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【アク禁】スレに作品を上げられない人の依頼スレ【巻き添え】part6

1名無しリゾナント:2015/05/27(水) 12:16:33
アク禁食らって作品を上げられない人のためのスレ第6弾です。

ここに作品を上げる →本スレに代理投稿可能な人が立候補する
って感じでお願いします。

(例)
① >>1-3に作品を投稿
② >>4で作者がアンカーで範囲を指定した上で代理投稿を依頼する
③ >>5で代理投稿可能な住人が名乗りを上げる
④ 本スレで代理投稿を行なう
その際本スレのレス番に対応したアンカーを付与しとくと後々便利かも
⑤ 無事終了したら>>6で完了通知
なお何らかの理由で代理投稿を中断せざるを得ない場合も出来るだけ報告 

ただ上記の手順は異なる作品の投稿ががっちあったり代理投稿可能な住人が同時に現れたりした頃に考えられたものなので③あたりは別に省略してもおk
なんなら⑤もw
本スレに対応した安価の付与も無くても支障はない
むずかしく考えずこっちに作品が上がっていたらコピペして本スレにうpうp

691名無しリゾナント:2016/11/05(土) 23:33:21


「この子の、奪還…?」

リゾナンターに舞い込む仕事の窓口を一手に引き受ける、後輩光井愛佳の訪問を受けたさゆみ。
愛佳から受け取った一枚の写真には、あどけない表情の少女が写されていた。
喫茶リゾナントは相も変わらず閑古鳥ではあるが、逆にこのようなあまり公にはしたくない話をするには丁度いい。というのも皮肉な話
ではあるが。

「ええ。この子をとある屋敷から救い出す、というのが先方の意向らしいです」
「…監禁されてる、ってこと?」
「あくまでも、依頼人の話を100%信じれば。ですけど」

多分に含みのある愛佳の言葉。
この依頼には裏がある、それはさゆみにも何となくではあるが伝わっていた。

「正直な話。うちはこの話、道重さんに受けて欲しくないです。せやけど…」
「目が…助けを求めてる?」

さゆみの言葉に、ゆっくりと頷く愛佳。
写真に写った少女は、どことなく怯えているように見えた。
表情は固く、その瞳は。

誰か…ねえねえ、誰か…

そう、呼びかけているようにすら思えた。
愛佳が、リゾナンターから離脱してからかなりの年月が経つ。しかし。志を共にした最初の9人がこの喫茶店で過ごした日々のことを、
今でも鮮やかに思い出すことができた。
メンバーたちはそれぞれ、辛い過去を抱えていた。悩み、苦しみ、そして助けを求めていた。
愛佳自身も、そうだ。あの日、薄暗いホームの上で助けを求めていなければ。その声を、「彼女」が拾ってくれなければ。

692名無しリゾナント:2016/11/05(土) 23:34:17
「わかったよ。この仕事…受けさせてもらいます」
「…ええんですか」
「資料を見るに、敵戦力に能力者の存在は認めらない。どんな罠が仕掛けられていても、今のメンバーなら大丈夫だと思う。それに、今
回はちょっとした組み合わせを試してみたいの」

愛佳は首を傾げる。
おそらく、派遣するメンバーのことを言っているのだと思うが。
それよりも愛佳は、さゆみに言いたいことがあった。

「あの、道重さん。この子…」
「ん? さゆみ好みの年齢だよね」
「いや、そうやなくて。この子、昔の道重さんに似てません?」
「そうかな」

艶のある黒髪や、はっきりとした目元。おまけに、左右逆ではあるが口元に黒子があるところまで。
さゆみ自身はあまりしっくりとは来てないものの。
愛佳には、写真の少女とまだ幼さを残した当時のさゆみは何となく重なるものがあるように思えた。

693名無しリゾナント:2016/11/05(土) 23:35:09


数日後。
鬱蒼とした木々に囲まれた山道を、二人の少女が歩いていた。
少女、と言ってもそのうちの一人は汗を拭く仕草すら年相応に見えない色気を放ってはいたが。
見た目、ハイキングにでも来たかのような格好。赤と濃ピンクのリュックサックが、ゆさゆさと揺れる。
空は灰色の雲に覆われ、森の深さも相まって薄闇の様相を呈していた。

「里保ちゃん、もうすぐ目的の村に着くね」

後ろを振り返りながら、リゾナンターのサブリーダーである譜久村聖が言う。
後方には、とぼとぼと歩く小さな姿。戦う際の凛々しき姿はどこへやら、メンバーいち歩くのが遅いと揶揄含みの称号を戴いている鞘師
里保は、あくまでもマイペースを崩すことなく歩いていた。空模様からすると、急な雨に見舞われる恐れもある。できればその前に、目
的地にたどり着きたかったのだが。

「……」
「ねえ、里保ちゃん聞いてる?」

里保の返事は、ない。
最寄りのバス停から、歩くこと数時間。
確かにバスの中でぐっすりと熟睡していた里保は、叩き起こされたせいか道中顔に表情がずっとなかった。
だが、それとは聊か様子が違うように見えた。
その理由は、すぐに判明する。

「…敵襲」
「えっ?」

里保が口を開くのと同時に、二人の前に躍り出る数体の影。
大きな影が、四つ。そしてその影に寄り添うようにぴったりとついて来る影が同じく、四つ。

694名無しリゾナント:2016/11/05(土) 23:35:59
「ここから先は通すわけにはいかんな」
「”くるとん”は渡さんぞ!!」
「しかしどんな連中が差し向けられたかと思ったら、ただの小娘ではないか!」
「怪我したくなければ、尻尾を巻いて逃げることだな」

黒ずくめの忍者のような服を身に纏い、顔も黒子がするような頭巾と布で隠されていた。
このような格好をする連中は、大抵何らかの秘術を扱うと相場は決まっているが。

「…それは、こちらの台詞です」

里保が、いつの間にか刀を抜いていた。
抜刀の瞬間、いや、帯刀していることすら気づかなかったことに男たちは焦り、そして一気に緊張の度合いを強める。

「ふくちゃん。後ろに、下がってて」

里保に言われ、後方で待機する聖。
相手は一人で十分、と思われたと悟った男たちは揃って怒りを顕にした。

「随分舐められたものだ!」
「とくと見よ、我らが『刃賀衆』の秘技を!!」

小さな四つの影が、一斉に襲い掛かる。
後方の男たちと同じく頭巾と布で顔を覆い隠した格好の黒子たちが、携えていた小刀を同時に里保目がけ振るった。
しかし。

695名無しリゾナント:2016/11/05(土) 23:37:15
流水のような、淀みない足さばき。
利き手の右側に最も近い黒子の刀を愛刀「驟雨環奔」で止め、逆側から斬りかかる黒子の刃は水が象る第二の刀が防ぐ。
ぎりぎりと食い込む刃と刃。激しい鍔競り合いではあるが、徐々に里保が圧してゆく。力でねじ伏せるのではなく、体重移動によって巧
みに相手を往なし、勢いを殺しつつ。
その間にも残りの黒子が里保の体を貫きにかかるが、それも叶わない。

何故なら先ほど地面に撒いた水が珠状に渦を巻き、黒子たちの体を打ち据えていたから。
さらに、両側から里保を攻める黒子たちも完全に力を逃がされ、態勢を崩されたところを遭えなく峰打ちの餌食となってしまう。

「…まだ、やりますか?」
「『四人』相手にそこまでやるとは、そこそこ腕が立つようだ。だが、もう四人を同時に相手にできるかな」

大の男でも昏倒してもおかしくない衝撃を与えたはずだった。
しかし、里保の攻撃を受けたはずの黒子たちは、何事も無かったかのようにむくりと立ち上がる。

「我々を見下した無礼、その命で償え!!」

里保を取り囲む小さな黒子たち、そこからさらに男たちが襲い掛かる。
だが、里保は動かない。代わりに。

「ふくちゃん。後方の男たちを」
「わかった!!」

聖は、里保一人に戦闘を任せるために後方に下がったのではなかった。
得意とする念動弾による、援護射撃。元はかつて対峙した能力者、「キュート」の岡井千聖の能力であったが、オリジナル以上の照準精
度によって聖の能力の主力となっていた。

696名無しリゾナント:2016/11/05(土) 23:38:24
四つの「壁」と、里保。
このいずれにも当ることなく、弾丸は標的である男たちの体に命中する。

「ば、馬鹿な…!!」

予想だにしない攻撃を受け、男たちは次々と地に伏せてゆく。
それに呼応するように、小さな黒子たちも膝を落とし、そしてそのまま動かなくなった。

「やっぱり…」
「どういうこと?里保ちゃん」
「『刃賀衆』…こんなところにいたなんて」

言いながら、黒子のうちの一人を抱き起して、聖にその背を見せた。
そこには禍々しい紋様の描かれた、細長い紙切れのようなものが。

「これは…お札?」
「札に念を込めて、命なきものを傀儡とする。『刃賀衆』の一派だけに伝わる秘術、らしいよ」
「だから操り手を倒したことで傀儡も沈黙したんだ…でも、刃賀衆って?」

聖にとっては、耳馴染のない名前。
里保は目的地に向かって歩きながら、「刃賀衆」に纏わるとある昔話について説明する。

時は戦国時代。天下統一を目指したとある武将が、敵方武将の根城を攻めるために当時裏の世界で一大勢力を築いていた「刃賀衆」を雇
い入れた。しかしそれを聞いた敵方の武将は、西方よりある集団を呼び寄せることで対抗する。
その両者の争いは、苛烈を極めたという。

「その末裔が、今でも細々と裏稼業をしつつ暮らしてる。とは聞いてたんだけどね」
「どうでもいいけど里保ちゃん」
「なに?」
「何で聖の二の腕をさすりながら話してるの?」

真面目ぶった顔で話している里保であったが、なぜかその右手はすりすりと。

697名無しリゾナント:2016/11/05(土) 23:39:36
「いや、これはふくちゃんの肌が勝手に吸いついて」
「もう。変なとこだけ道重さんの影響受けてるんだから」

聖たちリゾナンターの本拠地である喫茶リゾナントは、一部の常連のおかげで何とか商売が成り立っている暇な店。その最中にさゆみが
見つけた大発見、それが聖の二の腕がすべすべしていてとても良い触り心地だということだった。そして聖は、どさくさに紛れて聖の二
の腕をぺたぺた触る里保の行動を見逃していなかったのだ。

「それより、話の続き。長い争いの中で、「刃賀衆」はとある弱点を突かれてその戦闘集団に敗れ去ったんだけど、その弱点というのが
ね…」

話を逸らしつつも、二の腕を触ることをやめない里保。
しかしそれも、あるものを目にしてぴたりと止まる。

「里保ちゃん」

おそらくこの先は「刃賀衆」の里なのだろう。
里保たちの前に城壁の如く立ち塞がる、黒子たちの大群がそのことを示していた。
先程の人数など比べ物にならない、数十、いや百近くはいるように思える。

泣き出しそうだった空から、雨粒がぽつり。ぽつり。
里保の「認識」が正しければ、彼らは決着を急ぐはず。

「ちょうどいいから、再現してあげるよ。「刃賀衆」が、「水軍流」に敗れ去った理由をね」

敵の「大群」に物怖じすることなく、里保は刀を抜いた。
かつては雨が降るたび、里保は自らの能力の暴走に怯えていた。幼き日に友を喪った、心の奥底に沈めておきたい過去が頭を過ってしま
うからだった。けれど。

さゆみに。多くの先輩たちに導かれ。そして、自らもリゾナンターとして。
数々の困難を乗り越えて来た今なら、できるはず。
里保は、ゆっくりと、そして目を細めつつ天を仰いだ。

698名無しリゾナント:2016/11/05(土) 23:41:28


瞬く間の出来事。
少なくとも、聖にはそうとしか見えなかった。
刀を空に向けたかと思うと、降り始めた雨は巻き取られるように刀身に集められ、そして里保を押し潰さんと迫りくる鋼の黒子たちを容
赦なく水浸しにしてゆく。
まさに、水の暴力。荒ぶる水の流れによって、「大群」は完全に鎮圧されてしまった。

「水使い…だと?」
「『刃賀衆』の操る傀儡の弱点」

尚も立ち上がろうとする男を柄先で昏倒させ、里保は傀儡の黒子に貼られていた札を剥す。

「それは、札が水に濡れてしまうと完全に効力を失うこと。この札は何かのコーティングがされてたみたいだけど、うちの操る『生きた
水』の前には通用しない」

聖は、目の前の少女の実力に改めて気づかされる。
ほぼ同時期に喫茶リゾナントの扉を開いているはずなのに、彼女は常に自分の二歩も三歩も先を行っている。もちろん、里保はかつてそ
のポジションを担っていた田中れいなの後継を期待されている存在なのは重々承知の上。しかし、聖にもプライドがある。負けたくない。

ただ、そんな今はそんなライバル心はどこかへ置いておかなければならない。
さゆみがわざわざ自分と里保を指名してこの仕事へ向かわせたことの意味。単純に考えれば同じ時期にリゾナンターとなったもの同士の、
アタッカーとサポーターの組み合わせだろうが、さゆみがそんな理由で自分たちを選んだのではないことくらい、聖にもわかっていた。
その答えを仕事が終わる前までに、用意しておかないといけない。おそらく仕事の成果とともに、さゆみに聞かれるはずだ。

699名無しリゾナント:2016/11/05(土) 23:43:13
「里保ちゃん。クライアントの依頼内容は、あの建物の中に囚われてる女の子を助け出すこと。だったら、その子を監禁してる人の部隊
が他にもいるかもしれない。急ごう」
「うん。そうだね」

返事とともに、抜いた刀を鞘に納める里保。
向こうのほうに、城と見紛うばかりの大きな屋敷が見えていた。
祖父から聞いた、「刃賀衆」の話。それと現実に彼女たちに襲い掛かって来た軍勢の実力は、ほぼ変わらず。ならば例えこの先にどんな
人間が待ち構えていたとしても、自分たちの敵ではないはず。そう踏んでいた。
しかし事態は、思わぬ方向へと向かってゆく。

「誰だ!!」

思わず鬼の形相で、現れた人影に叫ぶ里保。
そこで、ようやく聖も気付く。気配を完全に殺して近づいてきた小さな影に。

「お前さんたちが、『りぞなんたあ』とかいう。なるほど。正義の味方を気取るだけの実力はあるようじゃが」

芥子色の単着物に、えびぞめ色の羽織姿。目にかかるほどの豊かな白い眉毛は、まさに好々爺といった様相を醸し出してはいたけれど。

「あなたは…?」

聖と里保は、完全に警戒態勢に入っていた。
対峙しているだけで、皮膚がひりつくような感覚。そして、里保を持ってしても接近を許してしまうほどの隠形術。
これだけの人物が、ただもののはずがない。下手をすると、敵の新手の可能性すらある。
ただそれは半分正解で、半分外れであった。

「わしは…『刃賀衆』の頭目を務めておる。そして、今回の依頼人でもあるのじゃ」
「えっ」
「ここでは色々とまずい。案内してやろう。あそこの屋敷にな」

老人が何を企んでいるのかはわからない。そして、彼が依頼を出した理由も。なぜ少女を捕えている「刃賀衆」の頭領がそれを救出する
依頼を出す必要がある。
が、ここは少女が囚われているであろう屋敷に近づくチャンスでもある。虎口に入らずんば虎児を得ず、の諺よろしく、老人の後を二人
はついて行くのだった。

700名無しリゾナント:2016/11/05(土) 23:52:15


「もぐ…なるほど…囚われの…ぱく…少女というのは…もぐ…おじいさんの…くちゃ…お孫さんでしたか…ごっくん」

屋敷の中にある、囲炉裏の設けられた一室にて。
暖かな湯気をくゆらせながら、当地の名物らしい「ほうとう」が丁度いい具合に煮立っている。
頭領の思わぬもてなしに、遠慮なく舌鼓を打っている里保。そんな強心臓にある意味賞賛、ある意味呆れつつも聖もまた「ほうとう」の
旨さに心を動かされていた。

「ほほほ、『鞘師』の子は腕だけでのうて、食の方も立つようじゃ。遠慮はいらん。仕事の前に、たんと食っていくがいい」
「あの…」

最初は少しずつ食べていたのが、段々とその一口が大きくなって頬を膨らませている里保を余所に、聖が不安げに「刃賀衆」の頭領であ
る羽賀老に訊ねる。

「何じゃ、嬢ちゃん」
「お孫さんを助け出して欲しい。それが依頼内容だったはずですが。聞いた話ではこの屋敷の中にいらっしゃると聞いていたのに」
「ああ。孫の朱音は、この屋敷におる」

実にあっさりとした、羽賀老の答え。
なので、聖の抱く疑問はさらに膨れ上がる。

「そんな。じゃあどうして助け出して欲しいなんて」
「あの子はな…呪われた子なんじゃ」

それまで止まらぬ勢いで膳を掻き込んでいた里保の、箸が止まった。
が、羽賀老は、淡々と話を始める。

701名無しリゾナント:2016/11/05(土) 23:53:34
「『刃賀衆』にはの。代々、一族の秘儀を受け継ぐ素質のあるものが生まれる。わしらは、そのものを『繰沌(くるとん)』と呼んでお
るのじゃが。そして、当代の『繰沌』に…朱音が選ばれた。だがの。一つだけ、大きな問題があった」
「問題…とは?」
「朱音は、あまりにもその素質が強すぎたのじゃ。そしてその素質に対し、あまりにもその器は小さすぎた。結果…力の暴走を生むこと
になる」
「……」
「一族の秘儀の他に、あの子に作用する力が存在する力があるのやもしれん。ただ一つ、確かなことは。制御できん力は、周りの人間を
傷つける。もう、何人も里のものが朱音の力で命を失っておる」

制御できない、巨大な力。
聖は確信する。羽賀老の孫であるその少女は、「能力者」であると。

「今は、刃賀に伝わる緊縛術でその身を抑えておるが…いずれはそれも解かれ、より多くの犠牲を生みかねん。そこで、わしはある一つ
の決断を下した」
「そんな!なんてことを!!」

羽賀老が言うより早く、里保が大きな声を上げる。
その顔は真剣さと怒りが入り混じり、ある種の硬さを帯びていた。

「さすがにわかるか。わしが出した依頼の、本当の意味が」
「里保ちゃん…?」
「制御できないからって、それで殺すなんて乱暴すぎる!! 何でそんなことを、簡単に!!!!」

里保の刺すような視線を浴びてもなお、老人は静かな佇まいを見せている。
暴風にしなやかに揺らぐ木のように。いや、最早折れてしまうほどの「硬さ」がないだけかもしれない。
なるほど、自らの手引きで孫娘を殺すなどとは口が裂けても部下たちには言えまい。それで、外部からの依頼という形を取ったのか。聖
は何とか老人の思惑に辿り着くも、その心中までは理解することはできなかった。

702名無しリゾナント:2016/11/05(土) 23:59:16
「簡単ではない。わしも苦悩し、躊躇した。じゃがの、この里を、刃賀の歴史を守るためには仕方がないのじゃ。朱音の『次の繰沌』の
ためにもな。もうこれ以上、犠牲を出すわけにはいかな」
「ふざけるな!!!!!!!!!!!!!!!」

喉を裂くような声を張り上げ、里保が立ち上がる。

「このような非情な決断を、『水軍流』…『鞘師』のものに委ねると言うのもまた、運命じゃな。ただ。朱音を救うためには、あの子の
命を絶たねばならん。あの子に会えば、わかる」
「『チカラ』をコントロールできなければ命を絶たれるなんて!そんなの、そんなの何の解決にもなってない!!だったら!!うちは!!
もっとずっとずっと前に死んでなきゃならないんじゃ!!!!!」

あまりの里保の剣幕に、割って入ろうとした聖も思わず二の足を踏んでしまう。
自らの孫の命を絶つことで「救ってほしい」と願う羽賀老。数百年を超える因縁の一族の末裔にそのようなことを頼まなければならない
彼の心境は、いかほどのものだろうか。聖には想像すらつかないであろうが、そこに並々ならぬ決意、苦渋の決断があったことは徐々に
ではあるが、伝わってきてはいた。

その一方で、普段は滅多に感情を高ぶらせることのない里保がここまで怒りを見せる理由も。
かつて。里保は聖たち同期の3人に、幼き頃に親友を自らの制御できなかった力で死の淵に追いやった苦い過去を告白したことがあった。
滅多に自分の弱みなど話すことのない里保、いや、それを乗り越えると宣言するあたり、強がっているという見方もできてしまうが。
乗り越えなければならない壁である、そう自分に言い聞かせていた幼い顔。
平気な顔をしていても、どことなく辛そうに見えてしまう表情は深く深く聖の心に刻まれた。
今の里保は、かつての自分と似ている朱音の境遇に、思わず感傷的になってしまったのではないか。

だから聖は、里保の手をそっと握り締める。
里保を説得するような言葉は、到底持ち合わせてはいない。けれど、これだけは伝えることができる。
自分はいつでも、里保の味方であると。

703名無しリゾナント:2016/11/06(日) 00:00:04
「あ…ごめん…」

聖の心が通じたのか。我に帰り、恥じ入るように座り込む里保。
確かに、あまりにも朱音という少女と自分の過去は符号し過ぎていた。ただし、自分には理解ある家族がいた。自分の成長を、暖かな眼
差しで見守る祖父の姿があった。背格好は違うが、目の前の老人が里保の祖父と重なったのも感情が抑えきれなくなった理由の一つかも
しれない。

危うく、自分を見失うところだった。
里保は自分たちが何のためにここへやって来たのかを改めて思い返す。
仕事として、そして、リゾナンターの一員として。聖とともに、この山々に囲まれた里へとやって来たのだ。
仕事は、完遂しなければならない。

「取り乱して、すいませんでした。まずは、お孫さんに合わせて下さい。話はそれからです」
「そうだね。お願いします。私たちなら、本当の意味でお孫さんを救うことができるかもしれません」

そうだ。自らの目と耳で判断しなければ、何も始まらないのだ。
そのことは、闇の機械に囚われた小田さくらを救い出した時に実感したことだった。

「…運命に、身を委ねた身じゃ。朱音を『救って』くれれば、わしは何も言わんよ…」

その言葉は諦めか、希望の託しか。
老人は静かに立ち上がり、そして階上へと続く階段に向かってゆっくりと歩き始めた。

704名無しリゾナント:2016/11/06(日) 00:05:44
>>690-703
『リゾナンター爻(シャオ)』番外編 「繰る、光」 

もう少し続きます

705名無しリゾナント:2016/11/29(火) 19:35:01
>>690-703 の続きです



羽賀老に連れられ、聖と里保は屋敷の階段を昇ってゆく。
昇るにつれ、外の窓から差し込んでいた光は薄れ、徐々に闇の気配が漂い始めていた。

「朱音は、岨道流捕縛術の使い手が交代で拘束しておる。じゃが、彼らも生身の人間。朱音が力を暴走させてから数か月…さすがに、限
界じゃよ」
「……」

老人が呟いた限界、という言葉が何を意味するのか。
先程のやり取りからも、二人には十分に伝わっていた。おそらく、限界なのはその使い手たちだけではない。と。

「わしは…『刃賀衆』の頭領として。いや、朱音の祖父として。あの子を、救ってやらんといかんのじゃ。例え、どれだけの罪を背負おうと」
「それ以上は、言わせませんよ。あなたは既に、私たちに事の成り行きを託している」
「そうじゃったな…」

里保の諌めを背中で聞いていた羽賀老の小さな背中が、ぴたりと止まる。
階段の先には、頑丈そうな木製の扉。どうやらここに、例の少女がいるらしい。

扉を開けずとも、伝わってくる「圧」。
中に、とんでもないものが待ち受けているという感覚が聖と里保を襲う。

「気をつけることじゃ。手練れのものが四人がかりでようやく抑えられる力、それも代わる代わるでな。下手をすると…命を失いかねん」
「…大丈夫です」

里保がそう答えたのは決して希望的観測ではなく。
扉から伝わってくる重苦しい闇の中に、何かが見えたからだろうか。
ともかく、意を決して扉を開く。そこには。

窓も無い閉鎖された薄闇の部屋で、四方から頑健な縄で身動きを封じられている少女がいた。
白装束の和服に映える、白い肌。しかしそれも長い監禁生活のせいで、青白く弱く。
それと相反するように、彼女の秘めし黒き狂気は瞳に、そして体全体に宿っていた。

706名無しリゾナント:2016/11/29(火) 19:39:17
「相変わらず、か。四人がかりの『捕縛術』を持ってしても、未だ狂気をその身に宿しているか」
「…御館、様?」

部屋の四隅に配置された、これまた屈強な体躯を誇る男たち。その一人が怪訝な声を出す。
両手で支えし、大人の胴ほどはあろうかという太き縄。綱引きでもしているかのようなその態勢、四肢の筋肉は張り裂けそうなほどに漲
っていた。

「まだ、交代の時間には早いはずですが」
「その者たちはいったい」

他の男たちも、口々にいつもとは違う状況に戸惑いの色を見せる。
岨道流の捕縛術を極めたものだけに課せられている、「繰沌」の番。その交代時間が来たわけではないということは、なんとなく全員が
理解していた。

「今から朱音を…『繰沌』を解放する」
「今何と?」
「『繰沌』はこの者たちが鎮める。そなたらは、外へ下がっておれ」
「お言葉ですがそのような小娘にそんなことができるわけが…」

男の一人が反駁しようとしたその時だった。
肌が、感じる。目の前の二人の少女が「ただもの」ではないということを。
もちろん彼は里保たちが異能の持ち主であることは知らない。しかし、すっかり疲弊している感覚は逆に研ぎ澄まされ、二人の少女が内
包する「強い力」を咄嗟に感じ取ったのだった。

「御館様の、仰せのままに」
「うむ…」

頭領の命令は絶対。
心に思うところはあれど、四人は雪崩を打つように自ら握りしめていた大縄を次々に落とす。
四条の縄が張力を失った瞬間、縛られていた少女の体から黒い霧のようなものが立ち込めはじめた。

707名無しリゾナント:2016/11/29(火) 19:40:29
「よいか。わしが良いと言うまで、決してこの扉を開けてはならんぞ。もし。一刻ほど経った場合…屋敷に、火を放つのじゃ。よいな?」

四人の屈強な男が、ほぼ同時に息を呑む。
それほどまでに、老人の放つ気迫は剛の気を帯びていた。「刃賀衆」の歴史の重み、そして不退転の決意。
すっかり押し黙ってしまった男たちは、ゆっくりと後ずさり、そして部屋を後にした。

朱音の体から、漆黒の靄が次から次へと湧き出てくる。
意思を持つかのように、そして、悪意を持つかのように。

「羽賀老、あれは」
「…墨、じゃ」
「墨…あの書道に使う、墨ですか?」
「左様。朱音は…『繰沌』は代々。『墨字の、具現化』…自らの描きだした文字を、実際のモノとしてこの世に顕す力を受け継いできた。
じゃが…朱音の力は、あまりにも強すぎた。抑えきれん力はやがて朱音自身を蝕み、あのようなモノになった」

朱音から出る、墨の霧が形を作ってゆく。
長く、そしてうねりながら部屋中を駆け巡る様は。蛇と言うよりも、竜に近い。

「気をつけなされ。あの竜に飲み込まれたら、命を失う」
「…承知!!」

里保が、腰のホルダーからペットボトルを取り出す。
水は、下の水場で十分に汲んで来ていた。水限定念動力を発揮できる、十分な環境だ。

そして、里保の後方に立つ聖もまた既に戦闘態勢に入っていた。
朱音を取り巻く、不気味な物体との戦いが険しいものになるということは戦う前から肌で感じ取っていた。屈強な男たちが日替わりで押
さえつけなければならないほどの力、やすやすと鎮めることができるはずもない。

708名無しリゾナント:2016/11/29(火) 19:42:04
だが、里保もそして聖自身もいくつもの死線を潜り抜けてきた。
何度も命を失いかけたことも、そして何度も絶望したこともあった。
その経験を持ってすれば、決して乗り越えられない壁ではない。
そして何よりも。リゾナンターのリーダーであるさゆみが、聖と里保を信頼してここへ寄こしたのだ。その信頼に応えなければ、いや、き
っと応えられるはず。

里保もまた、聖と同じ気持ちでいた。
確かに得体のしれない「能力」ではある。しかし、決して御せない相手ではないことは里保の感覚が教えてくれている。羽賀老の言うよう
な「命を奪わなければならない」展開には決してならないし、させない。それは自らの過去に対する一つの答えであり、また自分よりも遥
か年上の存在に憤ってみせた意地でもあった。

ペットボトルから床へと注ぐ水が、形を成しクリアな球体として浮上する。
同時に、愛刀「驟雨環奔」を抜刀する。聖とともにこの仕事を任された理由。さゆみが自分たちに寄せる期待。そして、期待に応えるため
の強い意志を。
水を友とし、水を操ると謳われし名刀の刃に、載せる。

「やああああっ!!!!!」

不安定にうねる墨の竜、頭に見立てたその先端に向け、大きく里保が踏み込む。
綺麗な一閃が、混沌たる黒を切り裂いた。
しかしその切り口から血のように湧き出た新たな墨が、枝分れし幾筋もの鋭い矢となって自らに害をなしたものへと一斉に襲い掛かる。

「里保ちゃん!!」

後方から、銃を構えるような態勢で聖が打ち出すのは念を弾状にして打ち出す念動弾。
先程の傀儡戦においても際立つ照準能力の高さが、ここでも発揮される。里保を狙い澄ました墨の矢はひとつ残らず、念動弾によって打ち
砕かれた。

ナイス、ふくちゃん。
言葉の代わりに、なおも里保に襲い掛かろうとした竜の頭を袈裟懸け。
これならいけそうだ、そう思いかけていた矢先のことだった。

709名無しリゾナント:2016/11/29(火) 19:43:17
「お嬢ちゃんがた、あまり妄りに墨に触れるでない。乗っ取られるでな」

羽賀老の、思いがけない一言。
それが意味するものとは。

「それはどういう」
「墨字具現化とは。物質を操ろうとする意思の力じゃ。意思に何の考えなしに触れれば、その意思に飲み込まれる」
「…ならば、意思には意志で当たればいい。習字なら、多少の心得はあります」

言いながら、里保は鎌首をもたげている墨竜に再び刀を向けた。
里保を染め上げようとする黒き意思をかき分け、そして刀を振るう。
切っ先の軌道は、流れ、そして力を溜め、また払われる。まるで、習字の「払い」「留め」「撥ね」のように。

「ほう。墨字の権化にその形で挑むとは、若いのになかなかやりおる。じゃが…」

老人が見越していたかのように。
里保はそれまでの舞うような動きを止め、大きく後ずさる。

斬れば、斬るほどに。刀が鉛のように重くなってゆく。
これが、「乗っ取られる」ということか。
周囲の水球に刀を突き刺し、墨で黒く染まった刀身を洗う。一時しのぎにはなるが、根本的な問題は解決していないままだった。

そんな里保の様子を見ながら、聖は自分がどのようにして里保のサポートをするべきかを考えていた。
今日、この任務のために聖が複写してきた能力。その中には、扱いは難しいものの、強力な力を秘めた能力があった。聖は、その「能力」
を複写させてもらった時のことを思い返す。

710名無しリゾナント:2016/11/29(火) 19:45:11


「で、ももちに相談ってなあに?」

聖と里保がさゆみの指示により刃賀衆の里へと向かう前の日。
聖は、ベリーズのメンバーである嗣永桃子のもとを訪れていた。

「あの…ももち先輩にお願いあるんですけど」
「何かなぁ? あっ、もしかしてサインが欲しいってやつ?」
「いえそのサインはサインで欲しいんですけどっ、て言うかももち先輩ってほんとかわいいですよね! 目とか鼻とか口とか色が白いとこ
ろとかそのかわいいらしいももちヘアーとか!!」
「お、おう、ありがと…」

突然の訪問はまだしも、目の前の少女から感じる只ならぬ圧力に、桃子は少し。いや、かなり引いていた。
もともと、リゾナンターの敵として立ち塞がったベリーズ。しかし、紆余曲折があり今では共にダークネスと戦う身である。リゾナンター
のエースとなった里保に至ってはベリーズの実力者である須藤茉麻の胸を借りる打診までしているという。そんな中、普段はあまり人望の
ない桃子にも聖からの面会の申し出があったのだが。

どうも、ペースが乱される。
先程のやり取りで言えば、サインが欲しいかと聞いたのはあくまでも話のとっかかりである。いくら自分のことが可愛い桃子と言えど、精
々「うわぁ、是非」くらいの反応しか求めていなかった。
ところがどうだ。目の前の少々、いやかなり不審な少女は聞いてもいないことまで早口にまくし立てるではないか。一歩譲って、褒められ
てはいるのだからそれはいい。しかし。

「あとあと!華奢に見えて意外と筋肉質なところとか!!おしりのとこがプリプリッってしてるところとか、とってもいいと思います!!
!!」
「……」

711名無しリゾナント:2016/11/29(火) 19:45:43
何と言うか、このなぜか顔を赤らめている少女に対しては。
身の危険を感じるのだ。この研ぎ澄まされたももちヘアーの先っちょが、ビリビリと妖気を感じ取っているのだ。
桃子は、この少女と密室で二人きりにはなりたくないと、心の底から思うのだった。

「で、譜久村ちゃん…用件って」
「は!私としたことが!すっすいません…じゃなくて、許してにゃん♪」
「うん、あの、そういうのいいから」
「ごめんなさい!実は、ももち先輩の私物が欲しいんです!!」

思わず、うわぁ、と心からどん引きした声を上げてしまいそうになった。
この子、ももちの私物で一体何をする気なんだろう。いっそのこと、バナナに貼ってあるシールでも渡そうか。
ただ、それ「だけ」は桃子の杞憂に終わる。何でも、明日任務で出かけるので能力の複写をさせて欲しいのだと言う。

「でも、まあ、ももち先輩が直接って言うなら…」
「わ!わ!私物私物ね!えっと、この普段持ち歩いてる携帯ゲーム機とかどうかなっ!!」
「え、触ってもいいんですか!!」
「そこ、すりすりしない!!」

あまりの感動に、自らの両腿を両手ですりすりとこすり合せる聖。そして桃子のダメ出し。
とんでもない子を育てましたね、みっしげさん。
桃子は、聖の先輩筋にあたるさゆみに恨み節を呟かずにはいられなかった。

712名無しリゾナント:2016/11/29(火) 19:46:43


桃子の心情はともかく、彼女の「腐食」能力を複写した聖。
扱いの難しい能力ではあるが、応用できればこれほど心強いものはない。

回想を挟んだ第二ラウンド。
聖が「切り札」を使うことを感じ取ったのか、里保が竜を相手に大きく踏み込む動作を取る。
迎え撃つは、竜の肋骨を模したような屈強な槍。サーベルのように撓った形をしたそれらが、里保を串刺しにしようと回り込むように迫った。

同時に襲い掛かる、六つの牙。
初撃の刃で、上段の槍2本をあっさり斬り落とし。
振り向きざまに水で象ったもう一本の刀で双方向からの攻撃を止め。
足を刈り取る下段の牙は周囲に纏わせた水球を打ち出し、完全にへし折ってしまう。
これぞ、対多人数を想定した水軍流の剣術の極み。
そして、竜が里保に攻撃を集中させている隙を縫い。

「里保ちゃん伏せて!!」

後ろからの言葉に、咄嗟に里保が身を屈める。
その頭上を、「腐食」の力を帯びたいくつもの念動弾が通過してゆく。
黒き竜の胴体に着弾した念動弾が、綿飴を溶かすかのようにじわじわと銃創を広げていった。

今回の敵については情報に無かったものの、聖の言わば「腐食弾」は水溶性の体を持つ墨の竜には効果覿面だった。
さらに、聖の念動弾が頭上を通過するのと同時に、里保は動きだしていた。

墨竜の体から無数に突き出す迎撃用の槍、それらを横跳びで避けながら、聖が穿った銃創を水を纏わせた刀で大きく薙いでゆく。哀れ、竜
は鯵の開きが如く二つに引き裂かれた。

713名無しリゾナント:2016/11/29(火) 19:47:50
「やった!!」
「ふくちゃん、まだだ!!」

同期ならではのコンビネーションがうまくいったかと思いきや。
里保は、正眼に刀を構え続ける。
引き裂かれた胴体から滴る墨、行く筋も垂れ落ちる黒い液体は傷ついた肉体を瞬く間に修復していったのだ。

「朱音を力の源とする墨の竜、やはり力の源を絶たねば…」

老人の言葉を否定するかのように、猛然と里保が竜に攻勢をしかける。
が、焼け石に水とはこのこと。斬られても、砕かれても、次々に肉体を復元されてしまう。

里保が、肩で大きく息をし始めている。
体力の消耗だけでは無い。墨による水の濁り、そして何よりもこの状況を打開できないことへの自らへの憤りが彼女の体捌きに大きく影響
していたのだ。

さゆみが、聖と里保という最低限の戦力をこの事案に差し向けた理由。
それは能力の相性もあるが「司令塔」と「攻撃手段」という単純かつ最も重要なポジションの構成。それがきちんと機能するかどうかのテ
ストでもあった。二人が上手く立ち回れないのなら、グループ全体として動くことも難しい。さゆみにとっては現状の把握とともに、いつ
来るかわからない「未来を託す時」のためのもの。

よって今の場合聖に求められる役割は、戦況の立て直しとアタッカーへの的確な指示。

「里保ちゃん!今出せる、ありったけの水を出して!!」

しかし里保は耳を疑う。
この状況で水を全て使い切るのは、自殺行為に等しい。
漆黒の竜の墨に侵食されきったら、もう対抗手段はなくなってしまうからだ。

714名無しリゾナント:2016/11/29(火) 19:49:20
ふくちゃん自身も、焦ってる…?

つい、そんなことを疑ってしまう。
もちろん聖のことは信頼している。しかし、先の見えない戦いで彼女が破れかぶれの策を選択しないという可能性がないわけではない。

そうこうしている間にも、竜の体から滲み出るように勢力を伸ばしている墨の触手。部屋の全てを覆いつくし、そして闇に返さんばかりに溢れ
ていた。このままではどのみちじり貧である。

いっそのこと、朱音本体に攻撃を仕掛ける…?

自らの中で禁じ手としていた手段が頭に思い浮かび、即座に否定する。
そんなことをしたら、羽賀老に感情をむき出しにしてまで貫こうとした自分自身の信念まで否定することになる。

最優先にすべきなのは。大事なのは。いったい何なのか。任務か。朱音の無事か。聖への信頼か。自らの、信念か。僅かな時間の間に、里保は
取捨選択を迫られていた。

「ああああ、もうっ!!!!」

やるしかない。
気合の雄叫びとともに、ストックのペットボトルの水を全て床に流す。
溢れだす水は、ゆるりと渦を巻き、やがて漆黒の竜にも劣らない水の竜を象っていった。

二匹の竜が、咆哮を上げながら互いの体に絡みつく。
清涼な水が流れのままに闇色の墨を押し流せば、墨もまた根を張るように水の中に広がってゆく。
水が墨を砕き墨が水を濁す鬩ぎ合い。だが。

苦悶の表情を浮かべる、里保。
どうやら軍配は漆黒の竜に上がったようだった。現れた時は水晶のような透明度を持っていた水の竜が、煙に巻かれてしまったかのように薄く
濁ってしまっていた。体のあちこちに墨を穿たれ、半分はもう体を奪われている、そんな様相すら呈していた。

715名無しリゾナント:2016/11/29(火) 19:50:18
その時、聖が動いた。
形あるものを腐食させる、念動弾と腐食能力のハイブリッド。
弾幕が出来上がるほどに、前方に展開させた。

「ふくちゃん、無謀だ!!」

やはり一か八かの策だったのか。
里保は聖の言葉に安易に乗ってしまったことを後悔する。
しかし、すぐに考えを改める。後悔しなければならないのは、自分の考え。

墨の竜を狙っていたはずの腐食弾は、悉くその体を避けるような軌道を取り、背後の壁に着弾してゆく。
当然のことながら、木製の壁は腐れ落ち、やがて光とともに外の景色を顕にした。

聖が、一度にストックできる能力は「四つ」。
今日の為に持ってきた能力。一つは、念動弾。一つは、腐食能力。それと、使わないと決めている大切な人の「あの能力」。そして。

ぽっかりと穴の空いた壁、そこから滑り込むように侵入してくる何か。
蠢くように、這いずるようにして室内に入って来たのは。

聖は、この屋敷の周囲の環境を予め確認していた。
屋敷を囲むような、森。これならば持ってきた能力を最大限に使えると。
そう、彼女が最後にストックした能力は「植物操作」。崖っぷちの七人組の一人である森咲樹からいただいた力だった。

広大な森から這い出た木の根は、部屋中に溢れていた水にその身を浸すと。
もの凄い勢いで、それを吸収しはじめた。と、同時に、朱音の顔に苦悶の色が浮かぶ。

木の根が吸い込んだ、里保が使役していた水には相当量の墨が溶け込んでいた。それを吸収すれば自然に、朱音の墨の竜も引き込まれることに
なる。いくら次から次へと自らの体を復元してゆく再生能力と言えど、自然の力に抗えるはずがない。力の元はあくまでも人間。あの小さきか
弱い少女なのだから。

716名無しリゾナント:2016/11/29(火) 19:51:21
そこで、里保は大きなことに気付く。
植物の根が朱音の力を吸い尽くしてしまえば。
このままでは、朱音が。

ふくちゃん!と里保が呼びかける前に。
聖は、動いていた。朱音を取り巻く黒い靄が途切れる、ほんの一瞬を狙い澄ませて。

なるほど、そういうことか。ならば今度は、間違えない。

里保は聖がしようとしていることを、先読みする。
足元に僅かに残っていた、汚されていない水たまり。それを気化させ、駆け出した聖に纏わせた。
それはまさしく、里保が今できる最適解だった。聖は無防備になった朱音を、墨に遮られることなく抱きすくめる。

接触感応。
それが、聖が本来持ち合せた能力。
普段戦闘用に使用している「能力複写」は接触感応の応用でしかない。触れたものの残留思念を読み取る能力、生田衣梨奈や先輩の新垣里沙の
ように相手の精神に働きかけることができない、言わば受け身の能力ではあるけれど。

それでも僅かに残った墨の残滓が、聖の肌を焦がすように侵食しはじめる。
同時に、そこから流れ込んで来る「朱音の残留思念」。
全てを悟った聖は、優しく朱音の頭を撫でた。しばらく寒気に当てられていたかのように体を震わせていた朱音も、やがて安堵したかのように
瞳を閉じ、頭を垂れた。

「え!ふくちゃんまさか絞め技で」
「失礼な。安心して眠ってるだけだって」

朱音の急激な変化に「フクムラロック」が発動したのではないかと訝る里保だが、聖は憤慨しつつ否定する。
もちろんこうなることを想定していたわけでは無い。ただ、結果的に朱音は持てるすべての力を使い果たし、眠りについたようだった。

717名無しリゾナント:2016/11/29(火) 19:52:43
「なんということじゃ…まさか本当に朱音を鎮めるとはの…」

一連の動向を見守っていた羽賀老は、ただただ驚きを隠せずにいた。
大の大人四人の力を持ってしても、現状維持がやっとだったほどの凄まじい力。それが、たった二人の少女に鎮圧されてしまった。今までの、
自分たちの苦悩は。年月はなんだったというのか。
いや、今は事態が沈静化したという事実だけを受け入れるべきか。

「…羽賀老。少し、お話したいことがあります」

時に置き去りにされたような老人に、聖が話しかける。

「朱音ちゃんの、これからのことについてです」

718名無しリゾナント:2016/11/29(火) 19:54:00


場所を移し、里保たち3人は頭領の部屋にいた。
聖はしばらく誰かと連絡を取り指示を仰いでいたようだが、やがて話が済むと改めて客用の座布団に座り直す。

「結論から言います。朱音ちゃんを…わたしたちに預からせて、いただけますか」
「何と…」

まさか見ず知らずの者からそのような意見が出るとは。
予期していなかった申し出に羽賀老が戸惑っている間に、聖が畳み掛ける。

「朱音ちゃんの力の暴走。その原因は間違いなくこの里にあります」
「なぜそう言い切れるのじゃ」
「私の能力は、人やモノに触れることでそこにある残留思念を読み取ります。だから、さっき朱音ちゃんを抱き竦めた時に、流れ込んできまし
た。辛い、記憶が」

朱音は、奥の部屋で寝かされていた。
今は童子のように安らかな表情で眠ってはいるものの。

「『繰沌』となるための修業は、あの子にとって壮絶なものだったんでしょう。周囲からのプレッシャーも。頭領の血のものともなれば、尚更
でしょう。でも、それは彼女の心を『酷く傷つけた』」

聖の話を傍で聞いている里保には、修業の辛さというものが理解できない。
それは「水軍流」の修業と呼ばれるものが全て、日常の生活と強く結びついているから。誤って力を暴走させてしまった時でさえ、祖父は優し
く諭すのみだった。

719名無しリゾナント:2016/11/29(火) 19:55:41
「おそらくですが。彼女は、この里には『辛い思い出』しかないと思われます。里の景色が、空気が、里を構成する全てが力の暴走のトリガー
になり得る」
「そんな馬鹿な…わしらは一体どうすれば」
「私たちの上司からの提案ですが」

聖は、一言断りを入れてから、

「『能力者の隠れ里』という場所があります。朱音ちゃんを預からせていただけるのならば、その施設で能力の調整を行い、最終的には刃賀衆
のみなさんにお返しすることができます、と」

淀みなく言った。
里保はその時点で、悟る。きっと聖はその耳で聴いたのだろう。
朱音が誰かに助けを求める、心の声を。

羽賀老は、表情を険しくしたまましばらく、黙り込んでいた。
一度は亡き者にしてでもその暴走を止めようとしたものの、里の宝とも言うべき「繰沌」を、そう易々と里の外のものに渡して良いものだろう
かと。悩み、決断しかけ、再び悩む。思考の堂々巡りは沈黙となり、それがしばらく続く。
そこに助け船を出したのは。

「羽賀老。こう考えてはどうでしょう。里の外に出すのもまた、『繰沌』としての能力を高めるための修業の一環なのだと。そういうことにす
れば、里の人たちを説得することができるのではないですか」
「…ううむ」

最終的に、刃賀衆を束ねる頭領が首をゆっくりと下に動かした。

「ありがとうございます。お孫さんは、私たちが責任を持って育てますので」

聖の言葉に若干の妙な空気を感じつつも、それに追随する里保。

「孫を…朱音を。よろしく頼みますじゃ」

深々と、頭を下げる羽賀老。
既に、彼は孫を思う一人の老人だった。
そこに、里保は自らの祖父がぴたりと重なるのを感じていた。

こうして、朱音はしばらく「能力者の隠れ里」で自らの能力を安定させる暮らしを送ることになった。

720名無しリゾナント:2016/11/29(火) 19:56:42


「ねえふくちゃん」

刃賀衆の里からの帰り道。
電車の中で横並びになった里保は、聖に話しかける。
車窓の景色は、畑ばかりの田園地帯から徐々に民家が増えていた。

「なに?里保ちゃん」
「ごめん。ふくちゃんのこと、信じきれなくて」

里保は素直に、朱音との戦いの中で生まれてしまった疑念について話した。
聖は黙ってそれを聞いていた。電車の揺れが、心地いい。こういう一定のリズムを刻まれると、ついつい。

「だーめ。仕事中でしょ」

二の腕に伸ばされた不埒な手を、ぴしゃり。

「ええじゃろ、減るもんじゃなしに」
「帰るまでが仕事なんだからね。それに、減ります」
「けち」
「あのね、里保ちゃんが言ってたことだけど」

聖が、ゆっくりと話し始める。
おそらく、自分の考えを咀嚼しつつなのだろう。

「そういうことも想定に入れつつ、里保ちゃんの能力を最大限に生かすのが『司令塔』の役割なんだと思う。聖は、高橋さんみたいに行動で規
範を示せないし、新垣さんみたいに理性的な考えができるわけでもない。はるなんみたいに頭良くも無いし、香音ちゃんみたいにいざと言う時
に割り切ることもできない。でもね」
「でも…?」
「里保ちゃんが、何を考えてるか。というのはわかるよ、きっと」

言いながら、聖は思い出していた。
里で、さゆみに事案の報告をしていた時のことだ。

721名無しリゾナント:2016/11/29(火) 19:57:54


「…なるほど。お疲れ様。さっきも言ったように、その子は『能力者の隠れ里』で能力の使い方を勉強してもらった後にリゾナントで預かるの
が一番だと思う」
「そうですね。聖もそれがベストだと思います」

さゆみは、聖や里保の仕事ぶりについてはまったく心配してなかったようだ。
朱音を隠れ里に預けるというのも、予め考えていた結論、という風に聖には思えた。

「ところで。ふくちゃんに聞きたいことがあるんだけど」
「はい。どうして、この仕事に聖たちを向かわせたか。ですよね」

想定していたとは言え。
さすがにさゆみ本人から問われると、緊張が走る。
まるで、聖がリゾナンターとして生きてきた時間の全てを問われているような感覚にすら陥っていた。
それでも、答えなければならない。今回の仕事で学んだことの、全てを。

「もちろん、能力の相性というのもあると思うんです。里保ちゃんの能力は攻撃に特化しているし、聖の能力は、どちらかと言えばサポートに
向いてると思うので。でも、それ以上に」

722名無しリゾナント:2016/11/29(火) 19:59:21
聖は、大きく息を吸う。

「今のリゾナンターの最大の攻撃手段である里保ちゃんを、どのように動かすべきか。たぶんなんですけど、同じ攻撃タイプの子にはその役割
を果たすのは難しいと思うんです。そうなると、候補として聖の他にもはるなんと香音ちゃんも、だと思うんですけど」
「ふふ。じゃあどうして3人の中からふくちゃんを選んだんだと思う?」
「それは…聖が、『能力複写』の持ち主…だから?」
「どうしてそう思うの?」
「きっと、『司令塔』として考えたことを実行するのに、手数が多いほうがより多くの可能性を広げることができるからなんだと思います」

少しの沈黙。
さゆみの答えは。

「まあ、正解にしときましょう」
「ほんとですか!!」
「ええ。でも、補足するなら…さゆみが今回りほりほのパートナーにふくちゃんを選んだのはね。簡単に言えば、ふくちゃんはちょうどいいの」
「えっ?」

意味がわからず、思わず訊き返す。

「はるなんだと、きっと先輩であるりほりほを立てるあまりに正しい判断ができなくなるかもしれない。その点鈴木ならきっとそういうことは
ないんだろうけど、あの子の強さは時にりほりほを傷つけてしまうかもしれない。その点、ふくちゃんは受け身でしょ。今回の件では、それが
いい方向に働く、そう思ったの」
「受け身…ですか」
「あ、今の全然悪口じゃないからね。それがふくちゃんのいいところでもあるんだから。もっと自信持っていいとさゆみは思うよ」

さゆみのフォローを全身で受けつつも。
確かに今の自分には能動的な点が欠けてるのかもしれない。ただ、時には受け身がいい方向に働くのかもしれない。聖はそう、前向きに考える
ことにした。

723名無しリゾナント:2016/11/29(火) 20:00:34


受け身だから、いや、受け身であることでわかることもある。
聖は今回の仕事でそのことを学んだ。それは今回パートナーとして行動した里保だけではない。きっと他のメンバーと組んだ時にも、そのこと
が役に立つ日が来る。そう信じていた。

「でね。ふくちゃんにもう一つ言いたいことがあるんだけど」
「ん?何でも言っていいよ?」
「朱音ちゃんを預かるって決めた時、ラッキー、とか思ったでしょ」

不意打ち。
言われてしまうと、今でも鮮明に蘇ってくる、朱音の柔らかな感触。
聖のストライクゾーンは小4〜小6ではあるが、朱音ならばもう1、2学年上げても良いと思っていた。
おまけに、帰り際に目を覚ました朱音と少しだけ話をしたのだが。顔に似合わずはきはきとしっかり喋る。それが、またいい。これにはきっと
道重さんも同意してくれるに違いないと。

「ついでに朱音ちゃんに抱きつけてキラーン!とか思っとったじゃろ」
「み、聖そんなんじゃないもん!!」
「どうだか。罰として二の腕すりすり100回の刑ね」
「それはだめ!だって聖、里保ちゃんに触られすぎて敏感に…ああぁっふっふぅ!!」

人もまばらな電車の中でこだまする、歓喜の叫び。
コンクリートの建物が増えてゆく、旅路は終着駅に近づいていた。

724名無しリゾナント:2016/11/29(火) 20:04:04
>>705-723
『リゾナンター爻(シャオ)』番外編 「繰る、光」  了

さすがに長くなりすぎましたが(汗
他の作者さんが12期執筆に果敢に挑戦してる中、乗り遅れ気味に書いてるともう13期w
メンバーははーちぇるを残すのみですが果たしてお披露目までに間に合うのか…

725名無しリゾナント:2017/01/02(月) 02:24:45

 かえでぃー 気付いてるんでしょ? きみの心が繋がってる事
 いつでも待ってるからね いつか一緒に歩ける事
 え? はは そうだけど でももっと近づけるよきっと
 かえでぃーがここに居る事もちゃんと意味があるんだからさ
 …本当に待ってるんだよ皆 皆 ね
 かえでぃーを信じて 待ってるから
 例えどんな立場になっても 敵になっても 信じてる

726名無しリゾナント:2017/01/02(月) 02:28:45
それは死の閃光。
男の首が飛び、断面からは鮮血が噴出し、天井から床を染める。
頭部が本人の足下の床に落ち、転がった。
断面から血が溢れて、血の海を広げていく。
女が刃を振って血糊を払い、鞘に納める。

笑声。

床に転がる男の首が掠れた声で笑っていた。
女が硬直していると、床に倒れた男の胴体が動く。
左手を伸ばし、傍らに転がる頭部を掴んで当然のように首の断面に合わせた。

途端に傷口が埋められ、皮膚が繋がる。
数秒で首が繋がり、男の口から呼吸が漏れる。

 「ははは、あああああーああーあー………ふう。
  肺がないとやっぱり声が出ないもんだなあ…」

声と共に切断で逆流してきた血が唇から零れる。
男は左の手の甲で血を拭った。

 「餓鬼だと思って見くびったよ。立派な能力者じゃないか。
  今日のお人形は中々に威勢がいい。最高の優越感が得られそうだ」

男の額の右、左眼球、鼻の下、胸板の中央、左胸、鳩尾。
それぞれに『風の刃』がどこからか現れて串刺しにしていく。
全てが人体の急所を狙って貫通している。

727名無しリゾナント:2017/01/02(月) 02:30:35
女が黒塗りの刃を振り下ろす度に『風の刃』が発射。
右側頭部、右頬、首の右側、右胸板、肝臓がある右下腹部。
致命傷を与えるために次々打ち込まれ続けた。

倒れていく男の足が止まる。
腕が振られ、血飛沫。どこから取り出されたか分からないナイフで
女の左肩が抉られていた。
傷口を気にせず、女が間合いをとって後退する。

 「いってえな……普通なら十回は死んでる」

血の穴となった左の眼窩の奥で、蒸気と共に蠢く物体。
視神経と網膜血管が伸びていき、眼球を形成していく。
水晶体、瞳孔が再生すると上下左右に動いて正面に止まる。

それを合図に男の全身から湯気があがると、他の傷口も再生の兆しを見せた。

 「”お人形さんが言った通り”、俺は不死者なんだ。
  組織に居た科学の大先生がある能力者の研究で入手した細胞を移植したのさ。
  つまりは普通の武器じゃ殺せない。さあどうする?」

不死身の男を前にして少女の態度は変わらない。
黒塗りの刃を構えて前に出る。同時に男の胸板を切り裂く一閃。
だが切断された肋骨は癒合し、筋肉が接着し、皮膚が覆っていく。
時間が逆流したかのような再生を見せつける。

だが女の刃は揺るがない。
溜息のような息を一つ、吐いた。
その姿に男が反応する。

728名無しリゾナント:2017/01/02(月) 02:31:33
 「なんだよその面倒くさそうな態度は。ムカつくなあ。
  死ぬ可能性があるのはそっちなんだぞ。
このままじゃジリ貧なのを理解できないぐらいはやっぱり餓鬼のやり方か」
 「そうね、だから、面倒くさい事は任せようかと思うの」

女が久しぶりに言葉を発した。
それに対して男が僅かに笑みを浮かべたが、一瞬で消失する。

黒塗りの刃から異様な波長を感じたのだ。
狂気の波が男の肌に粘着し、気味悪さに鳥肌が立つ。

 「なんだよ、それ」
 「気付いた?でも、もう決めてあるのよ。アンタを餌にする事は」

刃が静かに振られる、男にではない。
まるで”ソコ”に何かがあるかのように刃が空を斬る。

 【扉】が視えた気がした。

その瞬間、女の左右には黒犬と白犬が着地する。
体色が違うだけで同じ大型犬。猟犬に似た逞しく伸びた四肢に尖った耳。
筋肉によって覆われた全身の終点には太い尻尾。

 「犬の餌にってか?ふざけてんじゃねえぞ」

729名無しリゾナント:2017/01/02(月) 02:33:05
男が右手を掲げる。
違和感。男は自らの右手首の断面を眺めた。
血と共にナイフを握った右手が宙を飛んでいく。
激痛とともに跳ねて部屋の中央に着地。

 「なっ………!!!!????????」

右手が落下する前に、男が長年の殺人で身に付けた肉食獣の直感は
今のこの場において捕食者は自分ではなく、眼前の女こそが
捕食者であると告げていた。

 「気付いた時にさっさと逃げれば良かったのにね」

女の言葉に反撃よりも逃走に移るために膝を撓める。
伸ばそうとした男の姿勢が崩れた。
体重がかけられると共に右膝と左脛に朱線が引かれ、鋭利な切断面が描かれた。

 「ぐぎぃっ」

残った左手を床について男は転倒を避ける。
先に切断された右手がようやく床に跳ねて落下。
左手一本で上半身を起こすと、女が見下ろしていた。
横手には黒犬が侍っている。口には鮮血を吐く男の手を咥えて。

 「この子達、良い子でしょ?普通の子達よりも頭が良いの。
  人殺しの首を掻き切ってくれるとても従順な良い子達でしょ?」
 「ころず、ごろじっで……!?」

730名無しリゾナント:2017/01/02(月) 02:33:59
反撃に動く左手と同時に、鮮血に気付いた時には左肘が切断。
不死者の背後で白犬が左腕を咥えていた。
通常の人間なら右腕を失った衝撃で即死するか、手足の失血で死亡する。

だが不死者を自称する男は既に血液を作り、手の指が復活し始めていた。
自らの血の海に転がる男の前に女が立つ。
右手は無造作に黒塗りの刃を下ろし、刃は男の右肩に突き刺さる。
全身の激痛に足される新たな痛みに、男は悲鳴を漏らした。

 「ああ、やっと痛がってくれた。
そんな事してるから100%の力が発揮できないんじゃない」
 「なん、くそっ、なんで俺を見つけてこんな事を……」
 「意味がないことは話したくないの。無意味は嫌い。
  アンタはただ餌になるしかないんだ、殺人鬼」

女が刃を引き抜く。男の新しい四肢を再び切断。
右手が握る刃に再び全体重をかけていく。
激痛にまた男が全身を震わし、刃を引き抜き、空中に掲げる。
女の峻厳な目が男を射すくめる。

殺意を込めて、憎悪を込めて、何度も何度も殺す、殺す、殺す。

 「大丈夫、精神を強く持ってれば死なないわ。
  死ぬ前に抵抗して、さっきみたいに殺気を見せて」

女は男の肉へ、刃を振り下ろしていく。
肉を突き貫く音に悲鳴が混じる。

731名無しリゾナント:2017/01/02(月) 02:35:15
 「なんなんだ、なんだよおまえはあ!」
 「言ったよね、無意味は嫌いなの、さあ早く、治さないと死ぬよ?」

冷徹に冷静に告げる女は既に自分の異常さを自覚していた。
だから止めない、止まらない、止める理由がない。

床の上の肉、貫かれた肝臓の表面で肉色の泡が立ち、修復していく。
砕かれた骨が再生し、再統合されていく。
裂かれた筋肉たちが繊維を伸ばして統合していく。
桃色の真皮が修復され、続いて表皮が張られていく。
表情に正気がなくとも、男は生存していた。
生きたい。生きたい。生きたい。生きたい!!

 「………」

誰かの名前を呼んでいたが、その言葉にも意味はない。
男が崇拝していた者も今は居ない。
存在しない。だから女はただただ刃を振り下ろす。

732名無しリゾナント:2017/01/02(月) 02:36:07
白犬と黒犬はその光景をただ見つめていたが、背後の気配に
気付いて懐くように駆け寄っていく。
その間際、女は感知していた。
男の今までにない、生きたいと願い発現する異能力の鼓動を。
甘い匂いだ。
どんな果実よりもどんな甘菓子よりも濃厚で柔軟で強硬な甘い匂い。
嗅ぐのは三度目だろうか。短髪をかきあげ、汗を拭う。
その甘い匂いを反応するのは、もう一人の影も同じだった。

 「――― 充分です、加賀さん」
 「……じゃ、五分で終わらせて。
  時間がかかり過ぎたから早めに移動したいの」
 「はい」

左右に犬を従えた長髪の女が一歩、また一歩と前進。
向かうのは事切れようと座り込む男の頭頂。
一度手を合わせたのを見て、それがどちらを意味するのかと思ったが
どちらにしても結果は同じなのだからと考えを遮断する。

宙を見上げる女は何かに触れたかと思うと、一呼吸して口を開けた。

 咀嚼。嚥下。それは生物が行う基本的食事行動。

女は彼女が何をしているのか理由を知っている。
だが理解は出来ない。空気を直接喰らった所で得られる力はない。
だがそうしなければいけない理由がある。

733名無しリゾナント:2017/01/02(月) 02:36:50
僅かに目を細めれば、其処には確かに”何か”が浮遊している。
常人には見えない、異能者であるからこそ視得るもの。

 【異能力】

彼女が一生懸命喰らっているのはそれだ。それしかない。
女にはまるで臓物を喰らう化け物に見えた。
何故なら彼女が『異獣』である事を知る数少ない人間で、故意に彼女に
異能力を食べさせているのは紛れもなく女自身である。
満ちる事に僅かな笑みを零す彼女に、女は凍てついた視線を送った。

相手の男は不死者だと豪語していたが、女にとっては二度目の遭遇だった。
一度目の不死者は『LILIUM計画』と称した研究に命を捧げて
真の不老不死に近づくあと一歩の所だったが、結局その命題を捨てる事となった。

リゾナンターと呼ばれた者達の抑止力が、その支配を止めたのだ。

思えば、あの力を得ることが出来たなら既に目的は達成できていたかもしれない。
この界隈に詳しい情報屋から得たもので一番近い人物を選んだのだが、これでは足りない。
足りなさすぎる。

 「加賀さん、ごちそうさまでした」

女は律儀にそう言った。何とも人間に近い事をするのだろうこのバケモノは。
人間に近すぎるせいで『異獣』の尊厳などまるで無い。
人型であるが為に能力という能力を持ち合わせる事なく現れている異界の住人。
異獣召喚士としての自分の力の弱さに、女は拳を固く握りしめる。

734名無しリゾナント:2017/01/02(月) 02:37:26
 「行こう。あとは警察が何とかしてくれる。
  証拠も何もないからきっと迷宮入りになる事件だろうけど」
 「それって加賀さんには不都合なことですか?」
 「どうともならないよ。今までもそうだったでしょ?」
 「そうでしたね。……あの、加賀さん」
 「何?」
 「……ご、ごちそうさまでした」
 「それさっきも聞いた」
 「あ、あはは、へへ。ごめんなさい」

何がおかしいのだろう。言おうとして、溜息が零れる。
バケモノに人間らしさを求めても仕方がない。
ただ力のままに鍛えるだけの存在に関係性を見つける事は無意味だ。

異獣召喚士である以上、異獣を鍛えなければいけない。 
喰らって喰らって喰らい尽くしてバケモノを強くしなければ。
たとえどんな事をしてでも、たとえどんなものを利用してでも。

あどけない笑顔を見もせずに女は刃を構える。
黒塗りの刃に掛かれた文字の列が線となり、宙に描かれていく。

文字で象られたのは鎖が散らされた【扉】
 黒犬と白犬の両目が煌めいたかと思うと、その扉に向かって
 飛び跳ねた姿が白煙のように消えた。

文面を最後まで読むことなく、再び右手が振られる。
刃が紡いでいた光の文字が掻き消され、【扉】が閉じられる。
鎖が戻り、錠前が施され、目が閉じるように闇へ消えた。

735名無しリゾナント:2017/01/02(月) 02:38:31
黒塗りの刃は鞘へと収まり、不気味な気配が一切遮断される。

 「行こう、レイナ」
 「はい加賀さん」

女、加賀楓の後を異獣、レイナが付いて歩いていく。
血生臭い世界を背負い、加賀は静かに前を見つめている。





 ――― もし時間が開いたらお店に遊びに来てよ
 コーヒーが飲めないなら紅茶もお茶もあるし
 美味しいフレンチトーストでもてなしてあげるよ
 待ってるね ずっとずっと待ってるから
 君のお友達も連れておいでね かえでぃー

736名無しリゾナント:2017/01/02(月) 02:50:19
>>725-735
『朱の誓約、黄金の畔』

とりあえず冒頭部分のみを書かせて頂きました。
本編の開始は今しばらくお待ちください。

【注意事項】
長いです。残虐な描写を含みます。
あくまでも13期2人の成長録です。リゾナンターと特定名の無い人達が出ます。
それでも良いよという方はお付き合いください。

737名無しリゾナント:2017/01/02(月) 02:54:24
この掲示板に気付いた方がいらっしゃいましたら
いつでも構わないのでスレに投下してもらえたら有難いです。
自分のPCでは途中で上げられなくなる可能性がある量になってしまったので…。
今後は少なめにして投下する予定なので今回のみよろしくお願い致します…。

738名無しリゾナント:2017/01/03(火) 09:02:59
久しぶりの転載行ってきます!

739名無しリゾナント:2017/01/06(金) 05:10:03
依頼のあった第六区内の住宅街は静まり返っていた。
目の前には古い家がそびえ立ち、昼だというのに暗く見える。
玄関の前に立ち、呼び鈴を鳴らしたが返事は無い。
その代わりに鍵が解除された音が鳴り、自動で扉が少し開かれる。

 「そのまま中へ入ってくれ」

電子合成された声が響く。老いた男の声だった。
彼女、譜久村聖は警戒しつつ、扉を抜けて邸内に足を踏み入れる。
同時に玄関から続く廊下へと、照明が灯っていく。
通路の両脇には黄土色の紙箱が積み上げられており、七段の箱は
まるで壁のように廊下を狭くしていた。
埃が積もっているのを見るに、引っ越しした当初から長い間
放置していたような光景だった。

足下に蜘蛛の巣があって、小さく悲鳴を上げて避けながら廊下を進む。

 「こっちだ」

740名無しリゾナント:2017/01/06(金) 05:10:43
廊下の奥からまたも合成された声が響く。
薄暗い照明の下、紙箱の谷間を通って、譜久村の足は廊下を抜ける。
箱の壁が途切れた地点の左右には、閉められた扉と開け放たれた扉があった。

開け放たれた方の奥には本棚が見えており、革の背表紙が並んでいる。
床には絨毯がなく、脇には扉が設えている。地下室だろうか。
すると徐々に鼻先をかすかな消毒液と汗のすえた臭いが掠める。

戸口を抜けると、部屋が広がる。
天井まで届く本棚が壁を埋め尽くし、膨大な本の山が現れる。
詩集や美術書、戦史や歴史書まで分野は広い。
机の上には見た事のない機械や工作器具。
まるでブリキ店の作業場を想像させる。

 「なるほど、話には聞いていたが可愛らしいお嬢さんだ」

夜景が見えるほど天井近い窓の前にはベッドが設置され、男が横たわっている。
額に刻まれた皺と黄ばんだ白髪、眉の下にある目は閉じられている。
老人の口は透明な樹脂製の呼吸器に覆われており、喉に穴が開けられ
別の呼吸器が取り付けられている。
ベッドの横にある機械に連結していて呼吸を補助していた。

布団から出た細い腕には、いくつもの輸液のための管が繋がれ
傍らの装置に続いている。最先端の管理装置だった。
病人の体調変化を感知したらしく、機械が軽い警告音を発する。

 「気にしないでくれ、いつもの事だから」

741名無しリゾナント:2017/01/06(金) 05:11:20
喉についている発音装置が、老人の声を電子合成する。
老人の眼はいつの間にか開いていたが、瞳孔の焦点が合わない。
同時に機械に付属する回転筒が旋回して薬液を選ぶと、輸液管に流す。
しばらくして病状が安定したのか、警告音が止まった。

年老いて瀕死の病人を包む空間は病院を思い出させる。

 「そこに座ってくれ。立って話を聞くのは辛いだろう」
 「は……はい」

聖は横手にあった椅子の背を掴み、引寄せる。
老人の隣に椅子を置い座り、男の姿を改めて見つめる。
視覚を失い、自律神経も不可能となった姿で静かに横たわる。
薄暗い室内には呼吸音だけが響く。

 「”私が依頼者だ”。経歴や名前は、知らない方がいい。
  言うほどのものではないし、君にとってはただの老人。
  私にとって君はただの機械として利用するに過ぎない存在だ」

老人は奇妙な会話を始めた。
情報屋から極秘で依頼された時に分厚い封筒を預かっていた。
今では悪戯や冗談が混じるような余地が一切見当たらない。
だが、日本紙幣を扱う依頼を聖は断っている。
危険性を十分に把握しているから断るのだ。

742名無しリゾナント:2017/01/06(金) 05:12:02
 「あの、私は今回の依頼を受ける気はありません。
  この封筒を返しにきたんです」
 「……私は、半年前にこの町へ引っ越してきた。
  その時はまだ元気でね、つい二ヶ月前に還暦を迎えた」

聖の話を一切受け入れずに始まった話に、老人を直視する。
細い体。金髪に染めていたであろう白髪。
傘寿は越えていると思わせる顔に目が見開いてしまう。

 「遺伝的にいつか発症すると言われていた病気だ」
 「病気……どんなものなんですか…?」
 「欠乏症に近い。だが人間では成り得ない。
  能力者の中でも五万分の位置の確率で発症される奇病さ」
 「能力者しか発症しない病気という事ですか?」
 「病気というのも正しいかどうか分からないがね。
  何せ症状を生む患部というものが存在しない。
  だが神経の壊死や呼吸器不全、内臓機能不全で死ぬ。
  正式な病名もない事から、この病魔を『異能喰い』と呼ぶものが多い。
  患部がないという時点で、治療法も一切無いのさ」

老人は説明を省くように結末を告白した。
聖はどう聞いて良いのか分からず表情が曇り、無意識に手が口に触れる。

743名無しリゾナント:2017/01/06(金) 05:12:48
 「どうしてそんな事に……原因も分からないんですか?」
 「能力者だから、では納得できないかい?
 …すまない。脅す訳じゃないんだ、そうだな…原因があるとすれば
  能力者の力を失ったから、だろうかね…」
 「そのチカラも聞いてはいけませんか?」
 「聞いたところでどうにもならんよ。もう全てが遅すぎた。
  だが…医療とは不思議なものだな」

老人が毒を含んだ薄笑いを浮かべる。
自らとこの世を笑うかのような表情に聖は痛みを感じ続けている。

 「この病魔を放置して死ねば、自然死で話は簡単だった。
  だが私の家族がそれを許さず、意識不明の私にこの機械たちを
  付けさせてしまった、一度付けてしまったものを外すと、これは
  家族や医師、本人であっても殺人行為とみなされ、罰せられる」

老人の声は、機械じみた冷たい響きを帯びていた。

 「私にはもう自力では何もできない。介護士という他人の手を借りて
  全ての世話をしてもらうしか存在しえなくなってしまった」

男の顔には苦痛が広がる。

 「若い時から能力者としての自分が生きる術を模索し、研究し
  音楽や詩を愛し、学問を身に付け、他人の運命を支配してきた。
  そんな私が、私が下の世話さえも他人に委ねている!
  その介護士に小銭や思い出の宝飾品を奪われても何もできない!」

744名無しリゾナント:2017/01/06(金) 05:13:31
老人の怒りを機械が再現しきれず、電子音声が掠れる。
見えない瞳孔が見開かれ、傍らの機械を見つめた。

 「私はこうなった自分を終わらせたいが、既に動けない」
 「だから私に……あなたのその命を終わらせてほしい、と?」

聖の先取りした確認に、老人が目を上下に動かし肯定した。
もはや首を動かすことも出来ないほど病状は進行していた。
これがあと何年も続くのかと思うと背筋が冷える。

 「それは私に……殺人者になれ、と………」
 「誰にも頼めないんだ、私には既に自死する力が無い。
  この病院に縛り付けた私の家族はもう六年も会いに来ない。
  患者の苦しみを終わらせようと違法行為をするような
  熱血医師が担当でもないならば……あとは他人だけだ」

 リゾナンターの名は聞いている。
 君はそのリーダーを継承した事も。
 ならば私ではなくとも、君は体験した事があるはずだ。
 人を殺す、その経験を。

電子音が響く。

745名無しリゾナント:2017/01/06(金) 05:14:36
 「私が能力者として自覚したのはもう四十年も前だ。
  しかも都内で幼い少女達が活動するほどの腕利きを束ねる
  組織リーダーが人を殺した事がない、など、ありえない」

【異能者】と総称される者達に厳密な法律は存在しない。
だが人間の世界で生活する個人としては当然適応される。
今回の老人の依頼ははっきりとした殺人依頼だ。
本人が望んでいても、これは殺人なのだ。
聖は封筒を握りしめ、結論と共に突き返す。

 「出来ません。私には、出来ません……!
  私は貴方に対して何の思い入れもありませんし
  私は能力者としての自覚はありますが、人間です。
  リゾナンターは人を殺す事を良しとしません。
  先代達が懸命に守ってきた不殺の心を違えはしません!」

席を立ち、封筒をベッドの上に置いて話は終わりだと示して扉へと掛ける。

 「本当にそうなのか?」

老人の声が聖の歩みを止めさせた。

 「この封筒に入った金は偽造口座から動かしたものだ。
  君が怪しまれない限界の金額。そして私が病に伏せる以前から
 調べたリゾナンターと呼ばれる存在への価値を厚さで表している」
 「調べた?どういう事ですか?貴方は一体……」
 「この状況を予期していなかった訳ではない、という事だよ」

746名無しリゾナント:2017/01/06(金) 05:15:21
老人は声だけを痙攣させて、笑っていた。

 「君が四代目リーダーになる前のリゾナンターの経歴は相当だ。
  不殺を教え込んだのはその時の経験から組織を存続させるための
  処世術だったとしても不思議ではないぐらいにね」
 「貴方は私達に何も話さないのに、私達の事はお見通しだと?」
 「情報は与えているだろう、私は、能力者さ」

聖の息が途絶する。

 「え?ちょ、待っ…」

老人の声で、聖の眼は生命維持装置の電源を見る。
スイッチを下に一センチ下げればそれで老人が死ぬ事に悪寒と
恐怖が背筋を一刷毛していく。子供でも可能な殺人だ。

 「何をしてるんですか!?」
 「その封筒にはある仕掛けがあってね、君の触れた手から
  採取した指紋に反応して能力を発動させることが出来る。
  支配系の象りは実にシンプルなのさ」
 「やめてください!」
 「頼む、私を楽にしてくれ。救ってくれ、リゾナンター」
 「何でですか、なんで私達なんですか!?」

精神支配が老人の異能であるならリゾナンターである意味はない。
理由もない、だが老人は求めている。紛れもなく彼女達に救いを、希望を。

747名無しリゾナント:2017/01/06(金) 05:16:11
 「それが君達の存在意義だと知っているからだ」

聖の目が開かれると同時に、一滴の涙が溢れた。
決然と答えた聖の左手は伸びていた。

機械の手前の空間で、指先が揺れていた。
視線を振って、機械を見る。
警告の赤い点滅。知らない間に、電源が落ちていた。
止まったという事は、事実として聖の指が動いた事になる。

 「やだ、そんな…こんな……!」

慌てて聖は電源を入れ直す。
しかし一度途切れた場合、すぐには立ち上がらない仕組みだった。
画面は暗く、声明を維持していた薬液が止まったまま。
聖は反射的に機械を叩きようやく注入が再開されて画面が戻る。

画面の心拍数は急降下の一途を辿っていく事に絶望した。

 「報酬を受け取れ、リゾナンター。それが君達が行った正義の対価だ」
 「違います!」
 「違わない。現に私は救われたのだ。もう何も悔いは、…ない」

老人の息が浅くなっていく。
血圧の急降下で意識が薄れていき、全身が死に近づいていく。

748名無しリゾナント:2017/01/06(金) 05:16:58
 「ああ、これが死か」

老人の声が響く。

 「痛い苦しい。怖い、本当に怖い」

電子合成された声は混乱の極みで、動かない筈の老人の四肢が跳ねる。

 「私はこれ、ほどの、苦し、み、を、与えていた、の、か」

謎の言葉とともに老人の顔には笑みが刻まれた。

 「…………すまない…」

老人の息が大きく吐かれ、そして止まった。
四肢の痙攣が続いたが、それもすぐに止まる。

 「おじいさん!」

ベッドに横たわる男の顔は苦悶の表情のまま硬直する。
難病と老いが重なった顔。口に手を掲げても呼吸の気配はない。
蘇生処置をしようにも原因不明の病魔に施す術を聖は持っていない。

749名無しリゾナント:2017/01/06(金) 05:17:41
口が震え、添えた指を噛む。うっ血したがそれどころではない。
この状況下において気を休める事は出来ない。
この家に来るまでに通りに人が居ない事を思い出し、用心して
この部屋の物には一切指紋を残してはいない。

だがハッとして、老人の胸に置かれた封筒を見下ろす。
そして機械のスイッチにも目を通す。
絨毯に落ちてしまった髪を拾う時間は惜しい。
触れた事実がない事に自信を無くしている、焦りが募る。

深呼吸をするが手が震え、グッと爪を立てて拳を作る。
廊下に出ると七段の箱の一つに開き入っていた手袋を拝借。
掃除機が無造作に置かれていた為、起動。
簡単に床を掃除すると、ゴミは袋に入れて持ち帰る事にする。

手袋で機械の指紋を拭き取り、そのまま封筒を掴み上げて
一緒に袋の中へと放り込む。酷く重く感じた。
機械が停止した事で連動した通信により連絡が入っている筈だ。
聖は扉に向かい、家を出た。

足跡から追跡される可能性もある為、単語帳を使用する。
川縁に寄って靴を封筒の入った袋と共に紙片の付属能力【発火】で燃焼。
予備の靴がないため、裸足で場所を移る。
小石で傷ついた跡から血が滲んだ。後味の悪さに吐きそうになる。

携帯端末を取り出し、急ぎ早に電話帳を開いて応答を待つ。
すぐに繋がった事への安心感に、一気に脱力感が増した。

750名無しリゾナント:2017/01/06(金) 05:19:20
 「えりぽん、えりぽん、ごめん。ちょっと、迎えに来てくれないかな。
  あと誰かもう一人……はるなんを……っ、ごめん、大丈夫。
  ごめん、ごめん、ごめんなさい…っ」

焦げた匂いが取れない。携帯端末が滑り落ちる。
その匂いを近い過去に嗅いだ事がある。


悲劇の百合の結末。それを語れる者は数少ない。
灰となった白黒の世界の中で静かに咲いていたのは枯れた花々達。
焼かれて消えた命の幾星霜。終止符を打ってしまったのは。
否定できなかった自分の胸を切り刻みたい。

絞めつけられた痛みを取り除く術を知らず、聖は俯きむせび泣いた。

751名無しリゾナント:2017/01/06(金) 05:25:18
>>739-750
『朱の誓約、黄金の畔 -ardent tears-』

変に小分けしてしまったのでレスが増えてしまった事をお詫びします…。
タイトルにサブタイトルを付けてみる試みを始めました。

752名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:31:31
夏の暑さに何度も夢を見る。
青い月明かりすら届かない夜の森は、深い海の底のようだった。
雨の止んだ後のような湿気る匂い。

リゾナンターはこれまでの再会の中でこれほどの残酷なものを知らない。

 「まーちゃんが連れて行った!?」
 「誰も見なかったの?小田も?くどぅーも?」
 「ごめんなさい……私が部屋に入った時にはとっくに…」
 「ベッドも冷たかったから多分随分前に出て行っちゃったんじゃないかって」
 「どうしよう譜久村さん、これかなりヤバイんじゃない?」
 「まーちゃんが行きたい場所なんてたくさんあり過ぎるし…」
 「とにかくここに居ても仕方がないよ、とりあえず情報屋さんに電話するね」
 「佐藤さん、大丈夫かな…」
 「大丈夫だよ、あの子はしぶといし根性あるから」

誰もが心配していたが、信じていた。
彼女が無事帰ってくる事を。だが、それだけでは何の進展もない事に気付いている。
無情にも時間は過ぎていく事に歯痒さを覚えた。

カランコロン。
店内に響く音に反射的に振り返る。
『close』と書かれたプレートを掛けた筈なので常連客の入店は有り得ない。
宅配は裏口から対応を求めるようにお願いしている。
初めての入店で勝手が分からない一見さん。その判断で声を掛けた。

 「すみません、今日は臨時休業で……」

聖の代わりに飯窪春菜が対応しようとすると、言葉が詰まる。
それに気づいた石田、工藤、小田と視線を向けていく。

753名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:32:10
 「か、かえでぃー?」

言葉にしたのは牧野真莉愛だった。
扉から顔を出したのは彼女が一番見知ったもので
何故ここに居るのか本物なのか頭が理解するのに十秒かかった。

 「かえでぃー!どうしてここに!?」
 「久しぶりだねまりあ」
 「え、ええ?本当に?本当に?本物?」
 「本物だよ、もう顔すら忘れちゃった?」
 「そんな事ないよ!忘れてないよまりあは!」

興奮して矢継ぎ早に喋り出す真莉愛に冷静に対処し、女は視線を先に向けた。

 「お久しぶりです。加賀楓です」
 「どうして君がここに?あの事件で家に帰った筈じゃ…」
 「…正直私にも今どんな状況に追い込まれてるのか分からないんです。
  でも私がここに来た理由は、あります。夢を見るんです」
 「夢?」
 「はい、皆さんと、そして鞘師さんの夢を」

喉を鳴らす音がどこからか響く。
二年前に真莉愛を含む六人の異能者の実験被験体となった少女達を
救出した『トレイニー計画』の一人。
半年後に同じく計画の被験体だった羽賀朱音を救出した事も記憶に
新しいが、二人を引き取ったのは”血縁者不明”が一番の理由だった。

楓の場合は身内の人間が見つかった事で預けたのだが、その彼女が
再びこの店に現れた事とその言動に周囲の空気は鋭さを増していく。

754名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:33:15
 「なんだか、穏やかな再会って訳じゃないみたいだね」
 「加賀、ちゃん、君が見る夢ってどんなの?」
 「……鞘師さんが、”人を殺す夢”」

楓の強い言葉に張り詰める。
電話を終えた聖が戻ろうとして足を止めた。
目の前に居たのは自身が見た夢の中に居た少女の一人だったからだ。

 「鞘師さんはどこに?」
 「鞘師さんは……居なくなっちゃったの。もう、ここには居ないよ」

真莉愛の言葉に明らかに悲しさを帯びる表情を浮かべた。
だが吹っ切るように顔を上げる。

 「何があったか話してくれませんか?
 どうにも私には、自分が無関係だとは思えないんです」
 「巻き込まれる事になるんだよ?せっかく普通の生活に
  戻れたのにまた……もしかしたらもう二度とも戻れないかもしれない」

石田亜祐美の言葉に、楓はひたすら前を向いていた。

 「……この二年間、私に平穏な時間なんてありませんでした」
 「え?」
 「能力者にとってどんな状況でも状態でも、平穏なんて有り得ない。
  私を引き取ってくれた人達ですら未だに私を受け入れてませんしね」

陰りを見せる表情に同情したのも事実だった。
追い込まれてしまった異能者が集う、リゾナンターの根底にも確かにある現実。
追い返すように帰路を促したところで、彼女の不安は拭えない。

755名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:34:17
 「分かった。話すよ」
 「譜久村さん」
 「でも聞いたらもう、引き返せないよ」
 「覚悟の上です」

楓の目に、聖は口を開く。闇の中を彼女は静かに見つめていた。
何の憂いも見せない、冷淡な無表情のままに。

再会する事は喜びを招く事もあるが、悲しみを招く事もある。
鞘師里保が殺戮を犯した、などという虚言を信じる者は居ない。
居ないと思っていた。

信じる者が居れば信じない者も居るのは当然の事で、そういった者は
大抵の確率で敵となって立ち塞がってくる。
取るに足らない存在であれば力でねじ伏せる事も出来るのだろうが
それが自分にとって無関係でなければ、これほど厄介なものはない。



 半年前、現在封鎖されている都内第三区。


路上で、店の前で、社内で、窓の向こうで。
無表情な殺戮者達の、静かな虐殺が行われた。
青白い顔と肌の人間達が蠢き、区民に牙を爪を立てていく。

眉一つ動かさずに、数人が男の腹部に爪を立てる。
指先が腎臓を引き出し、腸詰のような小腸が夜気に湯気を立てた。
一人が女の上顎に手をかけ、もう一人が下顎に手をかけて
剛力で引き裂いていく。見知った顔だとは思いたくない。

756名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:34:56
リゾナンターの面々が口を開けたまま硬直している。
一歩を踏み出したのは耐え切れなかった工藤遥と石田亜祐美。

 「リイイイイイオオオオオオオオン」
 「ウオオオオオオオオオオオオォォン」

もはや慟哭の叫びで亜祐美が『幻想の獣』を発動。
同時に遥が『変身』を発動し、体毛が全身を覆い隠し牙をむく。
切断された人間の上半身と下半身がそれぞれ別方向に千切れ飛ぶ。

だが上半身だけは動きを止めない。
自らの下半身を捜すように手で地を這う。
両断された他の個体も上半身だけで動いていた。
青白い人間達の正体が分かると吐き気に苛まれる。

 「あの時と同じだ。田中さんの事件、『ステーシー事件』と…!」

春菜がパニックに陥り戦意を消失するのを鈴木香音が支える。
その言葉の真意に小田さくらは最悪の事態を予期した。

 「まるでゾンビみたいに増え続けてます。鈴木さんこれって」
 「ゾンビリバーだよ小田ちゃん。まさかあの悪夢がまた
  再来したのかと思うと私も意識失いたくなるよ…」

香音は諦めを帯びながら、それでも歯を食いしばって光景を見つめる。
『死霊魔術』によって死にたての死体を操作したあの事件でその
犯人は既に死亡している。死体も確認した。

757名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:35:41
だが今、その光景が広がっている。
『死霊魔術』が途絶えたならば『精神支配』を疑うべきなのだろう。

だが、その死体を誰が生成したのか。

 「終わらせてあげよう。私達があの人達の終わりになってあげよう」

意志が宿らない魯鈍な目が一斉にリゾナンターへ向けられる。
感情を持たない冷血動物、魚類の目。
その中に唯一つだけ、意志を持つ瞳があった。
血のように燃えるような圧力を込めた両眼。

 「里保ちゃん、私達は信じてるから。どうして里保ちゃんが
  そこに立っているのか理由を聞きたいけど、信じてるよ」

異能が吹き荒れる。死者はそれでも前進してきた。
圧倒的な数を抑えきれない。上半身、もしくは右や左半身となっても
死者は死に生きていた。

 「里保―!!!!」

生田衣梨奈が叫んだ。
死体を生成したのが里保ならば、黒幕は誰なのか。
何故彼女は何も話さないのか。気に喰わなかった。

『精神崩壊』を込めた拳を『水限定念動力』で構築された刃の表面に激突。
振動に耐え切れずに刃が水へ戻るが、突進は終わらない。
敵の狙いは里保か、リゾナンターか。
顎を掠める拳に横顔からギロリと視線を向ける。
左手に構築された水の刃が衣梨奈の横腹を食い破った。
追撃は、ない。
力を振り絞って首根っこを掴み、衣梨奈は里保の額に頭突きを喰らわす。

758名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:36:20
 「泣くと?里保。こんな事しでかして泣くと?ズルいやろそんなん」

衣梨奈を貫いた水の刃ごと引き剥がし、地面に叩きつける。
逃走を開始する鞘師の背中に遥と亜祐美が追うが動けない。
『精神支配』の黒幕が近くに居るのが分かっているのに何も出来ない。

 「鞘師さん、さやしさーん!!」

遥の叫びが響く。いつの間にか辺りは静寂に包まれていた。
さくらと共に野中美希が、尾形春水が死者の目を閉じさせる。

息の途絶えた女の子、男の子、赤子を撫でていく手にはもう
誰ものか分からない血液が何度も刷り込まれていく。
瞼の無い眼がこちらを見ている、心を貫く。
何度も、何度も、その度に涙の斑点が彼女達に降り注がれる。

死んでも生きてしまった彼らを認めるしかない。
道重さゆみの代から守ってきた不殺の掟を、ついに破ってしまった事を。

 「死んだ人達は物語のための障害物じゃないの。
  生きて笑って泣いていた人間、それを忘れないであげて」

例え誰かの人生を狂わせてしまったとしても、最終ラインだけは
その人が決めるものだと、その為の掟だと。
だがそれさえも奪ってしまう事があるならば獣になるしかない。

本当の獣に。バケモノになるしかない。

759名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:36:58
第三区の虐殺事件による犠牲者は四十二名。
ダークネスによる日本壊滅から新暦の中で史上最悪の事件となった。

 「香音ちゃんの潔い所は嫌いじゃないけん。
  里保があんなにいい加減なヤツとは思わんかったとよ」
 「…えりぽんはあれが本当に里保ちゃんだと思ってる?」
 「聖はそう思ってやったらええやん。えりは本人が何か
  言わん限りは何も言えん。だからいつか絶対言わせる。
  それが、全力で潰すことになっても」

香音との別れに落ち込む暇はなかった。
むしろそれを希望として「笑顔の連鎖」を絶やさない様に務めた。
リゾナンターである為の、人間としてある為の。
それが香音の願いでもあったのを誰もが覚えている。

  ―――おまえは夥しい夢の体を血で染めて
月明かりと星屑にただ手を掲げては涙を流すのでしょう
  花の庭は無為も無常も消え去り、赤眼の御使いは
  獰猛さを競う事を忘れて永遠の繭へと眠るでしょう



酷く暑い日だった。夢の中で何度も、何度も揺れ起こされる。
何処かも分からない、名前も知らない夢中の光景には
リゾナンターの面々と見知らぬ少年少女が集っていた。

760名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:38:25
 「まーちゃんは頑張り屋さんなんだよ。
  田中さんの時も道重さんの時もあの子は頑張ろうとしてた。
  今回もきっとそう、頑張りたかったんだと思う」
 「私の中で泣いてるんです。お姉さま、お姉さまって。
  まるで妹が泣いてるみたいで胸が疼くんです。
  ……まるで、本当に助けを求めてるかのようで、リアルだった」

楓の夢と聖の夢は差異はあるが、存在する世界は同じだった。
佐藤優樹が失踪した理由にももしかしたら、と思うぐらいに。

 「でももうあれが夢だとは思えないね……。
  そろいもそろってあの夢を見てるなんて思わなかったから」

譜久村聖、生田衣梨奈、飯窪春菜、石田亜佑美。
工藤遥、小田さくら、尾形春水、野中美希、牧野真莉愛、羽賀朱音。
そして加賀楓。きっと佐藤優樹も。

全員が其処に居たのも偶然ではない。
全員が夢を見ていたから、其処に居たのだ。

 「何か気付いた事はあった?」
 「……ハル、分かったかもしれません、まーちゃんが居る場所」
 「え、ホントに?」
 「でも自信はないよ、もしかしたらって思うだけ」
 「どんな事でもいいから言ってみなさいよ」
 「…まーちゃんがあの子を見つけた場所」

 鞘師さんを ”リリー”を見つけたあの庭園に似ている
 だってあの人を最初に見つけたのは まーちゃんだから

761名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:38:57
―――第三区には黒い歴史がある。
あの場所にはダークネスの本拠地があった所という事実。
区民は全て、組織に関わってきた者を血縁に持っていた。

その建造物は、湖から建物の群れが生えているようだった。
周囲から通された高架道路が橋の代わりになっている。
入り口には塔が無残に倒壊していた。

横倒しになった巨大な筒の内部には、赤錆を浮かべた機械が覗く。
おそらくかつてはこの塔から大規模な光学迷彩が発生し、塔の
存在を隠していたのだろう。

誰が作ったかは分からない。
拠点があった事実もあり、ダークネスの遺物として考える者も少なくはない。
立ち並ぶビルは炎に舐められたような焦げ跡が目立つ。
ほぼ全ての窓ガラスが割れ、内部の幾百幾千もの闇を晒していた。

崖に隣接したビルの屋上に滝が落ち込んでいて、道路へと小さな
支流を散らしていた。
アスファルトには点々と穴が穿たれ、雑草が伸びている。
路上には黒い骨格だけになった車が点々と打ち捨てられていた。
こういう雰囲気の施設をどこかで見た事がある。

 「ちぇるが居た養成所もこんな感じだったね」
 「……そうですね」

762名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:39:51
さくらの言葉に美希が無表情になる。虚ろになる目。
頭を優しく撫でる事で彼女が静かに微笑んだ。
清潔な墓地にも似た雰囲気が辺りを包んでいる。

 「思えばどうして佐藤さんはこんな所に来たんでしょう。
  こんなに寂しい場所を好き好んできたとは思えないんですが」
 「……何かあったんだよ。そうじゃないとあの子の説明もつかない」

 鞘師さんによく似た、鞘師さんじゃないあの子が居る理由

枯れた木々と雑草に覆われ、荒廃した庭園の敷地内。
聖の瞳は灰色の建物を真っ直ぐに凝視していた。
元は白塗りの塔だったが、火事の煤で汚れ、塗料が剥落していた。

塔の一角に、研究所とも病院とも取れるような不愛想な建造物があった。

 「入ってみよう」

玄関の大扉が大きく歪み、錠前も全て壊されていた。
膂力のみで扉を押し開き、隙間から入っていく。
床には乱雑に器具や書類が散乱し、全てが焼け焦げていた。
当時の猛火の幻臭すら漂ってきそうだ。

763名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:40:21
炎の跡も生々しい廊下を抜けていくと、壁の片側の一面に
ガラス窓があった。弾痕が残る窓以外は全て割れている。
暗闇の中に拘束具のついた手術台が設置されていた。

 「お化け屋敷だねホントに」
 「気持ち悪い……」
 「無理な子は外で待ってて。くどぅー顔色悪いよ」
 「出てこないお化け屋敷なら大丈夫です…」

廊下を進むと、いくつもの扉が破壊され、大穴が穿たれている
壁まである中で、終点の扉は四方から閉じられる隔壁という厳重さだった。

 「譜久村さん、まーちゃんの声が聞こえる」

遥の言葉に、その場に居る全員が固唾を飲んだ。
彼女の意志に押されるように、亜祐美の『幻想の獣』が発動する。

 「バアアアアルク!!!!」

板金鎧型の巨人がその膂力によって扉の表面に一撃を喰らわす。
緋色の火花が疾走し、向こう側の闇へと落下する重々しい音が鳴り響いた。
闇に沈んだ実験室は広大だった。
室内には生臭さと埃が充満している。

 「私、ここ、知ってる」
 「私も、知ってる気がする」

さくらと亜祐美の言葉が響く。
そこは絶対入ってはいけないと言われていた、ような気がする。

764名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:40:57
 不思議だ。建物に入ってからというもの、記憶が曖昧になるのだ。
 まるで夢に意識が喰われたように。

花の香りがした。
僅かに混じる血の匂いに、光明が静かに灯る方向へと視線を向ける。

 「まーちゃん!!!!!!!!!!!」

遥の絶叫。続いて春菜、亜祐美が駆け寄る。
刃を振り上げる佐藤優樹が何をしようとしているかは明らかだった。
血だまりの中に沈む”リリー”は泣いていた。
溢れだす血液的にも数十か所にも及ぶ傷口は全て致命傷。
即死にならないのが不思議なぐらい夥しい血液が床を濡らす。

それなのにリリーは泣いている。人間の様に泣いている。
鞘師里保の顔を持ったリリーが泣いている。
死にきれずに泣いているのか、痛みで泣いているのかは分からない。

ただ一つの真実として、リリーは死ねない。
優樹は虚ろな目で静かにリリーを殺すために刃を振り抜く。
人形のように、頬に飛び散る血が涙となって溢れて落ちた。
彼女が意識を失うまで何度も、何度も。

―――死者を操るものが死者であってはならない、という法則は無い。
蘇生するチカラはいくらでも存在する。
居なくなった人間を捜すチカラはいくらでも存在する。

765名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:41:40
けれど。それでも。
人間は手に入れたいものを必ず手に入れるチカラを持っていない。
幸せの大団円なんてものを期待していた訳じゃない。
ただ少しでも希望を、救いを残すことが出来たならそれで良かった。

それでもやはり、現実は、世界は、許さなかった。彼女を。

 「丹念に、入念に、肉体的に、精神的に外傷を作れば作るほど。
  その傷は膿となってその人間に悪害を及ぼす。
  リリーの心は、魂は限界の限界を超えてしまった。
  『精神支配』を実験で無理やり開花されてしまった事と
  支配する範囲、数の生成によって精神を崩壊させてしまった。
  どんな手当をしても、どんなチカラをもってしても彼女は救えない。
  もう彼女にはここに居る理由さえもなくなってしまったんだ」

佐藤優樹とリリーの間で何があったのか誰にも分からない。
衰弱するリリーに部屋に閉じこもってしまった優樹に尋問する事すら
出来るほど残酷にもなれなかった。
真相は闇に消え、進むべき道も失ってしまった。

 「どうして僕が黒幕だと?」
 「人が心を直すために必要なのは、療養。
  譜久村さん達とも面識があったみたいですね、通院記録もありました。
  睡眠不足に過度なストレスによる疲労。
  どんな薬を処方してたのか分からないぐらいめちゃくちゃな調合を
  してたみたいじゃないですか。例えば、血液、とか」

白衣の男の首には彼の名前と心理療法士の資格を示すネームホルダーが下がっている。
どこにも特徴のない平坦な顔。凡庸な雰囲気の男だった。

766名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:45:48
 「血液とは魂の通貨。意志の銀盤。血を吸う事、血を与える事というのは
  意識や記憶を共有するのと同じ事とは考えられないだろうか。
  支配とは恋愛感情に近い。愛に満ちた世界は理想郷だろう?」
 「だから子達の記憶を使って実験したと?」
 「シナリオはずっと前から存在してたものを利用したんだ。
  僕はダークネスの研究室にも出入りしていた事もあってね。
  永遠を探求するのは人間の本能だ。物語に縋っていると思われても
  仕方がないのかもしれない、臆病者の汚名も喜んで受けよう」
 「そんなもののために何人も殺したっていうの?」
 「ただの永遠じゃない、永遠の愛の夢だ。これしか人間が救える道はないんだ。
  皆で同じ夢を見れば、同じ道を共有できれば。
  それでこそ真の平和を得られるだろうと僕は信じている」

リリーが亡くなった後、裏ルートである異能者専門の闇医者に
死体解剖を要求した。結果、彼女は鞘師里保ではなかった。
異能力自体が矛盾していた事と、その存在の身体的調査をすると
人間の肉体とは到底有り得ない、”植物”の細胞が検出された。
人工皮膚を覆った植物人間。

その事実を含めた心理治療を優樹に後日行った。
優樹は静かに謝罪の言葉を口にしただけで、真実は硬く閉ざしたままだった。

 「まさかリゾナンターに二度も阻まれるとは思ってなかったけどね」
 「もう一つ、何であの女の子を鞘師さんに似せた?」
 「鞘師…?ああ、あの小娘か。
 “別の僕”だった研究員が不老不死まであと一歩の所で食い止められた。
 その時手に入れた血液で作ったのさ、失敗作もあったがね。
 丈夫な上にチカラの発現率も申し分ない。
 リリーは惜しかったが、あれが衰弱する様はとても爽快だったし良しとしよう。
 あれぐらいで計画を邪魔させたと思ってるなんて馬鹿なヤツだよ。
 一人を片付けた所で”僕”の代えはいくらでも居る。この僕のようにね。
 死ねば精神はまた別の”僕”へ移される、研究は無事に継続される。
 ははは、真実の永遠の愛を手に入れる日は近いぞ」
 「もういい、もう、お前は喋るな」

767名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:46:50
永遠の楽園は予定調和の牢獄に過ぎない。
自身が作った人格と物語は予想を越えず、自尊心の充足も肉の快楽も
どこまでも設定した通りものでしか成り得ない。
『LILIUM計画』と銘打った紙の上にしか存在し得ない。
妄想はどこまでも妄想であり、人間は人間でしかない。
異能者が異能者でしかない様に。

 「何故だ、何故殺さない」
 「本当の永遠が欲しいならくれてやろうと思ってね。
  ただし、殺人者は牢獄に、それが人間の法だもの」
 「お前は一体…!ひぁ」
 「永遠の孤独の中で泣き叫ぶ事がどんなものか思い知ればいい」

【扉】が口を開ける。
背後に現れた闇から伸びた物体が、白衣の男の顎を掴む。
それは、青白い肌をした人間の五指だった。
男が悲鳴を上げようとすると、背後の闇から次々と青白い腕が伸びて
肩や腕など上半身の各所を掴み、そして一気に引きずり込んでいった。

 「ぎゅあああああああああああああああああ」

闇から迸る黒々とした血液が浮遊して、再び【扉】に吸い込まれる。
無間地獄が咀嚼し、嚥下する音が聞こえ、また悲鳴。
甘い匂いを掻き消すような強い血臭が包み、【扉】は鎖で閉ざされた。
背後から静かに佇むバケモノは、その拷問を微笑んで見守っていた。

 「七つの地獄の苦しみを合計したものの千倍の苦しみを味わる無間地獄。
  お前のチカラはいらない。千年の孤独を、絶望を噛みしめろ」

768名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:47:37
楓と再会の約束を交わして一年が経った。
長いはずの月日をこれほど短く感じた事がないぐらいにあっという間の一年。
自身が成長したのか劣化したのか、その変化すらも分からないぐらいに。

時間が重い足を進ませ、リゾナンターは今も日々を戦い、生きている。

 「じゃあえりぽん、お店任せたからね」
 「はいはーい。って言っても聖だけでホントに大丈夫と?」
 「大丈夫。これ返すだけだから」
 「その大金払うぐらいの依頼ってめちゃ危ない感じせん?」
 「何かあったらちゃんと連絡する。情報屋さんにもこれから
  こういう仕事は受けないってちゃんと釘刺さなきゃだよホントにもう」
 「ま、気を付けて」
 「うん、行ってきます」

たとえ恨んで憎んで、心臓を刺し貫いたとしても。
毎夜の悪夢に亡霊となって出てきてくれても構わない。
そこでなら永遠の痛みと共に愛し、再会する事が出来るだろう。

 逃れようのない輪廻の運命の中で。

769名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:55:00
>>752-768
『朱の誓約、黄金の畔 -bloodstained cocoon-』

調べると加賀さんも鞘師さんに憧れてオーディションを受けた子なんですね。
影響力の高さを感じます。

よく分からない所はいつか行われるチャットなどで聞いてください。お答えします。

770名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:56:33
毎度毎度すみませんスミマセンスミマセンorz
レス量は十分考えてるはずなんですがどうしても長くなります、ので
小分けでもなんでもしてくださって結構なのでよろしくお願いしますorz

771名無しリゾナント:2017/01/13(金) 04:09:16
訂正
>>766
 「血液とは魂の通貨。意志の銀盤。血を吸う事、血を与える事というのは
  意識や記憶を共有するのと同じ事とは考えられないだろうか。
  支配とは恋愛感情に近い。愛に満ちた世界は理想郷だろう?」
 「だから適応した子達の記憶を使って実験したと?」

です。修正したのを削除してそのままだったのを忘れていました…。

772名無しリゾナント:2017/01/13(金) 17:49:49
最初に出会った時。
彼女は、希望と向上心に溢れた目つきをしていた。
こちらに挑み、そして敗れた時も。
悔しさ、自らの不甲斐なさを責める気持ちはあれど。
それでも、澄んだ目をしていた。目の輝きは、失われていなかった。

だからこそ、里保は思う。

何故今自分が対峙している彼女の瞳の光は、失われてしまったのだと。

773名無しリゾナント:2017/01/13(金) 17:51:31
無言のまま、少女が刀を構え、そして里保に襲い掛かる。
鋭い踏み込み、振り下ろされる刃。
禍々しい黒い斬撃を、里保は生み出した水の刀で受け止める。

「まだ…私のことを認めてはくれないんですね…」

虚ろな瞳のまま、少女は里保に問う。
腰に据えた刀を、あの時里保は抜かなかった。あくまでも水の刀で彼女の剣に応じ、そして捻じ伏せた。
少女の太刀筋は若く、そして拙かった。真の刀を抜いてしまっては、少女を傷つけてしまう。
伸び白のある少女の未来を慮ってのことだった。

少女は里保によって遮られた刃をひねるように回し、さらに斬り込もうとする。
その瞬間。彼女の刀と同じように黒く、そして昏い風が生みだされる。

…まずい!!

里保は咄嗟に、生成した水のヴェールを正面に張った。
巻き起こされた三つの風の爪が、しなやかな防御壁に深く食い込む。

「…それを防ぎますか」

少女は、里保との距離を大きく取る。
「仕掛ける」つもりか。里保は少女の行動に最新の注意を払い、警戒態勢に入った。

774名無しリゾナント:2017/01/13(金) 17:52:46
先に少女と手合わせをした時に、里保は少女の能力の特性を掴んでいた。
加賀流剣術、と少女は自らの流派を名乗っていた。聞いたことのない流派ではあるが、少女の真摯な太刀筋から、古くから
細々と伝わる伝統のある剣術と踏んでいた。

さらに言えば、その確かな腕前を支える異能。
少女は、自らの剣術に風の刃を交えることで自らの手数を増やしていた。
言うなれば、三つの風を合わせた「四刀流」。
だが、自らの剣術と異能を完全に統合できてはいなかった。一瞬の隙を突き、里保は少女に勝利した。そして。

― もっと強くなって、また来なよ。うちは、いつでもここにいる ―

激励の、つもりだった。
けれど、少女はそうは受け取らなかった。頬を紅潮させ、今にも泣きそうな顔で里保のことを睨み付けた。
それでもいい、里保は思った。悔しさや怒りは、時として自らを大きく伸ばすことができる。
そう信じて、少女の背中を見送った。

だが。少女が里保の前に再び姿を現した時には。
最初に会った時とは似ても似つかぬ修羅と化していた。
身に漂う気は黒く揺らめき、絶えず血を求めているかのように見える。
少女の瞳には、里保の姿は映っていなかった。ただ、目の前の人間を斬ることだけに捉われた、剣鬼。

775名無しリゾナント:2017/01/13(金) 17:53:59
少女が、刀を下段に持ち直す。
来るか。里保はペットボトルの水を撒き、そこから新たにもう一振りの刀を手に取った。

「…加賀流参之型『千刃走(せんにんそう)』」

そう呟いた少女の姿が、掻き消える。
いや、そうではない。少女は、目にも止まらぬ速さで一気に里保との距離を詰めていた。
そして、その走りは無数の凶暴な風とともに。
千の刃が走るとはよく言ったもの。一斉にこちらに向かってくる斬撃、水の防御壁ではあっと言う間に内側ごと切り裂かれ
てしまうだろう。

防御よりも回避。
里保は造り出した水の珠を足場に、天高く舞い上がる。
頭上を取り、制圧する。
上昇から下降に移行した里保が見たものは。

「甘いですね…」

攻撃対象を見失いそのまま突っ込むかに見えた少女はこれを見越したかのように里保の眼下で立ち止まり、構えていた。
左手を前に突き出し、弓を引き絞るかのように刀を後ろに引いた姿で。

「加賀流陸之型…『死螺逝(しらゆき)』」

ぎりぎりまで溜められた力が、一気に開放される。
捻りを加えた刀の一突きは、風を纏い螺旋の流れと化して、一気に上空の里保に襲い掛かった。

776名無しリゾナント:2017/01/13(金) 17:54:51
「ぐあああっ!!!!」

予想だにしない飛び道具、里保は荒ぶる風に巻き込まれ、全身を切り裂かれて墜落する。
通常であれば、再起不能の大怪我。それでも少女は戦闘態勢を解こうとはしない。

「まさか…この程度で、終わりませんよね?」

少女の言葉通り、里保は立ち上がった。
瞬時に纏った水の鎧によって被害は最小限に食い止められたものの、着衣は所々が切り裂かれ、浅い切り傷からはうっすら
と血が滲んでいた。

「その力は…間違った力だよ」

里保は、はっきりとそう言う。
確かに以前の少女とは段違いの強さだ。それは刃を交えても実感できた。
それでも。

手にした黒い刀を振るたびに、刀に生気を奪われてゆく。
少女の顔色は、病人であるかのように青白かった。
今の力が、その禍々しい刀によって与えられているのかもしれない。

「力に…正しいも間違いもないですよ…私は…鞘師さんを、斃します。ただ…それだけ…」
「そんなこと、ない」

777名無しリゾナント:2017/01/13(金) 17:55:34
あの時、あの人に言われた言葉。
里保はかつて自分を優しく見守ってくれた人物のことを思い出す。

― 鞘師はそんなこと、しない ―

そう言ってくれたあの人は、自分を緋色の魔王の手から救い出してくれた。
今度は、自分が目の前の少女に救いの手を差し伸べる番だ。

「力を、正しく使うこと。教えてあげるよ、加賀ちゃん」

すう、と息を吸い込み。
腰の刀を抜き、構える。
一瞬で決める。この子の、明日のためにも。
向けられた刃は、強固な意志と共に。

778名無しリゾナント:2017/01/13(金) 17:57:45
772-777
「剣の道」後半に続きます

加賀ちゃんの技ですが
千刃走→仙人草(クレマチスの和名)
死螺逝→白雪姫(クレマチスの品種)
が元ネタとなっております

779名無しリゾナント:2017/01/20(金) 04:04:33
脳は辛い記憶を忘却する機能がある。
苦痛を伴う記憶は薄れやすく、楽しい記憶は残りやすい。
大きな精神の傷は、揺り戻しで蘇る事もあるが、さらに限界以上の
過負荷がかかるような、あまりに辛い記憶は遮断してしまう。

 つまり、記憶をなかった事にする。

その上に自己に都合のいい記憶の物語が再構成されていき
精神の安定を保つ。

 「何も難しい事じゃないのよ。例えば今この店で流れてる音楽。
  これをアンタの脳に送るだけでも記憶の上書きになる。
  特にその人にとってとても印象強い曲をだよ。
  だから無理にもみ消すんじゃなく、代用する、が正しいわね」

喫茶『リゾナント』では音楽が流れている。
今日は繊細で力強い歌声より、切なくほろ苦い曲を聞きたい気分な為
店内には「Cold Wind and Lonely Love」が流れている。

先程までテレビが映っていたが、いつもの様に都内や世界の事件。
事故や災害や犯罪の報道ばかりで気分が落ち込む。
さらには芸能のことが続き、どこかの芸能人に恋人が発覚したり
離婚したりと忙しなくて仕方がない。

 「共鳴は強く結びつきを与える。それを信頼と呼んだり
  関係と呼んだりするけれど、作用するのは記憶ね。
  繋がりを得ようとする共鳴にとって脳は特別な器、記憶は雫。
  私達も何度も話し合ったけど、その度に反発したもんだしね」

780名無しリゾナント:2017/01/20(金) 04:05:31
新垣里沙が懐かしむように微笑んで、紅茶を飲んだ。
対峙する飯窪春菜も同じく紅茶を啜り、喉を潤す。

 「新垣さんは辛かったですか?」
 「…それはどっちの意味で?」
 「共鳴の結びつきを重く感じた事があるのかなって」
 「そりゃそうでしょ」

里沙がさも当然の様に肯定する。

 「下が高校生、上はまだ子供っぽさの残る大人。カメと私がちょうどその
  真ん中に居たわけだけど、ほんっとに苦労したからね。
  喧嘩はするし騒ぎ倒すし敵には容赦ないしで処理する身にもなれよってね」
 「…お察しします」
 「まあそんな状態でもさ、最初の頃は良かったのよ。
  まだ皆同じ道を目指して頑張ろうって気持ちにもなってたし。
  でも徐々に変わるものよ、ココロってやつわね」

リゾナンターが集束すればするほど、その集団にとって組織力が働いて
ダークネスを含めさまざまな敵と遭遇する事が増えていく
光井愛佳や久住小春が成長するにつれて自分という存在を考えるようになり
ジュンジュンやリンリンは自分の使命に向き合うようになり
亀井絵里や道重さゆみ、田中れいなはリゾナンターに対する思いを強めていき
高橋愛と里沙はそれぞれの決着のためにその時を迎えた

「それでも共鳴は結びつきを強める。むしろバラバラになりそうになる度に
 その繋がりを強めていく傾向を見せ始めた、これがどういう事か分かる?」

里沙は紅茶を置き、自身の腕に手を回す。
微かに力を込めたその意図に、春菜は僅かに理解した。

781名無しリゾナント:2017/01/20(金) 04:06:47
「心は同じ。
だけど考えるすれ違いに、いつしか体がいう事をきかなくなった。
心と体が違う方角にズレていく痛みは想像以上だったよ。
どんどん悲しさとか辛さが募ってって、反発心が強くなっていった」

仮想の憧憬に客と商品の関係を当てはめてみる。
彼らが言う「好き」や「愛している」は、一般的に使用される「好き」や
「愛している」と違うなどとでも言うのだろうか。
同性同士が分かち合う家族の愛情にも近い友情が世界の全てな気がした。
それをいつしか確認しなくてはいけなくなったと気付いた、果てしない寂しさ。

 「共鳴は記憶を強要する。思い出や記録が人間同士の一番強い繋がりだからね。
  何度も死にそうになったし、何度も仲間の裏切りにもあった。
  毎日の中で失うものもあったし、得るものもあった。
  誤魔化すことで日々を過ごしてたけど、あの時の私には方法が分からなかった。
  思い出を失ってほしくなかったって、今でも思うよ」

里沙の寂しそうな表情に、春菜も泣きそうになった。
だが堪えるしかない、これもまた共鳴の所為と言い訳にしたくない。
彼女が里沙に依頼するこれからの為にも。

 「白金の夜は、どうしたんですか?」

 ダークネスとの最終決戦。日本が壊滅するまで追い込まれたが
 原因不明の光明によって闇は払われ、世界が辛うじて救われたあの夜。

 「”白金の夜”、ね。誰が言ったんだか知らないけど
  あの日のことは、正直言うと私にも分からない事が多いの」
 「それはどういう…?」
 「さあね。皮肉だと思わない?相手の気持ちを何百と操ってきた人間が
  記憶が曖昧とか言ってるなんて。
  ……でも眩しいぐらいの光の中で、私は確かに生き残ったの」

782名無しリゾナント:2017/01/20(金) 04:07:53
自身の過去への決着をつけるための戦いで両目、両足、両腕を失い。
臓物すら飛び出す瀕死状態で倒れていた者達が次々と生還した。
闇の眷属以外は。

里沙が目が覚めた場所には意識を失った面々がそこら中で倒れていた。
敵や味方関係なく、そこが日本だという認識を一瞬忘れるぐらい枯れ果てた光景で。

 「分からないままに私達は生き残ったお店に帰って来て、なんだかんだあって
  それぞれの道を進むことを皆で決めた。全員で納得して、私は出て行った」
 「なんだかんだ、ですか」
 「そ、なんだかんだね。ここは曖昧な記憶っていうより気にしないでほしいかな」

「話したくない」という意味合いを明らかに浮かべた言葉に、春菜は頷く。
過去の事情を掘り返しても現実は変わらない。

 「そんな状況だったから、あの時の私は何もしてないよ。
  多分、生きてた人達は覚えてるんじゃないかな。
  終わりの果てまで忘れてるって、それはそれで寂しいでしょ」
 「そういうものなんですかね」
 「……その場に居た人にしか分からない事もある、覚えておきなね」

最後の最後で見せた里沙の甘さに、春菜は何も言えなかった。
店内の音楽が変わる。「ENDLESS SKY」が静かに流れ始めた。

783名無しリゾナント:2017/01/20(金) 04:09:00
 「大丈夫です新垣さん、私、ちゃんとやれますから」
 「生田やフクちゃんには相談したの?」
 「はい。もしもの時は……生田さんに、と」
 「ったく。あんた達は会うたんびに大人みたいな顔になるんだから。
 あ、飯窪とフクちゃんはもう大人か。じゃあこれね」

里沙が取り出したのは、錠剤入りのケース。
数を見るに、今用意できるのはこれだけなのだと納得して、受け取る。

 「一回につき一粒、いい?それ以上はダメだからね。
  チカラに作用し過ぎる記憶には必ずズレが出来ちゃうものだから
  あまり矛盾を作ってあげないように。じゃ、帰るわね」
 「分かりました。ありがとうございましたわざわざお店にまで…」
 「いいのよ。ちょっと皆に話を聞きたかったから寄っただけ。
  ……私が言うのもアレだけど、頑張んなさいよ」
 「はい、ありがとうございました」

店内を後にする里沙を見送って、春菜は早速連絡を取り付ける。

―――喫茶『リゾナント』を背に歩いていた里沙が振り向く。

何度も見上げてきた建物に別れを告げる事は何度もあったし
それに対して負い目を感じるような事も今は無い。
寂しさもなければ切なさも感じない。全てを任せたのだ。全てを。 

 「今のところ後遺症はない、か。他の子達の様子も見たかったけど
  上手くズレを調節してるみたいで安心したよ」

里沙は静かに微笑む。
改変された世界で生きる彼女達はとても人間らしい。
それだけでも分かれば後は彼女達の物語だ。

784名無しリゾナント:2017/01/20(金) 04:09:55
新たなリゾナンターになったとしても変わらないものがある。
繰り返された世界で、自分達がそうであったように。

 「記憶を何度も塗り替えても、愛情は変わらないものだね」

誰かに言うでもなく呟いた言葉に苦笑する。
繰り返される世界の中で、再び出逢える事をただ願っていた。



―――夜に浮かぶ、路上の信号はまだ変わらない。
一部の交通事情によって下校通路に利用するこの道路では車が
何度も行き来を繰り返すため、五分は待たなくてはいけない。
野中美希と尾形春水はその時間を会話で繋げる事で信号が青に
なるのを待っていた。点滅に変化して青へ。
小さな悲鳴。
振り返ると、人波の中で、女性が顔を手で押さえている姿が見えた。
指の間から赤い血が零れ、事件だと叫ぶ。

 「春水ちゃん! Stop!」
 「え?どうしたん……!?」

美希が肩を叩いて叫んだのに驚き、春水は後ろを向く。
事態に気付いて二人で人波を強引に掻き分けて進む。
屈んで苦しむ女の側に駆け寄って傷を確認した。

 「大丈夫ですかっ?」

額から頬に鋭利な傷跡。胸の奥に沸騰する憤怒に眉が歪む。

 「Damn it!」

美希は顔を上げて、雑踏を捜す。周囲には驚きと怯えの顔が並ぶ。

785名無しリゾナント:2017/01/20(金) 04:11:10
雑踏の先に、逃げる帽子の男達の背中があった。

 「春水ちゃん!この人お願い!」
 「あ、待ってえやっ、私も行くってばっ。すみません頼めます?」

手当と救急車への連絡はその場にいた親切そうな中年男性に任せ
美希は夜の街へ走り出す。春水はバックから靴を取り出し、履き替えて続く。

 「てか私達で何とかするの?ヤバない?あの人ら武器持っとるやろ?」
 「待ってたら逃げられちゃうよ!」
 「や、譜久村さんに追跡してもらうとか」
 「その間に犠牲者が増えるかもしれない!」
 「あーあー分かった、分かったよお、ホンマに野中氏は熱血やなあ」

前を逃げるのは容疑者達。
黒い帽子の右手には女性の顔を切った短刀。
赤い帽子の方は左手にバタフライナイフ。
二人の逃げる横顔が背後を伺い、そこには愉悦が混じった顔が前に戻される。
通り魔たちは人々を押し退けて逃げる。
美希と春水も人波の間を縫って走る。

 「なあ、もしかして誘われてない?」
 「That's just what I wan!痛い目見せてやろうじゃない」
 「ひー、野中氏が燃えとる、燃えてないけど燃えとるーっ」

女性の顔を傷つける通り魔など最悪だ。
逃走車たちはビルの角で右折。夜の歩道の人々に悪罵を投げられながら
二人は人波を抜けて犯人たちを追跡していく。
角を曲がると、ビルとビルの谷底に逃げる、男二人の後ろ姿があった。
左の赤帽子の男が背後を確認する。

786名無しリゾナント:2017/01/20(金) 04:12:08
唇には冷笑があった。犯人たちは曲がりくねった路地を逃げる。
どうやら疲労を待っているらしい。
女と男、そして体格差から見ても不利なのは美希と春水の方だ。

だが、速度で勝とうというのならこちらにも手が無いわけではない。
勝算があったからこそ美希も、春水も付いてきたのだから。

 「逃がさへんでーっ」

緩やかな強調のある声と同時に軽くジャンプした。

靴の裏側に装着されたローラーのベアリングが突出する。
スケート経験のある春水としては配管や粗大ゴミを避ける事は造作もない。
路地の闇を切り裂く閃光、ガリガリと地面を削っていくように音を鳴らす。

 「いっけー!春水ちゃん!」
 「さっさと捕まってやーっ」

黒帽子の顔に驚愕。犯人はさらに必死に走り、通路を曲がった。
脅しに一度『火脚』を喰らわせようと狙うが、射線が合わない。
突き当りには左右に抜ける路地、だが既に春水は黒帽子の背後を捉えていた。
間合いを詰めていき、男の左肩に届く寸前。

突き当りの道の右から左へ、一面の赤の壁が現れる。

 「……え?」

787名無しリゾナント:2017/01/20(金) 04:13:34
黒帽子の男が赤の暴風の中で黒い影になった。
熱風で春水は後方へ弾き飛ばされてダンボールの壁にぶつかる。
斜め横にいた赤帽子の男も熱波で転がっていく。

 「春水ちゃん!?」

突き当りを右から左へと吹き抜けたのは、赤の炎。
吹き荒れたと思った時には消失し、熱波が過ぎ去った夜の道路が現れる。

 「顔があ……顔が痛いいいいぃぃぃぅぅ…」

赤帽子の男の頬は火傷で爛れている。
前方では、右手を前に伸ばして足を掲げた姿勢のままで、黒帽子の男が
黒と灰色の塊となって立っている。
眼球は高熱で炙られて白濁し、末端部分の指や鼻、耳が徐々に炭化で落下。
頬や額の皮膚が割れて内部から赤黒い肉が見える。

肉の焼けた甘い炭の匂いに口を押えた。
放射の瞬間に口を開けていれば、熱気で気管と肺を焼かれていただろう。

 「春水ちゃん…な、なんて事を…」
 「違うっ、私やないってっ。あんな大量の炎なんか出せへんし…」


春水が発動できる『火脚』は千度を超える炎の帯で足を纏って
足技によって周囲を焼き尽くす小集団用。
だが眼前で発動したのは線や帯ではなく、道路の空間を全て埋め尽くす猛火。
まさに竜が放つ死の息吹に近い膨大な熱量だった。

788名無しリゾナント:2017/01/20(金) 04:16:21
道路を囲む壁やアスファルトの大地では、まだ燃え盛る炎が子鬼のように踊る。
高熱でアスファルトの一部は黒いタール状になっていた。
立ち尽くしたまま炭化した男の向こうに残り火が燃える。
高熱の余波で、月光と残り火が照らす路上には、夜には有り得ない陽炎が揺れる。

 「だ、誰……?」
 「あれ、おかしいな、一応面識はあると思うんだけど…まあいいや。
  そっちの方が都合がいいよね、うん」

現れたのは美希と春水と同年代ぐらいの女だった。
短い黒髪をパーカーの帽子に押し込み、その顔は半分だけ隠れている。
手の甲にローダンセが咲いており、五指に花弁を帯びていた。
刺青、ではなく、まるで水墨のようだ。

 「よくも、よくも弟を殺しやがったな!」

男の声が震えていた。
バタフライナイフを片手に泣いていた。
炭にされたかけがえのない兄弟を前に怒りで顔を真っ赤にする。

 「へへへ、ごめんなさい。でも当然の報いだと思いますけどね」
 「死ねよ」
 「わあ、怖いですね」

間合いを詰めた赤帽子の刃が振りかざされる。女は微笑んでいた。
武器を持たず丸腰であるにも関わらず、笑っている。
次の瞬間、女の右横を抜けた男の右足が、溶解し熱を帯びた大地を踏みしめる。
左足が続いて奇妙な歩行を見せた。
歩みの背後に、桃色の内臓がアスファルトに引きずられていく。

 「ぐえ、ぐあばああぁぁぁっっ」

胴体の断面から臓物が次々と零れていく。

789名無しリゾナント:2017/01/20(金) 04:18:10
大量の血液による海が出来たかと思うと、臓物が跳ねた。
上半身は街路の反対側に落ちていき、血の飛沫が女の靴に付着する。
何も感じない様に、女の左手が水平に掲げられ振られる。

 「い、今、斬ったの…?あの子?」
 「でも刃物なんて持ってないよ……どうやって…?」

まるで詐欺にでもあったかのような現実に背筋に冷や汗が流れる。
動体視力で抜刀すら見えないのだから、赤帽子の男が自らの死を
信じられないままに硬直していても仕方がない。

 「ああ、甘い匂いを辿っただけなのに殺しちゃった。失敗失敗」

女は微笑んでいた。パーカーの帽子で半分は隠れてはいるが
その唇は口角を歪ませて健気に笑って見せる。
美希は端末メガネを取り出し、見えない拳銃を打つかのような構えを取った。

 【Call:制御系『電磁場・銃身』
 銃身展開処理を一時記憶領域に四重コピー:完了
 円形筒に構築・直径三メートル:完了
 撃鉄用意:……】

『磁力操作』でそこら中に廃棄されている金属類を把握していた為
射出準備は既に完了している。端末メガネには照準の+が書き込まれた。
爆発寸前の美希の前に、右手の平を掲げて春水は制す。

 「Why?どうして止めるの?」
 「力では勝てんよ、だってあの子、能力者やもん」
 「そんなの分かってるよ、でもこのままじゃ殺されちゃう!」
 「野中氏が無茶したらその確率が上がるやろ、いいから見てて」
 「春水ちゃん…?」

790名無しリゾナント:2017/01/20(金) 04:20:13
我を忘れた様に戦闘態勢に入っていた美希に対し、春水は深呼吸した。
その姿を女は首を傾げてみている。思えば不思議だ。
何故女はあれほどの能力を持っていて静かに傍観していたのだろう。

赤帽子の男が死んで二分は経っているというのに。

 「な、なあアンタ、これはちょっとマズイんちゃう?」
 「どうして?」
 「この二人は確かに殺人者や、でも、能力者やない。
  ここは夢法則があるファンタジーワールドやない、法律があるんや。
  それにこれだけの大惨事、ほら、おまわりさんの音も聞こえてきたやろ」

聞くと、遠くの方からサイレンの音が響いてくる。
五区内にある自警団のものだろう。
その音に気付いているのか、女はウンウンと頷いている。

 「それで?」
 「や、それでって、人を殺されたら逮捕されるんや、罰せられるんやで」
 「なんだそんな事。それなら殺せばいいだけじゃないですか」

内臓が蠕動するような女の笑みに、春水の口が固まる。
ローダンセが咲き誇る手が左に振られた。
炭化して直立したままの通り魔が押され、アスファルトに倒れる。
乾いた音と共に、炭化した腕や足が折れて粉砕。


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