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文章鍛錬企画【同一プロット競作】5/15〜

8怜人:2004/05/21(金) 23:41
駆け込みです。あんまり見直す時間が無かったのですが……いつもとはちょっと違った感じの話にしてみました。

――最高のプレゼント――


 心臓の高鳴りが身体全体を震わせている。俺は手元にある光るものの付いたその輪を、ちらりと見た。既に何度見たかわからない。これが、今日の俺の運命を決める――いわゆる、エンゲージメント・リング。
「なんだか今日は落ち着かないな」
この店を経営している春日が俺の頭を二、三度叩きながら、声をかけてきた。
 今は声をかけないでくれ。
 そうは思いつつも口には出さず、黙って出されていた水を飲んだ。
 店内は決して広くはないが、小奇麗で、所々に置かれているアンティークが落ち着きのある雰囲気をかもしだしている。俺は春日のことは特別なんとも思わないが、この店は気に入っていた。実際のところ他の客からは「あそこのマスターは渋くてカッコいい」と人気があるらしい。
 心を落ち着かせながら水を舐めるように飲んでいると、客が入ってくる鐘の音が聞こえた。春日が「いらっしゃい」と声をかけた、その客は、ショートヘアの、中々綺麗な顔立ちをした女――名前は確か桜井遙――だった。店内の男達は皆桜井に釘付けになっていたが、俺の目は彼女と一緒に着た子を見ていた。いや、見惚れていた。小さなすらりとした身体に、桜井遙とは逆の、黒いロングヘア。その子こそ、俺が今日このリングを渡す相手、光だった。 
 彼女が俺の前に座った。心拍数が上がる。
 光はその大きな可愛らしい瞳で俺のことを見つめている。
「そ、外は暑かった?」
我ながらどうでもいいことを訊いたと思う。しかも声が裏返ってしまった。
「うん。でも風があるから」
優しい彼女は当然のように答えてくれる。こういうとき、逆にいまいち勇気を持てない自分に腹が立ってしまう。
 タイミングを見計らって、リングを出せばいい。それだけでいいのだ。俺の身体は不安や恐怖、焦りでいっぱいになっていた。しかし、その中に淡い希望もあった。決して短い付き合いではないし、彼女も俺を愛してくれているはずだ。
「あ、あのさ」
春日が持ってきた水を飲んでいた彼女が顔をあげる。その大きな目が再び俺を見る。
「これ」
震えながら、俺はそれを差し出した。彼女は驚いたようにリングと俺の顔を何度も見た。
「……ごめんなさい」
淡い期待は打ち砕かれた。
「どうして……」
訊かなくてもわかっている。わかっているはずなのに、気がつけば訊いてしまっている。彼女は悲しそうに俯いて、
「やっぱり、私達はいっしょになっちゃいけないの。許されないのよ」
「そんな、俺は――」
「ごめんなさい!」
彼女は叫ぶようにそう言うと、店を出て行った。鐘の音に気付いた桜井が入り口の前まで小走りで行った。
「あら、光? もうどうしたのかしら」
そう言って桜井が追いかける。
「猫は気まぐれっていいますからね」
そう言って春日が笑った。
「ワンちゃんはおとなしくていいですね」
「レオンですか? あいつは臆病なだけですよ。光ちゃんのほうがずっと可愛いですよ」
後者は賛成だが、前者は余計だ。ほっとけ。
「あ、じゃあ私追いかけてくるんで、お会計」
「いや、いいですよ。急いで追いかけてあげてください」
「じゃあ、すいません」
再び鐘の音が鳴った。
 俺は床の上に残った、ペット用の入れ物に入った水と、その横にある、エンゲージメント・リング――金色の鈴がついた首輪を、滲んだ目でしばし呆然と見ていた。


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