したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |
レス数が900を超えています。1000を超えると投稿できなくなるよ。

【アク禁】スレに作品を上げられない人の依頼スレ【巻き添え】part6

1名無しリゾナント:2015/05/27(水) 12:16:33
アク禁食らって作品を上げられない人のためのスレ第6弾です。

ここに作品を上げる →本スレに代理投稿可能な人が立候補する
って感じでお願いします。

(例)
① >>1-3に作品を投稿
② >>4で作者がアンカーで範囲を指定した上で代理投稿を依頼する
③ >>5で代理投稿可能な住人が名乗りを上げる
④ 本スレで代理投稿を行なう
その際本スレのレス番に対応したアンカーを付与しとくと後々便利かも
⑤ 無事終了したら>>6で完了通知
なお何らかの理由で代理投稿を中断せざるを得ない場合も出来るだけ報告 

ただ上記の手順は異なる作品の投稿ががっちあったり代理投稿可能な住人が同時に現れたりした頃に考えられたものなので③あたりは別に省略してもおk
なんなら⑤もw
本スレに対応した安価の付与も無くても支障はない
むずかしく考えずこっちに作品が上がっていたらコピペして本スレにうpうp

227名無しリゾナント:2016/01/08(金) 01:38:23
「そして、この『ALICE』もその精神エネルギーの研究の成果の一つや。こいつはな。人間の『楽しい』と思った精神
エネルギーを吸収し、燃料とする。直上にお誂え向きの幸せ量産マシーンがあることで、『ALICE』のエネルギーは爆
発的に増えてくっちゅうわけや」

爆発的。
そのキーワードは、『ALICE』の攻撃的デザインも相まって嫌が応にもリゾナンターの不安を煽り立てる。

「…安心せえ。別に今すぐ『ALICE』を東京のど真ん中にぶち込むなんて真似はせえへん。それどころか、自分らにとっ
てもお得な結果になるかもしれへんな」
「それってどういう」
「いい加減なことを言うな!!」
「単刀直入に言うわ。うちらはこいつをな…ダークネスの本拠地にぶち込む」

「煙鏡」がどういう意図を持ってこの発言をしているのか。
理解できるメンバーはいない。自らの拠点にあえて攻撃を仕掛ける理由など、思いつくはずがなかった。
ただ、「煙鏡」は相変わらず人を食ったような顔をしつつも、声のトーンはとてもではないが冗談を言っているように
は聞こえない。

「うちらも一枚岩と違う、そういうことや。お前らは知らんやろうし知る必要もないけどな。うちらがあいつらに受け
た仕打ちは…あいつらを100回消し飛ばしても絶対に消えることはないねん。誰もいない、何もない空間で、ずうう
うぅぅぅっと。生きてるか死んでるかすらわからんような目に遭わされて。解放したらぜーんぶチャラなんて、そない
な都合のいい話があるわけないやろ!!!!」

坦々と話していたかに見えた「煙鏡」、しかし彼女たちの抱く感情の核心に迫ると声を荒げ感情を剥き出した。
リゾナンターたちは知らない。彼女たちのボスが二人に課した、想像を絶するような罰を。そして、気の遠くなるよう
な長い時間をすり減らしつつも、胸に抱いた復讐心は摩耗するどころか鋭く研ぎ澄まされていたことを。

228名無しリゾナント:2016/01/08(金) 01:39:35
「お、おい…どうするんだ」
「確かにダークネスをかばう義理なんてないっちゃけど」
「いや、違う。何か違うよこれ」

遥が皆を不安げに見回し、衣梨奈が眉を顰め、香音が違和感を覚える。
そう、違和感だ。敵の敵は味方と言うが、この話はそうじゃない。
答えを導き出すかのように、聖が口を開いた。

「一つ聞きます」
「おう、何や」

聖が、「煙鏡」を強い視線で射る。

「そのロケットがダークネスの本拠地に着弾した場合、どうなるんですか」
「年間で糞みたいに多くの人間の精神エネルギーを吸い込んだ『ALICE』や。いかにあの建物が強固やったとしても、一
たまりもないやろ。アホ裕子も、保田のおばちゃんも、よっすぃーも梨華ちゃんも、ムカつく紺野のやつも。みーんな、
お陀仏や。楽しいやろ?」

自らが言うように、楽しげにそう語る「煙鏡」。
聖は、少し瞳を伏せ。それから、強く、言った。

「やっぱり聖は、あなたたちのしようとしていることを見過ごすことはできない。小田ちゃんが言うように、そのロケッ
トはたくさんの人を不幸にする。確かにダークネスは許せないけれど、そんな結末は聖は…ううん、道重さん田中さん新
垣さん光井さんも、リゾナンターという存在を育てた高橋さんも、望んでないと思うから」
「聖…」
「譜久村さん」
「さすがですっ、譜久村さん!」

春菜の甲高い声が、太鼓を鳴らすように響き渡る。
春菜だけではない。この場にいる共鳴せし者たち全員が、同じ気持ちだった。

229名無しリゾナント:2016/01/08(金) 01:40:43
「譜久村さんの言うとおりです。道重さんが倒れた時、あなたたちを絶対に許さないって思いが強くなった。絶対に、
仇をとるって。でも、今は違う。リヒトラウムに遊びに来た人たちをひどい目に遭わせ、さらに不幸な人たちを増やそ
うとする。復讐じゃない。私たちは、リゾナンターとして。あなたたちを、止める」
「これだけは言えるわ。お前らは、間違ってる。ハルはそれが、我慢ならねえってこと!」
「まさも!このでっかい鉄の塊を飛ばすって言うなら、その前にお前らをぶっ飛ばすんだから!!」

さくらが、遥が、優樹が、「煙鏡」に向けて宣戦布告する。
真摯な思い、しかしそれが小さな破壊者に届くことはなかった。

「はぁ。くっさ。これまたくっさ。友情努力勝利の少年漫画かいな。あほくさ。ま、ええねん。自分らがここに来た時
から、生きて帰そうなんて気持ち、これっぽっちもなかったしな。特に、うちの相方が」

寒気、ではなかった。
少女たちが感じたのは、どす黒い感情。そして明確な、殺意。

「回復するのに手間どっちまったけど…待たせたなぁ」

「煙鏡」の横に立つように現れた、もう一人の破壊者。
さゆみを死の淵に追いやった、張本人。

230名無しリゾナント:2016/01/08(金) 01:52:33
「のんを馬鹿にしたあの赤目の剣士がいないじゃん。いいけど。お前らぶっ殺したあとに探し出して、同じようにぶっ
殺すだけだし」

隣の相棒とお揃いの、腹部と腿を露出させた機能的な衣装。
着替えたのであろう。里保によって無残に斬り刻まれたはずの衣装は何事もなかったかのように元の体を成していた。
が、体中に刻まれた生々しい傷跡は赤く、深く脈を打ち続けている。そして呼応するように。

「金鴉」の全身の毛が、逆立っていた。
たかが子供と侮っていた相手に、惨めなほどに追い込まれたことへの怒り。
圧倒的な暴力の中、抗うことすらままならず、相手の恐ろしい力が途絶えなければ命すら奪われていたかもしれない
という恐怖。
恐怖を上塗りするかのごとく憤怒の炎は、さらに燃え上がる。

そして隠された、もう一つの怒り。
無様な姿を、「煙鏡」の前に晒してしまった。
生まれた時から不平等だった扱いの中で、「金鴉」のプライドを支えていたのは。

二人が、同等の立場にあるということ。

白衣の連中の思惑など、どうでもいい。
とにかく、自分が「煙鏡」と肩を並べる必要があった。
相手が功績をあげれば、自分もあげる。相手が一人殺せば、自分も一人殺す。
彼女の知恵に対抗しようと、自らに与えられた「力」をひたすら磨き続けてきた。
その結果、ただの物まね芸でしかなかった能力は、ついには「二重能力者(ダブル)」に匹敵するような価値を得る。
人々は、「金鴉」と「煙鏡」を、最悪の悪童、双子の破壊者として忌み嫌い、そして恐れた。
それが「金鴉」には、心地よかった。

けれど、先の敗北は。
赤目の剣士にいいようにやられ、追い詰められた無様な結果は。
いや、結果ではない。「金鴉」が恐れたのは、「煙鏡」の視線。
まるで汚いものを見るような、憐みの目。それが、何よりも耐え難く。そして許せなかった。

その全てを鎮めるには、屈辱を与えた人間たちを同じ目に遭わすしかない。
必然的に血の気も引くような殺意と黒い衝動が、リゾナンターたちに突き刺さるように向けられていた。

「雁首揃えて、ノコノコとやってきやがって…バッキバキの!グッチグチの挽肉にしてやるよおぉぉ!!!!!!!!!」

血に飢えた獣の、咆哮が地下空間に木霊する。
既に、戦いは始まっていた。
互いに、退くことのできない戦いが。

231名無しリゾナント:2016/01/08(金) 01:54:26
>>221-230
『リゾナンター爻(シャオ)』更新終了

ずいぶんご無沙汰してましたが、今年もよろしくお願いします

232名無しリゾナント:2016/01/09(土) 20:02:19
本当に出会える出会い系ランキング
http://bit.ly/22KSCc3

233名無しリゾナント:2016/01/19(火) 23:34:13





太陽は、東の空から昇りそして、西の空へと沈んでゆく。
朝の眩しい光、人々を眠りから覚ます力強い光。だがそれはやがて血を流したかのように赤く染まり、太陽とともに地
の底へと消えてゆく。
その後に訪れるのは、闇。一筋の光さえ射さない、暗黒の世界。

234名無しリゾナント:2016/01/19(火) 23:35:54


5人の少女たちによって創設された能力者組織「アサ・ヤン」。
その類稀なる戦闘能力、そして突如として少女の1人に覚醒した未来予知の力は組織を大きくしてゆく。
数年後。新たに3人の能力者を加え「M。」と改称した組織は、トップである中澤裕子のカリスマ性によって志を共に
する複数の小団体をまとめ上げる。

「HELLO」。
国からの絶大な信頼を得るとともに、警察機構や自衛隊すら凌ぐ強大な武力を保持したその組織は、そう呼ばれていた。
能力を持たない普通の人間には処理することのできない、特殊な事案。今まで権力者が個人的に契約しているフリーの
能力者が片づけていたような仕事は、程なくして「HELLO」に回され始めた。

「えーと、11時からは東南アジア系のマフィアのアジトの殲滅。13時に例の連続爆破事件の犯人の追跡。17時に「M。」
のミーティング…もう休む暇もないべ!!」

とあるオフィスビルの1フロア。「HELLO」はそのさらに一室を間借りしているのだが。
小柄な少女の叫びに、思わず行き交う人間が注目する。

「しょうがないよなっち。これも仕事だからね」

対する隣を歩く少女はあくまでも冷静だ。
だが、叫んだ少女はそれが気に入らない。

235名無しリゾナント:2016/01/19(火) 23:37:08
「福ちゃんはいいべさ。今日は入ってる仕事はないっしょ。でもなっちは」
「役割が違うからね。忙しいのはなっちの圧倒的な戦闘力を買われて、でしょ?」
「で、でも!カオリだって予言の仕事だなんだって言って部屋にこもりっきりだし」
「それも役割の一つ。なっちはもう『M。』の看板なんだから、割り切らないと」

組織の看板、と言われてしまえばそれ以上彼女は何も言うことはできない。
事実、彼女 ― 安倍なつみ ― の言霊を操る力はここ数年で目覚ましく成長し、組織を代表する能力者と言われるま
でになっていた。

「そうだよね…なっちたち、能力者にとっての理想社会を作るために、頑張ってるんだよね」
「さ、そうと決まったらこんなところで愚痴ってないで。今何時だと思う?」
「っと、10時半…え!!」

最初の仕事の時間まで余裕がないことに気づき、慌てふためくなつみ。

「ごめん急がなきゃ!福ちゃんありがとね!!」

小走りで駆け出す小さな背中を見送りながら。
明日香自身、自らの紡ぎだした言葉に自問する。

能力者の理想となる社会を作るために、自分達はここまでやってきた。
では、そもそも「能力者にとっての理想社会」とは?
裕子、彩、圭織、なつみ、そして明日香。運命に導かれ出会った五人だが、最初はそんな大層なお題目など持ち合わせて
はいなかった。ただ。異能を持つが故に虐げられ、苦しめられてきた過去を持つ者同士が、これ以上自分達と同じような
存在を増やしたくないと願った先の出来事に過ぎない。

236名無しリゾナント:2016/01/19(火) 23:38:08
だが、現実はどうだ。
自分達が持つ能力を政府筋の人間に評価された結果、目の回るような忙しさが襲い掛かってきた。組織は加速度的に大き
くなり、このまま順調に進めば能力者の理想社会を創造することももしかしたら可能なのかもしれない。が。

結局はどこまで目標に邁進した所で、「HELLO」はお偉い方たちにとって都合のいい道具でしかない。飼い犬はどこ
まで走ったとしても飼い犬でしかないのだ。
また、良くない噂も聞く。最近では新設された生物科学の部門が何やら怪しげな実験を繰り返しているという。さらに、
一部の能力者たちが正規の仕事ではない仕事、つまり裏社会の非合法な仕事に手を染めているという話すらある。

本当に自分達は、能力者の理想とする社会に辿り着く事ができるのか。

明日香の思考は自らの心の黄昏へと消えてゆく。
それでも、色濃く残された色彩は決して消えてはくれない。

237名無しリゾナント:2016/01/19(火) 23:39:20


「明日香、浮かない顔してるよ」
「キャハハ、人生に疲れたって顔してるぞ?」

「HELLO・東京本部」と書かれた素っ気ないドアを開けると、二人の少女が出迎える。
明日香より少し大きい方が、市井紗耶香。そして明日香よりさらに小さい方が、矢口真里。ともに、明日香たち5人に新
しく合流した能力者たちだった。はじめは能力の覚束なさからか、自信なさげな表情をすることも多かったが。年が近い
こともあり、今では打ち解けた話し方をするようになっている。

「…いろいろ、気苦労が多くてね」

もちろん、自分たちが所属している組織の在り方に疑問を呈している、などとは言えない。
すっかり「HELLO」の主力となり、欠かせない戦力と言ってもいいくらいの二人。
しかし、自らの心をすべて預けるような間柄でもないことは確かだった。それに。

「っと。そう言えば急ぎの仕事があったんだった。おいらたち、もう行くわ」
「だね。遅れないようにしないと」

そんなことを言いながら、そそくさと事務所を出て行く真里と紗耶香。
足早に遠ざかってゆく背中を、明日香は苦い表情で見送っていた。

238名無しリゾナント:2016/01/19(火) 23:40:25
最近、二人の様子がおかしい。
心を読まれないように、自らの心にロックをかけている。これについては明日香が相手の心を読む能力に長けているせい、
というのもあるのかもしれない。ただ、疑念はそれだけではない。

単独行動、とでも言えばいいのか。
明らかに不審な活動が目立っていた。例えば、事務所のホワイトボードに書かれた、彼女たちの行先。これと言って問題
があるようなクライアントではないが、二人が口にしていた「急ぎの仕事」というのは少々引っかかる。というのも、件
のクライアントが急ぎの仕事を依頼するようなシチュエーションが明日香には想定できないからだ。

偽装…か?

一瞬、疑いがよぎるが、即座にそれを否定する。
真里も紗耶香も、ともに戦線を潜り抜けた仲間だ。特に、多くの負傷者を出した「サマーナイトタウン」での戦闘は記憶
に新しい。

一部の能力者たちが裏社会の非合法な仕事に手を染めている。
重ねたくないのに、どうしても黒い疑念は二人から離れてくれない。
どうすればいい。組織のトップである裕子にはこんなことは話せない。
なつみや圭織にも話せない。特に圭織は未来視の能力がまだ不安定だ。疑念レベルの話が大きくなっては困る。
なら真里・紗耶香と同期の保田圭ならどうか。彼女の冷静さならばあるいは。
駄目だ。この問題に直面するには圭は真面目すぎる。

明日香はこのことを相談するのに一番適した人物を知っていた。
彼女以外に、ありえない。とまで考えていた。

239名無しリゾナント:2016/01/19(火) 23:41:47


「そりゃ、張ってみたらいいんじゃない?」

都内のとあるバー。
美味しそうに琥珀色の液体を口にしてその女性は言った。
ウエーブが程よくかかった長い髪が、大人の女性の雰囲気を強調する。

「でも、そんなことをしたら」
「明日香は考えすぎ。あいつらにそこまでの根性ないから。今だって、あたしが一喝したら涙目になって震え上がっちゃ
うのにさ。一回尾行して、んで安心したらいいのさ」
「彩っぺ…」

目の前の女性 ― 石黒彩 ― は事もなげにそう言い切った。
それでも表情の晴れない明日香の背中を、ばちーんという音とともに強い衝撃が襲う。

「ご、ごほっ!痛った、彩っぺ何すんの!!」
「お、久しぶりに見た。年相応の子供らしい表情」
「からかわないでよ。うちらみたいな能力者が、年相応なんて無理なんだから」
「なっちとか圭織とかなまら子供っぽいべ?」
「あの二人は特別。特になっちなんて私がいないと…」
「はぁ、明日香ねえさんも大変ね。どう、一杯飲(や)る?」
「裕ちゃんじゃないんだから、未成年に酒を勧めない」

じと目で突っ込まれ、嬉しそうに笑う彩。
能力者「アサ・ヤン」を立ち上げた五人の能力者の一人。年少者である明日香やなつみ、圭織と年長者の裕子の間を取り
持つ中間管理職。さらに、三人の新人を徹底的に鍛え上げた鬼軍曹。
裕子が組織の長としての職務に追われる中、彩は明日香が頼るべき最後の寄る辺とも言えた。

240名無しリゾナント:2016/01/19(火) 23:43:13
「うちらが最初に『アサ・ヤン』を立ち上げてから、ずいぶん組織も大きくなったよね」
「そうだね。今じゃすっかり大所帯。最近じゃ妙な外人とかいるらしいし」
「…ねえ、彩っぺ」

明日香が、意を決して切り出す。

「何さ、改まって」
「裕ちゃんの言う、能力者が安心して暮らせる理想的な社会って。どんな社会なんだろう」
「……」

彩は、すぐには答えない。
残り少なくなったウィスキーの入ったグラス、浮いた氷をくるくると回している。
沈黙、そして流れる時間。けれど、悪くはなかった。
やがて、流れた時に導かれたように彩が口を開く。

「うちらが、能力者であるってことを感じさせない。裕ちゃんが目指してるのは、そんな社会なんじゃないかな」
「能力者であることを感じさせない…」

うまく想像できなかった。
明日香の能力である、精神操作。能力者相手ならともかく、耐性のない一般人の心はいとも容易く流れ込んでしまう。そ
んな状況で、自分が能力者であることを意識させないようなことなど、可能なのだろうか。

「よく、わかんないよ」
「まーた考えこんでるな。裕ちゃんならきっと『そんなんどうにでもなるわぁ!』って言うよ。そうだ、最近裕ちゃんと
飲んでないなぁ…ま、忙しいししょうがないか」

241名無しリゾナント:2016/01/19(火) 23:44:07
確かに、そう言われそうな気がした。
道のりは見えないけれども、彩も、そして裕子も。向いている方向は同じような気がした。
そして、自分もその方向に顔を向ければ、なんとなくうまくいくのかもしれない。
その時の彩の言葉には、そう思わされる力があった。

「ありがとう、彩っぺ。ごめん、変なことに付きあわせて」
「いいっていいって。その代り、あんたがお酒飲めるような年になったら、裕ちゃんより先にあたしを誘うこと」
「確約はできないけれど、努力するよ」

立ち上がり、勘定を済ませようとする明日香。
これには慌てて彩が制止する。

「…可愛げがないねえ。年下の子に金出させるようなこと、させないでよ」
「でも」
「今日はお姉さんの無料レッスンだと思って、甘えときなさいって」

はじめは不服そうな顔をしていた明日香も、やがて諦めたのかそのまま手を振り別れを告げた。

242名無しリゾナント:2016/01/19(火) 23:44:43
明日香には敢えて言わなかったが。
彩に、思い当たる節がないわけではなかった。
ただし、それは真里や紗耶香のことではない。他でもない、「HELLO」のトップ。

裕子が、ここ最近目に見えて忙しくなったのは事実だ。
しかし。何か、違和感を覚える。彼女はもしかして、何かをしようとしているのではないか。
自分たちに何も言うことなく、やろうとしていることとはいったい。

考え過ぎ、なのかもしれない。
それこそ明日香に言った言葉がそのまま自分に跳ね返っている。
例え裕子が何かをしようとしているとしても。それが自分たちに害をなすとも思えない。
彩はそう結論付け、だからこそ明日香には何も言わなかった。が。

彩の思惑とは裏腹に、「闇夜」はすぐ側まで迫っていた。

243名無しリゾナント:2016/01/19(火) 23:48:21
>>233-242
久々の番外編
タイトルは後編をあげた時にでも

参考までに
http://www35.atwiki.jp/marcher/pages/934.html

244名無しリゾナント:2016/02/10(水) 03:45:13
>>233-242 の続きです



透明な液体から、泡が、一つ、二つ。
こぽこぽと定期的に立ち上る泡。極北の空に輝くオーロラのように水中に棚引く、金色の美しい髪。
一人の少女が、液体で満たされた水槽の中で、膝を抱えて浮かんでいた。

「…お、ええ調子やな」

液体と外界を隔てる硝子面に、男の歪な顔が浮かび上がる。
白衣を着たその男は、細眉を嬉しそうに上げながら、波間に揺蕩うがごとくの少女の姿を眺めていた。

「覚醒は、来年の夏あたりを予定しています」
「何や、まだ先やないか」

同じく白衣を着た若い女性にそう言われ、途端に顔を渋らせる男。
彼は、「HELLO」の戦力増強を担う科学部門の長であった。

「しかしこんなに早く『計画』が実現するなんて。さすが、『先生』に師事されていただけのことはありますね」
「まあ、ここまで来るのにどんだけ失敗したか。ヘラクレス男にカメレオン女…犬男なんて、嗅覚だけ人間の22倍やで。
おっさんの足の臭い嗅いだだけで失神て…そら廃棄もされるわな」

部門長が、おちゃらけつつ過去の失敗作について語った。
その様子は科学者と言うよりも、場末の安いホストのほうがしっくりとくる。

245名無しリゾナント:2016/02/10(水) 03:46:39
「ヒトを超える、戦闘兵器。『先生』はそれを機械でやろうとしたから、たった2年で計画は破たんし
てもうた」
「プロジェクト・カッツェ」
「よう知ってるな、みっちゃん」
「界隈では有名な話ですから。ただ、既存の機械では高出力を賄えなかったとか」
「俺は違う。文字通りゼロから、生命体を作った。それが『ラブマシーン計画』や。見てみい。どっか
らどう見ても普通の女の子に見えるやろ? せやけどコイツん中には、億をゆうに超えるナノマシンが
詰まってる」
「所謂、『黒血』というやつですね」

女が、眼鏡を緊張気味に掛け直す。
彼らが語っているのは、まさに禁忌の科学。科学者として、決して踏み入れてはならないはずの領域。

「コイツが覚醒した時、まさに最強の能力者が誕生する。世界が変わるでえ?」
「是非、そうなることを信じてます」
「みっちゃんはええ子やな」

ま、それだけやない。
男は自らの裡に秘めた計画図を、頭の中で広げ始める。

コイツの存在はおそらく、中澤たちの計画を大幅に推し進めるはずや。
それだけやない。「あいつ」が心の奥底に封じ込めた破壊の化身をも刺激するかもしれん。
となると。そうなった時に対抗できる存在が必要やな。こら忙しくなるで。

男の思考は、すでに次に「造る」予定の人工生命体へと移っていた。

246名無しリゾナント:2016/02/10(水) 03:47:56


彩と話をしてから、数日。
明日香は、真里と紗耶香の動向を注視していた。
もちろん、彼女たちの動きに不審な点は見当たらない。
やはり思い過ごしか。仲間を疑う心は、少しずつ晴れてゆく。
そして、結論付ける。

ホワイトボードを見ると、二人の今日のクライアント先は同じようだった。
これで、最後にするか。
明日香は、今回彼女たちを尾行して何もなければ、これ以上疑念を持つのはやめようと決めていた。

「福ちゃん」
「なっち」

いつの間にか、隣になつみが立っていた。
まるで気付かなかった。自らの思考に少しばかり気が行き過ぎたのかもしれない。

「今日は仕事のほうはもういいの?」
「うん、さっき終わったばかり。でも、少ししたらもう行かなきゃ」

いつも笑顔を絶やさないなつみ。
けれども、日々の疲れが蓄積しているのか、あまり顔色がいいとは言えなかった。
友を慮る思い、しかしそれは突如として違和感に変わった。

247名無しリゾナント:2016/02/10(水) 03:49:07
…今の、何?

明日香は、なつみの顔をまじまじと見る。
多少疲労の色が見えるものの、いつものなつみだ。
やはり、変なことに気が回りすぎているのかもしれない。疲れているのは私のほうだ。

「何だべさ。人の顔、じろじろ見て」
「いや…圭織との共同生活はどう?」

悟られまいと、別の話を振る。
するとなつみの表情がみるみる変わってゆく。

「もう!ほんとに大変!!予知だか予言だか何だか知らないけどしょっちゅう交信してるし、変なお
香炊いて臭いし!!」
「…それは大変そうだね」

圭織は自らの能力を安定させる目的で、とある施設に隔離されていた。
その施設に、なつみが仮の住まいとして入ることになったのだ。
能力安定のためには、近くに強力な能力者がいることが重要、らしくそのような方策が取られたわけ
だが、なつみとしてはたまったものではない。圭織は圭織で、自らのペースを崩されるのを嫌い不機
嫌を顕にしているという。

248名無しリゾナント:2016/02/10(水) 03:49:38
「ごめん、そろそろ行くね」
「え、もう? なっちならもう少し時間が」
「ちょっとやぼ用でね。愚痴なら、なっちのオフに合わせてまた聞いてあげるから」
「う、うん。わかった」

そう言いながら、事務所をあとにする明日香。
真里と紗耶香のことも気になったが、それ以上に。
自らが抱いた違和感を、なつみに気付かれたくなかった。

ほんの一瞬だけ、なつみの奥に、何か黒いものが過ったのが見えた。
きっと疲れているからだ。明日香は先ほどの結論を繰り返す。
ならば、真里たちの無実を確信できればこの戸惑いも消えるはず。
いくつもの思惑を重ね、明日香の歩は急かされるように早まっていった。

249名無しリゾナント:2016/02/10(水) 03:53:11


読心術、および精神攻撃を主な攻撃手段として使用する明日香にとって、尾行術はそれほど得意なも
のとは言えなかった。
ただ、二人の後輩に気配を悟られるほど未熟だとも思ってはいない。

今日は休日だと言うこともあり、街は多くの人で賑わっていた。
クライアントとは街の中心にあるスクランブル交差点の前で待ち合わせとのことだった。木を隠すな
ら森の中、とはよく言ったものだ。おかげで、読心術の感度を上げると取るに足りない輩の下卑た思
考まで伝わってくる。とは言え、標的の心の中を見逃すようなへまはしない。

どちらかと言えば地味な格好をしている紗耶香とは対照的に、街のにぎやかさに溶け込んでいるかの
ような真里。
遊び歩いている家出少女、と言われても何の違和感もない。
そんな二人が、他愛もない話をしながら目的地まで歩いていた。明日香に気付く風はない。

紗耶香は、虫を使役する能力。そして真里は、能力阻害の能力。
現実的な戦力となっているとは言え、明日香の尾行に気付くほどの力はまだない。もしそうであれば、
明日香も尾行などという直接的行動はしなかったであろう。

明日香が、歩みを止める。
標的の二人は、問題なくクライアントと接触するのを確認したからだ。
スーツ姿の、初老の男性。真里が話しかけ、男性がゆっくりと口を開く。
途端に、男の思考に仕事に関する様々な情報が流れ込んで来た。

250名無しリゾナント:2016/02/10(水) 03:54:03
まるで文字が刻まれたテープのように、明日香の脳裏に情報が駆け巡っていた。
それを、心の手が拾い上げ、刻まれた内容を読み取る。
明日…取引…護衛…相手方も能力者…
順調に情報を拾い上げていた明日香、しかし心の手は急に情報を読み込むのをやめてしまう。

背後に誰かに立たれていたこと。
そしてその相手が明日香の後頭部に昏倒の一撃を放っていたことを、叩き付けられた冷たいアスファ
ルトの感触で知ることとなる。慢心していたわけではない。先ほどのなつみの存在について気付かな
かったのと同様に? それは違う。今回は、標的とは別に自らの周囲にすら気を配っていたはず。

いや、気を配るどころの話ではない。
精神操作の能力に長ける明日香は、精神干渉の触手を応用することで自らの周囲に自らの知覚と直結
するバリケードを張っていた。それはさながら、蜘蛛の巣を構成する糸のように。
どれだけ陰形に優れた者でも、精神の蜘蛛の糸からは逃れることはできないはずだった。

それが相手の接近を許したばかりか、攻撃までされてしまうとは。
薄れゆく意識の中で、それができる相手のことを考える。そうだ、なぜその可能性を考えなかったのか。

時を操る能力者・保田圭…

三人目の後輩の名を呟きながら、明日香は完全に気を失ってしまった。

251名無しリゾナント:2016/02/10(水) 04:00:43


「…おはようさん」

明日香が意識を取り戻した時に、かけられた言葉。
しかしそれは明日香がまったく想定していない人物のものだった。

「ゆ、裕ちゃん?」

明日香の前にいたのは、「HELLO」のトップ。
派手な金髪に青のカラコン、見間違えようもなく中澤裕子その人であった。

「まったく自分、働き過ぎとちゃう? ま、うちもどうでもええお偉いさんにヘコヘコしたりでお互
い様やけどな」

状況が把握できない。
真里と紗耶香を尾行していたところを、圭に襲われた。
となれば、目の前にいる人物はその三人のいずれかであるはずだが。
なぜ、組織の長である裕子がここにいるのか。

まずは、現状の把握。
明日香は、ベッドに寝かされていた。見たことのある景色。
「HELLO」の事務所に併設されている医務室であることはすぐに理解できた。
後頭部がひどく傷むが、それ以外のダメージは体にない。

252名無しリゾナント:2016/02/10(水) 04:01:40
「どや。痛みとか、あるか」
「それは大丈夫だけど…」

そう言えば裕ちゃんと直接話すのは久しぶりだな。
そんな悠長な考えは、すぐに消し飛ぶことになる。

「あかんやんか。仲間尾行なんかしたら」
「……」

思わず、体が硬直する。
裕子は知っている。けど、どこまで。いや、違う。どこまでこのことに「絡んでいる」?

「圭ちゃんも、敵対勢力と勘違いして攻撃してもうたやん」
「それはおかしいよ、裕ちゃん」

裕子が構築しようとしているシナリオを、明日香は即座に否定した。
二人を尾行する明日香を、敵対者と誤認し攻撃してしまった圭。相手が明日香だったことに気付き、
慌ててここまで運んできた。一見すると、自然な流れ。

「圭ちゃんの能力なら、私を敵と間違えるはずがない。時間停止が発動してから標的に近づくまで、
確実に私の姿は彼女に認識される。つまり、私を攻撃したのは明らかに…故意」
「なんでやねん。圭ちゃんが明日香のこと攻撃する理由なんてないやろ」
「理由ならある。私がクライアントの男の思考を読み取るのを防ぐため」

253名無しリゾナント:2016/02/10(水) 04:02:36
裕子が、まるで面白いことを聞いたかのように笑い出す。

「考えすぎやって。なんで圭ちゃんがそんなこと」
「圭ちゃんだけじゃない。矢口も、紗耶香もある時を境に普通じゃなくなってる」

明日香が、強い視線を裕子に送る。
心の中の些細な違和感、それが裕子と直接対峙することで限りなく大きくなっていた。

メンバーの中に感じた、些細な違和感。
それが、他ならぬ組織のトップが原因だとしたら?

「…疲れてるんやろ。あんたはなっちと親しいから、あの子の疲労が伝染してるんやろな。ま、数日
休めば変なもやもやも解消されるんやないの?」

いつもの裕子。けれど、いつもの裕子じゃない。
何かを隠してる。何かを、裏で進めようとしている。

ただ、真実を正攻法で引きずり出すのは限りなく不可能に近いだろう。
ならば、こちらも絡め手を使うまで。
明日香は、これまでに手に入れた情報を足掛かりに、隠された真実を暴くつもりだった。

254名無しリゾナント:2016/02/10(水) 04:06:10


都内のとある廃ビル。
エントランスの広く作られたスペースに、黒い影が忍び込む。
先陣を切るのは、二人の護衛。すなわち、「HELLO」に所属する真里と紗耶香。
遅れて入ったのは、屈強な肉体の男性。臙脂色のスーツに身を包んではいるものの、首周りの太
さにワイシャツが悲鳴を上げている。彼は、先日真里たちが接触したクライアントの部下だった。

三人が建物内に入るなり、閃光が走る。
部屋を照らすにはあまりに強力なライトが、三人を影から洗い出していた。

「ちょっと、明かりが強いんじゃね?」
「取引の現場、にしては賑やか過ぎるんだけど」

口々に不平を漏らす二人。
取引相手は明らかに人数が多かったし、物々しい雰囲気を出していた。

「なに、夜闇で顔も見えないような相手とは取引したくないのでね。保険だよ、保険」

黒づくめの集団、その中のリーダーらしき肥満体の男が悪びれずにそう答える。

「そちらの事情はどうでもいい。さっそく取引開始と行こうじゃないか」
「ああ。互いに長居はしたくないものだ」

マッチョと肥満体がそれぞれ、顎を前方にしゃくる。
それを見た紗耶香と黒づくめの男が互いに前に出て、銀色のアタッシュケースを床に置いた。

255名無しリゾナント:2016/02/10(水) 04:07:03
「中身のほうを見せてもらおうか」
「そちらのほうが先だ。商品が見えなければ金を払う道理もない」
「なるほど、仕方ない」

肥満体が再び部下に指示を送る。
地にしゃがみアタッシュケースを開けると、中にはびっしりと薬品のアンプルが詰まっていた。

「取引成立だ」
「いいのか。中身を調べなくて」
「この期に及んで偽物を持って来るような愚かな真似はしないと信じてるよ…では、こちらも」

マッチョの言葉を聞いた紗耶香が、床に置いたケースをゆっくりと開く。

「受け取りなよ…あたしのかわいい蟲たちをなぁ!!!!」

ケースから、黒い煙が漏れ、溢れる。
いや、それは煙ではない。夥しい数の、羽虫。狭い空間から解放された小さな肉食獣たちは、一斉に
生ある者たちに向けて群がり始めた。

鋭い羽音で一瞬のうちに標的に取りつき、皮膚を食い破り、肉を抉り血を啜る。
ある者は痛みと恐怖でのた打ち回り、ある者は食い込んだ蟲を剥そうと必死に顔を掻き毟る。
その様は、まるで地獄絵図。

256名無しリゾナント:2016/02/10(水) 04:08:17
「ちっく…しょお!やりやがったな!!!!ぎっ!ぶっ殺し…てやる!!!」
「だ、だめだ!能力が…あああ!!!つ、使えねえ!!!!」
「お、おれもだ!!がっ!ぐっ!血、血が止まらねえ!こいつら、血管まで、ぎゃ、ああっふっ
ふぅ!!!!!」

先手を打たれた黒づくめの男たちは、自らの能力を使って蟲たちを迎撃しようと試みるが。
彼らはすでに、真里の放つ能力阻害領域に取り込まれていた。
それはすなわち、なす術もなく貪欲な蟲たちに食い殺されるがままということ。

どこかで、銃が暴発する音が聞こえた。
蟲たちは彼らの護身用の得物ですら無力化してゆく。
しばらく、室内には男たちの怒号と絶叫が木霊していたが、その声もやがてか細くなって途切れ
ていった。

「そろそろいいんじゃね?」
「ああ、お前たち、元の場所にお戻り」

眉を顰める真里が言うと、紗耶香が食事を終えた蟲たちに命令する。
すると、アタッシュケースに吸い込まれるがごとく、黒い煙たちは中に戻っていった。

「ふう…おいら、虫とか超苦手なんだよな。こいつらが仕事してる間、鳥肌立ってしょうがなか
ったっつーの」
「あはは、あたしの能力で免疫ついたでしょ」
「つくかよ!!」

部屋に残るは、無残に食い散らかされた死体の山。
その中には、臙脂色のスーツを着た男のものもあった。

257名無しリゾナント:2016/02/10(水) 04:09:27
「こいつさ、なんで俺まで…みたいな顔しながら食われてったぜ?」
「しょうがないじゃん。飼い主のあたしと能力阻害の矢口以外は、全部エサなんだからさ」
「だな。金とブツを頂いたらこいつやっちゃう予定だったし、手間省けて済んだかな」

顔を見合わせて、笑う二人。
その表情には、ライトに照らされながらもなお消えない闇が差していた。
だが。

「クライアントの手下ごと、取引相手を抹殺する。昨日会ったクライアントもきっと始末されて
るんだろうね」
「…誰だ!」

真里が甲高い声を上げ、突然響いた声を探す。
すると、それまで何もなかった空間が揺らぎ、声の主が姿を現す。

「合理的と言えば合理的。けど、その手口はうちらが取り締まってる闇社会の住人と変わらないね」
「あ、明日香!?」

紗耶香の顔が、引き攣る。
明日香は、彼女たちの罪を糾弾するかのようにその視線を送っていた。

「どうしてここが」
「残念でした。間に合ってたんだよ、私の読心術は」

圭に昏倒させられる直前、明日香の脳裏に描かれたのはこの廃ビルだった。
あとは、真里たちがやって来るのを待つだけ。だがそれでも謎は残る。
真里が疑問を口にする。

258名無しリゾナント:2016/02/10(水) 04:12:54
「それに…お前、精神系の能力者だったはずじゃ」
「あの変わり者のおじさんからいいもの、借りてね」

言いながら、白っぽい大きな布を二人に見せる明日香。

「これを被ると、常人の目に存在が感知されなくなるらしいよ。まだまだ試作品だから、数分しか持たないみたいだけど」

組織の、科学部門の責任者。
日ごろから妙なものを開発しているらしく、声をかけたら快くそれを貸し出してくれた。
だが、そんなものを自慢しているような時間はないようだった。

明日香はすでに、場の空気の異常さを感じていた。
真里と紗耶香が放っているもの、仲間には向けられないはずのそれは。

「見られちゃしょうがねえ、ぶっ殺してやる!!」

明確な殺意。
明日香は確信する。この二人は、この二人が所属している組織は。
自分を殺さなければならないほどの、大きな闇を抱えていることを。

259名無しリゾナント:2016/02/10(水) 04:14:20
>>244-258
番外編続きです
前後編ならぬ前中後編になりそうです

260名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:20:39
続きが読めない、という方もいらっしゃるようなので、手直ししつつ
作品の全部をあげたいかと思います。
スレ立ち上げの保全代わりにぜひどうぞ

261名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:21:14





太陽は、東の空から昇りそして、西の空へと沈んでゆく。
朝の眩しい光、人々を眠りから覚ます力強い光。だがそれはやがて血を流したかのように赤く染まり、太陽とともに地の底へと消えてゆく。
その後に訪れるのは、闇。一筋の光さえ射さない、暗黒の世界。

262名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:22:18


5人の少女たちによって創設された能力者組織「アサ・ヤン」。
その類稀なる戦闘能力、そして突如として少女の1人に覚醒した未来予知の力は組織を大きくしてゆく。
数年後。新たに3人の能力者を加え「M。」と改称した組織は、トップである中澤裕子のカリスマ性によって志を共にする複数の小団体をま
とめ上げる。

「HELLO」。
国からの絶大な信頼を得るとともに、警察機構や自衛隊すら凌ぐ強大な武力を保持したその組織は、そう呼ばれていた。
能力を持たない普通の人間には処理することのできない、特殊な事案。今まで権力者が個人的に契約しているフリーの能力者が片づけていた
ような仕事は、程なくして「HELLO」に回され始めた。

飛ぶ鳥を落とす勢いの「M。」を中枢とした「HELLO」に、業界の内外から注目が集まる。
となるとそのしわ寄せは、エージェントたる能力者たちにいくわけで。

「えーと、11時からは東南アジア系のマフィアのアジトの殲滅。13時に例の連続爆破事件の犯人の追跡。17時に「M。」のミーティング…も
う休む暇もないべ!!」

とあるオフィスビルの1フロア。「HELLO」はそのさらに一室を間借りしているのだが。
小柄な少女の叫びに、思わず共用通路を行き交う人間が振り返る。

「しょうがないよなっち。これも仕事だからね」

対する隣を歩く少女はあくまでも冷静だ。
だが、叫んだ少女はそれが気に入らない。

263名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:23:00
「福ちゃんはいいべさ。今日は入ってる仕事はないっしょ。でもなっちは」
「役割が違うからね。忙しいのはなっちの圧倒的な戦闘力を買われて、でしょ?」
「で、でも!カオリだって予言の仕事だなんだって言って部屋にこもりっきりだし」
「それも役割の一つ。なっちはもう『M。』の、ううん「HELLO」の看板なんだから、割り切らないと」

組織の看板、と言われてしまえばそれ以上彼女は何も言うことはできない。
事実、彼女 ― 安倍なつみ ― の言霊を操る力はここ数年で目覚ましく成長し、組織を代表する能力者と言われるまでになっていた。

「そうだよね…なっちたち、能力者にとっての理想社会を作るために、頑張ってるんだよね」
「さ、そうと決まったらこんなところで愚痴ってないで。今何時だと思う?」
「っと、10時半…え!!」

最初の仕事の時間まで余裕がないことに気づき、慌てふためくなつみ。

「ごめん急がなきゃ!福ちゃんありがとね!!」

小走りで駆け出す小さな背中を見送りながら。
明日香自身、自らの紡ぎだした言葉に自問する。

264名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:24:12
能力者の理想となる社会を作るために、自分達はここまでやってきた。
では、そもそも「能力者にとっての理想社会」とは?
裕子、彩、圭織、なつみ、そして明日香。運命に導かれ出会った五人だが、最初はそんな大層なお題目など持ち合わせてはいなかった。た
だ。異能を持つが故に虐げられ、苦しめられてきた過去を持つ者同士が、これ以上自分達と同じような存在を増やしたくないと願った先の
出来事に過ぎない。

だが、現実はどうだ。
自分達が持つ能力を政府筋の人間に評価された結果、目の回るような忙しさが襲い掛かってきた。組織は加速度的に大きくなり、このまま
順調に進めば能力者の理想社会を創造することももしかしたら可能なのかもしれない。が。

結局はどこまで目標に邁進した所で、「HELLO」はお偉い方たちにとって都合のいい道具でしかない。飼い犬はどこまで走ったとして
も飼い犬でしかないのだ。
また、良くない噂も聞く。最近では新設された生物科学の部門が何やら怪しげな実験を繰り返しているという。さらに、一部の能力者たち
が正規の仕事ではない仕事、つまり裏社会の非合法な仕事に手を染めているという話すらある。

本当に自分達は、能力者の理想とする社会に辿り着く事ができるのか。

明日香の思考は自らの心の黄昏へと消えてゆく。
それでも、色濃く残された色彩は決して消えてはくれない。

265名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:25:26


「明日香、浮かない顔してるよ」
「キャハハ、人生に疲れたって顔してるぞ?」

「HELLO・東京本部」と書かれた素っ気ないドアを開けると、二人の少女が出迎える。
明日香より少し大きい方が、市井紗耶香。そして明日香よりさらに小さい方が、矢口真里。ともに、明日香たち5人に新しく合流した能力
者たちだった。はじめは能力の覚束なさからか、自信なさげな表情をすることも多かったが。年が近いこともあり、今では打ち解けた話し
方をするようになっている。

事務所には二人しかいないようだ。
「M。」のリーダーであり、「HELLO」のトップでもある裕子は不在。
ここのところ、ずっと事務所を空けている。なつみとはまた別の役割を、彼女もまた持っているのだ。

「おいらたちでよかったら相談に乗るけど」
「…いろいろ、気苦労が多くてね」

もちろん、自分たちが所属している組織の在り方に疑問を呈している、などとは言えない。
すっかり「HELLO」の主力となり、欠かせない戦力と言ってもいいくらいの二人。
しかし、自らの心をすべて預けるような間柄でもないことは確かだった。それに。

「っと。そう言えば急ぎの仕事があったんだった。おいらたち、もう行くわ」
「だね。遅れないようにしないと」

そんなことを言いながら、そそくさと事務所を出て行く真里と紗耶香。
足早に遠ざかってゆく背中を、明日香は苦い表情で見送っていた。

266名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:26:32
最近、二人の様子がおかしい。
心を読まれないように、自らの心にロックをかけている。これについては明日香の能力の特質のせい、というのもあるのかもしれない。明
日香の得意とする精神干渉の術は少し特殊で、簡単な情報であれば相手の思考を読み取ることも可能であった。いくら仲間内とはいえ、プ
ライバシーの領域に入って欲しくない、というのもわからなくはない。
ただ、疑念はそれだけではない。

単独行動、とでも言えばいいのか。
明らかに不審な活動が目立っていた。例えば、事務所のホワイトボードに書かれた、彼女たちの行先。これと言って問題があるようなクラ
イアントではないはずだが、二人が口にしていた「急ぎの仕事」というのは少々引っかかる。というのも、件のクライアントが急ぎの仕事
を依頼するようなシチュエーションが明日香には想定できないからだ。

偽装…か?

一瞬、疑いがよぎるが、即座にそれを否定する。
真里も紗耶香も、同じ「M。」のメンバーとして戦線を潜り抜けた仲間だ。特に、多くの負傷者を出した「サマーナイトタウン」での戦闘
は記憶に新しい。

― 一部の能力者たちが裏社会の非合法な仕事に手を染めている ―

重ねたくないのに、どうしても黒い疑念は二人から離れてくれない。
どうすればいい。組織のトップである裕子にはこんなことは話せない。
なつみや圭織にも話せない。特に圭織は未来視の能力がまだ不安定だ。疑念レベルの話が大きくなっては困る。
なら真里・紗耶香と同期の保田圭ならどうか。彼女の冷静さならばあるいは。
駄目だ。この問題に直面するには圭は真面目すぎる。

明日香はこのことを相談するのに一番適した人物を知っていた。
彼女以外に、ありえない。とまで考えていた。

267名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:27:17


「そりゃ、張ってみたらいいんじゃない?」

都内のとあるバー。
美味しそうに琥珀色の液体を口にしてその女性は言った。
ウエーブが程よくかかった長い髪が、大人の女性の雰囲気を強調する。

「でも、そんなことをしたら」
「明日香は考えすぎ。あいつらにそこまでの根性ないから。今だって、あたしが一喝したら涙目になって震え上がっちゃうのにさ。一回尾
行して、んで安心したらいいのさ」
「彩っぺ…」

目の前の女性 ― 石黒彩 ― は事もなげにそう言い切った。
それでも表情の晴れない明日香の背中を、ばちーんという音とともに強い衝撃が襲う。

「ご、ごほっ!痛った、彩っぺ何すんの!!」
「お、久しぶりに見た。年相応の子供らしい表情」
「からかわないでよ。うちらみたいな能力者が、年相応なんて無理なんだから」
「なっちとか圭織とかなまら子供っぽいべ?」
「あの二人は特別。特になっちなんて私がいないと…」
「はぁ、明日香ねえさんも大変ね。どう、一杯飲(や)る?」
「裕ちゃんじゃないんだから、未成年に酒を勧めない」

じと目で突っ込まれ、嬉しそうに笑う彩。
能力者「アサ・ヤン」を立ち上げた五人の能力者の一人。年少者である明日香やなつみ、圭織と年長者の裕子の間を取り
持つ中間管理職。さらに、三人の新人を徹底的に鍛え上げた鬼軍曹。
裕子が組織の長としての職務に追われる中、彩は明日香が頼るべき最後の寄る辺とも言えた。

268名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:28:10
「うちらが最初に『アサ・ヤン』を立ち上げてから、ずいぶん組織も大きくなったよね」
「そうだね。今じゃすっかり大所帯。最近じゃ妙な外人とかいるらしいし」
「…ねえ、彩っぺ」

明日香が、意を決して切り出す。

「何さ、改まって」
「裕ちゃんの言う、能力者が安心して暮らせる理想的な社会って。どんな社会なんだろう」
「……」

彩は、すぐには答えない。
残り少なくなったウィスキーの入ったグラス、浮いた氷をくるくると回している。
沈黙、そして流れる時間。けれど、悪くはなかった。
やがて、流れた時に導かれたように彩が口を開く。

「うちらが、能力者であるってことを感じさせない。裕ちゃんが目指してるのは、そんな社会なんじゃないかな」
「能力者であることを感じさせない…」

うまく想像できなかった。
明日香の能力である、精神干渉。能力者相手ならともかく、耐性のない一般人の心はいとも容易く流れ込んでしまう。そ
んな状況で、自分が能力者であることを意識させないようなことなど、可能なのだろうか。

「よく、わかんないよ」
「まーた考えこんでるな。裕ちゃんならきっと『そんなんどうにでもなるわぁ!』って言うよ。そうだ、最近裕ちゃんと
飲んでないなぁ…ま、忙しいししょうがないか」

269名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:28:45
確かに、そう言われそうな気がした。
道のりは見えないけれども、彩も、そして裕子も。向いている方向は同じような気がした。
そして、自分もその方向に顔を向ければ、なんとなくうまくいくのかもしれない。
その時の彩の言葉には、そう思わされる力があった。

「ありがとう、彩っぺ。ごめん、変なことに付きあわせて」
「いいっていいって。その代り、あんたがお酒飲めるような年になったら、裕ちゃんより先にあたしを誘うこと」
「確約はできないけれど、努力するよ」

立ち上がり、勘定を済ませようとする明日香。
これには慌てて彩が制止する。

「…可愛げがないねえ。年下の子に金出させるようなこと、させないでよ」
「でも」
「今日はお姉さんの無料レッスンだと思って、甘えときなさいって」

はじめは不服そうな顔をしていた明日香も、やがて諦めたのかそのまま手を振り別れを告げた。

静かな、店だった。
店の奥でバーテンダーが客のカクテルを作る音のほかは、何も聞こえない。
グラスに残っていた強い酒を一気に飲み干し、彩は窓の外に目を移した。

綺麗な月が、闇夜に浮かんでいた。
夜の闇を照らす、まばゆい月光。そんな月の光さえも、ひとたび雲が過ればあっという間に輝きを失ってしまう。
夜を照らすには、きっと月の光というものはあまりにか弱く、儚いのだ。

270名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:29:51


透明な液体から、泡が、一つ、二つ。
こぽこぽと定期的に立ち上る泡。極北の空に輝くオーロラのように水中に棚引く、金色の美しい髪。
一人の少女が、液体で満たされた水槽の中で、膝を抱えて浮かんでいた。

「…お、ええ調子やな」

液体と外界を隔てる硝子面に、男の歪な顔が浮かび上がる。
白衣を着たその男は、細眉を嬉しそうに上げながら、波間に揺蕩うがごとくの少女の姿を眺めていた。

「覚醒は、来年の夏あたりを予定しています」
「何や、まだ先やないか」

同じく白衣を着た若い女性にそう言われ、途端に顔を渋らせる男。
彼は、「HELLO」の戦力増強を担う科学部門の長であった。

「しかしこんなに早く『計画』が実現するなんて。さすが、『先生』に師事されていただけのことはありますね」
「まあ、ここまで来るのにどんだけ失敗したか。ヘラクレス男にカメレオン女…犬男なんて、嗅覚だけ人間の22倍やで。おっさんの足の臭
い嗅いだだけで失神て…そら廃棄もされるわな」

部門長が、おちゃらけつつ過去の失敗作について語った。
その様子は科学者と言うよりも、場末の安いホストのほうがしっくりとくる。

271名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:30:23
「ヒトを超える、戦闘兵器。『先生』はそれを機械でやろうとしたから、たった2年で計画は破たんし
てもうた」
「プロジェクト・カッツェ」
「よう知ってるな、みっちゃん」
「界隈では有名な話ですから。ただ、既存の機械では高出力を賄えなかったとか」
「俺は違う。文字通りゼロから、生命体を作った。それが『ラブマシーン計画』や。見てみい。どっか
らどう見ても普通の女の子に見えるやろ? せやけどコイツん中には、億をゆうに超えるナノマシンが
詰まってる」
「所謂、『黒血』というやつですね」

女が、眼鏡を緊張気味に掛け直す。
彼らが語っているのは、まさに禁忌の科学。科学者として、決して踏み入れてはならないはずの領域。

「コイツが覚醒した時、まさに最強の能力者が誕生する。世界が変わるでえ?」
「是非、そうなることを信じてます」
「みっちゃんはええ子やな」

ま、それだけやない。
男は自らの裡に秘めた計画図を、頭の中で広げ始める。

コイツの存在はおそらく、中澤たちの計画を大幅に推し進めるはずや。
それだけやない。「あいつ」が心の奥底に封じ込めた破壊の化身をも刺激するかもしれん。
となると。そうなった時に対抗できる存在が必要やな。こら忙しくなるで。

男の思考は、すでに次に「造る」予定の人工生命体へと移っていた。

272名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:30:54


彩と話をしてから、数日。
明日香は、真里と紗耶香の動向を注視していた。
もちろん、彼女たちの動きに不審な点は見当たらない。
やはり思い過ごしか。仲間を疑う心は、少しずつ晴れてゆく。
そして、結論付ける。

ホワイトボードを見ると、二人の今日のクライアント先は同じようだった。
これで、最後にするか。
明日香は、今回彼女たちを尾行して何もなければ、これ以上疑念を持つのはやめようと決めていた。

「福ちゃん」
「なっち」

いつの間にか、隣になつみが立っていた。
まるで気付かなかった。自らの思考に少しばかり気が行き過ぎたのかもしれない。

「今日は仕事のほうはもういいの?」
「うん、さっき終わったばかり。でも、少ししたらもう行かなきゃ」

いつも笑顔を絶やさないなつみ。
けれども、日々の疲れが蓄積しているのか、あまり顔色がいいとは言えなかった。
友を慮る思い、しかしそれは突如として違和感に変わった。

…今の、何?

明日香は、なつみの顔をまじまじと見る。
多少疲労の色が見えるものの、いつものなつみだ。
やはり、変なことに気が回りすぎているのかもしれない。疲れているのは私のほうだ。

273名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:31:28
「何だべさ。人の顔、じろじろ見て」
「いや…圭織との共同生活はどう?」

悟られまいと、別の話を振る。
するとなつみの表情がみるみる変わってゆく。

「もう!ほんとに大変!!予知だか予言だか何だか知らないけどしょっちゅう交信してるし、変なお香炊いて臭いし!!」
「…それは大変そうだね」

圭織は自らの能力を安定させる目的で、とある施設に隔離されていた。
その施設に、なつみが仮の住まいとして入ることになったのだ。
能力安定のためには、近くに強力な能力者がいることが重要、らしくそのような方策が取られたわけ
だが、なつみとしてはたまったものではない。圭織は圭織で、自らのペースを崩されるのを嫌い不機
嫌を顕にしているという。

「ごめん、そろそろ行くね」
「え、もう? なっちならもう少し時間が」
「ちょっとやぼ用でね。愚痴なら、なっちのオフに合わせてまた聞いてあげるから」
「う、うん。わかった」

そう言いながら、事務所をあとにする明日香。
真里と紗耶香のことも気になったが、それ以上に。
自らが抱いた違和感を、なつみに気付かれたくなかった。

ほんの一瞬だけ、なつみの奥に、何か黒いものが過ったのが見えた。
きっと疲れているからだ。明日香は先ほどの結論を繰り返す。
ならば、真里たちの無実を確信できればこの戸惑いも消えるはず。
いくつもの思惑を重ね、明日香の歩は急かされるように早まっていった。

274名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:32:28


精神干渉による攻撃を主な攻撃手段として使用する明日香にとって、尾行術はそれほど得意なものとは言えなかった。
ただ、二人の後輩に気配を悟られるほど未熟だとも思ってはいない。

今日は休日だと言うこともあり、街は多くの人で賑わっていた。
クライアントとは街の中心にあるスクランブル交差点の前で待ち合わせとのことだった。木を隠すなら森の中、とはよく言ったものだ。お
かげで、能力の感度を上げると取るに足りない輩の下卑た思考まで伝わってくる。とは言え、標的の心の中を見逃すようなへまはしない。

どちらかと言えば地味な格好をしている紗耶香とは対照的に、街のにぎやかさに溶け込んでいるかのような真里。
遊び歩いている家出少女、と言われても何の違和感もない。
そんな二人が、他愛もない話をしながら目的地まで歩いていた。明日香に気付く風はない。

紗耶香は、虫を使役する能力。そして真里は、能力阻害の能力。
現実的な戦力となっているとは言え、明日香の尾行に気付くほどの力はまだない。もしそうであれば、明日香も尾行などという直接的行動
はしなかったであろう。

明日香が、歩みを止める。
標的の二人は、問題なくクライアントと接触するのを確認したからだ。
スーツ姿の、初老の男性。真里が話しかけ、男性がゆっくりと口を開く。
途端に、男の思考に仕事に関する様々な情報が流れ込んで来た。

まるで文字が刻まれたテープのように、明日香の脳裏に情報が駆け巡っていた。
それを、心の手が拾い上げ、刻まれた内容を読み取る。
明日…取引…護衛…相手方も能力者…
順調に情報を拾い上げていた明日香、しかし心の手は急に情報を読み込むのをやめてしまう。

275名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:33:23
背後に誰かに立たれていたこと。
そしてその相手が明日香の後頭部に昏倒の一撃を放っていたことを、叩き付けられた冷たいアスファルトの感触で知ることとな
る。慢心していたわけではない。先ほどのなつみの存在について気付かなかったのと同様に? 
それは違う。今回は、標的とは別に自らの周囲にすら気を配っていたはず。

いや、気を配るどころの話ではない。
明日香は、精神干渉の触手を応用することで自らの周囲に自らの知覚と直結するバリケードを張っていた。それはさながら、蜘
蛛の巣を構成する糸のように。
どれだけ陰形に優れた者でも、精神の蜘蛛の糸からは逃れることはできないはずだった。

それが相手の接近を許したばかりか、攻撃までされてしまうとは。
薄れゆく意識の中で、それができる相手のことを考える。そうだ、なぜその可能性を考えなかったのか。

時を操る能力者・保田圭…

三人目の後輩の名を呟きながら、明日香は完全に気を失ってしまった。

276名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:34:12


「…おはようさん」

明日香が意識を取り戻した時に、かけられた言葉。
しかしそれは明日香がまったく想定していない人物のものだった。

「ゆ、裕ちゃん?」

明日香の前にいたのは、「HELLO」のトップ。
派手な金髪に青のカラコン、見間違えようもなく中澤裕子その人であった。

「まったく自分、働き過ぎとちゃう? ま、うちもどうでもええお偉いさんにヘコヘコしたりで気ぃ使うてお互い様やけどな」

状況が把握できない。
真里と紗耶香を尾行していたところを、圭に襲われた。
となれば、目の前にいる人物はその三人のいずれかであるはずだが。
なぜ、組織の長である裕子がここにいるのか。

まずは、現状の把握。
明日香は、ベッドに寝かされていた。見たことのある景色。
「HELLO」の事務所に併設されている医務室であることはすぐに理解できた。
後頭部がひどく傷むが、それ以外のダメージは体にない。

「どや。痛みとか、あるか」
「それは大丈夫だけど…」

そう言えば裕ちゃんと直接話すのは久しぶりだな。
そんな悠長な考えは、次の言葉ですぐに消し飛ぶことになる。

277名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:35:30
「あかんやんか。仲間尾行なんかしたら」
「……」

思わず、体が硬直する。
裕子は知っている、そう明日香は直感する。
けど、どこまで。いや、違う。どこまでこのことに「絡んでいる」?

「圭ちゃんも、敵対勢力と勘違いして攻撃してもうたやん」
「それはおかしいよ、裕ちゃん」

裕子が構築しようとしているシナリオを、明日香は即座に否定した。
二人を尾行する明日香を、敵対者と誤認し攻撃してしまった圭。相手が明日香だったことに気付き、慌ててここまで運んできた。
一見すると、自然な流れ。

「圭ちゃんの能力なら、私を敵と間違えるはずがない。時間停止が発動してから標的に近づくまで、確実に私の姿は彼女に認識
される。つまり、私を攻撃したのは明らかに…故意」
「なんでやねん。圭ちゃんが明日香のこと攻撃する理由なんてないやろ」
「理由ならある。私がクライアントの男の思考を読み取るのを防ぐため」

裕子が、まるで面白いことを聞いたかのように笑い出す。

「考えすぎやって。なんで圭ちゃんがそんなこと」
「圭ちゃんだけじゃない。矢口も、紗耶香も普通じゃなくなってる」

明日香が、強い視線を裕子に送る。
心の中の些細な違和感、それが裕子と直接対峙することで限りなく大きくなっていた。

メンバーの中に感じた、些細な違和感。
それが、他ならぬ組織のトップが原因だとしたら?

「…疲れてるんやろ。あんたはなっちと親しいから、あの子の疲労が伝染してるんやろな。ま、数日休めば変なもやもやも解消
されるんやないの?」

いつもの裕子。けれど、いつもの裕子じゃない。
何かを隠してる。何かを、裏で進めようとしている。

ただ、真実を正攻法で引きずり出すのは限りなく不可能に近いだろう。
ならば、こちらも絡め手を使うまで。
明日香は、これまでに手に入れた情報を足掛かりに、隠された真実を暴くつもりだった。

278名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:36:03


都内のとある廃ビル。
エントランスの広く作られたスペースに、黒い影が忍び込む。
先陣を切るのは、二人の護衛。すなわち、「HELLO」に所属する真里と紗耶香。
遅れて入ったのは、屈強な肉体の男性。臙脂色のスーツに身を包んではいるものの、首周りの太
さにワイシャツが悲鳴を上げている。彼は、先日真里たちが接触したクライアントの部下だった。

三人が建物内に入るなり、閃光が走る。
部屋を照らすにはあまりに強力なライトが、三人を影から洗い出していた。

「ちょっと、明かりが強いんじゃね?」
「取引の現場、にしては賑やか過ぎるんだけど」

口々に不平を漏らす二人。
取引相手は明らかに人数が多かったし、物々しい雰囲気を出していた。

「なに、夜闇で顔も見えないような相手とは取引したくないのでね。保険だよ、保険」

黒づくめの集団、その中のリーダーらしき肥満体の男が悪びれずにそう答える。

「そちらの事情はどうでもいい。さっそく取引開始と行こうじゃないか」
「ああ。互いに長居はしたくないものだ」

マッチョと肥満体がそれぞれ、顎を前方にしゃくる。
それを見た紗耶香と黒づくめの男が互いに前に出て、銀色のアタッシュケースを床に置いた。

279名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:36:52
「中身のほうを見せてもらおうか」
「そちらのほうが先だ。商品が見えなければ金を払う道理もない」
「なるほど、仕方ない」

肥満体が再び部下に指示を送る。
地にしゃがみアタッシュケースを開けると、中にはびっしりと薬品のアンプルが詰まっていた。

「取引成立だ」
「いいのか。中身を調べなくて」
「この期に及んで偽物を持って来るような愚かな真似はしないと信じてるよ…では、こちらも」

マッチョの言葉を聞いた紗耶香が、床に置いたケースをゆっくりと開く。

「受け取りなよ…あたしのかわいい蟲たちをなぁ!!!!」

ケースから、黒い煙が漏れ、溢れる。
いや、それは煙ではない。夥しい数の、羽虫。狭い空間から解放された小さな肉食獣たちは、一斉に生ある者たちに向けて群が
り始めた。

蟲の大群が鋭い羽音を立て一瞬のうちに標的に取りつき、皮膚を食い破り、肉を抉り血を啜る。
ある者は痛みと恐怖でのた打ち回り、ある者は食い込んだ蟲を剥そうと必死に顔を掻き毟る。
その様は、まるで地獄絵図。

「ちっく…しょお!やりやがったな!!!!ぎっ!ぶっ殺し…てやる!!!」
「だ、だめだ!能力が…あああ!!!つ、使えねえ!!!!」
「お、おれもだ!!がっ!ぐっ!血、血が止まらねえ!こいつら、血管まで、ぎゃ、ああっふっふぅ!!!!!」

先手を打たれた黒づくめの男たちは、自らの能力を使って蟲たちを迎撃しようと試みるが。
彼らはすでに、真里の放つ能力阻害領域に取り込まれていた。
それはすなわち、なす術もなく貪欲な蟲たちに食い殺されるがままということ。

280名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:37:25
どこかで、銃が暴発する音が聞こえた。
蟲たちは彼らの護身用の得物ですら無力化してゆく。
しばらく、室内には男たちの怒号と絶叫が木霊していたが、その声もやがてか細くなって途切れていった。

「そろそろいいんじゃね?」
「ああ、お前たち、元の場所にお戻り」

眉を顰める真里が言うと、紗耶香が食事を終えた蟲たちに命令する。
すると、アタッシュケースに吸い込まれるがごとく、黒い煙たちは中に戻っていった。

「ふう…おいら、虫とか超苦手なんだよな。こいつらが仕事してる間、鳥肌立ってしょうがなかったっつーの」
「あはは、あたしの能力で免疫ついたでしょ」
「つくかよ!!」

部屋に残るは、無残に食い散らかされた死体の山。
その中には、臙脂色のスーツを着た男のものもあった。

「こいつさ、なんで俺まで…みたいな顔しながら食われてったぜ?」
「しょうがないじゃん。飼い主のあたしと能力阻害の矢口以外は、全部エサなんだからさ」
「だな。金とブツを頂いたらこいつやっちゃう予定だったし、手間省けて済んだかな」

顔を見合わせて、笑う二人。
その表情には、ライトに照らされながらもなお消えない闇が差していた。
だが。

281名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:38:15
「クライアントの手下ごと、取引相手を抹殺する。昨日会ったクライアントもきっと始末されてるんだろうね」
「…誰だ!」

真里が甲高い声を上げ、突然響いた声を探す。
すると、それまで何もなかった空間が揺らぎ、声の主が姿を現す。

「合理的と言えば合理的。けど、その手口はうちらが取り締まってる闇社会の住人と変わらないんじゃない?」
「あ、明日香!?」

紗耶香の顔が、引き攣る。
明日香は、彼女たちの罪を糾弾するかのようにその視線を送っていた。

「どうしてここが」
「残念でした。間に合ってたんだよ、私の読心術は」

圭に昏倒させられる直前、明日香の脳裏に描かれたのはこの廃ビルだった。
あとは、真里たちがやって来るのを待つだけ。だがそれでも謎は残る。
真里が疑問を口にする。

「それに…お前、精神系の能力者だったはずじゃ」
「あの変わり者のおじさんからいいもの、借りてね」

言いながら、白っぽい大きな布を二人に見せる明日香。

「これを被ると、常人の目に存在が感知されなくなるらしいよ。まだまだ試作品だから、数分しか持たないみたいだけど」

組織の、科学部門の責任者。
日ごろから妙なものを開発しているらしく、声をかけたら快くそれを貸し出してくれた。
だが、そんなものを自慢しているような時間はないようだった。

282名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:39:28
明日香はすでに、場の空気の異常さを感じていた。
真里と紗耶香が放っているもの、仲間には向けられないはずのそれは。

「見られちゃしょうがねえ、ぶっ殺してやる!!」

明確な殺意。
明日香は確信する。この二人は、この二人が所属している組織は。
自分を殺さなければならないほどの、大きな闇を抱えていることを。

護身用の金属ロッドを強く握りつつ、明日香はにじり寄る二人の能力者を交互に見る。
彼女たちの顔は、狂気に塗れていた。
かつて同じ時を過ごし笑いあった後輩たちは、もういない。氷のような覚悟が、背筋を伸ばす。

「矢口。紗耶香」
「何よ。命乞い?」
「今更遅いっつーの。おいらたち、まだおおっぴらに行動できないんでね。悪いけど」
「あんたたちに…たかが追加メンバーに私が殺せる?」

紗耶香の目つきが鋭くなり、真里の表情が大きく歪んだ。
精神干渉を攻撃手段とする明日香によって、敵の心理を揺さぶり隙を作ることは、そのまま相手の防御を崩すことに
繋がる。
彼女たちが「M。」において追加メンバーであるという立ち位置を気にしているのは、前から知っていたのだ。

「てっめえ!!!!」

激昂した真里は明日香に向け、能力阻害フィールドを構築しようとする。
しかしその前に、大きく横に跳ばれてしまう。

283名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:40:00
「くそ!紗耶香、頼んだ!!」
「明日香、虫食いの銀杏にしてあげるよ!!」

敵を打ち損じた真里の前に、今度は凶暴な蟲たちを従えた紗耶香が躍り出た。
明日香を食い殺そうと、不快な羽音を立てて蟲たちが一斉に飛翔する。
しかし、黒い軌跡は明日香にたどり着くことなく、ぽとぽとと音を立てて落ちてゆく。

「あたしの蟲が!!」
「精神攻撃が、蟲に効かないとでも思った?」

飛んで火に入る夏の虫、が如く次々と墜落させられてゆく飛行蟲。
勢いのついたいくつかの蟲もまた、明日香が振るう金属ロッドによって叩き落とされてしまった。

真里の能力阻害を除け、紗耶香の蟲による攻撃をも避けてゆく明日香だが。
徐々に、徐々に。可動範囲は、狭められてゆく。

「おいらたちのコンビネーションプレイを舐めんなよ」
「矢口の能力阻害領域に入ったら、お前は終わりだ」

そして言葉通り、明日香はスペースの隅へと追い詰める。
不快な蟲たちが立てる、きちきちという羽音とも鳴き声とも知れぬ、不気味な音がすぐそこまで迫っていた。

「どうした? もう降参か、キャハハハ!」
「無駄だよ。あんたを殺せば、うちらは成り上がれるんだから」
「おいらにくれよ、そのオリメンのポストを!!」

オリメン。
つまり、「アサ・ヤン」を作った明日香を含む5人の能力者たち。
後から入ってきた真里たちがそのポジションを羨み、コンプレックスを抱いていたのは明白ではあったが。
けれど、ここまでとは。容貌を、そして魂すら歪ませるほどだとは。

284名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:41:05
「もう一度だけ言うよ。あんたたちに、私は殺せない」

明日香は、親友の顔を思い出す。
オリメンの中でも、明日香は特になつみと親しかった。それは年少者の明日香になつみが積極的に話しかけてくれた
せいか。それとも背格好が似ていてなんとなく親近感を覚えたからか。組織の看板能力者という称号を持つ割には色
々抜けていて、放っておけない存在だからか。

理由はきっと星の数ほどあるだろうし、逆にどれが理由なのかすらもわからない。
ただ、これだけは胸を張って言うことができた。

あの子がいる限り、私はこんなところでは死ねない。

明日香がゆっくりとしゃがみ、むき出しのコンクリート床に手をやる。

「ねえ、何のつもり?」
「私は、あんたたちがここに来る前から、姿を隠してこの廃ビルの中にいた」
「だから何だってんだよ!」
「あんたたちを『狩る』準備は、とっくにできてるってこと」

刹那、床に浮かび上がる白い紋様。
それはまるで蜘蛛の巣のように張り巡らされ、そして敵対者たちの足を、心を絡め取る。
感情を揺さぶられ心のタガが外れかけている二人を落とすことなど、簡単だった。

「しまっ…ぎゃああああああっ!!!!!!!」
「ち、く、しょう…」

最大出力の精神攻撃を食らい、白目を剥いて真里と紗耶香は倒れた。
ふう、と大きなため息を一つ。組織の中で手練れの二人ではあるが、明日香には及ばなかったようだ。

285名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:42:08
しかし。
明日香は改めて、この場に3人目の同期・圭がいなかったことに胸を撫で下ろす。
もちろん彼女の動向は事前に把握してはいたものの、虚を突かれ不意打ち、という前回の轍を踏まされる可能性はゼ
ロではなかった。その為に「対時間操作能力者用」のトラップをいくつか仕掛けてはおいたのだが。

もちろん組織屈指の厄介な能力、彼女に対する切り札はあらゆる意味で使わないに越したことはない。
むしろ、これからやるべき事項のためにとっておくべきだと考えていた。それは。

組織との、決別。

明日香を躊躇いもなく処刑しようとしたこと。
成功報酬としての、地位の昇格。間違いなく、彼女たちの動向には「組織」が絡んでいる。となると。

これから倒れている二人を連れ去り、彼女たちの行っていた非合法活動と組織の関連性を洗い出さなければならない。
そこが明らかになれば、彼女は「HELLO」を去ることを決めていた。
組織を抜ける、このことがいかに困難であるか。明日香は十分に知っているつもりだった。増してや、今の得体のし
れない状況に陥っている「HELLO」ならば。

組織の中で、まだまともな思考を保っている人間は何人いるだろうか。
裕子やルーキーの三人は論外だ。圭織もあてにはならない。となると残りは彩となつみしかいない。
特になつみは。能力こそ組織最強の看板に相応しいものだが、それを支える心の強さは。だから、明日香が支えてい
かなければならない。自分が、絶対になつみを守る。

突然。
体の隅々までが、自分の意思から大きくかけ離れた存在のように感じた。
まさか、また時間停止か。否。時間停止能力者を捉える「罠」は発動していない。
これは。この感覚は。

空間を引き裂き口を開ける、深い闇。
空間裂開。

― 明日香…話、しよか ―

闇の底から裕子の声が、聞こえる。
それと同時に、明日香の足元の床が、空間ごと大きく裂け、そして明日香ごと時空の彼方へと飲み込んでいった。

286名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:43:03


暗い。
何も、見えない。

絡みつくような闇の中に、明日香は身を置かれていた。
ここがどこだかはわからない。事務所の医務室でないことだけは確かだ。
だが、これだけはわかる。この闇は、据え付くような闇の臭いは、「HELLO」が今までひた隠しにしていた存在。

「やっと。落ち着いて話せるな」
「…裕ちゃん」

粘り気の高い闇の中に、鮮やかな金髪が浮かび上がる。
どぎついカラコンも、勝気な表情も、今は闇に紛れそして馴染んですらいる。
組織の長たる中澤裕子は、深い闇を従えてその場に立っていた。

そこで、明日香は気付く。昨日の裕子への違和感、その正体に。

「もう気付いてるみたいやけど、うちの組織はもう『社会正義のために邁進する組織』と違う」
「…だろうね」

明日香の見た光景。
非合法薬物の取引に護衛として参加するばかりか、敵味方ともに惨殺し薬物及び金銭を強奪する。闇社会に跳梁跋扈
する悪人たちを狩る、と自称する組織のすることではなかった。

「言い訳するつもりはない。せやけど。うちらの理想を実現させるためには、こうするしかあらへんのよ。綺麗事だ
けじゃ、組織は動かへん」

言葉はシンプルだったが、そこに様々な苦悩や苦渋の思いが見て取れた。
諦めのような、それでいて強固な決意のような。
生半可な感情で裕子が話しているわけではないことを、明日香は理解した。そして理解したからこそ。

287名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:44:04
「ねえ裕ちゃん。うちらの理想って、そんなことをしなきゃ実現できないものなの?」

投げかけた。
自らの、疑問を。相手の詭弁を打ち崩す、一打を。

「…正義の味方ごっこはもう、しまいや。何かを手に入れるには、何かを犠牲にせなあかん」

裕子が口を開くたびに、周囲の温度が下がっているような気がした。
それとともに、闇が、一段と濃くなってゆくような気さえも。

「あんたも気付いてるやろ? 『HELLO』が、権力機構の犬に成り下がってることに。そこから脱却するには、こ
の手を汚さなきゃ、誰かの犠牲が、必要なんよ。うちらが頂点に立つためには…」
「ナンバーワンだけが、全てじゃない」

明日香が、裕子を視線で強く射る。

「頂点に立つために誰かを犠牲にするようなナンバーワンなんて、私には価値があるように思えない。誰かを犠牲にす
ることでしか成り立たない理想も」
「明日香」
「組織が。『HELLO』がそういう道しか歩めないのなら。私は…組織を抜ける」

裕子の強い意志に対抗しうる、明日香の言葉。
それは彼女の決意表明であり、決別宣言でもあった。
裕子の悲しげな表情だけが、行き場を失い闇を舞う。

288名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:44:41
「だから言ったっしょ。明日香は、絶対に折れないって」
「!!」

深い闇に同化しているような、長く艶やかな髪。
明日香を見下ろす少女、その冷たい目と表情は名を呼ぶことすら押し留められる。

「圭織の予言は、絶対なんだって。組織に仇なす者の未来は、特にね」

予知能力。明日香は、砂を噛むような後味の悪さを覚える。
最初から、彼女たちはわかっていたのだ。自分が組織の在り方に疑問を持ち、疑い、そして離反を決意することを。

「裕ちゃんは、最後まで信じたかったのよ。明日香が、『こちら側』に来てくれることを」

さらに、見知った顔が浮かび上がる。
廃ビルには姿を現さなかった、圭だった。

明日香の思考は、至って冷静だった。
自分を味方に引き込むためだけのためにこの二人が現れたとは、とても思えない。
間違いなく、「組織の反逆者」に対応するためだろう。

圭の時間操作、圭織の予知能力、そして裕子の空間操作。
まともに戦える可能性は万に一つもない。だが、圭への対策として取っておいた「罠」がここで生きる。
ここから逃げ延びて、なつみを連れ出さなければならない。
この場に充満している闇はやがて、なつみの心を壊してしまう。

「相変わらず冷静だね。さすがは明日香、と言ったところなんだろうけど」

闇に響く声に、明日香が思わず振り向く。
それは残酷な現実だった。

289名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:45:36
「もううちらは、止まれないんだよ」

そこには、明日香が最初の疑念を呈した時に相談した彩の姿があった。

「彩っぺまで、か」
「ごめんね。裕ちゃんから話を聞いて、こうするしかなかったんだ」

明日香との会合後。
彩は裕子に接触したのだろう。その後何らかのやり取りがあり、ここに立つに至るのだと明日香は想定した。
それを証明するがごとく、彼女の表情には歯切れの悪いもののように映る。もっとも、この空間全体の意思を否定で
きるものではないが。
結末は、最初から決まっていたのだ。

どうする。どうすればいい。
裕子。圭。圭織。そして彩。高次の能力者が四人、最悪だ。
「罠」はいつでも作動できる。だが、それで敵の虚をついたとしてこの場から逃げ果せるのか。
それでもやる。やるしかない。やらなければ、待っているのは。

不意に、闇が晴れた。
闇に覆われていた空間が、そして「HELLO」の幹部たちの姿が光のもとに曝け出される。

「あ…ああ…」

明日香は、それを見た時、膝の力が抜けて崩れ落ちそうになった。
なぜなら、散らされた闇の向こう側に「彼女」の姿を見たのだから。

うなじまで届かない、短めの髪。
どこかあか抜けない、けれど柔和な顔。
優しく明日香を見つめるその姿は、天使のそれに似ているような気さえする。

290名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:46:10
「福ちゃん」
「う…嘘だ」

けれど明日香は否定する。
彼女の姿を、こんな場所で、こんな状況で見たくは無かった。

友の窮地に駆け付けた、篤い友情。
そんな楽天的な考えに明日香はなれなかった。
彩ですらあちら側についているのだ。その可能性を想定しないほうがおかしい。

「『HELLO』は、終わるんだよ」
「やめて…やめてよ、なっち」

明日香の信じていたもの、全てが崩壊してゆく。
「アサ・ヤン」を立ち上げ、理想に向かって走り続けた日々。
なつみとの友情。すべてが、すべてが無に帰そうとしていた。

「光の世界から、闇の世界へ。それが、なっちたちが救われる、最後の道だから」
「黙れ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

咆哮にも似た叫びが、空間を劈く。
明日香の短い髪が逆立ち、全身から光るような何かが溢れ出た。
それは、彼女の持つ精神エネルギー。明日香の精神は、臨界を迎えていた。
最早「罠」を使う必要もない。彼女の精神の触手は蜘蛛の巣状に、そして無限大に伸びてゆく。
青白く光る無数の軌跡が、この場にいるすべての人間の精神を侵食しようとしていた。

「くっ!徒に刺激しすぎたわ!!」
「裕ちゃん、このままじゃ!!」

状況に顔を顰める裕子と、先の展開を危ぶむ圭。
そんな中、圭織だけが涼しい顔をしていた。

291名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:47:10
「大丈夫。運命はもう、決まってる」

暴走、とも言うべき明日香の能力。
しかし、その精神の劫火に見舞われながらも、床に敷かれたカーペットの上を歩くかのように。
なつみが一歩、また一歩と近づいてゆく。

なつみと明日香、二人の間に、青白い閃光が弾けるように現れ、消えてゆく。

「これは…」
「明日香の精神干渉エネルギーと、なっちの言霊のエネルギーがぶつかり合ってるのさ。きっとなっちは、『明日香
の能力を無効化する』ことにすべての力を注いでるはず」

圭織の言葉通りに、なつみは明日香のもとへと歩いてゆく。
それでも、幾筋かの軌跡はなつみの体を、心を掠めていた。

「おやすみ。明日香」

そしてついに目の前に立ったなつみが、明日香に向けて白くやわらかな手を翳す。
同時に、なつみの背中から大きな羽根が顕現した。

「あいつの言うとおりやったな。言霊を操る能力は、『天使の羽』になって白く光り輝く。マッドサイエンティスト
も、たまにはまともなこと言うやないか」

白き羽は、明日香の心に舞い降り、そして全てを露わにする。
まるでステンドグラスでできた絵画のように、広がる記憶。明日香となつみの、掛け替えのない思い出。

運命に導かれ、出会ったあの日。
地位を獲得するため、共に戦場に赴いたあの日。
そして。時には喧嘩もしたりして過ごした、あの日。
それらの記憶を、天使の羽が白く埋めてゆく。
降りしきる雪のように、少しずつ、そして確実に。

292名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:48:10
憤怒。戸惑い。そして悲しみ。
それらの思いを抱えたまま明日香は、気を失う。
網目状に広がった青白い軌跡は輝きを失い、薄れ、やがて見えなくなっていった。

「これで、私たちはもう後戻りできない」

圭が、倒れている明日香を見て、言う。
それは誰かに同意を求めているかのようでもあり。

「そやね。けど、それでもうちらは進まなあかんねん」

裕子が、はっきりとそう口にした。
明日香とともにした光の時は、終わりを迎えた。太陽が沈んだ後は、必ず闇夜が世界を包むかのように。

「あは。あはははは。だから、言ったっしょ。カオの予言は…絶対なんだって。裏切り者は。組織に仇なすものは、
絶対にカオの目を誤魔化すことができないんだって。あはは、あははは!!!!!!!!!!!」

圭織は、狂ったように、高らかに笑い続ける。
あの時。一度圭織が光を失った時に「誰か」がくれた「目」は、圭織に光以上のものを与えてくれた。
こうなることは、すべて視えていた。組織の運命がとめどなく流れる大河だとしたら、圭織はその大河の流れに浮
かぶ塵すらも見ることができるような感覚に襲われていた。

この力があれば、自分は神になれる。いや、既にもう神なのかもしれない。
ならば、神に「できないことは、なにもない」。
圭織はそう信じて疑わなかった。

293名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:48:58
「ごめんね、福ちゃん。ごめんね…」

”神”の狂乱を遠くで聞きながら、なつみはかつての旧友に詫び続ける。

明日香に話したのは、自らの偽らざる本心だ。
「HELLO」がいつまでも正義の代弁者では、本当の問題は解決しない。それどころか、強い光が闇を作るように「HELLO」の存在自体がさらなる悲劇を生み出すかもしれない。だから、なつみは敢えて選んだ。自分一人ではできないことを、裕子に委ねた。

だがその結果、なつみは永遠に友を喪うことになってしまった。
これは罰だ。明日香を裏切り、「声なきカナリア」にしたなつみへの。そしてなつみ自身も気付いている自らの心の奥底にある「存在」への。なにもできないくせに、何かをしようと望んだことへの。

ならばもう、抗うのをやめよう。
抗うことで傷つき、無理と無駄の上塗りで傷つくくらいなら。
「できないことは、なにもしない」。
なつみの心は誰にも気づかれることなく、深く、そして昏く閉ざされてゆく。

この日。
闇夜を照らしていた月は、闇に覆われ、そして闇に消えた。
一筋の光さえ射さない、暗黒の世界は、すぐそこまで迫っていた。

294名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:50:55


「福田明日香。声を奪われ、能力も記憶も奪われ。場末のバーで働いてるらしいな」

『HELLO』の研究室。
大きなスペースに、簡素な椅子とデスクが一組、その他は段ボールの山。
科学部門の長は椅子に体を預け、目の前の女科学者に話しかけた。

「ええ。仮初の家族も用意されたとか。少し、甘い処遇かと思いますけど」
「みっちゃんもシビアやな。ま、安倍…っちゅうか中澤らしくてええんやない?」

研究室は、近々にその拠点をより大きな場所が取れる関東近郊の地に移ることになっていた。
研究資料も、大小の機械類も、そして「育てられた少女」も既に、その場所へと送られていた。残るはこの部屋の主
の持ち物であるお好み焼きを焼く道具や雑多な道具類だけである。

「それにな。福田。あいつの能力は結構面白かったんやで」
「と言いますと…」
「あいつの得意分野は『精神干渉』なんやけど、同時に精神干渉時に相手の心をある程度まで読み取ることができた。
つまりあいつの能力には『精神干渉』と『リーディング』の二面性があった」
「それって、『二重能力者』!!」
「せや。ダブルっちゅうやつや。本人は気付いてへんかったみたいやけど。で。俺は、福田に研究途上の道具を貸す
見返りに、あいつの細胞をちいとばかし貰ったんよ」

女科学者は、男の意図に、すぐ気が付く。

「まさか、それを使って人工的に『二重能力者』を作るつもりですか!」
「ははは。そのまさかや。ま、オリジナル通りの能力になるかどうかはわからへんけどな」

金髪色眼鏡、安いホストのような姿恰好をした男が、心底楽しそうに笑う。
もし仮に、意図的にそんな能力者が作れるとしたら。「HELLO」は。もうすぐ別の組織に生まれ変わるそれは。
間違いなく比類なき力を得ることだろう。女科学者は思わず、にじみ出る冷や汗をぬぐう。

「そのためには、まず、あいつがきちんと動作することを確認せな。g923。目覚めるのが楽しみやわ」

男は、その記号と数字で象られた名前を口にする。
月の消えた世界を完全なる闇へと導く、悪魔の名前を。

295名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:55:02
>>261-294
リゾナンター爻 番外編「そして月は闇に飲み込まれ」 了
番外編と言うには少々長くなってしまいました。

「できないことは、なにもない」「できないことは、なにもしない」は
初期の名作のこちらからのリゾナントでした
http://www45.atwiki.jp/papayaga0226/pages/160.html

296名無しリゾナント:2016/02/25(木) 17:37:10
ここは喫茶リゾナント。
常連客のほかは大した客の入りもなく、暇を持て余したリゾナンターたちが何気ない会話を繰り広げていた。
そのうち、有事は悪と戦うリゾナンターの性質が故に、弱点克服という観点から互いの嫌いなもの・苦手なものを言い合っていくことに。

「ハルはおばけが嫌いだな。おばけ屋敷とか無理無理!!」
「かのは体重計が嫌なんだろうね」
「あたしは高級なものが苦手かも。見ただけで白目剥いちゃう」
「私は石田さんが苦手です」
「はぁ!?あたしだって小田のこと苦手だし!」

そのうち、リゾナントの店主である道重が帰ってくる。

「みんな何話してるの?」
「あ、いえ。ダークネスに舐められないように、互いの苦手なものを言い合って克服しようと思って」

話の輪に入ってきた道重に、恐縮しながらことのあらましを話す工藤。
すると、道重は心底呆れたような顔をして、

「リゾナンターとあろうものが情けないの。さゆみは怖いものなんかないの」

と言い放った。
確かに道重はリゾナンターのオリジナルメンバー。今のメンバーでは経験したことのない数々の修羅場を潜ってきたことであろう。しかし、彼女が心を
持つ人間である限り、怖いものが何一つないなど、ありえない話。その言葉を疑った小田が、道重に問いただす。

297名無しリゾナント:2016/02/25(木) 17:38:08
「道重さん、本当に怖いものはないんですか?」
「当たり前なの」
「本当に?」

最初は自信満々に答えていた道重だが、ついに小田のしつこい追及に負けてしまう。

「本当は…りほりほが怖いの」

小声で、呟いた道重の本音。
鞘師と言えば、若手ナンバーワンの実力者。もはやリゾナンターにとってなくてはならない戦力である。
めきめきと力をつけつつある逸材の台頭に、道重が怯えているとしても何ら不思議はない。
恐怖からなのか、道重の顔はみるみるうちに紅潮してしまう。

「ああ、りほりほのことを思い出しただけで興ふ…じゃなかった、気分が悪くなってきたの。今日はもう寝るの」

そそくさと2階に上がってゆく道重を見て、後輩たちは一様に閃いたような表情になる。
これは、生きるレジェンドこと道重さゆみを倒すチャンスなのではなかろうかと。
治癒の力を自在に操り、さらに姉人格であるさえみは全てを滅する滅びの力の使い手。それを倒したとなれば、きっとこれからの彼女たち
の活動の礎となるはず。

「よし、鞘師さんの部屋に行くぞ」
「里保ちゃんに纏わるありとあらゆるものを道重さんの部屋に投げ込むんだろうね」

鼻息を荒くした工藤鈴木を先頭に、喫茶店のすぐ側にある鞘師のアパートへと乗り込む一行。
鈴木の透過能力で侵入した先には、鞘師がごみとも布団ともつかない物体の中で丸まって寝ていた。

「これは想像以上の汚部屋ですね…」
「とりあえずめぼしい物はすべてこのビニール袋に詰め込もう」

床に散らばる有象無象の品々を袋に放り込み、勢い勇んで道重の部屋に。
部屋の奥からは、苦しげな道重の声が聞こえてくる。

298名無しリゾナント:2016/02/25(木) 17:39:22
「ああ〜、こんな弱ってる状態でりほりほの脱ぎたてのTシャツを投げ込まれたらたいへんなことになるの〜。できれば湯気が出ているや
つがいい…じゃなくて死んでしまうの〜」

そんな道重の呻きを聞き、チャンスとばかりに鞘師の部屋で得た戦利品たちを次々と部屋に投げ込む四人。

「やめてなの〜!え、こっこれはりほりほのパン…ああぁっふっふぅ!!!!!!」
「やった!相当効いてるぞこれは!!」

昼間には決して聞けないような喘ぎ声、もとい断末魔の声を聞いて自分たちの考えが間違っていなかったことを確信する若きリゾナンタ
ー。そんな彼女たちに、道重の懇願の声が聞こえてくる。

「こんな状態で裸んぼのりほりほに『パァー!』されたら、さゆみもう昇天しちゃうの!それだけはやめてなの!!」

今こそとどめの瞬間。この機を逃したら永遠に道重には勝てないかもしれない。
四人の決意は固く、勢いのままに鞘師の部屋になだれ込む。

「え、ちょ、なになに」
「鞘師さんごめんなさい!」
「何も言わずに裸になるんだろうね!」

汚布団を剥され、何が起きてるのかもわからないまま、ひん剥かれる鞘師。
全裸にされた鞘師はそのまま喫茶リゾナントに運び込まれ、道重の部屋に投げ捨てられた。

「いたっ!一体何が何だか…」

床に転がった鞘師が上を見上げると、そこには目をキラリン!と光らせたピンクの悪魔が。

299名無しリゾナント:2016/02/25(木) 17:40:02
「さっ鞘師?鞘師はあれだよね、まだ15歳?15歳だよね?」
「17になりましたが何か…」
「あああ、こんなに怖いりほりほが裸んぼで現れたら、さゆみはもうペロペロするしかないの」
「は?」
「さあ、さゆみと一緒にシャバダバドゥーするの!!!!!」

ぎゃあああああああ、と聞こえてきたのは道重ではなく鞘師の断末魔。
そこではあの感動の横浜アリーナ以上のことが行われたのは間違いない。

「み、みっしげさん…本当は何が怖いんですか…」

数分後。
髪は乱れ、涙目になった鞘師が道重に訊ねる。
若いエキスを存分に堪能した道重は、上機嫌に、

「さゆみは本当はまりあちゃんが怖いの。若ければ若いほどいいの」

と答えた。
すると、鞘師の瞳が。
血走っているわけでもない。彼女はまるでカラーコンタクトを入れたかのように深い赤の瞳を有していた。
自慢の長くて艶のある黒髪も、その毛先数センチが赤く染まっていた。

道重は深淵を覗き込んだ。そこには翼を携えた魔王がいた。

「そんなこと、鞘師は、しない」
「散々弄んでおいて、もう遅いけえのう!」

まるで次元震かのような衝撃が、部屋を包み込む。

300名無しリゾナント:2016/02/25(木) 17:40:48




                     ◇

301名無しリゾナント:2016/02/25(木) 17:41:46
道重の部屋の中で、何が行われていたか、外で様子を窺う四人には知る由もない。
ただ、喫茶店ごと吹き飛ぶのではないかという衝撃のあとに、ぼろぼろの道重が這い出るように部屋から出てきたのは間違いのない事実
だった。

「…道重さん。本当は、何が怖いんですか」
「あ、赤い目をしたりほりほが…怖い…の」

そう呟いたきり、道重はぱたりと倒れてしまった。
ピンクの悪魔、破れたり。
かの落語の名作「まんじゅうこわい」では、一番怖いのは人の欲だということを説いたが。本当に怖いのは嫉妬の心なのかもしれない。
若きリゾナンターたちはまた一つ、先輩から知識を学んだのであった。

302名無しリゾナント:2016/02/25(木) 17:45:37
>>296-301
「りほりほこわい」

某ハロヲタ落語家さんの没ネタに同名のタイトルがあったそうで。
いや明らかにそこからパク…リゾナントしたんですがw

あと『deep inside of you』 の作者さんごめんちゃいまりあ。

----------------------------------

よろしければ転載お願いします

303名無しリゾナント:2016/02/25(木) 21:25:41
じゃあ転載しちゃいまりあ

304名無しリゾナント:2016/03/08(火) 22:09:27
>>221-230 の続きです



赤と黒に彩られた衣装に身を包む、五人の少女たち。
彼女たちの表情は、一様に落ち着いている。それは、諦めにも似ていた。

「ほんっと。驚くほどタフなんですね。『先輩』」

刃のような歯並びをした、目つきの鋭い少女 ― 金澤朋子 ― が呆れ気味に声をかける。

「でも、うちら全員の攻撃を凌いだ人、見たことないかも」
「さすがはセルシウスのリーダー」

バンビのような黒目が特徴的な少女 ― 宮本佳林 ― がわざとらしくしなを作り、それに苛ついた朋子の腹パンチ
の洗礼を浴びる。
そんな仕打ちを受けているのに、どことなく嬉しそうな顔をしているのはご愛嬌だ。

「それにしても。うちの『毒』でもうえむーの馬鹿力でもビクともしないなんて」
「あ!きー、今あかりのこと馬鹿って言った!!」

肩を竦めため息をつく猿顔の少女 ― 高木紗友希 ― に、どうでもいいことに腹を立てる長身の少女 ― 植村あ
かり ―。五人の粛清人が考えあぐねる程に、彼女たちの目標の障害となるそれは厄介だった。

305名無しリゾナント:2016/03/08(火) 22:10:35
目の前に立ち塞がる標的、矢島舞美。
彼女の後ろには、「黒翼の悪魔」に捻じ伏せられたキュートの、そしてベリーズのメンバーたちがいた。
彼女たちと新たな粛清人たちの間には、薄い水のヴェールがドーム状に張られている。これがある限り、「ジャッジメ
ント」の五人は手出しをすることができない。

「やじ…ごめん…」

舞美の後ろで、愛理が苦しげに呟く。
かろうじて立ってはいるものの、その体は紗友希の操る「毒のジャッジメント」によって蝕まれていた。粒子化された
水粒によって希釈されているとは言え、そのダメージは計り知れない。

愛理だけではない。
キュート・ベリーズの多くが地に伏し、喘ぎ苦しんでいた。降臨した「黒翼の悪魔」に気を取られ、紗友希の罠にまん
まと嵌ってしまったのだ。結果、舞美を残してほぼ全員が戦闘不能にされてしまう。

「大丈夫。みんなは、私が守るから」
「それでこそ、矢島さんです」

「ジャッジメント」のリーダー ― 宮崎由加 ― が、舞美の前に進み出た。
対峙するその表情はあくまでも柔和だが。

「私が最初に言ったこと、覚えてます? 私が、矢島さんのことを尊敬してるって」
「……」
「あれ、本心からの言葉なんですよ? こんな状況じゃ、信じてくれないかもしれませんけど」

舞美には、由加の言葉は届かない。
彼女の神経は今、後方の仲間たちを守ることに全て注がれていた。

306名無しリゾナント:2016/03/08(火) 22:11:17
「だからこそ…この手で、殺したい」

舞美には、見えていない。
眼前に迫る、殺気を帯びた手のひらが。

「はいそこまでー」

由加を制止する声が、はるか頭上から聞こえてくる。
見上げると、そこには。

「なぜですか。『黒翼の悪魔』様」
「…うちらの戦いの、巻き添えになるから」

漆黒の翼をはためかせ、「悪魔」はふわふわと宙に浮いていた。
一瞬顔を曇らせる由加だったが。

「…わかりました。総員、撤退」

下される、撤収命令。
もちろん他の「ジャッジメント」メンバーたちは納得がいかない。

「そんな!もう少しで粛清が完了するのに!!」
「そうだよ、いくら幹部の命令だからって…」

黄色い声を上げ抗議する紗友希とあかり。だが。

「あんたたち、死ぬよ?」

その存在同様、ふわふわとした、気の抜けた声。
けれどもそこから、劫火の如く殺気の突風が吹き荒れる。
その炎は、紗友希たちの反駁心を一瞬のうちに焼き尽くしてしまった。

307名無しリゾナント:2016/03/08(火) 22:12:13
「…す、すいませんでしたっ!!!!」
「きー、りんか、いこっ!!」

一様に顔を青くし、その場から走り去る粛清人たち。
そして由加もまた、

「今回は、見逃してあげます。けど、忘れないでくださいね。あなたたちは永遠に『粛清の対象』であることを」

と苦虫を噛み潰した顔で吐き捨て、後ろにいた佳林に視線を送る。

「…うふふ」

意味深な笑みを浮かべ、踵を返す佳林。
何が起こったのかわからないまま、五人の粛清人が撤退してゆくのを舞美は見送ることしかできなかった。

脅威が去り、周囲に立ちこめていた毒が引いてゆくのに安堵したのか、舞美の張っていた水のバリアーは一瞬のうちに
流れ落ちる。全身の力が抜け、膝から崩れ落ちそうになるのを懸命に耐えた。なぜなら。

翼をはためかせ、「黒翼の悪魔」が地上に降り立つ。
一難去ってまた一難どころの話ではない。

万事休す、と言ったところに聞こえてきたのは。
悪魔のそれとはまた違った意味での、間の抜けた声。

308名無しリゾナント:2016/03/08(火) 22:12:45
「うまくいったねー、舞美」
「えっ?」

舞美の疑問に答えるが如く、姿を変えてゆく悪魔。
姿を現したのは、ベリーズの熊井友理奈だった。

「熊井…ちゃん?」
「あたしもいるよ!」

さらに友理奈の後ろから姿を現す、小麦色の明るい笑顔。
ただでさえ複雑なことは考えられない舞美の頭の中が、さらに混乱する。

「ちぃーまで…どうして」
「あたしの『幻視』で、熊井ちゃんを『黒翼の悪魔』に見せてたの。凄いでしょ!」
「え…何それ…」

まだ思考がうまく纏まらない。なぜ友理奈に千奈美まで?
舞美が必死に散らかりそうな意識を繋ぎ留めようとしたその時。
青白い顔のツインテールが目の前に現れる。

「わあっ?!」
「要するに、本物の悪魔さんが近くにいることを利用したトリックってこと」

309名無しリゾナント:2016/03/08(火) 22:14:18
本人曰く粛清人たちに見つからないよう物陰に隠れていた、という嗣永桃子の弁によると。
「黒翼の悪魔」によって陣を破られてしまったベリーズ。しかし比較的ダメージの軽かった数人は、近づく不穏
な気配、つまり「ジャッジメント」の急襲に気付き機を窺っていたのだった。そして、作戦は決行される。
自身の能力である「重力操作」で空に浮かび上がった友理奈の姿を、千奈美の「幻視」が「黒翼の悪魔」へと変
える。これだけなら見破られてしまう可能性が高かったが、幸運だったのはすぐ近くに本物の「黒翼の悪魔」が
いた。彼女の放つ殺気が幻覚のそれと相交じり、幻覚のリアリティを飛躍的に高めたのだという。

「でもさ、『黒翼の悪魔』なんだからもっとギャルっぽく喋ればよかったかなあ。えっとー、黒翼ちゃんでーす、
ちょりーすあげぽよー、みたいな」
「くまいちょー、それギャルじゃなくて馬鹿な子だよ」
「えーっ、ももひどくない!?」
「うんこみたいな髪型のももに言われたくないよね」
「これは天使の羽!て・ん・し・の・は・ね!!」

緩い会話を繰り広げる三人を前に、舞美は思う。
何が何だかわからないけれど、とにかく助かったのだと。

そんな希望をあざ笑うかのように、舞美の眼前を一筋の光が通り過ぎる。
光は、空間を劈き、舞美の横にいた桃子を掠める。自称「天使の羽」の片方が、千切れ飛んでいた。

「え…あ…」
「みんな!ここから安全な場所まで避難するよ!!動ける子は倒れてる子を背負って、早く!!!!」

突然の出来事に呆気に取られているメンバーたちに、舞美が指示を飛ばす。
先ほどの光線は、悪魔のものか、それとも「銀翼の天使」のものか。いずれにせよ、自分たちが死の刃を鼻先に
突き付けられている事実には変わらない。ならば、一刻も早くこんな場所から離れるべきである。

310名無しリゾナント:2016/03/08(火) 22:15:18
「ほら!熊井ちゃんは倒れてる子を浮かして少しでも負担を軽くして!愛理は音のバリアを張って後方の流れ弾
に備える!舞美も水の防御壁を!」
「佐紀!!」
「ほら、あんたはこのチームのリーダーなんだから!しっかりしないと!!」

焦りがちな舞美の心を鎮めるが如く、動けるメンバーたちに細かい指示を出したのは、ベリーズのキャプテン・
清水佐紀だった。そうだ。絶対に、全員で生きて帰るんだ。舞美の心に、大きく希望の炎が燃え上がる。

ベリーズとキュート。
共に組織の思惑に翻弄されてきた、能力者の集団。
彼女たちの心は今、ひとつになっていた。
ここから生きて帰るために。そしていつか、ダークネスに、リベンジを果たすために。

311名無しリゾナント:2016/03/08(火) 22:17:04
>>304-310
『リゾナンター爻(シャオ)』更新終了

312名無しリゾナント:2016/03/11(金) 19:23:10
>>304-310 の続きです



それまで見えていた景色が、ゆっくりと無機質な構造のものに変わる。
高橋愛と、新垣里沙。「つんくの手の者」により、彼女たちはとある場所へと転送されていた。
そこは、通路。それも、果てしなく長い。

「ここ…どこやろ」
「さあ。でも、一つだけ言えるのは」

里沙が、周囲を見渡しながら、言う。

「碌でもない場所なのは、確かみたい」

まるで核シェルターのような、頑丈な構造の床や壁。
それらが無残にもひび割れ、撓み、歪んでいた。高エネルギーの何かが、この場所を蹂躙したのだと里沙は判
断した。

「つんくさんは。あーしらに用があるって言ってた。つんくさんを、探さないと」

愛の言葉に、里沙が無言で頷く。
精神干渉の走査線が、縦横無尽に通路を駆け巡る。
そして里沙は、引き当てる。途轍もない、大きな力の痕跡を。

「あ、安倍…さん?」
「里沙ちゃん!!」

膝から崩れ落ち倒れ込みかける里沙を、愛が咄嗟に支える。
その顔は青ざめ、額には脂汗が滲んでいた。それでも、表情には希望と絶望が入り混じる。

313名無しリゾナント:2016/03/11(金) 19:24:27
「愛ちゃん。ここに。ここに、安倍さんが。でも、どうして」
「わからん。でも、きっと…つんくさんが鍵を握ってる」

この施設に里沙の敬愛する「銀翼の天使」 ― 安倍なつみ ― が居たのは、紛れもない事実だった。
そして、つんくがわざわざこの場所に自分たちを呼び寄せた理由。
全ては彼に会い、そして問い質さなければならない。
リゾナンター。そして。ダークネスに深く関わる、存在として。

しばらく歩くと、一目で異様さがわかる死体が見えてきた。
彼女は、血だまりに溺れるようにして床に倒れていた。

「この人、確かつんくさんの。石井、とかいう名前の」

里沙たちは、彼女の顔に見覚えがあった。
警察組織の能力者たちを束ねるつんくが、絶えず自らの側に仕えさせていた秘書的な存在。
そんな彼女が、全身から血を噴出させたように、息絶えている。

「…きっと、『これ』を解除するために」

石井が倒れている側には、最早何の役にも立たないセキュリティゲートの端末があった。
この場所に来るまでに、いくつもの端末を見かけた。それらの端末全てを解除するために命を投げ打った。目の
前の惨状について、二人はそう解釈した。

死者に黙祷し、愛たちは再び歩き出す。
里沙が、先頭を歩くような形。彼女は、なつみの、そしてつんくの痕跡を辿るように。自らの精神エネルギーを
探知機代わりにして歩いてゆく。

314名無しリゾナント名無しリゾナント:2016/03/11(金) 19:25:29
「…安倍さんの痕跡が。段々と、濃くなってる」
「里沙ちゃん、無理せんで」

愛が思わずそんな言葉を掛けるほど、里沙の消耗は激しかった。
なつみの身に、間違いなく何かがあった。そうでないと、この痕跡は。禍々しき痕跡は説明が付かない。
けれど、敢えてそれは口にしなかった。

あの聖夜の惨劇から、数年。
とある情報筋から、ダークネスがなつみをコントロールできずに、どこかの施設に隔離したという話は聞いてい
た。それがおそらくこの場所なのだろう。
里沙は、なつみの痕跡を辿りながら、あの日のことを思い出していた。

315名無しリゾナント名無しリゾナント:2016/03/11(金) 19:26:58


全身を、強烈を通り越した痛覚によって蹂躙されていた。
いや、最早痛覚というものが残っているかどうかすら定かではない。

冷たい、真冬の月のような貌(かお)。
安倍なつみ、いや。「銀翼の天使」は、冷ややかに地に伏したリゾナンターたちに視線を、落としていた。
だが、その瞳には感情の色はない。あくまでも無機質に、惨状を映すのみ。

喫茶リゾナントは。
いや、喫茶リゾナントだったそこは。
原型を留めることなく破壊されていた。
思い出の机も、テーブルも、カウンターも。
コーヒーカップも、キッチンも、観葉植物も。
ただの瓦礫と化していた。瓦礫に、9人のリゾナンターたちが倒れているだけだ。
皮肉にも。店の中央に設置したクリスマスツリー、その頂に掛けられていた「Merry Xmas」のレリーフだけが。風に吹かれてかたかたと音を鳴らしていた。

「あ、安倍…さん…」

体の中の空気を絞り出すように。
里沙は、自分の中に残されたわずかな力を振り絞ろうとする。
立ち上がるために。そして大切な仲間たちを、守るために。
けど、無情にも、指一本、動かない。毛先ほども、動かない。

316名無しリゾナント名無しリゾナント:2016/03/11(金) 19:28:11
「ウッ!ウガアアアアアッ!!!!!」

獣の咆哮が、闇を切り裂く。
ジュンジュンが、全ての力を獣化に注いだのだ。
瓦礫の山と化したリゾナントにうっすらと積もり始めた雪の白を食らいつくさんばかりに、漆黒の獣毛が逆立ち、
そして飲み込もうとしていた。

だめ、ジュンジュン…
声にすらならない里沙の悲痛な願いも届かず。
その鋭い爪も、牙も。天使の体に触れることすらなく、銀色の光に貫かれる。
重く湿った音を立てて倒れるジュンジュンの前で、無表情のまま手を前に翳した天使が立っていた。
大人と子供。いや、同じ生物という土俵にすら立っていない。
リゾナンターが9人同時に襲いかかった時と同じように、難なくジュンジュンを沈黙させてみせた。

このまま、自分たちはなつみに、いや無慈悲な「天使」に殺されるのだろうか。
今まで、ダークネスと戦ってきた自分たちの痕跡すら、ここで掻き消されてしまうというのか。
どうして。どうしてこんなことに。
消えゆく意識の中で後悔ばかりが色濃くなってゆく中、「それ」は起きた。

「あ…ああああ…いやああああああっ!!!!!!!!!!!!!」

それまで機械のような反応しか示していなかった「銀翼の天使」が、頭を抱えて苦しみはじめたのだ。
愛も。里沙も。絵里もさゆみもれいなも小春も愛佳もジュンジュンもリンリンも。銀の翼に打ち据えられた全員
が、ぴくりとも動かない世界の中で。天使だけが、嘆き苦しんでいた。破壊の化身とも言うべき存在だった彼女
に似つかわしくない叫び声はしばらく止まらず、輝く羽根が舞い散る中でなつみが瓦礫に崩れ落ちた時にようや
く絶叫は鳴りやんだ。

「なるほど。こういう結果になりましたか」

その機を見計らったかのように、誰かの声が聞こえる。
完全に意識が闇に沈み前に、里沙はすべてを悟る。
誰が、この惨劇を引き起こしたのかを。

317名無しリゾナント名無しリゾナント:2016/03/11(金) 19:29:23


あれから幾年の時を重ねた。
にも関わらず、「銀翼の天使」が里沙たちに刻んだ心の痕は消えてはいない。
恐怖、そして絶望。傷を彩る感情は今でも鮮やかに滲みだしてくる。
だが、そんなことよりも一番の問題は。
里沙の中に、「なつみ」と対峙する覚悟がなかったこと。自らの心が届かない現実を知ってなお、彼女と戦うこと
に躊躇したことだった。その後悔は、蹂躙されたトラウマよりもはるかに大きく、そして深い。

「里沙ちゃん…」
「愛ちゃん。私は大丈夫。大丈夫だから」

ピアノ線が収められたグローブに、力が入る。
愛はきっと里沙の感情を察して声をかけてくれたのだ。
自分たちがここにいる理由。つんくから聞かずとも、ある程度は理解できる。
そのことが、里沙の心を現実と向き合わせはじめていた。

あの時は、無理だった。けれど…

「お前ら、遅かったやないか」

声のするほうに視線を向け、その瞬間。
二人の血の気が、ひく。

つんくが、壁を背に座っていた。
いや、座っていたと表現するのは、彼女たちの視線よりつんくがかなり下にいたせいで。

318名無しリゾナント:2016/03/11(金) 19:30:48
「待ちくたびれ過ぎて、体半分になってもうた」

彼の言葉通りに。
つんくは、胴から下のすべての部分を失っていた。
床の血溜まりを吸い上げたのか、自慢の白のタキシードは赤と白のグラデーションを綺麗に作っていた。
一方、彼のすっかり血の気のなくなった肌はタキシードの白によく馴染んですらいた。

「つんくさん!!!!!」
「はは…油断したわ。完全にコントロール下にあったと思ったんやけどなぁ。飼い犬に手ぇ、噛まれたわ。完璧な
どない、か。最後の最後であいつに、逆転されてもうた」

これだけの出血、彼がもう助からないことは明白だった。
たとえ治癒の達人であるさゆみがこの場にいたとしても、何の効果もなかっただろう。

「ま、ああならんだけでもラッキーやったか…」

つんくが顔を向けた先には、原型を留めないほどに破壊されたかつて人であったらしき何かがあった。
途轍もない力が、その人間を押し潰し、砕き、そして肉の塊にした。つんくを、そしてその人を、誰がそんな目に
合わせたのか。

「俺の、最後の頼みや。あいつを…安倍を、止めて欲しい」
「!!」

わかってはいたものの。
実際に言葉にされるほど、きついものはない。
実力的な意味でも。そして、感情的な意味においても。

319名無しリゾナント:2016/03/11(金) 19:32:00
「つんくさん…あなたは…」
「虫のいい話やっちゅうのは、わかってる。ダークネスも、そしてリゾナンターも俺が無責任に育てて、世に放っ
たっちゅうことくらい、俺にも…わかってる…」

愛と里沙は、つんくがかつてダークネスの科学部門統括の席にいたことを知っていた。
特に愛は、「赤の粛清」に追われ絶海の孤島から脱出した時に。断崖絶壁からつんくの操縦するモーターボートに
飛び降りたこともあって、その経緯をよく知っていた。そして彼の差し伸べた手が後に、リゾナンターを結成する
大きなきっかけになったことも。

「せやけどな。これだけはわかって欲しいねん。俺は…この地球の平和を本気で願って…がっ、がはっ!!!!」

つんくが顔を背け、大きく体を震わせる。
尋常ではない量の吐血が、床を汚した。

「お前らの描く、物語…俺も登場人物として好き放題…やってきたけど…舞台から降り、る時が…来たようやな…」

つんくが、ゆっくりと目を閉じる。
先ほどまで強張っていた体が、ゆっくりと弛緩してゆくのが目に見えてわかった。

「つんくさん!つんくさん!!」
「もう…お別れや…お前らの活、躍…見て…る…から…」

そしてそれきり、つんくは沈黙した。

愛は物言わぬつんくの前に跪き、黙祷した。
僅かな間に流れる、さまざまな思い。しかしそれも、勢いのなくなった火種のように色褪せ、消えてゆく。

「愛ちゃん…行こう」

里沙に促され、立ち上がる愛。
二人は再び、出口を目指す。そして、二度と振り返らなかった。

静まり返った惨劇の間に、掠れた声がする。

「ほーんま…楽しみやで。俺の…作…った…最高傑作…どうなる…か…ほん…ま…」

声は、通路を吹き抜ける風に掻き消され、散り散りになって、消えた。

320名無しリゾナント:2016/03/11(金) 19:33:20
>>312-319
『リゾナンター爻(シャオ)』更新終了

321名無しリゾナント:2016/03/15(火) 07:42:17
>>312-319 の続きです



愛と里沙は、通路の出口を目指し、歩く。
そこに辿り着けば、最早することは一つしかない。

「銀翼の天使」の、討滅。

言葉にするのは簡単だ。
けれど、それが難しいことは聖夜の惨劇を経験した二人はよく知っていた。
9人がかりですら、倒せなかった。かすり傷一つ、負わせられなかった。

しかし今は。
愛も。そして里沙も。
あの頃とは比べ物にならないほど、力をつけていた。
その実力は、ダークネスの一幹部を打ち倒すほどにまで。
もちろん、「銀翼の天使」がそれらの幹部たちと比べても別格なのは言うまでもない。

それでも。
彼女たちの闘志が揺らぐことはない。
必ず、成し遂げる。生きて帰って、戻ってくる。
かつて手製のお守りを自らの半身としてお互いに託した時のように。
二人の心は、強固な絆で結ばれていた。

光が、射す。
気の遠くなるほど、それでいてあっと言う間の通路は終点を迎えていた。
同時に、まるで毛色の違う二つの殺気の奔流が一気に駆け抜ける。

「これは!?」

里沙が「天使」の気配に気を取られ、見落としていたもう一つの脅威。
それは、感じるまでもない。
「天使」と「悪魔」が、彼女たちのはるか上空で、翼を交えていたのだから。

322名無しリゾナント:2016/03/15(火) 07:43:13


空に浮かぶ、二つの影。
一つは、闇夜を思わせる翼を広げる「黒翼の悪魔」。
そして、もう一つは。

彼女の周りには、「言霊」のエネルギーが具現化した「白い雪」が降っていた。
能力を持たぬ者であれば、触れただけで魂ごと吹き飛ばされる。
白い雪はまた、舞い落ちる羽毛のようでもあり。
彼女は、その羽毛を翼とし、空に揺蕩う。
「銀翼の天使」 ― 安倍なつみ ― 。

「たぶん、あたしの言葉なんてもう届かないんだろうけどさ」

「悪魔」につけられたいくつもの傷口から零れた黒い血が、形を変え漆黒の槍を成す。
その傷は、先の「エッグ」たちによってつけられたものばかりではない。
「悪魔」は、確実に消耗していた。

「ごとー、言ったよね。『なっちは優しすぎるんだよ。そのチカラがあれば何でも出来るのに…』って」

「天使」は答えない。
いや、それ以前に。彼女の瞳には、何の感情すら浮かんではいなかった。
その姿は、例えるなら破壊というプラグラムを入力されただけの、機械。

つんくが彼女に飲ませた、「内在した人格を入れ替える」薬。
さゆみを被験者として選び得たデータは、彼女にもその薬が適合することを表していた。
ただ、つんくにとって誤算だったのは。

「天使」が。安倍なつみが内包していた第二の人格など、存在しなかったということ。
言うなれば、強い光に照らされて生まれただけの影。そして、影には。主体となる人格など、存在してはいなかった。

323名無しリゾナント:2016/03/15(火) 07:44:15
「でも、撤回するよ。『チカラだけじゃ…何もできない』って」

螺旋を象る槍が、「天使」に矛先を向ける。
降りしきる「雪」を避け、標的を包囲したいくつもの槍が白い影に襲い掛かった。

だが。
黒血の槍は「銀翼の天使」に突き刺されも、貫かれもしなかった。
触れた先から、崩れ落ち、そして無に還る。
何故なら、この力は「言霊」の力だから。
なつみが、自ら以外のすべてのものを消し去るように願った、その願いを形にしたものだから。

「あの時は、素直に『もったいない』って思ったけど。今は、別の意味でもったいないって思うよ」
「……」
「『魂のない人形』が、そんなチカラを扱ってることがさ」

「天使」と「悪魔」。
かつて、彼女たちは交戦したことがあった。
「天使」の戦闘に消極的な態度に、「悪魔」は自らの欲望の蓋を外したのだ。
即ち、自分と対等な者と死闘を繰り広げることの、欲望。
ただ、その時は最後まで「天使」を自らの狂気に引き込むことはできなかった。

それが今はどうだ。
あの時の望みどおりに、互いの命をやり取りするような舞台は整った。
血沸き肉躍る、「悪魔」が待ち望んだはずのシチュエーション。
ずっと戦っていたい。彼女の欲望を叶える、最高の条件のはず。

なのに、「悪魔」の心は少しも踊らない。
逆に、あの「殺気だけのつまらない標的」を見るたびに、自分の心の温度は醒めていっているようにすら感じる。
今の彼女は、Dr.マルシェこと紺野あさ美の指示でこの場所にいるだけ。そのことの、なんと興の乗らないことか。
ただ、何もせずに次の行動に移るのもやや癪ではある。

324名無しリゾナント:2016/03/15(火) 07:45:11
「面倒だから…一気に終わらせよっかな!!」

黒き翼が、「悪魔」の眼前で交差した。
同時に、空を切り裂く勢いで「天使」に向かって飛び込む。
背には、翼の他に触手のような黒い腕が、六本。いずれもが、先ほどの槍と変わらぬ狂暴な刃を携えていた。

「―――Bullet『弾丸』」

その時。
「天使」が初めて言葉を紡いだ。
空から降る雪が、みるみるうちに形を変えて白い弾丸となってゆく。
突撃する黒の塊を認識するが如く、聖なる銃弾は突発的な豪雨のごとく「悪魔」に降り注いだ。

「くっ…!!」

白が黒を打消し、塗り潰す。
あと一歩で「天使」を貫く間合いに入るところを、最大級の攻撃により押されてゆく。
滅ぼされた黒血の殻から、生え変わるように新しい殻へ。それを幾度となく繰り返しても、天使の裁きは終わりそ
うになかった。

ついには、いくつかの「弾丸」を食らい、諦めた「悪魔」は勢いのままに地面へと墜落してしまう。

325名無しリゾナント:2016/03/15(火) 07:45:58
高橋愛と新垣里沙は。
その戦いを、固唾を飲んで見ていることしかできなかった。
正直なことを言えば、気圧されていた。

「黒翼の悪魔」とは一度、異国の地で一戦交えたことがあった。
あの時は、愛佳の「予知」に助けられた。故に、後の「天使」が与えたような絶望をメンバーが味わうこともなかった。
黒血の助けがあったとは言え、田中れいなが「悪魔」に立ち向かうことができたのも、そのような事情があったからだ。
それでもなお、メンバーたちには「悪魔」の残した恐怖を拭い去ることはできなかった。

そのような相手が、あの「銀翼の天使」と交戦している。
焼け付くような修羅場に、どうして気軽に足を踏み入れることができようか。
いくつもの思いが二人の中を逡巡する中、撃ち落とされた「悪魔」が。土煙を上げて地面に激突したのだった。

「あいたたた…容赦ないなあ…」

地表に思い切り人の形を刻み込んだ「悪魔」は、何事もなかったかのように自らが作り出した穴から這い出てくる。
まるで漫画のような光景に、愛も里沙も言葉が出ない。

「悪魔」は、全身土埃塗れになった体を丁寧に、ぱんぱんと叩き汚れを落とす。
そして目の前の傍観者たちに、ゆっくりと視線を向けた。

「ねえ」

掛けられた言葉に、思わず身構える愛と里沙。
それもそのはず。「黒翼の悪魔」は間違いなく、二人の敵だ。
れいなからの伝聞ではあるが、さくらを救出する際にもやりあったと聞く。
となれば待ち受けるのは、「天使」と「悪魔」との三つ巴の戦い。
一度戦火に巻き込まれたらもう、後に退くことはできない。
しかし。「悪魔」の口から出たのは、意外な言葉だった。

326名無しリゾナント:2016/03/15(火) 07:47:10
「悪いけどさ。手伝ってくんない?」
「はぁ?」

愛が抜けた声で聞き返すのも無理はない。
普通に考えれば、「黒翼の悪魔」はつんくが「銀翼の天使」を強奪するのを防ぐためにダークネスの差し金でここ
に来ているはず。ならば、彼女に味方をするということは必然的にダークネスに利を与えることになるからだ。

「それはできない相談やよ」
「何で?」
「だって!あーしらはリゾナンターで、あんたはダークネスだからっ!」

何で、の一言に頭に血が上ってしまう愛。
すると、今度は「悪魔」は里沙のほうに目線を移した。

「ニイニイは、どう?」
「いいでしょう。お受けしますよ、その依頼」
「さっすが。伊達にスパイやってただけのことはあるねえ」

里沙は、躊躇することなく「悪魔」の提案を受け入れた。
納得いかないのは愛のほうだ。

「里沙ちゃん!何で!!」
「愛ちゃんが納得いかないのもわかるけど。今はこれがベスト。て言うかこれしか道はない」
「色々あるやろ!そこの悪魔が安倍さんとやりあって弱った隙にとか!」
「愛ちゃんそれこの人の前で言ったら意味ないでしょ…」

直情型の愛を抑えるために。
里沙は順を追って説得することにした。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板