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「法律や政策は、単なる決め事である。いつでも変えられる」第1部
488
:
正樹
◆6z10n91cnw
:2008/09/16(火) 20:48:05
かもがわブックレット⑭『[増補版]原発、そこが知りたい』
(かもがわ出版:安斎育郎)
(1989年2月10日第1刷発行)
(1990年8月1日増補版第1刷発)
−44頁〜45頁−
そこが知りたい、原発批判は村八分?
抑圧は民主主義の敵
チェルノブイリ原発事故の直後、能登半島を訪れたことがあります。
能登原発が計画されている当地のことだから、チェルノブイリ原発事故の
惨事はさぞかし重要な話題になっているだろうと思い、タクシーの
運転手さんにその話題を差し向けてみました。しかし、さっぱり話に
乗ってきません。どうも町を二分して賛否が対立しているので、原発の
話題はご法度にようです。「物言えば、くちびる寒し、原発事故」と
言うところです。
日本では、原発の地元では、かえって原発について率直な意見を
言いにくい風潮があるようです。時には家族や親戚同士にさえ対立を
生み出し、地域社会が長い間に渡って培(つちか)って来た共同の
基盤に修復困難な亀裂を生じさせた原発問題は、地元では一種のタブーに
なっていきます。直接の利害関係者として、最も意見を言わなければ
ならない立場にある人々が、貝のように口を閉ざしてしまうことは、
たいへん危険です。「いつまでも“原発反対”なんぞの看板出しとると、
商売できへんようにしてやる」と言った脅迫を受けた老婆が「どうしたら
ええもんやろか」と、私に縋(すが)るような目で訴えた姿を思い出します。
東京大学で助手を17年間を勤めていた頃に、私も原発政策を批判する
社会的活動に従事していたがために、随分“村八分”的な体験をしました。
原発立地地域の住民に呼ばれて講演に行くと、たいてい電力会社の
担当者がいてテープに取り、時には、その日のうちに東京の主任教授に
届けられました。教育業務から外され、口を利くな、指導を受けるな、
一緒に飯を食うな、並んで道を歩くな、同じ写真に入るな、と様々な
孤立化政策が採られました。週刊誌に談話が載れば、肩書きに研究室名が
入っていることが問題になりました。ある時には、他に職を見付けて
何年以内に出て行くように、と言った示唆を受けたこともありました。
外に職を得ようと他大学の公募人事などに応募すると、面白いことに、
週刊誌に「原発反対運動のリーダー」と言った扱いの記事がタイミング
良く掲載され、それが選考委員会に送り付けられるようなことも
起こりました。2年ばかりアメリカに留学する気があれば金は出す、
と言った「リクルート疑惑」と同じようなパターンのアプローチも
ありました。何とかして私の口を封じ、原発批判の社会的活動を
抑圧する必要があったのでしょうか。一介の大学助手に過ぎない
私でさえも、こういう状況だったのですから、中々大変なものです。
物が言える風土を
心の中にある考えを包み隠さず意見として発表でき、それが正当に
尊重されると言う状況を保障することは、民主主義の原則とも言うべき
ことです。金や権力や暴力に物を言わせて不都合な意見を封じ込める
ような遣(や)り方は、民主主義の原理から最も遠いことと言わなければ
なりません。、日本では民主主義の歴史は浅く、人々の間に十分に
根付いていません。「お上(かみ)に楯突くような事を言っちゃ
いけないんじゃないか」、「言っても、どうせ駄目だから」、「こんな
ことを言うと後で睨まれるから」、「仕返しされるとイヤだしなァ」
・・・・・・・。
利害が対立する者同士が率直に意見を戦わせ、より良い解決策を
求めて行くためには、「村八分」的抑圧は最も有害です。原発問題に
ついても、私たち自身の努力で、自由に物が言える雰囲気を作ることが
大切でしょう。
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