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福島原発 水素爆発×2最悪の状態 福島避難せよ

4981:2011/03/19(土) 20:25:15
双葉町の1200人、さいたま市に役場ごと疎開




. 巨大地震


さいたま市の避難所に到着した双葉町の人たち=竹田津敦史撮影 東日本巨大地震で被災した東京電力福島第一原子力発電所がある福島県双葉町の住民約1200人が19日、さいたま市中央区のさいたまスーパーアリーナの一時避難所に、集団疎開した。

 町役場機能ごと移転する異例の避難。町に戻れる見通しもなく、「移るなら全住民で」と町人口約6900人の2割近くが行動を共にした。

 双葉町民を乗せたバス40台は、この日午前10時15分から次々と避難先の福島県川俣町内の体育館を出発。午後2時40分頃から夕刻にかけアリーナ前に続々と到着した。

 バスから降りた高齢者や小さな子供を連れた町民は、一様にほっとした様子。駆けつけたボランティアらに両肩を抱えられる人や、用意された車いすに乗る人もいた。

 町民たちは、川俣町内で支給されたという衣類や毛布、マスク、ペットボトル入りの水などをバスのトランクから出すと、両手に抱え、双葉町向けに準備されたアリーナ4階と5階へ。長期間の避難生活とバス移動の疲労がたまり、受け取った毛布を床に敷き、早々に眠りにつく人の姿もあった。

 何とか移動を終えたものの、今後の生活に不安を感じる住民は多い。

 会社員の須藤美幸さん(36)は、長男拓也君(6)と父訓行さん(69)、母三枝子さん(62)の家族4人で避難。拓也君は26日に保育園の卒園式、4月6日には小学校の入学式を控えていた。美幸さんは「まともに小学校に行けるのか。子供が友達みんなと同じ学校に通えたらいい。ランドセルや机も買ったが、家に置いてきたままです」とこぼした。拓也君はアリーナに着くとすぐ、お絵かきに熱中。「外で遊べるといいな。サッカーがしたい」と話していた。

 農業西内重夫さん(68)は、息子夫婦と孫ら6人で避難してきた。「長年暮らしてきた故郷を捨てざるをえなくて、とても悲しい気持ち。しばらくは埼玉で頑張るしかない。地震は天災で仕方ないが、原発事故は東電による人災だ」と憤っていた。

 井戸川克隆町長は公用車で先行。集まったボランティアらから「町長、がんばれ」の声が飛んだが、硬い表情を崩さず、「双葉町 本部長」の腕章とジャンパー姿でアリーナに入った。出迎えた上田清司埼玉県知事は「全面的に協力する」と約束したという。

 井戸川町長は報道陣の取材に応じ、「あまりにも突然のことで、毎日が精いっぱいだった。今後の対応はゆっくり考えたい。職員も不眠不休で働いていたので、ゆっくりと眠らせてあげたい」と話した。川俣町に現在も残している町災害対策本部を、近くアリーナ内に移転させ、住民サービスも再開させたいとしている。

 埼玉県は、1日3食の食事を提供するが、アリーナ内にはシャワーしかなく、風呂がないなど課題もあるため、生活・福祉面での支援策の取りまとめを急ぐ。31日までの使用期限を想定しているが、4月以降の延長や、埼玉県内の他の施設への避難も検討している。

(2011年3月19日19時37分 読売新聞)


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