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「法律や政策は、単なる決め事である。いつでも変えられる」第33部

668正樹 ◆6z10n91cnw:2014/03/09(日) 23:06:55
 

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竹島・武装韓国人の居座りから60年…消えゆく漁業の記憶を、絵本で語り継ぐ

2014.3.9 18:00 (1/4ページ)[領土・領有権]
 http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140307/plc14030717430018-n1.htm
 http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140307/plc14030717430018-n1.htm

竹島の歴史を説明する杉原由美子さん=平成26年2月15日、立川市内


 江戸時代から戦後にかけて島根県隠岐の島町に住む漁師たちは当時「メチ」と呼ばれたニホンアシカやアワビ、サザエを求めて竹島に向かった。昭和29年6月、韓国政府は竹島に武装した海洋警備隊を上陸させた。不法占拠から60年目を迎える今日も武装要員は居座り続け、竹島と同島周辺12カイリ(約22・2キロ)は日本の漁船が近づけないままとなっている。竹島での漁業に携わった漁師のほとんどが鬼籍に入るなかで一人の女性が遺志を受け継ぎ、地道な活動を続けている。

 女性は隠岐の島町に住む元小学校教諭、杉原由美子さん(70)。明治期から昭和にかけて、竹島での漁業の拠点になっていた久見地区に生まれ育った。

 東京・多摩地域の小学校教諭として勤務した後、6年前に故郷へ戻った。当時、島根県竹島問題研究顧問だった杉原隆さん(75)から昭和24年に亡くなった祖父・八幡長四郎さんの遺言を聞き、「何かしなくては。絵本で子供たちに竹島のことを知ってもらいたいという思いに駆られた」という。


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