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おんJ艦これ部SSの会
168
:
名無しのおんJ提督
:2016/02/19(金) 23:35:58 ID:VTEiJNrk
温泉いいゾ〜
もがみんは地酒にも詳しいのか
169
:
名無しのおんJ提督
:2016/02/20(土) 00:55:06 ID:3ScQeaWA
いいですねぇ
さらっと混浴しちゃう距離感きゅんきゅんする
170
:
名無しのおんJ提督
:2016/02/21(日) 02:41:24 ID:8lqGJGu2
沖波による沖波の沖波ためのSS
ケッコンボイス聴いたら書かずにはにはいられなかったンゴ
「司令官……」
入って間もない頃、右も左もわからない私を丁寧に教えてくれた私の上司。失敗しても、あまり戦果を上げられなくても私に対して決して怒らない寡黙な人。やつれた頬と鋭い目つきは最初の頃こそ怖かったけど、今はもう違う。司令官は優しい。
私はドジだ。良く失敗するし、慌てん坊で眼鏡が気がかりで仕方がない。それでも司令官は、怒らない。頭を撫でて次頑張れと、口数少なくそういうだけ。
……多分、物心ついた時にはこの気持ちがあった。司令官は私の中で大きな存在になっていった。
「……」
今もまた、寡黙な彼は鋭い目つきを一つも変えず、椅子によりかかっている。私は向かい合ってちょこんと座っているだけ……窓を眺めて、ぼーっとしている彼につられて私も窓を眺める。
快晴の蒼穹。眩いほどの太陽の下には、鎮守府の喧騒が忙しなく聞こえる。
そんな事を考えつつ、彼に目を移すと、彼は見計らったように机の上から私に見えるように1枚の紙を差し出した。
見覚えのある、1枚の紙。艦娘が極限まで練度を上げて、そこで漸くサインする事を許される紙。
ケッコンカッコカリの、書類だった。
「……司令官」
「……まぁ、なんだ」
言いにくそうに彼は口籠ると、紙の横に小さな箱を置いた。箱は既に開いていて、中身は白銀に輝く小さな指輪。ここからでも見えるリングの内側には、私の名前が刻まれていたーーーーオキナミ、と。恐らく、私のために特注で作ってくれたのだろう。私なんかのためにーーーーー
「……君と、その」
「受け取れません」
反射的に、言ってしまった。彼は面食らったような表情をする。そして、私は即座に後悔した。
……そうじゃない、言いたい事は、そうじゃないのに。
喉元から言葉がつっかえて出てこない。司令官も折角切り出してくれた事なのに、私は否定しか出来なかった。そんな自分が酷く惨めで、哀れで……不甲斐なかった。
本当は嬉しい、嬉しい気持ちで溢れているのに、自分なんかがケッコンしてはいけない、もう一人の自分がそう言ってくる。ドジで失敗ばかりしてて、いつも迷惑かけてる自分なんかが、受け取る資格はない。
……悪魔がそう言ってくる。
「……沖波」
「……ごめん、なさい、そういうつもりじゃ、なくて……」
声が震えてくる。涙で視界が滲んで、レンズの向こうの司令官の顔がぼやける。言葉が出てこないーーーーーー
「っ、ぁ」
「……大丈夫か」
ひんやりとした、大きな掌が私の頬を包んだ。目の前には、彼の顔が。優しく撫でて、頬を伝う涙を拭うと、もう耐えられなくて……押さえつけてた私の中の何かが堰を切った。
止めどなく溢れる溢れ出る思いを目を閉じて、小さく吐き出した。
「しれい、かん、は……いつ、も優しくて……あったかくて……それなのに私はお返しすら出来なくて……」
ぽたり、ぽたりと伝う雫がどんどん増えていく。行き先を無くした涙は私の頬を濡らして、彼の手を湿らした。
彼は跪きながら、私の手を握って、私の言葉を静かに聞いている。
「お返し、できてないのに……わたし、なんか、が……その指輪、受け取る資格は、ないって……そう思って……」
「そうか……」
「失望、しましたよね……私は、やっぱり、それは……受け取れません」
彼はゆっくりと立ち上がり箱の中の指輪を手に取ると、私の左手を握った。
「……沖波」
「……私は、君を失望した事一度もない。失敗は誰でもするものだ。私は……君が一番強い事を知っている」
彼の指先が、私の薬指を捕まえた。
「……失敗して立ち上がろうとする君は健気で……その……私は君と会ったあの時からずっと……好き、だったんだ」
「……だから、もし嫌では無ければ……この指輪を、はめさせてくれ」
真っ直ぐ私を見つめる彼の瞳は何時もよりも優しくて……温かった。私の周りで聞こえていた否定する声は既に無かった。
しゃっくり混じりの、情けない声で私は絞り出すように、何とか言葉を出した。
「ふつつか、者ですが……よろしく、お願いし、ます……」
彼は少し微笑んで、ゆっくりと、指輪を私の指にはめた。指先から感じる銀色の感触は冷たかったけど、彼の想いと、掌は温かったーーーー。
171
:
名無しのおんJ提督
:2016/02/21(日) 02:52:00 ID:TKJgeS2o
幸福になる権利 愛される資格
そういうものって複雑で曖昧なようで単純で明快
勝ち取ったり受け入れたりは、時に難しいこともあるかもだけど
誰かに認められるだけでそれは簡単に満たされるかもしれないね
172
:
名無しのおんJ提督
:2016/02/25(木) 13:13:32 ID:IleeSgxg
鎮守府では毎週金曜日はもちろんカレーである。ここの決まりでは2人1組で作ることになっている。理由としてはいろいろあるが、1つは艦娘同士の親睦交流を深めるため、もう1つは艦娘の負担軽減のためである。もちろん間宮も手伝いには参加するが、ここでは材料の加工のみにとどまり、具体的なアドバイスをしないことになっている。
今日のカレー当番は浦風と霞。ちなみに当番は前日の晩にくじ引きで決まる。
2人は既に厨房に入り、カレーの準備に取り掛かっている。
「で、カレーの具はどうするの?」
「うちは玉ねぎと人参と大きいジャガイモ、肉は牛肉やね。」
「普通ね。私も問題はないよ。」
「普通って言われてるんじゃねぇ・・・、そうだ、蓮根を入れるのはどうじゃ?」
「いい考えだと思うわ。その代わりアク抜きしっかりね。」
「まかしとき!」
ある程度具材の準備を済ませ、間宮さんに牛肉の調理をお願いしたところで2人は蓮根のアク抜きにとりかかった。
「こんな感じけ?」
「ああ、もうアク抜きすぎ!栄養分が逃げちゃうでしょう!」
「なんかすまんのう。」
「べ、別にそういうわけでは・・・・・・ないんだけど。まあいいわ、後もう少し、頑張りましょ。」
「まかしとき!」
煮込む段階も佳境に入り、カレーの匂いが厨房から漂ってきた。
「いい匂いじゃけ。」
「隠し味、入れてみたけど分かってくれるかな。」
「隠し味は隠し味のまんまがええんよ。」
「そうね。」
ヒトフタマルマル。霞と浦風の特製れんこんカレーが完成した。
早速萩風や野分、天龍に鹿島といった陣容が食堂に集まってきた。
配膳も当番のうちだ。カレー作りより忙しい。
「萩風ね。今日はジャガイモたっぷりのれんこんカレー。どうぞ。」
「あ、ありがとうございます!素敵ですね!」
2人と間宮は手慣れた笑顔やぎこちない笑顔を振りまきながらカレーを届けた。
「おかわり・・・してもらってもいいか?」
「よく食べるけ。ええ子やのお。」
新入りの秋月型駆逐艦が笑顔いっぱいにおかわりを頼む。その食べっぷりには幸せの笑顔が常についてきた。
某正規空母や某重巡洋艦も大満足のようで、おかわりを要求してきた。特に空母の方は大盛りで3杯もののカレーを平らげていった。
ヒトサンマルマル。
カレーは遠征係の子の用に小鍋をとっておく。
当番も後片付けを残すのみだ。2人は大鍋を洗う。既に間宮さんが他の食器の洗浄も済ませて、食器拭きに取り掛かっている。
「この大きな鍋を洗うんやね!」
「ちゃっちゃと手分けして終わらせましょ!」
「わかったで。」
後片付けも終わり、2人きりの食堂。
とっておいた小鍋からカレーをすくい、ライスの上にかける。
2人分のカレーライスを用意し、2人は食堂の端で対面になって座る。
「どう?2人で作ったカレーは?」
「もちろんばっちしや!」
「今回のカレー当番は良かったわ。ほら、このレンコンだって美味しいんだもの。」
「それはよかよか。また2人になったらよろしくね。今日は感謝するで。」
「こちらこそありがとう。また作ろうね!」
173
:
名無しのおんJ提督
:2016/02/29(月) 22:13:58 ID:zojxy8P.
R-18注意報
失礼するよ〜てーとくさんが呼ぶなんて珍しいねぇ……どうしたんじゃ?うちを呼ぶって事は……
ああ……やっぱり……♡こがぁに膨らませて……♡
じゃあうちがえぇっと溜まった提督さんのおちんちんすっきりさせんといけんねぇ……♡
んん……?なんじゃ……?
えっ……うちはええけど……げにやりたいんか……?
……そんにいごいごせんでな、分かったけぇ……んもう……♡
ほら、こっちにけぇ……はだかんぼーになってそこに寝転がって……ん、大きいのう……♡
提督さんもげに変わった人じゃねぇ……うちのおっぱい吸いながら扱いて欲しいなんて……
あ、こぉら♡がっつきすぎはいかんよーふぅ、んっ♡大丈夫じゃけぇ、うちは逃げん……
しゅっしゅってするたびにびくびく震えとる……気持ちええんか?ほら……♡ほら……♡
んん、頭撫でながらしゅっしゅってして欲しいって……?
……んもう、てーとくさんは甘えん坊じゃねぇ……♡ほら、いいこ……♡いいこ……♡
好きな時に出してええんじゃよ……♡
しーこしーこ♡ふふ、お汁がもう垂れてきとるねぇ……♡
我慢する必要もないんじゃ、えっと出してすっきりするんよ♡ほら♡ほら♡ほら♡
びゅくっっ♡びゅぷッ♡びゅッ♡びゅるるッ♡びゅっ♡ぴゅっ♡ぴゅくっ……♡♡
でたぁ♡♡♡はぁ♡♡ぅん……♡んんんん♡こりゃすごいのぅ……ほらぁ、てーとくさんので手がべとべとじゃ……♡♡♡
凄い、匂いぃ……♡てーとくさんの匂いで染まりそうじゃ……♡♡はぁ……♡
ん、すっきりしたって? そりゃ良かった……うちで良ければ、またお手伝いするよ♡
174
:
名無しのおんJ提督
:2016/03/04(金) 21:15:45 ID:Ig4yNLbg
えー、唐突ですがスレで話題になったので睦月如月SS投下します
175
:
名無しのおんJ提督
:2016/03/04(金) 21:16:20 ID:Ig4yNLbg
睦月「…ッ」
12.7mm連装砲を構えたまま、睦月は固まっていた。
ここは南方海域。鎮守府から遠く離れた絶海であり、そして深海棲艦前線基地の目前でもある。
しかしその場所で、駆逐艦・睦月は無防備な体勢のまま固まっていた。
睦月「如月、ちゃん…?」
???「…」
睦月の眼前には、一人の深海棲艦。
長い髪と、睦月に似た体格。見覚えのあるその顔立ちは、かつて爆撃により轟沈した僚艦のそれに似ていた。
睦月の妹艦、駆逐艦・如月に。
如月「…睦月チャン」
睦月「なん、で…」
砲撃の音も遠く。
睦月の聞いた声は、紛れもなく彼女の…如月の声であった。
目の前の敵の正体を、睦月は依然として受け入れられないまま。ただ、呆然と立ち尽くす。
刹那、睦月の脳裏に蘇る思い出。
鮮やかに彩られた光景、そこにはいつでも如月の姿があった。
最も傍にいてほしい人だった。
そして今は、最も傍にいてほしくない人だった。
睦月「なんで、そこにいるの…?」
如月「…」
睦月「どう、して…」
如月「睦月チャン」
冷え切った声が、睦月の身体を震わせる。
錆びた潮風が、二人の間を駆け抜けてゆく。
176
:
名無しのおんJ提督
:2016/03/04(金) 21:16:55 ID:Ig4yNLbg
如月「…ゴメン」
睦月「ッ……なんで…なんで謝るのさ」
如月「…ゴメン」
睦月「謝らないでよ…」
如月「…」
睦月「…」
ふと、二人の上空を機影が通過する。
彩雲。本隊の空母が搭載する偵察機。それは、先遣隊である睦月の下に、既に本隊が接近している事を示していた。
靡く髪を押さえながら、如月だった深海棲艦が顔を上げる。
その表情は、どこか清々しささえ感じられる。
如月「…アノ彩雲ハ、加賀先輩ノカナ。ソレトモ、瑞鶴サンカナ」
睦月「…」
如月「烈風ノ機影モ見エルワ。モウスグ爆撃隊ガ来ルノデショウネ」
睦月「…」
如月「痛イノハ、嫌ネ…」
睦月は、もはや言葉を返す事もできなかった。
抑えようにも溢れ出す涙は止められず。噛み締めようとも漏れ出す嗚咽は止まず。
手が震え、脚が震え、直立する事もままならない。
如月「天候、曇。視界ハ不良。今ノ彩雲カラ、私ノ姿ハ見エタノカシラ」
睦月「…」
如月「コノママ沖ノ海路ヲ進メバ"敵"ノ後背ニ着ケル。単縦陣モ、T字有利モ関係ナイ、挟撃ガデキルワネ」
睦月「…」
如月「私ハタダノ駆逐艦ジャナイワ。所謂後期エリート、水雷戦ニオケル掃討ヲ目的ニ"再設計"サレテルノ。空母ガ艦隊ニ居ルノナラバ、先ンジテソレヲ中破ニ追イ込ム。ソレダケノ装備ハアルワ」
睦月「…」
駆逐イ級後期エリート型が。
敵艦が、近寄ってくる。
艦娘・睦月は。
動く事もできずにその姿を見る。
177
:
名無しのおんJ提督
:2016/03/04(金) 21:17:28 ID:Ig4yNLbg
如月「…」
睦月「…」
既に圏内。
互いの砲弾が、確実に敵を沈められる距離。
如月「艦娘…駆逐艦…睦月型一番艦、ネームシップ、睦月」
睦月「…」
"敵艦"が、囁く。
如月「己ノ任務ヲ果タシナサイ」
睦月「…ッッッ!!!」
その声に、睦月は顔を上げた。
涙で濡れた顔を、まっすぐ"敵艦"に向けて。歯を食い縛る。覚悟の表情と共に。
睦月「…敵艦…発見…!」
如月「…」
睦月「掃射…ッ!」
――轟音が響く。
波を撫で、風を貫いて。
12.7mm連装砲が、硝煙を撒いた。
178
:
名無しのおんJ提督
:2016/03/04(金) 21:17:58 ID:Ig4yNLbg
瑞鶴「睦月!怪我はない?」
睦月「大丈夫にゃし!」
瑞鶴「敵艦隊は?」
睦月「前方13海里、重巡リ級を旗艦とした水雷戦隊、計五隻を確認したにゃし!」
瑞鶴「うん、ありがと。後は私達に任せて」
睦月「はい!」
翔鶴「…」
瑞鶴「…どうしたの、翔鶴姉」
翔鶴「あ、いえ…少し」
瑞鶴「うん?」
翔鶴「睦月ちゃんって……あんなに明るい子だったかしら?なんだか…吹っ切れたみたいな顔だったわ」
瑞鶴「そうかな?睦月は前からあんなんだったような気がするけど」
翔鶴「…勘違いなら、いいんですけれど」
空母二隻、護衛艦四隻。
航空機動部隊、五航戦。
水面に揺蕩う蔓日々草に気付く事はなく、前線へと向かう。
(完)
179
:
名無しのおんJ提督
:2016/03/04(金) 22:17:04 ID:H.7skMUA
ツルニチニチソウ。魔除けの草でもあり、友情や思い出を詠われる花です。
それを深海に堕ちてなお持っていた如月ちゃんを思うと切ないものがありますな。
一方で向き合う睦月もまた決断をせねばならない。あぁ、まったくつらいもので。
180
:
かもかもアタック!
:2016/03/06(日) 20:17:05 ID:mFgValIo
秋津洲SS
私が艦娘になった理由は、ちょっと変わっている。
お母さん、お父さん、妹。皆で静かに、でも賑やかに暮らしていた。
嬉しいこと悲しいこと、たくさんあって、友達はー・・・どんくさいからよくいじめられててあまりいなかった。
そんな私でも友達はいた。
地元の男の子とは違った雰囲気で、お互い名前はわからないけど、その子は私のことをいじめなかった。
海の見える木陰で色んなことをお互いにお話して、笑って、泣いて、怒って、でも仲直りして。
男の子はいつも決まって、お昼にそこにいた。
だから私も決まってその時間にそこにいた。
181
:
かもかもアタック!
:2016/03/06(日) 20:17:56 ID:mFgValIo
長くも短くもあった彼との世界。
ある日、彼は私に背を向けて
「明日から帝都の家に帰る。もう会えないかも。」と言った。
表情を見ることはできなかったけど、悲しそうな声だったような気がする。
私は「そう。」としか返せなかった。
その時の私はまだ幼かったから、戦争中だって実感がなかった。
沈黙が続いて、彼は歩を進めた。動かなかった私の口もようやくもごもごと動きだす。
「じゃあまたいつか会おうね。」
私の声は大きな風に吹かれて海に消えていった。
彼が私の声を聞いたかどうかはわからなかった。
彼と会えなくなって暫く経って、帝都で大規模な空襲があったとニュースで見た。
テレビの中では建物が燃えて、黒い煙が出ていて、人が倒れて動かない。
私の知っている現実はそこにはない。
大人たちが大騒ぎをしているけれど、子供には関係ないもんね。
あの男の子の事を考えたりもしたけど、そんな余裕はあまりなかった。
それから幾日も立たないうちに私は全てを失った。
凄い音と風、赤と黒と灰色に支配された世界。
死んだと思っていた。
でも私は生きていた。
運よくつぶれた家からはい出ることができた。
ああ、生きているんだ。しばらくぼーとしてなんとなく、私はあの木の下に向かった。
そこには地獄にはなかった色があった。
ここは大丈夫だったんだね。と誰に言うわけでもなく私は呟いた。
木に茂った緑が揺れる。
182
:
かもかもアタック!
:2016/03/06(日) 20:18:36 ID:mFgValIo
そこからの記憶はあまりない。
聞いた話によると私は木の下でいるところを救援の軍に見つけられ保護された。
そのあと、親戚の家で生活をさせてもらった。
中学を出て、高校を出た。
学力的にはそこそこ優秀だったので大学も無事卒業した。
就職活動はしていなかった。
何をするわけでもない。とにかく私は中身のない日々を過ごしていた。
だって、今ここに何があったか書こうと思ったけれど、何も書けない。
ある日、ふとあの場所へ行きたくなった。
私の足は電車に向かっていた。
窓の外を見ると、私の知らない街がある。
知っているのに、知らない。もう考えるのもめんどくさかった。
駅には人がたくさんいた。
知らない、知らない。
私の頭はあの場所だけ考える。
駅からは少し遠い。
無心で歩いた。距離的には40分くらいかな。でも感覚的には5分くらい。
木が見える。
ああ、あの時の木だ。私はただそう思った。
木が近づいてくると、誰かがいる。
そういえば昔もこんな感じだったかもしれない。
なんだかこの感覚懐かしいな。心臓の音が少し早くなったような気がした。
183
:
かもかもアタック!
:2016/03/06(日) 20:19:26 ID:mFgValIo
木の近くには、男性が立っていた。
顔が見えてくる。
どこか見たことのある面影だ。
私が彼を見ていると
「久しぶり・・かもな」彼が言った。
私はすっとんきょんな声を上げる。
人と喋ることも久しぶりだ。
私は彼を知っているし、覚えている。
でも声がでない。
それでも絞りだした声。
「久しぶり・・かも」
彼は小さく笑っている。
そういえば彼の口癖は語尾に「かも」を付けていたっけ。
思い出した私もまたつられて笑った。
久しぶりに笑った気がする。
顔の筋肉が固い。
そこからしばらく会話が続いた。
どうも彼は今、軍に所属していて、若くしてお偉いさんになっているらしい。
どうにも耳がいたい。
だって私は何もしていないのだから。
だから私は今までの事、全部彼に言った。
あれからの生活のことを。
最後に私は、戦争を早く終わらせてよ。と冗談まじりで言った。
私は家族を失ったんだから、軍人である彼にそれくらい言ってもバチは当たらないだろう。
当たったとしてももういい。失うものなんてない。
すると彼の口からは予想もしていなかった言葉が出た。
「一緒に戦わないか。」
笑ったよ。
冗談を言ったから冗談で返されたと思った。
でも彼は本気だった。
笑っている私の目を見て、また言った。
「俺と一緒に戦ってくれ。」
意味がわからない。
私は何もできないと言っても、「できる」の一点張り。
最終的に折れた。
給料の話とかいろいろされたけど、結局仕事の内容は教えてくれなかった。
機密なんだって。
184
:
かもかもアタック!
:2016/03/06(日) 20:20:04 ID:mFgValIo
彼と会ってからすぐに私は家を出た。誰も止めやしない。私一人が消えても特に困らないから。
私は指定された場所に向かった。
そこには大きい建物がいくつも並んでいたけれど、それよりもまず銃を持った人がいっぱい立っていて怖かった。
私がうろうろしていたら、突然大きな声で止まれ!と言われた。
銃を持った人が私に近づいてくる。
逃げないとと思っても身体は動かない。
ああもうだめだと思ったら、彼がいた。
「すまんすまん。遅くなってしまったかもな」
色々と最初にあったけど、無事建物に入ることができた。
安心したのも束の間、私を待っていたのは、「艦娘」として生きる事。
危ない仕事らしいけど、私は後方任務がメインらしい。
名前は「秋津洲」
どうやら日本という意味もあるらしい。
とてもじゃないが背負いきれない名前だ。
そこでは色んな人に出会った。
戦艦や空母の名前を貰った方、駆逐艦の名前を貰った子。
私より歳が上の人も下の人もいた。
一番衝撃だったのが、幼稚園くらいじゃないかと思うくらい小さい子でも艦娘として生きていたということ。
でも詳しくは聞けない。どうやら身の上話は厳禁らしい。
士気に関わることだからと。
私はなんとなく彼と知り合いであることを隠していた。
彼は気づいていたが、何も言わなかった。
艦娘としての私は本当にだめだめだった。
珍しい「水上機母艦」の私は皆の期待を一身に背負った。
でも期待通りの仕事はできない。
それでも彼は私をよく任務に就かせてくれた。
たまに周りからの不満があったと聞いたけど、彼が諌めてくれていたらしい。
そんな話を聞いて、私はさらに彼と話をすることができなくなっていた。
185
:
かもかもアタック!
:2016/03/06(日) 20:20:53 ID:mFgValIo
そんな日々が1年以上続いて、色んな艦娘の人と出会った。
この間私はなぜか演習の旗艦をずっと勤めていた。
装備と言われる武器もここでは最新のものを使わせてもらっている。
きっと彼が私に気を使っているのかもしれない。彼とはあれ以来会話をしていない。
練度ももうかなり高まっている。
十分戦闘に出ても大丈夫だろうと私は思った。
思ってしまった。
大規模作戦の時、彼は会議で泊地へ向かっていた。
作戦の指揮は戦艦の大和さんが執っていた。
私は慢心からか、嫉妬してしまったからかはわからないけど、戦闘に出たいと申し出た。
大和さんは少し悩んだ顔をして、あなたには後方任務をやってもらいたいのですが・・・と言った。
それでも私は固辞し続けた。
最終的に大和さんは折れた。
私が無理矢理作戦を変えてしまった。
結果は惨敗。
不運も重なった。
敵の戦力が予想よりも大きくて、艦娘の「喪失」が多数報告された。
空母1隻喪失、駆逐艦2隻喪失、戦艦1隻大破
支援艦 駆逐艦3隻喪失、空母1隻大破、戦艦2隻小破
私が索敵を、間違った。
演習とは違った雰囲気にのまれてしまった。
その結果がこれだ。
戦力の差が大きく、私がいてもいなくてもこういう結果になっただろうという見方もある一方、私が作戦を変えな
ければ被害は小さくなっていただろうという見方もあった。
もうだめだ。
彼に会わす顔がない。
私は、まただめな私に戻っていった。
作戦が終わって、悲しみに暮れる鎮守府。
私は逃げた。
軍の警備は把握している。
追われる身になるだろうけど、逃げた。
どこへ?
よくわからないけど、とにかくあそこへ。
186
:
かもかもアタック!
:2016/03/06(日) 20:21:35 ID:mFgValIo
木の下はとても涼しい。
私の全てを癒してくれる。
軍法会議とか色々と考えたけど、考えるのをやめた。
そのまま私は寝てしまった。
次の日のお昼、目が覚めた。相変わらず緑が広がっていた。
隣に誰かがいる。
彼だ。
彼は私を見つけて連れ戻す気なのかもしれない。
でも私はもう戻れない。
彼が言った。
「久しぶり。」
私は無言で彼の顔を見る。
「君にずっと・・これを渡したかった」
そういって彼はポケットから何かを出した。
何かはわからなかったが、小さな、手のひらに収まるサイズの箱だ。
彼はそっと箱をあけた。
そこに指輪が入っていた。
私はそれをぼーっと見ていたけど、彼はこう言った。
「これはしばらく前に開発された艦娘のための指輪。各鎮守府に1つだけ配布される。一番大切な人に渡すと決め
ていたんだ。」
一番大切な人?
それが私?
「私はもう艦娘ではいられない。」
彼は私がそう言うと、
「僕が上を納得させる。地位を捨ててでも。絶対に君を守るから。」
「また僕と一緒にいてくれませんか?」
187
:
かもかもアタック!
:2016/03/06(日) 20:22:05 ID:mFgValIo
それから幾日か経って、結局私は彼の言葉を信じてまた艦娘となった。
結論から言って、彼は遠くの泊地の提督となった。まあ左遷・・だと思う。
私も彼とは違う場所に異動することになった。
軍では今回のような出来事が起こらないよう、艦娘の戦力データに対して働く抑制機構を開発した。
もう私のような不適応者が難度の高い作戦に参加することができなくなった。
でも戦力データでは、私の練度は鎮守府で一番高かったらしい。
無心でやっていたから気が付きはしなかった。
それから私は、水上機母艦「秋津洲」として今の鎮守府で任務をこなしている。
異動の時に、私は制服を「緑」に変えてもらった。いつもあの場所を思い出せるように。
そういえば、最近彼の泊地では深海棲艦による襲撃があったらしい。
でも彼の手腕で見事撃退したとのこと。
辛い事や悲しい事はあるけれど、指輪を見ると思いだす。
私と彼は今も繋がっている。
今度、彼の泊地の近くに遠征任務がある。
久しぶりに彼に合えるかもしれない。
「次は、なんの話をしようか迷う・・かも」
私の言葉は大きな風に吹かれて海に消えていった。
188
:
かもかもアタック!
:2016/03/06(日) 20:23:06 ID:mFgValIo
終わりかもかも
書き溜めを一気に放出したかも。
拙い文章でごめんねかも。
189
:
名無しのおんJ提督
:2016/03/06(日) 22:38:20 ID:3GIDwqxI
ええぞ!純愛ええぞ!
190
:
名無しのおんJ提督
:2016/03/07(月) 18:57:11 ID:MXYrYnw.
秋津洲は愛されてるなぁ!!
「彼」と再会して気持ちに報いるときはいつになるんだろ(遠回しな続編要求)
191
:
名無しのおんJ提督
:2016/03/07(月) 19:38:28 ID:u2W2f0yo
【訃報】ワイ、レンタカーを自損事故で破壊する
http://bit.ly/1LDQgqb
192
:
名無しのおんJ提督
:2016/03/09(水) 16:46:30 ID:Ig4yNLbg
さて…酒盛りSS、メインは那珂ちゃんです
193
:
名無しのおんJ提督
:2016/03/09(水) 16:47:05 ID:Ig4yNLbg
神通「なんだかすいません、提督」
提督「いや、たまにはこういう飲み会ってのもいいもんだよ」
今、軽巡寮の一室に提督はいる。
今日は特別目立った戦闘もなく、窓の外は小雨がちらついていた。
「こんな夜には酒盛りだよね!」という川内の一言で、提督を巻き込んだ飲み会が発起されたのはつい一時間程前の事である。
川内型三姉妹の部屋であるその部屋は、三者三様の趣味が展開されてなかなかに賑々しい装いとなっていた。
長女・川内の寝台には忍者漫画やらが散乱し、次女・神通の寝台は質素ながらも綺麗に整頓され、そして末妹・那珂の寝台には雑多な衣装やら小道具が山積みになっている。
そんな『普段』の光景の中でちゃぶ台を囲む四人は、各々に私服に着替えていた。
川内「へぇ、提督の私服ってこんなのなんだ」
那珂「那珂ちゃん的にはバッチリ似合ってると思うなぁ☆」
提督「そうか、ありがとう」
神通「えっと、もう準備しちゃっていいですか?」
提督「あ、すまない。手伝うよ」
神通「いえ、お気になさらず」
川内「あっ、私いつものねー」
那珂「那珂ちゃんも同じー!」
川内はキャミソール姿、神通は浴衣、那珂はパジャマ。
おそらくは寝間着なのだろう。
そんな、ある意味で無防備な三人の姿を、娘を見守る父のような温かい眼差しで提督は見つめる。
194
:
名無しのおんJ提督
:2016/03/09(水) 16:47:39 ID:Ig4yNLbg
那珂「お酒はぬるめの〜 燗がいい〜♪」
川内「あっはっはっは!!」
各々に一本目の生を空け、好みのままに二本目を開ける。
熱唱する那珂と、それを見て馬鹿笑いする川内を脇目に、神通は提督の御猪口に開けたての久保田を注いでいる。
提督「いつもこんなんなのか?」
神通「ええ…すいません、騒がしいの嫌ですか?」
提督「いや、好きだよ。みんなで一緒に仲良く酒を飲むのもいいじゃないか」
神通「よかったです」
神通の柔らかな微笑みに、提督は乾杯で応える。
提督「神通は飲まないのか?」
神通「あ、実は…あまり、強くなくて」
提督「そうなのか、意外だな」
言葉通り、既に彼女の顔はほんのり朱が差している。
まだビール一本なのに。
提督「あまり無理するなよ?酒も、戦闘もな」
神通「…はい、ありがとうございます」
そっと浴衣の襟を正す神通は、少し眠そうな目つきで提督の傍に身を寄せた。
195
:
名無しのおんJ提督
:2016/03/09(水) 16:48:20 ID:Ig4yNLbg
川内「じ〜んつぅ〜、なぁに抜け駆けしてんのさぁ〜」
神通「はわっ!」
神通の背に、川内が寄りかかる。
頬を寄せる、その顔は既に真っ赤であった。
見れば、川内が座っていた座布団の周辺には既に何本か空き缶が転がっている。
提督「…川内、お前飲むペース早すぎないか?」
川内「えへ〜ほめられた〜」
提督「褒めてない褒めてない」
川内「てーとくも飲んで〜、ほら〜」
キャミソールの肩紐が落ちているのも気に掛けずにぐいぐいと火照る身体を寄せてくる。
そんな川内に押し潰されるように、神通は苦笑いを浮かべていた。
提督「ある意味通常運転、だな」
神通「はい、すいません…」
川内「あっ、ちょっと待って〜、おしっこ〜」
提督「女の子がそういう言葉を遣うもんじゃないぞ」
那珂「麦は泣き〜 麦は咲き〜 明日へ育ってゆく〜♪」
196
:
名無しのおんJ提督
:2016/03/09(水) 16:48:50 ID:Ig4yNLbg
飲み会開始から三時間程経って。
那珂ちゃん独演会も終了し、すっかり落ち着いた室内。
川内「すぅ…」
提督「…もう寝たのか」
那珂「姉さんいっつもこんな感じだよぉ?」
提督「わかりやすいやっちゃな」
川内に毛布を掛けながら空き瓶を並べる神通も船を漕ぎ始めている。
時計の針は既に頂を越えているし、朝早い艦娘にとっては普通の事なのだが。
しかし、そんな普通の姿がどこか微笑ましい。
提督「神通も、無理しないで寝ていいからな?」
神通「はぃ…」
なんというか、川内型はみんなわかりやすい子ばかりだ。
水雷戦隊のエース達のごく普通の女の子としての姿は、戦時中という現状の下においても安らぎを与えてくれる。
そんな普通の子達が海を駆け、硝煙に塗れて戦っている事実。
申し訳なくもあり、また感謝も抱かざるをえない。
そんな――
那珂「提督はお酒入ると色々考えるタイプなんだねー」
提督「ん?ああ…」
何時の間にか眼鏡を掛けた那珂がぬるくなったお湯割りに口を付けていた。
197
:
名無しのおんJ提督
:2016/03/09(水) 16:49:32 ID:Ig4yNLbg
提督「お前はまだ酔っ払ってないのか」
那珂「うん?酔っ払ってるよ?」
提督「そうは見えないけどな」
シラフの方がよっぽど酔っ払ってるだろ、とは言わなかった。
いやしかし、実際那珂は落ち着いていた。
普段のアイドルキャラとは全く違う姿だが、これがおそらく那珂の素なのだろう。
眼鏡の奥の瞳はどこか憂いや儚させ感じる。
提督「…お前、そうしてた方がかわいいな」
那珂「えっ…いきなりどうしたの、提督?」
提督「いや、ふと思っただけだ」
那珂「普段の私はかわいくないの?」
提督「そういう事じゃないさ。いつも以上にかわいいって事だよ」
那珂「…なにそれ」
そう言いながらも、満更でもない表情で那珂は微笑んだ。
戦場というステージで輝く花ではなく、ただ静かに咲く月見草。
そう…それは『かわいい』那珂ではなく、『美しい』那珂の姿だ。
提督「…ん、雨、やんだな」
那珂「え?あ、ほんとだ」
窓の外は夜の闇。
輝く月が窓辺に蒼白の光を落とす。
198
:
名無しのおんJ提督
:2016/03/09(水) 16:50:10 ID:Ig4yNLbg
那珂「それじゃ、また明日ね、提督」
提督「明日っつーか、もうあと五時間後だな」
那珂「あ、ほんとだ。急いで寝なきゃね」
提督「ああ、そうだな。おやすみ」
那珂「おやすみなさーい」
静寂を残して、提督は部屋を出た。
その背中を見送りながら、那珂は少し頬を染めていた。
自分の素の姿を提督に見せるなんて、以前の自分では考えられなかった。
お酒の力を借りたとはいえ、大きな一歩を踏み出せたように思う。
いつか、艦娘『那珂』としてではなく、一人の少女として自分の事を見てくれたら。
きっと、それは――
川内「なーかーちゃーん♪」
那珂「ふわぁぉう!?」
突然、声と共に重みが背中を襲う。
那珂「な、ななっ…」
川内「んっふっふ〜、まぁた抜け駆けしようとしてる子がいるねぇ〜?」
神通「那珂ちゃんの素顔なんて、私達にもあまり見せませんね?」
那珂「な、神通姉さんまで…!」
川内「それじゃあ、夜戦といこうかぁ〜?」
神通「そうね、探照灯もつけましょう」
那珂「てーとくー!助けてぇぇぇぇぇぇええええええ!!!」
(完)
199
:
名無しのおんJ提督
:2016/03/09(水) 17:07:21 ID:MXYrYnw.
那珂ちゃんは周りを良く見てる子だからね 静かに咲くのもよく似合う
酒の色を交えたお付き合いもいいものですな
200
:
かもかもアタック!2
:2016/03/09(水) 23:35:16 ID:mFgValIo
かもかもアタックSSスピンオフ編
赤城SS
「―――――――かぎ――ん!!!」
誰かが私を呼んでいる声がする。
私はなにを・・
ここは・・
海の中・・?
ああ、そうだ。
私は沈んでいる。
敵の砲撃で私は・・
どうしてこうなったのだろうか・・・
いや、答えは分かっている。
私の怠慢だ。
私があの時・・・
201
:
かもかもアタック!2
:2016/03/09(水) 23:54:02 ID:mFgValIo
父は軍人だった。
父の父である祖父も軍人で、曽祖父もまた軍人だった。
弟も父に触発され軍人となった。
「私」はそんな父が嫌いだった。
人を殺す兵器を扱う軍人の父。
嫌悪すら感じた。
母は弟のお産後すぐ死んだ。顔も写真でしか見たことがない。
そんな家で育った「私」は、よく父と喧嘩をし家出をしていた。
父は決まって、「私」に「男らしさ」を求めてきた。
それに対して、「私」は「女らしさ」を望んだ。
「私」は女。
当たり前のことを否定される毎日に「私」は嫌気を指していた。
父はそんな「私」に妥協案として、武術としての「弓道」を勧めてきた。
「私」は、女としての「私」を否定しないことを条件として父に突きつけ、弓道を
始めた。
父は嫌がっていたが意思が曲がらないことを察してか受け入れた。
武術の苦手な女になりたかった。
でも代々軍人の家系でその血は流れている。
当然弓道も上達が早く、1年もあれば師範も含め道場で「私」よりうまい人はいなく
なった。
普通、道場に入りしばらくはカタの固定や修行と言われるものを課せられる。
やるからには誰よりもうまく、1番に。
人一倍「私」は頑張った。
朝から晩まで「私」が道場の一角を占拠する。
「私」はただひたすらに修行をした。美しく、煌びやかに。
この時だけ、「私」は私の望む女だった。
そんな日々が続き、「私」は上達しきった弓道が怖くなった。
半年間、毎日通っていた日々とは一転、道場に足を運ばなくなっていた。
弓が的に当たる音。
「私」の中にいる「何か」が目を覚まそうとしている。
「私」はそれを認識し、恐怖を抱いた。
必死に抑え込もうとしていた。
「私」は女。
煌びやかでお淑やか。
そう言い聞かせる「私」は「私」でなくなっていった。
私は誰。
私は何。
私は・・・
私は。
202
:
かもかもアタック!2
:2016/03/09(水) 23:58:21 ID:mFgValIo
その時は突然やってきた。
戦争が、鉄が、炎が。
一瞬にして、生まれ育った家はなくなった。
父も弟も軍人で、生きているか死んでいるかもわからない。
私は、赤く燃えて崩れる家に潰された。
頭を強く打ち、うまく助けを呼ぶことができない。
いままでの「私」の思い出が、頭の中でこだまする。
気づいたら意識がなくなっていた。
目が覚めると私は、ベッドの上で寝ていた。
医療器具が揃っているように見えるが、病院ではなさそうな場所。
どこかの施設の、医務室らしき場所に私は寝ていた。
私が目を覚ますと、ピンクの髪をした医者らしき女性が私が起き上がるのを制止した。
彼女は私に大丈夫ですかと問うた。
大丈夫なわけがない。
とりあえず、「大丈夫です。」と答えた。
それからしばらくして、男の人がやってきた。
彼との出会いが私の人生を変える。
私の望む「私」に。
彼は軍人だった。
「大丈夫ですか。」
彼は言った。
「大丈夫です。」
私はめんどくさそうな顔をして言った。
そこから彼は私の頭の中にある疑問を透かしているかのように話し始めた。
彼によると、軍が珍しく民間人の救護に当たったらしい。
私が潰されていた家は燃えていたが、火が回る前に燃え尽きたようだ。
そこにたまたま軍が通りかかって私は助けられた。
どうでもいい事だけは仕事をする軍人にため息がでた。
彼はどうやら海軍所属らしい。
父と同じだ。
私の父は「空母」とかいう軍艦の艦長をしていると小さい頃言っていたことを思い出した。
名前は・・思い出せない。
203
:
かもかもアタック!2
:2016/03/09(水) 23:59:35 ID:mFgValIo
私は生きている。
でも「私」は確かに死んだ。
話を全て聞いた後、私は軍に志願した。
医務室にいたピンク髪の女性のことを聞いた時に、「艦娘」を知った。
危険が伴うとか、死ぬかもしれないとか、説得されたがどうでもよかった。
とにかく、敵を殺して殺して殺したくなった。
それだけだ。
彼は私の本質に気付いていたのかもしれない。
彼は、「弓」を武器として戦う艦娘として私を軍に登録した。
名前は「赤城」。
どこかで聞いたことのある名前だと思ったが、思い出せない。
「赤城」としての私の生活は、約束された勝利だと確信していた。
自分で言うのもなんだが、「私」は道場の師範すら負かす、弓の名手だ。
頭ではそう思っていても、身体はそうではなかった。
的の真ん中に当てることくらい造作もない。はずだった。
的にすら当たらない。
ふらふらと色んな場所に矢が刺さる。
なぜかわからない。
とにかく弓が、思った場所に飛ばない。
私はひたすら練習場に通った。
でも、一向に当たる気配すらない。
私は、また私がわからなくなった。
いや、最初から分かっていなかったのかもしれない。
204
:
かもかもアタック!2
:2016/03/10(木) 00:02:57 ID:mFgValIo
私がいつもと同じく、的に当たらない練習をしていると、誰かが練習場に入ってきた。
「あら。赤城さん。こんにちは。」
にっこりと笑いながらそう言った彼女は、この鎮守府で最初に配属された空母「鳳翔」だ。
私は儀礼通りこんにちは。といい、弓を引いた。
また的に当たらない。
「・・それでは1000本弓を引こうが当たりませんよ。」
後ろから彼女が言った。
「そんなはずはありません。少しブランクがありますが、「私」は弓が得意でした。
感を取り戻せばいずれ当たるようになります。」
私はやや興奮気味に言った。
その言葉を聞いて、少し考えながら、ゆっくりと彼女は言った。
「あなたの弓には、「あなた」がいません。」
意味がわからない。
弓に「私」がいない?
しばらく考えたが今の私には理解できそうにない。
「貸してみなさい。」
そう言って彼女は私から弓を取り、弓を引いた。
私は彼女のその姿に釘付けとなった。
魅せられたのだ。
1つ1つの動きに視線が奪われる。
その姿はまるで美しい「鶴」を見ているかのようだった。
その瞬間、ストンという音が場に響き渡る。
矢は、的のど真ん中で揺れていた。
しばらく沈黙が続いた。
沈黙を破るように彼女は言った。
「「私」はこの弓に、「私」の想いをこめました。想いは力になり、「私」を、「あなた」を、そして大切な人を守ってくれます。」
そう言って彼女は弓を私に渡した。
頭が痛くなった。
そんなわけのわからない根性論で私の弓の腕が落ちたとでも?
私が考えを巡らせていると、
「いけない。もうこんな時間。お夕飯の支度しなくちゃね。」
彼女はそう言って小走りで出て行った。
205
:
かもかもアタック!2
:2016/03/10(木) 00:10:38 ID:mFgValIo
私はその場に立ち尽くした。
こんな敗北感は初めてだ。
敗北感だけではない。
よくわからない、懐かしい感じ。
目を閉じて、畳で横になった。
頭が痛い・・吐き気がする。
このまま寝てしまいたい。
そう思った途端意識がなくなった。
目を覚ますと、当たりは真っ暗だ。
身体には毛布が掛けられていた。
誰がかけてくれたのだろう。
時計を見ると、0時を回っている。
今日はもう部屋でゆっくりしよう。
まだ頭が痛い。
それからしばらく私は練習場に行かなかった。
特に理由はないが、行く気が起こらなかった。
鎮守府をぶらぶら歩いていると、彼に会った。
彼は私を見つけると近寄ってきた。
「昔、弓をしていた時の「君」と今の君。何が違うかを考えると、必要なものが何かわかるかもしれない。」
私が言葉を発する前に、彼はさっさと部屋に戻っていった。
私に必要なもの・・
わからない・・・
そう考えている私の足は、練習場に向かっていた。
静かな練習場。
私は弓を手に取った。
久しぶりの感触。
とりあえず私は弓を射った。
弓は的を大きく外れた。
深くため息を吐いた私は、また頭を悩ませる。
どうしようもない。
昔の「私」・・
彼がそう言っていたのを思い出す。
そういえば昔の「私」は、「私」でいられるここが好きだった。
私が望む「私」、煌びやかな「私」・・
今の自分がどうなっているか、考えたくもない。
深呼吸をして、目を閉じた。
私は彼女の姿を思い浮かべて、彼女の動きを真似て、ゆっくりと。
弓を放った。
ストン。
的に当たった。
初めて的に矢が当たった。
でも真ん中ではない。
もう一度深呼吸をして、目を閉じた。
次は、あの時の「私」を思い浮かべて。ゆっくりと弓を引いた。
ストン。
想いのこもった弓は、的のど真ん中に突き刺さっていた。
その日から、私は「私」として生きることができた。
206
:
かもかもアタック!2
:2016/03/10(木) 00:11:45 ID:mFgValIo
その日から「私」は、「赤城」は快進撃を繰り広げた。
鎮守府での存在も、「私」がいなくては成り立たないほどにもなった。
常に最前線に出て、全ての戦いで活躍した。
周りからは、本物の航空母艦「赤城」のようだと言われた。
当然だ。
「私」の父は「赤城」の艦長なのだから。
戦闘から帰るたびに彼は「私」を気に掛けてくれた。
だから「私」は、活躍できたし、生きて帰って来ることができたのかもしれない。
戦いの日々の中。
「私」は、恋をした。
207
:
かもかもアタック!2
:2016/03/10(木) 00:14:40 ID:mFgValIo
ある日、新しい艦娘が鎮守府にやってきた。
艦種を聞くと補助艦艇らしい。
数日経ってから仕事ぶりを聞くと、全くと言っていいほど仕事ができないらしい。
戦闘の邪魔にならない程度に頑張ってもらいたいなとその時は思ったのを覚えている。
それから1年が経って、なぜか彼女は演習の旗艦を務めている。
話に聞くと未だ、仕事はできないままだそうだ。
「私」は彼に、彼女を演習旗艦から外すように頼んだ。
なぜって、彼女ばかり演習旗艦を務めるのはとても異例だから。
いや、違う。
「私」は嫉妬していたのかもしれない。
彼は「私」の意見を聞き入れなかった。
近々大規模作戦が始まるというのに。
―――――――
そんな日々が続き、ついに大規模作戦が発令された。
彼は会議のために泊地へと派遣された。
その間作戦の指揮は戦艦「大和」が執り行うことになっている。
いよいよ、作戦の内容が知らされる。
目を疑った。
あいつが、艦隊の旗艦?
冗談はよしてほしい。
なぜそんな編成をしているのか理解に苦しむ。
「私」は大和にこっそりとどういった意図か聞いた。
「彼女がどうしても戦闘に参加したいと言うから・・演習で索敵は身体に染みるほどやっているから大丈夫だって・・
そこまで言われては断れませんでした・・」
この言葉を聞いたのが間違いだった。
「私」は、「私」ではなくなった。
208
:
かもかもアタック!2
:2016/03/10(木) 00:16:46 ID:mFgValIo
予想戦闘域まで、まだ距離がある。
索敵は私と彼女の二人で行う。
私は彼女と索敵範囲の打ち合わせを行った。
私は自分が索敵できる範囲を小さく彼女に伝え、彼女が行える索敵範囲を超える範囲を彼女に押し付けた。
この辺の海域はいつも「私」が敵を沈めている、いわば庭だ。
索敵をしなくても大体の敵編成は分かっている。
それよりも、あいつにミスをさせて、彼の目をそらしたかった。
いつも接敵している領域まで到達するが、一向に敵が現れない。
嫌な予感がする。
私は彼女の索敵範囲にも索敵機を飛ばした。
索敵機を飛ばしてからすぐに、敵を発見した。
安全域と思われていた領域に敵はいた。
敵は大戦力で、私たちの戦力では到底勝てない戦力差があった。
私は急いで戦闘機を発艦させる。
が、間に合わない。
発艦できる半分も発艦させると敵の艦上機が艦隊を襲う。
轟音が響き、辺りに水柱が立つ。
私は至近弾を食らった。
飛行甲板が破壊されてしまった。
至近弾で中破。
いつもとは違う違和を感じる。
間違いなく敵は新型。
今の戦力では到底歯が立たない。
209
:
かもかもアタック!2
:2016/03/10(木) 00:19:30 ID:mFgValIo
長い長い空襲が終わり、静寂が訪れる。
空襲によって、戦艦1隻中破、空母1隻中破、駆逐艦1隻大破、2隻中破
こんなもの、もう戦闘でもなんでもない。
なぶり殺しだ。
とにかく早くこの海域から離脱しなくてはならない。
私は彼女に指示を仰いだ。
彼女は顔が真っ青になっている。
旗艦として、全体へ指示ができない状態のように見える。
「とにかく離脱!急がないと全滅です!!!」
私は声を大きくして彼女に言った。
彼女は、我に返ったように離脱命令を皆に伝えた。
その後、幸いにして近くにいた艦隊支援遠征部隊と連絡が取れた。
損害を報告し、離脱のための援護を要請した。
しかし彼女らはすでに燃料も弾薬もあまりない状態だった。
それでも来てくれるとのことで、皮一枚つながったかと思われた。
でも現実はそんなに甘くない。
第2波の空襲が来た。
耐えられるわけがない。
駆逐艦の子は沈んでしまうだろう。
私もどうなるかわからない。とにかく、可能な限り私は矢を空に放った。
一筋の光にも見えるその矢は、戦闘機に代わり敵に向かって飛んで行った。
ゴゴゴ・・
「―――――――――――――っ・・・」
耳を劈くほどの音の後、声にならない声が聞こえたような気がした。
駆逐艦の子が沈んだ。
恐らく直撃弾だろう。
悲しんでいる暇はない。
私も必至だ。
敵の攻撃を避けつつ、彼女をちらっと見た。
彼女はまだ損害を受けていないようだ。
私は、至近弾を浴びてすでに大破状態で航行にも支障が出ている。
もうだめかもしれない。
210
:
かもかもアタック!2
:2016/03/10(木) 00:20:30 ID:mFgValIo
その時、敵に砲弾が直撃した。
救援が来た。
私たちはその場を急いで離脱した。
私が離脱している際、誰かがかばってくれたりしていたがもはや誰か確認するほどの余裕はない。
無事離脱できた。
でも被害は甚大で、護衛で付いてきた駆逐艦の子は全員沈んだ。
私も沈みそうだ。
航行速度も徐々に落ちてきていて、もはや進む力も出ない。
とにもかくにも離脱には成功した。
救護に来てくれた艦隊がどうなったかはわからない。
そうこうしているうちに、私の足は止まった。
私の足が止まると、他の二人が近寄ってきた。
「戻るな!!進め!!!」
張れるだけの声を張って、私は彼女らを見送った。
211
:
かもかもアタック!2
:2016/03/10(木) 00:25:30 ID:mFgValIo
今、視界に広がっている海にいるのは私、ただ一人だ。
立っているのも辛くなってきた。私は目を閉じて、海に横になった。
深呼吸をする。
「私」は大人になって初めて泣いた。
彼が彼女のことを好きだということに「私」は気づいていた。
だから私は彼女にミスをさせた。
私は、私の望む「私」になって彼に恋をした。
でも、恋をして「私」は「私」ではなくなった。
私は誰?
私は何?
私は・・・
「私」は
そこまで考えて、「私」の意識は次第に薄くなっていく。
誰かが呼ぶ声が聞こえるがよくわからない。
光がだんだんとなくなっていく。
一人で海の底に沈むのは寂しいな。
「私」の意識はそこで途切れた。
212
:
かもかもアタック!2
:2016/03/10(木) 00:35:39 ID:mFgValIo
終わりかもかも
今回は秋津洲編のスピンオフSS
「私」と私の使い分けができるかをテストしてみた
やっぱり難しいかもかも
213
:
名無しのおんJ提督
:2016/03/10(木) 01:48:19 ID:MXYrYnw.
苦いなぁ
「私」と私は、哀しいかな、そう簡単に一致はしてくれんのよな
「私」のために歯車は狂うけれど、「私」なくして物は出来なかったわけで
つらいなぁ
214
:
夜戦仮面
:2016/03/22(火) 03:23:24 ID:UdtNfjWs
ふと思いついただけ書いてみるクソ雑短い川内SS
波が打ち寄せテトラポットを海が被さる。
月夜の波止場に人影は見えない。
足元に撥ねた滴が当たる。
鼻をつく磯の香りは嗅ぎ慣れたものだがどこか懐かしい。
どこまでも続くようなコンクリートの足場の先にある建物から明かりが見える。
波間の音と一緒に遠くから慌ただしい声も交じっている。
いまごろ「妹」が取り仕切って出撃の準備を進めているのだろう。
年も背も低い後輩たちの前面に立ち、明るい声で扇動するのは彼女の得意分野だ。
あれほどわかりやすくて後ろについていきやすいアイドルのような先輩もなかなかいまい。
誰にでも誇れる妹だ。
215
:
名無しのおんJ提督
:2016/03/22(火) 03:29:56 ID:qa4WWiS.
【悲報】ハロワ求人真に受けたニート死亡wwwwwwwwwwwwwwwww
http://bit.ly/1R5A656
216
:
夜戦仮面
:2016/03/22(火) 03:40:58 ID:UdtNfjWs
私は夜が好きだ。昼が嫌いなわけじゃない。
暗く静かな夜はどこか閉鎖的だがどこまでも広いようにも感じられる。
真っ暗な空間にいると、私の周りに黒くて大きな何かが体を包み込む。
それは人によっては恐怖を感じるかもしれないが、私には一種の安心感を与えてくれた。
その黒くて大きな何かは私の背中をそっと押す。
まだいける、まだ進める、止まらなくていい、もっと前へ、手を漕ぎ出せ、足を動かせ、ドンドン行け。
黒くて大きな何かに限界はない。安心感と自信を植え付けてくれる。それがたまらないものだった。
私はその黒い大きな何かに高揚する気持ちを限りなく加速させられる。それが制御できないとしても。
おかげで一度じゃきかないほど痛い目にもあってきた。他人に迷惑もかけてきた。
でも恐怖は感じなかった。
その度に私は考えた。理解するために説明しようにもできないもどかしさも感じた。
その黒い何かと向き合うためにどうしたらいいのか。どのように受け止めればいいのか。
217
:
夜戦仮面
:2016/03/22(火) 03:41:38 ID:UdtNfjWs
1人波止場の上にしゃがみ込む私はポケットから紙箱を取り出す。
香ばしいような何とも言えない匂いを感じつつ一本を咥える。
夜の冷たい海風を手で防ぎながら火を入れ紫煙をくゆらせた。
白い煙が火元から延びる。ゆらゆらと漂いながら波間に消える。
吐きだす白い息は煙草の煙か寒さのせいかは分からない。
脳の隙間に入り込んでいく感覚が全身に響く。
煙のように真っ白に染まっていく。
正直うまいものじゃない。機会さえ無ければ一生口にすることはなかっただろうし、する気もなかった。
もし今すぐやめろと言われても、すぐに全部ゴミ箱に叩き込んで二度とやらないことも誓える。
でもあえて吸うことにしてみた。体に毒だし不味いものだが求めていた効果として十分だった。
食事とは違う非現実的な感覚は私の頭の中のスイッチを切り替えてくれる。
黒くて大きな何かと向き合うために私は考えた。
結論はとにかく全部ありのままの自分自身で受け止めることだった。
私が夜やその黒い大きな何がが好きなことは変わらない。
だからこそ雑念を取り払った私がただそれだけに注視することが礼儀であり、向き合い方だと思ったのだ。
提督にも相談したし、その私の結論を聞いても、
「すべて君に任せるよ。こっちでどうこう言える問題じゃない。」
「ただ無理とやりすぎだけは駄目だよ。あと最低限のマナーもね。」
と答えてくれた。
こういう一言を言ってもらえるだけでも気持ちが楽になるもんだから不思議なものだし本当に助かる。
218
:
夜戦仮面
:2016/03/22(火) 03:42:14 ID:UdtNfjWs
アルミの箱に灰を落としつつ暗い水平線の向こうを眺める。
月が明るい夜は周りが見えるからこそ暗闇以上にその広大さを感じる。
冷たい風が頬を掠め、私自身の体がそこに存在しているのを実感する。
今夜はどうする?私をどこまで押してくれる?どこまで行けばいい?
心の中で問いかける。
あの身震いして鳥肌が立ち、背筋に電流が走り続けるような感覚は今日も感じられる?
目を見開き自然と上がる口角にウソ偽りはない?
その問いかけは私自身にも言い聞かせる。
「姉さん?」
振り返るともう一人の妹が防波堤の下段から呼んでいた。
すぐにアルミ箱の底で火をもみ消し彼女の元へ飛び降りた。
「もう準備はできたの?」
「ええ。あとは最終確認と点呼をしてから10分後には出発できます。」
「そっか。明日のお昼前には帰投できるかな。」
「長引くこともないでしょうしそれくらいの時間でしょうね。」
2人は出撃口まで歩き出す。こういう時に呼び出してくれるのはいつも彼女だった。
普段の生活の場や戦いの時にも、私の手綱を引いてくれる頼れる妹である。
219
:
夜戦仮面
:2016/03/22(火) 03:43:13 ID:UdtNfjWs
…」
「…ちょっと臭いかな?やっぱりこの匂いって服に染みつくんだよね。」
「少しだけ。でも正直この匂いは嫌いじゃないですよ。」
「そう?変わってるね。」
「そんな変わってるもの吸ってる姉さんに言われたくないわ。」
談笑しながら夜の海辺を歩く。月明かりで二人の影が伸びていく。
「いつもこの匂いを嗅ぐと私は安心するんです。」
「安心?」
「この匂いがあれば近くに姉さんがいるって分かりますからね。」
「私が吸うのは出撃前だけじゃない。それに他にも吸ってる人いるのに。」
内心そんなにいつも煙草臭いかなと戸惑いつつも安心するという言葉が胸にしみた。
「違いぐらいわかりますよ。なんとなくですけどね。」
「なんとなくねぇ…。」
「私の大切な姉さんのいる証明みたいなものですもの。」
「ふーん…。ちょっと照れくさいけど。」
そうこうしているうちに出撃口の近くまで来る。
中で今回の作戦艦隊のみんなも待ってるはずだ。
「姉さん。準備の方は大丈夫ですか?」
「もちろん。先にちゃっちゃと済ませたからね。いつでも行けるよ。」
「川内!水雷戦隊、出撃します!」
静寂を切り裂くように私は夜の海へと滑り出していった。
おわり
220
:
夜戦仮面
:2016/03/22(火) 03:44:26 ID:UdtNfjWs
思った以上に見づらくなってしまったンゴ
すまんち
221
:
名無しのおんJ提督
:2016/03/22(火) 13:29:21 ID:MXYrYnw.
自分を包む黒いもの
自分を切り替える白い煙
妹が姉を感じる少しの違い
結局もやもやとよくわからないものばかりなのかね
よくわからないものを傍らに置いて日常に出来るのって、すごいことだよな
222
:
名無しのおんJ提督
:2016/03/28(月) 00:44:50 ID:2ChkWu4c
別のところでやってたからここには初投下やで
3時間で書いた習作やけど
「望月があんなナリでケンカ最強だったらな」と思って書いた本当にそれだけの話やで
一般的に、春といえば出会いの季節である。入学、進級、就職、異動、転勤など形は様々だ。それに便乗して見てくれを変えてみたり、何かを新しく始めてみる者も多い。
そう、高校デビューを機に金髪やピアスで派手さを追求し、初日から制服を着崩してみたり。
「あんたか、ここの頭張ってるのは」
「……うへー、なんか紋切型でめんどそうなの来たなぁ」
廊下に立つ一方は長い茶髪をぼさぼさのままぶら下げた黒セーラーにアンダーリム眼鏡の女子高生。名は『望月』。制服こそきちんと着こなしてはいるが髪は校則違反そのもの。
地の茶色はまぁ見逃されてはいるがその長さは「肩の上まで」という一文を完全に無視。洗うのも面倒だが、それ以上に短くするのも面倒と適当に自分で切ってしまう。
ついでに言えば胸元の月を模したピンバッジも校則違反ではあるが、もはや咎める者もいない。
何せこの高校にはこの程度の校則破りはいくらでもいる。学ラン内に色シャツはもはやよくある光景だし、
最寄りの床屋も剃り込み、染髪くらいでは驚かない。望月に食って掛かるこの新入生も一足早く高校デビューを決めたかったのか、今は根元に少し黒の雑じった金髪だ。
「挨拶周り? そりゃどーもお疲れさん。品物はタオルとか洗剤より食いもんが嬉しいな。菓子パンとか持ってない?」
「なっ……こっちは大真面目だ!」
「不良が自分のこと真面目って言ってどうすんのさ。で、何? 連絡先でも欲しいの?」
飄々とかわす望月。それを見て新入生はさらに激昂する。
「違う! タイマン張れってことだよ! 察せよ!」
「悪いねぇ、あたし別にやりたくてやってる訳じゃないからそういうの疎いんだわ」
「嘘つけ! で、タイマン。受けるんだろうな?」
「断る。……ひょっとしてあたしにボコられたいだけ? SMとか好きなら他所を当たってくれぃ。めんどくせー」
望月の行動原理はだいたい「めんどくさい」か「めんどくさくない、ないしは楽である」を基準にしている。
多少の利を捨ててもより「めんどくさくない方」を選ぶようになっているのが、その判断基準が一般人よりも「めんどくさくない方」に偏っているのが望月である。
「どこまで俺をコケにしたら……おい、こっち向けや!」
223
:
名無しのおんJ提督
:2016/03/28(月) 00:48:57 ID:2ChkWu4c
「んっ……よっ、と!」
半ば不意打ちのような新入生のパンチを、望月は軽く反り返ってかわす。
背後からの一撃であったが、望月はつんのめった新入生の背中のど真ん中に全体重を乗せた拳で返した。
新入生は肺腑の中の空気がすべて絞り出されるのを感じる。
ごうん、と表現するのが一番近いような揺られる感覚が頭を巡る。振り向くと同時に、彼の顎にはさほど長くない望月の腕が伸びきったポイントで刺さる。
アッパーをもろに食らって、がつんと噛みあった歯のどこかが欠けたらしい。
なおも新入生は諦める気はないらしい。覆いかぶさるようにして熊のごとく襲いかかるが、完全に見切られていた。
逆に一歩踏み込んだ望月が折りたたんだ肘を鳩尾に押し込んでやる。内臓がぎゅっと潰され、喉元に饐えた味がせり上がる。
「うおりゃっ」
「ぶふっ」
望月は仕上げにかかる。開いていた学ランの胸倉をぐいっと引き寄せて新入生の巨体を背中に乗せ、ぐるりと大回転。
一本背負いだ。ずどん、と自分の体重分の衝撃を受け、新入生は望月の尋常ならざる立ち居振る舞いにすっかり戦意を削がれたようだ。
「随分大振りだねぃ。あたしみたいにちっこいのが相手だとやりづらいか? なんなら
つま先立ちしててあげるぞぉ?」
「くっそ……」
身長差は30cm強。16歳になってなおせいぜい145cmの望月が180cm近い新入生を手玉に取っているのはなかなか不思議な光景だ。
224
:
名無しのおんJ提督
:2016/03/28(月) 00:50:19 ID:2ChkWu4c
「何で強いか教えてあげよっか? ん?」
「…………」
新入生は黙りこくる。
無論、興味はある。何せ県下最強と名高い女番長だ、それが自ら手の内を明かそうというのだから聞きたい。
しかし、聞くこと自体が屈服することでもある。自分より強いと認めて教えを乞うのだから。
仮にも中学までは最強と謳われた彼だ、そのプライドを自らへし折って145cmの小学生と見紛うほど小さい先輩、それも女子に膝を折りたくはない。
……が、やはり好奇心というものは往々にして他の欲望を上回る。
「教えて、ください…………」
新入生がそれだけ吐き出すと、望月はふっと表情を暗くした。
恐らく話す気はあったのだろうが、いざ話すとなれば重い話だ。物静かに、滔々と望月は語った。
「…………あたしら艦娘は負けりゃ死ぬ、って状況でいくつも死線潜って来てんだ。それも早い子で十歳から。
あたしもそう。今は単なる女子高生でも、地獄を生き残った奴だけがこうして普通に生活してんだよ。
そんな連中に、つい先月まで中坊だったはなったれの糞ガキが勝てる訳ないだろうが」
「…………」
「ま、勝ちたかったらいっぺん艦娘にでもなってみたら? 股間のそれとっちゃってさ」
「……このっ!」
「はーめんどくせ。大人しくしてくれよなー」
新入生の地を這うような弱々しい拳をがしっと掴んで、引き起こしてやる。
肩を貸そうとしているのだろうが、身長差がありすぎてほとんど意味をなしていない。
「てんりゅー、てんりゅー?」
ふた声呼んだだけで、どこからか一回り大きな女子生徒がやってきた。
どうやらケンカの最中はどこかに控えていたらしい。
もはや指定のセーラー服を着るどころか男物のワイシャツにカーディガンと、制服改造もいいところだ。彼女も元艦娘の『天龍』だ。その辺の男子生徒よりは強いが、望月には届かない。この学校で番長を務めるのは2年(つい先月までは1年だったが)の望月で、3年の天龍は幹部のような存在である。
「おう、呼んだか……ってうおっ! 随分デカいのやったなぁ」
「この子保健室ね。あたしは帰る」
「帰るって……まだ1時間目も始まってないのにか」
「朝っぱらからこんなのに絡まれたらそりゃ疲れるよ。んじゃ」
そういうと望月はぺたんこの鞄を拾い上げ、
本当にすたすたと昇降口へと行ってしまった。
225
:
名無しのおんJ提督
:2016/03/28(月) 00:54:50 ID:2ChkWu4c
ひとまず終わりやで、書き溜めはないで
サラリーマン金太郎と喧嘩番長くらいしか知識がないのにこの題材でこれ以上はいやーキツイっす(素
しっかし改行気を付けたつもりが結局幅広になってしまったンゴ
226
:
名無しのおんJ提督
:2016/04/01(金) 15:12:15 ID:Ig4yNLbg
一レスだけの超短編
龍驤と提督
227
:
名無しのおんJ提督
:2016/04/01(金) 15:12:49 ID:Ig4yNLbg
執務室の窓辺。
昼下がりの長閑な日差しの中で。
龍驤「――んでなぁ、大鳳がユンカースぶわぁーってやってん、タ級もイチコロやったんやで!」
提督「へぇ、大鳳もだいぶ育ってきたんだな」
龍驤「せやせや!うちも育てた甲斐があるわぁ…ほんまええ子やで、あの子は」
提督「一岡さんから引き取ったばかりの頃はあんなに頼りなかったのになぁ」
龍驤「ほんまなぁ」
prrr…
提督「ん、電話か」
龍驤「あぁ、うちが出るわ」
提督「おう」
prr…ガチャ
龍驤「もしもし、こちら執務室――ああ、大鳳か、お疲れ様」
提督(…ん?)
龍驤「ああ、大丈夫、報告は終わってるよ。うん、しっかり休んで、次の出撃に備えておいてね」
提督「…」
龍驤「うん、じゃあね――ふぅ…あれ、提督?なにニヤニヤしとるん?」
提督「ん、いや…お前、他の子と話す時は標準語なんだな」
龍驤「あぁ、せやで?こんなんパーッと話せるんは提督ぐらいやわ」
提督「そうかそうか……という事は、その口調でいる間は俺だけの龍驤なんだな」
龍驤「……提督、ようそんな恥ずい事言えるなぁ」
提督「まぁ……そんな龍驤も、好きだぜ?」
龍驤「っ〜〜……うっさいわアホ!」
春風が流れる、穏やかな鎮守府の中。
二人は今日も肩を並べている。
228
:
名無しのおんJ提督
:2016/04/02(土) 22:40:05 ID:T/zVfkXw
>>225
ダウナーな装いの裏側に死線を潜り抜けてきた故のえも言えぬ雰囲気を感じますねぇ
それは生まれ持った性格からなのか、それとも志半ばで散った仲間たちを思ってなのか…
>>227
そういえば龍驤さんは関西生まれじゃないのに関西弁でしたね
それがキャラ付けもとい提督へのアピールだったら……うむ、可愛い(確信)
229
:
名無しのおんJ提督
:2016/04/02(土) 22:49:51 ID:O8ZjopLw
>>228
感想サンガツ
別のところで書いてるやつで口悪いダウナーキャラ出してるからその練習も兼ねてたけど
客観的に見て望月のキャラと乖離してへんかがちょっと気がかりや
個人的にはギリ沿ってるくらいかなとは思ってるけど「戦争がこの子を変えたんやな……」くらいの感覚で読んでくれればやな
230
:
名無しのおんJ提督
:2016/04/06(水) 02:07:55 ID:UdtNfjWs
そういや
彡(゚)(゚)「えっ!?ワイが提督になるんですか!?」
的なSSはあるのだろうか。
面白そうやから書いてみたいけど先に書いた人がいるならやめたほうがええかな?
231
:
名無しのおんJ提督
:2016/04/06(水) 09:55:16 ID:4ZFSqyJ.
>>230
ワイが知る限りやと見たことないな
232
:
名無しのおんJ提督
:2016/04/06(水) 12:04:00 ID:UdtNfjWs
>>231
ほーん
そんなら書いてみようかな
ただめっちゃ長くなりそうやからここには書き込まない方がええかもしれんなぁ
233
:
名無しのおんJ提督
:2016/04/11(月) 00:48:09 ID:O8ZjopLw
4日前に本スレでID:RW4ニキと約束した舞風SSやで
前半だけやけど置いとくで
あ、ちなワイは先日望月のやつ書いてた者です
「どう、舞風ちゃん」
「んしょ……うわっ!?」
ずでーん、とあたしは無様に看護師さんにパンツを晒した。
病院着からびりりと不吉な音がした。
女同士とはいえ、さすがに恥ずかしい以外の言葉が出て来ない。
嫌になっちゃうな。足が言うことを聞かないから、手すりを掴んで起き上がろうにも
上半身だけでは支えきれない。
そりゃそうだ、全体重を支える足には想像以上の筋肉がついている。
それをまったく働かない状態でぶら下げたまま腕だけで立つのはかなり難しい。
「えへへ……ちょっと手貸してください」
「ええ、大丈夫?」
「これくらい平気です、多分!」
強がってみるけど、明日には後頭部にたんこぶのひとつふたつくらいは
出来てるかも。足元にはマットがあるけど、変なところにぶつけたようでじんじんと痛みを感じる。
でも、足が動かなくなった痛みはそれ以上のものだった。
234
:
約束の舞風SS
:2016/04/11(月) 00:49:46 ID:O8ZjopLw
『敵機多数来襲!距離7000、12時方向!
各艦、対空戦闘用意! 私も艦戦隊を上げて邀撃します!』
赤城さんの凛々しい声。先輩方の敵飛行場攻撃作戦に
あたし、野分、嵐、萩風の四駆は護衛として加わっていた。
空母4隻、戦艦2隻を挙げた一大作戦だ、あたしも自然と気合いが入る。
一方で、この時のあたしには多少の気の緩みがあったように思う。
旗艦の赤城さんは出撃前に慢心を戒めていたけど、あたしはまだこの時作戦を楽観視していた。
空母機動部隊を出すことで敵陸上航空隊をおびき出し海上でこれを叩き、
仕上げに戦艦の陸上砲撃で飛行場を無力化する。
あたしたちのやることは飛んでくる敵機からの護衛と周辺警戒。
とはいえ事前の艦隊戦でこの海域の敵艦はほとんど掃討していたし
増援の気配もなし、対空戦闘も艦戦隊の本領だ。
夜戦とか雷撃戦とか、それほど派手な仕事もない。
慢心はいけないとは思いつつ、内心では回避運動のいい練習になるかな、
程度にしか思っていなかった。今考えたら、これが事故の原因だった。
235
:
約束の舞風SS
:2016/04/11(月) 00:50:55 ID:O8ZjopLw
(ふっふ〜ん! どーよ、このキレッキレのターン!)
高角砲をばら撒きつつ、あたしは回避運動を止めない。
一種のトランス状態に近い感覚で、脳内ではテクノポップをかけて
踊るようなイメージでぐんぐん速度を上げていく。
無意識にズンチャ、ズンチャと口ずさんでさえいる。
ターンするたびに、あたしの眼前を敵機の機銃弾がかすめては
海面に飛び込んでいく。でも、当たってやるつもりなんて毛頭ないんだから。
そう思ってペースを上げつつもばら撒きをやめない。
時折命中弾で翼をもがれた敵機が落ちていく。
血生臭いのは苦手なんだけど、何だかすごく生きてる感覚がする。
踊って、戦って。夢中になっているあたしは、
同じように回避運動をする野分との接近に直前まで気付かなかった。
236
:
約束の舞風SS
:2016/04/11(月) 00:52:41 ID:O8ZjopLw
「舞風!」
「のわっ……いぃ゛っ!?」
減速するどころか加速したままの激突だった。
野分はどうにかしゃがんでくれたけど、背負っていた野分の艤装を巻き込んで
あたしは前方に吹っ飛んで行く。
ぐるんぐるんと視界が回転してゴン、ガン、ズゴン、と
金属が破壊される音がする。ついでにあたしの身体もあちこち海面に叩きつけられては
嫌な音を立てた。これは大破コースかな、やらかしちゃった。
呑気に思いながらも関節が尋常じゃない方向に捻じ曲げられるのも感じる。
ごきりという大きな音が身体中に響いたりもする。吐き気がする。
でも事態はそれでは終わらない。
出力低下で下半身を若干水面下に沈めつつどうにか態勢を立て直したあたし。
膝まで海水に浸かった状態でぼろぼろの身体を立ち上げた。
けど、それ以上身体が浮き上がらない。主機の故障で浮力が得られていないようだ。
戦闘海域のど真ん中で、よりによって主機故障。じっとしていれば沈むだけだし、
沈まずに耐えても敵機が続々やってくる。どこで感じているかも分からない骨折の痛みに加え
前世の最期を思い出し、あたしは冷や汗が止まらなかった。
237
:
約束の舞風SS
:2016/04/11(月) 00:53:37 ID:O8ZjopLw
「舞風……!」
「野分……野分?」
「よかった……動ける?」
「なんとか……」
野分が寄ってきて肩を貸してくれた。これも前世と同じだ。
でも、さっきの交錯で野分の機関もダメージを受けている。
あたしを曳航することはできてもほとんど速度は出せないだろう。
『こちら野分! 舞風との衝突により舞風自力航行不能! 当艦も損傷あり!』
『すまねぇ舞風、こっちは手一杯だ! 俺らで食い止めとくから野分の世話んなってくれ!』
嵐からの応答。はるか遠方で押し寄せる敵機に対して応射する僚艦たちが見える。
あたしと野分を抜いてもまだこちらが優勢ではあるけど、嵐の声からは徐々に疲れが見え始めている。
一度気を抜いてしまえば総崩れも考え得る。ひとまず退避しなくちゃ。
野分に曳かれて、戦闘海域を脱しようとしたその時。
238
:
約束の舞風SS
:2016/04/11(月) 00:54:48 ID:O8ZjopLw
『舞風! 野分!』
萩風の悲鳴のような叫びがインカムを通して響いた。
ふっと振り返ると、3機の敵機が眼前に迫っていた。
というよりも、既に射撃態勢に入っている。
再三、前世での最期を思い起こす。
香取はいないけど、野分に曳かれてぼろぼろのあたし。
…………ダメだ、また野分に迷惑かけたくない!
思うと同時に、野分を強引に引き付けて、位置を入れ替える。
敵機に対して、あたしが正対する格好だ。
あたしが何をしようとしたか野分が気付く前に、あたしの身体は射抜かれた。
3機の敵機の掃射で、足元から肩までまんべんなく機銃弾をもろに食らう。
ぐらりと力なく崩れ落ち、頬が海水に浸るのを感じる。
あぁ、また野分を残して死んじゃうのかな。
迷惑かけたくない、なんて偉そうなこと言ったけど、また野分の目の前で死んじゃうのか。
そっちの方が迷惑だったかな。野分は気にしちゃうだろうから。
そこまで考えたあたりで視界は真っ赤に染まり、
遠くに野分の絶叫じみた呼びかけを聞きながらあたしの意識は途切れた。
239
:
約束の舞風SS
:2016/04/11(月) 00:56:27 ID:O8ZjopLw
…………あれ、生きてた。ラッキーだなぁ。
目を瞑っていても、全身の痛みと耳元の野分や嵐、萩風の呼びかけ、
鳥のさえずり、風の音といった感覚がまだ生きていることを知らせてくれた。
「……、…………」
喋ろうとするとなんだか胸が痛い。何でかな。
右目を開けると、四駆の皆が泣き笑いしながら喜んでくれた。
嵐は心配かけやがってアホ妹、バカヤローだなんだと喚きながらも
萩風と抱き合って喜んでるし、痛々しく包帯で左腕を巻かれた野分は
あたしの手を握って号泣してる。まだ頭はぼんやりしてるし、
左目は眼帯がされているらしいし開こうとすると鈍く痛む。
腕は両方ともなんとか動く。右手で野分の手を握り返すこともできる。
でも、私の下半身はまるで存在しないかのようにしか感じられなかった。
温かな布団の温度や巻かれているであろう包帯、それらの感覚が全くない。
布団の盛り上がりは視認できる。繋がってはいても、動いてはくれないのだ。
艦娘としての再起。
寝たきりないし車椅子での生活。
大好きなダンスとの決別。
それを悟った瞬間、あたしの目からは大粒の涙が止まらなかった。
野分は必死に拭ってくれるけど、何もない中空を眺めながら落ちる粒は
あっという間に白いハンカチをずぶ濡れにした。
240
:
約束の舞風SS
:2016/04/11(月) 00:58:50 ID:O8ZjopLw
どうやらあたしは二日ほど意識不明で寝ていたらしい。
涙が落ち着いた頃に軍医の先生がやってきて、一通りの説明を受ける。
負傷の内容は機銃弾による銃傷が20以上。
幸いそれらが脳や心臓、肺など致命的な部分を射抜くことはなかったし、
すべて貫通していたので摘出の必要もなかった。
けど、より大きな問題は野分との交錯とその後の派手な転倒による内傷だ。
腰椎を損傷しており、生涯を通して再度立つことすらかなり難しいという。
既に満身創痍ながらも野分の身代わりになろうとしたあの行動は火事場のバカ力で、
日常的に動かそうとしてもできるものではない。
そうでなくても今現在、痛み止めを打っているのに下半身の感覚がないという不快感、
鈍い痛みに苛まれている。この痛みを克服して立つことなんてできるはずがないという
諦めに近い感情があたしにはあった。
241
:
約束の舞風SS
:2016/04/11(月) 01:00:26 ID:O8ZjopLw
一命を取り留めた喜びよりも、後悔や不安の方が先んじて走る。
慢心、不注意、僚艦への迷惑。
先の作戦自体は成功したらしいが戦線には戻れないだろう。
そして一生背負わねばならない、動かない下半身。その絶望が何よりも大きかった。
やっと顔の怪我が治り、多少表情を作っても痛まないようにはなってきた頃。
どうやら鎮守府では応急手術以上のことはできないらしく、
市街の大きな病院に移されて本格的な手術をすることになった。
軍用医務車両に担架で担ぎ込まれ、しばらく揺られて入院。
窓からの景色は海しか見えない鎮守府の医務室とは違っていた。
海、内側に鎮守府の施設群、造船ドック、岸壁にせり出す市場の倉庫、遊歩道、
鉄道、ビルが背比べをする市街地。意外に新鮮だったけど、病室自体は何も変わりない真っ白だ。
目に染みる白さが、将来の見通しの立たなさを表しているみたいで何だか辛くなった。
けど、こんな姿見せてちゃ四駆の仲間たちが不安になっちゃうし、
それにピンチを救ってくれた野分に申し訳ない。お見舞いの度にあたしは笑顔を見せた。
242
:
約束の舞風SS
:2016/04/11(月) 01:01:23 ID:O8ZjopLw
「舞風? 起きてるかい?」
「のわっち! 会いたかったぁ!」
「……毎回びっくりするくらい元気だね」
「そーお? 元からあたしはこうじゃん?」
一人の病室なので、あまり他人に気兼ねせずに済む。
もちろんあんまりはしゃいでいれば看護師さんを呼ばれかねないから自重は必要だけど。
「そうだ、これ。皆が千羽鶴折ってくれたの。吊り下げておくね」
「わ、ありがとー! なおさら早く治さなきゃね!」
「いやいや、無理しないで。急ぎ過ぎない方が……」
「舞風さん、いいですか? 次の手術のことでちょっと」
あたしと野分の会話に、回診にやってきた主治医の先生の声が挟まった。
「あ、はい」
「嬉しいのは分かりますが、あんまりはしゃいで身体に障ることは許しませんよ」
「分かってまーす」
「じゃ、私は外した方がいいかな? また今度ね」
「うん、ありがとー!」
243
:
約束の舞風SS
:2016/04/11(月) 01:02:19 ID:O8ZjopLw
こうやって、お見舞いの度に私は取り繕う。
きっと皆は初めに私が流した涙は、一時的なものだろうと思っている。
けど、そうではない。あの時感じた絶望は、今もあたしの心の中で
ずんずん大きくなっている。いくら元気な振りをしていても、
下半身の状態はよくならないのだ。
「……どうですか、具合は」
「やっぱり、何も……感覚がないんです。動かそうとしても、全然で……」
「そうですか……」
「……先生、お願いです。私を、海に帰してください。あんな風に」
あたしが窓から指差した先には港。
遠征部隊がちょうど出航するところだ。その中には同じ陽炎型の姿も数人ある。
彼女たちに交じって、もう一度海を走りたい。
潮風を感じながら、踊るように戦いたい。
そして、いつか勝利を遂げて僚艦たちと笑いあって、また踊って。
ちぎれた雲のように消えてしまいそうな夢を、あたしは見ていた。
244
:
約束の舞風SS
:2016/04/11(月) 01:03:10 ID:O8ZjopLw
しかし。
「…………本当のことを言ってしまってもいいですか」
「……ええ」
「……確率は、1%にも届かないと思います。厳しいというほかない」
先生は目を合わせてはくれなかった。
「…………ですよね。ごめんなさい、無茶言って」
また涙が零れそうになるけど、何とか耐える。
涙が出るのは仕方ないが、泣いてばかりいてもこれまた仕方ない。
「ですが、これはあくまで私の所見です。
医学では説明のつかない回復というものが往々にして存在します。
どうしても治したいのなら、舞風さん自身が諦めてしまうことが最悪の手です」
「…………」
「とにかく、治さなくてはならないところはまだまだあります。まずは腰の骨の位置を戻して……」
245
:
約束の舞風SS
:2016/04/11(月) 01:07:58 ID:O8ZjopLw
すまんが今日はここまでや
あと2日くらいで仕上げて後編も上げる予定やから
依頼主ニキはもう少しだけ辛抱しててくれや
246
:
約束の舞風SS後半
:2016/04/12(火) 23:28:53 ID:O8ZjopLw
間が空いてすまんな、約束の舞風SS後半やで
三か月経って、しばらく休みがとれなかったらしい提督がやっと来てくれた。
「すまなかったな、ずっと見舞いに来られなくて」
「いーの! 忙しかったんでしょ?」
「お詫びといっちゃなんだが、ほら。ありあけハーバー」
「……最高。分かってるじゃん提督!」
普段の病院食はやっぱり味気ない。
しばらくろくに物も食べられなかった頃に比べたら、
三か月経った今はかなり改善した方だ。
お見舞いのフルーツも剥いてもらって食べられる。
初めは全身の痛みや精神的な苦痛で文字通り食べ物が喉を通らずに戻してばかりだった。
栄養不足を補うために点滴を刺され、泣きながらベッドの上で無味淡泊な日々を過ごしていた頃より、
はるかに生活は豊かだ。
「外出許可は出てるのか?」
「車椅子で病棟内なら。外はダメだって」
自力で移動ができないので、トイレの度にナースコールだ。
ちょっと恥ずかしいけど仕方ない。看護師さんたちは基本的に病室の外には連れていってくれない。
その分、病室での話し相手になってくれる。
ここは普通の市立病院なので艦娘の入院者は珍しいらしく、会話は案外弾む。
「じゃあ、行ってみるか?」
「いいの!?」
「何を遠慮することがある」
「じゃ、お言葉に甘えるね」
247
:
約束の舞風SS後半
:2016/04/12(火) 23:30:12 ID:O8ZjopLw
提督はあたしを車椅子に乗せて病院内をひとしきり回って、
売店に連れて行ってくれた。暇だろうからと本を何冊か買ってもらった。
ただそれだけでも、あたしは嬉しかった。
数か月の間、病室から出ることも叶わずに鬱々としながら、
お見舞いの時だけ気丈に振る舞うのは精神的にかなりの苦痛だった。
時には演じることに耐えきれず、四駆の僚艦たちが帰った直後に泣き喚いて
看護師さんに慰めてもらう日もあった。
危うく千羽鶴を引きちぎってしまいそうな時もあった。
こんな小さなことでも、息抜きができたことであたしは確かに救われていた。
「ふー……疲れるね、ただ座ってるだけなのに。普段ベッドの上だとねー」
「じゃあ早くリハビリしなくちゃな。取り戻すのに時間がかかりそうだしな」
「う、うん」
提督含め、皆には「1年以上時間はかかるかもしれないけど、復帰の見込みはある」で通している。
だから今は臨時で他の駆逐隊から補充の子が入ってるけど、いつでも復帰できるよう籍が残してあるという。
迷惑をかけているという意識はあったけど、こうしないとあたし自身が絶望に負けてしまいそうだから。
でも、それと同じくらい絶望も大きく育っていた。足は何度力を込めても一向に動いてくれる気配がない。
手術は一通り終わったから、しばらくすればリハビリを始める予定もある。
だけど、まったく動かないものを動かそうとしてできるかどうかは分からない。
車椅子での一生も、あたしは視野に入れつつあった。
248
:
約束の舞風SS後半
:2016/04/12(火) 23:31:40 ID:O8ZjopLw
時折提督は、リハビリの経過も見に来てくれる。
手すりを使って立つことも今はままならないが、あたしは自分の足で立って、
自分の足で踊って、自分の足で海に戻るためにリハビリを志願している。
ここで諦めて車椅子のままの生活だって選べる。
だが、あたしは絶望がどれだけ育っても諦めきれずにいる。
10000回ダメでも、10001回目は何か変わるかもしれない。
ドリカムだってそう歌っている。あたしが物心つく前の歌だけど。
けど、現実がそうなるとは限らない。まずは上半身を鍛え、
平行棒を掴んで転ばないためのリハビリを積む。
そうして転ぶリスクを減らしていって、やっと歩行訓練に移れる。
この日も提督が見ている前でぷるぷると腕を振るわせながら平行棒にしがみついているだけ。
足はわずかにピクリとだけ動かせるが、このまま体重を床に落とした時は間違いなく耐え切れないだろう。
いくら意志があっても、足が動かせないのにリハビリを続けさせては危険ばかり大きい。
先生もいずれ諦めるよう進言するだろう。
249
:
約束の舞風SS後半
:2016/04/12(火) 23:32:25 ID:O8ZjopLw
「舞風、大丈夫か?」
「うん! 腕だけで立てるんだもん、リハビリの成果ですよ! ふふん!」
「決して無理はするなよ」
「分かってるって……!」
だんだん辛くなってきたのを看護師さんに悟られたらしく、
車椅子へと戻される。あたしも今は足を地面につける自信はない。
力を込めることができない下半身に託すにはまだ早い。
「今日はここまでです。病室に戻りましょう」
提督が車椅子を押し、あたしはリハビリ室を後にする。
だんだん、提督の押す車椅子の座り心地がよくなっているあたしがいる。
本来はあたしの不随を表す忌々しい代用品だったのに、これがなくては移動できないという状況、
提督に身を任せているという安心感からどんどん慣れてきている。
この調子じゃ、復活の日は遠いかもしれない。
250
:
約束の舞風SS後半
:2016/04/12(火) 23:33:49 ID:O8ZjopLw
「あっついなー……」
病院着は結構薄手だけど、夏場はやっぱり暑い。ベッドの布団も変わったけど夜は寝苦しいし、
思い出したようにどこか鈍痛がぶり返すと眠るのもできず辛い夜になる。
一方の提督はワイシャツにノーネクタイと涼しげなフォーマルスタイルだ。
オフの日でもスーツで過ごす真面目な提督は、こんな日でも変わらない。
病院の中庭は石畳で、中央にはちょっとした水場やそれを囲む花壇もある。
サルビアが赤い花をつけて真っ直ぐ上を目指しているのを見て、少しだけ嫉妬したりもしてみる。
蝉たちの喧しい鳴き声は外だとなおのこと賑やかだ。
ゆったりとぬるいつむじ風があたしたちの目の前で舞う。
かつてのあたしみたいに自由だ。
「ほれ、かち割り」
「うひー気持ちいー」
提督についてきた嵐がかち割り氷をくれた。
萩風も提督に押されるあたしの車椅子の少し後をのんびりと歩いている。
嵐、萩風、今日はいないけど野分、そして提督はこうして少しでも休みができるとあたしの見舞いに来てくれる。
こないだは夜戦で戦艦をぶっ飛ばしてやったぜ、なんて誇らしげな嵐の武勇伝は聞いていて楽しいし、一層海への想いを募らせる。
初めは嵐も海のことを思い出させるのは却って苦痛じゃないかと気を遣ってどうしても口数が少なかったけど、
あたしがむしろ積極的に話してほしいと言うと一気に饒舌になったのだ。聞き上手な萩風は嵐の話をうまく促してくれる。
251
:
約束の舞風SS後半
:2016/04/12(火) 23:34:48 ID:O8ZjopLw
「嵐、そろそろ……」
萩風が胸元の懐中時計を見ながら嵐のマシンガントークに歯止めをかける。
「おう、遠征交代の時間か。いっぺん戻らなくちゃな」
「これで失礼するね。舞風、また今度」
嵐と萩風はそう言ってそそくさと中庭を去り、鎮守府へと向かう。
だけど、提督はそれにはついて行かない。
「あれ、よかったの?」
「今はあの二人と野分に一通りの管理を任せてる。渉外なら大淀もいるしな」
元々の秘書艦はあたしだけど、今代理をしているのは四駆の仲間たちだ。
「それにあの二人、どうやら気を効かせてくれたらしいな。ほら」
見れば、中庭は人払いをしたようにがらんどうだ。
蝉と花が囲む中で、疑似的な静寂があたしと提督を包んでいる。
なんか、二人きりって改めてなってみると照れる。暑さのせいだけでなく少し赤らむ頬にかち割りを当てた。
……けど、あたしには言い出さなきゃいけない話題がある。
もしかしたら萩風と嵐はいいムードを演出しようとしてくれたのかもしれないけど、
あたしは今それを受け取れる心の余裕がない。
252
:
約束の舞風SS後半
:2016/04/12(火) 23:35:39 ID:O8ZjopLw
「提督……あのね……」
車椅子を押す後ろの提督に、あたしは振り返らないまま切り出した。
「ん?」
「…………あたしのこと、捨ててもいいよ」
「……!」
「本当はね、嬉しいんだ。こうやってお休みの度に連れ出してくれて。
でもさ、こんな手のかかる子、お世話したくないでしょ?」
何だか一周回って、笑みがこぼれた。気丈にいたいという呪縛から作られるものではなく、
諦めから生まれる笑みがあるのをあたしは知った。
言わなきゃいけないことを、言い出すことができた。
提督がくれたものに、何かを返すことができないって。
歩く姿や、踊る姿で提督にお返しをできる見込みがない。
そんな諦めが、あたしの口からその言葉を吐かせた。
「……いや、それは許可できない」
提督はぐっと考える間もなく大真面目にそう言った。
「一度ならず二度までも見捨てられて、お前は耐えられるのか?」
253
:
約束の舞風SS後半
:2016/04/12(火) 23:37:32 ID:O8ZjopLw
脳裡に蘇った、トラックでの記憶。香取と一緒に沈んでいった時のこと。
(野分、どこ?助けてよ!嫌……沈むのだけは嫌!)
野分をいくら呼んでも、それは水泡にしかならない。
人間の形を持った今では記憶が加工されて、海中のしょっぱさと苦さまで手に取るように思い出せる。
克明な味は、まるで野分の涙と苦渋の味を表しているようだった。
あの時のことは野分との間でも半ばタブーとしていたが、互いに一番深い傷として残っている。
もちろん今では当時の野分の状況も知って、あの時あたしと香取を見捨てた判断が最善手であっただろうことは承知している。
それでも「見捨てられた」という恐怖が拭い去られたことは一度もなかった。
熱を失って引き裂かれ、激痛に見舞われながら呼吸が苦しくなる。
海底がどんどん近づいてくる。あの恐怖を紛らわせるために、あたしは必死に明るく踊っていた。
「……でも、もう歩けないんだよ? 踊れないし、一人じゃ着替えもおトイレもできないし、何もできないんだよ?」
なのに、踊れなくなった。自力で恐怖に打ち勝つ術を失ったのだ。言うことを聞かないこの足では、やはり前世と同じように踊ることは叶わない。
だから、提督と一緒にいることでどうにか自分を保っていたのだ。提督は優しいから、あたしを見捨てたりはしない。
そう思って、べったり甘えていたのだ。今思えば、それが提督にとって重荷になっていたのだと思う。
そんなことは絶対口にしない提督だけど、あたしにはそう思えて仕方ない。
だったら、提督に捨てられてしまえば、お互いに楽になるんじゃないか。そう思って、今日こんなことを切り出したのだ。
あたしのことを見捨てて提督に幸せになってもらう方が、提督につらい思いをさせてまであたしが幸せに生きていくより数万倍いい。
254
:
約束の舞風SS後半
:2016/04/12(火) 23:38:38 ID:O8ZjopLw
なのに。
「それがどうした。艦娘100人面倒見てるんだから、お前一人を一生面倒見られない道理はないだろ」
「提督、それって……」
「そうだ。俺は舞風を捨てるような真似はしない。練度が上がればケッコンもしよう。戦いが終われば、四六時中傍にいよう」
伴侶になってくれる、そういうこと。看護師さんみたいにお世話をするとかそういう次元じゃなくて、
一生を共に過ごしてくれるんだ。果てしない迷惑をかけるだろう。そう考えると、なんだか気恥ずかしくって。
けど、途方もなく嬉しくて。ああダメ、言葉全然出て来ない。
「もう……提督はもっと自分の幸せを考えるべきだよ……バカだなぁ……」
そう言いながら、あたしの目からはぼろぼろと涙が落ちる。
255
:
約束の舞風SS後半
:2016/04/12(火) 23:39:54 ID:O8ZjopLw
「そうだ、俺は大馬鹿者だ……だから、約束してくれないか」
「え……?」
「俺は馬鹿だ。生まれてこの方、船と海のことしか学んでこなかったから医学的なことはさっぱりだ。
けど、先生が言ったんだろう? 『確率は1%にも届かない』って。確率は、0じゃない。
だったら、その1%以下を信じさせてくれ。俺が面倒見るから、舞風は1%以下の確率に挑戦し続けてくれ」
「……当たり前でしょ? あたしがいつ諦めたのさ」
大嘘だけど。何度も折れそうだったし、今後も折れるかもしれないけど。
……でも、今目の前で微笑んでる提督のために頑張るんだったら、急に勇気が湧いてくる。
提督が支えてくれたから、なんてちょっと恥ずかしくて言えそうにない。
真面目な提督がこんなくさいこと平然と言っちゃってるのにかっこつけるのも反則っぽいけど、提督は笑ってくれた。
提督や四駆の皆を笑顔にするのが、あたしのやること。それはいつでも変わらないんだなって思う。
だから、もう一度歩いて、踊って、皆を飛びあがるほど喜ばせて、とびきり笑顔にしてやるんだ。
256
:
約束の舞風SS後半
:2016/04/12(火) 23:40:31 ID:O8ZjopLw
「おはよ、て……あなた」
「毎度毎度早起きだな。関白宣言なんかするまでもない」
「あなたが遅いの。もう9時だよ、日曜だからって寝過ごして」
「9時といえば、あれはいいのか。ダンス教室」
「だから今急いでるの。発表会1週間前なのに遅刻してる場合じゃないもん」
「……くれぐれも、急ぎ過ぎるなよ。もう一度怪我されちゃかなわん」
「わかってまーす! ……発表会、絶対来てよね。次の土曜、市民会館で13時から」
「休みはとってある、心配するな」
「わかる旦那で助かるぅ。じゃ、行ってきまーす!」
257
:
約束の舞風SS後半
:2016/04/12(火) 23:41:03 ID:O8ZjopLw
おわり
258
:
約束の舞風SS後半
:2016/04/12(火) 23:45:33 ID:O8ZjopLw
3日でできるとか豪語したくせに結局結構時間かかったンゴ……
舞風のキャラをつかみきれてないからイメージと違ったらすまんな
あとワイは文系やから医学的な部分に間違いあったら勘弁してクレメンス
259
:
約束の舞風SS後半
:2016/04/12(火) 23:54:32 ID:O8ZjopLw
(せや、依頼ニキは感想こっちで頼むで
本スレすぐ流れるしワイもそんな頻繁にはいないからな
流れ遅いこっちに書いてくれると確実に読ませてもらうで)
260
:
舞風SS依頼者
:2016/04/13(水) 02:36:40 ID:/otekSkw
まずありがとうと言わせてもらうで
ワイのちょっとした構想から物語に起こしてくれて本当に嬉しいわ
特に情景描写と心理描写には恐れ入ったで
今回はワイの依頼やったけど完全オリジナル作品も読んでみたいンゴ!
261
:
名無しのおんJ提督
:2016/04/14(木) 18:30:08 ID:Ig4yNLbg
舞風ええなぁ
そしてそんな話の後で申し訳ないが、ホラー(?)SS投下します
苦手な人は注意
262
:
名無しのおんJ提督
:2016/04/14(木) 18:30:41 ID:Ig4yNLbg
時雨「これはボクが昔体験した話なんだけど……。
その日、ボクは春雨と一緒に鎮守府近くの道を散歩していたんだ。
けど途中で雨が降って、しばらくバス停で雨宿りをしてたから帰るのが遅くなっちゃってね。
日も暮れて、人通りも少なくなってきたから、早く帰ろうねって春雨の手を引いて歩き出したんだ。
しばらく歩いていると、道の右側に田圃が見えた。
すると、その田圃の中で何人かのお婆さんが農作業をしているのが見えたんだ。
ボクは咄嗟に『ああ、あれはオバケだな』って思ったんだ。
もう遅い時間だし、雨上がりだったし、そんな状況で畑仕事をする筈がないからね。
それに、灯りも少ない中でその人達だけは嫌にはっきりと見えてたんだ。
ボクは春雨を道の左側に寄せて守るような形にして、できるだけそっちの方を見ないで行き過ぎようとしたんだけど…。
春雨が突然、田圃の方を指差して『ねぇ、あのおばあちゃん達、何してるの?』って言ってきたんだ。
しまった、と思ったけど、オバケの方は気付いてないみたいだった。
ボクは隠してても仕方がないと思って『あれはオバケだから、気にしたらダメだよ』って言ったんだ。
そしたら、春雨は…
『ふぅん、じゃあこの人も?』
って言いながら、何もない左側を指差したんだ」
暁「ぴゃあああああああああ!!!!」
時雨「はい、というわけでボクの話はおしまい」
響「ハラショー。いいホラーだった」
伊58「というか、今更百物語をやろうだなんて、響も物好きでちね」
響「うん、暁が怖がるのが面白いかなと思ってね」
暁「そ、そういう魂胆だったのね!…ふ、ふん!でもレディは簡単に怖がったりしないわ!」
時雨「わかりやすいなぁ…」
伊58「仕方ないでちねぇ…次はごーやの番でちか?」
響「よろしく」
263
:
名無しのおんJ提督
:2016/04/14(木) 18:31:13 ID:Ig4yNLbg
伊58「ごーやの友人…って、隠しても仕方ないでちね、イムヤが体験した話でち。
その日はオリョクルで一日忙しかったんでち。
疲れたイムヤは鎮守府内のプールで一泳ぎする事にしたんでち。
夜だったし、照明を点けると迷惑かなと思ったイムヤは暗い中で延々と泳いでたんでち。
プールの真ん中でぼんやりしていた時、ふと気付くと奥のプールサイドに誰かいるのが見えたんでち。
よく見ると"その人"は全く見た事のない女の子だったらしいでち。
ごーや達みたいに提督指定の水着を着ているわけでもなくて、真っ白な肌に白いワンピースを着てたらしいでち。
イムヤも最初は新入りの駆逐艦の子かな、いつ入って来たんだろう、ってぐらいしか考えてなかったんでち。
けど、なんとなく声を掛けたらまずい気がして、目を反らすようにしてプールの入口側……つまり"その人"とは斜向かいのプールサイドに上がって帰ろうとしたんでち。
けどプールを出る前にちらっと奥を見たら"その人"はもういなかったんでち。
――っていう話を後日、ごーや達と一緒に出撃してる時に話してくれたんでち。
すると、急にはっちゃんが妙な表情をしたんでち。
心当たりがあるんでちか?ってはっちゃんに聞いたら『その白いワンピースの女性、これこれこんな感じの子じゃないか』って言い出したんでち。
それをイムヤが肯定すると、はっちゃんは、
『それ……殉職した昔の秘書艦の子だ』って言ったんでち」
暁「あうあうあうあうあうあうあうあう」
響「暁が過呼吸になりかけている」
時雨「うーん、なんか怖いような、悲しいような話だね」
伊58「ちなみにごーや自身はまだ見てないでち」
響「プールに現れる元秘書艦……何かを伝えたかったのかもしれないね」
264
:
名無しのおんJ提督
:2016/04/14(木) 18:31:54 ID:Ig4yNLbg
望月「ちょっとー暁ぃー、うるさいよー…って、あれ、みんな揃って何してんの」
響「おっと、ちょうどいいところに来たね」
時雨「百物語をやってるんだ。望月も何かお話ししてくれたら嬉しいな」
望月「えー…んー、まぁいいけどぉ…」
響「それじゃあ、お願いする」
望月「んっとー…たしか先週かな?睦月に聞いた話なんだけどさ。
遠征から帰ってきて、大発動艇から荷物を下ろしてた時。
大発動艇の妖精さんが、こんなものを拾ったって、睦月に錆びついた釘を渡してきたんだって。
まぁ大した資材にはならないけど、鋼材の足しにはなるだろうと思ってそのまま成果に足したらしい。
それからというもの、毎回ある場所へ遠征に行くと大発動艇の妖精さんが錆びた釘を拾ってくる。
気になった睦月はある時、妖精さんに案内してもらって釘がよく拾える場所に連れて行ってもらったんだ。
そしたら……そこにあったのは、ずたぼろになった藁人形だったんだって」
暁「あぶぶぶぶぶぶぶぶ」
響「あっ、暁が泡吹いた」
時雨「うーん、それって…その話自体も怖いけどさ…」
伊58「その藁人形に刺さってた釘が、ごーや達の補修とかに使われてたって事でちね…後味悪い話でち」
265
:
名無しのおんJ提督
:2016/04/14(木) 18:32:26 ID:Ig4yNLbg
響「さて、いよいよ私が話す時が来たようだ」
時雨「時間的にもそろそろおしまいかな。最後に怖いの頼むよ」
伊58「任せたでち」
暁「もういいわよぉ…」
望月「ねみぃ」
響「うん。これはつい一昨日、私が実際に体験した話だ。
その日、私は炊事当番だったんだが、お恥ずかしながら私は特別料理が得意ってわけじゃない。
どうしようかと悩んでたら、そこに鳳翔さんが来てくれたんだ。
鳳翔さんはとても上機嫌で、一緒に料理したり、面白い話をしてくれたりしてね。
結局、その日はそれなりに上出来の夕飯ができた。
けど鳳翔さんは何か用事があるって言って帰っちゃったんだ。
それで、鳳翔さん居酒屋やってるだろう?そっちの方かなと思って、お礼をしようと訪ねたんだけど開いてなかった。
しばらく待ってたら来るかなと思って店の前で待ってたんだけど、妙に遅い。
開店時間を過ぎても来なくて、さすがにあんまりにも遅いから、私は一旦提督の所に向かったんだ。相談しようと思ってね。
それで、鳳翔さんが…って話を始めた時、突然提督が神妙な表情をしたんだ。
そして、提督はこう言った。
『実は――ついさっきの出撃の時、鳳翔は敵艦の攻撃で大破し、今は危険な状況だ。士気に関わる事なのでみんなには伏せておいた。』
……それじゃあ、さっき私と一緒に料理を作ったのは誰なのか。
私は怖くなって、お見舞いにも行けずに部屋に戻ってきたんだ」
伊58「…うーん、不思議な話でちね」
時雨「うん、まぁ…そうだね」
暁「…」
望月「あー、あのさぁ、響」
響「うん?」
望月「すっごい言いづらいんだけどさ…」
時雨「うん…」
響「?」
一同「「「「鳳翔さんって、誰?」」」」
266
:
名無しのおんJ提督
:2016/04/14(木) 18:32:57 ID:Ig4yNLbg
響「ひぅっ!?」
そこで、響は目を覚ました。
慌てて目を開き、上半身を起こすと、そこは医務室だった。
暁「あっ、響!気付いたのね!よかった…」
響「えっ、暁…?」
抱きつきながら泣きじゃくる暁に、響は戸惑いながらも、必死に曖昧な記憶を辿る。
そうだ。
出撃中、暁を庇って攻撃を受けて、"左"舷損傷。
航行不能になって"秘書艦"である時雨の援護を受けて撤退。
しかし修復の為の"資材"を用意する前に気を失った。
どうやらしばらくの間"危険な状態"だったようだ。
響「…ごめん、心配かけたね、暁」
暁「もう、ばかぁ…」
(完)
267
:
名無しのおんJ提督
:2016/04/16(土) 16:54:17 ID:O8ZjopLw
最初の話「怖い話」と「田んぼ」でくねくねだと思い込んで都市伝説ラッシュかと思ったら違ったンゴ
主人公が誰だか定めないことで響が見ている夢だと気付かせないのはうまいと思った
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