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【アク禁】スレに作品を上げられない人の依頼スレ【巻き添え】part6

270名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:29:51


透明な液体から、泡が、一つ、二つ。
こぽこぽと定期的に立ち上る泡。極北の空に輝くオーロラのように水中に棚引く、金色の美しい髪。
一人の少女が、液体で満たされた水槽の中で、膝を抱えて浮かんでいた。

「…お、ええ調子やな」

液体と外界を隔てる硝子面に、男の歪な顔が浮かび上がる。
白衣を着たその男は、細眉を嬉しそうに上げながら、波間に揺蕩うがごとくの少女の姿を眺めていた。

「覚醒は、来年の夏あたりを予定しています」
「何や、まだ先やないか」

同じく白衣を着た若い女性にそう言われ、途端に顔を渋らせる男。
彼は、「HELLO」の戦力増強を担う科学部門の長であった。

「しかしこんなに早く『計画』が実現するなんて。さすが、『先生』に師事されていただけのことはありますね」
「まあ、ここまで来るのにどんだけ失敗したか。ヘラクレス男にカメレオン女…犬男なんて、嗅覚だけ人間の22倍やで。おっさんの足の臭
い嗅いだだけで失神て…そら廃棄もされるわな」

部門長が、おちゃらけつつ過去の失敗作について語った。
その様子は科学者と言うよりも、場末の安いホストのほうがしっくりとくる。

271名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:30:23
「ヒトを超える、戦闘兵器。『先生』はそれを機械でやろうとしたから、たった2年で計画は破たんし
てもうた」
「プロジェクト・カッツェ」
「よう知ってるな、みっちゃん」
「界隈では有名な話ですから。ただ、既存の機械では高出力を賄えなかったとか」
「俺は違う。文字通りゼロから、生命体を作った。それが『ラブマシーン計画』や。見てみい。どっか
らどう見ても普通の女の子に見えるやろ? せやけどコイツん中には、億をゆうに超えるナノマシンが
詰まってる」
「所謂、『黒血』というやつですね」

女が、眼鏡を緊張気味に掛け直す。
彼らが語っているのは、まさに禁忌の科学。科学者として、決して踏み入れてはならないはずの領域。

「コイツが覚醒した時、まさに最強の能力者が誕生する。世界が変わるでえ?」
「是非、そうなることを信じてます」
「みっちゃんはええ子やな」

ま、それだけやない。
男は自らの裡に秘めた計画図を、頭の中で広げ始める。

コイツの存在はおそらく、中澤たちの計画を大幅に推し進めるはずや。
それだけやない。「あいつ」が心の奥底に封じ込めた破壊の化身をも刺激するかもしれん。
となると。そうなった時に対抗できる存在が必要やな。こら忙しくなるで。

男の思考は、すでに次に「造る」予定の人工生命体へと移っていた。

272名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:30:54


彩と話をしてから、数日。
明日香は、真里と紗耶香の動向を注視していた。
もちろん、彼女たちの動きに不審な点は見当たらない。
やはり思い過ごしか。仲間を疑う心は、少しずつ晴れてゆく。
そして、結論付ける。

ホワイトボードを見ると、二人の今日のクライアント先は同じようだった。
これで、最後にするか。
明日香は、今回彼女たちを尾行して何もなければ、これ以上疑念を持つのはやめようと決めていた。

「福ちゃん」
「なっち」

いつの間にか、隣になつみが立っていた。
まるで気付かなかった。自らの思考に少しばかり気が行き過ぎたのかもしれない。

「今日は仕事のほうはもういいの?」
「うん、さっき終わったばかり。でも、少ししたらもう行かなきゃ」

いつも笑顔を絶やさないなつみ。
けれども、日々の疲れが蓄積しているのか、あまり顔色がいいとは言えなかった。
友を慮る思い、しかしそれは突如として違和感に変わった。

…今の、何?

明日香は、なつみの顔をまじまじと見る。
多少疲労の色が見えるものの、いつものなつみだ。
やはり、変なことに気が回りすぎているのかもしれない。疲れているのは私のほうだ。

273名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:31:28
「何だべさ。人の顔、じろじろ見て」
「いや…圭織との共同生活はどう?」

悟られまいと、別の話を振る。
するとなつみの表情がみるみる変わってゆく。

「もう!ほんとに大変!!予知だか予言だか何だか知らないけどしょっちゅう交信してるし、変なお香炊いて臭いし!!」
「…それは大変そうだね」

圭織は自らの能力を安定させる目的で、とある施設に隔離されていた。
その施設に、なつみが仮の住まいとして入ることになったのだ。
能力安定のためには、近くに強力な能力者がいることが重要、らしくそのような方策が取られたわけ
だが、なつみとしてはたまったものではない。圭織は圭織で、自らのペースを崩されるのを嫌い不機
嫌を顕にしているという。

「ごめん、そろそろ行くね」
「え、もう? なっちならもう少し時間が」
「ちょっとやぼ用でね。愚痴なら、なっちのオフに合わせてまた聞いてあげるから」
「う、うん。わかった」

そう言いながら、事務所をあとにする明日香。
真里と紗耶香のことも気になったが、それ以上に。
自らが抱いた違和感を、なつみに気付かれたくなかった。

ほんの一瞬だけ、なつみの奥に、何か黒いものが過ったのが見えた。
きっと疲れているからだ。明日香は先ほどの結論を繰り返す。
ならば、真里たちの無実を確信できればこの戸惑いも消えるはず。
いくつもの思惑を重ね、明日香の歩は急かされるように早まっていった。

274名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:32:28


精神干渉による攻撃を主な攻撃手段として使用する明日香にとって、尾行術はそれほど得意なものとは言えなかった。
ただ、二人の後輩に気配を悟られるほど未熟だとも思ってはいない。

今日は休日だと言うこともあり、街は多くの人で賑わっていた。
クライアントとは街の中心にあるスクランブル交差点の前で待ち合わせとのことだった。木を隠すなら森の中、とはよく言ったものだ。お
かげで、能力の感度を上げると取るに足りない輩の下卑た思考まで伝わってくる。とは言え、標的の心の中を見逃すようなへまはしない。

どちらかと言えば地味な格好をしている紗耶香とは対照的に、街のにぎやかさに溶け込んでいるかのような真里。
遊び歩いている家出少女、と言われても何の違和感もない。
そんな二人が、他愛もない話をしながら目的地まで歩いていた。明日香に気付く風はない。

紗耶香は、虫を使役する能力。そして真里は、能力阻害の能力。
現実的な戦力となっているとは言え、明日香の尾行に気付くほどの力はまだない。もしそうであれば、明日香も尾行などという直接的行動
はしなかったであろう。

明日香が、歩みを止める。
標的の二人は、問題なくクライアントと接触するのを確認したからだ。
スーツ姿の、初老の男性。真里が話しかけ、男性がゆっくりと口を開く。
途端に、男の思考に仕事に関する様々な情報が流れ込んで来た。

まるで文字が刻まれたテープのように、明日香の脳裏に情報が駆け巡っていた。
それを、心の手が拾い上げ、刻まれた内容を読み取る。
明日…取引…護衛…相手方も能力者…
順調に情報を拾い上げていた明日香、しかし心の手は急に情報を読み込むのをやめてしまう。

275名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:33:23
背後に誰かに立たれていたこと。
そしてその相手が明日香の後頭部に昏倒の一撃を放っていたことを、叩き付けられた冷たいアスファルトの感触で知ることとな
る。慢心していたわけではない。先ほどのなつみの存在について気付かなかったのと同様に? 
それは違う。今回は、標的とは別に自らの周囲にすら気を配っていたはず。

いや、気を配るどころの話ではない。
明日香は、精神干渉の触手を応用することで自らの周囲に自らの知覚と直結するバリケードを張っていた。それはさながら、蜘
蛛の巣を構成する糸のように。
どれだけ陰形に優れた者でも、精神の蜘蛛の糸からは逃れることはできないはずだった。

それが相手の接近を許したばかりか、攻撃までされてしまうとは。
薄れゆく意識の中で、それができる相手のことを考える。そうだ、なぜその可能性を考えなかったのか。

時を操る能力者・保田圭…

三人目の後輩の名を呟きながら、明日香は完全に気を失ってしまった。

276名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:34:12


「…おはようさん」

明日香が意識を取り戻した時に、かけられた言葉。
しかしそれは明日香がまったく想定していない人物のものだった。

「ゆ、裕ちゃん?」

明日香の前にいたのは、「HELLO」のトップ。
派手な金髪に青のカラコン、見間違えようもなく中澤裕子その人であった。

「まったく自分、働き過ぎとちゃう? ま、うちもどうでもええお偉いさんにヘコヘコしたりで気ぃ使うてお互い様やけどな」

状況が把握できない。
真里と紗耶香を尾行していたところを、圭に襲われた。
となれば、目の前にいる人物はその三人のいずれかであるはずだが。
なぜ、組織の長である裕子がここにいるのか。

まずは、現状の把握。
明日香は、ベッドに寝かされていた。見たことのある景色。
「HELLO」の事務所に併設されている医務室であることはすぐに理解できた。
後頭部がひどく傷むが、それ以外のダメージは体にない。

「どや。痛みとか、あるか」
「それは大丈夫だけど…」

そう言えば裕ちゃんと直接話すのは久しぶりだな。
そんな悠長な考えは、次の言葉ですぐに消し飛ぶことになる。

277名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:35:30
「あかんやんか。仲間尾行なんかしたら」
「……」

思わず、体が硬直する。
裕子は知っている、そう明日香は直感する。
けど、どこまで。いや、違う。どこまでこのことに「絡んでいる」?

「圭ちゃんも、敵対勢力と勘違いして攻撃してもうたやん」
「それはおかしいよ、裕ちゃん」

裕子が構築しようとしているシナリオを、明日香は即座に否定した。
二人を尾行する明日香を、敵対者と誤認し攻撃してしまった圭。相手が明日香だったことに気付き、慌ててここまで運んできた。
一見すると、自然な流れ。

「圭ちゃんの能力なら、私を敵と間違えるはずがない。時間停止が発動してから標的に近づくまで、確実に私の姿は彼女に認識
される。つまり、私を攻撃したのは明らかに…故意」
「なんでやねん。圭ちゃんが明日香のこと攻撃する理由なんてないやろ」
「理由ならある。私がクライアントの男の思考を読み取るのを防ぐため」

裕子が、まるで面白いことを聞いたかのように笑い出す。

「考えすぎやって。なんで圭ちゃんがそんなこと」
「圭ちゃんだけじゃない。矢口も、紗耶香も普通じゃなくなってる」

明日香が、強い視線を裕子に送る。
心の中の些細な違和感、それが裕子と直接対峙することで限りなく大きくなっていた。

メンバーの中に感じた、些細な違和感。
それが、他ならぬ組織のトップが原因だとしたら?

「…疲れてるんやろ。あんたはなっちと親しいから、あの子の疲労が伝染してるんやろな。ま、数日休めば変なもやもやも解消
されるんやないの?」

いつもの裕子。けれど、いつもの裕子じゃない。
何かを隠してる。何かを、裏で進めようとしている。

ただ、真実を正攻法で引きずり出すのは限りなく不可能に近いだろう。
ならば、こちらも絡め手を使うまで。
明日香は、これまでに手に入れた情報を足掛かりに、隠された真実を暴くつもりだった。

278名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:36:03


都内のとある廃ビル。
エントランスの広く作られたスペースに、黒い影が忍び込む。
先陣を切るのは、二人の護衛。すなわち、「HELLO」に所属する真里と紗耶香。
遅れて入ったのは、屈強な肉体の男性。臙脂色のスーツに身を包んではいるものの、首周りの太
さにワイシャツが悲鳴を上げている。彼は、先日真里たちが接触したクライアントの部下だった。

三人が建物内に入るなり、閃光が走る。
部屋を照らすにはあまりに強力なライトが、三人を影から洗い出していた。

「ちょっと、明かりが強いんじゃね?」
「取引の現場、にしては賑やか過ぎるんだけど」

口々に不平を漏らす二人。
取引相手は明らかに人数が多かったし、物々しい雰囲気を出していた。

「なに、夜闇で顔も見えないような相手とは取引したくないのでね。保険だよ、保険」

黒づくめの集団、その中のリーダーらしき肥満体の男が悪びれずにそう答える。

「そちらの事情はどうでもいい。さっそく取引開始と行こうじゃないか」
「ああ。互いに長居はしたくないものだ」

マッチョと肥満体がそれぞれ、顎を前方にしゃくる。
それを見た紗耶香と黒づくめの男が互いに前に出て、銀色のアタッシュケースを床に置いた。

279名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:36:52
「中身のほうを見せてもらおうか」
「そちらのほうが先だ。商品が見えなければ金を払う道理もない」
「なるほど、仕方ない」

肥満体が再び部下に指示を送る。
地にしゃがみアタッシュケースを開けると、中にはびっしりと薬品のアンプルが詰まっていた。

「取引成立だ」
「いいのか。中身を調べなくて」
「この期に及んで偽物を持って来るような愚かな真似はしないと信じてるよ…では、こちらも」

マッチョの言葉を聞いた紗耶香が、床に置いたケースをゆっくりと開く。

「受け取りなよ…あたしのかわいい蟲たちをなぁ!!!!」

ケースから、黒い煙が漏れ、溢れる。
いや、それは煙ではない。夥しい数の、羽虫。狭い空間から解放された小さな肉食獣たちは、一斉に生ある者たちに向けて群が
り始めた。

蟲の大群が鋭い羽音を立て一瞬のうちに標的に取りつき、皮膚を食い破り、肉を抉り血を啜る。
ある者は痛みと恐怖でのた打ち回り、ある者は食い込んだ蟲を剥そうと必死に顔を掻き毟る。
その様は、まるで地獄絵図。

「ちっく…しょお!やりやがったな!!!!ぎっ!ぶっ殺し…てやる!!!」
「だ、だめだ!能力が…あああ!!!つ、使えねえ!!!!」
「お、おれもだ!!がっ!ぐっ!血、血が止まらねえ!こいつら、血管まで、ぎゃ、ああっふっふぅ!!!!!」

先手を打たれた黒づくめの男たちは、自らの能力を使って蟲たちを迎撃しようと試みるが。
彼らはすでに、真里の放つ能力阻害領域に取り込まれていた。
それはすなわち、なす術もなく貪欲な蟲たちに食い殺されるがままということ。

280名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:37:25
どこかで、銃が暴発する音が聞こえた。
蟲たちは彼らの護身用の得物ですら無力化してゆく。
しばらく、室内には男たちの怒号と絶叫が木霊していたが、その声もやがてか細くなって途切れていった。

「そろそろいいんじゃね?」
「ああ、お前たち、元の場所にお戻り」

眉を顰める真里が言うと、紗耶香が食事を終えた蟲たちに命令する。
すると、アタッシュケースに吸い込まれるがごとく、黒い煙たちは中に戻っていった。

「ふう…おいら、虫とか超苦手なんだよな。こいつらが仕事してる間、鳥肌立ってしょうがなかったっつーの」
「あはは、あたしの能力で免疫ついたでしょ」
「つくかよ!!」

部屋に残るは、無残に食い散らかされた死体の山。
その中には、臙脂色のスーツを着た男のものもあった。

「こいつさ、なんで俺まで…みたいな顔しながら食われてったぜ?」
「しょうがないじゃん。飼い主のあたしと能力阻害の矢口以外は、全部エサなんだからさ」
「だな。金とブツを頂いたらこいつやっちゃう予定だったし、手間省けて済んだかな」

顔を見合わせて、笑う二人。
その表情には、ライトに照らされながらもなお消えない闇が差していた。
だが。

281名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:38:15
「クライアントの手下ごと、取引相手を抹殺する。昨日会ったクライアントもきっと始末されてるんだろうね」
「…誰だ!」

真里が甲高い声を上げ、突然響いた声を探す。
すると、それまで何もなかった空間が揺らぎ、声の主が姿を現す。

「合理的と言えば合理的。けど、その手口はうちらが取り締まってる闇社会の住人と変わらないんじゃない?」
「あ、明日香!?」

紗耶香の顔が、引き攣る。
明日香は、彼女たちの罪を糾弾するかのようにその視線を送っていた。

「どうしてここが」
「残念でした。間に合ってたんだよ、私の読心術は」

圭に昏倒させられる直前、明日香の脳裏に描かれたのはこの廃ビルだった。
あとは、真里たちがやって来るのを待つだけ。だがそれでも謎は残る。
真里が疑問を口にする。

「それに…お前、精神系の能力者だったはずじゃ」
「あの変わり者のおじさんからいいもの、借りてね」

言いながら、白っぽい大きな布を二人に見せる明日香。

「これを被ると、常人の目に存在が感知されなくなるらしいよ。まだまだ試作品だから、数分しか持たないみたいだけど」

組織の、科学部門の責任者。
日ごろから妙なものを開発しているらしく、声をかけたら快くそれを貸し出してくれた。
だが、そんなものを自慢しているような時間はないようだった。

282名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:39:28
明日香はすでに、場の空気の異常さを感じていた。
真里と紗耶香が放っているもの、仲間には向けられないはずのそれは。

「見られちゃしょうがねえ、ぶっ殺してやる!!」

明確な殺意。
明日香は確信する。この二人は、この二人が所属している組織は。
自分を殺さなければならないほどの、大きな闇を抱えていることを。

護身用の金属ロッドを強く握りつつ、明日香はにじり寄る二人の能力者を交互に見る。
彼女たちの顔は、狂気に塗れていた。
かつて同じ時を過ごし笑いあった後輩たちは、もういない。氷のような覚悟が、背筋を伸ばす。

「矢口。紗耶香」
「何よ。命乞い?」
「今更遅いっつーの。おいらたち、まだおおっぴらに行動できないんでね。悪いけど」
「あんたたちに…たかが追加メンバーに私が殺せる?」

紗耶香の目つきが鋭くなり、真里の表情が大きく歪んだ。
精神干渉を攻撃手段とする明日香によって、敵の心理を揺さぶり隙を作ることは、そのまま相手の防御を崩すことに
繋がる。
彼女たちが「M。」において追加メンバーであるという立ち位置を気にしているのは、前から知っていたのだ。

「てっめえ!!!!」

激昂した真里は明日香に向け、能力阻害フィールドを構築しようとする。
しかしその前に、大きく横に跳ばれてしまう。

283名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:40:00
「くそ!紗耶香、頼んだ!!」
「明日香、虫食いの銀杏にしてあげるよ!!」

敵を打ち損じた真里の前に、今度は凶暴な蟲たちを従えた紗耶香が躍り出た。
明日香を食い殺そうと、不快な羽音を立てて蟲たちが一斉に飛翔する。
しかし、黒い軌跡は明日香にたどり着くことなく、ぽとぽとと音を立てて落ちてゆく。

「あたしの蟲が!!」
「精神攻撃が、蟲に効かないとでも思った?」

飛んで火に入る夏の虫、が如く次々と墜落させられてゆく飛行蟲。
勢いのついたいくつかの蟲もまた、明日香が振るう金属ロッドによって叩き落とされてしまった。

真里の能力阻害を除け、紗耶香の蟲による攻撃をも避けてゆく明日香だが。
徐々に、徐々に。可動範囲は、狭められてゆく。

「おいらたちのコンビネーションプレイを舐めんなよ」
「矢口の能力阻害領域に入ったら、お前は終わりだ」

そして言葉通り、明日香はスペースの隅へと追い詰める。
不快な蟲たちが立てる、きちきちという羽音とも鳴き声とも知れぬ、不気味な音がすぐそこまで迫っていた。

「どうした? もう降参か、キャハハハ!」
「無駄だよ。あんたを殺せば、うちらは成り上がれるんだから」
「おいらにくれよ、そのオリメンのポストを!!」

オリメン。
つまり、「アサ・ヤン」を作った明日香を含む5人の能力者たち。
後から入ってきた真里たちがそのポジションを羨み、コンプレックスを抱いていたのは明白ではあったが。
けれど、ここまでとは。容貌を、そして魂すら歪ませるほどだとは。

284名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:41:05
「もう一度だけ言うよ。あんたたちに、私は殺せない」

明日香は、親友の顔を思い出す。
オリメンの中でも、明日香は特になつみと親しかった。それは年少者の明日香になつみが積極的に話しかけてくれた
せいか。それとも背格好が似ていてなんとなく親近感を覚えたからか。組織の看板能力者という称号を持つ割には色
々抜けていて、放っておけない存在だからか。

理由はきっと星の数ほどあるだろうし、逆にどれが理由なのかすらもわからない。
ただ、これだけは胸を張って言うことができた。

あの子がいる限り、私はこんなところでは死ねない。

明日香がゆっくりとしゃがみ、むき出しのコンクリート床に手をやる。

「ねえ、何のつもり?」
「私は、あんたたちがここに来る前から、姿を隠してこの廃ビルの中にいた」
「だから何だってんだよ!」
「あんたたちを『狩る』準備は、とっくにできてるってこと」

刹那、床に浮かび上がる白い紋様。
それはまるで蜘蛛の巣のように張り巡らされ、そして敵対者たちの足を、心を絡め取る。
感情を揺さぶられ心のタガが外れかけている二人を落とすことなど、簡単だった。

「しまっ…ぎゃああああああっ!!!!!!!」
「ち、く、しょう…」

最大出力の精神攻撃を食らい、白目を剥いて真里と紗耶香は倒れた。
ふう、と大きなため息を一つ。組織の中で手練れの二人ではあるが、明日香には及ばなかったようだ。

285名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:42:08
しかし。
明日香は改めて、この場に3人目の同期・圭がいなかったことに胸を撫で下ろす。
もちろん彼女の動向は事前に把握してはいたものの、虚を突かれ不意打ち、という前回の轍を踏まされる可能性はゼ
ロではなかった。その為に「対時間操作能力者用」のトラップをいくつか仕掛けてはおいたのだが。

もちろん組織屈指の厄介な能力、彼女に対する切り札はあらゆる意味で使わないに越したことはない。
むしろ、これからやるべき事項のためにとっておくべきだと考えていた。それは。

組織との、決別。

明日香を躊躇いもなく処刑しようとしたこと。
成功報酬としての、地位の昇格。間違いなく、彼女たちの動向には「組織」が絡んでいる。となると。

これから倒れている二人を連れ去り、彼女たちの行っていた非合法活動と組織の関連性を洗い出さなければならない。
そこが明らかになれば、彼女は「HELLO」を去ることを決めていた。
組織を抜ける、このことがいかに困難であるか。明日香は十分に知っているつもりだった。増してや、今の得体のし
れない状況に陥っている「HELLO」ならば。

組織の中で、まだまともな思考を保っている人間は何人いるだろうか。
裕子やルーキーの三人は論外だ。圭織もあてにはならない。となると残りは彩となつみしかいない。
特になつみは。能力こそ組織最強の看板に相応しいものだが、それを支える心の強さは。だから、明日香が支えてい
かなければならない。自分が、絶対になつみを守る。

突然。
体の隅々までが、自分の意思から大きくかけ離れた存在のように感じた。
まさか、また時間停止か。否。時間停止能力者を捉える「罠」は発動していない。
これは。この感覚は。

空間を引き裂き口を開ける、深い闇。
空間裂開。

― 明日香…話、しよか ―

闇の底から裕子の声が、聞こえる。
それと同時に、明日香の足元の床が、空間ごと大きく裂け、そして明日香ごと時空の彼方へと飲み込んでいった。

286名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:43:03


暗い。
何も、見えない。

絡みつくような闇の中に、明日香は身を置かれていた。
ここがどこだかはわからない。事務所の医務室でないことだけは確かだ。
だが、これだけはわかる。この闇は、据え付くような闇の臭いは、「HELLO」が今までひた隠しにしていた存在。

「やっと。落ち着いて話せるな」
「…裕ちゃん」

粘り気の高い闇の中に、鮮やかな金髪が浮かび上がる。
どぎついカラコンも、勝気な表情も、今は闇に紛れそして馴染んですらいる。
組織の長たる中澤裕子は、深い闇を従えてその場に立っていた。

そこで、明日香は気付く。昨日の裕子への違和感、その正体に。

「もう気付いてるみたいやけど、うちの組織はもう『社会正義のために邁進する組織』と違う」
「…だろうね」

明日香の見た光景。
非合法薬物の取引に護衛として参加するばかりか、敵味方ともに惨殺し薬物及び金銭を強奪する。闇社会に跳梁跋扈
する悪人たちを狩る、と自称する組織のすることではなかった。

「言い訳するつもりはない。せやけど。うちらの理想を実現させるためには、こうするしかあらへんのよ。綺麗事だ
けじゃ、組織は動かへん」

言葉はシンプルだったが、そこに様々な苦悩や苦渋の思いが見て取れた。
諦めのような、それでいて強固な決意のような。
生半可な感情で裕子が話しているわけではないことを、明日香は理解した。そして理解したからこそ。

287名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:44:04
「ねえ裕ちゃん。うちらの理想って、そんなことをしなきゃ実現できないものなの?」

投げかけた。
自らの、疑問を。相手の詭弁を打ち崩す、一打を。

「…正義の味方ごっこはもう、しまいや。何かを手に入れるには、何かを犠牲にせなあかん」

裕子が口を開くたびに、周囲の温度が下がっているような気がした。
それとともに、闇が、一段と濃くなってゆくような気さえも。

「あんたも気付いてるやろ? 『HELLO』が、権力機構の犬に成り下がってることに。そこから脱却するには、こ
の手を汚さなきゃ、誰かの犠牲が、必要なんよ。うちらが頂点に立つためには…」
「ナンバーワンだけが、全てじゃない」

明日香が、裕子を視線で強く射る。

「頂点に立つために誰かを犠牲にするようなナンバーワンなんて、私には価値があるように思えない。誰かを犠牲にす
ることでしか成り立たない理想も」
「明日香」
「組織が。『HELLO』がそういう道しか歩めないのなら。私は…組織を抜ける」

裕子の強い意志に対抗しうる、明日香の言葉。
それは彼女の決意表明であり、決別宣言でもあった。
裕子の悲しげな表情だけが、行き場を失い闇を舞う。

288名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:44:41
「だから言ったっしょ。明日香は、絶対に折れないって」
「!!」

深い闇に同化しているような、長く艶やかな髪。
明日香を見下ろす少女、その冷たい目と表情は名を呼ぶことすら押し留められる。

「圭織の予言は、絶対なんだって。組織に仇なす者の未来は、特にね」

予知能力。明日香は、砂を噛むような後味の悪さを覚える。
最初から、彼女たちはわかっていたのだ。自分が組織の在り方に疑問を持ち、疑い、そして離反を決意することを。

「裕ちゃんは、最後まで信じたかったのよ。明日香が、『こちら側』に来てくれることを」

さらに、見知った顔が浮かび上がる。
廃ビルには姿を現さなかった、圭だった。

明日香の思考は、至って冷静だった。
自分を味方に引き込むためだけのためにこの二人が現れたとは、とても思えない。
間違いなく、「組織の反逆者」に対応するためだろう。

圭の時間操作、圭織の予知能力、そして裕子の空間操作。
まともに戦える可能性は万に一つもない。だが、圭への対策として取っておいた「罠」がここで生きる。
ここから逃げ延びて、なつみを連れ出さなければならない。
この場に充満している闇はやがて、なつみの心を壊してしまう。

「相変わらず冷静だね。さすがは明日香、と言ったところなんだろうけど」

闇に響く声に、明日香が思わず振り向く。
それは残酷な現実だった。

289名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:45:36
「もううちらは、止まれないんだよ」

そこには、明日香が最初の疑念を呈した時に相談した彩の姿があった。

「彩っぺまで、か」
「ごめんね。裕ちゃんから話を聞いて、こうするしかなかったんだ」

明日香との会合後。
彩は裕子に接触したのだろう。その後何らかのやり取りがあり、ここに立つに至るのだと明日香は想定した。
それを証明するがごとく、彼女の表情には歯切れの悪いもののように映る。もっとも、この空間全体の意思を否定で
きるものではないが。
結末は、最初から決まっていたのだ。

どうする。どうすればいい。
裕子。圭。圭織。そして彩。高次の能力者が四人、最悪だ。
「罠」はいつでも作動できる。だが、それで敵の虚をついたとしてこの場から逃げ果せるのか。
それでもやる。やるしかない。やらなければ、待っているのは。

不意に、闇が晴れた。
闇に覆われていた空間が、そして「HELLO」の幹部たちの姿が光のもとに曝け出される。

「あ…ああ…」

明日香は、それを見た時、膝の力が抜けて崩れ落ちそうになった。
なぜなら、散らされた闇の向こう側に「彼女」の姿を見たのだから。

うなじまで届かない、短めの髪。
どこかあか抜けない、けれど柔和な顔。
優しく明日香を見つめるその姿は、天使のそれに似ているような気さえする。

290名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:46:10
「福ちゃん」
「う…嘘だ」

けれど明日香は否定する。
彼女の姿を、こんな場所で、こんな状況で見たくは無かった。

友の窮地に駆け付けた、篤い友情。
そんな楽天的な考えに明日香はなれなかった。
彩ですらあちら側についているのだ。その可能性を想定しないほうがおかしい。

「『HELLO』は、終わるんだよ」
「やめて…やめてよ、なっち」

明日香の信じていたもの、全てが崩壊してゆく。
「アサ・ヤン」を立ち上げ、理想に向かって走り続けた日々。
なつみとの友情。すべてが、すべてが無に帰そうとしていた。

「光の世界から、闇の世界へ。それが、なっちたちが救われる、最後の道だから」
「黙れ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

咆哮にも似た叫びが、空間を劈く。
明日香の短い髪が逆立ち、全身から光るような何かが溢れ出た。
それは、彼女の持つ精神エネルギー。明日香の精神は、臨界を迎えていた。
最早「罠」を使う必要もない。彼女の精神の触手は蜘蛛の巣状に、そして無限大に伸びてゆく。
青白く光る無数の軌跡が、この場にいるすべての人間の精神を侵食しようとしていた。

「くっ!徒に刺激しすぎたわ!!」
「裕ちゃん、このままじゃ!!」

状況に顔を顰める裕子と、先の展開を危ぶむ圭。
そんな中、圭織だけが涼しい顔をしていた。

291名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:47:10
「大丈夫。運命はもう、決まってる」

暴走、とも言うべき明日香の能力。
しかし、その精神の劫火に見舞われながらも、床に敷かれたカーペットの上を歩くかのように。
なつみが一歩、また一歩と近づいてゆく。

なつみと明日香、二人の間に、青白い閃光が弾けるように現れ、消えてゆく。

「これは…」
「明日香の精神干渉エネルギーと、なっちの言霊のエネルギーがぶつかり合ってるのさ。きっとなっちは、『明日香
の能力を無効化する』ことにすべての力を注いでるはず」

圭織の言葉通りに、なつみは明日香のもとへと歩いてゆく。
それでも、幾筋かの軌跡はなつみの体を、心を掠めていた。

「おやすみ。明日香」

そしてついに目の前に立ったなつみが、明日香に向けて白くやわらかな手を翳す。
同時に、なつみの背中から大きな羽根が顕現した。

「あいつの言うとおりやったな。言霊を操る能力は、『天使の羽』になって白く光り輝く。マッドサイエンティスト
も、たまにはまともなこと言うやないか」

白き羽は、明日香の心に舞い降り、そして全てを露わにする。
まるでステンドグラスでできた絵画のように、広がる記憶。明日香となつみの、掛け替えのない思い出。

運命に導かれ、出会ったあの日。
地位を獲得するため、共に戦場に赴いたあの日。
そして。時には喧嘩もしたりして過ごした、あの日。
それらの記憶を、天使の羽が白く埋めてゆく。
降りしきる雪のように、少しずつ、そして確実に。

292名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:48:10
憤怒。戸惑い。そして悲しみ。
それらの思いを抱えたまま明日香は、気を失う。
網目状に広がった青白い軌跡は輝きを失い、薄れ、やがて見えなくなっていった。

「これで、私たちはもう後戻りできない」

圭が、倒れている明日香を見て、言う。
それは誰かに同意を求めているかのようでもあり。

「そやね。けど、それでもうちらは進まなあかんねん」

裕子が、はっきりとそう口にした。
明日香とともにした光の時は、終わりを迎えた。太陽が沈んだ後は、必ず闇夜が世界を包むかのように。

「あは。あはははは。だから、言ったっしょ。カオの予言は…絶対なんだって。裏切り者は。組織に仇なすものは、
絶対にカオの目を誤魔化すことができないんだって。あはは、あははは!!!!!!!!!!!」

圭織は、狂ったように、高らかに笑い続ける。
あの時。一度圭織が光を失った時に「誰か」がくれた「目」は、圭織に光以上のものを与えてくれた。
こうなることは、すべて視えていた。組織の運命がとめどなく流れる大河だとしたら、圭織はその大河の流れに浮
かぶ塵すらも見ることができるような感覚に襲われていた。

この力があれば、自分は神になれる。いや、既にもう神なのかもしれない。
ならば、神に「できないことは、なにもない」。
圭織はそう信じて疑わなかった。

293名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:48:58
「ごめんね、福ちゃん。ごめんね…」

”神”の狂乱を遠くで聞きながら、なつみはかつての旧友に詫び続ける。

明日香に話したのは、自らの偽らざる本心だ。
「HELLO」がいつまでも正義の代弁者では、本当の問題は解決しない。それどころか、強い光が闇を作るように「HELLO」の存在自体がさらなる悲劇を生み出すかもしれない。だから、なつみは敢えて選んだ。自分一人ではできないことを、裕子に委ねた。

だがその結果、なつみは永遠に友を喪うことになってしまった。
これは罰だ。明日香を裏切り、「声なきカナリア」にしたなつみへの。そしてなつみ自身も気付いている自らの心の奥底にある「存在」への。なにもできないくせに、何かをしようと望んだことへの。

ならばもう、抗うのをやめよう。
抗うことで傷つき、無理と無駄の上塗りで傷つくくらいなら。
「できないことは、なにもしない」。
なつみの心は誰にも気づかれることなく、深く、そして昏く閉ざされてゆく。

この日。
闇夜を照らしていた月は、闇に覆われ、そして闇に消えた。
一筋の光さえ射さない、暗黒の世界は、すぐそこまで迫っていた。

294名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:50:55


「福田明日香。声を奪われ、能力も記憶も奪われ。場末のバーで働いてるらしいな」

『HELLO』の研究室。
大きなスペースに、簡素な椅子とデスクが一組、その他は段ボールの山。
科学部門の長は椅子に体を預け、目の前の女科学者に話しかけた。

「ええ。仮初の家族も用意されたとか。少し、甘い処遇かと思いますけど」
「みっちゃんもシビアやな。ま、安倍…っちゅうか中澤らしくてええんやない?」

研究室は、近々にその拠点をより大きな場所が取れる関東近郊の地に移ることになっていた。
研究資料も、大小の機械類も、そして「育てられた少女」も既に、その場所へと送られていた。残るはこの部屋の主
の持ち物であるお好み焼きを焼く道具や雑多な道具類だけである。

「それにな。福田。あいつの能力は結構面白かったんやで」
「と言いますと…」
「あいつの得意分野は『精神干渉』なんやけど、同時に精神干渉時に相手の心をある程度まで読み取ることができた。
つまりあいつの能力には『精神干渉』と『リーディング』の二面性があった」
「それって、『二重能力者』!!」
「せや。ダブルっちゅうやつや。本人は気付いてへんかったみたいやけど。で。俺は、福田に研究途上の道具を貸す
見返りに、あいつの細胞をちいとばかし貰ったんよ」

女科学者は、男の意図に、すぐ気が付く。

「まさか、それを使って人工的に『二重能力者』を作るつもりですか!」
「ははは。そのまさかや。ま、オリジナル通りの能力になるかどうかはわからへんけどな」

金髪色眼鏡、安いホストのような姿恰好をした男が、心底楽しそうに笑う。
もし仮に、意図的にそんな能力者が作れるとしたら。「HELLO」は。もうすぐ別の組織に生まれ変わるそれは。
間違いなく比類なき力を得ることだろう。女科学者は思わず、にじみ出る冷や汗をぬぐう。

「そのためには、まず、あいつがきちんと動作することを確認せな。g923。目覚めるのが楽しみやわ」

男は、その記号と数字で象られた名前を口にする。
月の消えた世界を完全なる闇へと導く、悪魔の名前を。

295名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:55:02
>>261-294
リゾナンター爻 番外編「そして月は闇に飲み込まれ」 了
番外編と言うには少々長くなってしまいました。

「できないことは、なにもない」「できないことは、なにもしない」は
初期の名作のこちらからのリゾナントでした
http://www45.atwiki.jp/papayaga0226/pages/160.html

296名無しリゾナント:2016/02/25(木) 17:37:10
ここは喫茶リゾナント。
常連客のほかは大した客の入りもなく、暇を持て余したリゾナンターたちが何気ない会話を繰り広げていた。
そのうち、有事は悪と戦うリゾナンターの性質が故に、弱点克服という観点から互いの嫌いなもの・苦手なものを言い合っていくことに。

「ハルはおばけが嫌いだな。おばけ屋敷とか無理無理!!」
「かのは体重計が嫌なんだろうね」
「あたしは高級なものが苦手かも。見ただけで白目剥いちゃう」
「私は石田さんが苦手です」
「はぁ!?あたしだって小田のこと苦手だし!」

そのうち、リゾナントの店主である道重が帰ってくる。

「みんな何話してるの?」
「あ、いえ。ダークネスに舐められないように、互いの苦手なものを言い合って克服しようと思って」

話の輪に入ってきた道重に、恐縮しながらことのあらましを話す工藤。
すると、道重は心底呆れたような顔をして、

「リゾナンターとあろうものが情けないの。さゆみは怖いものなんかないの」

と言い放った。
確かに道重はリゾナンターのオリジナルメンバー。今のメンバーでは経験したことのない数々の修羅場を潜ってきたことであろう。しかし、彼女が心を
持つ人間である限り、怖いものが何一つないなど、ありえない話。その言葉を疑った小田が、道重に問いただす。

297名無しリゾナント:2016/02/25(木) 17:38:08
「道重さん、本当に怖いものはないんですか?」
「当たり前なの」
「本当に?」

最初は自信満々に答えていた道重だが、ついに小田のしつこい追及に負けてしまう。

「本当は…りほりほが怖いの」

小声で、呟いた道重の本音。
鞘師と言えば、若手ナンバーワンの実力者。もはやリゾナンターにとってなくてはならない戦力である。
めきめきと力をつけつつある逸材の台頭に、道重が怯えているとしても何ら不思議はない。
恐怖からなのか、道重の顔はみるみるうちに紅潮してしまう。

「ああ、りほりほのことを思い出しただけで興ふ…じゃなかった、気分が悪くなってきたの。今日はもう寝るの」

そそくさと2階に上がってゆく道重を見て、後輩たちは一様に閃いたような表情になる。
これは、生きるレジェンドこと道重さゆみを倒すチャンスなのではなかろうかと。
治癒の力を自在に操り、さらに姉人格であるさえみは全てを滅する滅びの力の使い手。それを倒したとなれば、きっとこれからの彼女たち
の活動の礎となるはず。

「よし、鞘師さんの部屋に行くぞ」
「里保ちゃんに纏わるありとあらゆるものを道重さんの部屋に投げ込むんだろうね」

鼻息を荒くした工藤鈴木を先頭に、喫茶店のすぐ側にある鞘師のアパートへと乗り込む一行。
鈴木の透過能力で侵入した先には、鞘師がごみとも布団ともつかない物体の中で丸まって寝ていた。

「これは想像以上の汚部屋ですね…」
「とりあえずめぼしい物はすべてこのビニール袋に詰め込もう」

床に散らばる有象無象の品々を袋に放り込み、勢い勇んで道重の部屋に。
部屋の奥からは、苦しげな道重の声が聞こえてくる。

298名無しリゾナント:2016/02/25(木) 17:39:22
「ああ〜、こんな弱ってる状態でりほりほの脱ぎたてのTシャツを投げ込まれたらたいへんなことになるの〜。できれば湯気が出ているや
つがいい…じゃなくて死んでしまうの〜」

そんな道重の呻きを聞き、チャンスとばかりに鞘師の部屋で得た戦利品たちを次々と部屋に投げ込む四人。

「やめてなの〜!え、こっこれはりほりほのパン…ああぁっふっふぅ!!!!!!」
「やった!相当効いてるぞこれは!!」

昼間には決して聞けないような喘ぎ声、もとい断末魔の声を聞いて自分たちの考えが間違っていなかったことを確信する若きリゾナンタ
ー。そんな彼女たちに、道重の懇願の声が聞こえてくる。

「こんな状態で裸んぼのりほりほに『パァー!』されたら、さゆみもう昇天しちゃうの!それだけはやめてなの!!」

今こそとどめの瞬間。この機を逃したら永遠に道重には勝てないかもしれない。
四人の決意は固く、勢いのままに鞘師の部屋になだれ込む。

「え、ちょ、なになに」
「鞘師さんごめんなさい!」
「何も言わずに裸になるんだろうね!」

汚布団を剥され、何が起きてるのかもわからないまま、ひん剥かれる鞘師。
全裸にされた鞘師はそのまま喫茶リゾナントに運び込まれ、道重の部屋に投げ捨てられた。

「いたっ!一体何が何だか…」

床に転がった鞘師が上を見上げると、そこには目をキラリン!と光らせたピンクの悪魔が。

299名無しリゾナント:2016/02/25(木) 17:40:02
「さっ鞘師?鞘師はあれだよね、まだ15歳?15歳だよね?」
「17になりましたが何か…」
「あああ、こんなに怖いりほりほが裸んぼで現れたら、さゆみはもうペロペロするしかないの」
「は?」
「さあ、さゆみと一緒にシャバダバドゥーするの!!!!!」

ぎゃあああああああ、と聞こえてきたのは道重ではなく鞘師の断末魔。
そこではあの感動の横浜アリーナ以上のことが行われたのは間違いない。

「み、みっしげさん…本当は何が怖いんですか…」

数分後。
髪は乱れ、涙目になった鞘師が道重に訊ねる。
若いエキスを存分に堪能した道重は、上機嫌に、

「さゆみは本当はまりあちゃんが怖いの。若ければ若いほどいいの」

と答えた。
すると、鞘師の瞳が。
血走っているわけでもない。彼女はまるでカラーコンタクトを入れたかのように深い赤の瞳を有していた。
自慢の長くて艶のある黒髪も、その毛先数センチが赤く染まっていた。

道重は深淵を覗き込んだ。そこには翼を携えた魔王がいた。

「そんなこと、鞘師は、しない」
「散々弄んでおいて、もう遅いけえのう!」

まるで次元震かのような衝撃が、部屋を包み込む。

300名無しリゾナント:2016/02/25(木) 17:40:48




                     ◇

301名無しリゾナント:2016/02/25(木) 17:41:46
道重の部屋の中で、何が行われていたか、外で様子を窺う四人には知る由もない。
ただ、喫茶店ごと吹き飛ぶのではないかという衝撃のあとに、ぼろぼろの道重が這い出るように部屋から出てきたのは間違いのない事実
だった。

「…道重さん。本当は、何が怖いんですか」
「あ、赤い目をしたりほりほが…怖い…の」

そう呟いたきり、道重はぱたりと倒れてしまった。
ピンクの悪魔、破れたり。
かの落語の名作「まんじゅうこわい」では、一番怖いのは人の欲だということを説いたが。本当に怖いのは嫉妬の心なのかもしれない。
若きリゾナンターたちはまた一つ、先輩から知識を学んだのであった。

302名無しリゾナント:2016/02/25(木) 17:45:37
>>296-301
「りほりほこわい」

某ハロヲタ落語家さんの没ネタに同名のタイトルがあったそうで。
いや明らかにそこからパク…リゾナントしたんですがw

あと『deep inside of you』 の作者さんごめんちゃいまりあ。

----------------------------------

よろしければ転載お願いします

303名無しリゾナント:2016/02/25(木) 21:25:41
じゃあ転載しちゃいまりあ

304名無しリゾナント:2016/03/08(火) 22:09:27
>>221-230 の続きです



赤と黒に彩られた衣装に身を包む、五人の少女たち。
彼女たちの表情は、一様に落ち着いている。それは、諦めにも似ていた。

「ほんっと。驚くほどタフなんですね。『先輩』」

刃のような歯並びをした、目つきの鋭い少女 ― 金澤朋子 ― が呆れ気味に声をかける。

「でも、うちら全員の攻撃を凌いだ人、見たことないかも」
「さすがはセルシウスのリーダー」

バンビのような黒目が特徴的な少女 ― 宮本佳林 ― がわざとらしくしなを作り、それに苛ついた朋子の腹パンチ
の洗礼を浴びる。
そんな仕打ちを受けているのに、どことなく嬉しそうな顔をしているのはご愛嬌だ。

「それにしても。うちの『毒』でもうえむーの馬鹿力でもビクともしないなんて」
「あ!きー、今あかりのこと馬鹿って言った!!」

肩を竦めため息をつく猿顔の少女 ― 高木紗友希 ― に、どうでもいいことに腹を立てる長身の少女 ― 植村あ
かり ―。五人の粛清人が考えあぐねる程に、彼女たちの目標の障害となるそれは厄介だった。

305名無しリゾナント:2016/03/08(火) 22:10:35
目の前に立ち塞がる標的、矢島舞美。
彼女の後ろには、「黒翼の悪魔」に捻じ伏せられたキュートの、そしてベリーズのメンバーたちがいた。
彼女たちと新たな粛清人たちの間には、薄い水のヴェールがドーム状に張られている。これがある限り、「ジャッジメ
ント」の五人は手出しをすることができない。

「やじ…ごめん…」

舞美の後ろで、愛理が苦しげに呟く。
かろうじて立ってはいるものの、その体は紗友希の操る「毒のジャッジメント」によって蝕まれていた。粒子化された
水粒によって希釈されているとは言え、そのダメージは計り知れない。

愛理だけではない。
キュート・ベリーズの多くが地に伏し、喘ぎ苦しんでいた。降臨した「黒翼の悪魔」に気を取られ、紗友希の罠にまん
まと嵌ってしまったのだ。結果、舞美を残してほぼ全員が戦闘不能にされてしまう。

「大丈夫。みんなは、私が守るから」
「それでこそ、矢島さんです」

「ジャッジメント」のリーダー ― 宮崎由加 ― が、舞美の前に進み出た。
対峙するその表情はあくまでも柔和だが。

「私が最初に言ったこと、覚えてます? 私が、矢島さんのことを尊敬してるって」
「……」
「あれ、本心からの言葉なんですよ? こんな状況じゃ、信じてくれないかもしれませんけど」

舞美には、由加の言葉は届かない。
彼女の神経は今、後方の仲間たちを守ることに全て注がれていた。

306名無しリゾナント:2016/03/08(火) 22:11:17
「だからこそ…この手で、殺したい」

舞美には、見えていない。
眼前に迫る、殺気を帯びた手のひらが。

「はいそこまでー」

由加を制止する声が、はるか頭上から聞こえてくる。
見上げると、そこには。

「なぜですか。『黒翼の悪魔』様」
「…うちらの戦いの、巻き添えになるから」

漆黒の翼をはためかせ、「悪魔」はふわふわと宙に浮いていた。
一瞬顔を曇らせる由加だったが。

「…わかりました。総員、撤退」

下される、撤収命令。
もちろん他の「ジャッジメント」メンバーたちは納得がいかない。

「そんな!もう少しで粛清が完了するのに!!」
「そうだよ、いくら幹部の命令だからって…」

黄色い声を上げ抗議する紗友希とあかり。だが。

「あんたたち、死ぬよ?」

その存在同様、ふわふわとした、気の抜けた声。
けれどもそこから、劫火の如く殺気の突風が吹き荒れる。
その炎は、紗友希たちの反駁心を一瞬のうちに焼き尽くしてしまった。

307名無しリゾナント:2016/03/08(火) 22:12:13
「…す、すいませんでしたっ!!!!」
「きー、りんか、いこっ!!」

一様に顔を青くし、その場から走り去る粛清人たち。
そして由加もまた、

「今回は、見逃してあげます。けど、忘れないでくださいね。あなたたちは永遠に『粛清の対象』であることを」

と苦虫を噛み潰した顔で吐き捨て、後ろにいた佳林に視線を送る。

「…うふふ」

意味深な笑みを浮かべ、踵を返す佳林。
何が起こったのかわからないまま、五人の粛清人が撤退してゆくのを舞美は見送ることしかできなかった。

脅威が去り、周囲に立ちこめていた毒が引いてゆくのに安堵したのか、舞美の張っていた水のバリアーは一瞬のうちに
流れ落ちる。全身の力が抜け、膝から崩れ落ちそうになるのを懸命に耐えた。なぜなら。

翼をはためかせ、「黒翼の悪魔」が地上に降り立つ。
一難去ってまた一難どころの話ではない。

万事休す、と言ったところに聞こえてきたのは。
悪魔のそれとはまた違った意味での、間の抜けた声。

308名無しリゾナント:2016/03/08(火) 22:12:45
「うまくいったねー、舞美」
「えっ?」

舞美の疑問に答えるが如く、姿を変えてゆく悪魔。
姿を現したのは、ベリーズの熊井友理奈だった。

「熊井…ちゃん?」
「あたしもいるよ!」

さらに友理奈の後ろから姿を現す、小麦色の明るい笑顔。
ただでさえ複雑なことは考えられない舞美の頭の中が、さらに混乱する。

「ちぃーまで…どうして」
「あたしの『幻視』で、熊井ちゃんを『黒翼の悪魔』に見せてたの。凄いでしょ!」
「え…何それ…」

まだ思考がうまく纏まらない。なぜ友理奈に千奈美まで?
舞美が必死に散らかりそうな意識を繋ぎ留めようとしたその時。
青白い顔のツインテールが目の前に現れる。

「わあっ?!」
「要するに、本物の悪魔さんが近くにいることを利用したトリックってこと」

309名無しリゾナント:2016/03/08(火) 22:14:18
本人曰く粛清人たちに見つからないよう物陰に隠れていた、という嗣永桃子の弁によると。
「黒翼の悪魔」によって陣を破られてしまったベリーズ。しかし比較的ダメージの軽かった数人は、近づく不穏
な気配、つまり「ジャッジメント」の急襲に気付き機を窺っていたのだった。そして、作戦は決行される。
自身の能力である「重力操作」で空に浮かび上がった友理奈の姿を、千奈美の「幻視」が「黒翼の悪魔」へと変
える。これだけなら見破られてしまう可能性が高かったが、幸運だったのはすぐ近くに本物の「黒翼の悪魔」が
いた。彼女の放つ殺気が幻覚のそれと相交じり、幻覚のリアリティを飛躍的に高めたのだという。

「でもさ、『黒翼の悪魔』なんだからもっとギャルっぽく喋ればよかったかなあ。えっとー、黒翼ちゃんでーす、
ちょりーすあげぽよー、みたいな」
「くまいちょー、それギャルじゃなくて馬鹿な子だよ」
「えーっ、ももひどくない!?」
「うんこみたいな髪型のももに言われたくないよね」
「これは天使の羽!て・ん・し・の・は・ね!!」

緩い会話を繰り広げる三人を前に、舞美は思う。
何が何だかわからないけれど、とにかく助かったのだと。

そんな希望をあざ笑うかのように、舞美の眼前を一筋の光が通り過ぎる。
光は、空間を劈き、舞美の横にいた桃子を掠める。自称「天使の羽」の片方が、千切れ飛んでいた。

「え…あ…」
「みんな!ここから安全な場所まで避難するよ!!動ける子は倒れてる子を背負って、早く!!!!」

突然の出来事に呆気に取られているメンバーたちに、舞美が指示を飛ばす。
先ほどの光線は、悪魔のものか、それとも「銀翼の天使」のものか。いずれにせよ、自分たちが死の刃を鼻先に
突き付けられている事実には変わらない。ならば、一刻も早くこんな場所から離れるべきである。

310名無しリゾナント:2016/03/08(火) 22:15:18
「ほら!熊井ちゃんは倒れてる子を浮かして少しでも負担を軽くして!愛理は音のバリアを張って後方の流れ弾
に備える!舞美も水の防御壁を!」
「佐紀!!」
「ほら、あんたはこのチームのリーダーなんだから!しっかりしないと!!」

焦りがちな舞美の心を鎮めるが如く、動けるメンバーたちに細かい指示を出したのは、ベリーズのキャプテン・
清水佐紀だった。そうだ。絶対に、全員で生きて帰るんだ。舞美の心に、大きく希望の炎が燃え上がる。

ベリーズとキュート。
共に組織の思惑に翻弄されてきた、能力者の集団。
彼女たちの心は今、ひとつになっていた。
ここから生きて帰るために。そしていつか、ダークネスに、リベンジを果たすために。

311名無しリゾナント:2016/03/08(火) 22:17:04
>>304-310
『リゾナンター爻(シャオ)』更新終了

312名無しリゾナント:2016/03/11(金) 19:23:10
>>304-310 の続きです



それまで見えていた景色が、ゆっくりと無機質な構造のものに変わる。
高橋愛と、新垣里沙。「つんくの手の者」により、彼女たちはとある場所へと転送されていた。
そこは、通路。それも、果てしなく長い。

「ここ…どこやろ」
「さあ。でも、一つだけ言えるのは」

里沙が、周囲を見渡しながら、言う。

「碌でもない場所なのは、確かみたい」

まるで核シェルターのような、頑丈な構造の床や壁。
それらが無残にもひび割れ、撓み、歪んでいた。高エネルギーの何かが、この場所を蹂躙したのだと里沙は判
断した。

「つんくさんは。あーしらに用があるって言ってた。つんくさんを、探さないと」

愛の言葉に、里沙が無言で頷く。
精神干渉の走査線が、縦横無尽に通路を駆け巡る。
そして里沙は、引き当てる。途轍もない、大きな力の痕跡を。

「あ、安倍…さん?」
「里沙ちゃん!!」

膝から崩れ落ち倒れ込みかける里沙を、愛が咄嗟に支える。
その顔は青ざめ、額には脂汗が滲んでいた。それでも、表情には希望と絶望が入り混じる。

313名無しリゾナント:2016/03/11(金) 19:24:27
「愛ちゃん。ここに。ここに、安倍さんが。でも、どうして」
「わからん。でも、きっと…つんくさんが鍵を握ってる」

この施設に里沙の敬愛する「銀翼の天使」 ― 安倍なつみ ― が居たのは、紛れもない事実だった。
そして、つんくがわざわざこの場所に自分たちを呼び寄せた理由。
全ては彼に会い、そして問い質さなければならない。
リゾナンター。そして。ダークネスに深く関わる、存在として。

しばらく歩くと、一目で異様さがわかる死体が見えてきた。
彼女は、血だまりに溺れるようにして床に倒れていた。

「この人、確かつんくさんの。石井、とかいう名前の」

里沙たちは、彼女の顔に見覚えがあった。
警察組織の能力者たちを束ねるつんくが、絶えず自らの側に仕えさせていた秘書的な存在。
そんな彼女が、全身から血を噴出させたように、息絶えている。

「…きっと、『これ』を解除するために」

石井が倒れている側には、最早何の役にも立たないセキュリティゲートの端末があった。
この場所に来るまでに、いくつもの端末を見かけた。それらの端末全てを解除するために命を投げ打った。目の
前の惨状について、二人はそう解釈した。

死者に黙祷し、愛たちは再び歩き出す。
里沙が、先頭を歩くような形。彼女は、なつみの、そしてつんくの痕跡を辿るように。自らの精神エネルギーを
探知機代わりにして歩いてゆく。

314名無しリゾナント名無しリゾナント:2016/03/11(金) 19:25:29
「…安倍さんの痕跡が。段々と、濃くなってる」
「里沙ちゃん、無理せんで」

愛が思わずそんな言葉を掛けるほど、里沙の消耗は激しかった。
なつみの身に、間違いなく何かがあった。そうでないと、この痕跡は。禍々しき痕跡は説明が付かない。
けれど、敢えてそれは口にしなかった。

あの聖夜の惨劇から、数年。
とある情報筋から、ダークネスがなつみをコントロールできずに、どこかの施設に隔離したという話は聞いてい
た。それがおそらくこの場所なのだろう。
里沙は、なつみの痕跡を辿りながら、あの日のことを思い出していた。

315名無しリゾナント名無しリゾナント:2016/03/11(金) 19:26:58


全身を、強烈を通り越した痛覚によって蹂躙されていた。
いや、最早痛覚というものが残っているかどうかすら定かではない。

冷たい、真冬の月のような貌(かお)。
安倍なつみ、いや。「銀翼の天使」は、冷ややかに地に伏したリゾナンターたちに視線を、落としていた。
だが、その瞳には感情の色はない。あくまでも無機質に、惨状を映すのみ。

喫茶リゾナントは。
いや、喫茶リゾナントだったそこは。
原型を留めることなく破壊されていた。
思い出の机も、テーブルも、カウンターも。
コーヒーカップも、キッチンも、観葉植物も。
ただの瓦礫と化していた。瓦礫に、9人のリゾナンターたちが倒れているだけだ。
皮肉にも。店の中央に設置したクリスマスツリー、その頂に掛けられていた「Merry Xmas」のレリーフだけが。風に吹かれてかたかたと音を鳴らしていた。

「あ、安倍…さん…」

体の中の空気を絞り出すように。
里沙は、自分の中に残されたわずかな力を振り絞ろうとする。
立ち上がるために。そして大切な仲間たちを、守るために。
けど、無情にも、指一本、動かない。毛先ほども、動かない。

316名無しリゾナント名無しリゾナント:2016/03/11(金) 19:28:11
「ウッ!ウガアアアアアッ!!!!!」

獣の咆哮が、闇を切り裂く。
ジュンジュンが、全ての力を獣化に注いだのだ。
瓦礫の山と化したリゾナントにうっすらと積もり始めた雪の白を食らいつくさんばかりに、漆黒の獣毛が逆立ち、
そして飲み込もうとしていた。

だめ、ジュンジュン…
声にすらならない里沙の悲痛な願いも届かず。
その鋭い爪も、牙も。天使の体に触れることすらなく、銀色の光に貫かれる。
重く湿った音を立てて倒れるジュンジュンの前で、無表情のまま手を前に翳した天使が立っていた。
大人と子供。いや、同じ生物という土俵にすら立っていない。
リゾナンターが9人同時に襲いかかった時と同じように、難なくジュンジュンを沈黙させてみせた。

このまま、自分たちはなつみに、いや無慈悲な「天使」に殺されるのだろうか。
今まで、ダークネスと戦ってきた自分たちの痕跡すら、ここで掻き消されてしまうというのか。
どうして。どうしてこんなことに。
消えゆく意識の中で後悔ばかりが色濃くなってゆく中、「それ」は起きた。

「あ…ああああ…いやああああああっ!!!!!!!!!!!!!」

それまで機械のような反応しか示していなかった「銀翼の天使」が、頭を抱えて苦しみはじめたのだ。
愛も。里沙も。絵里もさゆみもれいなも小春も愛佳もジュンジュンもリンリンも。銀の翼に打ち据えられた全員
が、ぴくりとも動かない世界の中で。天使だけが、嘆き苦しんでいた。破壊の化身とも言うべき存在だった彼女
に似つかわしくない叫び声はしばらく止まらず、輝く羽根が舞い散る中でなつみが瓦礫に崩れ落ちた時にようや
く絶叫は鳴りやんだ。

「なるほど。こういう結果になりましたか」

その機を見計らったかのように、誰かの声が聞こえる。
完全に意識が闇に沈み前に、里沙はすべてを悟る。
誰が、この惨劇を引き起こしたのかを。

317名無しリゾナント名無しリゾナント:2016/03/11(金) 19:29:23


あれから幾年の時を重ねた。
にも関わらず、「銀翼の天使」が里沙たちに刻んだ心の痕は消えてはいない。
恐怖、そして絶望。傷を彩る感情は今でも鮮やかに滲みだしてくる。
だが、そんなことよりも一番の問題は。
里沙の中に、「なつみ」と対峙する覚悟がなかったこと。自らの心が届かない現実を知ってなお、彼女と戦うこと
に躊躇したことだった。その後悔は、蹂躙されたトラウマよりもはるかに大きく、そして深い。

「里沙ちゃん…」
「愛ちゃん。私は大丈夫。大丈夫だから」

ピアノ線が収められたグローブに、力が入る。
愛はきっと里沙の感情を察して声をかけてくれたのだ。
自分たちがここにいる理由。つんくから聞かずとも、ある程度は理解できる。
そのことが、里沙の心を現実と向き合わせはじめていた。

あの時は、無理だった。けれど…

「お前ら、遅かったやないか」

声のするほうに視線を向け、その瞬間。
二人の血の気が、ひく。

つんくが、壁を背に座っていた。
いや、座っていたと表現するのは、彼女たちの視線よりつんくがかなり下にいたせいで。

318名無しリゾナント:2016/03/11(金) 19:30:48
「待ちくたびれ過ぎて、体半分になってもうた」

彼の言葉通りに。
つんくは、胴から下のすべての部分を失っていた。
床の血溜まりを吸い上げたのか、自慢の白のタキシードは赤と白のグラデーションを綺麗に作っていた。
一方、彼のすっかり血の気のなくなった肌はタキシードの白によく馴染んですらいた。

「つんくさん!!!!!」
「はは…油断したわ。完全にコントロール下にあったと思ったんやけどなぁ。飼い犬に手ぇ、噛まれたわ。完璧な
どない、か。最後の最後であいつに、逆転されてもうた」

これだけの出血、彼がもう助からないことは明白だった。
たとえ治癒の達人であるさゆみがこの場にいたとしても、何の効果もなかっただろう。

「ま、ああならんだけでもラッキーやったか…」

つんくが顔を向けた先には、原型を留めないほどに破壊されたかつて人であったらしき何かがあった。
途轍もない力が、その人間を押し潰し、砕き、そして肉の塊にした。つんくを、そしてその人を、誰がそんな目に
合わせたのか。

「俺の、最後の頼みや。あいつを…安倍を、止めて欲しい」
「!!」

わかってはいたものの。
実際に言葉にされるほど、きついものはない。
実力的な意味でも。そして、感情的な意味においても。

319名無しリゾナント:2016/03/11(金) 19:32:00
「つんくさん…あなたは…」
「虫のいい話やっちゅうのは、わかってる。ダークネスも、そしてリゾナンターも俺が無責任に育てて、世に放っ
たっちゅうことくらい、俺にも…わかってる…」

愛と里沙は、つんくがかつてダークネスの科学部門統括の席にいたことを知っていた。
特に愛は、「赤の粛清」に追われ絶海の孤島から脱出した時に。断崖絶壁からつんくの操縦するモーターボートに
飛び降りたこともあって、その経緯をよく知っていた。そして彼の差し伸べた手が後に、リゾナンターを結成する
大きなきっかけになったことも。

「せやけどな。これだけはわかって欲しいねん。俺は…この地球の平和を本気で願って…がっ、がはっ!!!!」

つんくが顔を背け、大きく体を震わせる。
尋常ではない量の吐血が、床を汚した。

「お前らの描く、物語…俺も登場人物として好き放題…やってきたけど…舞台から降り、る時が…来たようやな…」

つんくが、ゆっくりと目を閉じる。
先ほどまで強張っていた体が、ゆっくりと弛緩してゆくのが目に見えてわかった。

「つんくさん!つんくさん!!」
「もう…お別れや…お前らの活、躍…見て…る…から…」

そしてそれきり、つんくは沈黙した。

愛は物言わぬつんくの前に跪き、黙祷した。
僅かな間に流れる、さまざまな思い。しかしそれも、勢いのなくなった火種のように色褪せ、消えてゆく。

「愛ちゃん…行こう」

里沙に促され、立ち上がる愛。
二人は再び、出口を目指す。そして、二度と振り返らなかった。

静まり返った惨劇の間に、掠れた声がする。

「ほーんま…楽しみやで。俺の…作…った…最高傑作…どうなる…か…ほん…ま…」

声は、通路を吹き抜ける風に掻き消され、散り散りになって、消えた。

320名無しリゾナント:2016/03/11(金) 19:33:20
>>312-319
『リゾナンター爻(シャオ)』更新終了

321名無しリゾナント:2016/03/15(火) 07:42:17
>>312-319 の続きです



愛と里沙は、通路の出口を目指し、歩く。
そこに辿り着けば、最早することは一つしかない。

「銀翼の天使」の、討滅。

言葉にするのは簡単だ。
けれど、それが難しいことは聖夜の惨劇を経験した二人はよく知っていた。
9人がかりですら、倒せなかった。かすり傷一つ、負わせられなかった。

しかし今は。
愛も。そして里沙も。
あの頃とは比べ物にならないほど、力をつけていた。
その実力は、ダークネスの一幹部を打ち倒すほどにまで。
もちろん、「銀翼の天使」がそれらの幹部たちと比べても別格なのは言うまでもない。

それでも。
彼女たちの闘志が揺らぐことはない。
必ず、成し遂げる。生きて帰って、戻ってくる。
かつて手製のお守りを自らの半身としてお互いに託した時のように。
二人の心は、強固な絆で結ばれていた。

光が、射す。
気の遠くなるほど、それでいてあっと言う間の通路は終点を迎えていた。
同時に、まるで毛色の違う二つの殺気の奔流が一気に駆け抜ける。

「これは!?」

里沙が「天使」の気配に気を取られ、見落としていたもう一つの脅威。
それは、感じるまでもない。
「天使」と「悪魔」が、彼女たちのはるか上空で、翼を交えていたのだから。

322名無しリゾナント:2016/03/15(火) 07:43:13


空に浮かぶ、二つの影。
一つは、闇夜を思わせる翼を広げる「黒翼の悪魔」。
そして、もう一つは。

彼女の周りには、「言霊」のエネルギーが具現化した「白い雪」が降っていた。
能力を持たぬ者であれば、触れただけで魂ごと吹き飛ばされる。
白い雪はまた、舞い落ちる羽毛のようでもあり。
彼女は、その羽毛を翼とし、空に揺蕩う。
「銀翼の天使」 ― 安倍なつみ ― 。

「たぶん、あたしの言葉なんてもう届かないんだろうけどさ」

「悪魔」につけられたいくつもの傷口から零れた黒い血が、形を変え漆黒の槍を成す。
その傷は、先の「エッグ」たちによってつけられたものばかりではない。
「悪魔」は、確実に消耗していた。

「ごとー、言ったよね。『なっちは優しすぎるんだよ。そのチカラがあれば何でも出来るのに…』って」

「天使」は答えない。
いや、それ以前に。彼女の瞳には、何の感情すら浮かんではいなかった。
その姿は、例えるなら破壊というプラグラムを入力されただけの、機械。

つんくが彼女に飲ませた、「内在した人格を入れ替える」薬。
さゆみを被験者として選び得たデータは、彼女にもその薬が適合することを表していた。
ただ、つんくにとって誤算だったのは。

「天使」が。安倍なつみが内包していた第二の人格など、存在しなかったということ。
言うなれば、強い光に照らされて生まれただけの影。そして、影には。主体となる人格など、存在してはいなかった。

323名無しリゾナント:2016/03/15(火) 07:44:15
「でも、撤回するよ。『チカラだけじゃ…何もできない』って」

螺旋を象る槍が、「天使」に矛先を向ける。
降りしきる「雪」を避け、標的を包囲したいくつもの槍が白い影に襲い掛かった。

だが。
黒血の槍は「銀翼の天使」に突き刺されも、貫かれもしなかった。
触れた先から、崩れ落ち、そして無に還る。
何故なら、この力は「言霊」の力だから。
なつみが、自ら以外のすべてのものを消し去るように願った、その願いを形にしたものだから。

「あの時は、素直に『もったいない』って思ったけど。今は、別の意味でもったいないって思うよ」
「……」
「『魂のない人形』が、そんなチカラを扱ってることがさ」

「天使」と「悪魔」。
かつて、彼女たちは交戦したことがあった。
「天使」の戦闘に消極的な態度に、「悪魔」は自らの欲望の蓋を外したのだ。
即ち、自分と対等な者と死闘を繰り広げることの、欲望。
ただ、その時は最後まで「天使」を自らの狂気に引き込むことはできなかった。

それが今はどうだ。
あの時の望みどおりに、互いの命をやり取りするような舞台は整った。
血沸き肉躍る、「悪魔」が待ち望んだはずのシチュエーション。
ずっと戦っていたい。彼女の欲望を叶える、最高の条件のはず。

なのに、「悪魔」の心は少しも踊らない。
逆に、あの「殺気だけのつまらない標的」を見るたびに、自分の心の温度は醒めていっているようにすら感じる。
今の彼女は、Dr.マルシェこと紺野あさ美の指示でこの場所にいるだけ。そのことの、なんと興の乗らないことか。
ただ、何もせずに次の行動に移るのもやや癪ではある。

324名無しリゾナント:2016/03/15(火) 07:45:11
「面倒だから…一気に終わらせよっかな!!」

黒き翼が、「悪魔」の眼前で交差した。
同時に、空を切り裂く勢いで「天使」に向かって飛び込む。
背には、翼の他に触手のような黒い腕が、六本。いずれもが、先ほどの槍と変わらぬ狂暴な刃を携えていた。

「―――Bullet『弾丸』」

その時。
「天使」が初めて言葉を紡いだ。
空から降る雪が、みるみるうちに形を変えて白い弾丸となってゆく。
突撃する黒の塊を認識するが如く、聖なる銃弾は突発的な豪雨のごとく「悪魔」に降り注いだ。

「くっ…!!」

白が黒を打消し、塗り潰す。
あと一歩で「天使」を貫く間合いに入るところを、最大級の攻撃により押されてゆく。
滅ぼされた黒血の殻から、生え変わるように新しい殻へ。それを幾度となく繰り返しても、天使の裁きは終わりそ
うになかった。

ついには、いくつかの「弾丸」を食らい、諦めた「悪魔」は勢いのままに地面へと墜落してしまう。

325名無しリゾナント:2016/03/15(火) 07:45:58
高橋愛と新垣里沙は。
その戦いを、固唾を飲んで見ていることしかできなかった。
正直なことを言えば、気圧されていた。

「黒翼の悪魔」とは一度、異国の地で一戦交えたことがあった。
あの時は、愛佳の「予知」に助けられた。故に、後の「天使」が与えたような絶望をメンバーが味わうこともなかった。
黒血の助けがあったとは言え、田中れいなが「悪魔」に立ち向かうことができたのも、そのような事情があったからだ。
それでもなお、メンバーたちには「悪魔」の残した恐怖を拭い去ることはできなかった。

そのような相手が、あの「銀翼の天使」と交戦している。
焼け付くような修羅場に、どうして気軽に足を踏み入れることができようか。
いくつもの思いが二人の中を逡巡する中、撃ち落とされた「悪魔」が。土煙を上げて地面に激突したのだった。

「あいたたた…容赦ないなあ…」

地表に思い切り人の形を刻み込んだ「悪魔」は、何事もなかったかのように自らが作り出した穴から這い出てくる。
まるで漫画のような光景に、愛も里沙も言葉が出ない。

「悪魔」は、全身土埃塗れになった体を丁寧に、ぱんぱんと叩き汚れを落とす。
そして目の前の傍観者たちに、ゆっくりと視線を向けた。

「ねえ」

掛けられた言葉に、思わず身構える愛と里沙。
それもそのはず。「黒翼の悪魔」は間違いなく、二人の敵だ。
れいなからの伝聞ではあるが、さくらを救出する際にもやりあったと聞く。
となれば待ち受けるのは、「天使」と「悪魔」との三つ巴の戦い。
一度戦火に巻き込まれたらもう、後に退くことはできない。
しかし。「悪魔」の口から出たのは、意外な言葉だった。

326名無しリゾナント:2016/03/15(火) 07:47:10
「悪いけどさ。手伝ってくんない?」
「はぁ?」

愛が抜けた声で聞き返すのも無理はない。
普通に考えれば、「黒翼の悪魔」はつんくが「銀翼の天使」を強奪するのを防ぐためにダークネスの差し金でここ
に来ているはず。ならば、彼女に味方をするということは必然的にダークネスに利を与えることになるからだ。

「それはできない相談やよ」
「何で?」
「だって!あーしらはリゾナンターで、あんたはダークネスだからっ!」

何で、の一言に頭に血が上ってしまう愛。
すると、今度は「悪魔」は里沙のほうに目線を移した。

「ニイニイは、どう?」
「いいでしょう。お受けしますよ、その依頼」
「さっすが。伊達にスパイやってただけのことはあるねえ」

里沙は、躊躇することなく「悪魔」の提案を受け入れた。
納得いかないのは愛のほうだ。

「里沙ちゃん!何で!!」
「愛ちゃんが納得いかないのもわかるけど。今はこれがベスト。て言うかこれしか道はない」
「色々あるやろ!そこの悪魔が安倍さんとやりあって弱った隙にとか!」
「愛ちゃんそれこの人の前で言ったら意味ないでしょ…」

直情型の愛を抑えるために。
里沙は順を追って説得することにした。

327名無しリゾナント:2016/03/15(火) 07:48:16
「まず一つが、今の安倍さんはどう見てもまともな状態じゃない。下手したらあのクリスマスの日の時より危険か
もしれない」
「む…」
「もう一つが、例え二人が消耗戦を繰り広げたところで、うちらに勝ち目があるかどうかはわからない。それどこ
ろか、安倍さんに対抗できる大きな駒を失ってしまう」
「確かに…」
「最後に、とりあえず今のところは、後藤さんはうちらに敵意をしめしてない。そうですよね?」

最後は、敵であるはずの「黒翼の悪魔」に同意を求めた。

「まあ、そうだね。今のなっちは、つんくさんの飲ませた『薬』のせいでちょっとばかし厄介なことになってるし」
「つんくさんが飲ませた薬!?」
「それは今は置いといて。あんたたちを駒に使いたいのはごとーも一緒だし、勝率は高いほうがいい。てことで、
おっけえ?」

あっけらかんとした物言いに、二人はかつて目の前にいた人物が先輩であったことを思い出す。
気の遠くなるような、昔の話ではあるが。

「いいでしょう。ただし、あくまで共闘は『安倍さんを鎮静させるまで』。その後は…いいですよね」
「里沙ちゃん、でも…」
「愛ちゃん。うちらはさ。フクちゃんたちに生きて帰って来いって、約束させたんだよ。そのうちらが生きて帰っ
てこれないんじゃ、後輩たちに示しがつかないじゃん」

愛は、里沙の目的がいつの間にか「天使の討伐」から「天使の鎮圧」に変わっていることに気付く。
それは、「黒翼の悪魔」という強い味方を得ることができたからだろうか。それとも。愛にはその理由を正確に推
し量ることはできなかったが、こういう時の里沙が頼りになることも知っていた。

「わかった。里沙ちゃんに任せる」
「ありがと、愛ちゃん」
「こーしょーせーりつ、だね」

呉越同舟、とはよく言ったもので。
里沙は複雑な思いを描きながらも、ある思いを強くする。
「黒翼の悪魔」という戦闘面の後ろ盾がある今なら、試すことができるかもしれないと。

「安倍なつみ」を、取り戻すための、自分に出来得る手を。

328名無しリゾナント:2016/03/15(火) 07:52:58
>>321-327
『リゾナンター爻(シャオ)』更新終了

参考までに
http://www45.atwiki.jp/papayaga0226/pages/411.html
http://www61.atwiki.jp/i914/pages/37.html

329名無しリゾナント:2016/03/15(火) 18:37:11
放置し過ぎで忘れられたシリーズですが http://www35.atwiki.jp/marcher/pages/980.html の続きです。

330名無しリゾナント:2016/03/15(火) 18:38:06


 
ヒュウッ

「ううっ寒!」

ただでさえ空気が冷たいのに
風が吹いたら余計に冷たく感じるじゃん!

コート・帽子・マフラー・手袋のフル装備でも寒い

「まだ1月かぁ。もうすぐ3学期……あーあ、冬休みがもっと長かったら良いのに」

そしたら、学校に行かなくて済むのに
クラスメイトにも会わなくて済むのに

ずっと“ステップ”にだけ行きたいな

ビュウ!

「うわっ! 家から遠いのだけ我慢しなきゃいけないんだけど、この寒さは耐えられない……あ」

アレ、使っちゃう?

辺りを見回す
誰も居ない

「よし!」

──加速──アクセレレーション

331名無しリゾナント:2016/03/15(火) 18:39:54

ビュン!

身体の動きを早めるウチの、超能力
100mなら7秒で走れる

やっぱり早い!
これならすぐ着くね!
だけど
冷たい風が顔に直撃

「肌が痛ぁーいっ!」

──

「ハァ、ハァ、ハァ……つ、着いた……」

顔が凍ったみたいに動かせない
っていうか痛い
早く中へ入って暖まろう

ガチャ

「おはようございます! 石田、到着しました!」
「石田さん。あなた、能力を使って来ましたね?」
「えっ!?」

ヤバい!
バレた!

「いつも言っていますが、外で能力を使う事がいかに──」

声は平静を保っているみたいだけど
眉間には皺が寄り、眉毛はつり上がり、目元や口元や鼻はピクピクと動いてる

こ、恐い……

この先生の話って長いんだよね
ルールを破ったウチが悪いんだけど

332名無しリゾナント:2016/03/15(火) 18:41:01

「まあまあ、外は寒いですから」

えーと、どちら様?

先生の後ろから、知らない女の人が現れた
ハーフみたいに綺麗な人

「早くここへ来たくて、つい使ってしまったのでしょう。ね?」
「あ……ハイ」

先生の肩に手を添えてなだめつつ、ウチに笑顔を向ける女の人

この人、ウチが能力者って解ってる?

「はじめまして。今日、ここを見学させてもらう“ヨシ”です」

見学って言った
やっぱり能力者って解ってるんだ

大きな眼がウチを見てる

笑顔なんだけど、なんか違う
ウチに、期待してる?
なんで?

「あの……石田、亜佑美です」
「よろしく」

ヨシさんは、ウチに手を差し出した

握手、で良いんだよね?

「よろしくお願いします……」

ヨシさんの手まで、自分の手を伸ばす

333名無しリゾナント:2016/03/15(火) 18:41:49

綺麗な手
モデルさんみたい

ウチも大人になったら、こんな人になれるのかな
大人に、なれるのかな
ちゃんと生きていけるのかな

伸ばしたウチの手が、ヨシさんの手に触れた

(愛ちゃん!!!!)
(高橋さん!!!!)

今の!

思わず手を離す

手が触れた瞬間、声が聴こえた
耳からじゃない
頭の中から聴こえた

ウチは、この声を聴いた事がある
でもその時は胸の中、真ん中で鳴り響く様に

「去年、君は不思議な体験をしたね?」

ヨシさんを見ると、さっきまでの笑顔じゃなかった
これはきっと

「やっと見つけたよ。君は“共鳴”する者だ」

欲しいモノが手に入った、喜びの笑顔

334名無しリゾナント:2016/03/15(火) 18:44:35
>>330-333
Rs『ピョコピョコ ウルトラ』4 side Ishida

新スレのレス稼ぎに使って頂ければ幸いです。
自分はスレ立て予定時間に手を離せないので、どなたか転載をお願い致します。

335名無しリゾナント:2016/03/15(火) 21:46:54
転載行ってきました

336名無しリゾナント:2016/03/16(水) 07:02:55
>>335
ありがとうございます。
助かりました。

337名無しリゾナント:2016/03/17(木) 18:29:02
>>321-327 の続きです



「金鴉」と、8人の若き共鳴者たち。
戦闘の火蓋は、8人が同時に散らばることによって落とされた。

一か所に固まることなく、全員が別の場所に陣取る。
これは、非常に強力な「金鴉」の一撃を複数人が食らってしまう可能性を減らす最良の戦術。
最初に頭に描き、提案したのは春菜だ。

― あの人の攻撃は重いですけど、大丈夫。「当たらなければ、どうということはない」です! ―

どこかで聞いたことのあるような言い回しだが、言い得て妙。
逆に言えば、絶対に「金鴉」の攻撃は食らってはいけない。香音の「物質透過」能力である程度の被弾は避けら
れるものの、彼女の能力もまた万能ではないからだ。

「はは。よう考えたな。のん、油断してるとやられるで?」
「うるさい!!」

「Alice」の傍らで、ふわりと浮きながらまたも試合観戦。
そんな「煙鏡」の煽りに本気で腹を立てながらも、「金鴉」は周囲を飛び回る「小うるさいハエ」を必死に目で追う。

「ばーか!こっちだよ!!」
「いてっ!!」

優樹が床に落ちていた端材をテレポートさせ、「金鴉」の頭にぶつける。
子供の悪戯のような攻撃に思わず目を剥くが、もうそこには優樹はいない。

338名無しリゾナント:2016/03/17(木) 18:29:34
「…っのやろ」
「よそ見してんなよ、おらぁっ!!」

今度は、背後を遥が不意打ち。
背中を思い切り蹴り倒された「金鴉」だが、倒れたままの姿勢で足払い、遥を薙ぎ倒そうとする。

しかし手応えは無い。
香音の「物質透過」能力が遥にも行き渡っているのだ。

「ぶっ殺す!!」

背を向け逃げてゆく遥に、「金鴉」が右手を翳す。
誰の能力かはわからないが、手のひらに集まる熱源。それが蓄積され、無防備な遥に放たれようとしていた。

「そうはさせないって!!」

目の前に躍り出たのは、亜佑美と。
鉄骨に囲まれた空間に低く唸る、青鋼の鉄巨人。
人の体がいくつも覆われるような大きな掌が、放たれる熱線を完全に遮断した。

そうこうするうちに、今度は聖の容赦ない念動弾の集中砲火が襲う。
威力自体は強くなくとも、まとめて当たれば軽視できないダメージとなる。

「ちくしょう!どいつもこいつも!ちょこまかうぜえって!!!!」

「金鴉」は。
完全にリゾナンターたちの策に嵌っていた。

339名無しリゾナント:2016/03/17(木) 18:30:44


「たぶんなんですけど…あの『金鴉』って人は他人から頂いた力を、そう何度も使えはしないと思うんです」

倒されてしまったさゆみと里保以外の8人で、対「金鴉」シミュレーションを練っていた時のこと。
おずおすとそんなことを言い出したのは、春菜だった。

「そう言えばあいつ、能力の使用回数に限りがあるみたいなこと言ってたぞ」
「つまり…道重さんの力と蟲使いの力はもう、使えないってこと?」

遥の情報も踏まえ、聖が結論を促す。
春菜の静かな頷きは、肯定を意味していた。

「てことは。あいつは攻撃防御と遠距離攻撃の強力な二枚のカードを既に切ったってことっちゃろ。楽勝やん」
「生田さん、楽観視するのはまだ早いです。あの人は、他人の血を媒介に能力を使役していました。あといくつ、
ストックを持ってるか。それと、鈴木さんがされたみたいに」

さくらの言葉は、嫌でも思い出させてしまう。
香音の能力を「擬態」した「金鴉」の抜き手が、さゆみの体を貫いたあの瞬間を。

「最低でもうちらの能力の数と。そしてあいつの持ってるストック、か」
「能力の相性によってはコピーできないらしいですから、全部ではないでしょうけど」

普段は些細なことですれ違う亜佑美とさくらだが、今回ばかりはそんなことを言っている場合ではない。
蟲の力は使えずとも、自分たちの血を奪う方法などいくらでもある。それはそのまま「金鴉」への脅威につなが
っていた。

「でも、勝機はあると思う。聖たちが、全員で挑めば」
「そうですよ。道重さんが言ってたように、あの人たちは共闘できないんですから。個対多の戦法で行けば、相
手は必ず態勢を崩します」
「タコ板だって、変なの。イヒヒヒ」
「個対多だっつうの!で、具体的にどうすんだよ、はるなん」
「それはですね…」

340名無しリゾナント:2016/03/17(木) 18:31:54


個対多。
すなわち、全員で相手を攪乱し、隙を突いて攻撃すること。
例え相手が複数の能力を持っていたとしても、それを同時に使役することはできない。
何故なら、「金鴉」は能力の複数所持者ではあっても、多重能力者ではないからだ。

「がーっ!いらいらするんだよお前ら!!」

頭に血が昇った「金鴉」が、周囲を旋回する春菜に殴りかかる。
けれどこれも手応えはなし。発火能力で炎を纏ったらしき拳も空を切るのみだ。

時折思い出したかのように繰り出される、さくらの「時間跳躍」もまた「金鴉」のペースを乱していた。
もちろん、さくらの止められる秒数では致命的なダメージは与えられない。
だがしかし。敵の戦闘のリズムを崩すには、十分すぎるくらいの秒数でもある。

「そうか、わかったぞ! こうやってのんを疲れさせてから袋叩きにするつもりだろ! 上等じゃん、体力比べ
と行こうぜ!!」

先のさゆみとの死闘から早くも立ち直るほどのスタミナと回復力を誇る「金鴉」、腰をじっくり据えて一人ずつ、
虱潰しに仕留める作戦に出る。しかし。

「はるなん、そろそろいいっちゃろ?」
「はい、十分です!!」

春菜のゴーサインで、衣梨奈が動いた。
いや、駆け回っていた足をぴたりと止めたのだ。

「な、な、なんだぁ!?」

「金鴉」が激しく戸惑うのと、彼女の足が「何か」に掬われるのは、ほぼ同時。
見えない「何か」によって、小さな体は瞬く間に宙づりにされてしまった。全身は、隙間なく縛られていた。衣
梨奈の操る、ピアノ線によって。

341名無しリゾナント:2016/03/17(木) 18:33:17
「あなたが猪突猛進型のバカ女(じょ)で助かりました! 私たちの動きばかりに気を取られて、生田さんのロー
プマジック、もといピアノ線マジックに全然気が付かなかったんですから!!」

全員でのヒット&アウェイは、ただの囮。
本命は、衣梨奈が周囲に張り巡らせていたピアノ線の罠だった。
「煙鏡」にそのことを気付かせないように煙幕を張る準備もしていたが、光源の角度からか、その心配もなかっ
たようだ。

「ちっくしょ…こんなやわな線、すぐにぶっ千切って…」
「遅か!!」

衣梨奈は、両手から伸びる無数のピアノ線すべてに。
ありったけの「精神破壊」の力を、巡らせる。
常人ならばとっくに廃人と化すほどの威力。しかしこれも、次なる一手の布石でしかない。

「今だ!!」

春菜が、縛られた「金鴉」のもとへ、まっすぐに走り出す。
五感占拠。文字通り相手の五感を支配し、操作する。視力を奪う、聴覚を狂わせる、皮膚感覚を鈍らせる。その
どれもが敵の戦力を大幅に低下させる、戦闘補助になくてはならない要素だ。

もちろん、相手との実力差はそのまま能力への耐性となる。通常であれば、「金鴉」クラスの能力者に春菜の能
力は通用しない。が、衣梨奈の「精神破壊」の洗礼を浴びた後ならば、十分に通用する。

「さすがのコンビネーションやな。腐ってもリゾナンター、っちゅうわけか」

一糸乱れぬ連携を目の当たりにし、思わず「煙鏡」がそう零す。
春菜が吊るされた「金鴉」の前に立ち、その小さな頭に手を触れた時だった。
弾かれたように、春菜の体が痙攣し、そして崩れ落ちたのだ。

342名無しリゾナント:2016/03/17(木) 18:34:25
「はるなん!!」
「まさか、あのゆるふわはげが!?」

青き狼の僕を使って春菜を回収する亜佑美、そして背後の“相方”の介在を疑う優樹。

「誰がゆるふわハゲや! まあええ、うちが言いたいのはな」

「煙鏡」の言葉とともに、何かが切れる鈍い音が連鎖する。
切ろうとすれば硬度に負けて肉体の方が切断されるはずのピアノ線が、まるで伸び切って劣化した輪ゴムのよう
に次々と千切れ飛ぶ。結論から言えば。

「そんなんで倒せるほど、うちの相棒はやわと違う。そういうこっちゃ」

まったくの、無傷。
衣梨奈の束縛から逃れた「金鴉」は、涼しい顔をして立っていた。

「のんは、もう手に入れてるんだよ。使えるお前らの力は、全部」
「う、嘘やろ! 衣梨、変な虫なんかに刺されとらんし!!」
「お前ら全員、ここで死ぬから教えてやるよ。のんは別に血じゃなくても相手の力は手に入れられる。まあ、血
がベストだけど。でぃーえぬえー、だっけ、それが含まれてれば何でもいいんだと。例えば…汗とか」

確かに。
この場にいるリゾナンター全員が、激しく汗をかいていた。
これだけ激しく動けば、至極当然の話。

343名無しリゾナント:2016/03/17(木) 18:35:20
「能力に対する耐性くらいは、つくって言う話!!」

「金鴉」が、床面を思い切り殴りつける。
何の能力かはわからない。けれど、衝撃を与えらえたコンクリートは激しく波打ち、立っていたリゾナンター全
てを衝撃波が飲み込む。

凄まじいダメージに、次々とメンバーたちが膝を落とす。
体が痺れ、言うことを聞かない。
必死に全身に力を入れようとしていたさくらの前に、無情にも悪意の影が迫る。

「まずは、お前。ほんの僅かでも時間を止められんのはうざいし、な!!」

体が真っ二つに折れてしまうのではないか。
それほどまでの威力の拳が、さくらを襲った。
それも、一発だけではない。二発、三発、そして無数の拳。
全身を殴打されたさくらが沈黙するのに、時間はかからなかった。

「一人、一人。確実に仕留めてやる」

若き共鳴者たちの恐怖と、恐怖に抗う心がせめぎ合う。
だが小さな暴君にとっては、それすら些細なことでしかなかった。

344名無しリゾナント:2016/03/17(木) 18:36:03
>>337-343
『リゾナンター爻(シャオ)』更新終了

345名無しリゾナント:2016/03/21(月) 12:43:24
>>337-343 の続きです



里保の視界に、白い天井が飛びこむ。
ひんやりした背中の感触。起き上がって周りを見渡すと、光と夢の国を象徴する様々なグッズが棚やらワゴンや
らに陳列されていた。ここは確か、リヒトラウムのグッズショップ。優樹が楽しげにぐるぐる回っていた場所だ
ったので、記憶に残っていた。
窓ガラス越しに見える空は相変わらず鈍色だったけれど、雨音は聞こえてこない。

雨、止んでたんだ…

ぼんやりそんなことを考えていると、ふと何かを夢の中に置き去りにしてしまったことを思い出す。

「そうだ!み、みっしげさんは!!!」

自分でもびっくりするくらい、必死になっている。
それは心の声であるはずの問いが、口をついて出てしまったことからも明らかだった。

「道重さんは、大急ぎで救急車に運んでもらったわ。もちろん、能力者御用達のの病院にな」

そんな慌てた里保を宥めるように、それまで入り口近くにいた愛佳が里保の側へとやって来た。
その表情には、安堵とともにやや疲れた色が滲んでいた。

愛佳の口ぶりから、さゆみが一命を取り留めたことを察する里保。
しかし他にも、訊かなければならないことはある。

346名無しリゾナント:2016/03/21(月) 12:44:22
「光井さん…どうして」
「ま、いろいろあってな。なーんも出来ひんけど、駆け付けたっちゅうわけや」

駆け付けた、という言葉から里保は連鎖的にこれまでのことを思い出してゆく。
小さな襲撃者。さゆみ。思いがけぬ結末。そして、赤い闇に取り込まれた自分自身。

「フクちゃん…えりぽん、かのんちゃん…みんなは」
「あいつらは。『金鴉』『煙鏡』とか言う奴と、決着を着けに行った」
「そんな!じゃあ、うちも」
「その、折れた刀でか?」

こんなところで寝てる場合じゃない。
そう勢い勇んだ里保を、制止した愛佳が里保の腰にぶら下がる赤い鞘を指して言う。
恐る恐る愛刀「驟雨環奔」は、ちょうど真ん中あたりからぽきりと折れていた。

…じいさまに、合わす顔がないな。

祖父から受け継いだ、水軍流の証とも言うべき刀。
水を友とし、使いこなせば嵐に荒ぶる大海原ですら鎮めることができるという言い伝え。
里保は結局刀の真価を発揮することなく、折ってしまった。

「それに自分、病み上がりやん。後を追っても足手まといになるだけかもしれへんで」

愛佳の言葉はあくまでも冷静で、そして現実を突きつける。
先の「塩使いの女」との戦闘もさることながら。「金鴉」との戦いで呼び出してしまった赤き魔王の如き力は、
里保を相当に消耗させてしまっていた。

347名無しリゾナント:2016/03/21(月) 12:45:07
「…それでも、うちは行きます。みんなが、待ってるから」

里保は折れた刀を、赤い鞘に差す。
それは彼女の心までは折れていない、何よりの証拠。
いや、一度はその刀同様、折られてしまった。自分の中に潜む、内なる悪意によって。
それでも、里保は立ち上がることができた。
夢の中のさゆみの言葉によって。

「なら、うちはもう何も言わへんよ。鞘師の決意は、伝わったから。きっと愛ちゃんも新垣さんも、そう言って
くれる」

愛佳は。
里保の中に、先に小さな破壊者たちを追いかけた聖たちと同じ光を見た気がした。
それはおそらく、希望だったり、強い意志だったり、若さだったりするのだろう。
後輩たちをわざわざ死地に送り出すのか。そんな考えはもう、やめた。
何故なら、彼女たちもまた、リゾナンターだから。自分たちから受け継いだものを、持っているから。

「光井さん…ありがとうございます!!」
「はは…ほんまに礼を言わなあかん人が、他におるやろ?」

深々と頭を下げた里保に、愛佳は言う。

「はい。この戦いが終わったら、真っ先に道重さんのもとへ」
「せやな。たっぷりサービスせなあかんで。お触りはもちろん、いっそのこと、ブチューッとな」
「なななな、何言ってるんですか!!」

顔を赤くしてぶんぶんと首を振る里保。
からかわれていると思ったのだろう、唇を尖らせて抗議の意思を表している。

348名無しリゾナント:2016/03/21(月) 12:46:06
「ともかくや。生きて帰って来い。うちが言えるのは、それだけや」
「…はい!!」

最後は力強く返事し、ミラーハウスのあった方向へと駆け出してゆく里保。
大きくなった後輩の背中を見つめながら、愛佳はある思いを強くする。

うちも、まだまやな…

自分は、あの頃のような駅のホームで俯いていた自分ではない。
けれど、あの日までは忌々しかった、あの日からは自らの存在証明のように感じていた能力は失われてしまった。
今回はそこを敵に付け込まれ、そしていいように使われてしまった。
これから、自分は何をするべきなのだろう。

芸能界で華々しい活躍をしている、久住小春。
故郷に帰り、父を支えているリンリン。リンリンと共に歩む、ジュンジュン。
今も、目覚めの日を待ち続けている亀井絵里。

雨上がりの空には、うっすらと赤みが差していた。
やがて、夜が訪れるだろう。けれど愛佳は知っている。明けない夜は、決してないことを。

349名無しリゾナント:2016/03/21(月) 12:46:50
>>345-348
『リゾナンター爻(シャオ)』更新終了

350名無しリゾナント:2016/03/28(月) 18:40:43
>>345-348 の続きです



「…これで計画の概要は、以上です」

タータンチェック柄のミニスカートを穿いた女が、大仕事を終えたかのように言う。

闇の城の、中枢区画。
その中に、応接室と呼ばれる部屋がある。
普段は政財界の大物の使いの者たちが、慇懃無礼な態度を取りながら飼い主の意向を伝える場。
しかし、今は少しばかり様子が違うようだった。

革製のソファに座るは、ダークネスの幹部である「永遠殺し」。
そして、向かい側には、制服をモチーフとした戦闘服らしき服に身を包んだ二人の女。
一人はくどい二重とげっ歯類を思わせるような前歯が特徴的で、もう一人は特徴と言うべき特徴がないのが特徴と
言うべきか。どちらにせよ、然程器量が良いとは言えないような顔をしていた。
それを言ってしまえば、「永遠殺し」も人のことは言えないのではあるが。

「『宴』と銘打つだけあって、素晴らしい計画ね。うちとあんたたちのところは表立って協力関係は結べないけど、
あたしが『オブザーバー』としての立場を崩さなければ『首領』も認めてくれるはずよ」
「マジっすか!」

喜ぶあまり、つい口調が俗っぽくなる地味顔の女。
「永遠殺し」が一瞥すると途端に肩を竦め小さくはなるものの、顔に滲み出る喜びは隠せないようだ。

351名無しリゾナント:2016/03/28(月) 18:42:08
「…あんたは一応はあそこの『ナンバーツー』なわけでしょ。少しは威厳ってものが必要じゃないの?」
「で、でも!あたし、ダークネスの構成員やってた時から幹部の人たちと仕事するのが夢で!!」
「ですよねえ。あたしもこの子も、雑魚キャラ体質が抜けないって言うか。やっぱ正統派の連中とは一線を画すっ
て言うか。けど、だからこそこういうビジネスチャンスがあると思うんすけどね」

相変わらず舞い上がっている地味顔を窘めつつ、「永遠殺し」に秋波を送るもう一人の女。

「うちの七人の幹部も新旧交代が進んで、半分弱が新しい顔の連中ばかり。となると、ますますうちらみたいな古
参。かつ組織が疎んじてる外仕事もできる人材が重宝される。そう思いません?」
「ふふ、相変わらず貪欲ね。けど調子に乗ってると、また『坊主』にされるわよ?」

思わぬ過去を突かれ、ばつの悪そうな顔をする女。
これ以上弄られたらたまらん、とばかりに席を立つ。

「では、うちらはこれで失礼しますんで」
「あらそう。今回は本拠地の戒厳令のせいでご足労いただいたけど、次はあたしのほうからお邪魔するわよ」
「それはもう、是非!」

畏まりつつ、応接室を出る二人。
しかし、思い出したように地味顔の女が再び顔を出す。

「…何か忘れ物?」
「そう言えば、『共鳴するものたち』の攻勢が凄いんでしたっけ。色々聞いてますよ?」

「永遠殺し」がやや顔を顰める。
この時期に、できれば聞きたくない名前ではあるが。

352名無しリゾナント:2016/03/28(月) 18:43:28
「ええ。それが何か?」
「もしよければ、うちの『分隊』に手伝わせてくださいよ。『永遠殺し』さんのためならマジ動きますから」
「そう言えばあんたのところの『分隊』は一度あの子たちとやり合ってたわね。でも、偶然だとは思うけど『本隊』
の『7番目』がもう交戦してるはずよ。これ以上『関わりを持つ』のは、『先生』も納得しないんじゃない?」
「ええーっ…」
「それに。どうせあんたは目当ての子とかに会いたいだけでしょ」
「じぇじぇじぇ!」
「…古いわね。いつの時代の人間よ」

呆れつつ、扉が閉まるのを見届ける「永遠殺し」だが。
閉じかけた扉は、逆戻しのように再び開かれた。

「今度は何…って」
「今や飛ぶ鳥を落とす勢いの大組織、その中核をなす連中との密室での商談…戒厳令下にアグレッシブっすねえ」

漆黒のライダースーツに映える、黄金の髪。
組織の情報部を統括する「鋼脚」は、いいものを見たような顔で部屋に入ってきた。

「戒厳令下でも仕事はなくならないわ。むしろ、腰を据えて取り組むいい機会かもしれない」
「さすがはダークネスいちの外交手腕の持ち主。加護のあちらさんへの根回しも、うまくいくわけだ」
「…吉澤も言うようになったじゃない」
「伊達に幹部やってませんからね」

言いながら、勢いよくソファに腰を沈める。

「あそこのメガネデブはうちの事情に首なんか突っ込んでくれないっすよ。やるだけ無駄と思うけど」
「そうかしら?少なくとも、妙な動きをしてるお偉いさんたちへの牽制にはなるわ」
「ほー、なるほどね」
「『Alice』が辻加護の手にあることは聞いてる。あの子たちにどうこうできる代物じゃないとは思うけど。だけど、
問題はその後よ」

「永遠殺し」が狛犬顔を歪ませ、得意げな表情を作る。
先手は打っておいた、とでも言いたげに。

353名無しリゾナント:2016/03/28(月) 18:44:29
「……」
「何よ、吉澤」
「いや。相変わらず一筋縄じゃいかねーなーって」
「言ってみなさいよ」
「保田さん。あんた、その後のことを見据えてますよね。その後ってのは…この事件の収拾がついた後、だ」

今度は、「鋼脚」が睨みを利かせる番だ。
これには、まいったわね、とばかりに「永遠殺し」は首を竦めるしかない。

「そうよ。私たちはあくまでも、裕ちゃん…『首領』のために動いてる。これ以上、紺野の思惑に引き摺られるわ
けにはいかないの」
「それにはあたしも同感ですね。ただ…あいつの中澤さんからの信頼は絶大だ」
「そうね。今のところはきっと、あの子の描いた絵図の通りにことは進んでる。『守護神殺し』の大罪を成した後
の、未来予想図の通りにね」

「永遠殺し」の眼光が、僅かに鋭くなったように「鋼脚」には思えた。

「知ってたんすか」
「薄々は。けど、さすがは情報部の首魁。眉ひとつ動かさないのね」
「これが仕事ですから。で、どうするつもりで?」

時間停止の能力が使われているわけでもないのに、時が凍りついたように温度をなくしてゆく。

「リゾナンターを、殲滅するわよ」
「へえ…」

常に冷静沈着。感情に囚われることのない「永遠殺し」が、盟友だった「不戦の守護者」「詐術師」の弔い合戦に
乗り出すとは微塵も思わなかったものの。それとはまた別の答えに、「鋼脚」は感心すら覚える。

354名無しリゾナント:2016/03/28(月) 18:45:30
「紺野がリゾナンターを自らの計画の鍵にしてるのはほぼ、間違いないわ。逆に言えば、その鍵を壊してしまえば
…あの子の計画は頓挫する」
「なるほどねえ」
「始末は私自ら、つけるわ。あんたのとこの『五つの裁き』も悪くないけど、下手に戦ってリゾナンターたちに余
計な力をつけてもらっても困るから」

古参幹部自らお出ましとは。
さすがの紺野も舌を巻くことだろう。
驚きと感心の意を込めた、「鋼脚」の口笛が部屋に響く。

「私はもう行くわ。情報部の人間と長話なんかしてたら、変な噂を流されかねないもの」

ゆっくりと、席を立つ「永遠殺し」。
それを、「鋼脚」が呼び止めた。

「…まだ何かあるの?」
「いえ、大したことじゃないんですが」

「鋼脚」は一呼吸置き、それから言った。

「『黒翼の悪魔』が、ダークネスに戻ってきますよ」
「!!」

「永遠殺し」の瞳が、かっと見開かれる。
面目躍如とはこのことだ。心理戦において一矢報いた「鋼脚」は、大きく背を伸ばし、ソファに深く凭れかけた。

355名無しリゾナント:2016/03/28(月) 18:47:09
>>350-354
『リゾナンター爻(シャオ)』更新終了

愛れなの二人がつんくさんと明日の歌番組に出るそうで

356名無しリゾナント:2016/04/01(金) 11:57:29
>>350-354 の続きです



空を、見上げる。
相も変わらず、消滅を願った末の白い言霊は深々と降り注いでいた。
その景色は嫌でも、愛と里沙に聖夜の惨劇を思い起こさせる。しかし。
自分たちはもう、あの時の自分たちではない。
あれから、いくつもの修羅場を潜り抜けてきた。そして何よりも。

「天使」に立ち向かえるだけの、強い意志。
それを手に入れることができた。力なき意志は、無意味であることを思い知らされたから。
意志なき力が、無意味であるのと同じように。

「あんたたち、飛べないでしょ」

そんなことを言いながら、二人の背中を触る「黒翼の悪魔」。
ぬるっとした感触に、思わず愛があっひゃぁ!と悲鳴を上げた。

「な、な、なにすんや!!」

本能的に危険な行為でないと悟りつつも、気持ちのいいものではない。
しかし「悪魔」は、顔を真っ赤にして抗議する愛を無視し、自らの背中を指さす。
すると、二人の触られた背から蝙蝠の羽のような立派な翼が生えてくるではないか。

357名無しリゾナント:2016/04/01(金) 11:58:50
「おっおおぉ!?」
「ごとーの黒血を塗ったから。たぶん、10分くらいかな。保つのは。細胞が死んじゃったら墜落するから、あと
は自己責任ってことでよろしくー」

自らの背中に翼が授けられたのを驚き半分喜び半分で凝視している愛をよそに、物騒なことをさらっと言う「悪魔」。
そして愛とは対照的に、里沙はいかにも複雑そうな表情を浮かべていた。

「どうしたの、ニイニイ」
「いや、別に」

かつては、自らの先輩であり。
スパイに身を落としてからも、組織の伝説的な能力者で。
そして今は敵でありながらも、共同戦線を組んでいる。
様々な思いが交差しない、はずもなく。

隣で、あひゃひゃ、翼生えてるやよー、などとはしゃいでいる愛を横目で眺めつつ。
最初はえらく抵抗していた癖に、いざ受け入れるとなるとここまで砕けることができる愛の単純さ。里沙は眩暈を覚
える反面、羨ましくも思ってしまう。自分も、こんな風にシンプルになれたら。

ネガティブになりがちな心を、自らの頬を両手で叩くことで切り替える。
そうだ。今はシンプルに、だ。安倍なつみを救う、その一点だけに集中すべきなのだ。

「後藤さん。確認しますけど」
「んぁ?」
「安倍さんを無力化できれば、問題ないんですよね」

真摯に視線を向けてくる里沙。
「黒翼の悪魔」は、無言で頷く。言葉は、要らなかった。

358名無しリゾナント:2016/04/01(金) 11:59:59
「了解です。愛ちゃん、行こう」

輝く意志と、黒き翼を携えて。
愛と里沙は、大空高く舞い上がる。目指すは、頂の「冷たい太陽」。

「じゃ、ごとーも行きますか」

明確な戦略を練ったわけではない。
しかし、この時点で既に愛と里沙をアタッカー、「悪魔」をディフェンダーとする陣形は出来上がっていた。
それは強大な敵を前にした時の、動物の防衛本能にも似ていた。

三対の黒い翼が、風を切る。
舞い落ちる天使の羽を縫うように、螺旋を描きながら。

里沙は、後方から追随するように飛んできている「悪魔」のことを思う。
本来ならば、共闘などというまどろっこしい方法を取らずに正面から力と力をぶつけ合う。それが彼女の本来のスタイ
ルであり、戦闘狂らしいものの考え方のはず。

しかし、そうはならなかった。
意思のない人形と戦うのはつまらない、という理由は確かに間違いないのだろうが。彼女自身の消耗具合もまた関係し
ているのではないだろうか、と里沙は踏む。根拠として、異国の地で自分たちリゾナンターを恐怖で威圧したあの日。
今の彼女にはそこまでの「圧」を感じないからだ。

それでもなおこの状況においては頼もしい後ろ盾になっているのも事実。
そのことは、隣を翔ぶ愛も感じていた。
いける、とは言わない。ただ、大丈夫だと。

359名無しリゾナント:2016/04/01(金) 12:01:09
果たして愛と里沙は「銀翼の天使」の射程圏に突入する。
無数の「白い雪」に囲まれた、虚ろな「天使」と目が合ったその瞬間。

奪われる。
その空っぽな二つの空洞に。
意識を、心を。そして、強い意志すらも。

ない。感情が無い。
そのことが逆に、精神の力を司る里沙や、かつて精神感応を得意としていた愛の心を激しくかき乱す。
昏く虚ろな闇に満たされた穴。その果ては、草木すら生えない不毛の世界。

「覗き込んじゃ、駄目だよ」

後ろで、「悪魔」の声がする。
そこでようやく二人は我に返る。無の暴虐が過ぎ去った後に残るのは、深い悲しみ。
里沙は、今「天使」が、なつみが置かれている状況を嫌と言うほど突き付けられていた。もうそこには里沙が敬愛し、
そして救うべき対象のはずのなつみなどいないのではないかとすら、思わされていた。

迫りくる絶望、それを払いのけたのはやはり。

「里沙ちゃん。大丈夫。大丈夫やよ」

共に困難の道を歩んできた、そして今まさに果てしない脅威に立ち向かおうとしている愛だった。
そしてその言葉を形にするかのように、右手を「天使」に向けて翳してゆく。やがて手のひらを包むようにして現れた
光は、無数の矢になって「天使」に放たれた。

360名無しリゾナント:2016/04/01(金) 12:02:11
それまでふわふわと一所に漂っているだけだった「天使」が、動く。
予め光の軌跡を知っていたかのように、筋と筋の境目を潜り抜け、一気に二人との距離を縮めた。

来る!!

予想だにしない、近接攻撃。
あの聖夜では、触れることすらできずに倒されたのに。
進歩と言っていいのか、それとも更なる危機の訪れと言っていいのか。

里沙が咄嗟に張った、ピアノ線の網。
しかしそれは無情にも、白い雪によって存在ごと掻き消されてしまう。
つまり、ピアノ線による精神干渉は「天使」には通用しない。

なに生田に偉そうに言ってんだ、あたしは。

かつて、後輩の衣梨奈に残した言葉。
ピアノ線が使えなくなった時のこと、考えときなさいよ。それがよもや自分に返ってくるとは。普通に考えれば、近接
攻撃に切り替えればいい。ただし、それが通用する相手に限るが。

「天使」には、そんな生ぬるい手は使えない。魂すら食らいつくす破滅の羽には、近づけない。

白い雪のような羽を纏った「天使」は、目にも止まらぬ勢いで愛と里沙の元へ降下し。
そして、通り過ぎて行った。

「な!?」

迎撃態勢に入っていた愛は、まさかの結末に思わず後ろを振り返る。
「天使」には、二人の姿など目に入っていなかったのだ。

361名無しリゾナント:2016/04/01(金) 12:03:01
「ま、そうなるか。しょうがないなあ」

自分に向かって飛翔する「天使」を目の当たりにして、「黒翼の悪魔」は傷口に手をやる。
べっとりとついた黒い血を前方に翳し、あっと言う間に作られた黒の弾幕。さらに。
「悪魔」は。自らの手の内に漆黒の刀を喚び出した。

すなわち。黒血で出来た、鋼を大きく上回る切れ味の妖刀。その名は、「蓮華」。
刃の色は深く、そして昏い。まるで、天使の放つ輝きを飲み込んでしまうかのように。

それを見てか見ずしてか、「天使」もまた己の右手に輝く剣を析出させた。
言霊が象りし、白い剣。闇を祓い、そして無に帰す輝き。
白と黒は、今まさに天空高く交わろうとしていた。

二人が突き進む先の交点。
まるで前哨戦であるかのように、「天使」が放つ羽毛と「悪魔」の飛ばした黒血が激しく飛び交い、そして鬩ぎ合う。

いくつもの黒血と白い雪がぶつかり合い、弾け消える。
エネルギーとエネルギーの衝突。その間隙を縫って。
無機質な表情を浮かべた「天使」は「悪魔」の間合いに入るや否や、その剣を漆黒のボディに振るう。
言霊の剣が唸りを上げて、「悪魔」に襲いかかった。
あまりにも無造作で隙だらけな、乱暴極まりない一撃。

「蓮華」を斜に構え、受け止めようとする「悪魔」。けれど。
言霊の剣は、嘘の剣。
いとも容易くその像はおぼろげとなり、まったく別の場所で再び像を結ぶ。

362名無しリゾナント:2016/04/01(金) 12:04:45
「あぶないっ!!」

思わず叫ぶ愛をよそに、「黒翼の悪魔」はあり得ないほどの異常な反射神経で刃を合わせる。
噛み合う、虚と実。畳み掛けるように虚は無となり、また虚を生み出す。その度に「悪魔」は黒い刃を翻し、背の羽
を翳し、暴君が如き剣戟を防いだ。が。

「くうっ!!」

適当に見えた白き剣の振り下ろしの角度は、少しずつではあるが「悪魔」を追い詰めていたのだ。
そして最後に姿を現した虚構の剣が、ついに空を舐めながらその刃を標的の胴に食い込ませる。
滑らかに肉体を侵食してゆく言霊の剣を、「悪魔」は自らの肋骨で合わせ、食い止める。骨の硬さで剣の動きが一瞬
止まった隙に、「天使」の体を蹴り飛ばし、そして大きく距離を取る。しかしそれは地球の引力というベクトルに照
らし合わせると。

墜落。
推進力を失った黒い翼は小さく縮み、闇より黒い血をたなびかせながら「悪魔」はまたしても地上に堕とされてし
まった。

「後藤さん!!」

後ろを振り返る余裕などない。なぜなら。

当面の脅威を退けた「天使」が、落ちてゆく「悪魔」から、自らの前を飛んでいる二つの影へと視線を移した。
瞬間。視線が具現化し、柔らかな白い羽となり。愛と里沙の心臓に絡みつき。
柔らかく締め付けそして握り潰されるビジョンが、強引に頭の中に刷り込まれる。

363名無しリゾナント:2016/04/01(金) 12:05:33
あまりにも原始的な、恐怖。
それでも、翼を畳み地へと吸い込まれるわけにはいかない。
次は、自分たちが「天使」に立ち向かわねばならないのだから。
固い決意を打ち出す二人の脳裏に、声が響いてくる。

― 大丈夫。あんたたちには、「共鳴」があるじゃん ―

間違いなく、「黒翼の悪魔」の声。
絞り出すような念話は、彼女が地面に激突すると同時に聞こえなくなった。

「愛ちゃん…」
「わかってる」

やるべきことは。方策は。
既に、二人の中で決まっていた。
緩やかに立ち上り始めた黄色と黄緑の波は、やがて互いが互いを響きあわせてゆく。

愛が手のひらから作り出したまばゆい光が、愛と里沙を包み込んでいった。

364名無しリゾナント:2016/04/01(金) 12:11:33
>>356-363
『リゾナンター爻(シャオ)』更新終了

なちごまの戦いぶりは
http://m-seek.net/test/read.cgi/water/1259417619/857
あたりを参考にw

365名無しリゾナント:2016/04/05(火) 13:01:27
>>356-363 の続きです



春菜が聖に話を持ちかけたのは、各メンバーがミラーハウス跡地へと駆け出した時のことだった。

「譜久村さん。お話が」
「どうしたのはるなん、改まって」

いつになく真剣な、春菜の表情。
これから戦地に向かうのだ、気を引き締めざるを得ないのは当然の話だが。
彼女の表情は、それともまた違っていた。

「『金鴉』と『煙鏡』の対策なんですけど…」
「攪乱作戦だよね。あ、もしかして作戦の補足?」
「ええ、まあ…」

妙に春菜の歯切れが悪い。
おそらく、聖を前にして言い辛いことなのだろう。
聖自身も思い切りのあるほうとは決して言えないのだが、今は非常事態だ。
意を決して聞き出すことにした。

「はるなん。聖なら、大丈夫だから」
「譜久村さん」
「それが勝利に繋がることだったら、何だってやってみせる。だから…」
「…わかりました」

覚悟を決めたのか、春菜は少し目を伏せ、それから。

366名無しリゾナント:2016/04/05(火) 13:02:45
「今から私が言うことは、誰にも言わないでください」
「うん」
「譜久村さんは、『金鴉』に『接触感応』を試みてほしいんです」
「えっ…」

なるほど。
春菜が躊躇ったのも頷ける。それほど、春菜の言っていることにはリスクがあった。

「接触感応」。
聖が現在敵への攻撃ないし防御の手段として使用している「能力複写」の根本となっている能力。つまり、「接触感
応」によって相手の能力を読み取ることで、能力を「複写」する仕組みになっている。

しかし。相手は、どう考えてもまともな精神の持ち主ではない「金鴉」。
聖が彼女の精神を読み取ることによる被害は、想定すらできないものだった。

「あの二人は、『二人で一人前』という言葉に異常に反応してました。そこに、彼女たちを攻略する大きなカギがあ
ると、私は思うんです」

春菜はさゆみと「金鴉」が対戦している時の、さゆみが口にした件の言葉が「金鴉」と「煙鏡」を激しく動揺させて
いたことを、見逃さなかった。相手がフィジカルで自分たちを凌駕しているなら、付け入る隙は精神面において他は
無い。

「新垣さんは、その戦闘力もさることながら、相手の精神の脆い部分を突くことによって勝利を得てきたそうです。
本来なら、新垣さんに一番能力の質が近いのは生田さんですが…」
「うん、わかってる。えりぽんにはそんなこと、させられない」

367名無しリゾナント:2016/04/05(火) 13:03:34
春菜の言わんとしていることは、聖にもすぐに理解できた。
里沙の能力に、メンバーで最も近い能力を持っているのは衣梨奈なのは間違いない。
しかし、精神に「干渉」するのと、精神を「破壊」するのとでは、その力の込め方、加減がまるで違う。端的に言え
ば里沙と同じようなことをすれば、衣梨奈は狂気を孕んだ相手に対し、その狂気に飲み込まれてしまう可能性が高い。
かつて、春菜とともに和田彩花を救った時。
そうならなかったのは、彼女の中に人間らしい部分が多く残されていたからに過ぎなかった。

「新垣さんは、直接、精神の触手を使って相手の心を『押す』ことができる。けど、私たちにはそれができない。だ
から、まずは譜久村さんに相手の心の形を読み取って欲しいんです」
「…わかったよ、はるなん」

聖は、春菜に対し力強く返事を返した。
必ず成し遂げる。光り輝く、強い意志を持って。

368名無しリゾナント:2016/04/05(火) 13:04:40


狂気に顔を歪め、笑っている「金鴉」の前に。
立っているものは、最早誰一人いない。

彼女が宣言した通り。一人ずつ、確実に仕留める。
殲滅という目的の前に冷静になった小さな破壊者にとって、リゾナンターたちは敵ではなかった。

「…ちっくしょう!!」

最後の力を振り絞るように、亜佑美が立ち上がりながら僕を呼ぶ。
「金鴉」の体を鉄巨人の重厚な手が押さえつけ、躍り出た藁人形が縄状になった体を巻き付け締め付ける。
それでも。

「ぬるいんだよ!!」

鉄と藁の拘束を力づくで引き千切ると、火の出る勢いで亜佑美に向け突進する。
破壊の鉄槌とも言うべき拳を、腹部にまともに受けてしまった亜佑美はもんどり打ってロケットを支える鉄柱に激突した。

「のの、ちょいと本気出し過ぎとちゃう?」
「はぁ?バカ言ってんじゃねーよ!こんなの準備体操だっつうの」

上空に漂いつつ茶々を入れる「煙鏡」を軽くいなし、「金鴉」は肩をぐるりと回す。

「全員、再起不能。でもな、そんなんで終わらすつもりはないからな。アタマぶっ潰して、とどめ刺してやる」

「金鴉」にとっては、相手の生命の停止こそが任務完了の唯一の証。
彼女に以前ターゲットにされた菅谷梨沙子や夏焼雅は、邪魔が入ったとは言えどもある意味幸運だったのかもしれない。

369名無しリゾナント:2016/04/05(火) 13:06:06
「まずはどいつからいくか…」

「金鴉」が最初の処刑者を品定めしていた、その時だった。
それまでぴくりとも動かなかった聖が、ゆっくりと立ち上がったのだ。

「何だよお前、自殺志願か?」
「……」

挑発する「金鴉」に対し、言葉を発することもなくゆっくりと近づいてゆく聖。
「接触感応」を仕掛けるなら、油断しきっている今しかない。

「おい。のん、気ぃつけや。そいつ何かする気やで」
「大丈夫大丈夫。こんな死にぞこないの攻撃、今更受けたところで…」

ゆらり、ゆらりと体を揺らしながら。
一歩一歩、「金鴉」に近づく。そんな様を半笑いで見ていた「煙鏡」だったが。

「やばい!避けろや!!」
「なっ!!」

聖の手が「金鴉」の体に触れようとしたその瞬間に。
「煙鏡」が叫んだ。反射的に、体をずらして避ける「金鴉」。目標を失った聖はバランスを崩し、床に崩れ伏せた。

「そいつ…そいつはお前に『接触感応』、サイコメトリーするつもりや! 体に絶対に触らせたらあかん!間接的に!
そいつを早よぶっ殺せや!!!!」

当人の間において、言葉を使わない意思疎通が可能であるならば。
「金鴉」に「接触感応」を仕掛けられるということは。「煙鏡」にも「接触感応」を仕掛けられるということ。
そのことを、「煙鏡」は瞬時に理解したのだ。


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