざまな組織で不正、不祥事、改ざんなどが起こるメカニズムを検証させていただく機会があったが、それらを振り返ってみても、中心的な役割を果たしていたのはほぼ例外なく、真面目な組織人だった。

 なんてことを言うと、「こいつは真面目に働く人間をバカにするのか!」「日本人の美徳をディスるなんてこの反日ヤローめ!」という怒声が360度から聞こえてきそうなので、断っておくと、筆者は「真面目」が悪いと言っているわけではない。

 自分の信念、倫理、哲学、美学に対して忠実な人というのは道を誤ることは少ない。自分の中で常にこれは正しいのか、正しくないのかと自問自答しながら生きているからだ。そういう「真面目に生きている人」ではなく、組織というものに対してのみ真面目になっている人がヤバいと申し上げているのだ。

 真面目な組織人というのは往々にして、「思考停止」のワナに陥りやすい。もっとも分かりやすいケースは、元ナチス親衛隊幹部として、多くのユダヤ人虐殺に関わったアドルフ・アイヒマンである。人間と思えぬ残虐行為を指揮し、「悪魔」「怪物」と恐れられた男は自らの罪を問われた法廷でこのように述べた。

 「命令に従っただけだ」

 世界は姑息な責任逃れだと批判したが、『全体主義の起源』という歴史的名著のなかで、ナチズム台頭のプロセスを細かに研究してきたユダヤ人哲学者、ハンナ・アーレントはまったく異なるものの見方をした。アイヒマンの思考停止を象徴する発言だと指摘し、この「悪魔」や「怪物」と評される男を「自分で考えることをせずに命令だけを完遂する小役人」と分析したのだ。

 ユダヤ人社会はアイヒマンを擁護したと思って猛烈なバッシングを行ったが、実は彼女が言いたかったのはそういう上っ面の話ではない。アイヒマンのようなどこにでもいる真面目な組織人は、組織や上司への絶対的な忠誠を誓うあまりに、自分の頭で物事を考えることを放棄してしまう。

 そのような思考停止状態の人間は危ない。組織から命令されれば、どんなモラルの欠けた行為や、身の毛もよだつ残虐行為であっても、機械的に実行してしまうからだ。つまり、「悪魔」や「怪物」は、真面目な人が「歯車」になることで生まれるのだ。この「悪の陳腐さ」という、文明社会の普遍的かつ、構造的な問題を世に投げかけたかったのだ。

416NAME:2018/04/10(火) 15:13:52
●組織内ルールが「思考」に勝ってしまった

 アーレントの問題提起から50年以上が経過したが、この真面目な組織人が、真面目さゆえに引き起こす「陳腐な悪」という問題を、我々日本社会はまだ克服できていない。というより、終身雇用制度の弊害でよりおかしな方向へとこじらせている。 その症状が重くなって、いよいよ覆い隠せなくなってきたのが、日本相撲協会なのだ。

 ご存じのようにこの組織に身を投じた者は、「伝統」や「しきたり」を重んじなくてはいけない。それは言い方を変えると、古くから続いているルールは問答無用で守る、としつけられるということなので、他の組織より思考停止に陥りやすい。つまり、「プチ・アイヒマン」とも言うべき、思考停止に陥った人々があふれているのだ。

 相撲界の発展のために尽力している真面目な人たちをナチスの戦争犯罪人と重ねるなんて侮辱だと相撲ファンからこれまたすさまじい抗議が殺到しそうだが、残念ながら今回の救命処置騒動が、協会の思考停止体質をこれ以上ないほど分かりやすく示している。

 若い行司の方は、頭に刷り込まれている「女人禁制」というルールや、周囲の相撲ファンからの指摘で脊髄反射でアナウンスしてしまった。もし彼がアイヒマンのように社会からつるし上げられるようなことがあれば、きっとこう釈明するはずだ。 「伝統に従っただけだ」 組織人としては真面目だが、「倒れている人をどう救えるのか」ということに関してはまったく思考を巡らせていない。 組織内ルールが「思考」に勝ってしまったのだ。また、このような思考停止は、トイレ発言が叩かれている春日野巡業部長にもあてはまる。

 問題のアナウンスがなされたとき、トイレに行っていて会場にはいなかったとして、「想定外の出来事でビックリした。(アナウンスも)聞こえなかった」(日刊スポーツ 4月5日)とコメントした春日野親方だったが、その後、騒動時に画像から会場内にいたことが明らかになった。

417NAME:2018/04/10(火) 15:18:26
●相撲協会は「考えることを放棄した」

 ネット上では、責任を逃れるためのうそだと厳しく批判されているが、筆者はこれも真面目な組織人がゆえの「陳腐な悪」に過ぎないと思っている。 あれが巡業部長の責任ということになれば、相撲協会は何をしているんだ、ということになりまたしても大騒ぎになる。しかし、「私も驚いたんですけど、若い行司がどうもテンパっちゃって」で済ませておけば、「相撲協会は女性差別などしません。再発防止に務めます」みたいなコメントでどうにかお茶をにごすことができる。

 つまり、トイレ発言は、自身の保身もさることながら、不祥事続きの相撲協会がこれ以上叩かれないように、という「組織防衛」の意図があったことが容易に想像できるのだ。 「意図」と聞くと、ちゃんと考えているじゃないかと思うかもしれないが、頭を働かせているのは「組織を守る」という一点のみで、世の中の人々に対して誠実な説明なのか、スケープゴートにされた行司はどんな思いなのか、など最も大事なところに関してはゴソッと思考が抜けているのだ。

 このように相撲協会を「考えることを放棄した組織」だととらえると、最近の一連の騒動をすべてクリアに読み解くこときる。 3横綱が密室で、メキメキと頭角をあらわしてきた若手をリンチした。殴られる理由も説教される理由もない被害者の声に耳を傾ければ、横綱たちの組織犯罪に対して、徹底的な調査をするのが健全な組織だが、ご存じのように、お手盛りの第三者調査でサクッと幕引きをした。

 そこに対して納得いかないので、身をもって異を唱えたのが、貴乃花親方だったが、「理事なのに協会に協力しないとは組織人失格」「何度も家を訪ねたが返事がない」など本筋ではない部分を袋叩きにして、しまいには弟子の不祥事にかこつけて完全にスポイルした。

 そう聞くと、八角理事長やら相撲協会理事たちを悪人のように断罪しているように聞こえるかもしれないが、これもアイヒマンとまったく同じである。 「相撲ジャーナリスト」を名乗る方たちや、相撲記者クラブ在籍ウン十年みたいな評論家のオジサンたちが擁護するように、彼らは相撲界の発展を心から願い、相撲協会という組織に尽くそうとしている真面目な組織人だ。

 だからこそ、「横綱は品行方正な人格者」という組織内論理に盲従して思考が停止してしまうのである。なにも考えていないので、一般社会からすると耳を疑うような言動も平気で行う。臭いものにフタをしているようにしか見えない、ずさんな対応もしれっとできてしまうのだ。

●「思考停止型組織」の恐ろしいところ

 そして、このような相撲協会の「思考停止体質」を実は最も象徴しているのが、何をかくそう、貴乃花親方だ。親方は、愛弟子が暴行を働いて「一兵卒として出直す」と述べた。 一兵卒というのは、上の命令は絶対で、何も考えずに任務を遂行する。「死ね」と言われれば、死ぬ存在だ。つまり、あれは「もう私はなにも考えません」と言っているのだ。あれほど組織にたてついた人物が、こうも分かりやすく陥落する。これが「思考停止型組織」の恐ろしいところだ。

 こういうカルチャーを変えないことには、どんなに再発防止策をしても、同じような不祥事が繰り返される。 今回の騒動を受けて、相撲協会では土俵内で不測の事態が起きた際のマニュアルを整備するとか言っていたが、こういう教条主義は「思考停止」にさらに拍車をかける。 残念ながら、相撲協会のゴタゴタはさらにひどくなっていきそうだ。(窪田順生)

418NAME:2018/04/16(月) 14:41:59
スタバで友人待っていた黒人客2人逮捕、CEOが謝罪 米
http://www.msn.com/ja-jp/news/world/%e3%82%b9%e3%82%bf%e3%83%90%e3%81%a7%e5%8f%8b%e4%ba%ba%e5%be%85%e3%81%a3%e3%81%a6%e3%81%84%e3%81%9f%e9%bb%92%e4%ba%ba%e5%ae%a22%e4%ba%ba%e9%80%ae%e6%8d%95%e3%80%81ceo%e3%81%8c%e8%ac%9d%e7%bd%aa-%e7%b1%b3/ar-AAvV7qQ?ocid=iehp#page=2

【AFP=時事】米東部ペンシルベニア州フィラデルフィア(Philadelphia)にあるコーヒーチェーン大手スターバックス(Starbucks)の店舗で、黒人の男性客2人が友人を待っている間に逮捕される出来事があった。その様子を写した動画が拡散し、ソーシャルメディアでは非難が噴出。同社のケビン・ジョンソン(Kevin Johnson)最高経営責任者(CEO)が謝罪に追い込まれる事態になった。

問題の動画はツィッター(Twitter)に12日に投稿され、これまでに数百万回再生された。米人気ヒップホップグループ、ザ・ルーツ(The Roots)のドラマー、クエストラブ(QuestLove)さんが「黒人がスターバックスで待っているのは犯罪なのか」と批判するなど広範な反発を招いた。

 ジョンソンCEOは声明で「非難されるべき結末」になったとして男性2人に「心からのおわび」を表明。調査を行い、再発防止に向けて「必要な変更」をすると約束した。「スターバックスは差別や(人種によって対象を絞って捜査する)レイシャル・プロファイリングには断固反対する」とも強調した。

 自身も黒人であるフィラデルフィアのリチャード・ロス(Richard Ross)警察本部長によると、スターバックスの店舗従業員は、2人が店内の席に座ったが注文するのを拒否したため、不法侵入だとして緊急通報した。駆け付けた警官らは2人に退去を「丁寧に」求めたが、最終的に逮捕することになったという。 2人はスターバックスが告訴しないとしたため釈放された。

419NAME:2018/04/18(水) 00:01:07
「仕事ができないヤツ」の部屋、5つの特徴。窓をずーっと拭いてないetc...
http://www.msn.com/ja-jp/news/opinion/%e3%80%8c%e4%bb%95%e4%ba%8b%e3%81%8c%e3%81%a7%e3%81%8d%e3%81%aa%e3%81%84%e3%83%a4%e3%83%84%e3%80%8d%e3%81%ae%e9%83%a8%e5%b1%8b%e3%80%815%e3%81%a4%e3%81%ae%e7%89%b9%e5%be%b4%e3%80%82%e7%aa%93%e3%82%92%e3%81%9a%e3%83%bc%e3%81%a3%e3%81%a8%e6%8b%ad%e3%81%84%e3%81%a6%e3%81%aa%e3%81%84etc/ar-AAvXXgx?ocid=iehp#page=2

新年度が始まり、新たに新居を構えた人も多いだろう。人間にとって衣食住は欠かせぬが、食はもちろんのこと、「住」も人の精神や肉体に大きな影響を与える要素だ。今現在、ヤバイ部屋に住んでいる人はその改善を、いまはまだ問題ない部屋に住んでいる人はそうならないように、これから語る事例で学んでもらいたい。

◆無駄な思考をさせる部屋は仕事をダメにする

 空間心理カウンセラーの伊藤勇司氏は、部屋から受ける心理状態がビジネスの成否にかかわると話す。
「まずは玄関。家を出るときに靴が散らかっていると、仕事でも乱雑な判断をしてしまいがちになります」
 そこで仕事で履く以外の靴を靴箱にしまう行動が、内面に変革をもたらすという。
「スティーブ・ジョブズが毎日同じ服を着ていたように、生活をシンプルにすると余計な思考がなくなり適切な判断力が養われます」

 また、仕事のキャパと関係するのが窓の汚れ。
「窓のような、あまり手が届かないところを放置するのと日頃から最低限のことしかやらない姿勢は直結します」
 また、研究者でもないのに溢れるほどの本がある場合は「頭でっかちで行動しない人間になりがち」。
 大ベストセラーとなった『もしドラ』の生みの親で、「ヘヤカツ」を提唱する岩崎夏海氏も、部屋の整理をきっかけに仕事がうまくいき始めたという。

「売れなかった時期の部屋といえば、寝室にまで大量の本が溢れ、死蔵品まみれ。そんな郊外の家から、必需品だけを持って都内に引っ越してからは、“いつか片付けなきゃ”という微細なストレスから解放され、前だけを向くようになりました。『もしドラ』の企画が浮かんだのはその翌年ですね」

 何よりも説得力のある言葉だ。

「特に企画系の仕事は、記憶よりも適切なことを適切なときに思い出すことのほうが重要で、それは部屋の中で探し物を見つけるのに似ている。脳をそういう状態につくるためには、部屋から無駄を省くのが大事。『いつか使うかも』というモノは絶対に使わないので、今すぐ捨てましょう」

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<仕事ができない人にありがちな部屋>

●汚い玄関、汚い窓
玄関と窓はデキる人のバロメーター。玄関が靴だらけだと、迷信抜きで一日のスタートを気持ちよく迎えることができない、窓が汚れているのを放置する姿勢は、仕事への詰めの甘さにも繋がる

●机の上に業務とかけ離れたものがある、使っている机に小物が散乱
机の上の小物や、使っていない文具は判断力を鈍らせる。

●「過去の栄光」関連
賞状やトロフィーなどをすぐに見える位置に飾っている人ほど、人生の岐路に立ったときに下降してしまう傾向が

●死蔵品が多い
いつの間にか増えてしまうクリアファイルや、使っていない文房具などを溜めこむ姿勢が、挑戦心をくじく

●本棚が自己啓発本でぎっしり
本棚には自己評価のパターンが如実に表れる。特に、自己啓発本で埋め尽くされている場合は現在の自分を過小評価し、ないものねだりをしている状態。デキるようになりたいなら、本棚を見直そう

部屋の細部への姿勢は仕事への姿勢を表す。死蔵品は思考を過去に戻し、読まない大量の本は理屈ばかりで行動できない自分を肥大させる。部屋に溢れ返るモノは同じく脳内をも占拠し、アイデアの源泉を阻害する。〈取材・文/週刊SPA!編集部〉

【伊藤勇司】空間心理カウンセラー。部屋と心の相関性に着目し、1000軒以上の現場をもとに空間心理理論を確立。著書に『部屋は自分の心を映す鏡でした。』(日本文芸社) 【岩崎夏海】作家。小説『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』(ダイヤモンド社)が280万部を突破 ※『週刊SPA!』4月17日発売号「住んではいけない! 人生がダメになる部屋」より


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