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【アク禁】スレに作品を上げられない人の依頼スレ【巻き添え】part6

686名無しリゾナント:2016/09/24(土) 14:08:51
「つんくさん。あの子は」
「ああ。資質はある…せやけど、まだまだやな。あいつらが道重をベースに仕込んでるっちゅうことは、それだけ危うい部分もある。そ
ういうこっちゃ。ま、安心せえ。ツボは心得てる」

何のツボだかよくわからないが。
ここは敢えて突っ込んではいけないところなのだろう。

相変わらずの胡散臭さだが、リゾナンターがまだ高橋愛が率いる9人だった時からの付き合いでもある。
いかにも怪しげ、しかしやる時はやるおじさん。それがれいなのつんく評だった。

愛ちゃんやガキさん、愛佳が喫茶リゾナントを離れたように。
れいなも、ここを離れる日が来るっちゃろか。そんなこと、想像できんけど。その時は。

れいなは、いつか真莉愛が、リゾナンターとしてこの喫茶店を訪れる日を想像してみる。
その時に自分がいるかどうかはわからない。けれど、それは悪くない想像だった。

687名無しリゾナント:2016/09/24(土) 14:11:36
>>672-686
『リゾナンター爻(シャオ)』番外編「癒す、光」 了

688名無しリゾナント:2016/09/24(土) 14:13:00
訂正 >>679

「出力、120%に上げな」
「いや、しかしこれ以上は『m202』の精神がもたな…」
「いいからやれって言ってんだよ」

こちらには、切り札がある。
運命のめぐり合わせと言うべきか、囚われの少女は「滅びの聖女」をモデルに生み出された人工生命体だった。
「物質の活性化・過活性による崩壊」の再現を狙ったものだったが、残念ながら少女はその特性を得ることはなかった。
その、代わりに。

「出力、120%オン!!」
「いやあああああああああっ!!!!!!!!!」

少女の悲鳴が、心地よい。
「m202」が聖女の能力の代わりに得たのは、物質にではなく精神に働きかける力。
精神を活性化させ、さらに過活性によって崩壊へと導くという、「滅びの聖女」の力の精神干渉版とも言うべき非常に珍しい能力であった。
男はその能力を「応援(エール)」と名付けていた。

その能力を、知性のまるでない「猟犬」たちに仕掛ける。
彼らなら、適合性を無視して精神活性化の最大限の恩恵に預かることができるだろう。
多少無理しても構うものか。どの道彼の上司 ― Dr.マルシェ ― にはすべての実験を終了させてから報告するつもりだったのだ。
ここで良き結果が得られればよし、潰れてもそれはそれで構わない。それには確固たる理由があった。

一つは、「叡智の集積」は例のi914をベースとした人工能力者にかかりきりであること。
故に、実験体一つ潰れたところでそれほど咎められることはないだろうと踏んでいた。
一つは、「滅びの聖女」が手を緩めて勝てるような生易しい相手ではないということ。
殺せれば上出来、出来なくともデータだけ持ち出してここから逃げ失せればこちらの実質的な勝利である。
最後に、欲をかく人間はいずれ身を滅ぼすということ。男より一足先に出世したとある女科学者は、つい先日組織の手によって粛清
されたと聞く。男も引くほどに欲深い人物だっただけに、当然の結果とも言えたが。

とにかく。どう転んでも男に損害が発生することはない。
そう、踏んでいた。

689名無しリゾナント:2016/09/24(土) 14:13:32
新スレが落ち着いてから転載します

690名無しリゾナント:2016/11/05(土) 23:32:15


田中れいながリゾナンターを離脱してから、数か月。
非合法組織の中でも最高峰クラスとされるダークネスに抗いかつ退けてみせたリゾナンターは、高橋愛が率いていた9人のリゾナンター時
代のそれに迫る勢いを得ていた。
チームのアタッカーであったれいなを失ったものの、彼女がメンバーたちに分け与えた力と各人の研鑽により、れいなの抜けた穴を補って
いた。そのことは、彼女たち新生リゾナンターたちの成した功績からも明らかであった。

道重さゆみが率いる若き能力者たちの元に、次々と舞い込む案件の数々。
通称「Password is zero」と呼ばれる極秘プロジェクトの参加を皮切りに、シージャック事件の解決や、九州地方を本拠地とする巨大組織の
下部団体との衝突、果ては元ダークネスの幹部「蠱惑」が引き起こした騒動の鎮圧。秩序を司る側からも、闇に生きる集団からも。リゾナン
ターは注目を集め始めていた。

これは、彼女たちリゾナンターが解決した案件のうちの一つ、とある話。

691名無しリゾナント:2016/11/05(土) 23:33:21


「この子の、奪還…?」

リゾナンターに舞い込む仕事の窓口を一手に引き受ける、後輩光井愛佳の訪問を受けたさゆみ。
愛佳から受け取った一枚の写真には、あどけない表情の少女が写されていた。
喫茶リゾナントは相も変わらず閑古鳥ではあるが、逆にこのようなあまり公にはしたくない話をするには丁度いい。というのも皮肉な話
ではあるが。

「ええ。この子をとある屋敷から救い出す、というのが先方の意向らしいです」
「…監禁されてる、ってこと?」
「あくまでも、依頼人の話を100%信じれば。ですけど」

多分に含みのある愛佳の言葉。
この依頼には裏がある、それはさゆみにも何となくではあるが伝わっていた。

「正直な話。うちはこの話、道重さんに受けて欲しくないです。せやけど…」
「目が…助けを求めてる?」

さゆみの言葉に、ゆっくりと頷く愛佳。
写真に写った少女は、どことなく怯えているように見えた。
表情は固く、その瞳は。

誰か…ねえねえ、誰か…

そう、呼びかけているようにすら思えた。
愛佳が、リゾナンターから離脱してからかなりの年月が経つ。しかし。志を共にした最初の9人がこの喫茶店で過ごした日々のことを、
今でも鮮やかに思い出すことができた。
メンバーたちはそれぞれ、辛い過去を抱えていた。悩み、苦しみ、そして助けを求めていた。
愛佳自身も、そうだ。あの日、薄暗いホームの上で助けを求めていなければ。その声を、「彼女」が拾ってくれなければ。

692名無しリゾナント:2016/11/05(土) 23:34:17
「わかったよ。この仕事…受けさせてもらいます」
「…ええんですか」
「資料を見るに、敵戦力に能力者の存在は認めらない。どんな罠が仕掛けられていても、今のメンバーなら大丈夫だと思う。それに、今
回はちょっとした組み合わせを試してみたいの」

愛佳は首を傾げる。
おそらく、派遣するメンバーのことを言っているのだと思うが。
それよりも愛佳は、さゆみに言いたいことがあった。

「あの、道重さん。この子…」
「ん? さゆみ好みの年齢だよね」
「いや、そうやなくて。この子、昔の道重さんに似てません?」
「そうかな」

艶のある黒髪や、はっきりとした目元。おまけに、左右逆ではあるが口元に黒子があるところまで。
さゆみ自身はあまりしっくりとは来てないものの。
愛佳には、写真の少女とまだ幼さを残した当時のさゆみは何となく重なるものがあるように思えた。

693名無しリゾナント:2016/11/05(土) 23:35:09


数日後。
鬱蒼とした木々に囲まれた山道を、二人の少女が歩いていた。
少女、と言ってもそのうちの一人は汗を拭く仕草すら年相応に見えない色気を放ってはいたが。
見た目、ハイキングにでも来たかのような格好。赤と濃ピンクのリュックサックが、ゆさゆさと揺れる。
空は灰色の雲に覆われ、森の深さも相まって薄闇の様相を呈していた。

「里保ちゃん、もうすぐ目的の村に着くね」

後ろを振り返りながら、リゾナンターのサブリーダーである譜久村聖が言う。
後方には、とぼとぼと歩く小さな姿。戦う際の凛々しき姿はどこへやら、メンバーいち歩くのが遅いと揶揄含みの称号を戴いている鞘師
里保は、あくまでもマイペースを崩すことなく歩いていた。空模様からすると、急な雨に見舞われる恐れもある。できればその前に、目
的地にたどり着きたかったのだが。

「……」
「ねえ、里保ちゃん聞いてる?」

里保の返事は、ない。
最寄りのバス停から、歩くこと数時間。
確かにバスの中でぐっすりと熟睡していた里保は、叩き起こされたせいか道中顔に表情がずっとなかった。
だが、それとは聊か様子が違うように見えた。
その理由は、すぐに判明する。

「…敵襲」
「えっ?」

里保が口を開くのと同時に、二人の前に躍り出る数体の影。
大きな影が、四つ。そしてその影に寄り添うようにぴったりとついて来る影が同じく、四つ。

694名無しリゾナント:2016/11/05(土) 23:35:59
「ここから先は通すわけにはいかんな」
「”くるとん”は渡さんぞ!!」
「しかしどんな連中が差し向けられたかと思ったら、ただの小娘ではないか!」
「怪我したくなければ、尻尾を巻いて逃げることだな」

黒ずくめの忍者のような服を身に纏い、顔も黒子がするような頭巾と布で隠されていた。
このような格好をする連中は、大抵何らかの秘術を扱うと相場は決まっているが。

「…それは、こちらの台詞です」

里保が、いつの間にか刀を抜いていた。
抜刀の瞬間、いや、帯刀していることすら気づかなかったことに男たちは焦り、そして一気に緊張の度合いを強める。

「ふくちゃん。後ろに、下がってて」

里保に言われ、後方で待機する聖。
相手は一人で十分、と思われたと悟った男たちは揃って怒りを顕にした。

「随分舐められたものだ!」
「とくと見よ、我らが『刃賀衆』の秘技を!!」

小さな四つの影が、一斉に襲い掛かる。
後方の男たちと同じく頭巾と布で顔を覆い隠した格好の黒子たちが、携えていた小刀を同時に里保目がけ振るった。
しかし。

695名無しリゾナント:2016/11/05(土) 23:37:15
流水のような、淀みない足さばき。
利き手の右側に最も近い黒子の刀を愛刀「驟雨環奔」で止め、逆側から斬りかかる黒子の刃は水が象る第二の刀が防ぐ。
ぎりぎりと食い込む刃と刃。激しい鍔競り合いではあるが、徐々に里保が圧してゆく。力でねじ伏せるのではなく、体重移動によって巧
みに相手を往なし、勢いを殺しつつ。
その間にも残りの黒子が里保の体を貫きにかかるが、それも叶わない。

何故なら先ほど地面に撒いた水が珠状に渦を巻き、黒子たちの体を打ち据えていたから。
さらに、両側から里保を攻める黒子たちも完全に力を逃がされ、態勢を崩されたところを遭えなく峰打ちの餌食となってしまう。

「…まだ、やりますか?」
「『四人』相手にそこまでやるとは、そこそこ腕が立つようだ。だが、もう四人を同時に相手にできるかな」

大の男でも昏倒してもおかしくない衝撃を与えたはずだった。
しかし、里保の攻撃を受けたはずの黒子たちは、何事も無かったかのようにむくりと立ち上がる。

「我々を見下した無礼、その命で償え!!」

里保を取り囲む小さな黒子たち、そこからさらに男たちが襲い掛かる。
だが、里保は動かない。代わりに。

「ふくちゃん。後方の男たちを」
「わかった!!」

聖は、里保一人に戦闘を任せるために後方に下がったのではなかった。
得意とする念動弾による、援護射撃。元はかつて対峙した能力者、「キュート」の岡井千聖の能力であったが、オリジナル以上の照準精
度によって聖の能力の主力となっていた。

696名無しリゾナント:2016/11/05(土) 23:38:24
四つの「壁」と、里保。
このいずれにも当ることなく、弾丸は標的である男たちの体に命中する。

「ば、馬鹿な…!!」

予想だにしない攻撃を受け、男たちは次々と地に伏せてゆく。
それに呼応するように、小さな黒子たちも膝を落とし、そしてそのまま動かなくなった。

「やっぱり…」
「どういうこと?里保ちゃん」
「『刃賀衆』…こんなところにいたなんて」

言いながら、黒子のうちの一人を抱き起して、聖にその背を見せた。
そこには禍々しい紋様の描かれた、細長い紙切れのようなものが。

「これは…お札?」
「札に念を込めて、命なきものを傀儡とする。『刃賀衆』の一派だけに伝わる秘術、らしいよ」
「だから操り手を倒したことで傀儡も沈黙したんだ…でも、刃賀衆って?」

聖にとっては、耳馴染のない名前。
里保は目的地に向かって歩きながら、「刃賀衆」に纏わるとある昔話について説明する。

時は戦国時代。天下統一を目指したとある武将が、敵方武将の根城を攻めるために当時裏の世界で一大勢力を築いていた「刃賀衆」を雇
い入れた。しかしそれを聞いた敵方の武将は、西方よりある集団を呼び寄せることで対抗する。
その両者の争いは、苛烈を極めたという。

「その末裔が、今でも細々と裏稼業をしつつ暮らしてる。とは聞いてたんだけどね」
「どうでもいいけど里保ちゃん」
「なに?」
「何で聖の二の腕をさすりながら話してるの?」

真面目ぶった顔で話している里保であったが、なぜかその右手はすりすりと。

697名無しリゾナント:2016/11/05(土) 23:39:36
「いや、これはふくちゃんの肌が勝手に吸いついて」
「もう。変なとこだけ道重さんの影響受けてるんだから」

聖たちリゾナンターの本拠地である喫茶リゾナントは、一部の常連のおかげで何とか商売が成り立っている暇な店。その最中にさゆみが
見つけた大発見、それが聖の二の腕がすべすべしていてとても良い触り心地だということだった。そして聖は、どさくさに紛れて聖の二
の腕をぺたぺた触る里保の行動を見逃していなかったのだ。

「それより、話の続き。長い争いの中で、「刃賀衆」はとある弱点を突かれてその戦闘集団に敗れ去ったんだけど、その弱点というのが
ね…」

話を逸らしつつも、二の腕を触ることをやめない里保。
しかしそれも、あるものを目にしてぴたりと止まる。

「里保ちゃん」

おそらくこの先は「刃賀衆」の里なのだろう。
里保たちの前に城壁の如く立ち塞がる、黒子たちの大群がそのことを示していた。
先程の人数など比べ物にならない、数十、いや百近くはいるように思える。

泣き出しそうだった空から、雨粒がぽつり。ぽつり。
里保の「認識」が正しければ、彼らは決着を急ぐはず。

「ちょうどいいから、再現してあげるよ。「刃賀衆」が、「水軍流」に敗れ去った理由をね」

敵の「大群」に物怖じすることなく、里保は刀を抜いた。
かつては雨が降るたび、里保は自らの能力の暴走に怯えていた。幼き日に友を喪った、心の奥底に沈めておきたい過去が頭を過ってしま
うからだった。けれど。

さゆみに。多くの先輩たちに導かれ。そして、自らもリゾナンターとして。
数々の困難を乗り越えて来た今なら、できるはず。
里保は、ゆっくりと、そして目を細めつつ天を仰いだ。

698名無しリゾナント:2016/11/05(土) 23:41:28


瞬く間の出来事。
少なくとも、聖にはそうとしか見えなかった。
刀を空に向けたかと思うと、降り始めた雨は巻き取られるように刀身に集められ、そして里保を押し潰さんと迫りくる鋼の黒子たちを容
赦なく水浸しにしてゆく。
まさに、水の暴力。荒ぶる水の流れによって、「大群」は完全に鎮圧されてしまった。

「水使い…だと?」
「『刃賀衆』の操る傀儡の弱点」

尚も立ち上がろうとする男を柄先で昏倒させ、里保は傀儡の黒子に貼られていた札を剥す。

「それは、札が水に濡れてしまうと完全に効力を失うこと。この札は何かのコーティングがされてたみたいだけど、うちの操る『生きた
水』の前には通用しない」

聖は、目の前の少女の実力に改めて気づかされる。
ほぼ同時期に喫茶リゾナントの扉を開いているはずなのに、彼女は常に自分の二歩も三歩も先を行っている。もちろん、里保はかつてそ
のポジションを担っていた田中れいなの後継を期待されている存在なのは重々承知の上。しかし、聖にもプライドがある。負けたくない。

ただ、そんな今はそんなライバル心はどこかへ置いておかなければならない。
さゆみがわざわざ自分と里保を指名してこの仕事へ向かわせたことの意味。単純に考えれば同じ時期にリゾナンターとなったもの同士の、
アタッカーとサポーターの組み合わせだろうが、さゆみがそんな理由で自分たちを選んだのではないことくらい、聖にもわかっていた。
その答えを仕事が終わる前までに、用意しておかないといけない。おそらく仕事の成果とともに、さゆみに聞かれるはずだ。

699名無しリゾナント:2016/11/05(土) 23:43:13
「里保ちゃん。クライアントの依頼内容は、あの建物の中に囚われてる女の子を助け出すこと。だったら、その子を監禁してる人の部隊
が他にもいるかもしれない。急ごう」
「うん。そうだね」

返事とともに、抜いた刀を鞘に納める里保。
向こうのほうに、城と見紛うばかりの大きな屋敷が見えていた。
祖父から聞いた、「刃賀衆」の話。それと現実に彼女たちに襲い掛かって来た軍勢の実力は、ほぼ変わらず。ならば例えこの先にどんな
人間が待ち構えていたとしても、自分たちの敵ではないはず。そう踏んでいた。
しかし事態は、思わぬ方向へと向かってゆく。

「誰だ!!」

思わず鬼の形相で、現れた人影に叫ぶ里保。
そこで、ようやく聖も気付く。気配を完全に殺して近づいてきた小さな影に。

「お前さんたちが、『りぞなんたあ』とかいう。なるほど。正義の味方を気取るだけの実力はあるようじゃが」

芥子色の単着物に、えびぞめ色の羽織姿。目にかかるほどの豊かな白い眉毛は、まさに好々爺といった様相を醸し出してはいたけれど。

「あなたは…?」

聖と里保は、完全に警戒態勢に入っていた。
対峙しているだけで、皮膚がひりつくような感覚。そして、里保を持ってしても接近を許してしまうほどの隠形術。
これだけの人物が、ただもののはずがない。下手をすると、敵の新手の可能性すらある。
ただそれは半分正解で、半分外れであった。

「わしは…『刃賀衆』の頭目を務めておる。そして、今回の依頼人でもあるのじゃ」
「えっ」
「ここでは色々とまずい。案内してやろう。あそこの屋敷にな」

老人が何を企んでいるのかはわからない。そして、彼が依頼を出した理由も。なぜ少女を捕えている「刃賀衆」の頭領がそれを救出する
依頼を出す必要がある。
が、ここは少女が囚われているであろう屋敷に近づくチャンスでもある。虎口に入らずんば虎児を得ず、の諺よろしく、老人の後を二人
はついて行くのだった。

700名無しリゾナント:2016/11/05(土) 23:52:15


「もぐ…なるほど…囚われの…ぱく…少女というのは…もぐ…おじいさんの…くちゃ…お孫さんでしたか…ごっくん」

屋敷の中にある、囲炉裏の設けられた一室にて。
暖かな湯気をくゆらせながら、当地の名物らしい「ほうとう」が丁度いい具合に煮立っている。
頭領の思わぬもてなしに、遠慮なく舌鼓を打っている里保。そんな強心臓にある意味賞賛、ある意味呆れつつも聖もまた「ほうとう」の
旨さに心を動かされていた。

「ほほほ、『鞘師』の子は腕だけでのうて、食の方も立つようじゃ。遠慮はいらん。仕事の前に、たんと食っていくがいい」
「あの…」

最初は少しずつ食べていたのが、段々とその一口が大きくなって頬を膨らませている里保を余所に、聖が不安げに「刃賀衆」の頭領であ
る羽賀老に訊ねる。

「何じゃ、嬢ちゃん」
「お孫さんを助け出して欲しい。それが依頼内容だったはずですが。聞いた話ではこの屋敷の中にいらっしゃると聞いていたのに」
「ああ。孫の朱音は、この屋敷におる」

実にあっさりとした、羽賀老の答え。
なので、聖の抱く疑問はさらに膨れ上がる。

「そんな。じゃあどうして助け出して欲しいなんて」
「あの子はな…呪われた子なんじゃ」

それまで止まらぬ勢いで膳を掻き込んでいた里保の、箸が止まった。
が、羽賀老は、淡々と話を始める。

701名無しリゾナント:2016/11/05(土) 23:53:34
「『刃賀衆』にはの。代々、一族の秘儀を受け継ぐ素質のあるものが生まれる。わしらは、そのものを『繰沌(くるとん)』と呼んでお
るのじゃが。そして、当代の『繰沌』に…朱音が選ばれた。だがの。一つだけ、大きな問題があった」
「問題…とは?」
「朱音は、あまりにもその素質が強すぎたのじゃ。そしてその素質に対し、あまりにもその器は小さすぎた。結果…力の暴走を生むこと
になる」
「……」
「一族の秘儀の他に、あの子に作用する力が存在する力があるのやもしれん。ただ一つ、確かなことは。制御できん力は、周りの人間を
傷つける。もう、何人も里のものが朱音の力で命を失っておる」

制御できない、巨大な力。
聖は確信する。羽賀老の孫であるその少女は、「能力者」であると。

「今は、刃賀に伝わる緊縛術でその身を抑えておるが…いずれはそれも解かれ、より多くの犠牲を生みかねん。そこで、わしはある一つ
の決断を下した」
「そんな!なんてことを!!」

羽賀老が言うより早く、里保が大きな声を上げる。
その顔は真剣さと怒りが入り混じり、ある種の硬さを帯びていた。

「さすがにわかるか。わしが出した依頼の、本当の意味が」
「里保ちゃん…?」
「制御できないからって、それで殺すなんて乱暴すぎる!! 何でそんなことを、簡単に!!!!」

里保の刺すような視線を浴びてもなお、老人は静かな佇まいを見せている。
暴風にしなやかに揺らぐ木のように。いや、最早折れてしまうほどの「硬さ」がないだけかもしれない。
なるほど、自らの手引きで孫娘を殺すなどとは口が裂けても部下たちには言えまい。それで、外部からの依頼という形を取ったのか。聖
は何とか老人の思惑に辿り着くも、その心中までは理解することはできなかった。

702名無しリゾナント:2016/11/05(土) 23:59:16
「簡単ではない。わしも苦悩し、躊躇した。じゃがの、この里を、刃賀の歴史を守るためには仕方がないのじゃ。朱音の『次の繰沌』の
ためにもな。もうこれ以上、犠牲を出すわけにはいかな」
「ふざけるな!!!!!!!!!!!!!!!」

喉を裂くような声を張り上げ、里保が立ち上がる。

「このような非情な決断を、『水軍流』…『鞘師』のものに委ねると言うのもまた、運命じゃな。ただ。朱音を救うためには、あの子の
命を絶たねばならん。あの子に会えば、わかる」
「『チカラ』をコントロールできなければ命を絶たれるなんて!そんなの、そんなの何の解決にもなってない!!だったら!!うちは!!
もっとずっとずっと前に死んでなきゃならないんじゃ!!!!!」

あまりの里保の剣幕に、割って入ろうとした聖も思わず二の足を踏んでしまう。
自らの孫の命を絶つことで「救ってほしい」と願う羽賀老。数百年を超える因縁の一族の末裔にそのようなことを頼まなければならない
彼の心境は、いかほどのものだろうか。聖には想像すらつかないであろうが、そこに並々ならぬ決意、苦渋の決断があったことは徐々に
ではあるが、伝わってきてはいた。

その一方で、普段は滅多に感情を高ぶらせることのない里保がここまで怒りを見せる理由も。
かつて。里保は聖たち同期の3人に、幼き頃に親友を自らの制御できなかった力で死の淵に追いやった苦い過去を告白したことがあった。
滅多に自分の弱みなど話すことのない里保、いや、それを乗り越えると宣言するあたり、強がっているという見方もできてしまうが。
乗り越えなければならない壁である、そう自分に言い聞かせていた幼い顔。
平気な顔をしていても、どことなく辛そうに見えてしまう表情は深く深く聖の心に刻まれた。
今の里保は、かつての自分と似ている朱音の境遇に、思わず感傷的になってしまったのではないか。

だから聖は、里保の手をそっと握り締める。
里保を説得するような言葉は、到底持ち合わせてはいない。けれど、これだけは伝えることができる。
自分はいつでも、里保の味方であると。

703名無しリゾナント:2016/11/06(日) 00:00:04
「あ…ごめん…」

聖の心が通じたのか。我に帰り、恥じ入るように座り込む里保。
確かに、あまりにも朱音という少女と自分の過去は符号し過ぎていた。ただし、自分には理解ある家族がいた。自分の成長を、暖かな眼
差しで見守る祖父の姿があった。背格好は違うが、目の前の老人が里保の祖父と重なったのも感情が抑えきれなくなった理由の一つかも
しれない。

危うく、自分を見失うところだった。
里保は自分たちが何のためにここへやって来たのかを改めて思い返す。
仕事として、そして、リゾナンターの一員として。聖とともに、この山々に囲まれた里へとやって来たのだ。
仕事は、完遂しなければならない。

「取り乱して、すいませんでした。まずは、お孫さんに合わせて下さい。話はそれからです」
「そうだね。お願いします。私たちなら、本当の意味でお孫さんを救うことができるかもしれません」

そうだ。自らの目と耳で判断しなければ、何も始まらないのだ。
そのことは、闇の機械に囚われた小田さくらを救い出した時に実感したことだった。

「…運命に、身を委ねた身じゃ。朱音を『救って』くれれば、わしは何も言わんよ…」

その言葉は諦めか、希望の託しか。
老人は静かに立ち上がり、そして階上へと続く階段に向かってゆっくりと歩き始めた。

704名無しリゾナント:2016/11/06(日) 00:05:44
>>690-703
『リゾナンター爻(シャオ)』番外編 「繰る、光」 

もう少し続きます

705名無しリゾナント:2016/11/29(火) 19:35:01
>>690-703 の続きです



羽賀老に連れられ、聖と里保は屋敷の階段を昇ってゆく。
昇るにつれ、外の窓から差し込んでいた光は薄れ、徐々に闇の気配が漂い始めていた。

「朱音は、岨道流捕縛術の使い手が交代で拘束しておる。じゃが、彼らも生身の人間。朱音が力を暴走させてから数か月…さすがに、限
界じゃよ」
「……」

老人が呟いた限界、という言葉が何を意味するのか。
先程のやり取りからも、二人には十分に伝わっていた。おそらく、限界なのはその使い手たちだけではない。と。

「わしは…『刃賀衆』の頭領として。いや、朱音の祖父として。あの子を、救ってやらんといかんのじゃ。例え、どれだけの罪を背負おうと」
「それ以上は、言わせませんよ。あなたは既に、私たちに事の成り行きを託している」
「そうじゃったな…」

里保の諌めを背中で聞いていた羽賀老の小さな背中が、ぴたりと止まる。
階段の先には、頑丈そうな木製の扉。どうやらここに、例の少女がいるらしい。

扉を開けずとも、伝わってくる「圧」。
中に、とんでもないものが待ち受けているという感覚が聖と里保を襲う。

「気をつけることじゃ。手練れのものが四人がかりでようやく抑えられる力、それも代わる代わるでな。下手をすると…命を失いかねん」
「…大丈夫です」

里保がそう答えたのは決して希望的観測ではなく。
扉から伝わってくる重苦しい闇の中に、何かが見えたからだろうか。
ともかく、意を決して扉を開く。そこには。

窓も無い閉鎖された薄闇の部屋で、四方から頑健な縄で身動きを封じられている少女がいた。
白装束の和服に映える、白い肌。しかしそれも長い監禁生活のせいで、青白く弱く。
それと相反するように、彼女の秘めし黒き狂気は瞳に、そして体全体に宿っていた。

706名無しリゾナント:2016/11/29(火) 19:39:17
「相変わらず、か。四人がかりの『捕縛術』を持ってしても、未だ狂気をその身に宿しているか」
「…御館、様?」

部屋の四隅に配置された、これまた屈強な体躯を誇る男たち。その一人が怪訝な声を出す。
両手で支えし、大人の胴ほどはあろうかという太き縄。綱引きでもしているかのようなその態勢、四肢の筋肉は張り裂けそうなほどに漲
っていた。

「まだ、交代の時間には早いはずですが」
「その者たちはいったい」

他の男たちも、口々にいつもとは違う状況に戸惑いの色を見せる。
岨道流の捕縛術を極めたものだけに課せられている、「繰沌」の番。その交代時間が来たわけではないということは、なんとなく全員が
理解していた。

「今から朱音を…『繰沌』を解放する」
「今何と?」
「『繰沌』はこの者たちが鎮める。そなたらは、外へ下がっておれ」
「お言葉ですがそのような小娘にそんなことができるわけが…」

男の一人が反駁しようとしたその時だった。
肌が、感じる。目の前の二人の少女が「ただもの」ではないということを。
もちろん彼は里保たちが異能の持ち主であることは知らない。しかし、すっかり疲弊している感覚は逆に研ぎ澄まされ、二人の少女が内
包する「強い力」を咄嗟に感じ取ったのだった。

「御館様の、仰せのままに」
「うむ…」

頭領の命令は絶対。
心に思うところはあれど、四人は雪崩を打つように自ら握りしめていた大縄を次々に落とす。
四条の縄が張力を失った瞬間、縛られていた少女の体から黒い霧のようなものが立ち込めはじめた。

707名無しリゾナント:2016/11/29(火) 19:40:29
「よいか。わしが良いと言うまで、決してこの扉を開けてはならんぞ。もし。一刻ほど経った場合…屋敷に、火を放つのじゃ。よいな?」

四人の屈強な男が、ほぼ同時に息を呑む。
それほどまでに、老人の放つ気迫は剛の気を帯びていた。「刃賀衆」の歴史の重み、そして不退転の決意。
すっかり押し黙ってしまった男たちは、ゆっくりと後ずさり、そして部屋を後にした。

朱音の体から、漆黒の靄が次から次へと湧き出てくる。
意思を持つかのように、そして、悪意を持つかのように。

「羽賀老、あれは」
「…墨、じゃ」
「墨…あの書道に使う、墨ですか?」
「左様。朱音は…『繰沌』は代々。『墨字の、具現化』…自らの描きだした文字を、実際のモノとしてこの世に顕す力を受け継いできた。
じゃが…朱音の力は、あまりにも強すぎた。抑えきれん力はやがて朱音自身を蝕み、あのようなモノになった」

朱音から出る、墨の霧が形を作ってゆく。
長く、そしてうねりながら部屋中を駆け巡る様は。蛇と言うよりも、竜に近い。

「気をつけなされ。あの竜に飲み込まれたら、命を失う」
「…承知!!」

里保が、腰のホルダーからペットボトルを取り出す。
水は、下の水場で十分に汲んで来ていた。水限定念動力を発揮できる、十分な環境だ。

そして、里保の後方に立つ聖もまた既に戦闘態勢に入っていた。
朱音を取り巻く、不気味な物体との戦いが険しいものになるということは戦う前から肌で感じ取っていた。屈強な男たちが日替わりで押
さえつけなければならないほどの力、やすやすと鎮めることができるはずもない。

708名無しリゾナント:2016/11/29(火) 19:42:04
だが、里保もそして聖自身もいくつもの死線を潜り抜けてきた。
何度も命を失いかけたことも、そして何度も絶望したこともあった。
その経験を持ってすれば、決して乗り越えられない壁ではない。
そして何よりも。リゾナンターのリーダーであるさゆみが、聖と里保を信頼してここへ寄こしたのだ。その信頼に応えなければ、いや、き
っと応えられるはず。

里保もまた、聖と同じ気持ちでいた。
確かに得体のしれない「能力」ではある。しかし、決して御せない相手ではないことは里保の感覚が教えてくれている。羽賀老の言うよう
な「命を奪わなければならない」展開には決してならないし、させない。それは自らの過去に対する一つの答えであり、また自分よりも遥
か年上の存在に憤ってみせた意地でもあった。

ペットボトルから床へと注ぐ水が、形を成しクリアな球体として浮上する。
同時に、愛刀「驟雨環奔」を抜刀する。聖とともにこの仕事を任された理由。さゆみが自分たちに寄せる期待。そして、期待に応えるため
の強い意志を。
水を友とし、水を操ると謳われし名刀の刃に、載せる。

「やああああっ!!!!!」

不安定にうねる墨の竜、頭に見立てたその先端に向け、大きく里保が踏み込む。
綺麗な一閃が、混沌たる黒を切り裂いた。
しかしその切り口から血のように湧き出た新たな墨が、枝分れし幾筋もの鋭い矢となって自らに害をなしたものへと一斉に襲い掛かる。

「里保ちゃん!!」

後方から、銃を構えるような態勢で聖が打ち出すのは念を弾状にして打ち出す念動弾。
先程の傀儡戦においても際立つ照準能力の高さが、ここでも発揮される。里保を狙い澄ました墨の矢はひとつ残らず、念動弾によって打ち
砕かれた。

ナイス、ふくちゃん。
言葉の代わりに、なおも里保に襲い掛かろうとした竜の頭を袈裟懸け。
これならいけそうだ、そう思いかけていた矢先のことだった。

709名無しリゾナント:2016/11/29(火) 19:43:17
「お嬢ちゃんがた、あまり妄りに墨に触れるでない。乗っ取られるでな」

羽賀老の、思いがけない一言。
それが意味するものとは。

「それはどういう」
「墨字具現化とは。物質を操ろうとする意思の力じゃ。意思に何の考えなしに触れれば、その意思に飲み込まれる」
「…ならば、意思には意志で当たればいい。習字なら、多少の心得はあります」

言いながら、里保は鎌首をもたげている墨竜に再び刀を向けた。
里保を染め上げようとする黒き意思をかき分け、そして刀を振るう。
切っ先の軌道は、流れ、そして力を溜め、また払われる。まるで、習字の「払い」「留め」「撥ね」のように。

「ほう。墨字の権化にその形で挑むとは、若いのになかなかやりおる。じゃが…」

老人が見越していたかのように。
里保はそれまでの舞うような動きを止め、大きく後ずさる。

斬れば、斬るほどに。刀が鉛のように重くなってゆく。
これが、「乗っ取られる」ということか。
周囲の水球に刀を突き刺し、墨で黒く染まった刀身を洗う。一時しのぎにはなるが、根本的な問題は解決していないままだった。

そんな里保の様子を見ながら、聖は自分がどのようにして里保のサポートをするべきかを考えていた。
今日、この任務のために聖が複写してきた能力。その中には、扱いは難しいものの、強力な力を秘めた能力があった。聖は、その「能力」
を複写させてもらった時のことを思い返す。

710名無しリゾナント:2016/11/29(火) 19:45:11


「で、ももちに相談ってなあに?」

聖と里保がさゆみの指示により刃賀衆の里へと向かう前の日。
聖は、ベリーズのメンバーである嗣永桃子のもとを訪れていた。

「あの…ももち先輩にお願いあるんですけど」
「何かなぁ? あっ、もしかしてサインが欲しいってやつ?」
「いえそのサインはサインで欲しいんですけどっ、て言うかももち先輩ってほんとかわいいですよね! 目とか鼻とか口とか色が白いとこ
ろとかそのかわいいらしいももちヘアーとか!!」
「お、おう、ありがと…」

突然の訪問はまだしも、目の前の少女から感じる只ならぬ圧力に、桃子は少し。いや、かなり引いていた。
もともと、リゾナンターの敵として立ち塞がったベリーズ。しかし、紆余曲折があり今では共にダークネスと戦う身である。リゾナンター
のエースとなった里保に至ってはベリーズの実力者である須藤茉麻の胸を借りる打診までしているという。そんな中、普段はあまり人望の
ない桃子にも聖からの面会の申し出があったのだが。

どうも、ペースが乱される。
先程のやり取りで言えば、サインが欲しいかと聞いたのはあくまでも話のとっかかりである。いくら自分のことが可愛い桃子と言えど、精
々「うわぁ、是非」くらいの反応しか求めていなかった。
ところがどうだ。目の前の少々、いやかなり不審な少女は聞いてもいないことまで早口にまくし立てるではないか。一歩譲って、褒められ
てはいるのだからそれはいい。しかし。

「あとあと!華奢に見えて意外と筋肉質なところとか!!おしりのとこがプリプリッってしてるところとか、とってもいいと思います!!
!!」
「……」

711名無しリゾナント:2016/11/29(火) 19:45:43
何と言うか、このなぜか顔を赤らめている少女に対しては。
身の危険を感じるのだ。この研ぎ澄まされたももちヘアーの先っちょが、ビリビリと妖気を感じ取っているのだ。
桃子は、この少女と密室で二人きりにはなりたくないと、心の底から思うのだった。

「で、譜久村ちゃん…用件って」
「は!私としたことが!すっすいません…じゃなくて、許してにゃん♪」
「うん、あの、そういうのいいから」
「ごめんなさい!実は、ももち先輩の私物が欲しいんです!!」

思わず、うわぁ、と心からどん引きした声を上げてしまいそうになった。
この子、ももちの私物で一体何をする気なんだろう。いっそのこと、バナナに貼ってあるシールでも渡そうか。
ただ、それ「だけ」は桃子の杞憂に終わる。何でも、明日任務で出かけるので能力の複写をさせて欲しいのだと言う。

「でも、まあ、ももち先輩が直接って言うなら…」
「わ!わ!私物私物ね!えっと、この普段持ち歩いてる携帯ゲーム機とかどうかなっ!!」
「え、触ってもいいんですか!!」
「そこ、すりすりしない!!」

あまりの感動に、自らの両腿を両手ですりすりとこすり合せる聖。そして桃子のダメ出し。
とんでもない子を育てましたね、みっしげさん。
桃子は、聖の先輩筋にあたるさゆみに恨み節を呟かずにはいられなかった。

712名無しリゾナント:2016/11/29(火) 19:46:43


桃子の心情はともかく、彼女の「腐食」能力を複写した聖。
扱いの難しい能力ではあるが、応用できればこれほど心強いものはない。

回想を挟んだ第二ラウンド。
聖が「切り札」を使うことを感じ取ったのか、里保が竜を相手に大きく踏み込む動作を取る。
迎え撃つは、竜の肋骨を模したような屈強な槍。サーベルのように撓った形をしたそれらが、里保を串刺しにしようと回り込むように迫った。

同時に襲い掛かる、六つの牙。
初撃の刃で、上段の槍2本をあっさり斬り落とし。
振り向きざまに水で象ったもう一本の刀で双方向からの攻撃を止め。
足を刈り取る下段の牙は周囲に纏わせた水球を打ち出し、完全にへし折ってしまう。
これぞ、対多人数を想定した水軍流の剣術の極み。
そして、竜が里保に攻撃を集中させている隙を縫い。

「里保ちゃん伏せて!!」

後ろからの言葉に、咄嗟に里保が身を屈める。
その頭上を、「腐食」の力を帯びたいくつもの念動弾が通過してゆく。
黒き竜の胴体に着弾した念動弾が、綿飴を溶かすかのようにじわじわと銃創を広げていった。

今回の敵については情報に無かったものの、聖の言わば「腐食弾」は水溶性の体を持つ墨の竜には効果覿面だった。
さらに、聖の念動弾が頭上を通過するのと同時に、里保は動きだしていた。

墨竜の体から無数に突き出す迎撃用の槍、それらを横跳びで避けながら、聖が穿った銃創を水を纏わせた刀で大きく薙いでゆく。哀れ、竜
は鯵の開きが如く二つに引き裂かれた。

713名無しリゾナント:2016/11/29(火) 19:47:50
「やった!!」
「ふくちゃん、まだだ!!」

同期ならではのコンビネーションがうまくいったかと思いきや。
里保は、正眼に刀を構え続ける。
引き裂かれた胴体から滴る墨、行く筋も垂れ落ちる黒い液体は傷ついた肉体を瞬く間に修復していったのだ。

「朱音を力の源とする墨の竜、やはり力の源を絶たねば…」

老人の言葉を否定するかのように、猛然と里保が竜に攻勢をしかける。
が、焼け石に水とはこのこと。斬られても、砕かれても、次々に肉体を復元されてしまう。

里保が、肩で大きく息をし始めている。
体力の消耗だけでは無い。墨による水の濁り、そして何よりもこの状況を打開できないことへの自らへの憤りが彼女の体捌きに大きく影響
していたのだ。

さゆみが、聖と里保という最低限の戦力をこの事案に差し向けた理由。
それは能力の相性もあるが「司令塔」と「攻撃手段」という単純かつ最も重要なポジションの構成。それがきちんと機能するかどうかのテ
ストでもあった。二人が上手く立ち回れないのなら、グループ全体として動くことも難しい。さゆみにとっては現状の把握とともに、いつ
来るかわからない「未来を託す時」のためのもの。

よって今の場合聖に求められる役割は、戦況の立て直しとアタッカーへの的確な指示。

「里保ちゃん!今出せる、ありったけの水を出して!!」

しかし里保は耳を疑う。
この状況で水を全て使い切るのは、自殺行為に等しい。
漆黒の竜の墨に侵食されきったら、もう対抗手段はなくなってしまうからだ。

714名無しリゾナント:2016/11/29(火) 19:49:20
ふくちゃん自身も、焦ってる…?

つい、そんなことを疑ってしまう。
もちろん聖のことは信頼している。しかし、先の見えない戦いで彼女が破れかぶれの策を選択しないという可能性がないわけではない。

そうこうしている間にも、竜の体から滲み出るように勢力を伸ばしている墨の触手。部屋の全てを覆いつくし、そして闇に返さんばかりに溢れ
ていた。このままではどのみちじり貧である。

いっそのこと、朱音本体に攻撃を仕掛ける…?

自らの中で禁じ手としていた手段が頭に思い浮かび、即座に否定する。
そんなことをしたら、羽賀老に感情をむき出しにしてまで貫こうとした自分自身の信念まで否定することになる。

最優先にすべきなのは。大事なのは。いったい何なのか。任務か。朱音の無事か。聖への信頼か。自らの、信念か。僅かな時間の間に、里保は
取捨選択を迫られていた。

「ああああ、もうっ!!!!」

やるしかない。
気合の雄叫びとともに、ストックのペットボトルの水を全て床に流す。
溢れだす水は、ゆるりと渦を巻き、やがて漆黒の竜にも劣らない水の竜を象っていった。

二匹の竜が、咆哮を上げながら互いの体に絡みつく。
清涼な水が流れのままに闇色の墨を押し流せば、墨もまた根を張るように水の中に広がってゆく。
水が墨を砕き墨が水を濁す鬩ぎ合い。だが。

苦悶の表情を浮かべる、里保。
どうやら軍配は漆黒の竜に上がったようだった。現れた時は水晶のような透明度を持っていた水の竜が、煙に巻かれてしまったかのように薄く
濁ってしまっていた。体のあちこちに墨を穿たれ、半分はもう体を奪われている、そんな様相すら呈していた。

715名無しリゾナント:2016/11/29(火) 19:50:18
その時、聖が動いた。
形あるものを腐食させる、念動弾と腐食能力のハイブリッド。
弾幕が出来上がるほどに、前方に展開させた。

「ふくちゃん、無謀だ!!」

やはり一か八かの策だったのか。
里保は聖の言葉に安易に乗ってしまったことを後悔する。
しかし、すぐに考えを改める。後悔しなければならないのは、自分の考え。

墨の竜を狙っていたはずの腐食弾は、悉くその体を避けるような軌道を取り、背後の壁に着弾してゆく。
当然のことながら、木製の壁は腐れ落ち、やがて光とともに外の景色を顕にした。

聖が、一度にストックできる能力は「四つ」。
今日の為に持ってきた能力。一つは、念動弾。一つは、腐食能力。それと、使わないと決めている大切な人の「あの能力」。そして。

ぽっかりと穴の空いた壁、そこから滑り込むように侵入してくる何か。
蠢くように、這いずるようにして室内に入って来たのは。

聖は、この屋敷の周囲の環境を予め確認していた。
屋敷を囲むような、森。これならば持ってきた能力を最大限に使えると。
そう、彼女が最後にストックした能力は「植物操作」。崖っぷちの七人組の一人である森咲樹からいただいた力だった。

広大な森から這い出た木の根は、部屋中に溢れていた水にその身を浸すと。
もの凄い勢いで、それを吸収しはじめた。と、同時に、朱音の顔に苦悶の色が浮かぶ。

木の根が吸い込んだ、里保が使役していた水には相当量の墨が溶け込んでいた。それを吸収すれば自然に、朱音の墨の竜も引き込まれることに
なる。いくら次から次へと自らの体を復元してゆく再生能力と言えど、自然の力に抗えるはずがない。力の元はあくまでも人間。あの小さきか
弱い少女なのだから。

716名無しリゾナント:2016/11/29(火) 19:51:21
そこで、里保は大きなことに気付く。
植物の根が朱音の力を吸い尽くしてしまえば。
このままでは、朱音が。

ふくちゃん!と里保が呼びかける前に。
聖は、動いていた。朱音を取り巻く黒い靄が途切れる、ほんの一瞬を狙い澄ませて。

なるほど、そういうことか。ならば今度は、間違えない。

里保は聖がしようとしていることを、先読みする。
足元に僅かに残っていた、汚されていない水たまり。それを気化させ、駆け出した聖に纏わせた。
それはまさしく、里保が今できる最適解だった。聖は無防備になった朱音を、墨に遮られることなく抱きすくめる。

接触感応。
それが、聖が本来持ち合せた能力。
普段戦闘用に使用している「能力複写」は接触感応の応用でしかない。触れたものの残留思念を読み取る能力、生田衣梨奈や先輩の新垣里沙の
ように相手の精神に働きかけることができない、言わば受け身の能力ではあるけれど。

それでも僅かに残った墨の残滓が、聖の肌を焦がすように侵食しはじめる。
同時に、そこから流れ込んで来る「朱音の残留思念」。
全てを悟った聖は、優しく朱音の頭を撫でた。しばらく寒気に当てられていたかのように体を震わせていた朱音も、やがて安堵したかのように
瞳を閉じ、頭を垂れた。

「え!ふくちゃんまさか絞め技で」
「失礼な。安心して眠ってるだけだって」

朱音の急激な変化に「フクムラロック」が発動したのではないかと訝る里保だが、聖は憤慨しつつ否定する。
もちろんこうなることを想定していたわけでは無い。ただ、結果的に朱音は持てるすべての力を使い果たし、眠りについたようだった。

717名無しリゾナント:2016/11/29(火) 19:52:43
「なんということじゃ…まさか本当に朱音を鎮めるとはの…」

一連の動向を見守っていた羽賀老は、ただただ驚きを隠せずにいた。
大の大人四人の力を持ってしても、現状維持がやっとだったほどの凄まじい力。それが、たった二人の少女に鎮圧されてしまった。今までの、
自分たちの苦悩は。年月はなんだったというのか。
いや、今は事態が沈静化したという事実だけを受け入れるべきか。

「…羽賀老。少し、お話したいことがあります」

時に置き去りにされたような老人に、聖が話しかける。

「朱音ちゃんの、これからのことについてです」

718名無しリゾナント:2016/11/29(火) 19:54:00


場所を移し、里保たち3人は頭領の部屋にいた。
聖はしばらく誰かと連絡を取り指示を仰いでいたようだが、やがて話が済むと改めて客用の座布団に座り直す。

「結論から言います。朱音ちゃんを…わたしたちに預からせて、いただけますか」
「何と…」

まさか見ず知らずの者からそのような意見が出るとは。
予期していなかった申し出に羽賀老が戸惑っている間に、聖が畳み掛ける。

「朱音ちゃんの力の暴走。その原因は間違いなくこの里にあります」
「なぜそう言い切れるのじゃ」
「私の能力は、人やモノに触れることでそこにある残留思念を読み取ります。だから、さっき朱音ちゃんを抱き竦めた時に、流れ込んできまし
た。辛い、記憶が」

朱音は、奥の部屋で寝かされていた。
今は童子のように安らかな表情で眠ってはいるものの。

「『繰沌』となるための修業は、あの子にとって壮絶なものだったんでしょう。周囲からのプレッシャーも。頭領の血のものともなれば、尚更
でしょう。でも、それは彼女の心を『酷く傷つけた』」

聖の話を傍で聞いている里保には、修業の辛さというものが理解できない。
それは「水軍流」の修業と呼ばれるものが全て、日常の生活と強く結びついているから。誤って力を暴走させてしまった時でさえ、祖父は優し
く諭すのみだった。

719名無しリゾナント:2016/11/29(火) 19:55:41
「おそらくですが。彼女は、この里には『辛い思い出』しかないと思われます。里の景色が、空気が、里を構成する全てが力の暴走のトリガー
になり得る」
「そんな馬鹿な…わしらは一体どうすれば」
「私たちの上司からの提案ですが」

聖は、一言断りを入れてから、

「『能力者の隠れ里』という場所があります。朱音ちゃんを預からせていただけるのならば、その施設で能力の調整を行い、最終的には刃賀衆
のみなさんにお返しすることができます、と」

淀みなく言った。
里保はその時点で、悟る。きっと聖はその耳で聴いたのだろう。
朱音が誰かに助けを求める、心の声を。

羽賀老は、表情を険しくしたまましばらく、黙り込んでいた。
一度は亡き者にしてでもその暴走を止めようとしたものの、里の宝とも言うべき「繰沌」を、そう易々と里の外のものに渡して良いものだろう
かと。悩み、決断しかけ、再び悩む。思考の堂々巡りは沈黙となり、それがしばらく続く。
そこに助け船を出したのは。

「羽賀老。こう考えてはどうでしょう。里の外に出すのもまた、『繰沌』としての能力を高めるための修業の一環なのだと。そういうことにす
れば、里の人たちを説得することができるのではないですか」
「…ううむ」

最終的に、刃賀衆を束ねる頭領が首をゆっくりと下に動かした。

「ありがとうございます。お孫さんは、私たちが責任を持って育てますので」

聖の言葉に若干の妙な空気を感じつつも、それに追随する里保。

「孫を…朱音を。よろしく頼みますじゃ」

深々と、頭を下げる羽賀老。
既に、彼は孫を思う一人の老人だった。
そこに、里保は自らの祖父がぴたりと重なるのを感じていた。

こうして、朱音はしばらく「能力者の隠れ里」で自らの能力を安定させる暮らしを送ることになった。

720名無しリゾナント:2016/11/29(火) 19:56:42


「ねえふくちゃん」

刃賀衆の里からの帰り道。
電車の中で横並びになった里保は、聖に話しかける。
車窓の景色は、畑ばかりの田園地帯から徐々に民家が増えていた。

「なに?里保ちゃん」
「ごめん。ふくちゃんのこと、信じきれなくて」

里保は素直に、朱音との戦いの中で生まれてしまった疑念について話した。
聖は黙ってそれを聞いていた。電車の揺れが、心地いい。こういう一定のリズムを刻まれると、ついつい。

「だーめ。仕事中でしょ」

二の腕に伸ばされた不埒な手を、ぴしゃり。

「ええじゃろ、減るもんじゃなしに」
「帰るまでが仕事なんだからね。それに、減ります」
「けち」
「あのね、里保ちゃんが言ってたことだけど」

聖が、ゆっくりと話し始める。
おそらく、自分の考えを咀嚼しつつなのだろう。

「そういうことも想定に入れつつ、里保ちゃんの能力を最大限に生かすのが『司令塔』の役割なんだと思う。聖は、高橋さんみたいに行動で規
範を示せないし、新垣さんみたいに理性的な考えができるわけでもない。はるなんみたいに頭良くも無いし、香音ちゃんみたいにいざと言う時
に割り切ることもできない。でもね」
「でも…?」
「里保ちゃんが、何を考えてるか。というのはわかるよ、きっと」

言いながら、聖は思い出していた。
里で、さゆみに事案の報告をしていた時のことだ。

721名無しリゾナント:2016/11/29(火) 19:57:54


「…なるほど。お疲れ様。さっきも言ったように、その子は『能力者の隠れ里』で能力の使い方を勉強してもらった後にリゾナントで預かるの
が一番だと思う」
「そうですね。聖もそれがベストだと思います」

さゆみは、聖や里保の仕事ぶりについてはまったく心配してなかったようだ。
朱音を隠れ里に預けるというのも、予め考えていた結論、という風に聖には思えた。

「ところで。ふくちゃんに聞きたいことがあるんだけど」
「はい。どうして、この仕事に聖たちを向かわせたか。ですよね」

想定していたとは言え。
さすがにさゆみ本人から問われると、緊張が走る。
まるで、聖がリゾナンターとして生きてきた時間の全てを問われているような感覚にすら陥っていた。
それでも、答えなければならない。今回の仕事で学んだことの、全てを。

「もちろん、能力の相性というのもあると思うんです。里保ちゃんの能力は攻撃に特化しているし、聖の能力は、どちらかと言えばサポートに
向いてると思うので。でも、それ以上に」

722名無しリゾナント:2016/11/29(火) 19:59:21
聖は、大きく息を吸う。

「今のリゾナンターの最大の攻撃手段である里保ちゃんを、どのように動かすべきか。たぶんなんですけど、同じ攻撃タイプの子にはその役割
を果たすのは難しいと思うんです。そうなると、候補として聖の他にもはるなんと香音ちゃんも、だと思うんですけど」
「ふふ。じゃあどうして3人の中からふくちゃんを選んだんだと思う?」
「それは…聖が、『能力複写』の持ち主…だから?」
「どうしてそう思うの?」
「きっと、『司令塔』として考えたことを実行するのに、手数が多いほうがより多くの可能性を広げることができるからなんだと思います」

少しの沈黙。
さゆみの答えは。

「まあ、正解にしときましょう」
「ほんとですか!!」
「ええ。でも、補足するなら…さゆみが今回りほりほのパートナーにふくちゃんを選んだのはね。簡単に言えば、ふくちゃんはちょうどいいの」
「えっ?」

意味がわからず、思わず訊き返す。

「はるなんだと、きっと先輩であるりほりほを立てるあまりに正しい判断ができなくなるかもしれない。その点鈴木ならきっとそういうことは
ないんだろうけど、あの子の強さは時にりほりほを傷つけてしまうかもしれない。その点、ふくちゃんは受け身でしょ。今回の件では、それが
いい方向に働く、そう思ったの」
「受け身…ですか」
「あ、今の全然悪口じゃないからね。それがふくちゃんのいいところでもあるんだから。もっと自信持っていいとさゆみは思うよ」

さゆみのフォローを全身で受けつつも。
確かに今の自分には能動的な点が欠けてるのかもしれない。ただ、時には受け身がいい方向に働くのかもしれない。聖はそう、前向きに考える
ことにした。

723名無しリゾナント:2016/11/29(火) 20:00:34


受け身だから、いや、受け身であることでわかることもある。
聖は今回の仕事でそのことを学んだ。それは今回パートナーとして行動した里保だけではない。きっと他のメンバーと組んだ時にも、そのこと
が役に立つ日が来る。そう信じていた。

「でね。ふくちゃんにもう一つ言いたいことがあるんだけど」
「ん?何でも言っていいよ?」
「朱音ちゃんを預かるって決めた時、ラッキー、とか思ったでしょ」

不意打ち。
言われてしまうと、今でも鮮明に蘇ってくる、朱音の柔らかな感触。
聖のストライクゾーンは小4〜小6ではあるが、朱音ならばもう1、2学年上げても良いと思っていた。
おまけに、帰り際に目を覚ました朱音と少しだけ話をしたのだが。顔に似合わずはきはきとしっかり喋る。それが、またいい。これにはきっと
道重さんも同意してくれるに違いないと。

「ついでに朱音ちゃんに抱きつけてキラーン!とか思っとったじゃろ」
「み、聖そんなんじゃないもん!!」
「どうだか。罰として二の腕すりすり100回の刑ね」
「それはだめ!だって聖、里保ちゃんに触られすぎて敏感に…ああぁっふっふぅ!!」

人もまばらな電車の中でこだまする、歓喜の叫び。
コンクリートの建物が増えてゆく、旅路は終着駅に近づいていた。

724名無しリゾナント:2016/11/29(火) 20:04:04
>>705-723
『リゾナンター爻(シャオ)』番外編 「繰る、光」  了

さすがに長くなりすぎましたが(汗
他の作者さんが12期執筆に果敢に挑戦してる中、乗り遅れ気味に書いてるともう13期w
メンバーははーちぇるを残すのみですが果たしてお披露目までに間に合うのか…

725名無しリゾナント:2017/01/02(月) 02:24:45

 かえでぃー 気付いてるんでしょ? きみの心が繋がってる事
 いつでも待ってるからね いつか一緒に歩ける事
 え? はは そうだけど でももっと近づけるよきっと
 かえでぃーがここに居る事もちゃんと意味があるんだからさ
 …本当に待ってるんだよ皆 皆 ね
 かえでぃーを信じて 待ってるから
 例えどんな立場になっても 敵になっても 信じてる

726名無しリゾナント:2017/01/02(月) 02:28:45
それは死の閃光。
男の首が飛び、断面からは鮮血が噴出し、天井から床を染める。
頭部が本人の足下の床に落ち、転がった。
断面から血が溢れて、血の海を広げていく。
女が刃を振って血糊を払い、鞘に納める。

笑声。

床に転がる男の首が掠れた声で笑っていた。
女が硬直していると、床に倒れた男の胴体が動く。
左手を伸ばし、傍らに転がる頭部を掴んで当然のように首の断面に合わせた。

途端に傷口が埋められ、皮膚が繋がる。
数秒で首が繋がり、男の口から呼吸が漏れる。

 「ははは、あああああーああーあー………ふう。
  肺がないとやっぱり声が出ないもんだなあ…」

声と共に切断で逆流してきた血が唇から零れる。
男は左の手の甲で血を拭った。

 「餓鬼だと思って見くびったよ。立派な能力者じゃないか。
  今日のお人形は中々に威勢がいい。最高の優越感が得られそうだ」

男の額の右、左眼球、鼻の下、胸板の中央、左胸、鳩尾。
それぞれに『風の刃』がどこからか現れて串刺しにしていく。
全てが人体の急所を狙って貫通している。

727名無しリゾナント:2017/01/02(月) 02:30:35
女が黒塗りの刃を振り下ろす度に『風の刃』が発射。
右側頭部、右頬、首の右側、右胸板、肝臓がある右下腹部。
致命傷を与えるために次々打ち込まれ続けた。

倒れていく男の足が止まる。
腕が振られ、血飛沫。どこから取り出されたか分からないナイフで
女の左肩が抉られていた。
傷口を気にせず、女が間合いをとって後退する。

 「いってえな……普通なら十回は死んでる」

血の穴となった左の眼窩の奥で、蒸気と共に蠢く物体。
視神経と網膜血管が伸びていき、眼球を形成していく。
水晶体、瞳孔が再生すると上下左右に動いて正面に止まる。

それを合図に男の全身から湯気があがると、他の傷口も再生の兆しを見せた。

 「”お人形さんが言った通り”、俺は不死者なんだ。
  組織に居た科学の大先生がある能力者の研究で入手した細胞を移植したのさ。
  つまりは普通の武器じゃ殺せない。さあどうする?」

不死身の男を前にして少女の態度は変わらない。
黒塗りの刃を構えて前に出る。同時に男の胸板を切り裂く一閃。
だが切断された肋骨は癒合し、筋肉が接着し、皮膚が覆っていく。
時間が逆流したかのような再生を見せつける。

だが女の刃は揺るがない。
溜息のような息を一つ、吐いた。
その姿に男が反応する。

728名無しリゾナント:2017/01/02(月) 02:31:33
 「なんだよその面倒くさそうな態度は。ムカつくなあ。
  死ぬ可能性があるのはそっちなんだぞ。
このままじゃジリ貧なのを理解できないぐらいはやっぱり餓鬼のやり方か」
 「そうね、だから、面倒くさい事は任せようかと思うの」

女が久しぶりに言葉を発した。
それに対して男が僅かに笑みを浮かべたが、一瞬で消失する。

黒塗りの刃から異様な波長を感じたのだ。
狂気の波が男の肌に粘着し、気味悪さに鳥肌が立つ。

 「なんだよ、それ」
 「気付いた?でも、もう決めてあるのよ。アンタを餌にする事は」

刃が静かに振られる、男にではない。
まるで”ソコ”に何かがあるかのように刃が空を斬る。

 【扉】が視えた気がした。

その瞬間、女の左右には黒犬と白犬が着地する。
体色が違うだけで同じ大型犬。猟犬に似た逞しく伸びた四肢に尖った耳。
筋肉によって覆われた全身の終点には太い尻尾。

 「犬の餌にってか?ふざけてんじゃねえぞ」

729名無しリゾナント:2017/01/02(月) 02:33:05
男が右手を掲げる。
違和感。男は自らの右手首の断面を眺めた。
血と共にナイフを握った右手が宙を飛んでいく。
激痛とともに跳ねて部屋の中央に着地。

 「なっ………!!!!????????」

右手が落下する前に、男が長年の殺人で身に付けた肉食獣の直感は
今のこの場において捕食者は自分ではなく、眼前の女こそが
捕食者であると告げていた。

 「気付いた時にさっさと逃げれば良かったのにね」

女の言葉に反撃よりも逃走に移るために膝を撓める。
伸ばそうとした男の姿勢が崩れた。
体重がかけられると共に右膝と左脛に朱線が引かれ、鋭利な切断面が描かれた。

 「ぐぎぃっ」

残った左手を床について男は転倒を避ける。
先に切断された右手がようやく床に跳ねて落下。
左手一本で上半身を起こすと、女が見下ろしていた。
横手には黒犬が侍っている。口には鮮血を吐く男の手を咥えて。

 「この子達、良い子でしょ?普通の子達よりも頭が良いの。
  人殺しの首を掻き切ってくれるとても従順な良い子達でしょ?」
 「ころず、ごろじっで……!?」

730名無しリゾナント:2017/01/02(月) 02:33:59
反撃に動く左手と同時に、鮮血に気付いた時には左肘が切断。
不死者の背後で白犬が左腕を咥えていた。
通常の人間なら右腕を失った衝撃で即死するか、手足の失血で死亡する。

だが不死者を自称する男は既に血液を作り、手の指が復活し始めていた。
自らの血の海に転がる男の前に女が立つ。
右手は無造作に黒塗りの刃を下ろし、刃は男の右肩に突き刺さる。
全身の激痛に足される新たな痛みに、男は悲鳴を漏らした。

 「ああ、やっと痛がってくれた。
そんな事してるから100%の力が発揮できないんじゃない」
 「なん、くそっ、なんで俺を見つけてこんな事を……」
 「意味がないことは話したくないの。無意味は嫌い。
  アンタはただ餌になるしかないんだ、殺人鬼」

女が刃を引き抜く。男の新しい四肢を再び切断。
右手が握る刃に再び全体重をかけていく。
激痛にまた男が全身を震わし、刃を引き抜き、空中に掲げる。
女の峻厳な目が男を射すくめる。

殺意を込めて、憎悪を込めて、何度も何度も殺す、殺す、殺す。

 「大丈夫、精神を強く持ってれば死なないわ。
  死ぬ前に抵抗して、さっきみたいに殺気を見せて」

女は男の肉へ、刃を振り下ろしていく。
肉を突き貫く音に悲鳴が混じる。

731名無しリゾナント:2017/01/02(月) 02:35:15
 「なんなんだ、なんだよおまえはあ!」
 「言ったよね、無意味は嫌いなの、さあ早く、治さないと死ぬよ?」

冷徹に冷静に告げる女は既に自分の異常さを自覚していた。
だから止めない、止まらない、止める理由がない。

床の上の肉、貫かれた肝臓の表面で肉色の泡が立ち、修復していく。
砕かれた骨が再生し、再統合されていく。
裂かれた筋肉たちが繊維を伸ばして統合していく。
桃色の真皮が修復され、続いて表皮が張られていく。
表情に正気がなくとも、男は生存していた。
生きたい。生きたい。生きたい。生きたい!!

 「………」

誰かの名前を呼んでいたが、その言葉にも意味はない。
男が崇拝していた者も今は居ない。
存在しない。だから女はただただ刃を振り下ろす。

732名無しリゾナント:2017/01/02(月) 02:36:07
白犬と黒犬はその光景をただ見つめていたが、背後の気配に
気付いて懐くように駆け寄っていく。
その間際、女は感知していた。
男の今までにない、生きたいと願い発現する異能力の鼓動を。
甘い匂いだ。
どんな果実よりもどんな甘菓子よりも濃厚で柔軟で強硬な甘い匂い。
嗅ぐのは三度目だろうか。短髪をかきあげ、汗を拭う。
その甘い匂いを反応するのは、もう一人の影も同じだった。

 「――― 充分です、加賀さん」
 「……じゃ、五分で終わらせて。
  時間がかかり過ぎたから早めに移動したいの」
 「はい」

左右に犬を従えた長髪の女が一歩、また一歩と前進。
向かうのは事切れようと座り込む男の頭頂。
一度手を合わせたのを見て、それがどちらを意味するのかと思ったが
どちらにしても結果は同じなのだからと考えを遮断する。

宙を見上げる女は何かに触れたかと思うと、一呼吸して口を開けた。

 咀嚼。嚥下。それは生物が行う基本的食事行動。

女は彼女が何をしているのか理由を知っている。
だが理解は出来ない。空気を直接喰らった所で得られる力はない。
だがそうしなければいけない理由がある。

733名無しリゾナント:2017/01/02(月) 02:36:50
僅かに目を細めれば、其処には確かに”何か”が浮遊している。
常人には見えない、異能者であるからこそ視得るもの。

 【異能力】

彼女が一生懸命喰らっているのはそれだ。それしかない。
女にはまるで臓物を喰らう化け物に見えた。
何故なら彼女が『異獣』である事を知る数少ない人間で、故意に彼女に
異能力を食べさせているのは紛れもなく女自身である。
満ちる事に僅かな笑みを零す彼女に、女は凍てついた視線を送った。

相手の男は不死者だと豪語していたが、女にとっては二度目の遭遇だった。
一度目の不死者は『LILIUM計画』と称した研究に命を捧げて
真の不老不死に近づくあと一歩の所だったが、結局その命題を捨てる事となった。

リゾナンターと呼ばれた者達の抑止力が、その支配を止めたのだ。

思えば、あの力を得ることが出来たなら既に目的は達成できていたかもしれない。
この界隈に詳しい情報屋から得たもので一番近い人物を選んだのだが、これでは足りない。
足りなさすぎる。

 「加賀さん、ごちそうさまでした」

女は律儀にそう言った。何とも人間に近い事をするのだろうこのバケモノは。
人間に近すぎるせいで『異獣』の尊厳などまるで無い。
人型であるが為に能力という能力を持ち合わせる事なく現れている異界の住人。
異獣召喚士としての自分の力の弱さに、女は拳を固く握りしめる。

734名無しリゾナント:2017/01/02(月) 02:37:26
 「行こう。あとは警察が何とかしてくれる。
  証拠も何もないからきっと迷宮入りになる事件だろうけど」
 「それって加賀さんには不都合なことですか?」
 「どうともならないよ。今までもそうだったでしょ?」
 「そうでしたね。……あの、加賀さん」
 「何?」
 「……ご、ごちそうさまでした」
 「それさっきも聞いた」
 「あ、あはは、へへ。ごめんなさい」

何がおかしいのだろう。言おうとして、溜息が零れる。
バケモノに人間らしさを求めても仕方がない。
ただ力のままに鍛えるだけの存在に関係性を見つける事は無意味だ。

異獣召喚士である以上、異獣を鍛えなければいけない。 
喰らって喰らって喰らい尽くしてバケモノを強くしなければ。
たとえどんな事をしてでも、たとえどんなものを利用してでも。

あどけない笑顔を見もせずに女は刃を構える。
黒塗りの刃に掛かれた文字の列が線となり、宙に描かれていく。

文字で象られたのは鎖が散らされた【扉】
 黒犬と白犬の両目が煌めいたかと思うと、その扉に向かって
 飛び跳ねた姿が白煙のように消えた。

文面を最後まで読むことなく、再び右手が振られる。
刃が紡いでいた光の文字が掻き消され、【扉】が閉じられる。
鎖が戻り、錠前が施され、目が閉じるように闇へ消えた。

735名無しリゾナント:2017/01/02(月) 02:38:31
黒塗りの刃は鞘へと収まり、不気味な気配が一切遮断される。

 「行こう、レイナ」
 「はい加賀さん」

女、加賀楓の後を異獣、レイナが付いて歩いていく。
血生臭い世界を背負い、加賀は静かに前を見つめている。





 ――― もし時間が開いたらお店に遊びに来てよ
 コーヒーが飲めないなら紅茶もお茶もあるし
 美味しいフレンチトーストでもてなしてあげるよ
 待ってるね ずっとずっと待ってるから
 君のお友達も連れておいでね かえでぃー

736名無しリゾナント:2017/01/02(月) 02:50:19
>>725-735
『朱の誓約、黄金の畔』

とりあえず冒頭部分のみを書かせて頂きました。
本編の開始は今しばらくお待ちください。

【注意事項】
長いです。残虐な描写を含みます。
あくまでも13期2人の成長録です。リゾナンターと特定名の無い人達が出ます。
それでも良いよという方はお付き合いください。

737名無しリゾナント:2017/01/02(月) 02:54:24
この掲示板に気付いた方がいらっしゃいましたら
いつでも構わないのでスレに投下してもらえたら有難いです。
自分のPCでは途中で上げられなくなる可能性がある量になってしまったので…。
今後は少なめにして投下する予定なので今回のみよろしくお願い致します…。

738名無しリゾナント:2017/01/03(火) 09:02:59
久しぶりの転載行ってきます!

739名無しリゾナント:2017/01/06(金) 05:10:03
依頼のあった第六区内の住宅街は静まり返っていた。
目の前には古い家がそびえ立ち、昼だというのに暗く見える。
玄関の前に立ち、呼び鈴を鳴らしたが返事は無い。
その代わりに鍵が解除された音が鳴り、自動で扉が少し開かれる。

 「そのまま中へ入ってくれ」

電子合成された声が響く。老いた男の声だった。
彼女、譜久村聖は警戒しつつ、扉を抜けて邸内に足を踏み入れる。
同時に玄関から続く廊下へと、照明が灯っていく。
通路の両脇には黄土色の紙箱が積み上げられており、七段の箱は
まるで壁のように廊下を狭くしていた。
埃が積もっているのを見るに、引っ越しした当初から長い間
放置していたような光景だった。

足下に蜘蛛の巣があって、小さく悲鳴を上げて避けながら廊下を進む。

 「こっちだ」

740名無しリゾナント:2017/01/06(金) 05:10:43
廊下の奥からまたも合成された声が響く。
薄暗い照明の下、紙箱の谷間を通って、譜久村の足は廊下を抜ける。
箱の壁が途切れた地点の左右には、閉められた扉と開け放たれた扉があった。

開け放たれた方の奥には本棚が見えており、革の背表紙が並んでいる。
床には絨毯がなく、脇には扉が設えている。地下室だろうか。
すると徐々に鼻先をかすかな消毒液と汗のすえた臭いが掠める。

戸口を抜けると、部屋が広がる。
天井まで届く本棚が壁を埋め尽くし、膨大な本の山が現れる。
詩集や美術書、戦史や歴史書まで分野は広い。
机の上には見た事のない機械や工作器具。
まるでブリキ店の作業場を想像させる。

 「なるほど、話には聞いていたが可愛らしいお嬢さんだ」

夜景が見えるほど天井近い窓の前にはベッドが設置され、男が横たわっている。
額に刻まれた皺と黄ばんだ白髪、眉の下にある目は閉じられている。
老人の口は透明な樹脂製の呼吸器に覆われており、喉に穴が開けられ
別の呼吸器が取り付けられている。
ベッドの横にある機械に連結していて呼吸を補助していた。

布団から出た細い腕には、いくつもの輸液のための管が繋がれ
傍らの装置に続いている。最先端の管理装置だった。
病人の体調変化を感知したらしく、機械が軽い警告音を発する。

 「気にしないでくれ、いつもの事だから」

741名無しリゾナント:2017/01/06(金) 05:11:20
喉についている発音装置が、老人の声を電子合成する。
老人の眼はいつの間にか開いていたが、瞳孔の焦点が合わない。
同時に機械に付属する回転筒が旋回して薬液を選ぶと、輸液管に流す。
しばらくして病状が安定したのか、警告音が止まった。

年老いて瀕死の病人を包む空間は病院を思い出させる。

 「そこに座ってくれ。立って話を聞くのは辛いだろう」
 「は……はい」

聖は横手にあった椅子の背を掴み、引寄せる。
老人の隣に椅子を置い座り、男の姿を改めて見つめる。
視覚を失い、自律神経も不可能となった姿で静かに横たわる。
薄暗い室内には呼吸音だけが響く。

 「”私が依頼者だ”。経歴や名前は、知らない方がいい。
  言うほどのものではないし、君にとってはただの老人。
  私にとって君はただの機械として利用するに過ぎない存在だ」

老人は奇妙な会話を始めた。
情報屋から極秘で依頼された時に分厚い封筒を預かっていた。
今では悪戯や冗談が混じるような余地が一切見当たらない。
だが、日本紙幣を扱う依頼を聖は断っている。
危険性を十分に把握しているから断るのだ。

742名無しリゾナント:2017/01/06(金) 05:12:02
 「あの、私は今回の依頼を受ける気はありません。
  この封筒を返しにきたんです」
 「……私は、半年前にこの町へ引っ越してきた。
  その時はまだ元気でね、つい二ヶ月前に還暦を迎えた」

聖の話を一切受け入れずに始まった話に、老人を直視する。
細い体。金髪に染めていたであろう白髪。
傘寿は越えていると思わせる顔に目が見開いてしまう。

 「遺伝的にいつか発症すると言われていた病気だ」
 「病気……どんなものなんですか…?」
 「欠乏症に近い。だが人間では成り得ない。
  能力者の中でも五万分の位置の確率で発症される奇病さ」
 「能力者しか発症しない病気という事ですか?」
 「病気というのも正しいかどうか分からないがね。
  何せ症状を生む患部というものが存在しない。
  だが神経の壊死や呼吸器不全、内臓機能不全で死ぬ。
  正式な病名もない事から、この病魔を『異能喰い』と呼ぶものが多い。
  患部がないという時点で、治療法も一切無いのさ」

老人は説明を省くように結末を告白した。
聖はどう聞いて良いのか分からず表情が曇り、無意識に手が口に触れる。

743名無しリゾナント:2017/01/06(金) 05:12:48
 「どうしてそんな事に……原因も分からないんですか?」
 「能力者だから、では納得できないかい?
 …すまない。脅す訳じゃないんだ、そうだな…原因があるとすれば
  能力者の力を失ったから、だろうかね…」
 「そのチカラも聞いてはいけませんか?」
 「聞いたところでどうにもならんよ。もう全てが遅すぎた。
  だが…医療とは不思議なものだな」

老人が毒を含んだ薄笑いを浮かべる。
自らとこの世を笑うかのような表情に聖は痛みを感じ続けている。

 「この病魔を放置して死ねば、自然死で話は簡単だった。
  だが私の家族がそれを許さず、意識不明の私にこの機械たちを
  付けさせてしまった、一度付けてしまったものを外すと、これは
  家族や医師、本人であっても殺人行為とみなされ、罰せられる」

老人の声は、機械じみた冷たい響きを帯びていた。

 「私にはもう自力では何もできない。介護士という他人の手を借りて
  全ての世話をしてもらうしか存在しえなくなってしまった」

男の顔には苦痛が広がる。

 「若い時から能力者としての自分が生きる術を模索し、研究し
  音楽や詩を愛し、学問を身に付け、他人の運命を支配してきた。
  そんな私が、私が下の世話さえも他人に委ねている!
  その介護士に小銭や思い出の宝飾品を奪われても何もできない!」

744名無しリゾナント:2017/01/06(金) 05:13:31
老人の怒りを機械が再現しきれず、電子音声が掠れる。
見えない瞳孔が見開かれ、傍らの機械を見つめた。

 「私はこうなった自分を終わらせたいが、既に動けない」
 「だから私に……あなたのその命を終わらせてほしい、と?」

聖の先取りした確認に、老人が目を上下に動かし肯定した。
もはや首を動かすことも出来ないほど病状は進行していた。
これがあと何年も続くのかと思うと背筋が冷える。

 「それは私に……殺人者になれ、と………」
 「誰にも頼めないんだ、私には既に自死する力が無い。
  この病院に縛り付けた私の家族はもう六年も会いに来ない。
  患者の苦しみを終わらせようと違法行為をするような
  熱血医師が担当でもないならば……あとは他人だけだ」

 リゾナンターの名は聞いている。
 君はそのリーダーを継承した事も。
 ならば私ではなくとも、君は体験した事があるはずだ。
 人を殺す、その経験を。

電子音が響く。

745名無しリゾナント:2017/01/06(金) 05:14:36
 「私が能力者として自覚したのはもう四十年も前だ。
  しかも都内で幼い少女達が活動するほどの腕利きを束ねる
  組織リーダーが人を殺した事がない、など、ありえない」

【異能者】と総称される者達に厳密な法律は存在しない。
だが人間の世界で生活する個人としては当然適応される。
今回の老人の依頼ははっきりとした殺人依頼だ。
本人が望んでいても、これは殺人なのだ。
聖は封筒を握りしめ、結論と共に突き返す。

 「出来ません。私には、出来ません……!
  私は貴方に対して何の思い入れもありませんし
  私は能力者としての自覚はありますが、人間です。
  リゾナンターは人を殺す事を良しとしません。
  先代達が懸命に守ってきた不殺の心を違えはしません!」

席を立ち、封筒をベッドの上に置いて話は終わりだと示して扉へと掛ける。

 「本当にそうなのか?」

老人の声が聖の歩みを止めさせた。

 「この封筒に入った金は偽造口座から動かしたものだ。
  君が怪しまれない限界の金額。そして私が病に伏せる以前から
 調べたリゾナンターと呼ばれる存在への価値を厚さで表している」
 「調べた?どういう事ですか?貴方は一体……」
 「この状況を予期していなかった訳ではない、という事だよ」

746名無しリゾナント:2017/01/06(金) 05:15:21
老人は声だけを痙攣させて、笑っていた。

 「君が四代目リーダーになる前のリゾナンターの経歴は相当だ。
  不殺を教え込んだのはその時の経験から組織を存続させるための
  処世術だったとしても不思議ではないぐらいにね」
 「貴方は私達に何も話さないのに、私達の事はお見通しだと?」
 「情報は与えているだろう、私は、能力者さ」

聖の息が途絶する。

 「え?ちょ、待っ…」

老人の声で、聖の眼は生命維持装置の電源を見る。
スイッチを下に一センチ下げればそれで老人が死ぬ事に悪寒と
恐怖が背筋を一刷毛していく。子供でも可能な殺人だ。

 「何をしてるんですか!?」
 「その封筒にはある仕掛けがあってね、君の触れた手から
  採取した指紋に反応して能力を発動させることが出来る。
  支配系の象りは実にシンプルなのさ」
 「やめてください!」
 「頼む、私を楽にしてくれ。救ってくれ、リゾナンター」
 「何でですか、なんで私達なんですか!?」

精神支配が老人の異能であるならリゾナンターである意味はない。
理由もない、だが老人は求めている。紛れもなく彼女達に救いを、希望を。

747名無しリゾナント:2017/01/06(金) 05:16:11
 「それが君達の存在意義だと知っているからだ」

聖の目が開かれると同時に、一滴の涙が溢れた。
決然と答えた聖の左手は伸びていた。

機械の手前の空間で、指先が揺れていた。
視線を振って、機械を見る。
警告の赤い点滅。知らない間に、電源が落ちていた。
止まったという事は、事実として聖の指が動いた事になる。

 「やだ、そんな…こんな……!」

慌てて聖は電源を入れ直す。
しかし一度途切れた場合、すぐには立ち上がらない仕組みだった。
画面は暗く、声明を維持していた薬液が止まったまま。
聖は反射的に機械を叩きようやく注入が再開されて画面が戻る。

画面の心拍数は急降下の一途を辿っていく事に絶望した。

 「報酬を受け取れ、リゾナンター。それが君達が行った正義の対価だ」
 「違います!」
 「違わない。現に私は救われたのだ。もう何も悔いは、…ない」

老人の息が浅くなっていく。
血圧の急降下で意識が薄れていき、全身が死に近づいていく。

748名無しリゾナント:2017/01/06(金) 05:16:58
 「ああ、これが死か」

老人の声が響く。

 「痛い苦しい。怖い、本当に怖い」

電子合成された声は混乱の極みで、動かない筈の老人の四肢が跳ねる。

 「私はこれ、ほどの、苦し、み、を、与えていた、の、か」

謎の言葉とともに老人の顔には笑みが刻まれた。

 「…………すまない…」

老人の息が大きく吐かれ、そして止まった。
四肢の痙攣が続いたが、それもすぐに止まる。

 「おじいさん!」

ベッドに横たわる男の顔は苦悶の表情のまま硬直する。
難病と老いが重なった顔。口に手を掲げても呼吸の気配はない。
蘇生処置をしようにも原因不明の病魔に施す術を聖は持っていない。

749名無しリゾナント:2017/01/06(金) 05:17:41
口が震え、添えた指を噛む。うっ血したがそれどころではない。
この状況下において気を休める事は出来ない。
この家に来るまでに通りに人が居ない事を思い出し、用心して
この部屋の物には一切指紋を残してはいない。

だがハッとして、老人の胸に置かれた封筒を見下ろす。
そして機械のスイッチにも目を通す。
絨毯に落ちてしまった髪を拾う時間は惜しい。
触れた事実がない事に自信を無くしている、焦りが募る。

深呼吸をするが手が震え、グッと爪を立てて拳を作る。
廊下に出ると七段の箱の一つに開き入っていた手袋を拝借。
掃除機が無造作に置かれていた為、起動。
簡単に床を掃除すると、ゴミは袋に入れて持ち帰る事にする。

手袋で機械の指紋を拭き取り、そのまま封筒を掴み上げて
一緒に袋の中へと放り込む。酷く重く感じた。
機械が停止した事で連動した通信により連絡が入っている筈だ。
聖は扉に向かい、家を出た。

足跡から追跡される可能性もある為、単語帳を使用する。
川縁に寄って靴を封筒の入った袋と共に紙片の付属能力【発火】で燃焼。
予備の靴がないため、裸足で場所を移る。
小石で傷ついた跡から血が滲んだ。後味の悪さに吐きそうになる。

携帯端末を取り出し、急ぎ早に電話帳を開いて応答を待つ。
すぐに繋がった事への安心感に、一気に脱力感が増した。

750名無しリゾナント:2017/01/06(金) 05:19:20
 「えりぽん、えりぽん、ごめん。ちょっと、迎えに来てくれないかな。
  あと誰かもう一人……はるなんを……っ、ごめん、大丈夫。
  ごめん、ごめん、ごめんなさい…っ」

焦げた匂いが取れない。携帯端末が滑り落ちる。
その匂いを近い過去に嗅いだ事がある。


悲劇の百合の結末。それを語れる者は数少ない。
灰となった白黒の世界の中で静かに咲いていたのは枯れた花々達。
焼かれて消えた命の幾星霜。終止符を打ってしまったのは。
否定できなかった自分の胸を切り刻みたい。

絞めつけられた痛みを取り除く術を知らず、聖は俯きむせび泣いた。

751名無しリゾナント:2017/01/06(金) 05:25:18
>>739-750
『朱の誓約、黄金の畔 -ardent tears-』

変に小分けしてしまったのでレスが増えてしまった事をお詫びします…。
タイトルにサブタイトルを付けてみる試みを始めました。

752名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:31:31
夏の暑さに何度も夢を見る。
青い月明かりすら届かない夜の森は、深い海の底のようだった。
雨の止んだ後のような湿気る匂い。

リゾナンターはこれまでの再会の中でこれほどの残酷なものを知らない。

 「まーちゃんが連れて行った!?」
 「誰も見なかったの?小田も?くどぅーも?」
 「ごめんなさい……私が部屋に入った時にはとっくに…」
 「ベッドも冷たかったから多分随分前に出て行っちゃったんじゃないかって」
 「どうしよう譜久村さん、これかなりヤバイんじゃない?」
 「まーちゃんが行きたい場所なんてたくさんあり過ぎるし…」
 「とにかくここに居ても仕方がないよ、とりあえず情報屋さんに電話するね」
 「佐藤さん、大丈夫かな…」
 「大丈夫だよ、あの子はしぶといし根性あるから」

誰もが心配していたが、信じていた。
彼女が無事帰ってくる事を。だが、それだけでは何の進展もない事に気付いている。
無情にも時間は過ぎていく事に歯痒さを覚えた。

カランコロン。
店内に響く音に反射的に振り返る。
『close』と書かれたプレートを掛けた筈なので常連客の入店は有り得ない。
宅配は裏口から対応を求めるようにお願いしている。
初めての入店で勝手が分からない一見さん。その判断で声を掛けた。

 「すみません、今日は臨時休業で……」

聖の代わりに飯窪春菜が対応しようとすると、言葉が詰まる。
それに気づいた石田、工藤、小田と視線を向けていく。

753名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:32:10
 「か、かえでぃー?」

言葉にしたのは牧野真莉愛だった。
扉から顔を出したのは彼女が一番見知ったもので
何故ここに居るのか本物なのか頭が理解するのに十秒かかった。

 「かえでぃー!どうしてここに!?」
 「久しぶりだねまりあ」
 「え、ええ?本当に?本当に?本物?」
 「本物だよ、もう顔すら忘れちゃった?」
 「そんな事ないよ!忘れてないよまりあは!」

興奮して矢継ぎ早に喋り出す真莉愛に冷静に対処し、女は視線を先に向けた。

 「お久しぶりです。加賀楓です」
 「どうして君がここに?あの事件で家に帰った筈じゃ…」
 「…正直私にも今どんな状況に追い込まれてるのか分からないんです。
  でも私がここに来た理由は、あります。夢を見るんです」
 「夢?」
 「はい、皆さんと、そして鞘師さんの夢を」

喉を鳴らす音がどこからか響く。
二年前に真莉愛を含む六人の異能者の実験被験体となった少女達を
救出した『トレイニー計画』の一人。
半年後に同じく計画の被験体だった羽賀朱音を救出した事も記憶に
新しいが、二人を引き取ったのは”血縁者不明”が一番の理由だった。

楓の場合は身内の人間が見つかった事で預けたのだが、その彼女が
再びこの店に現れた事とその言動に周囲の空気は鋭さを増していく。

754名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:33:15
 「なんだか、穏やかな再会って訳じゃないみたいだね」
 「加賀、ちゃん、君が見る夢ってどんなの?」
 「……鞘師さんが、”人を殺す夢”」

楓の強い言葉に張り詰める。
電話を終えた聖が戻ろうとして足を止めた。
目の前に居たのは自身が見た夢の中に居た少女の一人だったからだ。

 「鞘師さんはどこに?」
 「鞘師さんは……居なくなっちゃったの。もう、ここには居ないよ」

真莉愛の言葉に明らかに悲しさを帯びる表情を浮かべた。
だが吹っ切るように顔を上げる。

 「何があったか話してくれませんか?
 どうにも私には、自分が無関係だとは思えないんです」
 「巻き込まれる事になるんだよ?せっかく普通の生活に
  戻れたのにまた……もしかしたらもう二度とも戻れないかもしれない」

石田亜祐美の言葉に、楓はひたすら前を向いていた。

 「……この二年間、私に平穏な時間なんてありませんでした」
 「え?」
 「能力者にとってどんな状況でも状態でも、平穏なんて有り得ない。
  私を引き取ってくれた人達ですら未だに私を受け入れてませんしね」

陰りを見せる表情に同情したのも事実だった。
追い込まれてしまった異能者が集う、リゾナンターの根底にも確かにある現実。
追い返すように帰路を促したところで、彼女の不安は拭えない。

755名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:34:17
 「分かった。話すよ」
 「譜久村さん」
 「でも聞いたらもう、引き返せないよ」
 「覚悟の上です」

楓の目に、聖は口を開く。闇の中を彼女は静かに見つめていた。
何の憂いも見せない、冷淡な無表情のままに。

再会する事は喜びを招く事もあるが、悲しみを招く事もある。
鞘師里保が殺戮を犯した、などという虚言を信じる者は居ない。
居ないと思っていた。

信じる者が居れば信じない者も居るのは当然の事で、そういった者は
大抵の確率で敵となって立ち塞がってくる。
取るに足らない存在であれば力でねじ伏せる事も出来るのだろうが
それが自分にとって無関係でなければ、これほど厄介なものはない。



 半年前、現在封鎖されている都内第三区。


路上で、店の前で、社内で、窓の向こうで。
無表情な殺戮者達の、静かな虐殺が行われた。
青白い顔と肌の人間達が蠢き、区民に牙を爪を立てていく。

眉一つ動かさずに、数人が男の腹部に爪を立てる。
指先が腎臓を引き出し、腸詰のような小腸が夜気に湯気を立てた。
一人が女の上顎に手をかけ、もう一人が下顎に手をかけて
剛力で引き裂いていく。見知った顔だとは思いたくない。

756名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:34:56
リゾナンターの面々が口を開けたまま硬直している。
一歩を踏み出したのは耐え切れなかった工藤遥と石田亜祐美。

 「リイイイイイオオオオオオオオン」
 「ウオオオオオオオオオオオオォォン」

もはや慟哭の叫びで亜祐美が『幻想の獣』を発動。
同時に遥が『変身』を発動し、体毛が全身を覆い隠し牙をむく。
切断された人間の上半身と下半身がそれぞれ別方向に千切れ飛ぶ。

だが上半身だけは動きを止めない。
自らの下半身を捜すように手で地を這う。
両断された他の個体も上半身だけで動いていた。
青白い人間達の正体が分かると吐き気に苛まれる。

 「あの時と同じだ。田中さんの事件、『ステーシー事件』と…!」

春菜がパニックに陥り戦意を消失するのを鈴木香音が支える。
その言葉の真意に小田さくらは最悪の事態を予期した。

 「まるでゾンビみたいに増え続けてます。鈴木さんこれって」
 「ゾンビリバーだよ小田ちゃん。まさかあの悪夢がまた
  再来したのかと思うと私も意識失いたくなるよ…」

香音は諦めを帯びながら、それでも歯を食いしばって光景を見つめる。
『死霊魔術』によって死にたての死体を操作したあの事件でその
犯人は既に死亡している。死体も確認した。

757名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:35:41
だが今、その光景が広がっている。
『死霊魔術』が途絶えたならば『精神支配』を疑うべきなのだろう。

だが、その死体を誰が生成したのか。

 「終わらせてあげよう。私達があの人達の終わりになってあげよう」

意志が宿らない魯鈍な目が一斉にリゾナンターへ向けられる。
感情を持たない冷血動物、魚類の目。
その中に唯一つだけ、意志を持つ瞳があった。
血のように燃えるような圧力を込めた両眼。

 「里保ちゃん、私達は信じてるから。どうして里保ちゃんが
  そこに立っているのか理由を聞きたいけど、信じてるよ」

異能が吹き荒れる。死者はそれでも前進してきた。
圧倒的な数を抑えきれない。上半身、もしくは右や左半身となっても
死者は死に生きていた。

 「里保―!!!!」

生田衣梨奈が叫んだ。
死体を生成したのが里保ならば、黒幕は誰なのか。
何故彼女は何も話さないのか。気に喰わなかった。

『精神崩壊』を込めた拳を『水限定念動力』で構築された刃の表面に激突。
振動に耐え切れずに刃が水へ戻るが、突進は終わらない。
敵の狙いは里保か、リゾナンターか。
顎を掠める拳に横顔からギロリと視線を向ける。
左手に構築された水の刃が衣梨奈の横腹を食い破った。
追撃は、ない。
力を振り絞って首根っこを掴み、衣梨奈は里保の額に頭突きを喰らわす。

758名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:36:20
 「泣くと?里保。こんな事しでかして泣くと?ズルいやろそんなん」

衣梨奈を貫いた水の刃ごと引き剥がし、地面に叩きつける。
逃走を開始する鞘師の背中に遥と亜祐美が追うが動けない。
『精神支配』の黒幕が近くに居るのが分かっているのに何も出来ない。

 「鞘師さん、さやしさーん!!」

遥の叫びが響く。いつの間にか辺りは静寂に包まれていた。
さくらと共に野中美希が、尾形春水が死者の目を閉じさせる。

息の途絶えた女の子、男の子、赤子を撫でていく手にはもう
誰ものか分からない血液が何度も刷り込まれていく。
瞼の無い眼がこちらを見ている、心を貫く。
何度も、何度も、その度に涙の斑点が彼女達に降り注がれる。

死んでも生きてしまった彼らを認めるしかない。
道重さゆみの代から守ってきた不殺の掟を、ついに破ってしまった事を。

 「死んだ人達は物語のための障害物じゃないの。
  生きて笑って泣いていた人間、それを忘れないであげて」

例え誰かの人生を狂わせてしまったとしても、最終ラインだけは
その人が決めるものだと、その為の掟だと。
だがそれさえも奪ってしまう事があるならば獣になるしかない。

本当の獣に。バケモノになるしかない。

759名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:36:58
第三区の虐殺事件による犠牲者は四十二名。
ダークネスによる日本壊滅から新暦の中で史上最悪の事件となった。

 「香音ちゃんの潔い所は嫌いじゃないけん。
  里保があんなにいい加減なヤツとは思わんかったとよ」
 「…えりぽんはあれが本当に里保ちゃんだと思ってる?」
 「聖はそう思ってやったらええやん。えりは本人が何か
  言わん限りは何も言えん。だからいつか絶対言わせる。
  それが、全力で潰すことになっても」

香音との別れに落ち込む暇はなかった。
むしろそれを希望として「笑顔の連鎖」を絶やさない様に務めた。
リゾナンターである為の、人間としてある為の。
それが香音の願いでもあったのを誰もが覚えている。

  ―――おまえは夥しい夢の体を血で染めて
月明かりと星屑にただ手を掲げては涙を流すのでしょう
  花の庭は無為も無常も消え去り、赤眼の御使いは
  獰猛さを競う事を忘れて永遠の繭へと眠るでしょう



酷く暑い日だった。夢の中で何度も、何度も揺れ起こされる。
何処かも分からない、名前も知らない夢中の光景には
リゾナンターの面々と見知らぬ少年少女が集っていた。

760名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:38:25
 「まーちゃんは頑張り屋さんなんだよ。
  田中さんの時も道重さんの時もあの子は頑張ろうとしてた。
  今回もきっとそう、頑張りたかったんだと思う」
 「私の中で泣いてるんです。お姉さま、お姉さまって。
  まるで妹が泣いてるみたいで胸が疼くんです。
  ……まるで、本当に助けを求めてるかのようで、リアルだった」

楓の夢と聖の夢は差異はあるが、存在する世界は同じだった。
佐藤優樹が失踪した理由にももしかしたら、と思うぐらいに。

 「でももうあれが夢だとは思えないね……。
  そろいもそろってあの夢を見てるなんて思わなかったから」

譜久村聖、生田衣梨奈、飯窪春菜、石田亜佑美。
工藤遥、小田さくら、尾形春水、野中美希、牧野真莉愛、羽賀朱音。
そして加賀楓。きっと佐藤優樹も。

全員が其処に居たのも偶然ではない。
全員が夢を見ていたから、其処に居たのだ。

 「何か気付いた事はあった?」
 「……ハル、分かったかもしれません、まーちゃんが居る場所」
 「え、ホントに?」
 「でも自信はないよ、もしかしたらって思うだけ」
 「どんな事でもいいから言ってみなさいよ」
 「…まーちゃんがあの子を見つけた場所」

 鞘師さんを ”リリー”を見つけたあの庭園に似ている
 だってあの人を最初に見つけたのは まーちゃんだから

761名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:38:57
―――第三区には黒い歴史がある。
あの場所にはダークネスの本拠地があった所という事実。
区民は全て、組織に関わってきた者を血縁に持っていた。

その建造物は、湖から建物の群れが生えているようだった。
周囲から通された高架道路が橋の代わりになっている。
入り口には塔が無残に倒壊していた。

横倒しになった巨大な筒の内部には、赤錆を浮かべた機械が覗く。
おそらくかつてはこの塔から大規模な光学迷彩が発生し、塔の
存在を隠していたのだろう。

誰が作ったかは分からない。
拠点があった事実もあり、ダークネスの遺物として考える者も少なくはない。
立ち並ぶビルは炎に舐められたような焦げ跡が目立つ。
ほぼ全ての窓ガラスが割れ、内部の幾百幾千もの闇を晒していた。

崖に隣接したビルの屋上に滝が落ち込んでいて、道路へと小さな
支流を散らしていた。
アスファルトには点々と穴が穿たれ、雑草が伸びている。
路上には黒い骨格だけになった車が点々と打ち捨てられていた。
こういう雰囲気の施設をどこかで見た事がある。

 「ちぇるが居た養成所もこんな感じだったね」
 「……そうですね」

762名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:39:51
さくらの言葉に美希が無表情になる。虚ろになる目。
頭を優しく撫でる事で彼女が静かに微笑んだ。
清潔な墓地にも似た雰囲気が辺りを包んでいる。

 「思えばどうして佐藤さんはこんな所に来たんでしょう。
  こんなに寂しい場所を好き好んできたとは思えないんですが」
 「……何かあったんだよ。そうじゃないとあの子の説明もつかない」

 鞘師さんによく似た、鞘師さんじゃないあの子が居る理由

枯れた木々と雑草に覆われ、荒廃した庭園の敷地内。
聖の瞳は灰色の建物を真っ直ぐに凝視していた。
元は白塗りの塔だったが、火事の煤で汚れ、塗料が剥落していた。

塔の一角に、研究所とも病院とも取れるような不愛想な建造物があった。

 「入ってみよう」

玄関の大扉が大きく歪み、錠前も全て壊されていた。
膂力のみで扉を押し開き、隙間から入っていく。
床には乱雑に器具や書類が散乱し、全てが焼け焦げていた。
当時の猛火の幻臭すら漂ってきそうだ。

763名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:40:21
炎の跡も生々しい廊下を抜けていくと、壁の片側の一面に
ガラス窓があった。弾痕が残る窓以外は全て割れている。
暗闇の中に拘束具のついた手術台が設置されていた。

 「お化け屋敷だねホントに」
 「気持ち悪い……」
 「無理な子は外で待ってて。くどぅー顔色悪いよ」
 「出てこないお化け屋敷なら大丈夫です…」

廊下を進むと、いくつもの扉が破壊され、大穴が穿たれている
壁まである中で、終点の扉は四方から閉じられる隔壁という厳重さだった。

 「譜久村さん、まーちゃんの声が聞こえる」

遥の言葉に、その場に居る全員が固唾を飲んだ。
彼女の意志に押されるように、亜祐美の『幻想の獣』が発動する。

 「バアアアアルク!!!!」

板金鎧型の巨人がその膂力によって扉の表面に一撃を喰らわす。
緋色の火花が疾走し、向こう側の闇へと落下する重々しい音が鳴り響いた。
闇に沈んだ実験室は広大だった。
室内には生臭さと埃が充満している。

 「私、ここ、知ってる」
 「私も、知ってる気がする」

さくらと亜祐美の言葉が響く。
そこは絶対入ってはいけないと言われていた、ような気がする。

764名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:40:57
 不思議だ。建物に入ってからというもの、記憶が曖昧になるのだ。
 まるで夢に意識が喰われたように。

花の香りがした。
僅かに混じる血の匂いに、光明が静かに灯る方向へと視線を向ける。

 「まーちゃん!!!!!!!!!!!」

遥の絶叫。続いて春菜、亜祐美が駆け寄る。
刃を振り上げる佐藤優樹が何をしようとしているかは明らかだった。
血だまりの中に沈む”リリー”は泣いていた。
溢れだす血液的にも数十か所にも及ぶ傷口は全て致命傷。
即死にならないのが不思議なぐらい夥しい血液が床を濡らす。

それなのにリリーは泣いている。人間の様に泣いている。
鞘師里保の顔を持ったリリーが泣いている。
死にきれずに泣いているのか、痛みで泣いているのかは分からない。

ただ一つの真実として、リリーは死ねない。
優樹は虚ろな目で静かにリリーを殺すために刃を振り抜く。
人形のように、頬に飛び散る血が涙となって溢れて落ちた。
彼女が意識を失うまで何度も、何度も。

―――死者を操るものが死者であってはならない、という法則は無い。
蘇生するチカラはいくらでも存在する。
居なくなった人間を捜すチカラはいくらでも存在する。

765名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:41:40
けれど。それでも。
人間は手に入れたいものを必ず手に入れるチカラを持っていない。
幸せの大団円なんてものを期待していた訳じゃない。
ただ少しでも希望を、救いを残すことが出来たならそれで良かった。

それでもやはり、現実は、世界は、許さなかった。彼女を。

 「丹念に、入念に、肉体的に、精神的に外傷を作れば作るほど。
  その傷は膿となってその人間に悪害を及ぼす。
  リリーの心は、魂は限界の限界を超えてしまった。
  『精神支配』を実験で無理やり開花されてしまった事と
  支配する範囲、数の生成によって精神を崩壊させてしまった。
  どんな手当をしても、どんなチカラをもってしても彼女は救えない。
  もう彼女にはここに居る理由さえもなくなってしまったんだ」

佐藤優樹とリリーの間で何があったのか誰にも分からない。
衰弱するリリーに部屋に閉じこもってしまった優樹に尋問する事すら
出来るほど残酷にもなれなかった。
真相は闇に消え、進むべき道も失ってしまった。

 「どうして僕が黒幕だと?」
 「人が心を直すために必要なのは、療養。
  譜久村さん達とも面識があったみたいですね、通院記録もありました。
  睡眠不足に過度なストレスによる疲労。
  どんな薬を処方してたのか分からないぐらいめちゃくちゃな調合を
  してたみたいじゃないですか。例えば、血液、とか」

白衣の男の首には彼の名前と心理療法士の資格を示すネームホルダーが下がっている。
どこにも特徴のない平坦な顔。凡庸な雰囲気の男だった。

766名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:45:48
 「血液とは魂の通貨。意志の銀盤。血を吸う事、血を与える事というのは
  意識や記憶を共有するのと同じ事とは考えられないだろうか。
  支配とは恋愛感情に近い。愛に満ちた世界は理想郷だろう?」
 「だから子達の記憶を使って実験したと?」
 「シナリオはずっと前から存在してたものを利用したんだ。
  僕はダークネスの研究室にも出入りしていた事もあってね。
  永遠を探求するのは人間の本能だ。物語に縋っていると思われても
  仕方がないのかもしれない、臆病者の汚名も喜んで受けよう」
 「そんなもののために何人も殺したっていうの?」
 「ただの永遠じゃない、永遠の愛の夢だ。これしか人間が救える道はないんだ。
  皆で同じ夢を見れば、同じ道を共有できれば。
  それでこそ真の平和を得られるだろうと僕は信じている」

リリーが亡くなった後、裏ルートである異能者専門の闇医者に
死体解剖を要求した。結果、彼女は鞘師里保ではなかった。
異能力自体が矛盾していた事と、その存在の身体的調査をすると
人間の肉体とは到底有り得ない、”植物”の細胞が検出された。
人工皮膚を覆った植物人間。

その事実を含めた心理治療を優樹に後日行った。
優樹は静かに謝罪の言葉を口にしただけで、真実は硬く閉ざしたままだった。

 「まさかリゾナンターに二度も阻まれるとは思ってなかったけどね」
 「もう一つ、何であの女の子を鞘師さんに似せた?」
 「鞘師…?ああ、あの小娘か。
 “別の僕”だった研究員が不老不死まであと一歩の所で食い止められた。
 その時手に入れた血液で作ったのさ、失敗作もあったがね。
 丈夫な上にチカラの発現率も申し分ない。
 リリーは惜しかったが、あれが衰弱する様はとても爽快だったし良しとしよう。
 あれぐらいで計画を邪魔させたと思ってるなんて馬鹿なヤツだよ。
 一人を片付けた所で”僕”の代えはいくらでも居る。この僕のようにね。
 死ねば精神はまた別の”僕”へ移される、研究は無事に継続される。
 ははは、真実の永遠の愛を手に入れる日は近いぞ」
 「もういい、もう、お前は喋るな」

767名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:46:50
永遠の楽園は予定調和の牢獄に過ぎない。
自身が作った人格と物語は予想を越えず、自尊心の充足も肉の快楽も
どこまでも設定した通りものでしか成り得ない。
『LILIUM計画』と銘打った紙の上にしか存在し得ない。
妄想はどこまでも妄想であり、人間は人間でしかない。
異能者が異能者でしかない様に。

 「何故だ、何故殺さない」
 「本当の永遠が欲しいならくれてやろうと思ってね。
  ただし、殺人者は牢獄に、それが人間の法だもの」
 「お前は一体…!ひぁ」
 「永遠の孤独の中で泣き叫ぶ事がどんなものか思い知ればいい」

【扉】が口を開ける。
背後に現れた闇から伸びた物体が、白衣の男の顎を掴む。
それは、青白い肌をした人間の五指だった。
男が悲鳴を上げようとすると、背後の闇から次々と青白い腕が伸びて
肩や腕など上半身の各所を掴み、そして一気に引きずり込んでいった。

 「ぎゅあああああああああああああああああ」

闇から迸る黒々とした血液が浮遊して、再び【扉】に吸い込まれる。
無間地獄が咀嚼し、嚥下する音が聞こえ、また悲鳴。
甘い匂いを掻き消すような強い血臭が包み、【扉】は鎖で閉ざされた。
背後から静かに佇むバケモノは、その拷問を微笑んで見守っていた。

 「七つの地獄の苦しみを合計したものの千倍の苦しみを味わる無間地獄。
  お前のチカラはいらない。千年の孤独を、絶望を噛みしめろ」

768名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:47:37
楓と再会の約束を交わして一年が経った。
長いはずの月日をこれほど短く感じた事がないぐらいにあっという間の一年。
自身が成長したのか劣化したのか、その変化すらも分からないぐらいに。

時間が重い足を進ませ、リゾナンターは今も日々を戦い、生きている。

 「じゃあえりぽん、お店任せたからね」
 「はいはーい。って言っても聖だけでホントに大丈夫と?」
 「大丈夫。これ返すだけだから」
 「その大金払うぐらいの依頼ってめちゃ危ない感じせん?」
 「何かあったらちゃんと連絡する。情報屋さんにもこれから
  こういう仕事は受けないってちゃんと釘刺さなきゃだよホントにもう」
 「ま、気を付けて」
 「うん、行ってきます」

たとえ恨んで憎んで、心臓を刺し貫いたとしても。
毎夜の悪夢に亡霊となって出てきてくれても構わない。
そこでなら永遠の痛みと共に愛し、再会する事が出来るだろう。

 逃れようのない輪廻の運命の中で。

769名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:55:00
>>752-768
『朱の誓約、黄金の畔 -bloodstained cocoon-』

調べると加賀さんも鞘師さんに憧れてオーディションを受けた子なんですね。
影響力の高さを感じます。

よく分からない所はいつか行われるチャットなどで聞いてください。お答えします。

770名無しリゾナント:2017/01/13(金) 03:56:33
毎度毎度すみませんスミマセンスミマセンorz
レス量は十分考えてるはずなんですがどうしても長くなります、ので
小分けでもなんでもしてくださって結構なのでよろしくお願いしますorz

771名無しリゾナント:2017/01/13(金) 04:09:16
訂正
>>766
 「血液とは魂の通貨。意志の銀盤。血を吸う事、血を与える事というのは
  意識や記憶を共有するのと同じ事とは考えられないだろうか。
  支配とは恋愛感情に近い。愛に満ちた世界は理想郷だろう?」
 「だから適応した子達の記憶を使って実験したと?」

です。修正したのを削除してそのままだったのを忘れていました…。

772名無しリゾナント:2017/01/13(金) 17:49:49
最初に出会った時。
彼女は、希望と向上心に溢れた目つきをしていた。
こちらに挑み、そして敗れた時も。
悔しさ、自らの不甲斐なさを責める気持ちはあれど。
それでも、澄んだ目をしていた。目の輝きは、失われていなかった。

だからこそ、里保は思う。

何故今自分が対峙している彼女の瞳の光は、失われてしまったのだと。

773名無しリゾナント:2017/01/13(金) 17:51:31
無言のまま、少女が刀を構え、そして里保に襲い掛かる。
鋭い踏み込み、振り下ろされる刃。
禍々しい黒い斬撃を、里保は生み出した水の刀で受け止める。

「まだ…私のことを認めてはくれないんですね…」

虚ろな瞳のまま、少女は里保に問う。
腰に据えた刀を、あの時里保は抜かなかった。あくまでも水の刀で彼女の剣に応じ、そして捻じ伏せた。
少女の太刀筋は若く、そして拙かった。真の刀を抜いてしまっては、少女を傷つけてしまう。
伸び白のある少女の未来を慮ってのことだった。

少女は里保によって遮られた刃をひねるように回し、さらに斬り込もうとする。
その瞬間。彼女の刀と同じように黒く、そして昏い風が生みだされる。

…まずい!!

里保は咄嗟に、生成した水のヴェールを正面に張った。
巻き起こされた三つの風の爪が、しなやかな防御壁に深く食い込む。

「…それを防ぎますか」

少女は、里保との距離を大きく取る。
「仕掛ける」つもりか。里保は少女の行動に最新の注意を払い、警戒態勢に入った。

774名無しリゾナント:2017/01/13(金) 17:52:46
先に少女と手合わせをした時に、里保は少女の能力の特性を掴んでいた。
加賀流剣術、と少女は自らの流派を名乗っていた。聞いたことのない流派ではあるが、少女の真摯な太刀筋から、古くから
細々と伝わる伝統のある剣術と踏んでいた。

さらに言えば、その確かな腕前を支える異能。
少女は、自らの剣術に風の刃を交えることで自らの手数を増やしていた。
言うなれば、三つの風を合わせた「四刀流」。
だが、自らの剣術と異能を完全に統合できてはいなかった。一瞬の隙を突き、里保は少女に勝利した。そして。

― もっと強くなって、また来なよ。うちは、いつでもここにいる ―

激励の、つもりだった。
けれど、少女はそうは受け取らなかった。頬を紅潮させ、今にも泣きそうな顔で里保のことを睨み付けた。
それでもいい、里保は思った。悔しさや怒りは、時として自らを大きく伸ばすことができる。
そう信じて、少女の背中を見送った。

だが。少女が里保の前に再び姿を現した時には。
最初に会った時とは似ても似つかぬ修羅と化していた。
身に漂う気は黒く揺らめき、絶えず血を求めているかのように見える。
少女の瞳には、里保の姿は映っていなかった。ただ、目の前の人間を斬ることだけに捉われた、剣鬼。

775名無しリゾナント:2017/01/13(金) 17:53:59
少女が、刀を下段に持ち直す。
来るか。里保はペットボトルの水を撒き、そこから新たにもう一振りの刀を手に取った。

「…加賀流参之型『千刃走(せんにんそう)』」

そう呟いた少女の姿が、掻き消える。
いや、そうではない。少女は、目にも止まらぬ速さで一気に里保との距離を詰めていた。
そして、その走りは無数の凶暴な風とともに。
千の刃が走るとはよく言ったもの。一斉にこちらに向かってくる斬撃、水の防御壁ではあっと言う間に内側ごと切り裂かれ
てしまうだろう。

防御よりも回避。
里保は造り出した水の珠を足場に、天高く舞い上がる。
頭上を取り、制圧する。
上昇から下降に移行した里保が見たものは。

「甘いですね…」

攻撃対象を見失いそのまま突っ込むかに見えた少女はこれを見越したかのように里保の眼下で立ち止まり、構えていた。
左手を前に突き出し、弓を引き絞るかのように刀を後ろに引いた姿で。

「加賀流陸之型…『死螺逝(しらゆき)』」

ぎりぎりまで溜められた力が、一気に開放される。
捻りを加えた刀の一突きは、風を纏い螺旋の流れと化して、一気に上空の里保に襲い掛かった。

776名無しリゾナント:2017/01/13(金) 17:54:51
「ぐあああっ!!!!」

予想だにしない飛び道具、里保は荒ぶる風に巻き込まれ、全身を切り裂かれて墜落する。
通常であれば、再起不能の大怪我。それでも少女は戦闘態勢を解こうとはしない。

「まさか…この程度で、終わりませんよね?」

少女の言葉通り、里保は立ち上がった。
瞬時に纏った水の鎧によって被害は最小限に食い止められたものの、着衣は所々が切り裂かれ、浅い切り傷からはうっすら
と血が滲んでいた。

「その力は…間違った力だよ」

里保は、はっきりとそう言う。
確かに以前の少女とは段違いの強さだ。それは刃を交えても実感できた。
それでも。

手にした黒い刀を振るたびに、刀に生気を奪われてゆく。
少女の顔色は、病人であるかのように青白かった。
今の力が、その禍々しい刀によって与えられているのかもしれない。

「力に…正しいも間違いもないですよ…私は…鞘師さんを、斃します。ただ…それだけ…」
「そんなこと、ない」

777名無しリゾナント:2017/01/13(金) 17:55:34
あの時、あの人に言われた言葉。
里保はかつて自分を優しく見守ってくれた人物のことを思い出す。

― 鞘師はそんなこと、しない ―

そう言ってくれたあの人は、自分を緋色の魔王の手から救い出してくれた。
今度は、自分が目の前の少女に救いの手を差し伸べる番だ。

「力を、正しく使うこと。教えてあげるよ、加賀ちゃん」

すう、と息を吸い込み。
腰の刀を抜き、構える。
一瞬で決める。この子の、明日のためにも。
向けられた刃は、強固な意志と共に。

778名無しリゾナント:2017/01/13(金) 17:57:45
772-777
「剣の道」後半に続きます

加賀ちゃんの技ですが
千刃走→仙人草(クレマチスの和名)
死螺逝→白雪姫(クレマチスの品種)
が元ネタとなっております

779名無しリゾナント:2017/01/20(金) 04:04:33
脳は辛い記憶を忘却する機能がある。
苦痛を伴う記憶は薄れやすく、楽しい記憶は残りやすい。
大きな精神の傷は、揺り戻しで蘇る事もあるが、さらに限界以上の
過負荷がかかるような、あまりに辛い記憶は遮断してしまう。

 つまり、記憶をなかった事にする。

その上に自己に都合のいい記憶の物語が再構成されていき
精神の安定を保つ。

 「何も難しい事じゃないのよ。例えば今この店で流れてる音楽。
  これをアンタの脳に送るだけでも記憶の上書きになる。
  特にその人にとってとても印象強い曲をだよ。
  だから無理にもみ消すんじゃなく、代用する、が正しいわね」

喫茶『リゾナント』では音楽が流れている。
今日は繊細で力強い歌声より、切なくほろ苦い曲を聞きたい気分な為
店内には「Cold Wind and Lonely Love」が流れている。

先程までテレビが映っていたが、いつもの様に都内や世界の事件。
事故や災害や犯罪の報道ばかりで気分が落ち込む。
さらには芸能のことが続き、どこかの芸能人に恋人が発覚したり
離婚したりと忙しなくて仕方がない。

 「共鳴は強く結びつきを与える。それを信頼と呼んだり
  関係と呼んだりするけれど、作用するのは記憶ね。
  繋がりを得ようとする共鳴にとって脳は特別な器、記憶は雫。
  私達も何度も話し合ったけど、その度に反発したもんだしね」

780名無しリゾナント:2017/01/20(金) 04:05:31
新垣里沙が懐かしむように微笑んで、紅茶を飲んだ。
対峙する飯窪春菜も同じく紅茶を啜り、喉を潤す。

 「新垣さんは辛かったですか?」
 「…それはどっちの意味で?」
 「共鳴の結びつきを重く感じた事があるのかなって」
 「そりゃそうでしょ」

里沙がさも当然の様に肯定する。

 「下が高校生、上はまだ子供っぽさの残る大人。カメと私がちょうどその
  真ん中に居たわけだけど、ほんっとに苦労したからね。
  喧嘩はするし騒ぎ倒すし敵には容赦ないしで処理する身にもなれよってね」
 「…お察しします」
 「まあそんな状態でもさ、最初の頃は良かったのよ。
  まだ皆同じ道を目指して頑張ろうって気持ちにもなってたし。
  でも徐々に変わるものよ、ココロってやつわね」

リゾナンターが集束すればするほど、その集団にとって組織力が働いて
ダークネスを含めさまざまな敵と遭遇する事が増えていく
光井愛佳や久住小春が成長するにつれて自分という存在を考えるようになり
ジュンジュンやリンリンは自分の使命に向き合うようになり
亀井絵里や道重さゆみ、田中れいなはリゾナンターに対する思いを強めていき
高橋愛と里沙はそれぞれの決着のためにその時を迎えた

「それでも共鳴は結びつきを強める。むしろバラバラになりそうになる度に
 その繋がりを強めていく傾向を見せ始めた、これがどういう事か分かる?」

里沙は紅茶を置き、自身の腕に手を回す。
微かに力を込めたその意図に、春菜は僅かに理解した。

781名無しリゾナント:2017/01/20(金) 04:06:47
「心は同じ。
だけど考えるすれ違いに、いつしか体がいう事をきかなくなった。
心と体が違う方角にズレていく痛みは想像以上だったよ。
どんどん悲しさとか辛さが募ってって、反発心が強くなっていった」

仮想の憧憬に客と商品の関係を当てはめてみる。
彼らが言う「好き」や「愛している」は、一般的に使用される「好き」や
「愛している」と違うなどとでも言うのだろうか。
同性同士が分かち合う家族の愛情にも近い友情が世界の全てな気がした。
それをいつしか確認しなくてはいけなくなったと気付いた、果てしない寂しさ。

 「共鳴は記憶を強要する。思い出や記録が人間同士の一番強い繋がりだからね。
  何度も死にそうになったし、何度も仲間の裏切りにもあった。
  毎日の中で失うものもあったし、得るものもあった。
  誤魔化すことで日々を過ごしてたけど、あの時の私には方法が分からなかった。
  思い出を失ってほしくなかったって、今でも思うよ」

里沙の寂しそうな表情に、春菜も泣きそうになった。
だが堪えるしかない、これもまた共鳴の所為と言い訳にしたくない。
彼女が里沙に依頼するこれからの為にも。

 「白金の夜は、どうしたんですか?」

 ダークネスとの最終決戦。日本が壊滅するまで追い込まれたが
 原因不明の光明によって闇は払われ、世界が辛うじて救われたあの夜。

 「”白金の夜”、ね。誰が言ったんだか知らないけど
  あの日のことは、正直言うと私にも分からない事が多いの」
 「それはどういう…?」
 「さあね。皮肉だと思わない?相手の気持ちを何百と操ってきた人間が
  記憶が曖昧とか言ってるなんて。
  ……でも眩しいぐらいの光の中で、私は確かに生き残ったの」

782名無しリゾナント:2017/01/20(金) 04:07:53
自身の過去への決着をつけるための戦いで両目、両足、両腕を失い。
臓物すら飛び出す瀕死状態で倒れていた者達が次々と生還した。
闇の眷属以外は。

里沙が目が覚めた場所には意識を失った面々がそこら中で倒れていた。
敵や味方関係なく、そこが日本だという認識を一瞬忘れるぐらい枯れ果てた光景で。

 「分からないままに私達は生き残ったお店に帰って来て、なんだかんだあって
  それぞれの道を進むことを皆で決めた。全員で納得して、私は出て行った」
 「なんだかんだ、ですか」
 「そ、なんだかんだね。ここは曖昧な記憶っていうより気にしないでほしいかな」

「話したくない」という意味合いを明らかに浮かべた言葉に、春菜は頷く。
過去の事情を掘り返しても現実は変わらない。

 「そんな状況だったから、あの時の私は何もしてないよ。
  多分、生きてた人達は覚えてるんじゃないかな。
  終わりの果てまで忘れてるって、それはそれで寂しいでしょ」
 「そういうものなんですかね」
 「……その場に居た人にしか分からない事もある、覚えておきなね」

最後の最後で見せた里沙の甘さに、春菜は何も言えなかった。
店内の音楽が変わる。「ENDLESS SKY」が静かに流れ始めた。

783名無しリゾナント:2017/01/20(金) 04:09:00
 「大丈夫です新垣さん、私、ちゃんとやれますから」
 「生田やフクちゃんには相談したの?」
 「はい。もしもの時は……生田さんに、と」
 「ったく。あんた達は会うたんびに大人みたいな顔になるんだから。
 あ、飯窪とフクちゃんはもう大人か。じゃあこれね」

里沙が取り出したのは、錠剤入りのケース。
数を見るに、今用意できるのはこれだけなのだと納得して、受け取る。

 「一回につき一粒、いい?それ以上はダメだからね。
  チカラに作用し過ぎる記憶には必ずズレが出来ちゃうものだから
  あまり矛盾を作ってあげないように。じゃ、帰るわね」
 「分かりました。ありがとうございましたわざわざお店にまで…」
 「いいのよ。ちょっと皆に話を聞きたかったから寄っただけ。
  ……私が言うのもアレだけど、頑張んなさいよ」
 「はい、ありがとうございました」

店内を後にする里沙を見送って、春菜は早速連絡を取り付ける。

―――喫茶『リゾナント』を背に歩いていた里沙が振り向く。

何度も見上げてきた建物に別れを告げる事は何度もあったし
それに対して負い目を感じるような事も今は無い。
寂しさもなければ切なさも感じない。全てを任せたのだ。全てを。 

 「今のところ後遺症はない、か。他の子達の様子も見たかったけど
  上手くズレを調節してるみたいで安心したよ」

里沙は静かに微笑む。
改変された世界で生きる彼女達はとても人間らしい。
それだけでも分かれば後は彼女達の物語だ。

784名無しリゾナント:2017/01/20(金) 04:09:55
新たなリゾナンターになったとしても変わらないものがある。
繰り返された世界で、自分達がそうであったように。

 「記憶を何度も塗り替えても、愛情は変わらないものだね」

誰かに言うでもなく呟いた言葉に苦笑する。
繰り返される世界の中で、再び出逢える事をただ願っていた。



―――夜に浮かぶ、路上の信号はまだ変わらない。
一部の交通事情によって下校通路に利用するこの道路では車が
何度も行き来を繰り返すため、五分は待たなくてはいけない。
野中美希と尾形春水はその時間を会話で繋げる事で信号が青に
なるのを待っていた。点滅に変化して青へ。
小さな悲鳴。
振り返ると、人波の中で、女性が顔を手で押さえている姿が見えた。
指の間から赤い血が零れ、事件だと叫ぶ。

 「春水ちゃん! Stop!」
 「え?どうしたん……!?」

美希が肩を叩いて叫んだのに驚き、春水は後ろを向く。
事態に気付いて二人で人波を強引に掻き分けて進む。
屈んで苦しむ女の側に駆け寄って傷を確認した。

 「大丈夫ですかっ?」

額から頬に鋭利な傷跡。胸の奥に沸騰する憤怒に眉が歪む。

 「Damn it!」

美希は顔を上げて、雑踏を捜す。周囲には驚きと怯えの顔が並ぶ。

785名無しリゾナント:2017/01/20(金) 04:11:10
雑踏の先に、逃げる帽子の男達の背中があった。

 「春水ちゃん!この人お願い!」
 「あ、待ってえやっ、私も行くってばっ。すみません頼めます?」

手当と救急車への連絡はその場にいた親切そうな中年男性に任せ
美希は夜の街へ走り出す。春水はバックから靴を取り出し、履き替えて続く。

 「てか私達で何とかするの?ヤバない?あの人ら武器持っとるやろ?」
 「待ってたら逃げられちゃうよ!」
 「や、譜久村さんに追跡してもらうとか」
 「その間に犠牲者が増えるかもしれない!」
 「あーあー分かった、分かったよお、ホンマに野中氏は熱血やなあ」

前を逃げるのは容疑者達。
黒い帽子の右手には女性の顔を切った短刀。
赤い帽子の方は左手にバタフライナイフ。
二人の逃げる横顔が背後を伺い、そこには愉悦が混じった顔が前に戻される。
通り魔たちは人々を押し退けて逃げる。
美希と春水も人波の間を縫って走る。

 「なあ、もしかして誘われてない?」
 「That's just what I wan!痛い目見せてやろうじゃない」
 「ひー、野中氏が燃えとる、燃えてないけど燃えとるーっ」

女性の顔を傷つける通り魔など最悪だ。
逃走車たちはビルの角で右折。夜の歩道の人々に悪罵を投げられながら
二人は人波を抜けて犯人たちを追跡していく。
角を曲がると、ビルとビルの谷底に逃げる、男二人の後ろ姿があった。
左の赤帽子の男が背後を確認する。

786名無しリゾナント:2017/01/20(金) 04:12:08
唇には冷笑があった。犯人たちは曲がりくねった路地を逃げる。
どうやら疲労を待っているらしい。
女と男、そして体格差から見ても不利なのは美希と春水の方だ。

だが、速度で勝とうというのならこちらにも手が無いわけではない。
勝算があったからこそ美希も、春水も付いてきたのだから。

 「逃がさへんでーっ」

緩やかな強調のある声と同時に軽くジャンプした。

靴の裏側に装着されたローラーのベアリングが突出する。
スケート経験のある春水としては配管や粗大ゴミを避ける事は造作もない。
路地の闇を切り裂く閃光、ガリガリと地面を削っていくように音を鳴らす。

 「いっけー!春水ちゃん!」
 「さっさと捕まってやーっ」

黒帽子の顔に驚愕。犯人はさらに必死に走り、通路を曲がった。
脅しに一度『火脚』を喰らわせようと狙うが、射線が合わない。
突き当りには左右に抜ける路地、だが既に春水は黒帽子の背後を捉えていた。
間合いを詰めていき、男の左肩に届く寸前。

突き当りの道の右から左へ、一面の赤の壁が現れる。

 「……え?」

787名無しリゾナント:2017/01/20(金) 04:13:34
黒帽子の男が赤の暴風の中で黒い影になった。
熱風で春水は後方へ弾き飛ばされてダンボールの壁にぶつかる。
斜め横にいた赤帽子の男も熱波で転がっていく。

 「春水ちゃん!?」

突き当りを右から左へと吹き抜けたのは、赤の炎。
吹き荒れたと思った時には消失し、熱波が過ぎ去った夜の道路が現れる。

 「顔があ……顔が痛いいいいぃぃぃぅぅ…」

赤帽子の男の頬は火傷で爛れている。
前方では、右手を前に伸ばして足を掲げた姿勢のままで、黒帽子の男が
黒と灰色の塊となって立っている。
眼球は高熱で炙られて白濁し、末端部分の指や鼻、耳が徐々に炭化で落下。
頬や額の皮膚が割れて内部から赤黒い肉が見える。

肉の焼けた甘い炭の匂いに口を押えた。
放射の瞬間に口を開けていれば、熱気で気管と肺を焼かれていただろう。

 「春水ちゃん…な、なんて事を…」
 「違うっ、私やないってっ。あんな大量の炎なんか出せへんし…」


春水が発動できる『火脚』は千度を超える炎の帯で足を纏って
足技によって周囲を焼き尽くす小集団用。
だが眼前で発動したのは線や帯ではなく、道路の空間を全て埋め尽くす猛火。
まさに竜が放つ死の息吹に近い膨大な熱量だった。

788名無しリゾナント:2017/01/20(金) 04:16:21
道路を囲む壁やアスファルトの大地では、まだ燃え盛る炎が子鬼のように踊る。
高熱でアスファルトの一部は黒いタール状になっていた。
立ち尽くしたまま炭化した男の向こうに残り火が燃える。
高熱の余波で、月光と残り火が照らす路上には、夜には有り得ない陽炎が揺れる。

 「だ、誰……?」
 「あれ、おかしいな、一応面識はあると思うんだけど…まあいいや。
  そっちの方が都合がいいよね、うん」

現れたのは美希と春水と同年代ぐらいの女だった。
短い黒髪をパーカーの帽子に押し込み、その顔は半分だけ隠れている。
手の甲にローダンセが咲いており、五指に花弁を帯びていた。
刺青、ではなく、まるで水墨のようだ。

 「よくも、よくも弟を殺しやがったな!」

男の声が震えていた。
バタフライナイフを片手に泣いていた。
炭にされたかけがえのない兄弟を前に怒りで顔を真っ赤にする。

 「へへへ、ごめんなさい。でも当然の報いだと思いますけどね」
 「死ねよ」
 「わあ、怖いですね」

間合いを詰めた赤帽子の刃が振りかざされる。女は微笑んでいた。
武器を持たず丸腰であるにも関わらず、笑っている。
次の瞬間、女の右横を抜けた男の右足が、溶解し熱を帯びた大地を踏みしめる。
左足が続いて奇妙な歩行を見せた。
歩みの背後に、桃色の内臓がアスファルトに引きずられていく。

 「ぐえ、ぐあばああぁぁぁっっ」

胴体の断面から臓物が次々と零れていく。

789名無しリゾナント:2017/01/20(金) 04:18:10
大量の血液による海が出来たかと思うと、臓物が跳ねた。
上半身は街路の反対側に落ちていき、血の飛沫が女の靴に付着する。
何も感じない様に、女の左手が水平に掲げられ振られる。

 「い、今、斬ったの…?あの子?」
 「でも刃物なんて持ってないよ……どうやって…?」

まるで詐欺にでもあったかのような現実に背筋に冷や汗が流れる。
動体視力で抜刀すら見えないのだから、赤帽子の男が自らの死を
信じられないままに硬直していても仕方がない。

 「ああ、甘い匂いを辿っただけなのに殺しちゃった。失敗失敗」

女は微笑んでいた。パーカーの帽子で半分は隠れてはいるが
その唇は口角を歪ませて健気に笑って見せる。
美希は端末メガネを取り出し、見えない拳銃を打つかのような構えを取った。

 【Call:制御系『電磁場・銃身』
 銃身展開処理を一時記憶領域に四重コピー:完了
 円形筒に構築・直径三メートル:完了
 撃鉄用意:……】

『磁力操作』でそこら中に廃棄されている金属類を把握していた為
射出準備は既に完了している。端末メガネには照準の+が書き込まれた。
爆発寸前の美希の前に、右手の平を掲げて春水は制す。

 「Why?どうして止めるの?」
 「力では勝てんよ、だってあの子、能力者やもん」
 「そんなの分かってるよ、でもこのままじゃ殺されちゃう!」
 「野中氏が無茶したらその確率が上がるやろ、いいから見てて」
 「春水ちゃん…?」

790名無しリゾナント:2017/01/20(金) 04:20:13
我を忘れた様に戦闘態勢に入っていた美希に対し、春水は深呼吸した。
その姿を女は首を傾げてみている。思えば不思議だ。
何故女はあれほどの能力を持っていて静かに傍観していたのだろう。

赤帽子の男が死んで二分は経っているというのに。

 「な、なあアンタ、これはちょっとマズイんちゃう?」
 「どうして?」
 「この二人は確かに殺人者や、でも、能力者やない。
  ここは夢法則があるファンタジーワールドやない、法律があるんや。
  それにこれだけの大惨事、ほら、おまわりさんの音も聞こえてきたやろ」

聞くと、遠くの方からサイレンの音が響いてくる。
五区内にある自警団のものだろう。
その音に気付いているのか、女はウンウンと頷いている。

 「それで?」
 「や、それでって、人を殺されたら逮捕されるんや、罰せられるんやで」
 「なんだそんな事。それなら殺せばいいだけじゃないですか」

内臓が蠕動するような女の笑みに、春水の口が固まる。
ローダンセが咲き誇る手が左に振られた。
炭化して直立したままの通り魔が押され、アスファルトに倒れる。
乾いた音と共に、炭化した腕や足が折れて粉砕。

791名無しリゾナント:2017/01/20(金) 04:21:41
内部の赤黒い断面から体液が落下し、熱いアスファルトで蒸発。
隣には赤帽子の下半身が血の海を作っていた。

 「簡単なことじゃないですか。見た人が居なくなったら
  こんな事実なんて無いのも当然でしょう?」

突然、血液から炎が上がる。まるで灯油に引火したようにそれらは
亡骸にまで燃え移っていき、次々と覆い隠していった。
悪臭に美希と春水は耐え切れずに目を逸らし、吐いた。

美希は再び構えを取るが、春水がまた制す。

 「あれ、でもおかしいな。
この人達、朝のテレビで指名手配されてたと思うんですが」
「な、なんやて?」
「何でも女の人ばかりを十八人も刺殺してた通り魔とかで。
 ああそうですそうです、それで私、この人達の後を付けてたんでした。
 そんなに極悪人なら能力者かもしれないし、もしかしたら
 犠牲者が出てチカラを使ったら分かりやすいかもと思って」

新暦に入った頃、異能者の犯罪増加においてある法律が定められた。
裁判の迅速化と刑務所縮小化のために被疑者欠席のままの裁判と
死刑判決、および場所を問わない死刑執行可能とする法。

 【裁判の合理化】

それに適応されるのはリゾナンターと、第二十三区に定められた
『TOKYO CITY』内にある自警団のみとされている。

だが特別な条件下であれば、例えば指名手配されている殺人犯であれば
許可を得ていない一般人でも適応される事が稀にある。
法はここ数年で新暦を生きる人間としての責務ように人々は受け入れつつある。
それほどまでに”白金の夜”は、人々の記憶に刻まれていた。

792名無しリゾナント:2017/01/20(金) 04:23:07
 「あれ、知らなかったんですか?リゾナンターさん」
 「…!?あんた、まさか最初から知っててこんな事を…?」
 「いえいえ、お二人に会ったのは偶然です。でももしもお二人が
  リゾナンターじゃなかったら私、殺してたかもしれませんね。危ない危ない」

二人は底知れない畏怖を見ている気にさえなってくるその異常さに恐怖した。
その時、女が何かを思いついたように両手をパンと叩き鳴らす。

 「ああそうだ、ちょっと面白い悪戯をしましょう」
 「い、いたずら?」
 「はい。とりあえずお二人を誘拐する事にしましょう」

女の言葉に理解がついていかない。
だが反射的にまだ熱気を放つ道路から、周囲を探る。
左右のビルの壁面や陰に、いくつかの気配を感じた。
人が発する気配とは違う、この世界には、この世にはない異次元の気配。

“影”を知らない異形の者達の貌が穴を覗き込むように佇んでいた。

 「な、なんやこれ…!?」
 「Devil Demon…百鬼、夜行……」
 「大丈夫です。今は手出ししない様に言いつけてありますから」

春水が美希の服を掴み、美希は構えた姿勢を続けた。
だが一度で使用できる『磁力操作』の範囲は人間計算でもせいぜい十人。
気配は軽く四倍はある。だが登場から指一本はおろか、言葉すら発しない。

敵意ではなく畏怖。その理由は女にあるのだろう。
もし命令もなしに動けば女に逆に殺されると理解しているのだ。
それほどまでに女は別の威圧感を空間に漂わせている。

 「じゃあ取引しましょうか。私に誘拐される代わりに
  今ここに到着する人達のことは見逃します」
 「それ、完全にこっちは強制的じゃない」
 「まあそうですけど、このままでも何も変わらないですよ?」

793名無しリゾナント:2017/01/20(金) 04:28:09
涼やかな声で女は言った。
月下の路上には炭化し、切断された通り魔たちの死体が燃え尽きていた。
二人の死体は、単なる女の駆け引きの道具となっただけに過ぎない。
単なる取引の材料の為に人が死んだ現実に美希が歯を食いしばる。

 「……分かった。従うよ」
 「そう言ってくれると思いました。良かったですね、これで安心です」

何が安心なのか、女は嬉しそうにしている。
女に対して春水はどこか違和感を覚えたが、それが何か分からない。

 「アンタ、どこかで会った事あったりする?」
 「ヤダな、本当に忘れちゃったんですか?自己紹介したはずですよ。
 あ、影が薄かったならすみません。努力しますね」

女は笑って呟いた。パーカーを脱いだその顔に”見覚えは無い”。
だが女は困ったようにして、その名前を口にする。

 「横山玲奈です。よろしくお願いしますね」

朝の挨拶でもするようなお辞儀をする女に、二人は反応する事もなく固まっていた。

794名無しリゾナント:2017/01/20(金) 04:39:43
>>779-793
『朱の誓約、黄金の畔 -Mangles everlasting-』

横山ちゃんは完全に未知数です、加賀さんの「圧がある」という
知識しかないので少し圧めにしてみようかと思います。
12期日記を聞いたら「山ちゃん」呼びだったのが面白かったです。

795名無しリゾナント:2017/01/20(金) 05:02:30
>>793 訂正追加
女は笑って呟いた。
短髪だと思ったが、背後から絹のように濡れた輝きの長い黒髪を外界に散らす。
パーカーを脱いだその顔に”見覚えは無い”。
だが女は困ったようにして、その名前を口にする。

です。よろしくお願いします。今度も長くなって本当に申し訳ない…。

796名無しリゾナント:2017/01/20(金) 05:04:53
ん、少し文章が……。パーカーの帽子を脱いだ〜ですね。
パーカー脱いじゃったら全r(ry

797名無しリゾナント:2017/01/25(水) 03:33:25
五階建ての興業ビルは夜の中に静かに立っていた。
鋼鉄の正門は中央に大穴が穿たれ、強引に押し開かれている。
門の先、敷地には拳銃を握った腕が敷地の木の梢に引っ掛かっていた。

砕けたサブマシンガン、ショットガン、アサルトライフルが
芝生に無数に落ちており、散乱した金属片が月下に鈍く輝く。
ビルまでのコンクリートで舗装された道には赤い斑点が続き
やがて支流となって最後に血の川となった。

鮮血の流れの先に、伏せた禿頭の頭の上半身が転がる。
剥き出しの肩や腕には、虎の刺青があったが、更に赤や青や
紫の斑点が散り、絵の猛獣ごと腫瘍のように膨れがあっていた。
俯せの死に顔の頬や鼻も膨れ上がっていた。

男は黒社会の門番を任せられるほどの凶悪な性格を持ち
前科二十八犯の凶悪犯だった。過去に人間の身でありながら
ダークネスとの繋がりもあったと思われる要注意人物。
しかし、膨れた死に顔は闇を恐れる子供のような恐怖で凍り付いている。

小道の反対側には胴体。右肩や左腕や右脛から下が消失。
腹部にも大穴が開けられており、臓物が無残な断面を見せていた。
まるで”巨大な複数の獣たちに襲われたかのように”。

798名無しリゾナント:2017/01/25(水) 03:34:15
無残な胴体に続くのは眼鏡をかけた男の頭部。
眼鏡の右が砕け、大きく見開いた眼球の表面にハエが止まっていた。
頬へと涙の跡があり、鼻水は零れて顎まで伝っている。

冷酷な殺しをする殺し屋として組織の特効役を務めていた男は
泣きわめいた表情で死んでいた。
正面玄関の鋼鉄製の扉も無残に砕かれ、周囲には数十もの空薬莢が散らばる。
玄関付近は血の海。
人間の手や足が何本か転がり、挽き肉になった人体が撒き散らされていた。
原型を留めずに破砕された頭部もあり、何人が死んだのか正確には分からない。

廊下の壁や床に破壊の痕跡が穿たれている。
壁は爆砕されて大穴が開き、曲がり角の壁に突き立つのは槍の群れ。
天井には雷撃で焦げた跡。剛力で切断されたコンクリートの柱。
階段の手すりは砕け、使役獣の死骸が引っ掛かって舌を垂らしていた。

闇に沈む死山血河は二階へと続いていく。
二階の廊下の奥の扉も砕かれ、破砕された扉の奥に続く部屋の照明は壊され
街の灯りと月光だけが物体の輪郭をかろうじて浮き上がらせている。

799名無しリゾナント:2017/01/25(水) 03:34:58
室内は惨状だった。床から壁、天井にまで刀痕が縦横無尽に刻まれていた。
室内の机は砕け、本棚は内部の本ごと両断され、床に散らばる。
紙片がまだ空中を舞い、全てに黒い斑点や飛沫。
部屋には死体の山がある。

刀を握ったまま、首から食いちぎられた男、腕を『獣化』させた男は
前進を斑に染め上げて死んでいる。
異能者であった彼らの血臭が世界を覆っている。
死者たちの骸の間に、女が立っていた。
女、加賀楓の目は自らの足下を眺めていた。

黒塗りの刃の先に血の滴がつき、楓は右手を伸ばす。
指先で机に転がっていた誰かの肉片から千切れたシャツを掴み、血を拭った。

  「…やっぱり黒社会にもレベルがあるもんですね。
  弱小組織となると門番を務める人達を考えなければダメです。
  あのダークネスと対等まで張っていた三大組織なら相手が誰であっても
  無意味な脅しはせずに殺してから考えてたでしょうね
しかも異能者はたったの二人。殺し屋は二十人足らず。
  人数に装備、話にならないですよ、よくこんな世の中で生き残れてますね」

月光と街灯りが届かない闇で、楓の赤い眼が燐光を発していた。
夜に輝く夜行性の猛獣の目のようだ。

 「なんなんだ…」

虎の顔の刺青が血塗られている。支社を任された若頭の大柄の体が
執務机の向こうの椅子で硬直している。
武闘派であり、若い頃は人斬りとして鳴らした侠客の一人。
暗闘の死線を何十回と生き延びてきた折、組長から杯を直接受けた直参。
四人の若頭の中でも一家内では次期組長最有力候補とされる大物。
それが男の人生となる筈だった。

800名無しリゾナント:2017/01/25(水) 03:35:46
 「なんなんだお前は……全員殺して、何が目的だ?」

自他ともに全身が肝であると認めるほど剛毅な彼が怯えている。
彼の愛刀は部屋の片隅に握った右手ごと刺さったまま。
椅子に座った男の右腕は、肘から先が消失していた。

右足は肘から先が無く、傷口はそれぞれ食い千切られ、切断され
爆砕され、溶解していた。
二種類の断面からは大量の鮮血が椅子に零れ、さらに床に滴り
黒い血の海となっていた。
普通の人間ならば痛覚だけで死に、出血多量でも死んでいる。

だが男は死なず、そして体を動かす事をしない。
まるで”見えない触手”が締め潰すように。
男の体内で恒常的に発動する謎の異能力が彼に安らかな死を与えてくれない。

赤い眼は静かに男を睨み付ける。
背後の闇に、緑色の朧な光点が点滅する。さらに青や赤、数重もの瞳が現れる。

 「まあ分からないですよね。間接的にしか関わりはないですから。
  アンタとも、そこら中で倒れてる人達もね」

801名無しリゾナント:2017/01/25(水) 03:36:32
楓が黒塗りの刃を振る。背後の闇に灯る光点が尾を曳いて動き
異能者である二人の遺骸へと殺到、暗闇から肉を引き千切り
骨が砕ける音、無残な咀嚼音が続く。
異能力を”喰らった後の体”でも『異獣』達にとっては力の糧になる。

若頭だった男は自らの部下が闇の生物に喰われる光景から目を逸らす。
死に瀕しながらも、楓を見つめた。

 「分かっているのか。
 こんなことをすれば一家、組織を相手にする事になる」

精一杯の虚勢を震える声で紡ぐ。

 「さらに本家の協調関係にある黒社会の組織達も黙ってない。
  お前は死ぬ、死ぬんだ!」

白蝋の顔色で侠客が叫ぶ。

 「ええ、そうですね。でも、まあ言うなればそれが目的です。
 その事実がほしかったんです」
 「何……?」
 「その餌として選ばれた悪運を恨んでくださいね」

黒塗りの刃を掲げる。背後の動きが止まる。

【門】が現れ、鎖が跳ね上がり、開かれていく。

802名無しリゾナント:2017/01/25(水) 03:37:19
不可思議な文字が闇から青白く発光して螺旋を彩る。
膨大な文字は日本語でも英語でもない、古代文字でもない。
文字の一つ一つがまた小さな文字で描かれており、さらにその
一つ一つが多重多層の記号となって形成していた。

闇に残る燐光が数列を作り、実体化していく。
【門】から現れた存在が天井へと伸びていき、椅子に座る男の視線が
平行から角度を上げていき、ほぼ垂直となっていた。

 「なんだ、なんなんだこれは!?」

歴戦の侠客の顔には驚愕と恐怖で目に涙が滲む。
血臭と死臭に抱かれてしまった男に、楓は小さく息を吐く。

 「こんな非道な人生を選ばなかったら、アンタもちゃんとした
  家庭をもって、子供とキャッチボールして遊んだり、奥さんの
  愛に包まれて十分な大団円を送れたでしょうに」

悲哀の表情を込めて、右手の黒塗りの刃が下ろされる。
室内の天井にまで届く影が、重力に従って降下。
鮮血が噴き上がり、男の絶叫が室内に響く。
男の絶叫と咀嚼音を背景音楽に、楓は静かに目を伏せた。

表情が、消える。
顏が左側を向き、窓の外を眺める。
商業ビルの暗い連なりの向こうに、人間が居住すると示すように
人工照明が見えた。

 「一度滅びても闇は消えずに残ってしまう。こびり付く錆びみたい。
  …本当はあの時に死ぬはずだった人達を生かしたのはどうして?
  あの人達はもっと非情で、非道だって聞いてたけど…いや、それは
  もう随分前の話か、今の人達はどうにも甘いらしい」

803名無しリゾナント:2017/01/25(水) 03:37:50
  きっと、この男達が死に追いやってきた数も知らないのだろう
  “里が一つ滅ぶほどの虐殺を目論んだ組織”の下っ端達だが、同罪だ。
  同じ道を志した時点で、既に結末は選ばれていた。

楓の表情が崩れたかと思うと、大粒の涙が流れる。
天井を見上げて堪えようとするが、数滴が頬に落ちていく。
室内に響く若頭だった男の悲鳴は絶えていた。
彼がいた場所には闇色の塊が蠢き、物体が振り向いた。
緑や赤や青の眼の光点が、楓を見つめていた。

明らかに敵意、そして食欲と殺意。楓も赤い瞳で睨み付ける。

 「加賀さん、大丈夫ですか?」

レイナは左手を伸ばし、楓の持つ黒塗りの刃に触れた。
苦鳴。
光点の群れは、哀しい叫びと共に即座に分解されていく。
黒い物体から伸びた青白い燐光の文字が、【門】の鎖に
繋げられ、吸引されていった。

絶叫に嗚咽もまた分解され、鎖へと吸われていく。
猛風のように吸引され、あとには何も残らない。
【門】が自動的に閉じられ、鎖の捕縛の内に錠前が復活し、閉じられた。
眠るように目が閉じられ、存在は消えた。

804名無しリゾナント:2017/01/25(水) 03:38:21
静謐。
楓とレイナの横顔を遠い灯りが染めていた。

 「離してくれる?」
 「あ、へへ、ごめんなさい」

素直に手を離し、レイナは笑った。楓は目を逸らして鞘に刃を収める。
楓の眼は、人間味の帯びた黒い瞳へと戻っていた。
薄桃に赤らめる瞼を見せたくなくて振り返らずに言葉を漏らす。

 「それで、どうしたの?」
 「はい。全部”食べました”。証拠隠滅って、意外と大変ですね」
 「数が数だけに足跡を辿られても面倒くさいから。
  まあ……今度相手にするヤツはもっと面倒だろうけど。
  多分その証拠隠滅すら手掛かりにして来るだろうし」
 「能力者って面白いですね。私達とよく似てる人も居ましたし」
 「……それ、嫌味?」
 「いえ、あの、そういう意味ではなかったんです。ごめんなさい」

素直に謝罪するレイナだが、振り返る楓は明らかに怒っていた。
何かを言わなければとレイナは口を紡ぐ。

 「大丈夫ですよ加賀さんなら、もうチカラを意のままに操ってる。
  それなら今度こそできますよ、復讐を」
 「……当たり前じゃない。手伝ってもらうからね、レイナ。
  元々アンタや、あのバケモノのせいなんだから」
 「はい。私達は元々、そういう契約ですから」

805名無しリゾナント:2017/01/25(水) 03:39:39
『異獣』は異能力を得る代わりに、召喚士のチカラとなる事。

至極当然で、単純明快な契約である。
レイナは人型であると同時に、異獣召喚士が呼び出せる九十九の
異獣を使役する【門】の仲介人、百体目の人形異獣である。

レイナが依存する人間の女は随分前に自身が使役していた
異獣に誤って取り込まれてしまい、命を落としたという。
その彼女を楓が召喚した事で現世に戻ってきたが、中身は別物だ。

生前の年齢を考えると同年代だが、彼女と心を通わせる事はないだろう。
この先を考えても有り得ない。
彼女はただのバケモノであり、そして。

 ある目的を達成すれば、再び【門】に封じ込める。
 それまでの道具に過ぎない。

自身を取り戻す様に表情を引き締める。

 「とりあえず、しばらくこの地区の近くに居る。
  警察すらこの四区には無暗に近づかないらしいから。
  多分遭遇するなら……ここの親分でしょうね」
 「加賀さん、楽しそうですね」
 「……馬鹿言わないでよ。アンタ達じゃあるまいし」

レイナの黄金の目が闇の中で隣火となって光る。
死臭と血臭の舞う空間から出ていく楓の背後で、レイナは微笑んだ。

806名無しリゾナント:2017/01/25(水) 03:42:15


 「甘いなあ、加賀さんは。でも大丈夫ですよ。
  私が、私達が、ちゃんと叶えてアゲマスカラネ」


壁際に倒れた割れた姿見がレイナを映し出す。
もう一人の自分がこちらを見つめていた。
悲しそうに、嬉しそうに、苦しそうに、楽しそうに。
影を忘れた闇が静かに、ただ徐々に大きく蠢いた。

807名無しリゾナント:2017/01/25(水) 03:45:45
>>797-806
『朱の誓約、黄金の畔 - creature in a mirror-』

今回は少し短いです。
登場人物は多い予定だったんですが次回にでも。
B.L.T.買ってもう少し二人の知識を増やさなければ。

808名無しリゾナント:2017/01/29(日) 13:36:43
「おい!あいつは、あいつはどこや!!」

某国民的犯罪組織の、支店。
定例の支店会議を執り行う会議室に、勢い勇んで乗り込む人物が一人。
支店トップを張る女、普段は冷静沈着で知られる彼女は珍しく声を荒げていた。
どちらかと言えばフリーダムな雰囲気を醸し出している、彼女の言う「あいつ」。支店の二番手であり、女の相棒的存在で
もある「あいつ」が支店会議をサボタージュすることなど、日常茶飯事のことのはずだが。

「あの人なら、『白菊』さんと『黒薔薇』さん、それと店の一個小隊連れて出かけましたよ。何でも、『虎狩り』に出かけ
るとかで」
「なんやと!?」

先日、支店の参謀格に収まったばかりの髪の長い、前髪を七三に分けた少女が、事実を告げる。
「虎狩り」の意味はすぐに理解できた。間違いなく先日スカウトに失敗した少女のことだ。
その言葉に、驚きよりも先に怒りを覚える。
女が焦っていたのは、嫌な予感がしていたから。スカウトをするのに、わざわざ二人の幹部と大所帯を連れてゆく必要性と
は。

「アホが!何勝手なことしとんねん!!すぐに連れ戻し!!」
「いいんですか?『ちゃぷちゃぷ』さんの面子、丸潰れですよ?」
「なっ…!」
「それに。ニーチェも言ってるじゃないですか。『人生を危険に晒せ』ってね」

参謀の言葉が、女の感情に大きくブレーキをかける。
「あいつ」の「虎狩り」が、自らの命運を賭けるほどの大事だとすれば。
表だって自分が制止するわけにはいかない。この支店は自分と彼女の二枚看板で支えているようなもの、そんなことをすれ
ば組織内のパワーバランスに関わる。個人的な感情は、嫌でも収めなければならない。

「…くそが!!」

が。苛立ちまでもがそう簡単に収まるわけもなく。
負けるわけがない。という相手に対する信頼と、自分に背を向け独断で「虎狩り」に出かけた事実が女を板挟みにする。
それでも、女は知っているのだ。相手の帰りを待つ以外に、自分のすることなどないことを。

809名無しリゾナント:2017/01/29(日) 13:38:03


「で。そのミツイっちゅう人が、うちを匿ってくれるって話やけど」

あまり乗り心地がいいとは言えない車の中。
助手席に座った尾形春水が、運転している野中美希に話しかける。

「その人、ほんまに信用できるん?」
「実を言うとね。私も話に聞いただけで、会ったことないんだ」
「はぁ!?」

春水が怪訝な顔をするのも無理はない。
正直、普通に考えれば美希でもそんな伝手を頼るなんてどうかしてると思ってしまうが。

「Don't warry. うちの機構がお世話になってる、ロサンゼルス市警のハイラム警部って人がいるんだけど。その人のお墨
付きの人だから。大丈夫、信頼できる人だよ」
「へえ、そうなんや」

ハイラム・ブロック。
もともと市警のいち刑事課長に過ぎなかった彼は、ロサンゼルスにて勃発したテロ事件を「解決」することで飛躍的にその
名声を高めた。そしてその確かな実力は「機構」の知るところとなり、現在に至るまで良好な協力関係を築きあげている。
ただ、「機構」が彼に接触したそもそもの目的は、彼が日本のとある能力者集団との間に持っているコネクションであった。

その能力者集団の中に、先のミツイという女性は所属していた。
かつては驚異的な予知能力の持ち主だったそうだが、今では能力を失い、能力者時代に培った経験を活かして様々な活動を
しているという。
ハイラムの知己ということもあるが、美希は彼女の名前を聞いた時、その人に委ねれば何とかなる。そんな直感に似たもの
を感じた。言うなれば、心に響く何か。まさしくそれは…

810名無しリゾナント:2017/01/29(日) 13:39:54
「ちょ、さっきの交差点左と違うん?」
「あれ…そうだっけ?」
「また方向音痴が炸裂かい!はぁ…うちに運転免許があったらってつくづく思うわ」

呆れ顔の春水に、美希は肩を竦めずにはいられない。
ただ、抗弁する機会があるのなら言いたい。これは決して自分のせいではないのだ。どうしようもないことなのだ。とは言
うものの。
先程の交差点スルーはまだいいほうで、気が付くと東京と真逆の方向に走っている始末。方向音痴のプロ、方向音痴の
スペシャリスト。何度春水にそんなありがたくない二つ名をつけられそうになったか。
そして、今この瞬間も。

「オー…今の路地を右に曲がらなきゃならないんだった…」
「はぁ。こら気長にいくしかないねんなあ」

「機構」所属のエージェント。それが方向音痴だなんて、と美希は気が滅入る思いなのだが。
むしろそれが春水にとっては親近感を感じる要素であることを、美希は知らない。
春水が美希について行こうと思ったのも、偏に美希の人柄のおかげでもあった。

「それにしても、ええの? 任務とやらをほっぽり出してうちに付き合っても」
「ノープロブレム。ちょうど大阪の支部に同僚がいたから、きちんと引き継ぎできたし。その、春水ちゃんを無事に東京に送
り届けるには一日でも早く動かないと、って思ったから」

車は市街地を抜け、山道に入る。
峠を越えれば、とりあえずは関西圏を抜けることになる。

811名無しリゾナント:2017/01/29(日) 13:41:00
「ふう。ようやく第一段階突破だね」
「ああ、誰かさんのおかげで遠回りしたけどなあ」
「もう、春水ちゃんのいじわる…今のところは追っ手もいないみたいだし、少しは気を休めることができるね」
「そうやとええねんけどな」

おそらく春水は例の怪しいナース服の二人組の事を思い出している。美希はそう踏んでいた。
大阪であれほどの実力者がいる組織と言えば、思い当たるところは一つしかない。
美希が憎む「あの組織」ではないものの、全国の要所に拠点を持つメジャーどころの支店だ。時として海外にまでその欲望
の手を伸ばす彼らは、「機構」の監視対象組織の一つに入っていた。

春水が顔を顰めるのも無理はない。何せ彼らのやり口は一言で言えば「えぐい」からだ。
彼らの見初めた逸材を手に入れるためには、手段を選ばない。それは、春水の仲間たちを見せしめに殺したように見せかけ
たことからも明らかだ。ただし、それが通じないと解れば次は騙しではなく本当に実行する。
特に。あの二人組のピンク色のほうは、仲間に迎え入れると言うよりも、むしろ弱者を甚振り楽しむような素振りすら見せ
ていた。そんな彼女が、そう易々と「おもちゃ」を手放すだろうか。

今は、そんなことを考えても仕方ない。
美希は、車をただひたすら東へ向けて走らせる。

楽しいドライブ、とはいかずとも長い道中だ。
自然と会話は互いのことについて及んでくる。

「野中ちゃんの言う機構、ってどんなとこなん?」
「うーん、そうだね…」

812名無しリゾナント:2017/01/29(日) 13:41:57
春水に言われ、美希は自らの所属している「機構」について説明する。
アメリカにおいて外国での諜報・諜略活動を一手に引き受ける中央情報局。その下部組織でありながらも、半ば独立した指
揮体系を保持しているのが「機構」なのだと言う。
活動内容は、中央情報局の入手した情報をもとに行動すること。特に、「能力者」と呼ばれる異能の持ち主の絡む問題に介
入・解決するのが主になっているという。

「へえ。そんなエリートさんばっかのとこに野中ちゃんの年で在籍してるなんて、凄いやん」
「いやいや、私の場合は優秀なエンジニアさんが…」

そう言いかけたところで、美希が口を噤む。
どうやら何かに気付いたらしい。
バックミラーには、車間をぴったりと付けて追走する、スモークガラスの怪しい車が。

「春水ちゃん。後ろから、不審な車が」
「…ほんまや。もしかして、あいつらじゃ」
「わからないけど、振り切ってみる」

言うや否や、アクセルを思い切り踏みつける。
凄まじい爆音とともに、車両が急発進。見る見る間に、後方の車を置き去りにしていった。
これで必死に食らいついて来るなら、ビンゴなのだが。

「何やねん。あいつら、まったく追ってけえへんやん」
「うーん、私の思い過ごしだったのかな。人気のない場所に入ればもしかしたらアプローチをかけてくるかも、って思った
んだけど」

もし彼らが未だに春水のことを諦めていないと仮定して。
仕掛けるなら、ここ。そう美希は予想していた。それは「機構」のエージェントとしての直感だった。
その直感が正しいことは、すぐに証明された。

813名無しリゾナント:2017/01/29(日) 13:43:00
道の真ん中に立つ、ふたつの影。
車が近づきヘッドライトが影を照らすにつれ、姿が顕になる。

二人とも、白のナース服に白黒のボーダー柄のニットコートを羽織っていた。
ニットコートは、多少の模様の違いがあり。
白が多めのほうは、鬼の形相でこちらを睨み付け。黒が多めのほうは、下卑た笑顔で迎え入れる。
いかにも対照的な二人、けれども、こちらに向けている敵意は。ひとつ。

「尾形ちゃん!しっかり掴まってて!!」

言うや否や、美希はハンドルを大きく切った。
車体をぎりぎりまで近づけ、そして横に寄せる威嚇。だが、件の二人は顔色ひとつ変えることなくその場から一歩も動かな
い。その胆力、威圧感、ただものではないと美希は判断する。

「私が先に出る。尾形ちゃんはあいつらを無視して先に行ってて!」
「はぁ?何言うてんねん!うちも戦うわっ!!」
「こっちには車がある!すぐに合流するから!!」

ここで二人で共闘した場合と、一人でこの二人を相手にした場合をシミュレート。
結果、後者を美希は選んだ。これからやろうとしていることに関しては「一人の方が」都合がいいのだ。

不承不承ながらも首を縦に振る春水を確認し、美希は運転席のドアを開け放った。

「なかなかおもろいことするやん。ま、その鉄の塊ぶつけたとこで勝ち目なんてあらへんけど」
「つまらんことしてると、死ぬぞお前」

嫌らしい表情を浮かべ挑発する黒いほうと、殺意を剥きだしにする白いほう。
それを無視し、美希は訊ねる。

814名無しリゾナント:2017/01/29(日) 13:44:40
「あんたたちのボスは?」
「…お前ら如きに、姉さんが出張るわけないやろ」
「そう…いいよ、春水ちゃん」

それが、ゴーサインだった。
勢いよく車から飛び出した春水が、二人の刺客のボーダーラインを越えようと駆け出してゆく。

「なっ?!」
「逃がすかい!!」

春水を阻もうと、白いほうが手を伸ばしかけた矢先のこと。
掠める、紫電。攻撃をかわした時にはもう、春水は追いつけない距離に遠のいていた。

「ちっ…とんだ邪魔が入ったわ」
「まあええやないの。二人でこいつを甚振り殺す、っちゅうのも面白そうやし」

最悪一人だけでも足止め、と考えていた美希だったが。
まさか二人ともこちらに気を向けてくれるとは。春水に追手が差し向けられないことを喜ぶべきか、それとも巻き込まれ体
質の本領発揮を恨むべきなのか。
諦めたように、ふう、と美希は息を吐く。

「何やねんお前。もう白旗上げてんのかいな」
「ううん。あなたたちなら、『これ』を見せても問題ないかな、って」

美希がかぶりを振ると同時に、それまで普段着のように見えた彼女の衣服が形を変えてゆく。
体にフィットしつつも、防御性に優れたデザイン。それでいて機動性をまるで損なっていない。深い紫色の、プロテクトス
ーツ。

815名無しリゾナント:2017/01/29(日) 13:45:41
「ちっ、光学迷彩…?」
「It is not necessary to tell you.(あなたたちに教える必要は無い)」

それだけ言うと、美希は全速力で黒いほうへと向かってゆく。
先程見せた「飛び道具」から、距離を取って戦うタイプと見ていた黒いほうこと「黒薔薇」は少々面食らう。

「ちょ、何でうちやねん!」
「ええやん。甘いもんばっか食うてるから少しは体動かしや」

ひとまず自らが攻撃の対象から外れていることを知り余裕の白いほうこと「白菊」。
ついてない「相方」は不服そうに頬を膨らませつつ、すぐに思考を切り替える。

美希が、一気に敵との距離を詰める。
上段への突きや蹴りを主体とした、米軍軍隊格闘術に源を発した「マーシャルアーツ」。それが美希の戦闘スタイルであった。

矢継ぎ早に繰り出される、拳や蹴り。
だが「黒薔薇」も負けてはいない。美希の迅さに対応し、雨あられの攻撃を悉く防いでいる。
やがてこのままでは埒が明かないと見た美希が間合いを大きく取った。

「何や、逃げんの…」

言いかけた「黒薔薇」が、ぎょっとする。
右手を額の辺りに翳した美希。ともすると敬礼のポーズにも見えるそれは、体中から紫の光のようなものを集め。
一直線に、空間を斬り裂いた。

816名無しリゾナント:2017/01/29(日) 13:46:46
同時に、再び間合いを詰めてゆく美希。
謎の光線を回避するので精一杯だった「黒薔薇」の無防備な姿、さっきのような息もつかせぬ蹴り技と手刀のコンボを食ら
えばただでは済まない。

が、そこに立ちはだかるものがいた。
二人の戦いを静観していた「白菊」であった。

「近接と飛び道具の二段構えか。せこい真似するやん」
「くっ!!」

戦況は一気に二対一の不利な流れに。
「白菊」の乱入により態勢を立て直した「黒薔薇」も攻勢に加わり、美希は一気に窮地に陥る。

「おらあっ!!」

「黒薔薇」の上段蹴りに警戒し身構える美希を、死角から「白菊」の一撃が襲う。
見た目の華奢な感じからは想像もつかないほどの、重い拳。プロテクター越しに伝わる衝撃は、美希に確実なダメージを与
えた。
後方に態勢を崩す美希に、白の刺客は追い打ちをかける。蹴り技はないものの、右から左からやって来る剛拳。これには正
面を固めて防御に徹するしかない。

このままでは…
何とか状況を打開したい美希だが。

「うちのこと、忘れてへん?」
「なっ!」

今度は「白菊」の反対側から、「黒薔薇」が。
いつの間にか拾ってきたと思しきコンクリの塊のついた鉄パイプを、何の躊躇も無く重力に任せて振り抜く。
プロテクターの範囲外である頭にそれを受けた美希は、思い切り後方へと吹っ飛んでしまった。

817名無しリゾナント:2017/01/29(日) 13:48:04
「相変わらずえげつない攻撃やな」
「せやかてうち非力やもん。それに、これやったら血ぃ、いっぱい見れるやろ?」

けたけたと笑いだす、「黒薔薇」。
その笑顔は狂気に染まり、さらなる惨劇を求めて美希に近づく。
しかし、インパクトの瞬間に力を逃がした美希はゆっくりと立ち上がった。
こめかみのあたりから少し流血はしているものの、大きな怪我ではないようだ。

「つまらんなあ。もっとどばっ、と血出ると思ったのに」
「生憎、鍛えてるんで」
「ま、ええわ。今からここらは血の海になるから。なあ、『白菊」」

まるで歩調を合わせるかのように。
同時に歩き出す、二人。再びの連携攻撃を予測し身構える美希だが、異変はすぐに訪れる。

「え…」

立ち上がったはずなのに、力が抜けたように膝を落としてしまう。
さっきの一撃が予想外に効いていた? 違う。これは。可能性を模索する美希に、二人の悪魔が囁く。

「なあ。こう見えてもうちらも『能力者』なんやで?」
「うちらに囲まれた時点で、自分、もうしまいやねん」
「黒き薔薇は、相手に眠りをもたらし。白き菊は相手に死をもたらす。なんてなぁ」
「寒。あの哲学マニアみたいな物言いやな。せやけどま、そういうこちゃ」

なるほど。毒ガス使いか。
美希はすぐに、相手の能力を看破する。
おそらく二人でコンビを組んでいるのは、一方の力で相手を昏睡させ、さらにその間に致死性のガスを吸い込ませ確実に亡き者
にするためだろう。しかし。

818名無しリゾナント:2017/01/29(日) 13:48:35
「もう遅いで? あんたはもう、一歩も動けん。うちらに嬲り殺しにされるだけや」

毒ガス中毒に陥った人間がそのことに気付いた時は、最早手遅れ。
全身の機能は失われ、死を待つのみだ。

追い込まれた美希が取ったのは、自らの身を隠すこと。
今度はプロテクトスーツだけではなく、全身ごと。

「はっ、悪あがきやな。そういうの、めっちゃむかつくねんけど」
「ええやん。どうせ遠くには逃げられん。追い詰めて甚振って殺す楽しみが増えたっちゅうことや」

手負いの兎を狙う狼が如く。
二人の狩人の目は、赤く血走っていた。

819名無しリゾナント:2017/01/29(日) 13:50:46


急ぎ足に、雑草が絡みつく。
だがそれほど抵抗のあるものでもない。すぐに慣れてゆくだろう。

自らが選んだとは言え、民家の明かりすら見えない山道。
だが、道はまっすぐ続いている。
何事もなければ、合流することはそう難しくないはずだ。

ふと、後ろを振り返る。
先を見通せない闇が、そこには広がっていた。
きっと、そこでは「二輪の花」が当てもない探し物をしているに違いない。

美希は、先ほどの修羅場からまんまと逃げ果せていた。
先程まで彼女がいたあの場所。恐らくは毒ガスの使い手である二人が意図的に選んだ窪地だったのだろうが。
それが逆に、美希にこれとない好条件を与えていたことを彼女たちは知らない。

空気調律。
それが、美希の能力だった。
自分の周囲の空間の、温度、湿度、空気の流れを自在に操る力。
美希の纏っていたプロテクトスーツを隠したのも、空気中の静電気を集めて電磁砲を放ったのも、この空気調律のおかげである。
そして。

自らを取り巻く毒ガスを、通常の空気と置き換える。
さらには領域内にいる対象の空間認識を狂わせ、ちょっとした方向音痴状態に陥らせる。
毒ガス自体の毒性は、深く吸い込まなければ日ごろその手の訓練を受けている美希にとっては、大きな問題ではなかった。

「黒薔薇」と「白菊」はまんまと美希の能力に翻弄され、そして逃がしてしまったのだ。
美希は改めて、自らの能力とそれを増強させてくれるプロテクトスーツの存在に感謝する。

820名無しリゾナント:2017/01/29(日) 13:52:06
彼女の纏っているプロテクトスーツ。
「機構」に属するとある技術者が、美希のためにカスタマイズしてくれた一品ものであった。
その技術者の唯一無二と言っても過言では無い技術力によってスーツは生み出され、美希の「空気調律」能力は美希のポテンシ
ャルを最大限に引き出すことに成功した。元々能力についてはそこまで秀でていなかった美希が「機構」指折りの使い手にまで
上り詰めることができたのは、スーツのおかげだと美希は重々承知している。

ただ、その技術者は不幸な事故により、もうこの世にはいない。
だから、何らかのアクシデントでスーツが壊れてしまった場合。もう新しいスーツは作られない。それが意味するところを、美
希は知っていた。いつか、いつの日か。その日がやって来ることを。

山道を、ひたすら奥へと進んでゆく。
二人の刺客を巻くためには車を捨てざるを得なかった。ただ、春水と合流した後に麓の町で調達すれば何の問題も無い。
ひたすら続く、一本道。その形状が方向音痴な美希にはありがたい。そもそもその方向音痴も、美希が「空気調律」の能力者で
あることから起因しているものだのだが。

少し歩けば、春水とすぐに合流できるはず。そう美希は予測を立てていた。
しかし、歩けど歩けど春水の姿は見えない。それどころか、奥に進めば進むほど例えようのない嫌な予感が美希を襲っていた。
まさか。そう思った時に、鼻をつく臭い。

何かが、焦げたような異臭。
そして。荒らされた地面。激しい戦闘が行われた痕跡に違いない。
足跡は、引き摺られるように奥へと続いている。

まさか、あの二人はただの囮!?

運ぶ足が、必然的に速くなってゆく。
春水の身が危ない。美希の推測通り「白菊」「黒薔薇」の二人組が囮ならば、春水を待ち受けているのは。
全速力になってすぐに、正面の暗闇が紅く輝く。ほんの、一瞬の瞬き。それでも、美希にはそれが春水の放つ炎であることは
理解できた。

821名無しリゾナント:2017/01/29(日) 13:53:35
光源が近づくにつれ、瞬きの間隔は広がってゆく。
まずい。早く辿り着かないと!! 必死の思いで、肺を絞るように駆ける美希が見たものは。

「あれ、ずいぶん早かったなあ」

最初に見た時と同じ、柔らかな笑み。
暖かく、そして甘いミルクティーのようなその表情。そしてそれとは反比例するような、瞳の色の冷たさ。

「もうちょっと遅かったら、こいつに『とどめ』のちゃぷちゃぷやったんやけど」

ピンク色の看護服に身を包んだ女の、足元には。
文字通り血に沈んだ、春水の姿があった。

「春水ちゃん!!!!」
「く…来るな…や…あん…たは、逃げ」

喘ぐように言葉を出そうとする春水、しかしその頭を女が無情に踏みつけた。

「こいつが悪いんやで。『あの子』に届こうなんて、身の程知らずのことをするから」
「今すぐ!!春水ちゃんを離しなさい!!!!」
「ま、楽しい殺人ショーや。ギャラリーが一人くらいおっても、ええかな」

美希の言葉などまるで届いていないとばかりに、懐から数本のナイフを取り出す女。
女の能力は、「磁化」。磁石化された春水の体にナイフが落とされたら。磁力の力で深くえぐり込まれるナイフ。飛び散る鮮血。
そのヴィジョンは。美希の感情を激しく昂ぶらせる。

「Free her(彼女を離せ!!)!!」

走る紫の電撃。
空を裂く勢いの光線に、思わず後ずさる女。

「…死体が、一つから二つに増えるだけ。そう、思わへん?」

女の笑顔が、消える。
瞳の色と。体を流れる液体同様に冷たく、感情のない顔。
流れ込む悪意と殺気に、思わず美希は身を震わす。
だが、ここで退くことは、春水の死を意味する。
「機構」きってのエージェントである美希でも経験したことの無い、修羅場が今、幕を開けようとしていた。

822名無しリゾナント:2017/01/29(日) 13:56:30
>>808-821
『リゾナンター爻(シャオ)』番外編 「煌めく、光」 
後編はまたのきかいに

今日は狼には転載できなさそうです
代理していただけると爻、とってもうれしいですw

823名無しリゾナント:2017/01/29(日) 19:05:19
転載行ってきます

824名無しリゾナント:2017/02/07(火) 03:28:13
 では あとの事はお願いします 生田さん
 すみません 同じサブリーダーなのに私が先だなんて
 もしも薬の効果が中途半端に切れてでもした時は生田さんの
 チカラでしか抑える事は難しいと思って…
 や 大丈夫ですよ なんならレアでもミディアムでも…
 ごめんなさいごめんなさい冗談ですひぃ 本気で焼かないでっ
 ……でも本当に お願いしますね “次の私とも”それなりに
 接してあげてください ではまた


連続殺人犯は短命だ。
何故なら最後には逮捕されるか、精神が崩壊して自殺する事が多い。
多いとはいえ、結果が分かっている場合だけで、ほとんどの事件に
倣えばほとんどは未解決のものとして過去に流れていく。

カウンターの上に接続されたパソコンの画面を見て、春菜は顎に手を、肘をつく。
喫茶店内の窓を横切るのは通勤する背広姿や学生。
『リゾナント』のある十四区より東にある第十八区、十九区は全年齢共通の
教育機関が設置してあり、第二十区は新暦を迎える以前に設立された
ベンチャー企業群が連なり、今では二十三区まで拡大している。

二年前の日本壊滅から、二年の歳月で他国の支援を得ながら
システム機能を少しずつだが回復の兆しを見せている。
本来東京が存在した地域に新たに設立した共同復興都市『TOKYO CITY』
その裏ではリゾナンターの志に賛同した後方支援部隊の活躍による所が
大きいという話だが、彼らはその姿を見せずに未だに行方をくらましている。
今でも各地区でひっそりと活動しているらしいが、真意は不明のまま。

825名無しリゾナント:2017/02/07(火) 03:30:10
朝早くからの経理手続きや仕出しの手配を終えて、春菜はネットによる
各地区の動向を探っていた。主に掲示板やチャットだが、馬鹿には出来ない。
壊滅した後の日本であっても、ネットに依存してきた月日を考えれば
こんな便利なシステムを簡単に手放す訳がない。

“隠れ蓑”である喫茶『リゾナント』での情報収集力は先代から受け継いだ
ネットワーク網を介してであり、信頼する”情報屋”よりもその性能は
良くないが、見過ごせないものも確かに文字として、事実として映る。

 『また第七区で殺人事件だってよ』
 『あそこは珍しくないじゃないか。あそこは黒社会の入り口。
  ま、昔宗教集団が起こしたバイオテロ事件の方がよっぽど凄いけどな』
 『生体実験もしてたってホントかな?ドンが酔狂してたって』
 『どんだけ地球嫌いだよ』
 『国一つ沈めようとしてた奴らがなんで西を牛耳ってるんだ?』
 『詳しい事は未だに政府が黙ってるから分かんねえよなあ。
 誰が黙らしたのかも知らねえし』
 『お前らまたその話してんの?何スレ立てたと思ってんだ。
 『半年頑張ったけど結論でなかった悪夢再来』
 『残り火がなにしようが東に来なきゃどうでもいい』
 『二十二区はヤクザの頭が背負ってるって話だぜ』
 『マジかよ。俺の兄貴が働いてんだけど』
 『兄貴カワイソス。転職勧めてやれよ』
 『お前ら誰か乗り込んで来い』
 『指名手配犯にもならねえから野放し状態』
 『法律なんてそんなもんだよな。日本壊滅フラグキター?』

 来させないっつーの

春菜はため息を吐きながらパソコンを閉じた。
関心や興味のない者達が集まった所で真実には辿り着かない。
だが不幸の味は蜜の味。
楽しみを失った人間は卑下する為に満たされようとする。

826名無しリゾナント:2017/02/07(火) 03:31:28
情報を与えるのは楽だが、不幸を撒く行為だけはしたくない。
こうして網に引っ掛かるだけの魚で居てくれた方が良い事もある。
そこまで考えて、苦笑した。

自分も同じじゃないか、春菜の鼻孔にコーヒーの香りが刺激する。

 「またそんなの見てんの?」
 「情報を集めるには一番効率いいんだよ」
 「ガセも多いけどね。あまり真に受けないことが吉よ」
 「占いでも始めた?」
 「一回千円」
 「地味に現実的な金額ね」

亜祐美がカウンターの椅子に腰を下ろし、マグカップを傾けた。
凛々しい眉に瞳は狼と悪戯っ子が同居した様な印象を受けさせる。
受け取ったマグカップのコーヒーは砂糖入りで甘みがあった。

 「でも学生生活の時ってさ、周りの情報だけが頼りだった所ない?」
 「ああうん、分からない事もないけど」
 「今も平行線な気がするんだよね。
友達や街の人達に気持ち悪いやつだと思われない様に、とか。
  明るく楽しい人を演じて、空気を維持したり、とか。
  将来の夢の心配とか、家族事情も空気を読まない話にしない様に、とか。
  あ、言っとくと私じゃないからね。周りがそうだったって事だから」
 「でもリゾナンターになったのも学生の頃だしさ、よくもったなって思わない?」
 「今思い出すとね、目標があったからだと思うよ」

827名無しリゾナント:2017/02/07(火) 03:32:24
 他人を虐待する学生は相対的に目標が遠ざかる。
 何も目標がなくて日々が退屈な獣たちが強制的に詰められた檻では
 生き残るための共食いが行われるからだ。
 
 「社会人になってみて分かったのは、学生時代とは比べものに
  ならないぐらいの我慢大会がそこら中で行われてるって事。
  …どこかの親が女の子一人での外出に何も言わない事と同じ。
  親としては成績が上がって進学実績を出してもらえるか、芸能界でも
  入って自立してもらえればどうでも良かったのかもね。
  でも、今は感謝してるみたい」

過剰な干渉を見せずにやりたい事をさせてもらっている。
知識や精神を、好き嫌いを洗脳されなかった事でこうして生きている。
それがきっと相対的に得られたこその祝福だと思った。

 「あれ、なんか私達、らしくない事話してる?」
 「今更かよっ。……私もなんか軽く語っちゃってた気がする。
  はは、ここ最近昔とか思い出さなかったのに、なんでだろ」

グイッとマグカップの中身を飲み干し、春菜は背伸びをした。
その顔は少しぎこちない。落ち着かない様に髪を掻き下げる。

だがそれも無駄だと理解したように、春菜は笑った。

828名無しリゾナント:2017/02/07(火) 03:34:11
 「ま、いっか。そういう時もあるよ。でもさービックリしたよね」

  鞘師さんが外国留学して一年、鈴木さんが福祉関係の仕事がしたいって言って
  もう半年が経つんだよ。早いもんだね。

 「最近はあんまり連絡来ないけど、忙しいんだろうし気長に
  待ってようかと思って。今頃なにしてるんだろうね二人」
 「外国かあ。遠いね」
 「でも、元気にしてるだろうから心配いらないでしょ」
 「心配は全然してないけどね、まーちゃんが最近よく気にしてるから」
 「まーちゃん、もう熱は引いた?ごめんね、私もお見舞い
  行きたいんだけど……」
 「何言ってんの、マスター代理なのに風邪で寝込んでる子の
 お見舞いなんてリスク高過ぎだから」
 「じゃあ、今回も何か持ってってあげてくれる?」
 「そのために来たのを今思い出したわ、ご馳走様」
 「今日は何を持っていく気?」
 「そうね、軽いものっていったらやっぱりパン?」
 「パン好きだねー」
 「お母さんが好きだったのものだからねーま、あれほど
  美味くはないけど、食べれないことは無いから全然」
 「あ、昨日のおかずの残りあるからお惣菜パンにする?」
 「なんでも持ってきて、挟めば全部惣菜パンだから」
 「雑だな〜」

それぞれマグカップを持ちながら厨房へ入ろうとすると
カウンターに置かれていた春菜の携帯に着信が入る。

829名無しリゾナント:2017/02/07(火) 03:34:44
 「あゆみん、ちょっと画面見てくれる?」
 「え?いいの?」
 「いいよ。その携帯は殆どメンバーだけだから」
 「じゃあ全然見るけど、えーと………あ、どぅーだ」
 「出てあげて。今冷蔵庫開けてるから」


工藤遥は第十五地区のマンション群で佐藤優樹、小田さくらと共に
過ごしている筈だが、何かあったのだろうか。
今から会いに行くのだからどんな惣菜がいいか聞いた方が良いだろう。

 「あ、どぅー?今はるなん手が離せないのよ。
  うん、今ちょっとお店に寄ってんの、ねえ差し入れにさ
  パンにしようかと思ってるんだけど中身とか…え?
  うん、うん……………え?尾形と野中が、居なくなったあ?」

春菜が厨房から顔を出し、その表情には困惑が浮かぶ。
亜祐美の表情は強張り、指示を出すと慌てたように電話を切った。

 「二人が昨日から帰って来てないって」
 「昨日!?なんですぐに言わなかったのよ…」
 「とにかく話を聞きに行こう、あ、生田さんにも連絡しないと」

第十六区に居る生田衣梨奈への連絡はすぐに繋がった。
用意していた材料を再び冷蔵庫に入れて裏口から外へ出る。

二人が走り出す姿の背後に静かに佇み、蠢く闇はすぐに消えた。

830名無しリゾナント:2017/02/07(火) 03:36:55
怪しいと感じたのはその錠剤の形状、色、そして匂い。
全てにおいて小田さくらはその薬がどんなものかを知っている。
ダークネスが幼い子供達を”手懐ける為”に開発したものであり
さくらや牧野真莉愛、羽賀朱音は効果を試薬された被験体だった。

 精神系異能者の手によって精神を支配、干渉する為の
 微細な成分が調合してあり、それによりまだ
 異能の制御が甘い子供達に何度も服用させては”洗脳”して
 都合のいい実験体を作り出していた。
 依存症はないが副作用による精神異常を来す者も多かった。
 だが稀に、異能として発現する者が居たのも事実だ。
 真莉愛のようなドーパミンにも似た『覚醒物質』を与える事に特化したり
 朱音のように痛覚を遮断する『制御法』を会得する者も居た。

真莉愛と朱音は精神的にも不安定な部分が多々あったり、身体的な
発達にも影響を与えていたが、今では落ち着きつつある。

そういえば一人、不可思議な女の子が居た。
他の子供とは違い、まるで”自分の意志でそこに立っている”とでも言う様な。
『鏡使い』と言っていたが、そのチカラは念動力のようで。
発火能力のようで。風使いのようで。水使いのようで。発電能力のよう。
多種多彩が混じり合って朱色から黒へ変換されていくような。

決して混じり合えないもの。
不気味な気配と共に佇んでいた彼女の隣に微かに見えた”穴”。
あれは一体何だったのか。もう一度再会した時に聞いてみたいと思っていた。

831名無しリゾナント:2017/02/07(火) 03:37:38
―――どうして今こんな事を思い出しているのだろう。
これに頼る”時”を迎えたからなのか、胸騒ぎが、止まらない。
錠剤をケースに入れる。処分する事を決めかねていると。

 「お団子ー入るよー」
 「それは入る前に言うセリフですよ佐藤さん。開けるのと同時じゃ意味ないです」

振り返ると同時に机の引き出しにケースをしまい込む。

 「はいはい。よいしょっと」
 「ちょ、当たり前みたいに布団の上に、しわが出来ちゃうから…。
  そういえば佐藤さん。工藤さんが熱冷ましの薬に飲んでないの怒ってましたよ」
 「お団子が飲んどいて」
 「それじゃ意味がないので。フォローするのも限度があるんで」
 「むー!てかもう前の前の日に治ったって言ったのに!」
 「ちゃんと処方してもらったんですから全部飲まなきゃ。
  ていうかこんな所でのんびりしてていいんですか?」

さくらが人差し指で扉を示す。黒い影が覗いていたかと思うと
おどろおどろしく片目を黒髪で隠し、揺れた言葉が響き渡る。

 「まーーーちゃーーーんーーー?」
 「脱出!」
 「小田ちゃん!」

フィンガースナップ。『時間操作』により巻き戻された佐藤優樹の
『瞬間移動』は簡単に容易に妨害されてしまった。
一瞬何が起こったのか理解できなかったが、瞬時に佐藤の睨みが
小田を射抜くが、見て見ぬ振りをする。

832名無しリゾナント:2017/02/07(火) 03:39:07
 「逃げんな!ぶり返したらまーちゃんが苦しいんだぞ?」
 「もう治ったってば!熱だって計ったら問題なかったし!
  どぅーの作ったあんまり美味しくないご飯だって食べれるしーっ」
 「はあー?まーちゃんだって同じようなもんだろ」
 「ちょっと佐藤さんやめ、ベットで飛ばないでー!」

優樹はこの二週間、寝込んでいた。絶対安静で。
肺炎によって気管に炎症を患っていた為、喋る事も困難だったほどだ。
病院で入院する事も考えたが、優樹が家に帰りたいと愚図ったのを
考慮してもらい、自宅療養してつい先日、ここまで回復したという訳である。

それぞれは部屋を設けてもらい、実質ルームシェアという形で
マンションを居住区としている。ちなみに隣部屋は春菜と亜祐美が共有している。

 「でも私の記憶違いでないなら、佐藤さん泣きながら工藤さんのご飯食べてましたよね」
 「美味しくなかったから泣いたの!責任とってよね!」
 「じゃあまたご飯作ってやるよ」
 「それはもう良い!てか何言っちゃってんの?なんで居るの?」
 「ここ私の部屋ですよ佐藤さん」
 「今どぅーと喋ってんの!だーさくだかさくらんぼーだか知らないけどあゆみんと言い合ってな」
 「ここに居ない人をディスるのやめなよ。
  …別にご飯のうまいマズイはいいんだって、自分でもよく分かってるから。
  でもやらなきゃいけない事はちゃんとやらなきゃダメだって事が言いたいのハルは。
  いつかもっとヒドい怪我や病気になるかもしれないんだぞ?」
 「そうですよ佐藤さん。工藤さんの言いたいことも分かりますよね?」
 「……わぁかったよぉー」

渋々だが最後には理解してくれる。
愚図ると分かっているから遥もさくらも始終の事柄に大きな声は上げない。
猫型のクッションに当て付けるように掌を振り上げてるのは気が気じゃないが。

833名無しリゾナント:2017/02/07(火) 03:39:50
 「じゃあ今日はまーちゃんが食べたいもの食べようぜ。何がいい?出前?」
 「別になんでもいー」
 「それが一番困るんだけど、何もないならまたハルの美味しくないご飯だからな」
 「別にいーよ……それで。まさも手伝うから」
 「じゃ、じゃあちゃんと美味しくなるように味見してよ?」
 「…しょーがないなあ。ホントに手間のかかる子だよ」
 「でかい顔できるのも今のうちだからな。まーちゃんの味見で
  美味いかマズイか変わるんだぞ」
 「じゃあやんなーい」
 「じゃ、まーちゃんだけ朝ご飯はおあずけだな」
 「…どぅーなんてだいっきらいっ」

結局は優樹の嫉妬心による所が大きいのだが、その心が向う先は
彼女への愛深きものなのも周知の事実である。
目の前で揉め合う二人を背後に皺の寄ったベットと暴れた拍子に落ちたぬいぐるみ。

 「あのー痴話喧嘩なら片付けてから始めてもらってもいいですか?」

朝食を済ませた後のブレイクタイム。
昼には亜祐美が様子を見に来るという事で何が言いかと思案していた。
玄関のチャイムが訪問者を告げる。

 「石田さん、じゃないですよね。いくらなんでも」
 「どぅー出番だよ」
 「粗いなあ」

834名無しリゾナント:2017/02/07(火) 03:40:43
優樹に背中を叩かれ、遥はリビングの扉に視線を向ける。
『千里眼』の発動に暖色の煌めきとピーナッツ型に瞳孔が変形。
視覚的物質無効化と透視で玄関先に立つ誰かを視た。
同時に呆れたような、困惑した顔を見せる。

 「まりあが号泣して立ってんだけど、どうする?」
 「そのままにしたらご近所に怪しまれます」
 「だよなあ、ちょっと出てくる」

遥が扉を開けたと同時に牧野真莉愛の泣き声と慰める声が辺りに響く。
リビングに遥に肩を支えられた真莉愛と背後から羽賀朱音が顔を出す。
今日は休校のはずだが、朱音と真莉愛は制服姿だった。

 「まりあのせいでーっまりあのせいでーっ」
 「ちょっと落ち着きなよまりあ。ほらティッシュ。お茶飲みな?」
 「うぅ、ぐ、あい……」
 「どこの泣き上戸のじっちゃんだよ…何があったのさあかねちん」
 「その、簡単に言うとはーちんと野中ちゃんが行方不明なんですよね」
 「はぁっ?いつから?朝?」
 「昨日の夕方から……」
 「昨日!?なんでもっと早く連絡しないんだよ」
 「確かあかねちんは書道の合宿に行ってたんだっけ」
 「はい。帰ってきたらまりあちゃんが居なくて、そしたら
  こんな状態で帰って来てどうしようと思ってここに」
 「お前まで行方知らずになってんじゃないよーもー」

835名無しリゾナント:2017/02/07(火) 03:43:00
 「う、気がついたら菜園場で寝てました。ごめんちゃいまりあ」
 「そこで茶化さない。菜園場って里山?」
 「違います。学校の、お茶畑でずっと摘んでました」
 「え、まりあも合宿か何かだったの?」
 「いえ、部屋に居ても落ち着かないし、探しに行っても誰も居ないし。
  作業してたおばちゃん達のお手伝いを。昨日と合わせて40キロも摘んじゃいました」
 「記録更新してるし、てか一人でそんな事してたんだ…いや違くて。
  で、で。それがなんでまりあのせいになるの?」
 「昨日菜園場に向かう途中で二人に会ったんです。先に帰ったはずなんです。
  なのに連絡がつかないし、あかねちんも居ないし、工藤さん達に
  迷惑かけたくなかったし、怒られる前に見つけようと思って…」
 「まりあ…でもお茶摘んだのね」
 「うう、他にもたくさん収穫してから大変そうでつい…」
 「まりあさあ……あ?」
 「牧野、顔を上げて」
 「うえ?ぅぷ……」

遥の声を遮る声に真莉愛が顔を上げると、優樹がタオルを彼女の顔に押し付けて拭った。
拭い終えると頬を引っ張って、ジッと視線を交える。

 「いたいれふ、さおうはん」
 「泣き止まないとこの十倍の力で引っ張るよ」
 「ほめんなはひほめんなは」
 「牧野が本気なのは分かった。探すよ、一から」
 「……はい」
 「まりまーでしょ!」
 「はいっ、はいっ!佐藤さん!ついて行きます!」

真莉愛の泣き顔にそれだけを言って、優樹は頬を離した。
さくらと遥に視線を向けると、パンッ、と両手で乾いた音を鳴らす。

836名無しリゾナント:2017/02/07(火) 03:43:40
 「って事でそっこーで探したいんだけど、これ以上なんかある?」
 「……ま、その通りだな、はるなんに連絡してくる」
 「あかねちん、とりあえず着替えてきな」
 「あ、はい。まりあちゃんの服も持ってきます」
 「まりあももう泣かないの。お腹すいてる?おはぎ食べる?」
 「あ、え、い、頂きます…」

さくらに差し出された市販のおはぎを無表情のまま食べ続ける真莉愛の背後で
脱衣所の洗濯機にタオルを投げる優樹にさくらが声を掛ける。

 「ありがとうございます佐藤さん。空気変えてくれたんですよね?」
 「落ち着かないんだよーああいうジメジメしたの。
  雨降ったみたいに気持ち悪いの嫌いなんだよね、外で遊べないし」
 「なら晴れてる内に探しましょうか。今日で見つかりますかね」
 「見つかるまで探せばいーんだよ。どぅーにも言っといて。
  あ、やっぱいいわ、まさが言うから言わないで」
 「分かりました」

記憶の差異はあるが、優樹の根本的にある起因は変わらないようだ。

 「なに笑ってんの。さっさと準備っ」
 「佐藤さんもしなきゃダメですよ」
 「今しに行くんだよーだ!」

試薬を作るのにどれだけの異能者が関わり、被験者が居たかは分からない。
だが製作者の中で一人でも「子供達に救いを」と願ってくれていたなら
例え重い罪でも微笑んで許してしまっただろうか。

考えて、さくらは静かに苦笑した。

837名無しリゾナント:2017/02/07(火) 03:44:35
街角の大画面では報道が流れている。
報道官は三日前の興業支社襲撃事件を都内で第一事件と報道していた。
二十七人が殺された事件に住民が不安がっている。
街を行く人々は「最近は物騒になった」と言っては娯楽として消費するか
そもそも無関係だという顔で歩いていく。
第十区から西側の映像も放送されていた。
街宣車が通り、道を行く人々のうち何人かは息を飲む。
車体には興業の名前や愛国の文字が並び、それは組織が復讐に
動き出した事を示していた。
強化ガラスの窓の向こうの運転手は血走った目で街を見渡している。
助手席の男の顔には歪な傷跡が無数にある、カタギの顔ではないだろう。

ああ、戦いは終わりを知らずにまた始まるのだろう。

陰惨な事件は解決しようとする人間、聞いて知った人間を蝕む。
普通の人が信じる平和で、秩序によって整頓された世界をそのまま信じてほしい。
西側も別の意味でも秩序であるならそれを信じてほしい。

けれど信じるだけじゃどうにもならない事も世の中にはある。

 「おはようございます生田さん。朝から運動なんて精がでますね」
 「おはよう。どう?情報屋の端くれになってみて」
 「日々勉強中です、あ、オムライスご馳走様でした。
  クールなのに優しい二面性がやっぱカッコいいですね」
 「素直に受け取っとくよ。で、事件の情報とかある?」
 「十区から凄い騒ぎですよ。第七区は警察の車で侵入禁止になってます」

838名無しリゾナント:2017/02/07(火) 03:45:21
警察官の群れは殺気だって武装する男たちを制止する。
組織の上層部たちが入れろと言えば、警察官は入れられないという
問答を繰り返していた。

 「救急隊によればそれはもう見るもたえない人達が倒れてて
  原型を留めてないものは袋に詰めなきゃいけなかったそうですよ」
 「そんな細かくはいいから、帰ったらご飯食べてんくなる」
 「まあ簡潔に言えば、その会社を取り締まっていた若頭と共に全滅。
  見た人の中には縋りついて泣いてる人も居たみたいで。
  やり方は強引でしたけど、人柄と人望は厚かったようですね」
 「情報屋の知識を借りるとして、犯人は複数?」
 「一人です」
 「根拠は?」
 「玄関や壁には組織に所属していた人の痕跡しかありません。
  爆弾跡や弾痕、扉を破壊したのは車を使った可能性もありますが
  それにしては襲撃の目的は一人に絞っていたと考えます」
 「監視カメラの映像とか写真はないの?」
 「死体の写真なら大量にありますけど」
 「分かった。何かあったら連絡してよ。てか心強いね」
 「やー耐性って怖いですね。憧れの生田さんとお話が出来て良かったです」

帽子を深く被り、”情報屋”は人混みへと消えていった。
生田衣梨奈は鬱陶しいとでも言わんばかりに空を見上げて髪を掻き
居住区へ帰る道のりを走っていく。

帰って来て早々冷蔵庫からペットボトルを取り出して部屋に入る。

839名無しリゾナント:2017/02/07(火) 03:46:19
衣梨奈はベットの端に背を預けて静かにため息を吐いた。
布団に丸まって眠り続ける彼女に目を落とす。
外に散らされた黒髪に衣梨奈がしなやかに伸び、後頭部を撫でる。
呻くと彼女は態勢を変えたのか、また寝息が聞こえた。頭を軽く叩く。

 「そろそろ起きんかい」
 「んー」
 「顔洗ってくるけん、はよ起きんとご飯食べるよ」
 「んー」
 「もうしらーん」
 「んーっ」

窓から差し込む朝の光が洗面所に満ちていた。
手摺りにかけられているタオルで洗った顔を拭き、戻す。
正面、洗面所の鏡に自らの顔が映り、茶髪に黒い目の整った輪郭が見える。
いつも浮かべている皮肉な笑みも今はどこか遠い。

 「えりぽんいい?」
 「ええよ」

洗面所の扉が開けられ、譜久村聖が顔を覗かせる。
赤いフレームの眼鏡が僅かに歪んでいた。
長い黒髪の下にある黒い目がまだ眠いと訴えかけてくるが、挨拶する。

 「おはよ」
 「おはよ……あーやっちゃった。今日あそこのスーパーで
  卵の特売日だったのに、あゆみちゃんに怒られる」
 「いくら安かったと?」
 「五十円。ここから近いから買っておくねって言ったの。
  えりぽんに頼めばよかった…」

840名無しリゾナント:2017/02/07(火) 03:47:45
 「えりそこまで散歩で歩いてきたけん」
 「うー、あ、だからお風呂入ってたんだ」
 「汗だくなの嫌やもん」
 「お昼どうしよっか、お店にでも行く?」
 「顔見せに行けると?」
 「うん。これ以上休んでもられないからね」
 「じゃあお風呂入り。準備しとくけん」

譜久村聖も優樹と同様に高熱で倒れていた。

二週間という長い期間で運動も出来ずに窮屈な生活を送っていたが
今では表情にも明るみを取り戻している。
聖に変わり喫茶『リゾナント』は春菜と亜祐美に任せていた。
調理に携わっていた二人だからこそ心配はしていないが
常連客からの声もあってそろそろ復帰しても良い頃合いだろう。

ドライヤーで髪を乾かし、ヘアブラシで整えて髪を結える。
衣梨奈の手で彼女の髪には艶が戻っていく。
お風呂から上がってきた聖からは眠気が消えていた。

 「はーなんか、こんなに休んだの初めてかも。
  寝すぎて体が痛い。里保ちゃんよくこんなに寝てたよね。
  香音ちゃんがいつも雑な起こし方してたなあ」
 「みずきがずっと騒いでるのと一緒やろ」
 「優樹ちゃん達よりはまったりしてると思うんだけど。あ、優樹ちゃんも大丈夫?」

841名無しリゾナント:2017/02/07(火) 03:48:37
 「熱があっても暴れ回ってたみたいやから心配ないよ」
 「いやいや、そっちの方が心配だよ。皆ちゃんと寝かせてあげて。
  他にも何かあった?テレビとか見てないから外の事全然分かんないや」
 「あると言えばあるけど、聞きたい?」
 「聞きたい。え、聞いちゃダメなの?」
 「西の方で殺人事件が起きたと」

目の色が、変わる。安堵。彼女の色が戻ってきた。
泣き腫らして濁りきった目ではなく、リゾナンターのリーダーとして
意志を込めた目で衣梨奈を見据える。

概要を話し終えると、録画しておいたニュースなどに全て目を通して
残しておいた新聞の記事を読み、一息入れる。

 「久しぶりだね。こんなに大きい事件」
 「情報屋によると犯人は一人じゃないかっていう話」
 「一人…?これだけ一人で出来るものなの?」
 「知らん。でも出来んことはないやろ……能力者なら」
 「そっか……よし、頑張ろうか」

受け入れる。聖は記事をまとめながら自分を奮い立たせる。
“記憶の予定調和を越えた”のだ。

 「すっきりしとおね」
 「ん?うん、なんかね爽やかなの。よく寝たからかな」
 「凶悪犯やけど、もしもの時はどうすると?」

842名無しリゾナント:2017/02/07(火) 03:49:23
 「道重さんの決めた心を変えることはしないよ。
  絶対に死なせない。死んで終わりになんてさせない。
  たとえ重い罪でも絶対に生きて償わせる」
 「じゃ、その為にえり達も頑張るよ」
 「頼むね」
 「出来るだけやけどね。やる事はやるよえり」
 「努力努力」

握手を促され、衣梨奈は握り返す。
その時、衣梨奈の携帯に着信が入る。二件の通知。
一件は工藤遥から。もう一件は情報屋からの依頼だった。

 ―――そういえば どうして生田さんじゃなく私が?
 新垣さんなら生田さんの方が…………ああ なるほど
 うまくダシに使われた訳ですね……ふふ 大丈夫ですよ分かってます
 はあ そうですね前向きに行きましょう何事にも
 覚えてなくても覚えてることがあるならそれでいいですよね
 だって、まーちゃん達とまた話せるのが楽しみで仕方がないですもん

843名無しリゾナント:2017/02/07(火) 03:54:28
>>824-842
『朱の誓約、黄金の畔 - Forget about me -』

ラジオでカップリングの話があったようで興味深かったです。
ひなフェスの最終日に横山玲奈ちゃんがソロで歌うというのを聞いて
生で聞いてみたかった…。

844名無しリゾナント:2017/02/07(火) 04:00:39
『転載について』※ここは投下しないでください。

今回だいぶレスが長いのでどこかで半分にして投下してくださるととっても嬉しいです。
どうしても日常描写が欲しくてほぼ全員分書いたらとんでもない事に…。
二度とこういう無茶な事はしないようにしますので……。

845名無しリゾナント:2017/02/07(火) 04:04:44
あ、また微妙に誤字がorz

846名無しリゾナント:2017/02/08(水) 18:56:06
転載行ってきます

847名無しリゾナント:2017/02/08(水) 19:07:00
>>824-829
取り敢えず前編って事で転載済

848名無しリゾナント:2017/02/17(金) 02:01:17
第七区より西側はもはや闇の吹き溜まりだ。
表面はそうではないが、裏面を見ればそこら中に死体の山がある。

西と東が区分されてしまった理由は想像に難しくない。
同じ敵を仕留める、という目的のあった同種が囲めばその目的を
達する期間だけ、お互いの存在を認め合えるのだろう。
だが、その目的が達成されてしまえば、次の目的を得るしかない。
達成すれば次を、達成すれば次を、達成すれば次を。
それは欲に近いものなのだろう。狩人は獲物が居なければ生きていけない。

闇の味を知ってしまった者は欲を満たすために自身への生贄を求める。
弱者を、強者になるために消し去ってしまえという自己中心的な考えに喰われる。
そうして生き残ってきたとしても、いつかは駆逐される側となるとも知らずに。

加賀楓の目の前で一家を率いる組織の右腕が大きく深呼吸する。

黒い目には怒りと殺意が充満していた。
ダークネスの日本壊滅後、大抗争の末に三大組織と中堅組織による
平和協定を組んで均衡が保たれていた黒社会に突然訪れた嵐。
翻弄される日々、それが何よりも男を腹立たせる元凶だった。

 「お前が叔父貴の仇か」
 「仇って何?」
 「お前が何者かなんてどうだっていいんだよ。
  だがこのままじゃ俺達が危ないんでね、早々に消えてもらう」
 「この外見で騙せれる時代じゃないか。上等。
  私もあんた達の今後一切の人生をこの世から断ち切ってあげる」

849名無しリゾナント:2017/02/17(金) 02:02:10
お前達の闇ごと切り裂く。報復と知れ。
侠客の突進の上空に炎。

 「骨すら残させない、焼き尽くして死ね!」

楓が黒塗りの刃を振り回す、円環から突然現れる【門】からの
無数の火炎鳥が飛翔していった。

 「蜂の巣にしてやる!」

組織の屈強な男たちが一斉射撃。
違法改造されたサブマシンガン、ショットガン、アサルトライフル。
機関部から凄まじい数の空薬莢が吐き出され、炸裂する。
火炎鳥の悲鳴が響くが、撃ち落とせないものは追撃を止めない。

 「武器屋を出せ!」

右腕の怒声に三人の男達が現れる。組織が雇った助っ人だろう。
黒いローブを纏う姿に見覚えがあった。楓の目が一際鋭くなる。
彼らが広げたローブから大量の火器銃器が召喚されていく。
数十丁にも及ぶグレネードランチャーの総員射出に全員が物影に隠れた。

 「粉々になりなあ………!!?」

爆裂が不自然に断ち割られる。全てが無効化されていた。
濛々とした破壊の煙の中で、生存者たちの顔が上げられていく。
女の背後に見えたのは巨大な朱色の柱が二本。
樹齢千年はあるであろう木材で作られたかのような太い朱色の柱。
闇に覆われていた【門】は【鳥居】だった。

850名無しリゾナント:2017/02/17(金) 02:02:53
丹塗りの表面に白い斑点がある。斑点は長方形の紙片。
夥しい解読不明の札が張り付けられているのだ。
それが異能に通じる者ならそうであると誰もが理解できたが、門扉を
建造する為の超巨大なチカラのみで襲撃を無効化してしまったのだ。
嵐の前では微風が掻き消される原理に似ている。

 「見えてる?これがある限り、所有者の許可されたチカラしか発動できない。
  門は邪悪なる獣を封じ込めるための、いわば罪の証だ」

【鳥居】の柱の表面に貼られた呪符が青白い燐光を放つ。
全ての呪符に描かれた凄まじい数の呪印が焼き切れた。
朱色の門扉の間、四角形の空間が歪む。凄まじい悪寒。

 「つまりあんた達がどれだけの能力者と武器を携えても無意味。
  ただ死ぬ人間を選別してお互いに心中し合うしかないんだよ」

男達が出会ってきた戦場において何度も救ってきた本能的な危機感。
右腕として一家を率いた男の両足は流れるように全速後退に移行。
歪曲した空間から現れたのは青白い塊だった。

仮面を被った八本足の異質な生物に絶句する。仮面に亀裂が開かれたかと思うと
鰐のような虎のような獰猛な牙が並び、口腔は白煙を上げる唾液が糸を曳いていた。
吹きつける吐息はおぞましい程に熱い。

 「殺せ!殺せ!殺すんだああああああ!!」

悲鳴混じりの銃火器を一斉射出。
『武器屋』が『炎使い』、『土使い』、『光使い』の異能者を次々と召喚する。
爆裂、雷、熱、光、砲弾。無いよりはましだが、無能には変わらない。

851名無しリゾナント:2017/02/17(金) 02:03:49
轟音。
巨大な仮面が閉じられ、異能が火炎鳥ともども食われる。
口腔が咀嚼するように動く。異能の燐光が零れた。

召喚された異能者の中に【鳥居】の無効化をただ茫然と思考する者が居た。
異能自身が咀嚼する事で異能力を還元している。

異獣と呼ばれる存在を行使する里があった事を記憶が呼び起こしていた。
ダークネスによる日本壊滅時に中国からの護衛官が”隠れ里”へ訪問し
“白金の夜に”参戦する交渉をによってそのチカラが外へ公になった。
だが四年前に突如”里ごと消えた”という話を風の噂で聞いた事がある。
女はその生き残りと見て間違いはない。
間違いはないが、だからどうだというのだろう。

黒い口腔の傍らに影があった。楓の右手が黒塗りの刃を持ち
悍ましい光の列が溢れだしている。
血の色に似た目と邪悪な笑みが全ての殺意を表す。

 「行け、行け、逝け!!」

突進。【鳥居】の空間から迸る津波の様に異獣の首が伸びていく。
男達、異能者達のチカラは開かれた口腔へ還元された。
加速した大顎。
迫る下顎はアスファルトの道を削っていく。
あまりの速度と視界を埋め尽くす口に思考と行動が停止していた。
それでも反射的に異能が紡がれる。

852名無しリゾナント:2017/02/17(金) 02:04:58
溢れだす涙と共に異能者達が消失した。
血飛沫と切断された手足が宙に舞い、アスファルトに落ちる。
十人が一口で吞まれたのだ。
異形の巨大な口腔と牙の間からは絶望の表情を浮かべた男達が覗く。
漏れ聞こえる悲鳴は咀嚼と共に消えた。

 「まだだ、まだまだまだあああ!!」

右腕の男が立ち向かう。刀身が煌めき、半月の軌跡の裏には既に広がる大口。
アスファルトの床が口の形に切り取られ、男の上半身は消えていた。
均衡を失って倒れる下半身を仮面は静かに飲み込んでいく。

 「ああああ、あああああ、あ、あああああああああ」

一家の男達の足が一歩下がる。
死ぬ覚悟はできても、喰われることは原始的な恐怖を呼び起こす。
人間がまるで虫のように喰い荒らされていく。
大口が喉を上げて、最後の一人を呑み込んだ。
嚥下されていく人間が異獣の喉に膨らみを作り、終わると平坦に戻る。

 「ハーッ、ハーッ、ハーッ、ハーッ」

楓は重い呼吸を繰り返す。手が震え、黒塗りの刀身にも伝染する。
間違えて滑り落ちてしまえばまだ暴れまわる異獣との契約が切れる。

そうなってしまえばどうにもならず、楓は彼と共に【鳥居】へ
取り込まれるしかない。黒塗りの刃に力を込める。
呼吸を整えて、楓は動悸と抑えるために貪るように呼吸する。

853名無しリゾナント:2017/02/17(金) 02:06:10
視界には赤々と燃える第六区の街が広がっていた。
炎は天を焦がすように燃え盛っている。
これでもう一般の人間が西側へ来ることもないだろう。
第六区から第一区までの領域は”牢獄”だ。

 「大丈夫ですか?」
 「あいつを止めて。これ以上の犠牲は要らない」
 「…分かりました」

レイナが黒塗りに触れて【鳥居】から無数の鎖が出現すると
街の通行人たちを襲い始めている異獣を絡み潰す。
悲鳴を上げながらも成すすべなく吸収されていった。
楓の息遣いも落ち着いていく。

 「いくら加賀さんでもこの短期間で二十も喚んでる上に
  大型異獣は命を削ります。無理しないでください」
 「命なんて大げさでしょ、精神力と寿命は比例しない。
  ちょっと疲れただけだよ」
 「私がやりますよ。私は疲れなんてものはないから」

楓の白い手が伸びる。レイナの喉を掴んだ。
爪が白い喉に薄く血を滲ませる。

 「馬鹿言わないで。あんたを野放しになんてしない。
  人の子の皮を被ったバケモノなんて信用しない」
 「私は加賀さんと契約してます。加賀さんの望む事は
  全部叶えますし、出来ることは何でも出来ます」
 「言葉では何でも言えるの。バケモノに人の心が分かってたまるかってんのよ」

854名無しリゾナント:2017/02/17(金) 02:07:28
震える膝を叩き、加賀は立ち上がる。
敵はまだ居るのだから油断は出来ない。
何十何千何万の敵であろうと喰い尽くすまで止まれない。

 皆を消したあの女を殺すその時まで。

業火の音の間に、消防車の悲鳴のような警報音が響いていた。
レイナは首に滲む血に触れて、その色を見る。
色は、無かった。

 「それでもワタシはアナタをタスケタイ。
  ワタシタチノイノチヲスクッテモラウタメニ」

レイナの黄金の眼が静かに閉じられる。
炎に象られた影の彼女に歪な羽根が映し出されていた。
鈍い悲鳴と倒れ込む影に、レイナは目を開けて凝視する。

鞘に収めて安心したのか、加賀は意識を失って倒れていた。
レイナは慌てて彼女を起こそうとするが、対格差があり過ぎる。

“取り込む人間を間違えたことをこれほど後悔する事があっただろうか。”

 「手伝ってあげようか?」

見上げると女が立っていた。知っている顔をしていた。
もはや見間違う事すら出来ないぐらい精巧に作られた仮面のように思えた。

855名無しリゾナント:2017/02/17(金) 02:08:34
 「どうして……?」
 「どうしてだと思う?」

自分と同じ顔をしている女が静かに微笑んでいる。
横山玲奈は静かに微笑んで二人を見下ろしていた。

 「『血の共融』の反動で私は貴方の中に取り込まれた。
  でも貴方が喚ばれた事で私もこっちに喚び戻されたの。
  呼び出された私は瀕死の状態で里に放り出されてた所をある人に
  助け出されて、傷を癒してもらってチカラを取り戻した。
  三ヶ月もかかっちゃってね、その条件に、ある事をお願いされたの」
 「お願い?」
 「貴方に言ったら加賀さんにも伝わるからいーわない。
  でもその方が都合がいいんじゃないかな。貴方も私と同じで
  何か企んでるんじゃない?私のフリまでして」
 「………」
 「ごめんね。自分自身にだとなんか饒舌になっちゃうな。
  じゃ、行こうか。外まで連れてってあげる」
 「恨んでないんですか?私は貴方を殺したも同然なのに」
 「……おあいこにしてあげる」
 「おあいこ?」
 「私も貴方の居場所を消しちゃったから、おあいこ」
 「まさか……」

856名無しリゾナント:2017/02/17(金) 02:09:48
玲奈の微笑みに、レイナは静かに息を呑んだ。
異獣が最も恐れるのはその術を持つただの人間であるという矛盾。
その矛盾に従うしかない異獣という異界の住人。
加賀楓が使役する異獣の”共融”も究極の所は横山玲奈であるという事だ。

 レイナは異獣として、仲介役として存在するだけに過ぎない。

玲奈は何も用いずに【鳥居】を出現させて鎖を素手で解き、開け広げる。
描かれたローダンセが孤独に咲いていた。
アスファルトがゴボリと液状化したかと思うと、玲奈は態勢を崩す事もなく
形成された穴から出てきた異獣の口腔へ飲み込まれる。
楓を支えるレイナも同じく飲み込まれた。

闇の中でひたすら抱え続ける温かみと冷たい水の感触。
楓は今どんな夢を見ているのだろう。
髪に触れて、レイナは静かに彼女の頭に額を押し付けた。




目が覚めた。
心臓の動悸が激しくなっていた。久しぶりの悪夢。
空間を視線で眺め、何も存在しない事に安堵する。
悪夢の内容は赤ん坊の泣き声から始まり、傍らの奇妙な生物が
軋む声で語りかけてくるのだ。蛇のように尖る瞳。
人間のような不敵な笑み。

 「獣は愛を鳴き、啄むのは春の水」

最近、現実が悪夢化していて見分けがつかなくなっているのだ。

857名無しリゾナント:2017/02/17(金) 02:14:24
“見知らぬ自分”が語りかけてくる事に怯えすぎているのだろう。
気にし過ぎだと目を閉じて開いて眠気を追い払う。
思わず上半身を起こそうとするが体勢が崩れ、背後に倒れる。鉄製の音が響く。

 「あいってっ」
 「んあ?野中ちゃん何しとんの」
 「春水ちゃん?あれ?私…あれ、腕が…」
 「ああ、ったくー寝るにも骨が折れるっちゅーねん。ホンマに骨折れそうやわ」

野中美希は身動きが取れない事に気付く。
そして傍らには尾形春水が眠そうな声を出している事に僅かに安堵する。
裸足なのか、板張りの感触を足に感じ、唯一見える窓からは月が見えた。
照明はついていないのか、辺りは薄暗い。
目の前に洋風の縦鏡が設置されている、美希の視線はそこに固定されていた。

美希も春水も制服姿であり、身動きが出来ないのは壁に繋がり装着された鎖と
身体を捕縛する奇妙な枷の所為だった。
春水も同じような鎖と枷を取り付けられているが、彼女は固定されずに寝転んでいる。
通学中に何があったのか記憶が定かじゃない。。

 「春水ちゃん、どうなってるの?私達」
 「なんや野中ちゃん寝ぼけとんの?誘拐されたんやんか」
 「ゆうかい?Ghostbuster?」
 「妖怪って言いたいんやったら大外れやで。お化け絡んできたら握り潰す」
 「怖いよ春水ちゃん。Soft joke」
 「突っ込み待ちされたって時と場合を考えなあかんで、野中氏。
  計り間違えると私達みたいなのに吹っかけた日には血を見る事になる」
 「やった事があるみたいに聞こえるよ」
 「私はないよ。乙女やから…ってこんな事言うてる場合やないんや。
  誘拐されたんやで、覚えてないん?」

858名無しリゾナント:2017/02/17(金) 02:16:51
 「う、うーん……確かにそんな気がしてきた……でも春水ちゃん。
  今普通に寝てたよね?確実に寝てたよね?」
 「育ち盛りは睡眠欲も人一倍なんや。でも大変な事態に気付いた」
 「今も十分すぎるぐらい大変な事態だよ?」
 「違うっ、私ら今眼鏡じゃないよ、コンタクトレンズだよ。
  このまま目薬もせんと放置されるかもっていう状況を考えてみ」
 「……Impossible!」
 「その感じやと察したようやな…コンタクトを取らんと
  寝てしまうことがどんなに悲惨なことか……ふわー」

欠伸を手で押さえられず春水の欠伸姿を直で見る事になる。
変顔は見慣れてるがこれは少し恥ずかしい。
上書きされた様な言葉の列が並び、息が止まる。

 「獣は愛を鳴き、啄むのは春の水」

また聞こえた。赤ん坊の声が響く。痛くないのに痛い。頭に響く。

 「獣は愛を鳴き、啄むのは春の水」

見ると壁に取り付けられた鏡に美希の姿が映り込んでいる。
美希の目が蛇のような瞳で黒色の体を帯びていく。

859名無しリゾナント:2017/02/17(金) 02:18:35
 「春水ちゃ、春水ちゃん!」
 「な、なんや野中氏、びっくりするやろ」
 「私の体が、鏡!鏡!!」
 「鏡?」
 「私の体どうなってる!?What on earth is that!?」
 「んえ?………何もなってへんけど?」

美希の姿が得体のしれない怪物へと変化していく。鏡が見せつける。
怪物の象るそれは、『鳥』だ。
鏡の中の美希は鳥類へと退化させらている映像だった。
変化に致死性はないが、それだけに恐ろしい。
鳥のままで生き続けるなど最悪だ。

 「いいいいいいいいいぃぃ」
 「ちょ、野中ちゃんしっかりしいっ。鏡がどうしたんや?」

幻覚かと思われたが、鏡が幻であっても体の異常が現実だと訴えてくる。
春水が認識できる頃には美希の姿は黒い体毛で覆われた鳥類へと変化しているだろう。

獣は愛を鳴き、啄むのは春の水。
その言葉の意味を、真意を解かす思考が美希には残っていない。
あの悍ましい姿を見てから身体中に悪寒が止まらないのだ。
悪寒が麻痺へ、異常を徐々に実感する。
浸食していく自分に翼が生え出す様など考えるだけでも吐き気を催す。

 「あああImpossible! Impossible! Impossible!」
 「怖い怖いて野中ちゃんっ、何やってんのっ?」

860名無しリゾナント:2017/02/17(金) 02:19:47
 「■■■■!!■■■■■■■!!■■■■■■■■■!!」
 「それヤバイ英語ちゃうのっ?ヤバイ英語使ってる野中氏クレイジーやわ…」
 「春水ちゃん助け春水ちゃ……」

啄むのは春の水。

理解できるのと納得するのは同時だった。
情報端末を起動させ、脳内掲示板が意識の中に浮上する。
黒板にチョークで白字を書き足すように英語を連ねていく。

【text:一般検索『解析』
分析結果:鉄 コバルト ニッケル 鎖:強磁性体】

結果を確認して美希は『磁力操作』を春水に向けて干渉を開始する。
春水は静かになった美希を心配して何事かを言っていたが集中する。
バイオレットの煌めきに春水を捕縛する鎖が呼応するように震えた。
それに気づいたのか春水の表情も変わる。

 「何しとるんや野中ちゃんっ?」
 「ちょっと無理するけど我慢し、け」
 「野中ちゃん?」
 「時間かき、く」

鳥化でもつれる舌を必死に動かすが、本当に時間がないようだ。
夜盲症になりかけているのか急激に視力が悪くなっていく。
顏に対応が覆っていくのを感じながら美希は必死に力を行使する。
春水の鎖を必死に”引力”で働きかけるが、”重力”を伴うために上手くいかない。

 「の、野中ちゃんの顔から髭が生えてきとるっ」
 「come on!」
 「ちょっとま、バランスが取れへん」
 「come on!」

861名無しリゾナント:2017/02/17(金) 02:21:43
とうとう美希の言葉が言葉として成立しなくなってきたが
何の悪戯か、英語には適応されていないらしく連呼する。
春水は変化し始めた美希の状態に気持ちが慌てる。
『磁力操作』で持ち上げられた体を板張りの上で足を踏ん張り耐える。

 「ど、どうしたらええのっ?」
 「Come along!」
 「かおっ?顔貸せってどこのヤンキー…」
 「Come along!!」
 「分かった分かったっ、もう好きにせーっ」

言って春水は野中の目の前に屈んで目を閉じる。
間を置かずに、頬に温かい粘膜の感触。僅かに体毛が触れた。
後に吸い付く様な鈍い痛みに襲われる。

 「にいいいぃぃたあっ。野中ちゃん痛いっ、痛いってっ」

春水が目を開けると、すでに美希の顔は離れていく所だった。
顏の輪郭を覆うとしていた体毛が引いていき、美希は深呼吸した。

 「何でほっぺ噛んでんのっ?めっちゃ痛いっ」
 「いやごめん。ごめんよ。余裕がなくて思いっきり噛んじゃった。
  でも大丈夫、血は出てないよ、ちょっと赤いけど
  I owe you my life. Thank you.」
 「なんか全然嬉しくない〜。てかさっきのなんやったの?
 野中ちゃんの顔がまるで動物みたいに毛がワサワサーって」
 「相手を変化させる事ができるチカラを使ったからですよ」

862名無しリゾナント:2017/02/17(金) 02:23:47
突然の声に春水と美希が背後を振り向く。
女が、横山玲奈が微笑んで佇んでいた。

 「効果の低さと遅さから凶暴な動物には変化させられませんが
  一度誰かに使ってしまうと止められません。
  でも、まさか頬を噛んじゃうなんて、あれぐらいの言霊なら
  キスしても解除できましたよ。知りませんか?『カエルの王さま』」
 「き、キスって……あ、あんた、野中ちゃんを苦しめて何がしたいん?」
 「お二人の関係を知りたかったのと、どうやって危機を回避するのか
  この目で見てみたかったんです。すみませんでした」

玲奈が律儀に謝罪をする姿に春水と美希は内心動揺していた。
だが、美希には一つだけハッキリしておかなければいけない事がある。

 「どうして…どうして私が鳥嫌いなのを知ってるの?」
 「それはですね、あの鏡が私の使う武器だからです」

玲奈が示すのは、美希の視線が固定されている縦鏡だった。
最初の頃は春水も分からなかった美希の変化を映し出していたものだ。

 「鏡でどうして私のことが…」
 「鏡は人の心を映すという事で様々な儀式に用いられてきました。
  人だけじゃなく自然も、世界も、宇宙も、光も、闇も。
  もう一つの世界で構成された心は捉えた心と同じ性質を持ちます。
  それが野中さんの心を投影したんです」
 「私の恐怖心が私の心を覆っていくイメージを見せたって事…?」
 「心を食べる者。私はそれを異獣と呼び、従うことが出来る召喚士です」

863名無しリゾナント:2017/02/17(金) 02:25:02
初対面の玲奈とは違い、今の彼女は落ち着いていた。
殺気や狂気じみた気配もなく、言動すらも丁寧で大人にすら思える。
律儀に解説までできる余裕を持った、これが本来の彼女なのか、それとも。

 「イジュウって何?」
 「うーん、言葉で説明するのは難しいのでここにスケブがあります」
 「なんか取り出してきた」

玲奈がいつどこで購入したのか分からないスケッチブックにマジックペンを走らせる。
四角い枠に「鏡」と書いてその左右に「異獣」と「人間」と書いていく。

 「異獣は何百年も前にもう一つの世界が生まれた時に同じく生まれた性質によって
 特別な能力を、その存在を作り上げていきました。
 そして百三十年前、鏡を移動手段にしてこちらへやってきたんです。
 どうしてこっちに来たのか、理由は誰にも分かりません。
 でも中には凶暴な子も多く、解決策を講じることになりました。
 それが私のご先祖様、当時は退治屋をしていたそうです」

「異獣」と「人間」の下に「召喚士」という明記が追加される。

 「こちらの武器では傷すら付けられなかったので、異獣が通り抜ける作用を持つ
  鏡を材料に刀や弾丸を作り出す事も多かったようです。
  つまり人を倒すためというより異獣を倒すためだけに。
  でも退治屋なんていう職業に普通の人は穢れを呼ぶとして疎遠しました。
  だから隠れ里を作ってこの世界に度々現れる異獣と戦うために
  ひっそりと戦い、暮らしてきました。でも四年前、事件が起こります」

玲奈はなんの躊躇もなく「召喚士」の文字を塗り潰した。
闇のように真っ黒な穴となって春水と美希に見せつける。

 「召喚士の里が消えてしまったんです。”里ごと”」

864名無しリゾナント:2017/02/17(金) 02:27:22
 「まるで大きな怪獣が踏み荒らしたというより、”食べ尽くしたように”。
  その有様に出来るとすれば、異獣のチカラしか有り得ないんです。
  あの子達は本能的に自分達のチカラを高める為に不思議な力を持った
  人間を食べます。きっと、その犠牲になったんじゃないかと」
 「で、でもおかしくない?ずっと、何百年も従えてきた人達が
  どうして今更そんな事になるの?」
 「……裏切り者が居たんです。そうとしか考えられない」

玲奈の声が重く感じる。春水が喉を鳴らし、美希も表情が険しくなる。

 「あなたはどうして助かったの?」
 「私は運良くその場に居なかったんです。こう見えても召喚士ですから
  何人かとグループを組んで退治する事もあったんですよ。
  でも、その時に一緒だった人達ももう居なくなってしまいました」

玲奈の言葉が響く。静かな闇に漂う悲壮感のようなものは、無い。
だが嘘をついている様にも見えない。本当に彼女は一人なのだ。
僅かな同情心が、二人に募る。

 「……それで、私達にその話をしたことと、この状況は関係あるの?」
 「異獣がどんなものかは分かってもらえましたか?」
 「なんとなく、でも、急に言われてもちょっと整理が追い付かへん。
  しかもまだ私ら、君のこと全然信用してへんし」
 「ああ、まあ、そうですよね。でもこうでもしないといくら
  リゾナンターさんでも協力してくれないだろうなって」
 「協力?」
 「私と一緒に異獣を倒してほしいんです。その子、ある召喚士を
  そそのかしてこの世界を支配しようとしてるんです」
 「その話が本当だっていう証拠は?」
 「本当か嘘かの問題を言っている暇はありませんよ。
  こうしてる間にも何かしらの事件を起こしてるかもしれませんね」

865名無しリゾナント:2017/02/17(金) 02:33:18
威圧感。言動を回避していく状態では全てをきり返してくるだろう。
表情には不気味なほど余裕を貼り付かせて玲奈はスケッチブックを閉じる。

 「きっと他の皆さんはお二人を探してるでしょう。
  その間にあの子は召喚士と一緒にこの町をめちゃくちゃにし放題です。
  後手後手に回させてしまうハンデは紛れもなく野中さん、尾形さん。
  あなたたちお二人なのではないでしょうか」
 「これ、もしかして脅迫受けてないか?」
 「尾形さん凄い。大正解です。あ、プレゼントがないですね。ごめんなさい」
 「じゃあ代わりにこの鎖を外してくれるっていうのは?
  ちょっと体勢的にもキツいんやわー」
 「良いですよ」

玲奈が言葉を発したと同時に、二人の鎖が砂の様に粉砕した。
量子分解されたそれに驚愕の表情を見せると同時に、恐怖が全身を駆けめぐる。
触れる事もしなかったのに言葉を一つ掛けただけで可能にする。
これも異獣が作用するチカラの一種なのだと見せつけられたのだ。

そしてなんの条件もなく解放されたという事は。
この空間から出る術も当然、遮断しているのだろう。

 「どうして私達が必要なの?貴方のチカラで十分成し遂げられる筈じゃない」
 「……そうしないといけないんですよ。私は、この世界を壊すことを望んでいません。
  そして私が、私であるために。だから私の復讐を手伝ってください。
  返事はいつでもいいですよ。でも早めにした方が良いです。お二人のためにも……ね」

玲奈の立つ床が突然、波を立てる。
大きな口を広げたように無機質な闇の穴が彼女の体を呑み込んだ。
美希が手を伸ばしたが、空虚を掴むだけでしかない。
さざ波の落ち着いた世界で、春水の声は僅かに強張った。

866名無しリゾナント:2017/02/17(金) 02:37:01
玲奈の立つ板張りの床が突然、波を立てる。
大きな口を広げたように無機質な闇の穴が彼女の体を呑み込んだ。
美希が手を伸ばしたが、空虚を掴むだけでしかない。
さざ波の落ち着いた世界で、春水の声は僅かに強張った。

 「い、今のもイジュウってヤツなんか?チート過ぎるやろ……。なあ、私らどうしよう?」
 「とりあえず連絡を取るよ。この場所を報せなきゃ。
  悔しいけど、私達にはそれぐらいしか出来ないみたいだから…」
 「連絡するってどうやって?」
 「You'll see. 私を信じてて」

美希は自分のこめかみを指で示す。

【call:一般処理『信号送信』
 新規系列:完了 白紙処理・脳内容量拡大:完了
 To:
 本文:                          】


内容を書き、見えない紫電となって美希の言葉が空間を彷徨う。
兎のように四肢を伸ばし、壁の外へと吸い込まれていく。
誰かが受け取ってくれると信じて。脳内に浮かぶ顔に必死に祈る。
春水が美希の手を握った。心強さに美希の心は穏やかになっていく。

 「じゃあ今日はここでお泊りやな…決めた。コンタクト取るわ」
 「あ、春水ちゃんだけ。私も取る」

一人だけならきっと恐怖心を鏡に喰われていただろう。
春水の笑顔に救われる心をしっかりと自分のものであると手を強く抱きしめた。

867名無しリゾナント:2017/02/17(金) 02:47:02
>>848-866
『朱の誓約、黄金の畔 - Twins' flower -』

行き当たりばったりなのはストック無しでそのまま書いているので
自分もどんな結末になるのか分からないスリルを覚えてます…w
横山玲奈ちゃんの分裂はほぼ書き手の実験によるものです。
果たしてどちらが生き残るのでしょう。
野中美希ちゃんの脳内掲示板と能力に関してはまたのきかいに。

868名無しリゾナント:2017/02/17(金) 03:06:40
(いつものお願いです…)
20レスに近いので前半と後半に分けて頂けるとありがたいです。
気付けば春が近くなってまいりました…。
苦労人かえでぃーを書こうと思っただけなのにどうしてこうなった…w

869名無しリゾナント:2017/02/17(金) 03:13:43
>>865 の終盤が >>866 と重複してました。

「玲奈の立つ板張りの床が突然、波を立てる。
大きな口を広げたように無機質な闇の穴が彼女の体を呑み込んだ。
美希が手を伸ばしたが、空虚を掴むだけでしかない。
さざ波の落ち着いた世界で、春水の声は僅かに強張った。」

の方でよろしくお願いします。

870名無しリゾナント:2017/02/21(火) 20:29:21
後編転載行ってきます

871名無しリゾナント:2017/02/25(土) 02:04:30
気だるい午後。
外の陽射しに身をさらしながら椅子に座り、テーブル側の壁に
背を預けていると眠くなる。
喫茶店の休日にする事といえば掃除や雑務。
それが終わった所で珍しく事件依頼もない上に予定も入ってない。
こういった弛緩した時間を過ごすことも嫌いではない。

テーブルに肘を載せ、飯窪春菜は愛読している雑誌に目を戻す。
とても学究的な態度で、興味深い主題を長年にわたって精力的に
追跡している雑誌に視線を走らせる。

足音がして、扉の開く音が続く。
視線の端に人影、顔を上げると厨房から出てくる背広姿が見えた。
僅かに跳ね上がる鼓動。

 「あれ、まーちゃんどうしたの?一人でなんて珍しいじゃん」
 「そんな日もあるんだよ。はーあ」

佐藤優樹が春菜の体にもたれ掛かる。重い、とは言えない。
ただ想像以上に重量を感じて「グフッ」と声が漏れる。

 「ちょっとちょっと、読書の邪魔しないで」
 「面白い?マンガ?」
 「昨日発売した雑誌。中身はまあ小説だったり漫画だったり」
 「かしこぶっちゃって」
 「…なんか怒ってる?なんか言い方にグサッと来るんだけど」
 「暇なだけだから気にしないで」
 「気になるってか重いっ。まーちゃんで潰れちゃう」

872名無しリゾナント:2017/02/25(土) 02:05:11
春菜は顔面の全表情筋を引き締めて哲学者の神妙さを作り
目には身代わりで処刑される親友のために走る英雄の真摯さを宿し
唇からは新しい学説を熱弁する徒ゆえの言葉を放つ。

 「いい?まーちゃん。私とまーちゃんの体格や年齢は確かに
  私の方が勝っているかもしれない、でも持ってる部分っていうか
  まだ発展途上の十代とちょっとギリギリな二十代との間にある
  僅かに薄くてそれでも大きな壁ってものがある訳よ」

春菜の論理的かつ思索的な言葉に、優樹の反応は一つだった。

 「うるさい」

完敗。大完敗だ。冷たい言葉に春菜の表情も僅かに陰りを見せる。
思わずこの場に居ない石田亜佑美に憎悪を向けかけて頭を振った。
抵抗しようと体勢を逆に傾けようとするが、その何十倍もの力で
優樹が自身の体を押し付けてくる。あ、押されてるなーどころではない。

最後の、究極の抵抗を遂行する。

 「どかないとーこうだっ」
 「わひゃひゃひゃーっ!」

無防備な背中の脇に細く長い腕を滑り込ませ、一気に動かす。
くすぐり攻撃にはさすがに耐え切れず大声を上げて飛び退いた。
大勝利。春菜の表情はまさに悪戯の成功に微笑みが浮かんでいた。

873名無しリゾナント:2017/02/25(土) 02:07:56
 「こしょばいー!!」
 「えいっえいっ、どうだっ」
 「きゃー!」

春菜のくすぐりに優樹は耐え切れない、だが春菜も止めない。
興奮状態の優樹が彼女の腕を掴み、制するが離してくれない。
世界が揺れる。手が離れない。振動が意識を揺さぶり揺さぶられ揺さぶった。

優樹がしっかりと掴んでいる為に離れない。既に手は離れていた。
あ、ヤバイ。春菜はこの状態に覚えがあった。
耳鳴りが激しくなる。合図だ。優樹の能力が発動している。

「ままままーちゃ、まーちゃ」
「きゃー!きゃー!」

優樹の声で掻き消されてしまう自分のか細い声が悔しい。
一瞬にして闇が覆う。
意識が消える。

ああ、せめて来月で最終回のアニメを見納めてからが良かったな。
そんな思考が巡り、途絶えた。



二階の居住区にある一室。
譜久村聖と工藤遥、そして優樹の姿が並んでいた。

三人の目はベットの中で眠る春菜に注がれている。
聖が『治癒能力』が付与された紙片を片手に春菜の容体を回復させていた。
異能で傷ついた傷は一般の病院ではどうにもならない事がある。
特に優樹の『振動操作』はガラス状の物体ならば簡単に粉砕できる威力だ。
脳震盪ならまだしも頭蓋内血種や意識障害が起こらないとは限らない。

874名無しリゾナント:2017/02/25(土) 02:09:02
 「ただいま帰りましたーって、どうしたんですか?」
 「まーちゃんがやらかしちゃってはるなんがぶっ倒れちゃったんだよ」

小田さくらの手には衣装鞄が提げられていた。
だがそれには何も発さず、遥は優樹に叱責する。

「まーちゃん、反省しなよ。無意識にしたってやり過ぎ」
「……」
「まーちゃん」
「……」
「優樹ちゃん、はるなんが目を覚ましたらちゃんと謝るんだよ?分かった?」
「……はーい」
「あたしにはだんまりかよ…」

どうやら優樹と遥の間には何かあるらしい。さくらは冷静に分析していた。

「でも、でもどうやって謝ったらいいの?」
「ただ謝まるだけでいいんだよ。はるなんも事情を話せば分かってくれるよ」
「でも、でもでも絶対怒ってる。まさがはるなん怒らせてるの分かるもん」
「何かしたんですか?」
「……」
「佐藤さんが怒らせたって思う根拠はなんですか?」
「……どぅーが悪いんだ」
「は?」
「どぅーが、どぅーがまさに何も言わずに出かけて行ったから!
 探してもいないし連絡もつかなかったから!
 はるなんだけしかいなくて退屈だし、なんかこおワーッてなってたから!」

875名無しリゾナント:2017/02/25(土) 02:10:23
 「何もって、ハルちゃんと言ったよ?昨日言ったでしょ出かける事」
 「まさ覚えてないもん!誰も教えてくれなかったもん。お団子も居ないし
  皆居ないし、でもはるなんだけ居たから、嬉しかったの…」

優樹の言い訳が、つまりは遥の不在が原因である事は分かった。
興奮状態に陥った事も春菜の存在があったが故の安心感からなのも分かった。
となればやる事は一つだろう。

 「じゃあ工藤さんにも謝ってもらいましょ一緒に」
 「ええ、そういう方向にもっていく?」
 「大丈夫ですよ。ちゃんとフォローもしてあげますから」

遥の動揺に、さくらは片頬に笑みを貼り付けた。
さくらが片手を掲げ、全員の視線が集まる。

 「実はさっきお仕事料金のおまけにこんなものを貰いまして」
 「……え、やだ。やだぞハルはそんな、な、なあまーちゃん!」

衣装鞄の中身に遥が声を上げる。

 「小田ちゃん、一体なんの仕事してきたの」
 「そうですね。しいて言えば石田さんが自信喪失するほど過酷な護衛を少し」
 「この格好で?」
 「はいなかなかのスリルでしたよ」

何の躊躇もなく微笑んで見せるさくらに、聖は亜佑美を抱きしめたくなった。

876名無しリゾナント:2017/02/25(土) 02:11:12
 「そういえば当の本人は?」
 「次の仕事に一人で向かってしまいました。私はこれを持って帰れと言われて」
 「なるほどね……でも、いい考えかもしれない。うん」
 「ちょ、譜久村さんまでそんな事言わないでくださいよ。
  譜久村さんが賛同しちゃったらそれだけで詰んじゃうんですから」
 「私をどんな奴だと思ってるの。でも、はるなんの機嫌を直すなら一番だよ。ね」
 「ええ、絶対うまく行きます。石田さんはともかく、飯窪さんは好きでしょうから」
 「ま、まーちゃん…なんで黙ってんのさ」

聖の肯定からさくらに阻まれ、優樹は衣装鞄を見下ろしたまま沈黙。
遥の顔には絶望が生まれていった。

877名無しリゾナント:2017/02/25(土) 02:16:50
>>871-876
『猫の気まぐれは黒く白く』(前半)

やっぱり短編は書きやすいな…(遠い目)

878名無しリゾナント:2017/02/25(土) 03:40:46
正直な所、次に目を開けた風景は天国か地獄か。
もっと言えば病室か霊安室かと思っていた。
まるで夢を見ていたかのように春菜の自室には遅い午後の陽光が射し込んでいる。
数分前に聖が春菜の容態を見に来た時に、彼女の安心と喜びの表情が見て取れた。

 「良かった、まだ安静にしてて。何か飲み物持ってくるから」
 「私は生きてるんですか?」
 「軽い脳震盪だよ。でも今日一日は休まないとダメだからね」
 「あ、はい。すみません」

聖が居なくなると、人の気配がいつも以上に遠いものになったような気がした。
閉まりきっていない扉の向こうからは、時折一階からの声や音が漏れてきた。
それ以外の音は一切ない、窓のカーテンが風に揺れる音すら聞こえそうなほど
世界は静かなものとしてそこに在る。

思えば、優樹はどうしたのだろう。記憶が少しずつ鮮明になってきていた。
事故だという事を春菜は知っているが、彼女が詳細まで説明するだろうか。
誤解を招いて皆に責められてやしないだろうか。
負傷すると心配と不安な連想しか浮かばない、心も同時に弱っていた。

廊下から足音が響く。
靴下で擦り歩く音が部屋に近づいてきている。
戸惑うような足音だなと思っていると、部屋の前で止まった。
廊下側から手がかけられたらしく、扉の取っ手が回され、扉が少し開く、止まる。
妙な沈黙。
焦れた春菜が声をかけようとすると、取っ手が震えた。

 「は、はるなん?ハルだけど起きてる…?」

879名無しリゾナント:2017/02/25(土) 03:41:42
扉の隙間から遥の声が聞こえた。

 「あ、おかえり。帰ってきたんだね。ねえまーちゃんは下に居るの?」
 「や、あ、その、と、隣に居る」
 「ごめんね。迷惑かけちゃって。まーちゃんから事情は聞いてるよね?」
 「まあ、一応。あの、入ってもいいかな?」

不思議だ。遥もそうだが優樹とのコンビを組めば騒ぐように部屋に
入ってくるのに、奇妙な間を感じる。
遠慮し過ぎる質問に、それでも春菜は笑顔で受けた。

 「いいよ。入ってきな?」

疑問ながらも春菜は返答する。上半身を乗り出して壁に体を預ける。
僅かに眩暈がしたが、意識は保てた。
しかし取っ手は途中で停止したままで動かない。

 「どぅー?まーちゃん?」
 「まーちゃんこらっ、押すなってっ、まーちゃんから先入れよっ。
  ああもうっ、はるなん、一個だけ約束してもらうぞ!」
 「は、はいっ?」

いつものハスキーボイスではなく、地獄の底にいる亡者の口から
出ているような声に春菜の声も高く上がる。

 「とりあえずハル達が入っても、見ても、何も喋るな、一言も、喋るな」
 「ひ、一言も?」
 「良いって言うまで一言も、そうじゃないとハルははるなんに手を出しかねない」
 「わ、分かった」

880名無しリゾナント:2017/02/25(土) 03:42:35
遥の真剣な懇願に春菜は唾を呑み込んだ。意味は分からないが理解させられる。
扉の向こうにいる彼女の言葉からは凄まじいまでの圧力と覚悟。
春菜は妹のように可愛がる遥や優樹への愛情が揺らがない自信はあった。

 「何も言わないよ。絶対」
 「絶対だからな」
 「絶対。うん、まーちゃん。絶対何も言わないからね」

優樹に呼び掛けるが返事は無い。もしかしたら落ち込んでいるのだろうか。
遥が先頭に立っているという事は、何かがあるとして腹筋に力を込めて身構える。
いよいよ取っ手が回転し、扉が開かれた。
春菜の目が、しっかりと二人の姿を捉える。

 「………………………………………………へ?」

それはギリギリ二人には聞こえない声が漏れ出す。

漆黒の布地の袖口や、大きく襟が開いた胸元には純白のレースの縁取り。
短いスカートからは白い素肌の太腿が伸び、すぐに白い膝上丈の口下に続く。
レースで包まれた袖から伸びた白色の腕の先、手の五指には白絹の手袋。
それだけなら可愛い侍女である。
だが衝撃は二段構えというのが通例だろう。

遥と、遥の背後で見えないように抱き付いている優樹の頭部を横断するのは
夜色のレースと、繊細な飾り布の左右からは、黒い獣毛に覆われた三角耳。
いわゆる黒猫の耳が飛び出ていた。
ご丁寧にスカートの下からは黒猫の長い漆黒の尻尾が揺れている。

881名無しリゾナント:2017/02/25(土) 03:43:31
工藤遥と佐藤優樹はいわゆる猫耳なんとやらになっていた。
春菜の輪郭が細くなる。呼吸を貪っている訳でも蛸の物真似の最中でもない。
声が上がらない。静かに視線が震えるしかない。

うつむく髪に隠れていたが、遥の頬に朱が昇っていくのが確認できた。
今度は意味も分からず、理解も出来ない。
ただ徐々に膨らむ喜びに口角が歪み始めるのを止められない。
二人の肩が震えて、猫耳と猫尾まで震えている姿にいっそう歪む。
口を手で塞ぐが、耐え切れずに笑いがこみ上げる。だが耐える。

 「うん、うん、よし。いいよはるなん。喋っていいよ」

遥も覚悟を決めたのだろう。頬が未だに朱色に染まっているが
その瞳は現実を受け入れた光を帯びている。僅かに諦めた色もあるが。

 「ははは、あはははははははははははははははははははははっ!」

春菜は爆笑した。
声を吐き出して、春菜は腹筋を痛めたように腹を押さえ、二人を指さす。
遥の拳が震えているのを見て春菜はグッと口を手で塞いだ。

 「どう、したの?その、喜びしか生まれないあられもない姿は。
  え、えっと………ま、まーちゃん?恥ずかしいなら無理しなくていいんだよ」

春菜の声に深呼吸。明らかに深呼吸した。溜息にも似た吐息を遥の背中に吹きかけている。
それに対して遥が「熱いっ」と引き剥がそうとするが、執着にはどうしようもない。
そして満遍なく吐き出した後、突き飛ばすように優樹が遥と共に部屋に侵入する。

 「はーよっし。癒しタイム終了!」

882名無しリゾナント:2017/02/25(土) 03:44:26
何かを吹っ切ったように、開き直ったように腰を叩いて胸を張り、宣言する。
どうやら遥の匂いで優樹には癒し効果が得られたようだ。
それは良かった。良かったが、問題はこれからだ。

 「じゃ、そういう事だから」

春菜の思考もむなしく優樹がまるで一人ファッションショー並みの時間で
颯爽と退場していこうとする、遥がそれを止めた。

 「いやいやいや待って待ってまーちゃん。ここまで文字通り身を削ったのに
  そりゃないでしょ、特にハルの頑張りを無駄にしないで。ほら、どうよはるなん」
 「え、え?」
 「別に頭がおかしくなった訳じゃないからな。その、まーちゃんが
  謝りたいから聞いてあげてほしいのよ。な、まーちゃん」
 「……もう平気なの?」
 「あ、うん。譜久村さんには一日安静にって言われたけど、明日にはちゃんと元気だよ」
 「……ごめんなさい。本当に、ごめんなさい」

悪気があった事を自覚している優樹の気持ちに春菜は感動すら覚えていた。
自分の意見は譲らないが、明らかに自分が悪いと思う事は素直に謝罪してくれる。
そんな彼女がとても愛らしい。

 「大丈夫だよ。ほら、仲直りの握手しよ」

883名無しリゾナント:2017/02/25(土) 03:45:11
>>878-882
『猫の気まぐれは黒く白く』(中間)

ぐぬぬ。規制が憎い…。

884名無しリゾナント:2017/02/25(土) 03:46:44
一瞬の空白。遥の顔には虚脱。

 「いや、それとこれとはまた別問題だから」
 「今のどぅーは猫娘なんでしょ?
  なら言葉の変化があっても不思議じゃないんじゃない?」
 「まーちゃんもやるよな?」
 「まーちゃんはもうこれだけサービスしてくれてるからねえ。
  謝罪も貰ってるから、あとはどぅーが体を張ってくれるだけでこの話は
  本当のエンディングを迎えるんだよ」
 「ラスボスに立ち向かう前にもうボロボロなんだけど」
 「どぅーが何もしないならはるなんもまさもどぅーをずっと嫌いになるから」
 「そうなっちゃうかもねえ。この前貸した漫画の続きとかアニメのDVDとか
  ラーメンを奢ってあげる約束も無くなっちゃうかもしれないねえ」
 「そんなあ〜」

情けない声で遥が訴える、が、二人からそれを阻止する術を与えられている。
羞恥の苦渋と春菜から与えられる筈の愛情に答えようとする健気さが
遥の表情と瞳に同居していた。
凄まじい自制心に遥は大きく深呼吸をした。

 「……言えばいいの?」
 「ん?」
 「何をはるなんに言えば、いいのさ」
 「そうだなあ。でも典型的なのは聞いた事あるからね、メイドさん的な奴。
  思い切って両手を掲げて片足上げた猫の格好で『ご主人様、大好きだニャン☆』
  とか言ってくれれば凄い満足するかも」
 「じゃあ壁に向かって言えばおっけーな」
 「ダメですー、ちゃんとこっち向かないと認めません」
 「うーあーーーーまーーーーちゃんーーーーっ」
 「どぅー、これも人生だから。早くやんないとはるなんの体が悪くなっちゃうから」

885名無しリゾナント:2017/02/25(土) 03:47:44
優樹の言葉に春菜がわざとらしく頭痛に悩むフリをする。
溜息。遥の切り替えは予想以上に早い。

結論からして、優樹も遥も、根は優しい女の子だった。
部屋の中央に背中を向けて立つ。
両手が緩慢に挙げられていき、丸めた両の五指を顔の前に上げて揃える。
左膝を曲げて跳ねるように掲げ、足首を傾げる。
そして春菜の方へと振り向きつつ、顔面の表情筋全てが引きつりながらも
満面の笑みを構成して口から下を微量に出し、唇を舐め、言った。

 「ご主人様、大好きだニャン☆」


一瞬の空白。凍りつく病室。誰かの唇が破裂した。

 「ぎゃははははははははははははははははははははははははは!」
 「なんでまーちゃんが爆笑してんだよ!てか見んな!」
 「ははははははははははははははははははははははははははは!」
 「んな!!?」

優樹の笑声に重なるように、扉の向こうからも笑い声が響いてくる。
扉から現れたのは三人。
目尻に涙を浮かべていたのはいつ帰ってきたのか石田亜佑美。
笑いを我慢して聖が顔を俯いている。
傍らに居た生田衣梨奈が悪そうな笑みを浮かべ。
さくらですら憂いのある表情に笑みを浮かばせていた。

886名無しリゾナント:2017/02/25(土) 03:48:49
 「やー凄いですね。まさか本当にやってくれるとは」
 「笑いの神様がぶっ倒れるぐらい喜んでるって絶対」
 「でもきっと似合うって信じてた。どぅー可愛いもん」
 「はい、くどぅー笑って笑って、可愛く撮ったるけん」

衣梨奈の構える携帯に硬直する遥、無情にもシャッター音が響いた。

 「み、見てたの?」
 「うん。丁度あゆみちゃんとえりぽんが帰って来たから。
  ちなみに見に行こうって言い出したのもこの二人」
 「待って、生田さんが帰って来てるって事は…」

遥の言葉に、三人が微笑んで扉の影に手招きをする。
先程まで同じ場所で見ていたであろう四人が謙虚な姿勢で顔を出した。
尾形春水は右手に携帯を構えて。
野中美希は先輩二人の姿を見て両手を頬に添える。
牧野真莉愛はこれ以上ないほどの煌めきを放った瞳と笑顔を。
羽賀朱音は何も言うまい。

 「工藤さん、ちゃんと保存しときましたんでね…」
 「So cute! Keep a pet!」
 「まりあ付いて行きますよ!たとえくどーさんが猫になっても!」
 「可愛かったですよ、とても、とても、工藤さんが可愛い。ふふふ」

朱音が公では見せられない笑顔を浮かべてジッと見つめる。
その後ろからもう二人の姿もある。
活動期間はまだ短いが、それでも教育係の凛々しい姿を見る事が多いであろう
遥のポーズには各々の反応を見せる。

887名無しリゾナント:2017/02/25(土) 03:49:43
 「いや、その、全然似合うと思います。私には出来ませんけど。
  工藤さんなら許せるっていうか、許してもらえるっていうか」
 「工藤さんの頑張りは勉強になります。為になります。
  なのであと一時間ぐらいはそのままで居てほしいと思っちゃったりしました」

加賀楓は僅かに目を逸らしながら照れ臭そうに感想を述べ。
横山玲奈は遥に現在の格好を継続しろと強気な眼差しで強要していた。

 「……今ハル、何を信じていいのか分かんない」

拳を掲げて立ち尽くす遥の瞳に、真っ黒な絶望が浮かんだ。
皮肉な痙攣を起こす唇が歪み、僅かに目尻に輝くものがあった。
顔を真っ赤にさせ、そして項垂れる。
「後で覚えとけよ」という小声が優樹と春菜には聞こえた。

 「さてと、良いものも見れたし、はるなんも目が覚めた事だし。
  皆も帰ってきたって事でご飯食べようか」
 「「「「さんせーい!」」」」
 「二人は着替える?それともずっとそのままで居る?」
 「「そっこーで着替える!」」
 「ちょっとこんな所で脱がないで、脱衣所行きなさいっ」

遥と優樹の声が被り、猫耳や夜色のレースを外し始めた。
そのままその場で全て脱ぐ勢いだった為に春菜が制す。
二人の姿が一瞬、昔の幼いものへと変わったような気がした。
瞬くだけで現代の彼女達に戻っていたが、春菜は笑う。

888名無しリゾナント:2017/02/25(土) 03:51:41
 「何笑ってんだよはるなん」
 「なんだか、身体はいっちょ前に大きくなったけど中身は変わらないよね」
 「はいはい。どうせガキですよ。はあ、まーちゃんのせいですっごい疲れた……」
 「どぅーを泣かすためにまたやろうね」
 「もうやんないよ。絶対着ないから」
 「まーちゃんが着るならどぅーも着るよね」
 「んーん。まさ着ないよ」
 「あれ、そうなんだ」
 「うん」
 「ちょっと寂しいなあ」
 「猫じゃなくてもいいでしょ。癒し期間は売り切れです」
 「じゃあ今度はまーちゃんで癒されようかな」
 「もうやんないよっ」
 「おーいそこの三人、何あたし抜きで盛り上がっちゃってんのさ」
 「あ、出た。猫になりきれなかった女が」
 「は?どういう意味?」
 「仕事先じゃあ随分苦労したみたいだねえ、猫かぶりのあゆみさん?」

春菜の言葉に首を傾げる亜佑美だったが、人差し指で示された方向には
床に脱ぎ落された三角耳を拾うさくらの姿があった。
三角耳を被らずに両手で頭に乗せて、さくらが呟く。

 「石田さんの猫メイド姿、可愛かったにゃーん」
 「お、小田ァ!!」
 「写真あとで見せてよねー」
 「了解だにゃん」
 「ちょっと話し合おうか?ん?携帯出しなさい!」
 「はっはっはっはっは」
 「あ、ちょ。待ちなさいよ、小田ァァァァァ!」
 「小田ちゃんがやるとどうしてああもあざとく見えるんだろうね。しかも棒読み」

889名無しリゾナント:2017/02/25(土) 03:53:08
二人が人間の姿を取り戻し、亜佑美がさくらの携帯からようやく画像を
削除した後、二階のリビングでそれぞれの夕食に舌鼓を打つ十一人の姿がある。
食事前、衣装鞄に残っていた猫耳を見つけたさくらは真莉愛に、美希に、朱音に装着させる。
春水には朱音が無理やり付けたが、予想以上に乗り気の様で、猫のようにねだり始める。
三人からのブーイングにどことなく喜んでいる。

楓が玲奈に装着させるが、玲奈は楓の隙をついてリボンの付属された猫耳を装着させた。
楓は気付かないまま付けていたが、真莉愛に突っ込まれて頬を赤らめる。
聖が衣梨奈に猫耳を取り付けようとするが「髪が乱れる!」と怒られて落ち込む。
あまりに落ち込むものだから衣梨奈は「自分で着ける」と言って装着した。
さくらが構える猫耳を遥に羽交い締めされた亜佑美が装着されそうになる所を
優樹がさくらの背中に突進したために二人が抱き合う事故が起こったりもした。

笑いながら見ていた春菜の傍に優樹が座り込む。

 「結局、みんな付ける事になってんじゃん」
 「まあそういうもんだよね。ああそういえば思い出した。今日が何の日か」
 「何?」
 「22日は猫の日だよ。猫と一緒に暮らせる幸せに感謝する日。
  猫とともにこの喜びをかみしめる記念日が今日なんだって」
 「人間が猫になるのってどうなの?」
 「じゃあ単に感謝の日、でいいんじゃない?」
 「なるほど。じゃあはるなん」
 「何?」

890名無しリゾナント:2017/02/25(土) 03:54:01
 「あゆみー!」
 「ん?」
 「生田さーん!」
 「はーい」
 「お団子―!」
 「なんですかー?」
 「らぶりーん!」
 「はい!らぶりんです!」
 「はーちーん!」
 「はーい!」
 「野中―!」
 「yeah!」
 「はがちーん!」
 「はーいっ」
 「かっちゃん!横山ちゃん!」
 「「はーい!」」
 「ふくぬらさーん!」
 「なーにー?」

優樹の弾ける笑顔と共に大きな愛を叫んだ。

 「だーいっすき!!」

痛々しいながらも輝かしい青春の中で彼女は笑う。
コルクボードに最初に載せられていた全員の猫コスプレ写真は
ある一部からの必死の懇願によって公開は差し控えられた。
その後、コスプレ衣装はどうなったかというと。

 「ねえ、せっかく貰ったんだからお店の正装にする?」
 「「却下!」」

大事な思い出として箱に詰められ、押し入れの中に封印されている。

891名無しリゾナント:2017/02/25(土) 03:55:20
>>884-890
『猫の気まぐれは黒く白く』(後半)

うーん。投下できるかどうかやってみます。

892名無しリゾナント:2017/02/25(土) 03:56:18
あ、冒頭の投下し忘れがorz

893名無しリゾナント:2017/02/25(土) 03:57:34
>>884の前

ベットから右手を伸ばし、微笑む。優樹が一歩進み、近寄り、手を伸ばす。
両手で包み込まれたかと思うと、優樹の体に抱きしめられたのが分かった。
嫌悪感など一切感じない、とても心地のいい幼さの代謝が残る体温だ。
滑らかな黒髪の上にある三角耳が傾いて揺れた。

 「猫耳は分かるけど、この服どうしたの?」
 「お団子のお土産。オタクのはるなんが喜ぶからって」
 「や、まあ、ええっと。なんだろう、素直に頷けない。
  でも可愛いよ二人共。嫌だったはずなのに私のためにしてくれたんだ。
  それだけでも嬉しすぎるし、ほら、もう元気になっちゃった」
 「……でも別にはるなんの為じゃないよこれ」
 「あれ、そうなの?」
 「どぅーの嫌がる事がしたかったの。まーちゃんが着るって言ったら
  どぅーも絶対に着るし、そしたらまさも着るけど、どぅーが着るなら
  まさも着るの全然イケるし、だからはるなんのためじゃないの。
  でも喜んでるなら結果オーライだと思う事にした」
 「…そっか。で、くどぅーは巻き込まれたわけね」
 「まあ外で着るわけじゃないし、はるなんの前だけだしもう全然慣れたもんね」
 「…ふーん」

遥の余裕の態度に、春菜の心に芽生える思いがあった。
言わなくてもいいのだが、もう少しだけ自分の為に居てもらおう。

 「じゃあ慣れてるならもう恥ずかしい事もないってこと?」
 「まあそうだな。猫耳は何回もやってるし、服だって似合ってない事ないし」
 「でた。自分大好き。じゃあさ、語尾にニャン☆とかつけても大丈夫よね?」

894名無しリゾナント:2017/02/25(土) 04:38:28
 「何笑ってんだよはるなん」
 「なんだか、身体はいっちょ前に大きくなったけど中身は変わらないよね」
 「はいはい。どうせガキですよ。はあ、まーちゃんのせいですっごい疲れた……」
 「どぅーを泣かすためにまたやろうね」
 「もうやんないよ。絶対着ないから」
 「まーちゃんが着るならどぅーも着るよね」
 「んーん。まさ着ないよ」
 「あれ、そうなんだ。ちょっと寂しいなあ」
 「猫じゃなくてもいいでしょ。癒し期間は売り切れです」
 「じゃあ今度はまーちゃんで癒されようかな」
 「もうやんないよっ」
 「おーいそこの三人、何あたし抜きで盛り上がっちゃってんのさ」
 「あ、出た。猫になりきれなかった女が」
 「は?どういう意味?」
 「仕事先じゃあ随分苦労したみたいだねえ、猫かぶりのあゆみさん?」

春菜の言葉に首を傾げる亜佑美だったが、人差し指で示された方向には
床に脱ぎ落された三角耳を拾うさくらの姿があった。
三角耳を被らずに両手で頭に乗せて、さくらが呟く。

 「石田さんの猫メイド姿、可愛かったにゃーん」
 「お、小田ァ!!」
 「写真あとで見せてよねー」
 「了解だにゃん」
 「ちょっと話し合おうか?ん?携帯出しなさい!」
 「にゃんにゃんにゃーん」
 「あ、ちょ。待ちなさいよ、小田ァァァァァ!」
 「小田ちゃんがやるとどうしてああもあざとく見えるんだろうね。しかも棒読み」

895名無しリゾナント:2017/02/25(土) 04:45:22
スレと間違えて連投しましたorz

896名無しリゾナント:2017/04/02(日) 22:52:18
規制かかってしまったようで…どなたか代理投下お願いいたします

897名無しリゾナント:2017/04/02(日) 22:52:49
「他者認識は、他者がその存在を目にし、認めることだが…
自己は、その他者の中にある自分を見つめることによって、自己を認識する…わかるかい?」

小難しい言葉が並ぶ。科学者らしい言い回しだと思う。
ギリギリと脳が締め付けられる。段々と呼吸が回らなくなる。
能力を発動したい。だが、発動できない。
鎖がチカラを阻害する。この場所から、逃れられない。

「つまり、自己の中から他者がいなくなれば、お前という存在を認識する術は何もなくなる。
お前は最初から、この世に存在しなくなる」

遠くなる意識の中で、男の言葉を咀嚼する。
私は、誰かから名前を呼ばれることで、誰かから触れられることで、初めて存在するのではないだろうかと。
そして、その「誰か」がいない限り、私は私の存在を認識できない。

「お前の記憶から、お前以外の人間の存在を消す…さて、それでもお前は、自分の存在を肯定できるか?」

哲学的な問いだ。
だが、さくらは滑稽にも、その問いの沼に嵌まりそうになる。
誰もが自分の名を呼ばなければ、自分に触れなければ、どうやって私が私であると証明できる?

898名無しリゾナント:2017/04/02(日) 22:53:20

―――「お前なんか、いらない」


能力の否定。存在の否定。
小田さくらという、人物そのものの否定は、生命の拒絶だ。

「存在の消滅は、死より恐怖だと思わないか、小田さくら―――」

大切な人の笑顔が、浮かんで、そして消えていく。
あの日確かに見つけた青空が、また色を失っていく。

「……て」

さくらの名を呼び、手を携え、ともに闘った仲間の記憶が。
「小田さくら」の存在とともに、消滅し始める。

「やめ……」

闇がすべてを呑み込んでいく。
さくらの中から、仲間の笑顔が、記憶が、思い出が、消えていく。
譜久村聖が差し出してくれた手が、前線で生命を張った鞘師里保の姿が、
がむしゃらに誠実に、真っ直ぐに突き進む野中美希の笑顔が、ボロボロとその輪郭を失っていく。

「やめてっ!!」

899名無しリゾナント:2017/04/02(日) 22:54:14
絶叫。
発狂。
声にならないままに、さくらは吼える。

その時だ。
闇をはっきりと切り裂くものが、あった。

男は咄嗟に、さくらを解放した。

光?
いや、これは、熱……か?

瞬時には認識できないまま、二歩、三歩と男が後ろに下がる。

「……うちらの大切な先輩に触らんでくれます?」

雪を欺かんばかりの白さが、目に入った。
「ほう…」と思わず口を開く。

尾形春水は、その長き脚に焔を纏わせ、崩れ落ちたさくらの肩をしっかりと抱き止めた。

900名無しリゾナント:2017/04/02(日) 22:56:28
本スレ>>243-249 したらば>>897-899 ひとまず以上です
何処に着地するかは未定ですが頑張ります

901名無しリゾナント:2017/04/03(月) 00:56:19
投下できましたお騒がせしましたm(__)m

902名無しリゾナント:2017/04/09(日) 22:24:02
またしても規制がかかってしまいました
自分で行けるかもしれませんが一応こちらにも

903名無しリゾナント:2017/04/09(日) 22:25:23
まずいと思った瞬間には、美希の身体は大きく一回転した。勢いそのままに、彼女は春水へと投げつけられる。
春水はその身体をしっかりと受け止める。

「野中っちょ、もうちょっと考えてから……」

投げつけられたのは、ある意味でラッキーだった。漸く彼女とちゃんと話ができる。
こんながむしゃらに闘っても意味がない。とにかくしっかりと戦略を立てるべきだと言おうとした。
が、こんなに近くにいるのに、春水の声はまだ、彼女に届かない。彼女は男に再び突っ込まんと暴れる。

「ええいもう!ちゃんと聞け!」

大切な先輩が傷つけられて動揺するのは分かる。
だが、それで自分を見失って突っ込むのは自爆行為だし、ただのアホだと思う。
春水は美希の頭をぐいっと抑えつけ「小田さんは大丈夫やから。落ち着いて?な?」と少し宥めるような声を出す。

「小田さん傷つけたあいつは許さへん。だからちゃんと作戦立てんと意味ないやろ?」

殺気立っている彼女が、漸く呼吸を落ち着けてくれた。ただ真っ直ぐに、あの男を殺すことしか見えていなかった。
話にしか聞いたことはないが、鞘師里保のコインの裏―――すなわち赤眼の狂気も、こんな風に危うかったのだろうか。
だとしたら、彼女も内面に飼っているのだろうか。紫色の狂気を。

「“空気調律(エア・コンディショニング)”。
局地的に異常な湿度や不均一な密度を生み出し、それに伴う気圧の変化が音の伝わりや皮膚感覚をも乱す。
“発火能力(パイロキネシス)”よりは興味があるが、それも所詮は一時的なもの。大して研究意欲は注がれないな」

男はくいっとメガネをかけ直す。

904名無しリゾナント:2017/04/09(日) 22:25:58
再び美希が挑発に乗って突っ走ってしまいそうになるが、必死に手首を掴んで押さえつける。
数的有利なのは変わらない。
美希の“空気調律(エア・コンディショニング)”により、一度ではあるがその拳は入った。
先ほど男のズボンを燃やすことができた。距離を保ちつつ、火脚でも追い詰めることはできる。
強引に勝ちを求める必要はない。最悪、さくらを背負って逃げられればそれでも良い。
今はひとまず―――

と、春水が思考を組み立てているときだった。
目を疑った。
先ほどまで地に伏し、闇に呑まれて迷っていたさくらの姿が、なくなっていた。
どういうことだ?確かに男は「存在の消滅」と言った。
しかし、あれは他者認識を受けきれず、自己が自己を形成するのが困難になる「意識的な」消滅の意味ではないのか?
肉体ごと消滅するなんて、そんなことが…。

その疑問は、春水の腕の力が弱まるのと同時に美希が飛び出し、
再び男に攻撃を繰り出したことで、解消されることになった。

美希が大きく左拳を振り上げ、真正面から男に突っ込む。

と、インパクトの瞬間、それを受け止めた存在があった。
男の前に立ちはだかり、庇う姿が、あった。

春水も美希も、その存在に目を疑った。
だが、この部屋に居るのは、もう、彼女しかいない。

「小田、さんっ……?」

小田さくらは、両腕をクロスさせ、静かな瞳を携えて、美希の攻撃をしっかりと受け止めていた。

905名無しリゾナント:2017/04/09(日) 22:27:35
本スレ>>73-79 したらば>>903-904 ひとまず以上です
保全ネタの“悪夢”はこれのことでしたが、まさか落ちるとは思っていなかったです…

もし気付いた方がいたら代理投下お願いいたします

906名無しリゾナント:2017/04/09(日) 23:00:14
代理行こうと思ったけど自分も埋め立てですか?エラーが出てしまうので
しばらく時間をおいてから行ってきますねー

907名無しリゾナント:2017/04/09(日) 23:21:21
本スレにも書きましたが改めてこちらで

>>906
ありがとうございます!無事に行けました!
誰かが支援してくださったら投下できるんですかね?「埋め立ててですか?」エラーがよく分からない…

908名無しリゾナント:2017/08/29(火) 04:00:35
燦々と照りつける陽光が白い浜と青い波の繰り返しを照らす。
砂浜には日傘が並び、寝椅子に中高年が寝そべる。
子供と母親が浜で砂の城を作っていた。
原色の水着を着た若い男女が、波打ち際で水をかけあってはしゃいでいる。
水着姿の人々が溢れる、海水浴の光景だった。
そんな中で周囲を行く男達が振り返ってでも見たい景色がある。

赤と橙が横縞のホルターネックが、女の豊かな胸を覆っていた。
傷や虫の刺され痕すら一切ない肌に水着の赤と橙が映えて
自分の魅力を最大限に引き出す色合いを分かっているようだった。
譜久村聖はそんな視線を全く垣間見ることなく視線を横に向ける。

 「くどぅーのハリキッてる感がなんかウケる」
 「いーんですよ。譜久村さんだって借りる気満々じゃないですか」

横に立つ工藤遥は黄緑色のバンドゥで、腰には浮き輪の装備。
額には水中眼鏡を装備している。
浜辺の完全装備に本人も満足しているようだ。

 「しっかし海の家のご飯ってなんであんなに美味いんですかね。
  テンションが上がっちゃうとどうにも食べ過ぎちゃって、ふー」
 「朝ごはんにしてはちょっとハイペースだよ」
 「何か差し入れでも買ってってあげましょうか。
  生田さん達は今頃どうしてるんでしょうね」
 「さーどうかな、連絡もないみたいだし何とか頑張ってくれてるのかもね」
 「不機嫌なまーちゃんがハル的には心配ッスね…」

909名無しリゾナント:2017/08/29(火) 04:02:52
一週間も前に約束していた依頼に向かった生田衣梨奈、飯窪春菜、佐藤優樹。
三人を想いながらも、工藤にはある疑問がある。

 「んで、なんでハル達はこの”メンバー”で海水浴なんですか?
  まさか情熱的な特訓でもしようってんじゃないでしょうね」
 「そんな大げさなものじゃないよ、ちゃんとした依頼。
  この海水浴の警備と監視が今日のお仕事だよ」

譜久村の宣言に、工藤は少し間を置いて「なるほど」と付け加えた。

 「その依頼ってハル達だけですか?」
 「ううん、専門の人も来てるみたいだから、私達は気楽にやればオッケーだって」
 「なんか他人事じゃないですか?じゃあハル達なんで呼ばれたんです?」
 「そういう可能性があるからって事ではないでしょうか、工藤さん」

工藤がさらに問いかけようとすると、背後からの足音。
振り返ると加賀楓が立っていて、「よいしょっと」と呟きながら
近場にある日傘の下へ荷物をおろす。
藍色のラッシュガードに身を包み、ボーイッシュな出で立ちで佇む。

910名無しリゾナント:2017/08/29(火) 04:04:24
 「これだけ人が集まる場所では”何が起こるか分からない”。
  人一人が抱えられない事件が”起こるかもしれない”。
  浮きたつのは期待だけじゃないって事ですよね、譜久村さん」
 「本当に起こりそうだからやめろ。変に言葉に力籠り過ぎ」
 「あ、ご、ごめんなさい」
 「まあ私有地の海岸だし、所有してる人が単に心配性ってだけ。
  それにこの依頼の安全度はまあまあ高いから」
 「ハル達は別にいいんですけど、譜久村さんは日が浅いのに…」

言おうとして、工藤は口を噤んだ。
譜久村は少し困った顔をしたが「もう大丈夫だよ」と諭す。
一抹の寂しさに工藤が口を開こうとして、背後から声が上がった。

 「小田!おーだ!おい小田ァ!」
 「やめてくださいよ石田さん、暴力反対っ」

小田さくらが小走りでこちらに駆け寄る背後に、石田亜佑美が振りかぶった。
スイカの塊が、ではなく、スイカ柄のボールが何の合図もなく
見境なく後方から飛んできた。頭部の柔軟な衝撃に「ぶっ」と変な声が漏れる。

 「よっしゃ命中!」

石田亜祐美が両腕でガッツポーズを取り、砂浜に顔を出す。
赤と黒の横縞の水着にデニムパンツを履いた彼女は太陽のような笑顔だ。
砂浜に転げるボールを両手で拾い、小田は無表情に佇む。
薄紫のラッシュガードから水色の水着に覆われた谷間が覗いている。

911名無しリゾナント:2017/08/29(火) 04:05:29
 「石田さん、大人げないです」
 「別に痛くないんだから平気でしょ」
 「平気とかの意味じゃなくて、だから絡みづらいとか言われ」
 「シャラップ!それ以上は言わなくていいから」
 「あれだな、一発なんかしてやらないとっていうのが染み込んでんだよ」
 「芸人みたいに言うなし」
 「亜佑美ちゃんって何かと言うけど小田ちゃんに構ってるよね」

譜久村の言葉を聞いて、石田があらかさまに動揺した。
固まった表情が次第に震えだし、目を左右に揺れている。

 「そんなんじゃないですってば!小田ちゃんにはなんかこお…。
  そう!反応が鈍すぎるからこうして刺激してあげてるだけです!
  海に来てこんな無反応ってことあります!?」
 「あゆみんのテンションがどうにかなってるだけなんじゃねえの」
 「海に入ったら私だってテンション上げますよ」
 「じゃあ入ろう!すぐ入ろう!ほらどぅーも行くよ!」
 「はあっ?おいちょ、引っ張んなって!」

石田が工藤の腰に抱えられた浮き輪のロープを引っ張り
浜辺で跳ね上がったかと思うと、海水に飛び込んだ。

 「じゃあ私も先輩に付き合ってきますね」
 「怪我しない程度にねー」
 「はーい。あ、野中も行こう」
 「OK!行きましょう!」

912名無しリゾナント:2017/08/29(火) 04:06:43
いつの間にか背後から追いついてきた野中美希は薄緑色の映える
フレアトップの水着にストレートポニーを揺らせて小田と手を繋ぎ駆け出す。
浅瀬で沈むことなく浮き輪で海に浮上している工藤と海面をぷかぷか
浮いていた石田が浮き輪にしがみつく、その間に突っ込んでいった。
当然のように声が上がり、ボールが光に反射して空に飛び上がる。
海水に濡れた小田の表情が夕暮れ程度の明るさにまでなっていた。

 「ひと夏の一枚ゲット」

いつも以上に弾けまくる石田や工藤、小田と野中の姿を携帯で
収めながら、ふと思い、嬉しさが笑顔を浮かばせた。

 「………気を遣わせちゃってごめんね」

独り言からすぐに、背後から声が聞こえる。
とても楽しそうに海の家から駆けだす影が四つ。
砂の暑さに驚きながらそれぞれが水着を着こなせば
どこにでもいる女学生の海水浴デビューだ。

 「譜久村さん!遅くなりました!」
 「やっと来た。どう?初めての砂浜は」
 「熱いです!とってもとっても熱くてヤケドしてます!」
 「ホントにヤケドしたら大変だよ」
 「えへへへへえ」

譜久村の問いに笑顔で答えるのは牧野真莉愛。
白い水着にマントの様に羽織っていたバスタオルを両手で広げる。

913名無しリゾナント:2017/08/29(火) 04:07:25
 「水着はどう?サイズぴったり?」
 「はい。ごめんなさい、私ミズギって持ってなくて、わざわざ用意してもらって…」
 「横山ちゃんにはおさがりばかりでごめんね」
 「いえ全然。むしろたくさん欲しいです」
 「たくさんお姉さんが居るからわがまま言ったら貰えるよきっと」

横山玲奈が行儀の良いお辞儀をして礼をする。
薄紫のタンニキに、右肩にはアニメマスコットの形をした水筒を下げていた。
それは確か野中美希が所持していたものだったが、どうやら貰ったらしい。
その隣にはラッシュガードの裾を握ってレモン柄の水着を見せるのは尾形春水。
譜久村から見ても明らかに緊張しているように見える。

 「どうしたの尾形ちゃん、顔引きつってるよ?」
 「あーいえ、なんでもないんですなんでも」
 「そうには見えないんだけど、もう疲れちゃった?」
 「いや、自分的にはまだ心の余裕はあるんで、行ける気がします」
 「その余裕がもう限界に達しそうだけど、ていうかどこに?」

一人で屈伸をし始めると、それにつられて牧野と横山、加賀も参加する。
自分を奮い立たせているのか尾形が深呼吸をした。
譜久村の頭上に疑問符が立っていたのが見えているのか、ポツリと呟く少女が居た。

 「泳げないんだよね、はーちんは」

羽賀朱音が淡々とした口調で打ち明ける。
藍色の競泳水着にゴーグルを頭に装着してバスタオルを肩にかけている。
羽賀の言葉に何も言えずに尾形は奇声を放った。

914名無しリゾナント:2017/08/29(火) 04:08:25
 「なんで言うのーっ、自分が魚やって思えてきてたのにっ」
 「人間は魚にはなれないよ。エラだってないし」
 「そんなん分かってるわっ、でも泳げない人には大事な心なんや」
 「えっ、そうなの?知らなかった」

譜久村が驚き、尾形が照れくさそうに頭を掻く。

 「言ったことなかったんで。でも泳げないだけなんで海には
  全然入れるんですけど、でもあんまり積極的には入れないっていうか…」

その場で砂を蹴り、その砂が思った以上に飛んで牧野の足に掛かった。
その足をバタつかせて左右に地味に霧散するのを嫌がる面々。

 「尾形ちゃん以外は皆泳げるの?」
 「尾形ちゃん以上には泳げると思います」
 「最底辺みたいな言い方やめてっ。最底辺やけど……うっ」
 「自分で突っ込んで自分で落ち込んじゃった」
 「大丈夫だよ尾形ちゃん、近くに先生が居るじゃない」
 「ふぇ?」

尾形の肩を支えて、譜久村は浜辺に一歩進む。

 「くどぅー!出番だよ!くどぅー!」
 「はーい!?何ですかー!?」

915名無しリゾナント:2017/08/29(火) 04:09:01
呼ばれた工藤が浮き輪で海面に浮いて叫ぶ。
小田と石田はスイカのボールを不安定な立ち泳ぎで投げ合っていた。
野中はバランスを崩して水面に体を打ち付けて二人が助け出している。
工藤は浮き輪から出ると、紐を持って浜辺へと泳ぎ戻る。
海水で濡れた髪をたくし上げながら顔を振って海水を払う。

 「どうしたんですか、皆入らないんですか?」
 「問題が発生しちゃってね、くどぅーに救難信号を送ってみた」
 「ほう、助けてほしい事があるんですね?」

譜久村に助けを求められたという事に対して工藤が得意げな顔を浮かべる。
“いい女”からの頼み事というのは同性であっても悪い気がしないものだ。

 「何ですか?」
 「この尾形ちゃんに海の素晴らしさを教えてほしいの」
 「……ハルに頼んだって事は、泳ぎの方ですか」
 「さすがその道のプロだね」
 「プロ並みには教え込めませんけど。でも普通に
  泳げるぐらいにはしてあげられるかもしれないですね」
 「くどぅーは水泳が凄く上手い子なんだよ。
  前に道重さんにも泳ぎを教えてたんだって」
 「道重さん!?」

916名無しリゾナント:2017/08/29(火) 04:09:41
その名前に見事に反応した牧野が犬の様に体を伸ばす。
先ほどまで落ち込む尾形にちょっかいを出していた為に
右手の甲が横山の顎を打ち付ける。
「あうっ」と顔を無理やりあげさせられ変な呼吸音が上がった。

「牧野さん、地味に痛いですっ」
「ごめんなさい!まりあの手が勝手に動いて!」
「普通に自分からぶつけに行ってたけど」

羽賀の言葉に目もくれず、牧野は食い気味に工藤へ前のめりになる。

 「あの!工藤さん!まりあにも水泳教えてください!」
 「え?だって尾形ちゃんよりは泳げるってさっき言ってたじゃん」
 「さっきのはさっきので、今は今です。道重さんが工藤さんに
  教えてもらって泳げたって聞いた今が重要なんです!」

噛みつく様な牧野の姿勢に引き腰になる工藤。
先ほどまでのテンションを無理やり振り上げるような牧野は
両手を胸の辺りで祈るようなポーズを取る。

 「道重さんが教えてもらった事ならまりあは何でも
  吸収したいんです!道重さんが見てきたもの、感じたもの
  いろんなものを知りたいから!お願いします工藤さん!
  まりあもその勉強会に参加させてください!」
 「ああ分かった分かったってば。いくらでも教えるよ!」
 「わーい!工藤さん大好き!」

917名無しリゾナント:2017/08/29(火) 04:12:49
心底嬉しそうにして飛び跳ねる牧野を工藤は一歩引いて回避する。
無表情で見ていた羽賀が小さく挙手をした。

 「工藤さんが手取り足取り教えてくれるなら参加したいです」
 「羽賀ちゃん、誰からその言い回しを教えてもらった」
 「あの、何か手伝えることがあったら、あ、浮き輪持って来ましょうか」
 「そういえば浮き輪これしかないな、借りてくるか」
 「まりあ行くー!よこやんも行こー!」
 「牧野さん早いっ、早いですっ」

加賀が救援用の浮き輪を借りると言って海の家へと駆ける。
その背後を追うように横山と牧野も走っていった。

 「犬が二匹、か」
 「でも良かった、相性の合う子が居て」
 「あと一人ぐらい居たらバランス良いかも」
 「そうだね。そうなると良いなあ」

譜久村の言葉に少し首を傾げるが、深くは考えなかった。
いつかの話をしている、そう思っていたからだ。

918名無しリゾナント:2017/08/29(火) 04:17:57
>>908-917
『黄金の林檎と落ちる魚』

海に泳がせたかっただけなんです…それだけなんです…。
水着のイメージは皆さんのご想像にお任せします(真顔)

919名無しリゾナント:2017/08/30(水) 02:44:05
尾形が海面に上半身を伏せて、前へ出る。
顔を上げたまま、目を閉じて手足で水を叩いて進む。
見ていると、足から腰、胸、顔と順々に海中に沈んでいく。
見ると、尾形は水底に横たわっていた。

急上昇。
水飛沫と共に尾形が水面から顔を出す。
ゴーグルを外して黒髪から水を滴らせながら、得意げな笑みを浮かべる。

 「五メートルぐらいはいけたんちゃうかな?」
 「ない胸を張れるほどじゃないからね。全然泳げてねえよ。
  五メートル間ずっと溺れてただけじゃんか」

工藤が呆れながら出来の悪さに怒りながら指摘する。
顔から離れる海水を両手で拭い取る尾形は呼吸を整えると
ゴーグルを再び装着する。

 「やっぱり酸素量が足りひんのですかね…しかも今サラッとディスりました?」
 「そうだろうな。あとは浮くって事をちゃんとした方がいいよ。
  最初は水に顔をつけて、静かに浮く感じで」
 「はあ……まさかのスルー」
 「ほら持っててやるから頑張れ頑張れ」
 「工藤さん!あかねも!」
 「順番順番」

920名無しリゾナント:2017/08/30(水) 02:46:11
工藤の言葉に近くで泳いでいた羽賀が頬を膨らませる。
尾形は工藤に両手を預け、顔を海水に入れて、体を伸ばす。
華奢ではあるが、女性特有の曲線があるため、浮力で体が浮く。
水面から尾形が顔を上げ、笑みを見せた。

 「浮いた!今春水ちゃんと浮いてましたよねっ?」
 「そりゃ浮くって。次は泳ぐ練習な。
  太腿を動かすように意識して足先を上下させてみて」

言われたとおりに顔を見ずにつけては上げて、水平となった
尾形が足を動かす。手を取っている工藤が押される推進力が
出ていたが、ここからが難しい。

 「次は水中で鼻から息を出す。水面から出た口で吸う事を繰り返す」
 「えっと、鼻から息を出して、口で呼吸」

尾形が試す。右から顔を出して、盛大に咳き込んだ。
工藤の手を振り払って立ち上がり、鼻と口から水を出す。

 「うぇーしょっぱい」
 「口で吐こうとするからそうなるんだよ。
  海の中で鼻から息を吐けば自然に口が息を吸ってくれるんだ。
  これを繰り返して体に染み込ませないとどうにもならない。はい練習練習」
 「ヒーン」

921名無しリゾナント:2017/08/30(水) 02:50:40
正直な所、いくら練習しても一日で完璧に泳げるようになるということは無い。
だが尾形の場合は水面の恐怖自体がある為にこのままでは一人で貝拾いを
させる羽目になってしまう。それは絵的にも少し切ない。
あと何回か練習させて、残りは浮き輪の補助で遊ばせようと思っていた。

 「加賀、さっきから後ろで平泳ぎしてるけど何かアドバイスしてあげてよ」
 「え、えーいや、私は工藤さんみたいに詳しくは説明できないので」
 「まあ泳ぎなんて勘っちゃ勘だからな」
 「でも尾形さんはスケート経験がありますし、きっと泳ぐ姿も綺麗ですよ」
 「確かに、もうちょっと自信持とうぜ尾形。筋は良いんだからさ。
  ……尾形?何顔真っ赤にしてんだよ、疲れた?」
 「綺麗って言われて嬉しいんですよ。ね、はーちん?」
 「うっさいっ」
 「かえでぃー、もっと褒めてあげて。褒めて伸びる子だから」
 「あ、あーはい。えーっと、えー…」
 「…こりゃ当分はかかるな」

工藤がやれやれと笑い、このまま加賀に任せようと思った時だった。

 「工藤さん工藤さん!まりあ出来ましたよ!」

牧野が告げ、その言葉通り海面を泳いでいく。
速度が上がり、波を蹴り立てて左側から右側へと進んでいく。
まるで親に自慢したいという気持ちを堪えきれない笑顔。
完全に雑誌特集にでも出てきそうなモデルかという完璧な幸福感。
足でもつらないかな、などと思いながら温い笑顔を返した。

922名無しリゾナント:2017/08/30(水) 02:52:35
そうして手が両脇へを水を掻いて顔を上げようとした時
近くに居た羽賀に背中からぶつかっていく。完全な不注意だった。

 「うわっ、ぶぷっ、何?なになに?」

牧野はバランスを崩しそうになったのを食い止めようとその背中に
しがみつき、身長差のある牧野が羽賀に覆い被さる状態になるため
羽賀はパニックになって悲鳴を上げて溺れそうになっていた。
浅瀬なのに何故か二人はもがいているように見える。

 「まりあちゃん離して!」
 「待って!なんか引っ張られてる!ぷわっ」

笑っているのか泣いているのか怒っているのか分からない悲鳴を
上げて水面に波を起こしている二人を助けに行く加賀。
だが加賀自身ももつれるようにしてバランスを崩し始める。
肩よりも下だった水面が首元まで浸かっていた。

 「ちょっと何やってんのっ」

ただ事じゃないと判断して石田と譜久村も加勢に入る。
牧野を引っ張って助け出し、石田にしがみつく羽賀は半泣きだ。
加賀も自力で浅瀬へと戻った。

 「人を巻き込まないっ」
 「ご、ごめんなさい、あかねちんごめんね」
 「ゲホゲホ、鼻に入ったぁ…」
 「あかねちん、一旦上がろうか」

923名無しリゾナント:2017/08/30(水) 02:55:38
羽賀と一緒に砂浜へ上がる石田、二人の背中を見送って
牧野はショックだったのか頭を垂れる。
その頭を譜久村が撫でた。

 「後でちゃんと謝れば許してくれるよ。わざとじゃなかったもんね」
 「うう、はい…」
 「加賀ちゃんもなんか変だったけどどうして?」
 「なんか急に足を引っ張られたんです。こんなに浅瀬なのに」
 「ええ?まさか手で掴まれたとか言わないよね?」
 「まりあもっ。グーッて足を引っ張られたみたいに浮けなくなって」

工藤と牧野の会話の傍らで、加賀がゴーグルを装着する。
大きく息を吸って溜めると顔から水面に入り込む、陽射しの光で水中が見えた。
見ると、確かに砂が削られて大きな穴を作っている。
まるでスコップで掘り出されたような空洞。
手を伸ばすと、水流を吸い込む引力が腕を通して感じる事が出来た。
どうやら”原因”の一つと見て間違いないだろう。

加賀は穴の方へ腕を伸ばすと、水面が、僅かに撓む。
見えない何かが水流を操っているかのように、蛇が泳ぐように。
砂粒が舞い、穴へ移り、窪みを埋める。埋める。埋める。
血の色を帯びた眼が拳を握り上げ、砂が盛り上がるのを”止めた”。
あっという間に穴は消え、平坦な地面が形成される。

不意に、加賀は横から視線を感じた。
フグの物真似でもするように頬を膨らませた牧野の顔面。
耐え切れずに水上する。

924名無しリゾナント:2017/08/30(水) 03:00:42
 「ぶはっ、何やってんですか牧野さん!」
 「かえでぃーが急に我慢勝負し始めたからまりあも参加しようと思って」
 「してません。てか誰とですか」
 「さっきチカラ使ってたみたいだけど何かあった?」
 「あ、あーはい。多分まだたくさんあると思いますあの穴。
  多分ここの海の事故が多いのは、あの穴が原因とみて間違いないと思います」
 「穴?」
 「これぐらいの穴が開いてるんです。
  引力があって水が渦を巻いて、きっとあれに足を取られるみたいです」
 「でも普通気付くんじゃない?」

工藤が神妙な顔で呟き、加賀が首を傾げる。

 「深さからして、少し水が荒れればすぐに埋まってしまうほどです。
  多分時間があれば痕跡は消えるんじゃないかと」
 「わざわざ人の手で掘り出される理由が分からないし、天然の穴にしては
  なんか引っ掛かるな…どう思います?」
 「うーん、とりあえずまだ穴があるなら、まずはそれを埋め直さなきゃね」
 「全部を直すには時間は掛かると思いますが、横山となら一時間で出来ます、ね」
 「うん。ただ場所までは…」
 「ハルに任しとけって。ちゃんと探し当てるからさ」

工藤が自分の目を指で示す。牧野が右手を空へ上げた。

925名無しリゾナント:2017/08/30(水) 03:02:28
 「まりあも手伝っていいですか?」
 「牧野さんが良いならお願いします。スタミナを考えると心強いですから」
 「了解しちゃいまりあっ」
 「じゃあ一回休憩を挟もう、ごめんねはーちん。泳ぐの中断させちゃって」

譜久村が謝罪すると、尾形は気付いたように、首を横に振った。

 「ああいえ、全然平気です。というかこれ以上はうまくならない気がするんで」
 「なーに言ってんの。後でまた教えるつもりだから覚悟しとけよー」
 「堪忍してくださいー」
 「ファイトです尾形さん」
 「あ、う、うん。がんばる」

片手のガッツポーズで応援する加賀の言葉に尾形は大きく頷いて答える。

 「こういう事になるなら少しぐらい泳げるようになれば良かったかな」

小声を漏らすが、それを汲み取ってくれるのは野中ぐらいのものだろう。
尾形の本心を知る事が出来るのは、その本心に触れられるのはごく一部だ。
譜久村がやれやれ、という感じで視線を向けていたが、それも一瞬の事。

 リゾナンターが、始動する。

926名無しリゾナント:2017/08/30(水) 03:07:17
>>919-925
『黄金の林檎と落ちる魚』

すみません。一応続きモノですorz
現実世界ではいろいろ起こっていていつまで想像できるのかと
少ししんみりしてます…。いやまだ夏は終わらない、終わらないのだ…!

927名無しリゾナント:2017/09/01(金) 03:53:30
石田が砂浜に戻ると、羽賀は海の家の近くにある水場で顔を洗った。
砂混じりの塩味で溢れていた口がどんどん潤っていき、鼻には多少の
違和感が残ったが、状態が回復していくのが分かる。

 「はいタオル」
 「ありがとうございます」

石田からタオルを差し出され、素直に受け取った。
母親のような石田に、羽賀は少しだけ照れ臭さを感じる。
尾形、野中、牧野と同じく自身の過去を忘れてしまった為に
本当の両親が居るのかは分からないが、それでも姉のような、母のような
存在に囲まれての日々はとても楽しく、幸せだ。

 「はあ」
 「スッキリした?」
 「はい。もう大丈夫です」
 「まりあちゃんもさ、ほら、爆弾みたいなものだからあの子は。
  自分では抑えられない所があるっていうかね」
 「考えてみると、多分、まりあちゃんも同じだったと思うんです」
 「え?同じ?」
 「急に足を引っ張られてあかねもパニックだったから」
 「あ、足?足を引っ張られたの?誰に?」
 「分かんないです。でも、水面を見た時に影が見えた様な気がする」
 「悪戯だとしたら許せない」
 「人間じゃないです。でもあんなの見た事ないから、新種かも」
 「それ思い出せる?譜久村さんに報せなきゃ」

928名無しリゾナント:2017/09/01(金) 03:54:24
石田が右手を差し出すと、羽賀が左手で握り返す。
浜辺へと戻ろうとした時、足首までしか海水がない岩礁に目が留まる。
いつの間に移動したのか、小田と野中が両膝を抱えて並んで座っていた。
何をしているのかと思って近づいてみるが気が付かないのか
二人は水底をジッと見ている。

 「小田ちゃん、何見てるの?」
 「魚が泳いでないか探してるんです」

石田の問いに、小田は水底を見たまま答えた。
気付いてたのかよ、と胸中で呟く。

 「こんな浅瀬で?居るの?」
 「まあ小さいのがちらほら。石田さんはどうしたんです?」
 「ちょっとハプニングがあったのよ。二人も気を付けてね」
 「Noted with thanks.」
 「心配してくれるんですか先輩」
 「あんたに何かあったら野中ちゃんを助けられないでしょ」

「じゃーね」と石田は羽賀を連れて海へ戻っていった。

929名無しリゾナント:2017/09/01(金) 04:09:33
 「素直じゃないなあ石田さんは」
 「あ、見て下さい小田さんっ。sea cucumber!」
 「しーきゅーかんば?なにそれ?」
 「ほら、ここですここ」

野中が指し示す所にナマコが居た。

 「ああなるほど、これの事か。知ってる?これ食べられるんだよ?」
 「Seriously? 小田さん食べた事があるんですか?」
 「ううん。だって河豚と同じで、有毒生物だからちょっと考える」
 「へーそれでも食べられるって、誰が最初に食べたんでしょうか?」
 「そういうのを食べなきゃいけないほど、時代が酷かったんじゃないかな。
  私達が予想付かないぐらいの、ね」
 「fascinating story. 詳しいですね」
 「そんなんじゃないよ。ネット環境が優秀なの」

野中が立ち上がり、海岸の突堤を眺める。
何かを探しているようだが、コンクリートの上を見て「あっ」と
発見したように声を上げた。

 「angle!小田さん、釣りをしてる人が居ますよ」
 「何か釣れてるのかな?こんなに人が多いのに……行ってみる?」
 「I'd love to! 見学したいですっ」

二人で突堤を歩いていくと、高齢の男が椅子に座っていた。
日除け防止に、闇色のサングラス。手元に竿とくれば完全に釣り人だ。
男が傍らに立つ二人を見て軽く会釈をすると、二人もお辞儀を返す。
するとまた前に目を戻した。

930名無しリゾナント:2017/09/01(金) 04:11:25
突堤の先の海には騒いでいる男女。
すぐ近くを船遊びの大型クルーザーが波を蹴立てていく。
平和な光景に、男が馴染んでいた。

 「釣りですか?」
 「見たままさ」

男が釣竿を小さく回し、遠心力を得ていく。
近くで見ると分かるが、痩せて見える男の肩や足や背は強固な筋肉質だ。
袖口や裾から出る手や足に刻まれた傷跡。
漁師でもやっていたのだろうか。

 「少し前に仕事を辞めてね、知人から譲り受けた海の家をやっている」
 「まさか今釣ろうとしているのは」
 「ああ、昼食で出す魚だが、結局は自分用になるだろうけどね」

男が釣竿を小さく振りかぶり、糸を飛ばす。
驚くほど意図が伸びていき、沖に立つ消波堤に当たった。
跳ね返った釣り針は消波堤の根元に絡みついていき、止まる。
釣り針が海面に届くことは無かった。
男が引っ張っても、釣り針は取れない。
力を入れると竿が曲がりそうなほどしなり、外れた。
糸が切れた竿は男の手元で揺れている。
小田と野中は男を見るが、男は見ずに、苦笑した。

931名無しリゾナント:2017/09/01(金) 04:12:42
 「はは、まあ不器用とはよく言われるんだよ」
 「冷静に言いますが、これだけ人が居る真昼では釣れないと思います」

私設海水浴場といっても人が多い。
ましてやクルーザーの船遊びが海面を見出していては魚も寄り付かないのだ。
大物を狙うなら、あまり推奨できない。

 「ここでするなら夜か朝釣りが良いですよ」
 「分かっていて昼に釣りをしているんだが。
  実はあそこに見える海の家が流行らなくてね、時間つぶしさ」

男が示すのは、他の海の家が陣取る場所から僅かに離れた岸壁の近く。
お客の姿はおろか、看板を掲げた外見のみで、営みの気配すら感じない。

 「何か原因が?」
 「バイトと喧嘩してしまってね。置き土産に風評被害をしこたま
  叩きつけられて全員辞めてしまったんだ。
  ガラの悪いイメージが拭えないのはやっぱり痛いよな、接客業は」

サングラスの奥の細い目には微笑み。
悔しさの帯びない表情は既に諦めきっていた。
男は糸を失った釣竿を海面から上げて、左腕の腕時計を見つめる。

932名無しリゾナント:2017/09/01(金) 04:13:50
 「とはいえそろそろ開けないと、悪戯されてもかなわんからな。
  じゃあね、お嬢さん」

小田と野中は顔を見合わせて軽く微笑んだ。

 「Two heads are better than one」

野中の英語に、男は素直に首を傾げた。

933名無しリゾナント:2017/09/01(金) 04:17:56
>>927-932
『黄金の林檎と落ちる魚』

少し短いです。スレ立てお疲れ様です。
訳アリのおじさんが登場しました。

934名無しリゾナント:2017/09/03(日) 01:28:48
海の家に賑わいの声が響く。

工藤遥がカレーを頬張り、隣に座る牧野はかき氷を匙で掬って口に運ぶ。
頭痛が来たらしく、こめかみを指で押さえている。
隣で横山が再びかき氷を掬う。
彼女もこめかみを指で押さえる。二人で笑い合った。
譜久村はタコライスとかき氷、羽賀はラーメン、尾形はたこ焼きとかき氷。
小田はしらす丼、野中はカツ丼、加賀は焼きそばを注文した。

 「見事なまでに定番が揃ったね」
 「もうちょっと皆珍しいの選ぶと思ってた」
 「いやいやいや。海で定番っていうのが良いんだろ」
 「石田さん元気出してください。スイカならまた買いましょ」
 「その私のスイカ大好きキャラいつまで引っ張るつもり?
  しかもお店に用意されてないってだけで落ち込むこと前提なの止めてくれる?」
 「ほらほら、スイカ割りやりたい人が手上げてるよ。優しい後輩だね」
 「じゃあ皆で割ろうねー2つ余るから皆分けて食べようねー」
 「怒んなよー」
 「先輩、私も後輩です」
 「へー良かったね」
 「つめたーい」
 「すまないねお嬢さん、まさかこんなにたくさんお客が来てくれると思わなくてね」

店主の男が笑った。手には石田が頼んだ魚介パスタの皿を持ち、テーブルに置く。
魚介類の芳醇な香りが麺と具材を引き立てている。

935名無しリゾナント:2017/09/03(日) 01:31:06
 「なにこれめっちゃ本格的。一口ちょうだい」
 「言いながらフォークで巻きとってるじゃない。あ、いただきます」
 「ちょっと熱いかもしれないから気を付けるんだよ」

工藤がフォークを伸ばして麺を巻きとる。
口に運び、噛むと舌には独特の味が広がる。
魚介類の芳醇な味が麺と具材を引き立てていた。

 「うま、魚介だからかなんかいろいろ混ざってる。
  でも臭みもないし和風だけど洋風みたいな、とにかくうま」
 「こら、あんまり取るな。自分で注文してよ」

亜佑美が皿を自分の手元に戻す。
隠すように食べる姿を見て、隣の譜久村は笑うしかない。

 「ははは、秘伝のソースを気に入ってくれたなら嬉しいね」
 「勿体無いッスよねーこんなに美味しい料理を出してくれるお店をハブるなんて」
 「今はネットで何でも美味しそうな料理が食べれる場所を調べられる。
  こういってはなんだが、情報を食べに来てる気がしてならない。
  けれどお嬢さん達みたいな笑顔を見る為に、この店は皮肉にも在り続けてる」
 「好きなんですね。ここが」
 「そうなのかな…。まあ、この店の最後のお客さんとして精一杯振舞わせてもらったよ」
 「まだ諦めるの早いよ。おじさん」
 「しかし……」
 「まあ明日楽しみにしときなって」

936名無しリゾナント:2017/09/03(日) 01:36:13
 「何か秘策があるの?」
 「簡単な話、人を呼べばいいんですよ」
 「チラシ配り!」
 「呼び込み!」
 「いやいや、もっと簡単な事があるだろう?
  人を呼ぶだけならチラシ配りも呼び込みも必要ない方法で出来るじゃん」
 「そんな簡単なことが出来る訳……」
 「出来るよ。だってあたしら、リゾナンターだろ?」

心に光を。放つ光は闇を払って共に鳴る事を誓う者。
共鳴者に成りえる者達と響き合い、呼応する者達。
たとえそれがどんなに闇で覆われていたとしても必ず共鳴する。
それが光と闇に愛された者達の宿命。

 「……でも、一時気持ちを合わせた所でまた離れるかもしれない」
 「ハルは思うんですよ。多分きっと、たった一度のきっかけで良いんです。
  たった一度だけでも気持ちを合わせたなら、それだけで上手くいく気がする。
  だからあのおじさんに見せてやりましょう。見えなくても、視得るものを」
 「何言っちゃってんのよ。凄い大変なこと言ってるの分かってる?」
 「それにどぅー、明日の調査はどうするの?」

937名無しリゾナント:2017/09/03(日) 01:42:59
 「あ、あーあーえっと。まあほら、昼にはまたここで食べるんですからその時に。
  大丈夫ですよ、リゾナントのバイトリーダー張ってますから」
 「なんだかなあ。行き当たりばったり感でさっきの言葉の説得力が。
  うーん………でもまあ、悪くないと思うよ。一か八かやってみる?」
 「さすが譜久村さん」
 「一番頑張るのはどぅーだからね。頼りにしてるよ」
 「私達も手伝いますよ工藤さん」
 「やってやりましょう」
 「I'm going to do it!」
 「ノリがいい後輩で良かったね、どぅー」
 「ですね……ありがとう、皆」

工藤の言葉は静かに仲間を頷かせた。
彼女の強い言葉が響く。遠くを見ているような、そんな、響きを残して。

夕方の浜辺での野外焼き肉では、若い連中が肉の奪い合いとなる。
海の家の店主による厚意により、夜は花火大会の花火が見れる見晴らしのいい
隠れスポットに向かい大騒ぎとなった。
男が保護者として率先してくれた事により、未成年の多い彼女達には有難かった。
何度も奢らされそうになる姿に、親戚のおじさんのようでもある。

 「今日初めて会ったのにもうあんな風に。若さかなあ」
 「妥協してくれてるような気もするんですけどね。
  でもあのおじさんが喧嘩するなんて、一体何があったんでしょう」
 「さすがに詳しくは聞けないよ。でも、仲が良くても喧嘩しちゃうのが人間だからね」

938名無しリゾナント:2017/09/03(日) 01:45:06
花火を見終えた後、最初に牧野が眠気眼をこすり、次に横山、尾形と睡眠欲を露わにし出す。
依頼主から指定された民宿へと帰り、男ともそこで別れた。
大部屋に人数分の布団が敷かれ、牧野と横山はすぐに夢の中へ落ちていった。

 「じゃあ電気消すよー」
 「おやすみー」
 「おやすみなさーい」
 「おやすみー」

反応して部屋の照明が落ちる。
暗い部屋には静けさ。かすかに聞こえるのは、空調機の音と個々の寝息。
遠い潮騒の音が聞こえ、子守歌となる。

布団の中で、加賀は思い出していた。
今日一日だけでいろいろな事があった。
笑い驚き、泳ぎ走り、食べて飲んだ。
一日中がお祭り騒ぎで、自分が心底楽しかったのだと気付く。

明日の調査で海の異変を解決すれば、その時間も終わるのだろうか。
整理する間もなく、疲労ですぐに瞼が下りた。


目が覚めた。
暗い部屋に、窓を抜けた星と夜の街の光が微かに射し込む。
横を見ると、枕元の時計の表示は午前三時。
深夜か早朝か迷う時間。
夜の潮騒の音だけがまだ遠く聞こえていた。
横から小さな寝息が響く。

939名無しリゾナント:2017/09/03(日) 01:46:12
欠伸をしようとして止まる。真夜中に起きた原因は、喉の渇きだ。
空調機を見ると冷房ではなく乾燥になっていた。
それでも加賀しか起きていないようだ。
布団から起き上がり、靴を履く。
備え付けの冷蔵庫へ向かい開けると、缶ジュースやペットボトルの水が
入っていたが、何故か温くなっていた。
冷蔵庫は最新ではなく、ダイヤルで温度調節をする年期の入ったもので
そのメモリが「0」を示している。
仕方がないので財布を掴んで静かに部屋を進み、廊下に出る。
階段を下りて、民宿の裏口から出た。
周囲には潮騒の響き。磯の香り、夜の浜辺で騒ぐ人間も居ない。
背後を見上げると、加賀が居た部屋が見える。誰も起きていないらしい。

 「かえでー」
 「うわっ、った、あ、よ、よこ?あんた何してんの」
 「かえでーも飲み物買いに行くんでしょ?」
 「まさか起きてたの?なんで言わないの」
 「どうするんだろうと思って見てたの。冷蔵庫も使えなかったし」
 「…つまり?」
 「私もついてって良い?良いよね?」
 「……はー、ちゃんと自分のお金で買いなよね」
 「やった」

940名無しリゾナント:2017/09/03(日) 01:48:11
横山と共に街灯が点々と灯る夜の道路を二人で横断していく。静かな夜だ。
椰子の木の間に、皓々とした光を放つ自販機を見つける。
近くに寄って確認すると、予想した通りの通常価格。
民宿にも設置されていた自販機は観光客価格だった為、先は付近の住民の
ための価格設定なのだ。
富士山の頂上にある自販機とまではいかないが、それでも高い。
だからこうしてわざわざ外にまで出たのだ。

 「ほら先に選んで」

横山は少し迷ったようにして、冷たいお茶を選んだ。
加賀も違う種類のお茶を選び、落ちてきた商品を取り出した。
左頬の肌が粟立つ。左側に何かがいる。

 「かえでー、何か感じない?」

横山の言葉に急いで顔を左に向ける。
海辺の道路沿いに街灯が点々と続くが、闇を追い払いきれていない。

二車線の道路の中央に、先ほどまではいなかった人影がある。
一人ではなく、数えていくと四人。子供だ。
女の子か男の子かは分からないが、車道の中央で輪になっている。
見た瞬間から、背中に氷柱が突っ込まれた様な悪寒。
子供達は両手を掲げて、左右の子供と手を繋いでいる。

緩やかに左から右へと足が動いている。
無言で行われる輪舞。異界の光景だ。

941名無しリゾナント:2017/09/03(日) 01:49:54
 「何あれ…」

幽霊や超常現象を信じない訳ではないが、加賀が持っているのは
視る力ではなく聴く力だけだ。
だが、眼前にある現実は異常そのものだった。
そして気付く。路上の子供達が、二人を見ていた。

 眼球が、無い。

闇色の眼窩からは、黒いタールのような涙が頬に零れている。
黒い口の黄色い乱杭歯の間から、同じくタールの涎が垂れていた。
『異獣』にも奇怪で異様な容姿の者は何匹も在るが、人型なだけあって
あまりにも質が悪い。

横山が加賀の背中にしがみつき、一刻も早くこの場から逃げたいと思う。
子供達は眼球の無い目で二人を見ているが気にしていられない。
三歩目で止まって上半身を戻す。

 『刀』が無ければ『本』の意味がない。
 油断した。まさかこんな所で遭遇するとは思わなかった。

 「よこ!走って!」

横山の腕を掴み、そのまま民宿の裏口に飛び込み、階段を三階まで駆け上がる。
勢いのまま部屋を跳ね開ける。同時に布団から小田が跳ね起きた。

 「どうしたの?」

942名無しリゾナント:2017/09/03(日) 01:50:47
そこから石田、工藤、譜久村と起きていく。
尾形、野中、牧野、羽賀は未だ寝続けていた。

 「出ました」

幽霊だか超常現象だかを見たという説明をどうすれば良いのか分からない。
だからこそその手の話を重要視できるように、そう呟く。

 「出ました」
 「出たって何が?」
 「窓、窓見てください窓。道路、道路を見てください」
 「なんだよお、面白いものでもある訳じゃなし」
 「ある意味で面白いですから早く」

加賀の慌てぶりがおかしいのか石田と工藤は笑ったが、窓辺で言葉が止まる。
民宿の三階の窓からでも、路上の子供達が見える。
七人も黒い涙を流す目で見上げていた。
見ているだけで恐怖を巻き起こす、異様な姿だった。

 「あれ、幽霊ってやつですよね?」
 「ああ、あーまーそんな気がしないでもないっていうか」
 「肉眼で見るの初めてだけど、攻撃したら反応するのかな」
 「ええー…」

943名無しリゾナント:2017/09/03(日) 01:52:07
加賀は二人の反応に、絶句した。
あんなに異常な光景なのに戸惑う表情しか浮かべない。
僅かに引きつって、だが恐怖を感じているのかよく分からない。
路上の子供たちはこちらを見上げたままの姿勢で動かない。
横山はまだ譜久村と小田に慰められている。

加賀に違和感が生まれていく。冷静に考えれば疑問がある。
子供達がこちらを見上げている。
『異獣』を従えているから分かる。

 “まるで次の命令を待っているようだ”

加賀が荷物から『刀』を抜き出すと、小田と石田がギョッとする。

 「ちょ、かえでぃー、一体何する気?」
 「さっきの石田さんの言葉を貰ってみようかと思います」
 「あまり大きい事はしちゃダメだよ」
 「大丈夫です。サイズはアレに合わせますから」
 「サイズ?」

加賀が鞘から僅かに抜かれた刃を構える。
横山の瞳が煌めく。体内から召喚された『本』が燐光を放つ。
周辺に居た全員の背筋が凍り付く。

子供達の一人が吹き飛ばされた。
“見えない風”に遊ばれるように小さな体が空中で回転する。
さらに向かい側の輪にいる他の子供達も吹き飛ばされた。
黒い血が暗い夜に撒かれ、また街灯の下に落下していく。
無言の悲鳴で、だが異形の子供達は逃げ惑うことなく吹き飛んでいく。
次々と吹き飛び、落下。街灯の下で黒い血を広げていった。

944名無しリゾナント:2017/09/03(日) 01:56:34
工藤と石田がスプラッター映画を見るように引きつった表情を見せる。
そして互いを見た後、気分の悪さに部屋を出て行った。
小田が僅かに目を細めて呟く。

 「まるで大きい犬が暴れまわってるみたい」
 「ああ、あれは鯱です」
 「しゃ、鯱っ?」
 「子供ですけど、並の人間ならぶつかった瞬間に破裂します」
 「凄いね…」
 「でもこれで、ようやく分かりました」

暗い路上には、七人の子供たちの幽霊が倒れている。
這った姿勢からそとってこちらを黒い穴の目で見上げていたが
その輪郭が崩れ、青い光を発し、崩れていく。
ようやく理解したと同時に、胃の底から怒りが沸き起こる。

室内に顔を戻す。吐き切った石田とダウンした工藤が帰ってくる姿と
小田と譜久村の苦笑した表情。

 「まんまと引っ掛かったって事ですね。しかもよこも知ってたな」
 「あれ、なんでバレたんだろ」
 「あんな消え方をするのはアイツらしかない」

さっきまで怯えていた表情が悪戯を暴かれた子供のように表情を浮かべる。
見た事のない異種で気付かなかった、人型が操る異獣はあまりにも謎と種類が多い。

945名無しリゾナント:2017/09/03(日) 02:00:10
 「演出担当はどぅーとあゆみん、空調機を調節したのは私。
  喉の渇きで真夜中に起きる様に考えたのははるなんだけどね」

譜久村が自分を示す。
喉の渇きから全てが計画の内だった。

 「こうしてこんな…」
 「まあ恒例行事っていうかね。ハル達も譜久村さんに騙された方だから」
 「まだ眠りこけてるこの子達も去年同じ目に遭ってるよ。
  その時はあたし達も参加して死んだフリしたり、手間が掛ったけどね」
 「横山ちゃんには計画してる所をバレちゃってね。でもかえでぃーと
  一緒に参加させた方が雰囲気でるかなと思って。
 「でも厳密にいえば私達は騙してないよ、幽霊とは一言も言ってないし」

小田の言葉に、加賀が口を結んだ。
指摘されれば、確かに勝手に幽霊だと思って騒いだだけだ。
悪戯をする方が子供、と言いたいが、加賀自身にも反射してくる。

 「ちょっと出てきます」
 「あ、かえでぃー」

頬を朱色に染める加賀は部屋を出る。廊下で一人。
階段を下りて、ホテルを回り込み、浜辺に向かった。

946名無しリゾナント:2017/09/03(日) 02:04:56
>>934-945
『黄金の林檎と落ちる魚』

拗ねでぃー発動。無理やり肝試しも挟んでみました。
新曲の「若いんだし!」聞きました。ライヴでDo!DO!と叫びたい…。

--------------------------ここまで投下お願いします。

少し長くなってしまったのですが、余裕がある行に狭めてもらっても
全然かまいませんので、投下しやすい形でよろしくお願いしますorz

947名無しリゾナント:2017/09/07(木) 20:06:56
夜の浜辺の突堤に腰かける。
街の街灯が背中から淡く届き、寄せては返す黒い波頭を照らす。
引っかけられた悔しさはすでにない。
夏場におけるお節介な行事ではあるが、今思い返せば笑い話だ。
気付けばまだ数ヶ月しか会っていない面々とも普通に会話が出来ている。
横山とは冗談すら言い合える関係を築き始めていた。
命の取り合いの緊張は薄まったが、心地よさを感じているのも事実だった。

夜の潮騒の間に、足音。

 「おや、どうしたんだね」
 「あ……えっと、ちょっと風に当たりたくて。どうしてこちらに?」
 「夜釣りだよ。早朝に釣れる魚もいるらしいからね。楓ちゃんだったかな?」
 「はい。加賀楓です」

海の家の店主が折りたたみの椅子と釣り具入れを下ろし、加賀の横に座る。
無言で釣竿を振るう。
糸が夜空を渡り、暗い海に落ちていく。
着水音は潮騒に消されて聞こえない。
夜に灯る小さな火。座る男の口にある煙草に火は灯っていない。
彼なりの配慮だろう。

 「お嬢さん達は一体どんな仲なんだい?年もバラバラのようだし」
 「ちょっと変わった仲ですけど、楽しいですよ。まだ出逢って一年にも
  満たないけど、でも、これだけ絆のある人達に会えたのは幸運だと思います」
 「そうか、それは、とてもいい人生だね」

夜の海へと釣竿を緩く動かしつつ、男は笑った。

948名無しリゾナント:2017/09/07(木) 20:07:33
 「お店を経営してて、まるで、そう、学校のような家庭のような雰囲気があるんです」
 「へえ?店を?そんなにも若いのに」
 「ああいえ、私はまだ駆け出しなのでお手伝い程度しか。
  でも先代達からずっと受け継いでるんです。やり方はずいぶん変わりましたけど」
 「一度行ってみたいもんだねえ」
 「ぜひ来てください」

ふと、加賀は思った。
言ってはみたものの、譜久村達の判断なしで招待してもいいのだろうか。
明日聞いてみた方がいいだろう。謝罪と共に。

当たりがないらしく、男が釣竿を握る右手首を返す。
釣竿の先の意図が銀の曲線を描いて戻り、釣竿を左手に取る。
また釣竿が振られ、糸と針が夜空を飛翔していく。

 「私はずっと仕事の毎日だったからね。毎日毎日、飽きもせずに。
  何度も縁はあったが、それも全て蹴って仕事に明け暮れた。
  だが、最後の最後に親友だった男が裏切った。あいつはただ
  利用できる人間を捜していただけなんだ。全ての厚意すらも。
  だからどんな小さなことでも良いから恩を返したくて海の家を引き取った。
  ……数十年にも叩き込まれた警官の正義感でも、誰の心をも動かす事は出来ない」

暗い海面に釣り針を投げ込み、しばらくして手首を返し、糸を戻す。
釣り針には、漫画の様に海草が引っ掛かっていただけだ。
海草を外し、男は再び釣り竿を力強く振る。
釣り針は夜空を飛翔していき、海原に落ちた。
空から夜は去っていき、水平線の端が紫に染まっている。夜明けは近い。

949名無しリゾナント:2017/09/07(木) 20:08:11
 「君達はまだ若い。だから、何度でも挑戦する事が出来る。
  何度でも、何度でもね。それが人生さ」
 「それは誰もが持ってる特権ですよ」
 「……そうだね。もう少し、頑張る事にするよ。
  君達の厚意を無駄にしないために」

背後から足音。
顔を向けると、突堤の根本に人影。横山と工藤が歩いてきていた。

 「あ、おじさんこんばんわ。あ、おはようございますかな?」

欠伸をしながら工藤が進んでくる。

 「午前10時まではおはようございます、らしいですよ」
 「ふうん。加賀ちゃんもおはよう」
 「おはようございます。どうしたんですか」
 「迎えに来たんだよ」
 「その割には遅かった気がするんだけど」
 「二度寝しちゃったから多分そのせいかな」
 「完全にそのせいでしょ」

加賀の言葉に横山が笑った。笑って受け流した。

950名無しリゾナント:2017/09/07(木) 20:10:18
 「小田ちゃんが言い過ぎたってちょっと落ち込んでたんだけど
  睡魔に負けて眠りこけてる」
 「いえ、私もちょっと大人げなかったです。すみません。あとで謝りに行きます」
 「加賀ちゃんは真面目というか、もうちょっと言ってやってもいいんだよ。
  もう知らない関係じゃないんだからさ」
 「……じゃあ、これからはもう少し言わせてもらいますね、たくさんありますから」
 「あら、これはちょっと焚きつけ過ぎたか」

三人は再び海へ目を戻す。
暗い先の空が、紫から赤となっていく。
そして銀色の光が現れ始めていた。

 「来たっ」

男の声で横を見ると、釣竿が揺れている。
一気に急な曲線を描いていくと、糸の先、浮きが上下し、沈んだ。

釣り針にかかった魚が、糸を右へと引っ張っていく。
海を右から左へ横切る。銀の線。
獲物はとんでもない速度だ。男の体も左へ流れる。
加賀は慌てて横から男が握る釣り竿を掴む、凄い引きだ。

 「こいつあ二人でも無理だ。この竿の強度でも持つかどうか」
 「おじさんっ、人手集めてくるから頑張って!かえでぃーも頼んだ!」
 「力任せに引っ張らずに魚を泳がせて弱らせましょう!」
 「あ、ああ分かった」
 「私も手伝うっ」

三人で息を合わせて釣竿を操る。

951名無しリゾナント:2017/09/07(木) 20:13:29
竿先が一体なんの素材で作られているのかは分からないが、凄まじい曲線にも
耐えているという事はよほどの業物なのだろうか。
だがこれならば最悪の場合にも折れる事はない、ならば考える事は一つだ。
加賀も釣りの技術や経験が高い訳ではないが、基本知識ならある。
彼女の掛け声に男は糸を巻いては泳がし、泳がしては糸を巻き、魚を寄せていく。

 「連れてきたぞ!あたし達はどうすればいい!?」
 「とりあえず網の準備を……あ!」
 「うわっ、なんだありゃ!」

十数分の格闘で距離が縮まっていた先、赤紫の波間に銀鱗が見えた。
三人が竿を引くと、海原を蹴立てて百、いや二百センチを超える大魚が跳ねた。
青に赤、緑の鱗。
無表情な魚類の目が、明けていく夜空から見下ろしていた。
巨体が波間に落下して、水しぶきを立てる。

 「あれですっ、あれです工藤さんっ、あかねが見た影!」
 「まさかあれがあの穴を作った犯人?」
 「人じゃないから、犯魚ですかね」

石田と羽賀の背後から眠気眼の譜久村と小田も現れる。
尾形、牧野、野中はやはり熟睡中のようだ。

 「よし、釣りあげるぞ!」
 「能力使わないの?」
 「でもおじさんも居るし、下手な事するとバレちゃいますよ」
 「大丈夫ですよ工藤さん、絶対に逃がしませんから」

952名無しリゾナント:2017/09/07(木) 20:14:30
工藤は二人の背中を見つめている。
男が汗を滲ませている中、加賀と横山にはまだ余裕があるように見える。

 「おじさん、大丈夫ですか?」
 「ああ、手が痺れてるが俺が頑張らないとな。一緒に釣りあげよう」
 「はい。よこももうちょっと頑張って!」
 「分かってる、よおっ」

二十分近い格闘で、釣り糸は突堤にかなり引寄せられていた。
魚も弱ってきているが、あまりの大物で糸も限界に近い。
勝負に出なければ、負ける。

 「おじさん、よこ、合図したら竿を引いて…………………せーーーのっ!」

三人は呼吸を合わせて、一気に竿を引く。
海面が弾け、大量の水飛沫とともに大魚が空中に引き上げられる。
全力で釣竿を引く、加賀の目が僅かに朱色に染まった。
放物線を描き、大魚が突堤に落下。
水中の銀鱗は、コンクリートの上で青や赤、緑の鮮やかな体色を見せる。

953名無しリゾナント:2017/09/07(木) 20:15:42
背鰭や尾鰭を振り、水を散らして大魚は突堤のコンクリートの上で跳ねる。
浜釣りの装備でよく釣れたと呆れるほどの大きさを誇る。
突堤の上で魚がまた跳ねる。
押さえようと伸ばした加賀の手から魚が逃げる。
男が先に居る工藤へ顔を向けた。

 「網を!」

跳ねるように工藤が動き、男の構えた網で大魚を捉える。
青い網のなかで魚が暴れるが、徐々に落ち着いていった。

 「やりましたね」
 「ああ、はは。大きいなあ」

男が初めて心の底からの笑顔を浮かべた瞬間だっただろう。
横山も予想以上に大きな獲物に珍しいのか、加賀の肩越しに魚を見ている。

 「やったね、凄いよかえでぃー」
 「横山ちゃんも頑張ったね」

譜久村や石田から賛美され、笑顔を向き合って浮かべる二人。
羽賀と小田、工藤は腰を下ろして大魚を見下ろしていた。
小田が首を傾げ、少し神妙な表情を浮かべている。

954名無しリゾナント:2017/09/07(木) 20:16:41
 「まさかこんな魚がこの海に居たなんて」
 「でも凄い色してますよねこれ。こんな模様見たことない」
 「だってそれ、普通の魚じゃないですからね」
 「え?」
 「残念ですが、それ食べられないです」

全員が小田の言葉に呆けたが、石田が反射的に口を開く。

 「ちょっと小田ちゃん、またそんな空気読まない事を」
 「不味いですよ。強烈な味で人が簡単に死んじゃいます」
 「まさか、猛毒持ってる?」
 「数年に一度しか見られないので希少価値は高いです。
  でも食べるとなれば……止めませんよ?」
 「止めなさいよ!全力で止めて!洒落になんないから!」

小田が優しい毒を含む微笑みを唇に宿す。
食べる為の釣りだったが、大魚の自然の防御が上回る。
魚は網の下で跳ねている。悲鳴が上がって思わず吹き出す工藤。

 「なんだよこのオチーっ」

工藤の笑いに誘われて他の面々ももはや笑うしかない。

955名無しリゾナント:2017/09/07(木) 20:22:47
 「あーあ、楽しみだったのになあ。私もう焼いてるイメージ出来てました」
 「でも確かあかねちんが食べられないんじゃなかった?」
 「今心底ホッとしてるでしょ」
 「……えへへ」
 「はーもう何この状況、ウケルんだけど」

笑い終えて、魚の処遇を考えたが、人の手が入らない沖合いに帰す事となった。
元々沖合に棲みついていたが、荒波に揉まれて浅瀬に留まっていたのだろう。
砂の穴は毒魚の特性によるものだと断定付けられた。
それによって被害者が出てしまう事態になったが、これでもう事故は起こらない。
きっと。

 「ありがとうな」

男は何故か魚に感謝していた。強敵への賛辞にも似た爽快さを込めて。
その場には立ち会わなかったが、沖へ斜方投射された魚は頂点から放射線を描き
大海原へと落下すると、毒魚として雄々しい巨体に背鰭の戦旗を立てて帰っていったという。

 「見て、赤い林檎だよ」
 「何その表現、かっこつけー」
 「でも長い夜だった気がします」
 「ホントにね」
 「寝オチしてたヤツらが言うことじゃないけどなー」

956名無しリゾナント:2017/09/07(木) 20:23:35
海原の左側から太陽が姿を現し、巨大な黄金の林檎となって陽光を投げかけていた。

 「じゃあ帰ってもうひと眠りしようか」
 「あれ、でも今日も警備の仕事が」
 「大丈夫だよ。お昼からでも。途中で寝ちゃってもダメだしね」
 「リーダーにさんせーい」
 「よし、じゃあ帰ろう」

朝日の眩しさを片手で防ぎ、譜久村が告げた。
反転して突堤を戻っていく。彼女の背にそれぞれが続いていく。
加賀が男に礼を言って走り去っていくと、それを見届けた。
全員が笑い合い、進んでいく。

数時間後には予期しない、新たな出逢いを迎えるとは知らずに。

                             Continued…?

957名無しリゾナント:2017/09/07(木) 20:33:48
>>947-956
『黄金の林檎と落ちる魚』以上です。

お疲れ様でした。これで今年の夏を終われそうです…。
実はこの後、三人と合流して新しい子との絡みをと思ったんですが
工藤さんの記念作品に着手したいのでここまでとさせて頂きます。
ありがとうございました。

958名無しリゾナント:2017/09/27(水) 13:04:08

紅い刃が大地へ斜めに突きたつ。
反対側からはダガーナイフが交差して刺さる。
交差する刃の峰で、太陽の光が切断された様に煌めいた。

 「はー、くどぅーもタフだねえ。風邪はすぐ引くクセに」
 「やー鞘師さんこそ、よくもまあそんなに血を出して元気ですね。
  貧血だからすぐ寝ちゃうんじゃないですか?」

鞘師里保の言葉に、戦闘訓練の直後の為、工藤遥かの息が乱れながらも言った。
笑う鞘師の隣に工藤が座り込む。
二人して”リゾナンターの為の秘密の特訓場”という名の丘に並んで
沈みゆく夕日を眺めていた。

 「まあ、えりぽんよりは加減を知ってるから、訓練相手には助かってるかな」
 「生田さん凄そうですよねえ。この前もボロボロになった二人が
  鈴木さんに怒られちゃって、まるでお母さんみたいでしたね」
 「あっはっは。香音ちゃんがお母さんか。くどぅーにはそう見えるって
  香音ちゃんに言っておくかな」
 「やっぱり譜久村さんですか、好きですねえ」
 「くどぅーもじゃないの?一回触ってみれば?ハマるよ?」
 「ハルは同意なしでハグしてますから、じゅーぶん堪能してます」
 「む、なにそれ、うちだってフクちゃんのあーんな所やこーんな」
 「分かってますって。そんなムキになんないでくださいよお」
 「もう訓練に誘わない」
 「ごめんなさい調子に乗りましたごめんなさい。次の依頼のためにどうしても
  鞘師さんと組手してもらわないと。相手がちょっと強いみたいで」
 「大丈夫だよ。ちゃんとやれてる。今のくどぅーなら負けない」

959名無しリゾナント:2017/09/27(水) 13:04:44
茶化さない、真面目で率直な感想に、工藤の唇が緩む。
鞘師は事実を言う。嘘は言わない。言えない、というのが正しいだろうか。

 「チカラの使い方、人との触れ合い方、うちもずっと
  悩んでた所だから、その苦労もちょっとは分かるよ」
 「なるほど」
 「うん。でも、本当によく乗り越えたなって、凄いと思う」

工藤が見ると、鞘師の横顔には夕暮れのような憂いの表情が浮かんでいた。

 「うちは、まだまだだなって、そう思うぐらいに」
 「何言ってるんですか。鈴木さんも言ってましたよ。
  鞘師さんが皆を助けてくれてるって。ハルもそうだなって思うし
  まーちゃんなんて鞘師さんに頼りきってる所あるし」
 「あー、優樹ちゃんはほら、皆でサポートしてる部分あるから」
 「でも、鞘師さんの存在は大きいですよ。それは、認めてます、皆」

不安そうに見つめる工藤に、鞘師がおかしそうに吹き出す。

960名無しリゾナント:2017/09/27(水) 13:05:30
 「何で笑うんですか」
 「いや、優樹ちゃんもさ、そんな顔をして言ったなあって。
  ずっと一緒に居ようねってメールまでくれて」
 「まーちゃんも感謝してるんですよきっと。素直じゃないから
  本人には言わないけど、本心ですよそれも」
 「うん。ありがとう。くどぅーだと説得力あるよ」

片膝を立てて座る鞘師の目は、前方を眺めていた。
夕日が橙色の煌めきを放ち続ける。

 「綺麗だね。うち、オレンジ嫌いじゃないよ」

鞘師が再び告げた。工藤も暮れなずむ風景を眺める。
言われてみれば、訓練と戦闘が連続する半生で、こんなにも世界を
ゆっくりと見送った記憶が無かった。

リゾナンターはたくさんの感情を見てきて育った傭兵の様なものだ。
工藤もまた、ある機密的な異能者養成所で戦線に向かった事がある。
子供ばかりの傭兵たちに紛れて、夕日の下での悲喜劇を見てきた。

リゾナンターとして戦線に向かうのも、実はあまり変わらない。
生まれて死に、殺し殺されることが繰り返される光景。
目の前で倒れ伏す姿も見てきた。
乾く喉に血溜まりの川。溺れる屍に滑る肉。乱れる息。流れる汗。
工藤の胸の内で何かが軋む。

 「消えちゃうのが勿体ないね」
 「はい……でも、また明日見れますよ」
 「そうだけど、今日だけしか見れないよ、この色は」

961名無しリゾナント:2017/09/27(水) 13:06:05
鞘師が告げる。先ほどの何かを無視して、工藤も肯定する。
世界が美しい。世界は美しい。残酷でも悲劇でも受け入れる、世界は、広い。

座る工藤の右手が動く。
大地に刺してあるダガーナイフではない、体毛が覆われた、鋭い爪。
鞘師が怪訝な顔を浮かべる。一閃。
紅い一閃、鮮血、問う鞘師との間で、静かに、殺意が芽生える。

 「何で?この手は何?」
 「ハルにも、分かりません」

他人が鞘師を殺すかもしれない。工藤は敵に復讐するだろう。
だが工藤は、それ以前に鞘師をどうにかしなければいけない気がした。
理解できないままに鞘師の上段の切り下ろしを工藤の爪が迎撃。
二つの彗星が激突し、離れていく。

鞘師の右上腕が切られて鮮血が噴出。工藤の右肩にも痛みと出血。
両者が追撃を放ちつつ駆け抜け、チカラが激突、拮抗。
裏切り、狂乱、工藤の顔裏から伸びていく体毛、浮き出る口角。
もう工藤の面影は、顔から半分のみとなっていた。

 「何で急に、それはくどぅーの意志なの?」
 「分かりません。分からない、分からないんです…!」

突きに薙ぎ払い、上段下段、左右と数十から数百もの紅線となって
双方の間で刃と爪が激突する。胸は激痛を訴えていた。

962名無しリゾナント:2017/09/27(水) 13:06:49
ア゛ウォオオオオオオオオオオオオオ!

工藤遥だった”獣”が人間とは思えない咆哮を空に吐き出す。

 「くどぅー!」

訓練時の比ではないほどの閃光の嵐。
工藤は叫んでいた。心の底からの叫びだった。
既に自分が「大神」になった事を理解し、苦痛を訴える。
せめて鞘師に止めてほしい。今ならまだそんな心が残っていた。
この一片の良心が消えない内に、工藤は自身の命を止めるべきと考える。

 「工藤、それでいいの?それで本当に……うちは……止めなきゃいけなくなる」

鞘師が構えをとる。”獣”の背筋が冷える、凄絶な構えに絶望する。
赤い刃は獣の頭部と身体を分断した。
跳ね飛ばされる頭部が丘の芝生に堕ちていく。
半生で最高の一撃といっても良いぐらいの、歪みのない切っ先。
貫通した刃先は背後の大木すら両断し、上半分が横倒しになり、重々しい音を立てた。
夕暮れに散った葉の間に、頭部の体毛がざわめく。
鮮血と共に獣が横へと倒れていく。

 「工藤、ごめん。出来ないよ、うちには」

跳ね飛ばされた頭部が体液となって地面に染み込む。
純白の体毛に覆われた強固な骨格と筋肉は、”カワ”となって彼女を護る。
視神経や脳髄を切り離された”カワ”に意志は無く、”カワ”に覆われた
小さな工藤遥はまるで赤子のように丸まり、腹部の位置で生きていた。
赤ずきんが狼に食べられたかのように幻想的な異能。
筋肉、皮膚、体毛、骨格ですら自分のものではない、擬人化。

963名無しリゾナント:2017/09/27(水) 13:09:01
 「……うちは、やっぱりこのままじゃいられない。
  咲いても朽ち枯れるだけなんて、うちには出来ない。
  世界を見るべきなんじゃうちらは、例え一人でも、独りじゃないから」

工藤の意識はまだ、あった。
思わず左手で自らの唇に触れる。唇は両端が上がり、半月の笑みを作っている。
笑っていた。工藤遥、笑っている。

 「工藤、最近血の匂いがするけど、何をしとるんじゃ?」

心臓が跳ね上がる。体液もそのままに、工藤は体を起こす。
洗い流している筈の事実を、鞘師はきっぱりと言い当てた。

 「うちにはもう何も出来ないけど、皆が居るから心配はしない。
  きっと皆がなんとかしてくれる。くどぅーも、独りじゃない」

虚ろな視線の中に飢える光。工藤は何も言えなかった。
舌にこびり付いた血の味が鮮明に思い出せる。
本能が、吠える。

肉を食み、血溜まりの道を舌で這い舐めながら、どこに行けばいいと啼いていた。

964名無しリゾナント:2017/09/27(水) 13:12:43
>>958-963
『銀の弾丸Ⅱ -I wish-』

内容的に続編にするべきか悩んだのですが、この形になりました。
投げ出さない様にオープニングだけ置いておきます。
シリアス路線なので基本は深夜投下とさせて頂きますがよろしくお願いします(土下座)

------------------------------------ここまで
またしたらばでお世話になります…。

965名無しリゾナント:2017/10/16(月) 03:38:30
それは決戦前夜。
以前の日常を捨てるように前に進むための戦いへ。
体力温存のために僅かな休憩をする事となった。
異能者である以前に、彼女達は人間。

眠気眼が見開かれた先に、静かに佇むのは頼りの仲間。

 「おはよう愛ちゃん」
 「ごめ、どれぐらい経った?」
 「まだ30分しか経ってないよ。皆まだ眠ってる」
 「ガキさん交代しよう。あーしはもう良いから」
 「その前に、愛ちゃんにもう一度確認したい」
 「……二度は無い。もう引き戻れんよ」
 「いくら生まれがあの組織からだとはいえ、愛ちゃんは
  普通に暮らしても良いんだよ。全てを私に被せれば
  あっちは今の生活を約束してくれる。
  スパイである私を差し出せヴぁ…」

頬を摘ままれ、言葉が濁る。
その姿に笑って、歯を見せた。

 「あーしが望む世界にガキさんがおらんのは、ちょっと寂しいな。
  生きてさえいれば全てが上手くいく。そう思わんか?」
 「…たくさんやりたい事、あったんじゃないの?
  引き戻せないなら、二度と引き戻せない可能性だってあるんだ。
  その可能性の方がきっと高い。やりたい事が全部消えるよ」
 「いつも思うけど、あんたは頭使いすぎやよ。
  もっと良い方に考えればいいのに、そのおかげで今までも
  たくさん助けてもらっとるんやけどね」
 「この道は真っ暗で、闇に溶けこんでる。まるで光が小さく見えるの」
 「皆で照らせば怖くないやろ。頼りない光を、大きく皆で囲って。
  ガキさんも一緒に囲ってくれるやろ、小さな、本当に小さな光を」
 「…全部終わったら、どうするの?」

966名無しリゾナント:2017/10/16(月) 03:39:29
 「そうやなあ…もっと光を増やす、かな。九人の光が小さいなら
  もっともっと増やせばいい。あーしらの共鳴はそのためのものやから」
 「もし、この戦いで減ってしまうことになったら…?」
 「考えは変えん。この希望を途絶えない事が、あーしらに出来る小さな
  光だと思っとる。増やす事がきっと、あーしらの運命とやらの願いやよ」
 「…分かった。もう何も言わない。私もその希望、見てみたくなった」

無数の星々が煌めき、散っていった。
静かな世界が大きく揺るがされ、半数を失って、光が、現れる。
九つの光が瞬き落ちていく姿に誰かは両手を上げる。
掬いとった光に繋がれた細い線と、結ばれた共の心。

 「どうしたとーみずき」
 「ん?いや、なんか今星が落ちてった気がして」
 「え?それ流れ星やないと?」
 「そうなのかな?一瞬だったからよく分かんなかった」
 「願い事を聞く暇もないって感じやんね。伝説だし」
 「でも伝説になるぐらいなんだから、誰かは叶ってるのかも」
 「叶わないから希望として伝説になったんやない?」
 「えりぽんならどうやって願いを叶えてもらう?」
 「そんなの、手と足で叶いに行くに決まっとるやん。努力努力」
 「努力でも叶わないってなったら?」
 「そんな事絶対ないから。人が努力しないって事ないから」
 「どうして言い切れるの?」

967名無しリゾナント:2017/10/16(月) 03:40:28
 「努力してなかったら、途中で諦めたりせんよ。本当に努力を
  したことがないっていうんなら、苦しい事すらせんって」
 「ふうん、そういうものなのかな」
 「その証拠がえりだから」
 「そっか。そうだね」

コーヒーの匂いが辺りに漂う。
壁には色褪せた写真の隣に、新しい写真たちが並ぶ。
常連客の中で譲渡の声を何度も聞くが、その予定はない。
再びその景色を眺める先輩の懐かしい表情を見てしまえば分かるだろう。
料理の詰まれた皿にフォークを刺し入れ、口に含む。
何十種類ものオリジナルレシピのノートを全て頭に叩き込んでいる。

いつか先代達に披露できるよう腕を訛らせない様に何度も作る。

 「じゃ、そろそろ寝るよ。明日も早いけん」
 「おやすみ」
 「みずきー」
 「んー?」
 「…なんでもなーい」

明日もよろしく。その次の日も。そのまた次の日も。

星が散って、落ちていく。
辿り着いた先でもまた、多くの光に囲まれるだろう。
自分の手と足で集まれ光よ、胸の高鳴る方へ。

968名無しリゾナント:2017/10/16(月) 03:46:08
>>965-967
いい気分だったので保全作を載せてみました。

969名無しリゾナント:2017/10/16(月) 21:43:36
ごめん、約束の作品間に合わなかった

970名無しリゾナント:2017/10/27(金) 03:04:52
 「はー…疲れたっと」

頭を下げた宇宙人のような街灯が、夜道に白い光を落としている。
街灯に羽虫が群がっていた。
蛍光灯にぶつかる音が夜に響く。
駅前ならともかく、アパートや個人住宅が並ぶ地区に人通りは少ない。
言い訳のように街灯が光を放つ夜道が延々と続いている。
噎せ返るような湿気を含む夜と、汗で肌に張り付くTシャツがただでさえ
暑い八月の夜をさらに不快にしている。
日本はそろそろ亜熱帯になってるんじゃないかとさえ思えた。

若者にありがちな、この現実は何か違うという自己逃避と切って捨ててしまいたい。
学生時代から今まで、全てに違和感がある。
なにかの遊びに思えて、世界がふわふわしていた。
なぜみんなは真剣に現実を受け入れているのだろう。
この焼かれて溺れてしまいそうな現実は理解できない。

 「理解できても、きっと私はすぐに見捨てるだろうけどね」

一人呟いて、足でアルファルトを強く踏む。
そうえば今、あの店には誰が居るのだろう。
喫茶『リゾナント』はこの地一帯ではもう十年の節目を迎えた。
そこでは彼女、飯窪春菜は成人しているという事もあって責任者を任されている。
マスター代理は譜久村が担っているが問題はない。
最初の頃は不安がなかったわけではないが、今ではしっかりと責務をこなしている。
張り合いのある仕事は楽しい。未来は明るい。

このまま生活を送るのなら、それはそれで幸せな事なのだろう。

 「きゃっ、何?」

971名無しリゾナント:2017/10/27(金) 03:05:43
靴の裏で何かが潰れる感触で、思わず飛び退く。
薄紙の塊を潰したような感触だった。
街灯の楕円が作る円の外れ、アスファルトの上には、虫の死骸があった。
羽はちぎれ、体液がスファルトに染みを作っている。
夏につきものの蝉だった。

 「いいい……うそ、でしょー…」

路上に蝉が留まっているわけがない、元々ここで死んでいたのだろう。
ついていないというか、気持ちの悪さが勝る。
可哀想という気持ちが芽生えたのは、死骸の上を越えた後だった。

手を合わせて顔を上げると、半分の月が夜空に捧げられている。
まるで満月だったのに誰かが噛みついてしまったみたいだ。
喫茶店に辿り着く。
「Clause」のプレートが揺れて、微かに鳴り響く鐘の音。
だが本当に微かな音だった為に、店内からの反応はない。
そもそも、もしかしたら誰も居ないのかもしれない。

 「まあ、明日には帰ってくるよね」

972名無しリゾナント:2017/10/27(金) 03:07:09
依頼の数も増加したり減少したりとバランスが悪い。
向かう人数もその時による上に、帰宅時間も一致しない。
ここ一週間のリゾナンターは多忙の毎日を過ごしていた。
飯窪も今しがた依頼を終えて帰宅したのだ。
喫茶店の風景も少し寂しそうに見える。

 「明日からお店も開かなきゃいけないし、忙しいなあ」

以前は居住区として利用していた二階には空き部屋が三つある。
一つは空き部屋というよりロフトだが、そこは荷物置き場と化していた。
休憩室としてのリビングを抜けて、飯窪は違和感を覚える。

 「あれ?」

テーブルの上に、鞄が乗せてある。
それはポシェットに近いサイズで、メーカーのマークが縫われている。
誰のかは判別できないが、触れて持ち上げてみるとそれとなく重量を感じた。
何かが入っている。
良心が痛むが、名前すら書いていないとすると中身を確認しなければ
このまま放置も出来ない。

チャックを引き、飯窪は覗き見をするように真上から見下ろす。
予想していたものと遥かに違っていて、一瞬怪訝な顔を浮かべた。
手を入れて、それを持つ。

973名無しリゾナント:2017/10/27(金) 03:08:04
 「なにこれ」

その数は十四、弾丸だった。
個人が所持しているゴム弾とは違って先端が尖った銀製の小口径。
初めて見るものだったが、どうしてこんなものが放置されているのだろう。

飯窪の体が固まる。
背後の扉の奥から物音が聞こえ、息を止め、耳を澄ます。
立ち上がって、扉の前へと足を運び、耳を押し当てる。
空き部屋の筈だ。
鍵は一階の厨房にあるが、その場所を知っているのはこの店の関係者のみ。
どんな用事があろうとも滅多に開かれることは無い。

音は一種類だけではなかった。
ねちゃねちゃとした音と、途切れ途切れに熱を帯びた声。
心がざわざわと騒ぐ。
扉の前に静かに寄り、声を聴きとろうとする。

 「ねえ、今どんな気持ち?当ててやろうか?」

部屋に踏み込みたくなる衝動を堪え、さらに聞き耳を立てる。
快楽に咽ぶ声の主に気付いて驚愕の色を隠せない。

 「もしかして照れてんの?こんなにドキドキしてさ…。
  この一瞬だけはハルも、緊張するよ…………はあぁ。
  やっぱり、ハルの孤独を埋められるのは君だけだ…!」

974名無しリゾナント:2017/10/27(金) 03:08:52
瞬間、頭の内部で何かが切れた。
数百種類の恋愛漫画による妄想空想の嵐の中で、理性を保つ。
興奮と好奇心が今までの思い出を脳裏で真っ赤に染め上げる。

 「どぅー!」

リビングに通じる扉を細身の腕でぶち破ろうと勢いをつけるが
外側に開くタイプだった為に一瞬態勢を崩す。

 「っ、もうっ。どぅー!皆がいないと思って、誰と、なに、やって…」

再び内側に勢いよく足を踏み入れたが、飯窪を責める声は続かなかった。
ここでラブコメなら、彼女は実はテレビの猫だかドラマだかの映像でも
見て騒いでいて、少し卑猥に聞こえたみたいな展開が待っていただろう。
現実は予想の斜め上を行く。

手に持っていた弾丸が落ちた。床を転がっていく。
転がっていくフローリングの床の先には、一面に青いビールシートが
敷かれており、視界がカメラのように一部分ずつ切り取っていく。
分厚いシートの上には赤い水溜りが大量に出来ていた。
赤い水に弾丸が浸かる。
青いシートの中央にだらりと投げ出されているのは、長い肉片。

975名無しリゾナント:2017/10/27(金) 03:10:26
青白い肌の先に五本の指。指の先には爪があると、当たり前のように確認。
何をどう見ても、人間の腕だった。
肩の下から切断された右手がビニールシートの上に転がっている。
断面には白い骨と赤い肉、皮膚の下の黄色いイクラのような脂肪の層が見えた。

腕の先、部屋の奥へと視線が動いていく。
糸鋸に鉈、柳刃包丁に肉切り包丁、ハンマーにナイフという凶器が
青いビニールシートの上に几帳面に並べられている。
先には、また切断された白い足が転がっている。
愛するものの死体を想像して、飯窪の目は終点の窓際に向けられる。

しまわれていた筈のテーブルの上には、人間の胴体が横たわっていた。
首から上が無く、小さな胸が二つ、女性だ。
鎖骨に水平の線が描かれ、胸から腹部へと垂直に切り開かれている。
肋骨が折られ、赤黒い洞窟のような胸郭が見えた。
赤い穴の上には、光沢のある長い髪。
手先は血に染まり、赤い滴を垂らしている。飯窪の口は開いたままだった。

工藤遥がゆっくりと顔を上げ、飯窪の存在たった今気付いたようにこちらを見た。
濡れた様な目には暖色の鋭さの輝きに陶酔。
口から顎、そして前掛けをかけた胸が真っ赤に染まっている。

遥が正座をし、テーブルの上の女の胴体にフォークとナイフを当てて、硬直していた。
工藤の斜め左前には、皿があった。
皿の上に丸みを帯びる痙攣した物体、心臓が載っている。

 食べていた。

976名無しリゾナント:2017/10/27(金) 03:11:35
それは関係の比喩ではなく、単純に、本当に、食事として食べていた。
生で食べる訳でもなく、ある程度は料理されている事を頭の後ろで理解する。

頭に上っていた血が急速に下がっていく。
手や足の先が冷えて、痺れる。
心臓がドキドキと鼓動を鳴らす。
恐怖なのか驚きなのか分からない、緊張していた。
ようやく飯窪の脳は冷静に現実を解釈し始めていた。

 「は、あ?」

口が開き、開いたなら眼前の光景に感情が動き始める。

 「なにこれ?ねえ、くどぅー?なに、やってんの?」

ビニールシートの前で、工藤の前で、飯窪は動けない。

 「食べ、いや、くどぅーはお肉好きだし、でも、こ、殺し…」
 「…あーあ、とうとう見つかった」

いたずらを見つかった子供のように、工藤は首を傾げる。
肩にかかる黒髪、滑らかく幼い頬。暖色の獣のような眼光以外は工藤遥だった。
その目に見覚えがある、異能発動時の、彼女の目だ。

 「誰なの?あなた、本当にくどぅーなの?」

977名無しリゾナント:2017/10/27(金) 03:18:46
>>970-976
『銀の弾丸Ⅱ -I wish-』

お待たせしました。オープニングから少し間が空きました。
書き始めたのが夏場だったので季節は夏から冬へと入っていきます。
お食事中の人すみません。

978名無し募集中。。。:2017/10/29(日) 02:49:45
>>73 続きです。

悪夢の光景に世界が回る。落ち着きを取り戻そうと息をすると
生焼けのレバーを食べた時のような味が喉に来る。
ようやく部屋に溢れる血の匂いに気付いた。
嗅覚は眼前の光景が嘘ではないと全力で主張している。
口角が上がっていて、工藤は微笑んでいるように見えた。

 「やだ、やだこんなの、こんな」
 「落ち着いてはるなん。とにかく聞いて、ちゃんと説明するから」
 「ひっ」

工藤が腰を浮かせると、飯窪の足は後ろに一歩下がる。
少し寂しい笑顔で、工藤が腰を下ろす。
後方に引けていた飯窪の腰はその場で停止している。

 「ハルはハルだよ」

工藤が淡々と告げる。

 「でも、こうしないとハルは生きられないんだ」

979名無し募集中。。。:2017/10/29(日) 02:50:30
工藤の口から出た言葉がよく分からない。
それでも頭の中で単語を分解して理解しようとする。
工藤遥。17歳。口が悪い。ショート。中二病。トリプルエー。
病弱でヘタレ。能力は。

 「……あ」

出来てしまった。唐突に、いや既に答えは出ていた。
理解できたできないしないといけないできないでもできてしまった。
小柄な彼女の巨大な影に寒気を感じなかった訳がない。
だが、彼女の場合は肉体変異させる『獣化』ではない。
では彼女の異常性は一体どこから生まれているのか。

 人を食べる、その本能がどうして彼女に芽生えたのか。

考えるが、この現状で冷静な答えが出てくる訳もない。
飯窪には他に考える事がある。

残念ながら日本では死体が道に落ちている事はないし、たまたま食卓に
出てくることもない、ましてや土葬の習慣もない。
なおかつ人間の死体を食べる習慣も、ない。
眼前の食卓や床のビニールシートの上にある死体は新鮮なものだ。
飯窪は唾を飲む。
血の臭いが喉に再び広がっていく

 「どぅーが、殺した、の?」

工藤が口を開くが、言葉が出る前に予測できた。

 「私も、食べるの?」

980名無し募集中。。。:2017/10/29(日) 02:51:42
言葉にした瞬間、頭の中でサイレンが鳴る。飯窪は反射的に屈んで
ビニールシートに落ちている一番近い武器、ナイフを手に取った。
サバイバルナイフの柄についた血で手が滑る。
ホラー映画だと、主人公はパニックになって叫び声を上げて逃げる
シチュエーションだが、飯窪はナイフを握った。

リゾナンターとしての責務が、彼女にはある。
裏切り、その言葉に、だがナイフの刃先が迷う。

これまでにも先代のリゾナンター同士で争いが起こった事がある。
裏切り、意志の違い、分かれる未来、将来性。
まさか工藤とその立場になるなど、飯窪は考えた事がなかった。
だから悲しい。
工藤が人を襲ってしまった、その事実が既に目の前に置かれている。
飯窪の目が濡れて光りが籠る。

ナイフを握ったまま立つ飯窪に、座ったままの工藤が部屋で向かい合う。
工藤は白い手を床に伸ばす。
指先が血で赤く染まっており、現実だとさらに主張する。
飯窪のナイフが僅かに反応して、刃先が跳ねた。
切っ先は血に濡れた工藤の顔へ向けられていた。

981名無し募集中。。。:2017/10/29(日) 02:53:11
 「そんな事ある訳ないだろ?」

手が戻り、握った濡れタオルで口から喉、胸元を拭う。
一回では取れないので、顔の血をさらに拭っていく。

 「はるなんを食べるなんて事、絶対にないよ」

血の赤が消えて、白い工藤の顔が現れた。飯窪のナイフは、動かない。

 「だって、くどぅーは食べなきゃいけないんでしょ?」
 「うん。でも、メンバーは食べない。はるなんを食べる訳がない」
 「本当に?」
 「言っても信じてくれないだろうけど、本当」

工藤の目に感情が渦巻く。

 「多分皆にどんな目に遭わされても、ハルは皆を殺せない」

それでも飯窪はナイフを下ろさない。
部屋に横たわる死体、血液、内臓。鼻をつく血の臭いという現実が
工藤の言葉を信じる事を拒否させようとする。
真実であろうと頭が理解しても、体が拒否する。

 「じゃ、ハルは出てくね」

982名無し募集中。。。:2017/10/29(日) 02:54:59
遥が立ち上がり、飯窪のナイフがまた跳ね上がる。
自分の心に連動するようにナイフが動く。
向けてはいけないのに、弱い心が命令する。

 「ずっと隠してたけど、バレたらもう一緒にいられない」

遥は寂しそうに微笑む。
両手を首の後ろに回し、前掛けを解く。
飯窪の手のナイフは遥が動くたびに刃先で追ってしまう。

 「どこに行くっていうの?」
 「言わない。必要な荷物は持っていくけど良いよね」

床に転がる弾丸を拾う。
指の中で遊ぶように回した後、静かにポケットに入れる。

 「えっと、片付けできなくてごめん」

黒い髪が尾を引くように、遥が頭を下げた。戻った顔には微笑み、頬を掻く。

 「片付けと掃除の方法は、流しの下の裏に封筒で貼り付けてあるから
  それをやってみる方が良いと思う。臭いの取り方はコツがあるし。
  あ、流しの下っていってもシンクの下じゃなくて横の方だから」

憂い顔のような笑顔。初めて見る表情だ。
何故こんなにも普通に会話をしているのだろう。
背後には食べかけの料理が残される。それなのに彼女はいつもの調子で話す。

983名無し募集中。。。:2017/10/29(日) 02:56:12
 「この店に来るのも最後かあ……好きだったなあ…」

血臭に囲まれる空間で呟いた工藤が飯窪の横をすれ違う。

 「じゃ」
 「待って」

思わず言ってしまった。ナイフを握っていない手が前に出る。
飯窪の手と工藤の間には、女性の胴体だけの死体や血だまりが広がっている。
二人の間には、血塗れの現実が横たわる。

すべきことは分かっている。
理解している。人間として、サブリーダーとしてするべき事を知っている。

其れよりも優先されたのはナイフを床に捨てて、両手で工藤を抱きしめる事だった。
工藤の熱い体が怯える様に震えた。

 「はるなん?」
 「私に押し付けないでよ。一緒に片付けるから、それから考えよう?」
 「何、を」
 「説明してくれるんでしょ。この有様を」
 「……うん」
 「なら、出ていくって言うなら、全部話してから出て行って」
 「…分かった」

984名無し募集中。。。:2017/10/29(日) 02:56:52
血が流れている肉の体。人間の体を飯窪は抱きしめている。
裏切る心は誰にでもある。
だからきっと、この感情は元々飯窪の中にもあったものだ。
だから認めるしかない。認めるしかないのだ。
彼女を信じるしかない事に。
工藤はただずっと困惑し、それでも笑顔のままだった。

985名無し募集中。。。:2017/10/29(日) 03:11:50
>>978-984
『銀の弾丸Ⅱ -I wish-』

工藤さんのセーラー服姿は女優さんになっても見れるのかな…。

>>86
おめでとうございます(他人事…w)

>>79
そうです。ファルスの台詞を貰いました。
興奮状態を表すために異常性を高めたかったので…w

986名無し募集中。。。:2017/11/01(水) 03:49:54
飯窪から見て、工藤はまだ幼い。
大人の道に片足を突っ込んではいても、まだ17歳といえば子供だ。
リゾナンターは年相応に見えないメンバーも歴代を含めて多い。
彼女もその一人だが、生い立ちを考えると無理もないとは思う。
だが飯窪は、そんな大人びるだけの彼女があまり好きじゃなかった。
幼い子供が鉄の匂いを纏って死体に跨る姿などあってはいけない。
けれどそんな飯窪の想いを知る筈もなく、工藤は部屋の片づけを開始した。

慣れているとでも言いたげに既に首、手、足と切断されていたので
それぞれを市が指定するゴミ袋を二重にして入れて、口を縛る。
飯窪は言われるがままに解体に使った糸鋸や鉈、包丁やナイフに向かう。

指示通りに新聞紙に包んで同様にゴミ袋に入れる。
床の青いビニールシートは端から畳み、これもゴミ袋に入れる。
工藤がこちらを見つめていた。

 「壁の下の方まで広がる大きめのを使うと汚れなくて便利なんだよ」
 「…それ、あんまり役に立つ知恵とは思えないんだけど」
 「まあね。時と場合と人による、考えるとけっこー範囲狭いなこれ」

笑い声。普段通りに会話している事に気付き、ぞっとした。
十二個のゴミ袋が出来たが、下の方に血が溜まって重くなっている。
道具と敷物で数十キロを十二個に分割したものの、それでも一個に
対する重量が大きいのは確かだ。
硬直していた体は時間が経つと慣れてきたのか落ち着いていた。

987名無し募集中。。。:2017/11/01(水) 03:50:31
 「ふう…で、これをどうするの?」
 「ハルが決めてある場所に埋める、はるなんは待っててよ」
 「どこに行くの?」
 「一回で行けるよ、今までもそうしてきた」
 「下、下まで手伝うよ」

飯窪は小さい袋を四つ持てた。工藤は一度に大きな八つの袋をまとめて持つ。
階段を軽やかに駆け下りていく工藤の背中を見る。
飯窪も続いて下りていく。
暑い夜のため、一階まで下りただけで汗が噴き出た。

 「工藤さん、こちらです」
 「すみません、また頼めますか」

車のエンジン音が聞こえたかと思うと、そこには見覚えのある
スーツを着た二人の男女がドアから現れる。
後方支援部隊、事前に応援を呼んでいたらしい。
つまりは、工藤の行動を以前から知っていた事になる。
それが少しだけ、悔しかった。

 「一緒に、来る?」


二人は無言のまま、車は夜の街に出る。
コンビニや二十四時間チェーンの店からの灯りを抜けていく。
車は郊外に向かい、当たり前のことだが、そこでようやく死体が
夜の山かどこかに捨てるのだと気付いた。

988名無し募集中。。。:2017/11/01(水) 03:51:08
工藤の横顔に、飯窪は口を開き、悩みながらも聞いてみる事にする。

 「どぅーって本当は力持ちだったんだね」
 「え?」
 「ほら、さっきの私の二倍を運んだのに、この暑さなのに
  汗も出てないし、息も切れてない……いつもなら前髪が引っ付くぐらい
  もっと汗かいてるのに、もしかして隠してた?」
 「あー……うん。隠してた」

考えて、工藤が肯定する。

 「養成所に居た頃によく分からずにチカラを使いまくってたら
  周りの子達に怖がられてさ、それから手を抜くようにした。
  汗はチカラの分泌物でどうとでも見せられたし。
  目立つ事をしてると監視もキツくなるし、自由が少なくなるし。
  その頃から何度も抜け出してたしね」

車内にはまた沈黙。気まずい。
一時間ほどで、車は山中に入る。
国道は通っておらず、黎明技研の研究所と公務員の保養施設があるが
別ルートの山道を行けば、誰かに会う事もない。
山道を進み、中腹で停車する。
周囲に人がいない事を確認して、助手席の女はライトを脇に抱えた。
運転席の男は積んであったシャベルを担いで、ゴミ袋を持って外に出る。
工藤もゴミ袋を掴み、ガードレールをまたいでジャンプで越える。
重い荷物を持って飛び越えるなんて、どんな筋力だ。
飯窪はガードレールを跨いでようやく越えていく事がやっとだった。

989名無し募集中。。。:2017/11/01(水) 03:51:43
ライトで照らしながら夜の山中を下っていく。
木々の梢の間から月光が降り注ぐが、森の闇は深い。
ライトで照らしても暗い下生えの雑草が足にまとわりつく坂を下っていく。
土の植物の匂い。
手に触れた枝が折れて、青臭さが鼻に突き刺さる。
飯窪は木の根で転ばない様に慎重に進むが、工藤は闇が見えているかのように
軽快に坂を下っていく。
飯窪は常に彼女の背中を見ながら降りていく。
月光がほとんど差しこまない夜の森を進むなど普通は怖いが、平気だった。

目の前に工藤が居るからだろう。
夜の闇の怪物だの、死者の霊だの、工藤の前では怖くともなんともない。

恐怖が目の前にあるのだから。

木々の間の開けた場所に出ると、雑草が茂る間に進み、工藤達が足を止める。
ゴミ袋を置いて、シャベルを握る。
垂直に下ろして、刃先を地面に深く突き立てた。

 「ここ?」
 「うん。はるなんは周りを見てて、大丈夫だろうけど念のために」
 「う、うん」

990名無し募集中。。。:2017/11/01(水) 03:52:41
刃先で掘り返した土を脇に捨てる。シャベルを突き立て、繰り返す。
機械であるかのように一定のリズムでさくさくと土を掘っていく。
まるでケーキのスポンジでも掘っているかのような速度だ。

 「あのさ、穴ってどれぐらい掘るの?」
 「2メートルぐらいかな。浅いと野犬が掘り返して見つかる」
 「……焼いたりは出来ないの?」
 「場所が確保できないし、人をまるまる燃やすのに時間がかかる。
  あとは匂いですぐにバレるんだよ。だから埋めた方が簡単なんだ」
 「それも経験から?」
 「うん、経験から」

工藤が土を捨て、また地面にシャベルを突き立てる。
大人二人がようやく一回目の土を横に捨てる間に、工藤は三回も往復している。
まるで掘削機だ。
腰の深さまでになった穴に入り、工藤は男と共に本格的に掘っていく。
月光の下で数分ほど、無言で工藤は掘っていた。
男女二人も無言のまま言葉もなく手伝っていく。

胸辺りまで掘って、穴を広げる作業になる。

 「聞いても、いい?」
 「いいよ、なんでも」

工藤の手が止まった。動揺は一切浮かべない。

 「なんでも答えるよ。もう隠す理由もないし」
 「ええっと、工藤遥って名前は本名?」
 「あーていうか、ハルはもう死んだ事になってるから。
  でもこの名前で生きてきたから、この名前で呼んでくれると分かりやすい」

991名無し募集中。。。:2017/11/01(水) 03:53:21
工藤の目は静かだったが必死さが籠る。冗談の表情では、ない。

 「分かったよ、どぅー」

二人の上に不愛想な月光が降り注ぐ。

傍らには土の山。
そして地面に置いたライトと分割された女の死体が詰まったゴミ箱。

 「この人は、どんな人間だった?」
 「能力者だよ。だから名前も分からない、分かるのは、今回の依頼を
  してきた人をつけ狙ってたから、返り討ちにした」
 「まさか持って帰ってきたの…?」
 「そのまま放置も出来なくて、せっかくだし」
 「…食べるようになったのって、そのチカラのせい?」
 「人の食べ物が食べられないって訳じゃないよ。
  でも全然食べた気がしないんだ。食べても食べてもすぐに消化する。
  牛肉や豚肉も好きだけど、気持ち的にも満たされるのはこっちなんだよね」

工藤はいつも肉類を美味しいと言って食べていた。
牛肉、豚肉、鶏肉、挽き肉。
彼女が食べて喜んでいる姿に微笑ましく感じていた。
だが人間の抱える飢えは限界を超えると相当、辛い。
意識が朦朧として正気を保てなくなる。それ以上の飢えを飯窪は知らない。
だが彼女はそれ以上なのだろう。
通常の食事では摂取できないほどの飢えを知ってるのだと遠回しに言っている。
彼女の気遣いを思うとかつての自らの愚かさを責めそうになる。
そんな飯窪に工藤は笑ってみせた。

 「普通の人を殺すのは抵抗があるけど、能力者ならまだマシかなって」

992名無し募集中。。。:2017/11/01(水) 03:53:56
飯窪は返答できない。
彼女を妹のように愛しているし、勢いで許容はしたが人を殺すという事を
当たり前の様にしてはいけない。
家族から切り離された天涯孤独でも、ホームレスやカフェ難民でも日雇い派遣労働者でも。
異能者だとしても立場は変わらない。
自分に跳ね返る現実に、飯窪は顔を俯かせる。

 「ごめん」
 「それは、何の謝罪?」
 「黙ってた事、でもいくら皆でもこういうのって気味悪いでしょ、実際。
  この人達はハルと行動するって聞かないから手伝ってもらってるんだけど
  正直言って申し訳ないっていうか、やってほしくないんだよ。
  もうハルのわがままに誰も巻き込みたくない」

それでも工藤はリゾナンターとして活動を辞める事はしなかった。
都合が良かったのかもしれない。
だが、工藤遥はそれを容易な事態だと受け入れる事はしない。
どれほどの葛藤があっただろう。
別の意志とは裏腹に、仲間と共に過ごしていた時、彼女の中でどんな思いだったのか。
それでも真っ先に謝罪したのは工藤だった。

993名無し募集中。。。:2017/11/01(水) 03:54:36
 「こんなヤツでも感情があって、普通に人間みたいに振舞うのって
  まともな人間からしたら凄く異常なことだしさ」
 「どぅーは怪物じゃないよ」

飯窪は反射的に言っていた。
本当は目の前の工藤が「悲しい」と言っている事に奇妙な違和感を覚えていた。
昨日までの工藤にだったらこんな感情は抱かなかった。
それでも好きだからと、納得させる。

 「工藤さん、これで良いですか」
 「あ、はい。これぐらいで大丈夫です」

既に穴は見下ろすほどに深く大きくなっている。
深さはすでに2メートル、幅は4メートルぐらいだろうか。
掘った土は小型トラックの荷台分ぐらいありそうだが、雑談をしながら
三人で十分の作業と思えば優秀過ぎるほど早い。
横に置いていた死体入りのビニール袋を運ぶ。重い。
振って投げようとして、工藤が声を上げた。

 「中身出して入れてほしいんだけど」
 「え?そんな事したら…」
 「入れたままだと土と同化するのに時間がかかる。だから出してあげて」

工藤にしてみれば、土に同化していつか証拠が消える方が安心できるのだ。
飯窪の手は迷う。工藤が心配顔になっていた。

994名無し募集中。。。:2017/11/01(水) 03:55:10
 「きついならするよ。後ろ向いてゆっくりしてな」
 「うん……ごめん」

結び目を解いた途端、鼻につく血の臭い。
口で呼吸しても血の味が喉に来るようで思わず手で口を塞ぐ。
袋の下を持って、穴に向けて逆さにする。
右か左か分からないが、血に塗れた腕が穴の底へと落下していく。

穴の反対側では男達が同じように袋を逆さにして、女の太腿を落としていく。
三人で黙々と袋の結び目を解いては、手や足や太腿、分割された
胴体を落としていった。動物の肉とは違う、生々しい。

分解に使った道具すらも捨てるらしく、少し気になった。

 「道具も捨てるの?」
 「うん。一回使うと酸でも使わない限り証拠として残る」
 「ああ、ルミノール反応、ね」
 「中古ならそれなりの場所で安く買えるしね。ネット様様だよ」

穴の縁で、工藤が両手を合わせた。睫毛を伏せ、目まで閉じる。

 「ごめんなさい」

死者への礼儀と謝罪で自分の罪を誤魔化すための、偽善。
それでも工藤は手を合わせて、黙祷する。
する必要もないけど、それでもするのが工藤遥なのだ。
飯窪も手を合わせて黙祷する。男達も便乗する。

薄目を開けて前を見ると、工藤はまだ黙祷していた。
彼女は好きこのんで人を殺して、食べてる訳ではない。
もうすぐ死ぬ人に死んだら食べても良いですか、と聞くわけにもいかない。
生きにくい設定を二重に背負う彼女の心はまだ幼い。
どちらかがなければ普通とはいえないまでも、もっと楽に生きられただろう。

995名無し募集中。。。:2017/11/01(水) 03:55:40
 「じゃ、埋めよっか」

工藤の顔はいつもの表情に戻っていた。
目には罪悪感が見えたが、触れない方が良い。
今度は四人で穴に土を被せていく。
工藤は相変わらずとんでもない腕力でシャベルを動かす。
ほんの三分で土が埋まっていき、草原に小さな山が出来る。
土の小山に乗って、工藤は足で固めていく。飯窪も足で踏む。

 「これでいいよ」

工藤が止まったので、飯窪も止まる。
まだ少し盛り上がってはいるが、そのうちに雨が降って土が固まり、周囲に
雑草が生えてくればもう見つかる事もないだろう。
こんな山に開発や建設で掘り返される事は、二人が生きている間にはないはずだ。

タオルで土塗れの顔や手を拭う。

終わった。全てが終わったのだ。儀式めいた事柄に、飯窪はようやく息を吐く。

 「じゃ、今までお世話になりました」
 「え」
 「はるなんはこの人達に送ってもらって。ハルはここから山を越えて
  向こうの街に出るよ。宛があるから、荷物はそっちに送ってもらう」

工藤のあの脚力なら山を越えるのに一時間も掛からない。

996名無し募集中。。。:2017/11/01(水) 03:56:13
 「今日の事は、皆には黙っててほしいけど、でも多分誤魔化せないから
  話して良いよ。全部ハルのせいにして良いし」
 「本当に、出ていくの?だってまだどぅーはリゾナンターなんだよ?」
 「依頼は一人でもやれるヤツを連絡してくれたら動くよ。まあちょっと面倒だけどさ」
 「……どぅー」
 「また改めて皆には説明するし。ってどうにもならないか、どうしようかな」

その時にようやく溢れだす寂しさに、飯窪は泣きそうになった。
別れてしまう現実に、ようやく実感が沸いてきたのだ。
誰よりも罪悪を感じていた彼女。
二度と会えないような物悲しさ。手で口を籠らせる。
妹の様に愛しさを感じた彼女との別れがこんなにも辛いものだったなんて。

 「なんだよはるなん。何泣いてるんだよ。二度と会えない訳じゃないんだからさ」
 「……するから」
 「え?」
 「私が、なんとかするから、戻って来てよどぅー」
 「……」
 「大丈夫だよ、ちゃんと私も説明するから。だから帰ろう。一緒に」
 「どうにもならないって。話したところで納得できる話じゃないし」
 「それ、あゆみんやまーちゃんにも同じ事言える?」

差し出される手に、工藤の視線が注がれる。
立ち去ろうと足を引くが、再び下がる事はない。
飯窪が一歩進む。進む、手が、工藤の腕を掴んだ。

彼女は肯定も否定もせず、静かに飯窪と共に歩き出す。
鉄錆の匂いが濃度を増し、血の足跡が続いていく。

997名無し募集中。。。:2017/11/01(水) 03:58:11
>986-996
『銀の弾丸Ⅱ -I wish-』

拝啓、ハル君が面白そうなので見てみたいです。


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