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【アク禁】スレに作品を上げられない人の依頼スレ【巻き添え】part6

1名無しリゾナント:2015/05/27(水) 12:16:33
アク禁食らって作品を上げられない人のためのスレ第6弾です。

ここに作品を上げる →本スレに代理投稿可能な人が立候補する
って感じでお願いします。

(例)
① >>1-3に作品を投稿
② >>4で作者がアンカーで範囲を指定した上で代理投稿を依頼する
③ >>5で代理投稿可能な住人が名乗りを上げる
④ 本スレで代理投稿を行なう
その際本スレのレス番に対応したアンカーを付与しとくと後々便利かも
⑤ 無事終了したら>>6で完了通知
なお何らかの理由で代理投稿を中断せざるを得ない場合も出来るだけ報告 

ただ上記の手順は異なる作品の投稿ががっちあったり代理投稿可能な住人が同時に現れたりした頃に考えられたものなので③あたりは別に省略してもおk
なんなら⑤もw
本スレに対応した安価の付与も無くても支障はない
むずかしく考えずこっちに作品が上がっていたらコピペして本スレにうpうp

630名無しリゾナント:2016/08/03(水) 19:34:43


天高く、聳え立つ鉄塔。
近年新しい東京のシンボルタワーとして建設され、観光名所としても名高いその塔は。
多くの人が知るその姿とは異なる点が、二つ。
一つは、時が遡ったかのようにいくつもの鉄骨の組まれた作りかけであるということ。
そしてもう一つ。
白く輝く素材で作られたはずのそれは。黒く。黒く、染め上げられていた。

言うなれば、漆黒の塔。

さらに言えば、塔が指さす空もまた異様であった。
雲一つないはずの空は光を失い、どこまでも黒を湛えている。どことなく闇夜にも似ていたが、決定的に違うのは月も星もそこには
存在していないということ。
ここは、空間作成能力者たちが心血注いで作り出した、異空間。
本物の電波塔と緯度・経度を同一にしながらまったく別物の塔が存在を許された、特別な空間であった。

突如、塔を正面に見据えた空に亀裂が走る。
小さな皹は鋭い音を立てて広がってゆき、やがて。

空間の裂け目から、伸びてゆく二本のレール。
その上を、豪奢な外装の列車が滑るように走る。
空から地に沿って伸び続ける線路、列車は塔の入り口をプラットホームとして狙い定めたように、滑り込んでゆく。

631名無しリゾナント:2016/08/03(水) 19:36:00
塔の真下では、黄色の安全ヘルメットを被った女が黒ずくめの作業員たちに逐次指示を与えていた。
工事帽には似合わぬプリン色の髪、しかし作業服を着たその姿はあまりにも似合いすぎていた。彼女が末席ながらも組織の幹部など、
言わなければ誰も分らないだろう。

その女が、列車の到着に思わず身を飛び上がらせる。
入線、というよりは着陸に近い列車の到着、女は弾かれたように搭乗口まで走って行った。

ゆっくりとした動作で停車した車両、その重厚で豪華なつくりの車体に相応しい、威圧感のある鉄扉が左右に開く。
現れたのは、パンツスーツの猫目の女。泣く子も黙る、ダークネスの大幹部だ。

「すっげえ列車ですねぇ、保田さん!!」
「…任務中に名前を呼ぶのはあまり感心できないわね」
「あっ!ご、ごめんなさい『永遠殺し』さん!!」
「まあいいわ。『首領』の『空間裂開』を使うことなく、異空間を移動することができる『unusual space train ― 異空列車』。例
の計画遂行時にも、大きく役立ってくれるはずよ」

列車から降り立ち、塔を見上げる「永遠殺し」。
建設途中とは言え相当な高さにまで建築されたそれは、闇色の塗装も相まって文字通り「あの塔の影」のように見えた。

「…大分、完成に近づいてるみたいね。オガワ」
「そうなんですよぉ! この調子で行くと予定よりも早く完成しちゃうんじゃないかってくらいに」

だらしない笑顔を浮かべ、猫目の女 ―「永遠殺し」― ににじり寄るオガワ。

「ただ。いくら早く完成したとしても、あの子は実験期間が増えたと喜ぶだけでしょうけど」
「あさ美ちゃんすか? あー言いそうですね。『実験は繰り返すことで、精度が向上しますから』とか言って」

オガワは「親友」の口真似をしてみせるが、「永遠殺し」は無反応。
意外とクオリティに自信があっただけに、がっくりと肩を落とした。

632名無しリゾナント:2016/08/03(水) 19:37:32
「ともかく。この『もうひとつの塔』はマルシェの計画にとって重要なものらしいから。あなたの責任も重大よ」
「そ、そりゃもちろん!! …あ」
「何? そんな呆けた顔して」
「いやー、あさ美ちゃんには何か聞けなかったんですけど。この『塔』っていったいどういう役割を果たすんですかね」

言いながら、デシシ、と音が出そうな笑いを見せるオガワ。
あの子、肝心なことは何も教えてないのね。と呆れつつも、「永遠殺し」は哀れな後輩のために簡素な説明をしてやることにした。

「…数年前の、『ステーシー計画』は知ってるでしょう?」
「あー、あの電波を使って人々をゾンビみたいな存在にしちゃうやつですよね。リゾナンターたちに阻止された」

苦い顔で、オガワはその時のことを回想する。
『ステーシー計画』とは、かの有名な電波塔から発せられる電波に特殊な仕掛けを施し、電波の影響下にある人間を人ならざる存在に
しようという計画であった。だが、当時のリゾナンターたちに塔内に乗り込まれ、電波発生装置を破壊されたことにより計画は失敗に
終わる。計画発案者である紺野にとっては取るに足りない戯れの一つに過ぎない、という評価のものだったと記憶していたが。

「あの原理を使って、日本中の全国民をダークネスの支配下に置くのよ」
「ええっ!そんなこと、可能なんですか!?」
「可能らしいわよ。田中れいなから奪った、共鳴増幅能力があればね」
「マ、マジっすか…」

紺野が自らの実験の成功を高らかに謳った、田中れいなの能力簒奪。
だが、奪ったモノの使い道については多くを語らなかった。まさか、このような使い道があるとは。普段からぽかんと口を開ける癖の
あるオガワではあるが、あまりに突飛かつ壮大な計画に開いた口を閉じることすら忘れてしまう。

「その計画を実行するには、表の塔と『もうひとつの塔』の存在が必要不可欠…というわけ」
「はぁ。なんで電波塔が二つ必要なのかはよくわかんないすけど、なんとなくわかったような」
「そこまでは知る必要もないでしょ。あなたも、もちろん私もね…ところであんた、今暇?」
「え?」

オガワは、「永遠殺し」の突然の質問に目を白黒させる。

633名無しリゾナント:2016/08/03(水) 19:38:43
「いや…作業は下っ端の連中に任せてるんで。ちょっとくらいなら大丈夫ですけど」

答えるか答えないかくらいのところで、「永遠殺し」が背を向ける。

「えと…保田さん?」
「何をぼーっと突っ立ってるのよ。折角だから、『異空列車』の案内をしてあげようじゃない。あんたも一応幹部の端くれなんだから、
勉強しておきなさい」
「は、はいっ!ぜひお供させてくださいっ!!」

オガワは、幹部の中でも末席の存在だった。
他の幹部たちと比べ、重要なポジションにいるわけでも、組織に大きく貢献しているわけでもない。怪しげな英会話レッスンのビデオ
で小銭を稼ぐのが精いっぱいである。

「弾薬庫」、と他の幹部に倣って二つ名を自称するもまるで定着しない。最近では「鋼脚」が率いる五人の新人たちにすら圧され、そ
の影をますます薄くさせていた。
Dr.マルシェと旧知の仲であること以外、取り立てて特色のない彼女。一応「物質転移」の能力は持つが、他の幹部たちと比べると
聊か地味なのは否めない。最近では「叡智の集積」の旧友という看板すら、古ぼけてきていた。

そんな彼女にとって、大幹部とお近づきになれることは決して悪くない話だ。
それに。オガワには予感があった。
この「永遠殺し」の提案には。何かがある、と。

634名無しリゾナント:2016/08/03(水) 19:39:57


豪奢な列車の内装は、さらに贅を極めていた。
高級レストランと見紛うばかりの食堂車に、貴族のプライベートルームを思わせる客室。
車両の先頭には礼拝堂すらあった。最早列車の形をした高級ホテルである。

「いやいやこれは…どういう経緯で組織はこんなものを?」
「とある小国を実効支配した時に接収したものを、そのまま使ってるらしいわよ。詳しいことは私も知らないけど」

おっかなびっくりに煌びやかな絨毯を踏むオガワに、「永遠殺し」が素っ気なく答える。
その様子はまるで田舎者を引き連れて歩いているようだ。
途中の鏡張りの部屋で自分の姿を見るまでは、ヘルメットを被ったままという情けない恰好であたりをきょろきょろしているという覚
束なさである。

きらきらと輝くシャンデリアが吊り下げられているその下を歩く二人。
やがて、「永遠殺し」は狙い定めたかのように客室のドアを開け、中に入る。

「『永遠殺し』さん?」
「オガワ…あなたに、お願いがあるのよ。まずはそこに座って頂戴」

後ろ手にドアを閉めた「永遠殺し」が、食い入るような目でオガワを見る。
何事か、という思いと、来た、という予感が交差し、複雑な軌跡を描いていた。

言われた通り、部屋のソファーに腰を落とす。「永遠殺し」もまた、向かい合うように反対側のソファーに腰を落とした。すると、タ
イミングを見計らったように黒服の男が部屋の中にすっと入って来た。

「オガワも、飲めるんでしょ」
「ええまあ、人並みには…あ、そうだ」

何かを思いついたのか、右手を天に掲げるオガワ。
しかし、

635名無しリゾナント:2016/08/03(水) 19:41:17
「それはやめておきなさい」

という「永遠殺し」の一言によって、右手を下げざるを得なかった。
一体、どういうことなのか。

「あんた今、物質転送を使おうとしたでしょう?」
「いや…はい、そうですけど。お酒、持って来ようと思って」
「この異空列車はね。空間と空間の間を行き来するために、自らの存在自体を異空間としているの。つまりこの場所自体が通常とは別
の空間ということね。そんな場所に転送用とは言え、穴を空けたらどうなるか」

ひええ、と思わず声が出てしまうほどに。
最悪、空けた穴に吸い込まれて二度と戻れなくなってしまうかもしれない。それは彼女たちのボスの能力である「空間裂開」級の恐怖
であった。

「それに、こういった余所行きの設備には、きちんと常備されているものよ」

黒服にいつものやつ、と声を掛ける時の支配者。
恭しく一礼した黒服は、入って来た時と同じように軽やかな身のこなしで部屋を出てゆく。

「…ただものではないようですね」
「ええ。この異空列車の給仕兼、ダークネスによって肉体を強化された特殊戦闘員。だいたい10〜20人は列車内に常備させてるのよ」

例の計画時にはこの列車は唯一無二の「運搬」の役目を負う。
不測の事態に備え警備を万全にするのもまた当然か。オガワがそんなことを思っていると、先ほどとは別の黒服が銀色のトレイを手に
乗せやって来た。上には、背の低いグラスが二つと。

「し、白子…」
「何よ、嫌いなの? 芋焼酎にはぴったりよ」
「いえ…ただ、わたしとしてはてっきりワインとかクラッカーみたいのが出てくるかと」
「ありきたりな発想ね。マルシェに呆れられるわよ」

明らかに場にそぐわない酒とそのつまみ。
だが、先輩のチョイスに不服を申し立てて機嫌を損ねるほどのものでもない。
供されたものを、ありがたく頂くことにした。

636名無しリゾナント:2016/08/03(水) 19:42:34
「では、ダークネスの栄光とますますの繁栄に」
「…ベタねえ」

苦笑しながら、オガワが差し出したグラスに軽く自らのグラスを当てる。
緊張感からなのか、いきなり中のものを一気に呷り、かーっ!やっぱ芋の香りがいいっすねえ、などと調子のいいことを言いだすオガワ。

最近どうなのよ? という定番の話題を足掛かりに、「永遠殺し」はオガワの現状を色々と聞きだす。
やはり、待遇はあまりよろしくないようだった。

「久住小春をダークネスに入れようって話になった時、あたしは自分の新潟キャラを取られるかと」
「…今日はあんたの愚痴を聞きに来たわけじゃないの。そろそろ本題に入るわよ」
「へ?は、はい…」

酒が進み、滑らかになった弁舌に冷や水。
だが、次に語られる「永遠殺し」の言葉は。

「あんた。計画の当日、マルシェを『物質転移』でどこか遠くに飛ばしてちょうだい」
「…え」

それ以上の衝撃を持ってオガワの胸に突き刺さった。

「あの子が何を考えてるのか、わたしにはわからない。けど、あたしがやることの邪魔だけは…絶対にさせない」
「それってどういう」
「計画の当日。わたしが、リゾナンターたちを抹殺するわ」

言葉が出ない。代わりに口の中の白子を飲み込む。
リゾナンターを抹殺する、という言葉が「永遠殺し」から出たと言う事実。確かにこれまでも、組織は自らに仇なす存在であるリゾナン
ターの始末について何度も試みてはいる。だがそれはあくまでも、目の前を飛ぶ小五月蝿い存在を手で払うかのような対応だった。

637名無しリゾナント:2016/08/03(水) 19:44:21
だが、今回は今までとは違う。
何せ、ダークネスのオリジナルメンバーに比肩する幹部「永遠殺し」の発言なのだから。
粛清人制度が誕生する前は、彼女が中心となって組織の敵対者を葬って来たという。それを、組織内外の情報統制、つまり今の「鋼脚」の
役割をしつつこなしていたと言うのだから驚きだ。その彼女が、ついにリゾナンターの始末に動く。

「だけど。あんたも知っての通り、マルシェ…紺野はあいつらのことを高く買ってる。まるで、いざという時に都合よく使えるチェスの駒
みたいに。だからその駒を使う前に」
「前に…?」
「私がこの手で潰す。だから、変な邪魔はされたくないのよ」

粘りつくような視線が、オガワに向けられる。

「迷うのはわかるわ。けど…」

確かに、オガワは迷っていた。
紺野あさ美は、オガワの同期である。今となっては一方的ですらあるが、ある種の友情を感じているのも事実だ。同じく同期だった高橋愛
や新垣里沙が組織を去った今、たった一人の同期なのだ。そんな人間を裏切るようなことをして、果たしていいのだろうか。

「どちらにつくのが賢明か。考えてみなさい」

オガワは、あさ美の恐ろしさもまた、知っていた。
自らの研究の妨げになる人間には、決して容赦しない。かつて彼女が生み出した「れでぃぱんさぁ」なる異形の化け物は、彼女の研究に異
を唱えた研究者が素体になっていたと聞く。また、科学部門統括の座を虎視眈々と狙っていた主任クラスの人間も、彼女の逆鱗に触れ人知
れず粛清されたとか。

だが。
今そこにいる「永遠殺し」のほうが、より恐ろしい。
かつて「蠱惑」「詐術師」ら古参の幹部とともに組織の暗部を担っていたほどの人物だ。彼女の持つ、威圧感、凄み。どれもがオガワの恐
怖心を煽るには十分すぎるほど。そして何よりも怖いのが。

638名無しリゾナント:2016/08/03(水) 19:48:19
否定的な返答をした瞬間に、自分が時の流れから切り離され、知らぬ間に亡き者にされるという可能性。

「もし、協力してくれるなら。今のあなたの地位からは想像もつかないくらいのポストを用意してあげるわ。『運び屋』程度で終わりたく
はないでしょう? 自分が何をすれば一番得することができるか…一晩、ゆっくり考えてみることね」

次の瞬間には、「永遠殺し」の姿はもう目の前から消え失せていた。
と言うより、自分自身が車両の外にぽつねんと立っていたのだが。ご丁寧に、後ろに下げていたはずの工事用ヘルメットまで被せてくれて
いた。
大幹部の振るう能力の恐ろしさとともに、現実問題としての彼女の誘いが蘇ってくる。

事実上二つ名を名乗ることも許されていない、名ばかりの「幹部」。
それが今のオガワの現状だった。だが。
もし仮に計画当日、あさ美を本拠地から遠ざけることに成功すれば、今よりも遥かにいい待遇を用意してくれると「永遠殺し」は約束し
てくれた。

彼女は、義理堅い人間として組織の内外に知られていた。
「詐術師」のような1ミリたりとも信頼するに値しない人間とは違う。
ただその信頼を形に変えるためには、提示されたミッションを確実に実行しなければならない。

瞳を閉じると、三人の少女の姿が浮かぶ。
組織が期待する至高の人工能力者。精神干渉のスペシャリスト。そして、組織の頭脳に最も近い科学者。
自分は。自分には何もない。彼女たちと肩を並べようとすること自体、おこがましかった。
けれど。

― 「運び屋」程度で終わりたくはないでしょう? ―

答えは、最初から決まっている。

オガワはヘルメットを深く被り直し、未だ天を目指す漆黒の巨塔へと歩き始めた。
異空間の空は、どこまでも昏く、塔の黒とまるで混じり合うかのように。

639名無しリゾナント:2016/08/03(水) 19:49:53
>>630-638
『リゾナンター爻(シャオ)』番外編「諮る、闇」 了

まこっちゃんは何年ぶりの登場でしょうかねw

640名無しリゾナント:2016/08/18(木) 13:19:43


その能力が故に、野戦に駆り出されることの多かった彼女はミリタリー柄の衣服を好んで着ていた。
そしてその日も、所謂迷彩服に身を包んでいた。

「なあ、後藤」

彼女は、「黒翼の悪魔」のことを二つ名で呼ぶことは無かった。
彼女にとってはあくまでかわいい、甘えたがりの後輩。そう位置づけていた。いや、今となってはそれもただの願望に過ぎなかったの
かもしれないが。

絶海の孤島に浮かぶ、ダークネスの本拠地。
その日は、組織の幹部たちがこの本拠地に勢ぞろいしていた。
全ては明日の、新たに幹部に選ばれた少女たちのお披露目のために。

「なあに? いちーちゃん」

そして「悪魔」もまた、二人きりの時は彼女のことを二つ名で呼ぶことは無かった。
「永遠殺し」に注意されるせいで、公式の場では「蠱惑」と呼ぶように努めてはいたが、その度に堅苦しい、むず痒い気持ちになるの
だった。「悪魔」の言葉を借りれば、「いちーちゃんは、いちーちゃん」だ。

孤島の先端となる、断崖絶壁。
「蠱惑」と「黒翼の悪魔」は、孤島から飛び立たんばかりに突き出たその岬に立っていた。

「明日の会議を乗り切ったら、あたしは組織を割って出る」

「蠱惑」は、いつもの飄々とした顔をやめて、至極堅い表情になってそう言った。
組織を割る。つまり、「ダークネス」への裏切り。
反逆者の粛清を取り仕切る「永遠殺し」にでも聞かれたら、とんでもないことになる話だが。

641名無しリゾナント:2016/08/18(木) 13:20:59
「ふっ…」

「黒翼の悪魔」は、笑う時に鼻を使う癖がある。
それが彼女にとって、最大限の歓びの表現でもあった。
しかし、聊か場にそぐわぬ場合もあり。

「何がおかしいんだよ。本気なんだぞ、あたしは」
「ううん。何か、いちーちゃんらしいと思ってさ」

潮風が、「悪魔」の金色の髪を揺らす。

「あのなあ…こういうのはさ、あたしらしいとかそういう問題で片付けられるような」
「そういう問題だよ」
「ったく。ホントに事の重大さをわかってんのかよ…」

呆れつつも、「蠱惑」も思う。
実に、「後藤らしい」、と。

「蠱惑」には、何が何でも組織から独立しなければならない理由があった。
確かに、彼女はここ数年で急激に自らの評価を上げてきた。それに伴い、組織での発言権も増してきている。
だが、限界がある。組織には絶対的な存在である「首領」が君臨し、さらには二枚看板の一人である「銀翼の天使」もいる。このまま
では自分がトップになれる日は来ないだろう、と「蠱惑」は考えていた。

それに…あたしが「こいつ」と釣り合うには。組織の頭張るくらいじゃないとダメなんだ。

「蠱惑」は。
「悪魔」のことを可愛い妹分として扱う一方で、その限界にも気づいていた。
「黒翼の悪魔」。ダークネスによって生み出された最強の人工能力者は、「蠱惑」以上にその名声を轟かせていた。幹部に昇格する前
から「天使」と同等クラスの評価が与えられ、今や二枚看板の片翼を担うまでに。彼女の教育係であった「蠱惑」の地位も相対的に上
昇するが、口さがない連中からは「後輩の手柄で伸し上がった」と揶揄されることもあった。

642名無しリゾナント:2016/08/18(木) 13:21:55
その評価を払拭するためには、組織を割るしか方法は無い。
幸い、水面下で自らのシンパをある程度確保することには成功している。このまま彼らを率いて組織を出たとしても、ある程度の恰好
はつくだろう。しかし、そこに「悪魔」がいるといないでは、天地の差ほど状況は変わってくる。

彼女の「我が闘争」を成功に導く鍵。それは、「黒翼の悪魔」が握っていると言っても過言では無かった。

「で。どうすんだ。お前は、あたしに…」
「ごとーは。ずっといちーちゃんについてくよ」

即答だった。
それくらい、「悪魔」にとっては当たり前のことだった。

「お前なあ。少しは迷えよ」
「だって決めたんだもん。ごとーはいちーちゃんの剣にも、盾にもなるって」
「簡単に言うなって。あいつら全員、敵に回すことになるんだぞ」
「ごとーは平気だよ。裕ちゃんだって、けーちゃんだって。世界中の人間を敵に回しても、例えごとーといちーちゃんしか味方がいな
くなっても、ね」

呆れた素振りを見せつつも。
「蠱惑」は「悪魔」がそう言うのを、知っていた。最早確信に近いものがあった。
「悪魔」が「蠱惑」に傾けるものは、無償の愛。それを、自分は利用している。
罪悪感がないと言えば嘘になる。けれど、自分の野望を実現することがその贖罪になるのではないか。悪魔と呼ばれるものに許しを請
うなど、滑稽以外の何物でもないと嘲りつつも。信じることをやめられなかった。

「大丈夫だよ、いちーちゃん。ごとーが…世界を見せてあげる。いちーちゃんの手に収まる、世界を」

その願いが叶うことは。
永遠に、訪れなかった。

643名無しリゾナント:2016/08/18(木) 13:23:00


「蠱惑」が、組織も手を焼く悪童の二人に惨殺されてから。
「黒翼の悪魔」の私室には、誰も近づかなかった。いや、近づけなかったと言った方が正しい。
部屋の外周が、びっしりと黒い荊に覆われていた。悪魔の黒い血が作り出す棘付きの荊は、近づくものすべてを容赦なく刺し貫く。

それは、形容するならば「殺意」そのもの。
「蠱惑」を惨殺しておきながら、決して手の届かない場所へと隔離された「金鴉」と「煙鏡」。やり場のない殺意は周りの存在すべて
を殺害対象へと変えるバリケードとして具現化していた。

「悪魔」の脳裏にこびり付くようにして決して離れない、最期の一場面。
空に垂れこめる暗雲が如く群がり犇めいていた蟲たちが、散り散りに消えてゆく。それは「蟲の女王」の力が消え失せてしまったこと
に、他ならなかった。
そんな中、刎ねられた首を得意げに踏み潰す、「煙鏡」の狂気に染まった表情。
氷のように冷え固まった感情が、例えようもない怒りによって一気に煮え立つ。そしてその怒りがどこにもぶつけられないという事実、
「蠱惑」がもう存在していないという事実が、彼女の心を再び絶対零度にまで落としてゆく。それが、延々と繰り返されていた。

何日、いや、何週間。
時間の感覚さえすり減っていたある時。

鼻を突く、生臭い臭い。
ぴちゃ、ぴちゃという、粘りつく水音。
固く閉ざされていた部屋の扉が、ゆっくりと開かれた。

「いやあ…元気そうで、何よりです」

部屋中に満たされた殺気にそぐわない、のんびりとした声が聞こえてくる。
だが、声の主の呼吸音は自らの命の灯が消えかけていることを如実に示していた。

644名無しリゾナント:2016/08/18(木) 13:24:03
興味なさそうに、瞳を開く「黒翼の悪魔」。
それは能動的な行為ではなく、部屋の扉が開かれたことによる反射的なものだったが。

「あんた…何してんの」

目の前に姿を見せた声の主は、「悪魔」に呆れられるほどに。
白衣らしきそれは、ずたずたに引き裂かれ、白い部分がまるでないほどに血で染まっていた。

「どうしても『黒翼の悪魔』さんに会いたくて、ここまで来ました」
「どうでもいいけどあんた、もうすぐ死ぬよ。紺野」

黒き荊の洗礼を浴びつつここまでやって来たと思しき少女 ― 紺野あさ美 ― は、そこに立っているのがやっとというくらいに
消耗しきっている。「悪魔」の言葉に偽りがないことは、紺野の足元を濡らす夥しい量の出血が物語っていた。

「ご心配なく。適切な処置を受ければ、死にはしません。ただし、交渉が短く済めばの話…ですが」
「…いちーちゃんのクローンなんて、絶対に作らせない」

命を賭してまでの要件とは思えないが。
紺野は確か組織の科学部門に所属する研究者だったはず。となればその長は例の変わり者だ。彼ならば自らの戯れのために使いの者
を寄こすことなど、朝飯前だろう。道化らしいやり方ではある。
だが、終わってしまった命を弄ぶつもりなら、容赦はしない。

「私がここに来たのは、『黒翼の悪魔』さんにある提案を持ちかけるためです。このことは、統括にも話していませんよ」

今にも紺野に絡みつき、身を引き千切らんばかりににじり寄っていた荊の動きが、ぴたりと止まる。

645名無しリゾナント:2016/08/18(木) 13:25:00
「提案?」
「ええ。単刀直入に言いますと。あなたの恨み、晴らすことに協力を惜しまないということです」
「…その場凌ぎの嘘なら、やめたほうがいい」

「悪魔」の恨みを晴らすこと。それは「金鴉」「煙鏡」の二人を亡き者にするということ。
しかし、彼女たちは表向き「懲罰」ということで「首領」によって異空間に隔離されている。例え「首領」を殺したところで、能力
が解除されることはない。

「嘘ではありません。彼女たちを『合法的に開放』し、かつ『合法的に抹殺』すること。これは、私にしかできないと言っても過言
ではないでしょう」

しかし、紺野の表情はまるで揺るがない。
どころか、自信たっぷりにそう言い切って見せた。
その自信の根拠や、生命の危機に瀕してなお失われない目の輝き。
「悪魔」は、少しずつではあるが紺野に興味を抱き始めていた。

「とりあえず、話だけはしてみなよ。下らない話じゃなかったら、聞いてあげる」
「そうしていただけると、助かります」

紺野は血の気が失せた真っ白な顔のままで、自らの計画について語り始めた。

646名無しリゾナント:2016/08/18(木) 13:26:01


「…面白いことを考えるんだね。科学者ってのは」

紺野の話を一しきり聞いた後。
「黒翼の悪魔」は心底呆れかえった感じで言い放った。
ただし、彼女とその私室を取り巻いていた漆黒の荊はすっかり消え去っていた。

「どうやら。私には、『力』という存在に対して並々ならぬ執着があるみたいなんですよ。だから、それが活かされる最良の環境を
常に追い求めている、そう解釈していただけると助かります。さて…」

血糊でべたついた眼鏡を、ゆっくりと外す。

「面白いかどうかは別として。ごく当たり前のことをしても、あなたの憎しみや悲しみは消えない。『煙鏡』さんや『金鴉』さんを
縊り殺したとしてもね。けれど、私のやり方なら…」

紺野は。
激しい体力の消耗、出血量の多さによって徐々に意識を失いかけていた。
それでも、口を止めるわけにはいかない。

「それこそ『半永久的に』仇敵を『殺し続ける』ことができる」

「悪魔」を説得するには、それなりの見返りが必要だ。
それも、彼女の興味を引き付けるような形で。そういう点においては、これ以上の提案はないと自負していた。

紺野の言うとおり、あの二人をただ殺しただけで胸の奥底の暗黒が晴れるとは到底思えない。
言わば、底の抜けた甕にいくら水を注いだとしても次から次へと流れ出ていくようなもの。
ならば、永遠に注ぎ続ければいい。注いでいる間は、甕の水位は一定に保たれるのだから。

647名無しリゾナント:2016/08/18(木) 13:26:55
「いいよ。紺野、あんたの提案に乗ってあげるよ」
「よろしいんですか?」
「今んとこ、解決策を持ってるのはあんたしかいないしね。その計画が成すまでは、紺野…こんこんの剣となり、盾となってあげる
よ。それが、ごとーのためでもあり、こんこんのためでもあるならね」

「黒翼の悪魔」は再び、誓いを立てる。
あの時と同じ言葉。違うのは、誓いの対象となる人間だけだ。
「蠱惑」の代わりと言うわけではない。あの時に宙を舞ったままの言葉が、緩やかに落ちるべき場所に落ちた。ただ、それだけのこ
とだった。
だが、「悪魔」は直感する。この目の前の少女は、自分の飽くなき欲望を満たすことのできる唯一の人間だと。

「…はは…どうやら…間に合、った…ようですね…」

それまで一本の糸で辛うじて体を支えていたような、紺野。
その糸がぷつりと切れ、壁に背をなする形で崩れ落ちた。

「大丈夫だよ、こんこん。あんたのことは、死なせはしない」

悪魔の呟きは、紺野の耳に緩やかに響き。
そして、意識は深い闇へと沈んでいった。

648名無しリゾナント:2016/08/18(木) 13:27:54


次に紺野が目覚めると、そこは彼女がいつも羽織っている白衣の如く真っ白なベッドの上だった。
紺野を覗き込むように、見知った顔が、三つ。

「あさ美ちゃん!心配したんやよ!」
「ちょっともー、いきなり倒れたって聞いたから」
「いやいやいや、よかったぁ!!」

高橋愛。新垣里沙。小川麻琴。
紺野が組織にスカウトされた時に、同期だった三人だった。

「大げさだって。貧血で倒れただけだから」

嘘は言ってはいない。
血を失いすぎて危うく死にかけるところではあったが。

紺野は、短い会話の中で即座に状況を把握する。
「いきなり倒れた」と里沙が言うからには、ある程度の処置を施されてからこの医務室に運びこまれたのだろう。
となると、「悪魔」との接触の件も知らない筈。もちろん、そうなるように用意はしておいたのだが。

「空手やってるのに貧血だなんてさ、研究室に篭り過ぎなんじゃないの?」
「確かにそうかも。研究も、ほどほどにしようかな」

言いながら、別のことを考えていた。
確かに、自分はまだ「一介の研究員」だ。あまり研究にばかり没頭していると、思わぬミスに繋がる可能性がある。
そう言えば、紺野の所属する科学部門の統括が「飯田が一度解散した特殊部隊を再結成するらしいで」と言っていたのを思い出す。
いつの話になるかはわからないが、志願してみるのもいい隠れ蓑になるかもしれない。

649名無しリゾナント:2016/08/18(木) 13:29:01
もちろん、こんなことを考えていられるのも「篤い友情」があってこそ。
精神感応の使い手である愛や精神干渉を得意とする里沙も、さすがに友人の心の中を無暗に探りたくはないようだ。

医務室の窓から、オレンジ色の光が漏れている。
もう夕刻か。確か「黒翼の悪魔」の元を訪れたのは午前中だったから、それほど時間は経ってないことになる。

「とにかく。今日のところは大丈夫だから。明日になれば元気になると思うし」

とは言え、長居してもらう訳にもいかない。
この体が「どれだけ治されたか」はわからないが、この様子だと言う通り明日には通常業務に戻れそうだ。
紺野は言葉を尽くして三人には早々とお暇してもらうことにした。
麻琴だけはなかなか帰ろうとしなかったが。

そんな濡れ落ち葉のような彼女もようやく帰り、紺野は一息つく。
まずは、大きな駒をひとつ、手に入れた。だが、計画はまだはじまったばかりである。計画の準備はもちろんのこと、自分自身の足
場も少しずつ固めないといけない。少しずつ、というのがこの場合は重要で、急ぎ足で駆け抜けようものなら道は脆く崩れ去ってゆ
く。悪目立ちするものは、必ずそれを妬むものに足を引っ張られるからだ。

それに、自分が頭角を現してゆけばいずれは「神の眼」の観察対象になる。
全てを見通すとされている幹部「不戦の守護者」の予知能力。彼女の走査網から逃れる術も、考えなければならない。

天を仰ぎ、ため息をついたその時だった。
新たな人物が、姿を現す。この医務室の主だ。

650名無しリゾナント:2016/08/18(木) 13:30:27
「あんたも物好きやねえ。ベッドに入ってても研究、研究か」
「…平家さん」

平家みちよ。
着崩した白衣と金に染めた長い髪。学園もののライトノベルなら「遊んでそうな保健の先生」といった肩書がついていそうな風体で
はあるが。

「しっかしあんたも無茶したなあ。あの状態のごっちん相手に丸腰で説得なんて。ごっちんがあんた運び込むん遅れてたら、ほんま
にあの世行きやで?」
「確かに。まあ私の命一つで彼女の機嫌が直るなら、安い代償というものです」
「はぁ…その言葉、裕ちゃんが聞いたら鬼の形相やな」

中澤裕子、つまり組織の「首領」と旧知の仲であり。
さらには組織の科学部門統括の右腕でもある。さらに滅多に戦闘の前線に出ることは無いが、一たび力を振るえば戦場は荒野と化す、
と実しやかに語られているほどの存在であった。

「で。実際のとこはどうなん? あんたが言う以上の『戦果』は、あったんやろ」
「『首領』の差し金ですか。彼女も人が悪い。私が『黒翼の悪魔』さんにお会いしたのは、彼女に一日でも早く現場復帰してもらう
ため。それ以上でも、それ以下でもありませんよ」

自分が科学部門統括に「一本釣り」されて組織に入った経緯から、「首領」が紺野のことを特別視していることは、紺野自身もよく
知っていた。いずれは、自らの描く計画についても話さなければならないだろう。ただ、今はその時ではない。

「ま、ええけど。紺野のことは面倒みてやってくれ、って統括にも言われてるしなぁ」

瀕死の重傷、からただの貧血の症状としか思えない状態にまで回復しているのも、そのせいか。
紺野は自らの体力が予想以上に回復していることに気付く。

「ところで、せっかくの機会なので一度お聞きしようと思っていたのですが」
「答えられることなら、な」
「あなたは『首領』に近しい存在だと聞いています。そんなあなたが、『能力者による理想社会の構築』についてどうお考えなのか」

651名無しリゾナント:2016/08/18(木) 13:31:41
「能力者による理想社会の構築」。
それはダークネスという組織の悲願であり、また存在意義でもあった。
歴史を紐解いても、常に弾圧の対象とされ、地位を固めたところで為政者の言いなりになるしかなかった「能力者」という存在。そ
んなか弱き存在に救いの手を差し伸べることができる社会の実現は、暁に立つ五人の時代からの目標であり、それは闇に堕ちてから
も本質としては変わらなかった。

「ここだけの話やけどな」

平家は、昔話でもするかのように語り始める。

「それ、一番最初に言うたんは…私なんやで」
「ほう?」
「まだ『アサ・ヤン』とすら名乗ってなかった頃や。あの5人は前線部隊に駆り出されて、うちがお偉いさん直属のエージェントと
して動いてた。その時に私が裕ちゃんに『いつか能力者による能力者が安心して暮らせるような時代が来たらええなあ』って、話し
たんよ。そしたら、あの人、えらく感動してなあ」
「なるほど」
「つまり、それの言いだしっぺは私なんよ。今でもそういう未来が来たらええなと、思ってる」

思わぬルーツを聞き、紺野の知識欲の食指が動く。
しかしそれは感動秘話のほうではなく。

「そう言うからには、平家さんも苛烈な経験をしてきた。そう考えてよろしいんですね」
「…まあ、うちの場合は色々『特殊』やからね」
「どういうことですか?」
「抱える秘密はお互い様、やろ。あんたなら、自分で探り当てるやろうし…うちがいなくなる、その時にな」

まるで近い将来に自分がいなくなるかのような物言い。
紺野は自らの知識欲がさらに擽られるのを感じるが、おそらく相手は何も答えてはくれないだろう。自分が自らの秘密を明かさない
のと同じように。

そう言えば、と紺野は思い出す。
科学部門に転属する前の彼女には、幹部級の待遇を表す二つ名があったはずだ。

確か…「隠(なばり)の魔女」。

紺野は窓の外を、見やる。
夕陽は、黒く濡れた闇によって覆い尽くされてゆく。

652名無しリゾナント:2016/08/18(木) 13:34:45
>>640-651
『リゾナンター爻(シャオ)』番外編「護る、闇」 了

了 は「おわり」とか「END」の意味でつけているのでタイトルに入れないでいただけると助かります

653名無しリゾナント:2016/09/09(金) 12:50:17


ダークネス情報統制局局長「鋼脚」より

組織新幹部「ジャッジメント」に関する報告。

序.

「ジャッジメント」には五人で幹部1ポストを割り与える。

1.「ジャッジメント」メンバー

宮崎由加
金澤朋子
高木紗友希
宮本佳林
植村あかり

654名無しリゾナント:2016/09/09(金) 12:51:29
「まだ『アサ・ヤン』とすら名乗ってなかった頃や。あの5人は前線部隊に駆り出されて、うちがお偉いさん直属のエージェントと

2.能力

宮崎由加:「影操作能力」
自らの髪の毛を影と同化させ操る「影のジャッジメント」。
同化した影はその時点で能力者の所有物となる。

金澤朋子:「結晶化」
自らの血を触媒として「紅水晶」を生み出す能力。「晶のジャッジメント」。
好戦的な性格からか、主に自らの拳に結晶を纏わせ殴打の威力を飛躍的に上げている。

高木紗友希:「毒生成能力」
毒物質を意のままに発生させる能力。形態は気体液体を問わず多岐に渡る。「毒のジャッジメント」。
なお使用者本人は育成過程において耐性を獲得しているため、自家中毒に陥ることは無い。

宮本佳林:不明
彼女の使役能力については、未だメカニズムの解明は進んでいない。
標的となったものは全て地に伏し絶命している。その致死率は9割5分に及び、死を免れたものも廃人化は免れない。
今回幹部に昇格したことにより、能力の謎を解き明かすことはほぼ不可能になったと思われる。

植村あかり:「肉体強化?」
戦闘に置いては圧倒的な膂力を発揮するため、「肉体強化」の能力者と推定できる。
ただ、こちらにおいても確定では無く、何らかの別原理の力が働いている可能性もある。

3.昇格経緯

ダークネス科学部門能力開発部主任の手記より

「全育成過程を修了した五人の『エッグ』メンバーで『ジャッジメント』を結成。同時に敵対組織である警察庁内特殊機構対能力者
部隊に潜入を指示。部隊内ユニット「ジュース」として、機構内の秘密文書・計画を多くを盗み出し、また機構内「十人委員会」及
び対能力者部隊本部長寺田光男の発案した「天使獲得に関する計画」瓦解に貢献。この功績をもって、審議会の満場一致によりダー
クネス『首領』への推薦状作成が決定された」

4.運用について

当面は「黒の粛清」「赤の粛清」が死亡、ないしは再起不能となったことによる粛清人の空座を埋めるべく、粛清業務を指示。その
間の統括については幹部「鋼脚」が執り行う。また、「叡智の集積」が進める「能力者による理想社会建設のための最終計画」にお
いても

655名無しリゾナント:2016/09/09(金) 12:53:07


「ふう…」

パソコンのモニターと顔を付きあわせていた「鋼脚」が、天を仰ぐ。
慣れないデスク作業のせいか、視界には未だに文字の羅列が彷徨い続けている。

ったく。こういうの、あたしの柄じゃねえんだよな…

誰に言うでもなく、「鋼脚」はひとりごちる。
情報統制局局長、つまり情報部のトップという堅苦しい肩書を付けられて早数年。だが、自ら体を動かすことを得意とする彼女には
いつまで経っても馴染めないものだった。そして皮肉なことに、彼女の「能力」はその性格とは違い、あまりにもその仕事に適し過
ぎていた。

精神干渉の能力はその効用や適用範囲等により様々な呼称が存在するが、「鋼脚」のそれについては主に「催眠」と呼ばれる特殊な
ものであった。精神干渉と言えば、相手の精神を意のままに操ることができるのが大きな特徴であり、通常はその操られていた期間
は「記憶の空白」として処理される。簡単に言えば、思い出そうとしても思い出すことができないという状態である。
しかし「催眠」は、相手の精神を意図的に操った上であたかも自発的に行った所作として当人の中で処理させてしまうことができる。
操られたにも関わらず、操られたという意識すらない。敵組織の人間を「催眠」にかけて、スパイ活動をしていることすら意識させ
ないままスパイをさせることも可能となる。

「鋼脚」が「ジャッジメント」の5人を警察の対能力者組織に潜り込ませる時に使ったのも、この手法だった。
この場合は、5人に対し「自分たちは警察組織の人間である」という認識を刷り込ませ、さらには特殊な条件下においてその刷り込
みが解除されるという複雑な式を組み込んでいた。もちろん彼女たちに関わる警察側の人間にも「催眠」を仕込んであるので、彼女
たちの素性が割れることはなかった。

だが「鋼脚」は思う。
保田さん…「永遠殺し」ならばもう少しスマートにことを運ぶことができただろうと。

「永遠殺し」は「鋼脚」の前の代、すなわち情報統制局の初代局長であった。
もともと同期の「詐術師」や「蠱惑」とともに組織の暗部を担っていた彼女にとって、組織内外の情報を収集・運用するのはうって
つけの仕事と言えた。

656名無しリゾナント:2016/09/09(金) 12:54:04
大きく、背伸びをする「鋼脚」。
目を絶え間なく刺激していたブルーライトはなかなか消えてはくれず、それどころかじわりと滲んであたかも眼球全体を侵食してい
るようにすら思えた。

五人の「ジャッジメント」たちの能力分析。
彼女たちが幹部に昇格するに当たり、情報統制局としては是が非でも把握しておきたい項目ではあるものの。
ダークネスの幹部たちにおける不文律。すなわち、自らの真の能力は決して明らかにしない。そのことは五人の新人たちにおいても
例外では無かった。
全ては、能力を全て明かしてしまったがゆえに命を落とした先人の轍を踏まないがため。
しかしながら、情報を司る長としては少しでも多くの情報を握る必要がある。その為に「鋼脚」は過去のデータと、直接本人たちに
面談した結果を踏まえて報告データを作成していた。
そのうちの一人は――

657名無しリゾナント:2016/09/09(金) 12:54:58


「えっ? 私に、ですか?」

大柄な男に連れて来られた少女は、いかにもか弱き存在を主張したような口調でそう言った。
おかっぱの髪型と白い肌、それと黒目がちな瞳が印象を強調する。

「そうだ。君を含めた五人には、これから戦闘員としての正式運用という大きなチャンスが待っている。そのための、面談だ」
「よかったじゃん!これでお前も大スター確定だぞ!」

「鋼脚」が説明する横から、男がピントのずれた言葉を少女にかける。
大スターの意味するところは「鋼脚」には理解できなかったし、またしようとも思わなかった。

「ところで、君は」
「俺っすか? 俺は『ジャッジメント』のマネージャーっす!」
「……」

ますます持ってさっぱりな話。
将来有望である彼女たちの身の回りを世話させるために組織が宛がったのは、眼鏡をかけた小柄な中年だったはず。
このような落ち着きのない男ではない。

「あれ?俺のことご存じない? これでもキノシタさんの下でめっちゃ活躍してたんだけどなぁ! ま、キノシタさんが死んじゃっ
たから俺がジャーマネやってんだけど」

そうだ。
確か中年の名前はキノシタ。性格に難はあるものの冷静な判断ができるとして『ジャッジメント』の世話役に抜擢された構成員だっ
たということを「鋼脚」は思い出した。

658名無しリゾナント:2016/09/09(金) 12:56:57
「しかし、死んだとは…」
「ああ。心筋梗塞らしいっすよ。突然胸押さえたかと思うと、あううううって。なんかドラマのワンシーンみたいで、俺、不謹慎だ
けど興奮しちゃいましたよ!!」

「鋼脚」は男から目線を外す。
話していて疲れるし、この手の軽い男はいずれ仕事を失うだろう。
それよりも、今回の目的は「ジャッジメント」の少女。彼女から、引き出せる情報は全て引き出さないといけない。

「さて。君の能力についてなんだけど」
「あのですね! こいつの能力は至ってシンプル!! ずばり、『ありがとうって気持ちが本当に伝わる能力』です!!すごいでし
ょう!?」
「お前…いや、君には聞いてないんだが」
「まじっすか! ハハハ、サーセン!!!!」

「精神干渉」能力でこの煩い男を廃人にしてしまいたい気持ちを抑えつつ。

「それは、精神に作用する能力。ということでいいのかな」
「そうですねぇ。まあ、色々複雑なんですけど」
「たとえば! 相手に全粒粉を喰わせて健康にするとか! ホットヨガをやらせて健康にするとか! ハイレゾのヘッドホンで音楽
を聞かせて健康にするとか!!」

男の戯言はともかくとして、「鋼脚」には、少女が何かを隠しているように思えた。
優等生然とした風貌の割に、やるじゃねえか。
思わずそんな素の言葉が出てしまいそうになるほどに。

「そうだ。論より証拠だ。そこの男に、君の力を使ってみてくれないか」
「えっ?」
「思い存分、使ってみろよ。お前の『本当の力』を」

我ながらうまいやり方だと思う。
もしかしたら、面白いものが見れるかもしれない。「鋼脚」は確信に近いものを感じていた。

659名無しリゾナント:2016/09/09(金) 12:57:24
「本当に、いいんですか?」
「ああ。責任はあたしが持つ」

一瞬だけ、少女が口元を歪めたように見えた。
それは。類推する間もなく、少女は男の方を振り向いた。

「それじゃ、行きますよ?」
「え、ちょ、マジで? お手柔らかに頼むよ…」

苦笑いを浮かべつつおどける男。
男と、少女の目が合う。
黒目、漆黒の闇のように黒い瞳に。男は釘付けになる。

「ふふ…【死刑】」
「っがっ…」

突然、胸元を押さえながら苦しむ男。
顔は既に青ざめ、玉のような汗を額に浮かべていた。

「ケッ、ケッ、ケルベロ…あが!ぎっ!やめ!ごっごぁっごっごっ」

この世のものとは思えないものを見たような恐怖に引き攣る表情は、永遠に崩れることはない。
男は既に、事切れていた。

「私の『ジャッジメント』に、無罪はないんですよ?」
「それが、お前の能力かよ」

言いつつも、「鋼脚」には彼女の能力の全容が浮かんでこない。
精神干渉を最大限に利用して、男を自死させたのか。もしかしたら、キノシタの死因も。

660名無しリゾナント:2016/09/09(金) 13:05:11


それから、少女 ― 宮本佳林 ― は、実戦運用下にて95パーセントという極めて高い致死率を誇る能力を振るい続けた結果、め
でたく他の四人の同僚とともに幹部昇格となった。能力のソースはレポートに記した通り、未だ解明されていない。能力に名前を敢
えてつけるなら、ジャッジメント・アイ ― 瞳のジャッジメント ― となるのだろうが、能力発動に彼女の瞳が関わっているか
どうかも、定かではない。

彼女たちの「産みの親」ならば、能力についてはある程度把握しててもおかしくはない。が。
「叡智の集積」たる科学部門の長ですら、

「能力の可能性は無限にあると言っても過言ではありません。使い方、発展性、そして能力者自身の資質。型に嵌めようとすること
自体、おこがましいと言えるでしょう」

それが本当のことなのか。あるいは情報を外に漏らさないための方便に過ぎないのか。
「鋼脚」には確かめる術はないが、こと自らの使う「精神干渉」においては頷ける部分も少なくはない。
現に彼女が重用していた新垣里沙はサイコダイブの「相乗り」を誰に教えを受けるともなく成功させているし、さらに里沙の後輩で
ある生田衣梨奈は元から持っていた自分の能力を「精神干渉」寄りにカスタマイズしつつある。

作成文書に保存をかけ、厳重にプロテクトをかける。
その上でパソコンのモニターを落とし、「鋼脚」はある場所へと赴く。
友が今でも眠る、あの場所へ。

661名無しリゾナント:2016/09/09(金) 13:10:41


「鋼脚」は、暗い階段を一歩ずつ降りながら、思い返す。
手にした小瓶、その中の液体が揺蕩うのと、歩を重ねるように。

― 残念ながら、ほとんど望みはないと言っても過言ではないでしょう ―

白衣の科学者・Dr.マルシェこと紺野は、何の感情も乗せずにそう言った。
望みがないというのは、「鋼脚」の盟友であった「黒の粛清」の意識回復について指していた。

紺野が言うには、「黒の粛清」が組織の裏切り者である新垣里沙と対戦した際に、その精神に甚大なるダメージを負ってしまったの
だという。それは、物理的な側面もさることながら。

あれほど侮っていた後輩に、完膚なきまでに叩きのめされた。

このことが、普段から聳え立つようなプライドを誇る彼女の心を、木端微塵に粉砕してしまったのだという。

実際、フィジカル面においては粛清人は圧倒的に里沙を圧倒していた。
自らの本来の能力である「鋼質化」を隠し、獣化能力者として振る舞い、そして純粋なる暴力でかつての後輩を蹂躙していった。だ
が。

結局「黒の粛清」は、敗北した。
自らの心の弱さを突かれ、突破された。実力では凌いでいたものの。数々の死線を潜り抜けた経験を持ち、相手の心理を何重にも揺
さぶり続けた里沙の前に、鋼だったはずの彼女の心は脆くも崩れ去ってしまったのだ。

あいつも、馬鹿だよな。妙なことにこだわりやがって。

金髪の麗人は、そうひとりごちる。
元々「黒の粛清」が新垣里沙にこだわったのは、「キッズ」粛清の邪魔をされて一矢報いられたのがきっかけ。
受けた屈辱は、何倍にも返す。それが粛清人の流儀ではあったが、それが仇となり里沙に倒された。

662名無しリゾナント:2016/09/09(金) 13:11:54
いや。
彼女たちの因縁は、意外とそれ以前に遡るのかもしれない。
つまり、組織内の一部隊であった「ダンデライオン」の先輩と後輩であった時から、既に。

過去のことに考えを巡らせても、詮なきこと。
だが、そう思えば思うほどとうの昔に過ぎ去った時間はさらなる闇へと思考を誘う。

― 肉体は、完全に回復しました。ただ、意識のほうは。私の専門分野ではないのですが、組織お抱えの医師たちはみな口を揃えて
そう言ってますね ―

どいつもこいつも、馬鹿ばかりだ。
「黒の粛清」以外の、同期たち。「金鴉」は、自らの能力を過信し自滅に近い形で滅んでいった。「煙鏡」の顛末についても「鋼脚」
はある程度は知っていた。彼女の場合は、人間の情というものをいささか軽視し過ぎた。闇に心を喰われているからと言って、何も
感じないわけではないのだ。

階段を踏みしめる度に、闇が深まる。
手にした瓶の液体が、闇に馴染もうとするかのように、揺れていた。

― ただまあ。方法がないわけでは…ありませんが。ここから先の話は、私の得意分野ですから ―

「叡智の集積」は、眼鏡を掛け直してそう囁く。
だが、その方法とは。さすがの「鋼脚」もそれを即断するだけの心構えはなかった。

663名無しリゾナント:2016/09/09(金) 13:12:37
どうする。
いずれこの世は、血に飢えた獣たちが解き放たれた荒野と化す。
ならば、そこに獣がもう一匹増えたとしても、何の問題も無いはず。それでも。

なあ。あたしは…どうすればいい?

返事の代わりに、冷たく凍える扉が目の前に現れた。
終着点だ。そこを開ければ、物言わぬ友が待っている。

「鋼脚」の手にした瓶には、かつて「黒の粛清」が趣味として作っていた梅酒が入っていた。
組織に仇なすものたちの首を狩る粛清人が、自らの部屋で梅の実を酒に漬けている。笑えない冗談のような話ではあったが、出来上
がりの酒を二人で飲みたいと、「鋼脚」によく話していたものだった。

ただの気晴らしだ。一杯、付き合えよ。

誰に言うとでもなく、「鋼脚」はドアノブに手を掛ける。
墓場に漂うような冷気が、彼女の体を包み込んだ。

664名無しリゾナント:2016/09/09(金) 13:17:18
>>655-663
『リゾナンター爻(シャオ)』番外編「探る、闇」 了

参考資料
http://www45.atwiki.jp/papayaga0226/pages/233.html
http://www45.atwiki.jp/papayaga0226/pages/446.html

665名無しリゾナント:2016/09/09(金) 13:18:36
訂正

>>653-663
『リゾナンター爻(シャオ)』番外編「探る、闇」 了

参考資料
http://www45.atwiki.jp/papayaga0226/pages/233.html
http://www45.atwiki.jp/papayaga0226/pages/446.html

666名無しリゾナント:2016/09/09(金) 13:20:32
2.能力

宮崎由加:「影操作能力」
自らの髪の毛を影と同化させ操る「影のジャッジメント」。
同化した影はその時点で能力者の所有物となる。

金澤朋子:「結晶化」
自らの血を触媒として「紅水晶」を生み出す能力。「晶のジャッジメント」。
好戦的な性格からか、主に自らの拳に結晶を纏わせ殴打の威力を飛躍的に上げている。

高木紗友希:「毒生成能力」
毒物質を意のままに発生させる能力。形態は気体液体を問わず多岐に渡る。「毒のジャッジメント」。
なお使用者本人は育成過程において耐性を獲得しているため、自家中毒に陥ることは無い。

宮本佳林:不明
彼女の使役能力については、未だメカニズムの解明は進んでいない。
標的となったものは全て地に伏し絶命している。その致死率は9割5分に及び、死を免れたものも廃人化は免れない。
今回幹部に昇格したことにより、能力の謎を解き明かすことはほぼ不可能になったと思われる。

植村あかり:「肉体強化?」
戦闘に置いては圧倒的な膂力を発揮するため、「肉体強化」の能力者と推定できる。
ただ、こちらにおいても確定では無く、何らかの別原理の力が働いている可能性もある。

3.昇格経緯

ダークネス科学部門能力開発部主任の手記より

「全育成過程を修了した五人の『エッグ』メンバーで『ジャッジメント』を結成。同時に敵対組織である警察庁内特殊機構対能力者
部隊に潜入を指示。部隊内ユニット「ジュース」として、機構内の秘密文書・計画を多くを盗み出し、また機構内「十人委員会」及
び対能力者部隊本部長寺田光男の発案した「天使獲得に関する計画」瓦解に貢献。この功績をもって、審議会の満場一致によりダー
クネス『首領』への推薦状作成が決定された」

4.運用について

当面は「黒の粛清」「赤の粛清」が死亡、ないしは再起不能となったことによる粛清人の空座を埋めるべく、粛清業務を指示。その
間の統括については幹部「鋼脚」が執り行う。また、「叡智の集積」が進める「能力者による理想社会建設のための最終計画」にお
いても

667名無しリゾナント:2016/09/10(土) 17:43:58
http://resonant4.cloud-line.com/resonant4/logmap/128/128-200/
の続きです。

668名無しリゾナント:2016/09/10(土) 17:44:28
走る
走る!
走る!!

リゾナントを飛び出した黒髪ロングの客を探す為に、ハルは1人で街の中を走る

それにしても

「新垣にはマジでビビった……」

さっき新垣が、ハルの事を呼んだ時
声のトーンがマジ過ぎて
ハルの目的がバレるかと思った

「大丈夫、だよな? 怪しまれてたりしたら、こうして1人で動けてないだろうし」

アイツは調査対象ではないんだけど
見つけちゃったんだから、ほっとけないでしょ
さて、どこに行ったんだ

──透視──トランスペアレント

商店街の方は……居ない
公園の方は……居ない
川の方は──見つけた!
堤防の上だ!



──

669名無しリゾナント:2016/09/10(土) 17:45:13
「おい! アンタ!」

黒髪ロングの後ろから声をかける

「ひいっ!?」

かなり高い声を出した
と思ったら、

「ごめんなさーいっ!」

いきなり逃げ出した
しかも、変な走り方で

「え、ちょ、待てよ!」

土手の一本道で、追いかけっこかよ!

ハルも慌てて追いかける

身長ってか脚の長さは負けてる
けど、小学生を舐めんなよ!

「うおぉぉぉぉっ!」

あっという間に追いついた

「話を……聞けぇ!」

黒髪ロングも背中に向かって、タックル!

「うらぁ!」
「はうっ!」

ズザザザッ!

「なあぁぁぁぁっ!?」
「きゃあぁぁぁぁっ!?」

タックルしたらバランスを崩して、2人一緒に土手を転がり落ちた

670名無しリゾナント:2016/09/10(土) 17:46:03
「……痛ってぇ」

怪我は、擦り傷くらいか
日頃の行いのおかげかな

「痛たた……」

黒髪ロングも大丈夫みたいだな

「おい」
「ひいっ!?」

思いっきり目を見開いて、飛び上がる黒髪ロング

ビビり過ぎだっての!
ま、仕方ないか

「あ、あの……?」
「ん」

新垣から渡された2千円を差し出す

「え? もしかして……足りませんでしたか!?」

財布を取り出し、お金を出そうとする黒髪ロング

「多分だけど違う。でも、店長にコレをアンタに返して連れて戻って来てって言われたんだよ」
「戻るんですか? あのお店に……」

黒髪ロングは、ネガティブな感情が全部まとめて出た様な暗い表情になった
そのまま俯き、身体を震わせる

「なあ、そんなに怖いのか?」
「え……」

だって

「アンタ、能力者だろ」

671名無しリゾナント:2016/09/10(土) 17:48:24
>>668-670
Rs『ピョコピョコ ウルトラ』9 side D-Kudo

新スレのレス稼ぎに活用頂ければ幸いです。
共鳴サタデーチャット!は22時過ぎに参加予定です、予定です。

672名無しリゾナント:2016/09/24(土) 13:36:24


気が付くと、男は見知らぬ場所に倒れていた。
コンクリートの床の冷たい感触が、徐々に男の意識をクリアにしてゆく。

あれ…俺、どうして…

確か。
昨晩は会社の同僚たちと酒を飲んでいた。その帰り。
いささか飲み過ぎたせいで、帰り道の途中の路上で倒れて、それから…

それが、どうしてこんな場所にいる?
男はゆっくりと立ち上がり、辺りを見回す。
だだっぴろい、空間。何かの建造物の中なのか。見渡す限り、数百メートル四方くらいの広さはありそうだ。
おまけに、天井も高い。遥か頭上の壁の一部はガラス窓のようになっていて、白衣を着た何人かの人影が見てとれた。

「お、おーい!! ここは、ここはどこなんだ!?」

男は白衣の男たちに向けて、叫ぶ。
だが反応はまったくない。天井の高さと場所の広さによってわぁん、と反響が返ってくるのみだ。

何だ、こいつら。もしかして、こいつらが俺をこの場所に?

湧き出た疑いとともに、出口らしきものを探す。
男が目を凝らすと、遠く離れた壁際に、鉄格子のような門が視認できた。
それが、からからと音を立てて口を開けてゆく。
出口が開いた、というより嫌な、予感がした。

673名無しリゾナント:2016/09/24(土) 13:37:28
男の予感は的中する。
上げられた格子から飛び出してきたのは、猛り狂う大きな獣。その数、五頭。
黒い剛毛に覆われたその猛獣たちは、凄まじいスピードで男のもとへ走ってきた。
差し迫る生命の危険は、男の脳に単一なメッセージを送り込む。

ヤバイ!ヤバイ!殺される!!

最早本能と言ってもいい。
男は酔いの残った体を必死になってフル活動させた。
すぐに限界を迎える肉体と体力、それでも諦めることは許されない。
息が…!苦しい…!!
走らないとぉ!追い付かれるぅ!!
あんな!デカイ奴!何頭も!殺される!殺される!
助けて!助けて!助けてえええええ!

足を縺れさせて、倒れた男に。
漆黒の巨獣たちが次々と伸し掛かる。
柔らかな腹に牙を立て、食い破り、鋭い爪が男の眼窩に食い込む。
肉が裂け骨がへし折られ血飛沫を飛ばしながら、男は獣たちの餌となっていった。

674名無しリゾナント:2016/09/24(土) 13:39:22
「ラビットno.1、生命反応消失」
「アビリティ発動エラー確認」
「…最終精神シンクロ率は23%でした」

硝子の障壁越しに、白衣の男たち。
設置されたモニターに算出される実験データを次々と読み上げる。

「23%って…クズじゃねえか。次の実験体を降ろせ」
「はい。それではラットno.2 投下します」
「事前調査は」
「45%のシンクロ率を観測しています」
「ふむ…実戦では60いくか? 楽しみだ」

白衣の長と思しき男は、薄暗い部屋の奥に目を向ける。
無精髭を生やした、痩せ形の体に明らかにサイズの合っていないだぼだぼの白衣。男の緩さ、だらしなさを窺わせる風体ではあるもの
の。彼は、組織の中では優秀な科学者として分類されていた。
そんな男の視線の先には。
大小さまざまな機器に繋がれた少女が、機械仕掛けの椅子に固定されていた。
同じように電子機器に接続されたフルフェイスのヘルメットに顔を覆われ、その表情を窺うことはできない。

「次は…頑張ってくれよな。m202ちゃんよ」

ヘルメットから覗いた口だけが、僅かに動きを見せる。

イヤダ…イヤダ…ヤリタク…ナイ…

675名無しリゾナント:2016/09/24(土) 13:40:29


次の「ラビット」が投下される。
白衣の男は、思わず目を疑った。

「おい、どういうことだ」
「はい、何でしょう」
「お前、あの女…知らないのかよ」
「どういう意味ですか?」

実験場に倒れている、黒髪の女性。
くっきりした二重の瞳。口元の黒子。見間違えようがない。
櫛すら通していないぼさぼさの髪を掻き毟り、苦い顔をしていた男だったが。

「偶然…か。いや、馬鹿な…そうか。そういうことか」
「あの、いったいどういう」
「いいだろう。構わねえ。実験を続けろ」
「は、はい」

白衣の部下たちは、上長の意味深な発言に訝りながらも、それぞれの持ち場に戻る。
程なくして、機械に囚われた少女を取り巻く電子光が明滅しはじめた。

女性が目を覚ましたようだった。
それまでの哀れな被害者たちと同じように、周囲を見渡し、そして頭上の実験制御室の存在に気付く。

「…今に見てろよ」

男は、硝子越しに女を見下すように。
この位置関係が、現実のものとなることを思い知らせてやる。
そして、指示を下す。

676名無しリゾナント:2016/09/24(土) 13:41:22
「マインドセットの対象変更だ。ラビットno.2から、『猟犬』。フルパワーで構わん。思いっきりやってやれ」

男の部下たちは、耳を疑った。
「精神干渉」能力を有する「研修生」の能力実験。それは、あくまで彼女の能力が一般人に対しどれだけの影響を与えるかのデータを
取るためのものだ。それを『猟犬』に仕掛けるとなると投下されたラビットは意味も無く貪り殺されてしまうことになる。

「ですが、実験は」
「ばーか。敵襲だ。あそこにいるのはな…『滅びの聖女』だ」

数人の研究員がその名を聞きざわめく。
組織が勝手につけた名ではあるが、その二つ名は末端の組織構成員にとっては死に似た響きを持っていた。

「慌てんな。覚醒前にぶっ殺せば、問題ねえ。それにこっちには『これ』があるだろ」

それに対し、実験施設の責任者たる男の落ち着きぶり。
後方の、機械に囚われた少女を指さしあまつさえ薄笑いすら浮かべている。
研究員の男たちは肩を竦め、少女の能力がフルに活用できるよう機器の調整を始めた。

少女の体が痙攣し、能力が強制的に引き出された。

イヤダ…ダレカ…タス…ケ…テ…

677名無しリゾナント:2016/09/24(土) 13:47:36


全国各地に存在する、ダークネスの研究施設。
自分と同じような目に遭う少女たちを、少しでも救いたい。リーダーである高橋愛の信念に基づき、リゾナンターたちはそういった研
究施設を見つけ次第無力化してゆくことを繰り返していた。
そして今さゆみがいるこの場所も、そういったターゲットの一つであった。

何とか被験者を装い施設に潜入したまではよかったが。
実験場には、既に腹を空かせた「猟犬」たちがスタンバイしていた。

「…潜入とか、さゆみ向きの仕事じゃないんだけどね」

飢えた猛獣を前にして、道重さゆみはぽそりと愚痴る。
ただこの場合は自業自得、研究施設に囚われていると思しき少女の写真を見てつい「さゆみがやる!」と立候補してしまったのだから。

しかし愚痴を言っても始まらない。
日頃何かと後ろ向きな発言をしがちな後輩・譜久村聖にそれはよくないと窘めているのに、自分がこれでは先輩としての沽券に関わっ
てしまう。

大丈夫。こういう時のために、りほりほにも稽古つけてもらったんだから。

ダークネスの差し向けた「ベリキュー」との対決を経て。
さゆみは自らの戦闘力のなさを悔いた。もう少し戦える力があれば、あんなうんこヘアーの苛つく女に苦戦することは無かったかもし
れない。
そこで、恥を忍んでさゆみは後輩の里保に近接戦闘の手ほどきを受けることとなる。なんで田中さんじゃないんですか、という里保の
問いは徹底的に無視した。とにかく、組みついたり、抱きついたり、たまに首筋の匂いを嗅いで里保に気持ち悪がられながらも、何と
か戦闘の基礎は学ぶことができたのだった。

678名無しリゾナント:2016/09/24(土) 13:48:08
「さあ!どっからでもかかって来るの!!」

キャラに似合わない勇ましい掛け声。
それも、目を血走らせ鋭い勢いで走り寄る「猟犬」たちを見るや否や。

一目散に、逃げ出した。
や、やっぱ怖い! れいなが来るまで時間稼ぎする!!
奮い立たせた勇気はあっと言う間に萎んでしまい、あとは逃げつ追われつの大運動会。

それを見ていた制御室の研究員たちは、腹を抱えて笑っていた。

「何だありゃ、口ほどにもない!」
「主任、『これ』の能力を使うまでもなかったですね!!」

「滅びの聖女」と聞き身構えていたのに、あまりにも滑稽な結末。
すっかり気が緩んでしまった部下たちに対し、男はあくまでも表情を崩さない。

「お前らは機器のコントロールに集中してろ。最後まで気ぃ抜くんじゃねえよ」
「は、はいっ!!」

男は、「滅びの聖女」の真の恐ろしさを知っていた。
何故なら、以前にも彼女に会ったことがあるから。
突如襲撃を受けた組織の研究施設。その時男はまだ一介の研究員だった。
一人、また一人と炭にされてゆく同僚たちを、機械の影で震えて見ているしかなかった。

だが今は違う。
この研究施設は、全て男の支配下に置かれている。
そして。

679名無しリゾナント:2016/09/24(土) 13:49:23
ただこの場合は自業自得、研究施設に囚われていると思しき少女の写真を見てつい「さゆみがやる!」と立候補してしまったのだから。

「出力、120%に上げな」
「いや、しかしこれ以上は『m202』の精神がもたな…」
「いいからやれって言ってんだよ」

こちらには、切り札がある。
運命のめぐり合わせと言うべきか、囚われの少女は「滅びの聖女」をモデルに生み出された人工生命体だった。
「物質の活性化・過活性による崩壊」の再現を狙ったものだったが、残念ながら少女はその特性を得ることはなかった。
その、代わりに。

「出力、120%オン!!」
「いやあああああああああっ!!!!!!!!!」

少女の悲鳴が、心地よい。
「m202」が聖女の能力の代わりに得たのは、物質にではなく精神に働きかける力。
精神を活性化させ、さらに過活性によって崩壊へと導くという、「滅びの聖女」の力の精神干渉版とも言うべき非常に珍しい能力であった。
男はその能力を「応援(エール)」と名付けていた。

その能力を、知性のまるでない「猟犬」たちに仕掛ける。
彼らなら、適合性を無視して精神活性化の最大限の恩恵に預かることができるだろう。
多少無理しても構うものか。どの道彼の上司 ― Dr.マルシェ ― にはすべての実験を終了させてから報告するつもりだったのだ。
ここで良き結果が得られればよし、潰れてもそれはそれで構わない。それには確固たる理由があった。

一つは、「叡智の集積」は例のi914をベースとした人工能力者にかかりきりであること。
故に、実験体一つ潰れたところでそれほど咎められることはないだろうと踏んでいた。
一つは、「滅びの聖女」が手を緩めて勝てるような生易しい相手ではないということ。
殺せれば上出来、出来なくともデータだけ持ち出してここから逃げ失せればこちらの実質的な勝利である。
最後に、欲をかく人間はいずれ身を滅ぼすということ。男より一足先に出世したとある女科学者は、つい先日組織の手によって粛清
されたと聞く。男も引くほどに欲深い人物だっただけに、当然の結果とも言えたが。

とにかく。どう転んでも男に損害が発生することはない。
そう、踏んでいた。

680名無しリゾナント:2016/09/24(土) 13:50:06
能力を機械に搾り取られ、次々と制御室外の実験場の獣たちに注がれてゆく中で。
少女は、心から叫ぶ。

ダレカ…ネエ…ネエ…ダレカ…

― 大丈夫。さゆみが、助けてあげる ―

ダ…ダレ…

― ふふふ。さゆみはね、いつでもかわいい子の味方なの ―

ド…ウ…シ… テ…

少女の心の声が途切れ行く中で、さゆみは声に出して言った。

「だって、助けを呼んでくれたでしょ。誰か、ねえねえ誰か、って」

逃げていたさゆみが、くるりと向き直る。
それは、「間に合った」何よりの証拠。

さゆみの眼前にまで近づいていた猛き獣たちは。
突然雷に打たれたかのように痙攣し、地に伏したまま動かなくなってしまった。

制御室内に警報と爆発音が同時に鳴り響く。
少女を取り囲んでいた機器のいくつかが、閃光を発しながら煙を吐き、機能を停止した。

681名無しリゾナント:2016/09/24(土) 13:51:04
「な、何事だ!」
「しゅ、出力低下…いや、逆に『m202』が「猟犬」たちの精神エネルギーを!!」
「そ、それよりもこの警報は、敵襲!?」
「ちっ…「聖女」は囮だったのかよ」

やれやれ、と首を振り、男は懐に手を入れる。
これは実験データを持ち出して退散しなければならない事態のようだ。
だが、「後始末」だけはきっちりやらないといけない。

「短い付き合いだったが…じゃあな、お嬢ちゃん」

機器に体の自由を奪われたままの少女の頭部に、拳銃の照準を定める。
こんな危険なものが「彼女たち」の手に渡ってしまえば、責任を問われる。だけならまだましなほうで、最悪、あの「能力阻害装置の小
型化に成功した」女上司のように粛清される可能性すらある。

迷わず、撃鉄を起こし引き金を引いた。
しかし、銃弾はなぜか床に向かって放たれていた。
どうして。答えは単純。男の腕は既に、折られていた。

「…さすがダークネスの科学者。やることがえげつないっちゃろ」
「が、あああっ!!!!」

あまりの速さに、まったく気付けなかった。
常人の眼には止まらないほどの身のこなし。共鳴増幅による、身体能力増強の能力者。

682名無しリゾナント:2016/09/24(土) 13:59:36
「た…田中、れいな…最初から、無理ゲーじゃねえか、よ…」

痛みを堪える間もなく、電光石火の追撃で顎を砕かれる男。
失敗。追及。そして、粛清。断片的な言葉が次々と頭に浮かび、音もなく崩れて消える。
彼の部下たちが、次いで現れた刀を携えた少女や獅子を引き連れた少女に昏倒されられる姿を見るまでも無く、一足先に意識混濁の彼方
へと飛んで行った。

「ざまーみろっての!」

威勢よく叫ぶ、幻想の獣の使い手・石田亜佑美。
研究施設の中枢部にたどり着くまでに、仕掛けられた様々なトラップに手を焼いていた彼女は相当の鬱憤が溜まっていたようだった。

彼女たちの「目標」である、囚われの少女。
悪魔の機械は煙を吹き紫電を迸らせながらも、未だに少女のことを捕え続けていた。

「田中さん、この子が」

同意を求めるように尋ねる、水の剣士・鞘師里保。
れいなは、無言のままに首を縦に振る。
里保の手にした鞘から一瞬、光が溢れるとともに、鋭い刃の軌跡が幾重にも機械に重ねられた。
音もなく、静かに。鈍色の金属は断ち切られ、少女の拘束は解かれてゆく。
崩れ落ちる少女を、抱きとめる里保。

「さゆ!終わったとよ!!」

放送設備らしきマイクを手に、外の実験空間へと呼びかけるれいな。
さゆみは、満面の笑みでれいなたちに向かって手を振っていた。

683名無しリゾナント:2016/09/24(土) 14:03:45


「ええっ! あの子、リゾナンターとしてうちに来ないんですか!?」

数日後。
喫茶リゾナントに非難めいた声が響き渡る。

「能力がなぁ、まだ安定せえへんねや。ま、心配せんでも『能力者たちの隠れ里』で匿うことになってるから」
「そういう問題じゃなくて!!」

カウンター越しのつんくに掴みかかる勢いで、身を乗り出すさゆみ。
それもそのはず、さゆみは先日実験場から救出した少女が喫茶店にやって来るのを楽しみにしていたのだ。
それも、「真莉愛」という名前までつけて。

「真の愛をさゆみに齎してくれるから、まりあなの」

名前を考えている時にそんなことを呟きながらフッフフフ、と怪しげな笑みを浮かべるさゆみは、どう見ても通報対象にしか見えなかったが。
それもこれも、愛情あってのこと。さゆみの愛情は、幼き全てのものに注がれるのだ。
だがしかし、そんなさゆみの密かな欲望は一瞬にして立ち消えてしまったのだった。

684名無しリゾナント:2016/09/24(土) 14:06:06


「まりあ…ですか?」

恐る恐る、少女が訊き返す。
少しの不安と、そして大きな期待。

「うん。あのね、まりあちゃんを見てぱっと思いついたの」

もちろん、顔がさゆみのタイプということもあるがそれはさておき。
彼女を一目見た時の、さゆみのインスピレーション。少女の使う、精神に作用する「治癒」能力に、聖母のような慈しみを感じたのは事
実だった。

名前をつけるというのは、大事な行為である。
そんなことを自分がしてしまうのも、おこがましい話なのかもしれない。
気に入って貰えないかもしれない。けれど、いい加減な気持ちで考えた名前では決してない。
俯き加減な少女の顔を、複雑な気持ちで窺っていると。

「…です」
「ん?」
「とっても…」
「まりあちゃん?」
「まりあ、とってもうれしいです!!」

始めてさゆみに見せた、弾けるような笑顔。
そうか、この子は、こういう風に笑う子なのか。
自然と彼女を救出した時のことを思い出す。

あの日の彼女は、まるですべての感情をごっそりと奪われたような顔をしていた。
それまでの研究所での実験がいかに苛烈なものであったかを物語るような爪痕。だが、すぐに気を失い、倒れてしまう。緊張の糸がほど
け安堵した末のことなのだろう。
それから数日、つんくの手配した病院でさゆみたちリゾナンターと交流していく中で、少しずつ人としての感情を取り戻してはいたのだが。

きっとこの子は、組織の実験に晒されるまではこういう、明るいパーソナリティを持っていたのかもしれない。
それを奪い去った組織に改めて憤りを憶えると共に、リゾナンターとして常に抱いている思いを強くする。

これ以上、この子が味わったようなつらい経験を、他の子たちにはさせたくない、と。

685名無しリゾナント:2016/09/24(土) 14:07:29


と言う訳で、真莉愛を引き取る意思を示したさゆみだったのだが。
つんくの言葉でそれがなくなってしまったことに、落胆とそれ以上に怒りを覚える。
しかしさゆみの思惑はそれだけではなかったようで。

「だって!まりあちゃんは度重なる実験で心身ともにボロボロだから、さゆみの『治癒』でいっぱいハグしたり撫でたりしなきゃいけな
かったのに…スー」
「さゆにちっちゃい子は預けられんね。つんくさんの判断は正しいと」
「…ええ、色々な意味で危険ですから」

テーブル席に座っていたれいなと里保から、相次ぐ非難の言葉。
それが、特に彼女が日頃寵愛している少女からのものだと気付いたさゆみは慌ててカウンターから走って来る。

「ちっちがうの!さゆみはただリーダーとして、未来のリゾナンターになる子を保護しようと」
「いや。いいんですよ。道重さんが若い方へ若い方へ流れるのは知ってますから」
「そうそう、幼ければ幼いほど…ってりほりほ!なんてことを言うのなんてことを。あ。もしかしてりほりほ、嫉妬してるの? だった
ら『私も可愛がってください』って言ってくれればいいのに」
「…全力で遠慮させてもらいます」

ある意味「リホナンター」と化すさゆみを見てやれやれ、と言わんばかりのつんくに。
れいなは改まって話しかける。

686名無しリゾナント:2016/09/24(土) 14:08:51
「つんくさん。あの子は」
「ああ。資質はある…せやけど、まだまだやな。あいつらが道重をベースに仕込んでるっちゅうことは、それだけ危うい部分もある。そ
ういうこっちゃ。ま、安心せえ。ツボは心得てる」

何のツボだかよくわからないが。
ここは敢えて突っ込んではいけないところなのだろう。

相変わらずの胡散臭さだが、リゾナンターがまだ高橋愛が率いる9人だった時からの付き合いでもある。
いかにも怪しげ、しかしやる時はやるおじさん。それがれいなのつんく評だった。

愛ちゃんやガキさん、愛佳が喫茶リゾナントを離れたように。
れいなも、ここを離れる日が来るっちゃろか。そんなこと、想像できんけど。その時は。

れいなは、いつか真莉愛が、リゾナンターとしてこの喫茶店を訪れる日を想像してみる。
その時に自分がいるかどうかはわからない。けれど、それは悪くない想像だった。

687名無しリゾナント:2016/09/24(土) 14:11:36
>>672-686
『リゾナンター爻(シャオ)』番外編「癒す、光」 了

688名無しリゾナント:2016/09/24(土) 14:13:00
訂正 >>679

「出力、120%に上げな」
「いや、しかしこれ以上は『m202』の精神がもたな…」
「いいからやれって言ってんだよ」

こちらには、切り札がある。
運命のめぐり合わせと言うべきか、囚われの少女は「滅びの聖女」をモデルに生み出された人工生命体だった。
「物質の活性化・過活性による崩壊」の再現を狙ったものだったが、残念ながら少女はその特性を得ることはなかった。
その、代わりに。

「出力、120%オン!!」
「いやあああああああああっ!!!!!!!!!」

少女の悲鳴が、心地よい。
「m202」が聖女の能力の代わりに得たのは、物質にではなく精神に働きかける力。
精神を活性化させ、さらに過活性によって崩壊へと導くという、「滅びの聖女」の力の精神干渉版とも言うべき非常に珍しい能力であった。
男はその能力を「応援(エール)」と名付けていた。

その能力を、知性のまるでない「猟犬」たちに仕掛ける。
彼らなら、適合性を無視して精神活性化の最大限の恩恵に預かることができるだろう。
多少無理しても構うものか。どの道彼の上司 ― Dr.マルシェ ― にはすべての実験を終了させてから報告するつもりだったのだ。
ここで良き結果が得られればよし、潰れてもそれはそれで構わない。それには確固たる理由があった。

一つは、「叡智の集積」は例のi914をベースとした人工能力者にかかりきりであること。
故に、実験体一つ潰れたところでそれほど咎められることはないだろうと踏んでいた。
一つは、「滅びの聖女」が手を緩めて勝てるような生易しい相手ではないということ。
殺せれば上出来、出来なくともデータだけ持ち出してここから逃げ失せればこちらの実質的な勝利である。
最後に、欲をかく人間はいずれ身を滅ぼすということ。男より一足先に出世したとある女科学者は、つい先日組織の手によって粛清
されたと聞く。男も引くほどに欲深い人物だっただけに、当然の結果とも言えたが。

とにかく。どう転んでも男に損害が発生することはない。
そう、踏んでいた。

689名無しリゾナント:2016/09/24(土) 14:13:32
新スレが落ち着いてから転載します

690名無しリゾナント:2016/11/05(土) 23:32:15


田中れいながリゾナンターを離脱してから、数か月。
非合法組織の中でも最高峰クラスとされるダークネスに抗いかつ退けてみせたリゾナンターは、高橋愛が率いていた9人のリゾナンター時
代のそれに迫る勢いを得ていた。
チームのアタッカーであったれいなを失ったものの、彼女がメンバーたちに分け与えた力と各人の研鑽により、れいなの抜けた穴を補って
いた。そのことは、彼女たち新生リゾナンターたちの成した功績からも明らかであった。

道重さゆみが率いる若き能力者たちの元に、次々と舞い込む案件の数々。
通称「Password is zero」と呼ばれる極秘プロジェクトの参加を皮切りに、シージャック事件の解決や、九州地方を本拠地とする巨大組織の
下部団体との衝突、果ては元ダークネスの幹部「蠱惑」が引き起こした騒動の鎮圧。秩序を司る側からも、闇に生きる集団からも。リゾナン
ターは注目を集め始めていた。

これは、彼女たちリゾナンターが解決した案件のうちの一つ、とある話。

691名無しリゾナント:2016/11/05(土) 23:33:21


「この子の、奪還…?」

リゾナンターに舞い込む仕事の窓口を一手に引き受ける、後輩光井愛佳の訪問を受けたさゆみ。
愛佳から受け取った一枚の写真には、あどけない表情の少女が写されていた。
喫茶リゾナントは相も変わらず閑古鳥ではあるが、逆にこのようなあまり公にはしたくない話をするには丁度いい。というのも皮肉な話
ではあるが。

「ええ。この子をとある屋敷から救い出す、というのが先方の意向らしいです」
「…監禁されてる、ってこと?」
「あくまでも、依頼人の話を100%信じれば。ですけど」

多分に含みのある愛佳の言葉。
この依頼には裏がある、それはさゆみにも何となくではあるが伝わっていた。

「正直な話。うちはこの話、道重さんに受けて欲しくないです。せやけど…」
「目が…助けを求めてる?」

さゆみの言葉に、ゆっくりと頷く愛佳。
写真に写った少女は、どことなく怯えているように見えた。
表情は固く、その瞳は。

誰か…ねえねえ、誰か…

そう、呼びかけているようにすら思えた。
愛佳が、リゾナンターから離脱してからかなりの年月が経つ。しかし。志を共にした最初の9人がこの喫茶店で過ごした日々のことを、
今でも鮮やかに思い出すことができた。
メンバーたちはそれぞれ、辛い過去を抱えていた。悩み、苦しみ、そして助けを求めていた。
愛佳自身も、そうだ。あの日、薄暗いホームの上で助けを求めていなければ。その声を、「彼女」が拾ってくれなければ。

692名無しリゾナント:2016/11/05(土) 23:34:17
「わかったよ。この仕事…受けさせてもらいます」
「…ええんですか」
「資料を見るに、敵戦力に能力者の存在は認めらない。どんな罠が仕掛けられていても、今のメンバーなら大丈夫だと思う。それに、今
回はちょっとした組み合わせを試してみたいの」

愛佳は首を傾げる。
おそらく、派遣するメンバーのことを言っているのだと思うが。
それよりも愛佳は、さゆみに言いたいことがあった。

「あの、道重さん。この子…」
「ん? さゆみ好みの年齢だよね」
「いや、そうやなくて。この子、昔の道重さんに似てません?」
「そうかな」

艶のある黒髪や、はっきりとした目元。おまけに、左右逆ではあるが口元に黒子があるところまで。
さゆみ自身はあまりしっくりとは来てないものの。
愛佳には、写真の少女とまだ幼さを残した当時のさゆみは何となく重なるものがあるように思えた。

693名無しリゾナント:2016/11/05(土) 23:35:09


数日後。
鬱蒼とした木々に囲まれた山道を、二人の少女が歩いていた。
少女、と言ってもそのうちの一人は汗を拭く仕草すら年相応に見えない色気を放ってはいたが。
見た目、ハイキングにでも来たかのような格好。赤と濃ピンクのリュックサックが、ゆさゆさと揺れる。
空は灰色の雲に覆われ、森の深さも相まって薄闇の様相を呈していた。

「里保ちゃん、もうすぐ目的の村に着くね」

後ろを振り返りながら、リゾナンターのサブリーダーである譜久村聖が言う。
後方には、とぼとぼと歩く小さな姿。戦う際の凛々しき姿はどこへやら、メンバーいち歩くのが遅いと揶揄含みの称号を戴いている鞘師
里保は、あくまでもマイペースを崩すことなく歩いていた。空模様からすると、急な雨に見舞われる恐れもある。できればその前に、目
的地にたどり着きたかったのだが。

「……」
「ねえ、里保ちゃん聞いてる?」

里保の返事は、ない。
最寄りのバス停から、歩くこと数時間。
確かにバスの中でぐっすりと熟睡していた里保は、叩き起こされたせいか道中顔に表情がずっとなかった。
だが、それとは聊か様子が違うように見えた。
その理由は、すぐに判明する。

「…敵襲」
「えっ?」

里保が口を開くのと同時に、二人の前に躍り出る数体の影。
大きな影が、四つ。そしてその影に寄り添うようにぴったりとついて来る影が同じく、四つ。

694名無しリゾナント:2016/11/05(土) 23:35:59
「ここから先は通すわけにはいかんな」
「”くるとん”は渡さんぞ!!」
「しかしどんな連中が差し向けられたかと思ったら、ただの小娘ではないか!」
「怪我したくなければ、尻尾を巻いて逃げることだな」

黒ずくめの忍者のような服を身に纏い、顔も黒子がするような頭巾と布で隠されていた。
このような格好をする連中は、大抵何らかの秘術を扱うと相場は決まっているが。

「…それは、こちらの台詞です」

里保が、いつの間にか刀を抜いていた。
抜刀の瞬間、いや、帯刀していることすら気づかなかったことに男たちは焦り、そして一気に緊張の度合いを強める。

「ふくちゃん。後ろに、下がってて」

里保に言われ、後方で待機する聖。
相手は一人で十分、と思われたと悟った男たちは揃って怒りを顕にした。

「随分舐められたものだ!」
「とくと見よ、我らが『刃賀衆』の秘技を!!」

小さな四つの影が、一斉に襲い掛かる。
後方の男たちと同じく頭巾と布で顔を覆い隠した格好の黒子たちが、携えていた小刀を同時に里保目がけ振るった。
しかし。

695名無しリゾナント:2016/11/05(土) 23:37:15
流水のような、淀みない足さばき。
利き手の右側に最も近い黒子の刀を愛刀「驟雨環奔」で止め、逆側から斬りかかる黒子の刃は水が象る第二の刀が防ぐ。
ぎりぎりと食い込む刃と刃。激しい鍔競り合いではあるが、徐々に里保が圧してゆく。力でねじ伏せるのではなく、体重移動によって巧
みに相手を往なし、勢いを殺しつつ。
その間にも残りの黒子が里保の体を貫きにかかるが、それも叶わない。

何故なら先ほど地面に撒いた水が珠状に渦を巻き、黒子たちの体を打ち据えていたから。
さらに、両側から里保を攻める黒子たちも完全に力を逃がされ、態勢を崩されたところを遭えなく峰打ちの餌食となってしまう。

「…まだ、やりますか?」
「『四人』相手にそこまでやるとは、そこそこ腕が立つようだ。だが、もう四人を同時に相手にできるかな」

大の男でも昏倒してもおかしくない衝撃を与えたはずだった。
しかし、里保の攻撃を受けたはずの黒子たちは、何事も無かったかのようにむくりと立ち上がる。

「我々を見下した無礼、その命で償え!!」

里保を取り囲む小さな黒子たち、そこからさらに男たちが襲い掛かる。
だが、里保は動かない。代わりに。

「ふくちゃん。後方の男たちを」
「わかった!!」

聖は、里保一人に戦闘を任せるために後方に下がったのではなかった。
得意とする念動弾による、援護射撃。元はかつて対峙した能力者、「キュート」の岡井千聖の能力であったが、オリジナル以上の照準精
度によって聖の能力の主力となっていた。

696名無しリゾナント:2016/11/05(土) 23:38:24
四つの「壁」と、里保。
このいずれにも当ることなく、弾丸は標的である男たちの体に命中する。

「ば、馬鹿な…!!」

予想だにしない攻撃を受け、男たちは次々と地に伏せてゆく。
それに呼応するように、小さな黒子たちも膝を落とし、そしてそのまま動かなくなった。

「やっぱり…」
「どういうこと?里保ちゃん」
「『刃賀衆』…こんなところにいたなんて」

言いながら、黒子のうちの一人を抱き起して、聖にその背を見せた。
そこには禍々しい紋様の描かれた、細長い紙切れのようなものが。

「これは…お札?」
「札に念を込めて、命なきものを傀儡とする。『刃賀衆』の一派だけに伝わる秘術、らしいよ」
「だから操り手を倒したことで傀儡も沈黙したんだ…でも、刃賀衆って?」

聖にとっては、耳馴染のない名前。
里保は目的地に向かって歩きながら、「刃賀衆」に纏わるとある昔話について説明する。

時は戦国時代。天下統一を目指したとある武将が、敵方武将の根城を攻めるために当時裏の世界で一大勢力を築いていた「刃賀衆」を雇
い入れた。しかしそれを聞いた敵方の武将は、西方よりある集団を呼び寄せることで対抗する。
その両者の争いは、苛烈を極めたという。

「その末裔が、今でも細々と裏稼業をしつつ暮らしてる。とは聞いてたんだけどね」
「どうでもいいけど里保ちゃん」
「なに?」
「何で聖の二の腕をさすりながら話してるの?」

真面目ぶった顔で話している里保であったが、なぜかその右手はすりすりと。

697名無しリゾナント:2016/11/05(土) 23:39:36
「いや、これはふくちゃんの肌が勝手に吸いついて」
「もう。変なとこだけ道重さんの影響受けてるんだから」

聖たちリゾナンターの本拠地である喫茶リゾナントは、一部の常連のおかげで何とか商売が成り立っている暇な店。その最中にさゆみが
見つけた大発見、それが聖の二の腕がすべすべしていてとても良い触り心地だということだった。そして聖は、どさくさに紛れて聖の二
の腕をぺたぺた触る里保の行動を見逃していなかったのだ。

「それより、話の続き。長い争いの中で、「刃賀衆」はとある弱点を突かれてその戦闘集団に敗れ去ったんだけど、その弱点というのが
ね…」

話を逸らしつつも、二の腕を触ることをやめない里保。
しかしそれも、あるものを目にしてぴたりと止まる。

「里保ちゃん」

おそらくこの先は「刃賀衆」の里なのだろう。
里保たちの前に城壁の如く立ち塞がる、黒子たちの大群がそのことを示していた。
先程の人数など比べ物にならない、数十、いや百近くはいるように思える。

泣き出しそうだった空から、雨粒がぽつり。ぽつり。
里保の「認識」が正しければ、彼らは決着を急ぐはず。

「ちょうどいいから、再現してあげるよ。「刃賀衆」が、「水軍流」に敗れ去った理由をね」

敵の「大群」に物怖じすることなく、里保は刀を抜いた。
かつては雨が降るたび、里保は自らの能力の暴走に怯えていた。幼き日に友を喪った、心の奥底に沈めておきたい過去が頭を過ってしま
うからだった。けれど。

さゆみに。多くの先輩たちに導かれ。そして、自らもリゾナンターとして。
数々の困難を乗り越えて来た今なら、できるはず。
里保は、ゆっくりと、そして目を細めつつ天を仰いだ。

698名無しリゾナント:2016/11/05(土) 23:41:28


瞬く間の出来事。
少なくとも、聖にはそうとしか見えなかった。
刀を空に向けたかと思うと、降り始めた雨は巻き取られるように刀身に集められ、そして里保を押し潰さんと迫りくる鋼の黒子たちを容
赦なく水浸しにしてゆく。
まさに、水の暴力。荒ぶる水の流れによって、「大群」は完全に鎮圧されてしまった。

「水使い…だと?」
「『刃賀衆』の操る傀儡の弱点」

尚も立ち上がろうとする男を柄先で昏倒させ、里保は傀儡の黒子に貼られていた札を剥す。

「それは、札が水に濡れてしまうと完全に効力を失うこと。この札は何かのコーティングがされてたみたいだけど、うちの操る『生きた
水』の前には通用しない」

聖は、目の前の少女の実力に改めて気づかされる。
ほぼ同時期に喫茶リゾナントの扉を開いているはずなのに、彼女は常に自分の二歩も三歩も先を行っている。もちろん、里保はかつてそ
のポジションを担っていた田中れいなの後継を期待されている存在なのは重々承知の上。しかし、聖にもプライドがある。負けたくない。

ただ、そんな今はそんなライバル心はどこかへ置いておかなければならない。
さゆみがわざわざ自分と里保を指名してこの仕事へ向かわせたことの意味。単純に考えれば同じ時期にリゾナンターとなったもの同士の、
アタッカーとサポーターの組み合わせだろうが、さゆみがそんな理由で自分たちを選んだのではないことくらい、聖にもわかっていた。
その答えを仕事が終わる前までに、用意しておかないといけない。おそらく仕事の成果とともに、さゆみに聞かれるはずだ。

699名無しリゾナント:2016/11/05(土) 23:43:13
「里保ちゃん。クライアントの依頼内容は、あの建物の中に囚われてる女の子を助け出すこと。だったら、その子を監禁してる人の部隊
が他にもいるかもしれない。急ごう」
「うん。そうだね」

返事とともに、抜いた刀を鞘に納める里保。
向こうのほうに、城と見紛うばかりの大きな屋敷が見えていた。
祖父から聞いた、「刃賀衆」の話。それと現実に彼女たちに襲い掛かって来た軍勢の実力は、ほぼ変わらず。ならば例えこの先にどんな
人間が待ち構えていたとしても、自分たちの敵ではないはず。そう踏んでいた。
しかし事態は、思わぬ方向へと向かってゆく。

「誰だ!!」

思わず鬼の形相で、現れた人影に叫ぶ里保。
そこで、ようやく聖も気付く。気配を完全に殺して近づいてきた小さな影に。

「お前さんたちが、『りぞなんたあ』とかいう。なるほど。正義の味方を気取るだけの実力はあるようじゃが」

芥子色の単着物に、えびぞめ色の羽織姿。目にかかるほどの豊かな白い眉毛は、まさに好々爺といった様相を醸し出してはいたけれど。

「あなたは…?」

聖と里保は、完全に警戒態勢に入っていた。
対峙しているだけで、皮膚がひりつくような感覚。そして、里保を持ってしても接近を許してしまうほどの隠形術。
これだけの人物が、ただもののはずがない。下手をすると、敵の新手の可能性すらある。
ただそれは半分正解で、半分外れであった。

「わしは…『刃賀衆』の頭目を務めておる。そして、今回の依頼人でもあるのじゃ」
「えっ」
「ここでは色々とまずい。案内してやろう。あそこの屋敷にな」

老人が何を企んでいるのかはわからない。そして、彼が依頼を出した理由も。なぜ少女を捕えている「刃賀衆」の頭領がそれを救出する
依頼を出す必要がある。
が、ここは少女が囚われているであろう屋敷に近づくチャンスでもある。虎口に入らずんば虎児を得ず、の諺よろしく、老人の後を二人
はついて行くのだった。

700名無しリゾナント:2016/11/05(土) 23:52:15


「もぐ…なるほど…囚われの…ぱく…少女というのは…もぐ…おじいさんの…くちゃ…お孫さんでしたか…ごっくん」

屋敷の中にある、囲炉裏の設けられた一室にて。
暖かな湯気をくゆらせながら、当地の名物らしい「ほうとう」が丁度いい具合に煮立っている。
頭領の思わぬもてなしに、遠慮なく舌鼓を打っている里保。そんな強心臓にある意味賞賛、ある意味呆れつつも聖もまた「ほうとう」の
旨さに心を動かされていた。

「ほほほ、『鞘師』の子は腕だけでのうて、食の方も立つようじゃ。遠慮はいらん。仕事の前に、たんと食っていくがいい」
「あの…」

最初は少しずつ食べていたのが、段々とその一口が大きくなって頬を膨らませている里保を余所に、聖が不安げに「刃賀衆」の頭領であ
る羽賀老に訊ねる。

「何じゃ、嬢ちゃん」
「お孫さんを助け出して欲しい。それが依頼内容だったはずですが。聞いた話ではこの屋敷の中にいらっしゃると聞いていたのに」
「ああ。孫の朱音は、この屋敷におる」

実にあっさりとした、羽賀老の答え。
なので、聖の抱く疑問はさらに膨れ上がる。

「そんな。じゃあどうして助け出して欲しいなんて」
「あの子はな…呪われた子なんじゃ」

それまで止まらぬ勢いで膳を掻き込んでいた里保の、箸が止まった。
が、羽賀老は、淡々と話を始める。

701名無しリゾナント:2016/11/05(土) 23:53:34
「『刃賀衆』にはの。代々、一族の秘儀を受け継ぐ素質のあるものが生まれる。わしらは、そのものを『繰沌(くるとん)』と呼んでお
るのじゃが。そして、当代の『繰沌』に…朱音が選ばれた。だがの。一つだけ、大きな問題があった」
「問題…とは?」
「朱音は、あまりにもその素質が強すぎたのじゃ。そしてその素質に対し、あまりにもその器は小さすぎた。結果…力の暴走を生むこと
になる」
「……」
「一族の秘儀の他に、あの子に作用する力が存在する力があるのやもしれん。ただ一つ、確かなことは。制御できん力は、周りの人間を
傷つける。もう、何人も里のものが朱音の力で命を失っておる」

制御できない、巨大な力。
聖は確信する。羽賀老の孫であるその少女は、「能力者」であると。

「今は、刃賀に伝わる緊縛術でその身を抑えておるが…いずれはそれも解かれ、より多くの犠牲を生みかねん。そこで、わしはある一つ
の決断を下した」
「そんな!なんてことを!!」

羽賀老が言うより早く、里保が大きな声を上げる。
その顔は真剣さと怒りが入り混じり、ある種の硬さを帯びていた。

「さすがにわかるか。わしが出した依頼の、本当の意味が」
「里保ちゃん…?」
「制御できないからって、それで殺すなんて乱暴すぎる!! 何でそんなことを、簡単に!!!!」

里保の刺すような視線を浴びてもなお、老人は静かな佇まいを見せている。
暴風にしなやかに揺らぐ木のように。いや、最早折れてしまうほどの「硬さ」がないだけかもしれない。
なるほど、自らの手引きで孫娘を殺すなどとは口が裂けても部下たちには言えまい。それで、外部からの依頼という形を取ったのか。聖
は何とか老人の思惑に辿り着くも、その心中までは理解することはできなかった。

702名無しリゾナント:2016/11/05(土) 23:59:16
「簡単ではない。わしも苦悩し、躊躇した。じゃがの、この里を、刃賀の歴史を守るためには仕方がないのじゃ。朱音の『次の繰沌』の
ためにもな。もうこれ以上、犠牲を出すわけにはいかな」
「ふざけるな!!!!!!!!!!!!!!!」

喉を裂くような声を張り上げ、里保が立ち上がる。

「このような非情な決断を、『水軍流』…『鞘師』のものに委ねると言うのもまた、運命じゃな。ただ。朱音を救うためには、あの子の
命を絶たねばならん。あの子に会えば、わかる」
「『チカラ』をコントロールできなければ命を絶たれるなんて!そんなの、そんなの何の解決にもなってない!!だったら!!うちは!!
もっとずっとずっと前に死んでなきゃならないんじゃ!!!!!」

あまりの里保の剣幕に、割って入ろうとした聖も思わず二の足を踏んでしまう。
自らの孫の命を絶つことで「救ってほしい」と願う羽賀老。数百年を超える因縁の一族の末裔にそのようなことを頼まなければならない
彼の心境は、いかほどのものだろうか。聖には想像すらつかないであろうが、そこに並々ならぬ決意、苦渋の決断があったことは徐々に
ではあるが、伝わってきてはいた。

その一方で、普段は滅多に感情を高ぶらせることのない里保がここまで怒りを見せる理由も。
かつて。里保は聖たち同期の3人に、幼き頃に親友を自らの制御できなかった力で死の淵に追いやった苦い過去を告白したことがあった。
滅多に自分の弱みなど話すことのない里保、いや、それを乗り越えると宣言するあたり、強がっているという見方もできてしまうが。
乗り越えなければならない壁である、そう自分に言い聞かせていた幼い顔。
平気な顔をしていても、どことなく辛そうに見えてしまう表情は深く深く聖の心に刻まれた。
今の里保は、かつての自分と似ている朱音の境遇に、思わず感傷的になってしまったのではないか。

だから聖は、里保の手をそっと握り締める。
里保を説得するような言葉は、到底持ち合わせてはいない。けれど、これだけは伝えることができる。
自分はいつでも、里保の味方であると。

703名無しリゾナント:2016/11/06(日) 00:00:04
「あ…ごめん…」

聖の心が通じたのか。我に帰り、恥じ入るように座り込む里保。
確かに、あまりにも朱音という少女と自分の過去は符号し過ぎていた。ただし、自分には理解ある家族がいた。自分の成長を、暖かな眼
差しで見守る祖父の姿があった。背格好は違うが、目の前の老人が里保の祖父と重なったのも感情が抑えきれなくなった理由の一つかも
しれない。

危うく、自分を見失うところだった。
里保は自分たちが何のためにここへやって来たのかを改めて思い返す。
仕事として、そして、リゾナンターの一員として。聖とともに、この山々に囲まれた里へとやって来たのだ。
仕事は、完遂しなければならない。

「取り乱して、すいませんでした。まずは、お孫さんに合わせて下さい。話はそれからです」
「そうだね。お願いします。私たちなら、本当の意味でお孫さんを救うことができるかもしれません」

そうだ。自らの目と耳で判断しなければ、何も始まらないのだ。
そのことは、闇の機械に囚われた小田さくらを救い出した時に実感したことだった。

「…運命に、身を委ねた身じゃ。朱音を『救って』くれれば、わしは何も言わんよ…」

その言葉は諦めか、希望の託しか。
老人は静かに立ち上がり、そして階上へと続く階段に向かってゆっくりと歩き始めた。

704名無しリゾナント:2016/11/06(日) 00:05:44
>>690-703
『リゾナンター爻(シャオ)』番外編 「繰る、光」 

もう少し続きます

705名無しリゾナント:2016/11/29(火) 19:35:01
>>690-703 の続きです



羽賀老に連れられ、聖と里保は屋敷の階段を昇ってゆく。
昇るにつれ、外の窓から差し込んでいた光は薄れ、徐々に闇の気配が漂い始めていた。

「朱音は、岨道流捕縛術の使い手が交代で拘束しておる。じゃが、彼らも生身の人間。朱音が力を暴走させてから数か月…さすがに、限
界じゃよ」
「……」

老人が呟いた限界、という言葉が何を意味するのか。
先程のやり取りからも、二人には十分に伝わっていた。おそらく、限界なのはその使い手たちだけではない。と。

「わしは…『刃賀衆』の頭領として。いや、朱音の祖父として。あの子を、救ってやらんといかんのじゃ。例え、どれだけの罪を背負おうと」
「それ以上は、言わせませんよ。あなたは既に、私たちに事の成り行きを託している」
「そうじゃったな…」

里保の諌めを背中で聞いていた羽賀老の小さな背中が、ぴたりと止まる。
階段の先には、頑丈そうな木製の扉。どうやらここに、例の少女がいるらしい。

扉を開けずとも、伝わってくる「圧」。
中に、とんでもないものが待ち受けているという感覚が聖と里保を襲う。

「気をつけることじゃ。手練れのものが四人がかりでようやく抑えられる力、それも代わる代わるでな。下手をすると…命を失いかねん」
「…大丈夫です」

里保がそう答えたのは決して希望的観測ではなく。
扉から伝わってくる重苦しい闇の中に、何かが見えたからだろうか。
ともかく、意を決して扉を開く。そこには。

窓も無い閉鎖された薄闇の部屋で、四方から頑健な縄で身動きを封じられている少女がいた。
白装束の和服に映える、白い肌。しかしそれも長い監禁生活のせいで、青白く弱く。
それと相反するように、彼女の秘めし黒き狂気は瞳に、そして体全体に宿っていた。

706名無しリゾナント:2016/11/29(火) 19:39:17
「相変わらず、か。四人がかりの『捕縛術』を持ってしても、未だ狂気をその身に宿しているか」
「…御館、様?」

部屋の四隅に配置された、これまた屈強な体躯を誇る男たち。その一人が怪訝な声を出す。
両手で支えし、大人の胴ほどはあろうかという太き縄。綱引きでもしているかのようなその態勢、四肢の筋肉は張り裂けそうなほどに漲
っていた。

「まだ、交代の時間には早いはずですが」
「その者たちはいったい」

他の男たちも、口々にいつもとは違う状況に戸惑いの色を見せる。
岨道流の捕縛術を極めたものだけに課せられている、「繰沌」の番。その交代時間が来たわけではないということは、なんとなく全員が
理解していた。

「今から朱音を…『繰沌』を解放する」
「今何と?」
「『繰沌』はこの者たちが鎮める。そなたらは、外へ下がっておれ」
「お言葉ですがそのような小娘にそんなことができるわけが…」

男の一人が反駁しようとしたその時だった。
肌が、感じる。目の前の二人の少女が「ただもの」ではないということを。
もちろん彼は里保たちが異能の持ち主であることは知らない。しかし、すっかり疲弊している感覚は逆に研ぎ澄まされ、二人の少女が内
包する「強い力」を咄嗟に感じ取ったのだった。

「御館様の、仰せのままに」
「うむ…」

頭領の命令は絶対。
心に思うところはあれど、四人は雪崩を打つように自ら握りしめていた大縄を次々に落とす。
四条の縄が張力を失った瞬間、縛られていた少女の体から黒い霧のようなものが立ち込めはじめた。

707名無しリゾナント:2016/11/29(火) 19:40:29
「よいか。わしが良いと言うまで、決してこの扉を開けてはならんぞ。もし。一刻ほど経った場合…屋敷に、火を放つのじゃ。よいな?」

四人の屈強な男が、ほぼ同時に息を呑む。
それほどまでに、老人の放つ気迫は剛の気を帯びていた。「刃賀衆」の歴史の重み、そして不退転の決意。
すっかり押し黙ってしまった男たちは、ゆっくりと後ずさり、そして部屋を後にした。

朱音の体から、漆黒の靄が次から次へと湧き出てくる。
意思を持つかのように、そして、悪意を持つかのように。

「羽賀老、あれは」
「…墨、じゃ」
「墨…あの書道に使う、墨ですか?」
「左様。朱音は…『繰沌』は代々。『墨字の、具現化』…自らの描きだした文字を、実際のモノとしてこの世に顕す力を受け継いできた。
じゃが…朱音の力は、あまりにも強すぎた。抑えきれん力はやがて朱音自身を蝕み、あのようなモノになった」

朱音から出る、墨の霧が形を作ってゆく。
長く、そしてうねりながら部屋中を駆け巡る様は。蛇と言うよりも、竜に近い。

「気をつけなされ。あの竜に飲み込まれたら、命を失う」
「…承知!!」

里保が、腰のホルダーからペットボトルを取り出す。
水は、下の水場で十分に汲んで来ていた。水限定念動力を発揮できる、十分な環境だ。

そして、里保の後方に立つ聖もまた既に戦闘態勢に入っていた。
朱音を取り巻く、不気味な物体との戦いが険しいものになるということは戦う前から肌で感じ取っていた。屈強な男たちが日替わりで押
さえつけなければならないほどの力、やすやすと鎮めることができるはずもない。

708名無しリゾナント:2016/11/29(火) 19:42:04
だが、里保もそして聖自身もいくつもの死線を潜り抜けてきた。
何度も命を失いかけたことも、そして何度も絶望したこともあった。
その経験を持ってすれば、決して乗り越えられない壁ではない。
そして何よりも。リゾナンターのリーダーであるさゆみが、聖と里保を信頼してここへ寄こしたのだ。その信頼に応えなければ、いや、き
っと応えられるはず。

里保もまた、聖と同じ気持ちでいた。
確かに得体のしれない「能力」ではある。しかし、決して御せない相手ではないことは里保の感覚が教えてくれている。羽賀老の言うよう
な「命を奪わなければならない」展開には決してならないし、させない。それは自らの過去に対する一つの答えであり、また自分よりも遥
か年上の存在に憤ってみせた意地でもあった。

ペットボトルから床へと注ぐ水が、形を成しクリアな球体として浮上する。
同時に、愛刀「驟雨環奔」を抜刀する。聖とともにこの仕事を任された理由。さゆみが自分たちに寄せる期待。そして、期待に応えるため
の強い意志を。
水を友とし、水を操ると謳われし名刀の刃に、載せる。

「やああああっ!!!!!」

不安定にうねる墨の竜、頭に見立てたその先端に向け、大きく里保が踏み込む。
綺麗な一閃が、混沌たる黒を切り裂いた。
しかしその切り口から血のように湧き出た新たな墨が、枝分れし幾筋もの鋭い矢となって自らに害をなしたものへと一斉に襲い掛かる。

「里保ちゃん!!」

後方から、銃を構えるような態勢で聖が打ち出すのは念を弾状にして打ち出す念動弾。
先程の傀儡戦においても際立つ照準能力の高さが、ここでも発揮される。里保を狙い澄ました墨の矢はひとつ残らず、念動弾によって打ち
砕かれた。

ナイス、ふくちゃん。
言葉の代わりに、なおも里保に襲い掛かろうとした竜の頭を袈裟懸け。
これならいけそうだ、そう思いかけていた矢先のことだった。

709名無しリゾナント:2016/11/29(火) 19:43:17
「お嬢ちゃんがた、あまり妄りに墨に触れるでない。乗っ取られるでな」

羽賀老の、思いがけない一言。
それが意味するものとは。

「それはどういう」
「墨字具現化とは。物質を操ろうとする意思の力じゃ。意思に何の考えなしに触れれば、その意思に飲み込まれる」
「…ならば、意思には意志で当たればいい。習字なら、多少の心得はあります」

言いながら、里保は鎌首をもたげている墨竜に再び刀を向けた。
里保を染め上げようとする黒き意思をかき分け、そして刀を振るう。
切っ先の軌道は、流れ、そして力を溜め、また払われる。まるで、習字の「払い」「留め」「撥ね」のように。

「ほう。墨字の権化にその形で挑むとは、若いのになかなかやりおる。じゃが…」

老人が見越していたかのように。
里保はそれまでの舞うような動きを止め、大きく後ずさる。

斬れば、斬るほどに。刀が鉛のように重くなってゆく。
これが、「乗っ取られる」ということか。
周囲の水球に刀を突き刺し、墨で黒く染まった刀身を洗う。一時しのぎにはなるが、根本的な問題は解決していないままだった。

そんな里保の様子を見ながら、聖は自分がどのようにして里保のサポートをするべきかを考えていた。
今日、この任務のために聖が複写してきた能力。その中には、扱いは難しいものの、強力な力を秘めた能力があった。聖は、その「能力」
を複写させてもらった時のことを思い返す。

710名無しリゾナント:2016/11/29(火) 19:45:11


「で、ももちに相談ってなあに?」

聖と里保がさゆみの指示により刃賀衆の里へと向かう前の日。
聖は、ベリーズのメンバーである嗣永桃子のもとを訪れていた。

「あの…ももち先輩にお願いあるんですけど」
「何かなぁ? あっ、もしかしてサインが欲しいってやつ?」
「いえそのサインはサインで欲しいんですけどっ、て言うかももち先輩ってほんとかわいいですよね! 目とか鼻とか口とか色が白いとこ
ろとかそのかわいいらしいももちヘアーとか!!」
「お、おう、ありがと…」

突然の訪問はまだしも、目の前の少女から感じる只ならぬ圧力に、桃子は少し。いや、かなり引いていた。
もともと、リゾナンターの敵として立ち塞がったベリーズ。しかし、紆余曲折があり今では共にダークネスと戦う身である。リゾナンター
のエースとなった里保に至ってはベリーズの実力者である須藤茉麻の胸を借りる打診までしているという。そんな中、普段はあまり人望の
ない桃子にも聖からの面会の申し出があったのだが。

どうも、ペースが乱される。
先程のやり取りで言えば、サインが欲しいかと聞いたのはあくまでも話のとっかかりである。いくら自分のことが可愛い桃子と言えど、精
々「うわぁ、是非」くらいの反応しか求めていなかった。
ところがどうだ。目の前の少々、いやかなり不審な少女は聞いてもいないことまで早口にまくし立てるではないか。一歩譲って、褒められ
てはいるのだからそれはいい。しかし。

「あとあと!華奢に見えて意外と筋肉質なところとか!!おしりのとこがプリプリッってしてるところとか、とってもいいと思います!!
!!」
「……」

711名無しリゾナント:2016/11/29(火) 19:45:43
何と言うか、このなぜか顔を赤らめている少女に対しては。
身の危険を感じるのだ。この研ぎ澄まされたももちヘアーの先っちょが、ビリビリと妖気を感じ取っているのだ。
桃子は、この少女と密室で二人きりにはなりたくないと、心の底から思うのだった。

「で、譜久村ちゃん…用件って」
「は!私としたことが!すっすいません…じゃなくて、許してにゃん♪」
「うん、あの、そういうのいいから」
「ごめんなさい!実は、ももち先輩の私物が欲しいんです!!」

思わず、うわぁ、と心からどん引きした声を上げてしまいそうになった。
この子、ももちの私物で一体何をする気なんだろう。いっそのこと、バナナに貼ってあるシールでも渡そうか。
ただ、それ「だけ」は桃子の杞憂に終わる。何でも、明日任務で出かけるので能力の複写をさせて欲しいのだと言う。

「でも、まあ、ももち先輩が直接って言うなら…」
「わ!わ!私物私物ね!えっと、この普段持ち歩いてる携帯ゲーム機とかどうかなっ!!」
「え、触ってもいいんですか!!」
「そこ、すりすりしない!!」

あまりの感動に、自らの両腿を両手ですりすりとこすり合せる聖。そして桃子のダメ出し。
とんでもない子を育てましたね、みっしげさん。
桃子は、聖の先輩筋にあたるさゆみに恨み節を呟かずにはいられなかった。

712名無しリゾナント:2016/11/29(火) 19:46:43


桃子の心情はともかく、彼女の「腐食」能力を複写した聖。
扱いの難しい能力ではあるが、応用できればこれほど心強いものはない。

回想を挟んだ第二ラウンド。
聖が「切り札」を使うことを感じ取ったのか、里保が竜を相手に大きく踏み込む動作を取る。
迎え撃つは、竜の肋骨を模したような屈強な槍。サーベルのように撓った形をしたそれらが、里保を串刺しにしようと回り込むように迫った。

同時に襲い掛かる、六つの牙。
初撃の刃で、上段の槍2本をあっさり斬り落とし。
振り向きざまに水で象ったもう一本の刀で双方向からの攻撃を止め。
足を刈り取る下段の牙は周囲に纏わせた水球を打ち出し、完全にへし折ってしまう。
これぞ、対多人数を想定した水軍流の剣術の極み。
そして、竜が里保に攻撃を集中させている隙を縫い。

「里保ちゃん伏せて!!」

後ろからの言葉に、咄嗟に里保が身を屈める。
その頭上を、「腐食」の力を帯びたいくつもの念動弾が通過してゆく。
黒き竜の胴体に着弾した念動弾が、綿飴を溶かすかのようにじわじわと銃創を広げていった。

今回の敵については情報に無かったものの、聖の言わば「腐食弾」は水溶性の体を持つ墨の竜には効果覿面だった。
さらに、聖の念動弾が頭上を通過するのと同時に、里保は動きだしていた。

墨竜の体から無数に突き出す迎撃用の槍、それらを横跳びで避けながら、聖が穿った銃創を水を纏わせた刀で大きく薙いでゆく。哀れ、竜
は鯵の開きが如く二つに引き裂かれた。

713名無しリゾナント:2016/11/29(火) 19:47:50
「やった!!」
「ふくちゃん、まだだ!!」

同期ならではのコンビネーションがうまくいったかと思いきや。
里保は、正眼に刀を構え続ける。
引き裂かれた胴体から滴る墨、行く筋も垂れ落ちる黒い液体は傷ついた肉体を瞬く間に修復していったのだ。

「朱音を力の源とする墨の竜、やはり力の源を絶たねば…」

老人の言葉を否定するかのように、猛然と里保が竜に攻勢をしかける。
が、焼け石に水とはこのこと。斬られても、砕かれても、次々に肉体を復元されてしまう。

里保が、肩で大きく息をし始めている。
体力の消耗だけでは無い。墨による水の濁り、そして何よりもこの状況を打開できないことへの自らへの憤りが彼女の体捌きに大きく影響
していたのだ。

さゆみが、聖と里保という最低限の戦力をこの事案に差し向けた理由。
それは能力の相性もあるが「司令塔」と「攻撃手段」という単純かつ最も重要なポジションの構成。それがきちんと機能するかどうかのテ
ストでもあった。二人が上手く立ち回れないのなら、グループ全体として動くことも難しい。さゆみにとっては現状の把握とともに、いつ
来るかわからない「未来を託す時」のためのもの。

よって今の場合聖に求められる役割は、戦況の立て直しとアタッカーへの的確な指示。

「里保ちゃん!今出せる、ありったけの水を出して!!」

しかし里保は耳を疑う。
この状況で水を全て使い切るのは、自殺行為に等しい。
漆黒の竜の墨に侵食されきったら、もう対抗手段はなくなってしまうからだ。

714名無しリゾナント:2016/11/29(火) 19:49:20
ふくちゃん自身も、焦ってる…?

つい、そんなことを疑ってしまう。
もちろん聖のことは信頼している。しかし、先の見えない戦いで彼女が破れかぶれの策を選択しないという可能性がないわけではない。

そうこうしている間にも、竜の体から滲み出るように勢力を伸ばしている墨の触手。部屋の全てを覆いつくし、そして闇に返さんばかりに溢れ
ていた。このままではどのみちじり貧である。

いっそのこと、朱音本体に攻撃を仕掛ける…?

自らの中で禁じ手としていた手段が頭に思い浮かび、即座に否定する。
そんなことをしたら、羽賀老に感情をむき出しにしてまで貫こうとした自分自身の信念まで否定することになる。

最優先にすべきなのは。大事なのは。いったい何なのか。任務か。朱音の無事か。聖への信頼か。自らの、信念か。僅かな時間の間に、里保は
取捨選択を迫られていた。

「ああああ、もうっ!!!!」

やるしかない。
気合の雄叫びとともに、ストックのペットボトルの水を全て床に流す。
溢れだす水は、ゆるりと渦を巻き、やがて漆黒の竜にも劣らない水の竜を象っていった。

二匹の竜が、咆哮を上げながら互いの体に絡みつく。
清涼な水が流れのままに闇色の墨を押し流せば、墨もまた根を張るように水の中に広がってゆく。
水が墨を砕き墨が水を濁す鬩ぎ合い。だが。

苦悶の表情を浮かべる、里保。
どうやら軍配は漆黒の竜に上がったようだった。現れた時は水晶のような透明度を持っていた水の竜が、煙に巻かれてしまったかのように薄く
濁ってしまっていた。体のあちこちに墨を穿たれ、半分はもう体を奪われている、そんな様相すら呈していた。

715名無しリゾナント:2016/11/29(火) 19:50:18
その時、聖が動いた。
形あるものを腐食させる、念動弾と腐食能力のハイブリッド。
弾幕が出来上がるほどに、前方に展開させた。

「ふくちゃん、無謀だ!!」

やはり一か八かの策だったのか。
里保は聖の言葉に安易に乗ってしまったことを後悔する。
しかし、すぐに考えを改める。後悔しなければならないのは、自分の考え。

墨の竜を狙っていたはずの腐食弾は、悉くその体を避けるような軌道を取り、背後の壁に着弾してゆく。
当然のことながら、木製の壁は腐れ落ち、やがて光とともに外の景色を顕にした。

聖が、一度にストックできる能力は「四つ」。
今日の為に持ってきた能力。一つは、念動弾。一つは、腐食能力。それと、使わないと決めている大切な人の「あの能力」。そして。

ぽっかりと穴の空いた壁、そこから滑り込むように侵入してくる何か。
蠢くように、這いずるようにして室内に入って来たのは。

聖は、この屋敷の周囲の環境を予め確認していた。
屋敷を囲むような、森。これならば持ってきた能力を最大限に使えると。
そう、彼女が最後にストックした能力は「植物操作」。崖っぷちの七人組の一人である森咲樹からいただいた力だった。

広大な森から這い出た木の根は、部屋中に溢れていた水にその身を浸すと。
もの凄い勢いで、それを吸収しはじめた。と、同時に、朱音の顔に苦悶の色が浮かぶ。

木の根が吸い込んだ、里保が使役していた水には相当量の墨が溶け込んでいた。それを吸収すれば自然に、朱音の墨の竜も引き込まれることに
なる。いくら次から次へと自らの体を復元してゆく再生能力と言えど、自然の力に抗えるはずがない。力の元はあくまでも人間。あの小さきか
弱い少女なのだから。

716名無しリゾナント:2016/11/29(火) 19:51:21
そこで、里保は大きなことに気付く。
植物の根が朱音の力を吸い尽くしてしまえば。
このままでは、朱音が。

ふくちゃん!と里保が呼びかける前に。
聖は、動いていた。朱音を取り巻く黒い靄が途切れる、ほんの一瞬を狙い澄ませて。

なるほど、そういうことか。ならば今度は、間違えない。

里保は聖がしようとしていることを、先読みする。
足元に僅かに残っていた、汚されていない水たまり。それを気化させ、駆け出した聖に纏わせた。
それはまさしく、里保が今できる最適解だった。聖は無防備になった朱音を、墨に遮られることなく抱きすくめる。

接触感応。
それが、聖が本来持ち合せた能力。
普段戦闘用に使用している「能力複写」は接触感応の応用でしかない。触れたものの残留思念を読み取る能力、生田衣梨奈や先輩の新垣里沙の
ように相手の精神に働きかけることができない、言わば受け身の能力ではあるけれど。

それでも僅かに残った墨の残滓が、聖の肌を焦がすように侵食しはじめる。
同時に、そこから流れ込んで来る「朱音の残留思念」。
全てを悟った聖は、優しく朱音の頭を撫でた。しばらく寒気に当てられていたかのように体を震わせていた朱音も、やがて安堵したかのように
瞳を閉じ、頭を垂れた。

「え!ふくちゃんまさか絞め技で」
「失礼な。安心して眠ってるだけだって」

朱音の急激な変化に「フクムラロック」が発動したのではないかと訝る里保だが、聖は憤慨しつつ否定する。
もちろんこうなることを想定していたわけでは無い。ただ、結果的に朱音は持てるすべての力を使い果たし、眠りについたようだった。

717名無しリゾナント:2016/11/29(火) 19:52:43
「なんということじゃ…まさか本当に朱音を鎮めるとはの…」

一連の動向を見守っていた羽賀老は、ただただ驚きを隠せずにいた。
大の大人四人の力を持ってしても、現状維持がやっとだったほどの凄まじい力。それが、たった二人の少女に鎮圧されてしまった。今までの、
自分たちの苦悩は。年月はなんだったというのか。
いや、今は事態が沈静化したという事実だけを受け入れるべきか。

「…羽賀老。少し、お話したいことがあります」

時に置き去りにされたような老人に、聖が話しかける。

「朱音ちゃんの、これからのことについてです」

718名無しリゾナント:2016/11/29(火) 19:54:00


場所を移し、里保たち3人は頭領の部屋にいた。
聖はしばらく誰かと連絡を取り指示を仰いでいたようだが、やがて話が済むと改めて客用の座布団に座り直す。

「結論から言います。朱音ちゃんを…わたしたちに預からせて、いただけますか」
「何と…」

まさか見ず知らずの者からそのような意見が出るとは。
予期していなかった申し出に羽賀老が戸惑っている間に、聖が畳み掛ける。

「朱音ちゃんの力の暴走。その原因は間違いなくこの里にあります」
「なぜそう言い切れるのじゃ」
「私の能力は、人やモノに触れることでそこにある残留思念を読み取ります。だから、さっき朱音ちゃんを抱き竦めた時に、流れ込んできまし
た。辛い、記憶が」

朱音は、奥の部屋で寝かされていた。
今は童子のように安らかな表情で眠ってはいるものの。

「『繰沌』となるための修業は、あの子にとって壮絶なものだったんでしょう。周囲からのプレッシャーも。頭領の血のものともなれば、尚更
でしょう。でも、それは彼女の心を『酷く傷つけた』」

聖の話を傍で聞いている里保には、修業の辛さというものが理解できない。
それは「水軍流」の修業と呼ばれるものが全て、日常の生活と強く結びついているから。誤って力を暴走させてしまった時でさえ、祖父は優し
く諭すのみだった。

719名無しリゾナント:2016/11/29(火) 19:55:41
「おそらくですが。彼女は、この里には『辛い思い出』しかないと思われます。里の景色が、空気が、里を構成する全てが力の暴走のトリガー
になり得る」
「そんな馬鹿な…わしらは一体どうすれば」
「私たちの上司からの提案ですが」

聖は、一言断りを入れてから、

「『能力者の隠れ里』という場所があります。朱音ちゃんを預からせていただけるのならば、その施設で能力の調整を行い、最終的には刃賀衆
のみなさんにお返しすることができます、と」

淀みなく言った。
里保はその時点で、悟る。きっと聖はその耳で聴いたのだろう。
朱音が誰かに助けを求める、心の声を。

羽賀老は、表情を険しくしたまましばらく、黙り込んでいた。
一度は亡き者にしてでもその暴走を止めようとしたものの、里の宝とも言うべき「繰沌」を、そう易々と里の外のものに渡して良いものだろう
かと。悩み、決断しかけ、再び悩む。思考の堂々巡りは沈黙となり、それがしばらく続く。
そこに助け船を出したのは。

「羽賀老。こう考えてはどうでしょう。里の外に出すのもまた、『繰沌』としての能力を高めるための修業の一環なのだと。そういうことにす
れば、里の人たちを説得することができるのではないですか」
「…ううむ」

最終的に、刃賀衆を束ねる頭領が首をゆっくりと下に動かした。

「ありがとうございます。お孫さんは、私たちが責任を持って育てますので」

聖の言葉に若干の妙な空気を感じつつも、それに追随する里保。

「孫を…朱音を。よろしく頼みますじゃ」

深々と、頭を下げる羽賀老。
既に、彼は孫を思う一人の老人だった。
そこに、里保は自らの祖父がぴたりと重なるのを感じていた。

こうして、朱音はしばらく「能力者の隠れ里」で自らの能力を安定させる暮らしを送ることになった。

720名無しリゾナント:2016/11/29(火) 19:56:42


「ねえふくちゃん」

刃賀衆の里からの帰り道。
電車の中で横並びになった里保は、聖に話しかける。
車窓の景色は、畑ばかりの田園地帯から徐々に民家が増えていた。

「なに?里保ちゃん」
「ごめん。ふくちゃんのこと、信じきれなくて」

里保は素直に、朱音との戦いの中で生まれてしまった疑念について話した。
聖は黙ってそれを聞いていた。電車の揺れが、心地いい。こういう一定のリズムを刻まれると、ついつい。

「だーめ。仕事中でしょ」

二の腕に伸ばされた不埒な手を、ぴしゃり。

「ええじゃろ、減るもんじゃなしに」
「帰るまでが仕事なんだからね。それに、減ります」
「けち」
「あのね、里保ちゃんが言ってたことだけど」

聖が、ゆっくりと話し始める。
おそらく、自分の考えを咀嚼しつつなのだろう。

「そういうことも想定に入れつつ、里保ちゃんの能力を最大限に生かすのが『司令塔』の役割なんだと思う。聖は、高橋さんみたいに行動で規
範を示せないし、新垣さんみたいに理性的な考えができるわけでもない。はるなんみたいに頭良くも無いし、香音ちゃんみたいにいざと言う時
に割り切ることもできない。でもね」
「でも…?」
「里保ちゃんが、何を考えてるか。というのはわかるよ、きっと」

言いながら、聖は思い出していた。
里で、さゆみに事案の報告をしていた時のことだ。

721名無しリゾナント:2016/11/29(火) 19:57:54


「…なるほど。お疲れ様。さっきも言ったように、その子は『能力者の隠れ里』で能力の使い方を勉強してもらった後にリゾナントで預かるの
が一番だと思う」
「そうですね。聖もそれがベストだと思います」

さゆみは、聖や里保の仕事ぶりについてはまったく心配してなかったようだ。
朱音を隠れ里に預けるというのも、予め考えていた結論、という風に聖には思えた。

「ところで。ふくちゃんに聞きたいことがあるんだけど」
「はい。どうして、この仕事に聖たちを向かわせたか。ですよね」

想定していたとは言え。
さすがにさゆみ本人から問われると、緊張が走る。
まるで、聖がリゾナンターとして生きてきた時間の全てを問われているような感覚にすら陥っていた。
それでも、答えなければならない。今回の仕事で学んだことの、全てを。

「もちろん、能力の相性というのもあると思うんです。里保ちゃんの能力は攻撃に特化しているし、聖の能力は、どちらかと言えばサポートに
向いてると思うので。でも、それ以上に」

722名無しリゾナント:2016/11/29(火) 19:59:21
聖は、大きく息を吸う。

「今のリゾナンターの最大の攻撃手段である里保ちゃんを、どのように動かすべきか。たぶんなんですけど、同じ攻撃タイプの子にはその役割
を果たすのは難しいと思うんです。そうなると、候補として聖の他にもはるなんと香音ちゃんも、だと思うんですけど」
「ふふ。じゃあどうして3人の中からふくちゃんを選んだんだと思う?」
「それは…聖が、『能力複写』の持ち主…だから?」
「どうしてそう思うの?」
「きっと、『司令塔』として考えたことを実行するのに、手数が多いほうがより多くの可能性を広げることができるからなんだと思います」

少しの沈黙。
さゆみの答えは。

「まあ、正解にしときましょう」
「ほんとですか!!」
「ええ。でも、補足するなら…さゆみが今回りほりほのパートナーにふくちゃんを選んだのはね。簡単に言えば、ふくちゃんはちょうどいいの」
「えっ?」

意味がわからず、思わず訊き返す。

「はるなんだと、きっと先輩であるりほりほを立てるあまりに正しい判断ができなくなるかもしれない。その点鈴木ならきっとそういうことは
ないんだろうけど、あの子の強さは時にりほりほを傷つけてしまうかもしれない。その点、ふくちゃんは受け身でしょ。今回の件では、それが
いい方向に働く、そう思ったの」
「受け身…ですか」
「あ、今の全然悪口じゃないからね。それがふくちゃんのいいところでもあるんだから。もっと自信持っていいとさゆみは思うよ」

さゆみのフォローを全身で受けつつも。
確かに今の自分には能動的な点が欠けてるのかもしれない。ただ、時には受け身がいい方向に働くのかもしれない。聖はそう、前向きに考える
ことにした。

723名無しリゾナント:2016/11/29(火) 20:00:34


受け身だから、いや、受け身であることでわかることもある。
聖は今回の仕事でそのことを学んだ。それは今回パートナーとして行動した里保だけではない。きっと他のメンバーと組んだ時にも、そのこと
が役に立つ日が来る。そう信じていた。

「でね。ふくちゃんにもう一つ言いたいことがあるんだけど」
「ん?何でも言っていいよ?」
「朱音ちゃんを預かるって決めた時、ラッキー、とか思ったでしょ」

不意打ち。
言われてしまうと、今でも鮮明に蘇ってくる、朱音の柔らかな感触。
聖のストライクゾーンは小4〜小6ではあるが、朱音ならばもう1、2学年上げても良いと思っていた。
おまけに、帰り際に目を覚ました朱音と少しだけ話をしたのだが。顔に似合わずはきはきとしっかり喋る。それが、またいい。これにはきっと
道重さんも同意してくれるに違いないと。

「ついでに朱音ちゃんに抱きつけてキラーン!とか思っとったじゃろ」
「み、聖そんなんじゃないもん!!」
「どうだか。罰として二の腕すりすり100回の刑ね」
「それはだめ!だって聖、里保ちゃんに触られすぎて敏感に…ああぁっふっふぅ!!」

人もまばらな電車の中でこだまする、歓喜の叫び。
コンクリートの建物が増えてゆく、旅路は終着駅に近づいていた。

724名無しリゾナント:2016/11/29(火) 20:04:04
>>705-723
『リゾナンター爻(シャオ)』番外編 「繰る、光」  了

さすがに長くなりすぎましたが(汗
他の作者さんが12期執筆に果敢に挑戦してる中、乗り遅れ気味に書いてるともう13期w
メンバーははーちぇるを残すのみですが果たしてお披露目までに間に合うのか…

725名無しリゾナント:2017/01/02(月) 02:24:45

 かえでぃー 気付いてるんでしょ? きみの心が繋がってる事
 いつでも待ってるからね いつか一緒に歩ける事
 え? はは そうだけど でももっと近づけるよきっと
 かえでぃーがここに居る事もちゃんと意味があるんだからさ
 …本当に待ってるんだよ皆 皆 ね
 かえでぃーを信じて 待ってるから
 例えどんな立場になっても 敵になっても 信じてる

726名無しリゾナント:2017/01/02(月) 02:28:45
それは死の閃光。
男の首が飛び、断面からは鮮血が噴出し、天井から床を染める。
頭部が本人の足下の床に落ち、転がった。
断面から血が溢れて、血の海を広げていく。
女が刃を振って血糊を払い、鞘に納める。

笑声。

床に転がる男の首が掠れた声で笑っていた。
女が硬直していると、床に倒れた男の胴体が動く。
左手を伸ばし、傍らに転がる頭部を掴んで当然のように首の断面に合わせた。

途端に傷口が埋められ、皮膚が繋がる。
数秒で首が繋がり、男の口から呼吸が漏れる。

 「ははは、あああああーああーあー………ふう。
  肺がないとやっぱり声が出ないもんだなあ…」

声と共に切断で逆流してきた血が唇から零れる。
男は左の手の甲で血を拭った。

 「餓鬼だと思って見くびったよ。立派な能力者じゃないか。
  今日のお人形は中々に威勢がいい。最高の優越感が得られそうだ」

男の額の右、左眼球、鼻の下、胸板の中央、左胸、鳩尾。
それぞれに『風の刃』がどこからか現れて串刺しにしていく。
全てが人体の急所を狙って貫通している。

727名無しリゾナント:2017/01/02(月) 02:30:35
女が黒塗りの刃を振り下ろす度に『風の刃』が発射。
右側頭部、右頬、首の右側、右胸板、肝臓がある右下腹部。
致命傷を与えるために次々打ち込まれ続けた。

倒れていく男の足が止まる。
腕が振られ、血飛沫。どこから取り出されたか分からないナイフで
女の左肩が抉られていた。
傷口を気にせず、女が間合いをとって後退する。

 「いってえな……普通なら十回は死んでる」

血の穴となった左の眼窩の奥で、蒸気と共に蠢く物体。
視神経と網膜血管が伸びていき、眼球を形成していく。
水晶体、瞳孔が再生すると上下左右に動いて正面に止まる。

それを合図に男の全身から湯気があがると、他の傷口も再生の兆しを見せた。

 「”お人形さんが言った通り”、俺は不死者なんだ。
  組織に居た科学の大先生がある能力者の研究で入手した細胞を移植したのさ。
  つまりは普通の武器じゃ殺せない。さあどうする?」

不死身の男を前にして少女の態度は変わらない。
黒塗りの刃を構えて前に出る。同時に男の胸板を切り裂く一閃。
だが切断された肋骨は癒合し、筋肉が接着し、皮膚が覆っていく。
時間が逆流したかのような再生を見せつける。

だが女の刃は揺るがない。
溜息のような息を一つ、吐いた。
その姿に男が反応する。

728名無しリゾナント:2017/01/02(月) 02:31:33
 「なんだよその面倒くさそうな態度は。ムカつくなあ。
  死ぬ可能性があるのはそっちなんだぞ。
このままじゃジリ貧なのを理解できないぐらいはやっぱり餓鬼のやり方か」
 「そうね、だから、面倒くさい事は任せようかと思うの」

女が久しぶりに言葉を発した。
それに対して男が僅かに笑みを浮かべたが、一瞬で消失する。

黒塗りの刃から異様な波長を感じたのだ。
狂気の波が男の肌に粘着し、気味悪さに鳥肌が立つ。

 「なんだよ、それ」
 「気付いた?でも、もう決めてあるのよ。アンタを餌にする事は」

刃が静かに振られる、男にではない。
まるで”ソコ”に何かがあるかのように刃が空を斬る。

 【扉】が視えた気がした。

その瞬間、女の左右には黒犬と白犬が着地する。
体色が違うだけで同じ大型犬。猟犬に似た逞しく伸びた四肢に尖った耳。
筋肉によって覆われた全身の終点には太い尻尾。

 「犬の餌にってか?ふざけてんじゃねえぞ」

729名無しリゾナント:2017/01/02(月) 02:33:05
男が右手を掲げる。
違和感。男は自らの右手首の断面を眺めた。
血と共にナイフを握った右手が宙を飛んでいく。
激痛とともに跳ねて部屋の中央に着地。

 「なっ………!!!!????????」

右手が落下する前に、男が長年の殺人で身に付けた肉食獣の直感は
今のこの場において捕食者は自分ではなく、眼前の女こそが
捕食者であると告げていた。

 「気付いた時にさっさと逃げれば良かったのにね」

女の言葉に反撃よりも逃走に移るために膝を撓める。
伸ばそうとした男の姿勢が崩れた。
体重がかけられると共に右膝と左脛に朱線が引かれ、鋭利な切断面が描かれた。

 「ぐぎぃっ」

残った左手を床について男は転倒を避ける。
先に切断された右手がようやく床に跳ねて落下。
左手一本で上半身を起こすと、女が見下ろしていた。
横手には黒犬が侍っている。口には鮮血を吐く男の手を咥えて。

 「この子達、良い子でしょ?普通の子達よりも頭が良いの。
  人殺しの首を掻き切ってくれるとても従順な良い子達でしょ?」
 「ころず、ごろじっで……!?」


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