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文章鍛錬企画【同一プロット競作】5/15〜

20怜人:2004/05/31(月) 22:25
「違う、僕じゃない! 僕は、いじめてなんかいない。ただ――黙って見ていただけだ。僕は何もしていない」
浩介はあくまで遠野達の暴言を無視して、静かに僕のことを見ている。
「僕じゃ、ないんだ……」
 僕のことを、見ないでくれ。
「やめろ……お願いだ」

「死ねよ」
遠野達が何度も繰り返す。

 ――やめろ。

 グラウンドで倒れている浩介の姿がフラッシュバックする。

 ――やめてくれ。

「死ねってば」

「やめろォ!」
僕は叫んだ。ただ、それまでとひとつ違ったのは、僕が叫んだ相手は浩介ではなく、遠野達だったということだ。
 気がつくと、浩介が手に持ったバットを、眼の前の遠野達に振り上げていた。遠野達は幻影のようにあっさりと消えうせた。それから、浩介はゆっくり振り向いた。薄れていた記憶が、浩介の顔を見た途端、蘇っていく。
 そうだ。やっぱり、違う。
 遠野の指示でクラスメイト全員が、浩介を無視していたにも関わらず、グラウンドで野球をできたはずがないのだ。一人で野球をしていたなんて考えられない。しかし、浩介は確実に野球道具を持っていたはずだ。ということは――。

5

 いじめられていたのは、僕の方だったのだ。浩介はそんな僕をいつも助けてくれた。いつもあの優しい笑顔で、僕のそばにいてくれたのだ。
 あの日いじめられていたのも、勿論僕だ。それを野球帰りの浩介が助けにきてくれたのだ。殴られて倒れている僕はぼんやりとしか見ていなかったが、浩介は遠野達を追い返そうとしていた。遠野が何か叫んで浩介を押し飛ばした。浩介は倒れた拍子に、自分の持っていたバットに頭をぶつけてしまった。うずくまっている浩介を見て、怖気ついた遠野達は「チクったら殺すからな!」と捨て台詞を残し、さっさと帰ってしまった。立ち上がった浩介は、やっぱり笑顔で、頭を押さえながら、僕を起こして、「大丈夫?」と訊いてくれた。僕はなんだか悲しくなって、何も言わずに走って帰った。
 そして――翌日、浩介が死んだことを知った。転んで頭をぶつけたときに、やはり脳震盪を起こしていたのだ。

6

 僕を助けた所為で、浩介が死んだ。
 その事実から眼をそらし、いつしか自分の記憶さえも、捻じ曲げてしまっていたのだ。
「浩介……」
また、助けられてしまった。もう十年も経つというのに、僕は何も変わっていない。
 再び黙って佇んでいる浩介に一歩近づく。
 足が震えている。僕は、眼から涙を流しながら、小さな声で、浩介に言った。
「あ――ありがとう」
僕の口から発せられたのは、浩介を傷つける暴言でも、許しを請う言葉でもなく、その一言だった。
 十年前、何度も助けらていながら、一度も言うことが出来なかった言葉。
 浩介はそれを聞くと、あの優しい笑顔を浮かべて、それから小さく何かを呟いた。
 その言葉は、外の木々のざわめきに消されてしまったけれど、何となく、僕には浩介がなんと言ったのかわかった気がした。
 それから、彼は徐々に濃くなりつつある校舎の闇に消えていった。

7

 校舎の外に出ると、急に時間が動き始めたように感じた。
 西の空はかすかに夕陽の色を持っていたが、山は既に薄闇に変わっていた。
 僕はもう一度玄関に立つと、墓に添え損ねたユリの花をそっと置いて、もう一度「ありがとう」と呟いて、校舎を後にした。


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