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麻原は東京拘置所で薬漬け。真相暴露を恐れるオウムの黒幕が口封じ。

233:2009/07/05(日) 12:28:41 ID:W2wLPqng
http://hexagon.inri.client.jp/floorA6F_hd/a6fhd300.html
ナチスとシオニストの協力関係

http://www15.ocn.ne.jp/~oyakodon/newversion/hityuda.htm
ナチスとシオニストは一心同体
実際、ナチスはシオニスト・ユダヤ組織と緊密に連携しています。ナチスも、シオニスト同様に、欧州のユダヤ人を追い出す政策で、シオニストと一致していたのです。そして、ユダヤ弾圧の当事者であったアイヒマン(左の写真)が、シオニストとの折衝に当たっていたようです。そのアイヒマン当人が、実はイーデッシュ語ガぺらぺらのユダヤ人であったという説すらあります。(参考③)また、シオニスト組織は、ナチの迫害を受けているユダヤの大衆を助けようとはしなかったそうです。助けないことにより、ユダヤ人が欧州を出てイスラエルに赴くよう仕向けたのでしょうか? (このアイヒマン、戦後15年間、アルゼンチンに隠れていてイスラエルの情報機関に逮捕されました。「ナチスとシオニストの関係を暴露しようとした。」のが、逮捕された理由だといわれています。)
イスラエル建国の悲願達成のため、奔走したユダヤ大財閥、ロスチャイルド家。そのロスチャイルドから後援されていたヒットラー。欧州からユダヤ羊の群れを追い出し、イスラエルという囲いに追い込んだ牧羊犬、ヒットラー。奇妙な関係です。では、ヒットラーとは一体誰なんでしょうか?

フランクフルトのユダヤ人金貸し一族の
屋号は、「赤い盾=ロートシルト」だった。

メイヤー・アムシェル・ロスチャイルドの5
人の息子たち。ウイーンに住んだ次男、
サロモンは、メッテルニヒに大金を貸し
て、見返りに爵位を授けられた。
彼が残したもう一つの宝は........
孫息子、アドルフ・ヒット○ー?..............


ヒットラーのお爺さんは、ユダヤ大財閥?
「ヒットラーの父方の祖父が誰であるのか?」に注目しましょう。ヒットラーの祖母、マリア・アンナは、オーストリアのロスチャイルド家(ロートシルト家)に家政婦として奉公していた際、誰かの子供を身ごもって、実家に帰されています。そして、実家でアドルフの父にあたるア ロイスを出産しているのです。(参考④)当時、ロスチャイルド男爵は男爵夫人と折り合いが悪く、家族とはなれて 、邸宅でひとりで生活しており、若い女に狂っていたそうです。男爵の執事の息子のHermann von Goldschmidtと言う人物が、1917年に書いた本によると、" by the 1840s he had developed a somewhat reckless enthusiasm for young girls.." "He had a lecherous passion for very young girls, his adventures with whom had to be hushed up by the police."ということで、ひたすら若い女の尻を追い掛け回していたようです。邸宅に奉公する若い娘、マリア・アンナは奉公中に「誰か関係」を持ち、妊娠し、すぐに実家に返されて私生児アロイスを生んだ。さて、ヒットラーの祖母 に手をつけたお相手が、誰であったか?..........普通に考えれば、「ご主人様」の仕業と言うことでしょう。.もし、ヒットラーがウイーン・ロスチャイルド家の当主の孫息子であり、ユダヤ大富豪から秘密裏に支援されて、ナチの頭目となり、ドイツの総統となって「ユダヤの敵を演じる」役割を果たしてきたのなら。

以上の通り、アドルフ・ヒットラーがイスラエル建国の父であることに間違いはありません。

そして、どうやら、新聞もテレビも真実を報道しないし、学校の歴史の授業も真実とは無関係のようです。

ヒットラーは「ユダヤの装置」だったのではないでしょうか? ドイツ政府は、当時のナチス幹部連中の「戸籍調査」を徹底して行うべきです。「隠れユダヤ」が混じっていなかったかどうかを。
ヒットラーは南米に逃れて最近まで生きていた。


 ヒットラーは自殺しておらず、南米に逃れて20年ほど前まで生きていたという「馬鹿馬鹿しい」話があります。しかし、このページを読まれた方は、馬鹿馬鹿しい話とは思わないかもしれない。イスラエル建国の最大の功労者、ヒットラー。ユダヤ・ロートシルト家の血を受け継ぐヒットラー。彼が、役割を終えた後に、安住の地を南米に用意されたとしても、不思議はありません。(参考HA)晩年のヒットラーの写真(必見!)や、ナチ高官らが、敗戦直後、ノルウエーのベルゲン港から出港して、アルゼンチンの港に到着したUボートの写真、アルゼンチンのヒットラーの山荘など写真もあります。ぜひご一読ください。


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