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八鹿高校事件ホームページのために

101 もっこす </b><font color=#FF0000>(08EeniEM)</font><b> :2004/04/25(日) 18:26
 1962年5月24日、興津事件が始まる6日前、高知県同和対策審議会の初会合が
行われました。この審議会に知事が「同和関係団体の一本化を促進し、同和行政
の運営を円滑にすること」諮問しています。この意味は第一に、行政側の審議・
決定した予算や計画を「円滑」に実施する態勢をつくりたいということであり、
一旦決定されたことに対して住民側が意義や抗議をすることを許さないようにし

たいということです。第二に同和対策事業の窓口を一本化できるよう同和関係団
体を統合したいということです。興津事件を推進するような戦闘的な組織は排除
し、愛媛のように解放同盟と融和団体との合併をはかってそれに同和事業の実施
をゆだねたいということです。解放同盟の右派を政府・自治体に引き寄せ、右派
と同和会とが協力し解放同盟の左派を押さえつけながら同和対策予算による施策
を実施するという構造なのです。

 大阪府では同和対策審議会で、府会議員、同和事業促進協議会4名、解放同盟
府連3名によって審議が進められているうちに、識字運動をはじめ住民に根ざし
た活動を発展させていた蛇草では「暴力行為」を理由に支部が手入れを受けるあ
りさまでした。同じ解放同盟に入っている人々であっても、あくまで住民の要求
に密着して運動を進めようとする勢力は弾圧を受け、「物取り主義結構」とする
勢力には審議会のポストが与えられたのです。

 このように運動への一定の譲歩を装いながら、実は解放同盟の右派的な指導者
を「開発行政」の担い手の隊列に加え、これを手なずけようとする動きでした。
そしてこの動きが右派的指導者を官僚化し部落解放運動を変質させる効果は、驚
くほど早くかつ顕著に現れました。同和対策審議会答申やそれを具体化した同和
対策事業特別措置法は、この動きの全国化でした。(続く)

99/03/16(火) 07:07 山 史門(CYL03752)


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