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「法律や政策は、単なる決め事である。いつでも変えられる」第43部

565正樹★:2016/08/05(金) 01:18:17
 
熊谷俊人
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%86%8A%E8%B0%B7%E4%BF%8A%E4%BA%BA
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%86%8A%E8%B0%B7%E4%BF%8A%E4%BA%BA
   熊谷 俊人(くまがい としひと、1978年〈昭和53年〉2月18日 - )は、日本の政治家。奈良県天理市生まれ、兵庫県神戸市育ち。千葉市長(2期)。元千葉市議会議員(1期)。

来歴[編集]

奈良県天理市生まれ。父親の転勤に伴う転居の多い少年時代を経て、兵庫県神戸市で育つ。白陵高等学校在学中の1995年1月17日に阪神・淡路大震災で被災した。早稲田大学政治経済学部経済学科に入学し、2001年に卒業。同年、エヌ・ティ・ティ・コミュニケーションズ株式会社に就職。

2006年、経営コンサルタントの大前研一が主宰する一新塾に入塾(第18期生)。小中学校や市議会に働きかけ、小中学生が政治教育に触れやすくすることを目指す「子どもと議会の架け橋」と呼ばれるプロジェクト活動を自ら立ち上げる[1]。同年、民主党が実施した千葉市議会議員選挙の候補者公募に合格。2007年の千葉市議選に稲毛区選挙区から出馬し、トップ当選した。

2009年4月、同年6月の千葉市長選に出馬せず、引退の意向を表明していた千葉市長の鶴岡啓一が収賄容疑で逮捕され、5月1日付で千葉市長を辞職。NTTコミュニケーションズの先輩にあたる民主党衆議院議員の田嶋要から千葉市長選への出馬を要請され、千葉市議を辞職して出馬を表明。6月14日、事実上の鶴岡前市長の後継候補である前副市長の候補者、元千葉市議の候補者(共産党公認)らを破り、千葉市長に当選した。投票率は43.50%[2]。

31歳5ヶ月での市長就任は、同年2月に当選した三重県松阪市長の山中光茂(当選時33歳)を抜いて現職最年少。また、政令指定都市の市長としては神奈川県横浜市長の中田宏(初当選時37歳)による記録を更新した。

2010年12月27日に稲毛区役所に婚姻届を提出したと2011年1月4日の千葉市年賀名刺交換会の挨拶で報告。相手はエヌ・ティ・ティ・コミュニケーションズ時代の同僚30代女性。現在2児の父親。出産時には「平日に早く帰るなどして育児参加したい」と育児に意欲を見せた。

2013年5月26日の千葉市長選挙に出馬し[3]、再選[4]。投票率は31.35%。



熊谷俊人(千葉市長)認証済みアカウント

@kumagai_chiba

38歳。 2009年当時、全国最年少市長として就任。市政の現状、施策の選択理由などを市民との対話を通してオープンに。拙著「公務員ってなんだ?」等。後援会ではBBQなど実施、ご入会は公式Webで。指定都市市長会副会長

 千葉県千葉市

 kumagai-chiba.jp

 2010年2月に登録

 誕生日 2月18日
 https://twitter.com/kumagai_chiba
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熊谷俊人(千葉市長) ‏@kumagai_chiba · 1月5日

おはようございます。今年は千葉開府890年。
石橋山の戦いに敗れた源頼朝が海を渡って房総に逃れてきた際に、いち早く頼朝の味方に付くことを決め、筆頭御家人の一人として活躍した千葉常胤を始めとする千葉氏と千葉市の歴史にスポットを当てます。


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