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【アク禁】スレに作品を上げられない人の依頼スレ【巻き添え】part6

1名無しリゾナント:2015/05/27(水) 12:16:33
アク禁食らって作品を上げられない人のためのスレ第6弾です。

ここに作品を上げる →本スレに代理投稿可能な人が立候補する
って感じでお願いします。

(例)
① >>1-3に作品を投稿
② >>4で作者がアンカーで範囲を指定した上で代理投稿を依頼する
③ >>5で代理投稿可能な住人が名乗りを上げる
④ 本スレで代理投稿を行なう
その際本スレのレス番に対応したアンカーを付与しとくと後々便利かも
⑤ 無事終了したら>>6で完了通知
なお何らかの理由で代理投稿を中断せざるを得ない場合も出来るだけ報告 

ただ上記の手順は異なる作品の投稿ががっちあったり代理投稿可能な住人が同時に現れたりした頃に考えられたものなので③あたりは別に省略してもおk
なんなら⑤もw
本スレに対応した安価の付与も無くても支障はない
むずかしく考えずこっちに作品が上がっていたらコピペして本スレにうpうp

131名無しリゾナント:2015/09/15(火) 00:31:44


「…っの、野郎!!!!!」

死地から脱した勢いは、そのまま憤怒へと形を変える。
力の抜けた里保の襟首を掴み、宙へと吊し上げる「金鴉」。
この状態の里保なら、今の満身創痍の「金鴉」でも容易く縊り殺せるはず。
だが、程なくして自分が残りのリゾナンターたちに囲まれていることに気づいた。

「鞘師さんを離せ!!」
「里保におかしな真似しようもんなら許さんけんね!!」

亜佑美が獅子と甲冑の二体を降臨させ、衣梨奈もまた得意のピアノ線を靡かせる。
それだけではない。遥が。香音が。さくらが。二人のバックアップに回るように、背後に控えていた。

「ザコのくせにのんを追い詰めたつもりかよ…めんどくさ…まとめてぶっころ」
「ちょい待ち」

里保に与えられた屈辱で頭に血が上る「金鴉」を諌めたのは。
いつの間にか包囲網のすぐ側まで近づいていた「煙鏡」だった。

「あいぼん…邪魔すんじゃねーよ」
「邪魔て。うちはピンチを救いに来たんやけど」
「ピンチ?ふざけんな。のんはピンチでも何でも」
「態勢立て直し。一時撤退や」
「はぁ!?」
「自分…うちらの目的、忘れたん?」
「そんなのこいつらぶっ殺してからでも」
「ええから、下がれや」

有無を言わせぬ「煙鏡」の低い一言。
納得のいかない顔をしていた「金鴉」も、渋々ではあるが従わざるを得なかった。

132名無しリゾナント:2015/09/15(火) 00:32:16
「ま、そういう訳や。そのしじみ顔の確変、楽しかったで?」

逃げる気か。
包囲したリゾナンターたちが「煙鏡」に目を向けたその時だった。

「鉄壁」の発動。
見えない何かが、「金鴉」と「煙鏡」を包むように湧き出てくる。
手出しできないことを知ってか、用意された花道を歩くが如く、悠々と「煙鏡」の元へ歩いてゆく「金鴉」。
それを、衣梨奈たちは指を咥えて見ていることしかできない。

「うちらの真の目的は自分らと遊ぶことやない。道重さゆみもあの世に送ったったし、本来ならもう用なしなんやけど」
「ううっ…」

さゆみの名前が不意に出され、唇を噛む遥。
目の前の相手が、改めて「仇」なのだと思い知らされる。

「『苦情』なら、あとでいくらでも受けつけたる。ほな、”鏡の世界”で待ってるわ」
「鏡の世界?何それ」
「アホか。のんがこいつらと遊んでる間に、見つけたんや。『あれ』をな」
「まじで?さっすがあいぼん、伊達に頭薄くないね」
「おいおいそないに褒めても…って貶しとるやないか、誰が毛なしじゃドアホ!!」

ふざけた会話を繰り広げながら、「煙鏡」と「金鴉」の姿が掻き消える。
おそらくテレポート能力を使ったのだろう。どこに移動したのか、リゾナンターたちには皆目見当はつかない。

133名無しリゾナント:2015/09/15(火) 00:32:56
「あんの野郎…!!」
「それより!!」

今の彼女たちには、仇敵の動向よりも大事なことがあった。
それは、今より少し前。里保の体から赤く禍々しい力が消え失せた時のこと。

彼女たちにも、聞こえたのだ。
里保を制する、さゆみの声が。

「道重さん!!!!」

誰かが、叫んだ。
そして誰かが、走り出す。
雪崩を打つように、全員がさゆみの元へと駆けつけた。

「聖!道重さんは!!」

衣梨奈が、血相を変えて横たわるさゆみの側にいる聖に問う。
努めて感情を抑えようとしている聖だが。

「もう…道重さんの声は聞こえない。さっきみたいに、喋ってもくれない」

重い沈黙。

「けど。生きてる。呼吸も、してる」

こらえ切れず、春菜がうっと声を上げた。
崩れ落ちる亜佑美、またしても顔をくしゃくしゃにする遥。
でも、今度は悲しみの涙ではない。

134名無しリゾナント:2015/09/15(火) 00:33:31
「みにしげさーん!!!ってあれ、やすしさん?」

優樹が、さゆみの横に倒れている里保に気づく。

「り、里保ちゃんは大丈夫…なの?」
「いつの間にか、道重さんの傍らに倒れてて…激しく消耗してるみたいですが、命に別状は無さそうです」

恐る恐る聞く香音に、戸惑いつつも春菜がはっきりと答える。
ただそれは、二人の安否とともにきつい現実を突きつけることになる。
リーダーと、攻撃の要の脱落。
それは、文字通りの意味を超えてメンバーたちに圧し掛かってきた。

途方に暮れかける心を必死に押し留めようとしていた、その時だった。

「みんな!!」
「光井さん!!!!」

そこには息も絶え絶えに、必死の思いで駆けつけた光井愛佳の姿があった。

135名無しリゾナント:2015/09/15(火) 00:34:57


間に合わなかった。
大型遊戯施設に辿り着いた愛佳が、炎に包まれ変わり果てた景色を見て最初に思ったことだった。
そして、倒れているさゆみや里保の姿を見ていよいよそれは確信に変わった。
自分が「視た」未来が少しだけ変わっているのも、さゆみの介在によるもの。ただ、未来の結果は変わったとしても、悲
劇を変えることはできなかった。

だが。
聖たちの話を聞くうちに、愛佳の顔色が別の意味で青ざめる。
愛佳の事務所を訪れた、能力者。記憶は歪められ、焼き付けられた嘘の「予知」はそのままさゆみを誘き寄せる罠と化した。
つまり、自分が相手方にいいように使われた挙句、今目の前に広がる残酷な結末の片棒を担がされたと。

「そ…んな…うちは」

失意と怒りと後悔が、愛佳の体から全ての力を奪い去る。
まるで、寄る辺など何一つなかったあの頃。絶望のあまり、学校帰りの電車のホームから身を投げ出そうとしていたあの頃
の自分に引き戻されてしまうような。そんな思い。

だが、愛佳は持ち直す。
確かに自分は取り返しのつかないことをしてしまった。それはきっといつか償わなければならないことなのだろう。だが、
今はその時ではない。何よりも、今この場にいるメンバーの中で自分が一番の年長者である。後輩たちを動揺させるよう
なことを、してはならないのだ。

「道重さんと鞘師の状況は」
「命には別状ありません。ただ…」
「わかった。二人はうちが病院に連れてく。自分らも…撤退や」

傷つき倒れた二人はもちろん、後輩たちの身の安全も図らなければならない。
相手の素性を知らないとは言え、さゆみにここまでの手傷を負わせたのならば非常に危険な人物であることは愛佳にも容
易に想像がついた。浅からぬ因縁を持つダークネスではあるが、ここは一時撤退するのが望ましい。そう、思っていた。

136名無しリゾナント:2015/09/15(火) 00:35:30
「それは、できません」
「え?」

愛佳は、耳を疑う。
異を唱えた人物。聖は、いつになく力強い口調ではっきりとそう言った。

「ちょい待ちフクちゃん、道重さんが敵わんかった相手やで」
「わかってます。でも、あの人たちをそのままにしておくわけにはいかないんです」
「つまらん意地張ったところで、現実は何も変わらへん。もう一度だけ言うで、撤退や」
「できません」
「譜久村ぁ!!!!」

つい言葉を、荒げてしまう。
きつい怒声に一瞬身を竦める聖だったが、すぐにまっすぐな視線で愛佳を見つめ返した。

「…なあ。自分、こん中で一番の先輩やろ。せやったら、状況を冷静に見てから物言いや」

それでも聖は首を縦に振らない。
この光景を、愛佳はどこかで見たことがある。
それは彼女が「予知」の力を完全に失ってしまってから、間もない頃。

137名無しリゾナント:2015/09/15(火) 00:36:28


「研修」と題し、とある山中にサバイバル合宿を実行するリゾナンターたちに愛佳が帯同することになった。
目的は新しくリゾナンターとなった、四人の少女の適性を見極めるため。
別件の仕事で参加できなかったさゆみを除き、聖夜の惨劇を能力を失うことなく乗り切った年長メンバーが後輩たちを指導する。
リゾナンターは警察組織に引き抜かれた愛に代わり、里沙が指揮を執っていた。

虚ろな天使に徹底的に破壊された、喫茶リゾナント。
小さくも暖かかった居場所をずたずたに引き裂かれたのをきっかけに、意図せずにその要因を作ってしまった里沙と、れいなの
関係は最悪の状態に陥っていた。そんな事情を抱えた二人が、後輩の指導とは言え行動を共にする。
出来事は、その合宿のさ中に発生する。
ただし、火種はれいなと里沙ではなかった。

「聖には…できません」

珍しく声を強く震わせる、一人の少女。
普段はおっとりとしている、そう思われていた聖の、強い反抗だった。
合宿中のミーティングにおいて、話題となった「味方の同士討ち」への対処法。
何らかの能力で操られ、敵の尖兵と化した。吸血鬼となり、見境なく味方を襲い始めた。考え方、思想の違いから最早言葉では
どうすることもできなくなった。そんな時に、どう対応すべきか。

かつてダークネスに籍を置いていた里沙は、時としてかつて味方だった相手だろうと、被害は最小に食い止めるべきだと説いた。
つまりそれは、最悪の場合はかつての仲間を自らの手にかけなければならないということ。
その考えに、聖は真っ向から異を唱えたのだった。

138名無しリゾナント:2015/09/15(火) 00:37:16
「フクちゃん。その優しさは新しい不幸を産むことになるかもしれないよ?」
「それでも…嫌です!みずき、そんなこと絶対に、絶対に!!」

頑なすぎる態度に、里沙が呆れ交じりにため息をついたその時だった。
思わず人物から、喝が飛ぶ。

「ガキさんに、何言うと!?」

聖も、他の三人の少女たちも、里沙も。
そして彼女のことをよく知っている愛佳さえも目を疑った。

「ガキさんは先輩やろ! 先輩の言うこと聞けんかったら、リゾナンターやめり!!!!」

どちらかと言えば、自分に関係ないことに関してはまるで興味を示さないれいなが。
積極的に後輩を叱り、そして冷戦状態だった里沙の肩を持つような発言をした。
そのことにも驚きではあったが、愛佳はれいなが叱り飛ばしているのにも関わらず、自らの意思を曲げていないようにすら見える
聖のほうにより驚きを見せていた。
その芯の強さ、頑固さはある意味これから先頼りになるかもしれない。
ただ、そうでない場合もある。と。

139名無しリゾナント:2015/09/15(火) 00:37:53


あれから数年が過ぎた今。
聖はあの時さながらの、頑なさで愛佳の意見を否定する。
何か策でもあるのか。いや、策があったとしても危険な目に遭わせるわけにはいかない。
どうすれば、彼女を思いとどまらせることができるだろうか。
そう思いかけた時、愛佳の携帯が大きな音を立てる。
画面に現れた文字を見て、その表情がぱっと明るくなった。

「…愛ちゃんや」
「ええっ!!!!!」

愛佳が口にした名前を聞き、全員が驚きの声を上げる。

高橋愛。

リゾナンターを率いていた、かつてのリーダー。最強の、光使い。
彼女たちにとって、愛の存在はまさしく光。
愛佳が携帯に耳を当てるのを、若く、そして儚げな少女たちは固唾を呑んで見守っていた。

140名無しリゾナント:2015/09/15(火) 00:39:02
>>129-139
『リゾナンター爻(シャオ)』更新終了

141名無しリゾナント:2015/10/24(土) 00:43:08
「道重さん、ようやく眠られましたね」
「そうだね、鞘師、ありがとう」
高橋は道重に極端に耳のバランスの崩れたうさぎのキャラクター毛布を掛けながら、鞘師に微笑みかけた
「疲れたでしょう?今日、ホント、いろいろあったから」
「・・・そうかもしれないですね
 ダークネスの襲撃、亀井さんとの戦闘、亀井さんがいなくなった真相、そして道重さん
 肉体的にも精神的にも疲れました」
氷水で冷やしたタオルを絞り、道重の額に優しくのせ、高橋は答える
「そうだろうね。さゆも眠り始めたわけやし、鞘師も眠っていいんだよ
 あとはあっしが全て面倒みるから、なんなら鞘師のために子守歌唄ってあげてもいいがし」

冗談に鞘師はぷっとふきだした
「なに言ってるんですか、高橋さん、変なことおっしゃらないでくださいよ」
「そうかな?鞘師が頑張ってくれたから、あっしにできることを考えただけなんだけどな」
「あははは、き、気持ちだけで結構です」
「そんなに面白い?」
「はい、面白いです」
「う〜ん、難しいな」
両腕を組み、高橋は道重の部屋のもかもかのソファーに腰を下ろした

「さゆだったら、こんなときは『え?本当ですか!』なんて言ってすぐ横になったのにな」
「そ、それは道重さんだからですよ。道重さん、高橋さんのこと、大好きでしたから」
「なら、鞘師はあっしのこと、嫌いなの?」
「そんなはずないじゃないですか!高橋さんのこと、大好きですし、尊敬していますよ。ただ道重さんのようにはできません」
高橋がソファをポンポンと叩いた
ここに座りにおいで、のサインだ
もかもかのクッションに隠された高橋が置いていったお古のソファがぎしっと音を立てた

「はい、これ、サイダー。ちょっと炭酸抜けちゃったかもしれないけど」
サイダー瓶をカバンの中から取り出し、鞘師に手渡した

142名無しリゾナント:2015/10/24(土) 00:44:30
「ありがとうございます・・・おいしい」
「よかった」
キュポンっと栓が開けられる音が響いた
「これ、北の国で教えてもらったんよ。リンゴのサイダーなんだよ」
さわやかな甘みが口の中で渦を巻き、酸味が喉の奥を刺激する
「クセになりそうでしょ?」
「そうですね。初めて飲みました」
唇をペロリと舐めて、ラベルに目を向ける

「高橋さんはどちらに行かれてたんですか?」
「ん?あっし?
 色んなところ、暑いところ、寒いところ、高いところ、低いところ、都会、田舎、ジャングルに砂漠、かな」
視線を宙に向けながら指折り数える高橋は思い出話に移らんとしていた
「北の国ではね、親切なおばちゃんがね、あっしのことを」
「なんのために行かれたんですか?」
「へ??」
「何が目的だったんですか?」
鞘師の握る瓶の中に波がたっていた

「高橋さん、私は高橋さんのことを尊敬しています、大好きです、憧れです
 でも、一つだけわからないことがあります。なぜ、私や田中さん、道重さん、新垣さん達を残して一人で旅立ったんですか?
 何も言わないで、『するべきことがある』なんて置手紙だけ残していなくなったあの日を忘れられません
 どれだけ残された私達が不安だったのかわかりますか?
 リゾナンターとして、いや、人間としてあなたから学んでいる途中だった私達の目の前からいなくなった、あなたは
 新垣さんも田中さんも道重さんも光井さんもフクちゃんもえりちゃんも香音ちゃんも残されたんです
 教えてください、高橋さん、するべきことってなんだったんですか?」

真剣なまなざしをむける鞘師に高橋はサイダー瓶をテーブルに置いて答えた
「・・・難しいよ、答えるのが」
「それでもいいです」

143名無しリゾナント:2015/10/24(土) 00:45:20
「そっか、うん、そうだよね。ガキさん・・・しか知らないもんね」
「新垣さんは知ってらしたんですか?」
「さすがにガキさんにはいわなきゃいけない、と思った。だって、あっしの一番の理解者だからね」

新垣は知っていたのに、知らないふりをしていた―その事実を鞘師はどう受けてよいものかわからなかった
(なんのために?どうして自分もしらないふりをしていたんだ?)
誰よりもいなくなった高橋に対し、声を荒げていたのは新垣だった、あの日
その眼に浮かんでいた涙を鞘師は覚えている
涙に浮かぶ感情を鞘師は取り違えていたようだ

「鞘師、私はダークネスからなんて呼ばれているか、知ってるやろ?」
「i914」
蚊の鳴くようなか細い声でつぶやいたのは高橋がその名を忌みていることをしっての配慮
「ダークネスの成功作、i914なんて、あっしのことをあいつらは呼ぶ
 成功作って、あっしが敵対しているのにわざわざ言わなくてもいいのになって思わん?」
「そ、そうですね」
「あいつらはあっしが大切なんだろうって感じるよ、大嫌いな名前で呼ばれれば呼ばれるほど。皮肉だね」
鞘師はどのように反応すればいいのかわからなかった
同情?否定?共感?・・・どれも違う気がした。だからこそ無言になる
「・・・」

「あっしはあっしや。それ以上でもそれ以下でもない。
確かにi914という化け物を内に飼ってるのは事実や。だからってあっしがあっしでない答えにはならんよ
 だけど、それをどうやって確かめる?1+1=2みたいな公式で示せないやろ?」
「それを確かめるために旅に出た?」
「違う」
鞘師は目を丸くした。この話の流れからそうに違いないと思いこんでいたからだ

「自分自身は一人なんて、自分が信じて、周りにいる友が信じてくれればそれでいい
 それで十分だよ。それがガキさんであり、れいなであり、さゆであり・・・・みんなだよ
 あっしは本当にいい仲間に巡り合ったよ、幸せ者だよ、今でも幸せ」
「それではなんのために??」

144名無しリゾナント:2015/10/24(土) 00:46:36
足をぶらぶらさせて高橋は背もたれにもたれかかった
「同じように迷っている声が聞こえたから」
「『声』ですか?それって私達を集めたような」
「ただ助けてっていう叫び、かな。悲痛な救いを求める声。聞き流すわけにもいかないじゃない」
「それで旅立った」
高橋は頷いた

「いろんな出会いがあったよ、嬉しい出会い、悲しい出会い、怒った別れ、喜んだ別れ
 一期一会以上に複雑に絡み合った世界で私達は生きているんだって気づかされた
 そのなかで自分ができること、それを見つけられたら幸せ、それを実現できたらもっと幸せと感じたよ」
「私達との出会いはどうでしたか」
破顔一笑の笑顔で肩に腕を回して、高橋は鞘師を引き寄せた
「最高の出会いだよ。こんなに可愛い後輩を持てるなんて幸せだね」
その屈託もない不細工な笑顔をみて鞘師は感じた
(この人は変わっていない。強くて、素直で、そして優しい)

「私も幸せです。高橋さんみたいな人で出会えて」
「あひゃひゃ、褒めてももうサイダーないがし」
「ええ、大丈夫です。これ以上飲んだら肥えてしまいますから」
「え〜鞘師はもう少し健康的になったほうがいいよ」
鞘師はむっとして、そうでもないんです、と強く言ってのけた
しかし、高橋は気にせず笑って答える
「あのさゆだって昔はもう少しぷくっとしていたんだから、大丈夫だよ、鞘師は」
静かに寝息を立てる道重の寝顔は二人からは見えない
「道重さん、大丈夫ですかね?」
「・・・どうだろう、これはあっしも大丈夫なんて簡単に言えない」

「質問ばかりで申し訳ないのですが、もう一ついいですか?」
何も声に出さなかったが、鞘師はyesと捉えた
「亀井さんってどんな方だったのですか?道重さんがあれほど取り乱すなんて信じられないのですが」

145名無しリゾナント:2015/10/24(土) 00:47:49
鞘師はあの夜の血の気が引いていた真っ青な道重の顔が忘れられないのだ

「絵里は、優しい人。そして、あの子ほど素直で、正直で、こだわり強くて、可愛い子を知らない。
 ちょっと抜けてて、でも真面目で努力家で、ムードメーカーで、実際、誰からも愛されてた
 通っていた病院でも人気者だったみたいで、アイドルだったようだよ」
「それならなんで、亀井さんがいなくなったのに、どうして騒ぎにならなかったんですか?」
ふと浮かんだ疑問を口にしたが、高橋の顔が暗くなった
「・・・ガキさんにお願いした。すべてを書き換えて、って頼んだ。病院関係者から行きつけのお店から、友達から、家族も」
「家族にもですか?亀井さんの存在自体を消そうとしたんですか?」
「いや、海外留学してることにして、病院は完治した、ことにした」
「それにしても酷いと思います」
「それはあっしも同感や。都合のいい工作だ。だけど、いなくなったままの絵里を家族はなんて思う?
 必死で行方不明の捜索願をだすやろ?悲しんで、苦しんで、泣くに決まっている
 だってあっしとガキさんは、絵里のことを・・・間違っているのはわかっている」
「・・・」
「それはれいなもさゆも愛佳もリンリンもジュンジュンも知っている
 このことを知っているのは8人しかいないし、悲しむのもそれだけでよかった
 ・・・ダークネスは気づいてしまったようだけど
 絵里とさゆは親友だった。なんでも通じ合っていて、どこにいくのも一緒だから、さゆは一番辛かったやろうね」
「・・・それでいいのですか?」
「間違いだね、確実に。だけどあんなにいい子を失って悲しむ思いをするのは私達だけでいい
 だって私達に原因があるのだから。私達と出会わなければ、普通に青春を過ごし、普通に学校に通い、普通に恋愛できただろうからね
 えりが一番普通の生活を望んでいた、それを結果的に奪ってしまった、その責任は私達にあるんだから」
「・・・」

道重の静かな寝息しか聞こえない闇を破り、高橋が語る
「絵里はね、幸せになりたかったんだ。でも、幸せを追い求めなかった
 なぜだかわかる?
 『幸せになりたい幸せになりたいってずっと思ってると幸せになりたいってだけで終わっちゃうんです
  幸せだなぁって思ってるとずっと幸せのまま過ぎていくんです』
 絵里が教えてくれたことだよ」

146名無しリゾナント:2015/10/24(土) 00:49:19
「・・・素敵な言葉ですね」
「ぽけぽけしているのにどこか超越していた。現実的なさゆとはそういう意味でも凸凹コンビだったね
 そんな絵里だからこそ・・・今度こそ私は絵里を救いたい」
瞳にあふれる強い意思を感じた鞘師は改めて思うのだ、力になりたい、と。

鞘師が亀井が高橋に伝えた言葉を飲み込まんとしていると、突然高橋がごろんと横になり、自身の頭を鞘師の膝にあずけた
「な、なにされてるんですか」
「ん〜休んどるんよ。気張ってるばっかりやったら、疲れるやろ?
 楽しいときは楽しむ、哀しいときは哀しむ、怒るときは怒る、忍ぶだけじゃもたんよ」
「だからっていきなり横にならないでくださいよ」
「それもそうやね」
よいしょっとつぶやき、体を起こし、道重の傍らにしゃがみこんだ

ふと横を見ると安心しきった顔ですやすやと寝息を立てる道重の姿が目に入った
『さゆみ、寝顔は不細工だからみてほしくないの』
そう彼女が赤ら顔で言っていたことを思い出したが、その寝顔は決してそうは思えなかった
むしろ、美しい、神秘的だ、と鞘師は感じ、ついついその頬を触れたい衝動に駆られた

「さゆも苦しんどる。だから、夢のなかくらいは幸せにしてあげようかな」
頭をぽんぽんとなでて、鞘師を手招きした
「???」
ここにおいでとでも言うように寝ている道重の近くの絨毯を指で示した

道重を挟んで高橋と鞘師は向かい合う
「よいしょっと」
いきなり道重の布団に入りだした高橋を見て、鞘師は大声をあげそうになり、慌ててこらえた
「た、高橋さん?」
「ほら。鞘師も入って」
「む、無理ですよ」
「ええから、ええから。さゆを元気つけたいでしょ?」
「・・・」

147名無しリゾナント:2015/10/24(土) 00:50:55
すごすごと道重の隣に横になる鞘師。高橋、道重、鞘師で川の字が作られた
「どう?」
「・・・変な感じです。お二人と寝ているなんて」
「あひゃひゃひゃ、そうかもね。でも、修学旅行みたいで楽しいやろ?
 まあ、あっしは修学旅行にいったことなんてないんだけどね」
笑いながら高橋は道重の髪の毛をいじって遊んでいる

(そうか、この人も小田ちゃんと同じようにダークネスによって普通の生き方ができないようにさせられたんだった)
小田さくら、ダークネス、独特の感性、使命感、いろいろな部分がこの人と似ている、そう感じた
どれだけの重荷を背負っているのか?なんでここまで強く慣れるのか?
どうして私達を選んだのか?どこまで知っているのか?
訊ねたい欲望がこみ上げてくるが・・・
「あれ?鞘師は楽しくないの?」
そんな無邪気な声が押さえ込む

「た、楽しいです」
「・・・うそつき」
「う、嘘ではないですよ」
顔はみえない、声が聞こえるだけなのに、この人は全てを把握しているように感じてしまう
「嘘。だってなんか重いもん、声が」
精神感応? そう思ったが、鞘師は違う、と感じた。あくまでも感じただけだが、このひとは・・・
「わかるよ、鞘師のことは。だって一緒に居たんだから。ここにね」
私のことをまっすぐみてくれる数少ない人だから

「鞘師、偉そうなこと、一つだけ言っていいかな?」
「一つだけ、ですか?」
「な、なんや?そのもう、何回も言っているみたいな言いぶりは!!」
あわてて否定する鞘師だが、それを高橋は冗談やよ、と笑ってみせる

148名無しリゾナント:2015/10/24(土) 00:54:29
「鞘師、今のリゾナンターで、重要な立場にいるのはわかっている
 リーダーはさゆやけど、前線にたっているんは鞘師でしょ
 つらい思いは人一倍多いと思う、れいなもそうだった」
久々に出会った田中の姿を脳裏に鞘師は浮かべた。
相変わらず10代半ばが好むような動物柄のファッションに身を包んでいた、派手な顔立ちが月夜に映える
あえて、そんなファッションで自分自身を守っているように、本当は繊細なことも知っている
人前では見せないように振舞っているからこそ、高橋といるリラックスした田中を鞘師は高橋とは違う憧れの対象としていた
いつしか、鞘師も願っていた、この人たちのように強く、なりたいと

しかし、高橋はそう願っていなかったようだ。優しい声をかけてくる
「鞘師、緊張しているでしょ?力入ってばっかりだと疲れちゃうよ」
「そ、そうですか?」
「自分でなんでもしなきゃいけない、そう思っちゃだめだよ
 今の鞘師の立場はなんとなくわかる。でも、一人じゃないんだから
 さゆだっているし、フクちゃんや生田やズッキもいる。
 力をぬいて、信じること、それが必要かな」
「・・・」
「おやすみ」
すぐに寝息が聞こえてきて、鞘師も天井のマス目を見上げた
(私、頑張りすぎてるのかな?)
考えようとしたが、睡眠欲が疲れ果てた肉体を夢の世界へと誘うのは容易であった

★★★★★★

テレビから流れる天気予報
アイドル出身の『美人』天気予報士が原稿を読み上げる
『明日も本日と同じようにいい小春日和となるでしょう
 しかし、週末にかけて、大荒れの天気となり、暴風を伴う雷雨となるでしょう』

だってさ、亀井さん★

149名無しリゾナント:2015/10/24(土) 01:00:14
>>
『Vanish!Ⅲ 〜password is 0〜』(12)です
気づけばもう冬ですね。道重さんが卒業して一年近くですか。遅筆が・・・
これでカップリングパートは終えたので、次から「起承転結」の「転」ですね。
一体いつ完結できるんだか(笑)12期出せねえなw
まー修行以外も読みたいな〜『作者』として刺激受けたいです。

ここまで代理お願いします

150名無しリゾナント:2015/10/24(土) 12:26:22
いってきたぽ

151名無しリゾナント:2015/11/03(火) 20:55:01


そっと、目を開く。
視界全体が、薄もやに覆われているかのように煙っている。
自分は、なぜこんなところにいるのだろう。
里保は、少しずつ、自らの記憶を遡ってみた。
塩の女との対決、さゆみの登場、そして。

うちは、死んだんじゃろうか…?

そんな想像を打ち砕く、断片的な痕跡の襲来。
激しい雨、荒れ狂う奔流、鮮血。そして、狂気。
そこで、悟る。
自分は。また、”やってしまった”のだと。

「りほりほ?」

声が聞こえる。
暖かい。けれど、今は聞きたくない声。

「りほりほ」

やめてほしい。
うちのことなんて、ほっといて。

「りほりほっ!」
「わあっ!?」

後ろから、強引に抱き竦められたような感触。

「び、びっくりしたぁ!みっしげさん!!」

振り向かざるを得ない状況に、視線を向ける。
が、そこにはピンク色の丸いふわふわした光が浮いているだけだった。

152名無しリゾナント:2015/11/03(火) 20:56:29
「あのあの、これはどういう」
「ここは、さゆみとりほりほだけの世界」

さゆみらしき存在に言われて、思い出す。
そう言えば、精神操作の導き手によって、他者と精神だけの状態で意思疎通を行うような空間が生み出されるということ。
春菜が衣梨奈とともに「スマイレージ」の和田彩花を救った時、そのような現象が発生したと聞く。さらに遡れば時の魔
物と言うべき存在にさくらが囚われたのを救い出した時、紛れもなく里保自身も体験したことだった。

「でも、道重さんの姿が…」
「さゆみには、きっとりほりほがさゆみを見ているのと同じような姿が見えてると思うの」

つまり、視界の晴れない靄の中、赤とピンクの二つの球体が浮かんでいる。
想像するとなかなかシュールな光景ではあるが。

「…そういう世界にしてるのは、きっとりほりほがそう望んでるから」
「みっしげさん、うちはいったい何を…!!」

自分が気を失ってから、ここに至るまでのこと。
人の口から、聞きたかった。けれど、聞きたくなかった。
あの忌まわしき、赤眼の魔人のことなど。

「いや、何でもないです」

咄嗟に言葉を引っ込める里保。
しかし、まるでそんな里保の顔を覗き込むように、さゆみは訊ねる。

153名無しリゾナント:2015/11/03(火) 20:57:00
「りほりほは、あの子のことが嫌いなの?」

言葉に、詰まる。
まさかそんなことを聞かれるとは、夢にも思わないとはこのことだ。
里保の中で、過去の出来事が渦を巻く。
それはさながら、かけがえのない存在を呑み込んだあの日のように。

「うちが!『あいつ』を!好きなわけないじゃないですか!!!!」

気がつけば、大声で叫んでいた。
あいつは。自分を心の奥底に閉じ込め、そして有り得ないほどの力を振るった。
そのせいで、自分は友を救うことができなかったのに。
そしてさっきも。水は荒れ狂い、その禍々しい赤い瞳の色はそれと良く似た色の液体を求め…

「さゆみもね。最初は、『お姉ちゃん』の存在を受け入れることができなかった」
「えっ?」

里保は俄かにその言葉を疑う。
だって、「二人」はあんなに仲が良さそうだったではないか。
そう。さゆみは自分とは違う。出したくなかった。二度と表に、出したくなかった。
なのにあいつは姿を現した。目の前でさゆみがあんなことになったせいからなのかもしれないが。
それでも。「彼女」を許すことなんて、できやしない。

どことなく里保がさゆみに遠慮がちな原因の一つが、そこにあった。
近づいてはいけない、触れてはならない。でないと、自分の中の「血の色の魔人」は。

154名無しリゾナント:2015/11/03(火) 20:57:43
「でもね。いろいろ抵抗してみたりもしたけど。結局わかっちゃった。『お姉ちゃん』も含めて、さゆみなんだってことに」
「道重さん」
「絵里…鞘師も知ってる、亀井絵里ちゃんから言われたんだ。『さゆは、さゆのままがいい』って。だから」

目の前のピンク色が、ふっと薄くなる。
さゆみの姿が少しだけ、見えたような気がした。

「『それ』もひっくるめて、キミ自身でしょ」

でも、そしたら、どうしたらうちは。
その言葉を紡ぐより先に。
道重さゆみは、里保の精神世界からかき消えていた。

155名無しリゾナント:2015/11/03(火) 20:59:03
>>151-154
『リゾナンター爻(シャオ)』更新終了

少しでもスレの存続の力になれば幸いです

156名無しリゾナント:2015/11/03(火) 21:02:46
これから小用があるので直接投稿はできないのですが、スレが立った際には
お手数ですが代理投稿の程よろしくお願いします

157名無しリゾナント:2015/11/03(火) 23:29:09
転載行ってきます

158名無しリゾナント:2015/11/04(水) 12:51:27
ありがとうございます
助かりました

159名無しリゾナント:2015/11/04(水) 12:54:04
>>151-154 の続きです



「お疲れ様です!」
「お疲れ様です!!」

外仕事から戻ると、いつもこれだ。
男装の麗人を地で行く、金髪のライダースーツ。
ダークネスの幹部たる地位に就く「鋼脚」は、複数の黄色い声のお出迎えに辟易しつつ、仰々しい総本部の建物へと足を進め
た。そのルックスから、男性というよりもむしろ女性の構成員のほうに妙な人気がある。かと言って邪険にするわけにもいか
ず、適当に愛想を振りまいてしまうのは彼女の悪い癖でもあった。

しかしまあ、何を考えてるのかね。あの芋博士は。

芋博士、というのはもちろんダークネスが誇る「叡智の集積」Drマルシェこと紺野あさ美のことだ。
組織の頭脳に対して皮肉りたくなるほど、状況は煩雑化していた。

まず、組織の幹部全員、それと主だった戦闘部隊の総本部での待機。
不便極まりないが、これは些か仕方ない面もある。何せ、「詐術師」「不戦の守護者」が謀反を企て「首領」の命を狙ったの
だ。これは紺野の意向というより、「首領」の右腕である「永遠殺し」が強く働きかけたのだろう。

だが、その隙をついて例の問題児たちが騒動を起こした。
東京を代表する総合アミューズメントパーク「リヒトラウム」。夢と光の国、と形容されるその施設を、問題児。「金鴉」と
「煙鏡」が急襲したのだ。

夢の国の実質的オーナーが、日本を代表する巨大企業・堀内コンツェルンの総帥である堀内孝雄であることは闇社会では周知
の事実。だが彼があらゆる意味においてのセキュリティをダークネスの商売敵にあたる、「先生」と呼ばれる男に率いられた
能力者集団に任せていることは裏の世界でも一握りの人間しか知りえないことである。

傍から見れば、縄張りを知らない馬鹿が何の考えも無く死地に飛び込んだと。
たとえそれが標的であるリゾナンター殲滅のためだとしても。そういう考えに至る。しかし。

160名無しリゾナント:2015/11/04(水) 12:55:06
「どうしました、浮かない顔をして」

不意に、背後から声をかけられる。
足を止め、振り返るとそこにはいつもの白衣が。

「誰のせいだよ…ったく」
「のんちゃんとかーちゃん…「金鴉」さん「煙鏡」さんの件は、私の差し金ではありませんよ」

どうだか。
疎ましげに声の主、紺野あさ美を一瞥し、それから再び廊下を歩き始めた。

「それより、こんなところで油売ってる場合かよ。『天使の檻』がやばいんだろ?」
「あれは”先ほど、一区切りはつきました”が」
「ずいぶん勿体つけた言い回しだな。まるで、これからが本番みたいな」
「そうですか? まあ、ご想像にお任せしますよ」

並び歩きながら、言葉の応酬。
組織の情報部を統制する人間と、科学部門の統括責任者の組み合わせだ。嫌が応にも、心理戦の口火が切られる。

「さっきの話に戻るけど…あのチビ二人の目的は知ってるんだろ?」
「ああ。実は、『リヒトラウム』の地下に『ALICE』があるんです」
「はぁ!?」
「元はと言えば、私が堀内さんにお預けしたものだったんですが。どのルートかは知りませんが、彼女たちの知るところにな
ったみたいですね」
「お前なあ…」

161名無しリゾナント:2015/11/04(水) 12:56:31
「鋼脚」が呆れて絶句してしまうほど、紺野がさらりと口にしたことは深刻だった。
紺野率いるダークネス科学部門が開発したという、兵器。名は「ALICE」、情報部でもそれ以上のことは知ることは出来
なかったが、数度米国の砂漠で行われた実験の結果だけは判明していた。

それが、普段から自分たち能力者の存在を疎ましく思っているだろう連中の手にあること自体好ましくないのに。
さらにそれを刺激するような「あの二人」が接近している。

不可解な点もある。
どういう経緯かは知らないが、悪童たちはわざわざリゾナンターたちを「リヒトラウム」に招き入れ、その場を戦場とするこ
とを選んだ。これが理解できない。

「紺野。あいつらは何で、あんな場所にリゾナンターたちを誘き寄せたんだ?お前…」
「私は何も聞いてませんよ?」

「鋼脚」が言うより早く、紺野が自らの関与を否定した。
しかし。眼鏡のレンズの奥の目が。微かに笑っている。

「どうせ、予測はついているとか言うんだろ」
「どうでしょうね。ただ、彼女たちと付き合いの長い『鋼脚』さんなら、ある程度はわかるんじゃないですか?」
「おい、まさか」

嫌な予感。
けれど、恐らく正しい予測。
「鋼脚」は理解してしまう。あの二人が何を狙っているか、そして有り余る力を手に入れた時に何をするか。
長い付き合いとは、皮肉なものである。

162名無しリゾナント:2015/11/04(水) 12:57:14
「そうですね。混乱に乗じて、『ALICE』を奪う。ダークネスの総本部にぶち込むくらいのことはするかもしれません」
「ったく…冗談きついぜ」

あくまでも冷静な紺野。
肩を竦めながらも、「鋼脚」はそこに紺野の自信を見る。
先ほども、天使の檻の決着がついたと語っていた。あのつんくがそう易々と組しかれるのはあまり想像はできないが。
このゲームの主導権は、既に彼女が握っている。

「まあ、そうならないためにも。リゾナンターさんたちには頑張っていただかないと」
「またあいつらかよ。随分便利な駒になってるじゃねえか」

思えば、ベリーズやキュートといった若手の精鋭を敢えてぶつけたのも。
時を操るさくらをリゾナンターにくれてやったのも。
紺野が先に見据える何かのための、強力な駒を作るための準備なのではないのか。
何かとは何だ。何を企んでいる?

「鋼脚」は、紺野が自らの障害となり得る二人の幹部を闇に葬り去った計略を知る数少ない人物の一人だ。
その意味においては、彼女の協力者の一人とも言える。が。

「彼女たちは、いい素材だ。きっと大きな仕事をしてくれますよ」
「それは、質問に対するイエスと捉えていいのかい?」
「…ご想像にお任せします、とだけ言っておきましょうか」

163名無しリゾナント:2015/11/04(水) 12:57:51
相変わらず、肝心な部分だけは決して表には出さない。
それがDr.マルシェの「叡智の集積」たる所以ではあるのだが。
まあいい。「鋼脚」は気を取り直す。本音を出さないのはお互い様じゃないか。
いいぞ、こんこん、などと称えるような関係ではもうないのだから。

「おや、どちらへ?」

本来ならば、紺野と「鋼脚」の向かう先は同じ幹部が居を構える区画のはず。
しかし、闇に溶け込むライダースーツは大きく左へと曲がる。

「ちょっとやぼ用でね」
「ああ、確かそちらの方角には。私もたまには様子を見ないといけないのですが」
「よく言う。負け犬には用はないって顔してるぜ?」
「まさか。これでも色々と尊敬してたんですよ? 『彼女』のことを」
「まあ、伝えておくわ」

それだけ言うと、振り返ることなく手を振る「鋼脚」。
彼女たちの立ち位置の違いのように、白衣と黒のライダースーツは、少しずつ、距離を広げていった。

164名無しリゾナント:2015/11/04(水) 12:59:01


地下区画。
打ちっぱなしのコンクリートで囲まれた部屋の中央に、大きなガラス製の水槽があった。
この中には、生命体の傷を急速に修復する溶液が満たされているらしいが。ともかく。

「なあ。お前のかわいい後輩が、お前のこと『尊敬してる』だってさ」

返事はない。言葉は空しく宙を舞うのみ。
それでも「鋼脚」には、ヒステリックに怒り喚く水槽の向こう側の相手の反応を、容易に想像できた。

― そんなこと言って、きっと内心あの子、あたしのことバカにしてるんだから! ―

台詞まで浮かんでくるほどのリアルさ。
ただ、現実として彼女は沈黙している。

手負いの黒豹 ― 黒の粛清 ― は、新垣里沙に傷つけられた体を、水槽の溶液に蕩わせていた。
美しい、黒の光沢を帯びたメタリックボディ。だが、そのあちこちがまるで金属疲労にでも見舞われたかのように激し
くひび割れている。誰の目から見ても明らかな、ひどい損傷。それでも、「鋼脚」は知っている。彼女が最も酷く受け
たダメージはそんな目に見えるものではない。

自らが侮り、下に見ていた後輩に手ひどくやられるどころか、命を失う一歩手前まで追い詰められた。

その事実は、おそらく「黒の粛清」のプライドをずたずたに切り裂いたはずだ。
そして、里沙の精神の手は、彼女の最も触れたくない鉄の心を、強く押した。

体だけのダメージならば、意識を取り戻してもおかしくないくらいのレベルには回復している。
紺野の言葉を信じればそのような状態にあるはずなのだが。「黒の粛清」は一向に意識を取り戻す気配がない。

165名無しリゾナント:2015/11/04(水) 12:59:53
彼女と、粛清人の双璧を成していた「赤の粛清」。
その二人が同時に欠けることは、粛清制度の崩壊を意味していた。
その代用として急遽現場に投入されることになった、「五つの断罪」。「天使の檻」の動乱にも駆り出されるほど重宝
されているようだが、彼女たちはまだ、若い。必然的に、「鋼脚」にかかる負担は大きくなる。

はやくうちを楽にしてくれよ、と訴えかけても、当の本人は眉間に皺を寄せつつ水槽に浮かぶばかり。

「傷心のあまり、現実逃避…って、梨華ちゃんはそんな柄じゃないわな」

ひとりごちつつ、ひんやりと冷たいはずのガラスに手をやった。
わかる。溶液の中、堅く瞳を閉じている「黒の粛清」。けれどその奥には眠っている。

黒き死神に相応しき、漆黒の、復讐の炎が。
仇敵を焼き尽くし、骨すら残さないほどに。苛烈な。憤怒の感情が。
おそらく彼女は、目覚めるだろう。その牙を、新垣里沙に突き立てるために。

けど…それまで待ってらんないんだよな。悪いけど。

「鋼脚」は踵を返す。
拳を交える理由なら、こちらにもある。
けじめだけは、しっかりとつけなければならない。
同じ力を持つものとして。そして、闇に心を食われた人間の、道標として。

166名無しリゾナント:2015/11/04(水) 13:02:53
>>159-165
『リゾナンター爻(シャオ)』更新終了

ちなみに前回更新の最後のさゆの台詞は
こちらからの引用となります
http://www35.atwiki.jp/marcher/pages/1111.html

167名無しリゾナント:2015/11/07(土) 23:56:29
>>159-165 の続きです



最初におかしいと思ったのは。
突如として舞い込んできた、仕事の数々。
聞けば、他の警察機関に属さないフリーの能力者たちも同じような状況だという。
能力が萌芽して間もない少年少女の保護のような仕事から、大組織の隙間を縫うようにして悪事を働く小悪党の
成敗まで。
一つ一つの仕事はそうでもないが、塵も積もれば何とやら。気づけば外部からの電話を取ることもままならなくな
っていた。
旧来の知己を頼ったり、中にはかつての盟友であるリンリンに頼み込んで「刃千吏」の駐日特派員を動かしても
らったり。
とにかくそうして、ようやく身辺が軽くなった愛が自らの携帯を覗き込んだその時。

山のような着信履歴の中から、「愛佳」の名が視界に入る。

かつて読心術の使い手であった影響だろうか。
何となく、嫌な予感がした。
今、自分を身動きが取れないようにしているのが、誰かの差し金なのではないかと。
そして、同じような立場にあったのだろう。すぐさま、携帯がけたたましく鳴り始めた。

「ちょっとちょっと!どうなってんのよ!」
「里沙ちゃん!?」

いつもの"ガキさん節"とでも言えばいいのだろうか。
しかし、どことなく切迫した様子があることに気づき愛佳の着信の件を切り出してみると、ご明察。
里沙もまた、急な仕事の依頼に身柄を拘束されたのに似た状態に陥り、ようやく落ち着いたところで携帯に愛佳
の着信履歴を見つけたのだった。偶然が二つ重なると、それはもう偶然とは言えない。

168名無しリゾナント:2015/11/07(土) 23:57:03


藁にも縋る思い、というのはこういうことを言うのか。
愛佳はそのことを体の芯から実感する。

「もしもし、愛ちゃん?愛ちゃん!」
「愛佳、今、どうなってる?」

光と夢の国、というキャッチフレーズには程遠い絶望的な状況。
文字通り彼女の希望となった愛に、愛佳は自分と若きリゾナンターたちを取り囲む状況を説明しはじめた。

「金鴉」と「煙鏡」と名乗る、二人のダークネス幹部。
彼女たちが、リゾナンターたちを「リヒトラウム」の敷地へと誘き寄せたこと。
さらに偽の予知を愛佳に刷り込むことで、さゆみをまんまと罠に嵌めたこと。
そして、さゆみが倒されたこと。さらに、里保までが。
二人とも一命は取り留めたものの、それでも安穏としてはいられない状況であること。

「そうなんや…そんなことが」
「譜久村たちは、道重さんの仇取るなんて言いよる。せやけど、うちは…」

撤退。
愛佳の思いは変わらない。けれど、横目でちらりと見た聖の意思もまた変わっていないのは明らかだった。
そして恐らく、他のメンバーたちも同じ思いなのだろう。
自分には。彼女たちと共に戦った時間が短い自分には、その強い気持ちを説き伏せることができないだろう。
けれど、かつてリーダーとして若きリゾナンターたちを率いていた愛ならば。
愛佳が愛の電話に希望を見たのは、そういう理由からであった。

169名無しリゾナント:2015/11/07(土) 23:58:07
「愛佳。フクちゃんに代わって」
「ん…はい…」

愛に促され、愛佳は聖にスマホを手渡す。
かつてのリーダーの登場に緊張しているのが、聖の手の震えに表れていた。

「フクちゃん?」
「はい。お久しぶりです」
「状況は愛佳から聞いた。そのダークネスの幹部が、『金鴉』『煙鏡』を名乗っているなら。あーしの知ってる
あの人たちなら。きっと、辛い戦いになる」
「はい」
「そして。さゆが戦えない今、そこにいる若い子たちの指揮を執るのは、フクちゃん。それは、わかるね」
「…はい」

愛の話す言葉を、一言一句、聞き漏らさぬよう神妙な面持ちで聞いている聖。
もしかしたら、高橋さんも反対するのかもしれない。
たとえかつてのリーダーに異を唱えられても、気持ちは変わらない。
けれど、日が落ちた後の夕闇のように、不安が聖の心に迫ってくる。
そんな彼女の耳に届いたのは、意外な一言だった。

「で、フクちゃんは。どうしたい?」

聖は。試されている、と直感した。
もちろん、携帯の向こう側の様子であるからして、愛が今どのような表情でそんなことを言ったのかはわからない。
けれど、感じる。聞こえる。言葉の意味以上に、愛が、里沙が、そしてさゆみが座っている座の意味を、問われて
いる。

170名無しリゾナント:2015/11/07(土) 23:58:56
「聖は…あの人たちのことを追いかけたいです」
「どうして? さゆをやられて悔しいから?」

「金鴉」がさゆみを貫いたあの瞬間。
狂気に満ちた、相手の表情を思い浮かべると、今でも肌が粟立つ。深い、怒りだ。
けれども。

「そういう気持ちがあるのは、否定しません。でも、それ以上に…今、あの人たちを放っておいたら、道重
さんのように、ううん、もっと多くの人が犠牲に…だから…」
「あの二人は強いよ?」
「…勝てます」
「そっか。なら、行っておいで」

聖は、はっきりと「勝てる」と口にした。
慌てたのは愛佳だ。聖を宥めることを期待していたのに、これではまるで逆だ。
聖から携帯をひったくるように奪い、それから口角泡飛ばす勢いで愛に問い詰め始めた。

「ちょちょちょっと愛ちゃん!何や今の!何言うたの今!!」
「フクちゃん、あの二人に勝てるってさ」
「んなアホな!道重さんですら勝てなかった相手を、そないな簡単に」
「あーしは。フクちゃんを信じてる」
「そんな…」

信じるだけで実力差が埋まれば、おそらく今頃はダークネスなどとうの昔に壊滅している。
そう言いそうになった愛佳に、愛とは別の声が聞こえてきた。

171名無しリゾナント:2015/11/07(土) 23:59:55
「もしもし、みっつぃー?」
「新垣さん!?」

何と。
愛の他にも里沙がいたというのか。
折れかけた心が再び、甦る。そうだ。彼女ならきっと。
愛佳は、無言で携帯を聖に差し出した。

「もしもし、譜久村です」
「フクちゃんか…話は大体愛ちゃんとの会話でわかってる。だから、あたしが聞きたいのはただ一つ。あの
二人とさゆみんが戦ってるのを見て、どう思った?」
「…付け入る隙は、あると思います」
「じゃあ、あたしからはもう何も言うことはないね。頑張ってきな」
「は、はい!!」

話の方向が、愛佳が期待していたのとは逆に向かっているのは明らか。
聖から携帯を受け取る愛佳の顔は、今にも泣きそうだった。

「に、新垣さん…」
「何よー、そんな情けない声出して」
「だって…せ、せや!新垣さんならうちの言うてること、わかるやろ!」
「みっつぃー、愛ちゃんが一度言い出したらテコでも動かないの、知ってるでしょーが。それに、今回ばか
りはあたしもフクちゃんの意見に賛成かな」
「え…」

あまりに無謀な若手の突入。それを制止するどころか支持するとは。
思わず昏倒してしまいそうな愛佳を、里沙の言葉がはっとさせる。

172名無しリゾナント:2015/11/08(日) 00:00:51
「フクちゃんがさ、勝てるって断言したんでしょ? そういうの、あんた今まで聞いたことある?」
「…ないです。うちがリゾナンターやった時には、そんなこと」
「だったらさ、信じて応援してあげるのが、先輩ってもんじゃないの?」

正論である。
かつてのリーダーとサブリーダーがそう言ってるのだ。正論にならない、はずがない。

「私も譜久村さんの言う通り、あの人たちには勝てると思います。ゆっくりお話しする時間はありませんが、
根拠ならありますから」
「飯窪…」

愛佳は、後輩たちの顔を交互に見る。
いつの間にか、逞しく成長している。自分と入れ替わるようにしてリゾナンターとなった遥や優樹たち年少
者ですらも。
ベリーズやキュートに立ち向かった時も、彼女たちの姿に成長を見たが。あの時よりもさらに、ずっと。

何や…うちもまだまだ過保護やったんやな…

「わかりました。うちもお二人の意見に、賛成します」
「そっかそっか。でもまあいざって時にはうちらがそっちに…」

突然のことだった。
里沙の音声に、耳障りな雑音が混じり始める。
そして、文字通り、どこからか「割り込む」ものがいた。

173名無しリゾナント:2015/11/08(日) 00:01:31
「どーも、つんくでーす」
「つ、つんくさん!?」
「お取り込み中のとこ、申し訳ないんやけど。俺もそこの二人に用があるんでな。一旦切らしてもらうで」
「ちょ、ちょっと何を…」

泡を食った愛佳が文句を言いかけたところで。
通話は、強引に切られてしまった。

つんくの登場が何を意味するのか。
愛佳にも、そして若きリゾナンターたちにもわからない。
ただ、今はそれを詮索している時間はない。

「とにかくや。道重さんと鞘師はうちに任せとき。うちももう、何も言わん」
「光井さん」
「ただ、道重さんの代わりに、これだけは言わせてや。『気ぃつけて、行ってきな』」
「はいっ!!!!」

8人の声が、重なる。

「でも、あの二人を追うにもどこに行けば」
「あ」

香音のもっともな疑問。
「金鴉」と「煙鏡」の二人がどこに消えたのかがわからなければ、追うことすらできない。

174名無しリゾナント:2015/11/08(日) 00:02:41
「そもそもあの二人は道重さんの他にも何かを目的としてるような口ぶりでしたが」
「肝心の目的がわからんっちゃけん」
「マジすか!ったくじゃあどうすりゃいいんだよ…」
「あれですよ!あれ!トイレに行ったとか」
「亜佑美ちゃんそれはないと思う」
「はぁ…自分ら、それもわからんと『勝てます』なんて言うてたんか」

呆れ混じりのため息をつく愛佳。
そんな中、優樹が思いついたように口を開く。

「確か…かがみの、せかい?」

去り際に「煙鏡」が残した言葉。
鏡の世界で待っていると。鏡…鏡、鏡。さくらが、あっ、と声を上げた。

「佐藤さん、それです!!」
「それですってさくらちゃん何がわかったと?」
「あの実は…あの二人にミラーハウスに連れて来られた時に、下に続く階段を見つけてたんです。もしかし
てそれが」

そのことを裏付けるように、どこからか、腹に響くような音が聞こえてくる。
春菜の超聴覚が、それを正確に捉えた。

「小田ちゃん、ナイス。確かにこの音はミラーハウスからだよ」
「よし!そうと決まれば乗り込むぜ!!」
「あっちょっとくどぅー、待ちなさいよ!」
「まさも行く!!」
「あ、えっと。光井さん、行ってきます!」

瞬く間に、三々五々走り出すメンバーたち。
うちらの頃はここらへんで「がんばっていきまっしょーい!」なんて言うてたんやけど、と過去を顧みつつ。

もう、小うるさい先輩は必要あらへん、か。

何かを決意するような表情の愛佳、その視界には頼もしい後輩たちの後姿が大きく、そして遠く映し出され
ていた。

175名無しリゾナント:2015/11/08(日) 00:03:38
>>167-174
『リゾナンター爻(シャオ)』更新終了

176名無しリゾナント:2015/12/12(土) 02:58:48
大通りから数本外れた静かな路地に待ち合わせの店を見つけたとき私の手は冷えていた
私は地図を折りたたんでカバンにしまい込み、店の中を覗き込んだ
(またか)
今日も彼は来ていないようだ。というよりも店の中にお客はいないようだ
凍える寒空の下で待つメリットなどない、と合理的な私の頭は結論付け、足が勝手に進む
「いらっしゃいませ」とこの店の店長であろうか、声をかけてくれる
この何気ない一言がこの国に帰ってきた、と改めて感じ、この国の人間だと自分を再認識させる

壁に背を向けないと安心できなくなったのはいつからであろうか?答えはわかっているが
私はカバンからさっき買ったばかりのファッション誌を取り出し、注文したカモミルティーを飲み始めた
ファッション誌には色鮮やかな洋服や流行りのメイクで輝く同世代から少し上の女性
自分と遠い世界にいるにも関わらず、近づきたくなる、そんな叶わない願いが浮かんでは消えていく

カランコロンとベルが鳴り、店長が立ち上がったのが視界の端で捉えられた
しかし店長は先程と違い「いらっしゃいませ」と迎えなかった

「Oh! Miki! My precious honey, I’m so sorry for late.」
やってきた客は私の姿を見つけると慌てて駆けてきた40代半ばの米国人だったからだ
「いらっしゃいませ」を英語でなんて言えばわからなかったのだろう
それよりもなぜ外国人がこんなところにいるのという顔を浮かべられるのが経験済みであった私は笑顔で立ち上がった
「Hey Daddy!! What’s happen? You are late for 20 minutes」
「Oh sorry」
「Sorry? Dad, don’t you kid me? ・・・」
アメリカ育ちの私にとってはこれくらい朝飯前だが、これを聞いた店員は驚くであろう
顔だけ見たら純日本人の私が流暢な英語を話しだしたのだから
とはいえ「Daddy」とこの相手のことを呼び、つらつらと英語で間髪入れずに話し出せば、親子なのだなと彼らは感づいてくれる
おおよそ「親子で久々にあったにもかかわらず父親が遅刻し、怒られている」とストーリーを作るであろう
どこの国でも親子の喧嘩はあえて割り込もうとしないはずだ。タイミングをみて、怒っているふりを終えればあとは興味を持たないだろう

177名無しリゾナント:2015/12/12(土) 02:59:33
「・・・そろそろいいかね、ミキ」
「ええ、いいわ」
我々は2分程度、「遅刻したのは隣のベティおばさんがシュークリームを焼いてきたから」とでっちあげの理由で口論した
「しかし、相変わらず可笑しな理由を考え付くわね、あなたは」
「それはミキを楽しませようとする、私のユーモアさ」
当然これらも英語で言っているのだが、店主も、キッチン奥にいた小柄なコックも興味をもたなくなっているので普通の会話に戻している

「でも、遅刻するその癖はどうにかしたほうがいいと思いますよ」
「この場所、わかりにくくてね、正直迷ってしまったんだ」
実際、自分自身も先に来ていたとはいえ、この店を探すに10分かかってしまった
見つけにくいからこそ選んだのだろうが、その選んだ本人もみつけにくいとは皮肉なことだ
ここまで来れば気づいているだろうが、私とこの男性は本当の親子ではない
にもかかわらず、どうして親子のふりを演じているのか

それは私達が特別な間柄だから。変な意味ではない
私も彼も同じ機関に属している同僚、いや師弟関係にある
アメリカにいたころから彼は私の指導教官であり、親子のように支えてくれている大事な人だ
「どうした、チェルシー?まだ怒っているのか?」
彼は私のことを世間体の「美希」ではなく、コードネームの「チェルシー」と呼ぶ
「いいえ、もう怒っていません、というよりも元から演技なのはご存知でしょう?先生」
「いい加減、先生はやめてくれよ。君は一人前の捜査員なんだからな」
そして彼は、ハハハと笑いコーヒーにスティックシュガーを2本入れた

「先生、砂糖の取りすぎはよろしくないのでは?医師からも控えるようにと言われているのでしょう?」
「なあに、医者のいうことは気にしてたら何もできんよ。自分の体は自分で一番わかっている
 薬も飲んでいるしな、調子がいいんだ。チェルシー、安心しなさい。君を置いて私はいなくはならんさ
 それよりもチェルシー、最近調子はどうなんだ?」
「まあまあです。ミキとしての友達もできましたし、学校も通っています」

178名無しリゾナント:2015/12/12(土) 03:00:49
東京に戻ってきた私に与えられた名前は『野中美希』という帰国子女だった
ごく一般的な学校に通い、ごく一般的な思春期を過ごし、ごく一般的な人間関係を築くことが求められた
それは機関であったり、私の対人技術なりで容易に目標に至った
学校では「英語と体育が得意な美希ちゃん」で通じている

「学校ではいじめられていないか」
そこでぷっと笑う。機関出身の私をだれがいじめのターゲットにしようか
「どうした?アメリカ帰りはいじめられると何かの本で読んだぞ」
「先生、心配ありませんよ。私は先生の生徒ですよ。No problemです」
両親を失った私を育ててくれた先生は、本当の親のように私のことを心配してくれる
師弟関係を超えて、先生は私に愛情を注いでくれているのが嬉しい
ただあまりにも親しくなりすぎ、思春期特有の反抗期も迎えているのだが、それ以上に問題があった

機関に所属しているがゆえに私達は親密になりすぎてはいけない、のだ
仲間の、機関の秘密を守るために我々は徹底した秘密主義を叩きこまれた
だから、私は先生の本名を知らない、知っているのは仕事上の名前のみだ
チェルシーが仕事上の名前、美希が社会上の名前、そして本当の名前
私は3つの名前を使い分けてこの世界で生きている

「それならいいのだがな・・・俺も齢のせいか気弱になったな
 仕事のほうは頑張っているようだな。上から聴いているよ」
「ありがとうございます」
彼は今日の新聞を取り出して、私に見せてきた
「これ、チェルシーが原因なんだろ?」
JRの某ハブ駅で起きた原因不明の停電の記事を指してきた

「頑張るのはいいのだが、もう少し静かに動けないものか?」
昨日のことだ。奴らが電車に爆弾を積み込み、テロを仕掛けようとしている情報が入った
私は単独で乗り込み、未然にテロをふせいだ

179名無しリゾナント:2015/12/12(土) 03:01:42
残念なことに無事に事を終えることはできず、送電線が切れることになり、首都圏の交通に影響を出してしまったが・・・
「奴らと出くわしたことはわかっている。しかし、もう少し慎重にしなくてはならないぞ、チェルシー」
先生の独特な云い回しを私は適切な日本語に直すことはできないが、言葉は優しかった
先生は素直に褒めたい気持ちと、機関に所属するが故の葛藤に苛まれているのだ
「密命」を受けて動く私達は何よりも社会に気づかれることを心がけてはならない
昨日の私の仕事はその点で、機関から厳重注意を受けることとなり、こうして先生に呼び出されることになったのだ

「申し訳ありません、先生。私が未熟なばっかりに」
「わかっているのであれば、追及はしない。君も一人前の証が与えられているのだから
 本当ならチェルシー、君に厳しい話はしたくないんだ」
思わず俯く私の肩をぽんぽんと叩き、顔をあげると優しい笑顔をみせてくれた
「ところで、申し訳ないのだが、私も何か注文をしたいんだ
 小腹も満たしたいのでサンドウィッチでも頼んでくれないか?」
私はサンドウィッチを注文し、ついでにコーヒーを2人前追加した

「日本語は相変わらず覚えるのが難しい。まだまだ箸も上手く使いこなせないしな
 チェルシーは器用だな。日本生まれながらも英語をしっかりと勉強し、我々の機関に配置されるのだから」
「いえいえ、私は平凡です。ただ、頑張らないといけない理由が大きいだけです」
「謙遜も日本人の美徳だな。我々には難しいものだ」
サイフォンからこぽこぽ漏れる音が耳に心地よさを与えてくれた

「そうだ、チェルシー、昨日の戦闘で装備が壊れたらしいな
 頑丈さが取り柄の一つだというのに、全く持って難しい」
ロッカーのキーが手渡される
「いつものロッカーに入れておいた。技術部からも注文が入っている
 『チェルシーにはいくら武器を与えてもすぐ壊してくる。困った子猫ちゃんだ』とのことだ」
技術部の面々を思い出し、申し訳なさを感じ、後で手紙を書こうと心に決めた

180名無しリゾナント:2015/12/12(土) 03:02:28
そこにサンドウィッチが届き、先生は食べながら、私に角砂糖をとってくれと頼んだ
「今度はいつもの磁場制御に加えて、目標を自動追尾するようにマーキング機能がつけられているとのことだ
 チェルシー専用の武器、とのことだ。くれぐれも大事に使ってあげなさい
 しかし、このサンドウィッチ、美味しいな。私好みだ。チェルシーもどうだい?」
一切れ頂戴した。パンの甘さと適度な焦げ目のついたベーコン、とろけたチーズ、フレッシュなトマト、ハーブの香り
一喫茶店にしてはあまりにも高貴な味であった

そんな私の感情に気づかずに先生は話題を続けていた
「君が装備を壊しやすいことについては本部も嘆いているぞ。あまりに多すぎてついに私のところにまで連絡が来たよ
 『教官として責任を感じてくれ。またハイラムに会ったときになんて顔をすればいいのかわからないではないか』だと
 全く現場を知らないお偉方様は、簡単に言ってくれるものだな。私は今のままでも構わないと思うがね。」
ハイラム、その名前を耳にし、頭のデータベースが顔の知らない彼の姿を浮かび上がらせた
ロサンゼルス市警所属特殊事件担当だったはずだ、私達の機関の人間ではない

なぜ本部がハイラムさんにそんなに対抗心を抱くかというと、彼の過去の経験にある
彼は私達がかねてから追っている組織のテロの被害を最小限に抑えたという実績を有しているのだ
たった9人で数千人が犠牲になるはずのテロを最小限の犠牲で済ませられた、そんな奇跡を彼は可能にした
本部のコンピュータで調べる限り、そこには私と同じ日本人が関わっていたというのだ
それもたったの9人、正確には2人は中国人ではあったが。

そんな神業みたいなことができるのであろうか?
疑うことしかできないが、事実としてデータベースに残っているのだから信じるしかない
しかしその9人の情報は一切記されておらず、どんな人物なのかわからなかった
興味本位で調べようとしたが、先生にも、他の教官からも止めるように言われ、なくなく諦めた
調べられたのは9人が自らを『リゾナンター』と名乗っていたことと、リーダーが20歳を少し超えた女性であること
他の8人については非常に情報が乏しく、参考になるものは一つもなかった
戦闘のスペシャリスト、なのだろうか、彼女達は・・・

181名無しリゾナント:2015/12/12(土) 03:03:02
「それから本部からもう一つ報告書をはやく出してくれとの催促もあった
 色々と忙しいのだろうが、君の報告を楽しみにしている者もたくさんいるのだから
 まあ、私もなかんか自分の仕事がたまっているので困っているのだがね」
一人で日本に帰ることとなり、普通の生活を送るためにはそれなりの普通の人間関係を築かなくてはならない
それは楽しいようであり、苦しいことであった。この任務が終わったとたんに永遠の別れが決まっているのだからだ
それは機関に所属する身分として避けては通れぬ掟であり、悲しいことだが、いつの間にか慣れてしまっていた
だからこそ、普通の少女と過ごす私の中に時折冷めた自分に気付き、楽しいはずの時間を冷静に捉えてしまう
勿論それは普通の人には気付かれることはないのだが、自分らしさを失っている気になる
仕方がないこと、それは全て・・・

昨日もそうだった、奴らが動き出した情報が入り一人で現場に向かった
機関からの装備で簡単にその場を制圧した
しかし、奴らの一人が残した言葉がなぜだろう?胸に残って離れない
「何が『ガキだから余裕』だ……こいつの強さ、リゾナンター並じゃないか」

どこかに埋もれていた記憶が呼び起こされた
なぜそんなに興味が出たのか、魅かれているのかわからない
ただ、その「リゾナンター」に私はあってみたい
この仕事を、世界にいればいずれは会えるのであろうか
きっとその時には、私はもっと・・・

「さて、そろそろ、私は帰るとしよう。チェルシー、カバンをとってくれないか?」
最後の最後までコーヒーの優しい香りに包まれ、先生とともに私は店を出た
店の中を名残惜しそうに先生は覗き込んだ
「・・・この仕事でなければもう一度来れるものなのにな、残念だ」

ええ、その通りです
私ももう一度訪れたいと思う、素敵なお店でした
でも、規則は規則。二度と訪れることは許されない
だから、店の名前だけを永久の記憶に刻み込もう
店の名前は『リゾナント』

182名無しリゾナント:2015/12/12(土) 03:05:24
>>
「水鳥跡を濁さず」です。
前回チャットでの設定から想像しました
時間がなく、設定が浅いかもしれないですが明日のチャットの前菜にでもどうぞ

183名無しリゾナント:2015/12/12(土) 09:15:05
おお!チェル編きたー!これは楽しみ♪転載行ってきます

184名無しリゾナント:2015/12/14(月) 23:21:34
久々に。



この場所に来るたびに、たくさんの記憶が甦る。
その中で私は、大半、ずぶ濡れになっていた。
頭からつま先まで、じっとりと重くなった身体をプールサイドに乗せて天井を見上げている場面が多い。
その姿に、情けなくないといえば、嘘になる。


―――「水を理解したかったら、自分もちゃんと水に曝け出さなきゃダメだよ」


最初に訪れたのはいつだろうとふいに思う。
今日の日付を西暦で頭に浮かべ、イチ、ニイと指を折って数字を引いていく。
ああ、もう5年も前になるのかと、改めて、月日の重さを感じ取った。


―――「成長、できた?」


ただひたすらに、走り続けてきた。
自分の信念を貫くための、闘いだった。

185名無しリゾナント:2015/12/14(月) 23:22:06
すべて、自分で決めたことだ。
訳も分からずに、ただ自らの信じた「正義」のために、ひたすらに血の雨を降らせてきたこの5年。
闘いを喜びとは思ったことはなかったが、背中を合わせて、肩を組んで共に立ち向かってきた、この5年。
決して無意味ではなかった。
だけど、私は5年で、何を得たのだろう。
そして、何を失ったのだろう。

鞘師里保はひとつ息を吐き、プールサイドに腰を下ろした。
水面は微かな風に揺れるも、空間には「凪」が広がり、しんと静寂が支配している。
この無音の中で、生が息吹く瞬間を感じ取ることはたやすい。
とくんとくんと撥ねる心臓は、此処にひとつしかない。

その心臓を、里保は何度も、抉ってきた。
もちろん、自分のではない。
他者の、名もなき「敵」たちの、生を、だ。

正義という大義名分を抱えても、所詮は人殺しだ。
世界の平和とか、人類の恒久のシアワセとか、御託だけならいくらでも並べられる。
“闇”に対抗するための絶対的な“光”であり、ジョーカー。それが、リゾナンターたちの共有するただひとつの、「共鳴」。
その共鳴は静かに響き、同心円状に広がっていった。

186名無しリゾナント:2015/12/14(月) 23:22:52
共鳴の発端が誰であったのか。
里保はそれが、4年半前に此処から歩いていった、一人の女性だと聞いている。
その人と交わした言葉は少ない。だが、彼女は圧倒的な“光”だった。
何度か顔を合わせ、ともに闘った日々の中で、里保は漠然と、その人への憧れを募らせていたのかもしれない。
一緒に居る時間はあまりにも短く、その憧れが、いつしか自分の使命へと変わっていったのも自覚していた。
真っ赤な使命は中心に座し、それが里保の「共鳴」の根幹ともなった。

それから暫くしないうちに、次々と先代たちが旅立っていった。
理由は一様ではない。
上層部と呼ばれる男たちとの対立や、能力の跳ね返りによる身体的負担、あるいは別の能力を有した仲間を連れていった者もいる。
リゾナントの扉を叩いて5年。
何もできずに膝を抱えて泣くことの多かった末っ子の里保は、いつの間にか、仲間の中でもトップに近い場所に立たされることになっていた。


―――「捕まえてみせますよ、田中さん」


あの頃に立てた誓いを、私は果たすことができたのだろうかとぼんやり思う。

187名無しリゾナント:2015/12/14(月) 23:23:25

―――「れなは負けんよ。なんでもいちばんじゃないと、気が済まんけんね」


果たせないまま終わるのだけはごめんだった。
たとえ自己満足だったとしても、言い出したからにはやり遂げたかった。
圧倒的ともいえる力の前に無様にひれ伏すことなく、どんな洪水が訪れても揺るがない、大木のようになりたかった。


だからこそ、ひとつの結論を出した。
考えて考えて考えて考えて、考え抜いた末での、結論だ。
もう決して揺らぐことはない、17歳の、決断だ。
幼くて危ういことは理解していた。
自分にどれだけのものが背負えるのだろうと、自惚れるなと言い聞かせる。
私にできることなんて限られている。分かっている。分かっているつもりだ。
それでも私は、前に進まなくてはいけないんだ。
自分自身を、鞘師里保と云う存在に対し、責任をもって、向き合わなくてはいけないんだ。


―――「信じとーよ、さゆも、絵里も。そして、鞘師のことも」


塩素の匂いが鼻を掠める。
この場所に来ると感傷に浸ってしまうのは、いつも此処が、里保のスタートラインだったからかもしれないと思う。

188名無しリゾナント:2015/12/14(月) 23:23:57
見送ってきた、たくさんの先輩。
その背中に追いつこうとがむしゃらに駆けてきた時間。
行く手を阻むものは一人残らず斬り捨ててきた。

その人生を、捨てる訳じゃない。
この場所を離れたからと言って、闘いの日々からは逃れられない。
斬ってきた無数の生命を背負って、この人生の幕をおろすその日まで、罪と罰を考えながら、それでも自分の「正義」のために、生きていくんだ。
もっと、もっと、もっと強くなるために。


―――「そんなこと、鞘師は、しない」


そんな中、やはり色濃く残るのは、あの人の言葉だった。
初めて出逢ったあの冬も、地下プールを壊し始めたあの夏も、コインをひっくり返されて自分を失いかけたあの春も。
すべての時を超えて過ごした、あの人との最後の秋。

平和の音が聴こえるまで傍にいてくれると誓い、
感情の刃ですべてを壊しかけたその瞬間さえも、バラバラになる心を繋ぎとめてくれた、あの人のこと。

189名無しリゾナント:2015/12/14(月) 23:24:28
ああ、私は、“あの人”を追いかけていたのだろうか。
共鳴の発端であったとされる彼女ではなく、歴代最強と謳われ、新しい仲間とともに歩き出した彼女でもなく。
歴代最弱とも揶揄され、それでも静かに時代を紡いできた、“あの人”のことを。

「……さんっ……」

その名を呼ぼうとした、瞬間、だった。
背後に微かな気配を感じ、身を翻す。
途端、今の今まで里保が座っていた場所に、鋭く何かが振り下ろされた。
何が起こったのか。
奇襲かと舌打ちしかけた里保の前に、

「あー!もう!あとちょっとだったのにぃ!」

そんな言葉が降ってきた。
思わず眉をひそめ、そして「え?」と返してしまう。

眼前に佇むのは、ひどく不機嫌に眉間にしわを寄せ、前髪をぐしゃりと乱暴にかき上げた、佐藤優樹だった。

190名無しリゾナント:2015/12/14(月) 23:25:49
>>184-189
ひとまず導入だけ
タイトルは最後に

191名無しリゾナント:2015/12/22(火) 18:04:07
新スレ立っていませんが>>190つづきいきます


-------

今、目の前で起きている「現実」を把握するまで、たっぷり10秒は必要だった。
だが、10秒以上経っても、これが「奇襲」なのか、それとも予告なしの「演習」なのか、理解はできなかった。

分かっているのは、あとほんの僅かでも反応が遅かったら、斬られていたかもしれないということだ。
斬られる…?
里保は咄嗟に、そう、思った。
つまりこれは、闘いだ。
だが、いったい何のための?何のための闘いだ?
優樹は、何の目的で自分に襲い掛かったのだ?

里保は高鳴る鼓動を抑えながら、右手の平に力を込める。
何が起きたかはまだわからないが、常に「此処」には、武器を携えておくべきだと判断した。
そして、詠唱を始める寸前で、彼女が手に持つそれを、しっかりと、見た。

「さやしさん、たおします!」

それは、デッキブラシだ。
床を磨く先端はなく、柄の部分だけを木刀のように振り回した優樹は、一足で里保の懐に入ってくる。

192名無しリゾナント:2015/12/22(火) 18:04:48
理解が追いつく前に、素直に、迅いと思った。
慌てて距離を取る。ぶんと勢いよく一文字に振られたデッキブラシが、里保の鼻先を掠める。

倒すって、倒すって、なに?

優樹に理由を問いただす前に、再び攻撃が走る。
二歩三歩と後退していく自分がいる。
事態は呑み込めてはいないが、このまま防戦一方になってはいけないと、再び右手に意識を持っていく。
まだ詠唱は始めていないが、やはり、手元に水の刀を呼ぶ必要がある。

それにしても、優樹の考えが読めない。
本気で、倒す?倒すって、うちを?なんで?

いつだったか、珍しく新幹線で移動しているときのことだ。
彼女は里保に「さやしさんたおします」と告げたことがあった。
それが何を意味するのかすぐには把握できなかったが、よくよく考えれば、座席のリクライニングを倒すことだと、答えには行き着けた。

でも、今回の「倒す」は、どうもそれとは訳が違うようだ。

「やっさんが、行っちゃう前に、斃します!」

そう、「倒す」ではなく、「斃す」なのだ。
優樹はヒュンヒュンと軽くデッキブラシを振り回し、改めて構えた。

193名無しリゾナント:2015/12/22(火) 18:05:39
「刀の使い方を教えてください!」と散々言われて、しょうがなく教えた基本の構えがある。
今の優樹は、そんなことを堂々と無視し、我流を貫いている。
教えたのに意味がないとも思うが、その構えは少しだけ、「右院刀」に似ていてぞくぞくする。
門前の小僧か、あるいは天性の才か、優樹は時に、里保の想像を軽く越えてしまう。
それがきっと、羨ましいんだと思う。

限界のないその先を、堂々と歩くことのできる彼女が。

「斃すって、どうやって?」

だからだろうか。
いつの間にか、その勝負に乗ろうとしている自分がいた。

「落ちたら負けです!」
「落ちたら……?」
「プールに落っこちたら!やっさんの!負けっ!!」

一本取るでも、気絶するでもない、分かりやすくシンプルな勝負だ。
なるほどそれでかまわない。

まずは、「闘い」に相応しい武器を持とうと、里保は優樹に背を向け、用具室へと走った。
途端、目の前に彼女が現れる。思わず舌打ちしたくなる。
彼女の有した“瞬間移動(テレポーテーション)”は、実に厄介な能力だと思う。
こちらの予想を裏切る速さは、里保をひたすらに、興奮させる。
闘いは喜びでないと謳うくせに、自然と口元が、緩むのだ。

194名無しリゾナント:2015/12/22(火) 18:06:18
振り上げられたデッキブラシを避け、用具室へと体を滑り込ませる。
室内は薄暗く、かなり埃に満ちていた。
一息吸ったら一瞬で喘息になってしまいそうなほどの汚さに苦笑しつつ、壁際に立てかけてある箒を手にする。
一番手前にあったものが、結果的には手に馴染んでくれそうだった。
里保はそれをぐるんと回転させ、優樹へと振りかざした。

鋭い風切り音。そして微かに、血の香りがする。
どうやら鼻先を掠めたらしい。

「……迅いですねー」

数歩後退し、鼻を擦る優樹のそれを、褒め言葉として受け取っておく。
冗談じゃない。迅いのは、優樹ちゃんのほうだ。そう里保は思いながら、用具室を出た。

プールサイドで、一度、箒を握り直す。
汗でしっとりと濡れた手の平から、その木の棒は滑り出でてしまいそうになる。
この状況で武器を手放すことは、「負け」を色濃くさせてしまう。
震える身体を落ち着かせようと深呼吸をした。
そういえば、優樹とこうして一対一で真剣に向き合ったことは、一度もなかったっけと思う。

鍛錬の一環で、リゾナンター同士が手合わせをすることは何度もあった。
だが、優樹との手合わせの記憶は、ない。
いつも彼女は工藤遥や小田さくら、最近では後輩の野中美希とやり合うことが多い。
別に里保のことを避けているわけではないのだろうけど。
何かを「教わりに」くることはあっても、「対決を挑む」ことは、数える程度しかなくて。
そのたびに里保は、理由をつけて断っていたんだ。

195名無しリゾナント:2015/12/22(火) 18:06:54
 
 
本当は、怖かったのかもしれない。
底知れぬ力を持つ優樹に、負けるかもしれないという恐怖を抱いてしまうことが。


優樹はとんと左足で地面を蹴り上げた。
中空に数秒浮いたかと思うと、再びその姿が、視界から消える。
“瞬間移動(テレポーテーション)”の発動だとはわかるが、次に彼女がどこに出現するかまでは、予測できない。
足掻いても仕方のないことだとは思うが、相手の姿が見えないことは、恐怖だ。
何処だ?
何処から彼女は来る……?

―――「―――」

一瞬、空気が震えた気がした。
左か。
箒を構えると、しっかりと、相手のデッキブラシと噛み合う。
反応されたことが不服だったのか、優樹は眉間にしわを刻み、さらに力を込めてくる。
ぐいっと押し返すと、優樹が数メートル先のプールサイドに着地し、再びこちらに向かってきた。
真正面から鋭い斬撃が、3回。
大振りなため、剣筋は見える。
だが、いずれもその力が、重い。万が一にも頭に喰らったら、ひとたまりもない。

里保は流れるようにデッキブラシを避け、右足を軸にして、身体を回転させる。
勢いそのままに、居合抜きの要領で箒を向ける。
優樹はぐいんと背中を反らし、反動でデッキブラシを振り下ろす。
やばい。と、受ける。

196名無しリゾナント:2015/12/22(火) 18:07:29
がちぃっと、木と木が当たる鈍い音が響いた。
一瞬手がしびれそうになる。
優樹はすぐさま離れたかと思うと、間髪入れずに次の攻撃に転じてくる。
やみくもにデッキブラシを振り回す様は、剣道や居合の基礎なんて完全に無視している。
だが、きっと、「実戦」という意味では、理に適っている。
基本がない分、教科書やマニュアルが通用しない。
相手の心を読み、先を予測しようとしても、本人が次、何処に攻撃するかを考えていないのだ。
それこそ、自らの感性とその場の空気を察して瞬間瞬間で身体に任せて剣を振るう以上、先読みなど、無意味だ。

「やああああっ!!!」

我流という言葉は、恐ろしい。
無鉄砲で、無茶苦茶で、破天荒で、良識も常識も境界もない。
一つひとつの攻撃を受け流し、傷つかないようにするので精いっぱいだ。
とてもではないが、反撃の余地もない。
体力も有り余っているのか、優樹のスピードはさらに上がり、その斬撃の重さも増していく。
それがそのまま、今の優樹の力だと理解する。
いつの間にか、本当にこの首を刈り取られるところまで来てしまったんだなと実感する。


―――「鞘師さんは、永遠をどう思いますか?」


リゾナンターという組織を今後引っ張っていく中で、重要な立ち位置に居るのは、後輩のさくらだと感じていた。

197名無しリゾナント:2015/12/22(火) 18:07:59
彼女の有した“時間編輯(タイムエディティング)”は、時の流れという人が侵してはいけない禁忌への挑戦ともいえた。
その術の跳ね返りは強く、まさに生きるか死ぬかの瀬戸際を何度も経験している。
そんな彼女だからこそ、この場所を託すのにはふさわしいと里保は感じていた。

だが、もしも。
もしも、これまでこの場所に立ち続けた里保の首を刈り取ろうとする人間がいるとしたら。
それに相応しいのは、きっと、優樹なんだ。


―――「さやしさん、たおします」


誰に臆するでもなく、堂々と力を込めて宣言する彼女は、その資格がある。
何より彼女には、底知れぬポテンシャルがある。
それは、里保の有する「狂気」ではなく、本物の、「可能性」だ。


―――「破壊と絶望を振り翳し、世界を統一するための、狂気を」


私が失ったのは、理性だったのかもしれない。
人として、女性として、最後の犯してはならない領域。
護らなければならない尊厳を、あの日、私はあの黒雲の下で曝け出して、失った。
そんな私を斃すのは、境界など関係なく、すべてを超えていく、優樹ちゃんなんだろうか。

198名無しリゾナント:2015/12/22(火) 18:09:38
>>191-197
ひとまず以上です
新スレ立ちましたらお手数ですが代理お願いいたします

199名無しリゾナント:2015/12/22(火) 22:11:08
スレ立てんで転載行ってきます

200名無しリゾナント:2015/12/23(水) 22:04:47
>>190つづきです



「やっっっっさんっっ!!」

途端、優樹の剣圧が場を支配する。
はっと意識を戻されたかと思うと、優樹の刀―――デッキブラシがすぐ眼前へと迫っていた。
慌てて受けようとすると、インパクトの寸前で、ブラシが消えた。

え?と思った瞬間、右わき腹に鋭い痛みが走った。
そのまま弾かれ、数歩、よろけた。

見事に、右わき腹へヒットした。

「よそ見!しないで!!」

だが、彼女は一発こちらに当てたことを喜ぶでもなく、怒声を上げながらデッキブラシを振り下ろしてくる。
ギリギリギリと、彼女の力によって押されていくのを感じる。
両足で必死に踏ん張るが、先ほどの打撃によってうまく力が入らず、渇いたプールサイドを滑っていく。
なんという力だろうかと奥歯を噛みしめるも、徐々に身体はプール側へと押されてしまう。

201名無しリゾナント:2015/12/23(水) 22:05:49
冗談じゃないと右手首に力を込め、くるんと箒を回転させた。

「あわぁっ?!」

力の支点がズレた優樹は目を丸くし、勢いそのままにプール側へと身体を投げ出される。
そのまま水面を揺らそうかという寸前で、その姿は消えた。

「……それ反則じゃない?」

誰もいなくなった空間に苦笑しながら、里保は呟く。
はぁ・はぁっと短く息を吐き、「落ちたら負け」というルールが、優樹にとって有利であることに今さら気づいた。
水面を掠める前に能力を発動する限り、彼女が負けることはない。
確かにこちらは“水限定念動力(アクアキネシス)”を有している。
水砲を撃ち上げて優樹を攻撃することは可能だが、「プールに落ちないために」も有利になりうるのだろうか。

思考を纏めようとすると、再び風の音を感じる。
考えさせる暇を与えてくれないなと振り返る。
しっかりと箒とデッキブラシが噛み合う。
いつも後手に回る。
“音”を感じ取るだけでは、まだ、遅いのか。


―――「ちゃんと、聴こえるよ。安息の、優しい、そう、“平和の音”みたいなやつがさ」


一度、同期の前でそんな話をした。
同期の誕生日の夜に、生命を散らした敵の前で。いつかその音を聴けるようにと、途方もない祈りを捧げたんだ。

202名無しリゾナント:2015/12/23(水) 22:06:33
果たして私は、その音を聴けたのだろうか。
この耳で、この心で。
数多くの人を斬り、矛盾するように涙を零し、闘い続けたこの5年間で。
そしてなお、強くなるために歩いていこうとするこの先の未来で。
私はその音を、聴けるのだろうか。

優樹の音ですら、感じ取れるのが精一杯なのに。

「……刀、重いね…いつの間に、練習したの?」

膝を曲げて堪えながら、話を逸らすように里保は問うた。
優樹はといえば、褒められていることに気づいていないのか、それともここで一気に肩をつける算段なのか、応えない。

此処で押し負けたら、必ずプールに落ちると確信があった。
だが、支点をズラしたところで、また優樹の“瞬間移動(テレポーテーション)”によって阻まれるのは目に見えている。
能力を発動されてもなお勝てる方法を見つけなくてはいけない。
現状、すべては後手に回っている。
優樹が能力を発動する瞬間、あるいは、発動して出現するポイントさえわかれば、まだ方法はある。
その両方を悟る方法を見つける前に叩き落されたら、実に情けないが。

優樹は一度身体を引くと、腰を落とし、床に左腕を立てて全身を支えた。

「うぉっ!?」

203名無しリゾナント:2015/12/23(水) 22:07:45
まるでブレイクダンスをするように、左腕を軸にして優樹の身体がぐるりと回る。
コンパスの針はしっかりと地面に刺さり、脚は円を描いて里保の足元をすくった。
バランスを崩し、必死に立て直そうとする前に、優樹がまた眼前に迫っている。
一つひとつの動作が迅すぎて、把握するだけで精いっぱいだった。

尻もちをつきそうになるのをこらえ、右手一本で優樹の攻撃を受け止める。
が、力負けし、ついに背中をプールサイドにつけてしまう。
優樹は此処で決めてしまおうと、大きく振りかぶる。

甘い。と思った。
相手が斃れた瞬間は、勝負を決する瞬間だ。
だが、一撃で決めるのではなく、短くも確実な連打を入れるのがセオリーだ。

里保は腰を上げて両足を浮かせると、上体をばねにして彼女の腹部を蹴り上げた。

「っ……!」

胃液が出るのをこらえるように、優樹は2、3歩下がる。
再び里保は立ち上がると、今度は自ら攻撃を仕掛けていった。
腰を低く落とし、セオリー通り、短い斬撃を繰り返す。

優樹はその一つひとつを捌いていくが、捌ききれないいくつかの打撃が、肩や膝を掠める。
そのうち優樹のほうが耐えきれなくなり、捌くのではなく、しっかりと箒同士をかち合わせた。
重い一撃に、お互いの手が痺れる。

204名無しリゾナント:2015/12/23(水) 22:08:18
優樹の速度は、確かに里保を超えているかもしれない。
だが、その斬撃の強さは、まだ、里保のほうが上なはずだ。

「……鞘師さんっ…おもいっ…」
「……体重が?」
「ちっがいますっ!」

自虐するように言ったものの、ちっとも相手は笑おうとしなかった。
普段の優樹ならば、楽しそうに何処かのアニメのキャラクターのように、腹を抱えて笑ってくれそうなのに。
いつの間にか、大人になっていく。
身長も伸びて、前髪も伸びて。
だけどきっと、変わり切れない子どものままなのは、私だけなんだと思う。

だからこそもっと、強くなりたいんだ。
もう子どもじゃない。年齢だけじゃなく、経験も、人としての器も、大人になりたいんだ。

里保は手首を返し、再び力の支点をずらした。
先ほどと同様に、優樹はぐるんと大きく宙に浮かび、回転する。
が、今度は“瞬間移動(テレポーテーション)”を使わず、中空でその体躯を伸ばしたかと思うと、ばねのように跳躍した。

「なっ……!」

身体を宙に浮かせ、重力がゼロになった瞬間に膝を曲げて“飛んで”くる。
まるでそれは、天から落ちてくる稲妻のようだった。
いや、さながら願いをかなえる、シューティングスターか。

205名無しリゾナント:2015/12/23(水) 22:09:00
 
 
―――「田中さん、息吸って下さい!!」


そういえばあのとき、“水の壁”とともに落ちてきたのは、私だったなとぼんやり思い返した。

恐らくそのとき以上に強い重力とともに鋭い速度で落ちてきた優樹は、全身の力を込めてデッキブラシを振り下ろす。
箒で受け止められる力ではないと覚悟していた。
だが、それでもほかに方法はなかった。
里保は箒の両端をしっかりとつかみ、優樹の懇親の一撃を受けた。

衝撃波が走る。
ぶわっと風が舞い上がり、里保と優樹の髪を揺らし、水面を揺らして逃げていく。
ぐぐぐっと堪えていると、鋭い音とともに、亀裂が入った。

ああ、折れる!

直後、鈍い衝撃音が破裂し、箒は真っ二つに砕けた。

だが、優樹のほうもただでは済まなかった。
彼女の額には、衝撃によっていくつかの切り傷が入り、一筋の鮮血が垂れ始めた。
同時に、デッキブラシも折れ、宙に高々と舞った。

相打ちか。
そう思った意識こそが、里保の甘さだった。

206名無しリゾナント:2015/12/23(水) 22:09:40
 
優樹は折れて宙に浮いたデッキブラシに、痺れが残っているであろう左手を伸ばした。
そして、その長い指先で、しっかりと、掴んだ。

ああ。

ああ。と里保は思う。

ああ、これこそが。


洪水が来ても倒れない、大木の、強さだ―――


優樹は左手を一気に振り下ろす。
里保はガードする余裕もなく、そのデッキブラシを右肩に受けた。
あまりにも重い一撃が身体を駆け抜ける。
そのままよろめいてしまうと、間髪入れずに二撃目を腹部に受ける。
受け身を取れず、勢いそのままに、里保はプール上へと投げ出された。

207名無しリゾナント:2015/12/23(水) 22:11:03
>>200-207 ひとまず以上です
転載できる方が居ましたらよろしくお願いいたします。


=======
前回転載してくださった方ありがとうございました
コメントをくださる方もありがとうございます励みになります

208名無しリゾナント:2015/12/25(金) 22:15:35
>>200つづきです


落ちる。

即ち、敗北する。

その覚悟ができた瞬間、まるで走馬灯のような映像が、走っていく。
たくさんの記憶が、経験が、過去が、思い出が。
エンドロールを見ているように、流れていった。

此処に来て5年。
「鞘師里保」としての5年は、同い年の女の子が経験するそれとは、異質の時間だったと思う。
生まれついての特殊能力を生かせる場所は、此処しかなかった。
この門をくぐることは、「普通」を捨て、「非人道的」な道を歩むことだった。
何人もの人を斬り、血という名の、紅い雨を降らせてきた。

赦されるはずなどない。
赦されて良い訳がない。

それでも私は、闘ってきた。

209名無しリゾナント:2015/12/25(金) 22:16:08
ただ強くなるために、地下鍛錬場のプールで水砲を打ち上げ、
あの背中に追いつくために、水柱とともに3人で鬼ごっこを繰り広げ、
大切な約束の丘の上で、雨が雪へと変わる中で想いを託されて、
此処に集った者たちと、決意の杯を交わしながら年を越え、
生と死の狭間で自分を見つめるために、その“音”を必死で耳にして、
淡雪の中で赦されない罪と対峙し、それでも見捨てないでと吐息を吐いて、
己の中に飼った狂気と対峙し、それでも信念のために闘ってきた。

そしてもっと、強くなりたいと願った。
誰かに頼るのではなく、陰に怯えるのではなく、ひとりでも、強く、逞しく、生きていきたいと思った。


―――「鞘師のこと、信じてるから」


水面に髪の毛先が触れようかという寸前、その声が浮かんだ。
“信じる”という言葉は、口にするのは容易い。
だが、実際にそれを心に灯し、相手を包み込むのは、難しい。
それを、彼女はなんの衒いも迷いもなく、やってのけた。

何の力もない私を。
弱い私を。
不器用な私を。
怖がりな私を。
ただ暴れるだけの私を。

210名無しリゾナント:2015/12/25(金) 22:16:38
何も語らずに、優しく包み込んで愛してくれたその人は、途方もない強さを有していた。

そんな強さが、私は欲しかったんだ。
その強さを得るために必要なこと、そう“信じる”ことを教えてくれたのも、あの人だったんだ。


「――――――」


里保は瞬間、大声で詠唱した。
プールの水が意志をもったかと思うと、ビリビリと風圧が場を支配し、空気を震わせる。
優樹が目を見開くのと、水面の上で里保の体が大きく撥ねるのは、ほぼ同時だった。

「あっぶな……」

里保は何度か水面で撥ねたあと、その上に、胡坐をかいた。
何が起きたのか、優樹は瞬間には把握できなかった。
だが、里保がその上に立ち、とんとんとジャンプするのを見て、理解した。

「“水限定念動力(アクアキネシス)”……ですか?」
「うん。表面だけを少し固めれば、即席のトランポリンになるみたい」

こんなふうに能力を発動させることはなかったためか、どこか他人事のようにつぶやく。
これまで、水を刀のように固めて振るったり、水砲を撃ち上げたりすることはあっても、直接打撃系以外の、そう「武器」以外として水を操ることは少なかったように思う。
こうやって応用することもできるんだって、いまさら気づく。
遅いなあ。もっと早めに気づいても、良かったんじゃないかなぁ……

211名無しリゾナント:2015/12/25(金) 22:17:19
それだけ私は忘れていたんだ。
自分を信じるということを。

「……やっさん、ズルい」
「“瞬間移動(テレポーテーション)”で水に落ちないようにする優樹ちゃんに言われたくないなぁ」

わざと挑発するように言って、「そんなことより」とちょいちょいと指で招く。

「勝負はまだ、終わってないよ?」

優樹はむぅっと頬を膨らませ、プールサイドを駆け出した。
そのまま大きく跳躍し、トランポリンと化した水面へと、飛び込んでくる。

「……ごめんね」

里保はそれを待っていたかのように、膝を曲げて、強く、高く、跳躍した。
優樹よりも、さらに、上に。

「え……?」

飛び込もうとした優樹の身体は、重力に従ってゆっくりと落ちていく。
トランポリンと化したはずの、水面の上に。

優樹は、まさかと思い、眼下に広がるプールを見つめる。
先ほどまでしっかりと固まり、息を殺していた水面が、風に揺られて動きを取り戻していた。
瞬間、理解し、息を呑む。
里保の能力―――“水限定念動力(アクアキネシス)”―――が、解除されている。

212名無しリゾナント:2015/12/25(金) 22:17:52
慌てて自分の能力を解放しようとするが、その左手を、中空で、里保が掴んだ。

「恨みっこ、なしだよ」

その言葉の直後、全体重が優樹の双肩に圧し掛かる。
水面が息を吹き返し、水底からうねりを上げて立ち上がった。
ぐわぁっと大きく口を開き、優樹を呑み込もうとする。
それはまるで、水龍が、人を食わんとする姿に、よく似ていた。

「やっっっさぁぁぁぁん!!!」

優樹の能力が発動する瞬間はわからない。
だが、発動させようと意識してから実際に行使されるまでには、少なからずタイムラグが生じていた。
僅かな時間だが、彼女自身が水上に飛び込んで来たなら、それを捕まえることは、決して難しい問題ではない。

里保は双肩から手を放し、優樹の身体を空中で押し出して、距離を取った。
彼女が悔しそうに唇を噛み、顔をゆがめている。
少しだけ、泣いているようにも見えたけれど、だからこそ里保は、眉を下げて、困ったように、笑った。

「んんんもう!!」

優樹は水に掴まれ、そのままプールへと沈んだ。
水しぶきが派手に打ちあがるのを確認し、里保は再び水を引き上げた。

213名無しリゾナント:2015/12/25(金) 22:18:24
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ふたりして、固められた水面の上に身体を大の字に投げ出した。
優樹はずぶ濡れの身体を乾かすことなく、天井を仰ぐ。
この間修理したばかりの照明は、煌々と優しい光を注いでくれる。
どちらからともなくため息を吐き、「ずるい」「ずるくない」の応酬をした。
勝負だもん。でも反則。優樹ちゃんだってチカラ使った。そうですけど。じゃあずるくない。でもずるい。ずるくない。

「……勝ち逃げは、ずるいです」

すん、と鼻水をすする音がプールに響いた。
静かな空間にはずいぶんと大きく共鳴するものだ。

「たなさたんも、みにしげさんも…やっさんも。まさ全然、超えられてないのに」

最初に優樹に逢ったとき、里保は不思議な感情を抱いた。
「天真爛漫」という言葉がよく似合うのだけれど、それだけでは片づけられない「何か」を持っている気がした。
首を刈ろうと大きな鎌を携えたその少女は、天使にも悪魔にも見えた。
でも、先ほど、折れたデッキブラシに左手を伸ばした優樹は、何処にでもいる、だけど何処にもいない、唯一無二の16歳だった。

次の世代を牽引するのは、やはりこの子なのかもしれないとぼんやり思う。
いや、ある種それは、期待であり、願いだ。

「優樹ちゃんなら大丈夫だよ。うちなんかより、全然」
「やっさんは!凄すぎるんです!」

優樹の声は、よく響く。
意志をもち、未来を見据える若者の叫びは、いつだって、大きいのだ。

214名無しリゾナント:2015/12/25(金) 22:18:58
「刀だけじゃない!“水限定念動力(アクアキネシス)”だけじゃない!体術だけじゃない!ぜんぶぜんぶ、ぜーんぶ!全部凄いんです!」

優樹は身体を起こして叫ぶ。連られるように、里保も上体を起こした。
すると、優樹は里保のシャツの胸ぐらをつかんでくる。ずいぶんと乱暴なことをするなと妙に冷静に観察する。

「まさだけじゃない!みんなそう思ってるんです!」
「………優樹ちゃんは、凄いんだよ」
「そうじゃないんですっ!そうじゃ…そうじゃないっ……」

もう、後のほうは、涙が混ざったような声になっていた。
シャツを引きちぎらん勢いで、優樹はぐいぐいと腕を動かす。
訴えたい思いは、言葉にならない。
だが、固められた水面の上に落ちたそれは、沈むことなく、そこに揺蕩う。
優樹は何度も「鞘師さんは」「さやしさんっ、が」「さやしさんは!」と名前を呼ぶ。

里保は急かさずに、待った。
優樹が自分で、揺蕩う言葉を拾い上げるまで、静かに、待った。

「なんでっ…いっちゃうんですかぁ……」

最後に出てきたのは、子どものような、叫びだった。

「行くのは、いい、いいんですっ、けどっ!」

良いんだ。と思わず苦笑してしまうと

「なんでっ!ひとり、なんですかっ……」

その言葉が、弾きだされた。

215名無しリゾナント:2015/12/25(金) 22:19:29
なぜ。なぜ。なぜ。
優樹の問いに対する答えを、里保は有していない。

それ以外の答えがなかったからだ。

此処に来た時も独りだった。だったら、出ていく時も独りだ。それが普通だ。何の理由もない。
私は、強くなりたかった。
一番を追い求めた彼女のように、圧倒的な光を有した彼女のように、もっともっと強くなりたかった。
だからこそ、広い世界に出ていく必要がある。
その場所には、独りで立ち向かわなくてはならない。
誰かに頼るのではなく、誰かに甘えるのではなく、大人になるために、自分の力だけで生きていくために、
私は、私は、ひとりで―――


―――「自惚れないで。」


ふと、その言葉が心を射抜いた。
そうだ、その言葉を渡されたのも、このプールだった。
もう一人の自分に怯え、内なる狂気を見ないように、膝を抱えていたあの夜に。
この水辺で、彼女は、云ったんだ。

「待ってます……そして、追いかけます…ぜったい」

優樹から投げ出される言葉は、随分と一方的な宣言だった。
ぐちゃぐちゃになった感情を、ただ思うがままに吐き出している。彼女はいつだって、自分に正直だ。
でもそれは、泣き言でも、戯言でもない、宣戦布告だったのだ。

216名無しリゾナント:2015/12/25(金) 22:20:17
「まさにとって、鞘師さんは、特別だから。仲間の中で、いちばん、特別だから」

特別だから。
仲間だから。
だから。だから。


「だから絶対、追いつきます」


それは波紋のように広がったかと思うと、途端に里保の中に、数多くの笑顔が、声が、想いが、共鳴した。
最初にこの門を叩いた時に出逢った人の姿が見えてくる。

能力を有し、世界で生きていくために、仕方なく集まったこの場所。
でもその中には、ただひとつの共有事項であった“共鳴”が存在していた。
偶然ではなく必然。
この場所は、特別で、運命的な何かによって仕組まれた、一種の「盤上」でもあった。

大いなる力によって操作されたものだとしても、私たちはここに集った。
最強と云われる場所に足を運び、そして新たな風を起こした。

里保は確かに先頭に居た。先陣を切った。たくさんの生命を殺した。
だけど、すぐ横には、後ろには、遠くには、「仲間」がいた。
蒼き“共鳴”という紅い血の絆で結ばれた、大切な「仲間」がいたんだ。


―――「りほりほ……」


優樹の涙を見て、里保は、漸く、気づいた。

217名無しリゾナント:2015/12/25(金) 22:20:49

―――「さゆみは鞘師を過大評価してないし、みんなを過小評価してない」


私はいつだって、独りじゃなかった。
此処に来た時から、ずっとずっと、仲間がいました。
大切な仲間が、護りたい仲間が、傷つけたくない想いが、ずっとありました。
闘いは喜びではありませんでした。
生きていくために仕方のないことだと思っていました。

でも、本当は、護りたかったんです。
自分の信念を、自分を信じてくれる「仲間」を、叶えたい夢を。
この世界で、「鞘師里保」として生きていたいという、祈りを。

ああ、本当に遅すぎますね。
でも、漸く、漸く私は、あなたのその言葉の意味にたどり着けました。

「………うち、強くなる」

里保は鼻を啜り、優樹に目を向けた。
彼女は涙でぐしゃぐしゃになった顔をこちらに向ける。さながら、叱られてしまった犬のようで、途方もなく愛しくなってしまう。

「すっごい強くなる。だから、優樹ちゃんも、強くなって。そしたら」

そしたら―――

「また、手合わせしよう、この場所で」

218名無しリゾナント:2015/12/25(金) 22:21:28
それは遠い未来への、誓いだった。
だけど、決して果たされなくなるような、口約束ではない、将来の予想図だ。
たとえ道が分かれてしまったとしても、生きている限り、この生命がある限り、いつだって、私たちは出逢えるんだ。
たくさんの道がひとつに重なって、またいくつかに分岐して、それでもまた、重なる日が来る。
さよならだけが人生だというけれど。
決してこれは、背徳のさよならではないんだ。


―――「さゆみは、水が好きだよ?」


4年間、変わらぬ愛をくれた人がいた。
ただ静かに見守って、やさしさを惜しみなく降り注いでくれた人がいた。
私はまだ、その人のようにはなれない。強くもないし、甘えることも、素直になることも、できない。

だけど。
だけど少しだけ、一歩進める気がしたんだ。
今日ここで、優樹と手合わせをして、水を再び操って、彼女に胸ぐらをつかまれて。
私にはたくさんの「仲間」がいると再確認して。
何とか、地べたをはいつくばってでも、私は、「鞘師里保」になれた気がしたんだ。

里保は乱暴に目を拭い、雫が落ちないように堪えた。
いつだって教わってばっかりだ。
先輩にも、同期にも、そして後輩にも。

いつの間にか頼もしくなった後輩たちがたくさんいて、だからこそ私は、此処から踏み出せると心が固まった。
大きな背中を向けて歩いて行ったあの人の気持ちが、少しだけ、少しだけ今なら、分かる気がした。

219名無しリゾナント:2015/12/25(金) 22:22:01
「さやしさん、行きましょう!」

優樹はすんすんと鼻を啜り、涙を拭うと、里保の手首を引っ張った。
急に何をするのだろうと思うが、構わずに優樹につれられるまま、トランポリンのプールを歩く。
ぴょんぴょんと撥ねて不安定な場所は、これからの未来の不安と、だけど何処までも飛べるような希望を、思わせる。

「パーティーです!ふくむらさんが、ケーキ作ってくれました!」

パーティー?もしかして、うちのために?と里保は眉を下げた。
いや、単純にクリスマスが近いからかもしれないと思い直す。どっちでもいいや、みんなで盛り上がれるなら、それで良い。
そういえば、いつだったか、誰かの誕生日を祝ったときも、優樹ちゃんがクラッカー鳴らしちゃって、ばれちゃったんだっけ。

懐かしいね。うん、懐かしい。

また、できるかな。
いつかのように。
今日のことを。忘れないで居れば、いつか、いつか。

「鞘師さん」

プールサイドに戻ると同時に、能力を解除した。
再び水が動き出し、また塩素の匂いが強くなる。もうすぐ此処に、凪が訪れる。

「さよならなんて、言いませんよ」

強く、強く、優樹は云う。
頑固で、強情で、わがままで、だけど、鋭く射貫く瞳は、美しい。

220名無しリゾナント:2015/12/25(金) 22:24:15
「うちも、言わないよ。だって―――」

空が続く限り、いつだって、道は交わることができるんだから。
道を重ねたその先に、確かな未来を築きに行くよ。

そうしてふたりは笑い合い、また手をつないで、走り出した。
たとえ何があっても、一度繋がれた絆は壊れることはない。


そう信じて、ふたりは喫茶リゾナントへと、勢いよく階段を駆け上がった。





=======
以上「旅立ちの挨拶」
10レスオーバーして申し訳ないですm(__)m

自分が書いた鞘師さん関連のやつは一通り触れている…はずです
少し早いですが鞘師さん行ってらっしゃいです

221名無しリゾナント:2016/01/08(金) 01:29:44
>>167-174 の続きです



「これは一体…」

突如、リヒトラウム内に響き渡った轟音。
春菜の超聴力で音を辿り、ミラーハウスへと駆けつけたリゾナンター一行は驚愕する。

その外観までも鏡を張り合わせた、鏡の館は、跡形もなく崩れ落ちていた。
曇天を鈍く反射する破片の瓦礫を、残して。

「あいつら、ハルたちに追って来いとか言いながらこんな嫌がらせしやがって!」
「工藤さん、あそこに!!」

苛立つ遥の目を、指差す方向に向けさせるさくら。
さくらの話していた、地下へと通じる階段。それが、ご丁寧にも瓦礫を避けるような形で存在していた。

「いい性格してるわ。うちらを、誘ってる」
「…あゆみちゃん、慎重に行かないと」
「香音ちゃんの言うとおりだね。どんな罠が仕掛けられてるかわからない。みんな、気を引き締めて行くよ」

聖の一言が、メンバーに緊張感を与える。
その様子を側で見ていた春菜は。

譜久村さん…道重さんがいないことで、不安だろうに、こんなに。ううん、私もがんばらなくっちゃ。

彼女自身の感じているであろうプレッシャーとともに、急速に先頭に立つものとしての資質を発揮しているのを感じた。
それとともに、春菜自らも聖を支える覚悟を決めるのだった。

222名無しリゾナント:2016/01/08(金) 01:31:46
戦闘能力に長けた亜佑美が先陣を切り、そのすぐ後にさくらと優樹が続く。
彼女たちのサポートとして遥と香音が両サイドを固め、遠距離攻撃の衣梨奈と春菜が控える。
そしてメンバー全員の回復役を担う聖が、最後尾。
敵はいつ襲ってくるかもわからない。あの底意地の悪い「煙鏡」のことだ。どんな罠を仕掛けているかもわからない。
彼女たちの戦いは既に、始まっていた。

薄暗い階段をゆっくりと、下りてゆく。
光を遮られた空間。メンバーたちの思いは、必然的にさゆみへと馳せていった。

さくらは思い出す。
囚われの身となっていたさくらを救い出した時に、さゆみは自分のことを「仲間だから」と言ってくれた。
そして、リゾナンターとなってからも。さゆみが何かの拍子で言ってくれた「小田ちゃんは歌もうまいけど、普段の声
もかわいいね」という言葉。温度のない研究所では語られることのなかった、新しい価値観をさゆみは教えてくれた。
だから、今度は私が。だって、「仲間」だから。

遥は思い出す。
吐き気がするような人体実験の繰り返し。悪魔の新興宗教団体から救ってくれたリゾナンターの一人に、さゆみがいた。
一緒に助け出された、春菜。そしてほぼ同時期にリゾナンターとなった亜佑美や優樹。幼少の頃から能力を使役してい
た遥は、どうしてもその中で気負ってしまい、さゆみやれいなたちに対しても遠慮がちになってしまう。そんな遥にさ
ゆみは、「甘えてきてもいいんだよ」と声をかけてくれた。
その優しさに今、報いたい。

優樹は思い出す。
思えば、さゆみには迷惑をかけっぱなしであった。妙な「白い手」による優樹の転送能力は、未だに不安定で、時には
さゆみを間違えて池に落としたこともあった。たまに、怖いなと思う時はあったものの。最後には笑って許してくれた。
自分には姉はいないけれど、もしいるならさゆみのような姉がいい、そう素直に思えた。
みにしげさん、見ててください。

223名無しリゾナント:2016/01/08(金) 01:33:19
亜佑美は思い出す。
成り行きでリゾナンターに加わることになったものの、それからのさゆみとの思い出は一つ一つが掛け替えのない宝物だ。
喫茶店の手伝いをしている時。買い出しに出かけた時。何気なく、休んでいる時。そこには、さゆみの笑顔があった。
彼女に出会えたこと、彼女のいる日常。そしてその笑顔を守りたい。あの二人に勝って、それから、「ただいま」と言っ
てもらいたい。
私、絶対に負けません。

春菜は思い出す。
悪夢の日々から救ってくれた、あの日。力強く立つ愛やれいなの後ろに、儚げにさゆみが佇んでいた。
能力が戦闘向きではない、そんなところに春菜は自分自身との共通点を感じていたが、それは間違いであったことにすぐ
に気づかされる。
時折現れる彼女のもう一つの顔である「絶対的破壊者」はもちろんのこと。さゆみ自身もまた、自らの戦闘力を少しでも
伸ばそうと努力していた。そしてさゆみがリーダーになった時、持っている統率力や人を引きつける力がその地位に相応
しいと心から思えるようになった。そんな彼女に、少しでも、近づきたい。
道重さんに勝てるように、がんばります。

香音は思い出す。
「透過能力」。この何とも奇妙で使いどころの難しい力を、最初に評価してくれたのはさゆみだった。
戦闘においてまるで役にたたないのでは、と悩んだ時にアドバイスをくれたのもまた彼女。そのおかげで、香音はチーム
の盾と言えるほどのサポート力を身につけることができた。そのことを、本当に感謝している。
これからも、さゆみに見守っていてほしい。
私の力、今、見せます。

224名無しリゾナント:2016/01/08(金) 01:34:34
衣梨奈は思い出す。
リゾナンターになってから間もない頃、彼女は能力の不安定からくる情緒不安で度々ミスを犯していた。
特に、とある重要な依頼において。衣梨奈は感情を暴走させ、最終的にさゆみに土下座するような事態を引き起こしてし
まったこともあった。だけど、そんな衣梨奈をさゆみは笑って許してくれた。思えば、あの時から衣梨奈は自らの欠点を
長所とすべく歩み始めたのかもしれない。
こんなえりやけど、世界一周するくらいの勢いで、前に進むけん!

聖は。
最初にリゾナントでの出会いがあった時に、絵里の隣にいたのがさゆみだった。
憧れの絵里といつも一緒にいるさゆみ。自分も、さゆみのようになれたら。そんな思いが、原点だったのかもしれない。
絵里がいなくなった、喫茶リゾナント。さらに、愛や里沙、れいなまでがいなくなってしまった時に。
さゆみは、明らかに変わった。彼女らしさを残しつつも、後輩たちを引っ張ってゆくその姿に。
そこではじめて、聖はさゆみ自身にはっきりとした尊敬の念を抱いた。
さゆみと喫茶店の仕事をしている時。そして共に戦線に立つ時。全てが、聖の宝物だった。
道重さん。聖は、これからもそんな時間を大切にしていきたい。だから。

八人の、それぞれの思いは必然的にさゆみへ。そして今この場にいない里保へと向かう。
突如として鬼神のような力を振るった里保。しかしそれは誰もが想定にすら入れていなかった悪夢でもあった。自分た
ちの力で御しようのない、天災にすら似た力。それは里保自身が我を失い破壊の限りを尽くしていたことからも明らか
だった。

どこから来たのか、どういう力なのか。
当の本人が倒れてしまった今では知る由もない。が、これだけは言える。

里保は、かけがえのない大切な仲間であるということ。

リゾナンターでも屈指の実力を誇る里保に、メンバーたちは幾度となく助けられてきた。
そして、闇なす脅威と共に戦ってきた。その時間は、絆は誰にも否定できない。いや、させない。
たとえ離れていても、伝わる。彼女の想いが、そして強さが。

リゾナンターを名乗りしもの、その想いはひとつへ。
確固たる意志は、やがて闇に向けられた一振りの太刀へと形を変えるように。

225名無しリゾナント:2016/01/08(金) 01:35:25
長い長い、いつ終わるとも知れない階段。
だがそれは、突如として終わりを迎える。闇は晴れ、一際大きな空間へと抜けた一行。
そこに鎮座する「それ」は、全員の息を飲ませるには十分な代物だった。

「おいおいおい…何の冗談だよ」
「まさテレビで見たことある!打ち上げ花火!じゃなかった、何だっけ」
「それを言うなら打ち上げロケットでしょ!」

優樹のとんちんかんな発言に突っ込む春菜だが、それにしてもと思う。
打ち上げロケットにしても、この大きさのものがあのリヒトラウムの地下にあるなんて。

阿弥陀籤のような縦横無尽の鉄骨に支えられた、物言わぬ冷たい円柱状の物体。
それはもうロケットというより、高層ビルか何かの様にすら見える。

しかも。その筐体には、一切の継ぎ目がない。
これだけの巨大な物体を作り上げる技術力を有している組織と言えば、こと日本国内においてはかなり限定される。
すなわち。

「これは。人を不幸にする機械です」

この物体が作られた背景を知らずして、さくらが忌々しげに言う。
まさしく彼女の直感だった。決して幸福な環境に育ったとは言えないさくらが、目の前の物体に抱いた感情。
それを裏打ちするように、嫌な声が響き渡る。

226名無しリゾナント:2016/01/08(金) 01:36:59
「人を不幸にするか。皮肉なもんやな」

現れたのは、機能性に富みつつも不吉なデザインの衣装を身に纏った少女。
ロケット状の巨大建造物を支える鉄骨の上に立ち、眼下のリゾナンターたちを見下ろした。

「どういうことですか」
「この『ALICE』は、うちんとこの白衣タヌキが産みの親や。せやけどどういう訳か、それをダークネスの本拠地とは違
う、別の場所に保管させた。ダークネスのスポンサーになってる、堀内っちゅう男が所有しとる大型テーマパークの地
下にな」

聖の問いかけには答えず、「煙鏡」はつらつらと語りだす。
勿体ぶるような、煙に巻くような。それでいて、どこかで何かのタイミングを見計らっているような表情で。

「おい、お前!質問に答えり!!」

相手の態度に苛つき、叫ぶ衣梨奈。
しかしそんなものは子猫の咆哮、とばかりの涼しい顔。

「まあ話は最後まで聞いとけや。そんでな、この『ALICE』は、そんじょそこらのエネルギーじゃ、大した力を発揮で
きひん。その効果を最大限に高めるためにも、格納場所がリヒトラウムの地下である必要があったんや。お前らも知
ってると思うけど、ダークネスは精神エネルギーの研究分野では、それこそ世界一の技術力を誇ってる。電波塔を媒
介しての、精神エネルギーの散布や、それとそこのお嬢ちゃんを使うた『共鳴の力』の抽出とかな」

指を指され、背筋が強張るさくら。
数人のメンバーがさくらを守るように強い視線で「煙鏡」を睨み付けるが、相手はそれを緩やかなそよ風のように平
然とした顔で受けている。楽しんでいる。

227名無しリゾナント:2016/01/08(金) 01:38:23
「そして、この『ALICE』もその精神エネルギーの研究の成果の一つや。こいつはな。人間の『楽しい』と思った精神
エネルギーを吸収し、燃料とする。直上にお誂え向きの幸せ量産マシーンがあることで、『ALICE』のエネルギーは爆
発的に増えてくっちゅうわけや」

爆発的。
そのキーワードは、『ALICE』の攻撃的デザインも相まって嫌が応にもリゾナンターの不安を煽り立てる。

「…安心せえ。別に今すぐ『ALICE』を東京のど真ん中にぶち込むなんて真似はせえへん。それどころか、自分らにとっ
てもお得な結果になるかもしれへんな」
「それってどういう」
「いい加減なことを言うな!!」
「単刀直入に言うわ。うちらはこいつをな…ダークネスの本拠地にぶち込む」

「煙鏡」がどういう意図を持ってこの発言をしているのか。
理解できるメンバーはいない。自らの拠点にあえて攻撃を仕掛ける理由など、思いつくはずがなかった。
ただ、「煙鏡」は相変わらず人を食ったような顔をしつつも、声のトーンはとてもではないが冗談を言っているように
は聞こえない。

「うちらも一枚岩と違う、そういうことや。お前らは知らんやろうし知る必要もないけどな。うちらがあいつらに受け
た仕打ちは…あいつらを100回消し飛ばしても絶対に消えることはないねん。誰もいない、何もない空間で、ずうう
うぅぅぅっと。生きてるか死んでるかすらわからんような目に遭わされて。解放したらぜーんぶチャラなんて、そない
な都合のいい話があるわけないやろ!!!!」

坦々と話していたかに見えた「煙鏡」、しかし彼女たちの抱く感情の核心に迫ると声を荒げ感情を剥き出した。
リゾナンターたちは知らない。彼女たちのボスが二人に課した、想像を絶するような罰を。そして、気の遠くなるよう
な長い時間をすり減らしつつも、胸に抱いた復讐心は摩耗するどころか鋭く研ぎ澄まされていたことを。

228名無しリゾナント:2016/01/08(金) 01:39:35
「お、おい…どうするんだ」
「確かにダークネスをかばう義理なんてないっちゃけど」
「いや、違う。何か違うよこれ」

遥が皆を不安げに見回し、衣梨奈が眉を顰め、香音が違和感を覚える。
そう、違和感だ。敵の敵は味方と言うが、この話はそうじゃない。
答えを導き出すかのように、聖が口を開いた。

「一つ聞きます」
「おう、何や」

聖が、「煙鏡」を強い視線で射る。

「そのロケットがダークネスの本拠地に着弾した場合、どうなるんですか」
「年間で糞みたいに多くの人間の精神エネルギーを吸い込んだ『ALICE』や。いかにあの建物が強固やったとしても、一
たまりもないやろ。アホ裕子も、保田のおばちゃんも、よっすぃーも梨華ちゃんも、ムカつく紺野のやつも。みーんな、
お陀仏や。楽しいやろ?」

自らが言うように、楽しげにそう語る「煙鏡」。
聖は、少し瞳を伏せ。それから、強く、言った。

「やっぱり聖は、あなたたちのしようとしていることを見過ごすことはできない。小田ちゃんが言うように、そのロケッ
トはたくさんの人を不幸にする。確かにダークネスは許せないけれど、そんな結末は聖は…ううん、道重さん田中さん新
垣さん光井さんも、リゾナンターという存在を育てた高橋さんも、望んでないと思うから」
「聖…」
「譜久村さん」
「さすがですっ、譜久村さん!」

春菜の甲高い声が、太鼓を鳴らすように響き渡る。
春菜だけではない。この場にいる共鳴せし者たち全員が、同じ気持ちだった。

229名無しリゾナント:2016/01/08(金) 01:40:43
「譜久村さんの言うとおりです。道重さんが倒れた時、あなたたちを絶対に許さないって思いが強くなった。絶対に、
仇をとるって。でも、今は違う。リヒトラウムに遊びに来た人たちをひどい目に遭わせ、さらに不幸な人たちを増やそ
うとする。復讐じゃない。私たちは、リゾナンターとして。あなたたちを、止める」
「これだけは言えるわ。お前らは、間違ってる。ハルはそれが、我慢ならねえってこと!」
「まさも!このでっかい鉄の塊を飛ばすって言うなら、その前にお前らをぶっ飛ばすんだから!!」

さくらが、遥が、優樹が、「煙鏡」に向けて宣戦布告する。
真摯な思い、しかしそれが小さな破壊者に届くことはなかった。

「はぁ。くっさ。これまたくっさ。友情努力勝利の少年漫画かいな。あほくさ。ま、ええねん。自分らがここに来た時
から、生きて帰そうなんて気持ち、これっぽっちもなかったしな。特に、うちの相方が」

寒気、ではなかった。
少女たちが感じたのは、どす黒い感情。そして明確な、殺意。

「回復するのに手間どっちまったけど…待たせたなぁ」

「煙鏡」の横に立つように現れた、もう一人の破壊者。
さゆみを死の淵に追いやった、張本人。

230名無しリゾナント:2016/01/08(金) 01:52:33
「のんを馬鹿にしたあの赤目の剣士がいないじゃん。いいけど。お前らぶっ殺したあとに探し出して、同じようにぶっ
殺すだけだし」

隣の相棒とお揃いの、腹部と腿を露出させた機能的な衣装。
着替えたのであろう。里保によって無残に斬り刻まれたはずの衣装は何事もなかったかのように元の体を成していた。
が、体中に刻まれた生々しい傷跡は赤く、深く脈を打ち続けている。そして呼応するように。

「金鴉」の全身の毛が、逆立っていた。
たかが子供と侮っていた相手に、惨めなほどに追い込まれたことへの怒り。
圧倒的な暴力の中、抗うことすらままならず、相手の恐ろしい力が途絶えなければ命すら奪われていたかもしれない
という恐怖。
恐怖を上塗りするかのごとく憤怒の炎は、さらに燃え上がる。

そして隠された、もう一つの怒り。
無様な姿を、「煙鏡」の前に晒してしまった。
生まれた時から不平等だった扱いの中で、「金鴉」のプライドを支えていたのは。

二人が、同等の立場にあるということ。

白衣の連中の思惑など、どうでもいい。
とにかく、自分が「煙鏡」と肩を並べる必要があった。
相手が功績をあげれば、自分もあげる。相手が一人殺せば、自分も一人殺す。
彼女の知恵に対抗しようと、自らに与えられた「力」をひたすら磨き続けてきた。
その結果、ただの物まね芸でしかなかった能力は、ついには「二重能力者(ダブル)」に匹敵するような価値を得る。
人々は、「金鴉」と「煙鏡」を、最悪の悪童、双子の破壊者として忌み嫌い、そして恐れた。
それが「金鴉」には、心地よかった。

けれど、先の敗北は。
赤目の剣士にいいようにやられ、追い詰められた無様な結果は。
いや、結果ではない。「金鴉」が恐れたのは、「煙鏡」の視線。
まるで汚いものを見るような、憐みの目。それが、何よりも耐え難く。そして許せなかった。

その全てを鎮めるには、屈辱を与えた人間たちを同じ目に遭わすしかない。
必然的に血の気も引くような殺意と黒い衝動が、リゾナンターたちに突き刺さるように向けられていた。

「雁首揃えて、ノコノコとやってきやがって…バッキバキの!グッチグチの挽肉にしてやるよおぉぉ!!!!!!!!!」

血に飢えた獣の、咆哮が地下空間に木霊する。
既に、戦いは始まっていた。
互いに、退くことのできない戦いが。


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