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【アク禁】スレに作品を上げられない人の依頼スレ【巻き添え】part6

1名無しリゾナント:2015/05/27(水) 12:16:33
アク禁食らって作品を上げられない人のためのスレ第6弾です。

ここに作品を上げる →本スレに代理投稿可能な人が立候補する
って感じでお願いします。

(例)
① >>1-3に作品を投稿
② >>4で作者がアンカーで範囲を指定した上で代理投稿を依頼する
③ >>5で代理投稿可能な住人が名乗りを上げる
④ 本スレで代理投稿を行なう
その際本スレのレス番に対応したアンカーを付与しとくと後々便利かも
⑤ 無事終了したら>>6で完了通知
なお何らかの理由で代理投稿を中断せざるを得ない場合も出来るだけ報告 

ただ上記の手順は異なる作品の投稿ががっちあったり代理投稿可能な住人が同時に現れたりした頃に考えられたものなので③あたりは別に省略してもおk
なんなら⑤もw
本スレに対応した安価の付与も無くても支障はない
むずかしく考えずこっちに作品が上がっていたらコピペして本スレにうpうp

586名無しリゾナント:2016/06/24(金) 11:48:37
「意地悪な継母や義姉妹に虐げられたシンデレラ、けれど最後は王子様に見初められ幸せになる」
「…それで?」
「だから、シンデレラは。幸せにならなければならない」
「…っ!!」

何を、見透かしたようなことを。そんな心の反駁もまるで役に立つことはなく。
花音は、彩花に背を向けたままでよかったと心から思った。
今自分がしている表情、これだけは。彩花だけには。絶対に見られたくない。
そんな同情なんて、欲しかったわけじゃないのに。

「お生憎様。もう、シンデレラの生まれ変わりはやめたんだよね」
「そうなの?」

代わりに、背中で言葉を発する。
周りから同情される哀れなシンデレラなんかに、絶対になってたまるものか。
そうだ。私は、孤独だ。どんなに馴れ合っていようが、本質はたった一匹の呪われた狼だ。

「これからあたしのことは、まろって呼んで」
「まろ?」

魔狼と書いて、まろ。
魔に呪われし一匹狼に相応しい名前だ。
今自分にできる精一杯の強がりに過ぎないけれど、それでも。
強がりさえ無くしてしまったら、今の自分を構成しているものすべてが流れ出てしまうような気がしたから。

587名無しリゾナント:2016/06/24(金) 11:49:41
>>579-586
『リゾナンター爻(シャオ)』更新終了

588名無しリゾナント:2016/06/30(木) 11:13:57
>>579-586 の続きです



さゆみの送別会は、盛大に行われた。
現役のリゾナンターたちだけではなく、多忙なスケジュールを縫って愛と里沙、近日中に「何でも屋」の技術のさらなる発展のために
渡米すると言う愛佳も参加、それに療養中のれいなも少しの時間だけならということで特別に「下界」に降りて来ていた。

ここに、里保たち新たなリゾナンターたちが加わった当時の先輩五人の顔が揃う。
楽しい宴の、はじまりだ。

喫茶リゾナントの厨房を使った、焼きそばや焼き肉といった料理の数々。
衣梨奈が持ち込んだ総菜や遥の母が作ったという手作りローストビーフがテーブルを彩り。
さらに、さゆみが持ち込んだたこ焼き器による、一大たこ焼きパーティー。
香音が持ち込んだアイドルのDVDのせいもあり、皆が食べ、歌い、そして踊る。

そんな中、さゆみからのサプライズが。
新しく聖をリーダーとした新体制で再出発することになったリゾナンター。
春菜以外にもう一人、サブリーダーを任命すると言う。
その人物とは…

「…えりが、サブリーダー!?」
「そう。フクちゃんもはるなんも真面目すぎるところがあるから、生田の感じがちょうどいいかもしれないってね」

リゾナンターの第二サブリーダーとして指名されたのは、衣梨奈。
はじめは目を丸くしていた衣梨奈だったのか、里沙の「生田ぁ、しっかりやんなさいよ」というからかいとも激励とも取れる言葉に段
々と実感が湧いてくる様子。

589名無しリゾナント:2016/06/30(木) 11:14:53
反対に、なぜかざわざわしてるのは他の若きリゾナンターたちだ。
まさかの展開というのが半分で、生暖かい目で見守るかというのがもう半分。
特に里保などは、複雑な表情の半笑い状態であった。
だが、エーイングこそが、衣梨奈の力の源。

「みなさん!これが現実です!!えりがサブリーダーになったからには、想像以上のリゾナンターにしてくけんね!!」

実に衣梨奈らしい所信表明。
想像以上のリゾナンター、が何を意味するのかは彼女にしかわからないことではあるが。新しいリゾナンターを聖が、春菜が、そして
衣梨奈が率いてゆくことにメンバーの異論はなかった。

時は夕方を過ぎ、夜になろうとしていた。
宴もたけなわ、と言った感じのテーブルの上にはまだまだ御馳走が残っている。
たこ焼き用の溶いた小麦粉も全てを使い切ってはいなかった。

「どうしよう。このままじゃ勿体ないね」
「でもけっこう食べましたよ…」
「え? かの全然足りてないよ」
「そうだ、惣菜とか焼き肉とかまだ余ってるけど」
「たこ焼きの中に入れちゃえばいいんじゃね?」
「じゃあまさがやるー!!」

勢いよく飛び出てきたのは、優樹。
やっほーたーい!という掛け声とともに、能力が発動する。
瞬間移動能力でたこ焼きの中に具材を入れるという暴挙だった。

590名無しリゾナント:2016/06/30(木) 11:15:41
「こら佐藤!そんなんで能力使うのやめり!!」

れいなの叱責も何のその、たこ焼き器に降り注ぐありとあらゆる食材。
しかし、降り注いだのは食材だけでは無かった。

「あれ、これってまさか」
「お酒!?」
「え?ウイスキーですか?」

キッチンの奥にしまっていた、ウイスキーの瓶。
その中身が、あろうことかメンバーたちの頭上に転位し、降りかかってきたのだ。
これが、とんでもない事態を引き起こす。

「あれぇ?にーがきさんがいっぱいおる…えへへぇ…」
「はぁ?生田何酔っぱらってんのよ!」
「う…ううっ、み、みついさぁん〜かのを置いてくんですかぁ〜」
「いきなり泣き出しよった!鈴木あんた泣き上戸やったんか!!」
「みずき…そんなんじゃないもん」
「フクちゃんいきなり脱ぎだすのはやめり!!」

次々とアルコールの餌食に陥ってゆくメンバーたち。
さらに壊れたように笑い始める遥、寝てしまう春菜、なぜかフランスフランスと呟き続ける亜佑美。

「ひとまず酔っぱらった子は寝かせるやよ!」
「せや、さ、鞘師は?」

愛佳が辺りを見回すと、そこには仏頂面で必死に酔いと戦っている里保がいた。
不測の事態に備えるため、酒を飲んでも飲まれないようにするのも水軍流の神髄。だが、まだ子供の里保には早かったようで、意識を
保っているのが精いっぱいだ。

591名無しリゾナント:2016/06/30(木) 11:16:34
「ふう…佐藤がウイスキーを転送したのは未成年メンバーだけか…」
「い、いや…うちら何か大きなことを見落としてませんか」
「こんな時、確か一番酔わせちゃいけない存在がいたような」
「あ、ああっ!!」

れいなが、見てはいけないものを見てしまったような顔と表情。
忘れかけていたトラウマが、れいなだけではなくオリジナルリゾナンター全員に蘇る。
そう、あいつの名前は。

「フッフフフ…かわいい子猫ちゃんがいっぱいなの…」
「ぴ、ぴ、ピンクの悪魔!!!!!!!!!!!!!!!」

そう。
かつてこのリゾナントの地に降臨し、リゾナンターたちを次々とピンクの嵐に巻き込んだ破壊の女神。
その忌まわしき存在が、再びこの地上に降り立ったのだ。
リーダーだから、と今まで抑圧されてきた反動か、覚醒したさゆみは目にも止まらない動きで獲物たちに急接近した。

まず餌食になったのは旧リーダー高橋愛。
瞬間移動と精神感応の力を失ったとは言え、数々の修羅場を潜り抜けたはずの戦士の唇はあっと言う間に欲望の権化に奪われた。仮想
りほりほとして日々さくらんぼと格闘していたさゆみの舌技が今、爆発する。

「ああぁっふっふぅ!!!!」
「愛ちゃん!!!!」

全ての気を奪われ倒れた愛を目の前にして、恐れおののく後輩メンバーたち。
中には、酔いとさゆみの全身から発せられた瘴気に当てられ気絶するものまで出てくる始末だ。
舌なめずりしつつ次の標的をターゲッティングするピンクの悪魔、その視線が、すっかり怯えきった生き残りのメンバーたちに容赦な
く注がれる。

592名無しリゾナント:2016/06/30(木) 11:17:05
獲物を狙う肉食獣の目と不幸にも合ってしまった人物。
それはフレンチキスと聞くだけで何か高級なものを思い浮かべてしまう石田亜佑美だった。

「ひいっ!カムオンリオ…」

咄嗟に自らを守るべく幻想の獣を呼び出そうとする亜佑美だが、真の獣のスピードには間に合わず。
懐に潜り込まれ、抱き上げられ、その指がピアノの鍵盤の上を滑るように亜佑美の平坦な体を攻略する。

「ああぁっふっふぅ!!」

本日二回目のああぁっふっふぅが木霊する頃には、立っているメンバーはれいな・里沙・愛佳と里保のみ。

「これは大変なことになったのだ」
「ガキさん落ち着いてる場合じゃなかとよ!」
「そうです!このままやったらうちら全滅…」

メインディッシュの里保の前に、前菜として籐の立った三人を喰ってやろう。
とでも言いたげに、徐々ににじり寄ってゆくさゆみ。
しかし。奇跡はその時起こった。

「いひひひ、やっほーたい!!」

自らも酔ってしまった優樹が、あさっての方向に転移の能力を放つ。
そして、それまで鼻息荒く体を震わせていたピンクの悪魔の動きが止まる。

593名無しリゾナント:2016/06/30(木) 11:17:41
「え…あ…えええーっ!!!!!!」

何と、優樹は。
器用なことに里保の衣服だけを空の彼方へと転送させたのだった。
つまり、さゆみの目の前には強制「パァーッ!!」された里保のあられもない姿が。
それまで何とか気力で立っていた里保は突如の辱めに、ゆっくりと崩れ落ちた。

「あ、あ、ああああぁっふっふぅぅぅぅぅ!!!!!!!!!!!!!!」

店内に響き渡る、悪魔の雄叫び。
風が吹き荒れ、雲を突き抜けるが如く、ピンクの悪魔の纏っていた瘴気がリゾナントの屋根を貫く。
この日、喫茶店の周辺では、天まで届く勢いの桃色の光柱が目撃されることとなった。

「お…終わったと…?」
「ええ、そのようですわ…」

悪魔は滅びた。
床には、「さやしの…りほりほが…」と謎のうわ言を繰り返しながら恍惚の表情を浮かべたさゆみが転がっているだけであった。

「さて、後片付けをしないとね」

面倒そうに特製グローブを嵌め、ピアノ線をほどき出しはじめる里沙。
こうして、狂乱の宴は幕を閉じたのだった。

594名無しリゾナント:2016/06/30(木) 11:18:25


「はぁ。あいつら、食うだけ食って後片付けもせんと」
「しょうがないですよ田中さん。あんなことがあった後やったら」

店内の後片付けがひと段落。
れいなと愛佳は、先に窓側のテーブルに座り休憩中。
死屍累々だった後輩メンバーたちは、皆二階の部屋で寝かされていた。

「はい、みんなお疲れ様」

言いながら、里沙がキッチンからコーヒーカップを3つ、トレイに入れてやって来る。

「新垣さんの淹れたコーヒー、久しぶりやな」
「ふっふふ、元2代目マスターの腕は鈍ってないよ?」

そんなところへ、先ほどの惨劇から立ち直った愛が二階から降りてきた。

「おはよ、愛ちゃん」
「久しぶりにひどい目にあったやざ」

まるで夏の終わりの蚊のようにふらふらとこちらへ近づき、どっかと里沙の隣に座る。

「あ、里沙ちゃんコーヒー淹れたんや。あーしにもちょうだい」
「誰か」
「甘えないの。愛ちゃん自分で淹れれるでしょーが」
「ねえねえ誰か」
「二杯目はうちも高橋さんが淹れたやつがええです。リゾナントオリジナル」
「誰か、ねえねえだれか」
「懐かしいっちゃね。昔はれいなも愛ちゃんの淹れたコーヒーをテーブルに」

595名無しリゾナント:2016/06/30(木) 11:19:19
里沙のピアノ線によって厳重に縛られたその人物、ついに堪らず大声を上げる。

「そろそろさゆみを解放してなの!!もう十分反省したからぁ!!!!」

後ろ手に縛られた元ピンクの悪魔で今はか弱き子兎は、涙ながらにそう訴えた。

「だーめ。きちんとお酒が抜けてからでないと、また変態になるでしょ」
「そうそう。れいなたち油断させといて、二階の子たちの寝込み襲うけんね」
「うちも佐藤に『みにしげさんにぱんつ盗られたんです』って訴えられましたもん」
「そういうこと。もう少しそこで反省するやよ」
「ううう…」

が、返って来た言葉はけんもほろろ。
魔王に攫われた囚われの姫の如く、とは言っても先ほどまではさゆみが魔王だったのだが、おとなしくしているしかないさゆみであった。

「それにしても…」
「久しぶりの五人、か」

この場にいる五人。
それはつまり、聖夜に「銀翼の天使」の襲撃を受け、散り散りになってしまったリゾナンターの、辛うじて残った五人。

「あの時は、もうこの五人だけでダークネスとやり合わんといけん、と思ってた」
「まさかうちらに後輩たちが…リゾナントの意志を継ぐ子たちが現れるなんて。夢にも思わなかった」

596名無しリゾナント:2016/06/30(木) 11:21:25
打ちひしがれ、途絶えそうになった共鳴は。
新たにリゾナントのドアベルを鳴らした四人の少女たちによって繋ぎ止められる。
それぞれの事情によって一人、また一人とリゾナントを離れてゆく中で、繋がれた共鳴は少しずつ形を変え、新たなメンバーたちを加
え、やがて大きな流れを作ってゆく。

「あいつらも、立派になって…」
「あーしたちが作ったリゾナンター…かたちは違うのかもしれないけど、それでもあの時みたいな、ううん、あの時とはまた違った輝
きがある」

新生リゾナンターとして、先輩の後をついてゆくだけのか弱い存在だった彼女たちは。
今では立派に新たな後輩たちを引っ張っている。今回の敵だって、決して生易しい相手ではなかったはず。だけど、彼女たちは愛や里
沙に約束した通り、生きて還って来た。これほど頼もしい存在は、ない。

「…さゆみが抜けたら、あの時リゾナンターだった人間は誰ひとりいなくなってしまう」

愛。里沙。絵里。さゆみ。れいな。小春。愛佳。ジュンジュン。リンリン。
原点の9人、とも言うべき彼女たちは闇の組織、とりわけダークネスにとって忌々しい存在であった。
数々の激闘が繰り広げられ、困難が訪れる度に彼女たちは共に手を取り乗り越えて来た。
それが、さゆみを最後に当時のメンバーが誰もいなくなってしまう。
一つの時代の終わり。けど。

「でもね。さゆみは全然心配してない。だって、ずっと見てきたから。あの子たちが悩んで、苦しみながらもさゆみたちがしてきたよ
うに、あの子たちも共に手を取りあって困難を乗り越えてきたのを、見てたから」
「さゆ…」

愛たちは、さゆみの中に光を見た。
それは、消えゆく光ではあったが、同時に力強くもあった。
すなわち、後輩たちを見送り、自らは退くという決意。

597名無しリゾナント:2016/06/30(木) 11:22:07
「愛ちゃんが抜けて、ガキさんが抜けて。愛佳が、れいなが抜けた時も大丈夫だった。これからはフクちゃんが、はるなんが、生田が。
新しいリゾナンターをかたち作ってゆく」

後輩たちのことを思ってか、優しげな表情になるさゆみ。
そこへ、れいなが。

「さゆ」
「何?」
「さっきからカッコつけて言ってるっちゃけど、縛られながらの台詞やと、ぜんぜん締まらんとよ」
「なっ!だ、だったら早くこれ、解いてよぉ!!」
「それはだーめ」

久々に喫茶リゾナントに集った五人。
彼女たちは今まさに、肌で感じていた。
新しきリゾナンターの、新しき時代の到来を。

夜が、白む。
やがて朝の光が、世界を包んでゆく。

598名無しリゾナント:2016/06/30(木) 11:23:04
>>588-597
『リゾナンター爻(シャオ)』更新終了

599名無しリゾナント:2016/07/05(火) 12:54:50
>>588-597 の続きです



時は少し、遡る。
さゆみのための宴の最中。
小田さくらは、喫茶リゾナントから離れた空き地にいた。
正確に言えば、空き地に行ったのではない。無理やり、来させられたのだ。
目の前にいる、人物によって。

「…ひさしぶりね。『s0312』。いえ、今は『小田さくら』と名乗ってるのかしら」

闇色に染め上げられた、パンツスーツ。
白いブラウスは襟元できっちりと留められ、彼女の「生真面目さ」の象徴として存在感を放つ。
その性格同様に、正確に時を刻み、そして掌握する。永遠すら殺すことができると謳われた能力だ。

600名無しリゾナント:2016/07/05(火) 12:56:00
「わたしに…何の用ですか。『永遠殺し』さん」

「時間停止」能力によって拉致され、この場所に連れて来られたさくらは。
突如現れたダークネスの幹部の目的について、考えあぐねていた。

「どうして私を、って顔してるわね」
「……」
「答えはシンプルよ。私の『能力』が、あなたの今の『能力』に対抗できるかどうかの、実験」
「!!」

さくらと「永遠殺し」が比較的長い時間、行動を共にしたのはただの一度きりではあるが。
「永遠殺し」はさくらの前で能力を発動させた。しかし、時を統べる手はさくらのことを拘束することはできなかった。
何故なら時間停止が発動する前に、時はさくらの「時間編輯」によって支配されていたから。
さくらは、時間を切り取ることで「時間停止」によって停止した自分を「なかったことに」して、時間停止中にその場を離脱した「永遠
殺し」の繰る車の後部座席に移動していた。
さくらは、明らかに「永遠殺し」よりも上位の能力を保有していたのだ。

ところが、今はそうではない。
「叡智の集積」Dr.マルシェの実験によりさくらの能力は奪われ、わずか1秒ほどの時しか止められない「時間跳躍」の能力を残すの
みとなった。もちろん、通常であれば1秒のタイムラグとは言え戦闘では大きなアドバンテージを得られるほどの強力な能力ではあるの
だが。

「『時間跳躍』では、私の時の手からは逃れられないようね」
「くっ…!!」

さくらが1秒の時を止められるのに対し、「永遠殺し」はその8倍、8秒の時を自らの手中に収めることができる。
それがどのような状況を招くのか。さくらがこの場に誰にも気づかれずに拉致されたことから、火を見るより明らかだ。

601名無しリゾナント:2016/07/05(火) 12:57:16
「それがわかっただけでも、大きな収穫だわ。束の間の宴、楽しんできなさい」

険しい作りの顔を笑顔に象り、背を向けその場を去ろうとする「永遠殺し」。
その背中に、さくらが言葉を投げつけた。

「待ってください!まだ、わたしの質問に答えてもらってません!!」
「…ふうん?」

呼び止められたことを、まるで予想外の出来事のように。
「永遠殺し」は、再びさくらと正対する。

「あなたのその能力があれば、全滅とはいかなくとも、メンバーの多くのことを傷つけることができた。それをしなかったのはどうして
ですか!」
「ふ…ふ、ふふふっ」
「何がおかしいんですか!?」

先程の作り笑いとはうって変って、さも滑稽そうに笑い始める「永遠殺し」。
相手の意図がわからないさくらは、馬鹿にされたと感じて憤っていた。

「小田さくら。やはり以前の『お人形さん』とは別物のようね。あなたたちをいいように『使いたい』紺野があなたをリゾナンターに預
けたのは、どうやら正解だった、と見ていいのかしら」
「それはどういう」
「単刀直入に言うわ。もう紺野の思惑なんて関係ない。わたしは裕ちゃん…いや、『首領』の、組織のためにあなたたちを全滅させるこ
とに決めた。その上で、あなたの能力を確かめに来たのよ」

「永遠殺し」の猫科の猛獣のような瞳が、ぎらつく。

602名無しリゾナント:2016/07/05(火) 12:58:35
「今回はそのための、予行演習。そして、十分な結果が得られたわ。あなたたちは、わたしの襲撃を防ぐことはできない。
ただ、安心しなさい。すぐに行動に移すつもりはないわ。こちらは、紺野の動きに合わせて実行する。ただそれだけ」
「いつでも、私たちを殺せるとでも言いたげですね」
「その通りよ。あなたたちはもう、『時の処刑台』の階段を昇るしかない」

無慈悲な言葉に抗うが如く、さくらは「永遠殺し」を睨み付ける。
ただそれは、狩られる恐怖との、表裏一体でもあった。

「帰って、頼れる先輩たちに相談してみるといいわ。徒労に終わるでしょうけど、少なくともあなたの心に吊り下げられた重石を軽くす
ることはできるはずよ。でもさっきも言ったけど、あなたたちは既にギロチンに首を預けた身。『時間停止』を破る術なんて、ないんだもの」
「それは…」
「無駄に抗ってみなさい。足掻いてみせなさい。それこそが、あなたがあの喫茶店で得た人間らしい心の証左なのだから。『天使』も
『悪魔』も逆らえないわたしの規律の中で、『永遠』にね」

そう言い切った後に、「永遠殺し」は。
ただ、あすかなら、あるいは。そう呟いた。ようにさくらには聞こえた。
「あすか」が何を指しているのか。人名なのかそれとも違う何かなのか。わからなかった。
と言うよりも、今のさくらを支配しているのは圧倒的な絶望。このままだといずれ自分たちは始末されてしまうという、光なき未来だっ
た。その他のことに心を向ける余裕など、どこにもなかった。

「それでは、今度こそ本当にさよならね。次に会う時は…わたしがあなたたちに『永遠』を与える時」

その言葉だけを残して、「永遠殺し」は完全にさくらの目の前から消え去った。
「時間停止」の能力がまたしても発動したこと、それを防げなかったことが与えられた絶望にさらなる漆黒を塗り重ねてゆく。まるで、
どうにもならなかった。

すっかり暗くなった空き地に、さくらの悲痛な叫び声がこだまする。
今のさくらにできることは、ただそれだけ。崩壊してしまいそうな心を、必死に食い止めることしか、できなかった。

603名無しリゾナント:2016/07/05(火) 13:00:10


「あれ小田、どこ行ってたの?」

足取り重く喫茶リゾナントへ帰ると、さゆみがそう言いながら出迎えてくれた。
どうやらふらりと一人で店を抜け出したと思っていたようだった。

「だって道重さん、様子が怪しかったんですもん」
「う…あれはちょっとお酒がいたずらしただけなの」

さくらが攫われたのは、ちょうどさゆみが酒に酔って狼藉を働こうとしていた時。
咄嗟にさくらのついた嘘は、嗅ぎ取られることなくさゆみに納得されたようだった。

「あれ…道重さん、何してたんですか?」

自らの中の気まずさを隠そうと、さゆみの背後、つまりカウンターの上のものに目を向けるさくら。
そこには、色とりどりの洋封筒が置かれていた。そのうちの一枚からは、便箋らしきものが顔を覗かせている。どうやら手紙をしたた
める作業の途中だったようだ。

「うん。みんなにね、メッセージをと思って」
「ああ、なるほど」

言われてみれば、カウンターの封筒は9。つまり、さゆみを除いたリゾナンターの数と符号する。

「そんな。直接伝えてくれればいいのに」
「ふふ。そんなことしたら、さゆみ泣いちゃうから」

その時の表情で、さくらはさゆみの心情を読み取る。
本心ではきっと、この喫茶店を離れたくないのだ。と。

604名無しリゾナント:2016/07/05(火) 13:01:54
「やっぱり…無理なんです、よね?」
「うん。さゆみはきっと、みんなの足手まといになっちゃう。れいなですらそう思ったのに、運動音痴のさゆみだったら尚更でしょ?」
「そんな…」
「みんながそうだったように。さゆみも、誰かに守られるだけの存在にはなりたくない」

聞けば、さゆみは明日の早朝にもリゾナントを発ち、警察機構の中でも愛や里沙と懇意にしている信頼ある人間の手によって何重にも位
置情報を秘匿された場所に移り住むのだという。能力者の中でも治癒という敵の利になるような、しかもそれをさらに発展させた物質崩
壊という力を持っていたさゆみ。ダークネスではなくても、実験材料にと手を伸ばしてくる輩がいるかもしれない。その為の対策であった。

さゆみの存在が、手の届かないところに行ってしまう。
その事実は、ついさっきの敵との邂逅ですっかり心が弱っていたさくらの涙腺を緩ますには十分であった。

「み、道重さん…!!」

ひしとさゆみに抱きつくその姿は、通常よりもずっとずっと小さいものに映った。

「わたし、がんばりますから…道重さんがくれたこの場所で、ずっとがんばりますからぁ…」
「ありがとう、小田ちゃん」

さくらの言葉は、堅い決意。
「永遠殺し」からの宣戦布告は、もう自分たちの問題だ。
少なくとも、これから旅立つさゆみには余計な心配をかけるわけにはいかない。
強い心とか細い心は渾然一体となって、さくらに涙を流させ続けた。

605名無しリゾナント:2016/07/05(火) 13:03:06
少しして。
落ち着いたさくらが、ようやく自らの不作法に気づく。

「あ、ごめんなさい。きっとほかのみなさんもこうしたいだろうに」
「大丈夫だよ。実はみんなにはさっきお別れを済ませてきたから。特にりほりほには」
「うん?鞘師さんがどうかしました?」
「いやいや、こっちの話なの。フッフフフ」

途端にいかがわしい笑みを浮かべるさゆみ。
顔と耳を赤らめながら自らの唇に手を当て、身を捩らせている姿はどう見ても何かの事後のようにしか見えない。
が、さくらはそのことについてはあまり触れないでおくことにした。
これから旅立つ人をおまわりさんに突き出すのは、あまりにも忍びない。

「じゃあ小田ちゃんにはこうして会っちゃったから、はい」
「あ、ありがとうございます」
「今ここで開けたりしないでね。さゆみが下手な文章でがんばったのに、意味なくなっちゃうから」

改まってさゆみから渡される、ラベンダー色の洋封筒。
手渡されただけなのに、そしてさゆみは治癒の力を失っているはずなのに。さくらは、自らの心が癒しの手によって翳されたような温か
みを感じた。この温もりと、しばしのお別れをしなければならない。

「それじゃ、おやすみ小田ちゃん。さゆみも、すぐは無理かもしれないけどそのうち、会いに行くね」
「はい…それまでわたし、もっと、もっと強くなってますから…」
「今日はもう遅いから、リゾナントに泊りなよ」
「はい。お言葉に甘えて」

2階に上がってゆくさくらを見送りながら、さゆみもまた自らの胸に暖かいものが流れ込んでくる感覚を覚えた。
さくらだけではない。聖、衣梨奈、香音、春菜、亜佑美、優樹、遥。そして、里保。それぞれから、さゆみは貰ったのだ。これから強く
生きてゆくための、糧となる心を。思い出を。

今宵、一つの時代が終わりを告げる。
だが、新しい時代の幕開けでもある。さゆみも、そして後輩たちも。
未来という名の大海原へそれぞれ、旅立ってゆく

606名無しリゾナント:2016/07/05(火) 13:05:30
>>599-605
『リゾナンター爻(シャオ)』更新終了

話の都合上さゆとのお別れシーンは小田ちゃんだけになってしまいましたが
鞘師とのやりとりは非公開の予定でw

607名無しリゾナント:2016/07/08(金) 22:51:04
>>599-605 の続きです



「なるほど…これは…」

部屋の照明を一切つけぬまま、仄かに光を放つモニターを注視する、白衣の科学者。
そこに映し出されていたのは、「叡智の集積」が欲していた情報の全て。

「jacob's ladder ですか。天へと続く階段とは、よく言ったものです」

つんくが密かに作成し、自らのパソコンに厳重に保管していたデータファイルの名称「ヤコブの梯子」。
再構築不可能なレベルにまで細断化されたファイルの内容の復元は、既に終えていた。

しかしながら、能力者への対処を専門とする警察機構もこんなものである。
反逆者と言ってもいいつんくの保持していた最高機密の情報を、こうもあっさり闇組織に奪われるとは。
奪われたことにすら気づいていないとは言え、その守りの弱さは紺野にとって憐れむほどのレベルであった。
現場における最高指揮官を失った今、彼らの存在は今まで以上に希薄なものになるだろう。

608名無しリゾナント:2016/07/08(金) 22:51:36
データ上で復元されたファイルに、紺野は改めて目を通す。
つんくの目指していたもの。

― 「幸せは地獄の一歩手前」という言葉があります。
大好きなお菓子でも100個食べろと言われれば、誰もが嫌になります。
何個がちょうどいいのか。人の話をよく聞き、気づいたことをメモに残す地道な習慣こそがアイデアの源です。―

一見すると、単なる呟きにしか見えない文章。
彼らの持つ技術力ではこの文章すら復元させることは不可能だろうが、たとえ復元できたとしても意味の分からないポエムとして捨て置かれたに違いない。
しかし紺野には、この文章が何を意味しているのかが理解できた。
いや、紺野にしかわからない、と言い換えてもいいだろう。つまり。

逆に言えば、「地獄の一歩手前」こそが幸せ。
つんくは、紺野に「地獄」を再現させることで「幸せ」を顕在化させようとしている。
まるで世界を満たす闇が、一筋の光を際立たせるように。
そう、解釈した。

そしてその結論は紺野が目指していた目的と、寸分狂わず符合する。
改めて自らの推測が正しかったことが、確信を持って理解できた。

つんくさん。あなたの遺志は…私が受け継がせて貰いますよ。

今は亡き師に花束を捧げるかのように、思いを馳せたその時だった。

「随分、用心深いのね」
「おや、どこかに出かけられてたんですか? 『永遠殺し』さん」

609名無しリゾナント:2016/07/08(金) 22:53:00
苦虫を噛み潰したような顔をして扉を開けたのは、「永遠殺し」。
自らの能力が阻害されていることに気付き、不機嫌を顕にしていた。

「わたしに能力を使われて、不味いことでもあるのかしら」
「いえ。『計画』も最終段階に入っているので、用心深くさせていただいてるだけですよ。ちなみにこの部屋を覆っている『能力阻害』
の力ですが、本拠地のメイン電源と直結させていますので、どこかの輩が私の命を狙おうとすれば本拠地の電源を全て殺す必要が出て
くるわけです」
「本拠地を人質にしてるつもり?」
「いやいや。本拠地の主電源が落ちれば、非常防衛システムが作動して侵入者は絶対に外に逃げ出せませんからね。例え私が死んでも侵
入者は必ず捕まるということです」

「永遠殺し」はため息をつく。
この程度で尻尾を出すような人間ではないことは百も承知ではあるが。

「リゾナンター…小田さくらと会ってきた」
「ほう。『さくら』ですか。元気にしていましたか」
「あんたの目論見通り。きちんと『リゾナンター』らしく、成長してるわ」
「そうですか。別に彼女をリゾナンターにしたくて差し向けたわけではありませんが。まあ、私の自信作が今も健在であるならば、何よ
りです」
「ついでに、最後通牒を突きつけてきたわ」

そこで初めて、紺野は椅子をゆっくり回転させて「永遠殺し」と向き合った。

「それは…いけませんね」
「あら、どうして? あなたも彼女たちを殲滅させるつもりで『金鴉』『煙鏡』の二人を差し向けたんじゃなくて?」
「確かにそうですが、状況が変わりました」

1ミリたりとも表情を崩さない「叡智の集積」。
時の支配者は、思わず声を荒げそうになるのを抑える。状況? あんたはただ、自分の計画のためにリゾナンターを温存させたいだけで
しょう。冗談じゃない。何を企んでるか知らないし興味もないけど、その計画、ご破算にしてあげるわ。喉まで出かかった言葉は、彼女
が本来持つ冷静さによって胸の奥底へと押し戻された。

610名無しリゾナント:2016/07/08(金) 22:54:28
「状況ね。何が変わったと言うのかしらね」
「簡単ですよ。リゾナンター程度に関わってる時間は、なくなったと言うことです」

物は言いよう、と噛みつきたくもなるが。
しかし「永遠殺し」はその時間がなくなった理由のほうに意識が向く。

「算段がついたんですよ。『能力者の理想社会』の実現のね」
「何ですって?」
「私はこれまで、いくつかの下準備を仕掛けてきました。『電波を利用した物質の拡散効果の実験』『共鳴能力の入手』、それに今回
のこともそうです。それらが、いよいよ実を結ぶんですよ」

紺野は、口角を上げずにレンズ越しの目だけで笑って見せる。

「幹部のみなさんにも、色々動いてもらう必要が出てきます。有体に言えば、我々がこの国の頂点に立つための準備、と言ったところ
でしょうか。片手間にリゾナンターを相手にしている暇など、なくなるはずです」
「『首領』はこのことを?」
「もちろん。能力者の理想社会の実現は彼女の悲願ですから」

紺野の言うことには、何の矛盾も無い。
実際に幹部たちがそのような特命を与えられるとしたら、道重さゆみを失いオリジナルリゾナンターを全て失った連中にちょっかいを
掛けている場合ではなくなる。
だが、何かが引っかかる。「永遠殺し」は眉間に皺を刻み、紺野のことを見る。

「ただ。彼女たちが我々の計画の成就に立ち向かって来るなら、話は別です。その時は、好きにしたらいいでしょう。まあ、自らの手
で彼女たちを始末しようとしているライバルは多いと思いますが。『氷の魔女』さんなんかは、特にね」

611名無しリゾナント:2016/07/08(金) 22:55:32
『氷の魔女』。
盟友とも言うべき『赤の粛清』を高橋愛に殺されてから、魂が抜けたようになっていた彼女は。
「金鴉」「煙鏡」がリゾナンターに戦闘を仕掛けた後も不気味な沈黙を保ったままである。その静けさが逆に、彼女の心の中の嵐を表
現しているような気さえ「永遠殺し」には感じられていた。

「次の幹部会議で、話は大きく動くことでしょう。『黒翼の悪魔』さんも戻って来られますしね」
「やっぱり…戻って来るのね」

「鋼脚」から事前に聞かされてはいたものの、改めて紺野の口から聞かされるとその衝撃は決して小さくない。
彼女は何のために姿を消し、そして何のために戻って来るのか。仔細については「鋼脚」からは聞かされてはいなかったが、紺野がら
みの案件だったことは容易に想像できる。おそらくこのことすら「首領」は了承済みであろう。
組織の右腕だったはずの自分が、計画の中心部からはるか遠方へと遠ざけられている。憎しみは全て、目の前の科学者へと注がれた。

「いずれにせよ我々の見る夢は、同じはず。違いますか?」
「…楽しみにしているわ。幹部会議」

それだけ言い残して、「永遠殺し」は紺野の私室を出てゆく。
紺野が見かけ上にしろまっとうな動きをしている限り、自分のほうから行動に移すわけにはいかない。それを紺野はよく知っていた。

「ふう。相変わらずおっかねえなあ、保田さんは」

入れ替わるように、おどけたような声がする。

「ただ、あの凄まじい気の中で平然としてられるお前もお前だけどさ」
「…いらっしゃったなら話に加わってくださいよ、『鋼脚』さん」
「よせよ、疑われるのはお前の日頃の行いが故ってやつだ。それにそんな義理もねえしな」

闇をかき分けるように紺野に近づく、金髪のライダースーツ。
「鋼脚」は、紺野の座る回転椅子に肘をかけ、既にブラックアウトされたモニターに顔を近づける。

612名無しリゾナント:2016/07/08(金) 22:57:14
「…情報部にも教えられない計画、ってか」
「申し訳ありません。ただ、先程も『永遠殺し』さんに話した通り。能力者の理想社会実現のためにはこの計画は必ず実行しなければ
ならない。計画が組織にとって有用であることは…きっと『不戦の守護者』さんが生きていたら、証明してくれたでしょうね」
「お前、相変わらずいい趣味してんな。自分で殺っといてさ」
「彼女を殺したのは里田さんです。私ではありませんよ」

取りつく島もない、とはこのこと。
これ以上紺野から情報を引き出せないと見るや、「鋼脚」は屈めていた体をすっと伸ばす。
まるで、獲物を狩る野獣のように。
空気が、一瞬にして張りつめた。

「能力阻害システム…あたしの体術は、阻害できないだろ?」
「吉澤さんは、そんなことはしませんよ」

お前そういう時だけ名前で呼ぶのな、呆れるような調子で呟いた後。
背を向ける紺野の肩に、そっと手を置いた。

「どうかな。あたしも組織に忠誠を誓った身だ。お前が組織に仇成す存在なら…迷わず蹴り潰すさ」
「なら尚更です。私は決して組織に後ろめたいことをしているわけではありませんからね」
「どうだか」
「ああ、そう言えば」

諦めを帯びた言葉を残し、その場を立ち去ろうとする「鋼脚」に、今度は紺野が声を掛けた。

「今更ですが。『金鴉』さんと『煙鏡』さんのことは、残念でした」
「…同期も、あたし一人になっちまったな」

そこには、悲しみも、怒りすらもなく。
ただただ。喪ったものの姿があった。

それきり、一言も話すことなく。
「鋼脚」は、入って来た時とは打って変って、力なく部屋を出て行った。

あと1年。
紺野が自らに課した計画遂行のタイムリミットだった。
それ以上かかってしまうと、これまで保ってきた組織の危ういバランスが崩れてしまう。
「永遠殺し」「氷の魔女」「鋼脚」そして「首領」。彼女たちの思惑は複雑に絡み、ともすればのっぴきならない状況にもなりかねな
かった。
その上姿を「消させていた」組織最強の能力者が、帰ってくるのだ。彼女のことをどう説得しても、やはり1年が限界だろうと踏んで
いた。

役者が揃うには、もう少し、か。

紺野の描く絵図、それが日の目を見るには、今しばしの時間が必要だった。

613名無しリゾナント:2016/07/08(金) 22:58:18


愛佳の走らせる車は、ひたすら深い森を突き進んでゆく。
この現代社会に、ここまで俗世と隔離されたような場所があったのか。ハンドルを執りながらも、つくづく愛佳は能力者社会の懐の深
さを思い知る。

「能力者たちの隠れ里、ですか」
「うん。姿を隠すには、うってつけの場所なの」

よんどころのない事情で闇組織の手から逃れなければならない能力者たちが、一時的に身を寄せる場所。
文字通り隠された場所であることから、「能力者たちの隠れ里」と呼ばれていた。
さゆみはそこに身を寄せると言う。

「そこでね、お店をやってみようかと思うの。簡単な料理を作ったり、ケーキを焼いたり。もともとは絵里と一緒にそういうお店をや
りたいって思ってたんだよね」
「ああ、そう言えばそんなこと言うてはりましたなあ」

いかにも懐かしい、といった表情をする愛佳。

「りほりほや、他のみんなとは一緒にはいられないけど。そうやってお店をやることで、あの子たちとは繋がってるような気がするの」
「…あいつらに、道重さんの居場所を教えてあげなくてもよかったんですか?」

愛佳の何気ない質問。
さゆみは、瞳を伏せて俯きつつも、

「それは、あの子たちを危険な目に遭わせてしまうから」

ときっぱり言い切った。

614名無しリゾナント:2016/07/08(金) 23:00:07
治癒と崩壊の力を併せ持っていたさゆみの存在はそれほどの、闇社会の人間からは垂涎の的であった。
ならば、余計な情報はできるだけ与えない方がいい。
さゆみが最後の別離を手紙で済ませたのも、その理由が大きかった。

「でも、愛佳だって」
「ええ。今回のことで、思い知らされました。うちが『予知』の力を持っていた過去ですら、敵にとっては利用すべき手段なんやって」

愛佳もまた、さゆみを送ったその足で空港まで向かう予定であった。
彼女が渡米を決意したのは、もちろん必要最低限の戦闘能力や諜報能力を身に着けるためでもあるが。
敵に付け入る隙を与えてしまった、いざという時の精神の脆さを鍛え直すためでもあった。

「ちょうどええ具合に、ロス市警のハイラム警部がええとこ紹介してくれるらしくて」
「ああ、あの…」

さゆみは、異国で出会った人のよさそうな中年の顔を思い出していた。
とある依頼で当時のリゾナンター全員がロサンゼルスに渡った時のこと。
彼女たちの行動をサポートしてくれたのが、ロサンゼルス市警のハイラム・ブロック警部だった。その後も、愛佳は語学留学も兼ねた
米国の渡航時に、しばしば連絡を取っていたのだった。

「まあ見といてください。必ず今のリゾナンターの力になれるようになって、帰ってきますから。何なら新たなリゾナンター候補でも
送り込みますか?」
「いいね。でも、それに関してはさゆみの方が先かもね。だって、『隠れ里』には元気な子がいっぱいいるから」

「能力者の隠れ里」には、さゆみたちリゾナンターがダークネスやその他の非合法組織から保護することになった、未成年の少女たち
も多く暮らしていた。もし彼女たちの中にリゾナンターとしての素質を持つものがいれば、今のメンバーたちの戦力増強にはうってつ
けとも言えた。

615名無しリゾナント:2016/07/08(金) 23:00:54
「しかし、警備のほうは大丈夫なんですか? いくら厳重に結界によって守られてるとは言え」
「それは大丈夫。隠れ里と言っても、防衛に特化した能力者の人たちが何人もいるし、いざとなったら『空間転位』で隠れ里ごと移動
することもできるらしいから」
「里ごと…」
「それと能力を失ったとは言え、かわいい子はさゆみが身を挺して守ってあげるの。フッフフフ」

もしかして隠れ里にとって、さゆみが一番の脅威なのでは。
そんな疑念が愛佳の脳裏に過ったのは秘密の話。

一本道の道路はやがてゆるいカーブを描きながら、森を抜ける。
両脇に草原が広がる拓けた場所で、さゆみは愛佳にここでいいから、と声をかけた。

「え、ここなんですか?」
「うん。あとはさゆみ一人で大丈夫。それに危険な目に遭わせられないのは、愛佳もだから」

ほんの一握りの人間以外は、里がどこにあるのかさえもわからない。
「隠れ里」の安全性を、愛佳は改めて思い知らされる。

「落ち着いたら…またみんなでパーティーしましょうよ。その時は、ジュンジュンやリンリン、久住さんも呼んで」
「そうだね。愛ちゃんやガキさんに…絵里も」

別れが辛くなるといけない、とさゆみは足早に車を降り、愛佳が再びエンジンをかけるのを見送る。
遠ざかる車体はしばらく視界の奥に佇んでいたが、やがてそれも見えなくなっていった。

616名無しリゾナント:2016/07/08(金) 23:01:40
柔らかな風が、草原を揺らす。
さゆみの頬を撫でるその優しさは、必然的に亀井絵里のことを思い出させた。

このような形でリゾナンターを離脱することを、絵里はどう思うだろうか。
さゆみは、自らに問いかける。
リーダーという重責を拝命した時から。ダークネスの、闇の脅威のない景色を後輩たちに見せたい。その思いだけで、ひたすら走って
きた。けれどその夢は、思いがけない形で後輩たちに託すこととなった。

― それもまた、さゆらしいんじゃないかな ―

もちろん、絵里がさゆみの問いにそう答えた訳では無い。
けれど、さゆみには彼女ならそう言うだろうと、思っていた。
それもまた絵里らしい。そんな言葉を添えつつ。

若葉薫る草原へと、足を踏み入れるさゆみ。
どこからともなく空間転位の力が具現化された光が差し込み、その姿を包み込むと。
後には誰の姿もなく、そよそよと風が草葉を揺らしている光景だけが、残されていた。

617名無しリゾナント:2016/07/08(金) 23:03:11
>>607-616
『リゾナンター爻(シャオ)』 了

完結させるのに2年もかかってしまいました…
次回作はまたのきかいに

618名無しリゾナント:2016/07/22(金) 12:26:05


夜。
都心の一等地に立てられた真新しい高層ビルの前に、一組の男女がいた。
男は、撚れた黒のジャケットを羽織った、白のTシャツとジーンズという簡素な身なり。一方、女は所々にリボンがあしらわれつつも
その全てが漆黒に染められたゴシックロリータ調のドレスを着ていた。
明らかに、不釣り合いな組み合わせ。

「…いいんですか?」

男が、にやつきながらそんなことを言う。
疎らな無精髭の、錆びついた中年の貌だ。

「問題ない。てか、前金払ったろ。文句言うなっての」

これだけの規模の高層ビルでありながら、行き交う人間はまるで見当たらない。
男は、女が「これから行う儀式」のために、ビルのオーナーに毎月のように高額の謝礼を渡しているという話を思い出した。だからこ
の時間はビジネスマンはおろか、ガードマンすらいない。

高層ビル群の中に出現した、静寂の空間。
それは、建物の中に入ってからもまるで変わらなかった。
受付にも、エントランスの一角にあるカフェにも、人影はまるでない。
硬いハイヒールと、そのあとをおずおずとついてくる草臥れたスニーカーの音だけが、空しく鳴り響いていた。

619名無しリゾナント:2016/07/22(金) 12:27:11
ここはまるで誰かの為に立てられた巨大な墓碑のようだ。
男は何とはなしに、そう思った。この静謐さは、雨の降り止まない墓地のそれによく似ている。
男が生業とする仕事で、よく訪れる場所だ。
そう考えると、目の前を歩く女の、黒いドレスが喪服のそれに見えてくるから不思議なものだ。

そう言えば、と最初に女と会った時のことを思い出す。
女は妙に覇気に欠ける、シンプルに言えば生気のない表情をしていた。それは仕事を執り行う今日になっても変わらない。まるで葬式
で棺に入る死体のよう、とは言い過ぎだが葬式に出席する参列者の持つような陰鬱さは十分に感じられていた。

男は。
「記憶屋」と呼ばれる能力者の集団の一人だった。
人間誰しもいつかは死が訪れるものだが、そう簡単に割り切れるものはあまりいない。その死者と生者の橋渡しをするのが彼らの能力
であり、仕事であった。

女が、何もない壁に手をやる。
すると、重厚な作りの石扉が壁の表面に現れ、重苦しい音を立てながら左右に開き始めた。
職業柄、大抵のことには驚かないつもりではいたが、それでも男の目を丸くさせるには十分の仕掛であった。

「…オーナーに作ってもらった、んですか」
「余計な詮索は前金の中に入ってない。とっとと行くよ」

だが、そんな男の様子など気にも留めずに、女は扉の先の階段を下りてゆく。
秘密主義。どうにもいけすかねえや。
思いつつも、それを口走ったとたんに己の身が危うくなることも男は知っている。

620名無しリゾナント:2016/07/22(金) 12:28:33
ダークネス。
闇社会の末端にいる男ですら、その名前は良く知っていた。
規模だけで言うなら例の「国民的犯罪組織」には劣るものの、それでもその名を聞けば大抵の能力者たちは尻込みしてしまうほどの存
在であった。特に「幹部」と呼ばれる能力者たちはこの国でも有数の実力者たちだという。そんな連中が、悪事に手を染めているのだ。
肝を冷やさずにはいられないだろう。

そして、その「幹部」の一人と目される女が、男の先を歩いているゴスロリだということも。
男は、十分に知っていた。知っていながら、依頼を受けたのだ。
リスクをはるかに上回る前金が振り込まれたのももちろん理由の一つではあるが、それよりもそこまでの地位に上り詰めた人間ですら、
自分たちの力を必要としている。そのことをこの目で確かめたくなったのだ。

男の力は、ありていに言えば「接触感応」に分類される。
モノや場所に残された残留思念を読み取る能力。そして彼ら「記憶屋」は、特に人間が死ぬ際にその場所に刻まれた残留思念を読み取
ることを得意とする。死者の最後の声を聞く、というのが彼らの商売における宣伝文句だった。

薄暗い階段を、ゆっくりと降りてゆく。
沈黙。そして静寂。まるで死者の世界に乗り込むかのような陰鬱さに、男がたまらず口を開く。

「ここは、どういう場所なんで?」

お前には関係ない。そう言われるのを覚悟で聞いてみた。
口を噤んで沈黙に押し潰されるよりはいくらかはましだ。そう思ったのだが案外女は答えてくれた。

621名無しリゾナント:2016/07/22(金) 12:29:51
「…このビルの前に建ってたビルが『謎の爆発事故』で木端微塵に吹っ飛んだ事件は知ってるだろ」
「ああ。テレビを賑わせてましたね。何せあれだけの質量の建物が一気に崩壊して瓦礫になるんだ。マスコミは色々騒ぎ立ててました
ね。やれ地下に戦時中の不発弾が埋まってただの、関東広域に分布するガス田からガスが漏れただの、ね」

男は暗に原因がそれらのことではないだろうということを匂わす。
「謎の爆発事故」はお偉いさんが能力者絡みの事件をもみ消す時の常套手段。半年ほど前の巨大アトラクション施設の事故もそうだ
ったのではないかと、業界の中では噂されているほどだ。

「その事故で…仲間が死んだ」
「へえ」

その氷を思わせる冷ややかな表情に、似つかわしくない台詞。
だが、そんな事情でもない限り自分のような「記憶屋」には依頼しないだろうとも思った。

「で、そのお仲間は。どんな人だったんで?」
「…お前には関係ねえだろ」

少し踏み込み過ぎたようで、男は明らかな拒絶を食らわされる。
まあいい。その死んだ仲間とやらのことは、あとでたっぷりと知ることになる。
男は自分の残留思念感知能力に、絶対の自信を持っていた。

階段が終点を迎える。ほんの僅かのスペースの先にある、頑健そうな鉄扉。
大の大人でも手こずりそうなデカブツを、女は表情ひとつ変えずに開けて見せた。

622名無しリゾナント:2016/07/22(金) 12:31:03
「…入んな」
「あ、ああ」

扉の先には。
打ちっぱなしのコンクリートの広がる広間、その中心には瓦礫のようなものが積み上げられていた。
いや。瓦礫だらけの場所を後からコンクリートで囲い固めた、そんな印象さえ受ける。

「この場所は、あの日あの時のままだ。やりやすいだろう?」

瓦礫のモニュメントの前に立ち、女が言う。
男はそれには答えず、瓦礫の前まで歩み寄ると、そのまま跪いた。
そして掌をそっと、瓦礫に添えた。

流れ込んで来る、残留思念。
女が二人、そこにはいた。一人は黒衣の、赤のスカーフが特徴的な女。
そしてもう一人は、編上ブーツに黒と白の戦闘服らしき服に身を包む女。
赤いスカーフの女が手を翳した瞬間、空気が、そして瓦礫が激しく爆ぜる。かなりの能力者。記憶の残像だけで身震いがする。だが、
対抗する女も負けてはいない。俊敏な動きで敵を翻弄し、手からは溢れる…これは、光? 聞いたことがある、全てを光に還す至高の
能力者の存在を。
光と、爆風。二つの激しい争い。永遠に続くかと思われた戦いは、光の女が放った光線が相手の心臓を貫くことで決着を見る。溢れる
鮮血と、染め上げられた赤い夕陽がシンクロし、倒れる女。女は満足そうに微笑み、そして…

そこで、思念は途絶える。
額には汗が玉のようにこびり付き、拭うと不快な湿り気となって手の甲に纏わりついた。
「記憶屋」となってから幾多の経験を経てきた男だったが、これほど濃密で強烈な残留思念に触れるのは、ほぼはじめてのことだった。

「あんた、大したもんだね」
「何が、だ」
「今まで連れてきた『記憶屋』はほとんど、この時点で半分気絶しかけてた。あたしが喝入れるまで、呆けてるやつがほとんどだった
からさ」
「へっ。何年この仕事やってると思ってんだよ」

強気な口を利く男だが、正直体力の消耗の激しさを実感していた。
それほどまでにあの記憶は、凄まじい力を持っていたのだ。

623名無しリゾナント:2016/07/22(金) 12:32:08
だが、ここでへばっている暇はない。男の仕事はまだ、終わっていないからだ。

「それじゃ、この記憶を。あんたに移すぜ? いいな」
「…さっさとやんな」

男は立ち上がり、女の前に立つ。
女は自らの身を委ねるように、瞳を閉じ、そして自らの額を差し出した。
「記憶屋」の本領は、ここから発揮される。
残留思念を読み取り、相手にその情報を寸分違わず受け渡す。それが男の能力であり、そして女の依頼でもあった。

瓦礫から記憶を吸い取った掌が、女の額に当てられる。
すると、それまで表情のなかった女に変化が現れた。
男がそうであったように、女もまた尋常でない量の脂汗を流し始める。そして、眉は引き攣り、皺が深く刻まれ、口元が大きく歪ん
だ。これはまさしく。激しい憤怒によるもの。

「う…お、お、うああああああああああっ!!!!!!!!!!!!!!!」

女のものとはとても思えない、叫び。むしろ、獣の咆哮に近い。それほどの殺気、そして重圧。
空間がびりびりと震えるような、衝撃。記憶を流し続けている張本人の男ですら、立っているのがやっとの状態だった。
記憶の凶悪さに加え、女自身の凶暴性、地獄のマグマのような煮え滾る怒りがこの状況を生み出している。女と、記憶の中の二人が
正確にはどのような関係かは男は知らない。だが、これだけは言える。
女の怒りと悲しみは、永遠に癒されることは無い。と。

「がっ…はっ…はぁ…はぁ…」

記憶が全て渡されると、女は崩れ落ちるように両膝を落とした。
息は乱れ、体で大きく息をしている状態。
男は女の前で屈み、声をかける。

624名無しリゾナント:2016/07/22(金) 12:33:12
「どうだい。これで満足かよ」
「ああ。あんた、相当の腕利きだね…おかげで…」

女は、伏せていた顔をゆっくりと上げ。

「これで『最後』で済みそうだ」

急激に冷却されてゆく空気。
氷の槍が交差するように、男を刺し貫く。

「さっきも言ったよな。『何年この仕事やってると思ってるんだよ』ってな」

だが、女の作った磔の交差点に、男はいない。
それどころか、女の体から急速に力が抜け始めた。

「能力阻害」。いつの間にか、仕掛けられていたらしい。

「…ちっ。初めから知ってたのかよ」
「ああ。あんたの仕事を受けた『記憶屋』が何人も行方不明になってる。記憶を移し終わったところで、用済みになった『記憶屋』を
憤怒のままにぶち殺したってとこか。だが派手にやり過ぎたな、氷の魔女ミティさんよ」

男が、再び女の前に現れる。
手には、凶悪な光を湛えた銀の刃が握られていた。

625名無しリゾナント:2016/07/22(金) 12:34:22
「ここであんたに無残に殺された『記憶屋』たちの残留思念も流れ込んできたぜ。それを読み取った俺が、そいつらの無念を晴らす
ためにお前をここで殺す。何もおかしくはねえだろ」
「…ダークネスに喧嘩売るとは、いい度胸してるよな」
「はっ。噂じゃ奇行が過ぎて組織でも鼻つまみになってるらしいじゃねえか。却って厄介払いができていいだろうよ」

再び、男が身を屈める。
今度は女の髪を掴み、そして引っ張り上げる。その首を、掻き切るために。

「ちなみにあんたの力を奪ってるのは、闇市場で手に入れた能力阻害装置の賜物さ。おかげで俺の貯めてきた蓄えが半分ほど吹き飛
んだがな。性能には半信半疑だったが、弱ったあんたには十分すぎる効き目だったようだ」

女は。
相も変わらず、色のない目で男を見ている。
死の間際ですら、枯れた感情は戻らないようだ。

「じゃあな。ミティさんよ」
「なあ。なんであたしが『魔女』って呼ばれてるか、知ってるか?」
「さあ? 知らないね」

大方、力に酔った連中による僭称だろう。
だが男はそんなことは言わなかった。女の命乞いにも似た時間稼ぎに乗る必要など、まるでないからだ。
すぐにでも、その口を命とともに閉じてやる。

いや違う。
一刻も早く、この女を殺さなければならない。
でないと。でないと俺は。

「あたしの中に…『魔女』がいるからさ」

声にならない叫びを上げながら、男がナイフを走らせる。
白い喉元を引き裂いたはずの銀の刃。しかしそれはすでにこの世界には存在していなかった。

そして、男自身も。

626名無しリゾナント:2016/07/22(金) 12:35:45


「…“極上の記憶”をいただいたお礼、とは言えサービスし過ぎたか」

まるで、何事もなかったかのように立ち上がる女。
墓所に似たその部屋には、相変わらず瓦礫が積まれているだけだった。

女  ― 氷の魔女 ― の、真の能力。
能力阻害状況においては使うしかなかった、がその効果は絶大だ。
魔女を亡き者にしようとした男は、肉片ひとつ残さずこの世から消え失せた。

ヘケート…。

力を解放した「氷の魔女」が、呟く。
今となっては人の名前なのか、それとも戒めの楔なのかすらも判然としない。
だが互いに自らの能力を隠しあうダークネスの幹部たち、そのうちの「氷の魔女」の能力の中枢であることには間違いなかった。そ
れはあの日あの時。その「力」を受け継いだ時から、ずっと。

黒のドレスを翻し、その場を立ち去ろうとする女。
しかし、その身は再び崩れ落ちる。頭の中を、漆黒の渦が逆巻きはじめた。

くそ…記憶の揺り戻し…か?

右手で顔を覆い、襲い掛かる悪意から逃れようとする魔女だが、一度流れ込んだ記憶を追い出すことなどできない。
最初は自らの復讐心を絶やさぬよう、黒き炎を猛らせようと「記憶屋」と呼ばれる輩に依頼したのが事の端緒であった。刻まれた記
憶は魔女の求めるままに、鮮やかな色をもって凶暴化してゆく。戯れに仕事を終えた「記憶屋」たちの命を奪うのも、裡に育つ記憶
の魔物の成長具合を確かめるためだった。

627名無しリゾナント:2016/07/22(金) 12:36:46
だが今度のそれは、それまでのものとはまるで比較にならない。
舞い上がる土埃。滴る赤い血。血液の赤よりなお赤い、沈みゆく夕陽。全てが、まるで「氷の魔女」自身が体験したかのように彼女
の脳に刻まれ、焼き付けられていた。

顔を覆う右手の指の力が、抑えられない。
爪はやがて皮膚に食い込み、魔女の顔から血を滴らせる。
先程と同じだ。膨れ上がる、激しい怒り。憎い。憎い憎い憎いにくいにくいにくいにくいにくいにくいいいいいいいいいいいいいい
いいいいいいいいいいい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

一番許せないのは。
高橋愛にとどめを刺され、安らかに死んでゆく「赤の粛清」。
「記憶屋」の写し取った記憶は。彼女の残した思念すら魔女に伝えていた。
そこで垣間見た、残酷なる真実。

「赤の粛清」が「氷の魔女」に遺したものは。なにも、なかった。

ふざげんな。
ふざけんなふざけんなふざけんなふざけんな。
怒りを通り越し悲しみの感情すら飛び越えて、最早涙すら出ない。
爪が抉る傷口から溢れる血も、表面に出た途端に凍り付いてゆく。
これは十分だ。十分すぎる理由づけだ。

高橋愛の守ってきたものを、悉く壊してやる。

628名無しリゾナント:2016/07/22(金) 12:38:02
まずはあの幼さを残した次世代の少女たちだ。
一人残らず、縊り殺してやる。そして、彼女たちの全身を凍らせ氷の墓標とするのだ。
魔女の背後に聳える、響き合うものたちの生きた証。それを、愛の目の前で粉々にしてやろう。

凍りついたままの表情で、原型を留めぬほどに破壊される、共鳴の少女たち。
愛から受け継がれたであろう意志は、そこで終わる。もう、心が鳴り響くことはない。

愛の悲鳴が、怒りが、嘆きが零れ落ちやがて大河になり。
魔女の心の砂漠を流れるだろう。それでもなお、渇きは。いや、永遠に潤されはしないのだ。

― そう遠くないうちに、ご用意しますよ。とってきの、舞台をね ―

組織の頭脳である「叡智の集積」は、魔女にそう約束した。
「氷の魔女」は組織に傅いているわけではない。それは彼女の「nonconformity(不服従)」の別名からも明らかだ。
彼女が組織に属し、今までやってきたのは偏に成り行きに過ぎない。「永遠殺し」や「鋼脚」らの他の幹部が組織に忠実に動いてい
るのとは、明らかに一線を画してきた。

しかし。かのDr.マルシェがそう言うのなら。
舞台が整うまで待ってやろう。約束が果たされなければその時はその時。膨れた面を白衣ごと引き裂いてやればいいだけの話だ。最
早彼女に失うものなど、何もないのだから。

再び魔女が、立ち上がる。
頭の中で渦巻いていた黒い記憶の波は、あらかた引いてしまっていた。

629名無しリゾナント:2016/07/22(金) 12:39:42
>>618-628
『リゾナンター爻(シャオ)』番外編「凍てつく、闇」 了

630名無しリゾナント:2016/08/03(水) 19:34:43


天高く、聳え立つ鉄塔。
近年新しい東京のシンボルタワーとして建設され、観光名所としても名高いその塔は。
多くの人が知るその姿とは異なる点が、二つ。
一つは、時が遡ったかのようにいくつもの鉄骨の組まれた作りかけであるということ。
そしてもう一つ。
白く輝く素材で作られたはずのそれは。黒く。黒く、染め上げられていた。

言うなれば、漆黒の塔。

さらに言えば、塔が指さす空もまた異様であった。
雲一つないはずの空は光を失い、どこまでも黒を湛えている。どことなく闇夜にも似ていたが、決定的に違うのは月も星もそこには
存在していないということ。
ここは、空間作成能力者たちが心血注いで作り出した、異空間。
本物の電波塔と緯度・経度を同一にしながらまったく別物の塔が存在を許された、特別な空間であった。

突如、塔を正面に見据えた空に亀裂が走る。
小さな皹は鋭い音を立てて広がってゆき、やがて。

空間の裂け目から、伸びてゆく二本のレール。
その上を、豪奢な外装の列車が滑るように走る。
空から地に沿って伸び続ける線路、列車は塔の入り口をプラットホームとして狙い定めたように、滑り込んでゆく。

631名無しリゾナント:2016/08/03(水) 19:36:00
塔の真下では、黄色の安全ヘルメットを被った女が黒ずくめの作業員たちに逐次指示を与えていた。
工事帽には似合わぬプリン色の髪、しかし作業服を着たその姿はあまりにも似合いすぎていた。彼女が末席ながらも組織の幹部など、
言わなければ誰も分らないだろう。

その女が、列車の到着に思わず身を飛び上がらせる。
入線、というよりは着陸に近い列車の到着、女は弾かれたように搭乗口まで走って行った。

ゆっくりとした動作で停車した車両、その重厚で豪華なつくりの車体に相応しい、威圧感のある鉄扉が左右に開く。
現れたのは、パンツスーツの猫目の女。泣く子も黙る、ダークネスの大幹部だ。

「すっげえ列車ですねぇ、保田さん!!」
「…任務中に名前を呼ぶのはあまり感心できないわね」
「あっ!ご、ごめんなさい『永遠殺し』さん!!」
「まあいいわ。『首領』の『空間裂開』を使うことなく、異空間を移動することができる『unusual space train ― 異空列車』。例
の計画遂行時にも、大きく役立ってくれるはずよ」

列車から降り立ち、塔を見上げる「永遠殺し」。
建設途中とは言え相当な高さにまで建築されたそれは、闇色の塗装も相まって文字通り「あの塔の影」のように見えた。

「…大分、完成に近づいてるみたいね。オガワ」
「そうなんですよぉ! この調子で行くと予定よりも早く完成しちゃうんじゃないかってくらいに」

だらしない笑顔を浮かべ、猫目の女 ―「永遠殺し」― ににじり寄るオガワ。

「ただ。いくら早く完成したとしても、あの子は実験期間が増えたと喜ぶだけでしょうけど」
「あさ美ちゃんすか? あー言いそうですね。『実験は繰り返すことで、精度が向上しますから』とか言って」

オガワは「親友」の口真似をしてみせるが、「永遠殺し」は無反応。
意外とクオリティに自信があっただけに、がっくりと肩を落とした。

632名無しリゾナント:2016/08/03(水) 19:37:32
「ともかく。この『もうひとつの塔』はマルシェの計画にとって重要なものらしいから。あなたの責任も重大よ」
「そ、そりゃもちろん!! …あ」
「何? そんな呆けた顔して」
「いやー、あさ美ちゃんには何か聞けなかったんですけど。この『塔』っていったいどういう役割を果たすんですかね」

言いながら、デシシ、と音が出そうな笑いを見せるオガワ。
あの子、肝心なことは何も教えてないのね。と呆れつつも、「永遠殺し」は哀れな後輩のために簡素な説明をしてやることにした。

「…数年前の、『ステーシー計画』は知ってるでしょう?」
「あー、あの電波を使って人々をゾンビみたいな存在にしちゃうやつですよね。リゾナンターたちに阻止された」

苦い顔で、オガワはその時のことを回想する。
『ステーシー計画』とは、かの有名な電波塔から発せられる電波に特殊な仕掛けを施し、電波の影響下にある人間を人ならざる存在に
しようという計画であった。だが、当時のリゾナンターたちに塔内に乗り込まれ、電波発生装置を破壊されたことにより計画は失敗に
終わる。計画発案者である紺野にとっては取るに足りない戯れの一つに過ぎない、という評価のものだったと記憶していたが。

「あの原理を使って、日本中の全国民をダークネスの支配下に置くのよ」
「ええっ!そんなこと、可能なんですか!?」
「可能らしいわよ。田中れいなから奪った、共鳴増幅能力があればね」
「マ、マジっすか…」

紺野が自らの実験の成功を高らかに謳った、田中れいなの能力簒奪。
だが、奪ったモノの使い道については多くを語らなかった。まさか、このような使い道があるとは。普段からぽかんと口を開ける癖の
あるオガワではあるが、あまりに突飛かつ壮大な計画に開いた口を閉じることすら忘れてしまう。

「その計画を実行するには、表の塔と『もうひとつの塔』の存在が必要不可欠…というわけ」
「はぁ。なんで電波塔が二つ必要なのかはよくわかんないすけど、なんとなくわかったような」
「そこまでは知る必要もないでしょ。あなたも、もちろん私もね…ところであんた、今暇?」
「え?」

オガワは、「永遠殺し」の突然の質問に目を白黒させる。

633名無しリゾナント:2016/08/03(水) 19:38:43
「いや…作業は下っ端の連中に任せてるんで。ちょっとくらいなら大丈夫ですけど」

答えるか答えないかくらいのところで、「永遠殺し」が背を向ける。

「えと…保田さん?」
「何をぼーっと突っ立ってるのよ。折角だから、『異空列車』の案内をしてあげようじゃない。あんたも一応幹部の端くれなんだから、
勉強しておきなさい」
「は、はいっ!ぜひお供させてくださいっ!!」

オガワは、幹部の中でも末席の存在だった。
他の幹部たちと比べ、重要なポジションにいるわけでも、組織に大きく貢献しているわけでもない。怪しげな英会話レッスンのビデオ
で小銭を稼ぐのが精いっぱいである。

「弾薬庫」、と他の幹部に倣って二つ名を自称するもまるで定着しない。最近では「鋼脚」が率いる五人の新人たちにすら圧され、そ
の影をますます薄くさせていた。
Dr.マルシェと旧知の仲であること以外、取り立てて特色のない彼女。一応「物質転移」の能力は持つが、他の幹部たちと比べると
聊か地味なのは否めない。最近では「叡智の集積」の旧友という看板すら、古ぼけてきていた。

そんな彼女にとって、大幹部とお近づきになれることは決して悪くない話だ。
それに。オガワには予感があった。
この「永遠殺し」の提案には。何かがある、と。

634名無しリゾナント:2016/08/03(水) 19:39:57


豪奢な列車の内装は、さらに贅を極めていた。
高級レストランと見紛うばかりの食堂車に、貴族のプライベートルームを思わせる客室。
車両の先頭には礼拝堂すらあった。最早列車の形をした高級ホテルである。

「いやいやこれは…どういう経緯で組織はこんなものを?」
「とある小国を実効支配した時に接収したものを、そのまま使ってるらしいわよ。詳しいことは私も知らないけど」

おっかなびっくりに煌びやかな絨毯を踏むオガワに、「永遠殺し」が素っ気なく答える。
その様子はまるで田舎者を引き連れて歩いているようだ。
途中の鏡張りの部屋で自分の姿を見るまでは、ヘルメットを被ったままという情けない恰好であたりをきょろきょろしているという覚
束なさである。

きらきらと輝くシャンデリアが吊り下げられているその下を歩く二人。
やがて、「永遠殺し」は狙い定めたかのように客室のドアを開け、中に入る。

「『永遠殺し』さん?」
「オガワ…あなたに、お願いがあるのよ。まずはそこに座って頂戴」

後ろ手にドアを閉めた「永遠殺し」が、食い入るような目でオガワを見る。
何事か、という思いと、来た、という予感が交差し、複雑な軌跡を描いていた。

言われた通り、部屋のソファーに腰を落とす。「永遠殺し」もまた、向かい合うように反対側のソファーに腰を落とした。すると、タ
イミングを見計らったように黒服の男が部屋の中にすっと入って来た。

「オガワも、飲めるんでしょ」
「ええまあ、人並みには…あ、そうだ」

何かを思いついたのか、右手を天に掲げるオガワ。
しかし、

635名無しリゾナント:2016/08/03(水) 19:41:17
「それはやめておきなさい」

という「永遠殺し」の一言によって、右手を下げざるを得なかった。
一体、どういうことなのか。

「あんた今、物質転送を使おうとしたでしょう?」
「いや…はい、そうですけど。お酒、持って来ようと思って」
「この異空列車はね。空間と空間の間を行き来するために、自らの存在自体を異空間としているの。つまりこの場所自体が通常とは別
の空間ということね。そんな場所に転送用とは言え、穴を空けたらどうなるか」

ひええ、と思わず声が出てしまうほどに。
最悪、空けた穴に吸い込まれて二度と戻れなくなってしまうかもしれない。それは彼女たちのボスの能力である「空間裂開」級の恐怖
であった。

「それに、こういった余所行きの設備には、きちんと常備されているものよ」

黒服にいつものやつ、と声を掛ける時の支配者。
恭しく一礼した黒服は、入って来た時と同じように軽やかな身のこなしで部屋を出てゆく。

「…ただものではないようですね」
「ええ。この異空列車の給仕兼、ダークネスによって肉体を強化された特殊戦闘員。だいたい10〜20人は列車内に常備させてるのよ」

例の計画時にはこの列車は唯一無二の「運搬」の役目を負う。
不測の事態に備え警備を万全にするのもまた当然か。オガワがそんなことを思っていると、先ほどとは別の黒服が銀色のトレイを手に
乗せやって来た。上には、背の低いグラスが二つと。

「し、白子…」
「何よ、嫌いなの? 芋焼酎にはぴったりよ」
「いえ…ただ、わたしとしてはてっきりワインとかクラッカーみたいのが出てくるかと」
「ありきたりな発想ね。マルシェに呆れられるわよ」

明らかに場にそぐわない酒とそのつまみ。
だが、先輩のチョイスに不服を申し立てて機嫌を損ねるほどのものでもない。
供されたものを、ありがたく頂くことにした。

636名無しリゾナント:2016/08/03(水) 19:42:34
「では、ダークネスの栄光とますますの繁栄に」
「…ベタねえ」

苦笑しながら、オガワが差し出したグラスに軽く自らのグラスを当てる。
緊張感からなのか、いきなり中のものを一気に呷り、かーっ!やっぱ芋の香りがいいっすねえ、などと調子のいいことを言いだすオガワ。

最近どうなのよ? という定番の話題を足掛かりに、「永遠殺し」はオガワの現状を色々と聞きだす。
やはり、待遇はあまりよろしくないようだった。

「久住小春をダークネスに入れようって話になった時、あたしは自分の新潟キャラを取られるかと」
「…今日はあんたの愚痴を聞きに来たわけじゃないの。そろそろ本題に入るわよ」
「へ?は、はい…」

酒が進み、滑らかになった弁舌に冷や水。
だが、次に語られる「永遠殺し」の言葉は。

「あんた。計画の当日、マルシェを『物質転移』でどこか遠くに飛ばしてちょうだい」
「…え」

それ以上の衝撃を持ってオガワの胸に突き刺さった。

「あの子が何を考えてるのか、わたしにはわからない。けど、あたしがやることの邪魔だけは…絶対にさせない」
「それってどういう」
「計画の当日。わたしが、リゾナンターたちを抹殺するわ」

言葉が出ない。代わりに口の中の白子を飲み込む。
リゾナンターを抹殺する、という言葉が「永遠殺し」から出たと言う事実。確かにこれまでも、組織は自らに仇なす存在であるリゾナン
ターの始末について何度も試みてはいる。だがそれはあくまでも、目の前を飛ぶ小五月蝿い存在を手で払うかのような対応だった。

637名無しリゾナント:2016/08/03(水) 19:44:21
だが、今回は今までとは違う。
何せ、ダークネスのオリジナルメンバーに比肩する幹部「永遠殺し」の発言なのだから。
粛清人制度が誕生する前は、彼女が中心となって組織の敵対者を葬って来たという。それを、組織内外の情報統制、つまり今の「鋼脚」の
役割をしつつこなしていたと言うのだから驚きだ。その彼女が、ついにリゾナンターの始末に動く。

「だけど。あんたも知っての通り、マルシェ…紺野はあいつらのことを高く買ってる。まるで、いざという時に都合よく使えるチェスの駒
みたいに。だからその駒を使う前に」
「前に…?」
「私がこの手で潰す。だから、変な邪魔はされたくないのよ」

粘りつくような視線が、オガワに向けられる。

「迷うのはわかるわ。けど…」

確かに、オガワは迷っていた。
紺野あさ美は、オガワの同期である。今となっては一方的ですらあるが、ある種の友情を感じているのも事実だ。同じく同期だった高橋愛
や新垣里沙が組織を去った今、たった一人の同期なのだ。そんな人間を裏切るようなことをして、果たしていいのだろうか。

「どちらにつくのが賢明か。考えてみなさい」

オガワは、あさ美の恐ろしさもまた、知っていた。
自らの研究の妨げになる人間には、決して容赦しない。かつて彼女が生み出した「れでぃぱんさぁ」なる異形の化け物は、彼女の研究に異
を唱えた研究者が素体になっていたと聞く。また、科学部門統括の座を虎視眈々と狙っていた主任クラスの人間も、彼女の逆鱗に触れ人知
れず粛清されたとか。

だが。
今そこにいる「永遠殺し」のほうが、より恐ろしい。
かつて「蠱惑」「詐術師」ら古参の幹部とともに組織の暗部を担っていたほどの人物だ。彼女の持つ、威圧感、凄み。どれもがオガワの恐
怖心を煽るには十分すぎるほど。そして何よりも怖いのが。

638名無しリゾナント:2016/08/03(水) 19:48:19
否定的な返答をした瞬間に、自分が時の流れから切り離され、知らぬ間に亡き者にされるという可能性。

「もし、協力してくれるなら。今のあなたの地位からは想像もつかないくらいのポストを用意してあげるわ。『運び屋』程度で終わりたく
はないでしょう? 自分が何をすれば一番得することができるか…一晩、ゆっくり考えてみることね」

次の瞬間には、「永遠殺し」の姿はもう目の前から消え失せていた。
と言うより、自分自身が車両の外にぽつねんと立っていたのだが。ご丁寧に、後ろに下げていたはずの工事用ヘルメットまで被せてくれて
いた。
大幹部の振るう能力の恐ろしさとともに、現実問題としての彼女の誘いが蘇ってくる。

事実上二つ名を名乗ることも許されていない、名ばかりの「幹部」。
それが今のオガワの現状だった。だが。
もし仮に計画当日、あさ美を本拠地から遠ざけることに成功すれば、今よりも遥かにいい待遇を用意してくれると「永遠殺し」は約束し
てくれた。

彼女は、義理堅い人間として組織の内外に知られていた。
「詐術師」のような1ミリたりとも信頼するに値しない人間とは違う。
ただその信頼を形に変えるためには、提示されたミッションを確実に実行しなければならない。

瞳を閉じると、三人の少女の姿が浮かぶ。
組織が期待する至高の人工能力者。精神干渉のスペシャリスト。そして、組織の頭脳に最も近い科学者。
自分は。自分には何もない。彼女たちと肩を並べようとすること自体、おこがましかった。
けれど。

― 「運び屋」程度で終わりたくはないでしょう? ―

答えは、最初から決まっている。

オガワはヘルメットを深く被り直し、未だ天を目指す漆黒の巨塔へと歩き始めた。
異空間の空は、どこまでも昏く、塔の黒とまるで混じり合うかのように。

639名無しリゾナント:2016/08/03(水) 19:49:53
>>630-638
『リゾナンター爻(シャオ)』番外編「諮る、闇」 了

まこっちゃんは何年ぶりの登場でしょうかねw

640名無しリゾナント:2016/08/18(木) 13:19:43


その能力が故に、野戦に駆り出されることの多かった彼女はミリタリー柄の衣服を好んで着ていた。
そしてその日も、所謂迷彩服に身を包んでいた。

「なあ、後藤」

彼女は、「黒翼の悪魔」のことを二つ名で呼ぶことは無かった。
彼女にとってはあくまでかわいい、甘えたがりの後輩。そう位置づけていた。いや、今となってはそれもただの願望に過ぎなかったの
かもしれないが。

絶海の孤島に浮かぶ、ダークネスの本拠地。
その日は、組織の幹部たちがこの本拠地に勢ぞろいしていた。
全ては明日の、新たに幹部に選ばれた少女たちのお披露目のために。

「なあに? いちーちゃん」

そして「悪魔」もまた、二人きりの時は彼女のことを二つ名で呼ぶことは無かった。
「永遠殺し」に注意されるせいで、公式の場では「蠱惑」と呼ぶように努めてはいたが、その度に堅苦しい、むず痒い気持ちになるの
だった。「悪魔」の言葉を借りれば、「いちーちゃんは、いちーちゃん」だ。

孤島の先端となる、断崖絶壁。
「蠱惑」と「黒翼の悪魔」は、孤島から飛び立たんばかりに突き出たその岬に立っていた。

「明日の会議を乗り切ったら、あたしは組織を割って出る」

「蠱惑」は、いつもの飄々とした顔をやめて、至極堅い表情になってそう言った。
組織を割る。つまり、「ダークネス」への裏切り。
反逆者の粛清を取り仕切る「永遠殺し」にでも聞かれたら、とんでもないことになる話だが。

641名無しリゾナント:2016/08/18(木) 13:20:59
「ふっ…」

「黒翼の悪魔」は、笑う時に鼻を使う癖がある。
それが彼女にとって、最大限の歓びの表現でもあった。
しかし、聊か場にそぐわぬ場合もあり。

「何がおかしいんだよ。本気なんだぞ、あたしは」
「ううん。何か、いちーちゃんらしいと思ってさ」

潮風が、「悪魔」の金色の髪を揺らす。

「あのなあ…こういうのはさ、あたしらしいとかそういう問題で片付けられるような」
「そういう問題だよ」
「ったく。ホントに事の重大さをわかってんのかよ…」

呆れつつも、「蠱惑」も思う。
実に、「後藤らしい」、と。

「蠱惑」には、何が何でも組織から独立しなければならない理由があった。
確かに、彼女はここ数年で急激に自らの評価を上げてきた。それに伴い、組織での発言権も増してきている。
だが、限界がある。組織には絶対的な存在である「首領」が君臨し、さらには二枚看板の一人である「銀翼の天使」もいる。このまま
では自分がトップになれる日は来ないだろう、と「蠱惑」は考えていた。

それに…あたしが「こいつ」と釣り合うには。組織の頭張るくらいじゃないとダメなんだ。

「蠱惑」は。
「悪魔」のことを可愛い妹分として扱う一方で、その限界にも気づいていた。
「黒翼の悪魔」。ダークネスによって生み出された最強の人工能力者は、「蠱惑」以上にその名声を轟かせていた。幹部に昇格する前
から「天使」と同等クラスの評価が与えられ、今や二枚看板の片翼を担うまでに。彼女の教育係であった「蠱惑」の地位も相対的に上
昇するが、口さがない連中からは「後輩の手柄で伸し上がった」と揶揄されることもあった。

642名無しリゾナント:2016/08/18(木) 13:21:55
その評価を払拭するためには、組織を割るしか方法は無い。
幸い、水面下で自らのシンパをある程度確保することには成功している。このまま彼らを率いて組織を出たとしても、ある程度の恰好
はつくだろう。しかし、そこに「悪魔」がいるといないでは、天地の差ほど状況は変わってくる。

彼女の「我が闘争」を成功に導く鍵。それは、「黒翼の悪魔」が握っていると言っても過言では無かった。

「で。どうすんだ。お前は、あたしに…」
「ごとーは。ずっといちーちゃんについてくよ」

即答だった。
それくらい、「悪魔」にとっては当たり前のことだった。

「お前なあ。少しは迷えよ」
「だって決めたんだもん。ごとーはいちーちゃんの剣にも、盾にもなるって」
「簡単に言うなって。あいつら全員、敵に回すことになるんだぞ」
「ごとーは平気だよ。裕ちゃんだって、けーちゃんだって。世界中の人間を敵に回しても、例えごとーといちーちゃんしか味方がいな
くなっても、ね」

呆れた素振りを見せつつも。
「蠱惑」は「悪魔」がそう言うのを、知っていた。最早確信に近いものがあった。
「悪魔」が「蠱惑」に傾けるものは、無償の愛。それを、自分は利用している。
罪悪感がないと言えば嘘になる。けれど、自分の野望を実現することがその贖罪になるのではないか。悪魔と呼ばれるものに許しを請
うなど、滑稽以外の何物でもないと嘲りつつも。信じることをやめられなかった。

「大丈夫だよ、いちーちゃん。ごとーが…世界を見せてあげる。いちーちゃんの手に収まる、世界を」

その願いが叶うことは。
永遠に、訪れなかった。

643名無しリゾナント:2016/08/18(木) 13:23:00


「蠱惑」が、組織も手を焼く悪童の二人に惨殺されてから。
「黒翼の悪魔」の私室には、誰も近づかなかった。いや、近づけなかったと言った方が正しい。
部屋の外周が、びっしりと黒い荊に覆われていた。悪魔の黒い血が作り出す棘付きの荊は、近づくものすべてを容赦なく刺し貫く。

それは、形容するならば「殺意」そのもの。
「蠱惑」を惨殺しておきながら、決して手の届かない場所へと隔離された「金鴉」と「煙鏡」。やり場のない殺意は周りの存在すべて
を殺害対象へと変えるバリケードとして具現化していた。

「悪魔」の脳裏にこびり付くようにして決して離れない、最期の一場面。
空に垂れこめる暗雲が如く群がり犇めいていた蟲たちが、散り散りに消えてゆく。それは「蟲の女王」の力が消え失せてしまったこと
に、他ならなかった。
そんな中、刎ねられた首を得意げに踏み潰す、「煙鏡」の狂気に染まった表情。
氷のように冷え固まった感情が、例えようもない怒りによって一気に煮え立つ。そしてその怒りがどこにもぶつけられないという事実、
「蠱惑」がもう存在していないという事実が、彼女の心を再び絶対零度にまで落としてゆく。それが、延々と繰り返されていた。

何日、いや、何週間。
時間の感覚さえすり減っていたある時。

鼻を突く、生臭い臭い。
ぴちゃ、ぴちゃという、粘りつく水音。
固く閉ざされていた部屋の扉が、ゆっくりと開かれた。

「いやあ…元気そうで、何よりです」

部屋中に満たされた殺気にそぐわない、のんびりとした声が聞こえてくる。
だが、声の主の呼吸音は自らの命の灯が消えかけていることを如実に示していた。

644名無しリゾナント:2016/08/18(木) 13:24:03
興味なさそうに、瞳を開く「黒翼の悪魔」。
それは能動的な行為ではなく、部屋の扉が開かれたことによる反射的なものだったが。

「あんた…何してんの」

目の前に姿を見せた声の主は、「悪魔」に呆れられるほどに。
白衣らしきそれは、ずたずたに引き裂かれ、白い部分がまるでないほどに血で染まっていた。

「どうしても『黒翼の悪魔』さんに会いたくて、ここまで来ました」
「どうでもいいけどあんた、もうすぐ死ぬよ。紺野」

黒き荊の洗礼を浴びつつここまでやって来たと思しき少女 ― 紺野あさ美 ― は、そこに立っているのがやっとというくらいに
消耗しきっている。「悪魔」の言葉に偽りがないことは、紺野の足元を濡らす夥しい量の出血が物語っていた。

「ご心配なく。適切な処置を受ければ、死にはしません。ただし、交渉が短く済めばの話…ですが」
「…いちーちゃんのクローンなんて、絶対に作らせない」

命を賭してまでの要件とは思えないが。
紺野は確か組織の科学部門に所属する研究者だったはず。となればその長は例の変わり者だ。彼ならば自らの戯れのために使いの者
を寄こすことなど、朝飯前だろう。道化らしいやり方ではある。
だが、終わってしまった命を弄ぶつもりなら、容赦はしない。

「私がここに来たのは、『黒翼の悪魔』さんにある提案を持ちかけるためです。このことは、統括にも話していませんよ」

今にも紺野に絡みつき、身を引き千切らんばかりににじり寄っていた荊の動きが、ぴたりと止まる。

645名無しリゾナント:2016/08/18(木) 13:25:00
「提案?」
「ええ。単刀直入に言いますと。あなたの恨み、晴らすことに協力を惜しまないということです」
「…その場凌ぎの嘘なら、やめたほうがいい」

「悪魔」の恨みを晴らすこと。それは「金鴉」「煙鏡」の二人を亡き者にするということ。
しかし、彼女たちは表向き「懲罰」ということで「首領」によって異空間に隔離されている。例え「首領」を殺したところで、能力
が解除されることはない。

「嘘ではありません。彼女たちを『合法的に開放』し、かつ『合法的に抹殺』すること。これは、私にしかできないと言っても過言
ではないでしょう」

しかし、紺野の表情はまるで揺るがない。
どころか、自信たっぷりにそう言い切って見せた。
その自信の根拠や、生命の危機に瀕してなお失われない目の輝き。
「悪魔」は、少しずつではあるが紺野に興味を抱き始めていた。

「とりあえず、話だけはしてみなよ。下らない話じゃなかったら、聞いてあげる」
「そうしていただけると、助かります」

紺野は血の気が失せた真っ白な顔のままで、自らの計画について語り始めた。

646名無しリゾナント:2016/08/18(木) 13:26:01


「…面白いことを考えるんだね。科学者ってのは」

紺野の話を一しきり聞いた後。
「黒翼の悪魔」は心底呆れかえった感じで言い放った。
ただし、彼女とその私室を取り巻いていた漆黒の荊はすっかり消え去っていた。

「どうやら。私には、『力』という存在に対して並々ならぬ執着があるみたいなんですよ。だから、それが活かされる最良の環境を
常に追い求めている、そう解釈していただけると助かります。さて…」

血糊でべたついた眼鏡を、ゆっくりと外す。

「面白いかどうかは別として。ごく当たり前のことをしても、あなたの憎しみや悲しみは消えない。『煙鏡』さんや『金鴉』さんを
縊り殺したとしてもね。けれど、私のやり方なら…」

紺野は。
激しい体力の消耗、出血量の多さによって徐々に意識を失いかけていた。
それでも、口を止めるわけにはいかない。

「それこそ『半永久的に』仇敵を『殺し続ける』ことができる」

「悪魔」を説得するには、それなりの見返りが必要だ。
それも、彼女の興味を引き付けるような形で。そういう点においては、これ以上の提案はないと自負していた。

紺野の言うとおり、あの二人をただ殺しただけで胸の奥底の暗黒が晴れるとは到底思えない。
言わば、底の抜けた甕にいくら水を注いだとしても次から次へと流れ出ていくようなもの。
ならば、永遠に注ぎ続ければいい。注いでいる間は、甕の水位は一定に保たれるのだから。

647名無しリゾナント:2016/08/18(木) 13:26:55
「いいよ。紺野、あんたの提案に乗ってあげるよ」
「よろしいんですか?」
「今んとこ、解決策を持ってるのはあんたしかいないしね。その計画が成すまでは、紺野…こんこんの剣となり、盾となってあげる
よ。それが、ごとーのためでもあり、こんこんのためでもあるならね」

「黒翼の悪魔」は再び、誓いを立てる。
あの時と同じ言葉。違うのは、誓いの対象となる人間だけだ。
「蠱惑」の代わりと言うわけではない。あの時に宙を舞ったままの言葉が、緩やかに落ちるべき場所に落ちた。ただ、それだけのこ
とだった。
だが、「悪魔」は直感する。この目の前の少女は、自分の飽くなき欲望を満たすことのできる唯一の人間だと。

「…はは…どうやら…間に合、った…ようですね…」

それまで一本の糸で辛うじて体を支えていたような、紺野。
その糸がぷつりと切れ、壁に背をなする形で崩れ落ちた。

「大丈夫だよ、こんこん。あんたのことは、死なせはしない」

悪魔の呟きは、紺野の耳に緩やかに響き。
そして、意識は深い闇へと沈んでいった。

648名無しリゾナント:2016/08/18(木) 13:27:54


次に紺野が目覚めると、そこは彼女がいつも羽織っている白衣の如く真っ白なベッドの上だった。
紺野を覗き込むように、見知った顔が、三つ。

「あさ美ちゃん!心配したんやよ!」
「ちょっともー、いきなり倒れたって聞いたから」
「いやいやいや、よかったぁ!!」

高橋愛。新垣里沙。小川麻琴。
紺野が組織にスカウトされた時に、同期だった三人だった。

「大げさだって。貧血で倒れただけだから」

嘘は言ってはいない。
血を失いすぎて危うく死にかけるところではあったが。

紺野は、短い会話の中で即座に状況を把握する。
「いきなり倒れた」と里沙が言うからには、ある程度の処置を施されてからこの医務室に運びこまれたのだろう。
となると、「悪魔」との接触の件も知らない筈。もちろん、そうなるように用意はしておいたのだが。

「空手やってるのに貧血だなんてさ、研究室に篭り過ぎなんじゃないの?」
「確かにそうかも。研究も、ほどほどにしようかな」

言いながら、別のことを考えていた。
確かに、自分はまだ「一介の研究員」だ。あまり研究にばかり没頭していると、思わぬミスに繋がる可能性がある。
そう言えば、紺野の所属する科学部門の統括が「飯田が一度解散した特殊部隊を再結成するらしいで」と言っていたのを思い出す。
いつの話になるかはわからないが、志願してみるのもいい隠れ蓑になるかもしれない。

649名無しリゾナント:2016/08/18(木) 13:29:01
もちろん、こんなことを考えていられるのも「篤い友情」があってこそ。
精神感応の使い手である愛や精神干渉を得意とする里沙も、さすがに友人の心の中を無暗に探りたくはないようだ。

医務室の窓から、オレンジ色の光が漏れている。
もう夕刻か。確か「黒翼の悪魔」の元を訪れたのは午前中だったから、それほど時間は経ってないことになる。

「とにかく。今日のところは大丈夫だから。明日になれば元気になると思うし」

とは言え、長居してもらう訳にもいかない。
この体が「どれだけ治されたか」はわからないが、この様子だと言う通り明日には通常業務に戻れそうだ。
紺野は言葉を尽くして三人には早々とお暇してもらうことにした。
麻琴だけはなかなか帰ろうとしなかったが。

そんな濡れ落ち葉のような彼女もようやく帰り、紺野は一息つく。
まずは、大きな駒をひとつ、手に入れた。だが、計画はまだはじまったばかりである。計画の準備はもちろんのこと、自分自身の足
場も少しずつ固めないといけない。少しずつ、というのがこの場合は重要で、急ぎ足で駆け抜けようものなら道は脆く崩れ去ってゆ
く。悪目立ちするものは、必ずそれを妬むものに足を引っ張られるからだ。

それに、自分が頭角を現してゆけばいずれは「神の眼」の観察対象になる。
全てを見通すとされている幹部「不戦の守護者」の予知能力。彼女の走査網から逃れる術も、考えなければならない。

天を仰ぎ、ため息をついたその時だった。
新たな人物が、姿を現す。この医務室の主だ。

650名無しリゾナント:2016/08/18(木) 13:30:27
「あんたも物好きやねえ。ベッドに入ってても研究、研究か」
「…平家さん」

平家みちよ。
着崩した白衣と金に染めた長い髪。学園もののライトノベルなら「遊んでそうな保健の先生」といった肩書がついていそうな風体で
はあるが。

「しっかしあんたも無茶したなあ。あの状態のごっちん相手に丸腰で説得なんて。ごっちんがあんた運び込むん遅れてたら、ほんま
にあの世行きやで?」
「確かに。まあ私の命一つで彼女の機嫌が直るなら、安い代償というものです」
「はぁ…その言葉、裕ちゃんが聞いたら鬼の形相やな」

中澤裕子、つまり組織の「首領」と旧知の仲であり。
さらには組織の科学部門統括の右腕でもある。さらに滅多に戦闘の前線に出ることは無いが、一たび力を振るえば戦場は荒野と化す、
と実しやかに語られているほどの存在であった。

「で。実際のとこはどうなん? あんたが言う以上の『戦果』は、あったんやろ」
「『首領』の差し金ですか。彼女も人が悪い。私が『黒翼の悪魔』さんにお会いしたのは、彼女に一日でも早く現場復帰してもらう
ため。それ以上でも、それ以下でもありませんよ」

自分が科学部門統括に「一本釣り」されて組織に入った経緯から、「首領」が紺野のことを特別視していることは、紺野自身もよく
知っていた。いずれは、自らの描く計画についても話さなければならないだろう。ただ、今はその時ではない。

「ま、ええけど。紺野のことは面倒みてやってくれ、って統括にも言われてるしなぁ」

瀕死の重傷、からただの貧血の症状としか思えない状態にまで回復しているのも、そのせいか。
紺野は自らの体力が予想以上に回復していることに気付く。

「ところで、せっかくの機会なので一度お聞きしようと思っていたのですが」
「答えられることなら、な」
「あなたは『首領』に近しい存在だと聞いています。そんなあなたが、『能力者による理想社会の構築』についてどうお考えなのか」

651名無しリゾナント:2016/08/18(木) 13:31:41
「能力者による理想社会の構築」。
それはダークネスという組織の悲願であり、また存在意義でもあった。
歴史を紐解いても、常に弾圧の対象とされ、地位を固めたところで為政者の言いなりになるしかなかった「能力者」という存在。そ
んなか弱き存在に救いの手を差し伸べることができる社会の実現は、暁に立つ五人の時代からの目標であり、それは闇に堕ちてから
も本質としては変わらなかった。

「ここだけの話やけどな」

平家は、昔話でもするかのように語り始める。

「それ、一番最初に言うたんは…私なんやで」
「ほう?」
「まだ『アサ・ヤン』とすら名乗ってなかった頃や。あの5人は前線部隊に駆り出されて、うちがお偉いさん直属のエージェントと
して動いてた。その時に私が裕ちゃんに『いつか能力者による能力者が安心して暮らせるような時代が来たらええなあ』って、話し
たんよ。そしたら、あの人、えらく感動してなあ」
「なるほど」
「つまり、それの言いだしっぺは私なんよ。今でもそういう未来が来たらええなと、思ってる」

思わぬルーツを聞き、紺野の知識欲の食指が動く。
しかしそれは感動秘話のほうではなく。

「そう言うからには、平家さんも苛烈な経験をしてきた。そう考えてよろしいんですね」
「…まあ、うちの場合は色々『特殊』やからね」
「どういうことですか?」
「抱える秘密はお互い様、やろ。あんたなら、自分で探り当てるやろうし…うちがいなくなる、その時にな」

まるで近い将来に自分がいなくなるかのような物言い。
紺野は自らの知識欲がさらに擽られるのを感じるが、おそらく相手は何も答えてはくれないだろう。自分が自らの秘密を明かさない
のと同じように。

そう言えば、と紺野は思い出す。
科学部門に転属する前の彼女には、幹部級の待遇を表す二つ名があったはずだ。

確か…「隠(なばり)の魔女」。

紺野は窓の外を、見やる。
夕陽は、黒く濡れた闇によって覆い尽くされてゆく。

652名無しリゾナント:2016/08/18(木) 13:34:45
>>640-651
『リゾナンター爻(シャオ)』番外編「護る、闇」 了

了 は「おわり」とか「END」の意味でつけているのでタイトルに入れないでいただけると助かります

653名無しリゾナント:2016/09/09(金) 12:50:17


ダークネス情報統制局局長「鋼脚」より

組織新幹部「ジャッジメント」に関する報告。

序.

「ジャッジメント」には五人で幹部1ポストを割り与える。

1.「ジャッジメント」メンバー

宮崎由加
金澤朋子
高木紗友希
宮本佳林
植村あかり

654名無しリゾナント:2016/09/09(金) 12:51:29
「まだ『アサ・ヤン』とすら名乗ってなかった頃や。あの5人は前線部隊に駆り出されて、うちがお偉いさん直属のエージェントと

2.能力

宮崎由加:「影操作能力」
自らの髪の毛を影と同化させ操る「影のジャッジメント」。
同化した影はその時点で能力者の所有物となる。

金澤朋子:「結晶化」
自らの血を触媒として「紅水晶」を生み出す能力。「晶のジャッジメント」。
好戦的な性格からか、主に自らの拳に結晶を纏わせ殴打の威力を飛躍的に上げている。

高木紗友希:「毒生成能力」
毒物質を意のままに発生させる能力。形態は気体液体を問わず多岐に渡る。「毒のジャッジメント」。
なお使用者本人は育成過程において耐性を獲得しているため、自家中毒に陥ることは無い。

宮本佳林:不明
彼女の使役能力については、未だメカニズムの解明は進んでいない。
標的となったものは全て地に伏し絶命している。その致死率は9割5分に及び、死を免れたものも廃人化は免れない。
今回幹部に昇格したことにより、能力の謎を解き明かすことはほぼ不可能になったと思われる。

植村あかり:「肉体強化?」
戦闘に置いては圧倒的な膂力を発揮するため、「肉体強化」の能力者と推定できる。
ただ、こちらにおいても確定では無く、何らかの別原理の力が働いている可能性もある。

3.昇格経緯

ダークネス科学部門能力開発部主任の手記より

「全育成過程を修了した五人の『エッグ』メンバーで『ジャッジメント』を結成。同時に敵対組織である警察庁内特殊機構対能力者
部隊に潜入を指示。部隊内ユニット「ジュース」として、機構内の秘密文書・計画を多くを盗み出し、また機構内「十人委員会」及
び対能力者部隊本部長寺田光男の発案した「天使獲得に関する計画」瓦解に貢献。この功績をもって、審議会の満場一致によりダー
クネス『首領』への推薦状作成が決定された」

4.運用について

当面は「黒の粛清」「赤の粛清」が死亡、ないしは再起不能となったことによる粛清人の空座を埋めるべく、粛清業務を指示。その
間の統括については幹部「鋼脚」が執り行う。また、「叡智の集積」が進める「能力者による理想社会建設のための最終計画」にお
いても

655名無しリゾナント:2016/09/09(金) 12:53:07


「ふう…」

パソコンのモニターと顔を付きあわせていた「鋼脚」が、天を仰ぐ。
慣れないデスク作業のせいか、視界には未だに文字の羅列が彷徨い続けている。

ったく。こういうの、あたしの柄じゃねえんだよな…

誰に言うでもなく、「鋼脚」はひとりごちる。
情報統制局局長、つまり情報部のトップという堅苦しい肩書を付けられて早数年。だが、自ら体を動かすことを得意とする彼女には
いつまで経っても馴染めないものだった。そして皮肉なことに、彼女の「能力」はその性格とは違い、あまりにもその仕事に適し過
ぎていた。

精神干渉の能力はその効用や適用範囲等により様々な呼称が存在するが、「鋼脚」のそれについては主に「催眠」と呼ばれる特殊な
ものであった。精神干渉と言えば、相手の精神を意のままに操ることができるのが大きな特徴であり、通常はその操られていた期間
は「記憶の空白」として処理される。簡単に言えば、思い出そうとしても思い出すことができないという状態である。
しかし「催眠」は、相手の精神を意図的に操った上であたかも自発的に行った所作として当人の中で処理させてしまうことができる。
操られたにも関わらず、操られたという意識すらない。敵組織の人間を「催眠」にかけて、スパイ活動をしていることすら意識させ
ないままスパイをさせることも可能となる。

「鋼脚」が「ジャッジメント」の5人を警察の対能力者組織に潜り込ませる時に使ったのも、この手法だった。
この場合は、5人に対し「自分たちは警察組織の人間である」という認識を刷り込ませ、さらには特殊な条件下においてその刷り込
みが解除されるという複雑な式を組み込んでいた。もちろん彼女たちに関わる警察側の人間にも「催眠」を仕込んであるので、彼女
たちの素性が割れることはなかった。

だが「鋼脚」は思う。
保田さん…「永遠殺し」ならばもう少しスマートにことを運ぶことができただろうと。

「永遠殺し」は「鋼脚」の前の代、すなわち情報統制局の初代局長であった。
もともと同期の「詐術師」や「蠱惑」とともに組織の暗部を担っていた彼女にとって、組織内外の情報を収集・運用するのはうって
つけの仕事と言えた。

656名無しリゾナント:2016/09/09(金) 12:54:04
大きく、背伸びをする「鋼脚」。
目を絶え間なく刺激していたブルーライトはなかなか消えてはくれず、それどころかじわりと滲んであたかも眼球全体を侵食してい
るようにすら思えた。

五人の「ジャッジメント」たちの能力分析。
彼女たちが幹部に昇格するに当たり、情報統制局としては是が非でも把握しておきたい項目ではあるものの。
ダークネスの幹部たちにおける不文律。すなわち、自らの真の能力は決して明らかにしない。そのことは五人の新人たちにおいても
例外では無かった。
全ては、能力を全て明かしてしまったがゆえに命を落とした先人の轍を踏まないがため。
しかしながら、情報を司る長としては少しでも多くの情報を握る必要がある。その為に「鋼脚」は過去のデータと、直接本人たちに
面談した結果を踏まえて報告データを作成していた。
そのうちの一人は――

657名無しリゾナント:2016/09/09(金) 12:54:58


「えっ? 私に、ですか?」

大柄な男に連れて来られた少女は、いかにもか弱き存在を主張したような口調でそう言った。
おかっぱの髪型と白い肌、それと黒目がちな瞳が印象を強調する。

「そうだ。君を含めた五人には、これから戦闘員としての正式運用という大きなチャンスが待っている。そのための、面談だ」
「よかったじゃん!これでお前も大スター確定だぞ!」

「鋼脚」が説明する横から、男がピントのずれた言葉を少女にかける。
大スターの意味するところは「鋼脚」には理解できなかったし、またしようとも思わなかった。

「ところで、君は」
「俺っすか? 俺は『ジャッジメント』のマネージャーっす!」
「……」

ますます持ってさっぱりな話。
将来有望である彼女たちの身の回りを世話させるために組織が宛がったのは、眼鏡をかけた小柄な中年だったはず。
このような落ち着きのない男ではない。

「あれ?俺のことご存じない? これでもキノシタさんの下でめっちゃ活躍してたんだけどなぁ! ま、キノシタさんが死んじゃっ
たから俺がジャーマネやってんだけど」

そうだ。
確か中年の名前はキノシタ。性格に難はあるものの冷静な判断ができるとして『ジャッジメント』の世話役に抜擢された構成員だっ
たということを「鋼脚」は思い出した。

658名無しリゾナント:2016/09/09(金) 12:56:57
「しかし、死んだとは…」
「ああ。心筋梗塞らしいっすよ。突然胸押さえたかと思うと、あううううって。なんかドラマのワンシーンみたいで、俺、不謹慎だ
けど興奮しちゃいましたよ!!」

「鋼脚」は男から目線を外す。
話していて疲れるし、この手の軽い男はいずれ仕事を失うだろう。
それよりも、今回の目的は「ジャッジメント」の少女。彼女から、引き出せる情報は全て引き出さないといけない。

「さて。君の能力についてなんだけど」
「あのですね! こいつの能力は至ってシンプル!! ずばり、『ありがとうって気持ちが本当に伝わる能力』です!!すごいでし
ょう!?」
「お前…いや、君には聞いてないんだが」
「まじっすか! ハハハ、サーセン!!!!」

「精神干渉」能力でこの煩い男を廃人にしてしまいたい気持ちを抑えつつ。

「それは、精神に作用する能力。ということでいいのかな」
「そうですねぇ。まあ、色々複雑なんですけど」
「たとえば! 相手に全粒粉を喰わせて健康にするとか! ホットヨガをやらせて健康にするとか! ハイレゾのヘッドホンで音楽
を聞かせて健康にするとか!!」

男の戯言はともかくとして、「鋼脚」には、少女が何かを隠しているように思えた。
優等生然とした風貌の割に、やるじゃねえか。
思わずそんな素の言葉が出てしまいそうになるほどに。

「そうだ。論より証拠だ。そこの男に、君の力を使ってみてくれないか」
「えっ?」
「思い存分、使ってみろよ。お前の『本当の力』を」

我ながらうまいやり方だと思う。
もしかしたら、面白いものが見れるかもしれない。「鋼脚」は確信に近いものを感じていた。

659名無しリゾナント:2016/09/09(金) 12:57:24
「本当に、いいんですか?」
「ああ。責任はあたしが持つ」

一瞬だけ、少女が口元を歪めたように見えた。
それは。類推する間もなく、少女は男の方を振り向いた。

「それじゃ、行きますよ?」
「え、ちょ、マジで? お手柔らかに頼むよ…」

苦笑いを浮かべつつおどける男。
男と、少女の目が合う。
黒目、漆黒の闇のように黒い瞳に。男は釘付けになる。

「ふふ…【死刑】」
「っがっ…」

突然、胸元を押さえながら苦しむ男。
顔は既に青ざめ、玉のような汗を額に浮かべていた。

「ケッ、ケッ、ケルベロ…あが!ぎっ!やめ!ごっごぁっごっごっ」

この世のものとは思えないものを見たような恐怖に引き攣る表情は、永遠に崩れることはない。
男は既に、事切れていた。

「私の『ジャッジメント』に、無罪はないんですよ?」
「それが、お前の能力かよ」

言いつつも、「鋼脚」には彼女の能力の全容が浮かんでこない。
精神干渉を最大限に利用して、男を自死させたのか。もしかしたら、キノシタの死因も。

660名無しリゾナント:2016/09/09(金) 13:05:11


それから、少女 ― 宮本佳林 ― は、実戦運用下にて95パーセントという極めて高い致死率を誇る能力を振るい続けた結果、め
でたく他の四人の同僚とともに幹部昇格となった。能力のソースはレポートに記した通り、未だ解明されていない。能力に名前を敢
えてつけるなら、ジャッジメント・アイ ― 瞳のジャッジメント ― となるのだろうが、能力発動に彼女の瞳が関わっているか
どうかも、定かではない。

彼女たちの「産みの親」ならば、能力についてはある程度把握しててもおかしくはない。が。
「叡智の集積」たる科学部門の長ですら、

「能力の可能性は無限にあると言っても過言ではありません。使い方、発展性、そして能力者自身の資質。型に嵌めようとすること
自体、おこがましいと言えるでしょう」

それが本当のことなのか。あるいは情報を外に漏らさないための方便に過ぎないのか。
「鋼脚」には確かめる術はないが、こと自らの使う「精神干渉」においては頷ける部分も少なくはない。
現に彼女が重用していた新垣里沙はサイコダイブの「相乗り」を誰に教えを受けるともなく成功させているし、さらに里沙の後輩で
ある生田衣梨奈は元から持っていた自分の能力を「精神干渉」寄りにカスタマイズしつつある。

作成文書に保存をかけ、厳重にプロテクトをかける。
その上でパソコンのモニターを落とし、「鋼脚」はある場所へと赴く。
友が今でも眠る、あの場所へ。

661名無しリゾナント:2016/09/09(金) 13:10:41


「鋼脚」は、暗い階段を一歩ずつ降りながら、思い返す。
手にした小瓶、その中の液体が揺蕩うのと、歩を重ねるように。

― 残念ながら、ほとんど望みはないと言っても過言ではないでしょう ―

白衣の科学者・Dr.マルシェこと紺野は、何の感情も乗せずにそう言った。
望みがないというのは、「鋼脚」の盟友であった「黒の粛清」の意識回復について指していた。

紺野が言うには、「黒の粛清」が組織の裏切り者である新垣里沙と対戦した際に、その精神に甚大なるダメージを負ってしまったの
だという。それは、物理的な側面もさることながら。

あれほど侮っていた後輩に、完膚なきまでに叩きのめされた。

このことが、普段から聳え立つようなプライドを誇る彼女の心を、木端微塵に粉砕してしまったのだという。

実際、フィジカル面においては粛清人は圧倒的に里沙を圧倒していた。
自らの本来の能力である「鋼質化」を隠し、獣化能力者として振る舞い、そして純粋なる暴力でかつての後輩を蹂躙していった。だ
が。

結局「黒の粛清」は、敗北した。
自らの心の弱さを突かれ、突破された。実力では凌いでいたものの。数々の死線を潜り抜けた経験を持ち、相手の心理を何重にも揺
さぶり続けた里沙の前に、鋼だったはずの彼女の心は脆くも崩れ去ってしまったのだ。

あいつも、馬鹿だよな。妙なことにこだわりやがって。

金髪の麗人は、そうひとりごちる。
元々「黒の粛清」が新垣里沙にこだわったのは、「キッズ」粛清の邪魔をされて一矢報いられたのがきっかけ。
受けた屈辱は、何倍にも返す。それが粛清人の流儀ではあったが、それが仇となり里沙に倒された。

662名無しリゾナント:2016/09/09(金) 13:11:54
いや。
彼女たちの因縁は、意外とそれ以前に遡るのかもしれない。
つまり、組織内の一部隊であった「ダンデライオン」の先輩と後輩であった時から、既に。

過去のことに考えを巡らせても、詮なきこと。
だが、そう思えば思うほどとうの昔に過ぎ去った時間はさらなる闇へと思考を誘う。

― 肉体は、完全に回復しました。ただ、意識のほうは。私の専門分野ではないのですが、組織お抱えの医師たちはみな口を揃えて
そう言ってますね ―

どいつもこいつも、馬鹿ばかりだ。
「黒の粛清」以外の、同期たち。「金鴉」は、自らの能力を過信し自滅に近い形で滅んでいった。「煙鏡」の顛末についても「鋼脚」
はある程度は知っていた。彼女の場合は、人間の情というものをいささか軽視し過ぎた。闇に心を喰われているからと言って、何も
感じないわけではないのだ。

階段を踏みしめる度に、闇が深まる。
手にした瓶の液体が、闇に馴染もうとするかのように、揺れていた。

― ただまあ。方法がないわけでは…ありませんが。ここから先の話は、私の得意分野ですから ―

「叡智の集積」は、眼鏡を掛け直してそう囁く。
だが、その方法とは。さすがの「鋼脚」もそれを即断するだけの心構えはなかった。

663名無しリゾナント:2016/09/09(金) 13:12:37
どうする。
いずれこの世は、血に飢えた獣たちが解き放たれた荒野と化す。
ならば、そこに獣がもう一匹増えたとしても、何の問題も無いはず。それでも。

なあ。あたしは…どうすればいい?

返事の代わりに、冷たく凍える扉が目の前に現れた。
終着点だ。そこを開ければ、物言わぬ友が待っている。

「鋼脚」の手にした瓶には、かつて「黒の粛清」が趣味として作っていた梅酒が入っていた。
組織に仇なすものたちの首を狩る粛清人が、自らの部屋で梅の実を酒に漬けている。笑えない冗談のような話ではあったが、出来上
がりの酒を二人で飲みたいと、「鋼脚」によく話していたものだった。

ただの気晴らしだ。一杯、付き合えよ。

誰に言うとでもなく、「鋼脚」はドアノブに手を掛ける。
墓場に漂うような冷気が、彼女の体を包み込んだ。

664名無しリゾナント:2016/09/09(金) 13:17:18
>>655-663
『リゾナンター爻(シャオ)』番外編「探る、闇」 了

参考資料
http://www45.atwiki.jp/papayaga0226/pages/233.html
http://www45.atwiki.jp/papayaga0226/pages/446.html

665名無しリゾナント:2016/09/09(金) 13:18:36
訂正

>>653-663
『リゾナンター爻(シャオ)』番外編「探る、闇」 了

参考資料
http://www45.atwiki.jp/papayaga0226/pages/233.html
http://www45.atwiki.jp/papayaga0226/pages/446.html

666名無しリゾナント:2016/09/09(金) 13:20:32
2.能力

宮崎由加:「影操作能力」
自らの髪の毛を影と同化させ操る「影のジャッジメント」。
同化した影はその時点で能力者の所有物となる。

金澤朋子:「結晶化」
自らの血を触媒として「紅水晶」を生み出す能力。「晶のジャッジメント」。
好戦的な性格からか、主に自らの拳に結晶を纏わせ殴打の威力を飛躍的に上げている。

高木紗友希:「毒生成能力」
毒物質を意のままに発生させる能力。形態は気体液体を問わず多岐に渡る。「毒のジャッジメント」。
なお使用者本人は育成過程において耐性を獲得しているため、自家中毒に陥ることは無い。

宮本佳林:不明
彼女の使役能力については、未だメカニズムの解明は進んでいない。
標的となったものは全て地に伏し絶命している。その致死率は9割5分に及び、死を免れたものも廃人化は免れない。
今回幹部に昇格したことにより、能力の謎を解き明かすことはほぼ不可能になったと思われる。

植村あかり:「肉体強化?」
戦闘に置いては圧倒的な膂力を発揮するため、「肉体強化」の能力者と推定できる。
ただ、こちらにおいても確定では無く、何らかの別原理の力が働いている可能性もある。

3.昇格経緯

ダークネス科学部門能力開発部主任の手記より

「全育成過程を修了した五人の『エッグ』メンバーで『ジャッジメント』を結成。同時に敵対組織である警察庁内特殊機構対能力者
部隊に潜入を指示。部隊内ユニット「ジュース」として、機構内の秘密文書・計画を多くを盗み出し、また機構内「十人委員会」及
び対能力者部隊本部長寺田光男の発案した「天使獲得に関する計画」瓦解に貢献。この功績をもって、審議会の満場一致によりダー
クネス『首領』への推薦状作成が決定された」

4.運用について

当面は「黒の粛清」「赤の粛清」が死亡、ないしは再起不能となったことによる粛清人の空座を埋めるべく、粛清業務を指示。その
間の統括については幹部「鋼脚」が執り行う。また、「叡智の集積」が進める「能力者による理想社会建設のための最終計画」にお
いても

667名無しリゾナント:2016/09/10(土) 17:43:58
http://resonant4.cloud-line.com/resonant4/logmap/128/128-200/
の続きです。

668名無しリゾナント:2016/09/10(土) 17:44:28
走る
走る!
走る!!

リゾナントを飛び出した黒髪ロングの客を探す為に、ハルは1人で街の中を走る

それにしても

「新垣にはマジでビビった……」

さっき新垣が、ハルの事を呼んだ時
声のトーンがマジ過ぎて
ハルの目的がバレるかと思った

「大丈夫、だよな? 怪しまれてたりしたら、こうして1人で動けてないだろうし」

アイツは調査対象ではないんだけど
見つけちゃったんだから、ほっとけないでしょ
さて、どこに行ったんだ

──透視──トランスペアレント

商店街の方は……居ない
公園の方は……居ない
川の方は──見つけた!
堤防の上だ!



──

669名無しリゾナント:2016/09/10(土) 17:45:13
「おい! アンタ!」

黒髪ロングの後ろから声をかける

「ひいっ!?」

かなり高い声を出した
と思ったら、

「ごめんなさーいっ!」

いきなり逃げ出した
しかも、変な走り方で

「え、ちょ、待てよ!」

土手の一本道で、追いかけっこかよ!

ハルも慌てて追いかける

身長ってか脚の長さは負けてる
けど、小学生を舐めんなよ!

「うおぉぉぉぉっ!」

あっという間に追いついた

「話を……聞けぇ!」

黒髪ロングも背中に向かって、タックル!

「うらぁ!」
「はうっ!」

ズザザザッ!

「なあぁぁぁぁっ!?」
「きゃあぁぁぁぁっ!?」

タックルしたらバランスを崩して、2人一緒に土手を転がり落ちた

670名無しリゾナント:2016/09/10(土) 17:46:03
「……痛ってぇ」

怪我は、擦り傷くらいか
日頃の行いのおかげかな

「痛たた……」

黒髪ロングも大丈夫みたいだな

「おい」
「ひいっ!?」

思いっきり目を見開いて、飛び上がる黒髪ロング

ビビり過ぎだっての!
ま、仕方ないか

「あ、あの……?」
「ん」

新垣から渡された2千円を差し出す

「え? もしかして……足りませんでしたか!?」

財布を取り出し、お金を出そうとする黒髪ロング

「多分だけど違う。でも、店長にコレをアンタに返して連れて戻って来てって言われたんだよ」
「戻るんですか? あのお店に……」

黒髪ロングは、ネガティブな感情が全部まとめて出た様な暗い表情になった
そのまま俯き、身体を震わせる

「なあ、そんなに怖いのか?」
「え……」

だって

「アンタ、能力者だろ」

671名無しリゾナント:2016/09/10(土) 17:48:24
>>668-670
Rs『ピョコピョコ ウルトラ』9 side D-Kudo

新スレのレス稼ぎに活用頂ければ幸いです。
共鳴サタデーチャット!は22時過ぎに参加予定です、予定です。

672名無しリゾナント:2016/09/24(土) 13:36:24


気が付くと、男は見知らぬ場所に倒れていた。
コンクリートの床の冷たい感触が、徐々に男の意識をクリアにしてゆく。

あれ…俺、どうして…

確か。
昨晩は会社の同僚たちと酒を飲んでいた。その帰り。
いささか飲み過ぎたせいで、帰り道の途中の路上で倒れて、それから…

それが、どうしてこんな場所にいる?
男はゆっくりと立ち上がり、辺りを見回す。
だだっぴろい、空間。何かの建造物の中なのか。見渡す限り、数百メートル四方くらいの広さはありそうだ。
おまけに、天井も高い。遥か頭上の壁の一部はガラス窓のようになっていて、白衣を着た何人かの人影が見てとれた。

「お、おーい!! ここは、ここはどこなんだ!?」

男は白衣の男たちに向けて、叫ぶ。
だが反応はまったくない。天井の高さと場所の広さによってわぁん、と反響が返ってくるのみだ。

何だ、こいつら。もしかして、こいつらが俺をこの場所に?

湧き出た疑いとともに、出口らしきものを探す。
男が目を凝らすと、遠く離れた壁際に、鉄格子のような門が視認できた。
それが、からからと音を立てて口を開けてゆく。
出口が開いた、というより嫌な、予感がした。

673名無しリゾナント:2016/09/24(土) 13:37:28
男の予感は的中する。
上げられた格子から飛び出してきたのは、猛り狂う大きな獣。その数、五頭。
黒い剛毛に覆われたその猛獣たちは、凄まじいスピードで男のもとへ走ってきた。
差し迫る生命の危険は、男の脳に単一なメッセージを送り込む。

ヤバイ!ヤバイ!殺される!!

最早本能と言ってもいい。
男は酔いの残った体を必死になってフル活動させた。
すぐに限界を迎える肉体と体力、それでも諦めることは許されない。
息が…!苦しい…!!
走らないとぉ!追い付かれるぅ!!
あんな!デカイ奴!何頭も!殺される!殺される!
助けて!助けて!助けてえええええ!

足を縺れさせて、倒れた男に。
漆黒の巨獣たちが次々と伸し掛かる。
柔らかな腹に牙を立て、食い破り、鋭い爪が男の眼窩に食い込む。
肉が裂け骨がへし折られ血飛沫を飛ばしながら、男は獣たちの餌となっていった。

674名無しリゾナント:2016/09/24(土) 13:39:22
「ラビットno.1、生命反応消失」
「アビリティ発動エラー確認」
「…最終精神シンクロ率は23%でした」

硝子の障壁越しに、白衣の男たち。
設置されたモニターに算出される実験データを次々と読み上げる。

「23%って…クズじゃねえか。次の実験体を降ろせ」
「はい。それではラットno.2 投下します」
「事前調査は」
「45%のシンクロ率を観測しています」
「ふむ…実戦では60いくか? 楽しみだ」

白衣の長と思しき男は、薄暗い部屋の奥に目を向ける。
無精髭を生やした、痩せ形の体に明らかにサイズの合っていないだぼだぼの白衣。男の緩さ、だらしなさを窺わせる風体ではあるもの
の。彼は、組織の中では優秀な科学者として分類されていた。
そんな男の視線の先には。
大小さまざまな機器に繋がれた少女が、機械仕掛けの椅子に固定されていた。
同じように電子機器に接続されたフルフェイスのヘルメットに顔を覆われ、その表情を窺うことはできない。

「次は…頑張ってくれよな。m202ちゃんよ」

ヘルメットから覗いた口だけが、僅かに動きを見せる。

イヤダ…イヤダ…ヤリタク…ナイ…

675名無しリゾナント:2016/09/24(土) 13:40:29


次の「ラビット」が投下される。
白衣の男は、思わず目を疑った。

「おい、どういうことだ」
「はい、何でしょう」
「お前、あの女…知らないのかよ」
「どういう意味ですか?」

実験場に倒れている、黒髪の女性。
くっきりした二重の瞳。口元の黒子。見間違えようがない。
櫛すら通していないぼさぼさの髪を掻き毟り、苦い顔をしていた男だったが。

「偶然…か。いや、馬鹿な…そうか。そういうことか」
「あの、いったいどういう」
「いいだろう。構わねえ。実験を続けろ」
「は、はい」

白衣の部下たちは、上長の意味深な発言に訝りながらも、それぞれの持ち場に戻る。
程なくして、機械に囚われた少女を取り巻く電子光が明滅しはじめた。

女性が目を覚ましたようだった。
それまでの哀れな被害者たちと同じように、周囲を見渡し、そして頭上の実験制御室の存在に気付く。

「…今に見てろよ」

男は、硝子越しに女を見下すように。
この位置関係が、現実のものとなることを思い知らせてやる。
そして、指示を下す。

676名無しリゾナント:2016/09/24(土) 13:41:22
「マインドセットの対象変更だ。ラビットno.2から、『猟犬』。フルパワーで構わん。思いっきりやってやれ」

男の部下たちは、耳を疑った。
「精神干渉」能力を有する「研修生」の能力実験。それは、あくまで彼女の能力が一般人に対しどれだけの影響を与えるかのデータを
取るためのものだ。それを『猟犬』に仕掛けるとなると投下されたラビットは意味も無く貪り殺されてしまうことになる。

「ですが、実験は」
「ばーか。敵襲だ。あそこにいるのはな…『滅びの聖女』だ」

数人の研究員がその名を聞きざわめく。
組織が勝手につけた名ではあるが、その二つ名は末端の組織構成員にとっては死に似た響きを持っていた。

「慌てんな。覚醒前にぶっ殺せば、問題ねえ。それにこっちには『これ』があるだろ」

それに対し、実験施設の責任者たる男の落ち着きぶり。
後方の、機械に囚われた少女を指さしあまつさえ薄笑いすら浮かべている。
研究員の男たちは肩を竦め、少女の能力がフルに活用できるよう機器の調整を始めた。

少女の体が痙攣し、能力が強制的に引き出された。

イヤダ…ダレカ…タス…ケ…テ…

677名無しリゾナント:2016/09/24(土) 13:47:36


全国各地に存在する、ダークネスの研究施設。
自分と同じような目に遭う少女たちを、少しでも救いたい。リーダーである高橋愛の信念に基づき、リゾナンターたちはそういった研
究施設を見つけ次第無力化してゆくことを繰り返していた。
そして今さゆみがいるこの場所も、そういったターゲットの一つであった。

何とか被験者を装い施設に潜入したまではよかったが。
実験場には、既に腹を空かせた「猟犬」たちがスタンバイしていた。

「…潜入とか、さゆみ向きの仕事じゃないんだけどね」

飢えた猛獣を前にして、道重さゆみはぽそりと愚痴る。
ただこの場合は自業自得、研究施設に囚われていると思しき少女の写真を見てつい「さゆみがやる!」と立候補してしまったのだから。

しかし愚痴を言っても始まらない。
日頃何かと後ろ向きな発言をしがちな後輩・譜久村聖にそれはよくないと窘めているのに、自分がこれでは先輩としての沽券に関わっ
てしまう。

大丈夫。こういう時のために、りほりほにも稽古つけてもらったんだから。

ダークネスの差し向けた「ベリキュー」との対決を経て。
さゆみは自らの戦闘力のなさを悔いた。もう少し戦える力があれば、あんなうんこヘアーの苛つく女に苦戦することは無かったかもし
れない。
そこで、恥を忍んでさゆみは後輩の里保に近接戦闘の手ほどきを受けることとなる。なんで田中さんじゃないんですか、という里保の
問いは徹底的に無視した。とにかく、組みついたり、抱きついたり、たまに首筋の匂いを嗅いで里保に気持ち悪がられながらも、何と
か戦闘の基礎は学ぶことができたのだった。

678名無しリゾナント:2016/09/24(土) 13:48:08
「さあ!どっからでもかかって来るの!!」

キャラに似合わない勇ましい掛け声。
それも、目を血走らせ鋭い勢いで走り寄る「猟犬」たちを見るや否や。

一目散に、逃げ出した。
や、やっぱ怖い! れいなが来るまで時間稼ぎする!!
奮い立たせた勇気はあっと言う間に萎んでしまい、あとは逃げつ追われつの大運動会。

それを見ていた制御室の研究員たちは、腹を抱えて笑っていた。

「何だありゃ、口ほどにもない!」
「主任、『これ』の能力を使うまでもなかったですね!!」

「滅びの聖女」と聞き身構えていたのに、あまりにも滑稽な結末。
すっかり気が緩んでしまった部下たちに対し、男はあくまでも表情を崩さない。

「お前らは機器のコントロールに集中してろ。最後まで気ぃ抜くんじゃねえよ」
「は、はいっ!!」

男は、「滅びの聖女」の真の恐ろしさを知っていた。
何故なら、以前にも彼女に会ったことがあるから。
突如襲撃を受けた組織の研究施設。その時男はまだ一介の研究員だった。
一人、また一人と炭にされてゆく同僚たちを、機械の影で震えて見ているしかなかった。

だが今は違う。
この研究施設は、全て男の支配下に置かれている。
そして。

679名無しリゾナント:2016/09/24(土) 13:49:23
ただこの場合は自業自得、研究施設に囚われていると思しき少女の写真を見てつい「さゆみがやる!」と立候補してしまったのだから。

「出力、120%に上げな」
「いや、しかしこれ以上は『m202』の精神がもたな…」
「いいからやれって言ってんだよ」

こちらには、切り札がある。
運命のめぐり合わせと言うべきか、囚われの少女は「滅びの聖女」をモデルに生み出された人工生命体だった。
「物質の活性化・過活性による崩壊」の再現を狙ったものだったが、残念ながら少女はその特性を得ることはなかった。
その、代わりに。

「出力、120%オン!!」
「いやあああああああああっ!!!!!!!!!」

少女の悲鳴が、心地よい。
「m202」が聖女の能力の代わりに得たのは、物質にではなく精神に働きかける力。
精神を活性化させ、さらに過活性によって崩壊へと導くという、「滅びの聖女」の力の精神干渉版とも言うべき非常に珍しい能力であった。
男はその能力を「応援(エール)」と名付けていた。

その能力を、知性のまるでない「猟犬」たちに仕掛ける。
彼らなら、適合性を無視して精神活性化の最大限の恩恵に預かることができるだろう。
多少無理しても構うものか。どの道彼の上司 ― Dr.マルシェ ― にはすべての実験を終了させてから報告するつもりだったのだ。
ここで良き結果が得られればよし、潰れてもそれはそれで構わない。それには確固たる理由があった。

一つは、「叡智の集積」は例のi914をベースとした人工能力者にかかりきりであること。
故に、実験体一つ潰れたところでそれほど咎められることはないだろうと踏んでいた。
一つは、「滅びの聖女」が手を緩めて勝てるような生易しい相手ではないということ。
殺せれば上出来、出来なくともデータだけ持ち出してここから逃げ失せればこちらの実質的な勝利である。
最後に、欲をかく人間はいずれ身を滅ぼすということ。男より一足先に出世したとある女科学者は、つい先日組織の手によって粛清
されたと聞く。男も引くほどに欲深い人物だっただけに、当然の結果とも言えたが。

とにかく。どう転んでも男に損害が発生することはない。
そう、踏んでいた。

680名無しリゾナント:2016/09/24(土) 13:50:06
能力を機械に搾り取られ、次々と制御室外の実験場の獣たちに注がれてゆく中で。
少女は、心から叫ぶ。

ダレカ…ネエ…ネエ…ダレカ…

― 大丈夫。さゆみが、助けてあげる ―

ダ…ダレ…

― ふふふ。さゆみはね、いつでもかわいい子の味方なの ―

ド…ウ…シ… テ…

少女の心の声が途切れ行く中で、さゆみは声に出して言った。

「だって、助けを呼んでくれたでしょ。誰か、ねえねえ誰か、って」

逃げていたさゆみが、くるりと向き直る。
それは、「間に合った」何よりの証拠。

さゆみの眼前にまで近づいていた猛き獣たちは。
突然雷に打たれたかのように痙攣し、地に伏したまま動かなくなってしまった。

制御室内に警報と爆発音が同時に鳴り響く。
少女を取り囲んでいた機器のいくつかが、閃光を発しながら煙を吐き、機能を停止した。

681名無しリゾナント:2016/09/24(土) 13:51:04
「な、何事だ!」
「しゅ、出力低下…いや、逆に『m202』が「猟犬」たちの精神エネルギーを!!」
「そ、それよりもこの警報は、敵襲!?」
「ちっ…「聖女」は囮だったのかよ」

やれやれ、と首を振り、男は懐に手を入れる。
これは実験データを持ち出して退散しなければならない事態のようだ。
だが、「後始末」だけはきっちりやらないといけない。

「短い付き合いだったが…じゃあな、お嬢ちゃん」

機器に体の自由を奪われたままの少女の頭部に、拳銃の照準を定める。
こんな危険なものが「彼女たち」の手に渡ってしまえば、責任を問われる。だけならまだましなほうで、最悪、あの「能力阻害装置の小
型化に成功した」女上司のように粛清される可能性すらある。

迷わず、撃鉄を起こし引き金を引いた。
しかし、銃弾はなぜか床に向かって放たれていた。
どうして。答えは単純。男の腕は既に、折られていた。

「…さすがダークネスの科学者。やることがえげつないっちゃろ」
「が、あああっ!!!!」

あまりの速さに、まったく気付けなかった。
常人の眼には止まらないほどの身のこなし。共鳴増幅による、身体能力増強の能力者。

682名無しリゾナント:2016/09/24(土) 13:59:36
「た…田中、れいな…最初から、無理ゲーじゃねえか、よ…」

痛みを堪える間もなく、電光石火の追撃で顎を砕かれる男。
失敗。追及。そして、粛清。断片的な言葉が次々と頭に浮かび、音もなく崩れて消える。
彼の部下たちが、次いで現れた刀を携えた少女や獅子を引き連れた少女に昏倒されられる姿を見るまでも無く、一足先に意識混濁の彼方
へと飛んで行った。

「ざまーみろっての!」

威勢よく叫ぶ、幻想の獣の使い手・石田亜佑美。
研究施設の中枢部にたどり着くまでに、仕掛けられた様々なトラップに手を焼いていた彼女は相当の鬱憤が溜まっていたようだった。

彼女たちの「目標」である、囚われの少女。
悪魔の機械は煙を吹き紫電を迸らせながらも、未だに少女のことを捕え続けていた。

「田中さん、この子が」

同意を求めるように尋ねる、水の剣士・鞘師里保。
れいなは、無言のままに首を縦に振る。
里保の手にした鞘から一瞬、光が溢れるとともに、鋭い刃の軌跡が幾重にも機械に重ねられた。
音もなく、静かに。鈍色の金属は断ち切られ、少女の拘束は解かれてゆく。
崩れ落ちる少女を、抱きとめる里保。

「さゆ!終わったとよ!!」

放送設備らしきマイクを手に、外の実験空間へと呼びかけるれいな。
さゆみは、満面の笑みでれいなたちに向かって手を振っていた。

683名無しリゾナント:2016/09/24(土) 14:03:45


「ええっ! あの子、リゾナンターとしてうちに来ないんですか!?」

数日後。
喫茶リゾナントに非難めいた声が響き渡る。

「能力がなぁ、まだ安定せえへんねや。ま、心配せんでも『能力者たちの隠れ里』で匿うことになってるから」
「そういう問題じゃなくて!!」

カウンター越しのつんくに掴みかかる勢いで、身を乗り出すさゆみ。
それもそのはず、さゆみは先日実験場から救出した少女が喫茶店にやって来るのを楽しみにしていたのだ。
それも、「真莉愛」という名前までつけて。

「真の愛をさゆみに齎してくれるから、まりあなの」

名前を考えている時にそんなことを呟きながらフッフフフ、と怪しげな笑みを浮かべるさゆみは、どう見ても通報対象にしか見えなかったが。
それもこれも、愛情あってのこと。さゆみの愛情は、幼き全てのものに注がれるのだ。
だがしかし、そんなさゆみの密かな欲望は一瞬にして立ち消えてしまったのだった。

684名無しリゾナント:2016/09/24(土) 14:06:06


「まりあ…ですか?」

恐る恐る、少女が訊き返す。
少しの不安と、そして大きな期待。

「うん。あのね、まりあちゃんを見てぱっと思いついたの」

もちろん、顔がさゆみのタイプということもあるがそれはさておき。
彼女を一目見た時の、さゆみのインスピレーション。少女の使う、精神に作用する「治癒」能力に、聖母のような慈しみを感じたのは事
実だった。

名前をつけるというのは、大事な行為である。
そんなことを自分がしてしまうのも、おこがましい話なのかもしれない。
気に入って貰えないかもしれない。けれど、いい加減な気持ちで考えた名前では決してない。
俯き加減な少女の顔を、複雑な気持ちで窺っていると。

「…です」
「ん?」
「とっても…」
「まりあちゃん?」
「まりあ、とってもうれしいです!!」

始めてさゆみに見せた、弾けるような笑顔。
そうか、この子は、こういう風に笑う子なのか。
自然と彼女を救出した時のことを思い出す。

あの日の彼女は、まるですべての感情をごっそりと奪われたような顔をしていた。
それまでの研究所での実験がいかに苛烈なものであったかを物語るような爪痕。だが、すぐに気を失い、倒れてしまう。緊張の糸がほど
け安堵した末のことなのだろう。
それから数日、つんくの手配した病院でさゆみたちリゾナンターと交流していく中で、少しずつ人としての感情を取り戻してはいたのだが。

きっとこの子は、組織の実験に晒されるまではこういう、明るいパーソナリティを持っていたのかもしれない。
それを奪い去った組織に改めて憤りを憶えると共に、リゾナンターとして常に抱いている思いを強くする。

これ以上、この子が味わったようなつらい経験を、他の子たちにはさせたくない、と。

685名無しリゾナント:2016/09/24(土) 14:07:29


と言う訳で、真莉愛を引き取る意思を示したさゆみだったのだが。
つんくの言葉でそれがなくなってしまったことに、落胆とそれ以上に怒りを覚える。
しかしさゆみの思惑はそれだけではなかったようで。

「だって!まりあちゃんは度重なる実験で心身ともにボロボロだから、さゆみの『治癒』でいっぱいハグしたり撫でたりしなきゃいけな
かったのに…スー」
「さゆにちっちゃい子は預けられんね。つんくさんの判断は正しいと」
「…ええ、色々な意味で危険ですから」

テーブル席に座っていたれいなと里保から、相次ぐ非難の言葉。
それが、特に彼女が日頃寵愛している少女からのものだと気付いたさゆみは慌ててカウンターから走って来る。

「ちっちがうの!さゆみはただリーダーとして、未来のリゾナンターになる子を保護しようと」
「いや。いいんですよ。道重さんが若い方へ若い方へ流れるのは知ってますから」
「そうそう、幼ければ幼いほど…ってりほりほ!なんてことを言うのなんてことを。あ。もしかしてりほりほ、嫉妬してるの? だった
ら『私も可愛がってください』って言ってくれればいいのに」
「…全力で遠慮させてもらいます」

ある意味「リホナンター」と化すさゆみを見てやれやれ、と言わんばかりのつんくに。
れいなは改まって話しかける。


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