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創作文芸板支援集積スレ

1名無しさん:2005/03/03(木) 14:18:29
行数とサイズ制限は投票所と同じ。
文章、AAの集積所として使ってください。

63「馬鹿」「重症筋無力症」「民事訴訟法」:2005/03/10(木) 11:59:06
健二は自らを誇大する癖があった。
「夕方になると眠くならない? 瞼を開けてられないんだよね」という
アルバイト先の同僚が発した言葉対し、「君、それは重症筋無力症の疑いが
あるよ。アセチルコリンの分泌異常が原因なんだけどね、多分働きすぎでは
ないのかな? 一度医者に行く事をお奨めするよ」と捲くし立てたり、意味も
なく六法全書や民事訴訟法に関する分厚い本を小脇に抱えて人通りの多い夜の
繁華街を練り歩いたり、運良く知り合った女性に「僕は大学という概念が嫌いな
んだよ。まず第一に、あそこではろくな事を教えない」と嘯いたりした。だが、
所詮は付け焼刃の知識である。例えば「あー、そういえば昨日のテレビでその
重症筋なんとかっていう病気の事をやってたね」などと言われると、とたんに
押し黙り、遂には意味もなく起こり散らかすのだった。

「…難しそうな本をたくさん持ち歩いてるけど、貴方は何処の大学?」
「いや、だからさっきも言ったと思うけど、僕は大学そのものが嫌いなんだ。
体制自体に不信感を抱いている、と言った方が正しいかな」
「…つまり、大学には行ってないの?」
「まあ受ければ合格していただろうね。大抵の大学には」
「…私も高卒だし、別に大学を出る出ないには拘らないわ。でもね、貴方
みたいな人って最低。馬鹿みたい」そう吐き捨てて女は何処かへ歩いていった。
健二は何度も似たような過ちを冒し、その度に友人を失っていた。

64「梅」「星」「目薬」:2005/03/10(木) 11:59:24
星の綺麗な夜だった。
あまりに陳腐な常套句だと自分でも分かっている。
帰省した田舎の夜を表すのに、俺の貧弱な語彙で表現できるのはこの程度だ。
完全に理系人間と自覚しているし、それを悔いてもいないが、少しは文学もかじった方が良かったかな、と思う時もある。
眠れずに寝間着のまま庭に出た私は、汚れた東京の空では決して見ることのできない星の瞬きを見上げていた。
庭に植えられている梅の清冽な香りが、私の心に張った油膜を洗い落としてくれたのもしれない。
目薬をつかって目の疲れをごまかしながらパソコンのディスプレイに向かう日々。
そんな日常に心が錆びついたような私にも、まだこんな部分が残っていたんだな、と嬉しさと悲しさを半々に感じた。
「もう少し、がんばってみるかな……」
俺はそう呟くと、母屋へと戻っていった。

65「飢え」「ルート」「掃除」:2005/03/10(木) 12:00:06
きちんと掃除の行き届いたこの車内は、彼の几帳面さと見た目通りの清潔感が窺える。
彼の車があてもなく走り続けて4時間が過ぎようかとしていた。


一度こうなってしまうと私はもうお手上げである。決まったルートがあるわけでもなく、
走り続けるときはいつも、ほとんど何も言えずにあなたの悲しそうな横顔を見つめながら
目を覚ましていなければならない。

−−今日は一体何があなたを走らせるの?

この一言でいいから話しかけたい。でも、そうできない自分を必要としてくれる
あなたがいてる。自分の無力さに、悲しみで涙が溢れそうになる。
それでもあなたは「ありがとう」と言ってくれる。

ごめんなさい、誰かの言葉に飢えているのでしょう?
それでも私があなたに言えることは、ただひとつ。

「コノサキ ジュウタイデス」

66「腕時計」「封筒」「リンゴ」:2005/03/10(木) 12:00:28
大丈夫ですか? おやまぁ、派手に転びましたね。あのバイク、もうダメですね。
このあたりは見通し悪くて、よく事故とか痴漢とかひったくりとかあるんですよ。
私もね、ここでひったくりにあったんですよ。
はやく誰か呼んでほしい? 本当にすみませんね、いきなり飛び出したりして。
そうそう、あれは今日みたいな小雨の日でした。
いきなり後ろから来たバイクの人に右手のバックをつかまれたんですよ。いきなりに。
驚いた私は、転倒してそこの花が置いてある電柱にぶつかったんです。痛かったですよ。
左手で抱えていた買い物袋が破れて、リンゴや梨がそこら中に転がって。
結婚記念日に夫から貰ったばかりの腕時計はどこかに飛んでいってしまうし。
何より、銀行から卸したばかりの封筒がバックに入っていたんですよ。
おや、顔が青いですよ。血はそんなに流れてないみたいですけど。
大丈夫、心配しないでください。
死ぬのは、普通におもってるほど苦しくないんですよ。
あらゆる重みが消えて、とっても軽く楽になるんです。
それを教えてくれたあなたにも、味わって欲しくて待ってたんですよ。
この通りで、ずうっとずうっと、ね……

67「天使」「斧」「密室」:2005/03/10(木) 12:00:47
今年もたくさんの母子草が川沿いの土手に花を付けた。黄色い小さな花だ。
もう何年もこの土地の四季を感じて生活しているが、今年はその中でも
特別な夏だった。娘の深雪に男の子が生まれたのだ。初孫である。
この子が生まれたという一報を受け、大学病院への道すがら、初孫に
何と名付けようか迷ったものだった。しかし、その姿を目の当たりにした時、
後頭部を斧で打たれたかのような衝撃が走った。
少し大きな虫カゴとも思える、透明のプラスティックの密室に、たくさんの
管とともにおさめられていた。膝から崩れ落ちるのをやっとの思いで堪えた。
孫は、夏に生まれたにもかかわらず、肌の色にこと関しては真っ白で、冬に
生まれていれば「凛」とでも名付けただろうが、その時はそれどころでは
なかった。身を案じ、天に祈るほかなかった。
願いは届いた。4日後には、ほかの健康な赤子たちとともにガラスの向こうに
眠ることを許されていた。私は美しく白い肌の天使に「爽」と名付けた。
ついに私も「おじいちゃん」と呼ばれるようになるのだ。これからは
若者の親切な声に、素直に席お譲られることにしよう。

68「南洋」「紅葉」「動揺」:2005/03/10(木) 12:01:08
食堂に集まった船員達の顔には、昨日のマグロとの格闘の疲れが色濃く映し出されていた。
太田を含めた船員達は、黙って船長の発する労いの言葉に耳を傾けていたが、
話が事故のことに及んだとき、明らかに食堂内の雰囲気が変わった。
太田は視線こそ向けないが仲間達の意識が自分の方を向いているのを感じていた。

解散になったあと、太田は伊藤の部屋を訪れた。船長から伊藤の荷物の整理を命じられたからだった。
衣類、タオル、歯ブラシ、文庫本。太田はそれらを無感動にベッドの上に並べていった。
机の中身を全て並べたあと、太田はベッドの下を覗き込んだ。荷物を入れるスーツケースがあるはずだったが、
その横に南洋上の船室には似合わないものを見つけて、太田は動揺した。
そこには真っ赤色づいた紅葉の盆栽があった。太田は慎重にそれを引き出すと、ベッドの上に乗せた。
凄い、と太田は思った。鉢から飛び出るように伸びた幹、そしてそこから手を伸ばすような格好の枝には、
赤々として今にもはらりと落ちてきそうな葉。
太田は知らず知らずのうちに拳を握り締めていた。思い出していたのだ。
伊藤の重みが手から離れ、二人の間に決定的な距離が生まれたときに、
何かをつかもうとこちらに伸ばされた腕を。

翌朝、太田の姿はどこにもなかった。
ただ、一枚の紅葉が彼のベッドの上に置かれていただけだった。

#マグロ漁船に一人部屋なんて存在しないとは思いますが…。

69「魚」「卵」「養鶏場」:2005/03/10(木) 12:01:49
僕は佐々木養鶏場のとれたて卵が好きだ。
近所のスーパーでたまたま佐々木養鶏場の卵を買って以来他の卵を食べる気がしなくなった。
佐々木養鶏場の卵はそれ程おいしい。
卵のパックに入っていた説明書によると鶏の餌に魚の粉を使っているらしい。
魚はアミノ酸が豊富で卵の味を整えるのに役立つらしい。
その日もいつもの様に佐々木養鶏場の卵を買った。
僕はオムレツを作ろうと思いパックから卵を一つ取り出した。
何だか妙に重い気がしたが食欲に負け、卵を割る為にレンジの角に卵をこつんとぶつけた。
上手い具合にひびが入った。僕は卵の黄味をボールに入れようとひびが入った卵をぎゅっと握った。
何だか妙な抵抗感があった。いつもならきれいに二つに割れる筈の卵が歪な形になった。
僕は卵を握る手の平に少し力を込めた。卵はくしゃっと音をたてて中身を晒した。
ひよこの死骸だった。白身にまみれたひよこの死骸だった。
僕は思わず卵を床に落とした。ひよこの死骸はまるで自分が死んだ事を否定し、
何とかこの世に生まれ出ようとするかの様に床に落ち割れた卵からはみ出していた。
僕はひよこの死骸を卵からそっと取り出すと裏庭に埋めた。
きっとひよこの死骸は地面の中で微生物に分解され、土の養分になってしまうだろう。
でも、雨が降ればその養分は地下水に沁みだし海に流れ込むかも知れない。
そしてそれを体内に取り入れたプランクトンを魚が食べる。
いつの日かあのひよこは佐々木養鶏場に戻って来るかも知れない。
僕はそんな事を考えながらひよこを埋葬した。

70「鏡」「鮫」「始発列車」〜あるいは消えた凶器〜:2005/03/10(木) 12:02:15
 冬の始発列車は陽も昇らぬうちから車庫を出て、目的の駅まで向かう。各駅停車の
必要もないので自然と速度が出る。
 運転席からは薄暗くて外の様子はほとんどつかめず、ただ線路だけがヘッドランプ
を鏡のように反射し輝いている。だが、その輝きは急に湧き出た朝霧にさえぎられて
いく。続いて警笛と金属の悲鳴が朝の静寂をかき乱した。
 始発電車に轢かれた死体は右腕と両足を切断され、まるである映画で鮫に襲われた
人間のような姿だった。だが、死因は轢死ではない。所見では鈍器によって撲殺され、
線路に放置されたらしい。しかし死亡推定時刻と轢断の時間は極めて近接しており、
柵を越えて被害者を放置するような時間がどれだけあったかは疑問である。
 死体の近くには運転手がいて、線路全体は後方から車掌が見張っていた。そのどち
らも不審な物を見ていないと証言した。
 そこで警部補は被害者は自殺であり、轢かれた衝撃でどこかに頭をぶつけたのでは
と考えた。しかしそのような形跡は見つからない。苦しませないため、それとも補償
を怖れて、運転手がとどめをさしたとしても凶器はない。名探偵皇太郎の答は……
「答は目の前にあるでしょう。切断された足の片方です」

71「手紙」「恋人」「雨」:2005/03/10(木) 12:02:36
占い師フランソワーズ井出の家は、横浜山手の奥まった場所にある。
時代に取り残されたような古い洋館をやっと探しあてたのは、
雨の降る午後だった。長い年月の風雨に耐えてきたと思われる
木製のドアを叩くと、占い師本人が迎えに出る。黒い服の老婆だ。
「はじめまして。四時に予約した森本と申します。こちらは
紹介状でございます」
フランソワーズは知る人ぞ知る占い師である。恐ろしいほど
よく当たるとの評判で、政治家や芸能人とのつながりも深い。
紹介がなければ面会さえできないクラスの占い師である。
むっつりとした表情で、受け取った手紙にちらりと目を走らせた
フランソワーズは、二階にある占い用の部屋に私を案内した。
部屋の照明は、一本のロウソクのみ。占い師はろくに話も聞かず
タロットカードを切り、皺だらけの手ですばやく並べていく。
絞首刑にされた男や、寄り添う恋人達、鎌を持った死神など、
私にはまったく意味不明な絵柄のカードばかりだ。
フランソワーズはおもむろに口を開いた。
「すぐにここを逃げなさい。あなたに大きな危機が迫っている」
「は。それはどんな危機ですか?」
思わず身を乗り出した瞬間、私が腰かけていたソファの下の床が
抜けた。

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73「島」「時計」「猫」:2005/03/10(木) 12:03:14
南洋に浮かぶ孤島は資本主義社会とは隔絶した存在だった。
拝金主義にまみれ下克上の精神が渦巻く世の中を倦み嫌ったある思想家が、
己の遺産や財を投げ売り、その島にユートピアを創造した。
島には貨幣が無かった。物欲を満たす為の手段としては物々交換が広められた。
俗世間を見限った者たちがこの島を訪れ、独自の共同社会を作りだしていった。

島で生活するには、交換するための「商品」が必須であったのだが、
しかし、その「商品」作りを怠るものが現れた。
その男はそれまで猟師として生計を立てていたのだが、ある日突然、なりわいを放棄した。
漠然とした倦怠感が男を襲った。
男は妻と一人娘の為に、ひとまずは手持ちの衣服やら時計やらを「商品」として用いたのだが、
そんなものは高が知れていた。すぐに「商品」は尽きた。
飼い猫を「商品」としてもみたのだが、米三十キロにしかならなかった。

いよいよ困った男は10代半ばの娘を「商品」とした。牛二頭分になった。
その蓄えが尽きると、男は愛妻を売りに出した。米一年分にしかならなかった。
時が流れると、妻のおかげで得た米も底が尽きた。
しばらくは飲まず食わずで過ごしたのだが、もう辛抱できなくなると、
男はその身を「商品」として用いた。

男の価値は――秋刀魚三匹だった。

74「簪」「グレープフルーツ」「ディスク」:2005/03/10(木) 12:03:36
女はグレープフルーツミントを握って死んでいた。ある殺人事件の現場でだ。
容疑者はすぐに浮かび上がった。彼女の交際相手だ。
しかし男は殺害日にはアリバイがあると主張していた。
ある日、私はヤツに呼ばれて家を訪ねた。アリバイの証拠が見つかったらしい。

「やっとデジカメでとった写真を保存してあるディスクが見つかったんですよ。
この前お話したとおり、その日京都に旅行してたんですよ。
ホラ、舞妓さんとの記念撮影です。後ろの日めくりは8月15日となってるでしょ?」
ヤツは勝ち誇った顔をしてパソコンのディスプレイを見るよう俺を促した。
俺はそれを見て、ゆっくりヤツにこう言った。
「お前は舞妓さんの簪が季節によって変わることを知らないんだろう、
この写真の簪は”ききょう”、9月の簪だ。少なくとも夏にする簪では無いな」

アリバイが崩れたヤツはペラペラと犯罪を自供した。

護送する途中。俺はヤツに訪ねてみた。
「なんで彼女はグレープフルーツミントを握っていたんだと思う?」
「さあ、まったく見当がつきませんね」
「お前は本当に考えないヤツだな。グレープフルーツミントの花言葉には
”あなたを信じます”という意味もあるらしいぜ」

75「犬」「墓標」「テーマパーク」:2005/03/10(木) 12:04:01
東京に出てきて2年目の夏を迎えた頃、田舎から一通の手紙が届いた。
――コロに子供が生まれました。子犬の名前は私がつけていいですか
朝子からだった。昔から彼女には、周囲を驚かせて注意を引こうという妙な癖があった。
――もし、私かコロのどちらかが死んだら、すぐ帰ってきますか
いつもの調子だった。ため息を付く。多忙な毎日に疲労が重なっていたせいかもしれない。
ふつふつと頭の奥が熱くなり、心の底からの怒りに変わっていた。
俺は手紙を引きちぎり、そのままテーブルの上にばらまいてみせた。

あれから5年後の夏。長期休暇の最終日、俺は田舎から東京へ帰るため、
夜行バスの停留場に続く畦道を歩いていた。
テーマパークの誘致が決まったこの近辺は昔とはずいぶん景色が変わっていた。
側面の田畑も埋め立てられ大手建設会社の看板が立ち並んでいる。
「じゅんくんじゃないの」 朝子の声だった。驚いて振り返るとそこには朝子の母親がいた。
「まあちょっと寄っていきなさいよ、朝子も喜ぶから」
母親は手に供え物と桶を持ちながら返事をするまもなく歩き出した。
――もし、私かコロのどちらかが死んだら、すぐ帰ってきますか
薄暗い畦道を歩く、地面を踏みしめる音がなぜか恐怖に繋がっていく。
「ああ、コロちゃん死んでしまってね」
母親は振り返りもせず雑木林に隣接した墓地に入っていく。
――しかし、コロなら家の庭にでも埋めてしまえば
俺は、墓標を見上げた。

76名無し文芸人@トーナメント中:2005/03/10(木) 18:12:07
489 名前:276 投稿日:05/03/10 01:30:13
宣伝FLASH作ったんで晒しときます。
相変わらず拙い作品ですが宣伝用としてペタペタ貼ってくれれば幸いです。

ttp://www.geocities.jp/dse001891001/soubun_CM2.html

77名無し文芸人@トーナメント中:2005/03/10(木) 23:16:15
>>65イイネ!

78名無し文芸人@トーナメント中:2005/03/20(日) 20:45:19
【業務連絡】
↑の3語スレ、アリ作品は一次予選で使い尽くしました。
スレッド紹介は( )、無理して誉めます、アンパンマン以外は殆ど使っていません。

ここから下が二次予選用のストックになります。

79「王様」「ガールフレンド」「千歳飴」:2005/03/20(日) 20:45:39
鳥居の前にリムジンが到着し、来日中の某国王が車内から姿を現した。参道の群衆が日の丸と
某国の国旗を振る。俺たちSPは周囲に鋭い目を走らせた。
ちょうど七五三シーズンを迎えていた神社では、着物を着た親子が多い。神道に興味を示すほ
どの親日家である王様は、日本の伝統的な民族衣装を見て、ことのほかお喜びのようだった。
俺の方もちょっとしたお喜びだった。群衆の中に、3歳の息子を連れた妻の姿を見つけたの
だ。ところがそのお喜びは一瞬にして吹っ飛んだ。群衆の中に、節子の姿も見つけたからであ
る。節子とは俺のガールフレンドである(俺のような既婚者の場合には愛人とも言う)。しか
も節子は包丁らしきものを手に、まさに俺に向かって走り出てきたではないか!
そしてさらに! 参道を見下ろすビルの窓に、ライフルを構えている男がいるのまで発見して
しまった。危うし王様、危うし俺!
俺はとっさに駆け寄る節子の腕を取り、王様とビルとを結ぶ直線上に、彼女の腕を掲げた。間
一髪、包丁は砕け飛び、ライフルの弾丸を王様の頭から数ミリ離れたところへ反らせた。
「確保! ビルにもスナイパー!」俺は節子を組み敷いて叫んだ。
同僚がビルに向かって駆け出す。妻は、と見れば、すでに群衆と一緒に避難を始めていた。
要人および俺の暗殺、さらに妻と愛人鉢合わせ、という3つの危機は同時に回避された。後は
節子の口封じだが、これは名案が浮かばない。……猿轡がわりに千歳飴でも噛ませておくか。

80「乳」「乳首」「乳頭」:2005/03/20(日) 20:45:53
蘇州に一夫在り。名は李賞、牛飼を以って生業となす。其の窄する
牛乳の不思議に甘きが故に邑人、賞を李乳と呼ぶ。
一日、李乳牛を追い松林に入り、林中に一仔を失う。李乳頭を抱えて
小牛を惜しみ、これを呼ぶ。「汝が母の乳首はここにあり。何ぞ甘き
乳を捨てて暗林に飢えんや。」貴人の香あり。李乳首を回してこれを
観る。白衣の美童在り。「吾はかの小牛なり。母の乳を汝に獲られ、
寒中に飢えたり。若し母の乳を吾に多く与うれば、母の乳はより甘
からん。またその値と名とはより高からん。今汝吾を呼ばわれば、
すなわち汝が元に帰らん。吾が意を得たれば、汝が家は繁く栄えん」
爾後李乳、美童の言に従いてまず乳を其の小牛に与え、後に残りを取
れば乳、大いに甘く、その香は隣邑を満たし、その味は美酒に如く。
李乳たちまち栄え、その名は長安に聞こえしとかや。

81「インド大麻」「縫製工場」「跡取り息子」:2005/03/20(日) 20:46:09
カルカッタ郊外の小さな縫製工場の息子、デネシュは今日もチャラスを
一服決めて近所の林に考え事をしにいった。何故人間はこの世に生まれ
たのだろう、とか、この世の初めの前にあった混沌とはどんなものか、
とか、答えの出にくい問いについて考えるのが彼の趣味だった。
青い空を見上げて土の上に寝転びながら、将来体験する男女の営みについて
あれこれ考えていたら、なんだか悲しくなった。インド大麻の酩酊感が
薄れるにつけ、悲しみばかりが鮮明に残った。
デネシュはぶらぶら家に帰った。家の向かいの工場の出口で、母親が鶏を
追いながら言った。「また、あんたはぶらぶらほっつき歩いてばかりいて。
少しは跡取り息子の自覚を持ちなさい。お隣りの長屋のファティマはお前と
同い年だっていうのに、自分で稼いでいるじゃないか。あんたみたいに
ふらふらしていると、今にカーストの違うお嫁さんをもらうことになって
泣くんだよ」デネシュは母のほうを見もせずに家に入る。
ベッドに身を投げて、彼は隣の長屋のファティマのことを考えた。物乞い
しやすいようにと、両親に両足と片腕を切り落とされた美少女。ぼくは
どうせならあの子と男女の契りをしたい、と彼は思う。カーストも違う、
ぼくとは何もかも違う、あの子がいい、と強く思う。デネシュはチャラスを
もう一服つけ、甘い煙の気だるい酔いに身を任せた。

82「把握」「ライフル」「宣伝」:2005/03/20(日) 20:46:25
戦場にいながらその前線の状態を
完全に把握することなど不可能だ。
ただ撃つだけ。そして撃たれるだけ。
俺はコウジの冷たくなった身体を引っ張って
奴の装備を剥ぎ取った。ライフルは使い物にならないくらい
破損しているくせに手榴弾は無事だ。
それには美しい文字が貼り付けられている。
「明るい未来のために」
選挙の宣伝カーがよくわめいているような
うすっぺらい言葉だ。
俺はピンを抜いて投げた。

83「すべり台」「霧」「森」:2005/03/20(日) 20:46:45
「すいま1000㌧!すいま1000㌧!」
俺はデブキャラの芸人。いつもこの一発ギャグで客の大失笑を買う。
人は俺のことをこう呼ぶ。「すべり台芸人」
実はこの呼び名、嫌いではない。
侮辱の意味を含んだこの呼び名は俺の芸人魂を一層奮い立たせる。
もっと寒くなりたい。できるだけすべったギャグをかましたい。

ある日俺は精神統一のために、森の中でギャグを考えていた。
霧の立ちこめるこの森では、寒いギャグが冴えるのだ。
「森…森…モリ…モリ…元気森森っっ!!」
これだ!これはいけるっっ!!
絶対に明日のライブで、一発かましてやろう。
これに失笑を上乗せするには、面白いポーズが必要だ。
引き続き森の中でギャグの振りを考える。
霧がまた濃くなってきた。俺の頭の中の霧も一層濃くなった。

84「おたんこなす」「凶悪」「分校」「甘くて」「シチュー」「砂」「ワ:2005/03/20(日) 20:47:01
ワインを一瓶、桟橋から放り投げた。岩に当てたつもりが割れもせず水の浅いところを漂っている。
更に上から大きめの石を落としてみるが、何度やっても命中しない。「この、おたんこなすめ!」もどかしさにイライラしながら自分を罵倒する。
やけくそな気分で、更にシチュー鍋を放り投げたら意図せず、上手く瓶に命中して粉々に砕けた。

分校の同窓会で集まった級友全てが憎かった。幼き日々を振り返っても、懐かしく思い出される甘い思い出なんか一つも無い。
分校で窓を同じくした級友全てに踏みにじられ、苛め尽くされた日々。
いじめの理由は、都会から転校してきた事と、加えて、彼らよりは暮らしぶりが豊かだったという事だ。
それだけで、偏狭な集落の中、彼らの凶悪な憎悪を奮い立たせるには充分だった。
その頃の惨めな思い出は三十年を経た今も、癒されるでもなく、時には悪夢となって日常の眠りを阻害し続けた。
腫瘍のように不安を起こさせる思い出を切り取り、消し去ってしまいたかった。

同窓会当日、当時の級友の十二人が、誰一人欠けることなく集まった。女子の級友は居なかったので男だけの集まりだ。
皆、再会を喜び合ったし、懐かしさに涙ぐみながら互いに肩を抱き、握手を求め合った。
この場に集ったものは、誰一人例外は無しとでもいうように、自分も半ば強引にその輪に溶け込まされた。
誰かひとりでも、私の引きつった笑みに気づいたものがいただろうか?

85「おたんこなす」「凶悪」「分校」「甘くて」「シチュー」「砂」「ワ:2005/03/20(日) 20:47:21
この日のために上質のワインとシチューを用意した。
シチューは有名レストランの仕出しのもので、ワインはこの場に至までの年数を費やした三十年もののワインをわざわざ選んだ。
「連中、鳴り物入りの酒と食事に感嘆していたな……」苦笑いが口元に浮かぶ。
幕切れはあっけないもので、誰一人、疑うこともなく、乾杯の音頭と共にワインを飲み干し、皆が命を終わらせた。
この辺の野山で、容易に採集できるトリカブトの根毒は、人を確実に死に至らしめる。
呪いを込めるような気持ちで人数分の本数を集め、ワインとシチューに混ぜたが、シチューにまで混ぜる必要はなかったようだ……。

近くの桟橋から殺戮の元となったものを投げ捨てたのは、証拠隠滅の為ではない。後の行く末なんてどうでもよかった。
ただ、やけくそに全てをぶちまけ放り投げたかったのだ。
冷徹に事を成し遂げたつもりだったが、憎悪の対象となった面々が呼吸を止め、それを見届けた時に心の中に動揺が生じたことが、もどかしく切なかった。
桟橋から分校に戻り、校庭の砂場に立って校舎を見渡してみるが、自分を苛めた奴らのみが、中で身を横たえて居ると思うと、中に入る気にならない。
恐怖心からではなく、更に生まれた疎外感からだ。そう感じるのも何だか癪なような気もする。戻ろうか……

教室に戻っても、思った通りの光景が眼前にあるだけだった。
何一つ欠けていないし、動いても居ない。この場を一旦、後にしたときと同じ状況だ。
ふと、深紅の杯が目に留まる。私一人だけが口をつけなかったグラスだ。
窓から差し込む陽光がワインの赤を際立たせ、光彩を放っている。おまえも飲んでごらんと、誘っているかのように思えてくる。
今更だが、自分もこの酒を飲んでみようか。甘くて……そう甘美な酔い心地に浸れるかもしれないな。
酒を満たしたグラスと握手をするような気持ちで、ゆっくりと口元に杯を傾けてゆく。
同窓会の本番はこれからなのかもしれない。

86「森の中」「熊さん」「自己矛盾」:2005/03/20(日) 20:47:39
あたしの好きな人は熊さんみたい。大きなカラダに毛がもじゃもじゃ。
そんなアタシ達はデートをすることになった。憧れの熊さんと森の中で二人っきり。
いいかんじの大きさの切り株が二つ並んでいたので、「この辺で一休みしようよ」と二人でそれに腰掛けた。
アタシは今日この日の為にお弁当を作ってきたのだ。
…大好きな熊さんがたこウインナーアレルギーとはつゆ知らず。
そう熊さんはたこウインナーを見ただけで、狼さんみたいになっちゃうの。
「あれ?こんなに大きなウインナー…、入れたかしら?」
あたしはその大きなフランクフルト大のウインナーを握った。
きゃー!!このたこウインナー足の部分がないよ!ないよ?!
とんとんとん(指でそのウインナーをたどる)
がっはっはー。やらせろ!
あたしは熊さんに押し倒され、ブラウスを破かれた。
大好きな熊さん…どうして?どうしてなの?どうしてアタシにそんな意地悪するの?
…でも…勝手に声が出ちゃう。
あたしは木々と澄んだ青空をぼんやりと見つめながら、激しく荒い自己矛盾の息を吐いた。

87「宿題」「毎日」「戦争」:2005/03/20(日) 20:47:53
家族を失ったあの日、私は母の最後の言いつけを守らなかった。
そのために私だけが生き残ったのだから、これほど皮肉なこともない。
母は夏休みの宿題をやりなさいと言ったのだ。
「お父様にも約束したのでしょう。お帰りになったら叱られますよ」
学校の課題をおろそかにしない。確かに私は父とそのような約束を交わした。
しかし私は、幼い反抗心から、その約束を毎日破り続けていた。
家を空け、いつ帰るとも知れぬ父の言葉を守ることに意味があるのか。
しかし今になって振り返り、私は告白する。
それは単に、遊びたいという心を隠す言い訳にすぎなかったのだと。
その日も私は、数少なくなった級友たちを誘い、市の外れにある山へ虫取りに出かけた。
一緒に行きたいとせがむ幼い妹は、足手まといになるからと家に置いて出た。
そしてあの光を見たのだ。山の向こうの空が真っ白になった、あの光を。
おそるおそる山の反対側に回ってみると、木々がすべてなぎ倒されていた。
見下ろす市街は、私の家の辺りも含めて、恐ろしい劫火に包まれていた。
それから程なくして戦争が終わった。
しかし、約束を破った私を叱るはずの父は、帰ることがなかった。

88「ヒロポン」「木の葉」「サーチライト」:2005/03/20(日) 20:48:14
俺はしがない物書きだ。世間に一度も認められないまま、もう40も過ぎた。
2chの文芸板に3語スレという、文章を嗜むには最高のスレッドがある。
ヒロポンを打ち、そして書く、これが最強なのだ。

俺の文章にけちを付けるバカ者がいる。
意味不明だの余計な事を書くなだのとうるさい。自己満足だの下手だのと俺をこけ下ろす。
確かにリロードし忘れたり、お題を入れるのを忘れたりする事もある。
自分の文章を読み直しても、薬が効いているからか役に立たない。誤字脱字も目立つ。恐ろしい事だ。
しかし、こっちは薬をやりながら、かろうじて書いているのだ。妄想野郎どもめ、うるさいぞ。
俺様が謙虚な姿勢に出てりゃあ、いい気になりやがって。

俺はある日、心を決めた。俺を批判した奴らを絶対に許さない。

俺は公園の茂みに隠れ、奴らが現れるのを待った。
最近では毎晩のように公園へ出向き、薬を打つ。
ひたすら待つ事だけが日課になった。

木の葉が背中に入ったらしい。気になったので上着を脱ぎ、葉を取り除く。
その時、背後から物音がしサーチライトが俺を照らした。
「覗きの現行犯で逮捕する!」

89「ギター」「船宿」「プロ」:2005/03/20(日) 20:48:33
オレは長い船旅を終えて漁港に帰ってきた。
しばらく帰っていなかった漁港では、地下の古代遺跡ですばらしい機械が発見されたという話題で持ちきりだった。
それには強力なロックがかかっており、世界中から解読のプロが何人も集められたものの未だに外されていないという。
まあそんな話はオレには関係ないことだ。
オレは長旅の疲れを癒すために、船の仲間たちとなじみの船宿で大いに騒ぐ事にした。
ごちそうを食べ、歌い、喧嘩し、酒を飲んで踊る。
半分くらいが遊び疲れて眠ってしまうとトランプでポーカーを始めた。
BGMにお得意のギターをかき鳴らすやつもいる。
オレは普段は音楽などに興味はないが、気分が良かったためか適当にギターのフレーズを口ずさんでいた。
「ジャンジャカジャカジャカ、ジャカジャカと……」
突然地震が起こって辺りは騒然となった。
そして船宿が真っ二つに裂たかと思うと、地面の中から巨大なロボットが姿を現した。
そいつはオレを見つめてうやうやしく頭を下げて言った。
「ゴシュジンサマ、ナニトゾゴメイレイヲ」
オレは呆れて苦笑した。
「こんな言葉がパスワードだったのか。まあ人間楽しい事を考えた方が上手くいくという事だな」

90「ギター」「船宿」「プロ」 その2:2005/03/20(日) 20:48:47
その男は使い古されたギターと酒焼けしてつぶれた声で流麗な歌を披露した。
男は今まで聞いた事もないようなメロディーを引き、その独特の歌声で歌う。
ここは船宿の1階にある酒場である。
酒を飲みに来た水夫達はビールを飲む手をを止め、男の奏でる心地よい音楽に酔いしれた。

演奏が終了すると酒場にはスタンディングオーベーションが巻き起こった。
「ここの安酒なんかよりよっぽどあんたの曲のほうがおいらを酔わせてくれるぜ」
やんやと喝采が飛ぶ。

「こんな良い腕と喉をしているのにあんたはどうしてプロにならねえんだい?」
マスターはその男に問い掛けた。
「いやね……。おいらを見るとみんなが引くんだよ」
「何言ってるんだい。あんたは男前だし、その容姿と腕前があればてえしたスターになれるよ」
「……」男は黙ってうつむき、マスターにそっと右手をさし出した。

その手には指が6本ついていた。

「これのせいでね……」男はそう言い残すと風のようにその酒場から去っていった。
マスターは言い知れぬ感慨を胸に、黙って男の背中を見つめていた。

91「おでん」「禅宗」「爆発」:2005/03/20(日) 20:49:03
なじみの小料理屋で、おでんをつつきながら、
カウンターの後ろにずらりと並ぶ酒瓶のラベルをぼーっと眺めた。
「酔鯨」、「美少年」、うんうん知ってるよ。
「鬼提灯」、「禅宗」、聞いたことねえなあ。
「裸締め」、「爆発」ってなんだこりゃ。
「ねえ、大将、あの、『爆発』ってどんな酒なの?」
静かに仕事をしていた主がこちらをちらりと見て、また視線を手元に落とした。
「お客さん、あれは飲むものじゃないですよ。半分がたメチルですから。」
なんだそりゃ。でも一応聞いてみた。
「で、残りの半分は?」
「愛情です」
なんだか無性に人を殺したくなった。

92「リストバンド」「テロリスト」「偽善」:2005/03/20(日) 20:49:17
「これでお別れね。バイバイ」
俺は舌打ちして切られた携帯をポケットにつっこみ、
家を出た。彼女の癖にはいいかげん嫌気がさしていた。
いつも彼女は俺に電話してくる。俺に自殺宣言してからごく浅くリストカット
する。本人は本気で死ぬ気だったというがうそ臭い。
俺は近くのコンビニでリストバンドを買う。これもいつものことだ。
もうリスカしないようにという意味をこめて彼女に贈る。
でも何日かするとそれはゴミ箱行きとなる。わかってる。
何個目かのリストバンドと一緒に雑誌も買う。
テロリストがトップを飾っていた。死体を抱えていた。
急に俺はリストバンドを買う気がしなくなった。
きっと偽善というものを感じたのだろう。
そして俺は彼女の家には行かず、救急車を携帯から呼んでやった。

93「カーナビ」「クリーン」「知能」:2005/03/20(日) 20:49:34
店の残骸を物色していた俺は奥にカーナビの箱があるのを見つけた。
瓦礫の仲から引きずり出して、中を確かめる。
俺の居る周りの殆どの道は『あの日』から随分かわってしまったけれど
このカーナビは人工衛星からのデータで現在位置を割り出してくれるタイプだから
なんとか『かつて@@だった場所』というのさえわかればいい。早くやつらの居ない場所に逃げなければいけない。
『あの日』……人間がマナーを忘れ、ゴミを街に捨てるようになったのは少し前。
人間が捨てたゴミを回収するために作られた人工知能は、『クリーン』にするという命令を
『ゴミを作り出すものを無くする』方向にうごきだしたのだ。
俺はふと手をとめて、回りを見回した。埃だらけの店内は薄暗く、人の気配がない。
手にしたカーナビと俺だけがここにいる……筈だった。
俺は物音を立てないように、ゆっくりとあとずさった。
「畜生、こいつもか」
電池の入ってない筈のカーナビが小刻みに揺れる。奴らを呼んでいるのだ。

94「真心」「保父さん」「砂場」:2005/03/20(日) 20:49:51
「おにぃちゃ〜ん」
来るなこの砂場には地雷があるんだ。
俺は園児たちを預かる保父だがどういうわけか今は戦っている。
敵は情け容赦なく爆弾をあちらこちらに仕掛けているのだ。
このままでは俺のかわいいあけみちゃん(5才)が危ない!変身だ!!
俺は子供の事を真心込みて思うと変身できるスーバー保父さんだ。
可愛い子を見ると見境なく変身してしまうのがたまにキズだ。
「あけみちゃん、あけみちゃん、あけみちゃん、あけみちゃん……(100回は繰り返す。)
……あけみちゃん!来た!盛り上がって来た(自分一人で)!……へ・ん・し・ん。」
俺は内なる盛り上がりと共にいそいでパンツを前後逆にしてさらに靴下を手にはめた。
そして、あけみちゃんを脇に抱えると敵の手の届かない俺の安全な場所(安アパート)に駆け出した。

次の日、俺の勇気ある行動は新聞(東スボ)の一面を飾り、
今では三食昼寝付きで俺を敵の魔手から守るための厳重警備の中(独房)で悠悠暮している。

95「針葉樹林」「木琴」「スナイパー」:2005/03/20(日) 20:50:05
針葉樹林の中で一人の男が木琴で美しい音色を奏でていた。
男は一流のスナイパーだった。その才能を活かし、
男はヒットマンとしてその道では知られた存在だった。
だが男には一つの欠点があった。それは人探しが苦手なことである。
その欠点をどうすれば解決できるのか、男は考え、そして思いついた。
それは男の唯一の趣味である木琴を使うことだった。
まず、男が愛用している木琴を持って人気のないところへ行く、
そしてターゲットが最も好きな曲を奏でれば、例えターゲットが地球の裏側にいようとも、
男のところまで飛んでくるだろう。
ターゲットが射程距離内に入れば、もはやターゲットは死から逃れることはできない。
これが男の考えた解決方法だった。
男はすぐにこの方法を実行した。
それから十年、ターゲットは現れない。

96「領収書」「老人」「スチュワーデス」:2005/03/20(日) 20:50:24
「鉄が空を飛ぶなんて信じられん。」
老人は、この言葉を座右の銘にしていて数十年間この事を言いつづけてきたし、
実際、1度も飛行機に乗ったことがなかった。

だが、今年の2月、孫娘が子供を産んだ。初のひ孫というわけだ。
老人はどうしても会いたくなったが、孫娘はドイツ人と結婚して
現在はミュンヘンに住んでいる。
……そして、とうとう飛行機に乗ることにした。
「そもそも、地球自体が浮いているものじゃ。飛行機だって浮くさ。」

初めての空港、初めての搭乗手続き、初めての機内サービス。
「西洋食にしてくれ、西洋へ行くのじゃからな。」
はい、と答えてスチュワーデスは、料理を出してくれた。
「おいくらかな。1万円で足りるじゃろ。」
「あのぉ、お客さま……」
「領収書はいらんよ。」

97「領収書」「老人」「スチュワーデス」 その2:2005/03/20(日) 20:50:41
老人は昨日泊まったホテルからもらってきた櫛を使い、もう髪の毛のあまり残って
いない頭を気持ち程度に整えスチュワーデスを待った。
スチュワーデスがまわってくると大好きなトマトジュースを注文した。
「お客様、申し訳ございません、トマトジュースはございませんので、フレッシュ
ジュースでしたら、オレンジとグレープフルーツがございます。」
「じゃあ、オレンジジュースにするよ、いくらかな。」「ああ、それと領収書を
お願いしたいのだけど、経費で落としたいからね。」と老人は財布を出した。
「お客様、機内でのお飲み物は無料サービスになっております。」
「ああ、そうなの、私ね飛行機初めてなの。これでも私の会社はこの飛行機のね、
心臓部つくったの。うちの優秀な新人プロダクトデザイナーと営業がね、初めて
航空関連の仕事取ってきたのね、私は経理だから、計算する方だけどね。」
「そうなんですか、それは素晴らしい。どうぞフライトをお楽しみ下さい。では、
お飲物をお持ちしますので。」
スチュワーデスは微笑みながら、その老人をあしらい、次の乗客の注文を聞いた。
経費節減の為、安い部品を使ったその飛行機は二度と着陸することはなかった。

98「ボール」「黄色」「都会」:2005/03/20(日) 20:51:03
私の前をテニスボールがふらふらと転がってゆく。
否定の一致によってすべての多面体を乗り越えた否定弁証法の最たる姿が、何
を思うたか渦まく大地に身を投げ己れから逃れんとしている。
そのあわれな阿呆は私を悲しませた。
おまえ、曲がり角へと通り過ぎるものよ、この都会の片隅から逃れ去ったとして
も、お前は自分から逃れることはできない、自己否定しつつ否定するこの高貴
な単純よ、私は円の求積法をきわめた男じゃ、おまえの話をきこうではないか。

"悩める魂よ、とどまれ"
私はそのモノへとどまれと命じ、それは総合における止揚に逆らいつつ、私の
存在に打たれたのか?うなずきながらほどなく私の否定的命令にそれは従った。
はじめて停止した姿を見せるテニスボール。
なんて愛らしい黄色だ、回転をやめたその姿に、私は思わずわれを忘れてうっ
とりしている。そして私は命じる。
いまいちど私の声をきけ、"おまえに内接したい!"

ボールはふたたび転がりだした。

99「農」「日本」「米」:2005/03/20(日) 20:51:20
午後10時半、上野駅前の歩道橋にて。
スーツ姿の私は、通りかかる女のコに片っ端から声をかけていた。
「こんばんは。日本の農業についてどう思いますか?」
5人目に声をかけた女子高校生は、はじめこそ「急いでいるんだけど」とそっけな
く断るそぶりをみせていたものの、とうとうわたしの熱意に押され彼女なりの意見
をしっかりとした口ぶりで語ってくれた。
「……食料自給率の低下の問題は、目下のところ構造的な不況や失業といった問
題に隠れて、表立って議論されることはないけど、2020年ごろまでにはそれら
の問題以上に深刻な問題になるだろうと考えてます。特に米の自給率はね」
わたしは、いかにもその高校生らしい回答の未熟さに微笑ましさを感じてしまった
のだが、もちろん、紳士的に「ところでこれから私とラブホに行かないかい」と誘った。
すると彼女の顔色が一瞬にして変わった。
「日本の農業について尋ねる人なんて、いなかった。あなたイケてる。モチ、OKよ」
そういうと彼女はわたしの腕に凭れ、はやくはやくというように甘えた表情を作る
ので、わたしはしょうがないコだな、と苦笑いしながらも近場でラブホテルはあり
ますか?と交番で尋ねた。

100「霜柱」「茶柱」「貝柱」:2005/03/24(木) 17:44:07
「先輩ダメです。この座談会テープ起こせません」
何を言ってる、もう入稿しないと雑誌にアナが空いてしまう。
「ヤバいな、もう納期ギリギリだぞ。どれくらい残ってる?」
「全部やりました。でも...とにかく見て下さい」
全部起したならいいじゃないか。どこが問題なんだ。

「まったく発言してない参加者がいる!」
「いえ、そのひとしゃべってはいるんですけど、私には聞き取れなくて。これテープです」
たしかに他の参加者の発言の合間に、なにか聞こえる。しかし抑揚も区切りもなく、まるでノイズだ。
テープスピードを限界まで落とすと、ようやく日本語らしく聞こえてくる。異常なまでの早口。
燃えてきた。こいつの発言を絶対に聞き取ってやる。テープリライター魂全開だ。

この仕事を長くやってきたが、こんなに脱力したのは初めてだ。
この男は座談会の間ずーっと早口言葉を唱えていたのだ。
「外注スタッフへのいやがらせですよね? そうですよね?」
ああ、霜柱茶柱貝柱霜柱茶柱貝柱霜柱茶柱貝柱霜柱茶柱貝柱霜柱茶柱貝柱霜柱茶柱貝柱霜柱茶柱貝柱霜柱茶柱貝柱霜柱茶柱貝柱。

101「バスケット」「頭痛」「信用」:2005/03/24(木) 17:44:24
「スポーツが健康に与える諸影響について」
  運動生理学部 卒業論文 大和剛(スポーツ科学科7年)

科学的なトレーニング理論が普及を始めて以来、スポーツ選手の能力は飛躍的に向上した。
循環器・呼吸器系を初めとする内臓機能、身長、体格までが理論的理想値に近づいている。
この事が選手の健康に何らかの悪影響を与えていることを証明するのが本論の目的である。
【症例1・頭痛】
本学の男子バスケットボール部の主将が頭痛に悩まされていると知り、その原因を推測・
検証した。可能性として考えられたのは、身長の急速な向上による背筋の緊張が引き起こす、
緊張性頭痛であったが、主将の身長は実際には150センチメートルであり、この説は排除された。
主将への問診の結果、背が低いため後輩の信用を得られず、揶揄・罵倒を受ける日常に悩む、
心因性の頭痛であることが判明。本人ではなく、後輩の身長が理想的に向上したことによって、
間接的に本人の健康が損なわれたのである。本論の主張が正しいことを証明する好例であろう。
【症例2・便秘】(以下略)

102「チラシ」「資格」「無銭飲食」:2005/03/24(木) 17:44:37
 俺がカツ丼を食い終わって茶を一口すすったとき、隣のテーブルにいた奴が立ち上
がるなり、脱兎のごとく店の外へ駆け出していった。
「お客さん、お金!」店の主人が慌てて追いかけようとする。
「待ちな。俺がとっ捕まえてやる。あんたは店番離れないほうがいい」
 俺は主人の辞儀を受けるのもそこそこに走り出した。
 店の外に出てすぐ脇のベンチで、例の食い逃げ男が待っていた。俺も奴と並んで座
り、煙草を吹かす。10分の制限時間が過ぎるまでに、もう数人の男たちが店を出て
きた。全員が揃うのを待ってから、俺たちは連れだって店内に戻った。
 戻ると主人が俺に向かって言った。
「いやあ、あんたが一番鮮やかだった。今回の合格者はあんただけだね」
 うなだれて金を支払う他の男を後目に、俺は「認定証」と刷られたポイントカード
を受け取って店を出た。店の扉には一枚のチラシ。
『無銭飲食1級資格試験会場 うまく逃げ切れば御食事代無料!』
 大食いブームが終わったと思えば、また妙な客寄せを考える店も出てきたものだ。

103「灰皿」「霞」「フランスパン」:2005/03/24(木) 17:44:56
俺の実家ってなにもない田舎。珍しくも何ともない田舎。
ひますぎる。ぜんぜん変わってねえなこの田舎は、と愚痴ってみる。
煙草で輪ッかなんて作りながらな。紫煙が霞のようだなんて思いながらな。
そしたらびびった。
フランスパンってあるじゃん。
かたくてやたらと長い、塩辛いパン。
それがさ、そういったフランスパンがさ、
すごい速さで空を飛んでった。
マジ。
空高く飛んでった。
俺は煙草を灰皿に押し付けて立ち上がった。
「母さん!何だよ今の!パンが飛んだぞ!」
母は洗濯物を干しつつ言った。
「最近じゃアンパンだって空を飛ぶもの、いいじゃない。
このあたりじゃもう誰も驚かないわよ」
俺は時の流れを感じた。俺の知る故郷はもうないらしい。

104「記帳」「三角」「ドメスティック」:2005/03/24(木) 17:45:10
銀行の自動支払機には長い列ができていた。
入力に手間取る老人、順番が来てからカードを探しはじめる若い男、いつものことだが腹が立つ。
いったい何分待てばいいの。私は記帳したいだけなのに。
いつの間にか私の後ろにも何人か並んでいて、その中に見覚えのある顔を見つけた。
前のバイト先でいっしょだった人。いまどき珍しく子供を後ろオンブしている。
きれいでおしゃれな人だったのに、なんだかオバサンくさい。
彼女の大きな胸にはおんぶ紐が食い込んで、乳房が押し上げられている。
横から見るとほとんど三角で、その頂点は、ここに乳首がありますと宣言している。
失礼な視線に気付いたのか、彼女が見返してきた。「あら!久しぶりじゃない」
不本意ながらファミレスに連行され、コーヒーとケーキ。
明るい店内で正面から見ると、彼女は完璧なナチュラルメイクをしていることがわかった。
無造作に見える髪型も、こまめにカットしないとできない絶妙のバランスを保っている。
遠目には生活感まるだしの子連れ主婦なのに、異常なくらいにセクシーだ。
むしろセクシーさと生活感のぶつかり合いが魅力を増幅している。後ろおんぶの効果は絶大だ。
もしかしたら最近こういうのが流行っているのだろうか。彼女はモードに敏感だったし。
相変わらず疎いとバカにされるかもしれないが、勇気を出して尋ねてみた。
「うん、最近流行りだしたモードよ」
彼女はこともなげに言い、乱暴におんぶ紐を外した。どすん、ごろごろと子供が床に転げ落ちる。
大変!と抱き上げたら、人形だった。
「ドメスティック・ビューティーっていうのよ。発信源は雅子様」

105「アップルパイ」「御家老」「バッテリー」:2005/03/24(木) 17:45:25
バールで食べるルッコラのサラダがとてもおいしい。
シンプルなドレッシングだけど、塩は岩塩だし、コショウは挽きたて。農園の太陽の香りがするオリーブオイル。
ここに来てよかった。すばらしい料理、歴史ある街並、そして
「次はオリーブオイルで輝いてる君のくちびるを食べたい」
なんて言う、可愛い男。テーブル越しに唇を合わせる。
「あなたもすごくおいしいわ」
ここでは私は大胆で美しい女でいられる。でも日本に帰ったら、私はまた...

「家政婦」と呼ばれるのだ。
学校で、職場で、いつでもそう呼ばれてきた。
座敷で開かれる宴会がこわい。「襖の陰からちょっと顔出してみて」と言われ、その通りにすると爆笑される。
銀行や役所の窓口の人たちが「あっ、家政婦」という顔をするのを何度見たことか。
名女優が演じる、ずる賢い使用人のキャラクターは練り上げられ、成長し、
女優自身と同一視されるまでになったばかりか、私の人生にまで影響を及ぼしている。
市原悦子。今の日本で、この名前で生きるのは辛すぎる。

「エツコ、僕のマンマに会ってくれない?」
急に目の前が明るくなった。そうだ、この手があった!なぜ気付かなかったのだろう。
彼と結婚すれば私はエツコ・ヴァレンティノ!

106「中毒」「酸」「大和魂」:2005/03/27(日) 00:31:17
未知の巨大生物にまたもや襲われ、ほぼ壊滅状態に陥った東京。
踏みにじられた廃墟の中に立ち込める酸のにおい。
「ゴリアテ」と名づけられたその巨大生物は体長100メートル。体重は推定6t。
打ち倒されることを願ってのネーミングでもあったが、彼を倒すべきダヴィデはついに
現れなかった。
彼の尿は濃硫酸にも匹敵する酸性を帯び、その勢い分量共にわれらの想像をはるかに超え
直撃を受けたすべての建造物は以前の形を思い出すことさえ困難なほどにぐずぐずとした塊と
成り果てた。自衛隊のほぼすべての戦力は使い果たされ、最後の頼みの綱であったアメリカも
ニューヨークに現れた「ゴリアテ2」への対応で手一杯だった。
なぜ彼はここにいるのか。これはもしかして神がわれらに与えた罰なのか。
絶望感により国中が中毒状態に陥っていた。

「首相!このままではもうだめです!彼を呼んでください!」
「しかし……」
「大丈夫です。彼に埋め込んだ“大和魂ユニット”は、まだ機能しているはずです!」
「迷っている暇などないはずです!ご決断を!」
眉間に深いしわを寄せ憔悴の色の濃い許泉首相は顔を上げきっぱりといった。
「G計画発動!」
深海に眠るGの枕元で大きな目覚まし時計が鳴り響いていた。

107「せんべい」「ペンギン」「信号機」:2005/03/27(日) 00:31:32
ペンギン村のせんべいさんはノーベル賞物の大発明をしました。
夜でも日中と同じ位に世の中を明るくする装置を完成させたのです。題して『ぴかぴかクン』。
この装置は月の明かりを吸収して太陽と同じくらいまでに増幅させる事が可能なのです。
つまり、これを空に浮かべれば24時間この世界を昼間にする事ができるのです。
せんべいさんは完成させたその日に、さっそく『ぴかぴかクン』を天空に打ち上げました。
―これが成功すれば俺は大金持ちだ、うへへへ……。

せんべいさんは発明の疲れと、完成させた安堵感から仮眠をとる事にしました。

せんべいさんはみどりさんが作る夕ご飯の匂いで目が覚めました。
―いけない、寝過ごした。『ぴかぴかクン』はどうなったかな?
さっそく外に飛び出しましたが、夜はいつもと同じ闇を投げかけているだけでした。
辺りを見まわしても明るいものといえば民家の明かりか、信号機の光だけです。
―おかしいな?失敗したのかな?

せんべいさんがいぶかしんでいると、空から鳥が降りてきました。が、よく見るとそれはがっちゃんでした。
そして、がっちゃんのおなかはぷっくりと膨らんでいました。
「がっちゃん、あれ食べちゃったの?5年間もかかったのに……」
うなだれるせんべいさんを、がっちゃんはあどけない顔で見つめ続けました。

108「ボクシング」「包装」「天守閣」:2005/03/27(日) 00:31:49
一年ぶりにあう男は待ち合わせ場所に姫路城の天守閣を指定してきた。
あいつの思考回路は本当に何時までたっても読めない。文句も言わずに付き合ってる
あたしもあたしだけど。

これでもう二時間待っている。中は思いのほか狭く、暇つぶしに出来そうなものは
何もない。彦星が織姫を待たせるなんて聞いたことがない。ばがやろ。観光客は
つまらなそうに写真を撮ったり、無理にはしゃいだりしてる。こんな所で待ちぼうけ
食ってるなんてそれよりも間抜けで、自分の間抜けさ加減に腹が立つ。

下を向いてパンプスの足先を眺めていると、よく知ってるスニーカーが並んだ。相変わらず
汚いね。本当は飛びつきたいほどうれしいのに。顔を上げられない。泣きそうだから。
下を向いたままの私に、彼はきれいに包装された小さな包みを押し付けた。
「これ、えらんでておくれちった。」
もしかして……もしかすると……もしやこれって??!!
どきどきしながら開けてみる。入っていたのは天守閣のキーホルダーだった・・・
絶望しそうな気持ちで彼の顔を見る。目の上が真っ青に腫れている。三回戦ボーイ。
また負けたんだね。ボクシングなんかやめちゃえばいいのに。
「いこいこ!ホテルいこ!!」
おっきな声。みんなが振り返る。私はなんだかうれしくなってしまう。
やっぱだめだわ。私はこの男が好き。

109「鰐」「ヘルメット」「3分間」:2005/03/27(日) 00:32:05
ジンギスカンの作り方

材料 ラム肉 もやし ニラ タマネギ タレ(市販のもの)

1. ラム肉をタレにつけ込んで下味を付けておく
2. 鉄製のヘルメットをカセットコンロにかける
3. ヘルメットを洗い忘れたのに気づきもう遅いと後悔する
4. 油を引き、材料を乗せる
5. 3分間ほど焼きながらバナナワニ園の鰐のステーキのことを思い出す
6. ステーキといえばシャボテン公園のサボテンステーキもあったとふと気づく
7. 焼き上がったジンギスカンよりサボテンステーキの方が気になる
8. ヘルシーなサボテンの方を食べに行く。
9. 帰宅後、冷めたジンギスカンはまずそうなので犬にくれてやる。
10. 犬にタマネギを食べさせてはいけないことに気づいたときはもう遅い
11. 犬は…

110「筆頭株主」「三ツ矢サイダー」「漂流」:2005/03/27(日) 00:32:21
ソフトドリンク業界をリサーチするためにあらゆるコンビニを漂流してきた私。
炭酸系ならやはりキリンレモンではないだろうか?
さわやかなのどごし、無果汁に近い濃度であるにもかかわらず鮮烈なレモンの風味。
炭酸飲料界の筆頭株主とでも形容できるだろう。

それに対当する三ツ矢サイダー
三本の矢の逸話が元となったこのサイダーは広島県で生産されている。
時代が時代ならば「サンフレッチェサイダー」などと命名されていたのかもしれない。
これぞサイダーといわんばかりの伝統的な、まさに本格派サイダーの筆頭。

これらに対抗するべく、日夜商品開発にいそしむ私はサンガリア勤務。
2月発売予定の新商品にはかなりの自信がある。
国内トップの売り上げは間違いないだろう。
世界進出も視野に入れ、我が社の株は急上昇。

これを読んだ方はサンガリア株の購入をお勧めします。
この程度の情報ならインサイダー取引だなんてことはありませんから大丈夫。

111「審査員」「からまる」「電線」:2005/03/27(日) 00:40:30
1. はじめに、審査員を3人用意してください。
2. 投げ手と怒鳴り手は、10メートル以上はなれてください。
3. 毛糸は腕にからまることがありますので、かならずテグスをご使用ください。
4. 怒鳴り手の声が聞き手に聞こえた場合を有効打突とし、1本に数えます。
5. 体の一部が電線に触れると、場外反則となります。反則2回で1本とみなします。
6. 1度に頷き手は7人までとします。
以上のルールをよく守り、フェアプレーを心がけましょう。

112「鋳造」「小股」「下駄」:2005/03/27(日) 00:40:45
キューポラのある町も戦争景気で羽振りが良い。
けれど小雪は機嫌が悪い。人殺しの大砲を作ったその手で女郎を抱く男たちなんて。
「小雪ちゃん、いつまでも愚図ってないで。ほらお客さんだよ」
座敷の夜具の上にはまだ若い職人があぐらをかいていた。
「あんたが小雪姐さんかい。男嫌いってえ噂だが」
「男じゃないよ、人殺しが嫌いなんだ」
「それを聞いて安心だ。俺ァ人殺しじゃねえからな」
「何言ってんだい。あんただって町の鋳造工場で大砲作ってんだろ」
「自慢じゃねえが軍の注文は一度も受けたこたあねえよ」
「じゃ何作ってんのさ」
「これよ。土産だ、あんたにやらあ」
男が出したのは駒下駄だった。鉄で出来ている。
「明日からこれを履いて歩いてみねえ。股から脛まで引き締まった、
小股の切れ上がったイイ女になれるぜ」
男は戦後、女性向けのシェイプアップ用トレーニング機器開発で財を築く。
小雪はスタイル抜群の社長夫人として、会社の広告塔となって活躍することになる。

113「塗料」「棟梁」「投象」:2005/03/27(日) 00:41:01
 息抜きをすることにした。
 CADをいったん終了してブラウザを立ち上げ、2ちゃんを徘徊する。文芸板に「投象」という言葉
の意味も知らない馬鹿がいた。これだから文系ってのは、とため息が出る。同じような思いの同輩が
いたらしく、「象を投げるマイナースポーツだ」ともっともらしいネタレスが付いている。
 面白いのでスレのヲチを続けてみた。ほどなくして文系馬鹿のレスが付く。なんと信じこんで「あ
りがとうございます!」なんて礼を言ってやがる。
 爆笑しながらレスの続きを読み、俺は目を疑った。なんとgoogle検索してみたらマイナースポー
ツとして実在することが分かった、などと書いてある。俺は慌ててgoogleに飛び、「投象」で検索
をかけてみた。300弱のサイトがヒットする。しかしほとんどが幾何学や図学のサイトばかりだ。俺
は「検索結果ページ:次へ」を何度もクリックした。すると……。250サイト目辺りで、「世界のト
ンデモスポーツ」というページが見つかった。読んでみると、素手ではなく梃子原理の投石機のよう
なものを使うらしい。と、そのとき電話が鳴った。
「もしもし、あ、若旦那。棟梁まだ事務所にいますか?」
「いや、親父は今日はもう上がったみたいだけど……」
「じゃ伝言頼みます。『インド雑伎団の例の象投げ器、来週から外装入りますんで、塗料の発注しと
きます』って。じゃよろしく」
 おいおい、マジかよ……。

114「クラクション」「色鉛筆」「腕章」:2005/03/27(日) 00:41:16
 ジープからクラクションを鳴らしたが、スケッチに夢中の軍曹は
気づかないようであった。しゃがみこんで、一心不乱に書いている。
色鉛筆を動かす腕の腕章が、すばやく動いた。
 俺はもう一度、クラクションを鳴らす。作戦行動に遅れてしまう。
殻の助手席から、軍曹のベレーがずり落ちた。
 一向にこちらを気にする様子のない軍曹にため息をつき、俺は
ジープを降りて、彼の傍らに歩み寄った。はやいとこ、行かないと、
と声をかける。ああ、すまない、と軍曹は応じて、やっとジープに
戻ってくれた。
 スケッチブックを仕舞い、ベレーをかぶる軍曹を確認して、俺は
ジープを出した。軍曹の描いていた道端の花が脳裏にフラッシュバック
した。

 これから、俺たちは人を殺しに行く。

115「サイクリング」「古物商」「カレンダー」:2005/03/27(日) 00:56:15
魚屋、サイクリング店、理髪店の主人を仕留めてきた。
のこるは古物商のあの嫌味な店主だけだ。俺は一度深呼吸してから店内に足を
踏み入れた。
「よく来たな」
待ち構えていた店主は不敵に笑い、言った。手には何も持っていない。まさに
チャンスとしかいいようがない。先手必勝だ。手にした分厚い辞典を片手に俺
は店主めがけて飛びかかった。とそのとき右足の腿のあたりに鈍い痛みが走っ
た。店主は油断していると見せかけてそばにあった胴の置物を投げつけてきた
のだ。まさかのカウンターだ。態勢を立て直すために俺は後ろに飛び退いた。
その拍子にさらに鈍い痛みが走った。
「これは折れてるかもしれないな」
誰ともなしに独り言をつぶやいたが、その間にも店主の攻撃は続く。俺は辞典
の背表紙をつかいなんとかそれをしのぎながら反撃の機会をうかがった。しば
らく耐えているとピタリと攻撃が止んだ。見ると店主の周りにはもう何もない。
ゆっくりと俺は店主に歩み寄り、辞典の一番固い角の部分を奴の脳天めがけて
振り下ろした。崩れ落ちる店主。とうとうやったのだ。俺は優勝したのだ。こ
れで来年のこの横町の町内カレンダーの表紙に俺と俺の店が載る。こいつの表
紙になった年は売上が去年の二倍になるという言い伝えがあるのだ。
これで長年の夢だったオランダ旅行にいける。よーし、パパ、マリファナ吸い
まくっちゃうぞー。

116「遺伝子操作」「悪魔」「美術館」:2005/03/27(日) 00:56:33
暗闇の中でグリーンに光るウサギが展示されていた。アート通なら周知の作品だ。
「やーん、かわいー」
歩美ちゃんは声を上げてその作品に見入った。やれやれ、子供丸出しだ。
といっても仕方がない、つい去年まで女子高生だったのだからな。
こほん。僕は美術サークルの先輩らしく、新入生の歩美ちゃんに解説してあげた。
「歩美ちゃん、これはGFPバーニーといってね、遺伝子操作されたウサギなんだよ。
特殊な光線下で光るように、体を改造されたウサギなんだ。
これをアートと呼べるのかどうかについては、美術的にも生命倫理的にも議論の最中でね。
アーティストを悪魔と呼ぶ向きもある。だから君も美術学生らしく、
軽々しく『かわいー』なんて言うのは控えたほうがいいね」
「へーそうなんだ。先輩って物知りなんですね」
歩美ちゃんの目に尊敬の色が宿っている。尊敬はやがて愛情に変わり、
そしてその愛情はやがて炎を発し、そして、そして、僕と歩美ちゃんは……
あらぬ妄想に耽っていると、美術館の学芸員らしい人がそっと僕に近づいてきて、
耳元でささやいた。
「このウサギはGFPバーニーに抗議するための作品で、蛍光塗料を吹き付けてあるだけです。
あなたも軽々しく知ったかぶりをしないほうがいい」

117「お正月」「ピクルス」「賭場」「時間」「戦争」「警察」:2005/03/27(日) 21:55:43
 浩はハンバーガをかじりながらカードに興じていたが、中に挟まれた
ピクルスだけを残すのは子供っぽくて賭場には似合わなかった。老けて
見えるが、案外少年といっていい年頃なのかも知れない。俺は浩が皿の
上によけたピクルスをつまみながら、彼の手札を覗き込んだ。止して下さ
いよ、言いながら彼は手札を自分の体によせ、俺の視線をさえぎる。
 お正月早々、冴えない手だった。さっきから数時間、負け続けているよう
だしもういい加減に持金も残り少ないだろう。要領の悪いタイプだ。戦争
なら最初のほうで死ぬような。
 案の定、浩の負けで1ゲームが終る。一瞬だが、泣きそうな顔をしたの
を確かに見た。どけ、と彼に告げ、無理やり代わってやる。たいていの
カードだったら俺は負けたことがない。
「おいおい、おっちゃん、いいのかよ」
浩と対戦していた相手が素っ頓狂な声をあげる。「おっちゃん、警察だろ。
ここを手入れにきたんじゃないのか」

118「エンジン」「紅茶」「ルーズリーフ」:2005/03/27(日) 21:55:59
ナチスの軍隊はあらかた追っぱらった。
数々の惨劇に血塗られたこの戦争も、間もなく終わることだろう。
「少尉、前祝いにビールを一杯といきたいところだな」
俺は傍らを行くユニオンジャックの友軍の小隊長に声をかけた。
「作戦行動中です。アルコールは控えておきましょう」
軍人よりは役人と呼びたくなるようなイギリス人は、
作戦計画書のルーズリーフバインダーから顔も上げず、無粋な返事をした。
「じゃあコーヒーはどうだ。甘いバニラアイスもたっぷりと」
「私なら紅茶にスコーンでティータイムを過ごしたい。
しかし我が隊は糧食以外を携行しておりません」
同じ英語を話すのに、なんとジョークの通じない国民性だろうか。
やがて我々はエルベ川に到着し、耳慣れないエンジン音を聞いた。
橋の向こうには既に、東側から進軍してきたソ連軍の戦車と歩兵が到着していた。
私は戦車を降りて橋を渡り、ソ連軍の将校と握手をしながら、言ってみた。
「前祝いにビールを一杯どうだ?」
俺が言い終わらないうちに、ロシア人は俺の肩を抱き、ウォツカの瓶を取り出した。
なんだ、英語は話さないが、話せる連中じゃないか。情熱的で熱い男たちだ。
……と当時は思ったのだ。まさか彼らも独裁者の国になって、
我々とああいう冷たい戦争をすることになるとは、夢にも思わなかった。

119「正月」「最安値」「空白」:2005/03/27(日) 21:56:15
パスワードを要求するダイアログが表示された。
僕は数桁の数字を入力し、難なくログインすることに成功した。
誕生日をパスワードにしておくなんて、セキュリティ意識の低い人たちだ。
正月が近いからといって休んではいられない。何しろ僕はハッカーだから。
ハッカーとは職業ではない。生き方なのだ。
モニタに出納帳簿が表示された。僕は入金と支出を詳細にチェックしていった。
先月の十日に大量の入金、二十五日にも若干の入金があった。
しかし、彼らの手元に現在どれだけの資金が残されているかは不明だった。
数日前からの記載が空白になっている。
くそっ、これでは彼らの出資可能金額の予想が立てられない。
こちらの対応策も考えられないじゃないか……。

翌日はお正月、元旦。
家族揃って雑煮を食べる朝の席で、僕は両親からお年玉を受け取った。
金額を改めると……最安値更新だ。
ま、まずい、これでは買い物計画を大幅に変更しなければならない。
いきなりのことで精神的ダメージも大きい。
事前の情報収集に失敗してさえいなければ、こんなに慌てずに済んだのに。
母さん、年末で忙しくても、家計簿はちゃんと毎日つけといてよ……。

120「リング」「ループ」「渦巻き」:2005/03/27(日) 21:56:32
 第二ラウンドの終了を告げるゴングが鳴り響いた。トレーナが俺を
コーナに迎える。俺は水分を補給しながら、ちらりと客席を観察する。
自分でも激闘だったと思う第二ラウンドの興奮は冷めず、声援と
暴言の渦巻きが客席から聞こえる。
 今日の俺は集中力を欠いていた。打たれてばかりだ。その癖、
客席から彼女を見つけることだけが、あまりに簡単だった。アイ
ボリーのありきたりなセーターの彼女は、いつも視線の隅にいた。
勝気な女だ、ただ勝て、と俺に言う。怪我をしないで、なんて優しい
言葉は聞いたことがない。その彼女が、心配そうな顔をしている
ように見えた。
 タオルで汗を拭き、もう一度彼女を見る。いつもの彼女に戻って
いた。睨むような視線だ。
 第三ラウンドの開始が告げられ、俺はリングに戻る。体は機械的に
試合を消化しながら、頭の中は不安げな彼女と勝気な彼女が交互に
ループしていた。

121「スイカ」「市民プール」「塩素」:2005/03/27(日) 21:56:48
「スイカの種を遠くに飛ばした方が、負けた方に何か一つ命令できることにします」
そんなことから始まった「縁側種飛ばし大会」も、一応男である京太の勝ちで幕を下ろしそうだった。

勝利を確信した京太はまだ残っている果肉に貪りつくと、横目で冬華の顔を伺った。
市民プールから帰ったばかりなので、二人とも石けんのいい匂いなどするはずもなく。ただ鼻につく塩素臭が辺りに漂っているだけだ。
けれども、まだ乾いていない冬華の髪はどことなく色っぽさを漂わせており、少しばかり京太をどぎまぎさせた。

「……ずるい」「は?」
突然口を開いた彼女に、京太はスイカに口を付けたまま向き直った。
泣きそうな顔で、一生懸命涙は流すまいと耐えている幼なじみの顔にどきりとした。
何か言わなければ泣いてしまう。そう思ったのだが、京太の口はうまく言葉を紡ぎ出せなかった。
「何がずるいの?」自分で自分を殴りたかった。京太はしまったと思いながらも、冬華の方をじっと見ていた。
「私が……」「うん」
「私が勝って、今度の花火大会、一緒に見に行こうって言おうと思ってたのに。京太が勝つなんてずるいよ」
京太は思わずスイカをのせた皿を取り落とすところだった。あまりにも下らない理由に脱力していた。
「そんなことだったの……?」「そんなことって何よ! 大事なことなんだから!」
掴みかかろうとする冬華だったが、京太がぼそりと呟いた言葉で途端に大人しくなり、
「うん、なら……絶対だよ?」と子供のようにはにかんだ。

それから一週間後の花火大会で、浴衣を着た冬華と京太がクラスメイトに目撃されたのは、また別のお話である。

122「麓」「詰め」「最下位」:2005/03/27(日) 21:57:03
未明に降り始めた雨は一向に止む気配を見せず、やがて記録的な降水量を更新するかのように思えた。
草木も眠る静寂を破って、その光の玉はリズミカルな躍動をいつしか止める。
けたたましいエンジン音は、太古の時代を思わせるこの静かな山の麓にはどう考えても不自然なものに違いなかった。
光の玉はやがて一筋の線となり、黒い影を浮かび上がらせる。
この土砂降りの雨の中姿を現したのは、更に不自然な女の姿だった。

レインコートに身を包んだその女は、乱暴に車のトランクを開くとおよそ
女の力とは思えない勢いで、中から一つのズタ袋を引き出した。
続けてシャベルを取り出すと、憑かれたように地面を掘り起こし始めた。

小一時間も経った頃、地面は優に人間一人入られるくらいの大きさになりズタ袋は当然のように無造作に投げ込まれた。
その刹那、ズタ袋の脇から中に詰められていた「何か」の一部が覗いたようだったが、
女は気に留める様子もなく今度は土を元に戻し始めた。
時折閃く雷光は、雨に濡れた女の顔を怪しく照らし出していた。

天が哭いたあの日から数日後、女の元に一通の書簡が届いた。
女は恐れと悲哀が入り混じった面持ちでその書簡に目を通していたが
やがて火がついたように泣き出した。人目憚ることなく――その書簡にはこう書かれていた……。
「不法投棄マラソン  あなたの結果は最下位でした★
         罰ゲームはブタ箱 365泊366日の旅★」

123「病院」「卵」「選挙」 (1/2):2005/03/27(日) 22:25:40
病院は精神病院で、森の奥にあった。
濃い緑に囲まれ、その建物までも緑で染めていた。
そうカメレオン的特徴を持っている病院だったのだ。
病院は自己など持ってはいなかったのだ。

その病院で精神病者たちがローカルルールを作るとか言いだした時があった。
どの顔も小汚い、精神的に病んだ顔だった。
見てるものに、悪寒を感じさせ、吐き気さえ催させる顔だった。
しかし知能の低い彼らのこと。ローカルルールはなかなか決まらない。
そこで選挙によって代表を選び、首脳会談のようなものを行うことにした。
「それが民主主義のルールである」と「僕はチャーチルである」と口先でいう、
あの憎き男が言った。それに加担した名前が無いただの名無しであるようだのおかげで、
チャーチルの演説は成功した。

124「病院」「卵」「選挙」 (2/2):2005/03/27(日) 22:25:53
選挙は始まった。
それでもごたごたしていた。
立候補してる人間がだけでなく、立候補してない人間まで立候補しようとした。
立候補したある人間は自殺した。立候補したある人間は逃亡した。
結局選挙はまとまらず、代表をあみだくじで決めることになった。
「じゃん・けん・ぽん」
三人が選ばれた。
その内の二人は首脳会談の席に着いたが、後の一人は毒殺された。
代わりを名乗る不届き者が席を占めたが、誰も文句は言わなかった。
いや、言えなかったのだ。言わないのがルールだからだ。
そこで彼らは支離滅裂な調子で討論し、
時には訳の分からない参加者が飛び入り参加し、
選ばれた者は何度か拗ねて姿を消した。
結局、まとまりなどはなく、
この板の上のようなルールになり、以降病院は更に雑然とし、発狂者を生んだ。

ローカルルールが決まるまでの死者は3000人。
記録的な数字だった。

125「鞭」「麻縄」「磔台」:2005/03/27(日) 22:26:08
クラウンのファゴットはサーカスの人気者。
象のような大きいお腹を縞模様のだぶだぶズボンに包んで所せましと
転げ回る。子供たちはキャンディ・バーを握り締めてファゴットの滑稽な
仕草に夢中になる。ライオンのお尻にくれるはずの鞭を間違えて自分
のお尻に受けて泣きながら走り回るファゴット。みんな大笑い。
でもね、ファゴットは。
ぴんと張られた麻縄の上をまっすぐに歩くミス・ボビットが好きなのさ。
もちろん、誰にも誰にもファゴットは話さない。そんな事を一言でも言おう
ものなら、ファゴットの一番良く出来たジョークととられてしまう。
だから、ファゴットは。
今日も教会のイエス様にお祈りするのさ。
──ミス・ボビットが無事に綱を渡りきりますように。
だから、見てご覧。ミス・ボビットの出番の前のファゴットの顔は青いよ。
そして、見てご覧。ミス・ボビットの出番の後のファゴットの顔は赤いよ。
磔台の上のイエス様とファゴットだけの秘密だよ。

126「列伝」「のっぽの古時計」「阿波踊り」:2005/03/27(日) 22:26:24
〜阿波踊り列伝〜

1274年 北条時宗、2度の元寇を阿波踊りで撃退
1635年 天草四郎時貞、十字架を担ぎ、阿波踊り、信者獲得
1642年 水戸黄門、阿波踊りで悪代官退治、うっかり八平衛、うっかりする
1781年 山本トメ吉、全裸で阿波踊りを踊り、一躍有名になる
1789年 マリー・アントワネット、「阿波踊りが出来なければ、
    ステテコ踊りを踊ればよいではないか」とのたまい、民衆の反感を集める
    フランス革命勃発、オスカル様も阿波踊り
1867年 ええじゃないか踊りと阿波踊りの全面戦争勃発、阿波踊り勝利する
1966年 ビートルズ、武道館で泡踊り、伝説となる
1969年 アポロ月面着陸、アームストロング船長、月面で阿波踊り
1985年 「できるかな」ののっぽさん、何故か古時計を担いで阿波踊り、
のっぽの古時計踊りと言われ、全米震撼
1988年 ジャストシステム社長 浮川和宣氏、PC−98を担ぎ阿波踊り、男を上げる
1999年 恐怖の大王とアンゴルモアの大王、阿波踊りを仲良く踊る

127「危機感」「最優先事項」「恥」「筋肉」「コンビニ」「和服」:2005/03/27(日) 22:26:47
 近頃、この辺りに頻発しているコンビニ強盗は、その手口の荒さと、素早さ
で警備会社はおろか、警察でさえお手上げの状態になっている。
 次々に襲われるコンビニ。その一番の犠牲者は、何といっても夜中に店番を
やらされているアルバイトの店員達である。彼らは、たかだか時給800円の
ために、あるものは前歯を根こそぎ折られ、またあるものは、身包みはがされ
た挙句、寒空の下に放り出され、生き恥をさらされるといった有様。
これでは、当然のようにアルバイトは次々に辞めていってしまい、とうとう、
この近辺のコンビニで夜のバイトをする者は独りもいなくなってしまった。
 困るのは、店主たちである。彼らにも、店がいつ襲われてもおかしくないと
いう危機感は、もちろん、ある。しかし、だからといってこの不景気の中、夜
中に店を閉めることは即ち、コンビニの廃業を意味する。
 しかし、彼ら店主達の最優先事項は、"自分の身を危険にさらさない"で、ある。
 ここまできて、もうオチが読めてしまった人も多いと思うが、そう、そこで
彼らは、破格の時給で夜中のエキスパート達を雇ったのだ。
 粋な着流しの和服の下には山脈のような筋肉を備え、頭は角刈り、指は4本の
エキスパート達を!!

128「天使」「病院」「修行」:2005/03/27(日) 22:27:04
「すみません。署名お願いします」
 仕事を終え家路を急いでいた私は突然そう声をかけられた。最寄り駅駅前のエントランスは、
私と同じ帰宅途中の人が大勢いた。好青年と言ってもいいほどに清潔な若者が渡すペンを受け
取りながら、彼が持つ紙面に眼をやる。
『看護師という名称に断固反対!』
 私は絶句して、その青年の顔をまじまじと見つめてしまった。それを彼は、何か勘違いした
らしく、
「看護婦は看護婦です。看護婦は看護婦だから看護婦なのです。白衣の天使、いや昨今は白色
だけでなくピンク色のナース服もありますが、だからといって、こういう言葉狩りを許しては
いけないと思うんです。看護婦はいわば病院という聖域で修行に励む神官なのです」
「あの……」
 私は彼の熱弁を遮るように口を挟む。
「あなた、もしかしたら巫女の処女性について信じてます?」
「はい!」
 若者は明朗に肯定した。私はその清々しいまでに澄み切った青年の純情に打たれ署名をした。
「ありがとうございました」
 言って青年が渡してくれたチラシには、某有名ギャルゲーメーカのブランド名が印刷されていた。

129「いたづらぎつね」「アルバム」「群像」:2005/03/27(日) 22:27:23
「とうちゃんが若い頃にな、<いたずらぎつね>ていう伝説があったんだよ。
映画でも、それをモチーフにした群像激が結構評判になったりしてな」
「ふーん、それってどんなきつねさんなの?」
「人間にばけたきつねがな、いろいろな悪さをするんだ。
例えばハンサムな男性に化けたきつねが若い女性をたぶらかしたり。それからね」
そういうと、父親は本棚から学生時代のアルバムを取り出しました。
「あきら、この写真を良く見て。この男の子の右手が消えているじゃないか。
これはとうちゃんなんだよ。そして、実は……」
父親は「俺はきつねなのさ」と、あきらを驚かせようとしました。
よくある恐怖話で息子を怖がらせようとしたのです。
けれども、そこにあきらが割って入りました。

「ごめん、とうちゃん」そう言うなり、あきらはくるっと後方へとんぼを切りました。
すると、あきらはきつねになってしまいました。
「ごめんよ。少しからかってやろうと思ってとうちゃんの子供になったんだ。
でも、あんまりとうちゃん達が嬉しがるもんだから、つい……」
「いいんだ、あきら。そんな事、前から分かっていたから。あきらが白状してくれてよかったよ」
「とうちゃん、ありがとう。このままずっと親子でいてくれる?」

父親は深くうなずくと、あきらを力いっぱい抱きしめました。

130「凄惨」「エキセントリック」「艶然」:2005/03/28(月) 22:32:01
 分担金を払わない同盟国への取り立ては、凄惨を極めた。
 今夜は彼の初陣。有無を言わせぬ「差し押さえ」の仕事だ。
 15歳の彼の目には、それは「略奪」としか見えなかったが……

 宮殿でその少女を発見した時、彼は叫んだ、教えられた通りに。
 「自由市民か奴隷か、答える様に。奴隷ならば本国まで連れてゆく」
 慣れないせいか、自嘲か。彼の声はエキセントリックな響きを帯びていた。
 
 一種どこか触れ難い気を発する少女だった。高貴な血筋だったのか。
 だが、彼女の答えはこうだった。「私は、宮殿に仕える奴隷です。連れてって下さいね」

 少年は「うんっ」と答えて、痩せた肩に彼女に抱えて船に向かった。
 「がんばってね」
 彼女の瞳に燃える宮殿が映り、どこか艶然とした表情さえ見える。
 「これでいい」と彼女は思っていた。
 強大でいて奢らず、略奪にためらいを知る若者。彼の国こそ自分に相応しい……

 船が帰り、国が栄え、少年が老いて死ぬまで彼女は彼の傍らにいた。
 繁栄は長く続いた。それはまるで、女神が守護してくれている様だった。

131「メイド」「韻」「ジャパン」:2005/03/28(月) 22:32:30
ジャパンという国にはブッキョーという宗教がある。ブッキョーでは韻が重要
視され、ブッキョーの経典ではしばしば韻を使ったダブルミーニングにより死
後の世界が記されている。ブッキョーによれば死後の世界にはテンゴクとジゴ
クがあり、パラダイスであるテンゴクに行くか、ジェイルであるジゴクへ送ら
れるかは、メイドに住むエンマ大王が決める。エンマ大王はニンジャを使って
人々の生前の行いを見張り、善人として人生を終えたタマシイにはお土産をく
れる。これをメイドのミヤゲという。テンゴクにはゲイシャがおり、タマシイ
をもてなしてくれる。逆に、ジゴクにはフジヤマがあり、ジゴクに落とされた
タマシイは裸足で標高数千メートルもあるフジヤマに昇らなければならない。

132「餡」「競売」「海流」:2005/03/28(月) 22:32:47
 締め切りから逃げるために、私は日本海を望む鄙びた漁港に来ていた。
そして、その界隈唯一と聞かされた旅館に部屋を取る。外見は倉庫か何かのようだが、
真新しく見えるのはペンキが塗り直されているからだろうか。
 出迎えた主人は不愛想が服を着て髭を生やしたような容姿だった。
「しばらくお世話になります」「あぁ」
「日程は決まってないんで、いつまでお世話になるかは分かりませんが」「あぁ」
 私は居たたまれなくなって、この旅館のことを聞いた老婆の話を切りだした。
「あの、何でもこの旅館には名物料理があるとか」
 言った途端、主人の目の色が変わった。
「日本海の荒波と海流に揉まれた魚介を餡にした饅頭のようなものだと……」
「その話、どこで聞きなすった」「いえ、その道すがら……」
「それを注文されたとあれば、後には引けぬ」「はぁ?」
「その料理には競売に掛けられることのない、黄金のユメナマコが必須。あとをよろしくお願いします」
 主人は支度を整えると、漁に出かけていった。

 あれから1年が過ぎようとしている。結局、店の主人は帰ってこなかった。旅館の
ことを頼まれた私はその跡を継いでいる。都会での追われる生活に疲れていたせいも
あるのだろう。ここでの暮らしは私に平穏と安寧をもたらしてくれていた。
 そして、客が来た。疲れた顔した中年の男だ。
「あの、この旅館には名物料理があると聞いたんですが?」

133「ブルマ」「(゚Д゚)ぅゎぁー」「山田ドリンク」:2005/03/28(月) 22:33:08
 花のパリ、地下鉄ガルニエ駅。2階に上がった男は、カフェに落ち着く。
 「コーヒーでももらおうかな」
 ウェイターにブルマンを一杯注文すると、こう答えが返ってくる。
 「そんなもんはないよ、ムッシュ」「……ゑ!?」
 でてきたのはネスカフェのインスタントコーヒーであった(涙)

 いよいよお勘定、財布を探ると……ない! (゚Д゚)ぅゎぁー
 「財布、やられたね」
 「あなたはニッポンジン?なら、これ飲めたらオーケーだ」
 語調が変わったウェイターが持ち出してきたのは、謎の「山田ドリンク」であった。  
 いかにも外国人が書いた様な「山田」の文字。国籍不明の品質表示。

 「もはや、この「山田ドリンク」は、一部では固有名詞ではないほど有名だ」
 ウェイターが笑う。
 その「一部」の内容がすごく気にかかる。生命に支障はないのだろうか。
 不気味に光る緑のドリンク……発車時刻が迫っている。
 どうする!?

134「セクシーさを強要」「ジャポニカ学習帳」「ラムのラブソング」:2005/03/28(月) 22:33:28
少女は呟くように歌っていた。
高木は、まだ整理されず机の上に山積みになっていた証拠物件の中から一冊の
ジャポニカ学習帳を取り上げた。中にはたどたどしいひらがながびっしりと書き込ま
れている。表紙には、高木の読めない国の文字が大きくマジックで書かれている。
少女の本当の名はナーゼフというらしい。繁華街のロリータクラブが摘発されて、
密入国して働いていた少女は、送還される日を待っていた。スチールデスクの前
に座らされた少女は、フリルのたっぷりついた服を着て、細い足を投げ出している。
店ではその手の趣味の男相手に働かされていた。セクシーさを強要されたりはし
なかったが、人形が着るような服を着せられ、人形のように扱われていた。
高木はコーヒーを淹れかけ、思い直して自販機でジュースを買った。
少女の前に紙コップを置く。
好きよ、好きよ、好きよ……。
少女はうつろな声で歌う。高木は驚いて少女の顔を見た。少女の表情は変わらない。
「ラムのラブソングですね。店で教えられたんでしょう」
同僚が、少女のための書類を机に揃えながら言う。
好きよ、好きよ、好きよ。
リフレインは続いた。

135「電光掲示板」「逐電」「ぎょうちゅう検査」:2005/03/28(月) 22:33:45
夜も明けきれぬ未明に紛れて次郎左衛門が出奔した。
最初に気付いたのは老中配下の者で、直ちに国境が閉じら街道筋では
宿場検めが行われた。その甲斐あってか、程無く次郎左衛門は引っ捕らえられ
手枷足枷亀甲に結ばれ城中に送られたのが出奔から二日後のことである。
白州の場では、厳しい審問が行われ次郎左衛門は夜半に口を割る。
「武士たる者、ぎょうちゅう検査ごときで菊門にセロハンを貼るは一生の不覚」
次郎左衛門の扱いに藩意は二つに割れたが、老中堀田の沙汰で打首獄門とされ、
ただちに城下の電光掲示板が事の次第を知らせた。
忠義に生きるが定めである故、誰がこのもののふを責められようか。

136「ペンション」「オフ」「分岐」:2005/03/28(月) 22:34:02
 タケシは目を真っ赤にしながら、しかし誇らしげに云った。
 「オレ、ついにやったよ」

 タケシはあるゲームに取り憑かれていた。冬山のペンションで凄惨
な殺人事件が起こるサウンドノベルだ。そのゲームにはある噂があっ
た。隠し設定で主演アイドルのヌード画像が拝めると云う噂だ。その
アイドルが死ぬほど好きなタケシは、ひたすらその隠し経路を探して
いた。

 タケシは、全ての分岐点をチャート化し、あらゆるフラグの組み合
わせを虱潰しに調べていったのだ。その狂気の道程のホンの一部を僕
は目撃している。そうか、ついにやったのか!

 「最後のフラグは電源スイッチのオフだったんだ」
 タケシは心底満足げだった。

 僕は涙が止まらなかった。タケシが見たのは昨日深夜のお色気番組
にちがいない。

 5年の歳月は新人アイドルを裸にするのに十分な歳月だった。

137「奴隷」「大根」「鉛筆」:2005/03/28(月) 23:11:03
僕は銅像。現住所はデデベン王国のプルンプルン通り2丁目なか良し大広場です。
元々は日本に住んでいたんだけど、ある日、次元が歪んでこの王国まで飛ばされてしまいました。
僕の趣味は人々の生態観察です。この国の人々はとっても面白いです。
ある奴隷が大富豪であるご主人様の右頬にビンタしたんです。
そしたらご主人様が怒って、奴隷に反撃しました。肥えた体の割に見事なドロップキックでした。
奴隷君も負けてはおらず、ご主人様の首を噛み千切っていました。
ある瞬間はご主人様が隠し持っていた大根で奴隷君の頭をブッ叩き、
またある瞬間は奴隷君が最終兵器の鉛筆でご主人様の足をブッ刺してました。
最後、奴隷君のフランケンシュタイナーがキまり、勝負がつきました。
勝負が決まったときの奴隷君の、あの赤く高潮させた破顔が今でも忘れられません。
今でも毎日、警察とマフィアが、消防士と放火魔が、医者と患者が、スパイとストーカーが、
与党と野党が、アイドルとマスコミが、霊能者と悪霊が、炭素菌と肉骨粉が、虎と豹が、
信念と憎愛を込めた血生臭い戦いが、この大広場で繰り広げられています。
日本のとはまた違った争いなんですよ。

138「宝石」「蚊取り線香」「アイロン」:2005/03/28(月) 23:11:19
盆休み、両親は父方の実家へ墓参りのため帰省し、世田谷のマンションにはルルとぼくのふたりきり。
とはいうものの、ルルは昨夜から行方不明。エサの時間にも帰って来ないので心配していたさなか、ぼくは犯行予告を受け取った。
――今宵、天使の涙をいただく 怪盗ビリーより――
宝石商を営む父が数年前地中海で手に入れた時価二十億のダイヤがうちにある。
高度で繊細なカットを施したその名も「天使の涙」目も眩むほどに美しい。
しかしこの不況下、そんな代物が売れるはずもなく、久しく金庫に眠っている。
なぜ、ビリーが天使の涙のことを知っているのだろう。
訝しく思いながら、ぼくは洗濯物をとり込み、明日の就職活動のため、ワイシャツにアイロンをかける。夕飯に冷蔵庫の残り物でチャーハンを作って食べているとビリーが現れた。
「ハハハハハハ!!!」
バイキンマンのおめんに、牛柄のパジャマといういでたち。
「やあ、ビリー。ずいぶん早い登場だね。もう晩ごはん食べたのかい?」
「今日はうちのママ、仕事がお休みだから、晩飯は6時に済ましちゃったんだい!そんなことより天使の涙を渡せ!」
「天使の涙ね。あれルルが昨日食べちゃったんだ」
ビリーはかなりショックを受けたようだった。言葉を失い、所在なげに辺りを見回している。
「あれ?これ、なあに?」
ビリーは傍らにあった蚊取り線香を手にした。最近の子供は蚊取り線香も知らないのか。
「それは、天使のウ○コさ。時価五十億はする珍しい代物なんだ。あげないよ」
「ハハハハハハ!!代わりにこれをいただいていく!さらば!」
何はともあれ、いたいけな子供を傷つけなかったことに、ぼくは安堵した。

139「革命」「出家」「武器輸送」:2005/03/28(月) 23:11:37
 短期バイト緊急募集!
 割りの良いバイトです。たった二週間でガッポガッポ!

 職種:輸送業務
    目的地海外のため要パスポート。
 期間:9月1日から2週間程度。
 条件:英語に堪能な方なら人種・性別他条件を問いません。
    某団体出家信者もいる、明るく開放的な職場です。
 給与:20万円より。経験、業績、能力等に応じて規定により優遇。
 待遇:交通費片道支給。宿舎完備。各種社会保険・生命保険完備。
 業務内容:簡単な武器輸送業務です。
      世界革命のために体を張れる方。お待ちしております。
 連絡先:アルカイダ革命事務所<電話○○○ー△△△ー××××>
 ※電話の上、当事務所まで面接にお越し下さい。

140「地下水道」「鉄道」「装甲」:2005/03/28(月) 23:11:54
「この鉄道はどこまで行くのですか?」
「はい。熱海までですね。」
「地下水道は乾いてますか?」
「はい。装甲車が乗り入れましたから。」

141「混乱」「手の平」「連想」:2005/03/28(月) 23:12:10
月曜の昼過ぎ、山手線。目黒をすぎたときそれは始まった。
右隣に座ったサラリーマン風の男がわたしにこっそり耳打ちする。
「だんご」
だ、だんご!?確かに男はそう言った。
突然そんなことを言われても……混乱するしかない。
甘い囁き声に緊張で手の平がじっとり汗ばむ。
わたしはどうすればいいの?と男に目で訴える。
男はにっこりと微笑み、あごでわたしの左側の男子高生を指し示す。
もしや、と思いわたしは男子高生に耳打ちする。
「月見」
男子高生は、こくりと頷き、隣の主婦らしき女性に何かを囁いた。
どこまで続いただろう、こっそり始まった連想ゲーム。
結末がわからぬまま、わたしは池袋で降りた。

142「紙コップ」「東京砂漠」「多大なる親切」:2005/03/28(月) 23:12:27
平日の昼下がり。公園には幼稚園から帰ってきた近所の子供たちが駆け回っている。
母親たちは砂場に近いベンチに腰掛け井戸端会議に花を咲かせる。
芝生に寝そべって晴れ渡る青い空を見上げると、柔らかく温かな風が頬を撫ぜて吹き抜けていく。のどかだ。
「おじちゃんも、あそぼうよ」
見上げると無邪気な笑顔が3つ。25才の俺をおじちゃんと呼ぶのに反発を覚えつつも
子供たちの無垢な瞳に「ああ、いいよ」と答えてしまう。
「あたし、お母さん」
「ぼく、お父さん」
「じゃあ、ぼくは社長がいい」
口々に自己主張する子供たち。ままごとでもしようっていうのか。
「おじちゃんは、がちょうね」と女の子が言った。
「がちょう? 課長のことか?」と訊き返す。
「かちょうってなに? おじちゃんはがちょうだよ」と社長役の男の子が言う。
「がちょーん」と俺はおどけてみせる。
一瞬空気が凍りつき、「がちょうは、『があ、があ』って鳴くんだよ」と辛辣な一言。
やれやれ。俺はこんなところで何をしてるんだ。
失業して半年。ようやく職探しを始めようという気持ちが湧いてきた。

143「糸」「明日」「爪楊枝」:2005/03/28(月) 23:12:43
 夫婦で隠し事は良くない。

ということで、久しぶりに糸電話を作り、うち明け話をすることにし
た。二つの紙コップに爪楊枝で穴を開け、底を合わせて糸を通し、
留め具として先ほどの楊枝を折ってその端に結びつける。完成だ。
 「もしもし、ヨシコさんですか?」
 「はい、もしもしヨシコです。コウヘイさんですか?」
 「はい、コウヘイです。これから私の秘密を話します。」
 「ハイ、了解しました。怒りませんから、どうぞ」
 「私は昨日リストラされました」
 「え……」
 「ショックを受けた私は、夜の街で少女を買ってしまい、それが実
は中学生であってしまい、さらにイタス直前に怖いお兄さんが出てき
てしまい、おどされてサラ金で100万程借金を作ってしまい……」

 突然紙コップが飛んできた。いやそれだけではない、部屋中のあらゆ
るものが飛んできた。怒らないといったのに、完全にカミナリ様だ。そ
して投げられるものを全て投げ尽くすと妻は部屋を出ていってしまった。
 しょうがない、お天気屋の妻のご機嫌が直るよう、テルテル坊主を作
ってオマジナイにしよう。明日天気になあれ。

144「マニア」「機密保持」「紅蓮」:2005/03/28(月) 23:21:41
 機密保持は慎重を極めた。
 幾多もの扉をぬけて、男は黙々と階段を下ってゆく。地下へ、地下へと。

 紅蓮の炎の立ち上る地下湖の前で、彼は初めて口を開いた。
 「君の勇気を試させてもらうよ。来るのだ。炎を越えて、真実の世界へ!」
 少年は目をつぶって炎に身を任せた。
 「僕はマニアなんかじゃないんだ。真実を知りたいだけなんだ」

 こうして少年は、真実の部屋へと到達した。
 「真実の箱」 ゲームボーイ。
 「真実の電脳」ファミリー・コンピューター。
 壁には「真実のPCエンジン」「真実の高橋名人」がずらりと並ぶ。
 何百年も前に禁止され、徹底的に破壊されたものが。今、自分の目の前に……

 しかし、少年はなぜか虚しかった。
 真実とは何だろう。自分が求めていたのは、こんなものだったのか?
 そして少年は、今、再び旅立つ。
 真実の脱衣麻雀を求めて……

145「黒髪」「草原」「地下道」:2005/03/28(月) 23:22:00
「どういうことだ!?」
俺は、相棒に詰め寄った。地下道を抜け、地上に出ると、そこは
既に包囲されており、サーチライトが俺たちを照らした。相棒の
話では、寂びれた廃屋の前に続いており、そこでは別の仲間が、
逃亡車を用意して俺たちをまっているはずだった。
 ばらばらと、ヘリコプターの音までが聞こえる。用意周到なことだ。
低空で飛行するヘリの巻き起こす爆風が、ただっ広い草原を激しく
揺らした。草と一緒に、相棒の長髪もゆれる。茶髪ではない。鬱陶しい、
黒髪だった。
「裏切ったのか」
俺は、相棒の衿に手をかけた。奴は薄笑いを浮かべた。サーチライトの
向こうには人影が見え、その手にかすかに光るのは確かに銃口だった。
相棒は、無言のまま俺の胸ポケットから例のデータの入ったディスクを
抜き取った。俺は、俺の命運を絶つことになるかもしれない光ディスクを
見守った。児童ポルノ法が施行されて10年、たかがエロゲのために
こんなことになるなんて思いもしなかった。

146「無感情」「片想い」「碧眼」:2005/03/28(月) 23:22:18
 憧れで国際結婚をして失敗する女性というのが結構いるらしい。

 黒い肌に憧れたり、金髪碧眼に憧れたり、それだけでつきあいを始め、向こう
が優しいからと云って勘違いして、ラブラブ状態のまま結婚してしまうと、後々
文化・コミュニケーションギャップに耐えられずアッサリと離婚してしまう事が
多いそうだ。

 この手の人種信仰は日本だけではないし、自分は人種差別をするつもりもない
ので、国際結婚自体は否定しないが、夜な夜なクラブに外国人漁りに行ったりす
るのはどうだろう。女を抱きたい外国人と外国人に抱かれたい日本女性。利害の
一致と云えば聞こえが良いが、彼らから見れば旅は恥はカキすて、片想いより切
ない関係ではないか?

 日本の女よ!彼らは無感情ではないがその愛情は見せかけなのだぞ。
 彼らの中には犯罪に関わっているものも沢山いるのだぞ。
 日本の男よ!大切な女(ひと)を肉欲のままに寝取られているのだぞ。
 自分など、東南アジアに10人程妾がいるぞ。
 いまの厳しい時代こそ「NOと云える日本人」でありたいではないか。

                       (58才 都知事 匿名希望)

147「聖」「性」「姓」:2005/03/28(月) 23:22:38
===== あの「3DMark2000」が、遂に映画化! =====
<ストーリー>

 百姓娘としての生活に絶望した主人公は、遂に決意を固めた。
 彼女は、誰にでも性を転換してくれる「聖なるマシーン」の街を求めて旅立つ。

 戦闘ヘリコプターが、「聖マシーン信仰教団」が、その行く手を阻む。
 その渦中に飛びこむ彼女。
 恋も夢も望みも棄てて、性転換のために命を賭ける。

 そして、遂に辿り着いた「聖なるマシーン」は彼女の転換プロセスを起動する。
 細胞レベルに分解され、染色体から再構成される彼女。
 目覚めた時、彼女は生命のプールというべき、生気に満ちた場所にいた。

 或る古屋敷の記憶が、断片的に蘇る。
 そうだ!このプールは、かつて自分が生まれた屋敷の浄化槽だ。肥溜だ。
 彼女は、その身体一杯に養分を吸いこんだ。
 人間という動物から「植物性」に転換された彼女の、それが最初の記憶だった。

148「バチカン市国」「法皇さま」「北方領土」:2005/03/28(月) 23:22:56
 権力闘争に明け暮れた年月も終わり、退役政治家としての日々がやってきた。
 彼は、今になって初めて「漫画」というものを読む。

 名画「最後の審判」を担保に資金調達。辛うじてバチカンを守る司教の話。
 次期法皇候補の狙撃を阻止する話。
 全体ストーリーそっちのけで説明されるヨハネ・パウロ2世と法皇暗殺の歴史。

 彼は驚愕した、今になって。
 10年前。額を叩いて「バッチカーン!」と笑ったあの法皇さまがニセモノ!
 それに、バチカン市国が、浅草六区じゃなく外国にあったなんて。
 もしや、「ココノシマヲ、ニッポンニ、アゲルネ」と持ちかけられた北の島も!?
 佐渡島は北方領土じゃなかったのか?

 夜半のコンビニに嘲笑が響く。
 むねを引裂く様な笑いだった。

 本当に自分は「国の政治家」だったのか。
 あの村役場の隣にある「国会議事堂」。木造平屋建ての「官房邸宅」
 バチカンが国で、うちの村が国じゃなかったなんて。

149「マルハのちくわ」「太平洋戦争」「消費者金融」:2005/03/28(月) 23:39:38
貧すれば鈍するというやつか。後先考えずに積み重ねた消費者金融からの借金。
今、私たちはその利息を払うのもままならず、極限の生活を続けている。
心労に髪は抜け落ち皺も増え、40にしてシルバーシートを譲られる始末。
食事もぎりぎりまで切りつめた。
めざしに垂らす代用醤油。代用味噌のみそ汁の具はわずかばかりの芋の蔓だ。
椀に盛られた白米がなければあたかも太平洋戦争当時の…おや?

---おい、この「マルハのちくわ」は?いったいどこからこんな金……
---違うわ、あなた。それは「マルハゲのち不和」
---なっ…! それがお前の本心…なのか……!?
妻は静かに頷いた。結婚15年目の破局であった。

150「ハッピネス」「馬」「法律」:2005/03/28(月) 23:39:56
馬を幸せにする法律、通称馬ハッピネス法が可決されたのは3/21の午後のことだった。
コバヤシ総理は沸き寄る記者どもを押し退け、なんとか官邸まで戻ってきた。
控え室には政府発表の手筈を整えた官房長官がすでにいた。
「おめでとうございます、総理」
「ありがとう」
二人は固く握手をした。
秘書が慌ただしく発表の準備をするなか、長身の男が駆けよってきた。
「この度の馬担当相への選出、ありがとうございます」
「がんばってくれ給えよ」
「首相、発表の用意が出来ました」
秘書の声で三人は控え室を出た。
廊下からは"馬刺を喰わせろ"、"競馬は文化"といったプラカードを掲げたデモが見えた。
「馬刺のかわりに牛のタタキでも喰えばいいのにな」
「そうですよね」
三人は理解出来ないというように記者室へと向かった。

151「日の出」「お金」「粘土」:2005/03/28(月) 23:40:12
少年は周りのおしゃべりの輪に入らず、黙々と粘土細工に励んだので
できあがったそのやり投げ選手の像は、やたら精巧な出来映えだった。
今、少年と少年の作品の周りには輪ができ、級友達が礼賛の声をかけてくる。
「カツオすごいじゃない!」一際大きな、その声の持ち主は花沢さん。
少年は花沢さんが苦手だった。
花沢さんと少年は通学路が同じなので、時々少年はからまれる。
今朝もうつむいて歩いていた少年に『お金なんて落ちてないわよ、前見て歩け』
駆け抜けざまそういうことを言われ頭をこづかれたのをはっきりと覚えている。
少年は、自分の暗く内向的な性格を突きつけられた気分になり沈鬱だった。
目の前にあるやたら精巧な粘土細工も、少年の内向的な性格の証明書みたいなものだ。
周りの級友達はおしゃべりに興じていたため、彼らの作品はかろうじて人型であることが
判別できる程度だ。それを屈託無く笑い合っている級友達を見て、少年は孤独を感じた。
作品の名前。アポロンをイメージしたやり投げの選手なので「日の出」と少年は名付ける
つもりだったが、「内向的」にしよう…。少年はそう決めた。

152「春分」「褌」「墓」:2005/03/28(月) 23:40:31
ふとカレンダーに目を移すと本日は春分だった。
墓の下でふてぶてしく永遠の惰眠を貪っている爺さんの所へでも足を運んでみるのも、
偶にはいいかななんて云う殊勝な考えを起こしてみた。
彼岸なんていう口実を利用しなければ、墓参りなんて云うこっぱずかしいこと出来やしない。

生きている爺さんはとにかく恐ろしかった。暴力団や狂犬、国家権力や中華包丁よりも
俺に恐怖感を植え付た。畏怖の念を抱かざるをえなかった。
大工の棟梁だった爺さんは昔かたぎの人間で、
げんのう片手に両肩の刺青を靡かせ、褌一丁で街を闊歩していた。
あの鋭い目で俺を射すくめる事数千回。
俺の中では神や仏よりも高い位置にデンと腰を下ろす化け物だった。

爺さんの墓は周囲に居並ぶどの墓石よりも巨大で、生前の爺さんそのままの存在感だった。
俺はお供え物を添え、語り掛けた。
「爺さん元気か?」
すると俺の耳におぞましい怒声が響いた。
―馬鹿やろう!春分は牡丹餅だろ!御萩なんて持って来るな!一昨日来やがれ!

153「乾坤一擲」「シチュー」「明治」:2005/03/28(月) 23:40:49
「とまあ、日本海海戦は当時の大日本帝国海軍にとって乾坤一擲の大勝負だったわけだ」
先生が得意げに話した。僕は先生の歴史の話が大好きだ。僕だけじゃない、クラスのみんな、
先生の話す歴史、特に日本の歴史が大好きだ。
「先生、その戦いは明治天皇が指揮したのですか?」
学級委員長が質問した。さすが委員長、良い質問だ。僕はそんな質問、思いもつかない。
「いや、天皇は戦争を指揮しないんだ。この海戦は東郷平八郎という提督が指揮した。
独特の航法により、全火力を目標艦に集中、確実にロシア艦を沈めていったんだ。
この提督は日本海軍の強化に非常に熱心でね。ヨーロッパのシチューを参考に『肉じゃが』という
船員用食を考案したって伝説もある。ん、俗説と言ったほうが正しいかな?」
「へえぇ〜〜」
教室のみんなも僕も感心したふうな声を出した。そんなスゴイ日本人がいたんだ。
「じゃあ、我々も当時の日本人を見習って、大国を撃破する術を学ぼうじゃないか、
今日は80ページ、『爆発物攻撃の長所』だな。みんなで朗読しよう」

寒風吹きすさぶ中央アジア山岳地帯の名も無き洞窟に、子供たちの朗々とした声が響いていた。

154「形而上学」「たこ焼き」「社長」:2005/03/28(月) 23:54:51
世の中には、いろんな人がいて、普通あたりまえのように
受け入れていることに、納得がいかない人々がいる。
ぼくからすれば、たいていどうでもいいようなことが多い。

たとえば、四角いたこ焼きは丸いたこ焼きよりうまいはずがない、と
力説する人に会った。ああ、またこの手の変な人に会ったと思った。
その人が言うには、一般的に(そんなことに一般的にもクソももない
と思うのだが)四角くとも丸くとも食材は同じなのだから、味は
同じだと思う。だがしかし、四角いたこ焼きはやはりあり得ず、
角も硬くなるはずで、よって丸いたこ焼きよりうまいはずがない、という。

ぼくたちは丸いたこ焼きを食べている。四角いたこ焼きなど一度も見たことがない。
なにゆえわざわざ四角いたこ焼きをひっぱりだしてくるのか。
でもその人は、四角いたこ焼きの存在が、あの憎たらしいかたちが
たとえ頭の中だけの存在だとしても許せないらしい。

その人はたこ焼きチェーンの社長。学生時代に形而上学を
ちょこっとだけ齧ったそうだ。本当にどうでもイイはなしだ。

155「銀行」「新幹線」「川」:2005/03/28(月) 23:55:08
次元と五右衛門を雇うことに成功した私は、その日から地図とにらめっこして
銀行強盗の計画を入念に練った。私の会社への融資を止めたあの銀行に鉄槌を下すのだ。
最初は、そう考えていた。ところが、私怨で始めた計画が考えているうちに楽しくなってきた。
なにしろ次元も五右衛門も常人離れした力量の持ち主だ。
頑丈な金庫をまっぷたつにすることもできるし、飛んでいるヘリを撃ち落とすことだって
銀行受付嬢の制服を斬鉄剣一閃セミヌードにすることだってできる。最高だ。素晴らしい。
私に協力してくれる彼らに敬意を表して、できるだけ派手な計画を練った結果、
逃走経路には隅田川を選んだ。金に糸目をつけず、ホバリング機能を搭載した
屋形船で逃げよう。もちろん逃走中は宴会だ。芸者も呼ぶ。
東京駅近辺でわざと警察に追いつかれて、新幹線に逃げ込むのだ。そう!
史上初の新幹線ジャックだ!鉄道オタクの私の胸が高鳴った。
日本中を震撼させてやろう、地図を見つめながら私はにやけた。

156「四面楚歌」「五里霧中」「六法全書」:2005/03/28(月) 23:55:23
薫のノートから、ほんの一例を紹介しよう。

1. 次の四字熟語を使って、短文を作りなさい。
【四面楚歌】
今日、音楽の授業で、四面楚歌を歌いました。
【五里霧中】
箱根は霧が深くて、まったく五里霧中だ。
【五十歩百歩】
父の万歩計は、五十歩百歩も正確にわかります。
【七転八倒】
六法全書で七転八倒した。

夜更けにこっそり子供部屋に行って、私は
息子のノートを読むのを楽しみにしている。
親馬鹿かもしれないが、薫はきっと将来、大物になる。

157「南向き」「宝船」「雲」:2005/03/28(月) 23:55:48
「そんなら、宝船の話は聞いたか? 美樹ちゃん」
美樹はときどき、南向きのおじいちゃんの部屋で寝る。
寝る前に、おじいちゃんと美樹はいろんな話をする。
今日は、学校に正月のお飾りを作る職人さんがお話に来てくれた。
美樹がそのことを話したら、おじいちゃんがそう言ったのだった。
「うん、ちょっとだけ聞いた。しちふくじん、という七人の神様が乗っている船でしょ」
「そうや、そうや、美樹は賢いなぁ」
おじいちゃんは美樹の頭をなでてくれる。
「七福神の布袋さんの袋には、雲がはいっててな。その袋を開けたら、
海の上を浮かんでいた船が、空にすぅっと舞い上がって、雲に乗るんや」
「ふぅぅん」
「そいでなぁ、弁天さんが琵琶ちゅう楽器を鳴らすのや。
弁天さん言うのは、きれいな女の神様でなぁ、楽器もうまい。
美樹ちゃんのピアノみたいにうまい」
美樹はくすくす笑った。
おじいちゃんの話はウソばかりと、ママが言うけど、美樹はおじいちゃんが大好き。

158「水力発電」「人力」「はさみ」:2005/03/30(水) 14:52:36
 水力発電施設に、痩せ細り、くたびれきった発電人たちが、わらわらと集まってくる。
彼らは無数に並べられたダイナモにすがりつき、
周囲に延びた鉄棒をおぼつかない足取りで回し始める。

 二十ニ世紀中葉に全世界を襲った環境汚染、石油やウラニウムの枯渇といった
資源問題による文明崩壊の後、二十五世紀現在では環境に対してクリーンかつ、
燃料の心配がほとんどないこの水力発電が発電の主力になっている。

 古代の水力発電では、人力を介さずに水を直接発電に利用していたらしい。
しかし、液体の水が貴重品となったこの二十五世紀では、そんな非合理的な方法は使われていない。
化学合成した最低限のカロリーを添加した水、それさえ発電人に与えておけば、
恒常的に発電が維持できることから、今ではこの方法が水力発電と呼ばれている。

 発電人となるのは、全国民に対して実施される知力試験の上位五パーセントに食い込めず、
自由人になる資格を逃した者たちである。
本来なら生き残る資格も与えられなかった残り九十五パーセントの人間にも、
この水力発電によって利用価値が与えられているのだ。

 このような状況を表す言葉は過去にもあったらしい。
そうそう、「馬鹿とはさみは使いよう」という言葉だ。

159「犬」「猿」「機動隊」:2005/03/30(水) 14:52:52
犬を連れ去るのは保健所の仕事だ。
猿は時折警察官との追いかけっこをTVで見かける。
では、もしも相手が巨大なサルだったら?

……ありったけのヒトと犬を投入して山を捜索していた。
早く奴を見つければならない。連なる山々の中では昼を過ぎるとすぐ暗くなるからだ。
と、その時、山を囲んでいる機動隊の一斑から無線が入った。
「奴です。現れました!」
山の南西斜面に配置した部隊だ。あそこは最も防衛に不向きな地形で街にも近い。
奴め、頭も切れるらしい。
「よし、そこで取り押さえろ。絶対に逃がすんじゃないぞ!」
我々は他班にも緊急招集をかけ、現場へ急行した。
なんとしても奴を街に入れてはならない。あんな奴が暴れたらまさに3分で街は壊滅状態である。
が、駆けつけてみると時すでに遅し。そこには見るも無残になぎ倒された隊員達がいた。
私は怒りに肩を震わせ、ガタイの良い彼等を荒々しく叩き起こしてまわる。
どれもゆうに2mはあろうかという巨漢を一列に並べ、私は怒鳴った。
「貴様ら、揃いも揃ってウルトラマン一匹取り押さえられんのか!この、サル!」

160「ジョージ・ブッシュ」「レバノン」「革命」:2005/03/30(水) 14:53:08
ジョージ・ブッシュでレバノン杉革命が起こったのは、星暦2002年4月1日のことだった。
「レバノン杉マンセー!」「杉の木を守るニダ!」を合言葉に、
環境保護団体は大統領官邸、ブラックハウスを取り囲んだ。
「どうにかならんのか!」
ブッシュ星大統領は花粉症で目をしょぼしょぼさせながら叫んだ。
「無理です。国軍革命に参加している模様です、っはーくしょい!」
国務長官はムズムズする鼻をかみながら答えた。
「くそ、首尾よく行けば今年の春には杉の木なんぞ絶滅しているはずだったのに!」
大統領は鼻にテッシュを詰めて鼻水が出るのを抑えた。
「そもそもなんだってうちはレバノン杉なんだ? 地球の尻拭いをなんでうちが」
「独立の条件だったんですから。しかたないでしょう!」
国務長官は鼻に詰めたテッシュを引き抜いた。
ボタっと言う音と共に鼻水を吸いとったテッシュが地面にへばりついた。
「そもそもお前が環境条約でレバノン杉なんぞ選ばなければなあ!」
「クジだったんですよ!」
大統領と国務長官との醜い言い争いの中、
花粉防護用ゴーグルと不織布マスクで完全防備したデモ隊が部屋の中まで踊りこんできた。
タコ殴りにされている間、
大統領は薄れゆく意識の中、おまえら本気で杉の木を守りたいのかと、
小一時間問い詰めたい気分でいっぱいだった。

161「菜の花」「別れ」「住宅街」:2005/03/30(水) 14:53:25
スーパーの食料品売り場に菜の花漬けが並ぶ季節になるとわたしはひとりの少女を思い出す。
当時、わたしは目黒の住宅街にある英会話スクールで講師をしていて、彼女はわたしの生徒だった。
まだ12才だったあどけない彼女は、まわりのおとなたちに馴染めず、いつもうつむいて視線を落とし、
レッスン中も消え入るような小さい声で発言した。そんな姿が可憐で、清楚でもあった。
ある日、わたしは彼女がなぜ英会話をはじめたのかきいてみた。
「ママとニューヨークに行ったとき、アメリカ人のお友達ができたの」
彼女はいつにない輝きをその無邪気な瞳にたたえ話しはじめた。
「その人にまた会いに行きたいの。ママはだめだって言うけど、
あたしひとりでも会いに行くつもり。だから英会話できなくちゃだめなの」
「へえ、素敵ね。帰国後も手紙のやりとりとかしているの?」
「ううん……その人住所とかないから……」
住所がない? わたしは不審に思った「その人とどこで知り合ったの?」
「あたしの泊まっていたホテルのそば」
「その人、なにしてる人?」
「マニー、マニー、って言って道端に座っていたの。だからあたしお金あげたんだ。それで仲良くなったの」
そりゃ、乞食だよ……。喉まで出かかった言葉だったが、彼女の純粋な瞳にみつめられ、何も言えなかった。
「その人のことが心配だから、会いに行くの」
その後、一身上の理由で退職したわたしは彼女とも別れ、それっきり。
いまごろどうしているだろう。

162「思いつき」「ありがとう」「充電器」:2005/03/30(水) 14:53:42
 モエはポッドに横たわると、臍からジャックを伸ばして充電器に差し込みFULLの
キーを押した。電流が部品の一つ一つを洗い流していく。
 瞼を閉じて授業を再生してみる。メイド仕様の教育カリキュラム初級。今日は料理に
クリーニング、ソーイング、 マナーに語学、一般教養。
 シャツのアイロンがけの課題は上手に出来てAランクの評価をもらった。
 ソーイングの先生は「SSSの上級メイドは繕い物の縫い目を不揃いにすることができ
ます」と説明されていたけれど、不揃いな縫い目が良いと言う御主人様がいらっしゃるの
かしらと思う。たしかに不揃いにするのは変数の設定調整が難しい。訓練が必要だ。
 マナーの先生はいつも必ず同じコトバを言って授業を終了する。
「みなさん、感謝の心ですよ。『ありがとう』を忘れずに」
 感謝の心ってどういうことなのか、良くわからない。
 言語マニュアルの用法だけの反応では、Aランクメイド以上にはなれないというから、
学習機能を高めなければ認識不可ということね。私に組み込まれている、あえてランダムな
行動を選択するプログラム「思いつき」システムは能力向上に有効かしら? 授業で試して
みるのもいいかもしれない。
「ごしゅじんさまぁ、モエうれしいですぅ。ありがとですニャ−」
 第5水準の言語能力に到達すれば、今は理解不能のこの言葉も、使いこなせるようになると
語学の先生がおっしゃっていた。がんばろう。
 明日は大好きな射撃と防衛術の授業がある。
 充電完了の信号音が鳴った。モエはスリープモードに切り替えた。


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