したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | メール | |

文章鍛錬企画【同一プロット競作】5/15〜

16風杜みこと★:2004/05/22(土) 01:47
 真利子は窓の外を見ていた。
 だから、青い軽トラックが信号を無視した時もいち早く気づいた。駅から走ってきた隆が周囲の悲鳴で立ち止まり危うく轢かれるのを逃れたのも、隆がこちらを見て何か叫んだのにも気づいた。
『ニ・ゲ・ロ』
 そのあと視界いっぱいに迫ったトラックが……

 店内は静かだった。
 二人がテーブルを斜めに挟んで座り、奥のブースに意識なく横たわった人物を眺め、話をしていた。
「まさか喫茶店に突っ込むだなんて……真利子が轢かれるなんてオレ思わなくて……。もしオレがあの時轢かれていれば真利子は助かったかもしれないなんて思うと、オレ……」大学生風の青年が言うと、
「自分のせいなんて思わない方がいいよ」少年が言った。
「でも……もしオレが時間通りに着いてたら真利子は……」
「ダーッ! そう思うんなら、ちゃんとしてやれよ。大体、事故から何ヶ月経ってると思ってんだ。化けて出てからじゃ遅すぎんだよ」少年はテーブルをバンッと叩いた。
 その衝撃が伝わったのか、ブースに横たわっていた人物が身じろぎし、眉間に皺をよせ呻いた。
「……ぅ」
「あ、啓、気づいたか?」少年は身を乗り出し、覗き込んだ。
「ぅう……冷たぃ」
 低く掠れた声でぼやくと、啓と呼ばれた人物はゆっくりブースから起きあがった。二三度かるく頭を振り、切れ長の瞳で周囲を見回した後、自分の体を見下ろした。ジーンズも、ホーキンスのサンダルも濡れて、おまけに白いTシャツは中が透けてしまっている。啓はTシャツを情けなげに引っ張り、少年を睨んだ。
「……二度もかけることないだろう?」
「いいジャン、水も滴るイイ男って言うし」
「……!」
「あ……あのぅ、真利子は」
 啓は切れ長の瞳を大学生風の青年、隆へと向けた。「大丈夫ですよ。貴方のおかげで彼女の止まった時間が動き始めました。あとは普通に供養すれば上へ昇れるはずです」
「そう……ですか」隆はホッとしたような、どこか残念そうな表情をすると、啓の手をとった。「有り難うございました!」
「え、いや。はは……」
「ケッ、祓ったのは俺なのに」テーブルに肘を突き少年が面白くなさそうに呟く。
「じゃあ、これ。約束の金です。また何かあったらお願いします」隆はそういうと啓の手の中に封筒を押しつけ、席を立った。
「アッ、それはっ」
 少年が焦った声を出したが、隆は気に留めず入口のところでもう一度礼を言い出ていってしまった。

「返せ」
 促され啓は封筒をテーブルの上へ置いた。
「君もこの件で依頼を受けてたとは知らなかったよ」
「フン、直ぐ憑かれる癖に営業だけは上手いよな」少年は皮肉を言いながら、懐へ金をしまった。
「はは……そうかな」啓は苦笑した。「なぁ、良かったら連絡先を教えてくれないか。一方的に知られているみたいだけれど、君とは同業の誼で仲良くやれるんじゃないかと思う」
「冗談! サッサと廃業しろよ。お前のやり方は危なくって見てられねー」少年は立ち上がると、啓に背を向け入口へ向かった。
「いっかー早く辞めるんだぞ!」
 戸口で振り向き念を押すように怒鳴る少年に、啓は笑いかけた。
「名前ぐらい教えてくれてもいいだろ?」
「バーカ」

 少年が去った後、店内は急に暗くなったようだった。
 啓は一つ溜息を吐くと腰を上げ、外へ向かった。
「どうぞ」
 啓はドアを支え、風を通した後、ふと目を転じ、
「ぁあっ、ちょっと待っていて下さい」
 店内に戻ると入口に一番近いテーブルの上から何かを拾い上げた。
「ふ……」
 薄くなった封筒を手にした啓は、それを三つ折りにしてジーンズの尻ポケットに突っ込むと踵を返した。壁面のパネルで照明を消し店外へ出る。喫茶店の鍵をかけ、看板の後ろの観葉植物の鉢に隠した。
「お待たせしました。さ、いきましょう」
 啓はエスコートするように傍らへ頷く。
 微風がそれに応えるように吹いた。
 啓が歩き出す。
 一人分の靴音が反響するなか、去っていく二人を、紫色の看板『if』が見送っていた。

 ――了――


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板