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文章鍛錬企画【同一プロット競作】5/15〜

9怜人:2004/05/21(金) 23:43
 あれからほど一週間経った。その間、俺は腑抜けて、餌もろくに喉を通らない日々を送っていた。受け取ってもらえなかった首輪を見ながら、己の運命を呪った。何故、俺は猫に生まれてこなかったんだ、と。
「お手」
公園のベンチに座りながら、春日は右手を差し出してそう言った。左手を出す。何が楽しいのかわからない。初対面なら握手だとでも思えるが、毎日毎日そんなことをさせられても、馬鹿にされているとしか思えない。
「あら、春日さん。可愛いですね。チワワですか?」
気の良さそうな婦人が春日にそう尋ねた。
「えぇ、まあ」
身体が他のやつらよりも小さいのも、耳がやたらとでかいのもコンプレックス以外の何物でもないが、それはチワワという種の所為らしい。
「あ、桜井さん。お出かけですか?」
「春日さん。えぇ、ちょっと光を病院に」
「病気か何か?」
「いえ、定期検診です」
俺は桜井の腕の中にいる光を見た。光は気まずそうに下を見ている。
 飼い主達は結局ベンチに座って話しこんでしまった。

「あの、さ」
飼い主の足元で伏せていた光に、恐る恐る声をかける。
「この前は、その、急に、ごめん」
「謝らないでよ。断ったのは私なんだから」
「ごめん、あ、いや――」
彼女といると、いつも不甲斐ない自分が嫌になる。ただでさえ、プロポーズを断られた後で話しづらいというのに。
 しかし、彼女はどもる俺を見て笑った。久しぶりに見た彼女の笑顔だった。
 そうだ。
 彼女の笑顔は、どうしようもなく臆病な俺でも、少しはマシな奴なんじゃないか、彼女のために何かできるんじゃないか、そう思わせてくれた。さらさらの毛並みと、大きな瞳に包まれているような気になった。
 そうだ――。
「やっぱり――俺には、光しかいないんだ」
声は震えている。彼女は何か言おうとしたが俺は遮った。
「わかってる。俺は犬で、君は猫。許されないかもしれない。でも――俺は、光が好きだ。愛してる」
「私もよ――私だって……」
「だったら――」
「でも、やっぱり越えられない壁があるのよ。どんなに私があなたを愛していても、あなたが私を愛していても」
「越えられない壁なんかないさ。どんなに高い壁だっていつも二人で飛び越えてきたじゃないか」
「レオン……」
「他の誰が許さなくたって、僕は君が好きだ」



 丁度、犬のレオンと猫の光が、二人の足元で、結ばれた、その時である。公園のベンチで話していた春日が、少し照れくさそうに、
「あの、もし良かったら、今度うちで食事でもしませんか? こう見えて料理は得意なんですよ。喫茶店やってるぐらいですから」
桜井は少し驚いたような顔をした後に、頷いた。

 それから数ヶ月して、二人と二匹が一緒に暮らすようになる。
 桜井の左手の薬指にはダイヤの指輪が輝いている。
 そして、光の首には金色の鈴が凛と揺れていた。


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