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【アク禁】スレに作品を上げられない人の依頼スレ【巻き添え】part6

1名無しリゾナント:2015/05/27(水) 12:16:33
アク禁食らって作品を上げられない人のためのスレ第6弾です。

ここに作品を上げる →本スレに代理投稿可能な人が立候補する
って感じでお願いします。

(例)
① >>1-3に作品を投稿
② >>4で作者がアンカーで範囲を指定した上で代理投稿を依頼する
③ >>5で代理投稿可能な住人が名乗りを上げる
④ 本スレで代理投稿を行なう
その際本スレのレス番に対応したアンカーを付与しとくと後々便利かも
⑤ 無事終了したら>>6で完了通知
なお何らかの理由で代理投稿を中断せざるを得ない場合も出来るだけ報告 

ただ上記の手順は異なる作品の投稿ががっちあったり代理投稿可能な住人が同時に現れたりした頃に考えられたものなので③あたりは別に省略してもおk
なんなら⑤もw
本スレに対応した安価の付与も無くても支障はない
むずかしく考えずこっちに作品が上がっていたらコピペして本スレにうpうp

171名無しリゾナント:2015/11/07(土) 23:59:55
「もしもし、みっつぃー?」
「新垣さん!?」

何と。
愛の他にも里沙がいたというのか。
折れかけた心が再び、甦る。そうだ。彼女ならきっと。
愛佳は、無言で携帯を聖に差し出した。

「もしもし、譜久村です」
「フクちゃんか…話は大体愛ちゃんとの会話でわかってる。だから、あたしが聞きたいのはただ一つ。あの
二人とさゆみんが戦ってるのを見て、どう思った?」
「…付け入る隙は、あると思います」
「じゃあ、あたしからはもう何も言うことはないね。頑張ってきな」
「は、はい!!」

話の方向が、愛佳が期待していたのとは逆に向かっているのは明らか。
聖から携帯を受け取る愛佳の顔は、今にも泣きそうだった。

「に、新垣さん…」
「何よー、そんな情けない声出して」
「だって…せ、せや!新垣さんならうちの言うてること、わかるやろ!」
「みっつぃー、愛ちゃんが一度言い出したらテコでも動かないの、知ってるでしょーが。それに、今回ばか
りはあたしもフクちゃんの意見に賛成かな」
「え…」

あまりに無謀な若手の突入。それを制止するどころか支持するとは。
思わず昏倒してしまいそうな愛佳を、里沙の言葉がはっとさせる。

172名無しリゾナント:2015/11/08(日) 00:00:51
「フクちゃんがさ、勝てるって断言したんでしょ? そういうの、あんた今まで聞いたことある?」
「…ないです。うちがリゾナンターやった時には、そんなこと」
「だったらさ、信じて応援してあげるのが、先輩ってもんじゃないの?」

正論である。
かつてのリーダーとサブリーダーがそう言ってるのだ。正論にならない、はずがない。

「私も譜久村さんの言う通り、あの人たちには勝てると思います。ゆっくりお話しする時間はありませんが、
根拠ならありますから」
「飯窪…」

愛佳は、後輩たちの顔を交互に見る。
いつの間にか、逞しく成長している。自分と入れ替わるようにしてリゾナンターとなった遥や優樹たち年少
者ですらも。
ベリーズやキュートに立ち向かった時も、彼女たちの姿に成長を見たが。あの時よりもさらに、ずっと。

何や…うちもまだまだ過保護やったんやな…

「わかりました。うちもお二人の意見に、賛成します」
「そっかそっか。でもまあいざって時にはうちらがそっちに…」

突然のことだった。
里沙の音声に、耳障りな雑音が混じり始める。
そして、文字通り、どこからか「割り込む」ものがいた。

173名無しリゾナント:2015/11/08(日) 00:01:31
「どーも、つんくでーす」
「つ、つんくさん!?」
「お取り込み中のとこ、申し訳ないんやけど。俺もそこの二人に用があるんでな。一旦切らしてもらうで」
「ちょ、ちょっと何を…」

泡を食った愛佳が文句を言いかけたところで。
通話は、強引に切られてしまった。

つんくの登場が何を意味するのか。
愛佳にも、そして若きリゾナンターたちにもわからない。
ただ、今はそれを詮索している時間はない。

「とにかくや。道重さんと鞘師はうちに任せとき。うちももう、何も言わん」
「光井さん」
「ただ、道重さんの代わりに、これだけは言わせてや。『気ぃつけて、行ってきな』」
「はいっ!!!!」

8人の声が、重なる。

「でも、あの二人を追うにもどこに行けば」
「あ」

香音のもっともな疑問。
「金鴉」と「煙鏡」の二人がどこに消えたのかがわからなければ、追うことすらできない。

174名無しリゾナント:2015/11/08(日) 00:02:41
「そもそもあの二人は道重さんの他にも何かを目的としてるような口ぶりでしたが」
「肝心の目的がわからんっちゃけん」
「マジすか!ったくじゃあどうすりゃいいんだよ…」
「あれですよ!あれ!トイレに行ったとか」
「亜佑美ちゃんそれはないと思う」
「はぁ…自分ら、それもわからんと『勝てます』なんて言うてたんか」

呆れ混じりのため息をつく愛佳。
そんな中、優樹が思いついたように口を開く。

「確か…かがみの、せかい?」

去り際に「煙鏡」が残した言葉。
鏡の世界で待っていると。鏡…鏡、鏡。さくらが、あっ、と声を上げた。

「佐藤さん、それです!!」
「それですってさくらちゃん何がわかったと?」
「あの実は…あの二人にミラーハウスに連れて来られた時に、下に続く階段を見つけてたんです。もしかし
てそれが」

そのことを裏付けるように、どこからか、腹に響くような音が聞こえてくる。
春菜の超聴覚が、それを正確に捉えた。

「小田ちゃん、ナイス。確かにこの音はミラーハウスからだよ」
「よし!そうと決まれば乗り込むぜ!!」
「あっちょっとくどぅー、待ちなさいよ!」
「まさも行く!!」
「あ、えっと。光井さん、行ってきます!」

瞬く間に、三々五々走り出すメンバーたち。
うちらの頃はここらへんで「がんばっていきまっしょーい!」なんて言うてたんやけど、と過去を顧みつつ。

もう、小うるさい先輩は必要あらへん、か。

何かを決意するような表情の愛佳、その視界には頼もしい後輩たちの後姿が大きく、そして遠く映し出され
ていた。

175名無しリゾナント:2015/11/08(日) 00:03:38
>>167-174
『リゾナンター爻(シャオ)』更新終了

176名無しリゾナント:2015/12/12(土) 02:58:48
大通りから数本外れた静かな路地に待ち合わせの店を見つけたとき私の手は冷えていた
私は地図を折りたたんでカバンにしまい込み、店の中を覗き込んだ
(またか)
今日も彼は来ていないようだ。というよりも店の中にお客はいないようだ
凍える寒空の下で待つメリットなどない、と合理的な私の頭は結論付け、足が勝手に進む
「いらっしゃいませ」とこの店の店長であろうか、声をかけてくれる
この何気ない一言がこの国に帰ってきた、と改めて感じ、この国の人間だと自分を再認識させる

壁に背を向けないと安心できなくなったのはいつからであろうか?答えはわかっているが
私はカバンからさっき買ったばかりのファッション誌を取り出し、注文したカモミルティーを飲み始めた
ファッション誌には色鮮やかな洋服や流行りのメイクで輝く同世代から少し上の女性
自分と遠い世界にいるにも関わらず、近づきたくなる、そんな叶わない願いが浮かんでは消えていく

カランコロンとベルが鳴り、店長が立ち上がったのが視界の端で捉えられた
しかし店長は先程と違い「いらっしゃいませ」と迎えなかった

「Oh! Miki! My precious honey, I’m so sorry for late.」
やってきた客は私の姿を見つけると慌てて駆けてきた40代半ばの米国人だったからだ
「いらっしゃいませ」を英語でなんて言えばわからなかったのだろう
それよりもなぜ外国人がこんなところにいるのという顔を浮かべられるのが経験済みであった私は笑顔で立ち上がった
「Hey Daddy!! What’s happen? You are late for 20 minutes」
「Oh sorry」
「Sorry? Dad, don’t you kid me? ・・・」
アメリカ育ちの私にとってはこれくらい朝飯前だが、これを聞いた店員は驚くであろう
顔だけ見たら純日本人の私が流暢な英語を話しだしたのだから
とはいえ「Daddy」とこの相手のことを呼び、つらつらと英語で間髪入れずに話し出せば、親子なのだなと彼らは感づいてくれる
おおよそ「親子で久々にあったにもかかわらず父親が遅刻し、怒られている」とストーリーを作るであろう
どこの国でも親子の喧嘩はあえて割り込もうとしないはずだ。タイミングをみて、怒っているふりを終えればあとは興味を持たないだろう

177名無しリゾナント:2015/12/12(土) 02:59:33
「・・・そろそろいいかね、ミキ」
「ええ、いいわ」
我々は2分程度、「遅刻したのは隣のベティおばさんがシュークリームを焼いてきたから」とでっちあげの理由で口論した
「しかし、相変わらず可笑しな理由を考え付くわね、あなたは」
「それはミキを楽しませようとする、私のユーモアさ」
当然これらも英語で言っているのだが、店主も、キッチン奥にいた小柄なコックも興味をもたなくなっているので普通の会話に戻している

「でも、遅刻するその癖はどうにかしたほうがいいと思いますよ」
「この場所、わかりにくくてね、正直迷ってしまったんだ」
実際、自分自身も先に来ていたとはいえ、この店を探すに10分かかってしまった
見つけにくいからこそ選んだのだろうが、その選んだ本人もみつけにくいとは皮肉なことだ
ここまで来れば気づいているだろうが、私とこの男性は本当の親子ではない
にもかかわらず、どうして親子のふりを演じているのか

それは私達が特別な間柄だから。変な意味ではない
私も彼も同じ機関に属している同僚、いや師弟関係にある
アメリカにいたころから彼は私の指導教官であり、親子のように支えてくれている大事な人だ
「どうした、チェルシー?まだ怒っているのか?」
彼は私のことを世間体の「美希」ではなく、コードネームの「チェルシー」と呼ぶ
「いいえ、もう怒っていません、というよりも元から演技なのはご存知でしょう?先生」
「いい加減、先生はやめてくれよ。君は一人前の捜査員なんだからな」
そして彼は、ハハハと笑いコーヒーにスティックシュガーを2本入れた

「先生、砂糖の取りすぎはよろしくないのでは?医師からも控えるようにと言われているのでしょう?」
「なあに、医者のいうことは気にしてたら何もできんよ。自分の体は自分で一番わかっている
 薬も飲んでいるしな、調子がいいんだ。チェルシー、安心しなさい。君を置いて私はいなくはならんさ
 それよりもチェルシー、最近調子はどうなんだ?」
「まあまあです。ミキとしての友達もできましたし、学校も通っています」

178名無しリゾナント:2015/12/12(土) 03:00:49
東京に戻ってきた私に与えられた名前は『野中美希』という帰国子女だった
ごく一般的な学校に通い、ごく一般的な思春期を過ごし、ごく一般的な人間関係を築くことが求められた
それは機関であったり、私の対人技術なりで容易に目標に至った
学校では「英語と体育が得意な美希ちゃん」で通じている

「学校ではいじめられていないか」
そこでぷっと笑う。機関出身の私をだれがいじめのターゲットにしようか
「どうした?アメリカ帰りはいじめられると何かの本で読んだぞ」
「先生、心配ありませんよ。私は先生の生徒ですよ。No problemです」
両親を失った私を育ててくれた先生は、本当の親のように私のことを心配してくれる
師弟関係を超えて、先生は私に愛情を注いでくれているのが嬉しい
ただあまりにも親しくなりすぎ、思春期特有の反抗期も迎えているのだが、それ以上に問題があった

機関に所属しているがゆえに私達は親密になりすぎてはいけない、のだ
仲間の、機関の秘密を守るために我々は徹底した秘密主義を叩きこまれた
だから、私は先生の本名を知らない、知っているのは仕事上の名前のみだ
チェルシーが仕事上の名前、美希が社会上の名前、そして本当の名前
私は3つの名前を使い分けてこの世界で生きている

「それならいいのだがな・・・俺も齢のせいか気弱になったな
 仕事のほうは頑張っているようだな。上から聴いているよ」
「ありがとうございます」
彼は今日の新聞を取り出して、私に見せてきた
「これ、チェルシーが原因なんだろ?」
JRの某ハブ駅で起きた原因不明の停電の記事を指してきた

「頑張るのはいいのだが、もう少し静かに動けないものか?」
昨日のことだ。奴らが電車に爆弾を積み込み、テロを仕掛けようとしている情報が入った
私は単独で乗り込み、未然にテロをふせいだ

179名無しリゾナント:2015/12/12(土) 03:01:42
残念なことに無事に事を終えることはできず、送電線が切れることになり、首都圏の交通に影響を出してしまったが・・・
「奴らと出くわしたことはわかっている。しかし、もう少し慎重にしなくてはならないぞ、チェルシー」
先生の独特な云い回しを私は適切な日本語に直すことはできないが、言葉は優しかった
先生は素直に褒めたい気持ちと、機関に所属するが故の葛藤に苛まれているのだ
「密命」を受けて動く私達は何よりも社会に気づかれることを心がけてはならない
昨日の私の仕事はその点で、機関から厳重注意を受けることとなり、こうして先生に呼び出されることになったのだ

「申し訳ありません、先生。私が未熟なばっかりに」
「わかっているのであれば、追及はしない。君も一人前の証が与えられているのだから
 本当ならチェルシー、君に厳しい話はしたくないんだ」
思わず俯く私の肩をぽんぽんと叩き、顔をあげると優しい笑顔をみせてくれた
「ところで、申し訳ないのだが、私も何か注文をしたいんだ
 小腹も満たしたいのでサンドウィッチでも頼んでくれないか?」
私はサンドウィッチを注文し、ついでにコーヒーを2人前追加した

「日本語は相変わらず覚えるのが難しい。まだまだ箸も上手く使いこなせないしな
 チェルシーは器用だな。日本生まれながらも英語をしっかりと勉強し、我々の機関に配置されるのだから」
「いえいえ、私は平凡です。ただ、頑張らないといけない理由が大きいだけです」
「謙遜も日本人の美徳だな。我々には難しいものだ」
サイフォンからこぽこぽ漏れる音が耳に心地よさを与えてくれた

「そうだ、チェルシー、昨日の戦闘で装備が壊れたらしいな
 頑丈さが取り柄の一つだというのに、全く持って難しい」
ロッカーのキーが手渡される
「いつものロッカーに入れておいた。技術部からも注文が入っている
 『チェルシーにはいくら武器を与えてもすぐ壊してくる。困った子猫ちゃんだ』とのことだ」
技術部の面々を思い出し、申し訳なさを感じ、後で手紙を書こうと心に決めた

180名無しリゾナント:2015/12/12(土) 03:02:28
そこにサンドウィッチが届き、先生は食べながら、私に角砂糖をとってくれと頼んだ
「今度はいつもの磁場制御に加えて、目標を自動追尾するようにマーキング機能がつけられているとのことだ
 チェルシー専用の武器、とのことだ。くれぐれも大事に使ってあげなさい
 しかし、このサンドウィッチ、美味しいな。私好みだ。チェルシーもどうだい?」
一切れ頂戴した。パンの甘さと適度な焦げ目のついたベーコン、とろけたチーズ、フレッシュなトマト、ハーブの香り
一喫茶店にしてはあまりにも高貴な味であった

そんな私の感情に気づかずに先生は話題を続けていた
「君が装備を壊しやすいことについては本部も嘆いているぞ。あまりに多すぎてついに私のところにまで連絡が来たよ
 『教官として責任を感じてくれ。またハイラムに会ったときになんて顔をすればいいのかわからないではないか』だと
 全く現場を知らないお偉方様は、簡単に言ってくれるものだな。私は今のままでも構わないと思うがね。」
ハイラム、その名前を耳にし、頭のデータベースが顔の知らない彼の姿を浮かび上がらせた
ロサンゼルス市警所属特殊事件担当だったはずだ、私達の機関の人間ではない

なぜ本部がハイラムさんにそんなに対抗心を抱くかというと、彼の過去の経験にある
彼は私達がかねてから追っている組織のテロの被害を最小限に抑えたという実績を有しているのだ
たった9人で数千人が犠牲になるはずのテロを最小限の犠牲で済ませられた、そんな奇跡を彼は可能にした
本部のコンピュータで調べる限り、そこには私と同じ日本人が関わっていたというのだ
それもたったの9人、正確には2人は中国人ではあったが。

そんな神業みたいなことができるのであろうか?
疑うことしかできないが、事実としてデータベースに残っているのだから信じるしかない
しかしその9人の情報は一切記されておらず、どんな人物なのかわからなかった
興味本位で調べようとしたが、先生にも、他の教官からも止めるように言われ、なくなく諦めた
調べられたのは9人が自らを『リゾナンター』と名乗っていたことと、リーダーが20歳を少し超えた女性であること
他の8人については非常に情報が乏しく、参考になるものは一つもなかった
戦闘のスペシャリスト、なのだろうか、彼女達は・・・

181名無しリゾナント:2015/12/12(土) 03:03:02
「それから本部からもう一つ報告書をはやく出してくれとの催促もあった
 色々と忙しいのだろうが、君の報告を楽しみにしている者もたくさんいるのだから
 まあ、私もなかんか自分の仕事がたまっているので困っているのだがね」
一人で日本に帰ることとなり、普通の生活を送るためにはそれなりの普通の人間関係を築かなくてはならない
それは楽しいようであり、苦しいことであった。この任務が終わったとたんに永遠の別れが決まっているのだからだ
それは機関に所属する身分として避けては通れぬ掟であり、悲しいことだが、いつの間にか慣れてしまっていた
だからこそ、普通の少女と過ごす私の中に時折冷めた自分に気付き、楽しいはずの時間を冷静に捉えてしまう
勿論それは普通の人には気付かれることはないのだが、自分らしさを失っている気になる
仕方がないこと、それは全て・・・

昨日もそうだった、奴らが動き出した情報が入り一人で現場に向かった
機関からの装備で簡単にその場を制圧した
しかし、奴らの一人が残した言葉がなぜだろう?胸に残って離れない
「何が『ガキだから余裕』だ……こいつの強さ、リゾナンター並じゃないか」

どこかに埋もれていた記憶が呼び起こされた
なぜそんなに興味が出たのか、魅かれているのかわからない
ただ、その「リゾナンター」に私はあってみたい
この仕事を、世界にいればいずれは会えるのであろうか
きっとその時には、私はもっと・・・

「さて、そろそろ、私は帰るとしよう。チェルシー、カバンをとってくれないか?」
最後の最後までコーヒーの優しい香りに包まれ、先生とともに私は店を出た
店の中を名残惜しそうに先生は覗き込んだ
「・・・この仕事でなければもう一度来れるものなのにな、残念だ」

ええ、その通りです
私ももう一度訪れたいと思う、素敵なお店でした
でも、規則は規則。二度と訪れることは許されない
だから、店の名前だけを永久の記憶に刻み込もう
店の名前は『リゾナント』

182名無しリゾナント:2015/12/12(土) 03:05:24
>>
「水鳥跡を濁さず」です。
前回チャットでの設定から想像しました
時間がなく、設定が浅いかもしれないですが明日のチャットの前菜にでもどうぞ

183名無しリゾナント:2015/12/12(土) 09:15:05
おお!チェル編きたー!これは楽しみ♪転載行ってきます

184名無しリゾナント:2015/12/14(月) 23:21:34
久々に。



この場所に来るたびに、たくさんの記憶が甦る。
その中で私は、大半、ずぶ濡れになっていた。
頭からつま先まで、じっとりと重くなった身体をプールサイドに乗せて天井を見上げている場面が多い。
その姿に、情けなくないといえば、嘘になる。


―――「水を理解したかったら、自分もちゃんと水に曝け出さなきゃダメだよ」


最初に訪れたのはいつだろうとふいに思う。
今日の日付を西暦で頭に浮かべ、イチ、ニイと指を折って数字を引いていく。
ああ、もう5年も前になるのかと、改めて、月日の重さを感じ取った。


―――「成長、できた?」


ただひたすらに、走り続けてきた。
自分の信念を貫くための、闘いだった。

185名無しリゾナント:2015/12/14(月) 23:22:06
すべて、自分で決めたことだ。
訳も分からずに、ただ自らの信じた「正義」のために、ひたすらに血の雨を降らせてきたこの5年。
闘いを喜びとは思ったことはなかったが、背中を合わせて、肩を組んで共に立ち向かってきた、この5年。
決して無意味ではなかった。
だけど、私は5年で、何を得たのだろう。
そして、何を失ったのだろう。

鞘師里保はひとつ息を吐き、プールサイドに腰を下ろした。
水面は微かな風に揺れるも、空間には「凪」が広がり、しんと静寂が支配している。
この無音の中で、生が息吹く瞬間を感じ取ることはたやすい。
とくんとくんと撥ねる心臓は、此処にひとつしかない。

その心臓を、里保は何度も、抉ってきた。
もちろん、自分のではない。
他者の、名もなき「敵」たちの、生を、だ。

正義という大義名分を抱えても、所詮は人殺しだ。
世界の平和とか、人類の恒久のシアワセとか、御託だけならいくらでも並べられる。
“闇”に対抗するための絶対的な“光”であり、ジョーカー。それが、リゾナンターたちの共有するただひとつの、「共鳴」。
その共鳴は静かに響き、同心円状に広がっていった。

186名無しリゾナント:2015/12/14(月) 23:22:52
共鳴の発端が誰であったのか。
里保はそれが、4年半前に此処から歩いていった、一人の女性だと聞いている。
その人と交わした言葉は少ない。だが、彼女は圧倒的な“光”だった。
何度か顔を合わせ、ともに闘った日々の中で、里保は漠然と、その人への憧れを募らせていたのかもしれない。
一緒に居る時間はあまりにも短く、その憧れが、いつしか自分の使命へと変わっていったのも自覚していた。
真っ赤な使命は中心に座し、それが里保の「共鳴」の根幹ともなった。

それから暫くしないうちに、次々と先代たちが旅立っていった。
理由は一様ではない。
上層部と呼ばれる男たちとの対立や、能力の跳ね返りによる身体的負担、あるいは別の能力を有した仲間を連れていった者もいる。
リゾナントの扉を叩いて5年。
何もできずに膝を抱えて泣くことの多かった末っ子の里保は、いつの間にか、仲間の中でもトップに近い場所に立たされることになっていた。


―――「捕まえてみせますよ、田中さん」


あの頃に立てた誓いを、私は果たすことができたのだろうかとぼんやり思う。

187名無しリゾナント:2015/12/14(月) 23:23:25

―――「れなは負けんよ。なんでもいちばんじゃないと、気が済まんけんね」


果たせないまま終わるのだけはごめんだった。
たとえ自己満足だったとしても、言い出したからにはやり遂げたかった。
圧倒的ともいえる力の前に無様にひれ伏すことなく、どんな洪水が訪れても揺るがない、大木のようになりたかった。


だからこそ、ひとつの結論を出した。
考えて考えて考えて考えて、考え抜いた末での、結論だ。
もう決して揺らぐことはない、17歳の、決断だ。
幼くて危ういことは理解していた。
自分にどれだけのものが背負えるのだろうと、自惚れるなと言い聞かせる。
私にできることなんて限られている。分かっている。分かっているつもりだ。
それでも私は、前に進まなくてはいけないんだ。
自分自身を、鞘師里保と云う存在に対し、責任をもって、向き合わなくてはいけないんだ。


―――「信じとーよ、さゆも、絵里も。そして、鞘師のことも」


塩素の匂いが鼻を掠める。
この場所に来ると感傷に浸ってしまうのは、いつも此処が、里保のスタートラインだったからかもしれないと思う。

188名無しリゾナント:2015/12/14(月) 23:23:57
見送ってきた、たくさんの先輩。
その背中に追いつこうとがむしゃらに駆けてきた時間。
行く手を阻むものは一人残らず斬り捨ててきた。

その人生を、捨てる訳じゃない。
この場所を離れたからと言って、闘いの日々からは逃れられない。
斬ってきた無数の生命を背負って、この人生の幕をおろすその日まで、罪と罰を考えながら、それでも自分の「正義」のために、生きていくんだ。
もっと、もっと、もっと強くなるために。


―――「そんなこと、鞘師は、しない」


そんな中、やはり色濃く残るのは、あの人の言葉だった。
初めて出逢ったあの冬も、地下プールを壊し始めたあの夏も、コインをひっくり返されて自分を失いかけたあの春も。
すべての時を超えて過ごした、あの人との最後の秋。

平和の音が聴こえるまで傍にいてくれると誓い、
感情の刃ですべてを壊しかけたその瞬間さえも、バラバラになる心を繋ぎとめてくれた、あの人のこと。

189名無しリゾナント:2015/12/14(月) 23:24:28
ああ、私は、“あの人”を追いかけていたのだろうか。
共鳴の発端であったとされる彼女ではなく、歴代最強と謳われ、新しい仲間とともに歩き出した彼女でもなく。
歴代最弱とも揶揄され、それでも静かに時代を紡いできた、“あの人”のことを。

「……さんっ……」

その名を呼ぼうとした、瞬間、だった。
背後に微かな気配を感じ、身を翻す。
途端、今の今まで里保が座っていた場所に、鋭く何かが振り下ろされた。
何が起こったのか。
奇襲かと舌打ちしかけた里保の前に、

「あー!もう!あとちょっとだったのにぃ!」

そんな言葉が降ってきた。
思わず眉をひそめ、そして「え?」と返してしまう。

眼前に佇むのは、ひどく不機嫌に眉間にしわを寄せ、前髪をぐしゃりと乱暴にかき上げた、佐藤優樹だった。

190名無しリゾナント:2015/12/14(月) 23:25:49
>>184-189
ひとまず導入だけ
タイトルは最後に

191名無しリゾナント:2015/12/22(火) 18:04:07
新スレ立っていませんが>>190つづきいきます


-------

今、目の前で起きている「現実」を把握するまで、たっぷり10秒は必要だった。
だが、10秒以上経っても、これが「奇襲」なのか、それとも予告なしの「演習」なのか、理解はできなかった。

分かっているのは、あとほんの僅かでも反応が遅かったら、斬られていたかもしれないということだ。
斬られる…?
里保は咄嗟に、そう、思った。
つまりこれは、闘いだ。
だが、いったい何のための?何のための闘いだ?
優樹は、何の目的で自分に襲い掛かったのだ?

里保は高鳴る鼓動を抑えながら、右手の平に力を込める。
何が起きたかはまだわからないが、常に「此処」には、武器を携えておくべきだと判断した。
そして、詠唱を始める寸前で、彼女が手に持つそれを、しっかりと、見た。

「さやしさん、たおします!」

それは、デッキブラシだ。
床を磨く先端はなく、柄の部分だけを木刀のように振り回した優樹は、一足で里保の懐に入ってくる。

192名無しリゾナント:2015/12/22(火) 18:04:48
理解が追いつく前に、素直に、迅いと思った。
慌てて距離を取る。ぶんと勢いよく一文字に振られたデッキブラシが、里保の鼻先を掠める。

倒すって、倒すって、なに?

優樹に理由を問いただす前に、再び攻撃が走る。
二歩三歩と後退していく自分がいる。
事態は呑み込めてはいないが、このまま防戦一方になってはいけないと、再び右手に意識を持っていく。
まだ詠唱は始めていないが、やはり、手元に水の刀を呼ぶ必要がある。

それにしても、優樹の考えが読めない。
本気で、倒す?倒すって、うちを?なんで?

いつだったか、珍しく新幹線で移動しているときのことだ。
彼女は里保に「さやしさんたおします」と告げたことがあった。
それが何を意味するのかすぐには把握できなかったが、よくよく考えれば、座席のリクライニングを倒すことだと、答えには行き着けた。

でも、今回の「倒す」は、どうもそれとは訳が違うようだ。

「やっさんが、行っちゃう前に、斃します!」

そう、「倒す」ではなく、「斃す」なのだ。
優樹はヒュンヒュンと軽くデッキブラシを振り回し、改めて構えた。

193名無しリゾナント:2015/12/22(火) 18:05:39
「刀の使い方を教えてください!」と散々言われて、しょうがなく教えた基本の構えがある。
今の優樹は、そんなことを堂々と無視し、我流を貫いている。
教えたのに意味がないとも思うが、その構えは少しだけ、「右院刀」に似ていてぞくぞくする。
門前の小僧か、あるいは天性の才か、優樹は時に、里保の想像を軽く越えてしまう。
それがきっと、羨ましいんだと思う。

限界のないその先を、堂々と歩くことのできる彼女が。

「斃すって、どうやって?」

だからだろうか。
いつの間にか、その勝負に乗ろうとしている自分がいた。

「落ちたら負けです!」
「落ちたら……?」
「プールに落っこちたら!やっさんの!負けっ!!」

一本取るでも、気絶するでもない、分かりやすくシンプルな勝負だ。
なるほどそれでかまわない。

まずは、「闘い」に相応しい武器を持とうと、里保は優樹に背を向け、用具室へと走った。
途端、目の前に彼女が現れる。思わず舌打ちしたくなる。
彼女の有した“瞬間移動(テレポーテーション)”は、実に厄介な能力だと思う。
こちらの予想を裏切る速さは、里保をひたすらに、興奮させる。
闘いは喜びでないと謳うくせに、自然と口元が、緩むのだ。

194名無しリゾナント:2015/12/22(火) 18:06:18
振り上げられたデッキブラシを避け、用具室へと体を滑り込ませる。
室内は薄暗く、かなり埃に満ちていた。
一息吸ったら一瞬で喘息になってしまいそうなほどの汚さに苦笑しつつ、壁際に立てかけてある箒を手にする。
一番手前にあったものが、結果的には手に馴染んでくれそうだった。
里保はそれをぐるんと回転させ、優樹へと振りかざした。

鋭い風切り音。そして微かに、血の香りがする。
どうやら鼻先を掠めたらしい。

「……迅いですねー」

数歩後退し、鼻を擦る優樹のそれを、褒め言葉として受け取っておく。
冗談じゃない。迅いのは、優樹ちゃんのほうだ。そう里保は思いながら、用具室を出た。

プールサイドで、一度、箒を握り直す。
汗でしっとりと濡れた手の平から、その木の棒は滑り出でてしまいそうになる。
この状況で武器を手放すことは、「負け」を色濃くさせてしまう。
震える身体を落ち着かせようと深呼吸をした。
そういえば、優樹とこうして一対一で真剣に向き合ったことは、一度もなかったっけと思う。

鍛錬の一環で、リゾナンター同士が手合わせをすることは何度もあった。
だが、優樹との手合わせの記憶は、ない。
いつも彼女は工藤遥や小田さくら、最近では後輩の野中美希とやり合うことが多い。
別に里保のことを避けているわけではないのだろうけど。
何かを「教わりに」くることはあっても、「対決を挑む」ことは、数える程度しかなくて。
そのたびに里保は、理由をつけて断っていたんだ。

195名無しリゾナント:2015/12/22(火) 18:06:54
 
 
本当は、怖かったのかもしれない。
底知れぬ力を持つ優樹に、負けるかもしれないという恐怖を抱いてしまうことが。


優樹はとんと左足で地面を蹴り上げた。
中空に数秒浮いたかと思うと、再びその姿が、視界から消える。
“瞬間移動(テレポーテーション)”の発動だとはわかるが、次に彼女がどこに出現するかまでは、予測できない。
足掻いても仕方のないことだとは思うが、相手の姿が見えないことは、恐怖だ。
何処だ?
何処から彼女は来る……?

―――「―――」

一瞬、空気が震えた気がした。
左か。
箒を構えると、しっかりと、相手のデッキブラシと噛み合う。
反応されたことが不服だったのか、優樹は眉間にしわを刻み、さらに力を込めてくる。
ぐいっと押し返すと、優樹が数メートル先のプールサイドに着地し、再びこちらに向かってきた。
真正面から鋭い斬撃が、3回。
大振りなため、剣筋は見える。
だが、いずれもその力が、重い。万が一にも頭に喰らったら、ひとたまりもない。

里保は流れるようにデッキブラシを避け、右足を軸にして、身体を回転させる。
勢いそのままに、居合抜きの要領で箒を向ける。
優樹はぐいんと背中を反らし、反動でデッキブラシを振り下ろす。
やばい。と、受ける。

196名無しリゾナント:2015/12/22(火) 18:07:29
がちぃっと、木と木が当たる鈍い音が響いた。
一瞬手がしびれそうになる。
優樹はすぐさま離れたかと思うと、間髪入れずに次の攻撃に転じてくる。
やみくもにデッキブラシを振り回す様は、剣道や居合の基礎なんて完全に無視している。
だが、きっと、「実戦」という意味では、理に適っている。
基本がない分、教科書やマニュアルが通用しない。
相手の心を読み、先を予測しようとしても、本人が次、何処に攻撃するかを考えていないのだ。
それこそ、自らの感性とその場の空気を察して瞬間瞬間で身体に任せて剣を振るう以上、先読みなど、無意味だ。

「やああああっ!!!」

我流という言葉は、恐ろしい。
無鉄砲で、無茶苦茶で、破天荒で、良識も常識も境界もない。
一つひとつの攻撃を受け流し、傷つかないようにするので精いっぱいだ。
とてもではないが、反撃の余地もない。
体力も有り余っているのか、優樹のスピードはさらに上がり、その斬撃の重さも増していく。
それがそのまま、今の優樹の力だと理解する。
いつの間にか、本当にこの首を刈り取られるところまで来てしまったんだなと実感する。


―――「鞘師さんは、永遠をどう思いますか?」


リゾナンターという組織を今後引っ張っていく中で、重要な立ち位置に居るのは、後輩のさくらだと感じていた。

197名無しリゾナント:2015/12/22(火) 18:07:59
彼女の有した“時間編輯(タイムエディティング)”は、時の流れという人が侵してはいけない禁忌への挑戦ともいえた。
その術の跳ね返りは強く、まさに生きるか死ぬかの瀬戸際を何度も経験している。
そんな彼女だからこそ、この場所を託すのにはふさわしいと里保は感じていた。

だが、もしも。
もしも、これまでこの場所に立ち続けた里保の首を刈り取ろうとする人間がいるとしたら。
それに相応しいのは、きっと、優樹なんだ。


―――「さやしさん、たおします」


誰に臆するでもなく、堂々と力を込めて宣言する彼女は、その資格がある。
何より彼女には、底知れぬポテンシャルがある。
それは、里保の有する「狂気」ではなく、本物の、「可能性」だ。


―――「破壊と絶望を振り翳し、世界を統一するための、狂気を」


私が失ったのは、理性だったのかもしれない。
人として、女性として、最後の犯してはならない領域。
護らなければならない尊厳を、あの日、私はあの黒雲の下で曝け出して、失った。
そんな私を斃すのは、境界など関係なく、すべてを超えていく、優樹ちゃんなんだろうか。

198名無しリゾナント:2015/12/22(火) 18:09:38
>>191-197
ひとまず以上です
新スレ立ちましたらお手数ですが代理お願いいたします

199名無しリゾナント:2015/12/22(火) 22:11:08
スレ立てんで転載行ってきます

200名無しリゾナント:2015/12/23(水) 22:04:47
>>190つづきです



「やっっっっさんっっ!!」

途端、優樹の剣圧が場を支配する。
はっと意識を戻されたかと思うと、優樹の刀―――デッキブラシがすぐ眼前へと迫っていた。
慌てて受けようとすると、インパクトの寸前で、ブラシが消えた。

え?と思った瞬間、右わき腹に鋭い痛みが走った。
そのまま弾かれ、数歩、よろけた。

見事に、右わき腹へヒットした。

「よそ見!しないで!!」

だが、彼女は一発こちらに当てたことを喜ぶでもなく、怒声を上げながらデッキブラシを振り下ろしてくる。
ギリギリギリと、彼女の力によって押されていくのを感じる。
両足で必死に踏ん張るが、先ほどの打撃によってうまく力が入らず、渇いたプールサイドを滑っていく。
なんという力だろうかと奥歯を噛みしめるも、徐々に身体はプール側へと押されてしまう。

201名無しリゾナント:2015/12/23(水) 22:05:49
冗談じゃないと右手首に力を込め、くるんと箒を回転させた。

「あわぁっ?!」

力の支点がズレた優樹は目を丸くし、勢いそのままにプール側へと身体を投げ出される。
そのまま水面を揺らそうかという寸前で、その姿は消えた。

「……それ反則じゃない?」

誰もいなくなった空間に苦笑しながら、里保は呟く。
はぁ・はぁっと短く息を吐き、「落ちたら負け」というルールが、優樹にとって有利であることに今さら気づいた。
水面を掠める前に能力を発動する限り、彼女が負けることはない。
確かにこちらは“水限定念動力(アクアキネシス)”を有している。
水砲を撃ち上げて優樹を攻撃することは可能だが、「プールに落ちないために」も有利になりうるのだろうか。

思考を纏めようとすると、再び風の音を感じる。
考えさせる暇を与えてくれないなと振り返る。
しっかりと箒とデッキブラシが噛み合う。
いつも後手に回る。
“音”を感じ取るだけでは、まだ、遅いのか。


―――「ちゃんと、聴こえるよ。安息の、優しい、そう、“平和の音”みたいなやつがさ」


一度、同期の前でそんな話をした。
同期の誕生日の夜に、生命を散らした敵の前で。いつかその音を聴けるようにと、途方もない祈りを捧げたんだ。

202名無しリゾナント:2015/12/23(水) 22:06:33
果たして私は、その音を聴けたのだろうか。
この耳で、この心で。
数多くの人を斬り、矛盾するように涙を零し、闘い続けたこの5年間で。
そしてなお、強くなるために歩いていこうとするこの先の未来で。
私はその音を、聴けるのだろうか。

優樹の音ですら、感じ取れるのが精一杯なのに。

「……刀、重いね…いつの間に、練習したの?」

膝を曲げて堪えながら、話を逸らすように里保は問うた。
優樹はといえば、褒められていることに気づいていないのか、それともここで一気に肩をつける算段なのか、応えない。

此処で押し負けたら、必ずプールに落ちると確信があった。
だが、支点をズラしたところで、また優樹の“瞬間移動(テレポーテーション)”によって阻まれるのは目に見えている。
能力を発動されてもなお勝てる方法を見つけなくてはいけない。
現状、すべては後手に回っている。
優樹が能力を発動する瞬間、あるいは、発動して出現するポイントさえわかれば、まだ方法はある。
その両方を悟る方法を見つける前に叩き落されたら、実に情けないが。

優樹は一度身体を引くと、腰を落とし、床に左腕を立てて全身を支えた。

「うぉっ!?」

203名無しリゾナント:2015/12/23(水) 22:07:45
まるでブレイクダンスをするように、左腕を軸にして優樹の身体がぐるりと回る。
コンパスの針はしっかりと地面に刺さり、脚は円を描いて里保の足元をすくった。
バランスを崩し、必死に立て直そうとする前に、優樹がまた眼前に迫っている。
一つひとつの動作が迅すぎて、把握するだけで精いっぱいだった。

尻もちをつきそうになるのをこらえ、右手一本で優樹の攻撃を受け止める。
が、力負けし、ついに背中をプールサイドにつけてしまう。
優樹は此処で決めてしまおうと、大きく振りかぶる。

甘い。と思った。
相手が斃れた瞬間は、勝負を決する瞬間だ。
だが、一撃で決めるのではなく、短くも確実な連打を入れるのがセオリーだ。

里保は腰を上げて両足を浮かせると、上体をばねにして彼女の腹部を蹴り上げた。

「っ……!」

胃液が出るのをこらえるように、優樹は2、3歩下がる。
再び里保は立ち上がると、今度は自ら攻撃を仕掛けていった。
腰を低く落とし、セオリー通り、短い斬撃を繰り返す。

優樹はその一つひとつを捌いていくが、捌ききれないいくつかの打撃が、肩や膝を掠める。
そのうち優樹のほうが耐えきれなくなり、捌くのではなく、しっかりと箒同士をかち合わせた。
重い一撃に、お互いの手が痺れる。

204名無しリゾナント:2015/12/23(水) 22:08:18
優樹の速度は、確かに里保を超えているかもしれない。
だが、その斬撃の強さは、まだ、里保のほうが上なはずだ。

「……鞘師さんっ…おもいっ…」
「……体重が?」
「ちっがいますっ!」

自虐するように言ったものの、ちっとも相手は笑おうとしなかった。
普段の優樹ならば、楽しそうに何処かのアニメのキャラクターのように、腹を抱えて笑ってくれそうなのに。
いつの間にか、大人になっていく。
身長も伸びて、前髪も伸びて。
だけどきっと、変わり切れない子どものままなのは、私だけなんだと思う。

だからこそもっと、強くなりたいんだ。
もう子どもじゃない。年齢だけじゃなく、経験も、人としての器も、大人になりたいんだ。

里保は手首を返し、再び力の支点をずらした。
先ほどと同様に、優樹はぐるんと大きく宙に浮かび、回転する。
が、今度は“瞬間移動(テレポーテーション)”を使わず、中空でその体躯を伸ばしたかと思うと、ばねのように跳躍した。

「なっ……!」

身体を宙に浮かせ、重力がゼロになった瞬間に膝を曲げて“飛んで”くる。
まるでそれは、天から落ちてくる稲妻のようだった。
いや、さながら願いをかなえる、シューティングスターか。

205名無しリゾナント:2015/12/23(水) 22:09:00
 
 
―――「田中さん、息吸って下さい!!」


そういえばあのとき、“水の壁”とともに落ちてきたのは、私だったなとぼんやり思い返した。

恐らくそのとき以上に強い重力とともに鋭い速度で落ちてきた優樹は、全身の力を込めてデッキブラシを振り下ろす。
箒で受け止められる力ではないと覚悟していた。
だが、それでもほかに方法はなかった。
里保は箒の両端をしっかりとつかみ、優樹の懇親の一撃を受けた。

衝撃波が走る。
ぶわっと風が舞い上がり、里保と優樹の髪を揺らし、水面を揺らして逃げていく。
ぐぐぐっと堪えていると、鋭い音とともに、亀裂が入った。

ああ、折れる!

直後、鈍い衝撃音が破裂し、箒は真っ二つに砕けた。

だが、優樹のほうもただでは済まなかった。
彼女の額には、衝撃によっていくつかの切り傷が入り、一筋の鮮血が垂れ始めた。
同時に、デッキブラシも折れ、宙に高々と舞った。

相打ちか。
そう思った意識こそが、里保の甘さだった。

206名無しリゾナント:2015/12/23(水) 22:09:40
 
優樹は折れて宙に浮いたデッキブラシに、痺れが残っているであろう左手を伸ばした。
そして、その長い指先で、しっかりと、掴んだ。

ああ。

ああ。と里保は思う。

ああ、これこそが。


洪水が来ても倒れない、大木の、強さだ―――


優樹は左手を一気に振り下ろす。
里保はガードする余裕もなく、そのデッキブラシを右肩に受けた。
あまりにも重い一撃が身体を駆け抜ける。
そのままよろめいてしまうと、間髪入れずに二撃目を腹部に受ける。
受け身を取れず、勢いそのままに、里保はプール上へと投げ出された。

207名無しリゾナント:2015/12/23(水) 22:11:03
>>200-207 ひとまず以上です
転載できる方が居ましたらよろしくお願いいたします。


=======
前回転載してくださった方ありがとうございました
コメントをくださる方もありがとうございます励みになります

208名無しリゾナント:2015/12/25(金) 22:15:35
>>200つづきです


落ちる。

即ち、敗北する。

その覚悟ができた瞬間、まるで走馬灯のような映像が、走っていく。
たくさんの記憶が、経験が、過去が、思い出が。
エンドロールを見ているように、流れていった。

此処に来て5年。
「鞘師里保」としての5年は、同い年の女の子が経験するそれとは、異質の時間だったと思う。
生まれついての特殊能力を生かせる場所は、此処しかなかった。
この門をくぐることは、「普通」を捨て、「非人道的」な道を歩むことだった。
何人もの人を斬り、血という名の、紅い雨を降らせてきた。

赦されるはずなどない。
赦されて良い訳がない。

それでも私は、闘ってきた。

209名無しリゾナント:2015/12/25(金) 22:16:08
ただ強くなるために、地下鍛錬場のプールで水砲を打ち上げ、
あの背中に追いつくために、水柱とともに3人で鬼ごっこを繰り広げ、
大切な約束の丘の上で、雨が雪へと変わる中で想いを託されて、
此処に集った者たちと、決意の杯を交わしながら年を越え、
生と死の狭間で自分を見つめるために、その“音”を必死で耳にして、
淡雪の中で赦されない罪と対峙し、それでも見捨てないでと吐息を吐いて、
己の中に飼った狂気と対峙し、それでも信念のために闘ってきた。

そしてもっと、強くなりたいと願った。
誰かに頼るのではなく、陰に怯えるのではなく、ひとりでも、強く、逞しく、生きていきたいと思った。


―――「鞘師のこと、信じてるから」


水面に髪の毛先が触れようかという寸前、その声が浮かんだ。
“信じる”という言葉は、口にするのは容易い。
だが、実際にそれを心に灯し、相手を包み込むのは、難しい。
それを、彼女はなんの衒いも迷いもなく、やってのけた。

何の力もない私を。
弱い私を。
不器用な私を。
怖がりな私を。
ただ暴れるだけの私を。

210名無しリゾナント:2015/12/25(金) 22:16:38
何も語らずに、優しく包み込んで愛してくれたその人は、途方もない強さを有していた。

そんな強さが、私は欲しかったんだ。
その強さを得るために必要なこと、そう“信じる”ことを教えてくれたのも、あの人だったんだ。


「――――――」


里保は瞬間、大声で詠唱した。
プールの水が意志をもったかと思うと、ビリビリと風圧が場を支配し、空気を震わせる。
優樹が目を見開くのと、水面の上で里保の体が大きく撥ねるのは、ほぼ同時だった。

「あっぶな……」

里保は何度か水面で撥ねたあと、その上に、胡坐をかいた。
何が起きたのか、優樹は瞬間には把握できなかった。
だが、里保がその上に立ち、とんとんとジャンプするのを見て、理解した。

「“水限定念動力(アクアキネシス)”……ですか?」
「うん。表面だけを少し固めれば、即席のトランポリンになるみたい」

こんなふうに能力を発動させることはなかったためか、どこか他人事のようにつぶやく。
これまで、水を刀のように固めて振るったり、水砲を撃ち上げたりすることはあっても、直接打撃系以外の、そう「武器」以外として水を操ることは少なかったように思う。
こうやって応用することもできるんだって、いまさら気づく。
遅いなあ。もっと早めに気づいても、良かったんじゃないかなぁ……

211名無しリゾナント:2015/12/25(金) 22:17:19
それだけ私は忘れていたんだ。
自分を信じるということを。

「……やっさん、ズルい」
「“瞬間移動(テレポーテーション)”で水に落ちないようにする優樹ちゃんに言われたくないなぁ」

わざと挑発するように言って、「そんなことより」とちょいちょいと指で招く。

「勝負はまだ、終わってないよ?」

優樹はむぅっと頬を膨らませ、プールサイドを駆け出した。
そのまま大きく跳躍し、トランポリンと化した水面へと、飛び込んでくる。

「……ごめんね」

里保はそれを待っていたかのように、膝を曲げて、強く、高く、跳躍した。
優樹よりも、さらに、上に。

「え……?」

飛び込もうとした優樹の身体は、重力に従ってゆっくりと落ちていく。
トランポリンと化したはずの、水面の上に。

優樹は、まさかと思い、眼下に広がるプールを見つめる。
先ほどまでしっかりと固まり、息を殺していた水面が、風に揺られて動きを取り戻していた。
瞬間、理解し、息を呑む。
里保の能力―――“水限定念動力(アクアキネシス)”―――が、解除されている。

212名無しリゾナント:2015/12/25(金) 22:17:52
慌てて自分の能力を解放しようとするが、その左手を、中空で、里保が掴んだ。

「恨みっこ、なしだよ」

その言葉の直後、全体重が優樹の双肩に圧し掛かる。
水面が息を吹き返し、水底からうねりを上げて立ち上がった。
ぐわぁっと大きく口を開き、優樹を呑み込もうとする。
それはまるで、水龍が、人を食わんとする姿に、よく似ていた。

「やっっっさぁぁぁぁん!!!」

優樹の能力が発動する瞬間はわからない。
だが、発動させようと意識してから実際に行使されるまでには、少なからずタイムラグが生じていた。
僅かな時間だが、彼女自身が水上に飛び込んで来たなら、それを捕まえることは、決して難しい問題ではない。

里保は双肩から手を放し、優樹の身体を空中で押し出して、距離を取った。
彼女が悔しそうに唇を噛み、顔をゆがめている。
少しだけ、泣いているようにも見えたけれど、だからこそ里保は、眉を下げて、困ったように、笑った。

「んんんもう!!」

優樹は水に掴まれ、そのままプールへと沈んだ。
水しぶきが派手に打ちあがるのを確認し、里保は再び水を引き上げた。

213名無しリゾナント:2015/12/25(金) 22:18:24
-------

ふたりして、固められた水面の上に身体を大の字に投げ出した。
優樹はずぶ濡れの身体を乾かすことなく、天井を仰ぐ。
この間修理したばかりの照明は、煌々と優しい光を注いでくれる。
どちらからともなくため息を吐き、「ずるい」「ずるくない」の応酬をした。
勝負だもん。でも反則。優樹ちゃんだってチカラ使った。そうですけど。じゃあずるくない。でもずるい。ずるくない。

「……勝ち逃げは、ずるいです」

すん、と鼻水をすする音がプールに響いた。
静かな空間にはずいぶんと大きく共鳴するものだ。

「たなさたんも、みにしげさんも…やっさんも。まさ全然、超えられてないのに」

最初に優樹に逢ったとき、里保は不思議な感情を抱いた。
「天真爛漫」という言葉がよく似合うのだけれど、それだけでは片づけられない「何か」を持っている気がした。
首を刈ろうと大きな鎌を携えたその少女は、天使にも悪魔にも見えた。
でも、先ほど、折れたデッキブラシに左手を伸ばした優樹は、何処にでもいる、だけど何処にもいない、唯一無二の16歳だった。

次の世代を牽引するのは、やはりこの子なのかもしれないとぼんやり思う。
いや、ある種それは、期待であり、願いだ。

「優樹ちゃんなら大丈夫だよ。うちなんかより、全然」
「やっさんは!凄すぎるんです!」

優樹の声は、よく響く。
意志をもち、未来を見据える若者の叫びは、いつだって、大きいのだ。

214名無しリゾナント:2015/12/25(金) 22:18:58
「刀だけじゃない!“水限定念動力(アクアキネシス)”だけじゃない!体術だけじゃない!ぜんぶぜんぶ、ぜーんぶ!全部凄いんです!」

優樹は身体を起こして叫ぶ。連られるように、里保も上体を起こした。
すると、優樹は里保のシャツの胸ぐらをつかんでくる。ずいぶんと乱暴なことをするなと妙に冷静に観察する。

「まさだけじゃない!みんなそう思ってるんです!」
「………優樹ちゃんは、凄いんだよ」
「そうじゃないんですっ!そうじゃ…そうじゃないっ……」

もう、後のほうは、涙が混ざったような声になっていた。
シャツを引きちぎらん勢いで、優樹はぐいぐいと腕を動かす。
訴えたい思いは、言葉にならない。
だが、固められた水面の上に落ちたそれは、沈むことなく、そこに揺蕩う。
優樹は何度も「鞘師さんは」「さやしさんっ、が」「さやしさんは!」と名前を呼ぶ。

里保は急かさずに、待った。
優樹が自分で、揺蕩う言葉を拾い上げるまで、静かに、待った。

「なんでっ…いっちゃうんですかぁ……」

最後に出てきたのは、子どものような、叫びだった。

「行くのは、いい、いいんですっ、けどっ!」

良いんだ。と思わず苦笑してしまうと

「なんでっ!ひとり、なんですかっ……」

その言葉が、弾きだされた。

215名無しリゾナント:2015/12/25(金) 22:19:29
なぜ。なぜ。なぜ。
優樹の問いに対する答えを、里保は有していない。

それ以外の答えがなかったからだ。

此処に来た時も独りだった。だったら、出ていく時も独りだ。それが普通だ。何の理由もない。
私は、強くなりたかった。
一番を追い求めた彼女のように、圧倒的な光を有した彼女のように、もっともっと強くなりたかった。
だからこそ、広い世界に出ていく必要がある。
その場所には、独りで立ち向かわなくてはならない。
誰かに頼るのではなく、誰かに甘えるのではなく、大人になるために、自分の力だけで生きていくために、
私は、私は、ひとりで―――


―――「自惚れないで。」


ふと、その言葉が心を射抜いた。
そうだ、その言葉を渡されたのも、このプールだった。
もう一人の自分に怯え、内なる狂気を見ないように、膝を抱えていたあの夜に。
この水辺で、彼女は、云ったんだ。

「待ってます……そして、追いかけます…ぜったい」

優樹から投げ出される言葉は、随分と一方的な宣言だった。
ぐちゃぐちゃになった感情を、ただ思うがままに吐き出している。彼女はいつだって、自分に正直だ。
でもそれは、泣き言でも、戯言でもない、宣戦布告だったのだ。

216名無しリゾナント:2015/12/25(金) 22:20:17
「まさにとって、鞘師さんは、特別だから。仲間の中で、いちばん、特別だから」

特別だから。
仲間だから。
だから。だから。


「だから絶対、追いつきます」


それは波紋のように広がったかと思うと、途端に里保の中に、数多くの笑顔が、声が、想いが、共鳴した。
最初にこの門を叩いた時に出逢った人の姿が見えてくる。

能力を有し、世界で生きていくために、仕方なく集まったこの場所。
でもその中には、ただひとつの共有事項であった“共鳴”が存在していた。
偶然ではなく必然。
この場所は、特別で、運命的な何かによって仕組まれた、一種の「盤上」でもあった。

大いなる力によって操作されたものだとしても、私たちはここに集った。
最強と云われる場所に足を運び、そして新たな風を起こした。

里保は確かに先頭に居た。先陣を切った。たくさんの生命を殺した。
だけど、すぐ横には、後ろには、遠くには、「仲間」がいた。
蒼き“共鳴”という紅い血の絆で結ばれた、大切な「仲間」がいたんだ。


―――「りほりほ……」


優樹の涙を見て、里保は、漸く、気づいた。

217名無しリゾナント:2015/12/25(金) 22:20:49

―――「さゆみは鞘師を過大評価してないし、みんなを過小評価してない」


私はいつだって、独りじゃなかった。
此処に来た時から、ずっとずっと、仲間がいました。
大切な仲間が、護りたい仲間が、傷つけたくない想いが、ずっとありました。
闘いは喜びではありませんでした。
生きていくために仕方のないことだと思っていました。

でも、本当は、護りたかったんです。
自分の信念を、自分を信じてくれる「仲間」を、叶えたい夢を。
この世界で、「鞘師里保」として生きていたいという、祈りを。

ああ、本当に遅すぎますね。
でも、漸く、漸く私は、あなたのその言葉の意味にたどり着けました。

「………うち、強くなる」

里保は鼻を啜り、優樹に目を向けた。
彼女は涙でぐしゃぐしゃになった顔をこちらに向ける。さながら、叱られてしまった犬のようで、途方もなく愛しくなってしまう。

「すっごい強くなる。だから、優樹ちゃんも、強くなって。そしたら」

そしたら―――

「また、手合わせしよう、この場所で」

218名無しリゾナント:2015/12/25(金) 22:21:28
それは遠い未来への、誓いだった。
だけど、決して果たされなくなるような、口約束ではない、将来の予想図だ。
たとえ道が分かれてしまったとしても、生きている限り、この生命がある限り、いつだって、私たちは出逢えるんだ。
たくさんの道がひとつに重なって、またいくつかに分岐して、それでもまた、重なる日が来る。
さよならだけが人生だというけれど。
決してこれは、背徳のさよならではないんだ。


―――「さゆみは、水が好きだよ?」


4年間、変わらぬ愛をくれた人がいた。
ただ静かに見守って、やさしさを惜しみなく降り注いでくれた人がいた。
私はまだ、その人のようにはなれない。強くもないし、甘えることも、素直になることも、できない。

だけど。
だけど少しだけ、一歩進める気がしたんだ。
今日ここで、優樹と手合わせをして、水を再び操って、彼女に胸ぐらをつかまれて。
私にはたくさんの「仲間」がいると再確認して。
何とか、地べたをはいつくばってでも、私は、「鞘師里保」になれた気がしたんだ。

里保は乱暴に目を拭い、雫が落ちないように堪えた。
いつだって教わってばっかりだ。
先輩にも、同期にも、そして後輩にも。

いつの間にか頼もしくなった後輩たちがたくさんいて、だからこそ私は、此処から踏み出せると心が固まった。
大きな背中を向けて歩いて行ったあの人の気持ちが、少しだけ、少しだけ今なら、分かる気がした。

219名無しリゾナント:2015/12/25(金) 22:22:01
「さやしさん、行きましょう!」

優樹はすんすんと鼻を啜り、涙を拭うと、里保の手首を引っ張った。
急に何をするのだろうと思うが、構わずに優樹につれられるまま、トランポリンのプールを歩く。
ぴょんぴょんと撥ねて不安定な場所は、これからの未来の不安と、だけど何処までも飛べるような希望を、思わせる。

「パーティーです!ふくむらさんが、ケーキ作ってくれました!」

パーティー?もしかして、うちのために?と里保は眉を下げた。
いや、単純にクリスマスが近いからかもしれないと思い直す。どっちでもいいや、みんなで盛り上がれるなら、それで良い。
そういえば、いつだったか、誰かの誕生日を祝ったときも、優樹ちゃんがクラッカー鳴らしちゃって、ばれちゃったんだっけ。

懐かしいね。うん、懐かしい。

また、できるかな。
いつかのように。
今日のことを。忘れないで居れば、いつか、いつか。

「鞘師さん」

プールサイドに戻ると同時に、能力を解除した。
再び水が動き出し、また塩素の匂いが強くなる。もうすぐ此処に、凪が訪れる。

「さよならなんて、言いませんよ」

強く、強く、優樹は云う。
頑固で、強情で、わがままで、だけど、鋭く射貫く瞳は、美しい。

220名無しリゾナント:2015/12/25(金) 22:24:15
「うちも、言わないよ。だって―――」

空が続く限り、いつだって、道は交わることができるんだから。
道を重ねたその先に、確かな未来を築きに行くよ。

そうしてふたりは笑い合い、また手をつないで、走り出した。
たとえ何があっても、一度繋がれた絆は壊れることはない。


そう信じて、ふたりは喫茶リゾナントへと、勢いよく階段を駆け上がった。





=======
以上「旅立ちの挨拶」
10レスオーバーして申し訳ないですm(__)m

自分が書いた鞘師さん関連のやつは一通り触れている…はずです
少し早いですが鞘師さん行ってらっしゃいです

221名無しリゾナント:2016/01/08(金) 01:29:44
>>167-174 の続きです



「これは一体…」

突如、リヒトラウム内に響き渡った轟音。
春菜の超聴力で音を辿り、ミラーハウスへと駆けつけたリゾナンター一行は驚愕する。

その外観までも鏡を張り合わせた、鏡の館は、跡形もなく崩れ落ちていた。
曇天を鈍く反射する破片の瓦礫を、残して。

「あいつら、ハルたちに追って来いとか言いながらこんな嫌がらせしやがって!」
「工藤さん、あそこに!!」

苛立つ遥の目を、指差す方向に向けさせるさくら。
さくらの話していた、地下へと通じる階段。それが、ご丁寧にも瓦礫を避けるような形で存在していた。

「いい性格してるわ。うちらを、誘ってる」
「…あゆみちゃん、慎重に行かないと」
「香音ちゃんの言うとおりだね。どんな罠が仕掛けられてるかわからない。みんな、気を引き締めて行くよ」

聖の一言が、メンバーに緊張感を与える。
その様子を側で見ていた春菜は。

譜久村さん…道重さんがいないことで、不安だろうに、こんなに。ううん、私もがんばらなくっちゃ。

彼女自身の感じているであろうプレッシャーとともに、急速に先頭に立つものとしての資質を発揮しているのを感じた。
それとともに、春菜自らも聖を支える覚悟を決めるのだった。

222名無しリゾナント:2016/01/08(金) 01:31:46
戦闘能力に長けた亜佑美が先陣を切り、そのすぐ後にさくらと優樹が続く。
彼女たちのサポートとして遥と香音が両サイドを固め、遠距離攻撃の衣梨奈と春菜が控える。
そしてメンバー全員の回復役を担う聖が、最後尾。
敵はいつ襲ってくるかもわからない。あの底意地の悪い「煙鏡」のことだ。どんな罠を仕掛けているかもわからない。
彼女たちの戦いは既に、始まっていた。

薄暗い階段をゆっくりと、下りてゆく。
光を遮られた空間。メンバーたちの思いは、必然的にさゆみへと馳せていった。

さくらは思い出す。
囚われの身となっていたさくらを救い出した時に、さゆみは自分のことを「仲間だから」と言ってくれた。
そして、リゾナンターとなってからも。さゆみが何かの拍子で言ってくれた「小田ちゃんは歌もうまいけど、普段の声
もかわいいね」という言葉。温度のない研究所では語られることのなかった、新しい価値観をさゆみは教えてくれた。
だから、今度は私が。だって、「仲間」だから。

遥は思い出す。
吐き気がするような人体実験の繰り返し。悪魔の新興宗教団体から救ってくれたリゾナンターの一人に、さゆみがいた。
一緒に助け出された、春菜。そしてほぼ同時期にリゾナンターとなった亜佑美や優樹。幼少の頃から能力を使役してい
た遥は、どうしてもその中で気負ってしまい、さゆみやれいなたちに対しても遠慮がちになってしまう。そんな遥にさ
ゆみは、「甘えてきてもいいんだよ」と声をかけてくれた。
その優しさに今、報いたい。

優樹は思い出す。
思えば、さゆみには迷惑をかけっぱなしであった。妙な「白い手」による優樹の転送能力は、未だに不安定で、時には
さゆみを間違えて池に落としたこともあった。たまに、怖いなと思う時はあったものの。最後には笑って許してくれた。
自分には姉はいないけれど、もしいるならさゆみのような姉がいい、そう素直に思えた。
みにしげさん、見ててください。

223名無しリゾナント:2016/01/08(金) 01:33:19
亜佑美は思い出す。
成り行きでリゾナンターに加わることになったものの、それからのさゆみとの思い出は一つ一つが掛け替えのない宝物だ。
喫茶店の手伝いをしている時。買い出しに出かけた時。何気なく、休んでいる時。そこには、さゆみの笑顔があった。
彼女に出会えたこと、彼女のいる日常。そしてその笑顔を守りたい。あの二人に勝って、それから、「ただいま」と言っ
てもらいたい。
私、絶対に負けません。

春菜は思い出す。
悪夢の日々から救ってくれた、あの日。力強く立つ愛やれいなの後ろに、儚げにさゆみが佇んでいた。
能力が戦闘向きではない、そんなところに春菜は自分自身との共通点を感じていたが、それは間違いであったことにすぐ
に気づかされる。
時折現れる彼女のもう一つの顔である「絶対的破壊者」はもちろんのこと。さゆみ自身もまた、自らの戦闘力を少しでも
伸ばそうと努力していた。そしてさゆみがリーダーになった時、持っている統率力や人を引きつける力がその地位に相応
しいと心から思えるようになった。そんな彼女に、少しでも、近づきたい。
道重さんに勝てるように、がんばります。

香音は思い出す。
「透過能力」。この何とも奇妙で使いどころの難しい力を、最初に評価してくれたのはさゆみだった。
戦闘においてまるで役にたたないのでは、と悩んだ時にアドバイスをくれたのもまた彼女。そのおかげで、香音はチーム
の盾と言えるほどのサポート力を身につけることができた。そのことを、本当に感謝している。
これからも、さゆみに見守っていてほしい。
私の力、今、見せます。

224名無しリゾナント:2016/01/08(金) 01:34:34
衣梨奈は思い出す。
リゾナンターになってから間もない頃、彼女は能力の不安定からくる情緒不安で度々ミスを犯していた。
特に、とある重要な依頼において。衣梨奈は感情を暴走させ、最終的にさゆみに土下座するような事態を引き起こしてし
まったこともあった。だけど、そんな衣梨奈をさゆみは笑って許してくれた。思えば、あの時から衣梨奈は自らの欠点を
長所とすべく歩み始めたのかもしれない。
こんなえりやけど、世界一周するくらいの勢いで、前に進むけん!

聖は。
最初にリゾナントでの出会いがあった時に、絵里の隣にいたのがさゆみだった。
憧れの絵里といつも一緒にいるさゆみ。自分も、さゆみのようになれたら。そんな思いが、原点だったのかもしれない。
絵里がいなくなった、喫茶リゾナント。さらに、愛や里沙、れいなまでがいなくなってしまった時に。
さゆみは、明らかに変わった。彼女らしさを残しつつも、後輩たちを引っ張ってゆくその姿に。
そこではじめて、聖はさゆみ自身にはっきりとした尊敬の念を抱いた。
さゆみと喫茶店の仕事をしている時。そして共に戦線に立つ時。全てが、聖の宝物だった。
道重さん。聖は、これからもそんな時間を大切にしていきたい。だから。

八人の、それぞれの思いは必然的にさゆみへ。そして今この場にいない里保へと向かう。
突如として鬼神のような力を振るった里保。しかしそれは誰もが想定にすら入れていなかった悪夢でもあった。自分た
ちの力で御しようのない、天災にすら似た力。それは里保自身が我を失い破壊の限りを尽くしていたことからも明らか
だった。

どこから来たのか、どういう力なのか。
当の本人が倒れてしまった今では知る由もない。が、これだけは言える。

里保は、かけがえのない大切な仲間であるということ。

リゾナンターでも屈指の実力を誇る里保に、メンバーたちは幾度となく助けられてきた。
そして、闇なす脅威と共に戦ってきた。その時間は、絆は誰にも否定できない。いや、させない。
たとえ離れていても、伝わる。彼女の想いが、そして強さが。

リゾナンターを名乗りしもの、その想いはひとつへ。
確固たる意志は、やがて闇に向けられた一振りの太刀へと形を変えるように。

225名無しリゾナント:2016/01/08(金) 01:35:25
長い長い、いつ終わるとも知れない階段。
だがそれは、突如として終わりを迎える。闇は晴れ、一際大きな空間へと抜けた一行。
そこに鎮座する「それ」は、全員の息を飲ませるには十分な代物だった。

「おいおいおい…何の冗談だよ」
「まさテレビで見たことある!打ち上げ花火!じゃなかった、何だっけ」
「それを言うなら打ち上げロケットでしょ!」

優樹のとんちんかんな発言に突っ込む春菜だが、それにしてもと思う。
打ち上げロケットにしても、この大きさのものがあのリヒトラウムの地下にあるなんて。

阿弥陀籤のような縦横無尽の鉄骨に支えられた、物言わぬ冷たい円柱状の物体。
それはもうロケットというより、高層ビルか何かの様にすら見える。

しかも。その筐体には、一切の継ぎ目がない。
これだけの巨大な物体を作り上げる技術力を有している組織と言えば、こと日本国内においてはかなり限定される。
すなわち。

「これは。人を不幸にする機械です」

この物体が作られた背景を知らずして、さくらが忌々しげに言う。
まさしく彼女の直感だった。決して幸福な環境に育ったとは言えないさくらが、目の前の物体に抱いた感情。
それを裏打ちするように、嫌な声が響き渡る。

226名無しリゾナント:2016/01/08(金) 01:36:59
「人を不幸にするか。皮肉なもんやな」

現れたのは、機能性に富みつつも不吉なデザインの衣装を身に纏った少女。
ロケット状の巨大建造物を支える鉄骨の上に立ち、眼下のリゾナンターたちを見下ろした。

「どういうことですか」
「この『ALICE』は、うちんとこの白衣タヌキが産みの親や。せやけどどういう訳か、それをダークネスの本拠地とは違
う、別の場所に保管させた。ダークネスのスポンサーになってる、堀内っちゅう男が所有しとる大型テーマパークの地
下にな」

聖の問いかけには答えず、「煙鏡」はつらつらと語りだす。
勿体ぶるような、煙に巻くような。それでいて、どこかで何かのタイミングを見計らっているような表情で。

「おい、お前!質問に答えり!!」

相手の態度に苛つき、叫ぶ衣梨奈。
しかしそんなものは子猫の咆哮、とばかりの涼しい顔。

「まあ話は最後まで聞いとけや。そんでな、この『ALICE』は、そんじょそこらのエネルギーじゃ、大した力を発揮で
きひん。その効果を最大限に高めるためにも、格納場所がリヒトラウムの地下である必要があったんや。お前らも知
ってると思うけど、ダークネスは精神エネルギーの研究分野では、それこそ世界一の技術力を誇ってる。電波塔を媒
介しての、精神エネルギーの散布や、それとそこのお嬢ちゃんを使うた『共鳴の力』の抽出とかな」

指を指され、背筋が強張るさくら。
数人のメンバーがさくらを守るように強い視線で「煙鏡」を睨み付けるが、相手はそれを緩やかなそよ風のように平
然とした顔で受けている。楽しんでいる。

227名無しリゾナント:2016/01/08(金) 01:38:23
「そして、この『ALICE』もその精神エネルギーの研究の成果の一つや。こいつはな。人間の『楽しい』と思った精神
エネルギーを吸収し、燃料とする。直上にお誂え向きの幸せ量産マシーンがあることで、『ALICE』のエネルギーは爆
発的に増えてくっちゅうわけや」

爆発的。
そのキーワードは、『ALICE』の攻撃的デザインも相まって嫌が応にもリゾナンターの不安を煽り立てる。

「…安心せえ。別に今すぐ『ALICE』を東京のど真ん中にぶち込むなんて真似はせえへん。それどころか、自分らにとっ
てもお得な結果になるかもしれへんな」
「それってどういう」
「いい加減なことを言うな!!」
「単刀直入に言うわ。うちらはこいつをな…ダークネスの本拠地にぶち込む」

「煙鏡」がどういう意図を持ってこの発言をしているのか。
理解できるメンバーはいない。自らの拠点にあえて攻撃を仕掛ける理由など、思いつくはずがなかった。
ただ、「煙鏡」は相変わらず人を食ったような顔をしつつも、声のトーンはとてもではないが冗談を言っているように
は聞こえない。

「うちらも一枚岩と違う、そういうことや。お前らは知らんやろうし知る必要もないけどな。うちらがあいつらに受け
た仕打ちは…あいつらを100回消し飛ばしても絶対に消えることはないねん。誰もいない、何もない空間で、ずうう
うぅぅぅっと。生きてるか死んでるかすらわからんような目に遭わされて。解放したらぜーんぶチャラなんて、そない
な都合のいい話があるわけないやろ!!!!」

坦々と話していたかに見えた「煙鏡」、しかし彼女たちの抱く感情の核心に迫ると声を荒げ感情を剥き出した。
リゾナンターたちは知らない。彼女たちのボスが二人に課した、想像を絶するような罰を。そして、気の遠くなるよう
な長い時間をすり減らしつつも、胸に抱いた復讐心は摩耗するどころか鋭く研ぎ澄まされていたことを。

228名無しリゾナント:2016/01/08(金) 01:39:35
「お、おい…どうするんだ」
「確かにダークネスをかばう義理なんてないっちゃけど」
「いや、違う。何か違うよこれ」

遥が皆を不安げに見回し、衣梨奈が眉を顰め、香音が違和感を覚える。
そう、違和感だ。敵の敵は味方と言うが、この話はそうじゃない。
答えを導き出すかのように、聖が口を開いた。

「一つ聞きます」
「おう、何や」

聖が、「煙鏡」を強い視線で射る。

「そのロケットがダークネスの本拠地に着弾した場合、どうなるんですか」
「年間で糞みたいに多くの人間の精神エネルギーを吸い込んだ『ALICE』や。いかにあの建物が強固やったとしても、一
たまりもないやろ。アホ裕子も、保田のおばちゃんも、よっすぃーも梨華ちゃんも、ムカつく紺野のやつも。みーんな、
お陀仏や。楽しいやろ?」

自らが言うように、楽しげにそう語る「煙鏡」。
聖は、少し瞳を伏せ。それから、強く、言った。

「やっぱり聖は、あなたたちのしようとしていることを見過ごすことはできない。小田ちゃんが言うように、そのロケッ
トはたくさんの人を不幸にする。確かにダークネスは許せないけれど、そんな結末は聖は…ううん、道重さん田中さん新
垣さん光井さんも、リゾナンターという存在を育てた高橋さんも、望んでないと思うから」
「聖…」
「譜久村さん」
「さすがですっ、譜久村さん!」

春菜の甲高い声が、太鼓を鳴らすように響き渡る。
春菜だけではない。この場にいる共鳴せし者たち全員が、同じ気持ちだった。

229名無しリゾナント:2016/01/08(金) 01:40:43
「譜久村さんの言うとおりです。道重さんが倒れた時、あなたたちを絶対に許さないって思いが強くなった。絶対に、
仇をとるって。でも、今は違う。リヒトラウムに遊びに来た人たちをひどい目に遭わせ、さらに不幸な人たちを増やそ
うとする。復讐じゃない。私たちは、リゾナンターとして。あなたたちを、止める」
「これだけは言えるわ。お前らは、間違ってる。ハルはそれが、我慢ならねえってこと!」
「まさも!このでっかい鉄の塊を飛ばすって言うなら、その前にお前らをぶっ飛ばすんだから!!」

さくらが、遥が、優樹が、「煙鏡」に向けて宣戦布告する。
真摯な思い、しかしそれが小さな破壊者に届くことはなかった。

「はぁ。くっさ。これまたくっさ。友情努力勝利の少年漫画かいな。あほくさ。ま、ええねん。自分らがここに来た時
から、生きて帰そうなんて気持ち、これっぽっちもなかったしな。特に、うちの相方が」

寒気、ではなかった。
少女たちが感じたのは、どす黒い感情。そして明確な、殺意。

「回復するのに手間どっちまったけど…待たせたなぁ」

「煙鏡」の横に立つように現れた、もう一人の破壊者。
さゆみを死の淵に追いやった、張本人。

230名無しリゾナント:2016/01/08(金) 01:52:33
「のんを馬鹿にしたあの赤目の剣士がいないじゃん。いいけど。お前らぶっ殺したあとに探し出して、同じようにぶっ
殺すだけだし」

隣の相棒とお揃いの、腹部と腿を露出させた機能的な衣装。
着替えたのであろう。里保によって無残に斬り刻まれたはずの衣装は何事もなかったかのように元の体を成していた。
が、体中に刻まれた生々しい傷跡は赤く、深く脈を打ち続けている。そして呼応するように。

「金鴉」の全身の毛が、逆立っていた。
たかが子供と侮っていた相手に、惨めなほどに追い込まれたことへの怒り。
圧倒的な暴力の中、抗うことすらままならず、相手の恐ろしい力が途絶えなければ命すら奪われていたかもしれない
という恐怖。
恐怖を上塗りするかのごとく憤怒の炎は、さらに燃え上がる。

そして隠された、もう一つの怒り。
無様な姿を、「煙鏡」の前に晒してしまった。
生まれた時から不平等だった扱いの中で、「金鴉」のプライドを支えていたのは。

二人が、同等の立場にあるということ。

白衣の連中の思惑など、どうでもいい。
とにかく、自分が「煙鏡」と肩を並べる必要があった。
相手が功績をあげれば、自分もあげる。相手が一人殺せば、自分も一人殺す。
彼女の知恵に対抗しようと、自らに与えられた「力」をひたすら磨き続けてきた。
その結果、ただの物まね芸でしかなかった能力は、ついには「二重能力者(ダブル)」に匹敵するような価値を得る。
人々は、「金鴉」と「煙鏡」を、最悪の悪童、双子の破壊者として忌み嫌い、そして恐れた。
それが「金鴉」には、心地よかった。

けれど、先の敗北は。
赤目の剣士にいいようにやられ、追い詰められた無様な結果は。
いや、結果ではない。「金鴉」が恐れたのは、「煙鏡」の視線。
まるで汚いものを見るような、憐みの目。それが、何よりも耐え難く。そして許せなかった。

その全てを鎮めるには、屈辱を与えた人間たちを同じ目に遭わすしかない。
必然的に血の気も引くような殺意と黒い衝動が、リゾナンターたちに突き刺さるように向けられていた。

「雁首揃えて、ノコノコとやってきやがって…バッキバキの!グッチグチの挽肉にしてやるよおぉぉ!!!!!!!!!」

血に飢えた獣の、咆哮が地下空間に木霊する。
既に、戦いは始まっていた。
互いに、退くことのできない戦いが。

231名無しリゾナント:2016/01/08(金) 01:54:26
>>221-230
『リゾナンター爻(シャオ)』更新終了

ずいぶんご無沙汰してましたが、今年もよろしくお願いします

232名無しリゾナント:2016/01/09(土) 20:02:19
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233名無しリゾナント:2016/01/19(火) 23:34:13





太陽は、東の空から昇りそして、西の空へと沈んでゆく。
朝の眩しい光、人々を眠りから覚ます力強い光。だがそれはやがて血を流したかのように赤く染まり、太陽とともに地
の底へと消えてゆく。
その後に訪れるのは、闇。一筋の光さえ射さない、暗黒の世界。

234名無しリゾナント:2016/01/19(火) 23:35:54


5人の少女たちによって創設された能力者組織「アサ・ヤン」。
その類稀なる戦闘能力、そして突如として少女の1人に覚醒した未来予知の力は組織を大きくしてゆく。
数年後。新たに3人の能力者を加え「M。」と改称した組織は、トップである中澤裕子のカリスマ性によって志を共に
する複数の小団体をまとめ上げる。

「HELLO」。
国からの絶大な信頼を得るとともに、警察機構や自衛隊すら凌ぐ強大な武力を保持したその組織は、そう呼ばれていた。
能力を持たない普通の人間には処理することのできない、特殊な事案。今まで権力者が個人的に契約しているフリーの
能力者が片づけていたような仕事は、程なくして「HELLO」に回され始めた。

「えーと、11時からは東南アジア系のマフィアのアジトの殲滅。13時に例の連続爆破事件の犯人の追跡。17時に「M。」
のミーティング…もう休む暇もないべ!!」

とあるオフィスビルの1フロア。「HELLO」はそのさらに一室を間借りしているのだが。
小柄な少女の叫びに、思わず行き交う人間が注目する。

「しょうがないよなっち。これも仕事だからね」

対する隣を歩く少女はあくまでも冷静だ。
だが、叫んだ少女はそれが気に入らない。

235名無しリゾナント:2016/01/19(火) 23:37:08
「福ちゃんはいいべさ。今日は入ってる仕事はないっしょ。でもなっちは」
「役割が違うからね。忙しいのはなっちの圧倒的な戦闘力を買われて、でしょ?」
「で、でも!カオリだって予言の仕事だなんだって言って部屋にこもりっきりだし」
「それも役割の一つ。なっちはもう『M。』の看板なんだから、割り切らないと」

組織の看板、と言われてしまえばそれ以上彼女は何も言うことはできない。
事実、彼女 ― 安倍なつみ ― の言霊を操る力はここ数年で目覚ましく成長し、組織を代表する能力者と言われるま
でになっていた。

「そうだよね…なっちたち、能力者にとっての理想社会を作るために、頑張ってるんだよね」
「さ、そうと決まったらこんなところで愚痴ってないで。今何時だと思う?」
「っと、10時半…え!!」

最初の仕事の時間まで余裕がないことに気づき、慌てふためくなつみ。

「ごめん急がなきゃ!福ちゃんありがとね!!」

小走りで駆け出す小さな背中を見送りながら。
明日香自身、自らの紡ぎだした言葉に自問する。

能力者の理想となる社会を作るために、自分達はここまでやってきた。
では、そもそも「能力者にとっての理想社会」とは?
裕子、彩、圭織、なつみ、そして明日香。運命に導かれ出会った五人だが、最初はそんな大層なお題目など持ち合わせて
はいなかった。ただ。異能を持つが故に虐げられ、苦しめられてきた過去を持つ者同士が、これ以上自分達と同じような
存在を増やしたくないと願った先の出来事に過ぎない。

236名無しリゾナント:2016/01/19(火) 23:38:08
だが、現実はどうだ。
自分達が持つ能力を政府筋の人間に評価された結果、目の回るような忙しさが襲い掛かってきた。組織は加速度的に大き
くなり、このまま順調に進めば能力者の理想社会を創造することももしかしたら可能なのかもしれない。が。

結局はどこまで目標に邁進した所で、「HELLO」はお偉い方たちにとって都合のいい道具でしかない。飼い犬はどこ
まで走ったとしても飼い犬でしかないのだ。
また、良くない噂も聞く。最近では新設された生物科学の部門が何やら怪しげな実験を繰り返しているという。さらに、
一部の能力者たちが正規の仕事ではない仕事、つまり裏社会の非合法な仕事に手を染めているという話すらある。

本当に自分達は、能力者の理想とする社会に辿り着く事ができるのか。

明日香の思考は自らの心の黄昏へと消えてゆく。
それでも、色濃く残された色彩は決して消えてはくれない。

237名無しリゾナント:2016/01/19(火) 23:39:20


「明日香、浮かない顔してるよ」
「キャハハ、人生に疲れたって顔してるぞ?」

「HELLO・東京本部」と書かれた素っ気ないドアを開けると、二人の少女が出迎える。
明日香より少し大きい方が、市井紗耶香。そして明日香よりさらに小さい方が、矢口真里。ともに、明日香たち5人に新
しく合流した能力者たちだった。はじめは能力の覚束なさからか、自信なさげな表情をすることも多かったが。年が近い
こともあり、今では打ち解けた話し方をするようになっている。

「…いろいろ、気苦労が多くてね」

もちろん、自分たちが所属している組織の在り方に疑問を呈している、などとは言えない。
すっかり「HELLO」の主力となり、欠かせない戦力と言ってもいいくらいの二人。
しかし、自らの心をすべて預けるような間柄でもないことは確かだった。それに。

「っと。そう言えば急ぎの仕事があったんだった。おいらたち、もう行くわ」
「だね。遅れないようにしないと」

そんなことを言いながら、そそくさと事務所を出て行く真里と紗耶香。
足早に遠ざかってゆく背中を、明日香は苦い表情で見送っていた。

238名無しリゾナント:2016/01/19(火) 23:40:25
最近、二人の様子がおかしい。
心を読まれないように、自らの心にロックをかけている。これについては明日香が相手の心を読む能力に長けているせい、
というのもあるのかもしれない。ただ、疑念はそれだけではない。

単独行動、とでも言えばいいのか。
明らかに不審な活動が目立っていた。例えば、事務所のホワイトボードに書かれた、彼女たちの行先。これと言って問題
があるようなクライアントではないが、二人が口にしていた「急ぎの仕事」というのは少々引っかかる。というのも、件
のクライアントが急ぎの仕事を依頼するようなシチュエーションが明日香には想定できないからだ。

偽装…か?

一瞬、疑いがよぎるが、即座にそれを否定する。
真里も紗耶香も、ともに戦線を潜り抜けた仲間だ。特に、多くの負傷者を出した「サマーナイトタウン」での戦闘は記憶
に新しい。

一部の能力者たちが裏社会の非合法な仕事に手を染めている。
重ねたくないのに、どうしても黒い疑念は二人から離れてくれない。
どうすればいい。組織のトップである裕子にはこんなことは話せない。
なつみや圭織にも話せない。特に圭織は未来視の能力がまだ不安定だ。疑念レベルの話が大きくなっては困る。
なら真里・紗耶香と同期の保田圭ならどうか。彼女の冷静さならばあるいは。
駄目だ。この問題に直面するには圭は真面目すぎる。

明日香はこのことを相談するのに一番適した人物を知っていた。
彼女以外に、ありえない。とまで考えていた。

239名無しリゾナント:2016/01/19(火) 23:41:47


「そりゃ、張ってみたらいいんじゃない?」

都内のとあるバー。
美味しそうに琥珀色の液体を口にしてその女性は言った。
ウエーブが程よくかかった長い髪が、大人の女性の雰囲気を強調する。

「でも、そんなことをしたら」
「明日香は考えすぎ。あいつらにそこまでの根性ないから。今だって、あたしが一喝したら涙目になって震え上がっちゃ
うのにさ。一回尾行して、んで安心したらいいのさ」
「彩っぺ…」

目の前の女性 ― 石黒彩 ― は事もなげにそう言い切った。
それでも表情の晴れない明日香の背中を、ばちーんという音とともに強い衝撃が襲う。

「ご、ごほっ!痛った、彩っぺ何すんの!!」
「お、久しぶりに見た。年相応の子供らしい表情」
「からかわないでよ。うちらみたいな能力者が、年相応なんて無理なんだから」
「なっちとか圭織とかなまら子供っぽいべ?」
「あの二人は特別。特になっちなんて私がいないと…」
「はぁ、明日香ねえさんも大変ね。どう、一杯飲(や)る?」
「裕ちゃんじゃないんだから、未成年に酒を勧めない」

じと目で突っ込まれ、嬉しそうに笑う彩。
能力者「アサ・ヤン」を立ち上げた五人の能力者の一人。年少者である明日香やなつみ、圭織と年長者の裕子の間を取り
持つ中間管理職。さらに、三人の新人を徹底的に鍛え上げた鬼軍曹。
裕子が組織の長としての職務に追われる中、彩は明日香が頼るべき最後の寄る辺とも言えた。

240名無しリゾナント:2016/01/19(火) 23:43:13
「うちらが最初に『アサ・ヤン』を立ち上げてから、ずいぶん組織も大きくなったよね」
「そうだね。今じゃすっかり大所帯。最近じゃ妙な外人とかいるらしいし」
「…ねえ、彩っぺ」

明日香が、意を決して切り出す。

「何さ、改まって」
「裕ちゃんの言う、能力者が安心して暮らせる理想的な社会って。どんな社会なんだろう」
「……」

彩は、すぐには答えない。
残り少なくなったウィスキーの入ったグラス、浮いた氷をくるくると回している。
沈黙、そして流れる時間。けれど、悪くはなかった。
やがて、流れた時に導かれたように彩が口を開く。

「うちらが、能力者であるってことを感じさせない。裕ちゃんが目指してるのは、そんな社会なんじゃないかな」
「能力者であることを感じさせない…」

うまく想像できなかった。
明日香の能力である、精神操作。能力者相手ならともかく、耐性のない一般人の心はいとも容易く流れ込んでしまう。そ
んな状況で、自分が能力者であることを意識させないようなことなど、可能なのだろうか。

「よく、わかんないよ」
「まーた考えこんでるな。裕ちゃんならきっと『そんなんどうにでもなるわぁ!』って言うよ。そうだ、最近裕ちゃんと
飲んでないなぁ…ま、忙しいししょうがないか」

241名無しリゾナント:2016/01/19(火) 23:44:07
確かに、そう言われそうな気がした。
道のりは見えないけれども、彩も、そして裕子も。向いている方向は同じような気がした。
そして、自分もその方向に顔を向ければ、なんとなくうまくいくのかもしれない。
その時の彩の言葉には、そう思わされる力があった。

「ありがとう、彩っぺ。ごめん、変なことに付きあわせて」
「いいっていいって。その代り、あんたがお酒飲めるような年になったら、裕ちゃんより先にあたしを誘うこと」
「確約はできないけれど、努力するよ」

立ち上がり、勘定を済ませようとする明日香。
これには慌てて彩が制止する。

「…可愛げがないねえ。年下の子に金出させるようなこと、させないでよ」
「でも」
「今日はお姉さんの無料レッスンだと思って、甘えときなさいって」

はじめは不服そうな顔をしていた明日香も、やがて諦めたのかそのまま手を振り別れを告げた。

242名無しリゾナント:2016/01/19(火) 23:44:43
明日香には敢えて言わなかったが。
彩に、思い当たる節がないわけではなかった。
ただし、それは真里や紗耶香のことではない。他でもない、「HELLO」のトップ。

裕子が、ここ最近目に見えて忙しくなったのは事実だ。
しかし。何か、違和感を覚える。彼女はもしかして、何かをしようとしているのではないか。
自分たちに何も言うことなく、やろうとしていることとはいったい。

考え過ぎ、なのかもしれない。
それこそ明日香に言った言葉がそのまま自分に跳ね返っている。
例え裕子が何かをしようとしているとしても。それが自分たちに害をなすとも思えない。
彩はそう結論付け、だからこそ明日香には何も言わなかった。が。

彩の思惑とは裏腹に、「闇夜」はすぐ側まで迫っていた。

243名無しリゾナント:2016/01/19(火) 23:48:21
>>233-242
久々の番外編
タイトルは後編をあげた時にでも

参考までに
http://www35.atwiki.jp/marcher/pages/934.html

244名無しリゾナント:2016/02/10(水) 03:45:13
>>233-242 の続きです



透明な液体から、泡が、一つ、二つ。
こぽこぽと定期的に立ち上る泡。極北の空に輝くオーロラのように水中に棚引く、金色の美しい髪。
一人の少女が、液体で満たされた水槽の中で、膝を抱えて浮かんでいた。

「…お、ええ調子やな」

液体と外界を隔てる硝子面に、男の歪な顔が浮かび上がる。
白衣を着たその男は、細眉を嬉しそうに上げながら、波間に揺蕩うがごとくの少女の姿を眺めていた。

「覚醒は、来年の夏あたりを予定しています」
「何や、まだ先やないか」

同じく白衣を着た若い女性にそう言われ、途端に顔を渋らせる男。
彼は、「HELLO」の戦力増強を担う科学部門の長であった。

「しかしこんなに早く『計画』が実現するなんて。さすが、『先生』に師事されていただけのことはありますね」
「まあ、ここまで来るのにどんだけ失敗したか。ヘラクレス男にカメレオン女…犬男なんて、嗅覚だけ人間の22倍やで。
おっさんの足の臭い嗅いだだけで失神て…そら廃棄もされるわな」

部門長が、おちゃらけつつ過去の失敗作について語った。
その様子は科学者と言うよりも、場末の安いホストのほうがしっくりとくる。

245名無しリゾナント:2016/02/10(水) 03:46:39
「ヒトを超える、戦闘兵器。『先生』はそれを機械でやろうとしたから、たった2年で計画は破たんし
てもうた」
「プロジェクト・カッツェ」
「よう知ってるな、みっちゃん」
「界隈では有名な話ですから。ただ、既存の機械では高出力を賄えなかったとか」
「俺は違う。文字通りゼロから、生命体を作った。それが『ラブマシーン計画』や。見てみい。どっか
らどう見ても普通の女の子に見えるやろ? せやけどコイツん中には、億をゆうに超えるナノマシンが
詰まってる」
「所謂、『黒血』というやつですね」

女が、眼鏡を緊張気味に掛け直す。
彼らが語っているのは、まさに禁忌の科学。科学者として、決して踏み入れてはならないはずの領域。

「コイツが覚醒した時、まさに最強の能力者が誕生する。世界が変わるでえ?」
「是非、そうなることを信じてます」
「みっちゃんはええ子やな」

ま、それだけやない。
男は自らの裡に秘めた計画図を、頭の中で広げ始める。

コイツの存在はおそらく、中澤たちの計画を大幅に推し進めるはずや。
それだけやない。「あいつ」が心の奥底に封じ込めた破壊の化身をも刺激するかもしれん。
となると。そうなった時に対抗できる存在が必要やな。こら忙しくなるで。

男の思考は、すでに次に「造る」予定の人工生命体へと移っていた。

246名無しリゾナント:2016/02/10(水) 03:47:56


彩と話をしてから、数日。
明日香は、真里と紗耶香の動向を注視していた。
もちろん、彼女たちの動きに不審な点は見当たらない。
やはり思い過ごしか。仲間を疑う心は、少しずつ晴れてゆく。
そして、結論付ける。

ホワイトボードを見ると、二人の今日のクライアント先は同じようだった。
これで、最後にするか。
明日香は、今回彼女たちを尾行して何もなければ、これ以上疑念を持つのはやめようと決めていた。

「福ちゃん」
「なっち」

いつの間にか、隣になつみが立っていた。
まるで気付かなかった。自らの思考に少しばかり気が行き過ぎたのかもしれない。

「今日は仕事のほうはもういいの?」
「うん、さっき終わったばかり。でも、少ししたらもう行かなきゃ」

いつも笑顔を絶やさないなつみ。
けれども、日々の疲れが蓄積しているのか、あまり顔色がいいとは言えなかった。
友を慮る思い、しかしそれは突如として違和感に変わった。

247名無しリゾナント:2016/02/10(水) 03:49:07
…今の、何?

明日香は、なつみの顔をまじまじと見る。
多少疲労の色が見えるものの、いつものなつみだ。
やはり、変なことに気が回りすぎているのかもしれない。疲れているのは私のほうだ。

「何だべさ。人の顔、じろじろ見て」
「いや…圭織との共同生活はどう?」

悟られまいと、別の話を振る。
するとなつみの表情がみるみる変わってゆく。

「もう!ほんとに大変!!予知だか予言だか何だか知らないけどしょっちゅう交信してるし、変なお
香炊いて臭いし!!」
「…それは大変そうだね」

圭織は自らの能力を安定させる目的で、とある施設に隔離されていた。
その施設に、なつみが仮の住まいとして入ることになったのだ。
能力安定のためには、近くに強力な能力者がいることが重要、らしくそのような方策が取られたわけ
だが、なつみとしてはたまったものではない。圭織は圭織で、自らのペースを崩されるのを嫌い不機
嫌を顕にしているという。

248名無しリゾナント:2016/02/10(水) 03:49:38
「ごめん、そろそろ行くね」
「え、もう? なっちならもう少し時間が」
「ちょっとやぼ用でね。愚痴なら、なっちのオフに合わせてまた聞いてあげるから」
「う、うん。わかった」

そう言いながら、事務所をあとにする明日香。
真里と紗耶香のことも気になったが、それ以上に。
自らが抱いた違和感を、なつみに気付かれたくなかった。

ほんの一瞬だけ、なつみの奥に、何か黒いものが過ったのが見えた。
きっと疲れているからだ。明日香は先ほどの結論を繰り返す。
ならば、真里たちの無実を確信できればこの戸惑いも消えるはず。
いくつもの思惑を重ね、明日香の歩は急かされるように早まっていった。

249名無しリゾナント:2016/02/10(水) 03:53:11


読心術、および精神攻撃を主な攻撃手段として使用する明日香にとって、尾行術はそれほど得意なも
のとは言えなかった。
ただ、二人の後輩に気配を悟られるほど未熟だとも思ってはいない。

今日は休日だと言うこともあり、街は多くの人で賑わっていた。
クライアントとは街の中心にあるスクランブル交差点の前で待ち合わせとのことだった。木を隠すな
ら森の中、とはよく言ったものだ。おかげで、読心術の感度を上げると取るに足りない輩の下卑た思
考まで伝わってくる。とは言え、標的の心の中を見逃すようなへまはしない。

どちらかと言えば地味な格好をしている紗耶香とは対照的に、街のにぎやかさに溶け込んでいるかの
ような真里。
遊び歩いている家出少女、と言われても何の違和感もない。
そんな二人が、他愛もない話をしながら目的地まで歩いていた。明日香に気付く風はない。

紗耶香は、虫を使役する能力。そして真里は、能力阻害の能力。
現実的な戦力となっているとは言え、明日香の尾行に気付くほどの力はまだない。もしそうであれば、
明日香も尾行などという直接的行動はしなかったであろう。

明日香が、歩みを止める。
標的の二人は、問題なくクライアントと接触するのを確認したからだ。
スーツ姿の、初老の男性。真里が話しかけ、男性がゆっくりと口を開く。
途端に、男の思考に仕事に関する様々な情報が流れ込んで来た。

250名無しリゾナント:2016/02/10(水) 03:54:03
まるで文字が刻まれたテープのように、明日香の脳裏に情報が駆け巡っていた。
それを、心の手が拾い上げ、刻まれた内容を読み取る。
明日…取引…護衛…相手方も能力者…
順調に情報を拾い上げていた明日香、しかし心の手は急に情報を読み込むのをやめてしまう。

背後に誰かに立たれていたこと。
そしてその相手が明日香の後頭部に昏倒の一撃を放っていたことを、叩き付けられた冷たいアスファ
ルトの感触で知ることとなる。慢心していたわけではない。先ほどのなつみの存在について気付かな
かったのと同様に? それは違う。今回は、標的とは別に自らの周囲にすら気を配っていたはず。

いや、気を配るどころの話ではない。
精神操作の能力に長ける明日香は、精神干渉の触手を応用することで自らの周囲に自らの知覚と直結
するバリケードを張っていた。それはさながら、蜘蛛の巣を構成する糸のように。
どれだけ陰形に優れた者でも、精神の蜘蛛の糸からは逃れることはできないはずだった。

それが相手の接近を許したばかりか、攻撃までされてしまうとは。
薄れゆく意識の中で、それができる相手のことを考える。そうだ、なぜその可能性を考えなかったのか。

時を操る能力者・保田圭…

三人目の後輩の名を呟きながら、明日香は完全に気を失ってしまった。

251名無しリゾナント:2016/02/10(水) 04:00:43


「…おはようさん」

明日香が意識を取り戻した時に、かけられた言葉。
しかしそれは明日香がまったく想定していない人物のものだった。

「ゆ、裕ちゃん?」

明日香の前にいたのは、「HELLO」のトップ。
派手な金髪に青のカラコン、見間違えようもなく中澤裕子その人であった。

「まったく自分、働き過ぎとちゃう? ま、うちもどうでもええお偉いさんにヘコヘコしたりでお互
い様やけどな」

状況が把握できない。
真里と紗耶香を尾行していたところを、圭に襲われた。
となれば、目の前にいる人物はその三人のいずれかであるはずだが。
なぜ、組織の長である裕子がここにいるのか。

まずは、現状の把握。
明日香は、ベッドに寝かされていた。見たことのある景色。
「HELLO」の事務所に併設されている医務室であることはすぐに理解できた。
後頭部がひどく傷むが、それ以外のダメージは体にない。

252名無しリゾナント:2016/02/10(水) 04:01:40
「どや。痛みとか、あるか」
「それは大丈夫だけど…」

そう言えば裕ちゃんと直接話すのは久しぶりだな。
そんな悠長な考えは、すぐに消し飛ぶことになる。

「あかんやんか。仲間尾行なんかしたら」
「……」

思わず、体が硬直する。
裕子は知っている。けど、どこまで。いや、違う。どこまでこのことに「絡んでいる」?

「圭ちゃんも、敵対勢力と勘違いして攻撃してもうたやん」
「それはおかしいよ、裕ちゃん」

裕子が構築しようとしているシナリオを、明日香は即座に否定した。
二人を尾行する明日香を、敵対者と誤認し攻撃してしまった圭。相手が明日香だったことに気付き、
慌ててここまで運んできた。一見すると、自然な流れ。

「圭ちゃんの能力なら、私を敵と間違えるはずがない。時間停止が発動してから標的に近づくまで、
確実に私の姿は彼女に認識される。つまり、私を攻撃したのは明らかに…故意」
「なんでやねん。圭ちゃんが明日香のこと攻撃する理由なんてないやろ」
「理由ならある。私がクライアントの男の思考を読み取るのを防ぐため」

253名無しリゾナント:2016/02/10(水) 04:02:36
裕子が、まるで面白いことを聞いたかのように笑い出す。

「考えすぎやって。なんで圭ちゃんがそんなこと」
「圭ちゃんだけじゃない。矢口も、紗耶香もある時を境に普通じゃなくなってる」

明日香が、強い視線を裕子に送る。
心の中の些細な違和感、それが裕子と直接対峙することで限りなく大きくなっていた。

メンバーの中に感じた、些細な違和感。
それが、他ならぬ組織のトップが原因だとしたら?

「…疲れてるんやろ。あんたはなっちと親しいから、あの子の疲労が伝染してるんやろな。ま、数日
休めば変なもやもやも解消されるんやないの?」

いつもの裕子。けれど、いつもの裕子じゃない。
何かを隠してる。何かを、裏で進めようとしている。

ただ、真実を正攻法で引きずり出すのは限りなく不可能に近いだろう。
ならば、こちらも絡め手を使うまで。
明日香は、これまでに手に入れた情報を足掛かりに、隠された真実を暴くつもりだった。

254名無しリゾナント:2016/02/10(水) 04:06:10


都内のとある廃ビル。
エントランスの広く作られたスペースに、黒い影が忍び込む。
先陣を切るのは、二人の護衛。すなわち、「HELLO」に所属する真里と紗耶香。
遅れて入ったのは、屈強な肉体の男性。臙脂色のスーツに身を包んではいるものの、首周りの太
さにワイシャツが悲鳴を上げている。彼は、先日真里たちが接触したクライアントの部下だった。

三人が建物内に入るなり、閃光が走る。
部屋を照らすにはあまりに強力なライトが、三人を影から洗い出していた。

「ちょっと、明かりが強いんじゃね?」
「取引の現場、にしては賑やか過ぎるんだけど」

口々に不平を漏らす二人。
取引相手は明らかに人数が多かったし、物々しい雰囲気を出していた。

「なに、夜闇で顔も見えないような相手とは取引したくないのでね。保険だよ、保険」

黒づくめの集団、その中のリーダーらしき肥満体の男が悪びれずにそう答える。

「そちらの事情はどうでもいい。さっそく取引開始と行こうじゃないか」
「ああ。互いに長居はしたくないものだ」

マッチョと肥満体がそれぞれ、顎を前方にしゃくる。
それを見た紗耶香と黒づくめの男が互いに前に出て、銀色のアタッシュケースを床に置いた。

255名無しリゾナント:2016/02/10(水) 04:07:03
「中身のほうを見せてもらおうか」
「そちらのほうが先だ。商品が見えなければ金を払う道理もない」
「なるほど、仕方ない」

肥満体が再び部下に指示を送る。
地にしゃがみアタッシュケースを開けると、中にはびっしりと薬品のアンプルが詰まっていた。

「取引成立だ」
「いいのか。中身を調べなくて」
「この期に及んで偽物を持って来るような愚かな真似はしないと信じてるよ…では、こちらも」

マッチョの言葉を聞いた紗耶香が、床に置いたケースをゆっくりと開く。

「受け取りなよ…あたしのかわいい蟲たちをなぁ!!!!」

ケースから、黒い煙が漏れ、溢れる。
いや、それは煙ではない。夥しい数の、羽虫。狭い空間から解放された小さな肉食獣たちは、一斉に
生ある者たちに向けて群がり始めた。

鋭い羽音で一瞬のうちに標的に取りつき、皮膚を食い破り、肉を抉り血を啜る。
ある者は痛みと恐怖でのた打ち回り、ある者は食い込んだ蟲を剥そうと必死に顔を掻き毟る。
その様は、まるで地獄絵図。

256名無しリゾナント:2016/02/10(水) 04:08:17
「ちっく…しょお!やりやがったな!!!!ぎっ!ぶっ殺し…てやる!!!」
「だ、だめだ!能力が…あああ!!!つ、使えねえ!!!!」
「お、おれもだ!!がっ!ぐっ!血、血が止まらねえ!こいつら、血管まで、ぎゃ、ああっふっ
ふぅ!!!!!」

先手を打たれた黒づくめの男たちは、自らの能力を使って蟲たちを迎撃しようと試みるが。
彼らはすでに、真里の放つ能力阻害領域に取り込まれていた。
それはすなわち、なす術もなく貪欲な蟲たちに食い殺されるがままということ。

どこかで、銃が暴発する音が聞こえた。
蟲たちは彼らの護身用の得物ですら無力化してゆく。
しばらく、室内には男たちの怒号と絶叫が木霊していたが、その声もやがてか細くなって途切れ
ていった。

「そろそろいいんじゃね?」
「ああ、お前たち、元の場所にお戻り」

眉を顰める真里が言うと、紗耶香が食事を終えた蟲たちに命令する。
すると、アタッシュケースに吸い込まれるがごとく、黒い煙たちは中に戻っていった。

「ふう…おいら、虫とか超苦手なんだよな。こいつらが仕事してる間、鳥肌立ってしょうがなか
ったっつーの」
「あはは、あたしの能力で免疫ついたでしょ」
「つくかよ!!」

部屋に残るは、無残に食い散らかされた死体の山。
その中には、臙脂色のスーツを着た男のものもあった。

257名無しリゾナント:2016/02/10(水) 04:09:27
「こいつさ、なんで俺まで…みたいな顔しながら食われてったぜ?」
「しょうがないじゃん。飼い主のあたしと能力阻害の矢口以外は、全部エサなんだからさ」
「だな。金とブツを頂いたらこいつやっちゃう予定だったし、手間省けて済んだかな」

顔を見合わせて、笑う二人。
その表情には、ライトに照らされながらもなお消えない闇が差していた。
だが。

「クライアントの手下ごと、取引相手を抹殺する。昨日会ったクライアントもきっと始末されて
るんだろうね」
「…誰だ!」

真里が甲高い声を上げ、突然響いた声を探す。
すると、それまで何もなかった空間が揺らぎ、声の主が姿を現す。

「合理的と言えば合理的。けど、その手口はうちらが取り締まってる闇社会の住人と変わらないね」
「あ、明日香!?」

紗耶香の顔が、引き攣る。
明日香は、彼女たちの罪を糾弾するかのようにその視線を送っていた。

「どうしてここが」
「残念でした。間に合ってたんだよ、私の読心術は」

圭に昏倒させられる直前、明日香の脳裏に描かれたのはこの廃ビルだった。
あとは、真里たちがやって来るのを待つだけ。だがそれでも謎は残る。
真里が疑問を口にする。

258名無しリゾナント:2016/02/10(水) 04:12:54
「それに…お前、精神系の能力者だったはずじゃ」
「あの変わり者のおじさんからいいもの、借りてね」

言いながら、白っぽい大きな布を二人に見せる明日香。

「これを被ると、常人の目に存在が感知されなくなるらしいよ。まだまだ試作品だから、数分しか持たないみたいだけど」

組織の、科学部門の責任者。
日ごろから妙なものを開発しているらしく、声をかけたら快くそれを貸し出してくれた。
だが、そんなものを自慢しているような時間はないようだった。

明日香はすでに、場の空気の異常さを感じていた。
真里と紗耶香が放っているもの、仲間には向けられないはずのそれは。

「見られちゃしょうがねえ、ぶっ殺してやる!!」

明確な殺意。
明日香は確信する。この二人は、この二人が所属している組織は。
自分を殺さなければならないほどの、大きな闇を抱えていることを。

259名無しリゾナント:2016/02/10(水) 04:14:20
>>244-258
番外編続きです
前後編ならぬ前中後編になりそうです

260名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:20:39
続きが読めない、という方もいらっしゃるようなので、手直ししつつ
作品の全部をあげたいかと思います。
スレ立ち上げの保全代わりにぜひどうぞ

261名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:21:14





太陽は、東の空から昇りそして、西の空へと沈んでゆく。
朝の眩しい光、人々を眠りから覚ます力強い光。だがそれはやがて血を流したかのように赤く染まり、太陽とともに地の底へと消えてゆく。
その後に訪れるのは、闇。一筋の光さえ射さない、暗黒の世界。

262名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:22:18


5人の少女たちによって創設された能力者組織「アサ・ヤン」。
その類稀なる戦闘能力、そして突如として少女の1人に覚醒した未来予知の力は組織を大きくしてゆく。
数年後。新たに3人の能力者を加え「M。」と改称した組織は、トップである中澤裕子のカリスマ性によって志を共にする複数の小団体をま
とめ上げる。

「HELLO」。
国からの絶大な信頼を得るとともに、警察機構や自衛隊すら凌ぐ強大な武力を保持したその組織は、そう呼ばれていた。
能力を持たない普通の人間には処理することのできない、特殊な事案。今まで権力者が個人的に契約しているフリーの能力者が片づけていた
ような仕事は、程なくして「HELLO」に回され始めた。

飛ぶ鳥を落とす勢いの「M。」を中枢とした「HELLO」に、業界の内外から注目が集まる。
となるとそのしわ寄せは、エージェントたる能力者たちにいくわけで。

「えーと、11時からは東南アジア系のマフィアのアジトの殲滅。13時に例の連続爆破事件の犯人の追跡。17時に「M。」のミーティング…も
う休む暇もないべ!!」

とあるオフィスビルの1フロア。「HELLO」はそのさらに一室を間借りしているのだが。
小柄な少女の叫びに、思わず共用通路を行き交う人間が振り返る。

「しょうがないよなっち。これも仕事だからね」

対する隣を歩く少女はあくまでも冷静だ。
だが、叫んだ少女はそれが気に入らない。

263名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:23:00
「福ちゃんはいいべさ。今日は入ってる仕事はないっしょ。でもなっちは」
「役割が違うからね。忙しいのはなっちの圧倒的な戦闘力を買われて、でしょ?」
「で、でも!カオリだって予言の仕事だなんだって言って部屋にこもりっきりだし」
「それも役割の一つ。なっちはもう『M。』の、ううん「HELLO」の看板なんだから、割り切らないと」

組織の看板、と言われてしまえばそれ以上彼女は何も言うことはできない。
事実、彼女 ― 安倍なつみ ― の言霊を操る力はここ数年で目覚ましく成長し、組織を代表する能力者と言われるまでになっていた。

「そうだよね…なっちたち、能力者にとっての理想社会を作るために、頑張ってるんだよね」
「さ、そうと決まったらこんなところで愚痴ってないで。今何時だと思う?」
「っと、10時半…え!!」

最初の仕事の時間まで余裕がないことに気づき、慌てふためくなつみ。

「ごめん急がなきゃ!福ちゃんありがとね!!」

小走りで駆け出す小さな背中を見送りながら。
明日香自身、自らの紡ぎだした言葉に自問する。

264名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:24:12
能力者の理想となる社会を作るために、自分達はここまでやってきた。
では、そもそも「能力者にとっての理想社会」とは?
裕子、彩、圭織、なつみ、そして明日香。運命に導かれ出会った五人だが、最初はそんな大層なお題目など持ち合わせてはいなかった。た
だ。異能を持つが故に虐げられ、苦しめられてきた過去を持つ者同士が、これ以上自分達と同じような存在を増やしたくないと願った先の
出来事に過ぎない。

だが、現実はどうだ。
自分達が持つ能力を政府筋の人間に評価された結果、目の回るような忙しさが襲い掛かってきた。組織は加速度的に大きくなり、このまま
順調に進めば能力者の理想社会を創造することももしかしたら可能なのかもしれない。が。

結局はどこまで目標に邁進した所で、「HELLO」はお偉い方たちにとって都合のいい道具でしかない。飼い犬はどこまで走ったとして
も飼い犬でしかないのだ。
また、良くない噂も聞く。最近では新設された生物科学の部門が何やら怪しげな実験を繰り返しているという。さらに、一部の能力者たち
が正規の仕事ではない仕事、つまり裏社会の非合法な仕事に手を染めているという話すらある。

本当に自分達は、能力者の理想とする社会に辿り着く事ができるのか。

明日香の思考は自らの心の黄昏へと消えてゆく。
それでも、色濃く残された色彩は決して消えてはくれない。

265名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:25:26


「明日香、浮かない顔してるよ」
「キャハハ、人生に疲れたって顔してるぞ?」

「HELLO・東京本部」と書かれた素っ気ないドアを開けると、二人の少女が出迎える。
明日香より少し大きい方が、市井紗耶香。そして明日香よりさらに小さい方が、矢口真里。ともに、明日香たち5人に新しく合流した能力
者たちだった。はじめは能力の覚束なさからか、自信なさげな表情をすることも多かったが。年が近いこともあり、今では打ち解けた話し
方をするようになっている。

事務所には二人しかいないようだ。
「M。」のリーダーであり、「HELLO」のトップでもある裕子は不在。
ここのところ、ずっと事務所を空けている。なつみとはまた別の役割を、彼女もまた持っているのだ。

「おいらたちでよかったら相談に乗るけど」
「…いろいろ、気苦労が多くてね」

もちろん、自分たちが所属している組織の在り方に疑問を呈している、などとは言えない。
すっかり「HELLO」の主力となり、欠かせない戦力と言ってもいいくらいの二人。
しかし、自らの心をすべて預けるような間柄でもないことは確かだった。それに。

「っと。そう言えば急ぎの仕事があったんだった。おいらたち、もう行くわ」
「だね。遅れないようにしないと」

そんなことを言いながら、そそくさと事務所を出て行く真里と紗耶香。
足早に遠ざかってゆく背中を、明日香は苦い表情で見送っていた。

266名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:26:32
最近、二人の様子がおかしい。
心を読まれないように、自らの心にロックをかけている。これについては明日香の能力の特質のせい、というのもあるのかもしれない。明
日香の得意とする精神干渉の術は少し特殊で、簡単な情報であれば相手の思考を読み取ることも可能であった。いくら仲間内とはいえ、プ
ライバシーの領域に入って欲しくない、というのもわからなくはない。
ただ、疑念はそれだけではない。

単独行動、とでも言えばいいのか。
明らかに不審な活動が目立っていた。例えば、事務所のホワイトボードに書かれた、彼女たちの行先。これと言って問題があるようなクラ
イアントではないはずだが、二人が口にしていた「急ぎの仕事」というのは少々引っかかる。というのも、件のクライアントが急ぎの仕事
を依頼するようなシチュエーションが明日香には想定できないからだ。

偽装…か?

一瞬、疑いがよぎるが、即座にそれを否定する。
真里も紗耶香も、同じ「M。」のメンバーとして戦線を潜り抜けた仲間だ。特に、多くの負傷者を出した「サマーナイトタウン」での戦闘
は記憶に新しい。

― 一部の能力者たちが裏社会の非合法な仕事に手を染めている ―

重ねたくないのに、どうしても黒い疑念は二人から離れてくれない。
どうすればいい。組織のトップである裕子にはこんなことは話せない。
なつみや圭織にも話せない。特に圭織は未来視の能力がまだ不安定だ。疑念レベルの話が大きくなっては困る。
なら真里・紗耶香と同期の保田圭ならどうか。彼女の冷静さならばあるいは。
駄目だ。この問題に直面するには圭は真面目すぎる。

明日香はこのことを相談するのに一番適した人物を知っていた。
彼女以外に、ありえない。とまで考えていた。

267名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:27:17


「そりゃ、張ってみたらいいんじゃない?」

都内のとあるバー。
美味しそうに琥珀色の液体を口にしてその女性は言った。
ウエーブが程よくかかった長い髪が、大人の女性の雰囲気を強調する。

「でも、そんなことをしたら」
「明日香は考えすぎ。あいつらにそこまでの根性ないから。今だって、あたしが一喝したら涙目になって震え上がっちゃうのにさ。一回尾
行して、んで安心したらいいのさ」
「彩っぺ…」

目の前の女性 ― 石黒彩 ― は事もなげにそう言い切った。
それでも表情の晴れない明日香の背中を、ばちーんという音とともに強い衝撃が襲う。

「ご、ごほっ!痛った、彩っぺ何すんの!!」
「お、久しぶりに見た。年相応の子供らしい表情」
「からかわないでよ。うちらみたいな能力者が、年相応なんて無理なんだから」
「なっちとか圭織とかなまら子供っぽいべ?」
「あの二人は特別。特になっちなんて私がいないと…」
「はぁ、明日香ねえさんも大変ね。どう、一杯飲(や)る?」
「裕ちゃんじゃないんだから、未成年に酒を勧めない」

じと目で突っ込まれ、嬉しそうに笑う彩。
能力者「アサ・ヤン」を立ち上げた五人の能力者の一人。年少者である明日香やなつみ、圭織と年長者の裕子の間を取り
持つ中間管理職。さらに、三人の新人を徹底的に鍛え上げた鬼軍曹。
裕子が組織の長としての職務に追われる中、彩は明日香が頼るべき最後の寄る辺とも言えた。

268名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:28:10
「うちらが最初に『アサ・ヤン』を立ち上げてから、ずいぶん組織も大きくなったよね」
「そうだね。今じゃすっかり大所帯。最近じゃ妙な外人とかいるらしいし」
「…ねえ、彩っぺ」

明日香が、意を決して切り出す。

「何さ、改まって」
「裕ちゃんの言う、能力者が安心して暮らせる理想的な社会って。どんな社会なんだろう」
「……」

彩は、すぐには答えない。
残り少なくなったウィスキーの入ったグラス、浮いた氷をくるくると回している。
沈黙、そして流れる時間。けれど、悪くはなかった。
やがて、流れた時に導かれたように彩が口を開く。

「うちらが、能力者であるってことを感じさせない。裕ちゃんが目指してるのは、そんな社会なんじゃないかな」
「能力者であることを感じさせない…」

うまく想像できなかった。
明日香の能力である、精神干渉。能力者相手ならともかく、耐性のない一般人の心はいとも容易く流れ込んでしまう。そ
んな状況で、自分が能力者であることを意識させないようなことなど、可能なのだろうか。

「よく、わかんないよ」
「まーた考えこんでるな。裕ちゃんならきっと『そんなんどうにでもなるわぁ!』って言うよ。そうだ、最近裕ちゃんと
飲んでないなぁ…ま、忙しいししょうがないか」

269名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:28:45
確かに、そう言われそうな気がした。
道のりは見えないけれども、彩も、そして裕子も。向いている方向は同じような気がした。
そして、自分もその方向に顔を向ければ、なんとなくうまくいくのかもしれない。
その時の彩の言葉には、そう思わされる力があった。

「ありがとう、彩っぺ。ごめん、変なことに付きあわせて」
「いいっていいって。その代り、あんたがお酒飲めるような年になったら、裕ちゃんより先にあたしを誘うこと」
「確約はできないけれど、努力するよ」

立ち上がり、勘定を済ませようとする明日香。
これには慌てて彩が制止する。

「…可愛げがないねえ。年下の子に金出させるようなこと、させないでよ」
「でも」
「今日はお姉さんの無料レッスンだと思って、甘えときなさいって」

はじめは不服そうな顔をしていた明日香も、やがて諦めたのかそのまま手を振り別れを告げた。

静かな、店だった。
店の奥でバーテンダーが客のカクテルを作る音のほかは、何も聞こえない。
グラスに残っていた強い酒を一気に飲み干し、彩は窓の外に目を移した。

綺麗な月が、闇夜に浮かんでいた。
夜の闇を照らす、まばゆい月光。そんな月の光さえも、ひとたび雲が過ればあっという間に輝きを失ってしまう。
夜を照らすには、きっと月の光というものはあまりにか弱く、儚いのだ。

270名無しリゾナント:2016/02/12(金) 20:29:51


透明な液体から、泡が、一つ、二つ。
こぽこぽと定期的に立ち上る泡。極北の空に輝くオーロラのように水中に棚引く、金色の美しい髪。
一人の少女が、液体で満たされた水槽の中で、膝を抱えて浮かんでいた。

「…お、ええ調子やな」

液体と外界を隔てる硝子面に、男の歪な顔が浮かび上がる。
白衣を着たその男は、細眉を嬉しそうに上げながら、波間に揺蕩うがごとくの少女の姿を眺めていた。

「覚醒は、来年の夏あたりを予定しています」
「何や、まだ先やないか」

同じく白衣を着た若い女性にそう言われ、途端に顔を渋らせる男。
彼は、「HELLO」の戦力増強を担う科学部門の長であった。

「しかしこんなに早く『計画』が実現するなんて。さすが、『先生』に師事されていただけのことはありますね」
「まあ、ここまで来るのにどんだけ失敗したか。ヘラクレス男にカメレオン女…犬男なんて、嗅覚だけ人間の22倍やで。おっさんの足の臭
い嗅いだだけで失神て…そら廃棄もされるわな」

部門長が、おちゃらけつつ過去の失敗作について語った。
その様子は科学者と言うよりも、場末の安いホストのほうがしっくりとくる。


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