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琉球王国

64NAME:2017/02/24(金) 23:44:41
「辛淑玉氏の抗議行動は言論弾圧」「ニュース女子」出演の沖縄県民らが会見 基地反対派の「暴力動画」に息をのむ会場
2017.2.24 17:35更新
http://www.sankei.com/affairs/news/170224/afr1702240036-n1.html

東京新聞の長谷川幸洋論説副主幹が司会を務める東京MXテレビ「ニュース女子」の番組内容が虚偽の内容にあたり、自身の名誉を毀損(きそん)されたとして、市民団体「のりこえねっと」の辛淑玉(シン・スゴ)共同代表が放送倫理・番組向上機構(BPO)放送人権委員会に番組内容の審議を申し立てたことについて、沖縄県民として同番組に出た「琉球新報、沖縄タイムスを正す県民・国民の会」代表運営委員の我那覇真子(がなは・まさこ)さんらが24日、東京都内で会見し、「辛淑玉氏らの行為は言論弾圧だ」と批判した。

 我那覇さんら沖縄県民3人は、同番組にインタビュー映像で登場。この日の会見で、我那覇さんは「辛氏には公開討論を申し入れたが、回答期限を過ぎても連絡がない」とし、「人権を悪用してMXテレビを弾圧し、人身攻撃をしている」と批判した。

 会見に出席したタレントで弁護士のケント・ギルバート氏は「沖縄に行けばこうした事態はすぐに目につく。なぜメディアは報じないのか」と憤った。

 会見中には、沖縄平和運動センター議長の山城博治被告(64)=器物損壊などの罪で起訴=らが沖縄防衛局職員に暴行する場面、米軍関係者の車を取り囲んで「米軍、死ね」と何度も罵声を浴びせる場面などの動画も流された。

65NAME:2017/06/24(土) 14:28:37
今年も慰霊とはかけ離れた光景が繰り広げられた… 沖縄全戦没者追悼式に飛び交う怒声 「再び沖縄県民は死ぬんだぞ!」「安倍は帰れ!」
2017.6.23 22:13更新
http://www.sankei.com/politics/news/170623/plt1706230057-n1.html

沖縄県糸満市の平和祈念公園で23日に開かれた沖縄全戦没者追悼式の会場周辺では、反米軍基地運動の活動家らが押しかけ、式典の最中も緊迫した空気が漂っていた。毎年のように続く「慰霊」とかけ離れた光景。先の大戦で家族や友人を亡くした遺族の「静かに慰霊をさせてほしい」という思いは、今年も心ない怒声に踏みにじられた。(今仲信博)

 「われわれは沖縄県民のためにやっているのに、それをぶちこわすのか!」 「警察官が暴力をふるいますよ!」 23日午前10時45分頃。追悼式会場の入り口近くの交差点で、反基地活動家の男女3人が場所の移動を促した沖縄県警の警察官に大声をあげていた。 そのうちの一人で、県外から来たという初老の男性会社員は、さらに若い警察官に向かって「再び沖縄県民は死ぬんだぞ。世界中の戦争がここから始まるんだぞ!」と叫んだ。香川県から来た60代の無職男性は記者に対し「あの警察官は制服を着てソフトモードだけど、本質は戦闘服を着てるんだから」と意味不明の持論を展開した。

 炎天の下、交差点には約60人が集まった。「辺野古新基地NO」「すべての米軍基地を撤去せよ」などと書かれたプラカードを手にした参加者が多かったが、戦没者の慰霊とは関係のないものばかり。警察関係者などによると、会場外で抗議活動をしていたのは市民団体「沖縄平和市民連絡会」など複数の基地反対派の団体のメンバーだという。 団体の盛り上がりがピークに達したのは午前11時5分頃。安倍晋三首相を乗せた車列が反対派の目前を通過したときだった。

 「安倍は帰れ!」 「ふざけんな!」 車列には割れんばかりのやじが飛んだ。 この後、団体は別の会場で行われる反戦集会に向かった。 一方で、追悼式は大きな混乱もなく進行した。来賓あいさつで安倍首相が紹介された際に会場の外から男性が何かを叫んだが、男性はすぐに係員らに制止された。 先の大戦で親族3人を亡くした那覇市の70代の男性会社員は「沖縄の問題は複雑だから、抗議活動をする人たちの主張もよく分かる」と理解を示す。ただ、こうも付け加えた。 「政治と慰霊は全くの別物だ。この場で言うことではない」

66NAME:2018/03/30(金) 02:50:04
不都合な真実も積極的に掲載? 沖縄基地問題で論調に変化が見られる地元紙
http://www.msn.com/ja-jp/news/national/%e4%b8%8d%e9%83%bd%e5%90%88%e3%81%aa%e7%9c%9f%e5%ae%9f%e3%82%82%e7%a9%8d%e6%a5%b5%e7%9a%84%e3%81%ab%e6%8e%b2%e8%bc%89%ef%bc%9f-%e6%b2%96%e7%b8%84%e5%9f%ba%e5%9c%b0%e5%95%8f%e9%a1%8c%e3%81%a7%e8%ab%96%e8%aa%bf%e3%81%ab%e5%a4%89%e5%8c%96%e3%81%8c%e8%a6%8b%e3%82%89%e3%82%8c%e3%82%8b%e5%9c%b0%e5%85%83%e7%b4%99/ar-AAvdLCX?ocid=iehp#page=2

いったい何があったのだろうか。このところ沖縄の地元紙を読んでいて驚くことが少なくない。

 米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設計画に断固反対の立場を取り、「あらゆる手段で移設を阻止する」とする翁長雄志知事を支持してきたはずなのに、思いもよらない論調の記事が次々と掲載されているのだ。

 例えば、2月27日付の『琉球新報』文化面に掲載された沖縄国際大学教授の佐藤学氏寄稿の論文。2月4日に投票が行われた名護市長選挙について論じたものだが、選挙の結果について<当たり前のことだが、辺野古を止めることの優先順位が低く、国から金を引き出して、地元経済の活性化を図るという政策を高く評価した市民が多数を占めたのである>と分析した。佐藤氏自身が<当たり前のことだが>と書いているように、至極まっとうだと思われる議論なのだが、正直驚いてしまった。論文を書いた佐藤氏は、沖縄の地元紙では常連の識者で、辺野古移設計画に反対してきた研究者。その佐藤氏がこんな分析をするとは。

 さらに、当選した渡具知武豊氏が選挙期間中に辺野古移設の是非を問われて、辺野古での岩礁破砕許可をめぐって県と国が裁判で争っていることなどから容認とは打ち出さなかったことを、地元紙はこぞって「争点隠しだ」と批判したが、これについても佐藤氏は、<争点隠し、争点ぼかしであると批判しても、日本政府が大々的に支援をしている以上、名護市民が辺野古を争点と見なかった訳が無い>と、しっかり争点になっていたとする。

 つまり、名護市長選では辺野古移設が争点となった上で市民は辺野古移設阻止よりも国からの予算による経済の活性化を選んだ、というわけだ。

 もっとも、佐藤氏の主旨は、名護市長選をはじめとする県内の首長選挙で基地反対の革新側候補の敗北が続いていることへの強い危機感の表明にある。翁長氏が勝利した2014年の知事選について、<あの知事選の圧勝で、「イデオロギーよりもアイデンティティー」という考えを、広く県民が支持してきたと言われてきた。本当にそうだったのか>と疑問を投げかけ、むしろ、<既に構造的に衰弱しきっている「革新」だけでは票が足りないことが明瞭であり、保守の有力者であった翁長氏が候補となることで、保守層の支持も引き付けた>結果だとし、仲井眞前知事が「目に見える悪役」を演じ続けたこともあり勝利したが、いまや<「辺野古反対」の民意が広く存在しているだけでは、首長選挙は勝てない>として、その民意を投票行動に繋げる努力が必要だとする。

67NAME:2018/03/30(金) 02:50:36
 ところが、そこまで議論を展開しながら、続いて佐藤氏はメガトン級の「不都合な真実」を指摘する。<沖縄県民は、本来、誰も米軍基地など望まない、ということが暗黙の了解になってきたが、それも若年層ではもはや違うのではないか。若者が現代史を知らないから、米軍基地の存在を当たり前のことと考えていると、筆者も長らく指摘してきた。しかし、若者の無知による容認、という段階はもう終わったと懸念する。反対運動が地域を分断すると敵視し、積極的に米軍基地に寄り添う人々が多数を占めるようになっているのではないか。だとすると、沖縄社会の本質的転落の顕在化である>  「本質的転落」との言葉にやや引っかかりを覚えるが、沖縄の若者のあいだで基地に対する意識に重大な変化が起きているのではないか、との指摘は、基地反対を長く標榜してきた地元紙にとっても触れたくはない問題のはず。これを読んだ沖縄の記者たちに次々と感想を聞いてみたが、一様に「よく掲載したものだ」と驚く。それでもこの論文を書いた佐藤氏や掲載した『琉球新報』は、それだけ名護市長選の敗北に対する危機感が強いからなのだろうか。

 なお、先に挙げた岩礁破砕許可をめぐる県と国との裁判の判決後に佐藤氏が寄稿した記事も興味深かった。この裁判は、県知事が権限を有する岩礁破砕許可を得ずに国が辺野古での工事を進めるのは違法だとして、県が工事の差し止めを求めて提訴していたものだが、3月13日に那覇地裁は県の訴えを退ける判決を出した。3月16日付『沖縄タイムス』の佐藤氏の記事では、<県は裁判のみに辺野古を止める策を収斂してしまった。知事はあらゆる手段を駆使してなどいない。今のままならば、「どうせ止められないなら、せめて引き換えに経済的利得を」という「民意」が知事選で爆発するのは明らかである>と翁長知事への不満を示した。このままでは今年の知事選で再選は覚束ないというわけだ。

 同じ3月16日付『沖縄タイムス』には、辺野古移設の阻止に向けて知事与党である革新各党の手法に疑問符を投げかけた論文も掲載された。寄稿したのは、元愛媛大学教授の本田博利氏。革新各党のあいだで、辺野古移設阻止のために、県民に是非を問う住民投票を実施するための条例の制定を目指す議論が進んでいるが、本田氏は、<県民投票には公職選挙法は適用されないから、投開票の事務を両方合わせて市町村に行わせることはできない。たとえ、条例で市町村長の「協力」義務を定めても従う義務はない><県民の半数が投票に行かなかったら、投票箱は開けず、県民投票はなかったことになる。市町村長のボイコットが主因であっても、県民は辺野古新基地問題に関心がなかったことになる。これは県政に致命的であり、国は勢いづく>と指摘している。

 沖縄県内に11の市があるが、このうち9市に保守系市長がいる。これらの市長の協力が得られない場合には、条例にはこれを従わせる強制力はなく、投票率が50%に満たない場合は県民投票が不成立になってしまう恐れがあるというのだ。本田氏はこの論文のなかで、県民投票の実現には課題が山積しているため、むしろ翁長知事は埋め立て承認の撤回に踏み切るべきとの議論を展開しているが、県民投票は移設阻止に向けた切り札のひとつと見られていただけに、これまた反対派にとっては手痛い事実が明らかになったことになる。

68NAME:2018/03/30(金) 04:04:05
 再び名護市長選をめぐる話題に戻ってしまうが、選挙後の3月5日の『沖縄タイムス』にこの選挙について触れたTBS「報道特集」キャスターの金平茂紀氏のコラムは、その上から目線ぶりが評判になった。金平氏は地元2紙と共同通信の3社合同の出口調査で、10代の9割、20代の8割が渡具知氏に投票していたということを挙げ、<10代の名護市の若者たちにとっては、基地反対運動なんかよりも「名護市にスターバックスが来る」という選択や、「ごみ分別が16種から5種に減る」方が、もっと重要だと判断したんだろうか>と、若い世代のことを非難がましく言ったかと思うと、こう突き放す。<それはそれでいいや。僕は何にも言いたくない。「国策」である辺野古新基地建設の是非を、若いというか、まだ幼い君らに背負わせている本土の人間である僕らの方に途轍もない責任があるのだから>

本土の人間の責任を言いつつも、「まだ幼い君ら」ってさすがに…。

 このコラムを正面から批判したのが、3月23日付『沖縄タイムス』に寄稿された明星大学准教授の熊本博之氏の論文。金平氏の「幼い君ら」という言葉について、<未熟な名護の若者にはこの問題の重大さが理解できず、適切な判断がなされなかったのだろう、というさげすみにも似た嘲笑が透けて見える>と批判。名護市長選で両候補の陣営でそれぞれ積極的に活動した若者がいたことや、辺野古集落でのこれまでの聞き取り調査をもとにこう指摘する。

<名護の若者たちは、真剣に自分たちと地域の未来を考え、思いを1票に託し、投じた。その彼らを、自らの政治的、思想的スタンスと違うという理由で「幼い」と非難するのは暴力的だ。私は、本土の言論人が辺野古の状況や名護市、ひいては沖縄の選挙について語る際、その最初の一歩は住民が示した民意を尊重することだと考える。それを欠いた言説は空論でしかない>  沖縄の基地問題をめぐる言論空間の歪さを的確に指摘したもので、まったくの正論だと感じた。

 ここで挙げた記事は、いずれも外部の識者による寄稿となっているが、掲載する、しないの判断はもちろん各紙の編集局にある。このところ地元紙を読んでいて驚くことが少なくないと書いたが、不都合な真実も積極的に掲載していこうという変化が起きているのだとすれば、大歓迎したい。<取材・文/竹中明洋>

69NAME:2018/04/21(土) 18:16:00
国連で「琉球独立」主張 先住民会議、米基地問題も
http://www.msn.com/ja-jp/news/world/%e5%9b%bd%e9%80%a3%e3%81%a7%e3%80%8c%e7%90%89%e7%90%83%e7%8b%ac%e7%ab%8b%e3%80%8d%e4%b8%bb%e5%bc%b5-%e5%85%88%e4%bd%8f%e6%b0%91%e4%bc%9a%e8%ad%b0%e3%80%81%e7%b1%b3%e5%9f%ba%e5%9c%b0%e5%95%8f%e9%a1%8c%e3%82%82/ar-AAw8o5o

【ニューヨーク共同】米ニューヨークの国連本部で開催中の先住民問題の会議に、沖縄独立を掲げる「琉球民族独立総合研究学会」のメンバーが参加し、日本政府は固有の文化を持つ沖縄の人々を「先住民」と認めるべきだと主張、在日米軍基地が沖縄に集中している問題の解決を訴えた。

 会議は毎年開催される「先住民問題常設フォーラム」。今年は16〜27日の日程で開かれ、世界中の先住民や支援団体が参加。学会理事で沖縄大非常勤講師の親川志奈子さん(37)は「多くの人から『もっと知りたい』と声を掛けられ大きな手応えがあった」と話した。

70NAME:2018/05/02(水) 00:11:00
【異聞〜要衝・奄美大島(上)】「中国にのみ込まれる」大型クルーズ船寄港計画の裏に…
2018.5.1 07:16更新
http://www.sankei.com/life/news/180501/lif1805010004-n1.html

奄美大島(鹿児島県)出身で情報機関に在籍経験のある知人男性からこんな連絡が入った。

 「奄美が中国にのみ込まれそうだ」 早速、奄美に飛んだ。舞台は、同島西端に位置する瀬戸内町西古見(にしこみ)集落の池堂地区。古仁屋(こにや)港から大島海峡沿いに約38キロの場所で、人口わずか35人だが、沖には3島が連なる小島(三連立神=さんれんたちがみ)や200メートル続くサンゴの石垣、白い砂浜など観光資源に恵まれている。

 ことの発端は、国土交通省が昨年8月に発表した「島嶼(とうしょ)部における大型クルーズ船の寄港地開発に関する調査結果」だ。このなかで瀬戸内町は、池堂地区をはじめ3カ所が候補地として挙げられた。排水量22万トン級の大型クルーズ船が寄港する計画が一気に表面化。しかも、町は候補地の一つ、西古見集落への誘致に向け動き出したのだ。

 大型クルーズ船の寄港計画は平成28年にもあった。米大手クルーズ会社「ロイヤル・カリビアン・クルーズ」が本島北部の龍郷(たつごう)町に同規模のクルーズ船で、乗客、乗組員合わせて7千人を超える中国人を来島させる計画を持ちかけたのだ。町は拒否し、次いで打診された瀬戸内町も断り計画は立ち消えになっていた。

 米資本の計画を断ったはずの瀬戸内町で再び動き出した寄港計画に、「7千人の中国人が押し寄せるのではないか」といった不安が広がっている。 集落に住む年配の女性は「西古見は観光にはいいが、店は1軒しかなく食堂もない。道も狭い。1度に7千人も来て何をするのか。受け入れには大がかりな再開発が必要で環境が破壊される」と、とまどいを隠さない。 地元の地方議員からは「国は観光振興の一環として中国の富裕層を連れてこようとしている。ではなぜ、こんな小さな集落の西古見になるのか」といぶかしむ。

 経緯に不自然な点も多い。町は候補地となったことから誘致支援を求める要望書を鹿児島県に提出した。だが、そもそも町はその前に全町民に十分に説明し、同意を得るなどの手続きを踏んでいなかった。 秘密裏に誘致を進める手法に対して不信感と反発が広がる中、町は「メリットがあるかどうか、誘致できるかどうかを精査している段階。排水量など船の規模も船会社もまだ明確ではない。住民に説明をしながら具体的な計画は県を通じて国に確認していきたい」(企画課)と説明している。しかし議会関係者は、国交省が昨年春、港湾局の職員を県の観光クルーズ船担当に据えていることなどから「国が動いていることは間違いない」とにらんでいる。

 西古見集落には旧日本陸軍の兵舎跡や弾薬庫跡、大島海峡に入ってくる艦船を監視する監視所跡のほか、先端の曽津高崎(そっこうざき)には防空壕(ごう)跡が残されている。多くの戦跡は防衛上、重要な拠点であることの象徴だ。目と鼻の先には、陸海空の自衛隊が離島奪還訓練を行った江仁屋離(えにやばなれ)島を望む。

 防衛省は2年間で総額550億円の防衛費を投入、島北東部の奄美市大熊で陸上自衛隊の「奄美駐屯地」、島南西部の瀬戸内町節子(せっこ)地区で同じく「瀬戸内分屯地」を建設している。今年度中に奄美駐屯地には中距離地対空誘導ミサイル運用部隊350人、瀬戸内分屯地には210人の地対艦誘導ミサイル運用部隊を配備する。

自衛隊の誘致に関与した地方議員経験者は「瀬戸内町は地形的にも重要拠点だ。防衛省が施設を拡充するのは当然だ」と指摘したうえで「そんなところに中国人がドンドン入って来ることになる。国や県には危機感が感じられない」と声を荒らげた。「22万トン級のクルーズ船が寄港できる桟橋をつくるということは中国の空母『遼寧』(6万7千トン)ですら楽に停泊できることになる」(情報関係者)という指摘もある。

 要衝・奄美大島に、しかもごく小さな集落に中国人観光客の団体が押し寄せることが意味するものは何か。クルーズ船寄港計画と自衛隊の増強も無関係ではない。中国に人脈があり、中国の動向を注視している中国専門家はこう警告する。 「奄美は、沖縄に次いで琉球弧の二大拠点の一つで、しかも島全体が天然の要塞だ。そんな島で自衛隊施設が拡張されるのだから情報が欲しい。島の周囲や海の深さを測量したり、自衛隊の訓練内容や体制、規模、警備が手薄な時期などを調べて報告する工作員をクルーズ船を利用して送り込んでくるだろう」

×   ×

71NAME:2018/05/02(水) 00:11:41
 「なぜ、西古見なのか分からない」 住民の多くはこう口をそろえる。この疑問に、ある観光業者は、もともと加計呂麻(かけろま)島がクルーズ船の寄港候補地に入っていたこと、「Iターン」で都会からの移住が受け入れられていることを挙げた。その上でこう付け加えた。

 「本命は加計呂麻島ではないか。中国人観光客が西古見から加計呂麻島に入ってくる可能性は高い」 加計呂麻島は、奄美大島の南側に大島海峡をはさんで浮かぶ東西に細長い島だ。古仁屋港からフェリーで20分。複雑に入り組むリアス式海岸と透明度の高い海に囲まれ、白砂の浜辺やサンゴの石垣など、観光名所の一つだ。

同時に、奄美群島の中でも島全体が自然が作った要塞でもある。大島海峡の東シナ海側は、実久(さねく)海岸から対岸の西古見までは約2キロ、東端の安脚場(あんきゃば)から対岸までは約1キロと近く、大島海峡は、狭い出入り口に守られた内海となっている。水深が深く、東西両端で外海に接続していることから、日露戦争時、連合艦隊は薩川(さつかわ)湾に停泊して演習を重ねて出撃、バルチック艦隊と決戦したという。

 安脚場周辺には軍事施設の戦跡が多い。東郷平八郎元帥が日本海軍の演習指揮を執ったという碑が残るほか、●(=2004年新規追加人名漢字)之浦(のみのうら)には旧海軍特攻隊、第18震洋隊の格納壕跡がいくつもある。 本島側も、古仁屋高校には旧日本軍の司令部が置かれ、須手(すで)に旧海軍航空隊古仁屋基地跡、手安(てあん)に旧陸軍弾薬庫跡、阿鉄(あてつ)に旧陸軍海上挺進(ていしん)第29戦隊跡、久慈には旧海軍第44震洋隊格納壕跡-などが残り、大島海峡沿岸そのものが軍事基地で、日本防衛の重要な拠点だったことが分かる。

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 瀬戸内町議会の関係者は北海道の一部が中国資本に買い占められているという前例を挙げ、「大型クルーズ船が入ってくると、中国人観光客が増えるだけでなく、不動産を買う中国人が増える可能性がある。西古見も、加計呂麻島も危ない。チャイナタウンができるのも時間の問題だ」と危機感を強める。 実際に加計呂麻島が中国資本に狙われたことがある。 元地方議員によると、7、8年前、地元企業が、町有林を切り出してチップ工場を造るための土地を買おうとした。この事業に中国資本がかかわっていることが判明し、反対意見が出て計画は頓挫したというのだ。

対馬(長崎県)で海上自衛隊の施設周辺が韓国資本に買収された際、視察したという地方議員経験者は「地元の発展に資すればいいかもしれないが外資に買収されることの怖さも実感してほしい。安全保障上で重要な地域を蹂躙(じゅうりん)され、北海道や対馬で起きているように買収されてしまうと取り返しがつかなくなる。国家の危機につながることだ」と警告し、こう続けた。 「北海道や対馬のようにならないためにも、中国人観光客誘致の前に法整備を行い、外資による不動産買収を規制していく必要がある。まだ、買われていないからといっていると手遅れになる」

×   ×

 陸自部隊の誘致などに動いたという別の元地方議員によると、陸自の誘致と海自の拡充についてはほぼ同時並行で瀬戸内町に特別委員会を立ち上げ、町議全員が参加するかたちで走り出した。この元議員は「南西諸島海域の緊張や緊迫が続く尖閣諸島の問題などの流れもあって、奄美での防衛力強化につながったと思う」と自負している。 国防優先で戦略拠点になりうる地域に目を注ぐ防衛省と、訪日観光客数の目標を平成32(2020)年に4千万人と倍増させ、観光で地域を活気づけようとする国土交通省。政策的な乖離(かいり)もさることながら、両省で連絡調整は行われているのか。

 「安全保障面で見ると、防衛省と国交省がやっていることは逆だ。国が一つではない」(元議員) 瀬戸内町では将来の奄美を憂える声が渦巻いている。 奄美大島は今年、世界自然遺産に登録される見通しだが、その奄美で何が起ころうとしているのか。現状を報告する。(編集委員 宮本雅史、写真も)

72NAME:2018/05/12(土) 22:28:51
ネラーさん本当に知らなかったの? 元住民を傷付ける「普天間、人いなかった」発言
沖縄タイムス社
2018/05/12 07:08
http://www.msn.com/ja-jp/news/national/%e3%83%8d%e3%83%a9%e3%83%bc%e3%81%95%e3%82%93%e6%9c%ac%e5%bd%93%e3%81%ab%e7%9f%a5%e3%82%89%e3%81%aa%e3%81%8b%e3%81%a3%e3%81%9f%e3%81%ae%ef%bc%9f-%e5%85%83%e4%bd%8f%e6%b0%91%e3%82%92%e5%82%b7%e4%bb%98%e3%81%91%e3%82%8b%e3%80%8c%e6%99%ae%e5%a4%a9%e9%96%93%e3%80%81%e4%ba%ba%e3%81%84%e3%81%aa%e3%81%8b%e3%81%a3%e3%81%9f%e3%80%8d%e7%99%ba%e8%a8%80/ar-AAx8Ryz?ocid=iehp#page=2

◆イチから分かるニュース深掘り 普天間飛行場問題(上)

 米海兵隊トップのネラー司令官が2日の米国防総省での記者会見で「普天間飛行場の建設時(1945年)の写真を見ると、数キロ内に人は住んでいなかった。現在はフェンスまで都市地域が迫っている」と発言した。「危険になったから名護市辺野古の新基地建設を進める」という意図を持つとみられるが、明らかな誤解、デマだ。沖縄の施政権を米国が日本へ返還してから46年目の5月15日を前に、普天間飛行場問題を振り返る。(政経部・福元大輔)

◆村役場があり8800人生活

 -海兵隊のトップが『普天間飛行場は人の住んでいない所に造った』と言ったんだよね。何が誤解なの?

 「人の住んでいない所に造ったわけではないよ。普天間飛行場がある場所には戦前、当時の宜野湾村役場や宜野湾国民学校があり、南北に宜野湾並松(ジノーンナンマチ)と呼ばれた街道が走っていたんだ」

 -人は住んでいたの。

 「宜野湾市史によると、沖縄戦前年の1944年、当時の村内に22の字があり、人口は1万3635人だったんだ。飛行場はそのうちの14字にまたがる宜野湾村の中心地に建設され、その14字には8880人が生活していたよ」

 -どうして飛行場を造る必要があったのかな。

 「沖縄は航空機で本土を攻撃し、戻ってこれる距離にあり、米軍は出撃拠点として目を付けていたんだ。45年の沖縄戦で、沖縄本島に上陸した米軍は飛行場に適した宜野湾の土地を奪い、そこに2300メートルの滑走路2本と、爆弾を積むB29爆撃機の駐機場220カ所などを造る計画だったんだよ」

73NAME:2018/05/12(土) 22:40:47
◆住民は疎開や収容所にいた

 -いつできたの。

 「米軍の記録では45年6月17日に飛行場建設の任務を部隊に割り当てたんだ。日本軍の司令官が自決し、組織的戦闘が終結したとされるのは6月23日だよね。つまり人々を追い払い、戦争真っただ中に、飛行場を造り始めたことが分かるね」

 -戦争中にできたの?

 「8月23日までに約1800メートルの滑走路1本と、駐機場75カ所、誘導路などが使用可能だったんだ。戦争が終わった後も、さらに滑走路や周囲を拡張したよ」

 -住民はどうなったのかな。

 「その間、疎開したり、収容所に入れられたりしていたんだ。45年10月以降に少しずつ帰村を許されたけど、戻ってみると、自宅や畑はフェンスに囲まれていたよ。だから、米軍に割り当てられた飛行場周辺の土地で、集落を作り直すことを余儀なくされたんだ」

◆ふるさと追われた人の気持ち

 -ネラーさんは知らなかったのかな。

 「『人の住んでいない場所に飛行場ができた』という発言は、作家の百田尚樹さんなど、これまでもあったね。『何もないところに造ったのに周りに人が住んだ。危険だから名護市辺野古へ移設しようとしたら、反対する人がいる』と言いたいんだろうけど、実態とかけ離れているね」

 「元住民たちは『ネット情報をうのみにした幼稚な発言だ』『ふるさとを追われた人の気持ちを知らず、ばかにしている』と非難しているよ」

 -沖縄の他の米軍基地もそうなの。

 「県の資料によると、沖縄戦の前に旧日本軍が所有していた土地は540ヘクタールだったんだ。米軍が上陸後、沖縄の施政権を停止し、軍事占領した土地はその30倍に上る1万7400ヘクタール。52年4月28日のサンフランシスコ講和条約発効後、米軍統治下で住民の土地は強制接収され、72年に施政権が返還されるまでに沖縄の米軍基地の面積は約2万8600ヘクタールに膨らんだんだ。今は約1万8500ヘクタールに減ったけど、それでも全国の米軍専用施設面積の70・3%が沖縄に集中しているね」

 -沖縄には軍用地主が多いよね。

 「本土の米軍基地は国有地や旧日本軍跡地を利用したため、9割近くが国有地なんだ。それに対し、住民から強制的に土地を接収した沖縄では、国有地が3割ほどで、残りは民間や地方自治体の土地だよ。普天間飛行場の91%は民有地で、地主は約3400人。この数字を見ただけでも、人が住んでいなかった所に飛行場を造ったというのが間違っていることが分かるんじゃないかな」

74NAME:2022/01/28(金) 23:32:46
沖縄警察署破壊》生卵にロケット花火、壁には「しね」のラクガキも…暴徒と化した500人の少年たちが警察署を包囲 理由は「暴行”隠ぺい”疑惑」と「眼球破壊動画」「文春オンライン」特集班
2022/01/28 21:25
https://www.msn.com/ja-jp/news/national/%e3%80%8a%e6%b2%96%e7%b8%84%e8%ad%a6%e5%af%9f%e7%bd%b2%e7%a0%b4%e5%a3%8a%e3%80%8b%e7%94%9f%e5%8d%b5%e3%81%ab%e3%83%ad%e3%82%b1%e3%83%83%e3%83%88%e8%8a%b1%e7%81%ab%e3%80%81%e5%a3%81%e3%81%ab%e3%81%af%e3%80%8c%e3%81%97%e3%81%ad%e3%80%8d%e3%81%ae%e3%83%a9%e3%82%af%e3%82%ac%e3%82%ad%e3%82%82%e2%80%a6%e6%9a%b4%e5%be%92%e3%81%a8%e5%8c%96%e3%81%97%e3%81%9f500%e4%ba%ba%e3%81%ae%e5%b0%91%e5%b9%b4%e3%81%9f%e3%81%a1%e3%81%8c%e8%ad%a6%e5%af%9f%e7%bd%b2%e3%82%92%e5%8c%85%e5%9b%b2-%e7%90%86%e7%94%b1%e3%81%af%e3%80%8c%e6%9a%b4%e8%a1%8c%e2%80%9d%e9%9a%a0%e3%81%ba%e3%81%84%e2%80%9d%e7%96%91%e6%83%91%e3%80%8d%e3%81%a8%e3%80%8c%e7%9c%bc%e7%90%83%e7%a0%b4%e5%a3%8a%e5%8b%95%e7%94%bb%e3%80%8d/ar-AATeGhN

「最初は睨みあいだったのですが、どこからともなく生卵が投げられ、続いてロケット花火、爆竹、投石とどんどんエスカレートしていった。報道では『約300人が集まった』とされていますが、もっと集まっていたと思います。夜中にはテレビやSNSを見て、500人以上はいました。熱気が高まってくると、警察署の壁はスプレーで落書きされ、鉄パイプを振り回す者も現れて、窓ガラスも割れていました。若者たちは暴徒と化して、どんどんエスカレートしていきました」(近隣住民)

1月27日深夜、沖縄県の県警・沖縄署の前に多数の若者が集まり、警察署に投石をするなどの暴動事件がおきた。警察署周辺には、石や空き缶など多量のゴミが散乱し、正面玄関のガラスをはじめ、警察車両のフロントガラスも割られていた。また、署の壁には赤いスプレーで「しね」と落書きがされていた――。

暴動の発端は少年と警察官との「トラブル」

 暴動の発端は27日未明におきた、17歳の少年と警察官とのトラブルだった。地元紙社会部記者が語る。「県警によると27日の深夜1時ごろ、『複数の暴走行為がある』との通報をうけた警察官が市内路上をパトロールしていた際、バイクに乗った17歳少年と接触。少年はその際に眼球破壊と眼底骨折の重傷を負ったと県警は発表し、地元メディアも『警察と少年の接触事故が起きた』として報じました。

 報道後、少年の知人たちが『少年は警察官から警棒で殴られた』『失明するかもしれない』などとSNSに投稿。それを見た若者たちが『これはやりすぎだ』と警察署の周囲にどんどん集まったんです」 怪我をおった少年は自ら119番通報したという。少年の友人が撮影したとみられる動画には、救急隊員が介抱するなか、倒れた少年の目から多量の血がながれる様子が収められていた。 少年の知人によると、少年は暴走族ではなくコンビニにたむろしていた地元の高校生だったが、補導されるのを恐れ、逃げ出そうとしたところを警察官から警棒で暴行を受けたという。

75NAME:2022/01/28(金) 23:33:11
警察からの暴行? 接触事故? 食い違う証言

「救急車が駆けつけた際に仲間たちが動画を撮影すると、警官が『撮るな』と撮影を妨げ、スマホを地面に叩き付けたそうです。その時に警官から殴られた子もいて、その様子を収めた動画も残っている。

 警察が駆け付けた救急隊員に『事故だ』と話しているのを聞いた子どもたちが事件性を訴え、『警察の隠蔽だ』という内容をSNSに書き込みました。それが一晩で拡散されたんです。子どもたちは最初の報道が『接触事故』として扱われたのにも違和感を覚えているようです」(少年の知人の保護者)

 SNSを通じ、警察署に集まった若者は27日23時の段階で200人を超えていた。子どもに付き添われ、様子を伺いに行った前出の保護者が話す。 「ほとんどが10代の少年少女で、現場の熱気は異様なものでした。このままだと2次被害がでると思い、まずは警察官に対して『少年との間に何があったのか、集まった子どもたちに少しでいいから説明してほしい』と相談したのですが『捜査中だから』の一点張りでした。バリケードを閉めて、こちらの話に聞く耳をもたなかった。そんな警察の態度を見て若者たちもしびれを切らしたのか、私の後ろから卵がどんどん投げこまれていきました」 午前4時、暴徒と化していた若者たちは、ようやく沈静化してそれぞれの帰路についた。集まった若者の中には、未成年で翌日に学校を控えた中高生も多かったという。

「文春オンライン」が沖縄県警本部に取材を申し込んだところ「(沖縄警察)署に問い合わせてほしい」と回答。沖縄警察署からは回答は得られず、今も署の門は閉ざされ、市民が気軽に立ち寄ることができない状態だった。
 現在、沖縄署は少年と警官との接触がどのようなものであったかについては「調査中」としている。また、接触と高校生のけがの因果関係についても調べているという。

「文春オンライン」では、今回の件について、情報を募集しています。下記のメールアドレス、または「文春くん公式」ツイッターのDMまで情報をお寄せ下さい。
メールアドレス: sbdigital@bunshun.co.jp
文春くん公式ツイッター: https://twitter.com/bunshunho2386
(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))


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