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文章鍛錬企画【コラボ即興文】4/22〜

9セタンタ:2004/04/25(日) 15:50
   『路地裏の歌』
 雨が上がったころあいを見計らってアパートを出たはずが、いつの間にか雨雲が元気を取り戻して、西のほうからゆっくりと、空を攻め始めている。住宅街の真ん中で降られるのはごめんだ。図書館までは、まだ距離がある。私は足をはやめた。
 春だというのに、ロンドンはこの沈鬱な天候から逃れる事はできない。切り裂きジャックはまだ捕まっていない。だが、もう数時間もしたら、夜の界隈はいつもと同じ猥雑な喧騒に満ちていくであろう。図書館が見えてきた。雲が重く垂れこめ、空が暗くなる。エミリーが来る前に、私はこの紙片を博物誌の中に入れなければならない。
 閲覧室は閑散としていた。間もなくエミリーがやって来た。唇をきっと結び、真っ直ぐに自然科学の書架に向かう。顔色は悪く、みすぼらしい服装をしていた。輝くばかりの美貌と肉体があの下に隠されているなんて、誰が想像できようか。私はエミリーに歩み寄った。
「ごきげんよう、エミリー」「ドクター・ジェイキンス! お久しぶりです」エミリーは博物誌を閉じ、書架に戻した。私は左肘を曲げて差し出した。エミリーは躊躇った後、右手をそっと掛けた。私達は出口に向かった。
「今は何をしているんだい? ここへはよく来るの?」「住み込みでお針子をしております。今日は懐かしくなって寄ってみたのですが、場違いでした」エミリーが小声で言った。「叔父が亡くなって残念だったね。叔父のメイドをしていた時は、よく本を借りに来ていたのだろう?」「はい、旦那様は稀少本がお好きでしたので」
 エミリーが仕えていた男は私の叔父で、先月急死した。ただ一人の身内である私が広大な屋敷と財産を引き継ぐ事になったのだ。
「エミリー、私が叔父の屋敷に引越ししたら、もう1度メイドとして働かないか? 給金ははずむよ」エミリーは戸惑った表情を浮かべたが、すぐに礼を言うと、雨の中を駆けていった。
 今、私の往診鞄の中には、先週エミリーが書いた手紙が入っている。エミリーの上着のポケットには私の返事が入っているはずだ。書いたのが私だと判った時のエミリーの驚愕と悦びに満ちた顔が目に浮かぶ。そして、エミリーの美しさは永遠に私のものとなるのだ。
『黒馬に乗った黒衣の男、私のハートを粉々にしてください。僅かな金で、貴方は至福の時を手に入れられるでしょう。E』
 私の返事は簡潔だった。『全て承知した。今宵12時。チャリングクロスの裏通り、3番地にて。J』


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