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文章鍛錬企画【同一プロット競作】5/15〜

28小山田:2004/06/04(金) 00:10
 数人の作業員が島に到着すると、洞窟の周りに足場がくまれて工事ははじまった。島の景観を損なわないように、切り出された石灰岩を洞窟の入り口に積み上げ、漆喰で塗り固めていく。作業はすみやかに行われ、ほどなくして穴は塞がれた。しかし嘆きの声は消えなかった。テノールの声が幾分高くなり、さめざめと泣きつづける細い女の声が響き始めたのである。初めからやり直しだった。友人はもっと緻密に仕事を進めなければならないと考えた。洞窟の周りの石灰岩を平らに削り取り滑らかに磨き上げて、一分の隙もなく風が入り込まないように鉄板をあてた。その上をあたかも自然に見えるように石灰岩のカモフラージュを貼り付けていったのである。男のうめき声も、女の悲嘆の声も聞こえなくなった。が、今度は人が死の間際につくという哀切の長いため息に似た風音を、間欠的にさせるようになったのである。これはいままでのものとは比べ物にならないくらい、沈痛で重苦しく聞くものをいたたまれなくさせた。友人は再度計画を変更せざるをえなくなった。風の出入りを閉ざして封印するのでなく、音が外に漏れないようにするしかないようだった。鉄板が取り外されたとたんに、あのテノールの嘆き声がよみがえった。防音壁は念入りにとりつけられ、最後の一枚で洞窟の入り口はそっと閉じられた。
 島から嘆きの声は消えた。さざめく明るい陽光と紺碧の海に恵まれた、空っぽの美しい島が残された。予想外に難航する工事に時には苛立ちを隠せなかった友人は、すっかり自信を取り戻し、勝利の喜びに満足して言った。いよいよこの島も生まれ変わるのだね。しかし、彼もうすうす気づいたはずだ。帰路につく連絡船に乗りこむ桟橋で足を止め、不安そうな眼差しで、彼が捻じ曲げた島の姿を眺めたのだから。しばらくしたらここはホテルや土産物屋がひしめくようになるだろう。洗練された人々が押し寄せ、倦怠と享楽の日々を過ごし、そして、ありふれた風景に飽き飽きして、貪欲に次のリゾート地を捜し求めるに違いない。そうなるのに長い時間はかからないだろう。
 その夜、私は入り江に出向いた。星がこぼれそうに瞬いて波の粒子を輝かせ、波は船べりを撫で叩く。白い岩肌が浮かび上がる。白い防音壁は洞窟の入り口を緩やかに囲み、まるで嘆き悲しむ者を庇護しているようだった。岩伝いに私はそこにたどり着き、耳を押し当てた。かすかに、けれど確かに、そして幾いろもの嘆きの声が聞こえた。その中には、私の、私の大切だった人の、そしてたぶん、あの友人の嘆き声もあるのだろう。
 閉じ込めきれない悲しみは、抱いて生きていくしかない。嘆き島のように。


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