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日本テーラワーダ仏教協会の欺瞞

313NONAME:2010/10/05(火) 13:08:01
>テーラワーラってマインドコントロールしてるって事?
>宗教で、カルトとカルトじゃないのの違いは? 宗教でカルトじゃない宗教って何がありますか?

またその言い分ですか。 >>8 あたりに書いてあるよ   >>11 あたりでは、ここの信者がカルト的反論していますしね。
その症状を見れば分かるでしょう。

宗教だからカルトなわけ無いでしょう。

314NONAME:2010/10/07(木) 03:22:59
原理主義って何ですか?

日本にはしんこう宗教、小さいのが沢山ありますが、
あれもカルトでしょうか?
宗教だからカルトじゃないというのは、
宗教はカルトじゃないって事ですか??

315NONAME:2010/10/07(木) 03:26:38
テーラワーラって、
金儲けな所なんですか? 
ヴィパッサナー瞑想って、どんな瞑想なんですか?
仏教原理主義者ってなんですか?

316NONAME:2010/10/07(木) 03:28:23
念住経ってどんな瞑想なんですか?

317NONAME:2010/10/07(木) 13:12:00
>原理主義って何ですか?
聖書や仏典に忠実なことですね。 つまり、それが絶対だ、と信じて疑わない盲信主義です。
いわゆる宗教馬鹿ですね。

>日本にはしんこう宗教、小さいのが沢山ありますが、あれもカルトでしょうか?
何度も言いますが、カルト要素が多ければ、それはカルトです。
カルト要素を増やせば儲かるのです。

>宗教はカルトじゃないって事ですか??
カルト要素が多い宗教は カルト宗教です。

318NONAME:2010/10/07(木) 13:34:26
妄信主義であれば、どんなものもカルトになるという解釈でしょうか?
それは、宗教だけでなく、教育や企業もという事でしょうか?
妄信主義を防ぐには何が必要だと考えますか?

319NONAME:2010/10/07(木) 16:25:39
>>318
そのとおりです。 
妄信主義を防ぐには、仏教を学ぶといいですね。仏教は、座禅とかで自己を見つめるのを勧めますから、
そこに盲信 妄信はありません。 ひたすら自らを客観的に見て、診断していけば、自分の我侭に気付き、自分に拘らずに、
周りに対しても慈悲が生まれて来ます。

しかし、日本の新興仏教は、形だけが仏教で、盲信、妄信を勧めます。 それは、マインドコントロールするためです。

320NONAME:2010/10/08(金) 02:13:16
座禅で自らの心を観察すれば予防策になるという事でしょうか?

仏教と新興仏教の違いを見分けるのも容易ではなく、
新興仏教に入ってる信者の方々も、自分の宗教こそ、本物だと思ってしまう。
この点、仏教を学ぶにあたって、障害になると思いますが、
どのように考ますか?

座禅で自分を常に観察する事そのものが仏教としう解釈になるのでしょう?

321NONAME:2010/10/08(金) 03:02:50
はた、と気付く、という言葉がありますが、自らの心を観察すれば 気付けるということですね。
仏教は「気付きの教え」と言われますから。

>仏教と新興仏教の違いを見分けるのも容易ではなく、
それはここで色々読んで調べたりするとか、質問するとかしかないですね。

>新興仏教に入ってる信者の方々も、自分の宗教こそ、本物だと思ってしまう。
>この点、仏教を学ぶにあたって、障害になると思いますが、
自分の宗教こそ本物だと思ってしまえば、真の仏教は分かりませんね。

>座禅で自分を常に観察する事そのものが仏教としう解釈になるのでしょう?
座禅しなくても、心を落ち着けてよく思惟するのでも 仏教的でしょう。

322NONAME:2010/10/08(金) 06:59:57
仏教は気付きの教えですか。
なるほど。この言葉は貴重ですね。色々ありがとうございました。

323NONAME:2010/10/13(水) 04:46:08
認知的不協和とは
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AA%8D%E7%9F%A5%E7%9A%84%E4%B8%8D%E5%8D%94%E5%92%8C
「一貫しない二つの認知を持つとき不協和が発生。不協和を低減しようといずれか一方、両方の認知を変える」
ことを指します。

スレッドにおいてスマナサーラ氏が『怒らないこと』(サンガ新書)を出版しながら本人はいつも
怒っているという指摘がなされたことに対し信者は「スマナサーラ師はよく頑張ってる」などと論点を
変えながら「怨憎会苦はなくならない」、「人間は怒らないで生きることなど不可能」などと主張し
「日本という環境そのものが駄目」、「日本の仏教界が駄目」と責任転嫁を始めた挙句、最終的には
「彼はいやいや、怒ったフリを指導的立場からしている可能性が大」という見事なまでの認識の転換が
起こります。

【テーラワーダ仏教】ブッダの教えと冥想の実践7
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1278592304/
_______________________________________________________________________________________________
312 :神も仏も名無しさん:2010/10/12(火) 20:10:54 ID:PEJ3nIyJ
でも、スマナサーラ師はよく頑張ってるじゃん。でも残念な事に「怒らないこと2」みたいな本を出しても
怨憎会苦は絶対無くならないし、人間は怒らないで生きることなど不可能という現実がある事

313 :神も仏も名無しさん:2010/10/12(火) 20:17:08 ID:PEJ3nIyJ
でも、それはスマさんの責任ではないんだ。日本という環境そのものが駄目なんだよ。
日本の仏教界が駄目なのは、基本的にマインドが在家だからさ。大乗は在家主義って途方もない誤解だし、
上座部にも在家的俗物はいる。オウム事件の総括が出来ない日本仏教は本当に情けない

315 :神も仏も名無しさん:2010/10/12(火) 20:21:08 ID:PEJ3nIyJ
彼はいやいや、怒ったフリを指導的立場からしている可能性が大
________________________________________________________________________________________________

認知的不協和の典型的な例として『サイキックマフィア』(太田出版)という本には霊媒師にどれだけ
騙されようが元人気霊媒師が詐欺の手口を顕にしようが霊媒師を露ほども疑わない信者達が登場します。

また『書くことの魔力』というものが存在しマルチビジネスなどはこれを巧妙に利用しています。
「人は書いてしまったことに見合うように行動する」のであり、立場を人前で表明すると後に
引けなくなるのです。人は『一貫性』にこだわる生き物でもあります。「ひとたび決定を下したり、ある
立場を取ると、そのコミットメントと一貫した行動を取るように個人的にも対人的にも圧力がかかる」
のです。<『影響力の武器』(誠信書房)より>

もしも人が自由でありたいと願い不合理な考えに固執したくないのであれば自らの信念を十分に、吟味し
例え電脳空間であろうとも安易に立場を表明することを避けるべきです。その信念が「持たされた」もの
である可能性も大きいからです。グルの非を一切、認めない狂信で一体、誰が得をするのでしょうか。

324NONAME:2010/10/16(土) 13:30:33
日本ではオウム真理教による地下鉄サリン事件が記憶に新しいですがスリランカには近年、ナショナリズムと結び付いた
仏教徒による異教徒大虐殺の歴史があります。

スリランカ内戦とは何だったのか
http://www.news.janjan.jp/world/0905/0905193724/1.php
スリランカの民族紛争ーその背景と解釈ー
http://f1.aaa.livedoor.jp/~home/kikou2.html

オウム真理教による地下鉄サリン事件に関し「仏教正統の関係論に徹していれば、彼らもサリンを撒くことはなかった」
『正義の味方』宮崎哲弥(新潮社)という自称仏教徒による虐殺を仏教の教義云々の立場から解釈する意見があります。
このような意見は正しいのでしょうか。正しいとすれば(背景は異なれど)釈迦直伝とされる仏典に依拠しながら虐殺の
歴史を持つスリランカ仏教にも当て嵌まるのでしょうか。宮崎氏は近年、スマナサーラ氏を持ち上げていますが、氏の
見解からすれば恐らくは虐殺を行うスリランカ仏教は非正統だということになります。
(ちなみに日本仏教は大戦中、戦争に加担しています)。

スリランカ仏教の権力との癒着、異教徒虐殺の歴史、スマナサーラ氏の出自であるシャム派のカーストによる出家差別、
上座部仏教の迷信性、業の理論を利用した僧侶による大衆支配、輪廻思想による差別の固定化など、スマナサーラ氏が
語ってきた理想的な仏教、サンガ像とはまるで異なるスリランカ仏教及び上座部仏教の実像がネットを中心に明るみに
なってきたためかスマナサーラ氏と佐藤哲朗氏による母体に対する批判が公然と行われるようになりました。
(佐藤哲朗氏は協会で働く以前はスリランカ仏教シャム派の出家差別を批判しておいででしたが)
<スリランカのカースト制 http://homepage1.nifty.com/boddo/ajia/all/chap10.html 参照>

以下佐藤哲朗氏のtwitterより 上座部仏教とスリランカ仏教シャム派に対する批判
______________________________________________________________________________________________

http://twitter.com/naagita/status/17152125392
>チベと公平を期すために言うが、全日仏に照会もしないで念佛宗無量寿寺の仏舎利展示企画に
>ホイホイ乗って恥をさらしたスリランカ仏教のシャム派とか、軍事政権からアッガ・マハ・パンディタとか
>称号もらって喜んでるミャンマーの高僧とか、テーラワーダ仏教教団の阿呆ぶりもたいしたもんだよ。

http://togetter.com/li/34971
naagita返信する RTする ふぁぼる
>#jtba 「いま、スリランカの僧侶もあまり信用できない、彼らはさっぱり勉強しない。
>ミャンマーのお坊さんは真面目ですが、タイムカプセルに入っている。
>タイもあれほどの大国なのに、アメリカナイズされるばかりで、人物は少ない。
>優れた人はいますが、数が少ない。」(スマナサーラ長老)
______________________________________________________________________________________________

しかし彼らの批判は彼らの正しさを全く保証しないどころかその徹底的な排他性は母体であるスリランカ仏教の
それと類似していることを看過できません。歪な原理主義に他の宗教を認めない姿勢そのものが危険です。
自らの教団が商業ベースに乗りその虚飾の威光に利用価値がなくなったからといって母体の問題点と自派を
切り離そうと試みる前に反省すべき点があるのではないでしょうか。また彼らが「なぜよそを批判するのか」
その動機に着目する必要があります。彼らは本当に初期仏教、仏教の正統なる嫡子なのでしょうか。

325NONAME:2010/10/16(土) 13:31:17
世界ではスマナサーラ氏のような狭量な他宗教批判は紛争の原因となっています。

【テーラワーダ仏教】ブッダの教えと冥想の実践7
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1278592304/
324 :絶対神:2010/10/13(水) 12:23:20 ID:6MmFCyfg
>>303

『同じ、相手を間違っていると言えば、当然、相手も腹を立てるし争いを生む』
特に宗教的領域では、歴史を見れば判るように、それがダイレクトに殺し合いに
発展していく
現にスリランカではそうなってるだろ

>>297
人間は矛盾した生き物、「それから脱却する為に人は宗教を必要とするの」
矛盾した生き方をする事なら「誰でも出来るの」
その為に神仏や宗教は不要なんです

>>302
よそを認めなければ争いは必然的に起こってくる、当たり前の事です
批判が争いを生むからこそ、余り日本では宗教の批判がなされないのですよ

それと、いもしない神や菩薩とありもしない悟りを説いている宗教と人々は
思っていると思いますよw

『神と悟りは想定上の超越者だの境地だのであって、客観的に存在が確認され
 ている訳ではありません。同次元です』

ある意味、宗教同士の批判って、一般人から見れば、同レベルの争いにしか過ぎないと
思うね

326NONAME:2010/10/16(土) 13:32:03
スマナサーラ氏はなんと仏陀生誕を祝う祭りの席ですら批判せずにはおれません。

336 :神も仏も名無しさん:2010/10/15(金) 05:09:45 ID:CpkgXvtB
http://d.hatena.ne.jp/ajita/20100420
2010-04-20 スマナサーラ長老 名古屋「花祭り」法話より
>祭りの特色は、意味がないほどいい、ということです。意味がないと妄信でどこまでもできる。
>意味のある事はやる気がでない。スリランカのウェーサーカでも、仏教と意味のない
>尾鰭の仏教と無関係のないオマケをどんどん付け加えて、お釈迦様が消えてしまったのです。
(中略)
>これは「宗教の祭り」ではないのです。キリスト教のクリスマスは家族が一緒になる日です。
>イスラム教のラマダンでは、イスラム教徒以外は追い出します。聖地メッカも異教徒立ち入り禁止です。
>いわゆる宗教には、人類皆で和合しようという発想はないのです。他人から自分を隔離して排
>他組合作ろうという思考でいるのです。日本でやっている先祖供養も「自分の先祖」だけが対象です。
>神社のお祭りも西洋人なら喜んで受け入れるけど、あれは宣伝のためです。祭り自体を開いた訳ではなく、
>なおさら隔離しているのです。仏教はそういう隔離思考を破ろうと挑戦した。でも、意味があることを
>言っているのだから、仏教は嫌われますね。

ご自分の宗教が主催した祭りで母国の祭りの批判から神道の祭りまで批判なさるのですから
「そういう隔離思考を破ろうと挑戦」することとは無縁なような気がするのですが。
何でもかんでも批判することで自らの宗教の問題点を隠蔽できるとでもお思いなのですか。
そういう排他性のことを隔離思考というのではないですかね。どこで嫌われているかは
存じませんが(少なくともスリランカでは)そんな長老様に通じる排他性を仏教徒が
持つから異教徒から「仏教は嫌われ」ているのではないでしょうか。

327NONAME:2010/10/16(土) 13:32:53
権力と結びつき、狭隘な原理主義と排他性を徹底したスリランカ仏教の実態。
スマナサーラ氏の権威主義と排他的姿勢は母体に由来するものではないでしょうか。

337 :神も仏も名無しさん:2010/10/15(金) 05:11:23 ID:CpkgXvtB
【シンハラ】スリランカの歴史【タミル】
http://www.unkar.org/read/kamome.2ch.net/whis/1208522573
8 :世界@名無史さん:2008/04/19(土) 10:51:42 0
スリランカでは、キリスト教会に仏教関連の過激派組織から脅迫状が届いたり、
仏教僧らによる嫌がらせが後を絶たないそうです。
約100人の仏教原理主義者らが同教会周辺にキリスト教を批判する内容のビラを貼り、
日曜日には道を封鎖して教会にいけないようにするそうです。
14 :世界@名無史さん:2008/04/19(土) 16:02:03 0
スリランカでは3世紀に仏陀の歯(仏歯)がもたらされてからは、それを
守るのが王や支配者の重要な役目となったそうで。

日本の三種の神器みたいなものかな?
15 :世界@名無史さん:2008/04/19(土) 21:19:05 0
>>8
なんでスリランカではキリスト教徒が敵意を持たれているの?
16 :世界@名無史さん[sage]:2008/04/19(土) 22:12:56 0
>>14
そうらしい
ブッダの歯を持っているのが支配者の印で、
イギリスもそれを手に入れることで、反乱を収めることができたそうだ
20 :世界@名無史さん[sage]:2008/04/21(月) 10:28:31 0
>>15
スリランカの仏教僧は異教徒を街頭でボコボコにするのが日課なんだよ・・・

338 :神も仏も名無しさん:2010/10/15(金) 05:22:44 ID:CpkgXvtB
スリランカ佛教最前線 SriDaladaMaligawa(仏歯寺)/Kandy
http://www41.tok2.com/home/kanihei5/srilanka-kandy.html
>ここは是非とも隠し撮りをしてでもカメラに納めたかったのだが、撮影した瞬間に銃殺されそうな
>緊迫感だったのでやめときました。

中世スリランカの王権と仏教
http://www.l.u-tokyo.ac.jp/postgraduate/database/2006/415.html
(前略)
>仏教に権力の正統性を依拠するスリランカの王権は、Asokaの理想とは異なるものに変容し、国家安定のために
>戦闘をいとわない英雄である戦士が大前提でありながらも、sAsanaを守護するという点において菩薩としての
>理想が継承された。舎利は仏陀そのものであり、仏教を精神的支柱として統治した王にとっては、舎利の保有、
>管理が支配の正統性の根拠であった。王は仏教の最大の支援者として(中略)サンガ内の論争のために分裂した
>サンガに対する王権の行使は、サンガの浄化、規律の設定、サンガ統一、さらにはサンガ組織の再構築の指揮に
>まで及び、(中略)王は聖典の普及と比丘の著作活動を支援し、自らも仏教文献を著作するに至る。(後略)


スリランカの民族紛争ーその背景と解釈ー
http://f1.aaa.livedoor.jp/~home/kikou2.html
>スリランカが国際的に注目を浴びたのは、一九八三年の夏に起こった暴動である。
>これは、多数派を占めるシンハラ人によるタミル人の大量虐殺であった。(中略)
>一九八二年の統計にもとづいて分類してみると、全人口1485万人のうち
>スリランカ人の人々は大きく二つに分かれる。まずシンハラ語を母語とする
>シンハラ人が全人口の4分の3弱(73%)を占める。つぎにタミル語を母語と
>するタミル人が25%、ほかに英語が母語という人々も少数だが住んでいる。
>これを信仰する宗教によって分類してみると、仏教徒はおよそ1030万人で
>70%を占める。シンハラ人の多くが仏教徒である。

328NONAME:2010/10/16(土) 13:38:11
スリランカ仏教そのものが何度かの壊滅を経た後、植民地時代を経て西洋人の手を借り極めて最近、
(近代的な教義の改造を受けて)復興されたものであり、その教義にさらに独自の主張を織り込んだものが
スマナサーラ氏の説く『初期仏教』であり、その実態は古い経典に依拠した新宗教に過ぎないのではないでしょうか。

スリランカの仏教
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%AA%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%AB%E3%81%AE%E4%BB%8F%E6%95%99
『大アジア思想活劇』(佐藤哲朗)
http://homepage1.nifty.com/boddo/ajia/all/index.html

彼らがよその批判をすることは、そうすることによってしか自らのアイデンティティが保てないからでしょう。

過去、宗教の多くが伝統宗教との差異を売り文句に使い多くの人々が糾合されて来ましたが『初期仏教』というものが
歴史とは関係なく経典に依拠しただけで作り出せるというならば、殆どの新宗教は伝統宗教から派生しているので
『伝統宗教』であり、もし『初期仏教』を作るなら得体の知れない原理主義よりは文献学に従った方が余程ましです。
スリランカ仏教に連続性を仮定しても排他主義、原理主義、呪術、迷信、非合理性に塗れた『初期仏教』が必要でしょうか。
長老は折に触れて「日本人は遅れている」と主張してきましたが長老の想定する『進歩』とは何かよく考える必要があります。

http://www.unkar.org/read/kamome.2ch.net/kyoto/1257074526
691 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/07/07(水) 05:26:11
テラ協のシャム派のマハシ坊主について、もう少し言ってやろうか?

 そもそも、あそこが根本仏教と言ってるのも大嘘。

シャム派のシャムはタイと言う意味でタイからスリランカに仏教が輸入されたから、そういう名前が付いているわけ。

インドからスリランカに仏教は流れたが、スリランカはサンガが崩壊し、後になってタイから輸入しなおしたので
そういう名前になっている経緯。

で、これが1750年の話で、現実のスリランカは植民地だったために実際の仏教が復帰してくるのは1948年以降。

これがテラ協が、根本仏教としてる仏教の歴史の正体。

歴史が無ければ、書籍から学ぶしかないわけで、そうなれば日本でもスリランカでも、なんら違いは無いわけさ。

創価学会だって1930年に創立されているわけで、実際のシャム派は、せいぜいそれと、どっこいの新興宗教。

仏教にも瞑想にも歴史は無いし、性能も悪いわけで、これを根本仏教とか仏陀の瞑想とか言うのは、明らかな詐欺行為と言うもの。

まぁ、これに気が付かせない為に、性能悪いマハシで、気づきの瞑想とか言って悟らせないようにしてある二重詐欺の構造を取っているのが実態。

みんな早く気がついて欲しいんだけどねぇ。

329NONAME:2010/10/16(土) 13:40:45


スマナサーラ氏とその所有団体である日本テーラワーダ仏教協会及び長老の出身母体の問題点を考える機会を与えるネットを
スマナサーラ氏は『出家の覚悟』(サンガ出版)で「肥溜め」と呼んでいます。一方でネットの商用、布教利用には熱心です。

http://www.unkar.org/read/kamome.2ch.net/kyoto/1257074526
692 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/07/07(水) 05:54:02
ま、そういうわけで、禅僧が、シャム派のマハシ坊主のリトリートに行くなんてのは、ちょっと考えれば、まったくどうかしてる話なわけさ。

まぁ、当時はテラワダは輸入され始めたばかりだったので、判らなかったんだろうとは思うんだけどね。

マハシ坊主が、禅とは違う!なんて言うと、ほんと笑える話で、逆に同じだったら困りますっての。
693 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/07/07(水) 06:13:37
ま、なぜシャム派のマハシ坊主が、他の宗教に批判的なのかも、おおよそわかったろ?

そもそもシャム派の他宗批判がひどいのは、創価学会が他宗を批判するのと同じで、要するに
自分らに歴史が無いため。

もちろん伝統的にもテーラワーダは他宗の批判が強い傾向があるが、他の宗教とは違う事を
強調するのは宗門である以上悪いとは思わないが、歴史が無ければ自分のとこを上げ底にし
他宗を批判するしか営業の道は無いわけでね。

その昔知り合いの僧侶が、シャムのマハシ坊主を見て、南方の乞食坊主がゼニ無心に日本に
来てるのだろう?と言って、さすがに酷いことを言うなと思ったが、今では自分も同意見。

足元は、とっくに見られてるっての。
694 :名無しさん@京都板じゃないよ:2010/07/07(水) 06:43:48
なぜ歴史が無いと、他宗批判するかと言うのは、宗教史の本質では無いかも知れない。

本当の事を言えば、他宗を批判すればモメゴトが起きるわけで、モメゴトがどれだけ
経費的に見ても不利なのかを、伝統があれば知っている為。

ダライ・ラマやティックナットハンは、モメゴトに経費を使い続けた人たちでもあるので
そういう無益さが、良く判っているとも、とれる話。

ま、シャムのマハシ坊主は、内容の無い仏教や瞑想を、一代であそこまで協会を大きくしてるわけで、
攻めは強いが受けに回る時代がくれば、あれじゃ経営者として完璧に失格なわけで。

歴史が無いから、そうせざるを得ないのも判るんだけど、それじゃ続かないと思うけどね?

330NONAME:2010/10/18(月) 07:49:50
日本テーラワーダ仏教協会事務局長である佐藤哲朗氏はスマナサーラ氏の
出自であるスリランカ仏教の異教徒大量虐殺の歴史に触れず一神教や
大乗仏教を槍玉に挙げ批判します。

【テーラワーダ仏教】ブッダの教えと冥想の実践7
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1278592304/348-349
_______________________________________________________________________________
348 :神も仏も名無しさん:2010/10/16(土) 23:33:27 ID:z53/hGJZ
>>339
単に異教を叩くことで自分達の優位性を偽装したいだけの人達だから。

>要するに宗教家の発言は信用できないということじゃないの?

http://favotter.net/user/naagita
naagita
殺戮の神だったヤハウェが歴史の流れでアップデートされ、いまは平和の神の
ような顔をしてるのと同じく、大乗仏教も変わり続けてる。「仏性は殺せない」
という言葉も、戦争肯定のスローガンから、今は「平和の公案」にすり替わってる。
要するに宗教家の発言は信用できないということじゃないの?
naagita/佐藤哲朗 2010-10-16 16:39:21 1 fav by bekunari

naagita
大乗仏教は殺生を悪としない。生命には仏性という永遠不滅の魂があり、
それは殺そうとしても「殺せない」もの。だから目の前の生命を残酷に
殺しても、それは殺生にはならないと説く。実際に殺さないように気を
つける人は「小乗の輩」と侮蔑される。この事実を指摘すると坊さんの
フォローが減るw
naagita/佐藤哲朗 2010-10-16 16:32:29

349 :神も仏も名無しさん:2010/10/17(日) 05:51:42 ID:m5F5Bigl


>大乗仏教は殺生を悪としない。
似たような仏教を知ってるよ…それはスリランカ仏教。
アショカ王が殺戮の限りをつくした後、改心して罪の深さに慄くんだけれども、
出家一人と在家一人しか殺していない(後は異教徒)から、実際は一人半の殺人に
しかならないって仏教の坊主(それとも僧侶コスプレ詐欺師?)がなぐさめるという
恐ろしい話が伝わっているよ
________________________________________________________________________________

ここでは「大乗仏教やキリスト教が何をやって来たかという事実」
ではなく「大乗仏教やキリスト教の教義がどうなっているか」

が遡上に挙げられていることに注意が必要です。

331NONAME:2010/10/18(月) 07:50:31
大乗仏教が歴史的に権力と癒着し戦争に協力してきたことは自明でありキリスト教には
異教徒虐殺の歴史があるからです。誰でも調べればそれぐらいわかります。
(ちなみにスリランカには大寺派が席巻するまで、大乗仏教も存在しました)
お得意の自らの正統性を装うために他者を排斥する手法を採るならこれ以上の
攻撃材料、歴史的事実はないでしょう。

しかしそれをあえてせずに

『教義』という抽象概念に論点を絞るのはスリランカ仏教には異教徒虐殺の
『事実』が存在するからではないでしょうか。

スリランカ内戦
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%AA%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%AB%E5%86%85%E6%88%A6

そして仏教徒による殺人の原因を求めれば必然的に教義に行き着かざるを得ず、それをすれば
彼らにとって無謬であるはずの「仏陀の教え」にまで矛先が向かいます。

ひじる日々 東京寺男日記 Ehipassiko!
仏教国スリランカ内戦激化の訳
http://d.hatena.ne.jp/ajita/20080604/1212583776
ではスリランカ内戦のトリビア的背景が語られるばかりで決して「仏教徒であるシンハラ人」
が関わった紛争であるはずなのにスリランカ仏教や上座部仏教、アビダルマなどに「教義」に目が
向けられる事はありません。当然、彼らの商売道具である「仏陀の教え」に問題点は探られません。
(彼らは文献学を否定していますし、仏陀の実像はどうでもいいようですが)。

他宗教を斯様なまでに姑息な手法で攻撃し

>イエスは「仏教もかじったことのある情緒不安定なおっさん」とゆーくらいが関の山
http://d.hatena.ne.jp/ajita/20080524/p2

と(日本では信徒がマイノリティである)キリスト教を貶めてまで自派の優位性を装わざる得ないほど
スマナサーラ長老率いる日本テーラワーダ仏教協会とスリランカ仏教の歴史、教義、実態は脆弱
なものであり、彼らには隠したいことがあると見ることができるのではないでしょうか。
少なくとも佐藤哲朗氏のやり方を見ていると、そう判断せざるを得ません。

尚、アルボムッレ・スマナサーラ長老のWikipediaの履歴を見れば書き換えはひとりの人物により
独占されています。彼は一体、何を隠そうとしているのでしょうか。

そしてスマナサーラ氏率いる日本テーラワーダ仏教協会が今後、スリランカ仏教と手を切ることになっても
このような体質が変わらないであろう事は想像に難くありません。意匠を変えても中身は同じな限りは。

332NONAME:2010/10/18(月) 15:27:46
>>331
【訂正】
>ではスリランカ内戦のトリビア的背景が語られるばかりで決して「仏教徒であるシンハラ人」
>が関わった紛争であるはずなのにスリランカ仏教や上座部仏教、アビダルマなどに「教義」に目が
>向けられる事はありません。当然、彼らの商売道具である「仏陀の教え」に問題点は探られません。
>(彼らは文献学を否定していますし、仏陀の実像はどうでもいいようですが)。

ではスリランカ内戦のトリビア的背景が語られるばかりで「仏教徒であるシンハラ人」が関わった
紛争であるはずなのにスリランカ仏教や上座部仏教、アビダルマなど自派の「教義」に決して目が
向けられる事はありません。当然、彼らの商売道具である「仏陀の教え」の問題点は探られません。
(彼らは文献学を否定していますし、仏陀の実像はどうでもいいようですが)。

【参考】
A・スマナサーラ長老の言葉の汚さについて2
http://mimizun.com/log/2ch/psy/1252353236/
14 :神も仏も名無しさん:2009/09/15(火) 06:51:46 ID:LsoeRoLg
日本テーラワーダ仏教協会のスマナサーラ氏の残酷な所は対立図式を捏造する為に
他宗教を利用し無駄な敵意と偏見を信徒にまで植え付けることです。

立場が異なるものを仏陀の威を借り排撃することにより自らのアイデンティティ
と優位性を保とうとするのです。そして自らの教えは完全無欠だと嘯くのです。

宗教というのは比較により差異が浮き彫りになるというのは事実でしょうが
教義面は単純に優劣が決まるわけではありませんし、社会や個人に及ぼす
派生効果はどの宗教でも必ずしも良い面ばかりではありません。
時代によっても尺度によっても評価が変わります。

彼はそんな当然のことをわかっていながら(彼は一方的に自らの宗教がレッテル貼り
されることに酷く激昂します)自分は尺度を恣意的に定め他宗教や日本を断罪し差別し
自らは高みに立ち人間の自我を超越しているかのような印象を与えようとします。

これは明白な危険思想だと思います。弟子の佐藤哲郎氏の例でその思想が人格に及ぼす
影響は十分にわかると思います。不寛容で排他的で独善的になり自意識が肥大化します。
最初からそのような傾向性がある人間が集うにしろその要素を大きくする必要はありません。

日本に余分な宗教対立は必要がないと思います。

333NONAME:2010/10/21(木) 01:46:42
スマナサーラ長老の説法の特徴は自家撞着と自己正当化と不寛容です。

2010年9月25日(土)スマナサーラ長老「ダンマパダ(法句経)」講義の実況まとめ http://togetter.com/li/53716
_______________________________________________________________________________________________
>#jtba 質疑応答 A:輪廻を否定するのは阿呆です。肯定もできないものをどうやって否定するんですかね?
>心の法則を観察すると、あるのではないかと推測できる。また、行為に結果があることは分かっている。
>また、心は一瞬たりとも停止しない。ならば死で停止するはずがない。
_______________________________________________________________________________________________
例えば上記では「輪廻を否定するのは阿呆」と言い「肯定もできないものをどうやって否定するんですかね?」
と理性的認識を推奨するように見せながら

_______________________________________________________________________________________________
>#jtba 質疑応答 A:心のはたらきを観察する能力がつけば、(輪廻と業が)分かるんです。
>心の流れを追っていく訓練がある。しかし、やがて超越的な能力がついてから判断します、
>というワケにはいかない。毎日生きているんだから。原因と結果ということを理解して、
>善いことをして生きないと。
_______________________________________________________________________________________________
「心のはたらきを観察する能力がつけば、(輪廻と業が)分かるんです。」と恣意的に定めた基準で実際は
『輪廻がある』という方向に聴衆を誘導します。「心の流れを追っていく訓練がある」と仰っていますが
その訓練による認識を「真」だとする根拠は全く提示されません。結局は自らの信仰を肯定し疑念を封殺します。

実際、死後の世界は誰にもわかりません。しかしなぜ輪廻等、根拠なき神話に疑念を持つ人がいるかと言えば
それが搾取の道具になっているからです。例えばここ日本テーラワーダ仏教協会の教義は布施を行えば功徳になり
業と来世が良くなると説いていますし、数々の霊感商法でこの手の恐怖と脅しに基づいた常套句は使い古されています。

このような論理を自称、仏教の正統であり多くの文化人に認められた指導者が用いる事はそれ自体として問題ですが、
将来的によりカルト的な団体により狡猾に利用されることになるでしょう。なんせ自称お釈迦様という権威が説いた
法統を守る、社会的に認められた文化人にもお墨付きを与えられた偉いお坊さんがこのような説を推奨し客寄せに
用いて批判されないのです。有象無象が同じ論法を用いないわけがない。このような考えが広まることが危ない。

このように自らの信仰には拘泥しながら(恐らくご自分では「信仰」とは思っていないでしょう。
人は自らが自明視していることを「信仰」とは思いません。幼い頃より特殊な環境で育てば尚更)、一方で
_________________________________________________________________________________________________
>naagita返信する RTする ふぁぼる#jtba 長老:そういうことは知り尽くせ無い。その都度理性で対応すればいい。
>大切なのは「生きるとは何か」ということ。それは修行して知り尽くすこと出きる。そこからその人騙すことできない。
>何も信じないで生きられる。釈尊は、教えも鵜呑みにしてはいけないと言っている。
________________________________________________________________________________________________
「鵜呑み」にするなと「懐疑」を一面的に推奨するのです。そしてお決まりのように

________________________________________________________________________________________________
>naagita返信する RTする ふぁぼる#jtba 長老:聖書を信じる人は、聖書は神の言葉だと信じている。
>実際はあちこちでバラバラに作られた書物を恣意的にまとめただけ。新約でも一番古いのはパウロの手紙。
>コーランもバラバラの言葉を各人が恣意的に解釈して、人殺しに使っている。
________________________________________________________________________________________________
人の信仰は貶めるのです。(自らの仲間の仏教徒が人殺しを肯定した歴史を持ち、仏典も寄せ集めであることには触れず)。

要するに自分の矛盾は見えず(自家撞着)、自分は常に正しく(自己正当化)、他人の信仰は踏み躙りたい(不寛容)
だけなのです。教義云々以前にこのような信仰のあり方が広まる事は危険ではないでしょうか。

334NONAME:2010/11/12(金) 11:55:23
大乗を否定し、般若心経を否定し、日本の仏教者を否定する。
否定と拒絶からは何も生み出せない。

335とら:2011/01/10(月) 11:36:51
私はテーラワーダ協会のはじめの会員でした。スマナサーラが釈尊仏教を正式に紹介した点は認めます。
しかし何でもかんでも“苦の真理”で決着をつけるのはいかがなものでしょうか。
仏教は仕事をする人には向かないと思う。瞑想の世界だから。まず社会人になること、きちんと会社で働くこと。
そういうことに頭が行かなくてはなりません。宗教はあくまで参考程度にすべきです。

336NONAME:2011/01/10(月) 23:08:41
>しかし何でもかんでも“苦の真理”で決着をつけるのはいかがなものでしょうか。
なんですか苦の真理って。 そりゃ一切皆苦でしょうけど。てかそういう風にすべてを一元化するのはオウムでもどこでも採用する手口ですよ。
ま商売するにはそういう風にするのが良いのです。

>宗教はあくまで参考程度にすべきです。
頭でっかちになったら絵に描いた餅になるということでしょう。

337NONAME:2011/01/12(水) 02:52:55
テラ協の人は文献学的仏教学に権威を認めていないようですが、
「初期仏教」という概念は、文献学的仏教学者が仏教史を整理
するために考案したものだそうです。
文献学の権威を認めない人が、文献学の考案した概念を利用して
布教活動しようとすることのジレンマ。
もうお分かりですね。

338337:2011/01/12(水) 03:29:10
つまり、彼らは自分たちに都合のいいことを利用して、
自分たちを権威づけたいだけなんです。
そのやり方の恣意的なことよ!
すでに、あちこちに矛盾が露呈してます。
他宗教にちょっとでもおかしなところがあると知るや、
それを利用して、自分たちを権威づけようとする。
自分たちの宗教のおかしなところは全て棚に上げて、
知らんぷりです。
他人の揚げ足取りに励む彼らの布教活動にカルト的要素がある
と言われても仕方ないでしょう。

聖書にあるイエスの言葉を引用してみましょう。

「人を裁くな。あなたがたも裁かれないようにする
ためである。あなたがたは、自分の裁く裁きで裁かれ、
自分の量る秤で量り与えられる。あなたは、兄弟の
目にあるおが屑は見えるのに、なぜ自分の目の中の
丸太に気づかないのか。(以下略)」

有名な言葉なので、すぐにお分かりのことと思います。
ブッダもこれとほぼ同じ意味の言葉を残してますね。
いちいち引用はしませんが。
ですので、ここに示されている倫理は、普遍的なものと申せましょう。

ところが、この基本的かつ普遍的な倫理を実践できていないのが
スマナサーラと佐藤哲朗の実態なのです。
宗教者以前の問題として、人間性が疑われます。
彼らが、やっきになって「宗教」を否定しようとするのはなぜでしょう?
思うに、彼らは基本的人間性ができていないので、「宗教」の
名に値する精神性を体現できないのです。彼らはそれが悔しいのです。
それが彼らの宗教者としての劣等感なのです。ひょっとしたら彼らは
そのことを心の奥底では気付いているかもしれませんが、でも素直に
自分たちの欠点を認めることができないので、理論武装して他人のあら捜し
をすることで、自分たちの欠点を必死で覆い隠そうとしている。
知識のレベルで他人に勝ち続けることで、自分たちの最も痛いところ、
そもそも人間性がなっていないという欠点を自覚し、反省するという
一番大切な内面的な仕事から逃避し続けている。
私にはそのように見えます。
もちろん、このような文章を書く私にも何らかの人間的欠点はある
と思います。私もまた、「自分の裁く裁きで裁かれ、
自分の量る秤で量り与えられる」のです。
ですからこの文章を書き込んだ後に、反省し、内観する行を
実践したいと思います。
長文失礼しました。

339NONAME:2011/01/19(水) 13:32:19
>文献学の権威を認めない人が、文献学の考案した概念を利用して布教活動しようとすることのジレンマ。

テラワダがそういうことだということですか。それなら確かに破綻していますね。
カルト組織は、多かれ少なかれ論理破綻がありますが、たとえば「やってみなきゃわからない」と言ってやらせてその後
信じないと また何だかんだ言って来たり。

>つまり、彼らは自分たちに都合のいいことを利用して、自分たちを権威づけたいだけなんです。そのやり方の恣意的なことよ!
そりゃ恣意的ですよ。
そういうのをサイトに短くまとめて世に訴えることが大事ですね。

>自分たちの宗教のおかしなところは全て棚に上げて、知らんぷりです。
これは仏教ではありえませんね。

340NONAME:2011/02/10(木) 00:16:39
スマナサーラとあの協会は、「上座部系の新宗教」と考えると理解しやすい。
彼らの独善排他の論理は、日本の仏教で言えば親鸞会とか日蓮正宗あたりと
似ているのではないかな?
「伝統仏教のつもりが、実はカルト」という点が似ているのではないかな?

341NONAME:2011/06/05(日) 06:30:22
確かに。瞑想法も20世紀に改良されたものでしょ。
異なる体系、アップデートを認めない言説ふりまいて、
自分たちだけは2000年以上、連綿と原始的な体系を保持してるよ
うに信者や初学者に吹き込んでるみたいね 根本分裂も教えてないんじゃね?
分派しない方がおかしいちゅうねんww 仏教史は転釈そのものなんだし、
地域性や時代性と切り離して存在できるわけないわな。
歴史、文化と切り離して考えると安易な批判になるんだよな〜

342NONAME:2011/06/05(日) 22:18:58
>彼らの独善排他の論理は、日本の仏教で言えば親鸞会とか日蓮正宗あたりと
>・・・
>「伝統仏教のつもりが、実はカルト」という点が似ているのではないかな?

ま、カルトまでは行かないでしょ。 カルト風セミナ〜〜〜かなあ。

>原始的な体系を保持してるように信者や初学者に吹き込んでるみたいね 

正直に「換えてます」って言えばイインジャネ?

343NONAME:2011/07/10(日) 00:46:53
宗教いらないよな

344NONAME:2012/01/30(月) 19:14:41
カルトでない宗教・宗教組織ってあるのか?

あったら、教えてもらいたい。

カトリックも、浄土宗も、ヒンズー教も、みんなカルトではないか!

345NONAME:2012/01/30(月) 23:32:57
カルトかどうか? 悪いかどうかを考えたらいいんじゃない?

346NONAME:2012/01/31(火) 23:24:17
何でもかんでも糞味噌にして粉飾できりゃ楽だわなW

347NONAME:2012/02/01(水) 16:13:13
>何でもかんでも糞味噌にして粉飾できりゃ楽だわなW

カルトってのは悪質な組織を指すので、まず悪質かどうか見極めればいい。 何かを信じているかどうかで判断してはいけない。

宗教だからって 何でもかんでも糞味噌にしてはいけません。

348NONAME:2012/02/02(木) 22:26:40
穏便な宗教と仏教にしか真理はないなどと説いて他宗教のネガキャンに興じ
自らの宗教の瑕疵は隠蔽する、スマナサーラ長老を糞味噌にしてはいけない。

349NONAME:2012/02/02(木) 23:58:35
スマナサーラさんってそういう糞味噌な人なんですね。

穏便な宗教? 穏便かどうかではなく、カルト要素が多いかどうかで判断しましょう。 そのような眼を、仏教は養います。

350満子:2012/03/17(土) 13:46:23
匿名でわーわー言っていても説得力無いよな。
オナニーでもしてスッキリした方が良いと思うよ?
名乗りを上げて批判ばかりしている糞ジジイに勝てますように!乙女の祈り。

351ららら♪:2012/04/04(水) 14:34:47
同じ協会内のホムペで
http://www.j-theravada.net/kogi/kogi12.html


>>仏教には信仰はありません。信仰ではなく、聞いたこと、見たこと、学んだことは自らが自分でそれを実践し、それによって自分の心からの欲望のむさぼりや、怒りの心が消えてなくなっていくことを体験し、それを実証していくことこそが必要なのです。仏教には欲望を満足させるものは一切ありません。自分ですべてのことを実践することによってそのことを確かめてください。その結果、必ず信仰のような曖昧模糊(あいまいもこ)としたものではなく智慧による確信に変えていくのです。


だって♪

でも長老、「信仰」させたい風の発言多いよねw

カルトなのか[正しい]のか、そんなのどーでもいーけど、
このページ好きだ(*´∀`*)w

そんだけ♪

352351:2012/04/04(水) 15:14:42
追記

お釈迦さんと山下清って似てるよね♪

・・・なんか、仏教とか【宗教】の枠に囲んじゃ、気の毒な気がするw←

353NONAME:2012/04/04(水) 17:59:54
>仏教には信仰はありません。信仰ではなく、聞いたこと ・・・

これは正解ですね。でもこの協会は、それを利用したカルトである可能性が・・・あるね。
ぶっちゃけ何でも利用できるんですよ。

>自分ですべてのことを実践することによってそのことを確かめてください。

ここが怪しい。

あと、このスレのはじめのほうだね。
信者が切れていますが、その反論姿勢がカルトメンバーそのもの www ちゃんと見ないと騙されますよ 〜

354NONAME:2012/04/12(木) 15:00:58
>でも長老、「信仰」させたい風の発言多いよねw

まあ商売ですからねえ。

355満子:2012/06/21(木) 03:02:03
そうかそうか

356満子:2012/06/21(木) 03:05:38
自分で学べって事でしょう?

357満子:2012/06/21(木) 03:06:53
カルトってなんだよ?
犬作さんの学会のこと?

358満子:2012/06/21(木) 03:11:19
カルト(Cult)は、「崇拝」、「礼拝」を意味するラテン語 Cultus [1]から派生した言葉で、元来は「儀礼・祭祀」などの宗教的活動を意味しており否定的・批判的なニュアンスは無かった。しかし現在では、反社会的な宗教団体を指す世俗的な異常めいたイメージがほぼ定着している[2]。ただし、反社会的な問題のない団体に独自の主観によりカルトのレッテルを貼る等の混乱が見られたり、派生的な用法が多岐にわたって使用されはじめており、境界線があいまいな言葉である。カルト団体として世間的な批判が行われる場合、それは批判する当事者にとって不都合な団体にそのレッテルを貼り、悪宣伝の対象にしている面が強い[3]。

情弱なんでWikipedia!

359NONAME:2012/06/21(木) 21:47:06
カルトの必殺のお言葉は、「実践」です。 参照:>>3   まあ商売ですからねえ。

360NONAME:2012/06/21(木) 21:48:55
創価学会がライバルだということは・・・ここもやはりカルトか。w

361満子:2012/06/30(土) 22:47:17
テーラワーダはどんな金儲けしてるのかしら?
日本の大乗仏教と同じなのかなあ

362満子:2012/06/30(土) 22:47:59
マンコわかんな〜い

363満子:2012/06/30(土) 22:48:34
屁理屈で悟れたら良いな。

364満子:2012/06/30(土) 22:51:17
ここは糞ジジイをやり込めない人たちが書き込む場所なの?

365NONAME:2012/06/30(土) 23:00:06
>ここは糞ジジイをやり込めない人たちが書き込む場所なの?

オレはこのカルトに接触したことないんだけど、カルト教主を糞ジジイとか言ったら駄目でしょ。www

366満子:2012/07/10(火) 21:27:52
糞ジジイは糞ジジイよ!
糞ジジイは金貯め込んでいるのかしら?
テーラワーダ カルトで検索するとこれ一番上に来るね!
なんで?

367NONAME:2012/07/12(木) 17:33:25
日本テーラワーダ仏教協会関連のwikiを専有しているのは何者なんですか?

仏教界の勝ち組・佐藤哲朗先生について語ろう!
http://uni.2ch.net/test/read.cgi/psy/1318228341/

124 :神も仏も名無しさん:2012/07/10(火) 21:01:17.30 ID:+SdzfWvG
wikiのスマナサーラのノートでAjitaさんが削除した部分を読むと何かが透けて見えるかも?

スリランカは僧侶の得度式の日取りなどは星占いで決める風習である事が知られている。
彼は出家は星占いを戒律で禁止しているとしている。

彼は、テーラワーダ仏教はお釈迦さまの教えをできるだけ忠実に守ろうとするので、
保守的だと言われることもあります。としている。
スリランカの仏教寺院には必ずヒンドゥー教の神が祭られている事が知られている。
また、彼はカーストで入団を規定しているシャム派の僧侶である。

ヴェーダーンタ協会は、ヒンドゥー教の聖者であるラーマクリシュナを奉っている。
彼はそこに講演に行ったことがある。


125 :神も仏も名無しさん:2012/07/10(火) 21:01:57.38 ID:+SdzfWvG
上座部仏教の僧侶は227種の戒律があり、特に重要な項目として十戒があり、
その中で不促金持戒(ふそくきんもつかい)により、お金に触れない事を規定している。
彼の著書に105円のLED付きライターを灯明用に自ら買いに行ったとある。
同時にLED付きライターなどを脱線しているとして太字で強く否定している。

更に重要な戒律である八戒の歌舞観聴戒(かぶかんちょうかい)では音楽や芸能を
観たり聴いたりしないことを規定している。
彼は、仏教では、音を聞くな、とは言っていません。と発言している。
同時に〈音楽を聞くなかれ〉と戒める事は、苦行を語る宗教ならそのように説く可能性もあります。
としている。

スリランカは紀元前200年のころから仏教国です。大変歴史が長い。と発言している。
所属しているシャム派は、日本で言えば江戸時代にあたる1753年にタイからスリランカへ伝来して来た派である。


126 :神も仏も名無しさん:2012/07/10(火) 21:02:39.29 ID:+SdzfWvG
ヴィパッサナーは、お釈迦さまが、我々に確実に悟りを体験できるように教えられた
実践方法(修習,瞑想)です。と紹介している。
彼が所属しているテーラワーダ仏教協会が教えているヴィパッサナー瞑想は、
1904年生まれのミャンマーのマハーシ長老が日本で言えば昭和にあたる
1938年に教え始めた現代瞑想である。

彼は、民主主義的な世界を生み出そうというのが仏教の根本にあるから、
あのミャンマーにおいても惨事が起こりにくいなどと発言している。
ご出身のスリランカの仏教僧たちの多くは,マイノリティへの譲歩を否定する傾向にあり,
民族対立や紛争の平和的解決をめざす過去の交渉の多くに反対してきた事が知られている。
外務省の資料によると、2009年まで26年間で7万人以上の犠牲者を出した内戦が起きたとある。
この内戦はアパルトヘイト国際条約に違反する犯罪であるとする国際法学者の指摘も見られる。

373NONAME:2013/03/04(月) 20:54:20
初めまして
長老の書籍、せっかく読んで面白いことが書かれているのにカルト呼ばわりされるのは残念だなぁ
パーリ語原典と日本語読みと訳をつけ、さらに解説までつけているのにどうしてカルトと否定されるのやら
普通に上座仏教の書籍を作るとそんなにわかりやすくやってくれないよ
それに値段も高いし
今、サンガ新書やその他ハードカバーで3000円くらいになっているから
みんな読むんじゃないかな
良かれ悪かれ長老の上座仏教に対する布教活動は純粋なものだと思うけれど
そういう私も30冊以上は購入してしまったようで
もし、ネットでカルトだという評判が広まったらブックオフでも売れないかも?
けど、ネットではカルトだと言われているけど、リアルではそんなに影響ないとするなら
購入した書籍を手放してブックオフが得するだけのような気がするのですが
これから何を支えにしたらよいのか

374NONAME:2013/03/04(月) 21:43:44
もし、「カルトである」ということが広まったら日本語でわかりやすく慈悲の心を念じる
慈悲の瞑想
も否定しなければならないのでしょうか
悪影響がある、と証明できる訳でしょうか
ネットでこういうスレが秘密裏でも存在しているということはそういうことなのです

376NONAME:2013/03/05(火) 23:35:43
その組織が「カルトである」ということが広まったら、と考えるのはナンセンスである。
広まろうが広まらなかろうが、

カルトはカルトだから、それはカルトと呼ばれるべきである。 もちろん悪い意味でだ。
カルトかどうかは、悪いカルト要素が多いかどうかで決まる。
カルトと呼ばれるのは、その教団に悪いカルト要素が多いからであるべきで、印象だけで安易にカルトと言ってはならない。

そして、悪いカルトは、人や社会に悪影響を及ぼす。 目的が金儲けのくせに尊い振りをするので、
悪い手口がそこには必要とされるからである。
そしてそれに感染した信者も、当然悪くなる。

社会の片隅で「こういう組織」が秘密裏でも存在しているということは、そういうことなのです

377NONAME:2013/03/09(土) 16:41:01
それほどこの宗教団体に一般的な認知度はないがネット普及と平行して
嘘、妄想、誇大広告が暴かれてしまったことが特筆すべき点ですよね。
初期にネットで呪詛を吐き散らした日本テーラワーダ仏教協会の信者さんの
活動がなりよりのネガティブキャンペーンになったと思います。

私はこの宗教団体を知る前までは素朴に仏教は正しいと信じていました。
結局、どんな思想を奉じているか以前にどんな人達が信じているかが
大切であるということに、あらためて気付かされましたよ。

379NONAME:2013/04/15(月) 22:23:28
この組織は何か反社会的なことをしたのでしょうか?
そうでもなかったら大目にみるくらいのことはしましょうよ
蓄財でブースカ言っている人達もいますが、資本主義の日本でこれを否定したら
葬式仏教なんてどうなるんですか?

それにシャム派とかの出自を厳密に語り出したら誰も日本に来ませんよね
それこそ「橋下徹と週刊朝日」と同じ関係になってしまうんじゃないですか?

仏教宗派をカルト呼ばわりするより「仏教を伝えた彼の存在がどのくらいの人に影響を及ぼしたか」できめませんか?

380NONAME:2013/04/17(水) 00:31:47
ま〜どこの組織でも厳しく見てあげないとなんかやり始めますから。 カルト要素指摘されてなんも言えない信者の

症状(>>10>>40くらい プププとかいう奴とか)を見ていると、ここも駄目だね。ということ。w

381NONAME:2013/04/17(水) 20:18:18
仏陀は無謬だと喧伝し外部を弾劾するスマナサーラ長老が批判されるのは必然でしょ。
スマナサーラ師が否定する他宗教と同じ問題をご自分達や師の母体がお持ちだからです。
反社会的行為をしていないというだけで盗人猛々しい物言いが、正当化されるのなら
どうしてこの団体が批判されることぐらい、許容できないのでしょうか。

蓄財は上座部の戒律違反です。大乗の非仏教的側面を叩いたり、上座部仏教の正しさを
説くならご自身が戒律ぐらい守るのが筋です。カースト差別は、仏陀が否定したものです。
仏陀を正しいと信じヒンドゥー教のカースト差別を叩き台に仏教の正しさを説くなら
出身母体にカーストによる出家差別が存在することを批判なさるべきでしょう。
こういったスマナサーラ長老の卑怯な物言いと、橋下氏に対する出自差別とは全く違う。
思想は選べるし、スマナサーラ長老は自らが役職を獲た組織の問題点に触れずに全く
同じ問題を持つ他宗教を弾劾しているのです。粉飾的な論法が師の説法の特徴です。

スマナサーラ長老の仲間のスリランカの仏教徒は異教徒を近年、虐殺しています。
スマナサーラ長老は一神教の信者によるジェノサイドを批判なさっています。
今日でもスリランカでは仏教徒優遇製作が採られ、異教徒が弾圧されています。
スリランカ仏教はシンハラ民族中心主義や国粋主義と結び付き異様な様相を呈しています。
もしこういった問題点とスマナサーラ長老を切り離したいと考えるのであれば、まず
スマナサーラ長老が非仏教的で悪名高きスリランカ仏教シャム派と縁を切るべきです。
そして、スマナサーラ長老がご自身で、スリランカ仏教の問題点を総括するのが筋です。

師が言うように上座部仏教が本当に正しいのであれば他宗教批判で自らの問題点から
逃避するより、歴史的にどのような良き派生効果を生み出したか実証した方が説得力がある。
それができないまま、同じ問題を持つ他者を否定ばかりするから批判されるんでしょ。

382NONAME:2013/04/17(水) 20:25:10
>こういったスマナサーラ長老の卑怯な物言いと、橋下氏に対する出自差別とは全く違う。

こういったスマナサーラ長老の卑怯な物言いに対する批判と、橋下氏に対する出自差別とは全く違う。

意味が通っていませんね。訂正します。

383NONAME:2013/04/17(水) 22:57:54
なんだ? よく読んでないが、スマナサーラ長老は卑怯なのか? じゃ駄目だな。ほんとにそうならそこをどんどん揚げて行けばいい。

そしてまた信者が必死に言い訳する。www ま、スマ。商売ならそりゃあボロも出るだろうな。w

385ray ban outlet stores:2013/06/30(日) 20:45:06
Bearing in mind previous posts about words I picked up a book at a charity sale called Troublesome Words by Bill Bryson. It is a hoot. He talks about misuse of words, grammar and punctuation. Right up my street….It was first published in 1984 so I doubt it would merit review now but you might want to watch out for it ( if it is published in the US of course) ray ban outlet stores http://www.musements.co.uk

386才木広之:2013/07/09(火) 15:42:38
高校のとき、校則違反してる人は多かったのね、服装とかね、だけど普通に授業に出席してる訳。
自分葉、学校の指定の征服で毎日登校してたのね。だから何にも先生に注意されない。

先生が私に、俺先生辞めようかと思うんだけど、とか聞くこともあったの。ただそこに座っているだけで、なんかつぶやいてるのを聞いたりしていたんです。

僕としたらそんな先生がかわいそうに思ったりして、

先生も、同級生も、仲間だったから、お互いの立場を尊重して、助けられるところは助けてあげたらいいのに、と思う。

387NONAME:2013/07/10(水) 03:44:16
↑ 頭おかしいですか?

388才木広之:2013/07/10(水) 18:05:24

先生がブッダですね。生徒が私たちですね。

先生の決めたルールを守らないものもいれば、生徒は自分のルールで生きる人もいます

また、先生のおっしゃってることはこういう事だ、解釈までする人もいます。

マーマー、自分が自立していれば、誰に対しても文句は出ないのですが。

自分の道を行けばよいのですから。その中で助けになると思うものを拾えばいいし、役に立たないと思うものは気にしないでしょうし

誰も助けてはくれないのですから、

最後は自分が決めるのですから。

389才木広之:2013/07/10(水) 18:10:17
そしていつかは死を迎えるのですから、誰の死でもない。

自分だけが知る、自分だけの死を迎えるのですから。

文句を言いつつ死にたくはないですね。

390才木広之:2013/07/10(水) 20:49:14
怒りの発生しない人間になること、それを今目指すこと、常に目指すこと、怠ることなく目指すことです

それが最上の人間になる道です。

どうしたらなれるのではなく、今この瞬間気をつけることです、常に気をつけることです

それが最上の生き方です。

その達成のためには、自分にとってのヒントは、どこでも探します。それぞれ違う生き物ですから、違う生物ですから、違う世界観を持っていますから、自分のヒントになるものはどこからでも拾えばよいのです

怒りのない最上の生き方を目指せば、おのずと自分にとってのヒントは見えてきます。

391才木広之:2013/07/10(水) 20:58:11
自分がこれは駄目だなと思えばそれでいいのです。それに付きまとっているよりも、探すのです。自分の心に怒りが発生しないものを

392才木広之:2013/07/10(水) 21:06:46
自分の心に怒りが発生するなら、できるだけ避ければいいのです。そんな状態にいるよりも、自分が怒りのおきないところに親しめばいいのです。それには誰もどうしてあげることは出来ないのです。自分が怒りのない人間になろうと望まない限り周りのせいにするのです。そうではないのです、自分が動き行動し、怒りのないように自分が動くのです、発生させないように動くのです。自分で探すのです。それは自分しか出来ないのです。あなたと私は違うのですから。自分で見つけるしかないのです。

あるものにとってはそこが怒りが発生しない場所であったり

あるものは同じ所でも怒りが発生するのです。

あなたと私は違うのです。すべて違うのです。

自分の行く道は、自分で見つけるしかないのです。他人には見つけられません。

また他人の道を教えることも出来ないのです。

怒りのない人間を、あなたと私は違いますが、それぞれに、自分のために怒りのない生き方を常にめざし気をつけましょう。

お互い幸せでありますように

393NONAME:2013/07/23(火) 14:25:11
才木広之さん アナタはここの信者ですか?非信者ですか?
文章を垂れ流しして誤魔化したいだけですか? これ以上勝手なことすると削除依頼します。 
まったくしょうがないですねカルトメンバーは。w

394才木広之:2013/07/23(火) 15:15:47
私は、いろんなものを、目にします、聞きもします。

395才木広之:2013/07/23(火) 15:33:26
スマナサーラ氏が言ったから、と言って、総てを、信用することはありません。

ブッダが言ったから、と言って、総てを、信用することはありません。

396NONAME:2013/07/23(火) 15:48:07
才木さんのサイトはあるのでしょうか。
コチラですかね。 http://77713696.at.webry.info/201102/article_10.html
立ち位置くらい言わないなら さ駆除依頼しますね。w ちなみにここは、日本テーラワーダ仏教協会の欺瞞
に関する板です。

397才木広之:2013/07/23(火) 15:53:17
才木さんの掲示板は、以下です。

以下
http://55835609.at.webry.info/

403NONAME:2013/08/12(月) 02:20:15
アルボムッレ・スマナサーラに対する既出の批判や知識の一部を箇条書きにした。

●スマナサーラ長老はスリランカ仏教に長い伝統があるように主張しているがこれは嘘である
●近代スリランカ仏教はサンガが途絶えていたものを1753年にタイから再輸入した事に復興の始まりがある
●その後、スリランカは1796年からイギリスの植民地となり以降、仏教は風前の灯となる
●植民地下に神智学協会会員であり大戦中の日本の躍進に鼓舞されたシンハラ人の
ダルマパーラ(1864〜1933受戒1933年)は自分達をアーリア人種だと信じるシンハラ人の
民族的自意識と仏教復興運動を結び付けナショナリズムを煽るために奔走した
●この為スリランカは仏教が特定の人種、ナショナリズムと結び付くという特異性を持つに到る
●オカルト団体である神智学協会の庇護の下、ようやく復興できたのがスリランカ仏教であり
同協会のブラヴァッキーとオルコットの活躍なくしてスリランカ仏教のスリランカ現地における隆盛はない
●イギリス植民地から独立し仏教が本格的に復興したのは第二次世界大戦以降であり
スリランカ仏教は度重なる壊滅を経て第二次世界大戦、復興された新宗教である
●これを伝統宗教というなら日本の新宗教の多くが伝統宗教からの派生なので伝統宗教になる
●日本テーラワーダ仏教協会は本体の土着性、新興性を隠した上で作られた新宗教である
●スリランカ仏教が度重なる壊滅を、経たことに触れずに伝統を騙り他宗教を揶揄し学問と
しての仏教や文献学まで否定し自派の優位を装うスマナサーラ長老のやり口は異常である
●スマナサーラ長老はヴィパッサナーをお釈迦さまの瞑想法と主張しているがこれは嘘である
●スマナサーラ長老が広めているヴィパッサナー瞑想法はマハーシ(1904〜1982)により
1942年に発表され第二次世界大戦後、普及した新興の創作瞑想法である
●マハーシがネタ元として挙げる大念住経等の経典とこの瞑想法は乖離していることで知られる
●長老は新興の瞑想にありもしない伝統と結果が伴わない効能を吹聴し商売している
●本人や取り巻きがその効果を否定しているが、一向に省みる気配はない
●長老の指導を受け離反した著名人達は過去の長老との深交に触れず黙秘する傾向にある

●スマナサーラ長老は一神教の異教徒虐殺を批判することが多いがこれには情報隠蔽がある
●スリランカの仏教徒は現代に勃発したスリランカ内戦(1983〜2009)において
ヒンドゥー教徒大虐殺を行っている
●スリランカ国民の多数派の仏教徒は自らをアーリア人種であると信じるシンハラ人が大きな割合を
占め、一方で国民の少数派のヒンドゥー教徒はトラヴィダ系のタミル人が大きな割合を占める
●イギリスは植民地時代にタミル人を重用しシンハラ人を統治させる分割統治を行う
●独立後、シンハラ人はシンハラ人を優遇する法案を通しタミル人を排除しようとした
●これが対立の始まりでスリランカ内戦は民族紛争だとも宗教戦争だとも言われる由縁である
●1972年セイロンからスリランカ共和国に国名変更し新憲法により仏教最優先の地位が与えられた
●セイロン島において仏教とヒンドゥー教との争いは歴史上、何度も起こっている
●スマナサーラ長老のヒンドゥー教、他宗教蔑視は母国における仏教徒による異教徒迫害と無縁ではない
●スマナサーラ長老はヒンドゥー教のカースト差別を批判してみたり日本の江戸時代の身分制度に
触れてみたりして仏教の平等思想を称揚するが情報隠蔽した上での印象操作である
●スリランカには、いまだにカースト制度がある
●スマナサーラ長老のスリランカ仏教シャム派はカーストによる出家差別を行っている
●スマナサーラ長老は出身派閥の暗部に触れず称号まで貰い、異教の差別や戦争ばかり弾劾する
●スマナサーラ長老のスリランカ仏教シャム派から名誉称号を貰った人物には桐山靖雄がいる
●長老は著書でスリランカ人を毛嫌いし日本人を馬鹿にするような発言を繰り返している
●スリランカ仏教寺院ではヒンドゥー教のデーヴァを祀り、重要儀礼で占星術を執り行う
●長老はこういった事実に触れず自らも呪術を弄ぶくせ異教の呪術に対し批判をしている
●歴史上スリランカで上座部が残っていた時期があるのは彼らが王権に取り入ったためである
●長老は過去のスリランカにおける大乗隆盛に触れずに「大乗は論破して追い出した」ことにしている

404NONAME:2013/08/12(月) 02:20:47

●長老は仏教は科学と謳う割に科学的知識と方法論に無知で文献学まで否定している
●科学と謳う割に重要部分で再現性や反証可能性を保証しない長老のやり方は筋が通っていない
●仏教は科学だと言い張る長老に対してはその主張に対して科学的方法論に則った証拠を
要求できるが信者は喜んで妄想に従い、長老は教義の根本を疑われると怒るだけである
●こういった証拠によって裏付けられない事実の主張を事実もどきという
●長老の教えは非科学で教えの根本は事実もどきであるが布施をすれば功徳になる
仏法僧に貢げば業が良くなる等と吹聴しコストゼロの極めて合理的な集金には成功している
●他人の誇大妄想的信仰をせせら笑いながら無謬で全知の一切智者釈迦を説く長老は二枚舌である
●長老は罪業の区分をサンガと僧侶中心の官僚機構優位に定め他の職業を差別している
●俗世間に衣食住を依存し、社会に寄生し自らへの寄付は功徳になると謳う長老は愚かである
●サンガを重要視させながら消費、テレビや音楽の視聴等の破戒を行う長老は言行不一致である
●「怒ってはいけない」と言いながら長老本人は常に怒っていて言行不一致である
●そもそも長老には自らの言行不一致が人に悪印象を与えるという概念がないようである
●信者によれば長老の怒りは「怒っているようにみえるだけ」らしい
●長老信者の主張によれば長老による外部に対する、批判は構わないが長老が批判される
のは認められず佐藤哲朗に到っては「Wikipediaの監視を行っている」と公言している
●この様に日本テーラワーダ仏教協会は否定的情報の封殺に非常に熱心な組織である
●長老たちがよそを糾弾する場合、必ず自分達に全く同じような問題がある
●スマナサーラ長老による他宗教の問題点の指摘は長老の正しさを全く保証しない
●長老信者は長老のおかしさを指摘されると「大した問題ではない、異教よりまし」等と適当に逃げる
●スマナサーラ長老シンパは、長老批判を異教徒による妬みと解釈する傾向にある
●不都合な事実に触れたとき認識をねじ曲げるこのような態度を認知的不協和の発生という
●認知的不協和とは社会心理学用語で、カルト信者によく見られる反応である
●長老と旧知の仲の長老の著書を出版するサンガ社長は物惜しみによる怒りに我を忘れ
タクシー運転手相手に傷害事件を起こし代金を踏み倒し強盗で逮捕されている
●㈱サンガはアルボムッレ・スマナサーラ著『怒らないこと』の出版社である

●スマナサーラ長老は多くの著作で知られるが、本人は漢字がほとんどわかっていない
●スマナサーラ著となっている書籍の多くが口述筆記か録音の書き起こしであると推測される
●スマナサーラ長老の説法は著書と違い不明瞭で聞き取りにくく支離滅裂であることが多い
●ブッダの実践心理学など専門書の出版が遅れるのは支離滅裂な語りを纏めるのに
難渋するからだと推測され同書の執筆は「長老が嫌いな浄土真宗」の住職藤本晃である
●スマナサーラ長老は漢字が余り読めないことを公言しているが自称道元研究者である
●長老は日本語を読むとき漢字と平仮名を分けて別々に読んで文章を綜合するので時間がかかる
●長老が古文で綴られた道元の正法眼蔵をどうやって読んだかは謎に包まれている
●スマナサーラ長老は「アートマンがないからこそ輪廻する、心のエネルギー保存則」など
という意味不明の理論で長年の仏教の無霊魂論に対する批判に対し思考停止している
●Wikipediaの日本テーラワーダ仏教協会、アルボムッレ・スマナサーラ、スリランカ仏教など
日本テーラワーダ仏教協会関連の記述はajita氏、naagita氏により支配されている
●ajita氏、naagita氏両名は、佐藤哲朗氏のコテハンと出家名と同じであることが知られてい

405NONAME:2013/08/12(月) 02:21:49
●スマナサーラ長老の布教戦略の特徴は誇大広告と異教を叩くことにより
見せかける比較優位の演出と自派の大問題にあえて触れない隠蔽体質にある
●スマナサーラ長老は自律訓練法程度の歴史しかない自派の瞑想法で仏陀が悟ったと主張し商売する
●スマナサーラ長老は瞑想で前世を思い出せると主張するが第三者から見れば
長老が嫌うキリスト教信者の語る「神の実在の確信」と大差がない妄想である
●スマナサーラ長老は<業>で決まる<輪廻>が存在し仏教を実践することで
<悟り>を得て、苦である輪廻から<解脱>できると説いているが<>内の現象が
存在する証明を客観的に行ったことはないし詰まる所、証拠がない師の信仰でしかない
●仏教が宗教である以上、証明不可能な概念を信じるのは自由であるが長老は
仏教が科学であると称し他の宗教は妄想とせせら笑い、差別化を図っている
●瞑想で前世を思い出したと考えることと前世の存在の有無は別問題である
●悟りという脳内現象が存在するのとそれに対する説明体系が妥当か否かは別問題である
●スマナサーラ長老は心が物質を作り、現代が物質的に豊かなのは業が
良いためである、などと疑似科学の典型のような主張を行っている
●長老が説く因果法則、業とは徹底して比丘やサンガという官僚機構優位に作られている
●長老の主張では生物、酒類、兵器の売買に関わる商いは恐るべき悪業を積むことになる
●長老は三宝誹謗や聖者を傷付ける事は地獄行きであり、サンガや僧侶への
寄付、寄進は最高の功徳であると説いている
●輪廻と業思想を利用し大衆から搾取し安逸を貪っているのは長老のような自称比丘に他ならない
●スマナサーラ長老は餓鬼が二、三匹まわりにいるなどと主張しているが
これは統合失調症等の精神疾患の可能性を示唆するものである
●スマナサーラ長老は心を鍛えたら空を飛べる、古代文献にそんな記述が
あるのがその証拠などという麻原を彷彿とさせるトンデモ与太話を平気で語る
●スマナサーラ長老は異教徒が同じようなことを語れば徹底的に攻撃する
●「自分は良くて他人はダメ」これが日本テーラワーダ仏教協会の根本思想である

●スマナサーラ長老はイスラム教徒がほとんどいない日本でイスラム批判を行う愚か者である
●日本テーラワーダ仏教協会は書籍の中国語訳などに熱心な教団で、他宗教批判でシェアを
拡大しているが仏教圏以外の異教徒の耳にきちんと届くよう批判の外国語訳をしようとはしない
●上記のように長老は日本における宗教的マイノリティの信仰の否定にも余念がない
●スマナサーラ長老は因果法則は普遍的であるかのような主張をしているが師の語る因果法則は原始的で
場合分けが出来ていない妄想であり特定の集団を利する為に作られている周到な作為の産物である
●長老の考える科学とはカーゴカルトサイエンスのような疑似科学に過ぎない
●スマナサーラ長老は「仏教は宗教ではない」という妄想を、ごり押ししているが
日本テーラワーダ仏教協会の宗教法人格の取得に熱心であったことで知られる
●長老は仏教は科学だと言うが、科学的には仏陀は側頭葉てんかん等脳機能障害の可能性が高い
●仏教は科学だと言い張る長老は悟りに対する脳科学的見解は都合に応じて却下する
●長老は科学の威光を利用しているに過ぎず信仰を捨ててまで仏教を科学に包摂させる覚悟はない
●そもそも宗教ではない団体が宗教法人格を取得するのは脱税目的の詐欺である
●日本テーラワーダ仏教協会の集金手法の一端は『実況中継!日本テーラワーダ仏教の変質』
というネットに転がっている、2ch過去スレの中の協会内部文書に詳しくそこには長老に
対する疑惑のひとつである蓄財行為の根拠とされる寺院建設時の長老による出資が記されている
●蓄財は、上座部の破戒行為であることが指摘されている
●日本テーラワーダ仏教協会は長老の著書を無料で配布したりしているが
これは布施狙いの「返報性の法則」の利用に過ぎない
●「返報性の法則」とは受けた恩は返さずにいられないという人間心理を
利用したマインドコントロールのテクニックである
●この手法はクリシュナ意識国際協会が有名にし、多くのカルトで利用されている
●初期仏教や絶え間なき法統といった「権威」を騙るのはマインドコントロールの手法である
●業、輪廻、地獄といった「恐怖」を持ち出すのはマインドコントロールの手法である
●恐怖を植え付けて権威をちらつかせ恣意的救済を提示するのがカルトの手段である
●スマナサーラ長老は自らがカルトの常套手段を用いながら他のカルトを批判する

406NONAME:2013/08/12(月) 02:26:51
●日本テーラワーダ仏教協会は書籍の中国語訳などに熱心な教団で、他宗教批判でシェアを
拡大しているが仏教圏以外の異教徒の耳にきちんと届くよう批判の外国語訳をしようとはしない
●上記のように長老は日本における宗教的マイノリティの信仰の否定にも余念がない
●スマナサーラ長老は因果法則は普遍的であるかのような主張をしているが師の語る因果法則は原始的で
場合分けが出来ていない妄想であり特定の集団を利する為に作られている周到な作為の産物である
●長老の考える科学とはカーゴカルトサイエンスのような疑似科学に過ぎない
●スマナサーラ長老は「仏教は宗教ではない」という妄想を、ごり押ししているが
日本テーラワーダ仏教協会の宗教法人格の取得に熱心であったことで知られる
●長老は仏教は科学だと言うが、科学的には仏陀は側頭葉てんかん等脳機能障害の可能性が高い
●仏教は科学だと言い張る長老は悟りに対する脳科学的見解は都合に応じて却下する
●長老は科学の威光を利用しているに過ぎず信仰を捨ててまで仏教を科学に包摂させる覚悟はない
●そもそも宗教ではない団体が宗教法人格を取得するのは脱税目的の詐欺である
●日本テーラワーダ仏教協会の集金手法の一端は『実況中継!日本テーラワーダ仏教の変質』
というネットに転がっている、2ch過去スレの中の協会内部文書に詳しくそこには長老に
対する疑惑のひとつである蓄財行為の根拠とされる寺院建設時の長老による出資が記されている
●蓄財は、上座部の破戒行為であることが指摘されている
●日本テーラワーダ仏教協会は長老の著書を無料で配布したりしているが
これは布施狙いの「返報性の法則」の利用に過ぎない
●「返報性の法則」とは受けた恩は返さずにいられないという人間心理を
利用したマインドコントロールのテクニックである
●この手法はクリシュナ意識国際協会が有名にし、多くのカルトで利用されている
●初期仏教や絶え間なき法統といった「権威」を騙るのはマインドコントロールの手法である
●業、輪廻、地獄といった「恐怖」を持ち出すのはマインドコントロールの手法である
●恐怖を植え付けて権威をちらつかせ恣意的救済を提示するのがカルトの手段である
●スマナサーラ長老は自らがカルトの常套手段を用いながら他のカルトを批判する

407NONAME:2013/08/12(月) 02:28:07
●長老は故・ラジニーシを非常に汚い言葉で中傷しているが自分の問題の投影であり器で
言えば釈迦を盾に安全圏から石を投げるような姑息な手法が特徴の長老は世界的な活動を
行い生涯を通じ命を狙われ続け米政府から国外退去命令まで受けた彼の足元にも及ばない
●長老はラジニーシや麻原など自分と似たようなグル体質の人物を探して来ては批判する
●長老は地下鉄サリン事件を批判してもスリランカ仏教徒の異教徒虐殺に触れない
●長老はバガヴァッド・ギーターを戦争肯定していると批判するがスリランカ仏教徒の異教徒虐殺に触れない
●長老はラーマクリシュナをバカにしているがその揶揄は初歩的な無知と偏見に基づいている
●長老のラーマクリシュナやインド哲学に対する無知はネットで専門家から論難されている
●こういった長老による他者に対する一知半解の知識に基づいた誹謗中傷を
信者が真に受けて同じように撒き散らす姿はネットで頻繁に見られる光景である
●長老は法話でムハンマド風刺映画に反するテロを批判しているがスリランカ
ではキリスト教会に対し仏教僧侶がテロを行うのは日常茶飯事の光景である
●スリランカの比丘は大挙してイスラムのモスクに押し寄せ破壊活動に興じる
●スリランカの比丘はスリランカ政府軍に祝福を与える
●長老はこういったスリランカの実態に触れず自らも敵愾心を煽りながら排他的宗教を批判する
●原始仏典には修行を怠るなとしつこく書いてあるのに長老一味は排他的なアジに夢中である
●スリランカでは土着の神と仏陀が習合したサマン神がポピュラーである
●スリランカでも、天部がポピュラーであり仏教徒は現世利益を祈願する
●長老の騙るような長老基準で合理的な仏教は自称仏教原理主義者の長老の脳内にしか存在しない
●スマナサーラ長老は「日本は遅れている」と主張しているがスリランカは
宗教紛争が熾烈で仏教徒がヒンドゥー教徒を虐殺する国家であり経済的には
貧困率が高く政治的には露骨な仏教徒優遇措置を採用する状態にある
●排他的、選民主義的という意味において長老はスリランカ仏教の最も正統な嫡子である
●長老は場当たり的で矛盾だらけの詭弁と風説流布を対機説法と考えているようである
●長老一味の「自分は良くて他人はダメ」という姿勢が広まること自体に問題がある

408NONAME:2013/08/12(月) 02:29:53
●佐藤哲朗は価値相対主義を批判しているが宗教という領域においてその
主張に妥当性はなく排他的新宗教の恣意的価値基準を重視する理由は更にない
●無宗教者から見れば神に対する信仰も悟りに対する信仰も大差がない妄想である
●宗教は立場が異なれば妄想に過ぎず『仏教は心の科学』なる空虚な嘘を流布
するのも科学は客観的で、宗教は個人的信仰であるという社会通念がある事を
知った上での物言いに過ぎず、よそを独善的尺度で裁くことは争いに通じる
●上座部仏教の僧侶は227種の戒律があり、特に重要な項目として十戒があり
その中で不促金持戒によりお金に触れない事を規定しているが長老は自ら
買い物に行くことを法話や著書で漏らしている
●更に重要な戒律である八戒の不歌舞観聴戒では音楽や芸能を観たり聴いたり
しないことを規定しているが長老はテレビや映画や音楽を視聴していることを
法話や著書で話してしまい下手な言い訳に終始する体たらくである
●仏教の教えと戒律を守らないのは長老を筆頭に世界の比丘も同じであるが
長老は異教徒の些細な歪みや矛盾すら許容できず鬼の首を取ったように攻撃を
行い、サンガに貢げば功徳になると仏法を蔑ろにする自分への服従を促す
●日本テーラワーダ仏教協会信者は「そんな悪事、宗教はみんなやっている」と
「仏教は宗教ではない」という様なダブルスタンダードを都合に応じて使い分ける
●信者の二重思考の核には心地よい妄想と、結果に対して無責任で済む心の進化なる
現実逃避の階梯を与えてくれる長老に対する信仰を守ること以外なんら一貫性がない
●スマナサーラ長老は信者が少なかった頃はもう少し表面的には謹み深かったことで知られる
●こういったグルと狂信者拠り合って異様な信仰に陥る様をグルイズムと呼ぶ
●長老は『完全教祖マニュアル』を楽しんだと主張し基督を中傷しているが
長老のような人間のことが書かれてあることも気付かないくらい内省に欠く
●日本テーラワーダ仏教協会はネットを商用しているが長老はネットを肥溜めと呼び批判封殺している
●「自分は良くて他人はダメ」これが日本テーラワーダ仏教協会の勝義諦である

409NONAME:2013/08/12(月) 02:32:02
●長老は「批判は気にする必要はないのです」などと説いているが宗教法人は
公益法人であり、社会的責任が存在するし師は「悪人が他人を批判する」等と
主張し批判から逃避する教えを説き、自身は罵詈雑言を吐きたい放題である
●長老はヒンドゥー教は仏教の教えを盗んでいると主張しているが母国の
仏教徒はバラモン教由来の神々を祀るのみならず長老本人がバラモンの
儀式から来た聖糸儀礼を執り行いパリッタなる呪文を唱える
●スリランカでは占星術に従い祭りの日取りを決めるエサラペラヘラ祭に
おいてシャム派の比丘が祭祀を執り行い呪術儀礼の中心的な役割を果たす
●スリランカの史書・島史によればスリランカには仏陀が直接、来たことになっている
●スリランカ土着の神と仏陀が習合したのがエサラペラヘラ祭で祀られるサマン神である
●長老はこういった事実に触れずに異教徒の呪術、占い、神を迷信だと攻撃し祭りまで罵る
●長老は非常に短い歴史しかないシャム派の『権威』には驚くほど従順であり
他宗教なら長老が徹底的に揶揄するであろう奇抜な出で立ちで来日した現地の
法王一団に時限爆弾でも抱えたかのような緊張の面持ちで平身低頭し付き従う
●長老は『仏教』をひとくくりされることを非常に嫌い大乗非仏説に基付き
大乗仏教との差別化を計っているが多様性を誇るヒンドゥー教を自分が
批判する際には具体的な学派名や派閥を挙げて批判することは稀である
●長老の主張する所によれば輪廻を生きる神々に比べて解脱した仏陀の方が
格段に偉く神からすれば臭い人間である仏陀のそばへ功徳を積む為にわざわざ
やって来ては対話に勤しんだらしい
●長老はこういった信仰告白を得意気に行う割に一神教の絶対神のみならず観音信仰など
他人の信仰を嘲笑する一方で自分は「知らないことは何ひとつない全知」という意味での
一切智者釈迦を信じ、「釈迦はブラックホールまで知っていた」「震災が起きたが釈迦を
祝い多大な功徳を積み死者に廻功する」云々と主張するほど極端な盲信に陥っている
●「自分は良くて他人はダメ」これこそがスマナサーラ長老の説くダルマである

410NONAME:2013/08/12(月) 02:34:03
●長老は仏教でしか苦である輪廻から解脱出来ないという信仰を説いている
●長老の主張では大乗、ジャイナ教、ヒンドゥー教など異教では解脱できない
●一方で長老は自分達正統な仏教の比丘・サンガに逆らうと何劫もの間、地獄に落ちると脅迫している
●長老は著書や法話で地獄の恐ろしさを陰湿且つ執拗に説き続けている
●長老は都合に応じてユートピアのようなありもしないサンガの姿を描写する
●長老は仏陀は全智で間違えないと人々を洗脳しているが、その無謬の仏陀の
教えを奉じる上座部仏教の多くは権力と癒着し大衆から搾取し腐敗している
●ヴィパッサナーで知られるゴエンカも自らを弥勒菩薩と称し個人崇拝的なセクトを作っていた事で知られる
●長老は時として自分を持ち上げる為だけに、現行のテーラワーダ仏教徒すら貶める
●長老は事実上、自分の教えに服従するのが、最善であると人々を唆している
●長老は自分の信者から預流果が現れていると何の証拠も提示できないことすら仄めかす
●長老は恐怖と自己の偉大さを刷り込み、心の進化や社会的成功、解脱など欲を植え付け信者を操る
●長老自信は信者からの「長老は悟っているのか?」という質問に対して
「何ですかこのワイドショーは?!」等とはぐらかし答えようとしない
●自らの悟りの境地について偽証する事は大妄語戒に反しサンガ追放であるとされる
●修行が深まり悟りに近づくと現れる六神通があるとされるが長老は信者の
前世診断などの要求に窮した為か自分に神通力がない事を告白している
●長老に神通力があると信じる信者も一部に存在するが科学的仏教を標榜する
長老に関しては、まず神通力の存在自体を証明すべきである
●長老は「長老が在ると主張し商売道具にしている」悟りに近付いてすらいないようである
●長老は輪廻思想及び業思想は仏教起源でありウパニシャッドが盗んだと主張している
●世界には輪廻思想と業思想に由来する様々な差別と問題がある
●アンベードカルの反カースト運動に執拗に反対したのが輪廻説に固執した上座部の比丘である
●長老は仏教のもたらした功罪の功に触れても罪に触れることは非常に稀であり例え
触れても比丘個人や環境の所産であると主張し仏教の教義に懐疑的になることはない
●長老の狂信と外部に対する攻撃的な姿勢は母体の危険宗教スリランカ仏教に由来する
事は明白であり、その攻撃は何の妥当性のない偏見または自己の問題点の投影に過ぎない

411NONAME:2013/08/12(月) 02:37:22
●長老は気に入らないものにすぐにレッテルを貼り糾弾する
●長老信者は長老を危険視する人物にレッテルを貼り攻撃する習性がある
●マハーシ式の瞑想が批判されるのはそれが贋作だからという理由だけでなく
内面的には粗雑な言語機能で感情を抑圧し、外面的にはレッテル貼りで自己と
外部を徹底的に分離し素朴二元論めいた世界観を構築してしまう弊害にもある
●サンガか娑婆か仏教か外道かといった二値的論理と排他的な思考から抜け出せない長老の如く
●長老はヴィパッサナーに疑念を呈されると「偉そうに文句を言う」などと思考停止に陥る
●スリランカでは国民の多数派で仏教徒であるシンハラ人と、国民の少数派で
ヒンドゥー教徒が多くの割合を占めるタミル人との争いが熾烈を極める
●長老が大サンガ主任長老を務めるスリランカ仏教シャム派は農民カーストで
あるゴイガマに出家を限定しているためアマラプラ派などの分派を招いた
●シャム派とはスリランカで滅んでいたサンガをシャム(現在のタイ)から僧を
招いて1753年に復興させた事に由来する名称である
●その後、植民地支配を受けた為スリランカ仏教が本格的に出来上がったのは
第二次世界大戦以降であり、それに対し長老が標榜する初期仏教という言葉は
仏陀の生存時から150年程の教えを指すものであるので端的な詐称である
●長老は文献学を否定しておきながら『初期仏教』という文献学用語で箔付けしている
●長老は現地で最大派閥であるシャム派に十三歳から自分の意志で入信したと主張している
●長老の狂信や差別意識は母国で洗脳されたことに大きな要因があるとも言われている
●長老が批判されるのは母体が危険宗教だという理由からではなく自分自身や
出身母体と同じ問題を持つ他者を攻撃し根本的な自己批判を行わない為である
●カルト宗教に洗脳された人間は長老のように自分の強迫観念や妄想を人に共有させようとする
●長老の教えは近年、虚構性を暴かれているが信者は嘘を知りながらいまだに
妄想にしがみ付き狂信を人に感染させようとネット等で様々な活動を行っている

412NONAME:2013/08/12(月) 02:39:18
●長老はカルトを批判することが多いが自分自身がカルトの手法を踏襲していると言われる
●カルト創設の第一歩は
<1・独自の、社会的真実を作る>ことである
●社会的真実を作るのに便利な方法が独自の言語と専門用語を作ることである
●長老のパーリ仏教用語使用と妄想に基づいた排他的選民思想流布は内集団と外集団を分かつ
のに効果的であり自称初期仏教長老は社会的真実を作るにはメッセージを繰り返すことが重要で
「嘘も繰り返せば真実になる」ということをしっかり認識しているようである
●カルトを作るには
<2・グランファルーンを作る>ことが有効である
●「所属していることに誇りを感じるが意味のない人間同士の連帯」をグランファルーンという
●グランファルーンを作る為には信者からなる内集団と救済されていない他者からなる外集団が必要である
●例:お釈迦様の伝統を継ぐ科学的で唯一解脱可能な初期仏教のサンガvsその他ダメダメな諸宗教
●グランファルーン法のもうひとつの側面は外集団に憎しみを植え付けることである
●長老が「釈迦の教えから逸脱した大乗仏教」といった敵意の植え付けを頻繁に行うが如く
●カルトは信者のコミットメントを次第に強めることにより、服従を確実なものにすることができる
●例:法話は入場無料でいいですよ→ボランティアを募集します→良ければお気持ちだけで構いません
善男善女による布施を任意でお願いします→お布施の額は記帳して下さいね(奉加帳方式)→
お布施が一定額を越えると会報に名前を載せます→福田たる比丘が集うサンガを作る為に土地や
寺院建設費を寄進することは最高の功徳になりますよお願いします(会報著書折り込みで金無心
●このように最初の低い要求から徐々に大きな要求を受け入れさせるコミットメント強化の
方法をフット・イン・ザ・ドアテクニックというが最初のコミットメントから心理的な損切りを行うのは
容易なことではないと言われる
●不協和を正当化するためにさらに多くのことを進んでするようになる
<3・不協和の低減を用いてコミットメントを引き出す>のである


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