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文章鍛錬企画【同一プロット競作】5/15〜

11くろ:2004/05/22(土) 00:08
 三十八。美由紀は三十八歳。エスコートというと日本ではいやらしい職業を想像する向きが多いのかもしれないけれど、美由紀の定義するエスコートサービスとはイギリスで興った歴史ある職業だった。独り者の紳士、妻を失った紳士、あるいはホワイトカラーの仕事をしているゲイ。そういう、事情とお金のある男達を相手に、一人では入れない高級レストランで一緒に食事をしたり、クラシックのコンサートやオペラの鑑賞などのお供をする仕事なのだ。それ以上のサービスをする女もいるだろうし、それを望んでいる客ももちろんいる。でも、美由紀のやっていることにいやらしい要素はみじんもない。顧客は口コミで獲得し、美由紀は信頼のおける人間としか取り引きしなかった。勘違いを決め込んだ客は相手にしたくない。その代わり、シーンに合わせたマナー、身のこなし、時には外国語を話す素養などの専門性が要求され、美由紀は臆することなくそれらに対応している。今日は有名な広告代理店の監査役である藤田氏の紹介でここにきた。藤田氏は大変な食通であり、ゲイだった。
「藤田さんの紹介できたんだけど、いったいなんの間違い?」
 「二時間、五万円。ここにお金が入ってる」と、近藤は机に封筒を置いた。美由紀は煙草を吐き出しながら「あのね、わたしは遊びでやってるんじゃないの」と言って、封筒を近藤の方につっかえした。
「わたしも遊びじゃないの。こうやって会うまでにどれだけ苦労したことか。あのね、わたしはね……」
「お嬢さん、わたしもう帰るわ」
 美由紀はバッグに手をかけた。
「お嬢さん? 差別語。それ差別語。女が女をそういう風に差別するわけ?」
 美由紀がなにか反論しかけると近藤はそれを遮るように言葉を浴びせてきた。
「あのね、あのね、用件を言う。用件を言うから、ちょっと、ちゃんと座って。わたしは近藤美咲。わたしはね、あなたの仕事に興味があるの」
「興味? 社会科見学したいってわけ?」
「もう。ちょっと落ち着いて聞いてよ。ちゃんと座って。わたしね、あなたのやってるこの仕事をしたいの。教えてほしいの」
 美由紀には少し考える時間が必要だった。この仕事をしたい?
「ねえ、やっぱり帰るわ。わけがわからないもの。あなたもはやくお母さんのいるところに帰って、きちんと食事をして、勉強をして、歯を磨いて寝なさい」美由紀はまた、バッグに手をかけた。
 近藤は帰ろうと腰をあげた美由紀よりもすばやく立ち上がり、コップを手にとって美由紀の顔に冷たい水を浴びせた。
「あんたそういう嫌な人だと思わなかった」
 近藤は店を出ていってしまった。
 美由紀はあっけにとられて、しばらく顔や髪を濡らしたまま椅子に半分だけお尻をのせていた。今のはなに? ウェイターがタオルを持ってやってきて「お使いください」と美由紀に渡し、カウンターの方に引き返してダスターを手にして戻り、水浸しのテーブルを拭きはじめた。エスコートの仕事をしたいっていうの? テーブルの上の、半分水が染みた封筒から中の一万円札が透けて見えた。美由紀は封筒をタオルで拭ってバッグに入れ、自分の財布から二千円取り出して伝票の脇に置き、走って店を出て行った。


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