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原則学・痕跡学・運気学・帰霊学・ロリコン研究で絶対正義

896メシア・エステバン:2018/02/18(日) 09:39:22
2018年2月18日(日) 小倉11R 第52回 小倉大賞典のレース見解5

シュメール人がなぜ縄文人から崇拝の対象にされたかといえば
日本列島各地で巨石建造物を作る際、地元に暮らすその当時の縄文人を、巨石運搬人として雇い食料を与え、知恵を与え、家の作り方を教え、
農業技術を教え、小船を作る技術を教え、操船の技術を教え、土器の作り方を教え、医術を教え、生活に発展に役立つ様々な技術を与えてくれたからである。

シュメール人が日本列島にやってきた事で、日本列島内の縄文人の暮らしぶりは一変して、狩りをしていた石器時代の暮らしから抜け出して、
狩猟採集生活をやめて、農業をする者に漁業をする者が増えたり、小舟を使った海上交通網が著しく発展していき、
作った土器を各地に運んでは物々交換で生計を立てる者も増えていき、日本列島の人口はどんどん増えていった。

さしづめ、日本列島に住む縄文人の暮らしぶりがどのように一変したかといえば、
弓矢を使って何十万年前と何ら変わらない石器時代さながらの狩猟生活をしていた、
1900年代のパプア二ューギニア島に白人が船でやってきて、パプア二ューギニア人の暮らしぶりが一変したようなものである。


時代が下がり、縄文時代もなかば過ぎて、氷河期時代の寒さが一段と厳しくなるにつれて、緯度の高い地域でマンモス狩りをして暮らしていた狩猟民族が、
マンモスの数が減少するにつれ、新たな獲物を求めて暖かい南の地域へと移動する北方民族民の数が増加していった。
当然のごとく、北方民族民による狩りの対象は人間も含まれていて、何十人や何百人の集団で音を立てて脅したり逃げられないように囲い込んだり、
作った罠(ワナ)の中におびき寄せるマンモス狩りの手口を応用した狩りで、山賊として、南の地域で暮らす人間を狩っては、
食料や女子供を強奪しては、その地域に溶け込んでいった。

シナ大陸や朝鮮半島も例外ではなく、大集団の山賊と化した武装北方民族が南下してくる侵攻が絶えなかった。
シナ大陸の北に位置する国家らは支配下の住民を総動員して、長大な壁(万里の長城)を作る作業に取り掛かり、
シナ大陸の北に位置する黄河周辺の民族らは、より安全な南の地域へ侵攻して、その土地の民族を、西や南に追い払っては住み着いていった。(漢民族大移動)


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